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ロービジョンの視機能とモノの見え

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ロービジョンの視機能とモノの見え
合報告
ユニバーサルデザインのための視機能研究
ロービジョンの視機能とモノの見え
小
田 浩 一
Vision and Visual Function in Persons with Low Vision
Koichi ODA
It becomes increasingly important that we take into account the wider range of vision and visual
function of human being including aged population and persons with visual disabilities,for these
population is rapidly growing.Unfortunately not many researches has done for these abnormal
population. There is a large diversity in both quality and quantity in vision and visual function
of persons with low vision.This article tried to capture its complicated vision and visual functions
with rather independent 6 dimensions, namely (1) reduction in spatial resolution, (2) contrast
reduction, (3) spatial distortion, (4) central visual field loss, (5) peripheral visual field loss, (6)
maladaptation to illumination change.Detailed description was given for each dimension with the
reference to relevant low vision research results.
Key words: low vision, resolution, contrast, visual field loss, illumination
最初にはっきりと区別しておかなければならないのは,
学会が設立されたこともあり,現在はアンブリオピアのみ
弱視の意味である.日本語の「弱視」ということばは,困
を弱視と呼び,視覚障害の弱視のほうはロービジョンと呼
ったことに,ロービジョン (low vision) とアンブリオピ
ぶことが望ましいと えられるが,歴 的経緯もあり,ロ
ア (amblyopia) の 2つの意味で われている.ロービジ
ービジョンという言葉の普及は必ずしも進んでいない.本
ョンは,視覚における機能障害 (impairment) によって,
稿で述べる「弱視」はロービジョンを指すものとし,混乱
眼鏡によって矯正しても,なお日常生活に支障がある状
を避けるために「ロービジョン」という用語を 用する.
態 を指すが,アンブリオピアは斜視や遠視,不同視など
ちなみに英語にも,low vision 以外に,partial sight や
のいくつかの理由で生じる視力発達の障害という 1種類の
visual impairment などの別の呼び方があるが,その意味
眼科的症状を指す.ロービジョンはいわゆる視覚障害であ
するところはひとつであり,アンブリオピアとの混同はみ
るが,アンブリオピア自体はそうではなく,手術と視能矯
られない.なお,ロービジョンとは目の状態を指す言葉で
正を組み合わせて視力の発達を回復することができる.一
あり,ロービジョンのある人のことを指していない.本稿
方,ロービジョンの原因,眼疾患は,糖尿病性網膜症,緑
で弱視者やロービジョン者と呼ばないのは,人はみな同じ
内障,黄斑変性症,白内障,角膜混濁,網膜色素変性症な
であり,その人がたまたま目にロービジョンという特性を
ど非常に多岐にわたるし,後述するようにその機能低下も
持っているだけという概念を大事にしたいからである.
視力のみにとどまらず,見え方も多様である.そこで,ア
本題に入るが,ロービジョンの視機能とモノの見え方に
ンブリオピアを医療的弱視,ロービジョンのほうを社会的
ついて,まず最初に述べておくべきことは,視機能につい
弱視や教育的弱視として区別して呼んだこともあるが,定
ても,見え方についても,質的にも量的にも多様であると
着せず,いまだに弱視ということばは両方の意味で われ
いうことである.視覚正常のヒトを えるときには,理想
ている.2000年に眼科医を中心として日本ロービジョン
観察者,平
的観察者を想定して議論をすることができる
東京女子大学現代文化学部コミュニケーション学科(〒167-8585 東京都杉並区善福寺 2-6-1) E-mail:k-oda@lab.twcu.ac.jp
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が,ロービジョンの観察者については,非常に残念なが
されれば,それは同じ視覚特性を共有しているのであろう
ら,同じことができない.弱視の見え方を知りたいという
と想定されるかもしれないが,実際には「全盲と正常な視
人の多くは,代表的な見え方,平 的な見え方について関
覚の間」という意味でのみ同じなのである.人は,正常の
心をもっているかもしれない.ある平 的観察者のことが
視覚から全盲にいたる段階について,視覚というたった 1
わかれば,そこに対処することで一定の成果が上がるから
つの次元を量的に下がっていくだけだと単純に えるもの
である.ところが,ロービジョンの観察者については,そ
らしいが,たった 1つなのは視覚というチャンネルであ
のようなアプローチはほとんど無意味である.そればかり
り,そこには形態視や空間視などのいくつもの次元があ
か,平 的ロービジョンというものを無理に 1つ決めて,
り,機能の低下は,それぞれの質的次元で独立に起こって
その平 に対する対策を作ってしまうと,多くがその恩恵
いくものらしいというのが事実である.もちろん,量的な
を被れなくなってしまう危険性がある.同じ視覚障害で
多様性についても十 な理解が得られているとはいいがた
も,全盲の場合には,視覚機能が えないという意味で共
い.例えば,1種類の文字サイズの拡大教科書をロービジ
通しており,その意味で視覚以外の感覚チャンネルでわか
ョンの児童生徒に供給するという施策は,文部科学省によ
るサービスを提供してほしいというような共通した要求が
りこの 10年ほど実施されてきたものである.仮に,視力
あり,平
0.1と 0.3程度の違いを想定したとしても,読める最小の
的観察者を想定しやすい.ただ,WHO の推定
によれば光覚以下の視覚障害の人口は,視覚障害全体の人
文字サイズは 3倍も異なるはずではないだろうか.
口の 5%程度にすぎず ,視覚障害の多くはロービジョン
である.ユニバーサルデザイン,バリアフリーの推進,ロ
ービジョンのある可能性の高い高齢の人口のことを 慮す
ると,ロービジョンへの対応は重要なテーマである.
2. タスクとの相互作用
ロービジョンについてのもうひとつの重要なポイント
は,視覚が正常でないといっても,それが能力低下を必ず
しも意味しないということである.全盲に近づく段階にあ
1. ロービジョンはヘテロな集合体
るのだから,ロービジョン状態での能力は,正常の視覚の
ロービジョンが質的にも量的にも多様であるという理解
ときの半 程度に落ちていると えるのも無理はないのか
はとても重要であるので,少し詳しく述べる.ロービジョ
もしれない.実際には,そのようにはならない.ある能力
ンというラベルではロービジョンの個人の状態を十 に特
は維持され,ある能力は低下する.個々のロービジョンの
定していないという意味を理解することで,本稿の内容へ
状態は,どのようなタスクを遂行しようとしているのかと
の理解を深められるからである.次の 2例を比較してみて
いうことと相互作用するのである.上述したロービジョン
いただきたい.
の 2例をみれば明白だと思われるが,視野狭窄のために中
ロービジョンの A さんは白杖を
わないと安全に歩く
心部に数度程度の視野しか残っていないと移動行動には重
ことができない.歩いている姿を見るとまったく目が見え
い能力低下があるが,小さい文字で読書をする能力はあま
ない人のように思えるが,小さい文字を読むことができる
り低下しない.中心視野にある絶対暗点が視覚による読み
ので文庫本をよく読んでいる.別のロービジョンの B さ
書きをほとんど不可能なレベルにする一方,体全体を動か
んは,文字を読むのはずっと以前にあきらめていて,点字
す能力には影響が少ないのである.
で読み書きをしている.しかし,歩くときには白杖は不要
ロービジョンの状態がヘテロであるということは,どの
で,目を開けていれば障害物を難なくよけて歩くこと,走
ような能力が低下するかということもまた,ロービジョン
ること,スポーツができる.
というだけではわからないということである.ロービジョ
A さんも B さんも実在する人を思い浮かべた上で簡潔
ンは能力の一般的な低下を意味していない.できることも
に記載したものであり,仮想の事例ではない.どちらもロ
あればできないこともあるが,それは個々のロービジョン
ービジョンの事例であるが,その機能的な意味も見え方も
の状態に依存する.視覚正常の状態に比べて,一般的に能
正反対である.この 2つの状態の平 をとって果たして意
力が劣っている (ロービジョンなのだから速くは読めない
味があるだろうか.
だろう) というような認識は,根本的に間違っていること
A さんは中心視力がよく維持されているが求心性視野
がわかるであろう.
狭窄が進んでいる状態で,B さんは中心の絶対暗点がある
ロービジョンの判定には,世界的に視力が用いられてい
状態である.いずれも視覚障害があるし,全盲ではないの
る.視力は数値化されていて,視覚能力の量的側面をよく
で,ロービジョンとして 類される.ロービジョンと 類
表しているように思われる.この視力と人間のいろいろな
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光
学
図 2 ロービジョンの次元 (1):空間解像度の低下.
客観的で適切な対応ができない言い訳にされてしまうこと
図 1 文字サイズと読み能力の関係にみるロービジョンの意味.
がある.多種多様であったとしても,それをタイプ けし
ていくことができれば,対応策を検討することができるよ
能力との関係はどのようになるのであろうか.視力が 10
うになる.病気が多種多様であったとしても,診断して確
の 1なのだから読み速度も 10 の 1しか出ないという
立した治療法を施せば,一定の割合で治癒するのと同じで
ような関係を えることができるのであろうか.一般的に
ある.独立した次元を抽出することができれば, 析と統
いって,視力が能力に与える影響は,そのような量的なも
合の一般的な科学の手法を適用することができる.現状で
のでない.あるタスクを可能にする視力の閾値があり,そ
は,以下のタイプ けがあり得る.
れを超えていれば正常に行えるというようなものである.
(1) 空間解像度の低下
タスクによって最低必要な視力の閾値があり,裁縫におけ
(2) コントラストの低下
る針への糸通しはもっとも視力を必要とするタイプのタス
(3) 空間の歪み
クとなる.
(4) 中心視野の欠損
読書を例に少し詳しくみてみる.図 1は,文字サイズを
(5) 周辺視野の狭窄
変えながら読書速度を測定したものであり ,シンボルの
(6) 照明への不適応
ない実線が視覚正常の大学生 40人の平
,● などのシン
ボルがついている 3本の線がロービジョンの個別のケース
以下,それぞれの視機能と見え方について論じる.
3.1 空間解像度の低下
のデータである.ロービジョンでも視覚正常でも文字サイ
ロービジョンの訳として「低視力」が われることがあ
ズと読書速度の関係はよく似ていて,文字サイズが一定の
り,人間の視覚機能の尺度として最も一般的なものが視力
閾値を超えると読書速度は最大値となり安定する.その一
であることから,視覚情報コンテンツにおける空間解像度
定の閾値サイズがロービジョンでは個々に異なるのであ
の低下は,ロービジョンの見え方を特徴づける主要な次元
る.達成できる最大速度にも個人差がみられるが,視覚正
といえるであろう.ただし,ロービジョンの定義からいっ
常の大学生の被験者の場合にも 200字∼500字/ くらい
て,眼鏡で矯正可能な焦点ぼけによる網膜像の空間解像度
の個人差がある.読み速度の最大値には,むしろ個人の言
の低下,高空間周波数成 の減少は含まれない.一方,角
語能力が影響している.
膜やレンズなどの前眼部の中間透光体に起こった疾患や,
このように質的にいっても,量的にいっても,個々のロ
網膜疾患による視細胞の減少によるサンプリング周波数の
ービジョンの状態と個々の課題遂行能力は相互作用する
低下など眼球内で生じうる複数の要因によって人間の視覚
が,その相互作用の仕方は,一般の人たちがロービジョン
系が利用可能な情報の空間解像度が低下するのは,ロービ
や視覚障害という言葉から連想するような単純なものでは
ジョンの視覚の特性のひとつとなる.
ない.
図 2に示したのは,文字画像と組織的に空間解像度を下
げた画像の例である.空間解像度を下げても見える刺激も
3. タ イ プ
け
あれば,見えなくなる刺激もある.2章に書いたように,
ロービジョンは多種多様であり,個々の状態によるとい
ロービジョンの程度が視認行動と相互作用をすることがわ
う言い方は,時として無責任な不可知論に導いてしまい,
かる.空間解像度が下がると,それにつれて視認できない
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図 3 ロービジョンの次元 (2):コントラストの低下.
(a)
ものが増えるが,連続的に増えるというより,見ようとし
ている視対象の認識にとってクリティカルな空間周波数が
カットされるかどうかが問題である.図 2のひらがなの視
認にクリティカルな空間周波数はアルファベットに近いと
えられる.アルファベットでは 1.5 ∼3サイクル/文
字 といわれており,一方漢字では,その倍程度とされて
いる
.また,ロービジョンの人の内観によると,視力
が下がって見えないときの印象は,視力正常の人でも遠く
の人の顔では細部が見えない,あるいは遠くの看板の文字
が何だか読めないというのと同じで,ロービジョンでは,
近くでも顔の表情の詳細が見えないけれど,それはぼけて
いるように見えているわけではないという.
(b)
図 4 ロービジョンの次元 (4):中心視野の欠損.
空間解像度の低下は,すりガラス や眼科外来で弱視眼
の視能訓練に用いられる遮閉フィルター (occlusion foil)
によって人工的に作ることができる.
3.2 刺激のコントラストの低下
を高めることによって視認性を上げることができる.
透光体の混濁を理由とする場合には,刺激そのものだけ
網膜に達する視覚刺激のコントラストが低下するのは,
でなく,その周辺からくる光が眼球の透光体部 で乱反射
白内障や角膜混濁のような眼球の中間透光体の混濁の結果
して網膜上の刺激のコントラストを下げてしまうので,白
として知られている.白内障では,レンズ内部に結出して
黒の反転や周辺のマスク (タイポスコープ) などの効果が
くるタンパク質の粒子の大きさによりその効果はかなり変
ある.
化があり,空間周波数領域全般に対する単調なコントラス
刺激のコントラスト低下を人工的に作るためには,白内
トの低下もあれば,高空間周波数側に偏ったコントラスト
障に似た光学的フィルターを うのが一般的で,微細なダ
の低下もみられる.実際には,レンズ内のどこに生じるか
イアモンドの粒子を透明の媒体に
によってさらに複雑な要因が関係してくると思われる.ま
写真用のフォギーフィルターを
た,緑内障のような網膜疾患によって網膜感度の低下が起
られている.
こり,そのためにコントラスト感度が低下することもあ
3.3 中心視野の欠損と空間の歪み
一に
布させたり ,
ったりする方法
が知
る.どちらにしても,効果としては,刺激のコントラスト
近視性黄斑症や最近急増している加齢黄斑変性などの黄
が低下した状態と等価にみなして対処することが可能であ
斑症では,網膜の中心部に空間的な歪みや感度低下による
ろうと えられる.刺激のコントラストが低下したときの
機能低下が生じる.疾患によっては大きな絶対暗点,まっ
見え方の違いについては,図 3に示した.この例ではすべ
たく見えない視野欠損を生じることがある.中心視野欠損
ての空間周波数領域にわたるコントラストの低下である
を図で表そうとすると,どうしても,絵の中心部
が,光学的な理由による場合,3.1節に述べた空間解像度
い,あるいは平 輝度の灰色で暗点を表現せざるを得ない
の低下を伴うことが多いと えられる.どちらにしても,
(図 4(a))が,それは,ほかに描きようがないからであり,
このタイプのロービジョンでは,刺激の輝度コントラスト
実際には中心視野欠損のある人にそのように見えているわ
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光
に黒
学
けではない.ヒトの目には,片目に必ず 1つ,中心から水
平に 15度離れた位置に 5度程度の大きさのマリオット盲
点があるが,この盲点の存在は片目で見ても意識されるこ
とがないし,その場所がどこであるかも普通は知覚される
ことがない.これと同様に,ゆっくりと進行する疾患によ
って生じた暗点は,患者には意識されることも知覚される
こともないのが普通である.主観的には視野内のすべてが
正しく見えているように思われる (図 4(b)) が,暗点領
域に入った部 については詳細や変化を見落とさざるを得
ない.中心視野欠損を生じる疾患はゆっくりと進行するも
のが多く,患者には暗点が知覚されることは少ない.疾患
図 5 ロービジョンの次元 (5):周辺視野の狭窄.
の初期の段階でまだ患部に感度が残っている場合には,患
部にさしかかった像がゆがむ,かすれて見えるということ
い固視点を獲得するので,視線の向け方は中心視野欠損が
がある.急性に起こる網膜剥離では,剥離した部 が真っ
ない人と異なることになる.視線の方向は人が何に注意を
黒く見えることがあるのと対照的である.
払っているかを示す重要な非言語コミュニケーションの手
中心視野欠損のシミュレーションは,網膜中心部に生じ
がかりであるので,中心視野欠損のある人の場合には,行
ている患部が眼球の運動とともに追従する必要があるた
動が誤解を受ける (例:正しく視対象に注意を向けていな
め,簡単につくることができない.眼鏡のレンズの中心部
い) ことがしばしば起こる.また,視野検査において,固
を黒く塗りつぶしたようなものをつくっても,視線を移
視不良となったり,視野の中心とみなされている位置が本
して塗りつぶし部 の脇から見ることができてしまう.眼
当の中心窩とずれて,PRL の位置になっていたりという
球運動に追従する表示装置を
ことが起こる.
大掛かりになる.簡
う方法
が一般的だが,
な方法としては,中心視野を明るい
光に暴露して一時的な感度低下を起こさせて,短時間の人
工的な中心視野の障害を作ることができる .
3.4 周辺視野の狭窄
網膜色素変性症や緑内障など,視野の周辺部から感度が
下がってくるタイプの疾患があり,進行すると中心部の小
視野が正常な状態では,周辺視野で発見された視対象
さい視野のみを ってのトンネル視 (tunnel vision) とな
は,眼球運動によって解像度の高い中心窩に運ばれ,注視
る.これらの疾患もゆっくりと進行し,患者は視野狭窄に
が起こる.中心視野欠損がある場合には,見ようと思った
よって見えない視野が増えていることを知覚しないのが一
視対象を注視しようとすると視対象は見えなくなってしま
般的である.したがって,周辺視野を暗く,あるいは平
ったり,歪んでしまったりすることになる.中心視野欠損
輝度の灰色に塗りつぶして描いた視野狭窄の模式図 (図
の部 は,機能的にいって固定された形状で 質なもので
5) も,実際のロービジョンの人に主観的に見えている視
はなく,刺激の照度が変わると暗点内部に見える部 が生
空間とはまったく異なっているといわざるを得ない.しか
じたり ,指標のサイズやタイプが変わると見やすい部
し,図 5のように見えるような周辺視野を制限するシミュ
が変わったりする .中心視野欠損が生じた場合,患者
レーションをしてみると,周辺視野制限をされた人の行動
は見えにくい欠損部
に固視
は,実際の視野狭窄のタイプのロービジョンの人の行動と
をするように適応するが,この見方を偏心視 (eccentric
よく似たものになる.周辺視野から視覚情報が得られなく
viewing)とよび,患者が好んで う中心外の固視点を PRL
なると,自らの手足を含む広い外界の構造を視覚的に知覚
(preferred retinal locus) とよぶ .前述したように,刺
できなくなる.このために,運動や移動行動が困難にな
激の明るさや対象物の大きさなどにより,PRL が複数あ
る.また,視線を次に向ける対象を見つけることに困難が
ることは,それほど希なことではない.また,PRL が必
生じるため,視対象の構造や視野内のレイアウトを利用し
ずしも患者の視覚行動にとって最も適応的で快適であると
た視覚探索的課題が困難になる.まとめれば,ナビゲーシ
も限らず,より適切な固視点を利用するように患者を訓練
ョンが困難になるといえる.視野狭窄によって,物にぶつ
する偏心視の訓練が有効であると えられている.訓練の
かる,つまずくなど行動にはっきりと現れるようになるの
結果獲得されるべき固視点は TRL (trained retinal locus)
は視野が中心 10度以内になってからであることが経験的
とよばれる .どちらにしても,患者は中心窩以外に新し
に知られている .また,歩くなどの移動行動に影響をす
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を外して,それ以外の部
515 (13 )
図 6 周辺視野の狭窄を人工的に作るための円錐.
(a)
るのは,中心 20度までの視野であるとする研究や,4度
もの狭い視野になるまでは影響しないという研究もある.
視野狭窄のシミュレーションは眼前に先端を切り落とし
た円錐の覆いを付けるのが一般的である (図 6) .切り落
とした先端開口部の直径 s と開口部までの距離 d から,
arctan (s/d/2) 2の角度の視野狭窄をつくることができ
る.
3.5 照明への不適応
人間の視覚は,広い範囲の照明水準に適応して,さまざ
まな照明の影響を最小限にする機能を備えているが,ロー
(b)
図 7 ロービジョンの次元 (7):照明への不適応.
ビジョンでは,その機能が障害される場合が少なくない.
まず,先天性無虹彩や白子眼など眼球に入ってくる光量の
調節に困難がある場合,外界の照明水準の上昇に十 適応
以上,弱視の概念の整理から始まり,ロービジョンがい
できずに,羞明 (過度に眩しい状態) が生じることがあ
ろいろな見え方の複合体であること,見え方と課題が相互
る.また,3.2節で述べたようなコントラストの低下があ
作用して行動上・日常生活上の困難を生じさせること,ロ
るロービジョンの場合には,光源や視野内の光 布により
ービジョン複合体を構成する主要なタイプや次元について
グレアが生じて,視覚機能の低下や不快感を生じさせる.
述べた.個々に述べた見え方の次元・タイプは,実際の患
グレアは視野内の高輝度部 の影響であるので,視対象以
者では複合して起こることもしばしばある.例えば,水晶
外の部 をマスクしたり,光源が直接目に入らないような
体の白濁は一般的な加齢現象であるため,高齢の人で水晶
工夫が効果がある.
体が混濁しているのが普通である.したがって,高齢のロ
最後に,別のロービジョンで網膜の疾患によって夜盲が
ービジョンの人では,例えば,視野狭窄だけでなく白内障
ある場合,照明水準の低下に順応できなくなる.例えば,
もあるために,グレアやコントラストの低下があり,視力
3.4節で述べた視野狭窄の進行に伴い,杆体視機能の低下
も出にくくなっていることや,また別の人では,中心視野
も進行していくために夜盲が起こった場合,図 7(a)に示
欠損に加えて白内障があるということは珍しくない.ロー
したように夜間の景色は夜間照明や看板などを除いて非常
ビジョンを引き起こしたおもな眼疾患だけに着目すると,
に見えにくくなる.そのような場合,強度の高い懐中電灯
その個人が抱えている見えにくさ,見え方の特徴を包括的
を って道路の白線からの反射光を利用することで,夜間
に理解しそこなう危険性がある.ロービジョンの視覚機能
の移動がかなり容易かつ安全になりえる.グレアの起こり
については,比較的最近のレビュー
やすいロービジョンのシミュレーションには,3.2節で述
の方法については最近の書籍
べた白内障のシミュレーションフィルターを,夜盲のシミ
い.
が,医療的な対処
があるので,参照された
ュレーションには ND フィルターを利用することがある.
516 (14 )
光
学
文
献
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