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保険事業と 「相互参入」

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保険事業と 「相互参入」
保険事業と「相互参入」
江澤 雅彦
(八戸大学助教授)
1.はじめに
2.「相互参入」の背景
3.銀行による保険市場参入
4.今後の課題
1.はじめに
現行保険業法は、その第5条において、保険会社が他の事業を営む
こと、すなわち兼業を禁じている。その趣旨は、兼業によって本来の
業務としての保険事業に悪影響が生じ、契約者利益が損なわれるのを
防止することにある。こうした兼業禁止=専業主義の枠内で、これま
で生命保険会社は、もっぱら関連会社の設立という形で業務多角化を
進めてきた。大手5社について『アニュアル・レポート』等に掲載さ
れたものだけを数えても、昭和50年代後半から60年前半にかけてその
1)
数はほぼ倍増している。当時すでに、生命保険会社が関連会社をもつ
ことについてそれを単に資産運用の一環としてだけでなく、いわゆる
ワンストップ・ファイナンシャル・センター(総合金融機関)を目指し
2)
た1つのステップとして捉えようとする見解が見られた。
ここ数年保険審議会は、保険関係法規の大幅改正を目指して保険事
業の制度改革について審議を行ってきたOそこでは現在の「兼業禁止」
一95一
保険事業と「相互参入」
の状況も検討の対象となり、今後のあるべき姿として以下のような方
向が打ち出された。
第1に、1992(平成4)年6月に発表された答申「新しい保険事業の
在り方」では、次のことが提言されたO第1に保険会社が銀行・信託・
証券業務(以下本稿では「金融他業態」と呼ぶ)に参入できるようにす
るとともに、銀行・信託・証券業務についても保険事業に参入できる
こととしたO第2に、(1)本体での参入には、リスク管理、利益相反
行為による弊害の防止、事業の健全性維持、競争条件の公平性等の面
で問題が多いこと、また(2)金融制度改革において要請されているこ
とから、業態別子会社が望ましいとされたO
方向の第2として保険審議会は、1994(平成6)年6月、保険制度改
革を目的とする保険業法改正の基礎となる報告「保険業法等の改正に
ついて」を発表したO そこでは上述の答申の内容を踏襲し、金融他業
態への子会社方式での進出は認めるものの、それを「段階的に行うこ
とが適当」とし、保険分野の自由化後(生損保間の相互参入以後)とす
るよう提言したO その結果、金融他業態との調整が必要な改革に先ん
、く1
じて保険業界内部での改革が進められることとなったO
いずれにしても、長期的視野に立てば金融他業態と保険業界の「垣
根」が低くなることが予想される以上、保険業界も本業としての保険
の引受、保険商品の販売という収益機会を温存したまま他業に参入す
ることはできない。業態の垣根を越える多角化の原則を業態間の相互
主義に求める限り、業務範囲に関する「相互参入」が容認されること
となるO本稿ではこの保険事業をめぐる「相互参入」を取り上げる。
以下、第2章では2つの点からこの「相互参入」の背景を考察する。
1つは前述の平成4年の保険審議会答申に関するもので、今一つは国
際的な視野からOIiCD(経済協力開発機構)の見解を取り上げる0
-96-
保険事業と「相互参入」
第3章では、「相互参入」の1つの側面である「金融他業態による
保険事業への参入」を検討するが、中でも特に「銀行による保険市場
参入」を考察するOその際、わが国の特色を明確にするため、米国の
状況との比較も行いたい。
最後に第4章では、今後の課題として、近年浮上してきた「持株会
社構想」を取り上げたいO これは、従来の制度改革論議の中で得られ
た結論である業態別子会社方式に対する批判とともに、その代替案と
して提唱されているO
注1)主なものを認可取得年毎に挙げると以下のとおりO
昭和55年・‥住宅金融関連信用保証業務
昭和58年…ファイナンス・リース業務、消費者金融関連信用保証業務
昭和60年…投資顧問業務、抵当証券業務、クレジット・カード業務
昭和61年…ファクタリング業務
昭和62年目イ肖費者ローン業務、健康・福祉関連業務、情報処理VAN業務、コン
ピュータ・ソフト、付属機器の販売業務
2)たとえば吉川[1985].
3)1994(平成6)年7月25日付F金融財政事情』における保険審議会会長・徳田博美
氏へのインタビュー(同誌p.16).
2.「相互参入」の背景
保険業法5条にもとづく専業主義を破って保険会社が「兼業の時代」
を築こうとする。また多角化による利益を求めて金融他業態が保険事
業に参入しようとする。こうした「相互参入」の背景を探るのが本章
の課題である0
-97-
保険事業と「相互参入」
(1)平成4年保険審議会答申
4)
前述の1992(平成4)年答申では、保険事業からの金融他業態への参
入の背景を論じた後、両者の「イコール・フッティング」という観点
から相互参入の妥当性を説明している。同答申をもとに保険事業から
銀行業への参入の論拠を要約すれば以下のようになるO
1)保険商品と他の金融商品の競合
第1に答申は、保険商品の有する貯蓄機能に対するニーズの高まり
を受けて、保険商品は機能面で他の金融商品に接近し、両者の競合が
進んでいるとしているO金融資産の増大を契機に、確かに消費者は金
利選好を強め、数ある金融資産の中の1つとして保険商品を捉えるよ
うになった。
すなわち消費者は、貯蓄性の強い、いわゆる「金融型保険商品(た
とえば、一時払養老保険、積立型損害保険、変額生命保険等)」につ
いて、主としてその利回りを他の金融商品と比較した上で購入を決定
している。最近の例として、生命保険会社の一時払養老保険と、信託
銀行の「ビッグ」や長期信用銀行の「ワイド」の利回りが新聞・雑誌
において比較され、前者の有利性が強調されたO その結果、生命保険
商品が保険会社の経験に反して「買われる商品」となり、1985(昭和
60)年度には、個人保険全体の第1回保険料に対する一時払養老保険
5)
の保険料の割合が、ほぼ9割となる程の業績を挙げた。これは、公定
歩合の影響を直接に受ける一般の金融商品と、長期的な予測にもとづ
いて予定利率を定め、公定歩合の動きを「後追い」する金融型保険商
品の間で「金利裁定」が働いた結果である。
また保険会社にとってこの保険商品と他の金融商品の接近は、金融
他業態との間に「利回り」面での競争関係を生み出すこととなった0
-98-
保険事業と「相互参入」
その際、保険会社にも金融他業態と同様の幅広い金融サービス等を提
供する途が開かれなければ、両者の公平な競争が期待できない。不公
平な競争条件の下で保険会社の資産運用の収益性が低下すれば、見込
客にとっては当該商品の主として価格面の魅力の低下、契約者にとっ
ては本来享受可能な利益(配当支払による保険料の実質的低下)の減少
となる。
要するに、競争「手段」である商品の類似性が高まったことを受け
て、競争「条件」もできる限り公平にしようという考え方である。
2)金融制度改革における「相互参入」の観点
第2に答申は、一連の金融制度改革の流れの中で保険事業と金融他
業態の相互参入を根拠付けようとする。すなわち、金融制度改革を行
うに当たっては、保険会社が銀行・信託・証券業務に参入できるよう
にするとともに、銀行等・信託銀行・証券会社についても保険事業に
6)
参入できるようにすることが適当であると指摘している。ここで改革
の沿革を確認しておきたい。
わが国の金融制度改革は、1985(昭和60)年9月に金融制度調査会の
審議開始からスタートし、1991(平成3)年6月に金融制度調査会と証
7)
券取引審議会がそれぞれ最終的な答申あるいは報告書を発表して、19
8)
92(平成4)年6月にいわゆる金融証券制度改革法の可決・翌年4月の
施行という段階を踏んだO制度改革に当たっての重要な論点は、現行
の金融制度が、国際化あるいは証券化といった金融構造の下で維持可
能か否かということであったO結論は、各種業務分野規制(長短金融
9)
の分離、銀行・信託の分離、銀行・証券の分離)を見直し、銀行・証
券・信託のそれぞれに業態別子会社を認め、それを通じて相互参入を
図ることとなった0
-99-
保険事業と「相互参入」
1992(平成4)年12月に大蔵省が発表した金融制度改革の政省令案骨
子は、長引く証券不況を色濃く反映し、証券業界の要望事項を多く取
り入れる結果となったO第1に、銀行が設立する証券子会社は株式の
流通、発行の両業務とも行えず、当面は社債の引き受け、売買業務に
限定されるO第2に、純資産5,000億円未満の企業が社債を発行する
際、親銀行が主受託者となっている場合には、その証券子会社は引き
受け主幹事にならない点である(いわゆるメーンバンク規制)。また比
較的体力がある都市銀行の証券業参入は1年程度先送りされた。具体
的には、日本興業銀行、日本長期信用銀行、農林中央金庫、住友信託
銀行が証券子会社を、野村、山一、日興、大和の4大証券と東京銀行、
日本債券信用銀行が信託銀行子会社を設立した。それに対し都市銀行
10)
の証券業参入は1年以上遅れた。業態間の垣根を低くして経営効率化
のための競争を促進することを目標に始まった制度改革だが、当初の
段階では特定業態すなわち証券業の「救済行為」であるとの批判がな
11)
された。
実施上の困難、紆余曲折あるにせよ、保険事業を「金融サービス産
12)
業(FinancialServices Marketplace)」に属する1つの業態と捉え、
銀行・証券・信託間の相互参入の流れの中に組み入れていくのは妥当
な考え方といえるO
(2)OECDの見解
以上は、答申にもとづいた主に国内での議論であるが、OECD(Organization for Economic Cooperation and Development:経済協
力開発機構)は、保険事業と金融他業態(特に銀行業)の相互参入に関
して金融サービスの「集合(convergence)」という概念を設定してい
る。それは、保険事業と金融他業態の機能上・所有上の連鎖、あるい
一100-
保険事業と「相互参入」
13)
は保険と金融の両要素をもった商品の開発を内容としている。OECD
によれば、この金融サービスの「集合」を促進する要因は、商品・サー
ビスの性質、事業部門の特殊性、目標とする顧客によって種々である
が、一般的な誘因(generalincentives)として以下の点が指摘できる
14)
O
第1が「人口の停滞」である。人口増加のペースが緩慢になること
は、保険事業および金融他業態にとって潜在的な顧客の数の減少を意
味する。したがって、市場においては、新規顧客の獲得よりむしろ既
存の顧客との取引をさらに深めることに経営の重点がおかれ、提供可
能なサービスの幅を広げるために、相互参入が検討される。
第2の要因は、保険事業および金融他業態からの「資金流出(disintermediation)」であるO大企業による資金調達方法の間接金融方
式から直接金融方式への変更、生命保険契約者による解約あるいは契
約者貸付によって、大量の資金流出が見られるようになる。そうした
事態に対処するため、相互参入による収益機会の拡大を図ろうとする。
保険事業は、ファイナンシャル・アドバイスの提供による手数料収入
を、また金融他業態は、保険販売による手数料、保険料の運用による
収益を獲得しようとするO
第3が「市場の国際化」である。金融サービス市場の国際化は、市
場の大規模化・多様化を伴い、またそれに対応しうる規模の企業の設
立を必要とするO金融他業態と保険事業の相互参入は、競争可能な規
模をもった企業の形成という目的に合致するO
最後に「技術の急激な進歩」、特にコンピュータ設備と通信設備の
発達が指摘できるOすなわち技術進歩により、(a)労働生産性あるい
は業務遂行上の効率性が高まり、スタッフをルーティン・ワークから
解放し、相互参入という新たな経営行動の策定を可能にしたこと、ま
一101一
保険事業と「相互参入」
た(b)異分野間での効率的な情報交換および取引が円滑に行えるよう
になったこと、である。
注4)保険審議会答申 r新しい保険事業の在り方」第2章「保険事業の在り方について
1.保険会社の業務範囲について(5)保険事業と他業態との関係」参照。
5)江津[1990]pp.78-79.
6)注4)と同じ。
7)金融制度調査会答申 r新しい金融制度について」証券取引審議会報告書r証券取
引に係る基本的制度の在り方について1
8)正式には「金融制度及び証券取引制度の改革のための関係法律の整備等に関する
法律」貝塚[1993]p,13.
9)日本銀行金融研究所[1986]pp.46-53.
10)1994(平成6)年7月22日付日本経済新聞朝刊「信託子会社 興銀と農中、設立へ」
から銀行・証券の相互参入状況を見ると以下のとおり。
く証券子会社設立〉
都市銀行によるもの:9社(内7社は予定、1社は既存の証券会社を実質上子会社化)
信託銀行によるもの:3社
長期信用銀行によるもの:2社
その他:1社
く信託子会社〉
都市銀行によるもの:1社
証券会社によるもの:4社
長期信用銀行によるもの:2社(内1社は予定)
その他:1杜
11)1992(平成4)年12月19日付日本経済新開朝刊「銀行・証券相互参入の理念なき船
出」
-102-
保険事業と「相互参入」
12)金融サービス産業は、カネを貯蓄、貸付、運用、または移転する組織体から成っ
ている。この産業に保険会社は含まれる(BlaCk&Skipper[1994]p.850)。
13)OECD[1992]p.7.
14)OECD[1992]pp.44r48.
3.銀行による保険市場参入
本章では、保険会社と金融他業態との相互参入の1つの側面である
「金融他業態、特に銀行による保険市場参入」を取り上げる。
(1)銀行による保険市場参入の長所と短所
15)
銀行による保険市場参入の諸形態のうち、今後わが国で問題となる
のは、①販売・引受業務を含めた保険子会社での取扱いと、②銀行本
体による販売のみの扱い(銀行の生命保険販売)であるO前者は、第2
章で述べたように、保険審議会答申、保険審議会報告を通じた制度改
革に関する1つの結論である。後者は、保険事業と金融他業態との関
16)
係にかかわる特殊問題で、銀行側の要求にもかかわらず、「答申」、
17)
「報告」両段階とも結論が出ず、継続審議事項とされたO両者の長所
と短所を表の形で示せば以下のとおりである。
-103-
保険事業と「相互参入」
表1銀行による保険市場参入の長所と短所
長
所
(D 保 険 子 会 社 に よ る販 売 ・引 受 業 務
(り本 体 に よ る販 売 の み の 扱 い
・保 険 市 場 に お け る競 争 促 進
・販 売 チ ャネ ル の 多 様 化 、 販 売 の効 率
・金 融 制 度 改 革 に お け る相 互 参 入 の 観
化 に よ る 利 用 者 利 便 の 向 上 (た と え
ば付 加 保 険 料 部 分 の 圧 縮 、 特 に貯 蓄
点 に合 致
・利 用 者 利 便 の 向 上
性 の高い保険商品の販売 において見
・範 囲 の経 済 性 の 発 揮 ※
られ る )
・国際 的 整 合 性
短
所
・銀 行 の 産 業 支 配 力 に よ る競 争 条 件 の
公平性阻 害
・ア フ タ ー サ ー ビ ス 面 で の 質 の 低 下
(契 約 内容 の変 更 に 対 応 で き な い等 )
・顧 客 (特 に個 人 ま た は 中小 企 業 ) に対
・不 適 切 な 危 険 の 選 択 よ り、危 険 の 程
す る優 越 的 な 地 位 を利 用 し た保 険 の
度 の 高 い 契 約 が 混 入 し、契 約 者 間 の
圧力販売 の可能性
公 平 性 が 阻 害 され る。
・銀 行 に よ る手 数 料 確 保 の た め の 圧 力
販 売の可能性
(出典)関口・茶野[1992]pp66-67をもとに作成(若干の修正を施している)。
※子会社方式では、経営資源の有効活用による範囲の経済性の効果が限定されるとの批
判がある(水島[1993]p,12)。
表において(力、②ともに銀行による圧力販売の可能性が指摘されて
いるが、これは、銀行が資金貸付の条件として、借手に保険商品の購
入を強要する場合等をいうO仮に、銀行による保険販売を認めるなら
ば、こうした銀行の強要が起こらないような取引条件の整備が必要で
あろう。銀行の保険子会社による圧力販売を防止するためには、銀行
18)
本体と保険子会社間の人的交流および情報の遮断が要請される。
(2)米国での調査
わが国の制度改革に先んじて、米国では、銀行による保険商品の提
供が部分的であるが認められている。すなわち、州レベルでみれば、
18州で銀行が保険の引受・販売を禁止し、14州は、銀行が保険商品を
販売すること、あるいはブローカーとして活動することを許可してい
-104-
保険事業と「相互参入」
るO連邦レベルでは保険商品の販売は、何種類かの銀行関連の保険
(たとえば信用生命保険)また特定の地理的条件(居住者が5,000人未
19)
満の都市)のもとで許されているO
20)
こうした状況下で商業銀行あるいは貯蓄金融機関(Thri氏S)(以下、
「銀行等」という)を通じた保険販売に関し、米国では、全世帯を対
象として実態調査が行われている。それは、連邦準備制度理事会
(FederalReserve Board)、通貨監査長官(Comptroller ofthe Currency)、およびその他の連邦政府機関が委託し、ミシガン大学の
「調査・研究センター(Survey Research Center)」が実施した
21)
「消費者金融に関する調査(Survey ofConsumer Finance)」であるO
それは保険のマーケテイング・チャネルに関する消費者の意識を知る
上で有用であると考えられる。以下、その内容を検討する。
1)市場の規模
同調査においては、銀行等による保険販売の市場を、世帯の関心度
の強弱を基準として2種類想定しているO
第1が「潜在的市場」で、これは銀行等による保険販売に関心のあ
る世帯から成っている。この世帯が自分の預金する銀行等から保険を
購入するには少なくとも数年はかかるとされるO
第2が「直接的市場(immediate market)」で、潜在的市場を構成
する世帯の中で、自分が預金をしている銀行等から保険を購入するこ
とに強い関心をもち、保険を販売しているか否かにもとづいて金融機
関を選択するような世帯から成るO この市場に属する世帯は、長くと
も、1,2年内に自分の預金する銀行等から保険を買うとみなされた。
統計上、直接的市場が、潜在的市場に包含されている点は注意が必
要であるO したがって、潜在的市場は、直接的市場および残余市場
-105-
保険事業と「相互参入」
22)
(the rest of the potentialmarket)に区分される。
2)取り扱う保険商品
調査に当たっては、生命保険ばかりでなく、家計保険に含まれる損
害保険も対象とされたO その際、自分の取引銀行から生命保険を購入
しようとする世帯と、損害保険の購入を希望する世帯がどれだけ重な
り合っているかは、販売戦略上重要な意味をもつとされたO すなわち、
両保険商品の購入世帯がまったく同一ならば、生損保併売が有効であ
ろうし、世帯があまり重なっていなければ、各商品について別個の販
23)
売計画を立てることが必要だからであるO
3)調査結果
生損保両商品について、潜在的市場および直接的市場を構成する世
帯数、米国の全世帯に占める比率を示したのが表2であるO ここから、
銀行等による保険販売に対するニーズは、損害保険市場においていく
ぶん強いことが分かるO
表2 銀行等による保険販売市場の規模
世帯数(単位100万世帯)全世帯に対する比率(単位%)
<生命保険商品>
潜在的市場 9.6
直接的市場 4.6
く損害保険商品>
潜在的市場 11.6
直接的市場 5.8
(出典)Kehrer,K C[1986]pp.109-110より作成O
ー106-
保険事業と「相互参入」
表3は、生命保険商品購入希望世帯と損害保険商品購入希望世帯の
重複度合いに関する調査結果であるO この調査による限り、総じて重
複の程度は高いと言ってよいであろう。たとえば、生命保険に関し直
接的市場に属する世帯(460万)のうち損害保険の直接的市場にも属し
ている(世帯数390万)のは85%弱で、逆に損害保険に関し直接的市場
に属する世帯(580万)のうち生命保険の直接的市場にも属しているの
は67%強である。
表3 銀行等による生命保険販売と損害保険販売
世帯数(単位100万)・全世帯に対する比率(カッコ内の数字)
< 生命保険商 品>
直 接 的 市 場 残 余 市 場 関 心 な し
合 計
崩
直接 的市 場
3 .9 (4 .8 % ) 1 .1 (1 .4 % ) 0 .8 ( 1 ,0 % )
5 .8 ( 7 .2 % )
書
芸
残余 市 場
0 .4 (0 .5 % ) 3 .6 (4 .5 % ) 1 .8 ( 2 .2 % )
5 .8 ( 7 .2 % )
商
lコ
豊
関心 な し
0 .3 (0 .4 % ) 0 .4 (0 .5 % ) 6 7 .7 (8 4 .7 % )
6 8 .4 (8 5 .6 % )
合計
4 .6 (5 .7 % ) ※ 5 .1 (6 .4 % ) 7 0 .3 (8 7 .9 % )
8 0 .0 (100 0% )
(出典)Kehrer,K.C.[1986]p.111より作成。
※この値は、表2との関連では、5.0となるべきだが、この誤差は端数処理の過程で生じた
ものと思われる。
また、生命保険に関し潜在的市場に属する世帯(960万)のうち、損
害保険の購入に関心のない世帯(70万)は約7%で、したがって重複の
度合いは93%である。
上述の重複度が高さから、銀行等から保険商品を購入する場合、消
費者は生損保商品を差別していないと考えてよい。保険市場の実状お
よび政府規制がわが国と異なるので限定的にしか言えないが、銀行に
よる保険販売を認める場合、その前提として生損保兼営の状態にある
方が、消費者のニーズに適合すると考えられる。
-107-
保険事業と「相互参入」
注15)銀行による保険市場への参入の形態には、a)銀行と保険会社の合併、b)銀行によ
る保険子会社の設立、C)保険会社の資本の大部分の取得、d)保険会社との合弁企業
の設立、e)持株会社の設立、8販売協定の締結(排他的な場合と非排他的な場合、
また双方あるいは片方による株式の保有がある場合とない場合がある)、g)ブロー
カー契約にもとづく独立の仲介、がある(OECDl1992]pp.62-63)0
16)1994(平成6)年5月17日付日本経済新聞朝刊「生保窓口販売を制度改革で銀行
界要求」、同5月18日付日本経済新聞朝刊「保険の窓口販売期待全銀協会長、解
禁求める」参照.
17)江頭[1992]p.12参照.
18)関口・茶野[1992]pp.75-76.またこの考え方をさらに徹底させたのが次章で
検討する「持株会社」の考え方である0
19)OECD[1992]pp.121-122.
20)生命保険文化研究所『生命保険用語英和辞典』(1993)によれば、貯蓄金融機関と
は「預金金融機関の1つで、商業銀行以外の相互貯蓄銀行、貯蓄貸付組合、信用組
合の総称」である0
21)全米から抽出した5,000世帯に対しては、面接調査も行われた(Kehrer[1986]
p.108)。尚、Kehrer[1986]からは、この調査の実施年月が不明であるが、文献
公刊の時期からみて、1980年代前半と考えてよいであろう。
22)Kehrer[1986]p.108
23)たとえば、生命保険販売のみを行っているものとしては、Carteret Savings and
Loan of NewJersey、Goldome of New York and Florida、Great American
First Savings Bank of California他があり、また、Michigan Nationalは、損
害保険商品のみを販売する代理店Fairlane Associatesに店舗スペースの一部を
賃貸している。それに対し、生損保商品を併売しているのは、Bank of America、
Mercantile Bancorporationin Missouri、First Federal Savings& Loanin
-108-
保険事業と「相互参入」
Maryland、Society for Savingsin Connecticut他がある(Kehrer[1986]p.
110)O
4.今後の課題
(1)相互参入に関する当面の結論
第1章で述べたように、1992(平成4)年の保険審議会答申では、業
態別子会社によるという形態で保険会社と金融他業態との相互参入を
打ち出していた。また1994(平成6)年の同審議会報告「保険業法等の
改正について」の本文ではその方向が具体的に示された。すなわち、
「保険会社は、銀行(信託業務を営む銀行を含む。)又は証券会社の株
式については、大蔵大臣の認可を受けて、その発行済株式の100分の
50を超える数の株式を取得し、又は所有することができることと」なっ
た。
しかしながら、同報告の前文においてこうした金融他業態への参入
は、「子会社方式による生・損保の相互乗入れを含む保険制度」内部
の自由化を進め、その定着を見極めた後に「段階的に行う」こととさ
れた。業種の垣根を越える金融自由化の原則を「相互主義」に求める
ならば、当然、金融他業態の子会社が保険事業を手掛けることも先延
ばしされる。先延ばしの理由として同報告では、健全性維持のための
ソルベンシー・マージン基準や新しい経営危機対応制度の導入などの
法制化が先決であるとしているO現在保険経営は、収入保険料の伸び
の低調、また金利や株価の低下による運用環境の悪化にさらされてい
24)
る。こうした状況下、業務範周を拡大するという積極論より、当面の
経営安定を確保することが重視されたO
金融他業態との相互参入がタイム・スケジュール上先延ばしとなっ
一109-
保険事業と「相互参入」
たこの際、改めて今後の課題を検討しておきたい。
(2)持株会社形態による相互参入
相互参入の方式としての業態別子会社にも限界が指摘されているO
本来、業態別子会社方式は本体での参入に比べ、リスク遮断、利益相
反行為による弊害防止という点で優れているとされた。しかしながら、
それらの機能が十分発揮されるか否かについても疑問が提示されてい
25)
ると共に、既存の保険会社または金融他業態を親会社とし、その下に
Z6)
子会社を置くことの短所が指摘されている。すなわち、親会社の影響
力を防止する「ファイア・ウォール(業務隔壁)」の不完全さにより、
親会社の影響力を前提とした業務を子会社が遂行する可能性がある。
多様化・高度化する資金需要者のニーズに応えるのが相互参入の1つ
の目的ならば、同じ資金調達という目的のために、保険会社と金融他
業態のいずれを取引相手とするかは、顧客自身が決めるべきことで、
親会社主導で進むべきではない。
そこで金融制度改革の議論の過程で一度放棄された「持株会社方式」
の再考を求める声が出ている。持株会社制は、経営者が多角化を通じ
て組織がその収入を改善し、長期的な成長を確実にしようとする際の
27)
複数企業間の再組織化であるO前章で見たように米国では、銀行持株
会社が一般的で、保険会社、消費者金融会社、投資信託ブローカー・
ディーラー組織、投資信託会社、およびその他の金融関連会社が所有
あるいは統括されている。持株会社は下図のように、3つの基本形態
がある。この中で特に水平的持株会社構造を採れば、親となる持株会
社のもとに既存の保険会社および金融他業態(A、B、C…)が配列さ
れるO それにより会社形態上は、一方が他方に影響力を及ぼす「親子
28)
関係」を脱することができる。
-110一
保険事業と「相互参入」
く
持株会社の構造〉
垂直的持株会社構造 水平的持株会社構造
持株会社 持
A
□
結合的持株会社構造
1 持株一
会社 l
株】
会社 i
□
c
□
B
B
□
C
(出典) Black& Sklpper [1994] p.835.
その他この持株会社には、事業を機動的に運営できるという利点が
ツ、
指摘されているO一つの企業の組織が拡大するに伴って情報伝達や意
思決定が迅速に行われにくくなり、効率性が低下するO そこで有望な
事業部門を分離したり、成長の見込めない分野の会社を統合しようと
するO このように、各事業部門に大幅な権限を与え、効率的な経営を
進めるために社内分社化が進められる。さらにそれを進めて、各事業
部門が独立した会社とし、権限の委譲の徹底化と従業員のモラール高
30)
揚を図ったのが持株会社制と考えられているO
(3)問題点
しかしながら、実際に持株会社は、戦後ほぼ半世紀に渡って独占禁
止法(「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」)第9条に
おいて禁止されているO 同条3項によれば、持株会社とは、「株式を
所有することにより、国内の会社の事業活動を支配することを主たる
-111-
保険事業と「相互参入」
事業とする会社」である。これは事業支配以外の特定事業を行わない
という意味で、より厳密に「純粋持株会社」と呼ばれる場合がある。
一般にその禁止の理由は、純粋持株会社によって事業支配力が過度に
集中すると、兢争が制限され市場メカニズムを阻害する恐れがあると
M、
されるからである。
それに対しては、①競争秩序に何ら悪影響がない持株会社まで一律
に禁止することは、欧米には例をみない過剰な経済的規制である、と
か(り本業を持ちつつ他の会社の株式を所有してその会社の経営権を支
配する会社(=いわゆる「事業持株会社」)は現行法でも認められてい
32)
るがそれらは競争制限的な影響力を持たないといえるか、といった批
判もみられるO
このように一般紙に限定しただけでも、現在様々な角度から純粋持
株会社解禁の是非が論じられているO また折しも「純粋持株会社」の
見直しが政府の「規制緩和推進5か年計画」に加えられることになり、
持株会社解禁論議は今後も予想される。法改正という手続きを必要と
するだけに、慎重な検討が必要であろうが、企業結合形態の1つの選
33)
択肢としてその実現可能性を判断すべきであろう。
いずれにしても、保険会社と金融他業態との相互参入の帰結は、今
後の論議に負うところが大きいO また「多角化」論の高揚・停滞は、
各業態の経営状況に大きく依存し、保険会社の意欲も収入保険料・総
資産利回り等の業績指標にみられる業績不振が足カセとなって減退し
ているO好調時には盛んに他業態への参入が主張されたが、目下生損
保相互参入についても大手を含めて慎重な空気が広がっているとい
34)
うO こうした環境下では、むしろ「ブーム」にもとづく過熟した議論
ではなく、原点に立ち返った一消費者利益の実現を至上の目的(para35)
mountgoal)とする一業務範周の設定に関する検討が期待される0
-112-
保険事業と「相互参入」
注24)生命保険会社の収入保険料は、昭和63年度に対前年増加率21.4%であったが、平
成元年度から平成5年度までの間、6.3%、▲4.3%、3.4%、4.6%、2.9%と
低迷している(生命保険文化センター F1994年版生命保険フアクトブックJ p.37)。
また平成元年度から平成5年度までの一般勘定の総資産利回りを列挙すると、6.99
%、6.42%、5.02%、4.35%、3.88%である(同書p.40、ただし平成4年度より、
利回り計算式の分子に保険業法第84条評価益を加えて算出)。
25)「たとえば、保険会社が保有株式の値上がりを図って、証券部門を通じてその株
を投資家に推奨したり、保険会社の不良債権回収のために、その会社の社債発行を
引受けるといった行為が、子会社方式を採ることによって、完全に排除しうるかに
ついては、にわかに即断しえない。」水島[1993]p.12.
26)1994(平成6)年11月21日付日本経済新聞朝刊「業態別子会社参入方式の限界」参
照.
27)Black&Skipper[1994]p.834.
28)前述の「保険業法等の改正について」では、保険会社と金融他業態との間のファ
イアー・ウォールとして役員の兼任禁止、アームズ・レングス・ルール(通常と著
しく異なる条件での取引の禁止)を規定している(「生命保険特集」F週刊東洋経済J
No.5233(1994.8.31)p.10)0
29)1994(平成6)年3月31日付日本経済新聞朝刊「持ち株会社解禁論再浮上」
30)弓倉礼一「持ち株会社は羨争促進」平成7年3月29日付日本経済新聞朝刊(経
済教室)
31)持株会社禁止を求める論稿としては、船橋和幸:「持ち株会社禁止は必要」平成
7年3月24日付日本経済新聞朝刊(経済教室)参照.
32)注30)に同じ0
33)馬淵紀幸「持ち株会社認め銀行強化」平成7年3月5日付日本経済新聞朝刊
(経済教室)
一113-
保険事業と「相互参入」
34)1994(平成6)年11月19日付日本経済新聞朝刊「ゴールかすむ保険制度改革」
35)Corsi,J.R.[1986]p.3.
また国際的観点から言えば、米国において銀行・証券の兼営を禁じているグラス・
スティ ーガル法改正の可能性が高いとされているが、銀行持株会社方式による米
国の銀・証兼営という既成事実に根拠法が与えられれば、日本の金融持株会社論に
とっても有利な材料となりうる(高木仁「米、銀・証兼営禁止法改正へ」1995(平成
7)年2月1日付日本経済新聞朝刊(経済教室))。
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