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スポーツ興行におけるファンの 関係性継続意図構築メカニズム - C
2008 年度東京学芸大学教育学部 久保知一研究室第 2 期卒業論文 スポーツ興行におけるファンの 関係性継続意図構築メカニズム ―Jリーグクラブのサポーターを対象に― 古橋尚也 要旨 スポーツ興行において、最大の課題の 1 つはどう収益を上げ持続的な運営を続けるかである。し かし、日本におけるスポーツ興行の多くは赤字経営が続き、その損失を親会社が広告費等で補填す るという形で発展してきた。このような経営では、親会社の景気に大きく影響され、持続的なスポ ーツの発展、普及という観点から好ましいとはいえない。スポーツ興行において、どう収益を上げ るかという答えの 1 つが安定的な顧客獲得による観客動員収入を増やすことである。その一助とな るべく本研究では、ファンのチームとの関係性継続意図構築のメカニズムを説明することを研究目 的とする。このメカニズムを解明するために、まず SERVQUAL、多次元的コミットメントモデル、関係 品質モデルを検討し、その後、関係品質モデルに主観的規範、補完性、競合性を組み込んでファン の関係性継続意図構築のメカニズムをモデル化した。更に、J リーグの試合会場でアンケート調査 を行い、共分散構造分析を行った。分析の結果、関係性継続意図に最も大きな影響を与えている潜 在変数が関係品質であることがわかった。 キーワード スポーツマーケティング、J リーグ、サービス・マーケティング、リレーションシップ・マーケティング、 SERVQUAL (サーブクアル)、多次元的コミットメントモデル、関係品質モデル、関係性継続意図、主観的 規範、共分散構造分析 1.イントロダクション 近年、日本のスポーツビジネスにおいて、健全な経営を意味する「独立採算制1」の必要性とそれを妨げる悪し 1 独立採算制とは、同一企業内の各部門が、他の部門とは独立に収支調整を図る経営法 (『広辞苑第六版』) のことである。クラブ経営においては一般的にクラブが親会社の補填なしに独立して収支を調整すること を意味する。 1 き商習慣である親会社による「損失補填契約2」を問題視する議論を頻繁に耳にするようになった3。J リーグのクラ ブもその例外ではなく、殆どのクラブが親会社と損失補填契約を結び、独立採算での経営ができていない。この 親会社に依存した経営から脱却するために取り組むべき重要な課題の 1 つが、観客動員による入場料収入を増 やすことである。J リーグクラブの主な収入源は、広告料収入と入場料収入の二本柱4であり、そのうち入場料収入 を上げることが現状において最も重要な課題である。広瀬 (2004) は、集客力があればメディアが取り上げ、メデ ィア価値があればスポンサーがつくとしている。また、田中 (2008) は、J リーグの特徴を①「地域」というキーワード、 ②ファン・サポーターだけでなく、自治体を巻き込む方針であるとしている。ここからも、J リーグが全国区の放送権 収入や広告料収入ではなく、地域住民の観客動員による入場料収入を中心とした収入構造を目指していることが 伺える。 J リーグクラブの現状は、2007 年度の決算で全 31 チーム中、営業利益が黒字であったクラブが 21 クラブであり、 未だ赤字経営をしているクラブが少なくない。更に、収入構造は 2007 年度の J1 クラブの平均で、総収入に対して 広告料収入の割合が約 47%であるのに対し、入場料収入が約 20%であり、J リーグが目指す収入構造とはなって いないことがわかる5。 こうした現状から、クラブはより多くの頻繁に試合会場に足を運んでくれるサポーターを獲得し、更にサポータ ーと長期的で友好な関係を築くことが、今後、各 J リーグクラブが取り組むべき重要な課題であると考えられる。 本研究の目的は、J リーグクラブのサポーターが、継続してクラブを応援したり、試合観戦に訪れたりしようと思 うにはどのようなメカニズムが働いているのかを説明する理論モデル、すなわちサポーターの関係性継続意図構 築のメカニズムを提唱し、そのモデルの経験的妥当性を吟味することである。 本論の取り組みが、J リーグのクラブに大きな示唆を与えることは、上記から明らかであろう。また、J リーグのみな らず日本のプロスポーツ界全体が同様の課題を抱えていることから、本論の取り組みはプロスポーツ界全体に大 きな示唆を与えるものと確信している。更に、近年スポーツマーケティングの研究は盛んに行われるようになったも のの、その殆どが比較研究や事例研究の域を越えないものである6。その観点からも、本論の研究は意義深いも のであると考える。 本論は以下のように構成される。まず、第 2 節で先行研究のレビューを行う。具体的にはモデル構築の理論的 2 ここでの損失補填契約は、クラブの損失を親会社が穴埋めする契約を意味する。 例えば、2008 年 1 月 26 日発刊の『週刊東洋経済』は、「スポーツビジネス完全解明」という特集の中で、損失補 填契約は日本の悪しき商習慣の1つであるとし、2005 年度で親会社との損失補填契約を解除した浦和レッズにつ いて、「独立採算でやっていかざるをえない状況がレッズをたくましくしている、プロスポーツ界の頂点に最も近い」 と賞している。 4 J リーグの場合、放送権は株式会社 J リーグメディアプロモーションが一括管理しているため、直接クラブの収入 になるものではない。株式会社 J リーグメディアプロモーションとは、ジェイリーグ映像株式会社が 2008 年 6 月に社 名変更したもので、社団法人日本プロサッカーリーグ、民法テレビ局各社などが出資する J リーグの試合の放送権 を一括に管理する企業である。 5 J リーグ公式サイト、「2007 年度 J クラブ個別情報開示資料」、「J クラブ収入構造の変化 2」より。 6 例えば、田中 (2008) は、J リーグとプロ野球のマーケティングの違いの比較や、J リーグの立ち上げが成功した 要因などをまとめている。 3 2 背景となる SERVQUAL、多次元的コミットメントモデル、関係品質モデルを検討する。次に、第 3 節においては、 その関係品質モデルの概念を本研究の文脈にあった形に変更し、その上で主観的規範、補完性、競合性を組み 込みサポーター (ファン) の関係性継続意図構築のメカニズムを描き出し、理論モデルに基づき仮説を提唱する。 理論的分析に続いて行われるのは実証分析である。第 4 節では調査方法に言及し、第 5 節で構造方程式モデル の分析結果を検討する。最終節では、この分析結果について考察を重ね、本研究の限界、及び今後の研究課題 に言及し、次なる研究への橋渡しを行う。 2.先行研究のレビュー 本研究の特徴は、①無形のサービスを提供するビジネスを研究対象とし、かつ、②将来にわたる顧客との持続 的な取引関係を研究対象としている点である。①を対象とした研究は、サービス・マーケティングの枠組で行われ ている。サービス・マーケティングは、経済全体に占める第三次産業の比重が大きくなるにつれて、第二次産業の 消費財を中心としたマーケティングとは異なるサービス固有の知識体系として位置づけられ、議論されてきた (『マ ーケティング用語辞典』)。例えば、Parasuraman, Zeithaml, & Berry (1988) が提唱した「SERVQUAL (サーブク アル)」は、スポーツ興行においても、クラブ (チーム) が提供するサービスに対し、消費者が知覚するサービスの 質を測定する理論モデルとして援用可能だろう。また、②を対象とした研究は、リレーションシップ・マーケティング の枠組みで行われてきた。リレーションシップ・マーケティングは、1990 年代以降に提唱されたもので (『マーケテ ィング用語辞典』)、比較的新しい概念といえる。概念及び定義に対する合意が未だ明確に行われていないものの、 現在ではサービス分野で幅広く使われている (成・葛西 2006)。例えば、成・葛西 (2006) は、様々な先行研究 を考察して上で、商業用スポーツクラブ企業7において顧客と長期的で友好な関係を築くためのリレーションシッ プ・マーケティング戦略が重要であるとしている。 そして、本研究の特徴である上述した①、②にまたがる理論モデルとして、久保田 (2006) が提唱した「多次元 的コミットメントモデル」と、Crosby, Evans, & Cowles (1990) が提唱した「関係品質モデル (Relationship Quality Model)」がある。多次元的コミットメントモデルとは、リレーションシップ・マーケティングについて、幅広い観点から 諸概念の結びつきについて検討し、買い手が知覚する売り手との関係に注目して説明を試みたもので、スポーツ 興行を含め、幅広い産業で援用可能な一般性をもったモデルといえるだろう。また、関係品質モデルは、サービス 業の枠組みで、恒久的な販売関係の構造特性 (原因と結果) を確認する試みを説明するもの (Crosby et al., 1990) で、本研究において援用可能であると考えられる。本節ではこれらのモデル、すなわち、SERVQUAL、多 次元的コミットメントモデル、関係品質モデルを検討する。 7 スポーツジムやフィットネスクラブのこと。 3 ○SERVQUAL (サーブクアル) SERVQUAL は、Parasuraman et al. (1988) が提唱した、顧客が知覚するサービス・クオリティを測定するための 理論モデルであり、銀行、クレジットカード、証券、機械の修理・保全の 4 つのサービス業を対象に実証された。 SERVQUAL では、サービスが提供された後に顧客が知覚する「パフォーマンス」と事前の「期待」との差を 22 項目 について調査し、それらの差からサービス・クオリティを測定している (鈴木・宮田 2002)。内容は「信頼性 (Reliability) 」 、 「 確 信 性 (Assurance) 」 、 「 反 応 性 (Responsiveness) 」 、 「 共 感 性 (Empathy) 」 、 「 物 的 要 素 (Tangibles)」の 5 つの潜在変数 (表 1 参照) が知覚される「サービス品質」に正の影響を与えているというものであ る (図 1 参照)。 表1:SERVQUAL の概念の定義 「信頼性」= 消費者がサービスの遂行に関して信頼でき、依存できるようなサービス提供者の能力。消費者が 期待する結果が実際に提供されること。 「確信性」= 「資格8」、「礼儀9」、「信頼性10」、「安全性11」を統合したもの。消費者が期待する結果が得られると いう予想に対する確信性。 「反応性」= サービス提供者が顧客を援助し、素早いサービスを提供する意欲。サービス提供のスピードと意 欲。 「共感性」= 「アクセス12」、「コミュニケーション13」、「顧客理解14」を統合したもの。顧客のニーズやウォンツに対 する敏感さ。 「物理的要素」= 物的施設・施設の内容、接客員の外見等。 出典:近藤 (2000)、p.6 図 1:SERVQUAL 信頼性 (+) 反応性 (+) 確信性 (+) 知覚サービス・クオリティ (+) 共感性 (+) 物理的要素 出典:鈴木・宮田 (2002)、p.73. 8 サービスの遂行に必要な技能と知識。 顧客への丁重さ、尊敬、配慮、親近感。 10 消費者がサービスの遂行に関して信頼でき、依存できるような提供者の能力。 11 危険、リスク、疑念を抱かないですむかどうか。 12 近づきやすさ、接触のしやすさ。 13 情報提供と顧客の意見の聴取。 14 顧客のニーズを知ろうとする努力。 9 4 このモデルは、スポーツ興行においても、クラブ (チーム) が提供するサービスに対し、消費者が知覚するサー ビスの質を測定する理論モデルとして援用可能だろう。しかし、本研究は、サポーターとクラブの将来にわたる関 係性を規定する要因を探ることを目的としており、その観点から、このモデルは援用し難いと考えた。次に、多次元 的コミットメントモデルを検討する。 ○多次元的コミットメントモデル 久保田 (2006) が提唱した「多次元的コミットメントモデル」は、リレーションシップ・マーケティングについて、幅 広い観点から、諸概念の結びつきについて検討した理論モデルで、美容室についての調査で実証された。この モデルは、比較的競争的な環境下において、買い手との間に長期的かつ友好的な関係を構築するためにはどう したらよいか、また、その結果としてどのような顧客行動が期待できるかについて、買い手が知覚する売り手との関 係に注目して説明を試みたものである。理論モデル及びモデルに用いられた概念の定義は、表 2、図 2 である。 表 2: 多次元的コミットメントモデルの概念の定義 「計算的コミットメント」= 買い手が、現在享受していたり今後享受できると思われるベネフィットと、関係の終結 に伴い発生すると予想されるコストを照らし合わせた上で生まれる損得勘定に基づい た、交換相手に対する結びつきの感覚と、その相手との関係に対する買い手の重要性 の意識。 「感情的コミットメント」= 買い手が感じる交換相手への一体感ないしは所属感といった同一化を基盤としつつ、 それと結びついた愛着や喜びといった情緒、及び肯定的な価値的内包ないしは自尊 心を伴って構成される、交換相手に対する結びつきの感覚と、その相手との関係に対 する買い手の重要性の意識。 「知覚された能力」= 買い手が、売り手に抱く、買い手の抱える問題を解決する能力についての知覚の程度。 「誠意ある行動」= 買い手が、売り手の行動を誠実で、貢献的で、非機会主義的なものと知覚する程度。 「集団的友情」= 買い手が感じる成員集団とのネットワーク的な友情。 「関係終結コスト」= 買い手が、現在の関係を終結することと、現在のパートナーに匹敵する代替的パートナー が欠乏していると感じられることから発生すると予想される全ての損失、関係の解消に伴う支 出、そして実質的なスイッチングコスト」 「関係継続意向」= 買い手が、関係を継続したいと考える程度。 「協力意向」= 買い手が、共通の目標や利益を達成するための共同行為をしようと考える程度。 「参加意向」= 買い手が、売り手組織をより良くするための組織運営に対する自主的参加であり、直接自分の 利益になるとは限らないボランティア的な貢献行動をしようと考える程度。 「推奨意向」= 買い手が、売り手と関係を結ぶことを自ら進んで他者に広めようと考える程度。 5 図 2: 多次元的コミットメントモデル 知覚された能力 (+) (+) (+) (+) (+) (+) 感情的コミットメント 集団的友情 協力意向 関係継続意向 関係終結コスト 誠意ある行動 (+) (+) (+) (+) (+) 計算的コミットメント (+) 推奨意向 (+) 参加意向 (+) 出典:久保田 (2006)、p.62. 幅広い観点から諸概念の結びつきについて検討されたこのモデルは、買い手と売り手の関係を全体的に体系 化し、二者の全体的な関係を理解するためには示唆に富んだ理論モデルであるといえる。しかし、幅広い諸概念 の結びつきを理解するために検討されたモデルであるため、本研究のような特定の研究目的15には、援用し難い モデルであると考えた。次に関係品質モデルを検討する。 ○関係品質モデル (Relationship Quality Model) 関係品質モデルとは、サービス業の枠組みで、恒久的な販売関係の構造特性 (原因と結果) を確認する試み を説明するもの (Crosby et al., 1990) で、このモデルは、生命保険商品のセールスパーソンと消費者間の研究 で実証され、リレーションシップ・マーケティングの枠組みで援用されている16。内容は、「類似性 (Similarity)」、 「 専 門 性 (Service Domain Expertise)」 、 「 関 係 的 販 売 行 為 (Relational Selling Behavior)」が、 「関 係品 質 (Relationship Quality)」を高め、それが「販売効果性 (Sales Effectiveness)」と「将来相互予測 (Anticipation of Future Interaction)」を高め、また「類似性 (Similarity)」と「専門性 (Service Domain Expertise)」が「販売効果性 (Sales Effectiveness)」を高め、それが「将来相互予測 (Anticipation of Future Interaction)」を高めるというものであ る (表 3、図 3 参照)。このモデルが示唆した最も重要なことの 1 つは、消費者と将来にわたる持続的で友好な関係 15 本研究の目的は、スポーツ興行において、既に特定のチームのファンである消費者が、今後もそのチ ームを応援し、試合観戦に足を運び続けたいと考える背景にある因果関係を説明することである。 16 例えば、成・葛西 (2006)。 6 を築くためには、関係品質を高めることが必要であるという点である。関係品質に対する一致した定義は未だ存 在しないが、二者の関係を評価する概念として広く用いられている。例えば、成・葛西 (2006) は、関係 品質を関係の成熟度を意味する全般的な関係に対する評価値としている。 表 3: 関係品質の概念の定義 「類似性」= (サービス提供者を代表する) 接点要員と消費者の外見、生活様式、社会的地位などが類似し ている程度。 「専門性」= (サービス提供者を代表する) 接点要員の商品に対する知識の程度。 「関係的販売行為」= (サービス提供者を代表する) 接点要員と消費者間で行われた接触の程度、両者が 自分の話を伝えた程度、 (サービス提供者を代表する) 接点要員が協力的であると 消費者が感じた程度などからなる。 「関係品質」= (サービス提供者を代表する) 接点要員に対する消費者の満足や信頼の程度。 「販売効果性」= (サービス提供者を代表する) 接点要員から消費者が購入した商品総額などの程度。 「将来相互予測」= 消費者が (サービス提供者を代表する) 接点要員と将来に渡る関係を築きたいと思う程 度。 図 3: 関係品質モデル (Relationship Quality Model) 関係的販売行為 将来相互予測 (+) (+) 専門性 (+) (+) 関係品質 (+) (+) (+) 販売効果性 類似性 (+) 出典 : Crosby et al., (1990), p.69. このモデルは、無形のサービスを研究対象とし、かつ、二者の将来にわたる関係性を研究対象としていることか ら、本研究に援用可能であると考えた。援用するにあたっては、このモデルが、消費者と (サービス提供者を代表 する) 接点要員という個人対個人の関係を説明したものであるのに対し、本論は、サポーターとクラブ、すなわち 個人対法人の関係を説明しようと試みるため、本論の文脈に適合させるべく修正が必要であると考えられる。 7 3.モデルの構築および仮説の提唱 本節では、本研究の文脈に適合させるために、第 2 節で検討した関係品質モデル (Crosby et al., 1990) の概 念を変更し、更に新たな概念を追加する形でモデルを構築し、仮説を提唱する。 ○概念の変更 ここでは、関係品質モデル (Crosby et al., 1990) を本研究に適合する形に変更する。 始めに、そもそもこのモデルは個人対個人の関係を説明するモデルであるが、本研究はクラブとサポーターと いう法人対個人の関係を説明しようと試みるものであるため、モデル全体を法人対個人という文脈に書き換える。 その上で、法人対個人の関係や本研究の文脈にはそぐわない概念を削除、変更していく。 第 1 に、 (サービス提供者を代表する) 接点要員と消費者の外見、生活様式、社会的地位などが類似している 程度である「類似性 (Similarity)」であるが、クラブの販売活動においては、セールスパーソンのような個人が消費 者に直接の販売活動を行う訳ではないので、「類似性」という概念は本研究の文脈にはあてはまらない。したがっ て、「類似性」を削除する。 第 2 に、 (サービス提供者を代表する) 接点要員の商品に対する知識の程度である「専門性 (Service Domain Expertise)」であるが、本研究、すなわちスポーツ興行においての専門とは、競技そのものであるといえるだろう。ま ず、専門性を競技力と置き換えたい。しかし、サッカーを含め多くのスポーツでは競技力を客観的な指標で評価 することが難しい。また、どの角度からみるのかによって評価が異なってしまう。そこで競技自体に対してサポータ ー (ファン) がクラブに対して感じる魅力の程度である「知覚能力」と変更すべきではないかと考えた。「専門性」を 「知覚能力」に変更する。 第 3 に、 (サービス提供者を代表する) 接点要員と消費者間で行われた接触の程度、両者が自分の話を伝え た程度、 (サービス提供者を代表する) 接点要員が協力的であると消費者が感じた程度などからなる「関係的販 売行為 (Relational Selling Behavior)」であるが、上記したように、本研究の文脈においては個人と個人の接触を 想定していない。そこで、上記の両者が自分の話を伝えた程度というと点に着眼し、クラブが目標や現状、願望を サポーター (ファン) に対し伝えているとサポーター (ファン) が感じる程度である「知覚表現」に変更しようと考え た。「関係的販売行為」を「知覚表現」と変更する。 第 4 に、 (サービス提供者を代表する) 接点要員に対する消費者の満足や信頼の程度である「関係品質 (Relationship Quality)」であるが、これは、接点要員をクラブに書き換えれば援用できると考えた。「関係品質」は以 上のように書き換え、そのまま残すことにする。 第 5 に、 (サービス提供者を代表する) 接点要員から消費者が購入した商品総額などの程度である「販売効果 性 (Sales Effectiveness)」であるが、これも接点要員をクラブに書き換えれば援用できると考えた。「販売効果性」 8 は以上のように書き換え、そのまま残すことにする。 最後に、消費者が (サービス提供者を代表する) 接点要員と将来に渡る関係を築きたいと思う程度である「将 来相互予測 (Anticipation of Future Interaction)」であるが、これも接点要員をクラブに書き換えれば援用できると 考えた。しかし、概念の名称が概念の内容をうまく反映していないと考え、名称を「関係性継続意図」とすることに した。「将来相互予測」を「関係性継続意図」に変更する。 以上から、本論で扱う概念は表 4 のように変更され、図 4 のような理論モデルで表せる。 表 4: 概念の定義 「知覚表現」= クラブが目標や現状、願望をサポーター (ファン) に対し伝えているとサポーター (ファン) が 感じる程度。 「知覚能力」= 競技自体に対してサポーター (ファン) がクラブに対して感じる魅力の程度。 「関係品質」= クラブに対するサポーター (ファン) の満足や信頼の程度。 「販売効果性」= クラブからサポーター (ファン) が商品 (試合のチケット、チームグッズなど) を購入した程 度。 「関係性継続意図」= サポーター (ファン) がクラブと将来にわたる関係を築きたい (今後も応援し、試合を 観に行きたい) と思う程度。 図 4: 修正後の関係品質モデル 知覚表現 関係性継続意図 (+) (+) 関係品質 (+) (+) 知覚能力 (+) 販売効果性 (+) ○概念の追加 続いて、図 4 のモデルを拡張する。 第1に「主観的規範」を検討する。主観的規範とは、“ある他者の自分にとっての重要度”と“その他者がある製品 の使用を望ましいと思う程度”の積である17。スポーツ興行においては、家族や恋人、友人などがファンであるスポ 17 例えば、学生 S はその指導教員 T を尊敬しており、S は Windows を使いたいが、T は Mac ユーザーで あるとする。ここで S は T の意見を尊重し、Mac を利用するかもしれない。このとき「S が T を尊敬する 程度」と「T が S に Mac を勧める程度」の積が、S にとっての主観的規範となる (古橋・秋本・今井・鈴 木・谷澤・浜岡 2008)。 9 ーツやチームに対し、その人達の影響を受けて自身もそのスポーツやチームのファンになるということは少なくない だろう。また、スポーツ観戦に行く場合も、家族や恋人、友人と行くことが一般的であろう。このことから「主観的規 範」は、「関係品質」と「販売効果性」を高めると考えられる。 第2に「補完性」を検討する。スポーツビジネスにおいては、対戦相手を補完財と規定することができるだろう。 Neale (1964) は、最も価値のあるリーグ結果 (=ゲームの勝敗) は、チームが単独で生産できない商品であり、こ の商品はゲームの相手チームおよびリーグ対戦するすべての相手チームと、それを報道する者 (取材記者/編 集者/印刷会社/新聞配達者) などからなる複合的生産システムを必要とすると述べている。また、広瀬 (2004) は、Andreff & Nys (1986) がプロスポーツのカルテル化18そのものの狙いは雇用調整であるとしたことを引用した上 で、チームスポーツの場合、あるゲームの善し悪しは、対戦するチームの戦い方いかんと結果の未確定さに大きく 関わっており、実力の釣り合わない2チームの対戦は客をひきつける魅力を欠く、極言すれば「いかに高いレベルで 拮抗させるか」が、スポーツビジネスの商品開発にとって最大の、そして本質的な目標であると述べている。これら のことから、あるクラブ (チーム) のサポーター (ファン) が (アマチュアや海外を含めた) そのクラブ (チーム) 以 外のクラブ (チーム) に感じている魅力の程度である「補完性」が「販売効果性」を高めると考えられる。加えて、地 元のアマチュアチーム (高校や大学) や海外のクラブに興味を持ったことがきっかけで、Jリーグのクラブを好きにな ったということも考えられることからもこの仮説は妥当であると考えられる。 第3に「競合性」を検討する。スポーツ興行において競合財とは、他のスポーツ興行やエンターテイメントであると 規定することができるだろう。Jリーグを中心に考えると、プロ野球やラクビーのトップリーグ、レジャー施設などである。 なぜなら、プロ野球を除く殆どのスポーツ興行やエンターテイメントは休日に行われるため開催日程が重なることが 多く、消費者が1日のうちに2会場でスポーツ観戦をすることは、物理的な観点で難しいからである。ここから、他のス ポーツ興行やエンターテイメントに対する態度である「競合性」は、「販売効果性」を低めると考えられるだろう。 以上、新たに追加した概念の定義は表5になり、その概念を追加した理論モデルは図5となる。この理論モデル を本論では、関係性継続意図モデルと呼ぶ。また、本論で提唱した仮説をまとめたものがと表6である。 表 5: 概念の定義 「主観的規範」= “ある他者の自分にとっての重要度”と“その他者がある製品の使用を望ましいと思う程度” の積。 「補完性」= あるクラブのサポーター (ファン) が (アマチュアや海外を含めた) そのクラブ (チーム) 以外の クラブ (チーム) に感じている魅力の程度。 「競合性」= 他のスポーツ興行やエンターテイメントに対する態度。 18 カルテル化とは、同種の商品を生産する企業が、価格、生産、出荷数量などで協力する行為 (『経済新 語辞典 2008』) を意味する。プロスポーツにおけるカルテル化とは、例えばプロ野球におけるドラフト制 度などは、戦力が偏りすぎないように自由競争でなく、全チームで協調して行われている。 10 図 5: 知覚表現 関係性継続意図モデル (+) (+) 知覚能力 関係品質 (+) (+) (+) 主観的規範 (+) 関係性継続意図 (+) (+) 補完性 (+) 販売効果性 (-) 競合性 表 6: 仮説 仮説 1:知覚表現は関係品質に正の影響を与える。 仮説 2:知覚能力は関係品質に正の影響を与える。 仮説 3:知覚能力は販売効果性に正の影響を与える。 仮説 4:主観的規範は関係品質に正の影響を与える。 仮説 5:主観的規範は販売効果性に正の影響を与える。 仮説 6:補完性は販売効果性に正の影響を与える。 仮説 7:競合性は販売効果性に負の影響を与える。 仮説 8:関係品質は販売効果性に正の影響を与える。 仮説 9:関係品質は関係性継続意図に正の影響を与える。 仮説 10:販売効果性は関係性継続意図に正の影響を与える。 4.調査方法 関係性継続意図モデルの経験的妥当性をテストするため、質問紙調査を行った。質問票の作成は、Crosby et al., (1990) を参考にしつつ、J リーグ観戦における調査にも援用可能な項目を改良して行った。質問項目の妥当 性を高めるために、J リーグ・サテライトの試合、浦和レッズ対FC東京 (2008.11.27 大原サッカー場) でプリテスト (n=27) を行い、その後更なる検討を経て質問項目を開発した (付録参照)。 11 本論では、J リーグの試合が開催されている会場でアンケート調査を行った。本論の研究課題は関係性継続意 図のメカニズムを解明することであり、現在、関係性を持たない消費者19から得られたデータは意味のないもので ある。よって、街頭調査や大学生へのアンケートなどの便宜サンプリングは不適切である。また、層別抽出20もしく は、ランダム・サンプリング・データ21を採用することが最適であったが、それは金銭、時間などの制約から困難であ ったため、上記の調査方法を採用した。 調査対象としては全 33 クラブを網羅することが最適であったが、これも金銭、時間などの制約から困難であった ため、2 会場22で川崎フロンターレ、アルビレックス新潟、FC東京の 3 クラブを対象にした調査に絞った。この選定 にあたっては、より母集団に近づけるため、武藤 (2008) を参考に株主に着眼した。すなわち、地元住民を会員と する「クラブ持株会」が株主となっているクラブを調査対象に含めた23。株主は、クラブの成り立ちを反映しており、 それによってクラブとサポーターとの関係に多少の違いが生じる可能性があると考えたからである。 2008 年 4 月現在、J クラブは 33 クラブであり、このうち山形 (社団法人24) を除く 32 クラブが株式会社形態を 採っている (武藤 2008)。地元住民を会員とする「クラブ持株会」が株主となっているクラブは 6 チームあり (2008 年 3 月末現在)、そのうちの 1 つが川崎である。 以上、選定した 2 会場で観戦に訪れた観客にアンケート調査を行い、204 通の有効回答を得た。アンケート調 査で回答してもらった回答者自身が応援するクラブの内訳は東京 121 通、新潟 35 通、川崎 41 通、その他のクラ ブ 7 通であった。 5.分析結果 図 5 に示された理論モデルを、統計ソフト SPSS® 11.0 for Windows®および Amos 5.0 を用いて共分散構 造分析によって経験的にテストした。まず、潜在変数の信頼性分析を行った。一般的にクロンバックの 19 J リーグの試合観戦に行かない消費者のこと。 母集団に関する予備知識に基づき母集団を等質なグループに分割し、各グループから無作為抽出を行 うこと (『現代経済学辞典』)。 21 ランダム・サンプリング・データとは、国勢調査区を無作為に抽出したのち、 その地点内の世帯を住宅地図で 無作為に抽出し、世帯調査であればその世帯を、個人調査であればその世帯内の個人を対象とする調査対 象の抽出方法である (平松、2006) 。他に大谷・木下・後藤・小松・永野 (1999) がアメリカのギャラップ世 論調査所の例を取り上げながらエリア・サンプリングの方法を具体的に述べている (133‐135 頁)。 22 2008 年 11 月 29 日等々力陸上競技場で開催された J リーグディビジョン1・第33節、川崎フロンターレ対アル ビレックス新潟の試合会場と 2008 月 11 月 30 日味の素スタジアムで開催された J リーグディビジョン1・第33節、F C東京対ヴィッセル神戸の試合会場。 23 武藤 (2008) はクラブ持株会が株主になっているクラブのメリットとして①株主優待、会員優待メリ ットの継続性、②出資者、拠出者が法人である場合、出資額、拠出額が経費に計上されないこと、反対に 構造的問題として持ち株会社内部で意見対立があった場合でも株主総会において、株主としての持ち株会 社は 1 つの意見を持つ点をそれぞれ挙げている。 24 社団法人とは、慈善事業をするとか非営利事業をするといった一定の目的を持って何人かの人が集ま り作った団体 (『経済新語辞典 2008』) を意味する。 20 12 係数は 0.7 以上が望ましいとされる (村上 2006) が、探索的研究25では 0.6 以上でも構わないとされる (Bagozzi 1994)。本研究ではクロンバックの係数が 0.7 を下回る潜在変数が1つあったが、0.6 は上回って おり、本論は探索的研究ではないものの、許容される範囲であると判断した。また、本論では、クロンバ ックの係数を上げるために観測変数を 2 つ抜いて分析した26。表 7 はその修正後のデータである。 表 7:信頼性係数 (n=204) 潜在変数 観測変数の数 クロンバックの α 係数 知覚表現 3 0.74 知覚能力 3 0.76 主観的規範 2 0.88 補完性 2 0.60 競合性 2 0.70 関係品質 2 0.92 販売効果性 3 0.71 関係性継続意図 2 0.97 次に、モデルの全体的評価を行う。このモデルに対する2 値は 204.4 で、自由度は 131、有意確率は.000 であった。適合度指標 GFI および自由度調整適合度指標 AGFI は各々0.91 および 0.86 で、GFI の推奨値で ある 0.90、AGFI の推奨値である 0.85 (Browne & Cudeck 1993) をそれぞれ上回り、高い適合度を示してい る。真の分布とモデルの分布との乖離を示す平均二乗誤差平方根 RMSEA は 0.05 で、推奨値である 0.05 以下 (Browne & Cudeck 1993) の値を示し、データがこのモデルに適合していることを示唆している。以 上の統計的指標より、このモデルは採用されうるものと判断される。 続いてモデルの部分的評価を仮説 1 から順に行う。知覚表現は関係品質に対し有意かつ正の影響を与え ていた (=.403, t=2.091, p<0.05)。これは、クラブがサポーター (ファン) に向けてメッセージを示すこと がクラブの信頼や満足を高めるという仮説 1 を支持する結果である。知覚能力は販売効果性に対し有意か つ正の影響を与えていた (=.203, t=2.153, p<0.05)。これは、サポーター (ファン) がクラブの競技力が高 いと感じるほど試合観戦などに行きたいと思う気持ちが大きくなるという。仮説 3 を支持する結果である。 一方で、知覚能力は関係品質に対し有意かつ正の影響は与えておらず (=-.108, t=-.554, p>0.10) 仮説 2 は棄却された。主観的規範は関係品質及び販売効果性に有意かつ正の影響を与えていた (=.415, t=4.812, p<0.01 及び=.166, t=1.849, p<0.10)。これは、自分にとって重要な他者が自分に対しクラブを好きであるこ 25 探索的研究とは、思いつく因子をなるべく多様に設定する調査・実験を計画し、できるだけ多くの側 面からデータを整理しなおし、データの中にどんな特徴があるかを調べる研究である。例えば、生産工程 でのトラブルの要因を捜す、原因が全くわかっていない流行病の原因を捜すなどの研究が挙げられる (『統計学辞典』)。 26 具体的には、質問票の質問項目 0204 と 0603 を抜いて分析した (付録参照)。 13 とや試合観戦に行くことを望む程度が大きいほど、クラブに対する信頼や満足、また試合観戦などに行き たいと思う気持ちが大きくなるという仮説 4、仮説 5 を支持する結果である。補完性及は販売効果性に対 し有意かつ正の影響は与えておらず (=-.044, t=-.430, p>0.10) 仮説 6 は棄却された。また、競合性も 販売効果性に対し有意かつ負の効果は与えておらず (=-.023, t=-.230, p>0.10) 仮説 7 も棄却された。 関係品質は販売効果性及び関係性継続意図に有意かつ正の効果を与えていた (=.374, t=3.565, p<0.01 及 び=.441, t=5.757, p<0.01)。これらは、クラブに対する信頼や満足が高まるほど試合観戦などに行きたい気 持ちや将来も応援し、試合観戦に行きたいという気持ちを高めるという仮説 8、仮説 9 を支持するもので ある。販売効果性は関係性継続意図に有意かつ正の効果を与えていた (=.404, t=4.087, p<0.01)。これは現 在、試合観戦などに行きたいという気持ちが大きいほど、将来も応援し、試合観戦行きたいという気持ち が大きくなるという仮説 10 を支持するものである。分析結果は以下の表 8 及び図 6 に示している。 表 8:構造方程式モデルの推定結果 (n=204) 2.091)** H1 知覚表現 → 関係品質 (+) .403 (t= H2 知覚能力 → 関係品質 (+) -.108 (t= H3 知覚能力 → 販売効果性 (+) .203 (t= 2.153)** H4 主観的規範 → 関係品質 (+) .415 (t= 4.812)*** H5 主観的規範 → 販売効果性 (+) .166 (t= 1.849)* H6 補完性 → 販売効果性 (+) -.044 (t= -.430) H7 競合性 → 販売効果性 (-) -.023 (t= -.230) H8 関係品質 → 販売効果性 (+) .374 (t= 3.565)*** H9 関係品質 → 関係性継続意図 (+) .441 (t= 5.757)*** 販売効果性 → 関係性継続意図 (+) .404 (t= 4.087)*** H10 (注記) *** -.554) :1%水準で有意、**:5%水準で有意、*:10%水準で有意。 2=204.41 (d.f.=131), p<.001 GFI=0.91, AGFI=0.86; RMSEA=0.05, RMR=0.06; AIC=322.41 14 図 6: 知覚表現 知覚能力 関係性継続意図モデル分析結果 (n=204) .403** -.108 関係品質 .441*** .415*** .203** 主観的規範 .166 補完性 .374*** 関係性継続意図 * .404*** -.044 販売効果性 -.023 競合性 (注記) ***:1%水準で有意、**:5%水準で有意、*:10%水準で有意。 実線:有意、破線:非有意。 以上の分析では、仮説 2、仮説 6、仮説 7 が棄却された。それぞれ理由を考えたい。まず仮説 2 の知覚 能力と関係品質の間に因果関係が見いだせなかった点であるが、これは、関係品質がクラブの競技力によ って形成されるものではないということだろう。このことから、関係品質を高めるために競技力向上を目 指すことは得策ではないといえる。つまり、クラブの運営費の大半を選手や監督などの補強に当てるよう な運営では、関係品質は高まらないということである。この点は、関係品質が関係性継続意図に直接的に、 また販売効果性を通して間接的に有意かつ正の影響を与え、関係性継続意図に最も強い影響を与えている ことからも、観客動員を増やすために短期的な競技力向上を目指すクラブが少なくない中で、極めて示唆 に富んだ結果であるといえよう27。次に仮説 6 の補完性と販売効果性に因果関係が見いだせなかった点で あるが、これは、調査対象に幅があったためではと考えられる。つまり、熱心なサポーターは対戦相手に 関係なくクラブを応援するが、そうではなく、対戦相手によって試合観戦に行くか行かないかを決めるサ ポーターもいるだろうということである。このばらつきが結果として非有意ということになったのではな いかと筆者は考える。次に仮説 7 の競合性と販売効果性の間に因果関係が見いだせなかった点であるが、 これは、人々が余暇に様々なエンターテイメントを楽しんでいることを示唆した結果ではないかと考えら れる。 この結果の中で最も関係性継続意図に影響を及ぼしている潜在変数は関係品質であった。また、上記し 27 広瀬 (2004) は、ヨーロッパのサッカークラブを対象に、健全な経営を続ける「勝ち組」と、莫大な負債 を抱える「負け組」に分類し、その差は収入の使い方であり、負け組の共通点が収入の大半を選手獲得等の 人件費に回していることだとしている。 15 た通り、関係品質は販売効果性を経て間接的にも関係継続意図を高めている。この点が本研究の最も示唆 に富んだ点であろう。クラブがサポーターと友好で安定的な関係を築くためには、関係品質を高めるよう な戦略が求められるといえる。 ちなみに、上記から非有意となった仮説を削除した構造方程式モデルの推定結果及び分析結果は表 9、 図 7 となった。 表 9:修正後の構造方程式モデルの推定結果 (n=204) H1 知覚表現 → 関係品質 (+) .313 (t= 4.148 )*** H2 知覚能力 → 販売効果性 (+) .207 (t= 2.209 )** H3 主観的規範 → 関係品質 (+) .390 (t= 5.354 )*** H4 主観的規範 → 販売効果性 (+) .155 (t= 1.684 )* H5 関係品質 → 販売効果性 (+) .376 (t= 3.415 )*** H6 関係品質 → 関係性継続意図 (+) .464 (t= 6.927 )*** H7 販売効果性 → 関係性継続意図 (+) .366 (t= 3.969 )*** *** (注記) :1%水準で有意、**:5%水準で有意、*:10%水準で有意。 2=143.09 (d.f.=75), p<.001 GFI=0.92, AGFI=0.87; RMSEA=0.07, RMR=0.07; AIC=233.09 図 7: 知覚表現 修正後の関係性継続意図モデル .313*** 関係品質 .464*** .390*** .376*** 主観的規範 関係性継続意図 * .155 知覚能力 .366*** .207** 販売効果性 (注記) ***:1%水準で有意、**:5%水準で有意、*:10%水準で有意。 修正後のモデルも修正前と同様に GFI 及び AGFA は推奨値を上回った (GFI=0.92, AGFI=0.87)。RMSEA は推奨値とされる 0.05 以下を上回ったが (RMSEA=0.07)、0.1 以下なら構わないとされており (Browne & Cudeck 1993)、許容されうる値である。よって、このモデルも修正前と同様に採用されうるものと判断さ れる。 16 6.本論の知見と今後の課題 今日の世界的な景気後退による収益の悪化で J リーグクラブの親会社がクラブへの出資を抑える傾向が 表れつつある28。この状況が長引けばクラブを手放す企業が現れるかもしれない29。J リーグのクラブには 独立採算の経営が求められる。その一助となるべく、本論はサポーターがクラブと友好で長期的な関係を 築きたいと考える背景にある要因を探った。 具体的には、関係品質モデルをスポーツビジネスに援用できるように書き換え、オリジナルの変数であ る「主観的規範」、「補完性」、「競合性」を加えた理論モデルを提唱し、J リーグクラブのサポーターの関係 性継続意図構築のメカニズムの解明を試みた。 構築されたモデルは、J リーグ観戦に訪れたサポーターに対するアンケート調査から得られたデータを 用い、構造方程式モデルによって経験的にテストに付された。 結果が示唆したことは、関係性継続意図に最も強い正の影響を与えるものは関係品質であり、また関係 品質は販売効果性を経て間接的にも関係性継続意図に影響を与えているため、関係品質を高めることがク ラブ経営にとって重要であると言える。その関係品質に正の影響を与えているものは、知覚表現と主観的 規範であり、これらを高めるための戦略が有効であると考えられる。また、知覚能力は関係品質に影響を 与えておらず、短期的なクラブの強化は関係品質を高める要因にはならないと言える。 以上の結果に基づいて、具体的な J リーグクラブの戦略を 3 つ提案したい。1 つ目は積極的にクラブの ビジョンや方針をサポーターに伝えることである。これは、知覚表現が関係品質に強い正の影響を与えて いることに基づいた戦略である。2 つ目は、チケットの複数販売による割引特典を積極的に行うなどの戦 略である。これは、主観的規範が関係品質に最も強い正の影響を与えていたことに基づいたものである。 そして 3 つ目は、選手の大型補強など、短期的なクラブの強化を避けることである。これは、知覚能力が 関係品質に有意な影響を与えていなかったことに基づくもので、とりわけ、クラブが示しているビジョン にそぐわないような補強は避けるべきであろう。大型補強が可能なほどの資金があるのであれば、スタジ アムの整備などに当てたほうが、サポーターと将来にわたる友好で長期的な関係を築くためには得策とい えるだろう30。 将来の研究課題については、調査対象の拡大が挙げられる。今回、調査対象としたクラブは 3 つのみで 28 横浜F・マリノスの親会社である日産自動車は、出資比率の大幅な引き下げを検討。東京Vの筆頭株 主である日本テレビは経営権の譲渡を検討 (2009 年 1 月 20 日現在)。 29 1998 年に全日空とともに大株主であった佐藤工業が運営から撤退したことがきっかけで横浜フリュ ーゲルスは横浜マリノスに吸収合併され、事実上消滅した。 30 広瀬 (2004) は、ヨーロッパのサッカークラブを対象に、健全な経営を続ける「勝ち組」と、莫大な負債 を抱える「負け組」に分類し、勝ち組の特徴を、①選手人件費比率の抑制に成功している、②収入の一部を 固定資産に振り向けたことであるとしている。 17 あったため、今後はさらに調査対象を広げより母集団に近づけることが求められる。 本論によって提唱された関係性継続意図モデルは、J リーグクラブを対象に経験的妥当性をテストされ たが、このモデルは、J リーグのみならず、他のスポーツ興行、更には他のエンターテイメントにも援用 可能な一般性をもった理論モデルであるといえる。その意味で本研究が果たした役割は少なくないと確信 している。また、スポーツビジネスに関するマーケティング研究が少ない中で、本論は先駆的な研究とし て意義あるものと主張できるものであろう。 参考文献 Andreff, W. & J. 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