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カンペールにおける グローバルブランドの市場展開

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カンペールにおける グローバルブランドの市場展開
Japan Marketing Academy
取材レポート ─ マーケティング・エクセレンスを求めて 110
カンペールにおける
グローバルブランドの市場展開
─ 製造小売による小売国際化と市場対応戦略 ─
関西大学 商学部 准教授
神戸大学大学院 経営学研究科 教授
西岡 健一
南 知惠子
Camper Together(Barcelona) Collaboration with Alfredo Haberli
Camper Together(表参道)Collaboration with JAIME HAYON
Credit: PHOTOS BY Koji Fujii(Nacasa & Partners Inc.)
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JAPAN MARKETING JOURNAL Vol.34 No.3(2015)
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取材レポート ─ マーケティング・エクセレンスを求めて 110
企画・生産,調達活動を行うことを意味する。
Ⅰ. はじめに
小売国際化は製造業の国際化と比較すると,そ
カンペールは,そのデザインと色彩が特徴的
認識されてきた。本国で生産し製品を輸出する
なことで人気のあるスペインの靴ブランドであ
ことから進出国への生産直接投資へ至る国際化
る。創業地であるスペイン・マヨルカ島の文化
の展開パターンをとるのではなく,小売国際化
に根付く独特な価値観と企業理念を元に,他に
は,店舗を通した製品・サービスを現地市場へ
ない革新的なデザインの靴を数々生み出し,世
適合させる必要性とともに,グローバルレベ
界中に多くのファンを持っている。スペイン・
ルでのサプライチェーン構築と店舗オペレー
マヨルカ島の小さな靴製造企業が,製造小売業
ションの最適化が必須という矛盾した要因を
へとビジネスモデルを変え,この 20 年間で国
満足させることが必要となる。しかしながら,
際化を進め,現在では,店舗デザインが特徴的
SPA(speciality store retailer of private label
な路面店を始め,百貨店など商業施設内の店舗
apparel)を展開するファッションブランドの
も含めて,世界 59 カ国に進出し,売上全体の
企業は,製造部門を垂直統合した小売業態によ
70% が海外市場からとなっている。 デザイン
り,真にグローバル企業として近年めざましく
が左右非対称であったり,様々なデザイナーと
躍進してきていることが注目される。
コラボレーションすることで従来にない個性的
市場動向の激しいビジネス環境に対応するた
な靴を生み出すデザイン力がそのビジネスの特
めに,市場の動きと企業行動を連動させる事業
徴のように見えるが,それだけではここまで世
システムの構築は,その一つの解決になる。と
界中に展開できた説明がつかない。今回,カン
りわけファッション・ビジネスのように市場の
ペールをケースに,急速に小売国際化を成し遂
変化が激しく,市場それ自体が流行の終わりと
げる新たな駆動要因について探っていく。
ともに消滅するような業界では,その市場対応
は非常に重要な問題となる。これらの企業は市
の市場適応の方法から大きな相違があると問題
1)
Ⅱ. 小売国際化と市場対応戦略
場との関係において,市場の需要の変化に即応
カンペール・ブランドの国際的な躍進の駆動
いることで知られている。ファッション業界の
要因を考察するのに,本稿では製造小売りとい
ビジネスシステムでは,垂直統合を指向した
うビジネスモデル,小売国際化,さらにマーケッ
SPA とともに,ファストファッションが注目
ト・ドライビングというそれぞれに関連しあう
されている。このビジネスシステムは,市場情
観点から見てみることにする(図−1参照)
。
報を迅速に製造工程へフィードバックすること
小売国際化とは,小売企業の事業活動が自国
でシーズン期中においても生産調整が可能な仕
外に拡張して展開されることであると定義する
組み(クイックレスポンス以下 QR)を具備し
ことができ(向山 1996) ,具体的には他国にお
ており,ファッションアパレル企業が小売国際
いて出店して販売することのみならず,商品の
化を進めるための重要なドライバー(駆動要因)
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する市場反応型のビジネスシステムを持って
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となっている(南 2009)
。
ることで,柔軟で俊敏性のあるサプライチェー
市場反応型のビジネスシステムを用いつつ,
ンを構築し,市場に即応する力を向上すること
グローバルレベルでの展開を成功させた企業の
に成功した。この事例では,市場反応性の高い
代表として,スペインのザラ(Zara, Inditex)
,
サプライチェーンの構築と ICT の役割により柔
ス ウ ェ ー デ ン の へ ネ ス & モ ー リ ツ(Hennes
軟でかつ俊敏な企業ネットワークを構築できた
and Mauritz 以下 H&M と呼ぶ)が上げられる。
ことが大きな要因として説明される(Minami,
彼らの国際化は,始めからグローバルレベルで
Nishioka and Dawson 2012, 南,西岡 2014)。
の調達ネットワークを構築し,生産と販売のし
一方,それとは別に小売業の新しいシステ
くみにおいて QR システムを採用することで多
ムとしてマーケット・ドライビング(市場駆
品種生産の微調整をしており,店頭在庫回転の
動)型(Ghauri et al., 2008)のビジネスが注
異なる製品ラインに応じて,調達リードタイム
目されてきている。市場情報を元に様々な企業
と生産リードタイム,販売リードタイムの組み
行動(特に製品開発・生産計画)を実行するの
合わせを複数のネットワーク構造の上で成り立
ではなく,企業の主体的な意思と行動により市
つビジネス・モデルを築いたことが注目される
場動向に影響を与え,新たな顧客価値を商品政
(南 2009)。また別の例として,靴下製品の企
策を通して提案する戦略である(Jaworski et
画,製造,卸売,小売を手掛ける「タビオ」で
al. 2000)。2) 例えば,北欧の家具メーカである
は,中規模の企業にも関わらず ICT を元にした
IKEA では,店舗や商品の現地化は行わず世界
独自の事業システムを構築することで,サプラ
中に共通な商品を共通したフォーマットの店舗
イヤーや店舗を資本関係なく仮想的に統合させ
により世界展開を行っている。しかしながらこ
図 —— 1 製造小売り型ビジネスモデルと小売り国際化
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れは単に売りたいモノを売るというプロダクト
ることで,新たなビジネスチャンスがあると考
アウト的な戦略ではなく,店舗と製品はグロー
えた。彼は父祖の代からの伝統を大事にしつつ
バルレベルでの標準化を行っているが,IKEA
も,そのビジネスモデルを見直し,会社を近代
製品をどのように現地の事情に合わせて消費者
的な組織とした。
に利用して貰うか,その提案を行うショールー
カンペールが,国外に目を向けたのは比較的
ムを店舗に設けることで現地化を行っている。
最近のことである。1992 年にスペインで行わ
つまりグローバルレベルでの店舗を含めたマー
れたバルセロナ・オリンピックを一つのきっか
チャンダイジングの標準化とサプライチェーン
けとして,この年からスペイン国外への輸出を
を構築しつつ,世界共通である IKEA 製品をど
始めた。現在では,4つの地域(欧州・北米・
のように利用すればよいかをショールームを通
アジア・オーストラリア)59 カ国に進出し,
して顧客に提案するシステムが IKEA による小
売上全体の 70% が海外市場からとなっている。
売国際化のドライバーとなっている(南,森村
カンペールの単一ブランドである路面店は全世
2010)
。
界で 300 店舗,そのうち直営店は 85 店舗(スペ
インでは 29 店舗)
,全体でカンペール製品を取
Ⅲ. カンペールの沿革
り扱う企業はマルチ/単一ブランドの店舗も含
「カンペール」は,スペインにある製造小売
年から 2001 年にかけて大きく成長し,一時そ
企業であるコフルーサ(Coflusa) が展開してい
の成長は鈍化したものの,後述するように基本
る靴のブランドであり,その語源はカタルー
的な戦略とその実行を見直すことで,最近の売
ニャ地方における「農夫」を意味している。会
上は緩やかだが順調に推移しており,2010 年
社設立以来,フルーシャ一族による経営を行っ
は 157 百万ユーロ に達している。
ており,株式は上場しておらず,現在の CEO
めて 2500 店舗になる。業績については,1998
3)
Ⅳ. カンペールの特徴
は 4 代目であるミゲール・フルーシャである。
1877 年,英国で当時最先端の靴製造技術を学
んだアントニオ・フルーシャがマヨルカ島に帰
カンペールにとり,そのビジネスの基本とな
国して設立した靴の製造会社がその起源となっ
る考え方は,マヨルカ島や地中海の風景,そ
ている。その時以来,マヨルカ島での伝統と文
してその文化にある。その原点となる製品が
化を反映した靴作りを行っており,小売業に進
「Camaleon」である。そしてマヨルカの農民が
出したのは,1975 年に 3 代目であるロレンソ・
履いていた靴をデザインの基本としつつ,その
フルーシャが会社を設立し,自らの製品に「カ
素材も革や布地をリサイクルして作られてい
ンペール」ブランドを冠してからである。彼は
る。こうした伝統や文化を生かしつつ現代的な
ファッションに関心のある多くの人達が,しか
遊び心も取り入れて,カンペールは次々と特徴
しながら靴に対しては保守的な選択をすること
あるデザインの靴を展開している。欧州におい
に注目し,靴をファッションの一つとして捉え
て,
「カンペール」は靴ブランドとして確立さ
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れた観があり市場に浸透しているが,日本にお
で,
「靴」が明確でなくなることを恐れている
いては徐々に浸透しつつあるものの,一般的な
のである。つまり,中途半端で貧相なコーディ
知名度は欧州ほどではない。ただ非常にデザイ
ネート提案をすることで彼らの「靴」そしてそ
ン性がありながらも履き心地が良いという,二
の「世界観」が曲解されて伝わることを恐れて
つの要素が高いレベルで調和しているブラン
いるのである。そのようなサービスではなく,
ドとして根強いファンがいるブランドである。
「靴」を中心にして,店舗における靴のディス
2000 年代の初頭にカンペールのアイコンでも
プレイや店舗デザインを通して,彼らの世界観
ある「Pelotas」というシリーズが知れ渡るこ
を伝えていくことを主眼としている。
とで,日本においても人気のあるブランドと
Ⅴ. カンペールによる商品政策
なった。
デザインのユニーク性もあるが,特に日本で
はカンペールが持つ色合いも評価されている。
日本の消費者による品質に対するこだわり
例えば,北ヨーロッパにおけるカンペールの売
は,他国企業が日本市場に参入するときに直面
れ筋は暗い色が好まれ,黒・紺・グレーそして
する大きな問題の一つである。そして,こうし
茶色など一般的な靴の売れ筋と同じである。一
た消費者の要求に耐えられない,あるいはその
方,日本では,ピンク,オレンジ,黄色やブルー
品質基準を受け入れることのできない企業は日
などのきれいな色合いのものが受け入れられて
本市場で苦戦を余儀なくされることが多い。つ
いる。
まり小売業,特にファッション製品を取り扱う
カンペールは,自らの世界観を確固とし,そ
企業は,日本の消費者に合った仕様を作成し,
れを非常に大事にしており,それがカンペール
日本の品質標準に合わせていくことが重要に
製品に反映される。時代の潮流に乗ってファッ
なってくる。カンペールも当初日本側の要求す
ション・トレンドに追随するのではなく,トレ
る品質基準との間に差があったが,日本側が要
ンドカラーやウェッジソールなど,流行をきち
求した品質に対して誠実に対応し改善していく
んと取り入れつつも,ファッション製品とは一
ことで,現在は日本の基準から見ても品質面で
線を画している。独自の哲学とデザインを着実
の不備がほとんどなくなってきている。
にかつ持続的に育成してきており,このことも
このようなカンペール製品のデザインや機能
顧客を魅力し続ける要因となっている。
に対する魅力が顧客を引きつけているのは確か
このようにカンペールは,商品としての「靴」
である。そしてカンペールのビジネスにおける
の機能やデザインではなく,ライフスタイルを
特徴は,その独特のデザインである「靴」であ
強く打ち出している。が,だからと言って店頭
ることに思えるかもしれない。すなわち製品開
で洋服,アクセサリーとのコーディネートを提
発とそのデザインマネジメント,そして製造面
案することはない。それ以上に,カンペールと
も含めた品質管理が特筆されることになると。
しては,コーディネート提案のような「サービ
しかしながら製品開発能力だけで,そのビジネ
ス」は避けている。コーディネートをすること
スが国際的に展開できることは少ない。優れた
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Ⅵ . 靴によるストーリー展開
技術や製品開発能力をもつ企業は多いが,それ
だけで新しい市場を開拓してくことは難しい。
またそもそも製品での競争優位はその持続が難
カンペールは,靴を中心としたライフスタ
しい。カンペールの強みが製品だけでないとす
イルに対するストーリーの展開を重視してお
るならば,サービスに着目すべきであろう。も
り,そのストーリーを店舗における商品のレイ
ちろんその教育はきちんと行われている。日本
アウト,そしてマーチャンダイジング(商品政
においては,ブロック・リーダーを 5 名(関東
策)で作り上げていくことが会社の戦略となっ
に 3 名と関西に 2 名)配備し,店長のサポート
ている。ここでカンペールの商品政策について
やスタッフ教育を行っている。このように基本
見てみよう。カンペールの基本的な商品政策の
的なサービス品質を維持する仕組みは作られて
考え方は,来店した顧客を常に魅了し続ける仕
いるが,他社との差別化を生み出す要因として
組みを作り,来店するたびに新たな発見がある
は弱い。では何か特徴的なサービス提供,例え
場を提供したいということにある。商品政策は
ば最近注目されているソリューションの提供を
それを実行する前年から計画され,店舗におい
行っているのであろうか。しかしながらカン
て様々なストーリーを提供することで常に飽き
ペールはコーディネートの提案サービスなどは
ささない工夫を行っている。カンペールの製品
行わない。それでは彼らの競争優位と小売国際
は,そのデザインと考え方を「コンセプト」に
化への駆動要因は一体何であろうか。
よりグループ化している。代表的なコンセプ
ト と し て「Camaleon」,「Pelotas」,「Twins」,
図 —— 2 カンペール主要コンセプト
Camaleon 1975
Runner 1984
Brothers 1992
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Twins (TWS) 1988
Pelotas 1993
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Wabi 2000
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「Brothers」
,
「Runner」
,
「Wabi」 が あ り, こ
ンドの効果的な訴求と経営効率化のために,店
うしたコンセプトにはそれぞれストーリーが存
舗フォーマットを標準化し,それを元に地域
在し,長年に渡り継続的にそのコンセプトにし
性や立地条件に合わせて調整していく。その
たがったデザインが発展してきている。こうし
ため,基本的にその店舗はどこでも「同じよ
た「コンセプト」商品には一定の固定客が存在
う」であり,逆にその統一したフォルムでブラ
し,毎シーズン新しい製品を買いに来る顧客が
ンドを訴求していくことになる。店舗によりブ
いる。
ランドを訴求する点の重要性はカンペールにお
カンペールでは各シーズン毎にコレクション
いても同様なのだか,しかしながらメッセージ
を設定しているが,定番で安定した従来ながら
を顧客に届けるためのコミュニケーション方法
のコンセプト,トレンドを敏感に感じ取りなが
として,店舗の役割をより重要なものとしてい
ら頻繁に変化させるコンセプトを併存させてい
る。カンペールでは店舗をブランドのアンバサ
る。各商品のデザイナーや各コレクションの責
ダー(大使)と考え,ブランドのコンセプトを
任者は,商品政策の最終決定者ではないが,そ
唯一直接的に消費者に説明できるツールと見な
の商品やコレクションの見せ方には責任を持っ
している。特に路面店においては,靴を販売す
ている。特に重要なのは色であり,最終的にコ
る場所としてよりも,消費者がブランドを体験
レクションの製品は,店頭で一緒に並べて陳列
して貰う場所としての価値が高い。例えば,カ
されることを考え,色につながりが求められる。
ンペールの表参道店はスペイン人デザイナー
これによって商品政策と店舗が連動して,リズ
のハイメ・アヨン(Jaime Hayon)が,代官山
ムを作り出していくことになる。もちろん色を
店ではドイツのコンスタンチン・グルチッチ
テーマにするだけでなく,機能をテーマにディ
(Konstantin Grcic)が,それぞれのデザイナー
スプレイにすることや,他にもディスプレイ方
の世界観により店舗を作っており,カンペール
法はたくさん考えられ,それらを組み合わせな
ブランドの哲学を共通点としつつ,それぞれが
がら作られていく。つまり靴のデザイン,様々
まったく違うインテリアである。これらの店舗
なコンセプトを元にした靴のデザインと色を
を通して,メディアや顧客にカンペールの世界
ツールとして,そのツールを用いて店頭におけ
を直接体験して紹介できることになる。
る最終的な商品政策のストーリーを作り出して
Ⅷ . 店舗デザインについて
いくのである。
Ⅶ . カンペールによる店舗戦略
カンペールの販売商品は靴であるので,それ
カンペールの大きな特徴は,その個性的なデ
なくてすむ。そのために,狭い店舗面積でも
ザインである靴だけではなく,店舗デザインに
出店でき,店舗面積当たり効率的な経営が可
ある。グローバルに展開しているブランドや
能である。また,様々な出店先の建築構造や
チェーン・オペレーションの小売業では,ブラ
面積に対応した店作りが可能となる。このこ
を陳列するために必要な空間的容積は比較的少
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とは,カンペールの特徴的な店作りを可能とす
な申請,そして工事全体の管理という部分はカ
る外部要因でもある。カンペールでは,靴の
ンペール本社の設計・技術チームが行う。そし
デザインと同じように,店舗にも「コンセプ
てカンペールの強みは,この体制をグローバル
ト」がある。カンペールが 2006 年より開始し
レベルでコントロールしていることである。こ
た,外部のデザイナーとコラボレーションを組
のような仕組みが,デザイナーのアイデアが開
む「Together」プロジェクトでは,1 つのコン
花するような土壌,プラットフォームとなって
セプトで 5 店舗程度しか作らない。また同じ国
いる。
ではできるだけ同じコンセプトの店舗を展開し
実際のところ,Together プロジェクトは多
ない。このように,個々の店舗毎にデザインや
彩なデザイナーが手掛けているが,インテリア
仕様が異なってくるため,これらを基本的に一
デザイナーなど空間設計を専門としているデザ
つ一つ特別仕様で店舗を作っている。
イナーより,むしろそれ以外の分野,例えばプ
「Together」プロジェクトは店舗デザインに
ロダクトデザイナーや工業デザイナーであった
対して始まった企画であるが,現在では靴のデ
り,あるいは建築家が手掛けている例が多く,
ザインにもプロジェクト展開している。現代を
結果的には従来の店舗のイメージを越えた新し
代表するデザイナーや建築家たちが参加してお
いものが発想されている。これは専門が異なる
り,吉岡徳仁,藤原大といった日本人デザイナー
デザイナーが安心して自らのデザインの追求に
も協働している。
集中できる仕組みがあるからであり,その仕組
一般的に店舗はそのビジネスの看板であり,
みの上で非常にユニークな店舗の開発が可能と
商品を販売する大事な顧客接点である以上,店
なる。この仕組みを用いれば,プロフェッショ
舗としての必要な機能やブランドに対するアイ
ナルなデザイナーだけでなく,様々なユニーク
コンを店舗デザインに組み入れることは必要不
な活動をしている個人・団体とも協働すること
可欠な要素である。こうした前提でデザイナー
ができる。例えば,バルセロナの店舗ではホー
にデザインを検討して貰うことになるが,カン
ムレスをサポートする団体とコラボレーション
ペールの場合,デザイナーのアイデアが前提で,
した店舗があり,廃材をリサイクルして作られ
それに対して店舗としての機能を補完していく
た店などきわめて大胆な取り組みが行われてい
という方法をとっていることが特筆される。つ
る。
まり,デザイナーが「カンペール」という企業
Ⅸ . 佐藤オオキ(nendo)のアプローチ
に対するイメージや考え方を店舗の空間で表現
してもらうことを第一義にし,店舗の機能的な
部分はカンペールの設計と技術者がバックアッ
それではデザイナーがどのようにカンペール
プするというのが基本的なやり方である。工事
の店舗をデザインしていったのか,そのプロセ
期間中のデザインの監視やチェックはデザイ
スを紹介する。デザインオフィス nendo の創立
ナーが行うが,それ以外の事柄,建築に関わる
者でありデザイナーの佐藤オオキ氏は,現在世
構造の計算や,予算管理,役所に提出する細か
界で最も注目されるデザイナーの一人である。
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カンペールにおけるグローバルブランドの市場展開
東京とミラノに拠点を持ち,建築,インテリア
あろう。カンペール側が佐藤オオキ氏に依頼し
からプロダクト,グラフィック,そして菓子ま
たのは,このような天井が高くかつ面積の大き
で幅広くデザインを手掛ける。その佐藤氏は,
い店舗へどのようにカンペールらしさを演出す
カンペールとは 2009 年からコンタクトが始ま
ることが出来るか,その店舗デザインであった。
り,大阪の心斎橋店やフランスのパリ,そして
彼が考えたのは,店舗の演出を靴以外のもので
ニューヨークの店舗を手がけている。
はなく,「靴」で演出することだった。
先に述べたように,カンペールの店舗は小さ
な面積で作ることが出来る。そしてその小さな
「靴自体が空中を歩き回っているような,透
店舗の中央に大きな展示台があり,そこに彩り
明人間が歩き回っているような…,演出する
のきれいな靴が並んでおり,たくさんの商品に
ための要素を足すのではなくて,靴自身が自
溢れている活気がカンペールらしさの大事な要
分達の魅力っていうものを自ら語るような,
素と考えることができる。しかしながら店舗面
真っ白な空間の中で靴が歩き回っている。で,
積が大きい場合には逆に難しい。大きなディス
棚に並んでいる靴も徐々に離陸すると言う
プレイ面積を埋めるだけの商品数が靴だけだと
か,徐々に浮かび上がっていくような」,
揃えることが困難である。また天井が高い場合,
商品を見せるには靴が小さ過ぎるし,実際高い
演出を考えた。そしてあえて定番であるカン
ところに陳列してしまうと手が届かなくなって
ペールの靴を樹脂で作り,それを白く塗装する
しまう。では何も置かないと大きな空間ができ
ことで,逆に商品の靴の素材感,色感というも
てしまい,人は「がらんどう」な感じを持つで
のが浮かび上がらせることに成功した。そして
図 ——3 Camper Together Collaboration with nendo
Credit:
PHOTOS BY Koji Fujii (Nacasa & Partners Inc.)
Credit: PHOTOS BY JESSE GOFF
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カラフルなカンペールの靴とのコントラストを
に中心となる顧客層,カンペールがグローバル
意図して,白い靴で壁を全部覆った。
に設定しているターゲット層は 30 歳代として
いる。ヨーロッパ市場において,このターゲッ
「それによって,物に覆われているっていう
ト設定は 30 代前半や 20 代前半も顧客層に入っ
活気みたいな部分っていうのが,実は表現が
てくる。一方,日本では年齢層が高くなり,30
できたりですとか。外から光が入ってくると,
代後半以降がその顧客層の中心になり,基本的
靴によって影が生まれて,お店全体の表情が
には 20 代前半は顧客層に入ってこない。この
時間と共に変化するっていう,すごく動きの
顧客層の差は,販売価格の違いが大きく影響し
あるお店になるなぁっていうことに気づきま
ている。ピナ社とカンペール本社でもこの状況
して。しかも,もう一つの副産物としては,
を認識しており,2010 年度には平均 15%程度
何もなかった時よりも音を吸収するんですよ
の値下げを行うことで,より若い顧客層への訴
ね。吸収と言うか,乱反射させている状態だ
求を行っている。
と思うんですけれど。それによって,不快な
カンペールの日本における顧客比率は女性が
響きを抑えるような効果がありまして。なの
4 分の 3 を占めている。しかし,日本において
で,音とか光とか,あと商品を際立たせるっ
も男女が共通に来店するようなファッションビ
ていう意味でもすごく有効な手段だなと考え
ル内にある店舗だと男性 45%,女性 55%程度
ている。
」
と均衡する。この男女比率は,ヨーロッパでも
4 対 6 程度であるのとほとんど変わらない。男
Ⅹ. ヨーロッパと日本市場
女比は日本市場においても潜在的には男性顧客
~価格帯の違いとポジショニングについて~
層にさらに訴求できることを示すものである
が,現実的な売上ではそのようにはなってない。
欧州市場と比べた日本市場の顕著な特徴は,
現在,日本では百貨店やファッションビル等
その売値の違いからくる市場のポジショニング
への shop in shop 展開が中心となっている。百
である。欧州では,カンペールの製品は一足が
貨店の場合,男性・女性はフロア単位で分離さ
130 から 160 ユーロ程度が平均的な価格となる。
れているが,これは多くのファッションビルも
これは円換算にすると,1 万 6,7 千円となる感
同じであり,中には建物が異なる場合がある。
覚である。それに対して日本では平均 2 万 2,3
ここでどのフロアにカンペールショップを出店
千円がその売価となる。カンペール製品を日本
すべきかを経済的に考えた場合,女性の購買力
で取り扱う株式会社ピナの藤本社長によると,
と売場におけるブランドの訴求力を考慮する
日本での 2 万円,欧州での 200 ユーロというの
と,どうしてもレディース中心のフロアに出店
は大きな市場の境界線と見なすことが出来ると
することになるであろう。こうした出店の結果
いう。
が,男女の顧客層の差になっている要因の一つ
もともと,カンペールは年代で顧客層を見る
と考えられる。
ⅩⅠ. ビジネスモデルの変化と
と幅広い顧客層の支持が強みである。そして特
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カンペールにおけるグローバルブランドの市場展開
株式会社ピナ創立
なブランドを新しく生み出してきた企業であ
る。このプロセスの中で様々な業界に関する
カンペールのビジネスモデルは創業時と比べ
チャネルを形成し,さらにこれらの新しい業界・
ると,大きく変わってきている。靴を製造す
業態へ様々な人材を育成・供給してきた。さら
る製造業から小売業への進出,それに伴い販
に特筆すべきはスターバックスなど新しい海外
売チャネルもマルチブランドの店舗や百貨店・
ブランドとのパートナーシップを結び,日本国
ファッションビル内の靴売場における shop in
内で多店舗展開していくノウハウを蓄積してい
shop での販売から,カンペールの世界観を打
ることである。またサザビーリーグ自身も,様々
ち出していくために単一ブランドの店舗を中心
なブランドを日本国内で紹介して育成していく
とした形態に変わってきている。製造企業が自
ことを企業戦略としている。
らのビジネスモデルを「モノ作り」から「製造
こうしたイノベーティブな会社の姿勢とその
小売」へと転換することで,流通経路全体,そ
ビジネスのノウハウとともに,サザビーリーグ
して店舗での顧客の行動を管理把握することが
が持つ資金面での裏付けも心強い。大都市,特
できる。つまりカンペールが望む方法でマー
に東京の一等地に店舗を展開するためには,初
チャンダイジング(商品政策)を行うことがで
期コストにおける土地に関するコスト(敷金や
き,自分たちが製造した靴を自らが望むやり方
家賃等)が大きな問題となる。好立地でブラン
で陳列することができるようになる。そして顧
ド展開には適地が見つかっても,資金面の問題
客サービスも直接手掛けることができる。2000
で出店を諦めなくてはならないことが起こる。
年代の前半はこのようにカンペールのビジネス
またピナ社長の藤本氏によると,サザビーリー
モデルが変化している時であった。カンペール
グが築いてきた百貨店や商業施設との関係も大
が日本法人を作ったのは 1997 年,3 社 に対し
きい。サザビーリーグが様々な種類のブランド
てディストリビューターという形で販売代理店
と店舗を展開し,成功させてきた実績が信頼に
として契約,販売を行った。それまでカンペー
繋がっているために,新たなブランドを立ち上
ル製品は,日本から様々な会社が直接ヨーロッ
げる際にも今までの信頼関係から出店を許可さ
パで買い付けを行っていることで消費者に届け
れやすいというのである。
られていた。そして,2005 年に日本のサザビー
このような利点を元に,株式会社ピナはサザ
リーグと合意をし,合弁で株式会社ピナを設立,
ビーリーグが 90%,カンペールが 10%の出資比
2006 年から日本におけるカンペール製品の販
率で設立されたジョイントベンチャーである。
売は独占的にピナ社が行っている。その頃カン
初年度である 2006 年は 20 店舗を開店したが,
ペールは,日本においても,三社ある取引先を
現在では 40 数店まで展開している。
4)
整理して,より強くカンペールの世界観を提供
できるモノブランド店舗が可能なパートナーを
探していた。その中でサザビーリーグと出会う。
ⅩⅡ. カンペール,日本法人とピナの役割
サザビーリーグは,衣料・雑貨・飲食の様々
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カンペールは企業名でなくブランド名だが,
ある。各店舗ではそれに基づいてディスプレイ
社員の間でもコフルーサという会社名で話すこ
を行うが,各店舗で少しづつオリジナルを出せ
とはほとんどないという。カンペールの日本法
る要素を設けてはいる。しかしながら,各店舗
人は,カンペール ジャパンという言い方をす
に全面的に任せると,そのルールが少しづつ異
るのが一般的である。しかしながら,日本にお
なってくることになる。従業員は好意的にもっ
いてカンペールを運営するに関するほとんど全
とこうすれば良くなるという想いから,徐々に
ての業務はピナが行っている。日本で販売する
自分好みにサービスを変更してしまうことがあ
商品の選択から,仕入れ,輸入業務,販売促進
る。カンペールでは,各店舗の商品ディスプレ
そして広告宣伝,販売まで一貫して行っている。
イについて,ブランド・コンセプトを顧客に伝
出店に関するイニシアティブもピナが行ってお
えるための手段として重視している。そのため,
り,ピナ側で出店候補地を提案し,スペイン本
各店舗のそれぞれの従業員が,個人の感覚で異
社と日本法人が合意する形で決定となる。
なる陳列のしかたをしてしまうと,ブランドの
商品は全世界で共通であり,日本向けに特別
訴求力が弱まるという判断から,商品陳列を通
な改造や修正を行うことはない。靴自体のデザ
じたブランド・コンセプトの伝え方を統一して
インは,スペインにあるカンペール本社の主導
教育するために,カンペールジャパンの従業員
で行われる。しかしながら日本市場の大きさと
が全国の店舗をまわり,指導を行っている。
ともに,東アジア市場全体に関する日本市場の
ⅩⅢ. ブランドとしてのカンペールの役割
影響力を考えると,その製品開発において全
く日本市場の特性を無視しているわけではな
い。製品開発工程における量産化するための最
広く知られたブランドを様々なビジネスに多
終的なプロトタイプ作りの段階では,世界各国
角展開するビジネスモデルは,カンペールにも
の様々な担当と共にピナの商品政策担当が呼ば
適用可能であろう。つまりブランドをライセン
れ,デザイナーチームとミーティングを行う。
ス化し,時計や洋服など靴に関わる様々なアク
ここでは,試作品の日本市場での適性,日本市
セサリーやファッション,そしてサービスをビ
場に適した色の意見をデザイナーに伝える。必
ジネスへ展開することである。しかしながら,
ずしもその意見が通るわけではないが,デザイ
カンペールはそれをしようとはしない。カン
ナーの方では最終的なラインアップ開発に参考
ペール社 CEO,ミゲール・フルーシャ氏は,
とする。
次のように語っている。
カンペールジャパンは,カンペールに対する
取材や広報,あるいは日本で活躍するデザイ
「正しくやれば,様々なビジネスに多角展
ナーをスペイン本社に紹介したりと,リエゾン
開できる潜在的な能力があるとは思います。
オフィスの役割が中心となる。しかしながらさ
でも多角化はしません。つまりブランドをラ
らに重要な役割を持っている。カンペールには
イセンス化することはしません。
(バッグを
世界で共通のディスプレイ・ルールというのが
販売する)日本だけが唯一の例外です。時計
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カンペールにおけるグローバルブランドの市場展開
や洋服など,あらゆるものにブランドをライ
シュランの星付きレストランを経営しており,
センスして欲しいと要望を受けていますが,
地元の人達に大変人気である。しかしこれらは
常にお断りしています。ブランドを管理した
事業の多角化を意図してブランドを活用してい
いという理由もありますし,有名ブランドだ
るのではなく,あくまでもカンペール・ブラン
からといってどこにでもロゴを付けて売るべ
ドを語るためのコミュニケーションツールとし
きではないと考えています。危険だと感じま
て存在しているのである。
すし,それよりも正しいか間違っているかで
はなく,我々は望まないのです。
これからの私たちの最大のチャレンジは,
ⅩⅣ. ケースのまとめ
~製造小売りによる小売国際化への戦略要因~
優れた製品を作り続けること,そして顧客に
とって重要な現在の親しみやすいブランドで
ここでカンペールのケースをまとめてみよ
あり続けることを保つことです。そのために
う。第一に指摘されるのは,製造小売業態の重
は,優秀な人材に対して魅力的であるための
要性である。カンペールのビジネス国際化には
資源を持ち続けることでしょう,これこそが
製造業から小売業へのビジネスモデルの変化が
将来に対しての最大の挑戦です。
」
大変重要な意味を持っている。小売業に進出す
ることで,商品政策を全面的にコントロールす
カンペールはスペイン・バルセロナとドイツ・
ることが可能となり,カンペールの世界観をグ
ベルリンに「カサ・カンペール」というホテル
ローバル規模で正しく消費者に伝えることが可
を経営している。そしてホテルに併設してミ
能になるからである。つまりカンペールの考え
図 —— 4 カサ・カンペール(Casa Camper)
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ていることが,進出先現地の都合で解釈が変わ
ことで規模の拡大に伴うグローバル化に対応し
らないようにコントロールすることが可能とな
ている。つまり,製造小売り企業としての成長
る。逆に言えば,カンペールの「デザイン」を
戦略に必要な要件は,エントリーモードの柔軟
武器とした戦略を実行するためには,小売りを
性と,戦略の本社主導と小売りオペレーション
自ら行う必要があるのである。shop in shop 形
の標準化が重要性を持つと指摘できる。
態での出店を繰り返した場合,カンペールのブ
カンペールはそのブランド哲学に貫かれた経
ランドを認知していない顧客がたまたま店舗を
営とイノベーティブなアプローチが特徴づけら
訪れ,靴としての履きやすさやデザインからカ
れるであろう。このブランドにとって唯一の製
ンペール製品が選ばれていくことが多くなる。
品である「靴」
,それが販売され顧客に届くこ
一方,路面店の場合は,ブランドを知っていて,
とは,ブランドの哲学を消費者に届けることと
「カンペールの靴を見に行こう」ということに
なる。すなわちカンペールにとって「靴」はそ
なる。日本においては,路面店と shop in shop
のブランドを浸透させる方法として存在してお
の組み合わせがその市場成長における妙となっ
り,同時に「靴」を購入する場所としての店舗
ていることが指摘できる。
もブランド・コミュニケーションを行うための
このように企業としての成長期に,製造小売
効果的な方法として存在している。すなわち,
りとして小売戦略を強化することの重要性をこ
店舗自体を顧客へのブランド・コミュニケー
の事例は指摘するが,さらに特筆すべき事柄は,
ションの場と位置づけ,ブランド認知レベルを
新市場への進出時に,直営店とフランチャイズ
向上させる戦略なのである。店舗一つ一つにス
戦略の両方の参入モードにより規模拡大を図っ
トーリー性を持たせるというイノベーティブな
ている点である。商習慣の違いや市場性,そし
手法により,デザイン戦略そのものをブランド
てブランドを浸透させるための初期投資を考え
化したことが,グローバルな成功の原動力と
ると,現地への進出は,資本力のある現地企業
なったことが分かる。
の資本を利用することが望ましくなる。これに
カンペールのビジネスモデルは多角化を志向
より,その市場で急速に店舗を拡大し,ブラン
するのではなく,あくまでも靴を主役とした製
ド浸透を図ることが可能となる。しかしながら
造小売のビジネスモデルである。靴の販売価格
同時にこの方法は,パートナー企業の思惑との
を維持することで粗利を確保するために,靴も
調整コストがかかることになる。そこで,商品
さることながらマーチャンダイジングも含めた
政策の主導権はカンペール側で保持しつつ,商
デザイン戦略,特に,ショールーム化された店
品政策の一貫性を実現できるパートナーとの合
舗が大きな役割を果たしている。つまり「デザ
弁を考えることになる。このようにエントリー
イン」を元にビジネスを駆動させているのであ
モードでは,その出店に関しては柔軟な手法を
る。
「靴」の機能や商品を年齢や性別等で市場
とることが必要となる。一方,店舗の形態やデ
を設定して売るのではなく,理念や世界観を打
ザインは非標準化戦略をとるものの,店舗オペ
ち出すことで,ライフスタイルセグメンテー
レーションやMDにおいては標準化戦略をとる
ションを可能とし,そのために世界中に展開で
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カンペールにおけるグローバルブランドの市場展開
きる市場が存在することになる。これもカン
トを軸として,市場をドライブする独自の小売
ペールの国際化を大きな武器である。
国際化を展開しているといえる。
カンペールは市場情報を収集しているもの
の,それを製品開発や MD 政策に全面的に活用
させてはいない。カンペールの製品デザインは
品質・機能面で強味を持つが,原型となるデザ
謝辞
イン企画を発展させることに注力し,流行を直
本稿の作成にあたり,エジンバラ大学のジョ
ン・ドーソン名誉教授には,調査対象者の紹
接的には反映させていかない。あくまでもカン
ペールの世界観と哲学が,デザインを通して,
そのビジネスを駆動させているのである。この
ようなカンペールの戦略は,市場反応(市場情
報に基づく製造調整)型ではなく,店舗を通じ
介と様々な取材協力・研究上の示唆を頂いた。
また,バレンシア大学マルタ・フラスケ准教
授からは取材協力,そして様々な資料提供を
頂いた。記して感謝したい。
たブランド・コミュニケーションを展開するこ
とで,新たな市場を開拓していくマーケット・
ドライビング型の戦略をとっていると言える。
プロアクティブに市場需要を作り出すことによ
り,市場反応型より安定的に規模拡大が可能に
なる。そしてドライビングするための駆動要因
がデザイン戦略となる。ファッション業界のデ
ザイナーではなく,建築家や外部デザイナーを
起用した「Together・プロジェクト」
,つまり
ファッション業界以外のクリエイターとコラボ
レーションを行うことは,カンペール独特の世
界観と哲学を伝えるためのコミュニケーション
手段の多様さを実現するための仕組みであり,
継続的に発展していくためのメソッドとなるの
である。カンペールは 2000 年代初頭,その成
長に陰りが見えた時があった。この時,自らの
インタビュー協力者(役職は取材時)
5)
Miquel Fluxá, CEO, CAMPER
Philippe Salva, Global PR Manager, CAMPER
Katherine Danby, Head of Global Media&Digital
Communications CAMPER
Jumpei Ushiyama, Designer CAMPER
Anuska Menéndez, Product Department, CAMPER
Stephan Steder,
Head of Customer Operations,
CAMPER
Henri Devos, Head of Retail HR, CAMPER
Mariano Alonso De La Hera, Sales & Distribuitors
Director, CAMPER
Susana Marin, Directora/General Manager, Casa Camper
Barcelona
Albert Raurich, Dos Palillos Barcelona
Naoko Okano, Office Manager Japan, CAMPER Japan
Oki Sato, Chief Designer, nendo Inc.
Kinji Fujimoto, President, Pina Inc.
Tomoko Horiuchi, Store manager of Omotesando, Pina.
Inc.
ブランドをコミュニケーションすることに注力
することを徹底させた。日本における販社の統
一,そして together プロジェクトは,店舗を通
注
1)Frasquet(2013)
2)Ghauri et al.,(2008)は,マーケット・ドライビン
グ戦略をプロアクティブなアプローチであり,サプ
ライヤーのネットワークと市場構造を変化させるも
じたブランド・コミュニケーションを徹底する
ために行った施策なのである。
カンペールの事例は,デザイン・マネジメン
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http://www.j-mac.or.jp
Japan Marketing Academy
取材レポート ─ マーケティング・エクセレンスを求めて 110
のとして捉えている。
3)Frasquet(2013)
4)3 つのディストリビューターは地区別で担当を整理
した。東京都内は3社,それ以外は関東から北,関
東から西は二社で地区別に分けていた。
5)正式社名は Formentor Corporation である。
西 岡 健 一(にしおか けんいち)
関西大学商学部准教授(専攻:サービス・イノベーショ
ン論),PhD(エジンバラ大学)
略歴
エジンバラ大学ビジネススクール博士課程修了。
参考文献
南知惠子 (2009)「ザラの SPA 戦略とグローバル化」『小
売企業の国際展開』向山雅夫・崔相鐡編著 , 所収論
文 ,181-198 頁 , 中央経済社。
南知惠子,西岡健一 (2014)『サービス・イノベーショ
ン -- 価値共創と新技術導入』有斐閣。
南知惠子,森村文一 (2010)「サービス・イノベーション
IKEA Japan の事例グローバル製造小売業における
サービス・イノベーション」内閣府経済社会総合
研究所,平成 22 年度国際共同研究サービス・イノ
ベーション政策に関する国際共同研究報告書所収。
向山雅夫 (1996)『ピュア・グローバルへの着地』千倉
書房。
Frasquet, M., (2013) "Camper as a Model of Innovation",
Inner circulation report ( 非公開レポート).
Ghauri, P. N., V. Tarnovaskaya and U. Elg (2008) "Market
driving multinationals and their global sourcing
network", International Marketing Review, 25(5),
pp.504-519.
Jaworski, B., A. Kohli and A. Sahay (2000) "Market-driven
versus driving markets", Journal of the Academy of
Marketing Science, 28(1), pp.45-54.
M i n a m i , C . , K . N i s h i o k a a n d J . D a w s o n (2012)
"Infor mation T ranspar ency in SME Network
Relationships: Evidence from a Japanese Hosier y
Firm", International Journal of Logistics: Research
and Application, 15(6), pp.405-423.
マーケティングジャーナル Vol.34 No.3(2015)
http://www.j-mac.or.jp
日本電信電話株式会社,西日本電信電話株式会社等
を経て現職。
主要著作
『サービス・イノベーション -- 価値共創と新技術導入』
有斐閣(2014)(南知惠子との共著)
南 知惠子(みなみ ちえこ)
神戸大学大学院経営学研究科教授(専攻:マーケティ
ング論)博士(商学)(神戸大学)。
本誌編集委員
160
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