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西洋の研究者から見たニホンオオカミ
森田正純
ニホンオオカミは江戸時代、明治時代の初期には多数生息していた事は周知
である。しかしその時代、日本ではまだ動物分類学の分野は未発達であったた
め、ニホンオオカミに関する初期の研究は von Siebold を始めとする、西洋の
研究者によって発展した。日本産のオオカミにも関わらず、その標本と研究論
文はかなり長期間、諸外国にリードされて来たので、当然その論文は日本では
なく外国(オランダ、イギリス、ドイツ)にて刊行された物が多い。
私は、この度、江戸時代後期、明治時代のニホンオオカミに関する主な論文
の日本語訳を試みた。もとより、専門家でもなく、外国語に堪能であるわけで
はないので、誤訳、勘違いならびに専門用語の誤用等が多数存在するであろう
事を、ご容赦頂きたく、またご指摘を賜りたく思っている。
本稿で使用したニホンオオカミの学名について
現在では、ニホンオオカミの学名は Canis hodophilax あるいは Canis
lupus hodophilax に統一されている。これは原記載である、Temminck の論文
(西洋の研究者から見たニホンオオカミ(1)を参照の事)の中で、
「hodophilax」
とされているからである。しかしその後、長期にわたり「hodophylax」と記載
されている論文が多く、本稿では記載のままで日本語訳中に表示した。
本稿で使用したニホンオオカミ、日本の犬科動物の呼称について
現在では、Canis hodophilax あるいは Canis lupus hodophilax は ニホン
オオカミとされている。しかし、この呼称はむしろ近時のことで、昔はヤマイ
ヌとも呼ばれていた。本稿では Japanese Wolf をニホンオオカミと訳し、論文
中に日本語として引用している部分はそのまま、「ひらがな」表示した。また、
本稿では Japanese Wild Dog を日本の野生種の犬科動物の意味合いとして、以
下、日本野犬あるいは野犬とした。
1
目次
(1)
Temminck,C.J.(1839) : 日本の哺乳類の知識と普及(ニホンオオカミ記載部分)
(2)
von Siebold,P.F.等(1842-44) : Fauna Japonica(日本動物誌)(ニホンオオカミ記載部分)
(3)
Pryer,H.J.S.等(1878) : ロンドン動物園に搬入されたニホンオオカミ
(4)
Huxley,T.H.(1880) : ニホンオオカミを観察した感想
(5)
Smit,J.(1880) : ロンドン動物園で写生されたニホンオオカミの水彩画
(6)
Nature(1880) : ロンドン動物園にいる新しい、珍しい動物(ニホンオオカミ記載部分)
(7)
Brauns,D.A.(1881) : Canis hodophylax またはニホンオオカミについて
(8−1)Nehring,A.(1885) : 日本のオオカミについて
(8−2)Nehring,A.(1885) : 日本のアナグマ、オオカミ、シカ、イノシシについて
(8−3)Nehring,A.(1887) : ジャワの Cuon rutilans と日本の Lupus japonicus について
(9−1)Jentink,F.A.(1887) : オランダ自然史博物館9巻哺乳類の骨学目録
(9−2)Jentink,F.A.(1892) : オランダ自然史博物館 11 巻哺乳類の系統的目録
(10)Mivart,st G.(1890) : 犬科専攻(ニホンオオカミ記載部分)
(11)Thomas,O.(1905) : ベッドフォード卿の東アジア動物探検(鷲家口オオカミ記載部分)
(12)Pocock,R.I.(1935) : Canis lupus の亜種について(ニホンオオカミ記載部分)
RIKEN 横浜研究所の
Dr. Tobias Barduhn に深謝します。
氏にはドイツ語の論文を英語に翻訳していただきました。
協力してくれた愚息、森田純明と妻ダニエールに感謝します。
I am very grateful to Dr. Tobias Barduhn that belong to RIKEN.
He gave me translated papers of Garman into English.
I would like to thank my son, Sumiaki Morita and his wife Danielle.
2
西洋の研究者から見たニホンオオカミ(1)
Temminck,C.J.(1839)
ニホンオオカミの初記載
Tijdschrift
voor
natuurlijke geschiedenis
en physiologie
uitgegeven
door
J.van der Hoeven,M.D.
Prof. te Leiden
en
W.H.de Vriese,M.D.
Prof. te Amsterdam.
Vijfde deel
te Leiden,
bij. S. en J.Luchtmans
1838-1839
掲載雑誌の表紙
自然史および生理学のジャーナル 発行 J.van der Hoeven、医学博士ライデン(大学)教授 と W.H.de Vriese、医学博士アムステルダム(大学)教授 第5部 ライデン S.& J.Luchtmans
1838-1839
3
目次と表題
13.Over de Kennis en de Verbreiding der Zoogdieren van Japan
bl.273-293
door C.J.Temminck
13.The knowledge and dissemination of mammals of Japan pp273-293
by C.J.Temminck
13.日本の哺乳類の知識と普及 273-293ページ 著 C.J.テミンク 4
ニホンオオカミを記載した部分、284 ページ
De Japansche wolf schijnt eene andere soort te zijn als de Europesche, zoo
als(=zoals) die van Amerika (Canis nubilus) wezentlijk van hem onderscheiden is; hij verwijdert zich van dezen verre door zijne gestalte en de geringe
lengte van den staart; hij is laag op de beenen en zijn muil is veel stomper,
dan die van onzen wolf. Wij bestempelen hem met den naam van Canis
hodophilax.
The Japanese wolf seems a different type to that of the European, such as
America (Canis nubilus) materially distinct from it; he removes himself from
this far by his stature and the short length of the tail; he is low in stature,
and his mouth is much blunter than that of our wolf. We describe him with
the name Canis hodophilax.
日本のオオカミは、ヨーロッパのそれと異なるタイプのようで、アメリカの
(Canis nubilus:ネブラスカオオカミあるいはグレートプレーンオオカミ)な
どは大いにそれと異なる;日本のオオカミは、その身長と尻尾の短い長さによ
って、これ(ヨーロッパのオオカミ)から遠く隔たっている。 日本のオオカミは、私たちのオオカミのそれより、身長が低く、口(吻)はと
ても鈍い。私たちは日本のオオカミをCanis hodophilax の名前で記述する。 5
西洋の研究者から見たニホンオオカミ(2)
von Siebold,P.F., Temminck,C.J.
,Schlegel,H. & de Haan,W.
(1842-44)
『ファウナ・ヤポニカ』
(日本動物誌)
哺乳綱
訳/田隅本生(1988) シーボルトの見た江戸時代のイヌ/その記録.
狩猟界,(9) : 29~33p. より抜粋
Fauna Japonica 哺乳類部門38ページ、ヤマイヌの冒頭部分 原文 フランス語 ホドフィラックス類の犬(Canis Hodophylax)
原本 図版9、成獣
新種の野生の犬,つまり日本人のいうヤマイヌ[Jama-inu]は、全体の形でも
毛なみの特徴でも生活様式でも、われわれの諸国の狼[loup]と比べうるものであ
る。
もっとも,足の比率が少し小さい点で、われわれの Canis lupus[ヨーロッパ
6
狼]とは十分よく区別できるから、ヨーロッパのこの犬と同種ではないかという
見方を完全に退けることができる。またこれをアメリカ北部の野生の犬と同じ
種と認めることもできかねる。体長が小さいことと,脚が短いことでかけ離れ
ているからだ。この新種では、脚が短いという特徴が実際顕著なのである。
日本の狼[loup]は、ヨーロッパの狼[loup]より小さいのみならず、立ったとき
に、体長に比べての高さがヨーロッパ狼より少ない。このような違いを確認す
るには、これらの部分の骨の大きさを比べるだけで十分であろう。これらの大
さは、老齢のヨーロッパ狼の骨格と、大きな成獣の日本の狼の前肢および後肢
について測られている。
私がこの骨学的比較に役立てることができるのもやはり,骨格のこうした部
分だけである。
われわれがもっているヤマイヌ[Jama-inu]の足の骨格には、上腕骨と大腿骨
が欠失していた。
この狼の前腕の骨、つまり橈骨の長さは七プス六リーニュ[20.3cm]あるのに
対し、ヨーロッパ狼のそれは九プス五リーニュ[25.5cm]ある。
前者の脛骨は六プス六リーニュ[17.6cm]の長さがあるが、われわれの狼のそ
れは八プス四リーニュ[22.5cm]である。中足骨や中手骨も同じように大きさが
違う。
ヤマイヌ[Jama-inu]の毛並みは短くてなめらかであるが、尾にはもっと長い
毛がある。この毛並みの特徴は、その色と同じく、われわれの狼の毛並みとほ
とんど違わない。灰色の色調が,この毛並みの基調をなしており、毛はすべて、
その根元から全長の約三分の二のところまで同じ色をしている。
背中から臀部にかけては、これらの毛の先端部は黒く、そのためこれらの部
分は黒ずんだ色調を呈する。
わき腹、頸部、腹部、および尾はこれらの部分の毛がかすかに黒みをおびた
微小な先端をもっているだけなので灰
色の色合いとなっている。
頭と鼻づらは暗灰色、唇はいくらか
白みをおび、耳介の後部は褐色がかっ
た茶色である。四肢は茶褐色をおびた
灰色をしている。尾の先端に色のつい
た毛房はない。
7
この集録(原本図版9)に示す成獣について測った大きさは、前駆が一ピエ
四プス[42.3cm]、臀部が一ピエ六プス[48.7cm]である。全長は三ピエ九プス
[121.8cm]で、このうちおよそ一ピエ[32.5cm]を尾が占める。
眼の前縁から鼻の先端までの距離は三プス六リーニュ[9.5cm]、耳介の高さは
三プス[8.1cm]ある。
シーボルト氏のノートには、この旅行者が生きたまま入手し,しばらく飼っ
ていた,この種類の非常に老齢の個体のことが書かれている。
彼が多少の詳細を書いている各部の大きさや毛並みの色調は、当博物館がビ
ュルガー[Burger]氏の世話で受けとり、Jama-inu というこの同じ名で送られて
きた、一つの完全な遺体について上に私が素描したことと全く同じである。
この狼は、森林におおわれた山岳地方に棲んでいて,小さい家族をつくって
狩りをしている。その存在はヨーロッパ諸国でのわれわれの狼の存在と同じよ
うに,日本人たちから疑われているが、ヨーロッパの狼はそれを目標にした倦
むことのない追跡がされているにもかかわらず、冬になるとまだかなりしばし
ば姿を現している。日本人達は、オオカメ[Ookame]の肉は食べられるが、ヤマ
イヌ[Jama-inu]の肉は体に悪いと、言い張っている。
(注)文中の[
]内は、参考のため訳者がいれたものです。
本項目(ホドフィラックス類の犬)の前、イヌ類の後半部にオオカメ[Ookame]
の記述があるので、以下に表示する。
さらに、日本人たちは彼らの書物のなかでオアカメ[Oakame](山の犬)と呼ぶ
野生の犬のことにふれている。彼らの言によれば、これは狩りの犬と狼[loup]、
つまりヤマイヌ[Jama-inu]との中間の種である。
日本の本草学者、小野蘭山によると、このオオカメ[Ookame]は灰褐色の動物
で、白い毛房のある長い灰色の尾をもち、頬も同様に白い。足には膜をそなえ
た指があり、完全に良く泳ぎ、地面の上と同じように水面で獲物を追っている
のを見かけることがある。
オオカメ[Ookame]は高地を見捨てることがたまにある。霜が山脈をおおうと
き、この動物は人里ヘおりて来て、そこで村人たちにとって危険なものとなる。
当博物館は、まだこの種類の遺体を入手していない。
8
西洋の研究者から見たニホンオオカミ(3)
Pryer,H.J.S. & H. Heywood Jones (1878)
ロンドン動物園に搬入された
Japanese Wild(?) Dog と Japanese Wolf
List of the vertebrated animals now and
lately lived in the gardens
of the zoological society of London.
Seventh edtion
1879
ロンドン動物学協会のガーデン(ロンドン
動物園)に現在または過去に生存した脊椎
動物のリスト
ロンドン動物園脊椎動物目録
第七版
1879 年
63 ページ、210. カニス ファミリアリス、リンネ。 イエイヌ
分布 全ての国々。
c. Japanese Wild(?) Dog. H.Pryer 様によって寄贈、
1878 年1月1日。動物学協会会報 1878 年 116 ページと 788 ページを見よ。
9
63ページ、212.カニス ホドフィラクス,テミンクとシュレーゲル. ニホンオ
オカミ 分布。日本。
a. メス。H.Heywood Jones 様によって寄贈。動物学協会会員、
1878 年 6 月 26 日。動物学協会会報 1878 年 788 ページを見よ。
議事録 1878 年 2 月 5 日動物学協会会報(Proceedings of Zoological
Society ; P.Z.S.)1878 年 115 ページから抜粋
1878 年 2 月 5 日
議長 セントジョージ マイバート教授、王立学会会員、副会長
秘書は 1878 年 1 月の月中に協会の動物園に加入した動物について、以下の報
告を読み上げた。
1月中に協会の動物園に加入した動物の登録された総数は 91 であり,その内、
寄贈は 43、誕生は 1、購入 41、供託を受けたものは 6 であった。同じ期間に離
脱した総数は、死亡と移動によるもの 78 だった。
10
1月中の最も注目すべき加入は以下の様である。
1・日本野犬1頭、横浜のハリー(ヘンリー)プライヤー様によって寄贈、
1月1日̶ この動物は明白にインドの「ドール」ならびにオーストラリアの
「ディンゴ」と同類である。E. W. Janson 氏は、彼がプライヤー氏からこの
件について受け取った2通の手紙について、以下に引用することを、親切に
も私に承諾してくれた。
115 ページ終、次いで 116 ページ
横浜、10 月8日、1877
「私は’Loudoun Castle’(訳者註 1)によって,ニューヨークを経由して日本
野犬の素晴らしい標本を送ろうとしています。この動物は全く新しく,オオカ
ミでも普通のイヌでもありません。この動物を区別している主な特徴は、それ
11
の長く幅の狭い足先と、それの頭部です;それはシーボルトの(ファウナ・ヤ
ポニカの)中に図示されたものの一つで,当地で狩人によって使用されている
イヌに最も似ています。その性質は、どんな飼育されているイヌのそれ(性質)
とも全く異なります。うれしそうな時には非常に風変わりな笑い方を、そして
また、うれしそうな時や非常に怒っている時は奇妙な、踊るような歩き方をし
ます。この標本は(116p に続く)昨年、富士山の裾野にて子犬で捕獲されまし
た。私は彼(オス)を 11 ドルで昨年の 11 月に買いました(訳者註 2)。彼は、
私が入手した始めの頃は知らなかった吠え方のたぐいを他のイヌ達から学習し
ました;彼は時々、普通のオオカミの遠吠えを口にするが,度々ではありませ
ん。彼の吻については本州のオオカミに、より似ています。北方のオオカミは,
シベリアのそれのように鼻が非常に長く、本州のそれら(カニス ホドフィラ
クス)は(北方のオオカミ)よりとても短いのです。私の始めの印象は,この
イヌはオオカミとカリイヌの間の混血でした;しかし,その両親が両方共、非
常に大きな丸い足先を持つ時に、これは(丸く大きな足先を)持っていないの
です。友人は、これはインドの「ドール」にとても似ていると、私に言いまし
た。冬には厚い外被毛を持ち;しかし夏には、全ての長く色の薄い毛は抜けて、
その時は粗雑なきめの粗い、硬い針金状の毛のみを持つ。これ(日本野犬)は
本州のオオカミに比較してよほど珍しい動物です。後者はカモシカが生息する
山なら、どこでも、むしろありふれています。」
訳者註 1:Loudoun Castle:スコットランド、グラスゴーの J.&G.Thomson
Limited で 1876 年製造の客船。2489 トン、長 350 フィート、幅 36 フィート、
速度 12 ノット、960 人乗り。T.Skinner & Company 所属、イギリス船籍。 訳者註 2:手紙の日付け(1877 年 10 月 8 日)から、入手したのは 1876 年 11
月で、その後,11 ヶ月間プライヤーはこの動物を飼育していたことになる。
12
116 ページの続き 横浜、11 月 17 日、1877
「私は(動物学)協会へ寄贈するために南方のオオカミ(Canis hodophylax)
を手に入れようと努力しています。私は’Loudoun Castle’で『野犬』を送りまし
た。そして,私は彼(野犬)について彼ら(動物学協会員)がなんと言うか,
聞きたく思います。彼(野犬)は私にとって全く見当がつきません。ある時は
彼(野犬)を見て、普通のイヌが野生化した只の例外的な形態に過ぎないと思
います。そしてまたある時には、彼(野犬)は普通のものではないと完全に確
信したと感じます。彼(野犬)は非常に幅の狭い足先と、スッキリとした脚,
とても長い犬歯、夏には粗雑な荒い体毛、そして冬には、たくさんの長くて色
の薄い体毛、オオカミのような眼と耳を持っています。私の行った所ではどこ
でも、狩人達から、この動物について、この一例の捕獲に唯一成功したけれど
も、捕えるのはオオカミよりもっと非常に難しいと言うのを聞きました。オオ
カミの捕獲が容易でない仕事であることを、私は知っています。私が彼ら(オ
オカミ)が豊富であったいくつかの場所に行ったことがありますが,ただ一頭
と他の毒殺されたのを見ただけでした。しかしながら,私は、大和の森の中で
6回、そのうち1回は私のとても近くで遠吠えを聞いたことがあります。
13
私の『野犬』は北海道(Yesso:蝦夷)で見られる Canis lupus(灰色オオカミ)
や本州に限局した Canis hodophilax(ニホンオオカミ)とは、かなり異なって
います。しかしながら,彼(野犬)のより短い吻については後者に似ています。
我々が日本の洞窟や他の近世の骨の埋蔵について、もっと知る時,我々は彼(野
犬)についてより明確に語ることが出来るでしょう(訳者註 3)。」
訳者註 3:プライヤーの手紙は、北海道と本州に生息したオオカミがそれぞれ別
種であることを、この時点(1877 年)で既に指摘している。また、現在,ニホ
ンオオカミの全身骨格が九州の洞窟からや室町時代の遺跡から発掘、研究され
ていることを見通した内容である。
議事録 1878 年 11 月 5 日動物学協会会報(Proceedings of
Zoological Society ; P.Z.S.)1878 年 788 ページから抜粋
14
11 月 5 日、1878 年
議長 アーサー グロート様、副会長
秘書は 1878 年 6,7,8,9 そして 10 月の月中に協会の動物園に加入した動物に
ついて、以下の報告を読み上げた。
6 月中に協会の動物園に加入した動物の登録された総数は 159 であり,その
内、誕生は 35、寄贈は 75、購入は 29、供託を受けたもの 14、そして交換のよ
るものは6であった。同じ期間に離脱した総数は、死亡と移動によるもの73
だった。
6 月中の最も注目すべき加入は以下の様である:−
ニホンオオカミ1頭(Canis hodophylax, 「ファウナ ヤポニカ」哺乳類編。
9図。38ページ)、H. Heywood Jones 様、動物学協会会員によって寄贈、6
月 26 日、我々が生きたままで受け取った、このほとんど知られていない動物の
初めての標本である。現在あるこの標本から判断すると,ニホンオオカミは
Canis lupus(ハイイロオオカミ)と、ほとんど同属であるけれども、別個の種
であるようで、そのより小さなサイズとより短い脚によって,認識されるよう
である。
プライヤー氏によって,我々に送られた『日本の犬』(動物学協会会報 1878
年、115 ページを見よ)は全く異なった動物で,そしてそれはただのイエイヌ
の変化型あるいは混血であることに,私は疑いを持たない(訳者註 4)。
訳者註 4:プライヤーの送った『Japanese Wild(?) Dog 』は上記したロンドン
動物園脊椎動物目録の第8版(1883 年)には記載されている(68 ページ)が、
第9版(1896 年)では削除された。以後は記載されていない。
15
西洋の研究者から見たニホンオオカミ(4)
Huxley, T.H. (1880)
On the cranial and dental characters of the Canidae
ロンドン動物園のニホンオオカミを観察した Huxley の感想
ロンドン動物学協会会報(1880)の表紙と論文の表題
ロンドン動物園に搬入されたニホンオオカミについての
Huxley の観察、論文の274ページから抜粋
日本の C.hodophylax、ザ・ガーデン
(ロンドン動物園)に現在生きている
西洋の研究者から見たニホンオ
オカミ(5)
Smit, J. (1880)
Title Statement : Japanese Wolf / J.Smit. 1880
Description 1 art original : watercolour, some pencil outline,
on paper ; 13.8
22.8cm
Artist: Smit, Joseph, 1836-1929
16
表題と所説:ニホンオオカミ/J.スミット 1880 年
解説 原画 1:水彩、いくらかの鉛筆による外形線、
紙;13.8cm 22.8cm
画家:スミット、ヨセフ 1836-1929
ロンドン動物園で写生されたニホンオオカミの水彩画
Drawn from life in the Gardens. June 24th 1880. Japanese Wolf
ザ・ガーデンズ内で写生された。1880 年 6 月 24 日 ニホンオオカミ
General Note:
1. Unsigned. The painting is attributed to Joseph Smit on stylistic grounds
and a comparison of the handwriting with paintings signed by J. Smit.
2. Inscribed on the front in pencil : 'Drawn from life in the Gardens. June
24th 1880. Japanese Wolf'.
3. No Japanese wolf in Walker, p. 655, which lists 8 sp. of 'Dogs, wolves,
coyotes and jackals' but there is no specific mention of Japan. However
according to : List of vertebrate animals exhibited in the gardens of the
Zoological Society of London 18128-1927. Vol. 1 Mammals / by S. S. Flower,
London: ZSL, 1929 p. 114.`A female wolf from Japan, presented 26 June ,1
1878 by Mr. H. H. Jones, F.Z.S., was called Canis hodophylax Temminck' so
the painting is possibly of this specimen. According to Flower : Fauna
17
Japonica Mammalia / Temminck 1842-1845 pl. 9 illustrates a Canis
hodophilax but the illustration is older than this plate and must be of a
different specimen.
4. The painting shows the wolf in profile, as seen from its right side. It is
shown running along the ground, with some trees in the background.
5. Provenance. Unknown.
一般的覚え書き
1.
署名無し。この絵は表現形式の根拠と J.Smit によって署名された絵と
の筆跡の比較から、Joseph Smit の物とされる。
2.
鉛筆で正面に「ザ・ガーデンズ内で写生された。1880 年 6 月 24 日。
ニホンオオカミ」と銘記されている。
3.
Walker の、イヌ類、オオカミ類、コヨーテ類、ジャッカル類、8種の
リストの 655 ページにはニホンオオカミはない。けれども、日本への特別
な言及はない。しかしながら,「18128?(多分 1828)-1927 年.ロンドン動
物学協会のザ・ガーデンズに展示された脊椎動物のリスト.1巻,哺乳動物/
S.S.Flower 著,ロンドン:動物学学会,1929 の 114 ページ」によると「日本
からのメスオオカミ一頭,1(?) 1878 年 6 月 26 日,H.H.Jones,動物学協会員か
ら贈呈,は Canis hodophylax Temminck と呼ばれる.」とあるので、この絵
はおそらくこの標本である。 Flower によると:ファウナ・ヤポニカ哺乳類
/テミンク 1842-1845 9図は Canis hodophilax 一頭を例示している。し
かしこの(テミンクの)イラストは本図(ZSL,Library)より古いもので、
違う種類のものであるに違いない。(カッコ内:訳者註)
4.
この絵はオオカミを、それの右側から見た所を示している。数本の木
を背景に地上を走る状態を示している。
5.
由来。不明。
パオオカミ)の小さい形態らしいと思われる;しかし、この形態あるいは
C.nippon の手に取ることの出来る、どんな頭骨もないので,それらについての
どんな明確な意見も述べることを差し控える。
18
西洋の研究者から見たニホンオオカミ(6)
Nature (Nov. 11, 1880) 35p-37p
Illustrations of new or rare animals in the zoological society’s
living collection
ロンドン動物園にいる新しいあるいは珍しい動物の挿絵
ニホンオオカミの挿絵
ニホンオオカミの掲載されている 36−37 ページと
ニホンオオカミの挿絵
19
ニホンオオカミに関する説明文。37 ページから抜粋
2.オオカミとして知られているイヌ類の種 ̶Canis lupus(ハイイロオオ
カミ)がその代表的な形態である̶ は北半球に広く分布し,旧世界の南の果て
のアビシニア( Canis simensis : アビシニアジャッカル)とインド( Canis
pallipes : インドオオカミ)まで拡大している。北アメリカでは、より大きい
Canis occidentalis : アラスカオオカミが北極圏とロッキー山脈の地域を占めて
いる、がしかし南に行くと徐々にその地位を非常に独特なプレーリーオオカミ
20
(Canis latrans : コヨーテ)に譲り,それは遥かに南下して中央アメリカの地
峡部まで分布している様だ。
日本に真のオオカミが実在することは 1847 年以来、テミンクとシーボルトの
ファウナ・ヤポニカの中の記述と図から Canis hodophylax の名前で知られてい
る。しかし,この動物はヨーロッパではライデン博物館の標本を除いてほとん
ど知られていない。それで,グレー博士の食肉目の目録の中では全く除外され
ており、大英博物館の十分に蓄えられた陳列室にもいまだに出展されていない
ようである。活動的な日本の通信員である̶H. Heywood Jones 氏̶に対し、動物
学協会は、この稀な,すなわち,森の多い山々の囲い込みの中に誘導して獲得
するのが今や非常に難しい食肉目のユニークな標本について、恩義を感じてい
る。
一般的にニホンオオカミの形と大きさは,よく知られているヨーロッパの同
類にとても似ているけれども,それより小さめの寸法で、もっとほっそり型で
ある。シーボルトによれば、現地での名前は「やまいぬ」である。
21
西洋の研究者から見たニホンオオカミ(7)
Brauns, D. A. (1881)
On Canis hodophylax Temminck and Schlegel,
or Japanese wolf.
The Chrysanthemum, vol.1, 65-67p
カニス ホドフィラクス テミンク アンド シュレーゲル
またはニホンオオカミについて
The Chrysanthemum, vol. 1, 65p(注1)
菊 第1巻 65 ページから抜粋
canis hodophylax
Temminck and Schlegel,
あるいはニホンオオカミについて
D.Brauns, 教授、東京大学.(注2)
日本の最も興味ある動物の一つは、1850 年に哺乳動物を含むパートが発行さ
れ、日本の四足動物の全く最初の確実な情報を与えた、シーボルトの
Fauna
Japonica”に、Temminck と Schlegel によって記載されたニホンオオカミであ
る。
我々のアーティストによってよく描かれた、Canis hodophylax は、同様な肉
22
23
前ページ The Chrysanthemum, vol. 1, 66p
菊 第1巻 66 ページから抜粋
Canis hodophylax or Japanese wolf, 66p (注3)
カニス ホドフィラクスまたはニホンオオカミ、66 ページ
食性の習性や、顎の長さと強さや、長い灰色の毛皮を持つヨーロッパオオカミ
すなわち Canis lupus,L(リンネ)とは、疑いなく異なっている。
この種類は、しかし、他のそれからは、より低い身長(体高)とより短い手
足により、より短い尾により、そしてより細長い Canis hodophylax の吻(マズ
ル)によって、簡単に区別されるはずである。
これらの特徴は、大部分がシーボルトの Fauna Japonica の中に述べられてお
り、そして、それらの測定で、(記述は)完全に正しい事を私は見出した。
前脚そして後ろ足共に、オオカミ(ヨーロッパ)のそれより断然短く、そし
て脛骨は勿論、尺骨も撓骨(とうこつ)も、ヨーロッパオオカミのそれらより
約20%短い。
両種(ニホンオオカミとヨーロッパオオカミ)の成体標本の内では、身体の
長さは、ぴったり、あるいは、ほとんどぴったり同じである事は言及される価
24
値がある。脚の短さの結果として、ニホンオオカミの体高は、尾を除いた体長
が 1200mm である個体で、600mm で、より小さい。Canis lupus は、同じ体
長では、(体高は)780mm に近い。後部の体高は同様に減少している。
尾については、充分に成長した Canis hodophylax の個体で 300mm と測定し
た。そして、Canis lupus のそれでは 410(mm)である。
第三の特徴は、Canis hodophylax の頭長、285mm と測定した頭長の、より
大きい事に現れている。一方、Canis lupus ではそれ(頭長)は 270mm である。
この肉食性の動物が有用となる、ただ一つの道はたぶん、その毛皮を差し出
す事によってである。これらの動物は、本州では今は非常に稀である、しかし、
蝦夷では稀ではない(注4)。
東京の北海道博物館は、それ故に、Canis hodophylax の良い剥製標本(複数)
だけでなく、この種の異なった色の(体毛の)黄色状、褐色状、灰白色状の良
い毛皮標本(複数)の小規模のコレクションもまた所蔵している(注4)。
今や、日本にただ1種類のオオカミの存在に関して疑う事は出来ない(注4)。
真の Canis lupus L.が遠く離れた島々に出現するかも知れない、しかし蝦夷
からは今まで報告されていない(注4)。
他の犬科動物は全てイヌ類だけでなく、キツネ類、または『たぬき』として
よく知られている「Nyctercutes」に属する常軌を逸した類もいる。
我々は、全てのこれらの他のイヌ科の動物は、少なくとも本州では、Canis
hodophylax よりも、よりたびたび、それらと出会うことを言い添えても差し支
えは無い。
オオカミは、しかし、日本人の間ではよく知られている。彼らはそれ(オオ
カミ)を絵の中に、あるいは彫刻に表現し、そして、それの獰猛性についての
非常に沢山の逸話を知っている。
彼ら(日本人)はそれを「おおかみ」と呼ぶ、しかし時々は「やまいぬ」と
25
The Chrysanthemum, vol. 1, 67p
菊 第1巻 67 ページから抜粋
呼ぶ。一つの同じ動物のために二つの名前の存在は、この種をシーボルトの
Fauna のなかに記述した著者を当惑させていた。
しかし、後者(やまいぬ)は時々誤って野犬について適用される様で、そし
て、その事は「おおかみ」は、より野性的で、より獰猛な肉食性の動物である
という言い伝えの発端といっても良いかも知れない。
中には、人によって「やまいぬ」はオオカミとイヌの合の子であると思われ
ているとも、私に話してくれた事がある。
地 理 学 的 重 要 性 に つ い て 述 べ れ ば 、 ニ ホ ン オ オ カ ミ は テ ン 、 ア ナ グ マ
(Japanese badger)、タヌキ、そして恐らくクマ(black bear)、とともに本州
における日本固有の肉食動物の一つに数えられる。
一方、本州において、キツネ、カワウソ、そして最近の研究によれば、イタ
チは、その他の生息域が北方に限られたいくつかの種と共に、日本に限らず、
東半球の北方全体すなわち、旧北区(きゅうほっく)に生息する種に属する。
26
注1:開港直後の横浜で 1881~82 年に刊行された
月刊誌。日本紹介記事を主とした。ニホンオオカ
ミの記事は 1881 年 2 月号に掲載された。
注2:David August Brauns :ダーフィト・アウグ
スト・ブラウンス(1827-1893)ドイツの地質学
者。1879 年 12 月に来日。1880-1881 年東京大学
教授。地質学・古生物学を講義。日本滞在中に各
地を訪問して調査、その結果を論文とする。地質
学、古生物学、上記したニホンオオカミ等の動物
学と共に、蝦夷を訪問してアイヌ文化の論文等。
1882 年ドイツに帰国。
The Chrysanyhemum(菊)
の表紙
注3:この挿絵は 2013 年現在、Wikipedia(日本語版)のニホンオオカミの項
目に「ロンドン動物園に贈られたオス個体」と説明文をつけて引用されている。
他にも同様に引用した記述のある論文は多い。
しかし,上記の記述は以下の理由で誤りである。
(1)ロンドン動物園に贈られたニホンオオカミの個体は「メス」であるが、
挿絵の個体は明らかに「オス」である。
(2)ロンドン動物園に搬入された日時は 1878 年 6 月である。一方、Brauns
の来日は 1879 年 12 月であり、the Chrysanthemum の横浜での発行は 1881
年で,ロンドン動物園に贈られた個体を日本で観察することは出来なかった。
(西洋の研究者から見たニホンオオカミ(3)を参照のこと)
この挿絵は、ロンドン動物園に寄贈された個体とは別個体であると考えられる。
注4:これらの文章から、この時点(1881 年)では Brauns は、現在は別亜種
とされている、ニホンオオカミとエゾオオカミを混同して1種類と考えていた。
記述されている各測定値,特に頭骨の測定値も混同している可能性がある。
27
訳者註:文中の[The Hokkaidõ Museum at Tõkiyõ] 東京の北海道博物館とは、
1875(明治 8 年)に東京芝増上寺に開設された北海道物産縦覧所のことで、翌年
(1876:明治 9 年)開拓使東京出張所仮博物場と改称し、1881(明治 14 年)に閉
鎖された。ここに、所蔵されていた複数の剥製標本や、色彩の異なった複数の
毛皮標本は、Canis hodophilax ではなく、エゾオオカミ(Canis lupus hattai)の
標本と考えられる。Mivart がこの文章の部分を[the Museum at Tokio] 東京の
博物館として、Brauns 教授の説を引用しているのは、Canis hodophilax に関
する考察としては現在から見ると誤りであると言わざるを得ない。
(西洋の研究
者から見たニホンオオカミ(10)を参照のこと)
28
西洋の研究者から見たニホンオオカミ(8−1)
Nehring, A.(1885)
Über den Wolf von Nippon.
日本のオオカミについて
Der Zoologische Garten, No.6, p161-170, 26.Jahrgang, juni 1885
原著論文(ドイツ語)が掲載された雑誌の表紙(左)と、
on the wolf of Nippon として英訳された同論文掲載雑誌の表紙(右)
The zoologist, 3rd series, Vol.10, p8-16, 1886.
On the wolf of Nippon, 8ページ(その1)
29
近時、D.Brauns 博士によって刊行された日本の哺乳類とそれらの地理学的分
布についての重要な、示唆に富んだ意見1)、に関して、私は日本列島で発見され
たオオカミについていくつかの観察をしたい。他の種類についての更なる意見
は次の機会に持ち越す。
On the wolf of Nippon, 8ページ(その2)
ニホンオオカミ(以下は Japanese Wolf をニホンオオカミと訳す)は、よく
知られている様に、Temminck によって Canis hodophylax として同定されて
いる2)。そして、そのより小さなサイズ、比較的短い脚、そして異なった色合い
によって、普通のオオカミ、Canis lupus Linn.(=Lupus vulgaris,Gray)からは
異なると言われている。 しかし、Von Schrenck は、この主題について、徹底
的に深い批評を通じて、Temminck によって指摘された特色のある特徴を覆す。
30
特に、脚の骨の変則的な不思議な比率の存在についての(Temminck による)
所信に異議を唱えている3)。 Brauns 教授は、Von Schrenck の意見について
もまた、この主題についてかつて表明した視点4)とは反対に、ニホンオオカミ
が Canis lupus と全く同じと宣言する。
私は中ぐらいの年齢のニホンオオカミの成体の良く保存された頭骨を所有し
ているので、私はこの主題について、独立した意見を表明する立場にある。
検討する頭骨はベルリンの解剖学博物館に属し(登録番号 No.25546)、
*Der Zoologischer Garten,1885 年 161-170 ページのドイツ語論文から翻訳
1)日本にいる哺乳類の地理学的分布について、Mitth. d. Ver. f. Erdkunde.
Halle-o.-S.,1884.(Mittheilungen des Vereins für Erdkunde zu Halle an der
Saale:ハレ地理学協会報告) 注:著者 Brauns は帰国後、ハレ大学に復職した。
2)Temminck のファウナヤポニカ38ページの図を見よ。
3)L. von Schrenck, ‘アムール大陸紀行’ i.47ページ。
4)’菊’ 2月号.1881 年.:西洋の研究者から見たニホンオオカミ(7)を参照
On the wolf of Nippon, 9ページ(その1)
31
R.Hartmenn 教授が私に貸与してくれた。博物館当局は、日本にいる Dönitz 博
士によって採集された日本の哺乳動物の他の頭骨と共に、1877 年の内にそれを
受け取った。しかし、私はそれを彼自身が実際に獲得したかどうか、述べる事
は出来ない。
この頭蓋を構成する骨に関する一般的な外観ならびに歯牙の状態は、この頭
骨が疑い無く野生動物に属し、いかなる家畜のそれでは無い。横顔は引き延ば
されており、額は著しく平坦で、頭頂部稜ははっきりとしており後半部で顕著
に発達している。頬骨は幅広く、隔てられていて、咀嚼の目的のための非常に
強い筋肉を暗示している。上顎切歯と上顎小臼歯はかなりすり減っており、一
方、対応する下顎の歯牙と、全ての臼歯は使用された僅かの痕跡が存在する。
詳細な記述に入る事無しには(おおざっぱに言えば)、このニホンオオカミの
頭骨は、普通のヨーロッパオオカミ種の生きている野生成体に比較して、とて
も小さいと述べる事を思ったに過ぎない。
On the wolf of Nippon, 9ページ(その2)
全長は 213mm に達し、後頭孔の前縁から中切歯の間の点までの、頭骨基底長
は、たった 185mm ; 上顎裂肉歯(扇形歯:sectorial teeth:注)は 22.5mm の
長さで;両方の上顎臼歯は 23mm;下顎裂肉歯(sectorial teeth:注) は 25.5mm
である。頬骨を横切ったところで測定した頭骨の最大幅は、123mm である。
訳者註:英文は the upper sectorial tooth ならびに the lower sectorial tooth と
なっているが、ドイツ語原文では der obere Reißzahn ならびに der untere
Reißzahn である。
「reißen」は「引き裂く」の意の動詞で裂肉歯とも訳せるが、
32
Reißzahn は「犬歯」とも訳されるので、この長さは犬歯の長さかも知れない。
On the wolf of Nippon, 9ページ(その3)
これらの寸法と、いくつかの典型的な Canis lupus の種のそれとを比較する
と5)、それらは目立って下方(の数値)である事が見出されるであろう。しかし、
私はそれら(数値)がインドオオカミ、Canis pallipes(=Lupus pallipes,Gray)
の成体標本のそれ(数値)と幾分か一致する事を見出した。例えば、先に記載6)
された種の老齢のオスの頭骨の正中の縫合は(全長)214mm ; 頭蓋底軸は
190mm;頬骨間幅は 126mm;上顎裂肉歯、22mm;下顎(裂肉歯)、24mm;
その他の結節のある両方の歯牙(臼歯?)は 22.4mm の大きさである。繰り返
すと、Canis pallipes の頭骨は、幾分か、ニホンオオカミのそれより大きいが、
しかし、歯列はむしろもっと弱々しい。
5)ガリシア地方の2個体のオオカミ(オスとメス)の頭骨の私の詳細な測定
との比較;Sitzgsber. d. Gesell. naturf. Freunde in Berlin, Nov. 18th,1884.
6)ベルリン農科大学の Zool. Coll. (動物コレクション?)、Nathusius コレクシ
33
ョンの 1210 番。
On the wolf of Nippon, 10ページ(その1)
Messrs Schlagintweit 兄弟が旅行中に入手し、現在は我々のコレクションで
ある、一匹のオスの Canis pallipes の頭骨の寸法は次の通りである。−頭蓋長、
210mm;基底長、181mm;頬骨間幅、112mm;上顎裂肉歯 21mm;両方の上
顎結節歯 24.3mm;そして下顎裂肉歯、24.8mm. Huxley 教授によって記載7)
された Canis pallipes の頭骨は、正中の長さ 215mm;上顎裂肉歯(sectorial
teeth)21.5mm;下顎(裂肉歯)24.5mm;両方の上顎結節歯 23mm。これら
の比較から、検討中のニホンオオカミの頭骨はインドオオカミのそれ(頭骨)
34
とだいたい同じ大きさで、ただ歯列がより丈夫であると言う結果になる。歯牙
の形に関しては、インドオオカミと多くの類似点を見出すが、ただ一つ、耳骨
胞の形が異例である。と言うのは後者ではより盛り上がっている一方、ニホン
オオカミではそれ(耳骨胞)はより小さく、外見的に平坦そうに見える。これ
に付け加えて、ニホンオオカミは目立って平坦で狭い前頭骨8)を持つ。インド
オオカミにおいて(前頭骨)は明白に丸天井型で、大きな幅を持っている。 一
般的にニホンオオカミの頭骨は、インドオオカミとのたくさんの類似点にも関
わらず、
(寸法が)より多い、あるいは(寸法が)より少ない独特のそれ自身の
特徴を持っていて、私は、私が扱っている40個の他のオオカミの頭骨から、
すぐにそれ(ニホンオオカミの頭骨)を取り出す事が出来るであろう。
On the wolf of Nippon, 10ページ(その2)
Temminck は彼の
Fauna Japonica”の中で、ニホンオオカミの頭骨は、ヨ
ーロッパオオカミのそれよりも、より小さいと明確に述べている(p.39)。それ
は、彼が成体(full-grown)の標本を所有していた事と、それに加えて、Siebold
35
が極めて同じ寸法の非常に年取った個体を所有していた事から指摘される。 これらの声明は、検討中の頭骨によって与えられた細部と共に正確に一致する。
そして、それを疑う理由は無い9)。
信用されなくなった Temminck の声明、そして、von Schrenck が与えた批
評の正当な理由、は avant-bras” すなわち、前腕を、”撓骨と尺骨 の代わり
に
撓骨
と呼んだ、間違った記述である。
正確に言えば、脛骨(tibia)の長さを超える撓骨(radius)を内蔵している
イヌ類(Canis)の種は存在しない。
7)旧世界のオオカミ類の頭骨と歯牙の測定,ロンドン動物学会報,1880,p279
8)この状態が全ての標本(の状態)であるかどうかは更なる観察点であろう。
9)私は Brauns 教授による主題についての意見が充分に確認されたとは認める
ことが出来ない。
On the wolf of Nippon, 11ページ(その1)
36
しかし、一般に、前腕 ̶すなわち、撓骨と尺骨を一緒に測ると̶ 一般的に
脛骨よりも長くなり、そして、その変異は、von Schrenck がそれらを考察した
様に決して重要ではない。
次の表はこの事実を申し立てる事をはっきりさせるだろう。
測定対象は我々のコレクション中、関節の一方の末端から他方までそれぞれ
の骨の正確な測定を得るために、関節のつながっていない骨骼から採用された。
測定はミリメートルで与えられている。
最大長
尺骨
Canis llupus,
♂,
成体
撓骨
頭蓋基底長
脛骨
ロレーヌ,フランス
249
212
228
217
〃
〃
♂,
〃
トルコ
256
217
230
213
〃
〃
♂,
〃
フィンランド
252
213
231
212
〃
〃
♀,
〃
ガリシア,スペイン
231
196
216
215
〃
〃
♀,
若体
カルーガ,ロシア
227
193
212
197
♂,
成体
インド
216
185
198
190
〃
pallipes,
〃hodophylax,
〃
記載 テミンク
202.5*
?
176
(185?) +
〃 dingo,
♂,
〃
オーストラリア
177
148
166
166
〃 latrans, !
♂,
〃
メキシコ
182
158
176
162
37
On the wolf of Nippon, 11ページ(その2)
先の表から、結論は難しくなく導き出せる。 ?5倍に増加している?。
オオカミの種類と近縁のイヌ科の中で、脛骨は常に撓骨より長い
12)。しかし尺
骨(この長さは前腕の長さに極めて近いが)は脛骨よりも長い事が常に発生す
る。
これは Temminck が avant-bras”の長さの勘定について、尺骨と撓骨を測定
して、ou le radius を、前腕の両方の骨の名前と共に、尺骨そのものの代わり
に、 avant-bras”とした、言葉のまちがいが加わった証拠をあきらかにする。
このようなケースを仮定すれば、我々は、彼が実験したヨーロッパオオカミ
のケースで、前肢の前半部分と後肢の前半部分との間で、普通の比率を得る。
結果として、尺骨(avant-bras)が脛骨との比較でいくらか長いことが表れて
も、我々はためらう事なしにニホンオオカミの測定を受け入れるであろう。
10)*:正確に言えば、これは尺骨と撓骨の長さでそれはほとんど変わらない。
38
11)+:検討中の頭骨の為に疑問に思って付け加えた。
12)フォン・シュレンク氏との意見交換
On the wolf of Nippon, 12ページ(その1)
上記したようにオオカミ達の変則的な比率はさほど重要ではないと思われる。
現にニホンオオカミのケースだけでなく、Temminck は、関節でつながってい
ないきれいな状態の骨で、測定しなかったという事実も説明される。
関節のじん帯やその一部が未だに付着している自然の骨から正確な測定結果
を得る事は不可能である。Temminck の手記に従えば、ニホンオオカミの脚は
同族のそれらよりも比較的に短い。この事は頭骨の長さについてのチェック無
しに言われているかも知れず、それは無視されている。
;それは合理的な仮定で
39
あるけれども、彼が測定した頭骨標本の同じ寸法のそれ(頭骨標本)が、今私
の前に横たわっている。上記したオオカミ類のどれも頭骨の基底長とそのよう
な短い脛骨を比較したものは無い。
これと一致して、von Martens 教授の やまいの”(山犬)に関する結論がある。
(この結論は)個人的な調査からではなく、日本の絵画に基づいている。
Prussian Expedition to East Asia’(vol.i.p76),の中で、彼は「 やまいの”は、
より短い脚と、それ故により小さいサイズによって区別される。そして、
(それ
は) Fauna Japonica” の中に描かれたものと同じ種である。」と言っている。
On the wolf of Nippon, 12ページ(その2)
横浜の H.Pryer 氏による、ロンドン動物学会会報 1878 年(pp115 と pp788)
に印刷された、ニホンオオカミに関する観察はより重要である。
(西洋の研究者
から見たニホンオオカミ(3)を参照)
Pryer 氏は(会報で)彼の所有する
日本野犬(japanese wild dog)の素晴
40
らしい標本 をロンドンの動物学協会へ送り出す事を告知した。そして、Canis
hodophylax の生きた標本を獲得する事に努力していると声明した。彼が Canis
hodophylax と名付けている本州(日本)のオオカミは、シベリアオオカミ Canis
lupus と同一である北海道(Isle of Yesso)のオオカミとは、区別されている。
彼は更に進めて、Canis hodophylax は本州に限られている。そして、蝦夷のオ
オカミよりも、より短い吻を持っている事を述べている。
同様に注目すべきは、Heywood Jones 氏によってロンドン動物園(The
Gardens)にプレゼントされた Canis hodophylax の生きた標本に関する Sclater
博士の意見である。彼は言っている(p788):̶「現有のニホンオオカミの標本
から察すると、Canis lupus とほぼ同類であるとはいえ、そのより小さいサイズ
とより短い脚で認識出来る、別個の種であるようだ。」
更なる調査の結果、Sclater 博士は上記の声明を手短に確認した。
On the wolf of Nippon, 13ページ(その1)
41
これらの全ての批判について色々考えると、その結果は Canis hodophylax と
して知られている日本のオオカミ
13)は特別な形態で、Canis
lupus からはその
より小さいサイズとより短い脚によって、同様に歯列の一定の特質によって区
別しうる。;同時に、頭骨の大きさと歯の形によって、インドオオカミ Canis
pallipes と、より密接に類似している。
さらに、蝦夷の島では本当の Canis lupus が一般的に分布している。上記に
引用した Pryer 氏の通信から明らかな様に、そして、Brauns 教授の調査の元と
なったニホンオオカミの標本は蝦夷から端を発すると仮定すると
14)、彼のニホ
ンオオカミと Canis lupus とは同一だとの積極的な主張はこのように充分に説
明される。 私は Brauns 教授が調査のために本州からの標本を手に入れていた
かどうかは承知していない。彼が頭骨と骨骼の寸法の手記を公表していないと
言う事を理解するのみである。私の全ての議論は、本州のオオカミは Canis
lupus からは分けられ、Canis pallipes と類似すると言う点に要約される。
On the wolf of Nippon, 13ページ(その2)
私は、それ故に、Brauns 教授の意見、すなわち、「日本全体にただ1種類の
オオカミ、Canis lupus が確実に存在する。それは一般的に原住民から『おおか
み』と呼ばれている、その意味は great spirit”、時々は『やまいみ:Yamaimi』
−すなわち、山犬(mountain dog)または野犬(wild dog)とも呼ばれる。−こ
42
のような、日本に2種類のオオカミの実在と言う全ての暗示は、オオカミのた
めの名称が(オオカミと野犬と)混同されて、普通に度々野犬にも授けられた
と言う事実のせいである。」と言う意見に賛成する事は出来ない。
私にとって、むしろオオカミの2種(または亜種)の実在は、原住民によっ
て断言されたように、空想や、あるいはオオカミと荒野に逃げたイヌとの混同
の結果ではないように思われる。
On the wolf of Nippon, 13ページ(その3)
私は意図的に(あえて)、野生化したか、あるいは家畜化されていないイヌに
ついて申し述べる。;もし Brauns 教授の表現する
野犬(Wild Dog)”が、そ
の本当の意味合いで理解されたならば、−その土地特有の やまいみ(ヤマイヌ)
に属する犬科の野生種の意味合いとして言うべきである−私は反対しない、と
言うのは Canis hodophylax を、オオカミの小さい種として、あるいは野犬の真
の種として、見なす事は単なる言葉についての論争であろうから。
13)Brauns 教授に従えば、それは日本の南の島の中でも見つかる。
14)多分、輸出された毛皮について、Brauns 教授に従えば、相当な量、蝦夷の
島から輸出された。蝦夷ではこの狼はとても普通である(生息する。)
43
On the wolf of Nippon, 14ページ(その1)
どちらの場合にも、我々は日本(Japan)にイヌ科の二つの野生種、すなわち、
日本(Japan)の大きなオオカミと日本(Nippon)の小さなそれ(または野犬)、
を目指して論争しなければならないのは当然である。
その上さらに、我々は、日本(Japan)に二種類のオオカミの実在を断言する、
von Martens 教授の声明を有している。
「私自身」と彼は言う「日本(Japan)のオオカミだけでなく、野犬も今まで見
てはいない。しかし、私は、私の日本人の召使いの宣誓証書から、そして手元
にあるいくつかの絵入りの日本の本についての彼の説明、すなわち、原住民は
44
二種類の動物を区別し、一つを「やまいの」(Wild Dog)、他を「おおかみ」と
名付けられていると言う説明から、声明する事が出来る。後者は、より恐ろし
くそしてがつがつと食らうと言われ、恐ろしく大きく開いた顎とそのそばに人
間の頭骨のある彫刻として表現されている。
「やまいの」はより短い脚そしてよ
り小さいサイズで区別されている。」など。
このことから、私にとっては、
「おおかみ」は、より大きく、より危険な Canis
lupus で、蝦夷(の領域)を越えて広まったもので、「やまいの」は、より小さ
く、より弱々しい Canis hodophylax で、本州南の島に棲息して居る。
Brauns 教授はまた「おおかみ」は正しくオオカミを意味すると断言している。
:
Fauna Japonica’の中で、この名前は
オオカミと狩り犬の間の中間種
と同一と見なされた事は間違いであろう。このような種は実在していない。
On the wolf of Nippon, 14ページ(その2)
野生の状態で生息している日本の(Japanese)イヌと日本(Nippon)のオオカ
45
ミとの類似性の比較について、私は、これら犬科動物達の頭骨の形について相
当な量の資料を持って、自分の見解を別の学術論文に刊行する事をもくろんで
いる。現在の私の意志は、わずかに Canis lupus から小さなニホンオオカミの
分離を誘導する理由を要約する事である。
Canis 属の別個の種と考察するか、
または,申し分無く特徴づけられた Canis lupus の亜種(race)と考察するかど
うかは単純に見解上の問題である。私の考えでは、全ての現生のそして化石の
Canidae 科はわずかな、そして殊の外、様々な部分的な変態によって、ぴった
りと結合されている。それは種の古い概念に従ってそれらを分ける事は特別に
難しい事を表している。重要な傾向が変異と局所的な亜種の形成をもたらすの
を示している。
Huxley 教授は彼の Canidae 科の頭骨と歯列の特性に関する優秀な論文
15)の
中で「現存する Canidae 科は、それらの頭骨の形とサイズ、そして、それらの
歯牙の数と特徴、に関して、
15)(ロンドン)動物学会会報、1880,284 ページ
On the wolf of Nippon, 15ページ(その1)
46
大耳キツネ?から最小に区分されたオオカミ、リカオン、Cyons(アジア産の野
生犬)そしてキタキツネのグループの一員まで、最も変化した形態も同様に緩や
かな連続の特徴を示す」事を述べている。
彼は種の範囲に関する記述のうちに、以下の意見を表明している。
−「種について、どんな種と(考えるか)、そしてオオカミ類とキツネ類の間で
どんな地方的変化と考えるべきか?に関しては、他の評価に賛成する動物学者
は誰もいない。そして、この疑問を決定出来る判断基準は存在しないので、そ
のような合意は決して得られないことだろう。種を明確にするための試みをあ
きらめた方が良いかも知れないとする提案、そして、毛と身長の変化を記録す
る事、すなわち、地理学的な区域の中でその土地独特の、骨骼と歯牙の構造の
定義出来うる型を伴う記録をする事に自己満足する(甘んじる)こと、
は革命的と見なされるかも知れない。けれども、私は、遅かれ早かれ、我々は
それを採用しなければならないだろうと言う考えに傾いている。」
On the wolf of Nippon, 15ページ(その2)
Huxley 教授のこの観点に賛成するけれども、私は、それにも関わらず、種か
亜種(Race)かどうかの、疑いの無い顕著なそして局所的な形態について特別
な名前を授ける事は当を得ている、と言う考えに傾いている。そこで、日本
(Nippon)の小さなオオカミは特別な科学的な名称を持つべきである。
不幸な事に Temminck によってこの動物につけられた名前は、Von Martens
教授の正確な観察 16)から、あまり適切なものではない。
47
On the wolf of Nippon, 15ページ(その3)
それは野生の状態で生息して居る日本の犬科の動物(Japanese dogs)の名前には
ぴったりだろう。しかし、オオカミのためには適当ではない。と言うのは
Temminck によれば、
「それ(オオカミ)はこの島の森の多い、山岳地方に住ん
でいて、居住されている部分を避けている。」 Temminck の仕事の中で綴り方
もまた著しく無定見で hodophylax,hodopylax そして hodophile(hodophilus)の
間を変化する。この観点から、私は日本(Japan)の小さなオオカミを、一方で
は lupus vulgaris(Gray) から他方では Lupus Pallipes (Gray)から、分類するた
めに(不適当なそれ(名前)の代わりに)、Lupus japonicus という他の名前を
提案したいと願っている。用心のために、Canis lupus という古い種の地方的な
亜種に過ぎない日本(Nippon)の小さなオオカミを特徴づけるため、その名前
を残す事がより良いと思われるから、それ(小さなオオカミ)を Canis lupus
var.japonicus と呼ぶ事が良いに違いない。日本(Nippon)のオオカミの起源に
48
関しては、もっともらしい二つの仮説が考えられると私には思える。−すなわち
———————————————————————————————————
16)Temminck の命名した hodophylax は、όδοφυλαξからで、道を見つ
める者、泥棒の意味で、一種類のオオカミのためには非常に適切のように我々(英
訳した編集者であろう。̶ED.)は思う。(訳者註:この注はドイツ語原文にはな
い。この時点で、イギリスは日本に生息するオオカミは 1 種説を立てており、
Nehring の立てた 2 種説に対抗して、この注を挿入したと思われる。
)
On the wolf of Nippon, 16ページ
地方的な亜種が、日本(Nippon)の島国の自然から独特の形態へと発達して行
ったのか、あるいは、既に独特な形態として出現し、南西朝鮮から津軽海峡ま
で広がっていったのか、の二つである。これら二つの仮説のどちらが正しいか
は更なる研究の材料となるだろう。たぶん、両方同時に考えられるべきだろう。
もし可能であるならば南の島(Kinsin?原文では Kiusiu:九州)からの Lupus
japonicus の毛皮や骨骼の形に関する、更なる研究材料を我々の博物館のために
手に入れることが非常に望ましい。ヨーロッパと日本(Japan)の間に存在する
頻繁な交信から考えて、それは難しい事柄ではないはずである。
49
西洋の研究者から見たニホンオオカミ(8−2)
Nehring, A. (1885)
Ueber Dachs, Wolf, Hirsch und Wildschwein Japan’s.
日本のアナグマ、オオカミ、シカ、イノシシについて
Sitz. d. Ges. Nat. Fr. Ber. 1885, 137p-143p
Sitzungs-Berichte
der
Gesellschaft
Naturforschender Freunde
zu
Berlin.
Jahrgang 1885.
Proceedings
of
the Society of Friends of Natural
Scientific Research
of
Berlin.
Annual report 1885
ベルリン自然科学友好学会会報
1885年報の表紙
会報中、目次の本論文掲載部分
50
ニホンオオカミの記載を抜粋、139 ページ
Ⅱ. テミンク以来,ニホンオオカミは Canis hodophylax と呼ばれている。こ
れは、小さいサイズ,比較的短い四肢 そして体毛の色合いについて、
(標準的
なの Canis lupus(ハイイロオオカミ)とは異なると言われている。)
ニホンオオカミの記載を抜粋、140 ページ(その1)
標準的な Canis lupus(ハイイロオオカミ)とは異なると言われている。しかし、
L. v. Schrenck と Brauns はこれらの差異を疑問視している。私自身の研究は、
文献によるものではなく,デーニッツ博士によって提供された地域の解剖学博
物館からの頭骨(No.25546)を基にしたもので,以下の結論に達した。
1.
日本(Nippon)の島(本州の意味)のオオカミは,典型的な野生のヨー
51
ロッパのオオカミと比較して実に小さい。検討中の頭骨の全長はたった
213mm であり、基底長はたった 185mm である。上顎の犬歯(?:裂肉歯
か?)の長さは 22.5mm であり(外側について測定)、上顎の結節歯(大臼
歯)は 23mm、下顎の犬歯(?:裂肉歯か?)は 25.5mm の長さである。
2.
頭骨の大きさと形、および歯牙の形態と歯列について、日本のオオカ
ミは概ねインドオオカミ(C.pallipes)のそれにとても類似している;しか
しながら,耳骨胞(bulla ossea)の形態は異なっている。
ニホンオオカミの記載を抜粋、140 ページ(その2)
3.
日本(Nippon と記述:北海道を除いた本州の意)のオオカミについて
強調される点は,小さいサイズの他には,その上に比較的短い四肢を持つ
事である。前肢(腕)下部について最も明瞭であり,後肢下部についても
52
より明瞭であるようだ;しかし、この点の確かな結論を得るためにはより
多くの研究資料が必要とされるであろう。
4.
日本の国土には2種あるいは2亜種のオオカミの存在が提唱されてい
る。目下のところ、北海道(Yesso)の大型種(C. lupus)と本州(Nippon)
及び南方諸島(四国と九州)の小型種(C. hodophylax)の2種はそれぞれ
独立しているとした仮説がある。日本の哺乳類分布の重要な境界線である
津軽海峡(北海道:Yesso と本州:Nippon の間)で、オオカミもまた2種あ
るいは2亜種に地理的に分断されている。
テミンクによる学名は Canis hodophylax、ある時は C. hodophilax,またある
時は Chien hodophile と使われ、適切でない名前なので、それを変更する事が
ニホンオオカミの記載を抜粋、141 ページ(その 1)
推奨される。私は Lupus japonicus または C. lupus var. japonica とすることを
53
提案する。
興味深いことに、テミンクが脚下部の骨の計測に使用したオリジナルの標本
は現在ライデン博物館にない。この情報は Jentink 博士から後になって提供さ
れたもので、そのため Zoological Garden(西洋の研究者から見たニホンオオカ
ミ(8−1)を参照)の記事には含まれていない。ライデン博物館には Bürger が
日本から持ち帰った C. hodophylax の完全骨格があるものの、この標本はテミ
ンクの Fauna japonica(西洋の研究者から見たニホンオオカミ(2)を参照)
には目立って参照されていない。Jentink 博士のご好意により、今回幸いにもこ
の論文の編纂にあたりこの骨格の主要な測定値を使用できる機会に恵まれた。
ベルリン農業大学所蔵の雄の C. pallipes の標本と前述の日本のオオカミの頭骨
標本とともに計測値を以下の表に示す。
ニホンオオカミの記載を抜粋、141 ページ(その2)
54
Lupus japonicus
測定値は全て mm 1. 頭骨の全長・・・・・・・・・・・ 2. 頭骨の基底長・・・・・・・・・・ 3. 頬骨弓の幅・・・・・・・・・・・ 4. 下顎の全長・・・・・・・・・・・ 5. 上顎犬歯の長さ(外部)・・・・・ 6. 上顎両側結節歯(大臼歯)の長さ・ 7. 下顎犬歯の長さ・・・・・・・・・ 8. 上腕骨の最長値・・・・・・・・・ 9. 尺骨の最長値・・・・・・・・・・ 10. 橈骨の最長値・・・・・・・・・・ 11. 大腿骨の最長値・・・・・・・・・ 12. 脛骨の最長値・・・・・・・・・・ ライデン
解剖学博
博物館 物館 210 183 114 155 23 ? 24 180 208 175 195 190 213 185 123 157 22,5 23 25,5 -­‐ -­‐ -­‐ -­‐ -­‐ ニホンオオカミの記載を抜粋、142 ページ
55
Lupus pallipes 農業大学 214 190 126 159 22 22,4 24 175 216 185 187 198 上の表から、ニホンオオカミの上腕骨と大腿骨は比較的長く、一方,橈骨と
脛骨は比較的短いという傾向が見られる。橈骨と脛骨の長さは中足骨のほかに
イヌ、オオカミの脚の短さを印象づける重要な要因であり、この測定はニホン
オオカミの脚の短さを裏付ける結果となったと考えられる。しかし、尺骨と脛
骨の長さはテミンクにより発表された値を上回っている。
訳者註:現在では、ライデン博物館の「ニホンオオカミの全身骨格」とされた、
a.骨格については、Canis lupus familiaris(イヌ)である事が明らかになって
いる。 今泉吉典(1970)ニホンオオカミの系統的地位について1、ニホンオオカミの
標本 小原 巌(2002)ライデン国立自然史博物館所蔵のニホンオオカミ及び日本在
来犬標本について 本サイトの SCIENCE 参照 56
西洋の研究者から見たニホンオオカミ(8−3)
Nahring,A.(1887)
uber Cuon rutilans von Java und Lupus japonicus von Nippon.
ジャワの Cuon rutilans と日本の Lupus japonicus について
Sitzungs-Berichte
der
Gesellschaft
Naturforschender Freunde
zu
Berlin.
Jahrgang 1887.
Proceedings
of
the Society of Friends of
Natural Scientific Research
of
Berlin.
ベルリン自然科学友好学会会報
1887年報の表紙
Annual report 1887
会報中、目次の本論文掲載部分
57
日本の Lupus japonicus について、66ページ(その1)
Grey と Wallace によると、私が2年前に Lupus japonicus として詳細を述べ
た Canis hodophylax Temm.(小型のニホンオオカミ) 1 ) は Canis(Cuon)
rutilans Boie(=C. sumatrensis Gerrard)と C. alpinus Pall の2種と近縁か同種
であるはずとしている2)。しかし、前記に掲げた通りこれはまずあり得ない。
(session from the 16th of February 1886, page 20, note 1)小型のニホンオオ
カミは寧ろインドオオカミ Cunis pallipes と近縁であり、Cuon 属との関係は一
切ない。このことは頭骨の形状及び歯の数と形状から明らかである3)。
日本の Lupus japonicus について、66ページ(その2)
58
このことは最近ジャワと日本から送られた新たな標本から確認されている。
ハンブルグの植物学者 Warburg 氏の寛大なご好意により、数ヶ月前に非常に良
好な状態のメスの Cuon rutilans(= C. sumatrensis)の頭骨を入手することがで
きた4)。Warburg 氏とは以前ドイツの動物学会にてお目にかかり、氏はその後
すぐにインドとジャワ島へと旅立たれた。
日本の Lupus japonicus について、66ページ(その3)
標本には R. E. Kerkhoven 氏による生物学的注釈とその他の情報が添付されて
おり、それによるとこの標本は 1886 年 9 月 15 日 Bandoeng 近郊の Gamboeng
プランテーションにおいて射殺されたもので、
————————————————
1)参照。この会報 1885 年報,139 ページから(西洋の研究者から見たニホン
59
オオカミ(8−2)を参照)、「Zoolog.Garten」,1885 年,161 ページから(西洋
の研究者から見たニホンオオカミ(8−1)を参照)
2)Gray, ロンドン動物学会会報, 1868,500p ; Wallace, Island Life, London,
1880,366p. 参照。Auch Brehm’s Illustr. Thierl., 2. Aufl., 1., 523p. 異なる意
見 Huxlay, ロンドン動物学会会報 1880, 274p.(訳者註:西洋の研究者から
見たニホンオオカミ(4)を参照)
3)Cuon 属が下顎に第二大臼歯を有しないことは公知の事実であり、下顎唯一
の第一大臼歯は上顎第二大臼歯と同様に比較的小さい。裂肉歯(sectorii)の形状
は多岐にわたる場合が多い。
4)ハンブルク在住の Warburg 博士のご尊父がわざわざ小包を届けてください
ました。博士並びにご尊父様に深謝の意を表します。
日本の Lupus japonicus について、67ページ(その1)
この種の野犬を現地では Adjag と呼ぶとある。この標本の頭骨は、ドレスデン
の Court Counsellor A. B. Meyer 氏から検証のため私のもとに送られたジャワ
島産 Cuon の頭骨2点と、酷似しており、本土産 Buansu(Cuon primaevus)と
上記の頭骨3点との間に顕著な相違は見られない。一方で、Cuon alpinus との
間にはいくつかの相違点が見受けられる1)。
60
日本の Lupus japonicus について、67ページ(その2)
しかしながら、小型のニホンオオカミ(Lupus japonicus Nehring)は全く異な
っている。農業省と外務省の特別な計らいにより、数日前に日本の横浜から貴
重な小包を受け取ることができた。この小包は動物学にも造詣の深い実業家
Pryer 氏が私の担当しているコレクションのために入手してくださったもので、
内容は小型のニホンオオカミ(Pryer 氏によると C. hodophylax)の骨格1点及び
同個体の毛皮、そしてニホンイノシシ(Sus leucomystax Temm.)の骨格1点、頭
骨1点、毛皮1点であった。
日本の Lupus japonicus について、67ページ(その3)
これらは更なる詳細をまたの機会に発表する予定であるが、Pryer 氏が入手し
たオオカミの頭及び歯列は以前私が Lupus japonicus2)とした動物のものと一
致しており、また Cuon 属との関連性は全く見られないということをここでは
61
述べておく。
日本の Lupus japonicus について、67ページ(その4)
一方、毛皮はいくつかの点で(Fauna japonica 図 9 に:68p に記載)描かれた
————————————————
1)私の管轄下のコレクションには Cuon primaevus の全身骨格2点があり、
それらと地元の解剖学博物館所蔵の C. alpinus の頭骨を比較することができた。
2)この頭骨は前述の標本2点と比べて些か小さく、全長は 203mm に留まる。
これは未成熟の個体であると容易に説明でき、四肢の関節部の状態やその他の
特徴から成長段階の若い個体であると考えられる。
日本の Lupus japonicus について、68ページ(その1)
(Fauna japonica 図 9 に)描かれた Canis hodophylax と異なっている。全体
62
的に毛足が長く、尾はよりフサフサしていて、黄色っぽい基調の毛色はより白
っぽい。また、頭部の kemp[何らかの特別な毛]の部分、後脚および特に際立っ
て前脚の黒っぽい毛色の部分はより広範囲に広がっており、コントラストが強
い。Fauna japonica の Canis nippon をどう分類するべきかについてはここで
は省略する。
日本の Lupus japonicus について、68ページ(その2)
保存状態を見る限り、Hilgendorf 博士が入手した日光(本州)産のオオカミの
毛皮と手元のニホンオオカミの毛皮は特徴が一致する。また、後者の方がより
野生のオオカミの特徴である黒い毛のマーキングがよりはっきりと確認できる。
このマーキングはヨーロッパオオカミにおいてはより薄い傾向がある。同標本
の歯牙は大きさにおいても形状においても Canis(Lupus) pallipes と完全に一致
している。
日本の Lupus japonicus について、68ページ(その3)
63
Fauna japonica(図 10)に描かれた日本の街のイヌ(訳者註:カリイヌ、バワイ
ヌ)と、Lupus japonicus とは大幅に異なった特徴を有している。頭骨と歯牙に
も明らかな相違がある1)。5点の街のイヌの頭骨と比較した結果、頭骨と歯牙に
明確な相違点が見られた。しかしこの結果は Lupus japonicus が野犬の先祖で
ある可能性を否定するものではない。これについては早期に報告する。
日本の Lupus japonicus について、68ページ(その4)
小型のニホンオオカミは、未だ議論の多いイエイヌの起源に関して非常に重要
な存在であると私は見ている。同様にヨーロッパオオカミと大型種のイエイヌ
の関係性を繋ぐであろうオオカミの種(例えば L. pallipes)も然りである。
————————————————
1)この頭骨は大きく、裂肉歯はより発達し(下顎裂肉歯の長さは 25mm)、その
他の歯牙の形状も野犬と比較して著しく発達している。裂肉歯の大きさが家畜
化に影響を受けることは既に証明されている。1884, page 158 following, 1887
page 27 を参照のこと。
64
日本の Lupus japonicus について、69ページ(その1)
(オオカミの標本と)同時に届けられた Sus leucomystax の標本についても、
中国のイエブタの起源に関して同様の重要性を持つと見られる。これらの貴重
な標本は今までのところヨーロッパに持ち込まれたことは我々のコレクション
を除いてほとんどなく、この場を借りて Pryer 氏に多大なる感謝を表するもの
である。
65
西洋の研究者から見たニホンオオカミ(9−1)
Jentink, F. A. (1887)
Muséum d’histoire naturelle des Pays-Bas.
Tome Ⅸ Catalogue Ostéologique des Mammifères, 71-73p
オランダ自然史博物館
9巻 哺乳類の骨学目録、71−73 ページ
Natural history museum
of
Netherlands
オランダ
自然史博物館
————
Vol. Ⅸ
Osteological catalog
of
mammals
by
F.A. Jentink.
9巻
哺乳類
骨学目録
Fredericus Anna Jentink.
オランダ自然史博物館 9巻 哺乳類 骨学目録の表紙
71ページから食肉目(Carnivora)の
項目があり、野生(Ferae)に分類され
た イ ヌ 科 (Canidae) に 、 リ カ オ ン 属
( Lycaon )、 Icticyon 属 、 ド ー ル 属
(Cuon)、オオカミ属(Lupus)、イヌ
属(Canis)と分類されている。
(訳者註:現在の様に Canis 属に lupus
が含まれる分類の構成ではない。)
骨学目録、71ページ、
66
72ページからオオカミ属(Lupus)
の項目があり、vulgaris、hodophylax、
nubilus、anthus、aurens、simensis、
jubatus、latrans と続いている。
骨学目録、72ページ
骨学目録、73ページ、Lupus hodophylax Temminck の項目
a. 骨格 一個体 成体。日本。ビュルガー。Canis hodophylax Temm.
b. 頭骨 一個体 成体。日本。フォン シーボルト。Canis hodophylax Temm.
c. 頭骨 一個体 成体。剥製。日本。不完全。Canis hodophylax Temm.
(哺乳類系統的目録の a.)西洋の研究者から見たニホンオオカミ(9−2)を参照。
訳者註:現在では、a.骨格については、Canis lupus familiaris(イヌ)である
事が明らかになっている。
今泉吉典(1970)ニホンオオカミの系統的地位について1、ニホンオオカミの
標本
小原 巌(2002)ライデン国立自然史博物館所蔵のニホンオオカミ及び日本在
来犬標本について
本サイトの SCIENCE 参照
67
西洋の研究者から見たニホンオオカミ(9−2)
Jentink, F.A. (1892)
Muséum d’histoire naturelle des Pays-Bas.
Tome Ⅺ Catalogue Systématique des Mammifères, 83-86p.
オランダ自然史博物館
11 巻 哺乳類の系統的目録、83−86 ページ
Natural history museum
of
Netherlands
オランダ自然史博物館
————
Vol. Ⅺ
Systematic catalog
of
mammals
(Monkeys, Carnivores, Ruminants,
Pachyderms, Sirens and Cetaceans )
by
F.A. Jentink.
11巻
哺乳類の系統的目録
(サル、肉食動物、反芻動物、
厚い真皮のゾウ、サイ、カバ類、
セイレーンとクジラ)
Fredericus Anna Jentink.
オランダ自然史博物館 11 巻 哺乳類 系統的目録の表紙
83ページから食肉目(Carnivora)の
項目があり、野生(Ferae)に分類され
た イ ヌ 科 (Canidae) に 、 リ カ オ ン 属
( Lycaon )、 Icticyon 属 、 ド ー ル 属
系統的目録、83ページ
(Cuon)、オオカミ属(Lupus)、イヌ属
68
(Canis)と分類されている。
(訳者註:現在の様に Canis 属に lupus が含まれる分類の構成ではない。)
85ページからオオカミ属(Lupus)
の項目があり、 lupus、hodophylax、
nubilus、anthus、aurens、simensis、
jubatus、latrans と続いている。
系統的目録、85 ページ
系統的目録、86ページ、Lupus hodophylax Temminck の項目
a.
オス 成体 剥製、基準種としてファウナ・ヤポニカ9図に含まれて
いる。日本。ビュルガー氏のコレクション。Canis. hodophylax Temmink.(骨
学目録の頭骨 c )
訳者註:西洋の研究者から見たニホンオオカミ(2)と(9−1)を参照のこと。
69
西洋の研究者から見たニホンオオカミ(10)
st.George Mivart, F.R.S.(1890)
Dogs, Jackals, Wolves and Foxes :
a Monograph of the Canidae.
イヌ、ジャッカル、オオカミ、キツネ:
犬科専攻
セントジョージ マイバート、
(注1)
王立学会特別研究員
————————
多数の木版画と 45 枚の彩色図
J.G.Keulemans による写生と手彩
————————
ロンドン:
R.H.Porter, 18 プリンセス通、
キャベンディッシュスクエア西.
と
Dulau & Co., 37 ソーホースクエア西
1890
犬科専攻、表紙
犬科専攻、ニホンオオカミの記載を抜粋、13ページ(その1)
70
今や、ここに変異か、種かを決定する為によく考える(必要のある)一つの
形態が残って居る。
(それは)Temminck により Canis hodophylax と命名され、
彼は我々に、原住民(日本人)により「やまいぬ」と呼ばれていると、教示し
てくれた。
(それは)森林地帯と山岳地帯に生息し、そこで小さな群れあるいは
家族で狩りをして、日本人により大変に恐れられており、日本人はその肉は食
べると健康に悪いとまで考えている、と言われている。
犬科専攻、ニホンオオカミの記載を抜粋、13ページ(その2)
それ特有の明瞭な違いに関して、Temminck はそれが普通狼(ヨーロッパオ
オカミ)にとても似ている事を認めるが、しかし、それの小さいサイズだけで
なく、何よりもまして、その脚の短さによって、かくのごとく違う事を断言す
る。それにも関わらず、我々は、Temminck の図に描写されている動物の四脚
と同じような、脚が短い C.lupus の種であるのは疑いないと見ている。
D.Brauns 教授1)は、しかし、違った種の変異と考えている。そして、我々が
14ページの図17に再掲載した彼の図は、比較的短い四脚を示しているが、
しかし、尾は、彼がその短さを区別出来る特徴としたにもかかわらず、そうで
もなく(短くなく)、同様に(彼が区別出来る特徴とした)吻のより大きな延長
についてもそうでもない(長くはない)。しかし、彼は「日本にはただ一種類の
71
オオカミの実在することは疑う事は出来ない。」と述べている。
1):The Chrysanthemum, vol.1(1881),p66 を見よ(西洋の研究者から見たニ
ホンオオカミ(7)を参照のこと)
犬科専攻、ニホンオオカミの記載を抜粋、14 ページ(その 1)
大英博物館には、しかし、日本からのオオカミの二つの頭骨がある。頭骨は
C.lupus と特別に区別出来るどんな特徴も示していないが、その二つ(頭骨)は
両方とも充分に成体ではあるものの、その大きさがとても異なる。
図17
Canis hodophylax
(The Chrysanthemun からの複写、13ページの注を見よ)
訳者註:Canis hodophilax の尾は、後肢踵部までの長さで、30cm ほど。
72
犬科専攻、ニホンオオカミの記載を抜粋、14 ページ(その2)
もし、日本の成体のオオカミの頭のサイズの間にこんな大きな違いが実在する
ならば、四肢の長さについて、大陸のオオカミ達の中で見られる変異の様な、
違いが(日本のオオカミの中で)ないかも知れないと考える事はむずかしい。
その上、Brauns 教授は我々にこの日本の変異(hodophylax)はとても多い事
を知らせてくれる。と言うのは、彼は、東京の博物館に(15ページに続く)
訳者註:Brauns 教授の論文では「東京の北海道博物館」とあり、東京芝増上
寺にあった開拓使東京出張所仮博物場の事で、収蔵品は北海道のエゾオオカミ
の標本であろう。西洋の研究者が見たニホンオオカミ(7)を参照のこと
犬科専攻、ニホンオオカミの記載を抜粋、15ページ(その1)
73
とても違った色の毛皮、すなわち、
「黄色っぽい」
「茶色っぽい」そして、
「灰白
色の」毛皮が複数ある事を明確に言っている。
大英博物館の中の二つの頭骨の、より大きい方は蝦夷(Yesso)地方−旧北区
の特性を持っている領域、から来ている。小さいほうの一つは上野(Kotsuke)
地方からである。この地は動物学的特性ではより東洋的である。それゆえ、こ
れらの個体は、彼らそれぞれに異なった環境に調和して特異的に修正された、
地域的変異以上の何者でもないのであるかも知れない。この事はアメリカ大陸
の中に我々が見出す以下の事と全く一致する。すなわち、いくつかの北メキシ
コ産とハドソン湾産のオオカミ頭骨の長さの違いは、全体のシリーズの平均の
25%より小さくない所まで達する事である1)。
犬科専攻、ニホンオオカミの記載を抜粋、15ページ(その2)
要するに、我々は、この日本の(オオカミの)変異を、種のランクに格上げ
する道を未だに見出す事が出来ない。我々の視点は、イヌ科を特別に研究し、
この生きている個体の形態を観察していると言う強みを持った Huxley 教授の
表明した意見と調和する。
犬科専攻、ニホンオオカミの記載を抜粋、15ページ(その3)
74
彼はいう2)。「日本の C.hodophylax、それの、現在生きている素晴らしい標本
が The Gardens にいる、(日本のオオカミ)は、単純に”wolf”(ヨーロッパオオ
カミ)の小さい形だと思われるが、しかし、この形態の、近しく(観察出来る)
頭骨が一つもない状態では、私はどんな明確な意見を示す事を差し控える。」
今や我々は、我々自身が所有する二つの頭骨を検討する機会を持ち、上記に引
用した、生きている個体の検証をベースにした予備的な意見を確認する立場に
ある。
犬科専攻、ニホンオオカミの記載を抜粋、15ページ(その4)
生息地 。このように文中の有名なオオカミの形態のすべてが一つの種、
C.lupus の変異に過ぎないとして取り扱うと、我々は、この動物が殊の外、広い
地理学的範囲に広がっていると言えるかも知れない。それ(オオカミ)は、一
つの例外、サハラの北アフリカと共に、旧北区領域の隅々にまで現れている。
そして、セイロン島、ビルマあるいはインド群島を除いたインド高原南方に分
布している。アメリカの中では、メキシコの Guanajuato 州から北方の大陸全
体に分布する。
1)
Alston,loc.cit. p.66. 2)
Proceedings of Zoological Society of London, 1880,p.274.
西洋の研究者から見たニホンオオカミ(4)を参照の事
75
西洋の研究者から見たニホンオオカミ(11)
Thomas, O. (1905)
The Duke of Bedford’s zoological exploration in eastern Asia.
-Ⅰ. List of mammals obtained by Mr. M. Anderson in Japan.
ベッドフォード卿の東アジア動物探検
Ⅰ.日本にて M.アンダーソン氏により入手された哺乳類の目録
Proceedings of the general meetings for scientific business
of the Zoological Society of London.
331p-362p,1905,vol.Ⅱ
ロンドン動物学会の
科学的業務のための総会会報
1905 年、Ⅱ巻
(5 月‒12 月)
————————
学会のために印刷
Hanover スクエアの本部にて販売
ロンドン:
Messrs.Longmans,Green, and Co.
Paternoster Row(町).
ロンドン動物学会会報
1905 年、2巻の表紙
動物学会会報の目次、当該論文の部分
76
論文表題の部分、331 ページ
ニホンオオカミの記載を抜粋、342 ページ
16. Canis hodophylax Temm.
♂. 255. 鷲家口、奈良県、本土
「このオオカミは肉体の形で買い入れた。私はこれについてほとんど知識を
得ることが出来ない。これは希少であり、ほとんど絶滅したといわれている。
日本名は「おおかみ」または「あまいぬ」—M.P.A.
訳者註:—M.P.A.とは、採集者マルコム P.アンダーソンによる意見
77
西洋の研究者から見たニホンオオカミ(12)
Pocock, R.I.(1935)
The Races of Canis lupus
Canis lupus の亜種について
Proceedings of the zoological society of London,
105 : 647-686p
ロンドン動物学会会報、105 巻:647−686 ページ
The Races of Canis lupus の表題
ニホンオオカミの記載を抜粋、658 ページ(その1)
78
日本のオオカミ
Canis lupus hodophylax Temm.
Canis hodopylax1)Temminck , Schlegel の Fauna Japonica 中の 38 ページ、
図 9,1842;
Huxley, 動 物 学 会 会 報 1880,274 ペ ー ジ ;
Brauns, ‘ The
Chrysanthemum,’ 横浜, 1 号 66 ページ,1881; Mivart, 犬科専攻,15 ペー
ジ,1890.
模式標本の産地̶日本または本土。
分布̶日本本土とおそらく蝦夷2)。
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Temminck の記述と、Brauns によって確認されたことに従うと、このオオカ
ミはその(毛)色について、個体ごとに非常に変異があるけれども、C.lupus
に類似している一方、より小さい体型とより短い脚が異なっている。
(訳者註:毛色の変異についての Brauns の考察はエゾオオカミの標本からであ
る可能性がある。西洋の研究者から見たニホンオオカミ(7)を参照)
その体毛は短く、滑らかで頭と体の長さ(頭胴長)は 33 インチ(84cm)、尾の
長さは 12 インチ(30.5cm)と記載された。頭と体(頭胴長)は以下に記録され
た Laniger(チベットまたはチュウゴクオオカミ)の生きている標本のそれより、
目立って短い。
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大英博物館は日本本土の奈良県鷲家口にて1月23日に採集された、若いオ
スの毛皮をただ一つ所有している(M.P.Anderson, no.5.5.30.1)。完全な冬毛は
laniger のそれより短くて、背中の上毛/うわげ(contour hair)は約 45mm、横
腹のは 40(mm)、?肩を覆う毛?は 80(mm)、首のは 64(mm)であり、背中と横
腹の下毛/したげ(underwool)は約 28(mm)、肩と首のは 40(mm)である。
ニホンオオカミの記載を抜粋、658 ページ(その4)
全般的な色は暗い色調であり、下毛は灰茶色からくすんだ灰色で、その色合
いは上毛の豊富な黒みによってほとんど隠されている。その毛先の下の部分に
灰白色の小斑点が浮き彫りになっている。耳と頭頂部は黒ずんだ茶色、前頭部
と吻は茶色がかっていて、見事に美しく灰色になっている。目を被う色の薄い
斑は無い。頬から下へ口角までは灰色、毛は先が黒く、上唇の縁は褐色がかっ
た色合いで暗くなる(infuscate:昆虫翼のように、褐色がかった色合いで暗くな
る)、ただ、吻の頂上部よりもわずかに色が薄い。顎の先は褐色がかった色合い
で暗くなる。のどの前方部はくすんだ茶色:トビ色(drab)、のどの後方部と胸
の中央線は明らかに褐色がかった色合いで暗くなる。前脚は、外側はくすんだ
茶色:トビ色で、顕著な幅広の黒帯と手首より下には大きな黒い独立した斑点。
後脚は、腿の上と後ろ側は下方に沿って肉球までくすんだ茶色:トビ色と、正
面は下方に沿って飛節(hock)の上から足まで白っぽい。尾は上面は背中の様
で、基部では白色、より末梢の下の方は茶色である。腋窩、前脚の内側、腹部、
腿と後脚の内側は白っぽい。
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この標本の新鮮な状態での測定値は̶頭胴長 36 インチ(91.4cm)、尾長 132/5
(34cm)、後ろ足 73/5(19.3cm)、耳介 32/5(8.6cm)̶その頭骨が証明するよう
に、この個体が充分成熟していない点から見ると、langer に対して、体の大き
さについて、ほとんど劣等ではない事を示している。(indicate hardly any
inferiority)
奈良県からの若いオスの頭骨に加えて、大英博物館はもう一つ他に、秩父か
らの(頭骨)を所有している。これは充分に成熟しているが、性別は疑わしい。
1)
:この名前はここに記録された様に印刷されたけれども、多分、これは 明
らかなミスプリント と後続の著者から見なされている。Hodophylax が少なく
とも理解出来る意味を持つ。5 ページの序文と Temminck の文中の図の名前は
hodophylax として出て来る。
2)
:Brauns によると、この種は日本本土(Nippon)と同様に蝦夷に存在する。
多分これは間違いである。と言うのは蝦夷には他のもっと大きな種が存在する。
ニホンオオカミの記載を抜粋、659 ページ(その 1)
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測定値の表に示したように、それは最大頭蓋長、基底全長、硬口蓋長、下顎骨
長、頬歯列長について、laniger の成体の頭骨の夫々該当する所のどれも、明ら
かに短い。しかし、それらのいくつかは数少ない特定の所でほとんど同じであ
る。歯牙は、平均では laniger のそれよりも小さいけれども、時々、比較的に少
し(laniger)より大きい。しかし、奈良県標本の上顎裂肉歯は明らかに短い。
秩父からの頭骨のその総合的な丈夫さ(robustness)については、Styan の採
集した北部中国からの頭骨にとても似ている。しかし、その小さいサイズに加
えて、それ(秩父からの頭骨)はとても低くて、膨らんでいない耳骨胞を持っ
ている。奈良県頭骨について相違は完全には目立つ物ではない。頭骨の小ささ
を考慮すると、切歯の幅は比較的大きく、北部中国からの(標本)より少し大
きい。
シベリア、日本、中央アジア、中国、カシミールから
採集した頭骨の頭蓋と歯牙の測定結果、666 ページ
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