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BOP 市場は日本企業の新たな市場となるのか
2010 年 2 月 9 日発行 BOP 市場は日本企業の新たな市場となるのか ~BOP ビジネスにおける 3 つの疑問の検討~ 本誌に関する問い合わせ先 みずほ総合研究所㈱ 調査本部 政策調査部 塚越 由郁 電話(03)3591-1332 E-mail [email protected] * 当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではあ りません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに基づき作成されておりますが、その 正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更さ れることもあります。 ポイント <注目を集める BOP 市場> 我が国では世界で 1 人当たり年間所得が 3,000 ドル以下の経済的貧困層を 対象とした BOP 市場(市場規模:5 兆ドル、対象人口:40 億人)への 注目が高まっており、政府が企業の BOP ビジネス参入を促す支援策の 導入を検討中である。 <BOP ビジネスに関する 3 つの疑問> では、BOP 市場は日本企業にとって本当に新たな市場となるのだろう か。そこで、本稿では以下の 3 点について検討を試みた。 【疑問 1】BOP 市場は本当に莫大なマーケットなのか →BOP 市場を単一の市場として捉えることは正しいのか →日本企業にとっての BOP 市場をどう捉えるべきか 【疑問 2】BOP ビジネスは利益を生むのか →BOP ビジネスは短期的な利益に結び付くのか →欧米の先行企業は何を目的に BOP ビジネスを行っているのか →それは日本企業にもメリットとなるのか 【疑問 3】BOP ビジネスの経営手法は日本企業に馴染むのか →BOP ビジネスで有効な「NGO/NPO との連携」や「CSR 活動の活 用」といった経営手法は、日本企業に馴染むのか <BOP ビジネスに参入する前に> BOP ビジネスにより短期的に大きな利益を上げることは容易ではな い。しかし、中長期的には、BOP 層の購買力の拡大や企業の技術開発 の促進などが期待できる。企業が自社の意識改革や経営手法の変更を 実施して、BOP ビジネスを継続して行っていくことが利益享受のカギ となる。 しかし、現在検討中の政府の主な支援策は BOP ビジネス参入の初期段 階での支援にとどまる。政府には併せて、日本企業が中長期的に BOP ビジネスを継続することが可能となるような環境整備が求められる。 〔政策調査部 塚越由郁〕 目次 1. はじめに ···································································································· 1 2. 注目が高まるBOPビジネス············································································ 1 (1) BOP市場・ビジネスの概要 ········································································· 1 a. BOP市場の概要 ····················································································· 1 b. BOPビジネスの概要 ··············································································· 2 (2) BOPビジネスに注目が集まった背景····························································· 3 a. 欧米企業からの注目 ··············································································· 3 b. 開発援助機関からの注目 ········································································· 4 (3) 日本政府のBOPビジネスへの注目 ································································ 4 3. 日本企業にとってのBOP市場の検討~BOPビジネスにおける 3 つの疑問~ ············ 5 (1) BOP市場は本当に莫大なマーケットなのか···················································· 5 (2) BOPビジネスは利益を生むのか ··································································· a. BOPビジネスの展開方法 ········································································· b. BOPビジネスの収益性 ············································································ c. 企業の持続的な成長を促すBOPビジネス···················································· 7 7 8 9 (3) BOPビジネスの経営手法は日本企業に馴染むのか··········································10 a. 現地のニーズを把握するためのNGO/NPOとの連携 ····································10 b. BOPビジネスを長期的な戦略と位置付けるためのCSR活動の活用 ················· 11 c. 日本企業にとってのBOPビジネスにおける課題··········································13 4. おわりに~日本企業がBOPビジネスに参入するために~··································· 13 1. はじめに 2009 年、日本は「BOP元年」を迎えた。BOPとは、経済ピラミッドの底辺(Bottom of the Pyramid)の略で、主に途上国における経済的貧困層を指し、Base of the Pyramidとも表さ れる。一般的には、1 人当たり年間所得が 3,000 ドル以下の世帯がこの層に相当し、BOP市 場の規模は、日本の実質国内総生産に相当する年間 5 兆ドルに上ると見積もられている。欧 米では既に 2000 年頃から、この市場でビジネスを展開する企業が増加している一方、日本企 業の進出は遅れているのが現状だ。こうしたなかで、政府は 2009 年 8 月に「BOPビジネス 政策研究会 1 」を発足させ、BOPビジネスの支援策の導入を検討し始めるなど、日本企業のBOP ビジネス参入を積極的に支援する方針を掲げている 2 。 一方、BOP 市場は本当に莫大なマーケットなのか、BOP ビジネスから利益を得られるのか、 BOP ビジネスのモデルとされる欧米企業の経営手法が日本企業に馴染むのか等、BOP ビジネ スの前提条件に関する調査は少ない。今後、日本企業が BOP ビジネスの実施を検討する上で は、これらの点を踏まえた正確な議論が欠かせないだろう。 以上の問題意識に基づき、本稿では BOP 市場や BOP ビジネスについて概説した後、日本 企業にとっての BOP ビジネスの意義を考察する。 2. 注目が高まる BOP ビジネス (1) BOP 市場・ビジネスの概要 a. 図表 1 BOP 市場の市場規模 BOP 市場の概要 BOP市場は、2000 年に米国のミ シガン大学のプラハラード教授ら 1.75億人 により提唱され、欧米で関心を集 14億 人 (消費者市場規模) 12.5兆ドル め始めた 3 。BOP層に関する単一の 定義は存在しないものの、世界銀 年間所得20,000ドル 年間所得 3,000ドル BOP 約40億人 (消費者市場規 模) 5兆ド ル 行の関連団体である国際金融公社 (IFC)は、世界の所得別人口構成 で 1 人当たり年間所得 3,000 ドル 4 以下の世帯をBOP層と位置づけて おり、概してこの層がBOP層とさ れる(図表 1)。IFCによると、調 査対象となった 110 カ国 55 億 (注)1.消費者市場規模の所得データは、2005 年時点の購買 力平価で表示している。ただし、所得別人口構成の境 界を示す所得データについては、2002 年時点の購買 力平価で表示している。 2.年間所得は 1 人当たり。 (資料)IFC and WRI(2007)"THE NEXT 4 BILLION"を基に 作成 1 座長は勝俣宣夫 日本貿易会会長。 例えば、経済産業省の下 2009 年 8 月から開催されている「BOPビジネス政策研究会」では、委員の中から、 「欧米勢をはじめ中国等の新興国は、今後も積極的にBOPビジネスを展開すると予測される。BOPビジネ スと似たソーシャルビジネス、CSRと同様、日本は出遅れており、すぐさま手を打つべき」との指摘がなさ れた(BOPビジネス政策研究会(第 1 回)議事要旨 2009 年 8 月 4 日)。 3 C. K. Prahalad and Stuart L. Hart(2002)“The Fortune at the Bottom of the Pyramid ” 4 2002 年時点の購買力平価換算による。 2 1 7500 万人のうち約7割(40 億人)がBOP層に当たり、潜在的な市場は5兆ドル規模に上る。 b. BOP ビジネスの概要 従来、多くの企業は BOP 市場をマーケットとは捉えてこなかった。その理由は、低所得の BOP 層には高い購買力を期待することが難しいと考えられていたことや、BOP 層が多くを占 める途上国ではインフラや流通網が十分に整備されておらず、ビジネスを進めることが困難 だったからだ。しかし近年、主に欧米で途上国の貧困や栄養問題、環境汚染対策などの社会 的課題の解決をビジネスチャンスと捉える動きが高まりつつある。こうしたビジネスには共 通の定義がないものの、このビジネスはしばしば BOP ビジネスと呼ばれる。 IFC(2007)は、BOPビジネスの有望な分野として、食品やエネルギー、住宅分野等の 8 分野を挙げている(図表 2)。このうち、食品分野の市場規模はBOP市場の中でも特に大き く、推計 2 兆 8950 億ドルに上る。例えば、フランスの食品大手ダノンが、子供の栄養状態を 改善するための栄養価の高いヨーグルト製品を開発し、バングラデシュや南アフリカにおい て低価格で販売している 5 。また、エネルギー分野では、オランダの家電大手メーカーフィリ ップスが、公共の送電網が未整備なガーナの農村部で、太陽光発電を搭載した照明製品を販 売している 6 。 図表 2 分野毎の BOP ビジネスの内容と市場規模 市場規模 (ドル) 事業分野 考え得るビジネスの内容 食品 栄養不足を解消するための栄養価の高い食品の開発や、食品 を提供するための流通網の改善 2 兆 8,950 億 エネルギー 公共の送電網が未整備な地域において、送電網が不要な水力 発電・太陽光発電等の供給 4,330 億 住宅 居住場所のない住民への住宅ローンの提供、個人で住宅建設 を行う人向けの技能トレーニングの実施 3,320 億 公共輸送機関が未整備な地域での民間バスの導入 1,790 億 安価な医薬品・医療技術の提供 1,580 億 運輸 保健医療 情報通信技術 電話を購入する資金のない世帯に、公衆電話や一台の携帯電 話を数名で共有するサービスの提供 510 億 水道 水道網の整備や、水の汚染物質を個人で取り除くシステムの開 発・販売等による衛生的な飲み水の提供 200 億 金融サービス 銀行口座を持たない人を対象とした携帯電話を使った送金サー ビスの導入 (資料)IFC and WRI (2007) “The Next 4 Billion”を基にみずほ総合研究所作成 5 6 DANONEウェブサイト[http://www.danone.co.jp/group/activity/responsibility/] Philips ウェブサイト [http://www.philips.com/philips/sites/philipsglobal/about/sustainability/socialresponsibility/socialcomm itiment/SESA.page]、adp news “Philips to launch solar-powered lamp in Africa”2009/2/16 2 (2) BOP ビジネスに注目が集まった背景 a. 欧米企業からの注目 欧米企業が BOP ビジネスに注目し始めた背景には、まず BOP 層の莫大な人口数が挙げら れる。先進国では少子高齢化が進むなど国内市場が相対的に縮小する可能性が大きい一方、 途上国の人口は急増しており、2010 年には先進国の約 4.5 倍となることが見込まれている(図 表 3)。それ故に、低所得層である BOP 層向けに低価格で商品を売ったとしても、商品を購 入する消費者数が多いため、結果的に売上高が大きくなることが見込まれる。 更に、BOPビジネスにおける製造・流通・販売過程でBOP層に就業機会を提供することに より、BOP層の貧困削減や生活の向上を実現させ、その結果、中長期的にはこれら層の所得 が増大し、購買力が大幅に拡大することも期待されている。例えば、前述のフランスの食品 大手ダノンは、ヨーグルトをバングラデシュで製造・販売する際、地元の住民を工場に雇う だけではなく、原料の生乳や糖蜜を地元の農家から仕入れ、販売と配達も地元の人々に委託 している 7 。このように就業の機会を提供しBOP層の所得を拡大させるという点や、所得の拡 大が期待されるBOP層に対して今から自社のブランド名を知らしめるという点からも、欧米 企業はBOPビジネスに注目している。 図表 3 90 途上国・先進国の人口推移 (億人) 予測値 80 70 60 50 途上国 40 30 20 先進国 10 0 1950 60 70 80 90 2000 10 20 30 40 50 (年次) (注) 1.先進国には、欧州・オーストラリア・カナダ・日本・ニュージーランド 及び米国を含み、途上国には、先進国を除く全地域を含む。 2.2010 年以降は将来推計人口の中位推計値を表示。 (資料)UN, World Population Prospects: The 2006 Revision 7 サステナビリティ社「CSR最前線 経エコロジー』 2007 年 9 月 ダノンとグラミン銀行が合併 3 貧困層に“栄養”と“雇用”を提供」『日 b. 開発援助機関からの注目 BOPビジネスに注目をしているのは企業だけではない。欧米企業がBOPビジネスに注目し 始めた 2000 年 9 月、ニューヨークで開催された国連ミレニアム・サミットに参加した 189 の国連加盟国は、21 世紀の国際社会の目標として国連ミレニアム宣言を採択し、2015 年まで に 1 日 1 ドル未満で生活する人口の割合を 90 年比で半減させる等、途上国の発展に向けた「ミ レニアム開発目標(MDGs:Millennium Development Goals) 8 」を掲げるに至った。同時 に、国際機関や欧米諸国の援助機関は、MDGsの実現に向け企業のノウハウや資金を開発援 助に活用することを目的とし、企業のBOPビジネスを後押しするような各種政策を打ち出し た。 例えば、米国では途上国への援助を担う米国国際開発庁(USAID:United States Agency for International Development)が、企業と協働で開発援助を行うGlobal Development Alliance(GDA)プロジェクトを 2001 年から実施した。このプロジェクトは、企業やNGO 等が提案した開発事業の費用の一部をUSAIDが負担するものだ。また、国連開発計画 (UNDP:United Nations Development Programme)は、企業主導による貧困対策を支援 するGrowing Sustainable Business(GSB)プログラムを 2003 年から開始した。GSBプロ グラムは、原則、企業に資金援助を行うものではないものの、途上国でのビジネスの発掘や、 現地企業・政府とビジネスを実施する企業間の仲介等を通して、企業の途上国への進出を後 押ししている。こうした動きが、企業のBOPビジネスの参入促進に貢献していることは間違 いないだろう。例えば、前述のGDAプロジェクトには、2001 年から 2009 年までの間に 1800 件の企業が参加し、世界各国で 900 件のプロジェクトが実施された 9 。プロジェクトへの投資 資金は、2008 年までで総額 90 億ドルに上った 10 。 (3) 日本政府の BOP ビジネスへの注目 2008 年秋に始まった世界的な金融危機以降、従来にも増して先進国経済の大きな成長を見 通すことが難しくなるなか、我が国でも BOP 市場への注目が 2009 年頃から高まっている。 政府は、多くの日本企業が BOP ビジネスに参入することにより、新たな海外市場が創出され、 我が国の経済が更に活性化することや、BOP ビジネスを通した途上国の生活水準の向上が一 層の市場の拡大をもたらすことを期待している(BOP ビジネス政策研究会(2010))。 一方、我が国では欧米諸国と比べて、企業のBOPビジネスへの参入を支援する制度が十分 とはいい難く、政府は今後、様々な企業と連携し、日本企業のBOPビジネスを戦略的に促進 する方針だ。例えば、BOPビジネス政策研究会が 2010 年 2 月にまとめた「BOPビジネス政 8 具体的には、①極度の貧困と飢餓の撲滅、②初等教育の完全普及の達成、③ジェンダー平等推進と女性の地 位向上、④乳幼児死亡率の削減、⑤妊産婦の健康の改善、⑥HIV/エイズ、マラリア、その他の疾病の蔓延 の防止、⑦環境の持続可能性確保、⑧開発のためのグローバルなパートナーシップの推進が挙げられている。 9 USAIDウェブサイト “History of the Global Development Alliance” [http://www.usaid.gov/our_work/global_partnerships/gda/history.html] 10 USAIDウェブサイト “Business Model for Public2-Private Alliances” [http://www.usaid.gov/our_work/global_partnerships/gda/model.html ] 4 策研究会 報告書」は、BOPビジネスを支援する重点的な地域としてアジアを挙げるととも に、柱となる支援分野として、食品や保健医療などの貧困削減に関する分野に加え、省エネ 技術を活用した「環境エネルギー機器」や、生活の質の向上を目指した「家電電機・産業機 械」といった我が国の強みが発揮される分野を掲げた 11 。 また、先の研究会では、委員の中から、BOPビジネスのチャンスに気付いていない企業へ 啓蒙活動を行うことや 12 、優れた技術を持ちながら、自らBOPビジネスに取り組むことが難 しい中小・零細企業に対しても積極的に支援を行うことが必要だとの発言がなされた 13 。以上 の意見を受け、政府はBOPビジネスに関するセミナーの開催やPR活動等の普及・啓発活動、 個別事業のフィージビリティ・スタディ調査 14 の支援策を整備する予定だ 15 。 3. 日本企業にとっての BOP 市場の検討~BOP ビジネスにおける 3 つの疑問~ このように、我が国でも政府が BOP ビジネス促進に乗り出し、企業も BOP ビジネスへの 注目を高めている。しかし、BOP 市場が日本企業にとって本当に新たな市場となり得るか、 という点についての議論は少ない。そこで、以下では BOP ビジネスに関する 3 つの疑問を通 して、日本企業にとっての BOP ビジネスの意義について検討したい。 (1) BOP 市場は本当に莫大なマーケットなのか 我が国では、しばしば「40 億人・5 兆ドル」という BOP 市場の規模の大きさが話題となる。 しかしながら、BOP 市場はそれ自体が1つの市場を意味するわけではない。例えば、BOP 市 場の規模を地域別に見ると、アジア(中東を含む)では 3 兆 4700 億ドル、南米では 5,090 億 ドル、東欧では 4,580 億ドル、アフリカでは 4,290 億ドルと様々である(図表 4)。加えて、 国別に見ると、例えば、我が国が重点地域とするアジアにおいては、規模の大きい中国でも 約 1,600 億ドル、次いでバングラデシュで約 1,400 億ドルとなる(図表 5)。 11 具体的な支援の重点分野は、1.貧困削減に向けた分野として、①教育、②保健医療・福祉、③水・衛生、 ④農林水産業、⑤食料・栄養、2.日本の強みのある分野として、⑥環境エネルギー機器、⑦家電電器・産 業機械、3.全ての骨格となる基本インフラの分野として、⑧情報・通信、⑨金融・ファイナンス、⑩運輸・ 輸送機器の 10 分野である。 12 BOPビジネス政策研究会(第 2 回)議事要旨 2009 年 10 月 2 日 13 BOPビジネス政策研究会(第 3 回)議事要旨 2009 年 12 月 22 日 14 具体的には、国際協力機構(JICA)が、公募で選定した企業に対し、案件当たり上限 5000 万円の業務委 託契約を締結し、企業の現地における情報収集や試作品販売などの活動を支援する「BOPビジネス促進制度 (仮)」を 2010 年度から開始することを検討中である(2010 年 2 月 8 日現在)。 15 支援策の詳細については、第四章を参照。 5 図表 4 BOP 市場の地域別の市場規模 アフリカ 4,290億ドル その他 1,340億ドル 東欧 4,580億ドル 南米 5,090億ドル アジア 3兆4,700億ドル (注)1.地域別内訳のアジア地域には中東を含み、南米にはカリブ海諸国を含む。 2.その他には、アイルランド、イスラエル、イタリア、英国、オーストリア、 オーストラリア、オランダ、カナダ、韓国、ギリシャ、シンガポール、 スイス、スウェーデン、スペイン、台湾、ドイツ、日本、ノルウェー、 フィンランド、フランス、米国、ベルギー、ルクセンブルクを含む。 (資料)IFC and WRI(2007)"THE NEXT 4 BILLION" 図表 5 国名 インド インドネシア スリランカ タイ 中国 ネパール バングラデシュ フィリピン ベトナム マレーシア その他 アジア総計 BOP 人口 (百万人) 1,033.9 213.0 17.1 46.6 1,046.2 23.4 144.0 23.6 76.2 19.2 214.8 2,858.0 アジアの主な BOP 市場 全人口に占める BOP 人口の割合 (%) BOP 市場規模(億ドル) PPP 98.6 97.8 90.0 75.0 80.8 95.0 100.0 30.0 95.0 80.0 937.1 240.4 217.9 796.3 1,611.3 229.8 1,422.9 560.2 845.8 380.7 27,457.6 34,700.0 83.4 米ドル 169.6 61.8 53.3 233.8 329.9 37.4 291.9 131.0 160.0 162.7 5788.6 7,420.0 総所得に占め る BOP 割合 (%) 92.7 92.2 67.3 46.7 55.2 74.2 100.0 10.8 82.9 43.0 41.7 (注)1.BOP 市場規模の PPP(購買力平価)に関するデータは、2005 年時点の購買力平価による。また、 米ドルで表示されているデータは、2005 年時点の米ドルによる。 2.その他には、イラン、シリア、パキスタン、東ティモール、ヨルダン、ラオスを含む。 (資料)IFC and WRI(2007)"THE NEXT 4 BILLION" 6 また、BOP層の一人当たりの年間所得も多様である。例えば、IFC(2007)はBOP市場を 所得階層別に、①500 ドル以下、②500 ドル超~1,000 ドル以下、③1,000 ドル超~1,500 ド ル以下、④1,500 ドル超~2,000 ドル以下、⑤2,000 ドル超~2,500 ドル以下、⑥2,500 ドル超 ~3,000 ドル以下の 6 つに区分 16 しているが、アジアでは、②500 ドル超~1,000 ドル以下と ③1,000 ドル超~1,500 ドル以下の階層に人口が集中する一方、アフリカでは①500 ドル以下 と②500 ドル超~1,000 ドル以下の層に人口が集中している。 すなわち、BOP 市場は地域や所得階層により規模や対象が異なり、この市場を「40 億人・ 5 兆ドル」の 1 つの大市場と見ることは誤りといえる。BOP ビジネスを行う際には、様々な 所得階層や地域の中でどの BOP 層を自社のサービス・商品の顧客とするかを検討すること が不可欠だ。 ただし、アジアの BOP 市場は、全 BOP 市場の約 7 割を占めていること(図表 4)や、BOP 層の中でも相対的に中所得層に人口が集中していることを踏まえると、日本企業にとってア ジアを中心とした BOP 市場が新たな市場となる可能性は大きい。さらには、中長期的に所得 の購買力が見込まれるアジア各国の BOP 層を取り込む布石としても、日本企業が今から BOP 市場に参入する意義が大きいと考えられる。 (2) BOP ビジネスは利益を生むのか 我が国では、BOP ビジネスの新しい市場としての側面が殊更にとり上げられ、あたかも BOP ビジネスが企業に短期的に利益をもたらすかのようにとり上げられることがある。BOP ビジネスは本当に利益を生むのだろうか。以下では、BOP ビジネスの展開方法を概説した後、 BOP ビジネスの収益性について検討する。 a. BOPビジネスの展開方法 17 BOP ビジネスは一般的に、①事業計画の検討、②事業化、③事業の確立・拡大の流れに沿 って行われる(図表 6)。まず、①事業計画の検討の段階で、企業は現地にスタッフを短期間 派遣し、現地のニーズやビジネスチャンスを検討した上で、市場調査を行いながら事業化の 基本設計を立てる。次に、②事業化の段階で、事業計画を実施する地域など事業化の詳細を 決定する。同時に、計画を遂行するために必要な現地パートナーを含めたプロジェクトチー ムを創設し、現地のパートナーに事業遂行に必要なスキルを提供する等、当該地域において パイロットテストを行うための環境を整備する。最後に、パイロットテストを行いながら、 ③事業の確立や拡大に向け、現地組織の体制整備や現地の流通網の確立などを検討する。 16 17 2002 年時点の購買力平価で表示。 本項においては、BOPビジネス政策研究会(2010)及びEric Simanis and Stuart Hart(2008)を基に整 理している。 7 図表 6 BOP ビジネスの展開方法 ①事業計画の検討 ②事業化 ③事業の確立・拡大 事業化詳細設計 案件組成 市場調査 事業化 基本設計 事業環境整備 本格展開 評価 横展開 試行展開 (資料)BOP ビジネス政策研究会(2010) b. BOP ビジネスの収益性 確かに、BOPビジネスから利益を生み出している企業が存在するものの、それらの企業は、 前述のBOPビジネスの展開の過程で、生産・流通面でのコスト削減を通して資本効率を高め たり、販売量を増大させたりするなど、様々な工夫を凝らして利益を得ているのが現状だ 18 。 BOPビジネスの先行事例の中には、米国の大手日用品メーカーが、水道網の整備されていな い途上国で汚水の不純物を取り除く製品を販売しようとしたところ、衛生的な水を飲む習慣 のない住民の間では製品がうまく浸透しなかった例がある 19 。そこで、同社は国際機関やNGO に製品を販売し、これらの機関が現地で安全な水を飲む啓発活動を行いながら製品を配布す る手法に切り替えた。その結果、現在、アフリカ、アジア、中米等の計 44 カ国において製品 が使われるようになったという。このように、BOPビジネスから利益を生むためには、国際 機関や現地のNGO/NPO 20 等との連携や消費者となるBOP層への啓発活動など、従来とは異な ったビジネスモデルの構築を考慮する必要がある。 また、前述の通り、BOP ビジネスはその利益性を見極めるため、当初、パイロットテスト として小規模に行われることが多く、すぐに大規模なビジネスに参入する例は少ない。それ にも関らず、全ての BOP ビジネスが必ず成功する訳ではない。現地に受け入れられない価格 設定や、現地密着性の弱さ、現地の政情不安等、BOP 層や BOP 層を取り囲む環境を正確に 理解することができずに失敗している企業もある。 例えば、BOP層向けの価格は常に低価格が良いとは限らない。米国の大手飲料メーカーの 中には、インドのBOP層向けに飲料水を小量・低価格で販売したところ、製品の販売元とな る現地の小売業者などの利ざやが大幅に減少してしまい、業者らの強い反発を招くことにな った事例がある。結局、この飲料メーカーは価格を引き上げざるを得なかったという 21 。また、 18 経済産業省の「BOPビジネス政策研究会」の委員である水尾順一氏(駿河台大学教授)は、BOP事業の損 益は一般的に、事業開始後 3 年で黒字転換し、5 年で累積損失が解消することが目安になると述べている(日 本経済新聞「経済教室 途上国ビジネス、企業は具体化急げ ニーズ・強み 双方見極めよ」2009 年 12 月 22 日)。 19 The Wall Street Journal “At the Base of the Pyramid”2009/10/26 20 NGOとはNon-Governmental Organization(非政府組織)の略、NPOはNon-Profit Organization(非営 利組織)の略であり、双方ともしばしばボランティア団体や市民団体のことを指す。両者の活動内容に大き な違いはないものの、前者は政府から独立していることを強調し、後者は営利を目的としていないことを強 調している点に違いがある。 21 The Hindu Business Line “Coke’s challenge”2005/7/14 8 米国の大手スポーツシューズメーカーが、中国の低所得者層向けに安価な製品を販売する際、 ターゲット顧客を設定しないまま高級製品と同様の小売店で販売した結果、売上げが全く伸 びなかった例もある(スチュアート・L・ハート(2008))。 c. 企業の持続的な成長を促す BOP ビジネス ビジネスの展開に従来とは異なる手法が求められる上、短期的に大きな利益を得ることが 容易ではないにも関らず、欧米企業がBOPビジネスを進める理由は、その中長期的な有益性 を理解しているからである。例えば、スチュアート・L・ハート(2008)は、企業が持続的に 成長するために欠かせない 4 点を挙げている(図表 7)。これら 4 点は、当該活動が短期の みのものか・将来にわたるものかという軸(図表 7 のタテ軸)と、社内で行われるものか・ 社外の関係者を巻き込むものかという軸(図表 7 のヨコ軸)で分類される。具体的には、① 経営の効率化とコスト・リスクの軽減、②取引先・顧客等からの評価の向上、③企業の将来 的成長に結びつくスキル・能力の育成や技術開発、④将来の成長市場特有のニーズの見極め であり、BOPビジネスはこのうち、「④将来の成長市場特有のニーズの見極め」に当たる。 企業は、従来重視していた図表①から③の視点に加え、新たにBOPビジネスを将来の利益獲 得に繋がるビジネスと位置付けることにより、今後、市場規模が一層拡大する可能性が大き いBOP市場で、自社がどのように成長するのかを構想し、その構想に見合った技術開発・商 品開発(図表 7 の③)を進めることが可能となる。その際、BOPビジネスで求められる技術 は、先進国で導入されている技術よりも劣ったものだと考えるのは誤りだ。例えば、どんな 僻地からでも通話できる携帯電話の開発のように、最貧国だからこそ最先端の技術が求めら れる事例もある 22 。こうしてBOP層向けに開発された技術が、先進国市場においても他社を 凌ぐ製品開発に繋がる可能性が考え得る。 したがって、日本企業にとっても BOP ビジネスは、BOP 市場の開拓に伴う技術開発を通 して、企業が途上国・先進国双方で中長期的に成長する上で重要なビジネスと位置付けられ る面もある。 22 日経ビジネス 2009 年 12 月 21・28 日 9 図表 7 企業の持続可能な成長経営モデル 将来的事業機会の構築 内 部 能 力 の 育 成 ③企業の将来的成長に結びつく スキル・能力の育成、技術開発 ④将来の成長市場特有の ニーズの見極め ①経営の効率化及び コスト・リスクの軽減 ②取引先・顧客等からの 評価の向上 外 部 支 持 基 盤 の 関 与 促 進 既存の事業運営 (資料)スチュアート・L・ハート(2008)を基にみずほ総合研究所作成 (3) BOP ビジネスの経営手法は日本企業に馴染むのか 以上見てきた通り、BOP 市場を 5 兆ドル規模の 1 つの莫大な市場と見ることは正確ではな く、また、BOP ビジネスから短期的に大きな利益を上げることは容易ではない。しかし、BOP 市場が将来的に日本企業の新たな市場となることや、BOP ビジネスを通して日本企業の中長 期的に持続可能な成長が確保されることが大いに期待される。一方、前述の通り、BOP ビジ ネスを行う上では、NGO/NPO との連携等、新しいビジネスモデルが求められる。そこで、 以下では欧米企業が BOP ビジネスにおいて採用しているこうした経営手法が、日本企業にも 馴染むのかについて検討していく。 a. 現地のニーズを把握するための NGO/NPO との連携 企業が BOP ビジネスから利益を得るためには、前述のビジネス展開プロセスにおいて、多 様な所得階層や地域のニーズを把握しながら、普及性のある製品を開発し、できるだけ多く の国・地域でビジネスを展開することがカギとなる。その際、欧米企業が強力なパートナー と位置付けているのが、途上国のニーズや人脈に精通している現地の NGO/NPO や国際的に 活動している NGO/NPO だ。例えば、欧州の靴の小売大手バータ社は、バングラデシュで女 性の起業家育成を目的とした NGO と提携し、起業を目指す女性と靴販売のパートナーシップ を組んでいる(スチュアート・L・ハート(2008))。このように、NGO/NPO との連携に より、当該国で製品・サービスを提供してくれる販売員を見つけ育成することや、当該国の ニーズにあった製品を供給することが容易になる。 しかしながら、我が国では国内においても企業とNGO/NPOとの連携が進んでいるとはい い難い。日本経済団体連合会による「2008 年度における社会貢献活動実績に関する調査 23 」 23 日本経済団体連合会が企業の社会貢献活動の実態を明らかにするため、1991 年以降、毎年度行っている調 査。2008 年度は、会員企業等の 1,321 社を対象に 2009 年 8 月~10 月にかけて実施し、有効回答数は 419 社、回答率は 31.7%であった。ただし、このうち連結で回答した企業は 44 社であり、同 44 グループの回 答には 4,300 社の連結対象会社が含まれるため、本調査の実質的な調査対象企業数は 4,700 社に上る。 10 によれば、「NGO/NPOと何らかの接点がある」企業の割合は約 7 割に上るものの、その具 体的な内容の多くが寄付・物品提供などの支援であり、「NPO・NGOと政策提言的な対話を 行っている」、「社員の出向や派遣を行っている」、「NPO・NGOによる評価を積極的に受 けている」等、より踏み込んだ連携を行っている企業の割合はそれぞれ 1 割に満たない(図 表 8)。このことから、我が国の企業にとって、NGO/NPOと一体となって活動する経営手法 が馴染みのないものだと考えられる。 図表 8 企業と NPO の連携内容(複数回答) 60.5 支援している(寄付、物品提供、施設開放等) 協働で実施している活動がある 44.4 NPO・NGOと政策提言的な対話を行っている 7.8 社員の出向や派遣を行っている 6.9 6.1 NPO・NGOによる評価を積極的に受けている 3.4 その他 0 20 40 60 80 100 (%) (注)「協働で実施している活動」には、全国の小学校での出前授業や清掃等の環境活動、企業の売上げに応 じた支援金の提供等を含む。 (資料)日本経済団体連合会「2008 年度における社会貢献活動実績に関する調査」2009 年 12 月 15 日 b. BOP ビジネスを長期的な戦略と位置付けるための CSR 活動の活用 また、市場開拓や技術開発の促進といったメリットをBOPビジネスを通して享受するため には、中長期的な視点からBOPビジネスを遂行することが重要となる。一方で、企業は株主 等から短期的な利益の向上を求められる。以上の状況を踏まえ、Simanis and Hart(2008) は、BOPビジネスを研究開発活動(R&D)と位置付け、新規ビジネスの設立の際に求められ る迅速な利益獲得や、早急な規模拡大などの期待から切り離すことを提起している。さらに、 企業の社会的責任(CSR:Corporate Social Responsibility)活動に対する意識の高い欧米で は、企業が利益獲得を目的としない社会的貢献を理由に、BOPビジネスの継続を株主に納得 させているとの指摘がある 24 。 我が国でも、CSR活動を通したBOPビジネスの意義が提唱されている。例えば、経済産業 省のBOPビジネス政策研究会で委員を務める駿河台大学教授の水尾順一氏は、CSR活動を通 してBOPビジネスを本業と結びつけることができるかを戦略的に判断する「攻めのCSR」を 提唱している 25 。しかし、従来、日本企業の中では途上国の社会的課題の解決を企業の責任と UNDP東京事務所 広報・市民社会担当官 西郡俊哉氏へのインタビュー記事に基づく(『日経ビジネス』 2009/12/21・28)。 25 日本経済新聞「経済教室 途上国ビジネス、企業は具体化急げ ニーズ・強み 双方見極めよ」2009 年 12 月 22 日 24 11 考える傾向は強くなかったようだ。例えば、経済同友会の「企業の社会的責任(CSR)に関 する経営者意識調査 26 」によれば、企業の社会的責任として「世界各地の貧困や紛争の解決に 貢献すること」と回答した企業の割合(複数回答可)は他の項目に比べて圧倒的に少なく、2 割に満たなかった 27 (図表 9)。 図表 9 企業の CSR に含まれる内容(複数回答) 94.6 91.4 法令の遵守・倫理的行動 より良い商品・サービスの提供 地球環境の保護に貢献 収益の確保・納税 所在する地域社会の発展に寄与 人権の尊重・保護 株式やオーナーへの配当 人体に有害な商品・サービスを提供しないこと 雇用の創出 新たな技術や知識の創造 フィランソロピーやメセナ活動を通じた社会への貢献 世界各地の貧困や紛争の解決に貢献 80.8 74.7 72.3 68.3 66.9 65.1 57.3 54.7 45.7 16.4 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 (%) (注)フィランソロピーとは慈善活動の訳で、しばしば企業の福祉活動を指す。メセナとは、企業が行う芸 術文化支援のことをいう。 (資料)経済同友会「企業の社会的責任(CSR)に関する経営者意識調査」2006 年 3 月 7 日を基に作成 加えて、我が国ではビジネスの下地を作るためCSR活動が活用されている例も少ない。日 本経済団体連合会の「CSR(企業の社会的責任)に関するアンケート調査結果 28 」によると、 CSR活動の意義として、企業のブランド力・信頼等の創造を挙げる企業の割合が約 8 割に上 る一方、「将来の収益を生み出す投資」を指摘する企業の割合は約 1 割に過ぎなかった(図 表 10)。我が国の企業にとって、途上国の社会的課題の解決を自社の経営課題と捉えること や、CSR活動を通して新たなビジネス戦略を練るという経営手法は馴染みがないようだ。 経済同友会が、会員企業及び東証 1 部・2 部上場企業の計 2697 社の経営者を対象に、企業不祥事、企業の 社会的責任、社会的責任投資に関して行った意識調査。2005 年 10 月から 2006 年 1 月にかけて実施し、有 効回答数は 521 社、回答率は 19.3%であった。 27 この点について、同割合が小さい理由は、企業が貧困層の市場を自社の製品・サービスの市場となり得る ことを認識していないからだとの指摘がある(国際開発高等教育機構 国際開発研究センター「平成 19 年 度開発経験体系化研究事業報告書 CSR(企業の社会的責任)と開発 貧困層市場におけるビジネスの役割 と可能性」)。 28 日本経済団体連合会が、企業会員 1,297 社を対象に、CSRの企業経営の中での位置付けや実践状況に関し て行った調査。2009 年 5 月~7 月にかけて実施し、有効回答数は 437 社、回答率は 33.7%であった。 26 12 図表 10 企業にとっての CSR の意味(3 項目以内まで選択) 82 持続可能な社会づくりへの貢献 76 企業価値(ブランド力や信頼等)創造の一方策 68 企業活動へのステークホルダーの期待の反映 39 リスクマネジメント 11 将来の利益を生み出す投資 5 優秀な人材確保・維持の一方策 3 その他 0 20 40 60 80 100 (%) (資料)日本経済団体連合会「CSR(企業の社会的責任)に関するアンケート調査結果」2009 年 9 月 15 日 c. 日本企業にとっての BOP ビジネスにおける課題 以上から、BOP ビジネスを進める上で効果的な NGO/NPO との連携や、CSR 活動を通し た事業計画の策定は、多くの日本企業にとって馴染みの薄いことが推測される。換言すれば、 企業は BOP ビジネスを行う際にこの 2 点に留意する必要があるということだ。 もちろん、いち早く BOP 市場に進出していた日本企業も存在する。例えば、流通網の未整 備な途上国で、現地の女性販売員を活用した宅配サービスを行う企業や、アフリカでマラリ ア予防用の蚊帳を販売する企業など、BOP 市場で成功を収めている企業がある。 しかし、今後より多くの企業が新たな市場となり得る BOP 市場へ進出するためには、日本 企業が苦手としてきた、あるいは重視してこなかった NGO/NPO との連携や CSR 活動の活 用を促す施策の導入の検討が不可欠である。そこで、最後に、日本企業が BOP ビジネスに参 入するために求められる施策について検討したい。 4. おわりに~日本企業が BOP ビジネスに参入するために~ 対象人口が 40 億人に上る BOP 市場が、今後、日本企業にとって大きな成長の機会をもた らす市場となり得ることが期待されるなか、政府は、BOP ビジネスに戦略的に取り組むこと を掲げ、企業の BOP ビジネス参入に向けた支援策の導入を検討中だ。ただし、検討中の主な 支援策は、BOP ビジネスに関する情報の獲得支援や事業化計画の作成のための資金支援など、 BOP ビジネスの参入を初期の段階において支援するものにとどまっている。 一方、本稿で紹介したアンケート調査は、日本企業が BOP ビジネスを継続して進める上で 効果的な NGO/NPO との連携や CSR 活動を通した事業計画の策定に不慣れである傾向を示 していた。今後、政府には現在の支援策に加え、企業が以上の 2 点を導入する等、BOP ビジ ネスを中長期的に継続することが容易となるような環境整備が求められる。そこで、以下で は、BOP ビジネス政策研究会が 2010 年 2 月にまとめた「BOP ビジネス政策研究会 報告書」 (以下、報告書)を踏まえながら、長期的な視点を交えて BOP ビジネスの支援策について検 13 討する。 まず、NGO/NPOと企業の連携について、政府は企業の現地NGO/NPOに関する情報収集の 支援や、これら組織と日本企業が意見交換を行う機会を提供するネットワークの構築などを 計画している。こうした連携を名ばかりのものに終わらせず、企業とNGO/NPOの両者が相 互の活動理念や事業内容を正確に把握するためには、更に踏み込んだ支援策の導入が求めら れる。例えば、今後、政府が企業の個別具体的なBOPビジネスの調査・事業化を支援するよ うな場合、第三者機関によるモニタリングを義務付けることも一案である。モニタリングの 義務付けには、企業の抵抗もある。しかし、企業にとってモニタリングを受けることの意義 は、良い評価を得ることでは必ずしもなく、自社のBOPビジネスが途上国の社会的課題に及 ぼす影響について、客観的な視点を踏まえて認識することである。加えて、「お金に関わる 取組みに強い拒否感を抱く 29 」と指摘される国内のNGO/NPOを、BOPビジネスにどのように 取り込むのかも課題になる。例えば、国内のNGO/NPOのビジネスに関する理解を深めるた め、一定期間企業がこれら組織で活動する人々を受け入れる制度の導入が考えられる。 また、報告書は企業が BOP ビジネスに関心を持つ契機の1つとして CSR 活動を挙げてい るものの、CSR 活動をどのようにして BOP ビジネスに結び付けることができるのか、とい う点については特に記載していない。今後、例えば政府が、社会的課題の解決に向けた活動 を行っている企業を一定の基準のもと表彰するなど、企業の CSR 活動を通した BOP ビジネ スに対して、消費者や株主等からの社外評価を高める支援策を導入する必要があろう。 加えて、前述の日本経済団体連合会「2008 年度における社会貢献活動実績に関する調査 (2009 年 12 月 15 日)」では、今後 CSR 活動を推進するうえで「トップの理解、リーダー シップ」が重要と答えた企業の割合は約 4 割であった。企業が BOP ビジネスに参入する際に は、社内関係者の説得も重要になるといえよう。企業の途上国における活動を評価する仕組 みは、こうした企業内の関係者に BOP ビジネスのメリットを説くためにも効果的だろう。 さらに、報告書は BOP ビジネスに関する基本的な相談・紹介窓口機能や、企業・支援機 関・NGO/NPO 等間のマッチングを支援する「BOP ビジネス推進プラットフォーム」の構築 を掲げている。このプラットフォームが、BOP ビジネスの実施を検討している企業に有益な 場となるためには、ここに集まる様々な情報やネットワークを有効に活用できる人材が欠か せない。政府にはこうした人材を国内外から募ると同時に、今後、教育機関などとの連携を 通して、BOP ビジネスをサポートする人材を積極的に育成していくことが求められる。 我が国では、欧米に約 10 年遅れて 2009 年に BOP ビジネスが注目され始めたばかりであ るが、政府・企業には、その 10 年の遅れに焦るのではなく、BOP 市場の意義や、ビジネス を行う際に求められる手法を正確に認識し、日本企業にあったビジネスの展開の支援策を検 討することが求められる。BOP 市場への関心を一過性のものとせず、日本企業・我が国が国 際社会で飛躍的に発展するため、企業と NGO/NPO との連携を促進するモニタリング制度や、 29 BOPビジネス政策研究会(第 3 回)議事要旨 2009 年 12 月 22 日 14 企業の途上国における社会的課題の解決を評価する仕組み、BOP ビジネスを円滑に運営する ための人材育成の制度などを作り出すことこそが、BOP 市場を日本の新たな市場とするため に最も重要なことだといえる。 [参考文献] スチュアート・L・ハート(2008)『未来をつくる資本主義』英治出版 BOP ビジネス政策研究会(2010)「BOP ビジネス政策研究会 報告書~途上国における官 民連携の新たなビジネスモデルの構築~」 C. K. Prahalad and Stuart L. Hart(2002)“The Fortune at the Bottom of the Pyramid” Eric Simanis and Stuart Hart(2008)“The Base of the Pyramid Protocol: Toward Next Generation BoP Strategy” Cornell University IFC and WRI(2007)“THE NEXT 4 BILLION" 15