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スポンサードサーチ広告 における アドバースセレクション

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スポンサードサーチ広告 における アドバースセレクション
三田祭論文
スポンサードサーチ広告
における
アドバースセレクション
慶應義塾大学
石橋孝次研究会
津田和磨
増田優
山本健太
吉沢拓真
吉田圭佑
2013 年 11 月
はじめに
「スポンサードサーチ広告」とは、Yahoo!や Google などの検索エンジンで検索し
た際に、検索結果画面の上部や右部に表示されるネット広告のことである。この広告
において、皆さんはこんな光景を目にした事があるのではないだろうか。聞いたこと
もないような企業の広告が、有名大企業の広告を差し置いてトップの位置で目立って
いるのを。
ミクロ経済学では、品質の悪い企業が良い企業を淘汰するこのような状況をアドバ
ースセレクションと言う。この時、品質の悪い製品が市場に数多く出回ってしまうこ
とから、消費者は多大な損害を被ることとなる。
では何故、スポンサードサーチ広告においてアドバースセレクションが発生してし
まうのだろうか。そもそも、本当に統計的に有意な水準でアドバースセレクションが
発生しているのだろうか。日本において、この広告を経済厚生の面から分析した論文
は驚く程少ない。そこで我々産業組織パートは、今まで詳しく語られてこなかったこ
の新しい分野に一石を投じるべく、スポンサードサーチ広告市場におけるアドバース
セレクションの発生要因及び発生の有無を理論・実証の観点から検証していくことに
した。
まず初めに第 1 章では、現状分析としてインターネット広告全般およびスポンサー
ドサーチ広告に関する概要について説明し問題意識を解決するための材料を整理する。
続く第 2 章では、理論分析として本来、逆選択を解決するはずのシグナルが正しく
機能せず、ユーザーの最適な購買を阻害する要因について論ずる。
また第 3 章では、理論分析としてスポンサードサーチ広告市場におけるセカンドプ
ライスオークションの仕組みと均衡について説明を行い、2 章の理論を補強する。
第 4 章では以上の議論をもとにスポンサードサーチ広告における逆選択問題を、計
量経済学を用いて実証分析していく。
以上が章ごとの論文構成である。我々産業組織パート一同、本論文作成を目標に半
年間切磋琢磨し、ネット広告という未開拓の産業分野に立ち向かってきた。この論文
が以降、ネット広告の経済分析を試みる読者の助けとなれば幸いである。
石橋孝次研究会第 15 期
産業組織パート一同
ii
目次
第1章
1.1
現状分析
文責:津田和磨
インターネット広告市場の現状分析
1.1.1
インターネット広告とは
1.1.2
インターネット広告の市場規模
1.1.3
ネット広告の種類
1.2
スポンサードサーチ広告の現状分析
1.2.1
スポンサードサーチ広告とは
1.2.2
スポンサードサーチ広告の市場規模
1.2.3
スポンサードサーチ広告の仕組み
第2章
理論分析 1‐広告のシグナリング効果と逆選択‐
2.1
シグナリングの概念
2.2
先行研究の要約
2.3
モデルの設定
2.3.1
企業の行動
2.3.2
消費者の購買行動
2.4
均衡の導出
2.5
均衡の特徴
2.5.1
品質とシェア
2.5.2
品質と広告量
2.5.3
品質と利潤
3.5.4
品質と売上高広告費比率
2.6
第3章
文責:吉田圭佑
考察
理論分析 2‐スポンサードサーチ広告におけるオークション‐文責:吉沢拓真
3.1
本章の概要
3.2
GSP オークションと VCG オークション
3.3
モデルの設定
3.4
Locally envy-free
3.5
GSP と Generalized English Auction
3.6
考察
iii
第4章
実証分析
4.1
実証研究の目的
4.2
データソースの紹介
4.2.1
広告ランク
4.2.2
品質
4.2.3
記述統計量
4.3
Yahoo の実証分析
4.3.1
回帰モデル
4.3.2
先行研究の回帰結果
4.3.3
本論文の回帰結果
4.3.4
考察
4.4
文責:吉沢拓真
文責:津田和磨
Google の実証分析
4.4.1
回帰モデル
4.4.2
先行研究の回帰結果
4.4.3
本論文の回帰結果
4.4.4
競争度の回帰分析
4.4.5
考察
第5章
文責:増田優、山本健太
結論と考察
文責:増田優
参考文献
おわりに
iv
第 1 章 現状分析
文責:津田和磨
1.1
インターネット広告市場の現状分析
我々が今回論文で扱うのはスポンサードサーチ広告だが、スポンサードサーチ広告
を分析する前に、まず、インターネット広告全体の概況について述べていきたいと思
う。
1.1.1
インターネット広告とは
インターネット広告とは、インターネットのウェブサイトや電子メール内のスペー
スに掲載される広告のことである。広義には、企業のウェブサイトにおける広告もイ
ンターネット広告に含めることもあるが、通常はこの意味で使うことは少ないので、
この論文においてもこれを含めない定義を用いていく。
インターネット広告の起源は、1994 年 10 月に HotWired 創刊に 14 社分のバナー
広告が掲載されたことであるとされている。日本においては、1996 年頃からインター
ネット広告が取り扱われるようになり、6 月、インターネット広告を専門に扱う広告
代理店「サイバー・コミュニケーションズ」の設立や、7 月、Yahoo!JAPAN のバナー
広告サービス開始などといった大きな出来事があった。メール広告等もこの頃から利
用されるようになったとされている。
また、インターネット広告には、従来のマスメディア広告に対して優位性を持つ 4
つの大きな特徴がある。それは、
「ターゲティング能力」
「効果追跡能力」
「柔軟性」
「双
方向性」であり、詳しい内容は表 1-1 で説明している。
表 1-1 インターネット広告の 4 つの特徴と従来の広告との比較
従来のマスメディア広告
①Targetability
コンテンツと広告は同時に配信されるので、ター
(ターゲティング能力) ゲット層以外の人にも広告が配信されてしまう
②Trackability
(効果追跡能力)
③Flexibility
(柔軟性)
④Interactivity
(双方向性)
広告そのものに、広告の効果を測る機能がない
インターネット広告
コンテンツと広告を別々に管理・配信できるので、
同じコンテンツを見てる人に別々の広告を配信す
るといった高度なターゲティングができる
クリック数や購入数を把捉することができるので、
広告の効果が容易に測定できる
基本的に予算があって広い地域に発信したい広 予算・地域などを自由に設定することができる。ま
告主向けであり、地域を特定したり予算を抑えたい た、広告の配信を一部だけ中止したりすることも可
広告主に対応できない
能
クリック数や購入数といった広告の受け手からの
同質的な広告を一方的に配信することしかできな
反応によって、広告をカスタマイズしていくことが可
い
能である
出所:ネット広告白書 2010(c)社団法人日本アドバタイザーズ協会 Web 広告研究会
1
1.1.2
インターネット広告の市場規模
広告業界全体の市場規模は、図 1-1 に示されているように、年々減少傾向にあり、
2012 年時点で約 5 兆 8913 億円である。これは、リーマンショックや東日本大震災、
欧州金融危機などによって日本の経済が低迷し、需要全体が減退しているからである
と考えられる。特に、東日本大震災の後に起きた「広告自粛ムード」は広告業界に大
打撃を与えた。
図 1-1 広告の市場規模
出所:電通「日本の広告費」
その一方で、インターネット広告の市場規模は年々拡大傾向にある。その市場規模
は 2012 年時点で 8680 億円であり、総広告費の約 15%を占めている。他のメディア
が広告に占める割合を考えると、インターネット広告の 15%という数字は非常に高く、
今や新聞(11%)を抜き、テレビ(30%)に次いで第 2 位となっている。この成長の背景
には、インターネットの普及がある。情報通信白書によると、インターネット利用者
数は 9652 万人であり、普及率は約 80%にものぼる。インターネットの利用時間も年々
増加しており、2011 年度の利用時間は 5 年前と比較して約 1.5 倍となっている。今後
もますますインターネットは人々にとって欠かせないメディアに成長していくと考え
られるため、インターネット広告もより重要な存在となっていくことは明らかであり、
市場の拡大傾向も続くであろう。
2
図 1-2 インターネット広告の市場規模
出所:電通「日本の広告費」
1.1.3
ネット広告の種類
インターネット広告の種類は数多くあるが、表示形態、配信手段、課金方法の 3 つ
の切り口で分類することができる。以下で 3 つの切り口の簡単な説明をしていく。
表 1-2 広告の種類【3 つの切り口による分類】
表示形態
①バナー広告
②テキスト広告
③リッチメディア広告
④メール広告
配信手段
ⅰ検索連動型
ⅱコンテンツ連動型
ⅲ位置情報連動型
ⅳ行動ターゲティング型
ⅴオーディエンスターゲティング
課金方法
Aインプレッション課金
Bクリック課金
Cアフィリエイト(成功報酬型)
主に帯状の画像形式で表示される広告
テキスト形式で、1~3行ほどの文章で構成される広告
動画などの、情報量が豊富で高度なクリエイティブの広告
メルマガなどに表示される広告
ユーザーが行う検索に連動して、検索結果画面に広告を
配信する
広告対象商品と関わりの深いコンテンツを提供するサイト
に広告を配信する
IPアドレスやGPSなどの位置情報をもとに広告を配信する
サイトの閲覧履歴や検索履歴をもとにして広告を配信する
行動ターゲティングを発展させて、複数のサイトにおける
行動履歴をもとに広告を配信する
広告が表示された時に課金される
広告がクリックされて、内容を見られた場合に課金される
広告が、商品購入や会員登録等の成果に繋がった時に
課金される
出所:DML などをもとに自ら作成
3
初めに、表示形態とは、インターネット広告がどのような形でネットユーザーに表
示されるかというものである。最も一般的な表示形態はバナー広告であり、古くから
幅広い層に用いられている。また、最近は通信技術の発達によって、動画などを用い
たリッチメディア広告もよく用いられるようになってきている。次に、配信手段とは、
広告主がどうやってネットユーザーにアプローチをするかというものである。検索キ
ーワードやサイトの内容、ユーザーの位置情報や閲覧履歴などと、様々なアプローチ
方法があるが、いずれにせよ、従来のマスメディア広告と比較して、各個人に即した
より高度なアプローチが可能となっている。最後に、課金方法とは、広告掲載料がど
の時点で発生するかというものである。通常、広告は掲載される段階で料金が発生し
てしまうものであるが、ネット広告においては、広告効果の測定が容易であるという
性質上、広告が効果を発揮した時のみ料金を課金するという方法を採ることも可能に
なっている。
以上の 3 つの切り口の組み合わせによって、インターネット広告は作られていく。
今回の論文では、②テキスト広告、ⅰ検索連動型、B クリック課金の組み合わせであ
る、スポンサードサーチ広告を研究の対象として扱っていく。
1.2
1.2.1
スポンサードサーチ広告の現状分析
スポンサードサーチ広告とは
スポンサードサーチ広告とは、ユーザーが検索したキーワードに関連した広告を、
検索結果画面の上部や右部に掲載する仕組みのことである。同義語としてリスティン
グ広告や検索連動型広告などもあるが、スポンサードサーチは普通の検索結果(オーガ
ニックサーチ)と対比的な言葉であり、また、海外でも一般的に使われている呼称であ
ることから、以下ではスポンサードサーチという表現を用いていく。
スポンサードサーチ広告の一番の特徴は、高い費用対効果である。「検索」という
行為は、特定の情報への欲求が発生したときに行われる能動的な行為なので、その瞬
間に広告を打つことは、購買に直結しやすく非常に効果が高いといえるであろう。ま
た、Google と電通の共同調査によると、スポンサードサーチ広告にはブランディング
効果もあり、スポンサードサーチ広告を利用した方が、ブランド認知・ブランド理解
が促進されることが分かっている。
スポンサードサーチ広告の市場は、企業(広告主)と消費者(ネットユーザー)の取引を、
プラットフォーム(検索エンジン企業)が仲介するという構造になっている。この時、
4
検索エンジン企業は、広告主に対して広告の掲載システムを提供し、広告を消費者に
届ける役割を担う。すなわち、検索エンジン企業は、スポンサードサーチ広告の売り
手である。一方、スポンサードサーチ広告の買い手は広告主であり、広告掲載料を検
索エンジン企業に支払って、検索結果画面に広告を掲載してもらっている。
図 1-3 スポンサードサーチ広告の市場構造
出所:Google「Adwords」をもとに自ら作成
また、スポンサードサーチ広告市場のシェアについてだが、図 1-4 を見ると、日本
の検索エンジン市場においては、Yahoo!と Google の 2 社が 90%ものシェアを占めて
いることが読み取れる。その結果、スポンサードサーチ広告を扱える企業も主にこの
2 社であり、Yahoo!は「スポンサードサーチ」、Google は「Adwords」というサービ
スをそれぞれ展開し、広告の掲載場所やシステムを提供している。また、スポンサー
ドサーチ広告の歴史は、Google は 2002 年 2 月~、Yahoo!は株式会社 Overture を買
収して 2003 年 7 月~とまだ浅く、10 年前後しか経っていない。
5
図 1-4 検索エンジン会社の市場シェア
出所:Nielsen
次に、スポンサードサーチ広告が、検索エンジン企業の収益にどれだけ貢献してい
るのかについて見ていく。図 1-5 は、日本の 2 大検索エンジン企業の一つである Yahoo!
の収益構造を表している。2013 年第一四半期の収入は、全部で 923 億円であり、う
ちインターネット広告による収入が 494 億円、全体の約 54%を占めている。その中
で、スポンサードサーチ広告による収入は 320 億円であり、インターネット広告収入
の約 65%、総収入においても約 35%を占めている。このことから、スポンサードサ
ーチ広告は、検索エンジン企業にとって一番大きな収入源となっていることが分かる。
図 1-5 ヤフー株式会社の収益構造
出所:ヤフー株式会社 2013 年度第 1 四半期決算説明会資料
6
また、スポンサードサーチ広告は、売り手である検索エンジン企業にとって重要な
だけでなく、消費者である広告主にとっても非常に重要な存在であるといえる。表 1-3
は、広告主がインターネット広告をどれだけ評価しているかを、広告の種類別に回答
したものである。これを見ると、一番評価されているインターネット広告は、大企業
においても、中小企業においてもスポンサードサーチ広告であり、その割合は大企業
で 64%、中小企業で 43%にものぼる。また、評価しない割合が最も低い広告もスポ
ンサードサーチ広告であり、中小企業は 11%、大企業に至っては 0%である。このこ
とから、スポンサードサーチ広告は、現在、企業にとって最も評価・満足度が高い広
告手段であることが伺える。
表 1-3 広告主のインターネット広告の評価【広告種類別】
大企業(n=59)
中小企業(n=206)
評価する
評価しない
評価する
評価しない
スポンサードサーチ広告
64%
0%
43%
11%
バナー広告
51%
5%
39%
14%
ターゲティング広告
46%
2%
19%
13%
タイアップ広告
41%
2%
18%
19%
リッチメディア広告
34%
0%
―
―
テキスト広告
24%
14%
25%
13%
メール広告
22%
10%
24%
20%
インターネットCM
17%
10%
―
―
出所:ネット広告白書 2010(c)社団法人日本アドバタイザーズ協会 Web 広告研究会
1.2.2
スポンサードサーチ広告の市場規模
スポンサードサーチ広告の市場は、リーマンショックや東日本大震災の影響をほぼ
受けることなく、継続的に拡大している。図 1-6 によると、その規模は 2011 年時点
で 2194 億円、ネット広告費の 35.4%を占めている。市場の拡大要因は主に 2 つ考え
られる。1 つは、昨今の不況で各企業は、高価な従来の広告費を削り、安価でより確
実に消費者にアプローチできるスポンサードサーチ広告を利用するようになったこと
である。もう 1 つは、スマートフォンやタブレット端末の急速な普及によって、イン
ターネットに関連する市場全体が拡大傾向にあることである。今後もこの 2 つのトレ
ンドはしばらく続くと予想されるため、スポンサードサーチ広告市場も引き続き拡大
していくと考えられる。
7
図 1-6 スポンサードサーチ広告の市場規模
出所:電通「日本の広告費」
1.2.3
スポンサードサーチ広告の仕組み
スポンサードサーチ広告の仕組みにおいて最も重要な点は、広告掲載料がクリック
課金型(PPC)であることと、広告の掲載位置がオークション形式によって決まること
の 2 点である。
最初に、クリック課金型の説明をする。クリック課金型は、通称 PPC(Pay Per Click)
といい、文字通り広告がクリックされた際に広告掲載料を支払う仕組みのことである。
同じインターネット広告でも、バナー広告等は、通常、広告が表示された段階で、広
告掲載料を支払わなければならない。その広告がクリックにつながり、ネットユーザ
ーに見てもらえるかどうかに関係なく費用がかかるのである。一方、スポンサードサ
ーチ広告においては、広告が表示された段階では費用が一切かからず、その広告がク
リックされ、ネットユーザーに見てもらえる段階になってから初めて広告掲載料が発
生する。つまり、広告がきちんと成果につながった時のみ、費用を支払えばよいとい
うことになる。この仕組みのおかげで、スポンサードサーチ広告は費用をとても安く
抑えられるので、中小企業や個人の広告主でも広告を掲載することが可能になってい
る。
次に、オークション形式について説明する。通常、オークションとは、ある商品を
めぐって、複数の人々がお互いに入札価格(希望購入額)を提示し合い、一番高い入札
8
価格を提示したものが商品を獲得できるシステムのことを指す。スポンサードサーチ
においては、広告主が、広告の掲載位置をめぐって、広告掲載料を競い合い、より高
い広告掲載料を支払う広告主が、より良い広告掲載位置を獲得できるシステムとなっ
ている。以下で、簡単なオークションの流れを示す。
表 1-4 スポンサードサーチ広告におけるオークションの手順
広告設定フェイズ
①まず、広告主は広告を作成する。通常、扱いたい商品 1 つにつき 2、3 パターンの
広告を作成する。
②次に、広告をどのような検索キーワードで検索された場合に表示するかを決定する。
通常、1 つの広告につき 10〜35 個の検索キーワードを設定する。なお、検索キーワ
ードは【完全一致】で設定されるため、例えば「カメラ
SONY」と「SONY
カメ
ラ」は全く別のキーワードとされる。
③最後に、検索キーワードごとにクリック単価を設定する。クリック単価とは広告が
クリックされた際に支払う広告掲載料のことである。このクリック単価を入札価格と
して、オークションが行われていく。
オークションフェイズ
④あるネットユーザーが A という検索キーワードで検索を行う。
⑤A という検索キーワードが設定された広告が、Google のシステムによって検出され
る。
⑥検出された広告の中でオークションが行われ、高いクリック単価を付けている順に
高い広告ランクが付けられる。
⑦オークションの結果、検索結果画面に広告ランク順に広告が掲載される。
出所:Google「Adwords」をもとに自ら作成
広告ランク(広告の掲載位置)については、図 1-7 を見て欲しい。Google の場合、オ
ーガニックサーチの上部に表示される広告が最も良い掲載位置であり、上から順に広
告ランク 1〜3 位のものが掲載されている。続いて良い掲載位置は、右部に表示され
る広告であり、通常 4 位〜11 位の広告が掲載される。さらにランクの低い広告は、検
索結果の 2 ページ目以降に表示されるようになっている。広告ランクに関する先行研
究 Sherman (2005) によると、ランク 1 位の広告は 50%の人が存在を認識している
9
のに対し、ランク 5 位の広告においては 10%の人しか存在を認識していないというこ
とがわかっている。また、BBC News (2006) によると、ネットユーザーは通常、検
索結果の 1 ページ目にのみ目を通し、2 ページ目以降はほとんど開かれないことが分
かっている。他にも、Atlas の 2004 年の調査によると、同じ 1 ページ目でも、1 位の
広告は 10 位の広告の 10 倍以上クリックされることが実証されている。以上の先行研
究から、より高い広告ランク、特に 1 位を獲得することがいかに広告主にとって魅力
的であるかがわかるであろう。オークションで勝つことは広告主にとって極めて重要
なことなのである。
図 1-7 Google における広告の掲載順位(広告ランク)
出所:Google 検索結果画面をもとに自ら作成
URL:https://www.google.co.jp/webhp
なお、Google は 2005 年から「品質スコア」、Yahoo は 2007 年から「品質インデッ
クス」という広告の関連性・効率性などを表す指標をオークションメカニズムに導入
している。ここでいう効率性とは検索エンジン企業や広告主にとっての効率性であり、
10
広告がクリックをどのくらい稼げるかを表す CTR(Click Thorough Rate)が用いられ
ている。しかし、基本はクリック単価に基づいてオークションが行われている。
最後に、このオークションの仕組みにおいて注意したいのが、広告ランクは主に入
札価格によって決まるため、企業の品質とは関係がなくなってしまう点である。この
仕組みの中では、例え品質の悪い企業であっても、お金さえ払えばより目立つ広告を
掲載できることになる。その結果、消費者(ネットユーザー)は品質の悪い企業の広告
ばかりを目にすることになってしまい、著しく厚生が損なわれる恐れがある。企業と
消費者の間に情報の非対称性が存在した場合に品質の良いものが淘汰され、品質の悪
いものばかりが市場に残ってしまうこの現象を、ミクロ経済学ではアドバースセレク
ション、又は逆選択といい 2 章の理論分析で詳しく言及していく。そして、特に品質
が分かりづらい製品を扱う市場においてはこの問題がより一層深刻になる恐れがある
のだが、これに関しては、4 章の実証分析において詳しく述べていく。
11
第2章
理論分析 1‐広告のシグナリング効果と逆選択‐
文責:吉田圭佑
現状分析でも述べた通り、取引を行う経済主体間で対象財の品質に関する情報の非
対称性が存在すると、良い品質の財が淘汰され、望ましい財の供給が行われなくなる
というアドバースセレクションが発生する。非対称性を解決する 1 つの手段として、
正しい品質を消費者に伝えるシグナリングがある。代表的な例では労働者の能力を表
す学歴がこれに該当する。しかし、シグナリングの働きが常に正しく行われるわけで
はない。スポンサードサーチ広告市場においては、広告ランクというシグナルが正常
に機能せず、品質の良い企業の提供する広告が淘汰される可能性がある。この章では
シグナリングの働きを阻害する要因について考察する。
2.1
シグナリングの概念
情報の非対称性への処置として、シグナリングの概念が導出された契機となった論
文が Nelson (1974) である。その論旨は、財の品質が高いと企業が広告にかける支出
も大きくなるという、両者の間に正の関係を生み出す市場メカニズムがあれば広告は
シグナリングとして機能するというものである。この概念をモデル化したのが
Milgrom and Roberts (1986)や Kihlstrom (1984) などの論文であり、広告は品質の
シグナルとして正しく機能すると論じた。しかし、Schmalensee (1978)では、消費者
が企業の広告にかけた支出を表す広告量は品質のシグナルであると信じていることを
利用し、低品質企業が高品質企業よりも優位な状況を築いてしまうという逆選択の均
衡が存在する可能性もあることを示した。以下では、この Schmalensee (1978) のモ
デルを紹介していく。
2.2
先行研究の要約
Schmalensee (1978) の結論をまとめると、低品質製品が高品質製品に比べて高い
マークアップを持ち、かつ広告の量が正しい品質を表すと消費者が信じているなら、
低品質企業は市場シェア・広告量・利潤の全てにおいて高品質企業を上回る。
12
2.3
モデルの設定
𝑁企業の売り手と𝑄人の消費者がおり、消費者の数が売り手企業数を上回る(𝑁 < 𝑄)。
𝑖は各企業を示すインデックスである。複数期間のモデルであり、消費者は各期に 1 つ
の財を購入する。
2.3.1
企業の行動
各企業はそれぞれ固有の品質で垂直的に差別化された財を生産し、企業𝑖が生産する
財の品質は𝛽𝑖 ≥ 1で示される。品質は外生的であり、利潤最大化行動において企業は
品質を変化させない。また消費者は購入前に品質を知ることは出来ず、購買・使用し
た後に初めて買った商品の品質を知る。
このような品質が購買前に観察できない市場においては、消費者は価格が低いもの
は品質が悪いのではないかという疑惑を持ってしまう。よって低品質企業は消費者の
疑いを避けるため、高品質企業が設定する商品価格と全く同じ価格をつけると考えら
れる。この行動の結果、全ての商品は品質に関わらず同一の価格𝑃で販売される。
また、製品 1 個あたりの費用𝑐(𝛽)は製品1個当たりの売上(𝑃 × 1)のある一部分を占
めるものとして
𝑐(𝛽) = 𝑃(1 − 𝑘 ′′ 𝛽 −𝛾 ),
( β ≥ 1, 1 > 𝑘 ′′ > 0, γ ≥ 0)
(2.1)
で示される。𝑘 ′′ は定数項である。この時費用は品質𝛽の増加関数であり、低品質企業
の方が費用を常に安く抑えられる。それは、生産技術は高品質・低品質企業とも一定
であるとすると、低品質の製品は品質が悪い分高品質の製品よりも製造コストがあま
りかからないからである。またγはコストアドバンテージを示すパラメータであり、こ
の値が大きくなるほど低品質企業と高品質企業の費用の差が大きくなる。つまり、低
品質企業がより一層コストを安く済ませることができるようになる。
また、(2.1)を式変形すると、製品1個あたりの利幅であるマークアップは
−𝛾
𝑚𝑖 ≡ 𝑃 − 𝑐(𝛽𝑖 ) = 𝑘 ′ 𝛽𝑖 ,
(𝑘 ′ > 0, 𝛾 ≥ 0, 𝑖 = 1, ⋯ , 𝑁, 𝑘 ′ = 𝑃𝐾 ′′ )
(2.2)
と表される。価格が一定のため、各企業のマークアップの差は費用𝑐(𝛽)の差つまりは
品質の差のみに依存する。この時、γが大きくなるほど低品質を提供する企業は高品質
を提供する企業に比べマークアップの点で優位となり利益をあげやすくなる。
13
2.3.2
消費者の購買行動
モデルにおいて、品質は同じ商品の次期への連続購買にのみ影響を与える要素であ
り、高品質であるほど消費者が購買・使用した𝑡期に気に入られる確率が高くなり、𝑡 + 1
期にも必ず消費者に購買される。よって、商品𝑗を買って気に入られる確率は1 − 1⁄𝛽𝑗 で
示され、他方気に入られない確率は1⁄𝛽𝑗 で示される。また前述の通り、𝑡期に買った商
品が気に入った消費者は𝑡 + 1期に同じ商品を確率 1 で購買するが、気に入らなかった
消費者は𝑡期の広告量によって𝑡 + 1期の商品を決定する。よって、企業𝑖の𝑡期の広告費
支出を𝐴𝑖 (𝑡)とすると、前期に商品を気に入らなかった消費者が次期に商品𝑖を購買する
確率は
𝑎𝑖 (𝑡) =
𝐴𝑒𝑖 (𝑡)
,
𝑒
∑𝑁
𝑗=1 𝐴𝑗 (𝑡)
( 𝑖 = 1, ⋯ , 𝑁)
と表される。この式において𝑒は消費者の購買に対する広告の影響の大きさを表すパラ
メータである。𝑒 = 0であれば次期の商品選択は広告に関係なく𝑎𝑖 (𝑡) =1/𝑁となり、𝑒 = 1
であれば広告量の比がそのまま次期購買確率となり、𝑒 > 1であれば、値が大きく
な
ればなるほど広告の次期商品選択確率に与える影響はより大きなものになっていく。
また、消費者の記憶は完全でなく、1 期のみ保持されるため連続購買は次の期には
行われるが、さらに次の期には影響を及ぼさないものとする。つまり、未来(𝑡 + 1)の
行動が現在(𝑡)の行動のみに基づくというマルコフ連鎖を仮定する。これらを統合し、
𝑡期 に ブ ラ ン ド 𝑗を 選 択 し た 消 費 者 が 、 𝑡 + 1期 に ブ ラ ン ド 𝑖 を 選 択 す る 確 率 は 、
𝛿𝑖𝑗 (Kroneker delta; 𝛿𝑖𝑗 = 1 𝑖𝑓 𝑖 = 𝑗, 𝛿𝑖𝑗 = 0 𝑜𝑡ℎ𝑒𝑟𝑤𝑖𝑠𝑒)を用いて
𝑇𝑖𝑗 = (1 −
1
1
) 𝛿𝑖𝑗 + 𝑎𝑖 (𝑡) ( ),
𝛽𝑗
𝛽𝑗
(𝑖, 𝑗 = 1, ⋯ , 𝑁)
(2.3)
と表される。右辺第 1 項は前期から継続して購買した消費者、第 2 項は新規消費者に
よる影響を示す。さらに、𝑞𝑖 (𝑡)を𝑡期の企業𝑖のシェアとすると、𝑞(𝑡)は𝑡期における各
企業の購買確率の総体を示す𝑁ベクトルであり、𝑡 + 1期は(2.3)を用いて
𝑞(𝑡 + 1) = 𝑇[𝐴(𝑡)]𝑞(𝑡)
で表現される。また𝑇は𝑇𝑖𝑗 の行列である。
14
(2.4)
2.4
均衡の導出
各期の𝑎𝑖 (𝑡)は全て同一かつ正の値で、また品質𝛽𝑖 を有限の値だとすると、(2.4)の𝑇の
行列の要素は全て正となる。この時、全企業の各期の広告支出額𝐴𝑖 が一定だと仮定す
ると、(2.4)をマルコフ連鎖の解法を用いて計算することで、全ての期のシェアベクト
ルを唯一の均衡ベクトル𝑞に近似することができる。導出される均衡における各企業
のシェアは、
𝑞𝑖 =
𝛽𝑖 𝐴𝑒𝑖
𝑒
∑𝑁
𝑗=1 𝛽𝑗 𝐴𝑗
( 𝑖 = 1, ⋯ , 𝑁)
(2.5)
である。また、0 期における企業の割引現在利潤は、(2.2)を用いて
∞
𝑉𝑖 = [𝑚𝑖 𝑄𝑞𝑖 (0) − 𝐴𝑖 (0)] + ∑ 𝐷 𝑡 [𝑚𝑖 𝑄𝑞𝑖 (𝑡) − 𝐴𝑖 (𝑡)] ,
( 𝑖 = 1, ⋯ , 𝑁)
(2.6)
𝑡=1
と表せる。𝐷は割引因子であり𝑞𝑖 (0),𝐴𝑖 (0)はそれぞれ初期状態のシェア、広告支出額を
表す。企業はこれを最大化するように行動する。
以下、均衡を解くためにモデルを単純化し、𝐷 = 1および𝑁 = 2を仮定する。すると、
将来獲得できる利潤の大きさが低下しない。また、均衡を求めるために時系列を考慮
しないとすると、現在価値𝑉𝑖 の最大化は単純に利潤𝜋𝑖 の最大化と同じとみなせる。よ
って(2.5), (2.6)から利潤は
−𝛾
𝜋𝑖 = 𝑚𝑖 𝑄𝑞𝑖 − 𝐴𝑖 = 𝑄𝑘 ′ 𝛽𝑖
𝛽𝑖 𝐴𝑒𝑖
− Ai
+ 𝛽𝑗 𝐴𝑗𝑒
𝛽𝑖 𝐴𝑒𝑖
と示され、広告に関して最大化を行うと一階の条件は
𝑒𝛽𝑖 𝐴𝑒−1
𝛽𝑗 𝐴𝑗𝑒
d𝜋𝑖
𝛽𝑖 𝐴𝑒𝑖
𝛽𝑖 𝐴𝑒𝑖
𝑖
−𝛾
′ −𝛾
FOC:
= 𝑄𝑘 𝛽𝑖
− 1 = 𝑄𝑘 ′𝛽𝑖 𝑒𝐴−1
−1=0
𝑖
2
d𝐴𝑖
(𝛽𝑖 𝐴𝑒𝑖 + 𝛽𝑗 𝐴𝑗𝑒 ) (𝛽𝑖 𝐴𝑒𝑖 + 𝛽𝑗 𝐴𝑗𝑒 )
(𝛽 𝐴𝑒 + 𝛽 𝐴𝑒 )
𝑖 𝑖
𝑞𝑖 =
𝑗 𝑗
𝛽𝑖 𝐴𝑒𝑖
(𝛽𝑖 𝐴𝑒𝑖 + 𝛽𝑗 𝐴𝑗𝑒 )
,
𝑞𝑗 = (1 − 𝑞𝑖 ) =
−𝛾
𝛽𝑖 𝐴𝑒𝑖
(𝛽𝑖 𝐴𝑒𝑖 + 𝛽𝑗 𝐴𝑗𝑒 )
= 𝑄𝑘 ′ 𝛽𝑖 𝑒𝐴−1
𝑖 𝑞𝑖 (1 − 𝑞𝑖 ) = 1
15
を用いて、
𝑘 = 1⁄𝑘 ′ 𝑒𝑄 とおくと、
−𝛾
𝛽𝑖 𝑞𝑖 (1 − 𝑞𝑖 ) = 𝑘𝐴𝑖
(2.7)
を得る。この時、均衡利潤は、均衡広告量を代入すると、
−𝛾
𝜋𝑖 = 𝑚𝑖 𝑄𝑞𝑖 − 𝐴𝑖 = 𝑘 ′ 𝑄𝛽𝑖 𝑞𝑖 [1 − 𝑒(1 − 𝑞𝑖 )]
(2.8)
と表せる。これより、利潤が非負である条件は、
𝑒(1 − 𝑞𝑖 ) ≤ 1
(2.9)
( 𝑖 = 1, ⋯ , 𝑁)
である。以上の(2.5),(2.7),(2.9)をまとめて、
定理 1
𝑁 = 2および𝐷 = 1であれば、以下の条件はこのモデルにおいてどんな均衡に
おいても満たされる。
( 需要関数 )
𝑒
𝑞𝑖 = 𝛽𝑖 𝐴𝑒𝑖 ⁄ ∑𝑁
𝑗=1 𝛽𝑗 𝐴𝑗 ,
( 1 階の条件 )
𝛽𝑖 𝑞𝑖 (1 − 𝑞𝑖 ) = 𝑘𝐴𝑖 , ( 𝑖 = 1, ⋯ , 𝑁. )
( 非負の利潤 )
𝑒(1 − 𝑞𝑖 ) ≤ 1, ( 𝑖 = 1, ⋯ , 𝑁. )
(𝑖 = 1, ⋯ , 𝑁. )
−𝛾
が成り立つ。
2.5
均衡の特徴
以下の分析では、財の品質が均衡においてシェア・広告量・利潤・売上高広告費率
にどのような影響を与えるか分析を行う。
2.5.1
品質とシェア
(2.5)に(2.7)を代入することにより、均衡におけるシェアの特徴は
𝑞𝑖 =
1−𝑒𝛾 𝑒
𝑞𝑖 (1 − 𝑞𝑖 )𝑒
1−𝑒𝛾 𝑒
1−𝑒𝛾 𝑒
𝛽𝑖
𝑞𝑖 (1 − 𝑞𝑖 )𝑒 + 𝛽𝑗
𝑞𝑗 (1 −
𝛽𝑖
16
𝑒
𝑞𝑗 )
𝑞𝑖 = (1 − 𝑞𝑗 )より、
1−𝑒𝛾
𝑞𝑖 =
𝛽𝑖
1−𝑒𝛾
𝛽𝑖
1−𝑒𝛾
+ 𝛽𝑗
(2.10)
を得る。よって、
定理 2
𝑁 = 2および𝐷 = 1の均衡において𝑒𝛾 > 1の場合、𝛽𝑖 > 𝛽𝑗 であれば、𝑞𝑖 < 𝑞𝑗 と
なる。
これは、𝑒や𝛾が大きいほど、つまり、低品質が高品質に比べてよりマークアップが大
きい場合や広告量に消費者の購買が影響されやすい場合ほど、低品質のシェアが高品
質のシェアよりも大きくなることを示している。よって、企業の広告量が品質のシグ
ナリングとして機能していると消費者が信じるほど、低品質が獲得できるシェアにお
いて優位となり、悪い品質の商品が消費者に普及してしまうということである。この
状態はアドバースセレクションそのものである。しかし、消費者が広告に対し疑心を
抱くようになれば、つまり𝛾が小さくなれば、この現象は起こりにくくなる。さらに、
消費者の記憶が一期だけでなくより長く続くのであれば、高品質は消費者に気に入ら
れた次の期だけでなく、さらに長い期間連続して購買してもらえるため、低品質の優
位性を薄めることができる。
2.5.2
品質と広告量
(2.7)より、𝛽𝑖 > 𝛽𝑗 かつ𝑒 > 0 かつ 𝛾 > 0の時、
−𝛾
−𝛾
𝐴𝑖 𝛽𝑖 𝑞𝑖 (1 − 𝑞𝑖 )⁄𝑘 𝛽𝑖
= −𝛾
= −𝛾 < 1
𝐴𝑗 𝛽𝑗 𝑞𝑗 (1 − 𝑞𝑗 )⁄𝑘 𝛽𝑗
を得る。よって、
定理 3
𝑁 = 2および𝐷 = 1の均衡において、𝛾 > 0かつ𝑒 > 0の場合、 𝛽𝑖 > 𝛽𝑗 であれば
𝐴𝑖 < 𝐴𝑗 となる。
17
これは、𝑒や𝛾が大きいときに、低品質企業の広告量が高品質企業の広告量を上回るこ
とを表す定理である。通常は、良い品質の商品の方が一度商品を買ってもらえば次期
に再び購買される可能性が高いため、高品質企業の広告量は低品質企業のそれより多
くなるはずである。しかし、この高品質企業の広告への優位性はマークアップ及び消
費者の広告量への信頼によって相殺される。また、定理 2 が成り立つ条件である𝑒𝛾 > 1
の時に𝛾 > 0 かつ 𝑒 > 0は必ず成り立つため、アドバースセレクションの時、低品質
企業の広告量は必ず高品質企業を上回る。
2.5.3
品質と利潤
(2.8)および定理 2 より、
−𝛾
−𝛾
𝜋𝑖 𝑘 ′ 𝑄𝛽𝑖 𝑞𝑖 [1 − 𝑒(1 − 𝑞𝑖 )] 𝛽𝑖 𝑞𝑖 [1 − 𝑒(1 − 𝑞𝑖 )]
=
=
𝜋𝑗 𝑘 ′ 𝑄𝛽𝑗−𝛾 𝑞𝑗 [1 − 𝑒(1 − 𝑞𝑗 )] 𝛽𝑗−𝛾 𝑞𝑗 [1 − 𝑒(1 − 𝑞𝑗 )]
−𝛾
こ こ で 、 𝑒𝛾 > 1 お よ び 𝛽𝑖 > 𝛽𝑗 であれば、𝛽𝑖
−𝛾
< 𝛽𝑗 ,
𝑞𝑖 < 𝑞𝑗 , [1 − 𝑒(1 − 𝑞𝑖 )] <
[1 − 𝑒(1 − 𝑞𝑗 )] より、
𝜋𝑖
<1
𝜋𝑗
を得る。よって、
定理 4
𝑁 = 2および𝐷 = 1の均衡において、𝑒𝛾 > 1 の場合、𝛽𝑖 > 𝛽𝑗 であれば 𝜋𝑖 < 𝜋𝑗
となる。
定理 2 と条件が同じであるため、𝑒𝛾 > 1が成り立てばアドバースセレクションが発生
し、低品質企業の利潤の方が高品質より大きくなることを示している。
2.5.4.
品質と売上高広告費比率
最後に、品質と売上高広告費比率について説明する。ここで、価格は全企業一定で
あるため、シェアと広告費の比率は売上高広告費比率と同様に考えられる。
(2.7)より、
18
−𝛾
−𝛾
𝛽𝑖 𝑞𝑖 (1 − 𝑞𝑖 ) = 𝑘𝐴𝑖
⇔
𝛽𝑖
𝐴𝑖
𝑞𝑗 =
𝑘
𝑞𝑖
ここに、(2.10)を代入して、
1−𝛾𝑒
−𝛾
𝛽𝑗
𝛽𝑖
𝐴𝑖
=
1−𝛾𝑒
1−𝛾𝑒
𝑘 (𝛽
+ 𝛽𝑗
) 𝑞𝑖
𝑖
𝛽𝑖 > 𝛽𝑗 かつ𝑒𝛾 < 1 + 𝛾であれば、
−𝛾 1−𝛾𝑒
−𝛾−1+𝛾𝑒
𝐴𝑖 ⁄𝑞𝑖 𝛽𝑖 𝛽𝑗
𝛽
= −𝛾 1−𝛾𝑒 = 𝑖−𝛾−1+𝛾𝑒 < 1
𝐴𝑗 ⁄𝑞𝑗 𝛽𝑗 𝛽𝑖
𝛽𝑗
を得る。よって、
定理 5
𝑁 = 2 お よ び 𝐷 = 1 の 均 衡 に お い て 𝑒𝛾 < 1 + 𝛾 の 場 合 、 𝛽𝑖 > 𝛽𝑗 で あ れ ば
(𝐴𝑖 /𝑞𝑖 ) < (𝐴𝑗 /𝑞𝑗 ) となる。
これは、𝑒や𝛾が大きい場合、低品質企業の売上高広告費比率が高品質企業のそれより
も高いことを表す定理である。
通常、(2.5)より、高品質企業はシェアを得るための広告費は相対的に少なくて済む
ことが分かるので、高品質企業の売上高広告費比率は低いと考えられる。また、この
定理 5 の条件𝑒𝛾 < 1 + 𝛾は、定理 2 を満たしている。つまり、アドバースセレクション
が発生している場合においても、高品質企業の売上高広告費比率は低い。まとめると、
アドバースセレクションが発生しているいないにかかわらず高品質企業の売上高広告
費比率が低いため、売上高広告費比率はいかなる時も品質の正しいシグナルとして機
能する。しかし、消費者にとって、すべての企業の売上高広告費比率を知り、かつそ
れを比較することは難しい。
19
2.6
考察
以上の理論分析より、𝑒𝛾 > 1が成り立てば、低品質企業のシェア・広告量・利潤の
全てが高品質企業を上回ることが言える。つまり、消費者が広告をシグナルとして信
頼し、かつマークアップが十分に存在するとき、低品質企業は広告を高く評価してい
ることが言える。
では、はたして𝑒𝛾 > 1という仮定はスポンサードサーチ広告市場において妥当なの
か。Fallows (2005) の調査では、ネットユーザーの 62%はオーガニックサーチとスポ
ンサードサーチの違いを正しく認識していない。また、iProspect の 2006 年の調査で
は、その違いを認識している人であっても、上位に掲載されている広告が高品質企業
の広告と信じていることが判明した。つまり、ネットユーザーは広告が品質のシグナ
ルとであると信じ込んでいることが分かるため、𝑒に関しては十分に大きいといえるだ
ろう。ただ、スポンサードサーチ広告市場は様々な財を扱っておりマークアップにつ
いても一概には言えないため、𝛾の大きさに関しては判断できない。これに関しては
実証分析で明らかにする必要があると考えられる。
20
第3章
理論分析 2‐スポンサードサーチ広告におけるオークション‐
文責:吉沢拓真
3.1
本章の概要
スポンサードサーチ広告の大きな特徴として広告の掲載位置がオークション形式
で決まるという点を第 1 章において述べた。本章では Edelman et al. (2007) を紹介
し、スポンサードサーチ広告を出す際に各広告主の広告掲載位置の均衡がどのように
決定するのかということを示す。
3.2
GSP オークションと VCG オークション
第 1 章で述べたようにスポンサードサーチ広告ではクリック単価を入札価格として
オークションが行われる。しかしここでのオークションは最も高い価格をつけた人が
自分のつけた価格を支払う方式(ファーストプライスオークション)ではなく、最も高
い価格をつけた人は 2 番目に高い入札価格を支払うという方式(セカンドプライスオ
ークション)が採用されている。ファーストプライスオークションでは検索エンジン側
にとっての非効率性が生じるからである。またセカンドプライスオークションには
GSP 方式と VCG 方式の 2 種類があり、両者は異なった性質を持っている。この節で
は分析の前提として GSP 方式と VCG 方式について具体例を用いながら説明する。
GSP とは Generalized Second-Price auction の略称であり、𝑖 番目の掲載位置を獲
得した広告主は𝑖 + 1番目にいる広告主がつけたクリック価格を支払う。ここでは例と
して 3 人の広告主 1,2,3 と、2 つの広告掲載位置(トップとボトム)がある場合を考える。
広告主 1,2,3 はそれぞれ 1 クリックあたり$10,$4,$2 の価値があると考えているとする。
(これを評価価値と呼ぶことにする。) また 2 つの広告掲載位置のうちトップに広告を
出せば 1 時間あたり 200 クリックを獲得でき、ボトムでは 100 クリックを獲得できる
とする。このときそれぞれの広告主が自分の評価価値通りにクリック単価を設定した
とすれば、最も高いクリック単価を提示している広告主 1 がクリック単価$4 でトップ
を獲得し、広告主 2 がクリック単価$2 でボトムを獲得し、広告主 3 は広告を出せない
ことになる。このときの広告主 1,2 の総支払額はそれぞれ$800 と$200 となる。
一方で VCG とは Vickrey-Clarke-Groves mechanism の略称であり、支払額決定の
仕組みが GSP 方式と大きく異なる。VCG 方式ではある広告主が広告を掲載すること
で他の広告主が受ける負の影響を考慮して支払額が決まる。ここでは上で用いた例と
同じ条件で VCG 方式の例を考える。VCG 方式では広告主 2 の支払額は$200 で変わ
21
らないが、広告主 1 の支払い額は$600 となる。広告主 1 がトップに入ることで広告
主 3 が得られるクリック数は 100 から 0 へと減少するので、与えた負の影響は 100*$2
より$200 である。また広告主 2 が得るクリック数は 200 から 100 へと減少するので、
与えた負の影響は 100*$4 より$400 である。広告主 1 の支払額はこれらの影響の総和
として$600 に決まる。
VCG 方式の方が耐戦略性があり評価価値通りにクリック単価を設定するインセン
ティブになるが、仕組みが複雑で広告主への説明が難しいことや同じ評価価値の時検
索エンジン側の収入が減ることから Google も Yahoo!も GSP 方式を採用している。
3.3
モデルの設定
ここでは理論分析を進めていくうえで前提となるモデルの設定を行う。まず N 個の
広告掲載位置と K 個の広告主が存在するとし、掲載位置 i の広告が時間当たりに得る
クリック数を𝛼𝑖 とおく。これは𝑖 < 𝑗なら𝛼𝑖 > 𝛼𝑗 を満たす。また広告主 k が 1 クリック
あたりに見出す価値を𝑠𝑘 とおき、これはどの掲載位置でも変わらないものとする。さ
らに広告主 k の入札価格を𝑏𝑘 とおき、j 番目に高い広告主を𝑔(𝑗), その入札価格を𝑏(𝑗) と
表すことにする。このとき GSP 方式における広告主𝑔(𝑖)の収入の合計額は𝛼𝑖 𝑠𝑘 と表す
ことができ、支払の合計額は𝛼𝑖 𝑏(𝑖+1) と表すことができる。したがって広告主𝑔(𝑖)が得
る利益は
𝛼𝑖 (𝑠𝑔(𝑖) − 𝑏(𝑖+1) )
と表すことができる。また VCG 方式の場合の支払合計額を𝑝𝑉 とおくと、
𝑝𝑉,(𝑖) = (𝛼𝑖 − 𝛼𝑖+1 )𝑏(𝑗+1) + 𝑝𝑉,(𝑖+1)
と表すことができる。ここで 1 点注意しなければならないのは𝑁 ≥ 𝐾のとき一番下の
ランクの広告主の支払額はどちらの方式の場合もゼロになるということである。
以上のモデル設定をしたところで重要な点を 3 点確認する。1 点目はもしすべての
広告主が両方の仕組みの下で同じクリック単価を設定したとすれば、GSP 方式のもと
での各広告主の支払額は VCG 方式のもとでの支払額と同じかそれより大きくなると
いうことである。𝑖 = 𝑚𝑖𝑛{𝑁, 𝐾}を満たすと仮定すれば、支払額は
22
𝑝(𝑖) = 𝑝𝑉,(𝑖) = 𝛼𝑖 𝑏(𝑖+1)
となり、2 つの方式での支払額は等しくなる。また、𝑖 < 𝑚𝑖𝑛{𝑁, 𝐾}を満たすならば
𝑝𝑉,(𝑖) − 𝑝𝑉,(𝑖+1) = (𝛼𝑖 − 𝛼𝑖+1 )𝑏(𝑖+1) ≤ 𝛼𝑖 𝑏(𝑖+1) − 𝛼𝑖+1 𝑏(𝑖+2) = 𝑝(𝑖) − 𝑝(𝑖+1)
と表すことができる。以上より確認できた。
2 点目は VCG 方式においては自分の評価価値どおりにクリック単価を設定するこ
と(これを Truth-telling と呼ぶ)が支配戦略になるということである。これは VCG 方
式に関してよく知られた性質である。
3 点目は GSP 方式においては truth-telling は支配戦略にならないということであ
る。この性質について例を用いて説明する。条件は 2.2 で用いた例と基本的に同じで
あるが、ボトムに位置する広告が獲得できるクリック数を 100 クリックではなく 199
クリックに変更する。すなわちトップとボトムで獲得できるクリック数にほとんど差
がないと仮定する。このとき広告主 1 が評価価値通りにクリック価格を設定したとし
て得られる利益は($10 − $4) ∗ 200 = $1,200となる。しかし評価価値を無視してクリッ
ク単価を$3 に設定したとすると広告主はトップではなくボトムの位置を獲得し、この
ときの利益は($10 − $2) ∗ 199 = $1,592となる。2 つの結果を比較すると評価価値を偽
った後者のほうが利益が大きくなっている。以上より GSP 方式において truth-telling
は必ずしも最適な戦略ではないことがわかる。
3.4
Locally envy-free
Yahoo!や Google に広告を出す広告主はそのクリック単価、すなわちオークション
の入札価格を頻繁に変えることができる。それゆえスポンサードサーチオークション
は無限繰り返しゲームだと考えることが妥当である。ここでは広告主は初め自分につ
いての情報のみ知っており、徐々に他のプレイヤーの価値観について知っていき、そ
れに反応してクリック単価を変えるというプロセスが踏まれる。各プレイヤーは互い
に逸脱しあい相手を罰するという行動を潜在的にとるので、原則としてこのような繰
り返しゲームの均衡セットは非常に広範なものとなる。しかしこの均衡を満たすよう
な戦略は通常非常に複雑なものとなってしまい、ゲームの状況に関する正確な知識や
慎重な戦略の実行が要求される。理論的には広告主は自動の入札用ソフトを用いるこ
とでこうした戦略を実行に移すことが可能であるが、現実にはそれは難しい。なぜな
23
ら入札用のソフトはサーチエンジンの認可を受けなければならないが、広告主間での
共謀を可能にしサーチエンジン側の利潤を低下させるような戦略は認められないから
である。
以上のような背景があるため、ここではいくつかの前提を置いた単純な均衡に焦点
を当て、入札行動の静止点について見ていく。まず、すべての広告主の評価価値はす
べての広告主に知られているものとする。これはゲームを繰り返すうちに他の広告主
の評価価値がいずれ分かっていくという考えに基づく。また、入札価格はいつでも変
えることができるので、安定的な入札価格は他の広告主に対しての最適反応になって
いなければならない。そうでなければ、最適反応と異なる入札価格を設定している広
告主は入札価格を変更するインセンティブを持つことになる。したがって、ここでは
完全情報で全員が同時に行動する 1 回限りのゲーム(ゲームΓとする)を考える。
1 つ明らかな戦略はすぐ上の掲載位置にいる広告主を追い出そうと試みることであ
る。ここでは広告主𝑘のクリック単価が𝑏𝑘 で掲載位置𝑖にいるとし、広告主𝑘′のクリッ
ク単価が𝑏𝑘′ > 𝑏𝑘 で掲載位置𝑖 − 1にいると仮定する。もし広告主𝑘がクリック単価をわ
ずかに上昇させても自身の利益には何の影響もないが、広告主𝑘′の利益は減少する。
ここで広告主𝑘′は𝑘よりもわずかに低い入札価格を設定し効果的に掲載位置を交換す
ることで𝑘に報復することができる。もし𝑘にとって交換した後の利益の方が交換前の
利益よりも大きいならば𝑘は積極的に𝑘′を上の位置から排除しようとするため、入札価
格は変動する。したがって、入札価格が一定の大きさのもとで安定しているとき、掲
載位置𝑖にいる広告主は𝑖 − 1にいる広告主と掲載位置を交換しても意味がない状態に
あるといえる。このように、自分より 1 つ上の掲載位置にいる広告主と入札価格を交
換しても自分の利益が増加するという広告主がいない場合に生じる GSP 方式での均
衡を locally envy-free という。𝑖 ≤ 𝑚𝑖𝑛{𝑁 + 1, 𝐾}のもとで locally envy-free をモデル
の形で表せば、
𝛼𝑖 𝑠𝑔(𝑖) − 𝑝(𝑖) ≥ 𝛼𝑖−1 𝑠𝑔(𝑖) − 𝑝(𝑖−1)
となる。もちろん他の広告主の戦略を見ながら入札価格を変えていくことは可能であ
るが、もし各広告主の入札額が一定の水準で静止するならばその静止点は GSP 方式
のゲームΓにおける locally envy-free と一致すると考えられる。したがってここから
は locally envy-free の性質について見ていく。
24
1 点目は、locally envy-free の結果として生じる各広告主の掲載位置は安定的な配
分になっているというものである。この性質の証明を以下で行う。まず掲載位置 𝑖と
𝑖 + 1の広告主の評価価値をそれぞれ𝑠𝑔(𝑖) , 𝑠𝑔(𝑖+1)とすると、locally envy-free 均衡の制約
より、
𝛼𝑖 𝑠𝑔(𝑖) − 𝑝(𝑖) ≥ 𝛼𝑖+1 𝑠𝑔(𝑖) − 𝑝(𝑖+1)
𝛼𝑖+1 𝑠𝑔(𝑖+1) − 𝑝(𝑖+1) ≥ 𝛼𝑖 𝑠𝑔(𝑖+1) − 𝑝(𝑖)
の 2 本の式が成り立つ。上の方の式は誰も 1 つ下の掲載位置に行きたがらないことを
示しており、下の方の式は誰も 1 つ上の掲載位置に行きたがらないことを示している。
これらの不等式を変形すると、
𝛼𝑖 𝑠𝑔(𝑖) − 𝛼𝑖 𝑠𝑔(𝑖+1) + 𝛼𝑖+1 𝑠𝑔(𝑖+1) ≥ 𝛼𝑖+1 𝑠𝑔(𝑖)
⇔
(𝛼𝑖 − 𝛼𝑖+1 )𝑠𝑔(𝑖) ≥ (𝛼𝑖 − 𝛼𝑖+1 )𝑠𝑔(𝑖+1)
となる。ここでαi ≥ αi+1なので𝑠𝑔(𝑖) ≥ 𝑠𝑔(𝑖+1) であるといえる。つまり locally envy-free
では評価価値の高い広告主が上位の掲載位置を獲得して安定的な配分になっていると
いえる。次に 2 つ以上上の掲載位置にいる広告主と場所を交換するインセンティブも
ないことを示す。𝑚 < 𝑖 − 1という設定をしたとき、locally envy-free を満たすならば
𝛼𝑖 𝑠𝑔(𝑖) − 𝑝(𝑖) ≥ 𝛼𝑖−1 𝑠𝑔(𝑖) − 𝑝(𝑖−1)
𝛼𝑖−1 𝑠𝑔(𝑖−1) − 𝑝(𝑖−1) ≥ 𝛼𝑖−2 𝑠𝑔(𝑖−1) − 𝑝(𝑖−2)
⋮
𝛼𝑚+1 𝑠𝑔(𝑚+1) − 𝑝(𝑚+1) ≥ 𝛼𝑚 𝑠𝑔(𝑚+1) − 𝑝(𝑚)
が成り立つ。ここでどんな𝑗にとっても𝛼𝑗 ≥ 𝛼𝑗+1 が成り立ち、𝑖 < 𝑗のときに𝑠𝑔(𝑖)> 𝑠𝑔(j) が
成り立つので、上の不等式において𝑠𝑔(𝑖) と𝑠𝑔(j) を置き換えても問題ない。この置き換え
を行ってからすべての不等式を足し合わせ、余計な項を相殺していくと、
𝛼𝑖 𝑠𝑔(𝑖) − 𝑝(𝑖) ≥ 𝛼𝑚 𝑠𝑔(𝑖) − 𝑝(𝑚)
25
が導き出される。この式は𝑖にいる広告主が𝑚と位置を交換しても利益にならないこと
を示している。以上より証明は完了した。
2 点目は 1 点目と逆の関係で、広告主の数が掲載位置の数よりも多いときに安定的
な配分が実現されているならば、それは locally envy-free 均衡の結果であるというも
のである。証明は以下のようになる。まず Shapley and Shubik (1971) の結果による
と安定的な配分は効率的なものであるといえるので、𝑗 < 𝑘ならば𝑠𝑗 > 𝑠𝑘 であるという
仮定がおける。さらに𝑏1 = 𝑠1が成り立ち、𝑖 > 1のとき𝑏𝑖 = 𝑝𝑖−1 /𝛼𝑖−1と表すことにする。
このときどんな𝑖にとっても𝑏𝑖 > 𝑏𝑖+1が成立することがわかる。もしこの不等式が成り
立たないとすると、
𝑝𝑖−1 𝑝𝑖
≤
𝛼𝑖−1 𝛼𝑖
⇔
⇔
𝑠𝑖 −
𝑝𝑖−1
𝑝𝑖
≥ 𝑠𝑖 −
𝛼𝑖−1
𝛼𝑖
𝛼𝑖−1 𝑠𝑖 − 𝑝𝑖−1 > 𝛼𝑖 𝑠𝑖 − 𝑝𝑖
という式が成り立つが、これは広告主が 1 つ上の掲載位置に移動するインセンティブ
を持ってしまうことを意味する。したがって𝑏𝑖 > 𝑏𝑖+1 が成立するなら移動のインセン
ティブは発生せず、この均衡は locally envy-free になっていることが分かる。
3.5
GSP と Generalized English Auction
これまでの分析から、広告主は長期的には互いの評価価値を学びながら安定した状
態に落ち着き、入札額を変えようというインセンティブもいずれ持たなくなることが
推測される。では、そのような安定した状態にどのようにしてたどり着くのか。この
疑問に答えるために本節では generalized English auction の概念を導入する。
はじめに generalized English auction の仕組みを説明する。このオークションでは
価格を表示する時計があり、初めはゼロからスタートし時間とともに表示価格が上昇
していく。広告主は自分の好きなタイミングでドロップアウトすることができ、その
ときに表示されていた価格がその広告主の入札価格になる。残りが 2 人になってから
どちらか一方がドロップアウトした時点でゲームは終了し、最後に残った一人が最も
良い掲載位置を獲得する。このとき最後に残った広告主が支払わなければならないク
リック単価は最後から 2 番目の広告主がドロップアウトした時の価格となる。それ以
26
降の広告主のクリック単価も同様にして決まり、最後から 2 番目の広告主の支払額は
最後から 3 番目の広告主がドロップアウトした時の価格、4 番目の支払額は 5 番目が
ドロップアウトした時の価格、というように続いていく。つまり generalized English
auction の導入は GSP と同様のルールに従って価格を分析し、掲載位置を配分するた
めに用いられる。
ここからは分析のためのモデルの設定をしていく。まず𝑁 ≥ 2の掲載位置と
𝐾 = 𝑁 + 1を満たす広告主が存在しているとする。時間当たりのクリック数を αjとおき、
すべての広告主はこれを知っているものとする。また𝛼𝑁+1 ≡ 0である。広告主の 1 ク
リックあたりの評価価値𝑠𝑘 は[0; +∞)の連続分布𝐹(∙)と、(0; +∞)において常に正をとる
確率密度𝑓(∙)に従う。さらにそれぞれの広告主は自分自身の評価価値と、他の広告主
の評価価値の分布を知っているものとする。ここで各広告主の戦略は 𝑝𝑘 (𝑖, ℎ, 𝑠𝑘 )と表す
ことができる。𝑠𝑘 は広告主𝑘の評価価値であり、𝑝𝑘 はドロップアウトするときの価格で
ある。また、𝑖は𝑘も含めてオークションに残っている広告主の数であり、ℎ =
(𝑏𝑖+1 , ⋯ , 𝑏𝑁+1 )は過去に他の広告主がドロップアウトした価格を表している。
以上で設定したモデルは広告主の評価価値𝑠𝑘 が連続的であるという条件付きで完全
ベイジアン均衡をもつ。この均衡において評価価値𝑠𝑘 をもつ広告主がドロップアウト
する価格は、
𝑝𝑘 (𝑖, ℎ, 𝑠𝑘 ) = 𝑠𝑘 −
𝛼𝑖
(𝑠 − 𝑏𝑖+1 )
𝛼𝑖−1 𝑘
(3.1)
と表される。この均衡式の証明は非常に複雑であるためすべてを紹介することは控え
るが、簡潔に仕組みだけ示しておくことにする。広告主は今すぐドロップアウトして
掲載位置𝑖を獲得することで得られる利益と、オークションにとどまり続けて掲載位置
𝑖 − 1を獲得することで得られる利益が同じになるならば、オークションにとどまる理
由は無い。そこで𝑞(𝑖, 𝑏𝑖+1 , 𝑠)という価格を設定する。この価格は評価価値𝑠をもつ広告
主が𝑏𝑖+1を支払って掲載位置𝑖を獲得することと、𝑞(𝑖, 𝑏𝑖+1 , 𝑠)を支払って掲載位置𝑖 − 1を
獲得することが無差別になるという状況を満たすような価格である。この状況を式で
表すと、
αi−1 (𝑠 − 𝑞(𝑖, 𝑏𝑖+1 , 𝑠)) = 𝛼𝑖 (𝑠 − 𝑏𝑖+1 )
27
⇔
𝑞(𝑖, 𝑏𝑖+1 , 𝑠) = 𝑠 −
𝛼𝑖
(𝑠 − 𝑏𝑖+1 )
𝛼𝑖−1
と表せる。この式をもとにもう少し詳しい分析を進めると上記の(3.1)式が導き出され
る。
この均衡における各広告主の最終的な掲載位置と得ることのできる利益は VCG 方
式の支配戦略から導き出される結果と等しくなる。また、各広告主の戦略は他の広告
主の戦略に対する最適反応となっており、他の広告主の評価価値とは関係がない。つ
まりこの均衡は事後的に決まる均衡であり、自分自身の評価価値のみに依存して決ま
る。
以上の性質をもつ generalized English auction の均衡は非常に面白いといえる。な
ぜなら、この均衡は効率的な唯一の均衡であり、各広告主の戦略は他の広告主の評価
価値には依存していないにもかかわらず、広告主は支配戦略を持たないからである。
3.6
考察
本章の理論分析から言えることは、各広告主の入札価格は自分自身の評価価値のみ
に依存して決まるということである。つまり 2 章の結論のように低品質の広告主が広
告を出すインセンティブが十分に大きく評価価値が高いのなら、低品質企業の入札価
格も高くなり、結果としてスポンサードサーチ広告の上位掲載位置を獲得する可能性
があるのである。こうした結論から、スポンサードサーチ広告においてはアドバース
セレクションが発生している可能性があると考えられる。
28
第4章
4.1
実証分析
実証分析の目的
文責:吉沢拓真
前章の考察で述べた通り、スポンサードサーチ広告市場では品質の悪い企業が高い
入札価格を支払って上位の広告掲載位置を獲得し、シェアと利益を得ている可能性が
ある。本章の第一の目的は、このようなアドバースセレクションが実際に発生してい
るかどうかを統計的手法を用いて分析することである。そこで、Yahoo と Google の
スポンサードサーチ広告市場においてアドバースセレクションが発生しているかどう
か、すなわち品質と広告ランク(≒広告量)が負の関係にあるのかどうかを回帰分析し
た。もしアドバースセレクションが発生しているということになれば消費者は品質の
悪い企業の広告ばかりを目にしていることになり、消費者厚生は著しく害されている
と考えられる。ここでの実証モデルは Animesh et al. (2009) で用いられているもの
を参考とした。具体的には被説明変数に広告ランクすなわち広告掲載位置をとり、説
明変数に品質の指標となる SimilarRank を用いている。これらの変数の詳しい説明は
次節で行う。
また商品を探索財、経験財、信用財の 3 種類に分類し、それぞれのダミー変数を説
明変数の中に組み込むことで、異なる性質を持つ財ごとでの結果の違いを考察してい
る。ここで 3 つの財の定義について説明を加えることにする。
まず探索財とは消費者が購入する前から財の品質を完全に把握できる財のことで
ある。たとえばデジタルカメラを購入する際、画素数やメモリの大きさといった情報
は事前に入手でき、それに基づいて商品の品質も判断することができる。探索財では
品質の不確実性がないので広告によってシグナリングするインセンティブはほとんど
ない。
次に経験財とは実際に購入し消費してからでないと品質が分からない財のことで
ある。たとえばワインは実際に飲んでからでないと良質なワインかどうかはわからな
い。経験財では不確実性が存在するので、シグナリングによって消費者に品質を知ら
せなければならない。
最後に信用財とは消費した後でも品質が分からない財のことである。たとえば医療
や弁護士による弁護といったものは専門性が高いので、サービスを受けた後でもそれ
が最も効果の高いものだったのかはわからない。また、占いなどはそもそも品質を判
29
断する基準が存在しない。信用財は不確実性が最も大きく、シグナリングによる品質
の保証効果は最も大きいと考えられる。つまり、企業にとって広告を出しシグナリン
グを行うインセンティブが最も高い。以下の表 4-1 に 3 つの財の性質をまとめた。ま
たこうした定義に基づいて本論文では表 4-2 のように検索キーワードを分類した。
表 4-1 製品の 3 分類
探索財
経験財
定義
品質の不確実性
購入する前に、品質を知ることがで
品質の不確実性がなく、シグナリン
きる財。
グの必要があまりない。
購入する前は品質がわからず、消費
不確実性があるのでシグナリングに
した後に品質を知ることができる
よって品質を伝える必要がある。
財。
信用財
購入して消費した後でも品質がわか
品質の不確実性が最も大きく、シグ
らない財。
ナリングのインセンティブも強い。
表 4-2 検索キーワードの 3 分類
探索財
経験財
信用財
洋服
自動車保険
整形外科
本
不動産
悩み相談
CD アルバム
旅行
弁護士
スマホ
引っ越し
害虫駆除
航空券
化粧品
占い
パソコン
宝石店
税理
冷蔵庫
ジム
セラピー
テレビ
ワイン
中古車
おもちゃ
香水
サプリメント
タブレット
花
エステ
コピー機
美容院
ダイエット
携帯電話
予備校
ハイブリットカー
ブライダル
30
また、第二の目的として、先行研究の結果と比較し日本のスポンサードサーチ市場
特有の傾向をつかむ目的もある。先行研究と異なり本論文では日本語での検索を行い、
日本の市場に限った分析をしている。また先行研究が行われたときから 5 年以上経過
しており、その間にスポンサードサーチ市場を取り巻く環境もいくらか変わっている
と思われる。そうした違いから導き出される結論を分析することが第二の目的である。
その際、もう 1 つの実証として、Google のスポンサードサーチ広告市場における競
争度の高さを分析した。ここでいう競争度とは広告ランクの変動の激しさのことであ
り、広告ランクは固定的なのか大幅に変動するものなのかを分析した。この実証にお
いても上記の 3 分類を用い、財の種類ごとに競争度を求めている。
4.2
変数の説明
この節では回帰分析において用いた変数の説明をする。
4.2.1
広告ランク
まずは平均広告ランクという変数について説明をする。この変数は 1 つ目の回帰分
析では被説明変数として、2 つ目の回帰分析では説明変数として用いられている。広
告ランクとは 1 章の現状分析でも説明した通り広告の掲載位置を数字で表したもので
ある。すなわち一番上にある広告から順に 1,2,3,…と数字を振っていったものが広告
ランクにあたり、数字が小さい方がより良い掲載位置だということになる。今回の実
証分析では 14 日間にわたり毎日 37 種類の検索キーワードについて実際に検索を行い、
検索結果 1 ページ目に表示された広告サイトとその広告ランクを記録した。同じ検索
ワードで検索した場合、表示される広告の種類はいつも同じだという印象を持っ てい
る人が多いかもしれないが、常にオークションが行われ入札価格やクリック率と連動
して広告ランクが決まるスポンサードサーチにおいては、14 日間で広告ランクは意外
と変動するものである。14 日分の記録が完了した後、サイトごとに広告ランクの総和
をとり、それを広告が表示された日数で割ることで平均広告ランクを算出した。その
際にサンプル数が少なすぎるデータは排除するという意味で、広告の表示された日数
が 5 日未満だったサイトのデータは除外した。
31
4.2.2
品質
今回の実証分析では説明変数にインターネット市場における企業の品質が登場する
が、品質というものは私たちが独自に判断し数字化できるものではない。この点につ
いて、先行研究である Animesh et al. (2009) では品質を表す指標として Alexa.com
の Global Rank を用いている。Alexa.com はサイトの URL を入力することでそのサ
イトの訪問者数、リンク数、1 回の訪問あたりの閲覧ページ数といった情報を閲覧す
ることができるサイトである。その中の Global Rank とはアクセス数に基づいた各サ
イトの世界ランキングであり、先行研究ではこれがインターネット市場における企業
の品質として代用されている。また Palmer (2002) でも Alexa のデータがサイトの質
を表す指標として用いられているほか、Palmer et al. (2000) では Alexa のデータが
企業のブランドの質を表す指標として用いられている。さらに Global Rank の他にそ
の国の中でのランキングも見ることができ、日本に絞ったランキングも把握できる。
そこで、本論文では先行研究に倣いつつも、より正確な分析を実現するために
SimilarWeb というサイトが公表している Japan Rank を使用した。SimilarWeb は
2009 年に設立されたイスラエルの企業である Similar が運営するサイトであり、
Alexa 同様にサイトのランク付けサービスを提供している。本論文では 2 つの理由か
ら Alexa ではなく Similar のデータを用いることにした。
1 点目は Similar の方がより下位のランクまで表示され、欠損値も少なかったから
である。例えば「予備校」という検索キーワードで検索して集めた 14 のサイトのう
ち、Alexa では 3 つのサイトの Japan Rank が表示されず欠損値となってしまったが、
Similar ではその 3 つのサイトについて非常に低い順位ながら具体的な数値のランキ
ングを入手することができた。また、今回調べた限りにおいては、Alexa Japan Rank
の下限は 51813 位であるのに対し、 Similar Japan Rank の下限は 935905 位であり、
約 18 倍のデータ量がある。
2 点目は Similar のランクの方が Alexa のランクよりも信頼がおけるデータだと考
えたからである。Alexa のデータソースは Alexa ツールバーがインストールされてい
るブラウザのアクセス状況が中心であるが、このツールバーをインストールしている
のは主にマーケターや SEO に関心のある人々であり、一般人に馴染みのあるもので
はない。日本での導入率に限ればさらに低いと考えられる。一方で Similar は非常に
多くの消費者向けプログラムを所有しており、Similar に情報提供することを意図し
ていない大量の消費者からのデータを収集している。このような背景から Similar の
32
ランキングの方がより世間一般の閲覧行動を反映したデータであり、それと同時に日
本のサイトを分析するうえで Alexa よりも有用であると考えた。
4.2.3
記述統計量
表 4-3 Yahoo!の記述統計量
平均値
標準偏差
最大値
最小値
サンプル数
Quality
9.5956
3.0815
13.7493
0
376
Search
0.3474
0.4768
1
0
377
Experience
0.3846
0.4872
1
0
377
Credence
0.2679
0.4434
1
0
377
AVGRank
6.3492
3.0253
13.3571
1
377
表 4-4 Google の記述統計量
平均値
標準偏差
最大値
最小値
サンプル数
Quality
9.2263
3.1186
13.7493
0
369
Search
0.2784
0.4488
1
0
370
Experience
0.4108
0.4926
1
0
370
Credence
0.3108
0.4635
1
0
370
AVGRank
5.453
2.5969
10.8
1
370
ORDRank
6.2676
3.6827
16
1
370
rnkdev
1.2820
0.7147
3.5148
0
370
変数 Quality は Similar Japan Rank を対数化したものである。ORDRank とは検
索ワードごとの平均ランク(AVGRank)順位を並べたものになる。Search,Experience,
Credence はそれぞれ探索財、経験財、信用財を表すダミーである。
RNKDEV はある日の順位と翌日の順位の変動をある日の順位で除したものの標準
偏差をとったものである。
(𝑛 + 1)日目の順位 − 𝑛日目の順位
RNKDEV = STDEV (
)
𝑛日目の順位
33
4.3
Yahoo の実証分析
文責:津田和磨
この節では、Yahoo のスポンサードサーチ広告におけるアドバースセレクションの
有無を実証分析していく。
4.3.1
回帰モデル
アドバースセレクションが発生しているかどうかを調べるためには、広告ランクと
品質の関係性を見ていく必要がある。先行研究 Animesh et al. (2009) によると、広
告ランクと品質の関係性を示す回帰式は、
𝐀𝐕𝐆𝐑𝐚𝐧𝐤 = 𝜷𝟎 + 𝜷𝟏 𝐐𝐮𝐚𝐥𝐢𝐭𝐲 + 𝜷𝟐 𝐄𝐱𝐩𝐞𝐫𝐢𝐞𝐧𝐜𝐞 + 𝜷𝟑 𝐂𝐫𝐞𝐝𝐞𝐧𝐜𝐞 + 𝜷𝟒 𝐄𝐱𝐩𝐞𝐫𝐢𝐞𝐧𝐜𝐞 ∗ 𝐐𝐮𝐚𝐥𝐢𝐭𝐲
+ 𝜷𝟓 𝐂𝐫𝐞𝐝𝐞𝐧𝐜𝐞 ∗ 𝐐𝐮𝐚𝐥𝐢𝐭𝐲 + 𝜺𝒊
と表すことができる。前節で説明したとおり、被説明変数は平均広告ランクであり、
説明変数は、品質と、製品の 3 分類ダミー、及び品質と 3 分類ダミーの交差項である。
品質は、先行研究の回帰分析では Alexa.com の Global Rank、私達の回帰分析では
Similar.web の Japan Rank で代用している、また、交差項は、経験財(信用財)の品
質が、広告ランクに与える影響を測る変数である。
ここで注意したいのが、平均ランクと、品質を表す Rank のどちらもランクデータ
なので、数字が小さいほどより良いものとなっている。以降の実証結果で、ランクが
「高くなる(低くなる)」という表現を用いるが、これは変数の数字が小さくなる(大き
くなる)ことを意味しており、品質の場合は良くなる(悪くなる)ことを表している。
そして、製品の 3 分類及び品質の不確実性を考慮すると、それぞれの係数の符号は、
表 4-5 のように予想される。
表 4-5 係数の予想される符号
Variable
Quality
Experience
Credence
Experience*Quality
Credence*Quality
予想
+
0
0
-
-
34
まず、Quality については、広告ランクに及ぼす影響は正であると考えられる。こ
れは、基本的には広告量は品質に比例し、品質の良い企業がより多く広告を出す(この
場合は高い広告ランクを獲得する)と考えられるためである。
次に、Experience,Credence のダミーについては、広告ランクに及ぼす影響はない
と考えられる。検索結果画面に表示される広告数は、探索財、経験財、信用財のどれ
においてもほぼ同じであり、広告ランクの平均もさほど変わらない。また、広告ラン
クは各分類内においてのランクであるので、分類それ自体が広告ランクに影響を持つ
ことはないと考えられる。
そして、Experience*Quality,Credence*Quality の交差項については、広告ランク
に及ぼす影響は負であると考えられる。さらに、係数の大きさ(絶対値)は、
Credence*Quality の方がより大きいと予想される。この理由は、経験財、信用財に
おいてはアドバースセレクションが発生していると考えられるためである。第 2 章や
前節で説明したように、品質が不確実なときには、品質の悪い企業がより高い広告ラ
ンクを獲得するインセンティブがある。また、その傾向は品質の不確実性が大きくな
るほどより顕著になる。よって、経験財の品質、信用財の品質は、広告ランクに負の
影響を及ぼすと予想される。
次節以降では、これらの予想と実際の結果の整合性について検証していく。
4.3.2
先行研究の回帰結果
先行研究では、不均一分散を解消するために、ロバスト回帰を行っている。結果は、
表 4-6 に示されている。
表 4-6 先行研究の回帰結果(ロバスト回帰)
Variable
Quality
Experience
Credence
Experience*Quality
Credence*Quality
-0.25
-0.16
-0.51
-1.29
Coefficient
0.47
(t-Value)
**
*
***
Number of observation=350
R-squared=0.075
(注)有意水準は、* p<0.1, ** p<0.05, *** p<0.01 で示している。
なお、太字は有意を表す。
出所:Animesh et al. (2009)
まず、品質の係数についてみていくと、5%有意で 0.47、広告ランクに正の効果を
もたらす。つまり、企業の品質が良ければ良いほど、広告ランクが高くなるというこ
35
とである。具体的には、Japan Rank が 1%高くなると、広告ランクが 0.47 高くなる。
これは予想と整合的な結果である。
次に、3 分類のダミーについてみてみると、経験財ダミーも信用財ダミーも有意で
はなく、どちらも広告ランクに影響がないことが分かる。これは、分類自体は何の効
果も持たないという予想と整合的である。
最後に、交差項について見ていく。経験財の交差項は、10%有意で-0.51、信用財の
交差項は、1%有意で-1.29 と、どちらも広告ランクに負の効果をもたらす。つまり、
経験財・信用財の品質が悪ければ悪いほど、広告ランクが高くなる。具体的には、Japan
Rank が 1%低くなると、広告ランクが経験財の場合は 0.51、信用財の場合は 1.29 高
くなる。これは、予想と整合的である。また、係数の絶対値の大きさも信用財>経験
財となっており、これも整合的な結果となっている。
続いて、3 分類別のアドバースセレクションの発生の有無を確認する。そのために、
回帰式を品質で微分して、品質が広告ランクに与える影響を計算すると、
𝝏𝐀𝐕𝐆𝐑𝐚𝐧𝐤
= +𝛃𝟏 + 𝛃𝟒 𝐄𝐱𝐩𝐞𝐫𝐢𝐞𝐧𝐜𝐞 + 𝛃𝟓 𝐂𝐫𝐞𝐝𝐞𝐧𝐜𝐞
𝝏𝑸𝒖𝒂𝒍𝒊𝒕𝒚
となる。この時、3 分類別の品質の効果は、
探索財→𝛽1 = 0.47
経験財→𝛽1 + 𝛽4 = 0.47 − 0.51 = −0.04
信用財→𝛽1 + 𝛽5 = 0.47 − 1.29 = −0.82
となる。これより、アドバースセレクションが発生しているのは経験財の市場と信用
財の市場であり、信用財の市場の方がより深刻なアドバースセレクションが発生して
いることが分かる。これは、品質の不確実性と広告量の関係性の理論と整合的であり、
品質がより不確実な市場において、品質の悪い企業が高い広告ランクを占めているこ
とになる。
36
4.3.3
本論文の回帰結果
続いて、私達が行った実証分析の結果を示していく。私達はまず、標準的な OLS
回帰を行った。結果は、表 4-7 に示されている。
表 4-7 回帰結果(OLS 回帰)
Variable
Quality
Experienc
Credence
Experience*Quality
Credence*Quality
Coefficient
0.2615
2.9818
e
-3.7055
-0.2749
0.3313
(t-Value)
(3.18)**
(2.75)***
(-1.98)**
(-2.38)**
(0.27)*
R-squared=0.08
Adj R-squared=0.070
Number of observation=376
*
Breusch-Pagan test
chi2(5)=14.21
Prob>chi2=0.0143
2
34.27 (Credence*Quality)
VIF
(test for multicollinearity)
30.44
(Credence)
14.85
(Experience*Quality)
12.33
(Experience)
mean=18.95
(注)有意水準は、* p<0.1, ** p<0.05, *** p<0.01 で示している。
なお、太字は有意を表す。
まず、品質の係数についてみていくと、1%有意で 0.2615、広告ランクに正の効果
をもたらす。つまり、企業の品質が良ければ良いほど、広告ランクが高くなるという
ことである。具体的には、Japan Rank が 1%高くなると、つまり品質が良くなると、
広告ランクが 0.26 高くなる。これは予想と整合的な結果である。
次に、3 分類のダミーについて見ていく。経験財ダミーは、1%有意で 2.9818、正の
効果をもたらす。つまり、経験財であること自体が、広告ランクを約 3 低くさせるこ
とになる。一方の信用財ダミーでは 5%有意で-3.7055、負の効果をもたらす。つまり、
信用財であること自体が、広告ランクを約4高くすることになる。しかし、係数の符
号の予想で述べたとおり、分類自体が広告ランクに影響を及ぼすとは考えにくい。デ
ータセットを確認しても分類ごとの偏りは特に発見できなかったので、この結果には
疑問の余地がある。
最後に、交差項について見ていく。経験財の交差項は、5%有意で-0.2749、広告ラ
ンクに負の効果をもたらす。つまり、経験財の品質が悪ければ悪いほど、広告ランク
が高くなるというアドバースセレクションが発生していることになる。具体的には、
JapanRank が 1%低くなると、広告ランクが 0.27 高くなる。一方、信用財の交差項
37
は 10 %有意で 0.3313、広告ランクに正の効果をもたらす。具体的には JapanRank
が 1%高くなると、広告ランクが 0.33 高くなる。これは、予想に反する結果となった。
しかし、この単純な OLS 回帰には重要な問題が 2 つある。一つ目は、不均一分散
が発生していることである。不均一分散の有無は Breusch-Pagan test によって検定
できる。通常、このテストで Prob>chi2=n の n が 0.05 以下であると、不均一分散が
発生していると考えられる。今回の結果を見ると、Prob>chi2=0.0143 であり、定義
を満たしている。
また、二つ目は、多重共線性が発生していることである。多重共線性の有無は、VIF
によって検定できる。通常、VIF の数値が 5 以上で多重共線性の疑いがあり、10 以上
であると多重共線性が発生していると考えられる。今回の VIF の数値を見ると、5 つ
の変数のうち 4 つの係数が 10 を超えており、もっとも高いもので 34.27 となってい
る。原因は、ダミーと交差項が非常に高い相関関係にあることであると思われる。表
4-8 を見ると、経験財のダミーと経験財の交差項、また、信用財のダミーと信用財の
交差項の相関係数がどちらも 0.9 を超えている。これは、ダミーが常に 1 で正の値で
あるのに対し、交差項も Japan Rank の自然対数を取っている都合上、ほぼ常に同じ
正の値をにとり続けてしまうことに起因すると考えられる。
表 4-8 変数間の相関係数
Experience
Credence
Experience*Quality
Experience
1.0000
Credence
-0.5247
1.0000
Experience*Quality
0.9328
-0.4894
1.0000
Credence*Quality
-0.5077
0.9677
-0.4736
Credence*Quality
1.0000
これらの問題があると回帰結果の信ぴょう性が損なわれてしまう。そこで、それぞ
れの問題に対して解決方法を考えた。
まず、1 つ目の問題に対しては、ホワイトの修正標準誤差を用いたロバスト回帰を
用いる。この方法を用いると、不均一分散自体を打ち消すことはできないが、不均一
分散によって生じる標準誤差の過小評価の問題を解消できる。
2 つ目の問題に対しては、交差項の平均化(mean center)を行う。平均化とは、デー
タセットの平均を取って、各データから引くことである。
38
𝑁
1
̅̅̅̅̅̅̅̅̅̅ = ∑ 𝑄𝑢𝑎𝑙𝑖𝑡𝑦𝑖
𝑄𝑢𝑎𝑙𝑖𝑡𝑦
𝑛
𝑖=1
̅̅̅̅̅̅̅̅̅̅ (𝑖 = 1 ⋯ 𝑁)
qualityi(mc) = 𝑄𝑢𝑎𝑙𝑖𝑡𝑦𝑖 − 𝑄𝑢𝑎𝑙𝑖𝑡𝑦
データセットの中心にプロットの原点を移動するだけなので、値の大小関係や、数
字の持つ意味は変化しない。この場合は、交差項の品質の部分を平均化して、ダミー
と同じ動きをさせないようにコントロールをした。
以上の 2 つの処理を行って、再度回帰を行った結果が表 4-9 である。
表 4-9 回帰結果(ロバスト回帰)
Variable
Quality
Experience
Credence
Experience*Quality
Credence*Quality
Coefficient
0.2615
0.3484
0.094
0.2749
-0.3313
(t-Value)
(3.71)***
(1.03)
(0.23)
(2.46)**
(-1.88)*
Number of observation=376
R-squared=0.082
VIF
1.31
(Credence*Quality)
(test for multicollinearity)
1.94
(Credence)
2.03
(Experience*Quality)
1.44
(Experience)
mean=1.91
(注)有意水準は、* p<0.1, ** p<0.05, *** p<0.01 で示している。
なお、太字は有意を表す。
先ほどの OLS 回帰の時よりも結果がかなり改善されている。また、平均化を行っ
たことにより、VIF の値が低下し、多重共線性の問題もきちんと改善されている。
そして、品質の係数についてみていくと、1%有意で 0.2615、広告ランクに正の効
果をもたらす。つまり、企業の品質が良ければ良いほど、広告ランクが高くなるとい
うことである。具体的には、Japan Rank が 1%高くなると、広告ランクが 0.26 高く
なる。これは予想と整合的な結果である。
次に、3 分類のダミーについて見ていく。今回は、経験財ダミーも信用財ダミーも
有意ではなく、どちらも広告ランクに影響がないことが分かる。これは、分類自体は
何の効果も持たないという予想と整合的である。
最後に、交差項について見ていく。経験財の交差項は、5%有意で 0.2749、広告ラ
ンクに正の効果をもたらす。つまり、経験財の品質が良ければ良いほど、広告ランク
が高くなるということである。具体的には、Japan Rank が 1%高くなると、広告ラン
39
クが 0.27 高くなる。一方、信用財の交差項は、10%有意で-0.3313、広告ランクに負
の効果をもたらす。つまり、信用財の品質が悪ければ悪いほど、広告ランクが高くな
る。具体的には、Japan Rank が 1%低くなると広告ランクが 0.33 高くなってしまう。
続いて、3 分類別のアドバースセレクションの発生の有無を確認するために、先行
研究の時と同様、回帰式を品質で微分して、品質が広告ランクに与える影響を計算す
ると、
探索財→𝛽1 = 0.2615
経験財→𝛽1 + 𝛽4 = 0.2615+0.2749=0.5364
信用財→𝛽1 + 𝛽5 = 0.2615 − 0.3313= − 0.0698
である。これによると、アドバースセレクションが発生しているのは、品質が一番不
確実な信用財の市場においてのみであることが分かる。つまり、信用財の市場におい
てのみ、品質の悪い企業が不確実性を利用して高い広告ランクを占めている。探索財
と経験財の市場においては、品質と広告ランクは比例関係にあり、正常に機能してい
る。
4.3.4
考察
以上の結果は、表 4-10、表 4-11 のようにまとめることができる。
表 4-10 結果のまとめ
Variable
Quality
Experience
予想
先行研究
本研究
+
0.47
0.2615
0
0
0
Credence
Experience*Quality
Credence*Quality
-
-
0
-0.51
-1.29
0
-0.3313
0
0.2749
(注)太字は有意、0 は有意でなかったことを示す
表 4-11 アドバースセレクションの発生の確認のまとめ
探索財
経験財
信用財
予想
+
-
-
先行研究
0.47
-0.04
-0.82
本研究
0.2615
0.5364
-0.0698
40
先行研究も私達の結果も基本的に予想と整合的な結果となっており、品質の不確実
性が増すほど、品質の悪い企業が高い広告ランクを占めるアドバースセレクションが
発生しやすくなっている。どちらの結果においても、購入する前に品質が確実にわか
る探索財の市場においては品質と広告ランクが正常な比例関係にあり、品質が一番不
確実な信用財の市場においては品質と広告ランクが負の関係にある。
ただ、もう少し詳しく先行研究の結果と私達の結果を比較すると、私達の結果にお
ける係数の方が全体的に大きく、品質と広告ランクがより正常な比例関係に近づ いて
いることが分かる。特に、経験財の市場においては、先行研究の回帰分析ではアドバ
ースセレクションが発生しているが、私達の回帰分析では発生しておらず、品質と広
告ランクが正常な比例関係にある。信用財の市場においても、先行研究ではより深刻
なアドバースセレクションが発生しているが、私達の研究ではそれほどではない。
このような結果になった背景には、現状分析で若干触れた品質インデックスの導入
があると考えられる。先行研究の回帰が行われたのは 2006 年であり、当時の Yahoo
の広告ランクは純粋に入札単価のみによって決められていた。よって、アドバースセ
レクションがより発生しやすい状況であったと考えられる。しかし、2007 年に Yahoo
は品質インデックスという制度を導入し、広告ランクは入札価格に加え、品質もある
程度考慮して決定されるように変更された。この制度変更によって、アドバースセレ
クションが発生しにくくなったため、私達の回帰では係数が改善されたのではないか
と考えられる。ただ、改善されているとは言っても、信用財の市場においては依然と
してアドバースセレクションが発生しており、消費者は不利益を被っている。
41
4.4
Google の実証分析
文責:山本健太
この節では、Google のスポンサードサーチ広告におけるアドバースセレクションの
有無を実証分析していく。
4.4.1
回帰モデル
「Yahoo の実証分析」の時と同様、先行研究 Animesh et al. (2009) の回帰式
𝐀𝐕𝐆𝐑𝐚𝐧𝐤 = 𝜷𝟎 + 𝜷𝟏 𝐐𝐮𝐚𝐥𝐢𝐭𝐲 + 𝜷𝟐 𝐄𝐱𝐩𝐞𝐫𝐢𝐞𝐧𝐜𝐞 + 𝜷𝟑 𝐂𝐫𝐞𝐝𝐞𝐧𝐜𝐞 + 𝜷𝟒 𝐄𝐱𝐩𝐞𝐫𝐢𝐞𝐧𝐜𝐞 ∗ 𝐐𝐮𝐚𝐥𝐢𝐭𝐲
+ 𝜷𝟓 𝐂𝐫𝐞𝐝𝐞𝐧𝐜𝐞 ∗ 𝐐𝐮𝐚𝐥𝐢𝐭𝐲 + 𝜺𝒊
をもとにして以降の実証分析を行っていく。係数の予想される符号も前述のとおりで、
Quality の係数は正、3 分類のダミーの係数は 0、交差項の係数は負であると予想され
る。
4.4.2
先行研究の回帰結果
先行研究では、不均一分散を解消するために、ロバスト回帰を行っている。結果は、
表 4-12 に示されている。
表 4-12 先行研究の推定結果
Variable
Quality
Experience
Credence
Experience*Quality
Credence*Quality
Coefficien t
0.4
-0.05
-0.18
0.12
0.05
(t-Value)
***
Number of observation=272
R-squared=0.034
(注)有意水準は、* p<0.1, ** p<0.05, *** p<0.01 で示している。
なお、太字は有意を表す。
出所:Animesh et al. (2009)
推定結果を見ると、Quality の係数が正で 1%有意であることから、品質が良くなる
と広告ランクもよくなることが分かる。さらに、経験財・信用財の交差項の係数はど
ちらも有意ではない。したがって、経験財・信用財の品質は広告ランクに関係なく、
アドバースセレクションは発生していないことがわかる。まとめると、どの製品でも
品質が広告ランクに与える効果は等しく、広告ランクは品質のシグナルとして正しく
42
機能していることが分かる。これは予想と整合的ではないので、考察を 4.4.5 で述べ
る。
4.4.3
本論文の回帰結果
続 い て 、 私 達 が 行 っ た 実 証 分 析 に つ い て 説 明 す る 。 単 純 な OLS 回 帰 を す る と 、
「Yahoo の実証分析」と同様、多重共線性(VIF:max=28.68,mean=20.67)が発生して
いた。なお、不均一分散は Breusch-Pagan test:Prob>chi2=0.0816 より発生してい
ないことが分かる。よって、Google のスポンサードサーチ広告においては、交差項の
平均化を行った OLS 回帰を行った。結果は表 4-13 に示されている。
表 4-13 回帰結果(OLS 回帰)
Variable
Quality
Experience
Credence
Experience*Quality
Credence*Quality
Coefficient
0.3283
0.7408
0.6351
-0.2019
-0.3536
(t-Value)
(2.83)***
(1.40)
(1.12)
(-1.28)
(-2.05)**
Number of observation=369
R-squared=0.0558
Adj R-squared=0.047
Breusch-Pagan test
Prob>chi2=0.0816
VIF
max=1.98
(test for multicollinearity)
mean=1.64
(注)有意水準は、* p<0.1, ** p<0.05, *** p<0.01 で示している。
なお、太字は有意を表す。
推定結果より、品質は 1%有意で正であることから、品質が良くなると広告ランク
もよくなることが分かる。また、経験財の交差項、つまり経験財の品質は有意ではな
かったが、信用財の交差項は 5%有意で負であるため、信用財の品質が悪くなると広
告ランクが良くなることが分かる。
また、
「Yahoo の実証研究」の時と同じく、回帰式を品質で微分して品質が広告ラン
クに与える限界効果を求め、その結果を表 4-14 にまとめた。
43
表 4-14 限界効果とアドバースセレクションの有無
限界効果の理論値
限界効果の実数値
アドバースセレクショ
ンの有無
探索財
𝛽1
0.3283
×
経験財
𝛽1 + 𝛽4
0.3283
×
信用財
𝛽1 + 𝛽5
-0.0253
○
(注)𝛽4 は有意でないので、計算していない
以上により、限界効果の値が負である信用財においては、アドバースセレクション
が発生していることがわかる。この結果は、前節の Yahoo の実証結果と整合的になっ
ている。限界効果の値に着目してみると、信用財での限界効果の絶対値は、経験財や
探索財での絶対値より大きくなっている。したがって、信用財市場でのアドバースセ
レクションは深刻といえよう。
しかし、先行研究では、前述の通りアドバースセレクションが発生していなかった。
2006 年時には発生していなかったのに、2013 年時において逆選択が発生してしまっ
た要因を考えるために、次節で製品3分類ごとの競争度の比較をしていく。
44
4.4.4
競争度の回帰分析
文責:増田優
先節において Google の検索エンジン広告で信用財におけるアドバースセレクショ
ンの存在が明らかになった。その原因として財の性質毎に広告入札における競争度の
違いが考えられることを挙げた。広告の競争度の実証にあたり本節では Animesh et al.
(2005) を参考とした。
回帰モデルは、Animesh et al. (2005) のモデルを参考にする。広告掲載順位の変動
が財の性質によって異なることを示す。先節では信用財においてアドバースセレクシ
ョンの存在が示された。信用財を扱う企業は消費後も財の品質がわからないという性
質を活かして悪質な企業がよりコストのかかる良質な企業を広告面で駆逐していると
本パートは推定した。
被説明変数の順位変動標準偏差 RNKDEV は 4.2.3 記述統計量で示した通り、𝑛日目
の順位と𝑛 + 1日目の順位の差を𝑛日の順位で除した 13 個のデータの標準偏差をとっ
たものである。説明変数としては、順序ランク(ORDRank)、品質、および 3 財の分類
を示すダミー変数と、その交差項を用いた。Breusch-Pagan test でダミー変数とその
交差項に多重共線性は認められたため平均化することで多重共線性を除いた。また不
均一分散が認められたので log 型での推定を行った。
問題点として、先行研究では入札金額のデータが得られていたが今回はないことが
あげられる。先行研究の時分では検索画面にはかつて入札価格が表示されていたから
である。しかし今日、入札金額および支払限度額などのデータは公開されず企業内部
のデータとなっている。そのため入札に関する影響を排除できなかった。
回帰モデルは以下のとおりである。
1.単一ダミーモデル
rnkdev = 𝛽0 + 𝛽1 𝑂𝑅𝐷𝑅𝑎𝑛𝑘 + 𝛽2 𝑠𝑒𝑎𝑟𝑐ℎ + 𝛽3 Quality + 𝛽4 𝑠𝑒𝑎𝑟𝑐ℎ ∗ 𝑄𝑢𝑎𝑙𝑖𝑡𝑦 + 𝜀𝑖
rnkdev = 𝛽0 + 𝛽1 𝑂𝑅𝐷𝑅𝑎𝑛𝑘 + 𝛽2 𝑒𝑥𝑝𝑒𝑟𝑖𝑒𝑛𝑐𝑒 + 𝛽3 Quality + 𝛽4 experience ∗ Quality + 𝜀𝑖
rnkdev = 𝛽0 + 𝛽1 𝑂𝑅𝐷𝑅𝑎𝑛𝑘 + 𝛽2 𝑐𝑟𝑒𝑑𝑒𝑛𝑐𝑒 + 𝛽3 Quality + 𝛽4 𝑐𝑟𝑒𝑑𝑒𝑛𝑐𝑒 ∗ 𝑄𝑢𝑎𝑙𝑖𝑡𝑦 + 𝜀𝑖
45
2
2 種比較モデル
rnkdev = 𝛽0 + 𝛽1 𝑂𝑅𝐷𝑅𝑎𝑛𝑘 + 𝛽2 𝑠𝑒𝑎𝑟𝑐ℎ + 𝛽3 𝑒𝑥𝑝𝑒𝑟𝑖𝑒𝑛𝑐𝑒 + 𝛽4 Quality + 𝛽5 𝑠𝑒𝑎𝑟𝑐ℎ ∗ 𝑄𝑢𝑎𝑙𝑖𝑡𝑦
+ 𝛽6 experience ∗ Quality + 𝜀𝑖
rnkdev = 𝛽0 + 𝛽1 𝑂𝑅𝐷𝑅𝑎𝑛𝑘 + 𝛽2 𝑒𝑥𝑝𝑒𝑟𝑖𝑒𝑛𝑐𝑒 + 𝛽3 𝑐𝑟𝑒𝑑𝑒𝑛𝑐𝑒 + 𝛽4 Quality + 𝛽5 experience
∗ Quality + 𝛽6 𝑐𝑟𝑒𝑑𝑒𝑛𝑐𝑒 ∗ 𝑄𝑢𝑎𝑙𝑖𝑡𝑦 + 𝜀𝑖
rnkdev = 𝛽0 + 𝛽1 𝑂𝑅𝐷𝑅𝑎𝑛𝑘 + 𝛽2 𝑐𝑟𝑒𝑑𝑒𝑛𝑐𝑒 + 𝛽3 𝑠𝑒𝑎𝑟𝑐ℎ + 𝛽4 Quality + 𝛽5 𝑐𝑟𝑒𝑑𝑒𝑛𝑐𝑒 ∗ 𝑄𝑢𝑎𝑙𝑖𝑡𝑦
+ 𝛽6 𝑠𝑒𝑎𝑟𝑐ℎ ∗ 𝑄𝑢𝑎𝑙𝑖𝑡𝑦 + 𝜀𝑖
以上の回帰モデルをもとに、回帰を行った結果が表 4-15,表 4-16 に示されている。
表 4-15 単一ダミーモデルの回帰結果
ORDRank
Search
探索財
経験財
信用財
.06224***
.06378***
.06303***
(6.35)
(6.60)
(6.55)
-.02377
(-0.26)
Experience
-.18047**
(-2.50)
Credence
.24650**
(3.16)
Quality
Ser×Quality
.02328
.03252**
.00498
(1.52)
(2.33)
(0.37)
.01547
(0.58)
Exp×Quality
.02459
(1.02)
Cred×Quality
-.02788
(-1.02)
決定係数
0.1219
0.1370
0.1449
備考)有意水準は、* p<0.1, ** p<0.05, *** p<0.01 で示している。括弧内𝑡値
46
表 4-16 複数財比較モデルの回帰結果
離散ランク
Search
Experience
探索財・経験財
経験財・信用財
信用財・探索財
.06347***
.06347***
.06347***
(6.53)
(6.53)
(6.53)
-.13200
.04405
(1.39)
(0.43)
-.2429***
-.04254
(-2.89)
(-0.41)
Credence
Quality
Ser×Quality
Exp×Quality
.21693*
.25910***
(1.88)
(3.11)
.03288
.00741
.00798
(1.39)
(0.34)
(0.40)
.02547
.00055
(0.79)
(0.02)
-.02490
-.00056
(0.80)
(-0.02)
Cred×Quality
決定係数
0.1454
.21693
-.02490
(1.88)
(0.80)
0.1454
0.1454
(注)有意水準は、* p<0.1, ** p<0.05, *** p<0.01 で示している。括弧内𝑡値
ランクの変動を品質やダミーで説明した結果、変動の強度は信用財、探索財、経験
財の順になった。単一ダミーでの推定、複数ダミーでの推定双方で同じ順位になるた
め信用性は高いと考える。信用財ダミーが正の係数、経験財ダミーが負の係数、 探索
財が有意な結果が得られなかったのは先述の順で競争性が変化するためと考えた。ま
た交差項がすべて有意な結果が得られなかったのは財の分類によって品質はそれほど
競争性に影響を与えないことも示せた。
47
4.4.5
考察
以上の Google の結果は、表 4-17 と表 4-18 にまとめることができる。
表 4-17 結果のまとめ
Variable
Quality
Experience
Credence
Experience*Quality
Credence*Quality
+
0
0
-
-
0.40
0
0
0
0
0.328
0
0
0
-0.354
予想
先行研究
本研究
(注)太字は有意、0 は有意でなかったことを示す
表 4-18 アドバースセレクションの発生の確認のまとめ
探索財
経験財
信用財
予想
+
-
-
先行研究
0.40
0.40
0.40
本研究
0.328
0.328
-0.025
先行研究ではアドバースセレクションは発生していない。これは予想と整合的な結
果でないし、Yahoo の結果とも異なる。要因は、先行研究が実施された 2006 年時点
で、Google は既に品質スコアという広告の効率性・関連性を測る指標を、オークショ
ンに導入していたからであると考えられる。これによって、アドバースセレクション
が発生せずに、広告ランクが品質のシグナルとして正しく機能しているのである。
一方、本研究では信用財においてアドバースセレクションが発生していることが確
認できた。もちろん、Google の品質スコアは日本においても既に導入されており、先
行研究が行われた状況とさほど変わらない状況で本研究を行っている。にもかかわら
ず、アドバースセレクションが発生しているのには、何か特別な背景があるのではな
いか、と考え、逆選択の実証に加え競争度の実証をしたところ、競争度は信用財、探
索財、経験財の順で大きくなっていることが判明した。信用財のスポンサードサーチ
広告においては、激しくランクが変動し、日々競争が行われているということである。
実際、データの計測の際に、信用財においては少ない回数でしか広告掲載されない上
にその変動が激しい企業が数多くあった。
48
この競争度の結果と先ほどの逆選択の結果を組み合わせると、信用財市場において
は、数多くの品質の悪い企業が高い広告ランクを巡って激しい競争を繰り広げている
ことが分かる。これが現在においてアドバースセレクションが起きてしまった背景で
あると思われる。ただ、裏を返せば、品質の悪い企業が長期的に、安定して広告ラン
クの上位を獲得しているという最悪な状況ではないことも言える。よって、Google の
市場に関しては、確かにアドバースセレクションの存在は認められるが品質が悪い企
業が安定した高い順位を得ているとは言えないので、厚生に多大な悪影響を及ぼすほ
どの強いアドバースセレクションではないと結論づけたい。
最後に、Yahoo と Google の簡単に比較をすると、どちらも探索財、経験財につい
ては広告ランクが品質のシグナルとしてきちんと役割を果たしているが、信用財にお
いてはアドバースセレクションが発生し、悪い品質の企業が高い広告ランクを占める
結果となった。係数の大きさに関しても、さして有意な違いは見られない。この結果
は、Yahoo は逆選択、Google は正常、という結果であった先行研究とは大きく異なっ
ている。原因は、現在において Yahoo は品質インデックス、Google は品質スコアと
いう指標をそれぞれ採用しており、2 社のオークション形式、広告ランク決定方法が
同質的になっているからであると考えられる。スポンサードサーチ広告市場にイノベ
ーションが起きない限り、今後もこの傾向は続くであろう。
49
第5章
結論と考察
文責:増田優
第 5 章は各章の結果から当初の問題意識と比較し、設定した仮説と結果の整合性に
ついて論じる。
本パートの問題意識は、スポンサードサーチ広告市場においてアドバースセレクシ
ョンが存在しており、消費者の厚生を低下させているのではないかというものであっ
た。広告というのは本来、品質のシグナルであり逆選択を防ぐものである。それでは
なぜ、スポンサードサーチ広告市場においては逆選択が発生しているのか、そもそも
本当に発生しているのだろうか。これらを検証するのが本論文の目的である。
第 1 章の現状分析では、インターネット広告市場全般においてどんな企業・個人で
も自由に広告を配信することが可能であることが分かった。つまり、高品質企業のみ
が大規模に広告を出すことができ低品質企業はそれを真似できない、というシグナリ
ング理論の仮定はこの市場には当てはまらないことになる。また、スポンサードサー
チ広告市場に限った話をすると、広告ランクが主に広告掲載料のオークションによっ
て決められているという性質上、広告と品質の相関が小さいことが分かった。現状を
まとめると、スポンサードサーチ広告市場においては、市場の特性上低品質企業が付
け入る隙が大きいのではないかと考えられる。
続く第 2 章では、シグナリングとしての広告が阻害される要因をネット広告に限ら
ず広告一般について議論した。理論では、シグナリングが正しく機能すると消費者が
信用している場合かつ低品質企業と高品質企業のコスト差が大きい場合であれば、低
品質企業はシェア・広告量・利潤ともに高品質企業を上回ることが証明された。つま
り、低品質企業は広告を出してシグナリングを行うインセンティブが非常に大きいこ
とが分かる。そしてこの仮定はスポンサードサーチ広告市場において成り立つことも
分かっている。
また第 3 章では、果たして低品質企業が本当にインセンティブ通りに行動するのか
をオークションの理論を用いて検証した。Yahoo!や Google が導入している GSP 方式
のオークションでは、他の広告主の評価価値は広告主の入札価格に依存しない上に入
札均衡は事後的に自分自身の評価値のみに依存して決まることが示された。したがっ
て、広告の評価価値が高い時、つまり広告に対して強いインセンティブを持つ時には、
企業はそれ通りに高い入札価格を決定する。2 章より低品質企業の広告へのインセン
50
ティブが高いことが分かっているので、スポンサードサーチ広告市場においてアドバ
ースセレクションが存在している可能性はかなり高いと考えられる。
そして第 4 章では、そもそも本当にアドバースセレクションが発生しているのかを
検証するために、計量的手法を用いて品質と広告ランクの関係性を分析した。結果は、
探索財・経験財においては広告ランクが品質のシグナルとして正しく機能しているが、
信用財においては低品質企業が高ランクを占めるアドバースセレクションが発生して
いる、というものであった。また、Yahoo!の場合は品質インデックスの導入によって
アドバースセレクションが 7 年前より弱まっており、Google の場合は競争度が高いこ
とから悪質なアドバースセレクションが発生しているわけではないということも 判明
した。ただし、アドバースセレクション自体が発生しているのは事実であり消費者は
実際に不利益を被っている。
以上の第 1~4 章をまとめると、スポンサードサーチ広告市場では逆選択が発生し
やすい状況にあり、かつ品質が不確実な市場では実際に逆選択が発生し消費者の厚生
が損なわれている、と結論付けることができる。
この結論に対し私達は次のように提言したい。検索エンジン企業は現在の品質イン
デックス/スコアに広告主の品質を表す指標を組み込むべきである。現在の品質イン
デックス/スコアで考慮されているのは広告主にとっての効率性や広告の関連性のみ
であり、広告主自体の品質には触れられていない。確かに、現在の品質インデックス
/スコアでも、逆選択を弱める役割を果たしていた。しかし、それでも信用財市場に
おいては逆選択が発生している以上、広告の効率性や関連性といった指標だけでなく、
広告を提供する企業自体の品質を見極める指数を考え、品質インデックス/スコアに
導入する必要があると思われる。ただ、ここで注意したいのが、企業品質が良いもの
のみが優遇されるシステムにしてしまうと、ネット広告が成長しえた理由の一つであ
ったであろう、どんな広告主でも広告を効果的に打ち出せるというスポンサードサー
チ広告の利点を喪失しうる。ネット広告の利点を失わずに、広告主自体の品質をオー
クションで考慮していくのは困難な作業であろうが、消費者の厚生を守るためにも、
必要不可欠であると我々は考える。
51
参考文献
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Atlas solution ホームページ
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http://www.bbc.co.uk/news/
Yahoo!プロモーション広告ホームページ
ヤフー株式会社ホームページ
http://promotionalads.yahoo.co.jp/
http://www.yahoo.co.jp/
53
おわりに
論文の執筆を終え、我々が論文作成のスタートを切った頃を思い返してみた。今ま
でに書かれてこなかった題材に立ち向かってみようとネット広告を選択したものの、
参考となる先行研究がなかなか見つからず、苦労して関連のありそうな論文を見つけ
時間をかけて理解した後にその論文の結論が我々のテーマには当てはめることができ
なかったり、実際に必要なデータを集めることができなかったりということが繰り返
しあり、誰もが自分たちの力で本当に論文を書き上げることができるのか不安になっ
たと思う。さらに分析に必要となるデータは手作業で一から集めなければならず、大
変な苦労を伴った。
その中でメンバー全員が自らの役割をそれぞれ見つけ、毎週新しい発見をしてお互
いに共有し合う日々は困難で手さぐりではあったものの、少しずつ前に進んでゆく充
実感にあふれた日々であったと感じる。今回第十五期産業組織パートとして作りあげ
た論文は、メンバー全員の苦労の末見つけた発見の集大成であり、その評価は人によ
って異なるであろうが、我々にとっては胸を張って書き上げたと言える論文である。
今回の論文作成を通して、経済学からみたネット広告の問題点や、実際に分析する
にあたって必要な実証分析の手法など経済学部生らしい知識を得たことはもちろんで
あるが、五人で困難に立ち向かい、論文を作成した経験は慶應大学の卒業生としてこ
れから社会で生きていく上で支えになってくれるであろう。
最後に私事であるが、リーダーという肩書で論文作成に携わったものの、自分の力
不足を全員に助けてもらいながらなんとか完成に辿り着いたことを強く感じる。半年
間ではあるが、共に過ごした産業組織パートのメンバー全員に感謝の意を表したい。
石橋孝次研究会第 15 期
産業組織パート長
54
吉田圭佑
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