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子どものうつ病-発達障害とbipolarityの視点から」『精神科治療学』

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子どものうつ病-発達障害とbipolarityの視点から」『精神科治療学』
精神科治療学 23(7);813-822, 2008
<特集-「軽いうつ」
「軽い躁」-どう対応するか->
子どものうつ病
-発達障害と bipolarity の視点から-
傳田健三
北海道大学大学院保健科学研究院生活機能学分野
[〒060-0812 札幌市北区北 12 条西 5 丁目]
Depression in Children and Adolescents:
From the Viewpoints of Developmental Disorders and Bipolar Spectrum Disorder
Kenzo Denda, M.D., Ph.D.
Department of Functioning and Disability,
Faculty of Health Science, Hokkaido University
North 12, West 5, Sapporo 060-0812, Japan
Key words: children, adolescents, depression, bipolar disorders,
developmental disorders
1
抄録
子どものうつ病の診断と病態理解について、とくに発達障害と bipolarity の視点から検
討した。子どものうつ病の診断においては、従来診断と同時に操作的診断基準にそって症
状を網羅的に聞いていく必要がある。また comorbidity が多いゆえ、発達障害や不安障害
の併存を念頭においた病歴聴取が必須である。子どものうつ病においては成人におけるメ
ランコリー親和型と非メランコリー親和型の分類よりも、広汎性発達障害や AD/HD の併存
という視点の方が治療的にも有益である。次に、子どものうつ病を bipolarity の視点から
とらえる有用性について述べた。うつ病で発症した子どもの少なくとも 10%は実際には双
極性障害であると考えて治療経過を慎重に追っていく必要がある。経過中に双極スペクト
ラム障害が疑われる場合には、その後の治療と予後を考慮すると双極性障害を念頭におい
て治療を行う方がよいと考える。また、SSRI や SNRI が躁状態やいわゆる activation
syndrome を惹起する可能性を指摘した。最後に発達障害や双極性障害を包含した子どもの
気分障害の病態理解について述べた。
Key words: children, adolescents, depression, bipolar disorders,
developmental disorders
2
Ⅰ.はじめに
1980 年代初頭まで、子どものうつ病はほとんど脚光を浴びることなく、きわめて稀な疾
患であると考えられてきた。しかし、DSM-III3)に代表される操作的診断基準が用いられる
ようになると、大人と同じ抑うつ症状をもつ子どもの存在が注目されるようになり、子ど
ものうつ病がこれまで認識されているよりもはるかに多く存在することが明らかになって
きた。そして、最近 20 年の間に子どものうつ病に関する疫学的、症候学的、遺伝学的、生
物学的、心理学的研究が一気に発展していったのである8,9)。
筆者の子どものうつ病診断についての考え方は、大人と同じように従来診断と操作的診
断を併用しながら、治療が必要な症例には、うつとか抑うつ傾向という曖昧な用語はなる
べく使わずに、うつ病として診断し、治療を行っていくべきであるということである。た
だその際には、子ども特有の発達という視点が不可欠であること、また comorbidity や
bipolarity の観点を取り入れながら総合的にとらえていく姿勢が重要であると考えている。
本稿では、とくに発達障害と bipolarity の視点に焦点を当てて検討してみたいと思う。
Ⅱ.操作的診断基準の功罪
先に述べたように、子どものうつ病は DSM-III などの操作的診断基準ができて初めてそ
の存在が認識された疾患であると言っても過言ではない。児童・青年期の子どもたちは、
内的体験をうまく言葉で表現できないだけでなく、内的苦痛を身体症状や行動の症状で表
現することが多く、併存障害も少なくないため、誤った診断を受けたり、見逃されてしま
う可能性がある。また、初診時に大人と同じように、「今日はどのような理由で受診されま
したか」と問うても、うまく答えられない子どもが少なくない。子どもたちは抑うつ症状
をすべて持っていても、どのように伝えてよいかわからず、あるいはそれを症状とすら認
識していない場合も稀ではないのである。したがって、子どものうつ病の診断に際しては、
面接者が抑うつ症状の存在を一つずつ確認していく作業が不可欠となる。どんなベテラン
の面接者もその作業なくして子どものうつ病の診断はできない。
操作的診断基準や構造化面接はその点において子どもの抑うつ症状をくっきりと浮かび
上がらせる手だてとなったのだと思う。抑うつ症状を面接者が丁寧に確認しさえすれば、
患者本人はあるかないかを答えるだけですむからである。
筆者は簡易構造化面接法であるMINI-KID23)を用いた大規模な疫学調査や、半構造化面接法
であるCDRS-R(Children’s Depression Rating Scale Revised)26)の日本語版作成のため
3
に、数百人の小・中学生に構造化面接を行った経験から、うつ病診断における構造化面接
法の有用性と問題点を改めて認識した次第である。
操作的診断基準や構造化面接によるうつ病診断の信頼性は高いと著者は考えている。例
えば抑うつ気分を確認するためには、「この1ヶ月間に、一日の大半を憂うつに感じたり、
落ち込んだりすることが毎日のように続いた時期がありますか?
それはどんなふうでし
たか?」
「ある場合は、それは2週間以上続きましたか?」と聞く。9つの抑うつ症状すべ
てにこのような質問をしていくわけである。子どもは抑うつ気分を表現しにくいといわれ
るが、このように詳しく聞けば、子どもでもうつ病であればほとんどが肯定する。ただし、
とても嫌なことがあって一時的に落ち込んでいたり、死別体験などで悲しみに暮れている
子どもも大うつ病性障害の診断基準を満たしてしまうことが少なくない。構造化面接だけ
では確かに偽陽性が出やすい。しかし、経験を積んだ精神科医が通常の面接に加えて構造
化面接を行えば、目前の子どもが本当に深く沈んだ気分が一定期間以上続いているのか、
嫌なことがあって一時的に憂うつになっているのか、あるいは了解を越えて憂うつが続い
ているか、その人の性格からみて了解可能なレベルなのか、自ずと区別できるものである。
かつて子どものうつ病の診断率が低かったのは、子どもにとって自分の今の状態を「ま
さにその通り」に表現してくれる適切な質問をしてもらえていなかったのではないか。構
造化面接法の質問内容が最良というわけでは決してないが、少なくとも万遍なく詳しく聞
くことで、子どもの状態の一部を言い当ててくれるのだと思う。そのような方法で、5つ
以上の症状が2週間以上持続している子どもがいれば、かなりの確率でうつ病と診断して
よいのではないだろうか。
しかし、子どもの軽躁状態・躁状態については、構造化面接においてはより注意する必
要がある。
「この1ヶ月間に、気分が良すぎたり、ハイになったり、興奮したり、調子が上
がりすぎたりして、他人から普段のあなたとは違うと思われたり、調子が上がりすぎて面
倒になったりした時期がありましたか?」「ある場合は、それは1週間以上(軽躁の場合は
4日以上)続きましたか?」という質問には健康な子どもも肯定してしまうことが稀では
ない。修学旅行や夏休みなどのイベントの前はとくにその傾向が強い。気分がよく、ハイ
な状態で、元気がよくて、調子が上がっている状態は、子どもにとって「良いこと」「格好
いいこと」であるとする風潮も影響しているかもしれない。
また、それ以上に注意しなければならないのは、高機能広汎性発達障害(アスペルガー
障害など)や注意欠陥多動性障害(AD/HD)の子どもたちが、軽躁・躁状態の質問に対して
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肯定してしまうことが多いことである。これは軽躁・躁状態の症状と高機能広汎性発達障
害や AD/HD の症状において、多動、多弁、イライラ感、衝動性、注意散漫などの重なる部
分が少なくないことが最も大きな理由と考えられる。
近年、米国を中心に報告されている子どもの双極性障害の高い有病率とそれに関連する
AD/HDと双極性障害の高い合併率の問題も構造化面接による過剰診断が影響している可能
性は否定できない12)。
Ⅲ.わが国のうつ病分類の変遷
1.内因性と心因性(神経症性)の分類
かつて、うつ病は内因性と心因性(神経症性)に分類されていた。内因性うつ病は脳の
機能障害をともなう精神疾患であり、心因性(神経症性)うつ病は体験にともなう心理・
性格反応とされていた。内因性うつ病は、明らかな心理的なきっかけがなくても生じ、症
状は程度が強いだけでなく内容が極端で、日常生活で経験する憂うつとは明らかに異なり、
身体面の症状も多く含む。治療には薬物療法を含めた生物学的方法が有効である。一方、
心因性(神経症性)うつ病は心理・性格・環境要因から生じる反応性のものであり、正常
心理の延長といえるものであった。そして治療としては、薬物療法を含めた生物学的方法
には積極的な意義はなく、環境調整や精神療法が重要であるとされてきたのである。
1975 年に発表された笠原・木村のうつ状態の分類21)はわが国のうつ病臨床に大きなイン
パクトを与えた。それは「病前性格-発病状況-病像-治療への反応-経過」をセットと
して気分障害を分類したものであるが、特に注目されたのはⅠ型である。性格(状況)反
応型と名付けられたⅠ型は、病前性格にメランコリー親和型性格ないし執着性格をもつも
のが、転勤や昇進、家族成員の異動などの生活状況変化に際して発症し、病像は典型的な
内因性うつ病であって、抗うつ薬によく反応し、経過もよくてしばしば単相性のうつ病で
ある。この分類は軽症うつ病を診察する機会の増加した臨床医の支持を集めた。精神病理
学的には、性格と状況が典型的な内因性病像を作り出す過程を、心身二元論を超越したと
ころで考察した点に大きな意義があると思われる25)。
しかしながら、このメランコリー親和型性格は英語圏では注目を集めなかった。わが国
でもうつ病の病前性格としてメランコリー親和型性格が必ずしも多いわけではないという
実証的研究が報告されている5,14)。ちなみにDSMのメランコリー型とは重症の典型的な内因
性のうつ病をさしており、混乱を招く一つの要因となっている。
5
2.メランコリー親和型と非メランコリー親和型の分類
メランコリー親和型性格が戦後の復興とそれに続く高度経済成長を支えたものであり、
その破綻としての近年のうつ病の増加は多くの臨床医の同意するところであると思う。と
ころが特に 1990 年以降、従来のメランコリー親和型性格の破綻では説明がつかない症例が
外来を訪れるようになったのである。その病態は古くはstudent apathy, 退却神経症、逃
避型抑うつ19)と呼ばれたものと共通する部分が多く、未熟型うつ病1)、現代型うつ病24)、デ
ィスチミア親和型うつ病29)などと命名されている(表 1)
。
これらは、かつて心因性(神経症性)うつ病といわれた病態と重なる面も多い。彼らは
さほど規範的ではなく、自己自身への愛着がある。
「条件さえ整えば何でもできるのに」と
いった過度の自負心や漠然とした万能感がうかがえることもある。もともと仕事熱心では
ないが、興味には独特のこだわりをもつ。症候学的特徴としては、不全感と倦怠感を訴え
ることが多く、回避傾向が強い。罪業感は薄くときに他罰的であり、衝動的な自傷をした
りする。症状レベルではメランコリー親和型より軽症例が多く、症状が出揃っていない場
合が少なくない。抗うつ薬への反応はメランコリー親和型に比べて部分的な効果にとどま
り、病態のどこまでが性格か、どこからが症状なのかが不分明である。しかし、なかには
抗うつ薬が奏効し、独特の性格傾向が目立たなくなる場合や、時には躁転して双極Ⅱ型障
害へ移行する症例も認められる11)。
3.生物学的観点から見たメランコリー・非メランコリー親和型うつ病
うつ病に脳機能障害を仮定する立場からメランコリー親和型と非メランコリー親和型の
意味づけを逆照射してみたい25)。両者に同一の脳内機能変化が生じた場合、心理行動面に表
れる症状は、基本的には類似したものになるが、社会、文化、環境、性格などによってさ
まざまな影響をうけ、差異も生じると思われる。几帳面、真面目で、責任感が強く対人関
係に気をつかうメランコリー親和型性格の人に「脳内モノアミン系を含む機能障害」が生
じると、抑うつ気分と意欲低下を強く自覚するだけでなく、仕事量の低下に焦燥感をつの
らせ、疲弊と罪悪感にさいなまれ、深刻な自殺念慮をいだくにいたるという推定が成り立
つ。限界まで頑張るためうつ病の精神症状が顕著に表に出やすいのである。逆に、過度の
自負心や万能感をもち、未熟・自己中心的で、もともと仕事熱心ではない人に、同様の「脳
内モノアミン系を含む機能障害」が生じると、症状の中に他罰的な言辞、なげやりな態度、
衝動的な自傷行為などが混入して、うつ病症状が迷彩化される可能性がある。限界までは
頑張らず、早期に回避あるいは撤退してしまうため、うつ病の精神症状も不揃いで、非定
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型的であったりする。この意味で、メランコリー親和型は、元来の性格という「地」から、
うつ病症状という「図」をくっきりと浮かび上がらせる構造を持ち、非メランコリー親和
型は、元来の性格である「地」のために、典型的なうつ病症状という「図」が見えにくい
構造をもっているということも可能である11,25)。
Ⅳ.発達障害とうつ病との関連
1.発達障害という視点
近年、発達障害、とくにアスペルガー障害などの高機能広汎性発達障害に対する関心が
高まっている。広汎性発達障害の過剰診断の問題も生じているが、精神疾患の診断におい
て、従来の内因性、外因性、心因性という要因に、新たな発達障害の視点を加える必要性
が生じてきたことは間違いのない事実である。
うつ病と発達障害は併存しやすい病態である。児童・青年期のうつ病に最も併存しやす
い疾患としては、行為障害、AD/HD、不安障害、物質関連障害、摂食障害、広汎性発達障害
などがあげられる。
広汎性発達障害や AD/HD に最も併存しやすい疾患もうつ病なのである。
したがって、児童・青年期のうつ病を診たとき、臨床医はつねに発達障害を合併してい
ないかを疑う必要がある。とくに高機能の発達障害の子どもは青年期には発達障害の徴候
は痕跡を残すだけになっており、表面的には不適応やパーソナリティの問題として受診す
ることが少なくないのである。
2.子どものうつ病と発達障害との関連
Fordら13)は、英国の一般の児童・青年における精神障害(DSM-Ⅳ4))とcomorbidityの有
病率について調査・検討を行った。10,438 人の一般児童・青年(5~15 歳)を対象とし、
評価尺度としては、子ども、両親、教師からの情報を統合して評価する構造化面接法のThe
Development and Well-Being Assessment(DAWBA)を用いた。
その結果、一般児童・青年全体の 9.5%が何らかの精神障害を有していた。うつ病性障害
を有する子どもは全体の 0.92%であり、その内訳は大うつ病性障害 0.68%、特定不能のう
つ病性障害 0.24%であった。性差はなく、年齢とともに有病率は高くなっていた。
他の合併精神障害との相互関係は図1に示すようになっていた。うつ病性障害は単独で
出現するもの 34.7%、不安障害(分離不安障害、社会恐怖、単一恐怖、外傷後ストレス障
害:PTSD, 強迫性障害:OCD, 全般性不安障害:GAD, パニック障害、広場恐怖など)と合
併するもの 27.4%、破壊性行動障害 disruptive disorders(AD/HD, 行為障害、反抗挑戦
7
性障害など)と合併するもの 24.2%、3つが合併するもの 13.7%であった。
3.発達障害という視点から見たうつ病分類
発達障害という視点からもう一度うつ病分類を見てみよう。上述した近年のさまざまに
命名されたうつ病分類は、なぜ心因性(神経症性)うつ病としなかったのだろうか。その
背景には時代に逆行する心因性あるいは神経症性という名称をよしとしないだけでなく、
命名者たちは、従来にはない「何らかの違和感」を感じているように思われるのである。
すなわち、職場への帰属意識が希薄、罪責感の表明が少ない、当惑ないし困惑、自己中
心的、対他配慮性が少ない、強迫的な反復性と持続、私的生活におけるリズムに固執(現
代型うつ病)
、社会的規範の取り入れが弱い、自己中心的で顕示的、不安・焦燥が優位、自
責性に乏しく他者に攻撃を向ける、基本的に双極スペクトラムに属する(未熟型うつ病)
、
自己自身への愛着、社会的秩序や役割意識の希薄化、規範に対してストレスであると感じ
る、漠然とした万能感、自責や悲哀よりも輪郭のはっきりしない不全感と心的倦怠を呈す
る、回避と他罰的感情、衝動的な自傷(ディスチミア親和型うつ病)、などの記載が目立つ。
従来、心因性(神経症性)うつ病の心因の形成に最も大きく関与しているのは性格要因、
環境要因、身体要因である。これらが総合的に働いて内的葛藤がいとなまれ、不安が形成
されて、発症準備状態がつくられる。このような状態において、何かの事件をきっかけと
して症状があらわれる。そしてその症状が体験に基づいているものであることが概ね了解
可能であり、症例によって性格要因が主役を演ずる場合も、身体要因が大きい場合も、あ
るいは発症契機がきわめて重大である場合もある、と考えられてきたのである。
従来にはない「何らかの違和感」とは、上記の古典的な性格要因、環境要因、身体要因
だけでは説明がつかない了解不能性なのではないだろうか。さまざまに命名された現代の
青年を中心とするうつ病を解く鍵は「発達障害という視点」であると思われる。上述した
現代型うつ病、未熟型うつ病、ディスチミア型うつ病の諸特徴は高機能の発達障害の青年
の示す特徴に当てはまる部分も少なくない。もちろんアスペルガー障害、高機能自閉症、
AD/HD などの診断基準を完全には満たさない症例も多いだろう。しかしながら、その背景に
軽度の発達障害の存在を想定すると理解しやすくなる場合もあるのではないだろうか。
Ⅴ.双極性障害という視点
1.双極性という視点
近年の気分障害の臨床において、双極性(bipolarity)への視点が注目を集めている。す
8
なわち、気分障害を単極性/双極性の二分法からKreapelinの躁うつ病概念に近い「双極ス
ペクトラム」概念で捉えようとする流れが強まっている2,22)。Akiskalら2)の提唱するSoft
bipolar spectrumがその代表であるが、bipolarityの観点からGhaemiら17)が提案した双極ス
ペクトラム障害(表2)をもとに検討を行いたい。
双極性障害は意外に見逃されやすく、さらに長期経過の観察によって躁・軽躁病相を確
認しないと確定診断ができない。最近の研究では双極性障害の 67%はうつ病相で始まり、
躁病相が出現して双極性障害の確定診断ができるまでには最低 10 年程度の経過観察が必要
であるといわれている20)。現時点ではうつ病性障害を示していても潜在性双極性障害が存在
するのである。
双極スペクトラム障害は、将来双極性障害と確定診断される可能性が高く、双極性障害
の可能性を考慮して治療をすべき病態であると考えられる。その特徴をまとめると、①若
年発症である、②双極性障害の家族歴を持つ、③抗うつ薬治療により躁・軽躁エピソード
が惹起されやすい、あるいは抗うつ薬治療に抵抗性(難治性)である、④反復性あるいは
短いうつ病相である、⑤非定型病像や精神病像を呈しやすい、⑥発揚性の性格をもつなど
である。さらにつけ加えると、その気分の不安定性や衝動性から境界性パーソナリティ障
害と誤診されたり、パニック障害、強迫性障害、社会不安障害などの不安障害を併存しや
すいため SSRI などの抗うつ薬治療が行われやすく、
より病像が不安定になりやすい。また、
AD/HD やアスペルガー障害などの発達障害が併存しやすく、多彩な病像を呈する。したがっ
て、躁病相を見落とさず、なるべく早期の段階から双極性障害へ発展する可能性を考慮し
た対応が必要となってくるのである。
2.若年発症双極性障害について
近年、米国を中心に、児童期・前青年期の双極性障害(Prepubertal and Early Adolescent
Bipolar disorder; PEA-BP)の論文が急速に増加している。とくにGellerら15)は、79 名(6
~12 歳)の大うつ病性障害患者の2~5年後のコホート研究の結果、25 名(31.7%)で躁
状態または軽躁状態が出現し、双極性障害へ発展したと報告した。家族歴、とくに複数の
世代で発症者が存在することが双極Ⅰ型障害の発症と関連していた。抗うつ薬の使用や非
定型病像は予測因子とはならなかったという。さらに、Gellerら16)によれば、平均 8.1 歳で
発症した平均 11.0 歳の小児双極性障害児 60 名では、
83.3%が急速交代型(rapid cycling)
、
超急速交代型(ultra-rapid cycling)
、あるいは日内交代型(ultradian cycling)であり、
そのほとんど(45 名)を占める日内交代型では、年間の病相回数は平均 1,440 回で、1 日
9
平均4回の病相がみられたという。これは本当に小児双極性障害なのだろうか。
また、
Biedermanら6)はAD/HD児 73 名と健常児 26 名を比較したところ、
AD/HD児 24 名
(33%)
が気分障害を有していると報告し、この中には双極性障害8名(11%)も含まれていた。
気分障害を伴うAD/HD児と伴わないAD/HD児とでは、家族歴(気分障害およびAD/HDの家族歴)
には差はなかったという。AD/HD児の1割以上が双極性障害ということになる。
以上のように、児童期うつ病のコホート研究および AD/HD の家族研究から、児童期・前
青年期の双極性障害の高い有病率と AD/HD と双極性障害の高い合併率の問題が注目を集め
ているが、われわれの臨床の現実とは少なからず乖離していると言わざるを得ない。
3.児童期気分障害と青年期気分障害の相違点
うつ病性障害においては、児童期(12 歳未満)と青年期(12~17 歳)では重大な相違点
が指摘されている。児童期のうつ病は青年期のうつ病と比較すると、成人のうつ病へ移行
する可能性が少なく、他の精神障害(行為障害、注意欠陥多動性障害AD/HDなど)を併発す
ることが多く、有病率はきわめて低く、男子優位(あるいは性差がない)であり、家族機
能の障害とより強く関連しているのである。それゆえ、児童期うつ病は青年期以降のうつ
病とは異なる疾患単位である可能性が指摘されている18)。
双極性障害においては、上述の若年発症の双極性障害の概念については慎重に検討を行
う必要がある。子どものAD/HDは躁・軽躁状態と混同されやすい。双方の診断基準はかなり
重複する部分があるからである。たとえば、注意の障害、思考の過回転、注意散漫、行動
の過剰、衝動性、イライラ感などはいずれの病態にもみられる症状である。表3には躁病、
AD/HD、行為障害、不安障害のそれぞれの症状と重複項目について示した27)。いずれの病態
も重なり合う部分が少なくない。
そのため、これまで双極性障害と AD/HD の合併が高率であるという意見とさほど高率に
は合併しないという意見の間で論争があった。大人の双極性障害の中に AD/HD の既往歴の
ある患者は決して多くないこと、AD/HD の診断基準を満たした子どもが成人になって双極性
障害を発症するリスクが高まるという明らかなデータも示されていないことから、AD/HD の
症状が一時的に双極性障害の診断基準を満たしたと考える方が妥当であると思われる。
Geller らが主張する双極性障害は AD/HD や広汎性発達障害の症状を躁・軽躁と混同した可
能性はないだろうか。もちろん、双極性障害と AD/HD が明らかに合併する症例も存在する
が、Biederman らが主張するほど高率に存在するとはいえないのではないだろうか。
鑑別のポイントは、双極性障害は一般に回復と再発を繰り返す疾患であるので、明らか
10
な周期および寛解期がみられるが、AD/HD は周期的な経過はとらず、同じ状態が慢性に経過
する病態であるというところである。
Ⅵ.子どもの気分障害をどう考えるか
1.うつ病性障害について
子どものうつ病性障害の診断においては、むしろ操作的診断基準にそって症状を網羅的
に聞いていく必要があると著者は考えている。子どもにとって DSM-IV の大うつ病性障害の
診断基準は信頼性が高いと考えられる。子どもで DSM-IV の症状が5つ以上有り、それが2
週間以上ほとんど一日中続いている場合はかなり重いうつ病と考えられる。鑑別は明らか
なストレス因があって一時性、反応性にうつ状態に陥っている場合である。子どもの場合
はストレス因がある場合が多いので、一見重症のうつ病と思われても、環境調整をするだ
けで速やかに改善していく症例がある。親や教師からの詳細な情報が不可欠なことはいう
までもないことである。
大人で用いられるメランコリー親和型性格やさまざまな非メランコリー親和型類型は子
どもには用いる意味があまりないと思われる。子どもは性格が固定しているわけではない
し、たとえ未熟で、自己中心的で、こだわりが強くても、それはすでにうつ病を発症して
いるためにそのような側面が顕在化している場合や、何らかの発達障害が背景に存在して
いる場合が少なくないからである。子どものうつ病を診療する際には、生育歴を詳細に聴
取し、つねに発達障害の存在を念頭におく必要がある。
気分変調性障害も子どもの場合は抑うつ神経症の別名とは考えるべきではない。将来の
大うつ病性障害の前駆状態あるいは大うつ病性障害の一側面を表していると考えるべきで、
うつ病として治療を行っていく必要があると考えられる。
2.双極性障害について
若年発症双極性障害については、筆者はそのような症例に遭遇した経験がないので確実
なことを言うことはできないが、症例の記載を読むかぎりでは、AD/HDあるいは広汎性発達
障害が背景に存在するのではないかと推察される10)。
子どもの気分障害について重要な問題は、初発のうつ病の少なくとも約 10%は実際には
双極性障害であると考えて治療経過を慎重に追っていく必要があるということである。図
2に気分障害の診断の推移を示す20)。先に表2に提示した双極スペクトラム障害が疑われる
場合には、治療と予後を考慮すると双極性障害を念頭において治療を行う方がよいのでは
11
ないかと考える。
また安易な抗うつ薬の使用にも注意する必要がある。筆者らの調査では7,28)、1995 年から
1999 年ま で(SSRIおよびSNRIの発売前)に大学病院を受診した大うつ病性障害患者 46 例に
おいては治療経過中に診断が双極性障害へ変更になった症例は 1 例も認められなかった。
しかし 2001 年から 2005 年までの 71 例においては8例(11.2%)が治療経過中に躁転し双
極性障害に診断が変更となったのである。そのうち 1 例はいわゆるactivation syndromeと
考えられた。子どものうつ病に対するSSRI・SNRIの使用による自殺関連事象の増加問題に
関しても双極性障害が関連している可能性が示唆された。
以上を総合すると、子どもの気分障害の構造は図3のように考えることができる。子ど
もの気分障害は発達障害や不安障害との併存を考慮しながら、さらに双極性の視点を取り
入れて総合的にとらえていく必要があると考えられる。
文献
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14
表1
青年期のうつ病の精神病理(文献 29 より引用,一部改変)
メランコリー親和型
ディスチミア親和型
関連する気質・
執着性格
スチューデント・アパシー
病態
メランコリー性格
退却神経症、抑うつ神経症、逃避型うつ
笠原・木村分類のⅠ-1型
病、現代型うつ病、未熟型うつ病
社会的役割・規範への従順
自己自身(役割抜き)への愛着
規範に対して好意的同一化
規範に対して「ストレス」と感じる
秩序を愛し、配慮的で几帳面
秩序への否定的感情と漠然とした万能感
基本的に真面目、努力家、仕事(勉
過度の自負心、自己中心的、こだわり、
強)熱心
未熟
焦燥と抑うつ
不全感と倦怠
病前性格
症候学的特徴
疲弊と罪悪感(申し訳なさの表明) 回避と他罰的感情(他者への非難)
深刻な自殺念慮
衝動的な自傷、軽やかな自殺企図
治療関係
適切な距離感
依存的、ときに回避的、両価的
薬物への反応
多くは良好(病み終える)
多くは部分的効果(病み終えない)
認知と行動特性
疾病による行動変化が明らか
どこまでが「生き方」でどこからが「症
状経過」か不分明
予後と環境
休養と服薬で全般に軽快しやすい
休養と服薬のみではしばしば慢性化する
場・環境の変化に対する反応はさ
置かれた場・環境の変化で急速に改善す
まざまな場合がある
ることがある
15
表2 双極スペクトラム障害(文献 17,20 より引用)
A.少なくとも1回の大うつ病エピソード
B.自然発生的な躁・軽躁病相はこれまでない
C.以下のいずれか1つとDの少なくとも2項目(または以下の2項目と
Dの1項目)が該当
1.第一度近親における双極性障害の家族歴
2.抗うつ薬によって惹起される躁あるいは軽躁
D.Cの項目がなければ,以下の9項目のうち6項目が該当
1.発揚性パーソナリティ
2.反復性大うつ病エピソード(3回より多い)
3.短い大うつ病エピソード(平均3ヶ月未満)
4.非定型うつ症状(DSM-IV の診断基準)
5.精神病性うつ病
6.大うつ病エピソードの若年発症(25 歳未満)
7.産褥期うつ病
8.抗うつ薬の効果減弱(wear-off)
9.3回以上の抗うつ薬治療への非反応
表3 躁的行動と重複診断(文献 27 より引用,一部改変)
行動
躁病
AD/HD
行為障害
不安障害
○
○
高揚感
○
誇大的
○
多弁
○
○
易怒的,イライラ感
○
○
敵意
○
衝動性
○
性的奔放
○
注意散漫
○
○
○
運動過多
○
○
○
睡眠障害
○
○
○
○
○
○
○
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