...

多摩川河口の自然を考えるシンポジウム 2015 の記録 日本野鳥の会

by user

on
Category: Documents
8

views

Report

Comments

Transcript

多摩川河口の自然を考えるシンポジウム 2015 の記録 日本野鳥の会
BINOS vol.23 (2016) : 105-148
【講演記録】
多摩川河口の自然を考えるシンポジウム 2015 の記録
日本野鳥の会神奈川支部 1
Kanagawa chapter of Wild Bird Society of Japan : Record of Mouth of the Tama River Nature Symposium 2015
シンポジウムの記録
はじめに
神奈川県と東京都の境を流れる多摩川は、東京湾に
日時:2015 年 10 月 31 日 ( 土 )
流れる重要な河川です。その河口は、古くから干潟環
13 時 30 分~ 18 時 30 分
境を含む、大きな湿地帯がありました。その多摩川
場所:ラゾーナ川崎 5 階「プラザソル」
河口は、戦前から羽田空港の埋め立てや京浜工業地帯
主催:日本野鳥の会神奈川支部、日本野鳥の会東京
の開発により大幅に減少して来ました。しかし、河口
共催:(公財)日本野鳥の会
干潟やヨシ原など湿地帯は奇跡的ともいえる生態系が
後援:(公財)世界自然保護基金ジャパン、
残っています。その多摩川河口の自然は、羽田空港の
(公財)日本自然保護協会
第4滑走路に建設により大きなダメージを受けまし
参加者:約 160 名
た。その後、神奈川県主導による「神奈川口構想」で
講演:
大田区と川崎区殿町地区を結ぶ連絡道路が浮上しまし
◆持続可能性アセスメントと合意形成
た。その経緯は ( 日本の会神奈川支部 ,2008) に記録
原科幸彦氏 (千葉商科大学)
を掲載した。
◆多摩川河口干潟のシギ・チドリ類
しかし 2014 年に国際戦略特区の活性化として羽田
守屋年史氏(バードリサーチ)
連絡道路構想が急に立ち上がりました。今回のシンポ
◆水面からみた東京湾と羽田空港の浜辺
ジウムは、川崎市を交えて多摩川河口の自然と羽田連
長谷川 充弘氏(大森青べかカヌークラブ)
絡道路を議論するために企画しました。
◆世界のウェットランドの現状と問題
本稿は、シンポジウムにおける各氏の発言を、録音
前川聡(世界自然保護基金ジャパン )
テープを基にまとめたものであり、文責は石井隆にあ
◆羽田空港周辺・京浜臨海部の連携強化 (( 仮称 ) 羽
ります。テープ起しと原稿の電子化は、荒巻玲子氏に
田連絡道路の整備)
お願いしました。荒巻氏には原稿の作成に関して感謝
奥澤豊(川崎市総合企画局臨海部国際戦略室担当部長)
の意を表します。
◆川と海の繋がりを考える社会システム
また、このシンポジウム開催にあたり、川崎市企画
清野聡子(九州大学)
部には多大な協力を頂きました。講演者とパネラーに
方には、貴重な講演等を頂きました。ここに記して感
パネルディスカッション
謝いたします。開催にあたり(公財)自然保護助成基
鈴木茂也(日本野鳥の会神奈川支部)
・葉山政治(日
金プロ・ナトゥーラ・ファンドの助成金を利用しまし
本野鳥の会)・志村智子(日本自然保護協会)・
た。
井口利枝子(とくしま自然観察の会)・原科幸彦・
守屋年史・長谷川 充弘・前川聡・清野聡子
1: 横浜市神奈川区栄町 2-8 横浜藤ビル 2 階 TEL 045-453-3301
キーワード : 多摩川河口、連絡道路、湿地帯、合意形成、シギ・チドリ類
Key words: Mouth of the Tama River, contact road, wetlands, consensus building, shorebird
BINOS vol.23(2016)
105
写真 当日の会場のようす
発言の記録
最近ではアユも遡上したり、一昨年にはシジミ漁の漁
1.開会挨拶:(公財)日本野鳥の会 理事長 佐藤 仁志
業権が復活したというようなニュースも流れてきまし
本日は「多摩川河口の自然を考えるシンポジウム
た。
2015」に、このようにたくさんの方にお集まりいた
このような優れた自然が残っている地に、羽田空港
だき、ありがとうございます。このシンポジウムは、
と川崎側をつなぐ橋を架けようという構想が、浮かん
日本野鳥の会神奈川支部、日本野鳥の会東京、それに
だり消えたりしておりました。そういった中で、先程
(公財)日本野鳥の会の 3 者が主催して開催しており
紹介があったように 2007 年に同じタイトルのシンポ
ます。主催者を代表いたしまして、ご挨拶申し上げた
ジウムを開催いたしまして、多摩川河口の自然の豊か
いと思います。
さを紹介したり、それから戦略アセスメントと呼ばれ
この会場の近くの多摩川河口一帯には、非常に優れ
る、いわゆる計画を決定してしまってからの環境影響
た自然が残っているということをご存じだと思いま
評価ではなくて、計画を決める段階で計画アセスメン
す。汽水域特有の塩生の植物群落とか、干潟には多く
トをきちっとやるべきだといったような議論の場を、
の野鳥たちが飛来するという場所です。特に秋とか春
それから合意形成の場を作ってきました。今回のシン
とかの渡りの時期には、シギ・チドリの仲間がたくさ
ポジウムは、再びそういった構想がかなり現実味を帯
ん飛来して干潟で羽を休めたり、餌を採ったりします。
びてきて、「羽田連絡道路」ということで、国が設置
また潮干狩りとかカニ採りとか、そういったことに興
した「国際戦略特区」という我々にあまりなじみのな
じる子どもたちの姿もよく見られます。大都市東京と
いような、会議が設置されて、その中から出てきた計
この川崎に挟まれたこのような場所で想像できないほ
画です。川崎市民の皆さんと東京都民の皆さん、そし
どの、のどかで豊かな環境が残されている場所と思っ
て多摩川河口にかかわる我々を含めて、多くの市民の
ております。多摩川は高度経済成長の進んだ中ではか
合意形成といったことを得ずに進んでいる計画です。
なり汚染が進みまして、いろいろ心配されたのですが、
本日のシンポジウムが多摩川河口のこれからを、みん
106
日本野鳥の会神奈川支部研究年報 第 23 集
なで考える再スタートになればいいなと期待しており
日本国内の環境アセスメントは残念ながらまだまだ
ます。
不備なところがありますが、国際協力の分野を見ます
最後になりますが、このシンポジウムは、
(公財)
と今はずいぶん良くなりました。20 年ほど前はかな
自然保護助成基金プロ・ナトゥーラ・ファンドの助成
り問題がありまして、いろいろ批判してきたのですが、
をいただいて開催しております。また
(公財)
WWF ジャ
だんだん良くなって来まして、今は結構世界をリード
パン、
(公財)日本自然保護協会のご後援もいただい
できる所まで来たのかなという印象を持っています。
ています。ご紹介に併せて御礼を申し上げたいと思い
一方で国内のアセスはなかなか良くなりません。ど
ます。本日はどうぞよろしくお願いいたします。
うしてこうなったのかというと、おそらく外部からの
批判があまりないからでしょう。世界の、国際的批判
2.持続可能性アセスメントと合意形成
というもの。国際協力の場だと世界の目がありますか
原科 幸彦(千葉商科大学)
ら、そういう議論の場が生まれいいものができてくる。
ご紹介ありがとうございました。千葉商科大学の原
国内ではそれが反映されない。そういうことで、国内
科幸彦です。少し前まで東京工業大学におりましたの
は縦割り行政の弊害が未だにあり、総合的なアプロー
で、そっちがずっと長いのですが、そちらはもうリタ
チができません。先程ご紹介いただいた中で、戦略的
イアしまして、今、名誉教授になっております。私は
環境アセスメントと言われましたが、これはまさに意
社会工学を東工大でやっていたのですが、環境計画・
思決定に国民が関与することなのです。ところが日本
政策分野で、特に参加と合意形成を対象にしておりま
ではなかなか関与できないのです。話は決まった、と。
す。
あと少しだけ手を加えて直しましょうぐらいのことな
今日は多摩川河口の自然を考えるシンポジウムです
のです。ところが、それではどうもうまくないという
ね。私は多摩川にはちょっと縁 ( ゆかり)があります。
ことがあります。
高校は立川高校なのです。河口の川崎のずっと上流の
最近、世論を賑わせた新国立競技場計画、この問題。
ほうです。立川高校ですので、多摩川は子どもの頃か
これも私は岩波の『世界』で鼎談をやったり(2014
らずっと知っておりまして、それから大学は東京工業
年 8 月号)、講演したり、新聞にも書きました。です
大学、これは大田区で多摩川に近いのです。テニス部
が 1 年程前にはほとんどの人が関心を持っていなかっ
の練習などではすぐそばまで行きましたし、いろいろ
たです。「原科さん、なんでそんなことをいろいろ言っ
な形で関わりました。そんなに深くはないですが、長
てるの」と言われましてね。個別に話すと「ああ、そ
い人生では何回か関わりがありまして、私の指導した
ういうことですか」とびっくりするのですが、ほとん
学生の一人は多摩川の NGO 活動を対象にして研究を
ど知らなかったですね。
行ったりもしています。
今年の 5 月、6 月になってこのことがだんだんニュー
今日は、合意形成の問題を中心にお話ししたいと思
スになりまして、舛添知事が抵抗していろいろな話題
います。この本を持ってきました。
『都市・地域の持
になり、メディアがこれを大きく取り扱ったところ、
続可能性アセスメント』ということで、目次が分かる
だんだん様子が分かってきたのです。政策情報、情報
ように、水色のチラシを配ってもらいました。この本
ですよ。情報が伝わるとみんなこれが分かってくる。
は私と東京大学の都市工学科の小泉秀樹先生、2 人で
何といろいろな世論調査の結果、8 割以上が反対、見
編集してまとめたものです。
直しです。これを私はこの間(かん)に、文部科学副
私はプランニングの世界、日本計画行政学会でも活
大臣、オリンピック担当の方にも会いましたが、彼に
動してまいりました。あるいはアセスメントの世界で
話したら、よく分かったと言うのです。それからスポー
は、環境アセスメント学会はもちろんやってきました
ツ青少年局長にも話しました。彼も分かったと。彼な
が、国際影響評価学会(IAIA)
、この学会では、日本
んかはもう 8 割以上が反対した政策は日本の文科省始
人で初めて会長をやりました。この学会は世界 120
まって以来無いのだから、こんなのうまくいくはずが
の国と地域からメンバーが入っており、学者ばかりで
ないと言っていました。
はなく、実務家とか NGO とか、政府機関、国際協力
その後どうなったかというと、この問題は内閣府が
機関と、いろいろなところが入っています。
扱うようになったのですね。文科省もずいぶん変わっ
BINOS vol.23(2016)
107
てきたと思います。だけど文科省が「これはまずい
めです。 な」と思った時には今度は話が変わり、意思決定の主
でも、全国自治体の中で先進的な自治体はあります。
体が変わってしまったわけです。そうするとどうなる
川崎市が一番先進的だと思います。そういう点では日
か。皆さんは大変これには期待したと思いますが、私
本の平均よりは随分先を行っています。だからその先
はうまくいくのか、非常に心配しています。7 月 17
進的な点をもっと進めていただくと、さらに素晴らし
日に安倍首相が「見直し、白紙撤回」と言われたので
くなります。川崎市はていねいにやっていますが、そ
すが、白紙撤回の中身がはっきりしない。そのままで
れでもアメリカに比べればまだもう一息です。ですか
来ていますから、その後のプロセスは、私から言えば
ら日本全国が川崎並みに、アセスを幅広くやってくれ
不透明なのです。遠藤大臣はヒアリングをしましたが、
ればいいと思います。その上で改善していけば良く
でもこれは、ヒアリングはするけれど、ではそれに対
なっていくと思いますが、今日本全国の標準的な形と
してきちんと応答をしているか。つまり「意味ある応
いうのはあまり良くないと思います。
答」をしたか、です。これがないのです。ですから、
さて 2 つ目、「アセスメントの本質」は何かという
ヒアリングの結果を見ると私は非常な心配をしており
ことです。例えば名古屋市の藤前干潟が保全されまし
ます。今日はそんな話もいたします。
た。これはアセスメントが本当に役に立ったことを示
この説明資料、
「持続可能性アセスメントと合意形
したいい例なのです。環境に配慮した結果、名古屋市
成」と書きましたが、
「
『意味ある応答』を」というサ
は随分政策が変わってきました。それが名古屋市の行
ブタイトルです。4 つの点でお話したいと思います。
政上、素晴らしいプラスの効果がありました。2016
1 番 目 は「 持 続 可 能 社 会 の 作 法 」
。SD と は、
年の 5 月に名古屋市で私が会長を務めた国際影響評価
Sustainable Development ですね。人間行為をどう管
学会、この世界大会を日本で初めて開く、これが名古
理するかがポイントです。そこで大事なことは、アセ
屋市なのです。つまりそういう環境に対して政策が随
スメントの理念を変えていただきたいと思います。今、
分変わってきたので、それも評価されたということで
日本では極端に大きな事業しかアセスの対象にしてお
す。オリンピックと同じようにコンペ方式で開催地を
りませんので、とても数が少ないのです。これも散々
決めますので、プレゼンをやりまして、審査の結果、
私は言ってまいりました。例えば、
日本経済新聞の「経
名古屋に決まったわけです。これが 2 つ目です。
済教室」に先日書いたものがこれです。
「環境簡易ア
3 つ目。「戦略的環境アセスメント」、これはさっき
セス導入急げ」と書きました。これを読んでいただく
も申し上げました。これはどんなものかと。日本でも
と、私の言いたいことがお分かりいただけると思いま
これが導入される可能性があったのですが、結果的に
す。
は現在はまだ、少なくとも国政レベルでは実現してお
ポイントは、簡易アセスは日本にないので、日本の
りません。自治体では若干進んでおりますが、まだま
国民は環境情報に触れる機会が大変少ないということ
だ遅れております。国際協力の分野ではもうすでに始
です。例えば環境影響評価法のもとでは、これまでの
めております。だから国内が遅れているのです。
データですが、年間平均 20 件前後です。この数はそ
4 番目。さらにこれを考えると「持続可能性アセ
んなものかな、という感じを持たれると思いますが、
スメント」この考えです。つまり環境の問題だけで
実は、アメリカでは連邦政府の制度だけでも年間 3 ~
はなくて、いろいろな影響、インパクトを考える。
5 万件やっています。だから 2000 倍です。何でこん
社会の影響、普通国際協力では「環境社会」と言い
なに違うのか。アメリカではちょっとしたことでもア
ま す が、 環 境 社 会 配 慮、Environmental and Social
セスをやるのです。極端に大きなものではなくて、身
Consideration と言います。環境と社会、トータルで
近なことで。それも早い段階から。ですから数が多い
幅広く。それに加えて今度は経済も考えようというこ
のです。2000 倍です。そうなると環境情報に接する
とです。これは例えば、IOC はオリンピックアジェン
機会はまるで違うでしょう。それには意見が出せます
ダ 21 を 1999 年に作りまして、その中で環境社会配
から、だから環境に対して国民がものを考えて意見を
慮をはっきり言っています。だから東京都も本当は
出すという、こういう社会に変わっていくのです。日
それをちゃんとやらなければいけなかったのですが、
本は今そのシステムができていないので、まだまだだ
やっていないのです。環境社会配慮を IOC は求めてい
108
日本野鳥の会神奈川支部研究年報 第 23 集
ます。これに加えまして、アジェンダ 2020。これは
これは土地利用計画、土地利用規制ができているから
費用のことも言っています。経済のことも。ですから
なのです。20 キロのところといったら大体見当つき
今や環境・社会・経済の 3 面でチェックしようという
ますね。こんなに違います。これは調布の辺りです。
のが、IOC が求めていることなのです。それに変わっ
川崎のちょっと北のほうです。ニューヨークは森の中
てきたのです。そういう意味でも持続可能性アセスメ
に住宅が点在しております。
ントの概念でこれから考えなくてはいけないというこ
この違いというのは何か。キーワードは「計画」な
とを最後に申し上げたいと思います。
のです。計画をきちっと作ってくれば、こういうこと
この写真(図1)をもうご覧になった方がおありか
になりますが、計画がぐさぐさだと東京みたいになっ
と思います。この写真は、この本の口絵、ここに出て
てしまうのです。そこで、これも「経済教室」に昔書
います。これを大きくしたものです。この写真は元々
いたものですが、これは結構反響がありました。20
放送大学で番組を作ったときのものです。放送大学で
年ほど前です。ちょうど阪神淡路大震災の後でした。
16 年間、3 つのシリーズでアセスメント関係のこと
東京の土地利用のことを書いています。左側が都市的
を教えてきまして、この写真は 2 回目に撮ったもので
活動、右が環境です。バランスが悪いわけです。これ
す。最初は 1990 年代、これは 2000 年代に入ってか
は反響が大きかったので、日経は英語にして世界に情
らです。左が東京、右がニューヨークです。世界の大
報発信してくれたんです。英語にした時に漫画をつけ
都市、東京とニューヨークです。比較しますと東京の
てくれました。私のメッセージはこういうことだ。要
ほうが、
ビルが沢山あるでしょう。東京のほうがニュー
するに東京の土地利用構造は環境とのバランスが悪い
ヨーク、マンハッタンより多いのです。オフィスの床
と。ちょうど阪神淡路大震災の後だったので、大都市
面積は 2 倍以上あります。べらぼうに高密度です。今、
の土地構造問題が注目されました。その当時は土地利
さらに開発やっていますから、果たしてこれでいいの
用をコントロールしようという機運は少しありまし
だろうかということです。特に地震のリスクを考える
た。でもその後変わってまいりました。
と心配なことはいっぱいあります。では都心から 10
持続可能というためには、結局、人間活動を何らか
キロ、わずか 10 キロのところです。川崎よりもっと
の形で管理しなければいけないです。そこで私は環境
都心です。明大前のあたりの上空です。世田谷区です。
計画とか環境政策ということを研究してまいりまし
ニューヨークを見てください。緑がいっぱいでしょう。
た。これは持続可能な社会、持続可能性、どうやって
東京
ニューヨーク
図 1 土地利用比較: 都心部(CBD) (by Harashina,2004)
BINOS vol.23(2016)
109
そのための合意をもっていくか、これがポイントです。
て、私もこの分野の研究を始めた頃は元々環境庁の国
合意形成のためには合理的であること、それから公平
立公害研究所におりましたので、環境行政といろい
であること、合理的なためには科学的な分析、客観的
ろな役割分担があると。だから意思決定と言っても
なデータが必要です。公平、いろいろなステークホル
ちょっと距離があるなという感覚を持っていて、そう
ダーの意見を、民主的でないといけないです。
いうものかと思っておりましたが、だんだん世界の様
この分野での基本は、アメリカの国家環境政策法
子を調べてまいりまして、いやそうではないというこ
(NEPA) です。1969 年にできました。これはアメリカ
とが分かってきましたので、今は違います。アセスメ
の民主主義社会の仕組みがベースでできたものですか
ントは本来、合意形成を支援するものであると考えて
ら、この理念というのはそういう背景があります。こ
おります。
の法の冒頭には、4 つ目的が書いてあります。特に注
だから人々の懸念、Public Concerns にどう答える
目したいのはこの 1 つです。
か。これがポイントで、だからコミュニケーションな
‘which will encourage productive and enjoyable
のです。どうやってコミュニケーションをやっていく
harmony between man and his environment’
か、それに対して意味ある応答をしなければいけない
「man and his environment」46 年前の表現はこうで
のです。質問に対してダイレクトに答える、これがポ
すね。今どき「man and his environment」と言ったら、
イントです。
女性に怒られてしまいます。
「man and woman and
環 境 影 響 評 価 法 は 2011 年 に 改 正 さ れ ま し た。
there environment」と言わないとダメだと言われそ
2010 年に法案が出たのですが、成立までに 1 年かか
うですが、こんな表現です。
りました。ちょうど東日本大震災の直後です。改正法
人 間 と 環 境 と の 間 の で す ね、productive、 生 産
が制定されました。しかし、その時この新聞記事にあ
的で、enjoyable、私は「快適な」と訳しましたが、
るインタビューを受けたのですが、まだ改善する点が
enjoyable な調和を促進する。そのためにはアメリカ
あると答えました。例えば原発事故。私の言っている
は連邦政府の意思決定に、調和のための判断に、皆
簡易アセスがあれば、原発事故は防げたかもしれない。
さんの声を聴く、それは人々の懸念事項です。Public
なぜならば非常電源の移設問題、これは東京電力の内
Concerns と言います。Public Concerns、皆さんの心
部で密かに検討していたのです。だからあの規模の震
配していることに答えましょう。これがアセスメント
災の来ることは想定しておりました。だけどそれが非
なのです。だから大規模事業でなくても、規模が小さ
公開だったから、みんな知らないのです。数年経って
くても、心配だったらチェックしましょうというのが
だんだんこれが分かってきた。何だ、知っていたんじゃ
出てくるでしょう。仮に大きな事業でも、影響がなけ
ないかということですね。しかも対策の検討までした
れば、Public Concerns は生じないのです。
のです。だけどそのプロセスが非公開だから、誰も知
だから、規模だけでアセス対象を決めるというの
らないから、適切な判断ができなかったのです。法は
は、本当に初歩的な段階です。日本はアセスメントが
改正されまして良くなりましたが、まだ問題がありま
始まって 40 年以上になります。国の法制化は遅れま
す。
したが、川崎市は日本で最初にアセスメントの条例
一つは、簡単なアセス。これは言ってみれば集団検
を作りました。日本のアセスメントの発祥の地です。
診なのです。集団検診をやって、そして精密検査に進
1976 年、40 年前。長い歴史があります。だから川崎
むものはそのうちのほんの一部ですよね。日本ではど
は他と違って、大規模だけではなく、小さなものも規
うかというと精密検査しかやらない。つまり、重病に
模に応じて対応しているでしょう。規模が小さければ
なってからしかやらないようなことをやっているので
簡単にアセスメントやれるじゃないですか。まさにそ
す。健康に見えても危ないかもしれない。それが集団
ういう発想なのです。その考え方が日本全国に広がっ
検診です。だから簡易アセスというのは集団検診です。
ていけば、変わるのではないかと思います。
アメリカでは集団検診をやっていますから、実際に精
これは放送大学で私が担当した番組のテキストで
密なアセス、日本式の時間もお金もかかるアセス、こ
す。
『改訂版・環境アセスメント』
。日本のアセスメ
ういうものをやっているのは少ないのです。99.5% は
ントは残念ながら意思決定から切り離されておりまし
集団検診のレベル、簡易アセスで終わっております。
110
日本野鳥の会神奈川支部研究年報 第 23 集
だからその段階で事業主体が環境配慮をしていれば
SEA」が必要。SEA というのは戦略的環境アセスメン
オーケーが出るのです。そうすると 2 年も 3 年もか
トの英語の表現です。英語で Strategic Environmental
けなくても、3 ヶ月か 4 ヶ月で終えることができるの
Assessment といいます。
です。例えば火力発電所のリプレース、これは既に過
環境省がつい、環境影響評価法が施行になるまでは
去にチェックしているでしょう。周辺環境はあまり変
SEA の共通ガイドライン、省庁共通のガイドラインを
化していなければ、インパクトはそんなに変わらない
作りまして、私もその検討委員のメンバーだったので
ですよね。今の仕組みでは 2 年、3 年かかってしまう。
中身はよく知っていますが、これがありましたので、
だけど簡易アセスがあれば、しっかりした対応さえし
その段階では「位置・規模等の検討段階」のアセスを
てあれば、事業者はたった 3、4 ヶ月で終えられるの
やるとなっていました。しかし改正法が成立した時、
です。そういう、つまり努力が報われる仕組みが簡易
それを廃止しちゃった。ガイドラインもなくなり、国
アセスなのです。集団検診、プラス、詳細アセスの組
のレベルでは実質的になくなってしまったのです。
み合わせです。
もう一つ大事なのは「司法制度との連動」です。ア
「スコーピング」についても問題が生じました。辺
セスはしっかりとやらないとだめでしょう。これはも
野古アセスで出てきました。方法書作成前に事前調査
う当たり前のことなのですが、日本では行政がきちっ
をやったのです。これは皆さん、こういった自然環境
とやらなくても、それに対してチェックする機構が十
のことはよくご存じのとおりで、自然に手を入れると、
分ではないです。ですから、そうするとアセス手続き
それでもう環境が撹乱されてしまいますから、調査に
が、中身がきちっとしていなくても、一応手続きが終
ならないですね。辺野古ではサンゴ礁が破壊されて、
わったらそれでおしまいになってしまう場合が多いで
ジュゴンがずっと寄ってきていたのに、来なくなって
す。辺野古のアセスがそうでしたし、リニアアセスも
しまった。サンゴ礁を壊して来なくなった後に「ジュ
そうです。関係 6 都県の知事が 600 件にわたる意見
ゴンはいませんよ」と言われたって、これはおかしい
を出しましたが、ほとんどそれにきちんと答えないう
ですよね。
ちに、先に行ってしまいました。その場合「これはア
それから「審査」
、これは日本の自治体では外部専
セスが不十分だよ」と声を出せば話は変わりますね。
門家による審査会がありますから、意思決定に外部の
国際協力の分野ではそうなっています。異議申立制度
チェックが入ります。これは非常にいい仕組みです。
がありまして、おかしかったら異議申立をできるので
川崎ももちろんやっています。その意味でも川崎はい
す。それによってチェックが入ります。
ろいろな点で進んでいますが、ところが環境省には、
先程申し上げた、アセス実施件数の違いです。これ
国のレベルではこれがありません。最近はテンポラ
は左がアメリカ、右が日本です。点が小さいでしょ
リーに場合によってはそういう場を臨時的に作ります
う。2000 倍の差ってこういうことなのです。これだ
が、定常的ではないです。これは必要だと思います。
け違うのです。つまり、環境情報が手に入って来な
4 つ目、
「代替案の比較」
。これは昔よりは良くなりま
いのです。だから国民が環境に対して本気で考える
した。でもまだ完全に義務付けがないので、やらない
ことができないですよ。60,000 ~ 80,000 という数
場合が結構あります。特に「ノーアクション」、つま
字はさっきよりも多いですね。アメリカには州の制度
りその事業を行うかどうか、これを比較するというこ
もある。州の制度も合わせると 60,000 ~ 80,000 で
とは大変重要です。となると計画の意思決定の早い段
す。日本も都道府県の制度がありますから足すと、そ
階でやらなければいけないでしょう。
れでも 60 から 100 です。平均 70 ぐらいです。だか
新国立競技場計画は、物が決まって、オリンピック
らこんな程度なのです。日本ではしたがって Public
招致が決まって、その後からアセスをやっているか
Concerns に答える、そういう道がないということで
ら、もう計画をいじれないと言うのですね。そうした
す。
らアセスをやってもほとんど意味がない。あまり効果
これは日本の仕組み(図 2)、真ん中が環境影響評
がない。むしろどういう建物を作るかという段階でア
価法です。左が閣議アセスです。右側が NEPA(アメ
セスをやれば、より良いものを選べます。それが戦略
リカの国家環境政策法)制度です。今の国の制度は真
的環境アセスメントです。ですから「計画段階で行う
ん中ですね。方法書段階、準備書段階、ご存じのとお
BINOS vol.23(2016)
111
りです。昔は実は方法書段階がなかったのです。アセ
ス調査が終わってからスタートした。だから随分遅い
ですね。右がアメリカの制度ですが、スクリーニング
段階でも情報公開と参加の場があります。これが簡易
環境影響評価法
(1999年6月から)
(1969年)
事業の提案
事業の提案
事業、計画、政策の
提案
一覧表による
対象事業の判定
スクリーニング
第一種事業
第二種事業
Screening
アセスなのです。ここで集団検診をやるのです。これ
がすごく大事です。ですからこれは、もしちゃんとし
た対応をしなければ詳細アセスをやる。これはコスト
がかかりますね。そうすると事業主体はできるだけ簡
易アセスで終わりたいので、最初から環境に配慮する
わけです。結果として 99.5% は簡単なチェックで終
わっちゃうのです。これがポイントです。
米国 NEPA
閣議アセス
(1999年6月まで)
EA
方法書
(Scoping)
Scoping
準備書
(DEIS)
準備書
(DEIS)
DEIS
評価書
(FEIS)
評価書
(FEIS)
FEIS
許認可
許認可
許認可
簡易アセス
Referral
to CEQ
参加の機会
図 2 国レベルの環境アセスメント制度 : 日米比較
「参加の 5 段階モデル」をお示ししておりますが、
これは住民と public、民間との関係ですが、
「情報提供」
というのは一番低いレベル。それから「意見を聞く」
ですね。応答しますが「形だけの応答」
、一応応答し
たけど中身が対応しない。大事なのは「意味ある応答」
で、
レベル 4 です。
「Partnership」
というのはお互いイー
ブンな条件なので、これを参加と言えるかどうか微妙
なところなので、ちょっとはずして並べました。
「意味ある応答」というのがポイントです。環境ア
セスメント、あるいはインパクト・アセスメントとい
うのは、この意味ある応答を支えるものなのです。な
ぜかというと、きちっとした情報提供をして意見を求
めるのですから、しかも公開プロセスだからしっか
りしたレスポンスがないとだめだということになりま
す。この public な space というのは「公共空間」と
私は言っていますが、皆さんがアクセスできる、どん
な議論がされているか、どんな情報があるか分かる、
そういう場です。
例えばアセスの場合は、方法書を出しまして、意見
書という形で、意見を文書で出します。この中身は公
開されます。次はそれに答えて準備書を出すわけです。
これも公開されます。準備書にまた意見を出す。意見
書にまた答えて評価してくれるでしょう。だからやり
とりがあるのです。それによって一つの、一種の議論
のようなことができます。そういうことで意味ある応
答がなされる可能性が生まれる。絶対生まれるとは限
らないけれども、public でやれば、公開でやれば、そ
の事業主体の社会的な信用も関係してきますから、通
常はきちっとやります。日本社会はそういう点でガバ
ナンスはいいですから、やると言えばきちっとやりま
す。でも見えない所では、何が起こっているか分から
ない。こういう公開でやればちゃんとやります。
112
これは、「環境社会配慮」についてです。合意形成
の要件をまとめますと、一つは「合理性のために」や
る代替案の検討です。比較検討ですね。これはシステ
ム分析の方法を使います。それから「公正性のために」
は、民主的なプロセスですね。これは参加、情報公開
です。そしてそれを「効率性のために」そこでコミュ
ニケーションを促進するプロセスとしてインパクト・
アセスメントが行われるようになりました。これはア
メリカの人なら、アメリカの一番誇れるのがこの分野
ですね。ソフト分野での、アメリカのインベンション
だとよく言っています。
環境社会配慮のあるべき手段としては、意思決定と
の関係で言いますと意思決定の上流段階でやらなけ
ればいけないということで、戦略的環境アセスメン
トという言葉、概念が生まれました。SEA、Strategic
Environmental Assessment で す。「 持 続 可 能 な 開 発
(SD) のための手段」ですね。「環境に著しい影響を与
える人間活動を管理」します。例えばある開発が必要
か。道路を作るという時に、道路は必要か。橋を作る
時に、橋は必要かな。そういうことです。「累積的影
響の緩和」とは、ある地域にいろいろな開発行為があ
る場合、地域の将来は、どうなるかですね。それを、
将来を考える。戦略的に考える。方法論の基礎は同じ
です。アセスメントですから。つまり科学性の基礎は
システム分析。代替案の比較検討ですね。そして参加
と情報公開。こんなふうになります。
戦略的環境アセスメントの世界の状況はこの図(図
3)のようになります。政策、計画、事業と、意思決
定の上流から整理していますが、計画はプランという
大きな枠組みを決める段階と、プログラムという手順
まで考える、具体性の高い段階に大体分けています。
日本野鳥の会神奈川支部研究年報 第 23 集
ですからスリーピーズ(3Ps)と言って、事業より上
政策
の段階ですね、Policy、Plan、Program、これをスリー
ピーズとよく言いますが、それが順番にこんなレベル
で整理できまして、一番上の段階では中身はまだはっ
きり固まっていないのでやりにくいですよね。だから
戦略的
環境アセス
(SEA)
計画
・・・・
Plan
蘭 ’87、世界銀行 ’95
・・・・ 韓国’99、中国 ’03
EU、SEA指令 ’04 ほか
Program
世界でも少ないです。でも NEPA では最初からこれ
も対象にしました。それからオランダではもう 20 年
前から環境テストをやって、その段階での環境配慮を
チェックして公表しています。
事業アセス
(EIA)
事業
Project
しかしメインはプラン段階です。オランダはもう
30 年近く、世界銀行は 20 年前、韓国も 10 数年前、
NEPA(‘69) は当初から
政策・計画も全て対象
蘭、環境テスト’95
Policy
・・・・ 環境省共通GL ’07
(日本型SEA: 位置・
規模等の検討段階)
アセス法13事業のうち
発電所のみ除外に
’11のアセス法改正で
SEA共通GLは廃止
改正法にSEAは含まれず
図 3 戦略的環境アセスメント
中国も 10 年以上前ですよ。EU も 10 年以上前です
ね。だから 10 年、20 年、30 年前からやっています。
ところが日本はやっていません。ようやく始めたのは
2007 年です。このシンポジウム、8 年前にやったと
おっしゃったけれど、その時にようやくこれができた。
環境省の共通ガイドライン。日本型 SEA と言ってい
まして、つまり SEA は、普通はプラン段階で行うけ
れども、これはプログラム段階、位置や規模を決める
段階ですね。枠組みはもう決まっていて、ではどこに
しましょうか、大きさどうしましょうか、そういう検
討段階です。だから他に比べると段階が遅いのですが、
それでもここでやりましょうということを決めていま
した。ところが発電所だけ土壇場で適用除外になりま
した。
2011 年のアセス法改正では、この SEA 共通ガイド
ラインがありますから、それが法改正で盛り込まれる
とみんな思いました。だからガイドラインを廃止した
のです。ところが改正法に実際は入らなかった。こん
なことが起こりました。はしごを外された感じです。
世界は違いますよ。これは私が IAIA の会長をやって
いた時に香港でやった国際会議です。ご覧のように欧
米の人もアジアの人もみんな集まっているでしょう。
2009 年のことです。だからアジアも途上国も先進国
もみんなやっているのです。特に香港はずいぶん進ん
でいます。そういう観点、すなわち、世界に対して目
を広げると随分違います。
このオリンピックのメインスタジアム計画、この絵
は皆さんよくご存じで、これは当初案を少し規模を小
さくして変てこな格好になってしまって、デザイナー
もこれでは困ったと思いますが、これは費用がべらぼ
うなのでこうしたのですね。これでも 3000 億円くら
いかかるという話だった。これをさらに白紙撤回で、
BINOS vol.23(2016)
コンパクトにしようという話になりました。この段階
は当初案から少し小さくして、でも 2 割ほどしか、最
初は 29 万平米だったのです。ですから 2 割ほどの削
減。高さも 75 メートルを 70 メートル。5 メートル
だけ減らしたのです。ほとんど変わらない。だから巨
大なものですね。
これは当時の計画と、もう壊してしまった旧国立競
技場を比較したものです。左の計画ではマンモスみた
いなでかいのができちゃうのですね。右が神宮外苑に
あった昔の、もう壊した、解体した旧競技場です。ず
いぶん違いますね。これを図にしてみると、後ろの山
みたいな、あれがさっきの計画の規模ですね。手前の
漁船みたいなのが旧競技場、まるで違うでしょう。こ
れで環境に調和するのだろうか。つまり歴史的環境、
自然環境への配慮が全くない。これは、もう本当に一
目で分かります。それからもう一つ、ヒートアイラン
ド。神宮外苑地区は風の道を作っていたのですね。こ
の計画は、これを完全にブロックします。これは気候
学者がしっかり、都市気候の研究者が分析して教えて
くれました。しかも東京五輪のレガシーである旧国立
競技場、これを壊しちゃったんだから、残念なことで
す。
IOC のアジェンダ 21 にはっきり書いてあるのです。
持続可能な開発と環境保全というキーワードが入って
いまして、文化環境、社会環境、自然環境、つまり、
環境社会配慮ですね。自然環境プラス社会。ちゃんと
はっきり書いてあるのです。東京都は案がほとんど決
まってからアセスを始めたのですが、環境社会配慮は
全くできていないです。
例えばこれは意思決定の段階と比較したものです。
こんな関係です。自主アセス、これは東京にオリン
113
ピック招致が決まってから行っていますが、この段階
かも重要なポイントはチェックしていません。これを
で一回計画を止めるべきだった。そして、アセスをや
DAD(ダード)と言います。DAD というのはオヤジ
らなければいけなかった。昔の競技場を使うのか、新
さんです。これは英語の世界で我々の分野では、もう
しいのをどんな規模にするか、そういう検討が全く無
20 年以上も前から言っていることですが、Decide の
しで、あの巨大な計画ありきで始めたアセスがこれで
D、 Announce の A、そして Defend の D で DAD。つ
す。持続可能性という考えからすれば、実におかしな
まり「決めた」、結果を公表します。次に、説明します。
ことになっています。つまり計画実行前にアセス実施
いろいろ注文がつくと、
「大丈夫」、
「これでいいですよ、
が不可欠なのに、そうなっていない。合理性という点
これで」。そして、終わってしまう。これではだめでしょ
では代替案検討、これもやっていない。それから公正
う。
性、情報公開とか参加、これも非常に少ない。情報公
新国立競技場計画の見直し決定後、政府は整備計画
開、さっきの表にも書いておきました。意味ある応答
再検討推進室を作りました。私はこの直後に文部科学
はほとんどなかったですね。つまり人々が懸念する事
副大臣と折衝したのですが、そのすぐ後に権限が移っ
項、 Public Concerns、これに全く答えていないです。
てしまった。だから文部科学省が「あ、そうか」と分かっ
これではだめです。
てもだめなのです。私の話が終わったら、先方が握手
これは私の研究室の博士課程の学生が調べた、分析
してきたぐらいなので、しっかり分かってもらえたは
したものですが、調べてみると大事なポイントがいっ
ずです。そして、ひと月後に新整備計画を発表しまし
ぱいあるのですが、あるべきものから随分乖離してい
た。ところがこのひと月半のプロセスで私がこうしな
ます。例えばあのばかでかい屋根は、コンサートをや
ければだめだと言ったことをやらなかったのです。つ
るから騒音防止のためなのです。だから重たい屋根が
まり透明なプロセスです。そのようにしなかった結果、
必要だった。通常のスタジアムにはないものを。だか
私が心配したとおりになりました。つまりヒアリング
らあんな土木構造物みたいなものを作るのですね。そ
はするけど、意味ある応答をしなかった。皆さんから
れなら騒音のチェックをしたか。していないのです。
意見を聞きましたという形はとります。だけどそれは
全くやっていないのです。おかしいでしょう。ヒート
意見を聞くだけですから、話を聞く側で取捨選択がで
アイランド現象も悪化する。これもチェックしていな
きてしまう。裁量がきいてしまうのです。一種のつ
いのです。この影響は一目で分かるのに。気候学者
まみ食いができてしまう。ということで、できてきた
はちゃんとチェックしてこれを出してくれた。風致
案が費用上限は 1550 億円です。2500 億から 1500
地区指定というのは地域の環境との調和ですね。この
億。1000 億円安くなったと思うでしょう。ロンドン
チェックもしていません。それから財政規律、そもそ
は 530 億円です。NHK ニュースでは毎回そう言って
もコンサートというのは民業ですから、国立競技場で
来ました。ロンドンの競技場が 3 個できてしまう。未
年に数回しかできないコンサートのために、なんで巨
だに高額なのです。なんで高額か?と言ったら広すぎ
額の費用をかけるのか。旧競技場は年間 4 ~ 5 億の
るのです。約 20 万平米。ロンドンは 10 万ですから、
維持費でした。あの巨大な計画では 40 億ですよ。維
倍もある。そんな必要ないのです。これは議論すれば
持費が 10 倍もしちゃう。実に馬鹿げています。財政
分かるが、議論の場がないのです。
規律が全くないです。
やはり国際的な視野が大事だと思います。特に福島
計画の見直しが始まりましたが問題があります。不
の原発事故でも情報公開の問題が出ましたね。結局
透明な意思決定プロセスと言わざるを得ません。私の
オーフス条約、これを日本が批准していないから、環
書いた共同通信社配信の識者評論、
「新国立競技場の
境情報へのアクセスがだめでしょう。それから意思決
新整備計画、透明性欠くプロセス」
。文科省の首脳部
定への参加、これもできない。そして司法へのアクセ
とは何度か折衝したのですが、権限が内閣府のほうへ
スもない。3 点セットでないわけです。これを揃えな
行ってしまった。意思決定の権限が移ってしまった。
いとうまくいかない。
そういう格好で、どんどん「ウチじゃないよ」という
最後に世界に目を広げていただくために、もう一枚、
話になってしまうのです。不透明です。インパクト・
IAIA16 の愛知名古屋大会のご案内と書きましたので、
アセスメントをやっても意思決定が切り離されて、し
これを見てください。あとホームページをのぞいてい
114
日本野鳥の会神奈川支部研究年報 第 23 集
ただけば分かりますので。この裏表を見ていただくと、
ニ 1000」といわれるものですが、これが今でも続い
そういう場に参加していただければ世界の様子が分か
ていて、年に春・秋・冬の季節に調査が行われています。
ります。IAIA16 の場で是非情報を取り込んでいただ
では、なぜシギ・チドリをモニタリングするの?とい
き、そして日本の社会を皆さんとともに変えていきた
うと、陸地と水域の境界が好きなのです。ちゃぷちゃ
いと思います。
ぷして、ひたひたとしたような所が大好きでして、そ
ういう場所というのは動きがあることが前提の環境で
3.多摩川河口干潟のシギ・チドリ類
す。波浪が来たり、洪水が来たり、氾濫原だったりす
守屋 年史(バードリサーチ)
るような場所がシギ・チドリが好きな場所です。でも
NPO 法人バードリサーチの守屋と申します。鳥類
の長期のモニタリング調査をやっていまして、私はシ
ギ・チドリ類の事務局を担当しています。私は結構野
鳥が昔から大好きだったのですが、コシジロウズラシ
ギというのが多摩川河口干潟では出ています。北アメ
リカのシギがこの日本で見られるというのは非常に珍
しいことで、当時私は普通にサラリーマンをしていた
のですが、いても立ってもいられなくなって大阪から
わざわざ見に来ました。非常に思い出深い鳥です。
そんな多摩川河口干潟なのですが、なぜ私がシギ・
チドリを見ているかというと、シギ・チドリ類という
のは渡り性水鳥です。大きく渡りをする、水辺に住む
鳥です。様々な浅い水辺を利用します。干潟、砂浜、
湿地、水田、河川、いろいろです。大きさも 15 セン
チから 65 センチくらいの大きさで、大小様々な鳥な
のですが、基本的には脚が長くて、くちばしが長いと
かというのがシギの特徴です。また非常に大きな渡り
をすることも特徴的で、年に数千キロから 1 万数千キ
ロ、北の繁殖地と南の越冬地を結ぶ間を年に1回往復
します。そのために非常に長距離の移動に適応した体
をしていて、脂肪を体重が 2 倍になるほど貯めること
ができるという、脂肪を蓄積する能力が非常に高いと
か、あとは消化器官や筋肉の活動をコントロールする
ということが知られていて、大きく渡る時には胸筋が
我々がそこに家を建てるわけにはいかないですよね。
家を建てて、毎年波に洗われる家というのも気持ちい
いかもしれないけど、なかなかそこにお金を出して買
おうという気にはならないので、そうなるとその境界
を護岸などで固定化します。そうなると土地のほうは
乾燥化が進んで、海のほうは深くえぐれて、浅い「浅
海域」がなくなってしまうのです。そうなるとシギ・
チドリが餌を採ったり休息したりする場所がなくなっ
てしまう。そうなると環境の減少が個体数の減少に直
接結びついて、そのために水辺の指標としてシギ・チ
ドリを我々は数えているわけです。
そのモニタリングの結果、いろいろなことが、といっ
てもあまりよくない話なのですが、分かってきました。
これは WWF ジャパンにいた天野さんという方がやら
れたモニタリングの調査(図 4)を使って行われた研
究なのですが、こちらのほうが 1980 年頃のシギ・チ
ドリの個体数で、濃い茶色が 2000 年頃のシギ・チド
リの個体数です。全国のシギ・チドリの観察記録が、
1980 年代と 2000 年頃を比べて、春期だと大体 4 割
減っていました。秋だとほぼ半減、5 割減っていると
いうことが分かってきています。
それにはいろいろ原因があるのですが、一つは干潟
の減少ということが言われています。右に示している
発達して、消化器官がキュッと小さくなるのです。逆
120,000
にすばやく栄養を貯めようと思う時には消化器官が大
シ
ギ 100,000
・
チ
80,000
ド
リ
60,000
類
Total number
きくなって、飛翔筋ではなくて脚の筋肉とかが強くな
るといわれています。こういう鳥の仲間です。
そのシギ・チドリは全国規模の調査が日本ではなさ
総
記
録
数
れています。最初は昭和 48 年、干潟に生息する鳥類
の全国一斉調査というのが、日本野鳥の会と日本鳥
類保護連盟によって開始されました。それから 40 年
経っているのですが、いろいろな主催団体を変えつ
つ、全国規模の調査が連綿と続いているという、すば
らしい動物群集だと思います。現在は環境省の重要生
態系監視地域モニタリング推進事業、これが通称「モ
BINOS vol.23(2016)

1980年頃
2000年頃
40,000
20,000
0
春期
秋期
全国のシギ・チドリ類の記録数は、25年間
で少なくとも春に4割,秋に5割減少
1973-1985年のデータは1977年除く、1999-2003年のデータはサイト数の補正のため1.4倍した値 を使用
(Mann-Whitney U test, spring U11、4= 0.00、p = 0.0041、autumn U11、4= 0.00, p = 0.0041)
天野一葉 2006 干潟を利用する渡り鳥の現状 地球環境Vol.11 国際環境研究協会 を改変
図 4 1980 年頃と 2000 年頃の比較
115
図は 1945 年から 2000 年まで、干潟の 4 割が 60 年
トナーシップの登録湿地でもある、非常に重要な湿地
間で減少したということを示している図です。左の上
がありますし、東京港野鳥公園もアジア・オーストラ
のほうが全国平均です。4 割減少したことが赤い紫で
リアの重要な湿地として選定されています。
示してあり、60% がまだ残っていますということを示
多摩川河口の場合は、六郷干潟と多摩川河口の 2 つ
しています。シギ・チドリも同じようなタイミングで
で今調査(図5)されていて、その 2 つのデータを
減っていますので、減少にかなり関連があるというふ
使っています。その結果ですが、2012 年の秋、2013
うに考えられています。赤い枠で囲った所が東京湾で
年の春、2013 年の秋、2014 年の春と、4 回調査を
す。全国平均に比べても非常に高い消失面積を、誇っ
しました。大体秋が 1000 羽に届かないくらいで、春
てはいけないのですが誇っていて、大体 8 割くらい
が 3000 羽そこそこというような状況でした。「1000
東京湾の中で干潟がなくなって、わずかに残っている
羽いっていないのか」とかなり衝撃を受けましたが、
のは 2000 年当時で 17% という結果になっています。
なかなか数は一斉に数えるとそんなにはいないという
東京湾は全国平均よりも大きく干潟が減少している場
ことが分かりました。これが 2010 年頃の結果なので
所ということです。
すが、同じような調査を 1970 年頃にやっています。
そのモニタリングサイト 1000 は、去年、2000 年
日本野鳥の会とか日本鳥類保護連盟がやった調査で
から 2012 年までシギ・チドリがどういうふうに個体
す。その場所を拾ってきて、同じように比較するとこ
数が変わってきているかということを調べて、まとめ
れくらいの差がありました。1970 年台で、春で大体
て出しました。これが春と秋と冬の結果です。ちょっ
15,000 と 18,000 です。秋が 11,000 羽くらいです。
と分かりづらいのが、個体数ではないのです。指標で
春でいうと 5 分の 1、秋でいうともう 10 分の 1 くらい、
して、どういうふうに減っているかというのを示して
数が激減しています。全国に比べても東京湾というの
いるもので、2012 年を 100 とした時に 2000 年の頃
は、非常にチギ・チドリが減ってきていることが見て
はどうだったか、というのが示してあります。例えば
取れると思います。
春でいうと、大体 135 くらいであったものが、2012
1970 年代頃の航空写真が国土地理院の所にありま
年には 100 になっていましたよ、というふうなこと
したので、取ってきました。多摩川河口周辺の環境で
を示しています。そうやって見ると、春も秋も冬も、
す。もう既に羽田空港が、滑走路が 2 つできている
やや減少傾向、グラフは左に向かって下がっていて、
状態で、川崎側の埋立地もあります。この当時は確か
冬だけは明確な有意な傾向は出ていなかったのです
に河口の部分の鳥も多かったのですが、浚渫土砂を埋
が、春と秋に関しては有意な傾向が出ていて、これは
立地に上げると、栄養価の高い土ができるのです。そ
間違いなく減っているだろうということが示されまし
うなるとそういう所で虫が発生して、そこにシギ・チ
た。今、現段階でもちょっとずつ数が減っているとい
ドリがたくさん集まってくるのです。そういうことも
うのがシギ・チドリの現状です。
あって、この時はシギ・チドリも多く観察されていた
そこで我々は 2012 年から有志を募って、東京湾で
と思います。これが現在です。D 滑走路まで大きくで
一斉にシギ・チドリ類を調査しましょうという調査を
きて、このような状況が続いています。調査範囲は六
行っています。今までの環境省の調査は、春なら 4 ~
5 月のいちばん数が多い期間で数を数えましょうとい
うことをやっています。そうなると重複して数えてし
まったりすることがあるので、ただ春の一日、干潟が
完全に干潮するその間 1 時間に絞ってみんなで一斉に
数えましょう、というのをやりました。主な干潟がこ
れくらい、東京湾の湾奥のほうに多いのですが、東京
湾の内湾を中心に数を数えています。大体これで東京
20,000
18,000
16,000
14,000
12,000
10,000
8,000
6,000
4,000
2,000
0
TheThe
1970s
2010s
18,185
The 1970s
18,185 20,000
15,199
11,256
18,000
16,000
14,000
11,517
12,000
10,000
8,000
6,000
4,000
2,000
0
15,199
11,256
春の渡り
(northwar
秋の渡り
(southward)
11,517
秋の渡り
(southwar
3,547
3,073
929
The 2010s
春の渡り
(northward)
891
湾のシギが多く集まる場所というのは網羅されている
と考えられます。谷津干潟はラムサール条約の登録湿
地で、東アジア・オーストラリア地域フライウェイパー
東京湾内のシギチドリ類調査の過去と現在
東京湾内のシギチドリ類調査の過去と現在
東京湾内のシギチドリ類一斉調査の結果
「干潟に生息する鳥類の全国一斉調査3(1976.4.20)日本鳥類保護連盟・日本野鳥の会)
東京湾シギ・チドリ類一斉調査グループ(http://www.bird-research.jp/1_katsudo/waterbirds/shigitidori/TBSS.html)
図 5 東京湾内のシギチドリ類一斉調査の結果
116
3,54
3,073
929
日本野鳥の会神奈川支部研究年報 第 23 集
891
郷橋から下流の辺りを調査しています。 みました。抜き出したのは「多摩川河口部」と「多摩
多摩川河口だけのデータを抜き出してみました。多
川下流域」(六郷橋から大師橋までの間)の 2 ヶ所で
摩川河口部というのは「六郷干潟」の部分と「多摩川
見て調査をしているのですが、多摩川河口が増減傾向
河口干潟」の部分を合わせたものです。それが青色の、
でいうと、赤い、減少している種、時期が非常に多くて、
2000 年以降がそこの部分でして、
「六郷川」という
真っ赤みたいな感じになってしまいました。六郷橋の
のが、昔多摩川河口の所を「六郷川」といって調査地
ほうはオグロシギが秋、唯一上向きではないかという、
になっていたのですが、その六郷川の部分を抜き出し
有意な差が出たものだけを抜き出したのですが、この
てみました。上が春で、下が秋なのですが、すごく少
ような結果になりました。全国で 118 サイト、調査
ない時もあるのですが、キャパシティで言ったら非常
地があるのですが、多摩川河口でワースト 5 位、多摩
に高い所で維持されているが、たまにはそういう時も
川下流域でワースト 20 位というような状況です。あ
あったということです。2000 年以降になるとやはり
まりよくない状況が今続いているということです。
順次、どんどん数が減っていっている。傾向としては
東京湾の各サイトの比較をやってみました。多摩川
秋も似たような傾向で、特に 2006 年、2007 年くら
下流と多摩川河口域を合わせて「多摩川河口部」とい
いから非常に低レベルで安定、低くずっと来ていると
うことでまとめて、あとは「盤洲干潟」「東京港野鳥
いう状況が続いていて、大きく回復するような傾向が
公園」「中央防波堤内・外側埋立地」これは完全な埋
今のところ見込めないというのが、我々の見ている感
立地なのですが、そこも調査しています。あと「葛西
想です。
海浜公園」「行徳鳥獣保護区」「塩浜海岸」「江戸川放
続いて、去年分析した時(図6)に、シギ・チドリ
水路」「三番瀬」「谷津干潟」という形で、東京湾にあ
類 55 種で、春と秋と冬、2000 年から 2012 年の間
る主要な干潟と、どういうふうな差、違いがあるかを
にどういう増減傾向を示しているかを一種一種調べて
見てみます。
まず「類似度」という、種構成がどれくらい似てい
種名
時期
ムナグロ
ダイゼン
秋期
春期
秋期
春期
秋期
冬期
秋期
冬期
秋期
春期
秋期
秋期
春期
秋期
秋期
秋期
春期
秋期
春期
秋期
シロチドリ
メダイチドリ
セイタカシギ
オグロシギ
オオソリハシシギ
アオアシシギ
キアシシギ
ソリハシシギ
キョウジョシギ
トウネン
ハマシギ
多摩川下流
多摩川河口 域(六郷橋
~大師橋)
↘
↘
↘
↘
↘
-
↘
↘
↘
↘
↘
↘
↗
↘
↘
↘
↘
↘
↘
↘
↘
↘
↘
↘
↘
↘
↘
↘
↘
↘
るかというのを見てみました。多摩川河口はやはり東


シギ・チドリ類55種の“春期“ 、
京港野鳥公園と場所的に近いこともあってか、これ
“秋期“ 、 “冬期“について、
2000~2012年の増減傾向 (緑)が春(図7)
、赤いのが秋、水色が冬ですが、こ
を分析。
のような形で、春と秋に関してはその 2 つが結構まと
118サイト中 5位と20位
環境省生物多様性センター、重要生態系監視地域モニタリング推進事業(モニタリングサイト 1000)シギ・チドリ類調査業務 第2期とりまとめ 報告書 ,2015
(http://www.biodic.go.jp/moni1000/findings/reports/pdf/second_term_shorebirds.pdf)
められることが多くて、東京湾の神奈川側のシギ・チ
ドリの住み場所を形作っているのかな、という形です。
冬になると多摩川河口干潟は特別にすぽんと抜けて、
早い段階で独立した感じになってしまいます。
では実際、それぞれどういう種がその時期に見られ
ているかというと、これは春の渡り期(図8)です。
左側のほうが東京湾、右側が多摩川河口の種構成です。
図 6 多摩川河口サイトの種の状況
100%
80%
60%
100%
その他
ダイゼン
80%
チュウシャクシギ
メダイチドリ
キョウジョシギ
60%
その他
チュウシャクシギ
シロチドリその他
その他
ダイゼン
キアシシギ
チュウシャクシギ
シロチドリ
チュウシャクシギ
40%
20%
0%
図 7 東京湾内サイト間のシギ・チドリ類群衆の類似度
BINOS vol.23(2016)
40%
ハマシギ
20%
メダイチドリ
メダイチドリ
キアシシギ
キョウジョシギ
メダイチドリ
ハマシギ
ハマシギ
ハマシギ
0%
多摩川河口部
東京湾全体
東京湾
多摩川河口部
春期に少ないのはハマシギの個体数が少ないから?
メダイチドリ、キョウジョシギ、キアシシギの割合が多い。
3.5%
2004-2009年のデータ
図 8 東京湾と多摩川河口部の構成種(春の渡り期)
117
東京湾では春でも 60% くらい、ハマシギが多いです。
が、全体的にはもっと深刻な状況です。日本は「東ア
多摩川河口だと大体 30% ぐらいがハマシギ、同じく
ジア・オーストラリア地域フライウェイ」というもの
らいにメダイチドリがいて、キアシシギ、シロチドリ
に属しています。日本は大体真ん中辺りで、オースト
ということで、微妙に全体と比べるとちょっと違って、
ラリアの辺りから東南アジアの辺りで越冬したもの
メダイチドリがかなり多いなというのが特徴的、あと
が、アラスカ・ロシアの辺りで繁殖するのですが、そ
キアシシギも多いです。やはり岩礁帯があったり、ブ
ういうルートを形作っているグループだと考えてくだ
ロックなどが多いせいかもしれませんが、キアシシ
さい。そういうフライウェイの一つの中に日本が入っ
ギは非常に多くカウントされています。この下にある
ています。あとは「ヨーロッパ・アフリカ」と「北ア
3.5% というのは、東京湾における多摩川河口の個体
メリカ・アメリカ」が結構大きなフライウェイなので
数がどれくらいかということ。東京湾を 100 とすると、
すが、そういう所のフライウェイと比較しても、渡
多摩川河口で 3.5% 春にシギが見られますということ
り性のシギ・チドリが 63 個体群のうち 38% が減少
です。割合でいうと、こんなものかな、というのが多
傾向にあるとか、あとは絶滅危惧種に相当する個体群
摩川河口部で春の場合観察されています。
が 20 個体群ぐらいあります。あとは最も絶滅危惧種
次は秋の渡りなのですが、秋の渡り(図9)は非常
が多い地域です。また人口が多い地域で、非常に急速
に良く似ています。メダイチドリ、トウネン、キアシ
な開発が進んでいて、生息地の消失というものがこれ
シギ、シロチドリの順番が逆になっています。やはり
からも非常に懸念される場所というのがここの場所で
メダイチドリが非常に多く観察されていて、この辺が
す。しかも水鳥に関する生態というのは意外に分かっ
特徴的かなと思います。ちなみに秋だと 12.5% とい
ていないことがいっぱいあって、そういう情報も少な
うことなので、これはなかなか割合高く、東京湾のシ
い所です。
ギ・チドリを大きく支えている場所ではないかと思わ
いろいろな原因が考えられていて、こんなに多数、
れます。
減少要因に関しては報告されています。水田の放棄だ
次に、冬(図 10)はこのようになっています。冬
とか、狩猟、捕食者の増加、いろいろな開発に伴って
は東京湾ではハマシギが圧倒的に多くて、8 割ぐらい
湿地がなくなっています。いろいろな原因が今考えら
ハマシギ、あとはシロチドリ、ミヤコドリと結構東京
れていて、干潟がなくなっているだけが原因ではなく
湾を特色付ける鳥なのです。多摩川河口部ですと、シ
て、繁殖地とか、越冬地とか、その辺のところの要因
ロチドリがまず来て、同じくらいハマシギ、あとはセ
も大きく含まれてきます。今は温暖化が始まっていて、
イタカシギというのが六郷干潟の辺りだと思うのです
海水面が上がって繁殖地が水没しているという種も報
が、ああいうアシ原が残って湿地のようになっている
告されています。
場所がセイタカシギとかタシギとか、淡水系と思わせ
私が見た多摩川河口干潟というのは、東京湾に何と
るようなシギが出ているというのが結構特徴的でし
か残った干潟の生態系で、多様なシギ・チドリの生息
た。
環境を提供している、東京湾の中でちょっと特色があ
今まで話した多摩川河口部という話で、あまりいい
る干潟を提供しています。危機的なアジアの渡り鳥の
ニュースがないな、というのは感じられると思います
中継地でもあります。さっき、堤防の固定化とかそう
100%
80%
60%
40%
20%
0%
100%
80%
その他
60%
ダイゼン
シロチドリ
キアシシギ
40%
トウネン
20%
メダイチドリ
0%
100%
その他
アオアシシギ
その他
その他
ダイゼン
アオアシシギ
シロチドリ
キアシシギ
キアシシギ
シロチドリ
キアシシギ
トウネン
シロチドリ
トウネン
トウネン
メダイチドリ
メダイチドリ
メダイチドリ
東京湾
多摩川河口部
春期に少ないのはハマシギの個体数が少ないから?
メダイチドリ、キョウジョシギ、キアシシギの割合が多い。
12.5%
東京湾全体
多摩川河口部
2004-2009年のデータ
図 9 東京湾と多摩川河口部の構成種(秋の渡り期)
118
ミユビシギ
100%
その他
ダイゼン
80%
ミヤコドリ
シロチドリ
80%
60%
60%
40%
ハマシギ
40%
20%
0%
20%
その他
イソシギ
タシギ
セイタカシギ
その他
その他
ミユビシギ
イソシギ
ハマシギ
ダイゼン
タシギ
ミヤコドリ
セイタカシギ
シロチドリ
ハマシギ
ハマシギ
シロチドリ
0%
東京湾全体
多摩川河口部
東京湾
多摩川河口部
春期に少ないのはハマシギの個体数が少ないから?
メダイチドリ、キョウジョシギ、キアシシギの割合が多い。
2.4%
2004-2009年のデータ
図 10 東京湾と多摩川河口部の構成種(越冬期)
日本野鳥の会神奈川支部研究年報 第 23 集
シロチドリ
いうものをすると、陸地が乾燥化して海が深く掘れて
じゃないかということでカヌークラブを始めたわけで
というのはあるのですが、そういう開発というのは非
す。
常に不可逆的で、元に戻そうと思ってもなかなか元に
現在は「ふるさとの浜辺」で活動しています。こち
戻すことはできないので、こういう価値も含めつつ、
らは羽田空港の「浅場造成事業」、人工的に作った浜
人間の生活とか利便性を高めつつ、どうやって生活し
辺です。そちらを皆でカヌーに行っています。これは
て共生したらいいかというのは、我々は考えていかな
大田区が作った「ふるさとの浜辺公園」の浜辺でやっ
ければいけないところなのではないか、ということで
ているカヌーです。カヌーをやっているということは、
す。以上です。ありがとうございました。
水辺から、水辺に触るという経験のない人たちが、水
の上に浮かびたい、水を知りたい、水辺を知りたい、
4.水面から見た東京湾と羽田空港の浜辺
そういう気持ちというものはありますので、そういう
長谷川 充弘(大森青べかカヌークラブ)
面でカヌーで水辺を知る機会を作るという面で、いろ
長谷川と申します。
「何でカヌークラブが出てくる
いろ体験、カヌー教室をやっています。
んや」という話はあるかもしれませんが、出所は鳥の
カヌークラブはここに拠点がありますが、羽田空港
大好きな連中が集まって、カヌークラブを結成したわ
の周辺が活動範囲になっております。これが「ふるさ
けです。今日はカヌーに乗っていると、どうしても水
との浜辺公園」、森ヶ崎の干潟、東京港野鳥公園、空
面で汚い海、汚い川、水、浸かりますよね。普通こん
港と D 滑走路と、この辺が東京都の港湾局が作った
「浅
な汚い川に何で手を漬けるんだろうな、汚いなと思う
場造成事業」という非常に狭い浜辺ですが、都民のレ
のですが、そういう目から見て「生き物たちもやはり
クリエーションの場、及びここの滑走路、昔の羽田空
大変だろうな」とじかに思うわけです。そんな話と、
港はもっと小さかったのですが、そこを拡げた代償と
東京湾、羽田空港、
「大森青べか」ですので大森地区
して、昔ここは遠浅の海で、海苔ひびがあった場所で
を中心にしてカヌーをやっていますので、そこに出て
す。いわゆる遠浅の海でないと、魚類やいろいろな生
くる環境、3 つについてお話をしたいと思います。
物が繁殖できないのです。そのために浅瀬を作りま
一つは東京湾、非常に汚れています。その水質汚濁
しょうということで作った場所が、この非常に狭い場
という一つの面と、羽田空港の有害鳥獣駆除というこ
所ですが、浅場造成事業ということで、現在存在して
とをやっています。その辺の話を主体にして、あとは
います。
見られた鳥の紹介をしようと思います。これは大森青
ここに書いていますが、羽田空港の拡張問題、どん
べかカヌークラブの前身ですが、大井埋立地というの
どん飛行機を飛ばしましょうという案がありまして、
がありまして、東京港野鳥公園ができる前の、そこに
ここの部分がなくなってしまう可能性がある。今検討
鳥好きの連中やみんなが集まって、観察会を開いて、
されている区域が、この滑走路と大体 700 メートル
その経緯があります。写真は野鳥公園ができる前の、
離した所にもう 1 本作りましょうという案がありま
昔の状況です。自然観察を通して、野鳥公園ができた
す。ということで我々が活動している、あるいはここ
後に、別のこともやりたいなと思って、野鳥公園の周
で釣りをやっている船もたくさんありますが、そうい
囲、環境というものは気になっていたので、カヌーを
う場所がなくなる。では代替があるだろうということ
やろうかなと始めたわけです。
でこっちに行くと、水深が非常に深くなるので同じ環
これは内川で、今は「ふるさとの浜辺公園」という
境が作れるかどうかは分かりませんし、行政が「そん
所があります。そこに流れている川があって、この川
なもの、いらん」と言えば終わりになります。そうい
を暗渠にするという話があったのです。一緒に先程の
う非常にいい場所があるのですが、その辺の紹介もし
野鳥公園を作っていったメンバーの方が、暗渠に反対
たいと思います。 すると。暗渠化については絶対いやだよ、川というの
最初にお話しした水質という問題について、「ふる
は住民の文化だという考え方を持っています。川を埋
さとの浜辺公園」で子どもたちが、非常に汚い水では
めたのではだめだ。非常に彼は本当に深刻になって自
あるますが、みんな楽しんで泳いでいます。こういう
分のこととして考えていて、彼と一緒にカヌークラブ
体験というものが、今後この子どもたちの経験、頭の
を作って、内川という川を利用している姿を見せよう
中に水辺がどうだったかな、という原体験として非常
BINOS vol.23(2016)
119
に有効な場所だと思います。
地下浸透しなさいね、あるいはビルなどでは貯留施設
この水辺のことですが、決してきれいではない。そ
を作りなさいね、というふうにして対応はしています
の辺のことを具体的にお話ししますと、これが先程の
が、今ゲリラ豪雨とか、いわゆる集中豪雨が多発して
内川という所で撮った写真ですが、酸欠状態でボラの
いますので、下水から流れる頻度はどんどん増加して
稚魚が浮き上がっている。この写真を撮った夕方には
います。
もう死んでしまっている、いわゆる富栄養化、酸欠状
ここに示しているのは、下水でちゃんと処理された
態です。この下の、オイルボールと書いてありますが、
場合、ウンコとオシッコや雑多なものが脱水されて、
これは浅場造成事業の浜辺に打ち上げられた、下水管
ペースト状というかフレーク状況になって、ベルトコ
から出てきた油の塊です。そういうものが浜辺に打ち
ンベアで上から垂れて、ここに船が置いてあるのです
上げられる。あるいは水にこういうような形で浮いて
が、そこに落ちるようになっています。ここに今ハト
いる。石鹸とはいかないのですが、触ると非常にネト
がいますが、ハトはこのちゃんと処理された汚泥は食
ネトしていて、また臭いです。そういうものが浮いて
べていますね。そんな状況です。
いるわけです。
これは東京都の人口のグラフです。平成になって比
この原因は先程言ったように下水から流れていま
較的都市の人口は安定した時があるのですが、最近こ
す。ここがふるさとの浜辺、ここに内川がありますと、
の 10 ~ 15 年ぐらい、人口が急激に増加しています。
この辺に JR が通っていて、ここから下水が流れ込む
これはやはり地方からの人口が流入しているというの
道があります。またここにも下水管があります。ここ
が人口増の大きな原因かなと考えています。ここにあ
は森ヶ崎の下水処理場ですから、そちらに流れる下
る汚泥、いわゆるちゃんと処理するとここに「汚泥発
水管が運河に排出する所、あるいは内川に流れる所と
生量」とあるのですが、先程の人口が増加した辺りに
なっています。これは未処理下水と言っていますが、
該当するのですが、黄色で示した部分が汚泥の発生量
大雨が降った後、下水管が満杯になります。そうする
で、そんなに変わっていないのです。平成 17 年には
と下水処理場で処理できません。そうするとその手前
6200 万立米、それが表の一番下の平成 25 年でいう
で全く処理されていない下水が、いわゆるウンコとオ
と 6178 万 5000 立米、そんなに増えていないのです。
シッコですね、それがこの川に流されたり、運河に排
ということは、ちゃんと処理されていない汚泥がほと
出されています。それが先程のオイルボールになって
んど川や運河に流されているということになります。
いるわけです。
ですから下水処理能力というのは、ある意味破綻して
もう少し詳しく下水の状態を見ると、これが先程の
いるのではないのかな。人口増に合わせてこの量も増
内川の、JR の所にある正常な、雨の降らない時です。
えていればいいのですが、実際には増えないというの
扉がちゃんと閉まっていますが、一旦雨が 10 ミリ以
が現状で、これが東京湾は綺麗になって無い。東京湾
上降ると、このように勢い良く下水が流れてきます。
はきれいになったと言っている方もおりますが、実際
これは網の目のように張り巡らされている下水管を示
に COD とかを計測した段階では決してきれいになっ
しています。ちょっと見づらいですが、この辺がふる
ていません。横ばいになっています。
さとの浜辺、内川、先程の扉のある所はこの辺りにな
これは内川ですが、これは大田区が大田区の費用で
ります。そういうふうにして、下水が未処理の段階で
曝気(ばっき)をやっています。先程の生下水、未処
流されているというのが現状です。
理下水が流れてくる所で、下水処理場と同じことを、
今の都市の状況で改善される余地はあまりないかな
有機物を無機物化する生物処理を行っている現場で
と思いますが、雨水が今「合流式下水」というところ
す。下から空気を圧縮ポンプでブクブクやるのですが、
が問題なのです。
「分流」という「汚水なら汚水、雨
そうなるとこの周りは非常に水質がきれいになってく
水は雨水」と、別に 2 つの系統で流す方法があるので
るという状況です。このように河川で、下水処理場で
すが、東京都は最初から合流式下水というふうに作っ
処理するだけでなくて、現場で処理するというのが、
たものですから、雨水と下水は一緒の所に流れるとい
これから東京湾をきれいにする一つの方法なのかなと
う仕組みになっています。今さらそれを直せというこ
考えています。
とは難しいということで、例えば道路に降った雨水は
次に生下水や処理されていない水質を、いかにきれ
120
日本野鳥の会神奈川支部研究年報 第 23 集
いにするかということで、干潟の重要性というものが
ミサゴ、ノスリ、チョウゲンボウ、チュウシャクシギ、
あります。先程の森ヶ崎下水処理場のすぐ近隣にある
それらもすべて殺されているというのが状況です。平
森ヶ崎下水干潟のことについてお話しします。黄色で
成 27 年、今年の 9 月に東京都環境局に問い合わせま
囲んだ所が干潟になっている所です。澪があって、そ
したが、個人情報を理由に情報は得られませんでし
こに満潮の時だけ船が通れるようになっています。囲
た。国土交通省の東京航空局運用課に問い合わせまし
みで書いてありますが、羽田空港から都心まで、舟運
たが、年間 500 羽程度の駆除ですよと。それ以上の
で観光客を運びましょうという話があって、その新
内容は明らかにされませんでした。これは鳥獣保護区
聞を見ていると、この澪を掘削するという話があった
です。
ので、東京都に確認したところ、東京都は今のとこ
私が調べた段階でなかなか情報が公開されないとい
ろ、この森ヶ崎の干潟はいじらないということだった
うところで、調べてみると左が環境省の内分泌撹乱化
ので、いいかなと考えてはいるのですが、この右のほ
学物質による野生生物への影響調査、その中で有害鳥
うにある「国体で消えた干潟」
、これが 2 年前ですが、
獣駆除個体というので東京都を見るとトビがありま
東京都の国体でここがカヌー会場になりました。カ
す。そういうところから、ここで撃たれという情報し
ヌー会場になりますよという連絡は受けたのですが、
か分かりません。非常に情報を得ることが難しいとい
特に反対はしませんでした。ただ、この干潟が消える
うのが現状です。チュウヒ 2 羽も有害鳥獣駆除で落と
ということは全然予測していなかったのですが、ただ
されています。チョウゲンボウもあります。
ここは風が強いので、果たしてカヌー会場になるのか
これは最近バードストライクが多くなっているとい
なという懸念はあったのですが、実際にその日は非常
うことと、空港の中の斜面に白っぽい物がありますが、
に大風が吹いて、選手が「用意、ドン」の「用意」の
あれはコアジサシが繁殖しないように空港のほうで防
段階で沈没してしまう、風で倒されてしまう、そのく
御をしているという状況です。あとはこの鳥ですが、
らいひどい状況の国体でした。国体で干潟が消えまし
全ての種類を撃ってもかまいませんが、希少鳥獣だけ
たので、こういう状況です。
は撃てませんよ、ということしかない状況になってい
次の浅場造成です。これが上からの写真です。羽田
ます。
空港の所にある浅場造成です。目的は先程お話しした
ようにレクリエーションと水生生物が生息するように
4.世界のウェットランドの現状と問題
ということが目的です。これは非常に好きな写真なの
前川 聡(世界自然保護基金ジャパン )
で出してみましたが、非常にのどかな、東京とは思え
皆さま、はじめまして。WWF ジャパン自然保護室
ない環境があります。これは海浜植物です。羽田沖の
で今「水産プロジェクト」ということで、漁業や養殖
浜辺は都民の財産であるということです。
の環境への影響を減らそうというプロジェクトを主
あとは羽田空港周辺の鳥ということで、ミサゴ、チュ
に担当しております。今日いただいたのが「世界の
ウヒ、トビ、チョウゲンボウ、オオタカもいます。カ
ウェットランドの現状と問題」ということで、私が普
イツブリ、カモ、これは森ヶ崎の干潟で、ムナグロ、
段扱っているのがどちらかというと国内問題だったの
ダイゼン、キアシシギ、キョウジョシギです。羽田空
で、ちょっとどうしようかなとは思ったのですが、ま
港の岸壁の所にチュウシャクシギ、ムナグロがいます。
ずそういった視点でいくつかの事例を紹介したいと思
非常に羽田空港の周辺というのはシギ・チドリにとっ
います。
ては住みにくい場所になっています。余計に住みにく
最初に紹介したいのが、世界の海の生物多様性の現
くなっているのが、羽田空港の有害鳥獣駆除の問題が
状ということで、ちょうど WWF が 2015 年 9 月に発
あります。これはトビですが、トビが撃たれて羽田空
表したレポートがありますので、その内容を簡単にご
港の横にいます。またフェンスや誘導灯の所にも、こ
紹介したいと思います。
のようにミサゴやハヤブサ、チュウシャクシギがいま
まず「海の生物多様性」を指標化したものがありま
す。
す。1970 年代から 2010 年までで評価すると、1970
有害鳥獣駆除ですが、ちょっと古い資料ですが、大
年を 1 とした場合なのですが、約 39%、4 割くらい生
体 500 羽ぐらいの鳥獣が駆除されています。中には
物多様性の減少があるとされています。先ごろ、NHK
BINOS vol.23(2016)
121
など報道によると 2012 年までで約半数ということに
います。
なりましたが、2010 年ではちょっと上向きになって
・それからオイル、ガスの「3 分の 1」は海由来だと
いますので、さらに 2 年加わると 50% 近い減少にな
いわれています。そういった意味でも油の問題、資
ると、この後続くことになっています。
源開発の問題がかなり海の問題に関ってきているか
次に「人が利用する魚種」
、食べる魚ということで
と思います。
すが、これを見ると 2010 年は、1970 年から比べて
・それから「3 ~ 5 倍」という数字があります。これ
50% 減少しているということが報告されています。さ
はマングローブの絵なのですが、マングローブ林の
らに「藻場に生息する魚種」ということですので、ま
消失速度というのは、世界の森林の失われる速度よ
さにウェットランドに生息する魚種なのですが、これ
りもさらに速い速度で失われている。3 ~ 5 倍早い
は 70% 減少していると報告されています。さらにマ
といわれています。なので世界の熱帯雨林、森林破
グロやカツオ、サバといった我々が特によく食べる、
壊が問題だと言っていますが、実はマングローブ林
消費する魚に関しますとさらに低くて、74% 減少とい
に関して言えば、それよりももっと早いスピードで
うことになっています。非常に海の生物多様性はかな
失われているということになります。
り落ち込んでいる、減少しているということがこれら
・それから「800 万トン」のプラスチックゴミが、年
の数値からも分かるかと思います。
間投棄されているのではないかと評価されていま
これらの減少要因、あるいはこれからどういった危
す。
機が海の生物多様性に影響を与えている、ということ
・下の方、「15 ヶ /M」と書いてあります。実は海岸
ですが、数字で少しご紹介したいと思います。
線沿いに、1 メートルの海岸線につき 15 個の漂着
・まず左上、
「2 倍」と書いてあります。1960 年代か
ゴミ、粗大ゴミが漂着しているという計算になるそ
ら魚の消費量は日本では横ばい、もしくは落ち込ん
でいるのですが、世界的に見ると増加していて、2
倍に拡大しています。さらに今後 2050 年までに、
うです。
・
「80%」のツーリズムというのは山や陸ではなくて海、
沿岸を利用しています。
世界人口は 20 億人増加すると考えられていて、魚
・それから「中型旅客船は 1 週間の航行で 80 万トン
に対する需要はますます増加するのではないかと考
リットルの下水を排出する。380 万トンリットルの
えられています。
雑排水、500 リットルの有害廃棄物、95,000 リッ
・先ほど守屋さんの紹介で日本の干潟がかなり減少し
ているということがありましたが、サンゴ礁に関し
ていうと「50%」は既に失われてしまったといわれ
ています。
トルの油の混ざった濁水、8 トンのゴミを排出」す
ると言われています。
・それから皆さんご存じかと思うのですが、もし今
の評価が正しいとして、この状態が続くとすれば、
・船舶交通量は過去 20 年で「4 倍」(400%) に増加し
2100 年までに「3 度ないしは 5 度」の海水温の上
ています。船舶交通量が直接生物多様性に必ずしも
昇があると見込まれています。当然ながら海水温が
影響を与えるわけではないのですが、排水の問題で
上がると CO2 の吸収とか海の酸性化とか、それか
あるとか、油の問題とか、それから当然停泊するた
ら当然海流の流れも変わってきますので、海の生物
めの港湾の建設というものもあるので、
「4 倍」に
に深刻な影響が出るのではといわれています。
なったということで、付随する影響というのはかな
り大きくなってきたのではないかと思っています。
我々はもちろんこういった影響を軽減するために、
・それから「29%」という数字、
これは世界の水産資源、
海洋保護区をさらに拡大すべきだ、作るべきだと考え
我々が食べる魚の約 3 割は過剰漁獲の状態になって
ています。もちろん海洋保護区も作ればいいというだ
いると評価されています。
けではなく、きちんと管理された海洋保護区になりま
・「1.7 ~ 4.2 兆円」
、これは漁業に対する補助金の額
です。どういった漁業に対する補助金かというと、
過剰漁獲、あるいは施設、設備投資、そういったも
のに投資される額が年間これだけあると考えられて
122
す。この海洋保護区に対する国際目標ですが、いくつ
かあります。名古屋で開かれた生物多様性条約 2010、
「愛知目標 11」という中で、2020 年までに海洋保護
区を 10% に拡大しましょうという目標が出ています。
日本野鳥の会神奈川支部研究年報 第 23 集
それから昨年シドニーで行われた世界公園会議、これ
が獲れなくなるので、その分のコストが発生してしま
では 2030 年に 30% まで拡大しましょうという国際
います。この利益とコストを比べたらどうなるのか、
目標が立てられています。 というのが次のグラフになります。10% の部分、30%
では実際 2014 年までに、どれくらい海洋保護区が
の部分で比較をします。これが得られる利益の評価額
拡大していると考えられるのか。これはまず領海に対
です。大体幅があるのですが 6000 ~ 9000 億アメリ
しての面積を考えると 10.9% ということで、愛知目
カドル、利益が得られるだろうと考えられています。
標を超えているように見えるのですが、実は国の領海
これがそのコストになります。ですからこの差額の分
というのは非常に薄い、海岸線の薄っぺらい部分だけ
だけ、海洋保護区を拡大することによって経済的にも
を指していて、領海に含まれていない海は 9 割以上
利益があるだろうと、この評価を行った筆者は述べて
あります。そういったものを加味していきます。領海
います。2015 年から 2025 年に 10% に拡大した場
と排他的経済水域を加えると 8.4% という数字になり
合、日本円で 70 ~ 106 兆円、30% に拡大した場合
ます。さらに排他的経済水域のみを考えると 8%。そ
でも 69 ~ 111 兆円くらいの経済的な利益はあるだろ
れではいわゆる公海、どの国にも所属しない海という
うということで、何かと海洋保護区を作ることに対し
ものがあるのですが、それを足し合わせたらどうなる
て経済的なコストであるとか、言う方もいらっしゃる
かというと 3.4% ということで、国際目標で考えるの
のですが、きちんと管理をするとこれだけの資産の額
なら 2014 年に 3.4% ですから、あと少なくとも 6.6%
は得られるだろうというのが科学者の見方になってい
は拡大しなければならないということになります。
ます。 では海洋保護区を作ればいいのかということになる
次に世界の水鳥の現状を紹介したいと思います。こ
かと思います。そこで評価をしたレポートがあります。
れはウェットランド・インターナショナルが 2010 年
2015 年に発表されたレポートですが、2050 年まで
に発表したレポートです。世界には渡り鳥のフライ
に段階的に 10% に拡大したシナリオ、それから 30%
ウェイと呼ばれるものがあります。そのフライウェイ
に拡大したシナリオ、それから「生物多様性が低い所
ごとに、長距離渡りをするもの、あまり渡りをしない
と人為的な影響が小さい所」
、それから「生物多様性
もの、それぞれで増加傾向にあるのか、減少傾向にあ
が高い所と人為的影響が大きい所」
、それから「生物
るのかを評価したものです。このゼロから下に数字が
多様性が高いけれども人為的影響が少ない所」この 2
行っている場合は減少している傾向にある、あるいは
かける 3、6 つのシナリオで評価を行いました。「生
減少している個体群が多いということになります。プ
物多様性が低くて、人為的影響が大きい所」というの
ラスのほうに行くと増加傾向にあるということになり
は海洋保護区にする意味があるのか、効率がいいのか、
ます。
というと決してそうではないだろうということで、こ
最初に南北アメリカのフライウェイですが、緑をご
の評価からは除かれています。
覧ください。これは留鳥及び短距離移動をする鳥(北
対象とする環境ですが、沿岸域に限って行いました。
米)ということで、過去は北米で長距離移動しない鳥
いわゆる深い海ではないということです。マングロー
は減少傾向にあったのですが、近年は逆に増える鳥が
ブ林、サンゴ礁、藻場、ウェットランドを含んでいま
多くなってきています。逆に赤いもの、南米にいる留
す。それから当然ながら海洋保護区から得られる利益
鳥、または漂鳥という言い方を今するのか分かりませ
があるだろうと考えています。1 つは海岸線の保全で
んが、短距離移動をする鳥については未だに減少傾向
す。それから漁業から得られる利益。それからツーリ
が続いています。ブルーが長距離移動をする鳥です。
ズム、レクリエーション、CO2 を吸収する吸収源とし
つまり南北アメリカを移動する鳥ですが、やはりゼロ
ての役割があります。
よりは下の部分にあって、減少傾向にはあるのですが、
当然ながら管理をするからにはコストがかかってき
少し歯止めがかかってきているかなという傾向が見ら
ます。まず設置をしたり、計画するためのコスト。そ
れます。
れから保全をきちんとしていくためのコスト。それか
次にヨーロッパとアフリカのフライウェイです。こ
らこの海洋保護区というのは一切の漁業をしてはいけ
れも緑、ヨーロッパ域に生息する渡り鳥、アフリカま
ないということを想定しています。ですからそこで魚
で行かない鳥ですが、これは最近回復傾向にあること
BINOS vol.23(2016)
123
が分かりますが、アフリカのほうとヨーロッパを移動
発計画が 1 ということで、開発があるよと答えた方
するような長距離の渡り鳥、シギ・チドリなどは未だ
が最も多いのですが、つまり行政の側から見ると、レ
に減少傾向にありますし、アフリカに生息する渡り鳥、
ジャー利用とか人の利用というのは実はあまり見えて
もしくは留鳥も減少傾向にあることが分かります。
いない。開発計画があるかないかしか見えていないと
次に我々が住んでいるアジア・オセアニア地域のフラ
いうことになり、逆に市民の目から見ると「レジャー
イウェイ(図 11)です。一切ゼロを上回っているも
利用」とか環境が変化してきた、ゴミの問題、水質が
のがありません。特に注目していただきたいのが赤い
汚れているといった、より身近な問題がクローズアッ
線で、これは留鳥および短距離移動するアジアの鳥に
プされている結果ではないかと考えています。
なります。ずっと低い所を推移しています。つまり我々
最後に大型構造物建設による野鳥の影響を、少し事
が住んでいるアジアの鳥は未だに減少傾向にあるとい
例紹介をします。
うことで、回復の目処が立っていないということにな
一つ目が熊本の氷川(ひかわ)という所です。熊本
ります。
の氷川はクロツラヘラサギという絶滅危惧種の越冬地
その原因を、左は世界的に見たものです。
「生物資
として有名なのですが、そこに九州新幹線の橋ができ
源の利用」ということで、
やはり木材とか魚とかといっ
るということで問題になりました。いわゆる氷川と言
たものの資源利用が影響を与えているだろうという評
われているのが「2A」「2B」のエリアになります。そ
価になっています。逆に「開発」は「環境汚染」とか「住
の他にも周辺には越冬地域があって、そういった所で
宅・商業施設建設」などがいくつか上げられています。
建設の前と後でどうなるのかをモニタリングを行いま
右の日本の評価は、
「モニタリングサイト 1000」の
した。ちょうどこの赤いラインの所が氷川にかかる新
調査報告書のアンケートに出てきたものを、簡単にま
幹線の橋の部分です。これは九州の高野さんという方
とめたものです。いちばん多いのが「レジャー利用」
がお調べになった例ですが、赤が氷川の例です。ちょ
で、実は開発はそれほど問題視されていません。逆に
うど橋梁工事が開始された時期から急激に減少してい
いうと、良く見ると「レジャー利用」というのがあち
ることが分かります。逆に 3 番では増加していること
こちで行われていて、例えば犬の散歩とかキャンプと
が分かるのですが、これは必ずしも氷川にいたものが
か、そういったものが、やることは悪いことではない
移動したのではなくて、全体的な越冬数がこの地域で
のですが、不適切に行われる、ルールがないまま行わ
増えていることの影響だろうとしてあります。
れることで、どうも鳥の休息、採餌を撹乱している可
この 2 番の氷川の状態を良く見てみたいと思いま
能性があると報告されています。
す。これを見ると上の赤線と同じなので減っているこ
ただし、別なアンケートを自治体に送ったことがあ
とは分かるのですが、実はいくつか対策をしています。
ります。自治体から生息地に何か脅威があると把握し
休息地の拡大を 2001 年の前に行いました。そうする
ていますかというと、約 3 分の 1 で脅威があると自
とやや 2000 年よりも増えていることがわかります。
治体の方は答えています。その中で建設計画が 7、開
さらに 2A,2B のエリアにデコイ、クロツラヘラサギの
デコイを置きました。それによっていくつか回復はし
ています。これからも分かるように、いくつかきちん
State of the
world’s waterbirds 2010 (Wetlands International, 2010)
個体群増減指数
0.2
0
と科学的なデータに基づいて対策をすることで、いく
らか軽減をすることはできるということになります。
0.4
次に吉野川河口の例を示したいと思います。ここの
1986-1995
1996-2005
-0.2
赤い実線の所に橋ができて、その影響を見たもので
-0.4
す。橋の工期の前後で比較をしたものです。No.4 と
1976-1985
-0.6
いわれる所、橋の上流部で減少が確認されました。つ
-0.8
まりこれは統計的な検査ですので、4 のみ減少して、3、
長距離移動
留鳥および短距離移動(オセアニア)
留鳥および短距離移動(アジア)
世界平均
2、1では平衡状態ということになります。さらにこ
れは橋を通過する個体数を見たのですが、やはり減少
していることが分かりました。徳島県のほうは、No.1
平成28年9月25日 - 1
図 11 世界の水鳥個体数の傾向 フライウェイごとの増減
124
日本野鳥の会神奈川支部研究年報 第 23 集
の干潟が拡大したことによって No.4 が減ったのでは
今日の会場は川崎市幸区です。お話を進めていくの
ないかと指摘はしているのですが、統計的な検査では
は川崎区なのですが、川崎市全域 144 平方キロあり
No.1 で増加したという傾向は見られていません。
まして、川崎区はその中で 40 平方キロ、臨海部とい
世界の海洋沿岸域というのは著しく損なわれていま
うのがここに着色している所でございますが、大体産
す。直接的な人為的な影響も、もちろんそうなのです
業道路から海側ということで 28 平方キロございます。
が、気候変動の影響が今後懸念されます。さらに悪い
ご案内のとおり、京浜工業地帯の中核をなす区域でご
ことに、今後も海洋の生物多様性への影響は拡大する
ざいますので、事業所数が 400、そこにお勤めの方は
と予測されています。保護区を拡大し、適切な保全を
2 万 4000 人、工場出荷額、製品出荷額が 3 兆 5000
行うことが長期的な我々の幸福、経済的な利益の向上
億というような規模を誇っております。税収面でも法
を目指すことにもなります。それから水鳥の個体数は
人市民税は川崎市全域の 41%、固定資産税において
減少傾向にあり、特にアジア地域で著しい。つまり日
は 63% ということで、かなり 7 区の内でウエートの
本でどうするのかということが、非常にキーになって
高い区でございます。
きます。それから水鳥の生息場所に橋などの構造物が
少し川崎の臨海部を地形的に過去に遡りますと、実
建設された場合ですが、移動や利用を阻害する可能性
は江戸時代の中期の頃から農業のために埋め立てが始
があります。適切なモニタリング結果、モニタリング
まっています。今でも「小島新田」などという駅名が
とその結果に基づいた保全対策、代償措置などを行う
その由来で残っておりますけれども、その当時から農
ことが重要ではないかと考えております。
業と、あと非常に肥沃な魚介類が採れる東京湾という
ようなイメージでございます。
5.羽田空港周辺・京浜臨海部の連携強化
(( 仮称 ) 羽田連絡道路の整備)
大正に入りますとそれが一転して、工業関係にシフ
奥澤 豊
(川崎市総合企画局臨海部国際戦略室担当部長)
鋼管さんの工場が大正 3 年にできております。今の
それでは今までいろいろ環境問題のお話がございま
したが、私のほうは公共事業の立場からお話をさせて
いただきたいと思います。
この絵は散々今まで出てきましたけれども、今回お
話しする成長戦略拠点、川崎の殿町地区と大田区の羽
田の空港の跡地、その部分が一体的に連携をしていく
というような視点でございます。
ここは少し俯瞰したような絵になっております。真
ん中の絵が今の所でございますが、黄色く着色してい
る所が国家戦略特区の東京圏と呼ばれているエリアで
ございます。神奈川県は全域、東京都は中心地、あと
離れた所で千葉県の成田市がその位置指定を受けてい
る所であります。これは少しズームアップした所でご
ざいますが、今、場所はこの辺でございます。殿町と
大田区さんのエリアでございます。
今日は 4 つの視点でご説明を進めたいと思います。
羽田連絡道路については 4 番目ということで最後に
なりますが、それまでは川崎市の臨海部の概要みたい
な所をご説明します。お手元の資料はかなりボリュー
ムがありますが、その中から抽出したような形でダイ
ジェスト的にご説明をしますので、よろしくお願いい
たします。
BINOS vol.23(2016)
トしてまいります。ここに少し着色している所が日本
JFE です。その隣が浅野セメントさん、こちらが大正
6 年に工場を建設しているというような状況でござい
ます。次は昭和 30 年の頃でございます。今の形に大
分近づいておりますけれども、川崎側だけではなく、
多摩川を挟んだ反対側、ここが羽田でございます。こ
こは昭和 6 年に国のほうで空港として開港をしており
ますが、昭和 20 年の敗戦にともなって GHQ に収用
されております。その際に海老取川周辺にも人家が大
分あったわけですが、48 時間以内に退去しろという
ような非常に悲しい、大田区さんにとっては大きなで
きごとがあった地域でございます。
この埋め立ての最大の功労者としては、ご存じのと
おり浅野総一郎が、渋沢栄一、あるいは安田善次郎の
支援を受けながら今の形に持ってきたというようなこ
とでございます。
工業都市にシフトしたということで、高度成長を牽
引してきたわけでございますけれども、逆に負の一面
がございます。こちらは昭和 37 年の川崎の空でござ
いますが、ちょうど私が生まれた年ですけれども、全
く空が見えないような、煤煙が蔓延しているような状
態でございます。このままではいけない、公害都市と
いう名前を払拭するべく、いろいろな努力を積み重ね
125
てきて、現在は右にあるような状態になっております。
護製品なんかを柱に、この 3 つのイノベーションを今、
企業さんも環境技術、あるいは生産性の向上、そういっ
推進しております。
たものに非常に努力をされているということととも
これはよく見るグラフかもしれませんけれども、人
に、市としても公害の防止条例などに背景として取り
口動態でございます。2050 年を迎えると、日本の人
組んで、公害を払拭してきたということでございます。
口は約 9500 万人ということで、3000 万人強が減少
ところが平成に入ると、リーマンショックとかバブル
する。その年齢構成については若者が減って、高齢者
の崩壊とか、産業構造そのものの変化で、臨海部にも
が増える。65 歳以上の方が 40% を越えるというよう
冬の時代がまいります。右のグラフにございますが、
なことが想定されています。それにともなって医療費
平成 11 年が最も酷くて 220 ヘクタールも遊休地が
も拡大してまいります。今現在、65 歳以上の方が使っ
生まれています。今現在は 53 ヘクタールと大分減っ
ている医療費というのは 21 兆円を超えているという
てまいりましたが、その産業構造の変換のような所に
ようなことでございます。ではそういったものの受け
ついていかなければならないだろうということで、い
皿としてこの産業はどれくらいのパイがあるのかとい
ちばん下にありますが、付加価値が高いもの、今まで
うことでございますけれども、いちばん下の囲みにあ
の重厚長大だけではなくて、そういった産業にシフト
りますが、医薬品あるいは医療機器、デバイスの関係
する必要があるということでございます。そういった
で、世界中で 1 兆 4000 億ドルのパイがあります。そ
ことを受けて、高付加価値のライフサイエンス事業へ
れに対して上の表を見ていただきますと、完全に日本
のシフトということでございますが、例えば東芝さん
は出遅れておりまして、輸入が 2 兆 3900 億ですとか、
などについても、今まで送電用の器具を作っていらっ
右側の医療機器については 5700 億の超過ということ
しゃいましたが、超音波診断機、MRI のようなものを
で、海外に遅れをとっている。逆に言えばまだまだ日
作っているというような構造の転換に合わせたシフト
本は伸びしろがあるだろうというような所でございま
が行われています。
す。これは各メーカーを比較しております。上位のほ
同じく環境技術、これも集積をしておりますので、
うはファイザーとかジョンソン & ジョンソンといっ
こういったものも盛んに行われています。
たような有名な企業がありますけれども、日本はベス
次は、非常に臨海部は電気を使うのです。ですから
ト 10 に入っておりません。武田薬品さんが 12 位と
自分たちでも供給をしなければいけないということ
いう所とか、あとテルモさんが 17 位という所で初め
で、発電所がわりとあるというのは皆さんご存じない
て顔を出してまいります。
かもしれません。一都三県が 630 万キロワット消費
それで話が冒頭の所に戻りますけれども、殿町の国
するそうですが、それと同等の発電能力が臨海部に
際戦略拠点、我々、Kawasaki INovation Gateway at
ございます。原子力以外の火力とかバイオマス、ソー
SkyFront の頭文字をとって KING SKYFRONT と呼ん
ラー、風力、そういった一通りの発電の施設がここに
でおります。殿町にも少しかかっておりますけれども、
存在しております。
そういう呼び名でこの政策を展開しています。
2 番目の章に入ります。先程言いましたライフイノ
元々いすゞの自動車工場の跡地を UR さんとヨドバ
ベーション、ライフサイエンスにこれからは目を向け
シさんが取得をされた所から始まっておりまして、行
なくてはいけないだろう。世界中高齢化がますます進
政としては都市再生緊急整備地域に網がけをしたり、
んでいくということで、それを病気になった方を治す、
あるいは特区の網がけをしたりしながら、企業さんあ
あるいは病気にならないようにする、そういった産業
るいは研究機関の立地誘導ということで、インセン
に目を向けていくということで、こちらはあまり景気
ティブを与えながらやらせていただいているという形
に左右されない安定的な産業だと考えております。川
でございます。それで平成 23 年の 3 月には ANA さ
崎市としても、ライフイノベーション、いちばん左で
んのケータリングセンター、機内食を作る臨空産業で
ございますが、これは今言ったことですが、真ん中に
ございますけれども、こういった所の供用開始をした
グリーンイノベーション、環境技術。あとウェルフェ
り、「実中研」さん、実験動物の中央研究所で創薬の
アイノベーションということで、中小のものづくりの
研究なんかもスタートしております。また国立の「医
優れた企業が立地し集積しておりますので、福祉、介
薬品食品衛生研究所」ですとか、「ジョンソン & ジョ
126
日本野鳥の会神奈川支部研究年報 第 23 集
ンソン」
、それから「ナノ医療イノベーションセン
表されるような新興国に 2050 年には大分置き換わっ
ター」
、神奈川県さんの施設ですが「ライフイノベー
ていくのではないかというような危機感を持っており
ションセンター」
、あるいは「大和ハウス」
、こちらは
ます。一方インバウンド、観光客の方、非常に多いで
研究だけではなくてレクリエーション、飲食、ホテル、
す。川崎にも随分いらしていただいておりますけれど
そういったアメニティの部分を担う地区として大和ハ
も、昨年度、いちばん右のグラフでございますけれど
ウスさんが今計画を進めている所でございます。
も、1300 万人の方がおみえになっております。オリ
進出企業を図化している所でございますが、これだ
ンピックに向けて 2000 万人、3000 万人というよう
けの進出企業があって、約 8 割の面積がもう既に進出
な規模の目標値も掲げられております。
が決まっているという所でございます。真ん中に羽田
ここで一番上にありますが、羽田空港周辺推進委員
連絡道路とお示ししております。この部分に羽田連絡
会の概要ということでございます。こういったことを
道路の計画をさせていただいているということで、こ
受けて、この地域をどうやって整備を進めていくのか
の地区全体、殿町と空港の跡地、第 1 ゾーン、第 2 ゾー
というのが、国のほうの設立をされた会議がございま
ンという大田区さんの部分がありますけれども、ここ
す。こちらの委員会で内閣総理大臣補佐官の和泉さん
を一体的に連携して、成長戦略拠点として整備を進め
が陣頭指揮を執って各省庁の局長級、自治体について
ていくというようなことでございます。
は副首長級が参加をして議論をしております。そこで
一つ代表的なものとして、
「ナノ医療イノベーショ
はこの赤く囲っているような、最先端医療技術ともの
ンセンター」iCONM という所がございます。こちら
づくり技術の医工連携の推進ということと、それを支
では、研究リーダー片岡東大教授の下で、新しい医薬
える都市交通インフラの整備ということが議論されて
品、難治性のがん、例えば膵臓がんなど、そういった
おりまして、昨年の 9 月と今年の 5 月の 2 回開催さ
ものを治すべく、全く新しい考えで薬を作っておりま
れています。その議論のエリアは先程来、出ておりま
して、ノーベル賞級の研究ではないかというようなこ
すこのエリアでございます。
とも言われております。
川崎側は大分ご説明しましたが、大田区さんのほう
こちらは LIC、ライフイノベーションセンター、県
がどうなっているかということで、左半分が「産業の
の施設でございますが、再生細胞医療を中心に研究を
交流ゾーン」ということで医工連携のプラットフォー
進めるということで、のべ床面積 1 万 6000 平米と、
ムを作っていくということでございます。川崎市は医
かなり大きな施設でございます。
療技術など、最先端の技術を求めています。それを研
キングスカイフロントの今後の課題と将来展開とい
究しています。それをデバイスに供給するのが大田区
うことでございますが、こういった一個一個を見ると
さん側の、今「下町ロケット」などと言っておりますが、
非常に優れた研究機関、企業さんが立地しております
中小のものづくりの方が非常に集積しているというこ
が、これを横串にさして連携して有機的にさらにシ
とで、そういったマッチングを経て製品化まで持って
ナジー効果を持っていこうということで、プラット
いこうということ。もう一つ右にはソフト面で、日本
フォームあるいはマネジメント機能の構築というのが
食ですとか観光地をご案内するような、いわゆる「クー
重要だと考えております。またさらに、それを支える
ル・ジャパン」のそういった施設、おもてなしのエン
研究人材の供給、それと物理的にそれを支える交通ア
トランスというようなものを今、計画しているという
クセスの強化ということが必要でございます。インフ
所でございます。
ラで羽田連絡道路あるいは国道 357 号というものが
殿町と大田区さんの空港跡地、この部分が核となっ
あります。そういったものを整備していくということ
て、先程の国家戦略特区、神奈川県全域、あるいは東
と、バス、この辺は臨港バスさんにお願いをしてお客
京の丸の内、そういった所の金融センター、ビジネス
様を運んでいただいていますが、そういったこととか、
拠点にまで大きく波及をしていくという効果が期待さ
鉄道軌道についても検討を進めていく必要があると考
れています。
えてございます。
こういったものを支えるためには下のほうにありま
3 つ目の章に入ります。今の日本が世界における状
すが、基盤整備が必要だということで、羽田連絡道路
況はどうなのかという所でございますが、BRICs に代
と国道 357 号多摩川トンネルの必要性もこの会議で
BINOS vol.23(2016)
127
確認されている所であります。
ます。既に 4 月から始めておりまして、水質、水生植
羽田連絡道路については、この右下にありますが、
物、両生類、鳥類、昆虫、魚類、あと干潟調査という
橋梁 2 車線ということでございます。場所はこの位置
ことでやらせていただいております。これ以外にも大
に確認されているということで、実際には川崎市と東
気関係の調査をやって、アセスに準じた形で調査をさ
京都さんと、あと空港側は国交省さんで作業といいま
せていただいています。3 月には一定の調査が終わり
すか、工事を担っていただくということになっており
ますので、その結果はまとめて改めて評価ということ
ます。またここは古くは「神奈川口構想」という名前
で、その際には皆様方にも情報を出しながら対応させ
で呼んでいた時もありまして、神奈川県さんにも支援
ていただきたいと考えております。
をいただくということで、今、協議をさせていただい
これは 5 月に観察した干潟の存在位置(図 12)で
ているという状況でございます。
ございまして、計画路線、連絡道路があそこにかかり
4 番目、羽田連絡道路でございます。連絡道路の効
ますが川崎側、殿町側に干潟が多く、非常に幅広く展
果ということで、今までの申し上げてきたことの裏返
開しているのが見て取れると思います。橋の計画を進
しになるわけですが、羽田の第 1 ゾーンと殿町地区が
めるにあたっては、この干潟、あとその根っこの所に
一体化するということ、空港と直結したイノベーショ
もうちょっと生態系保持空間があるのですが、そこに
ン拠点の形成、国内外からの来訪者の利便性の向上、
いかにダメージを与えないようやるのかといった所が
空港直近でのライフサイエンス関連産業や日本の文
大きな技術的な課題ということで考えてございます。
化・魅力の一体的な情報発信・体験・体感、臨空産業
我々、人から聞いた話だけではなくて、実際に地元の
の両岸への一体的な活用、道路交通インフラの多重化、
NPO さんなんかの干潟観察会というものにも参加を
東京都心との近距離化というような、大きく 7 個の効
させていただいています。ちょうど私がここに写って
果が期待をしているという所でございます。
いるのですが、鳥類の観察をさせていただいていたり、
連絡道路の架橋における特性ということで、いろい
カニの、これはベンケイガニかアカテガニかと思いま
ろな架橋条件がございます。大きく「施工条件」と「自
すが、そういったものも採取させていただいたり、そ
然環境」と「景観」と分けておりますが、施工条件は、
ういった活動もさせていただいております。
まず多摩川は大河川でございますので、治水安全度を
これは先程前川さんのお話がありましたが、吉野川、
確保しながらやらなければいけないということで、台
今日も井口さんがおみえになっているので後でお話が
風のシーズンは川の中の工事ができないという制約が
あると思います。河口部、似たような連絡道路と同じ
あったり、あるいは羽田空港の近くですので、飛行機
ような架橋位置に「阿波しらさぎ大橋」という、皆さ
が飛ぶのにあたって支障になってはいけないというこ
んご存じと思いますが、干潟が大きく展開している所
とで、高さの制限もあったりします。自然環境は今さ
にこういったかなりの長大橋を架けるという、もう実
らお話しするまでもありませんが、貴重な河口干潟の
際にかかっておりますが、環境団体さんと対話を繰り
生態系保持空間が存在しているということで、各種の
返しながら、吉野川は第十堰からいろいろ環境問題、
生物の非常に貴重な空間として存在をしている。景観
歴史がございまして、そういったことを踏み越えてこ
ということについては羽田が国際化がますます進んで
ういった橋を合意形成の下、作っているというような
まいりますので、世界中から来られた方がまず目にす
る構造物、そして羽田連絡道路が出てまいります。あ
るいは橋をとりまく自然環境と一体的になった、マッ
チをした総合的な景観ということにも配慮していく必
要があるだろうと考えております。
環境については、既に野鳥の会様などからアドバイ
スをいただきながら、調査に入っております。この青
く薄く囲っている所、羽田連絡道路はこの真ん中辺
り、ちょっと右くらいの所にかかってまいりますが、
この範囲で各種環境の調査をやらせていただいており
図 12 多摩川河口干潟の存在位置
128
日本野鳥の会神奈川支部研究年報 第 23 集
事例で、私どもも 8 月に視察をさせていただきました。
別にいろいろ意見交換をさせていただく場面もあろう
これは偶然、先程の守屋さんのネタとちょっとかぶっ
かと思います。その際にはまたいろいろと教えていた
ちゃっているのですが、国土地理院の航空写真です。
だくこともあろうと思います。よろしくお願いいたし
昭和 11 年、川崎側、内湾側にはかなりの干潟が厚く
ます。
存在しているのが見て取れます。これが昭和 22 年に
なりますと空港の沖合い展開の必要な、土を確保する
6.川と海の繋がりを考える社会システム
ために、この辺に人工的に掘れているのが見られるの
清野 聡子(九州大学)
ですが、ここから土を取ってこちらに埋め立てをして
いるという状況です。これは昭和 46 年、20 年が経っ
ておりまして、干潟が一定程度、今のような形に復元
をしていると。20 年を長いと見るか、短いと見るか
という所はあるかと思いますが、そういった自然の復
元力という所も観察できるという所でございます。
今後我々は羽田連絡道路の整備に向けて、この 3 つ
の視点を掲げています。
一つは「円滑化」ということで、やはり貴重な税金
を使わせていただいて進める事業でございますので、
効果的、効率的に進める必要があります。過大なもの
を作るということは必要なくて、身の丈に合ったもの
をいかに迅速に作っていくか。2020 年のオリンピッ
ク・パラリンピックというものを一つ視野に入れて整
備を進めていくというのが我々の大きなミッションで
す。
それと「環境」でございます。今までいろいろ参考
になるお話もいただきました。我々もそれを踏まえて
また調査、分析、評価をしていきたいと思っておりま
すので、そういったことを踏まえて設計、あるいは実
際の工事の段階でダメージを環境に与えないように進
めていきたいと考えています。
あと最後に「景観」ですが、こちらにつきましても、
先程述べましたように、河口における、人がかなり注
目をしている場所でございますので、景観を損なわな
いような構造物、あとは周辺に溶け込んだようなデザ
イン、そういったものに配慮しながら進めていきたい
と考えている所でございます。
資料に基づくご説明は以上でございます。本日は本
当にこういった機会、説明をさせていただく時間を頂
戴いたしましてありがとうございます。野鳥の会、あ
るいは後援の各種団体の方々には厚く御礼を申し上げ
たいと思います。それとこの後、
パネルディスカッショ
ンということで、時間設定されております。誠に申し
訳ないのですが私、所用がありまして、今日はそちら
のほうには出席ができません。しかしながら、また個
BINOS vol.23(2016)
ご紹介いただきましてありがとうございます。九州
大学の清野(せいの)と申します。私は今でこそ土木
系の学科に勤めておりますが、元々は生き物が好きで、
生き物の調査をしていたらフィールドを埋め立てられ
まして、人類の生態のほうに研究分野が変わってしま
いました。
結論的には、やはり河口域の生き物は私も今調査し
ていますが、河口域はやはり撹乱が非常に激しくて、
出水ですとか、あるいは海岸災害とか、外力という自
然の力の強い所なので、生き物を守るという研究と、
人類が生きていけるということは、ほぼ一緒だなとい
うことでございます。
それで、今私は学会としては水産学会や海洋学会の
他、土木学会の企画委員ということで、社会との接点
でどのように今までの過去、近代化、あるいは近世
の低地を開発してそこに住み着いていくということか
ら、海面が上がってきて、いろいろな自然災害も大き
くなっている時に、元々人類はどういう所に住んだら
いいのかという議論に参加させていただいています。
また、生物多様性の話をしますが、来年に国連総会で
人類は地球上でどうやって生きていくのかという、ハ
ビタット 3(スリー)という数十年にいっぺんの大き
な議論がございまして、本当に今は自然と人間の関係
というのが大きく変革している所だと思います。
先程、私までのお話の中でも、どうも日本はちょっ
と乗り遅れてないか?というのは様々な分野で、それ
こそ経済とかを含めて、何かちょっと変だなというの
があるかと思います。東京湾に関しましては、私自身
は東京湾再生の議論が 2000 年ぐらいから、始まりま
した頃に、東京湾の港湾を中心とする様々な計画、そ
れから海岸法の改正の海岸保全基本計画の東京湾の沿
岸に関してお手伝いさせていただきまして、その際、
正直な所、相当防災上厳しいということを知るに至り
ました。それで私自身は川崎にお住まいの方とか、首
都圏にお住まいの方に申し訳ないと思うのですが、こ
のままの状態で沿岸部にインフラを集中させるべきで
はないという考え方の持ち主です。これは私が個人で
129
思っているわけではなくて、防災関係もそのことは
された所で、いろいろな河口域の開発の場所としても
言ってきたはずです。
代表地点になっている所だと思います。そういう意味
ところがオリンピックの話になって、みんな頭が
で今日この場で川崎市の方も来てくださってこの問題
ちょっと飛んでしまっているということがあって、そ
を考えるというのは、日本自体の江戸時代以降ぐらい
れを懸念しています。これは国際的にも実は若干冷静
の河口域とのつきあい方をどうするかということで重
に解析されているところがあって、3.11 のあれだけ
要な場なのでは、と思います。
の強烈な災害があった時に、社会がやはり気持ち的に
これは立体地図なのですが、低地、低平地の所をピ
応答できていない時に希望を求めるという現象になる
ンクにしたものです。これは縄文海進という今から
と思います。その希望を求める時に、オリンピックだ
6000 年ぐらい前の、縄文人たちが丘に住んで干潟に
とか新たな地域づくりという時に、一瞬怖いことを忘
貝を採りに行っていた時代から、徐々に海面が下がっ
れようとしてしまうという作用が働いている可能性が
たり、あるいは河川からの土砂の流入で沼や干潟が広
あって、これに関しては私が属している土木学会も含
がっていって、このように関東の低平地ができました。
めて、様々な役割や責任があると思います。やはり最
ここの低平地にどんどん進出していくというのは江戸
終的には一人ひとりの人、そして地域住民の命を預か
時代からであったわけですが、そのやり方自体を見直
る自治体の方がどのような地域づくりをするかという
さないと、やはりこの先の 21 世紀とか 22 世紀とい
ことが大事だろうと思っております。
うのはいけないのではないかということで、地形とか
実は私、神奈川県出身でございまして、川崎とのご
地質とかに興味のある人はこういう低平地の軟弱地盤
縁も若干ありました。川崎市民アカデミーという市民
の所に住み着くということについて、いろいろな意見
の方が企画する科学講座があって、これに多分 20 年
を述べてきたところだと思います。これについては
ぐらい前に「川と海」ということで、4 ヶ年ぐらいお
ちょうど横浜市のマンションの問題があって、いくら
手伝いさせていただきました。その際に川崎は非常に
地盤調査をがんばってやったとしても、たまたま調査
重要だというのは、工業系の市民の方が多くて、そう
した地点がある意味で代表性があるかどうか分からな
いう住民の方がかなり科学技術の専門知識を持ってい
いとか、そういう中で判断して住んでいかなくてはい
て、経験も持っている中で、市民としてもかなり合理
けないということで、もっと別の都市のあり方という
性とか技術とかに長けた方が参加してくださるという
のを模索していく時代にも入っていると思います。 ことで、重要な市民の講座となっておりました。つま
川崎市は丘陵地の開発についても随分と経験がおあり
りいろいろな見学とかに行ったり、講師の方をお呼び
になると思いますし、そこでの里山の保全とかそうい
して聞くだけではなくて、本当に技術者とか、科学に
うものも含めて、海辺の工業開発から丘陵地の開発ま
興味のある市民としては本当にすごい議論をいただい
でということで、いろいろなノウハウを持っていらっ
たな、ということで、現地見学なども含めて、私も当
しゃるところでございます。
時もっと若かったわけですが、大変いろいろと教えて
今日話題になっている所はこの多摩川河口ですが、
いただきました。それで原科先生のお話にもあるよう
見ていただきますと多摩川河口は東京湾に流入する川
な、科学系とか環境の話をきちんと食いついて、理解
の中でも一番突出した、とんがった河口です。これは
して、提案していけるような市民というのは、やはり
多摩川が非常に土砂をたくさん海に出すタイプに川で
こういうことでなくてはいけないのかなと当時思った
あって、他にも江戸川とか、木更津の小櫃川とかあり
覚えがあります。
ますが、圧倒的に川の力が強い、そして様々な土砂を
それから多摩川に関しては河川法改正ということ
河口域までもたらしたのがこの多摩川です。というこ
で、最終的に全国に広まりましたが、様々な水質の問
とは多摩川河口域まである程度の礫を持ってきたとい
題などから始まり、住民参加とか環境ということで多
うことを、泥だけでなく礫とか小石のあるような干潟
摩川、鶴見川というのは非常に先導的な役割を果たし
であったということを戦前の漁業をやっていた方から
てきた所であると思います。
聞いたことがあります。そのために、結構石もあった
それから河口域と海岸に関しては、本当に日本の近
のでカキが自然に生えていて、カキ養殖で水産業を立
世、近代化の中で様々な農地開発あるいは工業化がな
てて行こうということを戦後に考えられたそうです。
130
日本野鳥の会神奈川支部研究年報 第 23 集
この対岸の大森に都の水産試験場の施設があって、多
は海として使うというよりも埋め立てるということ
摩川河口は都市もあって、そこの住民に戦後に栄養不
で、様々な計画があり、今となってはいろいろ不思議
足の時にカキを食べたいという人が多かったので、結
なものもあります。そして私もこういう絵というのは
構養殖にも使えるような河口で、そういう産業を計画
実は侮れないなと思ったのは、この交通計画、特に高
したそうです。
度経済成長の時に、交通計画で、大都市への通勤圏で、
ところがその後羽田空港の埋め立てがあって、そこ
大都市に人口集中し過ぎる時に近郊をどう開発するか
のエリアはもう養殖というのは考えることができなく
ということで、何キロ以内をどういうふうに交通を結
なりました。それで多くの漁業者の方が漁業を諦める
ぶか、様々な道路計画が作られました。1960 年代の
に至ったわけですが、その際にくれぐれも後世に言い
段階で、こういう図面が結構出てきたので、そこにた
残しておきたいとおっしゃっていたのは、羽田の補償
またま土地を持っていらっしゃる方は、「あ、もうウ
があったから立ち退いたとか漁業を辞めたのではは
チは農業をやめて、道路のほうに土地を供出しなけれ
く、本当に漁業で都市型の漁業で養殖をするとか、ア
ばいけないんだ」ということで、子どもを農家にする
サリとかも含めたら、これほどいい漁場はなかったと
のではなくて、別の産業に転業するなどのライフプラ
いうことはおっしゃっていました。だから補償金の一
ンを変えられた方もおられたと聞きます。逆に言うと、
時的なものよりかは、その漁場を守ることによって
そこまで個人の様々な生活に影響を与えてしまってい
ずっと生きていくことができるのではないかというこ
るので、易々とこういう図面を変更しにくいというこ
とは当時、この川崎や大森の漁師さんたち、羽田、大
とは聞いたことがあります。
森の方たちの中で相当あったそうです。
これは「ネオ・トウキョウ・プラン」ということで、
ところが諦めざるを得なかったのは、水質の汚染と
1959 年に黒川紀章さんとか、あの時代の方々も関わ
ゴミの多さです。上流の都市住民とか工場が水質を悪
れたと思いますが、この道路を見てみると、ほとんど
化させゴミを捨てなければ、本当に何とか都市と共存
今の環状線とか横断道路と言っているのは、ほぼこの
できるようなすばらしい河口があったのだということ
時期に計画されて、それを今作っている最中なんだと
です。そういう話をしてくださった方も鬼籍に入られ
いうことです。ですからスペインのガウディの教会み
てこの世にはおられないのですが、私はその話を聞い
たいに、いつになっても作り続けるんだという考えも
て非常に衝撃を受けました。だからこれからでも、そ
あるようなので、事実上こういう計画が出されて、そ
ういう都市と共存する漁業のあり方というものをこ
れが 100 年かかっても達成するという考え方はある
こで模索するというのはあるのではないかと思われま
にはあるのかなと思います。ただ先程言ったように、
す。
この時期は防災の問題とか人口集中、環境、海面上昇
それでこの地域がどのように開発してきたかという
ということは考えられていなかったと思うので、この
ことですが、先程の様々な講演の中でもあったよう
時代に書かれた物を粛々とやるということではないと
に、東京湾は都市に近い所の農地開発をして、江戸時
は思います。この時の図面というのは様々な環境計画
代後半にはかなり堤を築いて干拓をするということを
を考える上で忘れてはならないところだと思います。
個人の庄屋さんとか商業の方のグループがなさるとい
この川崎の周辺の現在の話については先程いろいろ
うことでした。この産業的に経済的な有力者の方が干
なご説明がありましたので割愛いたしますが、川と海
潟を埋め立てるということで、当時漁業、海運、舟運
の関係で言うと、海のほうの港湾とか工業地帯の臨港
と摩擦があったために、明治時代の終わりぐらいから
部という制度と、川で持っているとか河口という所は
その問題が顕在化し始めました。そして大正時代には
かなり激しく折り重なった制度になっていて、これを
公有水面埋立法に至る、きちんと環境配慮とか周辺の
どういうふうに調整するのは非常に難しいところで
人との合意形成とかに今となっては読めるような条文
す。今の東京湾再生ということが行われていますが、
も入って、ただ産業のために干潟を埋め立てるという
陸側の視点でやるのか、港とか物流とかなのか、工業
ことではないということで、そういう問題もこの東京
なのか、それとももっと沿岸環境とかなのかというこ
湾では激しく起きました。
とで、東京湾再生もどの視点でやるかによっても軸が
これは戦前とか戦後の計画図ですが、やはり東京湾
変動するかなという状況があります。つまり河口域っ
BINOS vol.23(2016)
131
て次々といろいろな施策を歴史的に重ねてきたので、
川も苦手です。川と海の接点、猛烈に苦手で、これ
誰かが何かを止めたいとか、考えを変えたいと言って
は愕然とする状況です。実はこれは 3.11 の後、津波
も調整相手が多くて、このままやったほうが楽、とい
防災の地域づくりの法律の時に、こんなふうに考えて
うふうになりやすいということが多いのが実情です。
くださいという模式図が政府から出されました。この
それから羽田空港ですが、前の資料にもありました。
時に川が書けていないのですよね。こういう地形って
羽田空港は何でこんなふうに三角形の斜めの所にある
ありえないのです。つまり、この地形だったらきちん
の?ということを聞かれたことがありますが、まさに
とどこかに小川でも入っているのですが、書けないん
とんがっている河口の干潟のデルタの所に立地してい
ですね。これは何でだろうということを随分いろいろ
るので、川に対して斜めな形になっています。だから
な人と議論しているのですが、河口のイメージが無い
河口に広がった干潟の元の地形を使って作った空港だ
というか、河口とか砂浜とかを、うまくこの手のポン
と、元の空港は、いうことになります。それから先程
チ絵に、みんな書けなくなっている。政府など意思決
川崎市のスライドで、埋め立て材料に干潟の掘削した
定に関わる教育を受けた人がそのイメージが無くて、
話がありましたが、当時工事した人によると、思う以
ここ川が書いてないじゃんとか、河口をきちんと書き
上に泥以外に石もあって、結構悪くなかった、思う以
なさいと言ってくれることもなく、これで作っている
上に使えたということもおっしゃっていました。先程
ので、この図で防災をやっていくので、川からの遡上
私がカキの養殖ができるぐらい石が点在しているよう
だとか河口の土砂管理とか生態系というのは、もう頭
な川原でもあったということも言いましたが、結構こ
から抜けてしまっているというのがあります。この絵
こは開発する時にそこそこ建設材料が周辺から調達で
は酷くて、最初に出された絵は本当にお風呂の縁みた
きた所です。先程クロツラヘラサギの話があった熊本
いにここが海岸堤防で、そのまま水位が上がって、そ
の球磨川も、八代港というのを掘削して港湾にしてい
れを壁で防災するんだという絵になっていたので、こ
るのですが、あそこもやはり石ががんがん入っている
れはあんまりだということで、相当クレームを言った
所で、そういう石がたくさんあって、地下水が豊かで、
ところ、少し改善されて、でも砂浜は書かれたのです
いい漁場でという所と、いざ道路とか空港とか港湾を
が、川が書けないのですね。川が書いてないのはおか
作る時に、手近に材料があって良かった、というのは
しいと言っているのですが、川と海の接点をどうする
実は裏表の関係になっているとも言えます。
かということとかは、やはり誰がどう責任を持つとか、
防災、減災の話と自然保護ということで言うと、日
川から溢れた時にどうなるのかとかいうので、頭から
本のここ 20 年間の制度の改正というのは、防災とい
排除しているということです。だから最初の話と一緒
うところから、もっと環境を利用というのを導入して
に、とりあえずやるために何かを排除するという癖が、
いこうという歩みでした。ただこの図にあるように、
私たちの社会にあるということを考えておかないと、
要素を入れるということなので、統合的な計画を作る
その排除したところからやられるということも逆にあ
ということよりも、何かワンポイント的に「これは環
るので、要注意だなと思います。
境ですよ」とか「これは公衆の利用ですよ」というこ
これは東北の、仙台の直轄海岸の写真ですが、やは
とで、ベンチを作るとか、ベンチトイレというのが
りこれも海岸と林野とそういった公園とで、みんなで
利用だと言われたりとか、あるいは環境というのはス
調整するのが難しかったので、あるいは自然状態の中
ポット的な人工干潟だったりということで、どうも統
でここに防災工事をやるとしたらかなり不合理な工事
合的な計画を作るのにまだうまくいっていない。それ
になるわけですが、社会の法律を変えるとか、そうい
から統合計画も作らないし戦略アセスメントもできな
う財産をどうするとかいうことまで、ややこしいので、
いということで、私たちの日本の環境も土木も、統合
まずここに作っちゃおうということでの判断になるわ
的が猛烈に苦手だなということはあるわけです。ここ
けです。だから込み入ったものを解いていって新しい
を克服しないと多分今世界的にインテグレートと言わ
ものを作っていくという力をかけない限り、作らない
れるような、統合性を持って何か取り組むというとこ
限りは、本当にいつになっても「これはおかしいな」
ろにいちばん遅れた国になってしまいがちなところで
と思いながら巨大なお金をかけて走っていくことにな
す。
ると思います。
132
日本野鳥の会神奈川支部研究年報 第 23 集
それから期間限定の国庫補助率の高い案件というの
けど結局そこで開発して、そこにまた人が住んで、ま
は、本当に要注意です。だから震災復興だとか沖縄と
たいろんな意味でのリスクが高くなるということがあ
か北海道振興策とか、あるいは災害復旧とか、オリン
るので、それが問題になります。
ピック特需だとか、それっていうのは本当に集団で
それから特に 80 年代以降、一体的整備ということ
バーゲンセール的な感覚になってしまうのですね。こ
で、多目的とか一体的とかいう事業が増えてきて、単
れは災害復旧にかかわらずほとんどそうで、何か特別
目的ではなくて、道路・港湾・空港を一体整備という
措置と言ってもらった時に、古い図面まで出してき
パターンができました。そうすると例えば単独のそれ
て「これも乗っけちゃおう」みたいな感じになるので、
ぞれの事業をちょっと変更したいと思っても、例えば
ちょっとバーゲンセール心理というのが危険だなとい
道路・空港・港湾で言うと 3 者のうち 1 者が「ちょっ
うところです。ですから神奈川県さんとか大田区、東
と変更したいんですけど」と言い出すと「ええーっ」
京都、そして川崎市さんはバーゲンセール的なものに
という感じであとの 2 つが「うちはそれは困ります」
陥らないというところで、引き締めながら、要するに
みたいな感じになると、「それじゃあ止めようかな」
期間が終わったら維持管理は「自治体よろしくね」と
というので「なんか変だな」というのが出やすいわけ
いうことになってしまうので、これは本当に危険な状
です。ですからこの一体整備とか、複合とか多目的と
況になります。
いうのは、やはり相当みんなが注意たり「一抜けた」
さて河口管理の特徴ですが、繰り返しになりますが、
という人が出たとしてもそれはしょうがないという状
様々な利用が混み合っていて、この管理で行政主体が
態でまたやっていくしかないかなと思います。
混み合っていて、それは法律も混み合っているので、
この辺で生物多様性の話は出てきたのですが、何が
たくさんのパラメータがあるものを解いていくという
自然保護の中で大きく近年変わり続けているかという
のは非常に厳しい状態になります。それで河口域は最
と、2010 年の愛知で会議をやった時は自然共生とい
終的な責任者が居るような、居ないなみたいな感じに
うことで、わりと「ハーモニー」というセンスだった
なってしまっていて、多分今度開発を予定している所
と思います。それで海外からハーモニーとかいう生易
も、河川だけれども橋の事業が入ってとか、下流のほ
しいものではないのだということで、「自然を克服す
うに港湾があるとかいうことで、誰がどう責任をとる
るかやられるか」なんだ、みたいな話が出て、日本は
のかとか、それを最初の時点で明確にしておかないと
本当に平和なのかなという話もあったのですが、その
新国立競技場問題で表面化しましたが、危ないパター
後の 2 年後のインドでの同じ生物多様性条約の会議で
ンというのがやはりあるのです。最終的に数年経って
は、スローガンがこのように変わりました。「あなた
ジョーカーを回し合ってしまって、みんなが放り投げ
が自然を守れば、自然はあなたを守ってくれる」つま
ざるを得なくなると、それはいけないし、最後に放り
りあなたが自然を壊せば壊された自然はあなたを守っ
投げてそれでも留まるのは地元自治体なので、やはり
てくれない、あるいは自然が刃をむいて来るというこ
市とか区というのは相当慎重にしていただくことにな
とです。これはインドとか途上国とかは本当に森を切
るかと思います。
り過ぎたとか、土地開発を無理にやり過ぎて人が死ん
それからこれは先程から図でお話しましたが、何で
でしまうとかいろいろなことがあって、自然とそうい
道路ってどんどん外に出て行くの?海側に出て行く
う関係が変わってきました。
の?ということですが、これはやはり道路をもっと技
そして 2013 年に 3.11 の後、仙台でのあの議論が
術上地盤のしっかりした所に作りたい、利便性のいい
あった時に、災害リスクの軽減と保護区ということ
所に作りたいという話はあったのですが、交通渋滞で
で、自然保護のために鳥獣保護区とか国立公園はバッ
大気汚染があった時に、道路交通はできるだけ海側の、
ファーゾーンで、人間が放っておいたら進出してしま
風通しのいい所に出て行ってください。要するに人の
う所を「これは自然のためですから」ということで人
住んでいる所から離れた所に作ってくださいというよ
間以外の所でこういう守るものを設定して、それで人
うな政策がなされました。それで埋め立てて、道路を
間同士がぐじゃぐじゃになるのを止めているというこ
作って、その周辺を開発していくという循環になって、
とで、そういうことなされました。この 2013 年の議
元はと言えば大気汚染の問題だったとも聞きます。だ
論の後の 2014 年の世界公園会議でこの「保護区とい
BINOS vol.23(2016)
133
うのは自然のためだけでなく、人類の安全のためでも
おります。国土交通省のほうも、国土形成計画のほう
あるんだ」ということが世界的に認められたわけです。
で、このグリーン・インフラを入れるということで出
このグリーン・インフラへの展開ということで、グ
ておりまして、つまり政策カードは用意されているの
リーン・インフラはそういったインフラ整備の中でも
で、それを使って自分の町をよくするかどうかという
もっと自然を活用するとか自然の力、干潟とかアシ原
のは、その地域の決断になっていきます。
とかそういった所自体が、実は人類を守ってくれるた
橋と河川環境ということで、これはまた機会があれ
めに機能していたんだということへのまなざしです。
ばと思いますが、制度的には今後議論になると思いま
IUCN の会議が来年ハワイであるのですが、この沿岸
すが、河川協議というものがあって、川を守ろうとし
のグリーン・インフラというのは最大のテーマになり
ても、川は開発するほうから協議をかけられます。で
ます。これは国連環境計画も含めて、要するに沿岸に
すから今日この中に河川管理者がおられるか分かりま
人間が出過ぎたので、その時どうやって人間の経済と
せんが、基本的に断らないという中で、どこまできち
生活と安全を守るのかということで、グリーンインフ
んとリクエストして協議をかけてくる相手にきちんと
ラとか ECO-DRR ということが出てきています。つま
した理念と内容を守ってもらうかということです。
り沿岸の開発というのは大きく潮流が変わってきてい
それから大きな問題は、橋と川というのは土木系の
て、日本だけ取り残されて、かつ災害が多い所にそん
人は知っていると思いますが、行政でも大きく 2 つの
なふうになるというのは、かなり特異な状態になって
グループに分かれていて、コンサルタントとか建設会
しまいます。いろいろなワークショップが開かれたり
社まで分かれるぐらい大きな所になっています。学科
しておりますし、2014 年、韓国での生物多様性条約
の中でも 2 つになっているので、これは本当に技術競
の国際会議でも、この生態系を活用した減災、ECO-
争の中でもどうするかということが重要になっていま
DRR がきちんと条文の中に入ってきております。
す。
だからやはりこの辺の情報に土木関係だとかが全然
そういうわけで、この後のところは話していきたい
キャッチアップできていないので、今からいろいろと
と繰り返しになりますが、グリーン・インフラとかバッ
共有していきます、国内でやっていきますということ
ファゾーンとかキーワードは出てきていますので、干
を、逆に英語でがんがん政府の人が文書を読める所は、
潟環境とあるいは危ない所は公園化するとか、大田区
アジアで環境アセスもそうなのですが、英語の文書を
さんのふるさとの公園とかが非常に重要だと思います
政府の方とか自治体の人がガンガン読んで自分の施策
が、そういう中で何とかこの河口域に人類も暮らして
に反映します。そこに ODA が入ってくるので、循環
いければというところでございます。
が速いのですが、日本は一度日本語に訳して共有する
ので、さらにパワポに圧縮して共有するので、大事な
所が抜けるという現象が出てきてしまいます。
これは第 3 回国連防災会議、今年の 3 月にありま
したが、この中でも沿岸の防災の問題、これは進出し
過ぎない、沿岸に住む人ももうちょっと安全なスペー
スを使うなどです。ですから川崎市さんのいろいろな
お考えの開発というのもあると思いますが、世界のト
レンドの中で、どういうふうに新しい産業の立地と、
安心安全というものを確保していくかということかと
思います。
現在国内施策としては、国連大学とか環境省が国連
防災会議でこういう ECO-DRR とか、生態系防災とい
うのを検討して、今 2 ヶ年にわたって環境省の検討
会が行われています。今年度の最後にとりまとめを出
す予定で、海岸については私も参加させていただいて
134
日本野鳥の会神奈川支部研究年報 第 23 集
パネルディスカッション
のですが、それを一般の人に知らしていくのも市民の
パネリスト
役割でしょうし、それから行政に対して働きかけをし
鈴木茂也(日本野鳥の会神奈川支部)
ていくのも市民の役割ではないかと思いますので、そ
葉山政治(日本野鳥の会)
んなことを含めて志村さんからお話をいただければと
志村智子(日本自然保護協会)
思います。
井口利枝子(とくしま自然観察の会)
原科幸彦、守屋年史、長谷川 充弘、前川 聡
清野聡子
鈴木:パネルディスカッションを始める前に、先程の
ご講演の中でご質問が来ております。これは川崎市さ
んに対するご質問ですので、後程ホームページでご回
答していただくということになっておりますので、そ
の内容だけ少しご紹介させていただきます。
一つは、羽田連絡道路は架橋を前提としているよう
であるが、トンネル案との比較はしたのか。検討した
のであればその内容を知りたい。それと連絡道路を作
ることのメリットとデメリットの比較検討結果を知り
たいということです。
またもう1つの質問です。経済面等で必要性のある
ことの説明があったのですが、そのための手段が架橋
である、その他に有効な手段がないという説明がされ
ていなかったので、その点を示していただきたい。そ
れから選択肢として橋を作らないという選択肢もあっ
たのではないか。それから他の道路をうまく利用して
活用していくという方法も手段として考えられるので
はないか。その点についてご回答してくださいという
ことです。後程こちらは川崎市さんにお渡ししますの
で、よろしくお願いいたします。
パネルディスカッション
鈴木:今まで 6 人の方にご講演をいただいたのですが、
パネルディスカッションではそれを踏まえて進行して
志村:日本然保護協会の志村と申します。日本自然保
護協会は名前のとおり、日本の自然を守るということ
を 60 年以上やってきた団体です。自然を守る時に何
が必要かということで、自然を壊してもいいや、自然
を壊して別の方法で豊かになろう、幸せになろうと考
えている人たちと話し合いをするということもありま
すし、一体私たちが守ろうとしている自然というのが、
どういう場所なのかという調査研究をやるということ
もあります。
同時に自然を知る、親しむ、自然の大切さをいろい
ろな人たちと分かち合うという活動もやっています。
その中の活動の一つ、軸になっているのが自然観察指
導員というボランティアのリーダーを養成する仕事に
なっています。そういう形で自然との触れ合いの場を
作るということもやってきているのですが、そういう
いろいろな人と自然との触れ合いの場というのがある
中で、今まではこれまでの発表、実際に多摩川にどう
いう鳥がいるかとか、そういう環境の部分からお話を
いただいたのですが、人と自然との場ということで、
考えてみたいと思います。
豊かな自然があること、そこの自然との触れ合いの
場が保たれることというのは、環境基本法という環境
保全についての基本的理念を定めた法律の中でもうた
われていることなのです。「人と自然との豊かな触れ
合いの場が保たれていること」というのが、環境基本
法の第 14 条に入っています。そのために環境影響評
いきたいと思います。4 つのテーマを用意してありま
す。
「市民からの視点」
、
「河口開発と合意形成」、「生
物多様性の保全」
、
「多摩川河口の今後の提言」と 4 つ
テーマがあるのですが、深く掘り下げるとそれだけで
もシンポジウムが行われてしまうようなテーマですの
で、要点を、我々がこれからどうやって多摩川河口の
保全をしていくか考えながら、それぞれの方に発言を
していただくことで進めていきます。
最初のテーマですが、
「市民からの視点」
。最初に日
本自然保護協会の志村さんから、河口の干潟って一般
の人には多分何も利用していない土地と思われがちな
BINOS vol.23(2016)
パネリストのみなさん
135
価法、原科先生にお話しいただいたのですが、環境ア
鳥会のフィールドとして欠かせない所だと思います。
セスメントの中でも実はこの上のほうにあります、例
今日会場にみえている私たちの仲間も多摩川河口での
えば鳥の数だとか大気だとか水の汚染とかということ
観察会をやって、あそこでなければ得られないものと
だけではなくて、
「人と自然との豊かな触れ合い」と
いうのがあるので、大事なフィールドとして活用して
いう項目があります。
「景観」と「触れ合いの場の活動」
いると思います。生き物と出会う喜びとか気づきが得
という大きく 2 つの項目があって、これも調べなけれ
られる場であったりとか、先程清野さんのお話でも
ばいけないことになっているのです。川崎市さんの条
あったように、これからの時代、生物多様性のことを
例、日本で初めて行政で作られた環境アセスメントの
ちゃんと理解して、それとどうつきあっていくのかと
制度の中にもこれは書き込まれていることです。
いうふうに私たちの社会を変えていかなければいけな
ただし昔これは、野外レクリエーションみたいな括
いわけなのですが、そういう生物多様性の知識を得る
りで捉えられていたのです。人と自然との触れ合いと
場であったり、自然災害に備える時の知恵を得る場に
いうことが追加になった時に、触れ合いってレクリ
もなると思います。
エーションだけじゃないよね、野外に行って楽しく、
自然観察会って、鳥を見たり花を見たり植物を見
例えばバレーボールなどもレクリエーションになる。
て、楽しいねっていうだけではなくて、そこの自然の
そこが自然じゃなくてもその場を使うというだけのこ
仕組みを知ったり、私たちとの関わりを知る場でもあ
ともあります。そうではなくて触れ合いの場というの
ると思うのです。そういう中から、例えば青べかさん
は、レクリエーションの項目では評価対象となり得な
がカヌーに乗って、というのがありましたが、水と触
かったものをちゃんと見ていきましょう、というのが
れる、水を実際に泳いでみる、プールでない海辺と触
追加になった意図です。
れるということで、では一体自然災害の時に、この水
それと同時に景観というのもありました。景観と触
がどうなるだろうという想像力を養う場にもなると思
れ合いの場というのは切っても切り離せないものなの
います。そんなことができる場になるのではないかと
ですが、見た目というだけではなくて、そこからどの
思います。そういう自然の面だけではなくて、空間が
ような触れ合いがあるかということで、景観という項
好き、ただ散歩しているだけの方もいらっしゃると思
目も、この項目が加わった時に議論されました。「人
います。ひろびろとした場所で、いろいろなことを考
と自然の触れ合いの活動の場」の項目という所で書か
え事をするという、そういうことも実は触れ合いの場
れていた。
として利用されていると考えなければいけないのでは
これはこの項目が入る時に今までなかった項目だっ
ないかと思います。
たので、どういうことを調べればいいのだろうかとい
あと「現在の利用状況の把握」です。いつ、何のた
う検討がされました。そこに報告からご紹介したいの
めに、どんな時間帯、どのぐらいの時間そこを訪れて
ですが、
「
『触れ合い活動の場』は、空間や資源が人々
いるのか、どのぐらいの頻度でそこを訪れている人が
によって利用されることによって成立する場である。
いるのか、どんなふうに使われているのかということ
従って、場の側面と人々の利用の側面との双方からの
も、是非私たちはもっと知っていくといいのではない
アセスメントが必要」というふうに書かれています。
かと思います。
私たちが触れ合いをする場として、一体それはどうい
最後に「利用に関する誘致圏の把握と調査対象者の
う場所なのか、どういう価値を持っているのかという
設定」というのも現況把握の所に書かれていました。
のと同時に、一体どういう人たちが使っているのか、
要するに、「誰がどこから来ているのか?」先程バー
どんなふうに使っているのかという両方の側面をちゃ
ドリサーチの方が「大阪から鳥を見に来ました」とおっ
んと見ていかなければいけない、ということがありま
しゃっていましたが、そういうふうに実は地元の方だ
した。ではどういうふうにすればそれが把握できるの
けではなくて、いろいろな方が遠くから来ている、そ
かというのを、3 つの項目で書かれていたのをご紹介
ういうことを全部把握した上で、初めてそこの多摩川
して終わりにしたいと思います。
という空間をどんなふうに触れ合いの場として使って
「場の空間特性及び資源特性の把握」
、要するにそれ
いるのかというのが見えてくるのではないかと思いま
がどんな場所か、ということです。自然観察会とか探
す。
136
日本野鳥の会神奈川支部研究年報 第 23 集
羽田空港のまん前という、本当に都会の中なのにた
お話が偏っていたようにも思いますので、是非多摩川
くさんのいきものがいて、ひろびろとした空間がある
のこと、それからカヌーで橋をくぐった時の印象とか、
多摩川の河口という所だからこそ、いろいろ得られる
そんなところもお話しいただければと思います。
ものがあるというふうに思っています。逆に自然観察
会をやっている仲間には、単に生き物を見るだけでは
長谷川:ちょっと今考えていたのですが、市民の利用
なくて、生き物たちや環境と自分たちの暮らしという
の仕方というところが行政としてあまり把握していな
ものに目を向けるような観察会活動を、どんどん広げ
いのではないかと見受けられるところがあるのです。
ていって欲しいと思っています。
というのは羽田空港の浅場造成事業の評価のところ
で、漁業者が何かを採ったとか、遊漁船が入っている
鈴木:志村さん、ありがとうございました。実際に河
とかいうのは記録として残るのですが、市民がそこで
口の干潟に行って、干潟の上を歩いてみる、あるいは
レクリエーションをして利用しているというのが数値
砂を掘ってカニを見るとか鳥や魚を見るということ
として出てこないというのが結局評価する行政は諦め
は、現地へ行って正しい自然の認識をするということ
てしまったのですね。そこが具体的にいうと、多摩川
では重要だと思います。前半の講演の中で、前川さん
の河口で今シジミが採れて、アサリが採れて、ハマグ
がレジャーが鳥の生息を脅かしている部分があるので
リが採れて、市民がたくさん利用しているのです。そ
はないかというお話があったと思いますが、その辺は
ういうのを全く無視してしまうのが行政だと私は今理
どうですか?
解しているのですが、市民として何か声を上げるよう
な場所、あるいは市民の団体を作って行政に訴えてい
前川:今回アンケートを提出してくれた方が鳥の調査
くようなことが必要なのではないかと私は考えるとい
員ということで、そういった視点からだということは
うか、思っています。
まずご承知おきいただきたいのですが、やはり鳥を見
ていると、鳥が安定して落ち着けないようなことがあ
鈴木:ありがとうございました。行政に訴えるという
ると。それは釣りであったり、犬の散歩であったりで、
ことも必要かもしれないですし、あるいは行政に投げ
広い河原ですので犬の放し飼いにして散歩させたりと
かけて一緒に協働でやっていくということも必要なの
いったこともあるようですし、あとはキャンプをした
かなと思います。どちらにしても干潟を我々がうまく
り、ゴミを散らかしたりといったことが目に余るとい
利用して、多くの人に干潟を守るということの意義を
うことを、いくつか調査員の方からご報告いただいて
知っていただくことが必要なのかなと思います。
おりました。そういった意味では使うことが悪いわけ
次は「河口の開発と合意形成」ということで、先程
ではなくて、いかに正しく使っていただくのかといっ
前半の講演の中でもどういうふうに合意形成していっ
たところをもう少し理解していただく必要があるかと
たらいいのかということが少し話題になっていました
思っています。
が、前例として徳島県の吉野川の河口に道路が作られ
たということがありますので、その辺の事が気になる
鈴木:なかなか干潟の使い方について制限をするとい
ところですので、吉野川の例を徳島の井口さんにお話
うのは難しいのかもしれないのですが、例えば多摩川
しいただきたいと思います。
の河口へ行きますと、潮が引いて干潟が出た所に一人、
ゴルフのクラブを持った人がトコトコと歩いてきてゴ
井口:徳島から参りました徳島自然観察の会の井口と
ルフをやり始めると、シギ・チドリが一羽もいなくなっ
いいます。8 年前のこの場所で多摩川のシンポジウム
てしまうというような現状も実はありますので、いか
を開催された時に、私も呼んでいただいて、お話をさ
に干潟の適正な使い方というのを広めていくかという
せていただきました。それから 8 年も経って、なぜこ
のも我々の役割なのではないかなと思います。
こに、多摩川河口に橋がまた急浮上したのかというの
続きまして青べかカヌークラブの長谷川さんに、海
が、ちょっと事情をあまり良く分かっていなかったの
からの視点ということでもう一度お話をいただきたい
で、お題をいただいた住民合意ということで頭の中で
のですが、先程はどうも羽田空港とか大田区のほうに
整理をしたことを、できましたら皆さんにいい例にな
BINOS vol.23(2016)
137
るのか、悪い例になるのか、お話をさせていただきた
既に橋の設計というのはもう出来上がっていました。
いと思います。
だからもう私たちはこの橋の設計に対しては、いろい
「橋を見るなら吉野川」と言われています。徳島県
ろ要望とかをお出ししたのですが、それは何も反映は
を流れる吉野川では 33 の橋があって、その一つひと
されていません。反映というか、本当にこの形がいい
つが新しい技術を駆使して作ったということが自慢の
のかどうかというのは、その時点で私たちはいろいろ
橋がたくさんあります。この県都の入り口にある美し
な疑問を持ちましたが、そういうことというのはあま
い河口、これは河口の幅が 1300 メートル、ここに河
り反映がされなかったというところです。
口干潟が東京ドーム 20 個分ぐらいの大きな河口の干
例えば出来上がった夜の阿波しらさぎ大橋です。徳
潟があるという、1990 年の写真です。こういうふう
島はご存じのように、ノーベル賞をもらった中村修二
に多摩川と一緒の大きなヨシ植物群落があります。吉
さんの出身大学ですので、LED 効果というので、こう
野川はどういう生業(なりわい)があるかといえば、
いうふうに橋の上を、これはちょっと誤算だったかも
スジアオノリが日本一の生産量を誇っています。また
しれないですけれども、こういうふうに橋の上をライ
冬の風物詩のシラスウナギ漁が、2 月、3 月ではいっ
トが走っています。
ぱい、まだ現役の漁師さんが青い光を放ちながら、写
皆さんに今日、情報提供させていただきたいのは、
真を撮る皆さんがここに集まるという、これが吉野川
徳島県のホームページで「阿波しらさぎ大橋環境アド
の風物詩です。またチャーミングなシオマネキ、吉野
バイザー会議」というのを検索していただいたら、こ
川は絶滅危惧種のシオマネキがこういうふうにうじゃ
ういうふうに吉野川の橋脚が設置されていく状況と
うじゃと当たり前に見えるというところが吉野川の魅
か、それからモニタリング調査をした、このモニタリ
力です。それと先程来いろいろ言われている、多種多
ングというのが、全ての調査がここで公開をされてい
様な渡り鳥がここには集まってきて、生息地として羽
ます。
を休めています。吉野川は特にホウロクシギという大
このモニタリング調査についてですが、徳島県がや
型のシギがたくさん、昔からやってきます。
る阿波しらさぎ大橋は、全国的に見てアセス対象外の
この吉野川の河口域 4.5 キロに橋が 3 本あります。
事業でこれだけのモニタリングをやったということが
昭和の最初に作られた吉野川橋、吉野川大橋、阿波し
いわゆる環境配慮型で、しかもこれだけモニタリング
らさぎ大橋、
もう 1 本高速道路の計画(図13)があっ
調査をしたということが全国に誇る、アピール点です。
て、この 4 本の橋が 1.5 キロ毎に、こういうふうに橋
これで得られたことというのが、たくさんの本当に科
ができる計画があります。
学的な調査データをもとに、吉野川の河口の価値が科
吉野川河口の道路予算というのは、ものすごく大き
学的にもちゃんと実証されたというところだけが、そ
な予算で、これは私たちが調べて作ったものですが、
れだけがこのモニタリング調査の得られたことだろう
これ一つひとつの道路の作る事情とか目的とかを話を
と私は思っています。
したら私たちの疑問は今日中に終わらないので、それ
それになるまでというのは、実はものすごく私たち
は割愛します。要は渋滞緩和だったり、本当に必要な
も市民も努力はしました。例えばこういうふうに吉野
のかなと思わせるようなものばかりです。
川河口干潟を救えという、東京とか徳島でシンポジウ
私たちが観察会を始めた 1995 年の頃の吉野川の河
ムをしたり、検索していただいたら中の全ての情報が
口の干潟です。今は後ろに阿波しらさぎ大橋ができて
ここで見えるようになっていますので、またご覧くだ
います。この阿波しらさぎ大橋ですが、2012 年の 4
さい。要望書とかのやりとりとか、どういうところが
月 25 日に開通しました。2003 年の 12 月に着工した
疑問だったとか、しらさぎ大橋に関わる市民の疑問と
ので、約 10 年かけて工事をしました。この橋を作る
かが全てここで見えるようになっていますので、また
時の徳島県の出した条件というのが「1. 干潟に橋脚を
是非ご覧ください。
建てない」
「2. 渡り鳥への影響をできるだけ少なくす
市民調査をこのようにしたとか、渡り鳥市民調査を
る」というところで、こういうふうに橋の形、環境配
したとか、そういうふうなことの中で、今日の住民合
慮をうたった橋になりました。
意のことですが、本当にこういうふうな阿波しらさぎ
ただ、今日は住民合意ということですが、この時に
大橋が河口の真ん中に架かるということは本当に私た
138
日本野鳥の会神奈川支部研究年報 第 23 集
ちも知らなくて、それでそれはおかしいのではないか
しかし、ここに吉野川の最河口、もう 1300 メート
ということでアンケート調査をしました。
「どれだけ
ル、最河口ですが、この橋の計画の着工が先年、高速
知っていますか」とか、
そういうところでは本当に「知
道路株式会社が宣言しました。これって海の波がもの
らない」という方も多かったですし、本当に必要かな
すごく入ってきます。川で上流から流れる水と、それ
ということでも「わからない」という人も多かったで
と海からの波というのが自由にこういうふうになるの
すし、
「必要ではないのではないか」という人たちが
がやはり川だな、と思うので、地元にいる、地元が好
本当にたくさんいることが分かりました。こういうこ
きな、多摩川が好きな、川崎市が好きな、そういうふ
とでは本当に心配だとか、他にもいろんな設問がある
うな皆さんが計画をこれからどういうふうにされるの
のですが、それも要はあまり知らないよね、だから本
か、というのは私も遠くから見守っていきたいと思い
当に必要なのかね、というようなところです。
ます。皆さん、がんばってください。
今日、もう一つ皆さんに是非お伝えしたいのが、今
日原科先生のお話を聞きながら、吉野川というのはこ
鈴木:それでは合意形成の問題点ということで、野鳥
こ、黄色い部分、2000 年 1 月 23 日、吉野川第十堰
の会の葉山さんにその点お話しいただければと思いま
の住民投票の日なのです。この住民投票で吉野川の第
す。
十堰の可動堰化というのは、国の事業に対して、原発
以外で住民投票でノーと言って、公共事業にノーと
葉山:日本野鳥の会の葉山と申します。一昨年、多摩
言ったことは初めてです。だから吉野川は河川の整備
川河口に橋なり、トンネルなり、工法は決まっていな
の計画と住民参加の方向性をここで勝ち取ったとい
いけれどもここを国際戦略特区に入れて、何かインフ
う、ものすごく誇りのある川だなあというふうに私は
ラを作るという方向性が報道されました。これが内閣
今日、もう一回再認識をしました。
府の羽田空港周辺京浜臨海部連携強化推進委員会とい
ただ残念ながら、これだけ吉野川の河口域では高速
う所で検討されていると。その時には橋を架けるかど
道路があり、埋め立てがあり、空港問題があり、しら
うか決まっていないということもあって、神奈川口構
さぎ大橋がありという同時進行で進んでいます。皆さ
想の頃から関わっておりました日本野鳥の会と日本自
んに是非ここで、またホームページで公開しておきま
然保護協会、WWF ジャパンさん、3 者連名で要望書
すが、1994 年に河口の 2 本の橋は都市計画をされて
を出しました。
います。都市計画決定されたということは、
法律をひっ
一つは橋はやめてくださいというのと、ここの自然
くり返さないと住民がいくらこの橋は要らないとか、
を生かした利用をしてくださいという要望をしたので
ここは大事ですとか訴えても、ひょっとしてもうこれ
すが、その時に内閣府に持っていって、もう一つ情報
は難しかったことかもしれません。
の公開と議論で、この先そこの下に作業部会を作って
でも私たちは「ハシは 4 本もいらんやろ」
「うどん
実際の検討をしていくと。その時に、市民に情報公開
は 2 本の箸で食べるもんじゃ」ということで、この
と議論の場に参加させてくださいという話をしまし
「とめる、きめる、つくる」というのが住民投票の時
た。そうすると内閣府の人は「いや、うちは各省庁と
のキャッチコピーです。だからとめるというのは一回
自治体が集まってやっている中の、単に事務方をやっ
とめて、住民がきめて、つくるかどうか。だから吉野
ているだけなので、ちょっとお答えできません」と。
川の未来というものの計画はみんなでつくるよ、とい
その後川崎市さんにも行ったのですが、川崎市さんも
うところで「とめる、きめる、つくる」ということが
それは国がやっている会議体なので、川崎市さんとし
みんなの思いでした。だからやはり私たち市民とか生
ては言えませんという話でした。その後作業部会の検
き物たちの声はもちろん地域というものを活用しなが
討がどうも行われて、今年の 5 月 18 日に第 2 回目の
ら、そこで本当に必要な計画かどうかとか、そうい
推進委員会が開かれて、計画が決定しましたというの
うことが本当に反映される、さっき原科先生がおっ
が出ました。 しゃっていましたが「意味ある応答」というのが成り
みんなが使っている多摩川河口、この地域、川崎市、
立たない限りはなかなか日本の自然というのは経済に
東京都大田区、2 つの自治体が絡んでいるのに、そこ
は負けるかもしれないというふうに思いました。
の住民に対して一切話がなく、報道で初めて計画が決
BINOS vol.23(2016)
139
まったという、実際全く市民の参加のない意思決定で、
くに広がっているのがいいのかどうか、そこにちゃん
果たしてこれでいいのかなという、橋が決まったとい
と鳥が来ている所がいいのかどうか、というのも含め
うことよりも愕然としたところです。
て議論していただければと思います。住民の合意無し
しかも橋に決まったと書いてありますが、橋は 2 車
に作った計画は白紙に戻るという、最近のいい例を原
線で計画だということなので、先進的な川崎市さんの
科先生にご紹介いただきましたので、是非皆さんで議
条例でもアセスの対象事業ではないということです。
論する場を作っていただきたいと思います。
ではこの後、どこで議論したらいいのかな、川崎市さ
質問をいただいているのですが、「航空機に対する
んは確かにもう環境の調査は丁寧にやられているよう
バードストライクが心配です。空港に鳥を近づけない
です。その中で、せっかく得られた情報を、やはり一
対策がありますか」というご質問をいただいたいるの
つはアセスという科学的なデータに基づいた合意形成
ですが、空港って迷惑施設なので、人の利用する所の
の場に引き上げていただきたいというのが、一つ、今
近くになかなか持ってこなくて、逆に鳥が住んでい
思っているところです。
る所に空港を作ってしまったというのが現実なのです
もう一つ、そういう議論の場で、あの橋ができても
が、基本的には空港に緑は作らないというのが究極の
現状で 15 分しか時間の短縮にならないよという話が
対策かなと思います。以上です。
あります。現状、今の予定地の上流には国道が 1 本、
首都高 1 本走っています。この推進委員会の決定では
鈴木:ありがとうございます。川崎市さんも全く調査
もう一つ、河口のほうで国道 357 の海底トンネルも
をされていないわけではなくて、アセスメントに準じ
作るということで、さらに 1 本アクセスがよくなりま
て調査をしているということなのですが、その結果を
す。しかも今人間は使えないですが、あそこの地下に
踏まえて、どうなるかというのをできれば住民も一緒
は JR の線路も通っているのです。そういうものを含
に決めていくというのが筋なのではないかなぁと私も
めて果たしてこの道路は必要かどうかという議論をも
思うのですが、その辺のところを原科先生に伺いたい
う一度やっていただきたい。そのような場として残さ
のですが、アセスメントをどういうふうに生かして合
れているのはさっきお話ししましたが、都市計画決定
意形成につなげていくかというのが大きな問題ではな
の場なのかなと思います。都市計画決定には住民参加
いかと思いますが。
というのが法律でもうたわれていますので、是非丁寧
に意見を聞く場を設けていただきたい。多分こういう
原科:そうですね。環境問題は民主主義を育てるいい
議論を経ないと、国は決めたけどまた白紙撤回という
機会だと思います。日本も実は 1970 年前後は結構環
ようなこともあるのではないかと思います。全てがこ
境配慮型に変化していまして、70 年 12 月は公害国会
ういう密室の委員会で決定するというのは間違ってい
が有名ですね。71 年、そのお陰で環境庁ができたの
ると思います。
です。72 年のストックホルム会議の時には大石武一、
意見を聞く中で大事なところがあると思うのです
当時の長官が水俣病の方を連れて行かれて、その人は
が、一つは今、国のほうでも海里川(うみさとかわ)、
不自由な身ですからみんなの目がいやですよね。でも
海のつながりみたいなところに力を入れてきていま
勇気を奮って出られたのです。そうしたらそれをみん
す。多摩川はこの下流から上流まで多摩川の恩恵にあ
な感動しまして、大石さんはもうこういうことを二度
ずかる人はたくさんいますし、ウナギもアユも河口を
と起こしてはいけないというので、未然防止のために
通って上流に行っているのです。是非多摩川に関わる
アセスメントを導入するということを言いました。政
多くの人たちの議論を求めていきたいと思っていま
府の代表が言うので、その直前に閣議了解を取った上
す。子どもがカニと遊んでいるあの干潟を、世界か
でやっています。ということで進んでいきました。
ら、先程いろいろな技術者とか研究者を呼びたいと川
環境庁も、私はその数年後に入りましたが、最大の
崎市さんの方がおっしゃいました。多様な価値の人が
政策のポイントは当時、アセスメントだったのです。
いるというのが現代ですし、外国から来られる方は私
ところが 73 年のオイルクライシスで、全く変わって
たち以上に多様な価値観を持たれている方だと思いま
しまいました。あの時にはもう「環境、環境言ってい
す。そういう方にとって、広々とした河口が職場の近
るな。経済だ。エネルギーだ」となりました。でもそ
140
日本野鳥の会神奈川支部研究年報 第 23 集
の時はまだ省エネをやったり、それから対策も 2 つ考
ら川崎の場合もそこまで盛り上がれば可能性はありま
えたのです。一つは原発、原子力です。もう一つはサ
すが、なかなかそう関心を高めてくれるか分からない
ンシャイン計画、つまり自然再生エネルギー、この 2
ですね。藤前干潟の場合もそうです。あの時は名古屋
本立てだったのです。その選択をちゃんとやらなかっ
市の地域で 3 分の 2 の世論が反対したのです。吉野
たのでおかしくなってしまった。だから皆さんのそう
川もそうです。世論がやはり強いです。そのためには
いう思いがあって、その時にアセスメントがしっかり
やはりメディアを通じて、皆さん NGO の活動がすご
できていればよかったと思います。
く大事です。メディアを通じて広めていく、そして人々
アセスのコンセプトは NEPA(= アメリカの国家環境
が事実を知れば、正しい情報を得れば変わりますよ。
政策法 ) のことが基本です。NEPA はハーモニーです
なかなかそこまで行かないので苦労するのですが。だ
ね。人間と環境の調和、持続可能性という概念をはっ
からそれが本当にこれから合意形成のベースだと思い
きりと言っているのです。それを踏まえて日本ではア
ます。
セスの制度を作ろうとしたのですが、そうすると本当
のことが分かってしまいますからね。そうすると原発
鈴木:それから先程のご講演に対してのご質問が来て
が作れなくなるでしょう。原発の最大の障害ですよ。
いますが。
ということでアセスの制度は捻じ曲げられまして、こ
れがもう 40 何年続いています。だから大事なポイン
原科:Public Comcerns が盛り上がればいいのだが、
トで常にそういうブレーキがかかっていました。だか
なかなかみんなそこまで気がつかないと。だから今回
ら日本は環境アセスメントは集団検診的な簡単なチャ
の新国立がまさにそうなのです。情報が伝わっていっ
ンネルを作らないのです。今おっしゃったように川崎
たので、それでみんな気がついたのです。だからそこ
市でさえ、普通だったら簡単なチェックやるのだった
をどうするかというと、やはりメディアを通じて情報
ら当然チェックできるのです。日本はそうなっていな
を伝えるということです。その意味では今メディアが
いから。チャンネルを持っていないから声を出すチャ
少し昔ほどストレートに伝えない、随分圧力を受けて
ンスがないのです。
歪んでいるところがあるのだろうね。ちょっと心配で
新国立も、あれも検討段階で簡易アセスという概念
すね。だからいろいろなインディペンデントなメディ
があれば、そこでやれたはずなのです。ポイントは情
アを通じて情報が伝わっていけば、みんなそれが分
報公開と参加です。そのプロセスなのです。ところが
かって、Comcerns をしっかりしていくと思います。
そういったことを、日本の法制ではそうしないとちゃ
ただそれだけではなくて、Public Comcerns と “s”
んと計画していないとなっていないですから。ここが
を付けていますが、これは個別の小さいことでもいい
大事です。だから国連の欧州委員会では情報公開と意
のです。そういうことをどんどん意見を出すこと、そ
思決定の参加と、それからちゃんとやらなければ司法
うすると意見を出すことによって他の人も気がつくこ
のチェックです。その 3 点セット、これが先進国です。
とがあります。結果として動きになります。そういう
日本は全くこれを批准しようとしていません。これは
情報公開ととにかく参加がものすごく大事です。もう
別に欧州でなくても批准できるのです。そんな状況な
これは民主主義の基本だと思っています。
ので大変難しいです。
それから、長谷川さんと守屋さんへのご質問で、私
新国立競技場の件で、安倍首相が止めたのは、やは
にも関係するということでこちらに来ました。回避の
り世論形成だと思います。たまたまああいうことで日
みを語っていて、他の方法はないのか。そうなのです。
本中に知れ渡ったので、みんなが情報を得たら Public
回避も基本ですが、今のお話でお分かりのように、ト
Comcerns はっきりします。これはちょっと無駄では
ンネル案とか、あるいはそもそも他の道路ができるな
ないかと、2500 も 3000 億円もかけて、ロンドンは
らこれで対応できるのではないか、とかいろいろなの
530 億とか 650 億円とかと言われています。横浜ス
がありますから、回避というよりもルートを作るにし
タジアムは 600 億円です。そんな相場なのに何で何
ても作り方がいろいろ考えられますね。いずれにして
千億と、みんなびっくりしたのです。それでああなっ
も、これは費用対効果とか、2 つポイントがあります。
たのです。だから世論が変われば変わり得ます。だか
一つは費用対効果です。もう一つはインパクトです。
BINOS vol.23(2016)
141
この両方チェックすれば、何がいいか自ずとわかって
まずくなって、経済特区も作ったけれどもあまりうま
くると思います。それであの図を見ても、そんな大し
く発展しなかったとかとなると両方損なので、その辺
た迂回ではないでしょう。私も川崎に 5 年住んでいま
はよく考えて、我々はデータを取って、こういう状況
したから、川崎のまちづくりとその当時付き合ってい
ですよという説明はできるのですが、やはり選択して
ましたから分かりますよ。あのスケールだったら迂回
子どもたちにどういうものを残したいのかとか、便利
しても、あまり影響しないように思います。ただトン
な生活もいいけど自然が傍らにある地域というのも一
ネルを作るとなると、トンネルの時は導入部、また少
つの価値観だと思うので、その辺はやはり選択してい
し「引き」をとるので、結局トンネルを作っても無駄
く必要があるのではないかと思います。
かなという気がしないでもないです。
鈴木:ありがとうございます。多摩川の陸というのは、
鈴木:ありがとうございます。それでは少しまたテー
上流部からかなり長い距離がありますので、エネル
マを変えまして、今道路が必要かどうかという問題に
ギーを大変秘めた川だと思いますので、その辺を今後
もなりましたが、実際問題、道路ができたとしても生
うまく利用して、上流からも多分未だに土砂がかなり
物多様性にあまりダメージが起こらないということも
運ばれてきますので、干潟の再生ということはやろう
考えられなくはないのですが、その中で鳥類の保全か
と思えば可能だと思いますし、例えば守屋さんのお話
らどういうふうに考えていったらいいのか。例えば先
にあった、偶然できたということなのかもしれません
程守屋さんのお話の中で、1960 年代とか 70 年代は、
が、羽田空港の埋め立ての途中で、非常にいい環境が
干潟自体は今とあまり変わりなかったけれども、周り
一時的に発生していたということですので、そういっ
の環境の影響で多摩川河口にシギ・チドリが多かった
たことを考えると人工的に再生もできるのではないか
のではないかという話があったのですが、その辺は大
と私は思っています。それでは前川さんからも海辺の
分ヒントになりまして、もしかすると整備の仕方に
保全の事例など、もし国内の事例などがありましたら
よっては、あるいは発想の転換、例えば道路を作るけ
お話しいただきたいと思います。
れどももう少し干潟を大きくするというようなことが
できれば、あるいは生物多様性は保たれるのではない
前川:海辺の保全ということで、清野先生からも減災
かと私はちょっと思うのですが、その辺を守屋さんに、
の話題が出ましたが、それに関して一つ事例を紹介し
鳥類の保全からということで少しご意見を伺えればと
たいと思います。東北の宮城県南三陸町のほうで、ご
思います。
存じのように震災のせいで漁業施設が全て破壊された
のですが、その後漁業を再開するに当たって、養殖施
守屋:そうですね。ヨーロッパとかアメリカで、シギ・
設を 3 分の 1 に減らして、いわゆる環境負荷を減ら
チドリの減少率が少し緩んでいたり、横ばいになって
した養殖をやろうという決議がされた養殖業者さんが
いたり、というのは、結構昔農地として使われていた
いらっしゃいます。その際、もちろん今までカキの養
所をまた湿地として戻そうというようなことが結構行
殖であれば海に優しいとか海を浄化してくれるという
われていまして、そういう所でシギ・チドリとかそう
イメージがあるかと思うのですが、作り過ぎてしまう
いうものが少しずつ保全されているという、いい方向
と今度は海を痩せさせてしまう、あるいは糞で海を汚
に向かいつつあるのが現状です。日本でも多摩川は
してしまうといった逆の効果もあるのです。震災前は
元々潜在能力がある所なので、うまく整備して、うま
たくさん作り過ぎていて、海が非常に弱っていた。そ
くコントロールすればシギ・チドリが戻ってくるとい
れを漁協自ら減らすという行為にはなかなか至らな
う可能性はあると思います。
かったところに震災があった。震災のあった後に過去
いろいろな環境を作るということが大事なので、東
の反省に立って 3 分の 1 に減らしたのですが、今度
京湾の中でも河川域で清野先生がおっしゃったよう
は思いのよらない効果が出てきたというのです。
に、非常に大きな河口であるということは他にはない
実は 3 分の 1 に減らしたことで、たとえ同じ震災が
特色です。そこは地域としても押していくべき所では
起こったとしても施設被害は当然ですが 3 分の 1 に
ないのか。橋を作って環境を悪くして、自然のほうも
なる。3 分の 1 に減らしたことで今度は成長率が良く
142
日本野鳥の会神奈川支部研究年報 第 23 集
なったというのです。今まで 3 年サイクルであったも
すような形で、川崎市さんのほうでもっと丁寧な計画
のが 1 年サイクルになって収穫できるようになった。
を作られたとしたら、それは非常にここに知的な産業
つまりそうすると、例えば春であるとか夏の台風シー
が集積する一つのきっかけになると思います。
ズン、時化のシーズンに小さい稚貝で、一番冬から春
多くの都市が、今利便性だとかあるいはお得な条件
にかけてがカキのサイズが大きくなるのですが、小さ
というものを出しながら、ある意味世界の中でどうい
いカキをいかだにくっつけることができるということ
うふうに知的な人がリーダーシップをとって、そこに
で、いわゆる波浪のシーズンに養殖につくカキが小さ
国境を越えて集積するかということだと思います。今
く、波の干渉を受けにくいので被害が減ったというこ
日川崎のお話を聞いて、そういう人たちがたくさん来
とをおっしゃっていたのです。海の環境に合わせたや
て、地元の工場の人も含めて、この大田区も含めて、
り方、使い方をすることによって、今度同じような震
ここの地域の人と世界の人をつなげたいということで
災が起こったとしても、被害軽減につながるというこ
あれば、やはり多少大きな決断であっても、そういう
とを漁業者自らが学んだということで、河口の事例と
いい例を本気で作るということが期待されているし、
は少し毛色が違うのですが、我々も自然を守ることで
それが川崎市もつながるだろうと思います。ですから
例えば橋を作る時、堤防を作る時に、減災です、ある
いくつかの事例というのは、この東京湾は時代の変わ
いは防災ですという視点が必ず語られるのですが、干
り目に、葛西の臨海公園とか、東京都の野鳥公園とか、
潟を守ること、河口を守ることで、震災が起こっても、
小さな河口の防災公園とか、そういうこともあります
災害が起こっても大丈夫なようにできるか、そういっ
ので、今回の計画が是非「分かっちゃいるけどやめら
た違った視点から見ることも必要なのでないかと思っ
れない」とかいうのではなくて、バーゲンセールに乗
ています。
るとかでもなく、理性を持って次につなげていただく
ことを期待したいと思います。
鈴木:多摩川河口の今後を考えていくということで、
井口さんがおっしゃっていた吉野川で言うと、鳥の
提言をしていただきたいと思うのですが、清野さんに
方が大勢おられるのでお願いなのですが、鳥は空中を
陸と海を繋ぐ事例などを紹介しながらお願いしたいと
飛んできます。空中というハビタットの質については
思います。
まだあまり議論されていないと思います。橋を建てる
とか、建物を建てる時に、風洞実験だとか、周りの空
清野:実は川崎市の方がご存じか分からないのですが、
気をどのくらい乱すかということとかを、その見積も
多摩川河口の工業地帯の河口の本当に突先の所に小さ
りとか実験はします。一つはビル風だとか騒音とかが
い公園があって、そこは堤防の一部が防災公園という
ありますが、そのビルとか橋自体がブーンと震えたり
ことになっています。あれは実は河口域をどうするか
騒音を出すぐらい振動することによって、材料が劣化
という議論で、海岸法と変わった時にやはりあそこを
することを防ぐためのものです。そういうものが仮に
ずっと埋め立ててきていて、要するに堤防で囲ってそ
公開された時に、その場を見てたくさんの渦流が出る
こを埋め立てて、そこを土地にしていくということは
とか、そういうものを見たら、空気の場がどういうふ
もうそろそろ日本も終わりにするべきではないかとい
うに変わっていくかということが鳥を見ている人だっ
うことが一つと、今ある埋立地というのは保守できる
たら分かると思います。だから海面すれすれに飛んで
かどうか分からないという問題があって、やはりそれ
くる鳥とか、河口を滑走路代わりにして出入りする鳥
を近隣の事業者の人たちにもいつまでも海に出て行く
によって、そこに横断物の大きいものができることが
という時代の終わりを静かに告げようとしたところで
本当にその場から何十倍も空気の場を乱していくとい
ありました。
うことなので、是非そこは、今日鳥の方が多いと思い
そういった小さな公園なので、あれが大きな施策の
ますので、そういった新しい視点の、空中のハビタッ
転換だというのに気づくにはあまりに地味だと思うの
トの劣化ということを含めて新しい調査とか、そう
ですが、この川崎がやはり日本の近代化をエンジンに
いうアセスメントをしていただけたらと思っておりま
なって支えてきたと思います。それを日本が見直して
す。
次の時代をもう持っていくのだということを明確に示
BINOS vol.23(2016)
143
鈴木:ありがとうございます。それから先程のご講演
な、そういう事業にしていただくことを願いたいと思
に対して清野さんにご質問が来ています。
います。それが 2 つの「展望はないのか」というご質
問についてのお答えです。
清野:質問で、一つは巨大防潮堤の話ですが、これも
先程言いました、土も作って埋め立てて何かを作って
鈴木:ありがとうございます。
いくという方法論の、本当に近代の中でも最大級のも
のがここの京浜工業地帯ですので、それは別の、堤防
志村:陸の自然保護に関しては、市民の方も一緒に参
の一部を切るとかだけではなくて、セットバックをす
加してやるという形にどんどん変わってきています。
るとか、利用のゾーニングをするということで、打つ
例えば自然保護協会が今群馬でやっている赤谷(あか
手がありませんかという、ご質問についてはお答えに
や)という森は、1 万 ha、山手線一周の中に入って
なるかと思います。だからここから日本の新しい海を
しまうくらいの広大な国有林を、林野庁の方と地元の
作るんだ、大きい壁をひたすら作るとか、その後ろに
方と NGO が一緒に考えながら調査をして計画を立て
輪中(わじゅう)みたいな所に住むとか、そういうこ
ています。そういうことが、国の共有財産である国有
とではないようなやり方を本気でやっていただく機会
林ではできているのですが、川や海ではまだまだそれ
になると思います。
ができていないのです。なので一緒に海という私たち
それからもう一つ、行政の狭間で無責任状態になっ
の共有財産、国民の共有財産を一緒に考えていくとい
ているということなのですが、解決策としては徹底し
うのをこれからどんどん作っていかなければいけない
ていいアイデアを作ることです。それは住民参加で多
のではないかと思います。
くの人が公開された中でいいアイデアを作ったら、そ
昔「自然保護恋愛論」というのを言っていたことが
れに応じて縦割りの障害とか、制度の変な所も変わっ
あって、やはり愛すること、自然保護って何に似てい
ていくと思います。それは東京湾は海上公園で葛西と
るかなと言ったら、恋愛に一番似ているのではないか
かお台場だとか、それから野鳥公園とか、そういう立
という話にその時になったのですね。やはり愛し続け
派な水辺の空間を作ることで、今までできないと言わ
ること、という気持ちがとても大事なのではないかと
れていたことを人間の制度を変えることできるんだっ
思うので、そういうのを一緒に行政の方と愛し続けて、
たらやろうというような知恵が集積した所だと思いま
街も愛し続けるし、海も愛し続けるようなことを一緒
す。ですから今、日本社会全体が「やれない病」みた
にやれるといいのではないかと思いました。
いに思ってしまっていますが、やれるんだ、それも公
開でみんなが参加することでできるんだという求心力
鈴木:ありがとうございました。恋愛という点では私
を作ることが、多分日本の呪縛を解いてくれるだろう
などはストーカーみたいになっているかもしれません
と思います。
が。(笑)吉野川にしても多摩川にしても、橋を作っ
先程から聞いていて、やはり土木技術側と行政側
てそれが終わると、またしばらくすると橋ができると
は、公開とかそういう苦情に堪える、それが Public
いう感じで、どんどん自然を食いつぶしながら日本の
Comcerns に期する、堪えるということは、技術力と
経済が成り立っているような構図が私は見えてしまっ
か力を確実に上げていきます。これは私も海岸保全基
ているのですが、そうするといつしか何もなくなって
本計画、千葉、東京都をお手伝いした時に、やはりい
しまうということで、持続していかないということに
ささか都市部とかはその力が弱くなっているかなとい
なるのではないかと思うのですが、持続可能性という
う気がしました。紛争の多い千葉とかは、やはり自然
視点から最後に原科先生にお話を伺って終わりにした
保護でがんがんやっているので、がんがんやはり技術
いと思います。お願いいたします。
職員のレベルも上がるし、施策のレベルも上がります。
ですからそれはやはり公開したくないとか、討論でき
原科:この『都市・地域の持続可能性アセスメント』
なくなるというのはレベルが下がってしまうのだとい
を書いた理由は、戦略的環境アセスメント、意思決定
うことで、是非自分たちのいい仕事をしたい、したら
の早い段階で情報公開して参加、ということなのです
喜んでくれて評価してくれる市民に会えるというよう
が、そうなってくると Public Comcerns というのは環
144
日本野鳥の会神奈川支部研究年報 第 23 集
境だけではなくて、文化と社会です。それは「金勘定」
言ったハイブリッドモデルの会議をやったからなので
なのです。税金をどう使うか、そこまでやらないとや
す。16 名のメンバーで、一番新しいガイドラインが
はり本物にならないですね。要するに税金を使うよう
16 名です。4 名が専門家、12 名はステークホルダー
になる。それが本当にいいのかなということをしっか
です。これは産業界 4 名、NGO 代表 4 名、政府機関
りみんなが考え出せば、答えが出ると思うのです。そ
4 名です。国際協力ですからもちろん外務省、財務省、
れを考えさせたくないから参加させないのです。一部
環境省、経済産業省、アセスをブレーキかけて来た経
の主体がそういうお金を自由に使いたいというのが一
済産業省も入っていったのです。そうしたらいいのが
番大きいのだと思います。国民は、みんな主権者なの
できちゃった。ですからハイブリッドモデルはそうい
だから、声を出せるはずなのです。そういう場を作ら
ういい効果があります。それを公開でやるのです。そ
なければいけないと思います。都市・地域の持続可能
んなことをやることによって、うまくいきます。
性というのはそういうことだと思います。
その時に大事なのは、先程ご質問をいただいた In
この第 8 章にその合意形成のための条件を書いてお
order for Japan to think from grobar persupective、
ります。これはどういうことかというと、清野先生が
どうしたらいいか、世界的な、国際的な、地球規模で
おっしゃったように、いろいろな専門家の知恵はすご
ものを考える、やはり国民間、市民段階での交流とか、
く大事です。だけどもいろいろな利害関係があります
専門家だけではなくて、そういうようなことを進める
から、ステークホルダー。私はハイブリッドモデル型
べきだとあります。これは意見ですね。私もそう思い
の公開の場を作らなければいけないと思っています。
ます。そういうことがあれば変わってくるのです。 結構それでうまくいきまして、ハイブリッドとはどう
国際協力の場、JICA のガイドラインがそれなので
いうことかというと、合理的でそして公正な答えを出
す。JICA のガイドラインの中では国際的な、批判と
す。合理的は専門家が関与するということです。いろ
いうものが議論の中に入ってくるのです。それによっ
いろな情報を分析してもらう。公正というのは民主主
て日本国内で閉ざされた議論ではなくなってしまうの
義社会はいろいろな立場の人がいるでしょう。ステー
です。これはすごく大事なことです。それを川崎の場
クホルダー、これは利害関係、幅広い意味の利害関係
合、やってもらいたいです。そういう場を作って。川
です。そういうステークホルダーにみんな参加しても
崎の市民がまず目覚めると。議論する場を。それに合
らう。これを一緒の場でやることになるのです。
わせて川崎以外からも、そして海外からも意見をもら
ところが事業者はこれを分断するのです。専門家会
うわけです。
議を作るでしょう。専門家だけで。利害関係を調整、
例えば藤前の場合はどうでした?海外からも意見が
いやいやこれは私どもにお任せくださいと、事務局に
来ましたよね。それがやっぱりインパクトを与えたと
任せます。今度はステークホルダーやるでしょう。関
思います。それがすごく大事なのです。そして守れば、
係地域住民会議です。そうすると専門家がいないので
今度は逆に我々が世界に対して情報発信ができるので
す。そうすると、その辺のことは、専門家のことは私
す。藤前干潟はあれを守ったおかげで 2005 年の愛知
どもがちゃんとチェックしますから、お任せください
万博では特別会場にできたのです。世界中に対して
と、こうなってしまうのです。そうすると事務局主導
ちゃんと環境配慮しましたよと。実際大都会の真ん中
になってしまうのです。ちょっとそれは無理かなとか、
に自然の干潟を守った国はほとんどありません。イギ
この辺がいいとか、だんだん見えてくる。相場観も分
リスだってラムサール条約の湿地は 30、40 あります
かる。専門家は専門家で科学でできることは限られて
が、ロンドンには 1 個もないですから。大都市にはな
いますから、それ以外の部分はいっぱいあるのです。
いのです。ボストンだってそうです。私は MIT、ボス
そういう価値の判断の問題とか、そういうのはステー
トンですが、にいましたから分かりますが、あそこは
クホルダーの声を聞いていれば分かります。というこ
自然の干潟を壊してきたのです。さんざん壊して開発
とでうまい具合に調整できてくるのです。
した後で、ソローとかいろいろな人が反省した、自然
私は十数年いろいろなことをやって来ましたが、例
に戻ろうみたいなことがあったのです。そういう失敗
えば国際協力の分野で、国際交流協会、今は随分いい
をしています。だけど藤前は、あの残った干潟を守る
ガイドラインが作ることができたのです。これは今
ことができたでしょう。それを情報発信できたのです。
BINOS vol.23(2016)
145
川崎もそうです。
鈴木:どうもありがとうございました。以上でパネル
本当に費用対効果はどうなのでしょう。インパクト
ディスカッションを終わりにしたいと思いますが、私
はどうなのでしょう。羽田はゲートウェイだったら、
の感想を言わせていただきたいと思います。今日、皆
その時に陳腐な、人工構造物を作らないで、もっとす
さん、この会場に来ている方は非常に熱心な方だと思
ばらしい自然を復活することによってこれを守ったと
うのですが、今日来られなかった方の中にも熱心な方
いうことは、入り口で情報提供する場、インパクトあ
がいると思いますが、是非、一つは現地へ行って状況
りますね。しかも政府は成長戦略、観光立国と言って
を把握して、それからいろいろな人の話を聞いて、こ
います。観光のためには歴史や自然はすごく大事で
ういった会にも出て、それから是非自分の意見を声を
しょう。だから羽田に着いたらすばらしい自然がウェ
大きくして言っていただきたいと思います。それが一
ルカムしてくれたら、これは私はすばらしいと思いま
番行政への働きかけにもなるし、今まであった構図を
す。そういう大きな戦略を、私が言ったってだめなの
少しずつ変えていくことにつながると思いますので、
で、皆さんで声を出してやっていただきたいと思いま
是非これは皆さん、実行していただきたいと思います。
す。そういうことがしっかりと理解されるためには、
よろしくお願いいたします。
公開の会議が大変大事です。それをやれば私はいい方
ではこれでパネルディスカッションを終わりにした
向へ行く可能性がすごく高いと思います。以上です。
いと思います。ありがとうございました。
本報告は公益財団法人自然保護助成基金プロ・ナトゥーラ・ファ
ンド助成を受けて開催された記録です。
146
日本野鳥の会神奈川支部研究年報 第 23 集
「多摩川河口の自然を考えるシンポジウム 2015」
アピール案 2015 年 10 月 31 日
今回のシンポジウムで参加者が共通して理解できたことは、第一に多摩川の河口は多くの渡り鳥や生物を
育み、水質を浄化する重要な役割があること。第二に多摩川の河口は高度経済成長期に「死の海」と呼ばれ
ていたものの、再び豊かな海に蘇りつつある東京湾と、今や 500 万を超えるアユが遡上する多摩川をつなぐ、
重要な場所であるということです。
ここ多摩川は、多摩川河口整備計画など、市民活動と行政の協働事業のモデルになってきた河川です。に
もかかわらず、今回問題となっている「仮称)羽田連絡道路」は私たち市民の十分な合意を得ずして国際戦
略特区の枠組みの中で計画が推進されています。
今、世界の干潟環境は経済活動優先の埋め立てや、干拓事業により減少の一途を辿り、残された干潟を守
ることは非常に重要であり、国際的な共通認識となっています。都市に住む私たちにとって、この僅かに残
された天然の干潟は、かつてもっと多くのシギやチドリなどの野鳥が訪れ、潮干狩りをして楽しんだ東京湾
の原風景を感じさせてくれます。多摩川河口は将来世代の子どもたちに受け継ぎたい大切な場所です。
私たちはこれからも多摩川の河口の大切さを認識し、この貴重な自然を守っていくための情報収集と、関
係団体との連携を図り、また市民に自然の大切さを伝えながら、この自然を守り、よりよい地域を目指し続
けていきます。
多摩川河口の自然を考えるシンポジウム 2015 参加者一同 BINOS vol.23(2016)
147
シンポジウムのポスター
148
日本野鳥の会神奈川支部研究年報 第 23 集
Fly UP