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Taro-13 (修正版)橋でつながる人・もの・地域

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Taro-13 (修正版)橋でつながる人・もの・地域
【13】
1
橋でつながるヒト・モノ・地域
生徒用資料の解説
【冒頭の5枚の橋の写真資料について】
上段の5枚の写真は完成年の順に関係なく掲載してあります。したがって,古い順に並
び替える作業をさせると,橋の工法についても触れることができます。また『吉野川に架
か る 橋 梁 の 位 置 図 』と 結 び つ け て 使 用 す る と 効 果 的 と 考 え ま す 。三 好 橋 は 昭 和 2 (1927)年 ,
吉 野 川 橋 は 昭 和 3(1928)年 ,阿 波 中 央 橋 は 昭 和 28(1953)年 ,人 道 橋 の 旧 岩 津 橋 は 昭 33(1958)
年 ,阿 波 し ら さ ぎ 大 橋 は 平 成 22(2012)年 に そ れ ぞ れ 完 成 し て い ま す 。阿 波 し ら さ ぎ 大 橋 は ,
吉野川下流の干潟の存在を配慮し,工法にかなりの工夫がなされ,周辺の景観も考慮して
架けられました。
な お , 大 鳴 門 橋 は 昭 和 60(1985)年 に 完 成 し , 上 路 は 高 速 道 路 と し て , 下 路 は 新 幹 線 用 と
して計画されましたが,現在うず潮見物の観光施設(渦の道)として利用されています。
明 石 海 峡 大 橋 は 平 成 10(1998)年 に 完 成 し ま し た 。 世 界 最 長 の 吊 り 橋 で す 。 主 塔 間 が 1991m
と な っ て い ま す が , 平 成 7 (1995)年 の 阪 神 ・ 淡 路 大 震 災 で 野 島 断 層 の ず れ で 1 m 伸 び て ,
1991m と な り ま し た 。
「 明 治 7年 ( 1874年 ) に お け る 県 下 の 有 料 渡 船 場 数 」
(徳島県史第五巻p476~478)
徳島県の三大河川(吉野川,那賀川,海部川)のうち,やはり吉野川にもっとも多くの
渡 船 場 が あ っ た こ と が わ か り ま す 。 特 に 当 時 の 板 野 郡 ( 現 在 の 鳴 門 市 も 含 む ) に は 50も の
有料渡船場がありました。これには吉野川の支流も含まれています。上流の三好郡にも8
ヶ 所 の 有 料 渡 船 場 が あ り ま し た 。 ま た , 那 賀 川 に は 21ヶ 所 の 有 料 渡 船 場 が あ り ま し た 。 こ
の渡船場の位置を参考に橋を架ける場所を選定したものと考えられます。ちなみに現在吉
野川に架かる橋で有料のものはひとつもありません。
郡
名
有料渡船場の数
郡
名
有料渡船場の数
※名東郡
13
三好郡
8
名西郡
2
那賀郡
21
※板野郡
49
海部郡
5
阿波郡
3
勝浦郡
9
麻植郡
5
美馬郡
12
合
計
127
※当時の名東郡には現在の徳島市が,板野郡には現在の鳴門市が含まれている。
(『 名 東 県 下 阿 波 国 川 々 舟 渡 賃 銭 表 』: 小 松 島 市 本 田 純 一 所 蔵 よ り )
フ ェ リ ー ボ ー ト の 開 業 年 ( 徳 島 県 史 第 6 巻 p 468~ 469参 照 )
鳴 門 ・ 明 石 間 の フ ェ リ ー ボ ー ト は 昭 和 21(1946)年 4 月 に 開 設 さ れ , 鳴 門 と 明 石 に 2 隻 ず
つ 配 置 さ れ , 鳴 門 フ ェ リ ー は 1 日 に 9 便 , 明 石 フ ェ リ ー は 16便 が 就 航 し て い ま す 。 物 の 輸
送が貨物自動車になるにつれ,徳島・阪神間,徳島・和歌山間にフェリーボートが次々と
就航していきました。初期は貨物自動車の割合が,やはり高く,乗用車はその次でした。
しかし,大鳴門橋,明石海峡大橋が開通するまでは,まさに自動車交通が主流になった昭
和 40年 代 以 降 は フ ェ リ ー ボ ー ト が , ま さ に 海 上 に お け る 物 流 の 主 役 だ っ た の で す 。
表「高速バスの運行状況」
: 平 成 26(2014)年 11月 T 新 聞 掲 載 の 高 速 バ ス 運 行 表 よ り 作 成
大鳴門橋・明石海峡大橋が開通するまでは,高速バスの運行は県内の一社による東京ま
で の 便 が 1 日 に 数 回 運 行 さ れ て い た 程 度 で し た 。 し か し , 平 成 10(1998)年 に 明 石 海 峡 大 橋
が完成したことで,フェリーボートはほとんど姿を消し,ヒトの移動,物の輸送は車にな
りました。フェリーボート会社によっては,バス会社を共同で設立したりし,輸送手段の
大変化に対応していきました。この高速バスの運行状況を,その回数,行き先等の視点か
ら分析,検討すると,徳島県内の地域の変化,産業,観光などの変化を推察することがで
きます。これだけ多くの高速バスの運行は,大鳴門橋に続く明石海峡大橋の完成により,
主として関西方面とのつながりが一段と濃くなったことを象徴しています。
毎 週 地 方 新 聞 の 1面 を さ い て バ ス の 運 行 表 を 掲 載 し て い る こ と に も 注 目 さ せ る こ と も 効
果的と考えます。
2
本教材・題材に対する視点及び位置づけ
◎この教材は橋の影響についていわゆる3ルートのうち,大鳴門橋,明石海峡大橋に焦
点をあて,主として徳島県内を発着場とする高速バスがどのように運行されているか
を生徒たちに考えさせる。そのことを通して橋が結ぶ地域間のつながり方を考え,橋
の役割,影響について理解させる。吉野川に架かる橋については導入的な教材として
取り扱う。
◎したがって,本教材を取り扱う授業は地理学習の中国・四国地方全体の導入教材とし
て位置づけるか,発展的な教材として位置づけ授業展開していただくと,他の2ルー
トの影響についても,深く考える教材になると考えております。
◎ 大 鳴 門 橋 ・ 明 石 海 峡 大 橋 の 建 設 技 術 ,構 造 な ど に つ い て は ,軽 く 触 れ る 程 度 に と ど め ,
どちらかといえば,その影響について考察させることに重点を置く。
◎現在の中学生が生まれた時には,すでに大鳴門橋,明石海峡大橋は完成し開通してい
る。このため,高速バスには日常生活の中で,すでに乗車経験がある生徒がいること
を授業展開の上で視野に入れておく必要があります。
吉 野 川 に 架 か る 橋 梁 ( 位 置 図 ) ~ 橋 の 博 物 館 《 と く し ま 》 ~ 平 成 25年 3月 p 5~ 6よ り
徳 島 は 水 の 都 と 呼 ば れ , 吉 野 川 を は じ め 大 小 約 500の 河 川 が 流 れ て お り , そ の 河 川 に は
全国でも有数の橋が数多く架けられています。特に吉野川には昭和初期に架設された三好
橋 , 吉 野 川 橋 に 始 ま り , 平 成 24年 現 在 で 県 内 で 約 46も の 橋 が 架 け ら れ て お り , 多 種 多 様
な橋梁・形式が存在し,まさに「橋の博物館」となっています。
~吉野川に架かる橋梁
位置図(完成年順)~
19 名田橋
38 ふれあい橋
41 吉野川橋(高速道路)
3 吉野川橋りょう(JR土讃線)
31 阿波麻植大橋
4 吉野川橋梁(JR高徳線)
10 阿波中央橋
14 美馬橋
33 美馬中央橋
16 美濃田大橋
22 六条大橋
2 吉野川橋
21 瀬詰橋
23 東三好橋
46 阿波しらさぎ大橋
43 四国中央橋
44 西条大橋
42 池田へそっ湖大橋
40 四国三郎橋
39 岩津橋
30 池田大橋
15 三好大橋
1 三好橋
35 三三大橋
27 祖谷口橋
37 小島橋
36 穴吹橋
16 敷之上橋
5 大川橋
24 吉野川大橋
11 高瀬橋
45 角の浦大橋
8.9.12.13.17.20は善入寺島の潜水橋
(川島橋他5橋)
32 青石橋
18 脇町橋
6 第1吉野川橋りょう
34 国見山橋
29 国政橋
28 赤川橋
7
第2吉野川橋りょう
25 大歩危橋
善入寺島拡大図
10 香美橋
9 大野島橋
13 千田橋
19 学北橋
凡 例
一般道路の橋
:
3
:
高速道路の橋
:
潜
:
自 歩 道 橋
:
鉄
水
道
22 川島橋
14 学島橋
橋
橋
引用文献並びに参考文献
(引用文献)
( 1 )『 吉 野 川 に 架 か る 橋 梁 ~ 橋 の 博 物 館 《 と く し ま 》』 2013・ 3 月 ホ ー ム ペ ー ジ p.5
( 2 ) 徳 島 県 史 編 さ ん 委 員 会 編 :『 徳 島 県 史 第 5 巻 』 昭 和 4 1 年 9 月 p.476 ~ 478
徳 島 県 史 編 さ ん 委 員 会 編 :『 徳 島 県 史 第 6 巻 』 昭 和 4 2 年 3 月 p.462, p.468~ 469
(参考文献)
( 1 )『 橋 梁 シ ン ポ ジ ウ ム 』 ‐ 橋 の 博 物 館 ! よ し の が わ ‐ 2013・ 3 月 ホ ー ム ペ ー ジ
( 2 ) 本 州 四 国 高 速 道 路 株 式 会 社 :『 本 四 架 橋 と 私 達 の く ら し 』 平 成 2 1 年 9 月
( 3 ) 徳 島 県 :『 本 州 四 国 連 絡 橋
神 戸 ・ 鳴 門 ル ー ト 全 線 開 通 に 伴 う 影 響 調 査 』 平 成 11年
3月
( 4 ) 徳 島 県 観 光 国 際 総 局 :『 平 成 23年 度 版
徳島県観光調査報告書』
( 5 ) 財 団 法 人 徳 島 経 済 研 究 所 :『 徳 島 経 済 V O L . 5 5 』 1998年 冬
( 6 ) 塩 井 幸 武 :『 長 大 橋 の 科 学 』 2014年 8 月
SBクリエイティブ株式会社
( 7 ) J T B 時 刻 表 1997・ 5月 & 1990年 5月
( 8 ) 文 部 科 学 省 :『 中 学 校 学 習 指 導 要 領 解 説 社 会 編 ~ 一 部 改 訂 ~ 』 2014年 1 月
表【徳島県内発着の高速バス運行状況】
( 2014/11/13発 行 の 県 内 T 新 聞 の 掲 載 に よ る 「 高 速 バ ス ・ フ ェ リ ー 時 刻 表 」 よ り 作 成 )
行き先
発
着
地
1日の
方面
京
阪
神
・
名
古
屋
・
東
京
方
面
中
国
・
四
国
方
面
所 要 時 間
発着本数
大鳴門橋・明石
海峡大橋経由
徳島
神戸
36
約2時間30分
徳島
大阪
45
約3時間
徳島
関西空港
10
約2時間45分
徳島
京都
7
約3時間
徳島
名古屋
2
約5時間
井川・池田
神戸
3
約3時間
井川・池田
大阪
6
約4時間
三好~土成
東京
1
約10時間
三好・脇町
神戸
三好・脇町
大阪
三好・脇町
京都
阿南(橘)
東京
2
約11時間
川島
東京
1
約11時間
阿南
大阪
7
約3時間40分
松山・徳島
名古屋
1
約9時間30分
2
約3時間20分
約2時間40分
4
約3時間50分
約3時間40分
徳島
寝屋川・枚方
徳島
高松
12
約1時間35分
徳島
高知
4
約2時間50分
徳島
松山
7
約2時間30分
徳島
岡山
3
約2時間30分
(瀬戸大橋)
徳島
広島
2
約3時間45分
(瀬戸大橋)
合
計
155
(注1)県内K観光の高速バス運行が集計に入れば,阿南・徳島~神戸・大阪間で往復で
11本,阿南・徳島~新宿・東京間で往復で4本,増加します。
( 注 2 ) 1990年 当 時 徳 島 ~ 東 神 戸 間 が フ ェ リ ー で の 所 要 時 間 が 約 3 時 間 1 0 分 で し た 。
①昭和に入り吉野川には,鉄あるいはコンクリートでつくられた多種多様な橋が架
けられたことを知り,その影響について理解しよう。
②本四架橋(3ルート)がすべて完成し,本県の人々の生活や産業にどのような影
響を与えたのかを考え,自分なりの考え・判断を表現してみよう。
③地域と地域の結びつき方に橋はどのような影響を与えたのか,客観的な資料をも
とに自分の考えを述べてみよう。
4
板書計画
~橋の役割とその影響~
◎ 吉 野 川 に か か る 多 く の 橋 の 役 割 (「 わ た し 」 か ら 「 橋 」 の 時 代 へ )
吉野川北岸地域
いろいろな
・ヒト,モノなどの交流が活発化
工法による橋
・北岸地域と南岸地域の一体化
吉野川南岸地域
◎フェリーボートから大架橋時代へ
(強まる本州と四国との結びつき)
・徳島の人々は本四架橋(鳴門‐明石)にどんなことを期待したのか。
※大都市への買い物が便利になる。
※大都市から観光客がたくさん来る。
※徳島県の特産品が大都市で売れる。
※さまざまな産業を誘致できる。
※大架橋そのものを観光の名所にできる。
(この部分の板書は場合によっては削除するか,あらかじめ準備しておいたものを
提示する方法をとってもよい。板書量が増える可能性があるから)
明石海峡大橋
283m ( 海 面 か ら )
・神戸市
徳島県
( 約 150万 人 )
(約78万人
・大阪市
1991m
( 約 260万 人 )
・京都市
( 約 140万 人 )
高速バスの運行から
読み取れること・
考えられることは?
徳島県の人口を
合計550万人
( 国 政 調 査 2010年 )
徳島県の人口の約7倍
■で表すと
■■■■
(約80万人として)
■■■
※ 徳 島 県 の 人 口 の 約 7倍 の 地 域 と つ な が り ま し た 。 ど ん な 影 響 が 考 え ら れ ま す か 。
(自由に発表させた内容を板書する)
5
授業の目標と授業過程
(1)授業の目標
(関心・意欲・態度)
○ 橋 の 役 割 と そ の 影 響 に つ い て ,自 分 な り の 考 え を 持 っ て ,積 極 的 に 発 表 し よ う と す る 。
(思考・判断・表現)
○学習した具体的な内容,資料に基づいて,橋の影響についてさまざまな視点から,自
分の意見,考えを説明できる。
(資料活用技能)
○日常生活の中で目に触れる資料を取り込み,自分が考える資料として活用できる。
(知識・理解)
○人と人,地域と地域を結びつける橋の役割について,多面的な視点から説明できる。
(2)授業過程
(導入)
○「橋」という言葉からどんなイメージを持つか考え,発表させる。
(展開)
①吉野川に架かる橋の完成順と位置図を見て,そこから読み取れることを答えさせる。
また写真を見てを見て古い順に並び替える作業を通して,橋の工法についても考えさ
せ る (「 ~ 吉 野 川 に 架 か る 橋 梁
位 置 図 ~ 」,「 写 真 」)
②橋が架かったことで吉野川北岸地域と南岸地域の結びつきかたがどのように変化した
のか,推察させる。
③徳島県外へのヒトやモノの移動・輸送手段がフェリーボートから大架橋を通じて行き
来するようになり,徳島県という地域が全体として,あるいは地域的にどのように変
化してきたのかをグループに分かれ想像,推察させ,意見をまとめ,発表し議論をさ
せる。
④高速バスの利用者はどんな目的で利用しているのか,県内から県外へ視点と県外から
県 内 へ の 視 点 で 考 え さ せ る 。( 表 2 の 大 鳴 門 橋 ・ 明 石 海 峡 大 橋 経 由 の 覧 に , 経 由 す る
と 思 わ れ る 高 速 バ ス に ○ 印 を 記 入 さ せ る 。)
( 表 2 「 高 速 バ ス の 運 行 状 況 」)
(まとめ)
○ 展開の③で出てきた主張をふまえながら,大架橋(鳴門‐明石ルート)の架かった
ことで,県内外に与える影響についてさまざまな視点から整理させる。
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