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成果集 - 瀬戸内海区水産研究所
はじめに 独立行政法人水産総合研究センター瀬戸内海区水産研究所、屋島栽培漁業センター、並 びに瀬戸内海ブロック場長会は、「瀬戸内海水産フォーラム」を隔年で開催し、瀬戸内海の 水産及び環境問題のなかで特に関心の高いテーマについて、関係研究機関等で得られた研 究成果を多面的な視点から発表・解説し、一般市民、漁業者の方々へ情報発信を行ってお ります。また、産、官も交えた視点で問題に取り組むことが重要であることから、水産庁 瀬戸内海漁業調整事務所、瀬戸内海水産開発協議会にご後援を頂いております。 本フォーラムの第1回は「瀬戸内海におけるアマモ場の現状と回復への取り組み」、第 2回は「食卓から海をのぞむ-海の栄養と漁業-」として瀬戸内海が抱える問題に対し議 論を深めて参りました。今回は第3回となり、「瀬戸内海における二枚貝類の増養殖と資 源回復」をテーマとして平成21年10月17日(土)に広島市内で開催いたしました。 二枚貝類は沿岸漁業の中で重要な位置を少し前までは占めていました。しかし、近年全 国的に漁獲量が減少し、大きな問題となっています。瀬戸内海でも漁獲量の減少は顕著で、 特にアサリは 1980 年代初頭ピーク時の 2~3%ほどの漁獲量に激変しております。この原 因究明のために多数の調査研究がなされ、漁場環境の悪化を初めとして様々な要因が複雑 に絡み合っていることが分かってきたところです。資源回復へ向けた取り組みも各地でな されています。 フォーラムでは増養殖による資源回復へ焦点を当て、二枚貝類の資源状態について現状 の理解、人工種苗生産技術の開発、種苗放流技術の開発、食害防止技術の開発等の最新の 研究開発事例、現場各地における取り組み事例等をこの分野において精力的に活躍されて おられる方々に話題提供を頂き、資源回復への取り組みの今後の方向性について議論を行 いました。 本書はフォーラムの講演内容、質疑応答、総合討論を整理したものです。皆様の瀬戸内 海に於けるアサリをはじめとした二枚貝類の資源回復へ向けた取り組みの現状についてご 理解いただければ幸いです。今後とも、沿岸漁業への貢献、環境行政への提言を目指し研 究開発を進めていく所存でございます。皆様のご支援をお願い申し上げます。 平成22年3月 主催者代表 独立行政法人水産総合研究センター 瀬戸内海区水産研究所長 高柳 和史 目 次 Ⅰ.概論 1.瀬戸内海における二枚貝類生産の現状と諸問題 薄 ・・・・・1 浩則((独)水産総合研究センター瀬戸内海区水産研究所) 2.二枚貝類増養殖の現状と展望 鳥羽 ・・・・・5 光晴(千葉県水産総合研究センター東京湾漁業研究所) 〔概論に対する質疑応答〕 ・・・・・9 Ⅱ.各論 1.アサリ人工種苗の生産コスト低減に向けた取り組み 兼松 ・・・・・11 正衛((独)水産総合研究センター瀬戸内海区水産研究所) 2.瀬戸内海東部におけるアサリ増殖の取り組み 安信 ・・・・・15 秀樹(兵庫県立農林水産技術総合センター水産技術センター) 〔各論に対する質疑応答1〕 3.効果的なアサリ移植放流手法 ・・・・・17 高辻 英之(広島県立総合技術研究所水産海洋技術センター) 4.山口県におけるアサリ資源回復計画の現状と取り組みについて 多賀 ・・・・・23 茂(山口県水産研究センター) 〔各論に対する質疑応答2〕 5.豊前海におけるアサリ資源回復のとりくみについて 福田 ・・・・・19 ・・・・・27 ・・・・・29 祐一(大分県農林水産研究センター水産試験場浅海研究所) 6.NPO法人水辺に遊ぶ会の活動と漁業者との連携 ・・・・・33 足利 由紀子(NPO 法人水辺に遊ぶ会) 〔各論に対する質疑応答3〕 Ⅲ.総合討論 進行役:薄 ・・・・・37 ・・・・・39 浩則((独)水産総合研究センター瀬戸内海区水産研究所) Ⅰ.概 論 瀬戸内海における二枚貝類生産の現状と諸問題 (独)水産総合研究センター瀬戸内海区水産研究所 薄 浩則 [生産の現状] 干潟や藻場に恵まれ波穏やかな瀬戸内海では、アサリ、ハマグリやカキなど私たちの食 卓に馴染みの深い二枚貝類が生産されています。近年、瀬戸内海ではアサリの生産量が激 減して問題となっていますが、他の貝類も含めた生産状況はどのようになっているのでし ょうか? 1965 年以降、瀬戸内海区の各県の農林水産統計の中で項目として一度でも名前があがっ たことのある貝類は約 17 種類で、そのうちあわび類、とこぶし、さざえ、にし(アカニ シと思われる)の 4 種類が巻貝類です。残りのはまぐり類、あさり類、ばかがい、とりが い、たいらぎ、いがい、さるぼう(もがい)、あかがい、まてがい、おおのがい、みるくい、 かき類、あこやがいの 13 種類は全て二枚貝類であり、生産対象としての二枚貝類の多様 性が伺われます。殆どの貝類は食用として生産されていますが、あこやがいのみは最終的 に体内から真珠を採ることを主目的として生産されています。 二枚貝類の生産方法を大きく分けると、天然状態で成育したものを採捕する漁業生産(漁 獲)と、何らかの施設において人が集約的に育成したものを収穫する養殖生産の2つがあ ります。瀬戸内海での貝類の漁業生産方法としては、干潮時に干潟を掘って獲るおなじみ の潮干狩り方式の他、水のある場所で鋤簾(じょれん)や潜水器を使って獲る方式、また、 小型の漁船で底曳き網を曳いて獲る方式などがあり、カキやアコヤガイ以外の殆どの二枚 貝類は主にこれらの方式により生産されています。一方、養殖生産方法としては海面に設 置した筏や延縄から稚貝を海中に吊り下げて成育させて収穫する垂下養殖があり、カキや アコヤガイでは殆どがこの方式により生産されています。 その他の 貝類養殖 1,426 1% 漁業生産 4,664 3% 136,377トン 136,377トン かき養殖 130,287 96% ・全国シェア63% ・全国シェア63% ・広島県が106,400トン ・広島県が106,400トン (瀬戸内海区の82%) (瀬戸内海区の82%) 図1 その他の 貝類 962 まてがい 10 とりがい 78 ばかがい 41 たいらぎ 1,504 あわび類 169 4,664トン 4,664トン さざえ 712 はまぐり 類 14 あさり類 1,128 もがい 0 あかがい 37 瀬戸内海区の貝類生産量の現状(2006 年) Ⅰ.概 論 <瀬戸内海の貝類生産量の 80%は広島の養殖カキ> 瀬戸内海の二枚貝類・巻貝類の漁業生産と養殖生産を合計した貝類全体の生産量は 2006 年には 13 万 6 千トンで、これは瀬戸内海の水産物の総生産量の 29%を占めています。ま た、貝類全体の生産量のうちカキ養殖が 96%とその殆どを占め(図1)、このうち 82%が 広島県で生産されています。つまり、瀬戸内海全体の貝類生産のほぼ 80%が広島カキとし て生産されていることになります。瀬戸内海のカキ養殖の生産量は最盛期に比べると若干 減少傾向にあるものの現在でも高い値を維持しており(図2)、広島湾など主要なカキ養殖 海域が持つ生産性の高さを示しています。 <漁業生産量は 1980 年代後半から大きく減少> 一方、漁業生産により漁獲される貝類については、1965 年~1974 年まではアサリとモ ガイがそれぞれ 2 万トン前後の漁獲をあげていましたが、モガイが 1975 年以降、アサリ が 1987 年以降急減しています。また、バカガイ、アカガイ、ミルクイ、ナミガイ、マテ ガイなど多くの二枚貝類を含む統計上の項目である「その他の貝類」についても 1965~ 1973 年の 2~7 万トン以降漸減、1991 年以降は急減して回復傾向が見られません。1965 ~1975 年に平均で 7 万 4 千トンあった瀬戸内海の貝類の漁業生産量は、1995~2005 年に は平均で約 8 千トンまで落ち込んでいます(図2)。金額で見ると 1981 年の 167 億円をピ ークに減少し、2005 年には 32 億円まで落ち込み、生産量と共に減少傾向が続いています。 これらに伴って貝類漁業に従事する人たちも減り、1985 年前後にはその数が 3,000~3,500 あった採貝の漁労体(漁労の単位)は 2003 年以降 1,000 以下となっています。 周防灘を中心として漁獲されたアサリは 1985 年には生産量 4 万 5 千トン(全国シェア 34%、生産額約 70 億円)を誇り瀬戸内海における二枚貝類漁獲の主体でしたが、2006 年 には僅か 1,128 トン(同 3%、4 億 9 千万円)に減少し、今ではアサリに代わって備讃瀬 万トン 戸を中心としたタイラギが二枚貝類漁獲の主体となっています(図1)。 30 25 20 15 10 5 0 12 万トン 10 カキ養殖生産量 1965 1970 貝類漁業 生産量 1975 1980 1985 1990 西 暦 貝類計 さざえ あさり類 たいらぎ 1995 1965 1975 1980 1985 西 暦 1995 8 2000 2005 あわび類 はまぐり類 もがい その他の貝類 6 4 2 0 1970 図2 1990 瀬戸内海区の貝類生産量の推移 2000 2005 Ⅰ.概 論 [諸問題] <なぜ減ったのか?> 瀬戸内海の二枚貝類の漁業生産量はなぜこのように大きく減少してしまったのでしょう か?アサリなど多くの貝類の生息場所である干潟は高度経済成長期に急速に埋め立てが進 みましたが、1973 年の瀬戸内海環境保全特措法施行後そのペースは低下しており、短期 的・直接的な見方の限りでは、干潟面積の減少と近年の貝類生産量の減少とは必ずしもリ ンクしていません。また、赤潮や貧酸素を引き起こす海域の富栄養化についても同法施行 後は改善傾向にあり、近年の貝類漁業生産量の著しい減少との明らかな関連はみられない 様です。 本フォーラムの各論で取り上げるアサリに関していうと、平成 16 年に漁協等を中心に 実施したアンケート調査では、底質の悪化、食害の増加、餌料条件の悪化、乱獲など推察 される生産減少要因は漁場により様々で一定した傾向の抽出は困難であり、海域や地先ご とに複数の異なる要因により起きている可能性が示されました。原因の特定を充分行った とは言えないものの、これらのアンケート結果からは単一の要因の改善により一気にアサ リ生産の回復が望めるものではないと思われました。一方、一昨年の本フォーラムで発表 があったように、海域によっては海域の栄養塩の低下や冬季の水温上昇などがアサリ生産 に与える影響が明らかになりつつあります。 <アサリが減ると何が困るのか?> 二枚貝類の漁獲量の減少はそれらを漁獲対象としている生産者の収入減に直接的につな がることは言うまでもありませんが、一方で国内での供給量低下は外国からの輸入増加に 拍車をかけることになり、消費者の食の安全・安心に対しても影を投げかけています。 また、アサリなど我々人間の食材として馴染みの深い二枚貝類は、カレイやガザミなど多 くの魚介類にとっても重要な餌料となっており、天然海域で二枚貝類が減るということは、 それらを餌として利用している水産的に重要な魚介類の減少にも繋がることが予想されま す。さらに、海水中の植物プランクトンなどを濾過して餌料として利用している二枚貝類 は、その環境浄化能力が近年注目されてきており、二枚貝類の減少が環境の悪化に繋がる ことも懸念されます(図3)。 餌料としての価値 → 有用水産生物の減少 輸入量の増大 → 食の安全・安心に影響 90,000 90,000 80,000 80,000 ト ン ト ン 70,000 70,000 60,000 60,000 50,000 50,000 40,000 40,000 30,000 30,000 20,000 20,000 10,000 10,000 00 1985 1985 国内生産量 国内生産量 1990 1990 1995 2000 1995 2000 暦 年 暦 年 輸入量 輸入量 2005 2005 2010 2010 海域浄化能力 → 水域環境の悪化? きれいにして 吐き出す 海水を吸い 込んで エラでろ過して エラでろ過して 図3 アサリが減って困ること(直接的な漁獲収入減以外で) Ⅰ.概 論 <どうしたら増えるのか?> このような状況の下、どうしたらアサリの生産量を回復できるのでしょうか?アサリは 長い間「自然に湧くもの」と認識され、激減した現在でも「次世代の元となる充分量の親 を残しておく」といった資源管理の考え方が必ずしも根付いているとは言えません。また、 環境悪化などで一斉に死亡した際には干潟に多量の死殻が現れることから、できればその 前に全て漁獲してしまおうといった意識も働きがちです。さらに、漁獲量が低下した近年 では市場サイズ以下でも移殖用種苗としての需要が高く、乱獲に拍車をかけています。一 方、広く回遊する魚類などと違って一度定着したら大きくは動かない地先資源なので、管 理しようとすればしやすいはずです。 瀬戸内海のアサリを増産するには、資源管理意識の高揚をベースとしつつ、漁業者や研 究者による種苗の確保や人工生産技術の開発、害敵生物からの保護対策などの他、地域住 民との連携による海域環境の保全・改善も必要と考えられます(図4)。本シンポジウムで はこれらの問題に実際に取り組んでおられる方々からの報告を通じ、アサリを一例として 今後の瀬戸内海における二枚貝類生産のあり方について議論できればと思っています。 海域環境の保全・改善 海域環境の保全・改善 種苗の確保・生産 種苗の確保・生産 稚貝の保護・育成 稚貝の保護・育成 資源管理意識 図4 瀬戸内海のアサリを増産するには [参考文献] 1) 漁業・養殖業生産統計年報(併載:漁業生産額)大臣官房統計部(農林水産省) 2) 瀬戸内海区及び太平洋南区における漁業動向(中国四国農林統計協会協議会) 3) 各県農林水産統計資料 4) 沿岸漁場整備開発事業 増殖場造成計画指針 ヒラメ・アサリ編(平成9年3 月)平成 8 年度版((社)全国沿岸漁業振興開発協会) 5) 瀬戸内海の環境保全 資料集((社)瀬戸内海環境保全協会) Ⅰ.概 論 二枚貝類増養殖の現状と展望 千葉県水産総合研究センター東京湾漁業研究所 鳥羽光晴 [水産有用二枚貝] 日本で食用として利用され ているいわゆる水産有用二枚貝 ホタテガイ モガイ ハマグリ類 アワビ類 漁業 は,主なものだけでも 20 種類以 アサリ類 サザエ ホッキガイ マガキ 上あります。中でも生産量の多 い貝はホタテガイ,マガキ,ア サリで,これら 3 種で全体の 9 漁業 +養殖 割前後を占め,モガイ(アカガ イの仲間)やハマグリ類(ハマ グリ,チョウセンハマグリなど) がそれらに次いでいます(図 1)。 ところが,最近 10∼20 年の 0 2 4 6 8 10 12 図1 過去30年間の二枚貝類年間最大生産量(十万トン) 間にアサリをはじめとして天然 の貝類の資源量は減少しているものが多く,水産現場で大きな問題になっています。この 減少の理由についてはさまざまな調査研究がなされてきましたが,どうやら漁場環境を中 心としたいくつもの要因が絡み合っているらしく,一つの原因で単純に説明できるようで はなさそうです。今日のテーマである「二枚貝の増養殖と資源回復」は,このような背景 の中で最新の研究や事例から将来を考える機会と言えるでしょう。 [生活史] 二枚貝の生産を回復させるためには,まず彼らの生活史とそれに関係する条件を知るこ とが最初です。多くの二 枚貝は,雌雄異体で産卵 期になるとそれぞれ卵と 精子を海中に放出します。 プランクトン 食害・病害 水質 底質 波・流れ 水温 塩分 溶存酸素 にごり 泥分 有機汚濁 堅さ 洗掘 餌料供給 餌の種類 餌の量 有毒P 食害生物 病気 寄生虫 競合生物 地盤標高 地温 ・生存 ・成長 ・定位 ・生存 ・洗掘死亡 ・餌料供給 ・成長 ・成熟 ・中毒死 ・感染死亡 ・成長悪化 ・成熟悪化 ・成長 ・生存 地形・地盤 受精卵は浮遊幼生となっ て海中を漂い,やがて砂 の上に降りたり,海底の 地物に付着したりして貝 としての生活に入ります。 成貝(親貝) 貝の餌は水中のプランク トンが主体です。 貝の成長や生存に重 要な条件は,水質(水温, 塩分,溶存酸素,他),底 稚貝 着底稚貝 図2 幼生 二枚貝の発育段階(成貝)と環境条件の関係. 卵 Ⅰ.概 論 質(粒度,泥分,硬度,有機汚濁程度,他),地盤高(干出時間),波や流れ,餌,そして 食害生物や病虫害です(図 2)。食害生物や病害虫などを除いて,それぞれの条件について はすでに多くの研究例があり,一般的な好適条件や生存可能範囲などについてはおおむね 明らかになっています。しかし注意しなければならないのは,これらの範囲はさまざまな 条件によって変化することです。たとえば,貝の塩分耐性や貧酸素耐性なども成長ととも に変化します。また,変温動物である二枚貝は季節とともに活力が変化し,それによって 環境耐性も変動します。さらには,生息場所によっても干出時間や餌条件の違いから活力 に差が生じることがあります。 つまり,例えば天然貝を増やそうと考えるときには,まずはどの大きさの貝を増やすの か(どの発育段階に問題があるのか),それはどの季節なのか,増やしたい場所はどこなの か(減ったしまった場所はどこなのか)などを考えておく必要があります。そして,その 大きさ,その季節,その場所で問題になっている環境条件は何なのかを考え,最後にそれ を改善するためにどのような方法を使うのかを決めることになります。 [貝を増やし,育てる] 二枚貝の生産は種によって異なるさまざまな方式で行われています。例えば,生産量の 大きいホタテガイやマガキは,天然採苗(産卵期に海に漂っている天然の幼生を採取する) で付着稚貝を確保し,環境変動や食害に弱い稚貝期は人間が保護しつつ育成(中間育成) します。ある程度成長したら,地まき(ホタテガイ)や垂下(マガキ)などを行い,漁獲 サイズにまで育成します(成貝育成)。これに対し,アサリなど多くの二枚貝では,自然に 産卵,着底,成長した成貝を漁獲します。水産では,ホタテガイやマガキのように育成期 間を通じて誰かの所有物になっているものを育成することを養殖と言い,アサリのように 天然資源を増やすことを増殖と言います。 [増殖](図 3∼8) これまでに何種類もの貝について,その増殖(稚貝の増加,生き残りの向上)のために さまざまな環境改善や保護などが行われてきました。最も事例が多い貝の一つであるアサ リを見ると,実施されていることは実に多様です。事業目的として多いものは,①底質改 善,②流動改善,③食害・競合生物の防除などになります。それぞれはさらに細分化され て,①では泥分の除去,有機汚濁の改善,固い地盤の軟化,地盤の安定化などのために, 耕うん,覆砂,砕石散布,貝殻散布などが,②では海水交換の促進,強い波浪や流れの軽 減,渦流・滞流域の形成などのために,削澪,導流堤,消波堤,竹柵,コンクリート遮蔽 版,土のう,被覆網の設置などが,さらに③ではホトトギス,ツメタガイ類,ナルトビエ イ対策などとして,耕うん,漁場清掃,網囲い,棒立て,被覆網,砕石散布などが行われ ています。 ①と②の事例はいずれも,それまでの成功例や多くの研究成果をもとに考案,実施され たものです。しかしながら結果はさまざまで,必ずしも成功例ばかりではありません。例 えば,ある場所で竹柵を立てたところアサリ稚貝が増えたが,他の場所では同じ方法で全 く効果がなかったなどということはよくあります。これは,上に述べたようにアサリの好 適生息条件が変動することが一つの理由です。そしてさらに重要なのは,浮遊幼生はいつ やってくるのか,そしてどこに多く集まるのか,着底した稚貝は移動するのかしないのか, 食害生物はどのような種類がどのような数集まってくるのか,などといった生態的な側面 Ⅰ.概 論 は場所や年によって大きく変動し,正確に予測することはむずかしいからです。 図3 土嚢堤. 図4 消波フェンス. 図5 砕石散布. 図6 プラスチックポールの柵. 図7 被覆網の設置. 図8 トラクターによる耕うん. [養殖](図 9∼12) 養殖では,計画的にできるだけ効率良く高品質の貝を生産することが目標であり,その ため必要な限り対象種を人為管理下に置きます。技術開発のレベルは対象種によってさま ざまですが,多くの種で室内の高度な管理下で行う種苗生産(採卵,幼生飼育,稚貝飼育) は比較的研究が進んでいます。これは,この段階では対象種ごとの生理生態的な要求の違 Ⅰ.概 論 いが少ないことと,室内飼育では地域的な差があまりないことなどから,各地で同様の応 用展開が可能だからです。これに対し,海面で実施する中間育成や成貝育成の段階では対 象種ごとの違いが大きくなり,それぞれ海域の環境条件に応じた個別の技術開発が必要に なってきます。また,海上での試験には深い経験と多くの労力が必要です。このようなこ とから,この段階で技術開発スピードが鈍ってしまう種が多くなっています。 養殖は経済事業であるため成功と失敗の色分けがはっきりしています。今のところ,全 国レベルの成功種としてはホタテガイとマガキであり,地域レベルではトリガイ,ヒオウ ギ,イワガキなどがあります。 [今後に向けて] 天然の二枚貝すなわち野生生物を人間の手で増やすことはそう簡単なことではありま せん。多くの増殖行為の結果が不安定なのは,天然個体群の持つ不安定さ(=柔軟性)の 反映,すなわち野生生物の本質と言えるかもしれません。その上,土木工学的な手法はコ ストが大きく,昨今の B/C の議論には耐えられないものが多くあります。この点から見る と,採算性にフィードバックしつつ行う養殖(育成)技術開発は常に経済事業としての基 本を担保しています。しかし一方では,採算性に見合うだけの技術がなければ単純にスポ イルされる1か0かの世界です。 いずれにせよ,研究領域での作業は情報の獲得と技術の開発です。対象種,海域,技術 などの現状と具体的な目標を踏まえ,増養殖工程の全体像を常に意識しつつ技術開発を進 めることが重要と思っています。 図9 図 11 いかだ式アサリ稚貝育成装置. 中間育成終了時のアサリ稚貝,殻長約 5mm. 図 10 トラクターによる被覆網敷設作業. 図 12 被覆網による干潟育成終了時,約 30mm. Ⅰ.概 論 概論に対する質疑応答 (敬称略) <概論1に対する質問> 質問者1:アサリは一般の人にとっても身近な海の生き物であるが、漁業者以外の採取量 の把握はされているのか。 薄(水産総合研究センター瀬戸内海区水産研究所): 全体の把握には至っていない。区域 を区切って漁業区域と潮干狩り区域とを分けて把握できるようにしているところもある。 質問者2:50年でアサリが本当に獲れなくなっているが、原因は?昔から広島でアサリ 漁業をやっている。以前アサリ稚貝を獲っていた浜は、近隣にダムが出来てから獲れなく なった。河川の浮遊泥、干潟の硫化水素などは昔と変わって来ているのではないか? 薄:どうしたら増やせるのか検討しながら、研究していきたい。 質問者3:行政主導で瀬戸内海を守るよう働きかけて欲しい。 <概論2に対する質問> 質問者1:瀬戸内海の調査は行われていないのか? 鳥羽(千葉県水産総合研究センター東京湾漁業研究所):瀬戸内でも行われている。資料で は提示しなかった。 質問者2:アメリカの餌料は何か? 鳥羽:キートセロスの仲間、パブロバなど。 Ⅱ.各 論 アサリ人工種苗の生産コスト低減に向けた取り組み (独)水産総合研究センター瀬戸内海区水産研究所 兼松正衛 [はじめに] アサリの漁獲量は減少の一途をたどっており,全国では 1983 年の 16.0 万トンをピーク として,2005 年には 3.4 万トン(ピーク時の 21.4%)まで減ってしまいました。同様に, 瀬戸内海の漁獲量についても,1985 年の 4.5 万トンをピークとして,2005 年には 0.04 万 トン(同 0.9%)まで減少し,全国より大きな減少率で推移しています(図1)。また国民 の年間需要量はおよそ 10 万トン前後ですが,この 20 年間は不足分をほとんど大韓民国, 北朝鮮および中国からの輸入に頼っている状況です(図2)。 生産量を回復させるため,覆砂,耕耘や人工干潟の造成など漁場環境の改良,大量発生 した地域からの天然種苗の移植放流が全国各地で行われてきました。ところが,放流用の 天然種苗が年々逼迫した結果,中国や韓国,北朝鮮の外国産種苗を輸入・放流したために 病原・食害生物まで侵入し,さらには遺伝子資源の攪乱なども懸念されています。 一方,アサリの人工種苗生産のための飼育研究については,国内では 1950 年代から開始 されました。しかし,1960∼80 年代までは漁獲量が比較的高水準だったこともあり,生産 コストが高価であった人工種苗の要望は少なく,本格的な大量生産の取り組みはほとんど 行われていませんでした。 そこで(独)水産総合研究センターでは,人工種苗を放流することによりアサリ資源の 回復と漁獲量の向上を図るため,2006 年より 5 ヶ年計画で伯方島栽培技術開発センター(栽 培資源部栽培技術研究室)において技術開発の取り組みを開始しました。アサリはもとも と商品単価が安いため,放流用種苗も安くなければ採算が取れません。まずは種苗生産コ ストの低減化を重点課題とし,一般的な放流サイズである殻長 10mm までの生産コストの低 減方法について飼育工程ごとに検討しましたので,ここに紹介します。 18 18 全国 瀬戸内海区 16 16 14 14 12 漁 獲 量 ( 万 ト ン) 漁 獲 量 ( 万 トン ) 12 10 8 6 10 8 6 4 4 2 2 0 196 4 1969 1974 1979 19 84 1989 1994 1999 図 1 全 国 と瀬 戸 内 海 区に お け るア サ リ 漁 獲 量 の推移 ( 19 64 ∼ 2 00 5年 :4 2年 間 ) 200 4 0 195 6 1961 19 66 1971 1 976 198 1 1986 1 991 19 96 2001 2 006 図2 我が国のアサリ漁獲量と国別輸入量の推移 国内 大韓民国 北朝鮮 中国 Ⅱ.各 論 [研究成果の内容] 人工種苗を利用して食用サイズまで育てるには,「親貝養成・採卵」, 「種苗生産」(ふ化 から着底まで),「中間育成」(着底から殻長 10mm サイズまで),「放流・養殖」の4つの工 程(図3)に「餌料培養」を加えた合計5つの作業工程が必要です。 図3 アサリの生活史と人工種苗生産の工程 これまでは,天然の干潟へ放流する殻長 10mm サイズの人工種苗 1 個当たりの生産コスト が 20∼30 円もかかっていました。高価であった要因として,飼育成績が不安定であったこ と,生産コストのうち餌料コストが高い割合を占めていたこと(人件費を除く)がわかりま した。 飼育成績を安定化するためには,アサリの飼育工程のうち,プランクトン生活を送る D 型幼生から着底までの浮遊幼生期飼育過程(殻長 0.3mm まで,概ね 3 週間)に発生する大 量減耗を軽減すること,着底期から底棲生活に移行して成体と体の構造がほぼ同じになる 殻長 2mm サイズまで(概ね 2∼3 ヶ月)の生残率を高めることが重要です。ここでは,大量 減耗の主な原因となっている細菌性疾病について,水槽替えや幼生自体の洗浄による清浄 化,アミノ酸の一種であるグリシンを利用した活力の維持回復方法を検討し,着底期まで の生残率の向上効果(伯方島センターでは従来法の約 3 倍)が確認できました。 また,餌料コストを軽減するためには,アサリが一生を通して餌料としている植物プラ ンクトン(主に珪藻類)の培養方法を見直し,もっとも多くの餌料を必要とする殻長 1∼ 10mm サイズまで(概ね 3∼5 ヶ月)の中間育成過程では自然海水中の植物プランクトンを 上手に利用することが解決の鍵であると考えました。そこで,生きた状態で市販されてい る冷蔵濃縮餌料を利用して培養方法を簡易化したり,粗放的な培養に強い元株を選択して 低コストに培養する方法に取り組みました。中間育成過程では,外国ですでに 10 年以上前 Ⅱ.各 論 から利用されている海面筏式飼育装置(図4,Floating Up Weller System: 略して FLUPSY (フラプシー)と呼称)を輸入し,瀬戸内海燧灘の 2 ヶ所(伯方島センター地先と愛媛県 西条市河原津漁港)で飼育試験を行った結果,自然海水だけでも殻長 10mm サイズまで飼育 できること,海水中の植物プランクトン量の指標であるクロロフィル a 量がほぼ同じでも 設置場所や季節によって成長速度の異なることが分かりました。 こうして,浮遊幼生期の飼育成績を安定化し,餌料培養方法を改良し,自然海水を利用 して餌料コストを大幅に削減することにより,殻長 10mm サイズの人工種苗 1,000 万個を生 産目標とした場合では一個当たり約 1 円で生産可能(従来の 1/20∼1/30 に低減)であると 試算されました(図5,表1)。 備品 11% 消耗品 9% 人件費 42% 費用合計:895万円 生産コスト:0.895円/ 個 餌料費 17% 雑役務費 6% 光熱水費 15% 図 5 採 卵 か ら 殻 長 1 0 mmま で の 生 産 コ ス ト 割 合 (春 秋 2回 で 1,000万 個 生 産 , フラ プ シー3台 使 用 ) 図4 海面筏式飼育装置(フラプシー) 表1 アサリ人工種苗生産コストの試算に用いた工程間生残率 ステージ 目標1千万 H21現在 種苗生産 アサリの 間の目標 生産に必要 伯方島 の工程 ステージ 生残率 (%) な生産数 (万個) 技術レベル 0.24 ' 40,000 12,000 6,000 3,000 2,000 1,000 − 1 採卵 2 浮遊幼生期 受精卵 *1 D型幼生 *2 (一次飼育) 着底稚貝(0.25mm) 3 4 二次飼育 中間育成 親貝 平均殻長2mmサイズ FLUPSY収容(小型廃棄 *3) 殻長10mmサイズ 受精卵から殻長10mm稚貝までの通算生残率 − 100 30 50 50 67 50 2.5 *1 平成19年実績:採卵16.5万個/親1個 *2 平成19年実績:D状幼生5万個/親1個 *3 個体間の成長差が大きいため,成長遅れの小型群約3割を選別して廃棄 *4 ◎:達成,○:やや不安定だがほぼ達成,△:あと少しで達成できそう ◎ ◎ △ △ − ○ *4 Ⅱ.各 論 [今後の課題] 放流用天然種苗は,概ね殻長 10∼20mm サイズで一個あたり 0.1∼0.8 円程度で取り引き されています(2007 年)。近年はアサリ資源量の減少から,一部の海域を除いて天然種苗 が不足しており,今後はますます需給が逼迫し,必要数量が入手出来なくなる事態も予想 されます。一方,種苗生産数が増加した 1990 年代以降についても,全国の種苗放流数に占 める人工種苗の割合は 0.4%以下しかなく,それに対して種苗生産に取り組んでいる事業 所は 4∼6 機関程度しかありません(図6)。 なお,殻長 10mm サイズからの放流・養殖では,漁獲サイズ 35mm(殻付き湿重量 9g)まで の生残率 50%、市場卸価格 600 円/kg(111 個入りで 5.4 円/個)とすると,1,000 万個 放流して 2 年後に 500 万個の収穫が期待出来るので 2,700 万円/2 年の売り上げが得られ ます。今のところ生残率は放流方法や場所によって大きく左右されますが,現在私どもが 進めている周防灘での試験経過から,被せ網等を用いて食害や波浪による逸散を軽減する ことにより,殻長 10mm から 35mm サイズまでの生残率 50%という目標値は充分に達成可能 と考えています。また収穫量 500 万個は漁獲量では 45 トン(殻長 35mm サイズ)に相当す るので,多くの海域で多数の漁業者が取り組みを実施すれば,漁獲量の底上げにつながる ものと期待されます。 そのため,今後はさらに人工種苗(図7)の生産方法を安定・省力化して技術の普及を 250 0 .5 200 0 .4 150 0 .3 100 0 .2 50 0 .1 0 0 .0 1990 1993 1996 1999 2002 人工種苗の割合(%) 種苗放流数(億個) 図り,人工種苗の放流・養殖利用を推進したいと考えています。 図7 アサリの人工種苗(殻長 4∼10mm) 2 0 05 図 6 全 国 の ア サ リ種 苗 放 流 数 と人 工 種 苗 の 割 合 種苗放流実績 人工種苗の割合 [参考資料] 1) 農林水産統計情報総合データベース HP より,海面漁業魚種別漁獲量累年統計 http://www.tdb.maff.go.jp/toukei/a02smenu1?TokID=C001&TokKbn=C&TokKbnName=長 期累年統計 2) 財務省貿易統計 HP より,品別国別表 http://www.customs.go.jp/toukei/info/tsdl.htm 3) 平成 19 年度栽培漁業種苗生産,入手,放流実績(全国)資料編(2009)水産庁,日 本栽培漁業協会 Ⅱ.各 論 瀬戸内海東部におけるアサリ増殖の取り組み 兵庫県立農林水産技術総合センター水産技術センター 安信秀樹 [背景] 兵庫県におけるアサリの漁獲量は 600t 程度で推移していましたが, 1999 年以降激減し, 現在は 60t 程度まで減少してしまいました(図1)。兵庫県におけるアサリの最大の漁場は 赤穂市の千種川河口に広がる唐船干潟です。アサリの減少原因を推測するため,漁業者か らの聞き取りを実施しました。その結果,干潟の沖にいくつもあった砂の山脈(高低差最 大2m)が,大型台風による豪雨で消失していることが分かりました。アサリは波の強い ところや,流れが速すぎるところには棲むことができません。アサリが激減する前は,そ の砂の山脈が波を弱めて,干潟を穏やかにしていたと考えられます。そこで,アサリが再 び増殖できるように,大型土嚢を用いて砂の山脈を干潟の沖合に人工的に作り出すことに しました。ここでは,土嚢設置後の干潟の形状変化と,アサリの増加について説明します。 1600 1400 漁獲量(t) 1200 1000 800 600 400 200 2006 2004 2002 2000 1998 1996 1994 1992 1990 1988 1986 1984 1982 1980 1978 1976 1974 1972 1970 1968 1966 1964 0 年 図1.兵庫県のアサリ漁獲量の推移 [研究成果の内容] 1.唐船干潟にはアサリの浮遊幼生が少ないながらも毎年来遊し,着底していることが明 らかになりました。したがって,何らかの方策を施せば,漁獲サイズのアサリの増加 が期待できると考えられました。 2.漁業者からの聞き取りから,アサリが 多く漁獲されていた頃は,沖に砂の山 脈がいくつもあったことが分かりまし 今 た(図2)。そこで,人工的に,大型土 嚢で山脈を造ることにしました。設置 する場所は,干潟の地形や波・流れの 強さを測定して,計算しました。 昔 図2. 干潟の断面図の昔と今 高低差 最大2m Ⅱ.各 論 3.直径 1m,高さ 80cm の土嚢は大潮時の干潮線上に設置すると,効果が大きいことが分 かり,土嚢の長さは 150mとしました。施工は 2007 年 8 月に行いました。その結果, 土嚢後背部に砂が溜まりはじめ,盛り上がり,その後岸に近づくにつれて,深く掘れ ることが分かりました(図3)。 図3. 土嚢設置前後の地盤高の変化 4.アサリは土嚢設置前と比較して土嚢後 2007年5月土嚢設置前 背部に多く溜まることが明らかになり ました(図4)。また,現在も土嚢後背 部の凹部にアサリが分布していること 2008年5月土嚢設置後 が。明らかになりました(図5)。 [今後の課題・展望] 今回使用した土嚢は,耐久性に問題があ りましたが,特殊な土嚢を用いても耐久性 は3年と考えられています。したがって, 今後は石材の設置なども考える必要があり ます。しかし,あまり波・流れを減衰させ 図4.土嚢設置前と設置後の5月の2mm以上のアサリの分布 てしまうと,アオサなどの繁茂が考えられ, アサリ増殖に支障が出る可能性もあります。 土 嚢 60 50 岸 40 30 20 10 土嚢からの距離(m) 図5.2007年土嚢岸沖のアサリ分布 -110 -90 -100 -80 -70 -60 -50 -40 -30 -20 10 -10 20 30 40 50 0 70 アサリ個数/㎡ 必要があります。 沖 70 60 そこで,どこに,どれくらいの構造物を設 置すれば,アサリ増殖に適当かを検討する 殻長2cm以上のアサり 80 Ⅱ.各 論 各論に対する質疑応答1 (敬称略) <各論1に対する質問> 質問者1:グリシンを利用した浮遊幼生期飼育事例での着底までの生残率には、どのくら いの結果の幅があるのか? 兼松(水産総合研究センター瀬戸内海区水産研究所): グリシン処理事例では平均37% であったが、最良事例では 77%、またグリシンを用いてもどうしても飼育継続出来ず 0% に終わった事例もある。 質問者2:動物プランクトンはアサリの餌になるのか? 兼松:アサリについては情報がなく、不明瞭である。 <各論2に対する質問> 質問者1:砂の盛り上がりは移動するのか?砂の移動によりアサリも移動して、深みには まり死滅する例がある。 安信(兵庫県立農林水産技術総合センター水産技術センター):土嚢を設置した後の砂は移 動しない。 質問者2:土嚢設置に関連して外部との協議は行うのか? 安信:港湾課長が海保と折衝して実現。 Ⅱ.各 論 効果的なアサリ移植放流手法 広島県立総合技術研究所水産海洋技術センター 高辻英之 [背景] 広島県のアサリ漁獲量は 1960 年代以降、年々の変動はありましたが、2千トン前 後を維持していました。しかし、1990 年頃を境に漁獲量は急激に減少し、最近では 年間 250 トン前後と低迷が続いています(図1)。アサリ漁獲量が激減した原因とし て底質悪化、食害の増加、餌料条件の悪化、乱獲などが指摘されています 1) 。県内 の多くの干潟ではアサリ種苗の移植放流によって漁獲量と資源の回復が試みられて いますが、その効果は全県レベルではほとんど現れていません。また、全国的なア サリ漁獲量の減少に伴い、種苗供給量の低下とそれに伴う種苗代の高騰により種苗 の確保が問題になっています。 漁獲量減少要因を取り除くための干潟の環境改善や漁業管理に加え、確実に効果 が現れ、かつ費用対効果の高い移植方法が求められています。 本研究では県内干潟におけるアサリの成長特性・漁場特性調査および移植試験に よって得られた結果から、より効果的な移植放流の手法について検討したのでここ に報告します。 5 広島県漁獲量 5ヵ年移動平均 漁獲量 (千トン) 4 3 2 1 0 1950 1960 1970 1980 1990 2000 図1.広島県のアサリ漁獲量の推移. [研究成果の内容] 県内 3 干潟(五日市干潟、江南干潟、浦崎干潟)でアサリの生理や分布の特性と 干潟環境の調査を行いました(図2)。県内産種苗を想定し、移植する際の最適な場 所、時期等についても検討しました。 アサリ成貝の肥満度は1年のうち 11 月から1月までが低く、4∼5 月に極大とな Ⅱ.各 論 尾道市 五日市干潟 浦崎干潟 ★ 広島市 ★ 呉市 江南干潟 ★ 図2.調査干潟. 25 浦崎 江南 五日市 肥満度 20 15 10 07年 06年 5 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 1月 2月 図3.各干潟における肥満度の推移. 肥 満 度 =む き 身 重 量 x10 5 /{殻 長 x 殻 高 x 殻 幅 } ることが分かりました(図3)。肥満度は夏から秋にかけて徐々に低下していきます が、10 月に回復する傾向がみられました。時期的に産卵前に身入りの増大・回復が 起こっていると推察されました。成貝の肥満度のレベルは干潟により異なっており、 浦崎>江南>五日市の順でした。また、アサリの生殖巣の観察からアサリの産卵は 春季と秋季に行われていると考えられました。 着底稚貝についても干潟によって特徴が異なっていました。五日市干潟では春季 に殻長 10mm 程度までの新規加入が多く見られますが、7 月以降、成長不良で歩留 まりが低い傾向がみられました。江南干潟については新規加入が比較的少ないので すが、歩留まりは比較的良好でした。浦崎干潟については調査を行なった年は新規 加入も多く、歩留まりも良好であることが分かりました。殻長 10mm 程度の稚貝の 殻長成長速度は五日市で 1.5mm/月、江南で 2.0mm/月、浦崎で 2.0mm/月、単位面 積あたりの個体密度は調査期間中の平均でそれぞれ、273、263、2631 個体/m 2 でし た。成貝の肥満度が高い干潟では稚貝の成長・生残も良いと考えられました。 餌料の供給状況の指標としてそれぞれの海域のクロロフィル量、生物由来珪素量 と底泥中の泥分率を調べました(図4)。五日市干潟は珪藻が多く一次生産も高い海 Ⅱ.各 論 域ですが、微小粒子が干潟に残りにくい場所であると考えられました。江南干潟に ついてはクロロフィル、珪素量ともに低いものの、微小粒子が集積しやすい干潟で した。湾の最奥部という地理的な要因も関係していると思われます。浦崎干潟につ いては、クロロフィル量が低く干潟付近での一次生産は低いのですが、他のエリア からの供給により珪素量が高くなっていると推測されました。これらのことから餌 料の指標とされているクロロフィル量だけでは移植の成否は判断できず、生物由来 珪素や底泥の状況等から餌の集積のしやすさ等も考慮しなければならないと思われ ます。 浦崎干潟で移植試験を行いその有効性を確認しました。アサリを移植する際の地 盤高については、70∼100cm の高さが生残・成長の面、また漁獲回収の面からも適し ていると考えられました。移植開始月が 1∼6 月までは生残・成長ともに良好でした が、7 月からは身入りが悪くなり、8 月からは生残率の低下がみられました(図5)。 11∼12 月は生残率が低いままでしたが、身入りの回復がみられました。高い生残率 と身入りが見込めることから、移植時期は1∼6月が適していると考えられました。 その中でも移植後に生残・身入りの良い期間が長くなるように、移植は1∼6月の 中でも早い時期が良いということになります。天然種苗を放流に用いる場合、種苗 の供給は3月以降になると考えられるため、現実的には3月中の移植が効果的であ ると思われます。 移植後1ヶ月の生残率 (%) クロロフィル (μg/L) 生物由来珪素 (μmol/L) 40 Chl BioSi 30 20 10 0 五日市 江南 浦崎 100 2月 7月 6月 1月 90 9月 80 8月 10月 70 60 -30 -20 -10 11月 12月 0 10 20 肥満度の増減率 (%) 図4.各干潟におけるクロロフィル と生物由来珪素の調査期間平均値. 図5.移植開始時期別の生残・成長. [今後の課題・展望] 移植放流を行う上で重要なことは、上述のようにアサリの生理・生態と干潟の生 産特性にマッチした手法を用いることに加えて、放流用のアサリ種苗が健常である ことです。放流種苗の活力が低い場合、放流先の干潟に順応することができず、結 果的に資源量・漁獲量の増加にはつながりません。良い種苗の確保が効果的な移植 放流を行う上で必要不可欠ですが、全国的なアサリ漁獲量の減少により、その安定 確保が難しい状況になると考えられます。各地で行なわれている種苗生産が安価に 安定的に行なわれるようになれば、高い活力を持った種苗が計画的に生産されるよ うになり、移植放流の効果もより高まると思われます。 Ⅱ.各 論 [参考文献] 1)松川康夫、張 成年、片山知史、神尾光一郎(2008).我が国のアサリ漁獲量激 減の要因について.日水誌 74、137-143 Ⅱ.各 論 山口県におけるアサリ資源回復計画の現状と取り組みについて 山口県水産研究センター 多賀 茂 [背景] 山口県瀬戸内海のアサリ漁獲量は、干潟域では昭和 30 年頃から急激に増加し、昭和 41 年に 7,720 トンとピークに達した。その後昭和 58 年頃までは 4,000∼5,000 トンで推移 していたが、昭和 59 年以降急激に減少を続け平成 16 年には 3 トンとなった。平成元年以 降は漁獲の全くない漁場が多く、資源は壊滅状態となっている(図1)。 このうち、沖合域のアサリは昭和 55 年に潜水器漁業により漁獲され始め、漁獲量の増減 が大きく昭和 56 年∼63 年には 2,000∼4,000 トン、平成 8 年∼12 年には 1,000∼2,000 ト ン漁獲されたが、平成 15 年以降は資源が減少し操業を自粛している。 アサリが減少した要因はいくつかあり、それらが複合的に影響していると考えられるが、 これまでの調査結果からは餌料環境を中心としたアサリを取り巻く海の環境の変化が中長 期的なアサリの減少に影響を及ぼし2)、加えて漁業者による一時的な乱獲や近年ではナル トビエイ等の新たな害敵生物による食害3)が短期的に影響し減少に拍車をかけたことが大 きいものと推察される。 そこで山口県では平成 18 年 3 月にアサリ資源回復計画を策定し資源回復に向けた取り組 みを漁業者と共に進めている。 10,000 潜水器漁業 採貝漁業 9,000 8,000 アサリ漁獲 量(トン) 7,000 6,000 5,000 4,000 3,000 2,000 1,000 4 3 3 4 6 0 S33 S38 S43 S48 図1 [内容] S53 S58 S63 H5 山口県のアサリ漁獲量の推移1) H10 H15 H20 Ⅱ.各 論 山口県でアサリ資源回復のために講じている措置は、漁獲努力量削減措置として殻長制 限(殻長 3 ㎝以下のアサリ漁獲禁止)と漁獲禁止期間の設定(9 月から 11 月の間で、連続 2 ヶ月の漁獲禁止)、資源の積極的培養措置として母貝団地造成のための人工種苗を含めた アサリの放流と保護、漁場環境保全措置としてナルトビエイ等の害敵生物の駆除である。 アサリの放流についてはナルトビエイを含む複数種の害敵生物からの保護を行わない場合、 放流後数ヶ月でほとんどが食害により死 亡してしまうことが判明しており、その 保護方法としては網による被覆保護が最 も効果的で確実である。この方法により 県内の漁業者による保護活動が各地で進 められており、一部では漁獲に結びつい ている(図2)。 しかし、近年は放流に用いる天然種苗 の入手が困難であり、人工種苗の確保が 図2 被覆網による保護が行われている干潟 (周南市戸田西津木干潟) 急務となってきた。人工種苗については 殻長 2 ㎜前後の種苗は数千万個単位で生 産が可能であるが、放流に用いることが 可能な殻長 10 ㎜以上の種苗については大量かつ安定して生産することが困難であった。本 県では付着性微細藻類が餌料として活用可能な砂床水路式の飼育方法(図3)を用い、従来 の技術と組み合わせることで生産が可能となった(図4)。本年度においては、殻長 10 ㎜種 20 100 15 75 10 50 5 25 0 3/1 図3 砂床水路式の飼育施設 図4 歩留 % 殻長 mm 苗約 100 万個を生産し、被覆網を用いた保護放流を県内各地で実施した。 0 4/1 5/1 6/1 7/1 平成 21 年度の中間育成結果 ○:歩留まり ●:殻長 大きな食害問題となっているナルトビエイについては平成 15 年から駆除活動が続けら れており毎年数千尾が駆除されている(図5)。主に西部海域で流し網による捕獲が行われ ている。本年度においても 2 千尾近く駆除されているが、平成 15 年のピーク時と比較する と半減してきている(図6)。また本年度には沖合域のアサリが平成 14 年以来 7 年ぶりにわ ずかながら漁獲されており、駆除の効果が現れたものと期待している。 Ⅱ.各 論 ナルトビエイ駆除実績(山陽小野田市・宇部市・山口市) 6,000 5,000 尾 5,009 4,807 4,000 3,290 3,000 2,174 2,029 H17 H18 3,086 1,819 2,000 1,000 0 H15 図5 ナルトビエイの駆除作業 図6 H16 H19 H20 H21 ナルトビエイの駆除実績 [今後の課題・展望] 今年でアサリ資源回復計画を開始して4年目となり、県下統一して殻長制限や禁漁期を 設けているが、アサリの漁獲量としてはまだまだ低水準で資源回復には至っていない。 このような状況下においても種苗の放流と被覆網による保護については一定の成果が見 られている。本県のアサリ漁獲量のほぼ全てがこの被覆網によって保護された干潟での漁 獲であり、引き続き保護活動に取り組むことが重要であると考えている。 放流用の種苗については、今後も天然種苗が入手困難な状況は続くと考えられ、また本 県海域での生息に適した貝であることが重要であることから、人工種苗の放流に向けた取 り組みを強化する必要がある。現在の殻長 10 ㎜の種苗では成貝まで1年半の保護管理が必 要となるため取り組み可能な地域が限られてくる。そこで、新たな取り組みとして殻長 10 ㎜の種苗を殻長 20 ㎜まで大量かつ安価に生産する方法について試験を進めている(図7)。 殻長 20 ㎜のアサリを大量に飼育するためには殻長 10 ㎜よりも飼育密度を下げさらに規 模の大きな飼育方法を用いる必要があり、本県の内海栽培漁業センターの旧クルマエビ養 殖池を用いた。また、内海栽培漁業センターで種苗生産時に用いる微細藻類の排水が集ま る水路から水を引き込むことで餌料の代わりとし、飼育経費の節減に努めた(図8)。当該 飼育方法により殻長 13 ㎜(20 万個)のアサリを殻長 20 ㎜(14 万個)まで成長させることがで きた。 図7 山口県内海栽培漁業センターにおけ るアサリ種苗中間育成施設 図8 山口県内海栽培漁業センター 内の旧クルマエビ養殖池 放流種苗を大型化することで放流後の保護期間を半年と大幅に短縮することもでき、よ Ⅱ.各 論 り幅広い放流活動が可能となる。 これまでのところアサリ資源の回復には至っていないが、今後とも一つ一つの取り組み を続けていくことが重要であり、県としては引き続き回復計画の推進を支援していくこと としている(図9) ・漁獲努力量削減 ・漁場環境保全 引き続き支援を継続 ・資源の積極的培養 人工種苗を活用し た資源の積極的培養モデル 人工種苗を活用した 月 4 6 5 7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5 6 7 8 人工種苗 2㎜種苗生産 10㎜種苗育成 10㎜種苗育成 20㎜種苗育成 放流 と 保護 7月 10㎜種苗放流 放流直後から被覆網による保護を行う 11月 20㎜種苗放流 図9 4月末まで無保護 被覆網による保護 山口県における今後のアサリ資源回復計画 [参考文献] 1)中国四国農政局山口統計情報事務所(1958-2007)山口農林水産統計年報,6-55, 2)多賀 茂・和西昭仁・馬場俊典・松野 進・桃山和夫(2005)山口県瀬戸内海沿岸干 潟における放流アサリの成長と生残,山口県水産研究センター研究報告,3,93-95, 3)多賀 茂・大橋 裕(2005)平成 16 年度地先型資源回復計画調査事業,H16,162-165, Ⅱ.各 論 各論に対する質疑応答2 (敬称略) <各論3に対する質問> 質問者1:生物由来珪素があらわすのはなにか?何を食べているのか? 高辻(広島県立総合技術研究所水産海洋技術センター):浮遊性と着底性と両方を含んでい る。クロロフィル量だけで把握はできない。 質問者2:移設したのはどこ産の稚貝か?放流しても 1 週間でいなくなったが?アサリを 氷で冷やしてもいいのか? 高辻:五日市のもの。暑い時期に移植すると潜砂できずに捕食されることもある。氷は不 適当と思われる。 <各論4に対する質問> 質問者1:ナノクロロプシスは餌にできるのか? 多賀(山口県水産研究センター) :ナノクロロプシスだけでは無理。あくまで,補助的役割。 質問者2:中間育成時の食害生物の発生は? 多賀:カニ。カニ籠で採捕。 質問者3:粗放的な方法で成功するのならば、干潟にコンクリ枠を作り栽培できるのか? 多賀:アサリの単価は安いので,アサリのためだけに施設を作ったのではアサリの価格が 高くなりすぎる。採算がとれない。 豊前海におけるアサリ資源回復のとりくみについて 大分県農林水産研究センター水産試験場浅海研究所 福田祐一 [背景] 周防灘に属する大分県豊前海は、30 ㎞ の広さの干潟を有している。そこでは、アサリ、 2 エビ類、カレイ類、シャコ等が漁獲されている。 なかでもアサリは代表的な魚種であるが、図 1 に示したように、昭和 60 年前後には 2 万トンを越えていた生産量が、その後急速に減少し、平成 6 年以降は 600 ~ 800 トン前後 の低い水準で推移し、更に平成 15 年以降、資源は壊滅的な状況に陥り、平成 15 年の調査 による豊前海全体の推定資源量は僅かに 152 トン程と、この水準では再生産の維持さえ困 難な状況に至っていた。 このため、従来の取組を越えた広域的で実行ある資源管理措置をおこない、資源を早急 に回復させ、将来にわたって持続的かつ安定的な生産をあげていくために、大分県は「大 分県豊前海アサリ資源回復計画」を策定し平成 16 年 3 月 26 日に公表したものである。 30,000 漁獲量(トン) 25,000 ( ) 漁 獲 量 t 20,000 15,000 10,000 5,000 0 45 47 49 51 53 55 57 59 61 63 2 4 6 8 10 12 14 16 大分県豊前海におけるアサリ漁獲量 図1 大分県豊前海のアサリ漁場とアサリ漁獲量(農林水産統計)の推移 [アサリ資源回復計画概要] まず、資源激減の要因を、環境面では餌生物の減少、生息環境の悪化、漁業者の乱獲、 食害による産卵親貝、産卵量の激減によるものと位置づけている。 次に、対策として、漁業現場では、殻長制限の引き上げ、休漁期の設定等により、産卵 親貝の保護、小型貝の不合理漁獲等の規制を図っていくこと、行政の支援策として、資源 の積極的培養のため資源供給漁場の造成とアサリ栽培漁業の推進及び漁場環境の改善、害 敵生物の除去を行う内容となっており、このような総合的な施策でアサリ資源を回復させ る計画である。 この回復計画に基づき、大分県農林水産研究センター水産試験場浅海研究所(以下浅海 研究所という)は、資源回復措置効果検証のためのアサリ浮遊幼生調査、資源調査、稚貝 調査を実施するとともに、資源の積極的培養のために人工種苗生産及び放流技術開発や害 敵生物であるナルトビエイの生態調査、干潟環境保全の取組支援等をおこなっている。 -1- [アサリ資源回復のための浅海研究所の調査研究について] 1)豊前海アサリ資源量調査結果 平成 18 年度より、図 1 左図に示した海域内 9 地点で年 2 回の坪刈りによる調査を実施 し、その結果を図 2 に示した。なお、この図には、同様の調査を行っている平成 15 年度 の結果も示している。 平成 18 年秋は 12,260 トンと推定され、資源回復計画スタート時の平成 15 年調査の 152 トンと比較して、8,200 %の大幅増となり、漁獲量も 33 トンから 713 トンまで回復した。 (図 3) しかし以後の調査では、19 年秋 1202 トン(15 年比 790%)、20 年春 690 トン(同比 450 %)、20 年秋 265 トン(同比 175 %)となり、再度激減し、20 年度の漁獲量は 15 年度調 査時の水準まで低下するものと推測され、21 年も回復の兆しが見られていないのが現状 である。 アサリ資源の動向は年変動が大きく、今後とも豊前海におけるアサリ資源の動向調査を 継続することが必要である。 800 14000 砂原 石原 12000 700 減少 t 全体 600 10000 豊前海の干潟面積 年以降は激減予想! 500 20 8000 400 6000 300 回復 4000 豊前海の推定資源量 2000 100 0 15年 18年秋 19年秋 20年春 20年秋 0 14 図2 単位:t 資 源 回復計画スタート 200 豊前海における資源量の推移 図3 15 16 17 18 19 年 アサリ漁獲量の推移(14 年~) (農林水産統計) 2)浮遊幼生、稚貝、成貝調査結果 大分県豊前海地先における浮遊幼生の出現状況を、月 1 回の頻度で調査している。 また、資源量調査とは別に、アサリ漁場の中心である中津市小祝地先=中津干潟の稚貝 ~成貝の出現状況も同じく月 1 回の頻度で調査をしている。 その結果を図 4 に示すとともに以下のとおり要約された。 ①豊前海のアサリの産卵は、夏~秋にかけてピークがみられる。 ②平成 18 年、19 年の資源量、漁獲量の回復は平成 16 年秋発生群とみられる。 ③ 20 年以降は再び激減した。これは、19 年夏季の特異的な気象により、稚貝、成貝(産 卵母貝群を含む)とも壊滅的なダメージを受け、その後も回復していないことが主要因で あると思われる。 ④資源が減少する中で、砂原漁場と比較して、石原漁場はアサリの生残等が高いことが判 明した。 これらのことから、試験研究の課題と方向は以下のとおりである。 -2- ①産卵母貝群の安定した確保のため、アサリ種苗生産の推進と人工稚貝の持続的な放流の 取組が必要である。 ②石原漁場を活用した施策も必要であると思われる。 800 個/m3 浮遊幼生(0.1~0.2mm) 600 400 200 ◆は、欠測 0 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 H16年 H17年 H18年 H19年 H20年 アサリの浮遊幼生の出現状況(大分県周防灘+中津市干潟沿岸) 3000 稚貝(1~2mm) 個/㎡ 記録的豪雨と台風による ダメージ 2500 18年春発生群主体 2000 1500 16年秋発生群主体 1000 500 H17 H16 19年春発生群主体 H18 H20 H19 0 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5 6 7 8 9 H16 個/㎡ 80 成貝(25mm以上) 生残率の低下 H18 70 60 50 40 H19 30 16年発生群による資源増加 成貝の出現減少 H20 20 10 H16 H17 0 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5 6 7 8 9 図4 豊前海のアサリ浮遊幼生及び中津市小祝地先における稚貝(1 ~ 2 ㎜)、成貝(25 ㎜ 以上)の月別個体数の推移 3)アサリ人工大型種苗量産技術開発 平成 18 年度より種苗生産技術開発を本格化させ、生産目標は殻長 10 ㎜の稚貝 50 万貝 以上、単価を 2 円/個と設定している。 この人工稚貝は大分県産母貝供給源として利用し、将来は、技術移転による量産化を図 ることにより、栽培漁業へと展開する構想である。 -3- 20 年度の生産実績は殻長 10 ㎜、40 万貝であったが、単価は目標値と比較してかなり高 く、コスト軽減技術開発を一層推進する必要がある。 また、近年の記録的集中豪雨等は、アサリの発生等に多大なダメージを与えているもの と思われる。このため、安定的なアサリ種苗の確保が求められており、人工種苗の役割が 一層重要になってくるであろう。 4)アサリ人工種苗放流技術開発 豊前海の干潟は 90 %以上が砂原で、他は石原漁場が点在している。 しかながら、いずれの漁場も、生産した人工種苗の直接放流では生残率が極めて悪く、 その対策が必要であった。 浅海研究所では、図 5 に示したように、石原漁場においては被覆網、砂原漁場ではステ ンレス製籠網を開発し、殻長 10 ㎜から 30 ㎜に成長するまでの生残率を 40 ~ 50 %前後ま で高める成果をあげた。 今後は、現場普及のため、規模の拡大、設置コストの低減を図っていく予定である。 図5 石原漁場における被覆網(左図)及び砂原漁場における籠網(右図)設置状況 5)ナルトビエイの生態調査 アサリ資源への影響が非常に大きいナルトビエイについて、19 年度から周防灘におけ るナルトビエイの生態調査を実施している。 その内容は、まず、駆除事業の効果を把握するために出現量の予測、駆除率、魚体サイ ズ動向等を調査した。 その結果、21 年度は駆除尾数が激減し、相当の駆除事業の効果が現れていることが伺 えた。 次に、周防灘におけるナルトビエイは、春季~秋季にかけて出現し、低水温期にあたる 秋季~春季にはいなくなるため、この移動生態についての調査を実施している。この間の 調査により移動生態がかなり把握できた。 ※以上の詳細は、大分県農林水産研究センター水産試験場事業報告に掲載されています。 また、当該報告書は水産試験場のホームページでもみることができます。 ホームページアドレス http://www.mfs.pref.oita.jp/ -4- Ⅱ.各 論 NPO法人水辺に遊ぶ会の活動と漁業者との連携 NPO法人水辺に遊ぶ会 理事長 足利由紀子 [背景] 福岡県豊前市から大分県の国東半島のつけ根 まで、周防灘に断続的に続く豊前海干潟。その ほぼ中央、中津市沿岸の総延長約 10km、沖合 3km、面積 1345ha の干潟を私たちは中津干潟と 呼びます。その規模や現存する環境が国内屈指 の干潟であることが知られるようになったの は、ごく最近のことです。 この沿岸に住む人々は、縄文時代には河口で 巻き貝を拾い、遠浅の干潟で二枚貝や魚を捕っ て糧とし、弥生時代には稲作の傍ら、網を使っ た漁や、蛸壷漁などを盛んに行っていました。戦後の食糧難の時代を支えたのもこの豊 かな海でした。春と秋の浜遠足、ザルを片手に夕飯のおかずを捕る人、風呂の焚き付け に松葉や流木を拾い集める子どもたちの姿…。十数年前まで、海と人は仲良くくらして きたことが、お年寄りからのヒアリングや古い写真からわかります。ところが時代が豊 になるにつれ、人々の足は遠のき、いつの間にか海と浜は忘れられた存在になり、ひと けがなくゴミが捨てられた海岸は「行ってはいけない」「必要ないから埋めてしまえ」 と言われる存在となりました。私たちの先祖が大切につきあってきた自然を見つめ直し、 海と人の未来を地域の人々と考える必要があるのではないか。「海と人の心の距離」を もっと近くしよう、という思いを込め、「里海里浜∼豊葦原中津國∼」をテーマに私た ちは様々な活動を実施しています。 昭和 40 年頃の浜遠足の様子。中津近郊の小 学校の春の恒例行事だった。 昭和 38 年のバカガイ水揚げの様子 (小祝漁港) Ⅱ.各 論 [水辺に遊ぶ会が展開する活動] 1999 年の設立より 11 年、水辺に遊ぶ会は多岐に渡る活動を実施しています。活動の基 本は「多くの人に中津干潟を知ってもらうこと」「海の環境を知ってもらうこと」そして、 そこから「海の環境を大切にする心を育むこと」です。主な活動を紹介します。 ① 自然観察会をはじめとした様々な 行事の企画・実施による啓発活動 地域の子どもたちを主な対象と して、自然環境の中で思い切り 遊んだり、干潟生物の観察を行 う活動、また、映画上映会や講 演会、企画展示などの各種行事 を通じ、海岸環境保全への啓発 につなげていきます。 ② 中津の海岸や水辺の生物および環 境を対象とした調査研究活動 干潟観察会 過去に、水産生物以外の調査がほとんどされてこなかった中津干潟に対し、各方 面の研究者のボランティア協力を得ながら、市民の手により学術的に通用する調 査を継続して実施しています。これら調査から得た情報を管理、発信することに より、中津干潟に対する認識が飛躍的に高まったと共に、地域に「市民の科学」 の裾野を広げつつあると、各方面より高い評価をいただいています。 ③ 海岸清掃と海岸漂着物調査 環境活動の入り口として誰でも簡単にできる活動として海岸清掃を年 4 回実施し ていますが、社会貢献の一環として地域の企業による自主参加や高校生ボランテ ィアの参加などにより、毎回 100∼300 名の参加があります。また、拾うだけでは 解決しない海洋ごみ問題を考えるため、漂着物調査も毎回実施し、海岸漂着ごみ の実態についても問題提起を行っています。 ④ 学校や社会教育の場での環境学習のサポート 小中学校の総合的な学習の時間における地域の環境の学習のテーマとして、現在 市内では中津干潟が取り上げられ、教育現場での環境学習のサポートを行ってい ます。それと共に、高齢者教室などの社会教育の場でも海の環境への注目が高ま りつつあります。 ⑤ 漁業体験活動 活動を始めてから数年が経つ頃、自分たちのフィールドである干潟の沖では、漁 業が行われていることに気づきました。当時漁業者の方々は、「子どもを連れた ヘンな集団が海を歩いている」「密猟者じゃないか?」などと私たちのことを沖 から眺めていたそうです。とかく漁業者と環境団体は意見が合わないと言われが ちですが、干潟や沿岸域の保全のためには、漁業者の方々との相互理解や協力関 係が必要であると考え、漁業者の方との相互理解を図るきっかけづくりとして、 5年前より漁業体験を始めました。春には弥生時代の遺跡から発掘されるイイダ コ壺を当時の状況を再現して製作し、洋上でたこつぼ漁を行う「たこつぼ体験」、 Ⅱ.各 手作りのたこつぼを引き上げる 論 とれたてのイイダコを試食しながら、漁師さ んと交流会を行う 冬には海苔の手漉きと天日干しを行う「海苔作り体験」、また、それぞれの行事 の際には漁業者と参加者の交流をかねた試食会や魚のさばき方講習なども取り入 れ、毎年実施しています。手さぐりの状態で始めた活動ですが、単なる体験では なく、歴史的な背景や文化的要素を取り入れたオリジナリティあふれた活動と、 注目を集めています。 これらの漁業体験の目的は ・地域の歴史や文化に子どもたちが触れること ・地域の一次産業である漁業を知り、体験すること ・食料の生産の現場を知り、体験すること 「食育」 ・地域の海の環境を大切にする心を育てること などですが、地先の海の環境保全に対する漁業者との相互理解や協働、さらには、 低迷する沿岸漁業の新しい展開なども見据えての活動です。 ⑥ その他として、海と浜を中心とした民俗学調査や様々な情報発信などの活動も行っ ています。 [「ササヒビ」復元の取り組み] 前述した体験漁は、NPOが企 画し、漁業者が協力するという形 で行ってきましたが、漁業者とN POが共に干潟の保全のために何 かができないか、という思いから、 新しい取り組みを開始しました。 復元したササヒビ 中津干潟では昭和 40 年頃まで「ササヒビ漁」と呼ばれる、干潟面に数百メートルに渡り生 け垣状に竹を設置して、干満を利用して魚を捕る定置網の一種が行われていました。往時 は十数基のヒビが干潟に立っていたといいます。これに携わる漁業者は半農半漁の方が多 く、ヒビにかかる魚を市場に卸したり、雑魚を集落の中で売り歩くことで生業としていた そうです。ヒビ周辺にはアサリやハマグリなどの二枚貝をはじめ、エビやカニなどの生き ものが数多く見られ、地域の子どもたちはこれらを集めることで小遣い稼ぎをしたとも聞 Ⅱ.各 市民ボランティアによる竹の切り出し作業 論 漁業者によるササヒビの設置 きました。ヒビは魚を捕る施設であるばかりか、生物多様性を促す機能も果たしていたの です。また、設置にあたっては漁業者が里山に赴き地主と交渉、山仕事や農業を生業とす る人々が竹を切り出し提供するという、海と山のネットワークが形成されていたことに加 え、ササヒビ一基あたり数万本の竹を利用することにより、山における竹の繁茂を抑制す る効果もあったのではないかと推測されます。適度に人の手が加わることにより、生産の 場の環境が良好に保たれていたと言う意味で、まさに里海里浜、更には里山の良い例と考 え、ササヒビ復元への提案を各方面に行ってきました。 2008 年、水産庁環境・生態系保全活動支援調査・実証事業ならびに大分県森林環境保全 推進関係事業により漁業者、行政、NPOの協働事業という形でササヒビが復元しました。 事業の目的は、劣化の傾向にある干潟漁場の機能向上、二枚貝の幼生の沈着促進、生物多 様性の創出、伝統漁業に触れることによる子どもたちに対する環境教育、里山で問題とな っている竹の伐採と再利用による上流域の森林環境の改善などを揚げています。5年間の 設置期間の間、継続したモニタリング調査や啓発のための体験漁業などを計画、現在、実 施中です。 [今後の課題と展望] 干潟の機能低下による漁獲の減少、高齢 化、後継者不足など、様々な問題を抱える 漁業に対し、NPOや地域住民が共に歩む 道はないかと模索する上で、ササヒビ復元 事業は様々な可能性を示唆しているのでは ないでしょうか。漁業者と水産行政だけで なく、NPOや地域住民などが協力関係を 作り、得意分野をそれぞれが役割分担する ことにより、例えば観光漁業やブルーツーリズムなどの新しい分野への可能性が開かれる のではないかと考えます。そして、漁業者と市民がともに考え行動することにより、自分 たちの住む沿岸域の持続可能な漁業と沿岸環境の保全の姿を実現することも可能ではない でしょうか。乗り越えなくてはならない課題はまだまだ多いでしょうが、今後も漁業者と より良い関係を築きながら、中津干潟の未来を見つめていきたいと思っています。 Ⅱ.各 論 各論に対する質疑応答3 (敬称略) <各論5に対する質問> 質問者1:ナルトビエイの駆除の方法などは? 福田(大分県農林水産研究センター水産試験場浅海研究所):漁協の委託事業等で実施。流 し網で行う。かなり大きな目あい。 質問者2:ステンレスかごでよく残るのはなぜか? 福田:散逸が防げるからか? 質問者3:人工種苗は干潟に蒔くと死ぬが,天然の種苗は死なない。その違いは何か? 福田:わからない。 <各論6に対する質問> 質問者1:環境調査もやっているとのことだがその結果は? 足利(NPO法人水辺に遊ぶ会) :調査内容としては,アサリの減少,シャコが減っている。 砂の性質が変わってきている。砂の山がなくなっている。砂の粒が小さくなっている。 質問者2:成果は?活動での苦労した点は? 足利:中津干潟が知られるようになったことが成果。活動資金がないことが大変。漁業者 の協力が得られるようになったこと。 Ⅲ.総 合 討 論 Ⅲ.総 合 討 論 〔敬称略〕 水産総合研究センター瀬戸内海区水産研究所の薄資源増殖研究室長が各課題の講演内 容を踏まえながら、総合討論を進行した。 薄(水産総合研究センター瀬戸内海区水産研究所) :聞き漏らした点については?また、情 報が何かあれば。 質問者1:(鳥羽に)アメリカでの状況は? 鳥羽(千葉県水産総合研究センター東京湾漁業研究所) :ワシントン州シアトル近郊でアサ リの養殖が盛んに行われている。企業体が実施している。3000−4000t/年 生産している。 海外への売り込みが盛ん。海外でのアサリの食べ方は様々。 薄:各論については? 質問者2:種苗生産についてはできつつあるようだが、単価の問題がある。大型種苗を作 る技術もできつつある。アサリに適した干潟の選択、食害防止、などによりアサリの資源 増に向けた研究等の方向性は間違っていないように思う。漁場管理の問題がある(入り会 いのため)畑のように、干潟の権利の割り当てが必要ではないか? 薄:人工種苗生産技術は、確立しているのか? 兼松(水産総合研究センター瀬戸内海区水産研究所) :ほとんどの過程は向上してきている が、卵質および採卵のタイミングが不明との問題がある。卵質の判定技術、親貝の成熟養 成技術も重要である。 多賀(山口県水産研究センター) :単価の問題をクリアするには、億単位の種苗生産が必要。 薄:コスト減のためには海外方式で大規模の施設区画が必要となるのか? 質問者3:エイの進入は網を張れば防げる。 薄:広島県で今後の天然種苗の扱いは? 高辻(広島県立総合技術研究所水産海洋技術センター) :金銭面の問題があるが、現時点で は天然種苗の利用は可能。 Ⅲ.総 合 討 論 安信(兵庫県立農林水産技術総合センター水産技術センター) :アサリゾーニング事業で天 然種苗を良い漁場に導入することを考えている。 薄:他の実例(個人管理)は? 鳥羽:個人扱いだと管理に差ができる。共通認識のもとに管理する場合に好成績が残るよ うに思う。 質問者4:アサリの養殖 コストがクリアできれば、取り組み方で何かあるか? 薄:行政的に、個人管理への移行は可能か?共同漁業権 3 種についての検討は行われてい るが、種苗の入手が必須。大野町の例でも、網を張るだけで天然種苗が着底する例もある。 薄:他の漁協では? 質問者5:3種の漁業権ではないと思う。区画漁業権ではないのか? 薄:周りの環境は?今後どのように活動すべきか? 足利(NPO法人水辺に遊ぶ会):市民などから漁業に関する理解を得る必要がある。 質問者6:種苗が干潟で育つのか不明。干潟にヘドロが溜まっており、砂をまけば済むよ うな報告もあるが、国などのレベルで援助が必要ではないか? 薄:今後の連携が必要。