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教員養成課程におけるピアノ教育の現状と課題 Current Status and
人間環境学会『紀要』第1 7号 Feb. 2012 <論文> 教員養成課程におけるピアノ教育の現状と課題 ―入学前の音楽経験との関連性に着目して― 東 卓 治*1 Current Status and Issues Regarding Piano Education in Teacher−Training Programmes ―Focusing on the Relevance of Music Experience Prior to entering University― Takuji Azuma*1 Musical activities involving the piano in early child care education are frequent in Japan. University teacher training programmes instruct teachers in playing children’s songs. However, in terms of students’ experience, there is often a large time gap between learning to play the piano and other musical instruments at college and their previous musical experiences. This paper thus explores students’ experience with music till they start university. It not only analyses how pre−university musical experiences affect students’ progress with the piano while they are in school and the acquisition of the skill required for playing the piano, but also clarifies issues in piano education. *1 Kanto Gakuin University; 1―50―1, Mutsuurahigashi, Kanazawa-Ku, Yokohama 236―8503, Japan. key words:ピアノ(Piano) 、教員養成課程(Teacher−Training Programmes) 、 音楽経験(Music Experience) 1. は じ め に 保育現場や小学校ではピアノを使用して保育や授業を行うことがあるため、教員免許取得を目指 す学生は大学でピアノの練習にある程度の時間を割くことになる。しかし大学入学までの音楽経験 には学生によって大きな差があり、入学時点で大曲を難なく弾ける学生から、読譜さえままならな い学生までさまざまである。 近年、保育・教育現場ではギター等の楽器が歌の伴奏として使われることもある。ピアノとは違 *1 関東学院大学人間環境学部人間発達学科;〒2 3 6―8 50 3 横浜市金沢区六浦東1―5 0―1 ― 35 ― いギターは楽器を持って演奏をしながら場所を移動することができる。教室の隅に置かれているピ アノを演奏すると子どもと距離ができ、子どものコミュニケーションがとりづらくなるというピア ノの欠点を補うものとして、その使用が注目されている。また、これにはギターを弾ける割合の高 い男性保育者が増えてきていることも背景として考えられる。ギターは簡単なコードのストローク 奏法であれば、楽譜が読めなくても独学で習得できるため、今後も使用する機会が増えてくること が予想される。しかしながらピアノには以下のようなギターにはない長所がある。まず第一に、ア コースティックの伴奏楽器の中では大きな音量が出る楽器であり、発表会や式典等、音量が必要な 場面で有利であること、第二に伴奏の和音と歌の旋律とを同時に弾くことが可能なため、子どもの 歌唱を助けることができること、第三にリズム遊びなどの際の演奏においても、その音量の幅と同 時に奏することのできる音の数の多さから他の楽器に比べて表現力が豊かであることなどである。 養成校は「ピアノができないからギターで良い」ではなく、ギター等の楽器のできる学生でも場面 に応じてピアノも使えるような教育を考えていかなければならない。 本稿では人間発達学科の2 0 0 7年度生から2 0 0 9年度生の入学時における音楽経験調査と、1年秋学 期から3年春学期までのピアノの学習状況の分析を通して、現在のピアノ教育における課題を検証 し、指導方法の在り方について考察を行った。なお、2 0 0 7年度から2 0 0 9年度までを対象としたの は、ピアノの授業は毎年、学生の変化に応じて課題曲のレベルや曲数など調整を繰り返しているた め年度ごとの比較が難しいが、この3年間は比較的調整の範囲がせまく比較検討しやすいというこ とが理由である。 2. 本学のピアノ教育について 人間発達学科のカリキュラムではピアノは幼稚園教諭免許の必修科目であり、保育士資格および 小学校教諭免許は選択必修科目である。2年の春学期と秋学期に正規授業科目の「ピアノ」 (以下 「授業」 )が設置されている。学生はこれらのどちらか半期のみ履修することができる。ピアノ経 験者であればわかることであるが、楽器は半年の練習で上達できる範囲はごく限られる。このため 本学科では1年秋学期から正規授業外に経験者で半年間、未経験者で1年間の「ピアノ特別講座」 (以下「講座」 )を開講している。授業は経験者が2年春学期、未経験者が2年秋学期に履修し、 授業と合わせて、経験者で1年間、未経験者で1年半の学習期間を確保している。また、その他に 3年次の教育実習蠡(幼稚園)を履修する学生を対象に3年春学期にも講座を行い、実習でのピア ノの不安を取り除き、積極的に実習に臨むことができるよう配慮している。 講座と授業はまったく同じ形式(人数・授業形態・試験形態)で行っているため、学生はスムー ズに講座から授業に移行することができる。内容はピアノ曲を難易度順に配列した「教則本」と、 ― 36 ― 教員養成課程におけるピアノ教育の現状と課題 子どもの歌の「弾き歌い」をすべての学生が並行して進めていくようにしている。教則本の曲目は 難易度順に簡単な方をグレード1とし、グレード6までの6グレードに分けており、各グレードは 1 0曲∼1 5曲程度となっている。1年秋の講座の初回にピアノ実力調査を行い、各学生の進度に応じ たグレードから始める。グレード3以上から始める学生は一定の実力が認められ、こちらが経験者 と判断できるレベルである。また単位がでる授業終了時点でグレード4の終わりまで合格している ことを単位修得の条件としている。このグレード4終了とはバイエル終了程度のレベルである。こ れは就職試験対策として要求されるレベルであると同時に、子どもの歌の弾き歌いを不自由なく行 うために必要なレベルである。また、弾き歌いは簡易伴奏の曲と、原曲のままの曲とを混在させ、 難易度に応じて簡単な方から A 群 B 群 C 群としてそれぞれ1 2曲∼3 0曲程度配している。曲のレベ ルでは A 群は「ちょうちょ」 「大きな栗の手の下で」、B 群は「あめふりくまのこ」 「ふしぎなポケッ ト」 、C 群は「おもちゃのチャチャチャ」 「手のひらを太陽に」等の曲である。学生がどの曲を練習 すべきか迷わないよう、また教則本と同時並行で進めやすいように、教則本のグレードに対応させ て、各グレードごとに弾き歌いの必修曲を3∼7曲設けている。 3. 2 0 0 7年度生∼2 0 0 9年度生の履修状況について 対象とした2 0 0 7年度生から2 0 0 9年度生までのピアノ履修者は、2 0 0 7年度は1 2 2名(男子2 6名、女 子9 6名)2 0 0 8年度は1 5 1名(男子4 3名、女子1 0 8名) 、2 0 0 9年度は1 4 8名(男子5 2名、女子9 6名)であ る。履修者の中で男子の占める割合は2 1. 3%、2 8. 4%、3 5. 1%と年々高くなっている。 入学時に行った調査のうち「ピアノ経験の有無」 「高音部譜表および低音部譜表の読譜が可能か どうか」についての結果は、表1の通りである。エレクトーンやオルガンなど、ピアノと同様の鍵 盤を持つ楽器もピアノ経験者の中に含めている。読譜が可能かどうかについては、音符を見てすぐ に判断できなくても、数えてみて音名を判断できれば「可」 、数えても判断できなければ「不可」 とした。 高音部譜表・低音部譜表とも女子の方が読める学生が多く、また、男女とも高音部譜表より低音 部譜表の方が読めない学生が多い。男女とも年度によって大きく率が変動するわけではないが、男 子の履修者率が年々増えてきていることから、全体では読めない学生の割合が高くなってきている ことになる。ピアノ経験率は女子の方がはるかに高く、読譜可能者率の男女差と直結していると言 える。このことから小中高の音楽の授業だけでは、読譜が十分身についていないということも言え そうである。 図1に示す年度別教則本開始グレードでは、2 0 0 7年度は難易度の高いグレード5開始の学生があ る程度いたが、2 0 0 8年度以降はグレード5開始の学生はおらず、グレード4開始の学生も減少して ― 37 ― いることがわかる。 表1 年度別ピアノ経験者率と各音部譜表読譜可能者率(%) 男子 女子 経験者率 高音部譜表 低音部譜表 経験者率 高音部譜表 低音部譜表 2 0 0 7年度生 2 6. 9 8 0. 0 3 5. 0 6 7. 7 9 3. 5 7 9. 4 2 0 0 8年度生 3 0. 9 8 2. 5 3 5. 0 8 0. 5 9 8. 0 7 7. 0 2 0 0 9年度生 1 7. 3 6 7. 3 3 2. 6 6 2. 5 9 7. 5 7 6. 0 図1 教則本開始グレード分布 4. 入学前音楽経験および入学時の音楽能力に関する調査 4. 1. ピアノ経験の質と開始グレード 図2では男女別のピアノ経験の開始時期を示した。小学2年までに習い始める場合が多く、小学 5年から中学の時期に習い始める例はごく少数である。これは中学受験や高校受験などに時間を取 られるため、新たに習い始める例が少ないものと考えられる。男女とも高校で少し増えるのは、進 路を保育や初等教育に定め、ピアノの必要性を感じて習い始める学生が増えるためだと考えられ る。 表2では各譜表の読譜可能者とピアノの経験年数がほぼ比例していることがわかる。7年以上経 験のある学生はほとんどが読譜可能だが、6年以下になると低音部譜表の読譜不可能者が増え、以 降経験年数が減るとともに両譜表とも不可能者が増加していく。未経験者は4人中3人ほどが低音 部譜表を読めない結果になっている。歌の旋律譜は高音部譜表であるため多くの学生が接してきて ― 38 ― 教員養成課程におけるピアノ教育の現状と課題 図2 ピアノ経験者の開始時期(名) 表2 ピアノ経験年数別、高音部譜表および低音部譜表読譜可能者率(%) ピアノ経験年数 高音部譜表 低音部譜表 1 0∼1 4年 1 0 0 1 0 0 7∼9年 1 0 0 9 8. 2 4∼6年 1 0 0 8 6. 0 0. 5年∼3年 9 6. 2 6 9. 2 未経験 7 8. 5 2 6. 5 いるが、低音部譜表はピアノの経験か、あるいは楽器のアンサンブル等で低音パートを受け持つ経 験がないと接する機会が少ないことが原因と考えられる。 図3を見ると、7年以上の経験者は教則本のグレード3以上から開始する学生が一定以上いる が、6年以下になるとグレード1∼2が圧倒的に増えている。このことから、7年以上継続してい れば、大学に入った時点で経験者と呼べるに十分な実力を有することができる可能性が高いと言え る。先述の小学校入学前後に習い始める学生が多いことを考え合わせると、中学入学という環境の 変化とともにやめるか、中学に上がっても継続するかが、大きな分かれ目と言えそうである。学生 と個々に接していると、中学入学の転機で勉強やクラブに時間を割かれるなかで続けるという姿勢 は、人間的なバイタリティを養うことにもつながっているように感じられる。 一方ピアノ経験半年∼3年の学生では、グレード1から開始するケースが5 0%以上を占めてい る。4年∼6年でも3 0%以上、1 0年∼1 4年でも数%はグレード1からである。これは経験があって も初心者と判断できるような学生がいたということである。習った時期・年数・本人の努力の度合 い、さらには師事した教師の質によって、このようなことは十分に起こり得る。 ― 39 ― 好きな曲ばかり習っていたという学生も少なからず見受けられるが、その中にはまったく読譜が できなかったり、習っていた形跡がほとんど感じられないケースもある。ピアノの上達や音楽の理 解には、指の訓練のための練習曲や、和声や声部を感じられる曲など、修得の内容に合わせて複数 の曲を並行してこなしていくことが不可欠であると改めて感じる。 図3 ピアノ経験年数別「教則本」開始グレードの割合 4. 2. ピアノ以外の楽器経験との関連性 次に、入学前のピアノ以外の音楽経験が入学時の基礎的音楽能力にどの程度影響を与えているか を調査した。この場合の音楽経験には学校の音楽の授業は含まず、個人の積極的意思によるもの、 つまり音楽系クラブ等での活動や、学外で自主的に習い事として継続していたものを対象にしてい る。原則として指導者について学習したものを対象とするが、ギターやベースについては独学であ る程度の演奏能力をつける例が多いことから、独学も経験の範囲に含めている。 表3 年度別ピアノ以外の楽器経験者数(名) 管楽器 弦楽器 打楽器 歌 ギター ピアノ経験あり 5 3 1 2 1 4 1 5 9 ピアノ経験なし 1 0 5 5 6 1 0 ピアノ以外の楽器経験では管楽器が他の楽器に比べて圧倒的に多く、ほとんどが吹奏楽部や管弦 楽部でのものと思われる(表3) 。図4で見られるように、管楽器経験者は3∼5歳ごろにピアノ を始めた割合が非常に高く、幼いころからのピアノ経験者が、中学・高校に入って吹奏楽部に入部 するケースが非常に多いことを表している。図5でピアノ経験がかなりあると判断できるグレード 3以上の開始者が管楽器経験者に多いことをみても、吹奏楽部入部者がピアノの十分な経験を有し ― 40 ― 教員養成課程におけるピアノ教育の現状と課題 ているケースが多いことが裏付けられる。 打楽器の経験者は必ずしも多くないが、開始グレードは管楽器とほぼ同じ割合を示している。打 楽器も吹奏楽部で経験を開始しているケースが多いことから同じ傾向になっていると考えられる。 また、ギターは中学以降独学で行うケースが多く、またコードネームのみで演奏可能であること から、楽譜やコードの仕組みも理解できていない学生も多く、ピアノに対する有利さはほとんど見 られない。 図4 ピアノ以外の楽器経験者別ピアノ開始時期の割合 図5 ピアノ以外の楽器経験者別開始グレード ― 41 ― 5. 入学後ピアノ進度状況 5. 1. 教 則 本 表4 ピアノ経験年数による学期ごとの教則本平均進度―グレード1開始の学生―(頁) ピアノ経験年数 1年秋学期 2年春学期 7年以上 2 9. 8 3 9. 6 0. 5年∼6年 2 7. 0 3 9. 7 経験なし 2 1. 1 3 3. 9 7年以上経験があるにも関わらずグレード1から開始するのは必ずしも良い学びであったとは言 えないわけだが、2年の春学期で0. 5年∼6年の学生が7年以上の学生を凌いでいるところをみる と、指導方法と本人の取り組み次第では、0. 5∼6年の経験を活かすことも可能であるということ が言えるだろう。経験なしの学生は読譜や指番号等、初歩から理解すべきことが多く、経験者に比 べると進度は遅い。 表5を見ると、当然のことだがピアノ経験も他の楽器経験もないと進度は遅い。また、楽器経験 があっても全くピアノ経験がない場合は何も経験のない学生とあまり変わらないということが言え る。両方少しでも経験していれば進みは速い。 管楽器および弦楽器は基本的に単旋律を奏する楽器であるため、しっかりとした教育を受けない と拍子とリズムを同時に感じることが苦手と感じる学生が多くなる傾向にある。それに対してピア ノは複数の旋律を奏することや、主旋律と伴奏を同時に奏することが主たる演奏形式であるため、 拍子とリズムなど複数の要素を同時に感じる能力を養うには絶好の楽器である。ピアノが音楽的能 力を養うために果たす力は極めて大きいのである。 表5 楽器経験(ピアノ・他楽器)別、学期ごとの教則本平均進度 (頁) 1年秋学期 2年春学期 楽器経験あり 2 8. 2 4 0. 6 楽器経験なし 2 6. 9 3 9. 4 楽器経験あり 2 2. 6 3 5. 8 楽器経験なし 2 0. 8 3 3. 4 ピアノ経験あり ピアノ経験なし ― 42 ― 教員養成課程におけるピアノ教育の現状と課題 5. 2. 弾 き 歌 い 表6に示す通り、グレード1から開始する学生のなかで7年以上の経験者の出足は6年以下の学 生に比べると良い。ただし例え6年以下でも経験があれば、徐々に挽回は可能でることが2年秋学 期の数値に表れており、これは先の教則本とまったく同じ傾向であり興味深い。またグレード2か ら開始する学生は経験はあるものの、グレード3からの学生のようにピアノの演奏技術を自分のも のとして獲得していない場合が多い。自分なりの演奏の癖が障害となり指導に対応できない学生が 時折見受けられる。 表6 開始グレードごとの学期別平均合格曲数(曲) 1年秋学期 2年春学期 2年秋学期 経験なし 3. 3 7. 0 8. 3 0. 5年∼6年 5. 3 8. 3 1 1. 2 7年以上 6. 8 1 1. 8 1 1. 3 G2から 1 0. 1 1 4. 2 1 0. 8 G3以上から 1 2. 4 1 9. 4 − G1から 図6では学期が進むにつれてどの開始グレードの学生も難易度の高い曲に挑戦していることがわ かる。ただし難易度の高い C 群の曲をグレード1∼2開始の学生により多くマスターさせること は今後の課題である。難易度の高い曲はメロディと伴奏がより複雑に交錯しており、子どもにとっ て刺激的で楽しく感じる要素があるからである。 図6 開始グレードごとの難易度別平均合格曲数比較 ― 43 ― 表7 歌経験者の平均合格曲数の全体との比較(曲) 開始グレード 1年秋学期 2年春学期 2年秋学期 全体 1. 8 7. 2 1 1. 5 7. 5 歌経験者 1. 9 8. 8 1 4. 6 9. 9 弾き歌いはピアノだけではなく、当然歌の技量も大きく関わってくることになる。ピアノを弾き ながら歌うため、 「歌うことにに慣れていて表現ができる」 「ピアノに負けない声量がある」 「言葉 が明瞭に聞き取れる」等が要求される。歌の経験者は開始グレードは全体とほぼ同じだが、合格曲 数は全体の平均値よりも高い数値を示している(表7) 。1年秋学期の講座開始当初は歌うことを 恥ずかしがる学生もいるが、歌の経験者は抵抗なく表現することができる。授業科目名は「ピア ノ」であるが、ピアノだけではなく、歌に対しての指導や学生の抵抗感を取り除く工夫をすること が必要だと言える。 5. 3. 欠 席 状 況 次にピアノにどの程度積極的に取り組んだかの一つの目安として各学期の欠席状況を示してみる (表8) 。各講師の先生方には授業開始のチャイムと同時に出席を取って授業を始めていただくよ う徹底しており、遅刻の場合は0. 5回の欠席とカウントしている。 1 3回の講座、1 5回の授業に対して、欠席は全て1回前後であり全体的には良く出席していると言 える。しかしグレード1からの学生の方がやや高い数値であり、弾けない学生や練習する習慣が今 までなかった学生に意欲をさらに持たせる余地がありそうである。 表8 開始グレード別平均欠席状況(回) 1年秋学期 2年春学期 2年秋学期 G1から 1. 1 5 1. 5 6 1. 5 7 G2から 0. 6 1. 0 6 0. 9 6 G3以上から 0. 6 8 0. 8 1 − 5. 4. 再 履 修 2年の秋学期で進度が足りずに単位が取れず、3年次に再履修をする学生が毎年少なからずい る。3年次に再履修をする学生の各学期の教則本の平均進度は、1年秋学期で2 1ページ、2年春学 期は3 2ページである。これに対して2年秋学期で単位の取れた学生はそれぞれ2 7ページ(グレー2 終了ページ) 、4 0ページであり、やはり大きな開きがある。1年秋の終了時点でグレード2を終わ ― 44 ― 教員養成課程におけるピアノ教育の現状と課題 らせることを目標とすることが再履修を防ぐ第1段階だと言える。 5. 5. 履修取りやめの学生 表9 履修取りやめの学生の入学時点での譜表別読譜可能率の全体との比較(%) 履修とりやめの学生 全学生 高音部譜表 6 8. 2 9 1. 9 低音部譜表 3 0. 3 6 6. 2 表1 0 履修取りやめの学生の1年秋学期の平均進度および平均欠席回数 1年秋学期 ピアノ経験率 教則本 弾き歌い曲数 欠席回数 履修者全体 6 2% 2 3. 4ページ 4. 1曲 1. 1 3回 取りやめの学生 3 0% 1 6. 9ページ 2曲 2. 6回 1年秋学期から履修し始めたものの、途中で履修を取りやめる学生も年に数人いる。履修を取り やめた学生の教則本開始グレードは G1からが5 0名、グレード2からが1 3名、グレード3からが1 名、グレード4からが2名である。途中での履修取りやめに関しては進路変更等ピアノ以外の要因 も考えられるので一概に論じることはできないが、表9からは元々譜読みなどが苦手な学生ほど取 りやめる傾向が強いということが言える。 履修者全体と取りやめの学生を比較すると、ピアノ経験率は3 0%ほど低く、1年秋学期終了時点 の進度、欠席回数とも思わしくないことがはっきり表れている(表1 0) 。このことから1年秋学期 の時点で履修取りやめの兆候を見つけることは不可能ではなく、進路変更は各学生の自由とはい え、ピアノにコンプレックスを抱いての履修取りやめを防ぐ手立てを確立する必要がある。 6. 今 後 の 課 題 今回の考察からピアノ経験年数や経験時期、楽器経験による音楽能力の傾向が読み取れたこと で、各学生に個別にきめ細やかに対応していくことが可能になる。この結果を今後のクラス編成や 授業・講座の指導に生かしていきたい。 学生が本来マスターすべきは子どもの歌の弾き歌いである。しかし好きな曲ばかり練習していた 学生に十分な能力が備わっていないことからわかるように、子どもの歌だけ練習していても上達は 難しい。弾き歌いの上達を円滑にするために教則本を並行させるのである。中には教則本と弾き歌 いを並行させることに対応しずらい学生もいるが、そのような学生には教則本と弾き歌いとの関連 ― 45 ― 性をより実感できるように導いていかなければならない。 「弾きながら歌う」ことは専門家でも簡 単ではない。今までは弾き歌いで挫折することを防ぐため、ある程度教則本をこなしたのちに弾き 歌いを始めており、教育的には的を得ていると思う。しかし近年の忍耐力が減少している学生に対 しては、初心者でも演奏可能な弾き歌い曲をより多く取り入れる対応も必要かもしれない。やや荒 療治ではあるが、初心者に「できる」という実感をより持たせながら進めていけるように考えるこ とが必要かと思う。未経験者の増加の中でこのことが教則本と弾き歌いの関連性をより感じさせる ことにもつながり、履修取りやめや再履修の対策の一助となりそうである。 また一方で、導入のレベルを下げるだけでは大学の教員養成課程としては片手落ちである。より スムーズに学生の能力を引き出し、学生の最終到達ラインを維持していかなければならない。具体 的には教則本で多くの学生が躓く曲の順番の入れ替えや差し替えによって、ピアノ演奏技術の獲得 を促進するとともに、より多くの弾き歌いのレパートリーを得ることによって就職後の対応力を養 うことが必要だと考えている。 要 約 保育・教育現場ではピアノを用いた音楽的活動が頻繁に行われる。大学の教員養成課程では、子 どもの歌の弾き歌いなどができるように教育を行うが、学生によって大学入学までのピアノ経験 や、その他の音楽経験に大きな開きがある。 本稿では大学入学までの学生の音楽経験を調査し、在学中のピアノの進度や技術習得にどのよう な影響を与えているかを分析し、ピアノ教育の課題を明らかにした。 ― 46 ―