...

日系企業、投資するならタイかベトナムか

by user

on
Category: Documents
5

views

Report

Comments

Transcript

日系企業、投資するならタイかベトナムか
2008 年 5 月 23 日発行
日系企業、投資するならタイかベトナムか
~ポスト中国の最右翼である両国の FDI 戦略を比較検証~
本誌に関するお問い合わせは
みずほ総合研究所株式会社 調査本部アジア調査部
主任研究員 酒向浩二
[email protected]
電話(03)3591-1375 まで。
2
要旨
1.
2001 年末の中国の WTO 加盟前後から、日本では中国投資ブームが続いてきたが、中
国商務部によると 2005 年をピークに対中投資は減少に転じている。その背景には、投
資の一巡や、中国における生産コストの上昇などの要因に加えて、中国の外資系企業
誘致策(外国直接投資(FDI)戦略)が変更された影響があると推測される。
2.
中国は、外資系企業を原則として歓迎する姿勢から、ハイテク製造業や先進的サー
ビス業のみを歓迎する姿勢に転じている。日本では、対中投資が減速すると共に、ポ
スト中国の最右翼としてベトナム、さらには、タイへの関心が高まっているが、両国
の FDI 戦略を再確認する慎重さが求められよう。
3. タイの FDI 戦略
①
タイは、既に日系企業を中心とする外資系企業の集積が進んでいることから、
既存の産業を拡大するのが基本的な FDI 戦略である。例えば、既に集積が進んで
いる自動車産業を拡大するべく、2003 年には「アジアのデトロイトとして 2010
年に年産 200 万台を目指す構想」を打ち出し、2007 年には年産約 130 万台に達し
ている。
②
2007 年は新たに、小型低燃費車であるエコカーの投資優遇策を発表、日系5社
(トヨタ、ホンダ、日産、三菱、スズキ)と、非日系外資2社(フォルクスワー
ゲン(独)、タタモーターズ(印))が新規投資の申請を行った。各社が5年以内
に 10 万台以上生産することが条件であることから、年産 200 万台が視野に入って
きた。
③
アジアのデトロイトを目指すタイの特徴は、その担い手が日系を中心とする外
資系自動車メーカーであり、地場のブランドメーカーが実質的に存在しない点に
ある。また、タイは FTA を ASEAN 全体よりも一歩早く締結することで先行者メリ
ットを得る戦略をとっており、既にインド・豪州向け輸出拠点としての魅力を高
めている。
4.
ベトナムの FDI 戦略
①
2006 年以降 FDI が急増、2007 年 1 月に WTO に加盟したことがさらに FDI 増加の
拍車をかけている。FDI の急増に対して、インフラ整備と人材開発が課題となって
おり、FDI を活用して、インフラ整備と人材開発を図る考えである。
②
また、ソフトウェアや IT など、人材開発が産業発展に直結する分野を強化して、
重工業以外の産業振興も図っている。ベトナムは3大プロジェクトとして、
「南北
高速道路」、「南北高速鉄道」建設に加え、科学学園都市を目指す「ホアラックハ
イテクパーク」建設を打ち出し、日本政府にも協力を求めている。
3
5.
FDI の受入国側の効果としては、雇用拡大、技術移転による経済成長が挙げられる。
技術移転に関しては、既にタイでは自動車部品メーカーなどの地場企業が着実に育っ
てきている。さらに、日系企業を中心として自動二輪車や自動車の研究開発センター
が設置されており、高度な技術系人材を育成する泰日工業大学も日本政府の全面支援
で 2007 年夏に開校されるなど、タイ発のイノベーションが生まれる環境は整いつつあ
る。
6.
FDI の投資国側の効果としては、裾野産業の拡大によって部材の現地調達率が上昇
することで、製造コストが下がることが挙げられる。実際に、日系企業の集積が進ん
だタイの現地調達率は高く、ベトナムにおける現地調達率は低くなっている。
7.
一方、FDI の課題としては、FDI の急増に労働力供給や不動産供給が追いつかずイン
フレを招くリスクや、裾野産業の集積が進むことで輸入代替が促進されて貿易黒字体
質となり、自国通貨高を招くリスクなどがある。インフレはベトナム、通貨高はタイ
で顕在化しつつある。
8.
日系企業は、2006 年にタイで軍事クーデターが発生した際に懸念されたように、FDI
戦略の変更リスクには細心の注意を払う必要がある。さらに、ベトナムではインフレ
に伴う引き締めが課題となっており、タイでは少子高齢化が進展することから生産性
の向上が課題となっている点には留意しておく必要がある。
9.
なお、タイとベトナム間は東西回廊で連結されるなど、陸路物流網が整備されつつ
ある。さらに、タイは、南部のインド洋に面するラノーン港整備などインド向けアク
セス、ベトナムは、中国との高速道路連結など、中国向けアクセスを強化中である。
そのため、日系企業は、タイとベトナムの生産拠点の機能を連結した上で、中国・イ
ンドの内需を狙う戦略が可能となっている。インド、インドシナ(タイ・ベトナム)、
中国を一体として捉えたビジネス戦略が求めらている。
10.
タイ・ベトナム共に中国・インド市場の活力を取り込みたい一方で、中国・インド
との差別化をいかに図るかが、国家としての重要課題となっている。そのため、技術
力に優位性があり長期投資(長期雇用・長期取引)を基本とする日系企業は、タイ・
ベトナム両国にとって、重要なパートナーと考えられている。
(みずほ総合研究所
4
アジア調査部
主任研究員
酒向浩二)
目次
はじめに .................................................................... 1
1.タイとベトナムのFDIにおける重点産業 ..................................... 2
(1)足元のタイ・ベトナムのFDI動向 ........................................................................... 2
(2)FDIを活用して既存産業を拡大するタイ ................................... 3
インタビュー①(タイ政府関係者にFDI戦略を聞く)...................................................... 3
(3)FDIを活用してインフラ整備・人材開発を急ぐベトナム ....................................... 5
インタビュー②(ベトナム政府関係者にFDI戦略を聞く)............................................... 5
2.タイとベトナムのインフラ整備 ............................................ 6
(1)整備が完了しているタイ東部と整備中のベトナム北部 ......................................... 6
インタビュー③(日系企業関係者にベトナムの経済発展のボトルネックを聞く) ......... 8
(2)タイ東部とベトナム北部の共通点 ......................................................................... 9
(3)進出日系企業の声................................................................................................. 10
3.タイとベトナムの差別化戦略 ............................................. 11
(1)AFTAで優位性を高めたタイ、対外FTAでも先行.................................................... 11
(2)ハイテクパークでソフトウェア・IT産業振興を図るベトナム ............................ 13
インタビュー④(「ホアラックハイテクパーク」関係者に聞く) .................................. 13
4.FDIの効果 .............................................................. 14
(1)FDIの受入国側の効果 ........................................................................................... 14
(2)FDIの投資国側の効果 ........................................................................................... 16
5.求められる日本の役割 ................................................... 18
(1)タイ・ベトナム共に日本式経営を高く評価 ......................................................... 18
(2)タイは既存産業を拡大、ベトナムは「育てるFDI」に期待.................................. 19
インタビュー⑤(日系企業関係者に日系企業のタイへの投資動向を聞く).................. 19
インタビュー⑥(日系企業関係者に日系企業のベトナムへの投資動向を聞く)........... 20
6.中国・インドの経済成長を取り込む ....................................................................... 21
(1)タイとベトナムが東西回廊で連結 ....................................................................... 21
(2)輸出先として急浮上する中国・インド ................................................................ 22
7.日系企業がとるべき対応 ................................................. 24
(1)タイとベトナムが抱える課題............................................................................... 24
インタビュー⑦(ベトナム政府関係者に五カ年計画について聞く) ............................ 25
インタビュー⑧(タイ政府関係者に五カ年計画について聞く).................................... 26
(2)日本企業のビジネス展開上の留意点 .................................................................... 27
【参考資料:タイとベトナムの未来年表】 .................................................................... 28
5
図表目次
図表 1
タイとベトナムのFDI戦略まとめ ..................................... 1
図表 2
タイとベトナムのFDI(契約ベース 2005~2007 年) .................... 2
図表 3
タイとベトナムの経済規模(2006 年末、名目GDP順) ..................... 2
図表 4
タイ・マレーシアの自動車生産・販売台数推移 ........................ 4
図表 5
タイ東部 .......................................................... 6
図表 6
ベトナム北部 ...................................................... 7
図表 7
タイ東部とベトナム北部のインフラ整備情況 .......................... 9
図表 8
進出日系企業の声 ................................................. 10
図表 9
タイとベトナムの消費者物価指数(CPI)推移 ........................ 10
図表 10
ASEANと中国のFDI(契約ベース)推移 .............................. 11
図表 11
日系企業のASEANにおける生産拠点集約の事例 ....................... 11
図表 12
ASEANの輸出相手国・地域シェア推移 ............................... 12
図表 13
ASEANのFTA締結・交渉状況 ........................................ 12
図表 14
タイが描く技術移転のイメージ図 .................................. 14
図表 15
タイの自動車産業における日本とタイの役割分担(イメージ図)....... 15
図表 16
日系企業のタイにおける研究開発センター設置の動き ................ 15
図表 17
ASEAN進出日系企業の各国における部材調達先 ....................... 16
図表 18
対ドル期中平均為替レート推移 .................................... 17
図表 19
ベトナムの輸出入金額推移 ........................................ 17
図表 20
タイの輸出入金額推移 ............................................ 17
図表 21
タイとベトナム当局の日本政府・日系企業の評価と期待 .............. 18
図表 22
タイのFDI(認可ベース)に占める日韓台のシェア ................... 19
図表 23
ベトナムのFDI(認可ベース)に占める日韓台のシェア ............... 20
図表 24
東西回廊で繋がるタイとベトナム .................................. 21
図表 25
タイ東部とベトナム北部の強みと弱み .............................. 21
図表 26
タイの輸出先 .................................................... 22
図表 27
ベトナムの輸出先 ................................................ 23
図表 28
日本と中国の対ベトナム投資額(契約ベース) ...................... 23
図表 29
輸出先として重要になる中国・インド .............................. 23
6
はじめに
2001 年末の中国の WTO 加盟前後から、日本では中国への投資ブームが続いてきたが、中
国商務部によると日本の対中投資は、2005 年の約 65 億ドル(実行ベース)をピークに、
2006 年から前年比約3割減のペースで鈍化している。これは、投資が一巡したことや中国
における生産コストの上昇に加え、中国の外資系企業誘致策(外国直接投資(Foreign
Direct Investment:FDI)戦略)が転換されたことも一因である。従来は、原則として外
資系企業であればどのような業種でも歓迎するというスタンスであったが、2006 年頃から、
ハイテク製造業や先進的サービス業のみを歓迎する方針に変更されている。
一方、日本では、2005 年頃から、ポスト中国としてベトナムへの関心が高まっている。
日本の対越投資は、2005 年の約 4 億ドル(契約ベース)が、2006 年以降、倍増する傾向に
ある。また、長年、日系企業が投資を行ってきたタイへの関心も再度高まっている。しか
し、タイとベトナムの足元の FDI 戦略がどのようになっているのか、両国はどのような分
野で日系企業を必要としているかを確認する慎重さも必要であろう。また、両国の経済規
模は、タイで中国の 10 分の1以下、ベトナムはタイのさらに約3分の1の規模であり、中
国とは国のサイズが全く異なる点にも留意する必要がある。
そこで、みずほ総合研究所アジア調査部は、2008 年 2 月にタイ東部(バンコク周辺)と
ベトナム北部(ハノイ周辺)において、両国の FDI 戦略を比較検証すると共に、首都近隣
の工業地帯において投資環境調査を行った。その結果は、共通点もあるものの、対照的な
点も少なくないというものであった(図表 1)。次頁以降、詳細にみていく。
また、調査にご協力いただいた方々にこの場を借りて、深く御礼申し上げる。
図表 1
タイとベトナムの FDI 戦略まとめ
タイ
ベトナム
FDI における重点
自動車・電機など既存の産業を重視
インフラ、人材開発を重視
インフラ整備
東部は整備が完了
北部は整備中
首都・空港・港湾の 100km を開発
差別化戦略
FDI の効果(受入国)
FTA(対インド・豪州)で輸出有利性確保
経済成長(雇用、技術、経営ノウハウ)
FDI の留意点(受入国)
地場産業が育たない可能性
FDI の効果(投資国)
FDI の留意点(投資国)
日本企業の評価
ソフトウェア・IT 振興で新産業を育成
集積による調達コストの低減
通貨高(輸入代替の進展)
人件費高、不動産高(需給ギャップ拡大)
日本式経営(長期雇用・長期取引)を評価
タイ・ベトナム間アクセス
東西回廊でタイ・ベトナム連結
中国・インド向けアクセス
対印アクセス強化(南部ラノーン港開発) 対中アクセス強化(高速道路連結)
リスク
政治リスク、少子高齢化
(資料)みずほ総合研究所作成
1
インフレに伴う引き締め
1.タイとベトナムの FDI における重点産業
~FDI を活用して既存産業を拡大するタイとインフラを整備するベトナム~
(1)足元のタイ・ベトナムの FDI 動向
まずは、足元のタイとベトナムの FDI の動向を確認する。タイの FDI は、2006 年秋に軍
事クーデターが発生、政治混乱が懸念されたことから 2006 年は対前年で減少した。2007
年 12 月には総選挙が実施され民政に復帰するも、2008 年 2 月にタクシン元首相が突如帰
国するなど、混乱の余韻を残している。しかし、2007 年の FDI は 2005 年を大きく上回る
水準まで回復しており、FDI に対する政治混乱の影響は限定的となった。また、日本は一
貫して FDI の約3~5割と高いシェアを占めている(図表 2)。
一方で、ベトナムの FDI は、2006 年に前年比倍増となりタイを上回った。2007 年 1 月に
WTO に加入したこともあり、2007 年の契約ベース FDI も前年比倍増となった。ベトナムの
名目 GDP はタイの約3分の1であることを考慮すると、過剰ともいえる FDI が流入してい
るという見方ができる。ただし、この投資をけん引しているは、韓国や台湾の企業であり、
日本の投資は、シェア1割未満にとどまっている(図表 2・3)。
図表 2
タイとベトナムの FDI(契約ベース 2005~2007 年)
億ドル
200
180
タイは回復
160
ベトナムは急増
140
日本
韓国
台湾
その他
120
100
80
60
40
20
0
05タイ
06タイ
07タイ
05ベトナム 06ベトナム 07ベトナム
(資料)タイ投資委員会・ベトナム外国投資庁発表をベースにみずほ総合研究所作成
図表 3
タイとベトナムの経済規模(2006 年末、名目 GDP 順)
名目 GDP(億ドル)
参考
中国
参考
インド
タイ
ベトナム
一人あたり名目 GDP(ドル) 人口(100 万人)
26,447
2,012
1,314.5
8,035
726
1,107.0
2,067
3,166
65.3
609
723
84.2
(資料)CEIC データベース
2
(2)FDI を活用して既存産業を拡大するタイ
タイは、タクシン政権下の 2003 年、FDI における5つの重点産業として「自動車」「食
品加工」
「ファッション」
「IT」
「サービス」を指定した。この5つの産業の内訳として、
「自
動車」と「食品加工」は、2003 年時点で既にタイにおける集積が進んでいた産業であり、
「ファッション」「IT」
「サービス」は、新たに拡大したい分野であったと考えられる。特
に、自動車に関しては、2010 年までに年産 200 万台を目指す「アジアのデトロイト構想」
が打ち出された。これは、
「既存産業の中でも自動車産業を中核に据える」という当時の政
権のメッセージであったと考えられる。
2008 年 2 月に筆者がタイ政府関係者に確認したところでは、足元の FDI 戦略は、①既存
産業の拡大(自動車・電機など)、②知識型産業の拡大(IT・バイオなど)、③基礎産業の
拡大(鉄鋼など)の3つが基本となっており、既存産業拡大の方針は不変とのことであっ
た(インタビュー①参照)。
インタビュー①(タイ政府関係者に FDI 戦略を聞く)
Q
現在の FDI 戦略はどうなっているのか?
A
現在の戦略は3つである。①既存産業の拡大(自動車・電機など)
、②知識型産業の拡
大(IT・バイオなど)、③基礎産業の拡大(鉄鋼など)。特に①では、現在でも、すべての
外資系裾野産業がタイに進出しているわけではないため、その欠けている部分の進出を促
していく。究極的にはすべての製品の調達がタイで行えるようにすることが目標である。
また、エコカーなど、付加価値の高い製品を作ることで産業の高度化を図る。
Q
タイの産業は、外資系企業主体にみえるが、自国産業育成をどう考えるか?
A
自動車を例にとると、20 年ほど前、タイとマレーシアの政策はほぼ同じだったといえ
る。マレーシアのプロトン計画 1 と同じタイミングで、タイでも国民車を作ろうという動き
があった。しかし、国内市場が狭小な国では、国民車構想に無理があると判断し、独自に
国民車企業を育成することは断念した。その際、タイ当局の姿勢には、タイの知識者層か
ら多くの批判が集まったが、結局、タイは外資開放路線を選択、一方のマレーシアは国民
車にこだわった。その結果が現在に繋がっている。
Q
タイの FTA 戦略はどうなっているのか?最も成功した FTA は?
A 現在成功しているのは、インドとのアーリー・ハーベスト(EH:FTAの一部品目の先行
実施)と豪州とのFTAだろう。タイ進出日系企業もこのスキームを活用しており、加えて日
本とのFTA 2 も発効した。中国(とのFTA)は、輸出市場として非常に有望である。ただし、
タイと中国は競合する製品が多いという点には留意する必要がある。
1
2
マレーシアは、80 年代、国有企業プロトンを保護・育成することで国内の自動車産業を独自に育てる方針をとった。
日本ではサービス分野などを含めて経済連携協定(EPA)と呼んでいるが、本稿ではFTAで統一する。
3
「アジアのデトロイト構想」の実現にあたって注目されるのは、その担い手が日系企業
を中心とする外資系企業である点である。タイは、アジア通貨危機前から自動車産業にお
いて、基本的に「外資開放政策」を貫いてきた。タイには、地場の自動車メーカーが、実
質的に存在しない。合弁相手先としては存在するものの、自社ブランドでの自動車生産を
行っていない。これは、国民車構想を掲げ、国有企業プロトンの育成にこだわり「地場保
護政策」を継続した隣国のマレーシアとは対照的である。タイとマレーシアの自動車生産
台数は、アジア通貨危機前後では差がなかったが、現在では約3倍となっている(図表 4)。
図表 4
タイ・マレーシアの自動車生産・販売台数推移
万台
140
120
100
タイ生産
マレーシア生産
タイ国内販売
マレーシア国内販売
80
60
40
20
2006年
2005年
2004年
2003年
2002年
2001年
2000年
1999年
1998年
1997年
1996年
0
(資料)タイ:Thai Automotive Industry Club、マレーシア:Manufacturing Statistics
タイには、アジア通貨危機以前から日系を中心として自動車(部品)メーカーの集積が
進んでいた。アジア通貨危機以降にタイの国内市場が低迷して過剰となった生産設備を活
かすために、日系自動車メーカーを中心として輸出拠点化する動きが加速した。タイ当局
は積極的に裾野産業の誘致を図ると共に、輸出に有利となる FTA 戦略を推し進めるなどの
形で支援した。日本政府もまたタイを重視しており、2007 年夏には泰日工業大学が開校し
ている。
一方で、マレーシアは、国内企業を護ることを優先した。このタイとマレーシアの FDI
戦略の違いが、自動車生産台数の差に繋がったと考えられる。ただし、タイ政府関係者は、
「タイでも 20 年前(マレーシアのプロトン計画と同時期)には国民車(国産企業を主体と
した大衆車)構想があったが、国内市場が狭小な国では国民車構想には無理があるという
理由で断念した。断念した際には、政府は国内識者から厳しい非難を受けた」と述べてい
る(インタビュー①参照)。
タイ当局は、2007 年、タクシン政権時代から構想されていた低燃費小型車であるエコカ
ー(排気量 1,300cc 以下、燃費 20km/ℓ以上、二酸化炭素排出量 120g/km 以下、5年間以内
に年産 10 万台以上)の具体的な投資税制優遇策(法人税 8 年免税、自動車税 17%(一般
車 30%))を発表した。日系企業5社(トヨタ、ホンダ、日産、三菱、スズキ)
、に加えて、
フォルクスワーゲン(独)、タタモーターズ(印)が同計画に名乗りを挙げており、タイ当
局は、これを好機と捉え、鉄鋼など素材企業も新たに日本などから誘致したい考えである。
4
(3)FDI を活用してインフラ整備・人材開発を急ぐベトナム
ベトナムは、2006 年から FDI が急増している状況にあり、2007 年 1 月に WTO に加盟した
ことがさらに FDI 増加に拍車をかけている。FDI の急増に対して、インフラ整備と人材開
発が課題となっている。2008 年 2 月に筆者がベトナム政府関係者に確認したところでは、
その両課題を、FDI を利用して解決したいとのことであった。つまり、インフラ整備と人
材開発分野の FDI を歓迎するという戦略である。
また、ベトナムは、85 年に旧ソ連のゴルバチョフ書記長(当時)が始めた改革開放政策
(ペレストロイカ)に追随し、86 年にベトナム版改革開放政策(ドイモイ)を開始して以
降、金額は比較的小規模ながらも 20 年に渡って外資系企業誘致を図ってきた経緯がある 3 。
外資系企業の受け入れ窓口である外国投資庁は、これらの経験を「The Vietnam 20 Year
Foreign Investment Outlook」としてまとめており、当該報告書では、FDIによる技術移転
が、産業のレベルアップの最短の方法であると結論づけている。そのため、外資系中小企
業の誘致を図ることで、ベトナムの中小企業のレベルアップを図りたいという意向も持っ
ている(インタビュー②参照)。
インタビュー②(ベトナム政府関係者に FDI 戦略を聞く)
Q
ベトナムの FDI 戦略は?
A ベトナム経済の課題は、インフラ整備と人材開発である。インフラ整備では FDI に期待
している。また、ベトナムは人口構成上、若年層が多いことから、FDI による人材開発の
ポテンシャルは高い。
Q
FDI 急増の影響は?
A ベトナムにとってはむしろチャンスである。実際、FDI の増加によって、若年層が明る
い将来展望を抱くように変わってきた。英語の必要性も高まっている。
FDI の増加に連動するように、ベトナム国内の投資も増加しており、国内企業は約 30 万
社あるが、2010 年には約 50 万社になると考えている。
Q
産業政策上、FDI 活用と地場産業育成のバランスをどう考えるか?
A ベトナムは 2020 年に工業国になるという目標を持っており、そのため、重化学工業を
育てていく必要がある。特に機械分野を強化しなければならない。独自の自動車産業育成
政策も打ち出しているが、市場規模の問題もあり、地場保護政策を行うことは得策ではな
いと考える。我々は、過去 20 年(86 年のドイモイ開始以降)の FDI の効果のレビューを
行ったが、FDI による技術移転が、産業のレベルアップの最短の方法であるとの結論に達
している。FDI を通じて技術移転を図り、中小企業などの地場の裾野産業を育てていくこ
とになるだろう。政府は、そのための投資環境を整えているところである。
3
日系企業を含む外資系企業は、アジア通貨危機前は、ASEAN4(タイ・マレーシア・インドネシア・フィリピン)、
通貨危機以降は中国への関心が高く、ベトナムへの注目度は相対的に低かった。
5
2.タイとベトナムのインフラ整備
~都市と空港・港湾の一体開発で、FDI 受け入れ態勢を強化~
(1)整備が完了しているタイ東部と整備中のベトナム北部
FDI 戦略を進めるにあたって、重要になるのがインフラ整備である。前述の通り、ベト
ナムは FDI を活用してインフラ整備を図る考えであるが、港湾・空港・道路・電力・水道
などのインフラ整備が進み、FDI を受け入れる体制が整うことで、FDI が一層増加するとい
う好循環が生まれる。本章では、現地調査をベースにタイ東部とベトナム北部のインフラ
整備の状況を比較する。
タイは、バンコク市内から東部の主要港であるレムチャバン湾までの約 100kmが、片側
3車線の高速道路で連結されており、主要な工業団地はその周囲に存在する。工業団地内
のインフラもほぼ完備されている(図表 5)。これは、日本政府の支援も大きく貢献してお
り、国際協力銀行(JBIC)によると、タイ東部開発には、延べ約 1,800 億円の円借款が供
与されたという 4 。同借款と日系企業の進出によって、東部レムチャバン港はタイ最大の貿
易港にまで成長している。
2008 年 2 月時点では、タイ東部には日系企業が進出可能な約 50 の工業団地がある。1
例として、同地区最大級の工業団地であるアマタナコン工業団地では約 460 社中約7割が
日系企業であり、中核を担っている産業は自動車と電機などである。小学校から大学まで
工業団地内に誘致する計画で、税関手続きなどの行政ワンストップサービスも実現するな
ど、都市機能を持つ工業地帯に発展しつつあった。
図表 5
タイ東部
バンコク市内
スワンナプーム空港
約100km
レムチャバン港
(バンコク市内)
(筆者撮影)
4
(整備された片側3車線の高速道路)
(筆者撮影)
(資料)バンコクODAローンプロジェクト・マップ
6
一方のベトナムでは、ハノイから北部最大の港湾都市であるハイフォンまでの約 100km
の幹線道路周辺では、複数の工業団地が開発中で建設機械も多数散見され、日系、韓国系、
台湾系企業による集積が進みつつあった。高速道路を建設中であるが、現在は片側2車線
の一般道路しかなく、タイと比べるとインフラ面で大きく見劣りする点は否めない(図表
6)。ベトナム北部には日系企業が進出可能な 10 ヵ所以上の工業団地(現在急増中)がある
が、一例として同地区最大級の工業団地であるタンロン1工業団地(ノイバイ空港寄り)
では既にキヤノンなど約 80 社の日系企業が進出して満杯となっている。9 割以上が日系企
業であり、中核を担っている産業は、自動二輪車と事務機械である。2008 年夏には、タン
ロン2工業団地(ハイフォン港寄り)の募集が開始される予定であり、更なる日系企業の
ベトナム進出が期待されている。
ベトナムのインフラに関して、日系企業関係者は、
「現時点では高速道路が実質的になく、
片側2車線の道路があるのみである。鉄道も単線しかなく、港湾は浅く、シンガポールか
香港でコンテナの積み替えが必要となっている。電力は不足しているため、中国やラオス
から購入している状態である」と指摘する(インタビュー③参照)。
「中国に比べるとベト
ナム政府が用地買収などになかなか動かないために、インフラ整備のスピードが遅い。タ
イのほうが、はるかにインフラ整備のスピードは速い」
(中国・タイ・ベトナムに進出する
日系企業)という声も聞かれる。
日本政府などが、ベトナムのインフラ整備を資金面で積極的に支援する方針を打ち出し
ており 5 、ベトナム北部でもタイ東部における成功例が再現されることが期待されている。
図表 6
ベトナム北部
ノイバイ空港
ハノイ市内
ハイフォン港
約100km
(ハノイ市内)
(筆者撮影)
(工業団地内)
(筆者撮影)
5 年間供与額は 1,000 億円に迫っている。なお、ベトナムのインフラ整備の遅れは、ベトナム戦争時にインフラが徹底
的に破壊されたことも要因となっており、ハノイ・ハイフォン間では、すべての橋が戦争時に破壊されたという。
7
インタビュー③(日系企業関係者にベトナムの経済発展のボトルネックを聞く)
Q
ベトナムの経済発展のボトルネックとなっているものは何か?
A ベトナム経済発展のボトルネックは、①脆弱なインフラ、②多すぎる規制、③ホワイト
カラーの不足の3点である。
① インフラは、現時点では高速道路が実質的になく、片側2車線の道路があるのみである。
鉄道も単線しかなく、港湾は浅く、シンガポールか香港でコンテナの積み替えが必要とな
っている。電力は不足しているため、中国やラオスから購入している状態である。
② 法律は多すぎて、納税などの手続きも煩雑である。
③ ホワイトカラーは、現時点では圧倒的に数が不足している。一方、ブルーカラーは、若
く勤勉と言われている。しかし、ベトナムのこれまでの文化は、上から下に一方的に教え
るという傾向が強く、下は上に逆らえないというものだった。真面目な基礎作業には向い
ているが、独創的な人材が育つ土壌ではないという声もある。
Q
日本政府の対ベトナム ODA の状況は?
A
日本政府は、「南北高速道路」、「南北高速鉄道」、「ホアラックハイテクパーク」の3大
プロジェクトに加えて、
「ホーチミン地下鉄」、
「ハノイ地下鉄」の計5大プロジェクトを円
借款で全面的に支援する。ハイフォンなどの港湾も深くし、発電設備も増強し、下水を中
心とする都市機能も整備する。
ベトナム側も、全面的に日本政府や、アジア開発銀行(日本が筆頭出資者)に支援を行
って欲しい考えであるようだ。特に日本の支援でハノイからホーチミンという縦のインフ
ラを強くしたいと考えているようだ。これは、中国への対抗上、ベトナム北部が単なる中
国南部のゲートウェイとなることを望んでいないためである。
また、
「ホアラックハイテクパーク」は、日本の大学の協力も仰ぎ、ノーベル賞受賞者を
輩出する水準を目指している。
Q
ベトナムでは FDI が急増しているが、FDI が急減する可能性はあるか?
A
現時点では外資系企業の投資意欲は旺盛で、FDI の急減は考えにくい。しかし、FDI の
急増は、インフレを加速させる一因ともなっており、留意する必要があろう。
8
(2)タイ東部とベトナム北部の共通点
足元のインフラ整備の状況は、先行するタイと整備中のベトナムでは全く異なるといえ
る。しかし、今後3~5年先を見据えた場合、ベトナムのインフラ整備は、徐々に進んで
いくことになるであろう。ベトナム進出日系企業の中には、
「今後は通関の電子化などが進
み、輸出環境は改善する」という声もあった。さらに、この両者には、いくつかの共通し
た特徴がみられた(図表 7)。
第一は、地の利を生かしたインフラ整備が進んでいる点である。タイ東部は、首都バンコ
クから、空港、レムチャバン湾までの約 100kmが片側3車線の高速道路で連結されている。
ベトナム北部もハノイ郊外の空港からハノイの外港であるハイフォンまでの約 100kmの高
速道路建設が進められている。両者とも、コアとなる約 100kmのインフラを整備すること
で、FDIの増大を図っている点は共通している。
第二は、中核となる企業が存在している点である。タイ東部においては、日系自動車およ
び電機メーカーが軒並み進出している。ベトナム北部においては、日系では自動二輪車お
よび事務機械メーカー、韓国系ではサムスン電子、台湾系では鴻海精密などの電機・電子
産業が進出を加速させつつある。つまり、特定の産業の集積が進んでおり、当該分野で進
出する外資系企業にとっては、産業集積が進むことによって、部材調達のコストが低減す
るメリットが高まっている。
第三は、バンコク・ハノイという大都市に近いことから、外資系企業の駐在員が工業団地
まで通勤可能であるという点である。約 100kmというのが現実的な通勤可能距離の上限と
いう見方もできる。
図表 7
タイ東部とベトナム北部のインフラ整備情況
タイ東部
周辺地域(タイ東
・
ベトナム北部
2000 年からタイ最大のタイヤ製造基地と
部とベトナム北
なり、2004 年まではピックアップトラッ
部)の日系企業の
クの生産が拡大し、2008 年以降は、エコ
集積
カー関連の投資が続く予定。
主要工業団地数
・
約 50
・
自動二輪車と事務機械が2大勢力。
・
10~(現在、急増中)
アマタナコン工業団地の例
タンロン工業団地の例
日系企業の当該工
・
約 460 社中約7割が日系企業。
・
約 80 社中 9 割以上が日系企業。
業団地への投資動
・
ワーカーは東北部からの出稼ぎが多いが、
・
ワーカーは近郊に在住。
・
ベトナムでは初の試みとして、ハノイ市に
寮はなく近郊在住で、バスを巡回。
向
人材育成・人材確
・
育を工業団地内で実現予定。
保
輸出促進策
学校を誘致しており、小中高大学の一貫教
・
近郊に市営アパート建設を依頼。
タイ当局と協力して、工業団地内で輸出事
務手続きのワンストップサービスを実施。
9
・
中国(華南)向けによる陸路物流(トラッ
クコンテナ)を強化中。
(3)進出日系企業の声
当該地区に進出している日系企業への声としては、タイではインフラ面での満足度が高
かった。また、地理的にインドに近いことから、タイをインド向けの輸出拠点として強化
したいという声が聞かれた。一方で、あまりにも日系企業が集積し過ぎているために、将
来的に労働力不足となることを懸念する声もあった。
ベトナムにおいては、インフラが改善されれば、輸出拠点としての魅力が高まるという
声があった。一方で、人件費・不動産価格が二桁で上昇する状況となっており、インフレ
対策が当面の課題となっている 6 (図表 8、9)。
図表 8
進出日系企業の声
優位性
懸念
ASEAN 市場へ
の期待
今後の展望
タイ東部進出日系企業(自動車関連)の声
ベトナム北部進出日系企業(自動二輪関連)の声
バンコクから通勤可能でレムチャンバン港に近く
ハノイから通勤可能でハイフォン港に近く利便。
利便。工業団地のインフラには満足。
工業団地のインフラは整備途上。
日系企業が集まり過ぎており、将来的な労働力不
想定していた以上のペースで賃金および土地代が
足を懸念。
上昇しており、生産コストの上昇を懸念。
エコカーで新たな市場がタイを中心として
ベトナム市場では自動二輪車の拡大に期待。自動
ASEAN 域内に拡大することを期待。
車普及には相当の時間を要する可能性が高い。
輸出市場としてはインドに期待。
インフラが整備され、通関の電子化などが導入さ
(対外戦略)
図表 9
れれば、グローバル輸出拠点としての魅力が増す。
タイとベトナムの消費者物価指数(CPI)推移
ベトナム:インフレ加速
200
180
160
140
120
100
80
60
40
20
0
2008年1月
2007年7月
2007年1月
2006年7月
2006年1月
2005年7月
2005年1月
2004年7月
2004年1月
2003年7月
2003年1月
2002年7月
2002年1月
タイ:物価は比較的安定
タイ
ベトナム
(資料)CEIC データベース
(注)タイは 2002 年、ベトナムは 2001 年を 100 とする。
6
現地調査を行ったのは 2008 年 2 月であるが、2008 年 5 月時点で、インフレは一層加速する傾向にある。
10
3.タイとベトナムの差別化戦略
~タイは FTA を先行、ベトナムはソフトウェア・IT 産業振興~
(1)AFTA で優位性を高めたタイ、対外 FTA でも先行
タイの FDI 戦略の一環として、アジア通貨危機以降、ASEAN 域内で FTA が進展した潮流
をうまく捉えたことがある。
アジア通貨危機以降、ASEAN の FDI の競合相手として中国が台頭(図表 10)したことか
ら、ASEAN は、域内の市場統合を図ることで対抗した。2002 年 1 月には ASEAN 域内の FTA
である ASEAN 自由貿易圏(AFTA:ASEAN Free Trade Area)が本格的に動き出し、電子など
15 分野の域内関税を 5%以下に引き下げる措置が始まった。ASEAN6(タイ・マレーシア・
インドネシア・フィリピン・シンガポール・ブルネイ)は 2010 年まで、CLMV(カンボジア・
ラオス・ミャンマー・ベトナム)は 2015 年までに域内関税を原則として撤廃することにな
っている。
図表 10
ASEAN と中国の FDI(契約ベース)推移
億ドル
800
700
600
500
中国WTO加盟
400
ASEAN
中国
300
200
通貨危機
100
2005年
2004年
2003年
2002年
2001年
99年
2000年
98年
97年
96年
95年
94年
93年
92年
91年
90年
0
(資料)日本 ASEAN センター
その過程で、ASEAN 各国に重複していた生産拠点を再編する動きが加速したが、このこ
とが、比較的産業集積が進んでいたタイには有利に働いた。日系企業を例に挙げると、自
動車や電機などの生産をタイなどに集約・移管する事例が相次いだ(図表 11)。
図表 11
日系企業の ASEAN における生産拠点集約の事例
業種
自動車メーカーA社
自動車メーカーB社、C社
電機 メーカーD社
電機メーカーE社
電機メーカーF社
電機メーカーG社
電機メーカーH社
化学メーカーI社
生産機能の集約化の内容
タイ、インドネシアをASEAN域内における乗用車供給基地化。
ピックアップトラックの生産拠点をタイに集約。
フィリピンでのテレビ生産をとりやめ、生産集約したマレーシアからの輸出に切り替え。
2005年にマレーシアでの冷蔵庫・洗濯機生産をとりやめ、生産集約したタイからの輸出に切り替え。
2004年にインドでのテレビ生産をとりやめ、生産集約したタイからの輸出に切り替え。
2002年にマレーシアでの冷蔵庫生産をとりやめ、生産集約したタイからの輸出に切り替え。
シンガポール、マレーシアのテレビ生産をとりやめ、生産集約したインドネシアからの輸出に切り替え。
マレーシア、インドネシアでのカーステレオ生産をとりやめ、生産集約したタイからの輸出に切り替え。
タイでのDVDプレーヤー生産をとりやめ、生産集約したマレーシアからの輸出に切り替え。
2002年にマレーシアでの洗顔用品などの生産を取りやめ、ASEAN域内向け供給拠点と位置づけたイン
ドネシア、タイからの輸出に切り替え。
(資料)2007年通商白書
11
しかし、ASEAN は、市場統合を行ったものの、そもそも対外輸出依存度が高い国の集合
体であることから域内貿易の比率は必ずしも高まらなかった。域内への輸出依存度は徐々
に上昇しているものの 25%程度(図表 12)にとどまっており、これは同じ市場統合である
EU の半分程度の水準に過ぎない。
図表 12
ASEAN の輸出相手国・地域シェア推移
100%
19.4
90%
14.1
19.0
10.6
80%
中国
13.5
70%
18.9
60%
1.8
8.5
3.8
12.9
14.5
15.6
50%
3.7
3.7
3.3
40%
24.9
19.0
30%
23.0
米国
日本
中国
EU
韓国
ASEAN
その他
ASEAN
20%
10%
22.0
22.6
25.3
90年
2000年
2006年
0%
(資料)日本 ASEAN センター
そのため、ASEAN全体として、域外とのFTAを積極的に進めるようになった。まず、急速
に輸出先としてのシェアを拡大していた中国(図表 12)との間で 2004 年にはアーリーハ
ーベスト(EH)が始まり、2005 年には正式なFTAが発効した。その後、2007 年には韓国と
FTAが発効し、2008 年、日本とも署名 7 した。豪州、インドとも早期にFTAを締結すべく交
渉中である。この結果、ASEANは、アジア太平洋地域におけるFTAの扇の要となった感があ
る。
しかし、タイは、ASEAN全体よりも常に一足早く2国間FTAを進め、特に、インド、豪州
への輸出では現在も優位性を保持している(図表 13)。FTAを先行させることで、先行者利
益を享受する戦略をとったことが、輸出拠点としてのタイの魅力を高めたといえる 8 。
図表 13
ASEAN の FTA 締結・交渉状況
FTA 発効先
中国
ASEAN 全体
タイ
2004 年 1 月 EH 開始
2003 年 10 月 EH 開始
2005 年 7 月発効
2005 年 7 月発効
韓国
2007 年 6 月発効
-
日本
2008 年 4 月署名
2007 年 11 月発効
インド
交渉中
2004 年 9 月 EH 開始
豪州
交渉中
2005 年 1 月発効
(資料)JETRO バンコクセンター
7
8
今後、日本における国会承認手続などを経て、年内の発効を目指す。
タクシン元首相がFTAを積極的に推進、2006 年の軍事クーデター後、FTA交渉は停滞したが、足元では回復基調。
12
(2)ハイテクパークでソフトウェア・IT 産業振興を図るベトナム
一方のベトナムは、FDI を活用したハイテク産業の振興策として、ハノイの東方約 50km
に「ホアラックハイテクパーク」を建設する計画を打ち出した。同パークは、「ソフトウ
ェア」、「研究開発(R&D)」、「ハイテク工業団地」、「教育とトレーニング」、「複合
開発」、「サポート施設」の6つのゾーンで構成される計画であり、最終的に目指すのは、
日本の筑波のような科学学園都市である(インタビュー④参照)。
ベトナムは、重工業や機械などの分野で先行するタイに追いつくには、相当の時間を要
するであろうと推測される。しかし、設備投資よりも人材開発が鍵を握るソフトウェア・
IT 分野を強化すれば、国力を高めるための差別化が図れるとベトナム政府は考えているの
ではないだろうか。既に、ベトナムの地場ソフトウェア・IT 大手である『エフ・ピー・テ
ィー』(FPT:ベトナムでは通信プロバイダー大手としても有名)が、パーク内に大学を建
設する計画となっている。FPT 大学では、IT 教育と共に、語学習得(TOEFL600、日本語検
定2級を目標)を強化する点に特徴がある。
日本政府は、ベトナム政府の要請を受け、「ホアラックハイテクパーク」の建設を全面
的に支援する意向であり、同パーク内のハイテク工業団地にはすでに日系企業の進出が始
まっている。なお、南部のホーチミンにも、同様のコンセプトの「サイゴンハイテクパー
ク」の建設が進んでおり、既に半導体大手のインテル(米)が進出を決定している。
インタビュー④(「ホアラックハイテクパーク」関係者に聞く)
Q
「ホアラックハイテクパーク」とはどのような構想か?
A グエン・タン・ズン首相が主導するプロジェクトで、日本は円借款を供与する予定にな
っている。90 年代後半期から構想されてきたプロジェクトだが、2006 年の同首相の就任後、
3大プロジェクト(その他は「南北高速道路」、
「南北高速鉄道」
)の1つに引き上げられた。
Q
完成時期および、日系企業の進出動向は?
A 2012 年には完成予定で、日系企業も既に1社進出している。計画では、大学、R&D セン
ターなども設置され、ハノイの科学学園都市(日本の東京と筑波の関係)となる予定。
(ホアラックハイテクパーク建設予定地)
(筆者撮影)
13
4.FDI 拡大の効果
~受入国・投資国の共存を目指す~
(1)FDI の受入国側の効果
FDI は、受入国と投資国それぞれに効果がある。受入国側の効果としては、ASEAN 事務局
によると、
「雇用」、
「技術移転」、
「経営ノウハウ」、
「販売網構築」などを通じた経済成長へ
の貢献が挙げられている。
留意点としては、同事務局によると、外資系裾野産業の進出により、地場企業のビジネ
ス参入の機会が限定されることが挙げられている。特に「技術移転」に関しては、FDI を
通じて、地場の裾野産業への移転が進めば地場企業の技術が引き上げられ、地場企業発の
イノベーションに繋がる可能性がある。一方で、裾野産業となる外資系中小企業の進出が
進めば外資系企業間取引が増加するため、地場企業への移転の機会が減少し、技術移転が
進まないことにも繋がりかねない。
タイと日本を例に挙げると、タイは、日系大企業のみならず中小企業の進出も促進して
おり、日本の中小企業からさらに地場企業へと技術移転が進むことを望んでいるが、日系
のみの取引で完結し、地場企業まで技術移転が浸透しないという懸念もあるようだ(図表
14)。
図表 14
タイが描く技術移転のイメージ図
日系大企業
日系中小企業
タイ地 場 企 業
(資料)ASEAN 事務局資料をベースにみずほ総合研究所作成
しかし、タイとベトナムの両方におけるビジネス経験を有する日本の商社マンは、
「実際
には、タイの地場企業は確実に育ってきている。タイの自動車産業の裾野を支えているの
は、在タイ華僑系を中心とするの地場サプライヤーである。彼らが持ち前の起業家精神で
奮起して技術を習得したからこそ、タイの自動車産業の今日の成功がある」と指摘する。
タイの株式市場には、工業団地銘柄(「アマタ・コーポレーション」、
「へマラート工業団
地」、
「ヘワナコン工業団地」など)と自動車部品銘柄(「アーピコ・ハイテック」、
「ソンブ
ーン・アドバンス・テクノロジー」、「ヤナパン」など)という他の中進国・新興国ではあ
まりみられない銘柄が存在する。これは、産業の根幹を支える工業団地、部品メーカーが
確実に育っていることを意味しており、その存在があるからこそ、安心して外資系企業が
進出できるという好循環に繋がっているといえよう(図表 15)。
14
図表 15
タイの自動車産業における日本とタイの役割分担(イメージ図)
日系企業
セットメーカー
部品
部品
部品
日泰合弁企業
日系企業
部品メーカー
出資
出資・提携
支援
部品
出資
タイ企業:アービコ・ハイテック、ソンブーン・アドバンス・テクノロジー、ヤナパンなど
各種学校:泰日工業大学など
タイ工業団地:アマタ・コーポレーション、へマラート工業団地、ヘワナコン工業団地など
(資料)みずほ総合研究所作成
また、タイ進出日系自動車部品メーカー幹部は、
「日系自動車(完成車)メーカーは、タ
イにおけるR&Dを強化しており、タイで設計してグローバルに輸出する車種を増やしつつあ
る。そのため、タイ工場は日本のコピー工場 9 でよいという発想だけでは対応できなくなっ
ている。タイで設計段階から完成車メーカーのプロジェクトに参画していく必要性が高ま
っており、タイ人のエンジニアをより一層育てていく必要がある」と指摘する(図表 16)。
このような日系企業の声とタイ側の要請を受けて、2007 年には、日本政府の支援で泰日
工業大学がバンコクに開校している。タイの自動車産業においては、FDI を通じて、タイ
の地場企業が育ち、さらに日本とタイの分業も概ね成功しているといえるのではないだろ
うか。
図表 16
日系企業のタイにおける研究開発センター設置の動き
企業
ホンダ(二輪)
ホンダ(四輪)
内容
資料
97 年にバンコクに設置した二輪部門の R&D センターを ASEAN 地域
2003 年 10 月 15 日
向けの R&D センターに拡充。
ホンダプレスリリース
バンコクに四輪部門の R&D センターを設置。約 120 名規模。
2005 年 10 月 31 日
ホンダプレスリリース
トヨタ(四輪)
バンコク郊外に R&D センターを設置。約 300 名規模。
2005 年 5 月 11 日
トヨタプレスリリース
前述のタイとベトナムの両方におけるビジネス経験を有する日本の商社マンは、
「ベトナ
ムは、地場企業が育たない限り容易にはタイに(工業化という点で)追いつけないのでは
ないか」と指摘する。ベトナムにおける FDI の拡大は始まったばかりの状態といえるが、
今後、FDI を通じて、地場企業、特に裾野産業への技術移転が進むことが期待される。
9
日本で設計した自動車を海外生産する場合は、原則、日本と同じ形態の工場を海外に設置する。
15
(2)FDI の投資国側の効果
日本などの投資国にとっても、FDI は効果がある。具体的には、FDI を通じて裾野産業が
厚みを増すことで、部材の現地調達率が引き上げられ、生産コストが低減することが挙げ
られよう。JETRO が 2007 年度にアジア進出日系企業(製造業)を対象に行った調査による
と、日系企業が長年投資してきたタイにおいては、部材の現地(進出国)調達率が 5 割を
超えている一方で、投資が加速し始めたばかりのベトナムは 2 割強にとどまっている(図
表 17)。実際に、タイにおいては、「部材調達が容易で製造コスト低減が図れる点が魅力」
(タイ進出日系企業)という声が聞かれた。ベトナムにおいても、今後、FDI の拡大によ
って裾野産業が集積することで、現地調達率が引き上がることが期待されている。
図表 17
ASEAN 進出日系企業の各国における部材調達先
タイ
マレーシア
進出国
ASEAN域内
日本
その他
インドネシア
フィリピン
ベトナム
0%
20%
40%
60%
80%
100%
(資料)在アジア日系企業の経営実態(ASEAN・インド編)JETRO
(注)N:日系アジア進出製造業 612 社
一方で留意点もある。FDI が急増することは、当該地域の労働力や不動産の需要が急増
することを意味するために、供給が追いつかず、需給が緩和されるまでの間、価格が高騰
するケースがみられることである。また、外資系企業の裾野産業が集積すれば、輸入代替
が進むために貿易黒字体質となり、通貨も徐々に上昇する可能性が高まる。
ベトナム北部進出日系企業によると、既に、人件費と不動産の高騰は現実となっている。
「想定していた以上のペースで人件費および不動産価格が上昇しつつある、あと数年でワ
ーカーの人件費はタイと同じ水準になるのではないか、既に不動産価格はタイと変わらな
い」、「韓国や台湾系大企業の投資は 1,000 億ドル規模と巨額であり、労働力供給がひっ
迫する懸念がある」という声が聞かれた。世界的なベトナム投資ブームが続く限りにおい
ては、当面は、人件費と不動産価格の高騰が続く可能性が高いであろう。
ただし、通貨ドンの対ドル為替レートは、一時的な変動はあるものの、基調としては、
やや弱含みで推移してきた(図表 18)。これは、為替管理制度が、管理フロート制(政府
発表の基準レートから変動幅を制限)となっていることに加え、FDI の急増が、資本財(生
産設備)である機械の輸入増大をもたらし貿易赤字が続いていることがあると推測される
(図表 19)。
現行の為替レートは政府の強い管理化にあるが、2007 年以降、外国為替取引が拡大する
につれて、ドンと外貨の需給を政府がコントロールすることが困難になりつつある。その
ため、将来的には、為替管理制度を変更する可能性があろう。また、輸入代替の進展など、
経済構造の変化も為替レートに影響する可能性があり、今後の対ドル為替レートは、いつ
までも弱含みで推移するとは限らない点には留意しておく必要があろう。
16
図表 18
対ドル期中平均為替レート推移
バーツ高
1.4
1.2
1
0.8
0.6
0.4
ドン安
2008年1月
2007年9月
2007年5月
2007年1月
2006年9月
2006年5月
2006年1月
2005年9月
2005年5月
2005年1月
2004年9月
2004年5月
2004年1月
2003年9月
2003年5月
2003年1月
2002年9月
2002年5月
2002年1月
2001年9月
2001年5月
0
2001年1月
0.2
(資料)CEIC データベース
(注)2001 年 1 月の期中平均レートを1とする
図表 19
ベトナムの輸出入金額推移
億ドル
400
350
300
自動車・部品
機械
電機
その他
250
200
150
100
50
0
2001輸出 2001輸入 2002輸出 2002輸入 2003輸出 2003輸入 2004輸出 2004輸入 2005輸出 2005輸入
年
(資料)ベトナム税関統計
一方で、タイ東部進出日系企業によると、人件費と不動産価格の大幅な上昇はみられず、
「ワーカーの人件費の上昇に関しては中国やベトナムと比べて安定している」という声が
あった。ただし、通貨バーツの対ドル為替レート高(図表 18、通貨管理制度は、アジア通
貨危機以降、変動相場制に移行)が悩みとなっている。
タイには日系企業が約 8,000 社進出している(日系企業関係者)といわれる程、日系企
業およびその活動を支えるタイ企業による分厚い裾野産業が構築されている。そのため、
輸入代替が進みつつあり、さらに輸出品目も自動車など、高度化していることから貿易黒
字体質となりつつある(図表 20)ことがバーツ高を招く一因となっていると推測される。
タイは、今後も、政策的に裾野産業の集積を図り、現地調達率の高い輸出拠点を目指し
ている。さらに、その中核として自動車産業を据え、輸出品目の高度化を図る戦略を持つ
(P3、インタビュー①参照)。そのため、将来的には、輸出増加に伴う貿易黒字がもたら
す通貨高や、通商摩擦などの課題に直面する可能性がある点には、留意しておく必要があ
ろう。
図表 20
タイの輸出入金額推移
億ドル
1,800
1,600
1,400
1,200
1,000
800
600
400
200
0
(資料)タイ税関統計
17
入
輸
20
07
20
07
輸
出
入
輸
輸
出
20
06
20
06
20
05
輸
入
出
輸
20
05
20
04
輸
入
出
輸
20
04
輸
入
出
20
03
輸
20
03
輸
入
出
20
02
輸
20
02
輸
20
01
20
01
輸
出
入
自動車・部品
機械
電機
その他
年
5.求められる日本の役割
~高く評価される日本式経営、タイ・ベトナム共に日本とは補完関係~
(1)タイ・ベトナム共に日本式経営を高く評価
本章では、タイとベトナムで日系企業が求められている役割を分析する。タイとベトナ
ム両国の政府関係者へのインタビューを実施したが、タイの場合は、アジア通貨危機で疲
弊した経済を日系企業の投資が下支えし、日本的な長期雇用制度が安心感をもたらした点
が高く評価されていた。ベトナムの場合は、長期取引を基本とする品質重視の姿勢が高く
評価されており、中小企業の進出も歓迎するという姿勢であった。
タイ・ベトナム共に日系企業が長期的な視点で投資を行い、原則として長期雇用・長期
取引の日本式経営こそが、日系企業に求められている点は留意しておく必要があろう(図
表 21)。
図表 21
タイとベトナム当局の日系企業・日本政府の評価と期待
タイ(主に評価)
・
タイでは、日系企業への信頼度は極めて高く、近年
ベトナム(主に期待)
・
の FDI の4割弱が日系企業によるものである。
日本人は、ベトナム人と文化的に非常に近い民族だ
と感じる。日本人の働き方は真面目でマナーがよく、
長期取引が基本である。製品の品質も素晴らしい。
・
日本のプレゼンスは、通貨危機後に決定的に強まっ
た。アジア通貨危機で、タイの金融システムは機能
不全に陥った。そこを救ったのが、日系企業の FDI
・
・
日系企業の評価は高く、ベトナム各地で増加してい
だった。日系企業は原則として解雇を行わない。こ
るストライキも日系企業においては相対的に少な
れはタイ人にとっては安定感をもたらしている。
い。
アジア通貨危機以降、タイバーツが弱くなったこと
で 10 、輸出拠点としての魅力が増した。タイの土地・
・
日系中小企業のベトナムへの投資に期待したい。日
人件費は相対的に安価であり、日系企業はタイでは
系中小企業が進出することで、ベトナムの中小企業
広大な工場を建設でき、裾野産業の拡大により、日
の生産性が向上すると考える。
本の中小企業もタイに投資するようになっている。
・
日本政府が泰日工業大学を創立してくれた。日本語
・
日本とベトナムは首相間で相互に戦略的なパートナ
と英語の教育も同時に行い、教授陣は、日本から派
ーとしての位置付けになっており、日本の ODA は、
遣されている。日系企業も惜しみない協力を行って
ベトナムが受けている中で最大であり、ベトナムの
くれていることに大変感謝している。
インフラ整備・貧困削減への期待が大きい。
(資料)タイ・ベトナム政府関係者にみずほ総合研究所ヒアリング
10
近年では、輸入代替が進んだこともあり、バーツは対ドル為替レートが上昇している。
18
(2)タイは既存産業を拡大、ベトナムは「育てる FDI」に期待
タイにおいては日系企業の存在感は高く、圧倒的なプレゼンスを有している(図表 22)。
これは、タイが「アジアのデトロイト構想」を実行していることと、日本の自動車産業が
高い国際競争力を有しているということから、Win-Win 関係が強化されていることが背景
にあると考えられる。エコカー計画に手を挙げた7社中 5 社が日系企業であったことがそ
れを証明しているといえよう。また、自動車のみならず、電機、化学、食品加工の分野で
も、日系企業のタイへの集積は厚く(インタビュー⑤参照)、既存の産業を拡大するとい
うタイの基本方針が、日本との補完関係を強めていると考えられる。
図表 22
タイの FDI(認可ベース)に占める日韓台のシェア
60.0%
50.0%
40.0%
日本
韓国
台湾
30.0%
20.0%
10.0%
0.0%
2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 2007年
(資料)タイ投資委員会
インタビュー⑤(日系企業関係者に日系企業のタイへの投資動向を聞く)
Q
最近の日系企業の投資動向は?
A
2006 年の政権混乱は、日系企業進出に対しては大きな混乱とはならなかった。また、
自動車産業のみならず、多様な業種が進出している。リコーはタイへの大型投資を決めた。
業種では、自動車産業の集積が進んでいる。エコカーで新たに 70 万台の生産が予定され
ており、タイは既存の生産台数と合わせて 200 万台の生産拠点となる。
電機では、TV、エアコン、冷蔵庫の生産拠点となっている。エアコンは欧州向け輸出が
好調、TV は、現在タイの TV 市場における薄型のシェアは約 10%だが、その3割を日系
が占める。冷蔵庫は、タイとインドネシア市場が好調である。また、自動二輪車は R&D
機能を強化、食品加工でも R&D 機能を強化する動きがあり、バイオ分野での投資を行う
など新たな動きもある。
タイ政府は、新たに高炉建設を日系鉄鋼メーカーに要請している。タイ南部においては、
イスラム勢力による反政府活動が一部続いているが、地理的にはインドに近いことから、
新たに製鉄所(高炉)を建設し、インド市場を狙う案なども考えられるかもしれない。
Q
タイの市場性はどうか?
A タイの人口は約 6,500 万人だが、その約 10%がバンコクに集中している。しかし、タ
イの地方都市も豊かになってきている。インフラ整備は進んでおり、一昔前の貧しい農村
という感じではなくなってきている。
19
一方のベトナムでは、契約ベースの投資額では、韓国や台湾のほうが日本を上回ってい
る(図表 23、インタビュー⑥参照)。例えば、ベトナム北部では、電機・電子分野で韓国
を代表するサムスン電子と台湾を代表する鴻海精密の新規投資額は、両者共に 1,000 億円
を上回ると現地では報道されている。
「量の FDI」では、大量生産を得意とし、大量の労働
力を必要とする韓国・台湾系企業に優位性があるのが現状である。
むしろ、日本がベトナムに求められているのは、「育てる FDI」であろう。日系企業は、
一般的には長期投資の傾向が強い。長期投資を行うが故に、現地の人材が育つという点が
あると考えられる。一方の韓国・台湾企業の投資スタンスは、短期投資の傾向が強いとい
う見方もある。中国における事例では、日系企業の撤退例が少ないのに比べて、韓国・台
湾企業の撤退は相対的に多く、山東省など、韓国企業が多い省では、韓国企業の夜逃げが
問題視されているとの現地報道もある。もちろん、韓国・台湾の大手企業は、人材開発を
強化する可能性が高いが、当該分野では総じて日本勢に分があるといえよう。日系企業の
中には、技術学校を設立する動きも既にみられる。
「2020 年までに工業国になる」というベトナムの目的を達成するためには人材開発が必
要であり、しかも、ベトナム戦争後(75 年終戦)に生まれた若年層が多い。一方、日本国
内では、モノ作りを支える若年層が顕著に減少している。そこで、日本からベトナムにモ
ノ作りの技術を移転することは、日本にもベトナムにとってもメリットがある。ベトナム
進出日系企業の中には、
「モノ作りという点では、ベトナム人には天性のものがある。忍耐
強く、真面目なベトナム人は、ASEAN の中で最もモノ作りに向いている」との指摘もある。
「育てる FDI」を通じて、ベトナムと日本の Win-Win 関係は強化されよう。
図表 23
ベトナムの FDI(認可ベース)に占める日韓台のシェア
35.0%
30.0%
25.0%
日本
韓国
台湾
20.0%
15.0%
10.0%
5.0%
0.0%
2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 2007年
(資料)ベトナム外国投資庁
インタビュー⑥(日系企業関係者に日系企業のベトナムへの投資動向を聞く)
Q
最近の日系企業の投資動向は?
A
2007 年は大型案件が少なく、組み立て、部品などのサプライヤーの進出が多かった。
また、ベトナムでは電機・電子部品の調達が現時点では困難であるため、輸入販売の会社
を設立するケースも目立った。不動産・建設への進出も増加傾向にはあるが、韓国やシン
ガポール系のデベロッパーは、街そのものを大規模に開発する大型投資が多く、当局も開
発認可を出しやすい。一方で、日系の案件は、ビルのみを開発するなど、規模は相対的に
小さく、当局は認可を出しにくいようだ。
20
6.中国・インドの経済成長を取り込む
~タイとベトナムが連結、中国・インドを視野に入れた FDI 戦略にシフト~
(1)タイとベトナムが東西回廊で連結
近年、タイとベトナム間は、陸路が整備され、既に 2006 年 12 月にラオス・タイ間を結
ぶ第2メコン国際橋 11 が完成、これによりラオス経由でタイとベトナム中部を結ぶ東西回
廊が連結された。現在、陸路物流の実証実験が行われている最中である。カンボジア経由
でタイとベトナム南部を結ぶ南部回廊(第二東西回廊とも呼ばれる)も整備中であり、2010
年にはメコン川を横断する橋梁が完成する予定である(図表 24)。
図表 24
東西回廊で繋がるタイとベトナム
東西回廊
南部回廊
バンコク
(資料)外務省地図をベースにみずほ総合研究所作成
東西回廊はラオス、南部回廊はカンボジアを通過する3国間物流であるため、通関シス
テムの統一、介在国の経済発展のための施策も考慮する必要があり、タイ・ベトナム間の
迅速な陸路物流の実現には当面時間を要すると考えられるが、将来的には、東西・南部回
廊を通じて、タイとベトナムがスムーズに連結され、両国間の生産分業が加速する可能性
も出てこよう。例えば、タイで高級品、ベトナムで汎用品の生産を行い、その製品を相互
に輸送し合った上で、タイをインド向け輸出拠点、ベトナムを中国向け輸出拠点として活
用する戦略も可能であろう(図表 25)。
図表 25
タイ東部とベトナム北部の強みと弱み
タイ
ベトナム
対ドル為替レート
↑上昇
→横ばい
最低賃金
62.1 ド ル ( 2008 年 1 月 1 日 改
定)
↑上昇(公式データなし)
不動産
128.9ドル(5.86ドル/日 を22
日換算2008年1月1日改定)
→横ばい(1.8%(07年)6.2%
(06年))
→横ばい
↑上昇
工業インフラ
○
△
現地調達
○
△
対外アクセス
インド向けアクセスを強化
中国に隣接
名目賃金上昇率
(資料)日系進出企業ヒアリングをベースにみずほ総合研究所作成
(注)最低賃金はバンコク・ハノイ当局による発表
11
日本の円借款で建設された。
21
(2)輸出先として急浮上する中国・インド
さらに、タイとベトナムの生産分業には、最終需要(輸出先)をどこと考えるかという
視点が不可欠である。将来的な輸出先としての重要性を増す可能性が高いのが、タイとベ
トナムに近く、新興アジアの2大国である中国とインドであろう。その状況をタイとベト
ナムのケースでみると、タイの場合は、2003 年 10 月の EH 発効以降、輸出先市場としての
中国の重要性は加速度的に高まっている。中国が高い経済成長を続けていることから、ま
もなく日米を抜いて、中国が最大の輸出先となる可能性が高い(図表 26)。
また、インド向けの輸出も増加傾向にある。インドの家電製品や自動車などの消費市場
の拡大には目覚しいものがあるが、地理的にインドに最も近い中進工業国がタイというこ
とから、インドへの輸出は中長期的に拡大する可能性が高い。既にタイは、2004 年 9 月か
ら EH をインドとの間で実施しており、家電や自動車部品など 82 品目の非関税化がスター
トしている。さらに、インド洋に面するタイ南部のラノーン港の開発も計画しており、計
画が実現すれば、マラッカ海峡経由のインドへの海上輸送に比べ、輸送日数は半分に短縮
される見込みである。
タイはさらに、インド企業の誘致も強化し始めている。その具体例が、エコカー計画へ
のタタモーターズの申請という形で早くも具体化してきてた。エコカーは、燃費や環境規
制で高いハードルが課されており、日系5社とフォルクスワーゲンが申請しているが、加
えて、タタモーターズが申請した意味は、インド企業が技術的に先進国企業と肩を並べつ
つあることを象徴する事象だと言えよう。
市場としての中国とインドを睨みながら、さらに、新たな投資を呼び込むという FDI 戦
略を、タイはとり始めている。
図表 26
タイの輸出先
億ドル
250
200
米国
日本
中国
インド
150
100
50
19
98
19
99
20
00
20
01
20
02
20
03
20
04
20
05
20
06
20
07
0
年
(資料)タイ税関統計
22
ベトナムの場合は中国に隣接していることもあり、中国が既に最大の輸出先となってい
る(図表 27)
。海路では、2007 年 3 月にハイフォン・広州間にコンテナ航路が就航してい
る。陸路では、中国は、広州などの南部主要都市からベトナム国境までの高速道路を既に
完成させている。ベトナム側も、ベトナム国内の高速道路(ハノイから中国国境)の整備
に取りかかっており、完成が待たれる状況である。さらに、ベトナムでは、中国系企業の
投資が拡大している。既に、フローベースでは、日本の投資の半分近い金額に達しており
(図表 28)、中国の存在感が高まりつつある。
図表 27
ベトナムの輸出先
億ドル
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
米国
日本
中国
インド
2001
2002
2003
2004
2005
年
(資料)ベトナム税関統計
図表 28
日本と中国の対ベトナム投資額(契約ベース)
億ドル
12
10
8
日本
中国
6
4
2
0
2002
2003
2004
2005
2006
2007 年
(資料)ベトナム外国投資庁
このような背景から、タイは中国とインド、ベトナムは中国との経済関係がより一層深
まる可能性が高い(図表 29)。そもそも、タイとベトナムが位置するインドシナとは、イ
ンドと中国に囲まれた地域という意味を持つ。インド、インドシナ(タイ・ベトナム)、中
国を面として捉えた広域的なアジア戦略が求められている。
図表 29
輸出先として重要になる中国・インド
中国
インド
ベトナム
タイ
(資料)外務省地図をベースにみずほ総合研究所作成
23
7.日系企業がとるべき対応
~国情を勘案しながら、アジア広域的な戦略の構築へ~
(1)タイとベトナムが抱える課題
タイ、ベトナム共に、現在は、FDI の導入には積極的であるが、各国特有の構造的な課
題も抱えている。具体的には、以下のリスクに留意すべきであろう。
第一に、FDI戦略変更のリスクが存在する点である。特に、タイのFDI戦略は、「外資開放
政策」が継続されることを前提としてこれまでみてきたが、「地場産業保護重視」に揺れ
るリスクが皆無というわけではない。その懸念が近年顕在化したのが、2006 年 9 月にタイ
で発生した軍事クーデターであった。暫定政権により、一時的に外資系企業の活動を制約
する資本規制などの政策が打ち出されたため、2006 年のFDIは減少した(P2、図表 2)。
FTA交渉、エコカー計画の進捗が遅れるなどの影響も出た。その後、2007 年末の総選挙
を経て、2008 年にタイは民政に復帰しているが、政治動向には引き続き注視すべきであろ
う。
「タイの政治混乱が短期的に収束したのは、国民の信頼度が高い国王の存在があるため
である。タイは日本と同様に立憲君主制 12 となっているが、国の安定を担う役目としての
国王の存在感は大きい。しかし、在位は 60 年に及んでいることから、王政を含めた政治動
向のウォッチが必要となろう」(タイ進出日系企業)という指摘もある。
一方のベトナムでは、将来的に「外資選別」のリスクが存在する。2007 年 1 月に WTO に
加盟し、本格的な対外開放に踏み切ったばかりであり、現在は、特にインフラ整備・人材
開発の点で FDI を必要としている。しかし、今後、3~5年程度経過すれば、インフラ整
備が進み、人材も育っていくことから、FDI 戦略がある程度変化してくる可能性があり、
現在の中国同様に外資を選別する動きが出てくる懸念がある。中国は、WTO に加盟した 2001
年末から5年程経過してから「外資選別」に転じている。
「現在のベトナムに外資を規模や業種で選別するような発想は感じられない。恐らく
WTO 加盟(2007 年 1 月)から5年間は、日本の投資であれば業種・規模は問わず、呼び込も
うという考えだろう。ただし、その後は、外資優遇政策が見直しされることになり、選別
するようになるのではないか」(ベトナム進出日系企業)という指摘もある。
いずれにせよ、足元の FDI 戦略を定期的に確認する作業が必要となる。
12
君主は世襲制だが、権限が憲法によって制限されている。
24
第二に、短期的なリスクとして、特にベトナムでインフレ懸念が高まり(P10、図表 9)、
景気引き締めを模索する動きが出ている点である。ベトナム政府系シンクタンク幹部は、
「10%を超えるインフレが所得格差を加速させることになっており、株価・不動産価格な
どの安定化を図る必要がある。早すぎる経済成長は望ましくないと考えている」と述べて
いる(インタビュー⑦参照)。
実際に、ベトナム政府内には、2008 年の経済成長率目標を現行の 8.5~9.0%から 7.0%
程度に引き下げるべきだという声が出ている。ベトナム政府が、高い経済成長よりも、安
定した経済成長を重視することになれば、FDI 戦略にも何らかの影響(政策的に FDI 認可
を遅らせるなど)を与える可能性がある点は留意しておく必要があろう。
インタビュー⑦
(ベトナム政府関係者に五カ年計画について聞く)
Q
ベトナムの第 8 次五カ年計画(国家の中期的目標
2006~2010 年)の重点は?
A
2007 年 1 月に WTO に加盟したことが重要な点であり、市場経済化をより一層進め、
ビジネスが行いやすい環境を整備していく。市場経済化に適合するように政府機構の改革、
同時に国有企業改革も進めている。
また、インフラ整備を加速する。特に、電力などエネルギー分野の強化が必要である。
Q
ベトナムの足元の懸念は何か?
A
経済発展は、所得格差の拡大をもたらしている。ニューリッチを生んでいる一方で、
ニュープアーも生んでいるのが実情で、土地を失った農民なども増えている。中間層が厚
くなってはいるものの、所得格差の是正に力を入れる必要がある。
Q
経済成長よりも社会の安定が重要と考えるか?
A
10%を超えるインフレが所得格差を加速させることになっており、株価・不動産価格
などの安定化を図る必要がある。早すぎる経済成長は望ましくないと考えている。
25
第三に、中長期的なリスクとして、特にタイで、少子高齢化の影響が懸念されている点
である。タイの出生率は、既に人口を維持できるとされる 2.1 を下回っており、将来的に
高齢化の問題に直面することがほぼ確実な情勢となっている。タイ政府関係者は、「タイ
では 2015 年頃から少子高齢化問題が深刻化する。そのためタイ政府がこれから推進しなけ
ればならないのは、生産性の向上である。既に、タイの国家中期目標である第 10 次五カ年
計画(2006~2010 年)では、経済成長率よりも、生産性の向上を重視するように方針転換
している」と述べている(インタビュー⑧参照)。生産性向上を図るためには、教育の高
度化が重要となってくる。日本の投資も、構造的なリスクを踏まえて行う必要があろう。
インタビュー⑧
Q
(タイ政府関係者に五カ年計画について聞く)
タイの第 10 次五カ年計画(国家の中期目標
2006~2010 年)の重点は?
A
①
今回のプランの特徴は、経済成長よりも、生産性の向上を掲げている点である。3%
の向上を目指す。
②
同時に、省エネ・新エネを推進する。特に再生可能エネルギーは、バイオマスを中心
に一次エネルギー占率の 8%にする計画である。
③
インフラでは、物流網を一層整備する。
④
産業では、製造業では中小企業、サービス業では、
「観光」、
「教育」、
「医療」の3分野
を振興するが、タイは観光資源に恵まれており、特に「観光」を一層強化する。
⑤
国民生活では、都市と農村の所得格差縮小と同時に、
「教育」の強化が重要な課題であ
る。
Q
タイの中長期的な懸念は何か?
A タイは、出生率が既に人口を維持できるとされる 2.1 を下回っており、2015 年頃から
少子高齢化問題が深刻となることがほぼ確実である。現在は、日本の高齢者のタイ旅行な
どを促進している立場だが、やがて、自国が、高齢化問題に直面することになる。
そのためにも、生産性の向上が必要であり、それを支える教育の質の向上が必要となる。
一方で、日本同様に外国に支配されなかった歴史があり、一般的に国民の英語力は弱く、
グローバルな競争という面ではマイナスとなっている点も否めない。
26
(2)日本企業のビジネス展開上の留意点
最後に、本調査を踏まえた、日系企業のビジネス展開上の留意点をまとめ、結びとする。
第一に、安価なコストだけを求めるタイ・ベトナムへの投資姿勢は、足元をすくわれる可
能性が高まっている点である。タイでは通貨バーツの対ドル為替レートが上昇しつつある。
ベトナムでは人件費・不動産価格の上昇スピードが加速しており、労働争議も発生してい
る。FDIが集中すれば、安価な労働力・安価な土地・弱い通貨などのコスト優位性は徐々に
失われることになるであろう。それでも、特にベトナムは、当面は中国などに比べると相
対的なコスト優位性を保つと考えられるが、大型投資では、大量の労働力を活用した大量
生産を得意とする韓国や台湾系企業が先行している。むしろ、日系企業は、タイの場合は
裾野産業の厚みとASEAN域内に加えて、対中国・インド・豪州向け輸出拠点としての優位性、
ベトナムの場合は日本国内で減少していく製造業の担い手を補うことを視野に入れた人材
開発などを重視した長期的な投資スタンスが求められている。
第二に、タイ・ベトナム共に、日系企業には、日本式経営が求められている点である。日
本式経営の特徴は、長期雇用、長期取引などをベースとした長期投資に特徴がある。日系
企業の「人を育てる」という姿勢が、タイ・ベトナム共に高く評価されている。さらに、
タイでは、いずれ本格的に直面する少子高齢化対策としての生産性を向上させること、ベ
トナムでは人口が多い若年労働者へ教育の場を提供する役割が求められている。
第三に、タイ・ベトナムへの投資の際、最終需要先を考慮した戦略が求められる点である。
ポスト中国の議論は、一般的に供給サイドの議論であることが多いが、最終需要(輸出)
先は日米欧から徐々に中国・インドにシフトしている。そのため、この両国に近いタイと
ベトナムの優位性は高まっており、さらに、タイとベトナム間の物流網の発展から、両者
の生産分業も可能となりつつある。実際に、タイ進出日系企業に加えて、ベトナム進出日
系企業の中にも、将来的にはインド向けの輸出を検討したいという声があった。インド・
インドシナ(タイ・ベトナム)・中国を面と捉える事業戦略が求められている。
最後に、タイ・ベトナムは、中国・インドというアジアの大国に挟まれているが故に、
日系企業とのアライアンスを望んでいるという点である。タイ・ベトナムは、中国・イン
ドの台頭を輸出市場の拡大と捉える一方で、特に中国に全面的に経済依存するような関係
は望んでいない。中進工業国となったタイは、中国は製品競合相手という点があることか
ら中国と製品の差別化を図る必要があり、中国に隣接するベトナムは、ベトナムが経済発
展著しい中国南部経済圏に飲み込まれないためにも、FDIを活用して、人材開発を強化した
い考えである。タイ・ベトナムにとって、中国との差別化は最重要課題であり、技術力で
優位性のある日本は、重要なパートナーと考えられている。
以上
(みずほ総合研究所
27
アジア調査部
主任研究員
酒向浩二)
【参考資料:タイとベトナムの未来年表】
タイの未来年表
年
予定
2009
東南アジア向けの小型車を生産する、マツダのタイ工場が操業を開始する
資料
マツダ、米国フォードモーター社
2007 年 10 月 10 日
2010
2010
日タイ FTA により、3,000CC を超える乗用車の関税が 60%に引き下げら
日本タイ FTA
れる(2005 年は 80%)
2007 年 11 月 1 日
タイの自動車生産台数が 200 万台を突破し、アジアのデトロイトになる
タイ政府
2006 年 1 月 13 日
2010
2010
日本の自動車技術者が数百人の指導的なタイ人技術者を育成。機械加工や
タイ自動車産業人材育成プロジェクト
金型の技術を移転する数千人規模の工場研修プロジェクトを終える
2006 年 1 月 13 日
トヨタと三菱自動車がタイ政府が奨励する「エコカー」の現地生産を開始
タイ政府に対するトヨタ自動車、三菱自動
車の投資計画申請
2010
日産とスズキがタイ政府が奨励する「エコカー」の現地生産を開始
タイ政府に対する日産自動車、スズキの投
資計画申請
2010
2010
2007 年 12 月 14 日
2007 年 12 月 8 日
中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)の自由貿易協定(FTA)により、タ
中国 ASEAN FTA
イやシンガポールなど ASEAN 先発国との間で関税が撤廃される
2005 年 7 月 1 日
タイ―中国間貿易が 500 億ドルの規模に拡大する(2006 年は 277 億ドル)
スラユット前首相、温家宝首相会談
2007 年 5 月 29 日
2011
2011
2014
2015
日タイ FTA が発効し、この年までにエンジン部品や車体部品の関税が撤廃
日本タイ FTA
される
2007 年 11 月 1 日
日本の電力会社がラオスで発電所を建設し、製造業の集積が進むタイに向
関西電力
けて販売を開始する
2005 年 6 月 10 日
隣国タイに電力輸出するラオスのナム・ンギアップ第 1 水力発電所が運転を
タイ発電公社(EGAT)、関西電力
開始する
2007 年 6 月 13 日
日タイ FTA により、この年までに鉄鋼の関税が撤廃される
日本タイ FTA
2007 年 11 月 1 日
2020
タイで初めての原発 2 基が稼動する
タイの電力開発計画(2007-21 年)
2007 年 9 月 20 日
2021
タイで新しい原発 2 基が稼動する(合計 4 基)
タイの電力開発計画(2007-21 年)
2007 年 9 月 20 日
2022
タイの人口が減少に転じる(人口のピークは 6,500 万人)
パタマ教授の研究チーム(マヒドン大学)
2006 年 7 月 19 日
(資料)博報堂生活総合研究所未来年表をベースにみずほ総合研究所作成
28
ベトナムの未来年表
年
2009
2009
2009
2010
2010
予定
資料
米国インテル社(半導体大手)のベトナム工場(4 万 6,000 平方メートル)
米国インテル社
が稼動を開始する
2006 年 11 月 13 日
ベトナム中南部のバンフォン湾で、韓国の製鉄大手が年産 400 万トン規模
韓国ポスコ社、ビナシングループ(ベトナ
の一貫製鉄所を建設する
ム造船大手)2007 年 8 月 20 日
個人所得税法を施行したベトナムが、230 万人の課税対象者から 13 兆ドン
グエン・ミン・チエット国家主席
(約 910 億円)を集める
2007 年 12 月 18 日
ベトナム政府が外国企業の差別条項を全廃し、同国への外資導入が加速す
チャン・ディン・キエン計画投資省副大臣
る
2006 年 4 月 21 日
経済関係を深める中国とベトナムの貿易額が 100 億ドルに拡大する
中国、ベトナムの合意文書
2006 年 8 月 25 日
2010
2010
日本の対ベトナム貿易額が、この年までに 150 億ドル規模に拡大する(2005
安倍、グエン・タン・ズン日越首相会談
年の約 2 倍)
2006 年 10 月 20 日
ベトナムで大学生の数が 130 万人に達する(年平均成長率 4%)
教育訓練省
2006 年 12 月 1 日
2010
ベトナムを縦断するホーチミン高速道路(全長 1,690 キロ)が完成する
グエン・タン・ズン首相
2006 年 12 月 22 日
2010
2012
ベトナム北部ハイフォン市のラックフィエン国際港が、バース 2 カ所の供
ホー・ギア・ズン運輸相
用を開始する
2007 年 4 月 16 日
ベトナムの書類・荷物配達サービスが外国資本に開放される
郵政通信省
2007 年 7 月 10 日
2012
2013
2013
2013
2013
2014
2014
ベトナム中南部のバンフォン湾で、韓国の製鉄大手が年産 800 万トン規模
韓国ポスコ社、ビナシングループ(ベトナ
の一貫製鉄所を建設する
ム造船大手)2007 年 8 月 20 日
ベトナム北中部のギーソン経済区(タインホア省)に米国資本の鉄鋼工場
米国エミネンスグループ
(年産 1,200 万トン)が完成する
2007 年 5 月 18 日
ベトナムを縦断する時速 300 キロの高速鉄道(ハノイ―ホーチミン間 1,630
国営ベトナム鉄道公社
キロ)が完成する
2007 年 2 月 8 日
ベトナムのホーチミン市で、一部地下鉄の鉄道(ベンタイン―スオイティ
ホーチミン市人民委員会レ・ホアン・クア
エン間 19.7 キロ)が完成する
ン主席
ハノイ市の都市鉄道第 2 線(Tu Liem/Nam Thang Long-Thuong Dinh 間)が
ハノイ総合都市開発計画研究
開通する
2007 年 6 月 26 日
世界貿易機関(WTO)への加盟(2006 年)を果たしたベトナムが、この年ま
世界貿易機関(WTO)大使級一般理事会
でに IT 製品の関税を撤廃する
2006 年 11 月 7 日
ハノイ市(ベトナム)の Noi Bai-Ha Dong 線(都市鉄道第 2 線)が完成。
ハノイ総合都市開発計画研究
一日 57 万 5,000 人の旅客輸送能力が実現する
2007 年 6 月 26 日
(資料)博報堂生活総合研究所未来年表をベースにみずほ総合研究所作成
29
2007 年 5 月 16 日
年
2015
2015
2015
2018
2019
2020
2020
2020
予定
資料
中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)後発国(カンボジア、ラオス、ミャン
ASEAN10 カ国首脳と中国温家宝首相の共同
マー、ベトナム)との製品貿易自由化が実現する
声明
ベトナム南北高速鉄道の一部、ハノイ―ビン間、ナートラン―ホーチミン
ベトナム鉄道総公社
間が、それぞれ開通する
2007 年 4 月 25 日
国家電力開発計画を進めるベトナム政府が、この年までに電力供給能力を
ベトナム国家電力開発計画(2006-2015 年)
年間最大 22%増強する
2007 年 7 月 30 日
日本とベトナムが貿易の輸入関税(最恵国待遇平均税率)を相互に引き下
Truong Dinh Tuyen 商務大臣
げる(日本が 5.05%→2.8%、ベトナムが 14%→7%)
2007 年 8 月 4 日
ベトナム企業が共同出資(BOT)で建設を進める高速道路(ホーチミン市―
ベトナム投資開発銀行(BIDV)チャン・バ
ロンタイン―ザウザイ間)が完成する
ック・ハー頭取
ドイモイ政策(1986 年~)を加速するベトナムが、掲げてきた目的である
ベトナム共産党第 10 回党大会
「2020 年までの工業化」を達成する
2006 年 4 月 18 日
基幹インフラ整備を進めるベトナムが、この年までに総額 675 億ドルの鉄
グエン・タン・ズン首相
道、高速道路、港湾建設を実施する
2007 年 4 月 13 日
ベトナムが 200 万キロワットの電力需要をまかなう原子力発電を導入する
日本原子力学会「アジア原子力協力フォー
2006 年 10 月 31 日
ラム」
2020
2020
2007 年 4 月 10 日
2005 年 10 月 11 日
ベトナム南北高速鉄道(ハノイ―ホーチミン間)が全線開通する(投資総
ベトナム鉄道総公社「南北高速鉄道プロジ
額 330 億ドル)
ェクト」
ベトナムの都市人口比率が 45%(人口規模で 4,600 万人)に達する
国連人口基金(UNFPA)ベトナム事務所
2007 年 4 月 25 日
2007 年 11 月 28 日
2020
ベトナム東南部のビンズオン省が 31 の工業団地を集めた工業中心地になる
グエン・タン・ズン首相
2007 年 6 月 12 日
2020
2020
2050
ベトナムのホーチミン市が GDP 年平均成長率 12%で成長。人口 1000 万人の
ホーチミン市
アジアで最も現代的な都市のひとつになる
2007 年 6 月 5 日
ホーチミン市都市交通開発計画を進めるベトナム政府が、この年までに約
ホーチミン市都市交通開発計画
55 億ドル(約 6,600 億円)を投じて 10 路線の都市型鉄道を建設する
2007 年 6 月 12 日
日本の人口が 1 億 1,200 万人になり、フィリピンやベトナムより下位の 16
国連「世界人口予測」2004 年版
位となる
2005 年 2 月 25 日
(資料)博報堂生活総合研究所未来年表をベースにみずほ総合研究所作成
30
【参考文献】
『タイの投資環境』
国際協力銀行・中堅中小業支援室
『ベトナムの投資環境』
国際協力銀行・中堅中小業支援室
『The Vietnam 20 Year Foreign Investment Outlook』
ベトナム外国投資庁
『アジア産業クラスター論』
朽木昭文著
書籍書房早山
『キャッチアップ型工業化論』
末廣昭著
名古屋大学出版会
『アジアの裾野産業』
馬場敏幸著
白桃書房
『日本の外資開放政策』
金井一賴
他著 有斐閣
本レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的とした
ものではありません。本レポートは、当社が信頼できると判断した各種データに基づき作
成されておりますが、その正確性、確実性を保障するものではありません。また、本レポ
ートに記載された内容は予告なしに変更されることもあります。
本レポートの情報は、法律上、会計上、税務上の助言を含むものではありません。法律上、
会計上、税務上の助言を必要とされる場合は、それぞれの専門家にご相談ください。
31
Fly UP