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精密金型計測のための走査型レーザ干渉計の実用化

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精密金型計測のための走査型レーザ干渉計の実用化
精密金型計測のための走査型レーザ干渉計の実用化
に関する基礎研究
( Fundamental Study on Practical Application of Scanning
Laser Microscope for Precision Mold Measurement )
氏名
本合邦彦
新潟大学自然科学研究科博士後期課程
材料生産システム専攻
<<
目次
>>
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
1
1-1
はじめに‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
1
1-2
小型レンズ金型業界の現状
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
1
1-3
小型レンズ金型製作上の課題について‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
3
第1章 緒論
1-3-1 加工技術と加工精度
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 3
1-3-2 計測技術 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 6
1-3-3 超精密レンズ金型
12
1-4
本研究の目的
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 14
1-5
本論文の構成
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 15
1-6
本論文のフローチャート ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 16
1-7
英文概要 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 17
第2章 干渉縞の計測
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 20
2-1
緒言 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 20
2-2
実験装置の概要と観察原理 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 20
2-3
干渉縞の発生原理 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 22
2-4
干渉縞の生成
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 24
2-4-1 参照板の影響
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
24
2-4-2 レンズ金型レベルでの観察実験 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
26
2-4-3 表面粗さと干渉縞の関係
28
2-5
第3章
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
結言
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 31
小型レンズ金型による観察と計測(課題の抽出)‥‥‥‥‥‥‥‥ 33
3-1
緒言
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 33
3-2
専用ジグを用いた平板参照板による観察 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 33
3-2-1 精密レンズ金型と専用ジグの設計製作 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 33
3-2-2 平板参照板による観察
3-3
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
36
結言(干渉縞生成上の課題) ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 38
第4章 平凸レンズ参照板による課題解決 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 39
4-1
緒言 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 39
4-2
専用ジグを用いた平凸レンズ参照板による干渉縞の生成 ‥‥‥‥‥ 39
第5章
第6章
第7章
4-3
成膜参照板による反射光強度のバランス対策 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 44
4-4
傾斜測定法による課題解決 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 47
4-5
結言 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
干渉縞生成データからの計測法
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
52
53
5-1
緒言 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 53
5-2
干渉縞からの高さデータ変換方法と3次元形状の構築 ‥‥‥‥‥
5-3
実験による計測と実証 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 56
53
5-3-1
参照板について‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 56
5-3-2
平板参照板を用いた場合の実験結果 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 58
5-3-3
平凸レンズ参照板を用いた場合の実験結果
‥‥‥‥‥‥‥ 60
5-4
干渉縞による計測結果の精度について(表面粗さ計との差異)‥‥‥ 61
5-5
結言 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 63
実用化に向けての課題分析
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
65
6-1
緒言
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 65
6-2
球面レンズから非球面レンズへの対応 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 66
6-3
市場性のある測定機の開発と機上測定による簡易化の諸問題 ‥‥‥ 69
6-4
結言
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 72
結論 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 73
謝辞 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 75
第1章
緒
論
1-1 はじめに
カメラ付き携帯電話やデジタルカメラなどの普及に伴い,小型かつ高精度の光学部品へ
の要求はますます厳しくなっている.そのため,光学部品の形状計測,すなわち,ナノ・
マイクロデバイス表面の 3 次元形状計測の需要が高まっている.例えば,非球面レンズ金
型は超精密加工によって製造されるため(1-1,2),金型の歩留まりを向上させるには加工後の表
面形状計測が重要となる.現在のところ,形状計測にはプローブ接触式の 3 次元形状測定
機,非接触の干渉計などがある.
プローブ接触式では数 10mm 程度の走査範囲で 3 次元形状を計測することは可能である
が,測定面全面に亘り計測する場合には多大な時間(TACT)がかかる.
また,干渉計では CCD イメージセンサーの画素数によって視野と分解能はトレードオフ
の関係にある.例えば 0.5mm の分解能で 10mm 四方領域を観察する場合,画素数は一辺あ
たり 10mm/0.5mm=20000 点となる.この値は,一般的なイメージセンサーの画素数を遥か
に上回るため,広い領域を高精度に計測することは困難である.
広い視野を詳細に観察するための計測手法として,最近レーザスポット走査と位相変調
法を組み合わせた形状計測手法(1-3)などが一部考案されているが,一般的にはレーザスポッ
ト走査型干渉計の研究例は多くはない.
そこで本研究では,広い領域を観察するために新田らが開発した広視野レーザ顕微鏡を
ベースとして,これに干渉計測技術を組み込むことで,広い領域にわたり深さ方向の解像
度を有する測定機の開発を目的とした.この新規に開発する計測機はフィゾー型の干渉計
(1-4)である.レーザ干渉計の中でもレーザスポットを走査させるタイプのものは開発例がき
わめて少ない.本研究の位置付けは,この新型の干渉計により小型レンズ金型などの形状
計測を行って問題点を洗い出し,産業界で利用できる計測装置開発のための基礎資料を提
供するものである.
1-2 小型レンズ金型業界の現状
近年,小型デジタル家電の普及に伴い,携帯電話やスマートフォンに代表される通信機
器などにはカメラ用小型レンズが標準装着されている(1-5).当初その小型レンズの生産は図
1-1(1-6)のようにガラス素材で一個ずつ加工されていた(1-7).
図 1-1 球面(非球面)金型とレンズの例
1
その後,携帯電話やスマートフォンの大量生産化に伴い,レンズ素材はガラスから生産
効率の高い精密成形金型を用いた樹脂(プラスチック)製レンズが主流となってきた(1-8).
しかしながら,生産効率を高めるためには樹脂成形の最大特徴(利点)である,同時多
数個生産(一個の金型内で同じレンズ製品を複数個同時成形)方式での加工が欠かせない.
そのためには,同一金型内の複数の金型品質(形状や鏡面度など)が全て同一規格内で加
工されていなければならない.このことは,樹脂成形品の品質は成形される金型の加工品
質によりほとんど決まることからきている.
参考までに図 1-2 に 2 個取りの金型を,図 1-3 に実際の 8 個取りのレンズ成形品例を示
す(1-9).
上述の複数の金型品質を均一に保つためには,多数個取りの金型生産時に同一金型内の
複数のレンズ金型を全て精密に,かつ効率良く計測できなければならない.しかし,一般
的な 3 次元測定機など接触式形状測定機では測定時間が掛かるだけでなく,金型に測定痕
が付くので鏡面計測には使用できない.
一方,従来型の非接触である顕微鏡タイプの干渉計などの測定機では,視野が極端に狭
く,高価な割に測定時間が掛かり生産現場では実用化されていない.視野が狭い欠点は,
ステッチングによる画像合成方法(1-10)で解決することも考えられるが,実際には多大な計測
時間と累積誤差などに課題があり現実的には難しい.
このような理由から実際の加工現場では,成形加工後の製品を計測して品質を確認し,
規格外製品の金型部分を修正するか,さもなくば成形後の製品を全数検査して規格外製品
を選別・廃棄するなどして管理しているのが現状であり,生産効率やコストの面で大きな
課題を抱えている.
このことから,小型レンズ金型業界では,多数個取りの精密金型を加工現場で,しかも
非接触での計測が実現できれば,金型製作時点で直ちに品質確認が可能となり,大量生産
時の品質の管理・維持が格段に向上することになる.これが,小型で簡易な汎用性のある
計測機の実現が待たれている理由である.
図 1-2 2 個取り成形金型
図 1-3 8 個取りレンズ成形品
2
本研究では,上記課題を解決するために,形状計測手法としては研究例の少ないレーザ
スポット走査型の干渉計(1-11,12)を新たに開発する.そして,金型計測の基礎実験を通して,
小型レンズ金型業界向けに実用性のある非接触 3 次元測定装置を実現するための基礎デー
タを提供する.
小型レンズの製作において,高品質の製品を得るためには産業界で解決が待たれている
課題を明らかにする必要がある.以下では,図 1-4 に示すように「加工技術と加工精度」
,
「計測技術」
,
「超精密レンズ金型」の観点から現状を論じ,さらに IT デジタルデバイスの
技術革新の経緯に言及し,その中で最もキーとなる計測技術との関係を掘り下げていく.
μm
干渉
nm
• 加工技術と加工精度
• 計測技術
• 超精密レンズ金型
図 1-4 小型レンズ製作上の重要課題
1-3 小型レンズ金型製作上の課題について
1-3-1
加工技術と加工精度
一般的に樹脂(プラスチック)製品の成形においては,図 1-5 の機械構造図(1-13)のように
大きく金型と成形機本体(型締めユニットと射出ユニット)の二つに分かれている.金型
部分を拡大して図 1-6 に示す.
製品を形作る心臓部は,金型(図 1-6)と呼ばれ,通常多くの工作機械,例えば切削加工
(図 1-7 旋盤)
,ミーリング加工(図 1-8 フライス盤)
,平面研削加工(図 1-9 平面研削盤)
,
研磨加工(図 1-10 ラッピング研磨盤)などを経て製作される.
現在では,これらの基本工作機械の大半はコンピュータを搭載し,図 1-11, 図 1-12 のよ
うに NC(数値)制御化されてきている.
3
図 1-6 金型部分
図 1-5 機械構造図
図 1-7 旋盤
図 1-8 フライス盤
図 1-9 平面研削盤
図 1-10 ラッピング研磨盤
4
図 1-11 NC 旋盤
図 1-12 3 次元加工機
図 1-13 射出成型機
一方,図 1-13 に代表されるように,射出成形機械(インジェクションマシン)は溶融
樹脂を注入口から金型内に高圧で挿入し,冷却・凝固したのち取り出して製品化するもの
である.
この場合,標準は一工程で金型一個に製品一個ずつでき上がるが,生産数が多くなるに
したがって一個の金型内に製品形状を二つ三つと組込んでおくと,一回の注入口から一度
の材料供給で複数個の製品ができ上がる.加工技術や生産数に応じて 5 個取り,10 個取り,
20 個取り・・・と多数個取り金型にすればするほど,一工程での多数製品化が可能となり,
製品一個当たりのコストはそれにつれて安くなる.
ただ,この場合最大の注意点は,一つの金型の中での多数の金型が全て同じ品質(形状・
鏡面度など)とならなければならない点である.金型の形状が複雑になり,寸法(形状)
精度が厳しくなるにしたがって,個数も制限され,金型加工も難しくなり,更に加工の品
質(形状)確認も難しくなってくるので,従来は比較的品質の緩やかな製品に対応されて
きた.しかしながら,近年加工機械や金型加工技術の進化に伴い,徐々に精密部品にも対
応ができる加工環境が整ってきている.一方,加工精度についてもその進化の推移を考察
すると,図 1-14 のように時代と共に大まかな加工精度の経緯が見られる.さらに,NC 化
が進んだ 1990 年代から,ミクロン単位の精度を実現する精密機械加工が急速に進み,
5
加工精度の推移(イメージ)
5 0 µm
加
工
精
度
1 0 µm
1 .0 µm
0 .5 µm
nm
1980
1990
2000
2010
2020
年 代
図 1-14 加工精度の推移(本合作成)
表 1-1
集光用曲面鏡
超精密切削
精度レベル
形状精度
面粗さ
10nm台
1mm以下
放物線・双曲線鏡
超精密切削・ポリッシング
1mm以下
先端的機器
レーザ核融合装置
宇宙望遠鏡
(可視・紫外・X線)
先端加工技術の精度レベル
同部品
キーとなる加工技術
その他
nm台
超精密切削・切削・ポリッシング
X線顕微鏡
100nm台 nm台以下 膜厚制御nm台
放物線・双曲線鏡
極薄多層膜,PVD
10nm台 nm台以下 耐損傷材料
SOR装置
各種曲面鏡
超精密切削・ポリッシング
nm台 耐損傷特殊材料
各種曲面鏡
超精密研削・ポリッシング
0.25mm
エキシマレーザ装置
軟X線多層膜曲面鏡 極薄多層膜,PVD
膜厚制御nm台
10nm 1~5"分割角度精度
レーザプリンタ
多面鏡
超精密切削
1mm以下
各種曲面反射鏡
超精密切削
10nm台
各種光学機器
1mm以下
超精密切削・切削・ポリッシング
マイクロレンズ・型
精密成形
10nm位置合せ精度
位置決め技術,低ひずみポリッシング
超LSI
nm台
リソグラフィ技術
サブmmパターン
電算機関連素子
50~100nm 数10nm
磁気ディスク基板
超精密切削・ポリッシング
超精密研削・スライシング
100nm
10nm 無ひずみポリッシング
磁気ヘッド
・ポリッシング
10nm 無ひずみポリッシング
ビデオ機器
磁気ヘッド
超精密切削・ポリッシング・研削
制御バルブ
100nm
超精密研削・超精密切削
制御機器
1mm
ジャイロスコープ
21 世紀を境に超精密機械加工が急速に普及し始めた.ここでいう超精密機械加工とは,形
状加工精度が数 µm 以内,仕上げ面粗さ数 100nm(Rmax)以内のことを指す.
また,最近の先端技術においてキーとなる加工技術の例からしても,表 1-1(1-14)に示すよ
うに,各種光学機器(レンズ・型など)は超精密加工の領域であることが理解できる.
1-3-2
計測技術
一般的に,NC 化以前の 3 次元計測の方法としては,通称ガバリ(正確に造られた形状ゲ
ージ)という特殊形状ゲージ(基準器具)を製作し目視検査が主体であった(図 1-15)
.
現在はコンピュータ化(NC 化)を経て,基準位置からの変位(x,y,z)を調べる触針式 3
次元測定機(1-15)(図 1-16)が開発されるや一気に計測技術が開花した.
6
図 1-15 形状ゲージブロック
図 1-16 触針式 3 次元測定機
図 1-17 干渉顕微鏡型非接触 3 次元測定機
しかしながら測定時間が長時間に渡ることや,接触式のために被測定物を傷つけるなど
課題が多く,最近に至って光学技術を利用した,例えば図 1-17 に示す,白色光干渉技術を
用いた顕微鏡タイプの非接触式 3 次元測定機(1-16)などが登場してきた.とはいうものの,高
価である・視野が狭い・測定時間が掛かるなど現場での実用的計測には程遠い.
一方,非接触方式は精密になるほど,振動・騒音・室温・湿度などが測定値に大きく影
響を与えるため,測定機は恒温室に設置され,現場での測定はますます難しくなり,取り
扱いも難しくなってきている.
7
更にそれと並行して,金型加工機も従来は常温加工であったが,精密部品には精密加工
機対応となってきた.それに伴い加工機械自体が恒温室対応となり,測定機自体の現場対
応も可能性が大きくなってきている.しかし,振動その他の要素では相変わらず触針式で
は対応が不可能なので,非接触でレーザなど光学技術を利用する計測器が今後の計測業界
の主流となると期待されている.特に小型レンズ金型に代表される,超精密金型などの計
測において加工現場では困難を極めている.
また,精密計測の現況から見ると図 1-18 から明らかなように,産業界における計測技術
の傾向として「測定装置の視野と分解能」(1-17)の関係がある.それは,計測技術の未発達領
域が存在することであり,この分野には「非球面レンズ」が含まれており,従来から効率
的な計測システムが望まれている.
このように精密加工技術が高度化するにつれて,高精度金型も高品質・高価格となるた
め必然的に,形状や鏡面度の迅速な計測化と加工修正が不可欠になってきた.
図 1-18 測定装置の視野と分解能
8
図 1-19 加工不良の模式図
詳しく説明すると,超精密加工や表面が高品質(鏡面)な金型を完成する過程において,
切削等の機械加工完成済の金型には図 1-19 のように,部分的に加工形状が不十分な部分
(図
1-19a)が,時として加工不良として生じることがある.
これにそのまま加工量の少ないラッピング研磨加工などで鏡面仕上げを施すと,形状不
十分な加工済みの母形状がそのまま最終鏡面仕上げまで保持され,不良金型として完成さ
れてしまう(図 1-19b)
.
これらは結局不良金型として廃棄してしまうという大きな損失をこうむることになる.
なぜならば,最終鏡面加工まで施した金型を再修正加工はできないからである.
このことを解消するには,機械加工済みの段階で一度形状計測を行い,その加工不良部
分を検出・修正した後,最終研磨仕上げ加工を施せばよい.しかしながら,現状での測定
機や計測技術では加工途中に非接触で簡単に計測できる仕組みはほとんど無い.既存の干
渉計(1-18,19,20,21,22)などでも最終鏡面製品の状態でしか測定できないという状態で,品質管理
上大きな課題を含んでいる.
参考までに下記の表 1-2(1-23)は非球面計測に使用できる,非接触光学式の高精度鏡面形状
計測法を簡単にまとめたものである.
・フィゾー干渉計は参照板と観察表面の距離を近づけることができる簡便な干渉方法であ
る.
・トワイマン干渉計は,マイケルソン干渉計を改良したものであり,ビームスプリッター
から検査面までの距離を長くとることができるので,計測の融通がきくのが特徴である.
・マッハツエンダー干渉計は,二つのミラーと,二つのハーフミラーからなり,干渉させ
る 2 光束が全く異なった光路を通るように構成されており,融通性のある干渉計として
知られ,透明な周体,液体,ガスの屈折率の変化や濃度分布の測定,レンズやミラー等
の測定に用いられる.しかしながら,調整が大変であるといった欠点も有している.
・ゾーンプレート干渉計は,通常の参照板の代わりに,ゾーンプレートという回折格子を
使うものである.多種類の原器を簡単に作成でき,しかも精度の高い検査を行うことが
9
表 1-2 各種の干渉方式の一覧
10
可能であるという特徴を持っている.
・トルボット干渉計は,フィゾー干渉計やトワイマン・グリーン干渉計など異なり,シア
リング干渉計と言われるものである.球面参照板を透過して波面収差を与えられた物体
光を 2 つに分けて,この 2 つの光波に僅かに左右方向のずれを生じさせた後,干渉をさ
せるものである.
・モアレトポグラフィー法は,あまり球面精度が高くない,例えばコンデンサーレンズや
カーブミラーのような光学部品の表面や,仕上げ前の粗面の面形状を測定するのに使用
される.しかしながら,最近はレーザ光源の使用により精度を向上させている.
・ホログラムシアリング干渉法は,ホログラムを干渉計内の光学素子として用いるもので
あり,トルボット干渉法と似たような手法である.ホログラムを使うため,シアするた
めの光学系が普通のシアリング干渉計より単純である.
・ヘテロダイン干渉法は,干渉する 2 つの光の周波数が少し異なっているので,干渉縞の
位相差をよりきめ細かく設定でき,干渉縞のより高感度な読み取りを行うことができる.
一種のサブフリンジ干渉計測法である.マイケルソン型の干渉計がベースとなる.
以上のように種々の干渉法が開発されているが,作業現場での機上計測を目指す本研究
においては,構成が簡単で,振動にも強いフィゾー干渉計を基本とすることにする.
加えて,トピックスとして,このような計測対応で昨今話題なっているのは,図 1-20 に
示すパナソニック製 UA3P 超高精度 3 次元測定機(1-24),であり,高精度・高測定速度の最
新装置である.
図 1-21 にその原理を示す.測定方法が(レーザ+原子間力)のスタイラス走査方式なの
で,振動には特に弱く非接触とはいえ鏡面加工面では測定痕跡が現れるという産業界の指
摘も伝えられている.
また固定型装置のため加工済みのレンズ金型測定においても,加工の度に取り外し移動
が必要となる.業界が最も要望している,加工機械に取り付けたまま現場で計測できる機
上計測は実現できない.
図 1-20 パナソニック UA3P
図 1-21 UA3P 構造原理
11
1-3-3
超精密レンズ金型
小型レンズ金型に代表される超精密加工の歴史はそんなに古くは無い.前項に記述した
ように加工機械の NC 化に伴い,ボールネジなど主要部品の性能(剛性)アップや制御技
術の高度化により,加工機械の性能が飛躍的に向上した.さらに加工機械の精度向上・保
持は最終的に機械本体の加工環境(温度・湿度・摩擦抵抗など)に起因することがわかっ
た.特に IT デバイス生産業界における技術革新により,その基幹産業である光学機器の中
心をなす超精密レンズ金型分野では,加工機械の性能向上と並行して加工技術(精度)と
計測技術(精度)が一体となって金型産業の成長を押し上げてきた.
超精密レンズ金型業界では,この精度向上のために,温度や湿度など外部環境は恒温(恒
湿)室などで解決し,機械本体や主要部品,特に回転構造体(ベアリングなど回転軸受)
や摺動部品(リニアスライドなど)には摩耗・摩擦抵抗への対応策が主要課題として図ら
れてきた.図 1-22 に最近の超精密金型の例を図 1-23 にその金型を構成する超精密金型部
品を例示する.
図 1-22 超精密成形金型例
図 1-23 超精密金型部品例
図 1-24 油静圧摺動原理
図 1-25 油静圧ねじ,油静圧ガイド
12
そして,超精密金型を製作するために使用される超精密加工機の開発が始まり,加工機
械の精度向上の解決策として次の方式が開発された.
① 油静圧方式:
(回転モータ+油静圧,油静圧ねじ,リニアモータ+油静圧なども含む)
② 空気静圧方式:主に超高速回転軸受け(エアースピンドルなど)
従来からのメカニカル方式(金属接触)による回転・摺動方式から液体・気体による回
転・摺動方式を採用することで摩擦エネルギーや振動・騒音エネルギーは激減した.これ
により,加工機械の精度は飛躍的に向上し,その加工精度は数十ミクロンの世界からサブ
ミクロンへと,最近ではナノメーターの領域へと超精密金型の開発が進んでいる.
超精密金型加工機を代表する,空気・油静圧方式の概要説明として図 1-24 に油静圧の代
表的な摺動原理(1-25),図 1-25 に油静圧ねじ・ガイドの説明図(1-26)を示し,図 1-26 では最新
の超精密研削加工機の機械本体の例を提示した.
図 1-26 金型用超精密研削盤
図 1-27 超高速エアースピンドル
図 1-28 デジカメでの実例
13
また,図 1-27 に超高速空気軸受(エアースピンドル),図 1-28 に油静圧・空気静圧式加
工機を用いて,デジカメの非球面レンズ金型を製作した実例(1-27)を示した.
このように加工技術や加工精度の目覚ましい進展により,超精密レンズ金型にも高精密
な金型加工・成形技術の高度化が図られ,それに伴う測定・評価技術も同時に高度化され
てきた.
加工業界では歴史的にも加工研究が先行し,その計測評価技術や装置が後追いするとい
う現実はあるが,近年では計測業界との連携も進み,その中で革新的な研究が求められて
いる.特に高精度・大量生産を求められている小型レンズ金型業界から計測業界への強い
要望は,効率の良い計測,つまり測定作業の迅速化(現場化)と機上計測(加工機械から
取り外さずそのまま計測する)の二つに集約されてきた.
1-4 本研究の目的
これまでに,レーザ干渉方式で市場に出ている非接触式 3 次元形状測定機もあるが,普
通の干渉計では干渉縞が密になり過ぎて計測ができない場合があるなど,いずれも実用的
な製造現場での普及という観点からは,多くの課題を有している.
また,現在一般的な精密加工部品(測定精度ミクロン~サブミクロン)を非接触で計測
できる装置自体は顕微鏡はじめ特定分野で種々開発されているが(1-28),生産用で効率良く量
産対応できる測定装置類はいまだ発展途上と言わざるを得ないのが現況である.
本研究は,高価な精密小型レンズ金型業界の課題対策として,製造現場で最もニーズの
高い,加工途中での計測が迅速に可能となる「機上計測」への対応可能性を目標としての
基礎研究である.しかも,振動対策を施しつつレーザ光の干渉縞を利用するという画期的
な手法で,新たな小型レンズ金型市場への対応を目指すものである.
このような目的から,本研究では小型レンズ金型の製作時点で製品形状精度が容易に確
認できる方法として,広視野レーザ顕微鏡を利用して測定する方法を着想した.レーザ光
をレンズ金型に照射し,その干渉縞のデータを演算・解析する新たな非接触 3 次元形状測
定方法を開発する.この試みは機上計測が出来る小型計測装置の実用化に向けて道しるべ
となるための基礎研究である.
本研究では広視野レーザスポット走査型顕微鏡(新田研究室で開発した既存設備)を基
本装置として,実際に近い状態でのレンズ金型モデルを種々製作し,干渉縞の発生条件や
反射条件などを観察解析し,数値化することにより小型レンズ金型を非接触で簡易に計測
できる手法や機能を条件化しながら,実用化に向け新たな走査型レーザ干渉計装置の開発
に関する基礎研究を目的とする.
最後に,本研究の精密測定の基本装置として前述の広視野レーザスポット走査型顕微鏡
(新田研究室で開発した既存設備)を選定した理由について述べる.
14
一般的に精密計測領域では【フルスケール(走査幅)/1000】と考えられる事から,本装置
でのフルスケール(走査幅)は 10mm なので,10µm の分解能があれば精密計測というこ
とになる.本装置の広視野レーザスポット走査型顕微鏡では分解能は 2.5µm なので精密計
測分野では十分な計測領域となる.
1-5
本論文の構成
本論文の第 2 章以降の構成は以下の通りである.
・第 2 章では,干渉縞の生成と計測の具体的手法とその発生原理・観察理論を中心に予備
的基礎実験による理論背景の確認作業を論じた.
・第 3 章では,具体的金型モデル(小型レンズ金型)を作製し,専用ジグを用いた平板参
照板による観察・計測の基礎実験を通して,実際の干渉縞生成上の課題を論じた.
・第 4 章では,前章までに得られた干渉縞生成上の問題点を分析し,専用ジグを用いた平
凸参照板による干渉縞を効果的に発生させる手法の開発や,課題解決策を論じた.
・第5章では,前章までの結果を基に,干渉縞生成データから 3 次元形状への変換方法を
記述し,演算・関数を用いて測定形状の数値化や測定精度を論じた.
・第6章では,小型レンズ金型計測の実用化に向けて,その課題と指針を論じた.
・第7章では第 2 章から第6章で得られた結果を結論としてまとめた.
15
博士論文
フローチャート
精密金型計測のための走査型レーザ干渉計の実用化に関する基礎研究
第 1 章 緒論
小型レンズ金型業界の現状
小型レンズ金型製作上の課題
加工技術と加工精度,計測技術,超精密レンズ金型
本研究の目的と本論文の構成
第 2 章 干渉縞の計測
実験装置の確認と調査(広視野レーザ顕微鏡の干渉計としての適否)
干渉縞の発生原理と生成実験
参照板を用いた実験,モデル金型レベルでの実験,表面粗さと干渉縞の関係調査
第 3 章 小型レンズ金型による観察と計測(課題の抽出)
専用ジグの設計製作
平板参照板による観察実験(一般的な方法による研究課題の洗い出し)
第 4 章 新たに開発された計測手法による課題解決
平凸レンズ参照板による実験
成膜参照板による反射光のバランス対策
傾斜測定法による問題解決
第 5 章 干渉縞生成データからの計測法
高さデータ変換方法と 3 次元形状の構築
観察データと実測データの精度と誤差の比較検証
第 6 章 実用化に向けての課題分析
非球面レンズへの対応,測定機の簡易化と機上計測への応用
第 7 章 結論
16
[ AB S T RAC T ]
Preamble
When manufacturing small plastic lens mold tool, the form accuracy of the mold is
currently assessed in an indirect manner, in which the optical quality of the lens
manufactured using the mold is evaluated. During the course of this research, I have
developed a direct measuring technique for the form of lens mold tool that uses the wide
field laser-scanning microscope having a wide field of view and high resolution, which was
infeasible with the existing observation device. More specifically, I installed a referential
plate on the viewing screen and have developed a method to calculate the mold’s
three-dimensional form by treating the interference fringes as contour using the principle
of interference.
Research contents
・I installed various referential plates to the mold to generate interference fringes by laser
irradiation. Using the wide field laser-scanning microscope, which is existing equipment, I
did detailed research on which conditions are necessary to acquire photographic
interference fringes.
・After digitalizing and thinning the interference fringe graphics, I numbered fringe orders
on the interference fringes. I treated the interference fringes as contour by applying the
height data corresponding to each interference fringe based on the fringe orders. Based on
that, using the least-square method I calculated interpolative function that represents the
mold form. The interpolative function enables a calculation of three-dimensional
coordinate on the arbitrary position of the metal surface.
・I also spent a lot of time reviewing the possibility of gauge measuring at the
manufacturing site for the purpose of putting it to practical use.
Conclusions
・For generating the interference fringes, I could acquire quite clear observation graphics
by choosing the right referential plate. In case the interference fringes are too fine, the
fringe intervals may be widened with plano convex referential plate, while off balanced
reflection intensity of laser beam may be adjusted by applying thin film coating on the
referential plate.
・Since it is hard to observe the reflection when the tilt angle of the object is great, I used
the tilt angle measuring method, in which observation object is tilted to get segments of
graphics and piecing the segmented graphics together to see the entire image.
・With the program (digitalizing ⇒ thinning ⇒ numbering the fringes ⇒ least squares
approximation)based on the interference fringes observation data, it will be possible to
calculate the three-dimensional coordinate on the arbitrary position of the mold surface.
・The difference between the experimental data that was put into three dimension in this
research and the data from actual measurement is as small as several tens of nm, thus, it
was verified that the measuring method used in this research is in the satisfactory level for
practical purposes.
・As for the environment at the measuring site for yielding practical application, it is
presumably possible to acquire measures against vibration by inventing an exclusive jig,
however, further verification tests will be required in future.
17
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19
第2章
干渉縞の計測
2-1 緒言
本章では,緒論で述べたように,新たな非接触 3 次元形状測定方法の開発手段として着
想した,新田研究室にある既存設備「広視野レーザスポット走査型顕微鏡」が干渉計とし
て十分な利用と応用ができるかの確認作業を中心に行う.加えて,本研究の基本項目であ
る干渉縞の生成と表面粗さとの関係についても論じる.なぜならば,この広視野レーザ顕
微鏡は元々表面観察装置として開発され,高さ方向の分解能を犠牲にして広視野な観察を
可能にしたものだからである.
また,代表的なフィゾー型干渉計では干渉縞を CCD 素子などでデジタル化するために,
視野と解像度には一定の限界が存在する.すなわち,CCD 素子のピクセル数が決まってい
るために,一画面上で識別できる干渉縞の密度に限界がある.それ故,狭い範囲を観察す
る場合は良いが,広い範囲を観察する場合には干渉縞を識別できなくなる.
それに対して広視野レーザ顕微鏡は,広い領域を高い空間分解能で観察するために開発
された装置であり,10mm 四方を観察した場合でも,2.5µm の分解能がある.従って広視
野レーザ顕微鏡により干渉縞が観察できれば,広い観察領域に亘って緻密な干渉縞分布を
示す領域でも観察可能となる.
しかしながら,走査型レーザ干渉計はこれまで報告例がないので,そもそも干渉計とし
て使用できるかは不明である.そこで,本章では広視野レーザ顕微鏡の観察において,観
察表面に参照板を設置することにより,干渉縞が観察できるかについて実験的に検討を加
える.併せて干渉縞観察で重要な要素である,どの程度の表面粗さまで干渉縞が観察でき
るか,その観察限界や条件などについても基礎実験を通して考察する.
2-2 実験装置の概要と観察原理
図 2-1 の原理図に示すように,レーザ発振機から照射された波長 650nm の半導体レーザ
光は固定ミラーで反射後,ビームスプリッター,4 分の 1 波長板を順に通過する.その後,
回転ミラーで反射し,テレセントリック fθレンズを通った後,試験片表面に集光する.
従って,レーザはレンズ光軸に対して常に平行に走査される.また回転ミラーが 1 回転
する毎に試験片を固定した y ステージを 0.5µm ずつ送るので,結果的に 10mm×8mm の
範囲にレーザスポットを面走査させることが可能である.
スポット径はジャストフォーカス時に約 4µm で,xy 方向の分解能はテストチャート(2-1)
を使用して計測した結果,約 2µm であった(標準仕様での公称は 2.5µm)
.z 方向の理論分
解能については,8bit グレースケールでの観察を行っており,干渉縞の暗線と明線の輝度
を 8bit でフルに使用した場合,1 諧調当たり約 1.3nm と考えられる(半波長/8bit)
.
走査回転ミラーの回転速度は 9000rpm で,
測定時間は上記範囲計測時で約 107 秒である.
実験装置のサイズは,縦 190mm×横 170mm×高さ 80mm とコンパクトである.
20
図 2-1 広視野レーザ走査型顕微鏡の原理図
レーザ光は参照板(BK7)を通過するときにその表面で振幅分割され,参照板表面での
反射光および透過して試験片表面で反射した光による 2 光束干渉が生じる.この 2 光束は
参照板を再通過した後,ビームスプリッターまで同じ経路を通り,その後集光レンズおよ
びピンホールを通過して受光素子に至り電気信号に変換される.
この信号と回転ミラーおよび y 方向ステージの位置信号とを同期させることで干渉像が
得られる仕組みとなっている.また,ピンホール(2-2)を用いて共焦点型(2-3)することで試験片
表面からの反射光の S/N 比を向上させ高コントラストな観察を可能としている.また,観
察面全域で微細なレーザスポットが得られるように fθレンズにはシュリンクフィッタ(2-4)を
用いた.
このレーザスポット走査型干渉計の特徴は高解像度観察が広い範囲で可能なことである.
他の干渉計やレーザ顕微鏡は基本的に光学顕微鏡をベースにしており,それらと比べると
同倍率で一度に観察可能な範囲は数十倍から数百倍である(2-5).
また,他の干渉計では参照板と相手面は非接触のため,両者間の相対位置が変動しない
ように厳密な振動対策が必要であった.一方,参照板接触式の本干渉計ではその必要が無
く,防振台が不要であるため装置全体のコンパクト化が可能となっている.
参考までに図 2-2 に装置概要を,図 2-3 に実験装置を示した.
21
図 2-2 装置概要
図 2-3 実験装置
2-3 干渉縞の発生原理
まず,レーザ干渉による干渉縞の生成機構(2-6)の基本原理を図 2-4 に示す.参照板下面およ
び被測定物表面で光は反射する.これらの反射光は光路差に応じてその干渉波の光強度が
変わるので,この強度を測定することが基本である.そして,その干渉縞(リング)生成
の基本原理を述べると,参照板を設置した観察物にレーザ光が照射された場合,図 2-5 のよ
うに参照板下面と観察物凹面においてそれぞれ反射強度 I1, I2 を持つレーザ光の反射が起
22
こる.この 2 つの反射光は光路差 h を持つため図 2-6 に示すように位相のずれが生じ干渉
縞が発生する.
また,レーザ反射光の強度をそれぞれ I1,I2 とし,試験片表面からの反射光は反射した際
に半波長位相がずれていることを考慮した際に干渉した結果の光の強度を I とした場合の
I2,I1 および I と高さ h(x,y),縞次数 n,レーザ波長λの関係式(1)を以下に示す(2-7).
𝑰𝑰 = 𝑰𝑰𝟏𝟏 + 𝑰𝑰𝟐𝟐 + 𝟐𝟐�𝑰𝑰𝟏𝟏 𝑰𝑰𝟐𝟐 𝒄𝒄𝒄𝒄𝒄𝒄
𝟒𝟒𝟒𝟒(𝒙𝒙, 𝒚𝒚) − (𝟐𝟐𝟐𝟐 + 𝟏𝟏)𝝀𝝀
𝝀𝝀
(1)
上述の原理により干渉が発生し暗部と明部が取得画像上に出現することになり,さらに,
上記関係式からh(x,y)がλ/2変化するたびに暗線が出現することになる.ここでhは画像上の
点(x,y)における高さを表しているため暗線を等高線のように扱うことで形状を得ることが
図 2-4 参照板下面と試験片表面での反射
図 2-5 2 面での反射光強度
図 2-6 二つの波形に生じる位相のずれ
23
可能となる.
2-4 干渉縞の生成
2-4-1 参照板の影響
まず本研究開発の基本装置である,広視野レーザスポット走査型顕微鏡と干渉縞現象に
ついての基礎実験について述べる.
図 2-8 参照板無は,硬質固体表面の 4mm 四方をウェットブラストにより加工したもので
ある.中心部のくぼみ深さは,およそ 5.5mm である.単に広視野レーザ顕微鏡で観察する
と,すなわちレーザ光を対象物に直接照射して,その反射強度のみを観察すると,高さ方
向の分解能が低いためぼやけた画像になってしまう.くぼみが深い中心部ほど反射光強度
が弱く暗くなっており,深いということは分かるが高さをナノレベルで測定することはで
きない.
しかしながら,図 2-8 参照板有のように参照板を用いてレーザ干渉を利用すると,干渉縞
がくぼみ痕の深さを明瞭に表す.縦横の空間分解能が高いので,密に詰まった干渉縞でも
明瞭に把握することができている.干渉縞の数を数えると 17 本であり,使用した半導体レ
ーザの半波長をかけると 5.5mm となり,別の方法で測定した値と一致した.更に研削表面
をウエットブラスト加工した面を観察した様子を図 2-9 に示す.広視野レーザ顕微鏡では横
方向の分解能)が高いため,干渉縞に加えて表面状態やキズなども画像として取得できる
(2-8)
.
参照板無
参照板有
図 2-8 参照板の有無
図 2-9 表面状態拡大画像
24
図 2-10 観察用両凸レンズ
図 2-11 6.4mm×4.8mm 観察領域
図 2-12 図 2-11 の赤枠拡大図
また視点を変えて,広視野レーザ顕微鏡によりニュートンリング(2-9)の観察をしてみた.
図 2-10 は曲率半径約 150mm の両凸レンズである.これを参照板の役目を果たす平面ガラ
スに押し当てて,平面ガラス側から観察した画像を図 2-11,図 2-12 に示す.
図 2-11 は 6.4mm×4.8mm の領域を観察したものである.ステッチンング技術は使用せ
ずに広視野顕微鏡の範囲である 10mm×8mm の領域を観察して 20000×16000 画素の画像
を取得し,その画像の一部を切り取って示している.
25
黒い円形の領域は両凸レンズと平面ガラスの接触部である.図 2-12 は図 2-11 の赤枠部の
拡大図を示しているが,中心から遠い周辺部の高密度部分でもほぼ 10µm の間隔で発生した
干渉縞の観察が可能であった.
これらの観察例より,広視野レーザ顕微鏡は,干渉計として使用できることが明らかに
なった.
2-4-2
レンズ金型レベルでの観察実験
まず干渉縞の確認テスト用に図 2-13 に示す曲率4種類
(直径 4mm,最大中心深さ 0.1mm,
図 2-13 テスト金型設計図
図 2-14 試験用金型
26
0.15mm,0.20mm,0.25mm)のくぼみ形状を一体化した,疑似レンズ金型モデルを設計・
製作した.図 2-14 に観察用モデル金型の外観を示す.
なお,測定機の関係で計測はできなかったが,表面粗さレベルは通常加工されているレ
ンズ金型と同水準(サブミクロン~ナノメータレベル)の鏡面加工を施している.このテ
スト金型と参照板(平板ケイ酸ガラス屈折率 1.52)を図 2-3 で示した実験装置(広視野レ
ーザー顕微鏡)に簡易的に取り付けて干渉縞の生成を比較観察した.
その結果,曲率の大きな(深さ 0.1mm)中心深さの浅いレンズ金型では図 2-15 及び図
2-16 のように干渉縞が鮮明に確認されたが,それ以上曲率が小さくなるにつれて(金型中
心部が深くなるほど)反射光強度が弱くなり干渉縞が捉えにくくなることと,装置が手動
調整のため金型の位置精度・測定装置などの取り付け精度が不安定となり,正確な測定が
難しいことが確認された.そこで,金型と組込装置(専用ジグ)を新たに製作して再度測
定することにした.これについては第 3 章で詳述する.
図 2-15 深さ 0.1mm 干渉縞全体図
図 2-16 深さ 0.1mm 干渉縞片側拡大図
27
2-4-3
表面粗さと干渉縞の関係
本項では機上計測(2-10)を目指す為に,緒論で述べた切削加工済み(鏡面研磨加工前)の状
態で干渉縞が生成するかどうかを調べた.すなわち,いくつかの表面粗さをもつ精密加工
済み試験片を製作し干渉縞が観察できる限界表面粗さを調べた.
通常の干渉計では横方向の分解能が低いため,ナノレベルの鏡面状態でしか干渉縞は観
察できない.本研究の目的の一つである機上計測を実現するためには,鏡面加工前での計
測が不可欠であり,どの程度の仕上げ状態まで切削加工を施さなければならないか,つま
り干渉縞が得られる最大の表面粗さの基準が必要である.
広視野レーザ顕微鏡は,レーザの経路にピンホールを設置しており,ノイズとなる光を
カットする効果があるためある程度の粗い表面でも干渉画像を得ることが可能と考えられ
ている.しかし表面粗さが大きすぎると干渉縞が細かすぎて,その画像を得ることは出来
ないので,その辺の境界を事前に調べることは極めて重要である.
そこで干渉縞が得られる最大の表面粗さを明らかにするために,試験片(銅板)を図 2-17
に示すワイヤカット放電加工機で丸く切り出したのち,図 2-18 に示す卓上研磨盤を使用し
て異なる粗さの研磨紙を用いて研磨し,研磨紙の粗さをそのまま試験片に転写する方式で
簡易的に表面粗さの異なる試験片を恣意的に作製した.
観察試験片の外観を図 2-19 に示す.
図 2-17 ワイヤカット放電加工機
図 2-18 卓上研磨盤
28
図 2-19 銅板試験片
図 2-20 試験片取付模式図
観察物のサイズは直径 32mm,厚さ 3mm であるが,研磨済みの試験片にはかなりのばら
つきがみられた.測定の結果,算術平均粗さ Ra はそれぞれ
Ra=0.029µm,0.036µm, 0.082µm,0.115µm であった。この 4 種類の最大粗さを測定し
たら,それぞれ最大値 Rz は 0.196µm,0.175μm,0.616μm,0.982µm であり,算術平均値と
の差が大きい.
また,粗面試験片の観察方法については,同様に広視野レーザ顕微鏡と同じ観察ステー
ジを用いて観察を行った.図 2-20 のように試験片を観察ステージに取付け,その上から平
面ガラス板を参照板としてテープで固定してレーザ照射した.ただし,試験片が平板のた
め観察に必要な光路差が保てないので,干渉縞を発生させるために(ある程度の光路差を
保つために)参照板との間に高低差を出す必要があるので,試験片に直接厚さ 3mm の平面
ガラスプレートをテープで両端をしっかり固定することで,ガラス板を微量湾曲させて高
低差(光路差)を出して測定した.
以下図 2-21 から図 2-24 まで広視野レーザ顕微鏡を用いた表面粗さの異なる試験片の観
察による取得画像を示す.この図 2-21~図 2-24 はそれぞれ算術表面粗さ
Ra=0.029µm~0.115µm の観察画像である.
各々の画像を見ると算術平均粗さ Ra=0.029µm(図 2-21), 0.036µm(図 2-22)の試験
片には画像上から画像下に向かって縦方向に明瞭な干渉縞を確認することができる.
また,Ra=0.082µm(図 2-23)の試験片では部分的に干渉縞が発生しており,全体像と
して画像上から画像下に縦方向の縞として認識することが可能である.又,Ra=0.115µm(図
2-24)の試験片では干渉縞を確認することはできない.
29
図 2-21 Ra 0.029µm
図 2-22 Ra 0.036µm
図 2-23 Ra 0.082µm
図 2-24 Ra 0.115µm
図 2-25 表面粗さと干渉縞発生の関係
30
ここで,粗さが大きい表面で干渉縞が生じない原因としては以下の理由が考えられる.
図 2-25 はそれぞれ粗さが小さい表面と大きい表面の模式図であり,上図・下図はそれぞれ
断面および得られる干渉縞画像を示している.
干渉縞は参照板下面と観察物との間の距離がレーザの半波長分大きくなる高さ毎に生じ
るため,粗さの小さい表面では図左下のように十分な間隔を持って発生する.
一方,レーザの半波長よりも大きい高さの凹凸を持つような粗さが大きい表面では,図
のように表面の凹凸1つ1つに干渉縞が発生してしまうため非常に密になってしまう.干
渉縞が密になり,分解能を超える細かさになると,物理的に干渉縞が発生していたとして
も観察画像には干渉縞を確認することはできない.
また,干渉縞が確認できるような粗さと,干渉縞が確認できないような粗さの両方が存
在する表面の場合,干渉縞は部分的にしか確認することはできない.しかしながら,その
場合でも干渉縞が確認できない粗さ部分が全体像の一部分であれば,観察像が部分的に途
切れても,大きい範囲で見ると干渉縞が発生している部分が繋がり,全体像として干渉縞
を認識することは可能である.
2-5 結言
本章では,理論確認用の予備実験を主体として,実験装置の有用性と今後の研究課題を
抽出するために,干渉縞画像の確認と観察画像の表面粗さの限界を中心に観察した.その
結果,以下のようなことが明らかになった.
(1) 本装置において参照板による基本的な干渉縞生成は観察され,装置の有用性が確認
された.
(2) これを受けて,観測精度を含め今後の観察データの信頼性を高めるために更なる高
精度な模擬レンズ金型や,装置アタッチメント,専用ジグなどを製作し,新たな参
照板の開発も含めレーザ光による干渉縞の生成条件の研究を進めることにした.
(3) さまざまな干渉縞を取得するには,参照板の占める要素が極めて大きいことが明ら
かになった.そこで,新たな参照板開発の必要性が理解できた.
(4) 鏡面仕上げ前の段階で形状計測を可能にするために,精密加工直後の粗い表面で
どこまで干渉縞が観察できるかの実験では,粗さの違う研磨紙を試験片の表面に強
制的に転写する方法で実験してみた.その結果,算術平均粗さでの数値 Ra はかな
り小さい範囲でしか干渉縞の観察は見られなかったが(0.1µm 未満)
,最大粗さ Rz
で見ると下表のように,0.6µm程度と大きな範囲となっていることが分かった.一
般的に鏡面加工前で精密加工後の面粗度はサブミクロ(1µm 未満)であることから,
鏡面加工前の計測に可能性を見出すことができた.
31
算術平均粗さ Ra(µm)
最大粗さ Rz(µm)
0.029
0.196
0.036
0.175
0.082
0.616
0.114
0.982
【参考文献】
(2-1)解像力テストチャート,エドモンド・オプティクス・ジャパン㈱
:(edmundoptics.jp)
(2-2)藤田哲也:レーザ顕微鏡の理論と実際(学際企画),P46 ピンホール
(2-3)藤田哲也:レーザ顕微鏡の理論と実際(学際企画),P31 共焦点顕微鏡の原理
(2-4)新田 勇:シュリンクフィッタ法を用いたレーザ走査技術(産学共同による
メカトロニクス機器開発)
,0368-5713/07/¥500/1 論文/JCLS
(2-5)潮 秀樹:光学とレーザーの基本と仕組み(光の性質と応用編),光の回析と
干渉,P27
(2-6)Born Max and Wolf Emil : Principle of Optics – 7th Edition(2011),P289
(2-7)フレネルの反射光式:(kotobank.jp)
(2-8)新田 勇:表面テクスチャリングにおける表面性状試験・評価,2012 年
12 月,メカニカル・サーフェス・テック 12 月号(2012),pp.14-16.
(2-9)Wikipedia ニュートン環:(Wikipedia.org)
(2-10)機械加工における品質向上のポイント(測定計測の基本と応用)
:(測定計測.com)
32
第3章
小型レンズ金型による観察と計測(課題の抽出)
3-1 緒言
前章において,広視野レーザ顕微鏡はレーザ走査型干渉計という新しい観察装置として
使用できることを明らかにした.また,干渉計という高感度な観察装置であるにも拘わら
ず周囲の振動の影響を受けにくいことも判明した.しかしながら,干渉縞の生成と観察に
はまず測定環境の整備(精度)が重要な基本事項であることも明らかとなった.
本章ではこのような前章の結果を踏まえ,測定精度を上げるべく測定環境を再整備する
ことにした.そのために広視野レーザ顕微鏡の観察物に焦点が合いやすいように,測定台
に焦点位置を自由に調節できる微調整機構を追加した.また,新たに測定用の高精密のレ
ンズ金型を製作し,さらに実験に必要な各種参照板を取り付けるために,振動に強くかつ
高精度に組み込む精密測定ユニット(専用ジグ)を設計・製作した.
本章では,このように,測定環境の改善が実験にどう反映されたか平板参照板での観察
実験を中心に考察する.
3-2 専用ジグを用いた平板参照板による観察
3-2-1 精密レンズ金型と専用ジグの設計製作
精密レンズ金型は,第 2 章のものとは異なり単独で計測できるようにした.図 3-1 に示
すように,円筒端面のレンズ成形部分に前章と同様に直径 4mm 深さ 0.10mm~0.25mm の
4 種類の形状を付与した測定用金型を準備した.使用した加工機は最新の 3 次元加工機で,
ボールエンドミル加工を施し,ラッピング研磨で仕上げた.加工後,金型表面の形状や表
面粗度を zygo の測定機で計測した.その計測結果を図 3-2 に示す.表面粗度は 10nm 以内
に仕上がっており,超精密金型として十分な精度を有している.
図 3-1 精密計測用レンズ金型
33
図 3-2 精密計測用レンズ金型表面データ
34
2 章の実験では,金型に対して参照板の傾きを手動で調整していた.そのため計測を繰り
返す度に参照板の傾きが異なり,結果的に金型上に生成される同心円状の干渉縞の中心が
わずかにずれる危険があった.
そこで,測定金型と干渉縞の位置関係を正確に保つために,図 3-3 のようなレンズ金型と
参照板をセットできるよう専用ジグ部品を精密に製作した.この専用ジグを用いることで,
図 3-4 に示すように参照板との組合せによる位置合わせ誤差がかなり少なくなった.また,
外部の振動や衝撃にも強いので,ナノレベルの精密計測をしているにも拘わらず計測は安
定した.
この構造は,最終目的の一つである機上計測(測定を加工機械上で行う)に耐えられるか
どうか(計測中の測定装置振動)の耐振動性(波形のゆがみなど)のテストも兼ねて設計
されている.
図 3-3 組込部品
図 3-4 専用ジグ(参照板・金型組込ユニット)
35
図 3-5 改善後の装置
更に,測定機への試験片の取付や観察ステージ操作についても改善を行った.前章では
X-Y 方向やレーザ焦点合わせおよび光軸の傾きなどの作業は手動で行っていた.しかし,今
回は図 3-5 に示すように手動操作から自動 X-Y テーブルや,ゴニオステージ(傾き調整)
などをデジタルユニット化して,操作性を改善し観察するための大きな障害を解消した.
3-2-2 平板参照板による観察
装置の改善と専用ジグにより,干渉縞の生成は図 3-6 に示すように深さ 0.1mm について
は,前回よりもさらに鮮明に生成・観察できた.しかしながら,前回同様に金型の中心部
深さが 0.15mm→0.20mm→0.25mm と大きくなるに従い外周部の干渉縞密度が高くなり,
測定しにくくなることが分かった.それぞれの 4 種類の観察データを図 3-7 に示す.
このことは,干渉縞が参照板と金型との間の 2 光束干渉であるため,光路差(距離)の
大きさや,両者の反射光強度の大きさやバランスなどが大きく影響することを示唆してい
る.観察データを見ると,中心部の深さ 0.1mm の金型では干渉縞が全体に及んでおり鮮明
な縞画像が観察されている.しかし,それより 0.05mm 深い 0.15mm 以上の金型になると,
とたんに全体像が得られなくなることから,光路差や反射光強度と共に反射角度が干渉縞
観察に大きく影響していることが考察される.
36
図3-6
深さ0.1mm
全体図
深さ0.1 平面参照板
深さ0.15 平面参照板
深さ0.2 平面参照板
深さ0.25 平面参照板
図 3-7 金型中心部深さによる干渉縞比較図
37
3-3 結言(干渉縞生成上の課題)
本章では,まず測定環境を整備するために装置の操作性の改善と専用ジグを準備した.
そして実際に近い形での球面レンズ金型を4種類製作して実験した結果,観察の迅速化と
精度が飛躍的に向上した.
以下に一般的な平板参照板を用いて干渉縞を観察した実験結果を以下にまとめた.
(1) 曲率半径の大きい(中心深さの小さい)金型ほど鮮明に干渉縞が全域に渡り観察で
きたが,曲率半径が小さくなるに従い(中心深さが大きい)干渉縞密度が高くなり
反射角度が大きくなる外周部に行くにつれて,観察が難しくなってくることが分か
った.この原因としては,光路差(参照板との空気層)や反射角・反射強度の影響
が推察された.
(2)干渉縞生成の重要な要素として,①光路差,②干渉縞密度,③参照板と被測定物か
らの反射光バランス,④反射光の角度,などの適正化をさらに追求することが課題
として明らかになった.この課題対策を集約して次章での研究課題の指針として進
めることにした.
(3)参照板を試験片に接触固定させる本方式では,測定中での振動対策なしでも干渉縞
のゆらぎもなく良好な耐震性が示された.
38
第4章
平凸レンズ参照板による課題解決
4-1 緒言
前章の結果からレンズ金型の曲率が小さくなるほど,すなわち中心部が深くなるほど,
レンズ金型表面と参照板表面の光路差が大きくなり,結果的に生成される干渉縞が密にな
り測定が難しくなることが分かった.そこで,光路差を小さくするために,平面参照板の
代わりに平凸レンズ型参照板を用いることにした.
これまでは言及してこなかったが,レンズ金型表面の反射率とガラス表面のそれを比較
した場合,レンズ金型表面の反射率が格段に高い.干渉縞を生成させるときには両者の反
射率が同等であることが望ましい.そこで,ガラス表面に成膜を行い,ガラス表面の反射
率を向上させることを試みた.
さらに,レンズ金型周辺部の傾斜角度が大きくなるところでは,反射光の経路が入射光
経路と変わるので,広視野レーザ顕微鏡に帰ってくる反射光強度がより減少することが考
えられる.そこで本章では,光路差を減少する方法や反射光の改善を図るなど,以下に示
す3つの方法で課題を解決することにした.
① 平凸レンズ参照板を用いて光路差を縮めることで干渉縞間隔を広げ,観察しやすいよう
にする.
② 反射光バランスを適正化するため平凸レンズ参照板に薄膜コーティングを施す.
③ 反射光強度が弱く観察し難い傾斜角度の大きい周辺部の観察のため,レンズ金型を徐々
に傾けながら数回に分け傾けて分割観察し,その後画像を繋ぎ合わせる傾斜測定法を検
討する.
4-2 専用ジグを用いた平凸レンズ参照板による干渉縞の生成
図 4-1 と図 4-2 には平凸レンズ参照板を使用することにより,光路差が短くなる様子を示
した.光路差が短くなれば生成する干渉縞の間隔を粗くすることができ,干渉縞の観察が
しやすくなる.代表例として,以下に曲率半径 24.82mm と 21.71mm の平凸参照板を用い
て観察した結果について述べる.
図 4-1 平凸参照板による光路差の調整
図 4-2 平凸参照板概念図
39
まず図 4-3 と図 4-4 は,曲率半径 24.82mm の平凸参照板で深さ 0.1mm のレンズ金型を
観察した全体像と拡大図を示す.前章の平面参照板に比べて,干渉縞の間隔が広くなるこ
とがわかる.干渉縞の数は平面参照板の約 310 本に比べて,約 56 本と 1/6 程度に減少し極
めて鮮明な干渉縞画像が得られた.図 4-4 で中心部の細かい渦巻き状の形状は,機械加工の
ツールマークである.その外側のグレーの同心円が干渉縞である.
同様に図 4-5 と図 4-6 に,
曲率半径 21.71mm の参照板で同じ金型を観察した画像を示す.
干渉縞は 10 数分の 1 に減少し,干渉縞の間隔が粗すぎる傾向となる.干渉縞の間隔が粗す
ぎる場合は,金型表面の形状を推定する場合に大きな誤差が入り込む可能性がある.この
ことから,参照板の形状(曲率半径)の適正化が重要なことが理解できる.図 4-4 と同様に
粗加工のツールマークが見える.
図 4-3 曲率半径 24.82mm 平凸参照板全
図 4-5 曲率半径 21.71mm 平凸参照板全
景図 0.1mm
景図 0.1mm
図 4-4 曲率半径 24.82mm 平凸参照板拡
図 4-6 曲率半径 21.71mm 平凸参照板拡
大図 0.1mm
大図 0.1mm
40
深さ0.1mm 平凸参照板12x48
深さ0.15mm平凸参照板12x48
深さ0.2mm平凸参照板12x48
深さ0.25mm平凸参照板12x48
図 4-7 金型中心深さによる干渉縞比較
図 4-7 は曲率半径 24.82mm の平凸レンズ参照板を使用して,レンズ金型の中心部深さを
かえた場合の干渉縞の観察像を比較したものである.今回の実験でも,平板参照板同様に
中心部深さが大きくなるに従って,干渉縞が得られにくくなっていることがわかる.
(図の
右端の数字は平凸レンズの直径と焦点距離を表している).
ここで,平凸レンズ参照板により干渉縞間隔が広がり,干渉縞の観察が鮮明になる理由
を説明する.干渉縞の暗線は参照板下面とレンズ金型凹面間の距離が高さ方向にレーザの
半波長分大きくなる毎に発生する.図 4-1 に示すように,平凸参照板は平板参照板に比べレ
ンズ金型の底に大きく近づくため,レーザが横方向に走査された場合でも,参照板下面と
レンズ金型凹面間の距離(光路差)の変化率は小さくなる.結果的に,高さ方向にレーザ
の半波長分の距離の差が生じるまでに,より多く半径方向のへの距離を必要とする.その
ため干渉縞の暗線の間隔が広くなったと考えられる.
また,曲率半径がより小さい平凸レンズほど参照板底面とレンズ金型凹面間の距離の変
化率は小さくなるため,曲率半径が小さい凸レンズほど干渉縞の暗線の間隔は広くなる.
今回の実験により,光路差を適正化し干渉縞を鮮明化するため参照板を凸レンズタイプに
して観察した結果,一般に使われてきた平板ガラス参照板では観察できない中心深さの大
きい(曲率の小さい)レンズ金型の干渉縞観察が可能となった.以下さらに詳細に中心部
最大深さ(0.25mm)のレンズ金型に焦点を合わせた観察結果を示す.
41
図 4-8 平板ガラス参照板
図 4-9 曲率半径 24.82mm 参照板
42
図 4-10 曲率半径 10.34mm 参照板
図 4-11 干渉縞比較拡大図
43
この観察画像は,最も観察し難い最大深さのレンズ金型(中心深さ 0.25mm)において,
参照板の曲率半径の違いにより干渉縞がどのように変化していくか調べたものである.図
4-8 は平板ガラス,図 4-9 は曲率半径 24.82mm,図 4-10 は曲率半径 10.34mm の平凸参照
板を使用して観察したものである.図 4-11 ではそれぞれの比較拡大図を提示した.
レンズ金型の中心部の干渉縞の間隔の変化を見ると,平凸レンズ参照板の曲率半径がレ
ンズ金型の曲率半径に近づくにつれて,干渉縞の間隔が広がっていることが分かる.この
ことから参照板の選定により,曲率の小さい深型形状の観察が可能であることが理解でき
る.
さらに,レンズ金型中心部から半径方向に 0.5mm までの拡大図を見ると干渉縞の間隔の
広がり具合がよく観察できる.
また,図 4-7 に示すように,レンズ金型の曲率が小さくなるに従って反射光強度が弱くな
る影響が,特に傾斜角度の大きい周辺部に大きく現れることが一連の実験から示され,平
凸参照板の限界も理解できた.
このように,光学分野でしばしば問題となる観察精度と観察範囲との相反する関係が今
回の実験でも明らかになり,曲率の大きな緩やかな形状では広範囲での計測が可能となり,
逆に曲率の小さいシャープな形状ではその計測範囲はある程度限定的なものとなる.
しかしながら,干渉縞を利用する計測において参照板の適切な設計や選定をすることに
より,かなりの高精度で観察・計測ができることを示唆しており,今後一層の参照板研究
が待たれる.
4-3 成膜参照板による反射光強度のバランス対策
図 4-12 に示すように,参照板下面での反射光強度と被測定物表面での反射光強度のバラ
ンスは干渉縞の観察にとって極めて重要である.
この 2 つの反射光がバランスよく合成(干渉)されないと,鮮明な干渉縞は得られない.
これまでの実験では,参照板は透明ガラスなのでレンズ金型表面からの反射光に比べて,
参照板下面での反射光強度は極めて小さいと考えられる.その結果適正な反射光バランス
が崩れて,鮮明な干渉縞が得られない結果となっていると予想した.
そこで,透明ガラスである参照板の下面に Cr などの重金属の薄膜をコーティングし,参
照板下面での反射光強度を増して反射光バランスの改善が可能かどうか実験的検証を図っ
た.この成膜装置は図 4-13 に示す通り,エリオニクス社製の ECR イオンシャワー装置で,
Au,Ag,Cu,Cr などの金属を真空中でイオン化して対象物の表面に薄い金属膜を生成する装
置である.今回は平凸レンズ参照板に,比較的容易に成膜される Cr を 15nm の厚さに成膜
した.その成膜条件など詳細仕様を図 4-13 に纏めた.図中の成膜部分の段差を表す観察部
は縦軸 1.89µm,横軸 100µm 四方を示している.
図 4-14~図 4-17 に曲率半径 21.71mm と 24.82mm の成膜前と成膜後の平凸レンズ参照板
を使用した観察結果を示す.レンズ金型は中心深さが 0.1mm のものを使用した.
44
図 4-12 参照板下面に金属コーティングで反射光バランスを改善
株式会社エリオニクス 9/Rイオンシャワー成膜装置 9IS-2209R
/r成膜したガラス
ACaによる成膜部分の段差
仕様
イオン銃
ECR型イオン銃
100V~3000V連続可変
加速電圧
20V~200V(低加速電極ユニット)(出力電流20mA
Ar:1.5mA/cm2以上(2kV加速時)
イオン流密度
O2:2.0mA/cm2以上(2kV加速時)
イオンビーム φ20mm(FWHM35mm)
イオン流安定 ±3%/2H
成膜条件
金属
成膜時間(min)
Ar流入量(SCCM)
真空度(Pa)
電圧(V)
マグネット
リフレクション(W)
イオンエミッション(mA)
ファラデーカップ(mA/cm2)
図 4-13 成膜装置の仕様と条件
45
Cr
10
0.8
-2
1.2×10
2000
6
0.9
4.6
5.3
図 4-14 成膜前 曲率半径 24.82mm
図 4-15 成膜後 曲率半径 24.82mm
図 4-16 成膜前 曲率半径 21.71mm
図 4-17 成膜後 曲率半径 21.71mm
その結果,どちらの参照板でも成膜を施した方が施さないものより干渉縞は鮮明であり,
成膜により反射光強度のバランスが改善されたことが理解できる.
ただしよく見ると成膜を施した場合は,金型表面の傷が認められなくなっていることが
分かる.参照板に成膜していない場合,多くのレーザ光は参照板を通過して金型表面に達
して反射され,参照板の下面で反射されるレーザ光は少ない.そのため,レーザの干渉は
起きるが,金型表面で反射されたレーザ光が強いために,金型表面の傷などの情報も反映
されている.一方で,成膜を施した場合は金型表面で反射するレーザ光の強度が弱くなる
ために,傷などを反映することができにくくなると考えられる.
空間分解能が高い広視野レーザ顕微鏡をベースにした観察装置であるにもかかわらず,
成膜により金型表面の傷などが見えにくくなることは,この利点を消すことになる.この
ことを良く理解した上で参照板に成膜するかどうかを決める必要がある.
46
4-4 傾斜測定法による課題解決
広視野レーザ顕微鏡を用いたレンズ金型の凹面観察では,fθレンズによって集光させたレ
ーザを観察物の凹面に照射し,その凹面と参照面からの反射光を取得して干渉縞画像を得
ている.しかし,図 4-18 に示すように凹面の傾斜角度が 7.5 度より大きくなる,つまりレ
ーザの反射角θが 7.5 度より大きくなる場合,反射光が顕微鏡に戻ってこないことになり干
渉縞が得られない.この理由については後述する.
また,傾斜が大きい凹面縁部分で干渉縞は図 4-19 のように密に生じるため,広視野レー
ザ顕微鏡の分解能を超える細かさになる.その場合,画像上に干渉縞は確認できず解析が
不可能である.以上のことから,大きな傾斜を持つような深い凹面全体の形状計測が難し
いという課題が生じた.特に,平凸レンズ参照板では,図 4-20 に示すようにレンズ金型の
曲率半径が小さくなるほど,凸部での屈折角が影響して一層観察範囲が狭められてくる.
本項では,この課題解決策として,反射角が 7.5 度を超える傾斜を持つレンズ金型部分に
対しては,反射角 7.5 度以内になるようにレンズ金型を傾斜させて観測し,後に画像を合成
することにした.
図 4-18 レーザの反射角度の説明図
図 4-19 金型周辺部の干渉縞
図 4-20 平凸参照板の曲率半径がレーザ反射角に及ぼす影響
47
下記図 4-21 に示す最も曲率が小さく(中心深さ 0.25mm)
,周辺部での干渉縞が観察し難
い金型を例にとって,傾斜角度を 0 度~14 度まで徐々に変化させながら干渉縞の観察を行
った.
図 4-21 傾斜測定対象金型
48
観察用の参照板は曲率半径(R=21.71mm)の平凸参照板を使用し,傾斜角度の範囲は 0°
~14°を 4 段階に分割して測定した.その結果,傾斜観察法としての第一回目の実験結果
を図 4-22 に示す.
明るい部分は反射光が取得された観察可能な部分である.傾斜角が増すごとに観察可能
域は周辺部に移動しており,確実に反射強度が周辺部まで得られていることが観察された.
なお,図中の赤線の範囲は干渉縞として確認できた部分を示し,青い線の範囲は反射光
をデータとして得られているが,縞密度が濃すぎて干渉縞として確認できない範囲を示し
ている.また,暗い部分は反射光が得られていない部分である.
図 4-22 第一回目の傾斜分割観察図(平凸参照板 R=21.71mm)
49
第一回目の傾斜観察の結果,レンズ金型の周辺部へ向かうに従い,干渉縞が密になり反
射光は取得できているが干渉縞の観察が不十分となった.そこで,第二回目の実験では曲
率半径のさらに小さい平凸参照板(R=10.34mm)を使用して,同様に 0°~15°まで 5 段
階に傾けて干渉縞の観察を行った.
その結果,
図 4-23 の観察図に示すように全ての範囲で鮮明な画像が得られた.また図 4-24
の拡大図に示すように,周辺部でも 6µm の鮮明な干渉縞が得られた.因みに,広視野レー
ザ顕微鏡の分解能は 2.5µm なので縞間隔が 3µm 以上あれば観察可能となる.
図 4-23 では,前回と同様に赤い線の範囲は干渉縞を観察できた範囲を示し,青い線の範
囲は観察不能な範囲である.
なお,図からも分かるように干渉縞が観察できる範囲は観察点(0 度・5 度・10 度・14
度・15 度)においてかなり交差しているので,最適な参照板や観察角度などの条件を特定
することにより,観察回数を減らすことが可能である.
図 4-23 第二回目の傾斜分割観察図(平凸参照板 R=10.34mm)
50
図 4-24 傾斜分割を利用した金型周辺部の干渉縞
また,今回の観察は装置の関係で半径方向の直線範囲(X 軸)しか観察されていないが,
被観察物を回転することにより容易に全周を観察することができるので,かなり曲率半径
が小さい凹面金型でも干渉縞を観察する可能性があることを示唆している.
また,本研究室で実験の基礎として使用されている広視野レーザスポット顕微鏡(新田
研究室での既存設備)では,レーザ波長 650nm,開口数 NA=0.13 として設定されている.
従って下記,図 4-25 説明資料図を本装置に適用すると
,θ≒7.5 となる.
NA=n sinθ・・・・・0.13=n sinθとなり(空気中:n=1)
図 4-25 反射角度説明資料
51
4-5 結言
本章では,新たに考案された平凸参照板を専用ジグに組込み,干渉縞の生成状況を観察
した.その結果を以下に記す.
(1) 曲率の大きな(中心深さの浅い)金型形状では平凸型の参照板を選定することでそ
の屈折を利用して観察しやすい(干渉縞の間隔の広い)干渉縞生成が可能である.
(2) 曲率が小さく(中心深さが深く)なるに従い,傾斜角の影響が特に周辺部に大きく
現れ,また装置の持つ開口数(4-1)によっては,平凸参照板の選定だけでは解決できな
い問題が生じた.
これは,レーザスポット光が金型外周部に行くに従い,金型の傾斜角度が大きく
なり反射光が顕微鏡に戻りにくくなることから(本装置の場合反射角度が 7.5 度を超
えた場合)
,参照板から戻る反射光との強度バランスが崩れることに起因している.
また平凸レンズの屈折特性からも中心部に光の屈折光が向かうことになり,反射
勾配の大きい外周部に近いほど干渉縞が観察しにくいことも理解できた.
(3) 参照板下面と金型表面からの反射光強度バランス(干渉縞の生成バランス)は観察
画像の重要なポイントであるので,本章ではそのバランス対策として,参照板下面
に Cr の薄膜をコーティングして強度バランスを調整した.その結果,より鮮明な
干渉縞を得る効果が認められた.その一方で,キズなどの表面状態の観察が行い難
くなることも判明した.
(4) 金型周辺部で傾斜角度が大きくなるので,レーザ光が顕微鏡に戻ってこなくなるこ
とが問題となる.そこで,金型全体を傾斜させる傾斜測定法を採用した.その結果,
最も中心深さが大きい金型でも傾斜角度を分割して測定することにより,周辺部ま
で干渉縞を鮮明に観察することができた.
これにより,観察画像処理(結合)のソフトウェア上の問題が今後の課題として
残るが,曲率半径が小さい金型計測に向けて計測技術が大きく前進したことが確認
された.
(5) 本章では一連の実験観察から,干渉縞生成のポイントである参照板からの反射光と
被測定物からの反射光との強度バランスを金型全面に適正に保つ方法を中心に,参
照板形状を含め多方面から検証を重ねた結果,干渉縞による 3 次元計測の基本課題
に道を開くことができた.
【参考文献】
(4-1)レンズの開口数 NA:(Wikipedia.org)
52
第5章
干渉縞生成データからの計測法
5-1 緒言
前章までの実験研究により,いくつかの課題を克服した結果,樹脂レンズ金型に使用さ
れる球状凹面形状について,干渉縞を観察することに成功した.
本章では,観察で得られた干渉縞から 3 次元形状を構築する手法について研究する.具
体的には最小二乗法による内挿関数を 3 次元プロットして近似曲線を求め,画像形状をデ
ータ化する研究を試みた.
さらに,画像から理論的に構築された 3 次元形状を,実際に使われている表面測定機で
計測した実測データと比較し,干渉縞画像に基づく形状データの測定精度検証をした.
5-2 干渉縞からの高さデータ変換方法と3次元形状の構築
干渉縞から高さデータへの変換方法の概略を図 5-1 に示す.具体的には,図 5-2 で得られ
た干渉縞画像に対して,図 5-3 に示すような二値化を行った.その後,図 5-4 に示すように,
細線化処理(5-1)を行った.細線化処理には様々なアルゴリズムが提案されている.最終的に
きれいな細線になることが望ましいが,処理の仕方により「ひげ」と呼ばれる短い細線が
残ることが課題となっている.これらの干渉縞の細線は,レーザ波長の半波長分 325nm 毎
の等高線とみなすことができる.したがって,この等高線を上手に処理することで,図 5-5
に示すような凹面の 3 次元形状を構築することが可能である.
図 5-1 観測データの 3 次元化プロセス
53
図 5-2 干渉縞画像
図 5-3 画像の二値化
54
図 5-4 画像の細線化
図 5-5 画像の 3 次元形状化
55
細線化した等高線を内挿関数で近似することにより,等高線以外の領域の高さデータも
計算できるようになる.このための内挿関数として式(1)のような 2 変数の多項式を使用し
た.未定形状数 a1・・a1Σ(ι+1)などは,等高線を既知データとした最小自乗近似で求めた.
なお,内挿関数 f ( x, y ) の次数は 8 とした.
f ( x, y ) =a1 + a2 x + a3 y + a4 x 2 + a5 xy + a6 y 2 + ・・・+aΣ (i +1) − 2 x 2 y i − 2 + aΣ (i +1) −1 xy i −1 + aΣ (i +1) y i
(1)
ここで,凹面および参照板からの反射光には Fresnel の公式(5-2)により位相差πが生じる
と考えられるため,2 光束干渉を仮定した場合暗線が生じる条件は以下のように示される.
(2)
2nh = mλ
また,この時の位相差は以下のように示される.
δ =
4π
λ
(3)
nh
但し,各定数は以下の通りである
δ :位相差
λ :レーザ波長
n:空気の屈折率
h :任意の位置での空間距離
m:0,1,2,3・・・
5-3 実験による計測と実証
本項では,参照板に平板ガラスと平凸レンズを用いて得られた二つの干渉縞観察を例に
とり,その実験経過を論ずる.
5-3-1
参照板について
平面参照板として厚さ 3mm の BK7 製のガラス板(屈折率 1.52)を用いた.また,平凸
参照板として,BK7 製の平凸レンズ(Edmund Optics 製)を用いた.この平凸レンズの
曲率半径は,21.71mm,焦点距離は 42mm である.曲率半径は試験片凹面部のものより大
きいため,レンズ中心部は試験片に接触しない.
また,参照板表面に比べて試験片凹面での反射光強度が圧倒的に大きいため,前章で説
明したように,凸面側の参照板表面に ECR イオンシャワー成膜装置(EIS-220ER,エリオ
ニクス社製)により Cr 薄膜を成膜し,参照板表面での反射光強度が高くなるようにした.
また,原子間力顕微鏡により非成膜部との段差を計測した結果,膜厚は約 15nm であった.
56
平板参照板および平凸レンズ参照板を用いた場合の 2 光束干渉の模式図をそれぞれ図
5-6(a),図 5-6(b)に示す.
いずれの参照板も,試験片の凹面以外の部分と接触している.任意の走査位置では,2 つ
の反射光の間には隙間により光路差 h が生じる.
特に平凸レンズを使用した場合は図 5-6(b)
のように平板使用時よりも隙間が小さい.
(a) With a flat glass plate
(b) With a plane-convex lens
図 5-6 2 光束干渉の模式図
図 5-7 専用組込ジグ
57
ここで,平凸レンズを使用した目的は参照板と試験片表面間の距離を平板使用時よりも
小さくし,それにより干渉縞間隔を粗にするためである(前章より)
.なお,試験片と参照
板は図 5-7 に示すジグによって同軸となるように設計されており,さらに耐振性,耐衝撃性
なども考慮されている.
また,干渉縞観察では参照板の精度そのものが影響するので,平板参照板の面精度につ
いては,平面測定用レーザ干渉計(F601,FUJINON,基準面精度 32nmPV)を用いて計
測した.その結果,平板参照板の表面性状は 8nmRa,179nmPV であった.
また,平凸参照板は表面粗さ測定機(Form Talysurf S6, Talor Hobson 社製)で計測し
た.この装置の Z 方向分解能は 10nm,真直度精度は 2mm の走査範囲で約 100nm(算術
平均で約 19nm の誤差)
,校正試験は同社製の球面原器を使用して行った.
その結果,干渉縞画像から構築した f(x,y)と平凸参照板の突出形状を併せて最終的な凹面
形状とした.
5-3-2
平板参照板を用いた場合の実験結果
図 5-8 に平板参照板を用いて観察した干渉縞像を示す.図 5-8(a)は全体像であり,赤破線
の領域を拡大したのが 5-8(b)である.平板参照板と凹面の隙間により同心円状の干渉縞が観
察された.凹面の勾配は中心から外側へ向けて徐々に大きくなっていくため干渉縞間隔は
外側に行くほど密になっている.
(a) Whole image
(b) Magnified view
図 5-8 平板参照板の観察干渉縞像
58
図 5-8(a)の外周部付近で最も密な干渉縞の間隔は約 10mm 程度であった.
図の領域の更に
外側は干渉縞が密になり縞の判別ができなかったため,縞の判別が出来る領域のみを切り
取って示している.そのためこの観察画像の直径は約 1mm のほぼ真円である.
今回の測定では,レーザの焦点の Z 方向の位置は,最大深さの半分の深さ付近に合わせ
ている.観察中は Z 方向の走査をしていないため,その位置からずれた場所ではデフォー
カスが生じる.これによってスポット径が大きくなった結果,判別可能な縞間隔が 10µmで
あったと考えられる.
次に,最小二乗法による内挿関数を 3 次元プロットしたものを図 5-9 に示す.計測の妥
当性を評価するために,図 5-10 には内挿関数で算出した最深部の断面曲線を表面粗さ計に
図 5-9 3 次元プロット図
By interferometer
with flat plate
By profilometer
Difference
0.6
10
0.4
5
0.2
0
0
-400 -200
0
200
400
Distance from the center, mm
図 5-10 内挿関数と実測のデータ比較
59
Difference, mm
Concave shape by the interferometer with
flat plate and profilemeter, mm
15
よる計測データと共に示す.
図 5-10 には内挿関数と計測データの差も示すが,この際画像中に観察される小さな傷や
穴は画像処理の過程で除外した.
触針式粗さ計による計測結果との平均誤差(該当するデータ点同士の差の絶対値を平均
化したもの)は 0.077µm であった.
図 5-8 では水平方向に薄い縞状のノイズが観測されるが,同心円状の干渉縞形状はほぼ真
円に近く,ノイズの影響が見られないため,等光路区間における装置振動や空気の揺らぎ
などが原因で全体的な輝度が増減したためと考えられる.
5-3-3
平凸レンズ参照板を用いた場合の実験結果
図 5-11(a)および図 5-11(b)に平凸参照板を用いた場合の観察画像の全体および拡大図を
示す.平板参照板を用いた観察画像と同様に干渉縞が判別できる領域のみを切り取って示
している.干渉縞が観察された領域は平板参照板よりも 40%大きく,直径約 1.4mm であっ
た.
金型の勾配が最も大きい周辺部の干渉縞間隔は,平板参照板使用時と同じく約 10µm で
あった.図 5-12 と図 5-13 にそれぞれ内挿関数のプロットおよび表面粗さ計による計測値
と両者間の差を示す.表面粗さ計による計測値との平均的な差は 0.12µm であった.
(a) Whole image
(b) Magnified image
図 5-11 平凸参照板の観察干渉縞像
60
図 5-12 3 次元プロット図
By interferometer
with plano-convex lens
By profilometer
Difference
0.6
10
0.4
5
Difference, mm
Concave shape by the interferometer with
plano-convex lens and profilemeter, mm
15
0.2
0
0
-400 -200
0
200
400
Distance from the center, mm
図 5-13 内捜関数と実測のデータ比較
5-4
干渉縞による計測結果の精度について(表面粗さ計との差異)
前述のように,表面粗さ計による金型の計測結果と本計測手法の差異は平板参照板を使
用した場合で約 77nm であった.
また,図 5-14 に平板と平凸レンズの測定結果の比較を示すが,こちらも同程度の誤差が
発生している.そのため,原因としては参照板の形状精度および観察後の画像処理の影響
が考えられる.参照板の形状精度は,前述のように平板の面精度は 8nmRa であった.平凸
レンズにしても,10nm の誤差で計測可能な表面粗さ計で計測し,その面精度を確認してい
るので,参照板の形状が主たる原因とは考えにくい.
61
画像処理では,二値化および細線化を施したのち,最小二乗法による内挿関数の近似を
行っているため,内挿関数の近似度の影響が考えられる.
レーザの干渉は物理現象であることから,暗線位置の高さはレーザ波長の半分の倍数と
決定できる.そこで,暗線位置の高さを最小二乗法で求めた内挿関数で計算し,その計算
値と暗線高さの差をとることを考えた.図 5-15 に暗線位置の x,y 座標から内挿関数 f(x,y)
で計算した高さデータと,暗線位置での高さ h(レーザ半波長の整数倍)との平均的な差を
示す.
With flat plate
With plano-convex lens
Difference
0.6
10
0.4
5
0.2
0
0
-400 -200
0
200
400
Distance from the center, mm
図 5-14 平板・平凸参照板の測定比較
0.05
Error, mm
0.04
0.03
0.02
0.01
0
0
10
20
30
Fringe order
40
図 5-15 暗線位置の高さデータ差異
62
50
Difference, mm
Concave shape by the interferometer with
flat plate and plano-convex lens, mm
15
横軸は縞次数であり,0 次は最も外周の暗線,最高次は最も中心に近い暗線に相当する.
図 5-15 が示すように,干渉縞が粗である中心部および領域の端である外周部で差が大きく
なった.
最小二乗近似する場合,近似すべきデータ数が少ないと近似精度が低下する.中心部で
は反射光の光路差が徐々に変化するために干渉縞自体が少ない.外周部では外側に近似す
べき干渉縞が存在しない.このようなことから,データ点数(干渉縞密度)が比較的少な
い中心部および外周部付近において内挿関数と等高線との誤差は比較的大きくなったと考
えられる.
よって,中心部および外周部におけるこのような誤差を小さくするために干渉密度の最
適化が必要である.また,今回の画像処理では二値化した後の細線化画像が必ずしも元の
暗線の中心を通らないこともあった.
そのため,傾斜法などによる中心部干渉縞生成密度の向上や,二値化する場合のしきい
値や細線化アルゴリズムの最適化など,より忠実に3次元形状を内挿補間するためのソフ
トウェア開発が今後の課題であると考えられる.
5-5 結言
本章では,前章までの干渉縞観察データを基に,干渉縞が鮮明な代表的な画像部分を切
り取って干渉縞を抽出し,最小二乗法によって金型形状を表す内挿関数を求めた.その内
挿関数を使い金型形状を 3 次元表示した.参照板として平板参照板と平凸参照板の両方を
用いて 3 次元形状の構築を試みた.
さらに,画像上のデータ曲線の信頼性確認のために,触針式粗さ計による測定データと
の比較も試みた.以下にその結果と考察を記す.
(1) 平板・平凸の参照板の種類に拘わらず干渉縞観察データから,二値化+細線化⇒縞
線のナンバリング⇒最小二乗近似のプログラムにより 3 次元化することが可能とな
った.
(2)その結果,表面粗さ計による実測結果との差異は,平板参照板を使用した場合で約
77nm であり,平凸参照板を使用した場合は 120nm であった.
この差異は通常の精密計測(µm 単位)の範囲では実用的であるが,更なる超精密計
測の領域になると問題となる可能性がある.
そのためには,金型中心部および外周部におけるこのような誤差を小さくするた
めに,干渉密度の最適化が必要である.また,傾斜法などによる中心部干渉縞生成
密度の向上や二値化する場合のしきい値や細線化アルゴリズムの最適化など,より
忠実に 3 次元形状を内挿補間するためのソフトウェア開発が今後の課題である.
(3)測定環境について,振動などの影響については,受光素子までの等光路区間での振
63
動や空気のゆらぎによって干渉信号の輝度値に若干の変動は生じたものの,干渉縞
形状にはほとんど影響しなかった.
その理由として,専用ジグを用いたために光路差を生じる部分で参照板を接触・
固定させたことで空隙への振動の影響が抑えられたことに加え,本装置で干渉縞が
高コントラストで観察されたためと考えられる.よって,除振台等の振動対策なし
でも振動に強い計測装置であることが示された.
【参考文献】
(5-1)高井信勝,2値画像の細線化における連結数の役割の再検討,北海学園大学工学
部研究報告(38),(2011),155-172.
(5-2)Max Born, Emil Wolf (著), 草川 徹 (翻訳),光学の原理〈1〉 [本第 1 版第 2 刷],
(2009)
,pp.70.
64
第6章
実用化に向けての課題分析
6-1 緒言
ここまで小型レンズ金型業界の根本的な課題で,かねてから要望が強かったのにも拘わ
らずその実現に至らなかった問題,つまり金型加工現場での効率の良い迅速な機上計測方
法について研究を進めてきた.機上計測が可能となれば,加工状態の品質をリアルタイム
で計測して,その情報を加工機にフィードバックする画期的なテクノロジーが実現できる.
一般的な顕微鏡等による精密測定装置においては,視野(測定範囲)と分解能はトレー
ドオフの関係にある.通常の精密測定装置では解像度を上げるにつれて視野が狭くなり,
計測に多くの時間を要していた.このため,加工現場での効率の良い計測方法は難しいの
が現状である.
それに対して,新田研究室で開発された広視野レーザスポット走査型顕微鏡においては,
視野と分解能の二つの機能が図 6-1(6-1)に示すように,精密小型レンズ業界での計測で実用
的に利用できる範囲内であることがわかった.
本装置は通常の光学顕微鏡に比べて,視野は数百倍と広いので測定時間が短くて済み,
さらに計測方法は干渉縞を生成させる干渉計方式であり,取得した 3 次元データを内挿関
数で演算することにより極めて短時間で計測できる利点がある.
図 6-1 視野と解像度の関係
65
本章では前章までの研究結果を基に,実際の加工現場で生産されている非球面レンズ金
型への対応と可能性を論じ,併せて,かねてから産業界が熱望してきた「機上計測」への
実現・可能性について現状分析を踏まえながら,今後の具体的展開と指針を考察し,その
経済効果にも言及する.
6-2 球面レンズから非球面レンズへの対応
カメラに拘わらず,
通常のレンズは球面レンズであり単独のレンズを通した画像は図 6-2,
図 6-3 に示すように中心から周辺に行くに従って歪んだ像になる.この現象は球面収差(6-2)
と呼ばれ,図 6-4 に示すようにレンズ表面が球面のためレンズの中心部分と周辺部分で光の
進み方が違ってくることから生ずる.これは球面レンズでは物理的に避けられない現象で
ある.
従ってこの現象を修正するために光学レンズ業界では,図 6-5 のように複数のさまざまな
凹凸レンズを組み合わせることで歪んだ像を矯正して光学機器を構成してきた.
図 6-2 樽型球面収差
図 6-3 糸巻き型球面収差
66
図 6-4 球面収差の模式図
(a)
(b)
(c)
(d)
図 6-5 球面収差の改善例
しかしながら,これらの製作には非常に高度な技術が必要なことや,機器そのものが大
型化し,コンパクトカメラ~デジタルカメラ~携帯電話~スマートフォンの小型化の時代
に対応できなくなり,レンズの小型化・コンパクト化が求められてきた.
そこで開発されたのが複数のレンズを組み合わせることなく,一枚のレンズで映像のゆ
がみ(収差)の少ない非球面レンズ(6-3)である.図 6-6 に示すように同じ焦点距離での映像
において球面レンズと非球面レンズでは大きな差があり,最近ではデジタルカメラやスマ
ートフォンなど高性能な小型レンズ市場ではほとんどが非球面レンズとなってきた.
このように非球面レンズは IT デジタル化の流れの中で,携帯電話,スマートフォンなど
に使われるようになってから開発された新しい時代の製品であり従ってその歴史は浅く,
現在でも急速な技術革新の中心をなしている.そして,その技術の中核を担っているのが量
産化技術への精密計測の対応である.
現在生産されている非球面レンズ製品の基本形状と代表的な模式図を図 6-7,図 6-8,お
よび図 6-9 に示す.
67
図 6-6 球面レンズと非球面レンズの見え方
図 6-7 非球面一体形状
図 6-8 球面ガラス+樹脂成形
図 6-9 非球面模式図
非球面レンズ金型の設計・製作は非常に専門的になり,本研究の実験では用いることが
できなかった.しかし,レンズ金型の形状自体は同心円状の 3 次元形状であるので,高さ
方向(Z 方向)は等高線として現れる.そのため,球面レンズ同様高さ方向の干渉縞データ
を内挿演算すると同じ解析手法で 3 次元形状測定が可能であると思われる.すなわち,本
研究で開発した手法は,球面レンズと非球面レンズの区別なく使用することができる.
ただ,最小二乗法での近似曲線であるので,演算処理上の誤差が球面レンズに比べてど
68
のような違いが出るかは今後の課題として確認が必要である.
6-3 市場性のある測定機の開発と機上計測による簡易化の諸問題
機上計測とは,加工ワークを加工機から取り外すことなく,機上(加工機上)でそのま
ま計測を行う技術のことである.このことは表 6-1 に記述されている通り,以下の 4 項目
の利点があり大幅なコストダウンを実現する(6-4).
また,機上計測の考え方は,図 6-10 に示すように究極ともいえる加工工程を実現するこ
とであり,加工業界としては常に目標としている夢の加工システムである.
表 6-1(機上計測の利点)
機上計測の利点
1. 作業スピードと機械稼働率の向上
2. 測定に関する工数の短縮
3. 個人差による測定誤差の排除
4. 加工不良の減少
⇩
大幅な生産性向上
作業の平易化
歩留り向上
⇩
大幅なコストダウンが実現
69
図 6-10 夢の加工システム(機上計測)
70
また,現在利用されている最新の機上計測の方法としては一般的に表 6-2 に示すように,
3 つの方式がある.さらに大きく分けると接触式・非接触式の二つに分けることができる.
本研究では干渉縞による画像計測方式なので,図の分類では非接触・画像計測方式となる.
しかしながら,現在産業界で機上計測として十分使用が可能な非接触・画像計測方式は,2
次元計測までであり高さ方向(Z 軸)の計測はできていない.
本研究での目標は非接触での 3 次元計測の機上計測であり,表 6-2 からみても実現でき
ていないという大きな課題がある.また,表 6-2 に示す機上計測の画像取得方式は,カメラ
などを用いた 2 次元画像処理での対応であり,装置の構造上平面固定式であり Z 軸への対
応はできていない.
表 6-2 機上計測の現状
機上計測3つの法則
機上計測の方式
画像計測方式
主な適用マシン
測定タイプ
特
徴
・マシニングセンタ
・非接触であるため作業者固有
・研削盤
の誤差を排除しやすい
・放電加工機
非接触
・適用範囲が広い
・2 次元計測がメインであり、
高さ方向(Z 軸)の測定ができ
ない
タッチプロー ブ
・マシニングセンタ
方式
接
触
・3 次元計測が可能であり、高
非接触
さ方向(Z 軸)の測定が可能
レーザースキ
・NC を介しての制御となるた
ャン
め作業者固有の誤差を排除しや
すい
アーム方式
・マシニングセンタ
・多軸アームによってプローブ
・放電加工機
を操作できるため、フレキシビ
・旋盤 他
接
触
リティが高い
・自由曲面などに対応するデジ
タイジングが可能
・ほぼあらゆる個所(面)の測
定が可能
71
これに比して本研究装置は干渉縞により Z 軸方向の観察を等高線としてとらえてデータ
を処理する方式なので非接触で 3 次元測定が可能となっている.また,計測上最も対策が
必要な,振動対策もレンズ等の参照板観察部分をしっかりと固定できるような観察ユニッ
トを備えたので,前章の研究データに記述したように,耐振性は検討済みである.
ただし,実際に加工機械ごとに取付方法や測定範囲など検討課題は個別にあり,具体的
な実施においては多くの実験検証の確認部分が課題として残る.しかしながら,非接触 3
次元計測の基本理論部分において実用化の道が開けたと理解している.
6-4 結言
本章では,本計測手法の実用化に向けての課題を分析した.特に小型非球面レンズが主
流となっている業界において生産上の課題となっている「機上計測」の現況と今後の可能
性や課題について論じた.その結果以下のような結論になった.
(1)本研究による球面レンズ金型の計測方法は,非球面レンズにもそのまま応用できる.
その理由は,レンズ形状が同心円状の 3 次元形状であり,本計測方法では高さ方向
(Z 方向)の情報は等高線として現れるので,球面レンズ同様高さ方向の干渉縞デー
タを内挿演算することで任意の場所の高さを求められるからである.
(2)機上計測については,今後も実際の機械装置上での研究が不可欠であるが,基本的
には本計測手法の実用化の可能性は大きいと思われる.今後,機上計測に対するニー
ズの大きい業界や機械メーカーなどとの共同研究等を行う技術シーズは確立したも
のと確信する.
【参考文献】
(6-1)新田勇,菅野明宏,岡本倫哉,長岡 泰:シュリンクフィッターを用いた広視野
レーザ顕微鏡,精密工学会誌 73(11), 1226-1232, 2007
(6-2)桑島 幹:
「レンズの基本と仕組み」
(秀和システム)
,収差:P148
(6-3)潮 秀樹:
「光学レーザーの基本と仕組み」
(秀和システム),非球面レンズによる
収差の解消 P118
(6-4)機上計測の利点:(http://www.測定計測.com/)
72
第7章
結論
近年,カメラ付き携帯電話やデジタルカメラなどの普及に伴い,ナノ・マイクロデバイ
ス表面の 3 次元計測の需要が高まっている.本研究はその中で中心的役割を果たしている
光学レンズ金型の計測に焦点を絞り,現在産業界が現実に抱えている大きな課題である,
「測定時間の短縮」と「測定作業の現場化」の 2 点を同時に解決する方法として,機上計
測の実用化を最終目標として実用化への基礎研究を進めてきた.
また本研究内容の特徴は,新田教授らが開発した広視野レーザ顕微鏡に干渉計測を組み
込むことである.すなわち,観察対象の金型面の手前に参照板を設置し,そこへレーザス
ポットを 2 次元的に走査させることにより,2 光束干渉による干渉像が得られる仕組みであ
る.
このようなレーザスポット走査型の干渉計を新たに開発して,干渉縞を広範囲に短時間
で効率良く取得することで金型表面の 3 次元形状計測を行った.第 2 章から第 5 章までの
実験より,この新たな計測手法を確立する目標に対して有益な多くの研究成果を得ること
ができた.
以下,主な研究成果を述べ結論とする.
(1)干渉縞の生成には参照板の選定が極めて重要であることが実証された.その選定に
当たり,光路差・反射強度・反射角度などにより干渉縞の取得に大きな差が出るので,
参照板の選定(設計)は極めて重要な項目であることが理解できた.
本実験によると,光路差は 0.1mm 以内,反射角度は 7.5 度以内で干渉縞を鮮明に取
得できた.
(2)広範囲の全面観察において,干渉縞はほぼ 6~10µm 程度の間隔までは十分な観察が
できるが,反射角度や反射強度によってはそれ以上狭い間隔は装置分解能(本装置は
公称 2.5µm)の関係で反射光データとしては取得できているが,干渉縞として鮮明な
観察ができない場合がある.
(3)しかしながら前項のような場合には,第 4 章に記述のように凸レンズ形状の参照板
を使用することにより,干渉縞間隔を広げることができるので,高密度(Z 方向の変化
率の大きい)な縞間隔の場所では参照板を変えることで解決できることが理解された.
(4)本研究は 2 光束干渉を利用しているので,被測定物の反射強度が参照板に比べて大
きい場合には,反射強度バランスを保つために,参照板下面に薄膜コーティング(本
研究では Cr 成膜)を施して反射光の強度バランスを適正化することでより鮮明な干渉
縞を取得することができる.
(5)光路差・反射角度などで観察限界を超える観察については,被測定物(金型等)を
適切に傾けることにより干渉縞を取得することができた.これにより,深い形状や複
雑な形状で一走査では観察できないような場合は,傾斜限界範囲内で観察角度を徐々
73
に傾けて,複数回に分割して計測することで鮮明な画像を得ることに成功した.また,
得られた干渉縞画像をつなぎ合わせることにより全体の干渉縞画像が得られることが
理解できた.但し,画像の繋ぎ合わせに必要なソフトウェア開発は今後の課題とした.
(6)被測定物(レンズ金型)の鏡面仕上げ前の段階で形状計測が可能な表面粗さ限界を
調べた実験では,最大粗さ 0.6µm 程度まで干渉縞が得られた.このことは,以下に示
す精密加工業界での標準的な加工概念(基準)からすると(厳密な定義は存在しない),
超精密加工領域での干渉縞観察が可能となることを示している.
・精密加工
1~5µm
・超精密加工
1µm 未満(サブミクロン)≒0.5µm~0.9µm
・超々精密加工
超精密加工以下~nm
つまり,現実の産業界でのレンズ金型の鏡面精度は 0.1µm~0.3µm と言われている状
況からすると,超精密加工後に本研究で考察した干渉縞観察で計測すれば,最終鏡面
加工前に不具合が発見でき,修正加工などの対策が容易になるという課題が解決され
ると考えられる.
(7)干渉縞観察データを基に,
【二値化⇒細線化⇒縞線のナンバリング⇒最少二乗近似】
のプログラムにより金型形状を 3 次元化することが可能となった.
(8)本手法による 3 次元形状曲線と既存計測器の実測形状曲線との差異は,平板参照板
を使用した場合で 77nm,平凸参照板を使用した場合で 120nm であった.この精度は
超々精密計測の領域になると問題となる可能性があるので,データ数が少なく誤差が
大きく現れやすい中心部および外周部の干渉密度の最適化が必要である.また,傾斜
法などによる中心部干渉縞生成密度の向上や二値化する場合のしきい値や細線化アル
ゴリズムの最適化など,より忠実に 3 次元形状を内挿補間するためのソフトウェア開
発が今後の課題と考える.
(9)実用化に向けての測定現場での最大の環境課題である振動対策については,専用ジ
グを考案して参照板を金型へ接触固定させた.これにより,参照板と金型の相対的な
位置ずれはなくなった.干渉縞が高コントラストで観察されたことからみても,この
対策が振動に強いものであることが示唆された.このことから,本計測手法の機上計
測に向けての可能性が示されたが,実際の精密加工機に搭載するなど実用化に向けて
は今後更なる実証試験が必要となる.
74
謝辞
本研究の遂行,学位論文の作成に当たり,多くの方々から様々なご指導とご助言,およ
びご協力を頂きました.以下に記して深く謝意を表します.
新潟大学工学部機械システム工学科教授の新田勇先生には,指導教官として本研究の全
般についての始終懇切丁寧なご指導を頂きました.また,現職時代の永きに渡る専門分野
(金属加工)ではなく,
「レーザ計測」という未知な分野でしかも一般的に研究があまり進
んでいない干渉縞計測という新規分野での研究では当初から大きな困難が予測されました.
ただ,関連した精密金型産業界での課題や実用化の難しさを痛感してきた体験を通して
少しでも役に立つ研究をと思い,未知な分野での挑戦を選択しました.
このような経過にもかかわらず,望外の研究成果を得られましたことは,常に暖かな励
ましとご配慮を頂いた新田先生をはじめ,未熟な専門知識を補完して頂いた月山陽介助教,
自身の修士論文や勉強で多忙な中にも拘わらず実験データの演算や観察実務を快く引き受
けてくれた大学院生鈴木天さん,横山大地さんにはずいぶん助けられました.このような
研究グループで行った定期的な測定打合せ会議では貴重な情報交換ができ研究の進捗に大
変参考になりました,衷心より御礼申し上げます.
新潟大学工学部機械システム工学科教授田邊裕治先生,同機械システム工学科教授鳴海
敬倫先生,同機械システム工学科教授岩部洋育先生,同機械システム工学科准教授坂本秀
一先生にはご多忙にもかかわらず本論文の副査をお引き受けいただき,ご指導とご鞭撻を
賜りましたこと深く感謝申し上げます.
本研究では実際の精密金型業界の助力無しでは遂行できない部分が多くあり,特に超精
密加工機では有名な株式会社ナガセインテグレックス(岐阜県関市
長瀬幸泰社長)の前
専務取締役山口政男様,取締役板津武志様,取締役新藤良太様,製造部次長宇野剛史様に
は実際のレンズ金型や専用ジグの製作提供に多大なご支援を頂き厚く御礼申し上げます.
最後になりましたが,研究室の事務処理等取りまとめに細かな配慮を頂きました海津圭
子さん,毎月一回何かしらの名目で懇親・交流会を催して頂いた二十数名の研究室学生の
皆さんのさわやかな笑顔に感謝して謝辞といたします.
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