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シリコンバレーのビジネス文化

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シリコンバレーのビジネス文化
海外視察レポート
シリコンバレーのビジネス文化
株式会社ぶぎん地域経済研究所 代表取締役社長 島雄 廣
となっている。
1.はじめに
なぜ、シリコンバレーから次々と世界の
昨年の秋、ベンチャーのメッカといわれる
人々の生活や行動を変え、政治や経済にまで
シリコンバレーを訪れる機会があった。シリ
影響を及ぼすような新興ベンチャー企業が生
コンバレーはサンフランシスコから南へ車で
まれるのか。シリコンバレーの仕組みの秘密
約1時間、スタンフォード大学を取り囲むよ
を突き止めようと、世界中から政府機関まで
うに広がるサンタクララ・バレー一帯の通称
もが調査団を派遣しているが、シリコンバ
であり、シリコンバレーという正式な地名が
レーの文化のからくりを解明するのは、人類
あるわけではないので、地域を表す言葉であ
学者に社会学者、経済学者に科学技術者そし
ると同時に、シリコンバレーという文化を表
てイノベーションとビジネスモデルの専門家
現する言葉と捉えるべきかも知れない。
たちが、かなりの時間を掛けて調査したとし
シリコンバレーには、世界中の才能あふれ
ても、全て解明できたといえるかどうか分か
る優秀な人材が「自分がイノベーションを起
らないほど難しい事のようだ。
こして世界を変える」という野望を持って集
シリコンバレーに関する書物を読んで見る
まってくる。その中から、この地で産声を上
と、
「文系」
「理系」のアカデミズムの世界か
げたベンチャー企業であるアップル、グーグ
ら起業のシステムを論じたベンチャーの世界
ル、オラクル、インテル、フェイスブック、
まで、実に幅広で奥行きのある内容であり、
ヤフーなどが今や世界的なビッグカンパニー
全体像を解明することが如何に大変なことで
オークランド
Oakland
サンフランシスコ
101
280
サンフランシスコ
国際空港
シリコンバレー
1
92
スタンフォード大学
レッドウッドシティー
Redwood City
シリコンバレー
定 義:サンタクララ郡全域、サンマテオ郡・
アラメダ郡・サンタクルズ郡の一部
総 面 積:4,800 k㎡
・東京都+神奈川県
・カリフォルニア州の1%弱
総 人 口:約292万人
雇用総数:約142.3万人
パロアルト
ミルピタス
Palo Alto
Milpitas
101
ロスアルトス
サンタクララ
Los Altos
Santa Clara
マウンテンビュー
Mountain View
280
サニーヴェイル
Sunny vale
サンノゼ
キャンベル
クパティーノ
Cupertino
サラトガ
Saratoga
Campbell
85
ロスガトス
Los Gatos
ぶぎんレポート No.184 2015 年 1 月号
9
⑴失敗を受け入れる文化
シリコンバレーでは、失敗は恥でもなけれ
ば、自尊心を傷つけられるものでもない。失
敗から貴重な教訓が得られるので、失敗は自
分にどんな能力やスキルが不足しているかを
正確に教えてくれる。努力して自分の弱点を
克服することができれば、同じ失敗は繰り返
さないことになる。ひとつ失敗しても、次の
素晴らしいアイデアに向かって飛躍すれば良
いと考える。
スタンフォード大学
積み重ねによる成果であり、失敗も起業家と
あるか理解できた。そこで、ここでは日本の
しての経験の一部である。シリコンバレーで
経営者にとって参考になると思われる、シリ
は失敗は通過儀礼として共通認識されてお
コンバレーを支えている文化やベンチャー企
り、このような失敗に対して寛容な土壌がリ
業における働き方に的を絞ってまとめてみる
スクに対する考え方にも反映されている。
ことにした。
シリコンバレーの起業家は、リスクを承知
2.シリコンバレーを支える文化
10
そもそも、多くのイノベーションは失敗の
で破壊的イノベーションを創り出し競争して
いるが、シリコンバレーではそれが尊敬され、
シリコンバレーの起業家スピリットを深い
奨励される行動と見なされる。アイデアがど
ところで支えているのは、「自由」と「開拓
んなに奇想天外でも、
「やってみろ」と言って
者魂」ではないかと思われる。
もらえるので、リスクを恐れない起業精神豊
温暖な気候のおかげで、気持ち良く仕事が
かな独特の文化がここに生まれている。
できる環境にあることが、人々の気さくさを
同じ考えを持つ起業家が集まることで、よ
作り出しており、企業においても地位の上下
り大きな社会の利益のために、またより豊か
に関係なく自由にコミュニケーションがなさ
な金銭的見返りのために、より一層大きいリ
れ、会社が違っても自由に交流してオープン
スクを取りに行くことができると考えるので
な情報交換がなされるのが一般的である。
ある。
また、起業家たちの成功のためなら失敗を
⑵オープンで信頼し合う文化
恐れず、固い意志と意欲を持って挑戦し続け
シリコンバレーでは、多くの人がカフェや
る精神力は、19世紀半ばのゴールドラッシュ
レストランで日常的にビジネスの話をしてい
に始まる、一攫千金を狙って危険を顧みず西
る。誰でも気軽に入れる場所なので、こうし
部開拓を行った人々のDNAを引き継いでい
た所での会話がきっかけとなってビジネスの
るといえないだろうか。
アイデアが生まれる。そして、起業家たちは
これらを念頭に、経営の参考になりそうな
自分が本当に取り組んでいるものを、そっと
シリコンバレーの文化的特質について考えて
隠しておくようなことはせず、たとえ競争相
見る。
手であっても自社の最新の製品やアイデアの
ぶぎんレポート No.184 2015 年 1 月号
海外視察レポート
話をする。
このようなオープンな相互関係の中で、協
3.グーグルの企業文化
力を求めればイノベーションをスピードアップ
次に、イノベーションの最先端を走り、型
でき、しかも市場を通せば掛かる費用を節約
破りな発想をする自律的な思考の持ち主を重
できるという実利もある。こういうことは常識
視するグーグルの企業文化を見てみよう。
に反するように思えるが、起業精神は情報を
「グーグルをグーグルにするのは人材だ」とし
共有し交換し合う環境の中でのびのびと力を
て、社員がアイデアや意見を出して貢献でき
発揮し、起業家も進化し続けることになる。
る気持ちのよい雰囲気を作り、開放的な文化
どんなささいなことでも、的確な情報を手
を維持することにトップ自ら取り組んでいる。
にすることで、変化の激しいテクノロジーに
日本企業で同様の取組みを実施すること
対応でき、戦略や製品の致命的な欠陥を未然
は、なかなかハードルが高いと思われるが、
に防ぐことに繋がるものと考えている。互い
何らかの経営のヒントになるのではないか。
に利することの多い大胆な信頼関係の企業文
⑴20%ルール
化に魅力を感じて、マイクロソフト社も情報
全社員が1週間( 5日)のうち、1日を本来
ネットワークを利用するために、研究部門の
の業務以外に取り組んでみたい仕事に使える
一部を本社のあるシアトルからシリコンバ
制度である。会社にとってイノベーションの
レーに移した。
起爆剤になると同時に、社員にとっても創造
ベンチャーは最初東部のボストン地域で起
的才能を発揮する機会になる。この制度か
こったが、いつしかシリコンバレーに取って
ら、
「グーグル・ナウ」
「グーグル・ニュース」
代わられた。その理由は、東部の秘密主義か
「グーグル・マップ」の交通情報など、数々
つ自己完結型のビジネス文化が、西部の開放
の素晴らしいプロダクトが生まれた。
主義の中で切磋琢磨する実力本位のビジネス
ここで重要なのは、時間ではなく、自由で
文化に敗れたためと言っても過言ではないだ
ある。実際には皆が毎週金曜日にいなくなる
ろう。
というようなことはなく、夜や週末を使って
「20%ルール」のプロジェクトをする社員も
多いので、実態は「120%ルール」といった
ほうが妥当かもしれない。
この時間をためておいて、一気に使っても
いい。日常業務に支障が出ない限り、20%
ルールをいつ実行するかは完全に自由であ
る。スティーブ・ジョブズの名言「ヒエラル
キーではなく、アイデアによって経営すべき
だ」を実践するのに役立つ仕組みだ。
この制度を実施して分かったことは、社員
を信頼して自由を与えると、贅沢で実現性の
ないプロジェクトに時間を浪費するような者
アップル本社
はほとんど出てこないということである。実
ぶぎんレポート No.184 2015 年 1 月号
11
利を重視すると見られがちなアメリカでも、
という会社組織になっている。これでは、会
正直や誠実という精神はとても大切にされて
社は個人商店の域を脱することはできず、世
いるようだ。
界的なベンチャー企業になることなど到底無
⑵TGIFミーティング
理である。
TGIFはThank God、It's Fridayの 略 で、
一方、シリコンバレーでは、ベンチャー企
花の金曜日に行うミーティングである。グー
業は立ち上げの段階から、組織の仕組みづく
グルでは毎週金曜日に、何の制限・制約もな
りや資金調達、市場拡大策などのフレーム
い幹部と社員の質疑応答のミーティングを
ワークができている。また、組織の中枢とな
行っている。直接質問ができない人、もしく
る、CEO(最高経営責任者)、COO(最高執行
はしたくない人には、
「ドリー」という名前の
責 任 者)、CFO(最 高 財 務 責 任 者)、CTO(最
システムに質問を送れるようになっている。
高 技 術 責 任 者)な ど は、 実 績 の あ る プ ロ
ドリーに質問が来ると、それが良い質問か
フェッショナルをヘッドハンティングしてき
悪い質問か社員が投票する。良い質問という
て配置するようにベンチャーキャピタルなど
評価が増えると、質問の優先順位は上がって
が手配する。
いく。厳しい質問ほど、評価は高くなってい
つまりシリコンバレーでは、起業家、大
くようだ。ドリーの質問はスクリーン上に表
学・研究機関、ベンチャーキャピタルの三つ
示され、創業者のラリー・ペイジとセルゲイ・
の主要プレイヤーを、各分野のプロフェッ
ブリンは上から順番に質問に答えなければな
ショナル(弁護士事務所、会計事務所、コン
らない。
サルタント、ヘッドハンター、投資銀行、調
ドリーを使うと、誰でも直接CEOや経営
査会社など)が支えながら、潤滑油の役目を
幹部にとびきり厳しい質問ができる。また、
果たしつつ、ベンチャー企業を成功させるた
クラウドソーシング的性質のため、お粗末な
めのシステムを作り上げているのである。
質問はほとんど日の目を見ない。そして、
CEOや経営幹部がお粗末な回答をした時に
は、出席者が赤い札を振って一斉に抗議する
ことになる。
このような社員との質疑応答の仕組みを導
入してみようと考える日本の経営者は何人い
るだろうか。
4.シリコンバレーと日本
起業家
弁護士事務所
会計事務所
コンサルタント
ヘッドハンター
投資銀行
優れた大学・
調査会社
研究機関
etc.
VC
なぜ、日本からアップルやグーグルのよう
な世界的なベンチャー企業が出てこないの
12
か。最後にこの問題を考えてみたい。
も う 一 つ の 大 き な 違 い は、 若 者 の ベ ン
日本のベンチャー企業の多くは、社長の想
チ ャ ー に 対 す る 認 識 で あ る。 ア メ リ カ の
いから始まって、全ての意思決定を社長一人
2013年の就職人気企業ランキングは、1
で行い、社員は社長の手足となって動くだけ
位 グーグル、2位 ウォルトディズニー、
ぶぎんレポート No.184 2015 年 1 月号
海外視察レポート
3位 アップルでベンチャー企業が上位に来
ジアで生産してオンライン販売するというも
ている。アメリカでは、優秀な学生ほどベン
ので、日本を素通りしていた。
チャーに行くか、自分で起業する。大学を卒
今後、インターネットの「第三の波」とも
業してIBMやGEのような企業に就職すると、
呼ばれる「IoT」(Internet of Things「モノ
自分で事業を起こせるだけの能力がなく、大
のインターネット」と訳される)が本格化す
きな組織にしか行くところのない人間と見ら
る。
「IoT」は、人や機械などあらゆるモノ
れてしまう。
がネットに接続し、センサーから大量の情報
シ リ コ ン バ レ ー で は 誰 も が、 自 分 も ス
を集め、これを分析し、企業活動の効率化や
ティーブ・ジョブズやマーク・ザッカーバー
安全管理などに活用するものである。自動化
グになれると本気で信じ、アイデアをメモ
技術や製造現場における効率改善は日本企業
し、それをビジネスモデルに落とし込み、投
のお家芸であり、この分野において、日本が
資家への売り込みに余念がない。このように
シリコンバレーを活用して主導権を握ること
して、毎日、新しいベンチャー企業が生まれ
を期待したい。
てくるのである。
また、日本の大企業が、ベンチャーに対す
る考え方を変えることにも期待したい。アメ
シリコンバレーの主要ハイテク企業
州ランク 全米ランク 世界ランク
企 業 名
総売上げ
(単位10億ドル)
2
6
19
Apple
156.5
4
15
43
Hewlett-Packard
120.4
6
54
183
Intel
53.3
リカでは、大企業は、自社で研究開発したり
チャレンジするよりも、ベンチャー企業を買
収したほうが、リスクを考慮すれば費用対効
果が高いので、積極的に買収を進める。大企
7
55
189
Google
52.2
業にとっては、ベンチャー企業は自社の研究
8
60
220
Cisco Systems
52.2
12
80
294
Oracle
37.1
開発部門のような位置づけになっているの
19
196
-
eBay
14.1
26
262
-
Synnex
10.3
のように位置づければ、日本におけるベン
28
280
-
Gilead Sciences
9.7
30
302
-
Applied Materials
8.7
チャービジネスは飛躍的に拡大するものと思
出所:Fortune 500 2013 (money.cnn.com)より当研究所作成
だ。日本でも大企業が、ベンチャー企業をこ
われる。
日本では、優秀な学生は大企業への就職を
志向するのが常識であり、ベンチャー企業を
選ぶのは非常識で理解し難いこととされる。
シリコンバレーでベンチャー企業を経営し
ている日本人起業家たちの話を聞くと、日本
にシリコンバレーを作ることは現実的に無理な
ので、日本はシリコンバレーをどのように活用
するかを考えるべきだと言うことであった。
これまでのシリコンバレーのビジネスモデ
ルは、シリコンバレーで起業家たちから事業
アイデアを募り、試作品を設計・開発し、ア
参考文献
枝川 公一 ‌
「シリコン・ヴァレー物語」(中公新書
1999年)
徳重 徹 ‌
「世界へ挑め」(フォレスト出版2013年)
伊佐山 元 ‌
「シリコンバレー流 世界最先端の働
き方」(中経出版 2013年)
デボラ・ペリ‌ー・ピシオーニ
「シリコンバレー最強の仕組み」(日経
BP社 2014年)
エリック・シ‌ュミット他 「How Google Works
私たちの働き方とマネジメント」 (日
本経済新聞出版社 2014年)
ぶぎんレポート No.184 2015 年 1 月号
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