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特集1 個人の価値創造を支援する組織・人事革新

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特集1 個人の価値創造を支援する組織・人事革新
Vol.77 1999
組
織
・
人
事
革
新
The Executive Magazine from UNISYS
特特
集集
21
ネ
ッ個
ト人
ワの
ー価
ク
・値
ビ創
ジ造
ネ
スを
の支
新援
潮す
流る
The Executive Magazine from UNISYS
Vol.77
INDEX
特集1 個人の価値創造を支援する組織・人事革新
競争の激しい、変化のサイクルが速いビジネス環境の中で、企業が生き残っていくには、
従業員個々の知的生産性や創造性の発揮がますます重要になっている。また個人において
もライフスタイルに応じた雇用形態やワークスタイルを選択する傾向も強まり、価値観も
多様化しつつある。
こうした変化に対応して、企業は経営スタイルをはじめ、事業展開や組織行動を大きく
変える必要がある。その基本は、変化に迅速かつ柔軟に対応できる基盤の構築―個人と企
業双方が有機的に連携して価値を創出するプロセスと、これらが円滑に機能する人事組織
と新しい情報システム―が課題である。
本号では、今後の組織のあり方、人材のあり方を展望し、情報技術のこれらをどのよう
に支援できるかに焦点を当てた。
巻頭論文
個人の価値創造を実現する人事革新
2∼9
ピープル ファクター・コンサルティング 代表 高橋 俊介氏
知識情報社会においては、
人材はこれまで以上に重要な知的資本である。
個々の人材の能力が最大限に発揮され、それが企業の競争力となるよう
な人事革新が求められている。本稿では、期待される組織像の変化、人
材要件の変化と育成のあり方、人事管理制度のあり方、そして自律型組
織に求められるマネジメント・スタイルなどについて展望する。
個人の自律性と価値創造を支援する組織革新
10∼17
慶應義塾大学 大学院 経営管理研究科 ビジネススクール 教授 高木 晴夫氏
今後の組織の方向性は、柔軟で機動性のあるネットワーク型組織である。
組織の1人ひとりが自律し、知識創造を行って企業に貢献できることが
求められる。本稿では、ネットワーク型組織への革新が求められる要因
と必要性、さらに情報技術の役割、実効性ある組織のマネジメントのあ
り方について言及する。
事例
日本信販 新人事情報システム「NEEDS」を構築
―個を尊重した人事変革を支える―
日本信販では、時代に対応した人事制度の変革、人事部門の再認識に立
って、従来とまったく新しい人事情報システムを構築した。新人事情報
システムの構築によって、人事業務の仕事の流れが根本的に変わり、人
事部員の発想は大きく転換した。さらに人事システムがデータベース化
されたことで、さまざまな社員情報の蓄積・加工が可能になった。
18∼25
特集2 ネットワーク・ビジネスの新潮流
インターネットの登場によって、グローバル・ネットワークで結ばれた個人や企業が必
要なときに、必要な情報技術にいつでも自由にアクセスすることが現実のものとなった。
これを支えるのが情報通信技術の急速な進展である。
今やネットワーク社会の技術的標準はほとんど整い、利用者主導で各種の技術・サービ
スをいかに選択し活用していくかの時代になった。ビジネス展開に当たって、競争戦略に
ネットワークをいかに役立てるか、その巧拙が企業の明日を左右する。
26∼35
ネットワーク・ビジネスと
One to Oneマーケティング
慶應義塾大学 総合政策学部 教授 井関 利明氏
ビジネスの世界では、今「価値の追求」のビジネス・パラダイムへの転換が
叫ばれている。顧客が満足し、生活課題が解決され、ビジネス課題がよ
り良く解決されることが価値を生み出す。これを可能にするリレーショ
ンシップ・マーケティングの中核となる、One to Oneマーケティングを
展望する。
36∼43
貿易金融「EDI-Bolero」への対応
三井物産株式会社 業務部 部長代理 情報化推進室 福重 良文氏
金融ビッグバン、通信の規制緩和が進む中、企業盛衰の鍵は市場原理に
則り、世界市場を視野に入れた戦略にある。貿易に伴う船積み書類を電
子化する「貿易金融EDI-Bolero」プロジェクトの議論が沸騰している背景
はここにある。本稿では、市場原理を徹底するネットワーク社会を展望
しつつ、貿易金融EDIの現状と課題を展望する。
1
特集1 個人の価値創造を支援する組織・人事革新
個人の価値創造を
実現する人事革新
ピープル ファクター・コンサルティング 代表
高橋 俊介氏
2
企業を取り巻く環境変化
人事革新の必要性は、共通に認識されているが、今な
ぜ必要になってきているかの理解がずれている面があ
る。多くの企業で人事革新の取り組みが行われているが、
単に人件費の削減レベルでの人事制度改革に留まってい
るところが少なくない。本質的に見ると、こういう問題
ではなく、経営環境の変化が今ほど人事革新を必要とし
ている時代はないと考えられる。これは、今までの人事
制度がうまくいかない、人件費を何とかしなくてはいけ
ないという人事の問題ではなく、一見すると人事と関係
のない経営環境の変化がその背景となっている。
経営環境の変化の中で、人事革新が求められている主
な要因として、例えば以下の2つが挙げられる。
1つは、商品固有の価値の意味がなくなっているもの
が増え、商品ができた段階で価値が決まらない時代に入
ってきている。例えば、パソコンのように顧客がどう使
うかの使用価値が重要になってきており、製品そのもの
よりもサービスに付加価値が移行している。これにより、
製品とサービスのプロフィット・チェーンのように、モ
ノを売るだけではなく、それを使う時のサービスの部分
までを含めた事業化が必要になってきている。
2つ目に、市場の成熟化によって、新規顧客獲得の経
済効率が下がってきている。そのため、既存顧客の継続
率を上げることが重要となり、顧客満足度重視の経営へ
の移行が求められている。
アメリカのあるコンサルティング会社が、顧客満足度
を1から5までの5段階で評価を行い、その結果と顧客
の継続率の相関関係を分析している。これによると、す
べての業界で言える訳ではないが、市場が成熟していな
い時は、評価が1、2ではだめだが3、4、5であれば顧
客は同じような確率で戻ってきている。ところが、市場
が成熟してくると3では戻らなくなっている。「Good
3
is not good enough」と表現されているが、1から5
これ以外にもコーポレート・ガバナンスなど、たくさ
の中間の3をGoodと答えたとしても戻らず、顧客満足
ん人事革新を必要とする要因はあるが、これら2つの環
度のカーブの形が変わってきている。
境変化は人事革新を必要とする典型的な事例として挙げ
この結果を見ると、1や2のPoorを1人も付けさせな
ることができる。
いマネジメントよりも、3の顧客をいかに4か5にする
かのマネジメントが重要になる。基本的には、場所と価
格で勝負ができるような先行大手はいいが、後発では特
期待される組織像の変化
定のある価値観を持ったセグメントを徹底的に集中的に
攻めることが求められる。そして、リピート化を求める
経営環境の変化によって、期待される組織像が大きく
顧客に対しては4や5を提供し、それ以外の顧客は3で
変化してきている。従来の組織は、中央集権的ピラミッ
なくても良いというような割り切った戦略でなければ、
ド組織で、これに対して現在求められているのが自律型
成熟した市場で新しく伸びていくことはだんだん難しく
なってきている。
そうなると、1や2をなくして3にするためのマネジ
メントと、3を4や5にするのではその性格が大きく異
なってくる。端的にいうと、1や2をなくすためには、
マニュアルどおり何も考えずに決まったとおりにサービ
スを提供することで絶大な効果を発揮する。ところが、
ただ単純に何も考えずにマニュアル化すると4や5は付
かない。4や5を付けてもらうためには、第一線の自律
的な創意工夫によって、目の前の顧客のある状況に対し
て個別のソリューションを提供することが求められる。
そのためには、自律型の組織が必要となり、サービス
のマニュアルを作らない会社も出てきている。ただ、自
律型はすべての組織において必要なわけではないが、あ
る程度自律性を上げることは多くの会社に求められてお
り、そのレベルは業種や戦略によって著しく異なる。ど
のくらいのレベルの自律型組織が必要かは、経営改革を
どうしたいのか、どこで付加価値を増大したいのかを考
えるとそのレベルがわかってくる。そして、組織イメー
ジを中央集権型から自律型へと変えるとすれば、必要と
される人材、マネジメントの仕組みや人事制度も異なっ
てくる。
4
組織である。前者は、全体最適が先にあり、これを予定
現場が自分たちのやるべきことを上から与えられるので
として決めた後に具体的に分解して命令する組織である。
はなく、自分たちで外を見て決めて実行する組織である。
つまり、1人ひとりが予定どおりの行動を単純化された
つまり、情報の流れがピラミッド組織と逆になり具体的
指示に基づいて行動すると、必ず全体最適になるように
な命令が下せないが、顧客の付加価値を最大化すること
最初からシナリオが仕組まれている。したがって、組織
ができる。
は上にいる人ほど偉く、その人が下に向かってさらに命
しかし、これは自立(じたつ)で、これだけだと組織は
令を分化していくことで全体最適を担保する形である。
バラバラになり、結果的に全体最適にならないと会社は
一方、自律型組織は、基本的には第一線で自律的に個
儲からない。その時に、具体的個別の命令を分化するこ
別最適を考えるものであるが、結果として全体最適にな
とで全体最適を担保するのではなく、具体的な動きは自
る。自律的に個別最適を行うことを、自立(じたつ)とい
立(じたつ)で勝手に個別サイクルで行うが、ビジョンや
っている。これは、ピラミッド組織と異なり、第一線の
バリューのような抽象度の高いものを組織に徹底するこ
とが重要である。そして自分でビジョンやバリューを理
解して、それを具体的な行動の律する基準に使っている
状況になっていることが自律である。したがって、個別
最適を行う自立とビジョンやバリューで自分の行動を決
める自律と両方合わせることが自律型組織である。
期待される人材要件の変化と育成
今後期待される人材は業種・職種によって異なるが、
現在比較的共通してテーマになっていることは、How
を作る力からWhatを作る力が求められていることであ
る。どのような仕事のサイクルでも、単純化すると最初
に何をなすべきかのWhatがあり、次にどうするかの
Howがあり、そしてDo、Checkの繰り返しである。中
央集権型組織では、このサイクルを序列で分業する仕組
みである。これに対して、自律型組織はWhat、How、
Do、Checkを個人、あるいは小チームで自己完結的に
第一線が回す組織である。ただし、最初は小さいWhat、
How、Do、Checkのサイクルで、それがだんだん組織
の上にいくにしたがって大きなサイクルになり、その大
きさが異なるだけで自分で回すことは誰でも同じである。
5
従来、日本の管理職は、ゼネラリストを育成すること
アクション・ラーニングとは、ある特定の経営課題を
が重要視されてきた。しかし、ゼネラリストは何でもで
解決するためのプロジェクトを作り、そこで課題を解決
きるようなイメージがあるが、実は分野を問わないで
するためのHowの部分を勉強しながら実際の問題解決
What、How、Do、CheckのHowしかできないという
を同時に行うものである。これまでの教育研修イコール
ことである。これは、典型的な中央集権型組織の分業の
育成、異動や人事は別という発想だったものが、完全に
仕方に合っている。一方、自律型組織は、それぞれのレ
合体されるようになっていく。したがって、研修に携わ
ベルでサイクルを回していくことが求められる。
しかし、
る人たちは教育の理論だけではなく、もっとビジネスを
Howは勉強すればできるが、自分で自分のWhatを作る
知る必要があり、現場で何が起きており何が経営課題か
力を多くの場合無くしている。つまり、自律型組織に移
を知ることが重要である。
ろうとした場合、自立(じたつ)の部分が今一番欠落して
いる。したがって、20代の若い時から自分のWhatは
自分で作るのが当たり前というような、人材を育成して
いくことを考えなくてはいけない。
Whatが作れる人材を育成するには、実際の仕事のチ
ャレンジの中ではまっていくことでしかできない。“は
まる”とは、自分で作ったWhatを自分でHowに分解し
てDo、Checkをして、お客様に喜んでもらえたり結果
がでて面白くなる状況である。そうなると、次のWhat
を考え、小さいながらこのサイクルを自分で回して最後
のチェックでいい思いをする。つまり、実際にチャレン
ジブルなことに対して、いい結果が出て、はまっていく
という形で、自然にWhatを作る力が醸成されてくるも
のである。
この場合、異動や教育プログラム・社内プロジェクト
の参加など仕事のチャンスを、誰にどう与えていくかが
人材育成に密接に絡んでくる。教育研修が育成で異動が
別というような発想は変えなければいけない。しかし、
知識を与える座学が必要なくなるのではなく、Howの
勉強やWhatの気づきを与える研修として今後重要にな
ってくる。その間を埋めるものとして、実際の現場にお
ける仕事や問題解決とトレーニングを合わせた、仕事を
しながらラーニングを行うアクション・ラーニングが必
要になる。
6
人事管理制度
∼成果主義に向けて∼
序列を社内で明確にして序列の上の人間が偉いというよ
うな軍隊的な組織として秩序を守ることが必要なところ
もある。しかし、この問題は、序列によって秩序を保つ、
人事管理制度を改革する際、従来のものと異なる能
あるいは序列が上がることをモティベーションの源泉に
力・成果・コンピテンシー・職務評価など何で格付けをし
させる内向きなカルチャーが、中央集権的に全体最適を
ていくのか議論が多い。しかし、最も重要なことは、等
しようとする仕組みになっていることである。
級の数を5段階程度に減らすことである。一般的に、年
序列はできるだけ作らず、賃金のみを何段階かの天井
功に代わるもので序列を付けようとしているが、序列を
を持つことだけで十分である。賃金は、業種・職種ごと
作る概念自体を変えなければならない。
組織によっては、
の世間相場を基本給として、各等級の間で評価の尺度を
成果貢献度によって異なるようにする。能力も重要であ
るが、成果貢献度に対しては報酬を、能力(ポテンシャ
ルに)にはチャンスを与えるようにする。そして、賃金
制度とは別に、ポテンシャルの高い人間を発掘して積極
的にチャレンジブルなチャンスを与えることをしなけれ
ばいけない。そのためには、人材育成の分野でのアセス
メントが重要であり、能力は高くても成果貢献度が出る
までは報酬を出さないようにする。そして、アセスメン
トによる発掘と異動やチャレンジを与える仕組みは、賃
金制度とは、まったく別に設けるべきである。その方法
として、トレーニングされたアセッサーによる評価や
360度評価やインタビュー法などいろいろな仕組みを
取り入れて、これらのアセスメントの手法と異動をどう
組み合わせていくかが重要である。
能力主義と成果主義は、大きく性格が異なる。前者は、
個人の能力をすべて把握することが原点となり、これに
より組織全体の能力がある程度類推でき、だんだん決ま
っていく。それに対して、後者は成果が会社全体のもの
であり、企業価値をどれだけ上げたかであり、それを上
げるのにいろいろな部門があり、さらに部門・チーム・個
人がどれだけ貢献しているかを分けていくものである。
つまり、成果貢献度は上から分かれていくものである。
成果主義を導入するために最も重要なことは、1人ひと
りの目標管理を厳密にする、あるいはアカウンタビリテ
7
ィを決めることが重要であるという議論はナンセンスで
我々のチームは何をなすべきかのWhatを作り、次に
ある。まずはじめに、1人ひとりに分解するという発想
1人ひとりに対して方向付けをして動機付けを行い、そ
は能力主義の場合であり、成果主義では事業評価そのも
して、できない人に対するコーチングとなる。管理が正
のがなされていないのが最大の問題である。
しい命令をすることが仕事だとすれば、リーダーは正し
どの事業がどれだけ企業価値に貢献しているかの事業
い質問が出来なければいけない。コーチングは、教える
評価を正確に行わなければ、1人ひとりの経営に対する
ことではなく個人の良さを引き出すことであり、こうい
貢献度は計れない。
うものを総称したエンパワーメントが必要である。
また、組織形態の議論ではなく中味の評価の仕組みが
必要であり、単にいくら儲かっただけではなくCS(顧客
満足度)やES(従業員満足)などの先行指標もきちんと見
る必要がある。今、アメリカではどういうCSがどう上
がると、それが業績にどう反映してくるかを把握してい
る企業が多い。成熟市場では、CSやESが儲けの先行指
標となる重要な位置付けになる。このようなさまざま管
理指標の整理や事業評価の仕組みなどを作らないで、い
きなり成果主義を導入することは難しい。成果主義の仕
組みは、これらと歩調を合わせて同時に進めるべきであ
る。現在、最低限の財務や経営の勉強をしないと人事は
できない。これは、ある意味で人事が経営課題になった
ということである。
マネジメント・スタイル
∼管理からリーダーシップへ∼
自律型組織では、マネジメントのあり方も、分解する
マネジメントからビジョンやバリューで方向付けをする
マネジメントへと変わっていく。特に、中間管理職の役
割は、管理からリーダシップへと大きく変わっていく。
中央集権的な組織では、仕事は与えられたWhatをHow
に分解して、それを1人ひとりに指示して次に進捗を確
認し予定とのずれがあったらその原因を究明して問題解
決をする4つに集約できる。リーダシップでは、例えば
8
組織のマネジメント・スタイルは、中間管理職クラス
の行動スタイルによって変わる。その時に、管理の
個人と組織の新しい関係
Howは何歳になっても勉強して身に付けられるが、リ
ーダーシップのWhatを作る力や動機付けの力は知識や
現在、企業のあり方が大きく変わろうとしており、そ
スキルよりも過去の自分の体験やインプットされてきた
れと同時に企業人としての個人のあり方も変化せざるを
行動特性や思考特性に属する部分が多い。したがって、
得ない状況になっている。従来の企業と個人の関係は、
リーダーは、若いうちに早期選抜の形で育成していくこ
企業が抱え込んだ人材を全体最適型のピラミッド・スタ
とが望ましい。
イルで維持をすることで、その対価として個人を定年ま
で保証するという形であった。しかし、今後は、企業は
有能な社員を引き付けられる魅力的な部分を持ち、個人
は会社が一生幸せを保証してくれないことを前提とし
て、自立(じりつ)したプロフェッショナルとなることが
求められている。
プロフェッショナルとしての企業との関係は、精神的
にも物理的にも明確な線引きが必要で、借りもないが貸
しもない関係を構築するべきである。例えば、借りでは
社宅、住宅ローンの金利補助あるいは遊びのような海外
出張、自分たちが楽しむための社内接待などがある。従
来は、企業がこれらを社員に提供する代わりに、社員の
魂をもらったというようなマネジメントをしてきた面も
否めない。
また、会社を離れれば一切仕事のことは考えないとい
うようなキャリア指向はプロフェッショナルとは言えな
い。これは、単に時間の切り売りをしているだけで、私
生活の中でも仕事のアイディアなどが浮かぶというのが
プロフェッショナルである。今後は、給料分はきちんと
会社に貢献していることを、自分なりに誇りも持てるよ
うなワークスタイルになることが個人の企業との新しい
関係となっていく。(談)
9
個人の自律性と
価値創造を支援する
組織革新
慶應義塾大学 大学院 経営管理研究科
ビジネススクール 教授
高木 晴夫氏
ネットワーク型組織への
革新が求められる要因
現在、企業を取り巻く環境は大きく変化しており、新
しい経営に向けて組織のあり方が検討されている。その
方向性は、フラットでネットワーク型の組織であり、な
ぜこのような組織への変革が求められているかの要因と
して、以下の3つが挙げられる。
10
るため、職位が上がるのはその中でも優秀な若い人とな
った。つまり、資格は低く職位が高くなる逆転現象が起
きた。この問題を解決するために、年俸制が採用され、
資格と給与の連動から業績と給与の連動へと変革が行わ
れた。その結果、総人件費コストが小さくなり経営的に
見れば良い結果となったことで、この問題は、ほぼ通り
過ぎようとしている。
人員構成的な問題のもう1つが、35歳以下の若い世代
の生き方の変化が挙げられる。
若い世代とは、
日本で登校
拒否という言葉が作られた昭和40年代半ばに小学生(10
歳前後)だった世代を指す。この時期、アメリカで問題
になった家庭崩壊に見られるように、日本でも家庭的な
暖かさがなくなり、登校拒否や個食などの現象が始まっ
ている。
その背景として、
家庭の中で親の関心が子供に集
中するあまり、
子供が親を意識して育ついわばアダルト・
チルドレンの特徴を持つ人たちが増えた。この人たちは、
昔でいう野武士的な自己確立がされておらず、回りを非
常に気にしたり、のめり込んだりするような特性を大な
り小なり持っている。これらから、会社の中で団塊の世
代の下にいる若い人たちは、古典的なリーダシップだと
動かない状況になっている。彼らの多くは、好きな仕事
をのめり込むようにすることを望んでおり、団塊の世代
● 組織の人員構成的問題
が育ってきたリーダシップが通用しなくなっている。
まず第1に、組織を作っている人員構成的な問題が挙
このような世代間の違いが、組織の中ででき上がって
げられる。その中の1つとして、団塊の世代の問題がか
おり、成果主義やエンパワーメントで現場に権限を委譲
つてあった。この背景として、従来の職能資格制度では、
することが求められている。これは、団塊の世代と若い
資格が上がらないと給与が上がらない仕組みになってお
世代に共通していることで、団塊の世代でも権限委譲で
り、低成長時代に入りピラミッドが大きくならず職位が
仕事ができる人にはそれに応じて処遇し、若い世代にも
増えない状況になっていた。その際、固まりになってい
やりたいことをやらせて失敗したら自己責任であるとい
る団塊の世代の資格が上がると、賃金インパクトが起こ
う方が合っている。したがって、これは双方の世代共通
11
の組織変革が必要な視点であり、フラット化および権
後の組織において重要となる。
限・責任の明確化という方向を必然的に作る。
● 地球環境問題
● 経営環境の変化
第2に、製品のライフサイクルの短期化・システム商
第3に、避けて通れない問題として、地球環境の問題
がある。自分たちのしていることが巡り巡って、自分た
品の進展、情報化による商品の特性変化などの経営環境
ちの首を絞めるサイクルが見える時代に入ってきている。
の変化が、ビジネス展開を変革せざるを得ない状況にな
今までは、売り切りや垂れ流し、あるいは買ったり売
っている。この特性として、商品の立ち上がりが非常に
ったりすれば終わりというように、手離れの良い商品を
不安定で突発的になってきている。そして、商品が急激
作るという考えが主流であった。しかし、作った商品は
に売れるか売れなくなるか、突然売れてくるか飛び火を
溜まっていきその処理をどうするかという時に、戻って
して売れるというように、商品の立ち上がりの曲線が従
くるという意味で循環をなしている。つまり、地球上で
来の市場調査的なきれいなカーブを描かなくなってい
ビジネスを行っているものは、結局循環で全部繋がって
る。特に、ファッション系や女子高生グッズなどのヒッ
おり、それがどうなっているかを考慮してビジネスを設
トチャート的な商品で顕著になっているが、鉄やアルミ
計しておかないと後で痛い目にあう。したがって、組織
などの素材についても同様の傾向がある。
変革の際、自社のことだけを考えて組織を作るのではな
このように予測がつかないことで困るのは、作り手と
ディストリビュータである。しかし、予測がつけば流行
く、循環の中での自分という見方で組織を作らなければ
ならない。
りものでなくなり消費者から見ると魅力的でなくなる
現在、SCM(サプライ・チェーン・マネジメント)は合理
が、企業から見ると製品作りの予測がつかないためビジ
化・効率性のみのために導入が議論されているが、もう1
ネス展開が極めて難しい状況である。このような変化に
つ上の地球環境的な意味での循環共生システムという位
対応するには、従来のように組織図的に整合性を持った
置付けでも考えられる。大きな循環の中のほんの一部で
固い組織ではなく、突発的にどこかに急激に人員を投入
ビジネスを行っていることを認識して、全体の中での企
する、あるいは突発的に生じた課題を解決するために権
業の位置付け考えなくてはいけない。地球環境の問題は、
限を委譲できる柔軟な組織でなければならない。
まだ組織変革の圧力にまでなっていないが、今後組織変
そこで、役割分担や配属をルーズに変えるために、チ
革を行う際の必要不可欠な視点である。
ーム編成にして所属を柔軟に変えられる組織作りが求め
られる。その際、情報システムなどを活用して、どこで
ネットワーク型組織の必要性
何が行われていて、社内的にどういう業務が行われてい
るかをお互い良く見えるための工夫が必要である。した
がって、情報共有よりも相互に見えるオープン性が、今
12
● 経営ビジョン、ビジネスモデルを単純化
今後の組織イメージは、自分と自分を取り巻く環境を
人間の理解の仕組みの中でモデル化しているものであ
上から下まで、すべての社員が持てるような単純化する
る。モデル化とは、世の中のすべての因果の連鎖を理解
必要がある。
することはできないので、その中から骨子だけを取り出
今、アメリカ企業が強いのは、経営ビジョンやビジネ
して単純化したものを理解していくことである。このよ
スモデルが非常に単純化されているからである。単純で
うなモデル化によるものごとの理解の仕方は、いつの時
あるが故に誰もが繰り返すことができ、効率が上がる。
代でも普遍的なものである。その際、循環系をどのよう
そういう意味で、全員が共有化した時に、複雑なビジョ
にモデル化をして、理解しておけばよいのかという視点
ンは意味がなくシンプルなビジネスモデルを共有化する
が求められる。
と共振現象が起きやすくなる。そのためには、イントラ
つまり、新しい組織を作ろうとした時に、会社全体が
ネットのような情報システムを使う必要があり、そうな
何をしていて、これから会社が何をすべきかをビジネス
ると必然的にWebの画面の中に表示できるシンプルな
モデル化し、それを全員が理解できるような組織作りを
種類のものとなる。
行うことがネットワーク型組織の原理である。このビジ
このような変革は難しい側面もあるが、成果主義に移
ネスモデルは、ビジョン・事業戦略・会社の方向性などを
行した時にいろいろな仕組みを単純化しておかないと運
13
用ができない。例えば、若い世代の人がのめり込んで仕
る仕事を担当できるわけではない。その中で、ルーチン
事をしている時に何をしているのか把握できないため、
になる仕事が生じてくるが、ルーチンにしておかないと
プロセスは見ないでアウトプット・スペックだけを渡し
専門分業の意味がなくなる。つまり、同じ種類の仕事を
ておいて、その結果に応じて処遇を決めるような単純化
1人の人がたくさんするほうが効率が上がるという意味
である。
ではルーチンワークが生じ、これは自己完結をしないか
ら飽きやすい。しかし、会社としては、効率性という軸
● ビジネスモデルのオープン化
ビジネスモデルを単純化してオープンにすることで、
共振現象が起こる。そのための組織構造は、フラットで
ネットワーク型の組織である。
ができてくるため、階層を伴ったネットワーク型組織と
なる。
その場合、個々が自分のしたい仕事ではないが、どれ
ただ、まったくのフラット化ではなく、少ない階層を
だけ熱心に取り組んでくれるかが重要になる。会社から
持つ必要がある。具体的には、会社の規模を大きくしな
見ると、給料分の仕事しかしてくれないのであれば費用
ければ3層程度で、それ以上の階層になるようなら分社
対効果が悪く、それ以上仕事をしてくれる組織である必
化した方がいい。
要がある。したがって、自分の仕事が、会社全体にどう
会社の場合は、仕事を分業するため、誰もが完結でき
14
を満たす必要があり、ルーチンワークには自ずと階層性
いう価値をもたらしているかを個々に見えるようにしな
ければならない。その際、自分はその一部しか仕事をし
かり、部長1人にたくさんの部下がいることと同じにな
ていないが、全体がわかるような単純化したモデルがで
る。その時に、部長が質の高い仕事をするために、情報
きていると、自分の仕事の位置付けが見える。つまり、
システムの活用が必要になる。
ルーチンでありながら企業にどれだけ貢献しているか
その方法として、まず最初に人事総務的な承認業務は
が、個々に見えるビジネスモデルと組織でなければなら
すべて電子化を行う。次に、理想的には部長に任されて
ない。
いる業務上のターゲットを達成するために、仕事の進行
しかし、ネットワーク型組織は突発的にできる場合は
を細分化してチームに任せて進捗状況を計る指標をチャ
少なく、従来のピラミッド型組織の中にネットワーク性
ートの形で見えるようにする。その際、指標は金額指標
が生じてくる形で進んでいく。これが生じるイネーブラ
でなければ意味がない。例えば、あるチームの年俸を把
ー(変革可能手段)は、人や事業の特性の変化である。
握してさらにマンアワーの金額を明確にすることで、仕
事の達成度が何%といった時に人件費の消化具合をチャ
ネットワーク型組織における
情報技術の役割
世の中が突発的で不連続になった要因は、情報化の進
展によって離れた場所で起こっていることが情報メディ
ート化して見えるようにする。
日本の管理会計は、どんぶり勘定になっている側面が
あり、ホワイトカラーも工場のように部品1点まで管理
されているようなコスト管理の仕組みを併せて変革する
ことが必要である。
アで繋がるようになったことである。このように世の中
が動くようになったことで、組織もこの状況に対応しよ
うとすると情報システムを使わざるを得なくなっている。
この視点は、組織を革新するための手段が情報システ
実効性のある組織のマネジメント
● 組織の意思決定機関の特徴を捉える
ムではなく、革新された組織で情報システムを活用する
ネットワーク型組織にしてモデルを単純化して、自分
ことである。革新された組織とは、組織人事的に見た上
がどこを担当しているかを分かるようにすることは、ど
での団塊の世代と若い世代との問題の関係があり、これ
の国にも関係なく共通するユニバーサルな考え方である。
を解決して社員が生き生きと仕事をするためには情報シ
しかし、ネットワーク型組織をうまく運用するには、そ
ステムを活用せざるを得ない。
の国の特性に応じて特殊化していかなければいけない。
また、階層のフラット化によって、部長より上は従来
その視点として、物事を決めていく意思決定の方法は
どおりで部長以下の次長、課長を廃止して、リーダとメ
国によって大きく異なるので、まず組織の意思決定機関
ンバーで柔軟なチーム編成をするパターンとなる。そう
の特徴をどう捉えるかを考えなくてはならない。
なると管理の幅(スパン オブ コントロール)が急激に広
アメリカの意思決定はトップダウン型で、1980年代
がるようなり、部長に業務処理負担などの情報負荷がか
に組織が直面した問題は、命令されたことしかしないと
15
いう組織の硬直化を招いた。それは、間違っていること
現在の経営環境の変化を見ると、その人をどんなに信頼
が下でわかっていても、隣に相談したり顧客のことを考
できても失敗する場合がある。その時、失敗したことが
えることなく実行する融通のきかない組織となった。こ
見えなくなっていることが問題である。
れは、メインフレーム型のコンピュータと同じで、それ
しかし、何がどのように決められたかが会社の中で見
をクライアント・サーバ型にするとユーザサイドでソフ
える状態になってくると、身を正すことになる。そこで、
トウェアがいじれるようになるので、もう少し融通のき
プロセスや決めたこと、あるいは誰が発言してどういう
いた動きができるようになる。そこで、現場にある程度
投票でどう決まったかを、全社員に見えるようにする。
権限を委譲してやるべきことに融通をきかせるようにし
もちろん、企業秘密や取締役たちの機密事項は全社員に
たのが、アメリカのネットワーク型組織である。
公開する必要はないが、取締役会、およびもう1つ広い
所では見えた方がいい。反面、人間は見えると低い位置
● 日本型意思決定プロセスを活かす仕組みを
一方、日本の意思決定は、皆で相談して、それを上の
人が承認して持ち回りで決めるプロセスである。この従
に落ち着きがちになるので、それを引き上げていくこと
が今後の課題である。そして、それを支援できるのが、
成果主義の経営の仕組みではないかと考えている。
来の意思決定の方法を残したままで、ネットワーク型に
基本的には、意思決定の仕組みを根本から変えること
するとますます混乱を招く。
そのため、
単純にネットワー
はできないので、日本的な特質を十分理解して意思決定
ク型に移行するのではなく、意思決定の特徴を考慮する
のプロセスを見える工夫をすることが必要である。現在
必要があることがわかってきた。日本の意思決定の仕組
の組織変革の矛先は、階層の少層化・採用の仕組み・給与
みは、
良い悪いではなく、
ある種の遺伝形質の特徴があり、
決定の方法などで、まったく意思決定システムが変わっ
合議型で全員が納得できるところで落ち着き先を探そう
ていないことが問題である。ネットワーク型組織に実効
とする傾向がある。そうなると、低いレベルに落ち着い
性を持たせるためには、日本型意思決定のプロセスを理
てしまい、これが合議型意思決定の特徴であるといえる。
解して上手に活用する仕組みを併せ持つことがその要と
意思決定の特徴から、日本は太政官型(社長は取締役
なるだろう。
の調整役)、アメリカは大統領型とその性質が大きく異
なる。日本の太政官型の意思決定システムでは、それぞ
れの責任者に権限があり自分に任されているので好きな
第2の視点として、人材的な問題で若い世代が特徴の
ようにするため、密室になりやすく、かつ終身雇用制の
あるパーソナリティ ( アダルト・チルドレン ) を持ちつつ
ため責任を持って辞めることは少ない。そこで、今後の
ある。この世代は、登校拒否、拒食症、過食症などとい
意思決定システムは、見えるということがキーワードに
うイメージを持つ傾向にあるが、それは良い悪いではな
ならないかと考えている。これまでの古き良き時代は、
くそういう生育歴を持っていると捉えるべきである。
信頼関係があって、この人なら大丈夫と任せてきたが、
16
● 成果主義の推進を
この特性は、企業変革をなし得た経営者とベンチャー
企業の経営者に通じるところがある。2つのタイプの経
き抜ける自分を作り得ていない。そして、自分というも
営者を調査したところ、双方とも幼少期にこれらの経験
のを持てていないため、持とうとする人間の仕事ぶりは、
を持っている。また、双方とも入社して40歳くらいま
「のめり込み」や「燃え上がり」とか「きれるタイプ」で、不
でのキャリア前期に、意に添わない配転や仕事をほされ
安と自信に揺れ動く人たちである。これら2つのタイプ
たりした不遇な経験を持っている。そして、企業変革を
は、現代の若者の世代の特性と似通っており、起業家精
なし得た経営者は、いったん自分を見つめ直した時に、
神の宝庫だと考えられる。したがって、若い世代の人た
突き抜けて脱皮して新しい自分を持ったようなタイプの
ちが活躍できるような仕組み、つまり成果主義で処遇す
人が多い。
ることが実効性のある組織マネジメントの基盤となる。
一方、ベンチャー企業の経営者は、キャリア前期に突
(談)
17
事例
日本信販
新人事情報システム
「NEEDS」を構築
−個を尊重した
人事変革を支える−
18
図1
人事変革と人事部門の役割の変化
日本信販株式会社は、カードやクレジット事業をはじ
めとしてファイナンス、住宅、不動産などの事業を展開
している。同社では、“消費者の生活をより豊かに”を
企業理念とし、「つねに生活者の視点に立ったイノベー
ター[変革者]であり続けること」を経営の基本姿勢と
している。これを実現していく人材は創造性とチャレン
ジ精神に溢れ、自律的行動と心ある応対ができることを
基本的な考えとしている。
(図1参照)
同社は1951年の創立で創業50年を迎えようとしてい
る。この間新しい事業の展開に当たっては、トップが強
力なリーダーシップを発揮して経営を牽引してきた。
しかし、時代の変化の中で、若い人にはこのような上か
ら指示が下りてくる形態が合わなくなってきた。
そこで、
同社の期待する人材を育成するためには、個人の尊重や
自律性をさらに高めていかなければならないことが非常
に強い基調になり、人事制度の変革が行われた。
その視点は、企業が成長するためには個人を自律させ
る必要があり、その基盤である人事の仕組みを、従来の
横並び意識の発想から、成果主義や実力主義の要素を取
り入れた制度に変革するというものである。
組織と個の結びつき方はいろいろなバリエーションが
一方、人事部門の役割も、時代にあった思想を社員に
ある。それに制度が耐えうるかどうかは、規定の枠の中
どう植え付けていくかが重要になってきている。
しかし、
だけではなく、人間の判断力が必要で、それは人事部門
これに集中するために人事部門の日常業務は、すべてア
が果たさねばならない。そういう面で、発想や考え方を
ウトソーシングすれば済むというものではない。
常に新鮮なものにして、人間の思想性や方向性を全体で
人事の仕事は社員1人ひとりの日常業務の上に立って
共有していくことが重要である。
制度ができている。人事部が完全にそこから離れて、理
したがって人事部門には、現場からの発想を持ちなが
念の追求だけをしていけばよいというわけにはいかない
らも、会社の考え方を社員に浸透させ、さらに新しい思
問題がある。
想やコンセプトを植え付けて社員に影響力を与えていく
現実には、個の自律性を尊重していくと、さまざまな
役割が必要となっている。
ケースに対応していくことが求められる。こういうケー
スにはどうするか、あるいはこういうケースが起こるか
人事システム再構築の背景
らこの制度はおかしいのではないか、というようなこと
は現場の立場から考えていく必要がある。
このような時代に対応した人事制度の変革、および人
19
事部門の役割の再認識に立って、日本信販では新たな人
新人事システム「NEEDS」構築のポイント
事システムの構築が検討された。
従来の人事システムは、変更や要望に柔軟に対応でき
システム構築に当たっては、日本信販では給与や職位
ない硬直化したシステムになりつつあったため、検討の
制度、退職金などすべての人事制度を年功主義から成果
結果、まったく新しい発想でシステムを構築することに
主義へと変革している。そのため、これまでのシステム
なった。
を全面的に作り替える必要があり、ほとんど新規開発と
人事部門の新システムに対する期待の1つは、業務を
同じこととなった。したがって、ハードウェア、プログ
効率化して余力を作り、前述したような新しい思想やコ
ラム言語などについても過去のシステム資産にこだわる
ンセプトを全社的に浸透させていくことに注力すること
必要がなかった。
である。
2つめは、さまざまな社員情報の蓄積と分析を行い、
そこで、94年6月に新たに日本ユニシスの総合人事パ
ッケージ「UNITOPS」をベースにした大規模開発に着手
これを社員活性化に結びつけていくことである。これら
し、採用、人事、評価、給与システムが順次本稼働して
の観点から、新人事システム開発の目的として以下のも
いった。そのポイントは、できるものからシステム化し
のが掲げられた。
て、そのプロセスの中で軌道修正を行うという方式を採
①「豊かさ」「生きがい」「働きがい」の実現
ったことである。したがって、開発と並行しながら人事
②組織生産性の向上を狙いとした新人事制度に伴う総合
制度の改革が行われ、それをシステム化する作業が行わ
給与システムの構築
③考課サブシステムを評価サブシステムへ高める新たな
開発
④今後のシステム機能追加、拡張を前提とした基盤構築
れた。
またシステム化に当たって、業務の流れが見直され、
重複した業務や必要のなくなった業務の廃止なども含め
て、業務プロセスの変革も同時に実現することができた。
⑤西暦2000年対応の実施
⑥郵便番号7桁化対応の実施
新人事システム「NEEDS」の特徴
⑦保守性の向上と運用面の改善
そして、これらの目的を達成するための次期システム
として、下記の要件が求められた。
徴は、以下のものが挙げられる。
①短期間で開発可能な高生産性言語の採用
①制度変更に迅速に対応したシステム開発を実現
②人事部門でも簡単に扱えるエンドユーザ指向言語の採
−拡張性を考慮したデータベース設計
用
③汎用処理(非定型の処理にも対応可能)の実現
④簡単に扱えるデータベースの構築
−アプリケーションの部品化による再利用の実現
−第四世代言語「MAPPER」利用による開発の生産性向上
を実現
⑤人事部門担当者によるデータ管理
−変更情報のテーブル化推進
⑥アプリケーションの操作性(GUIベースのアプリケーシ
②エンドユーザ・サービスの向上
ョン開発が可能)の追求
⑦パッケージの利用による短期開発
⑧イメージ・データの取り込み
20
これらのプロセスを経て構築した新人事システムの特
−GUI(グラフィカル・ユーザ・インタフェース)指向した
容易な端末操作性の実現
−自営交換網からフレームリレー網へのネットワークの
更改による処理効率の向上をはかる予定
−変更情報のテーブル化推進
−端末の障害対応を、電話のみの状況確認と障害対応か
④エンタープライズ・システム構想の実現
ら、電話と管理部門保守端末によるリモート・メンテ
−エンタープライズ・サーバ「HMP-IX4800」の採用
ナンスに切り替え、確実な障害情報確認と迅速に障害
−拡張性・柔軟性のあるシステム基盤により日本信販グ
対応する予定
ループの総合人事システムとして運用・管理が可能
③開発・保守・運用コストの削減
−汎用機の強力なセキュリティ機能とWindowsNTのセキ
−第四世代言語「MAPPER」の採用
ュリティ機能を融合した新セキュリティ管理機能の実
−総合人事パッケージ「UNITOPS」の開発用ツール、部品
現
これらの特徴を持った新人事システム「NEEDS」は、
を継続活用
図2 システムの概要
評価システム
健保
データ
個人情報
・評価結果
データ
・選考結果
個人情報
(初期データ登録)
採用システム
対象データ抽出
(データレコード生成)
・内定者データ移行
(データレコード生成)
昇格管理
入社発令
(給与項目)
応募者管理 選考業務 内定者管理
入社発令
人事評価
異動
異動データ
シミュレーション
コース転換 賞与管理
発令
異動管理 退職者管理
契約更新
管理
大蔵省
提出書類
赴任旅費
管理
月例連動データ作成
(給与賃金項目)
連動データ
ファイル
人事連動
(データレコード生成)
月例連動
採用システム
人事システム
給与システム
評価システム
職務調査
管理
高齢/障害
社宅/寮
誓約書管理 管理
者管理
システム管理
給与台帳
自己申告
管理
単身赴任
管理
通信教育 リフレッシュ 集合教育 勤怠データ 長欠/休職
管理
管理
管理
管理
管理
・赴任旅費 ・本社ビル入館証
振込データ 作成データ
・定期健康
診断データ
検索結果
汎用処理
給与システム
人事台帳
・勤怠データ
・通信教育
データ
Dステージ
CDP管理
管理
賃金改定額
賞与決定額
人事システム
顔
写
真
入
力
降格管理
共通
昇格/降格/
コース転換
発令ファイル
発令情報
データ提供
昇給管理
マスタメンテナンス
月例計算
賞与計算
年末調整
差額遡及
社会保険 退職引当金 退職金管理
環境設定 レポート設定
業務運用
障害対応
契約管理 通勤費管理 高齢給付金
・契約データ
・外部データ
地方税振込データ
・月例、賞与銀行振込データ
・月例、賞与郵便局振込データ
・COM用データ ・健保データ
・自動仕訳データ ・監査データ
・厚年基金データ ・契約データ
・従業員データ
21
採用システム、人事システム、評価システム、給与シス
テムの4つで構成されており、主なシステムの活用方法
は以下のとおりである。
(図2参照)
NEEDSを構成する4つのサブシステム
*採用システム
同社では、新卒採用を春の定期募集の1回のみ行って
いる。その際、ナショナル・キャリアと呼ばれる総合職
への応募者は、インターネットで企業情報や採用環境、
先輩社員の情報をアクセスでき、それ以外の職種は従来
の方法で応募を受け付けている。現在、応募者(ナショ
ナル・キャリア)の半数がインターネットから資料提供の
アクセスをしている。採用システムは、応募の受け付け
から採用までの選考過程の管理を行っており、応募者の
傾向や実態の分析などが容易に行えるようになった。
また、選考過程での呼び出しや漏れがなくなり、採用
に関する業務が大幅に効率化した。 なお、中途入社社
員、嘱託については、何月の採用でも可能なシステムで
あり、選考過程もそれぞれに対応するように作られてい
る。
*人事システム
人事システムは、全社員の個人情報すべてが管理され
ており、人事台帳から給与、異動履歴、教育履歴、勤怠
これを昇給、賞与、昇格、異動などの判断に活用してい
データ、職務調査などの労務管理に関するあらゆる情報
る。
が蓄積されている。これが同社の人事データベースとし
*給与システム
て位置付けられ、これを基にして後述する異動シミュレ
給与システムは、人事システムの勤怠データ管理と評
ーション・システムや、昇格対象者の選考や異動などに
価システムの昇格・昇給管理などのデータとの連動によ
活用されている。
って給与計算が行われている。
*評価システム
同社の人事評価は、第1次の評価結果に基づいて、部
22
このNEEDS以外にも人事関係のシステムがいくつか
運用されている。例えば、社内通達などのお知らせ情報
門間、等級間などのバランスを見て調整している。評価
はすべて社内Web(イントラネット)に掲載されており、
システムでは、まず1次結果を入力することで調整の方
自己責任のルールの中で個々が自発的に見るようにして
向性を検討する材料を提供している。そして、その結果
いる。これによって、各種通達を印刷・梱包して発送す
を見て現場で調整した最終結果のデータの管理を行い、
る手間が省け、さらには資源節約にも貢献している。
システム化による効果
また、申請書なども現場の発想でどんどん変えること
ができるようになった。それは、社員からの声や要望が
*業務統合化の促進
システム構築によって、人事業務の仕事の流れや仕組
みが根本的に変わった。
人事部門の業務は、情報を受け取って処理をすること
あれば、都度変えていけばよいという自信に繋がるとと
もに、人事部門の顧客は社員であるという発想も醸成さ
れてきている。
これらによって、人事部員の考え方も変化してきた。
が基本であり、受け取った情報をデータとして登録する
これまではチーム単位に、与えられた仕事をしていれば
作業が大きな部分を占める。例えば、結婚のお知らせと
いいと考えられていたが、現在はお互いの業務を意識し
いう1つの情報がくると、名前の変更、お祝い金の支払
て、他の係りの状況に配慮しながら仕事をするようにな
い、配偶者の変更などのさまざまな作業が発生する。従
った。また、自分の業務範囲にしか目が届かなかったも
来のシステムでは、これらの手続きは、氏名変更は人事
のが、システム化によって全体の流れが見え、全体の中
管理の係りが、お祝い金を出すのは厚生事業部、扶養手
での個々の業務の位置付けが明確になることで、細分化
当が必要なら給与チームが、というようにすべての業務
された業務知識が統合化される効果も出ている。その結
が分断され、個別に処理されていた。そのため複数の人
果、業務を変革しようとする視点が養われ、かつ社員満
が同じように仕事を流していかなければならなかった。
足を考えて仕事をする発想の転換ができるようになっ
これがシステム化によって、単にデータを一度入力す
るだけで情報を共有できるようになり、用紙をリレーす
る必要がなくなり業務が統合された。
た。
*人事データベースの活用
さらに、人事システムがデータベース化されたことで、
図3 画面例(人事)
23
性が高まるという副次的な効果がもたらされた。その背
景には、第四世代言語である「MAPPER」が採用されたこ
とがある。
MAPPERは、統計表作成のために日常よく使う検索や
集計などの命令語や、基本的な画面構成を覚えれば、誰
でも簡単に使える利点がある。これにより、従来はシス
テム部門にこういう資料が欲しい、あるいはこういう条
さまざまな社員情報の蓄積と分析ができるようになっ
件の人をセレクトして欲しいなどと依頼をしていたこと
た。
を、MAPPERを使って人事部員が自分たちでできるよう
これまでも日本信販では、社員個々人の自己申告を尊
になった。その結果、定型的な書類作成だけでなく、現
重しており、会社と個人のニーズが合えば、優先的に希
場レベルで必要な事項をセレクトして自ら資料を作成す
望の部署に配属しているので、社員情報を十分に把握す
ることが可能になった。これは、今まで便利な道具を手
る必要があった。
にしたことで、自分自身で使ってみたいという気持から
この考え方をシステム化したのが異動シミュレーショ
派生していると考えられる。
ン・システムである。全社員の勤務希望条件や自己申告
例えば、社宅の問題を今後どうすべきかという時に、
などの登録データが整備されており、個々人の要望や配
現状を調査するだけでも膨大な時間がかかる。しかし、
属先の希望に、その都度人事データベースの情報を参照
自らMAPPERを活用して、いろいろな条件でデータベー
しながら対応できるようになった。
(図3 画面例参照)
スをアクセスして、欲しい情報を簡単に入手できる。こ
従来は、申請用紙ベースの情報を使ってこの作業を行
れは単に生産性が向上するという以上に、課題に対する
っていたため、分散した情報を集めるために、人事異動
認識の深まりと、施策案の作成にこれまで以上に注力で
の季節には担当者が何日も泊り込むという状況であっ
きることを意味している。
た。最終的に求めるものは同じであるが、そのプロセス
あるいは次のような例もある。研修担当者が入社5年
が効率化されて、現在は見たい情報が即座に見られるよ
次研修の対象者は、どの部署に何人いるかを把握しよう
うになっている。また、この人事データベースにいろい
とする際、以前はシステム部門に依頼してデータを抽出
ろなデータを追加することが可能になったことで、さら
してもらっていた。現在は担当者がMAPPERを使って容
に付加価値をつけた活用も考えられている。
易に必要な情報を入手できるようになっている。
このように自分の発想の下で仕事をすることで個々人
第四世代言語MAPPER採用の効果
が自信を持つようになり、こんなことをすると社員がも
っと喜ぶだろう、あるいはこんなことは必要がないとい
24
新人事システムNEEDSによって、業務効率化やデー
う発想もでてきている。今までは、あらかじめ決められ
タベース活用が実現したことに加えて、人事部員の創造
た資料を作るのがコンピュータの役割と捉えられてい
た。しかしMAPPERによって、人事データベースを意の
全社的に行き渡っていないため、懸案の承認システムが
ままに使えるようになってくることで、コンピュータに
電子化されても運用が難しい状況にある。そのため、現
対する親近感がでてきた。そして、個々の人事部員が、
段階では承認に関しては紙ベースで行わざるを得なくな
MAPPERによる新しい仕事の仕方の面白さがわかってき
っている。すでにシステム的には電子承認ができる体制
たことで、発想がどんどんリニューアルされている。
になっており、人事関連のシステムを連係させて、将来
つまり自分の創造性を生かせる要素が増えてきたことが
的には人事の世界は紙ベースの業務を無くす方向性にあ
大きな成果である。
る。これによって、人事業務がさらに軽減されていくこ
とを期待している。
今後の方向性
また、企業を取り巻く環境変化が激しい現在、いかに
その変化を取り込んで、人事戦略を立案していくかが人
人事情報システムをめぐる現在の課題は、人事システ
事部門では特に重要になってくる。
これまでにも増して、
ムと他のシステムとの間の連携が十分確保されていない
企業の競争力の源泉である個々の社員が、変化に対応で
ため、NEEDSからの情報と他システムからの情報が、
き、かつ持てる力を最大限に発揮してもらわなければな
現場の社員個々人には統合化された形で伝わらないこと
らない。これを支援する手段として、人事システムのデ
である。すなわち社員の人事情報管理はNEEDSシステ
ータベースを活用して、個人の情報に付加価値をつけて
ム、社員へのお知らせは電子メールでというように、シ
組織活性化に連係させていきたいと考えている。
ステムが分断されている。現状は人事システムの端末が
25
特集2 ネットワーク・ビジネスの新潮流
ネットワーク・ビジネスと
One to One
マーケティング
慶應義塾大学
総合政策学部 教授
井関 利明氏
(98年11月、日本ユニシスは設立10周年を記念し「イ
ンフォメーション・マネジメント・フォーラム98」を開
催いたしました。以下は同フォーラムにおける井関教授
の講演を要約したものです)
90年代における
ビジネス・パラダイムの転換
ここ1、2年、主としてアメリカにおいて「20世紀と
は何であったか」、あるいは「20世紀最後の10年であ
る90年代とは何であったのか」を総括する動きが活発
になっている。そこで明らかになったのが、90年代は
26
ニアリングの結果、アメリカの製造業は日本のレベルに
追いつき、追いこしたのである。その途端、アメリカは
ビジネスの考え方とやり方を変えた。これが、ビジネ
ス・デザイン革新である。今までとは別な方式のビジネ
スを始めたのだ。つまり、生産性の向上が頂点に達した
結果、質的転換を遂げたのである。そこで彼らは、アメ
リカ・ビジネスがこんなに変わったのに、なぜ日本のビ
ジネスは変わらないのかと言うのである。
「アメリカ・ビジネスが変わっていることが分からない
のか」「日本のマクロ経済の不況は理由にならない。なぜ
企業は独自の対応をしないのか」「アメリカ・ビジネスが
やったような自己革新がなぜできないのか」と問うので
ある。
アメリカ・ビジネスの変革を紹介する書物が幾つも刊
行された。ペンシルベニア大学・ウォートン・スクールの
2人の教授が、90年代のアメリカ・ビジネスを総括し、
80年代と90年代のビジネス環境の違い、アメリカ経
済を活性化させたビジネス・デザインの特徴を要約した。
彼らは未来への見通しは何も語らないが、90年代のア
メリカを総括する点では、大変巧みであるといえる。そ
の結果は日本の未来を示すことになるはずである。
そうした90年代の総括の中で、何より特筆すべきこ
とは環境の大変化である。それに対応して成功したビジ
ネスが、2種類あった。1つは、昔ながらの大企業が、
その前の80年代とは、ビジネス・パラダイムの面で大
見事に自己革新を遂げた例である。これは決して数多く
変異なるということである。90年代には、すでに新し
はない。アメリカ経済の活性化は、必ずしもアメリカの
い21世紀型ビジネスが始まったといえる。
大企業が担っているのではないのである。
私は、毎夏をニューヨークで過ごしている。今年もま
昨年、今年とアメリカでは、80万件から90万件の
たニューヨークで、数多くの日米ビジネスマンや、ビジ
新しいビジネスが立ち上がっている。次々とベンチャ
ネススクールの教師たちと語り合う機会があった。その
ー・ビジネスが生まれることが、アメリカ経済の活性化
時、彼らは異口同音に「なぜ日本のビジネスは変わらな
を支えている。1つの証拠を挙げてみる。94年のデー
いのか」と聞くのである。
タだが、アメリカの大企業の代名詞ともいうべき
80年代のアメリカには、日本の高品質、低価格の製
品がどんどん入った。アメリカの製造業は圧迫を受け、
「Fortune」500社の売上高合計は、アメリカのGDP全
体のわずか10%を占めるにすぎない。
大変な挽回努力を重ねることになった。そして80年代
もう1つの論拠を紹介する。それは、「ポストインダ
末には、リストラクチャリング、TQC運動、リエンジ
ストリアル・ソサエティ」などの著書で著名なダニエル・
27
share is dead」という第1章から始まる。意味すると
図1 脱産業化社会
「米国はスモール・ビジネス・ソサエティになった。
すでに大企業の時代は終った。」
ころは、企業は売上高、マーケット・シェアを高めよう
とすればするほど、利益が上がらない領域(ノンプロフ
ィット・ゾーン)へ落ち込んでしまうということである。
1. 自分の住んでいる隣の店も、横丁のオフィスも活気
がある時、社会が活性化しているといえる。
2. どこにあるか分からないような企業が活性化している
3. ニュービジネスの台頭
ホウハイ
(澎湃として出現する「.COM」企業)
ダニエル・ベル
ある限度を超えて、売上高やシェアを高めようとし、規
模を大きくすれば、その分、管理費やコストがかさむ。
さらに売上の拡大を目指せば投下資本と管理費は一層大
きくなり、結局赤字は拡大する。
どの業界を見渡しても、業界1位の企業がほとんど利
ベル教授の証言である。教授は、「最近のアメリカ経済
益を上げていない。2番手、3番手企業もうまくいかな
の活性化を一言でいうとどうなりますか」という私の問
い。売上の増大と利益率とがある限度以上では、はっき
いに答えて、「スモール・ビジネス・ソサエティになった
りと反比例しはじめたのである。これまでの企業体質の
のです」と答えた。アメリカ経済の活性化を支えている
ままでビジネスを拡大しようとすればするほど赤字が出
のは、次々に起る小さなベンチャー式ビジネスであって、
る、というのが今日の傾向である。近代のビジネス原理
決して大企業ではないというのである。社会が活性化し
は、「規模の経済」であり、大量生産・大量販売が利益を
ているとは、地域社会の中の小さな店舗やレストランや
もたらすと信じられてきたが、今やその原理が死んだ、
オフィスが生き生きし、日常生活の場が賑わっているこ
というのである。
(図1参照)
成功しているのは、小さな企業、新興のベンチャー企
かつては大企業が、標準化された製品を大量生産・大
業である。そうであればビジネスの方向を転換させなけ
量販売することによって社会の物的豊かさを担った。
ればならない。今までのビジネス・インフラは実体のあ
しかし今、人々が求めているものは、「他のものとは違
る土地であり、資本であった。しかし今後のビジネスを
うもの」「私だけのもの」「自分の生活の中で特別の意味を
支配するものはコンピュータとネットワークである。こ
持つもの」であり、こうした微妙で個性的な需要に大企
れが新しいインフラとなって、新しい事態を生み出しつ
業が応えられるわけがないと教授はいうのである。市場
つある。
とであるというのだ。
は小さな隙間の集まりになった、その隙間的な需要にピ
(図2参照)
コンピュータ・ネットワークが生み出した最も衝撃的
ッタリと合わせられるのはスモール・ビジネスしかない。
なインパクトは、情報取得の即時性と同時性(平等性)で
大企業にはできないというわけである。小さな隙間市場
ある。具体的な例を挙げれば、私と学生との間には、か
の要求に応えるために生まれたスモール・ビジネスが好
つては豁然とした情報格差があった。知識量や情報量に
調なのは当然であり、大量生産・大量販売方式がなくな
おいて、学生は教授を凌駕することはありえなかった。
るわけではないが、その役割は歴史的にいって終わった
しかし、インターネットをはじめとするコンピュータ・
というのである。
ネットワークによって、今日では、その差はまったくな
くなった。むしろ、新しい情報を得ることにおいて、
何が変革をもたらしたか
−コンピュータとネットワークの支配力
1人の教授は多数の学生にかなわない。ヒントさえ与え
れば、学生はインターネットを通じて、世界中から新し
い情報を見つけ出してくる。したがって教授と学生は今
最近のビジネス変化を語って有名な書物は、「Market
28
や対等である。教授は学生と一緒に語り合うしかない。
図2 ビジネスの方向転換を促す要因
推進力
1、 コンピュータと
ネットワークの
プレーヤー
1.個客との新しい関係作り
2.リーダーの再創造
3.不要な内部要員
4.必要不可欠な内部要員
支配力
新しいツール群
2、 市場のインパクト
(新しい競争原理)
1.情報テクノロジーとネットワーク
2.イノベーションの推進
3.俊敏性、ステップアップ
4.クオリティの再定義
3、 社会からの要請
組織パターンの変化
4、 個客の期待と要求
ときには、教授が学生から学ぶのである。
ビジネスの世界も、まったく同じではないだろうか。
1.グローバル市場対応
2.パートナリング、連携、同盟
3.共同学習、情報、知識の共有
4.倫理、公共性、市民性
5.個客主導の統合されたアーキテクチャー
の関係を持てることである。自分のサイトを持ち、関心
のあるテーマを掲げると世界中から反応がある。4年∼
今日では、顧客が、メーカーや売り手よりも、はるかに
5年もつきあっていながら一度も会ったことがない友
優れた知識を持つだけでなく、もっと新しい情報をも得
人、知人が世界中のいたるところにいる。こうした状況
ることができる。そういう顧客を相手に、企業が自らの
が進展していく中で、これまでの現実世界、物理的・地
都合で造り、勝手に良いと思っている商品を受け入れて
理的基盤の上に立って、勝手によかれと思って開発した
もらうことができるだろうか。大変な時代になったので
技術で、よかれと思って商品を造り、勝手に売りつけよ
ある。コンピュータとネットワークは、もはや生産性向
うとしても、どうして顧客が買ってくれるだろうか。コ
上の道具であるだけではない。それは、まったく新しい
ンピュータとそのネットワークを媒介にするビジネス
コミュニケーションの仕方、顧客との新しい係わり方を、
は、今までのビジネスと原理が違うのである。インター
否応なく突きつけてしまうものなのだ。
ネット・ビジネスは、これまでとはまったく別なビジネ
具体例でみてみると、例えば、アマゾン・ドット・コム
スなのだ。
というインターネット上の書店である。アマゾン・ドッ
ト・コムでは、約14万冊のデータベースを持っており、
スイッチボード・ビジネスの出現
すでに出版されている図書について教えてくれるだけで
なく、関心のあるテーマで何度かアクセスすると、今度
こうしたインターネットが生み出したビジネスの1つ
はこういう本が出ますということも知らせてくれる。イ
にスイッチボード・ビジネスがある。自らは市場を持た
ンターネット上では、すでにOne to Oneマーケティン
ない多数の売り手と、普通の市場では容易に見つからな
グが行われている。
い微妙な需要を持った買い手とを結びつけるビジネス、
インターネットの特徴は、世界中の人がOne to One
それがスイッチボード・ビジネスである。アマゾン・ドッ
29
ト・コムは、自らは1冊の在庫も持たずに、出版社、取
を求めるから、結果は逃げ水のように逃げていくのであ
次店、扱い店、物流・配送業と、普通の書店では入手で
る。顧客の満足する、いいビジネスをしようと努力する
きない本を探している世界中の多数の買い手とを結びつ
ことが、いい結果をもたらすのである。
けてくれる。地面の上の世界では決して出会うことがな
今世紀最高の経営学者 ピーター・ドラッカーは、「経
い両者を、アマゾン・ドット・コムがスイッチボードの中
営の目的は、顧客を創造し、満足させることであり、売
でつなぐのである。アマゾン・ドット・コムは、顧客の
り上げや市場占有率は結果である」といっている。売上
1人ひとりが何回アクセスし、何を注文し、何に関心を
高、市場占有率をあまりに強く意識することをやめてみ
示したかをすべてデータベースに記録する。こうするこ
てはどうだろうか。どうすれば結果が出るか、そのプロ
とで、ある特定のテーマに関心を持ち、特定の購買歴を
セスが大事なのだと考えてみてはどうだろうか。
持った人に即座にアプローチできるのである。
先ほどの学生はどうなったか。彼は、インターネット
最近、若者たちの車の買い方が変わってきた。私の学
上の中古自動車販売店オートバイテルに入った。そこで
生の1人が車を買うために幾つかのディーラーをまわ
自分の希望をこと細かに伝え、そして提示された条件を充
り、かんかんになって帰ってきた。彼が言うには、ディ
たす幾つかの車の中から望みの車を手に入れたのである。
ーラーは、「オプションはこう」「値段はいくら」と説明す
しかも、車は地上では決して出会うことのない大阪のあ
るだけで、少しも自分の希望を聞いてくれないというの
るディーラーから輸送されてきた。彼は自分の願いを聞き
である。彼は、「ボクが車にどんな想いを持っているか、
届けてもらい、自分の好きな車が手に入って喜んでいた。
なぜ話を聞いてくれないのか」、と怒っているのである。
彼の願いを実現したのは、スイッチボード・ビジネス
帰ろうとする彼の背中に、ディーラーは、「お客さんあ
である。スイッチボード・ビジネスは、まず買い手の要
と10万円引きます」といったそうである。彼は、「値段
望に耳を傾け、情報を与え、相手を満足させながら、売
はどうでもいい、なぜボクの話を聞かないのだ」と怒鳴
り手と買い手をうまく結びつけてくれる。自らは顧客を
ると、相手はキョトンとしていたという。価格を引くと
見つけられない企業と自らは行動範囲のなかで望むもの
いったら怒る客がいるとは思わなかったからだろう。し
を見つけられない買い手とを結びつけるのがスイッチボ
かし、価格を引いたことを笑ったり、怒ったりするお客
ード・ビジネスであり、コンピュータとネットワークの
はいくらでもいる。つまり求めているものが違うのだ。
力がビジネスを変えていく姿なのである。
そういう人を相手に、同じような商品で価格競争をして
いては、赤字が増えて当然である。利益が上がらなけれ
ば、ビジネスではない。売上高、マーケット・シェアを
インターネット・ビジネスの特徴
(市場の変化)
目標にしていたことが間違いなのである。
今シーズン、米大リーグでマグワイアとホームラン王
アメリカでも5年前には、インターネット・ビジネス
を争ったソーサが来日して、インタビューに応えて言っ
は21世紀になってから本格化するものと思われてい
た。「私はホームランを打とうと思ってバッターボックス
た。しかし、この1年半それは急速に盛んになってきた。
に立つのではない。速度が違い変化するボールにどうバ
その理由が3つある。
ットを対応させようか、それだけを考えている。そのプ
ロセスが良ければ結果としてホームランになるのだ」と。
ビジネスでも同じである。顧客を本当に満足させれば、
売り上げという結果が上がるのである。それを結果だけ
30
1つは、コンピュータが使いやすくなり、インタフェ
ースが容易になり、たくさんの中高年者たちも使うよう
になったことである。
2つには、思わず引き込まれてしまう魅力的なWeb
サイトが多数生まれたことである。
図3 ミールソリューションのビジネス原理
3つ目は、クレジット・カードが決済手段として安全
に使えることがわかってきたことである。
この3つの理由で、アメリカではインターネット・ビ
ジネスが上昇している。ところが日本では、アメリカで
21世紀に入ってからなら日本での本格化は2010年以
後だろうと思いこみ、時間を無為に過ごしてしまった感
がある。
インターネット・ビジネスの特徴は、顧客がこれまで
1、食品/食材(FOODS)
食事
(MEAL)
2、単品中心
組み合わせ中心
3、物中心
サービス志向
4、商品発想
生活起点発想
5、無差別、大量志向
個別対応
6、販売、取り引き中心
リレーションシップ志向
とまったく異なることである。これまでの物言わぬ顧客
ではなく、同じ土俵の上に参加し、意見を言い、造り手
うした要求は強いものではないが、準備はしておかなけ
や売り手と相互作用を行うようになった。このような顧
ればならないだろう。
客にどう対応していくかが課題だが、これに対してはす
さらに、顧客も変わった。顧客はほとんどの場合、も
でに解答がある。それが、1人ひとりの顧客のために製
はや単品を求めているのではない。食材や食品という単
品を造ることができる技術としてのマスカスタマイゼー
品を求めているようにみえる生活者も、実は一家の健康
ションの方法である。
をどう維持するか、あるいは楽しいだんらんの一時とい
インターネット・ビジネスのもう1つの特徴は、参入
障壁がまったくないことである。突如まったく無関係と
う「食事」の課題を解決するために、複数の食品とサービ
スを求めているのである。
(図3参照)
思っていた分野から、新しく企業が参入してくる。それ
企業の場合も同じである。パソコンを100台購入し
は、インターネット上ではビジネスを立ち上げるための
ようとする企業は、オフィスの効率化、生産性向上ある
費用が、現実世界とは格段に少なくてすむからである。
いは情報の伝達共有、さらに顧客とのコミュニケーショ
今までは同業他社を意識し、自社が他社とどう競争する
ンというビジネス課題を解決しようとしているのであ
かその戦略が問題だった。インターネット上では、複数
る。そうしたとき、「15%値引きしましょう」といった
の企業と連携し相乗効果を高めることの方が重要になっ
提案がどれほどの意味があるだろうか。顧客が単品を求
た。ビジネス同士の連携やパートナリングが1つの競争
めている限りは、標準品を大量生産することで応えられ
単位になろうとしている。競争の形態が変わったのであ
るが、そこには価格競争が待っているだけなのである。
る。1つの企業が、特定製品をめぐって個別に同業他社
それよりは顧客の生活課題やビジネス課題は何かを理
と競争するというこれまでの伝統的競争形態は、もはや
解し、対応することである。生活課題やビジネス課題は、
支配的ではない。
顧客ごとに違うのだから、One to Oneで対応するのが
当然である。1人ひとりの顧客の課題に応えるなど不可
社会からの要求が変わった
能だ、とお思いの方には次のような事実を示そう。
1989年時点で、トヨタ自動車は、38,000種類の
今日、企業が強く意識しなければならないことは、社
最終仕様車を生産しているが、生産ラインには、同一仕
会からの厳しい要請である。地域社会への貢献、環境問
様の車が3台続けて流れたことはなかったということで
題、資源問題、情報公開などに企業は明確な姿勢を示さ
ある。規格品の大量生産というイメージが強い自動車生
ねばならなくなった。日本では、まだアメリカほど、こ
産においても、これだけの最終仕様車ができたのである。
31
One to Oneは時代のテーマになったのである。顧客の
ニーズや期待はますます個性化し、個別化している。
さらに顧客の欲求が特定の製品と1対1に対応しない
という事態が現出した。あるコマーシャルにこれが如実
に表現されている。そのコマーシャルでは、タッチおじ
さんなる人物が、「来て見て触った、とうとうパソコン
買っちゃった、ほんとはボクはハワイ旅行に行きたかっ
たんだけど」という。定年退職が近づいてきた頃、もう
一度生きている実感と、同僚にちょっと自慢できる新し
い経験が欲しかったのである。タッチおじさんには、パ
ソコンと、ハワイ旅行のどちらでもよかった。気持ちの
中で競っていたのは、パソコンという物財とハワイ旅行
というサービスであった。そうであれば、競争相手は同
業他社ではない。自分の生き甲斐、あるいは自尊心の回
復などが、商品を通していかなる意味を持つかを語らず
One to Oneというとすぐに、小さなサービス業でこ
そ対応できることと思いがちである。しかし実際には、
してどうして売れるだろうか。
そうした顧客が求めるものを理解するには、平均値や
大メーカーこそが一番対応しやすい。なぜなら、メーカ
最頻値が有効であるはずはない。繰り返すが、大量生産
ーは部品の標準化が簡単だからである。コンピュータの
がなくなるわけではない。しかし、もはや標準製品の大
制御する方式で、中間部品を標準化し、その組み合わせ
量生産で、企業が拡大することはないのだろう。
の多様さで、最終仕様製品を多様化できるのだ。
これまでは、ヒト、モノ、カネの経営資源を経営方針
もう1つ実例を挙げると、モトローラのページャ(ポ
に沿って展開し、原料、材料、部品を調達し、製品・サ
ケベル)がある。顧客がカタログから望ましい機能とデ
ービスを生産し、ふさわしい流通チャネルを通して顧客
ザインを選び注文すると、17分後には、工場で生産が
に届けることが、ビジネスであると考えられてきた。顧
開始され、翌日には配送されてくる。パソコンでも今や
客は最後にしか出てこない。
状況は同じで、デル・コンピュータ社やゲートウェイ
アメリカの経営学者エードリアン・スリオツキーは、
2,000社などがよい例である。これも顧客1人ひとり
これでは今後のビジネスは伸びないとして、顧客主導型
ごとの好みに合わせて受注して生産し、3∼4日後には
モデルを提唱した。まず自社の顧客は誰かを確かめよ、
商品が届けられる。標準型コンピュータのハードメーカ
というのである。ここで誤解しないでいただきたいこと
ーが、大方利益減に苦しんでいる中で、個別対応生産方
がある。それは、顧客とは誰かということである。すべ
式を確立しているところは、大変良い成績を上げている。
ての人がお客様というお客様第一主義という考え方があ
るが、これは間違いである。心のこもっていない言い方
今求められる顧客主導型への転換
である。お客様とは特定の人を指すはずである。すべて
の人のすべてのニーズに応えることなどできるはずがな
32
コンピュータ・ネットワーク、とりわけインターネッ
い。アメリカで、苦情処理が大事にされ、お客様が大事
ト上では、こうした相互作用と個別対応は当然になった。
にされているのは、特別の前提条件があるからである。
どのお店でも、お客様は誰かが明瞭になっている。不特
必ずしも「公平」ではない。すべてのお客様を大事にする
定多数に向かって、「おきゃくさま」などと猫なで声で言
ことなどできない。また第2の間違いは、お客様第一で
うのではない。企業にとって、顧客とはターゲットのは
あるからには、すべての苦情に応えなければならないと
っきりした、特定の人びとのことである。だからこそ苦
いう考えである。すべてのお客様ではなく、わが社の自
情を受け付けることができるのだ。顔見知りであり、カ
分のお客様と決まった相手の苦情を聞くべきなのであ
ードを持ち、購買歴が分かっている人、そういう人がを
る。経営者が自社の顧客層を明確にしないかぎり、苦情
お客様なのだから、徹底したサービスができるのである。
に本当に個別対応することはできないはずである。アメ
リカでは、この点が実に明確である。
したがって、顧客から始まるとは、皆さんから始まる
顧客とは誰かを明らかにせよ
ということではない。わが社の顧客を絞り抜けば、それ
アメリカで著名な百貨店、ニーマン・マーカスを発展
だけビジネスの焦点がはっきりする。そうすることによ
させたスタンレー・マーカスは、「消費者とは単なる統計
って、かえって顧客層が広がっていくのである。「皆様
数値に過ぎない」、市場というのと同じである。数で考
のためのビジネス」には人は集まらないが、「特定の人の
えるだけで個別の区別がつかない。したがって平等に扱
ためのビジネス」には人々が群がるのである。
うしかない。それに対して「顧客とは、われわれが選ん
ルイ・ヴィトン、グッチ、エルメス、ランバン、これ
だ人びとであり、顔が見え、生活が見える人びとであ
らはみな特定の人のために創られた名品である。今人々
る」といっている。
が求め始めたのは本当の名品である。特定の人のために
創られた名品だからこそ、世界で大きな広がりを持つこ
お客様第一主義という考え方の誤りは、お客様を区別
とになるのである。
しないこと、平等に扱うことである。区別され、はっき
こうした選び抜かれた顧客のニーズ、期待、願望に応
りと差別化されたお客様を大事にすることが重要であ
える流通チャネルとは、もはや店舗ではないかもしれな
る。それこそが「公平な」ことなのだ。平等に扱うことは、
図4 顧客主導型のビジネス原理
今までのビジネス原理
企業
コアコンピタンス
原料
材料
製品
サービス
提供物
流通
チャネル
製品
サービス
提供物
原料
材料
個客
これからのビジネス原理
個客ニーズ
期待
個客の重要度
流通
チャネル
企業資産
コアコンピタンス
33
い。そうした流通チャネルが見えれば、そこを通るにふ
1980年代まで何とか続いた。しかし80年代、アメリ
さわしい商品とサービスが考案され、さらに適確な原材
カ・ビジネスは、日本の攻勢をうけてクオリティ重視の
料、部品が選ばれ、生産のための経営資源をどう再編成
経営に転換した。リストラクチャリング、TQC運動、
するかがわかり、コアコンピタンスの再検討のための問
リエンジニアリングが盛んになった。
いかけが始まるのである。
(図5参照)
そのとき間違え易いのは「すべてのお客様」という考え
そして80年代末、アメリカは日本に追いついた途端、
「価値の追求」のビジネス・パラダイムへと転換した。価
方である。どんなに巨大な売上高を誇っても、世界のす
値とは、企業が勝手に創るものではない。顧客が満足し、
べての人がお客様という企業はありえない。売上高が大
生活課題が解決され、生活が向上し、
あるいはビジネス課
きくなればなるほど、ビジネスの焦点がぼけ、管理費、
題がより良く解決されることが、価値を生み出すのであ
人件費などコストがかさみ、利益率が減じていくことは
る。そのためには、企業は顧客との関係を保たなければ
自明である。売上高1,000億円で20億円の利益を上げ
ならない。より良き価値は、特にOne to Oneで対応で
るよりも、50億円の売上で5億円の利益が上がるほう
きたときに生み出される。そうすれば顧客は長く関係を
が良いビジネスである。ここに、日米のビジネス観に大
保ってくれるのである。一時点での販売を増大させるた
きな違いがある。
めの「顧客獲得」ではなく、特定の顧客と長い関係をつく
ビジネスの目的は売上高であり、市場占有率であると
り、対話を通じて、関連製品・サービスを提供し、顧客の
考えてきたところに、日本の今日の手詰まりがあるので
支出のなかに大きな役割を占める(顧客シェア)ことが重
ある。
要なのである。つまり、顧客維持の努力である。これが
リレーッションシップ・マーケティングの考え方である。
リレーションシップ・マーケティングの中核は、個別
リレーションシップ・
マーケティングの奨め
対応のOne to Oneである。今まで多くのビジネスは特
定の単一商品をどれだけ大量に売るかに焦点を合わせて
ビジネスの世界は、今大きく変わりつつある。フォー
ドのT型に始まった大量生産・大量販売の時代は、
図5 アメリカの産業の進展
きた。そのためには、顧客数を増やし売上高と市場シェ
アを高めるしかない。
図6 ビジネス・パラダイムの変化
焦 点
■フェーズ1 大量生産、大量販売、大量消費の時代
1.マス生産方式の確立期
2.マスマーケティングの発展期
3.マス物流の効率期
20世紀初頭から
70年代
■フェーズ2‘クオリティ’改善の時代
4.TQC運動期
5.リエンジニアリング期
70年代から
80年代
フ
ェ
ー
ズ
1
・規格生産
・売上重視
・成長拡大
・生産性、効率性
フ
ェ
ー
ズ
2
・クオリティ
追求
・顧客満足
・業務プロセス
の改善
フ
ェ
ー
ズ
3
・個客主導型
・関係維持
・個客参加
・共同、相互学習
・個別対応
提 供 物
I T 活 用
・単品
・メインフレーム
・機能重視
・集中処理
・価格
・企業内
・品質
・サービス
・ワークステーション
・自立分散型
・顧客対応
・組み合わせ
・課題解決
(ソリューション)
・インテマシー
・カスタマイ
ゼーション
・パソコン
・ネットワーク
・IN
・相互作用
・コラボレーション
■フェーズ3 価値
(Value)
追求の時代
6.リレーションシップ・
マーケティングの登場
7.個客ロイヤリティと
ソリューション・ビジネス
34
90年代から
21世紀
それに対して、リレーションシップ・マーケティング
では、顧客数を限定しても1人ひとりの顧客に、より多
てビジネスが成り立つのである。
今までがマスマーケティングなら、新しい事業分野に
く購入してもらうことで顧客シェアを高めようとする。
新しい製品、新しいサービスを開発して、そこでOne
そうすることによって、利益が拡大するのである。市場
to Oneを始めることである。しかし、異なった2つの
占有率を高めるよりも、顧客シェアを高めることが企業
原理がお互いに争ってはいけない。長い目で育つのを待
にとっては利益幅が大きくなるのである。
つことである。企業のやり方全部を変えろとはいわない。
これから有望なビジネスは、スイッチボード・ビジネス
であり、ソリューション・ビジネスである。ソリューシ
ョン・ビジネスとは、顧客の課題解決を支援しながら、顧
すべての顧客に等しく対応することが不可能であるよう
に、企業をがらりと変えることは不可能である。
時代は複雑になった。人間も組織も同じだが、自らの
客の経費、エネルギー、時間を節約するビジネスである。
複雑性に応じてのみ、外部環境の複雑性に対応できるの
これからは顧客は、ビジネス上の課題あるいは生活上
である。自らが単純なものは、外部環境の単純なものに
の課題を持っていると考えなくてはならない。わが社が
しか対応できない。自らが多元的かつ複雑になってはじ
提供する商品やサービスが、どんな課題解決に役に立つ
めて、外部環境の多元的で複雑なものに対応できるので
のか、課題解決をするには他にどんな商品や、どんな情
ある。これが従来の「単純性の原理」にかわる「複雑性の
報やサービスが必要かを考えなくてはならない。
それは、
原理」である。
顧客を知ることから始まる。これからのビジネスは、社
ビジネスを売上高や市場占有率だけで語り、計数管理
内の事情や都合を考えることから始まるのではなく、社
をし、数理モデルをつくっていたアメリカのビジネス論
外から、顧客から発想することで始まるのである。必要
が、90年代に入ってから大きく変わり、今、人間につ
なことは、顧客のデータベースを整備し、そこから始ま
いて語りはじめた。感性や感情をビジネスの中に取り入
ることである。絞り抜いた顧客から始めたビジネスだけ
れるようになったのである。ビジネスの担い手が変わり、
が、大きく拡大する。One to Oneの考え方は、21世
世代が変わったからでもある。日本でも、それに対応す
紀の「時代のテーマ」なのだ。それを促進しているのがコ
るビジネス・デザイン革新が必要である。
ンピュータとインターネットであり、市場の変化であり、
人はよく言う、少しずつ変えていこう、と。
そして社会の要請であり、そして顧客の考え方の大転換
ところが、少しずつの改善主義では、何もうまくいか
(図6参照)
ない。思い切って革新をしない限りは、はっきりした効
私は、マスマーケティングを否定しているわけではな
果は生まれてこないだろう。そういう時期にあるのだと
なのである。
い。しかし、One to Oneマーケティングに転換するこ
いうことを申し上げる。
とによって、大きなビジネス・チャンスをつかめる企業
はたくさんある。
One to Oneをどう進めるか
ここで、One to Oneマーケティングに取り組むに当
たっての効果的な方法を紹介する。それは、一方に従来
のビジネスを持ち、他方でOne to Oneビジネスを始め
ることである。異なる2つの原理を持つことで、かえっ
35
貿易金融「EDI-Bolero」
への対応
三井物産株式会社
業務部 部長代理 情報化推進室
福重 良文氏
36
市場原理に則り、
世界市場を視野に入れた戦略を
提に物事を考えているからである。
日本の場合は、1億2,000万人の人口を抱え、国内の
マーケットが大きいために、どうしてもまず日本国内を
今日本中、金融ビッグバン、通信の規制緩和などが大
きな話題を呼んでいる。
これらは、最初はアメリカで1970年の後半から80年
にかけて始まった。その後5年ぐらいのギャップでイギ
リスに飛び火した。当時、アメリカでそういうことが起
きていることを、我々日本人は、みんな知っていた。
ところが日本では、金融ビッグバンも通信の規制緩和
もなかなか起きなかった。
競争の場とし、その次に近隣のアジア諸国に目を向ける。
イギリスの場合はそうではなくて、イギリスも世界も
1つ、その中でどういう戦略でビジネスを展開するのか、
そういう物の考え方が、日本とは根本的に違う。
日本やアジアといった限定された狭い視野では勝てな
い。日本が世界で競争するためには、世界という市場、
1つの市場に対してどう取り組むのかということを考え
ていかないと、なかなか勝負には勝てない。
イギリスは、5年ぐらいのタイムラグを置いて、それ
に追随し、アメリカとほとんど同じようなレベルで競争
市場原理を徹底するネットワーク社会
をしている。
イギリスは、国土は日本の3分の2程度、人口は半分
80年代から規制緩和や技術革新など、さまざまな要
以下の国であるが、世界的企業を数多く輩出している。
素が相互に影響しあってネットワーク社会が築かれてき
例えばブリティッシュ・エアウェイズが世界の航空業界
た。ネットワーク社会というのは市場原理を徹底すると
のトップの座を確保し、ブリティッシュ・テレコムは通
いう一言に尽きる。
信業界で実質ナンバーワンにある。また、ロンドン・シ
ネットワーク社会では、あらゆる情報が瞬時に世界中
ティは、相変わらず世界の金融センターのトップに位置
を駆け巡る。事実やうわさは一瞬にして世界中に伝達さ
している。
れる。今までは、良い会社も悪い会社も、外から見たら
イギリスはアメリカに勝つために、アメリカ以上に規
同じようにしか見えないため、評価のしようがなかった。
制を排除し、市場原理の導入を押し進めた。日本の郵政
ところが今は、内部情報もみんな外へ出ていくため、良
省に相当するオフテルという政府機関は、「一切規制を
い会社・悪い会社の判別がアッという間になされる。市
しないというのが基本である。ただし、国益に反する場
場原理が貫徹される社会である。
合は介入する」というのが基本的なスタンスである。
なぜイギリスでの規制緩和措置だけが、金融ビッグバ
クオリティ重視の世界戦略が決め手
ンと呼ばれたのか。それは、宇宙の始まりの時のように
過激で、劇的な規制緩和であったからにほかならない。
そうなると我々企業も政府も、個人も、クオリティが
思い切った規制緩和、自由市場原理をベースにしないと、
ないものは評価されずに生き残れなくなる。我々は、こ
アメリカには勝てないというイギリスの基本的な考えが
ういう社会にもう入り込んでいるのである。
あったからである。
また、イギリスは島国ではあるが、国内のマーケット
だけを前提にしないで、世界を舞台に競争することを前
アメリカで最も偉大な経営者の1人と言われている
GEのジャック・ウェルチ会長は20年ぐらい前から、「経
営はスピードとディサイシブネスだ」と強調している。
37
我々は、アメリカを含めて、そういうスタンスを持つ
企業と角を突き合わせて競争しているのであるから、日
本の中での競争だけを考えていては、なかなか勝てない。
クオリティ重視の世界戦略が重要なのである。
ネットワークで差別化戦略を展開
今アメリカの大手企業では、ERPパッケージを導入
して、サプライチェーンの構築を進めている企業が多い。
これまでの企業単位のネットワークの枠を超えて、マー
ケット全体のネットワーク化をベースにして、あたかも
それが1つのビジネス体、ユニットとして動ける仕組み
を追求しているのである。
これからのビジネスは、企業の中で完結する世界では
ない。マーケット全体が1つの世界として動く。その中
で効率化を追求していくべきなのである。時代は、そう
いう世界にすでに突入しているのである。
その典型例がシティバンクのグローバル・キャッシュ・
マネジメント・サービスである。
当社と取引のあるアメリカの大手メーカーは、今まで
アジア15カ国の子会社の金融取引は、それぞれの現地
の金融機関と行っていた。それが、ある日突然、15カ
国全部の取引銀行をシティバンクに指定し、他の銀行と
経営の要諦は迅速な決断にあるということである。
GEの世界戦略は、「あらゆる分野に進出するけれど
これは、それぞれの国の子会社とシティバンクがネッ
も、あらゆる分野で世界で2位以上にならない分野には
トワークで接続し、そのネットワークを通じてキャッシ
参入しない」に置いている。世界で3番目でしかないと
ュ・マネジメント・サービスを提供する仕組みを採用した
いうことは、お客に3番目のクオリティのサービスしか
ためである。ネットワークによるビジネスの差別化の1つ
提供していない。そういう能力しかないと評価されると
である。
いうわけである。彼らにとって、お客様を満足させるク
オリティの仕事ができない領域にいて、何の意味がある
38
はすべて取引を停止するということになった。
最近はチェースマンハッタン銀行もこれに追随したサ
ービスをグローバルベースで開始している。
のだということであろう。これは覇権主義ではなく、良
キャッシュ・マネジメント・サービスの場合は、物が動
いサービス、良い製品を作れているかどうかによって企
くわけではないので、一番手っとり早いというか、入り
業のビジネスが評価されることを訴えているのである。
やすい世界である。しかし、金融機関にとどまらず、今
後は実際に物が動く世界にもこうした手法が導入される
ようになる。つまりネットワークによるグローバルなサ
プライチェーンの展開である。そうなると、ある日突然、
シティバンクが行ったのと同じようなことが、物の流れ
の世界でも起きるということになる。
日本の社会資本の高コスト構造が問題
今、アジア域内の貿易は、非常なスピードで増えてい
る。しかし、物流、金融、決済などが日本をバイパスし
ているのが現状である。この理由の1つは、日本の貿易
手続きが、諸外国に比較すると効率が悪いからではない
かという認識がある。これが、貿易金融EDIの議論の背
景になっている。
貿易手続きが複雑であるから日本の地位が低下してい
るわけでは全然なく、要するにコストが高く、サービス
が悪いから、日本から逃げているだけなのである。
例えば船の国際運賃は世界共通であるが、日本に寄港
すると港の停泊料金、内陸運送の料金などが外国とは比
較にならないほど高い。飛行機の場合も同様である。日
本は世界各国と比べると社会資本コストが高いのであ
る。このため、飛行機はソウルへ、船は香港と台北へ日
本を素通りする結果となる。
また、貿易取引における問題点は、書類作成、貿易書
類授受における非効率、結果としての高コスト構造にあ
貿易手続きを電子化したところで、日本の地位は上がら
ないし、求心力もなかなか戻ってこないと思う。
る。貿易取引で書類の作成や授受の仕組みは非常に複雑
で、紙ベースだと、輸出業者から輸入業者へ全部移るま
でに約17回ぐらい同じデータを打ち直す必要がある。
SWIFTによるBolero
(貿易金融EDI)への取り組み
相当なコスト高になる。
金融情報システムセンターの推定では、貿易の際に必
船荷証券のやり取りには主に国際郵便が使われており
要となる船荷証券などの書類を電子化すると、年間1兆
世界的に電子化が遅れている。そのため、欧州では、
7,000億円ぐらいコスト削減が可能と推定している。
94年から電子化の実証実験が始まった。それがBolero
しかし、日本の国内で、あらゆる局面で市場原理を貫
徹してインフラ部分のコスト低減を図らないと、いかに
の起原となっている。貿易に関する管理手続きや決済
(貿易金融)を世界規模で電子化する試みである。
39
我々はBoleroプロジェクトが、ヨーロッパで実証実
験を開始するという話があった時に、こういう動きにつ
Boleroは最終的に航空と船の境界を全部取り払う仕組
みになる。
いては密着してウォッチすべきと思っていた。
しかし当時は、まだ、貿易金融の世界では、各国それ
アジア各国の取り組み
ぞれの制度の違いがあり、なかなかテイクオフするのは
難しいだろうと思っていた。ところが、そうこうするう
世界的な枠組みとしてはBoleroのような仕組みが考
ちに、SWIFT ( 国際銀行間金融電気通信協会) が手を挙
えられているが、各国でも独自の取り組みをしており、
げた。これは意外に早期に事が進むという感じがして、
アジア各国の取り組みは以下のとおりである。
我々もあらためて注目をしてきた。
*台湾のTRADE-VAN=90年から台湾貨物通関自動化
Boleroプロジェクトの狙いは、船積み書類を電子化
する点にある。グローバルなサプライチェーンは、紙に
よる情報授受の世界では絶対にできない。したがって、
数は約5,000社が参画。
*香港のTradelink=88年にマースクシッピングと繊維
グローバルなオペレーションをしている企業からする
輸出入業者で設立し92年に香港政庁が出資(48%)し、
と、ここのところは是が非でも克服したいと考える。そ
ユーザ数は約7,000社にのぼっている。
れがグローバルな競争力の大きな転換点になるからだ。
そこで、94年から95年にかけてヨーロッパの政府が
補助金を付けて試行した。これには26の組織が参加し
た。たまたま当時のEC政府が資金を用意したために、
Boleroはヨーロッパ標準と考えられがちだが、そうで
はない。26組織の参加メンバーの中にチェースマンハ
ッタン銀行、マースクラインのようなアメリカの大手企
業が含まれていることを考えると、決してヨーロッパ・
イニシアチブというのは当たっていない。したがって最
初からグローバルな枠組みをグローバルな大企業がみん
な寄り集まって考えていこうというのがこのプロジェク
ト発想の原点にある。
Boleroプロジェクトの狙いは船積み書類の電子化に
ある。船荷証券というのは有価証券であり、裏書き譲渡
したりして権利が移転するため、この部分をきちっと押
さえて電子的にする点が難しい。それと法的な枠組みの
問題、これらの問題を克服する必要がある。
これらの部分が解決されると、船の荷物の移動だけで
なく、実は航空貨物の問題も解決する仕組みにもなり、
貿易に関わる電子化のインパクトはさらに大きくなる。
40
プロジェクトを開発し、96年から民営化し、ユーザ
*シンガポールのTradeNET
*97年に発足した大蔵省、金融情報システムセンター
*マレーシアのSMK-DagangNET
の継続研究として、クロスボーダー取引における金融
*韓国のTradeEDIプロジェクト
EDIに関する研究会(97年)
*通産省機械情報産業局主導による実証実験(貿易管理
日本の対応
手続き簡素化のための流通性書類の電子化プロジェク
ト「ProjectEDEN」98年)
一方、日本でも、Boleroのような仕組みを早急に作
りあげないと立ち遅れてしまうという危機感もあって、
Boleroの現況と概要
基盤整備に以下のように取り組みを進めている。
*アジアにおける貿易金融EDIに関する研究を行うた
BoleroはSWIFTだけで進めると、銀行が制覇すると
め、大蔵省、金融情報システムセンターによる研究会
いうイメージがあるため、グローバルな貿易組織の総合
発足(97年)
保険組合で世界中の大手船会社が加盟しているTTclub
*通産省貿易局主導による大蔵省、運輸省、日本貿易手
続簡素化協会における調査研究の開始(97年)
との共同プロジェクトで推進している。貿易の当事者を
引き込みながら進めようとしている。
プロジェクト事務局は、
約2年半前から、
業務要件仕様書、
商業化フィージビリティ・スタディ、ルールブックなどの作
成、
技術的問題への取り組みなどの準備活動を進めている。
運営の実態は、SWIFT主導で100%銀行である。その
中でも、特にアメリカのシティバンク、バンク・オブ・ア
メリカ、イギリスのバークレーズ、ナットウェスト、オ
ランダのABNアムロ、香港上海、そういうところが、要
するに世界の貿易金融分野で有力な銀行が中心となる。
我が国の金融機関も、このBoleroについては強い関
心を持っている。なぜなら、ビジネスが全部外国の銀行
に持っていかれるからである。
98年末から貿易に関する手続きや決済(貿易金融)を世
界規模ですべて電子化するための実証実験「Bolero
Launch Program」が始まった。これはアメリカ、ヨー
ロッパおよびアジアの13カ国、12の貿易チェーンと石
油業界の約60社による実用化実験である。
日本からは三井物産、日立製作所が正式に参加し、両
社を通じて大手都市銀行6行も加わった。
こうした準備を経て99年4月から本格的にコマーシャ
ル・オペレーションを始めるという計画である。
41
SWIFTのネットワーク戦略
られない世界に見える。しかし、インターネットの世界
では、SWIFTも一瞬にして瓦解するかもしれないとい
Boleroを主導しているSWIFTは世界中の銀行間の決
う危険性もはらんでいる。
済をはじめ各種の資金決済を行っており、世界175カ国、
そのキーポイントの1つは認証の仕組みである。例え
会員数3,000行、1日のメッセージ数360万という規模
ばセントラル・レジストリーみたいなものが1つあって、
である。メッセージ交換の内訳は、銀行間の決済がデー
それをSWIFTが押さえていれば、SWIFTが世界を支配
タ量の約67%、トレジャリー関係が14%、セキュリテ
するというようなこともあり得る。
ィ関係が14%、トレードが5%の構成である。
しかし逆に、一極集中のセントラル・レジストリーが
一方で日本の銀行と同じように、専用線のプロトコル
不要である仕組みが、もし実現したとすると、そうはい
で閉ざされた世界でオペレーションもやっているが、こ
かない。インターネットの世界の中でSWIFTをバイパ
れを次世代のネットワーク(IPネットワーク)、つまりイ
スしてデータが流れるということも起こり得る。
ンターネット上で運用しようとしている。ヨーロッパで
その動きがすでにある。欧米の銀行8行が共同で世界
は、中央銀行間の決済すら、インターネット上で行う予
の認証を一手に引き受ける企業として、グローバル・ト
定である。さらにSWIFTのネットワークの上で、資金
ラスト・エンタープライズ(GTE)という会社を99年早々
決済も証券のストレート・スルー・プロセシングも貿易金
にも設立すると発表している。
融も、すべて1つの枠組みで処理する。
GTEで認証したほうが、はるかに実用的で、ユーザ
そうなると、業界ごとの仕組みがあると非効率極まり
数が多いというようなことになると、インターネットの
ない。1つのネットワークで全部処理できるから、何か
世界、スピードの世界であるから、一瞬にSWIFTから
ある特殊な目的を持ったネットワークというものは、こ
GTEに認証の世界が移ってしまうかもしれない。
れからはすべて不要であるとも極論できる。
企業グループで、ある特定の目的のためにやっている
ちなみに、GTEの株主は、SWIFTの中核銀行であり、
Boleroの中核メンバーでもあるバンク・オブ・アメリカ、
場合はいいが、国のインフラというような形で、例えば
シティバンク、チェースマンハッタンバンク、ドイチェ
航空業界、港湾関係それぞれ専用のVANを作る動きが
バンク等々ヨーロッパとアメリカの大手の銀行である。
あるが、その中に進めたほうがいいものと、やってはい
我々はそういう動きをよく見ながら、どう戦略を立て
けないものとがある。そこのところをよく見極めて我々
て企業として生き残るのか、国家として競争力を高めて
は取り組んでいくべきだと思う。
いくかを考えていく必要がある。
これからは、すべからくインターネットということで
世の中は動いていく。インターネットを核にして、すべ
ての垣根がなくなっていく。
インターネットを核に進展
国内版貿易金融EDI
プロジェクトも併せて推進
一方、我が国では通産省が主導する貿易金融EDIプロ
ジェクトがあり、当社も参画している。これに参画した
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では、SWIFTのような世界規模の基盤を持つ企業は
理由は、自分たちが使える仕組み、コストを増やさない
生き残れるのであろうか。一見すると、どこからも攻め
で効率的な世界を目指す仕組みを模索していくことにあ
る。例えばBoleroと互いに補完しあう関係になること
も考えられる。
このプロジェクトは、日本国内でこれからの貿易金融
EDI推進のために必要な要件などを明確にし、ガイドラ
インを作ることを狙いにしている。当社を含めて中核6
社が事務局幹事となって、その方向性を検討している。
また、荷主・銀行・保険・運輸など関連業界のユーザの
方々による部会の意見をまとめて日本の進むべき道を定
めていく。
◇
当社は、電子商取引のいろいろな基盤の上で従来の商
社という業態にこだわらず、1つのネットワーク上で、
お客様が必要とするサービスを、グローバルに見てベス
トな形で提供していきたいと考えている。
もしかすると、銀行、物流を手掛けている企業との垣
根もまったく無くなっていくのかもしれない。そういう
垣根の無い世界、ボーダーレスの世界というのが、ネッ
トワーク社会の本質であり、現実の世界も、その方向に
着実に動いている。
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