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第二十回酒の器Jan.2008

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第二十回酒の器Jan.2008
---常に酔っていなければならない--- ボードレール
世界の酒
第二十回
酒の器
2008.1.15
知り合いに京都の料理屋を紹介してもらい、一晩楽しんだ。菜の花の和え物、カラスミ
を大根で挟んだもの、河豚をくず粉で包んだものと、料理が、小さな器に乗せられて、手
際よく出て来る。また筍は、正月の竹林で、間引きしたものを目の前の炭火で焼いてくれ
る。本当にその趣向に感心したけれども、何より良かったのは、酒をぬるめでと頼むと、
さっと暖めて、徳利もまた保温のために温めて、タイミング良く出してくれる。温度は、
ぬる燗か、人肌燗か、というところ。これが料理に合う。
本当はこんなことは当たり前のはずなのだが、しかし実際には、ぬる燗で、酒を出して
くれる飲み屋は、近年珍しい。めったにないと言って良いくらいだ。燗と言えば、かなり
熱くなる。一方で冷やといえば、本当は常温を意味するはずなのに、冷蔵庫で冷やしたも
のが出てくる。ぬる燗や常温と言えば、うちはそんなものは出せない、と言われる。
酒を飲むのに、ちょうど良い温度があることは、このエッセイでは度々書いている。何
度でも書くけれども、純米酒は、ぬる燗がうまい。本醸造ならば、それより少し熱めで、
しかし決して、50 度を超えることはない。そのあたりで日本酒は飲む。しかしそういうこ
とはなかなか理解されず、今では私はすっかりあきらめているのだけれども、最近では、
赤ワインまでよく冷やして出て来る。これには驚いてしまう。これでは香りも味も台無し
である。もちろん、先に書いたように、良い店を選んで行けば、単に料理がうまいだけで
なく、酒もちゃんと温度や料理との相性も考えて出してくれる。しかし毎晩そんな店に出
かけて行くだけの余裕はこちらにはない。それで、酒は家で飲むに限る、ということにな
る。
鍋にお湯を沸かして、徳利を温め、酒は金属製のコップに入れて暖めて、徳利に移す。
この金属製のコップをちろりと言う。ちろりを手に入れるのも、近ごろでは大変だ。近く
の金物屋で、ちろりと言っても通じないから、金属製で、酒を温めるやつ、というような
説明をしていると、奥から大旦那が出てきて、もう二十年も前に、そんなものは置かなく
なった、と言う。インターネットで手に入れると、想像したのとは異なったものが出て来
る。いくつか、取り寄せたり、合羽橋を歩いたりして、ようやく気に入ったものを見つけ
る。先に金属製、と書いたが、銅制と錫制とがあり、どちらが使いやすいか、自分で使っ
てみるしかない。そうやって道具をそろえて、ひとりで日本酒を飲む。ようやく至極のひ
と時が来る。
赤ワインは、温度調節は別段難しくなく、保存の方法だけが問題で、私は書斎の一角に、
ワインネリーを設けている。夏は暑くならず、冬もそれほど寒さに晒されない場所である。
そこで保存したものをそのまま飲む。白ワインとビールは、これは冷蔵庫に入れておく時
間の問題である。冷たくなりすぎないように気を付ければ良い。難しい話ではない。こん
な簡単なことなのに、なぜ、安い値段の飲み屋では気を付けてもらえないのか。まあこれ
も仕方ないと思って、ひとり、書斎で酒を楽しむことになる。
器もうまい酒を飲むにあたって、結構重要な要因で、私は最近では、ワインもビールも、
湯呑茶碗で飲む。細長く、手に取りやすい形のもので、お気に入りのものがある。ギリシ
アではワインは、鉄製のコーヒーカップのような容器で飲む。ドイツでは、冬は赤ワイン
を温めて、これもコーヒーカップのような入れ物で飲む。ビールを飲む容器も、地方によ
って様々だ。瀬戸物あり、金属製あり、ボンのベンシュは、グラスがバナナ型に曲がって
いて、どの地方でも、容器も含めて、地ビールの個性を誇っている。大きさも、ミュンヘ
ンでは、1 リットルサイズ、ケルンは 200cc である。ワインも、南ドイツでは、360cc のグ
ラスが多い。家で飲むなら、それはもう個人の趣味で、要するに、好きな大きさの、好き
な入れ物で飲めば良い。そういうことも自宅では可能だ。
京都の飲み屋では、料理の器も、小さな、品の良いものが出されて、聞けば、五条のあ
たりで購入するという。翌日私は、祇園から、高台寺を過ぎて、三年坂辺りに、またさら
にそこから五条に向かうと、ちゃわん坂という名の通りもあり、そこでたくさんの焼き物
屋を覗いて歩いた。京都の焼き物について、特別の知識はないけれども、とにかくたくさ
ん見て歩くと、何となく、京焼の良さが分かってくる。お金に限りがあるから、買う訳に
はいかない。しかし可能な限り、自分の足で歩いて、自分の目でみる。酒も可能な限り、
良いものをたくさん飲む。よく歩き、よく見聞きし、よく飲み、よく食べる。大事なのは
それだけだ。
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