Comments
Description
Transcript
漢語サ変動詞におけるスル-サセルの置換
予稿集原稿 研究発表:日本語教育/言語学と日本語教育 漢語サ変動詞におけるスル-サセルの置換について On the suru-saseru Alternation of Sino-Japanese Verbs 森篤嗣(帝塚山大学) キーワード: 自動詞; 他動詞; 自他両用; 非情物主語; 再帰的な関係 要旨 本研究では、漢語サ変動詞において「スル」が「サセル」に置換可能となる(もしく は「サセル」が「スル」に置換可能となる)文法現象について「a) 自動詞専用とされて いる漢語サ変動詞」、「b) 他動詞専用とされている漢語サ変動詞」、「c) 自他両用とさ れている漢語サ変動詞」の 3 つに分けて BCCWJ を用いたコーパスによる考察をおこな う。 1. はじめに 本研究の目的は、漢語サ変動詞において「スル」が「サセル」に置換可能となる(も しくは「サセル」が「スル」に置換可能となる)文法現象について、コーパスによる実例 に基づき分析・記述を行うことにある。 和語動詞は一部の例外を除いて異形で自他交替する。寺村(1982, 296)は「自動詞に対 応する他動詞が日本語の語彙の中に(たまたま)ないという、いわば idiosyncratic な事 情による」場合に「使役形は実質的に他動詞と同じような意味、機能をもつ」と述べてい る。 (1) 野菜が腐る/*野菜を腐る→野菜を腐らせる (2) ランプが光る/*ランプを光る→ランプを光らせる これに対し、漢語サ変動詞は同形で自他交替することも多いが、自他どちらかの用法 しかないと先行研究で指摘されるものもある(影山 1996, 202)。 (3) 領土が拡大する/領土を拡大する(自他両用) (4) 住民が安心する/*住民を安心する(自動詞専用) (5) * 家が新築する/家を新築する(他動詞専用) 上記の(4)では「安心させる」は実質的に他動詞であり、(5)では「(第三者に)家を新築 させる」という使役文であると考えられる。 では、(3)はどうか。(3)は他動詞文と同じ格体制のまま、「領土を拡大させる」という 表現が可能である。他動詞としての「拡大する」が存在するのであるから、「拡大させ る」が実質的に他動詞として存在するという解釈は成り立たず、「(第三者に)領土を拡 大させる」という使役文であるという解釈も成り立たない。 このように、実質的な他動詞でも使役文でもなく、他動詞文と同じ格体制であるにも かかわらず、サセルが使用される場合がある。この種の現象は、森田(1988, 56)による 「他動詞は時たま、特にだれかに命じて何かをやらせるわけでもないのに、「他動詞+ 1 予稿集原稿 研究発表:日本語教育/言語学と日本語教育 (さ)せる」の形で使われることがある」と指摘や、定延(1991)による形態素 SASE に おける「項体制と述語のずれ」として「間接性」というタームを提案し、使役主の働きか けが間接的との認知が得られる場合に起こるという指摘がされている。さらにその後、定 延(2000)では、こうした現象を「使役余剰」と名付けられ詳細な分析が行われている。 本研究では、漢語サ変動詞におけるスル-サセルの置換について、影山(1996, 202)の 分類に基づき、 a) 自動詞専用とされている漢語サ変動詞(事故が発生する、地価が下落する、火薬が 爆発する、水が蒸発する、株価が暴落する、ビルが乱立する) b) 他動詞専用とされている漢語サ変動詞(ビルを爆破する、通行人を殺害する、家を 新築する、郊外を緑化する、顔を整形する、主張を正当化する) c) 自他両用とされている漢語サ変動詞(拡大する、縮小する、変形する、完備する、 完成する、正常化する、回転する、開店する、展開する、解散する、実現する、解 消する、具体化する) の 3 つに分けて BCCWJ を用いたコーパスによる考察をおこなう。 2. 自動詞専用とされている漢語サ変動詞 本節では、「a) 自動詞専用とされている漢語サ変動詞」について、「ないはずの他動 詞用法」に焦点を当てて考察する。ヤコブセン(1989)、影山(1996)、小林(2000)、永澤 (2007)などにおいて、「自動詞のみ」の用法しか持たない漢語サ変動詞とされる中に、他 動詞用法がある可能性があるものが含まれている。果たして漢語サ変動詞において、「こ れは間違いなく自動詞用法しかない」と言い切れるのはどこまでだろうか。 例えば、影山(1996, 202)では「自動詞のみ」とされている「発生」は、永澤(2007, 22) では自他両用に分類されている。寺村(1982, 296)が指摘するように、「自動詞に対応す る他動詞が日本語の語彙の中に(たまたま)ない」ということであれば、サセルは実質 的な他動詞と認定できるわけであるが、ないはずの他動詞が存在するとなるとそうはい かない。 2. 1. 自動詞専用とされている漢語サ変動詞の使用実態 そこで、まずは影山(1996, 202)及び永澤(2007, 22)の「自動詞専用」とされている漢語 サ変動詞について、BCCWJ で「を+VN する」を長単位で検索してみた注 1。 発生 下落 爆発 蒸発 暴落 乱立 表 1. 影山(1996, 22)における「自動詞のみ」 を VN する を VN し を VN させ 83 58 356 0 0 7 0 0 109 0 1 38 0 0 2 0 0 1 計 497 7 109 39 2 1 表 1 を見ると、「発生」のみが異質であることがわかる注 2。影山(1996, 202)では、 「これらの動詞(発表者注:漢語サ変動詞)が自動詞として機能するか他動詞として機能 するかは、恣意的に決まっているのではなく、意味的な要素によって定められる」と述べ、 2 予稿集原稿 研究発表:日本語教育/言語学と日本語教育 「水が蒸発するという事態は自然に起こるのが典型的であるから、「蒸発する」は自動詞 として機能し(後略)」のように主張されている。これらの主張は内省上では妥当なもの に思えるが、「発生」に関しては看過しがたい使用実態がある。少し例を挙げてみる。 (1) EPOにおける審査の結果、欧州特許が付与されると、出願人が指定したEPC加 盟国(複数国の指定が可能)の各国内法で特許権が付与されたのと同一の効果を発 生する。(白書:OW5X_00215) (2) 原核細胞であるラン藻(シアノバクテリア)は、細胞膜中にチラコイド様構造をも ち、光合成をして酸素を発生し、二酸化炭素を固定する。(書籍:LBg4_00027) いずれの例も「発生させ」に置き換えた方が自然であるとも感じられるが、白書や書籍 といった校正された文書に例外とは言い難い数の用例が見られるというのが、日本語母語 話者の使用実態である。「発生」を「自他両用」に分類した永澤(2007, 28)は、「現代に おいて「自動詞専用」とした(d)の語群のうち、「乾燥する」「減少する」「増加す る」などは、インターネット上では他動詞用法も散見し、一部の話者は他動詞用法をとど めているとみられるが、新聞記事(『asahi.com』)など規範的な文章では、現在、他動 詞としては用いられにくく、筆者の内省でもそのようにいえることから、本稿では自動詞 専用動詞とみる。なお、そのような「揺れ」のみられる漢語動詞と、完全に自動詞専用と なりきっている漢語動詞との相違については別に考察の必要があると思われる(下線部は 発表者)」と分類のゆれと出典の規範性について言及している。 次に永澤(2007, 22)の「自動詞専用」について同様の調査をおこなった結果を表 2 とし て示す。 安心 移住 感激 感心 居住 結婚 行動 死亡 進歩 努力 歩行 労働 表 2. 永澤(2007, 22)の「自動詞専用」 を VN する を VN し を VN させ 1 52 165 1 0 15 0 0 17 0 14 12 0 0 0 2 4 26 3 1 3 0 1 32 0 0 12 1 13 0 1 3 0 0 0 0 計 218 16 17 26 0 32 7 33 12 14 4 0 表 2 においても、「安心」「感心」「努力」などは「ないはずの他動詞用法」が少な からず存在することがわかる。また、自動詞専用とされている漢語サ変動詞でも、「サセ ル」として使われやすい動詞と使われにくい動詞があることもわかる。 2.2. ないはずの他動詞用法 それでは、次の課題として「ないはずの他動詞用法」がなぜ使用実態においては存在 するのかについて検討する。金(2004, 98)では、「例えば、自動詞『発生する』は(ⅱ) (発表者注:「(ⅱ) b.この鉱物がマイナスイオンを発生する」)のように再帰的な 3 予稿集原稿 研究発表:日本語教育/言語学と日本語教育 関係が成立する場合、他動詞用法が可能になる」と述べている。では、再帰的な関係が成 立すれば、全ての自動詞を中心とした漢語サ変動詞が他動詞用法へ転化できるのだろうか。 (3) 木炭が一酸化炭素を発生して酸化鉄を還元するのに対して、薪の燃焼では一酸化炭 素は出ません。(書籍:PB47_00130) (3)の場合、「木炭の一酸化炭素」を再帰的な関係と認定できるかどうかが問題となる。 金(2004, 97)によると、「再帰的な関係とは、目的語として「主語以外の者の存在を排除 する」性質であり、具体的には、目的語が主語の身体部位や所有物、組織に於ける上下関 係のようなモノ名詞の場合、あるいは主語が携わるイベントのようなコト名詞の場合であ る」と定義している。「木炭の一酸化炭素」の場合は、身体部位ほど明瞭ではないものの、 主語に含有される成分であるため、再帰的な関係を認めてもよいだろう。 (4) なにせ「低回転でいかに大きなトルクを発生し燃費を稼ぐか」がコンセプトの1Z Zを、スポーツユニットに仕立て上げるんだから(後略)(雑誌:PM45_00029) しかし、(4)の場合はどうだろうか。「低回転のトルク」は再帰的な関係と認められる だろうか。「低回転」と「トルク」には因果関係はあるが、「トルク」が「低回転」に含 有するとは言い難い。金(2004)が主張するように「主語が携わるイベントのようなコト名 詞」と解釈できなくもないが、それを認めると再帰的な関係を拡大解釈し過ぎる傾向があ る点には注意が必要である。 さて、コト名詞の解釈について注意が必要であるにせよ、因果関係も含めた広義の再帰 的な関係が他動詞用法への転化の条件になることは認めてよいと言える。しかし、ここで 挙げたような広義の再帰的な関係が認められる場合でも、他動詞用法への転化が難しい例 がある。 (5) 彼は学生時代から秀才の誉れ高く、大学予備門生時代から学術優秀を認められて褒 賞給費生となり、病理学教授時代にはうさぎの耳に人工癌を発生させ、“癌出来つ、 意気昂然と二歩三歩”なる名句(?)を物した人物である。(書籍: PB39_00456) (6) 倉庫営業者がわざと損害を発生させるようなことをした場合などには、前二項の規 定は適用されない。(書籍:LBs3_00119) (7) 対立抗争を発生させ組員の発砲により他人に損害を与えた暴力団の組長に対し損害 賠償請求訴訟が提起されるようになったことも、対立抗争の減少と短期化につなが っていると考えられる。(白書:OW6X_00629) (8) いずれにせよ、これち(ママ)の代表者や担当者は債権債務を発生させた張本人である ために、連帯保証をしていない場合も、心理的に負担しなくてはと思う傾向がある だろうし(後略)(書籍:PB13_00056) (9) ただしその犯人は、バグを発生させ特定の入力パターンを知っていた、ということ になる。(書籍:LBr9_00217) (10) 最後に、書記長がこうした故障を発生させたいと思ったときには、人差指で顎を かくだけでよい。(ベストセラー:OB3X_00120) 上記のうち、(5)の「彼の人口癌」、(7)の「暴力団の組長の対立抗争」、(9)の「犯人の バグ」、(10)の「書記長の故障」は動作主体の業績の一種とでもいうような関係で再帰的 4 予稿集原稿 研究発表:日本語教育/言語学と日本語教育 な関係と言うには「主語が携わるイベントのようなコト名詞」として拡大解釈が必要であ るが、(6)の「倉庫業者の損害」、(8)の「代表者や担当者の債権債務」については、再帰 的な 関係といってもいいであろう。それにもかかわらず、「発生し」への置換が難しい。 実は(6)から(10)に共通するのは、動作主体が有情者であるという点である。再帰的な 関係が認められても、動作主体が有情者である場合、他動詞用法への転化は成立しない。 森(2004, 37)では、「悲しくスル/サセル」のような形容詞に後接する場合、「感情形容 詞・属性形容詞の種別を問わず、形容詞の連用形に後接するスル-サセル置換では、X項 (ガ格)が非情物であるのが典型となる」と述べている。形容詞の場合、自他の区別がな いため、「スル」と「サセル」の置換が比較的容易におこなわれるが、そこにも非情物主 語という条件が存在するのである。この条件が、より「スル」と「サセル」の置換に対す る制限の強い動詞にも存在することは十分にあり得る。その根拠の一つとして、表 2 に 示した「発生させ」の 356 例のうち、はっきりと有情者主語と判断できる例は、(6)から (10)の 5 例しかなかったことが挙げられる注 3。(6)から(10)が他動詞用法に転化するかど うかをさておいたとしても、そもそも圧倒的に有情者主語の例が少ないのである。 永澤(2007, 23)では、現代の漢語動詞の他動詞用法の成立について「外的にコントロー ルする状況を想定しやすい」という条件を挙げている。有情者主語の方が変化主体に対し て、「外的にコントロールする」ことが可能に感じられるので、言語現象と矛盾する。そ こで、本研究での修正案は、「変化主体が有情者主語(動作主体)もしくは非情物主語 (原因主体)のコントロール下にあること」である。動作主体である有情者主語の場合、 「発生する」のような自律性の高い現象の場合は変化主体をコントロール下にないと考え られるため、無情物主語であることが条件となり得るのである。 この修正案は、再帰的な関係がなぜ他動詞用法の転化の条件になり得るかということ についても説明を可能とする。金(2004, 97)では、「他動詞用法が可能な場合、主語と目 的語の間には再帰的な関係が存在する」とは述べているが、それがなぜかは述べていない。 これを仁田(1982, 81)の「再帰動詞が典型的な他動詞から自動詞へ近づいている」という 主張を考慮すれば、「再帰的な関係が存在すると、典型的な他動詞から自動詞へ近づいて いる」と考えることができよう。さらに、影山(1996, 203-205)の「変化対象の自力ない し内在的コントロールが認められる場合にだけ自動詞が成り立っている」という主張も合 わせて考えると、有情者主語(動作主体)の場合は、働きかけが直接的であり、内在的コ ントロールがよる変化とは考えにくいため、「自動詞へ近づく」とは言い難いことから、 有情者主語(動作主体)での他動詞用法の転化が難しくなると言える。 3. 他動詞専用とされている漢語サ変動詞 「b) 他動詞専用とされている漢語サ変動詞」については、影山(1996, 202)及び永澤 (2007, 22)の「他動詞専用」とされている漢語サ変動詞のほとんどが、明らかな他動詞と して用いられている注 4。しかし、「を VN させ」については典型とは異なる振る舞いを 見せることがある。ここでは「を殺害させ」と「を表示させ」が、「使役主が他者に働き かけて動きを実現する」という典型的な使役文にならない場合を考察する。 (11) あなたは彼を使って、父上を殺害させたんだ。(ベストセラー:OB4X_00156) 5 予稿集原稿 研究発表:日本語教育/言語学と日本語教育 (11)では、実際に殺害を実行したのは、「あなた」ではなく「彼」であるが、佐藤(1994) の「介在性の他動詞表現」として「あなたが父親を殺害した」という構文に置き換え可能 である。 (12) シフトJISとEUCブラウザを起動してYahoo!Japanのサイトを表 示させてみましょう。(書籍:PB35_00294) (12)は「あなたがコンピュータにサイトを表示させる」となり、構文的には典型的な使役 文である。しかし、意味的には「他者」が人間ではなくコンピュータであるという点で疑 問符が付く。このとき、動作主体に「事態のコントロール能力」があり、コンピュータな ど非情物を介して、「介在性の他動詞表現」により「スル」での表現も可能である注 5。 そして、両者のどちらがよく使われるのかというと、「を表示させる」が 185 例、「を 表示する」は 1、659 例で、圧倒的に「を表示する」である。構文的に典型的な使役文で ある「を表示させる」よりも、「介在性の他動詞表現」である「を表示する」が選択され るというのは、現実の言語使用実態として興味深いところである。 4. 自他両用とされている漢語サ変動詞 「c) 自他両用とされている漢語サ変動詞」は、影山(1996, 202)の「自他両用」のサ変 動詞リストの中には、自動詞を基本とすると言える「完成」から、他動詞を基本とすると 思われる「展開」まで多様な動詞が含まれている。また、影山(1996, 203)で主張される 「拡大」のような「自動詞に制限のある自他両用漢語サ変動詞」、その反例として金 (2004, 91)で「他動詞に制限のある自他両用漢語サ変動詞」として挙げられている「解 散」、さらに特に「サセル」について特殊な振る舞いを見せる「増幅」を「心理的な自他 両用漢語サ変動詞」として 5 つに分けて考察する。 表 3. 自他制限と「自他両用」注 6 自動詞を基本 他動詞に制限 自動詞に制限 他動詞を基本 特殊 完成 解散 拡大 展開 増幅 が VN する を VN する を VN させる (837) (97) (635) (666) (24) 197 86 1、120 1、753 62 398 23 112 55 59 を VN させる /が VN する 47.55% 23.71% 17.64% 8.26% 245.83% 表 3 の通り、自他両用の場合は、特殊である「増幅」を除いて、自動詞用法が多けれ ばサセルも多いという対応関係にある。これは、自動詞から「サセル」への転化が生じ ているためであり、当然のことである。注目したいのは、自動詞用法に占める「を VN させる」の割合である。自動詞を基本とする「完成」で 47.55%であるのに対し、他動詞 を基本とする「展開」では 8.26%である。これは、他動詞用法がない場合、自動詞から 転化した「サセル」を実質的な他動詞として用いるという動機付けに沿った結果である と言える。すなわち、自他両用とはいえ、自動詞を基本とする場合は、たとえ他動詞用 法があっても、他動詞の穴を埋める「サセル」を使用し、他動詞を基本とする場合はそ うした動機付けが消極的になると考えられる。先行研究において自他動詞に制限がある とされる場合の割合は、それほどはっきりとしたものではないが、「他動詞に制限があ 6 予稿集原稿 研究発表:日本語教育/言語学と日本語教育 る」ということは自動詞に近く、「自動詞に制限」があるということは他動詞に近いと 考えるとすれば、「完成」「解散」「拡大」「展開」の順で、自動詞用法に占める「を VN させる」の割合が減じるのは理屈に合うと言ってよい。 そして、極めて特殊な振る舞いを見せるのが、「増幅」である。自動詞用法に占める 「を VN させる」の割合は、自動詞を基本とする「完成」ですら 47.55%であるが、「増 幅」は実に 245.83%にものぼる。これは「を VN させる」を使用する積極的な動機付け が生じていると考えられる。「増幅」では、(13)のような心理的な用法が多い(61.0%)。 (13) 落ち着かない毎日がいたずらに留喜の妄想を増幅させた。(書籍: PB59_00420) 心理的な用法では、動作主体((13)では留喜)に「事態のコントロール能力」があるとし ても、直接的な働きかけというより、変化主体((13)では妄想)の内在的コントロールに よるものと認知されやすいと言え、ある意味、「増幅」は他動詞用法を基本としながら も、「究極的に自動詞らしい」とも言える。 (14) テルミンってアンプとかで音を増幅させるんですか??(知恵袋: OC01_07978) (14)のように、心理的な用法でない場合、動作主体((14)ではテルミンという楽器)は基 本的に無情物主語であり、変化主体((14)では音)の内在的コントロールによるものと認 知されやすいという点では心理的な用法と同様である。 5. まとめ 本研究では、漢語サ変動詞において「スル」が「サセル」に置換可能となる(もしく は「サセル」が「スル」に置換可能となる)文法現象について、「a) 自動詞専用とされ ている漢語サ変動詞」、「b) 他動詞専用とされている漢語サ変動詞」、「c) 自他両用と されている漢語サ変動詞」の 3 つに分けて BCCWJ を用いたコーパスによる考察をおこ なった。 「a) 自動詞専用とされている漢語サ変動詞」では、他動詞用法転化の条件として、無 情物主語を新たな条件として提案し、永澤(2007, 23)の「外的にコントロールする状況を 想定しやすい」という仮説に対して、「変化主体が有情者主語(動作主体)もしくは非 情物主語(原因主体)のコントロール下にあること」という修正案を提案した。「b) 他 動詞専用とされている漢語サ変動詞」では、佐藤(1994)の「介在性の他動詞表現」を用い て、「使役主が他者に働きかけて動きを実現する」という典型的な使役文にならない場 合を考察した。そして、「c) 自他両用とされている漢語サ変動詞」では、自他両用のサ 変漢語動詞を自動詞や他動詞を基本とするもの、自動詞か他動詞に制限があるとされて いるもの、そして特殊例として「増幅」を挙げ、自動詞用法に占める「を VN させる」 の割合から「サセル」を使用する動機付けについて述べた。 森(2012)では、BCCWJ2009 コアにおける 852 例の使役文のうち、日本語教育で典型 的とされてきた強制使役は 160 例(18.78%)、許容使役は 44 例(5.16%)と典型とは 言えないということを示した。さらに、852 例中 327 例(38.38%)が本研究で取り上げ た漢語サ変動詞(を VN サセル)であり、これは強制使役と許容使役の合計よりも大き 7 予稿集原稿 研究発表:日本語教育/言語学と日本語教育 い。本研究で扱った現象は、日本語教育では典型とされてこなかったが、現実の言語使 用において日本語学習者が向き合う可能性の高い課題であると言える。 注 1.本研究では、「ガスを大量発生させた」のように、「を」と「VN する」の間に「大量」のような副詞 などが挿入されるものは対象から除外している。今後の課題としたい。 注 2.ここでの例外は「蒸発」の「VN し」の次の 1 例のみである。「それは、身体を動かす人自身が、リ ズムを発生する、たとえば、手を叩きながら身体を動かす、歌を歌いながら体を動かすという場合には、そ れは踊である。(書籍:LBh2_00078)」 注 3.ただし、BCCWJ のような実例の場合、主語が省略されており、有情か非情かを判断しがたい例も多 く含まれているため、この 5 例以外が全て非情物主語であるとまで言い切ることは難しい。 注 4.「が+VN する」で検索すると、「私が高校生くらいからだろうか両親を子どもが殺害する事件が起こ り始めた。(ブログ:OY05_01623)」のようなガ格とヲ格の入れ替えによる例や、ヲ格省略の例が多い。 注 5.ただし、佐藤(1994)では無情物が介在する例は取り上げていない。 注 6.「が VN する」の( )内の数値については「~を‥が VN する」のようなガ格とヲ格の入れ替えに よる例や、ヲ格省略の例を排除できていないため、実数は表中の数を下回ると考えられる。 【参考文献】 ウェスリー・M・ヤコブセン(1989)「他動性とプロトタイプ論」『日本語学の新展開』く ろしお出版,213-248 影山太郎(1996)『動詞意味論 -言語と認知の接点-』くろしお出版 金英淑(2004)「「VNする」の自他交替と再帰性」『日本語文法』4(2),日本語文法 学会,89-102 小林英樹(2000)「漢語動名詞の自他」『日本語教育』107,日本語教育学会,75-84 定延利之(1991)「SASEと間接性」仁田義雄(編)『日本語のヴォイスと他動性』くろ しお出版,123-147 定延利之(2000)『認知言語論』大修館書店 佐藤琢三(1994)「他動詞表現と介在性」『日本語教育』84,日本語教育学会,53-64 仁田義雄(1982)「再帰動詞、再帰用法 -Lexico-Syntax の姿勢から-」『日本語教 育』47,日本語教育学会,79-90 寺村秀夫(1982)『日本語のシンタクスと意味Ⅰ』くろしお出版 永澤済(2007)「漢語動詞の自他体系の近代から現代への変化」『日本語の研究』 3(4), 日本語学会,17-32 森篤嗣(2004)「形容詞連用形に後接するスル-サセルの置換について」『日本語教 育』120,日本語教育学会,33-42 森篤嗣(2006)「名詞句に後接するスル-サセルの置換について」『KLS』26,関西 言語学会,89-99 森篤嗣(2012)「使役における体系と現実の言語使用―日本語教育文法の視点から―」 『日本語文法』 12(1),日本語文法学会,1-17 森田良行(1988)『日本語の類意表現』創拓社 8