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新しい五行関係モデルの提唱(第2報) ―虚実変化に伴う疾病モデルの構築

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新しい五行関係モデルの提唱(第2報) ―虚実変化に伴う疾病モデルの構築
540
( 76 )
論
考
全日本鍼灸学会雑誌,
2003年第53巻4号,
540-548
新しい五行関係モデルの提唱(第2報)
―虚実変化に伴う疾病モデルの構築―
谷口
勝1)
加藤
麦1)
秦野
良厚2)
1)国立身体障害者リハビリテーションセンター更生訓練所理療教育部
2)栃木地方会
要
旨
東洋医学における疾病の理解は複雑系である生体を虚実という概念で捉えているが、これに影響を与え
疾病を引き起こす五行リズムと生体全体との関係を示すモデルは未だ構築されていない。そこで本稿では、
五行に起こるリズム異常の経過のうち虚邪と実邪についてモデル化することによって、五行リズムと生体
統御機構との関係を検討することとした。
その結果、五行の変化は常に全体に投影されており、この両者の制御機構が破綻することによって疾病
が発生するというモデルを構築することができた。これにより、疾病の治療に当たっては疾病の五行的性
質だけなく、その経過時期や患者の全体像を充分に考慮する必要があることが示唆された。
キーワード:五行関係、虚実、疾病モデル、虚邪、実邪
Ⅰ.はじめに
1つの五行と他の4つの五行との関係を明確にし、
東洋医学では複雑系である生体を全体として統
次いで五行と生体全体を関係づけるモデルを示す
御されている統一体として捉え、虚実という概念
ことによって、虚実という気の量的変化が五行に
で生体全体の歪みを表現することによって疾病を
影響して生体を示す円を歪めるという疾病観を表
理解している。一方、五行説においては、五行に
現できるようにしたのである。
歪みが生じた状態を虚実とし、この変調によって
歪みが生まれ疾病を引き起こすと理解している。
本稿では、五行リズムに起こった異常の経過か
ら最終的に生体全体として虚実という変化が現れ
しかし、五行に現れた変化が統一体である生体に
疾病となるまでを虚邪モデル、実邪モデルという
どのように影響を及ぼしているのかというモデル
疾病モデルとして構築することによって、五行リ
は未だ構築されていない。
ズムと生体統御機構の関係を明らかにすることと
これに対して、生体全体と五行関係を明らかに
した。
するため、第1報では生体全体を円として捉え、
これを裏打ちする五行関係をモデル化した。すな
Ⅱ.虚実による疾病観
わち、五行関係は相生的な循環を相克的な拮抗作
陰陽虚実という対立概念は、『易経』の中に見
用によって常に調整することによってスムーズな
いだすことができる。楊 1) は、周易の哲学的観点
循環が形成され、これが一定のリズムを刻むこと
によって生体の相対的な平衡が維持されていると
は陰陽の対立と統一の運動の変化があらゆる事物
の発生・発展・変化を決定するとしている。すな
捉え、この五行リズムの基本モデルとして、ある
わち、陰陽虚実の理論は単純な分割理論ではなく
〒359-8555 埼玉県所沢市並木4-1
1, Namiki 4-Chome, Tokorozawa City, Saitama Prefecture, 359-8555 Japan
受付日;2003年4月1日 受理日;2003年7月24日
2003.8.1
谷口 勝、他
( 77 )
541
リズム法則である。例えば、『易経』2) において
であると定めている。また、この虚実について竹
「地天泰」という卦がある。泰は安泰、陰が外卦
之内ら8) は、虚とは空虚でウツロな状態、実とは
にあって陽が内卦にあることは自然に反している
充実したコンパクトな状態のことをいい、生理的
ように見えるが、先を見ればやがては陰気下降・
平衡状態が破れることによって発生し、このよう
陽気上昇して陰陽相和する時期に達する。また逆
な非生理的状態に対しては、盛実する邪気や旺気
に「天地否」という卦がある。否は否塞、ふさがっ
などは瀉法によってこれを除き、虚衰するものに
て通ぜぬことであり、陰陽相和せず上下の意志の
疎通を欠く状態をいう。すなわち、易における陰
は正気を補うのであると論述している。さらに木
下 9) は、虚とは生体の機能低下、または生理的な
陽は対立概念だけではなくリズム運動の1点から
物質の不足病像であり、実とは生体の機能亢進、
未来を伺い知るものであって、例に挙げた「地天
または生理的、非生理的物質の過剰な病像と定義
泰」についても、上に地があって下に天がくるこ
している。
とは自然界からすれば全く逆転している状態であ
この生体統御機構の破綻としての疾病を理解す
るが、ここで問題とすべきは現在の状態だけを判
るために長濱10) は、虚実について1つの容器に8
断するのではなく、ここからいかに変化していく
分目程度の溶液を満たしたものを基準として、こ
のかを判断することが重要となるのである。この
れより溶液が少ない状態を虚とし、多い状態を実
ように、易では諸現象の変化を陰陽の変化として
とする模式図を作成して説明している。またこれ
捉え、これらが同一面に存在しながらも相対的な
バランスを保持しているのである。 さらに小林
と同様に、健康な生体を平衡・調和のとれた中庸
の状態として歪みのない円で表現し、この円が少
ら3) は、易に見られる陰陽虚実について、バラン
しでも内側に凹んでいれば虚、外側に突出してい
スの取れた状態を中庸としこの中庸を基準にして
れば実と見なした模式図によって説明しているも
過ぎることを過、不足することを不及として、中
のもある。これらのことから、東洋医学における
庸、過、不及という3つが量的、質的、時間的に
疾病観は中庸のバランスが崩れた状態を、虚ある
すべてを推し計っていく基準であるとしている。
いは実として全体的に論じることはできる。しか
東洋医学ではこの3つの基準を医学的に応用し、
し、これらの模式図だけでは生体全体における変
虚実という疾病を理解したと考えられる。『素問』
化を示すことにとどまっており、生体バランスを
通評虚実論篇4) には、一般に邪気が充実している
保持している五行との関係について説明すること
ことを実といい、正気が脱けていることを虚とい
うとある。また、『霊枢』九鍼十二原篇5) には、
は困難である。
優れた医者は人の神気の盛衰を知り、人体に侵入
Ⅲ.五行説における虚実観
する外邪を知り、虚証に対しては補法を用いて正
代田 11) は、複雑なる病的現象も要約すれば五
気を充実させ、実証に対しては瀉法を用いて病邪
臓六腑の不調和に帰し、六腑は五臓に属するから
を体外へもらすとあり、虚実の概念が規定されて
治療とは五臓を調えることであり、病気は単に一
いる。また藤木6) は、『素問』より少し以前と推
局所のものではなく全体の病が一局所に発現した
測される倉公の医学では過や淫(過甚)という言
ものであるとして、生体の基本バランスについて
葉が使用され虚実の概念は確立していないため、
陰陽バランスのみならず五行バランスの重要性を
素問系医学において虚実の概念が確立したと考察
挙げている。また木村ら12) は、相生と相克の関
している。
このような古典的解釈に基づいて、生体の全体
係について、「木は土を克すが同時に土を滅ぼす
火を生み出す」という一見矛盾する点を挙げ、こ
的統御機構とその破綻による疾病について小野7)
れは制御する側のものは制御される側が生み出す
は、鍼灸臨床とは虚実の判定により補瀉を行う治
ものによって逆に制御される関係から動的平衡が
療であるとして、鍼灸医学の最も大きな特徴は、
もたらされるのであって、この制御関係に量的変
虚に対して補法を行い実に対して瀉法を行うこと
化が起こるためには最低5つの組合せが必要とな
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論 考
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ると考察している。すなわち、安定した五行関係
ンの概念では、生体は器官系で構成され、その器
は各五行の円滑な量的変化によるものとしている。
官系は組織、その組織は細胞にというように構成
このように東洋医学の概念においては、陰陽五行
されていることから、各器官系レベル、組織レベ
の量的変化に伴って出現するリズムバランスの破
ル、細胞レベル、分子レベルといった各階層別に
綻から虚あるいは実という疾病が現れるとしてい
みていくと、それぞれの上下にある階層と常に関
る。
係を持っていることから全体と部分を論じようと
さらに五行間の相互関係と疾病の関係について
みると、朱ら13) は、五行中のどの一行もすべて
したものである。これに対して高木 16) は、ホロ
ンの概念は閉鎖回路でなく、同一階層間の相互関
「生」と「克」の方式を通じて他の四行と連携す
係もないと問題提起している。また、陰陽五行説
ることによって相互依存、相互制約を形成し、五
については閉鎖回路であり、同一階層間の相互関
行をして一つの有機体とならしめ、五行は相当に
係も認められるが、全体を支配、統御する中枢が
厳密でしかも安定した構造をなしているとしてい
ないことを指摘している。
る。また劉ら14) は、疾病の発生・発展には五臓
これに対して筆者ら17) が提唱した新しい五行
間の相生・相克の変化が大きく影響を及ぼし、疾
関係モデルでは、相生と相克の関係が五行間に働
病の伝変を理解して全体的な判断が必要であると
きあっていることによって統一体としての調節機
している。
能が働き、生体の健康状態をその過不足を防止す
この五行の相互関与、変化伝変について『難経』
五十難では、中風 (木)・傷暑 (火)・飲食勞倦
る外接円によって表現した。すなわち、生体は五
行関係によって適度に調整され歪みのない円を裏
(土)・傷寒(金)・中湿(水)の病因が人体に波
打ちしており、さらに外接円自体によって全体的
及したとき、その症状の度合いに応じて賊邪、実
な支配、統御を行って最終的なバランス状態を保っ
邪、正邪、虚邪、微邪の変化が現れるとしている。
ているのである。五行は相生的な関係で気の循環
このうち虚邪及び実邪について『難経疏證』15)
をしているが、これはホロンの概念における上層
では徐の解釈として、虚邪については「後謂生我
に対する隷属的、超自己的面と下層に対する自律
者也邪
生氣而來則雖進而易退故爲虚邪」とし、
的、自己主張的な面として捉える。また、ホロン
実邪については「前我生者受我之氣者其力方旺還
の概念にない同一階層間の相互関係として、各五
而相剋其勢必甚故爲實邪」としている。このため、
行の相生・相克関係によって自己制御機構が作動
例えば病因が中風(木)の場合、火にとって木は
我を生じる者であるから退きやすい虚邪となるが、
しているのであり、さらに加えて、高木が模索し
ていた全体を支配、統御する中枢については五行
水にとって木は我が生じる者であるから勢いのあ
間を取り囲む外接円を設定し、常に生体全体によ
る実邪となる。また、病因が飲食勞倦(土)の場
る支配、統御機構が五行の歪みと相互関与するこ
合、金にとって土は我を生じる者であるから退き
とによって疾病となるか否かを決定しているので
やすい虚邪となり、火にとって土は我が生じる者
ある。
であるから勢いのある実邪となる。すなわち、火
にとって病因が中風(木)であれば虚邪となり、
Ⅴ.新しい疾病モデル
飲食勞倦(土)であれば実邪となる。このように
『難経』五十難では、「從後來者爲虚邪」「從前
五行的な関係性から病の性質が変化するとしてい
來者爲實邪」として、後より来る者を虚邪、前よ
るのである。
り来る者を実邪と言っている。この五十難につい
て『難経集注』 18) では心病を例に挙げて解釈し
Ⅳ.五行変化と全体変化
ており、「後より来る」について丁は、「肝是母心
は、 全体と部分の統合についてホロン
是子子能令母虚故云從後來者爲虚邪」、呂は「肝
の概念と陰陽五行説を比較し、共に問題点がある
高木
爲心之母母之乘子是爲虚邪也」と注釈し、「前よ
として両者を包括する概念を模索している。ホロ
り来る」について丁は、「心是母脾是子而母能令
16 )
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子實故云從前來者爲實邪也」、呂は「脾者心之子
子之乘母是爲實邪」と注釈している。すなわち、
虚邪とは母に当たる肝から来る病であり、実邪と
は子に当たる脾から来る病であるとして相生的な
関係性から虚邪と実邪を論じている。
これに対して、筆者ら17) が提唱した基本モデ
ル(図1)において、相生関係を示す点はすべて
外接円に接している。この外接円は生体そのもの
を示すものであり、この外接円が内側に凹んでい
れば虚、外側に突出していれば実と見なすことが
できる。すなわち、円を裏打ちしているある1つ
の五行に変化が起これば五行関係に歪みが生じ、
これによって外接円の歪みが生まれると考えられ
る。そこで、基本モデルにおいて虚邪及び実邪が
図1 五行関係基本モデル
外円が生体を表し、これを裏打ちするように五行が内
側から支えている。さらに、各五行は相互に関係を持っ
ており、各五行の線と外円の交点が相生関係、線と線と
の交点が相克関係を表している。
どのように変化していくかを検討することによっ
て、相生関係と全体との関わりをモデル化するこ
ととした。
モデル化に当たって、各五行が相生的にスター
トするところから他の五行を克すところまでを上
流、次いで他の五行から克されるまでを中流、最
後に次の五行へと相生的に接続するところまでを
下流と表現する(図2)。
1. 虚邪モデル
(1)虚邪の発生
『難経』五十難では後より来るものを虚邪とし
ている。すなわち、各五行の母に相当する下流に
発生する邪が虚邪ということになる。火の虚邪モ
デルにおいては木の下流に発生するものが虚邪で
図2 火の上流・中流・下流
火の部分を説明した図。他の五行についても同様に理
解する。
ある(図3)。
平岡19 ) は、 陰的な五行と陽的な五行が相克的
に関与することによって一方が衰退して新たな五
行を発生させると論述している。これは基本モデ
ルにおける下流部分の気が衰退していくところを
示すものである。この衰退部分に邪が侵入するこ
とによって正常な気はさらに弱められてしまう。
火の虚邪モデルでは、邪によって木の下流部分が
弱められたことを細い点線によって表現した(図4)
。
この時五行リズムとしては、火への侵入を防ぐ
ために相生的な制御系である「木生火」が歯止め
となり、全体統御系としても、「木生火」と接す
る外接円自体が歯止めとなって、局所変化を未然
図3 火の虚邪モデルにおける邪の発生
火の虚邪を引き起こす邪が木の下流に発生する。
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に防ぐための自己制御を働かせることになる。
(2)虚邪による五行リズムの崩壊
『難経疏證』15) において虚邪は 「雖進而易退」
としている。すなわち、木の下流に起こった邪が
火の上流へ侵入して退きやすい虚邪となる。火の
虚邪モデルでは、火の上流部分に邪が侵入したた
めに火の上流が弱められたことを細い点線によっ
て表現した(図5)。
これに対して五行リズムとしては、「木生火」
を保護し虚邪の内部への拡散を防止するために相
克的な制御系である「金克木」「火克金」の安定
が保持されており、全体統御系としても「木生火」
と接する外接円の歯止めをさらに強めることによっ
図4 火の虚邪モデルにおける木の変化
邪の発生により木の下流部分が弱められて細くなって
いる。
て、虚邪が全体に波及することを防ぐための自己
制御を働かせることになる。しかし、このような
自己制御を働かせていても虚邪の作用が強ければ、
その力は外接円方向に働くことになる。
(3)虚邪による全体統御機構の破綻
虚邪の全体波及に対する自己制御(外接円によ
る制御)が充分でないと、気の量的変化による相
生リズムは破綻し時間的短縮をもって対応するこ
とになる。これに伴って全体統御機構は破綻し生
体の中庸状態が崩れて歪みが生まれ疾病となる。
火の虚邪モデルでは、木の下流及び火の上流部分
に起こった太さの異常に耐えられなくなると、こ
れらが太さを回復しようとするために線分が短縮
図5 火の虚邪モデルにおける邪の侵入
邪の侵入により火の上流が弱められて細くなっている。
する。これに伴って、外接円が内側に凹むように
歪む図形で表現した(図6)。
2. 実邪モデル
(1)実邪の発生
『難経』五十難では前より来るものを実邪とし
ている。すなわち、各五行の子に相当する上流に
発生する邪が実邪ということになる。火の実邪モ
デルにおいては土の上流に発生するものが実邪で
ある(図7)。
平岡19 ) は、 陰的な五行と陽的な五行が相克的
に関与することによって一方が他方を衰退させる
と論述している。これは基本モデルにおける上流
部分が一方の五行を衰退させるものであり、上流
部分に旺盛な気があることを示すものである。こ
の上流部分に実邪が侵入することによって、正気
と実邪とは反発しながらも同居して部分的に気が
図6 火の虚邪モデルにおける全体バランスの破綻
五行のバランスの破綻に伴って全体のバランスも破綻
し外接円が凹んでいる。
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強められてしまう。火の実邪モデルでは、邪によっ
て土の上流部分が強められたことを太い線によっ
て表現した(図8)。
この時五行リズムとしては、火への侵入を防ぐ
ために相生的な制御系である「火生土」が歯止め
となり、全体統御系としても、「火生土」と接す
る外接円自体が歯止めとなって、局所変化を未然
に防ぐための自己制御を働かせることになる。
(2)実邪による五行リズムの崩壊
『難経疏證』15) において実邪は 「其勢必甚」と
している。すなわち、土の上流に起こった邪が火
の下流へ侵入して勢いのある実邪となる。火の実
邪モデルでは、火の下流部分に邪が侵入したため
図7 火の実邪モデルにおける邪の発生
火の実邪を引き起こす邪が土の上流に発生する。
に火の下流が強められたことを太い線によって表
現した(図9)。
これに対して五行リズムとしては、「火生土」
を保護し実邪の内部への拡散を防止するために相
克的な制御系である「土克水」「水克火」の安定
が保持されており、全体統御系としても、「火生
土」と接する外接円の歯止めをさらに強めること
によって、実邪が全体に波及することを防ぐため
の自己制御を働かせることになる。しかし、この
ような自己制御を働かせていても実邪の作用が強
ければ、その力は外接円方向に働くことになる。
(3)実邪による全体統御機構の破綻
実邪の全体波及に対する自己制御(外接円によ
る制御)が充分でないと、気の量的変化による相
生リズムは破綻し時間的延長をもって対応するこ
図8 火の実邪モデルにおける土の変化
邪の発生により土の上流部分が強められて太くなって
いる。
とになる。これに伴って全体統御機構は破綻し生
体の中庸状態が崩れて歪みが生まれ疾病となる。
火の実邪モデルでは、土の上流及び火の下流部分
に起こった太さの異常に耐えられなくなると、こ
れらが太さを回復しようとするために線分が延長
する。これに伴って、外接円が外側に突出するよ
うに歪む図形で表現した(図10)。
Ⅵ.疾病モデルによる疾病の経過
今回作成した疾病モデルによって疾病の経過に
ついてみると、まず局所に発生した変化を線分の
太さという量的な変化として表現することによっ
て他行とのバランスに乱れが生じてくるところか
ら変化が始まる。次いで、このバランス異常を線
分の長さという時間的な変化として捉え、相生リ
図9 火の実邪モデルにおける邪の侵入
邪の侵入により火の下流が強められて太くなっている。
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論 考
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隠されていることを意味している(図6)。また、
実邪モデルでは外接円の突出によって実を表現し
ているが、突出部の根本がくびれているため、こ
れも凹図形として捉えることができる。すなわち、
一見して実であるがこの突出は凹みがあるからこ
その突出であり、凹みがあるからこそ凹図形を示
しているのである(図10)。このことから実証に
対する補法の意義を検討する必要があると考える。
疾病は最終的に五行リズムの異常と生体全体の
統御機構が相互に関係するところとなり、ここに
破綻が生じることによって発生する。このように
疾病の経過をみると、ある五行に変化が起こった
図10 火の実邪モデルにおける全体バランスの破綻
五行のバランスの破綻に伴って全体のバランスも破綻
し外接円が突出している。
とき、それがすぐに表面的な全体の歪みをもたら
すのではないことがわかる。『素問』四気調神大
論篇20)では、四季に応じた養生法が挙げられ、こ
れに逆らうと病を招いてしまうが、聖人は完全に
ズムの短縮(虚)あるいは延長(実)を生み出し
てくる。この状態は表面的な外接円の異常として
発病してしまった者を治療するのではなく、発病
することが予測される者に対して治療を施すとし
は出現していないものの五行内部には歪みが出現
ている。また、『難経』七十七難では、上工は疾
している。またこの時期は、五行間の相互関係に
病の先々における発展の状況を知って事前に治療
よって歪みを調整することが可能な時期であると
を行うとしている。疾病を全体統御機構の破綻と
もいえる。さらに五行間の調整が破綻すると相生
してだけで判定していくとすれば、生体全体とし
的変化をもたらし、外接円の歪みという表面的な
て表面的に虚実変化が現れるか否かによって病が
異常が出現してくる。また、外接円(生体)自体
判定されることになる。しかし、生体に加わった
にも五行の異常によって生じた歪みをくい止める
異常は各五行の変化をもたらし、次いで五行の相
治癒機構が存在するが、これによっても制御でき
互関係を歪めてくる。また、五行の制御機構が全
なくなった状態が疾病なのである。
この疾病を現す外接円の歪みをトポロジカルに
体への波及をくい止めようと働いている。このよ
うに病にはその経過時期があり、これを判断する
みると、凸図形である円に対して凹図形によって
ことが治療において重要なこととなる。疾病モデ
疾病を表現し、円とは異相のモデルを構築してい
ルから検討すると、この五行の制御機構を賦活し、
る。例えば、円の歪みを楕円的に捉えたとしても、
五行の乱れを是正することが未病に対する治療方
両者は同相であり位相的には変化していないこと
針であると考えられる。
になる。すなわち、楕円によって疾病という異常
を示すことはできない。しかし、東洋医学では生
Ⅶ.おわりに
体個々の体質等に重きをおいて病名でなく病証に
陰陽論においても五行論においても東洋医学の
よって診断を行っている。このことから、生体の
疾病観は、中庸状態の破綻として起こる虚あるい
体質的相違を楕円的に表現することができると考
える。
は実として解釈されている。すなわち、陰陽論も
五行論も単純な2分割論や5分割論ではなく一定の
本稿の虚邪モデルは、外接円に凹みができ凹図
リズム法則であり、各五行がお互いを制御し合う
形となっている。この凹みによって虚を表現して
ことによって全体のバランスを保っており、その
いるが、凹みから見ればその周囲は凸になってい
どこかに乱れが起こると五行全体に波及する。そ
る。これは一見して虚であってもその裏には実が
の結果、生体全体のバランスに危機が生じ、最終
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的に全体の中庸状態の破綻をもって疾病を理解し
ている。生体に対するストレスは様々な形で襲っ
てくる。『難経』五十難では五邪の1つが五行を襲
うとき、これを受ける五行に様々な変化をもたら
すとしている。このため、疾病の本質を理解する
ためには五行的な性質を充分に考慮する必要があ
( 83 )
547
6)藤木俊郎.素問医学の世界.第1版.東京.
績文堂.1976:144-8
7)小野文恵.経絡治療 鍼灸臨床入門.第2版.
神奈川.医道の日.1988:10-1
8)竹之内診佐夫,濱添圀弘.鍼灸医学.第1版.
東京.南山堂.1977:7-18
る。
これに対して本稿においては、五邪のうち虚邪
9)木下晴都.針灸学原論.第2版.神奈川.医
道の日.1973:175-6
及び実邪という相生的な関係性を示す病因ついて
10)長濱善夫.東洋医学概説.第1版.大阪.創
のみモデル化したが、相克的な関係に変化が現れ
れば五行関係の変化は複雑多岐にわたると考えら
れる。このため他の五邪についてもモデル化する
ことによって五行変化が全体に及ぼす影響を検討
する必要がある。
しかしながら、今回の虚邪及び実邪モデルに限
定しても、邪の発生から起こる様々な変化から虚
元社.1961:30-1
11)代田文誌.鍼灸治療基礎学.澤田健(校訂).
第7版.神奈川.医道の日.1969:411-2
12)木村弘,命道会漢方古典研究会.鍼灸素論.
谷口書店.第1版.1988:52-6
13)朱宗元,趙青樹.陰陽五行学説入門.谷口書
店.第1版.1990:105-6
実に伴う五行変化について明確に表現することが
できた。さらに、五行の相生的変化と全体変化の
14)劉公望.中医学の基本的な性質.平馬直樹,
兵藤明,路京華,劉公望(監).中医学の基
相互関係を明らかにすることによって、五行論に
礎. 第1版.千葉. 東洋学術出版社. 1995:
おける虚実の基本的な考え方を示すことができた。
24-5
このことから疾病の治療に当たっては、疾病の五
行的性質だけでなく、その経過時期や患者の全体
15)多紀元胤.黄帝八十一難経疏證 巻下.江戸.
英文蔵.文政年間:五十難
像を充分に考慮しなければならないことが示唆さ
16)高木健太郎. 序論. 高木健太郎,山村秀夫
れる。今後は他の五邪についてモデル化すること
(監).東洋医学を学ぶ人のために.第1版.
によって疾病モデルを充実させ、治療理論、特に
臨床で応用されている『難経』の治療原則を解釈
していきたい。
文
献
1)楊力.宮下功(企).周易と中医学.第1版.
神奈川.医道の日.1992:19
2)高田真治,後藤基巳.易経 上.第1版.東京.
岩波書店.1969:156-66
東京.医学書院.1984:6-9
17)谷口勝,加藤麦,秦野良厚.新しい五行関係
モデルの提唱(第1報)―その基本的概念―.
全日鍼灸会誌.2002;52(5):101-7
18)王九思等集注.王翰林集注黄帝八十一難経.
篠原孝市(監).難経古注集成.第1版.大阪.
東洋医学研究会.1982:276-9
19)平岡禎吉.淮南子に現れた気の研究.改訂版.
東京.理想社.1968:86-91
3)小林三剛、中山正和、後藤恵康.東洋医学講
20)小曽戸丈夫,浜田善利.四気調神大論篇.意
座 第17巻 易経基礎編 易の基本原理と活用
釈黄帝内経素問.第1版.東京.築地書館.
法.第5版.東京.自然社.1999:72-3
1971 :15-7
4)小曽戸丈夫,浜田善利.通評虚実論篇.意釈
黄帝内経素問. 第 1版. 東京. 築地書館.
1971 :123-7
5)小曽戸丈夫,浜田善利.九鍼十二原篇.意釈
黄帝内経霊枢. 第 1版. 東京. 築地書館.
1972 :2-4
548
( 84 )
論 考
全日本鍼灸学会雑誌53巻4号
Leading Article
A New Model of the Relations among
the Five Basic Elements (The Second Report)
―The Construction of a Disease Model related
to Changes in Deficiency and Excess―
TANIGUCHI Masaru1)
KATO Baku1)
HATANO Yoshihiro2)
1)Department of Massage and Acupuncture Training for Visually Impaired Persons, Training Center,
National Rehabilitation Center for Persons with Disabilities
2)Tochigi
Abstract
It is generally known that oriental medicine is based on the concept of deficiency and excess to explain
disease in a complex living system. However, a disease model based upon the expression of the relationship
between the rhythm of the five basic elements and the living body's control system has not been proposed.
Therefore, we investigated this relationship by modeling "Kyo-Ja" and "Jitsu-Ja" on abnormal rhythms of the
five basic elements.
We constructed models that always reflect changes in the rhythm of the five basic elements to show that
disease occurs by breaking these control systems. The present model suggests that treatments of disease should
not only incorporate the characteristics of the five basic elements but should also consider the course of a
disease and the patient's overall condition.
Zen Nihon Shinkyu Gakkai Zasshi (Journal
of
JSAM).2003;53(4):540-548 Received; April 1, 2003
the
Japan
Society of
Acupuncture
Accepted; July 24, 2003
Key words:five basic elements, deficiency and excess, disease model, Kyo-Ja, Jitsu-Ja
and
Moxibustion,
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