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小水力発電と水利権 ~新エネルギーの普及促進に向けて~
小水力発電と水利権 ~新エネルギーの普及促進に向けて~ 薄葉 1河川部 水政課 智1 (〒950-8801 新潟市中央区美咲町1丁目1番1号) 地球温暖化対策に貢献するクリーンエネルギーとして,出力規模の小さい水力発電(小水力 発電)に対する世間の関心が高まっている.特に北陸地方には水量が豊富な急流河川が多く, 発電可能水量は全国トップクラスである.さらに,経済危機対策等により,小水力発電を取り 巻く環境は急速に変わりつつある.その一方で,小水力発電の実施に当たっては水利権取得が 必要となることが多く,このことが小水力発電の普及の妨げとなっていると指摘する声がある ことも事実である.本稿においては,小水力発電の普及に向けた国交省における取り組みにつ いて紹介するとともに,さらなる普及に向けた法手続緩和策等について提案したい. キーワード RPS法,経済危機対策,北陸地方の包蔵水力,河川管理者による小水力発電実験, 水利権申請の簡略化 1,000kW以下の水力発電」を指すこととする. なお,一般家庭における消費電力は年間約3,600kWと 言われているので,毎時1,000kWの発電を1年間実施した 河川の流水を使用する水力発電は,一般的には多額の 際に得られる電力(8,760,000kW)は一般家庭2,400軒分 予算と長い年月をかけて大規模なダムを建設し,延長数 以上に相当する. キロメートルにも及ぶ鉄管で水を発電所に導いて数万キ a) 電気事業者による新エネルギー等の利用に関する特 ロワットの電気を起こす,というイメージがある.その 別措置法(平成16年6月7日法律第62号) 一方,発電規模こそ小さいが,大規模なダムなどを必要 (Renewables Portfolio Standard の頭文字から通称RPS法と とせず,少ない予算で,既存の農業用水路等を流れてい 称される.以下「RPS法」とする.) RPS法及び同施行令において新エネルギーとして定義 る水を利用して発電する施設,いわゆる小水力発電が注 目を浴びている. されている水力発電は,「出力1,000kW以下の水力発電 小水力発電施設の設置には河川法の許可が必要となる 所の原動力として用いられる水力」である.具体的には, ことが多いが,その普及促進に向けて,国土交通省では, 「出力1,000kW以下の水路式発電所」,または「出力 1,000kW以下であって,水道,工業用水若しくはかんが 河川法申請書類の一部簡素化を認めるなど,様々な取り 組みを行っており,本稿においてはこれらの取り組みに いのための水又は河川の流水の正常な機能を維持するた ついて紹介するとともに,小水力発電のさらなる普及に めの水の放流に伴って発生する水力を用いるもの」が該 向けた河川法手続の緩和策等について提案したい. 当する.1) なお,上記の水路式発電所とは,川の上流に低い堰 (高さ15m未満)を設けて水を取り入れ,水路で落差を 得られるところまで導き,発電する方式を指す.2) 2. 小水力発電とは b) 新エネルギー利用等の促進に関する特別措置法(平 成9年4月18日法律第37号) (1) 小水力発電の定義 (以下「新エネ法」とする.) 「電気事業者による新エネルギー等の利用に関する特 新エネ法及び同施行令において新エネルギーとされる 別措置法」及び「新エネルギー利用等の促進に関する特 水力発電は,「かんがい,利水,砂防その他の発電以外 別措置法」に,新エネルギーとされる水力発電について の用途に供される工作物に設置される,出力が1,000kW 記載されており,これらが小水力発電に該当すると考え 以下の発電」とされている.すなわち,他の水利使用に られる.しかし,双方の規定には若干の相違点があるた 従属する発電のみを新エネルギーと定義している点が, め,本稿における小水力発電とは,便宜上「出力が 前述のRPS法との大きな相違点である. 1. はじめに ただし,水利権の申請において手続きが簡略化されて いるのは,新エネ法に定義されたものと同じく,他の水 利使用に従属する小水力発電である.詳しくは第5章で 述べる. 発になることが予想される. 3. 小水力発電を取り巻く環境 (2) 北陸地方の豊富な包蔵水力 近年,様々な要因が重なった結果,小水力発電の普及 に拍車がかかっている.その主な要因について下記のと おり述べる. 図-1 富山県内における主な河川の落差 3) 北陸地方,特に富山県内は海抜3,000mを超える山々が そびえる積雪地帯であり,これらの山々を源とした河川 が一気に富山湾まで流下しているため,発電に必要な落 差を確保しやすく,発電効率が高いとされている. 北陸地方は利用可能な水力エネルギー量(包蔵水力 という)が豊富であり,経済産業省資源エネルギー庁が 実施した全国調査によると、都道府県別包蔵水力の上位 10都道府県には,第一位の岐阜県,第二位の富山県をは じめ,6県がランクインしている. 図-2 都道府県別包蔵水力 4) 単位:年間可能発電電力量(億kWh) 特に富山県内においては,規模の大きな農業用水路 が多く,水量が豊富かつ急勾配であるため,小水力発電 に適した箇所は数多く存在する.今後,北陸地方におい ては小水力発電を実施しようとする動きが,ますます活 (1) RPS法の施行 平成17年に施行されたRPS法は,電力会社等の発電事 業者に対して,毎年,その販売電力量に応じて,一定割 合以上の新エネルギー(小水力発電をはじめ,風力,太 陽光発電など)を導入することを義務付けている.電力 会社等はこれら新エネルギー事業を自ら行うか,若しく は他者が実施した新エネルギー事業により発生した電力 を購入する義務を負うこととなった.電力購入義務が課 されたことにより,電力会社以外の事業者が小水力発電 などの新エネルギー事業を実施しやすくなる環境が整っ たと言える. (2) 経済危機対策 政府が平成21年4月10日に発表した「経済危機対策」 には,低炭素・循環型社会を実現するための新エネルギ ーとして,太陽光発電等に並んで小水力発電の普及促進 が盛り込まれた.5) これを受けて国土交通省では,河川管理者自らが小水 力発電を実験的に実施し,小水力発電に関する技術的・ 制度的課題を明確化し,その対応策を確立することで、 小水力発電の普及の促進を図ることとしている.この実 験に関しては,第5章において述べることとする. (3) 各種補助金制度の充実 小水力発電の実施に関しては,各種団体において補助 制度が設けられている.小水力発電の普及促進を主目的 としたものや,環境と共生する社会の実現を主な目的と しているものなど,様々な制度が存在する.主なものを 以下に列記する. a) 新エネルギー等事業者支援対策事業 一般財団法人新エネルギー等導入促進協議会(略称 NEPC)は,出力1,000kW以下の水力発電等の新エネルギ ー設備導入事業を行う事業者に対して,最大で補助対象 経費の1/3を補助する制度を設けている.5) b) 地域に根ざした脱温暖化・環境共生社会 「地域に根ざした脱温暖化・環境共生社会」とは,独 立行政法人科学技術振興機構・社会技術研究開発センタ ーが設定した研究開発プログラムである.同センターで は大学や独立行政法人等を対象に様々な提案を募集して おり,採択された場合には,数年間に渡って研究開発費 を受けることができる制度である. 北陸地方整備局管内では,特定非営利法人地域再生機 構が提案した「小水力を核とした脱温暖化の地域社会形 成」が採択され,平成20年度より富山県及び岐阜県を実 験地域として,小水力利用の技術的課題・制度的制約・ 合意形成上の問題などを抽出して,本格普及に必要な新 たな認可・調整方式や事業誘導方法などを検討し,地域 主体の事業モデルを提案することとしている.6) 4. 小水力発電と水利権 小水力発電施設を設置するには、河川法の許可が必要 となることが多く,これが小水力発電の普及の障壁とな っているとする意見も数多く見受けられる. (1) 河川法上の許可は必要か? 小水力発電と定義づけられる発電には,前述のとお り,河川に堰等を設けて取水するもの,または他の水利 使用に従属した形式のもの等がある.河川に堰等を設け る水利使用の場合は,治水上又は利水上の支障が生じる おそれがあるため,その発電出力の大小に関わらず,河 川法の許可(流水占用の許可等,いわゆる水利権)を得 る必要がある. 一方,他の水利使用に従属する形式の発電であって も,水利権取得が必要とされている.その理由を以下に 述べる. a) 水利権とは 河川法(昭和39年7月10日法律第167号)第23条には 「河川の流水を占用しようとする者は,国土交通省令で 定めるところにより,河川管理者の許可を受けなければ ならない.」と規定されている.すなわち河川の流水を 特定目的(水力発電,農業用水,上水道用水,工業用水 等)に使用する場合には,河川管理者の許可を得る必要 があり,この許可のことを一般的に水利権と称する. b) 他の水利使用に従属する発電 他の水利使用に従属する形式の発電であっても,水 利権許可が必要とされている.例えば,農業用水路の落 差等を利用して発電する場合には,「河川から取水され かんがい用水路に収容された水の使用は,水利使用の許 可の目的を逸脱しないように行われなければならない. かんがい用水路の落差等を利用して発電を行う場合には, かんがい目的のための水利使用には何ら変更が生じない が、発電のための水利使用という目的が新たに加わるこ とになるため,その発電についての水利使用許可を受け る必要がある.」7)とされている. 仮に,既存農業用水の水利権量を上回る取水を内容と する小水力発電計画の場合には,河川からの取水量が増 えることにより,取水地点より下流の流量が減少し,下 流域の水利権者の取水や,漁業等に影響を及ぼすおそれ があることから,これら関係者との調整が必要となる. 5. 小水力発電に対する国土交通省の取り組み これまで述べてきたとおり,小水力発電は地球温暖化 対策に資するクリーンエネルギーであり,今後さらに普 及を促進すべきと考える.現在の河川法等においては, 水力発電に関してはその規模の大小を問わず水利権の許 可が必要とされているが,その申請書類の一部簡素化を 行うなど,国土交通省では下記のような取り組みを行っ ている. (1) 他の水利使用に従属する小水力発電の場合 小水力発電の多くは他の水利使用に完全に従属して発 電を行うことが見込まれるため,河川からの取水量が増 えるわけではなく,河川流量に影響を及ぼさないため, 平成17年3月28日に国土交通省河川局から発出された通 知 8)では,「河川の流量と申請に係る取水量及び関係河 川使用者の取水量との関係を明らかにする計算」は省略 可能となった. すなわち,河川から取水する場合は過去10年程度にわ たって河川の流量を計測し,その水利使用における取水 を行ったとしても,その河川における正常な流量を下回 ることなく,かつ,取水地点より下流で水利使用を行っ ている他者の取水にも影響を及ぼさないことを証明しな ければならないが,他の水利使用に完全従属する水利使 用では,このような計算が省略可能となった. (2) 他の水利使用に従属する水利使用の許可範囲 前述のH17.3.28通知で,水利権申請を行う場合の添付 図書の省略等が可能となったが,平成18年3月30日に同 じく国土交通省河川局から発出された通知 9)では,さら に踏み込んで主たる水利使用に従属する水利使用に関し て,水利権許可を不要とするケースが列記された. 例えば,農業用水が届いている末端の田畑を過ぎれば, 農業用水利権は,田畑に配水するという目的を達成して いるので,この目的を達成した箇所以降において小水力 発電を実施する場合には水利権許可を得る必要は無いと された. (3) 国土交通省における小水力発電の実証実験 平成21年4月に発表された経済危機対策を受けて,国 土交通省では,河川管理者自らが小水力発電を実験的に 実施することとしている. この実験の目的は,まず第一に,小水力発電施設の発 電効率,施工コスト,維持管理コスト等様々な視点から データ収集を行い,今後さらに小水力発電を普及させる うえで課題となる点を洗い出すことである.第二に,収 集したデータを元に,小水力発電施設の安全性や,事業 計画の妥当性及び事業の継続性を審査するうえで必要と なる基準(技術審査基準)を整備することである.さら に,小水力発電の許可申請に関するガイドブックの整備 も進める予定である. なお,各都道府県等において普通河川管理条例等が制 定されている場合には,この条例に基づく申請等が別途 必要になる. (3) 現行制度の見直し 一言に小水力発電と言っても,民家の庭先で施工でき る小さな施設や,見た目は一般的な水力発電所と全く変 わらない,出力規模の大きな施設と様々な形態がある. それなのに,双方ともに水利権の許可が必要となるのは, 6. まとめ(今後の課題) 一般人の感覚からするとあまりにも不自然と思われる. 一概には言えないが,例えば発電出力が一定規模未満 本章では,今後さらに小水力発電を普及させるために, で,かつ,他の水利使用(従属元の水利使用)に対して, 私なりに考えた方策について述べたい. その使用水量が減少するなどの影響を与えないようなケ なお,小水力発電を実施する事業者として,市町村役 ースでは,水利権許可に代わり届出制度を導入するなど, 場,土地改良区,民間企業,特定非営利法人,個人等, 現行制度の見直しも必要と考える.例えば,農業用水に 今までは水力発電とは縁遠かった団体を想定している. おいて,既設農業用水路における水の流れを変えること なく,小水力発電施設が設置可能な場合などがこれに該 (1) 各種法令手続の相談先は? 当する. 一般的に小水力発電の実施を検討している事業者は, 小水力発電を行うにはどのような法手続が必要か分から (4) まとめ ないことが多いと思われる. 近年,前述した様々な要因により小水力発電を計画し 現行制度上,小水力発電を実施するには河川法を始め ている事業者が増加し,河川法等における対応が後手に とした各種法令に基づく手続きが必要となる.このよう 回っているような感がある. な法令に関する知識に乏しい者が小水力発電を実施する 今後,河川管理者が実施する実証実験において,小水 に当たっては,まず「誰に」「何を」相談すればよいの 力発電に関するデータ,問題点等を少しずつ積み重ねて か分からないのが現状である. 現行制度を見直すことによって,小水力発電の普及が図 第3章で述べた特定非営利法人地域再生機構による られれば,政府が掲げる低炭素社会の実現に向けた施策 「小水力を核とした脱温暖化の地域社会形成」における の推進に貢献できるものと考える. 取り組みでは,小水力発電に関わる各種団体(学校法人, 国交省,経産省,農水省,地方公共団体,電力会社等) 参考文献 1) 経済産業省資源エネルギー庁:RPS 法ホームページ「Q& が定期的に集まり,各種法令手続きに関する知識の共有 A」より を図っている.このような機会を捉えて,我々河川管理 2) 経済産業省資源エネルギー庁ホームページ:「RPS 法の概 者も他の法令について幅広い知識を得て,事業者に対し 要」より て的確なアドバイスをすることが必要と考える. 3) 国土交通省富山河川国道事務所:事業概要より 4) (2) 水利権許可が不要となる事例の紹介 近年,小水力発電の実施を検討している事業者から, 発電実施に関して,どのような法手続が必要かとの問い 合わせが増えている.問い合わせの多くは,農業用水路 における小水力発電であり,前述のとおり水利権許可を 得る必要があるケースが大部分である.しかし,小水力 発電の普及を促進するという立場に立てば,下記のよう に,水利権許可を得ることなく小水力発電が可能となる 事例についても,事業者にアドバイスすべきと考える. a) 水利権許可が不要となる事例 河川法が適用されない河川(普通河川)で水利使用が 計画された場合には,河川法適用河川に指定することが 望ましいが,「普通河川区域内で取水し,全量を当該河 川に放流して法適用河川に影響を与えない場合には,河 川指定は行っていない.」10). 経済産業省資源エネルギー庁ホームページ:「日本の水 力エネルギー量」より 5) 一般財団法人新エネルギー等導入促進協議会ホームペー ジ:新エネルギー等事業者支援対策事業公募資料より 6) 独立行政法人科学技術振興機構社会技術研究開発センタ ーホームページ:採択プロジェクトの紹介一覧より 7) 水利権実務研究会編著:新訂水利権実務一問一答(大成 出版社)P169 より 8) 「他の水利使用に従属する水利使用に係る添付図書の省 略等について(通知)」(平成 17 年 3 月 28 日付け国河調 第 18 号及び国河流第 18 号 国土交通省河川局水政課水利 調整室長及び河川環境課流水管理室長通知) 9) 「他の水利使用に従属する水利使用に係る許可処分の対 象範囲について(通知)」(平成 18 年 3 月 30 日付け国河 調第 16 号及び国河流第 8 号 国土交通省河川局水政課水 利調整室長及び河川環境課流水管理室長通知) 10) 水利権実務研究会編著:新訂水利権実務一問一答(大成 出版社)P42 より