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Title ボール運動のルール作りに関する事例的研究 Author(s) 高瀬, 淳也

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Title ボール運動のルール作りに関する事例的研究 Author(s) 高瀬, 淳也
Title
ボール運動のルール作りに関する事例的研究
Author(s)
高瀬, 淳也; 吉本, 忠弘
Citation
釧路論集 : 北海道教育大学釧路校研究紀要, 第43号: 113-119
Issue Date
2011-12
URL
http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/2877
Rights
Hokkaido University of Education
釧路論集 -北海道教育大学釧路校研究紀要-第43号(平成23年度)
Kushiro Ronshu, - Journal of Hokkaido University of Education at Kushiro - No.43(2011):113-119
ボール運動のルール作りに関する事例研究
高 瀬 淳 也1・吉 本 忠 弘2
1
2
鹿追町立上幌内小学校
北海道教育大学釧路校保健体育講座
Eine Praxisuntersuchung auf den Ballspiel in die Schule
Jyunya TAKASE1 and Tadahiro YOSHIMOTO2
1
Kamihoronai Grundschule
Kushiro Zweigschule, Hokkaido Universität für Leibeserziehung
2
Ⅰ.はじめに
られる(6-207頁以下).
2012年に開催予定のオリンピック ・ ロンドン大会におけ
このようなことから,ボール運動の授業においては子ど
る正式種目は,合計38種目に上り,その中の10種目を球技
も達の技能向上に寄与する目的で、国際ルールや大人が行
が占めている.球技は,世界各国で絶大な人気を誇ってい
なうゲームの形式をそのまま授業に適用させるのではな
る種目であり,子供から大人まで幅広い年齢層の競技者を
く,指導対象となる子ども達の実態に合わせ,教師による
有している.この種目は,国内的あるいは国際的に統一さ
オリジナルのルール設定が重視されよう.そこで,本研究
れたルールに従って,ボールもしくはそれに類似したもの
は,子ども達の実態を踏まえたルール作りの指導実践にお
を用いて個人,グループもしくはチーム間で行われる攻防
いて,教師がルールを作る思考過程を縦断的に分析するこ
(7-175頁)
の中で得点の多寡によって勝敗が決せられる
.それ
ゆえ,個人技能のみならず,相手との駆け引き,チーム戦
とで,今後のルール作りの研究に資することを目的とす
る.
術の内容が勝敗に大きな影響を及ぼす.
このような魅力を有した球技は,体育教材としてもなじ
Ⅱ.指導事例
みが深いものであり,小学校体育授業において,低 ・ 中学
1.子ども達の実態
年で「ゲーム」,高学年では 「ボール運動」 という名称で採
本論において考察対象とするのは,S町立S小学校にお
用されている.小学校新学習指導要領においては,「ボー
ける4年生の児童30名(男子13名,女子17名)を対象にした
ル運動の学習指導では,互いに協力し,役割を分担して練
フラッグフットボール注1)の指導実践である.子ども達は,
習を行い,型に応じた技能を身につけてゲームをしたり,
前年度のゴール型ゲームにおいて,初めてオフザボールの
ルールや学習の場を工夫したりすることが学習の中心とな
動きを学習した.当時は,空きスペースに移動してパス
る.また,ルールやマナーを守り,仲間とゲームの楽しさ
をもらうことを中心に学習を進めた.その際,「ボール保
や喜びを共有することができるようにすることが大切であ
持者が移動できないルールを設定したドリルゲーム」 等を
る」(1-18頁)と記されている.これに関して,高橋らは,ボー
用いた.そこでは,空きスペースを見つけやすくするため
ルゲームにおける授業の進め方の留意点として, 「大人が
の配慮として,床に目印(島)を置き,「相手のいない目
行っているスポーツの公式ルールを適用するのではなく,
印を探して移動できる」ことを目指して指導してきた(表
ルールや場,道具の工夫が重要になってくる.ルールなど
1).このような工夫を用いることで,ボール運動に慣れ
を子ども達に工夫させることも大切であるが,あらかじめ
ていない子ども達の集団に特有な,
「ボールに集まる団子
教師が易しく楽しい教材を提供し,その教材にかかわって
状態」を解消し,コートに立つ全員がボールにかかわろう
(8-141
子ども達に創意工夫をさせていくことが大切である」
と動く姿が見られた.また,
「~番の島を通って,…番に
頁)
と述べている.ボールゲームにおけるルールの工夫は、
移動しよう」など,島を目印にして,具体的な作戦も立て
体育授業にとどまらず、 競技スポーツの専門的トレーニン
て学習を進めることができた(5-205頁).本実践では,3年時
グにおいても積極的に取り入れられている。 たとえば,
に学習したことをベースにして子ども達がオフザボールの
ゲームで行われるプレイの特別な部分の学習に焦点を絞
動きを,より具体的に把握し,行動できるようになること
る目的で,サッカー競技において2対2,4対4といった
を目指した.
ゲームで特別なルールを設定して練習することなどが挙げ
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高 瀬 淳 也・吉 本 忠 弘
表1 3年次におけるゴール型ゲームの単元構成
2.教材づくりの視点
「移動してパスをもらうオフザボールの動き」の学習に関し
小学校学習指導要領において第3・4学年の「ゲーム」に
て,
「どこに移動するとよいのか」に戸惑う児童が多く発
おける技能目標には次のように記されている.「コート内
生する.特に,ボール操作に苦手意識を感じている子ども
で攻守入り交って,ボールを手や足で操作したり,空いて
にとっては,常に状況が変化するゴール型ゲームでは,「
(1-51頁)
いる場所に素早く動いたりしてゲームをする」
.筆者
空きスペースを見つけ」さらに「ボールを受けとる/ボール
のこれまでの経験によると,このように「ボール保持者と
を投げる」ことを即座に判断して行うことは難しい.
自分の間に守備者がいないように移動する」こと,さらに
このような子どもに対しては,ゲーム中にしばしば,子
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ボール運動のルール作りに関する事例研究
ども同士で「右に移動して」
「左側に行って!」などのア
に進めるには「止まった状態で受けるパス」よりも,空きス
ドバイスが行われる.しかし,ゲーム中の「右」という指
ペースを狙って「投げ手」と「受け手」が協働したパスの成立
示は,自分とボール保持者,自分とゴールとの距離,自分
が重要になると考えたからである.このようなことから,
と守備者などのなかから,何を基準にしての「右」なのか
「移動してパスを受ける」技術の学習を準備運動から取り入
がの判断が難しい.ボールを捕球する技能が低い児童であ
れた.
ればなおさらであろう.
また,学習指導要領に記載されている「規則を工夫した
そこで本実践では,3年次に行なったのゴール型ゲーム
り…」
「作戦を立てたり…」という内容(1-17頁)を考慮に入れ
同様,体育館の床に目印(以降,島)をおき,それに向け
た.本単元では,できる限り子ども達からの質問や要望を
て移動するようにした.島には1~9の番号が大きく書か
取り上げようと考え,この3時間を利用し,子ども達にた
れているため,移動する場所が明確であり,
「3番を通っ
くさんのゲームを経験させて「~の時は…したらいいかな
て,9番でパスをもらおう」など,作戦もより具体的にた
」という課題意識がうまれやすくなることを期待した.し
てやすくなる.番号が振ってあることは,運動経験の少な
かし,日頃あまりボールを使って遊ばない児童にとって,
い児童も,移動する場所が明確であるため,安心して取り
3時間で「ゲームのイメージ」を膨らますことや,ゲーム
組めると考えられる.
に必要な基礎技能を養成することは非常に難しい.これに
関して筆者は,
「運動の日常化」をキーワードにして,3
3.指導実践の概要
時間であってもボール操作技能獲得とともに,ボール操作
本実践の単元計画は表2の通りである.以下,単元計画
の練習方法を身につけさせることを重視した.
に則り,1~3時間目,4~5時間目,6~7時間目,8
~9時間目における特徴的なできごとについて報告し,そ
2)4~5時間目 ボールを持たない動きの学習
の内容について後段で考察を加えることにする.
先ず,本単元を構成するとき,ボールを持っているとき
の「ランプレー」と,パスをもらうための「パスプレー」
1)1~3時間目 オリエンテーション
のどちらを先に学習するかを考えた.これまでの授業から
この3時間は,本単元で扱うゲームのやり方やルールの
見た児童の実態を考慮に入れ,次のように考えた.
説明を始め,ボールを投げる・捕るなど,フラッグフット
①先にランプレーを学習するとパスを出す意識が薄れるこ
ボールの学習に不可欠な基本的ボール操作の学習を目的と
した.
そこでは,
3年次で学習した内容の振り返りも兼ね,
「パスは,相手の胸をめがけて投げること」「ボールキャッ
チは,両手でおにぎりの形を作ること」
「パスがほしいと
きは,ボールを持っている人に声をかけること」という3
とが予想される
②「ディフェンスのいないところへ移動してパスを受け
る」ことを多く経験させたい
③パスをもらうために動くことで,ディフェンスを引きつ
け他の味方がフリーになる
つを重視し,さらにこれらのパスに関する技能をベースと
以上3点の理由からパスプレーを先に学習することにし
して,「移動してパスを受ける」技術の学習へと発展させ
た.
ていった.なぜなら,本単元のゲームにおいて攻撃を有利
また,この時間は,動きにある一定の制限を設けること
表2 単元計画(9時間扱い)
フラッグフットボール大会
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高 瀬 淳 也・吉 本 忠 弘
にした.特に,本単元のメインテーマである「パス」に関連
する動きを行いやすくし,子ども達が積極的に「パス」に挑
戦できることをねらいとして,パスを受ける状況で3対2
の攻撃の数的優位を意図的に作り出せるようにした.ま
た,制限として,攻撃のボール保持者は,ボールを受けた
後,左右にしか動けないようにし,パスプレーしかできな
いようにした.同時に,その正面にいるディフェンスも左
右にしか動けないようにした.
4時間目からは,ゲームが始まる前に作戦を立てる時間
を設けた.これに関して,先ず,本学級における体育授業
での作戦学習,および今回のフラッグフットボールでの作
戦の扱い方について紹介しよう.筆者のこれまでゲームを
扱う指導の多くで,子ども達同士で作戦を立てる場面を設
定してきた.そこでの子ども達の作戦内容を見ると,
「声
を大きく出そう」
「仲良くプレーしよう」と言った情意的
内容や,
「男子は得点の高いほう,女子は得点の低いほう」
というような技能差で役割分担を決める内容になることも
ある.
本学級は,特別支援所属の児童2名と,運動技能が低く
支援を必要とする児童が4名程いる.学級担任として,や
はり技能の高い,低いにかかわらず,全ての子ども達が活
躍できるゲームにしたいと考え,
「ボールを持っていない
こへ動くといいかな?」という発問をすると,「ディフェ
攻撃側の3人がどう動くとよいか?」に焦点を絞った作戦
ンスのいないところ」,「タッチダウンしやすいようにゴー
を考えさせるようにした.この際,筆者が作成した作戦表
ルの近く」と意見が出された.その後,黒板で具体的にど
を配布し,この作戦表に子ども達が自由に作戦を書きこむ
のように動いたらよいかを例示して,各チームの作戦タイ
という形式をとった.作戦表には,すでに攻撃側の3人が
ム・練習時間へと進めた.
記してあり,子ども達が作戦表に線を書き込みながら,ど
筆者は,日頃の授業で,子ども達全員を集合させて板書
の方向に動くか,どこでパスを受けるかを考えるようにさ
や手本の動きを見ながら学習する時間を5分程度に止めて
せた.この活動は,特に技能が低い子どもの活躍を引き出
いる.これに関して,高橋らによると,45分の授業時間に
すという望ましい成果をもたらした.子ども達は,作戦表
おいて,成功体験は6分程度しかないという(3-5頁).体育授
を見て「あの場所まで動けばいいんだ」と,事前に自分が
業において,成功体験は,子ども達にとって何よりも楽し
動く行き先の目安を立てることができるため,
「どこにいっ
い時間である.この時間をできるだけ多く確保するため,
ていいか分らなくて,動きたくても動けない」という状況
本単元でも座って話を聞く時間は挙力減らすよう心がけ
を打破し,安心してゲームに参加することができたものと
た.本単元ではどの授業でもチームでの作戦タイムや練習
考えられる.このことは,授業を参観していただいた先生
時間は常に10分確保できた. 方からも同様の意見をもらっている.
図2は,5時間目の作戦表の一部である.「ヤギのつの
図1は,子ども達が4時間目に考えた作戦表である.図
作戦」と名付けられた作戦では,一度,コート中央に集まっ
1から,決められた場所まで直線的に移動し,そこでパス
て,ディフェンスを引きつけたあと,再度コートに散らばっ
をもらう作戦であり,多くの班がこのような作戦を組んで
てフリーの味方を作るというものである.「カクカクパス
いた.実際のゲームでも,この作戦通りに動いていたが,
(図3)作戦」も,ディフェンスをかわしてパスをもらう
決められた場所に到着後は,両手を挙げて「パス」と声をか
という考えから作られた作戦である.この時間は,全体で
ける子どもが多く見られた.このようなパスの受け方は,
話し合ったあと「ディフェンスをかわす」と言うことを意
守備者から見れば「パスコースを読みやすい」ものとなり,
識した作戦が多く出され,ゲーム中も明らかに動きの変化
結果としてパスは守備者に妨害されることが多く,課題が
が見られた.授業後の子ども達のコメントには「自分がた
生まれる時間となった.
くさん動いてボールをもらうと,点がたくさん取れる」,
5時間目には前時をもとに,作戦通りパスをもらうため
「グルグル作戦はディフェンスを惑わせることができる作
に移動してもディフェンスが近くにいるという場面を示
戦」,「作戦を立てて,練習するのが楽しかった」という動
し,
「作戦通りにパスをもらう人が移動しても,そこにディ
きに関すること,自分のがんばりを評価するコメントが多
フェンスが近くにいたらどうしよう?」と発問した.「ま
く見られた.
た動けばいい」という意見がすぐに出された.さらに「ど
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ボール運動のルール作りに関する事例研究
で作戦を考えてゲームを行った.1回目のゲームでは,
ボー
ル保持者がまず走るプレーが増えたが,ディフェンスにタ
グを捕られゲーム終了になるパターンが多く見られた.ま
た,今までのようにパスを出すチームもあったが,ディフェ
ンスにパスカットされる場面も増えた.1回目のゲーム終
了後,「走っても,すぐに(まん中の)ディフェンスにフ
ラグを捕られてしまう」という課題が出された.ここで,
ボールを持ったときに空きスペースがあれば,まず走った
方がよいことが確認された.また,ボール保持者の前にい
るオフェンスがスクリーンをつくり出すことで,ボール保
持者がより走りやすくなることも確認できた.
ここで,授業者として「状況判断」ということにこだわ
り,あえて「(ボール保持者が)走ったとき,ディフェン
スに囲まれたらどうしよう」と発問してみた.「パスをす
る」,「そのまま走る」というところで,「ボールを持って
いる人が,その場の状況で考えなくてはいけないね」と,
ボール保持者の判断力が大切であると説明した.しかし,
この時間で全体交流の内容は「ボールを持ったときに空き
スペースへの移動」,「仲間の一人が壁を作る」,「ボール保
持者がディフェンスに囲まれたら,状況判断」という3つ
になってしまったため,子ども達も,班での話し合いや
練習でどの動きを中心にするとよいのか混乱していた.児
童の実態から考えても,6時間目の授業では「空きスペー
3)6~7時間目 ボール保持者の動きの学習
スに向かってボールを持って走ること」が学習の中心とな
6時間目からボール保持者の動きに焦点を絞った学習を
り,それを守るために「壁を作る」という内容で終わらせ
行った.6時間目は,空いているスペースを見つけそこへ
たほうがよかったと考えられる.2回目のゲームでは,本
向かって走ることをねらった.そこで,図4-Bのように
時でねらっていた動きを子ども達はあまり意識できず,1
ゲーム開始時の隊形を変え,ボール保持者の左右前方に空
回目の動きとほとんど変わらないゲーム状況であった.
きスペースがある状態を作った.この授業では,1回目の
7時間目では,前述の反省を生かして,まず「空きスペー
ゲーム前に空きスペースができたことを説明し,
「タッチ
スへ走ること」,「ボール保持者が走りやすいよう,壁を作
ダウンをねらってパスをする?それとも,空いているとこ
ること」だけを確認して第1回目のゲームを行った.動き
ろをめがけて(ボール保持者が)走った方がいいかな?」
が焦点化されたため,壁を作ること,空きスペースに走
と発問した.この時点では走った方がよいという意見も多
り込むことはどのチームもよくできていた.しかし,「ま
かったが,パスが通ると得点が3倍という特別ルールから
ず走ってくる」とディフェンス側もわかっているため,そ
「パスがいい」という児童も見られた.その後,各チーム
のままランプレーで得点することはほとんど見られなかっ
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高 瀬 淳 也・吉 本 忠 弘
た.ゲーム後,
前時と同じ内容になり,
「ボールを持って走っ
授業,ゲームを作り上げることができる.このことが,本
ても,囲まれてしまう」という意見が出された.前時では
単元を通じて改めて確認することができた.
「ボール保持者の状況判断」という話をしたが,子ども達
にはあまり意識されていなかった.その分,
「ボールを持っ
Ⅲ.考察
ていない人が近くに寄っていく」
「ボールを持っていない
1.技能向上の観点からみたルール作り
味方が,ディフェンスを惑わすように動けばよい」など,
本単元のようなパスを必要とするゲームは,ボール保持
ボールを持っていない人の動きに話題が集まった.
「ボー
者がパスを送る相手を見つける時間,ボールを持っていな
ルを持っていない人はどう動けばいいかな?」という発問
い子どもがパスをもらえるような状況作りが必要である.
に,様々な意見が出されたが「それを作戦で立てればいい
そこで,本ゲームでは,ボール保持者が,決められたゾー
んじゃない?」という一人の意見で,
「そうだ」と解決に
ンにいる限り,ボールを捕られないようにルールを設定し
向かった.この時間は,全体での話し合いが3分程度で終
た.これにより,ゲーム中にどうしようもなくなってボー
了したため,作戦を考える時間と練習時間を多く確保でき
ルを適当に投げることはほとんど見られなかった.また,
た.そのため,
動きの確認もかなりスムーズにできた.チー
事前に作戦を立て,どの作戦を使うかをチームで決めたこ
ムによっては,短時間に3つの作戦を立てるところも見ら
ともパスを送る相手を決めることと同時に,ボールを持っ
れた.2回目のゲームは,各チームのタッチダウンが増え
ていない子どもが,どこに動けばよいかの目星をつけるこ
たが,ボールを持っていない子どもがディフェンスを引き
とができ,ゲームになじむ上で威力を発揮したものと考え
つけたということにも,互いに賞賛の声が上がっていた.
られる.
また,本単元では,低学年用ドッジボール(柔らかく,
4)8~9時間目 フラッグフットボール大会
当たっても痛くないもの)を使用したが,それでも恐怖感・
この時間は,今まで学習してきたことを生かし,試合を
不安感を持つ子どももいた.このようにボール操作技能の
楽しむための時間として設定した.子ども達が一番楽しみ
低い児童を考慮して,
「ボール保持者から投げられたボー
にしている時間でもある.本来は,近年注目されている
ルが体の一部に当たったらパス成立とし,得点となる」と
スポーツ教育モデルの一つである「クライマックスイベン
いうルールを設定した.このルールにより,ボール操作そ
(2-24頁以下,3-8頁以下)
まで発展させたかったが,他の教科の
のものの技能の低い児童も,作戦にしたがって移動してパ
兼ね合いもあり,準備時間が確保できず,体育の時間のみ
スを受けようと(ボールを体に当てる)ゲームに参加する
で行った.
ことができ,オフザボールの動きの学習を積極的に行うこ
7時間目までは,相手がいつも同じ組み合わせで行って
とができたものと考えられる.また,たとえキャッチに失
いたため,ある程度相手チームの動きが読むことができて
敗しても自分が決断して動いたことがチームの得点につな
いたが,
8~9時間目は,
授業者が意図的に対戦表を組み,
がることは,
「チームに貢献した」というチームスポーツ
この2時間で全チームと当たるように設定した.各チー
独自の達成感を得られることにつながったと考えられる.
ト」
ム,オリジナルの作戦を組み,試合に臨むことができ,ガッ
ツポーズ,
賞賛の声など期待通り,
盛り上がる時間帯であっ
2.子ども達同士の関係からみたルール作り
た.
本学級では,審判を必要とする単元の場合,基本的に子
ゲーム中に1つ興味深いできごとがあった.ボールを持っ
ども達に行わせている.これは,子ども達だけでの遊ぶな
たボール保持者を数名で囲み,フラッグを取るというプ
かで,審判的役割はどうしても必要になってくるが,ルー
レーである.このプレーにより,ボール保持者は,必然的
ル・審判についてのもめ事が非常に多い学級であった.そ
に身動きができない状態になる.このプレーに関して,子
こで,公平公正なルールや審判があるおかげで,ゲームが
ども達は「ぜったいに相手に得点させない守備」として注
楽しく進んでいくことを,学ばせようと考えての取り組み
目したが,ゲームの間の休憩を利用して授業者と子ども達
である.また,「ルールは誰にでも楽しめるものであるこ
で話し合い,禁止とした.これに関して,子ども達からは
と」
「審判の判定には,絶対従うこと(誰でも失敗はあるが,
不満の声も上がった.結果として,授業者の立場から,
「本
それを責めていては進まない)」「審判になった人は,公平
単元で学習してきたことが,ゲームで全く発揮できないと
な目で判断すること」という約束を学級の中で決めた経緯
おもしろくない」という考えを伝えると,子ども達の納得
もあり,体育の授業をきっかけとして,集団の遊び方を学
をえることができた.このようなプレーに関しては,授業
ばせようとする担任の考えがあった.
者は全く想像していなかった.しかし,ボール運動の授業
これに関して,本対象学級は1クラスしかなく学級編成
においては,教師が予想できないようなプレーが出てくる
がないため,人間関係や学級の中での暗黙の役割ができつ
ことは,日常茶飯事である.授業者が準備したゲームをそ
つあった.学級経営において,筆者は,全ての子ども達に
のまま行い授業者がルールブックになってしまうよりも,
一度は「リーダー」として活動させたいという考えがあ
学習指導要領に表記されている「規則を工夫したり」
「ルー
り,担任が席替えやグループ編成を行っていた.本単元の
ルを工夫したり」した方が,子ども達にとっても魅力ある
チーム分けも,上記の理由から,子ども同士の人間関係を
- 118 -
ボール運動のルール作りに関する事例研究
考慮してチーム内異質チーム間同質になるように担任が決
ような子ども達の行動に至るまで,授業者の臨機応変な対
めた.チームのキャプテンも,担任から指名した.各チー
応が常に求められる.
ムには,この単元を通してのふさわしい行動を記したプリ
ントを提示し,それを守るように指導している.また,学
注1
級経営の中で,4人グループを基本とした話し合い活動を
フラッグフットボールはアメリカンフットボールを基に
取り入れてきた.朝の健康観察,教科学習,給食の片付け
アメリカ合衆国で考案されたスポーツである.アメリカン
分担,掃除の仕事分担などで話し合って物事を決定して行
フットボールで行われる「タックル」に代えてプレイヤー
動するようにしてきた.本単元を学習する頃は,すでにグ
の腰の左右につけた「フラッグ」を取ることに置き換えた
ループでの話し合いに慣れて,班での目標,めあてさらに
ものである.ルール等については日本フラグフットボール
仕事分担を決める際にも短時間で決められるようになって
協会ホームページ(http://www.japanflag.org/)を参照さ
いた.
れたい.
今回のフラッグフットボールの授業では,
チーム内,チー
ム同士のトラブルはほとんど見られなかった.教室での活
文献
動でも,常に同じような方法をとっているため,子ども
1)文部科学省(2008)小学校学習指導要領解説-体育編-.
達も特に違和感なく取り組むことができたものと考えられ
2)シーデントップ,ダリル著/高橋健夫監訳(2003)新しい
る.また,審判が明らかな判定ミスがあったときは,授業
体育授業の創造-スポーツ教育実践モデル-,大修館書
店.
者がゲームを止めて判定しなおすこともあったが,「審判
がいったから,
それでいこう.
」と,
判定に不服・不満があっ
3)高橋健夫(2009)子どもの体力に関する課題とこれから
の指導,初等教育資料,2月号,4-9.
たときも,ゲームを止めての抗議ということはなかった.
4)高橋健夫ほか編著(2010)新しいボールゲームの授業づ
くり,大修館書店.
Ⅳ.結語
本論では,ボール運動の授業における「ルールの工夫」に
5)高瀬淳也,高橋健夫,石田譲ほか(2009)学校体育にお
注目し,筆者らの一人が行った小学校4年生のフラッグ
けるボール運動の戦術学習に関する事例的検討,釧路
論集,41,199-208.
フットボールの実践を事例として取り上げ,教師がねらっ
た動きの獲得を目指したルール作りの視点について考察を
6)トニー ・ウェイター (1989)少年サッカー実践上達法,
講談社スポーツシリーズ.
した.その結果,次のことが明らかになった。
①教師が 「易しいゲーム ・ 簡易化されたゲーム教材」 を開
7)内山治樹(2006)「球技」(日本体育学会監修,最新スポー
ツ科学事典,175-178).
発しても,子ども達によるルールの理解,さらには開発
されたルールに則った戦術,技術学習,学習内容を確実
8)安彦忠彦 監修,高橋健夫,野津有司 編著(2008)小
学校学習指導要領の解説と展開-体育編-,教育出版.
に身につけるまでにはかなりの時間がかかる.
②ボール運動が苦手な子ども達への配慮として、 本単元で
は 「オフザボールスキル」 を重視したことから、 「オン
ザボールスキル」に属する 「ボール操作」 については,
毎時間の準備運動の中で取り入れ,継続して扱うように
した.その結果,ボール操作が苦手な子どもであっても
積極的にゲームに関わろうとする姿が見られた.
③教師が考案したルールに則って試合を楽しむのには審判
の養成が不可欠である. 本実践では子ども達に審判を行
わせたが, これを行うには日頃の学級経営において 「子
ども達同士の信頼関係」,「約束ごとの徹底」 に関する指
導が大きく影響する.
筆者のこれまでの指導経験から,体育授業で行ったゲー
ムを,休み時間などに行っている子ども達を見かけること
がある.子ども達にとって魅力あるゲーム,学習材となれ
ば,それが日常の中に入り込むこともありうる.このこと
を考えると,「ルールの簡易化」によってゲームに取り組
みやすくすることが、ボール運動の教材づくりにおいてい
かに重要なことかがわかる.しかし,オリジナルルールの
ゲーム開発は,子ども達の実態把握から,教師が予想しない
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