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ニュースレター NO.2
No.2 2008.5.2 徳島大学疾患酵素学研究センター No.2 2008.5.2 “酵素学研究の国際研究拠点をめざして” “酵素学研究の国際研究拠点をめざして” センター長 木戸 博 蛯名洋介前センター長の任期満了に伴い平成19年9月に疾患酵素学研究センター長 に就任致しました。当センターは、1952年医学部に学内措置として発足した「酵素研究 所」に始まり、1961年文部省から「医学部附属酵素研究施設」として承認・設置され、 今日まで幾多の変遷を経ながら発展してまいりました。開設当時の教授陣には、勝沼信 彦、藤井節郎、市原明と言った日本生化学会の粒ぞろいの俊英がそろい、Wisconsin 大 学の Institute for Enzyme Research をモデルに、我が国の生命科学研究にインパクトを与 えてきました。当時毎年開催されていた「酵素化学シンポジウム」は、ここで発表する ことが全国の生化学を目指す研究者のあこがれであり、当時の最先端研究(アイソザイムの発見等)が熱っぽ く討論されてきました。このような刺激的な環境から、徳島大学はもとより全国から優秀な人材が集まり多く の研究者が巣立って行かれました。初代の3教授に続く安藝謙嗣教授(現 徳島文理大学教授) 、医学部生化学 教室の村松正實教授(前 東京大学医学部生化学第一、埼玉医科大学ゲノム医学研究センター所長)、山本尚三 名誉教授、現在の佐々木卓也教授とは相互に多大な影響を与え会い、地方大学では希に見る生化学の研究拠点 が形成されてきました。国立大学で唯一の医学部栄養学科、疾患ゲノム研究センターとも、教育・研究の両面 で深く連携しながらこれまで発展してきております。当研究施設から巣立ってゆかれた研究者で、我が国の科 学界を牽引する人材は数多く枚挙にいとまはありませんが、すぐに思いつくだけでも黒田弘教授(現徳島大 学副学長)、木南英紀教授(現順天堂大学学長)、佐伯武頼教授(前鹿児島大学医学部長) 、田中啓二博士(現東 京都臨床医学研究所所長代理)、中村敏一教授(現大阪大学教授)、各氏の顔が思い浮かびます。私は昭和48年 弘前大学医学部を卒業しましたが、全国に数ある研究所の中でもユニークな教授陣がそろい、活気ある研究所 で研究生活をスタートしたいと思い、卒業と共に徳島大学大学院医学研究科に入学しました。研究所の歴史は、 ここを度々訪れたり一時期滞在した、何人かのノーベル賞受賞者の研究内容と良く符合します。1970年代しば しば訪問された Feodor Lynen(脂肪酸β酸化機構、コレステロール生合成で1964年受賞) 、1970年代後半に 滞在され初期のプリオン研究に専念されていた若き日の Stanley Ben Prusiner ( 伝播性海綿状脳症の病原体プ リオンで1977年受賞 ), Aaron Ciechanover ( ユビキチンを介する蛋白質分解で2004年受賞 ) 等がおられま す。このように、代謝学―酵素学の時代から分子生物学、ゲノミクスの時代へ、再びプロテオミクス / グライコ ミクスの蛋白質機能解析による生命現象解析への歴史であります。センターでは、世界の研究の流れを写し出 すように、分子生物学、発生工学、プロテオミクス、脳神経科学を専門とする優秀な教授陣に相次いで着任を 願い、自由闊達な研究環境の中で遺憾なくその力を発揮いただいております。 2007年4月、当センターは疾患酵素学研究センターとして改組されると共に、若手研究者に活躍の場を組織 徳島大学 疾患酵素学研究センター 1 2008.5.2 No.2 できるプロジェクト制を導入しました。現在7プロジェクト部門に蛋白質結晶構造解析室の体制で、生命現象 の根源に係わる機構の解明と、基礎研究の最終出口としての病気の発症機序の解明、治療法の開発研究に取り 組んでいます。最近4−5年間の外部資金は、我が国の幾つかの基幹研究プロジェクトを担当するなど、6部門 の総額は年間約4億円で我が国のトップクラスを維持しています。また国立大学附置研究所・センター長会議 のメンバーとして、他大学の研究所と共に我が国の学術研究の中核として先進的研究を推進し、研究者の育成 に力を注いでおります。 今後の我が国の科学行政を私見的に“鳥の目線”から眺めてみると、限られた予算と人材を有効に活用する ための道州制の導入、これに伴うスクラップ アンド ビルドのレールが敷かれようとしており、効率的な小 さな組織への具体的な動きが出始めております。一方では国際化への対応が強く望まれ、グローバル化の具体 策が求められております。このような状況の中で当センターでは、以下の2つの目標を実施したいと計画して おります。①現在、海外6ヶ国、10研究施設との共同研究が実施されておりますが、酵素学の国際研究拠点を 目指して、海外の研究所との連携強化を進めると共に、国内研究所とも一層の連携強化を実施したいと思いま す。我が国の限られた財源に頼ることなく、海外からの研究者と外部資金の導入を視野に入れた研究環境のグ ローバル化を進めます。②研究所の重要な使命である研究者の育成に力を注ぎます。研究センターの優れた研 究設備をフルに活用して、国内国外からの研究者の育成に努めたいと思います。これに対応可能な内部組織の 整備、知財の管理と管理規則等の整備を実現致します。また過度な民族主義や愛国心に陥ること無く、長期的、 歴史的な視野に立った“国際人としての見識”の育成が、研究現場のグローバル化に必須となっており、次の 世代を担う研究者と共に、意識改革を実施してゆきたいと思っております。 (平成20年5月2日) 疾患酵素学研究センターの研究連携 【国内研究機関】 【海外研究機関】 ・大阪大学蛋白質研究所/ 京都大学原子炉研究所 /Spring 8/徳島文理大学 (結晶構造解析) ・パスツール研究所 (SARSワクチン開発) ・シンシナティ大学小児病院 (粘膜ワクチン開発) ・理化学研究所 (プロテオミクス研究) ・東京大学医科学研究所 (発生工学、自己免疫機序) ・九州大学生体防御研究所 (自己免疫発生機序) ・阪大微生物病研究会 化学及血清療法研究会 (粘膜ワクチン開発) ・国立循環器病センター (循環調節因子研究) 徳島大学 疾患酵素学研究 センター 徳島大学 疾患酵素学研究センター ・マックスブランク研究所 (X線結晶構造解析) ・南通大学、吉林大学、 慶北大学 (再生、D-アミノ酸酸化酵素研究など) 大塚製薬、MBL 社、大正製薬 三共製薬、アステラス製薬 帝人ファーマ、べーリンガー インゲルハイム、その他 【企業】 2 ・スタンフォード大学 (インスリン受容体研究) ・インスブリア大学、ミシガン大学 (D-アミノ酸酸化酵素研究) 国際連携 No.2 2008.5.2 研究部門 紹 介 ●シグナル伝達と糖尿病研究部門 蛯名 洋介 教授 インスリン作用の分子メカニズムと糖尿病の病因解明 シグナル伝達と糖尿病研究部門(旧:分子遺伝学部門)は、内山圭司准教授、 湯浅智之准教授、長屋寿雄助教、小倉有子学術研究員(特任助教)、酒井貴久子 技術補佐員、嵩原千裕秘書、私の総勢 8 名の構成である。 我々のグループは 1985 年にヒトインスリン受容体の cDNA クローニングに成 功して以来、遺伝子工学と発生工学を 2 本の柱として“インスリン作用の分子メ カニズムと糖尿病の解明”に重点をおいて研究を進めている。基礎的なテーマと しては、インスリンの重要な作用の一つである細胞内へのグルコース輸送促進の メカニズムについて研究を進めてお り、最近ではインスリンにより活性化された AKT2 がインスリ ンによる糖輸送に重要な役割を果たしている事を報告してき た。また、三量体G蛋白を介したシグナルでも糖輸送の促進が 起こる事を明らかにしてきたが、そのメカニズムの詳細を分子 生物学、細胞生物学、システムバイオロジー、発生工学の手法 を絡めながら進めている。 特に徳島県は 13 年間連続で糖尿病関連死亡率が全国一であ り、この汚名を脱却すべく県および大学が中心になり対策を立 てていく必要がある。我が部門はその研究に関する領域を担当 したいと考えている。 ●病態システム酵素学研究部門 福井 清 教授 D- アミノ酸代謝と細胞死制御システムの機能・構造解析と難治性神経疾患治療法の開発 中枢神経新規調節因子 D- セリンの代謝酵素である D- アミノ酸酸化酵素と新規 アポトーシス制御因子として発見したヌクリングを対象とした分子生物学並び に生化学的研究を行って、ヒト疾患の診断・治療への医学応用を目指している。 (1)D- アミノ酸酸化酵素(DAO)は、本酵素と相互作用してその活性を正に制 御するタンパクをコードする遺伝子(DAOA)とともに、ヒト統合失調症の疾患 感受性遺伝子として報告されている。中枢神経系における D- アミノ酸代謝システ ムの疾患酵素学研究は、本症の病因・病態の解明に重要であり、タンパク立体構 造、組織・細胞における発現、病 態個体レベルの解析を通じて、新規治療法の開発を目指し ている。 (2)心筋細胞分化の過程で発現誘導されるヌクリング遺伝 子は、アポトーシスを制御する機能を有し、新しい細胞死 制御システムを構成している。ヌクリング分子が、Apaf-1/ カスパーゼ9を介したアポトーシス経路を正に制御して細 胞死を誘導し、さらに、ガレクチン-3の発現を NF- κ B を 介して制御していることを明らかとしている。 徳島大学 疾患酵素学研究センター 3 2008.5.2 No.2 研究部門 紹 介 ●応用酵素・疾患代謝研究部門 木戸 博 教授 インフルエンザ感染トリガー酵素の探索とインフルエンザ脳症の原因究明 インフルエンザウイルスは、自己の増殖に必須なプロテアーゼ遺伝子を持って いないため、個体が持つプロテアーゼを利用して始めて増殖が可能となる。その ためウイルス感染の可能な臓器が限定されるが、一方で利用する酵素の臓器分布 が広い高病原性鳥インフルエンザでは、個体への病原性も強くなる。高病原性鳥 インフルエンザウイルスが利用する臓器分布の広い II 型膜結合型プロテアーゼを 新たに発見した。病原性と治療の 両面から注目される。インフルエ ンザの死亡原因は脳症を始めとす る多臓器不全であるが、ミトコンドリアの ATP 産生系酵素の 熱に不安定な遺伝子多型がその重要な原因である事を突き とめた。ミトコンドリアのエネルギー産生不足による活性酸 素の増加、NO 産生の増加と脳血液関門の崩壊・浮腫の発症 の機序が解明されようとしている。これに伴って、ATP レベ ルの低下を防ぐ代謝改善が多臓器不全を防ぐ治療法として 注目された。 ●疾患プロテオミクス研究部門 谷口 寿章 教授 プロテオミクスによる疾患マーカーと創薬標的タンパク質の探索 疾患プロテオミクス研究部門では、質量分析法を駆使した最先端のプロテオミ クス解析技術を用い、診断や創薬の標的タンパク質を同定することを目的として いる。この解析法の利点は、高感度であることと同時に、多数のタンパク質が混 じった試料を直接解析できることにある。この利点を生かした細胞の大規模解析 =網羅的解析をプロテオミクスと呼び、医学領域では、疾患に伴う細胞構成タン パク質の変化の解析による発症機序の解明や血液中に含まれる疾患特異的マー カータンパク質の探索への応用などが重要な課題である。本研究部門では、試料 調製法から測定法、データ処理 などのバイオインフォマティクスに至るプロテオミク ス解析技術の開発を進めると共に、感染性大腸菌、ピロ リ菌などの感染症や、肺ガンや骨髄腫などのガン、骨粗 しょう症など様々な疾患をターゲットとして研究を進 めている。特に、肺ガンで発現が増加している上皮細胞 成長因子(EGF)受容体の下流シグナルの網羅的解析に よる新規タンパク質の同定・機能解析や、ヒト脂肪細胞 の分泌タンパク質の網羅的解析(シークレトーム解析) による新規アディポサイトカインの探索などで成果を あげている。 4 徳島大学 疾患酵素学研究センター EGF 受容体下流シグナルのプロテオミクスにより同定された2 種類の新規タンパク質 Ymer と CFBP はともに Cbl 依存の EGF 受容体の分解に関与していることを見出した。 No.2 2008.5.2 研究部門 紹 介 ●免疫病態研究部門 松本 満 教授 自己免疫疾患の病態解析 自己免疫疾患は胸腺あるいは末梢における自己寛容(self-tolerance)の破綻によって起 こると考えられる。胸腺における自己寛容の成立過程では胸腺上皮細胞による T 細胞への 自己抗原の提示が重要な役割を担うため、そのメカニズムを理解することが自己免疫疾患 の病態解明に必要である。これまでに私どもは胸腺上皮細胞で発現する転写調節因子 NFκB-inducing kinase(NIK)、IκB kinase α (IKK α)および Aire の遺伝子改変マウスを 用いて、これらの転写調節因子の機能障害 が異なるメカニズムによって自己免疫病態 をもたらすことを明らかにしてきた。とり わけ AIRE については本遺伝子が自己免疫 疾患の発症を規定するのみならず、自己免疫疾患における臓器特異性の 決定機構にも関与することを示した。これら一連の研究から、NIK-IKK α 経路は自己寛容成立の「場」である胸腺において、胸腺上皮細胞の初期 の発生段階に必須であるのに対して、AIRE は胸腺上皮細胞が自己抗原を 発現するようになる最終分化段階で働いていることが示唆された。この ように胸腺上皮細胞による免疫系自己の発現機構には様々なステップが 介在すると考えられるが、個々のステップの異常が実際にどのように自 Aire 遺伝子の発現制御下に蛍光分子マーカー GFP を発 己免疫疾患の発症をもたらしているかについては不明な点が多い。これ 現する Aire/GFP ノックインマウスを作製し、胸腺髄質 らの点を明確にすることで原因不明の難病である自己免疫疾患に対し、 に存在する Aire 発現細胞(緑)を可視化した。髄質上皮 細胞のマーカーである EpCAM(赤)との同時染色。 原因に基づいた新たな治療法の開発が可能になるものと思われる。 ●神経変性疾患研究部門 坂口 末廣 教授 プリオン病はどうして起こるのか 正常プリオン蛋白は脳組織、特に神経細胞に強く発現する宿主分子である。プリオン病 では、病原体「プリオン」が感染すると、正常プリオン蛋白が次から次へと構造変換を行 い、異常プリオン蛋白に変化している。プリオンの正体は完全に解明されていないが、主 に異常プリオン蛋白からできていると考えられている。 プリオン病では、どのようなメカニズムで神経細胞死が起こるのか、不明である。プリ オン病では、正常プリオン蛋白が異常プリオン蛋白へ次から次へと変化し、その結果正常 プリオン蛋白は減少し、異常プリオン蛋白(プリオン)は蓄積する。正常プリオン蛋白が 異常プリオン蛋白に変化することにより起こる正常プリオン蛋白の枯渇が、正常プリオン 蛋白の機能障害をもたらし、神経細胞死 を起こすと考えられる。また、プリオン感染により過剰に産生された 異常プリオン蛋白が神経毒性に作用し、神経細胞死をもたらすとも考 えられる。しかし、正常プリオン蛋白の機能が解明されておらず、正 常プリオン蛋白の機能障害がプリオン病で起こっているのか、解析で きず、上記の問題に答えを与えられないのが現状である。当研究部門 では、正常プリオン蛋白の機能の研究を行い、プリオン病における神 経細胞死のメカニズムの解明に努めている。また、プリオン病の中心 的なイベントである正常プリオン蛋白が異常プリオン蛋白へ変換する、 その変換のメカニズムも不明である。当研究部門では、この変換のメ カニズムについても研究を行っている。さらに、プリオン病の治療法 や診断法の研究も積極的に行っている。 徳島大学 疾患酵素学研究センター 5 2008.5.2 No.2 研究部門 紹 介 ●感染症・粘膜アジュバント特別研究部門 木戸 博 教授 経鼻インフルエンザワクチンの開発研究 H5N1 高病原性鳥インフルエンザは、もはや根絶不可能なレベルにまで世界中 に広がり、新型インフルエンザはいつ発生してもおかしくない状況になってし まった。しかし現在の予防ワクチンは皮下注射型の不完全なワクチンで、血液の IgG は増加してもウイルスの侵入する気道粘膜の IgA を誘導する能力を持たない ため、感染を予防することはでき ない。気道粘膜と血液中の抗体価 を共に増加させて予防効果のあ る粘膜ワクチンが、開発の最優先 でなくてはならない。文部科学省の重要課題解決型研究と してこのテーマが選定され、疾患酵素学研究センターで開 発研究が進んでいる。経鼻ワクチンに必須な粘膜アジュバ ントとして、ヒト肺サーファクタントが発見されたが、こ れに類似した合成アジュバントの工業レベルの製造が始ま り、世界初の治験に向かって進展している。 ●結晶構造解析室 藤原 和子 准教授 構造プロテオミクスの推進 遺伝子の発現調節および遺伝子産物の機能解析はポストゲノム研究の重要課 題である。そのためにはタンパク質と種々の生体分子との相互作用の研究が必須 であり、それを構造面から明らかにする最も強力な手段は X 線結晶構造解析であ る。昨年新設された当構造解析室には、最新鋭の X 線結晶構造解析装置が設置さ れると共に助教 1 名が増員されてますます充実してきている。センター内の各研 究グループや学内外との共同研究によって本学におけるライフサイエンス研究 の推進を支援しつつ、レトロトランスポゾンの DNA 配列認識機構やタンパク質 リポイル化機構の研究を進めている。 新しく導入されたX線結晶構造解析装置(左)と大腸菌アポHタンパク質結晶の回折像(右) 6 徳島大学 疾患酵素学研究センター No.2 2008.5.2 TOPICS トピックス−1 トピックス The Institute for Enzyme Research The University of Tokushima 糖尿病になるとインスリン受容体が切断されることの発見 インスリン受容体はインスリン結合部位であるαサブユニットとチロシンキナーゼドメインを持つβサブユニットか らなり、S-S 結合でα 2 β 2 となり、1つのレセプターを形成する。いくつかのホルモン受容体の細胞外ドメインが血清 中に遊離し存在することが報告されている。しかしヒト血清中におけるインスリン受容体αサブユニットの存在と定量法 およびその病態との関連に関しては報告はない。 そこで血清中遊離インスリン受容体αサブユニットを定量する ELISA 系 を確立した。1,2 型糖尿病患者において、血糖値に関連して血中 IR α値が 上昇していることを見出した。またヒトインスリン受容体を発現したトラ ンスジェニックマウスを作製し、ストレプトゾトシン投与で糖尿病にする と、血中 IR α値が上昇した。何らかの引き金で細胞表面上で活性化された プロテアーゼによりレセプターが切断され、αサブユニットが遊離し、血 中に放出されている可能性がある。今後、その分子メカニズムを明らかに する。また、血中に遊離した IR αはインスリンと結合し、不活性化してい ると考えられる。2 型糖尿病が進み、インスリン分泌が低下してくると血 中 IR αは増量し、インスリンを不活化するという悪循環が起こっている可 能性がある。 トピックス−2 乾癬は自己免疫疾患か?───疾患モデルマウス作製の試み 正常な皮膚は表皮細胞の秩序ある角化によって恒常性を維持し ているが、原因不明の難治性疾患である乾癬(psoriasis)では角化 の異常な亢進が観察される。すなわち、表皮基底層のケラチノサイ ト(keratinocyte)は表層へと移行しながら分化を遂げ最終的に角化 するが、この過程が正常皮膚の約4週間に対し、乾癬病巣において は数日程度に短縮している。乾癬は皮膚の「炎症」と表皮角質層が 厚くなる「角化症」とが同時に存在する炎症性角化症の代表である が、本病態に免疫系あるいはケラチノサイトのいずれの機能障害が 関与しているかは未解決の問題である。私どもはケラチノサイト間 の接着に関わるデスモゾーム構成分子 corneodesmosin(Cdsn)の 機能に着目し Cdsn 欠損マウスを作製したところ、Cdsn 欠損皮膚で は乾癬様の病理組織学的変化を認めた。この乾癬モデルマウスを利 用して、乾癬の詳細な病態解析や新たな治療法の開発が可能になる ものと期待している。 トピックス−3 Cdsn 欠損皮膚(右)では対照皮膚(左)と比較し著明な表 皮の肥厚とともに、角質層に至っても核が遺残する不全角 化を認める(Matsumoto M, et al. Proc Natl Acad Sci USA 105: 6720, 2008) 。 重症化するインフルエンザ脳症患者に高率に見られた遺伝子多型: 熱不安定性フェノタイプ症 生後特に異常に見られなかった乳幼児が、インフルエンザ感染時に1−3歳をピークに突然の意識障害、異常行動を示 し、脳浮腫を発症して急速に状態の悪化する疾患が、インフルエンザ脳症である。日本人に特に多いことから遺伝的背景 が示唆されるが、9−10歳以上で発症することは希で、年齢依存性の高い 疾患である。これまでにインフルエンザ脳症で死亡したり、重症後遺症を残 した患者の遺伝子解析から、全体の約6−7割の小児に、ミトコンドリアの 長鎖脂肪酸代謝酵素 carnitine palmitoyltransferase II の遺伝子多型 ( 熱に不安 定な蛋白質誘導変異 ) が見られた。重症化せずに治癒した乳幼児では、この ような変異は希である。重症化した小児の細胞、あるいは COS-7 細胞に患 者の遺伝子を導入した細胞では、高熱(僅か体温が3−4度上昇)時に急速 に酵素活性が失われ(熱失活で 50% 以下に低下)、β酸化障害、ミトコンド リア膜電位の低下、ATP 産生の低下が生じ、エネルギー危機のため細胞機能 障害が発生するプロセスが明確となった。(Yao D, et al. Human Mutation 29(5):718-727, 2008) 徳島大学 疾患酵素学研究センター 7 2008.5.2 No.2 The Institute for Enzyme Research The University of Tokushima トピックス TOPICS D- アミノ酸制御システムのニューバイオロジー トピックス−4 生体を構成するアミノ酸は主として L 体であり、D- アミノ酸は細菌ペプチドグリカンの構成成分など、きわめて限られた生 体成分と従来考えられていた。しかしながら近年になり、我が国の研究者を中心とした生命科学研究の進展により、微生物の みならず植物や哺乳類にも様々な D- アミノ酸が遊離型として、またタンパク質を構成するアミノ酸残基として存在し、多様な 生理機能を発揮していることが明らかにされてきた。哺乳類脳内に発見された遊離型 D- セリン(D-Ser)は、NMDA 受容体の コアゴニストとして作用して、興奮性アミノ酸神経伝達の制御に重要な機能を有し、その代謝酵素として位置づけられる D- ア ミノ酸酸化酵素は、ヒト統合失調症の疾患感受性遺伝子であると報告されてい る。このように、D- アミノ酸を新たな分子標的とする生命科学研究のフロン ティアは、生命の起源に関する考察から、分析化学、酵素学、細胞生物学、食 品・医薬品開発研究まで多岐にわたっている。 病態システム酵素学研究部門では、ヒト D- アミノ酸酸化酵素の結晶構造を 決定するとともに、 その解析により本酵素が D-Ser をはじめとする D- アミノ酸 のみならず新たに D-DOPA の代謝活性を有することを明らかにして、ドーパミ ンの新しい生合成過程を提唱している(図参照) 。さらに抗精神病薬クロール プロマジンの三量体が本酵素阻害活性を有することを明らかとして、本薬剤の 示す抗精神病薬としての薬理作用に本酵素活性阻害の作用が寄与する可能性 を示し、新規治療薬開発の物質的基盤を提供している。 活 動 状 況 (2007年度 旧 分子酵素学研究センター) a. 研 究 費 研究メンバー ●センタースタッフ(非常勤も含む) 外部資金の獲得金額:403,065,900 円 内訳: 科学研究費補助金 22 件 69,535,000 円 受託研究 12 件 321,080,900 円 奨学寄付金 4 件 4,450,000 円 共同研究 2 件 8,000,000 円 b. 学 会 ・ 社 会 活 動 発表論文:42 件 (IF:220.398) 教授 客員教授 准教授 助教 技術職員 教務員 研究機関研究員 学術振興会特別研究員 COE 研究員 非常勤職員 計 6名 2名 7名 10 名 4名 5 名 5 名 1名 5名 9 名 54 名 ●大学院生 特許の申請・取得状況:申請 17 件、取得 2 件 サイエンスカフェ免疫 in 徳島 (平成 19 年 4 月 21 日:徳島大学内レストラン「エルボ」で開催) (日本免疫学会主催)に参加 医学修士課程 医学研究科博士課程 研究生 計 9名 15 名 2名 26 名 2007年度の出来事 4月1日 分子酵素学研究センターから疾患酵素学研究センターに改組され、 新体制がスタートする。 4月16−18日 南通大学学長が訪問され、南通大学と徳島大学との間の学術交流協定と、南通大学神経再生国家重点研究所と疾患酵素学研 究センター、応用酵素・疾患代謝研究部門との間で、共同研究協定の調印 7月24日 蛯名洋介センター長の任期満了に伴い、疾患酵素学運営委員会で木戸博教授が次期センター長に推薦され、学長より選考さ れた。 (発令は9月1日) 12 月 平成 19 年度特別支援事業として、生体高分子立体構造機能解析システムの導入が決定し、新規 X 線結晶構造解析装置が予 定通り導入され、全学共同利用が開始された。 (各賞受賞) 千田 淳司 病態と治療におけるプロテアーゼとインヒビター学会 奨励賞(平成 19 年 8 月 4 日) 8 徳島大学 疾患酵素学研究センター No.2 2008.5.2 2007年度開催のセミナー・講演会一覧 4月10日 「遺伝子機能解析とホヤプロテイン統合データベース」遠藤 俊徳(北海道大学) 6月 1日 「Cathepsins and cystatins: from structure to biology and diseases」Prof. Vito Turk 8月 6日 9月14日〜15日 11月15日 11月19日 12月18日 20年 1月21日 1月29日 3月 7日 3月28日 セ徳第 ン島 6 タ大回 ー学 シ疾 ン患 ポ酵 ジ素 ウ学 ム研 究 (Jozef Stefan International Postgraduate School, Slovenia) 「GTPCH-I の活性調節機構の構造生物学的解明」真板 宣夫(九州大学) 「蛋白質の選別輸送に関わる蛋白質のユビキチン認識機構」平野 聡(理化学研究所) 於:徳島大学長井記念ホール 第3回 D- アミノ酸研究会学術講演会 「D- アミノ酸酸化酵素と D- アスパラギン酸酸化酵素の構造的特徴と反応性」 三浦洌 他 一般講演31題 特別講演 COE 国際学術講演会 「Failure in homeostatic plasticity as primary cause of neocortical epilepsy」 Prof. Igor Timofeev (Universite' Laval, Que' bec, Canada) 「Bezafibrate, a PPAT-alpha agonist, advances the phase of sleep/wake and body temperature circadian rhythms in mice」Prof. Hiroyoshi Sei 「新たなリン酸化プロテオミクスによる MAP キナーゼ基質の網羅的同定と機能解析」小迫 英尊(東京大学) 「タンパク質固定化技術を応用した、タンパク質機能解析および構造解析前処理手法の開発」 笹倉 由貴江(日立ハイテクノロジーズ) 「酵素免疫測定法の高感度化と迅速化―酵素化学と蛋白質化学からの挑戦」井上 國世(京都大学) 「Genome-Scale Analysis of Differentially Expressed Genes by Phytochemicals in Human Colorectal HCT116 cells」Jong-Sik Kim(安東大学・韓国) 「染色体の機能異常が見られる新たな脳発達障害」若松延昭(愛知県心身障害者コロニー) 「The Genomic of Hepatocellular carcinoma and renal cell carcionma」林 榮耀(台湾大学) 9 月 6 日 第 5 回徳島大学疾患酵素学研究センターシンポジウム 「疾患酵素学研究の最前線と新展開」徳島大学医学部第1会議室 研究進展状況報告会 7 月 31 日 10 月 18 日 11 月 14 日 神経変性疾患研究部門 「プリオン蛋白と小胞体ストレス」山口 仁孝 「脳卒中急性期における血管由来性浮腫と頭針 (Scalp Acupuncture: SA) による軽減: 卒中モデルラット(SHR-SP)における脳内過程の MRI 画像解析」井上 勲 免疫病態研究部門 「遺伝性自己免疫疾患のエピジェネティックス」堀家 慎一 疾患プロテオミクス研究部門 「グリシン開裂酵素系の構造解析−非ケトーシス型高グリシン血症誘発の分子 的基盤−」池田 和子 「リポ酸−タンパク質リガーゼ:大腸菌と動物の酵素の構造比較から反応機構を 探る」藤原 和子 12 月 21 日 20 年 1 月 28 日 3 月 10 日 応用酵素・疾患代謝研究部門 「インフルエンザ脳症と解熱剤ジクロフェナックをとりまく最近の知見」 Dengbing Yao, 山田 博司 病態システム酵素学研究部門 「病態システム酵素学研究部門の概要− D- アミノ酸代謝と細胞死制御システム の疾患酵素学」福井 清 「D- アミノ酸代謝システムの病態生理学的意義−ラット脳内における D- アミノ 酸酸化酵素の遺伝子発現解析」小野 公嗣 「フラビン酵素の構造プロテオミクス―L- 乳酸酸化酵素の結晶構造解析」頼田 和子 シグナル伝達と糖尿病研究部門 「GLUT4 トランスロケーションに関わる新規必須因子の探索 −セミインタクト細胞系および GLUT4 トランスロケーションフラックス解析 について− 内山 圭司 「可溶性インスリン受容体研究の現状と展望」湯浅 智之 徳島大学 疾患酵素学研究センター 9 2008.5.2 No.2 お 知 ら せ ※詳細は、疾患酵素学研究センターホームページをご参照ください。 http://www.ier.tokushima-u.ac.jp 徳島大学 疾患酵素学研究センター ニュースレター No.2 発行日/ 2008 年 5 月 2 日 URL http://www.ier.tokushima - u.ac.jp 発 行/徳島大学 疾患酵素学研究センター 〒 770-8503 徳島市蔵本町 3-18-15 10 徳島大学 疾患酵素学研究センター