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5. これからの課題
5. これからの課題 脳に関する研究はまだまだ始まったばかりといえるほど、脳についてはまだわかっていません。 その一番の原因は脳が生きていて、神経細胞(ニューロン)、樹状突起、シナプスの結合を常に変化させていて、その 結合が解明不可能なほど膨大になっていることにあります。 そして、その結合は個人的には「遺伝的」および「成長の文化史」の影響を受け、民族的には「民族の文化史」 の影響を受けているからです。全ての人の脳が異なっているからです。 5.1 感性とはなにか 岡田武史監督と考えた「スポーツと感性」志岐幸子著、という本があります。 志岐さんは 2010 年、サッカーワールドカップ終了後のテレビに出演、岡田監督の話をされていましたのでご覧になった 方もいらっしゃると思います。 実はこの文章を作るきっかけになったのがこの本なのです。 「感性とはなにか」を説明できないかと考えたのがきっかけです。 感性の定義は広辞苑によると次になります。 (1)外界の刺激に応じて感覚・知覚を生じる感覚器官の感受性 (2)感覚によって呼び起こされ、それに支配される体験内容。従って感覚に伴う、感情や衝動、欲望を 含む。 (3)理性・意志によって制御されるべき感覚的欲望 (4)思惟の素材となる感覚的認識 人間が何かを感じ取る、受け取るという、受動的側面と、それによって何らかの動きや反応を起こすという能 動的側面の 2 面性を言います。 岡田監督のいう「感性」とは「直観」とか「感覚」なのだけれど、経験と知識の裏付けのあるものから出てく る「ひらめき」のようなものです。理屈では説明できないものです。 「カン」と言ってもいいかもしれません。 口では説明できない「体得」した、感覚、経験、知識、能力のようなものと言えると思います。 この本の著者の志岐さんの定義は「無意識の動作」でした。 (1) 項の、人間が何かを感じ取る、受け取るという、受動的側面でいう感性は、2.3(4)項で述べた「上丘」 の視覚に代表されるものです。 小脳には大脳で処理された「視覚情報」 「聴覚情報」や筋肉の感覚「筋紡錘」の情報が入ります。 小脳で受け取った情報は意識できません。これが感性の一面になると思います。 (2) 項の人間が感性によって、何らかの動きや反応を起こすという能動的側面の感性は、小脳の 「内部モデルⅠ」型になります。 投手の投げたボールのコースとバッターのスイングと「カーン!」というボールの音で、ボールの落下地点を予測して走 り出す、野球の外野手の「カン」は小脳の「内部モデルⅠ」型の機能です。 この機能を「思考」レベルまで拡大したのが「直感」だと言えると思います。 相撲とか柔道では、相手が何をしてくるかわからない状態で、相手の技に対して、返し技を反射的に 繰り出します。この格闘技の選手のとっさの技を繰り出す、 「カン」は小脳の「内部モデルⅡ」型の機能 です。 これに対応する「思考」が考えないでも答えが出る、「ひらめき」 「カン」と言えるものです。 小脳で考えていることは「意識」に上ってきません。 従って、大脳新皮質で考えることは「顕在性」の思考であり、小脳で考えることは「潜在性」の思考となりま す。 クリエイティブ(創造的)な選手とは大脳新皮質で考える意識的思考能力があることだけでは不十分です。 潜在的な小脳による思考能力も必要です。 コンセプトのようなものは潜在的知識として、常識のように体に刻み込まれている必要があります。 しかし、広辞苑の定義(3) (4)項は「感性」も理性、意志によって、制御されるべきだと考えられている ことを示しています。 1 感性による感覚も思惟(思考)のもと、すなわち、大脳新皮質の思考のもととすべきと言っていると考えられ ます。 無意識の潜在性の思考をやや軽視し、大脳新皮質の「顕在性」の思考のほうを重視する一般的な考え方が表わ れています。 感性とは脳幹・小脳による行動および思考のもとになっているもので、無意識行動および潜在的思考として表 れてくるものと結論づけられます。動物では 100%この行動であり、人間でも 99.9%以上がこの行動です。 考えや思考とは多数の神経細胞どうしがダイナミックに相互作用することで生じます。この働きはコンピューターのプログ ラムとは異なります。この過程は意識にはのぼりません。最後の計算結果だけが意識にのぼって、論理で操作で きるのです。人間の思考は並列なダイナミックな相互作用でパターン化して考え、それが直観的思考を生みます。 しかもその考え方はプログラムとして固定するのではなく、学習によって自己の能力を高めていけるのです。 将棋のプロ棋士とアマチュアを比べると盤面を見た瞬間に情況を把握する能力がプロ棋士の方が優れている実験結果 があります。また詰将棋の次の一手を考えてもらうと、プロ棋士の方が「大脳基底核」の働きが活発になりま す。大脳基底核の一部が直観的な脳の働きにかかわっていると見られます。 (日経新聞 2011 年 1 月 21 日) これは将棋の勝ち負けが教師役(報酬と罰を与える)となる「強化学習」と言われるものです。 無意識・潜在的思考をいかに有意義な行動(理想的サッカー)に結び付けていくかが今後の課題でしょう。 2 5.2 大脳小脳連関とはなにか 運動に一番大きく関係する大脳と小脳の役割分担がまだよくわかっていません。 大脳と小脳の間には大脳小脳連関(通信系)という大規模な専用回線の神経回路があり、両者の間では密接な 情報交換が行われています。しかしその意義と動作原理は未解明でした。 従来、大脳は思考・認知等の「高次」な脳機能を司っており、 小脳は大脳の思考を「低次」の運動に具現化すると考えられ ていました。 両者の関係は高次・低次あるいは支配・被支配の関係と考え られてきました。 しかし、この関係ではうまく説明できないことが多く、両者 の関係は「クライアント」と「スペシャリスト」の連携と捉えたほうがよ り適切に説明できると考えられるようになりました。 (クライアントとはサービスを提供されるがわ、大脳側) 解剖学的所見からも、大脳と小脳の関係は並列ループを形成す ることが明らかになりました。図 5.2-2 の B、新しいスキーム 誤 差 信 号 入 力 運動を行う場合、2 つの座標系を考える必要があります。 それは「筋肉座標系」と「空間座標系」です。 例えば、右手首の動きでは、親指を左にして(手のひらを下)、 手首を曲げると空間的には下に曲がります。 親指を右にして(手のひらを上)、手首を曲げると空間的には上 に曲がります。 実験の結果、つぎのようなことが分かりました。 ①大脳皮質・運動前野からは空間内の運動方向を示す運動指 令が小脳に送られます。小脳は筋肉座標系の運動指令に変換 して運動前野に戻します。 その信号が1次運動野に送られます。 ②大脳皮質・1次運動野から筋肉座標系の運動指令が小脳に 送られます。小脳は筋肉座標系の運動指令を空間座標系の運 動指令に変換して、1次運動野に戻します。 ①小脳は特定の結果(運動方向)を得るための作用(筋活動) を予測します。 ②特定の作用(筋活動)によって生成される結果(運動方向) を予測します。 このことから、大脳小脳連関の基本動作原理は「作用」と「結 果」の関連付け(因果関係の予測)と考えられます。 この機能は運動制御だけでなく、思考にも拡張可能だと考えら れます。 この項は「科学振興機構」筧慎治から引用しました 図 5.2-1 大脳小脳連関 図 5.2-2 大脳小脳連関の新旧の考え方 この連関作用と「素読」や「九九」の丸暗記の教育との関連を明らかにしていくことが今後の課題でしょう。 3 5.3 意識について 時実利彦氏は「意識の定義」は出来ないと言っています。 「目からウロコの脳科学」では意識に関する 3 つの仮説を上げています。 ・1つは還元主義から、 「ニューロンを分析すれば意識がわかる」というものです。 ・もうひとつは、意識は「創発」するという複雑系の考えによるものです。 この場合は最小単位のニューロンを調べても、意識の性質はわからないとするものです。 水素と酸素の性質を調べても、水の性質はわからないと同じ考えです。 ・さらにもっと難しいのは「量子脳理論」です。確率でしかわからないとするものです。 この文章では 2 番目の「意識は創発する」という複雑系から生み出されるものという見解を取っています。 意識は局在する、例えば、前頭前連合野に宿るというものです。 この文章ではこちらの考えを取っています。 もうひとつは、ホログラムのように、脳全体に広がっていると考えるものです。 意識はどんな役割、働きをしているのでしょう。次のような仮説が考えられます。 ・自分という人間をコントロールする存在 ・自分そのもの、心と同じ ・単純なことは無意識にまかせ、重要なことには意識を働かせる。 視覚についてもリアルタイムに見ているという感覚は「錯覚」が作り出している、脳の働きによるものであることが 証明されています。 さまざまなデータから、意識して行動する前に、すでに準備脳波が発生していることがわかっています。 (目からウロコの脳科学、ユーザイリージョン、P42-45) 意識する前に、情動(脳の深層)の心による、行動準備、感覚受容が行われています。 動物や子どもはこの情動だけで行動しています。 脳は意識に対して、時間も空間も巧みに加工して提示しています。 全身から寄せられる数百万ビットの情報を取捨選択し、意識が認識可能な 40 ビットへサイズダウンしたり、 色、形、動き(状態)の別々のデータの結びつけをしています。この操作に 0.5 秒必要です。 そして、脳はこれらが同時(リアルタイム)に生じているように「意識」を錯覚させています。 この文章では 2 (1) 項で、意識は思考、行動、知覚、記憶を駆動するものと考えています。 人間以外の動物はエピソード(経験)記憶(本書では思考処理記憶と表現しています)を持ちません。 人間は他者との関係、文化文明を築くのにエピソード記憶が不可欠でした。 1 秒間、数百万ビットの情報の全てを記憶するわけにはいかないのでこれを取捨選択する機能が必要です。 これが「意識」だという説です。 この進化は動物(小脳)の働きから、人間(大脳)の働きに変わった時に生じたと考えています。 意識がいかに有意義な行動をとらせているか、また素早い行動を阻害しているかなど脳科学に基づいて検証す ることが必要でしょう。 4 5.4 シナプスの過剰生産 脳は過剰なシナプス結合を一度作り、それを遮断しながら意味ある結合にしていくという考え方です。 この過剰生産が生涯に 2 度起こります。一度目は誕生から 3 歳ごろまでで脳全体に起こります。 シナプス結合は出生時には大人と同じくらいになっています。 その後、幼児期を経て、おとなの 2 倍まで高まり、しばらくその状態がつづき、やがて成人のレベルに落ち着 きます。 2 度目が思春期(12 歳ごろ)で頭頂葉、側頭葉、前頭葉の一部に生じます。 10 代の脳を MRI で数多く(150 人)観察し、身体が急成長するころ、シナプスがもう一度急成長することが発 見されました。 (アメリカ国立衛生研究所 NIH ジェイ・ギード) 10 代の脳は構成変更を行っている最中であり、それだけに無防備で傷つきやすいと言えます。 (子どもの脳はこんなにたいへん、バーバラ・ストローチより) ここの考え方では大脳のシナプス結合も遮断する方向となり、1.4(3)項と矛盾します。 しかし脳はそう簡単なものではないと考えればこれで良いのかもしれません。 シナプスの過剰生産という考え方はまだ一般化されていません。すなわち教育に反映されていません。 これほど重大なことが教育に反映されていないことが問題です。 シナプスの過剰生産など起こっていないということであれば反抗期の生じる原因などもっと科学的に考える必要 があるでしょう。 5