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双子とアレキシサイミア

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双子とアレキシサイミア
臨床精神医学 32(11) 1401-1409,2003
1401
特集米精神疾患の双生児・同胞例,家族内多発例継蘇紬罧粘蝋罧継懸犠・。懸懸蝶騨
消化性潰瘍と円形脱毛症が共有され,一・方に
Bulimia nervosaがみられた青年期双生児例
一同胞間葛藤とAlexithymia再考一
佐野信也1)宮原明美2)山本泰輔1)
菊地秀明1)中山道規3)野村総一郎1)
抄録:同一の心身症を共有し,一方にbulimia nervosaがみられた双生児女子青年期例を報
告した。姉の症状は胃潰瘍から摂食障害,円形脱毛症へと発展していたが,無気力感の訴
えが強まり,過食・嘔吐も頻回となったため入院となった。妹の抱える心身の症状に関し
ても精神科治療の必要性が認識され,外来治療が導入された。妹の症状は偏食と痩せ傾向,
無月経から十二指腸潰瘍,円形脱毛症へと発展していた。症状の基盤には双方とも,感情
回避的な思考様式と行動的対処を優先する傾向などのtrait-alexithymia(Bazin)があると思
われた。しかし同一の家族病理を背負いながら,姉にはさらに「姉」役割という外傷が加
わっていたことでより大きなstate-alexithymia(Bazin)が加重していたことが推測され,こ
のため,同一の心身症に加え姉の側には強い空虚感・無気力感とともに摂食障害が生じた
と考えられた。
臨床精神医学32:1401~1409
Key words : alexithymia, sibling rivalry, psychosomatosis, bulimia nervosa
語化の困難性,夢や空想生活の乏しさ,感情より
1はじめに
も現実的・具体的事柄を執拗に述べる傾向などと
して記述している(表1)が,alexithymiaが心身症
Alexithymiaとは,心身症の患者に対して精神
療法,特に自由連想による古典的精神分析を適用
した際に治療者が患者から受ける印象から生まれ
の本質特徴であるとする,SifneosやNemiahらボ
ストングループによって最初に展開された主張に
た概念である。この概念はSifneoslo)により提唱
質的もしくは生理学的脆弱性に由来する治療しが
されたが,これより早く,フランスのMartyやde
たい生物学的特徴であるとする彼らの当初の見解
Muzan4)は心身症患者の思考の特徴を“pens6e
に反して,精神療法における心身症患者の抵抗や
は異論も多い11)。すなわち,alexithymiaは脳の器
op6ratoire”(機械的/操作的思考)という用語で
転移現象を反映するとの見解12)や,心身症が治
記述し,alexithymia概念の一部を先取りしている。
癒した後ではalexithymicな特徴も改善する場合
Sifneoslo)は, alexithymiaを感情の自己認知や言
もあるとの知見1)が提出されてきた。
A pair of adolescent twins with the sarne psychosomatic diseases (peptic ulcer and alopecia), only one has bulimia nervosa;
Sibling rivalry and alexithymia revisited
i) SANO Shin-ya, YAMAMOTO Taisuke, KTKUCHI Hidealei and NOMURt4 Sodehiro
防衛医科大学校精神科〔〒359-8513所沢市並木3-2〕
2〕 MI】㎜肋θ協青山渋谷メディカルクリニック 3)㎜㎜1晩伽碗 中山クリニック
Presented by Medical*Online
臨床精神医学 第32巻第11号
]402
表1AleXithymia
・情動,感情の同定と言語化不能
・イメージ化の貧困
・プラグマティックな思考内容
一過度に記述的な表現様式
一些細なことがらへの拘泥
一「加工された」認識とならない傾向
・行為による葛藤回避,情動表出回避傾向
(文献10より引用)
表2Primary AlexithymiaとSecondary Alexithymia
Freyberger3)
S血eosg}
BazinV
Primary Nexithymia
Se¢ondary Aletcithyinia
素因
反応性,一過性の状態
(predisposing factor)
(reaction to intense traurna)
遺伝性
外傷性
神経生理学的病理
防衛機制
trait-alexithymia
state-alexithymia
事実に即した思考
一過性
(否認一抑圧)
葛藤の象徴化の失敗
防衛機制
身体イメージの形成不能
認知一心理発達上の問題
低い自己評価
敵意や感情の抑圧
essential depression
心身症化
こうした批判を受けて,Sifneosら9)や
機会を得たが,2人の症候学的差異を生じさせた
Freyberger3)は, alexithymia概念をさらに発展さ
環境因としての家族病理とその影響をこの2つの
せた(表2)。彼らはalexithymiaをprimary alex-
alexithymia概念を軸に考察した。症例記述にあた
ithymia(PAと略記)とsecondary aleXithymia(SA
っては,本質的でない背景情報については大きく
と略記)に区分し,前者を素因的・遺伝的・神経
脚色を加えてある。
生理学的な脆弱性に由来する特徴であり,後者を
環境要因すなわち外傷への反応ないし防衛機制で
2症例
あると位置づけている。またBazin1)は, PAはよ
り持続的であり心身症の基礎構造としての意義が
1.現病歴=姉妹を並行診療するまで
大きいこと,SAは一過的なものであることを強
最初に,姉の受診から妹の精神科治療導入までの
調し,前者をtrait-alexithymia,後者をstate-alex-
経緯を述べる。
ithymiaと呼称する方がより適切であると述べて
いる。これらの論者はいずれもSA(あるいは
state-alexithymia)の発現には社会文化的な因子や
環境要因,心的外傷の影響を重視している。
われわれは,同一の心身症(消化性潰瘍,円形
脱毛症)を共有し,一方にBUIimia nervosaがみら
れた一卵性と推定される双生児例*1を治療する
*1卵性診断をHLA(human leucocyte antigen)型やDNA分
析では実施していないので,一卵性であると確定はで
きない。母は出産時産科主治医から一卵性双生児であ
るとの説明を受けているが(羊膜絨毛膜鑑別であった
と思われる),二人の身長,容貌などの外見的特徴も幼
少期から入院時期まで一貫して酷似していた。大木6}
による卵性診断用質問紙票を用いると,19項目中の14
項目が該当し,一卵性であるとの疑診が得られた。
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2003年11月
姉は21歳時に胃潰瘍を患い,約1カ月間の薬物療
も良かった。妹は姉に比べると内向的で,この頃か
法を受けている。その年の12月頃より過食と不眠が
ら偏食が目立っていた。小学校1年(7歳)の時,転校
始まり,翌年1月に某心療内科医院を受診した。22
後の学校でいじめに遭ったが,この時は姉の方がひ
歳の4月頃からは無気力感を自覚し,過食後の自己誘
どいいじめを受けたと妹は述べている。小学校2年
発嘔吐が始まり,自己嫌悪感が募っていった。大学
目8歳)の時,姉が作文コンクールに入賞したが,この
の養護教員課程に在籍していた姉は,4年(22歳)の5
ことが母の関心が妹へ向かうきっかけになったと姉
月からの教育実習に参加するうちに,とらえどころ
は述べている。この点について付言すると,姉妹の
のない空虚感に襲われるようになった。過食・嘔吐
子育てに関して,“差がつかないこと”を信条として
は続き,円形脱毛症も出現し,6月に当科を初診した。
きたと両親は家族面接の中で述べており,妹が姉に
7月,教員採用試験に失敗した頃から,意欲低下,無
劣等感を抱きかねない状況では,その差を埋めるべ
気力感が強まり,過食・嘔吐も頻回となった。その
く母が妹に肩入れするようになったとしても不思議
ため自ら休学することを決心し,9月に当院へ任意入
はないと考えられた。しかし同時に姉は,姉妹喧嘩
院となった。外来通院時より,姉の呈する身体的・
に対する父の不公平な裁定,つまり物心つく頃から
精神的症状には後述するような家族間の長期にわた
「お姉ちゃんなのだから」と一方的に怒られる事態に
る軋礫が関与しているものと推測されたため,精神
矛盾を感じ,強い不満を抱いてきたと述べた。
療法面接では,患者固有のストレス処理の方法につ
夜勤のある会社員である父は,家族面接で治療者
いての心理教育的接近と同時に,家族問題と自己の
に促されたときも自分自身の家族背景,生活史につ
症状との関連性について検討された。しかし最初の2
いて一切語らないうえに,日頃から勤務の予定を妻
カ月ほどは,家族のあり方に問題があることを認識
にさえ全く知らせないなど,その秘密主義ぶりは徹
はするものの,「過食と家族のことがうまく結びつか
底していた。旅行など家族一緒に出かけた思い出は
ない。(面接で治療者に)指摘されても,摂食障害や
ないと姉妹はともに述べている。
家族問題関連の本を読んでも,しっくりこない」と
一方,弟は幼稚園時代からサッカーを始め,以後
述べ,家族成員間の問題を具体的に語るには至らず,
しばらく家庭は弟のサッカー活動を中心に回ること
治療者の側でも面接が表層的な話題のみに終始する
になり,何事も弟優先の両親の態度に姉妹はともに
印象があった。入院後1か月頃より両親あるいは母と
不満を募らせていった。姉妹が中学生の頃には父の
の同席面談を月に1,2度行った。
横暴はますます激しくなり,ひたすら忍従する母を
入院2カ月が経過した頃初めて行われた外泊中に,
見兼ねた姉が父に抗議しては,「女のくせに」とよく
『食べ過ぎる女たち』(ジェニーン・ロス著,斎藤学監
殴られていた。妹は父に直接逆らうことはなかった。
訳,講談社,1996)という書物を読んで心を動かされ
姉妹間ではお互いの動向に敏感で探り合うような
たと患者は述べ,自己と家族全員がそれぞれ問題を
態度が,思春期以降,次第に強まっていったが,表
持っていることを意識する契機となった。父や双子
面上はお互い干渉しないという暗黙のルールを共有
の妹も参加する家族面接が導入され,そこで妹も多
するようになったかにみえる。
年にわたり種々の心身の症状を(その一部は密かに)
高校進学について姉妹はお互い相談することのな
抱えていたことが明らかとなっていった。家族面接
いまま,同じ進学校を志望し,ともに合格した。高
が繰り返されるうちに,妹は自分の症状に関しても
校入学後,姉妹はお互いの監視的視線をいっそう牽
精神科治療が必要だと自覚し,姉の入院から6カ月後,
制し合うようになり,特に食事の場では顕著であっ
当科を自発的に初診した。妹が同じ病院を受診する
た。妹は高校1年(16歳)の時,無月経のため婦人科
ことに当初姉は抵抗したが,別の治療者を設定する
通院を始めるが,家族へは伏せており,高校2年(17
ことで合意が得られた。
歳)になって,胃痛,食欲不振,体重減少もみられる
2.生活史に関する姉妹の陳述(表3-1,3-2)
ようになった。高校3年(18歳)の11月,姉の某国立
姉妹が4歳の時,弟が出生した。姉は外向的で男の
大学への推薦入学が決定した。それを突然聞かされ
子とよく遊んだ記憶があり,妹よりいくぶんか体格
た妹は,「出し抜かれた思いがした」と述べている。
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臨床精神医学 第32巻第11号
表3-1生活史に関する姉妹の陳述
姉、
年齢
.綜
4歳
・弟出生
幼稚園時代
・外向的で男の子とよく遊んだ記憶
妹より体格がいくらか良い
→ 先天性腎疾患のため長期入院
姉妹ともに約1カ月間祖父母宅へ預けられる
・(姉曰く)内向的
・激しい偏食
小学校時代
1年 ・転居/転校。転校を契機にいじめに遭う
(妹曰く)姉の方がひどいいじめを受ける
2年
(姉曰く)母の関心が妹へ向かう契機となる
・偏食のため給食が苦痛
・教師に摂食を強いられることへの反発
・作文コンクールに入賞
・姉妹喧嘩に対する父の不公平な裁定
への不満
・会社員の父は自身の家族背景について妻にも子供にも一切語らない
・父は勤務が不規則で夜勤もあるが,その予定を妻にも知らせない
・姉妹には,対話が乏しく気持ちの通じ合わない両親関係に見えた
・弟のサッカー活動が家庭の中心になる
・何事も弟優先の親たちに対する不満
中学校時代
同じ中学校入学
・給食を強制されなくなり偏食が緩和される
・剣道部入部
・(妹曰く)ふっくらしていると周囲から指摘
・学校生活は楽しかった
・学校生活は充実していた
・父の横暴さが激化
・母を代弁して父の横暴な態度に反抗し,
・父に直接逆らわず,距離を置いていた
女のくせにとよく殴られた
・性差別に敏感になる
[お互いの動向を探り合うような態度が強まるが,表面上はお互い干渉はしないという暗黙のルールが成立]
姉の方も妹への後ろめたさを自覚し,妹と距離を置
せず,妹を「子どもじみている」と思うことで,自
くためにアルバイトを始めた。また,抗議しても殴
らを慰めていたという。また,姉は連日過密スケジ
られるだけで理解などしてもらえないとの思いから,
ュールを組み,極力家族と一緒にいる時間を減らし
この頃から父に対する反発を諦めている。妹は2月に
ていた。面接が進む中で姉は当時を振り返り,家族
十二指腸潰瘍を指摘されるが,志望大学への進学を
をそして自分自身をも見ないようにしていた,疲れ
果たした。別の大学ではあるが,妹も姉と同様に養
てもがっかりしてもその気分に浸らないようにして
護教育を専攻し,またしてもお互い相談せずに“蓋
いた,などと述べている。一方この頃妹は,姉との
を開けてみたら一緒”という結果になった。
暗黙の対立が激化する中で円形脱毛を生じ,心療内
大学に入り,ようやく妹は婦人科通院を母に打ち
科を受診している。
明け,以後姉には内緒で,妹と母二人での病院通い
同じ頃,父がその達成に多大なエネルギーを傾け
が始まった。後にそれに感づいた姉は妹と母への反
ていた弟のサッカー進学が失敗に終わり,なかなか
感と寂しさを痛烈に自覚するが,その気持ちを表明
諦め切れないでいる父に,弟の方が「もう干渉しな
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2003年11月
表3-2 生活史に関する姉妹の陳述
年齢
画
婦一
高校時代 ・お互い全く相談せず同じ進学校に入る
・剣道部入部
・登山部入部
・お互いの監視的視線を意識しあう (特に食事に関して)
1年
2年
3年
11月
・A国立大学(養護i教育専攻)への推薦入学
決定
・妹への後ろめたさを自覚し,妹と距離を置
くためにアルバイトを始める
・無月経のため内緒で産婦人科通院
・胃痛,食欲不振,体重減少
胃痛悪化
・姉の推薦入学を聞かされ,出し抜かれた思い
強まる
・父に「痩せ」を指摘される
・父への反発を諦める
・内視鏡検査を受け,十二指腸
潰瘍を指摘される
・B国立大学(養護教育専攻)へ合格
2月
3月
大学時代
・A大入学
・山岳サークル入部
・B大入学
ボランティアサークル入部
1年
・妹と母の密着ぶりに反感と寂しさを自覚
したが表明せず
・過密スケジュールを組み,極力家族と一緒
にいないよう試みる
・無月経持続し,産婦人科通院を
母に打ち明ける
・姉との暗黙の対立が激化
・円形脱毛症で心療内科受診
[弟は高校へのサッカー進学を目指すが失敗し,父親の未練に弟の方が反発し,以来父一弟関係が疎遠とな
る。父はますます家庭を顧みなくなり,両親間も疎遠となる]
3年7月
10月
12月
・一 lで下宿を始める
3月
・内視鏡検査で胃潰瘍を指摘され過食一嘔吐
が激化。家に戻りたいと母に切望
・胃痛出現
・一 l暮らしの中で過食が始まる
・姉が戻る前に祖母宅に寄居
(姉との同居を忌避)
4年4月 ・自宅に戻る
6月 ・過食一嘔吐を主訴として当院初診
いでくれ!」と反発し,以来父一顎関係が疎遠とな
過食一嘔吐も加わり現病歴につながっていく。体調
った。そして父はますます家庭を顧みなくなり,夫
不良のため家に戻りたいと姉が母に切望するように
婦でかろうじて共有されていた“息子のサッカー”
なると,妹は,また以前のような互いを牽制し合う
という目的意識を失った母は,以後家庭よりパート
日々を思うと気が狂いそうになると感じ,母に断っ
の仕事に目が向くようになる。そして弟には父を真
てくれるよう懇願したが叶わず,姉が家に戻る前に
似たごとくのわがままな言動が強まっていった。
休学を決めて祖母宅へ身を寄せた。その後も妹の体
大学3年(21歳)になり姉は1人で決めて下宿生活
調は思わしくなく,姉が当院へ入院後,妹は2度目の
を始めたが,しばらくすると胃痛が出現し,その後
円形脱毛に苦しんだ。
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臨床精神医学 第32巻第11号
表4姉妹の心身の症状
妹
姉
・幼稚園~中学入学まで
偏食傾向
・16歳~
無月経
・17歳~
胃痛,食:欲不振,体重減少
・18歳~
十二指腸潰瘍
・19歳~
円形脱毛症
・21歳~
胃痛
3考察
1.本姉妹に認められたalexithymia
冒頭に整理したように,Sifneosに先立ってフ
ランス語圏では操作的思考という特徴的な思考様
態を有する人に心身症が生じやすいことが指摘さ
れていたが,Mac Dougallら5)は,心身感化のリ
スクとなる病態の基礎にPAという存在様式を想
定している。この2つはほぼ同様のあり方を示し
ているが,PAを有する人は,論理的で行動指向
性の強いコミュニケーション様式や葛藤処理を行
胃潰瘍,睡眠障害
摂食障害(過食一嘔吐)
・22歳~
い,こうした傾向は心身の症状を何ら示さずとも
持続的に認められるものだとされている。また,
空虚感,無気力感
円形脱毛症
PAは心身症者のみならず,種々の嗜癖行動との
親和性も高く,無症状の段階から依存・嗜癖的行
動を経由して心身症を呈する経路についても指摘
と表4のようになる。
されている。最近では,Corcosら2)が摂食障害
を嗜癖的病態の1つとして位置づけ,alexithymia
3.姉妹のお互いへの評価と感情
と摂食障害そして心身症との密接な関連性を指摘
これまで述べてきた姉妹の呈した症状をまとめる
妹から見て姉は,外向的に見え外で活発に遊んで
していることは,本姉妹を考察するうえで,興味
いることが多かった。また,小学生時代,転校をき
深い。
っかけにいじめられたのは姉の方がひどかったし,
症例の項で要約したように,数カ月の準備期間
秘密主義者であるなどとも妹は述べている。食行動
を経てからであるが,姉,そして後には妹の語っ
への監視的まなざしについては,自分にも同様の傾
た家族間葛藤のありようは,具体的で豊かな内実
向が存在するとある程度認めており,また長年にわ
を伝えている。しかし,語られた内容の深刻さや,
たる姉妹間の葛藤に基づく苦悩を,姉も抱いている
姉妹間の強い競争意識や葛藤が繰り返し表現され
だろうと自覚している。
るにもかかわらず,姉妹ともに,その語り口は
一方姉の妹への評価として,母への甘え方が子ど
淡々として,まるで小説の一節を読むかのような
もじみている,私は距離を置きたいのに妹がくっつ
平板な印象を,姉妹の2人の治療者はともに禁じ
いてくる,ガードが堅い,秘密主義者であると述べ
えなかった。また姉妹はともに,われわれの治療
ている。また姉の方は,妹の食事を監視などしてい
的介入後,家族の葛藤を強く認識するようになっ
ないと述べる。また自分との関係で妹がストレスを
てからも,行動優位のストレス対処形式を持続さ
被ってきたことを姉の方もある程度は自覚している
せた。姉が精神科へ入院する判断や手続きを独力
が,「私の方が我慢してきた」という思いが強く認め
で行ったこと,妹が姉と話し合うより先に祖母宅
られた。他の家族メンバーに対する評価,すなわち
へ出て行ったことは,その範例的エピソードであ
父や弟の専横な態度,母の自己犠牲的態度への批判
る。すなわち,この姉妹は,必ずしも感情を表現
は姉妹の間で奇妙なほど一致している。
する言葉をもたないというわけではないものの,
それには実質的な感情の動きが伴わず,葛藤を論
理的に整理づけて行動的に処理しようとする傾向
が優勢であることが重要な共通点として認められ
た。こうした傾向は,表1に示したalexithymiaの
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締
妹
表5姉妹の差異
役割意識
強制された「姉」役割を自覚
「妹」という立場を甘受
行動特性
外向的,行動的
内向的
両親との関係
父へ直接反発する
母への愛着は抑制的
父への反発を直接表明しない
母への愛着をあまり抑制しない
症候の推移
胃潰瘍⇒+摂食障害
偏食と痩せ傾向⇒+十二指腸潰瘍
無月経持続 +円形脱毛症
+円形脱毛症
発症後の母との
関係性の変化
発症後,母との距離接近
発症後母との密着は強化されたが,
姉の発症(帰宅)後,祖母宅に寄居
Pdmary alexithymia
&
&
Primary alexithymia
基礎となる病理
Secondary alexithymia
Secondary alexithymia
Addictive behaviours
一依存・嗜癖的行動
Psychosomatic diseases
・・
『反思考』的行動
▼. .eV
●. ●●
●●・.. .・・●
● ●
● ●
● ●
●●
(primary) Alexithymia
(essential) Depression
一非人称的,論理的、『生産的』,pensde op6ratoire
一無症状,『超』正常
図 心身症化のリスクとなる病態(文献5より引用)
特徴にほぼ合致するが,これらの形成には,男尊
の由来について明らかにすることはできなかった
女卑的であり専横な,徹底して自己開示しない父
が,重苦しい雰囲気の続く家庭の中で,おのおの
と,そのような父に盲目的に仕えるかに見えた母
の人生上の選択と母の顧慮をめぐる姉妹の行動
の営む家族の病理を考慮しないわけにはいかな
は,父同様の「秘密主義」に彩られた「駆け引き」
い0
の様相を呈している。
2.「秘密主義」,同胞間葛藤と姉妹の共謀
しかし,後の面接で語られたように,姉妹とも
姉妹の育った家庭には,理不尽な言動をとる専
に「姉(妹)からは,自分も秘密主義だと思われ
制君主的な父と,その夫に反駁しない屈従的な母
ているだろう」と述べ,お互いの態度を暗黙に認
との歪んだ夫婦関係が根本にあると考えられる。
め合っているようにも見える。姉の入院後,姉へ
そして常にお互いの顔色を窺い,腹の探り合いを
と振れた母の顧慮の振り子のために妹は円形脱毛
しているような得も言われぬ緊張関係が続く,情
を再発させるなど,「自分の方が大変」という思
緒的交流の乏しい家庭,姉の言葉を借りると「油
いとその身体化を通じての表明は認められるが,
断できない家庭」の中で,姉妹は種々の苦悩を心
結局妹は母を「譲る」行動をとるように,姉妹は
に秘めながらも,それをお互いはっきりと表明す
「直接対立して感情をぶつけ合う」場面を悉く回
ることは一度もないままに青年期までを生きてき
避し,ここには単に,「感情表現の乏しさ」とい
たといえるだろう。治療の中でも父の「秘密主義」
うalexithymiaの特徴だけでなく,暗黙の共謀的
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臨床精神医学 第32巻第11号
関係性*2を読み取ることも可能であろう。
と発展している。姉が摂食障害を発症し,下宿先
3.姉妹の差異
から自宅に戻ることが決まると,妹は祖母宅へ身
同一の心身症を共有しながら,姉の方にだけ
を寄せ,母を希求しながらも物理的な距離は母か
BUIimiaが発症した要因は何であろうか。
ら少し遠ざかることになる。
表5に示したように,妹に比べて姉は外向的・
すなわち姉妹の心身の症状の基盤には,感情的
行動的であった。遺伝子学的に見れば姉妹に基本
対立を回避するための思考様式や行動的対処優先
的な差はないはずであるから,これは環境因に拠
する態度,葛藤の象徴化の失敗など,つまりPA
るところが大きいと考えられる*3。個人面接およ
が認められ,このために姉妹はともに,家族内の
び家族面接を通じて明らかとなったのは,姉は幼
葛藤に由来する感情を自覚し表現することが困難
少期より「姉」役割を与えられ,それに従わざる
であったと考えられる。しかし同じ家族病理を背
を得なかったことである。父へ直接反発する姉の
負いながら,姉の側にはさらに「姉」役割という
行動は,見て見ぬふりをする母や妹に代わって
外傷的な負荷が加わっていたことで,より大きな
「自分が家族をまとめないといけない」という責
任感を感じていた結果であると推測され,母への
SAが生じていたと推測された。このために症状
発現は姉が妹に数年遅れているが,同一の心身症
甘えを素直に表現できずに耐え忍んでいたのも,
に加え,摂食障害をも併発し,切迫した空虚感・
やはり「姉」役割に過剰に同一化した結果だった
無気力感が訴えられたものと考えられた。
のではないかと推察される。
4.その後の臨床経過
姉の症状は胃潰瘍から摂食障害,円形脱毛症へ
姉の退院湿しばらくして,祖母宅から自宅に戻
と発展している。発症後,当院への外来受診も入
ることになった妹とは距離を置いた方がよいと判
院手続きも単独で行い,「親の力を借りない」と
断し,今度は姉が一人暮らしを始めた。大学卒業
の姿は痛々しいほどだったが,入院してからは
徐々に母との距離は接近し,「母には自分の心情
後は紆余曲折の後,結局当初の計画を果たし,障
害児特殊教育に携わった。職場適応に大きな問題
を理解してもらいたい」という潜在的な願望が,
は生じていないが,過食・嘔吐はその後も長期間
ある程度達成されたように考えられる。
続いた。
一方妹は,「妹」という立場を甘受していたよ
妹は外来通院を約半年間行い,大学卒業後は,
うに見える。姉に比べると内向的で,父への反発
を直接表明せず,したがって姉のように暴力を振
外国への留学を自分で決め,1年余にわたり外地
に滞在した。姉からの話では,日本の昔の農村を
るわれた体験はなく,表面上は当たり障りのない
思わせるような大家族的な雰囲気の地域共同体の
関係を維持することに成功しており,母への甘え
中で,本人は快適に過ごしていた。この点に関し
方も姉よりは上手であった。しかし妹にも「我慢
ていうと,環境が違うため一概にはいえないが,
していて,辛かった」という思いが強くあったこ
相変わらず親しい友人との間ですら自他の境界に
とが後に述べられている。症状としては偏食と痩
非常に過敏な姉と,徐々に開放的になりつつある
せ傾向,無月経から十二指腸潰瘍,円形脱毛症へ
妹との間に,少しずつ差が出てきたようにも思わ
*2こ口で言う「共謀」とは,「同種の克服されていない基本的葛藤のために,二人以上の組み合わせの人間が,ばらばらで
なく,互いにひそかに演じあう共演(Willi J)13)」を指している。
*3双生児研究を根拠とする最近の行動遺伝学7)の成果によれば,パーソナリティ特性の遺伝的要因(遺伝率)は50%前後
であり,例えばわが国におけるOnoら8)のパーソナリティの5因子モデルを用いた双生児研究によれ,ば「外向性」の遺
伝率は43%を示している。逆に言えば,残りの50%以上は環境要因の影響を受けて形成されるわけであるが,この場
合,環境要因は重要ではあるものの,それはほとんどすべて家族で共有されない個人が個別に遭遇する状況や事態(非
共有環境要因)によるものであるという理解がゆきわたっている7)。本姉妹においても,姉が外向性優位であったのは
生来の気質的なものだけでなく,その発言と裏腹な「姉役割」を求めた両親の養育態度と,姉の作文コンクール入賞を
契機とした母の態度変更など,すなわち「姉妹」という立場の違いにより共有されなかった環境要因に影響され形成・
強化されたものと考えられる。
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1409
2003年11月
point. Psychother Psychosom 38 : 81-90, 1982
れる。
6)大木秀一:簡便な質問紙による小児期双生児の
姉におけるsecondaly alexithymia(state-alex.
卵性診断.母性衛生42:566-572,2001
ithymia)の病態,およびその発現に影響した要因
に関して,また,帰国後の妹の社会適応や症状出
7)大野 裕,小野田直子:性格形成における遺伝
と環境の影響一双生児研究から一.最新精神医
現の有無に関して,ふたりを長期的にフォローし
学6:567-573, 2001
ていく必要がある。
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12) Taylor GJ : Alexithymia and the counter-transfer-
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出版局,東京,pp52-69,1985)
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