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水素社会は 実現するのか

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水素社会は 実現するのか
水素社会は
実現するのか
―日本の挑戦とビジネス機会―
特別企画コンファレンス抄録 2015
株式会社
富士通総研
FUJITSU RESEARCH INSTITUTE
特別企画コンファレンス.indd
1
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ごあいさつ
水素社会の実現に向けて
客観的に議論する
株式会社富士通総研 代表取締役社長
本庄 滋明
「水素社会の実現」という表現が、昨年の4月に発表された「第4次エネルギー基本計画」で大きな注目を集めま
した。水素は、エネルギーや地球環境だけでなく、日本の産業競争力の強化も含めて、日本が抱えている大きな
課題を解決してくれる可能性があると感じております。
その一方で、水素の実態はなかなか明らかになっていないとも思っております。第4次エネルギー基本計画では、
水素社会とは「水素を日常の生活や産業活動で利活用する社会」と定義されておりますが、たとえば、水素は今ま
でのエネルギー源を代替するものなのか、今までとはどのように異なる特性を持つのかといったことも、実はよ
く理解されていないように思います。
そこで、
「水素社会の実現ありき」という立場ではなく、水素社会は実現可能なのか、実現させるために何が必
要か、ということについて客観的に議論していく場が必要であると考え、このコンファレンスを企画いたしました。
水素は大きな可能性を持ったエネルギー源であり、産業競争力の強化と環境負荷の低減の両面を両立させる可
能性を持っております。そうであるからこそ、水素社会という言葉を一時の流行語に終わらせるのではなく、多
くの方々が議論しながら実現していくことが求められています。このコンファレンスもその一助となれば幸いです。
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特別企画コンファレンス 水素社会は実現するのか ―日本の挑戦とビジネス機会―
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水素社会の実現に向けて客観的に議論する
ごあいさつ
アジェンダ
水素社会は実現するのか ―日本の挑戦とビジネス機会―
2015年10月5日(月曜日)13時30分∼17時
経団連会館 2階 国際会議場
問題意識
P.4
富士通総研 経済研究所 特任研究員
安部 忠彦
基調講演
P.6
「欧州における水素ビジネス:高まる運輸・エネルギー貯留としての活用」
英インペリアルカレッジ 教授
E4techディレクター
David Hart(デビッド・ハート)氏
研究報告
P.8
「技術・政策の不透明性と水素市場」
富士通総研 経済研究所 上席主任研究員
濱崎 博
パネルディスカッション
P.12
「水素社会実現のカギは何か」
パネリスト
英インペリアルカレッジ 教授、E4techディレクター David
Hart(デビッド・ハート)氏
トヨタ自動車株式会社 FC技術・開発部 主査 小島 康一 氏
福岡市 経済観光文化局 創業・立地推進部長 駒田 浩良 氏
岩谷産業株式会社 常務執行役員 水素エネルギー部長(兼)中央研究所 副所長 宮崎 淳 氏
富士通総研 経済研究所 上席主任研究員 濱崎 博
モデレーター
富士通総研 経済研究所 上席主任研究員 生田 孝史
特別企画コンファレンス 水素社会は実現するのか ―日本の挑戦とビジネス機会―
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問題意識
水素社会は実現するのか
―日本の挑戦とビジネス機会―
富士通総研 経済研究所 特任研究員
安部 忠彦
本コンファレンスの主催者側の問題意識として、①なぜ今、
水素ステーション、燃料電池自動車、燃料電池バス、家庭
水素社会を取り上げているのか、③主要な論点は何かとい
用の燃料電池、産業用の燃料電池などについて、数値目標
う順番でご説明いたします。
を挙げて実現しようというものです。民間企業でも、燃料
水素社会をめぐる国内の動向
まず「水素社会」の捉え方に関しまして、たとえば、エネ
ルギー基本計画では「水素を日常の生活や産業活動で利活
用する社会」と規定しています。我々の定義は、既存のエ
ネルギー源をすべて水素に代替するというイメージではなく、
「エネルギー・システム全体の中で、水素の特性を活かし
て主体的に利活用する社会」というものです。
電池、家庭用燃料電池など多様な利活用に向けた動きが出
ており、将来に向けて多面的な事業展開が見込まれます。
水素社会を議題とした理由
このように水素社会の議論が高まっている背景には、人
類や日本の大きな問題に対して水素が解決の糸口になると
いう大きな期待があります。
たとえば、化石燃料の枯渇、エネルギー安全保障、災害
近年、水素社会に向けた多様な議論や実践が活発化して
時のエネルギー対処などのエネルギー問題に対して、水素
います。たとえば、政府は2014年に発表した「エネルギー
は地政学的リスクの小さな地域からも供給され、災害時に
基本計画」の中で水素の重要性を非常に強調しております。
は非常用電源として役に立ちます。地球環境問題において
水素には利便性、エネルギー効率、利用段階でのクリーン
も、水素は使用時に二酸化炭素を出さないクリーンなエネ
さなどの優れた特性があり、将来の二次エネルギーでは水
ルギーです。水素が蓄電池の役割を果たして再生可能エネ
素が中心的な役割を担うようになる。ただし、技術、コスト、
ルギーの供給における不安定さを解消することや、地産地
制度、インフラ面で多くの課題を抱えているので、当面は
消や地域外へ販売されるエネルギーとして地域産業を産む
実現可能な技術から社会に実装していく。そのために制度
こと、さらには、日本が先行する燃料電池自動車、家庭用
やインフラ整備を促進したい、という内容です。
の燃料電池、水素の輸送などの技術をベースに産業競争力
こ う し た 政 府 の 動 き を 受 け て、 経 済 産 業 省 は 同 じ く
2014 年に水素・燃料電池戦略協議会を立ち上げ、水素社
の強化が図られることにも、大きな期待が寄せられています。
こうした期待がある一方で、水素社会の推進に向けて問
会実現に向けたロードマップを策定しました。ここでは、
題や課題が山積し、その解決は非常に複雑であることも事
3つのフェーズに分けて長期的視点で水素社会の実現を展
実です。たとえば技術面では、製造時に二酸化炭素を出さ
望しています。フェーズ1では、2020年代半ばまでに燃料
ない技術や、二酸化炭素を吸収してくれる技術などが解決
電池の拡大を目指し、フェーズ2では2030年頃までに大規
の前提となります。コスト面でも、水素製造コストをいか
模な水素供給システムの確立を、フェーズ3では2040年頃
に低減するのか。水素ステーションを設置すると、現在は
フリーの水素供給
までにトータルな形でCO(二酸化炭素)
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1カ所当たり4∼5億円かかると言われています。それをい
システムの確立を目指すというものです。
かに安価にして普及させていくのか。制度面、心理面の課
自治体関係の動きとして、たとえば、東京都では2020年
に東京オリンピック・パラリンピックを契機に水素社会の
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モデル都市にしようとする計画が進んでいます。具体的には、
水素社会を議論するのか、②なぜ富士通総研経済研究所が
題もあり、安全性への不安心理を解消し、身近なエネルギー
として使ってもらうことが大切です。
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水素社会は実現するのか ―日本の挑戦とビジネス機会―
このような課題があるため、水素社会実現の必然性や可
能性に対する懐疑論が多いことも事実です。したがって、
水素の持つ可能性と課題の両方を同時にかつ冷静に評価す
る必要があると、我々は考えております。
論点としての時間軸
■ 大きなイノベーションが陥りやすい「悪夢の時代」
を、
長期的視点で
どう乗り越えるか?
■ 期待が急に膨らむ時期
*水素社会実現の大きな意義
*国・地方自治体の政策
*先進民間企業の戦略
経済研究所が水素問題を取り上げる理由
や社会経済活動全体をも変えるような非常に重要性の高い
テーマだと認識しております。弊社は従来、エネルギーの
研究や成果発信を継続して参りましたが、その延長上にこ
のテーマがあります。
■ 目指すべき価値ありと判断される
「水素社会」実現期(解決される問題)
*エネルギー問題
*地域活性化
*地球環境問題
*産業競争力強化
期待軸
我々が水素問題を取り上げた理由は3点です。1点目は、
水素問題はエネルギーの需要供給のあり方から、日常生活
問題意識
*期待外れのレベルを小さく、
短期間で乗り越えるのに、
国・自治体、企業はどう対処?
■ 問題、課題顕在期
(期待がしぼむ可能性も)
*技術的課題
*コスト的課題
*制度・心理的課題
悪夢の時代
現時点
2035年頃
時間軸
2点目として、我々が取り組むべき今後の社会的課題の
大きな1つであると認識しております。こうした課題の共
通点は、当面は経済価値が低いものの、その解決を図るこ
現時点は、水素社会の実現に大きな意義を見出し、国や
とによって、人類にとって非常に重要になってくるという
地方自治体の政策などが進められ、期待が非常に膨らんで
ものです。たとえば、地球環境問題もその 1 つです。水素
いる時期だと思います。おそらく、2020年の東京オリンピッ
はそうした課題の代表だと認識しております。
ク・パラリンピックに向けてさらに期待は高まっていくでしょ
3点目として、弊社の研究者が持っている特有で優位性
う。それが過ぎ去った後に、マイナス面や課題が顕在化し、
のある定量分析力を活用して、水素の影響の実態と課題を
期待がしぼんでしまう「悪夢の時代」が訪れる場合が多いの
定量的に提示できることに意味があると理解しております。
です。しかし、水素社会は将来的に価値のあるものであり、
水素社会に関する主な論点
水素社会を考えていく際には、まずプラス面もマイナス
実現しなくてはならないと考え、技術開発等が進み、再び
期待が盛り上がって実現すべき社会を作っていく。このよ
うな流れをとるのではないかと想像されます。
面も含めて、多様な性格を持つ水素の本質や独自性をどう
この最もつらい谷間に当たる「悪夢の時代」をいかに長引
捉えればよいかが、非常に大きな論点になります。水素は
かせないか。期待外れのレベルを小さく抑えて短期間で乗
複雑性を持った、新たなタイプのエネルギーです。したがっ
り越えるためには、国や自治体、企業が知恵を絞って、対
て、
「単独のエネルギー源」として他のエネルギー源と比べ
処していくことが大事だと考えております。
るのではなく、全体俯瞰的、システム的な観点で水素がど
そこで、本日は多面的なパネリストをお招きして以下の
のような役割を果たしているかを捉え、評価していく必要
お話をしていただく予定です。まず、英国インペリアルカレッ
があります。特に、今後は供給変動が大きい風力や太陽光
ジ教授のデビッド・ハート様には、海外、特に先進的な欧州
などの再生可能エネルギーを大量に導入しなくてはならな
の動向はどうなっているかについて伺います。次に、水素
いと思われますが、その時に水素はその蓄電機能で電力シ
社会の実現可能性を定量的に見るとどうか、全体的にどの
ステムを安定させる役割を果たしていくでしょう。そのよ
ようなバランスがとれているかに関しまして、水素の複雑
うに他のエネルギーと組み合わせて自らの欠点を補い合い
性を反映したエネルギーモデルによるシミュレーションを
ながら、エネルギー・システム全体の中で水素の役割・機
用いた定量分析の結果について、弊社研究員の濱崎博がご
能は発揮されるのです。
説明いたします。また、民間企業がコスト面などの困難さ
2番目に、水素社会の問題が非常に複雑であることと関
を乗り越えて、どのような意義、ビジネスの見通し、課題
連して、全体を定量的に把握した議論になっているかが大
認識のもとに取り組みを推進させているかに関して、利用
事になると思っております。
側としてトヨタ自動車株式会社の小島康一様に、水素の供
3 番目に、水素社会実現への道のりは非常に長いので、
給側として岩谷産業株式会社の宮崎淳様にお話いただきま
短期的に考えてはいけません。すなわち、長期的な視点が
す。さらに、地域活性化と絡めて、地方自治体での推進実
重要になってきます。図に示したグラフは今後、水素に対
態と課題については福岡市の駒田浩良様をお迎えしています。
する期待値の変化を予想したものです。縦軸は期待値で、
多くの方々が水素社会をめぐって様々な疑問を抱かれて
横軸は時間を表していますが、これは今まで大きな成果を
いると思いますが、本日のコンファレンスがその解決に少
あげたイノベーションが辿ってきた道筋でもあります。
しでもお役に立てれば幸いです。
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基調講演
欧州における水素ビジネス:
高まる運輸・エネルギー貯留としての活用
Building Hydrogen Energy Business in Europe:
increasingly serious option for transport and energy storage
英インペリアルカレッジ教授 E4techディレクター
デビッド・ハート
私は過去20年間、ヨーロッパの水素社会や持続可能エネ
ルギーの仕事に携わって参りました。その経験からお話し
ますが、まず、水素は非常に複雑なテーマであり、システ
ム的な考え方でその影響を捉えなくてはなりません。
ヨーロッパのエネルギー関連ビジネス
ヨーロッパでエネルギー・ビジネスを展開する際には、企
業はまず団体や協会を作り、政府と交渉し支援を求めると
水素は様々なエネルギーと関連性があり、将来的にはあ
いう流れをとります。特に、PPP(官民パートナーシップ)の
らゆる要因の接着剤になり得るのですが、現時点では、エ
燃料電池水素共同実施機構(Fuel Cells and Hydrogen Joint
ネルギー・システムにおける複雑な諸課題に対処する要素
Undertaking)は長年、研究体制の支援、技術開発、デモン
として捉えられています。たとえば、温室効果ガスや気候
ストレーションを通じて、水素や燃料電池の市場導入を加速
変動という課題に対し、多くの国々は再生可能エネルギー
させるのと同時に、議会や欧州委員会と議論しながら水素
で相当程度のエネルギーを賄うようになりましたが、供給
社会の価値を訴え、理解促進を図ってきました。
過剰などの問題が生じており、その料金も水素に影響を及
ただし、すべての国が最速ペースで水素を導入している
ぼします。また、ヨーロッパの電力は各国間がグリッドで
わけではありません。水素は非常に複雑なシステムであり、
結ばれ、相互関連性があります。全般的に北の産出国から
採算性や市場において多様な側面が絡み合うため、急速に
南の消費地へと流れていきますが、これは水素を将来のシ
一つの方向へと動かないのです。したがって、スピードよ
ステムに組み込む検討をする際に重要です。
りも安定的な支援環境を整備して、企業が長期的かつ持続
ヨーロッパの規制や枠組み
的にビジネスを行い、最終的に株主に価値を還元可能にす
ることが大切です。
ヨーロッパのエネルギー・システムは、これまで各国政
各国には、業界の橋渡し、政府へのロビー活動、研究資
府が設定した枠組みによって発展してきました。このうち
金のコントローラーなどを担う様々な団体が存在し、互い
水素社会の実現に最も関連するのが、2020年の気候変動・
に対話を行っています。対話を通じて他国の成功事例を理
エネルギー政策パッケージでしょう。これは温室効果ガス
解することは重要です。たとえば、ノルウェーで革新的な
排出量を20%削減し、EUのエネルギーの20%を再生可能
技術が登場しても、その市場がドイツやフランスに限定さ
エネルギーとし、90 年対比でエネルギー効率を 20 %改善
れていればうまくいきません。エネルギー・システム間の
するというもので、加盟国はこれに沿ってそれぞれターゲッ
関係だけでなく、地域別の多様な考え方、技術動向、市場
トを設定しています。進捗状況は異なりますが、全般的に
の発展とも結び付けていく必要があります。
見ると、EUはプランに沿って進展しています。
もう一つ重要なのは、地域や都市レベルにも活動する力
ヨーロッパ横断ネットワークでは、充電や補給用のステー
や権限があることです。実は、これまで水素の進展におい
ションの数、水素の純度や測定方法など、水素インフラの
て大きな役割を果たしてきたのが都市や地域です。大気汚
導入において順守すべき要件を定めています。しかし、こ
染が深刻なパリでは、市長が積極的に車両規制、カークラ
れは自主的なガイドラインで、強制力はありません。
ブやカーシェアの推進、企業に対する低排出車への転換支
援などの公害対策を推進してきました。ロンドンも同じ理
由で、渋滞税、ゼロエミッション車の優遇策、電気バスやカー
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欧州における水素ビジネス:高まる運輸・エネルギー貯留としての活用
基調講演
シェアなどのスキームを導入しています。特定エリアでは
考え方がポピュラーになっています。クリーンな再生エネ
低排出車以外を締め出す措置を国が実施すれば、EUのルー
ルギー由来の電力から作った水素を天然ガスのグリッドに
ル下では違法となりますが、都市レベルであれば大胆な動
入れるのですが、効率性が下がるので、最も付加価値の高
きが可能です。
い水素の利用法とは言えません。それでも実施する理由は、
水素関連のインフラ整備状況
水素社会のインフラを整備し、資金を手当てする際の根
本的な問題は、すでに整備されている効果的な輸送システ
再生可能エネルギーは需要に比べて供給が上回る時期が多
く、無料やマイナスの価格になるため、水素を安く作れる
からです。さらに、CO2 削減効果に大きく寄与する熱の脱
炭素化にも貢献します。
ムやエネルギー・インフラを水素でどう代替するかです。
特に余剰の再生可能エネルギーの多いドイツでは、P2G
水素には社会的な恩恵があるものの、コストが高いので、
のプラントが急速に広がっています。無料の電力とはいえ、
劇的な変化を起こすことは非常に困難です。
経済的にまだ多くの問題が残されているので、パイロット・
そこで、ヨーロッパの業界、政府、自治体は、自動車会社
や石油会社も巻き込んで議論を重ね、需給をマッチングさせ
プロジェクトを通じてテストや学習を行っている段階ですが、
今後の発展が期待されます。
て段階的に展開するための10年間のインフラ整備ロードマッ
この分野は複雑ですが、いろいろな機会があり、水素や
プを示しました。インフラ供給者は5∼10年間、収益が得ら
燃料電池の販売にとどまらない、ユニークなサービスや新
れません。インフラと同時に対応車両も普及させる必要があ
しいビジネスモデルが考え出されています。たとえば、電
り、みんなが参加しないとうまくいかないのです。それを実
気分解の技術を使って再生可能エネルギーとグリッドをバ
現する唯一の方法が、枠組みや政策を導入して、自らのリス
ランスさせるサービスなどが検討されています。ヨーロッ
クと他者のリスクとをバランスさせることだと考えたのです。
パは電気分解装置ではよいポジションにあり、シーメンス
現在、水素自動車のインフラ開発で最先端にあるのは、
など大手企業も事業を展開しています。ヨーロッパのエネ
ドイツの産業です。水素ステーション整備プロジェクト「H2
ルギー産業は、ニッチ市場を狙える小さなスタートアップ
モビリティ」は高度なモデリングを用いて、FCVの普及促進
企業が多いのですが、このように大企業が大きな賭けに出
に必要な燃料ステーションの数、コスト、政府の支援体制、
ているのは興味深いことです。
最初の建設場所など、システム的な考え方で社会的ベネ
フィットを生み出し、官民でコスト負担する方法を検討し
水素社会の実現に向けて
ました。その過程で、インフラを所有し資金供与するために、
最後になりますが、ここ2、3年、水素エネルギーを社会
6社が集まって合弁会社を発足させました。投資の回収期
のソリューションとして真剣に捉えようとする態度が顕著
間は非常に長く、先行者不利益を被りますが、規制を導入
になっています。将来的な影響に関するモデリング活動が
して参入障壁を設け、後発者が不利になる状況を生み出す
活発化し、2050 年の目標達成や産業構築に向けた工程表
ことで、この問題を克服しなくてはなりません。
について議論が行われています。社会や需給両サイドのプ
イギリス政府は近年、富裕層の多いロンドン東南部にク
レイヤーをすべて合わせて便益を蓄積し、キャッシュ・バ
ラスターを形成し、そこを中心に燃料ステーションや補給
ランスを図るという複雑なビジネスモデルを実現するには、
ステーションを整備しています。日本のプログラムよりも
多くの思考やイノベーティブな開発が求められます。この
小規模ですが、通常は介入主義をとらないイギリス政府が
市場に参入して普及促進に努めるのは大変ですが、いった
水素自動車に関して積極的なスタンスをとっていることは、
ん始まれば確実に顧客が増えていくビジネスです。
大きなステップです。北海油田やガスの町であるアバディー
しかし問題は、誰がリスクをとって資金を拠出するかです。
ンをはじめ、各地でフォークリフトやバスへの燃料電池車
気候変動も含めた大気に関する問題や健康被害、地方のリ
両の導入が進んでいます。
ソース活用、地方の団結と実行なども含めて、システムと
従来は見られなかった新たな試みも出てきています。たと
して様々な要素を検討しなくてはなりません。これらはす
えば、スイスのローザンヌでは小さなメーカーが、300キロワッ
べて社会に役立つものであり、その最大化に当たって政府
トの燃料電池レースカーを手掛けています。燃料電池フォー
が影響力を持ち得る分野です。また、社会から望まれ、社
クリフトよりも、レースカーのほうが一般市民に水素の魅力
会が参加するものをどう作っていくのかについて、企業も
を訴求しやすいので、非常に革新的なアイデアだと思います。
独自の戦略を考え始めています。ご清聴ありがとうござい
水素の蓄エネ機能の可能性
ました。
(編集:富士通総研 経済研究所 上席主任研究員 濱崎 博)
ヨーロッパ諸国では最近、
「P2G(Power to Gas)」という
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研究報告
技術・政策の不透明性と水素市場
複雑性を考慮したビジネス・シミュレーション
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濱崎 博
2014 年に「水素ロードマップ」が作成され、2014 年、
15年は水素元年と言われますが、その一方で、水素に対し
持ってくる手法、福岡市のように下水汚泥を使う手法、ガ
て懐疑的な意見を持つアナリストや専門家は国内外を問わ
かによって、CO2 の削減効果やエネルギー自給率への影響
ず多いようです。
が大きく異なってきます。
その理由の1つは、水素の生産から消費までのプロセス
デビッド・ハート氏は「P2G(Power to Gas)」について言
が非常に多いことです。たとえば、水素を使って電気・熱
及されていましたが、これはドイツで積極的に行われてい
にする場合、ガスや化石燃料を使って水素を作り、その水
る方法です。再生可能エネルギーは風任せや太陽任せなので、
素をいったん燃料電池にしてから電気や熱にするというプ
発電量のコントロールができず、実際にほしい電力量に対
ロセスを経なくてはなりません。
して不足や余剰が生じます。そこで、余剰電力を使って水
もう1つは、低炭素化やエネルギー自給率を高める際には、
素を作り、電気を貯めて、電力が不足した時にもう一度電
再生可能エネルギーや火力発電所の高効率化など、水素以
気に戻すのです。エネルギーであるのと同時に、貯める機
外の方法もあることです。再生可能エネルギーと水素は競
能があることも、水素の複雑性につながっています。
合関係にあるとする声も多く聞かれます。
需要サイドに注目すると、水素の用途は多様です。たと
このように水素は複雑であるため、従来の手法ではきち
えば、自動車の燃料にするほか、家庭やオフィスで料理や
んと評価できませんでした。そこで、本日は水素の複雑性
照明に使ったり、熱にして給湯に使ったり、PCなどの機器
を捉えたうえで、それをどう扱い、将来的な市場を評価す
の電源とすることもあります。これらをすべて表したのが
るかという定量評価の手法とその結果についてご紹介し
図1です。現在のエネルギーシステムと比べて複雑で入り
ます。
組んでおり、いろいろなエネルギーに変換して貯めること
水素の複雑性
これまでのエネルギー社会は、ガソリンであれば、油田
8
スを使って CCS を用いる手法もあります。どの手法を使う
もあります。水素の複雑性が少しお分かりいただけたでしょ
うか。
から製油所に持って行き、ステーションに運んで自動車に
評価手法の説明
給油される。電気であれば、発電所で作って送電網で消費
このように非常に複雑なエネルギー問題の将来を見通す
者に届けるというように、ある意味で一方向に流れる比較
ためには、エネルギー需要や供給量をいかに推定するかが
的シンプルな社会でした。
重要になってきます。従来は石炭なら石炭だけ、ガソリン
しかし、水素は化石燃料のようにどこかを掘ったら出て
ならガソリンだけというように、セクター別の評価手法が
くるものではなく、何らかの方法で作らなくてはなりません。
一般的でした。水素のように入り組んだ対象の評価は海外
しかも、そのやり方は実に多様です。風力や太陽光など再
の大手エネルギー会社でも実施されておらず、まだ研究途
生可能エネルギー、あるいは、石油化学や鉄鋼などで作っ
上にあります。
た電気の余剰分から水素を作ることができます。また、岩
そこで、我々は日本に特化したエネルギーモデル「JMRT
谷産業が実施されているように海外で褐炭を使ってCO2 を
(Japan Multi-regional Transmission Model)」を作成しま
地面に押し込めるCCS(CO2回収貯留)で水素を作って日本に
した。その際には IEA(国際エネルギー機関)、欧州各国の
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技術・政策の不透明性と水素市場 複雑性を考慮したビジネス・シミュレーション
研究報告
送電網に関する情報も織り込みました。
さらに、日本の送電網の連携性におい
油田
製油所
再エネ
て特に北海道と東北の北本連系線が弱
ステーション
いといった制約条件や、2つの周波数の
蓄電
火力発電
電気があることなども考慮しました。
自動車
原子力発電
以上は、複雑性をどのように評価に
織り込んだかの説明ですが、もう一方
で検討しなくてはならないのが、将来
(余剰)石油化学・鉄鋼等
的に不透明性の残る要素についてです。
H2
水素に関して、将来的なエネルギー
燃料電池
安全保障とCO2削減という2つの政策目
標の解決策としての役割があります。
褐炭
下水汚泥
水素ステーション
燃料電池
参考までに、現在の日本のエネルギー
自給率は6.3%です。食料自給率はカロ
リーベースで40%程度であることと比
再エネ
図1 複雑な水素社会のエネルギーシステム
べても、かなり危機的状況にあります。
温暖化については、2030 年に 2013 年
度比で26%減にするという目標があり、
政府、米国エネルギー省などで幅広く使われている開発環
その前提でグラフを描くと 2050 年には 2013 年度比で約
境「TIMS(The Integrated MARKAL-EFOM System)」を採用
6割減になりますが、その先がどうなるかは分かりません。
しました。この手法のメリットは、諸条件を織り込んで最
つまり、将来的に目指す方向が違えば、水素の必要性や役
適なソリューションを検討できる点です。たとえば、目標
割も変化してくるわけです。
とするCO2 の削減率やエネルギー自給率などの条件を入れ
技術インフラに関しても不透明な部分があります。燃料
ると、どの技術の組み合わせが経済合理的であるかが示さ
電池自動車(以下、FCV)の価格が現状のままか、ハイブリッ
れます。また、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機
ド並みの価格になるのか。水素ステーションは現状の1台
構)やIEA、学会誌など幅広い技術データを使用しており、
当たり 4 ∼5 億円から、欧州並みの 1 億円程度になるのか。
詳細な検討ができるようになっています。
また、メンテナンスにおいて人件費が高いという問題があ
水素をめぐる複雑な関係性もモデルに織り込み、発電所
ります。ドイツではセルフで水素供給ができますが、日本
であれば実際の稼働情報を入れるなど、現実に近づけるよ
では規制で禁じられています。そうした規制が緩和される
うに試みました。特に、エネルギーは日中でも季節ごとにも、
のかどうか。さらに、水素を地産地消のみに使うのか、全
需要が大きく変動するので、モデルでは1日をピークとオ
国に融通させないと市場が成立しないかどうかも視野に入
フピークで3回に分け、さらに季節変動も踏まえて1年間を
れる必要があります。
12個のスライスに分けました。
それから、震災時に電気融通が話題となりました。たと
都道府県単位でモデルを組んでいることも特徴です。今
えば、北海道は風力発電の条件は良好ですが、他の場所に
回は再生可能エネルギーについて陸上風力、洋上風力、地熱、
運べる容量の送電網は整備されていません。そこに送電網
太陽光というように、かなり細かくデータをとりましたが、
を拡充するのか、それとも作った水素を貯めて運ぶのかは、
風がよく吹いて風力発電に良好な条件であるほど濃い色に
実は競合関係にあります。したがって、連系線を強化する
するなど、地図上で都道府県別に色の濃淡で条件を表しま
かどうかによる影響も考慮しました。
した。たとえば、北海道は風力に恵まれていますが、東京
以上を踏まえまして、政策目標として「CO2削減量」と「エ
はそれほど再生可能エネルギーのポテンシャルはないとい
「水
ネルギー輸入依存度」、技術インフラとして「FCVの価格」、
うように、どの地域も一様な分布ではないことを考慮して
素ステーション費用」、
「水素供給網」
(供給網を整備して全
います。
国融通にするか、整備しないで地産地消にするか)、
「連系
「送電網が足りないので再生可能エネルギーに参入しない」
線強化」を変数にとることにいたしました(図2)。それぞれ
という話もよく聞きますが、電力を考える際には送電網も
の条件を組み合わせて、どの変化が水素の将来を決定づけ
重要です。我々の評価モデルには、既存のインフラの有無、
るのかを明らかにするために、256パターンでシミュレーショ
送電網の設置に必要な追加費用、資材を運ぶ道路情報など、
ンを行いました。なお、ハート氏は「システム」的な考え方
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研究報告
や分析が必要だと指摘されていましたが、我々のモデルや
シミュレーションもそれと同じ考え方に立っています。
LNGで作る場合などで区分しています。
この結果から読み取れる別のメッセージは、2020 年に
新たな供給手段の整備が必要になることです。現状の供給
不透明性
手段の大半は余剰の水素なので、今はまだパイロットのス
変数
CO2削減
0%
30%
60%
90%
25%
50%
75%
95%
政策目標
エネルギー輸入依存度
燃料電池自動車
(FCV)
技術
インフラ
256
シミュレーション
500万円/台
300万円/台
(~2025年)
水素ステーション費用
現状
4分の1
水素供給網整備
あり
なし
連系線強化
あり
なし
(*)2050年に2011年比
図2 システム分析シナリオ
定量評価の結果
シミュレーションの結果の中から、いくつかのケースに
テージにある手法が2025年、2030年にはコマーシャル・ベー
スで動くようになっていなければ、2050 年には供給不足
に陥り、市場が縮小する可能性があります。
以上は供給側の結果ですが、需要側として、どこで水素
が使われているのかも見ていきましょう。2020 年は住宅
が大部分を占めていますが、2030 年になると住宅の次に
運輸が伸びてきます。2050年には、大型のSOFC型(固体酸
化物形燃料電池)の価格競争力が高まってくるはずなので、
商業部門にも導入されることが見込まれます。車両(貨物
ではなく旅客用)においても、電気自動車、燃料電池車、
ガソリン・ディーゼル車の構成比が変化し、燃料電池車は
全体の中で3分の1くらいを占める主要な技術になっていく
と思われます。
水素社会におけるオフィスの電力源としては、系統電力
ついて説明します。
やコジェネレーション(熱源より電力と熱を生産・供給す
1 現状ケース
るシステム)と並行して、燃料電池の利用が想定されます。
現状の水素ロードマップに沿って、FCVの価格がハイブリッ
ド並みに下がり、水素ステーションの費用がヨーロッパ並
東京では 2050 年に、燃料電池が半分を占め、系統電力か
らは4分の1、コジェネから4分の1という構成比になります。
みの4分の1になり、水素供給網の整備と連系線の強化はな
一方、北海道では陸上風力や洋上風力の条件がよいので、
しという条件で進むと想定した場合、水素の市場はどうな
2050 年には系統電力が中心となり、変動分を燃料電池で
るでしょうか。水素の供給量は2030年に0.9兆円、2050年
補う形になることが考えられます。
に1.4兆円となります(図3の左のグラフを参照)。石油の市
ここで重要なのは、地域によって電気に利用するエネル
場は22兆円、電力は18兆円、ガスは7兆円ですから、それ
ギーが変わってくることです。たとえば、47都道府県を並
らと比較して決して小さくはないものの、
「水素社会」とい
べたグラフでオフィスの電力源における燃料電池、系統電力、
うほどの規模ではありません。では、水素は不要かというと、
コジェネの構成を見ると、大きな違いがあり、地域独自の
そうでもありません。我々の評価では、最大市場規模は
状況になっています。A県で燃料電池がうまくいったから
2050 年で 750TWh(テラワット・アワー)です。日本の現
といって、B県に持っていけばいいという話ではないのです。
在の電力市場は約1,000TWhですから、かなり大きなポテ
したがって、地域によって組み合わせが異なるという地域
ンシャルがあります。つまり、ポテンシャルはあっても、
性の存在は、水素社会を考えるうえで重要になります。
市場に入り込みにくい状態であるというのが、このシミュレー
ション結果から読み取れるメッセージです。
2 最大期待ケース
次に、最も効率的に水素が導入された場合を想定してみ
ましょう。CO2 を削減してカーボンフリー社会を実現し、
•水素燃料は、水素製造、水素供給、水素消費のすべてにおいて、技術開発
および導入促進のための環境整備が必要。
•現状のままでは、大幅な水素導入は困難。
エネルギー輸入依存度も25%とします。FCVの価格も水素
水素供給量
ステーションの費用も下がり、水素供給網が整備され、連
現状ケース
系線の強化はないという条件を設定しました。
【参考】
石油:22兆円
電力:18兆円
ガス:7兆円
出典:日本LPガス協会(2014)
供給側の市場規模を見ると、2030年に2.9兆円、2050年
に 20 兆円程度になってもおかしくありません(図3 の右の
グラフを参照)。なお、水素供給については、電気で作る
0.9兆円
(TWh)
最大期待ケース
(後述)
20兆円
(TWh)
2.9兆円
1.4兆円
場合、鉄鋼など既存の燃料から発電した余剰を使う場合、
オーストラリア産の褐炭で水素を作って持ってくる場合、
10
図3 現状のままでは、水素の利用は限定的
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技術・政策の不透明性と水素市場 複雑性を考慮したビジネス・シミュレーション
3 不透明性を反映させたシナリオ
研究報告
るという結果になりました。一部に再生可能エネルギーと
ここまでは水素が最も効率よく導入された状況を想定し
水素は競合関係にあるとの見方がありますが、実際には逆
ましたが、当然ながら、将来は不透明であり、条件が変わ
だったのです。この結果から、水素は再生可能エネルギー
ればまったく異なる未来になるかもしれません。たとえば、
の不安定性において非常に有効な手段であることが見えて
最大期待ケースよりもCO2削減率が少なかった場合や、FCV
きます。
の価格や水素供給の費用が低減しなくなった場合には、ど
のような水素社会が来るのでしょうか。
•再エネ普及による電力システム不安定性対策として水素の蓄エネ機能が有効。
◆ CO2削減目標が低い場合
削減率を変化させると、当然ながら、市場の規模も変わっ
ています。CO2削減率が90%の場合に2050年で20兆円と想
定された市場規模は、削減率が60%減になると、5.9兆円
へと大きく下がります。30%では4兆円になります。ここ
から読み取れるのは、CO2 の削減において、最初に導入さ
電力起源の水素
(TWh)
CO2削減の影響について、90%から60%、30%、ゼロと
不透明性
政策変数
CO2削減
エネルギー輸入依存度
30%
60%
90%
25%
50%
75%
95%
500万円/台
300万円/台
(~2025年)
水素ステーション費用
現状
4分の1
水素供給網整備
あり
なし
連系線強化
あり
なし
燃料電池車
その他
変数
0%
れるのは再生可能エネルギーであり、ある閾値を超えてく
ると、やはり水素のような技術の役割が高まっていくこと
風力発電による発電量(TWh)
です。
図4 水素の蓄エネ機能は有効か?
◆ FCVや水素ステーションの価格が現状と同じ場合
FCVの価格と水素ステーションの費用が今と変わらない
という条件でシミュレーションすると、2050 年にはわず
水素の可能性と課題
かしか導入されないという結果になります。FCVは3分の1
水素はいろいろな分野から影響を受けます。再生可能エ
程度を占めていた最大期待ケースの結果とは、大きく異な
ネルギーがどこにどのくらい導入されるか、あるいは、オー
ります。水素ロードマップにも示されている通り、運輸部
ストラリアの褐炭の価格がどのくらいになるかによっても、
門で水素活用を普及させるうえで、FCVや水素関連のイン
水素の市場に影響が及びます。その複雑性を理解しない限
フラをいかに安くするかが必須条件であると言えるでしょう。
り、水素社会の将来像はうまく描けません。これは手計算
◆ 地産地消型の場合
では対応できないので、我々は今回、複雑性を考慮したモ
最後に、水素供給網の設定について、作った地域のみで
デルを作成して本研究を行ったわけです。
消費する地産地消型か、全国に展開していく全国融通型に
その結果として、水素はエネルギー自給率や温室効果ガ
するかで比べてみましょう。地産地消だと市場が小さくな
ス削減に非常に有効であることが明らかになりました。地
るとよく言われますが、これは果たして本当でしょうか。
域創生にも有効であることや、水素と再生可能エネルギー
シミュレーション結果を見ると、全国融通でも、地産地消
が協力関係にあることも、大きなファインディングだと思
でも、水素の供給量はあまり変わりません。
います。
ただし、地域レベルで見ると少し異なります。2050 年
しかし、現状のままで自然に水素が導入されるわけでは
に水素で電気を作っている都道府県の大きさを円で示すと、
ありません。誰がコストを負担し、誰がリスクをとり、負
かなりの違いがあるのです。全国融通の場合、北海道の水
担者が利益を享受できる仕組みをどう作るかが重要になり
素生産量は 112TWh、市場は 3 兆円と非常に大きなビジネ
ます。実際に市場の17円の電気で水素を作れば、1キロ約
スになりますが、地産地消では 24TWh と 6,500 億円です。
1,020円かかります。それを1キロ1,000円で売ろうとすれば、
地産地消型で大きな市場が見込まれる地域は、ほかに東北
市場としてうまく成り立ちません。これを成立させるには、
地域や千葉などです。千葉は洋上風力の条件がよいので、
ドイツのように再生可能エネルギーで作った電力がネガティ
一大水素製造拠点になる可能性があります。
ブな価格になることが前提になります。ただし、そのよう
4 再生可能エネルギーと水素は競合するか?
なマーケット・デザインは非常に難しいことを指摘してお
前述した通り、再生可能エネルギーは発電量が不安定な
きたいと思います。
ことが問題となっています。それに対して、電気を貯める
という水素の蓄エネ機能が有効だと言われています(図4)。
それが本当かどうかをシミュレーションで確かめてみると、
風力発電が増えるほど、電力を使った水素の製造量も増え
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パネルディスカッション
水素社会実現のカギは何か
パネリスト
英インペリアルカレッジ教授、E4techディレクター David
Hart(デビッド・ハート)
トヨタ自動車株式会社 FC技術・開発部 主査 小島 康一
福岡市 経済観光文化局 創業・立地推進部長 駒田 浩良
岩谷産業株式会社 常務執行役員 水素エネルギー部長(兼)中央研究所 副所長 宮崎 淳
富士通総研 経済研究所 上席主任研究員 濱崎 博
モデレーター
生田:基調講演や研究報告を通じて「水素社会には夢や希望を感じ
「 MIRAI 」を発表しました。トヨタでは、環境にも優しく持続可能
られるものの、その複雑性を踏まえて、システム的な考え方で取
な形で、人々が楽に安全に動くことのできるモビリティ社会を実
り組まなくてはならない」といった指摘がありましたが、この分野
現することを目指しています。そうした社会に貢献できると思い、
に馴染みのない方には少し難しいところがあったかもしれません。
FCVを導入したのです。
これから、私たちの身の回りにある水素をどううまく利活用して
将来の持続可能なモビリティ社会では、化石燃料だけでなく、
いくかについて、ディスカッションして参ります。まずは、国内
CO2を出さない再生可能エネルギーも使います。最良な代替燃料の
で水素社会を実現しようとチャレンジされている民間企業や地方
1つとして、様々な一次エネルギー源から生産できる水素は主要な
自治体の状況を伺ったうえで、ヨーロッパとの比較、定量的分析
エネルギーになるだろうと考えています。
から見えた課題との比較を含めて議論を進めていきたいと思います。
FCV は 究 極 の エ コ カ ー で あ り、CO2 を 排 出 し ま せ ん。 ま た、
供給・需要サイドの企業の取り組み
MIRAIでは素晴らしい加速性、スムーズで静かな走行を楽しめます。
使いやすさにおいても、水素の充填時間はガソリン車と変わらな
宮崎:岩谷産業の水素事業は、1941年に廃棄されていた工業用の
い約3分であり、走行距離は650キロメートルです。緊急時には非
水素の販売を始めて以降、74 年の歴史があります。1958 年に本
常に大きな電力供給能力を持っています。
格的に水素の製造販売を始め、78年に商業用液化水素プラントを
私は先日、ハンブルグに出張した折に、風力発電の余剰分を使っ
建設し、宇宙開発事業のロケット用に液化水素を供給してきました。
て水素を生産するシステムを見学してきました。ハンブルグ市は
2002年には、国家プロジェクトの一環で大阪に日本初の水素ステー
2020年以降に市の所有するバス1000台を燃料電池バスに変える
ションを建設しました。
計画を推進しており、再生可能エネルギーを使った水素社会がす
水素市場は日本全国で 180 ∼200 億立方メートルの年間需要が
でに始まっていることを実感しました。
あり、その大半は石油精製やアンモニア製造において自己生産・
持続可能な社会は決して夢ではなく、始まったばかりの1つの動
自家消費されています。当社が流通している産業用の水素は光ファ
きです。トヨタは今後も水素技術の開発と FCV の開発を続けたい
イバー、半導体、太陽光パネル製造用の雰囲気ガス等で、需要は
と思っております。
1.5億立方メートルに過ぎません。当社はその7割程度を供給して
いますが、国内には大量の水素のポテンシャルがあるわけです。
12
富士通総研 経済研究所 上席主任研究員 生田 孝史
地方自治体の取り組み
日本では現在、全国81 カ所で水素ステーションの整備が進み、
駒田:福岡市は昨年5月にグローバル創業・雇用創出をミッション
このうち27カ所が稼働しています。岩谷産業はそのうちの20カ所
として国家戦略特区に指定されました。福岡には、世界トップク
を整備する予定で、すでに稼働中のステーションは全国9カ所です
ラスの水素研究拠点である九州大学を中心に、様々な水素関連の
が、年末には11 カ所になる予定です。4 月に開設した芝公園の水
研究機関が置かれています。平成16年には福岡水素エネルギー戦
素ステーションでは、通常運営のほかに、立地を活かして情報発
略会議を立ち上げ、実践的な研究や試験を重ねてきました。エネ
信基地として活用しています。ただ設備を作るだけでは普及しな
ルギー基本計画の中でも、北部九州圏は FCV・水素ステーション
いので、水素への理解を深める普及啓発活動を積極的に行い、お
の先行配備場所として指定されました。
仲間を作って一緒に水素社会を目指したいと思っております。
こうした背景により、福岡市では九州大学、三菱化工機、豊田
今後は設備や運営のコスト低減を図りながら、液化水素をベー
通商と共同で、世界初の下水で車を走らせる「福岡市水素リーダー
スに国内のサプライチェーンを構築し、4大都市圏を中心に水素ス
都市プロジェクト」を始動させ、今年3月に中部水処理センターの
テーションを整備・展開していく予定です。
一角に水素ステーションを開設しました。下水処理の過程で生じ
小島:トヨタは 2014 年 11 月 18 日に燃料電池自動車(以下 FCV )
るバイオガスを膜分離装置でCO2とCH4に分離し、CH4から1日につ
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水素社会実現のカギは何か
きFCV65台に相当する水素を作るのです。
都市ガスから作る水素と比べて、バイオガスから作る水素は環
境負荷が低いグリーン水素です。というのは、バイオガスから分
離されたCO2 は、もともと食物に含まれる植物由来のものなのでカー
ボンニュートラルであり、さらにそれを植物工場で再利用してい
るからです。このため、本プロジェクトでは「グリーン水素」と「地
産地消」を2つの柱としています。水素ステーションは天神、博多駅、
福岡空港に近い好立地にあり、FCV以外の水素活用法を検討中です。
次の時代に向けて、この福岡市のモデルを成功させて、全国の都
パネル
ディスカッ
ション
➤ パネリスト
David Hart(デビッド・ハート)
英インペリアルカレッジ教授
E4techディレクター
燃料電池業界での経験は20年にわた
り、国家政府や、関連業界の主要企
業、金融機関、NGO などに対して、
燃料電池・水素に関する多くの幅広
いコンサルティングおよび研究プロ
ジェクトを率いている
市部に普及させたいと考えております。
啓蒙活動の重要性
生田:このような取り組みに対して、ヨーロッパから日本の現状
はどのように見えるのでしょうか。
ハート:いずれも素晴らしいビジョンに満ちたお話だったと思い
ます。企業は2社とも水素燃料や車両でまだ大きく儲けを出せてお
りませんし、福岡市も将来に向けての投資を行っているわけです。
それでも推進していくには長期的なビジョンを持つことが重要です。
小島 康一
トヨタ自動車株式会社 FC技術・開発部 主査
1981年名古屋大学大学院(結晶材料
工学専攻)卒業。同年トヨタ自動車
工業株式会社(現トヨタ自動車株式
会社)入社。2005 年に FC 開発部長、
その後は技術部長、開発部長を務め、
2015年現職に至る
ビジョンはリーダーシップにつながり、そこで初めて水素社会の
構築に向けた投資が行われるのです。
ヨーロッパと日本との最大の違いは、ヨーロッパでは大企業より
も中小企業がニッチ市場を活用しようとする動きが見られることです。
欧米は日本を1つの模範例として見ており、小島さんがハンブル
グの事例を挙げられたように、日本もまた国外に目を向けています。
水素を推進するうえでは、そのように相互に参考にし合う視点が
重要だと感じました。
皆様のお話の中で、私が一番関心を持ったのは社会的な側面で
駒田 浩良
福岡市 経済観光文化局 創業・立地推進部長
1987年4月、福岡市入庁。市長秘書、
港 湾 局 等 様 々 な 部 署 を 経 て、 平 成
24 年4 月より現職。下水バイオガス
による世界初の水素ステーション
を核とした「水素リーダー都市プロ
ジェクト」など先導的プロジェクト
を牽引
す。福岡市の地元の方々は水素関連の取り組みに対して、メリッ
トを十分に理解して前向きな反応だったのでしょうか。それとも、
お金がかかることへの抵抗感が強かったのでしょうか。
駒田:まず人々の意識面として、おそらく小学校時代の理科の燃
焼実験の影響だと思うのですが、
「水素は危険なもの」という認識
が強くありました。そのため、ステーションの建設時には地元自
治会に事前に丁寧にご説明しました。また、開所式にも自治会の
会長をお招きしました。その結果、開設時点で地域の方々の水素
の安全性への懸念はほとんどなかったと思います。
宮崎 淳
岩谷産業株式会社 常務執行役員
水素エネルギー部長(兼)中央研究所 副所長
1978年、大阪大学基礎工学部卒業。岩
谷産業株式会社入社。2005年水素エ
ネルギー部担当部長、2008 年、理事
技術部長、2011年、執行役員 技術部
長(兼)水素エネルギー部長、2012年
常務執行役員、2015年現職に至る
コスト面ですが、市民にとって、メーカー側のコスト削減努力、
国や自治体からの補助金などを勘案しても、700万円のFCVは決し
て安い車ではありません。福岡市では、富裕者優遇策ではなく、
できるだけ多くの方に FCV を体験していただくという観点で、タ
クシーやレンタカーなど公的なものに補助金を出していますが、
税金で負担していく以上、行政として水素社会の意義や価値を市
民の皆さんにきちんと伝えていく必要があります。
宮崎:安全性に関してですが、我々は今、9カ所の水素ステーショ
ンを稼働させています。開設前には同じく地域の方々に説明いた
しますが、全体として反対の声は1割もなかったと思います。反対
濱崎 博
富士通総研 経済研究所 上席主任研究員
ロンドン大学、カーディフ大学、ケ
ンブリッジ大学大学院修了。エネル
ギー・環境政策で博士号取得。動学
一般均衡モデルおよび技術モデルを
活用し、政府・企業に対して地球温
暖化・エネルギー問題に関するコン
サルティングに従事
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パネルディスカッション
意見の方には十分に説明し、理解していただくようにしております。
ことの有効性でした。国が違うと充電できないような自動車を作っ
エネルギーですので取り扱いを誤らないようにするということが
ていては困るのです。水素をグローバルな産業にするためには、
重要です。水素を漏らさない、漏れてもすぐに検知して止める、
できるだけグローバルなスタンダードを作らなければなりません。
拡散しないなどの安全対策をとる一方で、まだ一般の方々への説
明は不十分なので、自動車メーカーさんと協力しながら取り組ん
でいきたいと思っております。
生田:濱崎さんの研究報告では、すべてがうまくいけば2050年に
小島:FCVの価格がまだ高いとのご指摘がありました。経産省のロー
20兆円の市場になる一方で、そこに至るまでには課題もあると指
ドマップにも「2025年にハイブリッド並みの」というコメントがあ
摘されていました。
る通り、お客様に買っていただけるアフォーダブル・プライスを
濱崎:CO2削減、エネルギー自給率の向上、地方創生において水素
目指してコストダウンを継続しようと、我々開発陣は固い決意で
は有効ですが、それを実現するには、水素の製造、輸送、消費のす
臨んでおります。現状は補助金をいただいておりますが、将来は
べての段階で大きなイノベーションが必要です。実証事業をずっと
必ず補助金なしで出せる車に仕上げていこうと思っております。
続けるわけにはいかないので、水素を供給するマーケットを作るた
生田:水素の活用推進について、ヨーロッパの地域住民はどのよ
めに、どのような手当てがいるのかが問題となります。エネルギー
うに受け止めていますか。
関係者の中には「何で作った水素であるか」によって差別化した手
ハート:15 年前に、最初の水素ステーションが建設された時に、
当てが必要だとする意見もあります。福岡市は下水汚泥から作った
いくつかのコミュニティで不安の声が上がりましたが、それは水
水素を用いて地産地消型の取り組みをされていますが、これを続け
素の安全性というよりも、事前に相談がなく、意思決定に参加で
ていく際には、何らかの環境的手当てが必要だとお考えでしょうか。
きず、上から押しつけられたことに根差した問題から生じていま
駒田:冒頭の問題意識で「悪夢の時代」のお話がありましたが、我々現
した。この時にヨーロッパ企業は、丁寧なコミュニケーションの
場サイドでは、コストがかかりすぎれば、期待がしぼむことに対して
重要性について厳しい教訓を得たわけです。今では、BMW や BP
危機感を持っています。特に、セルフ化によって人件費を落としてい
などの大企業がアウトリーチ活動を積極的に展開しています。ド
くことが水素ステーションの運用上きわめて重要です。また、新しい
イツのNOW(水素・燃料電池機構)はテレビ広告で、FCVの素晴ら
住宅開発やビルの建て替え時に燃料電池の活用の場を創る、博多港の
しさや水素の安全性を訴えています。もちろんコストや安全性へ
荷役機械のFC化を図るなど、収入面の努力も続けたいと思っています。
の疑念は残っており、反対のデモが起こることもありますが、そ
下水バイオガス由来の水素だけで日本全体の電力を賄えるわけ
の一方で、スタート時にお金がかかることを理解しているコミュ
ではないので、今後はいろいろな原料由来の水素を用いて棲み分
ニティもあるなど、国によって状況は大幅に異なります。
けていくのだろうと思っています。
規制環境について
14
ビジネスとしての可能性
生田:岩谷産業では、ステーションの維持管理におけるイノベーショ
ンの方向性についてどのようにお考えですか。
生田:安全性をめぐる設備の設置基準は、ヨーロッパと日本とで
宮崎:当社は現在、ドイツのリンデン社と一緒に水素ステーショ
はかなり違うのでしょうか。
ンを維持管理していますが、メンテナンス部分はなるべく国内で
宮崎:日本の水素ステーションは高圧ガス保安法7条3で規制され
対応したいと考えています。中央研究所併設の水素ステーション
ていますが、日本の法律が一番厳しいと認識しています。当社で
では、実際の使用状況、運転状況を見ながら、設備の改善、メン
はコンパクトな設備にするため、ドイツのリンデ社のコンプレッサー
テナンスの工夫に役立てています。
を採用していますが、そのままでは使えない材料や耐圧基準など
濱崎:ヨーロッパでは再生可能エネルギーの不安定さを解消する
で違いがありました。ただ現在、内閣府では規制見直しについて
ために、電気を貯めるという水素の機能を活用していますが、日
検討が行われています。海外の動向も踏まえながら、官民一体となっ
本ではコストが高くてビジネスとして成立しません。ドイツやイ
て、より実用的な規制にするための取り組みが着実に進んでいる
ギリスでは、エネルギー貯蔵について何らかの対策や政策を導入
と認識しています。
しているのでしょうか。
ハート:規制環境は国によって異なります。フランスでは以前、
ハート:在来型のエネルギー貯蔵は地質、規模、コストなどで大
水素自動車の道路上の走行は違法であり、限定的な開発プログラ
きな制約があるため、水素は可能性を秘めていると考えられてい
ムしかできませんでした。その他の規制状況は総じて日本よりも
ます。たとえば、P2G(Power to Gas)は水素を使って電力をガス
シンプルです。また規制が少ない分、燃料ステーションのコスト
のグリッドに貯蔵するやり方です。イギリス、ドイツ、フランス
も半分程度です。不要なコストを省くためにも、日本政府が今、
では産業用に水素の地下貯蔵がすでに始まっていますが、まだ大
規制を見直しているのは大事なことだと思います。
規模なものではありません。貯蔵量、相互関連性やスマートコネ
規制に関して、全世界で議論を続けることが重要です。私たち
クションの必要性、需要サイドの管理やバランスのとり方について、
がプラグイン電気自動車から学んだのは、コネクタを標準化する
熱い議論が戦わされているところです。
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水素社会実現のカギは何か
水素社会の実現に向けて
パネル
ディスカッ
ション
だけでなく、エネルギー全体のシステムのコストをどう低減させら
生田:最後に、それぞれの立場から水素社会実現のカギについて
れるかがカギとなります。したがって、誰がリスクをとって、誰が投
一言いただけますか。
資をして、誰がお金を儲けるのかというマーケットづくりが重要です。
宮崎:私どもは今後も、水素の供給インフラの整備でお役に立ち
私自身にはそれに対する答えがないのですが、報告した研究結果な
たいと思っています。安全性、安定供給はもちろんですが、お客
ども検討材料として、水素に対する理解を深めていただき、そこか
様に受け入れられる価格で水素を供給するという3つに留意して展
ら出てきたアイデアをぜひ教えていただければと思っております。
開したいと思っています。今現在はまだ水素源の取捨選択はして
ハート:エネルギーシステムには、CO2の問題、不安定性など根本
おりませんが、今後はFCVの普及につれて水素の量が増えてきます。
的な課題があります。将来のビジョンとのギャップをいかに解決
その時にCO2フリーの水素でなければ、本当の水素社会は迎えられ
するかが大事ですが、それには何か劇的なことが必要です。現状
ません。その点も並行して検討していきたいと思っております。
の多くの課題の解決策として水素には大きな可能性があり、シス
小島:トヨタは燃料電池自動車「 MIRAI」を出しておりますが、エ
テムとして機能させることがカギになります。また、実際に物事
ンジニアの1人として価格を安くできるよう一生懸命に頑張りたい
を動かすためには、全世界においてビジョンとリーダーシップが
と思っています。会社といたしましても、水素社会の実現に向けて、
必要です。今はまだ誰も儲けを出せていない状態ですので、みん
しっかりと車を提供し続けるという固い決意を持っております。
「や
なが一緒になってマーケットを構築しないと、競争すらできません。
れるのか」ではなく、
「やらなくてはならない」という固い決意で継
最後に、イノベーションを可能にするためには、機敏な中小企
続したいと思っております。
業が柔軟にチャンスを模索し、大企業がビジョンを実行できるよ
駒田:水素をビジネスとして成立させるのは初期段階では難しいか
うな適切な規制が必要であり、環境コストを負担させて足かせを
らこそ、行政が先導しなくてはいけません。もちろん、どこかの時点
はめるべきではありません。日本は水素社会の推進におけるリーダー
で民間だけで回せるようにする必要がありますが、今は国や地方が入っ
ですが、それと同時に、ビジョンの実行に際して規制が足を引っ
て、それぞれの立場を乗り越えて取り組まなくてはならない時期だ
張らないように願っています。
と思います。当面は、事業者間で競争するよりも、お互いに共存し合
生田:水素社会の実現に向けて、今はいろいろな取り組みが始まり、
うことが大切であり、そのためには知恵や工夫が必要です。福岡に
知恵を出していく段階ですので、これがカギだという結論はまだ
水素を根付かせるために、諦めないで頑張っていきたいと思います。
出せません。我々に求められているのは、2年後、3年後、5年後に、
濱崎:水素はビジネスとして非常に複雑であり、個々の技術の向上
進捗を検証する機会を設けていくことだと思いました。
閉 会ごあ いさつ
コンファレンスを通して、水素社会とは水素だけで賄われる社会ではなく、水素が社会の一つの
要素として交わっていく社会ということが、お分かりになられたと思います。このように新しいも
のが既存の世界に交わる時、それが同質なのか、異質なのか、はたまた異物なのかで、その交わり
方は大きく変わります。異質か異物かは世代、地域、文化など様々な背景で異なることも多く一概
に論じることはできません。同質以外は受け入れないのか、異質を受け入れる場合の覚悟とは何か、
異質と異物の見分けはできるのかなど、新たなものを受け入れる時のスタンスについて私たちは広
い視野で考えていくことが重要だと思います。
今回のコンファレンスでは水素がどのように社会に交わっていくのかの一端を様々な観点から課題
提起させていただきました。本日のコンファレンスが、皆様が水素を考える際の役に立てれば幸いです。
富士通総研 取締役執行役員常務
経済研究所長
徳丸 嘉彦
特別企画コンファレンス 水素社会は実現するのか ―日本の挑戦とビジネス機会―
特別企画コンファレンス.indd
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2016/01/08
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