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鋼鉄の咆哮～運命の羅針盤は廻る～ ID:43929
鋼鉄の咆哮∼運命の羅 針盤は廻る∼ マグネタイト ︻注意事項︼ このＰＤＦファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にＰＤＦ化したもので す。 小説の作者、 ﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でＰＤＦファイル及び作品を引用の範囲を 超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁じます。 ︻あらすじ︼ かつて祖国解放のために戦った一隻の軍艦、究極の兵器と相撃ち閃光の中に消えた ︻彼︼は異世界の大洋のど真ん中で目を覚ます。守るべき国を失った彼だが、その戦意ま で失ってはいなかった。同時刻、彼と同じ世界のどこかでヤツらが起動する。 新しく異質な世界で、異質な軍艦の鉄と血と硝煙に塗れた航海が再び始まった。 ★││││││││★│││││││││★│││││││││★│││││││ ││★│││││││││★│││││││││ ついにやってしまったｎ＋１番煎じネタ。時間のある時にだらーーーーっと 読んでいただければ幸いです。 ︻ＷＡＲＮＩＮＧ︼ 第１章では若干の胸糞展開が存在します。ご注意ください。 なお、第２章以降から読み始めていただいても特に 大きな問題は起こらない様に配慮しています。 この小説では以下の成分が多量に含まれていますご注意ください ﹁鋼鉄の咆哮ｉｎ艦これ﹂﹁公式チート艦ＶＳプレイヤーチート艦﹂ ﹁戦艦無双﹂﹁なんちゃって空想科学﹂﹁艦これ勢弱いと言うか鋼鉄の咆哮勢が異常﹂ ﹁鋼鉄脳﹂﹁唐突なエスコン、ジパング、ヘルシングｅｔｃネタ﹂ ﹁ワンマンアーミーもといワンシップネイビー﹂﹁浪漫砲﹂ｅｔｃｅｔｃ⋮ この小説内では艦娘は某アルペジオのように本物の艦に乗って戦闘する予定です。 アニメ等の世界観を重視したい方はご注意ください。 鋼鉄の咆哮未プレイの方にも理解していただけるよう配慮するつもりではあります が 作者の非才により超兵器の描写などわかりづらい個所が生じる可能性があります。 予めご了承ください。 目 次 序章 黙示録の贄 ＳＴＡＧＥ│０ 未知の機械 │ Ｅ Ｘ Ｔ Ｒ Ａ Ｓ Ｔ Ａ Ｇ Ｅ │ ０．５ 主 人公艦船設定・解説 ││││││ 一章 パラオの闇 ＳＴＡＧＥ│１ 敵と味方 ││ ＳＴＡＧＥ│２ 黒き鎮守府 │ ＳＴＡＧＥ│３ １対９０ ││ Ｓ Ｔ Ａ Ｇ Ｅ │ ４ 水 面 下 の 闘 争 針路 │││││││││││││ ＳＴＡＧＥ│６ 盾の仕事、近衛の矜 持 ││││││││││││││ 二章 魔風到来、魔鯨強襲 Ｓ Ｔ Ａ Ｇ Ｅ │ １ ０ 旋 風、止 む べ し ＳＴＡＧＥ│９ 旋風、襲来 │ の影 │││││││││││││ ＳＴＡＧＥ│８ トラック着任と悪魔 │││││││││││││││ ＳＴＡＧＥ│７ トラック第２鎮守府 183 217 278 245 ＳＴＡＧＥ│１１ 海狼の牙 │ ＳＴＡＧＥ│１２ 海狼の巣 │ ＳＴＡＧＥ│１３ ウルシ│の海魔 371 340 309 1 29 45 71 95 153 ＳＴＡＧＥ│５ 愚者の末路、魔王の 118 │ │ ＳＴＡＧＥ│１６ 帝都空襲 │ Ｓ Ｔ Ａ Ｇ Ｅ │ １ ７ 始 祖 鳥 の 嘴 爪 ＳＴＡＧＥ│１８ アメノハバキリ ＳＴＡＧＥ│１９ 決戦、第二海上堡 ＳＴＡＧＥ│２０ 引っ越しと、開発 深海棲艦南 と ││││││││││││││ ＳＴＡＧＥ│２１ 邀撃 ＳＴＡＧＥ│２５ 新造艦と新装備 ＳＴＡＧＥ│２４ 接触 │││ ＳＴＡＧＥ│２３ 灼熱の国 │ │││││││││││││││ ＳＴＡＧＥ│２２ 佐世保第三鎮守府 進艦隊 ││││││││││││ ! 三章 帝都決戦 ＳＴＡＧＥ│１４ 大打撃 Ｓ Ｔ Ａ Ｇ Ｅ │ １ ５ ホ タ カ、北 へ ? 塁 ││││││││││││││ 四章 二人の艦息 622 650 746 713 685 ＳＴＡＧＥ│２６ 航跡 │││ ＳＴＡＧＥ│２７ 海域支配戦闘艦 804 433 495 589 774 838 405 464 527 555 │ ＳＴＡＧＥ│２８ ファタ・モルガナ 討て │││││││││││││ Ｓ Ｔ Ａ Ｇ Ｅ │ ３ ６ 忍 び 寄 る 脅 威 │││││││││││││││ ＳＴＡＧＥ│３５ 蒼空に海鷲は舞う 1021 1053 の眩惑 ││││││││││││ ＳＴＡＧＥ│２９ 共闘 │││ ＳＴＡＧＥ│３０ アリューシャンに 悪魔は嗤う ││││││││││ Ｓ Ｔ Ａ Ｇ Ｅ │ ３ １ 二 つ の 火 口 Ｓ Ｔ Ａ Ｇ Ｅ │ ３ ２ 艦 息 と 艦 娘 五章 ＡＬ／ＭＩ作戦 ＳＴＡＧＥ│３３ 改装案ＶＧＦ│２ ３０１Ｂ │││││││││││ ＳＴＡＧＥ│３４ ウェーク島の敵を ＳＴＡＧＥ│３７ 大艦巨砲の化身 1080 ＳＴＡＧＥ│３８ 陽光は我と共に 1105 Ｓ Ｔ Ａ Ｇ Ｅ │ ３ ９ 双 頭 の 巨 人 1130 898 867 927 997 Ｓ Ｔ Ａ Ｇ Ｅ │ ４ ０ ネ ー ム シ ッ プ 1159 1186 945 971 │ │││││││││││ ＳＴＡＧＥ│４１ 北方ＡＬ海域に進 出せよ 北方港 ＳＴＡＧＥ│４８ 帰還 │││ ＳＴＡＧＥ│４９ ラバウルの迷い鶴 │││││││││││││││ 動 ││││││││││││││ Ｓ Ｔ Ａ Ｇ Ｅ │ ５ ０ 南 洋 で の 再 会 主人公艦船設定・解説︵改︶ │ Ｅ Ｘ Ｔ Ｒ Ａ Ｓ Ｔ Ａ Ｇ Ｅ │ ４ ９．５ ＳＴＡＧＥ│４４ ＭＩ島攻略作戦 ＳＴＡＧＥ│５１ ホワイトアウト ＭＩ作戦発 ＳＴＡＧＥ│４５ ＭＩ島確保作戦 ＳＴＡＧＥ│４３ 決戦 ││││││││││ ＳＴＡＧＥ│４２ 陽動作戦 ! 湾を叩け ! 1421 1447 1212 1238 ＳＴＡＧＥ│４７ 瀬戸内海殲滅戦 ＳＴＡＧＥ│４６ 淡路絶対防衛線 1272 ! ! 1387 Ｓ Ｔ Ａ Ｇ Ｅ │ ５ ３ 佐 世 保 強 襲 ｐｈｅｌｅｓ ││││││││ ＳＴＡＧＥ│５２ Ｍｅｐｈｉｓｔｏ │││││││││││││││ 1489 1476 1516 1542 1299 1326 1351 │ 1601 ＳＴＡＧＥ│５５ 帝都に潜むモノ ＳＴＡＧＥ│５４ 巨砲鳴動 │ 1575 れん │││││││││││││ Ｓ Ｔ Ａ Ｇ Ｅ │ ５ ７ 虫 の 知 ら せ 1654 ＳＴＡＧＥ│５６ 叩けよさらば開か 1624 Ｓ Ｔ Ａ Ｇ Ｅ │ ５ ８ 狂 気 の 奔 流 1679 1712 │ 序章 黙示録の贄 理的常識を覆す兵器群。超常兵器級、通称︻超兵器︼を戦線に解き放つ。 彼は、ウィルキア帝国の建国を発表し初代皇帝となり、秘密裏に開発した軍事的・物 多大な功績を上げた英雄だった。 首謀者はウィルキア国防会議議長フリードリヒ・ヴァイセンベルガー元帥。前大戦で 主要都市、軍事施設を制圧し、国の実権を握った。 １９３９年３月２５日、ウィルキア王国国防軍が起こした軍事クーデターは瞬く間に の解放のため各地を転戦していた。 昨年のクーデターから他の近衛艦隊とともに、命からがら逃れ今日のこの日まで祖国 所属。 彼の名はライナイト・シュルツ。階級は少佐、ウィルキア王立海軍近衛艦隊第２艦隊 の長は口を真一文字に結び、腕組みをしていた。 電算機の冷却のために肌寒くなるほどの冷房が利いた薄暗いＣＩＣの中でこの軍艦 思えば、遠くまで来たものだ。 ＳＴＡＧＥ│０ 未知の機械 ＳＴＡＧＥ─０ 未知の機械 1 緒戦こそ超兵器を有するウィルキア帝国がアメリカや欧州各国を蹂躙し優勢に進め ていた。しかし、超兵器は決して無敵ではなかった。アメリカ西海岸基地攻防戦によ り、最初の超兵器ヴィルベルヴィントを失い。その後、幾つもの超兵器が一隻、また一 隻と沈んでいった。 沈められ、破壊された超兵器には一つの共通点があった。どの兵器もたった一隻の軍 艦によって撃破されていたのだ。 それこそ、ライナイト・シュルツが指揮する軍艦︻アサマ型装甲護衛艦ホタカ︼ 大和型よりもスマートな艦体に多量の誘導噴進弾、イージスシステムを搭載したミサ イル戦艦とも言うべき艦だった。数度の改装を経て４１ｃｍだった主砲は６１ｃｍに 後部には巨大なレーザー光発振装置を搭載し、建造当初の原型はかろうじて感じられる 程度だった。 その艦は今、最後の海戦へ向けて鈍色の北極海をいつものように単艦で航行してい た。 軍中尉の軍服を身にまとった見慣れた青年の顔 物思いにふけっていたシュルツの背中に聞きなれた声がかかる。振り向くと、近衛海 ﹁やれますかね。アイツを﹂ 2 ﹁やれるさ、やらねばならない。﹂ ﹁そうですよね。失礼しました。﹂ 決戦を目の前に緊張を隠しきれていない自分の副官に気にするなと笑ってやる。ク ﹂ ラウス・ヴェルナー近衛中尉はシュルツの海軍大学時代の後輩であり紆余曲折の末彼の 副官として戦闘の補佐をしてきた ﹁ナギ少尉。究極超兵器までの距離は で南下中。後１５分で接敵します﹂ ﹁究極超兵器フィンブルヴィンテルは約９０ と聞いてこの がかわいく思えてしまいますね﹂ ですか⋮ヴィルベルヴィントの８０ 呆れたようなブラウン大尉の声に失笑がそこかしこで漏れた。９０ ? ﹂ ? ﹁しかし、グロース・シュトラールは多数の光学兵器の他に大口径艦砲も搭載していまし られます。﹂ 一切確認できませんでした。これらのことから強力な光学兵器を搭載していると考え と考えられます。さらに望遠画像でしか確認できませんでしたが、砲身のようなものは 莫大な電力が必要ですから、あの艦には莫大な出力のジェネレーターが搭載されている ﹁はい。おそらく多数の光学兵器を搭載していると思われます。対消滅物質の生成には ﹁ブラウン大尉、敵の兵装は対消滅誘導弾の他に何が予想されますか 程度の反応しか返ってこないほどこの間のクルーは超兵器に︻慣れ︼ていた ? ﹁９０ ? ? ? ＳＴＡＧＥ─０ 未知の機械 3 た油断は禁物と思われます。﹂ ﹂ ブラウンとヴェルナーの意見に頷く ﹁やはり長距離砲戦かな 博士﹂ ? ﹂ ? ﹁さらに反物質誘導弾は先の爆発で巨大なノーチラスを一撃で消滅させました。あれだ 至近距離まで近づける﹂ ネードをばらまきながら接近すればヤツのレーザーはこちらを補足できない。つまり ﹁一 か 八 か だ が 光 学 兵 器 の 誘 導 を す べ て レ ー ダ ー に 頼 っ て い る と し た ら、チ ャ フ グ レ 手があったか、と手を叩いた ヴェルナーの意見にナギとブラウンがギョッとした目を向けるが。シュルツはその ﹁いや、むしろぎりぎりまで近づくべきではないでしょうか ナギ少尉が冷や汗を垂らしながら、恐ろしい考えを口にした ﹁かといって近づけば光学兵器に串刺しにされるんじゃあ⋮﹂ まうのです。﹂ 力艦を直進させる必要があります。しかし、直進すると誘導弾の格好の標的になってし ﹁反物質誘導弾の射程と誘導性が解りません。長距離砲戦時には命中率を高めるため極 ﹁なぜですか ﹁はい、しかし長距離砲戦は危険かもしれません﹂ ? 4 けの巨体をカバーする攻撃範囲があれば、至近距離ではおいそれと使えないでしょう。﹂ 、急速前進を使えば１１０ にはなる﹂ シュルツとヴェルナーの間で着々と勝利の為の作戦が組み上げられていく ﹁この艦の現在の最高速度は９２ ? ﹂ ? ﹂ ﹁と、すると戦闘状態になったころから舵を切り続ける必要があるな。﹂ 場合の効果は︻無いよりマシ︼と言うべきほかありません﹂ ﹁これほどの速度で最大使用すると艦体が持ちませんから、リミッターが働きますその 突然のシュルツの問いにもブラウンは動じなかった。 ﹁博士、急速旋回装置を使った場合ではどうなりますか ﹁しかし、推進装置を２つ乗せた代償として極度に曲がりにくいのが現状です。﹂ ? ヴェルナーが不思議そうにシュルツを見た ﹁艦長 ? ﹁なるほど、本艦の主兵装である６１㎝砲は前方に１基、δレーザーは全方位に発射でき その言葉に合点が言ったようにブラウンが頷く ﹁もちろん敵からの攻撃も苛烈だ。そこで我々は敵の後ろを突く。﹂ ﹁しかし、それでは。﹂ 火力を集中し撃破する。つまり同行戦に持ち込む﹂ ﹁今回、迅速に敵を沈めなければ後ろの祖国が危険だ。そのために敵に対して短時間に ＳＴＡＧＥ─０ 未知の機械 5 ますから敵の背後に位置した場合、理論上被弾面積を極小にかつ最大火力を発揮できま す。﹂ い。全員がすべての能力を出し切ってこそ、この作戦は成功する。﹂ 一度言葉を切り、ＣＩＣを見回す ヴェルナー。﹂ ﹁出撃前にも言ったがこの作戦が最後の戦闘だ。諸君らの奮励努力に期待する。﹂ ﹁先輩﹂ ﹁なんだ ? ? ﹁最後の戦いですから我々の恩師と、この艦の祖国に肖ってアレ。使いませんか ﹂ ﹁いけそうな気がするのは重要だが、だからと言って楽な戦いと言うわけでは決してな 少しほっとしたようなヴェルナーにシュルツは現実を突きつける ﹁なんだか、いけそうな気がしてきましたね。﹂ 6 諧謔味を混ぜた副官の物言いにフッと笑みが漏れた。 ﹁それはいい考えだな。用意させよう﹂ ﹁ありがとうございます。艦長﹂ ﹂ 総員、戦闘配置 ﹂ ﹂ レーダーにノイズが映り込むようになり、究極超兵器の存在感が霧のカーテンの向こ うからでも伝わってきた。 接近 !! しかし、彼らの今は亡き恩師、またこの艦が建造された祖国ではもう一つの意味があ 投網中である﹄を意味する旗。 旗が翻った。国際信号旗の一番最後。単独では﹃私は引き船が欲しい﹄、漁場では﹃私は その命令によってホタカの高いマストの上、ウィルキア王国国旗のすぐそばに４色の ﹁旗を掲げろ ! !! ! なんとしても奴をここで仕留める !! ﹁究極超兵器フィンブルヴィンテル ! シュルツの声に弾かれたように各人が自分の仕事をこなしていく。 ﹁これが最後の戦いになる ＳＴＡＧＥ─０ 未知の機械 7 る ︻皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ︼ Ｚがアルファベットの中で最後の文字。転じてこの戦いに敗れれば後がないと言う 意味で海戦で用いられるようになった。 初めてＺ旗が海戦で使われたのは１８０５年トラファルガーの海戦で︻英国は各人が その義務を尽くすことを期待する︼と言う意味を込めてネルソン提督が用いたとされ る。 その１００年後、１９０５年にロシアのバルチック艦隊を目前にした日本連合艦隊旗 艦三笠がネルソンに倣いこの旗を掲揚した。それ以後、日本海軍では重要な海戦ではＺ 旗を掲揚するのが慣例となっている。自動化が進んだため、外に出ている者は限られて 面舵１０ ﹂ いたがＺ旗が掲げられるという情報は既に艦全体にいきわたっていたため、さしたる問 推進装置全力稼働 ! 題ではなかった ﹁最大戦速 ! 状況知らせ アラートがけたたましく鳴り響いた ﹁ダメージコントロール ﹂ ! ! 第一速射砲および主砲沈黙 ! ! ﹃艦正面に超高速物体が着弾 ﹄ シュルツが号令を発した直後だった突如、轟音と破砕音、強烈な衝撃がＣＩＣに響き ! 8 ﹁なんだと 一撃でか ﹂ ﹂ 回避行動を 主砲は使えるか ﹂ ! ?! ﹁恐らく強力な電磁投射砲です ﹁ジグザグ回避開始 ? !? ﹂ ﹄ 飛翔体はその後艦橋をかすめて飛んで行ったもようです﹄ ﹂ 何とかやってみます ﹁１番砲身は使えるのか ﹃現在復旧作業中 ﹁頼んだ。ほかに損傷はないか 索敵担当のナギの報告に胸をなでおろす。 ﹁レーダーシステムが一部ダウンしましたが戦闘に支障はありません﹂ ! た ﹃飛翔体は速射砲を貫通後、主砲防盾左舷側に直撃。２番３番砲身は完全破壊されまし ! ! !? ! ? ! 艦橋に甚大な損害を負っていました。﹂ ﹂ ﹂ ﹁そうだな、ヴェルナー。急速旋回装置作動 ﹂ ﹁間もなく敵光線兵器の射程内です ﹁敵艦反物質誘導弾を射出 取り舵一杯 チャフグレネード散布開始 ! ナギの悲鳴のような報告に一瞬レーダーと外部カメラに目が釘づけになる。直径数 !! ! !! ! ﹁速射砲で威力が殺されてたのが良かったのでしょう。あれが無ければ主砲を貫通され ＳＴＡＧＥ─０ 未知の機械 9 ﹂ 十ｍは有ろうかと言う黒く雷を帯びた雷球が５発１本鎖になって突っ込んで来た 急速前進 !! 全員いやな汗をかく !! 特 殊 弾 頭 ミ サ イ ル 箔、チャフの雲だった。作戦が成功しＣＩＣ内で歓声が上がる。 ﹂ !! 撃ち方始め δレーザー及びトライデント撃ち方始め 撃ち方始め !! ﹁敵は我々をとらえられていない モードＡＰ ﹁δレーザー発振装置、誘導装置、および総合管制装置オールグリーン 特 殊 弾 頭 ミ サ イ ル ! ラ イ デ ン ト ﹂ 薬を搭載し小型核兵器に匹敵する威力を持っている。さらに広域殲滅用のモードＨＥ、 大 型 Ｖ Ｌ Ｓ か ら 射 出 さ れ た １ ４ 発 の 大 型 特殊弾頭ミサイル。ポ リ 窒 素 を 用 い た 新 型 爆 ト 火花が散り小規模な爆発が起きる。次に牙をむいたのは艦橋を挟むように搭載された が放たれフィンブルヴィンテルの黒く巨大な艦体に突き立ち、着弾したヶ所から盛大に 艦後部に積まれた巨大なδレーザー発振器から蒼銀に輝く８本の湾曲したレーザー ﹁トライデント射撃諸元入力良し ! ! ! ! ﹂ しかし、その光線が貫いたのはホタカの複合装甲ではなく霧の空に散布されたアルミ の本流がその凶悪な熱エネルギーを叩きつけるべく飛翔する。 次に放たれた色とりどりのレーザー。こんな時でなければ見惚れるほどの美しい光 ﹁敵艦光線兵器を発射 ﹂ 未来予測位置を外された雷球が左舷を高速ですれ違っていき。その光景を見た者は ﹁舵戻せ ! 10 装甲貫徹用のモードＡＰを持つため重装甲の戦艦を一撃で撃沈できる唯一のミサイル でもあった。また、核分裂を利用していないため環境への影響は比較的小さい。海神の 武器の名をあたえられた槍は、激しい迎撃に会いながらも特徴的な双胴の艦体に２本が ﹂ 着弾し巨大な爆発を起こし、爆炎が巨体を包む ﹁くそっ １５２ｍｍ速射砲連続射撃 ﹂ !! 特 殊 弾 頭 ミ サ イ ル ﹂ トライデント使用不能 少しでも損害を与えろ ! ３０００ｍに到達する レーザーと反物質誘導弾の応酬が続き、ついにホタカはフィンブルヴィンテルの後方 い。 が使用不可能になった。しかし、だからと言って誰も逃げようとするものは一人もいな 副官の報告に思わず悪態をつく。この損害によりホタカの主力兵装のうち３分の２ !! !! 解、蒸発する。 射されたレーザーの中で３本が艦橋構造物に着弾、猛烈に加熱された構造体は簡単に融 死の操艦により全弾回避したが問題はレーザーだった。数撃てば当たるとばかりに乱 ら１０発の雷球と幾本ものレーザーが復讐のために襲い掛かる。雷球はシュルツの決 ヴェルナーの問いに対する究極超兵器の返答は最悪のモノだった。黒い爆炎の中か ﹁どうだ !? !! ﹁射撃レーダー及びミサイル誘導装置蒸発 ＳＴＡＧＥ─０ 未知の機械 11 速射砲 ＣＩＷＳ連続射撃 撃っ この距離になったのはフィンブルヴィンテルの速度が速い上に、ホタカの旋回能力が ﹂ 著しく低下していたのが原因だった レーザー ! 以上の高速で突撃しつつ、攻撃可能な全兵装 ! ﹁艦長 ﹂ ﹁わかっている。急速前進装置全力稼働 て撃って撃ちまくれ ! ぶった 導機能にロックがかかっているらしい。再びマグレ当たりがホタカを襲い、艦体を揺さ ブラウンによると、反物質誘導弾のミニマムレンジ内に入ったため、発射されても誘 た。 ここまでくると、恐ろしい反物質誘導弾は明後日の方向に飛んで行くようになってい 成功する。 まり、ホタカはついに敵の双胴の艦体に挟まれるような超至近距離まで接近することに 運のいい砲弾は破孔に飛び込み内部をめちゃくちゃに引き裂いた。敵との距離が詰 り注ぐ。殆どの砲弾が重厚な装甲版によって火花を立てて弾かれていたが ８本のレーザーが直撃し穿たれた破孔に向かって１５２ｍｍと３５ｍｍの砲弾が降 が究極の兵器に向けて牙をむいた。 シュルツの命令の元、ホタカは１１０ ! ! ? !! 12 ﹁損害報告 ﹂ 第３速射砲、８，１０，１２番大型ＶＬＳ及大破 ﹂ ﹁右舷中央部に被弾 ﹂ 弾薬庫閉鎖 ﹂ 次に至近弾でもあれば間違いなく誘爆します 該当者は退避 ! ステム破損 ﹁右舷弾薬庫は破棄する ! ﹂ ! ? しかし冷却シ ない。もし、発射直後に変針されれば命中は望めない。さらに一歩間違えばこちらに命 一瞬、シュルツは悩んだ。今のところ超兵器は直進しているがいつ変針するかわから ﹁プログラム誘導ですか⋮﹂ もしれません﹂ ﹁トライデントにあらかじめ飛翔コースを入力すれば、究極超兵器に命中させられるか ﹁何ですか 博士﹂ う。しかし、誘爆するよりはずっと良かった。 れる。このベークライトは強力な断熱作用を持つ反面、弾薬を使用不可能にしてしま 弾薬庫破棄の命令が下ると、その弾薬庫は閉鎖され内部に特殊ベークライトが注入さ ! 右舷弾薬庫損傷 ! ﹁直撃でなく辛うじて冷却材の噴射が間に合い誘爆の危険はありません ﹁弾薬庫の状況は ! !! ! ! !? ! ﹁艦長﹂ ＳＴＡＧＥ─０ 未知の機械 13 14 中する可能性もある。とはいえ、次の瞬間にはシュルツはブラウンの考えを許可してい た。 今大事なことは、なんとしても目の前の悪魔を沈めること、その為ならば多少のリス クは許容しなければならない。 猛烈なスピードでプログラムを打ち込むブラウンの背中から目を放し、戦闘に集中す る。すでに双方ともにボロボロだった。 フィンブルヴィンテルの黒い艦体にはいくつもの穴が穿たれ、そこから血を吹き出す かのように炎が躍っている。胴体をつなぐ部分の装甲は未だに健在だが幾つもの傷が つ き 今 に も 砕 け そ う な 印 章 を 受 け た。両 側 の 胴 体 の 上 に 載 っ て い た 巨 大 な 砲 台 は δ レーザーの執拗な射撃によって装甲板が砕かれ内部の生物のような機構が露出しあち こちから火花や炎を上げ、特に左舷側の砲台は特に損傷がひどく旋回が不可能なほど基 部から内側に傾いていた。 ホ タ カ も 無 事 で は 済 ま な か っ た。前 艦 橋 の 高 い 塔 型 の 構 造 物 は レ ー ザ ー の 乱 射 に よって見る影もなく消滅。レーダー、射撃指揮装置は後艦橋の物を代用していた。両舷 の速射砲、ＣＩＷＳはそのほとんどが融解、もしくは蒸発。稼働しているのは速射砲は 後 部 の 第 ４ 速 射 砲、Ｃ Ｉ Ｗ Ｓ に 至 っ て は ゼ ロ だ っ た。さ ら に δ レ ー ザ ー に も 被 弾 し、 レーザーの同時照射が５本にまで低下している。 両者の船速があまり変わっていないのは。どちらもレーザーを主力として運用して いたためだ。フィンブルヴィンテルのレーザーも、ホタカのレーザーも近距離では下方 に射界がない上に、仮に浸水を発生させられる下部に照射できても、レーザーは海水に よって著しく減衰し強靭な装甲を誇る両者に決定打を与えられないからだった。 修理が完了しました いつでも撃てます ﹁了解した す ﹄ 修理要員は退避せよ ﹂ !! ﹂ しかし、自動装填装置が損傷したため次弾装填は人力で ３０秒後主砲を発砲する ﹃退避は２０秒で終わります ! ﹄ 幾つもの戦艦の舷をえぐってきたδレーザーでさえフィンブルヴィンテルの装甲は 艦長 ! 規格外に過ぎた。 ﹃こちら主砲 ! レー ル ガ ン ルガンのシステムで砲弾を加速させている。そのため、この砲は５５口径であるが、威 従来砲を足して２で割ったようなものだ。初めは火薬によって初速を得てその後レー 正式名称︻４５口径６１ｃｍ三連装対艦対空両用磁気火薬複合加速砲︼は超電磁砲と によってただの主砲ではない。 今まで仕事の無かった主砲管制要員が測的と砲管制に注力する。この艦の主砲は例 ! ! ! 待ちに待った主兵装の復活に再びＣＩＣに歓声が上がる。 ! !! ! ﹁わかった、ご苦労 ＳＴＡＧＥ─０ 未知の機械 15 ﹂ 撃ち方始め ﹂ 力、射程は理論上６１ｃｍ７５口径砲とほぼ同じ能力を持つ。 ﹁主砲射撃用意良し ﹂ ﹁目標フィンブルヴィンテル中央艦橋部 ﹁発射 ! ﹂ ? ﹂ !? ﹁フィンブルヴィンテル暴走を開始しました ﹂ ﹁ああ、グロース・シュトラールの時と酷似している﹂ ﹁あの時と同じだ⋮﹂ ﹁これは、暴走 のようなものが響き始めた。 次の瞬間、フィンブルヴィンテル全体からまがまがしいオーラが立ち上り、人の悲鳴 な紫色の人間の脳髄のような物体が鎮座していた。 ブラウンの言葉以外に形容する方法がなかった。強固な円盤状の装甲の中には巨大 ﹁アレは⋮⋮⋮脳 閃光、轟音、爆炎が過ぎ去った後には異様な物質が顔をのぞかせていた。 直撃した。 から放たれると短い飛翔ののち、狙い違わずフィンブルヴィンテルの円盤状の艦橋部に 高性能炸薬と電磁力により超音速にまで加速された砲弾が唯一生き残った１番砲身 ! ! ! 16 !! 残弾すべて叩き込め 主砲次段装填 ﹂ ! ! ﹁暴走したということは最後も近いはずだ ここが正念場だ ! δレーザーは牽制射撃せよ ! ザーが沈黙する 消火急げ ﹂ !! ﹂ ﹂ ! ﹁δレーザー沈黙っ ﹂ 撃てます 全エネルギーカット ! !! !!! ! ﹁レーザー要員退避 撃てッ ﹁主砲次弾装填完了 ﹂ ﹁目標同じ ﹁発射 ! 機関後進一杯 ﹂ 間に合いません ﹁取り舵一杯 ﹁ダメです ! !! ﹂ かって倒れこみ始め、さらにフィンブルヴィンテルの速度も急落する。 音、爆炎。変化は一瞬のことだった。突如、損傷の激しかった左舷側の砲台が内側へ向 二発目の６１㎝砲弾が艦橋を取り巻く邪悪なオーラを貫き脳髄に着弾した。閃光、轟 ! ! 最 後 の １ 本 が 自 ら の レ ー ザ ー 砲 台 を 貫 い た。一 瞬 の の ち 巨 大 な 爆 炎 を 上 げ て δ レ ー 常加熱したレーザー発振器が変形し次の斉射で３本のレーザーが明後日の方向へ飛び、 レーザー発振器が煌めき４本のレーザーが両側の砲台を穿つ、がそこまでだった。異 ! ﹁総員対ショック姿勢 !!! ＳＴＡＧＥ─０ 未知の機械 17 ﹂ ! !! 艦内のクルーが何かにつかまった瞬間、ホタカの舳先の海上に砲台が突き刺さり大き な水しぶきが上がった。さらに、９０ で推進していたフィンブルヴィンテルは突如と ﹂ ﹂ ﹄ ﹄ しかし、主缶は無事です 台に乗り上げ、さらに中央艦橋部にまで進み、そこで擱座した。 ﹁損害知らせ 使用不能 第１から第３タービン損傷 ﹂ ! ﹃艦底多数に亀裂及び大破孔発生 ﹃こちら機関室 ﹁艦首ソナー大破 敵右舷砲台が 絶望的な報告が彼方此方から上がる、控えめに見ても大破だ。 ﹁艦長 ! ﹁主砲右９０度旋回 押さえつけろ ﹂ ! ﹁次弾装填急げ ﹂ 砲身が衝突し拮抗した。 運よく生き残っていた旋回装置が作動し巨大な砲塔を滑らかに回転させ、大型砲台と !! 射界に収めようとゆっくりと旋回していた ナギの悲鳴に外部カメラを見るとスパークを上げながら右舷の大型砲台が、こちらを !! ﹄ して６５ｋｔにまで減速したため、この減速についていけなかったホタカは脱落した砲 ? ﹃第２，３，４，５スクリュープロペラ大破 ! ! ! ! ! ! ! 18 ! ﹂ ﹁待ってください あります 今砲身で力比べやってるんですよ ! 今発射したら筒内爆発の恐れが ! しかし、電力系統に問題あり ﹂ 装薬のみでの射撃になります 装填員完全 ! が尋常じゃ無く感じられた。 ﹁装填完了 退避まで３０秒 ! ﹂ ちらりと時計を見ると装填開始から完了までは３２秒、何時もより早かった。 ! ! こうしている間にも砲台と砲塔の力比べは続く。ただでさえ時間のかかる人力装填 ﹁⋮了解﹂ ち発砲する。﹂ た場合でも砲台に大きな損害を与えられるはずだ。クルー全員が安全圏に退避したの ﹁主砲弾の信管は抜いておく。それにいつこの拮抗が破れるかわからない。筒内爆発し ! ! ﹂ ! ﹂ ! れた砲台は基部から大量の火花を散らしつつ外側へ向けて倒れこんだ。 口径砲弾は接触していた大型砲台に着弾すると大きな穴を穿ちつつ貫通し、串刺しにさ 三度ボロボロの第１砲塔が火を噴いた。心配された筒内爆発は発生せず、６１㎝の大 ﹁発射 ﹁撃てッ ﹁退避完了 ＳＴＡＧＥ─０ 未知の機械 19 ﹁一先ずの危険は回避されたな、しかし⋮⋮⋮﹂ ⋮⋮⋮これ⋮⋮⋮﹂ ? しかし、現実は違った。真っ暗なスクリーンに映し出された文字の羅列 そうでなければならなかった。 アウトしているはずだった。 それは本来ならば対空目標を映し出すモニターだが、現在はレーダーが損傷しブラック 呆然としたブラウンの声につられて彼女、正しくは彼女の目の前のモニターを見る。 ﹁何 シュルツが諦めて自爆を言い出そうとしたその時、それは起こった。 失うのは忍びなかった。 ていた。思えば横須賀からの長い航海をともに歩んできた戦友とも言うべき艦、ここで 残るはクルーを全員脱出させたうえでの自爆攻撃だが、誰もがそれを言うのを躊躇っ グラムを組む前に艦体が崩壊する。 可。ＡＳＲＯＣをプログラム誘導で発射することは時間的に見て不可能だった。プロ るモノは無く、ＡＳＲＯＣも対空ミサイルも射撃指揮装置が損傷し発射後の誘導が不 デントは発射できるがこの距離ではモードＡＰでも自爆は必至。主砲の射界には撃て ヴェルナーの言うとおりだった。速射砲、ＣＩＷＳは全滅、δレーザー大破、トライ ﹁もはや、この艦に攻撃能力は残されていませんね。﹂ 20 ︻ｙｏｕ ｇｅｔ ａｗａｙ／ｂｌｏｗ ｕｐ ｍｅ︼ この艦の電算機は高性能ですが、それがこんな意志を持つよ ﹁脱出し、自爆しろ。か⋮。﹂ ホタカ。﹂ ｍｅ ．．． Ｌｔ Ｃｄｒ．︼ ' ﹁すべての準備は整った。自分は負けない。自分を信じろ、少佐。艦長、どうします ﹂ ｔ ｌｏｓｅ／ｔｒｕｓｔ 呟くようなシュルツの言葉に反応したかのように文字列が変化する。 ﹁お前は。それがお前の答えか ? シュルツはＣＩＣを見回したその誰も彼もが疲れ切った眼で自分を見ている、期待も ? 科学者としてのプライドが許さなかった。 ヴェルナーの反論に言葉に詰まるブラウン。これ以上、実際の現象を否定することは ﹁でも、実際に起きてますよ博士。﹂ うな振る舞いをするなど﹂ ﹁こんな⋮ありえません ! ︻ｅｖｅｒｙｔｈｉｎｇ ｉｓ ｒｅａｄｙ／Ｉ ｄｏｎ ＳＴＡＧＥ─０ 未知の機械 21 ﹂ ３０分後ホタカを自爆させる 総員退艦 !! 絶望も存在しない幾つもの視線がシュルツに収束する。 急げ ﹁⋮⋮⋮現時刻をもってホタカを破棄する ! ﹂ ? ﹂ ? ヴェルナー﹂ ? ﹁まいったな、そんなに私は信用ないのか ﹂ ﹁艦長の首根っこ捕まえてでも戻ってこいと他のクルーから念を押されましてね。﹂ ﹁まだいたのか Ｃに残っているのは自分とヴェルナーだけだった。 少々きつい目で念を押され苦笑いを浮かべながらブラウンを見送る。気づけばＣＩ ﹁わかりました。絶対に出てきてくださいよ ﹁おつかれさまです。早く行ってください、私もすぐ後に行きます﹂ 後遠隔操作もしくは時限装置で作動させます。﹂ ﹁はい、生き残ったＶＬＳ及び弾薬庫にありったけの爆弾を取り付けました。総員退艦 そんな事より自爆装置は大丈夫ですか ﹁博士の責任じゃありませんよ、この時間で博士が出来なければ他の誰でもできません。 ﹁申し訳ありません艦長。私がもっと早くプログラムを完成できていれば。﹂ 艦と自爆準備を進める中ブラウンが謝罪する。 数々の超兵器を沈めてきた艦の運命が決まった瞬間だった。全員があわただしく退 ! ! 22 ? ﹁信頼されているからこそ生きてほしいんですよ。さあ、出ましょう、みんなが待ってい ます。﹂ ﹂ と ＣＩＣを出る瞬間何気なく振り向くと、ちょうど視線の先に会ったモニターに新しい ﹁ああ。﹂ 文字列が並んでいた ︻ｔｈａｎｋｓ︼ 急いでください その文字列を目に焼き付けてシュルツは二度と戻ることのないＣＩＣを出た。 ! 最期の内火艇の上には見慣れたＣＩＣのメンバーが乗り込んでいた。すまない ! されそのすぐ下にあった左舷砲台の上を滑り着水した。現在のフィンブルヴィンテル 一言謝罪してヴェルナーと飛び乗った瞬間、オレンジ色の内火艇を固定していた縄が外 ! ﹁艦長ーーー ＳＴＡＧＥ─０ 未知の機械 23 の速度は３５ｋｔ。内火艇は巨大な航跡波にもまれるも転覆は回避された。 フラリ。と寄りかかっていた柱から離れコンソールに近づく。寄りかかっていた柱 ﹁艦長たちは、脱出したようだな。﹂ ていることだろう。 じ少佐。一つ異常な点を挙げるとすれば体中のあちこちから血を流し柱に寄りかかっ たちと同じようにウィルキア海軍の軍服を身にまとっていた。階級章はシュルツと同 の歳、中肉中背、黒髪黒目の東洋人でシルバーフレームの眼鏡をかけており、シュルツ シュルツが出て行ってすぐのＣＩＣに一人の青年が居た。２０に届くか届かないか 同乗していたブラウンから渡されたのは掌に収まる程度の起爆装置だった。 ﹁艦長。これを﹂ 24 にはべったりと血糊が付着していた。 ﹁艦の意識が具現化するなんて聞いたこともないが、事実は事実だ。﹂ ゆっくりと顔を上げる、すでに右目は光を失い左目からも血を流していた。 ﹁トライデント、モードＡＰ、モードＨＥ、用意﹂ 青年が呟くと同時に即時発射可能なトライデント９発のうち５発がＡＰ、４発がＨＥ に切り替わる。 ﹁どうやら、艦のコントロールは僕にあるみたいだな。これはいい。﹂ 続けざまに飛翔コースを入力していく、ブラウンが時間をかけてもできなかったこと を一瞬で行う。この青年にとってミサイルの誘導は、自分の指を動かす程度の簡単な作 業だった。 その時、通信が入る。クルーたちは通信機を持って行ったが、態々この艦に呼びかけ るようなことはしないだろう │││││では、いったい誰が ? 好奇心に駆られ、青年は通信回路を開く。 ﹂ ? 聞こえてきたのは、この世のものとは思えないほどの狂気を含んだ声だった。 ﹃君ガ、コノ艦ノ意志カ﹄ ﹁だれだ ＳＴＡＧＥ─０ 未知の機械 25 ﹁質問に答えろお前は誰だ ﹁何 ﹂ ﹂ 声の主の返答に眉を顰めた。 ﹃既ニ勝ッタ気デ居ルヨウダナ﹄ ﹁あいにく化け物に口説かれる筋合いはないぞ ﹃ソウダ、愛シキ怨敵ヨ﹄ ﹁なるほど、お前が究極超兵器か﹂ ﹃君ニ下敷キニサレテイル艦ダ﹄ ? ﹃何 ﹄ ﹁それはどうかな ? ﹂ ﹂ 恍惚としたような声に、相手に見えないのを承知でホタカは薄く笑った。 シイゾ、キットスゴク楽シイゾ。﹄ 争ノ濁流ハ今回以上ノ力デ世界ヲ覆イ世界中ガ阿鼻ト叫喚ノ混声合唱ニ包マレル。愉 ﹃ソウダ、今度ハモット多クノ人ガ死ヌ。モット多クノ艦ガ沈ム。戦イガ戦イヲ呼ビ戦 が作られすぎた。﹂ ﹁だろうね、光学兵器、ミサイル、特殊弾頭、そして超兵器。この戦争ではいろんなもの ﹃超兵器ノ種ハ、争イノ種ハ世界ニ撒カレタ。直ニ世界デ、マタ戦争ガ起キル﹄ ? ? 26 ? ﹄ ﹁僕には、人間がそこまで愚かな存在だとは思えない。たとえどこかで戦争を起こそう とするものが居れば、それを阻止しようとするものは必ず存在する。﹂ ﹃戯ケタ事ヲ言ウナ、君ハ。人ト共ニ有リスギテ兵器トシテノ本質ヲ無クシタカ ﹃フム、ソンナ見方モアルナ。デハ君ハドウスル ることもできる、只の一つの存在だ。﹂ ﹄ ﹁兵器に本質なんてないさ。兵器はただそこにある道具だ、視点によって奪うことも守 ? ソウダ 完膚なきまでに、お前を破壊する。﹂ 君 ノ 思 イ 通 リ ニ ナ ル ト 思ッ タ ラ 大 間 違 イ ダ ﹄ 兵器トハソウデナクテハナラナイ サア、コイ ヤ !!! 炸裂した。同時にホタカ内部の爆薬が起動。スマートな艦体が一瞬膨れ上がったかと に旋回し、２発ずつが両側の艦体に突き立ち、最後の１発がホタカを掠めて中央艦橋で その瞬間生き残っていたトライデント９発が打ち上げられた。そのうち５発はすぐ !! ﹃ハハ、ハハハハハハハハハハハハハ その瞬間に、シュルツの持つ起爆装置からの信号が彼に届いた !! う ﹁古今東西、戦闘状態の敵が目の前にいるときに兵器がやる仕事なんて一つっきりだろ ? ! ハリ君ハ、私ガ滅ボスベキ、滅ボサレルベキ敵ダッタ !!!! ? ﹁﹃お前の思い通りになると思ったら大間違いだ﹄﹂ ＳＴＡＧＥ─０ 未知の機械 27 28 思うと轟音を立てて莫大なエネルギーを放出し、さらに打ち上げていた４発のトライデ ントが爆発の中に突っ込み巨大な熱エネルギーを放出。破片の一欠けらさえ蒸発せし めた。 爆炎が晴れるころ、２隻のいた海上には流氷一つ浮かんで居らず。深い霧と冷たい鈍 色の海が広がっているだけだった。 鋼鉄の咆哮小説﹂ ＥＸＴＲＡ ＳＴＡＧＥ│０．５ 主人公艦船設定・解 ﹂ シュルツ﹁さてついに始まってしまった艦これ ﹂ ナギ﹁いったい何番煎じなんでしょうね ヴェルナー﹁てかなんで台本形式 ? ﹂ ? ブ﹁まあ、最終決戦ですし仕方ありません﹂ ! シ﹁まあ、筑波教官の出番の話は置いといて。ナギ少尉、諸元を。﹂ ナ﹁ウィルキアルートって設定ですからね、本編中ではすでに故人です﹂ 筑﹁それよりもわしの出番がないとはどういうことじゃ ﹂ ヴ﹁本編では、出てくるなり盛大に自爆しちゃいましたけどね⋮﹂ だから本編で出た最終決戦時の艤装とは大きく異なることに注意してほしい。﹂ 艦これ的に言うと改造前と言うことになる。 シ﹁今回は主人公の説明だな。ついでに言うと説明するのは建造された直後の性能だ 筑波﹁今回はいったい何をやるので ブラウン﹁こんな雰囲気でもやってみたいという作者のわがままですね﹂ ? × 説 ＥＸＴＲＡ ＳＴＡＧＥ─０．５ 主人公艦船設定・解説 29 30 ナ﹁こちらが船体の性能諸元になります。﹂ アサマ型装甲護衛艦ホタカ 船体 全長 ２７０，５１ｍ 全幅 ３２，９４ｍ 船体重量 約５２，７００ｔ 防御力 対４６ｃｍ防御 防御評価 ６６％ 完全防御 ﹂ シ﹁船体は米国戦艦Ⅵ。作者はアイオワ級の船体と考えているから 米国戦艦Ⅵの制限重量は３００００ｔでは 全長、全幅もそれに習ってるな﹂ ヴ﹁あれ ? ナ﹁うわぁ、いきなりメッタメタですね。﹂ 制限重量として設定したと考えられます、それを適用したようですね﹂ つまり、ゲームでは史実で使われた艦の約半分の排水量を そして史実の大和型戦艦の基準排水量が６４０００ｔと言われています。 ブ﹁大和型戦艦の船体と思われる日本戦艦Ⅵの制限重量は３２０００ｔです。 ? ＥＸＴＲＡ ＳＴＡＧＥ─０．５ 主人公艦船設定・解説 31 シ﹁基本的にここではメタ発言は自嘲しない方針だ。次を頼む﹂ ナ﹁了解しました。﹂ アサマ型装甲護衛艦ホタカ 機関 動力 ガスタービンγ 出力 １９２０００ 回転効率 １００ 配置 通常配置 ︵推進装置稼働時︶ 速力 ６８，１ ﹂ か戦艦にしては及第点と言ったところじゃな﹂ ヴ﹁しかし、２週目とかになるとこれでもきつくなってきますよ 筑﹁どうあがいても超高速フリゲートになるからの作者は﹂ アサマ型装甲護衛艦ホタカ ? 筑﹁最大６８，１ ︵推進装置非稼働時︶ ４５，７ ? ? ? 32 設備 前艦橋 米国戦艦艦橋α 後艦橋 米国戦艦艦橋α 探照灯 ２基 指揮値 ７４ 水上索敵 ２４ 水中索敵 ７ 弾薬庫 大型弾薬庫３ヶ所 ブ﹁次は設備ですね﹂ ナ﹁これまたアイオワ級っぽい米国戦艦艦橋αセットですか。﹂ ﹂ ブ﹁指揮値は７４、電波照準儀はついていませんから純粋に艦橋の能力ですね﹂ ナ﹁日本の艦橋の方が優秀では ブ﹁ま、難易度を上げて悶えるのも作者だから自業自得だけど﹂ ナ﹁能力よりもデザインとロマン優先な作者らしい選択ですね。﹂ 主砲を少なくすると米国艦橋の方が良いのよ。ビジュアル的な意味で﹂ 大口径主砲を山盛りにするわけにはいかないし ブ﹁確かにそうだけど、ミサイルを主兵装にする以上 ? ＥＸＴＲＡ ＳＴＡＧＥ─０．５ 主人公艦船設定・解説 33 アサマ型装甲護衛艦ホタカ 兵装 兵装１ 特殊弾頭ミサイルＶＬＳ １４基 弾数１５４ 即応弾１４ 兵装２ ４１ｃｍ砲７５口径３連装 ２基 弾数２１１２ 兵装３ ＡＳＲＯＣ対潜Ⅲ ８基 弾数２１１ 即応弾９６ 兵装４ 対空ミサイルＶＬＳⅢ １２基 弾数８４４ 即応弾３８４ 兵装５ 対艦ミサイルＶＬＳⅢ ８基 弾数２８１ 即応弾１２８ 兵装６ ３５ｍｍＣＩＷＳ ８基 弾数８８０００ 兵装７ １５２ｍｍ速射砲 ６基 弾数１０５６０ ﹂ 実弾兵器こそ漢の兵器 シ﹁見事に実弾兵装ばかりだな﹂ 筑﹁何を言いますか 硝煙の香りあってこその海戦でしょうが ! もちろんこの状態でも搭載されています。﹂ 作者が勝手にねつ造した兵器です。 ブ﹁アレは口径を変えてもグラフィックに反映されないことをいいことに シ﹁そういえば本編で主砲がストーンヘンジと化していたが﹂ ナ﹁まあ、第２次改装でδレーザー乗っけるんですけどね﹂ !! ! 34 ﹂ シ﹁つまりは序盤から複合砲と言うことか。射程距離はどうなっているんだ ナ﹁えーと、主砲が４２７００ｍですね。﹂ シ﹁どうせこれもゲームから補正しているだろ ﹂ ? オートメラーラ１２７ｍｍ砲の射程は通常弾頭で約１６０００ｍ、 です。 シ﹁速射砲のグラフィックはオートメラーラ社製の速射砲がモデルになっているよう 筑﹁これは⋮オートメラーラ１２７ｍｍ砲の諸元ですな。﹂ シ﹁それは心配ないようですね、こちらを見てください。﹂ すな。﹂ 阿賀野型の四十一式１５，２ｃｍ連装砲の２１，０００ｍより短くなってしまいま 筑﹁しかしそれだと、１５２ｍｍ速射砲の射程距離が１７５００ｍとなり、 大体７倍の差です。砲兵器に関してはこの式を採用したみたいですね。﹂ が４２０００ｍですから ヴ﹁そうみたいですね、ゲームでは４６ｃｍ４５口径砲の射程が６０００ｍで、史実 ? ３０ｋｍと書いてありますが。﹂ ゲーム内の１２７ｍｍ速射砲の射程を７倍すると１５７５０ｍで近い値になるん ですよ﹂ 筑﹁ですが艦長、ＷｉｋＩの射程欄には ± ＥＸＴＲＡ ＳＴＡＧＥ─０．５ 主人公艦船設定・解説 35 ﹂ ブ﹁実はサイトによって射程距離が１６ｋｍだったり２４ｋｍだったりとまちまちな のです。 そこで、７倍して近い値になった１５７５０ｍを採用したようですね。 まあ、連射性や精度、耐久力の向上のために弱装弾を採用していると 脳内変換していただければ幸いです。﹂ ヴ﹁特殊弾頭ミサイルとかのミサイル兵装はどんなことになっているので いうことですか ﹂ シ﹁つまりＲＩＭ│１５６とＥＳＳＭを纏めて対空ミサイルＶＬＳⅢと呼んでいると クⅣとＥＳＳＭの両方を搭載しています。﹂ ブ﹁対空ミサイルＶＬＳはこの小説の設定ではＲＩＭ│１５６ ＳＭ│２ＥＲブロッ ? ブ﹁特殊弾頭ミサイルは発射機１基につき１発のみの装填としています。 しかし、特殊弾頭ミサイルの弾数がやけに少ないようですが⋮﹂ シ﹁これは全ての弾薬庫を下ろした場合の弾数がベースになっているようですね。 再装填なしで連射できる弾数を即応弾と表現し載せておきました。﹂ ＶＬＳ系列のミサイル兵装は艦内から再装填できる設定です。 珍しくありませんから。弾数表示は両方合わせた数ですね。 ブ﹁その通りです。まあ、実際の艦でも２種類以上の対空ミサイルを搭載することは ? 36 放射能は無いとはいえ小型核兵器以外の何物でもありませんから、 これ﹂ この小説では奥の手として運用するみたいですね。﹂ ナ﹁スロットの位置からして完璧に主兵装ですよね ０ｋｍを採用しました。﹂ ? 同じなのは射程と航法装置ぐらいで後は別物ですから﹂ う。 ブ﹁ですから本編中で架空の対艦ミサイル︻トライデント︼として登場させたのでしょ シ﹁ＴＬＡＭ│Ｎは対地核攻撃用トマホークじゃないのか ﹂ 特殊弾頭ミサイルですがこちらはＲＧＭ│１０９Ａ ＴＬＡＭ│Ｎの射程２５０ を採用します ＡＳＲＯＣ対潜ⅢについてはＲＵＭ│１３９ ＶＬ│ＡＳＲＯＣの射程２２ｋｍ ｋｍですね。 対艦ミサイルＶＬＳⅢについてはＲＧＭ│８４Ｄを搭載しています、射程は１４０ 現実のＲＩＭ│１５６とＥＳＳＭと同じ約１６０ｋｍと３０∼５０ｋｍです。 ブ﹁話を戻しましょう。対空ミサイルＶＬＳⅢの射程は 実際対艦ミサイルＶＬＳはあんまり使わないらしい。﹂ シ﹁作者はは此奴をイージス併用でばらまくからな、 ? ＥＸＴＲＡ ＳＴＡＧＥ─０．５ 主人公艦船設定・解説 37 兵装配置図 シ﹁装備換装画面での兵装等の配置は、艦首から、１５２ｍｍ速射砲、 ＡＳＲＯＣがⅢ行２列で６基、対艦ミサイルＶＬＳが４行２列で８基 前部４１ｃｍ砲、その砲身の両側に特殊弾頭ミサイルが１基ずつ計２基、 主砲の次に前艦橋、日本戦艦煙突Ⅱ、探照灯、後艦橋、後部４１ｃｍ砲 砲塔の両側にＡＳＲＯＣが１基ずつ計２基、後部主砲の次に対空ミサイルが４行３ 列で１２基、 最後に１５２ｍｍ速射砲。 前艦橋の両側には特殊弾頭ミサイルＶＬＳが片舷６基で計１２基、 ＣＩＷＳは煙突から後艦橋にかけて片舷４基で８基、 ﹂ 速射砲はＣＩＷＳのさらに外側に片舷２基両舷合わせて４基４門だな。﹂ ヴ﹁それにしても妙な位置に速射砲がありますね そして、誘爆の危険が無い場所。と言うことでこうなった。 シ﹁出来るだけ多くの射界を確保しつつ、トップヘビーを避け ? 38 速射砲には満足な装甲が施せないから、 ﹂ 艦橋の近くに置くのを設計陣が嫌ったのだろう。﹂ ヴ﹁本音は シ﹁﹃英国面的な設計をするのも鋼鉄の醍醐味、それと趣味﹄らしい。﹂ ヴ﹁これはひどい﹂ ナ﹁そういえば本編中ではかなり近距離で殴り合ってましたが、どうしてですか 補助４ ＥＣＣＭシステムⅢ 補助３ 自動装填装置γ 補助２ 自動迎撃システムⅢ 補助１ イージスシステムⅢ 補助 アサマ型装甲護衛艦ホタカ す。﹂ ﹂ 無 理 や り 誘 導 し て い た た め で す ね。身 も ふ た も な い こ と を 言 え ば ご 都 合 主 義 で 力な電波を使って ブ﹁究極超兵器のノイズの影響が桁外れに強いため誘導兵器を使うにはこちらから強 ? ? ＥＸＴＲＡ ＳＴＡＧＥ─０．５ 主人公艦船設定・解説 39 補助５ 発砲遅延装置γ 補助６ 防御重力場Ⅴ 補助７ 謎の推進装置Ⅱ ヴ﹁防御重力場が５な以外特に妙なところはありませんね﹂ シ﹁作者曰く﹃砲兵装とミサイルを両立させようとした結果﹄らしい。 防御重力場は、まあ序盤から超重力乗せるのも面白くないしな。﹂ ヴ﹁急速旋回系統の装置がありませんが。﹂ ﹂ シ﹁謎推進Ⅱならさほど大きな問題にはならないという判断で ﹂ 乗せなかったみたいだな ヴ﹁本音は ? 対応力 Ａ 防御 Ｂ 対空 Ａ 攻撃力 Ｂ 性能 アサマ型装甲護衛艦ホタカ シ﹁補助装置の枠が足りない。﹂ ? 40 指揮索敵 Ｄ 機動力 Ａ 評価 Ａ ホタカ 前部 ホタカ 全景 ナ﹁あ、一応総合Ａはもらえてるんですね﹂ シ﹁まあ、低難易度なら２週目でもある程度使えるからな。﹂ ヴ﹁それって、逆に言うとハードとかベリーハードでは 使いにくい鉄くずってことじゃ⋮﹂ シ﹁作者曰く﹃否定はしない﹄ってことだ。 まあ、プレイヤースキルも関わってくるが。﹂ シ﹁さて、一通り見てきたが。性能とかはこんな感じだ。 ＥＸＴＲＡ ＳＴＡＧＥ─０．５ 主人公艦船設定・解説 41 ゲーム内でも再現できるから、 ﹂ 艦長、質問があります シ﹁まあ、そうだな﹂ ﹂ ﹂ やりたい人は参考にするなり鼻で笑うなりしてほしい。﹂ ナ﹁はい ! ナ﹁この艦ってウィルキア所属ですよね シ﹁何かね ! ﹂ ? ﹂ ? ドイツ、ウィルキア等で着々と建造されていたんだ。﹂ ワンタッチでＰＯＮとできたりはしない。何年も前から シ﹁その通り、だが超兵器もどこぞの自走ドック艦みたいに どうあがいても１年で実践に投入できませんよ ブ﹁艦長、超兵器が実戦投入された後に、対超兵器として作られたのでは。 この艦は日本で対超兵器用に作られた決戦兵器なんだ。﹂ シ﹁だまらっしゃい。真面目に解説すると、 ヴ﹁艦長。全く似てないです﹂ シ﹁いい質問ですねぇ。それには、この小説内での事情があるんですよ﹂ 日本チックな名前がついてるんですか ナ﹁なんでホタカとかアサマとか装甲護衛艦とか ? ? シ﹁そうだ。その後我々が転がり込み、天城大佐が騒ぎを起こした。 ナ﹁クーデターが起こったと。﹂ 結局ミサイル戦艦になった。そしていざ試験航海をしようとしたときに。﹂ 超兵器機関や新型兵器の情報が入るたびに兵装が更新され シ﹁倉庫に偽装したドッグで建造される途中、 ヴ﹁ほとんど沈めちゃいましたけどね。﹂ そのころはあちこちで軍艦が建造されていたからイロイロと杜撰だった。﹂ アサマ型の二隻につぎ込んだ。まあ、史実での大和型の予算獲得のパクリだな。 ４隻の装甲護衛艦と２隻の潜水艦の予算と言う名目で資金を調達し、 装甲護衛艦と言う特異な艦種は議会の目を欺き予算を獲得するための方便だ シ﹁そう、アサマ型装甲護衛艦だ。 ブ﹁つまりそれが。﹂ 秘密裏に対抗兵器を建造していた。﹂ その一団は超兵器が敵に回ったときのことを恐れ だがその中に超兵器をよく思わない一団が居た シ﹁もちろん日本でも建造されていた、アラハバキとかがそうだな。 ︻注：あくまでもこの小説内での設定です︼ピンポーン 42 ＥＸＴＲＡ ＳＴＡＧＥ─０．５ 主人公艦船設定・解説 43 この時に君塚司令は陸戦隊を基地内に大規模投入した 大きな戦果も聞こえてきませ その時にアサマ型の警備にあたっていた人員も投入したものだから警備は居なく なり、 我々がアサマ型２番艦を奪取した。﹂ ブ﹁ところで１番艦のアサマはどうなったのでしょう んでしたけど。﹂ このコーナーは本編以上に超不定期更新なので次やるかどうかすら未定だ。 さて、今回はここまで。 飛騨山脈の穂高岳とは違う。まあ両方とも日本百名山のひとつだがな。 シ﹁ちなみにホタカとは関東の武尊山から取られているのであって、 ヴ﹁あちこちで暴れまわりましたからね。﹂ だな。﹂ 結局そのままだ。もし生き残ってたとしても名前が変わったかどうかは正直微妙 艦名を変える前にホタカと言う名前が定着してしまい シ﹁さらに、ウィルキア海軍に配属された後は戦闘の連続だったからな、 ナ、ブ、ヴ﹁うわぁ⋮﹂ シ﹁どうやらスエズでの新型爆弾による爆撃に手違いで巻き込まれたらしい。﹂ ? 44 では、さようなら﹂ノシ 一章 パラオの闇 ﹂ ＳＴＡＧＥ│１ 敵と味方 だろうか 次に気づいたのは艦体に当たる波が起こした穏やかな揺れ。細かく伝わっ 海上に吹く風の音、艦体の周りを取り巻く波の音、かすかに聞こえる甲高い声は海鳥 だった自分の世界に、まず聞きなれた音が響いた。 女性の声が頭の中に響くと、霧のように希薄だった意識が急速に浮上し、今まで無音 ﹁⋮長。艦⋮。艦長 ! へ振り向く。 けていた眼鏡がずれただけだ。右手で眼鏡を直し視界を確保すると、先ほど声のした方 空が見えていた。見慣れた風景、しかし、今は少し歪んで見える。何のことは無い、か 前部主砲から艦首にかけて一望できる航海艦橋からは、息をのむほど美しい朝焼けの してからようやく目を開ける。 てくるのは、この艦の心臓であるガスタービンの駆動によるものだろう。そこまで知覚 ? ﹁すまない、少し居眠りをしていたようだ。﹂ ＳＴＡＧＥ─１ 敵と味方 45 ﹁しっかりしてくださいよ、まあ、突然のことに戸惑っているのは解りますが。﹂ 呆れたような声をで返したのは、妖精さんとしか形容しようのない存在だった。 服装こそウィルキア海軍の軍服だが身長は２０ｃｍ程度だろうか。頭は大きいが、人 間がデフォルメされているような容姿なので可愛らしい印象を受ける。ちなみに妖精 さんに男の個体はいない、もしくは非常に少ないらしい。 なぜ人と同じ肉体を持っているのか など疑問が尽きなかったが、そ 先日気が付いたら、彼は今この時と同じようにここに座っていた。最初はなぜ自分が 生きているのか ? ﹁何か異常は有るか ﹂ 触れなくて正解だったな⋮ │││││だがまあ、あの時、後ろ手に持っていた﹃初めての艦娘マニュアル﹄には 他にも様々なことを教わった。 曰く自らの兵装をそれこそ︻手足のように︼動かすことが出来る。 曰く艦娘とは沈んだ艦の魂が人の形をとった艦の化身。 曰く彼は艦の記憶を持った兵器と人の中間のような存在、艦娘ならぬ艦息になった。 のほとんどは先ほど彼を叩き起こした妖精が答えた。 ? 副官として補佐している妖精の報告を受けると自分でも最終確認。艦と肉体がリン ﹁特にありません。機関も問題なし、いつでも出発できます。﹂ ? 46 クしているため艦の異常は肉体に現れる。今回も特に異常は無さそうだ。チラと腕時 計を見ると時刻は０６００ちょうど。昨夜決めた出発時刻だ。 そう言った後、機関の生み出した運動エネルギーをスクリューに伝え艦を前進させ ﹁両舷前進微速。出発する。﹂ ﹂ る。昨日はずっと動かなかったため、これがこの肉体になってから初めての航海にだっ た。 ﹁副長、羅針盤はどうだ ﹁やはりそうか。﹂ ﹁ダメですね。使い物になりません。﹂ かけたが現実は無常だった。 いくつかある懸念事項の一つ、もっとも厄介な問題が解決していることを祈って声を ? ５万トンを超える巨体が傾き北と思われる方向を向くと、滑らかなカーブを描く艦首 ﹁了解。取り舵３０﹂ を目指す。取り舵３０。進路を北へ。﹂ 似しているから、北へ行けば何かしらの大陸には行き着くその後、ウィルキアへの帰還 ﹁ダメか。よろしい、朝日を右手側に見て北を目指す。この海域のデータは太平洋に酷 ﹁言ったはずですよ艦長。この海では羅針盤は役に立たないと。﹂ ＳＴＡＧＥ─１ 敵と味方 47 で北進を開始した。 ﹂ に大きな波が立ち始めた。ウィルキア海軍近衛艦隊装甲護衛艦ホタカは巡航速度３１． ８ １時方向に航空機らしき漂流物を発見せり ! ﹁見張り員より報告 は見えない。 ﹁航空機だと 機種は ﹂ ﹁ない物ねだりしても仕方ないでしょう。いかがしますか ﹁こんなことならヘリを乗せておけばよかったな。﹂ ﹁遠すぎて判別できませんね。﹂ ? ﹂ 突然の報告が舞い込んだのは昼を過ぎたあたりだった。相変わらず島のようなもの ! ? 艦隊でも一部で使用されていたが、防弾性の欠如による生存性の不足から、すぐに紫電 艦橋の窓から見えるのは海面に突っ込んで沈みかけている零戦だった。零戦は近衛 ﹁了解。﹂ 織、内火艇を用意しておこう。救助の指揮には君が行ってくれ。﹂ ﹁見 て 見 ぬ ふ り は 出 来 な い な。ま ず 行 っ て み て 生 存 者 が い れ ば 救 助 す る。救 助 隊 を 組 ? ? 48 改や烈風、Ｆ６Ｆなどに取って代わられ終戦直前には護衛部隊にわずかに残る程度にま で減少していた。 その零戦、それも最初期の二一型であると言う報告を受け取った時点でホタカの頭に 考えたくない仮説が生まれる。 その仮説がにわかに現実味を帯びたのは救助されたパイロット妖精についての報告 ﹂ を聞いた時のことだった。 ﹁ウィルキアを知らない す。﹂ ﹂ があるとのことです。他にも、不可解なことが幾つか。﹂ ﹁あまり聞きたくないが。何だ 聞きなれない言葉に眉を顰めた。たしかにあの戦争は世界を巻き込んだ世界大戦と ? ? ﹁艦長は第二次世界大戦、もしくは太平洋戦争をご存知ですか ﹂ ﹁残念ですが、ありえません。彼女の話ではウィルキアと言うべき場所にはソヴィエト ? 衝撃的な報告に一瞬言葉を失ったが、何とか続ける。 ﹂ ﹁ええ、ウィルキア王国もウィルキア帝国も、超兵器すら聞いたことが無いということで ? ﹁それは、そのパイロットだけが知らないだけと言うことは無いのか ＳＴＡＧＥ─１ 敵と味方 49 言えるものだが太平洋で戦ったのはホンの一時だ。 ﹁ご苦労だった。パイロットは丁重に扱ってくれ。﹂ ? ﹂ ? ? の問題はありませんが弾薬・燃料が心配です。﹂ ﹁僕も同意見だ。保護を求める国はやはり日本かな ﹂ 能力を保有していますが弾薬も燃料も有限です。食料は艦長のみが必要ですから、当分 ﹁はい、まずどこかの国へ保護を求めるのが妥当かと思われます。この艦は巨大な戦闘 ﹁副長。ウィルキアが無いと仮定した場合我々はどうするべきだ 滅。確信するのは時期尚早だろうが、彼の勘はこの仮説が正しいと結論付けていた。 どうやら自分を心配してくれているらしい副官に、心配ないとだけ告げた。祖国の消 ﹁了解しました。艦長、少し休まれてはいかがですか ﹂ 大きく息を吸って、吐いた。どうやら最悪の予想が的中しつつあるらしい。 状態でもないそうです。﹂ 在していません。これは全てあのパイロットの証言ですが、軍医の判断では嘘でも錯乱 国の間で起こった大戦です。この大戦で枢軸側は敗北しました。もちろん、超兵器は存 とに端を発する戦争です。第二次世界大戦は日独伊の枢軸国と英米を中心とする連合 ﹁太平洋戦争とは一九四一年、大日本帝国がアメリカ合衆国の真珠湾を奇襲攻撃したこ ﹁第二次世界大戦には心当たりがあるが、太平洋戦争は知らないな。﹂ 50 ﹂ ﹁日本帝国が適切でしょう。元々この艦も日本製ですし日本側のパイロットも居ます。 彼女の話が本当なら日本は戦争に敗れた後また戦っているのか ああ、そういえば彼女らの敵について話していませんでしたね。﹂ ﹁敵 ? 隊を差し向けましたが尽く全滅し、人類の命運は尽きたかに思われました。﹂ には空母艦載機による爆撃を仕掛けてきたんです。日本をはじめ、各国は何度も討伐艦 ﹁ＳＦならよかったんですが。その深海棲艦は制海権を掌握した後沿岸には砲撃、内陸 ﹁それはまた、ＳＦのような話だな。﹂ 権、制空権を失ったそうです。﹂ 艦と言う不明艦が現れ全世界の海上及び航空交通網を寸断し、人類はほぼすべての制海 ﹁と、言うよりは戦わざるを得ないようです。彼女の話によると、終戦後まもなく深海棲 ? ﹁なるほどね。大体は解った。ところでなぜ艦娘は深海棲艦と渡り合えるんだ ﹂ しく、それが無ければ戦略核でさえも効果がないそうです。あと、艦の管制をたった一 れないらしいんですよ。どうやら艦娘の攻撃には未知のエネルギーが含まれているら ﹁詳しいことは解っていないんですが艦娘の攻撃でなければ深海棲艦に有効打を与えら ? 踏みとどまっているのが現状らしいです。﹂ ﹁正確には艦娘と私たち妖精ですね。それらの登場によって人類側は滅亡の一歩手前で ﹁そこで、艦娘か。﹂ ＳＴＡＧＥ─１ 敵と味方 51 人で行えるので情報の伝達ミスなどがなく。さらに、様々な性能がオリジナルより若干 向上しているようですね。﹂ ﹂ ? す。﹂ ﹂ 貴方も艦娘もとい艦息なんですよ。攻撃は十分通用するはずで ﹁そうであることを祈るよ。あと、っ ? ﹂ ? る ＣＩＣより報告 ﹂ こちらからの発砲は禁止す 軽巡３駆逐３から成る艦隊が接近中とのことです 不明艦体に所属を明らかにするように信号を送れ ﹂ ! ! 明艦体の位置、速度のデータが刻々と流れ込んでいた。 ﹁艦長 ! ﹁わかっている。なるほど⋮これが艦息か。総員戦闘配置 ﹁了解 ! ! ! ! ﹂ 水雷戦隊の存在を確信した。もはや直観としか言いようのない感覚だが、彼の頭には不 副長の声を無視して神経を尖らせると、前方５０ｋｍの地点に軽巡３駆逐３から成る ﹁艦長 言葉をつづけようとした瞬間に、彼の頭に何かが掠めた。 !? ﹁艦長。お忘れですか 冷や汗を流すホタカに、呆れたように副長が返した。 のか ﹁深海棲艦が特定の攻撃しか受け付けないのであれば。我々は深海棲艦に対して無力な 52 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁敵⋮ですかね む。﹂ ﹂ ﹂ ﹁日本海軍であることを祈るしかない。戦闘に備えてＣＩＣに降りる。航海長、後を頼 ? ﹁不明艦隊からの応答ありません ! 彼我距離はすでに２０ｋｍを切っている。 ﹁呼びかけを続けろ。﹂ ﹂ 副長を連れ立って艦橋からＣＩＣへ移る。不明艦との距離はどんどん近づいていた。 ﹁了解 ! ﹁ああ、だが、アレは何だ ﹂ ﹁どうやらオマハ級３隻、サマーズ級２隻、Ｊ級１隻のようですね。﹂ た。 モニターの一つに映し出されたのは、どれもある１点を除けば見覚えのある船体だっ ﹁不明艦を望遠カメラにて確認。モニターに回します。﹂ ＳＴＡＧＥ─１ 敵と味方 53 ? ホ タ カ の 言 う ア レ と は 不 明 艦 の 船 体 を 覆 う 灰 色 や 黒 の ヘ ド ロ の よ う な 物 質 だ っ た。 あれを ﹂ 艦橋や舷、マストに兵装などいたるところに付着していた。 ﹁艦長 ! ﹂ ? にも赤い物がうっすらと見て取れた。 スタンバイ ハー プー その姿を確認した瞬間、ホタカの勘が警鐘を鳴らした。 ヤツは敵だ ﹁艦長 何を ﹂ 今は相手を刺激するべきではありません ﹁いや、今確信した。あの艦隊は、敵だ ?! その瞬間、モニターが光った。 ! ! ﹂ スタンバイ ﹁１５２ｍｍ速射砲及び第一主砲 用 意。対艦ミサイルＶＬＳ 用 意。﹂ ン オーラが見て取れた。オーラと言うべきものは先頭の旗艦だけでなく後続の全ての艦 のそして、その周りを取り巻く黄色いオーラ。よく見るとオマハ級全体にも薄く黄色い の上から異常に白い人間の上半身が生えていた。右手には巨大な黒い手甲のようなも 不明軽巡の艦橋の上に乗っかった物体。ぜんたいは黒っぽく大きな歯を持った物体 ﹁人、だとは思いたくありませんね。﹂ ﹁これは。人か モニターを見ていたＣＩＣ要員の一人が指差し、その部分を拡大すると。 ! 54 ! ﹁不明艦隊。発砲 プー ﹂ ン 対 艦 ミ サ イ ル Ｖ Ｌ Ｓ 解 放、 ! １番１５２ｍｍ速射砲撃ち方始め 目標敵１番艦 ﹂ 目標敵２番艦 推進装置は使うな ! 望遠カメラで覗いていたため、発砲の光がＣＩＣに届いたのだった。 ハー 対艦ミサイルＶＬＳ 撃 ち 方 始 め ﹂ 第一主砲撃ち方始め ! ﹁全 速 前 進 目標敵３番艦 ﹁軽巡に主砲を撃つのですか ! !! プー ン ﹂ 滞りなく行われていることを彼に伝えた。 ハー ﹂ ﹁対艦ミサイルＶＬＳ攻撃準備完了、撃ち方始め 撃ち方始め ! ! ! く吐き出された１５２ｍｍ砲弾が艦息と敵２番艦を光の橋でつなぐべく飛翔する。次 最初にホタカの最前部の速射砲が火を噴いた。自動装填装置によって機関銃のごと ﹁主砲諸元入力良し ! ﹂ テムが動き出し彼の思い通りの攻撃を始める。ＣＩＣの妖精たちは攻撃のプロセスが が戦闘に耐えられるか知りたかった。頭の中で攻撃をイメージするとひとりでにシス 常識的に考えて、オーバーキルになることは目に見えていたが、彼は一刻も早く自分 撃っていないからな。﹂ ﹁僕の攻撃オプションがどれほど通用するか見て起きたい。この世界に来てから一発も !? ! ! ! ! ﹁１５２ｍｍ砲撃ち方始め ＳＴＡＧＥ─１ 敵と味方 55 に全部ＶＬＳから轟音と爆煙を上げて放たれた２発のハープーンは一度垂直に上昇し た後、急降下し海面スレスレのシースキミング飛行を始め、最後に艦橋のすぐ前に据え られた５０口径４１ｃｍ三連装対艦対空両用磁気火薬複合加速砲からは装薬によって 初速を得て、砲身で電磁気力により音速を軽く超える速度を得た４１ｃｍ対艦砲弾が大 の全速まで増速したホタカの遥か後ろに幾つもの砲弾が突き立つのと、１ 気を切り裂きながら吐き出された。 ４７，７ ﹂ ﹁２番３番速射砲、起動 ﹁敵軽巡、撃沈 全力射撃。目標敵４，５番艦。１番速射砲は敵６番艦を攻撃﹂ とんどが命中しオマハ級の約７０５０ｔの艦体を一瞬で引き裂いた。 連続発射された１５２ｍｍ砲弾は初弾から第５弾までは外れたものの、それ以後はほ ５２ｍｍ砲弾の初弾が敵軽巡洋艦に降り注いだのは同時だった。 ? た。 ! 音速で着弾した衝撃はけた外れに大きく軽巡の艦橋よりも遥か高くまで水柱が吹き上 した。２発は１発ずつ敵の両舷側に着水し、至近弾となる。これだけの大質量砲弾が超 １３ｋｍの距離を超音速で飛翔した３発の砲弾は落下点に存在する敵３番艦に殺到 ﹁弾ちゃーーく、今 ﹂ 煙突の両脇に存在する１５２ｍｍ速射砲が鎌首を擡げ１番砲と同様に速射を開始し ! ! 56 ＳＴＡＧＥ─１ 敵と味方 57 がった。しかし、狙われた軽巡が初弾で夾叉されたことに戦慄することは無い。発砲遅 延装置により一番最後の射撃となった真ん中の砲身から放たれた砲弾が艦橋を直撃し た。大質量の物体が高速で衝突したときのエネルギーは非常に大きく。オマハ級の前 艦橋を不気味なヒトガタごと目茶目茶に引き裂いた砲弾はなおも突進し続ける。 この軽巡にとって不運だったのが砲戦距離が１３ｋｍと近く、ホタカの４１ｃｍ砲の 仰角が非常に小さかったために、砲弾は垂直ではなく水平に近かった。このため砲弾は オマハ級の艦上構造物を文字通りなぎ倒し第３煙突の根元まで引き裂いたところで、遅 延信管が作動、砲弾内に収められていた高性能炸薬が炸裂した。尋常ではない衝撃にズ タボロにされた艦体にこの爆発が止めとなった。 艦後部が吹き飛ぶと、艦首を天高く突き上げて沈み始める。海面から数ｍ程度を航行 していたハープーンは獲物が近づいたのを慣性航法装置で察知すると、目標との距離５ ０００ｍでミサイルに取り付けられた羽を動かし急上昇に映る。軽巡からは必至の対 空砲火が放たれているが、もはや手遅れだった。 急上昇したミサイルのシーカーが作動しアクティブ・レーダー・ホーミング誘導装置 が働く。終末誘導により狙いを定めた２発のハープーンは１発が艦橋へ、もう一発は左 舷中央部へ突進し船体内部に突入したのち、約２２０㎏の弾頭が炸裂。熱と衝撃波が全 長１６９．４ｍの艦体を震わせ、次の瞬間にはいたるところから爆炎を噴き上げて沈没 し始める。旗艦の撃沈により退却しようとした残存駆逐艦３隻だが、須らく速射砲の猛 烈な射撃によって無残に引き裂かれた。 戦闘開始から終了まで５分とかかっていない。戦闘と言うよりは、一方的な虐殺だっ た。 医務室のベッドの上で小さな頭を下げるのは、先ほど救助したパイロット妖精。先の ﹁ホタカさん。このたびは助けていただきありがとうございました。﹂ ころか破片も一つも浮かんでいなかった。 踵を返し、ＣＩＣを後にする。ホタカの見ていたモニターの先には生存者らしい影ど ﹁ああ、頼んだ。巡航速度に戻せ。漂流者の救助は⋮必要なさそうだな。﹂ ﹁あとでパイロットに画像を見せて確認してきます。﹂ ﹁今のが、深海棲艦だろうか。﹂ あったことを考えるとむしろ楽でさえあった。 終わってみれば、何時もと何ら変わらない戦闘だった。相手がたった１個水雷戦隊で ﹁敵艦体全滅。周囲に敵影なし。艦長、我々の勝利です。﹂ 58 海戦の後、直接礼が言いたいというパイロットの申し出を受け取ったのだ。 ﹁漂流している命を救うのは海を行く者にとっての義務であり責任だ。大したことじゃ あないよ。﹂ ﹂ 交わされるのは決まったような会話だが、こういうものは必要だった。 ﹁時にホタカさん。貴官はこれからどちらに は近いのだろう できればそこで厄介になりたいと思っている。﹂ ﹁恥ずかしながら羅針盤が故障して迷子でね。君がここに居たということは日本軍基地 ? ﹂ 何やら含みのある言い方に、いやな予感が少しずつ湧き上がってくる。 ﹁⋮確かに、自分の所属する瑞鶴の鎮守府は、この海域から一番近いのですが⋮﹂ その言葉を聞いた時、パイロット妖精が渋い顔をした。 ? ? ﹁理由を聞いても ﹂ しようと口を開きかけたその時、またあの感覚を覚えた。 答えようとはしない妖精に、これ以上の追及は無駄だと判断する。ならば会談を終了 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ? ません。﹂ ﹁問題、と言えば大問題でありますが⋮⋮⋮とにかく、我々の鎮守府に来るべきではあり ﹁何か。問題があるのかい ＳＴＡＧＥ─１ 敵と味方 59 ﹁ 空母１、軽巡１、駆逐２か。機動部隊だな。﹂ ! ﹂ !? ? 物は無い。 二度手間のようにも思える行為ではあるが思い込みや思い違いほど戦場で恐ろしい カの頭に流れ込んでくるが他人からの報告も彼は重視する。 ＣＩＣにはすでに副長が居て、情報を整理していた。艦が収集した情報はすべてホタ ﹁状況は ﹂ 碌でもない事だろうと切って捨てる。 それほどまでに警告される鎮守府とは一体どんなものか。と疑問に感じるがどうせ 守府には来ないようにと声を掛けられる。 そう告げて足早に医務室を後にする。部屋から出る直前。くれぐれも自分たちの鎮 ﹁わかった。僕はＣＩＣに行くから君はここで待機していてくれ。﹂ お願いします。﹂ ﹁自分の所属する艦隊であればその四隻は、瑞鶴、北上、不知火、吹雪の筈です。確認を ﹁何だと ﹁その編成⋮もしかすると自分の所属している艦隊かもしれません。﹂ 60 ﹁正規空母クラス１、軽巡１、駆逐艦２の機動部隊です。現在、望遠カメラで艦型までの 識別を試みています。﹂ 。不明艦隊より発行信号 ﹂ モニターに小さく映し出された艦隊がどんどん近づいてくる。 ﹁ ! ⋮コチラ・二ホン・テイコク・カイグン・タダチニ・テイセン・セヨ・シジ・ニ・ ! ﹁了解。﹂ ﹂ ? ﹁そうならないことを祈っておきます。﹂ ﹁防御重力場とＣＩＷＳをフル稼働させれば防ぎきれる。﹂ ﹁魚雷を撃たれた場合は 始末したら主砲を空母に一斉射、それで片が付く。﹂ ﹁空母はこの近距離ではただの的だ、相手は軽巡１隻に駆逐艦２隻。速射砲で護衛艦を ? ﹁さて、どうなるかな。﹂ 艦長﹂ ﹁まあ、信号を送ってくるだけマシだな。機関停止。 指示に従うと発行信号送れ。﹂ ﹁深海棲艦じゃあ、無さそうですね。﹂ シタガワヌ・バアイ・コウゲキ・モ・ヤムナシ・コウゲキ・モ・ヤムナシ﹂ ﹁了解 ﹁読んでくれ﹂ ! ﹁いざと言うときはどうしますか ＳＴＡＧＥ─１ 敵と味方 61 ラ イ デ ン ト ﹂ ﹁なんだかここ最近、祈ってばかりだな。﹂ ト ﹁キリスト教あたりに改宗でもしますか 主砲は長門クラスの大型砲が２基６門、大和よりも大きく見える船体にしてはいささ １０ｍ以上長く、巨大な艦橋にはいくつものパネルが張り付けられている。 けされた目の前の不明艦をそう表現した。全長は帝国海軍の中でも大型の自分よりも だだっ広い飛行甲板の端ぎりぎりに立つ小さな艦橋の最上部で、彼女は不知火が横付 ﹁変な艦ね⋮﹂ た。 ていた。パイロット妖精の考えた通り、瑞鶴、北上、不知火、吹雪からなる機動部隊だっ そんなバカ話をしている間に艦は完全に停止し、前方の艦隊がすぐそこまで迫ってき ﹁気にしないでください。﹂ ﹁なんだそれは。﹂ ﹁どこぞの１３課に配備されてそうですね﹂ ﹁いい考えだ。特殊弾頭ミサイルにＡＭＥＮとでも掘っておこうか。﹂ ? 62 か少ない。そして何よりも甲板上に敷き詰められた無数のハッチ。いったい何に使う のか見当もつかない。メインマストを見れば淡い緑を基調とした見たこともない国旗。 真ん中の白い物は白鳥だろうか。 ﹃瑞鶴さん。﹄ ﹂ 物思いにふけっていると指揮下の駆逐艦不知火から通信が入る。 ﹁何かわかった ﹂ 艦 娘 艦 息 ? ﹁何があったの 何それ。面白くない冗談はやめてくれない ﹂ 艦隊の中でも群を抜いて冷静な不知火の、容量を得ない解答に思わず眉を顰める。 ﹃わかったと言いますか⋮なんと言ったらいい物やら⋮﹄ ? ? ﹃率直に言います。女性ではなく男性が居ました﹄ ﹁⋮はあ ? そんなことを考えながら、痛む身体を引きずって艦橋の中に消えていった。 │││││さて、鬼が出るか蛇が出るか⋮ ﹃⋮⋮⋮相手が了承しました。内火艇で向かうとのことです。﹄ ﹁わかったわ。でも、会談はこちらで行うことが条件よ。﹂ ﹃冗談ならよかったのですが。相手は瑞鶴さんと直接話がしたいと言っていますが。﹄ ＳＴＡＧＥ─１ 敵と味方 63 瑞鶴艦内の狭い通路を不知火の先導で進む、幾つもの角とラッタルを通り過ぎようや く艦長室へたどり着いた。 きたい旨を伝えると、 緊張していることを肌で感じていた。自分の現状を放し終えた後、彼女らの鎮守府へ行 慣れていないな。まず、ホタカはそう感じた。表面上妙な点は無いが、相手がかなり ﹁ありがとうございます。﹂ す。どうぞ、お座りください。﹂ ﹁大日本帝国海軍パラオ鎮守府所属、第一艦隊旗艦、正規空母瑞鶴です。貴官を歓迎しま かけていた彼女だったが、何とか帝国海軍としての見栄を張るため、行動した。 見たこともない軍服、聞いたこともない国、そして男と言う異例な要素に振り回され していただきありがとうございます。﹂ ﹁ウィルキア海軍近衛艦隊第二艦隊所属、装甲護衛艦ホタカです。こちらの乗船を許可 ガーズ・フリート 息なんどと言う存在を信じ切っていなかったらしい。 艦長室の中からこちらを見つめる少女は目を見開いて驚いているようだ。やはり、艦 ﹁失礼します。﹂ どうぞ。と言う声がして、不知火がドアを開ける。 ﹁不知火です、艦息の方をお連れしました。﹂ 64 パイロットの妖精と同じく、いやそれ以上に瑞鶴は渋い顔をした。 ﹁私たちの鎮守府に来ることはお勧めできません。絶対に。ここから東へ行けばトラッ ク泊地がありますので、そこへ行くことをお勧めします。何度も言いますがパラオへ来 ることはお勧めできません。﹂ 何度も念を押すように警告を受ける。あの時と同じ、いやそれ以上の言葉にホタカの 疑問が大きくなっていく。 ﹁あのパイロットからも聞きました。なぜパラオ鎮守府へ行ってはいけないのですか 納得のいく説明をしていただきたい。﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 上が白くなるほど強く握りしめた両手をとらえていた。 瑞鶴は顔を伏せ、沈黙した。しかし、ホタカの目は瑞鶴の肩のかすかな震え、関節の ? ﹁燃料なら 燃料ならあたしたちの予備燃料をあげる だから⋮﹂ ! の瞳に浮かぶのは喜びと安堵か。 る。余程舞い上がっているのか、作り上げた見栄が見事に剥がれてしまっている。金色 一つの希望を手に入れたかのように二人の間にあるテーブルに手をついて立ち上が ! 航行するための燃料がありません。﹂ ﹁貴方方の警告に従うべきであるのは重々承知していますが、何分僕にはトラックまで ＳＴＡＧＥ─１ 敵と味方 65 ﹁一つお聞きしますが、貴方方の燃料は何でしょうか ﹂ ? ⋮⋮⋮うそ⋮﹂ ? ﹁でも⋮ダメ。⋮⋮絶対に⋮ダメ。﹂ 頭を抱えうわ言のように繰り返す。 ? やはり、そういうことか。ホタカの中でグルグルと回っていた、いくつかの疑問が結 もじゃないことぐらい。﹂ ﹁貴方も、不知火やあたしや北上や吹雪を見れば、わかるでしょう ウチの鎮守府がまと ﹁僕も太平洋のど真ん中で燃料切れなんて目に遭いたくありません。﹂ たと言う方が正しい。 トサリ。と軽い音を立てて瑞鶴が椅子に座る。いや足の力が抜けた結果椅子に座っ ﹁そんな⋮そんな事って。﹂ な機関でしてね。動かすには軽油が必要なんです。﹂ ﹁嘘。ならよかったんですがね。僕の心臓は１４基のガスタービンエンジンと言う特殊 瑞鶴の瞳が見開かれる。 ﹁え ﹁残念ですが。僕は重油では動けないんですよ。﹂ ホタカは自分の言葉が彼女を落胆させることを承知で答えなければならなかった。 ﹁何って、重油よ。﹂ 66 合し一つの結論を導き出した。 不知火の右腕や頭に巻かれた包帯と小破状態の艦体。どう見ても中破状態の吹雪、北 上。小破とまではいかないが、彼方此方傷ついた瑞鶴の艦体、敵性海域であるのに直掩 機が１機も飛んでいない現状、何より目の前で無力感に苛まれている少女の疲れ切った 表情。 間違いなく彼女たちの鎮守府ではまともな補給、整備、休養が行われていない。しか し、かといってここから逃げ出すわけにも行かない。海流に乗って日本を目指すなんて 馬鹿な考えも浮かんだが、すぐに忘れる。彼女の持つ航空機用燃料であれば動かせない こともないが、この様子では余裕はないだろう。 最 初 か ら 選 択 肢 な ん て 有 っ て 無 い よ う な も の だ と 言 う 事 実 に 今 更 な が ら に 気 づ く。 彼女もそのことに気づいたようで黙りこくっている。 残酷な真実。 ドラマや小説でよく使われる言葉だが当事者にとってはたまったものではなかった。 ﹁その⋮ようね⋮⋮⋮なんで、あたし達と会ってしまったのよ。どうして⋮⋮﹂ 女もそんなことを気にする余裕がなさそうなので、意識の外に追いやった。 言葉を発した後で、こちらのメッキが剥がれている事を理解し一瞬焦るが、もはや彼 ﹁君らの鎮守府がまともでないことは理解したが、僕は君らの鎮守府に行く他ない。﹂ ＳＴＡＧＥ─１ 敵と味方 67 ﹁君が僕のことを心配して言ってくれているのなら、これほど嬉しいことは無いがこれ が現実だ。海のど真ん中で燃料切れよりはマシだよ。﹂ るわよ。﹂ 最期の小さな警告を鼻で笑い飛ばす。 ﹁何がおかしいのよ。﹂ 金色の目が若干細くなり、にらみつけられる。 ﹁大したことじゃない、それ程のひどい有様を聞かされると少し興味がわいてね。﹂ ﹂ その言葉を理解したとたん、瑞鶴があきれたようにため息を吐いた。 ﹁アンタって⋮被虐趣味 ﹁断固否認する。どちらかと言えば加虐趣味だ。﹂ ﹁どっちにせよ性質悪いわよ。﹂ ﹂ ﹁さて、グダグダしているとこちらの燃料が尽きてしまう。案内してもらえるかな ﹁結局、そうなるのね。アンタ、地獄見るわよ それに続く補給基地襲撃、太平洋機動艦隊撃滅、君塚艦隊との死闘、数々の超兵器戦。そ イギリス北海ノア管区の海戦、シチリア島南東での天城艦隊との戦闘、黒海基地襲撃 ? ? 地獄、この言葉にホタカは幾つかの海戦を思い出す。 ? ﹂ ﹁鎮守府で過ごしたらあの時燃料切れになっていた方が１０００倍マシだったと後悔す 68 して究極超兵器の撃破。よく沈まなかったな、と今更ながらに考える。 ﹁それなら問題ない。﹂ あの戦いを地獄と呼ばずなんと呼べるのか。 牲 界最強の戦闘能力を保有する海の魔王であることを⋮ た。この艦隊に所属する彼女たちはまだ知らない。自分たちが保護したのは、正しく世 新しい仲間を受け入れるほかなかった艦隊は一路パラオ鎮守府へ向かい前進を始め 犠 １５：２７ さえ戦慄させるほどのものであった。 その時のホタカは笑みを浮かべたつもりだった。しかし、少なくともその笑みは瑞鶴 ﹁地獄なら疾うに見た。﹂ ＳＴＡＧＥ─１ 敵と味方 69 70 同時刻 どこか暗い海の底でソレは出現した。極小の微粒子、プランクトンを主食とする生物 でさえ知覚できないほどの物体。しかし、それは確かに確実に駆動していた。周囲に微 弱なノイズを発しながらソレは金属や同朋を求めて深海を漂っていた。 ＳＴＡＧＥ│２ 黒き鎮守府 日は既に沈み、月も出ない暗闇を５隻の軍艦が輪形陣を取って航行していた。輪の中 心に居るのは大和よりも長大な船体を持つ異形の戦闘艦。艦の前後に配置された三連 装主砲以外に特徴のある兵装以外は見られない。パッと見では貧弱、見かけ倒しと言う ガーズ・フリート ような印象を受けかねない姿。 ウィルキア海軍近衛艦隊所属、装甲護衛艦ホタカは日本帝国海軍に保護を求めるため 一路パラオ鎮守府を目指していた。 幾重もの特殊装甲に包まれた艦内の某所。俗に艦長室と呼ばれる場所で、ホタカは今 後のことを副長妖精と話し合っていた。 ? とする﹂ ﹁理由を聞かせていただいても ﹂ ﹁制限する、と言うよりは存在を隠す。表向き僕の兵装は主砲と速射砲とＣＩＷＳのみ た嗜好品の一つを持ち出してきていた。 ホタカの提案に目を丸くする妖精に頷きつつ、コーヒーを啜る。食糧庫に積まれてい ﹁兵装を制限するのですか⋮﹂ ＳＴＡＧＥ─２ 黒き鎮守府 71 ﹁不知火から聞いた話は覚えているか ﹂ ? ﹂ ﹁そうだ。副長、君がもしパラオへ提督として派遣されたらどう行動すべきだと考える ⋮と言う話でしたね﹂ たとしても割に合わないほどの戦力で迎撃される。中央では︻島流し︼と呼ばれている その海域では深海棲艦側に打って出なければ戦闘状態になることはほぼなく、打って出 く。かといって深海棲艦側を押し込めることが可能なほど、相手の戦力は小さくない。 ﹁はい、パラオ鎮守府は南方に進出しているにもかかわらず、激戦区と言うわけではな 72 ﹂ ? 躍起になっているように思える﹂ ﹁島流しにされて焦っているんだろうな。中央に戻るため一刻も早く戦果を挙げようと ﹁あの様子を見ると、戦果を欲して無謀な出撃を繰り返しているみたいですね﹂ パラオ鎮守府の提督殿はと言うと﹂ ﹁まあ、僕も同意見だ。避けられる戦闘と損害は極力避けるべきだからね。さて、現在の からの増援と合同して制海権を取り戻す。こんな感じですかね ばそれに見合う戦力の派遣を打診します。そうやって時間を稼いでいき、最終的に本土 敵が向かって来れば迎撃しこちらからは打って出ませんね。中央が進撃を命じてくれ ﹁こっちからちょっかい出さなければ平和なんですから、艦隊の練度向上に努め、珍しく ? ﹁ああ、だからですか﹂ 納得したように副長は頷いた。 ﹁貴方ならば、やろうと思えばたった一隻で海域丸ごと制圧できますからね﹂ ﹁そのとおり。パラオの提督殿は圧倒的な戦果をお望みのようだからな、そんな人間に 僕がすべての力を見せつけたら⋮﹂ ﹁敵海域に突撃待ったなし。ですな。﹂ ﹁まあ、そういうことだ。敵の詳細な情報なしに突撃なんてできやしない。敵が思って いたよりも強大だったら目も当てられなくなる。相手が僕をできそこないの欠陥戦艦 と誤解してくれれば、とりあえずの危機は回避される﹂ 艦にご自慢の玩具をことごとく沈められたのですから。﹂ ﹁欠陥戦艦⋮ですか。ヴァイセンベルガーが聞いたら怒りそうですな。何せその欠陥戦 この際だから全部話してくださいよ。﹂ ? の物だ。僕の物じゃない。彼はめでたく昇進し、僕もそのまま連れていかれるその後は ﹁僕が突撃して海域の制海権を完全に掌握したとする。けれどもその功績は彼の提督殿 妖精が小さな体を乗り出してきた。 ﹁へえ、何故ですか すことは無いだろうね。﹂ ﹁仮にこの海域が僕の手に負えるようなものだったとしても、彼にすべての兵装を明か ＳＴＡＧＥ─２ 黒き鎮守府 73 激戦区に投入され続け使いつぶされるのが目に見えているよ。第一、彼女らを消耗品の ように扱う奴を担ごうとは思わない﹂ ﹂ ﹁大体理解しました。ではＶＬＳやフェーズド・アレイ・レーダーはどう説明しますか 74 うことにしておこう﹂ ? ﹂ ? ﹂ ? ﹁航海長に確認しましたが、明日の到着まで何とか持ちそうですね﹂ ろう。話は変わるが、燃料はどうだ 限り戦闘指揮はＣＩＣで取る。艦息が何処で指揮を取っているかなんて気にしないだ ﹁レーダーもＦＣＳもすべて僕にリンクしているからな。第一提督が乗り込んでこない ﹁航海艦橋だけで作戦行動ですか。うまくいきますかね ﹁それとＣＩＣも封鎖する。あそこを見られたら厄介だ﹂ ﹁知っていたら﹃変な艦﹄なんて言葉出てきませんものね﹂ 知っている風ではなかった﹂ だ。こ れ が ミ サ イ ル や 電 探 な ど と 言 う こ と は 解 ら な い だ ろ う。実 際 不 知 火 や 瑞 鶴 は ﹁戦後すぐに深海棲艦に襲われたのであれば、どちらもこの世界に存在していないはず ﹁信じてくれますかね ﹂ ﹁ＶＬＳについてはバッテリーコンテナ、フェーズド・アレイ・レーダーは増加装甲と言 ? ﹁そうか、ガスタービンは足が速くなる分、やはり燃費が悪いな﹂ ﹁ま、しかたないですよ。今更ボイラーに変えるわけにも行きませんし﹂ ﹁それもそうだな。さて、もう今日は休むといい。明日は忙しくなりそうだ﹂ る砲台が４基。連装砲で口径は３０ｃｍ程度のように見える。 に２つのドッグ、２つの工廠、本部と思われる煉瓦造りの建物が１棟、防御用と思われ 見えず、海も少し荒れていた。パラオ鎮守府は思ったよりも小規模で、いくつかの桟橋 問題の鎮守府についたのは翌日の２０：２１だった。空はあいにくの曇り空で星空は がないことを確認し、すっかり温くなってしまったコーヒーを啜った。 吸する。自分の周りを４隻の戦闘艦が取り巻いている以外にレーダー、ソナーにも異常 敬礼した後、妖精は浮遊して艦長室を出ていった。革張りのソファに身を沈めて深呼 ﹁了解しました。艦長も休んでください。﹂ ＳＴＡＧＥ─２ 黒き鎮守府 75 76 ﹂ ホタカはとりあえず、鎮守府の真正面の領域。４基の砲台の射界の中に投錨を許され た。 ﹁瑞鶴さんからの通信はまだですか ﹁いや、何も言ってこない﹂ ていることは疑いようがなかった。 ﹂ ﹁その通りだが、まさかハープーンで吹き飛ばすわけにも行かないだろう ﹁とか言ってますけど。どうせ４基全部ロックオン済みでしょう ? ﹃ホタカ、聞こえる ﹄ されれば即座に撃ち返すつもりだった。 副長のジト目に曖昧に笑ってごまかした。実際、彼は４基の砲台をロックオンし発砲 ? ﹂ 事実、４基の要塞砲全てがこちらを睨んでいた。砲身の角度からして、こちらを狙っ 物ではありませんね﹂ ﹁この艦の防御性能は理解しているつもりですが。砲口を向けられるのは気持ちいい 前艦橋に設けられた航海艦橋でホタカは先に戻った瑞鶴からの連絡を待っていた。 ? ﹂ ? ﹃とりあえず、２番バースへの接岸許可と。貴方だけの上陸許可は取り付けたわ接岸 ﹁よく聞こえるよ、どうだった 突然、頭に響く瑞鶴の声。どうやら話が付いたらしい。 ? ＳＴＡＧＥ─２ 黒き鎮守府 77 ﹄ ﹂ 作業は妖精さん達がタグボートでやってくれる﹄ ﹁了解した、上陸後の指示は有るかい ? ﹃私が迎えに行くから待ってて。質問は ﹁ない﹂ ﹃それじゃ、２番バースで﹄ ﹁ああ﹂ ﹂ それを最後に通信は切れた。 ﹁何ですって ? ﹂ ? 鎮守府の方から数隻のタグボートが近づいてくるのが、航海艦橋から良く見えた。 ﹁⋮了解。﹂ の生存を第一に行動してくれ。その場合、艦の放棄もやむを得ない﹂ ﹁上陸許可が出たのは僕一人だからね。もし、僕に万が一のことがあったら君ら自身 少し面食らったような副長に、ああ。と返す ﹁お一人で、ですか ﹁取りあえずの接岸と、上陸許可が出たから行ってくるよ。﹂ ? 78 ﹁ここが、提督室よ。失礼のないようにね﹂ ﹁わかっている﹂ 重厚な木の扉を前に瑞鶴から最後の注意を受ける。彼女はひどく緊張しているよう に見える。数度のノックの後、入れとくぐもった声が扉の向こうから聞こえた。 中に入ると正面に大きな提督机。その向こうの、高級そうな椅子に座るのは白い軍服 に身を包んだ肥満体の男。こちらを値踏みするような嫌な視線を向けられる。 ﹂ ウィルキア海軍近衛艦隊所属、アサマ型装甲護衛艦２番艦ホタカであります ガーズ・フリート ﹁貴様が、瑞鶴の言っていた不明艦、か﹂ このたびは保護していただき、誠にありがとうございます ﹁諸元をファイルにまとめておきました。どうぞ﹂ いた。 ? らいは解体処分だが、貴様は特例として弾除けとして使ってやる。ありがたく思え﹂ ﹁フン、図体がでかいだけの欠陥戦艦の情報など読むだけ無駄だ。本来なら無駄飯ぐ ﹁もう、読まれないので ﹂ ルをめくる音が部屋に響いたが、３分の２ほど読んだところで提督はファイルを机に置 小脇に抱えていた艤装データファイルを提督の机に置く。しばらくは、提督がファイ ! ﹁はっ ! ﹁御託はいい。性能を教えろ﹂ ! ﹁⋮⋮⋮はっ ﹂ 不満か ﹂ ? ! そうではありません。提督の命令に全力で臨む所存です ﹁なんだ ﹁はい ﹂ ! ? ﹁君は ﹂ の黒髪を三つ編みにして前に垂らしている。高校生ぐらいの少女。 聞き覚えのない声が背中に投げかけられ、思わず振り向く。緑色のセーラー服、長め ﹁どうやら速攻で解体されなかったようだね﹂ もう一度提督執務室に戻るのは流石に避けたい、さてどうするか。 らない事に今更ながらに気づく。 ていたのがひどく印象に残った。廊下には出たものの、３４５号室が何処にあるかわか 敬礼をした後、踵を返し廊下に出る。瑞鶴の隣を通る時、彼女が能面のような顔をし ﹁⋮了解﹂ ﹁了解﹂ ﹁部屋は３４５を使え。任務は追って連絡する。下がれ。瑞鶴はここに残れ﹂ ﹁おっしゃる通りです。 砲しか持たない戦艦に弾薬を乗せても無駄だからな﹂ ﹁ならいい。ただちに主砲弾はすべて下ろせ。対艦攻撃は空母に任せるたった６門の ! ? ＳＴＡＧＥ─２ 黒き鎮守府 79 80 ﹁あたしは軽巡北上。まーよろしく。﹂ マイペース。そんな単語が真っ先に浮かんだ。北上と言うとあの中破していた艦だ。 ﹂ それを裏付けるように腕や足、腹に包帯が巻かれ所々血がにじんでいる。 ﹁３４５号室が何処かわかるかい ﹂ ? ? していることは直感的に理解した。 ﹁提督は戦力の充実を望んでいるということか ﹂ かった。その理由は憤りか、悲しみかは解らないが、彼女が同僚の死を乗り越えようと 何でもないように話しているつもりだろうが、最後の一言は明らかに声のトーンが低 されてたからね。ちょっと前の戦いで１隻沈んじゃったからさ⋮﹂ 府に所属していない大型艦の艦娘を発見したら任務を中止して戻ってくるように命令 ﹁まあ、それもあるね。いや別に責めてるわけじゃないよ。ホント。あたし等は鎮守 ﹁それは欠陥戦艦を拾ってきたからかな ﹁瑞鶴さんも気の毒だよね、あたし等の代わりに１人だけ怒られてるよ﹂ 執務室の方から怒声が響いてきた。 そう言ってさっさと歩きだす北上の後ろを付いていく。階段を降りようとした時、 ﹁連れてってあげるから、付いてきなよ﹂ 聞きたいことを訪ねると、やっぱりねと肩をすくめた。 ? ＳＴＡＧＥ─２ 黒き鎮守府 81 ﹂ ﹁そういう事。海上に居る艦娘を保護すれば資材を使わなくて済むし﹂ ﹁小型艦と遭遇した場合は ﹁腕輪 ﹂ 彼女が右手を上げると、白い腕輪がはまっていることに気づいた。 だよ。あたし達はもう命令に逆らえないんだ。逆らおうとすると、コイツが⋮ね﹂ 光信号でトラックへ行くように伝えたけど正直たどり着けるかどうかは微妙なところ 艦と会ったけど。如何する事も出来なかった。接舷して直接話すことすらね。一応、発 ﹁スルーだよ、しかも命令でそう強制されてた。実際、アンタと会うまでに３隻の駆逐 ? ﹁軽蔑なんてしないさ、君の判断は正しいと自分でも思うよ﹂ も良いよ、それだけの事をしたから﹂ 言ったんだ。見た事も無い艦なんて厄介事にしかならないから。別に軽蔑してくれて ﹁あたし達、もうちょっとで無視するところだった。実際、あたしは無視しようって アンタは、瑞鶴さんに感謝しないダメだよ。 無言で頷く。 ﹁それで君たちを縛っているというわけか﹂ 縫ってあるんだよ。死にたくなるほどの激痛が走るドギツイ奴が﹂ ﹁そう、あたし達が命令に反した場合にこっから針が出るんだ。んで、その針には毒が ? 82 彼女はホタカの答えに軽く笑い。ありがと、と礼を言った。 ﹁でも、瑞鶴さんはもう限界だったんだろうね。ああ見えて優しいから。相手が大型 艦だったら接舷しても針が出てくることは無いから、燃料を分けてトラックへ行かせ るって言って聞かなかったんだ﹂ ﹁ま、僕の機関がボイラーではない事が、外見から解るわけないよな﹂ ﹁アンタを見つけたから当初の泊地襲撃作戦は失敗。だけど、失敗して良かったよ。 これならだれも沈まなくて済む。⋮ついたよ。﹂ 気づけば目の前には３４５と書かれた扉。北上は数回ノックすると︻ただいま︼と 言って入っていった。ホタカもそれに続く。 ﹁⋮あ、北上さん﹂ 中には二段ベットが４つ、幅が狭く奥行きのある部屋に置かれていた。手前の二つの ベッドの下段は荷物置き場と化していた。窓際の左側にあるベットの下段に人影、堅そ うなマットレスから上半身を起こした。 ﹁ダメだよ吹雪、熱あるんだから寝てないと﹂ ﹁横になっていましたからもう大丈ッ﹂ 大丈夫と言い切ろうとした時に激しく咳き込む吹雪。言わんこっちゃない。とつぶ やき、北上は彼女を寝かせる。 ＳＴＡＧＥ─２ 黒き鎮守府 83 ﹁すいません、やっぱりまだダメみたいです﹂ ﹁いいから寝てな。あと、この人がホタカ。あたしたちが連れてきた艦だよ。﹂ 突然紹介されて、このまま入口に居るわけにもいかないため。吹雪の横たわる二段 ベッドに近づく。 ﹁装甲護衛艦ホタカだ。これからよろしく頼む﹂ ﹁特型駆逐艦一番艦吹雪です。よろしくお願いします﹂ 微笑みながら自己紹介した彼女だったが、声はかすれ顔色も悪かった。 ﹂ ﹁本当なら、なんでもない風邪なんだけどね。提督が連日出撃させるものだから、どん どん悪くなってるんだ﹂ ﹁ここに、医者は居ないのか 北上は頭を横に振った。 ﹁もちろん大本営はこのことを知らない。少なくとも本当の任期が切れる再来年まで そこまで話したところで、右手の親指から中指までを立てて銃を撃つ仕草をした。 ね、出発する前の日提督にそのことがバレて、それで﹂ が切れて交代と言うのは本当は嘘で、大本営にこのことを話すつもりだったんだ。でも になったんだ。その人はあたし達の扱いを不満に思ってくれているまともな人で任期 ﹁少し前までは居たんだけどね。１か月前、任期が切れて本土の医者と交代すること ? 84 ﹂ はあの人はここに居ることになっている﹂ ﹁本土からの査察はどうするんだ ﹁そういうにはちょっと早いかもねー﹂ ? ﹁瑞鶴さんに殺されても知らないよ が、すぐに北上にとめられる。 ﹂ ホタカが目を付けたのは吹雪のベッドが置かれている側の出入り口に近い方だった ﹁選択肢は無さそうだな。こちらの二段目を使わせてもらうよ。﹂ るためだろうけどね。諦めな﹂ ﹁そうだよ。まあ、ホタカが一緒なのは、あの提督があたし達を管理しやすいようにす ﹁ところで君らはここで寝起きしているのか ﹂ ﹁事情は分かったよ。瑞鶴の言っていたことは満更嘘でもなさそうだ﹂ 来ないし。あたし達に積まれている薬品じゃあ大した事も出来ないよ。﹂ ﹁まあ、つまりはそういう事。薬品棚のカギは提督が持ってるから勝手に使う事も出 そう吐き捨てると、吹雪と反対側のベッドの上段に上がった。 なんていくらでもあるよ﹂ ﹁査察なんて来ないよ、提督はある政府高官の息子らしくてね査察をすり抜ける方法 ? 若干の殺気を含んだ声に、一瞬固まる。部屋に来て早々地雷を踏み抜く己に若干の自 ? ＳＴＡＧＥ─２ 黒き鎮守府 85 己嫌悪。 ﹁⋮すまない。そっちの二段目はどうだ ﹁そこならいいよ﹂ ﹁燃料や弾薬の補給は ﹂ ﹂ ﹁消灯は２２００だけど、明日もどうせ出撃だから早く寝るといいよ﹂ レスの上には毛布と枕、どちらもかなり古い。 ニヤリと笑った北上のしぐさに不振がりながらも梯子に手を掛け上る。堅いマット ? ﹁ただいま戻りました。おや ホタカさんもここなのですか ﹂ ? ﹂ ? その質問をしたのは、ただの好奇心だった。ホタカの質問を聞いた不知火は言葉に詰 ﹁不知火、お勤め、とは何だ 変わらない中学生ぐらいのものだが、その眼光はどう見ても子供の物ではなかった。 お勤め。その単語を言うときに不知火の目が少し細められる。背格好は吹雪とそう ﹁よろしくです。あと、瑞鶴さんはお勤めなので今回は帰ってこられません﹂ ﹁まあ、そんなところだ。これからよろしく頼む﹂ ? 決まりを教わっているとドアが開き不知火が帰ってきた。 自分の三つ編みをほどきながら答えた。そのあとはこの鎮守府について、いくつかの ﹁どちらも最低限の量だからね、今からやれば十分間に合うよ﹂ ? 86 まる。不思議そうに見ている彼の脇を北上がつついた。 ﹂ ﹁知 ら な い の は 仕 方 な い け ど さ。こ ん な 子 に 言 わ せ る の は ち ょ っ と 酷 な 話 じ ゃ な い ﹂ ? 即座に右手を挙げたのはホタカだった。ギョッとしたような８つの瞳と忌々しそう 伴させる。私は瑞鶴に座上する。質問は有るか ﹁本日の編成を伝える。旗艦を瑞鶴とし、護衛としてホタカ、北上、不知火、吹雪を随 中に入ると疲れたような様子の瑞鶴と、椅子に座った提督が待っていた。 朝日が昇り、新しい１日が始まる。粗末な食事をとった後、執務室に４人は呼ばれる。 ホタカの１日は幕を閉じた。 が微かに聞こえているが、それ以外は３人の静かな寝息しか聞こえてこない。こうして ない。マットの軋む音が２人分聞こえ、消灯時間が来たのか突然電気が消える。波の音 どうせやる事も無いので寝転がる。南国特有の熱気は感じていたが不快なほどでは ﹁いえ、解ってもらえればそれでいいです﹂ ﹁すまない。不知火﹂ 口はにやけているが目は笑っていなかった。つまり、碌でもないことらしい。 ? ＳＴＡＧＥ─２ 黒き鎮守府 87 ﹂ な２つの瞳が彼を射抜く。 ﹁⋮⋮⋮なんだ 付けろ﹂ ﹂ その言葉を聞き、瑞鶴の肩が震えた。 ﹁私が⋮ですか ﹁奴の出力は１３万馬力。貴様なら暴れても押さえつけられるだろう ﹁っ⋮⋮⋮了、解﹂ ﹂ 机の上に置かれた白いリングを手にホタカに近づく。 ﹁右手を出してくれる ? 気は起こすな﹂ ﹁そのリングは貴様が命令違反を犯したときに即座に罰するためについている。妙な ごめんなさい。 声が届く。 大人しく右手を差し出すと、白いリングをはめられる。その瞬間、彼の耳にかすかな ? ﹂ ﹁攻撃は主に瑞鶴による航空攻撃を行う。砲雷撃戦はさせない。瑞鶴、奴に例の物を 有効な戦力にはなりえません﹂ ﹁損傷している艦を出撃させる理由をお聞きしたい。特に北上、吹雪は中破状態です。 ? ? 88 ﹁肝に銘じておきます﹂ ﹁では、１０００に出撃する。各自乗艦し出港準備を急げ﹂ 敬礼。 ﹁お帰りなさい、艦長。どえらい所に来てしまったみたいですね﹂ ﹁まったくその通りだ。こいつを頼む﹂ 軍服の内ポケットから取り出したのは小型のレコーダー。今までの会話をすべて録 音していた。 ﹁こいつのデータを艦の電算機に入れておいてくれ。後々役に立つはずだ﹂ ﹁了解しました。それと、これが補給品の目録です﹂ 渡された書類には最低限の燃料のみ補給される旨が記されていた。 ﹁これだけか﹂ ﹂ 第１大型弾薬庫の中の弾薬は大人し ﹁なんでも脱走防止のためらしいですね。回避運動も最低限にしないと帰ってこれま せんよ﹂ ﹁主砲弾は全て下ろされたのか ﹁私がすんなりと降ろさせる性質だとお思いで くおろしましたが第２第３弾薬庫の存在は伝えていませんよ﹂ ? ? ＳＴＡＧＥ─２ 黒き鎮守府 89 ﹁そういえば、こちら側でミサイルの補給は出来るのか コンテナ船の内部か ﹂ ﹁問題ないようですね。これを見てください﹂ ﹁ ? ﹂ ? ﹁割と簡単でした、弾薬の弾薬庫への格納と再装填を繰り返したんですよ。その時に ﹁よくできたな。﹂ で他の弾薬庫のピンクの箱と交換しておきました﹂ ﹁その通りでしょう。それと第１弾薬庫にも青い弾薬箱はあったのですが。私の独断 ﹁とすると、ピンクは機銃弾と中小口径砲弾か﹂ と思われます。﹂ に積まれている青いコンテナとまったく同じでしたからミサイルの予備弾は問題ない ジックで魚雷・機雷・噴進砲弾と書かれていましたが、それ以外は寸法、外見共に本艦 の倉庫に大量のコンテナが収められていると報告がありました。青いコンテナにはマ 兵装、青はミサイルの弾薬箱だと思われます。秘密裏に上陸さえた陸戦隊から、鎮守府 青の箱が消えると同時に主砲とミサイルが再装填されたことを確認しました。赤は砲 ﹁この艦の第２弾薬庫ですよ。如何やらこの箱が弾薬のようです。先の戦闘後、赤と 赤とピンク、青がある。 渡された写真に写っていたのは山積みにされた小型のコンテナ。確認できるだけで ? 90 弾薬の格納場所の設定を適宜変更して弾薬を移動させたんです。ただ、弾薬庫の距離が 遠いと再装填速度が遅くなってしまいます。アスロックと対艦ミサイルの使用には注 意してください﹂ ﹁そうか、ご苦労。出港準備を進めてくれ。﹂ ﹁了解しました。﹂ 航海艦橋の艦長席に座るとなぜかホッとした。思ったよりもあの鎮守府内でストレ 問題な スを感じていたようだ。自分らしくないなと苦笑した時、頭の中に通信が入る。 ﹃こちら、ホタカ﹄ ﹃瑞鶴よ。北上達から聞いていると思うけど。もう提督に逆らっちゃだめよ﹄ ﹃解っている。右手を指されたくはないからな﹄ 君は提督の命令に従っただけだ。逆らわなければいいのだろう ﹃その⋮ごめんなさい﹄ ﹃なぜ謝る いよ﹄ ? ﹃どうして ﹄ ﹃ご忠告、痛み入る。しかし、君の言う通りには出来ない﹄ ることに集中して﹄ ﹃⋮解ったわ。提督は貴方を弾除けの囮だと思ってる。私達の事はいいから自分を守 ? ? 僕の務めは艦隊を旗艦を守ることだ。それが護衛艦である 君 通信越しでも彼女が狼狽えているのが解る。 ﹃え ちょ﹄ 僕の責任だよ。心配ない必ず守る。通信終わり﹄ ﹃攻撃の主力は君だろう ? ﹂ ? 流石に全力で叩き潰すわけには行かな ? んぞ﹂ ﹂ ない。適度に無駄玉を撃つように。何ならこっちに飛んでくる奴は全部外しても構わ ﹁君の言うとおりだ。ここで下手に１００％迎撃してしまったら性能を隠した意味が いでしょう ﹁ところで、防空戦闘はどのようにしますか やってくるところだと、彼は結論付け始めていた。 この副長の性質の悪い所はやるべきことをすべて完璧にこなした上でこういう事を ﹁既に出港準備は完了しました。いつでも行けますよ。﹂ ﹁バカなこと言ってないで仕事をしろ、仕事を﹂ ﹁必ず守る、ですか。いやはや軍の通信で艦娘を口説くのはいかがなものかと﹂ 見てしまった。 無視して通信を切ると同時に、耳にイヤホンを当てニヤニヤこちらを見ている副長を ? ﹁味方に飛んで行く機体はどうしますか ? ＳＴＡＧＥ─２ 黒き鎮守府 91 92 ﹁何としても全部落とせ。見逃す場合も攻撃が外れる場合のみだ。例外は無い。﹂ 自分の予想通りの答えに、少し噴き出す副長を睨みつけた後、顔をそらして瞼を閉じ る。現在時刻は０９：５５。出港まではもう少しだった。 深い青の海水を湛えた南太平洋を５隻の戦闘艦が輪形陣を組んで進んでいた。先頭 を走るのは艦隊の中でも最も巨大な戦艦、ホタカその後ろ、輪形の中心に位置するのは 旗艦瑞鶴。瑞鶴の右舷側には不知火、反対方向には吹雪。艦隊の最後尾に北上が付いて いた。 戦闘海域に入って数時間。偵察機からの敵発見の報は無い。 ﹃敵発見の報は無し。進路そのまま、進撃せよ﹄ 旗艦からの指示が頭と艦内に響いた。 ﹁だそうだ。進路そのまま、対空対潜対水上警戒を厳にせよ﹂ ﹁見つかりませんね。敵艦﹂ ﹁見つからないのは良いことだ。戦わないことに越したことは無い﹂ ﹁それもそうですがね。提督殿がなんと言っているか﹂ ﹁敵がいないことに腹を立てて、瑞鶴を責める様子が簡単に想像できるな﹂ 肩をすくめる。彼には如何する事も出来なかった。 高度２５００ と頭に突然データが流れる感覚にホタカはため息をつく。 ﹁このまま敵が見つからなければいいのですが⋮﹂ ピン ﹂ ﹁どうやら、お客さんが来るみたいだ﹂ ﹁⋮もしかして私のせいですか 距離４５０ｋｍ ﹂ 速度約３０ ! サーチ・アンド・デストロイ んでおくべきだったな﹂ ? ﹁前の世界では見 敵 必 殺 一択でしたからね﹂ ﹁射程圏内に入り次第片端から潰していったからな。さて、どうする ﹂ ﹂ ﹁まずいな、本艦に搭載されているのはＥＣＣＭシステムだけだ。電波妨害装置を積 ﹁視認まで１時間２０分ってところですかね﹂ 認距離まで瑞鶴に打電できないな﹂ ﹁艦娘の機体にＩＦＦなんて付いていないしな。こちらの電探も隠している以上。視 ! 副長の頬にタラりと流れる冷や汗。 方位１│８│７ ! ? このままではこちらと接触します ﹁レーダーに不明機 ０ｋｍ ! レーダー手妖精がデータを読み上げ各所に報告する。 ! ! ! ﹁瑞鶴さんにそれとなく戦闘機を回してもらえばどうですか ? ＳＴＡＧＥ─２ 黒き鎮守府 93 94 ﹂ ﹁その︻それとなく︼が難しいんだよ。進路変更を具申するのはどうだろう ﹁新参者の提案にあの提督が従いますかね ﹂ ? 艦隊は依然として直進をつづけ、不明機はまっすぐこちらを目指していた。 ﹁頼んだ﹂ ﹁対空砲のシステムチェックを念入りにやっておきます﹂ ﹁まあ、そうなるな。では放置するしかないか﹂ ? アンノウン 進路変わらず ﹂ ＳＴＡＧＥ│３ １対９０ ﹁不明機さらに近づく ! 隻だった。 ? １ ３ だからな﹂ 号 電 探 ホタカが肩をすくめた。 ﹁ないものねだりだな。﹂ ﹂ １ 号 電 探 し か し、彼 我 距 離 が １ ０ ０ ｋ ｍ を ２ ﹁補給、性能のいい電探。ついでに正規空母を一隻ないものねだっておきましょうか ? 単機で約７０ｋｍだが、このありさまではカタログスペック通りの性能が出せるか疑問 切ったら報告する。現在、瑞鶴に搭載されている二式二号電波探針儀一型の探知距離は ﹁だ と し た ら 性 能 を 隠 し て き た 意 味 が な い だ ろ う ? ? ﹁ですよねー。いっそのこと旗艦に報告しますか ﹁発動機不調の九七式艦上攻撃機が時速３００ｋｍで飛べるとは思えないな﹂ ﹁瑞鶴から発艦した偵察機の一機が、発動機不調で戻ってきたのでは ﹂ 不明機を発見してから３０分が過ぎるが、敵の所在を把握しているのはホタカただ１ ! ﹁三式一号電波探針儀三型を搭載していればよかったのですがね﹂ ＳＴＡＧＥ─３ １対９０ 95 あと一隻あれば真面な警戒線が張れたはずです﹂ ﹂ ? ﹁副長、自身の尺度で世界をとらえない方が良いぞ ﹂ ﹁何回も数個艦隊に単艦突撃かますような臆病者なんてどこにいるんですか﹂ おどけたように返したホタカに、副長のジト目が突き刺さった。 ﹁臆病なだけさ﹂ ﹁なるほど、慎重ですな﹂ 焦って対処すると碌なことにならないよ﹂ ハッキリしない現状では行動を起こすのは少々危険すぎる。それに、こういうものは だがヤツは政府高官を親に持つ人間だ。その政府高官がどれほどの力を持っているか、 ﹁まあ確かに一理あるし、一度は考えたがな。提督が只の無能ならそうしても良かった。 副長の真剣な提案に、彼は一つ頷いた。 ﹁艦長。やっぱり隙を見て始末してしまった方が良かったのでは ﹁だな。さて、敵に先手を取られるこの窮地、提督はどうするのかな﹂ いませんな﹂ ﹁時速３００ｋｍで進んだとして半径５０ｋｍの視認範囲に入るまで約１０分。間に合 と交代の時に１００ｋｍラインを超えるな﹂ ﹁上空直掩機はわずかに零戦二一型４機、しかもそろそろ燃料が切れる。このままいく 96 ? ﹁アラハバキに轢かれても沈みませんよ、貴方は⋮﹂ ドヤ顔で答える自分の艦長に副官は屈した。 不明機発見。 その報が艦隊にもたらされたのは、ホタカと副長の会話から４０分後だった。ただち に直掩機が迎撃に向かうが、時悪く直掩交代の最後の機体が飛び立った直後であったた め半径５０ｋｍに入るまでに撃墜もしくは撃退することは不可能に近かった。十数分 後不明機もとい敵機は撃墜されたが、その前に不明機からの電波は発信されていた。そ ﹂ の直後、瑞鶴の偵察機が敵艦隊を発見するが、その位置を報告する前に通信が途絶えた。 ﹁なぜ敵機に気が付かなかった 瑞鶴防空指揮所に提督の怒声が響くのを瑞鶴は何の感傷も抱かずに聞いていた。 ﹁提督、敵艦隊に私たちの位置が知られてしまいました。いかがいたしましょう﹂ 無機質な声で報告する瑞鶴を提督は睨みつけた。 何をぼさっとしている ! !! ﹁も と は と 言 え ば 貴 様 の 直 掩 機 が 無 能 だ っ た か ら だ ろ う ! ＳＴＡＧＥ─３ １対９０ 97 98 とっとと攻撃隊を発進させろ ﹂ 敵発見の報と敵機が出現した方向はほぼ同じだ ﹂ た ! ﹁しかし、敵の詳細な位置が不明です﹂ これは命令だ ﹁貴様は索敵攻撃を知らんのか だちに全艦載機を発進させよ ﹁⋮了解﹂ !? ﹂ 乗っているが弓矢が変化したものは無人機で、妖精さんの指揮の元自立して機動する。 こ れ も 空 母 艦 娘 の 持 つ 能 力 の 一 つ だ。飛 行 甲 板 か ら 発 艦 す る 機 体 に は 妖 精 さ ん が 甲板から発艦した零戦と編隊を組むために機動し始める。 炎に包まれ３つに分裂する。３つの火球は空中で３機の零戦二一型に変化すると飛行 甲板を滑走した零戦が空中に浮き上がり、主脚を引き込んだ瞬間、瑞鶴の放った矢が 空機の発艦が従来艦よりも素早く行える。 の一つに合成風力を得るために全力で走る必要がないことがある。この利点により、航 瑞鶴の手から矢が放たれると同時に、先頭の零戦が滑走を開始する。空母艦娘の利点 ﹁第一次攻撃隊。発艦始め 戦二一型が発艦の時を待っていた。 れた矢をつがえ、引き絞る。そのころ飛行甲板では、エンジンを始動させた銀灰色の零 提督に背を向けて、手に持った弓を構えた。矢じりの代わりに戦闘機の模型が据えら ! !! ! ! これにより全ての機体が発艦するまでの時間が飛躍的に短縮された。しかし、この能力 の代償として、結果的に格納庫に入る機体の数は史実よりも少なくなっている。これは 艦娘の指揮能力の限界が、史実での搭載機数と同値であるため、浮いたスペースを予備 機と弾薬、航空燃料タンクに置き換えてあるからだ。 とはいえ、継戦能力は飛躍的に伸びており短所ばかりと言えないかもしれない。瑞鶴 の弓から矢が放たれていくにつれて艦隊の上空を幾つもの編隊が旋回するようになる。 最後の雷撃機４機が編隊を組み終えると、敵を求めて飛び去った。 ﹁攻撃隊発艦完了しました﹂ ﹁宜しい。ではホタカに打電、艦隊より離脱し、敵航空戦力を誘引せよとな。この海域 の深海棲艦の航空機は１番最初に見つけた大型艦を執拗に狙う傾向がある。ホタカを 突出させればこちらへの被害は少なくなる﹂ この日、空母瑞鶴はわずかな直掩機と対空兵装のみを伴って米空母部隊の攻撃を誘引 １９４４年１０月２５日 裏に最期の記憶がよみがえる。 のは１５２ｍｍ砲と機銃の防空兵器のみ。下された命令は航空戦力の誘引。彼女の脳 提督の命令の意味を理解した瑞鶴は戦慄する。今のホタカは主砲弾を積まず、使える ﹁なっ⋮そ、れは﹂ ＳＴＡＧＥ─３ １対９０ 99 し、エンガノ岬沖に沈んだ。当時の恐怖と絶望は今でも鮮明に思い出せる。瑞鶴にとっ てトラウマともいえる体験だった。あの時と同じ事、いやそれ以上に過酷な戦闘にホタ カを送り込む事は彼女を躊躇わせた。もちろん、敵航空隊を誘引するためには有効であ 早くしろ﹂ ることも頭の片隅では理解していたが、了承することは不可能だった。 ﹁なんだ あのような欠陥戦艦を置いておくほど私は甘 ? もはや提督の命に従う以外他ないと悟った瑞鶴は絶望感に苛まれつつ、通信を開く。 ﹁⋮解り、ました﹂ あの腕輪の物だ。 提督がポケットからスイッチを取り出す。 ﹁どうした、早くしろ﹂ るために使いたくなかった。 すのは簡単だが、それでは自分もただでは済まない。姉から貰った命をこんな人間を葬 らない強烈な殺意を覚える。が、何とかそれを心の奥底に閉じ込める。ここで提督を殺 何でもない事のように味方を捨て石にすると言った提督に、ここにきて何度目かわか くない﹂ ﹁沈むだろうな。だが、それがどうした ﹁提督、考え直してください。ホタカを前に出せば、間違いなく⋮﹂ ? 100 ＳＴＡＧＥ─３ １対９０ 101 提督は彼女が通信を始めると、興味を失ったように下の階へ降りていった。 ﹄ 瑞鶴からの通信にいやな予感を感じつつも応答する。 ﹃こちらホタカ。命令か ﹃そうよ⋮﹄ 通信を切ろうとした時に、瑞鶴が待ったを掛けた。 ﹃提督は、貴方を捨て石にするつもりよ。﹄ ﹃そのようだね。﹄ ﹃どうして⋮どうしてそんなに落ち着いてられるのよっ ! 落ち着き払ったホタカの返答に瑞鶴が理解できないと声を荒げた。 のに、どうして⋮﹄ たった一人で敵に突っ込む ﹃了解した。現時刻をもって本艦は艦隊を離脱し敵航空戦力の誘引に努める﹄ それを聞くとホタカは小さく頷いた。 ﹃ホタカは艦隊を離脱し、敵航空戦力を、誘引、せよ。よ。﹄ た。 彼女にしては妙に元気のない声に、自分の最悪の予感が的中し始めていることを悟っ ? 102 ﹃今更焦ったところでどうにもならんからな。それに、まだ沈むと決まったわけじゃ ないし、そう簡単に沈んでやる気もサラサラない﹄ ﹃⋮⋮絶対に帰ってきてよ。そうじゃないと私⋮私⋮﹄ ﹃約束しよう、絶対に生きて帰るし、敵航空機は１機たりとも通さない。通信終わり。﹄ 通信を切ると、例のごとく副長が通信機を耳に当てて会話を聞いていた。 ﹁通信の盗み聞きはどうかと思うぞ。副長﹂ ﹁勤務中の副長の最も大切な仕事の一つは、正確な状況把握だと思っておりますゆえ﹂ 悪びれもせずニヤリと口角を上げて答える副長に、注意する気も失せる。 ﹁話は聞いた通りだ、本艦は艦隊から離れ敵航空戦力の誘引に努める﹂ 面舵２０ ﹂ ! 副長。別にそれでもかまわない。だが彼女は莫迦だ。大莫迦者だ ? よ艦娘なのに軍隊の基本を理解していない﹂ ﹁賛成できないか ﹂ ﹁我々は敵の前にぶら下げられたエサですか﹂ ﹁そういう事だ。両舷増速 ﹁は ﹁いや、彼女は莫迦だよ﹂ ﹁辛そうでしたね、瑞鶴さん﹂ ! 突然の罵倒に副長の目が点になる。 ? ＳＴＡＧＥ─３ １対９０ 103 ﹁⋮なんですか ﹂ ﹂ ? した提督を恨みその命令をよりによって自分が下さなければならなかった現実を呪っ な事にならなかったかもしれない。そんな考えが頭をよぎる。捨て石前提の命令を下 感に押しつぶされそうになりながら見つめていた。自分があの時保護しなければ、こん 自分の前に居た戦艦が、進路を変えて艦隊から離れていくのを、瑞鶴は悔しさと罪悪 そういったきり、ホタカは腕組みをして黙り込んでしまった。 役に立たないどころか害悪にすらなりうる。﹂ ﹁軍隊の命令に人としての優しさとか、甘さとかは必要ない。そのどちらも戦場では ﹁⋮⋮それだけ優しい方なんでしょう。﹂ と言わずになんと呼べばいいんだ 言わないはずだ。負う必要の無い罪悪感を自分から背負いに行っている。これを莫迦 は決して、ない。彼女はそのことを理解していないんだ。理解していればあんなことは ﹁軍の命令によって生じた問題の責任はそれを命じた者だけが負う。命じられた者で ホタカは半目で副長を睨む ﹁副長、君も忘れたのか。﹂ ? た。思わず、電探の土台を力いっぱい殴りつける。ジンジンと鈍い痛みを発する右手の 拳、それ以上の痛みを彼に強いたことに絶望する。 ﹁なんで⋮なんでこうなるのよ⋮﹂ ついさっきまで手の届きそうなほど近くにいた戦艦は、もう青い海の彼方、小さくな り始めていた。ホタカの姿が水平線から消えたのは、それからすぐの事だった。 艦隊から離れて５０分、水上レーダーから味方が消えてから若干の時間が経過してい 相対速度３６０ｋｍで た。今まで目をつぶっていたホタカが目を開けると同時に、その報告は舞い込んだ。 ﹂ 高度２３００ ! 大編隊です 距離４６０ｋｍ 機影約９０を確認 方位１│７│９ 本艦に向かって接近中 ﹂ ! ﹁機影補足 ﹁来ましたね﹂ ! ! ﹁９０機か、正規空母が２隻と言ったところだな﹂ 進路１ ! ﹁どうしますか 取り舵５ ! ? ! ﹁決まっている、迎撃あるのみだ。総員、戦闘配置 対空戦闘用意 ! ! ! 104 ＳＴＡＧＥ─３ １対９０ 105 │７│９ ﹂ ﹁対空戦闘よーい ﹂ ＣＩＣが俄かにあわただしくなり、戦闘に備える。 ﹁見方から我々は見えません、ミサイルを使いますか ﹂ ホタカは首を横に振る。 ﹁艦長 ﹁ばらける前に全門斉射した方が良いのでは ﹂ ﹂ ﹁そうだ。あと、迎撃には本艦の持ちうる火器管制能力の全てを使い、敵航空隊を全滅 ﹁なるほど、主砲弾もバカスカ撃てませんし。﹂ ﹁いやダメだ。その場合遠距離砲撃になり、この艦とて有効打を与えられないだろう﹂ ? はずだ。そこを狙う﹂ 主砲を用いる。目標が雷爆連合であるならば、ある地点で低空と高空、２群に分かれる ﹁ミサイルによる攻撃は行わない。攻撃は砲兵器のみだ。ただし、最初の一撃に限り 何かを決めたように一つ頷く ﹁では⋮﹂ ﹁ミサイルを補充できない今、安易な弾薬の消耗は生 存 率を減少させる﹂ サバイバリティ 現状彼らの上には直掩機もなく、また視認できる範囲に見方は居なかった。しかし、 ? ! ! ! 106 させる﹂ ﹁予定変更ですか ﹁ああ﹂ ﹂ ﹁ぼやいても始まらんさ。主砲弾装填 弾種、特殊榴弾 ﹂ ! る。 彼我距離がじりじりと近づいていき、それに比例するようにＣＩＣ内の緊張も高ま るにはうってつけだった。 量自体は多くない。しかし、戦闘艦に比べるとはるかに脆弱な航空機を、纏めて撃墜す 程度量産しやすかった。とはいえ、砲撃時にかかる膨大な加速度を耐えるために炸薬の もので、後にトライデントの弾頭に搭載される炸薬よりも数段威力は劣るものの、ある 殊炸薬が内蔵されていた。この炸薬は新型の爆薬を製造する過程で偶然発見されたの う点として、砲弾内には９９６個の弾子ではなく広範囲にすさまじい衝撃波を与える特 特殊榴弾とはウィルキア版三式弾とも言うべき対空砲弾だった。三式弾と大きく違 ! ﹁高すぎず、低すぎず。両方考えないとならないのが辛いとこですね﹂ 少の戦果を挙げて僕の価値を提督に売り込まなければ、ジリ貧になりかねない﹂ ﹁ここまではっきりと捨て駒扱いされると、損傷後の修理の可能性は絶望的になる多 ﹁いやですよ、激戦区に投入されるのは﹂ ? ＳＴＡＧＥ─３ １対９０ 107 ﹂ ﹁目標を光学映像で補足 ﹁モニターに回せ ﹂ !! ね﹂ ﹁とすると敵は、艦戦２０、艦攻３８、艦爆３２か﹂ ﹁奴さんこちらめがけて一直線ですよ﹂ 艦爆３２機、艦攻１８機、上昇 方位１│８│５ 艦攻２０機、 ! ﹁味方に行かないことはいいことだな﹂ ﹁目標群３群に分離 ﹂ ! ていた。 レーダー画面では、ホタカを水底に沈めるべく９０機の敵機が攻撃位置へ移ろうとし 艦戦２０機は進路、高度維持 方位１│２│７ ! 降下 ! ﹁魚雷か大型爆弾を持ったものが艦攻、爆装していないものが艦戦、残りは艦爆ですか ﹁すべて同じ機種だな﹂ すべての背中と言うべき部分が不気味にオレンジに輝き中には青く輝くものも居た。 弾４発を持つ物、中型爆弾を２発抱いたもの、魚雷を抱いたものがいた。そして、その 機銃らしきものが見える。小型のスタブウイングには爆装を施していない物と小型爆 機体、機首の下側に歯に見える突起物後ろに大型の爆弾や魚雷を抱き、機体後部下側に モニターに出現した異形の航空機にクルーは息をのんだ。滑らかな流線型の銀色の ! ! ! 108 ブラボー Ｗ ブラボー チャーリー アルファ 目標群 Ａに ! 防御重力場稼働 ﹂ 目標群 Ｂに２番主砲及び２，４， ! アルファ Ｉ Ｓ ﹁上昇中の目標群をＡ、降下中の目標群をＢ、戦闘機隊を Ｃ と呼称する Ｃ 全３５ｍｍ高性能機関砲迎撃準備 ! １番主砲、および１，３，５番１５２ｍ速射砲照準 ! ﹁射撃待機﹂ ﹁主砲諸元入力よし いつでも行けます﹂ 力場が展開され不可視の結界を作った。 ダーを稼働させる。最後に、艦の各所に設置された防御重力場発生装置から、外向きの 艦上構造物に寄り添うように設置された８基のＣＩＷＳがいつでも撃てるようにレー み、後部主砲、最後部と左舷の速射砲が砲身をほぼ水平に保ったまま左舷の海上を睨む。 ホタカの指示道理に、前部の主砲、最前部と右舷の速射砲の砲身が鎌首を擡げ空を睨 ６番１５２ｍｍ速射砲照準 ! いが始まろうとしていた。 １対９０、ランチェスターの第２法則に当てはめれば１対３６００と言う戦力差の戦 一瞬の、エアポケットのような静寂。 ﹁そういう事だ﹂ ﹁攻撃高度に達した瞬間が勝負ですね﹂ ! ＳＴＡＧＥ─３ １対９０ 109 ブラボー ﹂ ブラボー ﹂ 、目標群 Ｂ 降下中、高度１３００ ブラボー 目標群 Ｂ 高度１０００ ﹂ ! アルファ アルファ アルファ 目標群 Ａ 高度２６００ ブラボー 目標群 Ｂ 高度４００﹂ ! ! ﹁目標群 Ａ 上昇中、高度２４００ ! ﹁まだだ。逐次 Ａ、 Ｂの高度を報告せよ ﹁了解 ﹁⋮⋮⋮﹂ アルファ ﹁目標群 Ａ 高度２８００ ! ブラボー ﹂ ﹁目標群 Ｂ 高度５０ ﹁２番撃てッ アルファ ﹂ ﹂ 、上昇停止 、降下停止 ﹁目標群 Ａ 高度３０００ ﹁１番撃てッ ﹂ ! ! 放たれた。大気を文字通り切り裂きながら飛翔する３発の砲弾は、目標群 Ｂの目の前 ブラボー りて超音速にまで加速された６発の砲弾が６つの砲身から轟音と爆煙ろ閃光とともに ホタカが指示した瞬間、砲身内に収められた装薬に点火され、火薬と電磁力の力を借 ! ! ! ! を狙うべく蒼海へ駆け下りていった。それをホタカの全ての砲兵装が狙う。 水平、急降下爆撃隊はホタカの直上をめざし蒼空を駆け上がり雷撃隊は柔らかい横腹 ﹁⋮⋮⋮﹂ ! ! 110 で大輪の華を咲かせた。内部に収められた特殊炸薬が自身の持つ化学エネルギーを熱 と衝撃波に変換し３６０度全方位にぶちまけた。 形が異形であっても航空機は航空機。まともな装甲を持たない雷撃機は、熱と衝撃波 によってばらばらに引き裂かれ運よく直撃しなかった機体も、激烈な衝撃波によってバ ランスを崩し海面にたたきつけられる機体が続出した。 海面上での炸裂から数瞬後、今度は上空３０００ｍに大輪の華が３つ咲いた。こちら も空気が比較的薄いため威力は小さくなっているとはいえ無視できるほどの損害では ﹂ なかった。何機もの見方が一瞬で火だるまになり、バラバラになって墜落していく様に ﹂ 敵機は戦慄し、慌てて編隊を解いた。 ブラボー ﹂ ﹁目標群 Ｂ １５機撃墜 ﹁全速射砲、ＣＩＣ支持の目標撃ち方始め アルファ ﹁目標群 Ａ １３機撃墜 ! 精度をたたき出した。射撃開始からわずか４秒、真正面から１５２ｍｍ砲弾の弾幕に その砲身から放たれる砲弾は、ホタカの優れた射撃管制装置によって神がかり的な命中 この時、雷撃隊は悲惨であった。残存機５機に対し、射撃する速射砲は３門、しかも へ向かって次々と放たれる。 今度は速射砲が火を噴いた。１５２ｍｍ口径の砲弾が完全無人化された砲塔から空 ! ! ＳＴＡＧＥ─３ １対９０ 111 突 っ 込 ん だ ５ 機 の 雷 撃 機 は。あ る も の は そ の 流 線 形 の 機 体 に 巨 大 な 風 穴 を 開 け ら れ。 あるものは目の前で炸裂した砲弾の破片の雲に突っ込んで。あるものは砲弾を躱そう ﹂ アルファ ﹂ とぎりぎりまで降下し、海面に命中した砲弾の起こした水柱に衝突して。理由は違え ブラボー 全滅です ど、須らく海面に叩きつけられて砕かれた。 ﹁目標群 Ｂ ５機全機撃墜 ﹁２，４，６番１５２ｍｍ速射砲。新目標、目標群 Ａ 射撃開始 ! 艦爆６ 方位１│６│４ 方位３│１│２ ﹂ 艦攻１１ 弾の近接信管が作動し炸裂した証の黒い花が幾つも咲いていた。 方位１│８│５ 、方位０│４│３ 艦爆５ 艦爆４ 艦爆５ 、方位０ 、方位３│ ! ! アルファ 艦爆５ ! 、方位２│２│３ ! ! ! ! ﹁目標群 Ａ 散開 艦爆３ ! ! ! Ａを狙っている速射砲と同じように、数十キロの砲弾を打ち上げ始める。空には速射砲 今まで水平線を睨んでいた３門の速射砲が、今度はその砲身を天高く突き上げ目標群 ! ! ! ! │７│６ ４│５ ! ! ジュリエット ゴルフ ホテル エコー インディア 、方位１│８│５にはＧ、方位２│２│３にはＨ、方位３│１│２には Ｉ 、方 位３│４│５には Ｊ 。 Ｆ フォックストロット られる。方位０│４│３の目標群にはＤ、方位０│７│６にはＥ、方位１│６│４には デルタ つ舌打ちをすると、レーダー画面上の６つの目標群にそれぞれ新しくコードが割り当て ２８機の艦爆と１１機の艦攻が小部隊に分かれ、各個に突入を開始する。ホタカが一 ! 112 エコー Ｅ ２番速射砲照準 Ｆ ６番速射砲照準 １番速射砲照準 ﹂ ホテル Ｈ３ ! フォックストロット 声での命令が間に合わない時には艦息としての能力が生きてくる。ホタカが考える デルタ Ｊ ジュリエット ! だけで必要な情報が付け加えられた。 インディア ゴルフ Ｉ ５番速射砲照準 ! ﹁目標群 Ｄ ４番速射砲照準 番速射砲照準 ! 目標群 Ｇは ﹂ !? ! ! デルタ ホテル Ｆ ﹂ 、 Ｊ ﹂ ! 降下開始 ジュリエット 推進装置稼働用意 フォックストロット インディア ﹂ ! 関全力運転用意 ﹁目標群 Ｄ、 エコー ﹁４，１，６番撃ち方始め ﹂ ! ! しかし、数は力だった。仲間の爆炎を隠れ蓑にし、数機の急降下爆撃機が速射砲の仰 た１機と速射砲が咆える度に、掴み取られるように爆散していく。 合わせるのが水平飛行中よりも格段に容易になるため、命中率が急上昇した。１機、ま より容易に進路の変更ができない。またまっすぐ急降下してくる機は、速射砲の照準を 避行動をする術を自ら放棄するものだった。急降下中の航空機は、自身と爆弾の重量に 突入経路を見定めた急降下爆撃隊は１本鎖になって急降下を開始する。が、それは回 ﹁２，３，５番撃ち方始め ﹁Ｅ、 Ｈ、 Ｉ 降下開始 ﹂ ! ! ﹁Ｇは中高度からの水平爆撃隊だ。急降下爆撃より命中精度は悪い全弾回避する。機 ゴルフ ﹁艦長 ! ＳＴＡＧＥ─３ １対９０ 113 エコー ホテル インディア ラ イ ン Ｉ Ｗ Ｓ ﹂ 角の限界を超える領域、ある種の死角になだれ込んだ。 デルタ Ｃ コントロールオープン ﹁Ｄ、 Ｅ、 Ｈ、 Ｉ より各１機が速射砲防御圏突破 ゴルフ ! ﹂ が着弾し巨大な水柱を噴き上げる。 ４，５，６番速射砲照準 ﹁急降下爆撃隊全機撃墜 ゴルフ ﹁目標群 Ｇ 撃ち方始め ア ヴェ ン ジャー ﹂ ! ! ワーが襲い掛かった。重い爆弾を捨て戦闘機並に身軽になっていた彼らだったが、改良 投下終了後、ホタカの後方へ抜けようとしていた水平爆撃隊に１５２ｍｍ砲弾のシャ ! それとほぼ同じころ、ホタカの左舷に水平爆撃隊が投下した２０００ポンド対艦爆弾 しくは空中分解した。 弾と言うより砲弾と言うべきモノを全身に受けた敵機は、風穴を全身に穿たれ爆散、も 主力戦車さえ撃破するＡ│１０サンダーボルトのＧＡＵ│８よりも口径の大きい銃 発を超える３５ｍｍ徹甲弾が吐き出された。 ５ｍｍ砲身を天空に向けると。それぞれが判断、選別した目標に向かって毎分１０００ 転舵により艦体が左へ傾いた。傾いた甲板上に据えられた８基のＣＩＷＳが６本の３ ５万トンを超える巨体が震え、艦首に生じる白波が見る見る間に大きくなっていく急 全３５ｍｍ高性能機関砲 迎 撃 開 始﹂ ﹂ 面舵一杯 ﹁目標群 Ｇ 爆弾投下 ! ﹁機関全速 ! ! ! 114 ﹂ ﹂ ﹂ を繰り返し、音速の目標をより正確に叩くために進化し続けた異世界の対空システムを ゴルフ 前に全滅を余儀なくされた。 方位１│８│３ 撃ち方始め ! ﹁目標群 Ｇ 全機撃墜 チャーリー ﹁目標群 Ｃ 撤退していきます チャーリー ﹁目標群 Ｃ １，２，３番速射砲照準 ! に散った。 ﹁全目標の撃墜を確認。我々の勝利です﹂ ﹁何とか切り抜けたか。両舷前進原速﹂ ﹁こちらの攻撃隊は戦果を挙げられたでしょうか ﹁難しいだろうな﹂ ﹁やはり、数が﹂ ? うんざりしたような顔をする副長に苦笑する。 ﹁じゃあ、また来ますかね﹂ 次攻撃隊の数は全艦載機の半数の筈だ﹂ ﹁アレが全艦載機だとは思えない。普通の指揮者なら第２次攻撃隊を残すために第１ 副長の意見に頷く ﹂ 攻撃隊が全滅したのを確認して引き揚げようとした２０機の戦闘機隊も間もなく空 ! ! ! ＳＴＡＧＥ─３ １対９０ 115 高度２１００ 相対速度約３ ﹁来るさ、必ず来る。進路はそのまま維持。ＣＩＷＳ、速射砲の即応弾の再装填を急 げ﹂ 南太平洋は一時の静寂を取り戻していた。 距離４４０ｋｍ ! 方位１│８│２ レーダーに感 ﹂ ! ﹁ 他には 艦長⋮これは﹂ ! ﹁味方航空隊へ向けて発行信号。ワレ、トンボ釣リノ用意アリ。帰還困難ト思ワレル へ帰ろうとしている姿が映し出されていた。 モニターにはボロボロになった瑞鶴航空隊がヨタヨタと飛行しながらも、必死に母艦 ﹁零戦１８機、９９艦爆６機、艦攻に至ってはゼロですか⋮﹂ た。 ホタカの願いは届かず、白いの切れ間から見えたのは見覚えのある機体ばかりだっ ﹁敵航空隊、ならいいんだが。﹂ ! ﹁たった２４機か ﹂ 機数２４ ! ００ｋｍ ! ﹁それ以外の反応なし ? ! ? ! 116 機ハ、本艦ノ周囲ニ着水セヨ。内火艇を出せ、パイロットを救助する﹂ ﹁了解﹂ 発行信号が発信されると、全ての艦爆と６機の零戦が高度を下げ始め次々に着水して ﹂ いった。どの機体もひどく損傷しホタカが居なければ途中で落後していてもおかしく ない物ばかりであった。 ﹁艦長。パイロット妖精１４名を救助しました﹂ ﹁不時着した機体の中に、無人機はどれほどいた ﹂ ﹁零戦３機、９９艦爆はゼロです﹂ ﹁そうか、戦果はどうだった ? ここを通りがかった部隊が生き残りの全てです﹂ ? ですから、第２次攻撃隊が存在するとは考えにくいです﹂ 空隊は大部隊が１つのみです。航空隊が空母を中破させた以上、艦上機の発艦は不可能 ﹁その可能性は低いでしょう。パイロットの話では敵艦隊へ行くまでにすれ違った航 ﹁なるほど、パイロットは丁重に扱え。副長、敵は第２次攻撃隊を出しているかな ﹂ を中破に追い込みましたが、他の艦は無傷とのことです。代償として九七艦攻は全滅、 ﹁敵艦隊は正規空母２、戦艦１、重巡１、駆逐２の有力な艦隊で航空隊は正規空母２隻 ? ＳＴＡＧＥ─３ １対９０ 117 副長の意見に、僕も同じ考えだと肯定した。 味方艦隊と合流する ﹂ ! ﹂ ﹁現時刻をもって敵機動部隊の航空戦能力が喪失したと判断する。よって我々の任務 まで増速 はここに達成された。これより本艦は転舵し味方艦隊と合流する。何か質問は ３５ ! ﹁ありません、艦長。﹂ ﹁よろしい、面舵３０ 数十分後、 ? ホタカが目にしたのは左舷に傾斜した瑞鶴と北上の姿だった。 ! ? ﹂ ? ﹂ ? ﹂ ? ﹁ソナー手。潜水艦は居るか ﹂ ﹁いえ、それらしき影は発見できません﹂ ? ブツリと通信が切れる。 ﹃大丈夫よ、大丈夫。こんなところで沈む気はサラサラないわ。それじゃ。﹄ ﹁そうか、君は無理をするな。何なら曳航してもいいぞ 冗談めかして言う彼女だったがそれが痩せ我慢であることは明らかだった。 ないわよ。提督は不知火に映ったわ。臨時旗艦も不知火よ﹄ カラダ ﹃安心して。北上のは不発弾だったし、あたしは魚雷２本で沈むような軟な艦体して ﹁損害は ﹃ええ、至近距離まで近づかれて６発。３発は躱したけど、１本が北上に、残りは私に﹄ ﹁潜水艦か えるが、それ以上に疲労とやるせなさがにじみ出ていた。 相互通信可能圏内に入ると瑞鶴から通信が入る。その声は喜んでいるようにも聞こ ﹃よかった⋮無事だったみたいね﹄ ＳＴＡＧＥ│４ 水面下の闘争 118 ﹂ ﹁対潜警戒を厳となせ、僚艦が潜んでいるかもしれない﹂ ﹁了解 ﹂ まで減速。瑞鶴の後ろにつく﹂ ﹂ ﹁通信機の不調か、居場所を知られたくないのではないか ﹁どうして発光信号なのでしょう ? ﹂ ? 妖精さん ﹂ ホタカの不愉快な予想を、吐き捨てるように副長が続けた。 ﹁艦の航行と、発光信号程度なら我々でも可能ですからね﹂ ない。﹂ ﹁対潜警戒任務は駆逐艦の役目だ。奴が腕輪の起動スイッチを押しても何ら不思議は 顔も歪む。 無造作にあげた右手、軍服の袖が重力に従って下がり白い腕輪が除いていた。副長の ﹁いや、おそらくこいつだ﹂ その時、いやなことを思いついたという風にホタカの顔がゆがむ るものです。やはり通信機の不調では ﹁しかし艦娘どうしの双方向通信は、我々でも傍受できない一種のテレパシーと言え ? ? ﹁了解と伝えておけ。１２ ﹁艦長。臨時旗艦不知火より発行信号、本艦隊ト合流セヨ。とのことです﹂ ! ﹁提督は流石に瑞鶴を修理すると思うか ? ＳＴＡＧＥ─４ 水面下の闘争 119 120 ﹂ ﹁どうでしょうな。間の悪いことに我々は作戦を完璧に遂行してしまいました。最悪 の場合、使いつぶすということは考えられないでしょうか ﹁謀略の間違いでは ﹂ ﹁始動、と言うほど大層な物じゃないが幾つか悪巧みをね﹂ 心なし期待するような顔の副長。 ﹁ついに始動ですか﹂ ﹁しかし、そろそろ行動を起こさないとな﹂ ﹁そうであることを祈りますよ、私は﹂ 重な正規空母だ。使いつぶすには惜しいだろう﹂ ﹁まあ、それが最も最悪なシナリオの一つだが。可能性は低い。この鎮守府唯一の、貴 ? ? から情報を集める﹂ ﹁提督の悪行を暴くのですね ﹂ ﹁つまり鎮守府の中で待機と言うことになる。ここで鎮守府の資料室もしくは執務室 ﹁この様子ですと。さすがに明日は休みですな﹂ 近くに巨大な嵐があることを示していた。 ホタカが目の前の多機能モニターに映し出したのは１枚の天気図。パラオ鎮守府の ﹁そこまで黒くなったつもりはないよ。こいつを見てくれ﹂ ? ＳＴＡＧＥ─４ 水面下の闘争 121 ﹁そういう事だ。昼間のうちは少数の陸戦隊を資料室内に送り込み、資料に目星をつ ける。そして夜間に僕が潜入して証拠を記録し艦に送る﹂ ﹁こちらはそのデータを整理、編纂する、と言うことですね。艦息としての能力がこん な事に利用できるとは、驚きです﹂ ﹁視 覚 情 報 を そ の ま ま デ ー タ と し て 記 録 で き る、僕 ぐ ら い し か で き な い だ ろ う け ど な。﹂ ﹂ ﹁しかし、仮に奴を失脚させるほどの情報が集まっても、それを発信できなければ意味 がありませんよ ﹁都合よく来ますかね。そんな艦隊﹂ ﹁今朝出撃する前に不知火に聞いたら、明後日だそうだ﹂ ﹁何ともまあ都合の良い事で﹂ ﹁だから明後日決行するんだよ﹂ ? しい﹂ ここまで運ばれてくる。その時の護衛はトラックの艦隊から出すことになっているら ﹁このエリアへの補給物資は補給拠点からいったんトラックまで輸送され、そこから ﹁その艦隊が例の政府高官の息の掛かった艦隊でないと言う保証は有るのですか ﹂ ﹁そのことについてだが、この鎮守府に来る補給艦隊の護衛の艦娘に渡すつもりだ﹂ ? 122 ﹁瑞鶴さん達がトラックへ行くように勧めたのは、そこにいる提督が少なくともここ よりまし、と考えているからでしょうしね﹂ ﹁ま、ある種の賭けであることは認めるが。 これぐらいのリスクには立ち向かわないと戦果は無いな﹂ ﹁ですね。陸戦隊を編成しておきます。後医者と﹂ ﹁よろしく頼む﹂ 鎮守府に戻った後、彼女らに待っていたのは提督の叱責と腕輪の苦痛だった。ホタカ は咎めを受けなかったため腕輪から針が出てくることは無かったが、自分とそう変わら ない姿の艦娘達が、苦痛に悶えているのを自分だけ無傷で眺めるのは決して面白い物で ＳＴＡＧＥ─４ 水面下の闘争 123 はなかった。かと言って、自分も苦痛を受けると言うほど自分の正義感に酔っては居な かったし被虐趣味者でもなかったため、心の奥底に暗い敵意をしまい込みながら無表情 で佇んでいた。 ﹁フン。役立たずどもが。﹂ 一通りの苦痛を与えることに満足したのか提督は手に持った棒状のスイッチの下部 をひねった。４人の艦娘の悲鳴が止まる。如何やら即効性の解毒剤を打ち込んだらし い。それでも、４人は荒い息を吐いていた。 ﹁さて、ホタカ。私は君について勘違いをしていたようだ。﹂ 先ほどまでとは打って変わって上機嫌でホタカに顔を向ける。９０機の敵機を一方 的 に 撃 滅 し た こ と を 素 直 に 喜 ん で い る よ う だ が 彼 に と っ て は 正 直 言 っ て 不 快 だ っ た。 提督は倒れ伏した瑞鶴の前にかがみこむと、何かを奪い取る。 ﹁明日からは君が旗艦だ。活躍を期待する。﹂ 微力を尽くします ﹂ 胸につけられたのは桜をあしらった旗艦バッジ。 ﹁はっ ! ﹁まず、そこに転がっている役立たず三人を部屋へ連れて行け。瑞鶴は残せ﹂ に頷いた。 素粒子レベルでも考えていないことを口にし敬礼する。提督はその様子に満足そう ! ﹁理由を聞かせていただいても ﹂ ﹁役立たずにすることなぞ、たった一つっきりだろう ﹁愚問でした。では、失礼します﹂ ﹂ 先ほどの苦痛が未だ抜けきっていないのか、荒い呼吸で苦しそうに答えた。何度か ありません。肩を貸すだけですから﹂ 不知火に運ばせてください。大丈夫です、北上さんは完全に意識を失っているわけでは ﹁北上さんや瑞鶴さんが被雷したのは、敵潜を見逃した不知火の責任です。ですから、 ホタカの提案に不知火は首を横に振った。 ﹁不知火、君も無傷じゃないんだ。ここに居ろ。吹雪を寝かせたら迎えに来る﹂ の肩を持ってもらい執務室から廊下に出る。 吹雪を背にのせて、何とか歩けそうな不知火には、意識が朦朧としているらしい北上 ? ? ﹁北上さん。大丈夫ですか ﹂ 不知火がまた立ち止まったときに、北上がはっきりとした意識を取り戻す。 ﹁あーあ。だからウザいんだよ駆逐艦って﹂ 放そうとはしなかった。 くない道のりを何倍もの時間をかけて歩く。途中、何度か不知火は立ち止まるが北上を ﹁待ってろ﹂ ﹁拒否します﹂の応酬が続いた後、結果的にホタカが折れた。いつもなら長 124 ? ＳＴＡＧＥ─４ 水面下の闘争 125 ﹁あたしよりもチンマイくせに、何倍も働いて。これじゃあ、あたしの立つ瀬がない よ﹂ 不知火の手を振りほどいて両足で立つ。 ﹁北上さん、貴方は、まだ﹂ ﹁確かに体中痛いけどさ、同じようにボロボロの駆逐艦に曳航されるほどガタが来た ちょ﹂ わけじゃないよっ、と﹂ ﹁えっ ﹁では、行くか﹂ 君は﹂ ﹁ちょっと、あたしには待ってろって言わないの ﹁それを言って大人しく待つのか ﹁待つわけないじゃん﹂ ? じゃないのかと言う場違いな予想が彼の頭に浮かんだ。 北上の即答に苦笑する。駆逐艦はウザいと言っている彼女だが、実際は好きなん ? ﹂ 確かに彼女の傷ついた両脚は小刻みに震えていた。 んだから。ホタカ、行こう。正直言っていつまで持つかわかんないし﹂ ﹁お子ちゃまは大人しくおぶられてな。あんた、あたし等の二倍腕輪の毒くらってる そういうと、有無を言わさず不知火を背におぶった。 ? 126 ﹁つーかーれーたーー﹂ 傾斜しているようだったが﹂ 目の前のベッドで北上が大の字になっているのを横目でみる。 ﹁まあ、お疲れ。しかし、魚雷の傷は大丈夫なのか 質問してみた。 ﹂ ﹁そういえばだ、北上﹂ ﹁何 ﹁僕が寝ているベッドには依然誰か寝ていたのか ﹂ 一時凌ぎもいいとこだけどねー。と冗談めかして言う彼女に気になっていることを 理で塞いであるからなんとかなってるよ﹂ ﹁あーだいじょぶだいじょぶ。不発弾は取り除いたし、浸水は止めた。外壁も応急修 ? 軽巡大井か。いや、すまない無神経な質問だった﹂ ? 呆れたような彼女の声 ﹁ちょいちょい。あたしの親友を勝手に沈めないでくれるかなー﹂ ﹁大井っち ﹁大井っちが寝てたよ﹂ ホタカは初日のニヤリと笑みを浮かべた北上の表情がずっと気にかかっていた。 ? ? ＳＴＡＧＥ─４ 水面下の闘争 127 ﹁ ﹂ あたし等の最大の戦果の話﹂ では大井はどこへ行ったんだ ﹁あ。聞きたい ? けて脱出する。早い話が脱走だよ。でもまあ、欠点も多かったんだ。予定ではトラック がせないか﹄って。んで、その時考えたのが遠征に見せかけて、ここからトラックへ向 ﹁そんなときにね、瑞鶴さんがあたし等に提案したんだ。﹃駆逐艦の子たちだけでも逃 つらい記憶を思い出して若干遠い目を虚空に向ける。 ン泣いてたっけ。﹂ 突っ込むっていう何とも後味の悪い物でさ。帰ってきてから駆逐艦のみんながワンワ 少し前の海戦で翔鶴さんが沈んじゃってその犠牲自体も、他の艦を逃がすために敵陣に １艦隊の護衛艦と遠征艦隊の旗艦を交代しながらやってた。でもね、前も言ったように 第２艦隊は遠征任務とかで役割分担して何とかやってたんだ。あたしと大井っちは第 雪と雪風と夕立と朝潮、そして翔鶴さん。今みたいに大変だったけど、第１艦隊は出撃、 元々艦娘は１１人いたんだ。あたしと大井っちと瑞鶴さんと不知火と吹雪と時雨と初 ﹁ま、大層な話でもでかい声で話せる話でもないんだけどねー。この鎮守府ってさ。 ﹁夜は長いからな。できれば聞かせてほしい﹂ 擡げる。 今までで初めて見る満面に笑みを浮かべた北上の言う最大の戦果に好奇心が鎌首を ? ? 128 近くまで行ったらバラバラになって、運よく哨戒艦隊と出会って保護されないといけな いし、トラックの提督がこっちの提督に対してあたし達を突き返さない保証はどこにも ないし、脱走艦の処分は撃沈だしね。しかも、遠征と言う前提だったから、どうあがい ても軽巡は１隻確実に入れないといけない、残る枠は駆逐艦５隻だけだからね。そうす ると誰が行くかって話になったんだよ。まあ、ひどかったね。どいつもこいつも私が残 るって言って聞かなくってさ。ホント、あの時の駆逐艦はウザかったよ﹂ なんだかんだで大井っちが一番必死に残ろうとしてたけどねー。と気恥ずかしさと 嬉しさが同居したような声で続けた。 ﹁このままじゃあ埒が明かないって言って。強制的にクジにしたんだ。約一隻泣きわ めいていた駆逐艦が居たけどそこは無視。んで、マッチ棒でクジ作って脱出する艦を決 めた﹂ ﹁そこで、脱出したのは大井、時雨、初雪、夕立、朝潮、雪風か﹂ ﹁そういうこと。ま、脱出と言っても十二分に命がけだからねただ死ぬのを早めるだ けかもしれない﹂ ﹁けれども、君らは脱出することを決めた﹂ ﹁半分自棄も入ってないことも無かったけどね。此処からの脱出自体は無事成功。あ の時、遠征艦隊が音信不通と聞いた時のの提督の悔しそうな顔は忘れられないね﹂ ＳＴＡＧＥ─４ 水面下の闘争 129 クツクツと喉の奥で笑ってから、急に悲しげな顔になった。 ﹂ ﹁でも、大井っちにはチト悪いことしちゃったんだよ。﹂ ﹁悪い事 チが転がった。 ? な事に使うなんて考えてなかったけど﹂ ﹁酸素魚雷なんてデリケートな物扱ってるからさ。手先が器用になっちゃって。こん ﹁なるほど、トリックか﹂ は前まであったマッチとは別に、柄の先が紅く塗られたマッチが乗っていた。 それがどうした と言う目を向けると北上がもう一度拳を作り、開く。するとそこに チを引くと、赤く塗られている。北上が握っていた手を開くと何も塗られていないマッ し始める、しばらくしてハンカチを取ると。目で、 ﹁引け﹂と合図して来た。片方のマッ そういうと、もう一度拳を作り、もう一方の腕でハンカチを掛けると中で何やら動か ﹁赤い方がアタリ、つまり脱出ね﹂ られていた。 と、北上は拳を開き、マッチの柄の部分をこちらに見せる。片方のマッチは端が赤く塗 ん。とこちらに突き出された北上の拳からはマッチ棒の頭が二本覗いていた。する 北上はよっこらしょと起き上がると脇に置いてあった鞄から何かを取り出す。 ? 130 ﹁大井は君の手品に気づかなかったのか た⋮かなぁ ﹂ ﹂ た時取り乱したといえば、取り乱してたけど。普段の様子から考えると幾分大人しかっ ﹁どうだろね、大井っちにはあたしが手品出来ること言ってなかったし。クジを引い ? ﹁ なにがさ﹂ ﹁もう９時か。ソロソロだな﹂ 冷や汗をダラダラ流し始めた北上に、悪かったと謝る。 ﹁それ言うのマジでやめて。ちょっとしたトラウマだから﹂ ﹁なるほどね、彼女らが出ていった後の君らへの制裁はあんまり考えたくはないが⋮﹂ らえ。だよ﹂ ﹁まあ、それはいいとして。これがあたし達の誇れる最大の戦果。軍法なんてクソく 何とも要領の得ない解答だった。 ? を使って巻き上げる。錘のついていた糸の先には一つの黒いカバンが付いていた。 面まで下ろした。そのまま数分が過ぎ、手元の糸に手ごたえあったのを確認すると両手 手を突っ込み、取り出したのは錘が付いた釣り糸。錘のついた方を窓から３階分下の地 ずに、窓をわずかに開く、既に雨が降り出し、外は真っ暗だった。ズボンのポケットに まあ、黙ってみてろ。とだけ告げてベッドから降りる。窓辺まで歩きカーテンを開け ? ＳＴＡＧＥ─４ 水面下の闘争 131 ﹁なんで鞄なんかついてんの たんだ﹂ ﹁あれ ﹂ ホタカって強襲揚陸艦だっけ ﹂ ﹁４１㎝砲持ちの揚陸艦なんてシャレにもならんでしょう﹂ あながち間違いではないかもな﹂ ﹁そういえば、一度敵の補給基地強襲して弾薬かっぱらって来たから ? そう言って鞄のファスナーを開けて内側から出てきたのは 鞄の中は﹂ 白衣に身を包んだ妖精さんだった。 ﹁どうだった ﹂ ﹁この鎮守府には我が艦自慢の陸戦隊員が潜入していてね。彼らに持ってきてもらっ ? ﹁狭いし、暗いしいいことないですよ。次はリムジンでお願いします。で、患者は ? ﹂ ? ﹁肺炎ですな。このままでは間違いなく死にます。俗にいう、どうしてこんなになる ﹁どうだった ホタカの連れてきた軍医が、傷ついた吹雪を手際よく診察していく。 ﹁はいはい、アンタが吹雪ね。診察するから言うとおりにして﹂ フリーズしかけていた。 ホタカが吹雪を指さす。突然の出来事の連続に、意識が回復したばかりの吹雪の脳は ? ? 132 まで放っておいたんだって奴ですかね。艦娘の場合、純粋な人間よりも病気に対する抵 ﹂ 抗力は強いはずなんですが、こうも劣悪な環境じゃあね⋮﹂ ﹁私は⋮もう⋮助か、らない、のですか ﹁え 治るよ。﹂ 恐怖と疲労、痛みにより途切れ途切れになりながらも縋る様に尋ねる吹雪に、医者は。 ? ﹂ ? ﹂ ? 医者の妖精さんは笑顔だったが、吹雪にとってはなぜか恐怖を掻き立てられた。 ﹁注射は嫌いかい ﹁え〟、注射⋮ですか ﹁抗生剤は有るからね、これと栄養剤打っておくから、暫く大人しくしときな﹂ り出した。 妖精さんは暫くゴソゴソやっていたが、すぐにバッグの中から注射器とアンプルを取 言われたとおりに、妖精さんが入っていたバッグを渡す。 長、バッグ取ってください﹂ ておけばの場合だよ。あたしがここに来た以上、こんな病気で死人は出さないよ。艦 ﹁そりゃ病状自体は深刻で、死ぬって言ったけどさ。それはあくまでもこのまま放っ ﹁いや、さっきまで結構深刻な声だったじゃん﹂ その瞬間、ホタカの頭上と後ろでずっこけるような音が響いた。 ? ＳＴＡＧＥ─４ 水面下の闘争 133 ﹁え、いや、あの、その﹂ ﹁痛いのは一瞬だから、心配ナーシ﹂ ﹁なんでそんなに笑顔なんですかぁ﹂ ﹁患者を治すのは医者として最も楽しい事だからね﹂ ﹁何故か今ものすごい身の危険を感じているのですが﹂ ゴホッ ゲホッ ﹂ ﹁大丈夫だって、先っちょだけだから﹂ ﹁当たり前ですよ ! ! さったのは同時だった。 と吹雪が心の中で絶叫するのと注射針が刺 │││││今絶対すっきりしたって言うところでしたよね︵だったよね︶ ﹁いやー、すっき、いやいやよかったよかった、これでもう大丈夫だよ﹂ !? ﹂ ３人の艦娘の心がシンクロする。ホタカは苦笑いするしかなかった。 まだやるのですか ﹁さ、他の治療もね﹂ ﹁え ? ﹁当たり前だよ、次は外の傷の手当ね。大丈夫、残念だけど今は切らないから。あと艦 !? 何 で こ ん な に 嬉 し そ う な ん で す か ぁ ﹁大声だすからそうなるんだよ。ほら腕だしな、ウフフフフフフフフフフフフ﹂ ! 早くもこの医者に苦手意識を覚え始めている吹雪は若干身を引く。 ? 134 後、この人だけ置いていかないでくださいよホタカ 長は治療が終わるまで外に出ててください。終わったら呼びます﹂ │││││残念って何ですか さぁん ?! ﹁さて終わった。じゃ次はあんたね。﹂ 突然指名された北上が少し後ずさる。 あ、あたしは、別に良い⋮かな ? こっそり逃げ出そうとする不知火の行く手に、トン と軽い音を立てて先ほど吹雪に使 イイ笑顔で両手をワキワキさせながら迫る医者から逃れる術はなかった。その間に ﹁そーいわずにオネーさんに任せなさい﹂ 傷は痛むが吹雪の治療風景を見た後では遠慮したいのが本音だった。 ﹁え アハハ﹂ 赦なかった。めぼしい傷を治療したころには、吹雪は別の意味でグッタリしていた。 消毒し包帯を巻き、傷の手当てを行っていく。その際に傷口に薬が染みて痛がっても容 吹雪の心の叫びは戦艦と医者に届かず、ホタカはさっさと退室し、医者はてきぱきと ! ? 用したらしい注射器が突き刺さる。ギギギ。と壊れたロボットのように医者と北上の ! ﹂ 方を向くと三日月のように口角を釣り上げた医者と目が合った。 ﹁どこに行くきだぁい ﹁く⋮何でも、ありません﹂ ? ＳＴＡＧＥ─４ 水面下の闘争 135 観念して自分のベッドに戻る、頭上から時折聞こえてくる悲鳴になんでこのベッドは 壁と同じように防音素材じゃないのだろう。と大分意味不明なことを考えていた。 軍医から合図があり、ホタカが部屋に戻ると全員がグッタリしていた。 ﹁ずいぶん派手にやったみたいだな﹂ ずいぶん派手にやられてましたから。と返す医者に苦笑する。 ﹁まあ、全員の治療は住みました。幸い明日は嵐ですから、このまま休んでいてもらえ れば良いかと。あとは十分な栄養ですな﹂ ﹂ 栄養剤注射は⋮と言おうとしたホタカに４つの瞳からくる視線が突き刺さる。北上 と不知火は。やめろ、と視線で訴えていた。 心なしか不知火の方が怖い。 ﹁はあ⋮鞄の中に保存食かなにか入っていたかな ﹁副長が何やら入れていたみたいですが⋮﹂ ﹁チョコレートなら入ってますね﹂ ゴソゴソと鞄をあさる副長。取り出したのは３枚の板上の物体だった。 ? 136 ﹁﹁﹁ ﹂﹂﹂ ﹂ ? ﹁ふむ。食べるか ﹂ チョコレートの包み紙を回収し、鞄に詰め込みながらホタカは言う。 が﹂ ﹁まあ、睡眠導入剤入りだからな。と言うか全員が全員、全部食べるとは思わなかった ﹁全員寝ちゃいましたね。﹂ 落ちてしまった。 この鎮守府に来て初めて真面な甘味を摂取した３人は消灯時間の直前に深い眠りに ３人が首を高速で縦に振ったのは言うまでもない。 ? ないと思われます﹂ ﹁まあ高カロリーですし、今この状況で食べるのは栄養補給の観点から言っても問題 ﹁大丈夫か チョコレートと言う単語にぐったりしていた女性陣が、ガバッと起き上がる。 ! ＳＴＡＧＥ─４ 水面下の闘争 137 ﹂ ﹁それだけお腹が空いていたのでしょう。時に艦長﹂ ﹁なんだ ﹁１人を助けるために１人を殺す。医者としてそれはどうなんだ ﹂ ﹁医者ほど傲慢な職業は有りませんよ。何せ、その人の運命を人間の都合で好き勝手 ﹁自分の信条の為なら他の生命を奪っても構わない、か。大層傲慢な考え方だな﹂ も守り抜きますよ。例え、その代償が私の命でも、他人の命でもね。﹂ の患者だけで精いっぱいですよ。その代り、１度でも私の患者になった者は何があって い思い上がった理想は持っていません。私の掌はこんなにもちっぽけなんです。自分 ﹁関係ありませんね。私は全ての人間を助けられる、助けられるはずだ。なんて青臭 ? ません。故に、です﹂ に居れば、私でも助けるのは難しいでしょう。それは私の信条から了承することはでき 言いましたが、それはちゃんとした設備のある病院に入院した場合です。このままここ 守ることです。病気、怪我、そしてその他の物からね。先ほどは吹雪に対して治る、と ﹁理由なんて、言うまでもない事でしょう。私の信条はね、何があっても自分の患者を ﹁理由を聞かせてもらおう﹂ 絶対零度、とも言うべき視線。 ﹁提督を殺していただきたい。可及的速やかにね﹂ ? 138 に捻じ曲げちまうんですから。で、どうするんですか いる。 銃ならここにありますよ﹂ ? ﹁ルガーＰ０８か。そんなものまで持ってきていたとは﹂ スニ│キング・ミッション ﹁これから潜 入 任 務の真似事やろうってときに丸腰では危ないでしょう 提督を殺すには一発あれば十分ですよ﹂ ﹁その潜入任務に消音機が付いていない銃を持ってくるなよ﹂ ﹁消音機なんて必要ないでしょう ﹂ ﹁だが提督はまだ殺さない。僕はまだ銃殺されたくないんでね﹂ ﹁では何時ですか 足早に電気の堕ちた部屋を抜ける。 ﹁早くしてくださいよ、艦長。私がヤツを殺しちまわないうちにね⋮﹂ 暗い部屋に、軍医のある種の狂気を含んだ声が小さく響いた。 ﹂ 鞄から取り出したのは鈍色のけん銃。特徴的なトグルが付いた十四年式拳銃と似て ? ルガーを受け取ると、ずっしりとした重みが手に伝わる。 ﹁⋮まあ、無いよりましだ。貰っていく﹂ ? ﹁近いうちに、必ず。では後は頼んだ﹂ ? ＳＴＡＧＥ─４ 水面下の闘争 139 板張りの床を極力音を立てずに進む。目的地は提督執務室。何人かのライトを持っ た守衛妖精をやり過ごし、件の部屋に到達する。鍵は出撃中に残していた陸戦隊が、管 理室に催眠ガスを噴射。当番の者を昏倒させたうえで主要な部屋の鍵の型を取り、スペ アキーを作った。もちろん気づかれてはいない。 ドアに耳を当て、中の様子をうかがう。人の気配はない。ドアノブを回すが、鍵がか かっていた。スペアキーを使い、慎重に中に入り鍵をかけなおす。何度か来たことのあ る執務室は電気が落とされ暗闇に包まれている。が、ホタカには何の問題もなかった。 艦娘・艦息には艦の能力を艦から離れていても一部使用できる。例えば、瑞鶴ならば プラモデル程度の大きさの艦載機を作り出し大きな爆竹レベルの威力ではあるが爆撃 が出来る。ホタカの場合、優れたレーダー、ソナーの影響か濃霧や暗闇でも昼間のよう に物を識別できた。 提督の机へ歩を進めようとすると、何かの声が彼の耳に届いた。移動を中止して耳を 澄ます。音源は左側。そちらにはドアがあって提督私室に続いているはずだった。少 し近づき、ソナー効力を最大にまで上げると、それが何か判明する。荒い息遣い、連続 的な衝突音、そして女性の悲鳴にも似た声。そこまで確認したところでソナー効力をも とに戻した。 140 あまり聞いていて楽しい物ではない。が、ホタカは小さく笑みを浮かべた。この様子 では、こちらに気づくことは無い。そんな考えからの笑みだった。執務机にたどり着 き、片っ端から引き出しを開け書類をあさる。 その殆どは他愛ない物だったが、一番下の引き出しの奥底にそれはあった。一つの書 類袋。表面には何も書かれていない。中には数十枚の書類。取り出して一読したホタ カの目が細められる。先ほど彼が見た情報はすべて艦のデータベースにリアルタイム で送られ整理されているため、この情報も既に艦内に保存されていた。その後もいくつ かの書類のデータを艦内に送り、全ての書類を元の場所に残した。仕上げに執務机の下 側、目立たないところに盗聴器を設置した後、執務室を出る。提督私室のカギも持って いたが、突入と言うバカな考えは思いつきもしなかった。 次の目的地は資料室だ。廊下の突当りの角を曲がり階段を降り、今度は地下へ向か う。階段を降り切り、角を左に曲がろうとすると、右側の廊下の壁が光を反射した。巡 回の守衛妖精のライトらしい。真っ暗な廊下は一本道、逃げ道は無いように見えた。守 衛妖精がこちらへ向かってくる。一旦戻ろうかと思ったがあるものが目につく。 妖精はそのまま角を曲がり、階段を上がっていった。その様子を目で追っていたホタ カは危機が去ったのを確認するとかぶっていた物から抜け出した。階段横のスペース にはダンボールが山積みにされており、彼は手ごろなダンボールの中に身を顰め守衛を やり過ごしたのだった。 再度、進行を開始する。目当てのドアの前に来ると、スペアキーを取り出し開錠する。 ドアを開けようとした時に扉の向こうに何かの気配を感じる。慎重にドアを握ってい る手とは反対の手でルガーを取り出し、心の中で三つ数えてからドアを素早く開ける。 すると、暗闇の中から四つの小さな銃口がこちらを向いていた。観念したようにルガー を下ろすと。四つの銃口も下に下げられた。 ﹁遅かったじゃないですか。艦長﹂ ﹂ 闇の中から小さな声がかけられる、その声には答えず中に入り、鍵を掛けた。 ﹁いや、なかなかの掘り出し物を見つけてね。其方はどうだ ﹁結構なものですよ。こちらです﹂ 資料室の机の上には山と積まれた資料の数々。 ﹁この短時間でよくここまで集めたな﹂ ﹂ ﹂ ﹁そうでもありませんよ。提督がこの鎮守府に着任したころからの補給関係の資料だ ? ? この鎮守府は艦の修理に対する資材すらケチっ けしか見てませんから。探せばもっとあるかもしれませんよ ﹁補給関係 ? ﹁提督もおかしいとは思いませんか ? ＳＴＡＧＥ─４ 水面下の闘争 141 142 て居るのに明後日に補給艦隊が来ます。﹂ ﹁資材がそこを付いているという可能性は くか ﹂ ﹂ ﹁資材の横流しと言うわけか。しかし、そんな証拠になりそうなものを普通残してお に物資が消えているかのようにね﹂ が殆ど空と言う報告でした。消費と供給が釣り合っていないんですよ。まるで、どこか で使わないのなら資材は消費されません。それなのに、部下を資材倉庫に行かせました 話を聞きましたが、ここ一年ほど一度も使われていないということです。工廠とドック の時から今までドックも工廠も使った形跡がないのです。実際工廠やドックの妖精に ﹁まさにそこなんですよ。以前に補給艦隊が来たのは資料によると二か月前です。そ ? られていた。 いくつかの書類に目を通す。そこには資材の横流しを裏付ける数々の情報がまとめ 人の中、書類を隠すには資料室の中と言った具合でしょうか﹂ ﹁ええ、この書類の山は補給関係の資料に巧妙に紛れ込んでいました。人を隠すには ﹁なるほど、あの医者か﹂ うとした者が居ました﹂ ﹁提督は残さないでしょうね。けれども、この鎮守府でたった一人提督に反旗を翻そ ? ＳＴＡＧＥ─４ 水面下の闘争 143 ﹁これはまだ氷山の一角のような気がします。探せばもっとあるはずです﹂ ﹁よし、今日の日中も捜索を続けてくれ。くれぐれも見つからないようにな﹂ ﹁見 つ か り そ う に な っ た ら 麻 酔 弾 を 撃 ち 込 ん で や り ま す よ。艦 長 は デ ー タ を 本 艦 に 送ったら休んでください。我々でやっておきますから﹂ 隊長の言葉に首を横に振る。 ﹂ つとめ ﹁いや、僕も残ろう。この広大な資料室から目当ての者を探すのは４人では大変だろ う ﹁あの、ホタカさん﹂ で待機するように言われ。瑞鶴を除く全員が自分のベッドの上に寝転がっていた。 翌日はホタカの予想通りひどい嵐になり出撃の取りやめが伝えられた。艦娘は部屋 の視覚データを本艦に送ると、自分の部屋へと音もなく去っていった。 意志の強い瞳を確認して、ホタカは自分の考えを取り下げた。机の上に置かれた書類 ﹁お気持ちだけいただいておきます。これは我々の仕事ですので﹂ ? 144 ﹁どうした、吹雪﹂ ﹂ 吹雪ちゃん﹂ ﹁あのお医者さんはどこへ ﹁私をＧか何かと誤解してないかな 医者を敵に回すのは戦場で致命的だよ んで後ずさり、後ろの壁に頭をぶつける。 自分のベッドの下から文字通り這い出てきた妖精さんに、吹雪は﹁きゃあっ ﹁私を呼んだかな ? ﹁え ﹂ ﹂ ﹁それを言うのはまだ早いよ﹂ し、医者は渋い顔をする。 ﹂と叫 ﹂ 事実吹雪の顔は以前よりも血色がよくなり声にも幾分元気が戻り始めていた。しか ﹁あの、お礼を言いたくて。あの注射で大分楽になりましたから﹂ ﹁で、何か用かい 膝をそろえ正座をし、完璧な土下座に満足そうにうなずく妖精。 ﹁誠に申し訳ありませんでした。﹂ にも理由があるだろう。 声と顔は笑っているが目は笑っていない。吹雪が涙目なのは後頭部をぶつけた以外 ? !? ? ? ? ﹁アンタはまだ全快じゃない。今のところは薬が効いて治ったように思えるだろうけ ? ＳＴＡＧＥ─４ 水面下の闘争 145 ど、まだ治りかけだよ。今無理をすると悪化するから。とりあえず⋮﹂ ﹂ その瞬間吹雪の視界が回転し、気づいた時にはベッドの天井を見ていた。如何やら、 一瞬でベッドに寝かされたようだ。 ﹁下手に起きずに静かにしておきな。何なら栄養剤の一本でもどうだい ﹁え、遠慮します⋮﹂ ﹁まあまあ、サービスしとくからそう遠慮せずに﹂ 既に注射器に栄養剤を注入していた。 ﹁だからなんでそんなに笑顔なんですかぁ⋮﹂ 結局打たれた。 翌日も出撃は無く、全員部屋で待機するように伝えられた。そして、珍しく瑞鶴では ? 146 なくホタカが執務室に残された。 ﹂ ﹂ ﹁１時間後、ここに補給艦隊が来る。そして、護衛艦隊の旗艦がこちらに補給品の目録 を持ってやってくるが。解ってるな ﹂ ﹂ ﹁ええ、下手なことはしゃべらず普通に対応すればよろしいのでしょう ホタカの言葉に満足そうに頷く。 ﹁ところでその旗艦と言うのは解っているので ﹁たしか、青葉とか言う重巡だったな。それがどうかしたか ﹁単なる好奇心です﹂ ﹁好奇心は猫をも殺す。覚えておくんだな﹂ トラック第２鎮守府所属青葉です 私どもの上陸許可をいただきた 通信が入る。おそらく青葉だろう。提督が目で﹁出ろ﹂と合図した。 で構成されていた。ホタカの脳裏にもしかしたらと言う考えが浮かぶ。 の貨物船を護衛していたのは重巡青葉を旗艦とし駆逐艦時雨、初雪、夕立、朝潮、雪風 それきり、会話は途絶えた。１時間後、資材を満載した４隻の貨物船が入港する。そ ﹁そうですね、猫好きの自分としてはそんな事態は避けたいですね﹂ ? ? ? ? ! ﹁こちらパラオ鎮守府第１艦隊旗艦ホタカ﹂ ﹃ども恐縮です いのですが。﹄ ! ＳＴＡＧＥ─４ 水面下の闘争 147 ﹁上陸許可を求めてきていますが ﹁理由をうかがっても ﹂ ﹂ ここに何度か来ている。忌々しいことにな﹂ ﹁その必要はない。この鎮守府の作りはトラックの物とほぼ同一だ。そして、青葉は ﹁それでは提督、自分は彼女を迎えに行きます﹂ ﹃了解しました。通信終わり﹄ てください﹂ ﹁旗艦のみ第３バースへの接舷、及び上陸許可を出します。残りの艦は港外で待機し ﹁旗艦のみ許可せよ、第３バースだ。残りの艦は港外で待機﹂ ? ﹃作戦開始﹄ の艦へ通信を飛ばす。 表では神妙な顔をしておいたホタカだが内心ではニタリと笑っていた。すぐに自分 乗りおって⋮﹂ ソ嗅ぎまわっているようだ。大手の新聞社と幾つかパイプがあるからと言って調子に ﹁下らん新聞屋の真似事をしている。如何やらここの鎮守府や親父殿の周りをコソコ フンと、面白くなさそうに鼻を鳴らす。 ? 148 ﹁こちらが補給品の目録になります お確かめください ﹂ ! ﹁了解しました ﹂ ﹂ ﹂ あと、少しお願いがあるのですが と、言うわけで⋮﹂ ﹁好きにしろ、ただしこの部屋でやる様に﹂ ﹁ありがとうございます ? 航はこちらでやっておく﹂ ﹁うむ、ご苦労。補給艦は置いて行ってもらってよろしい。荷卸しと補給拠点への回 る。 キサイトが２８，８００単位。一見膨大な量に思えるが運用を間違えるとすぐに干上が 分の補給品としては真っ当な量だった。燃料、弾薬、鋼材が各８６，４００単位、ボー 目の前の青葉が元気よくファイルを提督へ渡す。提督の後ろから盗み見るが、２ヶ月 ! ﹁ホタカさんに、少ーしお話を聞きたいのですが ﹁なんだ 青葉の目がキラリと光る。 ! 彼女の青みがかった瞳がホタカを射抜く。何やら肉食獣に狙われているような感覚 ! ? ? を覚えるホタカ。 それからは青葉の独壇場だった。矢継ぎ早に投げかけられる質問に一つ一つ解答し ていく。少しでも解答に不備があると容赦なく突っ込まれた。手元の手帳にものすご い速度で走り書きをしながら取材を続けた。 ﹁いやはや、貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました﹂ ﹂ 一体どれ程の物なのかな ﹂ 質問が終わるころ彼女は何かをやりきったような、清々しい顔に逆にホタカは大分疲 れた様子だった。 ﹂ ﹁僕から一つ聞いてもいいかな ﹁なんでしょうか ﹁君は大手の新聞社とパイプを持っているそうだね ? ? ﹁ＡＮＷ ﹂ 程度と言っておきましょうか。私たちのＡＮＷは結構頼りにされてましてね﹂ ﹁まあ、あんまり明言は出来かねますが。いいネタなら割と良い所に乗せてもらえる ? ? ですから。﹂ ﹂ ﹁Ａｏｂａ ＮｅｔＷｏｒｋの略ですよ。青葉と名の付く艦娘は私と同じような性格 聞きなれない言葉にホタカが首を傾げた。 ? ﹁驚いたな、君以外にも青葉が居るのか ? ＳＴＡＧＥ─４ 水面下の闘争 149 150 ﹁もしやご存知でないのですか まあ、異世界からきて久しいのであればまあ仕方な ﹁青葉、そろそろ出発時間ではないのか 他の艦娘にもそう言っておけ﹂ ﹂ ﹁ＡＮＷか、厄介だな⋮。ホタカ、貴様は部屋に戻れ、明日の朝まで一歩も外へ出るな。 かのやり取りをして提督室を出ていった。 いらだたしげに提督が問うと。そうでしたそうでしたと愛想笑いを向けた後、いくつ ? が見える。 ニコニコと誇らしげに話す青葉。青葉の後ろには面白くなさそうな顔をした提督 送っているんですよ﹂ に、個人で新聞社とパイプを持つ青葉は少ないですから。そこで情報を集めて新聞社へ 呉鎮守府にあって、他の鎮守府の青葉から情報がそこへ集められるんです。私みたい ﹁私たちのＡＮＷは、青葉と名の付く艦娘が情報を共有するための者ですね。本部は もっともな理由に一つ頷く。 ね、何せややこしいですから﹂ 個人によりますが。後、原則として同じ鎮守府に同じ艦名の艦娘は基本的にいません や、考え方、顔も基本的に似通っていますね。髪型とかその他のアクセサリとかは個人 いでしょう。結論から言いますと、この世界には全く同じ艦名は何隻も居ます。性格 ? ＳＴＡＧＥ─４ 水面下の闘争 151 ﹁了解しました。失礼します﹂ 執務室を出る。 パラオ鎮守府が水平線に消えるころ、青葉は艦の指揮を副長に任せ艦長室へ入る。そ の机の上に置かれた５冊の分厚いファイルと一つの小型レコーダー。これは青葉が鎮 守府へ行っているころ、ホタカの副長を名乗る妖精が、出港後青葉に渡すよう雪風に持 ち込んだものだ。それも、内火艇ではなく、ゴムボートをわざわざ港外に運びだした後、 鎮守府方向からは見えない海側から大回りして。それほどまでに慎重に運ばれてきた ファイルとレコーダーに青葉の記者魂が燃える。 ﹁さーて、何が書かれているんですかね♪﹂ ファイルをめくり１ページ目を呼んだところで彼女の目つきが変わる。ページをめ くるスピードは加速度的に増していき、１冊目を読み終えたところで残りの４冊と小型 レコーダー。先ほど読んだ１冊を金庫に放り込み鍵をかけると 152 そんなに慌てて。﹂ 艦長室から飛び出し、航海艦橋に転がり込んだ。 ﹁どうしたんです かった。 そ う 呟 き な が ら 航 海 艦 橋 を で て 艦 長 室 へ 急 ぐ。こ の 小 さ な 声 を 聞 い た も の は 居 な ﹁これは、ホタカさんに飛び切りおいしい物でもご馳走しないといけませんね⋮﹂ で深く考えないことにした。 副長には一体何のことかはわからなかったが、こういう事は以前にもあったことなの ﹁出来るだけ急いでくださいよ。情報は生ものですから。﹂ なく艦隊の速度が戦闘中かと思うほど上昇した。 る限りの速度を出してトラックに向かうよう指示し、僚艦にもそのことを伝える。間も いきなり飛び込んで来た青葉に目を白黒させる副長に向かって、青葉は今艦隊が出せ ? ﹂ ? ﹂ は涼しい顔で受け止める。 ﹁⋮なんだ ﹂ ? ﹁提督。私は仮にもこの艦隊の旗艦です。旗艦の仕事は僚艦を統率し、提督が最小の ﹁貴様が知る必要は無い﹂ ﹁理由をうかがっても ﹁貴様の意見具申はよく解った。しかし、却下だ﹂ やめて、艦隊の整備に全力を注いだ方がよろしいかと思われますが﹂ が、あくまで一時しのぎです。回避機動も難しいと思われます。今日明日は出撃を取り れません。特に瑞鶴の被雷による傾斜は、応急修理によって一時的に回復しています ? ? ﹁彼女らの修理は行わないのでしょうか 北上、吹雪、瑞鶴は今のところ戦闘に耐えら １本の腕が上がる。例によってホタカだった。提督の若干の怒りを含んだ視線を、彼 艦する。質問はあるか ﹁本日はホタカを旗艦とし出撃する。出撃時刻は１０：００だ。なお、私はホタカに乗 次の日の朝、彼ら５人は執務室に集められた。 ＳＴＡＧＥ│５ 愚者の末路、魔王の針路 ＳＴＡＧＥ─５ 愚者の末路、魔王の針路 153 154 損害で最大の戦果を挙げる。そのお手伝いをすることです。これもそのお手伝いの一 つです。傷ついた艦隊では敵と殴り合うことはできません。どうかご再考をお願いし ます﹂ ホタカは頭を下げた。が、現実は非常だった。 ﹁くどいぞ、私は命令を出した。命令を、だ。刃向う様ならば、反逆罪として処断する﹂ 執務室の気温が数度下がったような錯覚が艦娘４人を襲う。重苦しい沈黙、それを 破ったのはホタカだった。 ﹁⋮命令ならば仕方ありません。微力を尽くすとしましょう﹂ ﹂ 提督が頷くのを確認し、敬礼。さっさと部屋を出る。慌てたように他の４人が続い た。 ﹁ホタカ、アンタもうちょっとで殺されるところだったわよ ﹂ まだリスト貰ってないから解らないけど。補充されてるはずよ 機を補充したか ﹁え ﹂ ﹁それが嫌だからさっさと抜け出してきたんじゃないか。そんな事より瑞鶴、君艦載 瑞鶴は普段から若干ツリ目気味の目を、さらにを吊り上げている。 !? ホタカは階段の窓から見える港に視線を移す、そこに居たはずの４隻の輸送艦は跡形 ? ? ﹁そうか、そうなら⋮いいんだが﹂ ? ＳＴＡＧＥ─５ 愚者の末路、魔王の針路 155 ﹂ もなく消え去っていた。 ﹁副長。どうだった ﹁ええ、まさか輸送艦に積んだまま資材を横流ししているとは。何とも豪快ですね﹂ ﹁これで決まったな﹂ それに陸戦隊の報告では資材倉庫にも変化は見られなかった、とのことです﹂ 輸送船に乗り込んでいった者も居ません。この輸送艦は文字通りここに来ただけです。 送船から荷物を下ろすのは不可能です。第一、輸送船からは誰一人降りていませんし、 ﹁投錨から抜錨までの時間はわずかに１３時間。これでは時間いっぱい使っても、輸 静かに出港し、カメラの視界から消えた。 かった太陽が沈み画面が夜になる。午前２時ごろ、輸送艦は汽笛も鳴らさず錨を上げて 外部カメラの映像で４隻の輸送艦が映っていた。副長が早送りのボタンを押すと、高 提督が乗艦する前にＣＩＣに駆け込んで、頼んでおいた映像を見る。それはホタカの ﹁艦長の仰った通りでした。こちらを見てください﹂ ? 156 ﹁どうせ輸送艦の乗員や補給拠点の奴らもグルだろう。輸送艦４隻分の資材。上手く 売り払えば大金になるからな﹂ ﹁この録画データも青葉さんに渡せればよかったのですがね﹂ ﹁まあ、仕方ない。僕らが直々に渡そう。問題は瑞鶴だ。これでは航空機の補充は出 来ない﹂ ﹂ ﹁ボーキサイトもカラッけつでしたしね。いよいよ瑞鶴さんを使いつぶす気のようで すよ ﹁どうします いっその事、弾除けにでもしますか ﹂ ? ﹂ ? 逆に安心しましたよ艦長がちゃんと怒ってくれて。﹂ ? ﹁了解﹂ の扉を閉鎖する。いいな ﹂ 存在は何としても隠す。そのため、提督の所在が完璧に解っているとき以外、この部屋 ﹁まあ、いい。そろそろ提督が乗り込んでくる。副長。君も来い。なお、このＣＩＣの なんだかうれしそうな副長の顔を見て毒気を抜かれる。 ﹁思うわけないでしょう ﹁君、本気でそんなことを思っているのか 思わず副長を射殺しそうなほどの眼光で睨むホタカ。 ? ﹁対空兵器とわずかな零戦、そして回避機動の難しい艦体。露骨にもほどがあるな﹂ ? ? ﹁提督、ホタカへようこそ﹂ ﹁うむ。世話になる﹂ 提督をまっすぐ航海艦橋へ案内して艦長席に座らせる。 ﹁出港準備は順調です。このままなら時間通り出撃できます﹂ ﹁よろしい﹂ その時通信が入る。瑞鶴からだ。 ﹁こちら、ホタカ﹂ ﹃瑞鶴よ、提督と直接話をさせてほしい﹄ 瑞鶴の声に違和感を覚える。何かを信じられないような呆然とした声だった。 ﹂ ﹁提督、瑞鶴が直接話したいと言っておりますが﹂ ﹂ ﹁無視しろ、話の内容は解っている﹂ ﹁何でしょうか ﹁艦載機の補充だ﹂ ? ﹁まさか、一機も補充していないので ? ＳＴＡＧＥ─５ 愚者の末路、魔王の針路 157 158 若干の驚きを込めて言う。が、ホタカはこの事態を輸送艦が資材を下ろさず出港した 時点で予想していた。 ﹂ ﹁ああ、そうだ。もう奴は要らない。ボーキサイトを莫迦食いする正規空母なぞもは や私には必要ないのだ﹂ ﹁理由をお聞かせいただいても ﹂ ? ﹁微力を尽くします﹂ 貴様にはその手伝いをさせてやろう﹂ ﹁この戦果を手土産に中央に乗り込み、ゆくゆくは海軍のトップ、いや国の頭となる。 ﹁⋮⋮恐縮です﹂ 雄だ﹂ ように戦って戻ってくればいいんだ。それだけで私と貴様は奇跡の生還を果たした英 君が持っていることを私は知っているのだ先日の戦いでな。なあに心配いらない、前の り抜け、敵機多数を撃墜し生還すれば。中央での私の発言力が増す。それだけの能力を ﹁ちょっとした手土産だ。今日は敵の機動部隊が幾つも見つかっている。猛爆撃を潜 ﹁あと数日で中央にお戻りになられるのならなぜ出撃を の艦隊なぞ知ったことか。何、心配するな貴様も連れて行ってやる﹂ ﹁貴様だけには話してやろう。私はあと数日で中央に戻れる。そうすればこんな辺境 ? ＳＴＡＧＥ─５ 愚者の末路、魔王の針路 159 瞬間的な殺意が沸き上がったホタカだったが顔には出さない。こんなところでしく じるわけには行かなかった。 ﹃瑞鶴、提督は君と話したくないそうだ﹄ ﹃やっぱりね﹄ ﹄ 知ってた。とでも言うように力ない返事が返ってくる。 ﹃君の使える艦載機は ﹃どうした いきなり﹄ ﹃ホタカ。ありがとね﹄ ﹃そうか﹄ わ﹄ ﹃零戦二一型６機、九九艦爆４機、九七艦攻⋮零機。航空隊の指揮は私に一任されてる ? 翔鶴姉は別ね。アンタはこんなとこで沈まないでよ。それじゃ﹄ ﹃フフッ、さーんきゅっ。やっぱりアンタ優しいわ、今まであってきた誰よりも。あ、 ホタカの答えに、瑞鶴は少し笑う。 は二度目だが護衛艦の名に懸けて必ず守る﹄ ﹃言っておくが、僕が旗艦の間は誰であっても僕より先に沈めさせない。君に言うの ﹃生きてる内にお礼が言いたかっただけ、よ。たぶんアタシは戻ってこれないから﹄ ? 160 ﹃まて、瑞鶴﹄ ﹂ ホタカの声は届かず一方的に通信が切られる。 ﹁随分まいっているいるようですね ﹁どうします 艦長﹂ ﹁そのようだ﹂ またも盗み聞きしていたらしい副長が小声で話しかける。 ? ﹂ ﹁無論、全力で守る。こんなところで僕らの作戦に泥が付くのを君は看過できるのか ? 瑞鶴の航海艦橋で彼女は何をするともなく佇んでいた。既に出港の準備は終わって 二人は一つ決意するように頷く。作戦は確実に進行していた。 ﹁一人を除いた全員の生存。ですね。大丈夫、この艦なら艦長ならやれます﹂ ﹁ならば考えることは一つだ﹂ ﹁無理ですね。ここまで来たら完璧を目指したい﹂ ? ＳＴＡＧＥ─５ 愚者の末路、魔王の針路 161 いる。 ﹁やっぱり⋮死にたくないなぁ⋮⋮﹂ 先ほど固めたはずの、死ぬための覚悟が解れてきているのを彼女は感じていた。 ﹁必ず守る、か。翔鶴姉もそんな事言ってたっけ﹂ だが、そんな姉も深い海に消えた。そして、次は自分だ。再び暗い海に沈む恐怖に身 を震わせる。二度目とは言え、一度経験しているからこそ恐怖は大きかった。 ﹁⋮⋮⋮助けてよ⋮だれか⋮﹂ 鎮守府を出て数日、ホタカのレーダーには何度か航空機の輝点が映ったが、幸い進路 はどれもこちらとはズレており、発見される恐れはなかった。提督は敵を発見できない ことにいら立ち、何度か瑞鶴を呼び出し能力不足を追求した。自分がこの事態を招いて いることは流石に気づいていると思いたいがその場合でも只の八つ当たりだった。 またも瑞鶴を呼び出せと喚いている提督を宥めていると、水上レーダーに小さな、本 当に小さな輝点が映る。一瞬故障かとも思うが、輝点は消えない。 162 まさかと思い、一度だけアクティブ・ソナーを打った。すると、反応が返ってくる。か なり近く、海面ギリギリ十中八九潜水艦だろう。ホタカのパッシブ・ソナーで発見出来 こちらの位置がバレました。瑞鶴の艦載機に排除させます ﹂ ﹂ なかったことから待ち伏せに在ったことがうかがえる。さらに悪いことに、敵艦のから 通信電波が発信される。敵に居場所がバレたらしい。 敵潜です 寝ていたのか ! 現在の陣形は単縦陣。対潜作戦には向かなかった。 ﹁提督 ﹁ソナー手は何をやっていた !? ! 難しいのです﹂ ﹁そんなことは解っている とっとと撃沈せんか ﹂ !! 水艦はなす術もなく撃沈された。 ﹁敵潜水艦を撃沈しました﹂ ﹁敵潜すら発見できんのか奴の航空機は﹂ ? ﹁たった４機の艦爆でよくやっていますよ。彼女は﹂ ﹁戦争は過程よりも結果が大切なのだ。貴様にはそれが解らんか ﹁失言でした。申し訳ありません﹂ ﹂ 頭上を瑞鶴の九九艦爆がフライパスし、敵潜に向かって爆撃を開始。たった一隻の潜 ! ﹁機関を止めて待ち伏せされました。音を発しないためパッシブ・ソナーでの索敵は ! ! ﹁フン ﹂ 陣形変更、ホタカを中心とし、瑞鶴、北上、不知火、吹雪で輪形陣をなせ﹂ 不可解な命令にホタカの片眉が上がる ﹁提督、瑞鶴は輪形の中に入れないので その数、約１２０。 大丈夫なんだろうな ﹂ 方位０│１│０ 距離１００ｋｍ 相対速度２８ ! ﹁おい ?! ! ﹂ 敵機です 接近中 電探に感あり 数約１２０ ! ﹁提督 ０ｋｍ ﹂ ! ﹁少なくとも１２０機です。迎撃準備に移ります。﹂ ﹁なっ１２０機だと !? ! ! が組まれた。直後、ホタカのレーダーは接近してくる敵航空隊の姿をとらえる。 で、ホタカを中心とし１２時方向から時計回りに、不知火、瑞鶴、北上、吹雪で輪形陣 にべもなく言い放つ提督に、冷ややかな目を一瞬だけ向けて命令を伝達する。十数分 ﹁弾除けにする艦を態々守ってどうすると言うのだ﹂ ? ! ! ! ! ＳＴＡＧＥ─５ 愚者の末路、魔王の針路 163 164 ﹁たかが１２０機に後れを取りませんよ﹂ ﹂ ﹂ ﹂ 落ち着き払ったホタカの言葉に提督は安心する。 ﹁艦長。計画通りに行きますか あの敵潜ですか ? ? ﹁ああ、変更なしだ。しかし、妙だな ﹁妙 ? エンジンを止めて潜りながら警戒線を張るかな ﹂ ﹁次から次へと厄介事が来るな。一度お祓いしてもらおうか﹂ ﹁また課題が残りましたね﹂ 時点で五十歩百歩だが﹂ に間違いなさそうだ。碌でも無さ加減で言えば、どちらも艦娘の被害を考慮していない ﹁可能性は否定できない。そうであるなら、この男を始末したがっている人間の仕業 ? ? ﹁もしかして、故意に情報を流したものが居る⋮と ﹂ わらず、戦中の伊号潜水艦に毛が生えた程度らしい。原潜ならともかくディーゼル潜で ﹁そうとしか思えない。北上らの話では、潜水艦の潜れる時間は深海棲艦もあまり変 ﹁こちらの動きがバレているようですね。﹂ 張っているにしては可笑しい。まるで、﹂ ﹁ああ、エンジンを止めて待ち伏せ、しかも確認できるだけでただ一隻だ。警戒線を ? ﹁その時は誘ってくださいよ﹂ ﹁解っ。﹂ 目標 敵航空隊 ﹂ ! 主 ! 弾種榴弾 ! ﹁敵航空隊を目視で確認。距離約５０ｋｍ。戦闘機２０、雷爆合わせて１００機 砲弾装填 ! ﹂ ﹁迎撃開始 ! 次弾装填急げ ﹂ を軽く超える敵機が炎に包まれ、バラバラになって墜落していく た。数十キロを飛翔した砲弾は敵編隊のど真ん中でそのエネルギーを放出した。１０ 号令を発するとともに６本の砲身から巨大な爆炎が立ち上り６発の砲弾が飛び出し ﹂ ﹁主砲斉射 ! ﹁迎撃準備、完了しました﹂ みつけた。彼の作戦のため、主砲弾は通常榴弾を搭載している。 カの前後に備えられた三連装砲２基が左舷側へ旋回し、長大な砲身を振り上げ虚空を睨 正確には戦闘機２０、雷撃機３０、急降下爆撃機５０、水平爆撃機２０だった。ホタ ! ﹁敵機１８撃墜 ! ! ＳＴＡＧＥ─５ 愚者の末路、魔王の針路 165 166 ﹁迎撃を続けろ﹂ この時、ホタカの自動装填装置は人力装填並みの速度になる様に調整されていたため 主砲弾の再装填には長門並の１発５０秒かかっていた。その間に敵機は３，９ｋｍの距 離を詰めていく。数度の斉射の後、敵機は散開し始め速射砲の間合いに入った。敵機の ﹂ 数は１００を切り、残り８７機。 ﹁１５２ｍｍ速射砲攻撃開始 の連続射撃を浴びて、相次いで火だるまとなり海面にたたきつけられる。 るべく、艦隊の前方をとびぬけようと進路を取った５機の雷撃機が１，２，３番速射砲 無駄玉をバラ撒きつつ、他の艦に向かう敵機を優先的に攻撃した。まず、瑞鶴に突入す 雷撃機８、水平爆撃機９が狙いをつけている可能性が高い事が解る。そこで彼は適度に には急降下爆撃機１２、雷撃機５、水平爆撃機９。ホタカには残りの急降下爆撃機１２、 その結果、吹雪、不知火には急降下爆撃機５機ずつ。北上には急降下爆撃機６。瑞鶴 コンピューターはそれぞれの針路から、どの航空機が誰を狙っているのか予測する。 ついに雷撃隊が低空に降り始め、爆撃隊が上昇を開始する。この時にホタカのメイン 砲火を打ち上げるが正直言って焼け石に水レベルだった。 幕はあまり厚くなく、４機の爆撃機と２機の雷撃機を落としただけだった。僚艦も対空 敵機の方向を指向できる４門の速射砲が連続射撃により弾幕を張り始めるが、その弾 ! ＳＴＡＧＥ─５ 愚者の末路、魔王の針路 167 次に吹雪、不知火へ急降下爆撃を敢行するため１本鎖になって突撃しようとしていた 計１０機の編隊は、２，４，６番の速射砲弾から吐き出された砲弾の弾幕に突っ込んで あえなく爆散する。 北上を狙う９機の編隊は突撃体制を作った瞬間、仰角いっぱいまで砲身を振り上げた ２番主砲の榴弾３発の斉射により消滅。 これの損害を受けて、敵航空機はホタカを１番の脅威とし、全ての攻撃目標をホタカ へ移す。それまで瑞鶴へ向けて進撃していた１２機の急降下爆撃機と９機の艦上攻撃 機が攻撃目標をホタカへ変えたため翼を翻し、旋回、突撃態勢を整える。その間に初め から彼に狙いをつけていた雷撃機８が超低空まで舞い降りて４機ずつに分かれ、両舷後 方から夾叉雷撃を計る。 北上が迎撃するために弾幕を張るが効果は無い。しかも、この時ホタカ後方を指向で きる４，５，６番速射砲の砲弾、３５ｍｍＣＩＷＳの機関砲弾は低速の雷撃機にかすり もしなかった。 自分の側を無傷ですり抜けていく雷撃機に北上は悔しそうな眼を向ける。ついに８ 機の雷撃機から８本の航空魚雷が投下されホタカに殺到する。右舷から４本、左舷から ４本。どちらに舵を切っても絶対に当たる。唯一の逃げ道があるとすれば急加速また は急減速であるが、彼はあえてそれをしなかった。 168 ﹁取り舵一杯 ﹂ ﹄ ダメージ、コントロール。損害⋮知らせ﹂ 大浸水 ﹃左舷４本被雷 ! ﹁何をしている さっさと落とさんか ﹂ !! ﹄ !! た。遠くでは瑞鶴を攻撃するはずだった２つの編隊が再度突撃するため機動していた。 瑞鶴の悲鳴のような通信を、無言で切る。軍服はほとんどの部分が紅く染まってい ﹃ホタカッ 右舷後方２番主砲近くに爆炎が上がる。 苦しそうに支持をだし、艦を回避させるがもう遅かった。前部甲板、と左舷中央部に、 ﹁面舵、一杯⋮﹂ 急降下爆撃機１２機。既に速射砲の射界を外れ急降下を開始している。 機に速射砲弾と機関砲弾が襲い掛かり、たちまち蒼空に散った。次に襲い掛かったのは 提督の叱責。威勢はいいが声と足が震えていた。復讐とばかりに遠方へ抜けた雷撃 ! ウィルキア海軍の空色の軍服が紅く染まる。口からも一筋の血が流れていた。 ﹄ ﹃右舷２本被雷 ! ﹁ぐっ 舷に２本が直撃し高々と水しぶきを噴き上げる。 口ではそう言っているが、実際に切った舵は取り舵１５。その結果、左舷に４本、右 !! ! ! ＳＴＡＧＥ─５ 愚者の末路、魔王の針路 169 ﹁ホタカっ 内火艇を出せっ 私は艦を降りる ! ﹂ ! 私は甲板に降りる !! ﹁お待ちください、外はまだ敵機が⋮危険です﹂ ﹂ ﹁貴様に乗っ取る方が危険だ それまでに脱出艇を用意しておけ ! ! ﹁どうされました 提督﹂ 自分を呼ぶ声に振り向くと、この艦の艦息がハッチから出てくるところだった。 ? らだった。 左舷の甲板に出た提督は焦る、内火艇どころか救命筏さえ何処にも浮かんでいないか のようだった。 彼も艦橋を出て、提督を追う。その足取りはしっかりとし、まるで負傷していないか ﹁了解﹂ ﹁ここまではいい。では、ケリを付けてくるよ。副長はＣＩＣで状況を逐次報告﹂ ﹁計画通り、ですな。注排水装置は急ごしらえですがうまく働いているようです﹂ ゆがめていた顔をいつもの顔に戻す。 そう吐き捨てて足早に航海艦橋を出る。それを確認したホタカは今まで苦しそうに ! 170 ﹁貴様 これはどういう事だ ﹂ !! ﹂ ! ﹂ ? 法を盾にした詰問だった。 ﹁じ、自分が何をしているかわかっているのか 反逆罪だぞ ﹂ !! 場 ﹁なな、何がおかしい ﹂ ﹁いやはや、自分の事を棚に上げてここまで言い切る貴方がおかしくてね。味方に満 ?! ろしさを提督は感じる。 笑い声だが、この状況で笑っているホタカに魔王と対峙しているような言い知れない恐 戦 しかし、提督の声を聴いたとたん、ホタカは突然嗤い出した。音声だけを聞けば只の !? 口角を上げて皮肉たっぷりに告げる。切り札の一つを失った提督は、次に頼ったのは 物なら修理して返して差し上げますよ ﹁無駄ですよ。出港する前に本艦の高圧電流を流したら壊れちゃいましてね。大切な い。 激情して取り出したのは腕輪のスイッチ。躊躇わず押し込むが、ホタカに変化は無 ﹁くそったれが い光を反射するルガーＰ０８だった。 提督の目が見開かれる。自分に突き付けられたのは、南の強烈な太陽の光を浴びて鈍 ﹁こういう事ですよ﹂ ! ＳＴＡＧＥ─５ 愚者の末路、魔王の針路 171 足な補給・修理をせず、浮いた資材は横流し、挙句の果てには無理やり関係を持った艦 娘を口封じのためにまともに攻撃手段を搭載せずに艦隊に随伴させ、口封じ兼弾除けに して沈めようとするとは﹂ ウ チ ﹂ そのために、 最後の罪状は証拠が無く只の憶測だが、他の真実と並べて話すことで奇妙な信憑性を 持たせていた。 ﹁そういうのウィルキア海軍では利敵行為って言うんです﹂ ﹁な⋮﹂ ﹁利敵行為への罰は銃殺。大日本帝国でもそうではありませんか 一歩一歩わざとゆっくり近づく。 ﹁わ、私はゆくゆくはこの国の海軍を、この国をしょって立つ男なんだ 所詮道具である艦娘を思い通りに使って⋮﹂ ﹂ どうやらスリーブガンを仕込んでいたらしい。 くる 提督が、左手をホタカへ突き出す。左の袖の中からは超小型の銃が一瞬でせり出して ! ? ル ガ ー か ら 放 た れ た ９ ｍ ｍ パ ラ ベ ラ ム 弾 が 提 督 の 左 手 に 着 弾 し た 瞬 間 炸 裂 し た。 ﹁全 部 だ﹂ ＥＶＥＲＹＴＨＩＮＧ ﹁何が悪い ! 172 わ、私の腕がぁぁあああああ ﹂ 小さな銃弾から放たれたエネルギーは手りゅう弾よりも小さかったが、左ひじから先を 消し飛ばすには十分だった。 !! スキズブラズニル製特殊弾頭９ｍｍパラベラム弾の味は。イロモノ ﹁ぎっ、ぎゃぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ ﹁いかがですか !! ﹂ ! ﹁な、なんだ ﹂ ﹁提督、ご存知ですか ﹂ ハッチから艦内へ入ったときに、何かを思い出したように振り向く。 ﹁勘弁してください。僕にはまだやるべきことがあるんですよ。ああ、そうだ﹂ ﹁ま、まってくれ、私を置いていくな くるりと踵を返し、艦内へ向けて歩き出す。 過ぎてもう生産終了なんで貴重な体験です。それでは。さようなら﹂ ? ? は固く閉ざされていたが、たとえ開いていたとしても恐怖と痛みで一歩も動けない提督 ンド対艦爆弾がこちらに向けて落下してきていた。既にホタカの入っていったハッチ 右手の人差指で天を指さす。つられて提督が天空を見上げると、２４発の１０００ポ ﹁攻撃を受けて狼狽える人間は専門用語で﹃的﹄、と言うらしいです。﹂ 怖に染め上げられる。 ホタカが立ち止ったため、交渉の余地があると誤解する提督。その顔は彼の一言で恐 !? ＳＴＡＧＥ─５ 愚者の末路、魔王の針路 173 には関係の無い事だった。 急速に艦が面舵を切り、遠心力で舷側ぎりぎりまで転がる。何とか海に落ちるのを防 ごうと使える手足で踏ん張り海への転落は防げたが、たまたま仰向けになった彼の目に 飛び込んで来たのは黒く、表面に蚯蚓腫れのような筋が浮き出た１０００ポンド爆弾 だった。 炸裂。 人一人の体は４５４㎏の対艦爆弾の炸裂に耐えられるわけなかった。あとに残った のは、表面が爆発により僅かに凹んだ特殊弾頭ＶＬＳの重装甲ハッチだけだった。 ﹂ 艦内を走り、ＣＩＣに駆け込む。 ﹁戦況は ﹂ ? Ｓにとっては据物切りもいいとこですね﹂ ﹁もちろん全滅です。奴ら爆撃コースから外れるわけには行かないんで、本艦のＦＣ ﹁水平爆撃隊は 発射口ハッチの若干の歪みだけです﹂ ﹁急降下爆撃は１発を除いて全弾回避、もしくは迎撃。損害はトライデント発射機の ? 174 ﹁他は ﹂ ﹂ ? 頼むから応答し﹄ ! ﹃喧しい。しっかり聞こえているからもっと小さい声でしゃべってくれ﹄ ﹃ホタカッ ﹁１３回ってお前な⋮通信開け﹂ ﹁艦長。瑞鶴から１３回目の通信です﹂ る見るうちに浮上し始めた。 すると、海水を自らバルジ内に入れて沈んでいるように見せていたホタカの艦体が見 ﹁戦闘中に何を言ってるんだ。両舷排水﹂ ﹁随分想われてますなぁ。艦長﹂ ニヤリと笑って妖精が続ける。 ﹁そんなにか りゃしない、特に瑞鶴さん﹂ ﹁取りあえず通信に出てくださいよ、さっきからガンガンかかってきて煩いったらあ ﹁できれば、うがいがしたいな﹂ 副長がティッシュ箱をホタカに渡すと、彼は何枚かとって口を拭う。 てくださいよ﹂ ﹁電探には追っ払った戦闘機隊以外、感なし。ですね。あと、そろそろ血とか何とかし ? ＳＴＡＧＥ─５ 愚者の末路、魔王の針路 175 ﹃よかったつながった⋮。そ、損害は ﹄ ﹃無し、いや、ハッチ１枚﹄ ﹃は ﹄ !? 機を耳に当てて腹を抱えていた。 ﹃無しって⋮損害皆無ってこと ﹃まあ、そうなるな﹄ ﹄ でも魚雷とか爆弾とか大分くらってたじゃない ! !? ﹄ く、なんかモッチリした感触だった。 聞いて、副長は爆笑しながら転がっていたので、とりあえずアイアンクローをかけてお 否を確認し出したので、説明を終えたころにはゲンナリすることになった。その様子を ホタカが通信回線を北上、吹雪、不知火につないだ時にも機関銃のようにホタカの安 ﹃よろしい。通信を他の艦にもつなぐ﹄ ﹃あ、うん﹄ したか したが１０００ポンド程度では貫通しない。沈んで傾斜していたのも全部偽装。理解 ﹃魚雷は至近距離で早爆させた。爆弾は弾着直前に空中で炸裂させた。１発だけ直撃 ﹃え ﹄ 瑞鶴が通信の向こう側でフリーズしているのが手に取るようにわかる。副長は通信 ? ? ? 176 ﹃で、静かになったところで結論から言うと提督は戦死した。戦闘による乗艦への損 害を見誤ってな。錯乱状態になって甲板へ飛び出したところに、 ︻運悪く︼急降下爆撃機 が投下した１０００ポンド対艦爆弾が着弾した。遺体は木端微塵になって回収は不可 能だな。﹄ ﹃そんな⋮﹄ ﹃そう、ですか⋮﹄ ﹃ま、しかたないかー﹄ ﹃⋮⋮⋮﹄ ﹄ ﹃な お、軍 機 に 乗 っ 取 り。現 時 刻 を も っ て 僕 は 臨 時 指 揮 官 と な り。君 ら を 指 揮 す る。 何か質問は り﹄ ﹃へ 録音 ﹄ ﹃では、作戦を中止し母港へ戻る。艦隊新針路３│１│２。通信終わり。⋮録音終わ 通信機の向こうからは何も聞こえない。 ? ? ことの意思表示。後後になって、証拠として提出される。今はもう録音してないから。 ﹃そう、録音だ。提督が不名誉な戦死を遂げたことの説明と僕がこの艦隊を指揮する 素っ頓狂な吹雪の声が聞こえる。 ? 好き勝手言ってもらって構わない﹄ 北上﹄ ﹃じゃあ、しつもーん﹄ ﹃なんだ ﹃なんで損害を受けた芝居してたの 被雷してないんでしょ ホントは﹄ ? 拳銃弾だって態々廃棄品の山 ? 吹雪﹄ ? ﹃⋮はい。私たちに酷い事しておきながら昇進するのはどうも⋮﹄ ﹃許容できないか ﹃でも、あの人が名誉の戦死で２階級特進するのはなんだか⋮﹄ するのが手っ取り早いと考えた。そこなら殺害から遺体の抹消までやってくれる。﹄ から持ってきたんだ。提督の遺体が見つかるのは何としても避けたいから、戦場で始末 た。奴にこちらの武器を使うのはバカバカしいだろう まらんだろうしな。まあ、その後僕が出てって時間稼ぎして、敵の爆弾を使って始末し ﹃提督を艦外に自発的に飛び出させるためだ。あの性格なら被雷した艦に長いこと留 ? ? ですか ﹄ ﹃心配いらない。既にそのための種はまいてある﹄ ﹃種 ? ﹃は、はいっ ﹄ これから毎日新聞に目を通すと良い﹄ ﹃そのうち奴は海軍史上最低の提督として歴史に名を残すことになるさ、親子共々な。 ? ! ＳＴＡＧＥ─５ 愚者の末路、魔王の針路 177 178 ﹃さて、他に質問が無ければ通信を終わるが﹄ ﹃ちょっと待ってよ﹄ アンタはあいつを殺すためだけにあの量の攻撃を受けたって言うの ﹄ ? 瑞鶴の声。そのうえ怒気を多分に含んでいる。 ﹃じゃあ何 ﹄ ア ラー ト ﹃バ ッ ッ ッ ッ ッ カ じ ゃ な い の 何考えてんのよアンタわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ ホタカの頭の中で緊急警報が鳴り響く。 !!!!!!?????? 声を荒げてはいないが、地の底から湧き上がってくるような声、ハッキリ言って怖い。 ? いの ﹄ ﹃いや、直撃は一発だけで﹄ ﹃至近弾には変わりないでしょうが ﹃だからって、自分から攻撃受けに行くのは大間違いよ ﹃いや、しかし⋮⋮﹄ ﹄ !! ﹃心配かけたのは悪かったが、これが確実で﹄ 急に声のトーンが変わりその変化にホタカはついていけない。 !! !? 頭可笑しいんじゃな ?! 一体どれだけ心配したと思ってんのよ⋮﹄ ﹃あのゴミを消すためだけに魚雷７発、爆弾４発受けたっての １６万馬力の大声は気が遠くなりそうなほど大きく響いた。目の前がチカチカする。 !!! ＳＴＡＧＥ─５ 愚者の末路、魔王の針路 179 アレ﹂ その後も言い争いと言うより、瑞鶴を宥めるのに全力を傾けるホタカ。その様子を、 副長は半目で見ていた。 ﹁あの、副長⋮﹂ ﹁おお、影の薄い砲雷長じゃないか﹂ ﹁影が薄いのは余計です。ほっといていいんですか けど﹂ ﹂ ﹁艦長の方は知らないけど、瑞鶴さんの方は気があるね。まだ自覚してないみたいだ 若干冷や汗を書く砲雷長。 ﹁痴話喧嘩って⋮﹂ よ﹂ ﹁心配ないさ。私らだけでも航海ぐらいは出来るし。痴話喧嘩は妖精さんも食わない ? 今人間の直観を莫迦にしちゃいけないよ、人間の直観は正確じゃ ﹁なんでわかるんですか ﹁直観﹂ ﹁ハァ⋮﹂ ﹁あ、バカにしたな ? ﹁副長、うちら妖精さんです⋮⋮﹂ ないけど精密だ。滅多に故障しない﹂ ? 180 ﹁⋮⋮さて、我らが鎮守府へ帰ろうじゃないか 不知火に何か落ち度でも ﹄ ﹂ ? 知るものは北上の妖精さん以外いない。 と、軽巡である北上は屈した。その後北上が艦橋の隅で自己嫌悪に陥っていたことを ﹃いえ、無いです。はい。﹄ ﹄ 無言で通信を切る。達成感に浸っている不知火へ、北上から通信が入る。 ものすごい剣幕でホタカに説教をかましていた瑞鶴の声がピタリと止み。ホタカは ﹃今までの痴話喧嘩、全部聞こえているんですが⋮﹄ た。 を切れない。最終的にこれを聞いていられなくなった不知火が、艦隊を代表して止め ちなみに瑞鶴とホタカの応酬は、旗艦権限で通信を開いたために僚艦が自発的に通信 かったものじゃない。 あ、逃げた。とは間違っても口に出さない砲雷長。口にしてしまったら何されるかわ ! ﹃あのさ、不知火、もうちょっと別の表現無かったのかな ﹃何でしょう ? 通信機越しにも何故か感じる不知火の眼光に、 ? ＳＴＡＧＥ─５ 愚者の末路、魔王の針路 181 ﹁艦長⋮これは﹂ ﹁ぬかったな⋮⋮﹂ 母港に戻ってみると、ここ数日過ごした鎮守府は文字通り壊滅していた。 ﹂ ﹁鎮守府の本棟は炎上し、倒壊。工廠、ドック、砲台ももはや壊滅。これは修理するよ り１から作り直す方が早いな﹂ ﹁どっかのアイドル見たく１から全部やりますか ? ﹁冗 談 じ ゃ な い。僕 は こ の 鎮 守 府 の 戦 闘 能 力 お よ び 基 地 能 力 の 喪 失 を 確 認 し た う え ﹂ ﹂ で。指揮官権限によりパラオ鎮守府を放棄する﹂ ﹁で、次の目的地は ﹁決まっているだろう ? 手を一振りしモニターの１つにある航空写真を映し出す。南太平洋の中心に位置す ? 182 ラ グー ン る直径３０海里の大環礁。細長い島に囲まれた中にはいくつもの島が浮いていた。 ﹁トラックだ﹂ た。 ﹁ど、どうしたもこうしたもないわよっ ? ツカツカと肩を怒らせて歩み寄る瑞鶴 ﹂ ! ﹁どうしたんだ ハトがアヴェンジャー喰らったような顔して﹂ 声を掛けられた４人の艦娘はホタカの方を見る。と、その四人の目が大きく見開かれ ﹁よく来たね。ホタカにようこそ。﹂ た。 既に瑞鶴、北上、不知火、吹雪が既に到着して、高い塔型の艦橋を珍しそうに眺めてい 何はともあれ、ホタカは艦娘を迎えるべく、甲板に続くハッチを開ける。目の前には その分気軽に呼びつけられる場合もあるのだが⋮ 艇を出さなくていい分楽だった。 る最高速度は自艦が現在発揮できる速度と同じと言う制約があるが、一々停船して内火 へ呼びよせた。こういう時に艦娘が持つ海上を滑る力が便利に感じる。その時に出せ 全壊した鎮守府から生存者の救出を妖精さん達に任せたホタカは、艦隊の艦娘を旗艦 ＳＴＡＧＥ│６ 盾の仕事、近衛の矜持 ＳＴＡＧＥ─６ 盾の仕事、近衛の矜持 183 184 ﹂ ﹂ !! ﹂ 君らは昨日手当して今回は被弾していないはずだが⋮﹂ いいから早く行きなさい どこか怪我してるのか ﹁医務室はどこ ﹁ ﹁僕か ﹁治療が必要なのはアンタよ ? !? 人がワタワタしている理由を理解する。 ﹂ ﹁これはダミーだよ。只の絵の具だ。被弾して艦息が無傷なら怪しまれるだろう ﹁ホントに ? るのよ﹂ ﹁いや、実を言うと自室で休んでないからね。気づかなかった﹂ ダメだ此奴 的なため息。﹂ ホタカの回答に何か言いたそうな顔をするがため息を付いた。 ﹁おい、なんだその " ﹁その溜息以外に何があんのよ。バカ。それと、そこでまだ慌ててる３人 ! " ダミーだから心配いらないってさ﹂ この血は ﹁ま、怪我が無いならいいけどさ。なんでアレから丸１日立ってるのに、汚れた服着て に、ダミーと言うことをようやく信じたようだった。 若干疑ったような目で、ペタペタと赤く染まった部分を触る。特に反応のないホタカ ? ﹂ 妙に思って自分の体を見ると血みどろの軍服。ああ、と彼女の慌てようと、後ろの３ ? !! ? ＳＴＡＧＥ─６ 盾の仕事、近衛の矜持 185 ﹁え まじで いやーそれならそうと言ってよ﹂ ? ダラッとしている北上、机に頬杖をついてる瑞鶴が待っていた。 食堂に戻ってくると。背筋を伸ばして座っている不知火と吹雪、長机に上半身を預けて 瑞鶴にとりあえず着替えて来いと言われたため、自室に戻って新品の軍服に袖を通し ﹁そういうわけには﹂ ﹁うーるさいなぁー。吹雪ももっとダラ││││っとしなよ﹂ ﹁北上さん⋮ちょっとゆったりしすぎでは⋮﹂ ﹁あ〟││││。極楽ーーー﹂ ﹁驚いたわね。冷房が付いているなんて﹂ 甲板上から人の姿が消えるのはその後すぐだった。 ﹁⋮了解。では付いてきてくれ﹂ ﹁不知火の言う通りね。用が済んだら今日は休みないさいな、絶対に﹂ ﹁仕事づめも感心できませんね﹂ ﹁心臓に悪いですよホタカさん﹂ ? 186 ﹁すまない、またせたか ﹂ ﹂ なければ解散。今夜は好きなところで休んでくれ﹂ ﹁じゃーここでもいいの ﹁他にないか ﹁理解しました。ありがとうございます﹂ が限界だ。それ以上いればトラックへたどり着けない。これが理由だ﹂ らな。生き残っていた燃料タンクから全ての燃料を持ち出した場合でも残り２０時間 しかし、７２時間待っていたら燃料がそこをつく。必要最低限しか補給されなかったか 時間を一種の基準とする。既に襲撃から４０時間程度経過しているから残り３２時間。 間を境に急落している。これは襲撃だから当てはまらないかもしれないが今回は７２ ﹁この鎮守府が襲われたのは約２日前と聞いている、災害などでの生存者数は、７２時 不知火の問いかけに一つ頷いてから答える い﹂ ﹁ホタカさん。２０時間留まると言いましたが、この時間設定の理由を教えてくださ ﹁妥当なところだね。まーなんとかなるっしょ﹂ た後、トラックへ退避する﹂ ﹁そうか。では、今後の予定について話をする。僕らは今から２０時間ここに留まっ ﹁時間がかかるのは仕方ないわよ、何せ広いし、この艦﹂ ? ? ? ＳＴＡＧＥ─６ 盾の仕事、近衛の矜持 187 ﹁ちょ 北上さんダメですよそんな事﹂ ﹁えー。だってホタカだけずるいじゃん﹂ ﹁いいぞ。部屋は用意させておく﹂ ﹁ほらやっぱり⋮て、えええええええええ ﹂ ﹂ いいんですか ﹁部屋は余ってるからな。北上の他に泊まりたいものは ３つの手が上がった。 !? た。 ﹁何処で何をする気 ﹂ ﹁ＣＩＣでデータの整理だ。﹂ ﹁それはアンタがやらなければならない事 ﹁まだ大丈夫は、もう危ないって言葉。知ってます 突然の声に入り口を振り向くと１人の妖精さん ﹂ ? ﹁⋮まだ大丈夫だよ﹂ ﹁なら、アンタも今日は休みなさい、休むことも仕事の内よ﹂ ? ? ﹁そういうわけではないが⋮﹂ ﹂ そう言って部屋を出ていこうとする。が、瑞鶴の後ろを通った時に片手をつかまれ ﹁解った、用意しておく。僕は用事があるから君らは好きにしてくれ、では﹂ ? ?! ! 188 ﹂ ﹂ ﹁どうも初めましてうちの艦長がお世話になってます。副長妖精です﹂ ﹁君は僕の母親か ﹁女房役ですよ。ときに艦長、貴方ここ最近寝てないでしょう ﹁否、寝てるよ﹂ 提督見張らないといけないしデータの編集は有るし。戦闘終わった ﹁艦長席で１∼２時間の居眠りは睡眠にはあたりませんよ。﹂ ﹁仕方ないだろ それを艦長が強引に自分でやってた ? らいろいろと改竄するべき部分もあった﹂ ﹂ ﹁それは、あたし等がやるって言ったでしょう ﹂ ﹁事実は事実だが⋮それを今言うか んでしょ ? ? ? ﹁アンタは明日の朝まで仮眠する事。ＯＫ ﹂ し。力なくＯＫと答える ﹂ 逃げられない２択、それもハイかイエスで答えるパターン。観念したように肩を落と ﹁ＯＫ ﹁明日の朝と言えば、まだ１１時間ほど時間があるが⋮﹂ ? た。 ポンと肩に置かれた手、腕、肩、首と視線を移す。目以外はものすごい笑顔の瑞鶴だっ ? ? ? ＳＴＡＧＥ─６ 盾の仕事、近衛の矜持 189 ﹁解ってくれればいいのよ。解ってくれれば♪﹂ ﹂ ﹁瑞鶴さん、艦内の地図です。艦長室はここ。そして南京錠もどうぞ。明日の朝まで 閉じ込めておいてください﹂ ﹁さーんきゅ、ホタカの副長﹂ ﹁おいまて、何で監禁されかかってるんだ僕は たらいかがです ﹂ ﹁そうでもしないと抜け出しかねませんからね貴方は。まあ、添い寝でもしてもらっ ? ボロボロの港からボロボロの艦隊が出撃する。全ての艦隊がパラオ鎮守府を後にし ﹁時間だ。出発する。﹂ を振っていた。 半分瑞鶴に引きずられる形で食堂から消えるホタカ。副長はわざとらしくハンカチ ﹁アホなこと言ってないで行くわよ﹂ ﹁後が非常に怖いから断固辞退する﹂ ? 190 た。 ﹁昨日はよく眠れましたか ﹁１２ 提督﹂ で一直線ですからね。他の事も考えるとそれぐらいでしょう﹂ ﹁トラックまでは４日と言うところか﹂ ﹁ま、そういわずに﹂ ﹁此方としてはいい気分じゃないがな﹂ ﹁それだけ一生懸命なんでしょうよ﹂ ﹁おかげさまでね、まさか本当に南京錠まで閉めるとは思わなかったが﹂ ? ﹂ がなかった。 初日、２日目の航海は何事もなく過ぎていった。しかし、厄介事は彼らを見逃すはず パラオを出て未だ３時間。トラックはまだ遠かった。 ﹁了解 ﹁だよな。対潜対空対水上警戒を厳となせ﹂ ﹁難しいでしょう﹂ ﹁敵に見つからなければ良いのだが﹂ ? ! ＳＴＡＧＥ─６ 盾の仕事、近衛の矜持 191 ﹂ 数１ ! アンノウン 航空機です 速度３１０ｋｍ ﹁電探に感あり ０ ! ! 方位１│９│３ ! ﹃え 今さっき信じられない数字聞いたんだけど⋮﹄ 相互通信回線は全艦に向けて常時開かれていた。 ﹁来たか⋮。聞いた通り、不明機が本艦隊に接近中だ﹂ ! 距離４３０ｋｍ ! 高度２１０ ! した絶叫が聞こえる ﹃﹃﹃﹃ええええええええええええええええええ ﹄﹄﹄﹄ ﹃よ、４６０ｋｍって、４６ｋｍの間違いじゃないの ﹁なんだその超短距離レーダー。目視の方が性能がよさそうだぞ ?! !? ﹂ ﹃前回や前々回の海戦で只者じゃないと思ってたけどねー。さすがにそれは予想外だ ? ﹄ 一瞬の静寂。その隙にホタカは通信の音量を最弱にした。直後、通信機からシンクロ 度、速度も解る﹂ ﹁今言ったとおりだ。本艦に搭載されたレーダーの最大探知距離は約４６０ｋｍ。高 ﹃私も聞きましたよ。速度に高度まで﹄ ﹃ホタカさん、不知火には距離４３０ｋｍと聞こえたのですが⋮﹄ ﹃うん、アタシも聞いた﹄ 瑞鶴から若干ひきつったような声が届く。 ? 192 よ﹄ ﹃と、言うかそんな超長距離で見つけても敵か味方かわかるんですか ﹁なんだ 瑞鶴﹂ ﹃ちょい待ち。ホタカ﹄ なかった﹂ ﹄ ﹁心配するな吹雪。僕らの時は敵味方識別装置が付いていたからな。同士討ちはほぼ !? やつ ﹄ ﹁その通りだが ﹂ ﹃その装置ってさ。航空機に積んどいて、電波を当てられたら、特定の電波を返すって ? ﹃あの、あえて止まって航空機をやり過ごすのはどうでしょう ﹄ ﹁その手もあるが、それをやると何時付くか解らないうえ、止まっていても燃料は消費 ? ﹁残念ながらこのまま進むしかない、燃料もギリギリだ﹂ ﹃じゃあ、どーすんのよ。あたしの艦載機はもう燃料が無いから使えないし⋮﹄ わけだ。﹂ ﹁だろうな、つまり目視距離になるまで僕らは同士討ちを恐れて攻撃できないという うなものだと思うわよ﹄ ﹃少なくともアタシの艦載機にはそんな高級な物積んでないし、他の鎮守府も似たよ ? ? ＳＴＡＧＥ─６ 盾の仕事、近衛の矜持 193 され続ける。トラック目前でガス欠なんて自体は避けたい。それに、君らもホントは ドックに居なければならない損害なんだ。長期の航海は避けるべきだ。﹂ ﹃なるほど⋮了解しました。﹄ ﹁とは言え、あれが敵なら完全な情報を与えるのは面白くない。目視距離５０ｋｍに アンタの主砲でも５０ｋｍ届かないでしょ。﹄ 入った後、敵か味方か判別。敵ならばそれと同時に撃墜する。﹂ ﹃何言ってんの アンノウン ! Ｌ Ｓ アンノウン り、それが４行３列で計１２ユニット並んでいた。その中の最後尾の１ユニットの２つ ホタカの後部甲板に所狭しと並んでいる垂直発射装置は１６セルで１ユニットであ Ｖ ﹁対空ミサイルＶＬＳ解放。 Ｅ Ｓ Ｓ Ｍ ２基照準。目標、不明機﹂ 発展型シースパロー ﹁不明機５０ｋｍ圏内まであとわずか ﹂ ﹁別に主砲だけが取り柄じゃないさ。まあ、見ててくれ。﹂ ? 194 のセルが開き、内部の合計４発の発展型シースパローが顔をのぞかせる。基本的に対空 ミサイルは２発が１セルにまとめられているため、再装填なしで１ユニット当たり３２ 発を発射できる。 ﹁ロックオン完了。射撃用意よし﹂ サルヴォ│ ﹁発射﹂ ﹁斉 射﹂ 指令と情報を受け取った２発の発展型シースパローが機体のロケットブースターに 点火すると、ＶＬＳ横の排煙スリットから爆発するかのような勢いで排煙が噴き出す。 その直後、爆煙に包まれたホタカの後部甲板から２つの純白の槍が蒼空めがけ駆け上が アンノウン り、方位１│９│３へ向かって体を倒し水平飛行に移る。ブースターによって軽々と音 の壁を破ったミサイルは、指示された不明機へ向かって一直線に飛翔する。 ホタカのＶＬＳはミサイルのブースターをＶＬＳ内で点火するホットローンチ式で はあるが、ＶＬＳ内に超兵器研究からもたらされた特殊素材を使用することで損傷を防 ぎ、再装填、再発射が可能になっていた。 ﹂ ﹂ ﹁ミサイル、目標到達まで１０秒 ﹁目標が視認圏内に入りました ! ﹁識別急げ。ミサイル針路変更用意、味方なら海面に向かって突っ込ませろ﹂ ! ＳＴＡＧＥ─６ 盾の仕事、近衛の矜持 195 ﹂ 敵です ﹁到達まで５秒 ﹁識別完了 ﹁着弾 敵機撃墜 ﹂ ﹂ せることなく敵機を火球に包んだ。 あったが、その未確認物体は意志を持つかのように進路を変えさらなる回避機動を取ら 前 方 か ら 急 接 近 し て き た 未 確 認 物 体 ２ 機 を 回 避 し よ う と 右 旋 回 を 掛 け た 敵 機 で は ! ! ﹁進路そのまま﹂ ! ! ﹄ ? いる場合じゃないし言う必要もない。君らをトラックまで無事に送り届けられるよ﹂ てこなかったのは奴に悪用されたくなかったからだ。でもまあ、今はそんなこと言って 神の矢。ミサイルだ。対艦用のハープーンや対潜用のアスロックもある。今まで使っ ﹁そう、さっきのが僕のもう一つの主兵装。電子の目を持つ、決して目標を逃がさない ﹃じゃあ、今のが﹄ ﹁ああ、５０ｋｍ先でな﹂ 信じられない物を見たと言った風な声だった。 ﹃ホタカ⋮落とした、の ﹁ご苦労。対空警戒を厳にせよ﹂ ﹁敵機からわずかな電波が発信されましたが解読不能でした﹂ !! 196 ﹃なるほどね。１００発１００中の誘導兵器がアンタの自信の根拠か﹄ 何バカなこと言ってんのよ﹄ ﹁そういう事だ。さすがに無限に放てるわけじゃあないが﹂ ﹃当たり前でしょう ﹂ ? ﹂ ては無い。２００機ぐらいは来るんじゃないのか ? ﹂ ﹁瑞鶴さんともう一度やってくださいよ、もしかしたら降るかもしれないですよ ﹁君はいったい何を言っているんだ ? ﹂ ? な﹂ ﹁痴話喧嘩はよせ。残念だが今回はそのような雲は周囲には無いからその手も使えん からね﹂ ﹁痴話喧嘩が終わった瞬間にスコールが来て、攻撃隊は我々を発見できませんでした ﹁いやな事を言うな、君は。にしても前回の戦闘はラッキーだったな﹂ ﹂ ﹁合流して３００機とか来るかもしれませんよ ? ﹁さてね、前回と前々回の戦闘で数は上昇傾向だ。そして、どちらの場合も空母を沈め 小声で副長が問いかけてくる。いったん通信機の送信スイッチを切る。 ﹁艦長。どれぐらいの敵機が来ると思います 置なんてものが完成一歩手前だったことを聞かせればどんな反応をしただろうか。 通信機の向こうからクスクスと彼女の笑い声が聞こえるが、ウィルキアで無限装填装 ? レーダーに感あり ﹂ 戦闘中に下手な冗談を飛ばす副長に嘆息する。 ﹁艦長 瑞鶴。﹂ ﹃ホタカ⋮﹄ ﹁なんだ ブラボー 相対速度３４０ｋｍ 高度２ ! ﹁ついに来たな。通信開け﹂ ﹂ ﹂ ! 距離４５３ｋｍ 高度２３００ 大編隊です 距離４５０ｋｍ 機影、約２４０機を確認 ﹁これは⋮方位１│９│５ で本艦へ接近中 約２１０機 方位０│８│７ 本艦へ接近中 レーダーにさらに反応 ﹁解った、監視を続けろ﹂ 艦長 相対速度３５０ｋｍ ﹁了か⋮ アルファ ﹂ ﹁これ以後、南の目標群をＡ、東の目標群をＢと呼称する 正規空母が１０隻ぐらいいるのかな ﹂ ﹁南と東合わせて５隻ずつですかな ア パ ッ チ・ロ ン グ ボ ウ 両方合わせて４５０機か、 ! よくもまあそんなに集めましたね。太平洋機動 ? ? ﹁Ｆ│１５ＥやＡＨ│６４Ｄが飛んでこないだけ数百倍マシさ﹂ ストライクイーグル 部隊撃滅戦以来の規模では ? ! ! ! ! ! 膨大な数の航空機の襲来に呆然としている僚艦をよそに彼らは呑気だった。 ８００ ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! !? ? ＳＴＡＧＥ─６ 盾の仕事、近衛の矜持 197 198 アルファ 航海要員も戦闘要員も全員。収容 彼女の何かを決めたような声色にホタカが違和感を覚える。 ﹃私以外の妖精さんを収容してもらえないかしら ﹂ しきれないのなら、北上や不知火に分乗して﹄ ﹁いったい何を考えている ? そんな⋮そんな事したら⋮﹄ ! するわ﹄ ﹃な、なにいってるんですか 瑞鶴さん ﹃私はこの艦隊から離脱し方位１│９│５へ変針。敵航空隊、目標群 Ａの攻撃を吸収 ? ⋮早く命令して ﹄ ﹄ 私に乗ってる妖精さん達は莫迦ばっかりだから。命令が無いと動かないのよ。だから シが助ける番。４人と妖精さん達を救えるならここで沈んでも悪くない。さ、ホタカ。 ﹃そう思ったからこんな話してんのよ。貴方たちには何度も助けられた。今度はアタ 不知火の感情のこもっていない声。 ﹃貴女はそれでいいのですか は耐えて見せる﹄ 消えるのはあたし一人で十分。大丈夫よたかが艦載機の２００機や３００機。数時間 ﹃まあ、確実に沈むでしょうね。翔鶴姉みたいにだから妖精さんを移乗させるのよ。 ?! ? どこか困ったような、懇願するような声に静かに答えた。 ? ＳＴＡＧＥ─６ 盾の仕事、近衛の矜持 199 ﹁僕に、あの提督と同じことをしろと君は言うのか ﹃ホタカさん ﹄ ﹂ 空隊を突破してトラックへ行くための時間稼ぎができるだろうな、﹂ ﹁そうか⋮確かに君なら、２４０機の猛攻を受けても簡単には沈まず。僕らが東の航 の誰もアンタを責めないし、責めさせない﹄ ﹃同じじゃないわ。奴は強制したけど、アンタは部下の願いを聞いただけ。この艦隊 ? た。 ﹁だが却下だ﹂ て、第２次攻撃隊や、もしかしたら第３次攻撃隊もいるかもしれない ! ﹄ ガーズ・フリート 今そんな事言ってる場合じゃ⋮﹄ ﹂ これを防ぐのは それに、私は被雷して速度が出ない 足の遅い艦が抜ければもっと速度を出 せる。それぐらいわかるでしょ 不可能よ ! ﹃どうしてよ⋮敵の数は合わせて４００機以上 いくらアンタの誘導兵器があったっ 信じられないというような吹雪の叫びが頭に響く。が、彼の回答は終わっていなかっ !! ! ﹁瑞鶴。僕がもともと何処から来たのか覚えているか ﹃は ? ! ! アの艦だ。戦ったのは１年程度だったがな。僕にも、譲れないモノぐらいある。一度守 ﹁ウィルキア王国海軍近衛艦隊。建造された場所は日本だが、まぎれもなくウィルキ ? 200 ガー ズ プライド 君らをトラックまで無事に送り届けると。瑞鶴、君の自己犠牲 ると決めたモノは何が何でも守り通す、近衛としての矜持がある。 さっき言っただろう る。僚艦は防空に努めよ。通信終わり﹂ ﹁高角砲や機銃の射程圏内まで、敵機が生きていれば⋮の話ですがね 口元を僅かに歪めて皮肉ぎみに笑う副長。 ﹁違いない。副長﹂ ? イージス つとめ トライデント、２基 用 意。目標、両敵編隊中央 スタンバイ 航空隊の撃滅だ。今こそ盾の仕事を全うする。﹂ ﹂ モードＨＥ ! ﹁了解 ﹁特殊弾頭ＶＬＳ解放 ! ﹂ 信管は指令起爆でセット ! ﹁こちらの艦隊に僅かな被害すら出さず、トラックまで送り届ける。まず手始めに敵 ﹁はい。﹂ ﹂ し、進路上に存在すると思われる敵艦隊もついでに叩く。敵艦攻撃は本艦のみが試み ﹁⋮。全艦隊に告ぐ。針路、速度そのまま、トラックを目指す。まず、敵航空隊を撃滅 ﹃⋮⋮了解。アンタを信じる﹄ が、君の提案は却下する。誰一人見捨てない。﹂ 精神は立派ではあるが。君の物差しで現実を計ろうとしない方が良い。もう一度言う ? ! ! ＳＴＡＧＥ─６ 盾の仕事、近衛の矜持 201 ホタカの前艦橋の両脇に備えられた大型のＶＬＳのハッチが重々しく開く。実際に、 装甲化されているのでハッチは非常に重いが。何かそれだけではない重さを見ている 者は感じ取る。垂直発射装置に収められているのはウィルキア海軍が作り出した、文字 通り最強の威力を持つ炸薬を満載した大型の長距離ミサイル。 本来は対艦、対地用ではあるが、それゆえ大量の特殊炸薬を搭載している。生半可な フ ォ ー ル・ ア ウ ト 機数の編隊の中心で爆破させれば一瞬で編隊ごと消滅させるほどの威力があった。し かも、特殊炸薬は核分裂もしくは核融合などのプロセスが無いため放射性降下物が発生 ﹂ しない。値段と大型な点を除けば︻使いやすい︼大量破壊兵器だった。 ﹁発射準備完了 ﹂ ﹁発射﹂ ﹁発射 ! ス タ ン ダー ド 発展型シースパロー ＲＩＭ│１５６及びＥ Ｓ Ｓ Ｍ 目標到達まで約６分 ! 南の空へ噴射煙を残して飛び去った。 ﹁両敵編隊との距離約４００ｋｍ 用 意﹂ スタンバイ ﹁後部主砲、左９０度旋回 対空ミサイルＶＬＳ解放 ! ! ホタカの後部甲板に積まれているＶＬＳは、甲板のスペースの無駄を出来るだけなく ! ﹂ 発射の電気信号が流れると、２発の大型ミサイルが大量の煙とともに射出され、東と ! 202 すように設置されているため主砲の砲身の下にまで装備されている。そのままでは発 スキズブラズニルでの改 射できないので全力射撃をする場合は後部主砲を左右どちらかに旋回させなければな らない欠点があった。 ﹁艦長。スタンダードミサイルの誘導方式はどうしますか ﹁了解 景気よくやりましょう﹂ ブラボー アルファ ﹁もちろんそれで行く。４００機以上を同時に相手するには撃ちっぱなしは必須だ﹂ 替えが可能だった。 ホタカのＲＩＭ│１５６は自走ドック艦スキズブラズニルにより改良され、その切り はミサイルを発射した後すぐに別の目標へ攻撃ができる。 るかを決めるが。アクティブの場合はミサイルが自分で目標を察知するため、発射母機 セミアクティブの場合、ミサイルを誘導する誘導電波の数が、何発を同時に誘導でき 向かって電波を放ち、その反射波をミサイルが受け取って誘導する。 レーダー・ホーミングで、この方式はミサイルの発射母機、この場合はホタカが目標に 置 を 確 認 し 誘 導 す る 誘 導 方 式 で あ る。元 に な っ た Ｒ Ｉ Ｍ │ １ ５ ６ は セ ミ ア ク テ ィ ブ・ アクティブ・レーダー・ホーミングとはミサイルが自ら発した電波によって目標の位 良により、アクティブ・レーダー・ホーミングが使用可能ですが﹂ ? ﹁主砲装填、弾種特殊榴弾。１番主砲は目標群 Ｂ、２番主砲は目標群 Ａに対応せよ。﹂ ! ＳＴＡＧＥ─６ 盾の仕事、近衛の矜持 203 トライデント あらかたの指示を出し終えてレーダー画面を見る。自分が放った海神の鉾は順調に アルファ 飛行していた。 目標群 Ａの戦闘を飛ぶ戦闘機は、前方から何かが突入してくるのをレーダーで察知 する。数は１だが速度は音速の３倍を超える冗談のような速度、その戦闘機は人類側の 新型迎撃機だとあたりをつけ、自身の戦闘機隊を率いて、爆撃隊を守ろうと旋回を始め る。 しかし、何もかもが手遅れだった。敵飛翔体が味方に突入するのを事前に防げないと 結論付けた戦闘機は突入進路上に機関砲弾の雨を降らせる。とはいえ、相対速度が４０ ００ｋｍ／ｈに迫る物体に命中させることは不可能だった。１瞬で味方編隊の中心に 飛び込んだ飛翔体は、まばゆい光球となる。 翼を翻えす指令を体に伝えるより早く、核爆発に匹敵する暴力的な衝撃波が襲い、瞬 時に機体は砕け散った。同じような光景がそこかしこで発生する。爆心地に近かった 航空機は発生した衝撃波により部品単位にまで文字通りバラバラに解体された。さら に、そのバラバラに解体された部品は衝撃波の後に来る爆風に乗って加速され周囲の墜 落を回避した航空機に襲い掛かり穴だらけにする。機体が分解しない程度の距離で衝 撃波を受けた機体も、後に続く爆風にあおられてバランスを崩し味方と空中衝突をする 204 事態がそこかしこで発生する。 たった１発のミサイルで攻撃隊は甚大な被害をこうむっていた。 撃墜９４ 残り１４６機 彼我距 彼我距離 残り１０６機 ! ホタカの艦隊でも、進行方向と右手方向の水平線近くが一瞬光った。 アルファ ﹂ ﹁目標群 Ａ 中央でトライデントの炸裂を確認 ! 撃墜１０４ ! ２１０ｋｍ ブラボー ﹂ ﹂ ﹁目標群 Ｂ 中央でトライデントの炸裂を確認 離１９６ｋｍ ﹁特殊弾頭ＶＬＳハッチ閉め﹂ ﹁第２弾の発射は行わないので ! ! ! ! タ ン ダー ド ブラボー 発展型シースパロー アルファ ﹁ＲＩＭ│１５６の射程に侵入した敵の半分を撃滅する。もう半分はＥ Ｓ Ｓ Ｍの射程 ス るでしょう﹂ ﹁まあ、残り２５２機。対空ミサイルＶＬＳの即応弾が３８４発ですからね、何とかな い。バラ撒けるほどの余裕もない﹂ ﹁いや、十分だ。敵中央で炸裂させた結果、編隊がバラけた。これでは有効打にならな ? ! ﹂ 圏に入り次第攻撃する。左舷側のＶＬＳは目標群 Ｂ、右舷側は目標群 Ａを照準﹂ ﹁了解 ! ＳＴＡＧＥ─６ 盾の仕事、近衛の矜持 205 ア ル ファ ス タ ン ン ダー ダー ド ド ラ ラ イ イ ン ン ＲＩＭ│１５６射程圏突入 タ ﹂ ﹂ ﹁目標群Ａ、３４ ス ＲＩＭ│１５６射程圏突入 サルヴォ│ ア ラ ル ボー ファ ス タ タ ﹂ ン ン ダー ダー ド ド ラ ラ イ イ ン ン ファー ス ト キ ル ﹂ ﹂ ﹂ ス タ ン ダー ﹁目標群Ａ、トラックナンバー１００１から１０１７まで撃墜 ンバー１１４７から１１６９まで撃墜 ド ボー 目標群Ｂ、トラックナ ブ 艦隊防空の要は、それぞれの指定された目標へ向かい加速を始める。 ブ ス ＲＩＭ│１５６射程圏突入 ＲＩＭ│１５６射程圏突入 ファーストショット サルヴォ│ 斉射 ! 再度後部が爆煙に包まれ、槍が放たれる。 ﹁ロック完了 ﹁そうだ、アウトレンジで一方的に袋叩きにすればいい﹂ ﹁先に見つけ、 先 に 撃 ち、先に撃墜する。ですね﹂ ファーストルック ﹁焦らなくてもいい。基本を徹底すれば確実に勝てる﹂ ファ ! ル ﹁目標群Ｂ、２８ ! ア ﹁目標群Ａ、５２ ! ! ﹁残りの目標はＥＳＳＭと砲兵装で処理する。距離４０ｋｍを切ったら主砲により ! ! ! ラ タカの後ろ半分が白煙に包まれた。いったん上昇し、１７発と２３発の２群に分離した 後部甲板の解放されたＶＬＳセルから４０発ものＲＩＭ│１５６が打ち上げられ、ホ ﹁斉 射 ﹂ ﹁攻撃開始 ボー ! ラ ! ! ブ ﹁目標群Ｂ、４６ ! ﹂ ! ! 206 ラ ボー 迎撃。撃ち漏らしたものをＥＳＳＭと速射砲で殲滅する。﹂ ブ ブ ラ ボー タ ン ン ダー ダー ド ド ラ ラ イ イ ン ン ＲＩＭ│１５６射程圏突入 ス ﹂ ﹂ ﹁目標群Ｂ、トラックナンバー１１９２から１２０６まで撃墜 タ ﹁目標群Ｂ３２ ファ ス ＲＩＭ│１５６射程圏突入 ル ﹂ ﹂ ﹂ ! ア ル ファ ﹂ ﹁目標群Ａ、４０ｋｍライン突破 ﹁主砲発射 ﹂ が、そこに６発のＥＳＳＭが白煙を引きながら襲い掛かってきた。ある雷撃機は上昇し 密集していると纏めて落とされることを恐れた敵機が編隊を解いて単独飛行に入る 落ちていく 音速で撃ち込まれた３発の４１ｃｍ特殊榴弾が鼻先で炸裂し、６機がバラバラになって 運よくスタンダードの矛先を向けられずに済んだ１７機だが、彼らの受難は続く。超 ! たる部分が青く輝いていた。 敵機。雷撃機が３、急降下爆撃機が１０、水平爆撃機が４。いずれの艦載機も背中に当 モニターに映し出されたのは、味方の爆発による黒煙を背景に進撃してくる１７機の ﹁モニターに回せ。﹂ ﹁敵機視認距離に入ります ﹁目標群Ａ、トラックナンバー１０３５から１０６０まで撃墜 ア ファ ! ル ! ア ﹁目標群Ａ４５ ! ! ! ! ! ホー ネッ ト イー グ ル て回避しようとするも、その機動性は第２次大戦のＴＢＦアヴェンジャーと大差なかっ た。Ｆ／Ａ│１８ や Ｆ│１５ を 無 数 に 撃 墜 し て き た 対 空 ミ サ イ ル に と っ て 追 従 す る こ とは容易。完全に目標を補足、追従し腹側に衝突。標的を串刺しにする形で撃墜した。 その後も、幾多の攻撃隊が突入を試みるが、高性能誘導兵器と強力なＦＣＳによって はじき出された予測に基づく砲兵装の射撃によって、全ての機体が半径１５ｋｍ圏内ま ﹂ で到達できず。爆散し、空に黒い華を咲かせた。 ﹁トラックナンバー１１４６、撃墜 ス タ ン ダー ド 発展型シースパロー ﹁対空ミサイルＶＬＳの再装填を急げ。副長、何発使った ﹁ＲＩＭ│１５６、１２６発、 Ｅ Ｓ Ｓ Ｍ、７８発です﹂ ﹂ ! ﹁速射砲とＣＩＷＳも使えばもっと節約できましたがね⋮﹂ 高度２０４０ ! ﹁第２次攻撃隊にはトライデント３，４発撃ちこんでお帰り願おう﹂ 距離４５０ｋｍ 相対速度３ ﹁合計２０４発か。艦隊に殺到させるわけにはいかんからな。必要経費だ﹂ ? ﹁全機撃墜しました。﹂ が生まれていたが、艦隊の中に攻撃を受けた艦は居なかった。 ついに最後の急降下爆撃機が、ＥＳＳＭの直撃を受けて爆散する。空には無数の黒点 ! 方位０│９│２ ! ﹁そうですね。そっちの方が楽ですし﹂ ﹁レーダーに感あり ! ＳＴＡＧＥ─６ 盾の仕事、近衛の矜持 207 208 ! ﹁言ったそばから、ですね﹂ っ 数２２１ ﹂ さらに方位１│９│４ ?! 相対速度３２０ｋｍ スタンバイ ﹁特殊弾頭ＶＬＳ解放、トライデント、１２基 用 意﹂ ﹁残ってるの全部ですか⋮﹂ ! ! 敵 ! ﹂ ? 到するバカなことはしない﹂ ? ﹂ ? ﹁主砲とハープーンで沈めてやる﹂ ﹁まともな相手じゃなかったら ﹁全滅を狙ってもいいが、正規空母５隻も失えば敵も退散する﹂ ﹁ハープーンは使わないので ﹂ かって突入する。ミサイル同士にデータリンク能力が備わっているから、同じ目標へ殺 こに機動部隊がいる。トライデントならもっとも価値ある目標、つまり正規空母へ向 ﹁敵機が距離２２０ｋｍに突然現れた。つまり、海から湧いて出たりしないかぎり、そ ﹁何故敵が２５０ｋｍ圏内にいると だ。それに、全部対空目標に使うのではない﹂ ﹁そうだ、チマチマやってたら敵艦隊が来る。少なくとも南の艦隊は２５０ｋｍ圏内 ! 機影、約１９３機を確認 ! 苦笑いする副長と、ため息をつくホタカ。 ! で本艦へ接近中 ３０ｋｍ 距離２３０ｋｍ ! 高度１４００ 編隊確認 ! ＳＴＡＧＥ─６ 盾の仕事、近衛の矜持 209 ﹁発射準備完了﹂ ﹁目標、敵２個攻撃隊中央および両翼。残りの６発は方位１│９│４に存在する艦隊 ﹂ へ向けて発射。なお、敵機に向ける６発はモードＨＥ、敵艦へ向けての６発はモードＡ Ｐ。撃ち方始め﹂ ﹁データ入力完了、トライデント発射 ﹁もう夜か。ＣＩＣにいると時間間隔が狂うな﹂ ふと、時計を見るとそろそろ日没だった。 ﹁再装填を急いでくれ﹂ ﹁まあ、形はともかく性能面なら旧式もいいとこですから﹂ ﹁そんなに落としたか﹂ ﹁これで合わせて８６４機を撃墜しました﹂ ﹁全機撃墜。第２次攻撃隊を殲滅しました﹂ ダードによって蹴散らされた。 攻撃能力を喪失。何とか逃げ切った数十機は果敢にも突撃を続けるが、間もなくスタン 敵航空部隊は３発のトライデントミサイルにより構成機体の大半を吹き飛ばされて 再びホタカの前艦橋両側から巨大なミサイルが１２発撃ち出される。 ! 210 ﹁仕方ないですよ。窓無いですから﹂ ﹂ 通信が入った、瑞鶴だ。 ﹁どうした ﹃どうしたもこうしたも。終わったの 安心はできない﹂ ﹄ ﹃敵編隊が前から出てきたしほぼ確実に居るでしょうね。まだホタカは戦えるの ﹂ ﹁安心しろ。弾もミサイルも山ほどある。トラックまでは持つよ﹂ ﹃そう⋮﹄ ﹁他に何か聞きたいことは ? ﹁水上レーダーに感あり 敵２個艦隊を確認 ! 戦艦１、空母３、駆逐２。及び空母２、 ダーには昼夜の関係無く。油断なく四方を見張っていた。 夜の帳がおり、艦隊を包む。星も月も見えず、視界は良くなかった。が、ホタカのレー ﹁彼女が戦えない分、僕らが戦うしかない﹂ ﹁艦載機すらなく、魚雷２本受けて、まともに修理せずにトラックですからね﹂ ﹁⋮無理はするな、か。無理してるのはそっちだろうに﹂ ﹃無いわ、無理はしないでね。通信終わり﹄ ? ﹄ ﹁取りあえず航空戦はな。ただ進路上に敵艦隊が居る可能性が大いにある。まだまだ ? ? ! ＳＴＡＧＥ─６ 盾の仕事、近衛の矜持 211 重巡１、軽巡２、駆逐１ ﹂ ﹂ 方位０│９│１ ﹁なんで夜戦に空母を持ってくるんだ ﹁さあ ? ! 距離５０ｋｍ ! 相対速度３６ ! ﹂ ?! プー ン スタンバイ 解放される。 ﹁敵艦隊増速 ン 水雷戦隊を構築して突撃し 空母３は進路、速度ともに変わら 各艦隊より重巡１、軽巡２、駆逐３が離脱 てきます。戦艦１、空母２も水雷戦隊に続いて突撃 ず﹂ プー ! ＲＧＭ│８４重巡３基、軽巡各２基、駆逐各１基、空母各３基照準。 ハー ﹁この土壇場で艦隊を組みなおすとは﹂ ﹁空母が逃げない ﹂ 撃ち方始め﹂ ? を開始する。 せた。オレンジ色の噴射炎をミサイル後部に灯しながら、超低空のシースキミング飛行 ２５発のハープーンの噴射炎が暗闇にホタカの主砲と艦橋を不気味に浮かび上がら ﹁発射 ! ! ホタカの前甲板に備えられた８ユニットの対艦ミサイルＶＬＳハッチが久しぶりに ＲＧＭ│８４ 用 意﹂ ハー ﹁ま あ い い。出 て き た の な ら 出 迎 え て や ら な い と。対 艦 ミ サ イ ル Ｖ Ｌ Ｓ 解 放。 ? ! 212 て、敵空母艦載機を発艦 ﹂ ﹂ ﹁主砲装填。弾種通常弾。目標敵戦艦﹂ ﹁ 現在３０機 ﹁艦載機って⋮この距離でか ﹁はい ! ﹂ ! ﹂ ! に３発づつが突き立った。 さらに戦艦と共に突撃してきた空母、正確にいえばライオン級航空戦艦の後部飛行甲板 軽巡のチェスター級、Ｃ級、駆逐艦３隻もそれぞれが串刺しになって、沈降し始める。 期型が誘爆し艦体がそこから二つに折れてしまう。 致命的だったのが煙突基部に命中したもので、すぐそばにあった２２ｉｎｃｈ魚雷後 来の銛を浴びる。 ハープーンに狙われたニューオーリンズ級重巡は１番主砲、前艦橋、第２煙突基部に未 末誘導により狙いを定めた２５発のハープーンはそれぞれの目標に突入した。３発の 動させて急上昇し、ミサイルのアクティブ・レーダー・ホーミング誘導装置が作動。終 シースキミング飛行をしていたハープーンは目標との距離約７ｋｍで後部の翼を作 ﹁ハープーン着弾まであとわずか ﹁それ以前にまだ艦載機が残ってた方が驚きだよ﹂ ﹁敵は夜間に航空攻撃が出来るほどの部隊のようですね﹂ ! ? ?! ＳＴＡＧＥ─６ 盾の仕事、近衛の矜持 213 たとえ装甲されていると言えども、ハープーンならば貫通する可能性が十分あった。 事実、命中した６発の内４発は装甲を貫通し後部甲板に大火災を生じさせている。まと もな装甲を飛行甲板に張っていない３隻のレキシントン級空母は悲惨だった。飛来し たハープーンは全てが飛行甲板を突き破り、内部で炸裂。２回の全力出撃で弾薬は減っ ていたとはいえ。燃料も弾薬も大量に残っていたため運の悪い１隻は、発艦前の機体急 降下爆撃機と、今まさに甲板に上げようとしていた雷撃機に着弾し甲板と格納庫が一瞬 発展型シースパロー 敵航空戦艦２、空母３炎上中 ﹂ で火の海と化し、残りの２隻も格納庫や甲板の火災は避けられなかった。 ﹁水雷戦隊殲滅 ! サルヴォ│ ハー プー ﹁斉 射﹂ ﹁発射 ﹂ ﹁ＲＧＭ│８４戦艦２基、航空戦艦各２基、空母各３基照準、撃ち方始め﹂ ン ﹁対空ミサイルＶＬＳ解放、 Ｅ Ｓ Ｓ Ｍ ３４基、照準敵航空隊。撃ち方始め﹂ ! ﹂ ! ﹂ ! 砲の装填にかかる時間はわずか１１秒だが初弾の着弾を待つ。 ミサイルとは違う。激烈な轟音が夜の南太平洋に響いた。自動装填装置によって主 ﹁主砲発射 ﹁敵戦艦隊との距離４２ｋｍ ホタカの前後が爆煙に包まれたかと思うと、合計４９発のミサイルが飛び出す。 ! 214 敵航空隊殲滅 ﹂ 敵空母２大破 敵航空戦艦２中破 戦艦１小 ! ! 敵空母１撃沈 ! ﹁ＥＳＳＭ全弾命中 ﹂ ! ! ﹁ハープーン全弾命中 破 ! プー ン ではない２発の対艦ミサイルが舷側に着弾し短時間の内に横転沈没。中破した航空戦 その直前、ハープーンが目標に到達する。大破した空母２隻は、ホップアップモード かった。艦全体に１０発近い砲弾を浴びた戦艦は大音響を残して爆沈した。 回 っ て い た。そ ん な 砲 弾 が １ １ 秒 に ３ 発 の 割 合 で 飛 ん で く る の だ か ら 長 く は も た な 引き裂いていく。口径こそ４１ｃｍであるが威力的な面では大和の４６ｃｍ砲すら上 が降り注ぐと次々と命中し。超音速で飛来する約１トンの砲弾は甲板の水平装甲板を いるホタカにとっては大した問題ではなかった。ノースカロライナ級に４１ｃｍ砲弾 三度、前甲板が煙に包まれる。たとえ前方が煙で塞がれても、レーダー射撃を行って ﹁ＲＧＭ│８４、航空戦艦各３基、空母各２基照準、撃ち方始め﹂ ハー 初弾夾叉を確認し、全力射撃を続行する。 至近弾１。しかもその至近弾は水中弾となり敵戦艦の舷側で炸裂し浸水を引き起こす。 ３発の砲弾が先頭を行くノースカロライナ級に降り注いだ。結果は近弾１、遠弾１、 ばした。これにより、敵戦艦隊は遠距離砲撃の手段を失う。 放たれたハープーンは、３隻の空母に止めを刺し、戦艦と航空戦艦の測距儀を吹き飛 ! ＳＴＡＧＥ─６ 盾の仕事、近衛の矜持 215 艦には、３発が火災の発生でもろくなった後部飛行甲板に垂直に突入。水平装甲を貫 き、格納庫の下に収められていた弾薬庫に着弾。いまだに残っていた対艦爆弾、航空魚 雷に誘爆次々と誘爆。特徴的な艦後部のいたるところから炎を吹き出した。 そこへ、４１ｃｍ砲弾の連続射撃を受ける。いくら航空戦艦とはいえ、４６ｃｍ砲弾 ﹂ を超える威力の攻撃を受けることは想定されておらず、止めを刺され轟沈する。 この時、ホタカとの距離は２５ｋｍを僅かに切ったところだった。 ﹁敵艦隊全滅。周囲に他の艦は見当たりません﹂ ﹁よろしい。ミサイルの再装填を急げ﹂ ﹁何とかなりましたね﹂ ﹂ ﹁初手で測距儀を破壊できたのが良かったな﹂ ﹁これで最後だと思いたいですね﹂ ﹁そうだな。トラックまでどのくらいだ ﹁思ったより航海は順調です。明日の朝には哨戒艦隊と合流できるのでは ﹁そうか。だが、新しい問題もでてくるな﹂ ﹁あー、やっぱりアレですか﹂ ﹁こればかりは、仕方ないな瑞鶴達の働きに期待しよう﹂ ? ? 216 翌日、０８：２３ ホタカらパラオ鎮守府残存艦隊はトラック第２鎮守府の哨戒艦隊と合流し、ついにト ラック環礁へたどり着いた。 二章 魔風到来、魔鯨強襲 気が付くと、残っているのは自分一人だった。 搭載した爆弾に誘爆して沈んでいく。 無数の噴進砲弾が飛行甲板に降り注ぎ、炎上して松明と化している味方空母も 敵の放った魚雷をまともに受けた重巡が爆発を起こして横転する。 何発もの５０番爆弾を当てても目立った損害は無い。 艦載機は全て放った。しかし、航空魚雷を６本直撃させても奴の速度は落ちない いくら人間よりも頑丈な体を持つ自分たちとは言え助からないだろう。 正面から浴びて前艦橋から後艦橋までをなぎ倒されて沈黙する。 また一隻、長大な主砲から吐き出された高初速の砲弾の水平撃ちを 自分自身を守る力すら無い。 自分にはそれを防ぐ力は無い 目の前で戦友たちが次々と沈んでいく。 ││││││││そんな⋮ ＳＴＡＧＥ│７ トラック第２鎮守府 ＳＴＡＧＥ─７ トラック第２鎮守府 217 218 必死に速度を上げ舵を切る。 しかし、奴は嘲笑うように悠々と自分の横を抜いていき 目の前で転舵。無理やり丁字戦に持ち込んだ。 前後の甲板に据えられた見た事も無いほど長砲身の三連装主砲４基がこちらを向く │││││回避 直接睨まれているわけではないが 何のことは無い。目の前で朝食を取る航空母艦の機嫌が非常に悪かったからだ。 トラック第２鎮守府の食堂で吹雪は困っていた。 ﹁瑞鶴さん、そろそろ機嫌治しましょうよぉ。﹂ 目の前で、１２の閃光が迸った。 考えた時には遅かった。 ! ＳＴＡＧＥ─７ トラック第２鎮守府 219 全身から不機嫌なオーラがにじみ出ている。 ﹁⋮⋮⋮﹂ 無言で味噌汁を啜る。 なんでここに座っちゃったんだろう⋮。約１５分前の自分を責める。 その時、左の服の裾を引っ張られる感覚。 ちらりと見ると、昨日再開した姉妹艦の初雪。 ﹁刺激しない方が⋮良い⋮。﹂ ﹂ さわらぬ神に祟りなし。そう目で訴えていた。 ﹁⋮⋮やっぱり 食堂の一角に新聞を置いているスペースがあったが、 ふと誰も座っていない横の席を見ると、今日の朝刊が一つ。 もっとも、そのために退却ができない状態なのだが⋮ 食事は既に終えていたが初雪を待つのは吹雪の生真面目さによるものだ。 何か空気を変えるものが無いか、瞳だけ動かして周りを見る。 今の吹雪にとっては羨ましい物だった。 初雪のマイペース加減は今に始まった事ではないが 小声の返答に頷いて返す。 ? 220 そこから持ってきて返し忘れたモノだろう。 丁度いいと思い手を伸ばす。 見ると、本土でも大手の新聞社の物だった。 そういえばホタカが新聞を見ろと言っていたことを思い出し、広げる。 １面トップに目を通した時、吹雪の顔が驚きに染まり 満足げな笑みに変わる。そのまま読み進めていくと、あるところで視線が止まる。 ﹂ ず、瑞鶴さん﹂ ﹁⋮⋮何か載ってる ﹁ひゃあっ ? ﹁ ああ、ホタカが言ってたのはこういう事か。﹂ ﹁こ、これを見てくださいよ。﹂ と言うか声が怖かった。 集中して読んでいたために、瑞鶴の一言にビビる。 ! ︼ ! その他にも汚職多数発覚︼ ! ︻海軍内横流し資材売却グループ一斉摘発︼ ︻南太平洋方面第２補給根拠地司令官、更迭︼ ︻親の政府高官資材横流しに関与 ︻パラオ鎮守府提督汚職・利敵行為発覚 でかでかと乗せられたいくつかの見出しには ? ＳＴＡＧＥ─７ トラック第２鎮守府 221 と、載っていた。 彼女らは知らないことだが、これはホタカが提供した情報に ＡＮＷによって集められた情報を足して警察機関に通報後、報道したものである。 最前線の提督と海軍の一部、政府高官が結託して資材を横流しし多額の資金を得て いたという 特ダネを提供した青葉はそれなりの報酬を受け取っていた。 ﹁ハッ、ざまあないわね。資材の横流しまでしてたのは知らなかったけど。﹂ ﹁それもあるんですが、私が気になるのはこっちの記事です。﹂ 呉鎮守府所属の主力艦隊が南太平洋方面に出撃後、消息不明。生存絶望 吹雪が指示したのはその報道の下の方に小さく乗っている記事だった。 ﹁なになに 的⋮か。 このご時世じゃ珍しいってものじゃあ無いじゃない。﹂ ? か。 ﹂ ﹁だって、あの呉鎮守府ですよ 海軍内でも１，２の練度を持つ精鋭集団じゃないです ﹁どうして ﹁なーんか妙なんですよね、この記事。﹂ これがどうかしたの うわ、瑞鶴や吹雪もこの艦隊に居たんだ、自分じゃないけどいい気分じゃないわね。 ? ? ? 222 その精鋭集団の主力が消息不明で、生存が絶望視されるなんて。 遭難は考えにくいですし、全滅したとしても何かしらのサインは有ると思うんです けど。﹂ ﹁そういえば確かに変ね。南太平洋方面へ出撃して消息不明なら こっちにも捜索か何かの要請が入るでしょうし。﹂ ﹂ ﹁それに何か気になるんですよね。こう⋮うまく説明できませんけど。﹂ ﹁女の勘 ﹁解った。じゃ瑞鶴さん 失礼します ﹂ ! ホタカにも聞いてみようと思ったところで、背中に冷たい声がかけられる。 が、食事中もあの事件を考えていた。度々箸が止まり 駆逐艦を見送り、食事を再開する ﹁またね。﹂ 初雪と連れ立って席を立つ。 ! ﹁ごちそうさまでした⋮吹雪⋮行こ⋮﹂ だが、瑞鶴もこの小さな記事に言い知れぬ不安を僅かに感じる。 アハハと自信なさげに笑う。 ﹁それが一番近いかもしれません。﹂ ? ＳＴＡＧＥ─７ トラック第２鎮守府 223 ﹁⋮いったい何時まで食べてる気かしら ﹂ ギギギギと擬音が聞こえてきそうな動きで振り向くと 無表情の艦娘が一人 青色のスカート、黒髪のサイドテール 額に昨日は見てない青筋が浮かび上がっていた。 ﹁か⋮加賀さん﹂ さっきお茶を飲んだはずなのに、一瞬で口の中が乾く ? 冷や汗が一筋。 ﹁あなた以外食べ終わってそろそろ集合時間なのだけど ﹂ 激しい怒りではなく、冷たい怒り。 ﹁す、すぐ食べますっ ﹂ 自分とは真逆の、ある種ホタカのような冷静さを持つ声 ? 言うまでもないことだった。 その時、完食までのタイムは彼女の人生で最も早い物だったのは !! 224 何故、瑞鶴が不機嫌だったのか。それは昨日の夜にまでさかのぼる トラック環礁にたどり着いた一行は、 ﹂ 哨戒任務中に出会った第６駆逐隊の面々に先導されトラック第２鎮守府まで誘導さ れた。 ﹁艦長、上陸許可が下りました。﹂ ﹁さて、それでは行ってくるよ。﹂ ﹁今度会うのは何時になりますかね ﹁ハッ ﹂ ﹁さあな。ま、すぐに合うことは無いだろう。艦を頼む﹂ ? 艦船の元々の性能には変化が無い。 リンクを切ったとしても、艦︵息・娘︶としての特殊な能力は失われるが 逆に言えば、艦娘と人との違いはそのリンクの有無だけだ。 艦︵息・娘︶と言う存在は艦とリンクして軍艦を制御する。 簡単に行えるうえ、命を落とす事も無い。 解体といっても、やることは艦息と艦のリンクの破壊であり ホタカは解体される可能性も考えに入れていた。 敬礼。 ! もっとも、現在の艦娘の数は上昇傾向にあるがまだまだ人手不足だった。 甲板から海上へ足を踏み出す前に振り向き、高い塔型艦橋を仰ぎ見る。 南太平洋の青空に、淡い緑を基調としたウィルキア王国旗がよく映えていた。 ﹁もしかしたら。見納めかもな⋮﹂ 自嘲気味に口を歪ませ、海上へ飛び降りる。 環礁内の海は非常に穏やかで、ほとんど波が無かった。 これ 海上を移動しようとしてハタと気づく。 ││││││どうやって走るんだ すぐに背後から呆れた声が聞こえる。 ﹁何やってんのよ。アンタ﹂ これ﹂ 仕方なく、おっかなびっくり歩いていくことを決めて歩き始めると、 とはいえ、これしか移動方法は無い。 歩けなくはないが、一つ間違えれば滑りそうな感触だった。 地面と言うよりは、氷の上を歩いているような 試しに右足を前に出す。次に左足。 内火艇を出せばよかったと今更だが後悔する。 ? ﹁瑞鶴か、ちょうどいい。どうやって進むんだ ? ＳＴＡＧＥ─７ トラック第２鎮守府 225 226 ﹁ハァ ⋮ってそういやアンタ初めてだったっけ。﹂ 岸壁にはすでに全員が集まっていた。 ﹁すまない、待たせた。﹂ ! 執務室の中はきれいに整頓されており、目の前の机には若い海軍軍人 何とか執務室へたどり着く。 のの 大井を先頭にしたパラオ鎮守府脱出隊の突撃を受ける等のアクシデントはあったも 執務室へ行く間に、 トラックへの道中、暁と名乗った黒髪の少女についていく。 ﹁いいわよ、別に。私たちについて来て ﹂ 彼女はイメージするだけと簡単そうに言ったが、ホタカにとってこれが現実だった。 実際のホタカは、自分の高性能電算機を使って姿勢制御をしていた。 瑞鶴は後ろからついて来て、そういうが ﹁そうそう、上手いじゃない。﹂ 試しにイメージし走り出す。 要約すると頭の中でイメージすればよいとのことだった。 ヤレヤレと言った感じの彼女から、簡単に説明を受ける。 ? ＳＴＡＧＥ─７ トラック第２鎮守府 227 背格好はホタカと似通っている。 ﹂ その隣には静かな雰囲気の青いスカートとサイドテールの女性。おそらく艦娘だ ろう。 執務室に入り、敬礼する。 ﹁ホタカ以下、パラオ鎮守府残存艦隊到着しました。 マナツ このたびは我々を保護していただき、ありがとうございます ラッキー 執務室の扉が開き、腕に特警の腕章をした２人の軍人が入室し だ。﹂ しかし、ホタカ。誠に申し訳ないが君をすぐにここに配属するわけには行かないん ﹁君以外の艦娘はすぐにここの鎮守府所属と言う事になる。 とは言え、彼女には関係ない事なのですぐに意識の海溝に沈んでいった。 提督が何も言わないところを見ると大井がナニかをしたらしい。 そんなことを北上は思う。大井は何かと理由を付けて執務室内まで来ていた。 │││││ホタカが居たこと自体が幸運だったけどね ﹁運が良かっただけです。﹂ よくここまでたどり着いてくれた。﹂ ﹁トラック第２鎮守府提督の真津だ。青葉から報告は受け取っている ! 228 ホタカの両脇に立つ。 ﹂ ﹁俺も何度か反対したのだけどね。上が煩いんだよ。 ﹂ すまないが暫く軟禁されてはくれないか ﹁なっ ? ﹁ええええええええ すんなり捕まるんですか ﹂ !? なんでホタカが軟禁されるわけ 流れるように通告に従うホタカに吹雪が驚く ﹁ちょ、ちょっと待ってよ ! い。﹂ ﹁なんでよ ﹂ ﹂ 得体のしれない連中と戦ってるのに、得体のしれない国の艦が ﹁と言うより、これが普通だと思うんだが⋮。 ! ﹃味方です﹄と言ってきたのを﹃はいそうですか﹄と採用できるわけないだろう ? ﹁や め ろ、瑞 鶴。君 が 僕 の 待 遇 に 関 し て 怒 っ て く れ る の は 光 栄 だ け ど こ れ は 仕 方 な 自身だった。 目を吊り上げて提督に詰め寄ろうとした彼女の前に腕を出して止めたのはホタカ !? !!? ﹁条件は提示させていただきますが、いいでしょう。貴方も大変ですね。提督﹂ 突然の通達に瑞鶴が絶句する。 !? ＳＴＡＧＥ─７ トラック第２鎮守府 229 提督、どうせ僕には深海棲艦のスパイ疑惑でもかかっているのでは ホタカの問いに提督は一つ頷く。 ﹁そういう事だ。まあそう遠くないうちに出られると思うから 我慢してくれ。﹂ 本人が納得しているうえ上層部の命令を１艦娘が覆すことなどできず 瑞鶴は最後まで納得できないとごねていたが 仕方ないとため息を吐くホタカ。 ﹁⋮了解﹂ ﹁そこしかないからな。諦めてくれ。﹂ ﹁男の自分が女性ばかりの寮に行くのはどうかとは思いますが⋮﹂ 入れないから駆逐艦の娘が持ち回りで監視する。﹂ ﹂ ﹁部屋は普通のものを用意する。艦娘寮の１室だ。憲兵は艦娘の寮には基本的に 提督の言葉に肩をすくめて答える。 無下に扱おうものなら何が飛んでくるか解ったものじゃないからな。﹂ ﹁それに関しては心配は要らない。 命令に従います。﹂ ﹁僕に乗艦している妖精さん達の生命の保証を約束していただけるのであれば ? 230 さらに、執務室を出た後すぐに、吹雪、不知火、北上と共に ドックに放り込まれてしまった。 その結果が今朝の瑞鶴のありさまだ。 彼女自身八つ当たり以外の何物でもない事を知っていたが 完全に、憤りを押さえつけることが出来なかった。 艦娘を修理するには２つの手順を行わなければならない。 艦娘本体つまり肉体の治療と、艦本体の修復である。 肉体の方は、艦娘の怪我や病気に対して非常に高い治癒効果を発揮する 液体につかることで治す。このことは艦娘の間で︻お風呂︼と呼ばれていた。 お風呂に浸かっている時間は大型艦であればあるほど、損傷が大きければ大きいほど 長い時間がかかったが丸１日入らなければならないことは稀だった。 艦体の方は鎮守府に設置されたドックに入れて、妖精さん達が修理する。 このドックは巨大な建屋で覆われ、外からは中を見ることはできず 立ち入る事も出来ない一種のブラックボックスと言えた。 このドックに入る時間は、大型艦で長くて半月ほどだった。 ここである問題が生じる。 艦娘がお風呂に入って肉体の修復が完了しても、 ＳＴＡＧＥ─７ トラック第２鎮守府 231 艦体の修理が終わっていないことは日常茶飯事だった。 修理にかかる時間が大きく違う以上仕方のないことだが、いくつかの問題も生じてく る。 まず、あまりに艦体が損傷しているとお風呂に入っても艦娘の肉体の傷の治りが悪 くなる。 この場合は艦娘は入院し、お風呂以外の治療を行いながら艦体の修理が終わるのを待 つ。 性質の悪い問題として、艦娘の感じるダメージと 艦の実際のダメージに差異が出る事態が生じることがある。 お風呂は大きな施設となっているため、十人以上の艦娘を簡単に治療できるが 巨大なドックはそうはいかない。 そのため、損傷艦が一度に多く来ると、 艦娘のダメージはお風呂でほぼ完全に回復しても、 艦本体がドックへの入渠待ちで損傷したままな場合がある。 艦娘が艦の損傷に応じたダメージを負うのは、 自分が後どれだけ戦えるのか判別する基準となるため そのダメージに差異があると、 232 痛みはあまり感じないのに艦自体のダメージは撃沈一歩手前と言う状況が起こりう る。 痛みは艦の状態を文字通り身をもって知る重要なシステムと言うことだ。 そのため軍は、傷ついた艦娘をむやみやたらにお風呂に入れ、 危険なダメージの差異が発生することを避けるよう呼びかけている。 とは言うものの、まともな人間なら 傷ついて苦しんでいる艦娘にお風呂へ入ることを禁止することに 躊躇いを覚えるのは必然であるため。 損傷した艦を出撃させないと言う鉄則を破らない限り、ドックへの入渠待ちが確定し ていても お風呂に入ることを許しても良いという暗黙の了解があった。 瑞鶴が朝食を胃の中へ流し込んでいるころ ホタカは戦艦寮にあてがわれた一室で、食器を当番の艦娘に渡していた。 ４畳半の和室で部屋の隅には布団が一組。部屋の中央にはテーブル 部屋の隅に小さなコンロと流し台があった。 ＳＴＡＧＥ─７ トラック第２鎮守府 233 以前警備員の宿直室として使われていたが、艦娘の寮となってからは使われていな い。 ﹂ ﹁では、よろしく頼むよ。﹂ ﹁はい ﹂ ? ﹂ ! ﹂ ! ﹁と、言うわけでここからの監視は綾波型駆逐艦漣が引き継ぎます 入れ替わるように桃色の髪の少女が入ってきた。 開ける直前で固まっていた朝潮が、さっさと部屋を出ていく。 ﹁⋮⋮失礼します どうやら非番の艦娘がドアの前に集結していたようだ。 朝潮がドアを開ける瞬間。ドアの向こうからドタバタと騒がしい音が聞こえた。 ﹁失礼します ﹁解った。ありがとう。﹂ ﹁漣です。少々不思議な娘ですが特に不備は無いかと。﹂ ﹁そうか、なんて言う娘か解るかい ﹁朝潮はこれから訓練ですので、別の艦娘と交代します。﹂ 生真面目が服を着て歩いているような艦娘、と言うのがホタカの印象だった。 返事を返したのは朝潮型駆逐艦１番艦朝潮 ! 234 よろしくお願いしますね。ホタカさん。﹂ ﹂ 女性寮にぶち込まれた男子として ﹁よろしく。楽にしてくれ、僕は悪巧みをしようとは考えていないからね。﹂ ﹁おやおやぁ 何にも考えてないことは無いでしょう ニヤニヤとした笑いを浮かべる。 何故か自分の副長を思い出すホタカ。 はっ まさか最初の攻略対象は、﹂ ﹁女性の園に放り込まれた数少ない男なんて、ギャルゲのテンプレじゃないですか。 ﹁後が怖いから考えるわけには行かないよ。﹂ ? ? ﹂ ? 許可は取ったのか と言うホタカに対して、必要ありませんとドヤ顔で答える漣。 ﹁どうせ暇だろうと思いまして。資料室から適当に持ち出してきました。﹂ かった。 テーブルに置かれたのは、題名は違えど太平洋戦争について書かれているものらし 漣がこの部屋に来た時から抱えている数冊の本。 ﹁ノーコメント。で、その手に持っている本は ﹁それはそれで魅力が無いと思われてるみたいでショックですね。﹂ ﹁少なくとも君ではないから安心しろ。﹂ ! ? ＳＴＡＧＥ─７ トラック第２鎮守府 235 ﹁ま、暇であることは間違いないからな。ありがたく読ませてもらうよ。﹂ ﹁ああ、言い忘れてましたが、燃料はともかく弾薬の補給は軟禁が解かれるまで 搭載されませんのでご注意を。﹂ ﹁仕方ないか、燃料をもらえるだけマシだ。本来なら武装解除で ﹂ ﹂ 弾薬をすべて抜かれても文句言えないからなこちらは。﹂ ﹁いやまあ、そういう意味もあるんですが⋮﹂ ﹂ どこか乾いた笑いに違和感。 ﹁何か他にも理由が ﹁ホタカさん、あなたドンだけ魚雷使ったんですか 魚雷は一発も撃っていないが⋮﹂ ﹁は 何それ怖い﹂ ﹁え ﹂ ? ? ﹁艦娘の弾薬はどうやって補給されているかご存知ですか ﹁ ? ﹂ ? ﹁そのコンテナはですね。漣たち艦娘に弾薬を補充する ﹁赤とピンクと青だ。﹂ ﹁何色でしたか ﹁そういえば、弾薬庫内の弾薬が全部積んだ覚えのないコンテナになっていたが。﹂ ? ? ? 236 何と言いますか⋮エネルギーパック的な物なんですよね。﹂ ﹁僕の兵器は全部実弾兵装だが⋮﹂ ﹁いやそういうわけじゃなくて、 艦娘は対応する弾薬コンテナが積まれている限り何発でも砲や魚雷を打てるんで すよ。﹂ ﹂ ﹁で、一定以上撃つとコンテナ内のエネルギー的な何かが切れて撃てなくなると。﹂ ﹁正確には消滅するんですよ。エネルギーを使い切った瞬間にＰＯＮと。 そこまで大きなコンテナじゃあないので、 コンテナ１つが砲弾や魚雷１発ってのがほとんどですね。﹂ ﹁例えば、主砲に弾を装填して撃たずに弾薬庫に戻す操作をすればどうなる ﹁戻そうと思った弾薬庫にコンテナが現れますね。 上手く使えば弾薬庫内のコンテナを好きな場所に移動できますが まあ、やる人なんかいませんよ。﹂ 君の目の前にいるよ。と心の中で呟く。 ﹁で、さっきの話に戻るのですが。 ホタカさんの弾薬の補給に関する見積もりを聞いた提督が ｏｒｚな状態になってたんですよ。﹂ ? ＳＴＡＧＥ─７ トラック第２鎮守府 237 ﹁あー。大体わかったがあえて聞く。理由は ﹁そんなにひどかったのか ﹂ ﹂ 魚雷に対応する青いコンテナがバカみたいに必要みたいらしいんので⋮﹂ ことですよ。 ﹁弾薬の消耗量と言うより、完全に補給するために必要な資材が半端じゃないと言う ? ﹂ 目標を指定すれば、自ら飛行経路を制御しながら目標に突っ込んでいく。﹂ ﹁ミサイルだ。誘導噴進弾とでも言えばわかりやすいかな。 ﹁マジで何積んでるんですか、貴方は。﹂ か。﹂ ﹁な る ほ ど ね。僕 の 主 兵 装 は １ 発 で 魚 雷 １ ∼ ５ 本 分 だ か ら、そ う な っ て も 仕 方 な い ﹁はい、ものすごい高級品です。﹂ ﹁そういえばこの時代は魚雷１発で家が建つんだったよな。﹂ よ。﹂ と言うか魚雷を数百発単位で使いでもしないとこんなふざけた値は出てきません ﹁ええ、大和型戦艦以上に。 ? ﹁そんなものがあるんですか ﹁実際に積んであるよ。﹂ ? 238 ﹁話を戻しますが、この鎮守府には貴方の弾薬庫を満タンにしようと思ったら 鎮守府中の青コンテナをかき集めないといけないので 今本土へ補給要請を出しているんですよ。 それが来るまでは、主砲弾とかの赤コンテナはともかく、 青コンテナの補給は期待しない方が良いですね。﹂ ﹁次からは少し自重するか⋮﹂ ﹁お願いしますよ、漣も魚雷管が空のままで出撃なんてしたくないですから。﹂ ﹁とにもかくにも補給の問題は提督に任せておいて 僕は読書でもすることにするよ。﹂ 漣の持ってきた１冊を手に取り表紙を開いた。 正午になると、部屋の扉が叩かれる ﹁ハイハーイっと。﹂ ってブッキーじゃまいか﹂ さっきまでグータラしていた漣がぴょこんと飛び起きてドアを少し開ける ﹁どちら様 奇妙なあだ名に肩を落とすのはダンボール箱を抱えた吹雪だった。 ﹁ブッキーって⋮﹂ ? ＳＴＡＧＥ─７ トラック第２鎮守府 239 ﹂ ﹁あの⋮中に入ったら、ダメだよね ﹁おｋ﹂ ﹁だよねー⋮っていいの ﹂ ? ﹂ ? ﹂ テーブルにダンボールを置く ﹁ホタカさん、ホタカさんの副長妖精さんからお届け物です。﹂ ﹁吹雪か、よく来た。コーヒーも出ないがゆっくりしていくといい。﹂ ﹁漣ちゃんの部屋じゃないでしょ ﹁まあ、入りなよ。狭いとこだけど﹂ かっこつけた口調で話す漣に苦笑いしか出なかった。 ﹁アハハ⋮﹂ ﹃漣は悪くない﹄﹂ 面会謝絶とまでは言われてないしね ﹁いやーご主人様からは監視しろって言われたけど !? でも、これでは検閲の使用がありませんよ。﹂ ﹁検閲は無かったのか ﹁ありましたよ ? 見た事も無いような文字で書かれていた。 ダンボールの中から取り出されたのは一冊の本 ? 240 ﹂ ﹁ああ、さすがにウィルキア語は読めないか。﹂ 合点が言ったと何度か頷く。 ﹁これがウィルキア語なんですか ﹁何の本が入ってるんですか ﹂ パラパラとページをめくっていた漣が解読を投げた。 ﹁うーん。日本語でおｋ。﹂ アイルランド語が出来れば意味は取れる。﹂ ﹁そうだ、と言ってもアイルランド語とそこまで大きな違いはないがな。 ? ﹁新聞 ⋮ああ、青葉はうまくやってくれたようだな。﹂ ホタカに渡されたのは今日の朝刊。 ﹁それと、これをどうぞ。﹂ まあ、ありがたく頂戴しよう。﹂ ﹃第０８ゲリラ小隊﹄⋮元クルーの私物ばかりだな。 ﹃欧州大戦従軍記﹄、﹃シュヴァンブルグ・エクスプレス﹄ ﹃漆露戦争﹄、﹃対露戦線異状なし﹄、﹃Ｖウィング﹄ ﹁えーと、﹃吸血鬼ドラキュラ﹄、﹃姫君の青い鳥﹄、﹃魔弾の射手﹄ ? ﹁それもあるんですが、本題はその下です。﹂ ? ＳＴＡＧＥ─７ トラック第２鎮守府 241 ﹁下 ﹂ ﹁吹雪、司令官に南太平洋方面の航空哨戒の強化と 電探設備の点検を僕の名前で意見具申してくれないか ﹁航空哨戒と電探設備の話は分かりますが 何故、小規模艦隊の哨戒任務を避けるのですか 消息不明艦隊を探すのであれば小艦隊を多く投入するべきでは サーチアンドレスキュー 漣の疑問にホタカは忌々しそうに答える。 ﹁只の捜 索 救 難ならそうすべきだろうが ﹂ 最悪の場合、今回はそうじゃない可能性がある。﹂ ﹁どんな可能性ですか 来たとしても可笑しくない。﹂ が、新手の深海棲艦の方がマシだと思えるような奴が 僕は異世界の艦だが、今はこちらに居て君らに味方している。 唯一の事例では無いかも知れないと言うことだ。 ﹁別の世界の艦がこちらの世界に来ることは ? ﹂ ? ? あと、小規模の艦隊で哨戒任務を行うことを出来るだけ避けることも。﹂ ? 呉鎮守府艦隊消息不明の記事を読むと、ホタカが顔を顰める。 ? 242 ﹁いったい何を恐れているのですか ﹁超兵器のこちらの世界への出現。 ﹂ 何ともチープなネーミングですね。﹂ 可能性が零とは言い切れない。﹂ ﹁超兵器 ? ﹁解りました それでは行ってきますね ﹂ ! 吹雪﹂ ? ﹂ ? ﹁やっぱり信じられませんよねぇ。﹂ ﹁超兵器、か。﹂ それが逆なら目も当てられないからな。﹂ 最悪の最悪を想定しておいて、最悪な事態が起こってもまだ耐えられるが ﹁０∼１００％。さっき吹雪に話したのが考えられうる中で最悪のモノだ。 ﹁その超兵器がこっちに来る可能性はどんなものなのですか パタパタと吹雪が出ていくのを見送って、ホタカは自分の眼鏡を拭く。 ! まず先に航空偵察を行うことも併せて具申してくれ。いいか もし、電探に不審なノイズが出現したら下手に艦を派遣させず ３つや４つの艦隊なら一瞬で殲滅する。 ﹁名前はそうかもしれないが、その力は強大だ。 ? ＳＴＡＧＥ─７ トラック第２鎮守府 243 執務室で吹雪はホタカの意見具申を提督に伝えていた。 ﹁まあな、少々荒唐無稽に過ぎる。 電探の点検と、航空哨戒の強化は 他にいくらでも理由を考えられるが。 小規模の哨戒艦隊の出撃を避けるには 理由がフワフワしすぎているからな。 その意見を受け入れるわけには行かないよ。﹂ ﹁ホタカさんは嘘をついているようではありませんでしたけど⋮﹂ ﹁超兵器なんて見た事も聞いた事も無い存在が 現れる確率は本当に低いからな。ホタカも必ず来るとは言っていないだろう ホタカの事例に再現性があるかどうかが解るのは 超兵器が出現した後だ。 今の状態では、哨戒艦隊の出撃を控える理由としては弱い。﹂ ﹁そうですか⋮﹂ ﹁ま、今回は航空哨戒と電探の点検を徹底する。 哨戒艦隊の件は、超兵器とやらが呉鎮守府の艦隊の失踪に 関与していることが確実となってからだな。﹂ ? 244 ﹁解りました。失礼します ﹂ 敬礼して、吹雪が執務室を出ていく。 ﹁超兵器⋮か。 そいつが３，４個艦隊を一瞬で葬るなら。 ２個艦隊を無傷で一方的に殲滅したお前は何者だ 提督の独り言は誰の耳にも届かなかった。 ホタカ。﹂ ? ! ﹁ううううううう⋮﹂ 目の前で突っ伏して唸っている緑がかった黒髪のツインテール、 ﹂ とホタカに聞かれた後、この状態になってしまった。 食器を引き上げるついでにホタカに会いに来た彼女は 今日何をしていたか と机に手をついて体を上げる ﹁こっちは命からがら逃げて来たってのに バン 初日から訓練と講義ってどういう事よ ﹂ ホタカは聞こえないようにため息を吐いて適当に相槌を打つ。 機関銃のように不満をまくしたて始めた。 さっきまで唸っていたのは何処へやら。 なんだってのよ しかも、加賀さん何かとアタシに注意してくるし ! ! ! ﹁随分とかめちゃくちゃとか、そんなチャチなモノじゃ断じてないわよっ ﹁その⋮なんだ。随分しごかれたな。﹂ ? ! ! ! ＳＴＡＧＥ│８ トラック着任と悪魔の影 ＳＴＡＧＥ─８ トラック着任と悪魔の影 245 246 ﹁君らは今まで訓練らしい訓練は受けていないみたいだからな ちゃんとした軍の訓練や講義を経験させるためだろう。 注意されるのは、それだけ目を掛けてもらえるということだ 見どころがなければ注意する飛んでこないからな。﹂ ﹁それはそうだけどさ⋮。﹂ ﹁どっちにせよ受けなきゃならないなら、 嘆いても喚いても仕方ない。諦めも肝心だ。﹂ ﹁ホタカまで⋮﹂ ﹂ 瑞鶴のズーンと言う風な擬音が当てはまるような雰囲気に苦笑する。 ﹁ってかアンタは軟禁されてるからいいかもしれないけど 解放されてここの鎮守府に着任することになったら ﹂ 愚痴を言いに来たわけじゃないだろう 同じような事受けるんじゃないの ﹁⋮⋮⋮﹂ 冷や汗が一筋 ﹁⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮ところで何か用か ? ? ﹁︵逃げたわね︶⋮食器の回収ついでにこの記事を見てもらいたくって。﹂ ? ＳＴＡＧＥ─８ トラック着任と悪魔の影 247 手渡されたのは今朝の新聞。 ﹂ ﹁なんだ、君もその話か。﹂ ﹁誰か来たの ﹁正午ごろに吹雪がな。彼女から聞いていないのか ツインテールが左右に揺れた。 ﹁そうか、僕の考えでは⋮﹂ ﹁超兵器、ねぇ。もし超兵器が来たとして ﹂ アンタはその超兵器が必ず、深海棲艦側につくと思うの ﹁どうして ﹂ ﹁どうだろうな。その可能性は低いように思える﹂ もしかしたら、アンタみたいに人類側に立つかもしれないじゃない。﹂ ? そこから、彼の超兵器が出現するかもしれないと言う予測を瑞鶴は聞く。 ? ? ﹁たとえ奴らがこちら側に立って戦うとしても ﹁それじゃあ。﹂ そいつは⋮まさしく破壊と混沌の化身。兵器の中の兵器と言えるものだったよ。﹂ 乗員では無くて、艦の意志と呼べる存在にな。 ﹁僕は最期の時、全ての超兵器のマザーシップとなった艦と会話したんだ。 ? 248 一緒の艦隊で戦うのはごめんだね。 アイツらにとって誰が敵で味方かなんて些細な問題なのだろう 前の世界では人が乗ってその手綱を握っていたが、 この世界では艦娘と言う艦の意志そのもののような存在がある。 破壊衝動のまま周囲をなぎ倒し暴れまわるような気がしてならない 人も艦娘も深海棲艦ももしかすると同じ超兵器まで 敵であると認識しても全く可笑しくない。﹂ ﹁⋮⋮⋮﹂ ﹁瑞鶴、万一のために先に忠告しておくが。 航空偵察で巨大な艦を見つけたとしても絶対に攻撃を仕掛けるな。 見つけたら司令部に連絡し、なんとしてでも逃げろ。 絶対に無理をするな 既存の艦では太刀打ちできない。﹂ ﹁アンタは、どうなのよ﹂ ﹁僕はその超兵器に対抗するために建造されたんだ。 一隻でも確実に塵殺出来る。﹂ ﹁自信あるのは結構なことだけど。 ＳＴＡＧＥ─８ トラック着任と悪魔の影 249 単艦で突撃なんて馬鹿なマネ、アタシが許さないから。﹂ 睨む、と言うよりはまっすぐな視線がホタカに突き刺さる。 ﹁別に君の許可が必要なわけじゃないし 単艦で超兵器に肉薄しなければならないことは非常にまれだろう ﹁そうかもしれない。 ﹂ ? けれど、アンタが突入してボロボロで帰ってくるのは見たくない。 ホタカにもそっくりそのまま同じことを言うわ ﹂ 例えアンタが超兵器と遭遇しても、絶対に無理しないで。﹂ ⋮なにこれ ﹁⋮わかったよ。﹂ ﹁ならいいわ。 ? ﹁航空機 でも、プロペラが付いてないよ ﹂ ﹁ああ、Ｖウィングか。ウィルキア王国軍の広報部で出している航空機雑誌だな。﹂ 表紙には航空機の絵。 瑞鶴が手に取ったのは吹雪が運んできた本の中の一冊。 ? ? ﹁そのころはジェット機ばかりだったからな。プロペラを持つ物は少ないよ。﹂ た。 パラパラとページを捲るが、なじみのあるプロペラを付けたモノは極々わずかだっ ? 250 ﹂ そんなものが完成していたの 君は知っているのか ﹁ジェット機 ﹁あれ ? ?! ﹂ !? ﹂ ? その当時は兵器の発展速度に疑問を抱く暇がなかった。 それらを一切合財尽く葬り去る超兵器まで出てくる始末。 空は音速を超える航空機が飛び交い 数十隻の主力艦が隊伍を組んでぶつかり合い まあ、あの戦争はどこかおかしかった。 ﹁僕も今になって思えば信じられないよ、 悪い夢でも見ていたかのような気分だった。 辛い戦争の中性能の劣る機体で戦うしかなかった彼女にとっては 絶句したような彼女の声、無理もない。 ﹁一年って⋮﹂ 冗談のような発展速度だろう 世界中の戦場を飛んでいたよ。ゼロ戦からジェット機になるまでわずか１年 ﹁そうか。ジェット戦闘機は僕らの世界では既に量産されていて 噂でそういうものがあるとかなんとか﹂ ﹁まあ、そこまで知っているわけじゃないんだけどね⋮ ? ＳＴＡＧＥ─８ トラック着任と悪魔の影 251 戦い続けなければ、こちらがやられる。﹂ 昔を思い出すように目をつぶるホタカ。 ﹁もしかしたら、︻何か︼が兵器の発達を助けているのではないか⋮ そんな考えさえ浮かぶよ。﹂ ﹁兵器を発達させる何か⋮か。 もしそんな物が有ったとすれば、 戦争していれば誰でも使おうとするわね。 あ、これかっこいいわね。﹂ ﹂ 瑞鶴の開いたページには、優美なラインのシルエットを持つ 双発の大型戦闘機の写真。 ﹁えっと⋮エスユーフタナナ ﹂ ? ホタカの返答に、うへぇと嫌な顔をする ﹁無理だな。空虚重量で大体１７トンある。﹂ 空母であるがゆえに、高性能機を乗せたいと言う欲求は有るようだ。 ﹁フランカーね、これ私に乗せられないの ﹁ＳＵ│２７、コードネーム︻フランカー︼か。確かに良い機体だ。﹂ その声を聞いた時、ホタカがパッと見では解らない程度に微笑む。 ? 252 ﹁どんだけ重たいのよ。一式陸攻にめいっぱい積んでも１５トンぐらいなのに﹂ ﹁航空機は大型化してるんだよ。この世界も時期にそうなる。﹂ その時、部屋のドアがノックされ開かれる その人物の顔を見た瞬間瑞鶴の顔が引きつった。 ﹁か、加賀さん⋮﹂ ﹁貴方に用は無いわ。ホタカ、提督が呼んでいるので執務室まで来てください。﹂ ﹂ 有無を言わせぬ態度、まさしく命令 ﹁僕の取り扱いが決まったか ﹁そんなところ。﹂ ﹂ そう声をかけるが釈然としない顔だった。 ﹁あの提督は頭が良さそうだ。心配は要らない。﹂ 彼女を避けるように少し遠回りをしてドアまで行く ﹁彼女は僕を呼びに来ただけだ、何も知らないよ。﹂ ﹁私には詳しいことは知らされていません。﹂ ﹁ホタカを、どうするつもり 瑞鶴が加賀との間に立ちはだかった。 彼が立ち上がり、瑞鶴の横を通って彼女の背後にある出入り口へ行こうとした時 ? ? ＳＴＡＧＥ─８ トラック着任と悪魔の影 253 ﹁そうだ、一つ言い忘れていた。﹂ 部屋を出る直前、顔だけで振り向く ﹁ＳＵ│２７のフランカーと言う名前は別の国がつけた名前でね ﹂ 生まれた国での愛称は別にある、非公式だがな。﹂ ﹁愛称 ﹂ ? ﹂ ? ラー ブ リ ク Су│２７︻Журавлик︼。ジュラーブリクの意味は││││││鶴 ジュ そう。と言ったきり黙った。 彼女もさして興味が無かったのか こっちの話だ。と適当にあしらう。 どうやら独り言を加賀に聞かれてしまったらしい。 ﹁何が面白い偶然なの ﹁何というか。面白い偶然は有るものだな⋮﹂ た。 突然のロシア語に戸惑っているうちにホタカはさっさと部屋を出ていってしまっ ﹁ジュラ│、ブリク ﹁Журавлик、だ。意味はロシア語が解る艦娘に聞いてみるといい。﹂ ? 254 ﹁ホタカ、出頭しました ﹂ 提督の目の前まで歩き、敬礼。 ﹁よく来た。これから幾つか質問するが それに正直に答えてくれ。﹂ ﹁はい。﹂ ﹁君は深海棲艦と敵対している。これは事実か 君の戦闘能力は非常に魅力的だ。 ﹂ ﹁我々としては君をわが軍に迎え入れる用意がある。 提督が一つ頷く。 敵対しているということが出来ます。﹂ 沈めたので もちろん、その後殲滅しました。そして、ここに来るまでに深海棲艦の艦隊２つを こちらに砲撃を行ってきました。あの攻撃に友好な意思は見いだせられません ﹁はい、この世界に現れた時、こちらが敵対する意志を示していないにもかかわらず ? ! ＳＴＡＧＥ─８ トラック着任と悪魔の影 255 では、君はわが軍の指揮下に入る意志は有るか ﹁十分な補給、整備、休暇、報酬など ﹁約束する。何なら書類を作ろうか ﹂ ﹂ この軍の艦娘と同じような待遇を受けられるのであれば。﹂ ? しかし、今の彼にはそういったものがなかった。 深海棲艦が彼に友好的であったなら、話は変わってたかもしれない ウィルキアが存在していたなら 無限装填装置を装備していたなら 彼にはほかに道が無かった。 祖国を捨てることに抵抗が無いわけではないが 提督が差し出した手を握る。 ﹁よろしくお願いします。真津提督。﹂ これからよろしく頼む。﹂ 歓迎しよう。トラック第２鎮守府へようこそ。 ﹁ありがとう。正式な手続きはもう少し先だが 僕は日本海軍への帰属を希望します。﹂ ﹁お願いします。書類を作っていただけるのでしたら ? 256 そして、日本海軍はその彼の力を欲した 勢力を増す深海棲艦へ対抗するために。 日本海軍への所属は彼がこのトラックへ錨をおろした時から この結末は定まっていたような物だった。 握手の後、軟禁の解除が通達され 取りあえずここに着任することとなり、今いる部屋が自室となった。 執務室を出る直前、提督に声を掛けられる。 ﹁ああそうだ、明日からは瑞鶴達と新人講習を受けてくれ。﹂ ﹂ さっきまでの瑞鶴の姿がフラッシュバックする 冷や汗 ﹁⋮⋮⋮お手柔らかに﹂ ﹁期待するのは無駄だぞ ? ﹂ 何故か死刑宣告を突きつけられたような気になる。 どうだった 敬礼して退室。 ﹁ホタカ ? 彼女の後ろには北上、大井、吹雪、不知火が居た 部屋を出てすぐ瑞鶴に声を掛けられる。 ! ＳＴＡＧＥ─８ トラック着任と悪魔の影 257 ﹁日本海軍に帰属しトラック第２鎮守府に着任するようにとの事だった これからもよろしく頼む。﹂ ﹁そう、良かった。﹂ ﹁まー当然っしょ。あと、大井っちが何か言いたいんだってさ。﹂ 今ですか 北上さん。﹂ 北上が大井の肩をもって前に突き出す ﹁え ? 一度言葉を切り、ニッコリとワラウ ああ、それと⋮﹂ 北上さんを助けてくれたのは貴方ですから。 ﹁いえ、そういうわけには行きません。 礼を言われるほどの事ではないよ。﹂ ﹁僕は僕自身がそうすべきと思ったことをやっただけだ。 ぺこり、と栗色の頭を下げる。 ありがとうございます。﹂ ﹁私は重雷装巡洋艦大井です。北上さんを助け出していただき それを聞いてやる気を出したのかコホンと咳払い。 ﹁今やっときなよ。こういうのは早い方が良いし。﹂ ? 258 ﹂ ﹂ ﹂ 飛び切りの笑顔の筈だが狂気があふれているような気がする ﹁北上さんは渡しませんから。 手を出したらどうなるか。解ってますよね ﹁⋮⋮⋮肝に銘じておく﹂ ぶっちゃけ超兵器より数段怖い そして、何故かこちらを睨んでいる瑞鶴。 ﹁浮気はいけませんよ、ホタカさん﹂ ﹁なあ、吹雪。不知火はいったい何を言ってるんだ ﹁ア、アハハ⋮⋮何かすみません。﹂ 回避│││ ? ? ホタカの問いに吹雪はがっくりと肩を落とした。 ﹁回避 !! それと同時に自分の右半身が一瞬で血みどろになり 無情にも４本の魚雷が右舷に直激する 迫りくる５本の魚雷は恐ろしいほど早かった。 必死に舵を切るが舵の効きはイライラするほど遅く ! ビッグセブンの力、侮るなぁっ 激痛で意識が朦朧としてくる。 ﹁くそっ ﹂ !! ││││││仕留めた ﹂ 艦橋前方に取り付けられた２基の主砲の照準は手負いの軽巡へとあわせられていた る 爆煙の一部が盛り上がったかと思うと、鋭角的な巨大な艦首が煙を突き破って現れ その間にあった機関室の主機と主缶が引き裂かれ、高温の水蒸気が噴き出した。 ３発の２８ｃｍ砲弾が軽巡の右舷の舷側を突き破り、反対側へ抜ける 文字通り引き裂かれた。 爆炎の中で砲声が轟き、化け物の前に回り込もうとしていた軽巡の艦体が しかし、そんな彼女の予想は最悪の形で吹き飛ぶ たとえ強力な装甲を持っていたとしても、中破は避けられない 至近距離から放たれた砲弾が爆ぜ、巨大な爆炎が敵を包む ! ６発が確実に直撃しようとしていた。 雷撃戦が行われるほどの近距離にまで接近した化け物に８発の徹甲弾が殺到し 右舷を指向した４基８門の４１ｃｍ連装砲が咆える。 ! ﹁や、やめろぉぉぉぉぉぉ !! ＳＴＡＧＥ─８ トラック着任と悪魔の影 259 260 主砲の装填は間に合わない。ケースメイト式に収められた１４㎝砲が一斉に火を 噴く 生き残っていた砲身から吐き出された５発の砲弾は、目標直撃する前に シー ル ド 何かに弾き飛ばされ、明後日の方角へ飛んで行った。 その何かは、青いハチの巣上の防御壁のように見えた。 ﹁そんな⋮ありえん。﹂ 閃光 軽巡に再び砲弾が襲い掛かり、艦中央部から真っ二つに折れて轟沈する その瞬間、彼女の通信機に軽巡の断末魔が響いた。 ﹂ ようやく主砲弾が装填される。 ﹁てェッ が、爆炎の隙間にまたもあの青い壁がちらりと見えた。 る。 ４発４１ｃｍ砲弾と２０発の３５，６ｃｍ砲弾はそのすべてが化け物の左舷に命中す それと同時に自分の後ろにいた戦艦と高速戦艦も発砲 哮する。 軽巡の残骸を避けるために左に舵を切った敵艦に指向できる２基の主砲が再び咆 ! ＳＴＡＧＥ─８ トラック着任と悪魔の影 261 繰り返される光景に彼女は歯噛みする ﹁全艦に通達する。私が此奴を抑える。 その間に散り散りになって退却しろ。 後ろの事は考えるな、絶対に振り返るな。 何としても生還し、こいつの情報を大本営へ持ち帰れ。﹂ 自分も残ると喚く僚艦を黙らせる。 とはいえ、彼女もこの中の何人が陸を踏めるのかわかっていなかった。 遭遇から２０分、こちらは戦艦６隻を含む３個艦隊 それがたった２０分で戦艦３隻が沈み、護衛艦隊は壊滅。 残存艦艇は自分を入れてたった４隻。 しかも、須らく大きな傷を負っている。 最悪。 そんな言葉で表したくなかったが これが現実だった。 周りを見渡すと、何とか艦を維持しようと、 戦い続けようと駆けずり回る妖精さん達が居る ﹁お前たちも艦を降りろ。死ぬのは私１人で十分だ。﹂ 262 命令を出すが、誰も降りようとはしなかった。 長い付き合いだ。この小さな戦友達が何を考えているかぐらいわかる ﹁フッ⋮バカが。﹂ 口ではそう言っているが、顔は笑っていた。 ﹁それでは、一緒に死んでくれ。﹂ その言葉に妖精たちは敬礼で答えた。 機関がうなりをあげて大量の海水を飲み込み傾いた ４万トンを超える艦体を前進させる。 敵艦は前方で反転し、こちらに猛然と突進を開始する 相対速度は１６０ｋｍを優に超えていた。 敵、わずかに取り舵を切る。こちらの左舷側を抜けようと言う考えか ﹂ 舵を戻し、反航戦の体勢。彼我距離が縮まるが、まだどちらも発砲しない。 ﹁面舵一杯 煙突と、後部艦橋は文字通り吹き飛び、第３主砲は砲身がもぎ取られ ６発の２８ｃｍ砲弾は、煙突と後部艦橋、第３主砲を直撃 急激な彼女の解答に虚を突かれた敵艦、慌てたように発砲 傷ついた体が軋み、艦が左側に傾く。 ! ＳＴＡＧＥ─８ トラック着任と悪魔の影 263 ２０ｍ近い砲身が宙を舞って海面に叩きつけられ水しぶきを上げる。 ２隻の戦艦は衝突コースをとっていた。 敵艦は回避しようとするが間に合わない。 金属のこすれあう耳障りな音、 鋼鉄の構造物が拉げる高音と低音が同居したような音がこだまする。 相対速度で時速１６０ｋｍを超える衝突のエネルギーは 重装甲の戦艦を粉砕するのに十分だった。 特に相対的に質量の小さい彼女にとってこの衝突エネルギーは致命的だった。 ﹂ 体のあちこちから血が吹き出し艦橋の床を朱に染める ﹁主砲⋮斉射 これを待っていたとでも言う風に敵艦は再度突進 敵に横腹を見せてしまう。 そうなると機関を最大船速にしていた彼女は前進し、 突然、前進を続けていた敵艦が急速に後退する。 さらに１発が５連装酸素魚雷発射管を基部からもぎ取り海へ叩き落した。 第１主砲に着弾した２発が、数々の味方を葬ってきた超長砲身砲を吹き飛ばす ４１ｃｍ連装砲２基の接射は敵艦に初めて命中した。 ! 264 彼女の艦体中央を半壊した艦首でとらえる。 想定していない水圧を真横から受け、彼女の艦体がくの字に折れ始め それと対応するかのように痛みと身体の軋みがひどくなっていく もう何分も持たないだろう。 だが、そんなときでも彼女の顔は笑っていた。 ﹁戦いの中で、味方を守って沈むことが出来る。 あの閃光に消えるより、ずっといい⋮﹂ 最後の力を振り絞ってまだ主砲弾が装填されている４番主砲を敵に向けた。 ﹁私の最後の砲撃だ。持っていけ。﹂ 主砲弾の装薬に点火されたのと、彼女の艦体が３つに破断したのは同時だった。 しかし、彼女の最後の砲弾はまたもあの青い壁に阻まれて本体に届くことは無かっ た。 １４：２３ 長門轟沈 長門を葬った敵艦は取り逃がした艦を追撃するため 自慢の速力を発揮し、海面を疾走する。 その追撃によって、ダメージを受け浸水し速力が落ちていた 戦艦と高速戦艦は悪魔の牙に噛み砕かれたが ＳＴＡＧＥ─８ トラック着任と悪魔の影 265 ギリギリのところで１隻の軽巡洋艦が追撃を振り切った。 太陽が西へ傾き、海面が燃えるような赤に染まるころ ﹂ 南太平洋の洋上で１隻の中破した軽巡がヨタヨタと航行していた。 ﹁助⋮⋮かった⋮の 彼女の傍らには、被弾によって完全に破壊された通信機が 歯の根が合わず、自分自身の身体を抱きしめて震えを抑えようとする。 彼女に半端ではない恐怖が沸き上がる。 そこから先の地獄と言う表現では収まらない惨状を思い出し 目を疑うほどの速度で突入し、そして⋮ それとほぼ同時に水平線から巨大な、本当に巨大な艦が 突然、電探に現れた強力なノイズにより通信手段を失い 奴の出現ですべてがひっくり返った。 彼女はさまよっていたところを長門率いる３個艦隊と遭遇、行動を共にしていたが 所々破け、焦げ、血がにじんでいる。 黒のセーラー服と緑のミニスカートは被弾の影響で 緑がかった銀髪のセミロングを緑色の大きなリボンでポニーテールにし 電探から完全にノイズが消え、ぺたんと艦橋にへたり込む艦娘。 ? 266 意味不明な雑音を吐き出していた。 ﹁うっわ⋮まただわ⋮﹂ ﹂ 自分の目の前で新聞を広げて、いやな顔をしている瑞鶴をちらと見る ﹁またとは、何だ ﹁３個艦隊か⋮結構な戦力だな。﹂ ﹁結構じゃなくて、だいぶ大きいわよ。３個艦隊なんて１８隻も居るのよ ﹂ たいていの深海棲艦の艦隊なら一方的に叩き潰せるわ。﹂ ﹁何が言いたいんだ ﹁⋮アンタの言う超兵器が来てるんじゃないかってことよ。﹂ 少し顔を近づけて声量を落とす。 ここ数日でホタカの超兵器出現説が鎮守府に広がったが ? ﹁原因不明の失踪よ。これで４回目、今度は３個艦隊が丸ごと消えたらしいわ。﹂ 鳳翔さん特製のわかめの味噌汁を啜る。出汁がきいて旨い。 ? 焼き鮭の身を解し、口に運ぶ。程よい塩気と油、白米をかきこむ。 ? 信じている者はあまり多くなく、 よくある与太話の一つとして片付けられようとしていたため あまり大きな声で言うのを瑞鶴が避けたのだった。 ﹁さてね、確かに３個艦隊を殲滅することぐらいわけないだろう。 が、奴らが来ているシグナルは今のところ確認されていない。 居るならいるってハッキリ言いいなさいっての 鎮守府近くの海域の訓練を兼ねた哨戒任務。 偵察機は多めに飛ばすし、大丈夫だと思う⋮けど。﹂ ﹂ ﹂ ! 僕の対水上電探にも変化なし、だ。﹂ ﹁あーもうじれったいわね ﹁⋮⋮大丈夫、かな⋮﹂ 彼女らしくない不安げな顔をする。 ? ﹁ええ、私と瑞鳳と吹雪と不知火と初雪と陽炎の６隻で ﹁そういえば君は、明日初出撃だったな ﹂ いい傾向だ。この鎮守府で大きな被害は出ないと思いたいよ。﹂ 提督も小艦隊の出撃には消極的になっている。 ﹁君がイラついても始まらない。航空哨戒は強化してるし ! ﹁もしも超兵器と遭遇したらと思うと不安になる。と ? ＳＴＡＧＥ─８ トラック着任と悪魔の影 267 268 ﹁まあ、そんなとこ。ホタカの話を聞く限り どうあがいても勝てそうにないし。 逃げ切れるかどうかも。解らないし。﹂ どうしようもないと肩をすくめる。 ﹁そうか⋮⋮⋮﹂ ﹁ホタカは、怖くなかったの ﹁ ﹂ ﹁そう⋮何か安心した﹂ 自分が急にちっぽけな存在に思えてしまうからね。﹂ ヤツラと正対した時はやっぱり恐ろしいよ。 ﹁怖くない⋮と言えば嘘になるな 超兵器なんて化け物みたいな相手と戦ってたみたいだけど。﹂ ? ﹁そのつもりだが ﹂ ﹁それって、逆に言うと何度かに分けてきたらどうにかなるってことよね⋮﹂ ﹁僕だって１度に１００隻来ればどうにもならないよ。﹂ だって、戦艦が１００隻来ても平然としてそうだもの﹂ ﹁アンタにも怖い物が有ったなんて ? ? ＳＴＡＧＥ─８ トラック着任と悪魔の影 269 ﹂ 大した事でもない様に話すホタカに、毎度のように呆れるのも馬鹿らしく思えてく る。 ﹁ホタカは今日なにすんの 定食の盆を持って立ち上がる。 ごちそうさま。﹂ ﹁まあ、珍しい物が出来たら連絡するよ。 ﹁チェッ。面白くないなぁ⋮﹂ 後、君に乗るものが来る保証はどこにもない。﹂ 僕は作るだけ。たぶん練度の高い艦娘に乗せられるだろうな ﹁残念ながらできたモノを配置するのは提督の役目だ ﹁ふーん。珍しい物が出来たらアタシに乗せてよ。﹂ ﹁工廠へ行って開発。何ができるかはお楽しみだ。﹂ ? 早っ ﹂ 焼き鮭定食は既に完食されていた。 ﹁え ! 加賀は居ない。 バッと擬音がするほどのスピードで彼女が振り向くが ﹁早く食べた方が良いぞ。加賀さん睨んでるし。﹂ ? 270 既に歩き出しているホタカから 冗談だ。と言う声が飛んでくる。 一瞬本気で爆撃してやろうかと思ったが 全機撃墜される未来しか見えなかったので、やめた。 ﹁鋼材、弾薬、ボーキサイト、燃料の比率を設定する⋮と﹂ 目の前のコンソールに直感で思いついた比率を入力していく 工廠内は様様な機械音が響き実に騒々しかった。 工廠では艦娘が兵装の開発をすることが出来る。 この開発にはメリットがあり、狙って量産は出来ない物の 直ぐに使える高性能な兵器が運が良ければ開発できる。 とはいえ開発は時の運であるため、膨大な資源をつぎ込んで 失敗と言うことは間々あり、さらに何が出来るかわからない。 なお、この開発装置の中身もドックと同じく完全なブラックボックスで これ﹂ 妖精さんですら中で何が起こっているのか解らなかった。 ﹁提督、入力完了しましたが⋮大丈夫ですか ﹁大丈夫だ、問題ない⋮はず。﹂ ﹁言い切ってくださいよ、そこは﹂ ﹁どうみても二式水戦だな。﹂ ﹁二式水上戦闘機ですよね⋮これ﹂ そして、胴体と両翼下に設けられたフロート。 主翼から延びる２０ｍｍ航空機関砲 銀灰色のよくある空冷エンジンを積んだ機体、 ３０秒後、妙に重々しく開発装置の巨大な扉が開いていくと その瞬間、開発装置が轟音を立てて作動する。 無駄にでかいレバーを手前に引いた。 妙な不安を抱きながら、横に取り付けられた ? ﹂ 艦娘の装備としては初の二式水上戦闘機が、この世界に誕生した瞬間だった。 その数値。﹂ ﹁んん。制空＋４ってところかな ﹁何ですか ? ＳＴＡＧＥ─８ トラック着任と悪魔の影 271 ? 272 ﹂ ﹁軍で使われている装備の能力単位だよ。まあ能力の目安だ。 ﹂ しかし、２式水戦を作るとはすごいな⋮ 後１０回頼めるか ﹁随分使いますね。そんなに使って大丈夫ですか ﹂ ? 九六式陸攻一一型、瑞雲、九七式艦攻 が、開発された ﹁あ、ありのまま今起こったことを話すぜ 俺も何が起こっているのか解らなかった⋮ な⋮何を言っているのか解らねーと思うが 陸上攻撃機や大型飛行艇が完成していた﹄ ﹃俺は部下に装備の開発をさせていたら、いつの間にか ! 晴嵐、晴嵐改、一式陸攻一一型、零式水偵、九七式飛行艇、零式水観 その結果 再度入力を始める。 ﹁どうなっても知りませんよ 最低でも１０回は開発させるよう大本営から通達があった。﹂ ﹁ホタカが何を持ってくるか報告せねばならんからな ? ? ＳＴＡＧＥ─８ トラック着任と悪魔の影 273 頭がどうにかなりそうだった⋮ 錬金術だとか英国面だとか、そんなチャチなもんじゃ断じてねぇ もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ⋮﹂ ﹁何やってんすか、提督。﹂ 若干現実逃避しかけている提督を放っておいて 最後の開発を行う。 扉の中から出てきたのは 茶色の機体、背部につけられた巨大なローター、 ブ ラッ ク ホー ク 機体の上部から横へ突き出した増加燃料タンク。 ﹁なんでＵＨ│６０Ｊが出来るんだよ⋮﹂ ブラックホークの操縦席から降りてきたパイロット妖精さんはドヤ顔をしている が 後の説明の労力を考えると、気が重いホタカだった。 長い長い説明を終えて、夕食を取るために食堂に行く 今日は金曜日なのでカレーだった。 274 ﹁あら ホタカさん。随分お疲れのようですね ﹂ ? ﹂ ? ﹁ああ、君か。それと、君は ﹂ 真正面に瑞鶴と瑞鳳が座った。 ﹁まあ、そんなとこ。で、何かできた ﹁今日は出撃の打合せと調整か ﹂ ああ、よろしく。とホタカは返す。 ﹁瑞鳳です。よろしくお願いします。﹂ ? 何故か疲れたような顔をしているホタカに２人は首をかしげる ? ? ﹁残念ながらできてしまったよ⋮﹂ ﹂ ﹁なーに今にも沈みそうな顔してんのよ。﹂ 意味が解らず首をかしげている鳳翔の元を離れ、適当な位置に座る。 まあ。明日になればわかりますよ。がんばってください。﹂ ﹁ええ、まあ。そのおかげでこんなに疲れてるんですがね⋮ ﹁開発をしていたようですが。何かできましたか 鎮守府の食事は給量艦が居ないので艦娘達の当番制だった。 長い黒髪をポニーテールにした落ち着いた雰囲気の女性から夕食を受け取る ﹁ああ、鳳翔さん。﹂ ? ﹁えーと。失敗⋮だったんですか ﹂ ﹁今から言うがこれは本当の事だからな ﹁﹁は ﹂﹂ 彼の成果に二人が口に運ぼうとしていたスプーンが止まる ﹂ ﹁えっと。二式水戦とか晴嵐改とかはまだ解るけど⋮﹂ ﹁さっき言った中に大型機混ざってません ﹁混ざっていたよ。瑞鳳。妖精さんもばっちりな。 ? ﹂ しかも矢にもなれたから無人機状態なら一応発艦は出来るぞ ﹁えええええええええええ ﹂ 九六式陸攻一一型、瑞雲、九七式艦攻そしてブラックホーク﹂ 二式水戦、晴嵐、晴嵐改、一式陸攻一一型、零式水偵、九七式飛行艇、零式水観 ? 恐る恐ると言った風に瑞鳳が問いかける。 ? ﹂ 諦めの境地に達しかけている彼女はカレーを口に入れた。 う 普通に驚いている瑞鳳と瑞鶴の差は、規格外を見慣れているか否かによるものだろ ﹁ほんっとーにアンタと居ると退屈しないわね。﹂ !? ? ? ﹁あの、ブラックホークって何ですか ? ＳＴＡＧＥ─８ トラック着任と悪魔の影 275 276 ﹁解りやすく言えばオートジャイロに似た回転翼機だよ。 オートジャイロとは違って、ほぼ全てが メインローターを直接エンジンで回すけどね。 全長１９，７６ｍ、全高５，１３ｍ、ローター直径１６，３６ｍ ﹂ ﹂ 最大速度２８０ｋｍ、航続距離２６００ｋｍだ。﹂ ﹁えーと⋮マジですか ﹁マジ。﹂ 冷や汗を流す瑞鳳にニッコリ笑って答える。 ﹁瑞鳳、この程度で驚いてたらキリないわよ。 ところで、そのブラックホークって使えるの ﹁明日か、見れませんね。﹂ 発艦実験をやるらしい。﹂ 乗せられるかもな。ああ、それと明日九七式飛行艇と陸攻の ﹁改造する時に飛行甲板の強化を重点的にやれば ﹁あーあ、やっぱり重いわね。﹂ 中身が空でも１１トンあるからな、戦艦の後部甲板になら詰めると思うぞ。﹂ ﹁しっかり妖精さんも載っていたからな。矢になるのは不可能らしいが、 ? ? ＳＴＡＧＥ─８ トラック着任と悪魔の影 277 ﹁残念だけど仕方ないわよ。﹂ 残念がる空母二人に苦笑する。 ﹁陸攻なら発艦だけは出来るだろう。何なら乗せてみるか ﹁パス、片道出撃なんて反復攻撃できないじゃない。﹂ ﹁私も遠慮します。﹂ ﹁だろうね。﹂ 肩をすくめた。 ﹂ ? ﹁大丈夫⋮な筈です。だよな ホタカ﹂ ﹁提督、僕に聞かれても解りませんよ。 と言うか、この場にいる誰にも分りません。﹂ ﹁だよなぁ⋮﹂ ﹁ホタカさん。私のように空母娘は、地上ではこの弓を扱えません ﹁初めに基地の空港でやった方が良かったですかね。﹂ 戦闘機動はほぼ不可能だが。﹂ ﹁まあ、無人機を飛ばす事だけなら機種が違っていてもいい ? ? ﹁いまさらですが、九六艦戦でよろしいのですか ﹂ 飛行甲板の後方では九六艦戦がプロペラを回して待機していた。 彼女の手には矢じりの代わりに九六式陸上攻撃機の模型のようなものが付いた矢 彼らが居るのは、航空母艦鳳翔の飛行甲板の横 ホタカの横で、鳳翔が不安げな声を上げる ﹁本当に、大丈夫なんでしょうか⋮﹂ ＳＴＡＧＥ│９ 旋風、襲来 278 ＳＴＡＧＥ─９ 旋風、襲来 279 自分の艦の上でないと。﹂ ﹁なるほど。﹂ ﹁では、そろそろ頼むよ。﹂ ﹁精一杯やってみます。﹂ 鳳翔が自らの弓を構え、矢をつがえる。 その時の目は真剣そのものだった。 ゆっくりと弓を引いていくに連れて、 周囲の空気が張りつめていくような錯覚を覚えた。 一瞬の静寂。 鳳翔が矢を放った瞬間、九六艦戦が発艦を開始する。 中島製寿二型改一空冷星形９気筒エンジンが咆哮し、４６０馬力をたたき出す 十分な推力を得た機体が飛行甲板を滑り出し、 約１，５ｔの機体が宙に浮いた。 その瞬間、鳳翔の放った矢が炎に包まれ、３つに分裂し巨大化 ３機の九六式陸上攻撃機一一型が出現し、九六艦戦の後を追うように飛行し始める 両翼に搭載された金星３型エンジンが重低音を響かせながら大柄な機体を推進して いく。 280 ﹂ 近くの岸壁で見ている非番の艦娘達から歓声が上がった。 ﹁一先ずは、成功ですね。﹂ ﹁鳳翔、何か妙なところは ﹁次はヘリ、ですね。誰に試させる気ですか ﹁もう決めてあるよ。鳳翔、お疲れ様。﹂ ﹂ ? 再発進できるな。﹂ ﹁ああ、特に大型飛行艇なら発艦した後も回収できて ﹁大型機は成功ですね。﹂ またも、問題なく三機の九七式飛行艇が蒼空に舞った。 先ほどよりも幾分リラックスした様子で同じように発艦させる。 ﹁では、行きます。﹂ ﹁まあ、水上機とは言え、四発機ですから。﹂ ﹁少し、重いですね。﹂ はい。と返事をして先ほどの矢よりも大型の模型を付けた矢を取り出す。 ﹁なるほどね。次は九七式飛行艇をお願いします。﹂ 固定目標を爆撃するならば問題なく使えるかと。﹂ ﹁いえ、ありません。いつもと変わらない発艦でしたね。 ? ﹂ ﹂ 次に乗艦したのは伊勢型戦艦二番艦日向だ。 ﹁日向、調子は ああ、ブラックホークか。﹂ ホタカの世界ではそう呼ばなかったのか ﹁そっちの方が呼びやすいからな。 ﹁ロクマル ﹁問題ない。ロクマルも大丈夫だ﹂ ? ﹂ ? たかが１１ｔ程度。何のことも有らん。﹂ ? ﹂ ﹁まあ、あれだけ誘導弾を乗せていたらそうなるな。﹂ 兵装でカツカツだからな。﹂ 僕にヘリ格納庫は付いていないのさ。 ﹁簡単だよ。甲板強度の問題は大丈夫だが ﹁私としては君がロクマルを載せないのが意外だったがな﹂ ﹁それは心強いな。﹂ ﹁フッ。私は戦艦だぞ ホタカの問いを日向は鼻で笑った。 甲板強度は大丈夫か ﹁いや、ブラックホークかただ単に救助ヘリと呼んでいたな。 ? ? ﹁お前ら、そろそろ時間だぞ ? ＳＴＡＧＥ─９ 旋風、襲来 281 282 提督がそう言って鎮守府の方、正確には工廠の方を見る。 ブ ラッ ク ホー ク 工廠の建屋の前には１機のヘリコプターが駐機されていた。 ホタカの世界では主に救助ヘリとして使われていたＵＨ│６０Ｊが この世界の空を初めて飛行しようとしていた。 メインローターが回り出し、周囲のゴミや砂を巻き上げる。 ２基のターボシャフトエンジンの爆音がこの距離でも聞こえてきた。 エンジン出力が上がるごとに高音になっていき、 ついに機体がフワリと浮かび上がる。 そのまま少し上昇した後、機体を前傾させて前進し始めた。 ヘリは日向へ向かって飛び、一度ホタカらの上空をフライパス、 日向の周りを一周し、５番、６番砲塔の代わりに巨大な飛行甲板となった後部で 停止、ホバリングし、ゆっくりと高度を下げていく。 １０ｍ、８ｍ、６ｍ、 １６ｍを超えるメインローターからの強烈なダウンウォッシュが日向の飛行甲板に 暴風を生み出し ホタカと提督は帽子が飛ばないように片手で抑える なにもかぶっていない日向は、腕組みをしながら微笑を浮かべて仁王立ちしていた。 ４ｍ、２ｍ、１ｍ、タッチダウン。 ブラックホークは誰が見ても完璧な着艦を行った。 大丈夫か ﹂ エンジン音がだんだん小さくなり、メインローターの回転数が落ちていく。 ﹁日向 ﹂ ! !? 特に異常は見られない ﹂ ﹁大丈夫だ ﹁そうか ! ! ＵＨ│６０Ｊ ﹂ 若干の身の危険を感じて一歩後ずさる。 キランと伊勢の目が光ったような気がした ﹁ところでさぁ⋮ホタカ。﹂ その答えが完全に棒読みだったのはここに居る全員が気づいていた。 呆れ顔の提督、伊勢は調査だよー。と返す。 ﹁何処に行ったかと思ったらそんなとこに載ってたのか⋮﹂ ﹁いやー、なかなか乗り心地良かったよ。すごいねこれ﹂ へリの後部ハッチがスライドし、中から１人の艦娘が出てきた しばらくして大分風も収まったころ、 暴風は最初より弱くなっているとはいえ、大声を出さなければ会話も困難だった。 ! ﹁こ れ 作ったのホタカだよね ? ＳＴＡＧＥ─９ 旋風、襲来 283 284 ﹁ああ、そうだが⋮﹂ ﹁あたしにも作ってよ。﹂ 猫なで声で開発するように頼まれるが そもそも開発は運任せ、狙って作れるものではない。 ﹁頼むよー、瑞雲の予備プロペラあげるからさぁ﹂ ﹁使えないし、要らない。開発資材の事なら提督に頼んでくれ。﹂ ﹁俺か⋮解ったからそんなもの欲しそうな目でみるな。 ﹂ ホタカ、工廠で３回ほど開発して来い。﹂ ﹁よろしいので ﹁了解した。﹂ とりあえず君に預ける。﹂ ﹁⋮さて、仕事するか。日向はブラックホークを格納しておいてくれ。 ﹁まあ、そうなるな⋮﹂ 半ば引きずられる形で連行されていくホタカを提督と妹は無言で見送って居た。 ﹁解ったから引っ張るな。﹂ ﹁よし、じゃあ行こ、すぐ行こ。﹂ ﹁どうせ今日のノルマだ。お前にかけてみるのも悪くない。﹂ ? ＳＴＡＧＥ─９ 旋風、襲来 285 その後の成果が九六艦戦、瑞雲、九七式艦偵で伊勢が凹んだのは完全な余談だ。 ホタカが工廠で開発に勤しんでいるころ 軽巡洋艦 それも単独 ﹄ ﹂ 瑞鶴は艦載機から無電を受けとっていた。 ﹁え ? ﹃瑞鶴さん、どうかしましたか ? しかも損傷しているみたい。﹂ ﹃うーん、方位と距離は解りますか ﹄ ﹁方位３│３│４、距離約１２０ｋｍ、１３ ﹃それぐらいならば迎えに行けますね。 行きましょう。﹄ ﹁了解。﹂ ? ? 艦隊は軽巡と遭遇するために進路を変更し で東進中よ。﹂ ﹁私の艦載機が単独で航行している軽巡洋艦を見つけたんだって 旗艦を務める瑞鳳から通信が入る ? ? 286 艦載機はそのまま触接し、位置を逐次知らせるようにした。 軽巡と遭遇するのに時間はかからなかった。 ﹄ ﹄ ? ﹁夕張型⋮みたいね。﹂ ﹄ ﹃そうですね、吹雪ちゃん。ちょっと見てきてくれる ﹃了解しました 艦隊の中から吹雪が増速、離脱し夕張の横に着ける ﹁無線機がやられてるのが痛いわね。﹂ ﹃マストもぽっきりやられてますし。 ﹂ ここに来るまでに深海棲艦と一戦したのでしょうか ﹄ ﹁⋮⋮それにしては妙じゃない ﹃何がですか ? 排煙がいびつな形に噴き出していた。 瑞鶴の言う通り、夕張の集合煙突の上部から３分の２が跡形もなく消え去り、 駆逐艦や巡洋艦の砲じゃあ、あそこまでひどくは無いはず﹂ 明らかに戦艦の主砲弾クラスよ。 ﹁だって夕張の煙突見てよ。上部がごっそり持ってかれてる ? ! 瑞鶴の不審そうな声に、疑問を抱く ? ﹃では、戦艦でしょうか ﹄ ﹄ かなり慌てた様子の通信が入ってくる。 吹雪の姿が艦内へ消えてしばらくすると 夕張へと乗艦するところだった。 彼女たちの目の前では、吹雪が海面を滑走し ﹁だね。﹂ まあ、本人から聞けばいいですよ。﹄ ﹃そう考えると確かに奇妙ですね。 瑞鶴の推測に。むー、と考える瑞鳳 鈍足で有名な夕張が逃げ切ったとも思えない。﹂ 彼女の損害は比較的軽いし、 随伴艦の攻撃を潜り抜けて逃げてきた⋮と言うには 戦艦の主砲弾を受けつつ、全速で突進してくる ﹁戦艦だとしたら軽快な随伴艦も居たはず。 ? まずいですよぉ !! そんなに慌てて。﹄ ﹃たたたた大変です ﹃どうしたの ? ! ﹃どうしたもこうしたも、無いんですよ ! ＳＴＡＧＥ─９ 旋風、襲来 287 288 ﹄ ﹄ 報告はもうちょっと正確に⋮﹄ アレに襲われたらしいんです ﹃アレって何 ! ﹂ ﹁解った。瑞鳳、任務を中止して鎮守府に戻りましょ ﹃はい、鎮守府までは十分持ちこたえられます。﹄ ﹁瑞鳳落ち着いて。吹雪、夕張は航行できる ﹃なーんだ、超兵器か⋮って、ええええええええええええええええ ﹃超兵器ですよ ? ﹁超兵器 夕張は本当にそう言ったのか ﹂ ? 幸い、電探に妙なノイズは入らなかった。 ﹄ 夕張を艦隊に加えた一行は、逃げるように一路トラックへ向かう。 ﹃そ、そうですよね。まずは帰って提督に報告しないと。﹄ 遭遇したら無事に返してくれなさそうな奴が居るところで任務は出来ないわ﹂ ? ? ?! ! ﹁では、夕張は何と言っていたんだ ﹂ ﹁巨大な、ものすごく巨大でものすごい速度の戦艦に襲われた ? 私がそう判断しました。﹂ ﹁はい。そうではありません。夕張さんの話を聞いて ? ＳＴＡＧＥ─９ 旋風、襲来 289 ここは危ない、早く逃げないと。と何度も早口で言っていました。﹂ ﹁ものすごく巨大な戦艦、か。確かにホタカの言う超兵器の特徴と合致するが。 ﹂ ﹂ 自分の判断で、あるのかないのかハッキリしない物の名前を出すのは 感心しないな。﹂ ﹁も、もうしわけありません 吹雪が腰を９０度に曲げて頭を下げるのを 以後注意するように。とだけ言ってやめさせる。 ﹁直接夕張の話が聞きたい。加賀さん、彼女は今どこに ﹁中破状態の上、若干混乱していましたから、 お風呂へ入れさせました。そろそろ出てくるかと⋮﹂ ﹂ ﹂ ﹂ ﹁ありがとう。吹雪、ホタカを呼んできてくれ。﹂ ﹁はい ﹁提督。﹂ ﹁何かな ﹁本当に超兵器なるものがあると、お思いで ? ! 執務室から吹雪が飛び出していく。 ! 加賀の顔には何の感情も読み取れない。 ? ? 290 ﹂ が、それなりの付き合いがある真津は若干の戸惑いを読み取った ﹁できれば居ないことを望むよ。 ホタカの話では、でたらめな能力を持つらしいじゃないか。﹂ ﹁私も、そう思います。﹂ それきり会話は途絶えた。 数分後、瑞鶴、瑞鳳に付き添われて夕張が それと同時にホタカが入室する。 合流から３日目の事でした。奴が来たのは﹂ そこから夕張の声のトーンが低くなる。 ? ﹁災難だったな、夕張。 つらいだろうとは思うが、今までの経緯を話してもらえるか ﹁はい。 最初、私は気づいたら海の上に浮かんでいたんです。 ﹂ 行く当てもなく彷徨っていたら、長門さん達と出会って。﹂ 佐世保鎮守府所属と言っていました。 ﹁長門と言うと佐世保の三個艦隊か ﹁はい ? それから私はその艦隊と行動を共にしていたんですけど。 ! ＳＴＡＧＥ─９ 旋風、襲来 291 ﹁その日は晴天で雲も少なく視界は抜群に良かったんです。 長門さん達も索敵機を飛ばしていました。 確か１３３０頃だったと思います。 長門さんの索敵機との通信が急にできなくなったんですよ。 私は撃墜されたのかもしれないと思ったのですが 長門さんの話では通信妨害のようでした。 その後、索敵機が飛んで行った方向へ進路を取ったのですが。 間もなく音信不通だった索敵機が返ってきたんです。 パイロットの話ではこの先に巨大な戦艦が単独で行動しているとのことでした。 そして、深海棲艦ではない事も、対空砲火を受けたことも。 そのまま、艦隊の針路は変えず航行していたら、 アイツが⋮アイツが出てきたんです。 水平線の向こうから、冗談みたいな速度で⋮﹂ ブルルッと身体を震わせる ﹁ヤツは私たちが長距離砲戦を行っているのをあざ笑うかのように 私たちの艦隊に突入し戦闘、いえ蹂躙し始めました。 魚雷を当てようにも、その速度で回避され、 292 瞬く間に３隻の戦艦が轟沈し、護衛艦隊も壊滅 残ったのは私と長門さんを含めても４隻でした。 その後、長門さんが時間稼ぎをしている間に私たちは 散り散りになって逃げたんです。 長門さんが轟沈した音を、全速で逃げながら私は聞いていました 私が助かったのは、 たぶん私が軽巡だから攻撃優先度が低かったんでしょう。 他の戦艦を襲っている間に、 私は奴の索敵圏から逃れることが出来たんだと思います。﹂ 壮絶な夕張の報告に執務室が重苦しい空気に包まれる。 解る範囲でいい 次に口を開いたのは提督だった。 ﹁そいつは、どんな奴だった 説明してくれ。﹂ ３連装の主砲が４基１２門口径は巨体に見合わず小さかったです。 全幅も８０ｍ近くありました。 ﹁全長は５００ｍ以上、５５０ｍあったかもしれません。 すると、一つ一つ思い出すように語り始めた。 ? ＳＴＡＧＥ─９ 旋風、襲来 293 ３０５ｍｍか、もしかしたらもっと小さいかも。 しかし、冗談と思いたいほど超長砲身でした。 長門さんの装甲も役に立っていないように見えました。 副砲は連装砲が４基です、たぶん１２７ｍｍ口径かと⋮ 噴進弾がいたるところについていて片舷だけで、１１基もありました。 さらに５連装魚雷発射管が片舷に３基で、１基だけやけに細かったような気がしま す。 戦艦の主砲弾を青い防御壁で弾いていて で走っていて、舵の効きも軽巡洋艦並でした。 長門さんの４１ｃｍ砲でも有効打を与えられていませんでした。 しかも、相手は約８０ 知っているの 風 ⋮﹂ ヴィルベルヴィント ﹁ 旋 ﹁ホタカ ﹂ 誰もが言葉を失っている中でポツリとつぶやくようにホタカが言った。 まるで鉛の中にいるかのような空気。 あまりの能力にここに居る場の全員が絶句した。 私でも未だに信じられません。﹂ ? ? 瑞鶴の声を無視して、ホタカは自分の持つ情報を朗々と語りだした。 ? 294 ﹁全長５５３ｍ、全幅９６ｍ、最大速度８０ ２８ｃｍ１２０口径三連装砲４基１２門 ホタカ、君はどう思う ﹂ ﹁速力も驚きだが、兵装も信じがたい 此奴は、アメリカ海軍太平洋第２艦隊を襲撃し壊滅せしめた。﹂ ２０ｍｍ機関砲多数。 ３２，４ｃｍ５連装誘導魚雷２基 ４８，３ｃｍ５連装酸素魚雷４基 １２ｃｍ３０連装噴進砲２２基 １２，７ｃｍ１３０口径連装高角砲４基８門 ? ﹁どうした 夕張﹂ 何かを思い出したように夕張が声を上げる。 ﹁あっ、そういえば﹂ 超高速巡洋戦艦ヴィルベルヴィント以外ありえません。﹂ ﹁どう思うも何も、夕張の話を聞く限り ? そいつと交戦した時に無線に音声が入ったんです ﹁聞き間違いかもしれないんですけど。 ? ﹂ ﹃違う⋮﹄って。たぶん男の人の声だと思うんですけど⋮﹂ ﹁その声はどんな感じだった ﹁ホタカ、そいつって強いの ﹂ 自分の部屋に戻っている時、瑞鶴が不安げに問いかけてくる 敬礼して、退出する。 以上、解散。﹂ 後、超兵器発見の情報は無用な混乱を避けるため伏せておくこと 今のところは鎮守府で待機してくれ。 索敵計画は今から作るが出来るだけ早く仕上げる それで長距離を索敵し、近距離は空母の艦載機を用いて索敵する。 幸い長距離索敵が可能な陸攻と飛行艇が９機使える 指示を仰ぐ。その間全ての任務を中断し、航空哨戒を厳とする。 ﹁夕張、君の話は解った。ただちに大本営へこの情報を送り ﹁そんなに戦争がしたいのか⋮戦 争 狂 共が⋮﹂ ウォーモンガー 彼の隣にいた瑞鶴は、小さな呟きを耳にした 夕張の答えを聞いた瞬間、ホタカの顔が陰る ﹁何というか⋮その⋮︻狂っている︼そんな感じがしました。﹂ ? ? ＳＴＡＧＥ─９ 旋風、襲来 295 296 そいつとはヴィルベルヴィントの事だろう ﹁後々に出てくるものと比べれば、格段に弱い。 ﹂ と言っても、既存艦艇が勝てる相手じゃないが。﹂ ﹁こっちに来るかな 超兵器は８０ でトラックへの針路をとっています﹂ ﹁ついに来てしまいましたね。 ホタカは自分を呼びに来た不知火を連れて執務室へ急ぐ。 超兵器発見の報はそれから数時間後の事だった。 進路を取って飛んで行くところが見えた。 外を見ると、深緑色の双発機が編隊を解いて別々の方向へ それ以上は何も言わなかった。 ホタカの言う〟もう一回〟の言葉に引っ掛かりを覚えたが ﹁来たとしても、もう一回海の底に沈めてやるだけだ。﹂ ? 一緒に目的地へ急ぎながら言葉をつづける ? ＳＴＡＧＥ─９ 旋風、襲来 297 こ こ ﹂ ﹁如何にかしないとトラックが襲撃を受けるな。﹂ ﹁パラオを襲ったのも超兵器でしょうか ﹁いや、それは無い。 ﹁あれだけの物資を前々から売りさばいていたんだ ﹁補給拠点に艦砲射撃するほどの艦は⋮﹂ 補給拠点から出撃させた艦で島影から砲撃すればいい。﹂ 提督の戦死が確実ならば、深海棲艦が来なくても 何事もなく提督が帰ってくれば別に問題ない。 鎮守府が襲われないと言う可能性は多分にあるが 自分の汚職や提督の不祥事の証拠は全部闇の中。 提督は戦死。その間に鎮守府を深海棲艦が襲えば 功名心に駆られた提督は出撃し、艦隊は執拗な攻撃を受けて壊滅 提督にはある方面に手ごろな敵の艦隊が居ることを伝える。 鎮守府の戦力がゼロだと言うことを、飛び回りながら放送する。 補給拠点の水上機が平文でこちらの艦隊が出撃する旨と 首謀者は政府高官、実行者は補給拠点。 おそらく、あの襲撃は仕組まれていたのさ、全部。 ? 298 仮装巡洋艦の２隻や３隻、秘密裏に用意するのは難しくなかっただろう。 ﹂ まあ、そいつの誤算は僕が全ての証拠を握っていたことだろうな。 結局は全て無意味になった。﹂ ﹁政府高官は、奴の親ではなかったのですか ﹁資材の横流しのために、 ? 利用するだけ利用すれば後は邪魔なだけだったんだろう。 親子の情なんて物はないよ。﹂ 言い終わったところで執務室に付く。 不知火は用事があると言って踵を返した。 ﹁来たか。﹂ ﹁すいません少々遅れました。﹂ ﹂ 提督は構わん。と一言告げただけだった。 その表情は暗い。 なんで私たちが呼ばれたわけ 執務室には他に山城が居た。 ﹁で ? ﹁大本営から命令が来た。 山城の棘のある言い方に提督の顔が曇る ? ＳＴＡＧＥ─９ 旋風、襲来 299 ホタカを旗艦とし山城を含む一個艦隊で 他の鎮守府からの増援艦隊が来るまで敵巨大艦を足止めせよ、だ。 主力艦の数は２隻まで、つまりお前たちだけ。 ﹂ トラック鎮守府は君ら以外の艦を出さず、増援と合流したのち出撃する。﹂ ﹁なっ⋮⋮私たちに、１個艦隊で立ち向かえって言うの ﹁なるほどね、練度が比較的低くて 残念だが、俺にこの命令を覆すほどの力は無い。﹂ 北上、大井、不知火、吹雪を考えている。 随伴艦は、山城と共に夜戦訓練を行う予定だった 随伴艦の出港準備が整うまでに出来る限りの弾薬を搭載させる。 ガスタービンエンジンは起動に時間がかからない ホタカにも燃料の補給は済ませてある。 出港まで時間はかからない。 訓練用砲弾を乗せるために下ろした弾薬の積み込みはすぐに終わる。 山城は今日の夜戦訓練のために、燃料の積載は完了し既に機関は始動している、 ﹁大本営はそう言いたいらしい。 山城の悲鳴のような声に提督は苦虫を噛み潰した様な顔になる !? 300 今すぐ出撃できる艦をぶつけて時間を稼ぐわけか。 ホタカなら超兵器相手でも逃げてこられるし 欠陥戦艦１隻失ったところで、海軍は痛くも痒くもないってわけね⋮﹂ ﹂ 不幸だわ⋮とつぶやく山城を無視して提督に問いかける ﹁提督、北上の重雷装艦への改造はすんでいますか ﹁ああ、すんでいる。﹂ 何より今回の主役は主砲です。 ﹁トライデントはまだ１００発ほど撃てますし。 ﹁おい、それでは⋮﹂ 僕に回す筈の青コンテナを回してもらっても構いません。﹂ ﹁では、彼女らに酸素魚雷をありったけ積んでください。 ? ﹂ その分赤コンテナは十二分に補給していただきたい。﹂ ﹁解った。そのようにする。﹂ ﹁ありがとうございます。﹂ ? で、出来ると思ってるの ﹂ 奴を仕留める。﹂ ﹁⋮ホタカ。アンタ何考えてんの ? ? ﹁決まっているだろう ﹁ハァ !? ＳＴＡＧＥ─９ 旋風、襲来 301 ﹁前の世界では、僕一隻でも可能だった。 ﹂ 勝つための算段は立てておく。﹂ ﹁⋮⋮信用できるんでしょうね 山城の不審そうな視線を跳ね返す ﹁君も姉に会う前に轟沈なんて御免だろう どうやら僕に沈んでほしいような 人間の存在も見え隠れするが こんなところで沈みたくない。 であるなら、何とかするしかない。﹂ その精神力は生半可なものではない。 ﹁その意気だ。再開したら自慢できるぞ ﹁取らぬ狸の皮算用にならないことを祈るわ。 あの長門を沈めた戦艦を沈めた、とな。﹂ ? 旧式艦ではあるが、連合艦隊の一員としてレイテに殴り込んだ 何かを覚悟したような紅い瞳 姉さまに会えずに沈むのは御免だわ。﹂ ﹁⋮解ったわ。どうせジタバタしてても始まらないし ? ? 302 私は北上達の出港準備を急がせる。 作戦はアンタに任せる、それじゃ。﹂ 踵を返して足早に執務室を出る。 ﹁すまんな。ホタカ、お前にひどい命令を押し付けてしまう。﹂ ﹁上層部の命令ですから、仕方ないでしょう。 それにしても随分嫌われてますね。﹂ ﹁自覚はしているよ。 若造に戦果を挙げさせたくは無いが、敵の情報は欲しい。 ﹂ 少しでもマズイと思ったら遠慮はいらん退却しろ。 連中は、そういう考えだろう。 いいか １人でも多くの命を救うように行動してくれ。﹂ ﹁僕らが退却した場合この鎮守府は大丈夫なのですか ﹁なに、いざとなったら艦娘全員で逃げるさ。 鎮守府施設なんて、また作ればいい。﹂ ﹂ ﹁解りました。しかし提督。﹂ ﹁なんだ ﹁一応確認しておきますが、別に沈めてしまっても構いませんよね ﹂ ? ? ? ? ＳＴＡＧＥ─９ 旋風、襲来 303 うっすらと笑みを浮かべる。 その姿に、提督は何故か寒気を覚えた。 ﹁ああ、沈めてしまっても構わない デメリットと言えば、俺に対する小言や陰口が多くなりそうなことぐらいだな。﹂ ﹁それなら問題ないですね。では、僚艦の出港準備が整い次第 僕たちは迎撃、否、出撃します。戦果をご期待ください。﹂ ﹁武運を祈る。﹂ 敬礼し、退室する。 ホタカの背中を見て、何故かふと気が軽くなった気がした ﹁奴なら、やってくれるかもしれんな。﹂ 執務室から、廊下に出る。 来るときについていた廊下の電気は消えていた。 そういえば、電気配線の調子が悪く偶に停電する可能性があることを 昨日青葉から聞いたのを思い出す。 304 廊下は月明かりのみに照らされ、もの悲しい雰囲気がそこにはあった。 ﹁ホタカ⋮﹂ 自分を呼ぶ声に振り向くと 柱の陰に誰かが居る。その人物は一歩踏み出し ﹂ 青白い月光の元へその身を晒した。 ﹁瑞鶴か、どうした ? ﹁君らしいな。﹂ アタシが良くないのよ。﹂ ﹁アンタはそれで良くても 僕が好き勝手やった結果だ。﹂ ﹁あの時の礼は要らないよ。 アタシ、まだ何にもお礼できてない。﹂ ﹁絶対、帰ってきなさいよね。 ﹁そうだ、超兵器と一戦交えてくる。﹂ 俯いているため表情をうかがい知ることは出来ない 彼女の声は聴いたことが無いほど沈んでいる。 ﹂ ﹁今から出撃でしょ ? ＳＴＡＧＥ─９ 旋風、襲来 305 思わず苦笑する。 ﹁じゃあ、約束しよう。 絶対に帰ってくる。犠牲を出さずにね。﹂ ﹁約束破ったら、思いっきり殴ってやるから。﹂ 小さな脅し。 約束を破ることは、ここに返って来ないことを意味するが それを指摘するような、無粋な事をするつもりは無かった。 ﹁１６万馬力のストレートは受けたくないからね 最善を尽くすよ。それじゃあ。﹂ ﹂ 返答を待たずに、速足で歩きだす。彼女が動く気配はなかった。 ホタカの背中が影の中へ消えるまで見送って その後ため息を付いた。 ﹁なーんでアタシ、こんなに心配してんだろう そういえばと考えるが答えは見つからない。 自分が迎撃するわけではないのに、 ? 306 いやそれ以上の不安と恐怖に押しつぶされそうになっている自分がいる。 ﹁それもこれもアイツの所為だ。たぶん。﹂ 彼女の心の中で、帰ってきても とりあえず１発殴る考えが即座に全会一致で可決される。 ﹁だから⋮絶対戻ってきなさいよ。﹂ 自分以外誰も居ない廊下に、小さな祈りの声が溶けて消えた。 久しぶりにホタカＣＩＣに入る。 ﹂ 中ではＣＩＣメンバーがあわただしく作業していた。 ﹁副長、出港準備は 私﹂ ﹁君はいったい何を言ってるんだ ﹂ 僚艦の準備はどうなっている ? ? ? 忘れられてないですか って言うか私が登場するの久しぶりですね。 ﹁もうすぐ終わります。 ? ＳＴＡＧＥ─９ 旋風、襲来 307 ﹁問題なしとのことです この調子なら、後２０分で出港できます。﹂ ﹁上出来だな。久しぶりの超兵器戦だ 気を引き締めていこう。﹂ ﹂ ﹁と言っても相手はヴィルベルヴィントでしょ 普通にやれば勝てますよ。﹂ ﹁やっぱり単艦で出撃した方が良かったかな ﹁提督が許さないでしょう。 ? シミュレーションも問題ありません。﹂ ﹂ それができるだけのデータも各艦から貰いました。 弾道計算の肩代わりぐらいなら十分可能ですし ﹁完璧⋮とは言い難いですが ﹁そうだと良いんだがな⋮例の物は大丈夫か ﹁まあ、僚艦が居る分以前よりむしろ楽でしょう。﹂ 冷や汗 ﹁それは御免こうむりたいな⋮﹂ 何より瑞鶴さんに簀巻きにされても知りませんよ。﹂ ? ? 308 ﹁それは良かった。他に報告すべき事柄は ﹂ そのころ鎮守府では、他の艦の出撃準備が整えられようとしていた。 １８分後、ホタカを先頭とする６隻の艦隊が港を出る。 無理やり自分を納得させた。 警告的な意味で必要だな、うん。﹂ ﹁それは報告しなくても⋮いや、ありがとう。 愛情あふれる通信以外は何もありません。﹂ ﹁軽巡大井から﹃北上サンを傷つけたら沈めますから☆彡﹄と言う ? ﹂ ? ﹄ ? ﹃瑞鶴とか吹雪とか不知火とか北上から 通信機の向こうから長い長いため息が聞こえた。 ﹁そのつもりだが マジでやるつもり ﹃あのさ、私は作戦は任せるって確かに言ったけどさ しかたないさ。と言おうとした時に味方艦から連絡が入る ヤレヤレと肩をすくめる副長 ﹁それなら電探で見つけるしかありませんね。﹂ ノイズは発生しないのかもしれない。﹂ ﹁対水上警戒を厳に、もし奴が機関を停止させていれば ﹁艦長、そろそろ遭遇してもおかしくありません。﹂ その艦隊の先頭を行く戦艦の内部ＣＩＣでホタカは水上レーダーを睨みつけていた。 ６隻の戦闘艦が白波を蹴立てて航行していた。 月明かりに照らされた南太平洋の黒い海面を ＳＴＡＧＥ│１０ 旋風、止むべし ＳＴＡＧＥ─１０ 旋風、止むべし 309 310 さんざん企画外って聞かされてたけど、流石にこれは予想外だわ⋮﹄ ﹁予想外。良い響きじゃないか 君がそういうならなおさら敵は予想できない 素晴らしい。﹂ ﹃そうは言うけど。こんなの本当に成功したら奇跡よ、奇跡﹄ 若干投げやり気味な山城に向かってホタカは言い放った。 ﹁奇跡と言う物は、自分自身で起こしてこそ価値があるものだよ。﹂ ﹃ああ、なーんであの時一緒に考えなかったのかしら。不幸だわ⋮﹄ ﹁あんまり不幸不幸言ってると幸運が逃げていくぞ﹂ ﹃解ってるわよ。﹄ 相変わらずの彼女の不機嫌そうな声に苦笑する。 すると大井からも通信が入る ﹃ホタカさん。解っているとは思いますが 北上さんにちょっとでもケガさせたら 酸素魚雷が４０本ほど飛んで行きますので 覚悟してくださいね﹄ にこやかな脅しに背筋が寒くなった。 ＳＴＡＧＥ─１０ 旋風、止むべし 311 ﹄ ﹁４０本と言えば魚雷全部じゃないのか ﹃その通りですけど ﹂ ? 方位０│３│４ ﹂ ! まだまだ実験段階の作戦ではあるが、ホタカの持つ高精度な観測情報や ホタカから他の艦娘の頭の中にダイレクトで情報を送信することを言う。 このデータリンクとは艦娘同士の双方向通信を利用して ﹁各艦とのデータリンク開始します。﹂ ﹁全艦戦闘用意。データリンク開始。﹂ 一気に張りつめた空気に変わる。 報告を受け取った瞬間、若干ゆるんでいた空気が ﹁超兵器ノイズ確認 その瞬間、レーダー画面の一部が強烈なジャミングによって白く変わる。 いつも通りのマイペースな返答にがっくりと肩を落とす ﹃まー何とかなるっしょ。﹄ 至近弾でも２０本ぐらい飛んできそうだ。﹂ ﹁北上。僕も助けるから、全部避けてくれ。 こっそり北上へ通信をつなぐ 彼女ならば本気でやりかねない。 ? ! 312 そこから導い出される射撃諸元をリアルタイムで伝えられるなどメリットも多かっ た。 ﹂ ﹃うあ、まだ慣れないわね。このデータに飲まれそうな感じは⋮﹄ 通信機からは山城の気持ち悪そうな声が聞こえてくる。 ﹂ 目標はヴィルベルヴィントの模様 ﹁我慢しろ、こうでもしないと遠距離砲撃できないだろ そう言って黙らせる。 ﹁目標を暗視装置で確認 ﹁流石に専用装置無しじゃあ、全球いっぺんに 超高速巡洋戦艦ヴィルベルヴィント、本艦隊に向けて接近中 ! ? 画像処理できませんが、一方向ぐらいなら何とかなります。﹂ ﹁今はこれで十分だ。 思った通りヴィルベルヴィントだな。﹂ ﹃これが⋮超兵器。﹄ 吹雪の息をのんだような声 今のところ全員にはホタカの暗視カメラの映像と それぞれの位置関係がデータ化されて送られていた。 ﹁君らが目にしている暗視映像は僕がとらえたものだ。 ! ! ＳＴＡＧＥ─１０ 旋風、止むべし 313 射程に捉えました ﹂ ﹂ 発砲 ﹁主砲発射 ﹂ ! タ ﹂ 南太平洋の暗い海に二つの太陽が一瞬だけ現れる。 ヴィルベルヴィントの２８ｃｍ砲が同時に火を噴いた。 ホタカの全部に据え付けられた４１ｃｍ砲と ﹁敵艦 ! ﹁敵艦 ホタカは別の艦の主砲の弾道計算すらやってしまっていた。 そのため現在、彼女の射撃盤は動いていない。 山城にも、彼女に対応した射撃諸元が送られていた。 ﹃解ってるわ。アンタの射撃諸元、信じる。﹄ デー ﹁山城、手筈通り初めから斉射だ。﹂ ﹃こちら山城、主砲装填完了。﹄ ホタカの１番砲塔と２番砲塔に４１ｃｍ対艦徹甲弾計６発が装填される。 ! 間違ってもそれを頼りに機動するな ! 位置関係データを第１に考えろ。 ! ﹂ 諸元入力開始 ! 弾種徹甲 主砲装填 弾種徹甲 ﹁主砲弾装填 ! ! ! ! 314 ﹁弾道計算開始 ﹂ ﹃主砲、よく狙って。てぇーー ﹁大井、では手筈通りに﹂ ﹄ ﹃やってやるわよ。絶対に当てないでね 特に北か﹄ ﹂ ヴィルベルヴィントに４１ｃｍ砲弾が着弾し ﹁弾ちゃーく今 大井らとヴィルベルヴィントの相対速度は時速２００ｋｍを超えていた。 北上、吹雪、不知火が続いて突入していく。 ホタカの右舷側を大井を先頭として、 何を言うのか解っているので通信を切る ?! ４１ｃｍと３５，６ｃｍ砲弾が月夜に向けて放たれる。 続いて山城の１番２番砲も発砲。 ! その時、ホタカ第２射を発砲。 予想落下地点が各艦に伝えられる。 地球の自転、波の高さなどのデータが処理され、 即座に現在の大気、相手の艦体の動揺、 ! ! ＳＴＡＧＥ─１０ 旋風、止むべし 315 ﹂ ﹂ 爆炎を上げる。その隙間からは青い防御重力場が見えていた。 ﹁やはり持っていたか。ミサイルは ﹁まだ少し遠くてこちらの誘導電波が届きません ﹂ ﹁まあいい。特殊弾頭ＶＬＳ及び対艦ミサイルＶＬＳ解放 即時発射用意 ! ! ? ﹁敵艦に動きは ﹂ ﹁まっすぐこっちに突っ込んできています ﹁７分もすれば大井達は接触するな。﹂ 距離２４ｋｍ ﹂ ! ね。﹂ そ れ が 出 来 な く て も 大 部 分 の 運 動 エ ネ ル ギ ー を 奪 い 取 る 防 御 シ ス テ ム で す か ら ﹁まあ、外向きの力場を発生させて砲弾をそらしたり ﹁長距離砲撃ではやはり効果が薄いか。﹂ 防御重力場の青い光が瞬いた。 再び、ヴィルベルヴィントの上に着弾の赤い光と こうしている間にもホタカからの第３斉射が放たれる。 ! 対艦目標に使えるミサイルが収められたＶＬＳ、その全て解放される。 ホタカに搭載された ! ? 316 ﹁だが、欠点も確かにある﹂ 口の端に小さく笑みを浮かべるホタカ ﹁装置の処理能力を超えるほどのエネルギーを持った砲弾を叩きつけるか﹂ ﹁発生した力場のキャパシティを超えるほどの量の物体を衝突させる。ですね。﹂ ホタカの後を副長が続ける。 超兵器を解析していく中で偶然発見された防御重力場は ウィルキアでのクーデター時、一部の艦船に試験的に搭載され大きな成果を上げた。 原理としては、外側へ向けた強力な重力場を発生させることで 浅い角度で突入してきた砲弾はそらし、 深い角度で突入してきた砲弾は外向きの重力場の影響をもろに受けて急減速し、 砲弾の持つエネルギーの中でもっとも大きな破壊をもたらす運動エネルギーを著し く減少させ、 場合によっては艦体に届く前に海に落とし防御する。 たとえ全てのエネルギーを減少させきれなくても、力場を抜けるころには すでに砲弾には戦艦などに致命傷を与えうるほどの破壊力は残されていない。 また、防御重力場には若干の揺らぎがある。この揺らぎによって 重力場が設計上の最大出力よりも高い防御力を示すことがある ＳＴＡＧＥ─１０ 旋風、止むべし 317 この現象により防御性能が飛躍的に上がった部分に砲弾が直撃した場合 砲弾がつぶれ、まるでそこに盾があるかのように爆発する現象もみられる。 その場合のダメージはもちろん０だ。 さらに、この防御壁は実態のある︻壁︼では無く︻領域︼である 外側へ向かって重力場を張っているだけであるので、内部からの攻撃が可能になる。 しかし、無敵に思える防壁にも弱点はあった。 まず、至近距離からの砲撃によって 非常に高い運動エネルギーを持った砲弾を防ぐことは不可能だった。 重力場が効果を発揮する前にその領域を砲弾が通過してしまうからである。 また、時にダメージを完全にシャットアウトする防御重力場の揺らぎも もろ刃の刃と言えるものだった。 揺らぎによって防御力が高まる部分があるなら、逆に薄くなる個所も確実に生じ る。 さらに揺らぎは自然発生することもあるが、物体を連続的に防御した場合にも発生す る。 物体が力場を通過する時に均一な力場に、波紋のようなムラが生まれるためだ そのムラの大きさは防御重力場に加えられたエネルギー量に比例して大きくなる。 318 もちろん、防御重力場発生装置はムラをなくすように働きかけるが、連続的な着弾で あると その能力のキャパシティを超えてしまう。 重力場のムラが出来ているところにさらに砲弾が突っ込むとさらにムラが生まれ 最悪の場合、防御重力場として機能するほどの力場が維持できなくなる。 シー ル ド ダ ウ ン このように防御重力場が無効化されることは 防御壁崩壊と呼ばれていた。 防御重力場は決して全ての攻撃を防げるわけではないのだ。 シー ル ド ダ ウ ン ホタカは自分の砲弾と山城の砲弾の弾着を出来るだけ合わせて 防御重力場の防御壁崩壊を狙っていた。 ですが、びくともしませんね。﹂ ホタカの第２斉射と、山城の第１斉射がほぼ同時に着弾する ﹁全弾命中 ﹂ ? 射点まであとわずか。﹂ ﹁予定コースを走っています。 ﹁大井達は順調か 彼の周囲に６本の水柱が立ち上った。 ﹁だろうな、この程度の砲撃ではどうにもならん。﹂ ! ＳＴＡＧＥ─１０ 旋風、止むべし 319 大井と目標との距離は確実に近づいていった。 ﹁取り舵５。全門斉射用意﹂ こちらと同行戦を行うようです ホタカの艦首が左へ触れ、艦橋が右へ傾く ﹃えっ 主砲斉射 ﹂ ・・・・・・・・・・ ﹄ ﹄ !! ホントに大丈夫なんでしょうね 私も ホタカ ﹁大丈夫だから喚くな⋮⋮⋮たぶん﹂ ﹃﹃今たぶ﹄﹄ !? !? ついでに山城も沈めてやるぅぅぅぅぅ ﹃これで被弾したらとりあえずホタカ沈めて ﹂ 味方水雷戦隊と、ヴィルベルヴィントの間へ向かって飛翔する。 て 続いて山城も６基１２門の全力砲撃。しかし、彼女が放った砲弾は、大きく右にそれ ! それに山城も続く。 ﹁敵艦わずかに左へ変針 ! その報告にニタリと笑みを浮かべるホタカ ﹁作戦続行 ! またもホタカの１番主砲が咆哮する。 ! ! ? 320 ブツンと容赦なく通信を切る。 落下予想地点は送ってあるから大丈夫だろう。 次に水雷戦隊へあるデータを各艦へ送り届ける ﹄ その直後、北上から通信が入る ﹃えーとさ、これってマジ まるで銛のように魚雷を放つ物だった。 しかし、ホタカのもたらしたデータは其れとは真逆 １本２本当たればいいものだった。 その場合、確かに無駄玉が多くなるが魚雷はもともと一撃必殺。 通常魚雷には少しずつ角度をつけて、敵を魚雷の網に絡めとる様に撃つ だった。 そ れ を も と に 考 え る と 放 っ た 魚 雷 は 最 終 的 に 五 列 に な っ て １ 直 線 に 突 進 す る よ う だった。 ホタカが送ったのは魚雷１本１本の発射角度と、そのタイミングの事細かなデータ ﹃でも、魚雷を扇状に撃たないなんて⋮﹄ ﹁マジだ。﹂ 彼女らしくない戸惑った声。 ? これでは、神業のような予測が無いとまず当たらない。 さらに、魚雷をそのデータ通りに発射することにも、かなりの技量を必要とした。 魚雷とはまっすぐ走らせるのも難しい代物であるのが理由だった。 ﹁大丈夫だ、絶対に当たる。 それに君は重雷装巡洋艦だ。 ﹂ 魚雷は君の主兵装、まっすぐ走らせることぐらい 分けないだろう ﹁取り舵１０ ミサイルは プー ン ﹂ 数瞬の後、１２発の砲弾は水雷戦隊と超兵器の間に着弾し大きな水柱を噴き上げる 通信が切れる。これで向こうは大丈夫だろう。 いつものマイペースな掴み処のない雰囲気を醸し出して まあ見てなって。﹄ そこまで言われちゃ、スーパー北上様も本気出すよ。 ﹃ほーっ言ってくれるねぇ。 ホタカの物言いに、通信機の向こうで北上が不敵に笑ったのを感じる。 ? ﹂ ! !? トライデント、モードＡＰ、１４基照準 ﹁誘導可能距離まで１０秒 ハー ! ! ﹁ＲＧＭ│８４、５０基 ! ＳＴＡＧＥ─１０ 旋風、止むべし 321 322 ﹂ 目標ヴィルベルヴィント ﹁誘導可能距離まで５秒 ﹂ ! ここで、手筈通りに山城が取り舵一杯、ホタカと別れ だが、彼我距離が縮まれば予測できても回避が間に合わない。 弾着予測システムによって未だに被弾は無かった。 水柱が吹き上がる。 ホタカの周りに３発、山城の周りに３発の砲弾が突き立ち ! ﹂ ヴィルベルヴィントへ横腹を向けると１２門の３５，６ｃｍ砲が咆哮する。 ﹂ ﹂ ﹁ミサイル射程内 サルヴォ│ ﹁全門発射 ﹁斉 射 ! ! 今回、ホタカはトライデントの出力をいじり その全てが途中で軌道を変え、旋風の名を持つ巨艦へ向かって飛翔する 合計６４本の槍が、月の輝く夜空へ打ち出された。 爆煙が吹き出し、一瞬甲板上を埋め尽くすと その直後、大和をも上回る全長を持つ艦体から 何度目かに解らない斉射を放つ。 ! ＳＴＡＧＥ─１０ 旋風、止むべし 323 ハープーンと同じ速度で飛翔するように設定してあった。 ６４本の必殺の槍に対して、ヴィルベルヴィントが対空砲火を打ち上げ の速度をもっていたとしても、 １本、２本と迎撃していくが間に合わない。 たとえ８０ ﹂ ! 防御壁崩壊を引き起こしていた。 シー ル ド ダ ウ ン その攻撃はヴィルベルヴィントの防御重力場の処理能力を上回り それと同時に降り注いだ多数の砲弾と対艦ミサイル 防御重力場の力場をかき回す。 核爆発に匹敵するほどの激烈な衝撃波が 指令起爆で防御重力場の直前で起爆されたため ＡＰモードのトライデントが致命的だった。 特に、核ミサイル級の衝撃波を一点に集中させて吐き出す ３５，６ｃｍ砲弾１２発が同時に着弾する。 さらにタイミングを調整させて被雷させた４１ｃｍ砲弾３発と ４１本のハープーンと１０発のトライデント、 ﹁弾ちゃーく⋮⋮今 音速を超えて飛来する槍からは、逃れられない。 ? 324 ヴィルベルヴィントにとっての災厄は続く。 山城の砲撃によって生じた水柱に隠れて 水雷戦隊が放った計５７本の魚雷が５列になって、 の超高速であろうとも、寸分狂わぬ未来位置へ 右へ変針し始めていた左舷中央部から艦尾部分へ殺到する。 いくら８０ それまで研究されていた電算機の十数世代先を行っていると評した学者もいるほど 新理論を用いて作られた物だったが。その性能は圧倒的の一言で れた ホタカに搭載された高性能電算機も防御重力場と同じく超兵器研究の中で発見さ ホタカはただ一人で、しかも短時間で終えていた。 普通なら膨大な数のスーパーコンピューターが必要になる計算を、 る。 こちらが持ちうる攻撃兵装そのほとんど全ての火力を、ほぼ同時に目標に到達させ これはホタカの持つ高性能電算機によってもたらされた、ある種の奇跡だった。 防御重力場は働かず、艦尾の特殊推進システムは完膚なきまでに破壊された。 そのうちの３３本が防御壁崩壊した直後に直撃。 シー ル ド ダ ウ ン 導かれた不意打ちの酸素魚雷群の突入をかわすことは不可能だった。 ? ＳＴＡＧＥ─１０ 旋風、止むべし 325 だった。 この電算機はその後多くの艦艇に標準搭載されることになる。 そのため、地球の磁場、自転など様々な要因によって非常に不安定な弾道を持つ 荷電粒子砲や、超怪力線、プラズマ砲等の命中率や連射性が飛躍的に高まり 戦場は色とりどりの光学兵器が飛び交うようになった。 このような、驚異的な演算能力があったからこそ海戦での各種光学兵器、 特殊兵器の継続的な運用が可能になったと言っても過言ではない。 ﹂ もちろん、その恩恵は砲兵装や対空兵装にももたらされ 速射砲射撃用意 命中率の飛躍的上昇に貢献した。 ﹂ 最大戦速 艦尾大破 ! ﹁敵艦 ﹁推進装置作動 ! ! の速度で疾走を始めた。 ? 推進することによって噴き上げられた飛沫が甲板に打ち付ける。 速射砲弾を叩きつけ、防御壁崩壊状態を起こしやすくする狙いがあった。。 シー ル ド ダ ウ ン 艦隊のどの艦よりも接近することで、敵の攻撃を吸収する事と ５万トンを超える艦体が、６８，１ 艦首と艦尾に立つ波が一気に巨大化する ホタカに搭載されたガスタービンエンジンが咆え ! ! 326 その飛沫のカーテンの向こうでは、起動した１５２ｍｍ速射砲が 推進機関を損傷したヴィルベルヴィントを睨む。 舵と、機関を推進器を一度に損傷したヴィルベルヴィントは もはや惰性で進むしかなくなっていた。 しかし、巨大な艦体が持っている運動エネルギーは非常に大きく すぐには減速しない。さらに、最後に切った面舵の影響で、 巨大な艦体は右へ進路を変え続けている。 いくら超兵器とは言えど、慣性の法則に逆らうことは出来なかった。 ホタカによって完璧に予測された未来位置に６発の４１ｃｍ砲弾と シ ー ル ド・ ダ ウ ン １２発の３５，６ｃｍ砲弾が降り注ぐ。 いまだに防御壁崩壊から立ち直りきれていないため ﹂ ﹂ ４発の３５，６ｃｍ砲弾と２発の４１ｃｍ砲弾が防御重力場を付き抜け 巨大な艦体に直撃し、紅蓮の炎を噴き上げる １番および３番主砲大破確実 ! 敵に力場を整える時間を与えるな ﹁敵超兵器に直撃弾 ﹁速射砲射撃開始 ! ! １５２ｍｍの砲弾のつるべ打ちは、その殆どが防御重力場によって 超兵器方向を指向できる４門の速射砲が連続して咆哮する ! 本体へは届かなかったが、確実に重力場発生装置への負担になっていた 敵の生き残った２基の主砲塔からの砲撃、この距離に至っては 回避することは不可能。 必死に舵を切るが、２発がホタカの防御重力場を突き抜けて 本体へ達する。しかし、重力場によって著しく減速された砲弾は ホタカの装甲板に対して有効打とは成りえなかった。 １発は装甲板に弾かれ、１発はＣＩＷＳ１基を破壊するにとどまった。 お返しとばかりに砲撃、２発は防御重力場に阻まれるが 残りの４発が着弾する。 １発が特徴的なＶ字型煙突を貫通し吹き飛ばす。 さらにもう１発が舷側に命中し、装甲を貫通、 血が噴き出るように真っ赤な爆炎が迸る。 最後の２発は魚雷発射管２基に命中し、魚雷が誘爆。 巨大な爆炎がヴィルベルヴィントを包んだ。 ロケット弾を発射 ﹂ ! コントロール・オープン ﹂ その瞬間、ヴィルベルヴィントが白煙に包まれる ﹁敵艦 ! ﹁３５ｍｍＣＩＷＳ 迎 撃 開 始 ! ＳＴＡＧＥ─１０ 旋風、止むべし 327 328 生き残っていた左舷側３基のＣＩＷＳが３５ｍｍ機関砲弾の弾幕を張る。 しかし、超兵器の放ったロケットの数は２５０発を優に超えていた さらに射程内に入ったらしく、１２，７ｃｍ砲の射撃も開始される 後進一杯 ﹂ 視界を埋め尽くすほどのロケット砲弾がホタカに迫った。 ﹁ピッチ角変更 ! ﹁面舵２０ 斉射用意 ﹂ ついにヴィルベルヴィントを追い抜く。 直ぐにプロペラピッチ角を前進するように戻したホタカは、 内蔵された炸薬量は比較的少なく、防御壁崩壊は発生しなかった。 シ ー ル ド・ ダ ウ ン 彼にとっての救いは着弾したロケットは対空用の物であったため。 そのため、ホタカの防御重力場には１００発以上のロケットが着弾していた。 当たる可能性の少ないロケット砲をも、防御してしまう。 しかし、艦を防御するように半球状に展開された防御重力場は 急激に速度が落ちていき、艦橋の目の前を大量のロケット弾の束が通過しようとする 海水が前方へ向かって押し出され始める それまでホタカを推進していたスクリュープロペラのピッチ角が変更され ! ! 超兵器の頭を押さえようと右に舵を切る ! ＳＴＡＧＥ─１０ 旋風、止むべし 329 敵艦の発射した２８ｃｍ砲弾２発がホタカの防御重力場に直撃するが １発は後方へそらされ、もう１発は空中で爆発する。 ２番主砲が発砲し、山城の砲弾と同時に着弾。 ４１ｃｍ砲弾は全て防がれるも、３５，６ｃｍ砲弾は８発が直撃 後艦橋が瓦礫の山と化し、甲板の至る所から爆炎が吹き上がった。 熱せられた対空ロケット発射機から、暴発したロケットが花火のように 明後日の方向へ打ち出されていく。 さらに、副砲も２基が爆散。そのうちの１基は 下部にあった弾薬庫に運悪く被弾したのか、 砲塔が炎によって艦橋よりも高く吹き上がり そのまま海面に叩きつけられた。 右への変針が完了し、ホタカはヴィルベルヴィントの 進行方向を横切るように航行する丁字有利の体勢へと至った。 彼我距離は１０ｋｍを疾うに切り、５ｋｍにまで迫ろうとしていた ２基の４５口径４１ｃｍ三連装対艦対空両用磁気火薬複合加速砲の 砲身は、この距離では水平撃ちと言えるほど仰角は小さかった。 先に火を噴いたのはヴィルベルヴィントの１２０口径２８ｃｍ３連装砲だった。 330 わずか５ｋｍの距離ではどのような回避も間に合わず、防御重力場も意味を持たな かった。 １発は右舷の３番速射砲を吹き飛ばし、もう１発は舷側に命中し特殊弾頭ＶＬＳ２ 基を破壊 もし、トライデントが装填されていれば中破は確実だっただろう。 近距離砲戦に備えて１４発のトライデント全てを叩きつけ、 再装填を行わなかったホタカの判断は正しかった。 最後の１発は２番主砲の天板に着弾。 しかし、砲塔の強靭な装甲と入射角が浅かったこともあり、 ﹂ 激しい火花を一瞬散らして反対方向へ抜けていった。 ﹁主砲、斉射 １発が副砲を貫通後、近代的な艦橋に突入し、 巨大な砲塔が内側から爆ぜる。 内部で装填されようとされていた次弾と装薬も巻き込んで炸裂し ２発が生き残った２番主砲に直撃し、主砲防盾を貫通 わずかな距離を飛翔したのち、防御重力場を難なく貫通する。 ６本の巨砲が鳴動し、音の速度を置き去りにした砲弾６発が大気を切り裂いて進む ! ＳＴＡＧＥ─１０ 旋風、止むべし 331 レーダーマストと航海艦橋を一瞬で瓦礫の山に変える。 さらに１発が無事だった右舷側の魚雷発射管を根こそぎなぎ倒し、誘爆させた。 残りの２発は舷側を突き破り、艦内部でエネルギーを解放。 防御力など皆無な艦内構造をめちゃくちゃに引き裂き、浸水を発生させる。 さらに、防御重力場発生装置にも損傷を与え、 今まで巨艦を守っていた防御壁が消失する。 そこへ、山城が放った１２発の３５，６ｃｍ砲弾が飛来。 旧式艦であるため、足が遅い彼女にとっては射程ギリギリの砲撃ではあったが ホタカとのデータリンクでそのハンデは無いようなものだった。 大きい角度で飛来した９発が艦体の至る所へ直撃。 そのうちの一発が４番砲塔に直撃する。 しかし、超兵器であるヴィルベルヴィントの砲塔の装甲は非常に厚かったため 天蓋装甲を大きくへこませるのみで完全な破壊には至らなかった。 ホタカが敵艦の前を突っ切ると、再び超兵器の砲撃を受ける どうやら４番砲塔を無理やり前方へ旋回させ砲撃したようだ。 その余波で瓦礫の山と化していた後艦橋から幾つもの破片が飛び散る ３発の砲弾が飛来し、２発は艦後方に着水 332 最後の１発が最後部の６番速射砲を吹き飛ばした。 それと同時に後部の２番主砲が咆哮し、最後まで抵抗を続けていた ４番砲塔が紅蓮の炎に包まれる。 降伏勧告を ﹄ この瞬間、ヴィルベルヴィントは主要な攻撃兵装を失った。 ﹃ホタカさん ! ﹂ ? ﹂ ? ﹃ああ、よぉく知ってるさ。何せ貴様に沈められたのだからなぁ⋮﹄ ﹁貴艦は僕を知っているのか 底冷えのする狂気が通信機越しでも感じられる。 通信機の向こうから聞こえてきたのは若い男の声 ﹃やはり⋮日本に居たか。﹄ 貴艦にもはや戦闘能力はない。降伏せよ。﹂ ﹁トラック鎮守府所属、装甲護衛艦ホタカだ、 幾度かの挑戦の後、超兵器との間に通信が開かれる 作戦は続行させる。﹂ ﹁僕はそうは思えないな。だが、念のためだ。 ﹁降伏勧告を受諾する輩ですかね 吹雪の要請を受諾し、超兵器に向けて通信を試みる。 ! ＳＴＡＧＥ─１０ 旋風、止むべし 333 貴艦が沈んだ時 ヴィルベルヴィントの言葉に、自分と同じ境遇の存在だと直感で感じ取る ﹂ ﹁日本艦を攻撃したのは何故だ 日本は味方じゃないのか ﹃味方 ? 何を言っている。私は私の意志の下行動した ホタカの問いを彼は嘲笑った ? ﹂ ? ﹁⋮⋮⋮﹂ クツクツと通信機越しに、小さな笑いが聞こえる いい言葉があったな。﹄ ﹃そうだな⋮。ああ、そうだ。私が叩き潰した太平洋艦隊の母国には すぐさま降伏せよ、もうお前は戦えない。﹂ ﹁こんなにも嬉しくないお礼は初めてだ。 礼を言うよ、ホタカ。﹄ それに、私の意志は、願いはある程度達成されたのだ。 ﹃こんなところで話しては面白くない 超兵器の物言いに、若干イラついていため語調がきつくなる ﹁では、貴様の目的とは何だ そこに前の世界で味方だったからと言う理由で攻撃を躊躇うつもりは無い﹄ ? 334 バ カ め ﹃Ｎｕｔｓ ﹄ 砲撃により浸水し、右舷方向へ傾いたヴィルベルヴィントの右舷へ殺到 言い終わったその時に、大井、北上が残していた右舷の魚雷４０発が せいぜい足掻くことだ。解放軍の超兵器君。﹄ ﹃ではな、ヴァルハラで会おう。 さらに４１ｃｍ砲弾は何発も舷側に命中し、幾つもの破孔が開く ９発の３５，６ｃｍ砲弾が艦体に９つの爆炎を生んだ。 ﹃とどのつまりは、我々のような﹄ そこでいったん言葉を切り、若干の静寂 どうしようもない輩も確かに存在するのだ。つまり﹄ ﹃世の中には、貴様の尺度では測れないような 回線は閉じたはずだが、超兵器が無理やり割り込んで来た ﹃覚えておくといい。ウィルキアの裏切者﹄ 山城も砲撃を再開、３５，６ｃｍ砲弾１２発が闇夜に向けて放たれる そのすべてが超兵器の白い艦体を穿ち、爆炎を噴き上げる その瞬間、ホタカの６門全ての主砲が咆哮し ﹁そうか、なら貴艦にはこう言っておく、﹃非常に残念﹄。とな。﹂ ! ４０本すべてが命中し、巨大な水柱が吹き上がると ついに超兵器の艦体が２つに裂け、誘爆を繰り返しながら沈降を始める。 巨大な艦体が海中に没するまで、大した時間はかからなかった。 ﹃ちょ、超兵器の爆沈を確認⋮﹄ いつもは冷静な不知火でさえ、信じられないと言う感情がダダ漏れになっている ﹃すごい⋮本当に沈めちゃった⋮﹄ ﹄ ﹃やーおつかれー。まさか全弾命中するとは思わなかったけどさ﹄ ﹃北上さんなら全弾命中は、当たり前じゃないですか 諸君らの尽力に、感謝する。ご苦労でした。﹂ 超兵器の撃沈を確認、艦隊集結後トラックへ帰投する。 ﹁元ウィルキア所属の戦艦だよ。 ﹃本当に私たちだけで沈めるなんて、アンタ本当に何者よ⋮﹄ 呆けたような吹雪の声と、いつも通りの北上と大井。 !! ﹁艦長、超兵器を沈めたというのに浮かない顔ですね。﹂ ﹂ 副長が不思議そうな顔で問いかける。 ﹂ ﹁副長、君は気が付かなかったか ﹁何がです ? ＳＴＡＧＥ─１０ 旋風、止むべし 335 ? 336 モニターの一つに先ほどまで撮影していたヴィルベルヴィントとの戦闘を表示す る。 戦闘が早送りで進み、ロケット弾幕を回避した後、敵を抜き去る瞬間で止める ﹁ここを見ろ﹂ ホタカが指差したのは超兵器の艦首部分 副長がそこに視線を固定した ﹁これは⋮ここだけやけに白いですな。まるで新品みたいに⋮﹂ ﹂ 確かに、ヴィルベルヴィントの艦首部分は他の部分に比べて 新品のような表面をしていた。 ﹂ ⋮⋮まさか ﹁新品そのものかもしれんぞ ﹁どういうことですか ! ? ﹂ ? しかし、その他の部分は損傷したことが無いように見えた。 他の重要区画にも大きな損傷を強いることが出来ただろう 副長のいう事ももっともで、艦首にあれだけの損傷を与えられるなら ﹁しかし、なんで艦首なんか損傷しているのでしょうか あの艦首部分は、呉鎮守府の３個艦隊と戦った時の傷だろう。﹂ ﹁そのまさかだよ。奴はおそらく自己修復機能を持っている ? ﹂ ﹁さてな、もしかしたら勇敢な艦が正面衝突した可能性が考えられるが⋮﹂ ﹁あんな巨大艦と正面衝突を考えるような輩がいますかね ﹁勘、としか言いようがないな。 ﹁その自信はどこから来るんですか 艦長﹂ ﹁何にせよ、奴らはまた来るよ。必ず来る。﹂ 超兵器の脚を奪おうと正面衝突し艦首破壊を目論むこと十分考えられた。 艦首を損傷すれば全速力は出せない。味方を逃がすために 副長の問いにホタカは答えなかったが、内心長門だろうとあたりを付けていた ? 何とか防ぐ手立ては無いかな ﹂ ﹁僕も出来ることなら、ヤツラとはもう２度と戦いたくないがね。 厄介事が増えてしまうじゃあないですか。﹂ ﹁不吉なことを言わんで下さい。 ホタカの言葉にがっくりと肩を落とす 悪い方向へな。﹂ だが、戦場でのこういった勘はよく当たるんだよ ? ﹁ヴァイセンベルガー元帥の撤退勧告を延々と流すのはどうですか ﹂ ? ? 奴らも元は帝国艦ですし、効くかもしれませんよ ? ＳＴＡＧＥ─１０ 旋風、止むべし 337 338 ﹁それはいい、朝から晩まで全周波数帯で流すか﹂ ﹁もはや新手のテロですね。﹂ バカなことを話しながらトラックへと向かう 副長と会話しながらも、彼の頭の中では超兵器の目的について考える。 幾つもの仮説が浮かんでは消えていくが、満足のいく答えは出てこない。 東の空は少しずつ白み始めていた。 トラックへたどり着いた艦隊は、 出発を目前に控えていた迎撃艦隊と避難準備艦隊の面々に、 口々に迎撃成功を祝われもみくちゃにされた。 そのどさくさに紛れて、涙目の瑞鶴に 全然力の入っていないボディブローをホタカが貰ったのは 当事者たちだけしか知らない。 ＳＴＡＧＥ─１０ 旋風、止むべし 339 対ヴィルベルヴィント戦 ヴィルベルヴィント撃沈 ホタカ：小破 山城、大井、北上、不知火、吹雪：損傷皆無 !! ﹁どうどう、落ち着いて﹂ ! ︼ 今日の朝刊。その１面トップには ︻超兵器、撃沈さる 私が新聞作ってるわけじゃないですからねぇ⋮﹂ ﹁説明しなさいよと言われましても その隣には、威風堂々たる艦隊の写真が載せられている。 と言った見出しが、ゴシップ調でデカデカと書かれていた ! ! ︻呉、佐世保鎮守府合同艦隊大勝利 ︼ 瑞鶴がバンッと叩きつけるように置いたのは ﹁どういうことか説明しなさいよ青葉 ﹂ 大声を出した艦娘の持つ物を見て納得し、食事に戻る。 周りにいた数人の艦娘が声の発生源をチラとみるが ある朝のトラック第２鎮守府の食堂で少女の声が木霊した。 ﹁納得がいかないわっ ﹂ ＳＴＡＧＥ│１１ 海狼の牙 340 こ ? ヤレヤレと肩をすくめる青葉 ﹁私はちゃんと記事にしてＡＮＷ本部へ送りましたよ 戦闘詳報と映像データ付きで。 でもまあ、その情報を受け取って記事にするのは 新聞社の方ですから。﹂ 青葉の返答にグヌヌと唸る ﹁瑞鶴さんの気持ちも理解できなくはないですが⋮ 当の本人たちが全く気にしてませんしね。﹂ そう言って緑茶を啜る。 ﹁でも、ホタカたちが沈めたのに⋮ こんなの横取りもいいとこじゃないの。﹂ 唇を尖らせて不快感を隠そうともしない瑞鶴に こ 後ろから聞き覚えのある声がかかる ﹂ ? ﹁中央にはトラック第２鎮守府の戦果を 快く思わない連中が居るってことだろう ﹂ 朝食を乗せた盆を持つホタカだった。 ﹁どういう事よ ? ＳＴＡＧＥ─１１ 海狼の牙 341 342 ﹁本土の精鋭部隊の３個艦隊が壊滅して 辺境の１鎮守府の１個艦隊が損害なしで超兵器を撃沈してしまっては 面子が丸つぶれと言う奴さ。﹂ そう言いながら、瑞鶴の背後の机に背中合わせになる様に座る ﹁そりゃ、こっちは本土近海みたいに深海棲艦が攻勢かけてこないし ﹂ ﹂ 激戦区ってわけでもないし、練度は高いけど正直本土の精鋭部隊と比べられれば 見劣りしちゃうけどさ。 ラッキー そもそもアンタは悔しくないの ﹁いや、まったく。むしろ幸運だ。﹂ 瑞鶴の問いかけを一刀両断する。 命がけで戦ったのに、戦果が横取りされたのよ 彼女が一瞬呆けるのが簡単に想像できた。 ﹁⋮⋮なんでよ ? !? 理由を語りながらも、その手はしっかりと納豆をかき混ぜていた。 戦時中の英雄ほど嫌な役回りは無いよ。﹂ 必要以上に英雄視される心配がなくなったのが大きい。 それよりも、超兵器を沈めたことで ﹁提督からは艦隊全員に特別報酬をもらったからな。不満は無い。 ? ＳＴＡＧＥ─１１ 海狼の牙 343 ﹁最大の功労者がこう言ってるんで、 抗議してももみ消されるのがオチなんですよ。﹂ たぶん、瑞鶴と同じような理由で﹂ 苦笑いする青葉と未だに納得がいかない瑞鶴。 ﹂ ﹁それと、青葉。﹂ ﹁何ですか ﹁大井が探し回ってたぞ ﹂ ! ラー ト まるで壊れたロボットのように首を回した先には ジャーナリストとしての直感が緊急警報をガンガン鳴らした。 ア 若干慌てながら席を立とうとした時、青葉の肩に誰かの手が置かれる。 ﹁わ、私もう行きますね と言うより、絶対にキレている。 北上の戦果が報道されていないことにキレても可笑しくない 後者はともかく前者は 大井と北上の名前は無い。 新聞では戦艦部隊の艦砲射撃と報じられており 超兵器に止めを刺したのは重雷装艦の酸素魚雷だが ホタカの言葉を聞いた瞬間、彼女の顔がサアッと青ざめる ? ? 344 ﹂ ニッコリワラッタ大井が居た。 ﹁何処へ行く気ですか 濃密なプレッシャー。ホタカでさえ冷や汗を流す。 今日は確か瑞鶴さんが開発をするはずですよね ﹁ちょちょちょちょっと開発工廠に。﹂ ? ﹂ ﹂ ! ﹂ 手に持っている盆の上の食器にピシリとひびが入る。 だんだん大きくなっていくプレッシャー ﹁あ、あのその⋮﹂ ﹁来ていただけますね 何とか回避策を取ろうと考える。 ﹁え、えーと⋮﹂ ﹁貴女にはすこーしオハナシしたい事がありますので。来ていただけますか 青葉の全身からいやな汗が噴き出しはじめる。 ﹁開発は一人用ですよ ﹁い、いやあのその、ほ、ほら開発のお手伝いを いきなり話を振られた瑞鶴、それ自体は本当の事なので頷く ﹁あら ﹂ 周囲の空気が鉛ほどの質量を持ったかのような錯覚に飲まれるほどの ? ? ? ﹂ ? ? ＳＴＡＧＥ─１１ 海狼の牙 345 ﹁来なさい。﹂ ﹁アッ、ハイ。﹂ 半ば引きずられるように食堂を出ていく彼女に ﹂ 一部始終を見ていた全員が見事な敬礼を送る。 ﹁ところでさ、傷はもう大丈夫なの ﹁え アンタ１発良い奴貰ってなかった ﹂ ﹁体の傷は問題ない。主要な装甲板には損傷はなかったからな﹂ 先に食事を終えて、食器を返してきたらしい。 半分ほど朝食を取った時、隣の席に瑞鶴が移動してくる ? ? ミサイルの誘爆に備えてね。﹂ なるほどと、合点が言った風の瑞鶴。 ﹁ミサイルって考えてみれば魚雷並の爆発物だもんね。 ? 損傷して港に帰ってきたころから彼女の胸に抱いていた疑問だ。 それはそうと、アンタってここのドックで治せるの ﹂ ﹁僕のバイタルパートは特殊弾頭ＶＬＳよりも内部に設置されている。 確かに舷側には大穴が空いた。 彼女の言う良い奴とは、特殊弾頭ＶＬＳが破壊された一激だろう。 ? 346 ３ ５ ｍ ｍ Ｃ Ｉ Ｗ Ｓ 主砲はともかく、あれだけの命中率をたたき出す速射砲やガトリング砲には そうとう高度な技術が使用されていることは、これまでの戦いでよく解っていた。 ﹁それは問題ないらしい。 というよりも、君らが出来るのだから 出来ない理屈は無いと言うのがドックの妖精さん達の言い分だな。﹂ ホタカの解答に頭の上に疑問符が浮かぶ ﹂ ﹁考えてもみろ、戦争終結前後で君らの設計図は失われているはずだ。 僕も妙に思ったから聞いてみたんだよ そういえば。﹂ それなのに、どうして完璧に修理できているんだ ﹁あ ﹁妙だろう ? が。﹂ 一度お茶を飲んで間をあけた。 ﹂ と言う風に返す ﹁瑞鶴、僕らには軍艦としての記憶があるだろう ﹁もちろん、それが艦娘でしょ 何を当たり前のことを言っている ? ﹁妖精さんはそう言ったモノの記憶を頼りに修復していくんだ。﹂ ? ? ﹂ 妖精さんも完璧に解っているわけじゃないから、真実とは言えないかもしれない ? ! ＳＴＡＧＥ─１１ 海狼の牙 347 ﹁モノの記憶 形状記憶合金みたいなやつ いや、違う。と否定する。 そのレベルで。﹂ どのように組み合わさるか ﹂ ﹂ 一体どのようなシステム、メカニズムなのか そういった記憶だ。﹂ 概略じゃなく、どんなタンパク質が 君は膝がどのように治るのか説明できるか 例えば、君が転んで膝を擦りむいたとする。 ﹁それが当たり前だ。 しかし、ホタカは全く動じなかった。 不思議そうというより不審そうな金色の瞳 ﹁でも、アタシ対空機銃の作動原理や部品なんて詳しく知らないわよ どのような構造をしているのか どのような部品から構成されているのか 一体何を搭載しているのか ﹁軍艦の記憶には戦闘の記憶の他にも、軍艦自身の身体に対する記憶もある ? ? ? 無茶苦茶な質問に呆れたような顔をする。 ﹁出来るわけないじゃない。 ? ? ? ? ? 348 と言うより、医者でも完璧に答えられる人が居るのか怪しいわよ。﹂ ﹁そうだ。僕らは自分の肉体の事を完璧には理解していない 設 計 図 しかし、時がたてば軽い怪我は治る、自動的に元通りに。 設計図 それは細胞の中にあるＤＮＡが大きくかかわっている。 ﹂ けれども、僕らはそれの中身をよく知らないんだよ。﹂ ﹁それが、アタシたちの修理とどんな関係があるの 養 設計図 つまるところ、僕らの艦体は外部の手を借りるしか その部分の詳しい所は教えてもらえなかった。 その後、情報通りに直していくんだが 設計図 必要な鋼材や燃料を調達する。 栄 妖精さんは修復ヶ所の近くで艦の情報を読み込んで そこで妖精さんが出てくる。 設計図は有れども自己修復するためのシステムがないんだよ。 けれども、無機物である艦体には如何する事も出来ない。 話を戻すと、僕らの艦体には設計図が刻まれている、僕らには知覚できないがね。 修復は滞りなく行われることにある。 ﹁重要なのは、僕らが完璧に自分の設計図を理解してなくても ? ＳＴＡＧＥ─１１ 海狼の牙 349 自己を修復する手立ての無い金属生命体と言えるかもしれない。﹂ ホタカの推測に微妙な顔になる瑞鶴。 ﹁なーんか情けない話ね。他人の助けなしじゃ小さな傷も治せないなんて。﹂ 彼女らしい答えに、少し苦笑する。 ﹁そういうなよ。僕らは元々兵器、つまり道具だ。 それを使い、整備する者が居ることが当たり前なんだから。 もっとも⋮﹂ ﹂ ││││││ヤツラみたいな単独兵器は例外だが⋮ ﹁もっとも、何よ ﹁が ﹂ ドックの妖精さんにもお墨付きをもらった、が。﹂ ﹁まあそういう事だから、僕の艦体について修理は可能だよ 何でもない。と、不思議そうな２つの瞳から目をそらす。 ? そのころ提督執務室では さっきお茶を飲んだはずなのに、乾いた笑いが漏れた。 ﹁鎮守府の備蓄資材が心配だがな。﹂ ? 350 ﹂ 真津提督が１枚の書類を前に固まっていた。 ﹂ ﹁あのー。ドック妖精さん ﹁なにか ? ﹂ ? ﹁ドック入りのキャンセルは⋮﹂ ダラダラと汗が頬を伝う と言うか、ホタカが大破した時のことは考えたくなかった。 そこらの戦艦が大破した時よりもひどい 所要時間 １日 燃料 ６００単位 必要資材 鋼材 ８００単位 対象艦 ホタカ ︻修理資材見積もり︼ 手元の書類には以下のような事が書かれていた。 ﹁修復資材の量が⋮可笑しくないですかね 目の前の鉢巻を巻いた妖精さんにぎこちなく声をかける ? ＳＴＡＧＥ─１１ 海狼の牙 351 ﹁ああ、もう入居させちまいましたから。 今から引き出すことは出来ませんぜ。﹂ ││││││昨日の俺のバカ野郎。 心の中で昨日﹁小破ぐらいなら﹂と軽い気持ちで 見積もりも見ずに入渠を申請した自分を罵倒するが、意味は無かった。 その時、肩に手が置かれる。 それが可能な人物はただ一人、加賀だ。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 憐憫の眼差しが逆に提督の心を無慈悲に抉る。 最強クラスの戦闘能力との等価交換と言えば恰好がつくかもしれないが 現実はシャレになっていなかった。 その後、珍しく鎮守府の第２から第４艦隊の全艦隊が 遠征任務に就いたのは言うまでもない。 ﹁ふあぁぁ⋮﹂ 太平洋を南下する一群の船団。 １０隻の大型輸送艦の内の１隻の艦橋で一人の男が大きな欠伸をした 352 ﹁寝不足か ﹂ ﹂ ? おそらく船団と逆の左舷側に移動して潜水艦を探しているのだろう。 艦橋には艦娘の姿は見えない。 自分の艦は前方から４番目、左舷側に駆逐艦が見える。 護衛艦である駆逐艦はその前後に１隻、側面に２隻ずつの計６隻。 輸送艦は２列の複縦陣を成し、 外の様子をうかがうことは簡単だった。 既に日は落ちていたが、忌々しい事に満月が光り輝いていたため 同僚のニヤニヤした視線から気をそらすために周りを見る。 出港直後に花札で負けてトラックで酒をおごらされることが確定していたからだ。 ああ、わかってる。と返事もぶっきらぼうになった。 同僚の言葉に欠伸をした男は不機嫌そうな顔になる ﹁それはそうと、トラックに付いた時の事覚えてるな ﹁そうだな。護衛艦も居るし潜水艦の１隻や２隻どうと言うことは無い。﹂ ﹁いいじゃないか、深海の奴らも出てこない静かな海だ。﹂ 出港して数日たつが非常に平穏な航海が続いている ﹁いや、退屈なだけだよ。﹂ ? ＳＴＡＧＥ─１１ 海狼の牙 353 ちらりと時計を見る。交代まではまだまだ時間があった。 一つため息を付いた瞬間、右舷を航行していた輸送艦の向こう側に 轟音と共に巨大な水柱が２本吹き上がる。 ││││││敵襲 ﹁左舷雷跡２ か﹂ その下を何かが走っているのを見つけてしまう 呆然として轟沈した駆逐艦の残骸に目を取られると で轟沈した。 その前に左舷に２本の魚雷が突き刺さり、当たり所が悪かったのか２つに折れて一瞬 左舷を航行していた駆逐艦が速度を上げて対潜作戦に移ろうとするも 最初に被雷した右の輸送艦は急激に速度を落とし船団から脱落する。 装甲など皆無な輸送艦にとって魚雷は１発でも致命傷になる。 同じような水柱が吹き上がっていた。 見れば、右斜め前方を走る２隻の輸送艦にも と気づいた瞬間に手遅れだと悟る。 ! 耳をつんざく轟音と退艦したことのない衝撃に、体が吹き飛び艦橋の壁に叩きつけら 回避。と叫ぶことは出来なかった。 ! 354 れる 肺の中の空気を強制的に排出させられて気が遠くなるが何とか持ちこたえる 船体の鋼鉄が捩じ切れる嫌な音が鼓膜に届き、直感的にこの艦はもうダメだと理解す る。 脱出のために体を起こそうとするが、 それより先にこの輸送艦に積まれている大量の燃料に火が回り 艦橋の窓が朱に染められる。その光景が彼が見た最後の光景だった。 １隻の輸送艦が盛大な爆炎を上げて轟沈する。 そのすぐ横で、魚雷を１発受けて航行不能に陥っていた駆逐艦に火のついた燃料が降 りかかり 甲板上で火災が発生する。すぐに消火活動に移ろうとするが、直後魚雷が熱によって 炸裂する。 ２６隻も居た輸送船団は２時間もしないうちに文字通り殲滅された 生存者は、０。 ＳＴＡＧＥ─１１ 海狼の牙 355 ﹁まーた、やられたのかぁ⋮﹂ ﹂ 自分の後ろでため息を付いたポニーテールの女性に振り向く ﹁なにがやられたんだ 資材に余裕があるのか非常に微妙なところだが、自分が考えることではないと開き直 提督から言い渡された回数は１５回。 それゆえ、ホタカが開発を行おうとしている とはいえ１０隻以上撃沈しても被害は収まらなかった。 長距離を飛べる陸上攻撃機、大型飛行艇だった。 そこで威力を発揮したのが、ホタカの開発した瑞雲や 血眼で潜水艦狩りに勤しんでいる。 現在トラック基地は本土からの補給部隊が何度も襲撃を受けたため ﹁だから瑞雲や陸攻、大艇まで飛ばして潜水艦狩りやっているんだろうが。﹂ うんざりした様子で新聞を捲る伊勢。 通商破壊に力入れているみたいでさぁ。﹂ 深海棲艦が潜水艦を大量に投入して ﹁こっちに来る輸送船だよ。これで２回目 ? 356 る。 ﹁ところで伊勢、ブラックホークの調子はどうだ ﹁日向の話では良い動きしてるみたいだよ。 どうして君がここに居る ﹂ ﹁そうか。前々から気になっていたが 爆撃してるみたい。﹂ ﹂ 増槽の代わりに対潜爆弾担がせたら目視で見つけて ? ﹂ ﹁いやーちょっと見学を⋮﹂ ホタカの問いに彼女は若干目をそらす 開発を行うには一人で十分であり、別の艦娘は必要ない ? と解りやすく反応する伊勢にため息しか出なかった。 ﹁訓練さぼったな ギクリ ? ﹁ガトリング砲 ? 箱型の砲塔に収められた小型の４本の砲身。 数十秒後、鉄製の扉がゆっくり開かれていく 重々しい駆動音が鳴り響き、 気を取り直してやたらでかいレバーを倒す。 ! ＳＴＡＧＥ─１１ 海狼の牙 357 ホタカの奴みたいに白い帽子かぶってないけど⋮﹂ 伊勢が近くまで行ってペタペタ触る 大きさは１４ｃｍ単装砲よりも一回り小さい。 砲身の口径はさらに小さかった。 ﹁４０ｍｍガトリング砲か、対空戦闘なら ボフォース４０ｍｍ機関砲よりも数段上だし。 ﹂ 小型船舶なら文字通りハチの巣にできるが。﹂ ﹁なんか問題あるの ﹁見てのように砲塔が大きくて 射界も広くない。急降下爆撃機相手には少々不安が残るかな ガトリング砲の周りをぐるりと見まわった伊勢がふと気づく ﹂ ? 使えるんじゃないのか ﹁これってさ、アタシらにも使えるの ﹁どうだろうな ? たぶん大丈夫だろう。﹂ ﹁あ、ここから入れる。﹂ 伊勢が見つけたのはガトリング砲後部のハッチ ﹂ ? ? 僕らの世界では中に人が入って操作していたが ? 358 中には人一人座れる程度の座席と幾つかの計器類 電源の入っていないモニターがあった。 ﹂ 試しに座ってみる。艤装はつけていないのですんなり座席に収まることが出来た。 ﹁このモニターで外の様子見るの ﹁ああ、右手の方向にスティックがあるだろ ﹂ ? 理不尽な評価を受けるガトリング砲はウンともスンとも言えなかった。 ﹁高性能なのはわかるんだけどねぇ⋮﹂ ﹁そうだ。つまりこれは失敗だな。﹂ ﹁ってかさ、今日は対潜兵器作るために来たんだよね ４０ｍｍガトリング砲を扉の内側から外へ出し、とりあえず横に置いておく さて、降りた降りた。コイツを運びださないと次が作れないよ。﹂ ﹁君らに４１ｃｍ砲を乗せてしまうんだから大丈夫だろう。 ﹁ここの電源は艦から持ってくるのか⋮妖精さんに頼めば配線もやってくれそうね。﹂ それで砲の旋回角、俯仰角、発射を管制する。﹂ ? ? ﹂ ﹁さて、気を取り直してもう一回だ。﹂ ﹁ロクマルかも│││ン ﹁絶対それ目当てだろ⋮﹂ ! ＳＴＡＧＥ─１１ 海狼の牙 359 扉の中から出てきたのは、 緑色の機体、大きな主翼、長めのキャノピー その名は⋮ ﹁って九七艦攻じゃん。﹂ ﹁九七艦攻だな。﹂ 非常にありふれた機体だった。思わず顔を見合わせて苦笑いする ﹁まあ、運ゲーだし。対潜任務にも使えるからいいっしょ﹂ ﹁⋮次行こう﹂ 次に出てきたのはまたも多銃身機関砲。 しかし、さっきよりも大きかった ﹁次は５７ｍｍガトリング砲か⋮﹂ ﹂ ? ﹁ちょい待ち。５７ｍｍってさ ﹂ 九七式中戦車の主砲と同じぐらいじゃなかったっけ タラりと冷や汗を流す伊勢。 ﹁まあ、そうだが⋮それがどうかしたか ﹁いや⋮何でもない。﹂ 一昔前の戦車砲弾をバラ撒く多銃身機関砲。 ? 360 ││││││陸軍が知ったら発狂しそうだなぁ⋮ そんな彼女の思いを置いてけぼりにして開発は続く。 次に出てきたのは零式水観。 ﹂ 見慣れた複葉機に思わずほっとする。 ﹁対潜哨戒も、できなくはないかな ﹁おー１２ｃｍ３０連装噴進砲じゃん やっぱいいなぁ﹂ 次に現れたのは、先の戦闘でホタカに向けて使われたものだった ﹁まあアタリってことで。次行ってみよー﹂ ? 自分にも積まれているからか若干テンションの上がる伊勢。 ! だが、今回欲しいのは対空兵装では無く対潜兵装。 ﹂ ありていに言って外れだ。 ﹁次 ﹂ ﹁おおう、２機目﹂ 九七艦攻 ﹁次 ﹁ハズレだね﹂ ５０口径１２．７ｃｍ連装高角砲 ! ! ＳＴＡＧＥ─１１ 海狼の牙 361 ﹁次 ﹂ 対潜爆雷 ﹁おっラッキー対潜爆雷 でも九四式かぁ⋮﹂ ﹂ ! ﹁えーと５７ｍｍ単装砲 ﹂ ? ﹂ ﹁５７ｍｍならガトリング砲を乗せるな﹂ ﹁しかし しかも、砲塔は完全無人化されている。しかし⋮﹂ ﹁正確には５７ｍｍ単装速射砲だな。ガトリングよりも射程が長い 砲身の内径は、先ほどのガトリング砲とほぼ同じぐらいだった。 伊勢の言う通り、丸みを帯びた砲塔から突き出た ? 次に出てきたのは⋮ 対潜兵器として十分とは言いたくなかった。 アスロックを持っているホタカにとって対潜爆雷程度では ﹁ないよりましって⋮﹂ 無いよりマシだ。次 ﹁噴進爆雷砲が出ればよかったんだが⋮まあ仕方ない。 ! ! 362 ﹁ですよねー﹂ いくら射程が長いとはいえ、 ５７ｍｍガトリング砲の下位互換と言った雰囲気が強かった。 次に出てきたのは ﹁零式水観２機めー。﹂ ﹁まあ、当たりか。﹂ １０回経過時点で彼らの戦果は ２、零式水上観測機 ２ ４０ｍｍガトリング砲、５７ｍｍガトリング砲 九七式艦上攻撃機 × 対潜任務に使えるのは３種類５つの兵器 確率は５０パーセントだった。 膨大な中から引き当てているとすれば ? 物欲センサーは働いていないらしい。 ﹁残り５回か、シーホークぐらいでないかな ﹁何さ、それ﹂ ﹂ ５０口径１２，７ｃｍ連装高角砲、１２ｃｍ３０連装噴進砲 対潜爆雷︵九四式爆雷投射機︶、５７ｍｍ速射砲 × ﹁ブラックホークの対潜使用だ。﹂ 何それ強そう、早く出せ。と目で訴えてくる伊勢を無視して １１回目のレバーを引く。 すると見覚えのある連装高角砲が出てくる。 ﹂ まるみを帯びたシールドに守られた１点を除いて普通の高角砲。 ﹁って長っ ﹂ 伊勢の幻覚だろうか ﹁次 ? 何故か砲塔部分が煤けているように見えたのは バッサリ切り捨てるホタカ。 ﹁６５口径１０，０ｃｍ連装高角砲か。だが対潜には無意味だ﹂ ６ｍはくだらないだろう砲身が据え付けられていた。 隠れている部分を勘定すれば 小さな砲塔に見合わず、 彼女が驚くのも無理はない ! そして長っ ﹂ 巨大な扉があいた先には巨大な連装砲塔が鎮座していた。 ! ﹁でかっ ! ! ＳＴＡＧＥ─１１ 海狼の牙 363 364 アタリに決まってる ﹂ まあ、連射が効くと言うことだ。﹂ ﹂ ﹁５５口径４１ｃｍ連装砲か⋮対艦攻撃力なら長門の主砲以上の筈だが これ はしゃぐ彼女を黙らせてからレバーを引いた。 出てきたのは斜めの発射台に 対空ロケット ４本の噴進砲弾らしきものが載った射出機だった。 ﹁なにこれ ﹂ ﹁いや、対潜ロケットだ。﹂ ﹁え〟 イギリスのヘッジホッグは知っているだろう ﹁たしかマウストラップと言う奴だな。 理解不能と言った顔をする伊勢。 対潜用の噴進弾と言う聞き覚えの無い用語に ? こいつはその後継機で装填が簡単になっている ? ? ! 今欲しいのは対潜兵装なんだよなぁ⋮﹂ アタリでしょ ! ホタカは冷めた目で巨砲を見る。 ﹁いや ! ﹁主砲が出てうれしいのは理解できるが落ち着け。﹂ ! ? ＳＴＡＧＥ─１１ 海狼の牙 365 ﹁じゃあ ﹁次 ﹂ ﹂ ６１㎝４連装酸素魚雷 ﹂ ﹁これ自体はいいものだけど。対潜には⋮ねぇ ﹁次 ﹂ 目の前を運ばれていく対潜ロケットをホタカは見送った。 若干不満げな顔で、 本音を言えば新型対潜ロケットが欲しかったが。﹂ ﹁アタリだな、こいつは使える。 ? 運なんだから。 ? さて⋮今回使えそうなのは﹂ ﹁仕方ないだろう ヘリコプターは今回開発できなかった。 残念そうな表情をする伊勢 ﹁あーあ、結局ロクマルは無しかぁ﹂ これにて任務完了だ。 本日３機目の零式水上観測機が出てくる。 最後のレバーを引く。いい加減疲れてきたのが本音だった。 ? ! ! 366 いったん深呼吸して落ち着く。 ﹁なあ、伊勢。なんで１基あれば十分なんだ ﹂ ? ドックの中で﹂ ﹁うーん詳しいことは解ってないんだけどね 妖精さん達が複製してるらしいよ 搭載させたい装備を選び妖精さんに伝える 艦娘を改装する時は、艦体をドックに入れ 伊勢の説明を纏めると次のようになった。 ? その後、妖精さんは倉庫から装備を取り出し 要望通りに取り付けるのだが、 ﹂ 思わず顔を見合わせる。何やら考え方の相違がありそうだ。 ? ? ﹁九七艦攻２機に、零式水観３機 九四式爆雷投射機に対潜ロケットってとこ 勝率約４７％。よくやった方だろう。 ﹂ ﹁他にも主砲が出来たが⋮一基だけじゃなぁ﹂ ﹂ ﹁１基あれば十分じゃないの ﹁え ? ﹂ ﹁え ? ＳＴＡＧＥ─１１ 海狼の牙 367 この時、倉庫にある装備の数と艦娘に取り付けたい同種の装備の数は 倉庫にそれが１つ以上あればイコールでなくてよい。 つまり、伊勢改に３５，６ｃｍ連装砲の代わりに４１ｃｍ連装砲を取り付ける場合 ４１ｃｍ連装砲の実物は４基絶対に必要と言うわけではなく１基あれば４つの４１ ｃｍ砲を取り付けられる。 原理は不明だがドック内でコピーしているらしい。 しかし、コピー品はオリジナルに及ばず４１ｃｍ砲を１基使用した場合と、 ４基まるごと使用した場合では攻撃力や細かい部分が劣る。 これはその他の兵装にも言えることだ。 とはいえ、艦娘が十全に能力を使える兵器の数は限られており 重要なもの２つから４つを優先的に管制できるようにしている。 それは海軍用語でスロットと言われる。 スロットに設定された兵器は、設定されていない兵器よりも 艦娘への情報伝達の優先度と操作に対する順応性が高い。 いくら艦娘とはいえ一度に管制できる兵器の数は限られるため、 こういった措置が取られている。 そのほかの火器はある程度自動で働くが十全の実力は発揮できない。 368 ホタカ 自分の全ての兵器を同率で自由自在に扱える戦艦が居るが 彼の場合は、管制の一部を高性能電算機に肩代わりさせているため可能にしている。 ある種の例外、規格外的存在だ。 このスロットと言う概念は艦娘が円滑に火器管制を行う上で必要であり 普通は主砲、魚雷、副砲、対空機銃などをバランスよく設定するが 極端な火力が欲しいときは、オリジナルの主砲を４つのスロットに配備することで 規格外の火力をたたき出すことが出来る。 その分、対空性能やその他の性能が犠牲になる諸刃の剣だが⋮ ﹁まあ、こんなとこ。だから主砲は１基でも問題なーし。﹂ ﹁何というか⋮妖精さん様様だな。﹂ 気づけば既に執務室の前、伊勢と別れて提督に開発の結果を見せる。 対潜ロケットの説明に時間を取られてしまったが、 ? 有効性は理解したようで活用してくれそうだ。 ﹂ ﹁そういえばホタカの主砲は４１ｃｍ５０口径連装砲だよな 変えるか 威力、射程は７５口径相当なので。では、失礼します﹂ ﹁いえ、結構です。見てくれは５０口径ですが、 ? ＳＴＡＧＥ─１１ 海狼の牙 369 爆弾発言を残して執務室を出る。 ドアが閉まりきる直前に見た提督の顔は、 ﹂ 規格外の物を見てしまった時にするようなひきつった笑顔だった。 ﹁で、それがコレと言うことですね 自分に乗せられた対潜ロケットを ﹂ ? ﹁ならいいんだ。明日０５００に出航し、輸送船団の護衛を頼む 胸を張る妖精さんを一瞥して問題無しと考える。 対潜ロケットの先端で 妖精さん達も問題ないそうです。﹂ ﹁説明書はばっちり頭に入ってますし、 ﹁まあ、そういう事だ。説明書は読んだか そのため、提督からこの話を聞いた瞬間に食いつき今に至る。 実験艦と言う側面が強かった彼女は新兵器に目が無い ペシペシ叩きながらまとめるのは夕張だ。 ? いっぱいデータ取ってきますね ﹂ 補給拠点の護衛艦の数が足りないから直接取りに来いとのことだ。﹂ ﹁了解しました ! ! 370 その後、見つけた潜水艦を一撃の下、葬り去り続けた夕張は 味方の陸上攻撃機や大型飛行艇の力も借り 無事にトラックまでの輸送船団を護衛を成功させる。 これにより、トラック鎮守府は一息つくことが出来たが、 深海棲艦の潜水艦による通商破壊戦による被害は未だに絶えなかった。 そんな時、トラックにある情報がもたらされる ﹁潜水艦基地か⋮﹂ ﹂ 真津提督が執務机に、読んでいた書類を置く。 ﹁この情報は信用できるのか ﹁はい、敵潜水艦による襲撃頻度から予測した結果 この位置で間違いないとのことです。﹂ ﹁とはいってもな。これが本当なら大問題どころの騒ぎじゃないだろう 戦線の内側に基地を作られてるんだから。﹂ 提督が、書類に添付された地図を指示した。 そこは、パラオ鎮守府とトラック鎮守府の間に存在する環礁 太平洋戦争末期、アメリカ海軍が艦隊泊地として利用していた ウルシ│環礁だった。 何故この環礁が放置されているのかと言えば 予算と人手不足と言う、お寒い事情によるものだった。 ? ? ﹁潜水艦基地襲撃についてはタウイタウイ鎮守府でやってもらえないかな ? ＳＴＡＧＥ│１２ 海狼の巣 ＳＴＡＧＥ─１２ 海狼の巣 371 372 一応こちらは最前線だ、戦線内部の敵泊地襲撃に割くほどの予備戦力は無い。 所属艦隊が南方戦線の予備戦力的な立ち位置のタウイタウイ鎮守府なら 十分な戦力を送り込めるはずだ。﹂ ﹁それが出来るならトラックへ話を持ってきたりはしませんよ。﹂ ヤレヤレと通信将校が肩をすくめた。 ﹁先の超兵器戦で損耗した本土防衛能力の補填のための主力艦が、 今も続いている通商破壊戦のために護衛艦が、 インド洋方面の艦隊から引き抜かれて居るため その補充にタウイタウイの部隊が当てられてるんで。 件の鎮守府には鎮守府防衛に必要最小限な部隊しかないのですよ。 建造は行ってるんですが、 ﹂ 高い練度の艦娘を揃えるには資材と油と時間が必要なんですよ。 ﹂ それに、トラックには噂の戦艦が居るでしょう ﹁ホタカの事か ? 対潜性能に関しては未知数です。﹂ ﹁そうです。あの艦は類稀な対空および対水上戦闘能力を持っているようですが ああ、そんな名前でしたね。と思い出したように目の前の男は呟いた。 ? ＳＴＡＧＥ─１２ 海狼の巣 373 ﹁潜水艦隊基地近くなら、敵潜と遭遇する確率は高くなる。 大本営は潜水艦基地襲撃にホタカを当てて その能力を確認するついでに目障りな基地を潰したい⋮と ﹂ ﹁そういう考えで間違っていないかと思われます。﹂ ﹁拒否は、出来ないんだな ﹂ ? ﹁大本営が許さない⋮と ﹂ ﹁それが出来ればいいのだが⋮﹂ 今まで黙っていた加賀が、常識的な案を出す 艦載機で基地を破壊するのが適当ではないかしら ﹂ 空母と軽巡、駆逐艦を付けて、潜水艦の脅威を排除しつつ。 ﹁潜水艦基地襲撃ですか。ホタカを旗艦に 一つため息を付いてすっかり冷めてしまったお茶を一口飲む。 敬礼し、通信将校は去っていった。 細かい所は追って連絡します、それでは。﹂ ﹁要請では無く、命令ですので。 ダメもとで聞いてみるが、目の前の男は首を横に振る ? ? その問いには答えず、忌々しそうに自分の頭を掻いた。 ? 374 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ 戦況は圧倒的に不利だった。 味方は既に壊滅し、同数が敵に寝返っている。 今も、司令部と最強クラスの戦力。どちらを殺すかと言う最悪の二者択一を迫られて いる 睨みつけていても戦況が好転することは無いので 仕方なく司令部を逃がし、味方を見殺しにする。 これで此方の機動戦力は０。 一矢報いようと、敵陣奥深くに部隊を送り込むが、鮮やかに対処された。 それならばと、今度は防御を固める。 相手の進撃を待ち受けて手痛い一撃を加えたのち 攻勢に転じる。 そんな考えを見抜かれたのか、防御を固め切る前に相手の部隊が 自陣に雪崩込んだ。必死に体勢を立て直そうとするがもう遅い。 使える駒を失い、完璧に包囲された。 万事休す、打つ手無し、勝敗は決した。 ﹁くっ⋮参りました⋮﹂ 頭を下げて降伏宣言。 これで１勝２敗。自分の負けだった。 ﹁割と手こずったな、今回は。﹂ ﹁アンタ、本当に将棋指すの初めてなの なんでこんなに強いのよ。﹂ ﹁さて、約束は約束だ。何を頼もうかな ﹂ この時間では誰も居ない食堂の机で指していた。 ちょうど非番だったホタカを捕まえてルールを教え だった。 部屋の掃除をしていたら誰のかわからない将棋盤と駒を見つけたのが、事の始まり つくづく規格外な奴だと一つため息を付く。 ﹁将棋は初めてだ。ウィルキアではチェスが主流だったからな。﹂ 瑞鶴のジト目を無視して、横に置いてあったお茶を飲む。 ? ? ＳＴＡＧＥ─１２ 海狼の巣 375 376 ﹁げっ⋮覚えてた。﹂ ニタリと人の悪い笑みを浮かべるホタカ。 実はもしホタカが勝ったら、一つ頼みを聞く。と言う賭けをしていた。 言い出しっぺはホタカ、彼女は超初心者に負けるはずがないとタカをくくり その賭けに乗った。 初めの対決では瑞鶴の圧勝だったが、続く第２戦３戦は連敗。 完全に相手の能力を見誤っていた。 目の前で考えをめぐらす眼鏡の青年を最後の足掻きとばかりに睨む。 ﹁初めに言っとくけど。人に言えないようなことは無しね。﹂ ﹁当たり前だ。僕はそこまで鬼畜じゃないよ。﹂ 人の悪そうな笑みを浮かべていた顔が、若干不愉快そうな顔になる。 彼がそんなことを要求するはずがないことは確信していたが、 ﹂ パラオでの経験から、思わず口に出た予防線だった。 少し、自己嫌悪に陥る。 まあ、出来るけど。﹂ ﹁そうだ、瑞鶴。君料理できるか ﹁え ? ﹁それでは、何かしら作ってもらおうかな。﹂ ? ＳＴＡＧＥ─１２ 海狼の巣 377 ﹁うっ、そう来たか。あんまりたいしたものは作れないよ ﹁僕が作ってもこの味は出せないよ。﹂ 自分も串を取って一口食べる。 ﹂ 一瞬ホッとしたような表情をしたが、すぐに何時もの顔に戻る。 ﹁これ位なら誰でも作れるわ。それこそアンタでも。﹂ ﹁うん、美味しい。料理上手いな。﹂ ふと前を見ると、少し緊張した様子の瑞鶴。 一つ取って食べてみる。甘めのタレがモチモチした団子によく合う。 数十分後、飴色の醤油ダレの掛かったみたらし団子が皿に乗っていた。 ない。 食堂まで戻ってきて調理を開始する。とはいってもそこまで手の込んだものでは 提督が了承したのが理由である。 料理の材料が何故あるかと言えば、個人的に料理がしたい艦娘の要望を いまだに潤沢で、嗜好品や日用品はもちろん料理の材料すら売っていた。 補給拠点の１つであるトラックへの食料品の補給は、夕張らの活躍により 鎮守府内の酒保まで行き、材料を購入。 大丈夫だ、問題ない。と言い放つ彼に若干呆れた目を向けて席を立つ。 ? 378 他意は無いだろうその言葉に、何故か気恥ずかしくなりソッポを向いた。 他愛のない話をしながら食べていく。 １０本ほどあった団子が無くなるのに時間はかからなかった。 ﹁御馳走様、良い物が食べられたよ。﹂ ﹁はいはい、煽てても何も出ないよ。﹂ ﹂ 煽てているわけではないのだが。と言うホタカの言葉を無視して食器を手に取る。 その時、彼女の頬が若干紅くなっているのは見なかったことにした。 知ることは出来なかった。いきなりの登場に肩がビクリと跳ねる。 ﹁ゲッ⋮加賀、さん。﹂ ? 藪をつついて艦爆が飛んできたらシャレにならない。 ﹁そう言えば、昨日も開発してたみたいだけど。何か面白いのできた 昨日の開発は日々のノルマであるため３回しか開発を行っていない ﹂ ﹁７連装６１㎝魚雷、噴進爆雷砲、７６ｍｍ速射砲だな、 速射砲ぐらいなら君にも積めるんじゃないか ﹂ ﹁やめてよ、加賀さんじゃあるまいし。﹂ ﹁私が何か ? 洗い物に視線を向けていた彼女は加賀が食堂に入ってくるのを ? ＳＴＡＧＥ─１２ 海狼の巣 379 ﹁⋮まあ、いいわ。ホタカ、提督が呼んでいます。﹂ ﹁解った。じゃあな、瑞鶴。﹂ ヒラヒラと手を振って食堂を出ていくホタカ。 ﹁ウルシ│環礁に深海棲艦潜水艦基地ですか。 ﹂ よくもまあ、こんなところに基地を作られましたね。﹂ パラパラと資料を捲って皮肉げに感想を述べる。 ﹁元々パラオ鎮守府が管轄だからな。 あの男では碌に見張りもつけていなかったのだろう 初めて聞いた情報に、ため息を付いた。 ﹁ハァ⋮真面目な馬鹿は死んでも厄介事を残すとは言いますが、 救いようのない愚か者は死ぬ前から厄介事を用意するんですね。 ところで、僕が呼ばれたのはこの基地を畳んで来いと言うことですか ホタカの元上官侮辱にも全く反応しない。 ﹁まあ、そんなところだ。﹂ そんな提督の歯切れの悪い答えに違和感。 ホタカの頭の中の警戒警報がけたたましく鳴る。 ﹂ ? ? 380 こういう時は碌でもない条件がセットにされていることが多い。 ﹂ ﹁大本営からの命令では、単艦で対処させろと言うことだ。 しかも、お前を名指しで指名しているが⋮可能か ア モ フュエル 明日の０８：００に出港してくれ。﹂ ﹁解った。弾薬コンテナも燃料もありったけ乗せておく。 戦果を期待してください。﹂ 通商破壊戦に一応の終止符が打てるかもしれません。 ﹁僕がやれば他の艦へ損害を出すことは無い上に 立場は違えど、上からの理不尽な命令と言う点ではこの二人は共通していた。 非常識極まりない命令を出すことを強要される理不尽を味わっている。 この男も、部下をただ一隻で敵地へ突っ込ませるなんて言う 心の底から申し訳なさそうな顔をする提督。 ﹁すまないな、ホタカには無理をさせてばっかりだ。﹂ 基地機能と停泊している潜水艦隊、補給艦丸ごと吹き飛ばしてきますよ。﹂ 命令と弾薬と燃料を貰えれば オーダー ﹁規模によります、が十分な補給をいただければ恐らく可能です。 予感的中。商品は敵艦隊基地への単艦突撃。嬉しくもなんともない。 ? ＳＴＡＧＥ─１２ 海狼の巣 381 敬礼をして退室する。 ﹂ ﹁ところで、提督。﹂ ﹁何かな ﹁燃料はともかく弾薬の貯蔵は十分ですか 加賀の問いに冷や汗を流す他なかった。 ﹂ ││││││出来るだけ弾薬を節約するように言った方が良かったかな 時刻は夕食時、ホタカの話を聞いて ﹂ アンタはその任務を受けた⋮と﹂ 目の前の人物は目じりをヒクヒク痙攣させた。 ﹁で ﹁そうだが てる その時に机に叩きつけられた手の衝撃で、料理の乗った小鉢がガチャガチャと音を立 目の前に座っている瑞鶴が机に手をついて思わず立ち上がった。 ﹂ !!!!???? ? ? ? ﹁バッッッッッッッッッッッッッカじゃないの ? ? 382 彼女の突然の大声に、何事か と振り向く艦娘も大勢いる。 ﹁命令だからな。拒否権は無いよ。﹂ 何 アンタ大本営に何やったのよ 知りすぎちゃったの ﹂ ﹂ ﹂ ﹁僕としてはどうして君がそこまで怒っているのか疑問だがな。 君が突っ込めと言われているわけではないだろう ﹁うっ⋮﹂ !! ホタカの返しに瑞鶴は言葉に詰まった。先ほどから自然に怒っているが ? !? ﹁それにしても可笑しいでしょうが 落ち着き払ってヒジキの煮物を口に運ぶ。 ﹁いいから落ち着け。行儀悪いぞ。﹂ それで合法的に始末されそうになってるわけ なんかやばい書類にでも手を出したの !? ? ﹁何でアンタはそんなに落ち着いてられるのよ !? ! !! 吹雪の注意は届いていない。と言うか声量から言えばもはや独り言レベルだった。 ﹁ず、瑞鶴さん。食事中なんですけど⋮﹂ !? 仲間として心配した⋮と言うには過剰反応の様に思えてしまう。 冷静に考えれば少々異常だ。彼の言う通り敵基地に突っ込むのは自分ではない。 では、どうして ? ならば⋮何故だろう ? ＳＴＡＧＥ─１２ 海狼の巣 383 自分の横で急に黙ってしまった瑞鶴を横目で見て吹雪は思う ││││││なんで素直なれないかなこの人は⋮ 吹雪としては、横にいる正規空母が彼の事を憎からず思っていることは確実と考え ていたが。 この様子では自分の想いに気づくのもまだまだ先のように思える。 すると服の裾を引っ張られる感覚。 ﹁⋮さわらぬ空母に祟りなし、⋮⋮ことなかれ主義万歳。﹂ 初雪の静かな忠告に乾いた笑いしか出なかった。 食堂を出て自室に向かう道中、未だに瑞鶴が横にいた。 ﹂ ! と怒りの感情を露わにする彼女に たぶんって ﹁何度も言うが、大本営に悪感情を抱かれるようなことはやってない⋮たぶん﹂ ﹁たぶんって何よ キシャァァァァァ ! なんでよりによって潜水艦なのよ。本当に小さな声、今までの威勢の良さは欠片も ﹁もしそうなら、なおさら性質悪いわ。それに⋮﹂ ﹁心当たりがあるとすれば、空気を読まずに超兵器をつぶしたことぐらいだよ。﹂ このまま口に出すわけにも行かないので心の中に埋めておく。 猫みたいだな。と場違いな感想が頭に浮かんだ。 ! 384 なかった。 ﹁潜水艦は嫌いか ﹂ ⋮⋮⋮ククッ、ああ将棋か。﹂ ? る。﹂ ﹂ ﹁アイツを始末した時に、至近距離で潜水艦見つけて慌ててたのはどの口かしら ﹁さてね、４番ＶＬＳハッチじゃないか ﹁ばか。﹂ ﹁では、お休み。帰ってくるのは順調にいけば数日中だろう。﹂ ふと気づくと、自分の部屋の前。結構な時間話していたらしい。 呆れたような声が彼女の居る方から聞こえた。 ? ﹂ ﹁大丈夫だ、僕は君らよりも遥かに耳が良い。魚雷を撃つ前にこっちが撃ち込んでや 自分の姉をここまで慕う彼女であれば、この嫌悪も頷ける。 １９４４年６月１９日、航空母艦翔鶴は米潜水艦カバラの雷撃によって沈んだ。 そういえばそうだった。ホタカは以前読んだ本の内容を思い出す。 翔鶴姉も⋮潜水艦にやられちゃったし。﹂ ﹁ええ、大嫌い。パラオでも痛いの貰ったし。 ? ﹁絶対戻ってきてよ。⋮その、負けっぱなしじゃ気分悪いし。﹂ ﹁ ? ＳＴＡＧＥ─１２ 海狼の巣 385 ﹁笑うことないでしょ。﹂ 無事に戻ってくる事 恥ずかしいのか頬を染める彼女に悪いと謝る。 ﹁と・に・か・く それと絶対に無理しない事。この２つは守ってよね ﹁ああ、約束だ。お休み。﹂ ﹁お休み。﹂ 相手が潜水艦の大群だからか ﹂ 彼が単艦で突っ込むからか ? た。 大丈夫だ、ホタカなら大丈夫。そうやって無意識下で何度も自分に言い聞かせてい 思わず、速足になった。こういう時は部屋に帰ってとっとと寝てしまうに限る。 理由は解らないが、予感はゆっくりと確実に大きくなっていく。 ? 自分の部屋に向けて歩き出すが、嫌な予感が胸の奥から湧き出してくる。 バタンとドアが閉じると、廊下の静けさが嫌に耳についた。 ? ! 386 ﹂ ﹁抜錨作業、完了しました。﹂ ﹁両舷微速前進。﹂ ﹁両舷微速前進ヨーソロー ﹂ ? 何か特筆すべきことは有るか ﹂ ﹁君が何を期待していたのかは知らないし、知りたくもない。 いやはや残念。と露骨に残念がる副長。 ﹁ふむ、その様子では大したことは無かったようで。﹂ ﹁なんでそこで彼女が出てくるんだ。﹂ 少々ウンザリした様な声で答える。 いきなり出てきた人名にズッコケかけた。 ﹁それはごもっとも。所で瑞鶴さんは ﹁そう言えばそうだな。だが、味方の心配をしなくていいぶん気が楽だ。﹂ 何故か前の世界と扱いが変わっていませんなぁ。﹂ ﹁単艦で潜水艦基地襲撃ですか。 ５万トンを超える艦体がゆっくりと波をかき分け航行を始める。 ! ? ＳＴＡＧＥ─１２ 海狼の巣 387 ﹂ ﹁とくには有りません、天気も大きくは崩れないかと。﹂ 一人で戦争をおっぱじめる気かぁ ﹂ ﹁解った。対潜警戒を怠るな。﹂ ﹁了解 ﹁貴様ぁ その妖精も負けじと言い返した。 誰が撃てと言った ﹂ ﹁殺らなければ、やられます。砲雷長。﹂ ﹁ＣＩＣ、艦橋 !! ホタカは目の前で茶番をやっている ﹁何をやってるんだ君らは⋮﹂ それからこいつをＣＩＣからたたき出せ ﹁クッ⋮ヒューマンエラーだと報告しろ ! ﹂ 一通り満足したのかそれぞれが定位置に戻る。 ＣＩＣ妖精、砲雷長、副官を呆れた目で見た。 !! ! 砲雷長がＣＩＣ妖精の一人の胸ぐらをつかむが !! ! ＣＩＣに怒声が木霊する。 ! 388 ﹁いやー。アスロック使ったんだからこれやっとかないとダメでしょ 元ネタ的に考えて。﹂ ﹁まるで意味が解らんぞ。﹂ そうやってため息を付くのと、 ﹂ 敵潜にアスロックが直撃するのはほぼ同時だった。 ﹁敵潜水艦撃沈 ﹂ パッシブソナーに反応 聞き逃したら失態だよ⋮ ﹁艦長 深度１２０ 方位２│５│４ 敵潜です 発射 ﹂ ﹁アスロック１基照準、目標敵潜水艦。 撃ち方始め。﹂ ﹁データ入力良し ! ! !? ! ! ﹂ ﹁トラファルガー級を追っかけていたのだから 近づいてくるようなものですからね。聞き逃すことも無いでしょう。﹂ ﹁しかし、敵潜はドラム缶を殴りながら 流石に警戒網も厳しくなってきているな。﹂ ﹁これで５隻目か。ウルシ│環礁に近づくと ! ! ! ! ホタカの前部甲板にある６ユニットのアスロック群から １本の槍がどんよりと曇った空へ向けて放たれ 飛行針路を変えて目標へと飛翔する。 直に目標付近まで飛翔したアスロックが弾頭と推進器の２つに分かれ 弾頭に収められていた短魚雷がパラシュートを開いて降下、着水した。 着水した短魚雷は水の抵抗を増大させるパラシュートを切り離し 自ら探針音を放ちながら目標へと距離を詰めていく。 探針音を受けた潜水艦は急速潜航して深海へと逃れようとするが その動きは非常に鈍間だった。 追尾してきた短魚雷は敵潜の左舷後部へ突っ込み 弾頭に収められていた約４０㎏の高性能炸薬に点火炸裂させた。 たった４０㎏程度の炸薬であっても、潜水艦にとっては十分すぎる。 炸裂により艦後部が一瞬膨張した後、バラバラになって沈降を開始する。 気泡の量は、潜水艦娘が撃沈された時の物よりもいくらか少なかった。 ﹁炸裂音並びに船体破壊音を確認。撃沈しました。﹂ ﹁アスロックの次弾装填を急げ。 それにしてもブラックホークを持ってきた方が良かったかな ? ＳＴＡＧＥ─１２ 海狼の巣 389 390 ﹂ 行く手を阻もうとする潜水艦３隻を一度に血祭りにあげた。 ﹁こう敵が多いと嫌になってくるな。﹂ ﹂ 対 潜 爆 弾 を ぶ ら 下 げ れ ば 即 席 の 対 潜 哨 戒 機 に な る。ま あ 目 視 捜 索 し か で き な い が。﹂ ﹁この艦には格納庫はおろかヘリポートすらありませんが ﹁後部甲板にワイヤーで括り付けて露天駐機で。﹂ ﹂ 前の世界では確かに１年ほどで終戦だったが 撃ち方始め。﹂ 深度１７０ こっちの話ですよ。とヒラヒラ手を振る副長だった。 ジムとかボールとか言う艦載機は無いぞ ﹁ ﹁一年戦争末期のジムやボールと一緒にしないでくださいよ。﹂ ? 今度は３発のアスロックが放たれる。それらは扇状に広がって ! ﹁パッシブソナーに反応 方位２│９│２ 深度１４０ ! ﹂ 方位２│３│３ ! ﹁アスロック各一基照準。誘導はパッシブモード 深度２００ 方位３│３│２ ! ! ! ﹁トライデントを５，６発慣性誘導でウルシ│環礁に撃ち込みますか ? ? ? ＳＴＡＧＥ─１２ 海狼の巣 391 ﹁非常に魅力的な提案だが、目視での偵察も任務に入っているからな。﹂ 目視での偵察の件は、出港直前に伝えられた。 深海棲艦の基地建造能力を探る目的らしい。 それさえなければ、ウルシ│環礁のはるか手前で１４発のトライデントを打ち込むつ もりだった。 正確な海図は有るので、それを参考に慣性誘導してやれば 壊滅的な被害を与えられる算段である。 しかし、こうなっては仕方がない。 ﹁ですよね。﹂ ﹁適当に撮影したら敵潜を撃沈。近づける様なら接近して偵察し 全てを終わらせた後、トライデントで一切合財一撃で吹き飛ばす。﹂ ﹁了解。﹂ 392 ﹁ウルシ│環礁を目視で確認 艦長、これは⋮﹂ ﹂ ﹁画像を拡大してモニターへ。 ! 実際は海面上に直接作られているわけではないが 環礁と言う極端に標高の低い地形ではそう見えても仕方がなかった。 問題なのは建造物の大きさと量だった。 チョットした鎮守府としても機能しそうなほどの タンクや倉庫が軒を連ねているのが見て取れた。 ? ﹁取りあえず、環礁内の敵艦を撃滅する。 輸送艦や軽巡洋艦だった。これでは攻勢の主力とはお世辞にも言えない。 その中の大多数が潜水艦の物で、ちらほら見える大型ものは 副長の言う通り、水上レーダーには無数の光点が輝いていたが 大部隊が北上したと言う情報は入ってきていません。﹂ すが。 ﹁それにして主力艦が全くいません。もしかしたら既に出発している可能性もありま ﹁大型燃料タンク、貯蔵設備多数か。本土への攻勢の起点じゃないのか ﹂ モニターに映し出されたのは海面から突き立つ幾つもの箱型の構造物。 !? ＳＴＡＧＥ─１２ 海狼の巣 393 面舵一杯、全主砲斉射用意、弾種榴弾、対艦ミサイルＶＬＳ解放。 ﹂ 目標、敵艦隊群。﹂ ﹁榴弾ですか 主砲２基照準、目標、北部の敵軽巡洋艦。 ﹁ハープーン、３２基照準、環礁北部の敵潜水艦群、各１発。 また、１２８発の即時発射可能なハープーンが青い空を睨んだ。 ホタカの指示通り、６発の４１ｃｍ榴弾が砲身に込められる。 それに軽巡の装甲は無きに等しい。榴弾でも十分沈められる。﹂ 瞬発信管ならば、至近距離に停泊している艦にも損傷を与えられる。 ﹁そうでなければ此方の砲弾は敵艦を突き抜ける。 ? 撃ち方始め。﹂ ﹂ ﹁発射 ! ３２本の捕鯨銛が、体を休めている海狼へ向かって飛翔し始める 主砲発射に伴う黒煙に、白煙が混じったかと思うと 真っ赤な華が轟音と共に６つ咲いた。 命令が発せられた瞬間、真昼の南太平洋に ﹂ ﹁斉射 ! 394 水平線上に輝いた光を発見したのか、北部に停泊していた軽巡が 機関煙を噴き上げて、迎撃に移ろうとするが手遅れだった。 ６発の４１ｃｍ砲弾の内２発が、細い艦体に直撃すると同時に炸裂した。 満足な装甲を持たない軽巡は、艦橋や煙突、兵装と言った艦上構造物を 根こそぎふき飛ばされて炎上し始める。 さらに２発の砲弾の衝撃は、しっかり艦体に伝わっていたため 既にあちこちに致命的な歪みや浸水が始まっており 後数分も持たないだろう。 軽巡の周りにいた潜水艦も悲惨な最期をたどる。 軽巡を外した主砲弾の内、２発が運悪く周りにいた潜水艦２隻の 超至近に着弾した。 砲弾が炸裂した衝撃で艦体の一部が拉げ、浸水が発生する。 海に潜るため耐圧殻を備えている潜水艦ではあるが、大口径砲弾が すぐそばで炸裂するような爆圧を防ぐことは出来なかった。 運よく主砲弾を受けなかった潜水艦群に対して天空から３２本の捕鯨銛が 降り注ぐ。 寸分違わぬ正確さで飛来したミサイルは、１隻に付き１発が艦橋よりも後部へ着弾 ＳＴＡＧＥ─１２ 海狼の巣 395 した 潜水艦の耐圧殻も音速で飛来する対艦ミサイルとその炸裂に対しては あまりにも無力だった。 衝突のエネルギーと爆発のエネルギーが潜水艦の小さな艦体を震わせ １瞬のうちに１００ｍ程度の艦体を２分割する。 そのような光景が３２か所で繰り広げられていた。 それを観測していた中央部の軽巡洋艦５隻は、何とか脱出するため速度を上げる しかし、相手はその退避行動を許さなかった。 風切り音すら振り切って飛来した６発の砲弾。 先陣を切る様に走っていた２隻の軽巡が１瞬で火だるまになり。 その２隻を回避しようと面舵と取り舵を切った後続する３隻にも 同じように砲弾が飛来し、１隻が３発もの直撃を受け木端微塵に吹き飛ぶ。 その破片が、近くに停泊していた潜水艦に突き刺さり浸水を発生させた。 残り２隻にも同じように砲弾が降り注ぎ、１隻は先陣と同じく火だるまに もう１隻は当たり所が悪かったのか真ん中から２つに折れて轟沈する。 軽巡から流れ出した重油が海面で燃え盛りさながら地獄の窯のようになっていた。 蒼空から、今度は６４本の捕鯨銛が環礁内の獲物へ向けて 396 最後の急降下を開始する。 ２０隻を越える潜水艦が、この地獄から外界へ逃れようと 島々の間の水道を目指すが、そこへ２発のトライデントが降り注いだ。 小型の核兵器に匹敵する衝撃波が２０隻の潜水艦群の中心で発生し ３隻が瞬時に爆散、１０隻以上が大破し横転、沈降していった。 ウルシ│環礁南部でひときわ大きな爆炎が上がる どうやら、ホタカの放った主砲弾が燃料を満載した補給艦に直撃させたらしい 腹に抱えていた大量の重油が環礁内に流れ出し、轟々と燃え始める。 その劫火に運悪く包まれてしまった１５隻の潜水艦は、 環礁内であるにもかかわらず慌てて潜航する。 そのため、４隻が海底との距離を見誤り、硬い岩に艦底を思い切りたたき付け 修理不可能な浸水が発生する。 残りの１１隻は海底に激突する事態は逃れたが、次の脅威は上だった 進路上には２隻の大型補給艦と、それを護衛しつつ逃れようとする３隻の軽巡 彼我の針路は交差しているが、衝突の可能性は無さそうだった。 自分の身を守るために航行を続け、艦隊の真下を潜り抜ける瞬間 頭上で轟音が響き、１隻の補給艦と２隻の軽巡洋艦が急速に沈降を開始する。 大型艦が沈降する際には大量のバブルが発生するため、ソナーは役に立たない モーターが焼き付くほどスクリュープロペラ回し、 何とか沈没船を回避するが、後続艦はそうはいかなかった いくら潜水艦と言えども、この距離で障害物を回避することは不可能だった ５隻が沈船や残骸を回避しきれず衝突し、撃沈。 １隻が沈降する補給艦に押しつぶされ、もう１隻は沈降する軽巡に艦尾がぶつかり スクリュープロペラが大破、さらに後部からの浸水により、艦首を海面に向けるよう に沈み始める 最後部付近だったため、逆進を掛けてなんとか回避できた３隻は それぞれ舵を切って、正面の脅威を回避し先に行った１隻と合流した。 これであの火の海から逃れられた潜水艦はわずかに４隻になってしまった 環礁の出口はすぐそこだったが、浮上航行しなければ通れない。 意を決して４隻の潜水艦が浮上し、海面に姿を現す。 司令塔とリンクした深海棲艦は外の光景を見渡すが、正面にくぎ付けになった 戦艦ル級よりも大きな艦体を持つ戦艦が、前方に設置された巨大な砲身をこちらに向 けていた。 │││急速潜航 ! ＳＴＡＧＥ─１２ 海狼の巣 397 398 メインタンクに海水を取り入れるより早く、主砲が咆哮した。 距離的に水平射撃、外れる心配は無かった。 ２列縦隊を取っていた４隻の潜水艦へ榴弾では無く徹甲弾が降り注ぐ あるものは右舷から左舷にかけて巨大な風穴が穿たれ またあるものは艦首から艦尾までを串刺しにされて その尽くが環礁の出口に達する前に力尽き水底に沈んでいく。 ﹁敵潜水艦４隻を撃沈。艦長、これで環礁内の敵は全て殲滅しました。﹂ ﹁潜水艦１０２隻、軽巡１８隻、補給艦１２隻。よくここまで集めたものだ。 ﹂ 帝国海軍が１週間のうちに相手する潜水艦の量ぐらいでは 太平洋の潜水艦の殆ど全て沈めてしまったのではないのか ﹁どうでしょうか ﹂ ? ? ですよ。﹂ ﹁飛行機作るかのようにポンポン戦艦や正規空母建造してる世界に比べればまだまし ﹁全く、飛行機作るみたいにポンポン潜水艦を作るなんて非常識も甚だしい。﹂ それだけの潜水艦を沈めても輸送線のダメージは避けられていない 相手をする潜水艦型深海棲艦の量は１週間で１００はくだらないだろう。 確かに、本土やアリューシャン方面、ラバウル方面やインド方面の対潜艦隊が ? ＳＴＡＧＥ─１２ 海狼の巣 399 ﹁嫌な世界だな。絶対に行きたくない。﹂ ﹁私もあんな戦争は二度と御免です。ところで、陸戦隊の投入は ﹁勿論やる。資材が使えそうなら破壊しないでおこう。 これだけの資材だ、燃やしてしまうには惜しい。 ﹂ 副長、陸戦隊を編成してくれ。﹂ 雷速約５０ ﹂ ? 距離４０００ ! ていた。 全速射砲撃ち方始め 全ＣＩＷＳ迎撃開始 只でさえ鈍い舵の効きがさらに鈍くなる。 ! 雷速は約９３ｋｍ、衝突まで約１５５秒程度。 ﹁面舵一杯 ! あえて速度は上げない。速度を上げると ! じりじりと焼き付けるような時間。 ﹂ ﹂ 針路は２│７│０だった。つまり、柔らかい左の横腹めがけて３２本の魚雷が突進し ?! ﹁了解 接近中 ! ＣＩＣから副長が出ていこうとした時に、それは起こった。 ﹂ いえ４０ 超兵器です ﹁方位１│７│８より雷跡２３ ﹁レーダーにノイズ発生 !! ! ホタカは内火艇がウルシ│環礁に上陸できる距離まで接近していたため ! ! ! 400 艦の回頭にいつもの倍の時間はかかっているような錯覚を覚え ４０発の酸素魚雷が緩やかに扇形に広がって進行してくる。 現在艦の舳先が向いているのは方位３│１│０。 どうあがいてもこのままでは１０本以上が命中する。 南を向ける全ての速射砲が火を噴き連続して速射砲弾を浴びせ ３５ｍｍＣＩＷＳが海面を泡立たたせるが、なかなか迎撃が成功しない 空の敵と違って、海中を進む魚雷に弾頭を命中させるためには 抵抗が大きい水の壁を突き抜けねばならない。 しかし、ほとんどの機関砲弾は海面に直撃すると次々砕け散ってしまう。 初速が速い小さい砲弾が水面に衝突すると、その衝撃力は砲弾自身を破壊してしまう これが砲弾自体が巨大で頑丈な速射砲弾や、主砲弾なら問題は無かったが それらに比べると軽量な機関砲弾にとっては大きな問題だった。 そのうえ、水中に潜り込んだ砲弾は水の抵抗を受けて急激に威力が落ちる。 ウィルキアはそれでも魚雷迎撃のために、機関砲弾に特殊な細工をしたが それでも、着水時の微妙な角度と条件がそろわなければ十分な効力を発揮しなかっ た。 運よく条件を満たして着水した砲弾が、魚雷に当たる確率は 必死に回避起動する航空機のパイロットに直撃させるほうが楽だと思えるほど低い。 しかし、やらないよりはマシで、こういう時は下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる理論 だった。 ﹂ ３本の魚雷が爆発し、飛沫を噴き上げる ﹁前部主砲左９０度旋回 ! ! ５本が主砲の衝撃波に飲まれて炸裂する。 距離１０００ 雷速４５ ﹂ ? 残りは２本、距離はもうすぐそこだった。 ﹁方位０│６│５より雷跡３６ ! 至近距離より放たれた３６本の魚雷。 最大戦速 右舷ＣＩＷＳ群は方位０│６│５の魚雷へ対応 ﹂ ! 衝突まで約４３秒。 ﹁舵戻せ ! さっきの魚雷よりも大きな角度がつけられているのか、海面を覆う様に突入してくる ! 命中確実の魚雷群の範囲内へ、出来るだけバラけるように発射。 続いて後部主砲が咆哮する。弾種は榴弾。 その衝撃はわずかだがホタカの針路を右へ向けた。 今まで前方を向いていた主砲が左舷側を向くと同時に咆える 撃ち方始め 後部主砲目標、魚雷群 ! ! ＳＴＡＧＥ─１２ 海狼の巣 401 402 回避するために今取り舵一杯を切れば、迎撃の優先度が低く 全く迎撃してこなかった魚雷群へ突っ込む上、新しい魚雷群を回避するほど回頭出来 ない。 先に放たれた魚雷が過ぎるのを待つのは遅すぎる。 逆に面舵を切り続けても、方位０│６│５の魚雷群は躱せない上に 方位１│７│８からの迎撃をしてこなかった魚雷群にも突っ込むことになる プロペラピッチ角を変更して逆進を掛けても、 方位０│６│５の魚雷群は大きな扇形を作っており、回避しきるのは不可能 さらに、後方からの魚雷へ対応する迎撃時間を失う。 舵を戻して最大戦速で走れば後方の魚雷へ対応する時間が増えるため 新たに命中コースに入った魚雷に対処でき、 方位０│６│５からの魚雷の半分以上を躱せる見込みだった。 直撃コース ﹂ 彼の目論み通り、命中コースを取っていた方位１│７│８は全て迎撃され 雷速４５ ! ?! ! 残る命中コースを取る魚雷は方位０│６│５からの９本。 距離５００ ! しかし、凶報は続いた。 ﹂ ﹁方位２│８│３より雷跡３０ ﹁迎撃 ! ＳＴＡＧＥ─１２ 海狼の巣 403 左舷のＣＩＷＳが３５ｍｍ砲弾を吐き出すが、 先ほどの迎撃で、弾倉内のほとんどの砲弾を撃ち尽くし ４基中２基が再装填作業中だった。これでは満足な迎撃は出来ない。 最後の足掻きと主砲が旋回し、発砲するが既に射角の外で 巨大な水しぶきを魚雷のはるか後方に作っただけだった。 ﹂ │││││攻撃も回避も間に合わないな。 ﹁総員衝撃に備え 暗いＣＩＣに鮮血が舞った。 ホタカを完全に覆い隠すほどの水しぶきが上がる。 間髪入れず左舷に２８本が突入し炸裂。 初めにホタカの右舷に６本の水柱が立ち上り、 全ての乗員がコンソールや手すりにかじりついた瞬間。 ! 404 ﹁ ﹂ 心が押しつぶされないうちに〟ありえない〟と切って捨てた。 頭に浮かんだに非常に不愉快な予想に ﹁⋮まさかね。﹂ 何故か不安を掻き立てられた。 月明かりに照らされたいつもと変わらない穏やかな海が広がっているが。 鎮守府の廊下を歩いていた瑞鶴は、何かを感じ取り窓の外を見る。 ? ﹂ ﹁グッ⋮⋮５ ﹁艦長 まで減速 ﹂ ! ﹂ ! ガスタービン１基損傷、防御重力場が防御壁崩壊を起こし現在復旧中です。 ﹁左舷に８本が直撃しました、４，６，８番特殊弾頭ＶＬＳ大破、２番速射砲使用不可 ﹁大丈夫だ、損害知らせ ホタカの左半身の数か所から血が吹き出し、軍服が紅く染まる ! ? 本体へ攻撃を与えるのに十分な火力だった。 合計３４本もの魚雷の直撃は、ホタカに防御壁崩壊を起こさせた上に しかし、残りの４本は艦体に少なくない損害をもたらす。 ４本は装甲を貫くことが出来ず、大した損害は生じなかった。 全身を４６ｃｍ砲弾を防御できるほどの装甲に身を包んだ彼ではあったため その間隙をつくように８本の魚雷が紅く塗られた喫水線下に突入する ６本の魚雷と１８本の魚雷が周囲を防御していた重力場を滅茶苦茶に壊乱させ ＳＴＡＧＥ│１３ ウルシ│の海魔 ＳＴＡＧＥ─１３ ウルシ─の海魔 405 406 現在浸水に対応中、艦傾斜左２度。最大速力６６，８ 。 ? 敵潜は解るか ﹂ ソナー効力０ ﹂ しかし、浸水の量によっては、今後速力が落ちると思われます。﹂ ﹁ありがとう。ソナー手 ﹁魚雷の爆発によって海中がかき回されています ! !? ソナー手 対潜警戒を怠るな 問題は相手が誰か、だが。﹂ ﹁お互いの位置が今は解らない、下手に動くのは危険だ。 位置が悟られることはないはずです。﹂ ﹁こっちは機関出力を絞りましたから、奴らのパッシブソナーなら ホタカのソナーは役に立たない。 現在、魚雷の爆発、機銃弾、砲弾によって生じた大量の気泡により ! ! ! を軽く超えます、さらに我々のソナーを逃れるほどの静 ? この海域には複数の潜水艦型超兵器が潜んでいると思われます。﹂ ドレッドノート型でもそれは不可能です。 粛性。 敵超兵器の速度は３００ 三回の雷撃が全て同一艦であったと考えると、 そしてあの魚雷群は全てほぼ１か所の射点から放たれたように思えます。 ﹁超兵器ノイズは未だ発生中です。 ! ＳＴＡＧＥ─１３ ウルシ─の海魔 407 超兵器ノイズは超兵器機関の発する電磁波が電探にノイズとしてあらわれるもの だが そのノイズは一定の領域内にほぼ均一に表示されるため、大雑把な位置を知れても 詳細な位置をつかむ為には従来艦と同じようにソナーや目視が必要だった。 ﹂ 以上出さなければ不可能です。 ﹁とすると、ドレッドノートとノーチラスと言うことになりますが。 しかし、その場合でもどちらかが無音で１００ ⋮⋮まさか。﹂ ３隻目のドレッドノート型を知っているのか 砲雷長の頬に冷や汗が流れた。 ﹁どうした です。﹂ ﹁何だと ﹂ 秘密裏に竣工していたと言うデータが、電算機内の奥底に紛れるようにあったはず 巨大潜水艦の実験と製造技術の確立のために、１隻の超大型潜水艦が ﹁ドレッドノートそのものではありませんが、潜水艦型超兵器を作る上で ? ? 副長の問いに一瞬ためらった後、彼女は答えた。 ? の中に ホタカが急いで頭の中でデータをひっくり返すと、幾つものロックがかかった機密 !? 408 そのデータは存在した。いくら頭の中に入っていてもドレッドノート型は２隻のみ と言う 固定観念がホタカの中にあったため、無意識のうちに検索対象から外れていた。 ﹂ それをモニターに映し出す。 ﹁レムレース トラックへの撤退を進言します。レムレース、ドレッドノート共に 超兵器潜水艦３隻を相手にこの損傷は無視できません。 ﹁艦長、先制攻撃を受けた後で本艦は少なからずダメージを受けています 其々の感想が漏れる。 ドレッドノートにも引けを取らないだろう。 しく 発射後に幾つもの酸素魚雷を放出するクラスター魚雷と言うべきものを搭載するら 先端には巨大な魚雷発射管６門。門数は少ないが拡散酸素魚雷と言う 銀灰色の細い流線型の船体の全部よりに小さな艦橋が据えられ その艦はドレッドノート型よりも真っ当な潜水艦と言った趣だった。 ﹁超兵器機関では無く通常動力艦か。こんなものがあったとはな。﹂ ﹁悪霊ですか、嫌な名前ですね。﹂ ? ＳＴＡＧＥ─１３ ウルシ─の海魔 409 今の速力でも十分逃げ切れます。﹂ ﹁自分も砲雷長の意見に賛成です。 一度トラックへ戻り、対潜哨戒機をありったけ持ってきましょう。 わざわざ同じ土俵で殴り合う必要はありません。﹂ ２人の言葉は非常に常識的な判断だった。 幾ら彼でも手負いの状態で超兵器３隻の相手は難しい。 ﹂﹂ しかし、ホタカは首を横に振る。 ﹁﹁艦長 ﹂ ? で４０本、方位０│６│５が４５ で３６本、方位２│８ ? で３０本です。﹂ ? ? 速度が可変式ならどうする。﹂ ﹁そうだ、しかし、妙な事がある。砲雷長、至近距離で魚雷を撃つとき │３が約４５ ﹁方位１│７│８が約５０ ﹁砲雷長、３つの魚雷群の雷速と数は幾つだった ホタカの解答にあっけにとられたような表情になる２人 僕はこの海域には１隻しかいないと考えている。﹂ 超兵器の数は１隻から３隻。君らは３隻だと考えているようだが、 ﹁副長、砲雷長。君らの意見は正しいが、見落としている事がある。 !? 410 彼の問いに、砲雷長は〟あっ〟と声を上げた。 ﹁基本的に最大速度です、しかし、先の魚雷群では１番目より近距離で放ったはずの ２番目と３番目の魚雷は共に４５ 。これは空気魚雷としては一般的な速度です が、 ﹂ ? 非常に緊密な艦隊を組んで一斉に射撃した⋮と 超兵器の観測情報を共有している可能性もある。 ﹁可能性はある。水上に潜望鏡が現れなかったところを見ると まずい予想に砲雷長の顔が青くなった。 そうなると、深海棲艦と超兵器が共同戦線を張っていると言う事では⋮﹂ ? ﹁では、方位０│６│５には６隻、方位２│８│３には５隻が そして、潜水艦型深海棲艦の魚雷発射管の門数は基本的に６つ。﹂ どちらも６の倍数だ。 ﹁ここで魚雷の本数だ。２番目は３６本、３番目は３０本 レムレースでは無いと言うことになります。では誰が ﹁とすると２番目と３番目の魚雷群は少なくともドレッドノートと 砲雷長の答えにホタカは頷き、副長が続ける。 ドレッドノートもレムレースも酸素魚雷です。﹂ ? ＳＴＡＧＥ─１３ ウルシ─の海魔 411 ﹂ だが、超兵器３隻を相手にするよりはよほどましだ。 ソナー手、ソナーはもう大丈夫か ている。﹂ ﹁なぜそう言えるのですか ﹂ ﹂ ﹁これだ、方位２│８│３の艦隊はこちらを雷撃した後、この潮流に乗ったまま移動し その一つを指示す。 表示された地図にはいくつもの曲がりくねった潮流が表示されていた。 ﹁こちらです。﹂ この付近の潮流はどうなっている 潜水艦型超兵器と艦載機の相手は御免だ。 ﹁無電が敵に傍受されればさらに厄介な事になる。 ﹁トラックへ無電を打ちましょう。空母に対潜哨戒機を運んできてもうんです。﹂ ソナー手からソナー効力が回復したことが伝えられる。 ? ? つまり、こいつらは動いていない。﹂ 今まで潜水艦の機関音らしきものは無かった、一切だ。 距離５００で機関を動かせば流石に発見できる。 ﹁深海棲艦とした場合、幾ら海中が泡で攪乱されていたとしても ? 412 ﹁とすると⋮﹂ 副長がコンソールを操作すると２本の矢印が現れ、あるところで交差する。 ﹁このままだと、２分後に本艦の真下を通過しますね。﹂ ﹁よろしい、特殊弾頭ミサイルＶＬＳ、アスロック解放。 ﹂ １分後、探針音を打つと同時に攻撃を開始する。﹂ ﹁トライデントを使うのですか 水圧にもある程度耐えるでしょうが⋮うまくいきますかね ﹁上手くいかせる。潮流に乗った敵へ３発撃ち込む。 ﹂ 直撃でなくてもいい、潜航中の潜水艦へは損傷を与えれば良い ? ば ﹁確かに、多少の機銃弾ではビクともしないほど堅牢な装甲を持つトライデントなら 飛行速度を極限まで落とし、海へ落下させ時限信管で起爆させる。﹂ ﹁今回は特殊弾頭爆雷として使う。 弾頭には魚雷もソナーも積んでいない。 トライデントは対地若しくは対水上目標用だ。 ? ﹂ それで戦闘能力は失われ、沈む。﹂ ﹁他の艦は ? ﹁残りのトライデントは３発を潜水艦隊へ、 ６発は超兵器へ打ち込む。﹂ ﹁了解。﹂ 時間になり、ホタカのソナーから強力な探針音が海中へ向けて発信された。 ソナー手 超兵器の反応は ! ﹂ ﹂ すぐに、画面に北西に５つ、東に６つの輝点が浮かぶ。 面舵３０ 潜水艦だけです ! その瞬間６発のトライデントが打ち上げられた。 ﹁最大戦速 ﹁有りません ! ! ならば追い出すまでだ。トライデント全弾装填 ﹂ ﹁ウルシ│環礁近くの浅瀬に着底し海底に化けているな。 海上では、巨大な水柱が６か所で生じていた。 艦体を拉げさせた鋼鉄の鮫は次々と深海へ最後の航海へ出発する。 近くを航行していた潜水艦１１隻は衝撃波を諸に浴び ある時間が過ぎたころ、海中で核爆発に匹敵する衝撃波が発生した。 次々と着水し、重力に轢かれて沈んでいく。 そうしている間にも、極限まで飛行速度を落としたトライデントは 最も厄介な敵の姿が見えず、苦い顔をする。 ! !? ! ＳＴＡＧＥ─１３ ウルシ─の海魔 413 414 ﹁環境保護団体が煩そうですね。﹂ ﹁今更だよ。﹂ ﹂ 無事な垂直発射装置１２基から１２本の海神の槍がはなたれて ウルシ│環礁外縁をなぞるように着水する。 ﹂ 十数秒後、１２本の巨大な水柱が立ち上った。 距離４０００ ! ! 速度５０ ?! ﹁魚雷が来るぞ、両舷前進一杯用意 ﹂ ﹁方位２│４│３より雷跡２０ ﹁両舷前進一杯 ! にまで加速させた。 ? 探針音打て 方位２│４│３ ﹂ 以上にまで増速した結果何とか逃れられそうだった。 ﹁ソナー手 ! ! ５０ 現在の針路は方位１│３│４で右舷を晒しているが 浸水し重くなった艦体を５１ 正常稼働が可能な１５基のガスタービンが限界以上のエネルギーを発生させ ! ﹁方位２│４│１に巨大な影を確認 ﹁奴め、トラックへ行く気か ? 速度約４５ ! 針路０│９│０ ?! ﹂ 巨大な影が潜水艦とは思えないような速度で出現するところだった。 再度ソナーが放たれると、大量の泡の壁の向こうから ! ? ! ＳＴＡＧＥ─１３ ウルシ─の海魔 415 ﹂ 面舵２０ サルヴォ│ ﹁斉 射 アスロック全基照準 ! 目標超兵器 ! 撃ち方始め ! ﹂ ! ドレッドノートです ﹂ の高速で航行を続けている。 ﹁音紋符号 ! その数１２ ! これは⋮アスロックへ向かっています 魚雷を発射 防御壁崩壊を狙いたいが。﹂ ﹁超兵器 変針します ﹂ ! ! ソナーは機関の駆動音をしっかりとらえていた。 大量の泡のベールが超兵器を包むが、 ３方向から迫りくるアスロックを迎撃、その大半を破壊した。 発射管から放たれた魚雷は４本ずつのグループに分かれ ! ! ﹁まずはあいつを深海から引きずり出さないと話にならないからな。 ﹁残りは１０１発です。残弾にご注意を。﹂ ﹁ああ。アスロックの次弾装填を急げ。﹂ ﹁如何やら超兵器は此奴だけのようですな。﹂ ! ４５ 潜水艦の最大の武器である高度なステルス性を捨て去った超兵器は ９６本のアスロックが蒼空に打ち出され巨大潜水艦へ向かって飛翔する。 ! ? 416 ﹁そう簡単にはいかないか。 まさか、魚雷にプログラム誘導装置を取り付けているとはな。﹂ ﹂ ﹁前の世界ではまっすぐしか撃ってませんしね。 こっちに来て新しい能力に目覚めたのでは ﹁もし、攻撃が凌がれた場合は ﹂ ﹁これで決めるよ。砲撃戦用意。対艦ミサイルＶＬＳ解放。﹂ 副長の忠告に一つ頷く ﹁しかし、そうなると残りのアスロックは５発になってしまいますが⋮﹂ アスロックの再装填を急げ、もう一度全力攻撃を掛ける。﹂ ﹁だとしたらこれ以上進化しないように絶滅させてしまおう。 ? 魚雷発射 その数３９ 方位１│７│８ 距離３５００ ﹂ ! ? まで減速、面舵２０、進路１│７│８へ。迎撃はしなくていい。﹂ ! 、逃げ切れるよ。﹂ ﹁残りのアスロックとトライデントで相手のソナーを麻痺させているうちに ? ! とっとと逃げる。幸いこっちは５１ ﹁敵艦 ﹁速度１５ ! 妖精さんは、直接肉眼で雷跡が見える分、気が気ではなかった。 魚雷の網の中へ突っ込んでいく自艦が最もよく見える位置で見張りをやっている 距離３５００から放たれた魚雷に艦首を向けて、魚雷の網の間を抜けるように動く ? ! ＳＴＡＧＥ─１３ ウルシ─の海魔 417 間もなく両舷を魚雷の束が通過する、再び全速５１ 超兵器の針路をふさぐルートを取る。 ﹁装填完了 ﹂ を出し、取り舵をきり ドレッドノートの針路は依然として変わっていなかった。 ? 超兵器ノイズ消失 ﹂ ! 艦長﹂ ? その推進音もドレッドノートと同一。 超兵器の位置はパッシブソナーでとらえていたはずで 回避行動を一切取らず、針路０│９│０を維持していたままだった。 彼の言う通り、ドレッドノートは環礁から抜け出した後 ﹁妙だ⋮なぜ迎撃も回避もしない。﹂ ﹁如何しましたか ＣＩＣが喜びに包まれるが、ホタカは難しい顔をしていた。 ﹁全弾命中 さらにそこへ９６本の短魚雷が突っ込み次々と炸裂した。 弾頭に収められた特殊炸薬が破滅的なエネルギーを水中へ放出する。 先に海域にたどり着いたのは１２発のトライデントだった。 合計１０８本のミサイルが白煙を夜空に残して飛翔していく。 ﹁アスロック全基発射、続いてトライデント全基発射。﹂ ! ! 418 ﹁まさか、まだ生きている⋮と ５ ﹂ まで減速、パッシブソナー効力最大。﹂ ﹁そうは考えたくはないが。漂流物はここからでは確認できない。 ? 傷ついた戦艦が停止し、様々な機材を抱えた妖精さん達が応急修理を始める 機関停止、対空対潜対水上警戒を厳となせ。﹂ ﹁解った、１時間以内にここを離れる。 修理自体はそこまでかかりません。﹂ 全速で走ったため浸水がひどいです。 ﹁艦長、いったん艦を止めて応急修理を行いましょう ﹁何も居ないな⋮現時刻をもって戦闘終了を宣言する。﹂ １回、２回、３回、それだけ打っても海中に物体は確認できなかった。 ホタカの艦底から探針音が放たれる。 ﹁アクティブソナーを打とう。機関全速用意。﹂ 超兵器機関を使っている以上重油は出ませんし⋮﹂ ﹁漂流物は確認できません。と言うよりも超兵器を撃沈しても 減速し耳を澄ますがそれらしい音は聞こえてこない。 ? 穴をふさぎ、隔壁を補強し、海水を抜く。 ﹂ 作業は順調に行われていたが、ホタカは難しい顔をしたままだった。 ﹁まだ、納得いきませんか ﹁忘れている事 ﹂ ﹁ああ、副長。何か一つ忘れているような気がしてな⋮﹂ ? どこにもおかしな点は無い。 ││││││思い違いだろうか 次の瞬間にはものすごい速度でシミュレーションと推論を組み立てていく。 何気なく消そうとした時に、ホタカの思考が一瞬停止し 既に敵を沈めたためもはやこの図に用は無い。 ふと海図に目をやると、副長が表示した付近の潮流図が重ねて表示されていた。 ? 対水上レーダー、対空レーダー、外部光学映像カメラ、海図、ソナー 何人ものＣＩＣ要員がコンソールの前でそれぞれのモニターを監視している 何気なくＣＩＣを見渡す、 ﹁なんだろう⋮何処か引っかかる。﹂ ? ﹂ 心臓が鷲掴みにされたような否な感覚。 ﹁艦長 ? ＳＴＡＧＥ─１３ ウルシ─の海魔 419 420 副長の声は届いていない、バッと時計を見ると時刻は１３：４５、天気は快晴 低緯度地域の日差しは容赦なく海面を照り付けていた。 急げ 探針音打て ホタカの目が大きく見開かれる。 ﹁補修人員退避 ! 機関全速待機 ﹂ アスロック、トライデント全門発射 ! ﹂ ! ﹂ ソナー手が悲鳴のような叫びをあげる。 １５基のガスタービンが悲鳴のような轟音を立てた瞬間 ﹁機関前進一杯 着水する瞬間に再度探針音が海中に響いた。 ﹁探針音用意 その場所はホタカの艦尾方向２０ｍの位置 全ての槍が反転し空よりも蒼い海へと落ちていく。 艦底から探針音が放たれたのと同時に１７本のミサイルが打ち上げられ 初めて自分の艦長が明確に焦っているのを感じたからだ る。 突然の命令に副長は一瞬面食らうが、ホタカの様子からそんな場合ではないと悟 ! !! ! ! ＳＴＡＧＥ─１３ ウルシ─の海魔 421 ﹁か、艦長 ﹂ 直下から魚雷 ﹁総員衝撃に備え 数４０ ! 距離２５０ ! ﹂ ! 中央部から後部にかけて無視できないほどの衝撃が艦底を襲い、 ホタカも後ろにあった柱に叩きつけられ、口の中に鉄の味が広がる。 コンソールや手すりにかじりついていた妖精が投げ出され 海中での爆発は海上へと伝わりやすかった。 トライデントの爆発で海面へ向かう衝撃波を相殺しようとするも ホタカもただでは済まない。 た。 そこへ最後の５本のアスロックが突入し、超兵器の艦首に壊滅的なダメージを与え 防御重力場を滅茶苦茶にかき乱す。 ホタカの爆発から逃れようとしていたドレッドノートの鼻先を巻き込み その爆発は、魚雷を放った瞬間に後進を掛けて ４０本の酸素魚雷が誘爆を引き起こした。 すると、ドレッドノートから吐き出されたばかりの 海中へ向かって巨大な衝撃波を撃ち込む 先に着水したモードＡＰのトライデントが ! ! 422 主舵損傷 ! 弾種徹甲 ﹂ ガスタービン９基損傷 ! ﹂ ! ! 幾つもの破孔を生じさせ、推進器すら損傷させた。 浸水発生 ! ﹁主砲斉射 ﹂ こんな至近距離では防御重力場はもはや関係なかった。 彼我の距離は１０００ｍも無く、針路はほぼ同じ同行戦。 こちらに向かって旋回させ始めていた。 モニターに映るドレッドノートは、甲板に搭載された砲塔を │││││嫌な予想が当たってラッキーと思えるとはな 副長の嘆きをホタカは激痛に耐えながら聞いていた。 ﹁そんな⋮﹂ 濃紺の超 兵 器が姿を現す。 ドレッドノート 大量の海水が突き上げられ、その真っ白な飛沫の中から 左舷方向の海面が一瞬盛り上がったかと思うと ホタカが傷ついた艦体を無理やり右に曲げ、２基の砲塔が旋回する。 ! ! ﹁第３，４，５スクリュープロペラ大破 艦底破孔多数 ! ﹂ ﹁敵超兵器浮上中 右舷砲戦用意 ! 現在２００ｍ ﹁クッ⋮面舵一杯 ! ! ＳＴＡＧＥ─１３ ウルシ─の海魔 423 ﹁発射 傷 ﹂ レーダー群一部使用不能 最後の１発は、１番砲塔３番砲身の根元に着弾し大破させる。 ﹁後部艦橋大破 ! 全速射砲射撃開始 ﹂ ５番速射砲および３，５番特殊弾頭ＶＬＳ、１番主砲塔３番砲身大破 ﹁かまうな、撃てっ ! ! ! かない。 ホタカを沈めるためには至近距離から防御重力場を無理やり貫通させて攻撃するし 防御壁崩壊を狙うために飽和攻撃を仕掛けることが出来ず 何方も舵を切らない。ドレッドノートは艦首の魚雷発射管が壊滅したため 右舷を指向できる１，３，６番速射砲が１５２ｍｍ砲弾を次々発射する。 ! ﹂ 後艦橋の上半分が崩壊し、５番速射砲が大破、右舷側にも着弾し特殊弾頭ＶＬＳが損 それを切り裂いて４発の３８，１ｃ砲弾がホタカに向けて飛来 着弾個所から爆炎と爆煙が吹き上がるが、 た。 もはや外しようがない距離で放たれた砲弾はドレッドノートの巨大な艦体に着弾し ６つの大口径砲弾が装薬と電磁気力で加速され吐き出される。 ! 424 一方ホタカはアウトレンジに持ち込めば対艦ミサイルで飽和攻撃が出来なくもな いが それを行うだけの機動力を喪失していた。 １６基中１０基のガスタービンを失い、大量の海水を飲み込むペナルティは大きかっ た。 どうあがいてもドレッドノートに追いつかれるので 近距離砲戦で可及的速やかに深海へ叩き落す事を考えていた。 両者が、思惑は違えど近距離砲戦を選択した結果 帆船時代の海戦のような、回避機動も何もない同行戦の殴り合いが発生していた。 ドレッドノートの主砲が咆哮するとともに、 ホタカの兵装や構造物が吹き飛び艦体に穴が穿たれる。 ホタカの主砲が咆哮するとともに、 ドレッドノートの濃紺の艦体が引き裂かれ爆炎を上げていく。 そしてついに、ホタカの放った４１ｃｍ砲弾の１発がドレッドノートに止めを刺し た。 内部の弾薬庫にまで達した対艦砲弾はその周り全てを巻き込んで吹き飛ばす。 まず最初に艦体に合わせて大柄な艦橋が内側から爆発し、 ＳＴＡＧＥ─１３ ウルシ─の海魔 425 設置されていた場所から爆炎が吹き上がる その爆炎は艦橋部から艦首側と艦尾側へ、 セミの殻が割れるように破片をバラ撒きながら広がっていき、 その途中にあった砲塔は下側からの爆炎に持ち上げられて空中に投げ出される。 さらにその背にひかれた炎のラインから 最大戦速 総員衝撃に備え ﹂ 舷側へ向かうように幾つもの小爆発が繰り返し起こり艦体の崩壊が始まる。 ﹁取り舵一杯 ! ! 彼の身体は散々だった、砲撃を集中的に受けた右半身は ﹁それよりも艦長、とりあえず手当を。﹂ ﹁破壊の手間が省けたと思っておこう。﹂ ホタカが忌々しそうに舌打ちをする。 カメラを向ければ基地施設が爆破されていくところだった。 副長妖精が報告をした瞬間、ウルシ│環礁で幾つもの爆発が起こる。 ﹁超兵器の爆沈を確認。周辺に敵影ありません。﹂ 煙が収まったとき、巨大な艦体の姿はどこにもなかった。 巨大な爆炎ときのこ雲が吹き上がり、幾つもの破片が海面に水柱を立たせる。 ホタカが左に艦首を振った瞬間、ドレッドノートが力尽きたかのように爆ぜた。 ! 426 ﹂ 幾つもの切り傷でズタズタになり、軍服が紅く染まっていた。 眩暈を覚えて少しよろけたのを副長に支えられた。 ﹁はあ、中破程度の損害でこれは酷いな。﹂ ﹁艦長には少々フィードバックが強すぎるようですな、 軍医を呼びますので椅子に座っていてください。﹂ 程度ですかね ﹂ いくつかある空いていた椅子に座らされる。 ﹁針路０│９│０。副長、幾つぐらい出る ﹁浸水に機関損傷をかんがみて⋮全速で２７ ﹂ ? ? でのんびり帰るとしよう。﹂ 副長の懸念を笑い飛ばした。 ﹁帰りに潜水艦が居たらどうします ﹁そんなものだな、２０ ? ﹂ ? レイヤーデプスやサーモクラインとも言われる海中の温度躍層の深さは 海中には温度が急激に変化する温度躍層が発生することがある 僕らは間抜けな事にその存在をすっかり忘れていた。﹂ ﹁アフタヌーンエフェクトとマスカ│だ。 ﹁それもそうですね。それにしてもなんで奴は真下に居たんですか ﹁防御重力場はまた張ればいい。潜水艦の１隻や２隻何の事も無い。﹂ ? ? ＳＴＡＧＥ─１３ ウルシ─の海魔 427 季節や、日較差等で変動する 正午ごろに海面の温度が急上昇することによって顕著な温度躍層が生じて 浅深度のアクティブソナー効力が著しく低下する場合がある。 これをアフタヌーンエフェクトと言い、アクティブソナー特有の現象である。 ﹁僕らがアクティブソナーで奴を発見したのはウルシ│環礁から追い出した後の１回 だけ その後は奴の機関推進音のみをパッシブソナーで拾って行動していた。 下手に探針音を打ってこちらの位置を教えてやる義理は無いからな。 ﹂ だがそれが裏目に出た。アイツは自分自身をすり替えたんだ。﹂ ﹁まさか、私たちが攻撃していたのは⋮デコイ ４５ で直進するように撃ったんだ。 ﹁おそらくな、自分自身の推進音を録音したテープを仕込んだ魚雷を !? ﹂ ? う。﹂ ﹁恐 ら く、最 初 の ア ス ロ ッ ク 群 を 迎 撃 し た 直 後 の 泡 の 中 で デ コ イ を 発 射 し た ん だ ろ ﹁何時そんな事をやったんですか 温度躍層の下へ潜り込み、そのさらに下の潮流に乗って移動を始めた。﹂ その間に自分はマスカ│をかけて機関音をシャットアウトし ? 428 ﹁し、しかしあの後魚雷が飛んできましたが⋮﹂ ﹂ ３９本、１本足りません。﹂ ﹁副長、その時の魚雷は幾つ飛んできた ﹁幾つって⋮ ? られる。﹂ おそらく船体に取り付けられたバウスラスターで強引に射撃姿勢を取ったと考え 気泡が出てこないところを見ると、 ０を掛けた。 温度躍層の下を潮流の力を借りつつ進行し、僕に近づいたところでアップトリム９ 魚雷を装填し、発射管に注水。攻撃準備を整えつつ バッテリーとモーターなら超兵器ノイズは生じない。 を始めた ２度目のアスロックでデコイが消えた瞬間、超兵器機関を止めてバッテリーで航行 ﹁僕らの行動は全て読まれていたんだよ。ここで応急修理をすることすらも。 うすら寒いほどの未来予測に副長の背筋が凍り付く。 あたかも今発射されたかのように加速、変針、こちらに向かってきた。正確にな。﹂ １本はデコイ、残りの３９本はデコイの発する轟音に紛れてある程度航行し ﹁そうだ。つまり、アスロックを迎撃した後、アイツは全ての魚雷を撃っていたのさ !? ＳＴＡＧＥ─１３ ウルシ─の海魔 429 ﹁私たちが気づかなければ、４０本の魚雷がキールへ向かって殺到していたというこ とですか。﹂ 防御重力場は衝撃波も防御できるが、 魚雷４０本分の水中衝撃波、バブルパルスを防御することは不可能だ。 ホタカの判断が無ければ、間違いなく竜骨を折られ轟沈していた。 ﹁艦直下付近に来てもアクティブソナーが効力を発揮しなかったのは 超兵器がマスカ│を使っていたからだろう。 あれだけの巨大艦だ。マスカ│発生装置も満足な物がつめる﹂ マスカ│とは非常に細かい泡で、 これが船体を包むと内部からの音を外部にきわめて漏らしにくくなり さらにアクティブソナーすら欺けた。 ﹁それにしても危ない所でしたね。﹂ ﹁僕もまだ未熟者だな、経験不足と実力不足を痛いほど痛感した。反省点も山ほどあ る﹂ ﹁それを生かしていけば良いでしょう。 反省は人を成長させますが後悔は人を立ち止まらせます。 艦長にはぜひ反省をしていただきたいですね。﹂ 430 ﹁そっくりそのまま君に返すよ。﹂ ﹁私は人ではなく妖精さんですから関係ありませんね。﹂ いつもの調子に戻る副長に苦笑した。 ﹁ならば僕も関係ないな、人じゃなくて艦息だ。﹂ メスで。﹂ ﹁ヘリクツの応酬は聞き飽きましたからとりあえず上着脱いでください さもないと切りますよ トラック鎮守府が見えてくると、駆逐艦が２隻走ってきた。 大人しく紅く染まった軍服の上着に、手を掛けるホタカだった。 ほったらかしにされて機嫌の悪い医者をこれ以上刺激しないために ? ＳＴＡＧＥ─１３ ウルシ─の海魔 431 如何やら出迎えらしい。上空には４機の零戦が編隊を組んで飛んでいる。 ﹁何とか戻って来れましたね。﹂ ﹂ ﹁ああ、アレから潜水艦隊が出てくるとは思わなかったが⋮﹂ ﹁全部で１４隻ぐらいでしたっけ ﹁⋮なんだ ﹂ ﹁私もですよ。時に艦長﹂ ﹁もう当分潜水艦は見たくないな。﹂ 副長が何度か頷いた。 ﹁ああ、そうでしたそうでした。﹂ ﹁１６隻だ。６隻、４隻、６隻。全部トライデントで吹き飛ばしたじゃないか。﹂ ? ﹂ ? ﹁砲雷長。コイツをＣＩＣからたたき出して糧食班に回せ。﹂ 腕組みをしてさらにニヤニヤしている様子を見ると無性に腹が立つ。 いやはや、これはめでたいめでたい。﹂ ﹁考えないようにってことは意識してたんですねぇ⋮ ﹁ハァ⋮⋮⋮考えないようにしていた事を言うなよ。﹂ ﹁瑞鶴さん、貴方の惨状を見てどうしますかね ニヤリとした妖精の顔に、新しい厄介事の匂いを嗅ぎ取る。 ? 432 ﹁無茶言わないでくださいよ⋮﹂ がっくりと砲雷長が肩を落とした。 何があったのかと慌てたような声で暁が通信を入れてきたのはその直後の事だっ た。 対ドレッドノート戦 ドレッドノート：撃沈 ホタカ：中破 三章 帝都決戦 ? ﹂ ? ﹂ ? 今回の修理ではいったい幾らかかるのか見当もつかなかった。 前回の小破状態の修繕でもかなりの資材を使ったと聞かされていたので ガックリと肩を落とす ﹁だよなぁ⋮﹂ ﹁艦長を修理するのにどれだけ資材が要るのでしょうね。﹂ ﹁なんだ そこで副長は言いよどんだ。 問題は無いかと。しかし⋮﹂ それでも、彼女らは小破でしたからそれ以上の損傷艦が無ければ ﹁ここを出るときには、確か電と雷が使用していましたね。 ﹁副長、今ドックには空きがあったか 浸水は食い止めているが。それでも大量の海水が艦体を沈ませようとしていた。 暁と漣を従えてトラック第２鎮守府の港に入港する ＳＴＡＧＥ│１４ 大打撃 ＳＴＡＧＥ─１４ 大打撃? 433 434 ﹁まあ、補給の心配をするのは兵隊でなく指揮官ですから。 それに今回は単艦で出撃させた大本営に非があります ﹂ 別枠で補給を申請すれば回してくれるのではないでしょうか ﹁そんなにうまくいくかね ﹂ ? ﹁では、副長。後を頼む。﹂ ? 左舷側のスクリュープロペラの損傷によるフィードバックで、 そう言って前腕部支持型杖を付きながらＣＩＣを後にする。 ロフストランドクラッチ ﹁杖もあるからな。修理ドックまでは近いから歩いていくよ。﹂ ﹁了解しました。しかし、お一人で大丈夫ですか ﹂ 見る見るうちに岸壁と舷側の感覚が狭まって行き、接舷作業はすぐに終わった。 いく ホタカの艦体に数隻のタグボートが取り付き、自分たちよりも巨大な艦体を押して ﹁了解した。これより接舷作業に入る。通信終わり。﹂ 提督へ報告に行くように。ですって。﹄ それからホタカさんはお風呂へ、傷をある程度治してから ﹃４番バースへ接舷許可が下りたわ。 そこまで話したところで暁から通信が入った。 ? 左足はほとんど動かすことが出来ないほど損傷していた。 艦内の狭い通路を通り抜け、急なラッタルを四苦八苦しながら登り いいから捕まりなさい ﹂﹂ 何とか最上甲板に到達する。数日前の出港の時よりも幾分か低い視点に ずいぶん浸水している物だと実感する。 │││││根に持たれてるな⋮ 無理せずにちゃんと帰ってきたんだから。﹂ ! 舷側に設置されたタラップの傍には一つの影があった。 ﹁やあ、瑞鶴。出迎えごく﹁話は後 痛みによって現実に引き戻された。 ﹁あのな、僕は怪我人なんだが⋮﹂ ﹁うっさい。嘘つきにはいい薬でしょ ﹂ が、彼女が若干乱暴にタラップを降り始めたので、 女性特有の甘い香りが鼻腔をくすぐる。 他人の肩に腕を回すと必然的に顔が近くなるわけで 有無を言わさずに腕を取られ、瑞鶴に肩を貸される。 ! 嘘つき呼ばわりされて思わず苦笑する。 ? 言われっぱなしなのも面白くないので反撃に移る。 ﹁嘘はついていないだろ ? ＳＴＡＧＥ─１４ 大打撃? 435 436 ﹁超兵器に先制攻撃喰らって逃げればいいものを反撃して、 中破状態で傾きながら帰ってくるのを 〟無理せず無事に〟なんて思ってるんだったら。 傷なおした後で広辞苑で〟無理〟と〟無事〟の意味を百回読む事ね。﹂ ﹁そうはいってもだ。あそこで奴を取り逃がしたら後でどんな被害が出ていたことか ⋮﹂ ﹁喧しい。アンタが傷つくこと自体が大きな被害よ。﹂ ﹂ ﹁僕は戦艦だ。損傷は治せば済むし、傷つくことは想定の範囲内だ。﹂ ﹁そのためにどれだけの資材が吹き飛ぶのかしら ﹁⋮⋮⋮﹂ だし ﹁まあ、それは冗談だけど。資材なんて提督が大本営からふんだくってくればいいん 資材の消費量を出されたら冷や汗を書きつつ黙るしかない。 ? ﹂ もともと、アンタを無茶な作戦に出させたのも大本営だしね。﹂ ﹁なら、そんなに責めなくてもいいだろう ﹁ダ・メ﹂ ホタカの言葉に非常にイイ笑顔で返す ? ﹁それとこれとは話は別よ。アンタが中破したって聞いた時は本当に心配したんだか ら。 信頼と言う物は積み上げるのには長い時間が要るけど 僕の信頼は﹂ 崩すのはホンの一瞬。﹂ ﹁じゃあなにか ﹂ ? プレートがはめ込まれた扉があった。 ﹂ ふと気づくと、目の前には艦娘修理用予備ドックと書かれた さっ、まずは傷を治しましょ 超兵器を野放しにしておけないのは理解できるから。 ﹁⋮いいわ、許す。ちゃんと帰ってきたんだし。 ﹁⋮⋮すまなかったな。﹂ バックドラフト一歩手前と言えばわかりやすいだろう。 静かな怒りほど恐ろしい物は無い 表面上は平静を装っているが、彼女が非常に怒っているのは理解できた 肩は固定されているので心の中だけで肩をすくめる ﹁今回のことで零ね。自業自得よ。﹂ ? ﹁予備ドックなんてものがあったのか ? ＳＴＡＧＥ─１４ 大打撃? 437 438 ﹁まあ、正規のドックもたまに故障するからその予備よ。 ﹂ でも本当に予備だから狭くて一人ぐらいしか入れないのよ。 これからはここを使ってね ﹁本当に大丈夫 何なら妖精さんも呼ぶ ﹂ 彼女の肩に回していた手を外して自分の力で立つ。 ﹁解った。ここまででいいよ。ありがとう。﹂ ? ? その後から焼けるような痛みが全身に広がった。 意を決して湯船につかる、初めは痛みは無かったが ││││││││絶対しみるよなぁ⋮ 浴槽に張られた湯からは湯気が立ち上っていた。 人一人が不自由なく利用できる程度、壁にはいくつもの手すりが付いている 淡い色のタイルに囲まれた中は広くなく 紅く染まった軍服を脱いで、浴場へ入る 一通りはそろっていた。 一人分の衣類を入れる籠とタオル。それと入院患者が着るような白い衣類。 気遣いを丁重に断ってドアの中へ入る ? ＳＴＡＧＥ─１４ 大打撃? 439 ﹁以上で報告を終わります。﹂ ﹁ああ、ご苦労。ホタカにも伝えておいてくれ﹂ ホタカはお風呂によって回復はしたものの 他の艦娘に比べて大きく負傷していたため、医者から自室療養を言い渡された 医者の話では、ホタカのフィードバックによる負傷は他の艦娘よりも 数段酷いらしく、１度のお風呂による全回復は見込めないとのことだった。 そのため、代理で漣が報告に来ていた ﹁それと、ドック妖精さんからの修復見積書と弾薬の補給要請です。﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹂ 提督は答えない。 ﹁ご主人様 側頭部をさすりながら観念したように書類を受け取ると ﹁ブッ飛ばした後で言うなよ⋮﹂ ﹁あんまり調子のってるとブッ飛ばしますよ☆彡﹂ １発の打撃音が執務室に響いた。 漣の額にアスタリスク︵比喩︶が浮かび上がり ﹁アーアーキコエナーイ。﹂ ? 440 漣はそそくさと執務室を後にする その様子に嫌な予感を感じながら目を通すと彼は固まった。 ︻修理資材見積もり︼ 対象艦 ホタカ 必要資材 鋼材 ２２００単位 燃料 １８００単位 所要時間 １週間 ︻弾薬補給︼ アスロック ２１６発 ハープーン １１２発 トライデント ４０発 ４１ｃｍ砲弾 ３０３発 １５２ｍｍ速射砲弾 １２２３発 ３５ｍｍ機関砲弾 ５３２０発 必要弾薬 ６０３単位 ＳＴＡＧＥ─１４ 大打撃? 441 莫大と言うべき量の資材、体中から嫌な汗が噴き出す これだけの資材量となると鎮守府の倉庫からＰＯＮと出すわけにも行かず 大量の書類を書かなければならない。 ﹂ さらに悪いことに、頼れる加賀は別の任務で出ている 臨時の秘書官は。 ﹁⋮さて、楽しいデスクワークをしようか。北か⋮み ︻大井っちが呼んでるんで行ってきま∼す ＰＳ ドンマイｍ９︵＾Д＾︶︼ ﹁⋮⋮⋮﹂ 執務室には彼一人 ﹂ そこに北上の姿は無く、１枚のメモ書きが壁に貼り付けられていた。 ? ﹁逃げやがったぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァぁ 鎮守府に男の叫びが響く !!! 442 ﹂ 北上さん風邪ですか ﹁クシュン ﹁あれ ﹂ ? ! 深海棲艦との戦争に一つ区切りがつけられるやもしれませんねぇ。﹂ か。 ﹁たった１隻で我々の連合艦隊と同等。もしくはそれ以上の戦闘能力を持つ戦艦です 机の上に何枚かの書類を落とした。 上座に座るこの中でも最年長と思われる大将の階級章を身に着けた男が ﹁ふむ、予想以上だな。この艦は﹂ 海軍でも高めの階級の人間ばかりではあるが、奇妙な事に総じて皆若かった。 細長いコの字型に並べられた机に座り、そのすべてが手元の書類に目を通していた。 日本本土、大本営内にあるとある会議室に、何人もの海軍将校が集まっていた。 そう言ってすっとぼける艦娘がいたとか居ないとか⋮ ﹁いんや。誰かが私の噂でもしてるのかね∼﹂ ? ＳＴＡＧＥ─１４ 大打撃? 443 コの字型に並べられた机の１番端、つまり末席に座る眼鏡をかけた痩身の男が薄く 微笑む。 ﹂ すると、その男よりも上座に近い位置に座る中将が面白くなさそうに鼻を鳴らす ﹁フン。得体のしれない戦艦に手を借りるなぞ、帝国海軍の恥ではないのか しかも超兵器と言う途方もない敵の出現。深海棲艦ならともかく 超兵器は我々の手には余ります。 ﹂ ﹁しかし西原中将。現在われわれが深海棲艦に対して決定打を打てないのも事実。 ? だからこそ、このホタカと言う艦を有効に活用するべきではないでしょうか ? ﹂ 正論で返す眼鏡の男を、西原と呼ばれた将官は睨みつけるが涼しい顔で跳ね返され た。 ﹁ならば杉本少佐。貴様はどうするべきだと考える ﹁その意志が無ければどうする ﹂ 我々は彼に対し最大限の助力を行うべきかと。﹂ 彼女、いえ彼に何があってもこの国を守る意志があると確認出来れば ﹁そうですねぇ。まずは本土に呼び話を聞くべきでしょう ? しょう ﹁と り あ え ず 本 土 に 係 留 し、本 人 か ら も 話 を 聞 き つ つ 技 術 情 報 の 回 収 を す る べ き で ? 444 数百キロを飛ぶ対空誘導弾に核兵器に匹敵する大型対地対艦誘導弾。 ﹂ 優秀な電探に、強力な機関。何よりそれらを統一して運用するシステム。 その場合はすぐに解体し、尋問しつつ技術情報を引き出すべきだ どれもこれも我々には無く、必要な技術です。﹂ ﹁甘い ! とはいえ、艦娘が登場してから長い年月が経っているわけでは決してないため 町を探せば元艦娘と言う存在がちらほら見つけることが出来る。 められた。 前大戦によって人的資源が乏しくなっていた日本にとってこの事は好意的に受けと 元艦娘と純粋な人との間にも子を作ることは可能であり、 艦娘の方は海軍に残る者もいるが大抵は社会の中へ入っていく そのため解体された後の艦体は基本的に鉄資源として再利用されていた。 基本的にリンクを結ばない。 同じ名前の艦娘であったとしても、もともとその艦とリンクしていた艦娘以外とは 艦体もただの兵器へと変化する。この場合、艦娘といったんリンクの切れた艦体は その場合、艦娘はただの人間と変わらぬ存在になり 艦娘の解体とは艦娘と艦体のリンクを切ることを言う 西原の強行案に少なくない数の将校が賛同する。 ! ＳＴＡＧＥ─１４ 大打撃? 445 その数は多くない。 と威嚇するような中将の言葉を華麗にスルーして彼は続ける。 ﹁西原中将。無理に解体を迫るのはやめておいた方が良いと思いますよ。﹂ 何故だ のだな ﹂ こ こ ﹁その辺にしておけ中将。では杉本少佐、貴官は彼の戦艦を本土へ呼ぶべきだと言う ﹁一介の少佐の分際で⋮﹂ その彼をいたずらに刺激するべきでは無い。と、愚考します。﹂ から。 現状、彼は友好的に真津提督およびトラック第２鎮守府の面々と付き合っています ボクなら市街地へトライデントの発射をちらつかせる事位はします。 彼が何をするかわかりませんからねぇ。 こちらの意志に従わない場合は解体の後尋問などと言うことになれば ﹁得体のしれない異国、いえ異世界で、 !? いかと。﹂ 願わくばトラック第２鎮守府の艦隊と真津提督ごと本土へ来てもらうのがよろし ﹁ええ、出来るだけ早急に。 西原の話を遮ったのは上座に座る大将の１人だった。 ? 446 ﹁何 ﹂ ﹂ ? ﹁本気ですか 河内大将 ?! ﹂ ﹁どうでしょう、小野大将。杉本少佐の案を採用しては !! ﹂ 微笑を浮かべて語る杉本の考えに、大将は納得したと言う風に頷いた。 彼も気合を入れないわけにはいかないでしょうからねぇ。﹂ 戦友、それも最初に出会った戦友がすぐそばにいれば 報告書によれば心優しい人となりのようですから 見知った仲間が本土にいた方が、手を抜かれる心配が小さくなります。 もし本土への超兵器や深海棲艦の大侵攻があった場合 ﹁彼と第２鎮守府の艦娘の関係は非常に良好です。 先ほどの大将の半目に、いえいえと返す。 ﹁理由はそれだけか この辺りで前線の艦隊と交代して戦闘の勘と言う物を取り戻すべきかと。﹂ と言うよりも一部を除いて本土の艦隊はここ最近戦闘から遠ざかっていますから ます。 ﹁トラック第２鎮守府の面々は本土の艦隊と比べても遜色ないほどの練度を有してい 忌々しそうに西原が言うが努めて無視する ? ? ＳＴＡＧＥ─１４ 大打撃? 447 西原中将。 河内と呼ばれた男は口の端を歪めた。 ﹁なぜそこまで反対するのだ 杉本少佐の考えは合理的なものだ。何か問題でもあるのかね ﹁それは⋮﹂ 有無を言わせない眼光に西原が言いよどむ。 ﹁会議はどうだった ﹂ そして右目を覆う眼帯など海賊のような印象も受ける。 返しのついた手袋、黒いブーツ 白を基調としたセーラー服をまとってはいるが 中学生から高校生のような風貌、横向きにかぶった帽子 ﹂ 会議を終えて杉本が大本営を出ると、見知った少女が車に背を預けていた。 議題が次に移っても、西原は杉本を睨み続けていた。 ﹁⋮反論もないようなので杉本少佐の案を採用する。では次に⋮﹂ ? ? そう言いつつ、助手席に乗り込む。 ﹁ええ、大事なく終わりましたよ。﹂ ? 448 ﹁杉本さんの事だ。どうせまた引っ掻き回してきたんだろ ﹁そろそろこの車も限界じゃないか した。 ﹂ ﹂ すると、ようやくエンジンが正常に稼働し旧式も良い所の九五式小型乗用車が走り出 少女は一つ舌打ちすると、もう一度同じ手順を踏む Ｖ型２気筒ＯＨＶ強制空冷エンジンが数度唸り、止まる ける 口の端に笑みを浮かべた少女は運転席に乗り込むと、慣れた手つきでエンジンをか ? ﹂ ? だ ﹁あの戦艦。ホタカって言ったっけ ﹁ふーん。﹂ ﹁此方に招くことになりました、出来るだけ早く。﹂ そいつってどうなるんだ 何度も繰り返され、定型化した会話を終えると今日の会議の事について話題が飛ん ﹁まだまだ使えますよ。軍用ですからいろんな意味で頑丈です。﹂ ? ? ﹁取りあえず帰ったら書類の整理をしておきましょう。﹂ 次は何処だ 単冠湾か ? ラバウルか ? ﹂ 杉本の言葉に運転をしている少女があからさまに渋い顔をする ﹁また移動か ? ? ＳＴＡＧＥ─１４ 大打撃? 449 ﹁恐らく⋮佐世保か呉でしょう。どちらになるかは、まだわかりませんが。﹂ ﹁杉本さんが言うならそうなんだろうな。あーあ、また書類と格闘か⋮ たまには景気よく出撃したいもんだ。﹂ ﹁残念ながらボクの指揮下にいるのは君だけです。 鎮守府近海の警備ぐらいなら可能ですね。﹂ ﹁ま、仕方ないか。部署が部署だしな。 ああ、預かってたもの返すわ。﹂ なぜあのような人間が会議に出ているのだ﹂ 少女が杉本に手渡したのは白地に赤抜きで特警と書かれた腕章だった。 ﹁フン 本人が戦争をしたがらない事、上昇志向が皆無な事から ﹁杉本少佐。海軍内ではその頭脳で１目置かれるものの だった。 ちょうど１台の古びた九五式小型乗用車が、土煙を上げて敷地から出ていくところ 面白くなさそうに鼻を鳴らした西原中将は大本営２階の窓から眼下の景色を望む ! 450 いまだに階級は少佐で海軍特別警察隊所属。 唯一の部下は軽巡洋艦木曾。 しかし、その艦は過去に問題行動があり特警の杉本少佐の元へ左遷。 とは言う物のあの２人は裏で度々海軍内の不正を暴 き何人もの将校が軍法会議へ送られている。 ⋮あまり敵にしたくない者たちですが、 会議に出席できるということは何かしらのコネがあるはずです。﹂ 窓からさす日光の当たらない陰に立つ猟犬のような雰囲気を持つ男が、 杉本らの概要を話すが西原の機嫌は直っていなかった。 ﹂ ﹁ああそうだ、ヤツは河内大将の懐刀だと言っても過言ではない。そのコネで出席し ている。﹂ ﹁では、いかがいたしますか せよ。﹂ ? ﹁そうだ。あの艦は大日本帝国にとって異物中の異物だ。 我々 男に一つ頷きながら、窓際の席に腰を下ろす ﹁アサマ型装甲護衛艦２番艦ホタカ。ですね ﹂ ﹁今は様子見だ。奴らが何を考えているか解らん。しかし、彼の艦の動きは逐一報告 ? ＳＴＡＧＥ─１４ 大打撃? 451 ﹂ どんな災厄を運んでくるかわからん。﹂ ﹁閣下は、何をお考えで ﹂ ? 森原の問いに西原は頷いて返した。 ﹁速やかに退場を願う。と言うことですな ﹂ もし我々にとって不利な事態を引き起こす艦であった場合には﹂ ﹁彼の戦艦は我々の味方だとは思うな。 ﹁はい﹂ ﹁そういう事だ。森原中佐﹂ 偶然にしては出来過ぎですね。﹂ そして、ホタカは彼の超兵器の情報を既に持っていた⋮ 海軍の公式見解から考えても少々強力すぎます。 深海棲艦が過去に沈んだ艦の怨霊であると言う 異常と言うよりも次元が違う戦闘能力を持つ兵器群 ﹁確かに、もっとも最近確認されたレ級と比べて 一瞬考えをめぐらし、納得したように一つ頷く。 これには何か関係性があるとは思わないか ﹁超兵器だ。彼の艦が出現したころから超兵器の出現が始まっている ? ? 452 任務はどうした。﹂ 同時刻、トラック第２鎮守府の一室でクシャミをする者がいた ﹁うわっ、汚いわね。ほら。﹂ ﹁ああ、すまない。﹂ ちり紙を受け取り、鼻をかむ。 ﹁と言うか君はここに居ていいのか リンゴもってきたけど食べる ﹂ ﹁今日は非番よ。わざわざ来てあげたんだからありがたく思いなさいな。 ? この宇宙で最も消化の悪い物は時間であると言う言葉を思い出す。 最初の数日は惰眠を貪っていたが、いい加減暇になってきた。 居室にしかれた煎餅布団から上半身を起こしている。 現在のホタカの服装は薄い緑色の浴衣。 どうやら艦の修理が完全に終わらないと完治しないらしい。 アレから何度かお風呂へ入ってはいたが、未だに完治しないため療養中だ 瑞鶴は手慣れた手つきでリンゴの皮をむき始める いただこう。と言うホタカの言葉を聞いて、 ? ＳＴＡＧＥ─１４ 大打撃? 453 ﹁少しドックの方へ⋮﹂ ﹁ダメよ。けが人はけが人らしく寝てなさい。﹂ 一刀両断。あの時に一応許しはもらえたようだったが、 彼女の腹の虫はおさまっていなかったらしい。 ﹁もうほとんど完治しているんだが。﹂ ﹁怪我も病気も治り始めが肝心って言葉知ってる 暇なら本でも読めばいいじゃない。﹂ ﹁もうあらかた読んでしまったよ。﹂ ﹁頼んだ。それと、僕の損傷状況も﹂ ﹁じゃあ、今度何か持ってくるわ。適当でいいよね ﹂ 部屋の隅に目を向けると本棚が無いため乱雑に積まれたウィルキア語の本 ? ﹁それなら私が教えてあげるわ。﹂ 目の前で器用にリンゴの皮をむく彼女の額にキレイな青筋が浮かんだためだ。 確認したい。と言う言葉は言えなかった。理由は簡単 ? 表情は笑みを浮かべているが金の瞳は完全に座っていた。 ││││えーと、藪蛇 背中に冷や汗が流れるのを感じる。 ? 454 ﹁左舷に被雷８、右舷に直撃弾３０発以上、２，４，６，８，１２番特殊弾頭ＶＬＳ大 破 後部艦橋大破、前部艦橋小破、煙突中破、１，３，５番速射砲大破 右舷ＣＩＷＳ３基大破、１番砲塔中破、その他右舷側に命中弾と大破孔多数 ガスタービン１６基中８基が完全にお釈迦、で２基が損傷 艦底装甲板にも破孔と歪みが多数確認。第３から５番スクリュープロペラ及び主 舵脱落。 細かい損傷を挙げればきりがないわね。 これだけやられても戦闘能力は保持していたから判定は中破 ﹂ ? 普通の艦なら沈んでても可笑しくないわね。﹂ ﹁⋮教えてくれて感謝する。と言うかあの件は許してくれたんじゃないのか ﹁あの時はアンタの身体見て損傷を判断していたからね ﹂ ここまで酷いとは思わなかったのよ。心配しなくても許してるから。﹂ ﹁それならよかったが、目が笑ってないぞ ﹁気の所為よ。﹂ ﹁や、しかｓ﹂ ﹁気の所為よ。﹂ ? ﹁⋮⋮⋮﹂ ﹁気のせいに決まってる。解った ﹁アッ、ハイ。﹂ ﹂ ﹂ ? ﹁冗談に決まってるでしょ ばーか。﹂ ﹁幸運な事に腕は動くからな、それは君の未来の恋人にでも取っておけ。﹂ ﹁⋮はい、剥けた。食べさせてあげよっか 無下にできないところが苦しい所であった。 自分の事を心配して怒ってくれているため、 完全敗北。そんな言葉がホタカの頭に浮かぶ。 ? ﹂ ? アイツラ沈めても沈めてもわいてくるからキリがないのよ。 ﹁んー。ハワイ方面とかへ出撃して深海棲艦から制海権を奪おうとしてるんだけど ﹁そういえば君はこの頃何の任務をやっているんだ 口に入れると、シャリシャリとした触感と甘酸っぱい味が広がった。 ばす どことなく面白くなさそうな彼女は無視して８つ切りに切られたリンゴに手を伸 ? アメリカ海軍より性質が悪いわ。アンタなら単艦でハワイ占領できるんじゃない ﹂ ? ＳＴＡＧＥ─１４ 大打撃? 455 456 半分本気の眼差しがホタカに向けられるが、彼は無理だと即答した。 ﹁ハワイまで行って戻ってくることは可能かもしれないが単艦でハワイ占領は不可能 だな。 僕にも陸戦隊は乗せられるだろうが。数が足りない クルーが妖精さんだけである分、戦闘員は乗せられるが 目いっぱい詰め込んでも運べるのは１個か２個大隊程度。 これでは深海棲艦の陸上部隊がいたら塵殺される。 ﹂ それに弾薬の関係上ハワイ近海に居座って支援砲撃も出来ない。﹂ ﹁トライデントで薙ぎ払うのは ﹂ 艦隊を送り込んで蹂躙するかの二択だな。﹂ ﹁ま、そういう事だ。物量で押しつぶすかジェット機で航空優勢を確保しつつ ホタカの言葉に顔をひきつらせた。 バカみたいに金がかかるぞ ﹁１から町と基地施設、インフラを整備したいのなら止めはしないが。 ? ? ﹂ ﹁まあ、そうなるわね。でも⋮ジェット機なんて物乗せたら飛行甲板に穴あいちゃう し⋮ 何とかならない ? ＳＴＡＧＥ─１４ 大打撃? 457 ﹂ ﹁簡単な事じゃないか。﹂ ﹁ 彼の提案に瑞鶴は呆れたような顔になる ? ﹁機材があればいいんだろ ﹂ 瑞鶴の疑いの視線を手をふって否定する 工作艦じゃあるまいし。﹂ ﹁まさか持ってるなんて言わないでしょうね ? ﹁現物は流石にないが、設計図ぐらいならデータとして存在しているよ。 ? 改造に必要な資材はともかく機材が無ければ妖精さんでも無理よ。﹂ アンタの世界ほどこっちは科学が発達してないんだから。 ﹁主力艦がボコボコ完成して沈む世界と一緒にしないでほしいわね。 必要な機材と資材があれば十分可能なはずだ。﹂ その場合の改装プランは全て僕が持っている。 ジェット機を乗せて運用していることはよくあった。 ﹁どうだろうな。僕らの世界では今までレシプロ機を乗せていた空母に、 ﹁それって改造って言うより、殆ど一から作るレベルでしょ 無理よ﹂ ﹁大改装して飛行甲板の強度を高めジェット機を運用できるレベルにすればいい。﹂ ? 458 どうやら作られた時に軍関係の資料が見境なく詰め込まれたらしい。 もしかしたらここの世界に革命を起こせるかもな。﹂ 愉快そうに話すホタカにため息しか出なかった。 ﹂ ﹁アンタが居れば前大戦は勝ってたわね⋮﹂ ﹁何か言ったか ﹁約束 ﹂ ﹁さてと、ちょっと暁たちと約束があるからもう行くね。﹂ 何でもないわよ。とパタパタ手を振る。 ? ﹂ ? ﹁ほう、なら今度は手の込んだものを⋮﹂ こういう時はよからぬこと︵瑞鶴視点︶を考えていることが多い。 その言葉にホタカの口の端が吊り上がった。 ﹁みたらし団子程度で、買いかぶり過ぎよ。﹂ ﹁君なら問題ないだろう。﹂ 困ったように笑う彼女だが、満更でもなさそうだ。 ﹁そんなとこよ。あんまり自信無いんだけどね⋮﹂ ﹁それで教えてくれとせがまれてるのか ﹁この前料理したのがここの皆に知られちゃってさ。﹂ ? ＳＴＡＧＥ─１４ 大打撃? 459 ﹁遠慮しとくわ それじゃ ﹂ ! ﹂ ﹁第一艦隊、帰投しました⋮⋮⋮提督 ﹁ああ、無事で何より﹂ ﹁何故貴方が大破してるのかしら ? ﹁その分対艦誘導弾や対空誘導弾の使用数が爆発的に増加しそうだけど。﹂ トライデントの使用を控えさせるべきだな。﹂ ﹁まあ、そういう事だ。次に出撃させる時は ﹁この書類、ホタカのね。﹂ 目の下には隈ができ、文字通り目が死んでいた。 目の前には大量の書類に囲まれた。と言うよりも文字通り埋もれている提督の姿 ? ﹂ 皿の上には、一本の赤く長いリンゴの皮が置かれているだけだった。 リンゴの最後の欠片を口に放り込み、噛み砕く ﹁そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか。﹂ 静けさが戻った後、ホタカは思わず苦笑する 脱兎のごとく部屋を飛び出していく瑞鶴 ! 460 ﹁だよなぁ⋮﹂ ダバーと擬音がするほど涙を流すが、 彼女はいつも通りのポーカーフェイスで報告を始める。 ﹁作戦は無事に成功、空母４隻、戦艦３隻、重巡４隻、軽巡３隻、雷巡２隻、駆逐艦５ 隻を撃沈。 ﹂ ? こちらの轟沈艦は無いけれど、青葉が中破、山城が小破ね。﹂ ﹁ああ、ご苦労。青葉と山城にはドックに行ってもらおう。他に何かあるか ﹂ ﹁此方へ戻ってくる時に、青葉の電探にノイズが。﹂ ﹁まさか、超兵器か ﹂ ? ﹁ああ、と言ってもうちにいる空母は加賀と瑞鶴と瑞鳳と鳳翔だけだ。 加賀の言葉に頷く。 ﹁そう、では空母を主体にした編制に しばらくは敵陣深くへ進撃せず、哨戒に全力を挙げた方が良さそうだ。﹂ ﹁加賀のいう事も解るが、希望的観測は排除するべきだろう。 その青葉も中破していた。機器の故障と言う可能性も十分にある。﹂ ﹁それについては解らないわ。ノイズを確認したのは青葉だけでしたし。 今まで半死人だった提督がはじかれたように起き上がる !? ＳＴＡＧＥ─１４ 大打撃? 461 正規空母と軽空母１隻ずつの艦隊を二つ作って二手に分かれて哨戒だな。 加賀は鳳翔と組んでくれ。﹂ ﹁搭載機数の事を考えれば妥当な判断ね。﹂ 日本海軍初の航空母艦である鳳翔は排水量が１万トン程度であるため搭載機数も 少ない。 加賀の場合、艦載機数は純粋な正規空母として建造された翔鶴型よりも多く その数は帝国海軍でも最多である。 ﹁明日か明後日にはホタカも戦線に復帰する⋮が。どうしたものか⋮﹂ 超高性能超高燃費な問題児の運用を考えると胃が痛くなってくる提督 その前に胃薬と水が置かれた。 ﹂ ? ﹁ホタカは強力な電探を持っています。 私たちが出払っている時の鎮守府の防衛に充てるのが妥当ではないかしら ﹂ そうなるか。と嘆いて錠剤を口に放り込み、水で流し込む ﹁ところで瑞鶴はどうだ 珍しく他者をほめる加賀に少し驚く。 純粋な空母である分、艦体の空母としての性能は私よりも優秀ね。﹂ ﹁流石は翔鶴型、と言ったところかしら。 ? 462 ﹁そんな目で見られるのは不愉快ね。 私も認めるべき所では認めます。 問題は、攻撃に偏りすぎる所と、やはり練度不足。﹂ 目の前で顎に手を当てて答える彼女に苦笑する。 ﹁加賀と比べるのはかわいそうだろう ﹁ き 無くなら 割と本気ですが﹂ ﹁ハハハ、冗談キツイなぁ﹂ ﹁扱きすぎて潰れなければいいのだけど。﹂ 磨 ﹁まあ、磨けば光る原石だ。しっかり磨いてやれ。﹂ ずいぶん手厳しい加賀の指摘に当人でもないのに冷や汗が流れた。 よくこれで沈まなかったものだと逆に感心するわね。﹂ あれもこれもと全て自分でやろうとする。 全部沈められる技量もないのに ﹁それを差し引いても、まだまだ未熟です。 君は俺の所に来た最初の空母じゃないか。﹂ ? さて、どうやって指導しようかしら。と無表情で頭脳を回転させ始める加賀。 ││││││瑞鶴、イ㌔。俺は悪くないからな。 ? ＳＴＡＧＥ─１４ 大打撃? 463 ゾワリ。と背筋に尋常では無いナニカを感じた瑞鶴は振り向く どうかしましたか ﹂ が、そこには鍋やフライパンの掛かった厨房の壁 ﹁瑞鶴さん ? 瑞鶴が歓喜の涙︵加賀視点︶を流すのはそう遠くない未来だった。 瑞鶴への指導が非常に合理的︵加賀視点︶になり 胸に広がる嫌な予感は消えなかった。 不思議そうな顔をする吹雪に何でもないように取り繕うが、 ﹁な、何でもないわ。﹂ ? ﹁本土への召喚⋮ですか ? ﹁失礼、聞き間違いでしょうか ﹁え あたしも ﹂ ? ﹁そうだ。﹂ いつの間にか一緒に行くことになっていた瑞鶴が驚く ? 既に九七式飛行艇が出発準備中だ。﹂ ﹁そう言ったからな。ホタカと瑞鶴にはこれから空路で本土へ飛んでもらう。 僕には出港の必要は無いと聞こえましたが。﹂ ? その言葉にいつもは冷静なホタカですら呆けたような声を上げた。 彼の返答に、真津は﹁その必要は無い。﹂と返した。 ﹁命令なら仕方がありません、すぐに出港準備を整えます。﹂ ホタカは瑞鶴と共に提督執務室に呼び出された。 艦体の修理が完了し、体の傷もほぼ完治したころ ﹁ああ、そうだ。﹂ ﹂ ＳＴＡＧＥ│１５ ホタカ、北へ 464 ＳＴＡＧＥ─１５ ホタカ、北へ 465 ﹁ちょ、ちょっと待ってよ どういう事よ ﹂ アタシはこれから瑞鳳と哨戒任務じゃないの そもそも超兵器が居るかもしれないのに、ホタカを本土に行かせるって ! ﹂ ? ﹁何なのよ ﹂ ﹁それにしては露骨すぎるよ。まあ、心当たりがない事も無いのだが⋮﹂ ﹁⋮これも嫌がらせの一環ですか 暗いオーラを身に纏い、深いため息を吐く提督。 こちらとしても非常に良い迷惑だよ。﹂ お蔭で哨戒任務の部隊編成や空域を考え直さなくちゃいけないから 取り付く島もありはしない。 ﹁俺も上層部にそう言ったんだが⋮先方は﹃命令﹄の１点張りでな。 ２人からの視線を受けた真津は、疲れたように息を吐いた。 ﹁僕も瑞鶴の意見に賛成です。納得のいく説明をお願いします。﹂ !! !? まあ、配置替えだな。赤レンガの住人達は若造が本土に来ることが余程面白くない 次の配属先は佐世保だ。艦隊の全員を連れて移動するようにとの事だ。 ﹁⋮大本営から移動準備をするように命令を受けた。 瑞鶴のキツイ視線に、観念したように話だす。 ? 466 らしい。﹂ 帝国海軍が年功序列よりも実力を重視する組織へ転換してから日が浅い故の 如何する事も出来ない弊害であった。 ﹁瑞鶴は古巣での事で事情聴取を受けるため、 ホタカは本当に帝国海軍にとって協力する気があるかどうかの聴取。 と向こうは理由として言ってきたが⋮﹂ ﹁﹃本土へ来るまでは大人しくしろ﹄と言われているみたいですね。﹂ ホタカが提督の言葉の後を続けて大げさに肩を竦める。 実際、この鎮守府にいる正規空母は瑞鶴と加賀のみ。 軽空母が他に２隻いるが、正規空母の半数が稼働できないのは致命的だった。 一応、山城、伊勢、日向と戦艦は３隻存在しているが、派手に動くには少ない戦力だっ た。 ﹁そんな所だろうよ。気持ちは解らんでもないが、実行に移すなよなぁ⋮全く。﹂ こ こ ﹁まあ、理由は解ったけど。ホタカが本土にいるときに、 トラックや何処かに超兵器が着たらどうするのよ。﹂ ﹁出来る限り広い哨戒網を構築し、超兵器を発見しても刺激せず、拠点の防衛に努め 高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応せよ。﹂ ＳＴＡＧＥ─１５ ホタカ、北へ 467 ﹁提督さん、そう言うのを﹃行き当たりばったり﹄って言うのよ。﹂ 呆れたように言う彼女に、俺が出した命令じゃないと反論しておく。 ﹁どちらにせよ。命令が来た以上賽は投げられてるんだ。 出来る限り早く返って来れるように、こっちからも呼びかける。 それに超兵器が出たら、出来る限り早くホタカが返って来れるように 手配してもらうから。それで勘弁してくれ。﹂ ﹁⋮解りました。これより僕と瑞鶴は日本本土へ向かいます。﹂ ﹁気を付けてな。﹂ お互いに敬礼をして執務室を出ると、外で待っていた加賀が視界に入った。 ﹁うっ⋮加賀さん。﹂ 何故か瑞鶴が顔を引きつらせる。 忙しい時に一人抜けるのが後ろめたいのだろうとホタカはあたりを付けた。 ﹁貴方たちへの命令は聞いています。 こちらは私と瑞鳳、鳳翔さんで何とかしますので 出来るだけ早く、帰ってきてください。﹂ ﹁努力するよ。﹂ ﹁それと、瑞鶴。﹂ 468 ﹁⋮なんですか ﹂ ﹁⋮別に取って食おうとしているわけではないでしょう ﹂ ﹁見てわかるでしょう ﹁え∼と。これは これまでの深海棲艦との戦闘の記録よ。 嫌な予感に冷や汗が流れる。 そう言って手渡されたのは数種類の分厚い本。 道中はやる事も無いでしょうから、暇を潰せるものを持ってきました。﹂ ? 加賀が自分の方に目線を移動させると、瑞鶴は反射的に身構える。 ? ﹂ ? ﹁う∼。なんだかこの頃、加賀さんの扱きがきつくなってる様な気がするんだけど⋮﹂ 起動する。 ホタカが未だに固まっている瑞鶴の目の前で何度か手を叩くと、ようやく彼女が再 ﹁あまり時間が無いな。おい、何時まで固まってるんだ 伝えるべきことを伝えると、彼女はさっさと執務室へ入って行った。 それに乗って九七式飛行艇まで行きなさい、出発は２時間後。﹂ ﹁２番バースに内火艇が用意してあるから。 無慈悲な回答に、瑞鶴がフリーズする。 過去の戦闘から学ぶことも多いわ。この際復習しておきなさい。﹂ ? ? ＳＴＡＧＥ─１５ ホタカ、北へ 469 ﹁それだけ期待されていると言う事だろう。 さて後２時間しかない、急がないと。 乗り遅れるのは面白くないからな。﹂ 少しばかり速足で歩き始めると、その後ろを分厚い本を抱えた彼女が付いていっ た。 必要なものを詰めたトランクを片手に２番バースに到着した彼女は いつもの淡い水色を基調とした軍服では無く、 ﹂ 暗い色のスーツを身に着け、同色のソフト帽を頭に乗せたホタカを見つけた。 ﹁なんでそんな格好してるのよ 上に羽織る上着のようなもの。もしくはその上から着ることのできる ただし例外として一部の艦娘達、つまり露出が激しい艦娘達については 基本的に海軍では艦娘が外出時に私服で出ることは認められていない。 艦娘達が来ている多種多様な服は、それ自体が軍服として指定されている。 ? 470 セーラー服などを着用することが認められている。 しかし、ホタカの場合は当たり前であるが特に露出が激しいわけでもない。 で、あるのに軍服では無くスーツを着用しているのは瑞鶴にとって奇妙に思えた。 ﹁あの後、部屋に服を持った不知火が来てね。 ﹃知られていない軍服を着ていれば悪目立ちする可能性があるため あ の 服 例外的に、服務規程を免除する﹄と言う事らしい。 まあ、ウィルキア近衛海軍の制服を知っている人間なんていないだろうから 妥当な判断だと思うよ。﹂ それもそうね。と納得して、横付けされた内火艇にトランクを積み込み自分も乗 る。 自分の機関に比べて、はるかに非力なエンジンが １０トンもない船体を沖に止められた緑色の飛行艇へ向けて推進させた。 ﹁九七式飛行艇かぁ⋮実際に乗るのは、って言うか飛行機に乗るのすら初めてね。﹂ 航空母艦。﹂ ﹁それでいいのか ? ﹁君は航空機の操縦は ﹂ こっちに来てからもそんな機会ないし。﹂ あんな所だったんだから。 ﹁仕方ないでしょ ? ? ＳＴＡＧＥ─１５ ホタカ、北へ 471 飛 ば ﹁無理よ。私は航空母艦だけど 飛ばす 甲板から航空機を発艦せても 大空を飛行事は出来ないわ。﹂ ﹁なるほどね。﹂ 九七式飛行艇の細長い胴体に内火艇が横付けされたのを確認してから 操縦席の近くに設けられたハッチから内部に乗り移る。 外から見ている分には、４０ｍに達しようかと言う長大な主翼や それに取り付けられた４発の発動機、垂直双尾翼などにより、 文字通りの巨人機のようにも感じられたが、内部は思ったより狭かった。 機内にいた妖精に誘導され付いた座席は、コクピットの最前列右側 ﹂ つまり、機長席だった。右を見ると副操縦席に収まった瑞鶴の姿が ﹁妖精さん。僕らはここに座っていても良いのか だ。 実際の所、操縦桿や各種計器類も彼女らが許可しない限り動かすことは出来ないから 彼女によると、妖精さんは艦娘と同じように考えるだけで思い通りに機体が動くため した。 ホタカの問いに、計器の上に立った九七式飛行艇の妖精さんは問題ないと返答を返 ? 472 ではこのコクピットが飾りであるかと言うとそういう事では無く、 ワイヤなどで翼と物理的につながっている操縦桿などは妖精さんの考え通りに動く ため、 操縦桿などにはなるべく触れないようにとのことだった。 その他の理由として、万一パイロット妖精が何らかの事態で 飛行艇の操縦が困難になった場合に、人力で操縦するための措置と言う事らしい。 ﹁あのさ、アタシ達飛行艇なんて飛ばせないけど。﹂ ﹁爆撃手妖精あたりに聞いてください。彼女らには知識はありますが 実際に機体を操れるのは私しかいないので。まあ、大丈夫ですよ。﹂ ﹁ええ∼⋮﹂ あっけらかんと答える妖精に、瑞鶴の心に不安が芽生える。 ﹁さて、本日はトラックエアラインズにご搭乗いただき誠にありがとうございます。 トラック第２鎮守府発、霞ケ浦水上飛行場行。間もなく離水いたします。 シートベルトをお確かめください。﹂ 妙にノリノリでアナウンスする妖精に促され、シートベルトをつける。 ふと、自分も空を飛ぶのは初めてだったことを思い出したホタカだったが。 特に恐怖心らしきものは無かった。 ＳＴＡＧＥ─１５ ホタカ、北へ 473 左側後方から、大きな音がしたので少し目をやると。 アスペクト比が９，７にもなる長大な主翼の一番左側のエンジンが始動したのか、 ３枚の翼を持つプロペラが勢いよく回転し始めていた。 続いて２番、右翼に移って３番、４番と起動し、合計４発の三菱金星四三型発動機が 起動する。 視界の端の何かが動いた瞬間、４発の発動機が発する騒音が一気に大きくなり コクピットから見える景色が後方へ流れ始めた。 その速度は見る見るうちに加速していき、それにつられるように 外に見える水しぶきや、体に感じる振動が大きくなっていく。 しばらくの後、目の前の操縦桿が手前に引き上げられ、機首が上がり離水する。 その瞬間、今まで感じていた大きな振動は劇的に小さくなり、空中に浮いたことを実 感させた。 １基で約１０００馬力をたたき出す金星が九七式飛行艇を重力の鎖から解き放ち、 機体を蒼空へ持ち上げていく。眼下にトラック環礁が一望できるようになるのには 時間はかからなかった。隣で瑞鶴が息をのむのが見える。 ﹁霞ケ浦まで直行出来ない事も無いのですが。 その場合、敵勢力の上空を通ることになりますので、１度台湾へ向かいます。 474 そこで燃料補給後列島に沿って霞ケ浦へ行きますので。 台湾まで大体１７時間、そこから霞ケ浦までは１１時間。合計２８時間です。 ﹂ まあ、実際の所台湾で機体整備をしなくてはなりませんので 到着するのは明後日の早朝になるかと。﹂ れ ﹁解った。まあ気楽に飛んでくれ。﹂ ﹁了解しました。﹂ 妖精は笑って頷いた。 ﹂ ﹁ねえ、ホタカ。﹂ ﹁どうした こ ﹁アンタの世界ではさ。九七式飛行艇も空母に積んでたの 瑞鶴の疑ったような質問に苦笑いして答える。 ﹁僕も実際見たわけではないが。 ﹁なんでだろ。アンタらの世界の事を思うと冗談だと思えない⋮﹂ と言う噂があるんだ。非常に眉唾物だがな。よくある戦場伝説だと思うよ。﹂ 行った⋮ ぶっつけ本番で発艦できたもんだから、そのまま爆装、出撃して目的地まで飛んで 機体の下に台車を付けて空母に乗せて輸送しているところで敵を見つけて ? ? ＳＴＡＧＥ─１５ ホタカ、北へ 475 ﹁それはそうと、宿題。やっておけよ フレンドリーファイア ﹁瑞鶴さん。これですよね どうぞ。﹂ ﹂ 棒読みで返す瑞鶴に思わぬところから掩護射撃が いやー残念、せっかくやる気になってたのにー。﹂ 今から席立つわけにも行かないしー ﹁あ、〟間違えて〟荷物と一緒に後ろに置いちゃったわ。 口の端を吊り上げる悪魔の笑みを浮かべたホタカに、彼女は小さな反撃に出る ? 読めば⋮﹂ ? 観念して一番上に積まれた本の表紙を開いた。 ﹁⋮⋮⋮ハァ⋮読めばいいんでしょ 爆撃手妖精が持ってきた本が瑞鶴の膝の上に積まれる。 ﹁爆撃手妖精さんが親切でよかったな。﹂ 訂正。 援 誤 射 撃 ︵瑞鶴視点︶だった。 ? 476 ガタン。と巨大な機体が揺れて、 ﹂ いつの間にかまどろんでいたホタカの意識を強制的に覚醒させる。 ﹁何が起きた その言葉に、今まで本と睨めっこをしていた瑞鶴が顔を上げる。 もしかしたら日本へ行くかもしれませんね。﹂ ﹁恐らく、台風でしょう。今は１０月の頭ですから。 ﹁嵐か。﹂ そして、機体も依然と比べて少し大きく揺れているようだった。 ふと、そんな事を思う。真っ白な雲が決まった方向へ流れている。 ││││││まるで白い壁だな 妖精が小さな指を指した向こうでは、巨大な雲が進路をふさいでいた。 ﹁いえ、少し進路変更です。あれを見てください。﹂ ? ＳＴＡＧＥ─１５ ホタカ、北へ 477 ﹁それじゃあ、台風が来てる時に超兵器が現れた時にはどうすんのよ ﹁勢力圏外まで車で移動してから飛行機に飛び乗るしかないだろう。 ﹂ ﹂ 妖精さん。目の前には雲しかないが⋮まさかこのまま突っ込むとか言わないよな ? ﹁大丈夫なの ﹂ そうこう言っているうちに、機体の目の前には巨大な雲の壁が広がってくる。 問答無用で遭難と言う事にはならないかと。﹂ オリジナルの機体よりも少しは頑丈ですから、 多少の揺れは覚悟しておいてください。 その分機体が重いので高度を楽に稼げません。 ﹁爆装はしていませんが、如何せん燃料が多い。 ? す。﹂ 燃料にもあまり余裕はありませんし、最低限の針路変更と高度を上げて乗り切りま よ。 ﹁先ほどまで幾つも切れ間があったんですが、進路を変更する前に全部閉じたんです 弱った弱ったと頭を掻く。 ﹁そのまさかですね。﹂ ? 478 ﹁これからしばらく激しい揺れが予想されます。シートベルトを今一度確認してくだ さい。﹂ 慌ててシートベルトを少しきつめに調整する。 その瞬間、緑色の飛行艇は真っ白な雲に突入した。 一瞬であたりは薄暗くなり、前面のフロントガラスや頭上のガラス ﹂ そして機体へ大粒の雨粒が叩きつけられ始め、機体を激しい揺れが襲う。 ﹁ほ、本当に大丈夫なの 目を凝らしてみてみるが、その暗い雲の塊は台風の内側へと消えていった。 幾つもの渦雷が取り巻く中、雲の中でも一際暗い部分に何かの影。 ふとホタカが、右側の雲の中に何かを見つけた。 暴風に対して機体を傾けながらひたすら進む。 ﹁避雷針は有りますから。後は当たらないことを祈るのみですな。﹂ ﹁雷か、直撃は勘弁してほしいな。﹂ 瑞鶴が肩を落とした時、窓の外が一瞬だけ光る。 ﹁そんなひきつった顔で言われても説得力無いんだけど⋮﹂ ﹁大丈夫ですよ。これ位なら、何とかなります。﹂ 若干慌てたような瑞鶴の声。 !? ＳＴＡＧＥ─１５ ホタカ、北へ 479 どうしたの ﹂ │││││気のせいか ﹁何 ? ? ﹂ ? 解らん。 │││││まあ、いい。そのものを見たわけではないし。本土が言うことを聞くかは ﹁あ、ああ。構わないよ。大本営もこのことでとやかく言わないだろう。﹂ 思考の海に沈みそうになったところで、妖精さんの声で現実に引き戻される。 少々遅れるかもしれませんが、よろしいですか ﹁ホタカさん。針路を変更したのと台湾で少し念入りに整備したいので │││││周囲よりも明らかに暗い雲まるで、〟何か〟が潜んでいるような⋮ らせていた。 瑞鶴と妖精が話している横で、ホタカはさっき見た不思議な雲について考えをめぐ ﹁ありがとね。妖精さん。﹂ ﹁何とか台風を抜けました。機体にも大きな異常は見られません。﹂ 数十秒後、目の前には青空が、右側には真っ白な雲の塊が見えた。 妖精が指し示す前方は、明らかに明るく雲が薄い事が見て取れる。 ﹁お二人とも、そろそろ外ですよ。﹂ ﹁いや⋮何でもない。﹂ ? 480 そう考えて、問題をひとまず置こうとするが。 言い様のない不気味さはアメーバのように絡みついたままだった。 台湾で補給と整備を済ませ、霞ケ浦に到着したのは明後日の夕方だった。 平均水深４ｍの霞ケ浦に、巨大な飛行艇が飛沫を噴き上げて着水する。 着水した後は、両端のエンジンのみを動かし水面を移動し桟橋の真横に停止した。 ﹁いい腕ね。﹂ それはどうも。と軽く答えた後、妖精さんは出発時と同じく少々芝居がかった口調 で続けた。 ﹁多少のアクシデントは有りましたが、霞ケ浦水上飛行場に到着いたしました。 飛行艇を降りる際はお忘れ物の無いようにご注意ください。 この度はトラックエアラインズをご利用いただき誠にありがとうございます。 またのご利用をお待ちしております。﹂ 乗客の二人が桟橋に降りたつころには太陽が沈みかけ辺りが暗くなり始めるころ だった。 時期は１０月の初頭、トラックと比べて冷涼な本土の風が二人を包む。 ＳＴＡＧＥ─１５ ホタカ、北へ 481 隣で瑞鶴が思い切り伸びをして、長時間の飛行で凝り固まった全身を解し こっ ち 初めての本土の空気を胸いっぱいに吸い込む ﹂ ﹁ん∼∼ッ、ハァッ。やっぱり本土の方がなんだか落ち着くわね﹂ ﹁君は本土に来るのは初めてなんじゃないのか この国でその腕章を付けられる存在は限られている。 そして、どちらの腕にも白地に赤抜きで特警と書かれた腕章。 不敵な笑みを浮かべていた。 両手には返しのついた手袋、黒いブーツ。そして右目には黒い眼帯。 艦娘の方は白い帽子に白を基調としたセーラー服 どこか紳士然とした男だった。 シルバーフレームの品の良い眼鏡をかけ、柔和な笑みを浮かべている 白い軍服に身を包んだ細身の海軍将校は３０代から４０代程度で 桟橋の陸地方向には一人の海軍将校と一人の艦娘。 突然背後から掛けられた柔和な声に振り向く。 ﹁なるほど。では〟お帰りなさい〟と言うべきかもしれませんね。﹂ なんだかんだ言ってこの土地が故国なのよ。﹂ ホー ム ﹁私と言う艦娘はそうだけど、昔はここに居たからね。 ? 482 海軍特別警察隊、通称︻特警︼ 主に海軍将校による犯罪の取り締まりや、 占領地における治安維持などを行う海軍版憲兵ともいえる組織。 ﹂ 先に口を開いたのはホタカだった。 ﹁貴方方は ﹁じゃあ、ついて来てくれ。﹂ 帝都までは、ボク達がお連れします。﹂ ﹁お二人ともトラックからの長旅お疲れ様でした。 自己紹介を聞いた杉本少佐は小さく頷いた。 ﹁同じくトラック鎮守府所属、翔鶴型航空母艦二番艦、瑞鶴です。﹂ わざわざありがとうございます。﹂ ﹁トラック鎮守府所属、アサマ型装甲護衛艦二番艦、ホタカです。 目の前の人物達の正体を知って、２人は緊張を解く。 ﹁ボク達は貴方方をお迎えに上がりました。﹂ ﹁同じく特殊命令対策係、球磨型軽巡洋艦５番艦木曾だ。﹂ 杉本京谷少佐です。﹂ ﹁申し遅れました。私は海軍特別警察隊第一課鎮守府付特殊命令対策係、係長。 ? ＳＴＡＧＥ─１５ ホタカ、北へ 483 振り返って歩きだした特警の二人について歩きだす。 いくつかの建物や格納庫らしき建造物を通り過ぎて、 駐車場の一角に止められた１台の九五式小型乗用車︵５型︶に乗り込む。 ﹂ 操縦席には木曾、助手席には杉本、後ろにホタカと瑞鶴といった配置だった。 いつもの倍の人数を乗せられたくろがね４起は、 エンジン音で抗議しながら帝都へ向けて走り出した。 ﹁杉本少佐、大本営での用事はどれぐらいかかりますか ﹁そうですねぇ。ホタカ君の場合、 ﹁いっ、１週間ですかっ ﹂ 長くて数日、早ければ１日で終わるでしょう。﹂ 瑞鶴さんの場合は、関係者の事情聴取ですが既に事件は終わっています。 数日から長くても１週間と言ったところでしょうか。 超兵器の関係でそういうわけにもいきません。 本音を言えば半月程度の時間をかけてじっくり話を聞きたいところですが ? 貴方方には申し訳ないことをしました。﹂ ﹁はい、出来るだけ短縮したのですが、力及ばずと言うところです。 瑞鶴が驚きの声を上げる。 !? 484 ﹁申し訳ない事⋮と言うと僕たちが本土に呼ばれたのは。﹂ ﹁貴方が考えているようにボクが提案したのです。 ﹂ しかし、まさかこう言った事になるとは思いませんでしたが⋮﹂ ﹁ すよ。﹂ ? 役職の数にも限りがありますから。﹂ ﹁うわぁ⋮﹂ ? 呆れたような声がホタカの隣から聞こえた。 ﹁少佐が真津提督を本土に戻すのには、それが関係しているので その問いに助手席の少佐は軽く頷いた。 ﹂ 上層部の人間にとって彼がこれ以上出世することを面白くないのですよ。 ﹁彼は非常に能力のある軍人ですが、あの若さで既に大佐です。 ﹁提督さんは、何故そこまで嫌われているんですか ﹂ 本土にはトラックの、いえ、真津提督の事をよく思っていない人物たちが居るので トラック第２鎮守府の人員を本土へ配備する事を提案したのですが。 ﹁ボクはホタカ君の艦体ごと本土へ来てもらい、君の意志を確認した後 苦々しげに答える杉本に、ホタカは訝しげな顔をした。 ? ＳＴＡＧＥ─１５ ホタカ、北へ 485 ﹁理由と言うよりも貴方方を本土へ戻すための言い訳、と言ったところですねぇ。 現在本土には超兵器に抗しうる戦力がありません、超兵器との戦闘経験がある部隊 に 本土の防衛についていただきたいのですよ。国民を守るために。﹂ ﹁超兵器対策か⋮﹂ ﹁それ以外にも、最近本土の艦隊の練度が落ちてきてな このへんで南方の実戦に投入して練度を高めないとならないんだよ。﹂ 本土の部隊って精鋭ぞろいじゃないの ﹂ 今まで話を聞きながらハンドルを握っていた木曾が会話に加わる。 ﹁え ? ﹂ ? ﹁佐世保第三鎮守府や舞鶴第五鎮守府、横須賀は流石に無いが、呉第六鎮守府に 木曾が運転しながら器用に肩を竦めた。 ﹁それが居るんだよなぁ⋮﹂ ﹁鎮守府丸ごと使えないとか居ないわよね それが艦隊レベルならまだしも鎮守府レベルで低練度の所が幾つもあるからな。﹂ 全部が全部じゃない。 呉や横須賀、舞鶴、佐世保に大湊。どの鎮守府にも精鋭艦隊は居るけど ﹁外地ではそう言われてるようだけど、本当に精鋭と言えるのは多くは無いな。 ? 486 ﹂ 大湊第三警備府と言ったところかな ﹁そんなに鎮守府があるのか ﹂ ? ﹂ ﹁昔本土に在った海軍根拠地に、５，６ぐらいの鎮守府が固まってることはザラだぜ ? 彼 ら とはいう物の、ここで大きな問題が立ちふさがる。 艦娘の数が増えるに従い司令部を増やすことは為政者にとって必要な事だった。 軍事クーデターの防止。 個人が巨大すぎる武力を持つことは国家にとって害悪でしかない。 だ。 しかし、政を行う立場の人間にとって上記の事は面白くないを通り越してもはや恐怖 つまり、たった一人でも大艦隊を率いることは理論上可能である。 １個艦隊６隻を指揮する場合でも実質の指揮下に居るのはたったの６人。 であり、 艦娘と言うユニットはただ一人の艦娘が１隻の軍艦を操作する非常に特殊なもの 海軍の艦艇数が爆発的に増えた為に司令部を細分化する必要が出てきた。 少佐の話によると、艦娘と言う〟建造しやすい〟新しい艦船の登場により、 ﹁まあ、理由もあるのですがねぇ⋮﹂ ? ＳＴＡＧＥ─１５ ホタカ、北へ 487 軍人の不足である。 深海棲艦の襲撃により、帝国は１度だけ本土上陸を許したが タイムラグ 艦娘の出現により現在の戦線まで押し戻すことが可能となった。 しかし、深海棲艦の出現と艦娘の出現の間には４年の間 隔があり この間に、帝国陸海軍は文字通りの全滅と言うまで人員を失い さらに本土の民間人すらも国家が破綻する寸前まで虐殺された。 今現在、日本が国家としての体を成していることを奇跡と言う社会学者は少なくな い。 この四年間は、︻帝国が涙すべき４年間︼と呼ばれている。 そんな人的資源がカツカツの大日本帝国海軍にとって 指揮の助けとなる作戦参謀を司令部に対して付けられるほどの余裕はなかった。 参謀を１人育成するよりも、艦娘を指揮する提督を１人育成することを強いられたの だった。 深海棲艦はその数をどんどん増していく為、それに負けないためには多数の艦娘が 居る 艦娘の指揮をするために提督と鎮守府が必要になる。 こういった先の見えない鼬ごっこが続いているのが現在の帝国海軍である。 488 帝国陸軍も楽ではない。 深海棲艦にも陸上部隊は存在するため、島などを攻略、奪還するためには陸軍が投入 される。 幸い、この陸上部隊は人類の手で滅ぼすことが出来るのだった。 とはいえ、陸軍には海軍のような艦娘と言う存在は居ないため、 従来通り人間の兵隊が必要になるが、先の４年間により国家の人的資源は枯渇寸前。 本土に引きこもって人口の回復を図ることも日本のお寒い資源事情により現実的で は無い。 民間企業や陸軍、艦娘にも莫大な量の油や鉄が必要だった。 文字通り生存するために南の島嶼を再度獲得しなければならないが、 むやみに占領地を広げるとその分深海棲艦から守らなければいけない領域が増えて しまい 逆効果になる恐れがある。 現在の帝国陸軍は海軍に比べて、人員数の補充では遥かに優遇されてはいるが それは必要に迫られての事であり、それでも人手不足は否めなかった。 ﹂ さらに帝国軍に若い男子が多数取られるため、出生率も伸び悩んでいる。 ﹁ザックリいうと⋮大ピンチってこと ? ＳＴＡＧＥ─１５ ホタカ、北へ 489 チェックメイト ﹁詰 みではないだけマシでしょう。﹂ チェック ﹂ 帝国の思った以上の窮状に後部座席に座った２人は嫌な汗を流す。 チェックメイト ﹁正直、ホタカ君が居なければ王手を通り越して 詰 みになっていても可笑しくありませんでした。 超兵器は我々にとってそれほど厄介なのです。﹂ ﹁⋮⋮⋮﹂ ﹁杉本少佐。貴方は米国や英国は今どうなっているとお考えですか 瑞鶴の少し緊張した様な声。 深海棲艦を叩けなければ、さすがの米軍と言えど数の暴力の前ですり減らされていく す。 深海棲艦の陸上部隊は輸送ワ級が無事ならば永遠と言っていいほど湧き続けてきま 北米大陸内に押し込められ、内陸部で戦っている可能性もありますが しかし、現状ではこの有様、米軍機の情報すらありません。 もし艦娘が彼の国に在れば、今頃太平洋から深海棲艦は駆逐されているはずです。 あれほどの規模をもった国でも、攻撃が効かなければどうにもならないでしょう。 るかと。 ﹁⋮これはボクの憶測ですが、最悪の場合両国とも、少なくとも米国はほぼ壊滅してい ? 490 でしょう。 我々 もしかすると、大日本帝国だけがこの星に残った最後の人類と言う可能性もありま す。 あまり考えたくは無いですがねぇ⋮﹂ ﹁そんな⋮﹂ 絶句する戦友の横で、ホタカは杉本の意見が正しいだろうと考えていた。 彼自身も、人類滅亡のカウントダウンが始まっているとは思いたくなかったが⋮ ﹁まっ。俺たちは目の前の深海棲艦を沈めることに集中すりゃいいんだよ。 ﹂ どの道それしか方法はねぇんだから、アイツらを潰した後で他の生存者を探せばい いんだ その声に、何故か根拠の無い安心感が同乗者に広がる。 ﹁それもそうね。今は眼前の敵に集中する時。 こういう問題はホタカやお偉いさんに任せるわ。﹂ ﹂ ? 電算機使えばその辺解るんじゃない ? ﹁おい、なんで僕に回ってくるんだ ? ﹁あのな、ボクの電算機をアカシックレコードやウジャトの目と勘違いしていないか ﹁だってアンタ頭良いでしょ ﹂ 暗くなった車内の空気を払拭するように、明るい声で木曾が言った。 ! ＳＴＡＧＥ─１５ ホタカ、北へ 491 おい、なんだその〟え 違うの 〟みたいな目は。﹂ ? ﹁そうでしたねぇ。﹂ ﹁中々面白い奴らだったな。﹂ ホタカと瑞鶴は宿舎の入口へ歩いていき、建物の中へ消えていった。 お互いに敬礼をして振り返り、杉本は助手席のドアへ。 ﹁解りました、それでは。﹂ その時間までにこの場所に来てください。﹂ ﹁いえいえ、これも仕事の内ですから。明日は０８００にお迎えに上がります。 ﹁送っていただき、ありがとうございました。﹂ 宿舎の前に横付けされた車から２人と杉本が下りる。 目的地である宿舎まで話し声が車内から絶えることは無かった。 その後は、トラック鎮守府やホタカの居た世界について話題が移り ガックリと肩を落としたホタカ。 ﹁杉本少佐、貴方もか⋮﹂ ﹁高性能電算機ですか、興味をそそられますねぇ。﹂ ? ? 492 宿舎から自分たちのオフィスがある大本営へ向かう道中 彼らが載せてきた人物たちの率直な感想を、木曾が話していた。 一体何積んでやがんだ ﹂ ﹂ ﹂ フロントガラスには前を走る九四式六輪自動貨車の後ろが見えている。 ﹁にしても、おっそいトラックだな 少々荒っぽくカーブを曲がる。 ﹁電探 他には⋮電探の部品でしょうか 大本営や関連施設の補強、補修資材。 ﹁季節外れの大型の台風が近づいているようですからねぇ、 ! ? !? 虎です。 現在は何とか防空網の体を成してはいますが、身も蓋もない言い方をすれば張子の ﹁帝都を守る電探設備は一度完全に破壊されてしまいました。 呆れたような木曾の声に、杉本は肩を竦めた。 ﹁故障って⋮﹂ 大型の台風の直撃を受けると故障する事が有るらしいのです。﹂ して ﹁現在使用されている一号六型電探は性能は良いのですが、随分デリケートな代物で ? ＳＴＡＧＥ─１５ ホタカ、北へ 493 粗悪な部品しか作れないのですよ。そのしわ寄せが機器の耐久性、性能に来ていま す。 高性能なマザーマシンを欧米から輸入出来ない分、 ﹂ 日本製の精度の低いマザーマシンで部品を作るしかありません。﹂ ﹁その粗悪な日本製のマザーマシンも十分な数無いよな ﹁何というか⋮前途多難だな。おっ ﹂ ジワジワ回復しているだけでも奇跡かも知れません。﹂ 何しろ戦時中ですから。現状を維持し、 ﹁現在の帝国にはその為に人員を裂くほどの余裕はありませんね。 ﹁その性能のいい新型マザーマシンの研究にも人手が居るが⋮﹂ 性能のいいマザーマシンを製造しないと資源を有効に活用できません。﹂ 南方から資源が入ってきている分、現状は改善されていくとは思いますが 興しました。 倉庫の中で眠っていた旧式のマザーマシンなど動くものは全て使ってここまで復 ﹁その通り、帝国が涙すべき４年間で工場も相当数破壊されてしまいましたから。 ? 街頭は復興の優先度が低かったため設置されておらず、真っ暗闇の帝都を 目の前を走る大型トラックの車列がカーブを曲がる。 ! 494 車のヘッドライトが頼りなく照らし出す。 ある程度の先は見えるが、それ以上は暗闇が口を開けていた。 その光景に、木曾は日本の現状を重ねてしまいハンドルを強く握りしめる。 先ほどトラックが曲がった方向は、久我山方面へ至る道だった。 ﹁おい、瑞鶴。大丈夫か ﹁⋮⋮⋮⋮⋮﹂ ﹂ ﹂ ? ﹂ ﹁竜田揚げ定食。アンタも何か頼めば ? ﹁どうだ 取り調べは終わったか ? ﹂ ﹂ とりあえず、御薦めと書かれていた鶏カツ定食を頼む。 瑞鶴の指差した先には、壁に掛かった幾つものメニュー。 ? ﹁何か頼んだのか ﹁ま、座んなさいよ。知らない顔でもないし。﹂ 偶然中に入ったホタカが見つけたのだった。 その中の１つのテーブルに突っ伏している瑞鶴の姿を 彼らが居るのは大本営からほど近い位置にある食事処。 ゆらり、と机に突っ伏していた顔を上げる。 ﹁勝手に沈めないでくれる ﹁返事が無いな、只の漁礁のようだ。﹂ ? ＳＴＡＧＥ│１６ 帝都空襲 ＳＴＡＧＥ─１６ 帝都空襲 495 ? 496 ﹁それがさぁ⋮⋮﹂ ハァ∼∼。と深いため息を付く。 ﹁だいぶ絞られているようだな。﹂ ホタカの言葉に、一つ頷いた。 ﹁アイツら本っっ当に根掘り葉掘り聞いてくんのよ。 そりゃ、アイツの秘書官だったけどさ。 件の事を知ったのが青葉の新聞なんだから 詳しいことを知ってるわけないのに。 ﹂ アタシが犯人みたいに聞いてくるんだもの。やってられないわよ。 アンタはどうなの 一応この件も海軍内の事だから ? ﹁先に食べるといい。冷めてしまっては勿体無いからな。﹂ ﹁特警ねぇ⋮あ、ありがとうございます。﹂ そこまで不思議な事ではないだろう。﹂ ﹁いや、あの人特警だろう ﹁何それズルい。ってかなんで杉本少佐がアンタの尋問やってるのよ ﹂ 少佐が質問して僕が答える。尋問されていると言う感じは受けなかった。﹂ ﹁僕の聴取の担当は何人かいるが⋮大体杉本少佐だからな。 ? ? ＳＴＡＧＥ─１６ 帝都空襲 497 ﹁ん、解った。﹂ 定食屋の親父が持ってきた竜田揚げ定食を受け取る。 大皿の上に大量の竜田揚げとキャベツの千切り、小鉢に里芋などの煮物 わかめと豆腐の味噌汁、そして大盛りの白米。 成人男性でも食べきれるかどうかわからない量の定食だった。 しかし、彼女はこれが当然と言うかのように割り箸を割り いまだ湯気が上がっている揚げたての竜田揚げをほおばった。 ﹁⋮うん、美味しい。﹂ ﹁よく考えてみれば、すごい量だな⋮﹂ ﹁大型艦は燃費悪いのよ。ってかアンタも似たようなもんでしょうが。﹂ ﹁まあ、そうなんだが。﹂ カロリー 基本的に戦艦や空母等の大型艦の艦娘はよく食べる。 これは艦とのリンクにより多量の熱量が消費されるためと考えられているが。 目の前で、竜田揚げを頬張る少女のように ここ数日リンクしていない大型艦の艦娘でもよく食べる。 ここの所はまだ良く解っていない。 とはいえ、出撃した際に消費される燃料、弾薬、ボーキサイトの消費が多くなると 498 艦娘もより強く空腹を訴える様になり カロリー また、それらの消費の小さい駆逐艦や潜水艦、軽空母よりも、 消費の激しい正規空母や戦艦の方がより多くの熱量を必要とすると言う 研究結果が出てきている。 なお、これらにも個人差があるようで同じ名前を持つ戦艦や空母と言えども 他の個体に比べて小食だったり、健啖家だったりする。 これは個体差と言うよりも、艦娘の個人差と言うべきものであるとされている。 余談ではあるが、赤城の名を持つ艦娘は他の正規空母艦娘と比べて 健啖家の割合が非常に大きいと言う研究結果もあるが、真偽は定かではない。 自分の目の前の空母は、他の個体と比べてどうなのだろう。 と言う疑問がホタカの内に生まれるが、碌でもない事なので意識の端に追いやった。 ﹂ 加賀さん﹂ ││││││そういえば加賀の方が良く食べてたな⋮ ﹁む ﹁どうかしたの 不思議そうな顔をする時雨。 自分の横で特大サイズのカツ丼を頬張っていた加賀の手が止まり、 ? ? ＳＴＡＧＥ─１６ 帝都空襲 499 誰ですかね⋮瑞鶴さんでは ﹂ ﹁いえ、誰かが私の噂をしているような⋮そんな気が。﹂ ﹁加賀さんの噂 ? 割り箸を割って、１番上の鶏カツを口に運ぶ。 サクサクとした衣の中には柔らかいもも肉。 肉汁が口の中にひろがった。 ﹁うん、美味いな。﹂ ﹁あ∼あ。また午後から取り調べかぁ⋮ ? ﹁僕はめいっぱい短縮しても１週間だ。それだけ慎重にやるべき案件だからな。 ふてくされたように味噌汁を啜る彼女に、それは無いと伝える。 このままだとホタカの方が早く終わるんじゃないの ﹂ 他には小鉢にカボチャの煮物、ワカメと豆腐の味噌汁に大盛りの白米。 それを支える様にキャベツの山が出来ている。 大皿に鶏のモモ肉に衣をつけて揚げた鶏カツが何枚も積み上げられ ホタカの目の前にも定食が運ばれてくる。 そう言って、鶏卵で閉じられたカツを口に運ぶのだった。 ﹁かもしれないわね。ま、どうでもいいけれど﹂ ? 500 君の場合は事件の裏づけの１つだろう ﹁だと良いんだけどさぁ⋮﹂ ﹁なんか妙にトラックが多くない ﹂ 僕より時間がかかることは無いよ。﹂ その時窓のすぐ外を大型のトラックが通り、窓枠がガタガタと揺れた。 ? 帝都防空用電探設備に非常用発電機がないの そして、１９４５年３月１０日 その後、防空能力強化のために成増飛行場が設置されることになる。 た。 この攻撃により民間人に８７人の死者が出た上に、Ｂ│２５は１機も撃墜できなかっ 帝都に来襲し爆撃と機銃掃射を行った。 米空母ホーネットから発艦した１６機のノースアメリカンＢ│２５ミッチェルが １９４２年４月１８日 とはいえ、過去にこの聖域は何度も荒らされていた。 ここは大日本帝国の帝都、東京。国家として何を賭しても守るべき一種の聖域だ。 ? 早めに部品を回しているらしい。それと発電機。﹂ ﹁はあ ﹂ ﹁台風対策だそうだ。今度の台風で電探設備が故障しそうだから ? 呆れた顔をする瑞鶴。それもそうだろう。 ? ＳＴＡＧＥ─１６ 帝都空襲 501 アメリカ名ミーティングハウス２号作戦が発動される。 第７３、第３１３、第３１４の三個航空団。３２５機のＢ│２９が出撃 その時出撃したＢ│２９はほぼ全ての機関銃、機関銃弾をおろし 約６トンの高性能焼夷弾を搭載した。 その結果３８万１３００発、１７８３トンが投下される。 当時の警視庁の調査では 死者 ８２７９３人 負傷者 ４０９１８人 被災者 １００８００５人 被災家屋２６８３５３戸 となっているが、実際の死傷者数はさらに多いと言われており、 単独の空襲による死傷者数は世界史上最大となった。 そして、帝国が涙すべき４年間にも幾度となく帝都には深海棲艦の艦載機が飛来し 破壊の限りを尽くしていった。 このような悲劇が再び起こさないために、帝国は幾つもの電探基地を建設し 外敵に備えている。しかし、高性能な電探も電気が無ければただの前衛芸術作品で あった。 502 ﹁あるにはあるが、念を入れると言う事らしい。﹂ ﹁ふーん。ま、ここまで突っ込んでくる深海棲艦が居ても横須賀の連中が何とかする でしょ。 陸上にも飛行場は幾つもあるしね。﹂ │││││だと良いんだがな。 ホタカの脳内を、先日の台風の中の影が過る。 あれ以来、嫌な予感は胸中で静かに増殖を続けていた。 大本営地下２階のとある一室。 四方がコンクリートに固められた空間には、木の机と椅子２脚 壁際にも机が一つ。天井には簡素な裸電球。 しかし、性能と部屋の広さがあっていないのか若干薄暗かった。 ﹁では、始めましょうか﹂ 目の前に座り、ノートを広げた杉本少佐が午後の尋問開始の宣言をする。 ＳＴＡＧＥ─１６ 帝都空襲 503 ここ数日と同じように非常に淡々とした口調で言葉が交わされていく。 注意しなければならないのは、 少しでも不明瞭な回答をすると容赦なく突っ込んでくる。 ここのところは流石は特警と言うところだろうか。 そのまま時間が過ぎ、突然部屋のドアがノックされる音が響く。 中に入ってきたのはティーセットと水筒を持った木曾。 これは、杉本がホタカを尋問している時のみに起こる事象。 つまり、休憩である。 本当ならこんな事はしないが、杉本少佐の希望は通りやすいらしい。 この時間は少佐がいれる紅茶を飲みつつ四方山話をする時間になっていた。 ﹂ ﹁ところで少佐。﹂ ﹁はい 失礼ながら、この帝都にはそれほど多くの民間人が居るとは ﹁それにしては、大型のビルの数が多いようですな。 ずいぶん復興できました。﹂ ﹁ええ、帝国陸軍の工兵隊も手伝っていますので。 ﹁帝都の復興は順調のようですね。﹂ ? 504 思えないのですが。﹂ 大本営まで戻ってくる途中、やけに巨大な建造物が 他の建物の上に突き出しているのを見つけていた。 街道を歩く民間人は確かに居るが、 それほどの大型建築物が必要になるほどの人間が居るようには思えない。 要するに、人と建造物の量が彼の見立てではチグハグだった。 彼の言葉を聞いて、杉本の目が若干細くなる。 ﹂ ﹁ふむ、まさかそこに気が付かれるとは。﹂ ﹁何か軍機に触れることでも その事態を憂いた陛下が、 まあ、艦載機程度なら人間の兵器でも落とせるのが救いでしたが。 ﹁帝国が涙すべき４年間の間に深海棲艦艦載機の空爆に遭いましてねぇ。 ホタカの納得したような顔に、満足げに頷く。 ﹁やはり、そうでしたか﹂ 帝都防空用の高 射 砲 塔ですよ。﹂ Ｆｌａｋ ｔｏｗｅｒ ホタカ君の言っている大型のビルは ﹁いえ、どうせ市民に聞かれれば簡単に解ることですよ。 ? ＳＴＡＧＥ─１６ 帝都空襲 505 帝都防空のために高射砲塔を作ることを提案されまして それからです、この帝都に高射砲塔が建設され始めたのは。 現在帝都付近で稼働している高射砲塔は１８基。 久我山に２基、皇居周辺に３基、田園調布、志村坂上 綾瀬、舟堀に２基ずつ、第一海保、第二海保、 西麻布、春日、深川に１基ずつです。 高射砲塔の近くには電探用の塔を持つ物もあります。 また、これらの高射砲塔は全て同じ規格でして １基につき五式１５ｃｍ高射砲４基、三式１２ｃｍ高射砲４基、 ボ式４０ｍｍ連装高射機関砲１６基を備えています。﹂ 五式高射砲、三式高射砲は共に本土に襲来する Ｂ│２９迎撃のために製造されたものであり 実際に少々の戦果も挙げている優秀な砲だった。 しかし、５式は特に生産数が少なく状況を劇的に改善することは無かった。 ﹁さらに、帝都内のビルの屋上には隠匿された 高射機関砲が無数に設置されています。 その数はざっと３００基は下らないでしょう。﹂ 506 ﹁まさしく要塞都市と言う事ですか。﹂ ﹁とは言え、建造している最中に艦娘が出現したものですから 今では無用の長物と言われていますね。﹂ 困ったように苦笑いをする。 ﹁なるほど。高射砲の操作は⋮陸軍ですか。﹂ ﹁ええ、高射砲塔自体陸軍管轄ですから。 ﹂ 海軍がやっていれば高角砲塔と言う名称でしたでしょうねぇ。 さて、そろそろ再開しましょうか。﹂ ﹁つかぬ事をお聞きしますが。この尋問は何時まで続くので ﹁ふむ、後２、３日と言ったところですね。 瑞鶴さんは今日で終わりと担当の者から聞きましたが。﹂ しかし、現在電探を監視している彼のＰＰＩスコープには ここには大日本帝国陸軍の電探基地があり最新型の一号六型電探が配備されていた。 翌日、千葉県野島崎某所 ホタカは既に冷たくなっていた紅茶の最後の一口を飲み干した。 ? ２０分前から見慣れた走査線は表示されず、ホワイトアウトしている。 原因ははっきりわかっている。窓をガタガタと揺らす大風と そこに叩きつけられる大小の雨粒。 季節外れの大型の台風が日本本土に進行しており ﹂ ﹂ ﹂ ﹂ それが引き起こした強風と大雨によって電探が故障していたのだった。 ﹁まだ治らないのか ﹂ ? ? 高橋が元艦娘の彼女作ったって話か 言うんだ藤井 ! 納得いかねぇ∼。と嘆く同僚の横の椅子に入ってきた男は座った。 このままじゃヤスリ売りが大富豪になるぞ。﹂ ﹁どこもかしこも粗悪品ばっかりだ。 もっとも、ここ合羽も上等なもんじゃねぇけどな。﹂ ﹁着て行ったが、この雨じゃ役にたたんよ。 ﹁おいおい、合羽も着ていかなかったのか 部屋の中に入ってきた同僚はまさに濡れ鼠と言った風貌だった。 ﹁ああ、粗悪な部品が多くて修理に時間がかかっている。﹂ ? ﹁そういや、お前知ってるか 言え ! ? その元艦娘って !! ? あの裏切者ぉ∼⋮誰だ ! ﹁何をだ ﹁何っ !? ＳＴＡＧＥ─１６ 帝都空襲 507 508 ﹁アババババ揺らすな 揺らすなっての 落ち着け桐谷 ! ﹂ ! ２年前にＰＴＳＤになって解体されたらしい。 天誅下してくれるっ ﹂ 駆逐艦って言やぁ年端もいかねぇ子供じゃねえか 今は横須賀の料理屋に住み込みで働いてるんだとよ﹂ ﹁あ〟あ〟ん〟 アンの少女趣味者がっ 俺はヤツを打ち取らねばならん 気持ちはわからんでもない、 ﹂ てか俺も高橋に１５ｃｍ加濃砲撃ち込みたいが押さえろ ﹁え∼∼と、どういう事でこんな事に ﹂ そんな事したら俺も陸軍には居られなくなるだろうが 後生だっ 藤井は慌てて羽交い絞めにした。 ﹁はなせっ !! また、その下っ端が来たことを目視した二人も 自分の班の二人がもみ合っているところを見てしまい如何するべきか固まる。 ! ﹁待て待て待て ﹂ 本気で十三年式銃剣抱えて突っ込んでいきそうになった桐谷を !!! !! ﹁アイツが彼女にしたのは横須賀にいた確か、文月って駆逐艦の艦娘だ。 桐谷と呼ばれた陸軍下士官は、藤井の肩をつかんで前後に揺らすのを辞める ! ! 電探の修理が終わったので報告に来た下っ端は、 ? ! !! ?! ! ! ＳＴＡＧＥ─１６ 帝都空襲 509 先輩の威信にひびが入ったことを確認して黙る。 ガタガタと強風が窓を揺らす音だけが数秒間室内に響き 修理は終わったか 後、貴様はここで何も見ていない、いいな ﹂ ﹁よし、では配置に戻れ。﹂ ﹁失礼します ﹁これを見ろ。﹂ ﹁どうかしたか ﹂ 少し怪しむような声を出した桐谷に振り向いた。 ﹁おい、藤井。﹂ ﹁ったく。タイミングが悪い⋮﹂ 下っ端は陸軍式の敬礼をして戻って行った。 ! ? ﹂ ? ﹁ならば⋮﹂ ﹁ああ、故障ならこうはならない。﹂ ﹁これは⋮故障。ではないな 桐谷の指差した先にはＰＰＩスコープ。それを見た藤井の視線がキツクなる ? ﹂ もみ合っていた二人は無言で定位置に付く。先に口を開いたのは藤井だった ﹁で ? ﹁アッ、ハイ。修理は完了しました。﹂ ? 510 藤井は隣に座る同僚の顔を見る。 その顔から彼も自分と同じ結論に達している事を読み取った。 その時の二人の間には先ほどまでのお茶らけた空気は無く。 大日本帝国陸軍軍人らしい気迫と緊張感が漂っていた。 一つ頷き合い、行動を開始。 桐谷は横に取り付けられた赤いボタンを拳で殴りつけ作動させ足早に部屋を出てい く。 藤井はＰＰＩスコープに付いている無数の操作用ツマミやボタンを操作する。 ﹁頼むから、電探の故障であってくれよ⋮﹂ 誰ともなくつぶやく藤井の視線の先には方位１│５│８から方位２│２│５ つまり南南東から南西方向にかけてのみホワイトアウトしたままの画面があった。 故障と言い切る事も出来るが、 ﹂ 彼の勘はこれが電波妨害であることを確信していたのだった。 ﹁敵襲ですか 取り調べを終えて、瑞鶴が大本営に来るまでロビーで時間を潰していると ? ＳＴＡＧＥ─１６ 帝都空襲 511 突然騒々しいサイレンが鳴りだし、少し早足で杉本少佐がやってきた。 ここ数日浮かべていた微笑を消してややこわばった表情で。 ﹁ええ、どうやらそうらしいのです。先ほど横須賀鎮守府が 〟ワレ爆撃ヲ受ク〟と言う連絡を残して交信が途絶しました。﹂ ﹁横須賀が、ですか⋮﹂ ﹁ええ、これに対し大日本帝国安全保障特別指導部本営は空襲警報を発令。 全ての高射砲塔に第１種戦闘配置を命令しました。 ホタカ君にはボクと一緒に本営まで来てもらいます。﹂ 杉本に続き速足でロビーを抜けて台風が猛威を振るう外へ出る。 ﹂ 見慣れたくろがね４起の助手席へ乗り込み、少佐がハンドルを握った。 ﹁運転できたので ﹂ ? 杉本がキーを回した瞬間、遠くの方で爆音が幾度か響く。 ２人の力を借りたいのでそこへ寄って行きます。幸い方向は同じですので。﹂ す。 ﹁今 日 彼 女 は 木 曾 さ ん と 皇 居 第 ２ 高 射 砲 塔 で 備 品 搬 入 の 手 伝 い を し て も ら っ て い ま ﹁そういえば、瑞鶴は ﹁ええ、木曾さんの方が速いですが。今は居ませんので。﹂ ? 512 ││高射砲の発砲音 思わず運転席を見ると、苦虫を噛み潰した様な顔の杉本がいた。 ﹁急ぎましょう。﹂ アクセルを踏み込み急発進したくろがね４起が、泥を跳ね上げながら駐車場を後に する。 ﹂ フロントガラスにだいぶ小さくなったの雨粒が叩きつけられ、強風が車体を揺ら す。 ２人を乗せた車両は台風の中、人っ子一人いない道路を疾走していた。 ﹁少佐、深海棲艦の艦載機はこのような荒天での飛行が可能なのですか ﹁不可能というのが海軍内での通説です。 ﹁ええ、だからこそ貴方が必要なのです。﹂ 碌でもない予感にゲンナリした。 ﹁と、すると⋮﹂ 横須賀鎮守府がなす術もなく空襲され通信途絶とは、ありえないかと。﹂ しかし、もし深海棲艦側の新型機であったとしても 荒天下での運用は確認されていません。 深海棲艦の中でも練度の高い空母が放つ艦載機は夜間でも飛行できますが ? ＳＴＡＧＥ─１６ 帝都空襲 513 そこまで杉本が言った瞬間、 目の前にようやく見えてきた皇居第２高射砲塔の上部が黒煙に包まれる。 頂上付近に据えられた４基の五式１５ｃｍ高射砲が咆哮し、 それに続くように三式１２ｃｍ高射砲も咆哮した。 無数の対空砲弾が分厚い雲の中へ消えていく。 ﹁高射砲塔に付いたらホタカ君は２人を呼びに行ってください。 ﹂ ボクは何時でも出られるように待機しています。﹂ ﹁了解 急な階段を駆け上がるたびに頭上に響く発砲音が大きくなっていく。 特警の杉本少佐の命と言うと、なぜか納得したように親切に教えてくれた。 スーツ姿の男が何故そんな事を知っているのかと不審がられたが 焦る気持ちを抑えて、誰何してくる陸軍兵に２人の艦娘の事を伝えると ぐるりと見回すが見知った顔は見つけられなかった。 避難してきたとみられる民間人がすし詰め状態になっている。 短いトンネルを過ぎると内部には 助手席から転がり出たホタカは、高射砲塔の主通用口から中に入った。 間もなく車両は爆音を轟かせながら砲弾を吐き出し続ける高射砲塔の元に至る ! 514 陸軍兵が言っていた場所、３階、第２弾薬庫と書かれた部屋に滑り込むと ４０ｍｍ機関砲弾を抱えた中に見知った顔を見つけた。 ﹂ ﹂ どうやら弾薬運搬の手伝いをしていたらしい。 ﹁ホタカ ﹁どうしたんだ ﹂ ! ﹁で、これは只の空襲じゃねえよな ﹁なんだって ﹂ ﹁よ、横須賀って帝国最大の要塞じゃなかった ﹁そうだ、帝国最大規模の要塞だ。大口径要塞砲や ? !? 焦ったような瑞鶴の声に木曾が頷いた。 ﹂ 横須賀鎮守府がやられたらしい。通信途絶だ。﹂ ﹁ああ、恐らく超兵器だ。 台風に紛れて爆撃に来る深海棲艦なんて聞いたこともねぇ。﹂ ? もと来た道を戻る。持っていた機関砲弾は近くの高射砲要員に渡しておいた。 状況が呑み込めずアタフタしている瑞鶴の手を引いて ﹁ちょ、ちょっと ﹁すぐに下まで来てほしい。移動しながら話す﹂ ? !? ＳＴＡＧＥ─１６ 帝都空襲 515 無数の対空砲に守られている。そこがやられたと言うのなら、 そんじょそこらの深海棲艦じゃない。﹂ ﹁何はともあれ本営へ行かなければ話にならない。﹂ 最後の階段を駆け下りて、外へ続くハッチから脱出する。 既に雨は収まっていたが、風は非常に強かった。 杉本少佐が助手席へ移動し、運転席へ木曾がのり、 ﹂ その後ろに２人が乗り込むの確認してから、彼女はアクセルを踏み込んだ。 ﹁本営でいいんだな ﹁はい、お願いします。瑞鶴さん、能力で艦載機を飛ばしてもらえますか 台風によって通れない道があるかもしれません。 ﹂ ? 空母艦娘の能力の一つとして生み出されるこの機体は 前方へ飛び去っていく。 窓に手をかざすと、ミニチュアの零式艦上戦闘機が３機出現し ﹁大丈夫。今から飛ばすわ。﹂ 杉本から受け取った地図を広げ目的の場所を見つける。 場所は目印をしてありますが、出来ますか 大日本帝国安全保障特別指導部本営までナビゲーションをお願いします。 ? ? 516 艦娘と視界がリンクできる上に、飛行原理はオリジナルと根本的に違うので 次の角を左へ曲がって。 ﹂ 荒天下でも運用ができた。そのため、こういう時は非常に役立つ。 ﹁⋮ ﹂ 右の道路でトラックが事故を起こして道をふさいでる ﹁うっしゃぁ ﹂ ﹁きゃあ もうちょっと安全に⋮﹂ !! ﹁ちょっ 飛ばすぜぇっ ! ﹂ ﹂ ﹁ちぃっ ﹁なっ 何か文句を言おうとした時、目の前が赤く染まる。 ﹁ホタカにでも捕まってろ ﹂ 遠心力でホタカが右側の壁にぶつかり、そこへ瑞鶴も直撃する。 ﹂ ﹁うぉっ ! そんな中で急なハンドル操作をすればどうなるか この車両にシートベルトはついていない。 木曾のすぐ後ろにホタカ、その左隣に瑞鶴が座っているが 未だ路面が濡れていたので、木曾がハンドルを切ると車体後部が横滑りする。 ! ! ! ! ! ! !? ＳＴＡＧＥ─１６ 帝都空襲 517 ﹂ 木曾がハンドルを切って進路を修正した為、紅蓮の炎が直撃することは無かった。 ﹁何だありゃあ ﹁焼夷弾 何と言う物を⋮ ９００∼１３００℃と言う非常に高温で燃焼し始める。 内部に詰められていたナフサを主原料とする主燃焼剤に着火し 止めに焼夷榴弾砲から放たれた巨大な噴進砲弾が着弾して爆ぜると ３０５ｍｍ砲弾が直撃した建造物は木端微塵に吹き飛ぶ。 させ 次々に着弾する１００ｍｍ速射砲弾が道路を抉り、５００㎏誘導爆弾がビル群を半壊 運転席からの絶叫、それに呼応するように車の後方から見える景色が一変した。 !! 大きな機体が全貌をあらわにする。 まるで雲による呪縛を振りほどくように、巨大と言う言葉では言い表せないほどの オレンジ色の特徴的すぎる２つの機種が雲を突き破り 右上方の雲が下に向かって盛り上がったかと思うと その時だった。 愕然としたような杉本の声。 いえ、それよりもなぜ小口径艦砲がこんなところにまで。﹂ !? 518 主翼は途中から上側に少し反り返った逆ガル翼で片方２基ずつ 計４基のエアインテークが見える。両翼の間には２つの胴体 其々の胴体の下部には速射砲と焼夷榴弾砲、３０５ｍｍ連装砲、爆弾投下ハッチ 上部には４基の速射砲が並ぶ。さらに胴体と胴体をつなぐ部分の上側には ３０５ｍｍ連装砲が２基背負い式に配置してある。 ﹂ 空中戦艦と言う称号はこの化物の為にあるようなものだった。 ﹁おい 何だそのアル﹂ ﹁始 祖 鳥、やはり此奴か⋮﹂ アルケオプテリクス ﹁超兵器 !? る。 ﹁面舵２０ 頭下げろ ﹂ ! 運転手が艦娘である木曾なのでプラスに作用した。 慌てていたので、何時も使っている号令が出てしまったが 叫ぶと同時に瑞鶴の頭を下へ押し下げる ! こちらを狙っているのを見つけゾクリと背中を氷が滑って行ったような感覚を覚え アルケオプテリクスの左側の胴体に設置された速射砲の１基が 木曾が何かを言っているがホタカの耳には届かなかった。 ! ほぼ条件反射のようにハンドルを右に切り、車体を左に傾けながら 反対車線へ突進しようとした瞬間、飛来した１００ｍｍ速射砲弾が 後部座席の天井を突き抜け左の窓へ抜けた。 ホタカが無理やり瑞鶴の頭を下げさせていなければ、彼女の頭に確実に命中してい た。 次の弾は後方に着弾し、泥を噴き上げ 更に次弾が右のビルに直撃、瓦礫が道に降り注いだ。 大小の礫をハンドルとアクセルワークで避けていく。 この時ばかりは、木曾はくろがね４起の小さな車体に感謝する。 何とか車が完全に反対車線に入り速射砲の射界から逃れると 天空からの速射砲の砲撃はようやく止んだ。 ﹁あ、ありがと、ホタカ﹂ ﹁礼は良い。少佐。﹂ ﹁はい。木曾さん、次の角を左に曲がり ﹂ ﹂ 太田商事と書かれたシャッターへ突っ込んでください。﹂ ﹁了解 ! ﹁えええええええええええ !? ＳＴＡＧＥ─１６ 帝都空襲 519 520 少佐のシャッターに突っ込めと言う命令、そしてそれに躊躇わずに従う木曾 瑞鶴の絶叫が車内に響く。 タイヤを軋ませて角を曲がり、左側に見えた太田商事と赤文字で書かれたシャッター そこに躊躇いもなく突っ込んでいく。 ││││││あ、死んだ 幸運な事に彼女の確信は裏切られた。 轟音と共にシャッターを撥ね飛ばした先にあったのは固いコンクリートの壁でも 止められたトラックでもなかった。 緩やかな傾斜で地下に続く通路、明かりの無い通路をヘッドライトを頼りに進んで いく。 地下道 ﹂ ４人を乗せたくろがね４起は、炎上する帝都の地下へ消えていった。 ﹁へ ? ? 少佐の言葉に、ほっと溜息をついた。 ﹁一息ついたところで、そろそろ放してくれないか ﹂ まあこれでも本営まで行けるので良いでしょう。﹂ 本当は自走対空車両の通り道だったですが、 ﹁深海棲艦との初期の戦いの間に作られたものの一つです。 ? ＳＴＡＧＥ─１６ 帝都空襲 521 ホタカの苦言に一瞬呆ける ││││放すって⋮何を 幾つかの角を曲がり、１０分ほど歩いた後、 一行はここで車を降りて、一番奥にあった坑道の様な細い通路を進む。 その殆どに埃や蜘蛛の巣がかかり、長いこと使われていないようだった。 そこには、少佐の言っていた自走対空機関砲やトラックなどがあったが 時折振動するトンネルを抜けて、広い部屋にたどり着く これからどうするか思案していた。 ちなみに、もう一人の当事者であるホタカは我関せずと言った態度で 混乱の境地にいる彼女には解らない事だった。 何だかいたたまれなくなって顔を伏せる。視線が更に強くなったことは ルームミラー︵後付︶を反射して瑞鶴に届いていた。 慌てて放すが、前部座席から放たれた温かい視線と生暖かい視線が といっても大したことではない。ホタカの左腕に抱き着いていただけだ。 そして、ようやく彼女は自分が何をしていたのかを知る。 本気で解ってない彼女に彼は若干頭痛を覚えた。 ? 522 行く手にこれもまた長い間使われていないようなハッチが出現する。 錆びついたハンドルを力技で強引に突破し、ハッチを開けると さっきとは打って変わって絨毯の布かれた通路に出る。 壁や天井も今までのような岩盤がむき出しと言うことは無く、 木や漆喰で最低限の内装が整えられていた。 ﹁本営の心臓部はこの先です。ついて来てください。﹂ それぞれ此処まで来る時についた埃を叩きながら歩いていくと 目の前にはこれまた重厚な両開きの扉。 第一種戦闘配置が発令された。 その両側には１００式短機関銃を持った２人の衛兵が立っていた。 ﹁止まれ 壁面には日本地図と日本の勢力図、そして帝都の地図 中央には円卓に椅子が１０脚。部屋の周囲には無数の通信機が並び 中に入ると、直径２０ｍほどの円形の部屋があった。 ２人で協力してドアを開ける。 すると、先ほどまで警戒心むき出しだった衛兵の態度が目に見えて変わり 毅然とした態度で話す衛兵に杉本は﹁河内大将の命令です。﹂と答える 部外者の入室は認められない。﹂ ! それらにはいくつもの印やデータが書き込まれ、 現在の大日本帝国軍の現状が手に取る様に解った。 ４０人近くが壁面に群がり、データ整理や何処かと通信などを行っている。 中心の円卓には、５人の人影が見えた。 ﹁やあ杉本。無事なようで何より。﹂ ﹁ホタカ君が居なければ危うく死ぬところでした。﹂ 真っ先に杉本に声をかけたのは一番奥に座る恰幅の良い海軍軍人 ﹂ しかし、オドオドとした口調や不安げな顔をみるととても軍人のようには思えない。 ﹁君がトラック第２鎮守府の、ホタカだね 恐る恐ると言う雰囲気で問いかける。 す。﹂ ﹁同鎮守府所属、空母瑞鶴です。﹂ まさか取り調べ中の艦の手を借りるつもりですか ﹂ !? ﹁はい、初めまして僕がトラック第２鎮守府所属アサマ型装甲護衛艦２番艦ホタカで ? ﹁私は筆木正志海軍中将だ。２人とも、歓迎するよ。﹂ ﹁提督 今は帝国の、帝都の一大事なのです ! ! かのような怪しげな艦の同席を許すおつもりですか ? ＳＴＡＧＥ─１６ 帝都空襲 523 524 帰りたまえ ﹂ 筆木中将の近くに座っていた中佐が声を荒げ、次にホタカ等に厳しい視線を向け た。 ﹁これは我々、本営の領分だ 貴様のようなものが出る所ではない ! ﹂ ? ﹁現状を教えていただけますか ﹂ ﹁いや、待ってくれホタカ。君の力が必要だ。﹂ 事態を打開したのは筆木中将だった。 何故か自分が大きな間違いを犯したような感覚にとらわれる。 口の端を僅かに歪める笑み、対峙している中佐は ﹁帰ってもよろしいが、本当にそれでよろしいのですか 高圧的な物言いに、何か言い返してやろうと１歩踏み出した瑞鶴を手で制する。 ! ! 帝都の市街地の１割が砲爆撃によって失われ、 その後、再び台風の雲に入り今度は帝都を砲爆撃し、宇都宮方面に飛び去った。 そのほとんどが中破ないし大破着底している 砲爆撃を開始し鎮守府に停泊していた艦娘は それから１時間後、台風と共に超巨大爆撃機が横須賀鎮守府に襲来 ﹁４時間前、千葉県野島崎の警戒電探が大規模な電波妨害を察知した。 ? ＳＴＡＧＥ─１６ 帝都空襲 525 ２割が焼夷弾によって焼失する見込だ。 折からの強風により、撃ち込まれた焼夷弾の炎が延焼している。 ﹂ さらに堅固なはずの高射砲塔が５基、大口径艦砲の射撃を受けて崩壊した。 幸い皇居への爆撃は防いだが⋮﹂ ﹂ 既に手は打ってある。貴様らに出来ることはない その後を継いだのは先ほどの中佐だった。 ﹁フン ﹁ならば宜しい。お手並みを見せていただけますか ! 超大型爆撃機の速度は３２０ｋｍ／ｈ程度ですので間もなく到着の筈です。﹂ 空母艦娘による艦載機の攻撃は横須賀鎮守府が壊滅した為ありません。 普段は妖精に雷爆訓練を行う教導隊の銀河も出撃しました。 深海棲艦相手ではない上に、的が大きいので これらのパイロットは全て教官クラスの人間です。 荒天下でも戦闘が可能な１６０機の疾風改、また４７機の銀河が出撃。 ﹁現在、超兵器追撃のために３ヶ所の飛行場から 中佐の横にいた通信士官が現状を報告し始める。 ﹁ッチ。状況を伝えてやれ﹂ 努めて冷静に言うホタカに忌々しそうな顔をする。 ? ! 526 ﹂ ﹁兵が哀れですな。﹂ ﹁何だとぉ ﹁何だ ﹂ ﹁筆木提督。これだけは言えます。﹂ 艦娘達はギョッとした。 吐き捨てられたホタカの言葉に、中佐が激昂し !! ﹁全滅です。貴方方は３０１名の肉塊を生産したに過ぎない。﹂ 次にホタカから発せられた言葉によって、一瞬本営内が静まり返る。 ? それは重厚な駆動音とともに２４００馬力をたたき出し た。 流線型のエンジンナセルに覆われた内部にはハ４４│１３型発動機が収められてい この機体に積まれているのは、戦時中疾風に積まれていたハ４５│２１ではなく その中でも、もっとも大きな相違点は心臓そのもの。 四式戦戦闘機疾風とよく似ているが主翼が若干大きい等の細かな差異があった 深緑の機体に赤い円が描かれ、零戦や隼と比べると大柄な機体 その群れの中の１機。 この世界での天空の覇者の群れだった。 緑色に塗られた航空機、それも軍用機に分類される それは渡り鳥の群れでも、未確認飛行物体でもない。 無数にある雲の中の１つから無数の影が出現する。 平均風速が１５ｍ／ｓを超える台風の勢力圏内 高度３０００ｍ ＳＴＡＧＥ│１７ 始祖鳥の嘴爪 ＳＴＡＧＥ─１７ 始祖鳥の嘴爪 527 528 メインシャフトにつながった４枚羽のプロペラを力強く回転させている。 キ１１７。この機体は疾風により大馬力のエンジンを搭載し 高高度能力を向上させた型だが設計のみで終戦を迎えてしまった。 しかし、そのまま歴史に埋もれるはずであったこの機体は 深海棲艦と言う新たな敵の出現によって量産、配備が決定した。 本来であるならば、菊花や火竜等のジェットエンジンを持つ機体を 配備すべきではあったが、日本にそれらを量産する力は残されてはいなかった。 疾風改 そんな中で更に幾つもの奇跡と偶然が重なりあった結果、このキ１１７は疾風改の名 を授けられ 戦いの空へ舞い上がることを許されたのだった。 終わりも勝利も見えない闘争ではあったが、帝国の盾となる機会を得た彼らは 艦娘と言う対抗戦力が現れるその日までの苦しい日々を戦い抜き、 そしてまた今日も、新たな敵へと向かって大空を翔けていた。 ﹂ 突然、台風による突風が編隊を襲い、数機がよろめくがすぐに体勢を立て直して 何事もなかったかのように飛行を続ける。 ﹁∼∼ッ、アイツ等を連れてきたのは間違いだったかな そんな僚機の様子を見て思わずため息を付く疾風改のパイロットが１人。 ? ＳＴＡＧＥ─１７ 始祖鳥の嘴爪 529 切れ長の目を飛行眼鏡の内に収め、口元はへの字に曲がっていた。 ﹃あれだけ言っても聞かなかったんだからな。なんとか残してきても 機体かっぱらって付いてきただろうさ。﹄ すがのれいじ おおせゆいと 雑音交じりの通信機から聞こえてきた声に不機嫌そうな顔のまま答える。 彼の名は菅納零士、若いが相棒の大瀬結人と共に ﹂ 幾多の深海棲艦の艦載機を叩き落してきたエースパイロットだった。 ﹁あ∼くそ。ピクニックじゃねぇんだぞ ﹃台風の日にピクニックは豪胆だな。﹄ 相棒﹄ ? ﹃戦闘機乗りの勘、か ﹄ だけど、今回の獲物はヤバい。理由はハッキリしないが。﹂ ﹁そうかもな、お前の言う通り俺がこの土壇場で他人の心配をするのは初めてかもな。 お前がそこまで心配するのは少し意外だな 自分にできない事を無理にやる馬鹿じゃない。 ﹃アイツ等には掩護に徹するよう言ってあるし、 彼の小隊の２番機であり悪友であり相棒である男だった。 ハッハッハと呑気に笑っている声の主は ? ﹁そんなところだ、なんだかこう⋮後頭部がチリチリくすぶっているような。そんな ? 530 感覚だ。﹂ 通信機の向こうの声が一瞬黙り込む。 ﹃⋮相棒の勘は当たるからな。だが、今更どうしょうもない。﹄ ﹁そうだ。飛び立った以上、いつも通り叩き落とす。それだけだ。﹂ ﹃その意気だ。﹄ それきり通信が切れて、コクピット内をエンジン音と風切り音が支配した。 そろそろバカでかい爆撃機が見えても可笑しくはない。 目を凝らして雲が浮かぶ空を探す。目標は巨大であるため、見逃す事はありえな い。 目標発見 ﹄ 通信機から絶叫が響いたのはまさにそんな時だった。 ﹃２時下方 !! ﹄ 前方を飛んでいた疾風改の編隊が次々と翼を翻して突入していく ﹃戦闘開始 アルケオプテリクスのあまりの大きさに、少しの間絶句する。 大きな雲を突き抜けて出てくるところだった。 雲の切れ間から自分たちよりも５００ｍほど下を飛ぶオレンジ色の影が 下と聞いて若干機体を傾けると、 !! !! ＳＴＡＧＥ─１７ 始祖鳥の嘴爪 531 ﹂ ﹃俺達も行くぞ ﹁お前こそ 死ぬなよ ! ﹄ ! ﹄ ! 主翼に搭載された五式三十粍固定機関砲ホ１５５│ＩＩは 疾風改の胴体に搭載された二式二十粍固定機関砲ホ５と 先頭の隊長機の翼と胴体から４つの火線が伸びる。 相棒の力強い声が聞こえ、知らず知らずのうちに操縦桿に込める力が強くなった。 ﹃花火の中に突っ込むぞ 基地で自分たちの帰りを待っているだろう。 そう自分たちに話した元パイロット現整備士は、 │││││当たらない対空砲なんざ綺麗な花火さ だが、彼らの中に恐怖は無かった。 見れば四方八方に放たれた速射砲弾が空中で次々に炸裂して空を黒く汚している。 それまでいた場所を速射砲弾が突き抜けていき後方で炸裂した。 寒気が走りフットバーをけっ飛ばし機体を横滑りさせた瞬間 る。 彼の視力は、爆撃機の胴体に設けられた幾つもの速射砲がこちらを狙うのをとらえ 操縦桿を倒し突入態勢。スロットルを目いっぱい開くと２４００馬力が咆哮する。 ! 532 深海棲艦の艦載機に命中するとほぼ１撃で木端微塵に出来る非常に高い威力を持っ ていた。 しかし、その火線はアルケオプテリクスに命中しない。 防御重力場ではない、射程距離外だったのだ。 戦闘機のパイロットは、コクピット前部に取り付けられた照準儀を用いて射撃を行う が 目標との距離は自らの間隔でつかまなくてはならない、そのため 相手が巨人機であると目測を誤り射程距離外で射撃を始めてしまうことがあった。 その隊長機はすぐに射撃を辞め、時折進路を変更しながらさらに突入を続ける。 菅納と大瀬の疾風改も猛烈な弾幕をひらりひらりと躱し、肉薄していった。 再び隊長機の機関砲が咆哮し、２０ｍｍと３０ｍｍの機関砲弾が火花を上げて着弾し ていく 欲張って射撃をつづけることなく流れるように回避機動、続く僚機も同じように攻撃 を続ける ﹂ 隊長機が率いる編隊の、最後の一機が射撃を終えると同時に、菅納は背筋が寒くなっ た。 ﹁なんて装甲だッ ! ＳＴＡＧＥ─１７ 始祖鳥の嘴爪 533 ４機の疾風改による航空機関砲の連撃は、 爆撃機の装甲に少し傷をつけた程度の損傷しか与えられなかった。 出発前のブリーフィングで出来るだけ同じ個所に攻撃を集中して撃墜する と言う作戦を伝えられたが、それが根底から瓦解した瞬間だった。 それでも、あきらめずに突入していく。次の一撃で装甲板を貫ける そんな根拠のない自信に任せて攻撃するしか、今の彼らに選択肢は無かった。 照準器からは既にアルケオオプテリクスははみ出している。 すぐさまトリガーを引き絞りたいと言う欲求を抑え込み、空中衝突の未来から目を 背ける。 ││││││ここっ すぐさま後ろを向くが、認めたくない現実が広がっていた。 衝突を回避する、大瀬機も後に続いたようだ。 機関砲の振動により視界がブレるが、感覚で攻撃時間を見極め操縦桿を引いて 耳をつんざく轟音と、振動が体を貫く。 トリガーを握りしめると、胴体と主翼の機関砲がリズミカルに咆哮し 近くの胴体に据えられた連装速射砲からはひっきりなしに砲弾が吐き出されている。 狙うはここまでで最も攻撃が集中した左翼部後方、推進器らしき場所 ! 534 ﹃この化け物がっ ﹄ ヘッ ド オ ン コクピットだ ちていく。 ﹁大瀬 ! ﹄ ﹂ 離脱を行おうと翼を翻し、腹を見せてしまった機体は文字通り対空砲弾に貫かれ落 回避機動が鈍った瞬間に１００ｍｍ砲弾に撃ち抜かれて爆砕される。 直撃は避けられたが機体に損傷が発生したモノは、 対空砲の直撃を受けて木端微塵に吹き飛ばされていた。 しかも突撃していく機体の中で少なくない数が、 た。 彼にとっての真上で、仲間たちが機銃掃射をかけているが有効打には程遠いようだっ 上昇していた機体を捻り、アルケオプテリクスの上方で背面飛行。 それでも奴の装甲は貫いていなかった。 いたが 自分たちが攻撃した所は、無数に傷つき目に優しくないオレンジ色の塗装が剥がれて 通信機からの大瀬の悪態がどこか遠く聞こえた。 !! 危険だが対面攻撃でコクピットを狙う ﹃効果あるのか ? ! ! ＳＴＡＧＥ─１７ 始祖鳥の嘴爪 535 ﹄ ﹁やってみなければわからん、ここがダメなら銀河に任せるしかない。﹂ ﹃やるしかないか。ああクソ、給料に見合わねぇ敵だ 出撃前のブリーフィングでは、 さらに、相手の速度は約３２０ｋｍ／ｈであり、こちらの最高速度は７００ｋｍを 有効打が与えられるかは疑問だった。 り いくらヘッドオンで機関砲弾を叩き込んだところで攻撃できるのはほんの一部であ とはいえ、あれほど巨大な機体であるのでそれに比例してコクピットも巨大である いかなる手段を用いてでも撃墜せよと言う指令が下っていた。 しかし、万一エンジンへの攻撃が通じなかった場合は 超兵器が不時着と言う手段を選ぶ可能性が出てくる。 機体は墜落し大破してしまう。エンジンを破壊し推力を喪失させれば コクピットへの攻撃をし、超兵器のコントロールが失われると 帝国としては深海棲艦に対しての切り札となりうる超兵器を鹵獲したかったのだ。 帝国軍のある目論みも隠れている。 これには帝疾風改の３０ｍｍ機関砲に絶対の自信があると言う面もあったが、 戦闘機隊はアルケオプテリクスの推進器を重点的に狙えと言う事だった。 ! 536 超える つまり正対すると相対速度は１０００ｋｍ／ｈを上回る可能性がある 流石に全速で突っ込みはしないが、ある程度の相対速度を保てば 機関砲弾により多くの運動エネルギーを乗せられる。 唯でさえ彼我距離を測りづらい巨人機である上、速度を上げ過ぎれば 攻撃の開始と終了のタイミングも難しくなる 有体に言えば贅沢すぎるチキンレースだった。自分の生死がかかっていると言う 点を除けば⋮ そんな考えを虚空に捨て去って、 アルケオプテリクスから距離を取るために全速で巨体を追い抜く。 銀河が突入するぞ ０時上方 ﹄ 後ろから飛来する速射砲弾が機体の横を掠め飛んで行き肝を冷やした。 ﹃相棒 ! ! それを察知した超兵器は上面に豊富に設けられた速射砲群の半数以上を アルケオプテリクスの未来位置へ突入していく。 四機一組、あるいは三機一組になって機体を傾け 一斉に急降下爆撃体勢に入ったところだった。 大瀬の声に反応して正面上方を見ると、編隊を組んだ銀河４７機が ! ＳＴＡＧＥ─１７ 始祖鳥の嘴爪 537 急降下爆撃隊へ向けて猛射を開始する。 降下中の為、満足のいく回避行動をとれない銀河は次々と被弾 爆散していくが一機たりとも逃げる者はいなかった。 ４０機を割り込んだ銀河隊が菅納たちの真上を通過していく 空気抵抗の増大を避けるため、内側に開いた爆弾層の中には 黒光りする八〇番通常爆弾一型改四が、ちらと見えた。 航空機相手と言うことで戦艦用徹甲爆弾では 炸裂する前に突き抜けることが危惧され通常爆弾の採用だった。 ││││徹甲爆弾を持ってくるべきだったかもな そんな事を一瞬考えてしまうが、彼には如何する事も出来ない。 １瞬のうちに頭上を銀河の群れが飛び去って行く ﹄ ﹄ ﹁そろそろ旋回する。突入速度は５５０ｋｍ／ｈ。﹂ ﹃どっち狙う さあ、もう一度突っ込むぞ ﹁左機首。逆は任せた。﹂ ﹃了解 ! ? 彼らの前上方で一つの太陽が誕生した。 同時に翼を翻し、超兵器と正対した瞬間。 ! 538 しかし、その太陽をよく見てみると何かの破片が四方八方に吹き飛んでいるのが見え る それは、今まで銀河だったものの主翼や尾翼、主脚、キャノピー、プロペラ 爆発炎 外板、機銃、電探、爆弾倉扉、そして、黒こげになり、体のあちこちが吹き飛んだ パイロットの残骸だった。 辺りには銀河の姿は見えず突如出現した太陽から脱出してくる銀河も居なかった 文字通り全滅である。 通信機からは、今の一部始終を見ていたらしい ﹄ ﹄ ﹄ ﹄ 疾風改パイロット達の悲鳴のような報告が雑音交じりにコクピットに響く 此奴は噴進弾を持っている 銀河隊は全滅した 対空噴進弾なんてどっから仕入れてきやがった ﹃噴進弾だ ﹃銀河隊は全滅 ﹃クソ ! ﹃目標上部に多数の発射機らしきものを確認 ! !? ! ﹃相棒、どうする ﹄ ﹁命令は命令だ。一撃当てて効果が無いようなら撤収する。﹂ ? 様 々 な 報 告 が 上 が っ て い る が そ れ ら に 共 通 し て い る の は 驚 愕 と 言 う 感 情 だ っ た。 !! ! ! ＳＴＡＧＥ─１７ 始祖鳥の嘴爪 539 ﹃同感 こんなところで死んでたまるかってんだ ﹄ ! 火箭が豆粒の様な戦闘機と巨大な超兵器のコクピットをつなぐ。 再度、彼と彼の相棒が駆る疾風改の２種類の機関砲が咆え 前方を向く発射機が必ずしも必要で無かったと言うことを 発射機は前方の無かったのではなく、 しかし、彼はすぐ後に気づくことになる 前方を向いている発射機が確認できないのは僥倖だった。 そのうえ対空ロケット弾まで持っている、 速射砲弾は相変わらずこちらを目指して飛来、炸裂し機体を細かく振動させる 日本帝国軍史上最も危険なチキンレースが開幕する。 すぐに意識を元に戻す、チャンスは１度きり失敗は戦死 あのコースでは味方には命中しないだろうと考えて る。 すると、超兵器の上部から白煙が上がり１０近い噴進弾が上空へ向けて打ち出され トリガーに指をかけて、その時を待つ 既に超兵器のコクピットが収められていた。 彼我距離は見る見るうちに小さくなっていき、照準器の中には ! 540 彼は確かに無数の機関砲弾が直撃するのを見たが、 アルケオプテリクスのコクピットの風貌は砕け散らず まるでそこだけ雪化粧をしているかのように真っ白に染まるだけだった。 ││││││化け物め ﹁どうだ 大瀬﹂ ﹃ダメだ。だが、後一撃あれば貫ける。﹄ だがな、ヤケに味方が少なくないか ﹁俺も同感だ、もう一度やるぞ。﹂ ﹃おう ﹄ 四角い発射機の上ギリギリをとびぬけて超兵器とすれ違い、反転上昇する。 幾つもの連装速射砲と、胴体からせり出してきたらしい 心の中で今日何度目かの悪態をつきつつ上方へ離脱する、 ! それはまるで意志を持つかのように、味方の疾風改を追尾し始めた 超兵器の背中がまたも白煙に包まれたかと思うと、４０発近いロケットが打ち出され 不審に思ったその時、彼の疑問は氷解する。 多く見積もっても６０機程度だった。 それまで超兵器の周りを飛び回っていた１６０機の疾風改の姿はどこにもなく ? ? 相棒の指摘を受けて素早く辺りを見渡すと ! ﹁誘導弾 ﹂ ﹃振り切れぇぇぇぇぇ ﹄ 機体を捨てることも考えたが、 あの光景を見てしまっては普通のやり方では間違いなく落とされる、 その中には漏れなく菅納と大瀬も含まれていた。 未だに残る疾風改へ向けて最後のミサイルの斉射が行われる。 しかし、疾風改の屠殺場と化した空域はそんな贅沢を許しはしなかった。 あまりの性能に大瀬が絶句する。 ﹃なんて奴だ⋮﹄ あるいは至近距離で炸裂したミサイルの破片を浴びて空に散っていった。 急旋回した疾風改は、それ以上の急旋回をしたミサイルに貫かれ、 簡単に追いつかれてその身を貫かれる 速度を上げた疾風改は、ロケットモーターを装備したミサイルに その槍は残酷なほどに賢しく力強かった。 狙われた３８機の疾風改は、速度を上げたり急旋回で避けようとするが ! !? 俺の賭けに付き合え 降下だ ! ﹂ 脱出した瞬間に至近距離で愛機とミサイルが炸裂したら助からない。 ﹁大瀬 ! ! ＳＴＡＧＥ─１７ 始祖鳥の嘴爪 541 542 ﹃ハッ 考えてることは一緒のようだな ﹄ ! 何とか持ち直す。 機体全体が激しくシェイクされ意識が一瞬飛びかけるが そのすぐ後に後方に光、風貌のあちこちに穴が開き、 まるで頭上を雷鳴が過ぎ去ったかのような轟音。 そして、刹那の交錯 普段よりも数倍動かしにくかったが、彼はそのことには気づかない る 右側から近づいてくる相棒の機体の下ギリギリを通り過ぎる様に操縦桿を微調整す そんなことは今考えることではない。 視界の端に、超兵器の翼の上で何かの光を２つ見つけるが スローモーションのように時間が遅くなったような感覚。 ダイヤの一番下の頂点で交錯する、つまり衝突コースも良い所だった。 正面の第三者から見ればトランプのダイヤの様な飛行コースを描く ある程度僚機の差が広がったころを見計らい、方向を修正する 後ろからついてきたミサイルもそれに続く 言うが早いか機首を別々の方向へ向けて急降下、 ! ＳＴＡＧＥ─１７ 始祖鳥の嘴爪 543 操縦桿を思いっきり引くが、その反応は鈍く 急降下から緩降下へ状況が移っただけでそれ以上回復しない。 ﹄ その時、通信機から相棒の声が聞こえる ﹃相棒、大丈夫か ﹁ああ、操縦系統をやられて飛行不可になっただけだ。お前は ﹃大丈夫だ、ちょいと右主翼が吹き飛んじまったがな。 何とか緩降下させながら飛んでるが 長くは持たんな。﹄ ﹁ハッ、お互い重大事故だな。幸い下に大きな町は無い 地上で会おう。﹂ ﹃おう。ま﹄ そこまで伝えたところで通信機が息絶える。 ﹂ ふと上を見上げると、ミサイルが爆発したらしき黒煙の塊が点々と空に浮いている 飛行眼鏡を上にずらし、視界を確保する。 体制を立て直してパラシュートを開くと急減速によりハーネスが体に食い込んだ。 体のすぐ横を、後部がズタズタになった愛機が掠め飛んでいく 心の中で肩を竦め、風貌を破棄し、体を丸めて機外に飛び出た。 ? ? 544 その中を悠然と飛行するのはオレンジ色の超兵器だけだったが、様子がおかしい 彼が居る場所からは角度的に解りづらいが、 左翼の推進器の２基が大量の黒煙を引いていた あれでは満足な推力を得ることが出来ないだろう。 その証拠に若干左に傾きながら飛行している。 あの時の２つの光が菅納の脳裏をよぎった。 おそらく味方がミサイルを避けようと超兵器の近くで慌てて回避機動を取った結果 超兵器のエアインテークに誤って突入したか、エアインテーク直前で撃墜され 大量の破片を吸い込ませたかその何方かだろう。 この時期、帝国では特攻は厳禁とされている。 人的資源が枯渇寸前な時に、 航空機を飛ばせるパイロットを簡単に失うわけには行かなかった。 あまり喜べない予想に力なく首を横に振る。 搭乗員は痛みを感じる事も無く空に散ったのだろう、 しかし、黒煙を引きながら逃走する超兵器を見ると ザマアミロと言う感情も確かに湧いてくるのだった。 自分と大瀬以外のパラシュートは見えない、文字通りの壊滅だった。 ＳＴＡＧＥ─１７ 始祖鳥の嘴爪 545 彼と大瀬がアルケオプテリクスの嘴爪から逃れられたのは、 彼らの超人的な操縦に秘密がある。 お互いの機体をプロペラが擦るほど超至近距離で交錯させ 後ろから追尾してくるミサイルの衝突、 もしくは近接信管の誤作動による早爆を狙ったのだ。 菅納らがミサイルに狙われる直前の斉射では、戦闘機に対して向かっていった４１発 の内 偶々進路が重なった２発が、何もない所で黒い華を咲かせていた。 それを二人は目撃し、一か八かの賭けに出て見事に再現したのだった。 ││││││今思うと頭の悪い作戦だな そんな事を考えて苦笑する。 眼下に山の中を貫く道が見える、このままいくと上手く着地できそうだ。 と考えたのもつかの間、先ほどの交錯で全ての運を使い切ってしまったのか 急に風が強くなり、着地点が道路脇の山の中になりそうになる 何とか進路を修正しようとするが、緊急用のパラシュートは 古典的なマッシュルーム型であったため操縦性は非常に悪い。 足元に迫る森を見てしぶしぶ覚悟を決める。 546 バキバキと枝を圧し折り、木の葉に叩かれながら落ちて行き 地上数ｍで木の枝にパラシュートが引っかかって宙ぶらりんになり、ようやく止まっ た。 何はともあれ無事に降下できたと安堵し、腰からサバイバルナイフを引き抜いて 体を固定しているベルトを切り、地面に降りたった。 ﹂ その時、背後から耳慣れた声がかけられる ﹁よう、相棒。まだ生きてるか ２人でも生存者が確認されたのは幸いだったが、 く。 その一言一言が空気を伝わって円形の室内に広がるたびに、雰囲気が凍り付いてい 通信士官は震える声で通信を読み上げる。 生存者は２名、現在回収班が向かっています。﹂ ﹁報告します、追撃部隊は全滅しました。文字通り全機撃墜です。 ? ＳＴＡＧＥ─１７ 始祖鳥の嘴爪 547 ほぼホタカの予言通りに本営は２９９名分の肉塊と２０７機分の鉄くずを生産した のだった。 敵超兵器は稲敷市本新の田園地帯に着陸 静まり返った室内に再び通信が入る。 ﹁霞ケ浦飛行場より入電 ! ﹂ 撤退許可を求めています なお、超兵器はは片翼のエンジンに異常がある模様 基地防空隊および守備隊は全滅とのことです 霞ケ浦飛行場及び軍施設へ艦砲射撃を行っています ! ﹁了解 ﹂ ﹁ホタカ、君はこの事態を予想していたのだね ﹁なるほど。そんなものまで持っているのか。 それ以外に説明のしようがありません。﹂ おそらくですが自己修復の為でしょう。 超兵器が着陸したのは、霞が関の報告から考えると ﹁ご理解いただけたようで何よりです。 ﹂ 少数の人員を着地した超兵器の監視のために配置せよ。﹂ ﹁⋮て、撤退を許可する。ただし、 通信使の慌てたような声に、顔を青くした筆木が絞り出すように指示を出す。 ! ! ! ! ? ! 548 修復にはどれほどかかる ﹂ ホタカ、貴様は超兵器の武装や速力についてどこまで知っている ﹁奴が我々の世界と変わらないのであれば。ほぼ全てと言えます。﹂ ﹂ ? ﹁さて、随分面倒な事になった。 最初に口を開いたのはこの中でも１番高い少将の階級章を付けた男だった。 る。 部屋の片隅、移動式の黒板があるところへ、ホタカ達４人と本営の参謀数人が集ま 小さく頷くと、筆木はホッとした様に小さく微笑んだ。 ﹁微力を尽くします。﹂ 君にはここで独自に立案する対超兵器作戦の補助をお願いしたい、んだが⋮﹂ い。 しかし、これから私は他の基地や大本営と本案件について話し合わなければならな ﹁たったそれだけか⋮。 最悪の場合はもう修復を完了しているかもしれません。﹂ もって２４時間とみるのが賢明かと思われます。 しかし、超兵器の能力を常識で図ることは危険です。 ﹁残念ですが、損傷の程度が解らない事には。 ? ＳＴＡＧＥ─１７ 始祖鳥の嘴爪 549 断言するホタカの言葉に、本営の人間の顔が幾分明るくなった。 事前情報があるのとないのでは作戦の成功率が大きく変わってくる。 敵の能力を丸裸にできれば、あとはその弱点を突くだけだ。 ホタカがチョークを握り、黒板に情報を次々と書き出していった。 ﹁全長３６６ｍ、全幅４３０ｍ、 最高速度１６２９ｋｍ／ｈ、巡航速度９３０ｋｍ／ｈ と言っても、これは弾薬が無い場合ですが。 仮に目いっぱい詰め込んでいるとすると 最高速度８９０ｋｍ／ｈ、巡航速度５４０ｋｍ／ｈになります。 今回速度が３００ｋｍ／ｈ程度だった理由は不明です。 推進器は原子炉を超兵器機関に置き換えた ８基の超兵器機関推進ターボファンエンジン。 それによって航続距離は事実上無限。 武装は上面に１２０口径３０ｃｍ連装砲が背負い式配置で２基 下面に同砲３基、合計１０門 １００ｍｍ連装速射砲が上面に１２基 下面に収納式に２基、合計１４基２８門 550 焼夷榴弾砲が下面に４基８門 爆弾装内には８００㎏誘導爆弾、８００㎏航空魚雷多数 胴体および翼部上面に 収納式中距離空対空ミサイル連装発射機２０基、胴体下面に１０基 また、中距離ミサイルとほぼ同じ個所に 収納式ＲＡＭ発射機２０基、胴体下面に１０基 機体は３０ｃｍ砲弾を防御できる対３０ｃｍ装甲板に覆われています。﹂ ﹂ 圧倒的と言ってよい性能に参謀だけでなく、瑞鶴や木曾、杉本まで絶句している。 その中で一番早く再起動したのは 超兵器についてある程度耐性を獲得し始めていた瑞鶴だった。 ﹁いつも通りの出鱈目な性能ね⋮質問があるんだけどＲＡＭって何 ﹁Ｒｏｌｌｉｎｇ Ａｉｒｆｒａｍｅ Ｍｉｓｓｉｌｅの略だ。 ﹁そいつの射程と中距離空対空ミサイルの射程は ﹂ まあ近接防空用の短距離対空誘導噴進弾と考えてもらえばいい。﹂ ? ﹁⋮少将。奴は今着陸しています。陸軍の重砲で支援砲撃しつつ ﹁ＲＡＭの射程は約９，６ｋｍ、中距離空対空ミサイルは約１１０ｋｍです。﹂ 次に質問したのは最初に突っかかってきた中佐だった。 ? ＳＴＡＧＥ─１７ 始祖鳥の嘴爪 551 歩兵部隊を乗り込ませるのはどうでしょう フ 大規模な空爆を行うのは ﹂ ﹁ならば電波欺瞞紙を大量に使用して接近し チャ ﹂ その反射波を拾って目標まで自身を誘導する方式です。﹂ つまり、ミサイル自身が電波を発信し、 ﹁どちらも終末誘導はアクティブ・レーダー・ホーミング。 部隊を展開する前に砲撃で粉砕される。ホタカ、ミサイルの誘導方式は 有効な打撃を与えられるほどの爆撃機と爆弾と それに行き渡る電波欺瞞紙は早急に調達できない。 仮に１日としても、４０機分用意できればいい方だろう。 空母艦娘の艦載機部隊をつかうのはどうだ それを囮として爆撃隊に追従させ、あわよくば攻撃にも加わる。 妖精の乗る有人機は誘導噴進弾のレンジ外で待機し、無人機を指揮 ? ﹂ ﹁ダメだ、相手は３０ｃｍ連装砲や１００ｍｍ速射砲等の大口径砲を持っている 少し考え込んだ中佐が意見を述べるがその横にいた中佐が反論する。 ? ﹁ダメだ、奴が何時までとどまっているかわからない上に その提案に少将が反論する ? ? 552 舞鶴や呉鎮守府から艦載機を発艦させて帝都近辺で補給し投入する。﹂ 少将の意見を瑞鶴が否定する。 ﹁不可能です、私たちの艦載機は、制御する友人機から離れ過ぎると まともに飛行する事すらできません。 戦闘をするなら半径２０ｋｍ以内、飛ばす事に集中しても３５ｋｍが限界です。 ﹂ 横須賀鎮守府で大破着底しなかった戦艦の艦娘を高速修復剤で治して アウトレンジ砲撃をするのはどうでしょう 瑞鶴の意見を杉本が否定した 超兵器は飛べなくなったから着陸したのではなく そのうえ、霞が関は不時着では無く着陸と報告してきました。 それに、生半可な数の艦隊では超長砲身の主砲の攻撃に耐えられないでしょう。 他の鎮守府から呼び寄せるにしても時間がかかります。 ドックが無ければ高速修復剤も意味をなしません。 さらに横須賀鎮守府の全てのドックは破壊されて使い物になりません。 その何れもが大破ないし大破着底しています。 多くの戦艦が配備されていますが ﹁無理ですね。横須賀鎮守府には帝国海軍の切り札である大和型戦艦４隻の他 ? ＳＴＡＧＥ─１７ 始祖鳥の嘴爪 553 万全を期すために着陸し、修復を選んだと言うことであれば 艦娘の安全を保障できません。 同じように、事前に作戦に対処されないよう 超兵器に気取られず、一撃で屠るべきかと思います。﹂ 艦娘のほぼ全ての主缶はボイラーであり、出港まで時間がかかった。 ﹁結論は。﹂ それまで黙っていたホタカが意見を纏める。 ﹁対空ミサイルも、大口径艦砲も物ともせず。 アルケオプテリクスに気取られず、 ルー ル 対３０ｃｍ防御を貫き、可及的速やかに一撃でケリをつける そんな方法だ。﹂ ﹁無理難題だな。﹂ 少将がお手上げとばかりに肩を竦める。 ﹁いえ、あります。﹂ 唐突な杉本の発言に全員の視線が紳士然とした少佐に向けられる ルー ル 少佐は微笑みを絶やさず、静かに告げる ﹁恐らく、この世でただ一基。その方法を叶える兵器が。﹂ 554 彼の視線は、ホタカに固定されていた。 ルー ル その言葉に艦娘と艦息は、頭の上に疑問符を浮かべるが 他の海軍関係者は、盲点を突かれたとばかりに目を見開き絶句した。 次に口を開いたのは少将だった。 ﹁いや、確かに、アレが正常に使えれば、 !? 直撃しさえすれば超兵器とてただでは済まないだろう⋮ しかし、アレは未完成のまま建造中止になったのではなかったのか ﹁確かに、天羽々斬は未完成品です。しかし、 横須賀の工廠妖精さんや、帝都の整備士、技術者の皆さんが 人海戦術で部品を取り付ければ短時間で使用可能になるかと。﹂ ﹂ 須佐之男命がこの武器を使いヤマタノオロチを倒したと伝えられている。 天羽々斬とは日本神話に登場した武器で、 ﹁天羽々斬を使いましょう。﹂ あめのはばきり 杉本の言葉に参謀や艦娘、艦息の視線が紳士然とした男に集まった。 ﹁恐らく、この世でただ一基。その方法を叶える兵器が。﹂ ＳＴＡＧＥ│１８ アメノハバキリ ＳＴＡＧＥ─１８ アメノハバキリ 555 556 ﹁少佐。君の言う通りアレは、天羽々斬を放つこと位ならば サ イ ト ﹂ 帝都の工員や工廠妖精を大量投入すれば可能だろう しかし⋮。﹂ バレル ﹁銃身は有っても、照準器が無いと ﹁そういう事だ。﹂ サ イ ト 苦々しげに頷く少将だが、杉本の表情は変わっていなかった。 ﹁ご心配なく、照準器ならばあります。 それも帝国における最高性能のモノが。 秘匿の方の第三次ヴィルべルヴィント迎撃戦の戦闘詳報、読まれましたよね 第三次ヴィルべルヴィント迎撃戦とは、ホタカの参加した海戦の事である。 第一次と第二次はヴィルベルヴィントに 呉等の鎮守府の艦隊が壊滅させられた海戦の事を指している。 第三次迎撃戦には二つの戦闘詳報が存在する、 一つは民間や軍の大部分に発表されたもの、 つまり呉と佐世保の連合部隊が超兵器を撃沈せしめた と言う海軍にとって都合のよい戦闘詳報。 もう一つが、迎撃戦の真実が記された戦闘詳報であり、これは海軍の中でも ﹂ ? ? ＳＴＡＧＥ─１８ アメノハバキリ 557 大本営や本営の様なごく一部にのみ知られている海軍にとって都合が悪いが 闇に完全に葬り去ることも出来ない物だった。 当然、本来なら杉本が知っているはずの無い情報だった。 ﹁な、何故それを⋮﹂ ﹁ホタカ君の尋問のため、河内大将に見せていただきました。 正しい情報が無ければ、尋問なんてできませんので。 話がそれてしまいましたね。 元に戻すと、ボクは彼の力を借りれば不可能では無いと考えています。﹂ 杉本の視線に射抜かれて、面倒事の反応を感じ取り 肩を竦めるホタカ。何を言われるのかはわからないが この少佐の事だ、無意味な事ではないだろう。と考える。 ﹂ 杉本の視線につられ、他の全員の視線が彼に集中した。 ﹁⋮⋮⋮本気か ﹁解った。詳しく放せ。﹂ ﹁本気でなければ、天羽々斬などと言う言葉は出てきません。﹂ がレンズの奥の瞳はタカの目のように鋭かった。 少将の若干困惑した様な声に、少し諧謔味を混ぜて返す ? 558 あきらめたように、少将は続きを促した。 こ こ ﹁作戦とはいってもいたってシンプルです。 帝都から超兵器を砲撃、いえ、狙撃します。﹂ その言葉の後に続いたのは、驚くべき計画だった。 東京湾、浦賀水道と内湾の北側境界に位置する人工島 １８８９年８月に起工、１９１４年６月に完成した島は 第二海上堡塁、略して第二海堡と呼ばれていた。 海からの敵を迎撃するために多数の大口径砲が設置され 更に第２次世界大戦中は対空砲なども増設され、 埋め立てにより面積も完成当初よりも大きく増加している。 そして現在は、深海棲艦の艦載機を迎撃するための高射砲塔がそびえ立っている。 いや、そびえ立っていたと言う方が正しい。 ＳＴＡＧＥ─１８ アメノハバキリ 559 大量の機材を積み込んだ大発動艇に乗り込み、第二海堡に向かう４人の目の前には 高射砲塔があんなになっちまってるが。﹂ あまり愉快ではない光景が広がっていた。 ﹂ ﹁なあ、杉本さん。﹂ ﹁何ですか ﹁本当に大丈夫なのか 硝煙や埃で薄汚れた陸軍の軍服と外套を身に纏った士官が敬礼をする。 大発動艇から降り立った四人に、 飛び散った瓦礫が海面から突き出しているのを躱しながら接近し接舷した。 内火艇は台風の影響でいまだに波の高い東京湾を突っ切り 超兵器は高射砲塔に一撃を加えて去って行ったとのことですから。﹂ ﹁第二海堡の臨時責任者によれば、地下格納庫へ攻撃は受けていないそうです ﹁いや、ホタカ。お前に聞いてねえし、そんなことは聞いてない。﹂ 大口径高初速砲弾の直撃には耐えられなかったのだろう。﹂ コンクリートの塊のような高射砲塔も至近距離からの ﹁おそらく、至近距離から放たれた３０ｃｍ砲弾だな よくよく見てみると、それが高射砲塔の成れの果てであることが解る。 木曾が指差した先には、コンクリートの瓦礫の山 ? ? 560 未だ若いが、二ｍに届きそうなほどの偉丈夫で、やや緑がかった色の瞳が印象に残っ た。 ﹁お疲れ様です、お待ちしておりました。﹂ ﹁お疲れ様です。特警の杉本少佐です。﹂ ﹁第二海堡臨時責任者空城大尉です。命令は伝わっています。こちらへどうぞ。﹂ 階級が上の杉本と対峙しても堂々とした態度を崩さない。 帝都防衛の最前線である、第二海堡所属の人間と言う感じがひしひしと伝って来た。 ﹁臨時指揮官とおっしゃられましたが⋮﹂ ﹁正式な指揮官である荒城少佐は戦死されました。 今は自分が臨時で指揮を執っています。﹂ 爆砕された高射砲塔の破片を乗り越え、あるいは避けながら一行が歩いていくと 一つのトーチカが見えてくる。空城大尉がトーチカの鉄製の扉を開けると下に続く ﹂ 坂道が口を開けていた。その暗い坂道へ歩を進める。 ﹁天羽々斬について何か聞きたいことはありますか 先頭を進む大尉が、後ろへ声をかける。 ﹁そうですねぇ⋮念のために一から教えていただけますか それと、敬語は結構ですよ。貴方は今現在少佐相当の権限を与えられていますか ? ? ＳＴＡＧＥ─１８ アメノハバキリ 561 ら﹂ 海軍組織での艦娘は、最前線で戦う兵としての面と 軍艦１隻を指揮する指揮者としての面を持っている。 そこで艦娘に与えられている階級は少佐相当官だった これは少佐相当の権限を有していると言う意味ではあるが 強制力のある命令の代わりに強制力のない要請しかできなかった。 全ての艦娘は建造、もしくは保護された時点で少佐相当官とされ、基本的に昇進は 無く 艦娘どうしに階級的な上下関係は無い。 ホタカ﹂ 敬語を使うか否かは個人によってバラバラであった。 ﹁そうか、ならばそうしよう。 帝国が涙すべき４年間は知っているか ﹁はい。概要程度ですが。﹂ 帝国陸海軍は文字通り壊滅状態に陥った。 大戦中の艦艇は全て沈み、兵隊は戦死し 我々大日本帝国軍、およびアメリカ軍は壊滅的な損害を受けた。 ﹁それでいい。大東亜戦争の終結後、深海棲艦が出現し ? 562 そんな時に本土の人間が恐れたのは、深海棲艦の本土進攻だ。 仮に、帝都が蹂躙されればこの国は終わりかねない。 しかし、﹂ ﹁帝国には深海棲艦に有効な兵器が無かった。﹂ 重厚なハッチが行く手に現れ、大尉がハンドルを回す。 ﹁そうだ。奴らに対抗できる兵器は無かった。 だが、ハイそうですかと諦めるわけには行かない。 そんな帝国が出した答え。それが、﹂ ガキリ。と金属音が暗い通路に響き 蝶番が軋む音をＢＧＭに扉が開かれていく。 扉と壁の間に隙間ができると、その向こうから 様々な騒音と怒号が漏れ出してくる。 完全に扉が開け放たれた時、彼らの前にソレは存在した。 黒光りする、あまりに巨大な龍がこちらに口を開けている。 ﹁大日本帝国が作り出した究極の局所防衛決戦兵器 ジョーカー 対深海棲艦用４５口径１６０㎝要塞砲︻天羽々斬︼ 俺たちの最後の鬼 札﹂ ＳＴＡＧＥ─１８ アメノハバキリ 563 それは龍では無く、巨大な、見た事も無いほど巨大な １門の要塞砲だった。 その要塞砲にホタカは何故か既視感を感じるが、気のせいだろうと考える。 ﹁砲身内径は１６０㎝、砲身長７２ｍ、１５ｔの砲弾を１２０ｋｍ先まで届かせる。﹂ ﹁こ、こんな兵器が⋮あったなんて⋮﹂ ホタカの隣で瑞鶴が絶句する。 航空主兵主義の権化ともいえる彼女にとっては 理解の範疇外の光景だろう。 ﹁重厚長大。この兵器ほど この言葉がしっくりくるものはありませんねぇ⋮﹂ ﹁だが、こいつほど厄介な兵器も珍しいだろう﹂ 空城大尉の顔は苦々しげに歪んでいた。 ﹃まったく、よくこんな計画を思いついたな。﹄ 電話口の向こうから呆れたような声が聞こえてくる。 564 ﹁そう言うな、島。そもそも思いついたのは私じゃない。杉本だよ。﹂ そう言った時、電話口の向こうの男が深くため息を付くのが聞こえた ﹃∼∼∼∼∼ッ。人に面倒事を持ってくる天才だなヤツは。﹄ │││││その言葉、そっくりそのまま君に返すよ 筆木は心の中で思うだけにしておく。 ﹃それにしても、天羽々斬か。よく覚えていたなあんな未完成の欠陥兵器。﹄ ﹁記憶力は抜群だったからなぁ⋮﹂ ﹃深海棲艦の艦娘以外の攻撃を防ぐシールドを １５ｔの特殊砲弾を直撃させ、そのエネルギー正面から突破する事を目論んで作ら れた 日本帝国軍、砲兵器の一つの到達点。 第一号砲が完成する前に艦娘が登場した為、歴史の表舞台から 抹消されかけている無用の長物。 そいつを使って、帝都から霞ケ浦の超兵器を砲撃する。 〟屋島作戦〟⋮か。﹄ ﹁源平合戦時、那須与一が船上の奥義を射抜いた故事を元にしているそうだ。﹂ ﹃フッ、アイツらしい。﹄ ＳＴＡＧＥ─１８ アメノハバキリ 565 ﹁私もそう思うよ。﹂ ﹂ ﹃まあ、必要なものは手配する。可及的速やかに。﹄ ﹁頼む。﹂ ﹃筆木。﹄ ﹁なんだ そこで、一行はこの兵器がとんでもない曲者であることを改めて理解する。 天羽々斬の横を歩きながら４人は細かい説明を受けていた。 ところ変わって第二海堡秘密地下格納庫 全ては、友や自分の祖国のために。 一つ決意するように息を吐き、目の前に山積する課題を粉砕すべく行動を起こす。 ││││││ああ、そうだ。勝つぞ、島。 不意に笑いがこみあげ、それをこらえながら受話器を置く。 数秒、今まで自分が耳を当てていた黒電話に視線を固定するが ブツリと電話が切られる。 ﹃勝つぞ。﹄ ? 566 この兵器は深海棲艦をアウトレンジで撃破するために作られたと言うよりは 何が何でも深海棲艦を撃破すると言う目的で製造されたと言う方が正しい。 日本帝国が持ちうる技術全てをつぎ込んで開発されたこの砲の 射程１２０ｋｍは、１５ｔの砲弾を比較的安全に放てる ギリギリの装薬で発射した場合の計算上の飛距離である。 射程がここまで長大になると、移動目標に対する命中率は絶望的であり 設計段階で遠距離砲撃の命中精度は０％とはじき出されている。 とはいえ、帝国軍はこの事態を予想していたため建造は続行された。 彼らがこの砲に求めているのは純粋な破壊力であり。 敵艦隊が目視できる距離２０∼３０ｋｍで交戦することを念頭に考えられていた。 また、数が作れないため、できうる限りの速射性を求められ 結果的に再装填に３０分と言うこの超大口径砲としては驚異的な速度を有している しかし、２０∼３０ｋｍの距離は艦船が１時間以内に走ることは容易であるため 実質砲撃できるのは１発のみであり、計画段階から破綻していると言っても過言では ない。 こんな兵器が実用化されかけた事を考えると、帝国軍の焦りと狂気が垣間見えるよ うだった。 ﹁ただし、この性能はあくまでも完成していればの話だ。 現状は芳しくない。砲本体すら完成していないのだ。 測距儀や射撃盤もないし、すぐには作れん。﹂ ﹁そこで、霞ケ浦の観測隊とホタカを使う、と﹂ ホタカ。﹂ ﹁そういう事です。瑞鶴さん。﹂ ﹁でもさ、本当に出来るの 完成すらしていない砲なのに何故そんなものが ﹂ しかし、完成もしていない砲にそんなものはない│││筈だった。 実射のデータを取る他ない。 大砲には大なり小なり個体差が出るもので、それを補正するためには実際に射撃し 射撃盤が３０００ｋｍの彼方にあることと砲の実射データが無いことを除けば。﹂ やっていることは戦艦の砲撃と同じだ。 主電算機で最適解をはじき出し、それをもとに砲撃する。 こちら側で収集したデータをトラックの僕の艦体へ送り ﹁恐らく可能だ。短波無線を使用すればトラックとの間で通信ができる。 不安げに横にいる艦息を見る。 ? ? ﹁いや、実射データはあるそうだ。﹂ ﹁何だって ? ＳＴＡＧＥ─１８ アメノハバキリ 567 568 ホタカが珍しく驚いたのも無理はない、完成していないのに 実射データが存在することはあり得ない。 ﹁大本営から送られてくるそうだが、詳しい所は機密の一点張りだった。﹂ やれやれだぜ。と肩を竦める大尉。ホタカの中で疑念が沸き起こるが 今は詮索している時間は無い。そのデータが出鱈目かどうかは 電算機で分析すればすぐに出る。 ﹁解りました。しかし、今現在の砲の、 出来るだけ詳細なデータもトラックへ送ってください。 砲身の長さ、内径、材質、全てです。 文字通りの一発勝負です。万全を期したい。﹂ ﹁了解した、順次送らせる。﹂ その時、巨大な格納庫の側面の扉が開かれ 続々と人と妖精と工作機械が入ってくる。 その数は人だけでも２０００人を下らないだろう。 彼らは一刻も早く自分たちの仕事を行うべく次々に巨大な砲に取り付いていった。 より一層騒音と怒号が大きくなる。 ﹁技術陣の第二陣が到着したようですね。 ＳＴＡＧＥ─１８ アメノハバキリ 569 ２時間後に第三陣が最後の部品をもって到着するはずです。 瑞鶴。 述べ４５００人がこの砲を完成させるために集結します。﹂ ﹁そんなにも⋮﹂ ﹁驚くのはまだ早いぞ 艦 娘 達 少し照れくさそうな表情だが、２ｍ近い偉丈夫がそんな顔をするのは意外だった。 超兵器からこの国を守れるのだと思うと、な。﹂ ホタカの力を借りるのは事実だが、帝国軍が作った武器が 俺 ﹁ああ、うれしいさ。今までは全て君らに頼りきりだった。 た。 思わず口を付いて出た言葉に瑞鶴はハッとなるが、当人は気にしていないようだっ ﹁嬉しそうですね、大尉﹂ 空城大尉が心なしか誇らしげに語る。 ただ航空機は飛ばせないから無人の観測気球を飛ばすらしいが。﹂ 軍や周辺大学の測定器を総動員しての情報収集計画が進行中だ また、地球の自転や湿度、上空の風速、湿度、温度なども 詳細な座標を調べ、こことの距離を測定している。 霞ケ浦周辺に陸軍の１個大隊が侵入し、超兵器を監視 ? 570 ﹁さて、俺もそろそろ部下達の元へ行かなくては。 少佐、後を頼みます。﹂ 空城大尉は敬礼して、外套の端を翻して喧騒の中へ走っていった。 ﹁それでは、私たちもお手伝いをしましょうか。 必要なものは既に運び込まれているはずです。﹂ 杉本の言葉に３人が頷いた。 大日本帝国安全保障特別指導部本営は未曽有の活気に包まれていた 様々な場所から、非常に多くのデータが寄せられ トラックに錨をおろしているホタカへ向けて短波無線でデータを送り続けていた。 そのデータは発射地点の地上の気温、風速、天候、超兵器の状態はもちろんの事 気圧や地球の自転、弾道の予測進路上のデータも集められている。 また、上空のデータを入手する場合は観測気球を用いていたが ダミーの気球を大量にあげる等の欺瞞工作も積極的に行われ、まさに総力戦だった。 射撃の直前に全てのデータを集めるのが理想的ではあったが、現実的には難しいた め 事前に大量のデータをとっておき、ホタカの電算機で ﹂ 砲撃時の大気や時点の影響をシミュレーションする事となっていた。 ﹁第２観測班より３０ｋｍ地点での射撃データ来ました ﹂ ﹂ 目標は依然として大きな動きを見せていません ﹁す、すぐにホタカへ送れ ﹁第３１観測班より報告 後１時間で完了予定 ﹂ 皇軍の意地にかけて後６時間で完成させるそうです そうなって初めて、彼は自分が震えていることを自覚する。 小刻みに震える左腕を押さえつけて深呼吸をする。 各部署に通達急げ ﹂ ! ﹂ ﹂ 風によって超兵器方向へ流されたダミー気球に対し ﹁該当区域の住民避難は順調 ﹂ ﹁第１１観測班より報告 ! ようやく読み取れた時刻は、１９時を回ったところだった。 ﹂ ! ! 超兵器無反応 ! ! ! ﹁天羽々斬はど、どうなった ﹁組立部隊より報告 ! ! ! ちらりと腕時計を見る。文字盤が揺れて時間を読み取りづらい ! !? ! ﹁屋島作戦開始を０２００時とする ﹁了解 ! ＳＴＡＧＥ─１８ アメノハバキリ 571 572 上層部や、同期、部下からも散々に無能だと呼ばれている筆木であり つとめ 多大な重圧を受けると、冷や汗が流れ挙動不審になってしまうが それでも何とか己の仕事を全うするために足掻く姿は 何故か部下達の指揮を上げる不思議な力を持っていた。 │││││こんな人が指揮官やっているんだ。俺たちがしっかりしなくてどうする ﹂ ? ﹂ ? ﹂ ? ﹃話し合うと言ってもモールス信号です。 ﹁話し合っている ﹃アイツは自分の艦のクルーと話し合っています。﹄ ﹁そうか、ホタカ君はどうしている ﹃仮設発令所の設置は順調です、０２００には間に合います。﹄ 電話にから聞こえてきたのは快活な少女の声だった。 ﹁わ、私だ。其方の準備は大丈夫かね 筆木は手元の電話を第二海堡に設けられた仮設発令所へ電話をかける 自分が部下からそんな事を思われていることは露知らず 通信機一つ動かせない指揮官だったが、何故か嫌いになれなかった。 そんな思いが誰の胸にもあった。しかし、彼らは筆木を憎んでいるわけではない。 ! 本当に人間業なのか疑わしいような猛烈な速度ですが。﹄ 呆れたような声に、自然と笑みが浮かんだ。 ﹄ ﹁彼を我々の尺度で測ろうとするのは、無理な話みたいだね﹂ ﹃ええ、本当に。他に何かご用件は有りますか ﹃了解 ﹄ ﹁それは頼もしいな。では仮設発令所が完成したら連絡してくれ﹂ 規格外な彼らしい言葉。何故かその言葉が妙に耳に残った。 大丈夫ですよ。﹄ ︻無理を通して道理を蹴飛ばす︼のが超兵器を撃破するコツらしいです。 ﹃これはホタカの言っていたことですが ﹁いいや、それだけだ。無茶な作戦だが、君ら第二海堡が頼りだ。よろしく頼む﹂ ? １６０㎝砲用装薬の目途が立ちました ﹂ ! ﹂ ﹁すぐに輸送しろ。トラック、大発、使えるものは全て使え 使用可能な装薬が見つかったそうです 第四地下倉庫をはじめとする帝都内地下倉庫で ﹁中将 黒電話を置くと、通信士官が書類の束を持ってきた。 ! ! １ｇでも多く第２海堡へ運べ ! ＳＴＡＧＥ─１８ アメノハバキリ 573 574 ﹁ハッ ﹂ 床には通信機器類や照明から延びたコードがのたうち回り とはいえ突貫工事であることは否めず、 指揮通信設備を運び込んで臨時の発令所を作っていた。 そのため高射砲塔の中でも何とか無事だった地下部分に 第二海上堡塁の本来の発令所は高射砲塔の中にあったので現在は使用不可能。 仮設発令所の設営作業はもう少しで終わろうとしていた。 出来ると言いきれないところが彼の彼たる所以であった。 道を切り開くこと位なら、できる⋮かも、しれない。 │││││しかし、君らが力を振るえるように 筆木は全員があわただしく動いている本営指令室を一瞬見渡す。 来ない │││││私には、君らのように無茶を通すことは出来ないし道理を蹴飛ばす事も出 ! ＳＴＡＧＥ─１８ アメノハバキリ 575 周辺の地図が載っている机は本土から運び込んだ簡素なパイプ机 人が座れるような椅子は少なく。お世辞にも居心地が良いとは言えなかった。 ﹁臨時主海底ケーブルの復旧作業完了しました。﹂ ﹂ ﹁了解した。砲の組み立ての応援へ向かえ。﹂ ﹁ハッ ﹁了解ィ ﹂ ﹁東方少尉、頼む。﹂ ﹁砲身部隊からデータ貰って来たわ ﹂ 半分以上麻痺している。そんな中で彼女らの働きは重要だった。 命令が伝わらない恐れがあった。現在全力で復旧中であるため基地内の通信網は 年単位で放っておかれていたため、基地内の通信設備に問題があり 何しろ格納庫は人手不足により 瑞鶴と木曾は仮設発令所の伝令役として駆けずり回っている。 杉本少佐は本営での通信をサポートするため一足先に本土へ そして、何人かの陸軍少尉と下士官が詰めていた。 部屋の中には第二海堡臨時指揮官空城大尉とこの作戦の要であるホタカ ! 空城大尉が呼びかけると ! ! 576 ﹂ 仮設発令所に詰めていた少尉の一人が瑞鶴が持ってきた書類を受け取って 本営へ向けてデータを送り始める。 ﹁瑞鶴、砲の組み立てはどうなっている 後２０分で終わるはず。﹂ ﹁そうか、空城大尉そろそろ良いのでは ﹁ああ。﹂ そして、言葉少なに続ける ﹁役者を舞台に上げるぞ。﹂ これもまた急ごしらえのスピーカーから音声が鳴り、地上作業員たちに注意を促す ﹃地表面偽装装甲板解放﹄ 明らかに応急設置されたであろう赤色灯がくるくると回り始めた。 瓦礫が撤去された、だだっ広い平地に大型の機械の駆動音のようなものが響き 月明かりが照らす第二海上堡塁、空から見るとひし形で平坦な人工島の中心 ﹂ ﹁もうほとんど完了。一部は機材の撤収を始めてる。 ホタカは猛烈な速度で打っていたモールスを辞めて問いかける。 ? ? ＳＴＡＧＥ─１８ アメノハバキリ 577 すると、１本の亀裂が入り地面が持ち上がりはじめた。 平地だと思われていたのは、実は巨大な２枚の装甲板で それが東京の勝鬨橋のように空に向かって開いていく。 ﹃進路良し、固定ボルト１番から１２５番外せ、海水注入開始。﹄ 下からはうっすらと光が洩れ、海の音とはまた別の水の音が、かすかに聞こえる。 ﹃海水注入順調なり﹄ その下からせり上がってきたのは巨大な砲身を持つ要塞砲 全貌を現すのにたっぷり２０分かかった巨砲こそ 局所防衛決戦兵器対深海棲艦用４５口径１６０㎝要塞砲︻天羽々斬︼だった。 ﹃天羽々斬、ゼロ地点に到達﹄ ﹃注水停止、ターレットロックボルト作動﹄ 天羽々斬が鎮座している土台の高さが地面と同じになった時点で 硬質な金属音が連続して響き、先ほどまで若干上下動していた砲台が 地表に設置された回転する台座に固定される。 ﹃ターレットロックボルト作動確認。天羽々斬、固定完了。﹄ ついに地球史上最大最強の要塞砲が地上にその身を固定した 艦娘の登場によって表舞台に上がることなく 578 人知れず朽ち果てていく運命であったこの兵器は 軍本部の失策と超兵器の出現によってようやく仕事を与えられる。 重量が１万ｔを軽く超える砲を地上まで運搬した方法だが 仕組みとしては単純だった。 地下格納庫はいわゆる２重底になっている ２重底の上に天羽々斬が搭載され、 その２重底自体が砲を乗せても水に浮かぶ台船となる様に設計されていた。 砲を使用する際は、台船と格納庫をつなぐロックボルトを外し その下へ海水を注入し浮力を利用して砲を地上まで運搬する。 その間に地上に台船が出てくる場所の偽装地面が開き進路を確保した。 また、その場所は巨大なターレットの中心であった。 海抜ゼロ地点まで台船が移動したらターレットから固定用のロックボルトが伸び 台船を固定して要塞砲の設置を完了する。 地上でターレットの整備や、物資の搬入を行っていた軍人たちは 目の前に出現した超巨大砲に目を奪われ絶句する。 しかし、そうやって呆けていたのはほんの一瞬だった。 次の瞬間には彼らは己の仕事に打ち込む │││││天羽々斬が有れば帝国は負けない 誰もが胸の内にそんな確信を抱いて作業をする。 実際は史上最大の欠陥兵器であったが、その巨大な体躯がもたらす ﹂ 兵たちへの安心感と言う点では他の追随を許さない、本物の実力だった。 ﹃私だ﹄ ﹁槍は届きましたか 帝都内への光の配備も目途が立った。﹄ ﹁ありがとうございます。﹂ ﹃それにしても⋮ ﹄ 実戦でも問題ない。槍の訓練も急ごしらえだがやっている。 もともと例の機体への転換訓練の最中だったから パイロットも生き残りの２人を起用する。 例の機体も、もうすぐ整備が終わる。 ﹃ああ、成増飛行場に搬入している。 ? 貴様こういう事を見越して槍を持ってきたのか ? ＳＴＡＧＥ─１８ アメノハバキリ 579 580 ﹁いいえ、本当は全く別の目的です こういう使い方を考えたのは彼です。﹂ ﹃無理を通して道理を蹴飛ばす⋮か。まさに言葉通りだな﹄ ﹁そうでもしないと奴らには勝てません ではこれにて。﹂ 仮発令所の全員の視線が、机の上に置かれた時計に注がれる 時計の短針は２の手前、長針は１２の手前の位置 秒針が小さなカチカチという音を立てて１２へと近づいていく。 静寂が仮発令所を支配し、要員の息遣いと通信機の発する雑音しか聞こえない ﹄ ついに秒針が１２に至ると同時に通信機から筆木の声が響く ﹃作戦開始 ﹁地上要員は退避壕へ退避 ﹂ ﹂ ! ! 急げェ ! ﹁前進観測班、後退開始しました ﹁ホタカより装填班、装薬量＋０．５に補正。﹂ やや震えた号令を耳にした瞬間、各自が自分の仕事をするために動き出す ! ＳＴＡＧＥ─１８ アメノハバキリ 581 ﹁南南東の風、２．４ｍ／ｓに変化 ﹂ ﹂ ﹂ これより退避する ホタカへ渡します 装薬装填完了 ﹁温度、湿度に変化なし ﹃装填班より発令所 ﹁遠隔操作装置異常なし ﹄ その想定外を現場で補正するのがホタカの役目だった。 どうしても誤差がや想定外が発生する。 あくまでも計算機内でのシュミレーションの為 それをもとにした射撃諸元を送らせているが、 そのため、トラックでは砲撃予定時刻の大気の状態をシミュレートし データを完全に送るのには時間がかった。 電子技術が未熟であるため、送受信装置に未だ問題を抱えており 射撃諸元はトラックの艦体から短波無線で送られてくるが、 この表示装置にはニキシ│管に似たものが使われていた。 ある程度リアルタイムで確認できるように表示措置が置かれている。 その前に立つホタカの周辺には、砲弾の予想進路上の気象データが 遠隔操作板が起動する。 要塞砲に取り付いて最後まで整備を行っていた人間が離れ ! ! ! ! ! ! ! 582 どこからか出てきた１６０㎝砲の実射データは、トラックのシミュレーションで 極めて信憑性の高い物であることが確認されたため、 ホタカは実射データを頭に叩き込み、万一の際の参考にするつもりだった。 彼の艦息としての特殊能力の一つに高速演算があることが、この補正を可能にしてい た。 今回の作戦を纏めると、まず射撃に必要なデータをあらゆる方法で収集し 本営で暗号化の後、短波無線に乗せてトラックへ送る トラックでは暗号を解読し、そのデータを基に ホタカの主電算機で砲撃予定時刻の射撃諸元をはじき出す その射撃諸元を暗号化して本営へ送る、 本営で解読した後、その射撃諸元を第二海堡仮発令所に伝える さらにそこで、ホタカが最後の補正を行い砲を操作後、砲撃する。 射撃盤の無い天羽々斬を３０００ｋｍ彼方の電算機を用いて砲撃する前代未聞の 作戦だった。 ホタカの操作により、砲が微妙に上下動していく その間にも射撃準備は着々整えられていた。 ﹁駐退機異常なし。﹂ ＳＴＡＧＥ─１８ アメノハバキリ 583 ﹁砲撃用特殊ロックボルト作動確認。﹂ ﹁要塞砲薬室内温度正常。﹂ ﹁観測班より報告、超兵器に動きなし。﹂ ﹁装填班員退避完了。危険域にいる者はいません。﹂ ﹁砲身の歪みは許容範囲内、シミュレーション通りです﹂ そこへ、空城大尉の号令が響いた ﹂ ﹁最終安全装置、解除。﹂ ﹁撃鉄起こせ ﹁湿度、風速、自転速度補正⋮＋０．００５、│０．００２⋮﹂ 設計者の趣味で両方纏めて撃鉄と呼称している。 火管を用いる方式のどちらも採用しているが 実際の所、天羽々斬では撃鉄を用いる撃発式と それまでの表示が切り替わる。 ホタカが遠隔操作装置の端についたカバーを空けてスイッチを押すと ︻火︼ ︻実装︼ ← ← ︻安︼ ︻ 空 ︼ ! 584 確認するように呟きながら補正していく、 砲撃予定時刻まで、残り３０秒を切る ﹁総員、耐衝撃防御態勢。﹂ ﹁地上トーチカは開口部を閉鎖。﹂ 残り３０秒 超兵器の居る霞ケ浦では、退避した陸軍軍人たちが 闇の中で固唾をのんで見守る。 その間も、データを送ることは忘れない。 さらに着弾後の戦果確認のため、探照灯を超兵器に向け 照射待機している。 残り２０秒 室内ではホタカの呟き以外は聞こえてこない。 残り１０秒 ニキシ│管が示す射撃開始予定時刻までのカウントダウンが 遂に一ケタになる。 ９ ８ ＳＴＡＧＥ─１８ アメノハバキリ 585 ７ ６ ５ ４ ３ ２ １ ０﹁射ぇッ ﹂ 一抱えもあるほどのコンクリート片さえ吹き飛ばされ、 吹き荒れ、海水を吹き飛ばし、文字通り海が割れた。 撃波が 音の速度を置き去りにした砲弾が、砲口から飛び出すとともに周囲に冗談のような衝 ていく ｔ単位の装薬が点火され、砲身内に込められた１５ｔの１６０㎝特殊砲弾を加速させ その信号はたがえることなく砲身内の火管が作動 紅いボタンを押し込んだ。 空城の号令とほぼ同時に、ホタカが引き金として働く !! 586 第二海上堡塁高射砲塔が、衝撃波と砲発射による振動で更に破壊され崩落が進む。 その地下に設置された仮発令所でも尋常では無い揺れが発生し 全員が倒れないように何かにつかまった。 積み上げられた通信機器がガタガタと振動し、仮設照明が倒れ大きな音を立てる 天井からはパラパラと細かいコンクリート片が降り注ぎ視界を奪う その間の時間すら、彼らには惜しかった。 ﹂ ﹂ もしこの一撃が失敗すれば超兵器に勝てる確率は低くなる。 ﹂ 永遠に続くかと思われた衝撃がようやく過ぎ去り、当たりを静寂が包んだ。 砲撃成功 東方少尉が噎せながら報告を上げる 損害報告も忘れるな ﹁ゲェッホゲホ⋮地上班より報告 ﹂ 各部にも異常発生 現在旋回不可能 ﹂ ! 砲弾が届くまで１分以上の時間がある。 ﹁すぐに復旧しろ 砲旋回装置回路破損 ﹁砲撃によって特殊ロックボルト５本損傷 ﹁何だ その時、あまり聞きたくないアラームが鳴り響く ﹁次弾装填を急がせろ ! ! ! ! ! ! ! ! !? ＳＴＡＧＥ─１８ アメノハバキリ 587 │││││頼むぞ 空城大尉は忙しく支持を出しながら、祈る。 霞ケ浦の第四前進観測班班長が双眼鏡を覗き超兵器を睨む 計画通りなら砲弾は既に飛翔中だ。弾着まで恐らく３０秒。 その時、闇夜に火が上がる 一瞬どこかの莫迦が先走って砲撃したのかと思ったがそうではない 気づかれたか ﹂ 超兵器の右翼、報告では無傷であった個所からエンジンの噴射炎が見えていた。 ﹁畜生 !? ﹁班長、危険です 退避を ﹂ ! 部下に促されて、足元に掘ってあった退避壕へ滑り込む。 ! ちらりと時計を見ると、着弾まで残り１０秒だった。 超兵器機関が発する音がこちらまで聞こえてくる 出足はもたついた。 いかに超兵器機関と言えども、半分近くの推力が奪われていては 質量が大きい分、機敏に動くにはそれなりの出力が居る しかし、噴射炎は見えても機体は一向に動こうとはしない ! 588 ちらりと横を見ると未だに退避壕から身を乗り出して硬直している別の部下を見つ けた ﹂ どうやら、超兵器にくぎ付けになっているらしい ﹁死にたいのか貴様ぁ 部下が退避壕の床に叩きつけられた瞬間、大地が爆ぜた。 足をつかんで力任せに退避壕へ引きずり降ろす ! ﹁何をぼさっとしている 早く探照灯を照射しろっ 照明弾揚げ ! ﹂ !! 軍曹の放った怒号に近い指示に、常日頃から彼のしごきを受けている兵たちは ! すぐにいつもの鬼軍曹に戻り未だに呆然としている部下に命令を飛ばす。 余りの出来事に班長を務める軍曹と言えども数瞬呆けてしまうが、 永遠にすら思える数分が過ぎ去り、再び辺りに静寂が戻りはじめる。 退避壕のすぐ外に落ちたのかと錯覚すらしていた。 観測班の副班長は、目標を大きく外れて 耳をつんざく爆音がいやになるほど感じられることが出来る。 身体を貫く衝撃波と、大地震でも起きたかのような揺れと 着弾個所から数キロ離れているはずの退避壕の中でも 音速を置き去りにした速度で急降下し、着弾する。 闇夜を切り裂いて飛来した１５ｔにもなる特殊対艦砲弾が いつも通りの静かな夜だった、その瞬間までは。 草木も眠る丑三つ時 ＳＴＡＧＥ│１９ 決戦、第二海上堡塁 ＳＴＡＧＥ─１９ 決戦、第二海上堡塁 589 590 半ば条件反射のように行動を開始する。 数人が爆風と振動によって空を仰ぐように倒れた探照灯を引き起こし その間に迫撃砲で照明弾を打ち上げる。 先ほどとは比べ物にならないほど軽い音と共に発射された照明弾は 他の班からも打ち上げられた照明弾と共に、闇夜を照らし出した。 もうもうと立ち込める土煙、その向こうに何かが見えた気がした。 探照灯を再配置し、照射した瞬間、一陣の突風が土煙をあらかた吹き飛ばす そこには、右翼後部 つまりエンジン後部がごっそりと脱落した超兵器の姿が存在していた 右エンジン後部が吹き飛んでいるとはいえ、原型はしっかりと保っている。 どうやら、右翼に直撃するはずだった砲弾が超兵器がわずかに前進した為 右翼を外れるも、衝撃波でエンジンを吹き飛ばしたらしい。 しかし、当初の作戦では１撃でケリを付ける算段であったため 超兵器がいまだに健在であることは、作戦が失敗したことを意味している。 とはいえ、もう打てる手立ては少ない。 そんな事を考えながら、本営へ通信を送る。 戦争は始まったばかりだった。 ＳＴＡＧＥ─１９ 決戦、第二海上堡塁 591 ﹁なるほど、避けたか⋮﹂ 攻撃が外れたと言う報告に静まり返った仮発令所内で 空城の冷静な声が妙に響いた。 ﹂ ﹁でっ、でも超兵器は右のエンジンを両方やられたから あの巨体ではもう飛べないはずよ ﹁それはどうかな ﹂ 彼女にとって思わぬ方向から冷や水を浴びせられることとなった 場の空気を変えようと、あえて明るい声を出す瑞鶴だったが ! もちろんホタカとて、彼女の行動が理解できないわけではない 楽観視するには、まだ早い。﹂ １発でも生きていれば、飛ぶ可能性がある。 右のエンジンはつぶせたが、まだ左のエンジンが残っている ﹁奴らは、僕らの常識で測れるような存在じゃない 周りに表示されるデータを見つめていた。 ギョッとして振り向くと、ホタカが渋い顔をして ? 592 沈んだ空気では、各人の能力が発揮される道理はないからだ。 それでも、彼は彼女の気遣いを足蹴にして、あえて現実をぶつける。 誰よりも超兵器の危険性、異常性を理解しているだけに 楽観論とも取れる瑞鶴の意見に賛同することが出来なかった。 ﹁といっても、瑞鶴の言うようにまだヤツは地上にいる 再装填が完了するまで約２４分。それまで奴が飛行しなければ 僕たちの勝ちだ。﹂ ﹁⋮ホタカの言う通りだ、再装填を急がせろ。﹂ それぞれが、もう一度数分前と同じ仕事に入る中 ホタカがやることはあまりない。 彼の仕事は砲撃直前の微調整であるため、再装填中にやることは 送られてくるデータと睨めっこしたり、送られてくる情報を整理し 超兵器の現状を推し量ること位であった。 ﹁瑞鶴、すまなかったな。 君の気遣いを無駄にした。﹂ 小声で自分に誤ってくるホタカに、瑞鶴は小さくため息を付いて 同じように小声で返した ＳＴＡＧＥ─１９ 決戦、第二海上堡塁 593 ﹁いいわよ、別に。アンタの言ってることの方が正しいしさ。﹂ ﹂ ﹂ 本心から言っているであろう言葉に、彼の口がわずかに歪む ﹁案外、優しいんだな ﹁どういう意味かものすごく気になるんだけど ﹁装填班より報告 装填装置破損 人力装填に切り替えるため再装填が１０分ほど伸びます ! ﹂ それから１５分ほど経過したころ、よくないニュースが飛び込んでくる。 頭を掻いてごまかしておいた。 思わず口を付いて出た軽口に、目が笑ってない笑顔で返されたため ? ? 様々な異常が発生し、装填装置にも不調をきたしていた。 ? ﹂ ? 空城大尉が言うように、先ほど照明弾を放ち、探照灯を照射した観測班は ﹁探照灯を照射した班は退却した。今は全部で１２班が監視の任務に就いている﹂ ところで前進観測班は 主翼自体にどれほどのダメージが入っているかが解らなければ⋮ ﹁何とも言えませんね、右エンジン後部が脱落しているとのことでしたが ﹁解った、出来るだけ急がせろ。不味いことになったが⋮大丈夫か ﹂ 規格外の反動によって頑丈に作られているはずの天羽々斬の各部に ! ! 594 超兵器の攻撃が来ないうちにさっさと撤退した。 速射砲弾のつるべ打ちを受けようものなら 一瞬で全滅する可能性があった。 ﹂ 一つ頷いて、超兵器の詳しい破損状況を尋ねようとしたところで 離陸を試みている模様です !! 今一番聞きたくない報告がもたらされる。 ﹂ ﹁ちょ、超兵器再起動 ﹁何っ ! 遅いように見えた。 その速度は徐々に増していくが、巨大な機体を浮かすには 雑多な起伏を文字通り押しつぶしながら進み 機体の下に取り付けられた、巨大な橇が ゆっくりとではあるが推進し始める。 膨大な量の土煙を巻き上げて、数千トンでは収まらないような巨体が 格段に大きく、力強く、まさにエンジン全開と言うべきものだった。 それは１６０㎝砲弾が飛来する直前の物より 暗闇に包まれた霞ケ浦に再び青白い噴射炎が現れる。 !? ＳＴＡＧＥ─１９ 決戦、第二海上堡塁 595 しかし、アルケオプテリクスの胴体下部に格納式のノズルが展開されると そこからも翼のエンジンと同じように青白い炎を吐き出し始める その推力は、足りない揚力を補って余りあるものだった。 ついに空中に巨体が浮かび上がると、地面から離れたことで抵抗が減少し 速度が上がり始める。それにつれて下部スラスタの推力も小さくなっていき 最終的に、左側のエンジンのみで飛行し始めた。 一度上昇したのち、機体を傾けて大きく旋回。 目指す場所は南西、第二海上堡塁だった。 ﹂ ﹂ 傷ついた始祖鳥は、下手人を殲滅するために霞ケ浦を舞い立った ﹁超兵器は離陸し、旋回。南西に向かったと言う事です。﹂ ﹁目標は⋮ここだな。﹂ ﹂ 迷惑極まりない予想にホタカは肩を竦めた。 ﹁到着予想時刻は 間に合わん ﹁超兵器の速度から、およそ１５分で第二海堡に到達します ﹁くそっ ! ! ? 最悪な現実に空城大尉がコンクリートの壁を殴りつける。 ! 596 再装填が完了するまで残り２０分、どうあがいても装填する前に ３０ｃｍ砲弾が飛んでくる。 ﹂ 万事休す。そんな絶望的な空気が流れるが、落ち着き払った男が一人。 ﹁東方少尉、超兵器が第二海堡を爆撃する場合に ﹂ 超兵器には下向きに連装砲があるはずだろう 投弾地点到達までのリミットを本営へ確認してほしい﹂ ﹁了解 ﹁なぜ爆撃なんだ ? る。 何が言いたいかと言えば、超兵器は迎え角を大きくとって飛行していると考えられ わけだが⋮ つまり、機首を上に向ける。これが過ぎると翼から空気の流れが剥がれて失速する 航空機は速度が落ちると揚力を維持するために迎え角を大きくとる必要がある ﹁今現在超兵器は推力不足だ。右のエンジンをすべて失ったのだからな 第二海堡を射界に捉えるまでの時間だった。 先ほどの１５分と言うリミットも、超兵器下部の３０㎝連装砲が アルケオプテリクスには５基の主砲がありそのうちの３基が下部に付いている 木曾の問いは当たり前の事だった。 ? ! ＳＴＡＧＥ─１９ 決戦、第二海上堡塁 597 超兵器の上部に付いている主砲は俯角が全く取れないから もはや前方への対地攻撃能力は無い。 問題は下部の主砲だが、３基の内１基は後ろ向きについているため 前方は射角外だ。 結論として、前部の主砲２基を潰せば 奴はこちらに主砲弾を飛ばすことは不可能になる。﹂ ﹁り、理屈は解るがどうやって主砲を潰すんだ 主砲にはそれなりの装甲板は有るだろうし 第一、攻撃手段がない。ここに来るまでに 高射砲を配備しようとしても ﹁戦争は二の矢を継げなかったものが負けるのだ。﹂ 口の端に微かな笑みを浮かべたホタカは、静かに続けた。 ﹁心配いらない。既に矢は放たれている。上手くいけばこれでケリが付く﹂ 主砲でアウトレンジから一方的に叩かれるだけだ。﹂ ? 598 深夜の飛行場にいつもとはまるで違う轟音が鳴り響いていた その轟音の発生源は４つの細長い樽状の装置 それは１つの機体の両翼に２基ずつぶら下がっている。 甲高い音が一際大きくなったかと思うと 細長い樽状の装置、つまりジェットエンジンから 青白い光が伸び、それに繋がれた機体を急加速させていく プロペラとは明らかに違う加速にパイロットは歯を食いしばり 操縦桿を手前に倒す。機首が上を向いて上昇を開始した。 横を見ると、相棒の機体も同じように離陸し、 ﹄ 降着輪を格納しているところだった。 ﹃相棒、聞こえるか 見た事も無い２本の槍だった。 隠されるように作られた飛行場。そこにあったのは２機の機体と 脱出して地上に降り立った後、迎えに来た救出班に連れられてきたのは 奇跡的に生き残った２人のエースパイロット菅納と大瀬だった。 この２機を駆るのはアルケオプテリクスを追撃し ﹁ああ、よく聞こえるよ。﹂ ? ＳＴＡＧＥ─１９ 決戦、第二海上堡塁 599 機体の方はパット見た感じではＭｅ２６２のように思えるが 後退翼では無く直線翼を採用しているなど異なる部分も見られる それは海軍がドイツ第三帝国のＭｅ２６２を元に制作した 現時点で最強の戦闘機、噴式戦闘機菊花だった。 現在では工作機械等の関係で疾風改が主力の日本帝国軍にとって この機体はめったにお目に掛かれない代物だった。 とはいえ、彼らに大きな驚きは無かった エースパイロットとして認められている彼らは、 以前から菊花への転換訓練を行っていた。 菊花の量産はまだ先の事ではあるが、先行量産型はわずかずつではあるが 完成し防空隊に配備されるのも間近であったため、 彼らはジェット戦闘機の訓練を受けており それに先行量産型菊花を使っていたのだった。 以前の戦いでは、他の追撃隊と歩幅を合わせ 得体のしれない相手には、乗りなれている疾風改の方が良いだろうとの判断で この機体を使わなかったのだった。 そんな事よりも、彼ら２人を驚かせたのは 600 それぞれが１本ずつ機体の腹に抱かせている白い槍。 ＵＧＭ│８４、ハープーンと呼ばれるその対艦ミサイルは 本土での試験のために、ホタカから降ろされて 改造して、内部に輸送スペースを設けた 九七式飛行艇の胴体内に積み込んできていたのだった。 もともとは分解される予定だったものが、 今は小改造の後、菊花にぶら下げられて飛翔の時を待っている。 ﹃それにしても、無茶苦茶な任務だな﹄ ﹁全く同感だ。だが、成し遂げなければ今度こそ帝都が焼け野原になるぞ ﹂ ? ﹂ そいつは面白くないな。とそんな嘆きが、雑音の少ない通信機から聞こえてきた ﹁さて、そろそろだ。目標は解ってるな ﹁よし、では行くか ﹂ ﹃俺は左胴体、相棒は右胴体の下部焼夷榴弾砲。﹄ ? した しばらくの後、前方で幾つもの光が現れて昼間に見た超兵器の巨大な機体をあらわに 超兵器の対空レーダーを避けるため地上ギリギリを掠め飛んで行く スロットルを全開にし、青い炎を引いて ! ＳＴＡＧＥ─１９ 決戦、第二海上堡塁 601 次々と超兵器の進路上に打ち上げられる照明弾と探照灯が 超兵器が再び闇に戻ることを許さない。 とは言え、光自体に大きな問題はない。 問題はこちらに向かって猛スピードで突っ込んでくる２機のジェット機 一体何を考えているのかは不明だが、それなりの策は有るはずだろう。 外敵の排除のために、中距離ミサイル、ＲＡＭを斉射 その数３０。１機に付き１５本のミサイルが迫るも襲撃者にとってこれは予想済み だった。 急上昇する瞬間にチャフを散布する。 ホタカの世界ではチャフを１発撒けば、 それが効力を失うまで十数秒間は誘導兵器を無効化できる それだけ誘導兵器のチャフへの抵抗性は非常に低かった。 彼と同じ世界から来ている超兵器であれば、 チャフを撒くことでミサイルを無効化できるはずで、その予想は的中した。 ２機に向かっていた３０発のミサイルは、そのすべてがばら撒かれたチャフへ突っ込 んでいく。 十数秒と言う時間は、反航している航空機が接近するのに十分な時間だった。 602 苦し紛れに放たれる速射砲の対空砲火を躱しつつ巨体に迫る。 超兵器直前で一旦降下した後、アッパーカットを決めるように急上昇しつつ半ロール ﹁仲間の敵だ、受け取れ。﹂ 小さく嘆いて、急増品の発射ボタンを押し込み、ハープーンを切り離すと その瞬間、操縦桿を引いて旋回、地面を真上に見ながら菅納は超兵器の後方へ退避す る このハープーンと菊花はホタカの指示で小改造が施され 本来は搭載することが不可能な兵装である対艦ミサイルを 航空機に取り付けられるようにしていた とはいっても、菊花が出来ることはミサイルの切り離しのみで ミサイルは切り離された後、その時に弾頭が向いていた方向を 維持するように飛行するようにプログラミングされていたので 実質、無誘導対艦ロケットと言えるものだった。 切り離されたハープーンはロケットモーターに点火 まっすぐ進む事だけをプログラムされたミサイルは 切り離された瞬間に向いていた方角へ向けて飛翔する。 そして、２本の槍は彼らが狙っていた下部焼夷榴弾砲へ直撃し エネルギーを放出させる。その数瞬後、超兵器の下側に 大きな火球が膨れ上がり機体下部を煌々と照らし出した。 さらにそのすぐ後に、前部を指向できる２基の連装砲塔が 内部から膨張するかのように木端微塵に爆発する。 ﹁ざまあみろ。﹂ 爆発炎上するアルケオプテリクスを肩越しに見て笑う。 ﹄ これで落ちなくても、後は第二海堡の連中がやるだろう 自分の仕事は終わった。 ﹃よう、相棒。まだ生きてるか 自分と同じ気分だからだろう。 その声が何処となく嬉しそうだったのは 大瀬の決まり文句が通信機から流れてくる ? この空に散った戦友の敵に手痛い一撃を食らわせてやると言うのは ﹂ 何とも爽快な気分だった。 ﹁焼夷榴弾砲 ? ＳＴＡＧＥ─１９ 決戦、第二海上堡塁 603 604 ﹂ ﹁そうだ。それが奴のある種の弱点。構造上の欠陥と言える個所だ﹂ 不思議そうに首をかしげる瑞鶴に一つ頷いて答える。 ﹂ ﹁瑞鶴、焼夷榴弾砲が何処についていたか覚えているか ﹁それは⋮機首下部に二つ⋮だったっけ ﹂ ﹁⋮焼夷榴弾って言うんだったら、ガソリンとか可燃物じゃないの ⋮あっ ﹁つまりはそういうことだ。焼夷榴弾砲にハープーンを打ち込み 内部に火災が発生すれば、焼夷榴弾に詰められたナパームが ? 非常に近い位置にある。一つ聞くが、焼夷榴弾の中には何が入っていると思う そして、それらの弾薬庫は仕切られてはいるものの 焼夷榴弾砲自体には強固な装甲が張られていない。 ﹁まあ、そうだ。補足すると焼夷榴弾砲のすぐ後方に主砲があり ? 次々炎上し弾薬庫は高温になる。その隣に主砲弾の弾薬庫があれば﹂ ﹂ ﹁速攻で誘爆するでしょうね、それも盛大に 消火装置とか積んでないの 彼女の問いに首を横に振った ? ﹂ ? ? 自分の言う弱点を理解したような瑞鶴に満足げな笑みを向ける。 ! ＳＴＡＧＥ─１９ 決戦、第二海上堡塁 605 ﹁あるにはあるが、僕の世界の調査では焼夷榴弾の威力が大きすぎて 効果があるかどうかは疑問視された。まあ結局のところご覧のありさまだ。 進路変わりません ﹂ 焼夷榴弾の誘爆は避けられず、主砲弾薬庫に引火爆発した。しかし⋮﹂ 一つ区切るホタカに、彼女は嫌な予感を覚えた ﹂ ? ﹁ハァァァァァァッ ﹂ !!!??? ﹁簡単な事だ。僕が外に出て、天羽々斬を放つ。﹂ ﹁ちょっとホタカ。どういうことか説明してほしいんだけど ﹂ 普段通りの表情を浮かべるホタカの姿はひどく対照的に見えた。 苦虫を１００匹ぐらい同時に噛み潰した様な表情を浮かべる大尉と ﹁ええ、と言うよりももはやこれしか手がありません。﹂ ﹁確かにあるが⋮正気か ﹁空城大尉。天羽々斬の砲座にも操作盤は有りましたよね。﹂ ! ﹁主砲弾薬庫に２つが引火爆発した程度で、 超兵器いまだ健在 ! 墜落するような兵器であれば苦労しないんだが。﹂ ﹂ ﹁観測班より報告 ﹁ほらな ! ヤレヤレと肩を竦め、大尉の方へ向き直る ? ? 606 あんたバカなの バカでしょ バカに決まってる !! 昼食を頼む時ぐらいに軽くとんでもないことを言い放った。 ﹁ちょっ !? ﹁それならば、早く退避してください ゆっくりと大尉は頷く。 ﹁そんな事より大尉。操作盤は使えますか ﹂ サラリと想像したくない事を言い放つホタカに絶句する。 原型をとどめていればいい方かもしれない。﹂ ﹁まあ、１６０㎝砲の発砲の衝撃だ。人間ならバラバラになるだろうな ﹁でもそれじゃ﹂ 超兵器を確実に落とせる。﹂ 僕が外に出て自分の目で観測し、演算し、操作すれば 先ほどのようにここで操作すれば十中八九外すだろう。 トラックの艦体で再計算するには時間もデータも足りない。 放てるのはあと１発。それも超兵器は目と鼻の先の空中 ﹁しかし、これしか方法は無い。 あんな馬鹿でっかい要塞砲の近くにいて無事で済むわけないじゃない !? 装填員と僕以外の人員に出来ることはありませんからね。 ? ﹂ ! ! ＳＴＡＧＥ─１９ 決戦、第二海上堡塁 607 不必要な危険を犯す事は指揮官として避けるべきです。﹂ ﹁⋮⋮⋮解った。東方少尉、装填員以外は全員 非常用地下通路を通り第一海上堡塁へ退避しろと堡塁内に伝えろ。 それと本営にも。伝達が終了次第貴様も退避しろ﹂ ﹁了解、しました。﹂ 空城大尉は指示を出し終えるとホタカに向き直る ﹁悪いが、俺はここに残らせてもらう。 装填員も俺の部下だ。彼らをおいて退避することは出来ない。﹂ 拒否を許さないと言う態度に、軽く頷く。 ﹁大尉はここの指揮官ですから。僕にどうこう言う資格はありません。 けれども、仮発令所か装填員の待避所にいてくださいよ。 外に出られれば、勝っても負けてもあなたは死ぬ。﹂ ﹁解っている。﹂ ﹁では、僕は超兵器迎撃の準備に入ります﹂ お互いに敬礼して部屋を出ようとするが、彼の前に１人の少女が立ちふさがった ﹁⋮そこをどけ。瑞鶴﹂ いつもの彼からは考えられないような冷たい声だったが 608 彼女は動かずに、逆に彼を睨みつけた。 ﹁否よ、アンタをみすみす殺したくない。﹂ ﹁瑞鶴、時間が無いんだ。君に手荒な事をしたくは無い。﹂ ﹁撃つなり殴るなり勝手にしなさい。噛みついてでもアンタを止める アンタが居なくなれば。私たちは超兵器に対抗する手立てを失う。 それに⋮﹂ その後に続く言葉に詰まる。自分がいったい何を言おうとしていたのかが解らな い 何かとても大切な事のように思えるが、何故か出てこない。 ﹁問答をしている暇はない。もう一度言う、道を開けろ。﹂ ﹁⋮⋮⋮﹂ こちらを睨みつけて微動だにしない彼女に、一つため息を付く その瞬間、１歩踏み出し右の掌底を彼女の鳩尾に叩き込んだ。 掌底を叩き込むまでの時間は１秒にも満たず 婦女暴行罪でしょっぴくなら後にしてくれ。﹂ 瑞鶴は反応すらできず意識を刈り取られ崩れ落ちかける、それをホタカが受け止め た。 ﹁木曾、彼女を頼めるか ? ＳＴＡＧＥ─１９ 決戦、第二海上堡塁 609 ﹁⋮解ったよ。﹂ ﹂ 気を失った彼女を、同じ艦娘である木曾に預ける。 ﹁君も早く退避しろ。﹂ ﹁これから行くが⋮死ぬなよ もし初めから故障していれば、再装填は不可能だっただろう。 最も重い砲弾を装填した後に装填装置が故障したのが幸いだった 後ろの方では、人力で装薬が詰められていく。 いくらか簡素なもので、より頑丈そうだった。 天羽々斬の砲台基部に取り付けられた操作盤は、仮発令所の物よりも よっこらせと瑞鶴を背負いなおして、発令所の人員と共に退避を開始する。 ﹁ったく。面倒の掛かる奴らだ⋮﹂ 彼は一言返すと、足早に仮発令所を出て行った。 ﹁アルケオプテリクスごときに殺される気は無い。﹂ ? 610 霞ケ浦の方からは、超兵器が発しているであろう爆音が遠く聞こえてくる 未だに装填作業は終わらない。それが終わったとしても 作業員が退避するまでは撃つことが出来ない。 突然、砲が向いている方向、霞ケ浦方面に照明弾が上がる それに呼応するように、木更津周辺からも幾つもの探照灯の照射が始まった 始めはバラバラの方向を向いていた地上から延びる幾本もの光の道は、 それぞれが意志を持つかのように動き出し、霞ケ浦方面を指して止まる。 ﹁来るか⋮﹂ ポツリと嘆いた瞬間、無数の光の道が、空中でさえぎられる。 超大型爆撃機アルケオプテリクスが再び帝都に姿を現したのだった。 装填作業はまだ終わっていない 超兵器は彼御予想通り、大きく迎え角を取っていたため ハープーンにより破壊された焼夷榴弾砲と主砲が良く見える しかし、消火が成功したのか その二つから上がる炎は既に無く、ぽっかりと空いた穴から 薄い煙を引いているだけだった。さらに爆弾倉扉はすでに解放され 爆撃でケリをつける意志が見て取れる。 ＳＴＡＧＥ─１９ 決戦、第二海上堡塁 611 ﹂ さらにその高度は低く、７００ｍ程度だった。 ﹁装填作業完了 ││││││そういう事か 機首を下げれば上部の砲の射界に地上が入る。 下側の主砲は使えないが、上部の主砲いまだ健在だ 敵の狙いは爆撃では無く、あくまでも砲撃だった。 その考えに至らなかった自分を悔む。 ! つう、とホタカの背中を冷たい物が滑り落ちた。 アルケオプテリクス自体には問題があるようには思えない 突如、超兵器の機首がゆっくりと下がり始める その瞬間まではそう考えていた。 後は射撃位置まで超兵器を引き付けて砲撃するだけ、 ホタカの頭の中では、既に演算が完了している。 砲身自体が非常に重いため、その速度は遅々たるものではあったが その間に、装填のために水平に戻しておいた砲身を持ち上げる 砲から転げ落ちるように地面に降りて一目散に退避壕へ逃げる 待ちに待った報告が届く、それと同時に装填員たちは ! 612 それと共に高度が下がるが、このデメリットすら超兵器は利用する。 天羽々斬は巨大であるが故に、動きは非常に緩慢であり この距離まで近づかれれば、目標が大きくても それを補足し続けるため追従することは、 今現在供えられている装置では不可能だった。 既に要塞砲からの射線からは逃れ 後わずかで、超兵器の主砲の射界に天羽々斬が収まる。 狩る者が駆られる者となり、始祖鳥の爪が戦神の剣を圧し折るべく迫る。 しかし、超兵器は致命的な誤算していた。 戦神の剣を握るのはかつて自らを海に叩き落した張本人であり その人物が次の矢を隠し持っている事を知ることが出来なかった。 連続的な爆発音が起こった後、更に巨大な爆発が生じる それが何なのかを超兵器が観測する前に、超兵器の右の胴体に１６０㎝の砲弾が着弾 した。 超兵器が機首を下げていたために、コクピットと正面衝突することになった １５ｔの砲弾はアルケオプテリクスの機首を着弾の衝撃で木端微塵に吹き飛ばし さらに内部機構を破壊しつくしながら進む。 ＳＴＡＧＥ─１９ 決戦、第二海上堡塁 613 胴体の中央部付近で弾頭に収められた炸薬に点火し最後の仕事を終えると 爆撃を行うために積み込まれた８００㎏誘導爆弾や主砲の主砲弾 そして、傷ついた機体を無理やり浮かせてオーバーロード寸前だった超兵器機関が 連鎖的に誘爆、爆発し、その余波により左の胴体でも同じことが起きる 初めに右側の胴体が、次に左側の胴体が内部から膨張するように爆裂し 深夜の東京湾上空に巨大と言うには大きすぎる爆炎が発生 その爆風で真下の海面が波立ち、小規模な津波となって沿岸部へ押し寄せた。 この事態の張本人である天羽々斬りの姿は第二海上堡塁の上にはない 要塞砲があった部分には長方形の穴が開いていた。 内部は土煙と要塞砲の発砲時の煙で見えない。 要塞砲の後方、ちょうど高射砲塔があった場所の瓦礫が一部崩れ 土やコンクリート片で帝国海軍の白い軍服を汚したホタカが 何とか這い出て、足場の悪い瓦礫の山の上で立ち上がる │││││なんとか、上手く行ったか。 ため息を付こうとして粉塵を吸い込んでしまい激しくむせる。 体のあちこちに鈍痛、さらに強烈な頭痛に顔をしかめて 仕方なく瓦礫の山に座り込んだ。しばらくは動けそうにない。 614 彼の放った最後の矢とはとんでもない作戦だった。 天羽々斬を固定するターレットロックボルトは 緊急時に退避するために炸薬が仕込まれている つまり、これは巨大な爆砕ボルトでもある。 また、要塞砲が設置されているターレットは天羽々斬と台船を合わせた全高と ほぼ同じだけの深さを持っているため、ロックボルトを破壊すれば どのような方角を向いていたとしても砲の大部分を収納することが出来る。 とはいえ、要塞砲を無理やり素早く格納するこの方法は、 砲自体に大きな衝撃を与えやすく、 損傷の危険すらあるため本当の緊急時にしか使用しない ホタカはこの機構を利用した。 超兵器が機首を下げた瞬間、砲身の仰角をこれ以上下げることを諦めて 非常格納装置のスイッチを押す。 すると、天羽々斬を支えていた１００を超えるロックボルトが同時に炸裂し 巨大な質量を持つ要塞砲が重力に轢かれて降下を始める その瞬間、艦息としての能力を全力で使つかって後ろに向かって大きく跳躍し ＳＴＡＧＥ─１９ 決戦、第二海上堡塁 615 ポケットに入れていた懐中時計を発射ボタンへ投げつける 鈍色の懐中時計は一直線に赤いボタンへ吸い込まれていき、直撃 その運動エネルギーで戦神の剣のトリガーを作動させた。 仰角は変わっていないが、砲自体が下がったため 砲弾が放たれた時に砲口は超兵器を睨んでいたのだった。 ロックボルトの爆破までの時間、爆破されてからの砲の落下速度 超兵器の速度、角度、自分が投げる時計の速度、角度、タイミング、込める力 その他すべての事象を一瞬のうちに演算し、それらを全て最適のタイミングで実行し 超兵器を叩き落した。 真に驚くべきことはこの複雑な計算を一瞬で間違いなく行った事だ このように彼の艦息としての能力を限界以上に酷使した結果、 強烈な頭痛に見舞われている。 体のあちこちが痛むのは、 １６０㎝砲の衝撃波に吹き飛ばされて瓦礫の山に衝突したからだが⋮ そして、１６０㎝砲が生じさせる殺人的な衝撃波を乗り越えたのも 艦息としての能力だった。 ホタカは、艦と同じように防御重力場を展開することが出来るが 616 これは非常に癖の強い物だった。重力場を展開、維持する時には多大な集中力と 膨大な演算を持続させる必要がある。 さらに、彼の周りに展開される重力場は艦に張られるものと比べて圧倒的に薄い これが何を引き起こすかと言えば、質量を持つ物体を防ぐことは難しいと言うことだ 質量を持つ物体は衝撃波等に比べて圧倒的に減衰しにくい上に その破壊のエネルギーは極一点に集中する。そのため今のホタカでは 衝撃波は防げても、銃弾を防ぐことは出来なかった。 これでは、近くで手りゅう弾が爆発した場合でも衝撃波は防御できるが 破片は防御できずなす術もなくズタズタに引き裂かれるのであった。 そのため非常に癖が強く、こう言った事を除けば使える状況はほぼない。 今回はできうる限りの防壁を張ったが、完全に衝撃波を殺すことは出来ず 後ろに吹き飛ばされ、瓦礫の山に叩きつけられたのだった。 艦息としての身体が人よりも数段頑丈だとは言え、 コンクリートの山に突っ込めば体のあちこちを痛めて当然だった。 │││││無茶な作戦ばっかだなこの頃は⋮ 楽な戦いから遠のいている現状を再確認し我ながら呆れる。 先ほどの作戦も、かなり運の要素が絡んでいたため ＳＴＡＧＥ─１９ 決戦、第二海上堡塁 617 もう一度やれと言われても出来るかどうかは解らなかった。 頭痛は収まる気配を見せず、ますますひどくなっていく ふと空を見上げると、そこに超兵器の姿は無く満天の星が広がっているだけだった。 星明りの中、退避壕から出てきた装填員の姿を視界にとらえた後 強烈な頭痛と今更になって襲い掛かってきた疲労感により意識を手放した。 翌日、帝都内の軍病院で目を覚ましたホタカは 金色の瞳に涙をためた瑞鶴にほぼ全力で殴られた後、 すぐさまトラックへ戻る様にとの指令を受け取ることとなる。 ﹁大本営も超兵器の恐ろしさがよく解った。と言ったところでしょうか﹂ 九七式飛行艇が横付けされた桟橋で、杉本少佐が肩を竦めてホタカの疑問に答え た。 ﹁大本営から真津提督にはすぐに本土に行くように辞令が下りました ﹂ トラック第２鎮守府の面々も一緒です。もちろん貴方も。﹂ ﹁配備先は佐世保ですか ﹁そうらしいですね、佐世保第三鎮守府の熊須少将と入れ替わりになります。﹂ ? 618 ﹁なるほど。では、そろそろ出発時間なので行きます。 杉本少佐、お世話になりました。お元気で。﹂ ﹁はい、こちらこそホタカ君のおかげでこの国は救われました。 また、会いましょう。 │││││もっとも、案外早く会えるかもしれませんがねぇ。 後に続く言葉は飲み込んでおく。わざわざ言う必要は無いだろう。 お互いに敬礼を交わすとホタカはこちらに背を向けて飛行艇に乗り込む ﹁杉本少佐、お元気で。﹂ ﹁はい、貴女もお元気で。﹂ 自分の後ろで木曾と話していたらしい瑞鶴と手短に挨拶を交わす。 紅いスカートを翻しながら、彼女も飛行艇の中へ消えていった。 直に、４基のエンジンを咆哮させながら飛行艇は霞ケ浦を飛び立ち、 台湾へ向けて飛んで行った。 ﹂ 帰りの車の中で、ふと気になったことを自分の相方に問いかけてみる あ∼⋮黙秘で。﹂ ﹁そういえば、瑞鶴さんと何を話していたんですか ﹁ん ? ? ＳＴＡＧＥ─１９ 決戦、第二海上堡塁 619 ﹁そうですか。﹂ そこまで興味のある事柄では無かったので肩を竦めて引き下がる ﹂ その問いを投げかけられた木曾は、出発前に交わした瑞鶴との会話を思い出していた ﹁瑞鶴、殴られて腹が立つのは解るがそろそろ許してやったらどうだ 全身から不機嫌な雰囲気を垂れ流している彼女に思わず苦笑する。 確かに女性に手を上げるのは褒められる事ではないが、 あの状況では仕方が無かっただろうと木曾は思う。 その証拠に、あの時のホタカの行動も見て見ぬふりをした。 ﹁そうじゃない、そうじゃないの。 ホタカに気絶させられたのは仕方がない事よ。 あの時のアタシはそれぐらいしなければ退かなかった。 アタシが許せないのはそういうことじゃない。﹂ 苦い表情を浮かべる瑞鶴に首をかしげる ﹁アタシが怒ってるのは、アイツが全部自分でやろうとする事よ ヴィルベルヴィント、ドレッドノート そして、アルケオプテリクス。 ? 620 どの超兵器もアイツが一番体張って真っ向から粉砕してきた まるで自分にしか、自分が倒すべき相手だと言わんばかりに ﹂ 顔を真っ赤にした瑞鶴が否定するが、木曾は深いため息を付く。 ﹂ ﹁はいはい御馳走様でしたっと。青春っていいもんだな。﹂ ﹁だから何言ってんのよアンタはぁぁぁぁぁ ﹂ ? ﹁なんでアタシがホタカの事を﹂ ﹁俺は的と言っただけでホタカとは一言も言ってないぜ 木曾 !! ﹂ 撃つんならとっとと撃っとけ。的が無くなっちゃ意味ないからな。﹂ ﹁まあ俺も偉そうなことは言えねぇけどよ。 腕を振り上げて起こる彼女だったが、如何せん顔が赤いので全く怖くない。 !! ホタカのように口元に笑みを浮かべた木曾に 謀ったわね !? ﹂ ? そういうところに腹が立つのよ。﹂ な、なななななんでそうなるのよ ﹁あー、要するにホタカが超兵器を相手に戦うのは心配でたまらないと言う事か ﹁ハァっ ! さっきまで瑞鶴を覆っていた不機嫌な空気が消し飛び、 ?! 自分が誘導尋問に引っかかったことを理解する ﹁木曾 !? ＳＴＡＧＥ─１９ 決戦、第二海上堡塁 621 ﹁フフフ、自分の浅慮を呪うがいい。﹂ 瑞 鶴 その後も馬鹿なやり取りが続き、結局あの話はうやむやになった しかし │││││絶対気があるよな。アイツ 今更ながらに、彼女の慌て様を思い出して口元を緩ませるのだった。 愛用のくろがね四起は、何時ものように土や泥を跳ね上げながら帝都への道を急ぐの だった。 対アルケオプテリクス戦 アルケオプテリクス：撃破︵爆散したため超兵器機関回収不可︶ ホタカ：小破相当︵体の５，６個所に軽い打撲、戦闘終了後左頬に打撲︶ 四章 二人の艦息 ﹂ !! ﹂ ? 緑色の巨体がトラック島上空を一回りして着水体勢に入る。飛行艇の着水時の衝撃 全面撤退、と言うよりも戦略的転進と言いたいホタカだった。 │││││ほとぼりが冷めるまで刺激しないでおくか⋮ のが辛い現実だった。ならば、取れる手段はただ一つ の機嫌は良くならない。原因が全面的に自分にある分、無条件降伏しか残されていない と、ソッポを向く彼女に心の中でため息を付いた。霞ケ浦から飛びたってから、彼女 ﹁フンっ ﹁なあ、そろそろ機嫌を直してくれないかな の隣で窓から外を眺めている艦息の艦体だった。 の中でも、他よりも若干明るい灰色で塗装されている異形の艦こそ、今機嫌の悪い同僚 固まって浮いている事が解った。島と島の間には大小の鉄船がひしめき合っており、そ る。それらの島は、乱雑に浮いているようにも見えるが、よく見ると１つの環礁の中に 白い雲の切れ間から蒼い海の上にぽつぽつと浮いている幾つかの緑の島が見えてく ＳＴＡＧＥ│２０ 引っ越しと、開発と 622 にはもう慣れていた。霞ケ浦と同じように両端のエンジンのみ回して前進、トラック第 ２鎮守府の桟橋へとたどり着く。 物の積み込みや、武器、弾薬、燃料の積み込み。さらに、高速修復剤や開発した装備の だ。何しろ、鎮守府の艦隊全部を佐世保まで移動させなければならんからな。艦娘の私 ﹁まあな、君らが本土でえらい目に遭っている間にこっちは移動準備で、てんてこ舞い ﹁お疲れのようですね。﹂ な顔だった。 答礼を終えて真津が楽にしろと二人に声をかける。その顔は何処か疲れているよう ﹁ああ、お疲れ様。﹂ ﹁瑞鶴、帰投しました。﹂ ﹁ホタカ、帰投しました。﹂ ございました。次のご利用をお待ちしております。﹂ 気を付けください、このたびはトラックエアラインズにご搭乗いただき誠にありがとう ﹁トラック第二鎮守府に到着いたしました飛行艇を降りる際はお忘れ物の無いようにお ＳＴＡＧＥ─２０ 引っ越しと、開発と 623 624 積み込みに各種手続き、大掃除、やることが多くて嫌になってくるよ悪いが瑞鶴にはす ﹂ ぐに移動の準備をしてもらいたい。鳳翔さんが食堂にいるはずだから、そこで掃除の手 伝いをしてくれ﹂ ﹁解った。すぐに言った方が良い ﹂ ? ﹁装備の開発ですか ﹂ ﹁いや、ホタカには装備の開発をやってもらう。﹂ ﹁提督、僕も行かなくてよろしいのですか 瑞鶴の問いに頷いて返すと、すぐに踵を返して部屋を出て行った。 ? ﹁３０ また随分と開発しますね。﹂﹂ ﹁そうだ。３０回だ。﹂ ときに装備を開発するのは仕事を増やす様な物だった。 いぶかしげな顔をする。装備を積み込むのにも大きな労力が必要であり、この忙しい ? どうせ移動させるなら、移動する前に出来る限り利用すべきとの判断したのだった。 だった。彼が開発した多連装魚雷や速射砲、対潜ロケット等の活躍を聞いた大本営が、 ホタカが開発する強力な装備を、後任の艦隊に装備させるべく大規模な開発を命じたの 提督の話によると、ホタカを本土に移す時にトラック方面の戦力の低下を防ぐため。 ﹁上からの命令だ。﹂ ? ＳＴＡＧＥ─２０ 引っ越しと、開発と 625 ﹁そういう事でしたか。﹂ ﹂ ﹁お前の部屋の私物は既に整理して艦体に積み込んである。出発は明日だ。下がって よし。﹂ ﹁了解。これより工廠に向かいます。﹂ 敬礼 ﹁で、なんで君はこんなところにいるんだ ﹂ ﹁あ、あはは。﹂ ? と解りやすい反応をするのはポニーテールの女性。伊勢だった。 ﹁サボったな ギクッ ? るため馬力は十分だろう。 それに、開発で大型の兵装が出た時には移動するのを手伝わせればいい。戦艦娘であ う。 突っ込まない。自分には関係ないことだし、仕事しろと言ったところで聞かないだろ とはいえ、彼女がサボりの常習犯であることはすでに理解していたため、それ以上は ! 626 ﹁まあいい。とりあえず作るか。﹂ ﹁良いの出来たら、私に乗せてよ。﹂ ﹁残念ながらこれは後任の艦隊用だ君には載せないよ。﹂ ﹁うっそーん﹂ るー。とわざとらしく涙を流す伊勢を無視し適当に資材を入力して、無駄に大きなレ バーを引く。重々しい駆動音が鳴り響いて、鉄製の扉がゆっくりと開いていく。 すらりとした細い機体の最上部についた大きなローター。 側面に描かれた大きな日の丸、３つの車輪。 ﹁ＳＨ│６０Ｊか。なんかすまんな、伊勢。﹂ 伊勢がヘリコプターを欲していたのを思い出す。チラと彼女が居るはずの後ろを見 てみると ﹁あばばばばばばば﹂ ﹁⋮手遅れだな、次。﹂ バグっている彼女を無視してレバーを引く。中から出てきたのは、箱形の砲塔を持っ ﹂ た小型の砲台だった。 ? 復 活 し た の か。こ れ は 噴 進 爆 雷 砲 だ 爆 雷 を 爆 雷 投 射 機 よ り も 遠 く ま で 届 か せ ﹁なにこれ ﹁ん ? ＳＴＡＧＥ─２０ 引っ越しと、開発と 627 る。対潜ロケットよりも射角が広いのが利点だな。﹂ ﹁ふーん。そういえば戦時中にウチも開発してたような⋮してなかったような。﹂ ﹁次だ。﹂ 出てきたのは固定脚の見慣れた機体 ﹁九六艦戦かぁ、なんか外れ感がものすごいね﹂ ﹁次﹂ ﹂ 鉄製の扉から出てきたのは、６本の砲身を束ねたガトリング砲を２基同じ砲塔に組み 込んだ異形の兵器だった。 ﹁８８ｍｍ連装バルカン砲だな﹂ ﹂ 使えるかどう ８８ｍｍ砲弾ってそんなポン ８８ｍｍ連装砲ならまだわかるよ ﹁あのさ、バルカン砲って、ガトリング砲のこと ﹁それ以外に何に見えるんだ ﹂ なにさ８８ｍｍ連装バルカン砲って ﹁いやいやいや、オカシイでしょ かは置いといて ポン打てるようなものだっけ !? ? ﹁うわぁ。﹂ クラップにすること位は出来るな﹂ ﹁こいつは撃てる。射程はそんなに長くないが重巡洋艦ぐらいならば上部構造物をス ?! ?! ? ?! ! 628 ﹁次だ。﹂ ﹂ 次に出てきたのは大型のボックスランチャーだった ﹁対艦ミサイル と頭を掻くホタカに小首を傾げた ? ﹂ ? ﹁約８８０ｋｍ／ｈだ。﹂ 菊花が居れば撃墜できるだろ ﹂ ﹁⋮あのさ、私等にとってはめちゃくちゃ早いからね ﹁そうか ? かないが１撃で駆逐艦数隻を沈められる。戦艦を１撃で沈めることは難しいだろうが ﹁問題はそんな事では無くて威力だ。トライデントには及ばないうえにＨＥモードし この艦息が、つくづく規格外だと確信する。 ? それ﹂ 嫌な予感を感じた彼女は若干冷や汗をかきながら質問する。 ﹁鈍足ってどのくらい ミサイルにしては鈍足の部類に入る。﹂ ﹁対艦ミサイルよりも長射程だ。ただし、推進器がターボファンエンジンであるから やっちまったかな ﹁対艦ミサイルとどう違うのさ﹂ ﹁違う⋮これは巡航ミサイル発射機だ。﹂ ? ﹁艦載機型菊花があればいいかもね﹂ ? ＳＴＡＧＥ─２０ 引っ越しと、開発と 629 ﹂ 戦闘能力を根こそぎ奪う事位ならば出来るだろう。﹂ ﹁これ量産したら深海棲艦に勝てるんじゃない ﹁まあ、確かに。じゃあ無駄じゃない ﹂ が⋮艦娘にこのミサイルを運用できるほどの電子装備は無いだろう ﹂ ﹁問題もある。ミサイルはアウトレンジから敵艦を一方的に叩くのが正しい使い方だ ? ? ロックする。ロック後、母艦が簡単な発射信号をミサイルに送れば、ロックした目標へ 射機がハッチを開き視界内の敵艦に合わせると、ミサイルのシーカーが作動し敵艦を 律攻撃システムと呼べるものだった。電算機を持たない軍艦に搭載されたミサイル発 い艦にはミサイルは撃てない。その制約を破壊するために付加された能力は、一種の自 から得て、それを電算機がミサイルにインプットし発射する。そのため電算機を持たな 通常、ミサイルを撃つ場合は目標のデータを艦載の電探や、データリンクした航空機 能力が付加されることになる。 体の火力の減少を抑えるために、運用に高性能電算機が必要だったミサイルには、ある と共に高性能な電算機には製造にも大きな費用がかさむ為だった。それによる艦隊全 載していたが一部の小型艦には積まれていなかった。これには、船体のスペースの問題 ホタカの世界では、大型軍艦には超兵器研究の一環でもたらされた高性能電算機を搭 ﹁そういうわけではないさ。これが僕の世界と同じものなら。﹂ ? 630 向けて飛行し始める。要するに、ミサイル自身が全自動で発射直前の状態にまで移行す ることが出来るのだった。 とはいえ、これには大きな問題がある。第一に、細かい目標の選定が出来ない。ミサ イルはハッチが空いた瞬間に自艦に最も近い目標にロックするため、目標を母艦が選ぶ ことが出来ない。しかも、この機能を使う場合、他のミサイルとはリンクしていないた め、１つのランチャーから一斉に発射すると放たれたミサイルが全て同じ目標に向かっ てしまう場合が少なくない。 これを解消するために、ハッチを一つづつ開けて別々の目標をロックするように仕向 けるテクニックがあるが、発射速度は低下する。もっとも大きな問題は、有視界でしか 使えないことだ。ミサイルの利点は超長距離でも高い命中率を誇ることであるがこの 方式を使ってしまえば、砲弾が届くような近距離でしか使えない。さらに、ミサイルの 発射機は大型であり満足な装甲が無いためミサイルを撃つ前に砲弾を受ければ誘爆か らの轟沈が発生する場合もある被弾を考えれば魚雷より性質が悪い兵器かも知れない。 ﹁う∼ん。なかなかうまくはいかないってことかぁ⋮﹂ ﹂ ﹁だが、上手く使えば強力な兵装だ。弾薬費を除けば﹂ ﹂ ﹁えーと。おいくら ﹁聞きたいか ? ? ＳＴＡＧＥ─２０ 引っ越しと、開発と 631 ﹁遠慮します⋮﹂ ホタカの黒い笑みを見て、冷や汗をかいて引き下がる ﹁次だ。﹂ ５５口径２０．３㎝連装砲 ﹁おー、超砲身だね﹂ ﹁この鎮守府にいる重巡は⋮﹂ 頬をふくらまして抗議する青葉に軽く謝る ﹁で、なんで青葉がこんなところにいるの ども ﹂ 青葉ですぅ ﹂ ﹂ ﹂ ふと誰だったかと天井を見上げた瞬間、後ろから元気な声が聞こえてくる ﹁呼ばれた気がしてじゃじゃじゃじゃーーん ﹁ああ、君か。﹂ ! ﹁何ですかその〟うわぁ〟って顔は。一応あなたの恩人なんですけど ! ﹁それは自分の胸に手を当てて、よぉく考えてみるんだな ? ! 青葉に問いかけた瞬間、伊勢の肩に手が載せられ、聞きなれた冷たい声が聞こえる。 ? ? ヒュウガ ヒュウガナンデ ﹂ ゆっくりと振り返ると非常にイイ笑顔の妹、日向の姿が ﹁アイエエエエエエ ? ﹁まったく⋮伊勢のサボり癖は何とかならんのか !? とりあえず来い。仕事だ。﹂ ? !? 632 有無を言う前に襟首を捕まれそのままズルズルと引きずられていった。その光景に シャッターを切っている青葉をとりあえず止める ﹂ ﹁まあ、私は消えた伊勢さんを捜しに来たってわけですよ。ついでにホタカさんの手 伝いを。﹂ ﹁新しい兵装を見たいだけだろう ﹁まあいいじゃないですか。時間もあまりない事ですし。次、行ってみよーーー 何かもうどうでもよくなって、投げやり気味にレバーを引く 九九艦爆 ﹁またおなじみの機体ですね。﹂ ﹁量が有って困ることは無いだろう。次﹂ 零戦二一型 ﹁これもお馴染みの機体ですね。﹂ ﹁次だ。﹂ 零戦二二型 ﹁おお、二二型ですか。﹂ ﹂ ! た。 図星を付かれたのか、わざとらしい口笛を吹いてごまかす彼女にため息しか出なかっ ? ＳＴＡＧＥ─２０ 引っ越しと、開発と 633 ﹁無かったのか ﹁次﹂ 零戦三二型 ﹂ ﹁零戦三二型ですね。あれ 零戦の機銃ってこんなに太かったかな ﹂ ? 接触機雷投射機 ﹁海峡封鎖作戦って⋮あんまりありませんよね ? 出てきたのは、巨大な魚雷発射管。６０㎝以上の発射管が７つ並んでいる７連装６ ﹁次﹂ ﹂ 翼が吹っ飛んだ機体もあったそうだ。これは量産型だから大丈夫だろう。次だ﹂ ﹁だけど、零戦に３０ｍｍはきつかったようでな。試作品の中には機関砲の反動で主 ﹁うひゃー、３０ｍｍですか。重爆撃機も木端微塵にできますね。﹂ 僕らの世界では零戦三二型は３０ｍｍ航空機関砲を装備していた。﹂ ﹁どうやら君らの世界とは仕様が若干違うようだな ? 二人の生ぬるい視線を受けた零戦が、何故か居心地悪そうにしているように見えた ﹁ですよねぇ⋮﹂ ﹁５２型があるなら要らなかったかもな⋮﹂ ﹁５２型は有るんですけどねぇ⋮なぜか二二型は出てこなかったんですよ。﹂ ? 634 ﹂ これ ﹂ ８㎝魚雷発射管と呼ばれるものだった。 ﹁ファッ な、なな何ですか ﹁ふむ、当たりと言えるな。﹂ ﹁ちょっ ! となると、例の特攻兵器ぐらいしかない。 ル オー ト 一体何ｔ炸薬積んでるんですか⋮﹂ ﹁何って⋮６８㎝魚雷７連装発射管だが ﹁ろ、ろくじゅうはち ﹁次やるぞ﹂ ２５ｍｍＣＩＷＳ ? ﹁そんなに飛ばないのですか ﹂ ﹁有効射程はだいたい２０００ｍ程度だ。﹂ ? 程がな⋮﹂ ﹁ＣＩＷＳは電算機もいらない全自動射撃だからな対空戦に役立つだろう⋮ただ、射 フ ﹁おお、これは良い物が出来ましたね﹂ ﹂ ﹁んん⋮１ｔぐらいか ? ﹁うわぁ⋮﹂ ? ﹂ 日本海軍の魚雷でも大型の９３式酸素魚雷でも６１㎝だ。それ以上の大きさの魚雷 ?! !? !? ＳＴＡＧＥ─２０ 引っ越しと、開発と 635 ﹁確かに、ちょっと物足りないですね。﹂ ﹁もともとはミサイルで打ち漏らした敵への最後の抵抗手段だからな射程は見劣りす るよ。次だ﹂ １２，７ｍｍ４連装機銃 ﹂ ﹁うーん、４連装はいいんですけど。１２，７ｍｍですか⋮﹂ ﹁深海棲艦相手には豆鉄砲だな。次﹂ １２７ｍｍ速射砲 ﹁これって、吹雪ちゃんが装備している奴に似てますね ６８㎝４連装誘導魚雷 ﹁また６８㎝魚雷ですか ﹂ ﹁攻撃力はそれ以上だがな。次だ﹂ ﹁高角砲レベルですね。﹂ ﹁５７ｍｍは吹雪が持ってったのか。これは其れよりも大口径だ１２７ｍｍある。﹂ ? も６８㎝なんて巨大な魚雷では無かったはずですが﹂ ﹁ドイツでは実用化されていたようですね。確か⋮Ｇ７とかなんとか。まあ少なくと だ、１００発１００中と言うほどの精度は無いな。﹂ ﹁只の６８㎝魚雷ではないな。音響誘導型だ。敵艦のスクリュー音を追いかける。た ? 636 ﹁さて、ようやく半分過ぎたか。﹂ ﹁先は長いですねー﹂ もう一度資材を投入し開発開始レバーを押し下げた。 ﹁よいしょっと。﹂ 台の上に載って、戸棚の上にたまった汚れを雑巾で拭きとっていく。この鎮守府とも 今日でお別れ、長いようであっという間だった様な気がする。あの地獄のような場所か ら連れ出され、今では瑞鳳と笑い、加賀さんにしごかれ、鳳翔さんに料理を教わり、彼 に振り回されるなど。充実した日々を味わっている。 │││││アイツの無茶は頭が痛いけどね⋮ ふとそんな事を頭の片隅で考えている自分に疑問を抱く │││││なんでアイツの事考えてんだろ その時だった。 雑巾を動かす手を止めて考えてみるが、何時ものように答えは出てこなかった。 ? ＳＴＡＧＥ─２０ 引っ越しと、開発と 637 ﹁ぴゃあああああああああああ ﹂ ﹁どっ、どうしたので、ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ ﹂ 次に電の悲鳴も聞こえてくる。首だけで音源を振り返ると、暁と電が抱き合って震え ! れた暁の悲鳴だった 後ろから聞こえてきたのは幼い少女の悲鳴。と、言うと本人は怒るだろうよく聞きな !? 何かあったっぽい ﹂ ていた。そばには、口を開けた下の戸棚。 ﹁どうしたの ? 頭に を浮かべた夕立がしゃがみこんで除いた瞬間弾かれたように頭を引いて尻餅 そばに居た夕立が近づくと、二人は諤々震えながら空きっぱなしの戸棚を指さす。 ? ﹁どうしたの 夕立 ﹂ ? ﹂ ? だった。 のは別の物だろう。場所は食堂、開きっぱなしの戸棚は食器などをしまっておくところ 瑞鶴の中でアイツと言えば某ミサイル戦艦の事を指すのが多いが、夕立が言っている ﹁アイツ ﹁あわわわわ、あ、アイツが居るっぽい⋮﹂ ? 流石にマズイと思った瑞鶴は、台を降りて見に行くことにした をついた。横の二人と同じようにガタガタ震えている。 ? 638 その前にしゃがんで中を除く、中は暗くてよく見えない。その時視界の右端で何かを とらえた。首を回して右を見る。暗闇に覆われて中は良く見えない１０秒ほど経過し、 見間違いの様な気もしてくる。別の所を見ようとした時、そいつは現れた。現れてし まった。 暗闇に溶け込む黒色の迷彩は、彼女が除いているところから差し込んだ僅かな光を受 けて鈍く輝いている。床や壁を縦横に走り抜ける、島風すら凌駕するほどの機動力を発 揮する６本の脚、自分の電探よりも高性能の様な気もする長い触角。その姿を瑞鶴の眼 球が捉え、網膜に像を結び電気信号に変換され、脳に送られる。その情報を脳は記憶と 照らし合わせ一つの答えを得る 第一種接触禁忌種、人類の敵 昆虫軍特殊潜入工作隊、空挺仕様六脚歩行多耐性軽潜入工作戦機 動物界節足動物門昆虫綱ゴキブリ目ゴキブリ ﹂ 一瞬、思考が完全に停止した後、悲鳴を上げながら後ずさりする。 ﹁あたっ ﹂ ? 上から降りかかる冷たい声、涙目で見上げると、冷たい目をした加賀がこちらを見下 ﹁いったいあなたは何をやっているのかしら 後進しすぎて食堂のテーブルに後頭部強打した。思わず頭を抱えて悶絶する。 !? ＳＴＡＧＥ─２０ 引っ越しと、開発と 639 ﹂ ろしていた。いつもなら冷や汗を流すところだが、今は救いの女神のように見えてしま う。 ﹁か、加賀さん ﹂ ﹂ お願いします。﹂ ﹂ 尋常では無い顔でしがみついてきた瑞鶴に、さすがの加賀も面喰った。 ﹁な、何ですか ? !! ﹁あ、アイツを何とかしてください ﹁あいつ ﹁いいから ? !! ﹁まったく、何に驚いているか知りませんが、どうせネズミか何かでしょう ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁か、加賀さん ﹂ 奴の居る場所だった。 ﹁⋮⋮⋮﹂ ﹂ の戸棚は内部に両側を仕切る仕切り板は無いので、彼女が開けたところは、つまり。 若干不機嫌になりながら、開きっぱなしの戸棚では無く、その右横の戸棚を開く。こ ? うにも見える。盾は自分の先輩だが⋮。 加賀の背中を押して件の戸棚の前へ、その姿は何故か盾を構えて前進する機動隊のよ ! ? 640 ﹂ 瑞鶴の問いにもしゃがんだまま答えない。不思議に思って肩をつついてみるとその ままコテンと倒れてしまった。 ﹂ ﹁か、加賀さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん ﹁加賀さん気絶しちゃったっぽい ﹂ !!! ※しつこいｙ︵ｒｙ │││││改二、成りたかったっぽい ※しつこいようですがた︵ｒｙ │││││お姉ちゃん、電は先に逝くのです ※しつこいようですが只のゴキブリです │││││一人前のレディ⋮なりたかったなぁ ※只のゴキブリです │││││ごめん、ホタカ、先、逝くわ 感じられ、それぞれの脳裏に走馬灯が走る。 の背中に背負った薄い羽根をはばたかせて５人に迫る。その光景が全員には否に遅く 暁が制止をかけるがもう遅かった。３人の大声に驚いたらしき５匹のゴキブリがそ ﹁ちょっ、そんな大声出したら⋮﹂ ﹁め、めでぃぃぃぃっくなのです !! !? ＳＴＡＧＥ─２０ 引っ越しと、開発と 641 │││││︵気絶中︶ ※︵ｒｙ その時だった。薄紅色の影が艦娘達とゴキブリの間に割って入ると今度は灰色の線 ﹂ が５本現れ、消える。何かを振り切った姿勢の人物の足元に、５匹のゴキブリが原型を 保ったまま墜落し絶命した。 ﹁ふう。怪我はないですか ね。﹂ ﹁えーと。死んでるんですか これ。﹂ ﹁何 や ら 悲 鳴 が 聞 こ え た の で、来 て 見 た ん で す よ。食 堂 掃 除 に は つ き も の で す か ら 持っていた丸めた新聞紙を放して抱きしめ返した 約束された勝利の剣 瑞鶴が名前を呼ぶ前に３人の駆逐艦娘が鳳翔に抱き着く抱き着かれた彼女も、手に ﹁﹁﹁鳳翔さぁぁぁん﹂﹂﹂ ﹁ほ﹂ 認する 長いポニーテールを揺らし振り返った女性はニコリと微笑んで彼女たちの無事を確 ? ﹁ええ、確実に。﹂ 恐る恐る鳳翔が落とした、丸めた新聞紙でつつくがピクリとも動かない ? 642 ﹁でも、こういうので殴ると普通潰れるんじゃあ⋮﹂ ﹁それは大丈夫ですよ。﹂ 鳳翔は微笑んだままだが、何故かその笑みを見ている瑞鶴に寒気が走る ﹁甲殻を潰さないように衝撃だけを内部組織に与えて中身だけグチャグチャにしまし たから。後はごみ箱に捨てるなり、土に還すなりどうにでもなります☆彡﹂ 勝利すべき灰色の剣 ジェ ノ サ サーチアンドデストロイ 抱きしめていた手を放して、瑞鶴から丸めた新聞紙を受け取る ５匹ですから１５０匹ですかね。フフ ﹁さて、まだまだ居るでしょうし私はちょっと虐さ⋮ゴホン、見 敵 必 殺してきますか ら。別の所を掃除しておいてください﹂ ﹁﹁﹁﹁は、はい﹂﹂﹂﹂ ﹁１匹見たら３０匹と言いますからね。ああ 鎮守府の〟お艦〟に、１名を除いた艦娘の考えがシンクロした。 │││││この艦にだけは逆らってはいけない︵のです︶︵っぽい︶ !? 黒い笑みを浮かべ、只の丸めた新聞紙をプラプラ弄びながら尋常では無いことを話す 天 地 乖 離 す 開 闢 の 星 かけてはいけませんよねぇ⋮﹂ フフフ、まだそんなに残っているとは、私としたことが迂闊でした。後任の方に迷惑を ! ＳＴＡＧＥ─２０ 引っ越しと、開発と 643 ﹁で、これが開発した装備か⋮﹂ ﹁はい、仕様に関しては問題ないかと。﹂ ２、接触機雷 ＳＨ│６０Ｊ、九六艦戦、８８ｍｍ連装バルカン砲、巡航ミサイル発射機、５５口径 ２０，３ｃｍ連装砲、九九艦爆、零戦二一型 零戦二二型 零戦三二型 ５，６ｃｍ連装４５口径磁気火薬複合砲︵６５口径相当︶。 ﹁この磁気火薬複合砲の７０口径相当とはどういうことだ ﹂ ７０口径１２，７ｃｍ連装高角砲、九七艦偵、８０㎝３連装誘導魚雷、彗星一二型、３ 機、５３，３ｃｍ連装魚雷、５０口径４１ｃｍ３連装磁気火薬複合砲︵７０口径相当︶、 ０ｍｍバルカン砲、火炎放射器、新型火炎放射器、４５ｃｍ３連装魚雷、感応機雷投射 ２，７ｍｍ４連装機銃、１２７ｍｍ速射砲、１５２ｍｍ速射砲、２５ｍｍ３連機銃、４ 投射機、噴進爆雷砲、６８㎝７連装魚雷、６８㎝４連装誘導魚雷、２５ｍｍＣＩＷＳ、１ × ﹁お前に搭載されているのは ﹂ ５，６ｃｍの方も同様ですね。﹂ ﹁通常の火薬式４１ｃｍ砲を７０口径にした場合の威力に相当すると言う事です。３ ? ﹁まあ、それはいいんだが⋮﹂ ﹁僕の主砲は７５口径相当ですから、今回開発したモノよりは若干高性能ですね。﹂ ? 644 提督が目頭を押さえる、ホタカの開発した装備の理解にはこの若い提督の頭脳を ﹂ もってしても至難の業だった。 ﹁この火炎放射器って何だ させることが出来ます。﹂ ﹂ ホタカの世界はいったいどうなっているんだ ちがう、そうじゃないと頭を抱える提督。 ? 汚物は消毒だーーーーとか言ってるモヒカンの艦隊でも居たのか ﹁なんでこんなものが作られたんだ あれか ?! !? 距離は火炎放射砲で約３，５ｋｍ、新型で４，９ｋｍと短いですが。敵艦に火災を発生 ﹁そのままの兵器です。砲身から特殊焼夷剤を放出しつつ着火させ火炎とする。射程 ? 敬礼。 ﹁了解﹂ る。﹂ ﹁ま っ た く、世 も 末 だ な ⋮ ま あ ご 苦 労。今 日 は 自 分 の 艦 で 休 ん で く れ。明 朝 出 港 す 火だるまにしたとかなんとか﹂ 攻撃に使われたようですね。広範囲に焼夷剤をバラ撒くことで近づいてきた航空機を ﹁流石にそのような艦隊は見た事ありませんが⋮これを搭載した艦ではもっぱら対空 ? ＳＴＡＧＥ─２０ 引っ越しと、開発と 645 ﹁おはようございます。艦長。﹂ ﹁おはよう副長。﹂ ﹂ 自室から久しぶりに自分の艦橋に行くと見知った顔が出迎えた。 ﹂ ﹁それにしても久しぶりですなぁ。大体５話分ぐらいですかね ﹁君はいったい何を言ってるんだ ? 提督の通信が終わると、外洋に一番近い位置にいた第６駆逐隊の４隻が移動を開始 待する。トラック第２鎮守府全艦、移動開始。﹄ ありトラックでの任務よりも遥かに重要な仕事である諸君らには一層の奮励努力を期 かれてはならない俺たちは祖国へ帰れるのは事実だが、次に課される使命は本土防衛で だろうが俺たちは内地へ戻れる。祖国の地を踏むことが出来る。しかし、そのことに浮 ﹃艦隊司令の真津だ。これより佐世保へ向けて出港する。突然の移動に戸惑っている 久しぶりに副長とバカな会話をしていると旗艦の加賀から通信が入った。 ﹁いったいどこの常識なのか小一時間ほど問い詰めたいな。﹂ ﹁久しぶりの登場ですから、メタ発言でもしないと。常識的に考えて﹂ ? 646 し、その後を駆逐艦、軽巡洋艦が続く。ホタカの近くに停泊していた瑞鳳が空母として は小柄な艦体を前進させるのを確認した後、ホタカも支持を出す。 ﹁両舷前進微速。﹂ ﹁両舷前進微速、ヨーソロー。﹂ 煙突からガスタービンの排煙が吹き出し、５万トンの艦体が久しぶりに白波を蹴立て て動き出す。その後ろを航空母艦瑞鶴が続いた。艦橋のウィングに出たホタカは、だん だん小さくなっていくトラック第二鎮守府を見る。パラオ鎮守府から脱出して転がり 込んで来た自分達を受け入れてくれた場所であっただけに何か寂寥感のようなものが こみあげてくる。思わず踵をそろえて敬礼した。 朝日に照らされた鎮守府は、何時も見るよりも幾分きれいに見えた。 今回、トラック第二鎮守府を引き払ったのは 戦艦 山城 航空戦艦 伊勢、日向 航空母艦 加賀、瑞鶴 軽空母 鳳翔、瑞鳳 重巡洋艦 青葉、最上 ＳＴＡＧＥ─２０ 引っ越しと、開発と 647 重雷装巡洋艦 北上、大井 軽巡洋艦 夕張、多摩、 神通 駆逐艦 吹雪、初雪、朝潮 漣、暁、響、電、雷 時雨、夕立、雪風 陽炎、不知火、睦月、如月 望月、三日月、満潮、秋雲 補給艦５隻 輸送艦１０隻 そして、装甲護衛艦 ホタカの合計４５隻だった。多いようにも見えるが、一鎮守府 の 戦 力 と し て は ま だ ま だ 小 さ い 方 だ っ た。旗 艦 は 秘 書 官 で も あ る 加 賀 が 務 め て い る。 途中で、こちらの倍は有ろうかと言う佐世保第三鎮守府の艦隊と洋上ですれ違い、その まま北上する。目指す本土は遠く、輸送艦の速力に合わせて低速で航行しなければなら なかった。 本土までの折り返し地点に来たところで、加賀の偵察機が、深海棲艦の大艦隊を確認 648 ﹄ 進路１│８│０ ! する。 で本艦隊に接近中 軽空母８、戦艦８、重巡１６、駆逐１６。大艦隊です 本艦隊から北へ６００ｋｍ地点速力３０ ﹃敵艦隊発見 ! ﹂ ? ﹁ＣＩＣへ行きましょうか ﹂ ﹁それを悟って今なお笑っている君もな。﹂ ﹁艦長。貴方も大概普通じゃないですね ふと、顔を見合わせると、副長がニンマリと笑っていた。 ﹁真面にやり合えば、な。﹂ せん。まともにやり合ったら戦没艦が出ますね、確実に。﹂ ﹁航空戦、砲雷撃戦共に数で負けているうえにこちらは輸送艦付ですから逃げられま 変更してやり過ごせればいいが見つかったら少々厄介だな。﹂ ﹁ああ、幸いこちらは発見されていないが彼らはこちらへ向かってきている。進路を 副長の意見に一つ頷く。 機は撃滅されかねません。砲撃戦をやろうにも戦艦の頭数が足らない。﹂ ﹁此方は正規空母が居ますが、何しろ数が多い。軽空母が８隻も居ればこちらの艦載 隣で通信を聞いていた副長が難しい顔をする。 ? ! ﹁不味い事になりましたね。﹂ ! ? ＳＴＡＧＥ─２０ 引っ越しと、開発と 649 副長の言葉に頷いて艦長席から降りる ﹁そういえば、この艦に乗って指揮するのはずいぶん久しぶりだな。﹂ ﹁この頃ずっと本土でしたからね。﹂ ﹁ああ、天羽々斬の時は助かったよ。﹂ ﹁外しちゃいましたがね。﹂ ﹁アレは仕方がない。運の要素も多分にあるからな。﹂ 一人は歩き、もう一人は浮遊してホタカの艦内の細い通路を進み、重厚な扉をくぐり、 薄暗く肌寒いホタカのＣＩＣに入る。 ﹁艦長。旗艦より発光信号です。方位３│０│０へ変針。５分後に全ての艦娘の相互 通信を開き、対応策を練るとの事です。﹂ ﹁この変針でやり過ごせればいいのですが⋮﹂ ﹁それに越したことは無いが、な。 ﹂ 対空ミサイルＶＬＳ解放。対空対潜警戒厳となせ。﹂ ﹁了解 らの光を反射してきらきらと美しく、蒼く輝いていた。 ＣＩＣの外部カメラから見る太平洋はこれ以上ないほどの快晴で、高く昇った太陽か ! 深海棲艦南進艦隊 ! さらに、敵艦隊のほぼすべてがｅｌｉｔｅ級で一部にｆｌａｇ ｓｈｉｐ級も存在 飛ばしたようです。その数は増えるかもしれません。 また敵艦隊は３０機以上の偵察機をこちら側へ 方位０│０│０、距離５７０ｋｍです。 最後の報告によると、敵艦隊の位置は ﹃偵察機は撃墜されました。 艦娘どうしの相互通信回線から、加賀の報告が響く。 艦隊の中でも後方を航行しているホタカのＣＩＣ内に この艦隊は、今まさに危機的状況に陥りかけていた。 その姿はまさしく海の覇者に恥じない物ではあったが、 軍艦旗をはためかせ、青い海を威風堂々と航行していた。 太平洋上を北進する戦艦３、空母４を中心とした４０隻を超える大艦隊が ＳＴＡＧＥ│２１ 邀撃 650 ＳＴＡＧＥ─２１ 邀撃!深海棲艦南進艦隊 651 するとのことです﹄ 次に、加賀に座上している真津の声が届く ﹃現在、針路を変更してはいるが 軽空母８隻の放つ偵察機に見つかるのは 時間の問題だと考えた方が良い。 皆の意見を聞きたい。﹄ この通信は全ての艦娘の艦橋に伝わっており 全ての艦娘に発言権があった。 ﹃こちら瑞鳳です。こちらは低速の輸送船団を伴っているため 戦闘を行うべきではないと思います ですので針路を真西にとり、敵艦隊をやり過ごすのはどうでしょうか ﹃日向だ。瑞鳳の意見に付け足したい。 敵は偵察機を飛ばしてこちらを見つけようとしている 偵察機の速度を考えれば、索敵範囲外に出る前に こちらが見つかるだろう。 空母から戦闘機を発艦させて偵察機を積極的に ﹄ 撃墜していくのが良いと考える。幸いこちらにはホタカの電探がある。 ? 652 敵が視認距離に入る前に排除できるはずだ。﹄ その意見に待ったがかけられる。 ﹃こちら最上。偵察機を落とすのには賛成できない。 確かにこちらの情報を相手に渡さないと言う点でなら有効だろうけど ﹄ 偵察機が落とすこと自体、ぼく達がここに居ることを 相手に教えることに他ならないんじゃないかな ﹃時雨だよ。ボクも最上さんの意見に賛成だ。 ﹁そろそろ⋮ですかね ﹂ 腕を組んで対空電探の画面を睨んでいた。 通信機から聞こえてくる艦隊の艦娘達と提督の会議をホタカは聞き流しつつ こちらの戦力では太刀打ちできないと思う。﹄ もし偵察機を落とした場合、索敵攻撃をかけられれば ? 副長の声に一つ頷き、通信機を手に取る。 ﹁来ましたね。﹂ そのレーダー画面の端に、小さな輝点が湧いて出た。 直掩機以外何も映らない青いレーダー画面 ﹁たぶん⋮な。来ないことに越したことは無いが⋮﹂ ? ＳＴＡＧＥ─２１ 邀撃!深海棲艦南進艦隊 653 ﹁こちらホタカ。悠長に話している暇は無くなった。﹂ 突然のホタカの介入に、意見を出し合っていた艦隊の面子が 静かになる。その間に、レーダーに映る反応は１つではなくなっていた。 ﹁本艦のレーダーに感あり、十中八九偵察機だ 現在こちらの視認範囲に突入するコースを取っているのは３機 方位０│２│０、４１０ｋｍ。方位０│０│０、４２０ｋｍ、方位０│４│０、４ ００ｋｍ。 いずれも速度は３６０ｋｍ／ｈだ。﹂ ﹃こりゃ不味いね、３機も来るなんて﹄ ﹃深海棲艦の索敵って割と適当の筈なんだけど なんでよりによってこんな時に⋮不幸だわ﹄ 伊勢の焦ったような声と、山城の半ばあきらめているような声 無理もない、３機もの偵察機を撃墜してしまえば こちらの居る方位が露見する。時刻は未だ午前、 夜まで逃げ回れるとは思えなかった。 事ここに至っては、選択肢は限られてくる。 ﹁提督、迎撃命令をいただきたい。﹂ 654 ﹃ホタカ、何を言っている ﹄ ﹁そのままの意味です。僕はこれから艦隊を離れ ﹄ 全速で敵艦隊に突入、敵戦力の殲滅を計ります。﹂ ﹃ア、アンタ自分が何言ってるのか解ってるのっ ﹃アンタの力を知っているからよ 君には僕の能力は一度見せていたはずだ。﹂ ﹁解って無ければ意見なんて言わないよ。 頭の片隅で考える。 片眉を上げる。彼女のこんな声を聴くのは何度目だろうと いきなり通信機から聞こえてきた悲鳴のような声に !? 彼女のいう事ももっともだった。 なんでわざわざ突っ込もうとするのよ ﹄ あの時みたいにトライデントばら撒けば終わりじゃないの ! そのことを考えれば、わざわざ敵の射程距離内に しのいだ後、トライデントの大量発射でケリを付けていた。 パラオ鎮守府からの脱出行の時、２つの機動艦隊の同時攻撃を ! !? 突然のホタカの要請に、戸惑っている様子が容易に想像できた。 ? 入って行ってやる必要は無い。 ﹁あのな、瑞鶴。パラオ脱出戦と状況は変わっているんだ。 あの時、君らは戦闘能力を喪失していたため安全策を取っただけだ。 今回は敵には劣るが十分な大艦隊だ生半間な航空攻撃ならビクともしないだろう。 ﹄ 何故敵射程内へ突入するかと言えば、ミサイルの節約だ。﹂ ﹃ハァ と、言うのが多分にある。﹂ この程度の数の深海棲艦ごときにトライデントの大量使用は勿体無い。 それではあまりにも割に合わないよ。まあ本音としては ﹁正直、この場所からトライデントを２０発ほど打ち込めばケリはつくだろうが この男は有ろうことか弾薬の節約を言い出したのだから当然だった。 自分たちが必死に、なりふり構わない対応策を練っているこの時に 声には出していないが、他の艦隊の面々も瑞鶴と同じような反応をしていた。 彼女の間の抜けたような声に、少し笑みを浮かべる ? │││││この男は、何を言った ? ＳＴＡＧＥ─２１ 邀撃!深海棲艦南進艦隊 655 656 艦隊のほぼ中心、旗艦加賀の艦橋で 通信機から響いた艦息の声に愕然とする。 艦娘の能力は、練度さえ足りていれば 基本的に深海棲艦を凌駕すると言うことは海軍では常識だった。 例え同数の相手でも、練度次第では日本海海戦も真っ青のパーフェクトゲームを 何度も行える程度ほどだ。 しかし、相手の数が１．５倍以上であり、艦載機の数で負け 更に輸送艦隊を抱え艦娘が最大の能力を発揮しづらいこの状況 まともにぶつかり合えば輸送艦隊は間違いなく壊滅 艦娘達も無事では済まないだろう。 この認識は真津と艦娘達との共通の認識のはずだった。 だが、この艦息。ホタカはミサイルを使うのがもったいないと言う それは彼が深海棲艦の大艦隊を全く脅威に捉えていない事を意味していた。 ﹁ホタカ、君一人で深海棲艦の艦隊を沈めることは可能なのか トライデントも無しに。﹂ 自分の声が思ったよりもかすれていることに内心で驚く。 通信機から聞こえてきた声は、いつも通りの落ち着いた様子だった。 ? ＳＴＡＧＥ─２１ 邀撃!深海棲艦南進艦隊 657 焦りも、気負いも見られない。 それどころか、幾分面倒臭がっているような感覚すら覚える ﹃可能です、間違いなく。まあ軽空母を残しておくと 本隊の方に面倒がかかりそうですから、 トライデントで軽空母５隻は先に沈めておきます 軽空母３隻程度の戦力なら、こちらの戦力でも対処できるでしょう。 級 戦 艦 ル 級 その後は全速で敵艦隊に突入、砲戦により撃滅し本体の進路を確保します。﹄ 艦 タ ﹁敵艦隊には軽空母の他にも８隻の戦艦が存在しているが ﹂ 突入する艦に向けられる砲身の数は最大７２にも上る。 もし、敵艦隊全てがサウスダコタ級やノースカロライナ級であれば 突入するとなれば使えるのは前部に設置されている１基のみ さらに、ホタカの主砲は前後に１基ずつしか搭載されておらず 重装甲の戦艦娘であっても直撃すれば痛手は避けられない。 マトモに当たれば一撃で重巡艦娘の戦闘能力を奪い去るほどだった それらが搭載する１６ｉｎｃｈ３連装砲の破壊力は この海域で確認されている戦艦はノースカロライナ級やサウスダコタ級が多い 戦 単艦で突撃した場合数で押されないか ? 658 ﹃敵戦艦の砲弾は 超兵器の超長砲身砲の砲弾に比べれば、止まっているようなものです。 数が多いのが面倒ですが、１隻ずつ沈めて行けば問題ありません。 提督、迎撃命令を。１隻の犠牲も出さずにこの場を切り抜けるには これが最良の方法です。﹄ ﹁⋮⋮⋮﹂ 真津は口に手を当てて沈黙する。 彼の言っていることが本当であれば、すぐにでも迎撃を命じるべきであったが 味方をただ一隻で敵艦隊の大艦隊にぶつけることは 真面な提督であれば躊躇せざるをえなかった。 ふと、隣に佇んでいる自分の秘書艦を見る いつも通り、感情を読み取りにくい無表情を浮かべ 艦橋のガラスを通して前方を見ている。 自分の視線に気が付いたのか、瞳だけ動かしこちらを確認すると 何事も無かったかのようにまた視線を元に戻した。 │││││任せる、か⋮ わずかな仕草から彼女の考えを読み取れるようになった自分の ＳＴＡＧＥ─２１ 邀撃!深海棲艦南進艦隊 659 進歩に内心苦笑しながら、決断する。 ﹁ホタカ、君の提案を受け入れる。 偵察機を撃墜し、トライデントで軽空母を漸減させたのち ﹄ 敵艦隊に突入せよ。﹂ ﹃提督さん ﹃了解。﹄ ホタカがそう返した瞬間、彼の艦体が白煙に包まれた。 敵艦隊の邀撃に当たります。﹄ ﹃了解。これより本艦は艦隊を離れ こちらの戦力で対処できるまで漸減できれば任務完了だ。﹂ 敵艦隊を殲滅する必要は無い。 ﹁ただし、マズイと思った時はすぐに退け。 空母娘の罵倒が飛んでこないうちに、ホタカに釘をさしておく。 ホタカの打てば響くような返答。 瑞鶴の信じられないと言うような悲鳴のような声 ?! 660 ス タ ン ダー ド ﹁対空ミサイルＶＬＳ解放ＲＩＭ│１５６、１２基照準、目標、敵偵察機。﹂ ホタカはこの際、電探画面上に移る攻撃可能な偵察機６機を全て落とすことにして いた ６機中３機はこちらを視認できるコースには乗っていなかったが コースを変更すればこの艦隊の位置が露見する可能性もある 不必要な危険は犯すべきでは無かった。 ﹁諸元入力よし。﹂ サルヴォ│ ﹁撃ち方始め。﹂ ﹁斉 射﹂ 薄暗いＣＩＣから直接見ることは出来ないが、 ホタカの後部甲板から盛大な白煙が上がり、 １２本の純白の槍が、薄い白煙を引いて蒼天へ突き立てられる。 ﹁面舵２０、推進装置作動、両舷前進全速。針路を０│１│０へ。﹂ 滑らかなカーブを描く艦首に立つ白波が俄かに大きくなり 巨大な艦体が、駆逐艦すら凌駕する高速で前進を始め 艦隊を構成する艦娘の間を縫うように走り、本体から離脱する。 ﹁対空、対潜、対水上警戒を厳とせよ。﹂ ＳＴＡＧＥ─２１ 邀撃!深海棲艦南進艦隊 661 ﹃こちら加賀。敵艦隊の位置を確かめるため偵察機を飛ばします。 また、本隊は作戦が完了するまでこのまま進み 作戦完了の知らせが入った時点で予定していた航路へ戻ります。﹄ ﹁了解した。﹂ ﹃瑞鶴よ。今度こそ絶対無理しない事、約束しなさい﹄ 加賀との通信が切れた直後に、瑞鶴からも通信が入る ﹄ 僕は﹂ 怒っているような声に肩を竦めた。 ﹁そんなに信用ないのか ﹃アンタは前科持ちでしょうが 前科と言うのはウルシ│環礁での事だろう そこでの出来事も、昨日のように思い出される ﹁君のいう事は間違ってはいないが、前科と言う表現はよしてくれないか ホタカの抗議は、〟喧しい〟の一言で叩き潰される ﹃アタシが言いたいのは 解った ﹄ ﹂ ? ! ? アンタも艦息なら約束の一つぐらい守れってことよ。 いい ? 解ったよ。と手短に返して通信を切った。 ? 662 ﹁なあ、副長。僕ってそんなに信用ないか ﹂ ﹁女心ってのはそういうものです。﹂ ﹁答えになってないぞ ﹂ ? ﹁偵察機より報告 こんな会話も久しぶりだな、と奇妙な感覚を覚えるのだった。 ヤレヤレと肩を竦めている副長の姿に ? ミサイル先端に取り付けられた小型カメラによる画像認識の複合誘導装置になって 自ら電波を発して敵艦を探すアクティブ・レーダー・ホーミングと トライデントに搭載されている終末誘導装置は 終末誘導は電探・画像複合誘導、目標、敵軽空母。﹂ トライデント５基 用 意 スタンバイ ﹁了解した。特殊弾頭ミサイルＶＬＳハッチ解放。 振り切ったとのことです。﹂ 偵察機は敵直掩機に追撃されるも 敵艦隊は本艦の進行方向５００ｋｍ地点を南下中 ! ＳＴＡＧＥ─２１ 邀撃!深海棲艦南進艦隊 663 いる。 カメラによる画像認識機能により、味方の支援を受けなくても 敵艦隊内のある程度の任意の目標を叩くことが出来た。 欠点としては、画像を認識する電算機があまり高性能なものではないため 甲板上に多くの武装を搭載する戦艦や駆逐艦と 甲板上に武装がほぼない空母や輸送艦の識別 また、艦の大小を見分ける程度の能力しかない。 さらに、性能が高くないとはいえ高度な機器の塊であることも事実であるため １発当たりの単価は非常に高くなっている。 ﹁諸元入力よし。﹂ ホタカの前艦橋両側に並べられた大型のＶＬＳハッチが、 艦首方向から次々解放され５本のミサイルが顔をのぞかせる。 ﹂ ﹁撃ち方始め。﹂ ﹁発射 後部につけられた大型の個体ロケットの推力を受けて白い大柄の弾帯が 大量の白煙が吹き上がり、５発のトライデントがゆっくりとその姿をあらわにする ＶＬＳハッチのすぐ近くにある発射炎を逃がすためのスリットから ! 664 ホタカから打ち上げられた。 、本艦が６８，１ ﹂ ﹂ で進んだとして ﹁到達まで、７∼８分と言ったところでしょうか ﹂ ホタカから打ち上げられた５発のトライデントは 敬礼を交わしてＣＩＣを後にする。 ﹁はい、いただきました。﹂ ﹁⋮⋮⋮そうだな、軽く済ましてくるよ。艦を頼んでいいか 食べられるときに食べておいた方が良いですよ ﹁早めの昼食と行きますか 視認圏内に入るまで３時間といったところか。﹂ ? これは発射から音速突破までは固体ロケットブースターによって加速され 固体ロケット・ラムジェット統合推進システムが搭載されている トライデントには、推進器として モードが切り替わり更に加速を続ける ついに音速を突破したころ、固体ロケットエンジンが停止し 搭載された個体ロケットによって、大気を貫きながら加速していく ? ﹁恐らくな、敵艦隊が３０ ? ? ? ? ＳＴＡＧＥ─２１ 邀撃!深海棲艦南進艦隊 665 その後、ラムジェットエンジンに切り替わり、 最終巡航速度は６５００ｋｍ／ｈにまで達する。次々にラムジェットエンジンに点 火したミサイルは、 音を置き去りにして太平洋上を疾走した。 南進する深海棲艦の艦隊の先頭を進む１隻の駆逐イ級は 自らの艦橋の対空見張り所の縁から、そのクジラのような体の半分ほどを乗り出して 前方を監視していた。先ほどの偵察機は直掩機によって追い払われたが 自分たちの位置はすでに人類側に知られてしまっているだろう。 しかし、まだ自分たちは人類側の艦隊を発見できないでいる 軽空母と戦艦から放たれた索敵機は現在までに８機が撃墜されていた。 そのうちの６機はほぼ同時に撃墜されているため、 そちらの方面に人類の艦隊が存在しているのだろう。 艦隊内でも索敵攻撃を行うべきであると意見が出たが 旗艦である戦艦タ級は許可しなかった。 軽空母の数は多いが、人類側に正規空母が４隻以上いれば航空攻撃による戦果より も 損害が大きくなる。また、それ以前にこの軽空母は艦隊の上空を守る 666 艦上戦闘機が多く搭載されていたため、 航空戦によって敵艦隊に打撃を与えることは難しかった。 あくまでもこの艦隊は８隻の戦艦が主役であり、空母に与えられた任務は 艦隊の防空任務のみ。事実、上空には多くの直掩機が上がり周囲を警戒している。 この艦隊の目的はトラック泊地への攻撃であった。 攻撃と言っても泊地へ突撃するわけでは無く、 軽空母６隻と重巡洋艦、駆逐艦から成る２個艦隊１２隻を編制し トラック近海へ突入、それにつられて出てきた艦隊を、 戦艦８隻を主軸とする水上打撃群で撃滅すると言う作戦だった。 この作戦が何処で作成されたものかはこのイ級は知らず、知る必要も無かった。 どこか機械的な目を空に向ける、幾つもの雲がゆっくりと形を変えながら流されてい く 人間であれば何かしらの感情が沸き上がっただろうが、 深海棲艦にとって雲の形やその変化は何の感慨も生まれるようなものでは無かった。 その時、前方の雲の形が不自然に変わったような気がした。 突風にしては、変化が急すぎる。 まるで何かが雲を吹き飛ばした様な、そんな変化だった。 よく見ようと意識を集中した瞬間。何かが頭上を飛び過ぎ、 一瞬後に轟音と強烈な衝撃波を受けて後ろの電探の基部へ吹き飛ばされ叩きつけら れる。 イ級には見えなかったが、後ろで自分が護衛していたはずの軽空母８隻の内５隻が 上から巨大なハンマーを叩きつけられたように中央部から、くの字に折れ曲がり 艦首と艦尾以外の艦体が一瞬にして砕け散りあたりに飛散する。 まるで艦中央部を何かに抉り取られたかのような姿をほんの少し海面にさらした 空母は １分も立たないうちに海上から姿を消す。まさしく轟沈であった。 満足な装甲を持たない軽空母にとって、重装甲の戦艦でさえ１撃で戦闘能力を奪い去 る トライデントの直撃は、到底耐えられるものでは無かった。 軽空母が存在していた場所から吹き上がった黒煙は、 ﹂ 深海棲艦にとって破滅の始まりを告げているかのようだった。 距離５０ｋｍ ! 方位０│０│０ ! ﹁敵艦隊発見 ! ＳＴＡＧＥ─２１ 邀撃!深海棲艦南進艦隊 667 668 ホタカのレーダー画面に、次々と艦船を示す輝点が現れていく 主砲弾装填、弾種徹甲 その様子を確認した艦息は矢継ぎ早に指示を飛ばし始める ﹁砲撃戦用意 全速射砲砲撃用意 隔壁閉鎖、応急修理班は待機。﹂ 対空ミサイルを除く全ミサイルは全て格納庫へ ! ﹂ ? については 速射砲で対処する。﹂ ﹁あくまでも砲戦で決着をつけると言う事ですね ? ﹁そうでなければミサイルを節約した意味がないからな。﹂ 確認するような副長の声に一つ頷く。 ﹂ この距離ならば確実に命中させることが出来る。突入してくるであろう水雷戦隊 ﹁距離３１０００から攻撃を開始する。最大距離では無駄玉が増えるからな。 ﹁艦長、砲戦距離はいかがしますか レーダー画面上の彼我距離は急速に縮まりつつあった。 相対速度が１８０ｋｍ／ｈを超えているため、 ６門の砲身に６発の徹甲弾が装填され、続いて装薬が詰められる。 ! ! ! ＳＴＡＧＥ─２１ 邀撃!深海棲艦南進艦隊 669 ﹁それもそうですね。﹂ ﹂ ﹁さて、砲戦距離までもう少しだ、各部の最終点検を頼む﹂ ﹁了解 いな。﹂ ﹁形はそれらの艦ですが、内実は深海棲艦ですから 深海棲艦脅威の科学力で何とかしているのでは ﹁しかし、妙です。軽空母が逃げるような動きをしません。﹂ ﹁たかが戦艦１隻に護衛艦隊全てを投入する気はないと言う事か。﹂ ね。﹂ 先 行 す る 護 衛 艦 隊 ４ 群 が 本 艦 に 向 け て 突 入 す る 時 に で き る 穴 を 埋 め る よ う で す 護衛艦隊４群の内２群が前進しています 砲戦距離に近づくにつれて、後方を警戒していた その周りに重巡２、駆逐２の護衛艦隊８群が、輪形を描くように布陣。 戦艦群の後方に軽空母が３隻単縦陣で続いています。 それはともかく、陣形は戦艦８隻が中央で複縦陣を成し、 ? ﹁敵はサウスダコタ級が４隻、ノースカロライナ級が４隻か。それにしては速度が速 約５分後、彼我距離は３５０００を切った ! 670 副長の言う通り、砲戦では攻撃能力を持たないはずの 軽空母は反転離脱を図らず、本隊と共に突入を続けていた。 ﹁僕らの世界のように荷電粒子砲でも撃ってきたりしてな。﹂ にまで増速 こちらに突撃してきます﹂ ﹁アレは空母じゃないですよ、重航空巡洋艦か何かでしょう。﹂ ﹁違いない。﹂ ﹁敵水雷戦隊３５ ! ﹁取り舵２０ 速力そのまま ﹂ 放送を送り終わった瞬間、敵艦隊との距離が３２０００を切る 各員が普段通りの実力を発揮することを期待する。﹂ 敵の数は多いがその能力は我々よりも格段に劣る ﹁これより本艦は敵艦隊を邀撃する。 る レーダーを監視していた妖精からの報告に一つ頷き艦内マイクのスイッチを入れ ? ! ﹂ ﹁距離３１０００ ﹂ 艦体が震え、左に舵を切り艦体が遠心力で若干右に傾く ! ! ﹂ ﹁撃ち方始め ﹁主砲斉射 ! ! ＳＴＡＧＥ─２１ 邀撃!深海棲艦南進艦隊 671 取り舵を切ったことにより、後部主砲の射界に敵艦隊が収まった瞬間 彼我距離が３１０００を切った。 そして、前後に搭載された６門の主砲から音の速度を置き去りにして ６発の主砲弾が爆炎と爆煙を上げて飛び出していく それとほぼ同時刻、敵戦艦群８隻からも１６ｉｎｃｈ砲弾４８発が放たれた。 その砲弾はホタカの対空電探によって一発残らずとらえられ 高性能電算機により軌道を予測、予想着弾地点を一瞬のうちにはじき出し モニターに投影する。その結果は全弾が遠弾に終わるとのことだった。 ﹁連中、いきなり全門斉射で来ましたね。﹂ ﹁高性能電算機を乗せていないとすると不可解だが 僕らが言える立場ではないな。﹂ 第１斉射が着弾する前に、再度４１ｃｍ磁気火薬複合加速砲が咆哮した。 普通、砲戦では全主砲をいきなり斉射することは無く 各砲塔１門ずつが砲弾を発射し、その着弾を観測して射撃諸元を修正 次に先ほど発砲していない砲を、新たな射撃諸元を元に発砲する これをつづけ、夾叉が出たら全門斉射に切り替える。 しかし、ホタカの戦った世界では最初から全門斉射を行うことが普通だった 672 搭載された高性能電算機は、正しいデータさえあれば 初弾命中すら期待できるほどのものであったため、戦艦同士の砲撃戦であれば 会敵した瞬間に攻撃可能な全艦砲が火を噴くことが日常茶飯事であり 事実、それで初弾命中を出す艦は少なくなかった。 ホタカと敵艦隊の間、それも深海棲艦よりの地点で４８発の砲弾と６発の砲弾が交 錯する 交錯地点が深海棲艦側なのは、砲弾の速度に理由がある。 磁気火薬複合加速砲によって放たれる砲弾は 純粋な火薬式の砲を凌駕する速度を砲弾に与えることが可能だった。 ６発の砲弾に狙われたのは、複縦陣の最前列向かって左側のノースカロライナ級 この世界風に言うのなら戦艦タ級ｆｌａｇｓｈｉｐと分類される艦だった。 大気を切り裂き飛来した砲弾は、３発が命中する。 ノースカロライナ級には３５６ｍｍ砲弾ならば 理論上１７４００∼２７４００ｍの広範囲で耐えうるとされているが 対４０６ｍｍ砲弾となると、安全距離は２００００∼２５０００ｍにまで狭められて しまう。 これは、もともと３５６ｍｍ砲を搭載する計画であったため致し方ない事であった ＳＴＡＧＥ─２１ 邀撃!深海棲艦南進艦隊 673 が その代償はアメリカ海軍将兵では無く深海棲艦が支払うことになった。 飛び込んで来た砲弾は直径こそ４１ｃｍであるが、速度と特殊合金により強化された それは ４６ｃｍ砲弾を凌駕する威力を秘めていた。 そんなものが命中してしまえばどうなるか、タ級は身をもって知ることになる １発はなだらかなカーブを描く艦首部に命中、脆弱な装甲しか持たないそこに 砲弾を受け止める術は無く、艦内部まで侵入を許し炸裂した砲弾によって艦首部の 甲板が盛大に吹き飛び、めくり上がる 更に１発は艦中央部、前艦橋のマストを圧し折った勢いそのままに ２本の煙突の間に着弾する。最大でも４０，６㎝砲弾を想定していた装甲は それ以上のエネルギーを持つ砲弾に、簡単に引きちぎられる。 装甲板を抜いた砲弾が飛び込んだのはノースカロライナ級の機関室で そこに配置されていた４基の重油専燃焼缶を引き裂き、その速力を奪った。 そして、最後の一発は後部主砲の天蓋に着弾 ノースカロライナ級の１６ｉｎｃｈ砲の防盾は４０６ｍｍの装甲板で守られた重防 御であるが 674 天蓋の装甲厚はたったの１７８ｍｍ、そのような装甲板でホタカの４１ｃｍ砲弾を防 ぐことは 無謀に近かった。 天蓋を吹き飛ばした砲弾は砲塔内装備をなぎ倒しながら進み 艦内奥深く主砲弾薬庫へ侵入、そしてその身に収めた炸薬に点火し使命を全うする。 弾薬庫内での大口径砲弾の炸裂に耐えられるほど、深海棲艦は頑丈では無かった。 満載排水量４２０００ｔの艦体が震え、 トラック艦隊に向けて放たれるはずであった砲弾、装薬が次々引火、爆発し 後部主砲が文字通り吹き飛び、スクリュープロペラへ続くシャフトが圧し折れる。 更に竜骨にも大きな損傷を及ぼしていた。 たったの１撃で戦艦１隻が甚大な被害をこうむったことに、周りを囲む戦艦や 護衛艦隊は戦慄する。そこへ大破したタ級に第２斉射が降り注いだ、 その着弾間隔は１１秒程度。 再び飛来した６発の砲弾は４発が立て続けに艦中央部付近へ着弾する 前艦橋から後艦橋にかけての艦上構造物が一切合財なぎ倒され １秒も立たないうちに巨大な爆炎が瓦礫を噴き上げて現れる。 艦上に出現した、その爆炎に押さえ付けられるように、 先の軽空母のごとく艦体をくの字に曲げ海上から姿を消した。 事ここに至って、初めて深海棲艦の艦隊は理解した。 自分たちに攻撃を仕掛けてきたのは単なる特攻では無く 彼の敵が自分たちに対して勝利を目論んで行う戦闘行動であることを。 すぐさま旗艦であるタ級は最後尾の２つを除いた全護衛艦隊に突撃命令を出す こちらが優っているのは何よりも物量だ。たとえ正確無比な攻撃を行ったとしても、 数の暴力の前には無力であるはずだった。 ﹁敵護衛艦隊の全てが全速で突撃を開始しました。 先陣を切る護衛艦隊２群が射程に入るまで約２０秒。﹂ １，３，５，６番速射砲照準、敵先行護衛艦隊重巡洋艦４隻。 レーダーで監視していた妖精が敵艦の動きを報告する。 ﹁面舵５ ﹂ ? ﹁艦長 敵護衛艦隊２群、射程に捉えました ﹂ ﹂ ﹁今のところは無視する。巡洋艦を片付けるのが先だ。﹂ ﹁敵駆逐艦はどうしますか まずは頭を叩いて指揮系統を攪乱する。﹂ ! 砲雷長の報告に、ただ一言命令を返した。 ! ﹁撃ち方始め ! ＳＴＡＧＥ─２１ 邀撃!深海棲艦南進艦隊 675 ! 676 右舷側を指向できる４基の速射砲から立て続けに１５２ｍｍ砲弾が発射されてい く 敵重巡が放った無数の８ｉｎｃｈ砲弾と５ｉｎｃｈ砲弾が飛来するが、 ホタカが軽く面舵を切ったため艦体を飛び越して遠弾になってしまう。 対照的に連続的に放たれた１５２ｍｍ砲弾はペンサコーラ級重巡洋艦の背の高い マストの 基部を吹き飛ばし、支えを失ったマストは大音響を上げながら左へ倒れ 巨大な水しぶきを噴き上げる。その間にも１７８ｍの艦体の至る所に１５２ｍｍの 銛が撃ち込まれ 甲板から血が噴き出すように多数の爆炎が上がり、上甲板が煙に包まれていく。 巡洋艦の後方で２隻目のノースカロライナ級が爆沈する頃 ４隻の重巡洋艦も最後の時を迎えた。 あるものは搭載した魚雷に誘爆し、またあるものは主砲を貫かれ 多数の命中弾によって艦体を引き裂かれ、戦闘能力を喪失していく。 これに慌てたのはそれらに付き従っていた駆逐艦４隻、 旗艦が一瞬で沈み混乱が広がりかけるが、無様に混乱するほど ｅｌｉｔｅ級の駆逐艦は甘くなかったが、それはホタカにも言えることだった。 ＳＴＡＧＥ─２１ 邀撃!深海棲艦南進艦隊 677 ２隻ずつになった駆逐艦は、お互いに合流するために舵を切るも 続いて護衛艦群４隻突入してきます ﹂ そのまえに彼の速射砲弾によって食いちぎられ沈められてしまった。 ﹁敵２個護衛艦隊殲滅 ! 副長の意見に同意するように一つ頷いた。 ! れ、 すべての砲弾は、ホタカに展開された強力な防御重力場によって速度を著しく減ぜら 命中コースに乗るものは少なくなかったものの。 おり、 横腹を晒すため回頭を始める。その間にも水雷戦隊の主砲による砲撃は続けられて 重巡は３本、駆逐艦はそれぞれ１０本の５３３ｍｍ魚雷を叩き込むべく それぞれが一糸乱れぬ動きで急速に取り舵を切り ペンサコーラ級重巡洋艦１隻、フレッチャー級駆逐艦４隻だった。 速射砲弾の弾雨を抜けて、雷撃距離まで突入できた艦は また一隻、今度はサウスダコタ級が艦首を高く掲げて海中へ没していく。 ﹁その場合は主砲で零距離射撃だ。敵戦艦の砲弾は避けられる。面舵２０ ﹂ ﹁敵の数が多いです、恐らく１個護衛艦隊が雷撃距離まで抜けてくるかと。﹂ ﹁４群の中でも先行する護衛艦隊に砲火を集中し、出鼻を挫く。﹂ ! 678 小さな損傷すら与えられなかった。 さらに２隻の駆逐艦が速射砲弾によって血祭りにあげられるのを代償に、 ﹂ 何とか生き残った２隻の戦闘艦から１３本の魚雷が放たれる。 ﹂ 主砲斉射 ! ﹁敵艦、魚雷発射 コントロール・オープン 全ＣＩＷＳ 迎 撃 開 始 ! ! 敵艦隊の雷撃は、ホタカが面舵を切り、魚雷の間をすり抜けるコースを取り ついに爆沈した。 それだけでも致命傷であるのに、そこへ速射砲弾が連続的に叩き込まれ 舷側を根こそぎ吹き飛ばし、大量の海水がなだれ込み始める。 着弾した砲弾は内部に搭載されていた炸薬に点火し さらに水面に近い舷側を狙って砲撃されていた。 有効な打撃を与えられないことがあるが、この砲弾は着発信管の対地榴弾で 砲弾が炸裂する前に艦体を突き抜けてしまい この距離では重巡洋艦や駆逐艦の装甲では、 回避行動を取ろうとしていた２隻の戦闘艦に殺到する。 砲身をほぼ水平にまで下ろした６門の４１ｃｍ砲から吐き出された砲弾が 艦首が白波を蹴立てて急速に右回答を開始すると同時に ﹁面舵一杯 ! ＳＴＡＧＥ─２１ 邀撃!深海棲艦南進艦隊 679 ﹂ ﹂ よけきれない魚雷は、右舷に設けられた全ての３５ｍｍＣＩＷＳが機関砲弾を叩き込 み 魚雷全弾迎撃成功 迎撃した為、１発の命中弾も得られなかった。 ﹁敵４個護衛艦隊殲滅 ﹂ ! このままだと反航戦になります 敵戦艦との距離は ﹂ ! ﹁取り舵一杯 ﹁２５０００を切りました ﹁敵サウスダコタ級戦艦撃沈 ! ? ! ﹁これで４隻撃沈か。﹂ ﹁それにしては艦列に乱れがありません こちらへ突っ込んできます ! 旗艦はまだ健在のようですね。﹂ ﹁敵戦艦隊変針 ﹂ ＣＩＣのレーダー画面からまた一隻戦艦を示す光点が消える。 ! ! ﹁艦首を向けて突っ込んできても、本艦に向けられる砲身の数は２４。 しかし、副長の口調は何処か他人事のように落ち着いていた、 ﹁奴さん痺れを切らして突っ込んできましたね。﹂ 敵戦艦隊は面舵を切ってホタカへ突っ込んでくる。 それまで反航戦に持ち込まれようとしていた戦況は一変し ! 680 ﹂ まで減速 それに投影面積は最小になり、こちらは柔らかい横腹を晒している状態。 ﹂ そこそこ これでは少し面白くないな。﹂ ﹁いかがしますか ﹁どうあがいても向こうは３０ ﹂ 数の差が戦力の決定的差で無いことを教育してやるか。４０ ５ ﹁僕らにそれが当てはまるとでも ﹁それもそうですな。﹂ 取り舵 ! ﹁両舷前進一杯 面舵一杯 ﹂ ! 限界まで回されたガスタービンにより、限界以上の７０ す を超える速力をたたき出 ? ! 向かって右側のノースカロライナ級の１番主砲塔とマストをスクラップに変えた。 対照的にホタカの砲弾は先行していた 未来位置を狂わされた砲弾は目標のはるか前方に着弾し、 突撃体制を維持する。その間にも両者の砲撃は続くが急減速したホタカによって 若干取り舵を切ったホタカに合わせるように、敵戦艦隊もわずかに面舵を切り ? ? ? ? ﹁普通は数の差と戦力は比例するもんですけどね。﹂ ! ＳＴＡＧＥ─２１ 邀撃!深海棲艦南進艦隊 681 急減速からの急加速に深海棲艦は付いていくことが出来ない。 慌てて面舵を切るもホタカは既に深海棲艦の進路上を左舷側から右舷側へ通り抜け 更に右後方へ回り込もうとしている。 このまま行くと、自分たちと後方の軽空母部隊の間に入られてしまう。 再び反航戦の体勢になったため、ホタカを指向できる全主砲を斉射。 ３発が直撃するも、防御重力場によって後方へそらされてしまう。 彼我距離が短くなったため、副砲の攻撃も開始するが、 偶に出る命中弾も防御重力場に阻まれる。 次弾を装填する間に４１ｃｍ砲弾が、 戦艦隊の複縦陣の右舷側を担っていたノースカロライナ級とサウスダコタ級の舷側 に命中、 この距離では外れるよりも命中する弾の方が圧倒的に多かった。 ノースカロライナ級には２発、サウスダコタ級には３発が飛び込み側面に大穴を開 け そこから出血するかのように爆炎が吹き出し視界をふさぐ。 更に、先行するノースカロライナ級に命中した砲弾は 機関部に致命傷を与えたようで速力が急速に低下し、 682 後続するサウスダコタ級は着弾に気を取られていたため回避行動が遅れる。 鋼鉄が引き裂かれる高音と重低音の混声合唱を太平洋に響かせつつ ノースカロライナ級の後部にサウスダコタ級が突っ込み艦尾に乗り上げてしまう。 その間に、優速を生かして戦艦隊の右舷後方に抜けたホタカは、軽空母艦隊を無視 いまだ健在な複縦陣左舷側のノースカロライナ級とサウスダコタ級に主砲の照準を 合わせる 彼と敵との間には衝突し膨大な量の黒煙を噴き上げている戦艦が居たが、 電探射撃を行えるホタカにとっては大きな障害では無かった。 まずは１６ｉｎｃｈ砲３連装３基９門を持つサウスダコタ級に砲撃を集中し撃沈。 次 に ノ ー ス カ ロ ラ イ ナ 級 に 砲 撃 を 叩 き 込 む。ノ ー ス カ ロ ラ イ ナ 級 は 必 死 に 舵 を 切って 全主砲９門を指向させようとするが、自分の倍以上の速度を持つホタカが相手では 如何する事も出来ず、背後から多数の４１ｃｍ砲弾を浴びて爆沈する。 最後に残った２隻の戦艦の内、サウスダコタ級が後部に突っ込んだノースカロライ ナ級は それまでの海戦での損傷と、衝突によって艦尾に生じた大破孔により 艦首を海面から浮かせて沈んでいこうとしている。 ＳＴＡＧＥ─２１ 邀撃!深海棲艦南進艦隊 683 一方サウスダコタ級は、ノースカロライナ級の後部が海没した為 僚艦に乗り上げ、固定されていた艦首が自由になる。 とはいえ、艦首部に大破孔が生じているため前進は危険すぎると判断したのか 全速後進をかけて、沈みゆく僚艦と離れ最後の抵抗を試み 後部の第３主砲をホタカへ照準する。 そこへ６発の４１ｃｍ砲弾が音の速度を置き去りにして飛び込み、 主砲防盾を真正面から粉砕。 その後内部で炸裂、舷側への３発の命中弾や 僚艦との激突により損傷した艦体にこの砲弾は致命傷となり 複数回の爆発を起こしながら横転する。 ﹁全戦艦の撃沈を確認。﹂ ﹂ 、距離３８ｋｍ。﹂ ﹁敵軽空母艦隊は２個護衛艦隊を伴って方位０│９│０へ逃走中。 現在速力３２ ﹁艦長、いかがしますか ﹁方位０│９│０へ回頭、機関両舷全速。 一瞬考え、何かを決めたように軽く頷いた。 レーダー手妖精の報告に副長がホタカへ意見を求める ? ? 684 この際、敵残存艦隊も殲滅し後顧の憂いを経つ。﹂ ﹁任務は敵主力の撃破です。作戦目標は既に達成されたとかんがえますが ﹂ 真津提督はその戦果に冷や汗を流して一瞬固まった後、彼を労ったのだった。 結局敵艦隊を殲滅したことを報告すると その後ホタカは太陽が西に沈むころ本艦隊と合流。 た。 逃走した残存艦艇は、１時間以内にそのすべてが太平洋の暗い海の底へ消えていっ ﹁了解。﹂ それに、敵は叩けるときに叩いておくべきだよ、副長。﹂ これに戦艦が数隻加われば立派な水上打撃部隊となる。 無傷な軽空母３隻に重巡洋艦と駆逐艦が４隻ずつだからな、それなりの規模だ。 ﹁確かにそうだ、だが奴らに通商破壊をされれば少なくない損害が発生するだろう。 ? ﹂ ? 第６速射砲のよりも後部でホバリング、 日向からブラックホークを回すと言うことだ。 ﹁３０分後に艦を離れ、加賀へ移乗する。 通信中、代わりに艦の指揮を執っていた副長の質に頷くことで答える。 ﹁艦を離れるので ﹁了解しました。３０分後、加賀に移譲します。﹂ 高いマストの根元付近にある航海艦橋の艦長席で、ある命令を艦息が受け取る。 ホタカは単縦群の２群目、夕立の後ろを航行していた。 幾つかの単縦に分かれて、微速で航行する。 流石にその中へ今までと同じように輪形陣で突っ込むわけにもいかないので その間を警備艇やタグボートがせわしなく走り回っている。 本土近海と言うだけあって、あちこちに輸送艦や給油艦が行き来し その後他の深海棲艦に発見されることなく佐世保近海へと進入した。 深海棲艦の大艦隊を殲滅したホタカを加えたトラック第二鎮守府艦隊は、 ＳＴＡＧＥ│２２ 佐世保第三鎮守府 ＳＴＡＧＥ─２２ 佐世保第三鎮守府 685 686 ロープを使って乗り移る。降りるときも同様だ。 ヘリを誘導する人員を後部甲板に配置してくれ。﹂ ﹁了解しました。﹂ ﹁佐世保鎮守府に近づいたら提督と加賀、そして僕は 内火艇で佐世保第一鎮守府へ移動する。 他の艦は佐世保第三鎮守府へ投錨し、待機とのことだ。﹂ ﹁第１鎮守府へは、着任の挨拶をやりに行くと言う事ですか ヘリからたらされたロープを保持している妖精から 吹き付けるダウンウォッシュと海風を全身に浴びて、 ﹂ １機のブラックホークがホタカの後部甲板へ近づき低空でホバリングを開始する。 ３０分後、茶色だった機体をトラックで蒼い海上迷彩に塗りなおした ﹁ですね。﹂ 伊勢と日向に頑張ってもらうしかない。﹂ ﹁嘆いたところで始まらないだろう。資材が回されるまでは しかし、そろそろヘリを乗せられる空母を用意しないと少々不便ですね。﹂ ﹁まあ、特例になっても不思議はありませんからね。 ﹁そういう事だ。本当なら提督と秘書艦のみらしいが今回は特例だそうだ。﹂ ? ＳＴＡＧＥ─２２ 佐世保第三鎮守府 687 それを受け取り自分の身体を固定する。 横でそれを補助していた妖精は、彼の準備が整ったのを確認すると 上空のヘリに合図を出しウィンチを巻き上げさせた。 天井の低いキャビンに乗り移り、そこに居た妖精からヘッドセットを受け取る。 ﹁ブラックホークへようこそ。﹂ ﹁よろしく頼む。機長。﹂ ﹁加賀まではすぐですよ。捕まっていてください。﹂ 機体が前傾し、前進を始めると自分の艦体や前方を走っていた 夕立の小柄な艦体が眼下に流れていく。 先行する単縦陣に追いつき、 不知火の後方を航行する加賀の飛行甲板の上空まで到達するのには 機長の言う通り時間はかからなかった。 ﹁これから甲板ぎりぎりまで降下します。 ﹂ 合図を出したら飛び降りてください。﹂ ﹁出来るのか 機長が何か操作すると、ゆっくりと高度が下がっていき ﹁これ位出来なければ、ヘリを洋上で飛ばせませんよ。﹂ ? 688 ついには降着輪と甲板までの距離が十㎝程度になったところでピタリと止まった。 航行する空母の甲板上にはひっきりなしに風が吹いているはずだが まるで無風の箱の中でホバリングしているように、大きな揺れは無い。 つまりパイロットの腕が非常に良い事の証拠だった。 ﹁どうぞ、降りてください。﹂ ﹁ありがとう、また頼むよ。﹂ ヘッドセットを返し、大きく空いた後部のスライドドアから甲板へ飛び降りる。 艦内へどうぞ ! 艦内へ続くハッチをくぐった。 ! ﹁佐世保第三鎮守府へ配属された真津悠斗大佐です。﹂ そこに乗っていたのは彼にとって見覚えのある人物達だった。 １隻の内火艇が横付けされる。 すっかり日も落ちたころ、佐世保第１鎮守府の近くに停泊する空母加賀へ ﹂ その近くに加賀の副長らしき妖精が、甲板へ降り立った彼へ向けて敬礼していた。 ﹂ お待ちしておりました 出迎えご苦労 ﹁空母加賀の副長です ﹁ホタカだ ! ! ヘリが上昇する暴風にかき消されないように言葉を交わして ! ＳＴＡＧＥ─２２ 佐世保第三鎮守府 689 ﹁秘書艦の空母加賀です。﹂ ﹁海軍特別警察隊第一課鎮守府付特殊命令対策係係長、杉本京谷少佐です。 佐世保鎮守府へようこそ。真津提督、加賀さん。 そして、また会いましたね、ホタカ君。﹂ ﹂ ﹂ ﹁お久しぶり、と言うほど時間もたっていませんね。杉本少佐。﹂ ﹁知り合いなのか ﹁ええ、帝都でお世話になったので。ところで木曾は ﹁俺はこっちだ。﹂ ゆっくりと進み始める。 ? 真津提督をお迎えに上がるついでに、一度会っておこうと思いまして。﹂ ﹁よくある配置替えですよ。明日から佐世保第三鎮守府付になりますので ﹁どうして杉本少佐はこちらに ﹂ それを確認すると、内火艇は舳先を近くに見えている鎮守府へ向けて 彼女に促されるように３人は小さな内火艇へ乗り込む。 ﹁取りあえず、第１鎮守府まで移動するから載ってくれ。﹂ 内火艇の舵輪を握っている木曾の姿が確認できた。 聞き覚えのある声が聞こえてきた船尾側へ顔を向けると ? ? 690 ﹁なるほど。アレから帝都はどうなりましたか ﹁何か大きな損傷が ﹂ 天羽々斬は現在放置状態とのことです。﹂ 元の状態に戻るのはまだまだ先ですね。 ﹂ ﹁現在急ピッチで破壊された高射砲塔や市街地を修復中ですが ? ﹁超兵器に ﹂ アレを持ち上げられるクレーン船は横須賀に在りましてね。﹂ クレーン船を使う方法もありますが、 海水を注入して浮揚させることは不可能となりました。 しかし、砲を支える台船部分が大破してしまっているので 砲自体に大きな問題は無いようです。 ﹁ボルト爆砕での緊急退避は設計段階で考慮されていましたから ? 桟橋には数人の妖精さんと一人の艦娘が待っていた。 そんな話をしているうちに、内火艇は有る建物にほど近い桟橋に到着する まあ復旧が開始されるのは早くても１ヶ月後でしょうねぇ。﹂ ﹁そういう事で、爆砕した穴を鉄板で覆った以外はほぼそのままです。 ホタカの問いに、杉本は軽く頷いた。 ? ＳＴＡＧＥ─２２ 佐世保第三鎮守府 691 港を照らす明かりに照らされたその人物は一見巫女のようにも見えるが 頭に付けた電探を模した金色のカチューシャを見ると確かに艦娘のようだ。 その人物は３人が桟橋に上がると、その外見にしては 少々幼い声で彼らを歓迎した。 ﹁ようこそ、佐世保第一鎮守府へ。 金剛型戦艦３番艦榛名です。ここの秘書艦を務めています。 提督がお待ちです。こちらへどうぞ。﹂ ﹁よろしく頼む。﹂ 榛名と名乗った艦娘が踵を返し、３人を誘導する。 杉本少佐らは先に第３鎮守府へ行くらしく、背後で内火艇のエンジン音が響いた。 赤レンガで作られた頑丈そうな鎮守府へ入り中にしかれた赤絨毯の上を歩く。 榛名は真津のほぼ真横を歩き、 その後ろに加賀、最後尾をホタカが付いていく形となった。 窓からは、日が落ちてもせわしなく動いている弾薬運搬用のクレーンが見える。 赤いコンテナを長門型戦艦に積み込んでいるようで クレーンの根元には黒い髪を夜風になびかせ長身の艦娘の姿、 どうやら補給作業の指揮を執っているらしい。 692 幾つかの階段を上り最上階の大きなドアの前で榛名が立ち止った。 ﹁提督、お客様をお連れしました。﹂ ドアの向こうから〟どうぞ〟とくぐもった声が聞こえる。 部屋に通されると、提督室らしくそれなりに豪華な内装になっていた。 目の前の大きな机の向こうに座っていた軍人が立ち上がり敬礼する。 真津提督達も敬礼する。 ﹁佐世保第一鎮守府司令兼佐世保鎮守府総司令の田沼一少将だ。﹂ 田沼と名乗った少将は、柔和な笑みを浮かべた男だった。 年のころは真津よりも幾分上だろうが、杉本よりは若そうだった。 ﹁この度佐世保第三鎮守府に移動となりました真津悠斗大佐です。﹂ ﹁秘書官の加賀です。﹂ ﹁装甲護衛艦、ホタカです。﹂ まあ、楽にしてくれと田沼に促され、部屋に備え付けられていたソファーに座る。 ﹁ここまでの長旅ご苦労だった。太平洋では大変だったようだな。﹂ ﹁ホタカが居なければ、喪失艦が出ていたと思います。 彼のおかげですよ。﹂ 手放しでほめられると、何かむずがゆくなるホタカだったが ＳＴＡＧＥ─２２ 佐世保第三鎮守府 693 それを何とか隠す。 ﹁そうか、君は本土での勤務は初めてだったかな ﹁はい。﹂ ﹁では、簡単に説明しよう。 ﹂ 手が足りない場合は一時的に他の鎮守府の指揮下に置かれることもある。 基本的に３つの鎮守府の戦力、つまり艦娘は独立して運用されるが 第３鎮守府、つまり君らは外洋まで出て行き深海棲艦を制圧する。 第２鎮守府は本土と南方を結ぶ補給ルートの護衛任務 第１鎮守府は主に近海警備や本土防衛、 ３つの鎮守府には其々役割が与えられている。 基本的に小型艦は湾内奥、大型艦は湾外に近い場所に停泊させる。 艦娘や補給物資の運搬用に鉄道もいくつか通っている。 艦娘が実際に修理、補給するドックや岸壁は佐世保湾内外各所に設置されており また鎮守府施設はある程度固まってに建てられているが 四国の宿毛に第四から第六までの鎮守府が移ったんだ。 もともとは第六まであったのだが、艦が増えて流石に混んできてな 佐世保には第一から第三まで３つの鎮守府が有る。 ? 694 例えば、本土にまで敵が進行してきた場合。この佐世保鎮守府の艦娘の指揮は 一時的に防衛が任務の第一鎮守府がとることになる。 まあ、そうなったことはこれまで少ない。もっぱら護衛任務の第二鎮守府や 攻撃部隊の第三鎮守府へ第一鎮守府の艦娘が派遣されることが多い。 そして、この３つの鎮守府を統括するのが佐世保鎮守府総司令部だ。 総司令部と言っても、実態はこの三鎮守府の司令と秘書艦、 艦娘たちが居るだけで参謀部は無い。と言っても艦娘は優秀だからな そこまで困っているわけではないよ。﹂ ﹂ 榛名が用意したコーヒーを啜りつつ田沼提督の話を聞く。 ﹂ ﹁と、まあこんなところだ。何か質問は有るか ﹁第二鎮守府の提督は何処へ ﹂ ﹁はぁ⋮１９人ですが⋮﹂ ﹁君の鎮守府には駆逐艦娘はどれほどいるかね ﹁何でしょう そのうち来るだろう。時に真津大佐。﹂ ﹁一応ここに来るように言ったんだが⋮な 加賀の素朴な質問に、田沼が苦笑する。 ? ﹂ ? ? ? ＳＴＡＧＥ─２２ 佐世保第三鎮守府 695 ﹁第二鎮守府の提督は、護衛戦に関してはピカイチなんだが 性格に少々問題があってな。﹂ 性格に問題があると困ったような顔で言う田沼に ３人は首をかしげる。彼の言い方では特警に突き出すレベルではなさそうだが⋮ そんな時、提督室の扉がノックされ一人の海軍軍人が通される 身長はホタカや真津よりも高く、美男子と言える若い男。 その肩には真新しい大佐の階級章が光っていた。 入ってくるなり、田沼へ向けてほぼ完ぺきな敬礼を向ける。 ﹁申し訳ありません、遅れました。 何分本能には逆らえない物でして。﹂ ﹁貴様の事はもうあきらめている。彼が第三鎮守府に配属された真津大佐だ。﹂ ﹁真津悠斗大佐です。﹂ ﹁初めまして、自分は龍上洋介大佐です。 佐世保第二鎮守府で艦娘達の指揮を執っています。﹂ にこやかに自己紹介する好青年に、先ほどの田沼の言葉に疑問を覚えるが 彼が続けた言葉によってその疑問は氷解する。 ﹁それにしても、可愛らしい駆逐艦や軽空母達だ。 696 全員第二鎮守府へ来てほしいぐらいに。﹂ いきなりつづけられた言葉に、３人はピシリと固まり 田沼はため息を付き、榛名は乾いた笑いをもらす。 ! ﹁ボクっ娘の時雨に、元気娘な夕立、真面目な吹雪、朝潮に しっかり者の瑞鳳 いやぁ実に素晴らしい 妖艶な如月にツンツンした満潮 他にもたくさん ! ! た。 その点、真津提督 あなたは素晴らしい 駆逐艦や軽空母の魅力をよく解っていらっしゃる ! この後じっくり二人で﹂ 隈巣提督は優秀だったんですが、あまり駆逐艦や軽空母を運用していませんでし ! かんにんしてやー。﹂ ﹁いやー。まーたウチの提督が暴走してたようで ﹁遅かったね、龍驤。﹂ 唖然とする３人と対照的に、田沼とその秘書艦は落ち着いていた。 真横に吹っ飛んだのだった。 開きっ放しのドアから飛んできた分厚いファイルが頭にクリーンヒットして その続きを龍上が言う事は出来なかった。何のことは無い ! ! 何処か違和感のある関西弁を話しながら入ってきたのは ﹂ 紅い服と黒いスカートに身を包んだ小柄な少女だった。 ﹁君は ﹁うちはそこの提督の秘書官やっとる龍驤って艦娘やよろしゅうな ﹂ ! ? ﹂ ? なんもないでー♪﹂ 何か 龍驤は二カッと笑って挨拶をしたが、加賀を見ると一瞬だけ目が細まった。 ﹁ ﹁ん ? ﹂ !!! ﹁﹁﹁アッ、ハイ。﹂﹂﹂ ﹁アンタらは何も聞いてへん。ええな ﹂ その射線上にいた榛名は一歩ずれることで衝突を回避した。 体をくの字に曲げた彼は後ろに吹っ飛ぶ。 いつの間にか起きてきていた龍上の腹部へ綺麗な後ろ回し蹴りがヒット ﹁喧しぃ ﹁またまたぁ。加賀の胸見てジェラ﹂ ? ﹁あの、龍上大佐。質問宜しいですか ﹂ ﹁まったく。愛情表現がきついなあ龍驤は。﹂ ギロッと言う擬音が聞こえてきそうなほど睨みつけられる。 ? ? ＳＴＡＧＥ─２２ 佐世保第三鎮守府 697 698 ﹁階級は同じだから敬語は要らないよ。﹂ ﹁なら、聞くが。何故ピンピンしているんだ どう見ても普通の人間では無い。 ﹂ ﹁フフン。ご褒美を受けて倒れる人間が何処にいる │││││アッ、ダメだ此奴︵この人︶ ３人の思考がシンクロした瞬間だった。 ﹂ ﹁まあ、そういうこっちゃ。パッと見は美男子で有能な提督なんやけど ﹂ ﹂ マゾなのは認めるがロリコンとは心外だな 内実はロリコンかつマゾヒストのどうしようもない変態や。﹂ ﹁おい龍驤 ワルキューレ ﹂ 今すぐ全世界の紳士に向けて土下座せぃ 私は小さな戦乙女が大好きな紳士だ ﹁謝れ ﹁小柄な艦娘は愛でるものだろうがァァァァ ! ! 表出ろやァァァァァぁ !! ! !! ! ! ﹁今日と言う今日はキミのその幻想をぶち殺したる ﹂ 艦娘のほぼ本気︵らしい︶の後ろ回し蹴りを腹部に受けてもケロッとしている く 常人なら最初のファイル直撃で意識を明日の朝まで刈り取られていても可笑しくな 真津の問いに横に座っていた加賀とホタカがほぼ同時に頷く ? !!! ! そのまま言い合いをつづけながら提督執務室を出ていく２人。 ﹁信じられないようだが、あの提督と第二鎮守府や他の艦娘達との仲はまあ良好だ。 なんだかんだ言って何故か人望があるんだよなぁ⋮﹂ ﹁榛名も、なんだか納得いきません。﹂ ﹁苦労してますね、田沼少将。﹂ ﹁解ってくれて何よりだ。何、君らもすぐになれる。﹂ │││││それって、良いのかしら 肩を竦めるホタカに、真津が頷いた。 ﹁何というか、こちらへ来ても退屈はしなさそうですね。﹂ 提督執務室を出て、第三鎮守府へ向かうために廊下を３人で歩く。 ﹁よろしくお願いします。﹂ ﹁いろいろとあったが、これからよろしく頼む。﹂ 内心それは慣れと言うよりも麻痺の様な気がしてならない加賀だった。 ? この国。﹂ ﹁残念ながら、な。と言うか海軍提督がロリコンかつマゾヒストって 大丈夫か ? ＳＴＡＧＥ─２２ 佐世保第三鎮守府 699 700 ﹁大丈夫じゃないです、問題です。﹂ 加賀の即答に男二人は苦笑する。 その時、彼らが歩いているところから５ｍほどの所の窓ガラスが砕け散り ﹂ 龍上大佐。﹂ 真津大佐か 何かが廊下に吹き飛ばされてきた。 ﹁ん ﹁⋮大丈夫か ? ﹂ ! よく見ると、龍驤の蹴りや拳をいなし、 冷や汗を流しつつホタカが窓から下を見ると、龍驤と戦闘をしている龍上の姿が。 ﹁異能生存体か何かですかね。龍上大佐って。﹂ 新しい窓を設置する妖精さん達の姿があった。 加賀の視線の先には、手慣れた様子で砕けたガラスを回収し、 ﹁よくあることと言うのは本当のようですね。﹂ ﹁ではって。ここ３階なんだが⋮﹂ そう言って砕け散った窓から外へ飛び降りる。 近づかない事だ。巻き込まれても責任は負えない。では 何、よくあることだ。先に断わっておくがこの下で戦っているから ﹁大丈夫だ、問題ない。ちょっと龍驤に投げ飛ばされてな。 ? ? ＳＴＡＧＥ─２２ 佐世保第三鎮守府 701 時には体に受け、空いた手で彼女の頭を撫でようとしている。 艦娘へは只の１発も攻撃しない、これをホタカの副長が見ていれば ﹂ 無駄に洗練された無駄のない無駄な戦いとでも言っただろうか。 ﹁本当に優秀なのか ﹂ ﹁ふーん。その龍上 ﹁そうなのか って大佐なら一回きたよ。﹂ 階下で何か硬質なものが砕ける音がした。 ホタカの視線の先から龍上の姿が掻き消え、拳を突き出した龍驤のみになる ﹁少なくとも、白兵戦ならばうちの陸戦隊レベルですね。﹂ ? ? どっかでモデルでもやってたのかと思うぐらい。﹂ 人当たりも良かったし、背も高いし。 ﹁うん。なんというか、完璧超人って感じ。 昨日の事を同じように台車を押している瑞鶴へ話していた。 台車を使って桟橋から鉄道へダンボール箱を運搬していたホタカは 翌日、第三鎮守府へ輸送してきた艦娘の私物を運び込む為 ? 702 ﹁何か話したのか ﹂ ﹁フムン。まあ大丈夫じゃないか ﹂ ? ﹂ ? ﹂ ? 彼女の視線の先には、貨車に積まれたダンボールの山 ﹁それもそうね。で、これで全部だっけ その線は薄いな。ま、何かあったら杉本少佐が動くよ。﹂ と、言うよりも。龍驤に思いっきり殴られてたのを見ると ﹁だとしたら何かしらのサインが有るはずだろう。 妙な提督への警戒心は人一倍高いらしい。 彼女にとって過去の事件がまだ尾を引いているようで ﹁そうするように強制されているとしたら 艦娘達が本格的に危険視していると言う風じゃなかった。﹂ 第二鎮守府にもあの後寄って行ったが、 ? ホタカの話が本当なら注意するべきかな 後で電に聞いたら、すごい優しい方だって言ってたけど。 ﹁自己紹介だけ。それだけ終わったら駆逐艦達の所へ行ってた。 ? ﹂ ﹁リストによればそのようだ。さて、台車も積んで僕らも次へ行こう。﹂ ﹁次は何だっけ ? ﹁食堂の整理。﹂ ﹁げっ⋮﹂ 冷や汗を流して固まる彼女を不思議そうに見るホタカだった。 帝都の中に無数にある軍施設のうちの一つ その施設の中でも隠れるように設けられた部屋の中に ２人の海軍将校が居た。 ﹁どうやら、河内大将に先を越されたようだな。﹂ ﹁そのようですね、杉本少佐と木曾はホタカの監視として 送り込まれているようですが、その実は我々への牽制でしょう。﹂ ﹂ 若い男の推測に、もう一人の男は面白くなさそうに鼻をならした。 ﹁いかがされますか ﹁下手に動くのは不味いだろう。引き続き奴の情報を集めろ ? 超兵器との関連性を特に入念に、な。﹂ ﹂ ﹁森原中将。﹂ ﹁なんだ ? ＳＴＡＧＥ─２２ 佐世保第三鎮守府 703 704 ﹁中将は、超兵器と彼の戦艦をどうお考えで ﹁劇薬だ。﹂ ﹂ うまく使えば確かに、この深海棲艦に抑え込まれた現状を 打破することが出来るかもしれない。しかし、考えても見ろ。 深海棲艦は我々の技術に合わせて進化しているように思える。 深海棲艦が現れた時、戦艦ル級ｆｌａｇｓｈｉｐや装甲空母姫は居たか 戦艦レ級は ? 超兵器の力も彼の戦艦の力も深海棲艦や艦娘の能力を大きく上回っている。 ﹁大きすぎる力は災いを呼ぶ。昔からそうだったじゃないか。 中将の階級章を付けた男は大きなため息を吐き出した。 ? る そんなところへ、我々の技術を超越する超兵器や彼の戦艦が猛威を振るえばどうな ? ? 早急に奴らを止めなければならない。﹂ ﹁彼の戦艦は止められても、超兵器を止めることは出来ないのでは ﹁だろうな。しかし、彼の戦艦も超兵器も同じ世界の物 ここまで立て続けに超兵器が襲来する理由が必ずあるはずだ。 ﹂ 超兵器に匹敵する深海棲艦が多数出現すれば。帝国の命運は尽きる。 我々の艦娘が太刀打ちできない、 ? ＳＴＡＧＥ─２２ 佐世保第三鎮守府 705 そして、そのカギは彼の戦艦が握っているに違いない。 ﹂ 警戒を怠るな。﹂ ﹁ハッ ﹄ ? 帝都防衛司令部に移動されるはずだ。﹂ 何事も無ければそこに居た職員も皆大本営内に新しく作られる ﹁解体され大本営に吸収される。 ところで、私が南に移った後本営はどうなるんだ なに、やることは変わらない。場所が南に移動しただけだ。 ﹃上からの命令とは言え、実際に彼らを出撃させたのは私だからな その中に秘められた使命感の存在をこの男は感じ取っていた。 受話器の向こうの声は、何時ものように気弱な声だったが ﹃いや、気にすることは無いさ。組織の長は責任を取るためにいるんだから﹄ ﹁すまんな、こんな事になってしまって。﹂ 眼鏡の奥の目はタカのように鋭く、長い足を組んでゆったりと椅子に座っている。 帝都のまた別の場所では、ある男が受話器を耳に当てて帝都の夜景を眺めていた ! 706 ﹃そうか、責任を取るのは私一人で十分だからな。 私の自慢の部下だ、これからも帝都で頑張ってくれるだろう。 さて、そろそろ迎えの車が来る。向こうに付いたら何かしら連絡するよ。﹄ ﹁ああ、元気でな。筆木。﹂ ﹃またな、島。﹄ 帝都にほど近い位置にある港の事務所に一人の男の影があった。 受話器を置いて、脱いでおいた帽子をかぶり足元に置いていた大きなトランクを持 つ。 時計を確認すると輸送船が出発するまであまり時間がないようだ。 電話を貸してくれた職員に礼を言って外に出る。 １０月も中旬を過ぎ、夜の港に吹く風は彼にとって少々涼しすぎた。 輸送船への迎えの車がそろそろ来る頃だろう。そんな事を考えていると 陸地の方から車が２台、ヘッドライトで暗い港を照らしながら近づいてきた。 ﹂ 船が出るので早く乗ってください。﹂ 彼の目の前で止まり、その中に乗っている人物らを見て筆木は固まってしまう。 ﹁筆木提督、何やってるんですか ﹁そ、それはこっちのセリフだ。どうして君らが ? ? ＳＴＡＧＥ─２２ 佐世保第三鎮守府 707 乗用車とトラックに分乗していたのは、かつて本営で筆木の部下だった男達だっ た。 ﹂ ﹁大本営の防衛司令部への移動の件ですが、我々は蹴らせていただきました。﹂ ﹁け、けったぁ ﹁ええ、提督だけ南方へ左遷されても 貴方は通信機一つ動かせられないでしょう 乗用車の後部座席へ乗り込む。 促されるままにトランクを後ろのトラックの荷台に乗った通信士官に手渡して ﹁あ、ああ。﹂ さあ、早く乗って。トランクは後ろのトラックへ乗せてください。﹂ 結局くじ引きで決めてきました。 それだと尽力していただいた島閣下に申し訳が立たないので。 後は防衛司令部へ残りますよ。本当は全員行きたいと言っていたんですが ああ、ご心配なく。ここまでついてきたのはメンバーの３分の１です。 それでは帝国の南方戦線が瓦解しかねませんからね。 ? 乗用車やトラックの荷台に乗った部下たちが苦笑した。 素っ頓狂な声を出して驚く提督を見て、 ?! 708 ﹂ ﹁水臭いですよ、提督。一人だけカッコつけようったって無駄です。﹂ ﹁君たちは、それでいいのか もしくは、各鎮守府からの意見具申を纏め本土へ送る。 基本的に本土から送られてくる作戦計画を確認、微修正し指揮下の鎮守府へ発令する 実際の所ここから南方の鎮守府へ独自の命令が行くことはめったにない。 御大層な名前ではあるが、 南方の鎮守府を指揮する帝国海軍南方要塞。 この輸送船の行き先は西パプア、ソロン。 目の前に大型の輸送船が見えてくる。 気にするなとばかりに肩を竦める３人だった。 いつものように眉をハの字にして謝る筆木の姿に ﹁そうか⋮すまんなぁ。﹂ 同じ乗用車に乗り込んだ他の３人の部下が口々に理由を話していく。 南のあったかい所へ行きたいんですよ。﹂ ﹁それに、自分は寒いのは苦手ですからね。これから帝都は冬に近づきますし ﹁帝都に留まったとしても、白い目で見られるのは避けられませんから。﹂ ﹁それでいいからソロンくんだりまで行くんですよ。﹂ ? ＳＴＡＧＥ─２２ 佐世保第三鎮守府 709 つまり、南方の鎮守府と本土との中継点的な基地であり 戦略上は其れなりに重要な部署だと言える。 要塞らしく、要塞砲は幾つも設置されてはいるが 深海棲艦相手に効果を発揮できるほどの者は置かれておらず。 砲の操作要員は全て妖精と言うありさまだった。 帝都防衛を担っていた筆木が送られることを考えれば 左遷以外の何物でもなかったが、彼に不満はない。 つとめ 彼は自分自身が無能であると自覚しており、今回も帝都の時と同じように 与えられた席で、与えられた仕事を成し遂げるだけだと考えているからだった。 ようやく佐世保第三鎮守府への荷卸しが完了し 大量の荷物を運んできた１０隻の輸送船は別の任務のために 第二鎮守府の水雷戦隊に護衛されつつ佐世保を離れていった。 ﹁やーっと一息つけるわね。﹂ ﹁疲れたのです。﹂ 荷解きが一通り終わった鎮守府、 暁型の部屋で茶髪の姉妹が窓から夕陽を眺めつつそんな事を話していた。 710 ２人の姉は疲れたのか部屋の真ん中に置かれたちゃぶ台に突っ伏して寝息を立てて いた。 ﹁さて、と。﹂ ﹂ ショートカットの少女がよっこらせと立ち上がるとドアの方へ歩き出す ﹁何処へ行くのですか それは彼女の世話焼きな性格に原因もあるだろうがそれ以上に 真津提督の事を慕っている証拠でもある。 ﹁電もいくのです。﹂ ﹂ 未だに起きない２人の姉に毛布をそっと掛けてからドアの方へ ﹁でも、２人でマッサージって出来るのかしら 雷が素朴な疑問を口にした時、すぐ外から何かが聞こえてくる。 夕日によって赤く染まった廊下を２人で歩きつつ ? │││││私にやってくれてもい、ギャアァァァァァァァァァァ !! そういえば、トラックでも事あるごとに司令官の世話を焼いていた。 ニコニコと嬉しそうに笑う自分の姉の性格を思い出して納得する。 マッサージしてあげないとね。﹂ ﹁司令官の所。司令官も疲れてるでしょうから ? ＳＴＡＧＥ─２２ 佐世保第三鎮守府 711 │││││アホな事やってないで行くでー ﹂ 外から聞こえてきた悲鳴のような声に一瞬固まる ﹁電、貴女何か聞いた 彼女らの射程圏外から放たれた高初速３０．５㎝砲と多目的ミサイル １２隻のノースカロライナ級が自らの主砲を向け、砲撃準備に入るが その艦の行く手に、戦艦タ級１２隻を根幹とする深海棲艦の大艦隊が立ちふさがる。 ソレはただ一隻の戦闘艦だった。 一見、２隻の空母と１隻の戦艦のようにも見えるが 太平洋のどこか、そこを一隻の異形の艦が進路を北にとり航行していた カメラを持っていなかったためシャッターを切ることは出来なかった。 鎮守府の前を歩いているのを青葉は目撃するが それとほぼ同時刻、龍驤が提督のようなものを引きずりながら さっき観測した音響データを完全に消去して歩みを進める。 ﹁そう、そうよね。空耳よ空耳。﹂ ﹁何にも聞いてないのです。﹂ ? 712 そして、二つの飛行甲板から発信した大量の航空機により滅多打ちにされ ２０分足らずで、護衛艦もろとも海の藻屑と消える。 敵を殲滅した戦闘艦は艦載機を収容すると、また北進を始めるのだった。 ﹂ ? ﹂ ? ﹁自分が言い出したことだが、胃が痛くなってきた。﹂ そろそろ任務に取り掛かりましょう。﹂ ﹁それもそうですね。さて、現実逃避もここまでにして 第一、深海棲艦の拠点なんて解っていないだろう。﹂ ﹁帝国海軍の継戦能力も消し飛びそうだな、それ。 継戦能力を撃滅してやるのはどうです なんなら、奴らの拠点へトライデントの飽和攻撃を仕掛けて ﹁深海棲艦と全面戦争中です。そんな日が来るのは当分先でしょう。 ﹁君の言う事は正しいが、そろそろのんびりした日々が来てもいいと思うのだが﹂ 傍らで浮遊していた副長妖精はヤレヤレと肩を竦めて自分の上司を諌める ﹁前の世界でも同じような物でしょう 彼にしては珍しい露骨な嫌悪を露わにしてそう零した。 航海艦橋の艦長席で１人の艦息が、 ﹁まったく⋮次から次へと厄介事が飛び込んでくるな⋮﹂ ＳＴＡＧＥ│２３ 灼熱の国 ＳＴＡＧＥ─２３ 灼熱の国 713 714 ﹁任務を始める前に医務室へ行って胃薬でももらってきてください。﹂ 彼らがそんな会話をしている航海艦橋の窓からは 何隻もの大型戦艦と、それに包囲されているように見える１隻の巨大な３胴艦が その巨躯を室戸岬から南へ約５００ｋｍ地点のフィリピン海の洋上にさらしていた。 巨大な３胴艦は周囲を日本の戦艦隊、上空を無数の艦上機と陸上攻撃機 水面下を潜水艦隊に囲まれていたが、中央の戦艦部分から主砲を撃つわけでも 両側の飛行甲板から航空機を飛び立たせるわけでもなく、ただそこに停泊していた。 特徴的な艦橋部には、かつてホタカが掲げていた旗に似ているが 細部が微妙に異なる国旗が掲揚されている。 しかしその旗の示す国を知るものは、この世界では極々わずかしか存在しない。 〟ウィルキア帝国旗〟 それがその旗の名前であり、１つの世界をかき回した国の旗であった。 時間は数日前にさかのぼる。 ＳＴＡＧＥ─２３ 灼熱の国 715 鎮守府の廊下の窓からは朝日が入り込み 床に敷かれた赤い絨毯や最低限の装飾が施された白い壁を照らす。 窓の前を海鳥が飛び去ると、そのシルエットが廊下の壁に映り込み ﹂ さながら影絵のようにも見えた。 ﹁ふぁぁぁぁぁぁぁ⋮﹂ し、不知火ちゃん ﹁随分大きな欠伸ね。﹂ ﹁わひゃぁ ?! ﹂ ? 火も 自分の隣でまた欠伸をかみ殺す吹雪を見て、普段は他人の事情に深入りしない不知 特に気にした風でもなく、目的地も同じだったので連れ立って歩き始める。 ﹁まあ、いいわ。﹂ ﹁あ、ごめん。﹂ ﹁そんなに驚かなくてもいいでしょう 突然角から現れた不知火の声に驚き少し飛び上がってしまう。 そんな廊下を大きな欠伸をしながら歩いていた吹雪は !? 716 流石に妙だと感じる。 今までずっと南の方だったからかな ﹁寝不足の様ね。﹂ ﹁解る なんか寝つきが悪かったんだよね。﹂ ? 間宮と言う艦娘は元になった艦の影響か非常に料理がうまく、 この鎮守府には給量艦間宮が１隻配備されている。 ある。 これには艦娘どうしの情報交換の場を設ける考えもあったが、他にも大きな理由が 全ての艦娘が収容できるほどの大きさを持つ大食堂が設置されている。 佐世保の三つの鎮守府には其々に食堂が備えられているが、それとは別の場所に 混声合唱のように朝の鎮守府に響いている。 海鳥の鳴き声、クレーンの駆動音、工廠の騒音などが 彼女たちは自分達の寮から外へ出る、１０月の朝は其れなりに気温は低い。 不知火たち艦娘は人間よりも身体能力は高めのようですから。﹂ ﹁そのうち慣れるでしょう。 ハァ、と自分の隣でため息を付く吹雪。 ﹁個人差、かなぁ⋮﹂ ﹁不知火も少々この気温には戸惑ったけど。寝不足になるほどではないわ。﹂ ? ＳＴＡＧＥ─２３ 灼熱の国 717 大量かつ高品質な料理を作ることが出来た。 彼女の作る料理には１種の戦意高揚作用が有ると言う論文が提出されるレベルと 言えば 鎮守府間の争奪戦だ。 その仕事の素晴らしさが理解できるはずだ。 それが何を引き起こすか そんなときのための予備として、各鎮守府には食堂が一応備え付けられていた。 い。 渡り廊下でもあれば解決される問題だが、あいにくこの佐世保にそんなものはな わざわざ外へ出なければならないことがあげられる 食堂を別に設置することの弊害としては、悪天候の日に食事をとるために 間宮の指示にしっかり従えば、彼女の作るものと遜色ない物が出来上がる。 足りない人手は各鎮守府から艦娘や妖精さんを集めればいい 彼女自身はたった一人の艦娘であるが、 大型の食堂を設置し、そこに間宮を配備している。 あながちバカに出来ないかもしれない内部抗争を起こさないために そんなある種の馬鹿馬鹿しいようで、 誰だっておいしい物は食べたい。 ? 718 目指す食堂が見えてくると、それまで潮の香りとは別に芳ばしい香りも交じり始め る。 ここへ来てから間宮の監督の元で作られる料理の味を知った２人は 知らず知らずのうちに歩く速度を上げていた。 食堂の引き戸へ手を掛けようとした時、その扉がひとりでに開く。 不思議な事ではない、中から外へ出ようとする人物がいたのだろう。 問題は、それが誰かと言う事だった。 田沼司令 ﹂ 外へ出てきた人物を見て吹雪と不知火は慌てて姿勢を正す。 ﹁お、おはようございます ﹁おはようございます。﹂ ﹁うむ、おはよう。﹂ ﹁おはようございます。﹂ 中から出てきたのは ! 命令さえ出せば、提督執務室まで食事を運ばせる事も出来たが 大多数の提督は艦娘と同じ食堂で食事をしていた。 鎮守府に着任した提督の食事をとる場所は決められていないが この鎮守府の実質的な総司令官、田沼少将とその秘書艦だった。 ! ＳＴＡＧＥ─２３ 灼熱の国 719 艦娘と言う特殊な部下を持つ指揮者である以上、彼女達との意思疎通の為 ﹂ 同じ場所で食事をとることは意義のあることだった。 ﹁２人とも、ここには慣れたかい ﹁実は、まだ少し⋮﹂ ２人も食事を受け取る為にカウンターへ歩き出す。 中には見た事も無いほどの大勢の艦娘達が思い思いの場所で朝食を取っていた。 再び歩き出した田沼を見送り食堂の中に入る。 ﹁では、またお会いしましょう。﹂ な。﹂ 上 司 の 務 め だ か ら な。ま、心 配 せ ず と も 此 処 の 気 候 に は す ぐ 慣 れ る だ ろ う。で は ﹁君らもこの鎮守府の貴重な戦力だ。部下を最善の状態で戦場に送り出してやるのも 恐縮する２人だったが、田沼は〟気にするな〟と鷹揚に手を振った。 ﹁そ、そのような事は⋮﹂ 真津にも少し話しておかねばならんかな。﹂ これで体調を崩すのも問題だから、慣れるまで出撃は控えるよう ﹁君らはずっと南方だったからな、体が付いてこないのも仕方がない。 困ったように笑う吹雪に、田沼は２，３度頷いた。 ? 720 ﹁そういえば、初雪は ﹁おや あれは⋮﹂ ﹂ 非常においしそうに見えた。 特に豪華な素材を使っているわけではないが、調理する者の腕の所為か 味噌汁、ホウレン草のお浸し、漬物などだった。 朝食のメニューは、白米、アジの開き、 疲れたように肩を落とす吹雪に僅かながら同情する。 ﹁そういう事です⋮﹂ ﹁寝てるのね。﹂ ﹁あ、アハハ⋮ハァ⋮﹂ ? 龍上提督は眼鏡かけてないし⋮﹂ ? ﹂ そういえば、ホタカさんが本土でお世話になった特警の方がいるって聞いたけど ﹁海軍特別警察隊、いわゆる警察よ。 ﹁特警 ﹁たぶん、鎮守府付の特警の方ね。﹂ ﹁ホタカさん⋮と誰だろう 見慣れない海軍士官が朝食を取っていた。 ふと、不知火が視線を先にやったところには薄い水色の軍服のホタカと ? ? ＳＴＡＧＥ─２３ 灼熱の国 721 あの人かしら ﹁ふーん、あ。﹂ ﹁ ﹂ ⋮ああ、確かに。よく気づかれましたね。﹂ まだ本土の気候に慣れておらず、寝不足なのでしょう。﹂ ﹁そうですか。吹雪さんは目の下にうっすらとですが隈が見えます ﹁ええ、不知火と吹雪です。﹂ ﹁あの方たちは、確かパラオからの脱出組でしたねぇ﹂ 向こうの方で慌てたように会釈を返す駆逐艦の二人が見える ホタカと朝食を取っていた杉本が軽く会釈をした。 朝食の盆を持ったまま見ていたのがバレたのか ? 目の下が若干黒くなっている。 ? ﹁細かい所に目が行き過ぎる。僕の悪い癖でして。﹂ ﹁その悪い癖にしてやられた海軍軍人はいかほどですかね ﹁黙秘権を行使させていただきましょうか。﹂ ﹂ ほんの少し目を凝らすと、確かに杉本の言うようにわずかではあるが ? 722 涼しい顔でワサビ多めの茶漬けをかきこむ海軍少佐に肩を竦める。 ﹂ ﹂ ﹁深海棲艦の新型艦、確か⋮レ級とか言う艦の事について 何かご存知ですか ﹁レ級ですか、大した情報は有りませんよ ﹁構いません。﹂ 真剣な顔をして頼む艦息に一つ頷く。 ﹁双胴艦 ﹂ 戦艦レ級は双胴艦と言うべき姿をしています。﹂ そして、興味深いことが一つ。 その能力はどれも一級品です。 艦上機すら装備し航空戦も可能としており 砲撃戦はもちろん、雷撃戦、対潜戦闘、 戦艦の皮を被ったナニカ。と言った方が適切でしょう。 海軍の分類では戦艦とされていますが、 ﹁戦艦レ級が確認されたのは半年ほど前の事です。 ? ? そこで艦載機を運用してるようです。﹂ ﹁ええ、全長は大和クラスですがね。後部が飛行甲板になっており ? ＳＴＡＧＥ─２３ 灼熱の国 723 ﹁特殊な防御壁は有りますか ﹂ ﹂ ア ラー ト ﹁さて、戦ってみない事には解らない。とでも言っておきましょう。﹂ 若干諧謔を含んだ視線がホタカに向けられる ﹁貴方ならば、沈められそうですがねぇ。﹂ ﹁触らぬ神に祟りなし、と言うことですか。﹂ 現在の所、そこへの出撃は見送られています。﹂ レ級の目撃地点はサーモン海の奥深くのみです。 ﹁今のところない、もしくは低いと大本営は考えています。 ﹁レ級の本土進攻の可能性は それまでに多くの損害を被っていますがね。﹂ 一応、高練度の戦艦隊による艦砲射撃によって撃破した事例は幾つかあります。 ﹁超兵器の様な防御壁は有りませんね。装甲は厚くきわめて沈みにくい艦ですが ホタカの問いに杉本は首を振った。 ? ? 全主力艦娘出撃用意 提督及びホタカは至急佐世保鎮守府総司令部へ そんな時、艦娘達の話し声で騒々しかった食堂内に非常警報が鳴り響く ﹄ ﹃超兵器出現 ! ! ﹁ゆっくり朝食を取る暇もないですね。﹂ ! 724 ﹁総司令部は第一鎮守府の地下です。僕について来てください。﹂ ﹂ セ ク ショ ナ リ ズ ム そう言って杉本もホタカと同じように立ち上がり、先導を始める。 ﹁少佐も来るのですか ﹂ ? 田沼の話では黒髪で長髪の方が長門、茶髪の方が陸奥らしい。 榛名、龍驤、加賀は知っているが、他の二人は一人を除いて初めて見る顔だった。 ３人の提督と５人の艦娘が立っているのが見える。 ３人が部屋の中に入ると、テーブルの周りには 壁際にはいくつもの無線機や戦力配置図、天気図が配置されている。 いた。 中心には日本とその周辺を描いた地図が鎮座する大きなテーブルが備え付けられて その部屋は、コンクリートの壁で四方を囲まれ ﹁そうとも言いますねぇ。﹂ きれたような笑みを浮かべてついて来ていた。 声のした方を向くと、別の場所で食事をとっていたらしい木曾が ﹁とか言って、気になっているだけだろ ﹁私も海軍人の端くれですからね。極端な部局割拠主義は避けるべきでしょう。﹂ ? ＳＴＡＧＥ─２３ 灼熱の国 725 ﹁おや 少佐も来たのか ﹂ ? ﹁大本営はこの巨大艦を超兵器と認定した。 ? １２０口径３０．５㎝連装砲４基８門 全長約１２００ｍ、全幅約３４０ｍ ﹁超巨大航空戦艦ムスペルヘイムでしょう。 全員の視線がホタカに集中すると、彼はゆっくりと頷いた。 そこでだ、ホタカ。君はこの超兵器の事を知っているか ﹂ この艦は２隻の大型空母の間に大型戦艦が挟まったような形をしていた。 ポツリと真津が零したように、 ﹁３胴艦⋮ですね。﹂ そこには青い海を切り裂いて進む異形の艦が映し出されていた。 榛名が大きな写真をテーブルに置く。 ﹁はい。こちらが対象超兵器の空撮写真です。﹂ 榛名、航空写真を。﹂ ﹁先ほどの連絡の通り超兵器を発見した。場所は室戸岬から南へ８００ｋｍ地点。 そう返す少佐に田沼は〟まあ、よかろう〟と同席を許可する。 ﹁何かお手伝いが出来れば、と思いまして。﹂ ? 726 １５，２㎝連装両用砲８基１６門 飛行甲板部分に１５，２㎝両用砲２８基 １２㎝２０連装噴進砲２８基 多目的ミサイルＶＬＳは３００ユニット以上 ４０ｍｍバルカン砲多数 両舷の飛行甲板の長さは約１０００ｍ 艦載機は、ボーファイターＭＫ１ ワイルドキャットＭｋ６、Ｆｗ２００ｃコンドル、 Ｐ│４７Ｄサンダーボルト、Ｊｕ│８７Ｃスツーカ ウォーラス、ＡＶ８ＢＪハリアーⅡ、 Ｆ／Ａ│１８ホーネット、ＡＨ│６４ＤアパッチＬＢ 両方の空母に４８０機ずつ合計９６０機を搭載している。﹂ 圧倒的と言うほかない戦闘能力に、 超兵器に初めてかかわる第一、第二鎮守府の面子が絶句する。 この頃超兵器の出鱈目加減に慣れ始めてきた真津が 効きなれない航空機についてホタカに質問した。 ﹁ＡＨ│６４ＤアパッチＬＢは攻撃ヘリコプターです。 ＳＴＡＧＥ─２３ 灼熱の国 727 頑丈な機体に３０ｍｍチェーンガン、航空魚雷、ハープーンの空中発射モデル ﹂ ＡＧＭ│８４Ｊを装備しています。航続距離は２８００ｋｍ、最高速度は約８００ ｋｍ／ｈ。﹂ ﹁それは帝国の戦闘機で対処できるか ﹁そうか、ではそのほかの機体は ﹂ 零戦では勝ち目がありません。﹂ ﹁菊花ならば対処できるでしょう。しかし、疾風改ならば不利 ? これらの航空機に対しては、菊花でも無力でしょう。﹂ 短距離ＡＡＭ、８００ポンド誘導爆弾を装備しています。 航続距離は３１００ｋｍ。武装として２０ｍｍバルカン砲、 Ｆ／Ａ│１８ホーネットは双発の戦闘攻撃機で最高速度は１９４０ｋｍ／ｈ 武装は４０ｍｍ航空機関砲と８００ポンド誘導爆弾です。 最高速度は１８００ｋｍにまで達します。航続距離は２６００ｋｍ もともとは音速突破が不可能でしたが、超兵器技術を応用した新型エンジンで ます ハリアーⅡは機体に取り付けられた推力変更ノズルで垂直離着陸を可能としてい ﹁ハリアーⅡ、ホーネットは共にジェットエンジンを装備した航空機です。 ? 728 ﹁ホタカ、率直に聞く。君は勝てるか ﹁その場合、必要になる戦力は ﹂ ﹂ そのうえでトライデントを全弾叩き込めば勝機が見えてくるかと。﹂ ﹁しかし、多数の戦艦と共に飽和攻撃を仕掛け、敵の防御壁崩壊を誘発させ そして、威力はホタカの言う６１㎝砲よりも格段に劣っているだろう。 この試作砲は乗せる艦を選ぶ上に数が作れない。 現在帝国海軍にある最大の艦載砲は４５口径試製５１㎝連装砲。 ﹁６１㎝砲⋮か。﹂ 今の状態で奴を撃破するには刺し違える覚悟がいるでしょう。﹂ 厳しい戦いの末に撃破した相手です。 ５５口径６１㎝３連装磁気火薬複合加速砲、新型トライデントを装備し 前の戦いでは僕は第１次改装を終えて、 ﹁正直、かなり厳しい戦いになります。何より火力が足りません。 田沼のまっすぐな視線がホタカを貫く。その視線に対して、彼は苦い顔をする。 ? す。 ﹁少なくとも大型戦艦２０隻以上。それも４６㎝以上の大口径艦砲を装備したもので 龍上の普段では考えられないような真剣な声 ? ＳＴＡＧＥ─２３ 灼熱の国 729 航空母艦の投入は見送るべきでしょう。 飛行甲板を潰しても多目的ミサイルで蹴散らされます。﹂ ﹁無理だな、そのような大戦力は今の帝国にはない。 横須賀鎮守府が健在ならばよかったが⋮﹂ 苦虫を１０匹ほど噛み潰した様な顔で田沼の横にいた長門が嘆く。 ﹁横須賀鎮守府は先の超兵器戦で壊滅し現在再建中です。 使える戦力は鎮守府１つ分もあればいいでしょうねぇ。﹂ 手詰まり感が蔓延し始めた指令室に、 ある報告が飛び込んで来たのはそんな時だった。 ﹂ 榛名から手渡された通信を一読した田沼は驚きに目を見開いた。 ﹁田沼司令、何があったのですか ﹂ ﹁どういうことだ ﹁⋮これは ﹂ 無言で通信が書かれた紙を２人の提督に手渡した。 ? 困ったように田沼は自分の頭を掻いた。 ﹁そういう事だ。﹂ その紙を見た２人の提督も絶句してしまった。 ? !? 730 ﹁超兵器が、我々の艦隊を助けた。﹂ │││││不味い 上空には何機もの深海棲艦の艦載機が飛び交い こちらへ向けて幾つもの対艦爆弾や航空魚雷を投下してくる。 彼女も必死に主砲の２０，３ｃｍ︵２号︶砲、１２，７ｃｍ高角砲、各種機銃で応戦 するが 銀色の背を青く輝かせた敵艦載機には当たらない。 既にこちらの駆逐艦２隻が大破、漂流し他の艦も少なくない被害をこうむっていた。 自分の傍で対空戦闘を行っていた同型の重巡洋艦に対艦爆弾が着弾し ＳＴＡＧＥ─２３ 灼熱の国 731 ４番砲塔付近から巨大な火の玉が膨れ上がり、 ﹄ 吹き飛んだ鋼板が海面に叩きつけられ水柱を上げる ﹂ んにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ 大丈夫か ﹃んにゃ ﹁足柄 ﹃だ、大丈夫 ! たかが４，５番砲塔をやられただけよ 十分大損害の領域ではあるが、 ! 奇怪な悲鳴を上げる妹にさすがの彼女も慌てる ?! ?! ﹂ !! ! 落ちなさいな ! ﹁そうか、絶対に無理はするな このぉ ! ﹂ !! 舵の効きは壊れているのかと思うほど鈍く ﹄ １３０００ｔの艦体が震えてじわじわと右へ進路を変えていく。 ﹁面舵一杯 旗艦を務める彼女にも左舷から３本の魚雷が迫る。 じわじわと撃墜数を稼いでいくが、こちらの損害はそれ以上に増えていった。 低空にまで降りてきていた敵機の内の１機に直撃し文字通り四散させる。 彼女の絶叫と共に放たれた２０，３ｃｍ砲弾が、 ﹃解ってるわよ ﹄ それでも戦う意志が垣間見えるあたり足柄の性格がよく解る。 !! ! 732 迫る魚雷は酸素魚雷よりも速く思える。 それでも、迅速な対応が功を奏したのか 急降下│││ ﹂ 何とか射線から逃れることに成功するも彼女への災難は続いた。 ﹁敵機直上 !! ﹂ ! 閃光、衝撃、轟音が響き艦とリンクしている彼女の身体から鮮血が噴き出る 最後の１発は彼女の２番主砲に直撃した。 妙高型重巡洋艦２番艦那智の両舷に５本の水柱が続けざまに吹き上がり 長いようで短い一瞬が過ぎ、 それぞれが近場の構造物へ手を掛ける 彼女にできたのは乗員への注意喚起だけだった。 ﹁総員対ショック姿勢 回避はもはや間に合わない。 両側の主翼に抱いてきた１０００ポンド爆弾が合計６発放たれた。 両舷の機銃が旋回するが、それよりも早く こちらへ急降下する鈍色に光る爆撃機が３機 慌てて上を見ると手が届きそうなほどの近くに、 対空見張りをしていた妖精がそう叫んだ。 ! ＳＴＡＧＥ─２３ 灼熱の国 733 ２番主砲に直撃した１０００ポンド爆弾は、２０，３ｃｍ主砲を完全に破壊し その周りの１，３番主砲にも大きな損害を与え、３番主砲を射撃不能に １番主砲を旋回不能にする戦果を挙げた。 その時に破砕され吹き飛ばされた鋼板の破片が彼女の右頬をザックリ切り裂く。 ﹁これくらいの傷⋮なんてこと、ない。﹂ 頬から垂れる赤い血を拭い取り、 先ほど攻撃を仕掛け離脱を計っている爆撃機を睨む。 生き残った対空砲座から放たれた２５ｍｍ機関砲弾が描く鞭が、 そのうちの一機を切り裂き爆散させる。 すでに６隻居た艦隊の中で無傷なものは居ない。 戦没艦が出るのもすぐそこだろう。 近海に出没した敵通商破壊艦隊を叩くために派遣された重巡２隻駆逐艦４隻の艦 隊に 正規空母による熾烈な航空攻撃を耐え抜く戦闘能力は持っていなかった。 また一隻、対艦爆弾を受けて艦上に炎の華を咲かせる。 そんな時、敵の攻撃がピタリと止み上空の敵機は翼を翻して離脱を開始する。 ﹃なんとか、助かったみたいね。﹄ 734 通信機から響く足柄の疲れた声に返答しようとした時 爆撃による損傷で復旧作業を行っていた対空電探が生き返る。 その情報を理解した彼女は血と硝煙で汚れた顔を歪ませた。 ﹄ ﹁安心するのは早いようだ。﹂ ﹃え ﹁南より新たな敵機、その数⋮１００を軽く超える。﹂ ﹃そんな。﹄ 先ほどの敵機よりも多い敵航空隊の来襲。 │││││ここまで、か⋮ 那智の胸中に諦めに似た何かが沸き上がる。 事ここに至っては如何する事も出来ない。心残りはたくさんあるが 妹を無事に本土へ連れ帰ってやれないのが大きな未練だった。 ﹁⋮足柄。﹂ ﹃解ってるわ、でも、最後まで足掻いてみましょう その言葉に頭をハンマーか何かで殴られたような衝撃を受ける。 勝てないのは嫌だけど。何もかも諦めて沈むのはもっといやだから。﹄ ? │││││足柄が最後まで戦おうとしているのに、姉の私が諦めるとは何事だ ! ? ＳＴＡＧＥ─２３ 灼熱の国 735 諦め、弱音を吐こうとしていた自分の心に活を入れる。 また、別の僚艦からも最後まで戦おうと言う意志の通信が次々と入ってきた。 どうやら、この艦隊で一番弱気だったのは自分だったらしい。 その事実に、戦闘中だと言うのに思わず赤面してしまった。 ﹁すまないな、では、帝国海軍の意地と言う物を奴らに見せつけてやろう。﹂ 各艦から了解と言う返答が来る。 彼女とて、沈むのが恐ろしくないわけがない。 しかし、あくまでも軍人として武人としてあろうと言う彼女の意志が 胸中の恐れを包み隠していた。 排煙を噴き上げる煙突の向こう側の青い空に ぽつぽつと黒いゴマのようなものが見え始める。 前部の主砲は使えないが後部主砲は未だ健在。 連装砲２基の４本の砲身が空を睨む。 そんな時だった、電探に何かを感じて艦首側に振り返る。 彼女の黒曜石の様な瞳には憎たらしいほど澄んだ青空しか映らない。 だが、ソレは確かにソコに居た。 対空電探に浮かんだ影は、ものすごい速度で自分たちの方へ近づく。 736 一瞬噂に聞く菊花かと考えたが、それにしては早すぎる上に、ここは航続距離圏外 更に、その数は後方から近づく航空隊に匹敵するものだった。 艦首側の空に何かが見えると同時に、その飛翔体は後部から薄い白煙を引いて 艦隊の上を爆音を残して通過していく。 ﹁あれは⋮﹂ 那智の疑問はすぐに氷解する事となる。 後方へ抜けていった飛翔体は深海棲艦の艦載機に次々命中し 青空に黒と赤の華を咲かせ、ついには全ての機体を叩き落してしまった。 その光景を口をポカンと開けて眺めるしかなかった那智にある通信が入る。 ﹃これより貴艦隊を護衛します。 直掩機をそちらに回しますが、間違って落とさないようにしてください。﹄ ﹂ 通信機から聞こえてきたのは若い男の声。 ﹁き、貴様は誰だ ﹃申し遅れました、私の名はムスペルヘイム。よろしく。﹄ ? ﹁⋮以上が、宿毛湾第二鎮守府第３艦隊旗艦那智からの報告です。﹂ 数日後、宿毛湾総司令部より送られてきた報告書を榛名が読み終える。 それまでの間、彼らは司令部に缶詰め状態であり、碌に睡眠をとっていなかった。 現在司令部にいるのは真津、龍上、田沼、杉本、ホタカ、加賀、木曾、榛名。 数日前までいた長門と陸奥は大本営の指示で出撃し、龍驤は龍上が休ませた。 ﹁なお、現在ムスペルヘイムは宿毛湾泊地の指示で室戸岬沖約５００ｋｍの海上で停 止。 第３艦隊を護衛していたＦ／Ａ│１８とみられる２４機の直掩機も着艦させてい ます。 これを受けて大本営は急遽主力艦の出撃を指示。 現在、大和型８隻、長門型８隻を主軸とする戦艦隊が超兵器を包囲しています。﹂ ﹁まさに８８艦隊と言うわけか。﹂ それを聞いた真津が少し眉をあげて嘆く。 深海棲艦が開いてであれば容易く吹き飛ばせそうな大艦隊であるが ﹂ 超兵器が相手ではどうしても見劣りしてしまうのは否めなかった。 ﹁大本営は何と言ってきているのですか ? ＳＴＡＧＥ─２３ 灼熱の国 737 738 加賀が榛名へ問いかける。 ﹁大本営は超兵器の鹵獲、 もしくは帝国に引き入れることを画策しているようです。 しかし、超兵器に乗り移る方法については協議中との事。﹂ 少し困ったような顔をする。 ﹁そんな物、通信で済ませばいいんじゃないのか わざわざ突入することも無い。﹂ 真津の意見を否定したのは杉本だった。 ﹁何故 ﹂ 相手がホタカ君のように艦息あるいは艦娘であれば。﹂ ﹁いえ、そういう事は直接会って話をするべきでしょう。 ? 事情聴取などを行ってきた少佐の意見は納得のいくものだった。 長い事、特警と言う組織で ﹁なるほど。﹂ 得られる情報は多いに越したことはありません。﹂ 彼の艦が強大な戦闘能力を持っている以上。交渉には細心の注意が必要ですから。 ﹁通信では相手の微妙な表情の変化や、感情の起伏を読み取りづらいのです。 ? ﹁誰も行かないのであれば、ボクが適当な艦上機で出向いても良いのですが⋮﹂ ﹂ ﹁そのことですが、少佐。﹂ ﹁はい ホタカ。﹂ と言うのが特警の中での彼の評価ではあったが⋮ ﹁提督。﹂ ﹂ とはいえ、彼は必要とあればたとえ天皇の勅命すら無視しかねない男 流石の杉本も、大将閣下に釘を刺されては動くわけには行かない。 ﹁ふむ、困りましたねぇ⋮﹂ これでは動けないよ。﹂ ﹁諦めよう、杉本さん。河内大将直々に釘を刺されたんだ。 ヤレヤレと木曾が首を振った。 ﹁これは、読まれてるな。﹂ ﹃こちらの指示なしに動くな。﹄と⋮﹂ ﹁河内大将から通信が入っています。 すまなさそうな顔をした榛名から横やりを入れられた。 ? ﹁なんだ ? ﹁その交渉役。僕に任せていただけないでしょうか ? ＳＴＡＧＥ─２３ 灼熱の国 739 740 ﹁ハァ ﹂ ホタカの提案に、真津は素っ頓狂な声を上げてしまう。 ﹁僕が出港し、ムスペルヘイムに横付け。 ジョーカー 超兵器に乗り移って直接交渉を行ってきます。﹂ ﹂ ﹁お前なぁ⋮自分が超兵器に対する切り札であることを忘れてるんじゃないか これで何かあったら、俺たちはかなり不利になるぞ ﹁それは重々承知しています。 ムスペルヘイムを撃退できる可能性は高いです。﹂ ? 航空機とミサイルの飽和攻撃でカタを付けます。 そのような賭けに出るよりも、航空偵察と電探を使って本土までひそかに近づき ﹁罠にしては自分を不利な状態に置きすぎです。僕がムスペルヘイムならば ﹁だがな、これ自体がお前を引き寄せる罠だとしたらどうする ﹂ その可能性は低いでしょう。最悪の場合でも包囲艦隊と歩調を合わせれば ﹁たしかに、僕が撃沈されては帝国にとって痛手ではありますが。 この国の戦闘艦の中でも彼だけだった。 彼のいう事も一理あった。超兵器からの砲撃を受けても簡単に沈まないのは ですが、何かがあったときに生き残れる可能性が最も高いのは僕です。﹂ ? ? !? ＳＴＡＧＥ─２３ 灼熱の国 741 いくら僕のミサイルが高性能でも、撃てる弾数は限られてますからね。﹂ ﹁⋮⋮⋮﹂ ﹂ ﹁提督、あの艦は僕の世界の艦です。僕自身、あの艦の目的に興味がある。 やらせてはもらえませんか ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁提督 ? ﹂ !? しい。 自分では長い事考えていたつもりだったが、後で加賀に聞くと３０秒程度だったら どちらが大きいかを判断する。 真津は腕を組み、考え込む。ホタカが行くことのメリットとデメリットを整理し ﹁⋮﹂ 早々にケリを付けなければなるまい。﹂ ﹁このまま主力艦が１ヶ所に留まっているのはよろしくない。 ﹁田沼司令 ﹁許可を出しても良いと思うよ。真津提督。﹂ そこへ、思わぬところから掩護射撃が加えられる。 ホタカが真津に詰め寄るが、彼は黙ったままだった。 ! 742 意を決したように閉じていた目を開いた。 ﹁ホタカ。﹂ ﹁はい。﹂ ﹁超兵器との交渉役を命じる。 可及的速やかに出撃準備を完了し該当海域へ急行せよ。 交渉が決裂した場合、 自らの生存を最優先に行動し可能ならば包囲艦隊と共同して超兵器を撃退 ﹂ もしくは撃沈せよ。復唱は要らない。﹂ ﹁了解 私たちの立場が無いからな。﹂ ホタカが現場に行った時、味方から威嚇射撃を受けたのでは さあ、何をしている。大本営へこの話を通すぞ。 ﹁なぁに。司令官と言うのは責任を取るためにあるのさ。 その宣言に室内にいた全員が田沼の方を向くと、彼は不敵な笑みを浮かべた。 大きくはないが部屋に響く声で田沼が宣言する。 ﹁ホタカの出撃については私が責任を持つ。﹂ 敬礼し足早に指令室を後にする艦息の背中を見送る。 ! ＳＴＡＧＥ─２３ 灼熱の国 743 ﹁ホタカ ﹂ ﹂ ? で、超兵器は 何か動きあった ﹂ ? 一瞬、本当の事を言おうかと思ったが自分の直観に従い口をつぐむ。 ? 司令部へ様子を聞きに行こうと思ったらアンタにあったのよ。 ﹁空母組は全員待機って言われてね、 ﹁何故君がここに ジト目を向けつつ歩みを止めないホタカの横に並ぶ瑞鶴。 ﹁何よ、その顔は。﹂ ﹁君か。﹂ 聞きなれた声がかけられる。 既に完了していると報告が届き苦笑をした彼の背中に 移動しながら副長に出港準備を命じると、 ! 744 ﹁今のところは何もない。これから宿毛湾へ行き指示を仰げとの事だ。 ﹂ 佐世保では超兵器の動きに対応できないだろうからな。﹂ ﹁そう⋮あ そうして、時系列は冒頭へと至る。 目の前には、煙突からガスタービンの薄い排煙を上げる自分の艦体が見えていた。 ﹁解ってるならそれで良いわ。﹂ 喉まで出かかった言葉を飲み込むように頷いた。 セリフをとられた形になった彼女は数瞬口ごもるが、 彼女が何時ものセリフを言う前に先に口を出す。 ﹁無理はしないと約束するよ。﹂ ! ＳＴＡＧＥ─２３ 灼熱の国 745 ホタカの艦体は、包囲を続けている艦隊の内の一つの進路を横切る 威嚇射撃も緊急通信もない。それどころか発光信号で〟健闘を祈る〟と メッセージを送ってきた。如何やら佐世保総司令部は大本営の説得に成功したらし い。 超兵器への突入を続行する。 ﹁ムスペルヘイム包囲網の内側へ入ります。﹂ ﹁砲は全て上へ向けておけ。発光信号にて敵意が無いことを伝えつつ 艦尾側からゆっくりと接近せよ。﹂ ﹁了解。﹂ ２基の主砲と６基の速射砲、８基のＣＩＷＳが仰角をいっぱいにまで上げ 艦橋からは〟ワレ・ニ・テキイ・ナシ〟の発光信号を発信しながらゆっくりと近づい ていく。 ﹁さて、鬼が出るか蛇が出るか。だな。﹂ ﹁それよりも性質の悪い物が出なければよいのですがね⋮﹂ 解っていますよ。 ? 副長の返答に満足げな笑みを浮かべ、艦橋を出ていく。エレベーターと狭い通路を しかし、何もないことに越したことはありません。交渉の成功を祈っています。﹂ 味方艦と合同してムスペルヘイムを撃退ですね ﹁交渉が決裂した場合は、横っ腹に一撃撃ち込んで退避、 ﹁機関停止。副長、後は頼んだ。解っているとは思うが⋮﹂ ホタカのマストでさえ、ようやく飛行甲板にまで出るかどうかといった具合だった。 く 航海艦橋の左舷側の窓は、ねずみ色一色だった。ムスペルヘイムの乾舷は非常に高 巨大な戦艦の前進速度が低下していき、最終的には零になった。 持った 膨大な量の海水が、前方へと押し出されていく。その反作用により、巨大な質量を が変更され それまで５万トンの艦体を前進させていた５基のスクリュープロペラのピッチ角 ﹁機関逆進。﹂ ＳＴＡＧＥ│２４ 接触 746 ＳＴＡＧＥ─２４ 接触 747 通過し 後甲板に出てみると、ムスペルヘイムの高い乾舷がよく解る。 │││││まさに壁だな。 そんな事を考えながら、最後部へと歩を進めていく。 それと共に、甲高いタービンの音が響き始めた。 ムスペルヘイムに乗り移る時に 内火艇や海上歩行は使えない│││ムスペルヘイムの乾舷が高く乗艦に不安がある │││ため 日向からブラックホークを借り、後部甲板に乗せてきていた。 本来、ホタカには艦載機を運用するためのヘリポート、格納庫は装備されていな かったが 今回は、ブラックホークを強力なワイヤーで甲板に無理やり固定して持ってきてい た。 嵐でも来れば一発で貴重なヘリを失う可能性もあったが、 天気は明後日まで崩れないようだった。 巨大なメインローターが２基のターボシャフトエンジンから 受け取ったエネルギーにより回転を初め、箱形の機体の周りに強烈な空気の流れが出 748 来る。 彼はその中を帽子が飛ばない様に歩き、大口を開けたキャビンの中へ滑り込んだ。 それと同時に、以前の様にインカムが渡される。 ﹁では機長、頼んだ。﹂ ﹁了解しました。捕まっててください。﹂ 機長から見れば巨大なコレクティブレバーとサイクリック・スティックがひとりで に動き キャビンに響くタービンの高音が大きくなっていく。 ﹂ それから数秒後、ブラックホークから発生する揚力が重力に打ち勝ち、 ゆっくりと上昇を始めた。 ﹁飛行甲板よりも上昇したらＳＡＭが飛んできたりはしませんよね た。 陸上の飛行場と錯覚するほど巨大な飛行甲板には、多数の艦載機がその翼を休めてい る。 ブラックホークは上昇を続け、ついにムスペルヘイムの飛行甲板を望む高度に達す ﹁嫌ですよ、こんなところで焼き鳥になるのは。﹂ ﹁その点については大丈夫なはずだ。発光信号でヘリを飛ばす旨は伝えてある。﹂ ? ＳＴＡＧＥ─２４ 接触 749 ずらりと並ぶホーネットにパイロット妖精から感嘆の声が漏れる。 ﹁これだけあれば一国の航空戦力丸ごとと真正面から殴り合いが出来るな。﹂ ﹁そうですな⋮っと。ムスペルヘイムより誘導信号を受信。 中央の戦艦部後甲板に着陸するようにとの事です。﹂ ﹁指示に従い着艦してくれ。﹂ ﹁了解。﹂ 茶色い機体を前傾させてムスペルヘイムの中央、戦艦部分へ向けて前進を開始す る。 眼下に広がっていた飛行甲板が消え、蒼い海が現れ、また鈍色の艦体が下に見える。 その時、ムスペルヘイムをじっと見ていたホタカがボソリとこぼす。 ﹂ ﹁やはり、おかしいな。﹂ ﹁何がです ﹁こっちへ来るまでに何かあったのでしょうか ﹂ ﹁恐らくな。僕の装備も最初期のモノに戻っていた、 ? いる。﹂ しかし、いまのムスペルヘイムには発信機の代わりに大型ヘリポートが搭載されて ﹁僕がコイツと戦った時、後甲板には巨大なレーザー発振器が付いていたはずだ。 ? 750 もしかしたらあのレーザー発振器は後付の可能性もある。﹂ 高度が下がるにつれて、 フロントガラスの真正面に今までパイロットを誘導していたらしい 鮮やかな誘導灯が見えてくる。 ﹁着艦します。﹂ オー ル グ リー ン パイロットが宣言し、降着輪がムスペルヘイムの大型ヘリポートに接地、着艦する。 ﹁全着艦作業完了﹂ ﹂ ﹁みごとだ、機長。では、後を頼む。１時間たって何の連絡も無ければ退避しろ。﹂ ﹁了解 今まで滑らかであった部分に長方形の切れ込みがはいり、 すると、第３砲塔が設置されている甲板が一段高くなった部分の基部。 ムスペルヘイムの第３砲塔方面、つまり艦橋方向へ向かって歩き出す。 ヘリのエンジン音が小さくなっていくのを背中で聞きながら、 まさに海上に浮かぶ航空基地と言った趣であった。 えない。 全長が１０００ｍの巨艦になると揺れは全く感じず、乾舷が高いため水平線も碌に見 スライドドアを解放して甲板に降り立った。 ! そこが内部に凹んだかと思うと横にスライド、艦内部へ続く狭い通路が口を開けた。 │││││入れと言う事か。 この一連の動きをそう考察した彼は、無機質な艦内通路へと足を踏み入れる。 背後のスライドドアが閉まる気配は無く、 白い照明で照らされた通路は奥へ奥へと続いている。 軍装の革靴が床と打ち合って響くコツコツと言う音以外に、 微かに何かが唸るような低い音が聞こえてくる。 恐らくは空調システムだろう。通路の分岐点は幾つかあったが、 どれも１方向以外は水密壁で塞がれていた。 この水密壁も、艦娘達に備えられているような ハンドルを回して封鎖するようなものでは無く、 幾つかの平面を組み合わせたシャッター状の物だった。 長い長い通路を歩き、急なラッタルを降りて、ある部屋の前にようやく到着する。 ︻Ｃｏｎｂａｔ Ｉｎｆｏｒｍａｔｉｏｎ Ｃｅｎｔｅｒ︼ まさに戦闘艦の脳髄であり軍機密で構成されたような部屋。 間違っても部外者を入れるような場では無い。 それとも、これはムスペルヘイムに敵意が無いことを示す意思表示なのだろうか ? ＳＴＡＧＥ─２４ 接触 751 752 圧縮された空気が抜けるような音が鳴り、甲板のドアの様に隔壁がスライドし 薄暗く、無数のモニターとコンソールで構成されたＣＩＣルームが彼の目の前に広が る。 それよりも彼の目をくぎ付けにしたのは、 ＣＩＣの入口に立つ自分から正面方向へ５ｍほどの場所に立つ１人の青年だった。 日本人らしい黒髪を短髪にし、その上には軍帽。 背格好はホタカとあまり変わらないかわずかに高い程度で外見年齢も同様。 黒に近い濃紺の第一種軍装を身に纏い、 肩章には金の二本線の上に銀色の桜が３つ付いている│││つまり大佐│││ 腰には金で少々装飾された長剣を帯びている。 この辺りだけを見るならば若い帝国海軍の大佐と言う印象だが この人物が普通じゃない事を端的に示す特徴が一つ。 猛禽類を彷彿とさせる鋭い切れ長の目の中に収まった血の様に紅い瞳。 その一対の瞳は油断なくこちらを見据えていた。 解放軍。﹂ 目の前の〟彼〟は唇を僅かに歪めるように笑みを作った。 ﹁そんなところで突っ立ってないで入ってきたらどうだ 外見から推測されるものより、幾分低い声がホタカに届いた。 ? ＳＴＡＧＥ─２４ 接触 753 紅い瞳の〟彼〟にＣＩＣに招き入れられたホタカは、 部屋の中央付近に置かれた大型の指揮卓│││巨大なモニターが埋め込まれ 一々地図を置きなおさなくても良いようになっている│││に案内され、 すすめられた移動式の椅子に腰を下ろした。 〟彼〟も同じように手近な場所から椅子を引っ張ってきて、ホタカの向かい側に座っ た。 最初に口を開いたのは、超兵器の方だった。 ﹁わざわざこうして会談の席を設けてくれたことに感謝する。 私はウィルキア帝国軍日本第三艦隊旗艦、ムスペルヘイムだ。﹂ ﹁大日本帝国海軍佐世保第三鎮守府所属、 装甲護衛艦ホタカだ。貴官に幾つか質問したいことが有る。 が、その前に我が軍の水雷戦隊への航空支援及び護衛に感謝したい。 貴官の支援が無ければ彼女たちが母港へ戻ることは不可能だっただろう。﹂ ﹁かつて同じ旗を仰いだものとしては当然の行いだ。 特別感謝されるようなことではない。﹂ │││││かつて。か、この艦はこの世界が自分たちの居た世界ではないと理解して 754 いるのか それと同時に出撃させた攻撃隊で、敵機動艦隊を殲滅した。 その後の行動はそちらで記録されているだろう。﹂ ﹁なるほど。貴官はこの世界が、我々の世界でないことは理解しているのか ? ﹁日本艦隊を護衛中、旗艦の那智から聞いた。正直、ウィルキア帝国が存在しない事に ホタカの問いに、ムスペルヘイムは噛みしめる様にゆっくりと頷いた。 ﹂ この艦隊を味方と判断。早急に支援航空隊を発艦させ上空の制空権を取り返し その艦隊が帝国海軍所属であることを示す旭日旗を掲揚していたのを確認し、 を発見。 自衛の為殲滅した。航行を再開したところで、偵察機が航空攻撃を受ける日本艦隊 途中、不明艦隊と遭遇し意思疎通を図ろうとしたが艦砲射撃を受け、 その為、針路を日本本土へ向けて航行を開始。 全ての回線で本国と通信を行おうとしたが不可能だった。 戦闘で喪失した航空機、弾薬が満載された状態で、だ。 気づけば無傷で南太平洋上に浮かんでいた。 ﹁概略と言うほどのことは無いがな。私はアメリカ西海岸基地で撃沈されたのち、 ﹁貴官に聞きたいことが有る。まず、貴官がここに来るまでの概略を聞きたい。﹂ ? ＳＴＡＧＥ─２４ 接触 755 未だ実感がわかないが、この場にウィルキア帝国旗を付けた艦が存在しない事を考 えると 事実なのだろうな。﹂ 外から見る分には、その顔に動揺は見られない。 どちらかと言えば、諦めとわずかながらの寂寥感の様な雰囲気を感じ取ることが出 来る。 ﹁私からも質問させてくれ。あの時、彼女らを襲っていた艦隊は何処の国の艦隊だ 見た感じでは英米の混成艦隊だったが、あのような艦隊構成はありえない。 そもそも、あのような艦載機は見たためしがない。﹂ │││││こちらも、情報をある程度開示する必要があるな。 ﹁アレは今現在の帝国の敵だ。我々は深海棲艦と呼んでいる。﹂ ﹁深海棲艦か、戦没した戦闘艦の幽霊と言ったところか。﹂ ? ﹁そ の 認 識 で 正 し い だ ろ う。最 も、そ の 正 体 ど こ ろ か 目 的 す ら も ハ ッ キ リ し て い な い。﹂ それでは和平交渉も出来ないではないか。﹂ それを聞いたムスペルヘイムは若干呆れたように眉を上げた。 ﹁なんだ ﹁その通り。今現在この戦争に終わりは見えていない。まあ、深海棲艦だけならば ? 756 艦娘だけでも何とかなっていたんだが。それよりも厄介な奴が現れてな。﹂ ﹁つまり我々か。﹂ ﹁そういう事だ。﹂ 両者の間を沈黙が支配した。 聞こえてくるのはＣＩＣの電算機の温度を保つための空調システムの唸り声のみ。 一分か、二分か。無言の時間が続き、ホタカが本題を切り出す為に口を開く。 ﹁我が軍は現在、超兵器と深海棲艦の侵攻により大きな被害を受けている。 そこで貴官にも帝国海軍の戦列に加わってもらいたい。 単艦で数個艦隊を楽に相手どる貴官の参加は、我々が生き残る上で必要なのだ。﹂ 再び、沈黙。ホタカの黒い視線と、ムスペルヘイムの赤い視線が指揮卓の上でぶつ かり合う。 ﹂ 重苦しい沈黙はホンの１０秒程度の物だったが、ホタカにとって数分の様にも感じら れた。 ﹁貴官にも、艦長の意志が宿っているのか 意識したことすらない。﹂ ﹁艦長の意志、か。僕にはよく解らない。そもそも、その艦長の意志を 唐突なムスペルヘイムの質問に、一瞬思考が停止するがすぐに再起動する。 ? ＳＴＡＧＥ─２４ 接触 757 ホタカの答えを聞いたムスペルヘイムは、 先ほどの様に唇の端を歪めるように薄く笑みを作った。 ﹁そうか。まあ、貴官についてはそうなっても仕方ないだろう。 超兵器を沈めるために建造された艦を操っていたのは、祖国を取り戻すために 超兵器を沈める意志を持った指揮者なのだからな。それが自分の意志なのか ﹂ それとも艦長の意志なのか、判別するのは簡単ではないのだろう。﹂ ﹁では、貴官はどうなんだ ﹁⋮⋮⋮﹂ 褒められたものではない。﹂ ある意味では兵器として最も重要な事なのかもしれないが ﹁私の中にある超兵器のとしての意志は、 アメリカ西海岸沖に超兵器と共に散って行った男。 祖国の過ちに気づきながらも、国家に奉仕する一軍人としての本分を貫き通し シュルツ少佐とヴェルナー中尉にとって忘れられない人物だった。 天城大佐。その軍人はホタカにとって、と言うよりもホタカの艦長 もう一つは私の最後の艦長、天城大佐の意志だ。﹂ ﹁私には２つの大きな意志が有る。一つは恐らく超兵器としての意志だろうが ? 758 ﹁︻あらゆる兵器を破壊し、蹂躙し、殲滅せよ︼。戦争の道具の意志としては 真っ当なものかもしれないが、今こうやって意識を持ち人の様に行動している現在 では ﹂ ただの危険思想にしか聞こえんだろうな。﹂ ﹁では、その天城大佐の意志とは何だ ﹁︻軍隊とは国家の力であり凶器。 信用のならない話だろうとは思うが、な。﹂ もっとも、実際に我らから攻撃を受けた貴官らには 祖国では無いにしても、この力の振るい道を兵器が決めてはならない。 私 話を戻そう。結論から言えば、私は日本海軍への帰順を希望する。私が建造された 救援しない道理はない。 彼女達は日本の艦だ。日本艦隊に所属していた私にとって たとえ、私や貴官が居た世界の様にウィルキア帝国旗を掲げてはいなくとも、 そう言う意志があったからこそ、私は彼女たちを助けた。 そして、超兵器としての意志を封じ込めるほどの強い意志でもある。 大佐が常々言っていた言葉だ。 力の振るい道を凶器自身が判断しては軍隊が成り立たない。︼ ? ＳＴＡＧＥ─２４ 接触 759 自嘲気味に話すムスペルヘイム。 │││││信用、か。 正直に言うと、ホタカ自身この超兵器には驚かされ続けていた。 それまでの彼の超兵器に対する考え方は、血も涙も無い戦闘マシーンであった。 目の前の紅目の青年は、自分と変わらない様に思えてしまう。 敵味方関係なく、自分以外の存在はことごとく葬りつくす戦争の化身。 ところがどうだ と言う解釈は当然できる。 しかし、彼自身にはどうにもその解釈に納得することは出来なかった。 自分が懐柔されているのか それとも、目の前の祖国を失った青年に憐れみを感じてしまっているのか もしかしたら、それ以外の原因か⋮ 自分の世界から突然異世界に飛ばされた者同士シンパシーを感じているのか ? ? どれが正解か結論は出そうにないが、一つだけハッキリしていることが有る。 ? 勿論、日本を内側から破壊するために油断させ、軍内部に入り込もうとしている 戦闘兵器の残照。 圧倒的な力を持ち、お互いを滅ぼしあうしかなかった ただ、立場が違っただけの艦息。 ? 760 しかし、それの根拠はもはや論理的でも何でもないもの 〟直観〟だった。 自分の直観に従えば、この目の前の艦息の話す言葉は信用に値すると言う事にな る。 ﹃人間の直観は精密では無いが正確だよ。滅多に故障しない。﹄ 以前、瑞鶴を諌めていた時に副長が砲雷長と話していた時に放った言葉が頭を過 る。 厳密にはホタカは人ではないが、人としての意識を持っている。 それならば、その言葉が当てはまらないことは無いだろう。その瞬間、最終的に頼れ るのは、 自分の直観だけであることに今更ながらに気づく。 幾ら情報を並べ立てたとしても、それが正しいかどうかは解らない。 その不確定な情報を元に前に進むか、それとも留まるかを決定するのは個人の意識 だ。 そして、その個人の意識が知覚した直観によって その後の行動が決まっていくことが多々ある。 つまるところ、彼がこのムスペルヘイムと言う超兵器の言い分を信用するかどうか ＳＴＡＧＥ─２４ 接触 761 は ホタカ自身の直観により決定される。 実の所、この超兵器を帝国海軍に組み込むことは、 大本営により乗り込む前から決定されていたが 目の前の超兵器が本当に帝国海軍に味方するかを最初に判断するのは ホタカの役目だった。そして、その結論はたった今決定された。 ﹁いいや。ムスペルヘイム、貴官の参戦を歓迎する。帝国海軍へようこそ。﹂ よどみのないその言葉に、若干面食らった様子ではあったが、 ホタカが差し出した手をしっかりと握り返したのだった。 ﹁微力を尽くさせてもらう。﹂ ムスペルヘイムのＣＩＣからホタカと大本営、包囲艦隊へ 超兵器が帝国軍への参加を希望している旨を伝えると、すぐに承諾され 艦載機を一部交換した後、南方戦線へ移動する命令が届いた。 ムスペルヘイムの艦内を、２人の艦息は取り留めもないことを話しながら並んで歩い ていた。 その途中、ホタカは以前から気になっていることを聞いてみることにした。 762 ﹁貴官は僕が憎くないのか ﹂ その戦闘の末に私が沈んだ。ただそれだけの事だ。 憎い、憎くないの次元の話ではないだろう。 なにせ、戦争なんだからな。﹂ │││││敵わない、とはこういう事を言うのだろうか どうやら、自分はまだまだ未熟な青二才らしい。 愚かな質問をした恥ずかしさを隠すように頭を掻くが、 そんな幼稚な反応を無意識下でしてしまう自分に若干の自己嫌悪。 ﹁それはそうと、だ。ソロンの帝国軍南方要塞とはどういうところだ ? │││││案外、親しみやすい人物なのかもしれないな。 それに知らない間柄と言うわけでもない、他人行儀になる必要もあるまい。﹂ ﹁そろそろ貴官と言うのはよせ。どうせ同郷の者は私と貴様だけだからな。 ﹁さてな。僕も初耳だが、貴官が﹂ ﹂ あっけらかんと、何でもない様に話すムスペルヘイムに素直に感嘆してしまう。 ? 私も、貴様を沈める為に攻撃し。貴様も、私を沈める為に攻撃した。 ﹁あの時は異なる旗を仰ぐ敵同士だったではないか。 そう問いかけられた艦息は、また薄く笑った。 ? ＳＴＡＧＥ─２４ 接触 763 自分の潜在的な、本能的な部分での敵であるのに、何故かこの艦息を ホタカは強く警戒し、疑うようなことは出来なかった。 恐らく、シュルツやヴェルナーの天城大佐に対する思いが ホタカと言う艦息の深層意識に少なからず影響を及ぼしてるのだろう。 だからと言って、ムスペルヘイムを全肯定するようなバカなマネを するようなことは有りえないが。しかし、彼がこの超兵器の艦息を それなりに気に入っていることはまぎれもない事実ではあった。 ﹁そうか。さっき言ったように僕もその要塞については知らない。 しかし、超兵器が配備されるのだから重要な拠点であることには変わりはないだろ う。﹂ ﹁話が少々急な気もするがな。﹂ ムスペルヘイムの言葉に肩を竦める。 ﹁残念ながら、帝国海軍に余裕はあまりないらしい。 参入したばかりの私を軽々しく実戦配備するとはな。 普通なら、弾薬を全て下ろした状態でデータを取り それが終わって初めて実戦配備だ。それをいきなり最前線とは大胆な事をする。 帝都の近くに不確定な駒を置いておけない、しかし戦力が足りない。 764 そこで南方に送り戦闘から判断しつつ、戦線を保持し 浮いた戦力を本土に回航させて本土の防衛を強化する。 万が一私が裏切ったとしても、貴様が本土に居れば問題ないだろう。﹂ わずかな情報から組み立てられたムスペルヘイムの推論は、ほぼ確信を突いてい た。 彼の言う通り、帝国は味方だと断言できない超兵器を南方へ派遣し それによって浮いた戦力を本土に回航させ、先のアルケオプテリクス戦で壊滅的な打 撃を受けた 横須賀鎮守府の艦隊戦力の補充に充てる計画だった。 ﹂ その間にも、各地のドックでは新しい艦娘の建造が始まっており、佐世保第三鎮守 府にも 新たな艦娘の建造が進められている。 ﹁おいおい、いきなり裏切りの算段か ﹁バカを言うな。例えの話だ。﹂ ﹁それは失礼した。﹂ こういった冗談はあまり通じない人物であると分析できた。 ジロリと向けられた紅い瞳は予想以上に鋭く、 ? ＳＴＡＧＥ─２４ 接触 765 ﹂ ﹁ったく。それにしてもホーネットとハリアーは４機ずつ置いていくだけでいいのか 本土防衛のためには防空戦力が多いに越したことは無いだろう 先の命令書にある艦載機の一部交換には、 ウォーラスなど役に立ちそうにもない艦載機を下ろす事以外に ﹂ ? ﹁都合のいい話だな。﹂ ブラックホークは航空戦艦に乗せておけば整備可能だった。﹂ 母港に戻った後、ボーキサイトを艦内で消費して航空機の整備、補充を行うらしい。 ﹁艦娘に搭載された航空機の整備は特に必要が無いと言う事だ。 ﹁しかし、貴様が載せてきたブラックホークはどうなんだ あの２機種と攻撃ヘリを十全に整備できる所は無いだろう。﹂ も ﹁ムスペルヘイム、ここは僕等がいた世界では無いんだ。恐らくこの地球上のどこに その言葉を聞いて、ムスペルヘイムは狐につままれたような顔になった。 しかし、部品が無い。﹂ ﹁確かに、君の言う通りホーネットとハリアーの戦闘能力は圧倒的だろう。 ジェット機、攻撃ヘリを数機本土に置いていくことになっていた。 ? ? 766 呆れたような声の超兵器。 ホタカ自身﹃お前が言うな﹄と言いたかったがその言葉は飲み込んでおいた。 ﹁現在の所ジェット機を乗せられる空母は無いし、航空戦艦の格納庫にも収まらない つ ま り ジ ェ ッ ト 機 は 整 備 が 出 来 な い。今 回 本 土 に 残 し て い く よ う に 言 わ れ た ジェット機は ﹂ 技術開発用だろう。艦娘に頼らずに十分な整備が出来る様になるまでは まだまだかかるな。﹂ ﹁空母艦娘の強化はどうなっているんだ 僕も開発しているが 周りに展開していた包囲艦隊は、その半数が視界から消え半数はまだとどまってい 直ぐ上を疾風改の編隊が飛び去っていくところだった。 入ってきたハッチから外に出ると、 僕らの世代の艦載機が載るのはその後になるだろう。﹂ ﹁だが、出来ないわけじゃあない。まずは菊花の艦載機化だ。 ﹁前途多難、だな。﹂ 狙ったものは中々でないからな。﹂ 君に積んでいる機体だって有限だろう ﹁進んではいるが、箱は出来ても乗せる機体が無いからな。 ? ? ＳＴＡＧＥ─２４ 接触 767 た。 ムスペルヘイムを監視する帝国軍人を乗せるまではこの包囲が解かれることは無 いだろう。 ホタカが出てきたのを確認したブラックホークのエンジンに火が入り、巨大なロー ターが ゆっくりと回転を始める。 ﹁次に顔を合わせるのは何時になるだろうな。﹂ そんな事を隣のムスペルヘイムが零した。 ﹁さあな。﹂ 同じ世界から来た、通常の艦とは異なる戦闘能力を持つ戦闘艦 同じ空間にいたのは短い時間ではあったが、 ２人の間には奇妙な同族意識が芽生え始めていた。 ﹂ ホタカが数歩踏み出し振り返り、ムスペルヘイムと正対する。 ﹁ホタカ、貴様は何故私たちがこの世界に出現したと思う ふと、気づいたような様子で問いかけられる。 ホタカはその問いに小さく首を振る。 ﹁⋮⋮⋮⋮解らない。僕自身、この世界に来てからずっとその問いの答えを探してい ? 768 たが 答えは見つかりそうにない。君はどう思う ムスペルヘイムも同じように首を振った。 ２人は決して振り返らなかった。 ﹂ ホタカはブラックホークへ、ムスペルヘイムは艦内へと歩いていく。 お互いに敬礼。ほぼ同時に敬礼を解き、振り返る。 ﹁貴様もな、ホタカ。﹂ さて、もう時間だ。また会おう、ムスペルヘイム。幸運を。﹂ ﹁まったくもって、その通りだな。 問題の先送りも良い所だが、超兵器の解答に小さく笑みがこぼれる。 生き残らなければその問いも答えも意味を持たなくなることだけだ。﹂ ただ一つ言えることは、 ﹁さてな。しかし、神の企て、悪魔の意志で片付けられるような問題でもないだろう。 ? ﹁お帰りなさい、艦長。交渉は上手くいったようですな。﹂ 航海艦橋に戻ると、副長がいつもの調子で敬礼をしてくる。 ﹁交渉と言っても、彼をこちらに引き入れることは既に決定済みだからな。 交渉と言うのは少々語弊があるかもしれん。﹂ いまさらですよ。と苦笑する副長の脇を通り、艦長席に腰を下ろした。 航海艦橋のすぐ横を、ブラックホークが飛びぬけていく。 もう使う機会もないため、 交渉終了後にヘリは自力で飛行して佐世保まで帰還する手筈になっていた。 ﹁司令部より佐世保へ戻る様にとの命令が来ました。 今後の包囲網構築は長門型４隻を主軸とするようです。﹂ ﹁了解した。機関前進微速。針路を母港へとれ。﹂ 巨大な艦体の前後に白波が立ち、ホタカがゆっくりと前進しムスペルヘイムから離 れ 包囲網を抜けた後、西へと進路を取った。 佐世保への帰り道、暇をつぶすように副長が話しかけてくる。 ﹂ ﹁ところで艦長。﹂ ﹁なんだ ? ＳＴＡＧＥ─２４ 接触 769 770 ﹂ それとも彼の事か ﹁ムスペルヘイムはどうでしたか ﹁それは、艦体自体の事か ﹂ ﹁両方ですよ。彼という事は、艦娘でなく艦息だったと言う事ですか ? ? ﹁おや ムスペルヘイムは帝国軍の艦ですよね ﹂ ﹂ ﹁まあ、そういう事だ。服装は帝国海軍第１種軍装、髪の色は黒、目の色は赤だ。﹂ ? ? ? それよりも驚くべきことは妖精さんが居ないと言う事だ。﹂ 日本艦隊に所属していた過去が影響しているのだろう。 大方艦長の天城大佐の影響が強く出たか、ウィルキア帝国軍のなかでも ﹁確かにそうだが、理由は難しくないだろう。 もっともなものと言えるかもしれない。 所属と服装がちぐはぐなムスペルヘイムに対して彼女の疑問は それらしい意匠が各所に配置されたものになっている。 戦後賠償によりソ連へ譲渡された過去を持つため さらに響を改造することで変化するヴェールヌイは、 だ。 例えば、ホタカの場合は日本で建造されたが実際に所属していたのはウィルキア海軍 不思議そうな顔の副長。通常、艦娘の服装は所属している国の影響を強く受ける。 ? ＳＴＡＧＥ─２４ 接触 771 ﹁艦載機の妖精さんもですか ﹂ ﹂ ? 真津提督への報告もそこそこに、自分の部屋で正座をしていた。 それからしばらくして、佐世保鎮守府に帰還したホタカは ﹁彼が帝国軍に入ってくれたんだ。この先、少しは楽できるかもな。﹂ 長い歴史が証明している。 味方内で勘ぐり合っても良い戦果を得ることが出来ないのは ま、何にせよ今は味方ですよ。と楽観的な考えを披露する副長。 いても出来ないだろうな。﹂ ﹁流石は超兵器と言ったところか。９００機の艦載機の並列制御なんて僕が１ダース どこか信じられないような目で自分の艦長をみる。 ﹁９００機以上の艦載機を、ですか 全ての艦載機もほぼ同時に、尚且つ完璧に動作させることが出来たらしい。﹂ ﹁ああ。彼に聞いたところ、気が付いた時から一人だったらしいが、全ての兵装も ? 772 ﹂ ちゃぶ台の向こう側には目以外笑顔の瑞鶴が腕組みをして座っている。 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮﹂ 沈黙が、重い。 ﹂ ﹁⋮⋮あのさぁ。﹂ ﹁なんだ ﹁自分から交渉に行くって言い出したのは。本当 全く笑っていない金色の瞳が彼を射抜いた。 せめてもの抵抗として、そんな事を考えた瞬間。目の前の少女の怒りが爆発する。 │││││爆音に備え。 瑞鶴の肩がプルプル震えているのが解る。 再び沈黙。いや、何かを吸い込む音が聞こえ、 ﹁本当だ。﹂ 数瞬、回避策を模索するが、そんなものはありはしなかった。 ハザードシンボルが描かれているレベルの非常に〟解りやすい〟種類のもの。 確実に地雷だった。地面に埋められておらず、ドギツイパステルカラーで塗装され、 ここで、答えないという選択肢は無い。いや、あるにはあるが ? ? ＳＴＡＧＥ─２４ 接触 773 ﹁バッッッッッカじゃないの 何考えてるのよアンタはァァァァァァァァァァ !!! ﹂ ＥＤ ﹁ＯＮＥ ＯＫ ＬＯＣＫ 〟アンサイズニア〟﹂ それから数時間、ホタカが彼女から説教を喰らったのは完全に余談である。 少女の絶叫と言うか怒りの声がホタカの自室に木霊した。 これがギャグマンガなら、鎮守府建屋が少し浮いたであろう !!!! いつもいつもいつもいつもいつも !!!!!???????? しない。 ラ ス 鎮守府内への艦娘の出店は提督の裁量に任されており、特に厳しい査定や審査は存在 いた。 鳳翔はあまり使われない第３鎮守府の食堂を間借りして、酒と肴を同僚に振舞って サキイカの天ぷらを齧る。 グラスを傾け、アルコール臭のする透明な液体を口にし よ。﹂ ﹁そ う は 言 っ て も で す ね。何 時 間 も 正 座 さ せ ら れ る の は た ま っ た も の じ ゃ な い で す ホタカの目の前に水晶椀が置かれる。 グ カウンターの向こうから落ち着いた声が聞こえ、 ﹁貴方の事を心配しているんですよ。﹂ 第三鎮守府に備え付けられた食堂の、定食を受け取るカウンターに突っ伏していた。 瑞鶴の説教からようやく解放されたホタカは ﹁ああ、ひどい目に遭った。﹂ ＳＴＡＧＥ│２５ 新造艦と新装備 774 ＳＴＡＧＥ─２５ 新造艦と新装備 775 幾つかの書類を提出し、提督が認可すれば問題ないと言う事だった。 あちこちで人手不足の日本軍に、無数の鎮守府の要望を一元的に管理するような組 織は 存在せず。そう言った案件は各提督の自由裁量に任されている。 そういう理由があったため、彼女は鎮守府内で店を出すことが出来た。 この店は鳳翔に時間がある時にひっそりと営業するため、開店は不規則だったが 彼女の料理の腕もあり、艦娘はもちろん提督にも人気で 真津や龍上、沼津も利用していた。もちろん、料金は自腹である。 目の前で日本酒の瓶の蓋を閉めた鳳翔は苦笑いした。 ﹁フフフ。まあ、大目に見てあげてください。 ﹂ 貴方が超兵器に交渉へ行ったと聞いた時、あの娘の荒れようは凄かったですから。﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮。それはそうと、明日は確か建造が終了する日でしたね ﹁そうでしたね、提督の話では戦艦クラスだと思われるそうです。﹂ 建造時間は大型艦になるほど長くなっていき最短でも７時間、 極々短時間で艦娘が誕生する。 大量の資材を投入すると、建造がスタートしこの時に高速建造剤を使用すると 鎮守府での艦娘の建造は、開発工廠に隣接した建造ドックで行われる。 ? 776 長い物になると８日以上かかる。とはいえ、これでも破格の速度ではあるが⋮。 また、建造される艦娘は資材の投入量により若干方向性を付けることができるが 基本的にランダムだった。このため、艦娘の建造システムが導入されると着任早々 強力な主力艦を配備しようとした何人もの提督が資材を文字通り溶かし、その事態を 危惧した大本営により、艦娘の建造は大本営へ一々申請を行わなければ成らなくなっ た。 申請と言っても膨大な書類を書かされるわけではなく、簡単な手続きで終わる。 こうなっているのも、書類を確認し審査する人手が足らないと言う お寒い事情が響いているのであった。 ﹁確か⋮建造時間は４日だったと思います。﹂ ﹂ 人差し指を顎に当て、虚空を見つめて思い出す様は和風の服装と合わせて妙に絵に なった。 ﹁４日、と言うと金剛型ですかね ﹂ ? 建造した艦娘が既にその鎮守府に在籍していると言うことは普通に起こりえること 艦娘は原則かつての日本海軍艦艇を元にしたものしか確認されていない為 ﹁鳳翔さん。艦娘がダブった場合はどうなるのでしょうか ﹁そうだと思います。第１鎮守府には榛名さんが居ましたね。﹂ ? ＳＴＡＧＥ─２５ 新造艦と新装備 777 だった。 ﹁基本的には別の鎮守府へ移籍と言う形になりますね。 同じ名前の艦娘が居れば、たとえ容姿に差異があっても紛らわしいですから。 その場合は、移籍していった鎮守府の方からその艦娘を建造するために使用した 各種資材が移籍元の鎮守府へ渡されますね。﹂ ﹁なるほど。﹂ ﹁あと、艦娘には不思議な能力があるんですよ。引き合わせの法則はご存知ですか 初めて聞いた名前に知らないと素直に首を振った。 ﹁例えば、伊勢型のお二人がいらっしゃいますよね ﹂ ? ? だ と言う認識を持てる艦娘は第三鎮守府の日向しかいない。と言うわけですか ホタカの解答に、ええそうです。と満足げに頷く鳳翔。 ﹁言い換えると、もし同じ名前の艦娘だとしても、 ﹂ ﹁つまり、ここの伊勢なら。日向と言う名前を持つ艦娘は多く居ても、それが自分の妹 無数にいる同じ名の艦娘の中のたった一人なんですよ。﹂ しかし、その個々人の艦娘が自分の姉または妹だと感じ取れる艦娘は この国には伊勢と日向の名を持つ艦娘は多く居ます。 ? 778 その人を自分の姉妹と認識できるとは限らないと言う事です。﹂ ﹂ ﹁今回、第３鎮守府で建造されるのが金剛だったとして、第１鎮守府の榛名を 自分の妹だと認識できるとは限らない、と ん で ﹂ 艦娘も、人間と同じように、沈んでしまえば 死 ﹁いいえ。現在までにそのような例は報告されていません。 ホタカの問いに、鳳翔は悲しげに首を振った。 自分の姉妹だと認識できる個体なのですか 撃沈された艦と同名の艦娘は、その鎮守府に居るもう片方の姉妹艦を ﹁では⋮仮に姉妹艦が揃っていて、片方が撃沈された場合、次に加入してくる ﹁ええ。まあ、私たちがあまり気にするものでもないですがね。﹂ ﹁艦娘同士が引き合うから、引き合わせの法則ですか。﹂ この法則に乗っ取って艦娘が加入します。﹂ 個体しか加入しないと言う法則です。極々まれに例外が居ますが基本的には その艦娘の姉妹艦が鎮守府にいれば、必ずお互いが姉妹と認識できる ﹁引き合わせの法則とは、建造や海域での保護で艦娘が加入する場合 ﹁フムン﹂ ﹁その通りです。ですが、そこで引き合わせの法則が出てくるんですよ。﹂ ? ? ＳＴＡＧＥ─２５ 新造艦と新装備 779 ﹂ 二度と同じ人は戻っては来ません。⋮すこし湿っぽいお話になってしまいました ね 次は、何になさいますか 今・日・こ・そ お願いしますよホタカちゃーーん 手早く準備を済ませ、無駄にでかいレバーを倒す。 ﹂ 初めて開発を開始する。開発工廠は、トラックのモノと同じであったため 後ろで妙なテンションの同僚にため息を付きながら、佐世保鎮守府に来て ! !! とりあえず、揚げだし豆腐を注文する。時刻は夜の１１時を過ぎたころだった。 彼にとって深い意味は今のところは持っていなかった。 無意識化で金色の瞳の艦娘を引き合いに出していたが、 │││││つまり、彼女は姉ともう会えない。と言う事か。何とも現実的な事だな。 ? ﹁さぁーーて。やってまいりました開発作業 今日こそ !! ﹁君がここにいるのにはもう慣れてきたよ。﹂ ! 780 分厚い扉の向こうには深緑色のレシプロ機が鎮座していた。 パット見は彗星のように見えるが、両翼下にドロップタンクが装備されている。 でも胴体に何か抱いてるよ ﹂ ﹁二式艦上偵察機だね。たしか、第二の龍驤が飛ばしてたような⋮ アレ ? ５連装魚雷 だけど⋮﹂ ! 巨大な装置だった。 ? ﹁ウチに潜水艦の艦娘って⋮﹂ ﹁これは、潜水艦用のモーターだな。﹂ ﹁んん、何かのエンジン ﹂ 次に出てきたのは、様々なパイプや電気配線が絡まった ﹁４５ｃｍでは火力不足も良い所だな。次。﹂ ﹁おおっ ４５ｃｍ酸素魚雷︵５連装︶ ﹁ふむ、中々良い滑り出しのようだな。次だ﹂ 伊勢と協力して、大型な機体を扉の内側から引っ張り出した。 ﹁見てくれは二式艦偵だけど、中身はほぼ別物だね。﹂ 両翼にも３０ｍｍ航空機関砲が装備されており、夜間でも発着艦が可能だ。﹂ ﹁航空爆雷一型だな。僕らの世界では偵察機が対潜哨戒を主に担っていた。 ? ! ＳＴＡＧＥ─２５ 新造艦と新装備 781 伊勢のジト目から逃れる様に目をそらす。 ﹁まあ、後々使うだろう。﹂ 事実、潜水モータ│Ⅱの性能は潜水艦艦娘のモーターよりも 若干性能が良いため、使わないよりは幾分マシだろう。 ﹂ レバーを倒す。出てきたのは鋼鉄製の球がいくつも並んでいる装置だった。 ﹁機雷投射機かな ﹁潜航深度機雷 ﹂ ﹁正確には潜航深度機雷投射機だな。﹂ いや、違う。と、機雷投射機の周りをぐるりと一周したホタカが応えた。 ? ﹁おお すごい ﹂ 底部につけられた小型スクリュープロペラで突入、起爆する。﹂ 威力もなかなかで、５０ｍ以内に潜水艦が接近すると目標の磁気を探知し その深度に達したら停止、潜水艦の通行を遮断する。 ﹁簡単に言えば対潜水艦用の機雷だ。投射すると設定深度まで沈降し ? ! 運動性能はその形状があだになって低い。 ﹁ただし、小型モーターのバッテリーの持続時間は極々短い上に 素直に感嘆する伊勢に、実情を知るホタカは苦笑いしか返せない。 ! 782 目標が大きく回避機動を取れば、接触する前にバッテリーが尽きる。 少数の生産はされたが、組織的に運用されたことは無かったはずだ。﹂ ﹁だめじゃん。﹂ さっきの高評価とは一転、両の肩を落とした。 ﹁全く使えないわけではないが、使いどころが難しいのは事実だな。 威力的な事を言えば、６１㎝酸素魚雷２．５本分。 この機雷投射機を初め、ウィルキアの機雷投射機自体には 機雷本体を３，５ｋｍ先まで投射できるように 新開発の電磁カタパルトが内蔵されているから、魚雷の更新が間に合わなかった 一部の艦長はこういった機雷投射機を自分の艦に積んで 敵艦に肉薄し、文字通り機雷を投げつけて攻撃したらしい。﹂ 機雷と言う兵器のアイデンティティを根底から破壊するような使い方を聞いて 伊勢は顔をひきつらせた。常識的に考えて機雷は海に設置するモノであって と言う 投擲するモノでは絶対にない。そして、この巨大な球体に起爆するほどの衝撃を与え ず ３５００ｍも投射する技術力に戦慄し、何故そこにベストを尽くしたのか 至極当然な疑問も湧いてきたのだった。 ? ＳＴＡＧＥ─２５ 新造艦と新装備 783 ﹁あのさ⋮﹂と口を開きかけた伊勢に、ホタカが待てと身振りで示す。 ﹁何が言いたいのか予想がつくし、それを言いたい理由も解る。 けれども、その問いの答えは僕も持ってないんだよ⋮﹂ 疲れたように笑う艦息に、彼女は何も言えなかった。 レアもの来た。﹂ 彗星一二型 ﹁おっ この機雷、ペラついてるじゃん。﹂ 数段高い追尾能力を持つが、その分威力はその図体にしては大きくない。 自ら突入していく。僕の世界で他の機雷に搭載されているものよりも て ﹁誘導機雷投射機だ。半径２００ｍ以内に目標が近づけばスクリュープロペラを回し 潜航深度機雷にも小さなプロペラがついていたが、コレほど大きくはない。 大きなスクリュープロペラが突き出していた。 彼女の言う通り、潜航深度機雷よりも、２回りほど大柄な球状の機雷からは ﹁あれ １ヶ所だけ違う点があった。 次に出てきたのは、潜航機雷投射機によく似た機雷投射機だったが ﹁これならウチの鎮守府の空母艦娘にも運用できるな。﹂ ! ? 784 大体、潜航深度機雷と同レベルだ。 小型艇対策にばら撒くのが効果的だな。﹂ ﹁いやいやいや、小型艇相手に酸素魚雷２本強の威力要らないでしょ ﹁小型艇対策云々は技術部の受け売りだ。実際の所 ﹂ 胴体下に積まれた細長いドロップタンクと、その横に装備された航空魚雷。 銀灰色のに塗られたスマートな機体、前後に長い風防 扉が重苦しい音を立てて開かれると、中にあったのは ﹁⋮⋮⋮次。﹂ ﹁⋮⋮⋮﹂ まさかのダブりに場を沈黙が支配する。 潜水モーターⅡ オチが付いたところで、次の装備を開発する。 ど高い。﹂ しかし、だ。高性能の誘導装置と推進装置が祟ってその単価は機雷とは思えないほ 主砲は無理でも副砲と高角砲、機銃ぐらいなら薙ぎ払える。 機銃で迎撃されてしまって碌な戦果を挙げなかった。ああ、投げつければ別だな 駆逐艦や巡洋艦相手にも大きな戦果が見込めるよ。戦艦の場合は直撃する前に ?! ＳＴＡＧＥ─２５ 新造艦と新装備 785 ﹂ ﹁あのさ、ホタカ。﹂ ﹁なんだ ﹁彩雲ってさ、偵察機だよね ﹁まあ、そうだな。﹂ ﹂ ﹁じゃあなんでこの彩雲は航空魚雷を抱いているのかなぁ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ フィと視線をポニーテールの女性からそらす。 撃 機 次に出てきたのは図面の束だった。 艦上偵察機彩雲を引き出して、再びレバーを倒す。 攻 ﹁雷撃機としてみちゃえばね。﹂ 雷撃機としてみれば優秀なはずだ。﹂ ﹁ま、まあ夜間攻撃も出来るし６００ｋｍ／ｈ以上出るから と言うか、説明してほしかった。 ３０ｍｍ航空機関砲を乗せる必要性を説明できなかった。 彼自身、艦上偵察機に５３３ｍｍ酸素魚雷ほどの威力がある航空魚雷二型や ? ? ﹁僕にだって、解らない事ぐらい、ある。﹂ ﹂ 目じりを若干痙攣させた伊勢が恐る恐ると言った風に問いかける。 ? 786 ﹁なんだ これ⋮自動消火装置Ⅱ型 ﹂ ? 現物では無く設計図だからな。 時間と資材さえあれば全ての艦娘に装備できるはずだ。﹂ ﹁なるほど。いいね、それ。ところでさ、後何回開発するの ﹁提督から言われたのは１５回だから⋮あと６回だな。﹂ ﹁そろそろヘリコプターが来てもいいと思うんだ⋮﹂ ? ﹁ホント、超兵器様様だね。﹂ ﹁聞いた話では、これも超兵器技術研究の恩恵らしい。﹂ ﹁それにしても、これだけ長くてよく歪まないよね。これ﹂ １２．７㎝連装高角砲７０口径 怪しい動きで何やら祈り始めた伊勢に、失敗したかと頭の中で呟く。 ﹁こればかりは運次第だ。祈っておけ。﹂ ﹂ ﹁まあ、艦体にこの装備を施しても運動性や防御性能に問題は無い上に ﹁無いよりましってレベルだね。﹂ 火災の消火成功確率が１０％ほど向上するらしい。﹂ ﹁僕らの世界で使用されていた自動消火装置だな。 図面の束の隅の方に掛かれているタイトルらしきものを読む ? ＳＴＡＧＥ─２５ 新造艦と新装備 787 ﹁⋮⋮⋮不本意な事だがな。﹂ ホタカ自身、自分の艦体が超兵器技術をふんだんに使用して建造されていることは 知っている。しかし、彼が建造された目的│││超兵器への対抗策│││の影響で 心の奥底では超兵器は忌むべきモノと言う概念が刷り込まれてしまっているため。 安易にそれを誇ることは出来ず、苦々しい顔をする。 超兵器技術によって建造された、超兵器を滅ぼす艦。そんな自己矛盾を 彼は先天的に抱えていた。 ﹂ 扉の向こう側から出てきたのは、丸みを帯びた砲塔を持つ単装砲 １５２ｍｍ速射砲だった。 ﹁ホタカにも搭載されている奴だね ﹁これの制御はやっぱり艦娘側 ﹂ それでも対空対艦対地にミサイル迎撃と使い勝手のいい砲だな。﹂ ﹁ああ、対空任務に使用するには少々発射速度に不安があるが ? 装備が現れる。 レバーを倒すと、巨大な円筒形の構造物の周りに様々な装置が付いた 戦力は確実に補強されるだろう。﹂ ﹁そりゃな、まあ旋回速度や精度は１５，２ｃｍ砲の比じゃないから ? 788 ﹁タービン ﹂ ﹁おしいな、これはガスタービンⅥ型だ。﹂ ﹁ガスタービンって、確かホタカの主機だよね ﹁で、６型ってどれくらいの性能 そうだな、３５．６ ﹂ ﹂ ってとこじゃないか ﹁高速航空戦艦、アリだと思います ﹁あとは提督に頼んで来い。次だ。﹂ ﹂ ﹂ ? ﹁対潜ミサイルだっけ ﹂ ﹁アスロックⅢか。これは良いな。﹂ 縦に置かれたコンテナのようにも見える。 出てきたのは巨大な箱形の構造物でパット見は ! ? ガスタービンの足りない分の３基は妖精さんにコピーしてもらうとしても ? ? ﹁そうだな⋮君なら４基も乗せれば３５ 以上は出るだろう。 まあ、ボイラーに比べると燃費は悪くなるがな。﹂ 主缶も主機も必要は無い。これ一つで艦を動かせる上に小型で高出力だ る ﹁ああ、燃料と空気の混合気体を燃焼させて発生した高圧ガスでタービンを回転させ ? ? ? ＳＴＡＧＥ─２５ 新造艦と新装備 789 伊勢の問いに、大体あってるな。と首肯する。 ﹁Ａｎｔｉ Ｓｕｂｍａｒｉｎｅ ＲＯＣｋｅｔ。 訳すとするならば垂直発射式対潜ロケットとなる。 弾頭には炸薬の代わりに短魚雷が装備されている。 まず目標地点の近くまでロケットブースターで飛んで行き 弾頭を切り離す。切り離された弾頭はパラシュートを使って着水し ﹂ その後は自ら探針音を放って目標を捉え、突入する。﹂ ﹁賢い魚雷だよね。でもさ、それ私たちにも使えるの 誘導兵器が艦娘に行き渡るのは何時になることか⋮﹂ ﹁ま、全艦娘に配備するには資材も時間も資金も足りていないから ﹁私たちもついにミサイルか、時代は変わっていくね。﹂ マルチロックは出来ないがね。﹂ けれども、こういったミサイルを運用するのには必要十分だろう。 僕に搭載されている物より能力的に劣る。 そろそろ完成するらしい。と言っても初期型電算機のモンキーモデルだから 僕らの世界の電算機の設計図を渡していてな ﹁それについては問題ないだろう。以前工廠妖精さんと夕張に ? 790 ヤレヤレと肩を竦めるホタカ。〟だよねー〟と伊勢は若干諦めを含んだ言葉をも らした。 ﹁さて、残すは二回だな。﹂ ﹁頑張れ頑張れできるできる絶対できる頑張れもっとやれるって やれる気持ちの問題だ頑張れがんばれそこだ ! ⋮ゲッ 日向 ﹂ そこで諦めるな絶対に頑張れ積極的にポジティブに頑張る頑張る 北京だってグヘッ ! ! ﹁あれー 今日私は非番の筈なんだけど⋮﹂ ﹁喧しい。何処にいるかと方々探したぞ。﹂ !? ﹂ !? ﹁昨日、演習の打合せをすると言っていただろう ﹂ 何の事か解っていない自分の姉を見て、頭に手を当ててため息を付く。 ﹁じゃあ何さ。﹂ ﹁違う、そうじゃない。﹂ ﹁もしかして、超兵器 ﹁招集だ。提督が呼んでいる﹂ 今日は非番の筈だった。 日向に殴られた後頭部を摩りながらスケジュールを思い出すが ? ? ＳＴＡＧＥ─２５ 新造艦と新装備 791 ﹁⋮⋮⋮⋮あ〟﹂ 女性としては、あまりよろしくない声を上げて固まる。 そういえば、昨日今度の演習の編制について提督や加賀と意見交換すると言う 約束が急遽入っていたことを思い出す。 ﹂⋮ハァ。﹂ ﹁固まっている暇があれば早く行け。提督はそうでもないが 加賀は青筋を浮かべ﹁い、いってきまーーす ﹁伊勢知らないっぽい ﹂ ならなかった。開けっ放しになったドアからひょいと顔をのぞかせたのは ﹁あ、ホタカ。﹂ やることをやった日向もさっさと出ていき、開発工廠の中にはホタカ一人に ﹁火事場のなんとやら、だろうな。では、邪魔をして悪かった。﹂ ﹁あの扉、鋼鉄製でかなり重かったはずだが⋮﹂ 土煙を上げかねない勢いで扉を蹴り開けて飛び出して行った。 !!! ﹂ ? ﹂ ? もう伊勢を探さなくていいと察した夕立は ﹁それでいいんじゃないか ﹁じゃあもう探さなくて良いっぽい ﹁彼女ならさっき日向が来て提督室へ行ったぞ。﹂ ? 792 工廠内へ足を踏み入れ、開発された物が出てくる扉とは反対側 ﹂ ﹂ 開発された装備がいったん置かれているエリアを見て目を丸くした。 ﹁これ全部貴方が ﹁まあな、何か積みたいものは有るか ﹁あれかな １０ｃｍ連装高角砲もいいけれど 試しに聞かれた彼女は、んー。と装備を見渡し１５２ｍｍ速射砲を指さした。 ? ? ﹂ !? ﹂ ? ﹂ ? 近づいて周りを見るが、特に変わったところは見られない。が、夕立が何かを発見 ﹁そうだろうか ﹁対艦ミサイルっぽい 出てきたのは回転盤に乗せられ、装甲で覆われたボックスランチャー ﹁さて、後二回やってしまうか。﹂ その事を思い出し、すこし不機嫌になる少女に苦笑が漏れる。 エメラルドグリーンの瞳をキラキラと輝かせるが、ホタカにその権限は無い。 ﹁載せてくれるっぽい １０ｃｍ連装高角砲をほぼすべての点で上回っているはずだ。﹂ ﹁なるほどな。１５２ｍｍ速射砲なら やっぱり火力が足りてないっぽい。﹂ ? ＳＴＡＧＥ─２５ 新造艦と新装備 793 する。 ﹁あれ これは。﹂ ﹁何かあったのか ﹂ 彼女が見ていたのは、ボックスランチャーの基部。 そこには、 ﹁えっと、Ｓｐｅｃａｌ Ｒｏｔａｔｉｏｎ Ｒａｍ Ｗａｒｈｅａｄ ﹂ ﹁特殊回転衝角弾頭、か。とするとこれはアレだな﹂ ﹁アレ ﹁ウィルキア王国軍正式採用特殊対艦ミサイル。 Ｄ│ＳＳＭ│０１︻ヴィーフホリ︼。通称ドリルミサイル﹂ どこか乾いた笑い声を上げた。 ランチャーを水平にし、ハッチを開ける。そこをのぞき込んだ夕立は ﹂ ホタカが、ランチャー基部の外部操作パネルを操作し、それまで上を向いていた ﹁えぇー⋮﹂ ﹁君の思っている通り、円錐形で回転するアレだ。﹂ ﹁えーと、ドリルって⋮﹂ ドリル。その言葉を聞いた彼女が信じられないと言うような顔を向ける。 ? ? ? ? 794 ﹁あはは、ほんとにドリルっぽい。﹂ ﹁敵艦に命中すると、弾頭に装備した特殊回転衝角を作動させ 艦体を掘り進んで装甲を貫通し、艦内部で炸裂する。 回転衝角は超兵器技術を応用して作られた特殊金属だ。 しなやかで粘り強く硬い。この衝角を高速回転させ、 ミサイル後部に取り付けた複数のブースターでカウンタートルクを打ち消す。 目標を物理的に掘り進む以上、このミサイルのロケットモーターは速度よりも 燃焼時間に重点が置かれているため、飛翔速度は遅いが射程は長い。 また、炸薬の量も図体にしてみれば控えめだが満足な装甲の無い艦内部を 吹き飛ばすための物だから特に問題ないだろう。﹂ ﹁これを正式採用するウィルキアって⋮﹂ ﹁それ以上言うな。誰にもウィルキアの研究開発班の頭の中は理解できない。 さて、最後だ。﹂ ﹂ ４８，３ｃｍ魚雷４連装。 ﹁うーん。外れっぽい そろそろ、新型艦が出来るはずだよな ﹂ ﹁外れだな。取りあえず、今日はこれで終了だ。 ? ? ﹁第１建造ドックはすぐ近くだし、せっかくだからいきましょ ﹂ ヨロシクオネガイシマース 夕立に背中を押されて工廠を後にする。 ﹁英国から来た帰国子女の金剛デース 夕立は既に人ごみへ突撃していった。 ﹁あっ、ホタカさん。﹂ うろうろしていた吹雪だった。彼女の声に数人がつられて振り向き ﹂ 最初に彼に気づいたのは一番外側で、何とか新入りの顔を見ようと !! ! そんな事を思い、金剛の艦体を眺めながら人だかりへ歩いていく ││││新入りは金剛か。 堂々たる体躯の金剛型戦艦が錨をおろしていた。 少々なまった挨拶が聞こえてくる。そして、すぐ近くには ドックに付くと、非番の艦娘達の中心付近から ! アナタは ﹂ 中心部で、さっそく提督に猛アタックをかけていた金剛もホタカを見る。 ﹁Ｏｈ ? ? ＳＴＡＧＥ─２５ 新造艦と新装備 795 796 金剛デース ﹂ ﹁始めまして、金剛。装甲護衛艦ホタカだ。第３鎮守府へようこそ。﹂ ﹁Ｎｉｃｅ ｔｏ ｍｅｅｔ ｙｏｕ ﹁Ｗｏｗ 別の世界戦からデスカ ﹂ ﹂ まさにＰａｒａｌｌｅｌ ｗｏｒｌｄネ 結局ホタカが簡単に説明することになった。 すっかり忘れていたことを思い出す。 その言葉に、金剛の周りにいた艦娘達は彼女に艦息の事を伝えることを ﹁Ｂｕｔ⋮ホタカって護衛艦、海軍に居ましたっケ 榛名と同じような服装ではあるが、スカートの色はブラウンだった。 ! ? 金剛と言う名前の戦艦がどうなったかは知らない。 金剛型の詳細なスペックデータを持っていたとしても 建造されていたうえ、彼は日本では無くウィルキアの戦艦だ。 彼の世界では金剛型戦艦や改金剛型戦艦が無数に 金剛の問いには即答しづらかった。 そこでの私ってどうなってましタ ! ﹁残念だが、向こうの世界での君に関する事を僕は余り知らないんだ。 何しろ別の国の艦だからね。﹂ ﹁Ｈｍｍ。残念デース。﹂ ! ! ? ! ＳＴＡＧＥ─２５ 新造艦と新装備 797 ホタカ お前は金剛にこの鎮守府を案内してやってくれ それじゃ ﹂ ! ﹁ここが、君の自室になる。自由に使ってもらって構わないそうだ。﹂ 最後に、彼女の自室となる部屋に到着する。 かねがね平穏に案内を終えることが出来た。 廊下の真ん中でフリーズしている提督と遭遇し一悶着あったが 鎮守府を案内している途中、開発された装備のリストを見て ホタカも金剛を引き連れて歩き出した。 提督から命令も来たことだし、この鎮守府を案内する。ついてくると良い。﹂ ﹁そういう事もある、のだろうか。さて、金剛 ﹁Ｏｈ⋮逃げられてしまいマシタ。﹂ 女性経験があまりない︵らしい︶彼にとって少々刺激が強すぎたらしい。 言うだけ言って早足で去っていく真津。どうやら、金剛のアタックは 先ほど開発した装備のリストを半ばひったくるようにして受け取り、 ! ﹁さ、さて、何時までもこうやっているわけにもいかないからな。 そうだ おお、これが開発したものか これが案内する場所と金剛の自室関係のメモだ ! 何やらいろいろと書かれたメモを押し付け、 ! ! ! 798 ﹁ＯＫ 一人部屋デスカ ﹂ ? ﹂ とっても丁寧な案内デシタ 何か質問は有るか ﹁Ｎｏｔｈｉｎｇ ! ﹂ そこはご愛嬌だろう。 ﹁なんか楽しそうね ﹁瑞鶴か、どうしたんだ ﹂ Ｔｈａｎｋ ｙｏｕ ? ﹁ちょっと通りかかっただけ。 今夜鳳翔さんのお店に行くけど、いっしょにどう ﹁君から誘ってくるとは、珍しいな。﹂ 深く考えず、思った事をそのまま言ったが ﹂ イギリスと言うよりも、アメリカ的な雰囲気だったが 非常に活発で情熱的な印象を受けた。 元になった戦艦が外国で建造された艦娘なだけに、 案内中も彼女と世間話をしながらだった。 │││││なかなか楽しい人だったな。 差し出された手を軽く握り、握手し分かれる。 ! ﹁そうだ。これで案内すべき場所はすべて回ったが ? ? ? ﹂ ! ! ＳＴＡＧＥ─２５ 新造艦と新装備 799 彼女は特に気にした様では無かった。 ﹂ ﹂ ﹁別に、そう言えばアンタと飲んだこと無かったなって思ってさ。 で、どうするの ﹁どうせ予定はないからな、行くことにするよ。時間は 特殊な電波│││射程距離５０ｋｍ│││の圏内に機体を収める必要がある。 もう一度操縦するためには、艦から発進される 母艦に戻ってくる場合は問題ないが、いったん自分以外の場所に降りると 遠隔操縦できるのは発艦して別の場所に着陸するまで。 自分の甲板から発艦していった８機のジェット機を見送る。 ﹁じゃあ、その位に僕も行くことにするよ。﹂ ﹁９時ぐらいかな。ご飯食べてしばらくしたら行くつもり。﹂ ? ? 800 逆の飛行甲板には、零戦二一型が次々に着艦していく。 その機体の中には、自分には存在しない妖精と言う存在が居て機体を操っているらし い。 │││練度は、あまり高くないようだ。 ウォーラスを撤去した為に浮いたスペースには零戦が搭載されることになっていた。 この零戦自体、他の鎮守府ではもう使われなくなった余剰品ではあるが ﹂ 複葉の水上飛行艇よりは数倍マシだろう。 ﹁着艦作業は順調か ﹁艦載機を収容したらソロン要塞へ向けて出港する。 論理的な理由を述べることは出来ない。しいて言うならば直観だった。 な。 │││私への監視と言うことは理解しているが⋮。この男、何か別の事を考えている どこかしっくりしないものを感じていた。 ムスペルヘイムはこの男が苦手とまでは行かないが、 ﹁はい、順調です森原中佐。あと二〇分ほどで全機収容出来るでしょう。﹂ 目の前には、猟犬のような雰囲気の海軍中佐が双眼鏡を片手に立っていた。 後ろから掛けられた声に振り返る。 ? ＳＴＡＧＥ─２５ 新造艦と新装備 801 ﹂ その間に、深海棲艦と遭遇した場合これを撃滅。指揮は俺がとる。 何か質問は このボロボロになった日本が解明できるとは思えない。科学者には気の毒だが 解らなかったのだ。それを、向こうの世界の日本ならともかく │││あれほどの科学力を誇ったウィルキア帝国でさえ超兵器機関の作動原理は しかし、張本人たる彼は無駄な労力だと切って捨てる。 この艦を超兵器足らしめる最大の理由。超兵器機関を調べていた。 乗艦させられていた。科学者たちは、ムスペルヘイムの最下層で もしも、中佐がよからぬことをたくらんでいた場合の抑止力として 特警の任務はムスペルヘイムと森原中佐の監視。 現在、艦内には森原中佐の他に特警の人間と科学者が乗り込んでいる。 視線を飛行甲板へ戻した。 その白い背中がハッチの向こうに消えてから、ムスペルヘイムは 連絡事項を告げて、森原中佐は踵を返すと艦内へと戻っていく。 ﹁了解。﹂ ﹁よろしい。俺はＣＩＣに行く。貴様は艦載機の収容が完了次第ＣＩＣまで来い。﹂ ﹁有りません。﹂ ? 802 無駄だだろう。 そうは言っても、何一つわからない超兵器機関を目の前にしても 臆せず立ち向かっていく彼らの闘志には畏敬の念を抱いていた。 │││人の力、か。ヨーロッパで暴走したグロースシュトラールは 人が施した枷が外れた結果ああなったと聞いている。 逆に言えば人はある程度、超兵器機関を制御できると言うことになる。 いや、当たり前だな。私自身、そう言った人の力によって生み出されたものなのだか ら。 ふと、自分の足元を見る。ねずみ色で塗装された甲板の奥底には 自分の心臓が今もなお莫大なエネルギーを生産し続けている。 │││超兵器機関、か。考えてみれば、私はこの機関を搭載していながら ? コレについてあまりにも知らなさすぎる。元々は、火山に埋まっていた物を 掘り起こしたものと言うが、それ以前はいったいどこにあったのだ それとも⋮ 否、何に使われていたのだろうか。都市のエネルギープラントか 宇宙へ飛び出すための前準備か ? 悠々と巨大な飛行甲板に着艦している光景が目に飛び込んでくる 視線を上げると、銀灰色の美しい戦闘機がアレスティングフック無しに ? ＳＴＡＧＥ─２５ 新造艦と新装備 803 ﹁兵器、か⋮﹂ ＥＤ ﹁ＯＮＥ ＯＫ ＬＯＣＫ 〟アンサイズニア〟﹂ ﹂ ? ﹁そうだな。君は良く来るのか ﹂ ホタカの問いに瑞鶴は軽く頷いた。 ? ﹁⋮ふぅ。美味しいわね。﹂ 口の中に炭酸の刺激と独特の苦みが広がった。 チンと軽い音を立ててグラスをぶつけ、口を付ける。 ﹁乾杯﹂ ﹁じゃ、乾杯﹂ グラスを二つ用意し、茶色の瓶から黄金色の液体を注ぎ込んだ。 とりあえずビールとツマミを注文すると、鳳翔が手際よく そんなある種の定型文的な会話を交わしつつ彼女の隣に腰を下ろす。 ﹁アタシもいま来たとこよ。﹂ ﹁待ったか 食事を受け取るカウンターに待ち合わせをしていたツインテールの少女が既に居た。 ２０：５５。第三鎮守府の食堂の扉を開けると、 ＳＴＡＧＥ│２６ 航跡 804 ﹁大体瑞鳳と一緒に来るわね、偶に龍驤とも飲むわ。 最近の深海棲艦の話だったり、戦果の話だったり 新型の航空機の話だったり。まぁ、世間話しながら飲んでるわね。﹂ どこか楽しげに語る彼女。パラオ鎮守府のころを思えば ﹂ 劇的と言っていいほど生き生きとしていた。 ﹁ホタカもよく来るの ﹁例えば ﹂ 来てみたらいろいろな人が居たな。﹂ ﹁偶に来るぐらいだよ。他人を誘うことは無いが ? ﹂ ﹂ ? ﹁なんだ ﹁いまさ、響って言わなかった ﹂ 余り聞き捨てならない言葉があったのか、瑞鶴が待ったを掛けた。 ﹁ちょいまち。﹂ 榛名、杉本少佐、木曾、響⋮﹂ ﹁真津提督、龍上提督、田沼司令、 少し虚空を見つめる様に思い出しながら、指折り数えていく。 ? ? ﹁言ったよ、その時は暁も居たかな ? ＳＴＡＧＥ─２６ 航跡 805 806 ﹁え∼と。鳳翔さん ﹂ と小首を傾げた。 目の前で枝豆をゆでていた艦娘が、何か ﹂ 隣に座った艦息の一言でまた混乱させられる。 ﹂ ﹁補足しておくが、響は酒を飲んでたぞ ﹁え ﹁まあ、僕も最初見た時は驚いたが⋮ 艦娘は成人扱いだから特に問題はないのだろう。﹂ ﹁ええ∼∼⋮﹂ ﹁と、言うか。それを言うなら瑞鳳や龍驤だってそうだろう 当人によれば、戦後にソ連海軍へ賠償艦として引き渡されたことが原因らしい。 駆逐艦響は、暁型姉妹の中で唯一飲酒が出来る艦娘だった。 かなり違和感があったがね。﹂ ﹁とは言え、小さな子供がウォッカをグイグイ飲んでいたのは ? ? あ、そういえば。と今更気づいたような顔をする瑞鶴。 ﹂ その言葉に、なるほどと合点が言ったような顔をした彼女だったが ﹁ええ、種類は多くありませんが⋮お酒を飲めない人もいらっしゃるので。﹂ ﹂ ﹁ここって、ジュースとかありましたっけ ? ? ? ?! ＳＴＡＧＥ─２６ 航跡 807 しかし、大人びた容姿の艦娘でさえあまり手を出さない強い酒を ジュースか何かの様に飲んでいく様をみていると、個人的に好きなだけでは 思ってしまう。 ﹁お酒を飲むのは自己責任ですからね。出来ましたよ。﹂ ﹂ カウンターに茹で上がった枝豆の載った皿が置かれた。 ﹂ ﹁ありがとうございます。ところでさ⋮﹂ ﹁何だ ﹁アンタの居たウィルキアってどんなところだったの と ? ウィルキアの独立運動を利用することに決めた。 それに対してイギリスをはじめとする欧州各国はロシアの後方攪乱を期待して １９世紀末に帝政ロシアがトルコに南下を始めた。 元々はロシアの領土だったんだが 僕が所属していた国は、正式にはウィルキア王国と言う。 ﹁そういえば、話したことは無かったな。 他の艦娘に話したことは無かったはずだ。 流石に真津提督や杉本少佐には話していたが そういえば、彼女には話していなかった事を思い出した。 ? ? 808 それがきっかけになり、帝政ロシアとウィルキア辺境伯領で独立戦争が勃発 漆露戦争と言われている。独立戦争は２年後に講和になりウィルキア王国が独立 した。 現在⋮もとい僕が居た１９３９年頃はマンフレート・フォン・ヴィルクを国王とす る 共和国 ﹂ 議会制君主国家だ。密接な同盟国に大日本帝国とドイツ共和国があった。﹂ ﹁あれ ? 苦笑を漏らして、鮮やかな緑色の豆を口に放り込む。 ﹁お偉方の大好きな〟政治的判断〟と言う奴だろうよ。﹂ ど。﹂ ﹁な る ほ ど ね。支 援 の た め に 地 球 の 裏 側 ま で 兵 隊 送 り 込 む 神 経 に は な ん か 呆 れ る け この３国の付き合いが始まったんだよ。﹂ 共和国を設立したんだ。その革命支援にウィルキアと日本が派兵して ドイツ国内で共和派の反乱が発生しプロイセンを打倒。 ﹁僕らの世界では欧州大戦、君らが言うところの第１次世界大戦で その様子を見たホタカは納得したように一つ頷いた。 自分の中の知識とのズレに、小首を傾げる。 ? ＳＴＡＧＥ─２６ 航跡 809 ﹁ウィルキアは独立後、主に日本や英国の海軍をまねて海軍装備を拡充し 列強有数の海軍国となったんだが⋮﹂ ﹁何よ。﹂ ﹂ ﹁年に１回行われる総合大演習でクーデターが発生したんだ。﹂ ﹁ハァ ﹂ ? 国王陛下は近衛艦隊の旗艦イダヴァルに座上していたから害されるようなことは ﹁クーデターは見事成功、ウィルキア王国にとっては幸いな事に ホタカはヤレヤレと肩を竦めた。 ﹁で、結果は 総合大演習の大規模な兵力移動を隠れ蓑にクーデターを発動させた。﹂ さらに、各部のコネクションを十全に利用して綿密な計画を立て 彼は狡猾だった。国王と国防会議を欺きひそかに超兵器を発掘、建造 つまり軍事のトップ、前大戦の英雄だった男だよ。 長だ。 ﹁首謀者はフリードリヒ・ヴァイセンベルガー。ウィルキア国防軍大将兼国防会議議 ﹁ク、クーデターって⋮そんなの誰が⋮﹂ 突拍子もない急展開に思わず大きな声を出してしまう。 ?! 810 無かった。 陛下の御家族や政府高官も、近衛陸軍によって何とか救出されたが、 結果的に国王側についたのは近衛のみ、兵力差は１対９だ。 もちろん近衛が１の方。さすがに如何する事も出来ず そのクーデター﹂ 近衛艦隊は政府要人を乗せると一先ず同盟国日本へ退避することになった。﹂ ﹁何というか⋮防げなかったの ﹁同盟国じゃなかったの ﹂ ﹁日本には無事到着したが、ウィルキアの面々は拘束された。﹂ ﹁だめじゃん。﹂ その上、ヤツは情報部にも顔が効く。どうにもならないよ。﹂ ﹁何せ国防軍の殆どがヴァイセンベルガーに傾倒してしまっていたからな 至極真っ当な意見に力なく首を振る。 ? 国家を守るために建造された彼女にとっては、最も聞きたくない単語の一つだろう。 日本占領。その言葉に目に見えて金の瞳が揺れ動く。 課せられていた任務は国王派の捕縛と日本占領支援。﹂ ﹁君塚章成中将と言う軍人がヴァイセンベルガーと内通していたのさ。 驚きに目を見開く瑞鶴。 ? ＳＴＡＧＥ─２６ 航跡 811 ﹁捕縛の方は天城大佐と筑波大尉の手引きで失敗したが 日本の占領については大成功。ほぼ無血占領だったようだな。﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 鮮やかと言うしかない日本の取り込みに、少女は絶句してしまう。 太平洋戦争終盤に特攻兵器まで利用して戦い続けようとしたこちらの歴史を じかに体験してきた者にとっては理解の範疇外だった。 ﹁僕がウィルキア近衛艦隊に配備されたのも、と言うか 近衛艦隊に奪い取られたのもこの時だ。シュルツ艦長の指揮の元 日本艦隊の追撃を振りきり、アメリカを頼るためハワイへ向かった。 ハワイで艦の整備をしている途中、ヴァイセンベルガーを元首とする ウィルキア帝国の樹立が発表され、帝国は世界の国々に従属か滅亡かの２択を突き つけた。﹂ ﹁それって⋮﹂ ﹁早い話が世界への降伏勧告だ。アメリカや欧州各国は突っぱねたが それに従う国も少なくなかったよ。そして、ウィルキア近衛艦隊に 反乱軍討伐がアメリカから要請された。 ほどなくしてハワイに機動艦隊を伴った帝国軍が来襲 812 ﹂ 第１波、第２波は退けたが第３波には超兵器と多数の戦艦が突入してきた。﹂ ﹁超兵器って⋮倒したの 一つ頷く ﹁まさか、超兵器 ﹂ その後はアメリカ太平洋艦隊と合流する予定だったんだが⋮﹂ 危険と近衛艦隊司令部は判断し、ハワイ防衛残存艦隊と共にハワイを脱出した。 体制の整っていない中で化物のような艦を相手に戦闘する事は それに超兵器が出現するとほぼ同時にハワイ司令部からの通信が途絶していてな ﹁第１波と第２波を迎撃するためハワイ本島から離れすぎていた その彼がこうやって自らの敗北を認めることは思いもしなかった。 何せ、この艦息は自分たちが手も足も出ない超兵器を何隻を葬ってきている 自分の問いに首を振る青年に、少女は驚きを隠せなかった。 ? ? が襲来し 僕にそいつの迎撃任務が命じられた。近衛艦隊の中でも４５ 以上で巡航できる 太平洋艦隊の生存艦と合流した直後に、アメリカ西海岸基地にヴィルベルヴィント 世界最強とうたわれた太平洋艦隊が無残な有様だった。 ﹁そうだ。アルケオプテリクスとヴィルベルヴィントの同時攻撃で瞬く間に壊滅。 ? ＳＴＡＧＥ─２６ 航跡 813 のは 程度にまで 僕ぐらいだからね、結局単艦でヴィルベルヴィントを迎撃することになった。﹂ ﹁単艦って⋮﹂ 超兵器相手に単艦で挑むのはいったいどれほどの恐怖だろうか そんな事を考えてしまう。 ﹁幸いにも、西海岸基地の最後の猛攻で奴は機関部に損傷を負って７０ 速度が下がっていたからな、ミサイルと砲撃でケリを付けた。﹂ まあトライデントで艦隊ごと吹き飛ばし、残った戦艦には主砲を叩き込み、 防衛艦隊は小型艇や水雷戦隊が基本だがの中には戦艦も居たな。 ﹁結局、僕が単艦で突っ込んで一切合財蹴散らすことになった。 何故か嫌な予感がして瑞鶴の額から冷や汗が一滴流れる。 身動きが取れず袋叩きにされただろうな。﹂ ガツン湖は要塞化され、防衛艦隊も存在していた。大艦隊で不用意に突っ込めば な そのためにはパナマ運河を通る必要があったんだが、そこも帝国に占領されていて ﹁ヴィルベルヴィントを方付けた後は、イギリスに向かう事になった。 何でもない事の様に言い放つホタカに、驚きを通り越して呆れてしまった。 ? ? 814 各所に設置された砲台を吹き飛ばし、飛行場を潰した。 運河の開閉にはアメリカ陸軍の支援があったが、楽な戦いでは無かったな。 パナマを抜けた後、ウィルキア帝国の艦隊に包囲され それを突破したとおもったら今度は潜水艦型超兵器の襲撃だ。﹂ ﹁何というか、よく沈まなかったわね⋮﹂ よく言われる。と苦笑をこぼす。 ﹁這う這うの体でイギリスへたどり着き、 そこで正式にウィルキア亡命政府の樹立を宣言。 この時点で帝国への敵対を表明していたのは アメリカ、イギリス、ドイツ共和国、オランダ、ウィルキア亡命政府のみ フランス、イタリアは特に声明を出しておらず、ソ連に至っては 領内の無害通過許可を帝国へ向けて出すありさまだった。 こんな状態で欧州での戦争が始まったんだよ。﹂ まさに前途多難ね。と言う彼女の言葉に素直に頷いた。 ﹁欧州までの危険な回航を終えた僕はそこで大改装を施された。 案は色々とあったんだが、時間と資材の不足、信頼性の問題から 結局のところ、１番無難なＶＧＦ│２３０１Ａ案が採用された。﹂ ＳＴＡＧＥ─２６ 航跡 815 ﹁随分長ったらしい名前ね⋮﹂ 彼女の率直すぎる意見に思わず苦笑が漏れる。 ﹂ ﹁確かに、他の国に比べると長いかもな。﹂ ﹁どんな改装だったの ﹁⋮ハァッ ろ、６１㎝ィ 大和だって４６ｃｍじゃないの !? !? 後艦橋下に大型弾薬庫を新設することで継戦能力の低下を抑えた。 対艦ミサイルＶＬＳとＡＳＲＯＣを２ユニットずつオミットし これを前後に２基６門搭載し、そのスペースを確保するために 磁気火薬複合加速式を採用し、威力は６５口径相当だ。 研究開発班が試算したらしい。ちなみに搭載した６１㎝砲は ﹁それぐらいなければ超兵器に有効打を与えられないと 事実上戦力として数えることが出来ていなかった。 実戦に投入されているモノは皆無と言って良く、 試製５１㎝連装砲も存在するが、試製とつくように試作段階の砲で 大和型戦艦に搭載されている４５口径４６ｃｍ三連装砲 ﹂ ﹁まず、２基の４１ｃｍ三連装砲を５５口径６１㎝三連装砲に換装した。﹂ ? 現在、大日本帝国海軍最強の艦砲は ?! 816 防御面に関しては防御重力場を交換したが、物理的な装甲の増加は見送られた。 それ って言うか、それで一番無難な案って⋮ にまで下がったな。﹂ ガスタービンも新型のモノを搭載したが、６１㎝砲は流石に重く 速力は６０ ﹁十分に高速艦だからね ! ﹁だった ﹂ 大量に詰め込んで７５口径相当の威力をたたき出す予定だった。﹂ この時に計画されていた６１㎝砲は新素材、新技術を ５５口径６１㎝砲の改良型を３基搭載する計画だったな。 試作機が出来ていたレーザー砲を搭載して ﹁たしか⋮対空火器を増設して、艦幅を増やして じゃあ、逆に一番きわどいのはなんだったのよ。﹂ ? ? それの改良型を３基作り、なおかつ艦体にまで手を加えるのは不可能だった。﹂ 只でさえ、５５口径６１㎝砲を製造するには時間がかかるのに ゲイルヴィムルに間に合わせるためには時間が無かった。 スキズブラズニルをもってしても、近く発動される予定だった欧州安定化作戦 ﹁ウィルキアの科学技術の粋を集めた自走ドック艦 一つ頷き、ほとんど泡の消えたビールの残りを流し込む ? ＳＴＡＧＥ─２６ 航跡 817 ﹂ なんで自走ドック艦でバカでかい主砲が作れんのよ ああ、そう言っ﹂ ﹁ちょい待ち。今製造って言わなかった ﹁主砲の事か ﹁おかしいでしょ バンとテーブルに手を叩きつけた為、コップが小さな音を立てた。 ﹁スキズブラズニルのコンセプトは移動する海軍工廠だからな。 でも、そんな奴らに張り付かれたら輸送なんてできないでしょ ﹂ ﹁ふつーに小国の海軍戦力と殴り合って完封できるような戦力よね⋮ 戦艦２、潜水艦８、仮装巡洋艦４を投入してきたからな。﹂ 一海峡の通商破壊のために駆逐艦３０、軽巡２、高速魚雷艇８ ﹁反則さなら帝国の物量の方が上だ。 ﹁頭抱えたくもなるわよ、バカ。何なのよその反則兵器。﹂ ﹂ 資材と燃料さえあれば一から戦艦を作れる。おい、なんで頭を抱えてるんだ !! ? いる ﹂ 実際、その輸送作戦はゲイルヴィムル作戦第２段階として、帝国への抵抗を続けて ホタカ。 僚艦の１隻でも居れば、あの輸送艦も沈められることは無かったんだが⋮。と嘆く ﹁だから僕が派遣されて、輸送艦隊の護衛ついでに殲滅してきた。﹂ ? ? ?! ? 818 ドイツ共和国を初めとする欧州に救援物資を送り届けるために、イギリスのプリマス から オランダのアムステルダムまで輸送船団を護衛するモノだった。 しかし近衛艦隊が保有する艦艇は少なく、イギリス艦隊も他の輸送ルートを防衛す るために 戦力を割かれ、ホタカが超兵器クラスの戦闘能力を保持していると考えた近衛司令部 より 単艦での任務遂行が命じられた。そして、近衛司令部の思惑通りの戦闘能力をホタカ は発揮し 取り逃がした駆逐艦１隻による沈み際の攻撃で沈んだ輸送艦一隻以外は 無事にアムステルダムへと到達することが出来ていた。 ﹁その後も、先日帝都で迎撃した超兵器爆撃機やハワイを強襲した強襲揚陸艦型超兵 器を沈め 北海に襲来した帝国大艦隊を撃退したが戦局は良くなく、イタリアが降伏した。 このままでは、帝国の地中海方面軍と欧州方面軍により挟撃される恐れがある。 それを防ぐため地中海解放作戦が発動された。 参加兵力は、僕達ウィルキア解放軍で出撃できる艦は全て、イギリス各管区や ＳＴＡＧＥ─２６ 航跡 819 アメリカ大西洋艦隊からも戦力を抽出し、地中海でも南フランス艦隊と合流する。 つまり対帝国同盟のほぼ全戦力が投入されることとなった。﹂ ﹁それって。﹂ ﹁ああ、失敗すれば対帝国同盟は 戦力のほぼすべてを失う諸刃の剣だが他に手は無かった。 あのままでは帝国の物量と超兵器によって殴殺されることは目に見えていたから な。 夜陰に乗じてプリマスから出撃した艦隊は、 ジブラルタル海峡を突破して地中海に突入していった。 艦橋でジブラルタル海峡の両側にそびえるヘラクレスの柱を、 ﹂ 艦長がダンテの記した地獄の門に例えていたのを覚えているよ。﹂ ﹁地獄の門 歩みを進めるしかなかったがね。﹂ とは言え、僕ら解放軍は手の内にあるちっぽけな希望に縋りついて ﹃この門をくぐる者、全ての希望を捨てよ。﹄と言う銘文で有名だな。 叙事詩﹃神曲﹄地獄篇第３歌に出てくる地獄への入り口だよ。 ﹁イタリアの詩人、ダンテ・アリギエ│リの作品の一つ。 ? 820 ﹂ 皮肉を交えてごまかしてはいるようだが、苦い感情を完璧に隠すことは出来なかっ た。 ﹁それで、どうなったの ﹂ ? 威力だけを見れば、戦略核よりも性質が悪いかもな。﹂ 文字通り消滅させるだけの威力を持っているらしい 少なくとも、１撃で多数の戦艦を含む艦隊を ﹁それならどれだけマシだったことか⋮ ﹁その新型爆弾って、トライデント 新型爆弾を起動させてね、味方の帝国軍もろとも此方の主力の１部が吹き飛んだ。﹂ アイーダの紅涙作戦を遂行していたんだが、紅海側で帝国軍が ﹁僕らは地中海側で地中海解放作戦の最終段階 突然、言葉を濁したホタカに瑞鶴が首を傾げた。 作戦自体は順調に進み、スエズ運河を解放したんだが⋮﹂ 捕虜とした大佐が何故か逃亡したりとハプニングはあったが 横須賀で艦長達を逃がした天城大佐の艦隊と戦闘をし ﹁途中、双胴戦艦型超兵器の襲撃を受けて沈みかけたり 傍らに置いてあった瓶から自分のグラスへ温くなり始めたビールを注ぐ。 ? ＳＴＡＧＥ─２６ 航跡 821 ﹁そんな⋮﹂ 絶句する少女に肩を竦めて見せる。 ﹁幸 い に も、そ の 新 型 爆 弾 は そ れ 以 後 使 わ れ る こ と は 無 か っ た。１ 発 し か 完 成 し な かったか もしくはそれ以上の使用を控えたか。それ以外の理由かは解らないがね。 なんにせよ、地中海作戦は一応の終結を見たが、僕にはその延長として 黒海基地襲撃が命令された。黒海基地は帝国の地中海方面艦隊を指揮している中 枢で ここを叩けば欧州での戦いが有利に進められるからな。 途中のボスポラス海峡で列車砲型超兵器の待ち伏せを受けたものの ﹂ 黒海基地の守備艦隊と基地施設の破壊自体には成功したが問題が起こった。﹂ ﹁退路を断たれたとか ドック艦を発見されれば、破壊するまで空襲が続くことは目に見えていたからな。 ひっきりなしに来襲する航空機からドック艦を守れる保証はない。 いくら僕がイージスシステムを搭載していたとしても 置いてきたんだ。黒海は陸に囲まれており、 ﹁半分正解だ。実は黒海基地を襲撃するにあたって足の遅い自走ドック艦は ? 822 そういう事で、ドック艦や補給物資を満載したタンカーも置いてきたが これが裏目に出た。超兵器戦、黒海基地襲撃と派手に主砲やミサイルを撃ったもの だから 弾薬庫の中が空になり攻撃能力を完全に喪失してしまったんだ。 悪いことに黒海艦隊の残存部隊に退路を断たれてしまい、撤退も出来なくなった。﹂ ﹁絶体絶命ってわけね。﹂ ﹁確かに、あの時は流石の艦長も諦めかけていたよ。しかし、 副長のヴェルナー中尉が有るポイントを指定したんだ。 なんで副長がそんなこと知っているの ﹂ そこは秘匿された帝国の弾薬集積所だった。﹂ ﹁え ? ﹁なっ それって ﹂ 本当の名前は、クラウス・ヴァイセンベルガー。﹂ それ以前に、彼の名はクラウス・ヴェルナーでは無かった。 ﹁彼は帝国のスパイだった。 不思議そうな視線。 ? ! もっとも、つい数か月前までは自分でも知らなかったようだがな。﹂ ﹁そう、彼の父親はクーデター首謀者、フリードリヒ・ヴァイセンベルガー大将。 ! ﹁でも、スパイならなんで敵に味方するようなことを⋮﹂ ﹂ ﹁解らなくなったのさ。﹂ ﹁解らなくなった ﹂ 集積所と沿岸砲台、包囲艦隊を殲滅して脱出に成功した。﹂ 陸戦隊を送り込んで必要な弾薬を搭載後、 沿岸部に備え付けられた砲台を強行突破して集積所に突入。 副長が指示した場所、半島の付け根には確かに弾薬集積所があり 艦長だけは信用し、艦の進路を変えた。 話を戻そう。その弾薬集積所の事を伝えられたクルーは当然半信半疑だったが 最終的には黒海基地襲撃前に自殺を図ったが、艦長がそれを阻止した。 今まで自分が抱いていた理想や信念が一気に崩れてしまったらしい。 味方事新型爆弾で吹き飛ばした帝国の凶行を目の当たりにして 殺られる前に殺る。そうすることでウィルキアを救おうとした、だが 欧米列強に祖国が食い尽くされてしまう前に、強力な力をもってして ﹁彼自身、ウィルキアの事を考えてスパイとして活動をしていた。 ホタカの言葉の意味が解らず、思わずおうむ返しに聞き返してしまう。 ? ﹁あんたって⋮強襲揚陸艦だっけ ? ＳＴＡＧＥ─２６ 航跡 823 824 ﹁確か北上に言われたことがあったな。﹂ パラオでの北上と同じような反応を返す少女に 思わず苦笑が漏れた。 ﹁とにもかくにも、地中海解放作戦は完了され。次に欧州大反攻作戦 メルセブルグが発動された。作戦の最終目標はキール軍港の制圧。 ここを抑えれば、欧州戦線での勝利を掴み取れる。 カテガット海峡を強行突破し、キール軍港の制圧を行った。 ﹂ 流石に帝国欧州方面軍の要だけあって簡単な作戦では無かったけどね。﹂ ﹁敵の戦力はどれぐらいだったの ⋮⋮⋮まさかとは思うけど、単艦で突っ込んでないでしょうね 鋭い金色の瞳からフイと目をそらす。 その様子を見た少女は、一瞬信じられないと言う顔をしたが その後に長い長いため息を履いた。 ﹁まあ、その、なんだ。解放軍も手が足りないのさ。﹂ ﹂ ? ﹁毎度毎度可笑しい物量ね。 重雷装巡洋艦１５、戦艦２８隻が防衛艦隊として出撃してきたな。﹂ ﹁たしか、キール軍港では駆逐艦６２、 ? ＳＴＡＧＥ─２６ 航跡 825 ﹁手が足りないと言うか、なんというか⋮他の味方は何やってたのよ﹂ ﹁キール軍港手前でカテガット海峡からの帝国軍の増援を食い止めていた。 キール軍港への突入組は僕以外にも居たんだが、突入前に敵艦隊の襲撃を受けて 僕以外全滅してしまったのさ。﹂ ﹁⋮⋮⋮﹂ 何でもない事の様に言い放つホタカだが、 その眼には哀しみの色が微かに見て取れた。 ﹁メルセブルグ作戦はほぼ成功したが、レーザーを主兵装に持った超兵器が キールに襲来。丁度キールで待機していた僕がこれを迎撃した。 この戦いで第２砲塔が完全に破壊されてしまったが ちょうどそのころ開発された大型のレーザー兵器を搭載することになった。 ついでにこのころには威力が低下して 使いどころが無くなり始めた対艦ミサイルＶＬＳを撤去して ﹂ チャフグレネードを代わりに搭載した。﹂ ﹁チャフって電探欺瞞紙でしょ ナノマシンも含まれていた。﹂ ﹁ああ。といってもアルミをフィルムに蒸着させたものだけでは無く ? 826 ﹁ナノマシン ﹂ ﹂ ? 呉を母港としていた超兵器も破壊。日本を解放した。﹂ その後、日本近海で君塚率いる日本艦隊を突破し、 放。 さらに太平洋機動部隊とハワイを防衛していた攻撃機型超兵器を撃墜、ハワイを解 途中、アメリカ西海岸の基地を攻撃していた航空戦艦型超兵器を撃破。 ﹁欧州での作戦を終えて、ウィルキア解放軍は再びパナマ運河を突破 性能の向上を手放しで喜べる神経を消し去っていた。 乾いた笑いをもらす。彼自身の内包する矛盾は、超兵器技術による ﹁そうだ。これでは、どちらが超兵器か解らないな。﹂ ﹁それも、超兵器技術 チャフグレネードを撃ちつづける必要があったのが玉に瑕だな。﹂ ナノマシン事態の動作時間は短く、その恩恵を受け続けるためには それをナノマシンが助長することによって照準を狂わせるんだが、 レーザーも荷電粒子砲も、大気や地球によって大きな干渉を受ける。 ミサイルはもちろんの事、レーザーや荷電粒子砲の照準すら狂わせた。 ﹁極小の機械だ、そのナノマシンは敵のレーダーや射撃指揮装置に干渉し ? ＳＴＡＧＥ─２６ 航跡 827 ヴォルケンクラッツァー ﹁呉を守っていた超兵器ってどんな奴だったの ﹁なにそれ ﹂ 波動砲を搭載していた。﹂ ﹂ ﹁摩 天 楼と言う超兵器だ。多数の大口径艦砲はもちろん ? ﹂ ? いまでも、あの時勝利できた理由が奇跡以外に説明できなかった。 正直、運が良かったとしか言いようがないよ。﹂ 超兵器は跡形も無く消し飛んだ。 波動砲の砲身に直撃、逆流したエネルギーに飲み込まれ 波動砲のチャージ中に運よく重力場を透過した砲弾が ﹁初めは強力すぎる防御重力場や大口径艦砲に苦戦したが ﹁そ、そんな奴どうやって倒したのよ あながちウソと言い切れないところが恐ろしい。﹂ 捕虜の話では理論上オーストラリア大陸を吹き飛ばすと言う事だ。 しかも、それほどの威力を持つ波動砲ですらまだ未完成らしい。 この砲を用いて四国を文字通り分断、呉から直接太平洋まで出てきた。 僕が居た時点では不明だった。しかし、ヴォルケンクラッツァーは ﹁正式名称は次元波動爆宿放射器と言うらしい。だが、詳しい原理は ? 828 逆に言えば、奇跡が起こらない限り倒せなかった兵器ともいえる。 ﹁日本を解放した後、僕は最後の改装を受けた。 改装個所は主に機関部。新型のガスタービンでも速度を保ちつつレーザー砲の運 用を 行うには少々力不足だったからな。 ﹂ そのころには実用化されていた核融合機関を搭載した。﹂ ﹁核融合 ﹂ ? になり、 ? 更に主砲もようやく製造された５５口径６１㎝三連装砲改を搭載し攻撃能力を強 出力は約２３３０００馬力、速力は７２ 高効率で運動エネルギーに変換できるタービンも同時に搭載された。その結果 ﹁そうだ。それと取り出した莫大な熱エネルギーを 質量とエネルギーは等価ってやつね。﹂ ﹁Ｅ＝ｍｃの２乗。Ｃは光の速度、ｍは質量、Ｅはエネルギー アインシュタインの特殊相対性理論は知っているな ヘリウムの方が軽い。この軽くなった分の重さはエネルギーに変わっている。 この時、元になった２つの三重水素とヘリウムの重さは等しくなく ﹁三重水素を高温高圧状態下に置き、原子核を核融合させヘリウムを生成する。 ? ＳＴＡＧＥ─２６ 航跡 829 化。 主砲が１基しかなかったから案外早く換装できたよ。 艦の改装終了後、ウィルキアへ進路を取った。クーデターから約１年 ようやく僕らは祖国へと帰ってきたが、 自分達 ここから先は内戦と形容するのが一番適当だろう。 祖国を救うためには文字通り近衛の戦力だけで戦うしかない。﹂ あの頃は、帝国も大きな痛手を受けて戦力をすり減らしてたが 近衛艦隊に比べると強大であることに変わりなかった。 ﹁手始めにシェルドハーフェンを攻撃し、反帝国のレジスタンスを決起させた。 それは良かったんだが、その決起が始まるまでに３０隻以上の艦船を沈めてしまっ てな。 何をいまさらと思うだろうが、同国人相手に砲弾を叩き込むのは やはり楽しい物では無かったよ。﹂ ほんの少し唇の端を吊り上げ、自虐的な笑みを浮かべる。 ﹁シェルドハーフェンでレジスタンスを決起させた後は、海上要塞型超兵器を撃破し ヴィルヘルムスハーフェンへと至った。そこでも帝国の超兵器が待ちかまえてい たんだが 830 ﹂ 今考えると、時間稼ぎの捨石だったんだろうな。﹂ ﹁捨て石って⋮超兵器でしょう ﹁波動砲ってヤツ ﹂ それ以上に性質の悪い兵器も搭載していた。﹂ 艦名はリヴァイアサン。トライデントや拡散荷電粒子砲等武装も強力だったが ﹁ヴィルヘルムスハーフェンで迎撃してきた超兵器は航空戦艦型だった。 ? ﹁海岸線上の都市 ﹁そう、津波だ。﹂ ⋮って まさか ﹂ ! 津波の波長はその数倍にも達し、それはまさしく海そのものが移動していると言って 津波はただの大きな波ではない。海の平均水深は約３８００ｍであるが それも、波高が数十ｍにまで到達するものだ。﹂ 巨大なエネルギーを投入し文字通りの津波を発生させる装置らしい。 ﹁同乗していた技術将校の話では、海水の存在する空間に やけに耳に響いた。 沈黙。いつもは聞き流している鎮守府前の海鳴りが ! 海岸線上の都市を一度に吹き飛ばすには範囲が及ばないな。﹂ ﹁確かに波動砲も強力だが、 ? ? ＳＴＡＧＥ─２６ 航跡 831 いい。 深度が大きい外洋では、波高は大きくはない物のその速度は水深４０００ｍで７２０ ｋｍに達する。 そして、陸地に接近し深度が小さくなると、それまで海中を進んでいた 水塊が上へと押し上げられ巨大な波を作り出す。 このころになると速度はかなり落ちてはいるが それでも、人の脚で逃げられる速度では無く。陸上に叩きつけられた水塊は そのエネルギーを解放し、立ちふさがる家屋を根こそぎ叩き潰しつつ進んでいき、 瓦礫を含んだ津波はその破壊力を拡大させる。津波が押し寄せた後、海へと戻ってい く 引き波の場合、陸地に押し上げられた大量の海水が重力によって加速されるため 海水が陸地へ襲い掛かる押し波の時にびくともしなかった建造物が、引き波時に 簡単に崩壊する事は珍しい事ではない。しかも、津波は１度だけでは無く何度も襲来 する。 例え波高が２ｍ程度であっても、人を殺すには十分すぎる破壊力を持つ津波、 それが数十ｍクラスのモノになれば、生じる被害は想像に難くない。 ﹁幸いにも、彼の超兵器はその兵器を使わなかった。 832 ・・・・・・ ﹂ いや、使えなかったと言った方が正しいだろう。﹂ ﹁どういう事よ 奴の逃亡を許してしまった。﹂ ﹁でも、逃亡したとしても、超兵器なら追尾できるんじゃないの ? しかし、僕らは結局ヴァイセンベルガーの計画に乗ってしまい、 荷電粒子砲の出力もキールのレーザー戦艦よりより貧弱だったように思える。 回避や迎撃はおざなりだった。おそらく、あの超兵器は未完成品だったのだろう しかも、ヤツは自動で操縦されていたらしく攻撃は苛烈だが、 所詮大量破壊兵器、使いどころは限られるよ。 ころだ。 どうなるか解らないからな。外洋にいたとしても艦船に効果があるかは微妙なと そんなところで津波を引き起こすほどのエネルギーを解放したら い シュヴァンブルグは大型船が入港できるような場所だが水深は外洋に比べれば浅 その間に逃走用超兵器の起動を行っていた。 シュヴァンブルグ港近辺で僕らを迎撃させ ﹁ヴァイセンベルガーはリヴァイアサンを捨て石にし、 ? ＳＴＡＧＥ─２６ 航跡 833 超兵器ノイズを追って行けばいいじゃない。﹂ 彼女のいう事ももっともで、事実シュルツは超兵器機関の発するノイズを頼りに ヴァイセンベルガーの追跡を行った。 ﹁君の言う通り、超兵器ノイズを追って北極海にまで進出し ﹂ そこで究極超兵器を発見した。﹂ ﹁究極超兵器 ﹁え なんで ﹂ ﹁そいつの話は、また今度にしよう。﹂ ﹁大いなる冬⋮か。﹂ だ。﹂ 古代ノルド語でフィンブルは大いなる、ノルウェー語でヴィンテルは冬と言う意味 ﹁ヴァイセンベルガーはフィンブルヴィンテルと呼んでいたな。 ? ? その究極超兵器との戦いが彼の最後の戦いだったことは想像できる。 パラオから脱出する時に言っていたことを彼女は覚えていた為 瑞鶴は更に聞く気にはなれず、会話を切る。彼が実際に戦ったのは１年と ﹁そう。﹂ ﹁正直、奴の事を話すのは個人的に好かない。﹂ ? 834 ﹂ 自分が沈んだ戦闘を他人に話すのは彼女自身好きでは無かったし、 人 それを他人に強要することはもっと嫌だった。 ﹂ ﹁あのさ、ホタカ。﹂ ﹁なんだ 一 ﹁アンタって、もしかしてずっと単艦で戦ってたの 以上だからな、艦隊を組める艦が他に居ない ? 呪われた力に近いだろうな。 確かに強いだろうが、誇れるものでは決してない。血と硝煙に塗れたある種の それをまたこの別の世界で深海棲艦や再び現れた超兵器へ向かって振るっている。 の力、 ││││強い、ね。敵を殺し同国人を殺し超兵器を殺しつづけた末に手に入れたこ 瑞鶴の素直な言葉に彼は何も言わなかった。何も言えなかった。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮アンタが強い理由、解った気がするわね。﹂ その結論は当たっていたがね。﹂ ならばいっその事、単艦で運用した方が性能を殺さずに済むと結論付けた。 何せ巡航速度が４０ ﹁まあな、近衛艦隊でも僕の扱いにはいろいろと苦慮したらしい。 ? ? ＳＴＡＧＥ─２６ 航跡 835 彼の中に渦巻く感情。照れや誇らしさとは真逆の、憎悪や自己嫌悪と言われるもの だった。 ホタカと言う艦息は表面上は知的、かつ冷静な印象を受ける青年であったが、 心の奥底にはおどろおどろしい物を飼っている。 世界中を巻き込んだ狂った闘争、その当事者が完全に真面でいられるほど現実は甘く なかった。 とは言え、彼も自分の内に秘める狂気を表に出さない術は身に着けていたが⋮ アルコール 食堂から帰り、自分の部屋のベッドに寝転がる。 右手の甲を額に乗せると、 酒 精で体が火照っていることがよく解った。 既に風呂には入っていたし、明日は特に予定はない。 思い出されるのは、やはり彼のたどってきた航跡だった。 たった一隻で、祖国のために戦いに明け暮れていた戦艦。 直接的に言っていたわけではないが、彼が常に激戦区の鉄火場にその身を置き 地獄のような戦場へ躊躇なく突っ込んで行った事は想像に難くない。 836 それを考えてみると、今までの無謀とも思える彼の行動が理解できるような気がし た。 自分たちにとっては強大と思える敵も、彼にとってみれば雑魚も良い所なのだろ う。 │││││いつも一人で戦ってきたからこそ、超兵器を相手に一人で立ち向かうこと が出来る。 ゴロリ、と寝返りをうつと月明かりに照らされた自室が視界に飛び込んでくる。 │││││でも、だからと言ってアイツ一人に任せるわけには行かない。 微かに耳に届く波の音にしばらく耳をすます。 │││││力が、欲しい。 ふと、そんな考えが頭に浮かぶ。 │││││アイツと肩を並べることは無理だろうけど、せめて足手まといにならない だけの 力が欲しい。そうすればアイツも、もう少し楽を出来る。せっかく艦息として こうやって生きているのだから、戦いだけに殺し合いだけに没頭するべきじゃない。 そこまで考えて、自虐的な笑みが浮かんでしまう。 │││││駄目ね、酔ってる。飲み過ぎたかな ? ＳＴＡＧＥ─２６ 航跡 837 考えてみれば、自分の姉すら守れないアタシに、 アイツを手助けできるようになるわけなんてない。 アイツの事、何度も助けられておきながらさっきまで全然知らなかったくせに、 理解したような気になってる。まったく、何様のつもりよ⋮ 寝返りをうつと、自分の部屋の板張りの壁。 静かな波の音と、アルコールの所為か急速に眠気が襲ってきた。 │││││でも⋮アイツが、ホタカが⋮この世界で小さくても 安らぎを感じられるように、祈ること位は⋮いいよね ＥＤ ﹁ＯＮＥ ＯＫ ＬＯＣＫ 〟アンサイズニア〟﹂ 艦息として、人としての幸せを得られるように祈らずにはいられなかった。 その生涯に安寧の２文字は存在しなかったが、せめてこの世界では 斯くして少女は、異世界の鉄火場を駆け抜けた戦闘艦の短くも激しい生涯を知る。 ? ﹁本艦の有する航空戦力により殲滅する。ですね ﹁そうだ。特に問題がないようなら出発する。 第一艦隊出撃せよ。﹂ ﹁了解、出撃します。両舷前進微速。﹂ ﹂ 艦息が宣言すると同時に、足元に響く駆動音が若干大きくなり ? もし敵艦隊と遭遇した場合は。﹂ 今回の任務はソロン要塞近辺海域を航空機を用いて索敵することだ。 ﹁ムスペルヘイム、解っているとは思うがもう一度確認させてくれ 艦娘や艦息特有の閑散とした風景が広がっていた。 他の航海要員も居ない。 艦橋横のウィングや、艦橋の最前列で警戒に当たる見張り員や ムスペルヘイムの広い艦橋には、艦息と筆木中将、そして森原中佐が居るだけで 振り返り報告すると、艦長席に腰かけた中将が頷く。 ﹁提督、出港準備が整いました。﹂ ＳＴＡＧＥ│２７ 海域支配戦闘艦 838 ＳＴＡＧＥ─２７ 海域支配戦闘艦 839 島の様な三胴艦が３つの艦首で太平洋の海水を切り裂きながら ゆっくりと前進を始める。 Ｆ／Ａ│１８ ホーネット その巨体に付き添う艦は居なかったが、広大な飛行甲板に 鋼 鉄 の 雀 蜂を満載した姿は、海の覇者にふさわしい物だった。 その海の覇者の意志である艦息ムスペルヘイムは 紅い瞳で大洋を望みながら 数日前に司令官執務室で交わされた会話を思い返していた。 ﹁本日付でソロン南方要塞に配属となりましたムスペルヘイムです 宜しくお願いします。﹂ 重厚な机の向こう側で、恰幅の良い海軍将校が答礼する。 しかし、本人の顔立ちの所為かそれとも性格の所為か 威厳と言う物はカケラほども感じられなかった。 ﹁初めましてムスペルヘイム。私はソロン南方要塞司令官 筆木正志海軍中将だ。よろしく頼む。 君にはソロン要塞の旗艦になってもらおうと考えている。﹂ 840 ﹁旗艦、ですか ﹂ ﹁と、良いますと ﹂ こればかりは仕方がない。﹂ ﹁い、いや、君がそんな顔をするのも解るが ムスペルヘイムの怪訝そうな顔に気づいたのか、筆木が小さく苦笑した 異例と言う範疇には収まりきらないだろう。 まだ味方として完全に信頼していない自分をいきなり旗艦にするのは 妙な話だ、今まで超兵器と敵対していた帝国海軍が ? タウイタウイやトラック、ソロモンへの進出により ﹁以前はソロン鎮守府と言うのがあったらしいが、 要塞であっても敵の脅威にはなりえない。 人のみで作った火器が通用しない深海棲艦が相手では、大口径艦砲を装備した しかし、それは相手が人間だった場合に言えることであり、 それを考えれば、要塞に海上戦力は必ずしも必要ではない様に思える。 ソロン要塞は大口径艦砲を備える沿岸要塞に分類されるものだった。 若干頬をひくつかせる。要塞とは外敵から拠点を守る構築物であり ﹁実を言うとこのソロン南方要塞には艦娘が居ないんだよ。﹂ ? ＳＴＡＧＥ─２７ 海域支配戦闘艦 841 艦隊戦力が移されて、今あるのは旧式化した要塞砲と必要最低限の軍港設備だけ だ。 まあ、流石に要塞司令部は地下に新設されていたが。﹂ ﹁なるほど。艦が１隻しかいなければ、旗艦にするほかありませんな。﹂ ﹁１隻では艦隊と言えないけどね。さて、ムスペルヘイム。 着任早々悪いがソロン要塞近辺の哨戒を頼みたい。﹂ ﹁了解しました。ただちに艦載機の哨戒スケジュールを立案します。﹂ ﹁それも頼みたいが出撃準備も頼むよ。﹂ ﹁Ｅ│２Ｃを使えば、私が動くまでもないように思えますが。﹂ Ｅ│２Ｃは戦場にミサイルが出現し早期索敵の必要性が激増、 ロー ト・ ドー ム また航空機自体の性能向上の為戦争後期に開発量産された艦上早期警戒機だった。 特徴として、機体背部に巨大なレーダーを搭載するほか 対潜水艦用の磁気探知機も搭載し、対空・対潜哨戒を可能としていた。 しかし、双発のプロペラ機であるが故に機動性はジェット機と比べるまでも無く 武装も潜水艦を攻撃するための航空爆雷Ⅲ型と対潜ミサイルⅢ型のみの装備であり 航空目標からの防御は僚機に頼りきりとなっていた。 さらに、磁気探知機を使用する場合は超低空まで降下する必要があるが 842 この時、対空警戒を行うことは出来なかった。 超低空では地球の自体が邪魔になり、レーダー波が遠くまで届かず 強力なレーダー性能を生かすことが出来ない。 逆に高空で対空警戒を行っている時に磁気探知機は使えなかった。 機能を統合することで製造する機首を減らし量産性向上を見込んだ ウィルキア帝国技術陣だったが、機能を統合したことによって 整備性、機動性が単一機能で製造した場合よりも結果的に劣ってしまい。 パイロットからの受けはあまりよくなかった。 しかし、早期警戒機と制空戦闘機の組み合わせは艦隊防空に大きな戦果を挙げ Ｅ│２Ｃパイロット以外の戦闘機パイロットの評価は軒並み高い物だった。 ホタカはムスペルヘイムがこの機体を配備していることを知らない。 もちろん、ムスペルヘイムを撃沈した戦闘の直前にレーダーに映った Ｅ│２Ｃを撃墜してはいたが、ムスペルヘイムから出撃したモノかどうかは定かでは 無く。 近くに護衛空母が居た事から、そこからの機だとシュルツらは考えていた。 その為、ホタカのデータベースに ムスペルヘイムの艦載機としてＥ│２Ｃが登録されることはなかったのである。 ＳＴＡＧＥ─２７ 海域支配戦闘艦 843 これと同じように、ホタカとの直接戦闘で使われなかった為 データベースに登録されなかった航空機が幾つもある。 こ 我々 ﹂ 鎮守府に着任した超兵器の至極もっともな意見に、筆木は肩を竦めた。 ﹁確かにそうだが、帝国海軍はキミの力を知らなければならない。 ﹂ 今の所、君をどう扱えばいいかわからないからね。﹂ ﹁つまり、実力を示せ。と言う事でしょうか ﹁そう受け取ってもらって構わない。出撃には私も同行する。﹂ ﹁要塞司令官が自分の城を離れるのはいかがなものかと思いますが 艦息からの苦言に、筆木は困ったように小さく笑った。 こ ﹁それなら心配いらん。私は通信機一つ動かせない無能だからな。 │││││要塞司令がそれでいいのか ソロン要塞に居ても、椅子でふんぞり返っているぐらいしかやることが無い。﹂ ? ? とりあえずそう納得しておく。 │││││無能ではあるが、卑怯者ではない。と言う事かもな。 道案内を買って出た中佐から聞いたことを思い出す。 帝都の本営から彼の元へ自発的に移った者たちと言う事を森原とは別の そんな事を頭の片隅で考えるが、ソロン要塞に筆木と共に着任した軍人たちは ? 844 ﹁それと、森原中佐は今回の哨戒を終えたのち本国へ帰国することになっているが 科学者と特警はもうしばらく業務を続けてもらうそうだ。 まあ、仕事の邪魔にはならないと思うよ。﹂ ﹁提督、偵察機と直掩機を発艦させます。﹂ ﹁まかせる。﹂ ソロン要塞へ着任後、森原中佐はムスペルヘイムの指揮の任を解かれ 現在は筆木が執っていたが、本人には積極的に指揮をしようとする気は サラサラなく。ムスペルヘイムに殆ど一任されているのが現状だった。 空母艦娘達の艦載機の発進方法は幾つかの種類に分かれる。 一つは瑞鶴や加賀、瑞鳳等が行っている弓と矢を使う方式で 主に大型の正規空母艦娘、一部の軽空母艦娘が使用している。 二つ目は特殊な紙等により式神の形で発刊させる方式 これは龍驤や飛鷹等の軽空母娘が主に使用している。 三つ目は航空機のミニチュアを、艦娘と艦体をつなぐ ＳＴＡＧＥ─２７ 海域支配戦闘艦 845 インターフェースの役割を持つ艤装│││伊勢が手に持つ主砲や瑞鶴の脚部装置等 │││に 設けられたカタパルト、または飛行甲板から発艦させる方式で 主に水上機母艦や、水上機を運用する大型艦娘が使用している。 なお、ホタカの開発したブラックホークやムスペルヘイムの持つジェット機等は 矢型、紙型、ミニチュア型に変換することが出来ない。その為、艦載機を矢などに 変換して浮いた格納庫のスペースを弾薬などに充てている現状の艦娘では 巨大化した近代艦上機を搭載すると、格納庫が圧迫され数を乗せることが出来ない。 また、矢の分裂による搭載機数の増加も行えない為 格納庫の搭載機数＝その艦娘が発艦させることのできる機数となってしまい、 空母艦娘の利点である発艦時間の短縮、格納庫縮小による継戦能力の向上 予備の矢︵無人機︶を大量に持ち込むことにより 航空戦の消耗の影響を減らす│││一度に繰り出せる艦載機の数は艦娘の元になっ た艦の 最大搭載機と同じだが、飛ばさない分には、矢、ミニチュア状態の艦載機を 搭載機数以上に持ち込むことは可能│││と言う強みが失われてしまう。 もっとも、それほど大量に運用できるほどジェット機が揃っていないため 846 この問題が浮上するのはもう少し先の事ではあるが⋮ 閑話休題 ムスペルヘイムの第１飛行甲板│││左舷側空母構造体最上甲板│││に２機の 早期警戒機が エレベーターにより運ばれてくる。 両翼下に装備された２発の対潜ミサイルからは赤いセーフティピンは ホー ク ア イ 既に抜かれており、機首の降着輪には平べったいスポッティングドーリーが取り付き 艦上機の中でも一際大型なＥ│２Ｃを離陸位置にまで引っ張っていく。 甲板の先端まで持っていくと、 スポッティングドーリ│は甲板に２基装備された電磁カタパルトの 片方のシャトルに降着輪を噛み合わせるとそそくさと退散していくく。 その間にＥ│２Ｃは主翼を展開、２基のターボプロップエンジンをスタートさせた。 ﹁偵察隊、発艦始め。﹂ ムスペルヘイムが呟くように宣言すると、電磁力によりシャトルが加速され それに固定されたＥ│２Ｃが引っ張られ海上に放り出される。 カタパルトと全開にしたエンジン、 艦本体による合成風力により飛行に必要な対気速度を得た ＳＴＡＧＥ─２７ 海域支配戦闘艦 847 ２機のホークアイはそれぞれ別の方角へ飛び去っていく。 その後を追うようにして第２甲板│││左舷側空母構造体第２飛行甲板│││と エスコート 第４飛行甲板│││右舷側空母構造体第２飛行甲板│││から次々飛び出したホー ネット８機が ２手に分かれ、先ほど飛び立った偵察機の護 衛につく。 ≪Ｓｅｉｒｉｏｓ│０１ ｔａｋｅ ｏｆｆ≫ ≪Ｓｅｉｒｉｏｓ│０２ ｔａｋｅ ｏｆｆ≫ ≪Ｃａｐｅｌｌａ│０１ ｔａｋｅ ｏｆｆ≫ ムスペルヘイムの意識の中にはこのような形で各機体の行動ログが 送られてくる。彼が本気になり９００機以上を管制したり激しいドッグファイトの 時には膨大な量のデータログが送られてくるが、それを全てさばき切る能力を 彼は有していた。 ちなみに、Ｓｅｉｒｉｏｓがホークアイ部隊、 Ｃａｐｅｌｌａが片方のホークアイを護衛するために飛び立った飛行隊である。 その後、第２，４甲板から上空直掩として１２機のホーネットが付いた。 これらのホーネットには誘導爆弾の代わりに短距離対空ミサイルを搭載し、 対空戦闘能力を高めている。標準的な装備は短距離ミサイル２発、 848 ８００ポンド誘導爆弾４発だが、現在は短距離対空ミサイルを６発携行している。 ﹁偵察隊、直掩隊発艦完了。提督、ＣＩＣに降りることをお勧めします。 あちらの方が艦載機からの情報を処理しやすいでしょう。﹂ ﹂ ﹁そうさせてもらおうか。案内を頼むよ。 森原中佐、君はどうする ﹁お供します。﹂ そこに人がいるかのように自らの役割をこなし続けていた。 誰も居なくなった艦橋だが、レーダーや航海計器は ２人の将校を連れ立った艦息が艦橋を後にする。 ? ＳＴＡＧＥ─２７ 海域支配戦闘艦 849 ＣＩＣに降りてからどれ程の時間がたっただろうか。 筆木中将にＣＩＣ内部のコンソールやモニターを説明しつくしたのは もうだいぶ前の事で、それからは時折世間話や直掩機の交代を行う以外 送られてくるデータログを解析していたのだが、敵影は見えない。 ﹁やはり、場所が場所だから敵は居そうにないね。﹂ 若干退屈そうな顔の筆木が小さくぼやいた。 ﹁侵攻作戦ではありませんから、敵が居ない事に越したことは無いでしょう。﹂ ﹁まあ、それはそうなんだが。航空機の燃料だって無料じゃないんだよ。﹂ そういえば、ソロン要塞には艦娘に補給するための物資が十分無い事を 目の前の中将から教わっていたことを思いだす。考えてみれば当然のことで 艦娘が居ないのに潤沢な補給物資を後方の要塞に置いておけるほど 帝国に余裕はない。 ﹂ ﹁確かに。しかし、だからと言って偵察機を呼び戻すわけにもいかんでしょう。 任務ですから。⋮ 付近の海図から対空レーダー画面に切り替わる。左端にはｓｅｉｒｉｏｓ│０２と が ムスペルヘイムが何かに気付いたと同時に、ＣＩＣの中の多目的スクリーンの一つ ! 850 表示されていた。 ﹁方位０│９│３、本艦からの距離６７０ｋｍ。高度２３００、速度３４０ｋｍ／ｈ、 機数４０。 方位３│３│１へ進行中。提督、この付近で作戦行動をしている艦隊は有りますか ﹂ ﹁とすると深海棲艦の可能性が高いですが⋮ ? 不明艦発見の報を受ける。方角は進路上。 艦載機の出撃を具申しようとした時。直掩機から ﹁なるほど。では⋮﹂ 深海棲艦に狙われればひとたまりもない。﹂ 何せ、彼女達は敵性海域の真ん中に単艦で出現する。 しかし、よほどの幸運が無ければ保護するのは難しいだろう。 ﹁艦娘だろう。艦娘は建造する以外にも海域で保護して配備することもある いったいどこに攻撃を仕掛けているのでしょうか ﹂ ﹁今日その海域にはどこの鎮守府も艦隊を出していないはずだ。﹂ 情報の正確さに面喰うが直ぐに首を横にふった。 筆木は発見された不明編隊の距離の大きさと ? ＳＴＡＧＥ─２７ 海域支配戦闘艦 851 すぐさま、その不明艦を発見した編隊の内１機を降下させて ガンカメラの映像を母艦へ送らせる。モニターに映ったのは、中心の ﹂ ﹂ カタパルト付近から黒煙を吹き出しつつ前進を続ける一隻の重巡洋艦だった。 ﹁これは⋮古鷹型、か ﹁どうやら加古のようだね。回線を開けるか ﹁向こうの通信機がイカレていなければ⋮﹂ ﹄ いや、でもこんな機体見た事無いし。っていうか 古鷹が大変なんだよ ! ﹃み、味方 反応はすぐに帰ってきた。 ﹁こちら日本帝国海軍、ムスペルヘイム。加古応答せよ。﹂ 手近なところにあるマイクを握り、回線を開く操作をする。 ? ? ﹃ ﹄ ﹁狼狽えるなッ ﹂ 深呼吸するように深く息を吸う。 こういう時、ムスペルヘイムは如何するべきか彼の艦長から学んでいた。 帰ってきた声は大分慌てているようで不明瞭な情報しか入って来ない。 古鷹が ! ?! ! この手に限る。 !? 852 突然の怒声に機関銃のように捲し立てていた加古の声がピタッと止まった。 ﹁怒鳴って悪かった。古鷹が不味い状況になったのはよく解ったから 何がどういう状態なのか教えてくれ。﹂ ﹃あ、ああ。﹄ 加古の話によると、艦娘として目覚めた後同じように目覚めた古鷹と 再開するものの、深海棲艦の艦載機の攻撃によって僚艦とも損傷を受け 空襲の合間に固まったままで全滅するのを避け、救援を呼ぶため二手に分かれ 加古は西へ、古鷹は北北西へ舵を切ったらしい。 なあ ?! ﹁と、いう事は。先の編隊は古鷹へ向かったものと言う事か。﹂ ﹄ 早く艦載機使って古鷹を助けてくれよ 何でもするから ! そ、それってもう攻撃されてるかもしれないってことか 直に航空隊は叩き潰せるよ。﹂ ﹁い、何時の間に⋮﹂ 驚いたような筆木の声が後ろから聞こえる。 ﹁緊急性の高い案件と判断しましたので ! ﹃え 頼むよ ! アンタ空母だろ アイツ大破してるんだ ! ﹁いったん落ち着け。救援隊なら既に発艦させてある。 ! ?! !? ＳＴＡＧＥ─２７ 海域支配戦闘艦 853 ホー ネッ ト スクランブル 事後報告となってしまいましたが、既に Ｆ／Ａ│１８１個飛行中隊１２機を緊急発進させました。 それと敵航空機を発艦させた母集団の捜索の為、 上空直掩についていた３個飛行小隊の内、２個飛行小隊を 索敵の為に前進させてあります。 空いた穴には零戦２２型を１個飛行中隊１２機を発艦させ補填 さらに、誘導爆弾装備のハリアー４個飛行中隊４８機と 護衛のホーネット２個飛行中隊２４機の出撃準備を整えました。 母集団の発見後、直ちに発艦させ敵戦力の撃滅を行います。 なお、敵戦力が想定よりも強大だった場合はアパッチ飛行中隊を随伴させ 遠距離からの対艦ミサイル攻撃も考えてはおりますが 何しろ戦線の内側です。先ほどの艦載機数からみて、 航空戦力は軽空母が２隻程度か正規空母１隻と思われます。﹂ 自分の知らないうちに、そこまでの準備が完了されていたことに筆木は軽く戦慄す る。 指揮権を事実上彼に預けたのは自分だったが、少ない情報から迅速に判断を下し 実行に移していく姿は鮮やかと言うほかなかった。しかし、一つ引っかかることが 854 あった。 ﹁し、しかし、ムスペルヘイム。確か古鷹に向かっているとみられる敵編隊は４０機 だったな と続けることは出来なかった。 ? ﹂ ? 息切れするような高空を時速６００ｋｍを軽く超える速度で進撃していた。 彼らに下された使命を全うするため、この時代のレシプロ機では 上空８０００ｍを３つのダイアモンドを組んで飛行する鋼鉄の雀蜂は 筆木は背中に冷たい物が流れるような錯覚を覚えた。 ﹁それで十分だと思われますが 目の前の艦息がゾッとするような笑みを浮かべたからだった。 超兵器 不利じゃないかね その迎撃にたった１２機の戦闘爆撃機では⋮﹂ ? ＳＴＡＧＥ─２７ 海域支配戦闘艦 855 すでに目標はレーダー画面に映っている。 護衛目標の古鷹が敵編隊を視認できる範囲に 収まってしまっていたが、このままの速度、針路を維持すると 敵編隊が攻撃を開始する前に、ちょうど後ろ上方から攻撃を仕掛けられる見込みだっ た。 基本的にこれらの機体は、全てムスペルヘイムが管制しているが 戦闘中は戦闘機に搭載されたＡＩが判断することが多く、 艦息の主な役割はそれらの手綱を握り任意の場所まで誘導してやることだった。 もちろん、航空機の全操作をムスペルヘイムが操作することも可能だが それをやらなくても、艦載機はエースパイロット並の実力を発揮するＡＩを 持つため、彼はフルオートで飛び回らせることにしていた。 攻撃開始。その命令が各機に伝達されると、救援隊として派遣された 第１０１ｓｔ戦術飛行戦隊、通称Ｍｏｂｉｕｓ隊はすぐさま攻撃に移る ︽Ｍｏｂｉｕｓ│０１ ｅｎｇａｇｅ︾ そのログを残して先頭を飛んでいたホーネットがアフターバーナーを煌めかせて 無防備に背中を晒している敵編隊へ突入を開始すると、他の戦隊機も 先を争うかのように〟ｅｎｇａｇｅ〟のログを発信して突入していく。 856 例え戦隊機２４機が全機揃っていなくとも、臆することなく立ち向かっていく。 そもそも、操縦はコンピューターであるから恐怖と言う感情とは無縁だが⋮ 敵部隊も轟音を上げて突入してくる１２機のホーネットに気づいたのか 編隊から一部の機体が離脱し、翼を翻して攻撃態勢に入る。 しかし、何もかもが遅すぎた。 ︽Ｍｏｂｉｕｓ│０１ ＦＯＸ２︾ ︽Ｍｏｂｉｕｓ│０２ ＦＯＸ２︾ ︽Ｍｏｂｉｕｓ│０３ ＦＯＸ２︾ ︽Ｍｏｂｉｕｓ│０４ ＦＯＸ２︾ 誰も載っていない操縦席のパネルにＦＯＸ２の文字が躍り 先頭に立っていた４機のホーネットから合計８発の短距離ミサイルが発射される。 どうやら深海棲艦の艦載機も熱を放っているようで、放たれた短距離ミサイルは 薄い白煙を引きつつ監視秋から放たれる赤外線を追尾し突入していく。 手始めに狙われたのは一番早く迎撃体制へ移ろうとしていた戦闘機８機。 真面な回避機動を取る前に爆散する。 後に続いた戦隊機もそれぞれミサイルを放ち、戦闘開始１分で 深海棲艦の護衛戦闘機１２機はあえなく空に散っていく。 ＳＴＡＧＥ─２７ 海域支配戦闘艦 857 こうなってしまえば、鈍重な攻撃隊が逃げられる術は何処にもない。 一度敵編隊を追い抜いたＭｏｂｉｕｓ隊は、そこで編隊を解き２機一組の分隊に分 かれ 空中格闘戦に持ち込んでいく。Ｍｏｂｉｕｓ│０１は翼を翻してアフターバーナー に点火、再突入。 Ｍｏｂｉｕｓ│０２がその掩護に回った。目標は敵編隊右翼雷撃機。ヘッドオン。 敵雷撃機が２０ｍｍ相当の対空機関砲を発射するが左方向へ素早くロールし 火箭を交わしつつ、こちらも対空機関砲で攻撃。１秒も無い射撃で 数十発の２０ｍｍ機関砲弾がバルカンから放たれ、敵機の銀色の機体に無数の穴を穿 つ。 ハチの巣にされた雷撃機が爆散するのをガンカメラの端にとらえつつ、 先ほど攻撃した雷撃機の背後で、射線から逃れるために 機首下げをしようとしていた爆撃機型の背中にも行きがけの駄賃とばかりに バルカンを叩き込む。機首上げ上昇、インメルマンターン。 高度を稼ぐと、再度半ロール、急降下。 僚機の背後に食らいつこうとしていた爆撃機型へ突入する。 Ｍｏｂｉｕｓ│０１に狙われたことを悟った敵機は、味方への追撃を諦め 858 左方向へ旋回上昇し逃れようとする。しかし最高速度が控えめな分、 低速域の機動性に優れたホーネットとそれを完璧に操るＡＩの前では無駄な足掻き だった。 一時的に１０Ｇを超える急旋回を行い、機首を強引に敵機に向けると同時に射撃 真横から機銃弾のシャワーを浴びた機体は彼方此方から赤い火花と黒煙を吹き出し 錐もみしながら落下していく。 次の攻撃に移ろうとしたところで、最後の雷撃機を僚機が撃墜 敵戦力を殲滅を確認したＭｏｂｉｕｓ隊が再び４つのダイアモンドを構成するが、 すぐに１機が分離する。その機は、バンクを振りながら出来るだけ速度を落として 大破状態の古鷹の上空をフライパスし、味方であることをアピール。 ﹄ 幸い、大破状態の重巡洋艦から対空砲火が打ち上げられることは無かった。 ﹁敵航空戦力の撃滅を確認。﹂ も、もう叩きおとしたのか ﹁早い。﹂ ﹃え ? ﹁ああ、１機残らずな。それと古鷹は大破しているようだがまだ沈んでいない。 ? ＳＴＡＧＥ─２７ 海域支配戦闘艦 859 安心しろ。﹂ 通信機の向こうから加古の安堵した様な声が聞こえる。 ﹁提督、敵母集団の所在を偵察に出したホーネットが掴んだようです。 攻撃隊出動許可を。﹂ ﹁許可する。﹂ ﹁了解、第１次攻撃隊発艦を開始せよ。﹂ 第２甲板では対空ミサイルと誘導爆弾を混載した 護衛役のホーネットが出撃準備を整えていた。 緊急発電機をテスト。データリンク・パワーディスプレイ・コントロールをオン ＨＵＤ作動。フライトコントロールチェック。 ディスプレイ、エアフライト・コンピューターをチェック。 各種点検を終え、カタパルトまで前進。 合成風力による突風が真正面から叩きつけられる。 ミリタリー キャノピーロック確認。ジェット・ブラスト・ディフレクター展開確認。 スロットルをＭＩＬへ、発艦開始。 フ ラ イ ト 電磁力によって急加速され飛行甲板から飛び立つ ギア│ＵＰ。フラップ│ＵＰ。油圧系統をＦＬＴへ。 860 非飛行系統への油圧システムがカットされる。 左方向旋回上昇、後続の発艦を待つ。第１、第３飛行甲板からはハリアーが短距離 離陸中。 エンジンからの噴気を用いて極々短距離で次々と発艦していく。 ムスペルヘイムに搭載されているハリアーとホーネットはどちらもマルチロール 機として 運用できるが、ホーネットは戦闘機より、ハリアーは攻撃機よりの性質を持っている ため こういった場合にはハリアーが艦船攻撃を担当、ホーネットが護衛を引き受けつつ 隙あらば攻撃に加わることが多かった。実際、この護衛役のホーネットも２発の誘導 爆弾を 搭載している。ムスペルヘイムの合計４枚の飛行甲板からは次々と航空機が吐き出 されていき 発艦した機はすぐにダイアモンド編隊を組んで攻撃隊の発艦完了まで待機する。 最後のハリアーが蒼空に駆け上がるのと同時に、合計７２機の攻撃隊は 先ほど偵察隊が発見した敵艦隊へ向けて移動を開始した。 ＳＴＡＧＥ─２７ 海域支配戦闘艦 861 ﹁提督、艦載機の報告だと古鷹はどうやら自走困難なようです 本艦が移動して曳航するのが妥当と具申します。﹂ ﹁そうだな、君に任せる。﹂ ﹁了解。これより本艦は古鷹救援に向かいます。 彼女の損傷状態から艦娘はかなりの深手を負っていると イ ロ コ イ 予想されますので、救助ヘリを用意しておきます。﹂ ﹂ ムスペルヘイムが手際よくＵＨ│１Ｄの準備をしていると 筆木がふと疑問を漏らした。 ﹁そういえば、この艦に軍医や救助隊員は居るのかね 軍医は古鷹に乗っている妖精さんで何とかなると思うが 流石に、そんな器用なことが出来るロボットは搭載されていない。 医務室で治療を行うためには其々人の手が居る。 ヘリを飛ばすこと自体は問題ないが、そこから艦娘をヘリに輸送して 参ったなと目頭をもむ。彼自身指摘されて初めて気が付いた ﹁いませんね⋮失念していました。﹂ ピタリ。と言う擬音が聞こえるほど、解りやすくムスペルヘイムは固まる。 ? 862 ヘリに吊り上げる担架へ要救助者の固定法は自分しか知らない。 ﹁こうなっては、仕方がありません。 必要であれば私が彼女を回収してきます。﹂ ﹁やはりそうなるか。﹂ ﹁何やら楽しそうですね。﹂ 今まで黙って話を聞いていた森原中佐の声にハッとしたように 口に手を当てる。ムスペルヘイムの方を見てみると聞こえなかったのか 攻撃隊の指揮に集中しているのか、こちらを見てはいなかった。 ﹁いや、なに。圧倒的な戦闘能力をもつ彼でも 我々と同じようにうっかりをやらかすと知って少し安心したんだよ。﹂ ﹁そうでしたか。﹂ レーダー画面上では、こちらの攻撃隊が敵艦隊の前面で 迎撃態勢をとっていた１０機の戦闘機を文字通り蹴散らし 軽空母２、戦艦３、重巡１、雷巡１の艦隊に群がっていくところだった。 敵艦隊の上空にまで到達したハリアー隊は上空８０００ｍからの高高度爆撃を開 始する。 ＳＴＡＧＥ─２７ 海域支配戦闘艦 863 機体に搭載してきた一機当たり７発の８００ポンド誘導爆弾を次々投下していく。 投下された爆弾は護衛部隊のホーネットから照射されるレーザーによって誘導され それぞれが意志を持つように降下軌道を微調整していく。 Ｃ Ｅ Ｐ 天候に左右されやすく、レーザー照射母機が攻撃中無防備になる 弱点を持つセミアクティブレーザー誘導方式だが、必中半径が数ｍと狭く 移動目標にも柔軟に対応できる利点もあって、ムスペルヘイムらの世界では 盛んに対艦攻撃に使用された。 爆弾自体の大きさは８００ポンド│││約３６０㎏│││と 決して大型の爆弾と言うわけではないが 改良を重ねて作られた弾頭装甲と、高高度からの投下により 計算上は４５口径４１ｃｍ砲の砲弾よりも大きい威力を持っていることになる。 地球の重力により加速された誘導弾合計３３６発は、戦艦に６０発、軽空母に５０ 発 重巡と雷巡には２８発づつが突入し、そのうちの８割が艦体に着弾した。 結果的に２割に当たる６６発が外れたが、残りの２７０発はその威力をいかんなく 発揮し 敵艦を文字通り引きちぎった。強力な防御重力場や対空機関砲を装備していれば 864 この猛爆撃を無傷で切り抜けられることも出来たかもしれないが 相手はミサイルもＣＩＷＳも持たない深海棲艦。ムスペルヘイムに察知された時点 で 命運は決まったも同然だった。 結局、誘導爆弾を使わなかったホーネットは爆弾を抱いたまま帰投する。 他の空母ならば着艦前に重量物である爆弾は投棄するのが一般的だったが ムスペルヘイムほど巨大な空母になると、その必要は無かった。 ムスペルヘイムのＣＩＣの多機能モニターには 大破した古鷹へ、輸送ヘリから降下する艦息の姿が小さく映っている。 無事古鷹と合流したが、古鷹艦内の医務室が爆弾の直撃を受けて壊滅状態のため 古鷹を治療の為ムスペルヘイムへ移乗させる措置が取られていた。 その光景を、何の気なしに筆木と森原は眺めていた。 ﹂ ﹁森原中佐。貴官はこの後、ムスペルヘイムのデータを届けるために 日本本土へ行くのだったな ? ＳＴＡＧＥ─２７ 海域支配戦闘艦 865 ﹁はい。今回は良いデータが取れましたから、赤煉瓦の住人達も喜ぶでしょう。 それと、ムスペルヘイムと言う名前も改名する措置が取られるかと思われます。﹂ ﹁改名、か。まあ、もともとはウィルキア帝国の艦だからな 妥 当 だ ろ う よ。そ れ に し て も、圧 倒 的 な 能 力 だ。ホ タ カ に 勝 る と も 劣 ら な い だ ろ う。﹂ ﹂ ﹁⋮そうですね。まさに、海域支配戦闘艦ですな。﹂ ﹁海域支配戦闘艦 ﹂ レ級ですら、彼らにとっては他の深海棲艦と同じように叩き潰される光景が 極稀に出現する姫級や鬼級の深海棲艦と同等かそれ以上の能力をもつ ﹁力不足⋮たしかに、力不足だな﹂ 少々力不足と言うしかありませんね。﹂ ﹁確かに凶悪な戦闘能力ですが、彼らの能力を見ると ﹁レ級は違うのか 深海棲艦側には今のところ存在しないでしょう。﹂ 今の所、我が軍での該当艦はムスペルヘイムとホタカの２隻だけです。 たった一隻で、ある海域の制空権と制海権を奪取することを可ならしめる戦闘艦。 ﹁大本営の河内大将が使った言葉です。 ? ? 866 簡単に想像できてしまう。たしかに、これでは力不足と思われても仕方がない。 モニターの中では、ムスペルヘイムが血に染まった茶髪の艦娘を担架へ固定し ホバリングしているヘリコプターへ収容しているところだった。 ＥＤ ﹁ＯＮＥ ＯＫ ＲＯＣＫ 〟アンサイズニア〟﹂ ﹂ ? 守備隊と簡易的な前線基地を構築した。しかし、最近になって深海棲艦の そらす、つまり陽動の為にアリューシャン列島のキス島に進出し、 帝国海軍は、深海棲艦の目を主攻勢方面である南方から ﹃第４次キス島撤退作戦﹄と銘打たれた書類から乾いた音が響く。 片眉をあげ、片手に持った作戦計画書を指ではじいた。 ﹁作戦自体は理解しましたが⋮前例を無視しすぎでは 曇天を眺め、作戦実行時の天候に思いをはせていた艦息は現実に引き戻された。 真津の言葉で、提督の背後の窓から見える ﹁と、いうのが作戦の概要だ。﹂ 下がっているようにも思える。 今にも雪が降ってきそうな曇り空を見ると、体感温度が１度ほど 幸いにも隙間風は入っては来ないが、窓の向こうに見える 比較的新しい鎮守府の窓をカタカタと鳴らす。 海からの塩気を含んだ冷たい風が ＳＴＡＧＥ│２８ ファタ・モルガナの眩惑 ＳＴＡＧＥ─２８ ファタ・モルガナの眩惑 867 868 哨戒と襲撃が頻繁に発生し、さらにこの占領作戦による深海棲艦の陽動の効果は かなり前から疑問視されていたため、今回大本営はキス島の放棄を決定した。 キス島の撤退作戦については、前大戦の作戦の焼き直しと言えるもので 快速艦による艦隊を編制し、夜陰と霧に乗じて敵の哨戒線を突破 陸軍を搭載し撤退する。 ただし、そう簡単にはいかなかった。 まず、６隻以上の艦娘で出撃すると深海棲艦の哨戒線にほぼ確実に引っかかる │││第１次、２次撤退作戦ではそれが理由で失敗に終わっている│││。 さらに、唯一成功した艦隊が第３次作戦の駆逐艦のみの編成であり その作戦で別働隊として突入した軽巡を含む水雷戦隊３群は、 深海棲艦の哨戒部隊に手荒い歓迎を受けて、這う這うの体で逃げ帰ってきていた。 そう言うキス島撤退戦の経過を以前青葉から聞いた彼は、 ﹂ 次の作戦は駆逐艦のみで編成された複数の水雷戦隊を突入させるのだろうと 予想していた。この作戦計画書を渡されるまでは。 だろ ? ﹁まあ話を聞いてくれ。ホタカが言いたいことは なぜ前例を無視して戦艦である自分を投入するか ﹁はい。前例に従えば駆逐艦のみで編制した水雷戦隊を ? 突入させるのが妥当でしょう。そもそも戦艦である僕は 図体も大きく、隠密作戦には不向きです。﹂ ホタカの発言に、真津は自分で確認するように小さく頷いた。 ﹁そうだ。ホタカの言うように戦艦はこの任務には向かない。 図体がでかく発見されやすいからな。 だが、俺や赤煉瓦の住人達はお前を 良い意味で戦艦だとは思っていない。 ﹂ それが、今回白羽の矢が立った理由だよ。﹂ ﹁〟足〟ですか ﹂ ? 数個の水雷戦隊で 行動すればその危険は無くなりますが、それなら 簡単に方位が露見します。こちらも方位探知機のみで ﹁確かに僕の電探は高性能ですが、敵が方位探知機を装備していれば 駆逐艦と同じ速度で行動できるだろう 電探と音探で敵の哨戒線の穴をすり抜け ﹁それと強力な電探と音探もな。お前なら 艦息の答えに満足げに口角を上げる。 ? 僕が行く必要は無いでしょう ? ＳＴＡＧＥ─２８ ファタ・モルガナの眩惑 869 870 引き上げが完了しないほどの人員がキス島に居るわけでもないですし。﹂ ﹁そうは言ってもな。キス島守備隊の備蓄品もそろそろ底をつく。 貴重な陸上戦力を失うことは避けたいんだ。﹂ 若干歯切れの悪い提督の説明に、自分が何故駆り出されたのかを 唐突に理解した。思わず小さくため息を付く。 ﹁ようするに、いざとなったら強行突入して 陸軍を艦内に収容し、帰りも深海棲艦の包囲網を 食い破って戻ってこい。と言うわけですか。 残りの陸上戦力を見てみると、僕１隻と 駆逐艦が５隻も居れば収容できそうな数ですしね﹂ これなら他の水雷戦隊が作戦に失敗しても問題ない。 むしろ、同じ作戦に参加する艦隊は陸軍の撤退よりも 陽動に重きが置かれていると考える事も出来る。 ﹁ま、そんなとこだ。出港は明日の朝だから今日は早めに休め。﹂ ﹁了解。﹂ 敬礼し、退出する。 ＳＴＡＧＥ─２８ ファタ・モルガナの眩惑 871 ﹁ようするにいつもと変わりませんな。 〟蹴散らして強行突破〟これに限ります。﹂ 副長の言葉にがっくりと肩を落とした。 ﹁いや、まて。強行突破は最後の手段だと言ったはずだ。﹂ ぐらり、と艦体が右へ傾きつつ数ｍ上昇し、その後反対側へ傾きつつ 数ｍ降下する。艦息であるため船酔いを起こすことは無いが 内臓がゆっくり揺さぶられるような不気味な感覚を好きになることも無かった。 副長を初めとする妖精さんは基本的に浮遊しているため艦の動揺の影響を 受けない様にも思えるが、実際は地球では無く艦を基準点に浮遊しているため 艦の動揺によって彼女達も同じように揺れる。 もしも地球を基準点に浮遊していると このように艦が大きく揺れる荒天下では、壁や床に叩きつけられてしまう。 ﹁もちろん理解しています。最後の手段が私たちの常套手段と言うのは 笑うしかありませんがね。まあ、この天気ですから 敵さんの反撃も強力なものではないでしょう。﹂ ﹁まあ、このっ天気ではな。﹂ 872 不意に艦首が大波に乗り上げ急激に傾いたため言葉が少し詰まってしまった。 １１月下旬、秋が終わりに近づきシベリア高気圧がオホーツク海にまで勢力を広げる と 遠隔相関││離れた二つ以上の海域で気圧がシーソーの様に変動する現象││によ り オホーツク海の東側に位置するアリューシャン列島付近の気圧が相対的に低くなる。 これが冬季に入るとシベリア高気圧からの冷たい乾燥した空気と 太平洋高気圧からの暖かい湿った空気がアリューシャン列島付近でぶつかり合い 低気圧が発達しやすくなる。 幸いにも、現在は秋の終わりで本格的なアリューシャン低気圧が発生する時期とは ズレてはいるが、大荒れの天候であることに変わりはなかった。 ﹂ ﹁５万トンの戦艦でもこの状態ですからね。 駆逐艦娘達は大丈夫でしょうか 疲れたように嘆く副長。 ﹁冬のアリューシャンなんて戦争やる場所じゃないですよ。﹂ ひどく揺れていることに変わりはないがな。﹂ ﹁定時連絡では問題ないとの事だった。 ? ＳＴＡＧＥ─２８ ファタ・モルガナの眩惑 873 ﹁全面的に同意するよ。とにかく、キス島で濃霧が発生している事を 祈りつつ警戒を怠るな。こんなところで敵と遭遇しても 真面に戦えるのは僕だけだからな。﹂ ﹁向こうも戦艦や重巡以外は似たようなものだと思いますがね⋮﹂ ﹃こちら陽炎、応答を願います。﹄ ﹂ 通信機を通して快活な少女の声が、薄暗いＣＩＣに響いた。 ﹁ホタカだ、何があった ﹄ ? この大時化の海の真ん中でか ? たぶん、ＰＴボートぐらいの大きさよ ﹁ＰＴボート ﹂ ﹃３時方向に小型船舶らしきものを確認したわ。 ? 魚雷艇がまともに運用できるとは思えない。 大型戦艦でさえひどく揺れるほどの荒天でＰＴボートの様な 敵らしい反応は今まで浮かび上がってきていなかった。 当然、方向探知機││逆探││は作動させているが 電波を用いて能動的に敵を発見することは出来ない。 出来る限り目立たない様にしている。その為 現在ホタカは灯火管制を行い、電探を停止させるなどして ? 874 ﹁見間違いじゃないのか ﹂ ﹄ ﹂ ? 外部光学カメラの映像に切り替えた。四角いモニターの向こうには 通信が切れると、ホタカは幾つかある多目的ディスプレイを ﹃了解。﹄ ﹁他の艦娘にも伝えておいてくれ。陣形、速度、包囲はそのままだ。﹂ 陽炎の姿が簡単に想像できた。 通信機から聞こえてくる声色から、両肩をガックリ落としている ﹃アハハ⋮おっしゃる通りです。﹄ 君らの砲撃は当たらないだろう ﹁知らせてくれるだけでいい。と言うか、この海では ﹃攻撃はしなくていいの もし、魚雷艇を発見した場合はすぐに連絡を入れてほしい。﹂ 居ると考えるべきだろう。目視による索敵を厳にしてくれ。 居るとは思えないが。艦隊の半数が確認したと言うのなら ﹁なるほど⋮。この状態で作戦行動がとれる様な魚雷艇が 絶対に〟そう〟とは言えないのよね。でも、雪風や時雨も見えたって言うし⋮﹄ ﹃それが、ほんの一瞬現れてすぐに波の向こうに消えちゃったから ? ? ＳＴＡＧＥ─２８ ファタ・モルガナの眩惑 875 今にも雨が降り出しそうな暗い雲が一面を覆う空と 鉛色の大荒れの海。 海の表面では波が次々と現れては別の波に飲み込まれていき 巨大な軍艦でさえ大きく揺さぶる。自然の力の前には科学技術の粋を集めた 戦闘兵器でさえ無力なものであることの証明だった。 前艦橋と後艦橋に備え付けられた幾つもの外部観測用光学カメラを スイングさせて荒れた海面をスキャンしていくが、 それらしいものは発見できない。 ﹂ 可視光以外にも赤外線捜索追尾システムも起動し索敵に充てる。 ﹁こんな荒天下で魚雷艇ですか⋮あれ 深海棲艦に魚雷艇なんてヤツ居ましたっけ ああ、そうだ。あの事は何か解ったか ﹂ ﹁確かにそうだが、今回が初めてと言う可能性もある。 副長の言う通り、現在までに深海棲艦側に魚雷艇は発見されていない。 ? ? ﹁そうか⋮﹂ 原因と思われるものは有りませんでした。﹂ ﹁いや、それが原因不明だそうです。乗員に聞き取り調査をしましたが ? 876 ホタカの言うあの事とは、数日前に起きた奇妙な現象だった。 彼の搭載している全てのレーダーが同時にホワイトアウトし 電算機にも不具合が生じた。幸いにも、その時は帝国の領海内を 航行中であり不具合が発生したのは１秒にも満たない時間であったため 大きな問題は起こらなかったが、見過ごせるものでは無かった。 ﹁恐らく電算機のバグと言う可能性が高いと思いますよ ﹁それを決めるのは提督だからな⋮ やはり、そろそろ改造すべきではないでしょうか ﹂ ここ最近無理させっぱなしですから、電算機にもガタがきているのでしょう。 ? 自分が今どこにいるのか全く分からない。それどころか 白い、どこまでも白い空間が目の前に広がっている。 冬の迫るアリューシャン列島へ突入していった。 ホタカ、陽炎、不知火、雪風、時雨、夕立は単縦陣を成して ﹁了解。﹂ 今のところはプログラムに原因があるとみて調査を続けよう。﹂ ? ＳＴＡＧＥ─２８ ファタ・モルガナの眩惑 877 聴覚以外の身体の感覚が無く、立っているのか、座っているのか、 上を向いているのか、下を向いているのかすら解らない。 唯一残った聴覚から聞こえてくるのは 微かな潮騒の音、そして⋮ ﹁⋮⋮んー⋮んぅー⋮﹂ 自分以外の寝息を認識すると、急速浮上をかけたように自分の意識が 浮上してくるのが感じ取れた。それと同時に、今まで自分の周りを取り囲んでいた 霞がかったようなものが霧散し、五感が正常に稼働する。 ゆっくりと目を開けてみると、焦点がゆっくりと合っていき ﹂ 見覚えの無い白い天井が彼女の網膜に像を結んだ。 ﹁気が付いたようだな ここは と声を出そうとしたが、口の中がカラカラに乾ききっていて 濃紺の軍服を着た赤目の青年がこちらをのぞき込んでいた。 落ち着きのある男性の声がかけられる。反射的に左右で色が違う瞳を動かすと ? 彼女に水を飲ませる。その手つきは素人目にも慣れたモノだと見えなかったが そんな様子をみた青年は、そばに置いてあった吸い飲みを使って 擦れた意味の無い雑音にしかならなかった。 ? 878 ﹂ 結果的に、彼女の喉を潤すことは出来た。 ﹁⋮ここは ﹁大日本帝国海軍ソロン南方要塞の医務室だ。君は古鷹で間違いないな ソロン南方要塞は初耳だったが、青年が日本語を話したのと そこで眠りこけているヤツを叩き起こすと良い。 変わりないからな。何かあった時は枕もとのボタンを押すか 鎮痛剤が効いているとは思うが重症であることには ﹁他に質問が無いようなら今日はもう寝ると良い。 ホッと胸を撫で下ろした。 気持ちよさそうに眠っていた。如何やら自分よりは大分軽傷なようで 身体の数か所に包帯を巻いた黒髪の艦娘││重巡加古││が ﹂ 青年がちらりと彼女の横のベッドを見る。それにつられて視線を動かすと 加古の方はカタパルトが破壊された以外は特に問題ない。﹂ しばらくは病人生活が続くと思うがガマンしてくれ。 しかし、この要塞のドックはまだ使えない。 ﹁そうか。君の艦体は損傷が激しいが沈没することは無いだろうと言う事だ。 大日本帝国軍と言う単語を聞いて少しばかり安心し、小さく頷いて返答する。 ? ? ＳＴＡＧＥ─２８ ファタ・モルガナの眩惑 879 ではな。﹂ ﹂ 言う事だけ言ってさっさと病室から出て行こうとする青年を呼び止める ﹁あの、貴方は ﹁へ ﹂ 超兵器の艦息だ。よろしく頼む。﹂ 私の名は超大型航空戦艦ムスペルヘイム。 ﹁すまない。名乗るのを忘れていた。 古鷹の疑問に、青年はしまったと言う顔をする。 ? キーボードを叩くのを止め、後ろに体重をかけて伸びをすると ﹁ダメだな、これは。﹂ 相変わらず幸せそうな寝息を立てる加古だけだった。 起きたばかりでうまく回らない頭と格闘する古鷹と 後に残されたのは、彼の発した言葉の意味を何とか理解しようと それに気づかず部屋から出て行ってしまう。 古鷹は呆けたような声を出してしまうが、彼││ムスペルヘイム││は ? 880 椅子の背もたれが小さく軋む。 目の前の画面上には大量のプログラムの羅列が映し出されており その最後の行には〟ｅｒｒｏｒ〟と表示されていた。 ﹁艦長でも無理ですか。﹂ ﹁ああ、防衛プログラムの起動自体には成功したが ﹂ 新型のウィルスだ。コイツの無力化には時間がかかる。﹂ ﹁しかし、もうすぐ作戦海域です。 作戦の延期も考慮に入れるべきでは 解らなくなるぞ。﹂ 回収用の内火艇の転覆が相次ぎ、助けてるのか凍死させてるのか 大荒れの海で陸軍の収容作業なんてやった日には これを逃したら次は嵐の海で救出作業を行う事になりかねない。 この先、アリューシャン列島は大荒れの天気になる。 そして、海域突入前の気象レーダー情報から考えると 海も穏やかで作戦にはうってつけだ。 ﹁難しいな。今はちょうど濃霧が発生しており 副長の提案にホタカは首を縦には降らなかった。 ? ＳＴＡＧＥ─２８ ファタ・モルガナの眩惑 881 ﹁それは⋮面白くないですな。﹂ ﹁何にせよ。ウィルスによる妨害で使えないのは レーダー、赤外線捜索装置と誘導兵器、それに主砲のＦＣＳだ。 重巡程度なら１５２ｍｍ速射砲で相手できるが、戦艦が出張ってきたら ﹂ 駆逐艦に頼るしかない。情けない話だがな。﹂ ﹁電算機に頼り過ぎましたかね ﹁陽炎は４０ｍｍガトリング砲２基、雪風は６５口径１０．０㎝連装高角砲３基、 この失敗をカバーしてくれそうなのが救いだな。﹂ ﹁今回の僚艦は新型の装備を搭載しているから 艦全体が機能不全に陥ることを防ぐ措置が取られる。 ウィルスに感染し正常に動作できない機能を切断し、 ワクチンプログラムを生成するまでに時間が掛かる。その為、今回の様に 搭載されているが、完全に新型のウィルスだとそれに対抗するための 艦全体が機能不全に陥ってしまう。その為強力な対ウィルス用プログラムが かかわってくるため、コンピューターウィルスに感染すると ホタカに搭載されている電算機は艦の行動のありとあらゆる部分に ﹁その通りかもしれないが。いまさら嘆いても仕方のないことだ。﹂ ? 882 ﹂ 時雨は５７ｍｍガトリング砲２基、夕立は１５２ｍｍ速射砲２基でしたね。 彼女たちはまあいいとして、不知火の兵装は大丈夫でしょうか ﹁先ほど聞いてみたが特に不調は見られなかったらしい。 あの兵器は完全に独立したユニットで外部からの 電波による干渉を受けない様に作られているからな。 艦娘による能力でキャニスターを旋回させハッチを解放、 索敵から発射の手順は発射機によるフルオートで、外部からの 兵器のハイテク化も考え物だな。﹂ ﹁僕みたいに電算機に頼り過ぎていると、コンピューターウィルス一つでこのザマだ。 艦娘は機械的な結合無しに自分の兵装を意のままに操れます。﹂ 再装填は弾薬コンテナを使用しますから問題は有りませんし、 ﹁ミサイルの発射機を甲板に固定しただけですからね。 射撃直前までは完全に密閉されたランチャー内だからな。問題は無い。﹂ が ミサイル本体には誘導電波や送られてきた飛翔プログラムを受け取る能力がある い。 コマンドを受信する必要が無い。つまり、ウィルスが入り込むための受信設備が無 ? ＳＴＡＧＥ─２８ ファタ・モルガナの眩惑 883 ﹁しかし、あのミサイルはアクティブレーダーホーミングだけですから 使用すると相手の逆探に引っかかる恐れがあります。 使用には細心の注意が必要かと。﹂ ﹁解っている。不知火だから大丈夫だろうと思うがね。 ﹂ さて、こちらは索敵オプションをほとんど失った。 外部可視光カメラでどこまでできるかな アレから何時間経過しただろうか 既に辺りは真っ暗になり 視程は１ｋｍも無い。真っ白な視界の中を息を殺して航行する。 ホタカを先頭にした艦隊は白い霧の中を進んでいく。 ﹁僚艦が居るだけマシでしょう。﹂ ﹁迷子は嫌だな、ラタトスクの二の枚は御免だ。﹂ ﹁慣性航法装置と逆探に異常は有りません。霧の海で迷子になることは無いかと。﹂ あたりは真っ白で何も見えなかった。 ディスプレイに可視光カメラの映像を映してみるが ? ﹁内火艇を下ろせ、収容作業を行う。﹂ 艦隊の行足が止まった。 艦橋の最上部で霧によってずぶぬれになった妖精が、時間間隔を失いかけた時 ? 884 ﹁了解。僚艦にも伝えます。﹂ この時のために後甲板に詰めるだけ積んで来た内火艇が次々と海面へ 滑り降りていき、一路海岸を目指す。 他の駆逐艦からも同じように内火艇が発信していく。 これから約１時間で陸軍のピストン輸送を完了し、キス島を離れなければいけなかっ た。 数分後、霧の中から戻ってきた内火艇には包帯を巻かれ負傷した様子の隊員が 満載されていた。まず負傷者から救援していく手筈になっていたが 負傷者を乗せた内火艇の量を見ると、他の３個艦隊は救援に失敗したか 遅れているらしい。 ﹁艦長。陸軍の次席指揮官の方が収容されました。﹂ 副長に呼ばれてＣＩＣを出て、甲板へ向かう。負傷者の中でも重傷者は 医療設備がそれなりに整っているホタカへ収容することになっていた。 甲板に付くと、塩と血の香りが鼻につく。副長の言っていた次席指揮官は 甲板の淵で引き揚げてきた兵の統率に当たっていた。 てきぱきと指示を飛ばしていた陸軍士官は、 艦橋から出てきた艦息に気が付くと陸軍式の敬礼をする。 ＳＴＡＧＥ─２８ ファタ・モルガナの眩惑 885 背が高く怜悧な印象の青年士官だった。肩の階級は少将。 陸軍の人員不足はどうやら年功序列を粉砕し 出来そうな人間ならとっとと昇進させる体質を生み出していた。 真面な軍であれば実力至上主義は歓迎されるものではあるが ﹂ ここまで切羽詰まったために生み出された現状を見ると 手放しで喜べるものではないだろう。 ﹁キス島守備隊次席指揮官の木浪少将です。 海軍の救援に感謝します。﹂ ﹂ ﹁第４次キス島撤退作戦第２艦隊旗艦ホタカです。 他の艦隊はまだ来ていないのですか ﹁はい、貴艦隊が今日ここに来た最初の艦隊です。 他の艦隊はまだ見ていません。何か不具合でも ﹁解りました。出来るだけ急いでください。 収容作業には後４０分ほどいただきたい。それだけあれば全員救えます。﹂ ﹁なるほど。しかし、貴艦隊がここに来たくれたことは事実です。 残念ながら僕らも他の艦隊がどのような状態なのかは解らないのです。﹂ ﹁この作戦では艦隊間の相互通信は許されてはいませんからね。 ? ? 886 収容作業中に襲撃を受ければ、こちらも満足な反撃が出来ません。﹂ ﹁理解しています。それでは、私は部下の指揮に当たらねばなりませんので。 守備隊司令の岸邊中将は最期の内火艇で引き揚げるそうです。﹂ それだけ言うと若い少将は踵を返し指揮を再開し始めた。手空きの妖精たちも 彼の指揮に従い収容作業を手伝っていく。 ﹁収容作業完了しました。キス島に仕掛けた通信装置は １時間後に起動しこの海域の僚艦に撤退作業の終了を通達します。﹂ ﹁作業終了の暗号が〟サクラサクラ〟とは、考えた奴は皮肉を聞かせたつもりかな まあ、そんなことはどうでもいいか。﹂ 作業を終えた艦隊は舳先を日本へ向けて撤退を始めていた。 収容にかかった時間はおよそ４６分。わずかな時間だったが、 ４０００人近い兵員を全員収容することが出来た。 する。 さらに、そろそろウィルスの除去が一部完了し赤外線捜索装置とレーダーが再起動 ? ＳＴＡＧＥ─２８ ファタ・モルガナの眩惑 887 ﹄ 赤外線捜索装置さえあれば、霧の中でも敵艦を発見することが出来た。 左舷にまたあの魚雷艇が ! そんな時、雪風から通信が入る。 ﹂ ﹃ホタカさん ﹁何 ! 霧のベールをはぎ取る。そこに存在したのは無数の魚雷艇。 赤外線捜索装置が起動され、物体から放射される電波││黒体放射││を検知して ﹁よし、データリンク開始、赤外線捜索装置起動。各砲座は射撃待機。﹂ 僚艦から、相次いで戦闘準備完了と言う報告が届けられる。 これより赤外線捜索装置を起動し不明艦を補足、撃沈する。﹂ ﹁こちらホタカ、本艦隊は不明艦に追跡されている。 先ほどまでディスプレイを睨みつけていたＣＩＣ妖精の報告が届く。 ﹁索敵システム、再起動完了。﹂ 全艦に通達。戦闘用意。１５２ｍｍ速射砲、３０ｍｍＣＩＷＳスタンバイ。﹂ ﹁つけられている。と考えるのが妥当だろうな⋮。 ﹁艦長、これは⋮﹂ しかし、海面には何かが通ったような航跡が残っていた。 モニターに左舷の映像を映すが、そこに魚雷艇らしき影は無い。 ? 888 捜索装置をスイングさせると、艦隊が魚雷艇に囲まれていることがよく解った。 その数は３０をくだらないだろう。それどころか、水平線の向こうから 続々と魚雷艇が現れては包囲網に加わっていく。データリンクにより ホタカが見ている画像を認識できる僚艦からも息をのむ音が開きっ放しの 艦娘よう相互通信回線から聞こえてくる。 ﹁艦長、これは⋮﹂ ﹁艦形照合⋮間違いない。小型艇Ⅰ型だ。﹂ にも達し無人での戦闘も行え 小型艇Ⅰ型は全長約２２ｍの高速艇で、２０ｃｍ１２連装噴進砲１門、２０ｍｍ連 装機銃１基 ５３３ｍｍ魚雷落射器４基を装備し、最高速度は４２ る。 ていた。 小部隊による迂回からの側面攻撃を合わせた戦術をとり、数々の艦隊を海の底へ送っ 特にデュアルクレイターに搭載された小型艇部隊は、数に任せた正面突撃と た。 大量生産可能なこの魚雷艇は、撃沈を恐れない果敢な突撃により大きな戦果を挙げ 小型艇Ⅰ型はウィルキアでの戦争の初期に投入され、無人艇であり ? ＳＴＡＧＥ─２８ ファタ・モルガナの眩惑 889 強襲揚陸艦として巨大な格納庫を持つデュアルクレイターは、 他の上陸用舟艇で着上陸戦を行いつつ出撃してきた迎撃艦隊を蹂躙するのに 十分な量の小型艇を搭載でき、実際にハワイ防衛艦隊は 瞬く間にすりつぶされ、アメリカはパールハーバーをいったん放棄せざるを得なかっ た。 その後、小型艇はシリーズ化され最終的に荷電粒子砲やＥＣＭ、防御重力場を搭載す るモノも現れ 最後の最後まで使用が続けられた。 ﹂ 嫌な予感が彼の中で鎌首を擡げた。 しかし、こちらの世界には小型艇シリーズは存在しない。だとしたら、この艦隊を 取り巻く 小型艇の群れは何処から来たのか ﹁まさか、霧の中に奴がいるとか言いませんよね から その中の敵のアイコンに、それぞれ僚艦の名前が付けくわえられた。現在の位置関係 画面上の仮想空間に敵味方それぞれの位置関係を表す。 赤外線捜索装置によって得た情報から、 ﹁その〟まさか〟だろうな。全艦に攻撃目標を指示。﹂ ? ? 890 最も命中弾が期待できる艦娘がその目標を叩くことになっている。 ﹁こちらホタカ。３０秒後、先ほど割り振った目標へ向けて全力攻撃を開始。 攻撃位置に存在する目標を優先せよ。攻撃と同時に全速で当海域を離脱する。 強襲揚陸艦型超兵器が付近に遊弋している可能性が極めて大だ。 今回の僕らの目的はあくまでも陸戦隊員の救出であり超兵器の撃滅では無い。 深追いは厳禁だ。﹂ 駆逐艦娘とホタカの兵装が白い霧のカーテンの向こうを睨む。 ﹂ 一瞬の静寂が過ぎ去り、カウントダウンがゼロを示した。 ﹁攻撃開始 ﹄ ! 十分な威力で、彼女も直撃を狙うと言うより小型艇の鼻先に砲弾を叩き込んで に ホタカほどの命中率は無いが１５２ｍｍの砲弾は至近弾でも小型艇を転覆させるの 夕立の楽しげな声と共に１５２ｍｍ速射砲の連射が開始される。 ﹃さあ、素敵なパーティしましょ ２０ｍ程度の魚雷艇に次々と１５２ｍｍ砲弾を叩き込んでいった。 多数の砲弾は正確無比な射撃指揮装置により、 最初に火蓋を切ったのはホタカの有する１５２ｍｍ速射砲６基。 ! ＳＴＡＧＥ─２８ ファタ・モルガナの眩惑 891 転覆、無力化を図る。中には運悪く命中する小型艇も存在し、そういった船は 須らく木端微塵に砕かれていく。 ﹃つまらない。﹄ 不知火は標準装備された１０ｃｍ高角砲を叩き込んでいく。 ﹄ 艦 砲 と し て は 豆 鉄 砲 も 良 い 所 で は あ る が 小 型 艇 を 蹴 散 ら す に は 必 要 十 分 な 火 力 だった。 ﹃雪風は沈みません 陸軍の旧式中戦車が搭載しているような砲弾が途切れることなく浴びせかけられる。 今度は時雨の５７ｍｍガトリング砲が立ちふさがった。 夕立、雪風、不知火の砲火を潜り抜けた魚雷艇だったが ﹃残念だったね。﹄ 目標の背後をたまたま通りかかった別の小型艇に直撃し撃沈してしまう。 さらに、彼女自身の幸運の結果なのか外れた砲弾も、 偏差射撃で補正する角度が小さくて済むため命中率が上がる。 砲弾の速度が速いと言う事は目標に到達するまでの時間が短くて済み る。 雪風の６５口径１０ｃｍ連装高角砲からは高初速の砲弾が、霧の海へ向けて放たれ ! 892 装甲の張られていない小型艇の舷側を構成する素材を簡単に破砕し 無視できない破孔を作り出す。魚雷や噴進砲弾などの爆発物に直撃弾を受けた ﹄ 小型艇は派手な火柱を噴き上げて霧のベールを一瞬朱に染めた。 ﹃攻撃よ、攻撃 防御重力場の無い駆逐艦を狙う魚雷や噴進砲を優先的に攻撃していく。 め、 戦艦であるホタカに集中した。彼は自分に向かってくる攻撃の迎撃は最小限にとど 攻撃は 被害を与える前に、ホタカの３５ｍｍＣＩＷＳで処理されていく。幸いにも小型艇の 面々に 中には魚雷や噴進砲を発射することに成功する艇も出てくるが、それらは艦隊の 次々と爆散していった。 絡めとられていく。大量の機関砲弾に船体や兵装を万遍なく穿たれ ｍ砲弾に 陽炎の前後に搭載された２基の４０ｍｍガトリング砲から飛び出した無数の４０ｍ それでも５７ｍｍガトリングの豪雨をすり抜けた小型艇は ! ＳＴＡＧＥ─２８ ファタ・モルガナの眩惑 893 １２ｃｍ噴進弾が命中することもあったが、元は対空用の噴進弾であったため 進路上に敵艦隊を発見 駆逐艦と言えど大きな損傷にはならない。 ﹁艦長 相対速度６５ 反航戦になります ﹂ 戦艦２、重巡２、駆逐２、単縦陣です ! ! ﹄ ! 艦前方に殺到したミサイルはそれぞれが急角度で降下し かった。 その速度はミサイルにしては低速だったが、ル級の対空砲火で落とせるほど遅くは無 先端の回転衝角を全力運転させながらセットされた目標へ突っ込んで行く。 ルは まず先頭のル級へ向けて３発発射される。ランチャーから滑り出たドリルミサイ ﹃沈め⋮沈め ボックスランチャーが望む先には随伴艦を引き連れた戦艦ル級ｅｌｉｔｅの姿。 げる。 不知火の艦中央部に搭載された箱形の６連装ボックスランチャー２基が鎌首を擡 ﹃了解です。﹄ ﹁不知火、大物の処理は君に任せる。﹂ ?! ! ! 894 前部の砲塔に１発づつ、最後１発は前艦橋へ着弾。 普通のミサイルならここで炸裂するが、 ド リ ル ドリルミサイルは弾頭の最前部に取り付けられた 回転衝角を利用して文字通り艦を掘り進んでいく。 砲塔の装甲板を貫通した２発のドリルミサイルはそのまま侵入をつづけ ついに砲塔直下、主砲弾薬庫にまで到達し内部に収められた高性能炸薬に点火、爆裂 する。 強力な熱と衝撃波に主砲弾と装薬が次々と誘爆していき、 ２基の３連装砲塔が内側から吹き上がった火炎の柱に打ち上げられ艦体前部もろ とも大破した。 艦橋に命中した１発は艦橋直下の 機関室で炸裂し、艦の脚と電気系統を寸断し た。 たった３発のドリルミサイルは、装甲を貫徹し柔らかい内部を蹂躙すると言う コンセプト通りの 戦果を発揮し、２隻の戦艦から真面な戦闘能力を奪った。 そこへ第２波が着弾し、残った第３砲塔や ホタカ等へ指向できる両用砲群も戦力を刈り取られる。次に狙われた重巡２隻は ドリルミサイルによって主砲弾薬庫と魚雷発射管を吹き飛ばされホタカと夕立の ＳＴＡＧＥ─２８ ファタ・モルガナの眩惑 895 １５２ｍｍ速射砲により相次いで轟沈。彼我距離が近づいた２隻の駆逐艦は 貰ったわ ﹄ 雪風、陽炎、時雨によって上部構造物をなぎ倒され黒煙を噴いて霧の海に没する。 ﹄ ﹁雷撃戦開始せよ。﹂ ﹃これでど∼お ﹃悪いわね ﹃ここは譲れない﹄ !? ﹄ 超兵器特有の大柄な艦体は発見できない。レーダーにも奇妙なノイズは移っていな 反転して霧の海の中へ消えていく。赤外線捜索装置で確認してみても 深海棲艦を撃滅する頃には、小型艇の群れは攻撃を諦めたのか 急速に傾いていき直に冷たいアリューシャンの海へ消えた。 多数の魚雷に耐えられる力はル級に残されておらず、舷側を食い破られ そのほとんどが燃え盛りのたうち回るル級へ命中していく。 いるため ４隻が魚雷を発射する。この発射コースもホタカがはじき出したデータを基にして 戦艦ル級２隻へ向けて、ミサイルを搭載するため魚雷を下ろした不知火以外の 上甲板が大火災に見舞われもはや漂流するしかなくなった ﹃艦隊をお守りします ! ! ! 896 かった。 ﹁敵部隊の撃退を確認しました。﹂ ﹁しかし、油断は禁物だ。速度を維持して一気に海域から脱出しよう。﹂ ﹁本艦はともかく、駆逐艦の燃料が心配です。 幌筵泊地から油槽船を出してもらいましょう。﹂ ﹁そうだな。あれだけ暴れれば最早隠密任務では無い。 通信を送っても問題ないだろう。それに⋮﹂ チラリとあるモニターを見る。黒い画面に無数のプログラムが白で表示されてい る オー ル グ リー ン モニターに、クリアグリーンで〟ｃｏｍｐｌｅｔｅｄ〟と表示された。 ﹁ウィルスの掃除も終わった。全兵装使用可能だよ。 これなら大抵の問題に対処できる。 しかしまあ、超兵器、十中八九デュアルクレイターだろうが。 奴の事もあるから、佐世保に帰るのは少し先になりそうだな⋮﹂ ﹁アリューシャン低気圧で沈みませんかね、アイツ。﹂ ﹁期待するだけ無駄だよ。﹂ ＳＴＡＧＥ─２８ ファタ・モルガナの眩惑 897 ＥＤ ﹁ＯＮＥ ＯＫ ＬＯＣＫ 〟アンサイズニア〟﹂ オールバックにした黒髪にリムレスの眼鏡 ? タグボートの準備も終わっています。﹂ 陸軍を本土まで輸送する輸送艦の準備は既に整っていますし ﹁はい、件の艦隊は後１時間でこちらに到着するようです。 軽く微笑みながら彼の二言を待たず言葉をつづける。 龍鳳と呼ばれた艦娘は、赤い瞳を自分の提督に向けると ﹁龍鳳﹂ 来客用のテーブルとソファを占拠して書類仕事を続けている一人の艦娘に向けた。 楕円形のレンズを通した視線を右前方、執務机の向こう よく言って怜悧、悪く行ってしまえば冷徹と言った印象を受ける。 年のころは３０半ば頃だろうか 執務室の主が先ほどまでせわしなく動かしていた万年筆をピタリと止めた。 鎮守府建屋にぶつかり、音も無く弾けていく。 時たま、海からの突風が停泊した艦の間を通り抜け 執務室の窓から見える空は、相変わらずの曇り空だった。 ＳＴＡＧＥ│２９ 共闘 898 ＳＴＡＧＥ─２９ 共闘 899 ﹁解りました。それと﹂ ﹁はい、コーヒーですね すぐに入れてきます ﹂ ! 秘書艦を務めさせてもらっています。﹂ ﹁ようこそ幌筵鎮守府へ。龍鳳型一番艦、軽空母龍鳳です。 内火艇で幌筵鎮守府施設へ向かう。桟橋では黒髪の艦娘、龍鳳が彼を出迎えた。 キス島守備隊司令岸邊中将と簡単な挨拶を艦上で交わすと、 これから始まるであろう超兵器迎撃戦に、陸軍の出る幕は無かった。 る。 港に入るとすぐに、陸軍兵を近くに停泊している大型輸送船に移動させる作業が始ま ホタカ達が幌筵鎮守府に到着したのは太陽が西へ傾き始めたころだった。 いつもと変わらない日常風景の一角だった。 一般人からしてみれば異常なやり取りではあったが、この二人にとっては 執務室の主、提督は書類作業を再開した。 その様子をあっけにとられたように見るわけでもなく、さも当然と言った顔で 翡翠色の和服の様な上着を翻して龍鳳は執務室から飛び出していく。 ? 900 ﹁佐世保第三鎮守府所属、装甲護衛艦ホタカだ。出迎えご苦労様。﹂ ﹁提督が執務室でお待ちです。こちらへどうぞ。﹂ 敬礼もそこそこに龍鳳が先だって歩き始める。 その小柄な体に反して、彼女の歩く速度は大分早かったため ホタカは心持ち歩幅を広くとって歩いていかねばならなかった。 ﹁一つだけ知ってほしいことがあります。﹂ 鎮守府の階段に差し掛かり、流石に移動速度を落とした龍鳳が 若干申し訳なさそうに肩越しに微笑んだ。 ﹁提督はとっっってもせっかちな方でして⋮ 初めは戸惑うと思いますが、決して悪い人ではありませんので。﹂ ﹁了解した。﹂ ホタカが一つ頷くと、可愛らしい笑みを浮かべ礼を言う。 心なしか階段を上る速度も上がっているように感じる。 彼自身、目の前の少女の印象からしてみれば妙に歩く速度が速いようにも思えた。 しかし、提督がせっかちなら話も変わってくるだろう。 秘書艦は提督の執務のサポートを主に請け負う。せっかちな提督なら 部屋から部屋への移動も速足になるのだろう。とどのつまり、この歩く速さは ＳＴＡＧＥ─２９ 共闘 901 この鎮守府の艦娘にとっては普通に歩いているのと変わらないのだろう。 そんなどうでもいいことを考えているうちに、執務室前の扉にたどり着いた。 ノックを三回。しかし、一回龍鳳がドアを叩いた瞬間、 中から〟どうぞ〟と言う声が聞こえる。と、同時に彼女は扉を開けて 執務室内へ足を踏み入れていた。あわててホタカも執務室へ歩を進め、 執務机の前で立っていた海軍中佐に敬礼。 ﹁佐世保第三鎮守府所属、装甲護衛艦ホタカです。﹂ ホタカが名乗り終えた瞬間。 それこそ、言葉をかぶせかねないほど間髪入れずに中佐が話し出す ﹁幌筵鎮守府司令、備後勇中佐です。第４次キス島撤退作戦お疲れ様でした。 どうぞ、座ってください。﹂ 促され席に座る。備後中佐は向かいに座るとすぐに本題を切り出した。 ﹂ ﹁君が遭遇した超兵器はどのようなモノか 詳しく教えてくれませんか ﹁実際に遭遇したわけでは﹂ 超兵器の情報を教えてください。﹂ ﹁構いません。君がアリューシャンにいると考えている ? 902 ﹂ ﹁恐らく双胴強襲揚陸艦型超兵器デュアルクレイターで﹂ ﹁強襲揚陸艦とは ﹂ ? これらの無誘導噴進弾を連続射撃することが可能です。 戦艦の主砲塔クラスの装甲版に覆われた巨大な発射機で ﹁３０ｃｍ噴進弾、４５ｃｍ噴進弾、多弾頭噴進弾の発射機を統合したものです。 ﹁統合大型噴進弾発射装置とは 隠匿式１２㎝３０連装噴進砲３０基﹂ 統合大型噴進弾発射機６基、隠匿式５７ｍｍバルカン砲１８基、 門 １００口径３８．１㎝砲３連装８基２４門、８０口径２０．３㎝連装砲１８基３６ 話を戻しましょう、デュアルクレイターの全長は約４００ｍ、全幅約２１０ｍ 空海二つのルートでの上陸作戦が展開可能です。 それ一隻で敵前上陸作戦に必要なほぼすべての機能を持ち 回転翼機、垂直離着陸機を搭載した揚陸艦で ﹁あきつ丸や神州丸が近いかもしれません。多数の上陸用小型舟艇、 龍鳳の言っていた中佐の特徴を頭の片隅で思い出す。 ││││なるほど、確かにせっかちだな。 ? 無誘導とは言えその投射量は破滅的と言えるもので 生半可な艦隊であれば一瞬で火だるまになり無力化されます。 ﹂ イージスシステム搭載艦と言えど、この鉄の雨を防ぎきることは難しいでしょう。﹂ ﹁艦載機は 備後中佐は眉一つ動かさなかった。 ﹁Ｆｗ２００ＣとＢ│１７Ｅは４発爆撃機ですが、 ? ﹂ 着艦する場合は新型の制動索と機体構造の強化による力技ですが。﹂ ﹁はい。発艦する場合はＲＡＴＯブースターで推力を補い デュアルクレイターからの発着艦は出来るのですか ﹂ 戦闘艦として異常な能力をもつデュアルクレイターの性能に、 全てで２００∼３００程度かと思われます。﹂ Ｆｗ２００Ｃ等です。搭載機数は詳しい値は解りませんが、 Ｂ│１７Ｅ、Ｊｕ８７Ｄ、Ｊｕ８７Ｃ Ｆｗ１９０、ＡＤ１スカイレイダー、ＳＢ２Ｕビンディケーター、 Ｆ４Ｆ、フェアリバトル、アルバコア ﹁艦載機には主にブレニムＭＫ│１、雷電一一型、Ｔａ１５２、 ? ﹁ふむ。艦載艇は ? ＳＴＡＧＥ─２９ 共闘 903 904 ﹁小型艇一型と上陸用舟艇です。上陸用舟艇は大発動艇と大差ありません。 。無人戦闘が可能です。 小型艇一型は２２ｍの高速艇で、２０ｃｍ１２連装噴進砲１門、２０ｍｍ連装機銃 １基 ５３３ｍｍ魚雷落射器４基を装備し、最高速度は４２ ﹁なるほど。弱点は ﹂ 小型艇だけを搭載していたと仮定した場合、６００隻は下らないでしょう。﹂ 搭載数は場合によって大きく変動しますが、仮に上陸部隊を搭載せず ? は 他の超兵器よりも格段に劣ります。﹂ ﹁では、そこをつくと言う事で行きましょう。 ホタカ、君は単艦でこの任務を行えますか ? ﹁楽な戦いにはならないと思います。双胴艦の恩恵である大排水量の利点を生かし 中佐の問いに、ホタカは渋い顔をする。 ﹂ 構造上阻止しづらく致命傷になりやすいでしょう。ダメージコントロール能力で 艦内の隔壁は少ないです。装甲を貫いた場合、浸水や火災の拡大を 装甲が薄く脆弱です。更にウェルドック式強襲揚陸艦である以上 ﹁全体的に重装甲ですが、両舷最後部のハッチは構造上 ? ＳＴＡＧＥ─２９ 共闘 905 デュアルクレイターは水平防御、垂直防御共に非常に堅牢で さらに飛行甲板にも重装甲を施し、防御重力場も装備していますので 僕の主砲でアウトレンジからの砲撃を行った場合、装甲を貫通できる可能性は低い です。 トライデントとハープーンで飽和攻撃を行う場合でも ５７ｍｍバルカン、２０．３㎝連装砲、１２ｃｍ３０連装噴進砲など豊富な防御火 器により 満足な戦果を得ることは難しく、結論を言えば アウトレンジからの攻撃はヤルだけ無駄でしょう。 最後に残るのはハッチへの直接砲撃ですが、ハッチを狙うためには後方に回り込み 水平撃ちをする必要があります。ここまで接近すると噴進弾の射程に入るため、 無数の噴進弾を迎撃する必要があります。さらに無数の小型艇と航空兵力。 これらを掻い潜っても攻撃するチャンスは恐らく一瞬で、すぐに全速で離脱しなけ れば 多数の火器、艦載兵器により袋叩きにされる可能性が高く 後方に張り付いて連続射撃を行うのは難しいでしょう。﹂ 一気に話し終える。彼自身、デュアルクレイターを単艦で撃破する自信は無かっ 906 た。 チラリと中佐の背後で待機している龍鳳を見ると、その顔は青ざめ軽く引きつって いた。 一軍人として艦娘として当たり前の反応。そのせいか、ホタカの弱気とも取れる発言 や 超兵器の規格外の戦闘能力をを聞いても ﹂ ピクリとも表情を変えない備後中佐が妙に不気味に思えた。 ﹁なるほど。では、もう一隻居ればどうでしょうか 龍鳳に促され席を立ち、提督室を後にする。 ﹁はい。ホタカさん、こちらへどうぞ。﹂ ﹁それでは〟彼〟を呼びましょう。龍鳳。﹂ ニタリと口角を軽く吊り上げた。その様子を見た備後は一つ小さく頷く。 ﹁確かに、奴が居れば何とかなるでしょう。﹂ この国には自分に匹敵または凌駕する性能を持つ艦がもう一隻居る。 そこまで考えたところで、はたと気づく。 は思えない 中佐の言葉に一瞬面食らう。艦娘が１隻加わったところで状況が改善するように ? ＳＴＡＧＥ─２９ 共闘 907 ﹂ 幾つかの角と階段を通過し、１つの部屋に案内された。 ﹁ここは ﹂ ? 真津の指示だった。横須賀まで陸軍将兵を送り届けた後は そのまま佐世保へ帰還する。 ? ﹁電話はこの廊下の突当りの部屋に在り 基本的に自由に使えます。他に何か質問はございますか ﹁いや、無い。ありがとう。﹂ ﹁いえいえ。では、私はこれで失礼します。﹂ ﹂ 新型の装備を搭載していたとしても超兵器迎撃は困難と判断した ﹁はい。陸軍将兵を乗せた輸送艦を護衛しつつ本土へ向かっています。﹂ ﹁艦隊の皆はもう出発したのか 超兵器発見を発見した場合は最速で情報を届けますのでご安心を。﹂ ﹁航空哨戒を強化していますが、今の所超兵器出現の兆候は見られていません。 う。 中に入ると、簡素な机と寝台、ストーブ。使われていない艦娘用の部屋の一室だろ ﹁中佐の仰る〟彼〟がここに来るまでは、この部屋をお使いください。﹂ ? 908 彼女は一礼すると、踵を返して部屋を出て行く。 特にやることも無いのでストーブに火を入れ、寝台に寝転がる。 冷たい寝具の感覚、真新しい天井が視界いっぱいに広がった。 特にやることも無く、寝転んでいたホタカがふと思い出したのは。 まだ彼が〟艦息〟と呼ばれる存在で無かったころの記憶、スカパフローでの デュアルクレイター迎撃戦の記憶だった。 その時のホタカは第１次改装を終え、完成直後とは隔絶した戦闘能力を保有してい た。 迎撃戦開始後、彼は新たに搭載された６１㎝砲と新型のトライデントで 前面に展開した護衛艦隊を中央突破しデュアルクレイターに突入する。 当然、超兵器は中央突破してくるホタカへ向けて、小型艇と連携しつつ 猛烈な迎撃を開始する。降り注ぐ主砲弾と魚雷を掻い潜り、 噴進弾を新型の防御重力場と装甲、防御火器で凌ぎ 後方のハッチに肉薄、主砲とトライデントミサイルで一撃を与えることに成功する。 トライデントミサイルは、速度を上げる前に濃密な対空砲火により全機撃墜された が 発射された時点でトップスピードとなっている主砲弾は４発が左舷側のハッチを吹 ＳＴＡＧＥ─２９ 共闘 909 き飛ばし 内部に侵入。ウェルドック内で出撃を待っていた小型艇やその弾薬を誘爆させ デュアルクレイターの左舷艦首付近から中央部にかけての舷側を吹き飛ばし ２つの艦体を繋ぐ接続部に着弾した２発は、航空機格納庫を突っ切り １発は航空機用燃料槽、もう１発は更に艦内を突き進み、 両方の胴体を繋ぐ構造体の最前部に設けられた第１艦橋で炸裂した。 燃料槽に満載された航空燃料はたちまち紅蓮の炎を噴き上げ、 重装甲であるはずの飛行甲板を発艦しようとしていた艦載機ごと地獄の業火に包み 込む。 第１艦橋で炸裂した一発は艦の指揮系統を奪った。 ２つの船体を繋ぐ部分に致命的な損害を負い、 左舷側に大規模な浸水が発生したデュアルクレイターは 中央部から真っ二つに割れて、それぞれの船体が横転して海中に没した。 何とか超兵器を葬ったホタカも、上部構造物や対空火器に重大な損害を受けた為 辛勝と呼べるだろう。 今回は改装前の４１ｃｍ砲と防御重力場、対空火器で戦わねばならない さらにひどい戦いになることは想像に難くなかった。 910 嫌な想像を振り払うように２，３度頭を振り別の事を考えることにする。 あの艦娘 ││││それにしても、龍鳳と言ったか ? ﹁よぉーっす ホタカ居るかい ﹂ !? ﹁君は ﹂ ああ、自己紹介してなかったっけ ﹁アサマ型二番艦ホタカだ。﹂ あたいは夕雲型一六番艦朝霜さ。よろしくな ﹁ん ? ﹂ 寝具から立ち上がり、彼女へ近づくと。艦娘││朝霧は ! ? 外側が白銀、内側が紫色の髪が印象的な艦娘だった。 服装は白い長そでのブラウスに、赤紫色の短めのワンピース。 長い髪を後頭部で纏め、薄鈍色の瞳は右側が前髪で隠れている。 見慣れない小柄な艦娘が視界に入った。 来客が来ているのに寝転がってるわけにもいかないので状態を起こすと ドアの出した音よりも大きく元気な声が部屋の中に響く。 ! 勢いよく開け放たれる。 そんなどうでもいい考察を頭の中で転がしていると、木製のドアが 中佐の思っていることが解るのか ? ? ＳＴＡＧＥ─２９ 共闘 911 ﹂ ふむふむと頷きながら彼の周りを一周廻った。 ﹁どうした ﹂ ? 何やってんだ 置いてくぞ ﹂ ! しない事も無かった。 ﹁おい ! この辺もあの提督の影響かと一瞬考えるが、彼女自身の個性の様な気も くるりと踵を返すと、彼の返事を待たずに歩き始める。 突当りに通信機が置いてある部屋が有るからさ、ま、付いてきな。﹂ ﹁佐世保からホタカ宛に電話だよ。部屋を出て右へずーっと行って 朝霜は、思い出した。と手をポンと鳴らした。 ところで、何か用か ﹁デザインが違うだけで、材質はそう変わらないだろう。 案外普通なんだなと思ってさ。でも、この軍服はうちと全然違うよな。﹂ ﹁いやさ、けた外れに強いっつーからどんな奴かと思ったけど ? 今行く、と彼女に返して足を踏み出した。 │││面倒見は良さそうだな。 首だけ振り返って彼を急かす。 ホタカがまだ動いてなかったので、部屋の外まで出てしまった朝霜が ! 912 ﹃こういう事になるとは、運がいいのか悪いのか解らないな。﹄ 通信機│││と言っても見た目は只の電話│││の向こうからは 呆れたような真津の声が聞こえてくる。 ﹁運がいいと思っておきましょう。東京湾に現れれば 大本営が恐慌を起こしませんから。﹂ ﹃ハッ、違いないな。命令系統の事だが、一時的に 幌筵鎮守府の備後中佐の指揮下に入ってもらう事にする。 佐世保から指揮なんてできないからな。﹄ ﹁了解しました。﹂ ﹄ ﹃今回は例の艦と共同戦線を張るそうだが 信用できるのか ﹃おいおい、笑えない冗談はやめてくれよ。﹄ 僕が沈むだけですから。﹂ ﹁まあ、彼なら大丈夫でしょう。たとえ間違っていても ? ＳＴＡＧＥ─２９ 共闘 913 ﹁失礼しました。とは言え、彼が裏切るようなことは無いと思いますよ。 完全に僕の想像ですが、裏切るぐらいなら自沈を選ぶようなヤツでしょう。﹂ ﹃その想像が正しいことを祈るよ。﹄ そこまで提督が言ったところで、 ﹂ 何か硬質なものが砕け散るような音が受話器の向こうから聞こえた。 ﹁どうしました ﹃まあ、伝えることはさっきので全部だ。 ﹄ とりあえず生きて帰ってこい。っと、なんだ ホタカ、電話変わるぞ ﹁は、はぁ⋮﹂ ? その後すぐに、受話器から自分が良く知る少女の声が聞こえてくる。 間抜けな声が漏れてしまった。 これで会話も終わりと思っていたところだったので ? ⋮⋮⋮ ホタカの呆れたような声に、真津は乾いた笑いをもらす。 ﹁お変わりがないようで喜ばしい限りですな。﹂ 修理代は後で第二鎮守府に請求しておく。まあ、何時もの事さ。﹄ ﹃いや、心配ない。龍上大佐がまた龍驤とじゃれあっているのだろうよ。 ? 914 ﹃もしもし、ホタカ ﹁なんだ、君か。﹂ ﹃何だとは何よ。﹄ ﹄ ﹁ああ、佐世保に戻るのはもう少し後になるな。﹂ ﹂ 一度お祓いしてもらえば ﹃なんと言うか、アンタの行くところ行くところ 問題だらけじゃない ﹁そうだな、雪風か君にやってもらおうかな ﹂ って言うかこんな事が話したいんじゃなくて。﹄ ﹁なんだ ﹄ ﹄ ? ? ﹃まあ、いいわ。アンタ、また超兵器と戦うのよね そう言えば、彼女の声を聴くのは久しぶりだった事に気づく。 若干すねたような声を受話器に伝えてきたのは瑞鶴だった。 ? ﹃アタシはレイテで沈んでるから雪風に頼む事ね。 ? ? ﹃あるでしょ。ドレッドノートの時とムスペルヘイムの時。﹄ ﹁僕の記憶では約束を反故にしたことは⋮﹂ アンタすぐに約束破るし。﹄ ﹃⋮まあ要するに、無事に帰ってきなさいってことよ。 ? ＳＴＡＧＥ─２９ 共闘 915 ﹁いや、室戸岬沖の事はともかくウルシ│での事は仕方がな﹂ ﹃喧しい。無理と無事の意味をもう一度勉強し直しなさい。﹄ 取り付く島が無いとはこの事だろう。あの時、目の笑っていない笑顔で 解った ﹄ 自分の損傷個所を伝えた彼女の顔を思い出し背筋が少し寒くなる。 ﹃とにかく絶対に帰ってきなさい。いい ﹁解った、約束する。﹂ ﹃解ればいいのよ。﹄ ? ? 無いならもう切るぞ。 受話器の向こうの雰囲気が幾分和らいだように感じ取れた。 ﹁他に何かあるか ﹁こんどは何だ ﹂ ﹃あ、ちょっと。﹄ 提督の話も終わっているしな。﹂ ? ﹃⋮ううん。何でもない。じゃあね。﹄ ようやく、受話器から意味のある音が聞こえてくる。 一体何が言いたいのか小さく首をかしげていると 〟うー〟だのと言葉になっていない音が極々小さく聞こえてくるだけ。 そう問いかけてみるが、受話器の向こうからは、〟あー〟だの ? 916 ﹁またな。﹂ 受話器を元あった場所に戻す。 それにしても、彼女は何を言いかけたのだろうか。 ﹂ 瑞鶴にしては歯切れの悪い答えだった。 ﹁彼女か ﹁よかったのか ﹂ 何故あの時呼び止めてしまったのか、自分の行動が腑に落ちない。 執務室を出て、一つため息を付く。 ﹁解った。﹂ ﹁そうか。報告書は受け取った、戻っていいぞ。﹂ ﹁うん。﹂ 受話器を置いたままの瑞鶴に、真津が声をかけた。 ? 目を見ると、自分の抗議に効果があるようには思えなかった。 若干の頭痛を覚えつつ否定するが、朝霜の面白い物を見つけたと言う 疑問が一気に吹き飛んでしまう。 朝霜のからかうような声に、頭の中をぐるぐる回っていた ? ＳＴＡＧＥ─２９ 共闘 917 ﹁ま、いっか。﹂ 思考のループに飲み込まれる前に、彼女はそれについて考えることを 放棄する。考えても、こういった類の問いの答えが出るとは限らず 瑞鶴自身、そのために長いこと考えるのは時間の無駄と認識し始めていた。 夕食は鎮守府の食堂でとることになる。こちらの鎮守府でも艦娘による 当番制のようで、今日は龍鳳の当番ということだった。メインはフーカデンビーフ。 食堂には鎮守府に所属する艦娘が思い思いの場所で食事をとっている。 こういうところは北でも南でもそう変わらないらしい。 こちらに気づいた朝霜が〟よっす〟と軽く手を挙げた。こちらも軽く手を挙げて答 え、 空いている適当な席に座ろうと食事の乗った盆を机に置く。 すると、目の前にほぼ同じタイミングで別の盆が置かれた。 ﹁備後中佐。﹂ ﹁冷めないうちに食べることをお勧めします。﹂ 918 既に彼は湯気の立っているフーカデンビーフに 箸を入れていた。中佐のいう事ももっともだったので 自分も席について食事を始める。 料理の腕は鳳翔と遜色がない。つまり非常に美味い。 ふと前を見ると、中佐も自分と同じように食事を続けている。 彼にとっては少し奇妙な感じがした。 せっかちな人間なのだから食事も早食いなのだろうと勝手に 決めつけていたが、目の前の光景は彼の予想と真逆だった。 ﹁君は少し勘違いをしているようだ。﹂ ﹂ そんなホタカの疑問を感じ取ったのか、中佐は箸を止め一口茶を啜った。 ﹁勘違い、ですか 無論、必要な場合はそうしますがね。 特に急ぎの用もないのに掻き込むほど無粋ではありません。 後悔を省き、価値ある人生を送る近道です。せっかく艦娘が作ってくれた料理を 無駄を省いていけば、有用な任務、事柄に必要十分な時間を使うことが出来ます。 人生は短い。我々、軍人と言う人種は特に。 ﹁どうでもいいことに時間を盗られている場合ではないのです。 ? ＳＴＡＧＥ─２９ 共闘 919 話は変わりますが、彼は４，５日ほどでこちらに到着するようです。 で 超兵器を発見次第君達には迎撃に当たってもらいます。﹂ ﹁４，５日ですか、巡航速度３８ ﹁久しぶりだな、ホタカ。﹂ ﹁久しぶりと言っても１月程度だろう ﹁よろしく頼む。だが、その名前はもう使うな。﹂ 提督の執務室まで案内するよ。﹂ 帝国軍最北端の鎮守府へようこそ。ムスペルヘイム。 ? 以前に一度会った事のある、薄いブルーの軍服を身に纏った青年。 片手で軍帽を抑えつつ降り立った。その紅い視線の先には 側面のスライドドアが開くと、濃紺の軍服を身に纏った男が 岸壁近くの広場に茶色のＵＨ│１Ｄが強烈なダウンウォッシュと共に舞い降りる。 備後の言った通り、５日後幌筵鎮守府沖に巨大な航空戦艦がその錨を降ろした。 日本よりのルートならばそれぐらいかかりますね。﹂ ? 920 ﹂ 超兵器の艦息は少し肩を竦める。 ﹁どういうことだ ホタカが思わず肩越しに振り返って尋ねると、 艦息は口角をほんの少し歪ませた。 ﹁超大型航空戦艦〟加久藤〟。それが私の名だ。﹂ ﹁加久藤、か。聞いたことの無い単語だ。山の名前か ﹁山、と言うよりは火山と言った方が正確だろうな。 ﹂ ? ﹂ 私、正確には私の心臓が何処から来たか。﹂ ﹁火山だ。貴様もヴェスヴィオで見ただろう ﹁それは⋮ああ、なるほどな。﹂ ﹁ホタカ、忘れたか 彼の問いに、加久藤は少し呆れたように小さくため息をついた。 ﹁何故、君ははそのことを知っているんだ 生きている火山であると認知されていないようだったがな。﹂ 火山に間違いない。もっとも、こっちの世界では加久藤が 加久藤カルデラだ。今は加久藤盆地と呼ばれているが ? ? 帝国は超兵器機関を火山から採掘することで得ていた。 山腹から突き出した巨大な超兵器機関の残骸を。 ? ? ＳＴＡＧＥ─２９ 共闘 921 事実、超兵器機関はその殆どが巨大な火山から出土している。 そして、私の心臓もな。﹂ ﹁と、いう事は。﹂ ﹁察しが良いな。私の超兵器機関は九州の 加久藤カルデラ地下から発掘されたものを使用している。 名前を変える時に、何か希望があるかと聞かれてな。 と首を傾げられたがね。 気づけば加久藤の名を挙げていた。 初めは何処の山だ その為、超兵器を運用していたウィルキア帝国では火山学の研究が 世界的にも有名な火山帯であることであった。 それ以上の事は解らなかった。重要な事は、超兵器機関が埋没している場所は 超兵器機関を製造した誰かが埋めたらしいことは解ったが ホタカの世界で、超兵器機関は主に火山から得ることが出来た。 この国は立ち行かなくなるからな。﹂ まあ、加久藤火山が破局的噴火を起こせば 本土の火山学者が顔を青くしたそうだ。 こちらの持っている火山のデータを送ったところ ? 922 爆発的に進歩することになる。結果的に今まで死火山と思われていた 加久藤カルデラが、まだ生きている火山であることが判明する。 また超兵器が埋没していることも突き止められたため、 日本の降伏後、一気に発掘、修理。すでに完成していた船体に乗せ ムスペルヘイムが誕生した。 ﹁加久藤盆地、か。確か盆地の中に霧島山があったな 艦の中央が戦艦になっている君には悪くない名前だろう。﹂ ﹂ ﹁そう言ってもらえると、変えたかいが有るな。 貴様は如何するんだ 執務室では、既に備後中佐と龍鳳が ﹁違いない。﹂ 艦名を変えるほどの理由が見つからないな。﹂ 名前もこの国の武尊山から取っている。 僕自体、世界は違えど作られたのはこの国だ。 ﹁十中八九変えないだろうね。 ? ＳＴＡＧＥ─２９ 共闘 923 キス島周辺海域の地図を広げて待機していた。 ﹁超大型航空戦艦加久藤。到着しました。﹂ ﹁長旅ご苦労でした。幌筵鎮守府の備後です。﹂ ﹁秘書官の龍鳳です。﹂ 中佐に促され、地図の乗った提督の執務机をのぞき込む。 地図にはいくつもの線が縦横無尽に引かれ、その上に 幾つかの駒が置いてあった。駒には高度と時間が書き込まれた付箋が張られている。 駒の場所はバラバラだったが、記されている高度は全てが７，０００ｍ以上になって いた。 この時期のアリューシャン列島では頻繁に嵐が起こり 今日も北の海は大荒れだった。その為、哨戒機は雲の上を飛び 電探で超兵器を探っている。超兵器ノイズは強力であり 航空機に乗せられる程度の性能の低いタイプであっても、 探知する事だけなら何とかなった。 ﹁今現在の哨戒状況です。この線が哨戒機の航路。 駒が哨戒機が連絡を入れた場所と時間です。﹂ 龍鳳が手短に説明すると、駒の一つを線に沿ってある地点まで移動させ 924 駒に貼り付けられた付箋を取り換える。新しく張られた付箋にはついさっきの 時刻が書き込まれていた。 ﹁現在、幌筵鎮守府に所属する電探搭載型の 哨戒機と、先ほど加久藤から飛ばしてもらったＥ│２Ｃに キス島周辺海域の哨戒を行ってもらっています。 現在までに加久藤以外の超兵器ノイズは確認できませんでした。﹂ 中佐の視線の先には、キス島へ接近中の数個の駒。 その高度は９０００ｍを超えていた。 ﹁超兵器機関を停止させていればノイズは発生しません。 しかし、Ｅ│２Ｃなら超兵器自体を直接レーダーでとらえることが出来るでしょ う。 キス島周辺に目標が居るのなら、すぐに解るはずです。﹂ この部屋の軍人の視線が、自然に紙の上の数個の駒に集まった。 雲一つない蒼空を１機の奇妙な双発機が飛んでいる。 ＳＴＡＧＥ─２９ 共闘 925 白く塗装された機体、複雑な形状の尾翼。その中でも一際目を引くのは 機体上部に乗せられたロート・ドーム。一分間に数回回転し 機体の下部に広がる雲海をものともしない電子の目で探っていく。 その航空機の周りを、護衛のＦ／Ａ│１８のエレメント│２機一組の分隊│２つが 周囲に目を光らせながら飛行している。 ふと、航空機│││Ｅ│２Ｃホークアイのレーダー上に奇妙な点が現れる。 反応の強さから、現れた点の大きさは３００ｍを優に超えていることが解った。 事前にインプットされた海図と比べるが、この辺りに小島があるとは 書かれていない。ホークアイに搭載されたＡＩは 母艦に不審な影のデータを送りつつ、護衛のホーネットの内 片方のエレメントに雲海の下へ降下するよう指令を出す。 この荒天下で飛行できる航空機は限られており 例え、航空機に追いかけられてもホーネットの脚ならば十分離脱できると ＡＩは判断していた。 翼を翻して２機のホーネットが雲海へ消える。 926 デュアルクレイターの巨大な艦体が ホーネットのガンカメラに捉えられたのは、それからすぐの事だった。 数時間後、幌筵鎮守府から２隻の戦闘艦が錨を上げ、 鉛色の海を切り裂きながら前進を開始する。白いペンキを塗りたくったような 海に２つの艦体が見えなくなるのに、そう時間はかからなかった。 ＥＤ ﹁ＯＮＥ ＯＫ ＬＯＣＫ 〟アンサイズニア〟﹂ ＳＴＡＧＥ│３０ アリューシャンに悪魔は嗤う 鉛色の荒れた海が、進撃してきた鋼鉄の戦船によって二つに割かれていく。両側に分 けられた海水は戦艦の滑らかな舷側を通過し、推進器が起こす強力な水流によって後方 へと押し出されていった。 １２月に入り、荒れ模様のアリューシャン列島へ向けて航行する２隻の戦闘艦。１隻 は そ の ス マ ー ト な 艦 体 に 各 種 の 兵 装 を 装 備 し 見 か け よ り も 巨 大 な 戦 力 を 有 し て い る。 その艦の後に続くのは、島の様な巨大艦を３つ横に連結した様な、巨大と言う言葉では 足りないほどの体躯を持つ航空戦艦。荒れた海とは言え波の波長よりも長大な船体に よって、揺れは有って無いような物だった。 両側に装備された飛行甲板から、青い炎の煌めきを残してホーネットの４機編隊が飛 び出し、どんよりと曇った空へ駆け上がっていく。改良と進化を繰り返した航空機に とって、これ位の天気ならば作戦行動に支障は出なかった。 自分の航空隊が無事に発艦したことを、外部カメラを通して確認した加久藤は唯一の 僚艦へそのことを伝える。 ﹁此方加久藤。最後の航空機の発艦を確認した。﹂ ＳＴＡＧＥ─３０ アリューシャンに悪魔は嗤う 927 ﹃了解した。それにしても、君に悪天候下で運用できる航空機が搭載されていてよかっ た。﹄ ホタカの言葉を、加久藤は鼻で笑う。 通信が切れると、加久藤は自分の艦載機が送ってくるログに意識を集中し始める。 ﹃君もな。通信終わり。﹄ ﹁そろそろ作戦開始だ。幸運を祈る﹂ チラリと時計を見ると、作戦開始予定時刻だった。 打ってあるが。﹄ ログラムは完成しているが同じ物が飛んでくるとは考えづらい。まあ、いくつか手は れを受けたら⋮良くて大破、運が悪ければ撃沈だな。前回受けたモノの、対ウィルスプ ﹃ああ、あのウィルスがいつどこで感染したのか今だによく解っていない。戦闘中にあ う。﹂ 器近辺もここと同じく大荒れだそうだ。舞台は整っている。しかし、油断は禁物だろ ﹁貴様に言われても皮肉にしか聞こえん。冗談はともかく。偵察機からの報告では超兵 ﹃それは、運が良かったな。﹄ ければ、艦載機を全てジェット化するのは遠い話では無かっただろうよ。﹂ ﹁フン。大戦前期に沈んだ旧型と一緒にしないでもらいたいな。私も貴様に沈められな 928 誘導爆弾と短距離ミサイルを満載したハリアーとホーネットの１１個飛行隊、総勢２ ６４機が荒天下の大気を切り裂きながら獲物へ向かって飛行を続けていた。 んしね。﹂ ﹁加久藤は未だに荒天下ですから、ゼロ戦やワイルドキャットを出すわけにもいきませ 備のホーネット４個飛行隊を空対空装備を満載させて飛ばすらしい。﹂ 仕掛け、航空機運用機能を奪うはずだったんだが。こうなっては仕方がないな。奴は予 ﹁荒天下での行動が可能な加久藤の艦載機によって、デュアルクレイターに先制爆撃を ﹁もう少し荒天が続く見込みだったのですが、やはり地球が相手では分が悪いですよ。﹂ 副長の報告に、ヤレヤレとため息を付いた。 ﹁解った。しかし、ツイてないな。﹂ した。﹂ り、目標は艦載機の発艦を開始偵察機は戦闘に巻き込まれるのを避けいったん退避しま ﹁艦長、加久藤の偵察機より、目標近辺の天候が回復しつつあるとのことです。それによ ＳＴＡＧＥ─３０ アリューシャンに悪魔は嗤う 929 当初の計画では、目標が荒天下を航行している時を狙い、荒天化運用が可能な加久藤 の 艦 載 機 に よ り 航 空 機 運 用 機 能 を 初 め と す る デ ュ ア ル ク レ イ タ ー の 攻 撃 能 力 を 漸 減。 その後、加久藤と分離したホタカが突入し、艦載艇の迎撃は大口径機関砲を積んだハリ アーや、手の空いたホーネットが行う。ホタカはその中を突破し、目標の後部へ攻撃を 仕掛けると言う物だった。 デュアルクレイターが展開している防御重力場については、ホーネット１個飛行隊が 高高度から急降下し、速度を上乗せした誘導爆弾を叩きつけて強引に突破する方法をと る。一度防御壁崩壊を起こさせれば、暫くは攻撃に対して無防備な状態となる。たと え、その一撃で防御重力場が破れなくても続くハリアー８個飛行隊、ホーネット１個飛 行隊が連続爆撃を行えば問題は無い。 なお、高高度からの急降下爆撃を行う部隊はＣｒｏｗ、水平爆撃を行うハリアー隊は Ｐｈｏｅｎｉｘ、Ｐｅｎｎａｎｔ、Ｌａｎｃｅｒ、Ｂｅａｓｔ、Ｃｏｃｏｏｎ、Ａｌｂ ｉｒｅｏ、Ｏｆｎｉｒ、Ｇｒａｂａｃｒ、ホーネット隊はＷａｒｄｏｇ、護衛のホーネッ ト隊はＷｉｚａｒｄ、Ｓｏｒｃｅｒｅｒが充てられる。しかし現在、目標周辺の天候が 急速に回復し始めデュアルクレイターから各種の航空機が発艦を開始し始めている。 方編隊までの距離は ﹂ ﹁加久藤からの増援の飛行隊が来る前に、味方編隊が攻撃を受けるのは面白くない。味 930 ? ﹂ ﹁約２２０ｋｍ、目標と味方編隊の距離は約１００ｋｍです。味方編隊は時速６５０ｋ ｍで高度８０００ｍを飛行中。﹂ ﹁スタンダードでも射程距離圏外か。付近にホークアイは ﹁ｓｅｉｒｉｏｓ│０４が居ます。﹂ 設定。発射後の管制はｓｅｉｒｉｏｓ│０４に委任する。﹂ ﹁よし。特殊弾頭ＶＬＳハッチ解放。トライデント６基用意。モードＨＥ、指令起爆に ? デュアルクレイターに進撃を続ける航空隊よりも１０００ｍ以上高い空を飛行する ﹁加久藤の航空隊の攻撃に期待しよう。﹂ かった場合、我々の接敵までおよそ１時間半です。﹂ ﹁こ れ で 迎 撃 部 隊 を あ る 程 度 漸 減 で き る で し ょ う。デ ュ ア ル ク レ イ タ ー が 変 針 を し な ホタカの艦橋横の大型ＶＬＳから６つの槍が曇天を貫く。 ﹁発射。﹂ ﹁撃て。﹂ ﹁トライデント６基発射準備完了。﹂ ＳＴＡＧＥ─３０ アリューシャンに悪魔は嗤う 931 932 ホークアイ、ｓｅｉｒｉｏｓ隊４番機ｓｅｒｉｏｓ│０４は、こちらの航空隊へ向かっ て突入してくる一群の輝点を確認する。 速度は４００ｋｍ／ｈそこそこ。数は約８０機。方位、針路からして目標からの迎撃 部隊であることは明白だった。ただちに攻撃隊と艦隊へ警告を発する。 それと同時並行で、ホタカから発射された６基のトライデントミサイルの誘導を開 始。敵編隊中央で炸裂させれば、跡形も無く吹き飛ばすことが可能だろう。 その時、敵編隊がバラけ編隊の密度が希薄になる。これではいくら核ミサイルに匹敵 する衝撃波を生み出すトライデントでも、一網打尽にすることは出来ない。ｓｅｉｒｉ ｏｓ│０４はトライデントミサイルを出来る限り拡散させて編隊に突入させるが、最大 効率を目論んで炸裂させた６発のミサイルはわずかに１０機を消滅させるにとどまっ た。 この結果は対空目標に使われた特殊弾頭弾を無力化する方法を、敵の艦載機は知って いたことが大きな原因だった。いくら巨大な衝撃波を生んだとしても、それで覆えるほ ど空は狭くなく編隊を解いてバラバラに飛行すれば、特殊弾頭弾の攻撃で一網打尽にさ れる確率は少なくなる。ホタカの世界で、特殊弾頭対空ミサイルが無いのはこれが原因 だった。特殊弾頭ミサイルを対空目標に放ったところで、多数の機体を撃墜できなけれ ば割に合わない。航空機が高速化し、機動性が飛躍的に上昇した大戦後期ではなおさら ＳＴＡＧＥ─３０ アリューシャンに悪魔は嗤う 933 それが顕著になり、ごくごく一部で運用されていた特殊弾頭対空ミサイルは止めを刺さ れた形になり、使われなくなった特殊弾頭は別の特殊弾頭兵器に流用されていった。 こちらの世界では、航空機は密な編隊を組んで飛行することが未だ常識であったた め、度々特殊弾頭ミサイルの指令起爆で大戦果を得られたが、それが過去のモノになる ことは時間の問題であった。 とにもかくにも、前方で６つの火球が出現したのを確認した護衛担当飛行隊、Ｗｉｚ ａｒｄとＳｏｒｃｅｒｅｒのホーネット４８機が後部から噴射炎を煌めかせて敵迎撃 機へ突入を開始する。既に眼下の分厚い雲海は消え失せアリューシャンの海と空が目 の前に広がっていた。 敵は全てレシプロ機で速度の優位はこちらにあったが、速度を生かして無視するのは 論外だった。もし、飛行甲板の破壊に失敗した場合、見逃した機体が爆装しホタカに殺 到する恐れがある。その為、護衛隊には見敵必殺の命令が下されていた。 髭を蓄えた魔法使いがあしらわれた部隊証を尾翼に描いたホーネットが真っ先に突 入しつつ、ぶら下げてきた空対空ミサイル２発を発射。左右から挟撃しようとしていた ２機のワイルドキャットが蒼空に２つの黒い華を咲かせる。それを合図にあちこちで 黒点が空を汚し、バラバラになった戦闘機だったものが、時折太陽光を反射しながら落 ちて行く。最初に護衛隊が放ったミサイルの一斉射によって、迎撃編隊は半数以上の５ 934 ０機を喪失していた。 その後はホーネットもミサイルを温存するため、ジェットエンジンによる優速を生か した一撃離脱に切り替え、何とか回避しようとする敵機に背後から２０ｍｍ砲弾の雨を 浴びせかけ血祭りにあげていく。Ｓｏｒｃｅｒｅｒ隊のエンブレムを付けたホーネッ トが２０ｍｍ機関砲弾でＦｗ１９０のエンジンを吹き飛ばすと、空に敵は存在しなかっ た。 乱戦により散らばってしまった僚機を集合させ、護衛任務に戻る。これで純粋な戦闘 機隊はデュアルクレイターには存在しないだろう。つまり、航空機での行き来の安全は 確立されたことになる。 彼らの上空では、唯一誘導爆弾を搭載した２４機のホーネットが更に高い高度へ向 かって上昇を開始していた。 高度１万５０００ｍ、対流境界面よりも高空を２４機のホーネット│││Ｃｒｏｗ隊 │││が６つのダイヤモンドを形作って飛行していく。改良が加えられた本機であっ ても、実用上昇限度ぎりぎりでの飛行の為 操縦しているＡＩは微妙な操作を要求されるが、人よりも遥かに迅速かつ正確に各動 翼を制御できるため、機体自体は安定していた。眼下にはアリューシャン列島。そし ＳＴＡＧＥ─３０ アリューシャンに悪魔は嗤う 935 て、豆粒の用意見える超兵器。誰も居ないコクピットの多機能ディスプレイにｅｎｇａ ｇｅと表示された瞬間、全機が一斉にプッシュオーバー、スロットルをＭＡＸに叩き込 みパワーダイブを開始する。 速度は軽々と音速を超え、高度計はめまぐるしくその数を減らしていく。機体が耐え られるギリギリの速度まで加速を続ける。ＨＵＤの中心では白い幅広の船体を持つ超 兵器の姿が刻一刻と大きくなっていく。 突然、ＨＵＤに移る超兵器が白煙に包まれ、前方警戒レーダーがこちらに迫りくる多 数の噴進砲弾を警告してくる。が、ここまで速度を上げてしまえば回避行動が空中分解 につながりかねない打ち上げられる噴進砲弾の間を抜ける様に降下を続ける。 ある地点まで来たところで、ついに抱いてきた誘導爆弾を全て切り離し、機首上げを 開始。人間にはもちろん、航空機にとってもただでは済まされないＧが機体を襲う。 後方で閃光。機首上げの遅れた３番機が超兵器の放った何度目かの噴進砲弾の斉射 の網に絡めとられ爆散する。 突然、後方で異常な振動が発生し、間もなく大きな振動が発生する。コクピット内に 警報音、左の水平尾翼が高負荷に耐え切れず吹き飛んだことを示す表示。ただちに右の 水平尾翼だけで引き起こしを完了できるように各種動翼を調節。しかし、左水平尾翼の 損失をカバーするには状況が過酷すぎた。すぐに各種動翼にも不具合が続出、多機能 936 ディスプレイがエラー表示の洪水に飲み込まれ、けたたましいアラートがどこか空虚に 響いた。ＨＵＤにいっぱいに広がるのは荒れたアリューシャンの海。瞬間、今まで編隊 の先頭を飛行していたそのホーネットは、機首から海に突っ込み盛大な水柱を噴き上げ 散華する。他にも、引き上げがわずかに遅かった一機が海面ギリギリまで降下したとこ ろに、前方に突然現れた大波に主翼をひっかけ海面で２、３度バウンド、構成部品をま き散らしながら海中に没する。 この急降下攻撃に参加したＣｒｏｗ隊の２４機の内、３機が失われたがそれに見合う 分の打撃を与えることには成功した。投下された９６発の誘導爆弾は、そのすべてが デュアルクレイターに殺到し周囲に展開された防御重力場に命中、力場を激しくかき乱 し防御壁崩壊を誘発させる。 さらに、投下が少し遅れた２発が防御壁崩壊を起こした力場を通り抜け、装甲化され た飛行甲板の右船体側に１発、中央部に１発が着弾。強靭な装甲板をその運動エネル ギーで強引に突破し、中央部に着弾したモノは内部に搭載された各種航空機を爆破、炎 上させる。しかし、右側の船体部分に着弾した１発は大きな影響を与えられなかった。 投下された誘導爆弾には若干の角度がついていたため、飛行甲板の装甲を貫いた後艦内 にはとどまらず右舷側の舷側を突き破って海面に突き刺さり、そこで炸裂した。８００ ｌｂ誘導爆弾の超至近距離での炸裂は、デュアルクレイターのバルジに若干の歪みを生 ＳＴＡＧＥ─３０ アリューシャンに悪魔は嗤う 937 じさせただけに過ぎなかった。 第１次攻撃隊はデュアルクレイター手前で、低高度から小型艇の掃討を担うホーネッ ト│Ｗａｒｄｏｇ│と高高度からのピンポイント爆撃を行う複数のハリアー隊の２手 に分かれる。Ｗａｒｄｏｇ隊は、ハリアーから放たれる誘導爆弾を誘導するためのレー ザ ー を 照 射 す る 役 割 も 持 た さ れ て い た。高 度 １ ０ ０ ま で 降 下 し た ホ ー ネ ッ ト の 対 地 レーダーには、海面を縦横無尽に駆け巡る魚雷艇の姿が無数に移り、突入を開始した編 隊へ対空機銃と多連装ロケットによる迎撃が始まるのも時間の問題だった。 突然、デュアルクレイターの周りを取り囲む小型艇から一斉に黒煙が噴き出す。船体 に火災が発生しているようには思えない。そして、放たれる黒煙は事故にしては明らか に過剰な量だった。赤外線画像を確認した時、それが何であるかＡＩは認識する。真夜 中でも周辺を観測できる赤外線画像上では、小型艇から噴出した黒煙は真っ白に染まり その中が確認できない。この黒煙は単なる事故では無く、歴とした戦闘行動。つまり煙 幕であることがはっきりする。さらに攻撃隊にとって不味い事に、この煙幕は赤外線を 反射している。発煙装置はフォッグ・オイルと呼ばれる油脂を加熱することで煙幕を生 成しているが、オイルに黒煙を混ぜると赤外線すら反射する事が可能となる。 これによって赤外線探知、レーザー測距をも欺くことが出来た。ハリアーに満載され ている誘導爆弾は、母機からのレーザー照射によって誘導されるため煙幕を張られてし 938 まうと誘導が出来ない。さらに、デュアルクレイターは煙幕の弱点である発煙開始から 十分な隠ぺい効果が見込めるまでの時間を、小型艇の大量投入による物量で解決してい た。母艦自らも煙幕を張ることで、現状は２重３重の煙幕のスクリーンの向こうのひと きわ大きな煙幕の塊の中にデュアルクレイターが存在するような物だった。 こ れ で は 誘 導 の た め の レ ー ザ ー を 照 射 し て も、真 面 な 場 所 に は 当 た ら な い。ま た、 デュアルクレイターの煙幕の更に外側に煙幕を発生させない小型艇を配置することで 煙 幕 に 遮 蔽 さ れ て い な い 光 学 映 像 を 母 艦 に 届 け て い る。こ れ の 報 告 を 受 け た 加 久 藤 だったが、攻撃の続行を命じた。たとえ直接黙視できなくてもレーダーによっておおよ その場所は解る。レーダーを頼りに爆撃すれば当然命中率は落ちるが元が巨大艦であ る為大きな問題にはならないはずだった。 まず最初に、低空まで舞い降りたＷａｒｄｏｇ隊２４機が突入を開始する。前方警戒 レーダーからのアラートが最先鋭の機体のコクピットに鳴り響き、予め搭載しておいた チャフをバラ撒き編隊を解いた瞬間、煙幕の向こうから５７ｍｍ砲弾の火箭が幾筋も伸 びる。幸い、チャフと事前の回避行動によって爆散した機は居なかった。もしも、煙幕 が無ければデュアルクレイターは光学観測とレーダーによって正確無比な射撃を叩き 込んで来ただろう。小型艇に中継させているとはいえ、映像を処理するタイムラグは確 実に存在した。そこにチャフをバラ撒けばレーダーは役に立たず、超兵器はタイムラグ ＳＴＡＧＥ─３０ アリューシャンに悪魔は嗤う 939 によって少し遅れた光学映像を頼りに攻撃するしか術がない。 しかし、巨大な艦体に所狭しと並べられた防御火器の攻撃は強烈で、２機が爆弾を投 射する前に被弾し黒煙を噴く。Ｗａｒｄｏｇ隊はある程度まで近づいたところで、加速 急上昇しつつ爆弾を切り離すトスボミングを実行。命中率は水平爆撃よりも劣ってし まうが爆弾を文字通り放り投げる爆撃法である為、目標との距離が稼げ被弾のリスクを 減らせる。 事実、急上昇そのものが回避機動となり、投弾と同時にチャフを再度ばら撒くことで、 比較的容易に対空弾幕からの離脱が可能だった。放たれた９６発の爆弾の内４５発が 艦体の至る所に着弾、対空火器の２０％程度を沈黙させ、統合大型噴進弾発射装置の内、 右舷側の１基を小破させる。 間髪入れずに、次は高高度からのハリアーの爆撃。超兵器も回避機動を行うが、双胴 艦はその艦体により旋回能力が非常に低いもちろん対策は取ってあるが、それでも投下 された爆弾を避けるには満足のいくものでは無かった。結果的に１６４発中８１発が 命中し、その中でも２３発が飛行甲板の装甲板を打ち抜き格納庫で炸裂、大火災を引き 起こす。また、１６発が前部に集中配置された統合大型噴進弾発射機に 着弾。先のホーネットの攻撃により中破していた物を含む右舷側の２基、左舷側の１ 基を完全に破壊し、左舷側の２基を小破させた。完全に破壊された統合発射機は内部の 噴進弾に誘爆し巨大な火球を噴き上げて、一瞬だが煙幕を吹き飛ばす。が、それ以上の 損害は内部に届いていないようだった。発射機は各種噴進弾の格納庫を兼ねているた めもしも１基が誘爆したとしても、母艦や他の発射機に大きな影響が及ばない様に設計 されていたためだった。 誘導爆弾を全弾投下し終えたハリアーは編隊を組み直し、デュアルクレイターの上空 を護衛のホーネット２個飛行隊と共に旋回し始める。詳しい戦果は煙幕の為、上空から では確認できなかった。 急降下し防御重力場を攪乱したＣｒｏｗ隊は帰投コースにのる。先ほどの急降下爆 撃により全機が大なり小なり損害を被っていたため、戦闘続行不可と言う判断が下った のだった。 画面が切り替わると、艦体の至る所から黒煙を噴き上げる巨大双胴艦が小さく映っ ﹁デュアルクレイターを光学映像で確認。モニターに回します。﹂ 940 た。特徴的な大型噴進弾発射機も半分が吹き飛んでいる。 ﹁航空隊はかなり頑張ってくれたようですね。﹂ ﹂ ﹁どうやら、そのよう⋮と、言うわけでもなさそうだな。﹂ ﹁敵艦より航空機、小型艇発艦中 に向かってくる。 になる。レーダー画面上では幾つもの光点がデュアルクレイターから吹き出し、こちら ホタカが同意しようとしたところで、レーダー手妖精の報告が飛び込み、若干渋い顔 ! ﹁期待するだけ無駄だろう。﹂ ﹁彼らの攻撃で沈んでくれませんかね ﹂ ン、トライデント、主砲による飽和攻撃を行いつつ突入する。﹂ ﹁解っている。第２次攻撃隊Ａｎｔａｒｅｓ、Ｒｉｇｅｌの攻撃が終了次第、ハープー 注意を。﹂ ﹁雨は上がっていますが未だに波が高く遠距離では精密砲撃が困難になっています。ご １５２ｍｍ速射砲、３０ｍｍＣＩＷＳ用意。ＦＣＳオンライン。﹂ 鎖。対艦ミサイルＶＬＳ、特殊弾頭ミサイルＶＬＳハッチ解放。主砲装填。弾種徹甲。 き だ ろ う。第 ２ 段 階 に 移 行 す る。航 空 隊 に 信 号 を 送 れ。対 空 対 水 上 戦 闘 用 意。隔 壁 閉 ﹁まあ、噴進弾発射機の半数は潰れている。航空隊はそれなりの戦果を挙げたと言うべ ＳＴＡＧＥ─３０ アリューシャンに悪魔は嗤う 941 ? レーダー画面と外部カメラにはではこちらに突入してくる敵機を示す光点が、横合い から突っ込んで来た空対空装備のホーネット│││加久藤から追加で発艦した予備の ４個飛行隊│││に襲い掛かられ、小型艇を示す光点には、手筈通り爆弾を投下し終え 上空で待機していたハリアー８個飛行隊の機銃掃射が開始されるところが映し出され ていた。 シー ル ド ダ ウ ン 戦闘海域上空に差し掛かったＡｎｔａｒｅｓとＲｉｇｅｌのホーネット２個飛行隊 は、第２次攻撃隊としてデュアルクレイターの防御重力場の防御壁崩壊を誘発させ、ホ タカの攻撃を有効化させる役割を担っていた。ホタカからの信号を受け取った４８機 のホーネットは、先のＣｒｏｗ隊と同じように降下を開始する。 ﹁第２次攻撃隊、降下開始。﹂ ﹁ハープーンおよびトライデント全基照準。目標デュアルクレイター。﹂ ホタカがミサイルにデータを入力しようとした瞬間、それまで兵装を管制していた こいつら、いったいどこから ﹂ ディスプレイ一杯に〟ｅｒｒｏｒ〟の文字が羅列され、ＣＩＣ内いたるところのモニ ターが一斉にダウンする。 ﹂ ＣＩＣメインコンピューターにウイルス侵入 ﹁た、対空対水上レーダーダウン ﹁艦長 ﹂ ! ! 兵装管制不可 ! ! ﹁メインＦＣＳダウン !! !!? 942 そ れ ま で 攻 撃 準 備 を 着 々 と 進 め て き た ホ タ カ の 火 器 管 制 シ ス テ ム が そ の 力 を 失 う。 悪いことにメインコンピューターに異常が出た結果、ミサイルや主砲等の主兵装だけに Ｓｅａｒｃｈ ｅｑｕｉｐｍｅｎｔ ｃｏｎｔｒｏｌ ｃｏｍｐｕｔｅｒ とどまらず１５２ｍｍ速射砲などの副兵装も一切の操作が出来なくなってしまった上、 レーダーやその他観測機器を統括する捜 索 機 器 管 制 電 算 機も沈黙してし まう。 さらに、ＣＩＣメインコンピュータは艦の行動全てを制御できるため このまま放っ ておけば、艦の航行にも支障が出る可能性があった。それを防ぐために、強硬手段がと これは⋮ られる。ＣＩＣよりも下、更に厳重に装甲化されたエリアの中の巨大な電算機に通じる ﹂ 対ウィルスプログラム実行 対抗プログラム構築開始 ! ! 幾つものケーブルが物理的に切断される。 潜伏型のウィルスです ! を削除するためのプログラムを生成する手法をとっているため、ウィルス一つで永久に ンピューターを備えている。非常時にはこのクリーンなコンピューター内でウィルス ホタカにはこういったウィルスに対抗するために、非常時以外は完全に隔離されたコ するためには新しいプログラムの構築が必要だった。 動するモノであることを突き止める。とは言え、それが解ったところでウィルスを削除 自動的に実行された対ウィルスプログラムは、このウィルスが一定期間潜伏した後起 ! ﹁メインコンピューターと艦の接続を強制解除 ＳＴＡＧＥ─３０ アリューシャンに悪魔は嗤う 943 ﹂ ? データベースにもありません ﹂ 機能不全になることは無いが、正常な機能を取り戻すまでには時間が掛かった。 全くの新しいタイプです ﹁ウィルスの形式は以前のモノと似た者か ﹁いえ ! ﹁解析と対抗プログラムの構築を急げ。﹂ ! ＥＤ ﹁ＯＮＥ ＯＫ ＬＯＣＫ 〟アンサイズニア〟﹂ 副長が顔を歪めて撤退を進言する声が薄暗いＣＩＣ内に、嫌に大きく響いた。 ﹁艦長、本艦は戦闘能力の大部分を喪失しました。いったん引き揚げましょう。﹂ これでは戦えなかった。 ピ ュ ー タ ー に 火 器 管 制 の 大 部 分 を 任 せ る デ メ リ ッ ト が も ろ に 出 た 形 と な っ て し ま う。 そうは言うが、この戦闘中にメインコンピューターが回復する見込は無かった。コン ! 944 ＳＴＡＧＥ│３１ 二つの火口 ﹁艦長、本艦は戦闘能力の大部分を喪失しました。いったん引き揚げましょう。﹂ 副長が苦虫を噛み潰した様な表情で進言する。常識的に考えて、艦の兵装が動かない 状態で戦場に突っ込むのは自殺行為だった。 しかし、ホタカは首を横に振る。 システムのＣＩＷＳには関係ない。それに、ミサイルはそうだが、主砲と速射砲が死ん ﹁いや、作戦は続行する。ここで此奴を取り逃すわけには行かない。もともと独立した だわけじゃない。﹂ 合、砲側のＡＣＳＣのみで、射撃諸元をはじき出し、戦闘続行させる役割も担っている。 ことにあるが、何らかの事態でＣＩＣのメインコンピューターが戦闘続行が不可能な場 通常の砲撃を行うとき、メインコンピューターの演算の一部を肩代わりし負担を減らす 基 の 兵 装 制 御 支 援 電 算 機 が 備 え ら れ て い る。こ の 電 算 機 の 主 な 役 割 は、 Ａｒｍａｍｅｎｔ ｃｏｎｔｒｏｌ ｓｕｐｐｏｒｔ ｃｏｍｐｕｔｅｒ ホタカに搭載されている兵装の中で、主砲には正副の２つ、速射砲には３門につき１ 来ませんよ。﹂ ﹁確かに、前回と違ってＡＣＳＣは生きていますが。それを統合して運用することが出 ＳＴＡＧＥ─３１ 二つの火口 945 946 ただし、この方法はもともと非常事態用と言う事もあって弱点があった。まずＡＣＳ Ｃ自体がメインコンピューターのサポートを目論んで作られたこともありその能力は 限定されたものでＡＣＳＣのみでの砲撃となると砲撃精度が格段に低下した。さらに 致命的な事に、前部主砲のＡＣＳＣと後部主砲のＡＣＳＣは直接接続されておらず、メ インコンピューターの介在無しでは主砲の斉射が行えない欠陥を備えていた。 この欠陥が放置された理由として、設計段階では主砲塔以上の特殊装甲に覆われたメ インコンピューターが沈黙すると言う事態は艦が甚大なダメージを受けたことを意味 し戦闘続行が困難な状態であると予想される。また、そのような状態では主砲が２基と も生き残っているとは考えづらくＡＣＳＣ単独での斉射は行わないと設計者が判断し たため、このような形に落ち着いたのだった。 実際問題、ホタカが建造されたころは電算機の技術が飛躍的に発達していた時代であ る為、コンピューターウィルスと言う〟搦め手〟に対する設計者、軍の理解が及んでい ない部分もあった。 船体が無傷なままでメインコンピューターが沈黙することなど彼らにとっては想定 外な事だったのだ。この欠陥は第１次改装を行う際に解消されたが、現状のホタカは改 装を行っていない状態であり、欠陥もそのままだった。このままでは、速射砲はともか くとして主砲の斉射が行えずメインコンピューターを欠いたことにより、効率のいい迎 撃が出来ない。 しかし、ホタカはホンの少し唇をゆがめ笑った。 が、その代りが務まるのがここにあるだろう ﹂ ﹁確 か に メ イ ン コ ン ピ ュ ー タ 無 し で は 効 率 的 な 弾 幕 は 張 れ な い し 斉 射 も 出 来 な い。だ そう言って指で二度三度自分の頭を叩いた。 ? 管制システムがまともに働かなければ意味がない。それゆえ、信頼性の高い枯れた技術 いくら超兵器への切り札となる艦であっても、いざと言うときに電算機ベースの火器 幹に据える事を危険視した為だった。 これは、軍が実戦で使用されたことの無い新鋭の電算機のみを火器管制システムの根 組員を必要とする│││も組み込んでいた。 機をベースにしたシステムとは別に従来の戦艦の主砲射撃のシステム│││大量の乗 ホタカを建造する際、軍は火器管制を完全に電算機便りにすることは無かった。電算 が。﹂ ログのシステムも一応積んでいる。僕自身、間抜けな事につい先ほどまで忘れていた にも電算機をベースにした火器管制システムとは別に、従来型の艦娘と同じようなアナ も無しにたった一人で動かしている。それが艦娘の力だから当たり前だがな。この艦 ﹁考えても見ろ。艦娘は本来膨大な数の人が居なければ動かせない艦をコンピューター ＳＴＡＧＥ─３１ 二つの火口 947 を完全に独立させたうえで取り付ける事を決定していた。 しかし、このアナログなシステムにレールガンの性質も持つ磁気火薬複合加速砲の運 用は難しく予算の都合もあり、射撃諸元を弾きだす射撃盤には長門型と同じようなタイ プが搭載されていた。 ホタカの主砲は磁気加速を行わなければ従来型の主砲として運用できたため、非常用 のシステムとしてはそれで十分と結論付けられていたからだった。とはいえ、従来型の 火器管制システムと電算機ベースのシステム内にあるＡＣＳＣは完全に分離されてお り、同時に連携させて運用することは不可能だった。少なくとも、前の世界では。 ﹂ ? 観測での砲撃を行うしかない。射撃諸元はＡＣＳＣを用いて導き、それ以外を艦娘と同 だが、ここで尻尾巻いて逃げるのは少々我慢ならない。電探がダウンしている以上光学 ﹁さてな、ウィルスによって狂っているかもしれん。さっきから頭痛が収まらないしな。 隔離して運用すれば原理上は可能なはずです。しかし、正気ですか ﹁確かに、今この艦が行動不能になっているのは主電算機の不調が原因ですから病巣を ター無しでも戦える。﹂ 艦娘が居ればその機能を代替することが出来る。つまり、僕が居ればメインコンピュー れは艦娘がやっている事と同じだ。逆に言えば、メインコンピューターが使えなくても ﹁メインコンピューターは極論してしまえば兵装と兵装を繋ぎ管制する役割を持つ。こ 948 じように従来型のシステムを艦息の能力を使って運用する。試す価値はあるはずだ。﹂ ホタカの真剣な瞳に副長の困惑した様な顔が映るが、すぐに彼女は何時もの様な不敵 な笑みを浮かべた。 ﹁解りました。一つやってやりましょう。私もやられっぱなしは性に合いませんし、加 ﹂ 久藤に手柄全部持ってかれるのは面白くないですから。﹂ ﹁おいおい、加久藤は味方だぞ ﹂ ? 古き良き海戦をやってみようじゃないか。﹂ 全ミサイルは弾薬庫へ 本来は膨大な人数が必要な軍艦のシステム││操舵はもちろん、観測から射撃まで││ ホタカと言う艦息は、艦娘に比べ艦を運用する形態が少し違っている。艦娘の場合、 によって同調される。 シンクロ た測距儀からの光学観測データが砲塔のＡＣＳＣに流れ込み、前部と後部の主砲が艦息 型のシステムに意識を集中する。それと共に、今までメインコンピューターに流れてい 副長のツッコミを華麗にスルーして、ホタカはメインコンピューターを使わない従来 ! ﹁艦長も同じ事考えているでしょう 加久藤に敵愾心を抱いていると受け取られかねない副長の発言に苦笑する。 ? ﹁ま、否定はしないさ。火器管制をＡＣＳＣ単独に切り替える 格納 ! ﹁射撃盤はハイテクですけどね。﹂ ＳＴＡＧＥ─３１ 二つの火口 949 をたった一人で統合して運用することが可能になっている。これにより、艦の意志決定 から行動に移るまでの時間のロスが極限にまで減らされ、外部情報を艦娘一人の頭の中 メインコンピュータ で統合的に整理することにより効率の良い戦闘行為が行える。 ホタカの場合、元となった艦には既に高性能な主 電 算 機が搭載され高度に自動化され ている、やろうと思えば│││もちろん、性能は適性人数で運用された時には劣るが│ ││それこそ一人の乗組員で艦を操ることが可能だった。ホタカは艦息の〟艦を操る 〟と言う能力を使ってこの電算機の手綱を握り、さらに各所への情報伝達速度を高速化 しているだけに過ぎない。 今回ホタカがやろうとしていることはメインコンピュータの代わりとして自分自身 を用いることだった。今まではたった一つの電算機を制御することで艦をコントロー ルしていたため、それがいきなり艦の兵装全てを制御しなければならないならば当然、 彼への負担は増える。 しかし、艦娘は何時もその状態で戦えているわけでホタカが出来ない道理は無かっ た。 とは出来ませんからね。複合砲の射撃を行うためにはＡＣＳＣも複合して運用する必 ﹁従来型のシステムに組み込まれた射撃盤では砲弾の加速に必要な電力量を算出するこ ﹁⋮よし、ＡＣＳＣと従来型システムの統合運用の準備が完了した。﹂ 950 要があると言うわけですか。﹂ ﹁科学技術の発展の速度に設計がついてこれていない事の典型だな。こんな欠陥満載の 状態でよく戦ったものだ。﹂ ホタカは最上部の測距儀やその他のまだ生きている観測機を用いて必要なデータを ＡＣＳＣに流し込む。ハイテク化されたセンサーと比べると、そのデータはお世辞にも 高精度とは言えなかったが無いよりましだった。 ﹁事 こ こ に 至 る と、ど れ だ け 僕 ら が 科 学 技 術 に 頼 り き り だ っ た か が 痛 い ほ ど よ く 解 る な。﹂ 艦息の能力で外部観測カメラの映像をモニターに直結させて映し出す。レーダーが 使え無い以上、この光学観測が頼みの綱だった。海面では何隻もの小型艇がホタカに突 入する前にハリアーやホーネットによって穴だらけにされていく。 ﹃１番主砲射撃諸元算出完了 ﹄ 主砲塔の射界内にもデュアルクレイターの扁平な艦体が収められる。 ホタカの舳先がアリューシャンの荒れた海を切り裂いて左へ振られると、後部の第２ ﹁両舷前進全速、取り舵２０、全主砲を超兵器に指向する。﹂ ｌ両隊の攻撃完了まで残り３０秒。敵艦との彼我距離３６０００を切ります。﹂ ﹁航空隊による小型艇と敵機の掃討作戦は滞りなく進行中。Ａｎｔａｒｅｓ、Ｒｉｇｅ ＳＴＡＧＥ─３１ 二つの火口 951 ! ﹃２番主砲射撃諸元算出完了 しているＣＩＣ内に響く。 ﹄ 主砲塔でＡＣＳＣを直接モニタしていた妖精からの艦内通信がその機能をほぼ喪失 ! ﹁敵超兵器、取舵を切りました ﹂ ホタカと超兵器がそれぞれ取り舵を切ったことで、２艦は相手を右舷側に見る反航戦 ! ﹁それが良い。﹂ ﹁下手な鉄砲もなんとやらです。撃って撃って撃ちまくりましょう。﹂ ﹁やはり、命中精度はあまりよくないな。﹂ ３機を木端微塵に吹き飛ばし、その下の第２甲板に火災を生じさせる。 ルト後部のエレベーター建屋に直撃し、その中で発艦準備を進めていたスカイレイダー は１発のみにとどまった。その一発は超兵器の左舷側最前部に搭載された大型カタパ リューシャンの荒れた海と、高精度な射撃諸元を得ることが出来ないハンデから直撃弾 に よ っ て ふ た た び 少 な く な い 損 害 を 与 え ら れ た デ ュ ア ル ク レ イ タ ー へ 殺 到 す る。ア 空で離脱中の４８機のホーネットの頭上を飛び越え、再び防御壁崩壊を起こし誘導爆弾 シー ル ド ダ ウ ン 撃ち放つ。緩い放物線を描いて飛翔した砲弾は、高高度から誘導爆弾を叩きつけて超低 ３連装砲の長大な砲身が火炎を吹き出し、超音速にまで加速された合計６発の砲弾を ﹁撃ち方始め。﹂ 952 となりそうだった。反航しているため、彼我距離は急速に近づいていく。ホタカが第２ 射を放つころ、デュアルクレイターの前部に集中配備した中で右舷側を指向できる１０ ０口径３８．１㎝３連装砲４基も火を噴く。 レーダーの使えない現状においては何時もの様に砲弾の軌跡をトレースし予め回避 総員衝撃に備え ﹂ 機動を取ることが出来ない。頼れるのは己の勘と当てにならない光学情報だけ。 ﹁面舵５ ! ﹂ いたら１１発の主砲弾を受けていた事を確信し背筋が寒くなる。 やっていた妖精さんは吹き上がる水柱からの海水を全身に浴びながら、あのまま進んで り、最後の１発が防御重力場によって直撃を阻まれる。航海艦橋の最上部で見張りを 艦尾がわずかに左に振れ進行方向が修正された瞬間、左舷側に１１の水柱が吹き上が ! ? ﹁それまでに潰してしまえば問題ないさ。﹂ ﹁しかし、まだ噴進砲弾が待っています。ＣＩＷＳと速射砲でどれだけ迎撃できるか⋮﹂ ﹁少なくとも、電探射撃で一方的に撃ち込まれることは無くなったか。﹂ ので問題はありません。﹂ モノと思われます。小型艇の方も、煙幕を展開し始めた船を艦載機が優先的に潰してる ﹁現在の所、超兵器からは出ていません。先ほどの攻撃で発生装置にダメージが生じた ﹁やはり電探と光学が使える分向こうが有利か。煙幕は ＳＴＡＧＥ─３１ 二つの火口 953 ４斉射目がホタカから放たれる。６発の主砲弾の内、３発が敵の右舷の島型艦橋周辺 に降り注ぎ、２発が小型のフリゲート艦ほどもある艦橋に着弾し、根元から吹き飛ばす。 残りの１発は飛行甲板に着弾したが、彼我距離が近づいたため砲弾の入射角が浅くな り、派手な火花を散らして甲板上の航空機の残骸を巻き込みながら反対側へ消えてい く。 ﹂ スプリンクラー自動作動 応 使用不能 突然、ホタカの艦体が被弾の衝撃によって揺さぶられ、ＣＩＣのモニターや照明が明 損害知らせ 滅し、様々なアラートが鳴り響く。 ﹁ダメージコントロール 声を張り上げる彼の薄いブルーの軍服に、赤い血がにじんだ 火災発生 ５番、６番速射砲及び右舷ＣＩＷＳ１基大破 後部対空ミサイルＶＬＳ６ユニット大破 ! ﹁防御重力場貫通されました ﹂ ! ! ﹂ ? ﹁だが、自己鍛造弾で防御重力場がズタズタにされた。厄介なものを積んでるじゃない うです。艦体にそのものに大きなダメージはありません。﹂ ﹁目標は赤く無いですけどね。敵の使っているのは対地砲撃用の榴弾と自己鍛造弾のよ 算で投射量は３倍と言ったところか ﹁チッ、損害が大きい。同じ口径でもドレッドノートとは格が違うな。砲門数の単純計 ! ! ! 急修理班が消火作業を開始 ! ! ! 954 か。﹂ 自己鍛造弾とは成形炸薬弾の一種で、爆轟の圧力によって金属ライナーを弾丸上に変 形させ目標に衝突、撃破する。重量体積当たりの威力は一般的なモンロー／ノイマン効 果を利用する成形炸薬弾よりも優れているが、２０ｃｍの貫通力を持たせるために直径 が２０ｃｍ以上必要である点など、直径が小さいミサイルや戦車砲弾には向いていな シー ル ド ダ ウ ン い。デュアルクレイターの場合は比較的小さな自己鍛造弾を複数砲弾に詰めて射撃を 行い、水際で上陸作戦の邪魔をする敵部隊の制圧に用いていた。 今回はホタカの防御重力場に大量の自己鍛造弾を直撃させ高負荷をかけ、防御壁崩壊 を誘発させるために使用していた。 この目論見は成功し、大量の自己鍛造弾を高速で撃ち込まれた彼の防御重力場は効果 を維持することが出来ないほど力場をかき乱され、後に続いた６発中４発の対地榴弾の プラットフォーム 通過を許してしまった。 ﹂ 体がでかい分、波の影響が少なく相手は精密な射撃が可能です。﹂ ﹁しかも相手は榴弾を使っている。こっちを火だるまにする気かな ! のが見えた。 ﹁敵主砲１基に直撃弾 ﹂ モニターの向こうで超兵器の艦首に再び炎が弾け、何か細長い物が高々と吹き上がる ? ﹁図 ＳＴＡＧＥ─３１ 二つの火口 955 ﹂ 更に取り舵一杯 ﹂ ! 噴進砲台の射界を避け後方に回り込む 特殊榴弾装 ! ﹁艦長、そろそろ噴進砲弾の射程に入ります 填 ﹁両舷前進一杯 ! ﹁損害報告 ﹂ ﹁艦前方に直撃弾 １番速射砲中破 浸水発生 ﹂ ! ! ﹁３５ ﹁艦長 にまで減速 ﹂ !? ? 面舵３０ ! ﹂ ある。そうなってしまった場合の終着点はただ一つ。撃沈のみ。 このまま放置しておくと、艦内の水密隔壁が水圧によって連鎖的に破壊されることが 孔が開いてしまうと、そこから大量の海水がなだれ込んでくる。 報告を聞いて、若干ホタカの顔が引きつる。高速を発揮しているこの状態で前部に破 ! 体に激痛が走り更に船速が目に見えて落ち込む。 しかし、その選択を取ることは出来なかった。再度ホタカの艦体が大きく揺さぶられ そこで取り舵を切っていったん退避することを彼は選んだ。 このまま直進すれば射界に僅かではあるが入ってしまう。 は前部に集中配置されているため、後方に回り込めば射角の関係で攻撃を受けないが、 ホタカは現在発揮可能な全速を出し取り舵を切る。デュアルクレイターの噴進砲台 ! ! ! ! 956 面舵を切ると言う事は噴進砲の射角内へ向かうことになる。不可解な指示に副長が 驚愕の声を上げた。 ならない。よって引き付けて一撃で撃破する。﹂ ﹂ ﹁あのまま作戦を続行しても、今では向こうの方が優速だ、一度引き離されればどうにも ﹁しかし、噴進砲弾の雨の中を通る事になります な。噴進砲弾に打ち抜かれることは無いだろう。上部構造物は壊滅的な被害を受ける ﹁この角度、速度なら射界の中を通るのはごく短い時間だ。主砲塔の装甲は強靭だから ! 全員最上部甲板よりも下へ退避、急げ だろうが、コンピューターとレーダーが使えない分、影響は特にない。測距儀は砲塔に ついているモノを用いればいい。全艦へ通達 ﹂ ! 甲区画へ退避していく。 ﹂ 総員退避完了﹂ ﹂ コントロール・オープン 全ＣＩＷＳ 迎 撃 開 始 ! ﹁右舷へ集中展開する。主砲射撃用意 来ます 攻撃に備えろ 速射砲打ち方始め ﹂ ! ! ! ! ! ﹁噴進砲弾の射程に入りました ﹁総員対ショック姿勢 ! ホタカの生き残った速射砲が最初の一発を放つのと、超兵器の右舷に残った最後の噴 ! 艦橋で見張りを行っていた妖精たちが迅速にラッタルを降り最上甲板よりも下の装 ! ﹁防御重力場の復旧完了 ＳＴＡＧＥ─３１ 二つの火口 957 958 進砲弾発射器が白煙に包まれるのはほぼ同時だった。 発射機から１００をくだらない数の噴進砲弾が莫大な量の白煙を噴いて突入を開始 する。速射砲はリミッターが解除され、砲身過熱を無視した限界以上の速射を行い、１ ５２ｍｍ対空砲弾を撃ち弾幕を張る。弾頭速度の関係からデュアルクレイター側で幾 つもの噴進砲弾が迎撃され爆破されていくが、迎撃される量よりもホタカへ向けて投射 される量が圧倒的と言うほど多かった。 次に火を噴いたのは最終防衛線として機能する３基の３５ｍｍＣＩＷＳで、毎分数千 発の３５ｍｍ砲弾を目の前に迫るロケットへ叩きつけていくも数が足りない。数十発 を一瞬のうちに迎撃するがそれでも足りなかった。 ２種の対空砲火を切り抜けた噴進弾はついに防御重力場へ殺到し、次々に爆ぜてい く。ホタカはとっさに防御重力場を攻撃が予想される右舷側へのみ展開することで装 置にかかる負荷を極力減らし防御能力の増大を図る。結果的にその判断は正解で、無数 レッ ド ゾー ン の噴進砲弾を受けて即座に崩壊すると言う事態には陥らなかった。 しかし、防御重力場の状態を示すパラメーターはすぐに危険領域に突入し、ＣＩＣ内 に切羽詰まったアラートが鳴り響く。次の瞬間、超兵器がダメ押しに放った９発の自己 鍛造主砲弾が、その均衡を叩き潰した。 自己鍛造砲弾から放たれた無数の金属弾は噴進砲弾によって限界ギリギリの状態で シー ル ド ダ ウ ン あった防御重力場に止めを刺し、防御壁崩壊を再び引き起こした。 それとほぼ同時に、対空砲火で仕留めきれなかった多種多様の噴進弾がホタカの艦体 の 至 る 所 に 突 き 刺 さ り 炸 裂。満 足 な 装 甲 を 持 た な い ２ 種 の 対 空 兵 装 は 瞬 く 間 に ス ク ラップにされ、内部に残っていた砲弾が炸裂し、大きな爆発が生じる。対空火器が沈黙 したことにより、直撃する噴進砲弾の数は数倍に膨れ上がり、ホタカの上部構造物を前 衛的なオブジェに変えていく。平面のＳＰＹレーダーに巨大な穴が穿たれ、ＥＣＣＭ装 置が根元から吹き飛ばされる。ＶＬＳに着弾した噴進弾は、そのハッチを軽々と吹き飛 ばし、中の格子状の構造体を薙ぎ払い、ミサイル発射機としての役割を奪った。 目標敵後部ハッチ ! ﹂ 永遠に思えるほど長い時が過ぎ去り、噴進砲弾の直撃がピタリと止む。 主砲射撃用意 ! ! ﹂ ! 血みどろ、と形容できるほどの状態になりながらも、艦息の口は嗤っていた。ここま ﹁主砲、斉射 の近距離にまで接近することに成功した。目標までの距離は１ｋｍも無い。 かねないほどの危険な操艦を行った結果、敵の防御重力場が殆ど効力を発揮しないほど 刺さるようなことは無く、一瞬前まで艦尾があったはずの空間を貫く。超兵器に衝突し うとしていく。もちろん超兵器も航行中である為ホタカの舳先が超兵器の右舷に突き ホタカの航跡が大きなカーブを描き、デュアルクレイターの舷側へその舳先を向けよ ﹁面舵一杯 ＳＴＡＧＥ─３１ 二つの火口 959 960 で痛めつけられた恨みを晴らすように、噴進砲弾で無数の傷がついた２基の主砲が轟然 と咆える。放たれた砲弾は６発の特殊榴弾。以前対空目標に使った強力な衝撃波を周 囲にぶちまける特殊弾で、それぞれに時間の違う遅延信管が取り付けられていた。 超兵器の防御重力場をその運動エネルギーで難なく貫いた砲弾は吸い込まれるよう に全弾が艦尾に突入し、薄い艦尾装甲とハッチを貫いた。この時、右舷には４発、中央 部には２発が殺到する。 右舷側に突入した４発の内、後部主砲から放たれた３発は超兵器の内部を対角線上に 横切る進路を取っており、右舷側の船体で１発、中央部で２発が炸裂し内部構造に甚大 なダメージを与えた。しかし、前部主砲から放たれた１発は角度が悪く右舷側の船体を 貫通し海上で炸裂する。 中央部に突入した２発の砲弾がデュアルクレイターにとって致命傷になる。中央後 部から右舷側船体艦首方向へ向けて突入した砲弾は、中央部の航空機格納庫内の航空爆 弾保管庫で１発が、もう一発は右舷前部の小型艇用武器弾薬保管庫で炸裂。弾薬庫が デュアルクレイター あった２ヶ所が誘爆によって吹き飛び巨大な火球が右舷前部と船体中央前部から吹き 上がり、上空を旋回していたホーネットからは超兵器上で二つの火口が出現した様な光 景が見られた。 そのような巨大爆発に耐えられるようには流石の超兵器と言えど作られてはおらず、 船体が数個に破断し、爆発を繰り返しながら冷たいアリューシャンの海へ沈降を開始す る。 ﹁超兵器の撃沈を確認。しかし⋮﹂ ﹁こっぴどくやられたな。今回は。﹂ 少しおどけたように肩を竦めるホタカだが、体中血みどろで素人目にも重症と言う事 が見て取れる。一瞬足がふら付き、副長に支えられた。 ﹂ 最上甲板以上は大規模空爆でも受けたみた ﹁貴方も艦も無茶しすぎですよ。椅子に座っててください。﹂ ﹁すまないな。損害はどうなっている ﹁それはご自分がよく解っているでしょう のモノ以外にはありません。﹂ のおかげで非装甲兵装が甚大な被害をこうむってますが。船体への重大な損害は艦首 いでしょう。奴が徹甲弾では無く榴弾を主体に撃ってきたのが幸いしました。まあ、そ が奇跡ですよ。それにあちこちで火災が発生し現在消火中ですが、まあ、沈むことは無 いになってます。右舷側のレーダーは残らずお釈迦です。艦橋の面影が残っているの ? ? ﹁了解しました。﹂ ﹁そうか。後進で現海域を離脱する。加久藤にエアカバーを要請してくれ。﹂ ＳＴＡＧＥ─３１ 二つの火口 961 数時間後、彼は何とか戦闘海域を離脱に成功した。今はムスペルヘイムに後ろ向きで 曳航されながら、損傷し浸水した艦首の応急処置を続けている。 ﹄ ? 調査の結果、これらのウィルスはほぼ同時にホタカに送り込まれ片方のウィルスが暴 スだった。 もう一つが、今回ホタカのメインコンピュータを機能不全に追い込んだ潜伏型のウィル このウィルスは２種類あり、一つは撤退戦の時にホタカの主砲の機能を奪ったモノ。 れた。 た。副長らが調査した結果、小型艇内の情報端末から今回使用されたウィルスが発見さ 戦闘後、航空隊が打ち漏らした小型艇は魂が抜けたように機能を停止し漂流を始め ﹁ああ、小型艇を回収したらウィルスの情報が有ってな。それを使った。﹂ ﹃そのウィルスはもう始末したのか ﹁ウィルスに不意を打たれた。あれさえなければトライデントで削り倒せたんだが。﹂ モニターには若干呆れたような顔の加久藤が赤い瞳でこちらを見ていた。 ﹃それにしても酷くやられたな。﹄ 962 れまわっている間に潜伏型のウィルスがメインコンピューターの奥底に入り込み、それ が今回大きな問題を引き起こした。こういったタイプのコンピューターウィルスが使 われたと言う記録は存在しなかったため、彼らは完全に新型のモノと言い切ることが出 来た。 これがウィルキア帝国戦に投入されていたかもしれないと思うと、背筋が寒くなる思 いがする。あれほど電算機が普及した中で、あのようなウィルスが艦隊に感染すれば生 じる被害は想像に難くない。 最初期のⅠ型 う。外部のウィルスを強制的にネットワークへ投入する機器も見つかった。﹂ ﹁恐らく、キス島撤退作戦の行道に霧に隠れて接近され、ウィルスを流し込まれたんだろ ﹄ ? ? ﹁君の考えている通りだと思う。其方の損害はどうだった ホタカの問いに、ムスペルヘイムは渋い顔をする。 ﹂ ? 題ではないのだろうな。﹄ ﹃現地改修型と言うわけか。それに何隻か沈んでも、あれだけの量が居ればさしたる問 載しその実態は改良型に近い。﹂ ﹁ああ。確かに、外見や武装は最初期のⅠ型だが、船体の各所に浮力材や、バラストを搭 だろう ﹃それにしても、あの小型艇は何故こんなに荒れた海で航行できたんだ ＳＴＡＧＥ─３１ 二つの火口 963 ﹃Ｃｒｏｗ隊は３機が落とされ、他の機も大なり小なり損害を受けている。Ａｎｔａｒ ｅｓとＲｉｇｅｌ隊は撃墜された機はないものの、損害の度合いはＣｒｏｗ隊と大差が ない。小型船を攻撃したハリアー隊の内Ｏｆｎｉｒ、Ｇｒａｂａｃｒ隊が噴進砲弾の直 撃を受けて１機ずつ落とされた。対空機銃で損傷した機はかなりの数に上る。完勝と 言う事は出来なさそうだな。﹄ 加久藤の声とは違う女性の声がスピーカーから流れた。 ﹃なんというか、貴方たちの会話についていけないんだけど⋮﹄ ﹃たしかに、貴様は何時も前途多難だったな。﹄ 何でもない事の様に言うホタカの姿に、小さく笑いが漏れた。 ﹁いつもの事さ。﹂ ﹃前途多難、だな。﹄ はいつになるかわかったものじゃない。﹂ ﹁それはそうなんだが⋮今回はここまでやられたからな。改装用の資材が回ってくるの ﹃そろそろ、貴様も改装が必要かもしれんな。４１ｃｍ砲では火力不足だろう。﹄ 落することはやはり面白い物ではないのだろう。 キルレートから見れば圧倒的な結果であったが、空母として自分の艦載機が傷つき墜 ﹁なるほどな。﹂ 964 ﹁心配するなすぐになれる。﹂ それはそれでどうなのかしら と困ったような嘆きを漏らしたのは、彼らの後に続く ? を獲得する権利があることになる。 瞬間は幌筵鎮守府の指揮下だった。強引な考え方をしてしまえば、二つの鎮守府に彼女 に所属する。しかし、彼女を発見したホタカは書類上佐世保所属の艦息だが、発見した ややこしい問題だった。基本的に、海域に出現した艦娘は一番最初に見つけた鎮守府 のは佐世保所属のホタカだし。﹄ ﹃ところで、私は何処に配属されるの 指揮系統から言えば幌筵だけど、最初に見つけた 実、ホタカは加久藤にそのことを突っ込まれ乾いた笑いをもらしたのだった。 と言っても損傷の具合を考えれば、ホタカが霧島に保護されたと見えて仕方がない。事 金剛型戦艦４番艦霧島だった。彼女は、加久藤と合流する前にホタカが発見、保護した。 ? ? タカ、貴様はどうするんだ ﹄ らんだろう。さて、もう少しで幌筵鎮守府だ、私はすぐに帰れと命令が来ているが。ホ ﹃佐世保にいるの金剛や榛名が君が姉妹と認識できる個体かどうかはあってみるまで解 ら。﹄ ﹃でも、ホタカの方には姉さんや榛名がいるそうね それなら、佐世保の方が良いのかし ﹁さてね。そのあたりは備後提督と真津提督が何とかするだろう。﹂ ＳＴＡＧＥ─３１ 二つの火口 965 ? ﹁幌筵で艦首の損傷だけ応急修理で治してから佐世保へ戻る。﹂ ﹄ ? 連れて幌筵鎮守府を目指す。彼らが抜けだしてきたアリューシャン列島方面を見てみ 金剛型戦艦にミサイルの概要を説明しながら、３隻の戦闘艦は十数機の直掩機を引き ? 型のドックや十分な資材は無い。建設中だ。﹂ ? ﹃貴様がそう言うのなら大丈夫なのだろうな。﹄ 新しい砲弾かしら ﹃レーダーは⋮電探よね。でも、みさいる ? ﹂ ﹁まあ、あながち間違ってはいない、のか ﹄ ミサイルはなんとか使えるものも有る。そもそも、幌筵鎮守府に僕を完全修理できる大 ﹁本土近くを通るから深海棲艦の襲撃は心配しなくていい。それに左舷側のレーダーと に致命的な一撃は受けておらず。見た目よりも〟船〟としての損害は軽かったりする。 造物は酷い状況だったが、敵の攻撃が貫通力の低い榴弾が主体だったため船体そのもの だ。そこに存在する戦艦は大破判定を受けかねないほどの損傷だった。しかし艦上構 ホタカ 桐嶋の瞳には、右舷側が前衛芸術作品に成り果てた無残な戦艦の姿が映っているはず らしい。霧島も、自分の艦橋から前方の戦艦を見ているのだろう。加久藤のモニターと 加久藤の視線がモニターの右へ動く。如何やらそこに外部カメラのモニターが有る ﹃どう見ても大破に見えるんだけど⋮﹄ ﹃おいおい、その損傷でか 966 ると、彼らが帰るのを待っていたかのように厚い雲が再び海を覆い隠そうとしていた。 それは、近いうちにキス島が深海棲艦の支配地域になることを暗示しているようにも見 えた。 幌筵鎮守府に到着した２人は、鎮守府で帰りを待っていた艦娘達や備後中佐に迎え入 れられる。ホタカの損傷具合に目を丸くした龍鳳が問答無用で彼をお風呂に放り込ん だり、ホタカが居ないお蔭で駆逐艦娘たちにデュアルクレイター戦の質問攻めの矢面に 加久藤が立つことになり、小さな子供│││少なくとも外見は│││に囲まれた彼がた じろいだり、協議の結果霧島が佐世保配属に決定したりと些細な事があったが、翌日に は加久藤。翌々日にはホタカと霧島がこの帝国最北の鎮守府を去って行った。 鎮守府の岸壁で備後中佐と龍鳳は佐世保帰還組が水平線上に消えるのを並んで眺め て居た。他の艦娘はもう他の場所へ行ってしまい。残っているのは２人だけだった。 ﹁名残惜しいですか ﹂ ポツリ、と龍鳳が呟く。 ﹁行ってしまいましたね。﹂ ＳＴＡＧＥ─３１ 二つの火口 967 ? ええ、少し。と苦笑する。 ﹂ ! ﹂ ? 元気な少女の声が鉛色の空に解けて消えた。 ﹁はい す。手伝ってくれますか ﹁さて、今回の戦闘詳報を纏めましょう。センサーが優秀な分、得られたデータも膨大で に遅れず、鎮守府建屋へ向かって歩き始めた中佐の背中を追う。 もっとも、私にもそれが何なのかは解りませんが。と肩を竦め、踵返す。龍鳳もそれ ﹁カギ。ですか。﹂ と別の所で。﹂ い状況を打破するカギを握っているのかもしれません。それも、戦闘能力では無くもっ ﹁現状は深海棲艦と泥沼の戦争を行っています。もしかすると、彼らはこの先の見えな した彼女は、彼の目をから情報を読み取る技術を会得していた。 鳳には彼が何か結論を得ているように感じとれる。備後中佐とそれなりの期間を共に 備後の呟きに、彼女は思わず自分の上司の顔を見た。いつものように無表情だが、龍 ﹁起爆剤。なのかもしれませんね。﹂ 何処なのか、ハッキリしませんけど。﹂ ﹁不思議な人達でした。私たちと同じようで、でも、何か決定的なところが違う。それが 968 ＳＴＡＧＥ─３１ 二つの火口 969 対デュアルクレイター戦 デュアルクレイター：撃沈 ホタカ：大破相当。ただし、船体部分に致命的損傷なし 加久藤：損傷皆無。ただし、航空機７機喪失︵撃墜５、修復不可２︶ 備考：金剛型戦艦４番艦、霧島を保護。 ＥＤ ﹁ＯＮＥ ＯＫ ＬＯＣＫ 〟アンサイズニア〟﹂ 大日本帝国帝都、東京。その中でも大本営と呼ばれる場所の会議室の一つ。海軍の高 官達が席に着くと、目の前には１冊の書類。分厚く奇妙な威圧感を放つソレは極秘と言 う判子が押されており、表紙には〟ＡＬ・ＭＩ作戦〟とだけ書かれていた。 男たちの中でも比較的低い階級章を身に着けた若い男が立ち上がると、少々緊張した 面持ちで会議の口火を切る。 ﹁それでは、来年発動予定のＡＬ・ＭＩ作戦について説明させていただきます。﹂ 970 ＳＴＡＧＥ│３２ 艦息と艦娘 ﹁以上がデュアルクレイター迎撃戦の概要です。﹂ 古臭いが上等な品だったことを思わせる椅子に腰かけた海軍中将が、額に浮かんだ汗 ﹁うむ、ご苦労だった。﹂ を高級品と思われるハンカチで拭いつつ艦息にねぎらいの言葉をかける。手元には先 の超兵器戦の戦闘詳報。敵超兵器│││デュアルクレイターのスペック、投入戦力、立 案された作戦、実際の経過、損害等が、それなりの厚さを持つ書類に収められている。こ れは加久藤が作成したもので、この戦闘に関する詳報はこの冊子以外にも、実際に戦闘 に参加したホタカ、戦闘には参加しなかったが二つの艦艇から報告を受けた幌筵鎮守府 が作成したモノ、２つが作成されている。 データを照らし合わせて思わず頭を抱える。 の書類には、航空機を補充するのに必要な資源が記載されている。筆木は、その２つの による損害の欄で、失った艦載機と損傷した艦載機の数が記載されていた。更にその横 筆木が人差し指で軽くたたいたのは、開けられた戦闘詳報のページの一部。この戦闘 ﹁しかし、この損失は痛いな。﹂ ＳＴＡＧＥ─３２ 艦息と艦娘 971 ﹁等価交換とはよくできた言葉だとは思うが、いま聞いても皮肉にしか聞こえない。﹂ 深く長いため息を付く。 ? ﹁いや、頭を下げんでくれ き、君とホタカが揃わなければこれ以上の損害を帝国が受け 深く頭を下げた加久藤を見て、筆木中将は慌てたような情けない声をあげる。 ﹁航空機を失ったのは全て私の責任です。誠に申し訳ありません。﹂ 損失は痛かった。 がベストを尽くし、最小限の犠牲で超兵器を沈めた事は理解しているが、それでもこの 鳩尾あたりに鈍痛、少し前に処方してもらった胃薬を放り込み水で飲み下す。加久藤 位。鎮守府が一つ傾くよ。﹂ リアー、もう少しうまく使えないかね 完全充足に必要なボーキサイト量は３０００単 ﹁加久藤、君の艦載機が高性能であることはよく理解しているんだが。ホーネットとハ 切れだが、その紙切れが筆木の胃を直撃していた。 機体は５０機近くに上る。筆木の視線の先には１枚の薄い書類。それ自体は単なる紙 れ、ハリアー２機が修復不可能な損害を受けていた。さらに、修復可能な損害を受けた もう一度、長いため息を吐く。今回の戦闘はホーネット３機にハリアー２機が撃墜さ いよ。ハリアーも１機辺り２８０単位必要だ。﹂ ﹁ホーネット１機辺りボーキサイトが３００単位必要だとは、何かの冗談であってほし 972 ! ていたかもしれない ﹂ 部下が戦場で不自由しない様に場を整える そ、それに私はこういう役回りは前から慣れとる だからそう謝るな のが指揮者の務めなんだからな ! ! ﹂ 杉本の奴、足が欲しいからすぐ車を用意しろーとか、島は島で資材を各１ ０万用意しろとかいつもいつも私に頼りおって ﹁そうなんだ う役回り〟な話をしゃべり始める。 顔を上げた加久藤が怪訝な顔をすると、筆木は頼まれても居ないのに過去の〟そう言 ﹁慣れ、ですか。﹂ ! ! る。 ﹁本当にアイツら⋮ん なんだ ﹂ ? ﹂ ? 意していただきたい。それと作戦に使用した航空機用の燃料６００単位、弾薬５００単 ﹁つきましては今回損害を受けた航空機補充分のボーキサイト３０００単位を早急に用 ﹁へ す。﹂ ﹁私 も こ れ か ら 目 い っ ぱ い 貴 方 に 苦 労 を 掛 け る か と 思 い ま す が、よ ろ し く お 願 い し ま キョトンとした顔をする筆木に向かい、何時もの様に口を少し歪め笑みを作る。 ? 口から火が出る勢いで過去話もとい愚痴を吐き出す中将に、艦息は軽く笑い声をあげ ! ! ﹁では、提督﹂ ＳＴＡＧＥ─３２ 艦息と艦娘 973 位の補充もよろしくお願いします。﹂ 今はじめて知った補給に必要な燃料と弾薬の量を聞いて面喰う。 ﹁こちら提督執務室。﹂ の呼び出しがあり受話器を取る。 心の中で、誰にも聞こえない気取った言葉を吐いてみるがむなしいだけだった。内線 │││何、こういう事には慣れてるさ。 けにもいかないのでペンを執ることにする。 力なく椅子に座り込んだ。しばらくはボンヤリと天井を眺めていたが、こうしているわ 完璧な敬礼を手早く行い、さっさと執務室を後にする。部屋に一人残された筆木は、 失礼します。﹂ ﹁では、私はこれから前回の戦闘によって得られたデータの整理の続きがありますので ﹁ま、まて⋮﹂ ４０００単位ほど。﹂ 業者の方で手違いがあったそうです。追加の資材の調達をよろしくお願いします、各種 ﹁それと、古鷹を修繕するためのドックに必要な資材数に誤りがありました。如何やら、 筆木が二の句を告げる前に、加久藤は畳みかけた。 ﹁いや、ちょっと⋮﹂ 974 ﹃要塞司令部です。エリア３２と５５の電探が故障したので新しいヤツ頼みます。﹄ 思わず受話器を投げつけたくなった筆木を責められるものはいないだろう。 ＣＩＣでデータ整理を終えた加久藤は、ソロン要塞内の医務室の扉を開ける。中には いくつかのパイプベッドが並び、一番奥の窓際に茶髪の少女の姿が確認できた。ベッド をリクライニングさせて上体を支え、熱心に手元の本に目を走らせている。彼女の隣の ベッドには、黒髪の少女が布団も掛けず仰向けに寝転がり寝息を立てている。加久藤が 医務室の中に入ると、読書をしていた少女│││古鷹│││が彼の方に顔を向け微笑ん だ。 ﹂ ? ﹁そう、ですか。﹂ ﹁そうか。ドックの事だが、もう少し遅れるらしい。来月末になりそうだ。﹂ ベッドわきの簡素な椅子に腰を下ろす。 だ い ぶ 良 く な り ま し た。と 言 い な が ら 読 ん で い た 本 に し お り を 挟 む 彼 女 を 横 目 に、 ﹁ただいま。傷はどうだ ﹁お帰りなさい。加久藤さん。﹂ ＳＴＡＧＥ─３２ 艦息と艦娘 975 加久藤からの連絡を聞いて、悲しげに眉をハの字に曲げる。ドックが治らなければ古 鷹の艦体を修理できないため、彼女の体の傷が完治するのに時間が掛かった。その証拠 に、彼女の腕や顔には包帯やガーゼが張り付けられてる。根拠地と言う事もあって医療 ﹂ 設備は整っているが、痛々しい印象はぬぐえなかった。 されていた。 ﹁空いた場所には何か乗せたのか ﹂ 重くて疲れるって嘆いてましたけど。﹂ 貴重な兵器なんですけどね。と苦笑まじりに話す彼女に反応したのか、眠っているは ? ? ﹁加久藤さんが作ったＲＡＭ、でしたっけ アレを乗せてましたね。カタパルトよりも な措置として彼女からデッドウェイトにしかならない破壊されたカタパルトが取り外 が動くことは無い。しかしカタパルト以外は大きな損傷が見られなかったため、応急的 まっていた。艦娘の装備の損傷を治すのもドックが必要である為、現状ではカタパルト 加古は加久藤に保護された時、艦中央に小型の爆弾を受けてカタパルトが大破してし ﹁ああ、大破していたものな。﹂ ﹁そういえば、加古のカタパルトが取り外されましたね。﹂ 暗い空気を何とかしようとしたのか、加久藤が全く別の話題を持ち出した。 ﹁私が居ない時に、何か変わったことは無かったか ? 976 ずの加古が﹁フガッ﹂と妙な声を出し、また寝息を立て始める。あまりにも唐突だった ので、二人の口から小さな笑いが漏れた。 ﹂ ﹁⋮加久藤さん。﹂ ﹁なんだ ﹂ 心配や、恐れや、焦燥がない交ぜになった彼女の色の違う瞳が加久藤を射抜く。 にとって強大すぎる存在であることも理解はしているつもりです。けれど、﹂ 私たち ﹁貴方がアリューシャン方面で何と戦ってきたか、ぐらいは知っています。それが、艦娘 は直に感じ取る。 決して大きな声では無かったが、その一言に大きな思いが込められているのを加久藤 ﹁無理は、しないでくださいね ? ? 古鷹の言葉を理解するように２，３度頷く。 さい。それが、私の言いたい事、です。﹂ ﹁貴方やホタカさんだけで何とかしようと思わないでください。私たちにも頼ってくだ 彼女らしくない、容量を得ない言葉に口を挟まず耳を傾ける。 れません。だから、その⋮﹂ か出来ることがあるはずです。それに、武器の開発が進めば一緒に立ち向かえるかもし ﹁私たちだって戦えます⋮今はまだ、手も足も出ないかもしれませんけど。でも、他に何 ＳＴＡＧＥ─３２ 艦息と艦娘 977 ﹁君の想いは嬉しい。しかし、現状の艦娘では奴らに太刀打ちできない事は明白だ。君 らの技術の発展にも限界があるだろう﹂ ﹂ ! ﹂ ? あ、加久藤、来てたのか。﹂ ? 加古は何時でも加古だった。 ﹁んぁ ﹁あぅ⋮﹂ ﹁ま、それよりも前にその傷を治さない事には始まらないがな。﹂ を感じさせない物だった。 怪我をしているのに、思わず大きな声が出てしまう。しかし、彼女の笑顔はそんな事 ﹁⋮はい ﹁その時になれば、助けてくれるか 思わず顔を上げ加久藤を見ると、彼は小さく笑っていた。 君らに頼るのも遠い未来の事ではないだろう。﹂ ﹁だが、私たちが手を貸し、この国に新しい技術を供給し、対抗できる武器を開発すれば 厳しい現実を突きつけられて、彼女は悔しそうに顔を伏せる。 ﹁⋮⋮⋮﹂ 978 ﹁以上がホタカの修理に必要な資材です。﹂ 加賀の提出した書類に視線を向けることなく、真津は執務室の窓から雲一つない冬晴 ﹁フッ、空が青いぜ。﹂ れの空を眺めている。比較的に美男子な彼の姿と相まって、それなりな絵にはなるが現 ﹂ 実逃避以外の何物でもなかった。そんな提督の姿を見て、秘書艦の加賀の額に青筋が浮 かび上がる。 ﹁提督、現実を見てください。﹂ ﹁俺は、何も、聞いてない、イイね ? ていた。 好で謝罪する。上司の威厳とか、プライドとかそんなものは水平線の彼方に吹き飛ばし せたときにどうなるか、真津は考えるのも嫌だった。故に無条件降伏。所謂土下座の格 実態は感情が表に出ないだけで、本当は結構な激情家だったりする。彼女を本気で怒ら 加賀と言う艦娘は基本的に感情が表に出無いため周囲に冷静な印象を与えるが、その ﹁誠に申し訳ございませんでした。﹂ ﹂ 加賀の右側から風切り音が発生し、一瞬遅れて乾いた音が執務室に木霊した。 ? ﹁あまり時間を取らせないでもらえるかしら ＳＴＡＧＥ─３２ 艦息と艦娘 979 ﹁解ればいいのだけれど。﹂ ﹂ ? ﹁ 何やってるんだ ﹂ ? ? 首をかしげる真津だったが、そこまで急いでいるわけでもなく。これから補給関連の ? ﹁それならあと４，５時間ほど待つと良いわ。﹂ たいんだが⋮﹂ ﹁なるほどな。ところで、ホタカは何処行った 戦闘詳報はここにあるが、直接話を聞き ﹁ええ、ドック妖精さんの話では明日には修理完了するとのことです。﹂ たバケツは掃除や、消火、釣り等で再利用される。 いいと言う考えだった。なお高速修復剤を使用すると、中の液体だけが消える為、残っ 解っていなかった。誰も得体のしれない代物に触りたくはなく、使えるのだからそれで 酊状態になるとかいろいろな都市伝説があるが、どれが真実なのかは現在のところまで 娘が触れると催淫作用があるとか、猛毒ですぐに死に至るとか、特に何もないとか、酩 高速修理のメカニズムに関しては完全にブラックボックスだった。また、謎の液体に艦 は、謎の液体が何処にでもあるようなバケツに満たされている代物だが、内部の液体や がどれほど深刻な状態であっても１日で完全修理することが出来た。高速修復剤自体 艦娘の艦体をドックで修理する場合、高速修復剤を１つドック内に運び込めば、艦体 ﹁ところで、高速修復剤は効果があったのか 980 ﹂ ﹂ ﹂ 書類を山のように書かなければならないため、ホタカに遭うのは後回しにすることを決 定した。 ﹁加賀はもちろん手伝ってくれるよな そうだっけ 嫌な汗が全身から吹き出ているのが知覚できてしまう。 ﹁え〟 覚えていないの ﹁あいにくだけど、これから第２鎮守府の面々と演習だから出来ないわ。﹂ ? ﹁ええ。先日〟貴方から〟龍上提督に申し込んだでしょう ? ? 数日前龍上提督と演習の約束をしていた。 加賀の呆れたような視線を受けながら自分の行動ログをさかのぼってみると、確かに ? ? ﹁流石加賀さん そこに痺れる あこがれ﹂ ! 態で有名な彼女。ぶっちゃけ戦力にならない。その証拠に、提督の言葉が止まりフリー りの常習犯や物ぐさ姫等散々なあだ名を同僚からつけられても柳に風、暖簾に腕押し状 執務室の扉を開けて入ってきたのは赤いフレームの眼鏡をかけた茶髪の少女。サボ ﹁あ∼い。めんどくせ∼。﹂ ﹁望月。後はよろしく。﹂ ! ﹁自業自得ね。では、私はこれで。心配しなくても代わりは残していくわ。﹂ ﹁やっちまった⋮﹂ ＳＴＡＧＥ─３２ 艦息と艦娘 981 ズする。その間に加賀はそそくさと執務室から退散していった。 ﹂ ! ﹁⋮⋮⋮⋮何よ。﹂ ﹁あのさ、瑞鶴。﹂ これだけの資材を集めるのに必要な仕事の量は、あえて書く必要は無いだろう。 燃料 ４８００単位 必要資材 鋼材 ５５００単位 対象艦 ホタカ ︻修理資材見積もり︼ 類には、ホタカの修理に必要な資材の量が記載されていた。 望月に毛布を掛けてやり、デスクワークを始める。何かの拍子にデスクから落ちた書 ﹁解ってたよコンチクショウ。﹂ に上等なソファに体を投げ出して、既に寝息を立てていた。 何とか再起動した提督が、先ほど入ってきた艦娘に目をやるが。当の艦娘は其れなり ﹁⋮⋮⋮ま、まあいい。さあ望月、デスクワークをしようか 982 ﹁僕が悪かったから睨むのをやめてくれ。﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 視線をそらすように俯いてしまった瑞鶴に、軽く心の中でため息を付いたホタカは悪 くないだろう。鎮守府に到着した時、何時もの様に甲板に出たところで彼女につかま り、問答無用でストレッチャーに括り付けられドレッドノート戦の傷をいやしたドック へ放り込まれたのだった。ドックで傷を癒している最中も扉の越しに絶え間なく説教 を受け、その後自室に運び込まれた後も説教は続き、最終的に現在は無言で睨まれてい る。ここまでやられると、目の敵にされているのかという錯覚さえ覚えてしまう。実際 の所、扉越しに彼に説教をしていた時、彼女は自分が知らないうちに泣きながら説教を していたのだが、ドックの扉の遮蔽効果と、音が反響しやすいドック内の作りによって、 ホタカが瑞鶴の涙声に気づくことは無かったりする。ちなみに、高速修復剤を使った結 果ホタカの身体は傷一つないほど急速に回復し、今は普段着ている軍服姿でちゃぶ台を 挟んで瑞鶴と向かい合っていた。 ﹁何で、⋮⋮⋮は⋮⋮き⋮の。﹂ いか。だから、そう怒らないでくれ。﹂ 神に来る物が有るんだよ。それに、何時も敵に打ち勝って確実に帰ってきているじゃな ﹁あのな瑞鶴。君の小言は僕の為だとは理解しているんだが、こう毎回毎回されると精 ＳＴＡＧＥ─３２ 艦息と艦娘 983 ﹁なんだって かかった。 ﹂ ﹂ ﹂ ﹂ 何にもできない奴の気持ちなんて なぜ僕に当たる 見送る事 でも、心配ない、とか、問題ない、とか言って 見ていられ アタシ達じゃどうにもならない敵へ一人で立ち向かって ﹁何でアンタは平気なのよ ﹁はぁ ﹂ ボロになって帰って来て ﹁アンタは何時もそう ないのよ アンタには解らないでしょ ! ! ﹁見ていられないと言うのは君の問題だろう !? これじゃ、これじゃあアタシがバカみたいじゃない ! ﹁うっさい ﹂ ! ! しかできない奴の気持ちなんて ⋮⋮⋮﹂ ボロ 傾げて問い直すと、急に瑞鶴は涙を浮かべた顔を上げ、ちゃぶ台を乗り越え彼につかみ 顔を下に向けたまま、それも小さな声だったので彼女の言葉は良く聞こえない。首を ? ! で大声でまくし立てていた瑞鶴の怒声がピタッと止まった。 ホタカの聞いたことも無いほど冷徹な声に冷や水をかけられた様な気分になり、今ま ﹁え ? ? ! ? ﹁ああ、莫迦だよ。大莫迦者だ。僕には理解できない﹂ ! ? ! ! 984 見送る側の気持ちなんて僕の知ったことでは無いし、知る必要もない。そんなもの ﹁超兵器と戦っているのは君じゃない、僕だ。どうして君がここまで僕の事を気にかけ る ﹂ ! 今の僕には君が自分の思い通りにいかず、駄々を ? らずのうちに顔をゆがめてしまう。 口からこぼれた小さな嘆きは、彼の意識の外での出来事だった。 なぜ僕に当たる ? │││││〟見ていられないと言うのは君の問題だろう │││││うるさい ? │││││〟ああ、莫迦だよ。大莫迦者だ。僕には理解できない〟 ! 〟 呆気にとられたように見ていたホタカだったが、胸中に何か嫌な感覚を感じて知らず知 そんな捨て台詞を吐いて、彼女はホタカの部屋から飛び出していく。その様子を若干 ﹁ッ⋮⋮⋮バカ こねている子供にしか見えない。﹂ なんて、莫迦以外に形容できるのか な事を考える余裕なんてない。そもそも他人の心配をして自分が不安定になっている は戦場では無意味だからだ、力が無ければ死ぬ。運が悪ければ死ぬ。そんな場所でそん ? ﹁何だってんだ。いったい⋮⋮⋮﹂ ＳＴＡＧＥ─３２ 艦息と艦娘 985 │││││黙れ 見えない。〟 │││││そんなことは解ってる れない。 ﹁⋮ハァッ、ハァッ、ハァッ ﹂ ず飛び出してしまったため、呼吸器が酷く痛み、足も張ってくる。もう、走ってはいら 的緯度が低い佐世保と言えど肺や気管に突き刺さるような痛みを生む。準備運動もせ ホタカの部屋から飛び出した後、彼女は当てもなく走っていた。１２月の空気は比較 ! │││││〟今の僕には君が自分の思い通りにいかず、駄々をこねている子供にしか ! していた。怒りの後に残ったのは、耐え難い羞恥と強烈な自己嫌悪とわけのわからない 冷たい空気を嫌と言うほど肺に取り入れた結果、彼女は其れなりに落ち着きを取り戻 みがかり始めている。 送船用の突堤の先にいることが確認できた。視線の先には太陽が傾き始め、西の空に赤 い。今まで下を向いてあえいでいた顔を上げると、自分が今鎮守府からかなり離れた輸 体にはジンワリと汗がにじみ、活動的な衣服や長い髪が皮膚に張り付きひどく気持ち悪 その時でも、凍てついた空気は呼吸器系を大いに苦しめた。怒りと急な運動で火照った ヨロヨロと立ち止まり、暑い日の犬の様に早い呼吸を繰り返し体に酸素を供給する。 ! 986 悲しさ。 │││││バカだ、アタシ。 そんな自分の感情をこらえる様に歯を食いしばる。 見送る事しかできない奴の気持ち │││││自分が何もできないもどかしさをアイツにぶつけるなんて。そんなの、只 の八つ当たりじゃない。 │││││〟何にもできない奴の気持ちなんて なんて〟 │││││自分との約束を破ったからと言って、自分のいう事を聞かず毎回毎回怪我 自分をさげすむような笑みが自然に浮かび上がった。 │││││子供、か。まったくもってその通りね。 ンクリートからの冷気が体を冷やしていくが、そんなことはどうでもよかった。 一気に長距離を駆け抜けた疲れからか、ストンと地面に腰を下ろす。じかに触れたコ │││││本当、何やってんだろ。 の未熟さを痛感していく。 つい先ほど怒鳴った自分の言葉が何度も頭蓋の中で反響する。その度に、彼女は自分 ! してくるからって、怪我人相手に怒鳴り散らしてさ。ああ、もう⋮ ﹁うまく、いかないなぁ⋮﹂ ＳＴＡＧＥ─３２ 艦息と艦娘 987 そんな嘆きと一緒に、一筋涙が零れ落ちた。その涙は頬を伝い、顎から落ちて彼女の そんな、子供じゃあるまいし。 手に当たる。自分が涙を流していることをようやく理解した彼女は、驚いたように右手 なんで泣いてんだろ についた水滴を見つめた。 │││││あれ ? │││││アタシがアイツに、ホタカに恋してるって 笑えない冗談ね。 途中まで思い浮かんだ思考を頭を振ることで強制的に中断する。 ﹁いや、無いわね。無い無い。﹂ の事を否定されたら腹が立って、悲しくなって。これじゃ、まるで⋮ │││││誰かを死ぬほど心配して、怪我して帰ってきたら泣きながら怒って、自分 太陽の光を反射する透明なドームを見つめ続ける。 じっと、０．５ｍｌも無い水滴を見てみるが答えは得られなかった。それでも、赤い ? ﹁アタシが、ホタカの事を⋮﹂ │││││ありえない。絶対に⋮ 娘に配って感想を聞いたりしているらしい。 ぎだろう。普段は絵を描いている彼女だが、最近小説にも手を出し始めたらしく他の艦 がする。が、そんなはずはないと切ってすてた。大方、秋雲の書いた恋愛小説の読み過 しかし、そう考えてみると今までの自分の行動の理由として妙に納得がいくような気 ? 988 ﹁呼んだか ﹁木曾 ﹂ ﹂ ﹁まあ、なんというか、木曾に、な ﹂ 彼女がそう問いただすと、ホタカは珍しく照れたように頬を掻いた。 ﹁な、なんでここに。﹂ ろう。 夕焼けに感謝したことは無い、もし今が昼間なら耳まで赤くした顔を見られてしまうだ コートを何時もの軍服の上に羽織ったホタカの姿がそこにはあった。この時ほど赤い ギャアと女性としては出してはいけない部類の声を出して後ろを振り返ると、濃紺の ? ? 大丈夫かコイツと呆れたような視線は、先の事にそれなりの罪悪感を感じていたホタ ﹁ドアホ。今のは理解できる部分もあるが基本的にお前が悪い。﹂ ? に指示したのだった。 ﹂ だし先ほどの会話を知ると、彼女は長い長いため息をつきホタカに瑞鶴を追いかける様 所を訪れていた。瑞鶴の様子にただならぬものを感じた木曾がホタカに理由を問いた 瑞鶴がホタカの部屋を飛び出した後、涙目で走っていく彼女とすれ違った木曾が彼の ? ﹁何で僕が行かなきゃならないんだ ＳＴＡＧＥ─３２ 艦息と艦娘 989 カにとって居心地が悪かった。 局のところそれはお前の事を思ってだろうが。﹂ ? ﹂ ? 外は寒いからコートも持ってけ。﹂ ﹁人間も艦娘も艦息も自己評価は思ったよりも難しいと言う事だろうよ。さあ、立て。 だと思っていたんだが、な。﹂ ﹁ああ。我ながら自己中心的な物言いをしたと反省しているよ。もう少し、冷静な性格 だろ け。そして、今からでも遅くないから追いかけろ。酷い事を言ったっつー自覚はあるん ﹁とにかくだ。瑞鶴がお前の事を心配した結果があの説教なんだから、甘んじて受けと アイツ 何故か大きな疲れを感じ、目頭を揉んだ。心なしか右目の古傷も鈍く痛む。 │││││これじゃあ、アイツも二重に苦労するなぁ、おい。 ﹁それ以外に何があるってんだよバカ。﹂ ﹁おい、なんだそのダメだ此奴的なため息は。﹂ 後、また長いため息を吐いた。 本当に訳が分からないとでもいうように呟いたホタカに、木曾はしばらく絶句した ﹁そこが理解できないんだよ。何故彼女は僕にばかり怒るんだ 意味が解らない。﹂ ﹁そりゃあな、毎度毎度けが人相手に説教かます瑞鶴にも問題があるだろうけどよ。結 990 部屋の隅にかけられていたウィルキア海軍の装備品である濃紺のコートをハンガー ごとホタカへ投げ渡すと、木曾は踵を返して扉まで進む。 だな。﹂ ﹁邪魔したな。もう夕方だ、早く行ってやんないと風邪ひくかもしれんぞ。原因はお前 急いでコートを羽織り、木曾の横をすり抜けてドアを通る。 ﹁それは、不味いな。﹂ ﹁たぶん、第２３突堤だ。確証はないが。﹂ ホタカの姿が廊下の角へ消えると、もう一度木曾は深いため息を付いた。 ﹁ありがとう。﹂ ﹂ ? 杉本ののんびりとした意見を、木曾は即座に否定した。 ﹁あの様子じゃあ、お互いが自分の気持ちに気づくのは当分先でしょうかねぇ。﹂ ヤレヤレと肩を大げさにすくめて見せる。 い。﹂ ﹁まとまったと言うか、なんと言うか。奇妙な気分だ、こんなのはやっぱりガラじゃな の好奇心を瞳に湛えて何時もの様に微笑んでいた。 背中にかけられた聞きなれた声に振り返ると、両手を後ろに組んだ杉本が少しばかり ﹁上手くまとまりましたか ＳＴＡＧＥ─３２ 艦息と艦娘 991 ﹁それ以前の問題だよ。﹂ ﹂ ? 認していた。 イ ツ ? ﹂ ? バットエンド ﹁場合によっちゃあ、３流小説並の悲 劇になるかもな。﹂ ﹁けど の性格から考えて可能性は高いけど⋮﹂ それを受け入れてゴールインってのがベストだろうし、どっちかと言えば直情的な瑞鶴 ﹁そうだなぁ⋮。瑞鶴が早々に自分の気持ちに気づいてホタカにアタックし、アイツも ﹁あの二人、これからどうなっていくと思いますか ﹂ そう言って否定する彼女だったが、杉本は木曾が満更でもない表情をしているのを確 ﹁やめてくれよ、杉本さん。さっきも言ったけどこんなのガラじゃない。﹂ ﹁案外、君にはこういった仕事の方が向いているやもしれませんねぇ。﹂ ﹁意見と言えるほど大層なもんじゃないさ。﹂ ﹁木曾さんは随分と手厳しい意見を持っているようですね。﹂ 手厳しい木曾の意見に、思わず苦笑がこぼれてしまった。 に立ってないとするなら。ホタカはまだ競技場についていないな。﹂ ア ﹁瑞鶴はともかく、ホタカにそう言う感情が有るのか疑問だね。瑞鶴がスタートライン ﹁はい 992 ﹂ 時間はホタカが瑞鶴を見つけた場所まで移動する。 ﹁その格好では寒いだろう 用されていることが解る。 国 ? 彼が頭を下げるのを半ば呆然として見てしまっていたが、直後に慌てたように言葉を ﹁さっきはすまなかった。君の気遣いを無下にしてしまった。申し訳ない。﹂ ホタカが一瞬言葉を区切り、瑞鶴の金色の瞳を真正面から見る。 わけでもない。そんな事より、だ。﹂ ﹁これでもウィルキア仕様の軍服だ。これ位の寒さなら、コートは必ずしも必要と言う 雪 ﹂ けてあるだけなので、風で飛ばない様に手でつかむと見た目に違わず、頑丈な生地が使 にはいつもの軍服姿の艦息、一瞬遅れてコートをかけてくれたのだと認識する。肩にか 肩に何かの重みを感じ、自分の周りの気温が一気に上がったような感覚に陥る。目の前 た汗が気化し更に体温を奪っている。思わず身震いし自分で自分の身体を抱えた時、両 の高い服装である為、冬場の突堤では防寒能力なんて皆無だった。しかも、走って掻い 言われてみてから、肌を指す冷気を知覚する。よく言って活動的、悪く行って露出度 ? ﹁あ、ありがと。っていうか、アンタは寒くないの ＳＴＡＧＥ─３２ 艦息と艦娘 993 紡ぐ。 悪いのはアタシ、アンタじゃないわ。﹂ ! ﹁ああもう、やめ止め。キリが無いわ。﹂ ﹁同感だ。今回の件はお互いさまと言う事で水に流さないか ? 降りかけている空が赤と群青のコントラストを形成している。その光景に２人は一瞬 ふと海を見てみると、太陽が水平線に沈み始めていた。赤く色づいた海と、夜の帳が ﹁賛成。このまま続けてても日が暮れちゃうしね。﹂ ﹂ 事を唐突に理解し、どちらからともなく笑い出してしまった。 二人の声が重なり、どちらも沈黙してしまう。ほんの数秒後、不毛な会話をしている ﹁僕が﹂ ﹁アタシが﹂ てみるべきだったんだ。﹂ ﹁それは仕方のないことだ、そもそも君がどう考えているのかもう少し注意深く思考し ラして、それで、ホタカに八つ当たりしちゃった。⋮⋮ごめんなさい。﹂ ﹁謝らなければいけないのは、アタシの方。自分が何もできない事に腹が立って、イライ たので慌てて手で押さえた。 ホタカの肩を掴んで無理やり上体をを起こさせる、その時にコートが飛びそうになっ ﹁や、やめてよ 994 呆けたように目が釘付けになってしまった。 何 ﹂ ﹁瑞鶴。﹂ ﹁ ? ﹂ ? みを浮かべていた。 ﹂ 小さな驚きを感じつつ、礼を言う。無意識だったが、彼の口は何時もの様に不敵な微笑 感情を抱かせるのに十分な物だった。そのような感情が自分の中に残っていたことに その時の瑞鶴の笑みは、背景の夕焼けと上手く化合してホタカにとって美しいと言う ﹁当たり前でしょ 艦息の問いに、艦娘は一瞬目を丸くするが、すぐに満面の笑みを作る。 ? 息を見た。 言葉を区切り、視線を空から瑞鶴へ移す。彼女も振り返り、夕日に照らされている艦 いくだろう。その中で、君らが超兵器に対抗できる力を手にした時は。﹂ ﹁だが、それと同じように僕や加久藤も技術をこの国に提供し、君らの装備も更新されて ﹁でしょうね。﹂ く。﹂ ﹁あ ん な こ と の 後 で 身 勝 手 だ ろ う が。こ れ か ら 先、超 兵 器 は ま す ま す 強 力 に な っ て い ? ﹁一緒に超兵器と戦ってくれるか ＳＴＡＧＥ─３２ 艦息と艦娘 995 ﹁ありがとう。﹂ 急に気恥ずかしくなってきた瑞鶴は、思わず顔をそむける。 顔が赤いのは夕焼けの所為だ、と自己完結。 ＥＤ ﹁ＯＮＥ ＯＫ ＬＯＣＫ 〟アンサイズニア〟﹂ めていた。 の芳ばしい香りが鼻腔をくすぐる頃には、すっかり太陽は海に沈み頭上には星が輝き始 そんな奇妙な確信を頭の片隅で転がしながら、彼のすぐ後ろを歩いていく。食堂から │││││絶対に忘れないだろうな、今日の事。 うれしかった。 が、それでも悪い気はしなかった。それよりも。自分たちを頼ってくれたことが何より 自分の中に渦巻く彼に対する、複雑な感情が何なのかイマイチ理解しきれていない クルリと踵を返して歩き始めた艦息の背中を彼女は追う。 ﹁さて、そろそろ食事の時間だ。行こうか。﹂ 996 五章 ＡＬ／ＭＩ作戦 ＳＴＡＧＥ│３３ 改装案ＶＧＦ│２３０１Ｂ 照明の落とされた暗い室内。その部屋の中央に置かれた年代物の映写機がかすかな 音を立てて廻り始めると、壁に四角い映像が投影され始める。 映し出されたのは正面から見た超巨大艦の暗視画像。緑色のベールの向こうには、こ ちらを睨む６門の超長砲身砲が不気味に見えた。スクリーンの右下には白いゴシップ 体で〟超巨大高速戦艦ヴィルベルヴィント〟と表示されている。 スクリーンの端にいた人物│││ホタカは、伸縮式の棒の一端を持ち一振りする。５ 倍ほどに長さを増した指示棒で映し出された巨大艦の艦首付近をコツコツと叩いた。 以上を発揮可能な高速艦で、主砲の口径 ? を命令。ホタカ、山城、北上、大井、不知火、吹雪が出撃。戦闘はホタカ及び艦娘同士 これを受けて大本営はトラック第２鎮守府の不明艦を旗艦とする１個艦隊での足止め 鎮守府の３個艦隊を殲滅。なお第６鎮守府は現在、宿毛第３鎮守府に移転しています。 力的な面での不足はありません。昨年の夏、偶然遭遇した呉の１個艦隊及び佐世保第６ は２８ｃｍ程度ですが長砲身かによって威力を増加、更に各種魚雷、噴進弾を装備し火 ﹁超巨大高速戦艦ヴィルベルヴィント。８０ ＳＴＡＧＥ─３３ 改装案ＶＧＦ─２３０１Ｂ 997 のデータリンクをフルに活用し、敵弾のことごとくを回避、味方の砲雷撃の集中打を浴 びせかけ撃沈に成功。ホタカ以外に目立った損傷なし。﹂ 暗視画像が次々と切り替わり、ヴィルベルヴィントの損傷は画像が切り替わるごとに 拡大し続けているのがよく解る。最終的に右舷に巨大な水柱が林立、艦体が二つに割け たところで画像が切り替わる。 次に映し出されたのは２基の砲塔を備えた巨大な潜水艦。前後に搭載された連装砲 は撮影者方向に照準を合わせようとしているところなのか砲口は進行方向を向いてい なかった。 にざわめきは収束する。 ような艦娘はここにはいなかった。数度、わざとらしい咳ばらいを真津が行うと、すぐ かりのざわめきが上がる。海面を埋め尽くすようにこちらに迫る魚雷を見たいと思う ホタカのマスト付近から取られたものらしき画像が画面に現れると、聴衆から少しば 始。﹂ 深海棲艦の前線基地襲撃の任に当たっていたホタカが偶発的にこれと遭遇し、戦闘を開 により水中での機動性も従来の潜水艦を凌駕しています。ウルシ│環礁に設置された にマスカ│、騒音魚雷、吸音タイル等欺瞞手段も豊富に搭載し、各種の静音スクリュー ﹁超巨大潜水艦ドレッドノート。巨大な艦体に多数の魚雷発射管、連装砲塔を備え。更 998 ﹁アスロック、トライデントの大量投入により戦闘を有利に進めるもののドレッドノー トは多数の魚雷と騒音魚雷によって自らの撃沈を演出。アフタヌーンエフェクトとマ スカ│を用いて超至近距離、ホタカ直下からの雷撃を敢行。﹂ 画面が写真からソナー画面に切り替わる。丸い画面の中央には巨大な輝点が不気味 に輝き、ソナー画面の枠とも相まって巨大な生物の目のようにも見える。 の機体が収まっている。この画像はそれまでのモノよりも画質が悪く、撮影に用いられ 次に映し出された画像には、雲海の中を飛行する目の覚めるようなオレンジ色の双胴 レッドノートを撃沈。ホタカが中破相当の損害を受ける。﹂ 型 で あ っ た が 門 数 は わ ず か に ４ 門 で あ っ た 事 か ら 最 終 的 に 打 ち 勝 つ こ と に 成 功。ド ﹁両艦ともに至近距離での砲撃戦を選択、ドレッドノートの主砲口径は３８．１㎝と大 いる。 トが映し出される。大量の海水を押し分け、海面から艦体の３分の１ほどが突き出して ソナー画面の不気味な瞳が消え失せ、広大な海原を突き破って飛び出すドレッドノー ドノートは浮上決戦を選択し、砲撃戦に移行する。﹂ 生じた爆圧により艦底部に甚大な損傷を受け機動力を喪失。雷撃能力を失ったドレッ ロックにより超兵器の魚雷発射管の撃破に成功。しかし、艦直下での魚雷の炸裂により ﹁ト ラ イ デ ン ト に よ り 直 下 か ら 放 た れ た 魚 雷 の 尽 く を 迎 撃。更 に 同 時 に 斉 射 し た ア ス ＳＴＡＧＥ─３３ 改装案ＶＧＦ─２３０１Ｂ 999 たカメラの性能が高くない事がうかがえた。 進を発令。疾風改１６０機、銀河４７機が出撃。しかし、アルケオプテリクスの誘導兵 ﹁超兵器の来襲を受けて大日本帝国安全保障特別指導部本営は付近の航空基地に緊急発 られた。 される。そのあまりに凄惨な状況に、思わず顔をそらしてしまう艦娘もちらほら見受け 大口径砲の直撃や速射砲、焼夷榴弾砲、各種爆弾によって廃墟になった帝都が映し出 進出。各種兵装を用いて帝都の３割を破壊。﹂ しです。超兵器は北進を続け帝都近郊の高射砲塔を大口径砲にて粉砕した後、帝都内へ 賀海軍工廠も壊滅的被害を受け現在復旧中。復旧完了までは残り１年ほどかかる見通 守府は現在でも立ち直っておらず、艦娘などの装備を製造する工廠の内、最大級の横須 守府施設及び所属艦娘に甚大な被害を与えました。この攻撃による損害から横須賀鎮 ﹁アルケオプテリクスは台風に乗じて本土に接近。まず初めに横須賀鎮守府を急襲し鎮 出される。 画像が切り替わり、機体の至る所から火箭を伸ばしているアルケオプテリクスが映し いるため、現在の航空機での撃墜は困難を極めます。﹂ り付けられた砲兵器によって対地対空攻撃も可能、また対空火器に誘導兵装を採用して ﹁超巨大爆撃機アルケオプテリクス。双胴の機体に多種多様な爆弾を搭載し、各所に取 1000 器によって瞬く間に全滅。迎撃は失敗に終わります。しかし、この時疾風改２機が何ら かの原因によりアルケオプテリクスの左エンジン２基に吸い込まれ、結果的に超兵器の 推力の半分を奪うことに成功しました。この損傷により超兵器は霞ケ浦に着陸、自己修 復に入ります。﹂ だだっ広い霞ケ浦周辺に着陸したアルケオプテリクスが映し出され、左翼のエンジン ２基から黒煙が立ち上っているのが確認できた。 オプテリクスが映し出される。素人目にもこれが飛び立てるようには思えない。 前線部隊が撮影したらしき、サーチライトに照らされ無残な右翼を晒しているアルケ を修復不可能なまでに破壊。﹂ １射を発砲。砲弾は直撃せず超兵器右翼後方に着弾。その衝撃波で右翼エンジン２基 ラックに存在するホタカに搭載された電算機によって算出されたデータを持ちいて第 ﹁屋 島 作 戦 と 命 名 さ れ た 作 戦 は ０ ２ ０ ０ 時 に 発 動 さ れ ま し た。３ ０ ０ ０ ｋ ｍ 離 れ た ト が映し出されると、主に戦艦娘がいる方向から小さなどよめきが上がる。 格納庫内に収められた超巨大な要塞砲に豆粒の様な人が取り付き作業している画像 みます。﹂ 径１６０㎝要塞砲︻天羽々斬︼の建造を再開し、第２海上堡塁からの超長距離砲撃を試 ﹁本営は建造中に破棄された兵器の使用を決断。局所防衛決戦兵器対深海棲艦用４５口 ＳＴＡＧＥ─３３ 改装案ＶＧＦ─２３０１Ｂ 1001 ﹁第２射準備中、超兵器再起動。左翼のエンジン、および胴体内のリフトエンジンを用い て再離陸帝都へ進路を取りました。これを受けて特殊改造を施した２機の菊花が離陸、 ハープーンの現地改修型を用いて超兵器前方下部の焼夷榴弾砲を攻撃し破壊。更に機 体内の焼夷榴弾に延焼し、隣接する３０５ｍｍ主砲弾薬庫が加熱され主砲弾が誘爆。前 方の連装砲２基を完全に破壊。﹂ 暗闇に真っ赤な炎の線を２筋描きながら機首を上げて飛ぶ超兵器が移る。 にはデュアルクレイターとホタカ、両者の間にはいくつもの航跡が無数に走っていた。 また画像が切り替わり、高空から戦場を俯瞰しているようなものが移る。画面の両端 器に肉薄攻撃を仕掛けるモノです。﹂ の航空機運用能力を奪い、第２段階では加久藤の航空隊による支援の元、ホタカが超兵 南方要塞より加久藤が参加。作戦としては第１段階で加久藤の航空隊により敵超兵器 載兵器による物量戦が特徴です。これの迎撃には佐世保第３鎮守府よりホタカ、ソロン ﹁超巨大双胴強襲揚陸艦デュアルクレイター。艦本体の能力もさることながら多数の艦 艦が現れた。 夜空に現れた巨大な火球を映した映像が切り替わると、今度は大荒れの海を行く双胴 いつつ砲弾を着弾させることに成功。アルケオプテリクスは完全に破壊されました。﹂ ﹁第２海上堡塁は天羽々斬による超兵器への直接砲撃を実行。緊急用退避システムを用 1002 ﹁第１段階は煙幕などの妨害もあったものの概ね成功。第２段階ではホタカの主電算機 がコンピューターウィルスに感染し、全兵装が一時的にダウン。艦の制御を艦娘式に切 り替え再起動、作戦を続行しました。遠距離からの砲撃戦では主電算機が使えない事、 また主砲口径の不足により大きな損害を与えることは出来ず当初の予定通り後方に回 り込み肉薄攻撃を実行。各種噴進弾により上部構造物を破壊されるも、後方ハッチに４ １ｃｍ砲弾６発が命中。目標は誘爆を繰り返し沈降。超兵器を撃破。この戦闘で加久 藤航空隊に若干の損害、ホタカは大破判定を受けています。﹂ ホタカが合図をすると、それまで回り続けていた映写機が停止し部屋に明かりがとも る。佐世保第一鎮守府の会議室に集合していた佐世保に所属する艦娘達、指揮官の姿が はっきりと認識できるようになった。上座に座り両手を組んでいた田沼がホタカに礼 を言う。 れもない事実だ。これから通達する命令を不本意だと思う者も居るだろうが、滅びの美 言う保証は全くなく、奴らに対抗できるのがホタカと加久藤だけであると言うのはまぎ しないと言うのが先の説明で理解してくれたと思う。これから先超兵器が現れないと ﹁昨年我々は超兵器と言う恐ろしい敵と相対した。奴らに生半可な攻撃、戦力では通用 ホタカが敬礼して席に戻るのと入れ違いに田沼が全員の前、壇上に立つ。 ﹁ご苦労だった。戻ってくれ。﹂ ＳＴＡＧＥ─３３ 改装案ＶＧＦ─２３０１Ｂ 1003 学や大和魂、自己犠牲、矜持を持ち出すには強大すぎる相手だ。これより全艦娘の超兵 器との戦闘行動は禁止する。もし超兵器を発見した場合は戦闘を行わず、自身の生存を ホタカ。﹂ 第一に考えろ。以上で解散する。﹂ ﹁んで、話とは何だ Ｉ Ｃ ﹁少し相談したいことがありましてね。﹂ Ｃ ? ている夕張の姿が。そんな彼女達に彼は小さくため息を付いた。 ルク多め︶が収まっている。さらに彼女の隣には嬉々としてにモニターや計器類を調べ 拠して逆座りしているのが見えた。手にはちゃっかり湯気を上げるコーヒー︵砂糖、ミ 背後からの聞きなれた声に振り向くと、呆れたような顔の瑞鶴が開いている椅子を占 ﹁これが、対空レーダー画面で、これがアスロックの射撃指揮装置ね、ふむ、なるほど⋮﹂ ﹁それってこんなとこでやるようなヤバい話なの ﹂ に備え付けのコーヒーサーバーから取ってきたカップを手渡す。 先の会議の後、ホタカは真津を自分のＣＩＣへ招き入れていた。怪訝な顔をする真津 ? 1004 ﹂ ? ﹁君らを呼んだ覚えはないのだが⋮﹂ ﹁いーじゃん、別に。アタシに聞かれて不味い話でもするの ﹂ 若干すねたようにカップを傾ける瑞鶴。 ﹁何というか、技術屋の勘が働きました キュピンと擬音が鳴りそうなドヤ顔を見せる夕張。 ! 出ず轟沈するかもしれません。﹂ ﹁正直言うと、この超兵器群に今の僕の武装で対抗することは難しいでしょう、手も足も の元とは格が違う事が直観的に理解できてしまった。 ３人は苦い顔をする。詳細なスペックは表示されていないが、一目見ただけでこれまで までの超兵器よりも強力な兵器だった。映し出された異形の戦闘艦にこの世界の住人 モニターに幾つかの超兵器を映し出す、そのどれもがこの世界にはまだ来ておらず今 する超兵器は今までの奴らよりも強力なものであると予想しています。﹂ ﹁先ほどの会議で超兵器との戦いをおさらいしましたが、僕の考えではこれから先出現 事にした。 真津は心の中で突っ込むが、本人は特に気にしていないようなので自分も気にしない │││││いいのかよ⋮ ﹁⋮まあ、いいか。﹂ ＳＴＡＧＥ─３３ 改装案ＶＧＦ─２３０１Ｂ 1005 ハッキリと敗北宣言を出した艦息に真津と夕張は耳を疑った。今まで圧倒的な火力 で超兵器をなぎ倒してきた彼を知っている者にとってはそれほど異常な事だったのだ。 そんな真津とは対照的に、瑞鶴は無言でカップを傾ける。苦い表情はコーヒーの所為で はないだろう。彼女自身、彼の装備が超兵器相手に歯が立ちづらくなっていることは 薄々感づいていた。超兵器戦の後には毎度の様に説教をかましているため、彼の損傷が だんだんひどくなっていることを直に感じ取っていた。 そんなある種の消沈した空気を吹き飛ばすために、ホタカはわざとお道化た様な、茶 化した様な声色で続きを放し始める。 た。それは他の設計図よりもかなりゴチャゴチャとしたもので、かなりの兵装が詰め込 その他の設計図が小さくなり、ある設計図が画面の半分以上を占める様に拡大され はこれです。﹂ 能の向上はこれらの案の中では最も小さいですね。逆に、最も性能の向上が見込めるの ２基に換装しその他にもこまごまとした改装を施したものですが、やや保守的であり性 ﹁僕が前の世界で実際に施した改装はこのＶＧＦ│２３０１Ａ案です。主砲を６１㎝砲 る。それらは細かな違いはあったが、６１㎝砲を主砲とすることは共通していた。 パチンと指を鳴らすとＣＩＣの中でも大型のモニターに幾つかの設計図が表示され ﹁と、言うわけで。そろそろ大改装の時期だと思われます。﹂ 1006 まれていることがよく解った。 ﹁改装案ＶＧＦ│２３０１Ｂ。ウィルキアが持てる技術力の粋を結集して考案した改装 案です。まず最初に予備浮力を得るためにバルジを追加、また船体後部を延長します。 次に４１ｃｍ砲を撤去、主砲を５５口径６１㎝三連装砲Ａ型に換装。これを前方に背負 い式に２基、後方に１基配置。スペースを確保するため艦橋を構造物を若干後方へ移 設。火力不足が露呈した対艦ミサイルＶＬＳはすべて撤去し対空砲として対空パルス レーザーを８基搭載、更に３５ｍｍＣＩＷＳも１６基に倍増。増えた重量による速度低 下を防ぐために機関をガスタービンε型に換装。防御重力場をⅤ型からタイプαに変 更。装甲板については大きな変更はありません。また、対空パルスレーザーや新型磁気 火薬複合加速砲の採用により艦内の消費電力が大幅に増加、この問題に対応するために ? 推進方式をＣＯＧＬＡＧからＩＥＰに変更します。以上の改装により排水量は約７０ ﹂ ００ｔ増加、出力は１９２０００から２０８０００に増加するも最高速度は６３，７ 夕張﹂ それとＣＯＧＬＡＧとかＩＥＰって に低下しますが大きな問題は起こらないでしょう。﹂ ﹁何だ ﹁対空パルスレーザーって何ですか ? ? ﹁対空パルスレーザーはパルスレーザーを対空火器として用いる兵器だ。高エネルギー ? ﹁ちょ、ちょっと待ってください。﹂ ＳＴＡＧＥ─３３ 改装案ＶＧＦ─２３０１Ｂ 1007 レーザーを連続的に発射し目標を加熱、破壊する。発射されるエネルギーは非常に高 く、断続的なパルスレーザーにしないと発射機自体に悪影響があるためこのような方式 に 落 ち 着 い た。電 力 消 費 だ け で 発 射 で き る た め 弾 薬 庫 を 設 け る 必 要 が な い。し か し、 レーザー発振器にも寿命が有り、電力がある限り永遠に発射できるわけでは無く８００ 回の射撃ごとに消耗部品の交換が必要だ。もし交換無しで射撃を続けた場合、射撃時に エネルギーロスが発生し必要な威力を得られないばかりか発射機自体が破壊される恐 れがあり、良い所ばかりの兵器とは言えんな。ＣＯＧＬＡＧは｜ガスターボエレクト リック・ガスタービン複合推進方式︽ＣＯｍｂｉｎｅｄ Ｇａｓ ｔｕｒｂｉｎｅ ｅ Ｌ ｅ ｃ ｔ ｒ ｉ ｃ Ａ ｎ ｄ Ｇ ａ ｓ ｔ ｕ ｒ ｂ ｉ ｎ ｅ︾、 Ｉ Ｅ Ｐ は 統 合 電 気 推 進 の 事 を 意 味 す る。Ｃ Ｏ Ｇ Ｌ Ａ Ｇ の 場 合 は 低 速 時 に は ガ Ｉｎｔｅｇｒａｔｅｄ Ｅｌｅｃｔｒｉｃ Ｐｒｏｐｕｌｓｉｏｎ スタービンで発電した電力を用いて推進し、高速時にはガスタービンの回転を機械的に 接続して推進する。﹂ ﹁よく解ったな、その通りだ。﹂ ほぼ完ぺきと言っていい答えを出した夕張にホタカは目を丸くした。 らば無理してガスタービンを低出力で回さなくて済む分燃料の節約になりますね。﹂ 少数のガスタービンを最高出力で回して発電した電力で推進するわけですか。これな ﹁ガスタービンって最高出力付近で最大効率になりますしね。効率の悪い低速状態では 1008 ﹁装備のデータ解析は得意ですからね。﹂ そう言って、ない胸を張る。 ﹁でも、流石にＩＥＰは初耳です。詳しく教えてくれますか で先進的な話をされると脳味噌が追いつかない。﹂ ﹂ ﹂ ﹁なあ、瑞鶴。アイツ等の話を纏めてくれ。科学には強いという自負があったが、ここま ﹁そういう事だ、ＩＥＰにでもしないと電力供給が追い付かないのさ。﹂ 力場に必要な電力が足りないと。﹂ ﹁でも、ＣＯＧＬＡＧでは新型の大口径磁気火薬複合加速砲や対空レーザー、新型防御重 けだ。﹂ ノート戦の時には機関がつぶれたがバッテリーは無事だったから主砲で殴り合えたわ 量 バ ッ テ リ ー に プ ー ル し 磁 気 火 薬 複 合 加 速 砲 や レ ー ダ ー に 利 用 し て い る。ド レ ッ ド ザーとかな。現在採用しているＣＯＧＬＡＧでは、低速時に発電した電力の一部を大容 内電力の全てを補う。レーダー、コンピューター、艦内照明、磁気火薬複合加速砲、レー ﹁概念的にはほぼ同じと見ていいかもな。ＩＥＰでは主機関によって発電した電力で艦 ? として扱う。どの速度域でもガスタービンで発電した電力で推進する。﹂ ﹁まあ、そこまでややこしくは無い。ＩＥＰではガスタービンエンジンは完全に発電機 ? ﹁ポルシェティーガーのガス・エレクトリック方式みたいな感じですかね ＳＴＡＧＥ─３３ 改装案ＶＧＦ─２３０１Ｂ 1009 ﹁提督さんが無理なら、アタシはなおさら無理よ。﹂ 技術的な話題で盛り上がっている２人に何故か面白くないと言う感情を抱いてしま ﹁そっけないなぁ⋮おい﹂ ﹂ い、ついつい返答もそっけない物になってしまっていることに、自分では気づいていな かった。 ﹁ねえ、ホタカ。レーザーってことは光速で飛んでくるんでしょ 十分じゃないの ミサイルはともかくＣＩＷＳは取っ払ってもよくない ﹂ ? ﹁何故だ 光なんだから回転する鏡かなんかで反射すればいいだろう ? ﹂ たる。ただ、若干の問題がこの対空砲にはあってな。旋回速度が遅いんだよ。﹂ 差射撃を行う必要が無いのは事実だ。目標を照準器に入れてレーザーを放てば大体当 ﹁君の理解はある意味適切と言える。光の速度で飛んで行くレーザーは機銃と違って偏 士であったことも連鎖的に思い出す。 にヴェルナーが言っていたのだ。そして、それが出来ない事を説明したのはブラウン博 彼女の提案に少しばかり苦笑する。と言うのも、彼女と同じような事を第一次改装時 ? ﹁ようするに偏差射撃が要らないってことよね。それじゃあ対空火器はレーザーだけで 何故かキラキラ︵戦意高揚状態︶している夕張から視線を瑞鶴に移す。 ﹁ああ、そうだ。﹂ ? 1010 ? 真津の問いにホタカは困ったように頭を掻いた。 ﹁それがそうもいかないのですよ。金などはレーザーをよく反射しますがそれでもエネ ルギーのロスはありますし、何より狙った場所へ反射させるのはなかなか難しいので す。一秒を争う対空戦闘ではレーザー１発も無駄には出来ないのですよ。結果的に一 番確実にレーザーを目標に照射するのには、重量のある発信機自体を回転させる必要が あるのです。その為、ほぼまっすぐに突っ込んでくるミサイルなんかはカモですけど、 近距離でランダムに回避機動を行う航空機には手こずる場合があります。まあ、一瞬で も照射できれば燃料か弾薬、エンジンを異常加熱させて落とせますけど。そして、何よ りも重いんです。現在登載されている３５ｍｍＣＩＷＳは１基９ｔですが対空パルス レーザーⅢ型の場合１基１００ｔもあるので数を乗せるとトップヘビーになりかねな いんですよ。その為、ＣＩＷＳや対空ミサイルも健在です。長距離では対空ミサイル、 中距離では速射砲とレーザー、近距離ではＣＩＷＳと言ったように複数の射程の違う対 空火器を複合して運用することで初めて高い対空能力を得ることが出来ます。﹂ ﹂ を上げると言う事か⋮６１㎝砲はＡ型と言っていたが、これはなにか意味があるのか ﹁なるほどな、そうやって航空機が到達するまでに複数の壁を用意することで対空能力 ＳＴＡＧＥ─３３ 改装案ＶＧＦ─２３０１Ｂ ? ﹁Ａ型のＡはＡｄｖａｎｃｅｄを意味しています。従来の５５口径６１㎝磁気火薬複合 1011 加速砲は６５口径６１㎝砲相当の火力を発揮するのが精一杯でしたが、このＡ型は超兵 器技術をフルに活用し５５口径程度の砲身で７５口径相当の火力を発揮することが出 口径が大きすぎてイメージしづらいんだけど⋮﹂ 来ます。後にも先にもこのサイズの砲ではこれが最大火力ですね。﹂ ﹁ぶっちゃけどれぐらいの火力なの 息を吐いた。残りの１人は〟弾薬庫に直撃すれば大和型もただでは済まないと思いま 真剣に考え込む艦息の姿を見て、彼の異常性を再認識させられた２人はそろってため た程度で軽巡が沈むんだからな。もしかしたら長門も１発かも知れない。﹂ ﹁しかし、こちらの艦は前の世界の艦と比べて非常に脆い。４１ｃｍ砲弾が１発直撃し 瑞鶴が呆れ、夕張が補足する。 よ。﹂ １ｃｍ砲や４６ｃｍ砲を叩き込むようなものですから、その評価は妥当だと思います ﹁長門さんでも対４１ｃｍ防御ですからね。対２０ｃｍ防御しか持たない重巡洋艦に４ ﹁⋮⋮なんで味方で例えんのよバカ。﹂ らいだろう。﹂ ﹁当たり所が良ければ、長門型ならば３発程度で沈められるだろうな。赤城なら２発ぐ 顎に手を当てて数瞬虚空を見つめる。 ﹁そうだな⋮。﹂ ? 1012 すよ〟と頷く。誰が誰かは書く必要は無いだろう。 ﹂ ﹁この際火力が有るならそれでいい。で、その改装を施すのにどれぐらいの資材が必要 なんだ らかった。 修理した時には膨大な量を要求されたが、改造に限って良心的な数値であるとは考えづ 本的に入居する時に必要な資材に匹敵するか、場合によっては凌駕する。昨年ホタカを あんまり聞きたくはないが。と小声でつけたす真津。艦娘の改造に必要な資材は基 ? 弾薬 ５６０００ 必要資材量 鋼材 ６８０００ 型 改装案ＶＧＦ│２３０１Ｂ：６１㎝３連装砲Ａ型３基、対空レーザー搭載、機関強化 弾薬 ２８０００ 必要資材量 鋼材 ３４０００ 改装案ＶＧＦ│２３０１Ａ：６１㎝３連装砲２基、機関、対空兵装強化型 量が表示される。 設計図を映していたモニターが切り替わり、３種類の改装案とそれぞれに必要な資材 ﹁概算でしか求められませんが、これ位かと思われます。﹂ ＳＴＡＧＥ─３３ 改装案ＶＧＦ─２３０１Ｂ 1013 改装案ＶＧＦ│２３０１Ｃ：６１㎝３連装砲２基、対空レーザー搭載、機関強化型 必要資材量 鋼材 ５１０００ 弾薬 ４２０００ う思うから。﹂ 全部万単位で収まってますよ ﹂ ! ろう。 ﹁提督、どうかしましたか ﹂ つまり瑞鶴のツッコミは正鵠を射ていたりする。 方に賭け、副長と砲雷長は現実逃避する方に賭けており、今回は彼女らの勝ちだった。 をするのか副長、砲雷長と賭けをしていたのだった。ちなみに彼は提督がフリーズする 要な事はあらかじめ知っていた。その上でこの結果を見た時に提督がどのような反応 呆れた様な少女の視線から目をそらす。彼自身事前に試算したため膨大な資材が必 ? ? ﹁ホタカ、アンタ絶対楽しんでるでしょ ﹂ 夕張は現実を思いっきり叩きつけた。思わず頭を抱えた彼を責められる者は居ないだ 莫大な資材量に思わず瑞鶴と夕張に救いを求めるが、瑞鶴は現実を見るように諭し、 ﹁ひー、ふー、みー⋮⋮大丈夫です ! ﹁提督さん、現実を見て。たぶん今見えてるのが正解だと思うから。ってかアタシもそ ﹁お、おかしいな瑞鶴、夕張。ゼロが一つ多いような気がするんだが。﹂ 1014 ﹁ところでこの改装案ＶＧＦ│２３０１Ｃって何ですか けど。﹂ 見たところ折衷案ぽいっです ? ﹂ 砲、船体はＡ案、そのほかはだいたいＢ案にそった形になる。レーザー兵器搭載型Ａ案 ﹁よく解ったな、夕張。君の言う通り、安上がりなＡ案と高性能なＢ案の折衷案だ。主 と言ったところか。﹂ ? ﹂ ﹂ ? ﹁それがな、艦娘の改装は史実での改装に倣っているだろ ? ﹁じゃあさ、船体を拡大してＡ型の主砲を２基積むのは を殺し合った駄作が出来てしまうのは理解できるのだろう。 やらいろいろと発明している彼女からしてみれば、２つのモノを合わせようとして長所 上手くいかないわねぇ、と呑気に頷く夕張。技術者の端くれとして工廠横の工房で何 ﹁ようするにどっちつかずでお互いの長所を殺しあっちゃったってわけですか。﹂ てＣ案は選ばれなかった。﹂ しまう。その上、Ａ案よりもコストが高い。前の世界でも、そのあたりがネックになっ ザーを搭載するモノだから、ただでさえトップヘビー気味なのにそれに拍車がかかって 口 径 で は 大 き な 違 い が あ る か ら な。そ の 上 Ｃ 案 は 船 体 を 拡 大 せ ず に 重 量 の あ る レ ー ﹁しかしな、超兵器を相手にするのには出来ればＡ型の主砲が欲しい。６５口径と７５ ﹁じゃあ、それでいいんじゃないの ＳＴＡＧＥ─３３ 改装案ＶＧＦ─２３０１Ｂ 1015 ﹁まあ、そうね。⋮あ ﹂ 何かに気づいたように声を上げた瑞鶴に、一つ頷く。 ! する。 ? か長崎しかなかった。この改装用ドックはどちらも大和型戦艦を建造したドックを流 夕張の危惧は当たっていた。大和以上の船体を持つホタカを改装できるドックは呉 ﹁でも、ホタカさんの改装を行える改装用ドックはここにはありませんよね ﹂ ように不可能だった。また、改装にかかる時間は短くて１日、長くても３日程度で完了 すれば改装中の艦を見ることが出来るが、改装作業中を観測することは入渠の時と同じ は艦体を改装専用工廠内のドックに入居させ改装を施す。この時、改装作業を一時中断 きには実際に検討された中から改装先を選ばなければならない。なお、改装をする場合 在しなかった改装が艦娘に施すことが出来た。ホタカもこの例にもれず、改装を行うと 刻まれた記憶は検討されただけの改装案も存在するため、扶桑型の改二等の史実では実 う。こうすることで現在では製造不可能な、高性能な兵装も手に入れられる。また艦に 艦娘の改装を行う場合、修復と同じように船体に刻まれた艦の記憶を頼りに改装を行 のあたりに融通も利いたんだろうが⋮な。改装先を選べるだけ儲けものだ。﹂ ならばこの中から選ばなければ改装が出来ないそうだ。スキズブラズニルが居ればそ ﹁そういう事だよ。僕の第１次改装で出た案は主にこの３つ。艦息である以上改装する 1016 用して作られている。 ﹁とすると改装するなら長崎のドックになるんじゃないの た。 ﹁ちょっと待ってよ 近いし。﹂ これから何時超兵器が来るのか解らないでしょ !? 装が終わってない時にあんな奴らが来たら、どうにもならないじゃない ﹂ 万一ホタカの改 チラリと提督の方を見ると、苦虫を１ダースほど噛みしめた様な顔の真津が目に入っ ﹁そうなるだろうな。まあ、この改装を施すかどうかは提督次第⋮だが。﹂ ? ﹂ ? ﹁前回と同じだ。加久藤との共同作戦で対処するらしい。⋮ホタカ、加久藤との共同作 ﹁でも、超兵器は如何するのよ。﹂ くまで大本営の主たる敵は超兵器では無く深海棲艦だからな。﹂ ﹁今はまだ言えないが、全鎮守府の総力を挙げて南方の深海棲艦を撃滅するらしい。あ ﹁大規模作戦って何ですか 向けて戦力を温存せよ。とな。﹂ ﹁大本営から通達が来ているんだよ。全鎮守府は資材の消耗を抑え、来る大規模作戦に 督の本意ではないと感じ取った彼女はいったん矛を収めることにする。 声を荒げる瑞鶴に、真津は〟解っている〟と言葉少なに答えた。その様子にこれが提 ! ! ﹁ホタカ、残念だが改装の許可は出来ないな。﹂ ＳＴＡＧＥ─３３ 改装案ＶＧＦ─２３０１Ｂ 1017 戦で此奴らを仕留められるか ﹂ 真津が顎で表示されている各種超兵器を示す。 ? ﹂ ? ﹁ホタカ。﹂ ? ろう。その時はどれがいい ﹂ ﹁お前には無理をさせる。この大規模作戦が終了したら大本営もお前の改装を認めるだ 帰り際、真津はＣＩＣの出口で立ち止まり肩越しにホタカの方を見る。 ﹁どうしましたか 提督。﹂ この改装会議はこれで終了し２人の艦娘は寮へ帰って行った。 は出来なかった。 意図的な諧謔味を含ませて答えるホタカだったが、彼女の胸中にある心配を拭うこと だよ。何、理不尽な命令には慣れてる。﹂ ﹁是非もない。僕は兵器だ、上がそれを望むのなら全力でヤツラに当たり粉砕するまで ﹁⋮⋮アンタは、ホタカはそれでいいの 装を許可しない。深海棲艦相手なら今の装備でも十分すぎるぐらいだからな。﹂ ﹁上もお前と同じことを言うだろう。１００％負けるとは言えないのなら、大本営は改 い戦いになることは確定です。﹂ ﹁前の世界では単艦での撃破でしたから、不可能と言うことは出来ませんね。ただ、厳し 1018 ? 給料分キッチリ働いていただかないと。﹂ ﹂ ﹁やはりＢ案をお願いします。奴らに対抗するには性能が良いほど良いですからね。﹂ 正直な艦息の要求に苦笑する。 ﹁それはそうだが、資材が残っているかな ﹁そこを何とかするのが指揮者の華でしょう ? ﹁さあ、誰でしょうねそんな金食い虫は。﹂ ﹁今でも給料分以上の仕事を強いられているんだがな。誰かのおかげで。﹂ ? ﹂ ? ? く。 ﹁副長。一体何処から湧いてきた ﹂ 正確の悪そうな笑みと共に、ニュッと肩口から顔を出してきた妖精さんにため息を吐 す。﹂ ﹁そうですな。少なくとも賭けの負け分を支払ってもらう前に沈んでもらっては困りま ﹁まだまだ沈めませんよ。提督。﹂ 提督の背が艦内通路から消えるのを確認した後、彼は手近な椅子に腰を下ろした。 ﹁じゃあな、ホタカ。死ぬなよ それを最後に真津は顔を前に戻して歩みを進める。 ﹁まあ、戦果は多大だから何も言えないんだがな。﹂ ＳＴＡＧＥ─３３ 改装案ＶＧＦ─２３０１Ｂ 1019 ﹂ ? ス タ ン ダー ド しぶしぶ財布を取り出す。この艦のＣＩＣはいつも通りの平常運転だった。 ﹁賭けに乗った僕がバカだったよ。﹂ ましょうか ﹁妖精さんにとって神出鬼没スキルは標準装備ですから。負け分の料金。渡してもらい 1020 ＳＴＡＧＥ│３４ ウェーク島の敵を討て ﹁ウェーク島攻略作戦ですか⋮﹂ 手元の書類をパラパラと捲る。正面には執務机に肘をついた真津と、彼の右斜め後ろ の定位置で静かに待機している加賀の姿が有る。ホタカの隣には、若干苦い表情をした 夕張の姿もあった。 ? る。最初に発言したのは夕張だった。 ﹁提督、この作戦は奇襲を行うのですよね ﹂ 夕張が何か言いたげにホタカの方を見、彼もほんの少しため息を付いて提督を見据え 叩き潰す、と。あの、これって⋮﹂ で出来る限り敵を漸減して残った敵艦は味方艦隊のいる海域まで誘導し数の利を得て ﹁そうなると敵戦力の全容が解ら無い以上一戦での敵戦力の殲滅は確実ではない、奇襲 を投入すると奇襲が不可能になるため襲撃戦力を一個艦隊に抑えると。﹂ ﹁片方がウェーク島の深海棲艦へ夜襲を敢行。この時に深海棲艦を制圧できるほどの艦 大本営が判断してな。２個水雷戦隊を投入して目標に奇襲をかける。﹂ ﹁そうだ。夏に発動される作戦だが、ウェーク島周辺に深海棲艦が居ると都合が悪いと ＳＴＡＧＥ─３４ ウェーク島の敵を討て 1021 ﹁ああ。﹂ 仮に ? 軽巡洋艦 球磨 多摩 旗艦 夕張 第４水雷戦隊 駆逐艦 吹雪 夕立 睦月 軽巡洋艦 川内 那珂 旗艦 神通 第３水雷戦隊 ぱちんと参加艦艇が印刷された部分を弾く。そこには参加兵力として 単艦で突っ込めば２個水雷戦隊を投入するまでもないと考えます。﹂ ﹁敵が２個水雷戦隊で対処できるかどうかも不明です。それ以前に、この任務なら僕が 夕張の意見に、ホタカも続ける。 ません。﹂ 正規空母とまではいかなくても、軽空母が１隻２隻居れば奇襲を行う前に発見されかね に一個水雷戦隊を昼のうちに敵勢力圏へ突っ込ませるのは如何なのでしょうか 隊であるならばこの条件をクリアできるでしょうが、敵艦隊の詳細な規模も解らないの ﹁奇襲を行う時に重要になるのは隠密性と機動性、そして攻撃能力です。確かに水雷戦 1022 駆逐艦 弥生 望月 如月 遊撃艦 ホタカ と記載されていた。作戦上では三水戦が夜襲を行い四水戦は後方で待機することに なっている。そして、ホタカの役割は目を疑うような物となっていた。 ﹂ 思わず呆れた様な声を出してしまったホタカは悪くないだろう。〟大丈夫かコイツ ﹁第一、〟高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応せよ〟って何なんですかこれは ? ﹂ 大本営のある参謀が提出した作戦だ 〟と言う視線を受けてしまった真津は大きなため息を付くしかなかった。 ﹂ よ。いや、ある意味俺の所為か ﹁どういうことですか ? 強烈な皮肉に隣にいた夕張が思わず苦笑する。 たり〟と書いておけば済むじゃないですかこんなもの。﹂ ﹁作戦案は次からもっと簡潔に書くように進言しておいてください。〟行き当たりばっ 熟慮の結果〟送られてきたのがそれだよ。﹂ のある艦隊を付けるかホタカを付けなければ実行できないと突っ返したんだ。んで〟 うに俺も２個水雷戦隊で戦力が足りるのか疑問に思ったからな。もう一個艦隊打撃力 ﹁もともとこの作戦にはお前を出す予定が無かったんだよ。で、さっき夕張が言ったよ ? ? ? ﹁そのままの意味だ。行っておくが俺ではないぞ ＳＴＡＧＥ─３４ ウェーク島の敵を討て 1023 ﹂ ﹁善処する。そしてだ、お前を突っ込ませないのにも理由はある。次の作戦のために各 鎮守府が資材を備蓄していることは知っているな ? ﹂ ﹁その通り。そんな時にお前が単艦で突撃かましたらどうなる まけてくるだろう ﹁ああ だから他の鎮守府の艦娘も交じっているんですね 合点が言ったと夕張が声を上げる。 ! ﹂ ! 通用するかはやってみなければわからん。﹂ 敵と一緒に資源もぶち る水雷戦隊の連携強化は絶対に必要な事柄だ。演習も度々行っているがそれが実戦で と共に行動する場合が多くなる。その中でも夜戦や護衛等高度な艦隊行動が求められ るよう言ってある。最たる目的は連携の強化だ。夏の作戦では第１、第２鎮守府の艦娘 ﹁焦るな、他にも理由はある。と言うか、味方が不味くなったらミサイルの使用は許可す ﹁ミサイル無しでも作戦は遂行できます。﹂ ? ? しい。 規空母赤城は夏の作戦に間に合わせるためにひたすら演習と訓練を繰り返しているら とは無く、もっぱら整備と演習に明け暮れていた。中でも、最近やってきたばかりの正 この鎮守府でもホタカを初めとする主力艦は一月の初めから出撃に駆り出されるこ ﹁ええ、どこもかしこも主力艦の出撃は控えられ演習ばかりだと聞いています。﹂ 1024 ﹁そういう事だ。理解したか ホタカ。﹂ る。現場じゃないとわからんこともあるだろうし、俺が行くのは禁止された。﹂ ﹁理解してくれたようで何より。対処不可能な状態に陥ったかどうかはホタカに一任す 役と言ったところですか。﹂ られませんし。とすると、僕の役割は対処不可能な事態に陥った時に何とかする火消し ﹁ええ、まあ。経験は何にも代えがたい物ですからね。本番でダメでしたでは目もあて ? 事だ。﹂ りやってこい。他の艦娘への説明は１時間後の第３鎮守府の第２会議室でやれと言う ﹁いまさら喚いたって仕方がないだろう。いざとなったら蹴散らしてやるから、思い切 スを持つ自分に素直に従ってくれるかどうかと言う不安が付きまとった。 ことだった。他の鎮守府の艦娘を率いることは初めてであり、鈍足と言うコンプレック 逐艦や軽巡を率いて出撃する事は珍しい事では無かったが、それは第３鎮守府に限った 執務室を出ると、緊張から解放された夕張は困ったような声を漏らした。彼女自身駆 ﹁あ∼。どうしよぅ。私の言うこと聞いてくれるかなぁ⋮﹂ 敬礼。 ﹁了解しました。〟高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応〟させていただきます﹂ ＳＴＡＧＥ─３４ ウェーク島の敵を討て 1025 ﹁思い切りって言われてもねぇ⋮ま、やるしかないか。私は放送してくるから、ホタカは 資料の方をお願い。﹂ 夜戦するんだね やったぁーー !? ﹂ !! いるのを知っている佐世保鎮守府の面々にとっては予想の範囲内で、すぐに神通が鎮圧 夜襲と言うキーワードに飛びついた川内がいきなりはしゃぎ出すが、毎夜毎夜騒いで ﹁夜襲 !? ﹁まず最初に神通を旗艦とする三水戦がウェーク島の深海棲艦隊に夜襲を仕掛けま﹂ 細長いウェーク島を指示した。 し下に、神通、川内、那珂、吹雪、睦月、夕立の駒が固められていた。夕張は指揮棒で 付き︶が張られていた。地図の北側には夕張、球磨、多摩、如月、望月、弥生。その少 黒板にはウェーク島周辺の地図がチョークで描かれ、作戦参加艦艇の駒︵マグネット 艦を撃滅する事。そのために２個水雷戦を投入します。﹂ ﹁では、作戦を説明するわね。今回の任務の主目的はウェーク島に駐留している深海棲 旗艦を務める夕張の姿があった。 て、どこか学校の１教室と言いった趣だった。黒板の前、通称教壇には今回の作戦で総 会議室と言っても、壁の１辺を占領した巨大な黒板や、格子状に並べられた机が相まっ １時間後、佐世保第３鎮守府の第２会議室に１２人の艦娘と一人の艦息が集合した。 ﹁解ったじゃあな。﹂ 1026 に乗り出した。鈍い音が一度室内に響き、川内のバカ騒ぎが終了する。 ﹁川内姉さんがすみません。続きをお願いします。﹂ ぺこりとすまなさそうに頭を下げる神通だったが、夕張の視線は頭にデカいたんこぶ を作り伸びている川内を向いていた。 ﹂ │││││やっぱりこの子を怒らしちゃいけない ﹁い、いえ。それでは続けますね ?! 説明するのだろう。 内心の戦慄を押し殺して説明を続ける。ぐったりしている夜戦バカには後で神通が ! す。何か質問はありますか ﹂ ? ? ホタカさんは夜戦に参加しないのでしょうか ! ﹁そうね、基本的にホタカは戦闘には参加しないわ。戦力の温存が大本営から通達され 戦闘に参加しないのは腑に落ちないところだった。 あり他の艦娘よりも彼の能力については理解していた。それゆえに、あのホタカが直接 最初に手を挙げたのは吹雪だった。彼女はこの中で最もホタカの戦闘を見る機会が ﹁はい ﹂ んには両艦隊の中央に待機してもらい周辺警戒、および遊撃艦として行動してもらいま している四水戦と合流、２個水雷戦隊で敵残存戦力の撃滅を計ります。なお、ホタカさ ﹁三水戦が夜襲を行った後も、敵戦力が残存している場合。速やかに反転し後方に待機 ＳＴＡＧＥ─３４ ウェーク島の敵を討て 1027 ていて、ホタカの参戦だって提督が意見具申しなければなかったのよ ﹂ ? ﹂ ? ﹁出発は明後日よ。参加各艦は出撃準備を済ませておいてちょうだい。﹂ を求められても何もできないからな。﹂ い。それと不味い事態に陥った時には、躊躇わずに通信を行うように。壊滅寸前に救援 はその任務の性質上電探を使う必要があるから、陽動も兼ねていると思ってもらってい ﹁付け加えておくが、作戦中は隠密行動を行うため通信と電探の使用は厳禁だ。まあ、僕 根拠の無いドヤ顔をキメる妹に、余計不安が悪化しただけだった。 ﹁大丈夫ニャ、問題にゃい。﹂ 妹の方を見てみるが。 ワザとらしく肩を竦めて見せるホタカに、奇妙な不安を抱いてしまう。思わず自分の きやすいが⋮。海軍国の作戦とは言えないよなぁ。﹂ ﹁ようするに行き当たりばったりと言う事だ。まあ、へたに命令で固められるよりは動 うことだクマ ﹁球磨からも質問だクマ。この、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応ってどうい ﹁そう、ですか。﹂ 1028 ﹁ウェーク島、通称Ｗ島ですか。まあ確かにここに深海棲艦に張り付かれると中央方面 への偵察に支障が出ますからね。のどに刺さった小骨は早い所取り除きたいのが人情 と言う物でしょう。﹂ 後ろからの声に振り向くと、副長が湯気の上るカップを片手に目の前のモニターを眺 めているのが見えた。画面上にはウェーク島を目指して航行を続ける第３水雷戦隊と 後方で待機している第４水雷戦隊が輝点の群れとして表現されていた。現在時刻は１ ﹂ ６００、襲撃予定時刻まで３時間ほどだった。日は既に西に傾き始めている。 ? のには疑問が付きまとった。 に置いて夜戦と言う高度な判断とチームワークを強いられる戦闘を大本営が選択した に殲滅する事となっていた。しかし副長も言ったように、鎮守府合同艦隊の実験的投入 作戦上では、三水戦と四水戦が合流した時点でもまだ夜であり夜戦によって敵を完全 い夜戦に固執する必要は無いと思いますね。﹂ 突入しても時間的には十分でしょう。四水戦と合同して敵を叩くにしても、難易度の高 敵の勢力圏に突っ込ませるのはあまり良い案ではないかと。夜になってから勢力圏に ﹁そうですな⋮夜襲にして攻撃開始時刻が速いような気もしますし、昼のうちに艦隊を ﹁副長、君はこの作戦についてどう思う ＳＴＡＧＥ─３４ ウェーク島の敵を討て 1029 ﹁私なら夜になってから水雷戦隊を突っ込ませますね。厄介な航空機の目は掻い潜れま すし四水戦と合流するのが明け方になるでしょうが、夜戦ではない分密な連携が可能で す。合同艦隊と言う不安要素を考えると、夜戦に拘って危険を犯す必要はないと考えま す。﹂ ホタカの視線の先の対空レーダー画面に幾つかの輝点が現れる。その輝点の動きを ﹁妥当な意見だろう。⋮っとさっそく厄介事だな。﹂ ﹂ 速度３８０ｋｍ／ｈ 見てみるとある地点から扇形に広がり、ホタカの存在する隣の空域を抜けて第３水雷戦 彼我距離１３０ｋｍ ! 隊へと向かっていた。 方位１│３│２ ! ６機の内２機は３水戦との接敵コースに乗っています ! ﹁対空レーダーに感あり 高度１２００ ! ス タ ン ダー ド ＲＩＭ│１５６なら十分撃墜できますが。﹂ ? ちろん、敵艦隊が索敵機を出した方向に居ればの話だが⋮。味方艦隊は６本の索敵線が ２段索敵を行う場合もありこちらの方が敵艦隊を発見する可能性が高い│││││も して索敵機を発艦させ索敵を行う。この時、航空機を２回に分けて同じ方角を索敵する 砲雷長がぼやきながら問いかける。通常、艦隊は索敵を行う場合数度ずつ方角をずら いかがしますか ﹁まさか索敵線のど真ん中を通ることになるとは、運が悪いってレベルじゃないですよ。 ﹁３水戦が予定通りに進撃していたとして、発見されるまで１５分程度か。﹂ ! ! 1030 形作る扇形のちょうどど真ん中を航行し、両者の速度から考えると偵察機が居眠りでも しない限り発見されることは目に見えていた。 ス タ ン ダー ド 襲効果が落ちてしまいます。それにミサイルの節約も大本営から通達されていますし、 ﹁しかし艦長。今ここで偵察機を撃墜した場合、敵に我々の存在を教えることになり奇 軽々しい反撃は行うべきではないかと。﹂ ﹁⋮⋮ 対 空 ミ サ イ ル Ｖ Ｌ Ｓ ハ ッ チ 解 放。ＲＩＭ│１５６ ６ 基 照 準。目 標、敵 偵 察 機 群。 サルヴォ│ 撃ち方始め。推進装置作動。機関前進全速。﹂ 艦長。﹂ ? ﹁偵察機を落とした場合、索敵攻撃を受ける可能性がありますが⋮﹂ れる。﹂ ても彼女らが索敵線から逃れるのは不可能、そして無線によってこちらの存在が暴露さ ﹁どちらにせよ、索敵線に引っかかった時点で奇襲作戦は失敗だ。今ここで無線を発し ﹁やる気ですか 推力を得た艦体が波を蹴立てて急加速を始めた。 が赤みを帯び始めた空に６本の軌跡を描く。更に、謎の推進装置により機関出力以上の 志に反せず、艦隊後部の対空ミサイルＶＬＳのハッチが解放され、打ち出された白い槍 少し考え込んだ後、ホタカは目の前のレーダー画面を睨みつけ命令を下した。彼の意 ﹁斉 射﹂ ＳＴＡＧＥ─３４ ウェーク島の敵を討て 1031 ﹁ミサイルの速度を調節し６機全て同時に落とせば、敵も混乱するだろう。索敵線の角 度は約３０度。本命の索敵機がどれか悟らせなければ、明後日の方向に攻撃隊を発艦さ せるかもしれん。味方艦隊にも今さっき僕らのいるの方向へ退却するように打電した。 僕らも前進し合流を急ぐ。﹂ ばしてくると思われます。しかし⋮﹂ ? てきますから油断は禁物です。﹂ ﹁はい、深海棲艦の中でもＦｌａｇｓｈｉｐクラスになると夜間でも艦載機を発艦させ ﹁深海棲艦の艦載機の中でも夜間行動可能なモノが居なければの話だな ﹂ ４５分でしょう。時間の関係上、敵空母は反復攻撃を考慮しない全力出撃で艦載機を飛 ﹁第３水雷戦隊が限界ギリギリの速度で走ってきたとして、合流までの時間はだいたい ﹁ああ、１０ｃｍ連装高角砲よりだいぶ役に立つだろう。﹂ ﹁確か吹雪には５７ｍｍ速射砲、夕立には１５２ｍｍ速射砲が装備されていましたね。﹂ 空母３，４隻程度の攻撃隊ならば完封できるはずだ。﹂ ﹁敵機来襲前に合流できれば砲兵装で対処できる。味方にも射撃情報を渡してやれば軽 ヤレヤレと副長が肩を竦める。 来るでしょう。ただ、経費は掛かりますがね。﹂ ﹁味方艦隊の方向へ向けてドンピシャで飛ばして来ても、本艦が居れば万全な防空が出 1032 副長の危惧を、彼は鼻で笑い飛ばす。彼の世界では夜間の航空戦などはもはや当たり 前で、事実帝国軍の太平洋機動艦隊を相手にした時は大部分が夜の闇の中での戦闘だっ た。ミサイルと航空機の排気炎、爆発の火球、戦艦隊からの各種レーザー、荷電粒子砲 の軌跡が空を埋め尽くし嫌に明るかったのが印象的だった。 た時計を見るが合流まではまだまだ時間があった。三水戦に偵察機が接近したことを 級を沈めたのを聞いたのがだいぶ前のようにも感じられる。ちらりと艦内に賭けられ が無事敵航空隊を撃破し、ついでにのこのこ砲戦距離まで近づいていた２隻の軽空母ヌ 既に辺りが暗くなる頃、駆逐艦如月は退屈から出た欠伸をかみ殺す。ホタカと三水戦 対空レーダー上では６つの輝点が同時に反応を焼失させていた。 されたらたまらないからな。﹂ ﹁さて、全対空火器の最終チェックを済ませておこう。いざと言う時にジャムでも起こ ＳＴＡＧＥ─３４ ウェーク島の敵を討て 1033 聞き、真っ先に作戦の隠密性の消失│││││奇襲作戦の失敗よりも三水戦に配属され ている自分の姉の事を心配した彼女だったが、最新鋭と言うよりも異常な装備を付けた 駆逐艦二隻が同じ艦隊に存在することを思い出し、なおかつ〟あの〟ホタカが合流する ために向かっているのを聞いてからは心配することを辞めていた。吹雪と夕立の持つ 装備の優秀さはよく睦月から聞かされていたし、彼に関しては言わずもがなである。 総旗艦の夕張から襲撃作戦は失敗と言う判断が下されたのにも、さして驚かなかっ た。元々軽空母が存在することを加味されていない作戦案であったし、ここで作戦を強 行したとしてもこの合同艦隊でどこまでやれるかは疑問だった。それならば作戦を練 り直し、偵察もしっかり行ったうえで後日改めて攻略するのがいいだろう。元々、アノ 作戦が行われるのは数か月先の事で今ここで焦る必要は無いだろうと彼女自身考えて いた。 く。 ている彼女にとっては面白い物ではない。困ったような顔をして手串で髪を整えてい 強い海風が、彼女の長い栗色の髪を弄んだ。一人の女性として美容には人一倍気を付け の最後尾を航行する如月の艦橋からは、望月の艦尾が辛うじて見える程度だった。一際 ふと空を見上げると、低く垂れこめた雲によって星はおろか月さえ見えない。単縦陣 ﹁それにしても、退屈ねぇ⋮﹂ 1034 やはり、とっとと航海艦橋に降りた方が良かっただろうか そんな事を頭の片隅で考 まったくの不意打ち。彼我距離は近く、対空砲火で敵機を撃墜することも、転舵して ンドは下らないだろう大型の対艦爆弾が備え付けられているのが見える。 載されている夜間行動可能な高練度の艦載機。両側のスタブウイングには１０００ポ しまった。いずれも銀色の背の一部を橙色に光らせたＦｌａｇｓｈｉｐ級の空母に搭 そして彼女は、黒い雲を突き破り自分めがけて緩降下してくる３機の機体を目にして される。自分の中で何かが叫び、視線がその何かに誘導されるように左舷上方を向く。 から投下された黒光りする爆弾が自分の艦隊へと落ちて行く光景が勝手に脳裏へ再生 え始めている。思えば、ここは自分が１度目の生を終えた場所。あの時、瑠璃色の機体 かし、不気味な感覚は１秒ごとに大きくなっていきもはや恐怖感と呼べるものすら芽生 を行っている数人の妖精さんの後頭部以外には、暗い海と空以外何も見えない。だがし 彼女からはあまり想像できないような機敏さであたりを見渡す。自分の周りで見張り そんな奇妙で不気味な感覚が彼女の身体を駆け巡った。バッと擬音がするほど、普段の 拠もないが後ろから誰かに見られているような気がして恐る恐る振り向く直前の様な、 それは理屈でも何でもない感覚、ちょうど風呂場で自分の髪を洗っている時に、何の根 えながら相変わらず風に弄ばれる髪と格闘していると、何かが頭の中で引っかかった。 ? ﹁やだ、髪が痛んじゃう⋮﹂ ＳＴＡＧＥ─３４ ウェーク島の敵を討て 1035 躱すことも不可能だった。通信機を通した僚艦からの悲鳴のような警告がどこか遠く 聞こえる。彼女にできることは、防空指揮所でただ茫然と立ち尽くす事のみ。鎮守府で の思い出をフラッシュバックで楽しむ余裕さえ無さそうだった。６発の大型対艦爆弾 を受けて浮いていられるようには思えない。 │││││死⋮ そんな、面白味の無いただ事実を確認するような思考が脳をよぎった時、後ろで何か が強烈な光を発し、続いて目の前が真っ白になった。 閃光、衝撃波、爆音。敵機の方向からの爆風によって吹き飛ばされ右舷側の壁に強か に背中を打ち付け一瞬息が詰まる。２度３度せき込んだ後で、奇妙な事に彼女は気が付 いた。先ほど打ち付けた背中以外に、大きな痛みは無く。目から見える範囲で自分の身 体には怪我一つ無いようだった。そのことに疑問を持つ前に、またも右舷方向で、今度 ﹄ は先ほどのモノとは比べ物にならないほど大きな爆発が生じる。容赦なく吹き付ける 爆風を床に伏せることでやり過ごした彼女の耳に、ある通信が飛び込んで来た。 ﹃こちらホタカ。如月応答せよ。﹄ それが自分あてのモノと認識するのにたっぷり３秒ほどかかってしまう。 ﹁こ、こちら如月。﹂ ﹃先ほどやむなく至近距離で敵機の迎撃をしなければならなかったが、損害はあるか ? 1036 言われてみてもう一度自分の艦体に意識を向けるが大きな損傷はない。その旨を彼 に伝える。 ら発艦したものだ。すぐに戦闘準備を整えろ。﹄ ﹃そうか。そんな事より戦闘準備だ。先ほど迎撃した機体は近距離にまで迫ったヲ級か 有無を言わさずに通信が切れる。夕張から戦闘準備の命令が出たのはその直後だっ た。 約。敵機を見つけるのにはこれほど最悪な条件もそうそうない。﹂ 空電探を作動できなかった。それでこの低く垂れこめた雲、さらに夜間と言う時間的制 ﹁敵に居場所を悟られていなかった、いや、悟られていないと思い込んでいた四水戦は対 艦が暗視処理された緑色の画面に表示されていた。 苦々しく答えるホタカの視線の先のモニターには、数隻の正規空母と軽巡洋艦、駆逐 ﹁ああ、上手く雲と地球の丸みを利用された。﹂ ﹁してやられましたな。﹂ ＳＴＡＧＥ─３４ ウェーク島の敵を討て 1037 弾の飛距離は装薬量と電磁気力に依存する。装薬量の増加は主に砲身の強度の問題に 砲弾の初期加速を装薬で行い、砲身内で電磁気力によってさらに加速するこの砲での砲 ｍであり４５ｋｍには届かない。しかし、磁気火薬複合加速式にはある裏技があった。 はいえホタカに搭載された４１ｃｍ磁気火薬複合加速砲の最大射程距離は４２７００ の初速をたたき出す磁気火薬複合加速砲ならば、迅速に攻撃を届けることが出来る。と まう。自体は一刻を争う者であったため、彼はあえて主砲での攻撃を選んだ。けた外れ ミサイルもミサイルと言う兵器の性質上トップスピードに至るまで時間が掛かってし の巨大な図体が災いし加速性能はお世辞にも高い物とは言えなかった。また、他の対空 へ向けてトライデントを２発撃ち込んだ。トライデントの威力は絶大ではあったが、そ いることを理解したホタカは味方に警告する前に主砲を斉射、続いて後続する敵編隊群 ００ｍも無く、その数は１００を超える。その中の３機編隊がすぐ近くにまで進出して 状態で味方艦隊から見てホタカから逆側に航空機の反応が突然出現した。高度は１０ のだと推測することが出来た。四水戦とホタカとの距離は現時点で４５ｋｍほど、この 先ほど如月を襲った艦載機は、四水戦に至近距離まで忍び寄った空母から発艦したも 離はそう変わりませんよ。﹂ い高度を飛ぶ目標に限られますからね。低空を飛行されたら、対水上レーダーと探知距 ﹁此方のレーダーは超長距離の航空機を探知できますが、それが出来るのはある程度高 1038 よって簡単には行えない、しかし電磁気力を上げるには磁気加速システムに投入する電 力を増加させれば比較的簡単に行え、結果的に砲弾の飛距離の延伸に使える。とはい え、これが違法な操作であることには変わりなく、電磁気加速システム自体に大きな負 荷がかかるためリミッターがかけられている。安全に主砲の命数まで射撃を行える出 力での最大飛距離が４２７００ｍと言うわけだ。今回ホタカは艦息としての能力でリ ミッターを強制解除し、第１主砲に装填された３発の特殊榴弾│││││先のヌ級を沈 めた時に、対艦砲弾に切り替えず対空用の特殊榴弾で飛行甲板を焼き払い、とどめは味 方に任せていた│││││を異常加速させて射出、如月に迫る３機を文字通り吹き飛ば した。実際の所超長距離での狙撃は非常に命中精度が悪く、発射した３発の内敵機に損 害を与えたのは１発だけで残りの二発はあらぬ方向へ飛んで行き、ホタカの手によって 指令起爆させ排除されていた。 果的な攻撃が出来ていない。が、航空攻撃が全滅したからと言って引いてくれる敵でも 割はこちらのデータを受け取った上で電探を作動させた四水戦の対空砲火によって効 ﹁沈むよりは数百倍マシだ。さて、攻撃隊はトライデントで８割方吹き飛ばし、残りの２ ﹁頭の上飛び越すように撃たれた味方はたまった者じゃないでしょうよ。﹂ なかどうして当たるものだな。﹂ ﹁鼻先で炸裂させて攻撃を断念させられればラッキー程度の考えで撃ってみたが、なか ＳＴＡＧＥ─３４ ウェーク島の敵を討て 1039 なさそうだ。﹂ ﹂ ﹂ わざわざ夜に空母を接近させ、艦載機を飛ばして喧嘩を売ってきた連中 ﹁夜戦になりますかね だ。手荒く迎えてやらないと、な ﹁当然だろう ? ﹁貴方も大概戦争狂ですよね ﹂ 狂気すら感じさせる笑みを浮かべる艦長に、副長は苦笑するしかなかった。 ? ? ﹃夜戦の時間だァァァァァ ﹄ ﹃夜戦こそ那珂ちゃんの腕の見せ所だよ 如月ちゃんは ﹄ 川内型姉妹の２人が燥ぐ。 ﹃姉さんと妹がすいません⋮﹄ ﹃あ、あの ﹂ ﹃こちら夕張、現在３４．８ｋｔで退避中 ﹁指揮権を移譲だって ? それと、指揮権をホタカさんに移譲するわ﹄ ! は無いだろう。 睦月の安堵した声が通信機から流れる。かなり不味い状態であった個とは言う必要 !! ! !? ﹁無事だ、先ほど確認した。﹂ ! ﹄ ﹁否定はできないな。こちらホタカ、四水戦と合流しだい深海棲艦を迎撃する。﹂ ? 1040 ﹄ ﹃こうなってしまった以上、全艦の動きをリアルタイムで完全に把握できるのは貴方し かいないのよ。〟高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応〟するのが役割でしょ の海域の全ての艦の動向を知ることが出来、指揮をするにはもってこいだった。 彼女の意見ももっともで、指揮通信能力が高く、高性能な電探を持つホタカならばこ ? は戦闘用意、四水戦を追尾してきた敵艦隊へ射程に入り次第攻撃を開始する。﹂ ﹁了解、指揮権を引き継ぐ。四水戦はそのまま前進し三水戦との合流を目指せ。三水戦 軽巡２ 駆逐４ その後方に正規空母２を確認 ! ﹁発射 ﹂ ! 音速の壁を突破し、退避してくる四水戦の上空を通過した２発のトライデントは空母 ﹁厄介な航空戦力はこれで叩ける。後は数の暴力で踏みつぶせばいい。﹂ を始める。 ２発のトライデントが白煙を引いて暗い空へ駆け上がると、敵の正規空母めがけ突進 ! 正規空 夕張らとの距離は約４０ｋｍ、合流までは２０分も無い。そのうち、ホタカの対水上 距離４６ｋｍ ﹂ ! 電探にも深海棲艦の影が見え始める。 ! 母からは艦載機が発艦中の模様 ! ﹁トライデント２基照準。モードＨＥ。目標、敵空母〟上空〟。撃ち方始め。﹂ ! ﹁敵艦隊発見 ＳＴＡＧＥ─３４ ウェーク島の敵を討て 1041 ヲ級Ｆｌａｇｓｈｉｐの上空に侵入し飛行甲板めがけて急降下。着弾する前に内包し た化学エネルギーを解放した。甲板上に突如出現した火球によって、発艦しようとして いた機や発艦待ちの機体がその下の甲板ごと拉げ、砕け暗い海へと吹き飛ばされてい く。空母上空で旋回し僚機の発艦を待っていた機体も強烈な衝撃波によって破壊され、 吹き飛ばされていく。この一連の攻撃で運よく上空高く舞い上がっていた戦闘機隊２ ３機以外の全ての艦上機が戦闘行動を強制的に終了させられる。後に残ったのは、飛行 甲板がズタズタに引き裂かれ燃え盛る標的冠となった２隻のヲ級だけだった。 そんなヲ級をしり目に軽巡ホ級２隻と駆逐イ級４隻は突入を続行する。四水戦の姿 はギリギリ彼らのレーダーに捉えられていたが、射程距離圏外名上に中々距離が詰めら れない。その時レーダー上に突然、四水戦とは別の水雷戦隊らしき影が映り込み、こち ﹂ らへ急速に接近してくる。僚艦に射撃用意を伝えた瞬間、水平線上がパッと輝いた。 ﹁目標敵一番艦、主砲砲撃開始 によって収集された情報をもとに、ホタカの主電算機によって再構成した擬似空間上に 頭の中に流れ込み、彼我の距離、速度、進行方向が手に取るようにわかる。各種レーダー 夜戦では探照灯は使用しない、あえて危険を犯さずとも、ホタカからの正確なデータが 前方を指向できる３門の１４ｃｍ単装砲が咆哮し、対艦砲弾が吐き出される。今回の ! 1042 敵と味方が無機質な駒として描かれている。この議事空間は好きな視点から観測する ことが出来る為、計り知れないアドバンテージを三水戦に与えていた。今の砲撃によっ て生じた水柱が、擬似空間上の敵艦隊の周りに現れる。そして、即座に修正された砲撃 諸元がホタカから届けられた。後はこの諸元を元に各砲それぞれの癖による修正を施 して再度発射する。その間にも、夕立から矢継ぎ早に放たれる１５２ｍｍ砲弾が最後尾 の駆逐イ級に殺到しその小柄な艦体を引き裂いていく。吹雪の５７ｍｍ速射砲は夕立 のモノよりも速射性能で勝るが破壊力と射程距離で劣っているため、彼女は前方を指向 できる２門の１０ｃｍ連装高角砲による射撃を行っている。 闘っているのはまぎれも無く自分達だったが、この戦闘そのものが、後方で支援に徹 している艦息の制御下にあるものであると彼女は理解していた。直接手を下さずとも、 味方の艦隊を支援し戦場を支配する。自分たちが今、他の艦娘とは文字通り次元の違う 世界で戦っている事を理解し思わず身震いした。血の滲む様な訓練の末手に入れたモ ノと同じかそれ以上のモノを科学の力で獲得し、分け隔てなく全ての艦へもたらしてい く。人の力を超えた兵器の戦争。 艦長。﹂ ? 不意に考えが口から洩れてしまった事を悟り、不思議な顔をする副長に慌てて取り繕 ﹁なにか言いましたか ﹁これが、あの人たちの戦闘⋮﹂ ＳＴＡＧＥ─３４ ウェーク島の敵を討て 1043 う。今は戦闘中であると自分に言い聞かせ、考察と言う贅沢は後に回すことにした。彼 ﹂ 我距離は近づき、雷撃戦距離まであと少し。敵艦隊は単縦陣のままこちらの右舷側を通 過する見込だった。 ﹁右舷、雷撃戦用意 ﹂ ! ! れ、疾走を開始する。 反転１８０ ! 状での全艦一斉反転は難しい物では無かった。 糸乱れぬ操艦を行える彼女達からしてみれば、擬似空間上で各艦の動向が確認できる現 ほぼ同じタイミングで全艦がクルリと艦首を切り返す。味方が碌に見えない夜に、一 ﹁取り舵一杯 ﹂ 圧搾空気が抜ける音が連続して響き、１本３ｔ近い魚雷が暗い海面へ向けて解き放た ﹁よく⋮狙って 入る視覚情報を頼りにタイミングを計る。 合わせ最終調整。後続する僚艦からも発射準備完了の通信。擬似空間と自分の目から 長い経験で弾きだした自分の射撃諸元に非常に近い物だった。２つのデータを照らし 常に使い勝手が良かった。ホタカからも雷撃に関するデータが送られてくる。それは 彼我の位置関係を再確認、こういう時多角的な視点から見ることが出来る擬似空間は非 後部に設置された６１㎝４連装魚雷発射管が旋回し右舷方向を睨む。擬似空間上の ! 1044 艦娘側全艦が一斉に反転した為、反転する前の彼女らの予測進路上に放たれた深海棲 艦側の魚雷は当たるはずも無く誰も居ない海面を疾走し続ける。それとは対照的に三 水戦が放った魚雷の網は敵艦隊を絡めとり、手負いの駆逐艦３隻を爆沈せしめた。残っ た２隻の軽巡は形勢不利と見て離脱を開始しようとするが、進行方向から降り注いだ各 主砲弾に艦体を貫かれ、片方の軽巡は炎上を始める。さらに間髪入れず三水戦の各艦も 砲撃を再開。２個水雷戦隊の十字砲火を受けた２隻の軽巡は相次いで炎の吐息をつき ﹂ 海中へ没する。最後まで浮いていた２隻のヲ級も、２個水雷戦隊１２隻の集中砲火を受 けて力尽きた。 ﹁あの正規空母、いったいどこから来たんでしょうか 掛かっても可笑しくない。﹂ ? る。﹂ ﹁可 能 性 は 高 い だ ろ う な。そ う な る と 主 力 艦 と 護 衛 艦 の 比 率 の ち ぐ は ぐ さ も 納 得 で き ﹁だとすると、ウェーク島に居たのはさっきの水雷戦隊だけ。と言う事でしょうか ﹂ 石にこちらの索敵網にも察知されているだろう。そもそも、軽空母だって索敵網に引っ ﹁もともとウェーク島に居た、とは考えづらいな。正規空母が二隻もあの島に居たら流 ? ﹁敵艦隊の殲滅を確認。他に敵の反応は無し。﹂ ＳＴＡＧＥ─３４ ウェーク島の敵を討て 1045 ﹂ これまでに確認された空母は正規空母２隻、軽空母２隻。１個水雷戦隊だけでは護衛 艦の比率が少し低すぎた。 ﹁⋮⋮⋮﹂ ﹁〟読まれていた〟とお思いで ﹁護衛もつけずに空母４隻を派遣しますかね ﹂ ﹁ま、まさかそこまで読んでいたとか言いませんよね 解読されたと考えるのが妥当じゃないか る。﹂ ﹂ 三国志演義じゃあるまいし。﹂ ﹁さてな。それを考えるのは赤レンガの住人たちだ。作戦は以上をもって終了、帰投す ? ? ﹁それなら、この事態にも理由がつけられますが。本当ですかね ﹂ ﹁それも全部深海棲艦側の読みだとしたら、今頃日本も負けていたと思うがね。暗号が ? ホタカの意見に、副長の顔が若干ひきつる。 ﹁此方に空母が居ない事がバレていたら、特に防空艦は必要ない。﹂ ? た。としたら、筋が通るような気がする。﹂ ﹁ウェーク島に２個水雷戦隊が接近しているのを知り、空母４隻を殲滅のために派遣し 副長の問いにゆっくりと頷く。 ? 1046 作戦を終えて艦隊は佐世保へと帰還する。第２鎮守府と第３鎮守府所属艦の停泊場 所は違うので港の外でそれぞれの鎮守府のグループに艦隊を組み替えて入港、接舷す みんな集まって。﹂ る。各種の作業を終えて、岸壁に降り立つと今回の作戦で行動を共にした艦娘達が集 まっていた。 ? 女を救えるという確証は無く、下手をすれば如月に直撃していたかもしれない危険な行 礼儀正しくお辞儀をする如月に、顔を上げる様に促す。彼自身、あの砲撃で絶対に彼 ﹁危ない所を助けていただき、ありがとうございました。﹂ 鎮守府へ向けて歩き出そうとした時、如月に呼び止められる。 ﹁ホタカさん。﹂ だったようだ。 白い歯を見せて笑う川内。思いっきり夜戦が出来たので、彼女としては満足な海戦 ﹁今回の勝利の立役者を置いてけぼりにして鎮守府に変えるわけにはいかないよ。﹂ ﹁どうしたんだ ＳＴＡＧＥ─３４ ウェーク島の敵を討て 1047 いであったことを自覚していたため、複雑な心境にならざるを得なかった。艦息が妙な 表情をしているのと、何かに気づいた如月はくすりと笑う│││││駆逐艦にしては妙 な色気を帯びているのは気のせいでは無いだろう│││││と、背伸びをして彼の首に とか、おおっとか周りから聞こえ、すぐに如月はホタカから離れる。 両腕を回し頬にキスをした。 なっ ! ! どうしたの ﹁き、如月ちゃん ﹁あれ ﹂ ? ﹁え、えーと、いや、その⋮﹂ ? ﹂ り過ぎ、足取り軽く歩いている如月に追いついた。 リーズした瑞鶴│││││あまりにも皆が遅いので、迎えに来ていた。│││││を通 野次馬艦娘に取り囲まれているホタカの隣を抜け、先ほどの光景によって完全にフ 吹雪は、ある人物を見つけ慌てて如月の後を追いかけた。 摩│││││はニヤニヤした顔をホタカに向け弄り始める。何とか再起動を果たした 周りにいて一部始終を見ていた艦娘│││││主に川内、夕張、夕立、睦月、球磨、多 もう一度あの笑顔をホタカに向けた後、さっさと鎮守府の方へと歩きだした。 ﹁これはお礼です♥では、また﹂ 1048 │││││しまった、何も考えてなかった 瑞鶴のホタカに対する想い︵本人自覚なし︶を知っていた彼女は、その当人の前で思 い人に抱き着いた如月の行動の真意を知ろうと反射的に呼び止めてしまったが、上手い 言葉が出てこなかった。何とか言葉をひねり出そうと混乱した頭を何とか回転させて いる吹雪を見て如月は小さく笑う。 ﹂ ﹁アレは本当に只のお礼よ。﹂ ﹁へ ? ﹂ ? ﹁え、あ、うん。﹂ たら。嫉妬するでしょう ﹂ ﹁自分が憎からず思っている男が、目の前で別の女に抱き着かれて満更でもない顔をし 何故か敬語になってしまう吹雪に、思わず苦笑してしまう。 ﹁えーと。説明お願いします。﹂ ﹁ええ。アレで何か変化が起こってくれればいいのだけれど。﹂ ﹁そ、そうなの ヤレヤレと肩を竦める姿が妙に様になった。 いみたいだけどね。﹂ ﹁そして、私も瑞鶴さんがあの人の事を好きなのは知っているわ。まあ、本人に自覚は無 ＳＴＡＧＥ─３４ ウェーク島の敵を討て 1049 ? 同意を求められ反射的に肯定してしまうが、好きな人のいない吹雪にとっては半信半 疑も良い所だった。 ﹁うーん。そんなにうまくいくかなぁ ﹁まあ、上手くいかないでしょうね。﹂ くようにはどうにも思えなかった。 ﹂ 見てきた吹雪にとっては如月の回り道と言うかピタゴラスイッチ的な計画がうまくい 眉毛を歯の字に曲げた吹雪が情けない声を出す。今までの彼女の鈍感ぶりを間近で ? と気づくはずよ。﹂ をすれば。瑞鶴さんはきっと嫉妬する、そして嫉妬の原因が彼を想う自分の本心にある 人はまだ自分の気持ちに気が付いていない。だから、瑞鶴さんの前でホタカさんにキス ﹁自分が知らなければ、他人が教えればいい。でも、それをホタカさんに教えられそうな る。 海風にあおられた髪を撫でつけ、未だに野次馬艦娘に取り囲まれているホタカを見 人間としてとても悲しい事。﹂ しては問題ないでしょうけど。私たちの様に艦娘として、艦息として感情を持つ一人の だ中で沈んでいったあの人には。平穏な世界を楽しむことが出来ない。それは兵器と ﹁あの人は多分、人を好きになると言う事を知らないわ。戦いのただ中で生き、戦いのた 1050 何でもない事の様に自分の作戦を全否定した如月に、思わず頭を抱える。如月の目的 が、自分を弄び楽しむことの様にも考えられてしまう吹雪だった。 も、お礼のキスをしたことには変わりないわ。これが私なりのお礼よ。まあ、瑞鶴さん ﹁あ く ま で も こ れ は 切 っ 掛 け よ。こ れ で 瑞 鶴 さ ん が 変 わ れ ば ラ ッ キ ー。変 わ ら な く て がどんな反応をするかも楽しみだけど。﹂ │││││ホタカさんが理不尽な爆撃に遭いそうな気がするのはなんでだろう⋮ ﹂ 吹雪の頭の中で、〟このロリコン〟とか言いながら爆撃機を繰り出す瑞鶴の姿が簡単 に想像できてしまった。 ? │││││間違いない。⋮⋮⋮この人マジだ。 若干上気した顔に、さっきよりも更に甘みを増した声。 ﹁あら♥そんなの、真津提督に決まっているじゃなぁい♥﹂ 楽しんで見ている自分の事は完全に棚に上げているが⋮ 居るのかと言う純粋な疑問。とは言え、あの二人の恋愛事情 を離れたところから割と そんな、素朴な質問。ここまで他人の色恋に首を突っ込んだのだからそう言う対象が ﹁ところでさ。如月ちゃんって誰か好きな人でも居るの ＳＴＡＧＥ─３４ ウェーク島の敵を討て 1051 ? 何とか再起動を果たした瑞鶴は、どう見て不味いオーラ│││││深海棲艦的なアト モスフィア│││││を纏いホタカに近づく。動物的な勘で不味い物が迫っていると 察知した野次馬一同は一瞬のうちに退避を完了していた。 ＥＤ ﹁ＯＮＥ ＯＫ ＬＯＣＫ 〟アンサイズニア〟﹂ 佐世保鎮守府の一角で何かが炸裂する音が響いた。 │││││恨むぞ、如月。 ﹁却下★彡﹂ ﹁よし、瑞鶴。少し話し合おうか。あとその爆装した艦載機をしまってくれ。﹂ ﹁このロリコン。﹂ 1052 ＳＴＡＧＥ│３５ 蒼空に海鷲は舞う 視界を覆っていた白い雲が消え去ると、目の覚めるような蒼い海が眼前に開けた。夏 が近づき、日に日に強さを増していく太陽光線が、コバルトブルーの南太平洋の海面を 容赦なく照り付け、反射された太陽光があちこちでキラキラと光る。 ﹁おい、相棒。﹂ ぼんやりと外を眺めていた男│││││菅野零士は後ろの座席に収まっている男の ほうを見る。彼の相棒│││││大瀬唯人は日本人として平均的な体格を狭い零式輸 送機の座席に収め菅野と同じように窓枠に頬杖をついていた。その視線は、窓の外に固 定されている。 ﹂ ? 方のエレメントは輸送機の頭上を飛び越え逆側を並走し始め。輸送機の窓からは、形だ ４つの点は２つに分かれると片方は翼を翻して輸送機と同じ方向へ機種を向け、もう片 ていた。４つの点はすぐに点ではなくなり、見慣れたレシプロ戦闘機に変貌していく。 視線を自分の真横の窓に戻し外を見ると、ゴマ粒のような点が４つ遠くのほうに見え ﹁見ろよ、出迎えだ。﹂ ﹁どうした ＳＴＡＧＥ─３５ 蒼空に海鷲は舞う 1053 けはよく見慣れた航空機がぴったりとついてくるのがよく見える。翼端は角ばり、ずん ぐりむっくりな印象を受けた。機体は瑠璃色ではなく緑色系の２色迷彩だったが、まぎ ﹂ れ も な く Ｆ ４ Ｆ ワ イ ル ド キ ャ ッ ト の 姿 を し て い る。透 明 な キ ャ ノ ピ ー の 中 に は 誰 も 載っておらず、尾翼にはウサギを模したエンブレムがつけられていた。 ﹁ワイルドキャットＭＫ６か。﹂ ﹁猫なのにウサギと来たか。ウィルキア帝国ってのは酔狂な奴が多いのかな 右を見ろ ﹂ ! ﹁こいつはまずいな。﹂ た。あの様子では推力を得られてはいないだろう。 黒煙の流出先を見てみると、プロペラが不規則な回転をしている右エンジンが確認でき には美しい大自然の光景を横切るように黒煙が流れていた。菅野は窓に顔を押し付け 輸送機内の誰かが叫び、機内の全員の顔が一斉に右側の窓に集中する。四角い窓の外 ﹁右だ ! 突然、輸送機の機体がガクリと揺れ思わず後ろの大瀬と顔を見合わせる。 上は有りそうだった。 ないだろう。その証拠に、主翼から突き出す４本の機関砲はどう見積もっても２０㎜以 ワイルドキャットだが、これをこの地にもたらした母艦のことを考えるとそんなことは 面白くない軽口をたたく大瀬を無視し、護衛機の姿をもう一度よく見る。パッと見は ? 1054 大瀬も同じようにして黒煙の発生源を見たらしく、どこか他人事のような声色でつぶ やいた。 ﹂ 見ると、その向こうにも無粋な黒いラインが一本走っていた。それまで機内に響いてい 大男が肩をすくめた瞬間、また振動が機内を襲う。嫌な予感とともに反対方向の窓を ﹁だといいんだがな。﹂ ﹁もうすぐそこだろう。それに、１発死んだところですぐに落ちるわけじゃないさ。﹂ からこちらを眺めていた。 前の席から声をかけられる。窓から顔を離し前を見ると、色黒の大柄な男が座席の上 ﹁ソロンまではどれぐらいだ ? ﹂ たレシプロエンジンの轟音がとたんに途絶え、いやな静寂が周りに広がる。 ? で自分の無実を訴えるのだった。 全員の白けた視線を一身に受けてしまった菅野の前の男は、うんざりしたような口調 ﹁俺のせいじゃないぞ ＳＴＡＧＥ─３５ 蒼空に海鷲は舞う 1055 それからしばらくして、一行は何とか地面に足を下すことができた。幸いにもソロン 鎮守府の滑走路はすぐそこにあり、エンジンなしでの滑空飛行で十分到達できる距離 だった。とはいえ急ごしらえの滑走路は一本しかなく、他の輸送機は別の巨大な飛行甲 板に着陸することになった。 た。 ? ﹁俺は過度な機動による負荷、お前の場合は文字通り撃墜だろうが。﹂ ﹁お前も似たようなもんだろうが大瀬。﹂ ﹁出撃のたびに飛行機ぶっ壊す奴が威張るなよ。﹂ ﹁不死身の男と呼んでもらおうか ﹂ 人の悪い笑みを浮かべ、和泉に茶々を入れる大瀬だが本人はまるで気にしていなかっ ﹁さすが被撃墜王は言うことが違うな。﹂ 無いと安心感がまるでない。﹂ ﹁戦闘機なら何回もあるが輸送機でグライダーはもう二度とやりたくねぇな。操縦桿が プに揺られていた。 が心地よかった。目の前では先ほどの大柄な男│││││和泉健一が同じようにジー ジープの荷台に揺られながら、あまりやりたくない体験を思い出す。吹き付ける海風 ﹁ったく。ソロンくんだりにまで来てグライダー乗ることになるとは思わなかったぜ。﹂ 1056 広がる。湾内の桟橋には重巡、軽巡、駆逐艦が２隻ずつ並んでおり、湾の入り口の方や ロゲンランプのオレンジ色のトンネルを通り抜けると、三日月型の大きな湾が目の前に く。中は薄暗く先ほどまでの熱さが嘘のようにひんやりとした冷気が漂っていた。ハ パイロットたちを乗せたジープの車列は岸壁に開けられたトンネルの中へ進んでい てからは逆に開き直り、不死身の男を自称するようになっていたりする。 いたこの称号だったが、１度の防空戦で２回撃墜されるというある種の伝説を打ち立て 和泉に被撃墜王の称号が贈られるのは不思議なことではない。最初は本人も嫌がって 海ではないことを差し引いたとしても毎度のようにケロッとして飛行場に戻ってくる て最終的に飛行場まで必ず戻ってきた。彼が参加していたのは主に帝都防空戦で、下が とは日常茶飯事で。そのたびに機体を捨てたりエンジンが停止した機体をうまく操っ ていた。というのも、彼はほかの隊員に比べて被弾、撃墜率が非常に高く落とされるこ この男がエースパイロットと呼ばれることはそう多くなく、もっぱら被撃墜王と呼ばれ 離脱を好み、多数の深海棲艦の艦載機を撃墜している文字通りのエースの一人。だが、 和泉健一は帝都防空部隊のパイロットであり、菅野の同僚だった。戦いでは主に一撃 く。 菅野の嘆きはどちらの耳にも入らず、無意味な罵詈雑言の応酬が繰り広げられてい ﹁飛行機ぶっ壊してる時点でどっちもどっちだよ。﹂ ＳＴＡＧＥ─３５ 蒼空に海鷲は舞う 1057 今 出 て き た ト ン ネ ル の 上 の 高 台 に は 巨 大 な 砲 身 を も つ 要 塞 砲 が 据 え 付 け ら れ て い る。 極めつけは、湾の外に停泊している巨大すぎる鋼の城。かなり離れているはずなのに、 そのことは一切感じられず遠近感がマヒしたような感覚に襲われる。 ﹂ ? ろ ﹂ ﹁なるほどな。﹂ ? ? それを聞いた菅野は、思わず自分の手を握りしめる。どうした と目で問いかけてく ﹁ああ。というか、一足先にここにきて訓練している航空管制以外は全部電脳戦闘機だ 菅野の問いに、大瀬が首を縦に振った。 ﹁そういえば、メビウス隊も電脳戦闘機だったよな ﹁通算撃墜数第１位メビウス隊の出迎えとはなかなか豪勢だな。相棒。﹂ ﹁メビウスの輪。リボン付きか。﹂ ウスの輪が、太陽光を受けて一瞬輝いた。 ロン要塞本部への下り坂を走る車列をフライパスしていく。尾翼に描かれた青いメビ 灰色に塗装された菅野にとって見覚えのある機体は、機体を若干バンクさせながらソ にかはこちらへと向かってくる。 誰かが嘆くのがどこか遠くに聞こえる。巨大な飛行甲板から何かが飛び立ち、そのな ﹁でかい⋮﹂ 1058 る大瀬にニヤリと口をゆがめて笑みを見せた。 ﹂ ﹁楽しみじゃないか。深海棲艦相手に無敵を誇った電脳戦闘機と戦えるんだ。それに無 人機にまかせっきりではパイロットになった意味がないだろう ト機での訓練だ。第一、深海棲艦艦載機の襲撃すらなかったからな。﹂ ﹁それはここにいる全員がそうだろう。ホーネットとハリアーが来てからずっとジェッ ﹁言えてるな。本土じゃあ訓練ばかりだったから体がなまってないか心配だが⋮﹂ ? ﹂ ﹁まあ海軍も結構進出してるからな。そもそも俺たちがここへ呼ばれたのも海軍の作戦 の一環だろう ? 加久藤に緊急着艦した他のグループと菅野らが超兵器内部の巨大なブリーフィング ﹁パイロット諸君、本艦へようこそ。﹂ 戻っていくところだった。 彼らの頭上では、メビウスの輪のエンブレムを付けたホーネットが翼を翻し巣へと ﹁ＡＬ／ＭＩ作戦か。地理的な縁起はあまり良くない場所だよな。﹂ ＳＴＡＧＥ─３５ 蒼空に海鷲は舞う 1059 ルームで待機していると、濃紺の軍服に身を包んだ艦息が現れる。 変化できる可変翼を装備している。全体的な印象として可変翼を持つ航空機はシャー 闘機で、片方は巨大なクリップドデルタ翼。もう片方は細長い主翼を持ち、後退角度を 爆撃機以外の戦闘機には共通している箇所があり、どちらも垂直双尾翼の双発墳式戦 クリーンに見たこともない戦闘機が２機種、爆撃機が１機種投影された。 加久藤が宣言すると、ブリーフィングルーム内の照明が落とされ、目の前の巨大なス よ。これより新型の機体の概要を説明する。﹂ して回す。新型の機体を支給されたものは一刻も早く操作に習熟することを目標にせ ﹁作戦開始までは十分な日数がない。よってこの新型の機体は成績が優秀なものに優先 は時間が短いように思われる。 けで訓練してきた彼らにとってその新型機を十全に操れるほど操縦に習熟するために 機が存在することを暗に示していた。しかし、ここにくるまでホーネットとハリアーだ 存航空機がおもちゃに見えるような性能を有しているというのに、それすら超える航空 新型の機体という言葉に、小さなどよめきが起こる。ホーネットやハリアーですら既 型の機体が用意されている。﹂ 待はＦ／Ａ│１８ホーネット、ＡＶ８ＢＪハリアーⅡだが一部の成績優秀者には別の新 ﹁本日、諸君らは本艦の航空隊に配属され、来るべき大作戦に投入される。支給される期 1060 プな、クリップドデルタ翼を持つ機体からは重厚な印象を受ける。爆撃機は中翼の配置 を採用した双発機で、エンジンが胴体に直接埋め込まれているのが印象的だった。 その時、突然スクリーンに映し出されていた映像が消え去りブリーフィングルームが 暗闇に包まれる。あちこちで困惑した様な声が上がるが、数秒もすると何事も無かった かのように画面には３機の航空機が映し出されていた。画面が消えた事にけげんな表 情をしていた加久藤は気を取り直して画面を操作し、可変翼の機体を拡大させる。 ﹁⋮妙な事が起こったが解説を続ける。Ｆ│１４Ａトムキャット。後退翼を採用したこ とで広い速度域での高い機動性と、高速性能を得た迎撃戦闘機だ。武装は２０㎜バルカ ン砲１門、長距離対空ミサイル４発、短距離対空ミサイル４発。最高速度は２８００ｋ ｍ／ｈ、航続距離は３２００ｋｍだ。迎撃戦闘機とあるように、主に艦隊防空を主眼に 設計された機体で搭載した長距離ミサイルを用いてアウトレンジから敵航空隊を攻撃 する。この機体は４機が完成している。また、コクピットインターフェースなどを改良 したＦ│１４Ｄスーパートムキャットも４機完成し、こちらの航続距離は３２５０ｋ ｍ、速度は同じだ。﹂ 次に映し出されたのは、爆撃機と表示されている機体。 敵への電子妨害が可能となっている。搭載できる武装は１５００ポンド爆弾か１００ ﹁ＥＡ│６Ｂプラウラー。ここでは爆撃機と表示されているが、電子妨害装置を搭載し ＳＴＡＧＥ─３５ 蒼空に海鷲は舞う 1061 ０ポンド爆弾を合計で４発。固定武装はない。最高速度は約１０００ｋｍ／ｈ、航続距 離は３２５０ｋｍ。この機体は１機のみ完成しており、Ｆ│１４Ｄの飛行隊へ試験的に 組み込むことが決定されている。﹂ 最後に映し出されたのはクリップドデルタ翼の機体だった。 はさまざまだった。 だと公言する者もいれば、乗りなれたホーネットのほうがいいと言う者もいるなど意見 あちこちで話されるのはもちろん先ほど紹介された新型機の情報。パイロットは自分 加久藤がブリーフィングルームから消えると、部屋の中がにわかに騒がしくなった。 下りることはないと思え。今後の予定は追って連絡する。以上、解散。﹂ なお、出撃前のテストに合格しなければたとえ新型機のパイロットといえど出撃許可が らう。また、今後も新型機の開発が完了すれば順次パイロットを選出、訓練していく。 イロットはこちらで選出してある。それ以外の者はホーネットとハリアーに乗っても 続距離は３３７０ｋｍだ。この機体は２機が完成している。以上の新型機１１機のパ 誘導爆弾を装備することが一応可能となっている。最高速度は約３０００ｋｍ／ｈ、航 対空ミサイル４発と中距離対空ミサイル４発が搭載可能だ。また、オプションとして無 高い次元でまとまった制空戦闘機だ。固定武装として２０㎜バルカン砲を装備、短距離 ﹁Ｆ│１５Ｃイーグル。クリップドデルタ翼と強力なエンジンを装備し、各種の性能が 1062 そんな喧騒に混じらず、隅のほうでじっとスクリーンに表示されたままの期待を見つ めるものが一人。とび色の瞳を持つ優しげな顔をした青年だった。画面上でゆっくり ﹂ と回転しているＦ│１４Ａを眺める彼の首に、大柄な腕が回される。 ﹁おい、ブービー。お前はどれがいい ﹂ ? ﹁おう。それ以外に何があるってんだ ﹂ ? ﹂ ? ああ。まあ理由はないんだけどな。﹂ ? ﹁お前はどうなんだ弓月 ﹂ 年若い青年│││││弓月文也に問いかけてみる。 ? 感じてしまっていた。 ほうが高い性能を持っていることは彼自身理解していたが、なぜかＡ型のほうに魅力を なんなんですかそれは⋮とあきれたような顔の仲間に苦笑する。Ａ型よりもＤ型の ﹁ん 目を丸くしているのが見える。 今度は彼の左隣からの驚いたような声。そちらにはこの中でもひときわ若い青年が ? ﹁トムキャットかな ﹂ 片方の眉を挙げながら振り向くと、がっしりした体系の陽気そうな男と目が合った。 ﹁新型機の話か ? ﹁スーパートムキャットじゃなくてですか ＳＴＡＧＥ─３５ 蒼空に海鷲は舞う 1063 ﹁実は僕もＦ│１４Ａが気になってるんですよね。鉈橋少尉はどうです は、ようやく青年を開放する。 ﹂ 先ほどからヘッドロック気味に青年に腕を回している大柄な男│││││鉈橋祐司 ? ﹂ ? けた。 ﹁俺も、犬養と同じだな。﹂ 雪嶋と呼ばれた男はそう言って視線をＦ│１４Ａに向ける。 ﹁こうしてみると壮観な光景よね。﹂ そんな彼らに４機のＦ│１４Ａが支給されたのは、そのあとすぐのことだった。 らえていた。 鉈橋が大げさに肩をすくめるのを、とび色の瞳の男│││││犬養 炎は視界の端でと ﹁４人中３人がＦ│１４狙いとはな、仲が良くて何よりだぜ。﹂ ホムラ 隣に座る、彼と同じぐらい大柄な男に話を振る。鉈橋とは違い、落ち着いた印象を受 じゃないが空戦ができないのは御免だぜ。雪嶋、お前はどうだ ﹁おりゃぁ新型機に乗れればそれでいいな。あ、でもプラウラーは勘弁だ。爆撃は嫌い 1064 加久藤の艦橋ウィングから飛行甲板に並ぶホーネットを眺めつつ、ポツリとそんな事 を矢矧は嘆く。彼女がこの要塞に配備されたのは１月ほど前。姉の阿賀野、能代、駆逐 艦初春、初霜、子日、若葉と共に補充戦力として配備された。当初は何をするにも規格 外すぎる加久藤の性能に振り回されたりはしたものの、このころになると耐性が付き始 め一々驚くと言うことは無くなった。と言っても驚きと言う感情が傍観からくる呆れ に置き換わったと言う方が正しい。 ﹁そうですね。でも、心強いです。﹂ 矢矧の隣で甲板を見下ろしていた初霜はそう言って安心したような笑みを作る。前 世での坊ノ岬沖海戦で戦いを共にした２人の仲は良く、今日の様に非番の日には連れ ﹂ 立って要塞内を歩いているところが職員によって目撃されたりしている。 ? ﹂ ? 選択した理由が楽に想像できたからだった。 困ったような顔で苦笑する彼女に、矢矧は少々の頭痛を覚えてしまう。加古が睡眠を ﹁加古も連れてこようと思ったんだけど、新型機より寝たいらしくてね。﹂ 初霜の問いに軽く頷き、彼女らと同じようにウィングの手すりにもたれかかる。 ﹁古鷹さんも新型機を見に来たんですか 後ろからの声に振り返ると、古鷹が通用口から外に出てくるところだった。 ﹁二人とも、ここに居たの ＳＴＡＧＥ─３５ 蒼空に海鷲は舞う 1065 ﹁どうせまた朝までお酒飲んでたんでしょう があるでしょうに。﹂ ﹂ まったく⋮飲むなとは言わないけど限度 ﹁ああ見えて加古さんもやる時はやりますから、ね ? ﹁ところで、阿賀野と初春ちゃんは てるみたいだけど。﹂ 能代は子日ちゃんと若葉ちゃん連れて哨戒に言っ 夏に向かう南国の太陽の光は何か格が違うような印象を受けた。 に来たのは去年の秋ごろ、その頃でも太陽の光は南の海らしく強い物だったが、やはり 嫌いと公言している初春にとってはあまり来たくない場所だろう。自分がこの鎮守府 に強い風が常に吹き込んでくるが太陽の熱さをごまかすまでには至らない。暑いのが に近づいていることを肌で感じさせる。加久藤の艦橋は海面から非常に高く、それなり 細める。１億５０００万ｋｍ離れた恒星からのエネルギーは大気や海、自らを熱し、夏 古鷹が右手で庇を作り青い空を見上げる。指の隙間から太陽の光が漏れ、思わず目を ﹁ああ、そうだね。これじゃあ⋮ね。﹂ たでしょうけど。﹂ ﹁姉さんは秘書官業務中よ。初春はその手伝い、まあ初春は手伝いが無くても来なかっ ? 気づいていない様だった。 慌ててフォローを入れる初霜だったが、それがあまりフォローになっていない事には ? 1066 │││││ここの艦娘か りとして航空機を自分の手足のように扱えないと言うのは面白い物では無かった。抵 とって、コンピューターの大規模な支援はありがたい物だったが、彼にとって戦闘機乗 でいきなり電磁カタパルトを使った発艦をするしかない加久藤航空隊のパイロットに 身として、乗客扱いは気分が良くなかった。新型機のパイロットになってからの初飛行 がたい事だったが、新型機のパイロットとなってから死に物狂いでマニュアルを読んだ べき作業は非常に少なかった。今回がイーグルでの初飛行になる菅野にとってはあり 回はほとんど全ての操作をイーグルに搭載されたコンピューターが行うため彼がやる 付いた菅野はそんな事を頭の片隅で考えながら発艦準備を進めていく。と言っても、今 Ｆ│１５Ｃイーグルのコクピットの中で、こちらを熱心に見つめる６つの視線に気が ? 甲板上に姿を現したのは２機の鋼鉄の鷲だった。 響き、役者を舞台に上げていく。 りと口を開けていた。潮騒の音に紛れて巨大なエレベーターが駆動する重厚な低音が ターは既に格納庫に降りているようで、だだっ広い甲板には２つの正方形の穴がぽっか 矢矧の声に視線を飛行甲板に戻す。広大な飛行甲板の端の方に設置されたエレベー ﹁そろそろ、ね。﹂ ＳＴＡＧＥ─３５ 蒼空に海鷲は舞う 1067 1068 抗とばかりに指差し確認を行おうとするが、コンピューターの発艦準備はミスも無駄も 無い効率化されきったものであり、ずぶの素人パイロットが追いつける速さでは無い。 あっという間に確認が追いつかなくなり憮然とした表情を酸素マスクの中で浮かべ る。ちらりと横で同じように発艦準備を行っているだろう相棒の方を見ると、こちらの 視線に気づいたのか両手を小さく上げる仕草をした。 │││││お手上げってか。 そんな事をやっている間にも、出撃準備は着々と進められていく。 Ｆ タービン吸気温度 Ｓ 起 動 右 エ ン ジ ン が 点 火、続 い て 左 エ ン ジ ン。エ ン ジ ン の 回 転 計 が 上 昇 ジェットフュエルスターター Ｊ し、それに伴ってＴ Ｉ Ｔ、油圧上昇。燃料流量が増加していくのが計器から読み取れ、 背後から響くターボファンエンジンが奏でる高音がだんだんと大きなものへと変わっ ていく。視界の端でスポッティングドーリ│が退避していくのを確認、カタパルトの シャトルに前輪が固定されたことを確認する。後方でジェット・ブラスト・ディフレク ターが展開。その後、スロットルが開かれエンジンの回転数がさらに上昇。機体が前進 しようとする力を前輪が抑え込み機首が沈む。滑走路横のランプが切り替わった瞬間、 電磁気力でシャトルとそれに固定された機体が加速され滑走を開始する。機から降り ると広大に感じる滑走路の端が瞬きをする間に近づき、後方へ消える。それと同時に機 首上げ、ギア│ＵＰ、フラップ│ＵＰ、スロットルはＭＡＸのまま垂直上昇。２基のＦ １００│ＰＷ│２２０ターボファンエンジンは空虚重量でも１３ｔある大柄な機体を ぐんぐん天空へと持ち上げていく。お世辞にも加速性能が高いとは言えないホーネッ トに乗りなれた彼とって、身体に掛かる重力加速度やめまぐるしく変わっていく高度計 は正しく未知の領域でもあった。 突如、機体が半ロール、ピッチアップ。真上に小さくなった加久藤と青い海が見えた かと思うともう一度半ロール。海面が垂直に立ったかと思うと、太陽の強烈な光がコク ピットへ差し込んだ。高度計は３５００ｍを指示している。首を巡らせると右後方に 大瀬のＦ│１５Ｃがぴったりとついているのが見える。 イーグルは。﹄ ? をマニュアルに切り替え瀬機と模擬格闘戦を開始せよ、使用可能兵装は機関砲のみ。被 ﹃⋮言われてみればその通りだ、やってみなければ機体の性能は解らない。操縦モード 流れる。が、すぐに苦笑をこらえているような声色で返事が返ってきた。 菅野の返答に通信機の向こうの艦息は少し意表を突かれたようで少しばかり沈黙が ﹁良い機体と言う事は解るが、自分で飛ばしてみないとわからないな。﹂ ﹃どうだ ﹁此方菅野。感度良好。﹂ ヘルメットからこの機体をもたらした艦息の声が聞こえる。 ﹃こちら加久藤。菅野機、応答せよ。﹄ ＳＴＡＧＥ─３５ 蒼空に海鷲は舞う 1069 オーバーライド 弾 判 定 は こ ち ら で や る。戦 闘 高 度 は ５ ０ ０ ０ ｍ 以 上、危 険 な 操 縦 を 行 っ た 場 合 コ ン ピューターが強制介入し機体を立て直す。高度制限さえ守れば死ぬことは無いだろう。 大瀬機にはこちらから伝えておく。﹄ ややあって、大瀬機が速度を上げて右側を飛び去って行く。それと同時に、計器類で 埋め尽くされたコンソールの一角に後付されたような形で鎮座している小型の多機能 ディスプレイに︻Ｙｏｕ ｈａｖｅ ｃｏｎｔｒｏｌ︼と表示され、オートパイロット ランプが消えた。試しに操縦桿を僅かに動かしてみると、それに伴って機体がきびきび と反応する。このディスプレイは本来ならば備え付けられていない物だったが、高度な エネミー フライトコンピューターを搭載したＦ│１５Ｃと人間のパイロットを結びつけるマン・ マシン・インターフェイスとして後付されていた。 ディ ﹂ レーダー画面上に移っていた大瀬を示すＩＦＦ反応が敵に切り替わる。 レ ﹁Ｇａｒｍ０１ ｅｎｇａｇｅ ︻ＲＤＹ ＧＵＮ︼ ン。彼我距離を示す数値は見る見るうちに小さくなっていき、ガン射程に接近。 大瀬機│││││Ｇａｒｍ０２は進路を変えずにまっすぐに突っ込んでくる、ヘッドオ しターゲットボックスが現れ、機関砲が射撃準備を完了する。レーダーを確認すると、 発艦前につけられた識別名を宣言し、マスターアームスイッチをオン。ＨＵＤが起動 ! 1070 ＳＴＡＧＥ─３５ 蒼空に海鷲は舞う 1071 コンマ数秒だけトリガーを引き、ロールしながらすれ違う。模擬戦と言う事で実際に 機関砲が放たれているわけではないが、感覚的に当たっていない事を悟る。ディスプレ イにはＨＩＴの表示は出ていない。 相対速度が軽く音速を超えたまま２機のイーグルはすれ違い、両方の機体を衝撃波で 揺らす。不安定な機体をコンピューターの支援を借りつつ立て直し、大瀬機は左旋回上 昇。菅野機は直進したままスロットルをＭＡＸに叩き込み強引に機首上げ、半ロールし 旋回上昇中の大瀬機の鼻先へ機関砲を発射。菅野機がインメルマンターンを行うのを 見ていた大瀬はフットバーを蹴飛ばし機体の進路を微修正、砲弾の雨を躱す。大瀬はそ のまま上昇を続け、菅野がそれを追いかけるためにもう一度急激な機首上げを行う。機 体をほぼ垂直に立てて天空へ駆け上がる大瀬機を追うが、２度の急激な引き起こしを 行ったためいくらイーグルと言えど加速が追いつかない。そんな相棒の失敗をあざ笑 うように翼を翻しパワーダイブ。高度を速度に変換、離脱し体勢を立て直す。 加久藤の艦橋ウィングからは、幾つものヴェイパーが青い空に刻まれていくのが良く 見えた。犬が喧嘩をする時、互いの尾を追いかけるように戦う様と似ていることから空 戦の事をドッグファイトと呼ぶようになったと言われているが、上空で行われているそ れはまさしくドッグファイトだった。大出力エンジンに物を言わせて空に白い軌跡を 描きながら互いの後ろを取り合おうとする二匹の猟犬。片方が後ろを取ったかと思え ば、取られた方は左右に機体を振って追っ手をオーバーシュートさせる。空に大きく螺 旋を描くように２機がバレルロールしながら上空を飛び過ぎていくのを艦娘達は呆然 としたように眺めていた。 機動する艦載機を眺めながら艦息は一つ頷いた。彼の後ろでは、仕事を一時的に秘書官 加久藤の戦艦部分に設置されたＣＩＣで、ディスプレイ上で互いの後ろを取るために ﹁中々いい具合です。﹂ ター制御機同士の空戦よりも高い次元で行われているような、そんな感情を抱いた。 の方が高い次元の機動をしている。しかし、矢矧の目に目の前の模擬戦はコンピュー 機体の機動に大きな差は無い。むしろ効率と言う目で見てみればコンピューター制御 している〟と言う感覚を持つ。実際の所、コンピューター制御の機体と人間が制御する めてだった。蒼空を縦横無尽に駆け回る２機のイーグルに対し、矢矧は〟生きた機動を ターが操作する機体であり、今回の様に人間が操作する機体同士の模擬戦を見るのは初 ホーネットやハリアーの訓練を何度も見た事があるがそれはあくまでもコンピュー ポツリと初霜が呆けた様な声を上げたのが、爆音の中で微かに聞こえた。彼女達も、 ﹁すごい⋮﹂ 1072 に任せた筆木提督が同じようにディスプレイを見上げていた。 ﹁それにしても、何故人間のパイロットを乗せる様に進言したのだね ます。しかし、結果は芳しくない物でした。﹂ 電脳制御ならば を乗せていないため人には耐えられない機体の限界ギリギリの機動を行うことが出来 投入し、質と量の両面で敵を圧倒することを計りました。提督の仰る通り、無人機は人 器技術によってもたらされた高度なコンピュータを搭載する無人戦闘機を多数戦闘に ﹁昔、私がまだムスペルヘイムと呼ばれ解放軍と戦っていた時の事です。帝国軍は超兵 させようと言い出したのは彼だった。 る。本土のエースパイロットを訓練してコンピューター制御でも扱える航空機に搭乗 疑問の声が若干しりすぼみになっていく自分の上司に苦笑しながら、加久藤は振り返 パイロットにかかるＧを気にせず機体を十全に操れるんと思うの、だが⋮﹂ ? が疑われました。お互いの機体の性能差はほとんどありませんでしたので、何かあると ろん、友人機に負けた理由の究明は早急に開始され、初めはコンピューターの能力不足 空機の量を増大させて、物量で圧倒することで戦闘を進めることを選択しました。もち 北することが多々あったのです。この問題に対し帝国はとりあえず戦闘に投入する航 ﹁何故か自軍の損耗率が友人機を主体にした敵を大幅に上回り、同数での航空戦では敗 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ＳＴＡＧＥ─３５ 蒼空に海鷲は舞う 1073 すれば操縦者であると考えたのです。しかし撃墜された機体の行動ログを探ってみる とどこにも不審な点は見られませんでした。他にも、コンピューターと機体の接続や、 ソフトウェアの問題などがあげられましたが、結局のところ全て空振りだったんです。 オール・コンピュータ・エアクラフト そんな時、帝国軍内で無人機と友人機の大規模な模擬戦が行われました。結果は、友人 機側が無人機側に勝利。帝国軍の全 電 脳 化 航 空 機 ドクトリンはこの模擬戦で否定さ れ、その後の帝国軍はパイロットを航空機に乗せる従来の方法に回帰します。その結 果、同数の航空戦で大敗することは無くなりました。まあ、その頃には戦局が悪化しベ ﹂ テランパイロットの数は少なくなる一方だったんですが。﹂ 自嘲気味に艦息は笑った。 ﹁それで、なぜ無人機では勝てなかったのかね ﹁勘としか言いようがありません。﹂ ﹂ 勘と呼ばれるような一瞬のひらめき。これが無人機と友人機の最も異なる点であると りません。そう言う極限状態の中のほんの一瞬、スピードの向こう側や第六感、野生の ﹁コンマ一秒以下で生死がひっくり返る航空戦の中で、パイロットは決断を行わねばな り奇妙に思えた。 科学技術の権化ともいえる者が話した理由はなんとも人間臭いもので、筆木にはかな ﹁勘、だって ? ? 1074 我々は結論付けました。もちろん、人間のパイロットは非論理的、非合理的な判断を時 には下します。しかし、場合によってはそれが逆転の一手になってしまう。理論上最善 カオス こたえ の手が最悪の手になってしまう。航空戦とはそう言うある種の混沌に満ちた場でもあ るのですよ。自分が殺されるその一瞬に、非論理的な過程で導き出される最善の結論を 利用するのは生身の人間にしかできない事なんです。この推論が当たっているかどう かは解りませんが、無人機よりも友人機の方が高いキルレートをたたき出していること はまぎれもない事実なんです。艦娘の艦載機の生存率を調べてみると、妖精さんが載っ ている機体の方が高い帰還率を誇っているはずですよ。﹂ 大瀬機に後ろを取られ、何度目かの発砲をロールして躱す。パワーダイブで逃げて 艦息の言葉に、提督は困ったような顔で頬を掻くのだった。 ﹁もう少し横柄な態度でも兵隊はついてきますよ。提督。﹂ そこで加久藤は言葉を切ってディスプレイへと向き直った。 いきませんしね。さて、そろそろ決着がつきそうです。それと⋮﹂ ﹁ええ。できれば艦載機全部と言いたいところですが、本土をがら空きにするわけにも ﹁なるほどな。だから、君はパイロットの配備を進言した。と。﹂ ＳＴＡＧＥ─３５ 蒼空に海鷲は舞う 1075 も、急旋回で逃げても大瀬はケツに食らいついて話さない。そこで、菅野は機体を左右 に連続で旋回させながらゆっくりとスロットルを落としていく。機体の速度は徐々に 低下していき、ある速度にまで下がった瞬間。彼は勝負に出る。 スロットルを完全に閉じ、エアブレーキ│ＯＰＥＮ、操縦桿を思いっきり引いて機首 を上げる。真正面からの空気抵抗をまともに受けた機体は急減速し、それについていけ なかった大瀬はほぼ直立したＦ│１５の下を潜り抜けるしかない。急激な引き起こし による急減速の結果、主翼表面の空気の流れが剥離し失速。機首ががくんと下がる。ブ ラックアウト寸前の視界の中、トリガーを引き絞ると数百発の砲弾が吐き出され、アフ ターバーナーを炊いて離脱しようとする敵に降り注いだ。 ﹃相棒、聞こえるか ﹄ 瀬機が左側に付き編隊飛行を始めた。 オートパイロットが起動し、スロットルの位置が戻され安定飛行に入る。すぐに、大 ︻Ｉ ｈａｖｅ ｃｏｎｔｒｏｌ︼ ﹃状況終了。先の模擬戦は菅野機の勝利だ。編隊を組みなおした後、帰艦しろ。﹄ それと同時に、今まで敵を示していた大瀬機のＩＦＦが味方に変わった。 ディスプレイに３文字の無機質なアルファベットが表示され、模擬空戦が終了する。 ︻ＨＩＴ︼ 1076 ? ﹁ああ。何処に当たった ﹂ 深海棲艦共も初見では対応できないだろうな。﹂ ? ら。﹄ ﹃今度から妙な起動するときは先に言ってくれ。距離取ってミサイルぶち込んでやるか ﹁レシプロじゃあ無理な機動だろ ﹃まさか、機首上げで強引にオーバーシュート狙うとは思わなかった。無茶しやがる。﹄ ﹁それはいいな。木端微塵とはいかなくても戦闘不能は確実だ。﹂ るぜ。﹄ ﹃左垂直尾翼全損、左エンジン停止ってとこか。ご丁寧に着弾予想個所まで表示されて ? ﹄ ! 艦を待っていた。 が太陽の光を反射する。加久藤の甲板上には黒く塗装された４機のトムキャットが発 ２機のイーグルが翼を翻すと、垂直尾翼に描かれている鎖を加えた赤い猟犬のマーク ﹃Ｇａｒｍ０２了解 ﹁当たり前だ。さて、艦長殿からどやされないうちに帰るぞＧａｒｍ０２﹂ ﹃模擬戦の時に決まってるだろうが。﹄ ﹁味方に打ち込んでどーすんだよ。﹂ ＳＴＡＧＥ─３５ 蒼空に海鷲は舞う 1077 ﹁うっそ⋮何アレ⋮﹂ 薄 暗 く 息 の 詰 ま り そ う な 艦 内 で 少 女 の 悲 鳴 と も 呆 れ と も 取 れ る 声 が 小 さ く 漏 れ る。 彼女の覗き込む潜望鏡の向こう側には巨大と言う言葉が陳腐なものに思えてしまうよ うな存在が海を切り裂きながら航行していた。ソレは彼女の鼻先を横切るコースを選 択しており、ソレが只の輸送艦や戦艦、空母ならよだれが出るような絶好のポジション。 普段の彼女ならばすぐにでも魚雷６本を装填し扇形に射出しただろう。しかし、潜望鏡 の若干歪んだ視界の中に存在するそれを見てから心臓の鼓動は早くなり、嫌な汗が背中 を伝う。 │││││アレは、ダメだ。 ﹂ そんな感情が一気に噴き出し、のどがカラカラに乾いてくる。 ﹁艦長。何か居ました ﹁げ、限界深度ギリギリまで無音潜航。急いでっ。﹂ る。 常な上官の様子を見て、副長は今現在潜望鏡に移る者は碌な存在でないことを理解す 副長の期待を込めた言葉にようやく我に返り、弾かれたように潜望鏡から離れる。異 ? 1078 小さな声で怒鳴ると言う潜水艦の中では見慣れた光景だったが、艦娘のただならぬ形 相が自体が切迫していることを伝えていた。すぐさまメインタンク内に海水が注水さ ﹂ れ艦隊が潜望鏡深度からゆっくりと潜り始める。 ? ＥＤ ﹁ＯＮＥ ＯＫ ＬＯＣＫ 〟アンサイズニア〟﹂ 生存者はいなかった。 の爆圧にさらされた潜水艦は瞬時に圧潰、バラバラになり暗い海の底へ沈降していく。 ことは出来なかった。艦体の全方向から１発で都市区画を吹き飛ばす威力を持つ砲弾 は潜望鏡深度から潜航中と言う事もあり、８０㎝砲弾が吐き出す猛烈な爆圧から逃れる の８０㎝対艦砲弾が海面に衝突、炸裂する。３発の描く三角形の中心に居た伊号潜水艦 副長の問いに艦娘は応えようとするがそれは永遠にかなわなかった。飛来した３発 ﹁艦長、いったい何が居たのですか ＳＴＡＧＥ─３５ 蒼空に海鷲は舞う 1079 ＳＴＡＧＥ│３６ 忍び寄る脅威 航海艦橋横のウィングから艦首方向を望むと目的地周辺に浮かぶ多数の戦闘艦の姿 が良く見える。一瞬影が覆いかぶさったかと思うと、零戦を拡大したかのような機体を 持ち、胴体に稲妻のマークをペイントした４機の烈風改が見事なダイアモンドを形成し ながら飛び去って行く。佐世保第三鎮守府所属の艦娘達が装備している艦上戦闘機の 中で最も強力なものは紫電改二であるから、あの機体は別の鎮守府所属の艦娘のモノで あることが推察できた。ＣＩＣに確認を取ってみた所、呉第二鎮守府の加賀の艦載機ら しい。トラックへ向けて飛び去って行く戦闘機の編隊をぼんやり眺めていると、真津か ら通信が入った。 トラック第一鎮守府の廊下を２人の軍人が歩いていく。かなりの戦力が集中した為、 地に支持されたエリアにて投錨せよ。﹄ ﹃間もなくトラック泊地に到着する。全艦は他の鎮守府の艦に注意しつつ、トラック泊 1080 鎮守府内の廊下にも様々な艦娘があふれかえっていた。個性的な服装をした彼女達の 中を、２人の海軍人が歩けば否でも目立つ。しかも、振りの男の内一人は見慣れない軍 服を身に纏っていたのでなおさらだった。 見慣れない軍服を身に纏う男│││││ホタカは、艦娘達の間をすり抜けながら、身 体に突き刺さる好奇の視線を無視することに努めていた。彼自身、こうなることは予想 済みで仕方のない事だと理解はしていた。が、正直言って婦女子のこういう視線を浴び るのは気持ちの良い物では無い。 そんな視線の十字砲火の中を潜り抜けて、大きな会議室へたどり着く。中には何人も の海軍人たちが会議室に並べられた長机に座っていた。すぐ隣にいる艦娘は大方秘書 艦だろう。２人が会議室の入り口に現れた時、部屋の中で交わされていたわずかな会話 が途切れ、全員の視線が彼らの方に向き、すぐに彼方此方で何かを確認するような小声 の会話が再開される。その会話の内容に薄々感づきながら彼らも、適当な場所へ向かい ﹂ ? 席に着く。 ﹂ ? る。 会議が始まる前、奇妙な緊張感に包まれた室内でホタカは小さな声で真津に問いかけ ﹁何がだ ﹁それにしても提督。本当によかったのですか ＳＴＡＧＥ─３６ 忍び寄る脅威 1081 ﹂ ﹁秘書艦の件ですよ。僕はこれまでに貴方の秘書艦をやったことが無い。素直に加賀を 連れてきた方が良かったんじゃないですか 彼の問いに、真津は心配ないと肩を竦める。 ? ﹂ ? ﹂ ? ﹂ ? 顔見せだって。お互いに話して ? ﹂ ? ジロリと提督を睨むと、言った本人は〟言葉の綾だ〟と冷や汗を流しながら弁明する ﹁しゃべったらバカっぽくなるって言いたいので がある。何、何時もの様に冷静に構えていればいいさ。黙ってりゃ賢そうなんだから。﹂ 信頼を勝ち取る時間なんて無いからな。態度で少しでもいいから信用を勝ち取る必要 ﹁そこまでがっつり話し合う必要は無い。言っただろ ﹁ここに居る艦娘と話していたら文字通り日が暮れますよ 合は根本から違うからな。ベースになる信用がまだ固まってないんだよ。﹂ 大体の情報は入ってくるし、前世では共に戦ったと言う大前提もある。だが、お前の場 いろと違ってくる。普通は同じエリアの鎮守府に居る艦娘に会うなり聞くなりすれば ユニットだ。顔も知らない奴に背中を預けるのと、知っている奴に預けるのとではいろ ﹁バカげているように思えるかもしれないが、艦娘は個人で１隻を操れる非常に珍しい ﹁顔見せ。ですか 秘書艦にしたのはまあ、顔見せと言ったところかな ﹁この会議で秘書艦が何かをするわけではないから、心配する必要は無い。今回お前を 1082 のだった。 ﹂ ? 女性になると言うことは成らなかった。さらに、人的資源が枯渇寸前な国内情勢を重く た。最終的な結論として男性でも女性でもあまり変わらない事が判明した為全提督が が判断するほどの効果は無く、作戦の立案能力に関しても大きな開きは見られなかっ い結果が得られたが、だからと言って艦娘の提督を女性に限定させた方が良いと上層部 言う判断であった。実際の所、確かに男性提督よりも艦娘のメンタルケアに関しては良 官として、女性提督ならば彼女らの心の機微にも勘づき早い目の対策がとれるだろうと く女性であり、艦娘で構成された鎮守府は文字通り女の園となる。そこに着任する指揮 あり、そんな時に女性を提督に据えると言う計画が持ち上がった。艦娘は言うまでもな は無かった。艦娘が出現してしばらくは人類側も艦娘の扱いに対して模索する時期が 帝国軍内に置いて女性提督と言う物は珍しいものではあったが居ないと言うわけで 長の瞳の鳶色の瞳が彼らをまっすぐ見つめていた。 様な長い黒髪をうなじのあたりで纏め│││││所謂一本結び│││││ている切れ 肩章は真津と同じ大佐、横に座っている秘書艦らしき艦娘と同じように烏の濡れ羽色の た。容 姿 と し て は 可 愛 い と 言 う よ り も 美 し い に 分 類 さ れ る だ ろ う 顔 立 ち を し て い る。 掛けられた声に２人が振り返ると、後ろに座っていた黒髪の若い女性提督と目が合っ ﹁少しよろしいか ＳＴＡＧＥ─３６ 忍び寄る脅威 1083 見ている帝国上層部は、人を生み育てることのできる女性を前線へ送り出すことに消極 的であったため一連の計画で着任した女性提督を次々と解任し本土に戻した。時代が 時代ならば政府に批判が飛んできたかもしれないが、国民自身がこれ以上の人口減少は 国 の 破 滅 を 意 味 す る こ と を 肌 で 感 じ て い た た め 大 き な 反 対 運 動 は 起 こ ら ず に 済 ん だ。 とは言え、艦娘とそれなり以上の関係を築き、指揮能力に問題が見られない女性提督に 関しては本人の希望が無い限り軍を辞めさせると言うことは無かった。いつの時代で も優秀な指揮者は多くない。 ホタカと真津に話しかけてきたこの女性提督も、辞めさせるにはもったいないと軍が 判断した人間の一人だろう。 ﹂ てみたいと思っていてな。﹂ ﹁ホタカについては聞いている。並み居る超兵器を沈めてきた英雄に以前から一目合っ ﹁佐世保第３鎮守府の真津だ。彼は臨時秘書艦のホタカ。﹂ よろしく。と弓月大佐の横に座っていた長い黒髪の少女が頭を軽く下げる。 いる。こっちは秘書艦の飛鷹だ。﹂ ﹁そういえば名乗っていなかったな。私は弓月忍。ラバウル第２鎮守府で指揮を執って 真津の問いに、女性は少しバツの悪そうなな顔を作る。 ﹁貴女は ? 1084 恐縮です。と謙遜するホタカ。 ﹂ ﹁それでだ、真津大佐。貴方はこの作戦をどう見ている ﹁どう、とはどういうことだ ﹂ ? ﹁本土ががら空きだと言う事か ﹂ ンガまで。使える戦力は全部突っ込んでいる。﹂ り込み一気に敵戦力を撃滅する。そのために、北は幌筵、南はショートランド、西はリ ﹁戦力の配置についてだよ。ＡＬを攻撃し敵の目をそらしたところでＭＩに大部隊を送 ? その答えに、彼女は満足げに頷いた。 ? ﹁他の提督はそうは思っていないのですか ﹂ どこか疲れたような安堵のため息を付く。 ﹁よかったよ。貴方が真面な頭をしていることが把握できて。﹂ た。たとえ深海棲艦を撃滅しても帰る家が廃墟になっていては目も当てられない。 せて必勝を期そうとしている事よりも本土の戦力が極端に低下することに意識が向い ヤレヤレと真津は肩を竦める。彼自身此の動員計画を初めて見た時は、戦力を集中さ ﹁深海棲艦からしてみれば涎が出そうな配置だな。﹂ それも防衛部隊とは名ばかりの低練度艦が殆どだ。その実態は張子の虎だろう。﹂ ﹁ああ。今本国に居るのは佐世保、呉、横須賀、大湊にそれぞれ鎮守府一個分程度の戦力。 ＳＴＡＧＥ─３６ 忍び寄る脅威 1085 ? ホタカの質問に、全部が全部と言うわけではないと前置いた上で言葉をつづける。 な。だが、相手は深海棲艦だ。うちの鎮守府では飛鷹達に度々通商破壊を行ってもらっ えばたとえ一時的に本土に上陸したとしても、大統領の首が飛ぶことは見えているから ﹁そうだ。確かにこれがアメリカ艦隊ならば引き返すだろう。ハワイを蹂躙されてしま ﹁相手が人間だった場合に限るな。﹂ 言っていた。 真津はそこで言葉を切り、目だけを動かして弓月を見る。彼女の目は〟続けろ〟と ﹁正しくないと言えば間違いになるだろう。筋は通って入るがこれは⋮﹂ 土は安全だと言う事だ。﹂ を遮断されることを恐れた深海棲艦は本土を攻撃せずこちらへ戻ってくる。だから本 人類側が深海棲艦の占領地奥深く、例えばハワイまで雪崩込むかもしれんからな。後方 近する敵艦隊が居たとしても引くしかないだろうと言う事だ。そのままにしておけば ﹁まあ、な。楽観的な提督が言うには深海棲艦をＭＩ方面で大量に撃滅すれば本土に接 ﹁なるほど。弓月提督はこの作戦には問題があると考えているわけですか。﹂ 端にやるのはかえって逆効果なように思える。﹂ 観的な指揮官が多いような気がするんだ。戦力の集中は戦争の大原則だが、ここまで極 ﹁どうも、対深海棲艦戦争が始まって以来の大反攻作戦、空前絶後の大動員と言う事で楽 1086 ているが、奴らに補給線の概念が有るのか疑わしい。﹂ ホタカが飛鷹の方を見ると、彼女は軽く頷いた。 よね。普通の軍隊なら出撃もままならないほど沈めているはずなんだけど⋮﹂ ﹁私たちで何隻も補給艦を沈めてはいるんだけど、一向に敵が弱体化する気配が無いの 悔し気にマユを顰める。 ﹂ ﹁だとすると、こちらが後方を遮断しても強行してくる可能性は十分にあり得るな。そ のことは大本営に伝えたのか るみたいだ。﹂ ﹁もちろん伝えた。それでも、作戦に変更は無い。赤煉瓦の住人たちはかなり焦ってい ? ﹂ ? ﹁ハッ ﹂ を頼む。﹂ ﹁ＭＩ方面軍司令長官の高城だ。これよりＡＬ／ＭＩ作戦の説明に入る。参謀長、説明 弓月が言い終えた瞬間、会議室の正面に大将の階級章を付けた初老の軍人が立った。 ﹁そんな所だろうよ。おっと、もうこんな時間か。会議が始まるぞ。﹂ でかい戦果をあげないと陛下に申し訳が立たないと言う事か 車操業、どこもかしこもカツカツで戦っているからな。ここらで深海棲艦に対して一発 ﹁深海棲艦との戦争が始まって以来、領土はジワジワ取り戻してはいるが基本的に自転 ＳＴＡＧＥ─３６ 忍び寄る脅威 1087 ! 入れ替わりに出てきたのは髪に白い物が混じり始めてはいるが、目つきの鋭い細身の 軍人。その男は緑ヶ丘と名乗り作戦説明を始める。 風防の外には目の覚めるような蒼い空と海が広がっている。雲量はゼロ、真上から差 めるのが最終目的だ。参加兵力については⋮﹂ 隊を撃滅させる。第４段階ではミッドウェー島を攻略し同海域を完全に支配下におさ 結した艦隊をＭＩ方面に進出させ同海域に展開しているであろう敵深海棲艦の機動部 敵港湾を軽空母を含む機動戦力も投入しこれを撃破する。第３段階ではトラックに集 艦隊をＡＬ方面に進出させ同海域の制海権を奪取。第２段階では陽動の為ＡＬ海域の ﹁今回のＡＬ／ＭＩ作戦は大きく４段階に分けられる。第１段階では単冠湾に集結した 1088 し込む太陽がコンソールの上にパイロット妖精の小さな影を作った。魚雷の代わりに 巨大な増槽をその身に抱いた九七艦攻はただひたすら南を目指して飛行を続けていた。 彼女らに与えられた任務委は偵察。今頃トラック第１鎮守府では長ったらしい作戦説 ﹂ 明が続いているのだろう。対艦攻撃任務でないことは残念だったが、何はともあれ大空 を飛ぶのは気分がいい物だった。 ﹁定時連絡終了。何もなさそうですね。空振りでしょうか ７，７ｍｍ機関銃 部機銃に祈るしかないよ。﹂ ﹁空振りの方が良いさ。この機体じゃあ見つかったら逃げられない。いざとなったら後 通信を打ち終えた通信使は、そんな事をぼやきながら見張りを再開する。 ? ﹁そうは言っても、味方の彗星から剥いで来るわけにもいかんでしょう ﹂ ﹁バレなきゃいいんだよ。箒の枝を黒く塗って取り付け解けばいいさ。軽くなって速度 ? ﹁せめて１３ｍｍ機銃があればもうちょっと安心できるんですがね。﹂ 経始が掛かったあの流線型のボディを豆鉄砲が打ち抜けるとは思えない。 まいことコクピットに命中すれば生還できるだろう。しかし相手は深海棲艦だ。被弾 いかけてくる敵機を撃墜できるとは考えていない。もしこれがＦ４Ｆならば銃弾がう 後部機銃手の半ばあきらめた様な声。機長自身この機体についている防御機銃で追 ﹁祈られてもこいつの豆 鉄 砲じゃあ１機落とす間に３回は落とされますよ。﹂ ＳＴＡＧＥ─３６ 忍び寄る脅威 1089 が上がる。﹂ ﹂ ! 次の瞬間、太平洋のよく晴れた空に１つの黒い華が咲いた。 ていた。 がら後ろを振り向くと、数ｍは有りそうな巨大な噴進弾がもうすぐそこまで近づいてき 的に咆え、無数の曳光弾と徹甲弾が蒼空へ吸い込まれていく。必死に操縦桿と格闘しな れている、しかしそれは同時に、機動性は高くない事を意味していた。後部機銃が断続 この機体は対地対素性目標を攻撃する攻撃機であるため安定性が高くなるよう設計さ 反射的に機首を下げて降下しつつ右へ軽くロール、その後ピッチアップし回避機動。 ﹁な、何か来るぞ 止めろ、と言う前に後部機銃手が悲鳴のような絶叫を上げた。 ﹁おい、そろそろ﹂ いたが、もう少し位、この作戦が終わるまでは持つだろうと思いたかった。 機体もそろそろ深海棲艦に対して無力になり始めていることは機長自身も感づいては 後方で機銃手と通信手が平和な言い争いをしているのも何時もの風景だった。この ら。﹂ ﹁本 当 に や め て く だ さ い よ、つ る し 上 げ ら れ る の は 後 部 機 銃 手 さ ん だ け で 十 分 で す か 1090 ﹁本当に、これでいいのだろうか⋮﹂ 会議が終わり真津と弓月、ホタカと飛鷹は固まって鎮守府の廊下を歩いていた。 ポツリとそんな事を嘆いた真津に応えるかのように、弓月も一つ頷く。 事があったな ﹂ ﹁明日、第一段階が発動され艦隊がＡＬへ向かう。そういえばホタカ、君は幌筵へ行った ﹂ ? ホタカの頭の中に備後中佐の無表情な顔が浮かぶ。 ﹁そこの提督はどんな人間だ ﹁はい。デュアルクレイター迎撃戦時にお世話になりました。﹂ ? ﹁弓月大佐の部隊は前線での戦闘に参加するのか ﹂ ﹁いいや。私のラバウル第２鎮守府は通商破壊と船団護衛が主任務だったから軽空母と ? れているようだった。 隣で小さく驚いている飛鷹の様子を見ると、彼のせっかち具合は海軍内でも結構知ら ﹁備後中佐の噂って本当だったのね⋮﹂ き届いた精鋭と言った感じがしました。ただ、かなりせっかちですけどね。﹂ から無能ではまずないでしょう。所属する艦娘にも何人か会いましたがよく訓練が行 ﹁優秀な指揮官だと思いますよ。事実、戦力化されたばかりの幌筵へ着任された方です ＳＴＡＧＥ─３６ 忍び寄る脅威 1091 巡洋艦が主体だ。もちろんそれなりの戦闘能力はあると自負しているが、主力艦同士が 殴り合う最前線にいるような戦力では無いな。もともとラバウルは艦娘の鎮守府より も基地航空隊にリソースが割り振られている。私たちの任務は空港を護衛し、良質な部 ﹂ 品や燃料を途切れることなく届けることだよ。﹂ ﹁そのラバウル航空隊は如何するんだ な。﹂ ﹁それもそうか。﹂ ? 動戦力の一翼を担う事になっている。 め、今回は機動部隊の護衛に当たることになった。加久藤もこの機動部隊に所属し、機 う作戦も執れたが、その間に機動艦隊に超兵器が攻撃を仕掛けてくる可能性もあるた 戦いになる。ホタカの速度ならば母艦航空隊の援護の元敵艦隊に突っ込んで蹂躙と言 そう言ってホタカは肩を竦めた。今回の作戦では空母機動部隊による航空戦が主な ﹁今回は最前線でドンパチはなさそうですけどね。﹂ ればそうなるだろうな。﹂ ﹁ああ。まあ、正規空母が３隻に高速戦艦３隻、航空戦艦３隻、海域支配戦闘艦が１隻居 ﹁真津大佐の部隊はやはり最前線か ﹂ ﹁彼らは留守番だ、我々の航空機の足は長いが流石にＭＩまで飛ぶわけには行かんから ? 1092 ﹂ ﹁そういえば、パラオ鎮守府の提督が来ていないようだったが⋮何かあったのか あそこもＭＩ作戦に参加するのだろう 確か ? 事を言っただろうか ﹂ と自分の秘書艦の方を見てみると、彼女は自分と同じようにキョ 弓月の発言に、真津とホタカが呆けた様な顔を向ける。２人の様子を見て何か不味い ? 弓月大佐。パラオ鎮守府は去年壊滅したぞ トンとした顔をしていた。 ﹂ ? ? そ、そこに居た艦娘は ﹁知らないのか ﹁何だって !? ? ﹂ ? ﹂ 他の鎮守府を強化することに力を入れたと言う事だろう。 ては、それほど重要な拠点では無かったか、再建するだけの戦力を一から用意するより た。その上、パラオ鎮守府の放棄も再建も何も報告が来たことは無かった。大本営とし 事件だったはずだが、考えてみればパラオ鎮守府が壊滅したことは一言も書いてなかっ 訝しげな顔をする。あの事件は国内の大手の新聞社に取り上げられるほどの大きな 呼んで差し支えないほどにまで成長しているよ。と言うか本当に知らなかったのか いた俺が保護した。ホタカが連れてきた時は酷い有様だったが、今じゃあウチの主力と ﹁元々パラオに居た艦娘達はトラックに逃げてきて、その頃第２鎮守府で指揮を執って ?! ? ﹁案外超兵器が出現したものだから、問題が後へ後へ回されて忘れられてるんじゃない ﹁パラオが壊滅したのは初耳だ。意図的に隠されたのか ＳＴＡＧＥ─３６ 忍び寄る脅威 1093 のか ﹂ ﹂ ? ﹂ ﹁僕がパラオに来る直前に沈んだと聞いています。﹂ ⋮﹂ ﹁も う 一 つ だ け 質 問 さ せ て く れ。そ の 瑞 鶴 の 姉 は 既 に 建 造 さ れ て い る の か ﹁あ、ああ。居るが、なんでわかったんだ 弓月の問いに、真津とホタカは少し目を見開いた。 ﹁パラオから逃れてきた艦娘に、瑞鶴は居るか そんな事は有りえないと即答できないのが痛い所だった。 ? ﹂ ? ﹂ ? おうむ返しに聞き返すと、小さく頷く。 ﹁妙な正規空母 ﹁実はうちの鎮守府に妙な正規空母が居るのよ。﹂ を確認した飛鷹は、出来るだけ小さな声で話し始めた。 それとも 今ではすっかり姿を消してしまい鎮守府の廊下には４人以外の誰も居ない。そのこと 艦息の問いに、彼女は少し辺りを見渡す。あれほど居た艦娘も夜の遅い時間となった ﹁飛鷹。弓月提督は何を考えているんだ で佇むのは、彼女の容姿の所為か妙に絵になった。 ホタカが答えると、弓月は口元に右手を当てて何かを考え始める。弓月大佐が思案顔 ? ? 1094 ﹁翔鶴型一番艦の翔鶴さんって言うんだけど、どうも記憶喪失らしくてね。私たちがそ 艦娘が海に出現して深海棲艦の攻撃を受けることは不自然な の人を見つけた時、もうズタズタのボロボロで沈んでいないのが不思議なくらいだった のよ。﹂ ﹁それがどうかしたのか う ﹂ 事じゃないし、記憶喪失もそこまでの損傷を受けたとしたら有りえない事ではないだろ ? ﹂ にはね、どう見ても戦闘の傷じゃない跡が残ってたのよ。﹂ ﹁まあ、そうなんだけどね。不思議と言うか妙な話はここからなのよ。翔鶴さんの身体 ? ? 拾った艦娘は写真撮って大本営に報告するんだけど、何かわけありみたいだから第一鎮 た時に、何らかの事態で艦隊とはぐれてラバウルに流れ着いたと思ったのよ。本当なら 時代に出てきてすぐに襲われたんじゃなくて、別の鎮守府でそう言う仕打ちを受けてい ﹁どうにもあんまり気分の良くない仕打ちを受けたみたいでね。提督は翔鶴さんはこの ているのは、もしかしなくても後者の傷だろう。 お風呂では治らず、傷によっては人間と同じように一生残る場合もあった。飛鷹が言っ 艦娘の艦体が傷ついた場合に限られている。言い換えれば艦娘自体につけられた傷は 基本的に艦娘の傷はお風呂に入り、治療すればほぼ完全に消えてなくなるが、それは ﹁なんだって ＳＴＡＧＥ─３６ 忍び寄る脅威 1095 守府の提督やラバウル基地司令とも話し合って報告しなかったの。艦体はドックで治 した後鎮守府の近くに隠してあるわ。で、提督がさっきから悩んでいるのは﹂ か ﹂ その通り、と真津の答えを肯定する。 ﹂ ﹁弓月大佐、その翔鶴がラバウルに来たのは何時の話ですか ﹁去年の夏ごろだ。その瑞鶴の姉が沈んだのは ? ? ﹂ ﹁写真なら用意できるが、なぜだ ? ﹂ ﹁まず翔鶴にその写真を見せて何か思い出すか試してみたい。もしも、間違っていた場 ? はあるか ﹁瑞鶴にこのことを話すのは作戦が終わってからにしてくれ。それと瑞鶴の写真か何か そこに弓月が待ったを掛ける。 ﹁ああ、でもちょっと待った。﹂ ﹁そうだな。感動の再開、になるかもしれない。﹂ 飛鷹が軽く微笑み、つられて真津も微笑んだ。 ﹁これは、もしかしたらもしかするわね。﹂ ﹁恐らく同じごろだと思われます。詳しい日にちは聞いて居ませんが⋮﹂ ? ﹂ ﹁その翔鶴はパラオから逃れてきた、家の瑞鶴の姉に当たる個体かもしれないと言う事 1096 合二人を合わせるために消費した燃料が無駄になる。念のため翔鶴の写真を渡してお くから、作戦が終わったら瑞鶴に見せて確認を取ってくれ。作戦前には見せるなよ、妙 に浮かれて被弾するのも困りものだからな。﹂ そう言うと、ポケットから何かの手帳を取り出し挟んであった写真を真津に渡す。如 何やら集合写真のようで多種多様な艦娘達が映っていた。弓月が集団の端の方に居る、 ある艦娘を指さした。 い艦内に導かれた。外界を見ることのできる唯一の装置をのぞき込んだ青色の瞳には、 パシャりとレンズに衝突した海水が弾けると、海上の光が潜望鏡を通して暗く蒸し暑 長い銀髪と金色の瞳をもつ儚げな少女が微笑みながら写っていた。 ﹁この娘が翔鶴だ。﹂ ＳＴＡＧＥ─３６ 忍び寄る脅威 1097 蒼い海と空以外に奇妙なものが映り込んでいる。水平線ギリギリに存在する山の様な シルエット。この辺りに標高の高い火山島などは無かったはずだと彼女は首をひねっ た。 場所はトラック島から西南西へ約２６００ｋｍノヌティ島近海、任務は敵艦の捜索任 ﹂ ﹂ 務。他の海域にも潜水艦娘や軽空母から発艦した艦載機による索敵線が引かれている はずだ。 ﹁何か見えましたか ﹁副長さん、この辺りに火山島ってありましたっけ ﹂ 試してみてもいいですか ? 状の物体は中心辺りから細いケーブルを繰り出しながら浮上を続け、海面へその姿を現 甲板から何かがするすると海面へ向かって浮上を始める。長辺が１ｍほどの細長い棒 ややあって、潜望鏡深度から限界深度ギリギリまで無音で潜航した伊号潜水艦の後部 だった。 そう言いながら、伊八は小さないたずらを思いついた幼子のような笑みを浮かべるの ﹂ ﹁試すって⋮アレですか ? ﹁ですよねぇ⋮でも、この辺りで潜水艦が沈められたと言う報告も聞いています。少し、 伊八の問いに、軽装の副長は首をひねり心当たりが無いと答える。 ? ? 1098 ＳＴＡＧＥ─３６ 忍び寄る脅威 1099 した。表面は茶褐色に塗装され各部から枝のようなものが飛び出ており、流木によく似 ていた。これこそ伊八が所属する鎮守府で考案された新兵器、試作型偽装カメラブイ だった。このブイは潜水艦の後部甲板に搭載され、必要な時にブイ本体の拘束具を除去 し海面に浮上させる。この時、海面に到達するまでに必要な長さのケーブルはブイの方 に束ねられて収納されているため、母艦側がウィンチで巻き取るのは回収する時に限定 されている。ブイ本体には集音機と小型カメラが搭載されており、集音機はケーブル内 に仕込まれた電線を使ってリアルタイムでの集音作業ができ、カメラの方は一定時間ご とにシャッターが切られ外界の様子を撮影する。カメラはおおよそ全方位をカバーで きるように複数台設置されている。潜望鏡深度まで浮上せずに敵の動向を探るため、と 言う名目である艦娘によって開発された兵器だったが、機会に恵まれずこれまでの使用 回数は片手の指で足りるほどだった。 │││││この辺に火山島は無いし、もしかしたら深海棲艦の新型艦かも⋮ そんな期待を胸の内に転がしながら、念のため無音潜航を維持する。この時間になる と海水面の温度が急激に変化しアフタヌーンエフェクトが発生し、変温層の壁が伊八を 海上の猟犬から守ってくれる。逆に彼女はケーブルでつながった先の偽装ブイの集音 機を利用することで│││││もちろん母艦のモノより性能で劣るが│││││海上 の様子を逐一確認できた。 目を閉じて耳に集中する。流れ込んでくるのは大半が潮騒の音だが、それ以外の何か が迫っていることを直観的に感じ取った。 次の瞬間、頭の中がナニカにかき乱されるような感覚が彼女を襲う。痛みは無いが意 識全体に砂嵐が襲い掛かったようなそんな感覚。たまらず瞼を開けてブイに集中して いた意識を無理やり艦内に戻す。だが、それでも頭の中では砂嵐が流れており、思わず ﹂ 顔を歪め片手で頭を抱える。 ソナーが ! 絶対に大きな音を立てないで ! ! ちらを振り向き小さな声で怒鳴る。 全員持ち場を維持 ! 属製の床に座り込んだ。頭の中のノイズは取れたが、他人にかき回されたようなわけの ズがゆっくりと小さくなっていき最終的に消える。小さくため息を付くと、ぺたりと金 彼女にとって永遠にも思えるような時が過ぎ、ようやく頭の中で大騒ぎしていたノイ には行かず、歯を食いしばって耐える。 事に恐怖し叫び出したいところだったが、潜水艦娘としてそんな無様な姿をさらすわけ 界すら壊れたテレビの様に意味不明な線が走り始める。次々襲い掛かる不可解な出来 そうこうしている間にも頭の中のノイズは時間の経過とともに大きくなっていき、視 ﹁解ってるわ ﹂ ソナー席に座り、小型のヘッドフォンを付けていた妖精さんが切羽詰まった様子でこ ﹁艦長 ! 1100 わからない気持ち悪さは未だに残っており胸がむかむかする。 ﹁艦長。艦首ソナー、および試作ブイの聴音機復旧しました。浮上しますか ﹂ ? てない事を徹底して。いいわね ﹂ ﹁まって。あと１２時間このまま待機するわ。それまでブイもそのまま、各員は音を立 ? フィルムが回収されている。これからすぐに現像し、結果をトラックへ報告せねばなる 額に張り付いた髪をはがしながら後部甲板を見ると、回収した偽装ブイからカメラの 気に包まれているのだろう。 はすべて停止させていたため、換気を始めたと言っても艦の大部分が高温のよどんだ空 る。先ほどの潜航中は出来る限り騒音を抑えるため乗員の生命維持に必要な機器以外 温│││││によって、汗ばんだ身体を比較的冷たい海風に当ててクールダウンさせ たがまぎれもなく大日本帝国海軍の軍人だった。艦内の劣悪な環境│││││主に気 艦橋に人影が現れる。その人物は白い靴下にスクール水着と言う奇妙な格好をしてい 暗い海面を切り裂いて１隻の潜水艦がその姿を現すと、船体の中央付近に設けられた 光の無い海を漂う事になる。 水深１００ｍに存在する全長１０９ｍの潜水艦はこれから１２時間の間、死んだように 普段はおっとりとしている伊八の切羽詰まった顔を見た副長はすぐさま行動に移す。 ﹁りょ、了解。﹂ ＳＴＡＧＥ─３６ 忍び寄る脅威 1101 まい。 ﹂ ? ﹂ ? ﹂ ? ﹂ ? でも、第３次ヴィルベルヴィント迎撃戦や、屋島作戦、 ? たちのレーダー・ソナー類に異常がみられるの。ホタカって言う戦艦が居ればそのノイ ウルシ│環礁沖海戦の戦闘詳報を見た事が有るんだけど、どの超兵器でも近距離では私 ﹁私もそう思いたいんだけどね ﹁ちょ、超兵器って⋮うそでしょ かの間違いだろう、そんなバカな。 眼鏡をかけた少女の口から紡ぎ出された言葉に、副長は一瞬フリーズしてしまう。何 ﹁超兵器。﹂ ﹁何ですか ﹁私もよ。でも、あのノイズの正体はたぶん、解ったかも。﹂ ﹁はい。長いこと貴女の副長をやっていますがあんなノイズは見た事がありません。﹂ たばかりで手すりは海水で濡れているが、もともと水着なので関係は無かった。 伊八は振り向き手すりに背中を預け、背後で浮遊する自分の副長と正対する。浮上し ﹁あのノイズの事 ﹁⋮艦長は、どうお考えですか ﹁Ｄａｎｋｅ。慎重にかつ迅速にやるように伝えてください。﹂ ﹁艦長。ブイからのフィルム回収が終了しました。これより現像に入ります。﹂ 1102 ズは撃ち消せるらしいんだけど今は関係ないからおいとくね。さっき私たちを襲った ﹂ 大規模なノイズ。潜望鏡で見えた大きな火山島みたいな影が超兵器で、そいつがこの近 くを通ったから私たちはノイズの影響を受けたって考えれば筋が通らない いる。 様に満天の星をその瞳に映す。月の見えない夜空にはいくつもの恒星が天球に瞬いて 不味い予想が組み上がり苦い顔をする副長に背を向けて、最悪の予想から目を背ける ﹁たしかに、しかしそんな奴がここに居たとしたら⋮﹂ ることは確かだった。 暇があれば本を読み漁っている彼女の分析能力は他の潜水艦娘よりも一歩抜き出てい どこぞの探偵の様に冷徹に推理を積み重ねていく。その容姿から誤解されやすいが、 ? 空母の零戦がトラックに送り届けた。 式小型水上偵察機の航続距離は１０００ｋｍも無いため、伊八の得た情報は最終的に軽 み込んで発艦させる。目的地は近場で同じように索敵の任に当たっている軽空母。零 現像した写真を確認した伊八は、直ちに搭載した零式小型水上偵察機に得た情報を積 太平洋の夜空に困ったような少女の嘆きが吸い込まれていった。 ﹁今回の作戦。上手くいくのかなぁ⋮﹂ ＳＴＡＧＥ─３６ 忍び寄る脅威 1103 トラック島では緊急会議が開かれ作戦参加鎮守府の各提督、および２人の艦息が招集 される。 ＥＤ ﹁ＯＮＥ ＯＫ ＬＯＣＫ 〟アンサイズニア〟﹂ 立てて疾走する画像が映し出されていた。 彼の視線の先には巨大な主砲を、連結させた艦体にずらりと並べた巨大艦が白波を蹴 ﹁間違いない⋮超兵器です。超巨大双胴戦艦ハリマ。﹂ た。 偶々彼女の隣に座っていた艦息は僅かばかりの焦りを滲ませつつ、重々しく口を開い 会 議 室 の 前 面 に 投 影 さ れ た 異 形 の 戦 艦 を 見 て 弓 月 が 喘 ぐ よ う に 小 さ な 声 を 出 す。 ﹁ホタカ、コイツは⋮﹂ 1104 ＳＴＡＧＥ│３７ 大艦巨砲の化身 トラック第一鎮守府の薄暗い会議室は、通夜会場の様な重苦しい沈黙に包まれてい た。そこに居る提督や艦娘の視線は会議室のある壁に収束している。そこに映し出さ れているモノは、海表面ギリギリから撮影されたと思われる異形の艦だった。 艦首から艦尾にかけての緩やかな甲板のライン、日本海軍としてはあまりなじみが無 い塔型の艦橋、複雑なマスト群等、一見大和型戦艦の様にも見える。船体が双胴かつ超 巨大であり、見た事も無いような巨大艦砲を装備していることに目をつぶればの話だ が。 参謀長口からでた〟超兵器〟と言う言葉に、会場が僅かにざわついた。ここに集めら することが出来た。﹂ る。さらに、ホタカや加久藤に確認を取った結果、この不明戦艦は超兵器であると断定 ﹁伊 八 は こ れ と 遭 遇 し た 時 に ソ ナ ー に 不 可 解 な ノ イ ズ が 生 じ た こ と を 報 告 し て き て い スクリーン横の壇に立った緑ヶ丘参謀長が苦々しさをにじませながら話し始める。 撮影した写真だ。﹂ ﹁昨日ノヌティ島近海で哨戒任務に就いていた伊八が、試製偽装カメラブイを使用して ＳＴＡＧＥ─３７ 大艦巨砲の化身 1105 れたのは作戦に重大な問題が発生したと司令部から通達されたためであり、その重大な 問題が何であるかはこれまで伏せられていたからだった。提督達がささやき合ってい るうちに参謀長はホタカに壇上を明け渡す。 に上りま ? ホ タ カ が 淡 々 と 話 す 内 容 は 悪 夢 と 言 う 言 葉 が 生 易 し い 言 葉 に 聞 こ え る ほ ど の も の す。﹂ 場も備えています。また、大出力の超兵器機関を搭載し、最高速力は４０ ８０㎝砲弾を防御できる特殊装甲に覆われ、主砲防盾は４ｍ近くにまで達し、防御重力 Ｓが１２ユニットずつ４か所の艦首艦尾に装備、即応弾数は恐らく１５３６発。艦体は ｍ３０連装噴進砲６基、短砲身型８８ｍｍ連装バルカン砲４８基、多目的ミサイルＶＬ ３８．１㎝三連装砲１０基３０門、６０口径２０，３ｃｍ連装砲２４基４８門、１２ｃ 全長８０１ｍ、全幅２３１ｍ、主兵装は６６口径８０㎝三連装砲８基２４門、６４口径 た情報から判断すると、この艦は、超巨大双胴戦艦ハリマと見て間違いないでしょう。 ﹁佐世保第三鎮守府のホタカです。これより敵超兵器の説明に移ります。伊八が確認し 壇上に薄いブルーの軍服を纏った艦息が立つ。 定することとした。これから超兵器についてホタカから説明を行ってもらう。﹂ れも、我が軍の機体が目視できる位置でだ。これを受けて大本営はこの超兵器を敵と認 ﹁この超兵器に対し、武装を施していない無人機を数度派遣したが尽く撃墜された。そ 1106 だった。たとえ帝国海軍最強の試製５１㎝連装砲を搭載した大和型戦艦の艦隊をぶち 当てても、容易く蹴散らされるのが目に見えていた。 ホタカが壇上から降りて、再び緑ヶ丘参謀長が立つ。 ﹁この超兵器の出現を受けて大本営では対応策を作成中だ。場合によってはＭＩ作戦を 中止することもあるだろう。しかし、今のところそのような命令は来ていない。各員は 予定通り準備を進める事。以上、解散。﹂ こんな化物が居るのにミッドウェーが取れるわけないだろう ﹂ トラック島から北方へ約３００ｋｍ。大日本帝国の帝都、大本営では喧々諤々の論争 中止 が繰り広げられていた。 ﹁中止だ この作戦は３年前から計画されていた一大反攻作戦ではないか ﹂ この作 戦を発動させるためにいったいどれだけの金、資材、人を使ったと思っているんだ ﹁何を言うか ?! !? 今回の作戦 !! その２隻を超兵器 現に今まで超兵器は彼の戦艦をぶつけて沈めて来たではないか は海域支配戦闘艦の支援なしで成功できるように考えられている ! ﹁そうだ ﹂ !! ! !? ! ! の迎撃に当て、残りの機動部隊で作戦を遂行すればよいのだ ! ＳＴＡＧＥ─３７ 大艦巨砲の化身 1107 ナチスドイツの８０㎝列車砲よりも長砲身 ?! こんなものが直撃すれば浮いていられる艦なぞ ﹁貴官は超兵器の諸元を読んでいないのか ﹂ の主砲を２４門も持っているのだぞ 有るものか ?! で撃滅すればよい ﹂ １０００ｋｍ彼方から特殊弾頭噴進弾 ﹂ その前に その上防御重力場 奴が弾切れを起こすまで撃ちつづけるつもりか ミサイルの様な貫通力の劣る兵器で貫けるはずがない 奴の装甲は８０㎝砲弾の直撃にも耐える特殊装甲だぞ ８８ｍｍ砲弾の嵐は如何するんだ まで搭載している ﹁不可能だ ! くにせよ続けるにせよ、はやく決め﹂ ﹁それだけの事が出来るコンテナならトラックに運び込んでいるだろう !? ﹂ ﹁超兵器が呑気に射程内で機関停止して日光浴でもすると思っているのか貴様 ﹂ !? 超兵器 またコーヒーに塩入れやがった は足を止めずにトラックや本土に突っ込んできたらどうするんだ なプラズマぁ ﹁お前らコーヒーでも飲んで落ち着け⋮ってしょっぱ ﹁ブラックと言わない方が悪いのです。﹂ ! !! ﹂ ﹁そもそもトラックに太平洋方面軍のほぼ全軍が集結している状況は非常にマズイ。引 !! ! ! !! !? この超兵器には超長射程の兵装は存在しない ﹁それこそ得意のアウトレンジ攻撃で特殊弾頭弾を叩き込んでやればよいではないか !! ! !! ?! 1108 ! ﹁あー、もう。めちゃくちゃだよ⋮﹂ ﹁ならば貴様はあの超兵器を如何するつもりなんだ ﹂ まさかミッドウェー攻略隊の全軍 奴が質でこちらを凌駕するのであれば。こちらは数で を当てるつもりじゃないだろうな その中に艦載機を突っ込ませてみろ ﹂ 何もしないうちに全滅だ 火の中に突っ込ませた日にはマリアナの二の舞だぞ ﹁帝都に８０㎝砲弾が降ってくるよりはマシだろうが ! 機動部隊相手に戦艦隊でも突っ込ませる気か ﹂ ﹂ ﹂ ⋮ってか誰だ今の ﹂ ここで航空兵力を失ったらこれから先深海棲艦相手にどうやって戦うん ﹁ちくわ大明神﹂ !! !! そんな対空砲 超兵器は多目的ミサイルを積んでいるんだぞ 何のためにこれまで厳しい訓練を積ませてきたと思っている ﹁それしか方法が無いだろうが ﹂ 圧倒してやるまでの事 ?! ?! ! ﹁ふざけんな だ !? んだ ! ﹁ミッドウェー攻略のためだドゥアホゥ ! ﹁なら４８基の短砲身連装バルカン砲や２０，３ｃｍ砲はどうするんだ ! !! ! ! 議室は怒号に包まれてしまう。他の人間に自分の意見を伝えるためには声を張り上げ 各自が思い思いの相手に言いたいことをぶつけている状態であるため、大本営内の会 ?! ! !! !! ﹁加久藤からチャフを受け取ってバラ撒けばいいだろうが ＳＴＡＧＥ─３７ 大艦巨砲の化身 1109 ねばならず、また会議室の音量が一段階上がる悪循環に陥っていた。ついでに、議論が 白熱しすぎ錯乱一歩手前の人間が紛れ込んでいたりする。 ﹂ そんな中、会議室の一角でその怒声に静かに耳を傾けている軍人が居た。 ﹁西原中将はいかがお考えですか が。﹂ ? 多目的と銘打たれているようにこのミサイルの最たる特徴は対空対地対水上対潜目標 大本営が対応に苦慮しているものの一つにハリマが装備した多目的ミサイルが有る。 定を行えば問題ない。もっとも、多目的ミサイルのおかげで絵に描いた餅だがな。﹂ ﹁その砲弾とて深度数十ｍ下の潜水艦を沈められるわけではないだろう 魚雷の深度設 ﹁しかし閣下。不確定ですがハリマは８０㎝砲の衝撃波で潜水艦を撃沈したと言う情報 装備を持たない只の戦艦ならば、潜水艦隊の群狼作戦でなぶり殺しにできたのだが。﹂ しかし、今回の超兵器は海域支配戦闘艦でも持て余すスペックを持っている。奴が対潜 るならば早急に手を打つ必要があるが、既存の艦娘では奴に対抗することは不可能だ。 ﹁超兵器がこちらに迫っていることは事実だ。我が軍に敵対していることもな。だとす ため息を一つついて腕を組む。 ﹁何とも言えん。﹂ 隣に座っていた森原中佐が彼にだけ聞こえる声量で問いかけてくる。 ? 1110 ＳＴＡＧＥ─３７ 大艦巨砲の化身 1111 に攻撃が可能なまさに万能ミサイルである点だった。航空機の機動を補足出来る高性 能なシーカーを搭載し、弾頭部分は只の炸薬の詰まったユニットでは無く誘導爆雷が搭 載されている。対空対地対水上目標を狙う場合にはそのままミサイル本体が突入し加 害するが、水面下の目標を狙う時には別の手段を用いた。ロケットモーターによって潜 水艦が居ると考えられる場所にまで飛行した多目的ミサイルは弾頭を切り離す。切り 離され着水した弾頭はその衝撃により外部を覆っていたフェアリングを破壊し、誘導爆 雷のみが急速に沈降を続ける。この爆雷にはソナーが搭載されており、沈降しながら セットされた目標へ向かって尾部のフィンを調節し突入、加害する。 このように高い汎用性を持つミサイルではあったが、現場からの受けは良いと言える ものでは無かった。全ての目標にそれなりの打撃を与えることをコンセプトに作られ、 実際にその目標はある程度達成された多目的ミサイルだったが、水上艦に打撃を与える ほどの炸薬は航空機相手には過剰な火力であり、誘導爆雷と言う本来対空ミサイルには 登載されていない代物も抱えているためミサイル本体が大型化し、対空目標に向けて発 射したとしても大柄な本体が災いして易々と躱されることがよくあった。この問題は 先行量産型多目的ミサイルが戦線に投入された直後からあげられており、ウィルキア帝 国の技術者たちは正式量産型では炸薬の量を減らしミサイルの機動性を高める改良を 行った。とはいえこの改良で確かにミサイルの機動性の問題はかなり改善されたもの 1112 の、今度は対水上目標に対しては火力不足と言う報告が上がり、技術者たちは頭を抱え たと言う。 そもそもこのミサイルは、種類を少なくすればそれだけ量産でき出費を抑えられると 言う財務省の無理やりなてこ入れの結果製造されたものであり、現場の意見を半ば無視 した机上の空論の代物であった。結果的に多目的ミサイルは駄作に片足を突っ込んだ 凡作と言う評価を受けることとなる。 このように、最前線で主力艦軍と戦闘をする艦艇からの評価は著しくは無かったが、 対照的に沿岸警備隊や駆潜艇隊などからの評価はおおむね良好であった。沿岸警備隊 や 駆 潜 艇 隊 が 装 備 す る 艦 艇 は 総 じ て 小 さ く 兵 装 を 置 け る ス ペ ー ス が あ ま り 広 く な い。 多目的ミサイルはＶＬＳからの発射が可能であったため、こういった小型艦の小さなス ペースにもわずかながら装備することが出来た。これらの部隊は第一線に出て戦争を するわけではないが、時には敵の小型艇群や小規模な航空隊と戦闘を行わなければなら ない場合がある。そんな時に対象を選ばず大きな火力を提供できる多目的ミサイルは 都合が良かった。 対潜水艦はもちろんの事、敵の部隊は自らと同じく小型艇が多いため主力艦クラスに なると火力不足が露呈する多目的ミサイルでも十分な威力を誇ることが出来た。対空 目標がジェット戦闘機ならば、機動性の問題も出てくるが、第２戦３戦級のレシプロ機 ＳＴＡＧＥ─３７ 大艦巨砲の化身 1113 │││││それでも、ホタカが今現在いる世界の最強のレシプロ機と同程度│││││ であれば問題なく追い払うことが出来た。多くの要素を詰め込んだ兵器は価格が高騰 するのが世の常ではあるが、多目的ミサイルは財務省のごり押しにより現場からの結果 を反映しないうちに大量に生産されてしまい、さらには最前線の部隊ではそれぞれ〟専 門のミサイル〟があったため消費されず、大部分が沿岸警備隊や駆潜艇部隊に流れ込ん だため、相手が小型艇でも遠慮なくミサイルを放つことが出来たのだった。 こうして使う場所では両極端な評価をされた多目的ミサイルだが、ハリマの様に超兵 器にも採用されることがある。超兵器自体はミサイルの助けを借りずとも凶悪な火力 を有しているが、通常艦艇ではそうはいかない。各種ミサイルにも限りがあるため、元 から性能の高い超兵器には万が一のための補助兵装として多目的ミサイルの発射装置 が搭載、そのほかの各種ミサイルは通常艦艇に搭載することで軍全体の火力の引き上げ を帝国上層部は決定した。 紆余曲折があってハリマに搭載された多目的ミサイルだが、現在の帝国軍の艦載機相 手ならば必要十分な性能であり、彼らに航空機での飽和攻撃を躊躇させる一因になって いた。 ちなみに短砲身８８ｍｍ連装バルカン砲は、砲塔を無人化縮小、砲身を短くし取り回 しを改善させ全体的に小型化に成功した対空砲で、ウィルキア帝国独自のモノだった。 ウィルキア解放軍では対艦用途に使うことも想定し長砲身のバルカン砲を開発したが、 砲身の長大化によって砲塔の巨大化、射角の制限が発生し結局のところ中口径艦砲並の 大型ガトリング砲になってしまった。それでも、接近戦を頻繁に行う巡洋艦や駆逐艦の 艦長たちから受けは良かったらしい。 ﹁まったくだな。なにもＭＩ作戦前にこっちに来なくてもいいだろうに。﹂ 深いため息を吐く少女に、真津は同意するように二度三度頷いた。 ﹁ハァァァァァ⋮⋮なんでこーも厄介事が次から次へと飛び込んでくるのよ。﹂ ﹁言ってみろ。﹂ 森原の静かな声に西原は瞳だけ動かして猟犬のような雰囲気の男を見やる。 ﹁今回の超兵器の迎撃作戦についてですが、腹案が有ります。﹂ 1114 ﹁敵の嫌がることを全力でやるのが戦争ですからな。仕方ありません。﹂ ﹁加久藤の言う通りだが⋮なんでここに居るんだよ。﹂ ホタカが呆れた様な声を出しつつ、ＣＩＣに備え付けのコーヒーサーバーを起動す る。 会議が終わった後、ホタカと真津はＣＩＣで個人的に超兵器への対策を考えてみるた めにこの部屋に来たのだが、そこにはすでに瑞鶴が居座っており気づけば加久藤まで紛 ﹂ れ込んでいた。副長に聞いたところ、彼女の権限で通したらしい。ここに来たものは全 黒い液体を注いでいく。 ﹁副長。ハリマの画像は出せるか ﹁出せますよ。航空写真と３面図。どちらにします ? ﹂ 何方でもいいと加久藤が答えると、大型の多機能ディスプレイにハリマの姿が映し出 ? ﹂ それならコーヒーでいいわ。と後ろからかけられる声に手を挙げて答え紙コップに ? 員味方ではあるが、自分の艦の対人防御能力に一抹の不安を覚えてしまう。 と言うか苦いのが苦手ならココアを飲めばいいだろう そんなんあるなら早く出しなさいよ。﹂ ﹁砂糖とミルク多めだな ? ﹁ここにはコーヒーサーバーだけだ。給湯室はそのハッチを通って右側だ。﹂ ﹁え ? ﹁あ、ホタカ。アタシもお代わり。﹂ ＳＴＡＧＥ─３７ 大艦巨砲の化身 1115 される。それは会議中に出された写真では無く、ハリマを斜め情報から撮影したもので ﹂ 艦上の構造物やその配置がよく解った。 ﹁これは、地中海でとられたものか ﹁Ｆ│４Ｋは戦闘機では無かったか う少し後だと記憶しているが⋮﹂ それ以前に、Ｆ│４Ｋが実戦に投入されたのはも 作機であり、５機中３機が改造され２機が蒼龍に配備された。結果的に蒼龍も沈み貴重 海戦に投入されている。この時投入されたのは十三試艦爆と言う正真正銘の彗星の試 瑞鶴の言う通り史実では艦上爆撃機彗星の試作機が偵察機に改造されミッドウェー たしね。マリアナとかじゃ翔鶴姉が二式艦偵積んでたし⋮ってこれは違うか。﹂ ﹁ありがと。ま、数が揃わない高性能な機体を偵察に使うのはミッドウェーでもやって ホタカが黒から茶色に変色したコーヒーを瑞鶴に渡しながら説明する。 し航空偵察を行わせたんだよ。あの時点では最も早い航空機の一種だったからな。﹂ の一機を搭載したイギリスの空母の艦長が、機転を利かせて試作機に偵察ポッドを搭載 ﹁機体自体はこの時期に完成していたんだ。実戦で試験をしてみようと持ち込んだうち 加久藤はもう一度頭の中で再検索をかけてみるが、結果は同じだった。 ? が空撮したものです。﹂ ﹁ええ。ヴェスヴィオ基地沖迎撃戦の直前にイギリス軍のＦ│４ＫファントムＦＧ．１ ? 1116 な試作機２機は失われてしまい、これが彗星の開発遅延の一つの要因とする説がある。 二式艦偵とは、攻撃に用いるには強度不足だった彗星の試作機を偵察機に改造したも のでマリアナ沖海戦時翔鶴に１０機ほど搭載されたと言う記録が残っている。試作機 には戦闘に耐えられるほどの強度が無いことが問題視されていたが普通に飛行する分 には問題が無かったため、足の速い偵察機を望んでいた海軍はこの試作機を偵察機に改 造し二式艦上偵察機として正式採用していた。 ﹁Ｆ│４ＫファントムＦＧ．１の最高速度は２５４６ｋｍ／ｈ。偵察装備と言う事なら ﹂ 機体は軽いはずだからハリマの多目的ミサイルを振り切るのは難しくないだろうな。﹂ ? 艦だから無理な機動をすれば最悪の場合両側の船体が泣き別れになりかねん。艦首を て水密隔壁が１ヶ所でも吹き飛べば連鎖的に隔壁が破られていくからな。さらに双胴 に集中させて浸水を発生させる。艦首で浸水が発生すれば速度は出せない、速度を出し 残りの航空機の誘導爆弾、ついでに貴様のトライデントをどちらか片方の艦首の水面下 防御重力場を無効化し、防御壁崩壊が発生した瞬間にアパッチ隊の空対艦ミサイル及び シー ル ド ダ ウ ン て浸水一つしないと言うのは有りえない。以前のデュアルクレイター戦と同じ方法で 艦船で近づくのは危険すぎる。確かに奴の装甲は堅牢だが無数の攻撃を水面下に受け ﹁航空機の飽和攻撃が良いだろう。８０㎝主砲なんて喰らえば私もただでは済まない。 ﹁そういう事だ。さて、加久藤。君ならどうやってこのデカ物を沈める ＳＴＡＧＥ─３７ 大艦巨砲の化身 1117 潰せば奴の足を止めることが出来る。﹂ ﹂ ? ﹂ ? ﹁上手くいっても全滅判定。運が悪ければ文字通りの全滅だな。﹂ ﹁それじゃあ⋮﹂ すべて合わせて４４３機だ。﹂ Ｆ│１５Ｃ２機、Ｆ│１４Ａ、Ｄ型４機ずつ、ＥＡ│６Ｂプラウラー１機の合計１１機。 ﹁ハリアー、ホーネットを合わせて１８個飛行隊４３２機。それプラス最近開発できた ﹁３００って⋮加久藤のジェット機って幾つあるの にレシプロ機は論外だ。多目的ミサイルを１発消費させるのが関の山だろう。﹂ ﹁最低でも２００∼３００機以上のジェット機の犠牲は覚悟せねばなるまい。この作戦 ホタカの危惧に、加久藤は苦々しげな顔をして解っていると答えた。 を搭載した爆撃部隊の損失はかなりのモノになるぞ ウトレンジから攻撃できるアパッチはともかく、その性質上近づく必要がある誘導爆弾 角を持つように改造されている。それに１５００発以上の多目的ミサイルもある。ア 装バルカン、６基の１２ｃｍ３０連装噴進弾、４８門の２０，３㎝砲は高角砲並みの仰 ﹁だが、ハリマの対空能力は君が考えているよりも強力だ。４８基の短砲身８８ｍｍ連 ﹁そういう事だ。大艦巨砲は航空機の前には無力だよ。﹂ ﹁足を止めた後は航空機で反復攻撃を繰り返しひたすらタコ殴りにするわけか。﹂ 1118 ヤレヤレとため息を付く。 ３００もジェット機を落とされたらミッドウェー作戦用の備蓄資源が ﹁待て待て待て ! 抜本的な見直しが必要であり、作ｓ年を間近に控えた上層部がそれを嫌ったためであっ 使えると仮定した上で配置を決めていた。彼らの能力をフルに生かすためには作戦の るに大本営は作戦の大幅な変更と言う手法を取らずに、正規空母と航空戦艦が一隻多く 衛。機会を見て水上打撃部隊と共にミッドウェーに突っ込むことになっている。要す らだった。この作戦で加久藤は機動部隊の主力の一翼を担い、ホタカは機動部隊の護 のも、戦に参加する戦力は多い方が良いと言う意見があり大本営もその意見に従ったか 大前提であり、ホタカ等の存在は加味されていない。今回彼らが参加することになった のであった。３年前から準備されてきたこの反攻作戦では艦娘のみで遂行することが 彼の言うようにＡＬ／ＭＩ作戦に海域支配戦闘艦の参加は急きょ決まったようなも でしたから。﹂ の有無は考慮されていません。３年前には海域支配戦闘艦なんて存在は存在しません に、私に航空機を補充せず艦娘だけで作戦を遂行できるでしょう。元々この作戦に我々 ＡＬ／ＭＩ作戦 ﹁しかし、これが確実だと私は思います。超兵器さえ潰せば当面の危険は回避できる上 ずだ。今後の鎮守府の運用にも支障を来すかもしれない。﹂ 作戦を中止するならそれでいいかもしれないが、尋常な数ではないは 足りなくなるぞ ! ＳＴＡＧＥ─３７ 大艦巨砲の化身 1119 た。〟艦娘だけで遂行可能な任務をわざわざ海域支配戦闘艦の存在を加味したものに ﹂ する必要は無い〟と言うのが彼らの言い分だった。 ﹁⋮⋮⋮ホタカ、お前は何か考えはあるか ﹂ ﹁⋮なるほどな。瑞鶴。席をはずしてくれないか なんで ? ﹁副長に許可貰ったからいいでしょ 金色の瞳が男三人を睨む。 ﹂ ⋮で、なんでアタシだけハブられるのよ。﹂ のは御免だった。胸に抱いた一抹のわけのわからない不安を解りやすく不貞腐れるこ 彼女自身この扱いに納得がいかない部分もあったが抗命罪で軍法会議にかけられる ﹁わーかったわよ。どーせアタシは一般艦娘ですよーだ。﹂ 命令を持ち出されてしまっては逆らうわけにもいかない。 ﹁瑞鶴、命令だ。ＣＩＣから出て自分の艦へ戻れ。﹂ ? 無断で上がり込むんじゃない。﹂ ﹁ここからの話は瑞鶴に聞かせるわけには行かないからな。と言うか、他人のＣＩＣに キョトンとした顔の彼女に、真津はもう一度ＣＩＣから出ていくように指示する。 ﹁え ? ? ﹁あるにはありますが⋮﹂ 真津に話を振られた彼は、モニターに映し出されたハリマから瑞鶴に顔を向ける。 ? 1120 とで覆い隠し薄暗く肌寒いＣＩＣを出ていく。後日、彼女はこの選択が本当に正しかっ たのか思い悩むことになる。 ﹂ ? 加 久 藤 の 若 干 面 白 が っ た よ う な 声 色 の 声 が ホ タ カ の 背 に 掛 か る。彼 は 瑞 鶴 が 出 て ﹁で、ホタカ。彼女を追い出すほどの作戦とは何だ ﹂ 行ったハッチからモニターに視線を戻した。 ﹂ ﹁ハリマの弱点は何処だと思う ﹁弱点 ? ハリマの様な水上艦型超兵器は周囲を重装甲に囲まれているから、超兵器機 ホタカの視線につられるように視線をモニターに映す。 ? ? い。﹂ ﹂ 加久藤に待ったをかけたのは真津だった。 ﹁いや、それは無いだろう 最前線でドンパチやるようなあの双胴戦艦が何も考えていないってのは考えにくいだ は煙路に１８０ｍｍの穴をあけたハチの巣装甲を施して防御していた。超兵器、それも ? ? ﹁あの超兵器がそんな弱点をそのままにしているはずがないんじゃないか 大和型戦艦 的に排出する。煙突内に高温の気体を通さねばならないから装甲で塞ぐことは出来な 関の膨大な熱を輩出することが難しい。そのため煙突を用いて艦内の余分な熱を強制 ﹁煙突か ＳＴＡＧＥ─３７ 大艦巨砲の化身 1121 ろう。﹂ ﹂ ? 斉射の概念が誕生し戦闘艦の交戦距離が長くなると砲弾は高い弾道を描いて飛ぶよう 舷側に命中することが多く垂直防御が重視されていた。時代が進み、艦砲の大口径化や 闘艦の交戦距離が近かった時代には砲弾は水平に近い低い弾道を描いて飛ぶため艦の られる装甲板によって決まり、水平防御は艦の甲板に張られる装甲によって決まる。戦 戦艦の防御装甲には垂直防御と水平防御に分けられる。垂直防御とは艦の側面に張 戦の実行を妨げている要因はハリマの対空兵装、および垂直防御にあります。﹂ ﹁加久藤の言った大艦巨砲を航空機の物量で沈めるのは悪い手ではありません。この作 ﹁じゃあどうするんだ い限り煙路を打ち抜き超兵器機関に有効打を与えることは出来ません。﹂ ちますが、破壊することは困難です。そもそも、航空攻撃か超長距離からの砲撃でもな 小型の防御重力場を搭載しています。艦全体に張られているモノよりも出力は大分落 ﹁提督の言う通りです。ハリマの煙突にも大和型と同じようなハチの巣装甲板に加え、 だった。 いて行っているため、煙突の防御装甲技術については深く理解していないゆえの発言 加久藤の場合超兵器機関の冷却には中央戦艦部の喫水線下から取り入れた海水を用 ﹁ふむ、それもそうですな。﹂ 1122 になり、長距離では艦の甲板へ命中する可能性が出てきたため、水平防御も重視される ようになる。 より排水量を増大させることは巨大な兵装の運用が可能になるだけでなく、通常艦なら ﹁ハリマの場合、垂直防御、水平防御共に堅牢なものを装備しています。艦体の双胴化に ばトップヘビーになりかねない装甲配置を無理なく採用する事が可能です。しかし、ハ リマには弱点、構造上の死角があるんですよ。﹂ モニターが切り替わり、空撮されたハリマの周囲に赤いエリアが重ねて表示される。 る影響を極限出来ますからね。ですが、そのためにハリマの舷側から４０ｍ以内は短砲 ﹁ヤツは排水量に物を言わせて乾舷の高い船体になっています。そちらの方が波浪によ 身８８ｍｍ連装バルカン砲以外の火器の死角になっているんですよ。﹂ 唖然としてモニターを見る。確かにあれだけ乾舷が高ければ４０ｍ以内に近づけた のなら８８ｍｍバルカン以外の攻撃を受けないはずだ。 ルパートの対８０㎝防御装甲を抜くことは叶わないだろう。６５口径以上の８０㎝砲 う。しかし、貴様の持つ４１ｃｍ磁気火薬複合加速砲ではそれほど近づいたとてバイタ ﹁確かにそれほど近づくことが出来れば、ハリマの死角に入り一方的に攻撃が可能だろ ピシャリと加久藤がホタカの意見を封じ込める。 ﹁なるほどな。だが無意味だ。﹂ ＳＴＡＧＥ─３７ 大艦巨砲の化身 1123 弾を受け止める装甲だ、たとえリミッターを外し砲弾を移乗加速させたところで今度は 以下にな ８０㎝砲弾、３８，１㎝砲弾、 砲弾がもつまい。出来ることはハリマの艦首を打ち抜き雪脚を止めるぐらいだろうが それは私にもできる。それ以前にどうやって近づくんだ ２０，３ｃｍ砲弾を躱しながら突入するにしても同航戦なら相対速度は３０ り被弾は避けられない、反航戦の場合は１００ を超えるだろう。そこまでの拘束とな ? ? よしんば主砲弾を叩き込みハリマの行く足を止めたとしてそれが ると一瞬の交錯、恐らく１斉射で有効打を叩き込まねばなるまい。６発の４１ｃｍ砲弾 ? 自己修復が完了次第奴は進撃を再開する。航空隊で攻撃をしようにも攻撃 で何が出来るんだ 何になる ? うな眼光に動じなかった。 血の様に赤い瞳が細められてホタカを睨む。が、視線の先の本人はその人すら殺せそ い。﹂ いはずだ。もう一度言うがこの作戦は無意味だ。いたずらに損害を増やすべきでは無 兵装はぴんぴんしているだろう。攻撃隊の損耗は先ほど私が提案したものと大差がな ? ﹂ ? ﹁奴に近づくための玩具も用意してある。奴を丸裸にする策もある。今回も手伝ってく ﹁何 は持っちゃいない。﹂ ﹁加久藤。君の言う事は最もだが、僕はこの超兵器を一人で撃沈しようなんて甘い考え 1124 れるか ﹂ んでいた。 ﹂ その向こうの青い空をぼんやりと眺めているこの若い男は、くたびれた飛行服に身を包 障りな雑音でしかなかった。砂浜に寝っ転がって海風にゆっくりと揺れるヤシの葉と がすぐそこで聞こえてくるが、南国特有の湿度の高い熱気が周りを取り巻く現状では耳 南太平洋の日差しがヤシの葉の隙間を透過して容赦なく照り付けてくる。潮騒の音 ﹁暑い⋮﹂ ハリマがトラック島に接近しているのが解ったのは翌日の事だった。 る。 ハリマを映したモニターを背にしたホタカの不敵な笑みが、真津と加久藤の瞳に移 ? ﹁大丈夫ですか ? ＳＴＡＧＥ─３７ 大艦巨砲の化身 1125 男ばかりの航空隊ではめったに聞くことは出来ない、女性特有の甲高くも柔らかい声 がかけられる。視線を声のした方に向けると、金色の瞳と目が合った。その瞳の持ち主 は何時もの様に柔らかい微笑みをこちらに向けている。さすがに寝っ転がっているわ けにもいかないので、腹筋と腕の反動を利用して起き上がった。 ﹂ ? 翔鶴。﹂ ? ﹁⋮何か思い出したか ﹂ トサリと軽い砂の音と共に長い銀髪の女性│││││翔鶴が彼の隣に座る。 ﹁そりゃどーも。﹂ ﹁用、はありませんね。貴方がぐったりしていたので心配になったのですよ。﹂ ﹁で、何か用か 飛び切りの暑がりですね。クスクスと女性が笑う。 ﹁北国出身を舐めるな。暑いモノは暑いんだよ。﹂ ﹁今日は昨日より風が出ているので涼しいはずですけど。﹂ ﹁すまんな。だけどここまで暑かったら愚痴の一つも言いたくなるよ。﹂ ﹁私に言われても⋮﹂ 若い男の愚痴を聞いた女性は少し困ったような顔をする。 いるんだろうな ﹁なんでこんなクソ暑いとこにまで戦線を広げたのか⋮赤煉瓦の住人たちは何を考えて 1126 ? パイロットの問いに、彼女はゆっくりと首を振った。 ﹁まだ、何も。自分が何処にいて、何をされたのか何も思い出せません。﹂ ﹁そうか⋮﹂ ﹁思い出せるのは、妹の声だけです。それすら、本当に自分の妹の声なのか疑わしいです けど。﹂ 沈黙。海風がヤシの木を揺らし軽く擦れるような音が妙にハッキリと聞こえてしま う。 ﹁⋮まあ、なんにせよ君は生きている。生きてさえいれば万事どうにでもなるさ。﹂ 翔鶴の声は、滑走路の方から聞こえて来た重厚なエンジン音にかき消された。 ﹁どうかお気を付けて。﹂ 即座に起き上がり、砂を蹴飛ばして滑走路へ走る。 ﹁仕事だ。話はまた今度な。﹂ 裂いた。あちこちに設置されたスピーカーが敵機来襲とがなり立てている。 照れくさそうにパイロットが横を向いた時、けたたましいサイレンが潮騒の音を切り ﹁偶々だ。あそこにいたのが俺じゃなくても、その誰かは同じことをしたはずだ。﹂ ﹁貴方のおかげですけどね。﹂ ＳＴＡＧＥ─３７ 大艦巨砲の化身 1127 1128 短い森を突っ切り駐機場へたどり着くと、既に愛機の雷電三三型は機首に搭載した火 星２６型発動機を始動させ４枚羽のプロペラが格納庫の空気を撹拌していた。ずんぐ グリフィス りむっくりした機体の後方の垂直尾翼には、無骨な戦闘機には不釣り合いなタッチで描 かれたコミカルな禿 鷹のイラスト。黒い翼で嘴に加えた南十字星を守りながらこちら に微笑みかけているグリフィスのマークは、彼自身気に入っていた。 オールグリーン そのイラストを一瞥し、雷電の大柄なボディを乗り越えて広々としたコクピットに収 まる。メーターの全ての値は正常、問題無し。横で重厚なエンジン音が大きくなったか 〟と言うサイン。こちらも遅れまいとスロット と思うと、一足先に出撃準備を終えた僚機が滑走路に進入していく。コクピットに収 まったパイロットから〟先に行くぞ 火の粉を振り払うために蒼空を翔け上がった。 の様に飛来した深海棲艦の艦載機。グリフィスのエンブレムを付けた雷電は、迫りくる しばかりの滑走の後、機体が重力の呪縛から解き放たれ上昇を開始する。目標は何時も 機体がブルリと震え、機首の元爆撃機用エンジンが無理やり機体を加速させていく。少 ロットルと叩き込んだ。日本機と言うより米軍機と言った方が適当な気がする重厚な ルを開き、ブレーキを放す。滑走路の真ん中までタキシング、周囲の安全を確認してス ? ＳＴＡＧＥ─３７ 大艦巨砲の化身 1129 ＥＤ ﹁ＯＮＥ ＯＫ ＬＯＣＫ 〟アンサイズニア〟﹂ ＳＴＡＧＥ│３８ 陽光は我と共に 超巨大双胴戦艦ハリマ捕捉、トラックへ向けて進行中。 トラックや大本営の提督達の期待を踏みにじる凶報は唐突に舞い込んだ。トラック を中心とする半径１０００ｋｍの哨戒線を担っていた軽空母の艦載機が環礁へ向けて 太平洋を突き進む巨大な艦の姿を補足、現在も触接を続けている。不思議な事に、ハリ マは多目的ミサイルのハッチを開かず。時折追従する九七式艦上攻撃機に向けて８８ ｍｍ連装バルカン砲を数発威嚇するように発砲する事しかしなかった。それはまるで、 私はここに居るぞと帝国海軍へ向けて名乗りを上げているようにすら感じさせるもの だった。とはいえ、何時ミサイルが飛んでくるかわからない状態で触接を続けなければ いけない九七式艦上攻撃機の妖精さんは、交代に来た無人機が来るまで撃墜の恐怖に耐 の速度でトラック島めがけて航行を続けており、迎撃までの猶予は１ えなければならなかったと言う。 ハリマは４０ 方面軍司令部に出頭していた。 ４時間も無かった。トラック島では進撃する超兵器を処理するため、２人の艦息がＭＩ ? ﹁以上が、本迎撃作戦の内容である。﹂ 1130 苦 虫 を 噛 み 潰 し た 様 な 表 情 で 緑 ヶ 丘 参 謀 長 が 伸 縮 式 の 指 示 棒 を や や 乱 暴 に 縮 め た。 部屋の中には緑ヶ丘参謀長の他にＭＩ方面軍司令長官高城大将、真津大佐、加久藤、ホ タカだけしかおらず、他の司令部要員は高城の指示で席をはずしていた。 ﹁両艦は即座に行動を開始し、ホタカはトラック島５００ｋｍ沖、加久藤は２５０ｋｍ沖 で作戦を開始。この作戦は一時的に他の全ての作戦の上位に置かれる。必要な物資は 最優先で補給し出撃せよ。以上。解散。﹂ 高城の言葉に２人の艦息と一人の提督が姿勢を正して敬礼するとあわただしく司令 部を飛び出していった。 ﹂ その様子を見送った高城は、一つため息を付いて上等な椅子の背もたれに身体を預け る。 ? ﹂ ? 高城と言う軍人は深海棲艦が出現したころから最前線で指揮を執り、苦しい状況を生 先でたたく。 不愉快さを隠そうともせずに、無造作に置かれた数枚の作戦概要が記された書類を指 いったい何を考えている ﹁気持ちだけ貰っておこう。それにしても、こんな作戦を送りつけてくるとは、大本営は 参謀長の気遣いを丁重に断る。 ﹁お疲れのようですね。少し休まれてはいかがですか ＳＴＡＧＥ─３８ 陽光は我と共に 1131 1132 き延びた人間だった。作戦指揮に関しては理路整然としたよく言って王道、悪く言って あたりさわりのない作戦を好み、奇策を取ることは好まなかった。これは司令官として の資質と言う問題では無く、個人的な性質によるものが大きい。そのため、作戦中に生 じる予想外のハプニングに柔軟に対応することが出来ず敗北することが稀に起こった。 自分が全てを取り仕切らなければならない司令長官よりも、有能な司令長官の下で前線 指揮を執ることの方がより真価を発揮できるタイプの指揮官であると言える。現在の ＭＩ方面軍司令長官と言う役職は人並みの野心を持つ彼にとってはまたとないチャン スであり、さらなる出世への架け橋になる予定だった。作戦内容自体も前から決まって おり、その作戦も彼の好得意分野である真っ当な││││相手よりも多い戦力を用意し て、数と質の両面で押しつぶす││││││内容であったため、心配事などは無いはず だった。超兵器が現れるまでは。 既存兵器を根こそぎ薙ぎ払う火力を内に秘めた超兵器の出現によって彼の描いた出 世への道は崩れ去り、代わりに出現したのは落ちれば戦死確定の綱渡りだった。そんな 時、大本営からもたらされた超兵器を葬る作戦に期待しながら蓋を開けてみると、そこ にあったのは己の目を疑うような作戦内容だった。 こんなものが使えるかと大本営に突っ返そうとした時にハリマを再補足した為、仕方 なくこの作戦が採用されることになった。 ﹁確かに奇策ですが⋮これがダメならどうしようもありません。﹂ 困ったような顔の参謀長からいらだたし気に目をそらす。 そんな事は彼が一番よく分かっていた。何時までも憮然としているわけにもいかな いので、適当なところでため息を付いて指示を飛ばす。 の艦娘を失えば帝国に未来は無い。﹂ ﹁万が一に備えて全艦の退避準備を急がせろ。２隻の海域支配戦闘艦のみならず、ここ 真夜中のトラック環礁内を走り抜け、自分の艦を目指す。赤外線画像処理され緑が かった視界には見慣れた戦艦と、それに横付けてせっせとコンテナと燃料を補給してい る補給艦の姿が見える。 自艦の舷側まで到達したところで、海面に下ろされているタラップを駆け上がると不 ﹂ 意に声をかけられる。 ﹁何か ? ＳＴＡＧＥ─３８ 陽光は我と共に 1133 ﹁貴方がホタカさんですよね ジャーの様な印象を受けた。 ﹂ ﹂ ﹂ ! ﹁そうだが。君は ﹁改風早型給油艦１番艦速吸です こちらが補給品目になります リ ー ツ ス カ ー ト を 穿 い て い る。そ の 風 貌 か ら 一 見 ど こ か の 学 校 の 運 動 部 の マ ネ ー 振り返ると黒髪を短めに切った少女の姿があった。上は白い上着を着用し、黒いプ ? 縮しろと言うのは中々の無理難題だった。 まう。２０分と言う時間は今出せるギリギリの補給速度であるため、そこから１０分短 言いたい事だけ伝えてさっさと艦内に入っていくホタカに、一瞬あっけにとられてし 援感謝する。﹂ ﹁１０分にしてほしい。補給品目は確認した。補給完了後は速やかに退避してくれ。支 ﹁補給完了まで残り２０分ほどいただきたいのですが。﹂ 補給であったため、既に全作業が完了している。 闘に必要な分の迅速な補給が可能になった。加久藤の方は航空機用燃料と弾薬のみの 資の補給を行っていた。これによって、ホタカが一々環礁奥の港にまで侵入せずとも戦 出撃までの時間の猶予が無いと判断した司令部により、停泊中のホタカに横付けして物 手渡されたファイルを捲り、確認する。本来速吸は洋上補給を行う艦ではあったが、 ! ? 1134 ﹁でも⋮やるしかないよねぇ⋮﹂ 泣きごとの様な気合を入れて補給作業を急がせる。ホタカのガスタービンがうなり を上げ始めたのはちょうどそんな時だった。 目一杯の弾薬コンテナと燃料を飲み込んだホタカは、トラック環礁の近くに停泊した 無数の主力艦の間をすり抜けて暗い太平洋へと舳先を向ける。遠くの方には一足先に 出発した加久藤の姿がレーダーでとらえられていた。 この作戦。﹂ パラリと副長が超兵器迎撃作戦の計画書を捲る。 ﹁それにしても。誰が考えたんでしょうね ? ﹂ ﹁ノーコメントで。﹂ ﹁それだと、僕が変人と言う事にならないか ? ﹂ 正直意外だったよ。この国の大半の軍人たちはイマイチ僕らの扱い方を理解できてい ﹁ったく。まあ副長の言う通り、本土に居る人間の中に僕と同じ考えの人間がいるとは ? の事ですかね 艦長が考えた作戦と同じものを考える人間が他に居るなんて、晴天の霹靂と言うのはこ ・・・・・・・・・・・・・・ ﹁世 の 中 に は 自 分 と 同 じ 顔 の 存 在 が ３ 人 入 る と 言 う 話 は 聞 い た こ と が あ り ま す が、 ﹁さてな。﹂ ＳＴＡＧＥ─３８ 陽光は我と共に 1135 ないようだからな。真津提督も含めて。﹂ ﹂ ホタカはそう言うと、かけていた眼鏡を取って、眼鏡拭きで丁寧にレンズを拭い始め る。 ﹁しかし、何か引っかかるな。﹂ ﹁つい先ほど起きたホワイトアウトの事ですか とが出来るとは思えない。﹂ 間が中央に居るのは望ましい事じゃないですか。﹂ ﹁言われてみればそうですが、何か問題でもあるので 副長の返答に、あいまいに同意して眼鏡を掛けなおす。 ら、間違いなく熟睡しているだろう。以前、深夜まで騒ぎ倒している某５５００ｔ級軽 時計を見ると深夜２時を過ぎたあたり。１１時ごろには既に床に就いている彼女な 起こすわけにもいかない。﹂ ﹁なんでそこで瑞鶴が出てくるのかが非常に疑問だが、まあぐっすり寝ているのに叩き ? ? ﹁それは其れとして、瑞鶴さんに何か言わなくてよかったんですか ﹂ 私達の事を正しく評価できる人 た結果をもとに構築している。それが、超兵器を知ったのが高々１年前の軍人に同じこ てようがない。僕だってこの作戦を考えた時は、必要なパラメータを当てはめて計算し ﹁いや、それもあるが違う。この作戦は僕らや超兵器の事を完全に理解していないと立 ? 1136 巡に安眠妨害だとキレて盛大に爆撃を見舞ったり│││││向こう一週間当事艦が夜 ９時には床に就くレベル│││││したため、佐世保鎮守府では寝ている瑞鶴は起こす なと言う暗黙の了解が出ていたりする。実際、ホタカも寝不足の彼女に近づきたいとは 思わない。閑話休題。 ﹁まあ、今頃は退避準備で叩き起こされているでしょうよ。﹂ ﹁速吸を急かせて正解だったな。﹂ 同時刻、トラック鎮守府で疲労困憊のショートカットの少女と、真夜中に叩き起こさ れて非常にご機嫌斜めな某正規空母がクシャミをしたのは完全な余談である。 簡易的な早期警戒管制機に改造されていた。もちろん、Ｅ│２Ｃはもともと早期警戒機 うち６機が対潜用の装備を降ろし、空いたスペースに空中指揮管制用の機材を詰め込み 像が映し出される。今回のＭＩ作戦に備えて、加久藤に搭載された２４機のＥ│２Ｃの 多機能ディスプレイに触接したＯｍｅｇａ隊のレーダー画面とガンカメラの暗視映 ﹃先発したＯｍｅｇａ隊が超兵器を補足した。データリンクを開始する。﹄ ﹁こちらホタカ、よく聞こえている。﹂ ﹃こちらＳｅｉｒｉｏｓ│０３改め空中管制機Ｅａｇｌｅ Ｅｙｅ。ホタカ応答せよ。﹄ 通信回線を開くと、スピーカーから聞いたことのない男性の声が聞こえてくる。 ﹁艦長。加久藤のＥ│２Ｃから通信が入っています。﹂ ＳＴＡＧＥ─３８ 陽光は我と共に 1137 として設計されていたため早期警戒管制機として運用するには不都合があったが、それ でもＡＷＡＣＳの真似事ならばなんとかできた。未曽有の大航空戦が行われるＭＩ作 戦で、空中戦の指揮管制が期待されている。６機の中の１機、Ｅａｇｌｅ Ｅｙｅと名 ﹂ 付けられた早期警戒管制機はホタカと加久藤の迎撃を支援するべく投入されていた。 ﹁データリンク確認。触接を続けてくれ。﹂ ﹃了解。作戦を続行する。﹄ ﹁さて、迎撃戦までは残り４時間ほどですかね ﹁了解しました。特に念入りにやっておきます。﹂ 物にならなければ目も当てられない。﹂ ﹁恐らくな。各部の点検を念入りにやってくれ。アレの用意もな。いざと言う時に使い ? 1138 ﹁艦長、超兵器との距離１４０ｋｍを切りました ﹂ ! チ解放 ﹂ ハープーン全基照準、目標敵超兵器 トライデント全基照準、モードＡＰ ﹁よろしい。前哨戦と行こう。対艦ミサイルＶＬＳおよび特殊弾頭ミサイルＶＬＳハッ 目標同じ ! ! ! 目標諸元入力完了 ﹂ ! 重々しく解放される。 ﹁特殊弾頭ミサイルＶＬＳハッチ解放確認 ﹁対艦ミサイル撃ち方始め。﹂ ﹂ 目標諸元入力完了 ﹂ ! を覆い隠す。オレンジと白のコントラストの合間から白い槍が後部からまばゆい光を 甲板が突如として劫火に包まれると、艦橋や甲板がオレンジ色に染まり白煙がそれら ﹁発射 ! ! 次に、両舷に並べられた特殊弾頭ＶＬＳの装甲化されたハッチがモーター音と共に ! 対艦ミサイルＶＬＳの無数のハッチが軽い音を立てて解放されていく。 第１主砲がミサイルの進路を開ける様に右舷方向旋回し、艦体前部に敷き詰められた ! ﹁対艦ミサイルＶＬＳハッチ解放確認 ＳＴＡＧＥ─３８ 陽光は我と共に 1139 放射しながらくらい天空へ次々と撃ち込まれていく。１２８発目のハープーンが解き ﹂ 放たれるのとほぼ同時に、右舷の海を睨んでいた主砲が元の位置に戻る。 ﹂ ﹁トライデント撃ち方始め ﹁発射 ﹂ ? すぐの事だった。 繰り返す 敵超兵器発砲 ﹄ ! 敵超兵器発砲 ! ﹃警告 ! スピーカーから悲鳴のような警告がＣＩＣに鳴り響く。既に艦内のとじられる隔壁 ! 合計１４２発のミサイルが全機撃墜されたと言う報告がもたらされたのはそれから ﹁この攻撃は威力偵察だ。損害は期待していないよ。﹂ ﹁どうなりますかね ﹁ミサイルの誘導をＥａｇｌｅ Ｅｙｅに渡す。﹂ ﹁トライデント１４基発射完了しました。﹂ び過ぎていく。 な対艦ミサイルが身震いをしながら重力を振り切り音を置き去りにして前方の海へ飛 先ほどのハープーンの噴射炎を根こそぎ吹き飛ばす様な爆煙が艦橋を包み込み、巨大 ! ! 1140 は全て閉鎖され、弾薬の再装填も済まされていた。 ﹁来たな。﹂ 閉じていた目を開き、多機能ディスプレイを見ると彼我距離は５５ｋｍを切ったとこ ろだった。ホタカの対水上レーダーではまだ捉えることは出来ないが、Ｏｍｅｇａ隊と のデータリンクにより位置と速度は手に取るようにわかっている。その横の外部観測 カメラのモニターには朝焼けによって赤く染まった太平洋の空と海を映し出していた。 ﹂ ハリマとホタカでは２０ ? 以上ホタカの方が速い。しかし、射程距離はホタカの４１ しかし、ハリマはそんな事を思いつきもしないかのようにただ全速で進撃を続けてい える前に滅多打ちにされかねない。 も、４基１２門の８０㎝砲を指向できる。最悪の場合、ホタカがハリマを有効射程に捉 で修正値も得られている。その上、ハリマがホタカに背を向けて逃走していたとして ハリマの場合、目標は射程距離から１４ｋｍも懐に入り込んでおり、１６分の間の攻撃 ６ 分 ほ ど 必 要 だ。そ れ で も ホ タ カ の 最 大 射 程 で あ り 命 中 弾 を 期 待 す る に は 遠 す ぎ る。 距離ギリギリで反転した場合、約１４ｋｍの距離を０にするには両艦が全速の場合約１ ２００ｍに対してハリマの場合５５３００ｍと圧倒的に上回っていた。ハリマが射程 ? つもりですかね ﹁射程距離ギリギリでぶっ放してきましたか。反転してアウトレンジで削れるだけ削る ＳＴＡＧＥ─３８ 陽光は我と共に 1141 る。 ﹂ ? きつけられる。 ﹁機関前進一杯 取り舵５ ﹂ ! 限界以上の出力を絞り出した１６基のガスタービンエンジンが悲鳴の様な轟音を響 ! 裂による水中衝撃波が艦体に打ち付け、噴き上げられた海水が重力に轢かれて甲板に叩 でたたき出した異常な制度にうすら寒さすら覚える。水中に落ちた５ｔ近い砲弾の炸 よりも遥か高く噴き上げ海面を沸騰させる。予想通りの初弾夾叉。射程距離ギリギリ ５万トンの巨体の周囲に１２発の巨大な砲弾が着水し、大量の海水をホタカのマスト ﹁勘だ。﹂ 砲弾の接近によりＣＩＣにけたたましいアラートが鳴り響く。 ﹁根拠は がある砲戦で奴が搦め手を使うようには思えないな。﹂ ﹁わざわざ自分の居場所を誇示するように航行し、第１斉射から全門射撃。絶対の自信 てしまえば被弾する。 レースして着弾予想地点を弾きだす。結果は初弾夾叉。左右に舵を切るか加減速をし 対空レーダーが音速を置き去りにして飛来する１２発の８０㎝砲弾の飛行経路をト ﹁それは無いだろう。﹂ 1142 かせ、艦を加速させていく。その間にも放たれた巨大な砲弾が周囲に着弾しその度に巨 大な海水の塔を建設していく。未だに彼我距離は５０ｋｍ以上離れているため、超兵器 視認距離に入ります ﹂ の高初速砲でも砲弾が発射されてからの回避はまだ間に合う。 ! ! いずれ戦艦は航空機と空母にその場を取って代わられるという解放軍内の航空屋を えるはずの無い、轟と言う８０㎝砲の咆哮が響いた錯覚を誰もが覚えた。 噴き出した大量の黒煙により影が歪に変化する。複数の装甲に守られたＣＩＣに聞こ 縁取り、禍々しい超兵器の影に奇妙な神々しさを付け加えていた。突然、主砲の先から 大な主砲は天を突くように振り上げられている。回折した光が超兵器のシルエットを 大和型のような塔型の艦橋、幅の広い島のような艦体、甲板上に設けられた多数の巨 線がカメラに飛び込み、すぐにその光線はある者によって遮られた。 面に変え、轟音と共に崩れ去る。濛々たる水煙のカーテンの向こうから強烈な朝日の光 遮ったのが原因だった。噴き上げられた海水がその運動のベクトルの向きを空から海 真っ白に染まる。カメラの真正面に着弾した砲弾により噴き上げられた海水が視線を 干色が暗くなった。何か棒のようなものが海面から現れたと思った瞬間、モニターが アップされる。その方向はちょうど朝日が昇る方向であったため、画像処理が施され若 外部観測モニターの倍率が引き上げられ、林立する巨大な水柱の向こうがクローズ ﹁目標 ＳＴＡＧＥ─３８ 陽光は我と共に 1143 一撃のもとに黙らせた魔神。大艦巨砲を是とする戦闘艦の一つの到達点。超大型双胴 戦艦ハリマが陽光と共にその姿を彼らの前にさらした。 今までの超兵器とは格の違う存在感を放っているように感じさせるのは、この超兵器 が一切合財の敵艦を完膚なきまでに殲滅させるために建造された、ある意味全ての艦の 天敵ともいえるからだろうか。 数度目の至近弾により、艦全体が大きく揺さぶられ、ホタカは知らず知らずのうちに 両手を強く握りしめていたことに気づく。胸中に沸き起こるのは超兵器を潰せと言う そもそも、僕の主砲は本当 闘争心と、底冷えのするような恐れ。かつて辛酸をなめさせられた相手であるだけに、 特弾は効果があるのか その恐れは今までのモノよりも大きい。 接近 ﹂ これこそまさに、無駄な足掻きじゃないのか │││││本当に勝つつもりか に奴に通用するのか ? 特弾用意 目標敵超兵器 ! ﹂ ! 楽しむことにしよう。 ﹂ ﹁ＡＳＲＯＣを除く全ミサイルハッチ解放 ﹁全ミサイルハッチ解放 ! ! │││││まあいい。戦いに恐怖するのは何時もの事だ。恐れるなんて贅沢は後で 副長の怒鳴るような報告に現実に引き戻され、一つ深呼吸をして軍帽を被りなおす。 ? ? ! ? ﹁超巨大双胴戦艦ハリマ ! 1144 ﹁特殊電波弾頭弾装填良し ﹂ 除く中で、１発だけ弾頭が赤く塗られているミサイルが存在した。その斉射で放たれた 対艦対空特殊弾頭ミサイルのハッチが全て解放される。白い対艦ミサイルの弾頭が ! ﹂ 最後の砲弾が着弾し、ホタカの周囲に数瞬の静寂が戻る。 フ ル バー ス ト ! ﹂ ﹁全弾発射 サルヴォ│ ﹁発射 ! こを、ハリマは目標に対して過大な量のミサイルを叩きつけることで迎撃することを で加害する方式を採用しているため対空ミサイルほど確実に目標を殲滅できない。そ れていない。多目的ミサイルは対空目標を攻撃する場合、目標の近くで自爆しその破片 どの追尾性能を獲得していたが多目的ミサイルはそこまで高性能な追尾装置は搭載さ ミサイル自体の機動性の問題で、対空ミサイルは小さな目標そのものに突入できるほ 功率は対空ミサイルに比べて多目的ミサイルが圧倒的に劣っていた。 や対空ミサイルは突入してくる噴進弾やミサイルの迎撃にも用いられるが、その迎撃成 された多目的ミサイル発射機から迎撃のためのミサイルを斉射する。多目的ミサイル ３００を超えるミサイルが突入してくることを悟ったハリマは、艦隊の４か所に設置 攻撃可能なＶＬＳから無数のミサイルが解き放たれ一路ハリマへ殺到していく。 ﹁斉 射 ﹂ ＳＴＡＧＥ─３８ 陽光は我と共に 1145 1146 狙っていた。 突然、多目的ミサイルの束がホタカの発射したミサイル群のはるか手前で巨大な爆発 に飲み込まれ大多数が脱落する。多目的ミサイルによる迎撃を読んでいたホタカは、予 めトライデント４基を先行させて、多目的ミサイルの迎撃に充てていた。生き残った多 目的ミサイルによっていくつかが迎撃されるが、２００以上のミサイルがミサイル迎撃 ラインの内側に入り込む。 次に放たれたのは２０．３㎝連装砲の特殊榴弾の制圧砲撃と、８８ｍｍ連装バルカン 砲の弾幕だった。空中で次々と特殊榴弾が弾け大きな黒い華を咲かせ、短砲身８８ｍｍ バルカンから放たれた無数の砲弾が細かな黒い華を咲かせる。弾幕に突っ込んだミサ イルは相次いで爆発四散し、かろうじて数発が防御重力場にたどり着き蒼い光と共にそ の役目を終えるに留まった。 一見攻撃失敗のようにも思えるが、この無数のミサイル群の任務は文字通りの囮だっ た。対艦ミサイルやトライデントの炸裂による爆炎を切り裂いてハリマの頭上、防御重 力場の範囲外を飛び越えた１発の対艦ミサイルがその弾頭に搭載された機器を起動さ せ、毒を超兵器に流し込んでいく。 赤い弾頭の対艦ミサイル│││││特殊電波弾頭弾はその弾頭部にアリューシャン 列 島 で 鹵 獲 し た 小 型 艇 の コ ン ピ ュ ー タ ー ウ ィ ル ス 送 信 装 置 が 搭 載 さ れ て い る。ア リューシャンでウィルスを使用された際にこちらも同じ様に送り込めないかと加久藤 が試した結果、一発だけ実用に耐える物が完成した。超兵器もホタカの例にもれず艦内 の設備は高度に電子化されているため、コンピューターを封じればホタカの様に半身不 随になる可能性がある。といっても、この兵器にハリマの艦内コンピューターネット ワークシステムに直接ウィルスを送り込めるほどの能力は無い。狙うのはミサイル迎 撃のため解放されたハッチの中に納まっている多目的ミサイル、その受信装置だった。 多目的ミサイルは打ち出された後、母艦からの命令に従って目標の変更、自爆を可能と するため信号の受信装置が装備されており、発射される前はミサイル本体は艦内ネット ﹂ ワークに接続されている。特弾はそこにコンピューターウィルスを送り込む事で、ハリ マ艦内を汚染していく。 ! ﹂ ! ﹃こちらＥａｇｌｅ Ｅｙｅ。目標の４か所のＶＬＳの自爆を確認した。作戦成功だ。﹄ ﹁ハリマの艦体で発砲以外の爆炎を確認 にプログラムされていた、そしてもう一つのウィルスは。 射撃困難なように測距装置や射撃式装置、自動装填装置を重点的にフリーズさせるよう 置を短い間ながらも完全にフリーズさせるもの、ホタカや加久藤の様に艦息の能力でも ハリマのネットワーク内に侵入したウィルスは２種類あった。１種類は火器管制装 ﹁特弾からのウィルス送信信号を確認 ＳＴＡＧＥ─３８ 陽光は我と共に 1147 多目的ミサイルの強制自爆を行わせるウィルスだった。先のＦＣＳをフリーズさせ デリート るウィルスが派手に暴れているうちに多目的ミサイルに感染しその安全装置のプログ ラムを消去、強制的に自爆させ対空能力を奪い去る。さらに、今までひっきりなしに砲 撃を続けていた１２門の砲身がピタリと火炎を吹き出すのを辞めたどうやらＦＣＳか 自動装填装置をダウンさせることが出来たらしい。 しかし喜んでばかりも居られない、打ち上げられ飛翔中の砲弾はまだ存在し、何時ハ 弾種特殊榴弾 防御重力場を右舷に集中展開 ﹂ １５２ｍｍ速射砲射撃用意 全砲塔右９０度旋回 ﹂ 全ミサイルハッチ閉鎖 ﹂ ﹂ ! リマの攻撃が再開されても可笑しくなかった。 ﹁主砲装填 即時射撃用意 ﹁特殊榴弾装填完了 ﹁ミサイルハッチ閉鎖を確認 出力最大 ! ! ﹂ ﹂ ! ﹁総員衝撃に備え ! ﹁ハリマ発砲 彼我距離は既に２０ｋｍを切り、ハリマの威圧的な巨体がぐんぐん迫ってきている。 の１５２ｍｍ速射砲、４基の３０ｍｍＣＩＷＳが旋回し、右舷を狙う。 ホタカに搭載された砲煩兵器の内で右舷を指向できる２基の４１ｃｍ三連装砲、４基 ﹁防御重力場を右舷に集中展開 ! ! ! ! ! ! ! ! 1148 命令を出し何かに捕まり身体を固定する。放たれた３発の８０㎝砲弾と無数の３８． １㎝砲弾が飛来し周囲に着弾する。命中弾無し。 ﹁まだウィルスは有効なようだ。﹂ っと。左舷３０ｍに着弾。ああ、クソッ﹂ ﹂ っと。右舷後方１０ｍに着弾 ﹁けれども、とっとと安地へ入らないと⋮８０㎝がまぐれ当たりでもしたらお陀仏です よ。﹂ ﹁その通りだなっ ﹁何か損傷しましたか 珍しい艦息の悪態に副長が首をかしげる。 衝撃がでかい、８０㎝砲ですね。﹂ ﹂ ﹁帰ったら瑞鶴さんにやってもらってくださいっ ﹁ウィルスが破られたんじゃないですかぁ ! い。 突然、今まで受けた事の無い衝撃を受けてほぼ全員がよろめく。至近弾の衝撃では無 撃指揮装置のフリーズはまだ続いているはずだ。﹂ ﹁本当に破られていたら今頃仲良く海底散歩だ、装填装置の方はともかく測距装置や射 砲雷長の問いが至近弾の衝撃によって最後が上ずった声になってしまう。 ?! ! ? ! ﹁雪風にお祓いしてもらうのを忘れていた。﹂ ＳＴＡＧＥ─３８ 陽光は我と共に 1149 ﹁損害知らせ ﹂ ﹂ ! ハリマの右舷側に滑り込むぞ 長距離無線機大破 進路修正取り舵２ ﹂ ! ﹁マスト直上に被弾 ﹁マグレ当たりだ ! るところだった。 まだまだいけま﹂ ﹁防御重力場の効力はどうだ ﹂ が防御重力場によって受け止められ、そらされていく。ハリマとの距離は１０ｋｍを切 彼我距離が近づくにつれ主砲弾の至近弾が次第に多くなり、無数の２０，３ｃｍ砲弾 ! ! ! ! まだ戦える ﹂ 応の損傷を与える。 ﹁艦長 ! 右目や腕から血を流しながらも彼の戦意は微塵も衰えない。あと少し。あと少し進 ! ! ﹁大丈夫だ ﹂ パートを打ち抜いた砲弾は無く致命傷にまでは至らない。が、艦息であるホタカにも相 く、最後の１発は後部艦橋の中ほどを打ち抜き瓦礫の山に変えた。幸いにもバイタル る、１発は前部主砲の天板に着弾、硬い装甲板によって弾かれ反対方向へ吹き飛んで行 き、艦体に降り注ぐ。１発は前部の対艦ミサイルＶＬＳ群に着弾炸裂し火災を起こさせ その先を言うことは出来なかった。飛来した３８．１㎝砲弾３発が防御重力場を貫 ﹁現在稼働率７６％ !? 1150 めば、安全地帯へ滑り込める。 ﹂ ! ﹂ ﹁敵艦８８ｍｍバルカン砲の掃射を開始 ! 焼け付けるまで回せ 抜かれる可能性があった。 ﹁機関出力一杯 ﹂ ! ﹂ ガスタービンが限界を超えた出力を生み出し、艦は７０ へ飛び込んでいく。 残り２．５ｋｍ ﹂ 損害なし ﹁重力場稼稼働率１４％ ! ! ? ! ﹁左舷後方に着弾 残り１ｋｍ ! を超える勢いでハリマの懐 近距離では大口径砲の直撃を受ければ防御重力場はもちろんバイタルパートすら打ち 安全地帯まで残り５ｋｍ、大口径砲の装填時間の間隙を縫って突入していく。この至 ガリと削っていく。 標までの距離が短縮されたことで命中率が急上昇し、防御重力場のキャパシティをガリ ばかりに８８ｍｍ砲弾、２０．３㎝砲弾が叩き込まれる。１発１発の威力は低くとも目 ３発の３８．１㎝砲弾が突入した為目茶目茶に攪乱された防御重力場に追い打ちと もう長く持ちません 現在２３％ ! ﹁防御重力場稼働率急落 ! ＳＴＡＧＥ─３８ 陽光は我と共に 1151 ﹁重力場稼働率４％ ﹂ ﹂ ! 轟然と無数の砲弾がハリマに殺到するがその全てが蒼い重力壁に阻まれ超兵器には ﹁速射砲、ＣＩＷＳ射撃開始 れたとしても巨大な戦艦の速度が急落することは無い。 飛ぶ。ここまで来たら舵が必要と言うわけでもなく、今更スクリュープロペラが一つ壊 に着弾炸裂する。その衝撃で３枚ある舵の中で左舷側の副舵と１番スクリューが吹き 遂に８０㎝砲弾が重力場を貫くが、ホタカの最後尾をごくわずかに破壊してすぐ後方 ! 防御壁崩壊ッ シー ル ド ダ ウ ン ﹂ 届かない。が、至近距離からのつるべ打ちは確実に超兵器の防御重力場に負荷を強いて いた。 残り５００ｍ ﹁稼働率０％ ! た。 そしてついに、ホタカはハリマの主砲の死角である舷側ギリギリ４０ｍ地点に到達し 効率的に削っていく。 る。一点に集中されて放たれる１５２ｍｍと３０ｍｍ砲弾はハリマの重力壁を確実に る。上部構造物を中小口径砲弾に蹂躙されつつも、速射砲とＣＩＷＳの射撃が続けられ 今までホタカを守護していた青色の壁が掻き消え、無数の砲弾が艦体に殺到し始め ! 1152 ﹁艦長 １番発射 ﹂ ﹁機関逆進 ﹂ ﹂ ! ﹂ 吹き飛ばし超兵器の右舷側を瓦礫の山に変える。 装甲を施されていない舷側の８８ｍｍ連装バルカン砲、２０，３ｃｍ連装砲を根こそぎ 重力場を貫き、その内部で炸裂した。砲弾内部に特殊炸薬を満載した特殊榴弾は満足な りも間隔を開けて３門の砲身から吐き出された特殊榴弾はハリマの弱体化された防御 逆進により僅かに遅くなったホタカの前部主砲が轟と復讐の咆哮を上げる。通常よ ﹁射ェ ! ! ! ! 近い速度で疾走するホタカがすぐに後退できるような推進器は存在しない。後は ? 針路を作る。また、別の主砲をハリマの舷側へ超至近距離から発砲することであわよく は只１度きり、その一度の攻撃で片方の対空火器を根こそぎ吹き飛ばし、航空隊の攻撃 脱。これがホタカと大本営が選択した作戦だった。相対速度の観点から攻撃できるの コンピューターウィルスによってハリマの攻撃能力を減じ、超至近距離からの一撃離 前進、離脱するしかなかった。 ０ 舷側に巨大なへこみを付けるだけにとどまった。たとえ逆進一杯を掛けたとしても、７ 水平に構えられた後部主砲から３発の徹甲弾が解き放たれるが、その砲弾は超兵器の ﹁２番撃てぇ ＳＴＡＧＥ─３８ 陽光は我と共に 1153 ばバイタルパートを打ち抜き、甚大な被害を与えることを期待する。結果的にハリマの 装甲を打ち抜くことには失敗したが、対空火器を全滅させることには成功した。これ 現海域を離脱する ﹂ で、後方の加久藤攻撃隊がハリマを片付けることが出来る。 ﹁機関前進一杯 ﹂ ! 程 ? ﹂ ! 直撃よりはましだ ﹂ ! 出す。 ! ﹁直撃弾無し ﹂ ホタカの周囲に無数の水柱が林立しその艦体を海水が洗う。 ﹁総員対ショック姿勢 ﹂ 防御重力場発生装置が強制的に再起動された直後、ホタカの艦体が安全地帯から抜け ﹁構わん ! ﹁し、しかしまだ修復が済んで⋮﹂ ﹁防御重力場後方に集中展開 は安全地帯から後方へ抜けるその瞬間だった。 度しか低下していなかった。すぐ隣をハリマの巨体がすり抜けていく。最も危険なの 撃精度を少しでも得るために逆進による減速を行ったが、速度計を見てみると１０ プロペラピッチ角を変えて前方に送り出していた海水の流れを真逆に変更する。射 ﹁了解 ! ! 1154 ! ﹁良し 離脱する ﹂ ! │││││妙だ、何故主砲を撃たない │││││この射撃は僕を逃がさないようにし、油断させるための布石 の８０㎝砲弾が艦体に命中する。艦橋を掠めて飛び越えた２発は１発が艦首方向に着 撃留められるような能力は初めからなく、矮小な力場は紙の様に引きちぎられた。４発 づいた小癪な敵艦へ突き進む。艦息が無理やり展開した防御重力場にその鉄槌を押し を秘めた砲弾が９本の砲身から潜航、爆炎、轟音と共に吐き出され、至近距離にまで近 回避 と叫ぶ前に９匹の龍が咆哮する。たった１発で都市区画を吹き飛ばす威力 そして、そこに並べられている主砲はその全てがこちらを睨んでいた。 ハリマの後部が再び見える瞬間だった。 後方を見ることが出来る外部観測カメラに視線を移すと、水のカーテンが下に下がり ? えにくい。そこまで考えたところで、背筋が凍り付くような感覚が彼を襲う。 外した。いくらＦＣＳが死んでいたとしても、この至近距離で全弾外すなんてことは考 出現している位置が解っているはずなのに、超兵器は主砲では無く副砲での砲撃を行い 先ほど周囲に着弾したのは３８，１㎝砲弾で８０㎝砲弾は一発も無かった。こちらが ? そう叫ぶ彼だったが、胸中には奇妙なものを感じていた。 ! ! ﹁か﹂ ＳＴＡＧＥ─３８ 陽光は我と共に 1155 弾し滑らかなカーブを描いた艦首部分が衝撃と砲弾の炸裂によって丸ごと吹き飛び、切 断される。もう１発は前部主砲に着弾する。今まで幾度となく攻撃を弾いてきた主砲 の装甲板はいともたやすく引きちぎられ砲弾の艦内への突入を許す。主砲を撃ちぬい た砲弾はそのまま進み、対艦ミサイルＶＬＳ群直下で炸裂。爆炎が前部主砲だったもの を空に打ち上げ、無数の瓦礫を弾き飛ばす。後の二発のうち、１発は後部主砲のすぐ手 前に着弾。満足な装甲が施されていない対空ミサイルＶＬＳ群をなぎ倒し、後部主砲直 下まで進んだところで炸裂。装填を待っていた主砲弾、装薬も誘爆し後部主砲も内部か ら破裂するように消え失せる。最後の一発は艦中央部に左舷側に着弾。甲板装甲を打 大浸水中 ﹂ ﹂ 要員は速 ち抜き、内部構造体を引き裂きながら艦底付近まで侵入し炸裂。その爆発は喫水線下に ﹂ ﹂ 艦傾斜左１２度 後部区画で大火災発生 第２第３弾薬庫は破棄 艦首脱落 大穴を穿ち、竜骨に損傷を与えていた。 ﹁前部主砲大破 やかに脱出せよ 左舷側より大浸水 機関停止 ! ﹁後部主砲通信途絶 ﹁艦底付近で炸裂確認 ﹂ 機関室に浸水 復元不可能 ﹁応急注排水ポンプ破損 ﹁艦傾斜左１６度 ! ! ! ! ! ! 絶望的な報告がＣＩＣに飛び込んでくる。そのＣＩＣも無事では無く、幾つものモニ ! ! ! ! ! ! ! ! 1156 ターにはひびが入り、天井からは切れた配線が垂れ下がってあちこちでスパークが起き ていた。 艦の傾斜を復元することは不可能であり、浸水を止める力も残されていない。 たった４発の砲弾が艦の命運を決めた瞬間だった。 分足らず、文字通りの轟沈だった。 に両断されたかと思うと急速に海底へと沈降を開始する。最初の直撃弾からわずか１ 撃すると、３００ｍ近い全長の中ほどから巨大な爆炎ときのこ雲が上がり、艦体が２つ 海上では傾いたホタカに追い打ちをかける様にハリマが発砲。８０㎝砲弾が３発直 いく。 ＣＩＣの扉が吹き飛び、大量の海水が薄暗い部屋に流れ込んで一切合財を押し流して ﹁総員最上甲板。友軍に告ぐ、我戦闘続行不可能。貴官らの武運を祈る。﹂ ＳＴＡＧＥ─３８ 陽光は我と共に 1157 ＥＤ ﹁ＯＮＥ ＯＫ ＬＯＣＫ 〟アンサイズニア〟﹂ ﹃こちら空中管制機Ｅａｇｌｅ Ｅｙｅ。ホタカの轟沈を確認した。﹄ 1158 ＳＴＡＧＥ│３９ 双頭の巨人 〟ホタカの攻撃により、右舷の対空兵装を失いながらもハリマはなおも侵攻中。作戦 を続行する。〟 天井のスピーカーから響く男性の声が何処か空虚に艦橋に響いた。しかし、艦長席の 隣で呆然と立ち尽くしているこの艦の主には、その声は届いていない。 │││││嘘⋮でしょ 破滅的な能力を持つ超兵器を何隻も海の底へ叩き落していた戦艦、ホタカが沈んだと その金色の双眸は見開かれてはいるが焦点はあっていない。 ? 言う事実は彼女にとって受け入れがたい物だった。 ﹂ ? ﹁艦長 どちらへ ﹂ ?! 妖精さんの声を無視して、彼女は艦橋のラッタルを駆け下り飛行甲板へ転がり出る。 !? その先を副長が口にする前に、瑞鶴は踵を返すと艦橋から飛び出して行ってしまう。 ﹁あの、だいじょう﹂ 心配そうに彼女の副長を務める妖精が問いかけるも、瑞鶴は黙ったままだった。 ﹁艦長 ＳＴＡＧＥ─３９ 双頭の巨人 1159 甲板で作業を行っていた妖精が何事かと振り向くが、それも無視して彼女は飛行甲板か ら朝日を反射して赤く輝く海面へ飛び降りた。いくら艦娘と言えど、１０ｍ以上の高さ から海面へ飛び降りれば着水の際に体全体が海に浸かりずぶぬれになってしまう。 盛大な水柱を噴き上げて着水した彼女は、浮上するやいなや自分が今出せる最大の速 度で前方を走る巨大な正規空母へ突進していく。時折、前方を走る空母が生み出す航跡 波にのまれそうになりながらも、速度を緩めない。 艦橋の後ろでドタバタと騒々しい音が発生したため、そこに居るほぼ全員が後方に設 けられた艦橋の入口へと視線を向ける。彼らの目に写ったのは、艦橋に続くハッチの前 に立ち尽くしたずぶ濡れの見慣れた艦娘の姿だった。余程急いできたのか、肩を上下さ ﹂ せて荒い呼吸を繰り返していた。 どうした ? ﹁なんだ ﹂ ﹁⋮提督さん。﹂ もとはかけ離れた様子の彼女に真津は眉を寄せた。 答えず顔を俯かせたまま艦橋の中に足を踏み入れてツカツカと提督に歩み寄る。何時 旗艦の加賀艦橋で指揮を執っていた真津が不思議そうな顔で問いかけるが、それには ﹁瑞鶴か ? 1160 ? ﹁ホタカが沈んだってのは⋮本当 ﹁ああ。﹂ ﹂ ﹂ 鳴りを潜め、その両目からは戸惑いと不安が見て取れた。 瑞鶴が俯かせていた顔を上げると、瑞鶴の金色の瞳と目が合った。何時もの活発さは ? ボロボ ! だから⋮こ 何時もみたいに、それ ﹁アイツが沈むはずがない いつもいつもいつも無茶苦茶やる馬鹿だけど 今日もそうでしょ ちょっと疲れた顔で帰ってくるに決まってる ロになっても最後は絶対に帰ってきた がどうしたって顔で ! ?! 声色に移り変わっていた。 最初は怒鳴って居た声は次第に小さくなっていき、最後に至っては何処か懇願めいた んな⋮こんなことは⋮⋮﹂ ! ! !! 真津が肯定したと同時に、彼女はそう咆えると提督の胸ぐらを両手でつかむ。 ﹁嘘だッ !! ? 棄したのかストンと座り込んでしまう。 ﹁轟沈した。Ｅａｇｌｅ Ｅｙｅが確認している。お前も聞いていただろう ﹂ 真津の胸ぐらをつかんでいた両手が力なく落ち、彼女自身も足が重力に逆らう事を放 ﹁そんな、嘘だ。嘘だよ⋮﹂ ﹁事実だ。午前０６：０１分。ホタカはハリマの８０㎝砲弾７発を受けて⋮﹂ ＳＴＡＧＥ─３９ 双頭の巨人 1161 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ ﹂ ダラリと力なくうなだれる彼女に真津の声は聞こえていない様だった。 ﹁瑞鶴 ﹂ ? がった。 ﹁⋮退いて、加賀さん。﹂ │││││これがあの瑞鶴か ? が、外へ出る前に事態を静観していた加賀がちょうど瑞鶴とハッチの間に立ちふさ ﹁⋮どこへ行こうと言うの して艦橋出入り口へ向かう。 提督がもう一度呼びかける前に、彼女は顔を俯かせたまま無言で立ち上がると踵を返 出来ない自分の無力への怒りと、彼を葬り去った超兵器への憎しみと殺意だった。 ホタカを失った悲しみや喪失感ももちろんあったが、最も大きなものは彼を助ける事も る。しかし、その状態は長くは続かない。空になった心に別のモノが充填されていく、 た。胸にポッカリと穴が開いたような喪失感に、呆然と焦点の合わない目で床を見つめ その時、彼女の胸中を支配していたのはどうしようもないほどに増大した虚無感だっ 真津が彼女を呼ぶが返事は無い。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ? 1162 ツインテールの少女の口から紡ぎ出された聞いたことの無いほど低い声に、思わず真 津は目を剥いた。瑞鶴と言う艦娘は闊達と言う言葉が似合う明るい人物であることを 彼はよく理解しているつもりだった。それゆえ、彼女が子のような声色を使う事に違和 感が拭えなかった。 瑞鶴と相対する加賀も、顔こそいつも通りではあるが内心かなり驚いていた。目の前 ﹂ で自分に退けと言っている少女は普段の彼女とはかけ離れていることを肌で感じ取っ ていたからだった。 ﹁もう一度だけ聞くわ、どこへ行こうと言うの ﹁⋮⋮貴女が知る必要は無いわ。﹂ 瑞鶴の言い方に、加賀の眉がピクリと動く。 ? ⋮ハッ ﹂ ! ﹂ ? 正面から見る。 短く小ばかにするような笑い声をあげた瑞鶴は、俯かせていた顔を上げて加賀の顔を ﹁⋮何を ? ﹁何をする気なのかしら ほんの少しだけ目を細めて俯いているずぶ濡れの艦娘を見る。 のがどれほど異常な事か、あなた自身よく解っているはずです。﹂ ﹁そう言うわけには行かないわ。自艦の指揮をほっぽりだして許可なく旗艦に乗りこむ ＳＴＡＧＥ─３９ 双頭の巨人 1163 味に感じられた。 ハ リ マ あの時代遅れの骨董品をガラクタに変えに行くのよ。﹂ を退けると言う事もせず、暗い復讐の意志で瞳をギラつかせる様は深海棲艦よりも不気 その金色の瞳に巣食うのは憎悪と言う感情だった。海水にぬれて顔に張り付いた髪 ﹁決まってるでしょ ? ﹂ ﹁⋮⋮な⋮⋮⋮ょ﹂ ﹁何 そんな事は !! なかった だから ホ アイツが居たから、ア まだ⋮まだ何にも借りを返せてない 南太平洋のパラオで無意味に野垂れ死んでいた タシはここで戦えてるんだ だか !! ! ! ! ! タカを沈めたあの超兵器だけは絶対に許さない ぶつけてでも沈めてやる ! ! ! ﹁アタシは何度もホタカに助けられた ホタカが居なかったら、アタシはここには居 再び、瑞鶴の怒声が加賀艦橋に響いた。 ! ? ﹁関係ないのよ ﹂ 戦前に損耗することを恐れたＭＩ作戦司令部の指示だった。 ていた。超兵器の迎撃にてこずりトラック島が敵超兵器の射程に入ることで艦隊が作 加賀の言うように、万一に備えてトラックの艦娘達は西へ向けていったん退避を行っ とじゃない。﹂ ﹁ダメよ、私たちに与えられた命令はトラックからの一時退避。ハリマの相手をするこ 1164 ら⋮だから其処を退けぇ ﹂ 邪魔するなら加賀さんでも 瑞鶴は加賀を睨みつける、真逆の温度を持つ視線が空中で絡み合う。 ﹂ ? 解ったらさっさと退きなさいよ ! ﹁言いたいことはそれで全部 ﹁そうよ ﹁え ﹂ ﹂ ! ! 一歩詰め寄ろうとした瞬間、衝撃と共に瑞鶴の視界が激変する。 ! 何とか肺へ取り込もうとする。 ? の光景に、加賀は小さくため息を付いて、提督に視線を向けた。 走ってきたのが原因なのか、膝が笑い意識しないとすぐに倒れてしまいそうになる。そ 両足に力を込めて立ち上がるが、思ったよりも先ほど投げられたのと全力でここまで ﹁邪魔をしないでよ、加賀さん。アタシは、これ位じゃ⋮﹂ 関係や背中への衝撃を考えると、自分は加賀に投げられたのだと理解する。 痛みで霞む視界の先に、こちらを冷やかに見下ろす加賀の姿が見えた。自分との位置 ﹁命令違反一歩手前の艦娘に対しては、随分軽い物だと思うけど ﹂ の空気が強制的に排出され、息が詰まる。無様に地べたにはいつくばって喘ぎ、酸素を そんな間抜けな声が喉から漏れた瞬間、背中を床に強かに打ち付けた。衝撃で灰の中 ? ﹁ゲホッ⋮な、なにを⋮﹂ ＳＴＡＧＥ─３９ 双頭の巨人 1165 ﹁提督。そろそろ話してあげたらどうなの ﹂ ? の艦首が顔をのぞかせる。 き、あるところまで広がった瞬間、隆起していた海面が白い波と共に砕け散りねずみ色 光る海面が隆起を初めた。光る円の中央付近に出現した隆起は高さと面積を増して行 領域に存在する海水が俄かに泡立ち始め、周囲の海面が荒れ始める。次の瞬間、青白く つ領域も広がっていく。数十秒を掛けて半径２００ｍほどにまで拡大した青白い光の い光が生まれる。その青い光は２度３度瞬いた後急速に光量を増大させていき、光を放 ハリマが水平線の向こうに小さく消えて行こうと言う時、海面のある点に小さな青白 することになる。 言い出すタイミングを失っていた真津の口から飛び出した言葉に、瑞鶴は再び呆然と ﹁あ、ああ。﹂ 1166 海面に突如出現した海水の卵を突き破るようにして１隻の巨大な戦艦│││ホタカ がその姿を海面にさらした。と言っても、その艦体は万全とは程遠い物だった。前後に 存在するはずの主砲は後方も無く吹き飛び、艦隊の至る所に設置されているはずの速射 砲や３５ｍｍＣＩＷＳは最後部の６番速射砲を除いてあるものは根元から消し飛び、あ るものは拉げていた。甲板に並んでいるはずのＶＬＳはハッチが捩じ切られ内部のコ ンテナも巨大なミキサーでかき回されたように捩じ切られ海水がたまっている。重厚 し、死ぬかと思った。﹂ な艦橋や船体にはあちこちに小さな穴が開き、そこから海水が外へ噴き出していた。 していた。 ダー手や火器管制官、砲雷長が同じように海水を被ったコンソールや床から身体を起こ 水 浸 し に な っ た Ｃ Ｉ Ｃ で 副 長 が 呑 み 込 ん で し ま っ た 海 水 を 吐 い た。周 り で は レ ー ﹁ゲェッホ、ゲホッ ! 損傷であってもこの装置さえ積んでいれば自力航行が何とか可能な程度の損傷に抑え 回避できるシステムだった。詳しい原理は不明だが、艦体が木端微塵に吹き飛ぶような うダメージコントロールとは別に、艦体が攻撃を受けて撃沈された場合一度だけ沈没を 艦娘には応急修理システムを搭載することが出来る。これは通常被弾した場合に行 ﹁これで〟無事〟って皮肉が効いてるなぁ。まあ、沈んでないからいいけどさ。﹂ ﹁ふ、副長。応急修理システム無事稼働しました。﹂ ＳＴＡＧＥ─３９ 双頭の巨人 1167 1168 られた状態で海面に浮上する。戦闘能力はほぼ失われていたとしても、撃沈による戦力 の喪失を考えれば遥かにましだった。 しかし、このシステムにも弱点が存在する。システム自体は人一人が持ち運べる程度 の小さな金属製の箱であるが、システムが起動してしまうと消えてなくなってしまい再 利用は不可能だった。更に、システム自体の入手法は艦娘の開発で極々低確率で入手す るしかないと言う運任せなもので大量に用意できない。また、このシステムは同じ艦娘 に対して１度しか起動しないと言う物だった。要するに、このシステムを使って轟沈を 回避した艦娘は、その後はこのシステムを搭載していたとしても轟沈を回避することは 出来ない。そのため、このシステムは特に轟沈の場合がある作戦を除いては倉庫の肥や しになるのが常だった。 深海棲艦との戦いでは余程のへたを打たない限り艦娘は轟沈しないと言う現状もこ れに拍車をかけていたりする。 そして、このシステムを一層使いづらくしているデメリットは発動後に艦娘の意識を 奪い去る事だった。艦として撃沈は死ぬことを意味し、その状態から無理やり各部を修 復して再浮上させるため、インターフェースである艦娘に多大な負担がかかった。シス テムの効果によって身体の傷は完全に治されてしまっているが、意識は基本的に失った まま艦体が浮上する。艦の操艦自体は妖精さんでもできたが、攻撃に関しては何とか撃 つことだけは出来ると言った有様で戦力には数えられない。あくまでも轟沈〟だけ〟 は回避するシステムだった。このシステムの恩恵を受けた艦娘は、発動後しばらくのこ ん睡状態を経て意識を回復させる。しかし、その期間はまちまちで１日で回復する個体 も居れば半年かかる個体も居る。近年の研究では、内地に戻した方が意識の回復が速い ことが解っている。 真津は今回の作戦で最も危険な役割を担うホタカにこのシステムを搭載させていた。 艦息に有効かどうかはハッキリしなかったが、ないよりはマシだろうと言う判断だっ ﹂ た。結果的にその判断は功を奏しホタカはもう一度海面に浮かぶことを許された。 ﹁艦長 副長。﹂ 副長が倒れたホタカを起こすが、彼が目を覚ます兆候は全く見られなかった。 ! ? ﹂ ! 電算機は生きてますが機能の８８％ほどがダウン。通信設備全損。浸水は何とか食い ﹁兵装は６番速射砲以外全滅です。レーダーも対空対水上射撃管制共に修復不可能。主 する。 軍医を呼びに行ったレーダー手妖精と入れ替わりに砲雷長が現在の艦の状態を報告 ﹁了解 ﹁ダメだね、軍医を読んでくれ。﹂ ﹁如何です ＳＴＡＧＥ─３９ 双頭の巨人 1169 止めてはいますが、機関の損傷が激しく発揮可能速力は２０ 力場は全く使えません。﹂ が良い所ですね。防御重 ? ガオホーとはこのことだ﹂ 深海棲艦発見 ﹁もしかしてデスノボリ立てちった ﹂ 重巡２ 駆逐２ ! 方位０│７│６ ! ガタのオワタ式と来たものだ。なかなかきつく無いかい ﹂ ﹁逆に考えるんですよ、相手が〟たった一門の砲で何ができる ?! ? ね。相対的に考えて。﹂ ﹁対 空 ミ サ イ ル も Ｃ Ｉ Ｗ Ｓ も 軒 並 み 全 滅 し て い る か ら ハ リ ネ ズ ミ な の は 向 こ う だ け ど れれば勝てます。﹂ 〟とフラグを立ててく ﹁指揮取れって言ったって、使える砲は１門だけ、重力場も足も無い。その上艦体はガタ に指揮を執るのは貴方ですよ。副長。﹂ ﹁訳の解らないこと言ってないで、指揮取ってください。艦長があの状態ですから臨時 ? ! ヤレヤレとため息を付く副長。そんな時、聞きたくない報告が彼女に届く。 ﹂ ﹁艦橋見張り員よりＣＩＣ 接近中 ! 冷や汗が頬を滑って濡れた床に落ちた。 ! ! ﹁まいったなぁ、これじゃあ深海棲艦に遭ってしまったらこっちが蹴散らされる。イン 1170 ﹁バカな事やってないで、戦闘準備命令位発動しろよ。﹂ ホタカをストレッチャーに固定した軍医の呆れた様な声に、副長は長いため息を吐い て指示を飛ばし始める。 ﹁１５２ｍｍ速射砲用意。目標敵先頭の重巡洋艦。射程に入り次第攻撃を開始せよ。﹂ もしかしてこの艦呪われてる ﹂ 可能数はそれ以下になるためご注意ください。﹂ なに ? 敵艦隊にミサイル多数着弾 深海棲艦殲滅されました ﹂ ﹁あ、ちなみに撃てるのは即応弾３１８発です。給弾システムに問題が生じた場合、射撃 ﹁え ﹁艦橋よりＣＩＣ ! ! 本気で副長が総員退艦を考え始めた時、それは起こった。 ? とハリアーで占められていたが、先頭を飛ぶのは２機のＦ│１５Ｃだった。 朝日に向かって多数の航空機が編隊を組んで飛行していた。ほとんどがホーネット ! ? 防御壁崩壊を誘発させたのち超兵器の右舷側から侵入し徹底的に攻撃せよ。いくら相 シー ル ド ダ ウ ン の 対 空 砲 は ほ ぼ 全 滅 し た。こ の 機 を 逃 し て は な ら な い。攻 撃 隊 全 機 は 別 働 隊 が ﹃Ｅａｇｌｅ Ｅｙｅより各機、よく聞け。ホタカの決死の攻撃により超兵器の右舷側 ＳＴＡＧＥ─３９ 双頭の巨人 1171 手が化け物でも所詮は戦艦だ。大艦巨砲の化け物に引導を渡してやれ。﹄ 彼らよりも遥か上空では多数の爆弾を抱いたホーネット２個飛行隊が同じように飛 行している。デュアルクレイター戦と同じように、高高度から急降下爆撃を行う事で防 御重力場を無効化する手筈になっていた。第一次攻撃隊は爆弾を無理やり抱かせたＦ │１５Ｃを配備するＧａｒｍ隊、ホーネットを配備するＭｏｂｉｕｓ、Ｓｏｒｃｅｒｅ ｒ隊等、合計で５個飛行隊。ハリアーはＯｆｎｉｒ、Ｇｒａｂａｃｒ隊を初めとする３ 個飛行隊。そして、その後方にはＦｗ２００ｃ１個飛行隊、Ｊｕ│８７の３個飛行隊、ア パッチ３個飛行隊が追従する。第一次攻撃隊として合計４１０機がハリマへ向かって 侵攻していた。 水平線の向こうにハリマの巨大な艦体が見えてくると、イーグルのコクピットに収 まった菅納は思わず身震いした。 │││││でかい。なるほど大艦巨砲の化け物と言われるだけの事はある。 彼自身対艦攻撃任務に就いたことは一度も無いが、爆弾の投下はコンピューターが行 う事になっていた。 ブレイク ブレイク ! ﹄ 目標までの距離が５０ｋｍを切った時、ハリマの艦体が黒煙に包まれ管制機の警戒警 対空砲弾が来るぞ ! ! 報が響く。 ﹃敵超兵器発砲 ! 1172 絶対にこの範囲に入るな ﹄ 翼を立ててジェット機の編隊が解かれていく。管制機とデータリンクが行われてい ⋮８⋮７﹄ ! ! る画面には巨大なオレンジ色の円が幾つも現れた。 ﹄ ! ﹄ ﹃データ画面に着弾範囲を表示した 回避だ ﹃入るなって広すぎるぞ馬鹿野郎 ﹃回避 ﹃着弾まであと１０秒 ! ﹃５⋮４⋮３⋮２⋮１⋮弾着、今 ﹄ ビリビリと振動した。第１波を何とかしのぎ切り体勢を立て直した瞬間に第２波が到 すぐそばで炸裂した榴弾の衝撃波にイーグルは木の葉のように弄ばれキャノピーが !? ! ﹃空が爆発したぞ ﹄ ﹄ た８０㎝砲弾は極めて有効な空間制圧兵器になりえた。 にする破壊力を持っている。大地や建物よりも脆弱な航空機相手に特殊炸薬を満載し した場合、幅と深さが１０ｍを超えるクレーターを生成し、都市区画を一撃で木端微塵 その瞬間、キャノピーの向こう側に無数の太陽が出現した。８０㎝砲弾は地面に着弾 ! していく。 整然と飛行していた編隊が俄かに騒がしくなり、各々が急旋回して危険範囲から離脱 ! ! ﹃何だこりゃぁ ＳＴＡＧＥ─３９ 双頭の巨人 1173 達、編隊は大混乱に陥ってしまう。航空機に搭載されたコンピューターは人間のパイ ロットの様に混乱しない。しかし、ここまで立て続けに想定外の衝撃を四方八方から受 けては不具合を起こしかねなかった。事実、数発の主砲弾が描く図形の中心付近に逃げ てしまった２機のハリアーは砲弾の加害範囲予測とフライトコンピューターの同期に 不具合が生じデッドロックに陥ってしまった。戦闘中にデッドロックを起こした航空 機に生きるすべはない、そのハリアーも回避が間に合わず砲弾の加害範囲に突っ込んだ 結果激烈な衝撃波を受けて主翼をもがれ空中で爆散する。 Ｇａｒｍ隊の二機は散開しつつも何とか８０㎝砲弾が生成する地獄の窯に突っ込む ことを回避していた。 データリンクされた画面にはひっきりなしにオレンジ色の円が現れては閃光と衝撃 波と共に消えていく。キャノピーから見える景色はまさに地獄絵図で、空中にはいくつ も の 太 陽 が 出 現 し あ た り に 破 壊 を も た ら し て い く。運 悪 く そ の 太 陽 に 突 っ 込 ん で し ﹄ ﹄ まった機体はすぐさまバラバラに分解されるか黒煙を噴いて高度を下げていった。 ﹃Ｃｏｃｏｏｎ│３がやられた ﹄ ! ! ベイルアウトする ! いったん退避する ﹄ ! ﹃こちらＬａｎｃｅｒ│１２ ! バカスカ撃ちやがって ! ﹃右尾翼が吹っ飛んだ ﹃クソッ ! 1174 それでも、彼らは爆発の合間を縫うように突入を続けていく。ジェットエンジンのた たき出す推力は加害予測から何とか逃れられるだけのポテンシャルを有していたのが 幸いだった。しかし、鈍重なレシプロ爆撃機はそうはいかない。 ッと。﹄ ﹃Ｅａｇｌｅ Ｅｙｅより全機。コンドルとシュトゥーカ隊は退避した。速やかに敵防 空網を突破せよ。﹄ ﹃たしかに、これじゃあ爆撃隊はいい的だなっ まで正確な射撃は出来ないはずだ。﹂ ﹁この爆発は面倒だ。艦体を潰す前にレーダーをやった方が良い。目をやられてはここ で爆発が起きたらしい。 通信の向こうからＧａｒｍ０２の若干上ずった声。如何やら話している最中に近場 ?! ﹂ ! ﹂ ! │││││予想済みと言うわけか。 ﹁Ｇａｒｍ│１了解 り敵超兵器を爆撃せよ。﹄ ﹃ネガティブだ、Ｇａｒｍ│１。その役目はアパッチ隊が担っている。貴官らは作戦通 叩くことを具申する ﹁此方Ｇａｒｍ│１。敵超兵器本体の攻撃の前に、俺たちの一部が超兵器のレーダーを ﹃同感だ。こんな攻撃を続けられたら命がいくつあってもたりねぇ。﹄ ＳＴＡＧＥ─３９ 双頭の巨人 1175 今頃薄暗いＣＩＣで指揮を執っているだろう自分の艦長を思い起こす。あの艦長な らば臨機応変に部隊の目標を変更させることぐらいするだろう。 彼我距離がさらに近づくと、８０㎝砲弾の他に３８，１㎝砲弾も飛んできて至近で炸 裂する。これまでに第一次攻撃隊はハリアー、ホーネット合わせて２０機ほどの損害を 受けていた。音速を超えるジェット機でこの有様であるならば、レシプロ機主体の攻撃 隊ならば壊滅的な打撃を受けているだろうことは想像に難くない。 ﹄ ! ぎたはるか後方で炸裂する砲弾が続出した。とは言え、直撃した場合には信管が作動す ギリギリにまで加速したホーネットが相手ではいささか分が悪く、ホーネットガ通り過 いていく。８，８㎝砲弾、２０，３㎝砲弾共に近接信管が内蔵されているが、設計限界 行った。途切れることなく吐き出される無数の砲弾は飛行機雲の束を飲み込み、引き裂 突然、ハリマの左舷側に強烈な閃光が発生し、無数の火箭が真上に向かって伸びて あるはずだった。 へ向かって伸びているのが見える。その数は重なってしまってよく解らないが４８本 機体を必死に操りながらちらりと空を見上げると、白い飛行機雲が真っ逆さまに地上 る。防御壁崩壊の有無にかかわらず爆撃を敢行せよ シー ル ド ダ ウ ン する。この攻撃で防御壁崩壊が発生しなかった場合でも、重力壁にダメージは通ってい シー ル ド ダ ウ ン ﹃Ｅａｇｌｅ Ｅｙｅより各機。Ａｎｔａｒｅｓ、Ｒｉｇｅｌ両隊が急降下爆撃を実施 1176 る 必 要 は 無 い。ハ リ マ か ら 吐 き 出 さ れ る 無 数 の 対 空 砲 弾 に そ の 身 を 貫 か れ 爆 散 す る ホーネットが徐々に増えていく。 電脳戦闘機であるが故に、彼らは自らが消滅する恐怖をもたず一心不乱に突入を続け るが恐怖心が無いだけでは弾丸を避けることは出来なかった。一機、また一機とその対 空砲火に焼かれていくが、最終的に４２機の機体が登弾に成功する。１６８発の８００ ポンド誘導爆弾はハリマの巨大な防御重力場に次々と突き刺さり炸裂していった。黒 煙と爆弾の破片がハリマの巨体を覆い隠す。 が、数瞬間の静寂後。ハリマの２つの艦首が巨大な黒煙を貫き、艦橋が黒煙を引きち ぎりながらハリマは再びその姿を現す。 ﹄ ﹃Ｌａｎｃｅｒ│１ Ｅｎｇａｇｅ ﹄ ﹄ ﹃Ｗｉｚａｒｄ│１ Ｅｎｇａｇｅ ! ! 新しく部隊を割り振られたエースパイロット達が交戦を宣言して鉄火場へ飛び込ん ﹃Ｇｒｕｎ│１ Ｅｎｇａｇｅ ! る。火だるまになりたくなければ絶対に立ち入るな。﹄ ﹃作戦は続行だ。第１次攻撃隊各機は攻撃を開始せよ。左舷側上空は飛行禁止区域とす 警戒管制機のどこか気落ちした声が響く。 ﹃ハリマの艦体に目立った損傷は無し。急降下爆撃による損傷は皆無。﹄ ＳＴＡＧＥ─３９ 双頭の巨人 1177 ! でいく。 ﹂ ﹁Ｇａｒｍ│１ Ｅｎｇａｇｅ ! く。ハリマの左舷がわ最外部に位置する８８ｍｍバルカンが苦し紛れの攻撃を行うが、 だった。高度計の値が見る見るうちに小さくなっていき、対地アラートが機内に鳴り響 たきつけるエネルギーは少しでも大きい方が良いと言う判断から選択した攻撃方法 ロットルをＭＡＸに叩き込みパワーダイブ。防御重力場が完全に崩壊していない今、た 眼下には巨大な超兵器。一つ短く息を吐くと、機体を半ロールさせピッチアップ、ス 全な死角となる。 を水平に戻す。この距離になるとハリマの２種類の大口径砲は仰角が取れなくなり完 なった機体を半ロールさせピッチアップ。真上に海が見えた瞬間に再度半ロール、機体 予測を見る前に機首上げ上昇、後方で対空砲弾が炸裂するが既に加害半径の外。垂直に 先頭に躍り出た事で数基の３８，１㎝砲がこちらを指向し対空砲弾を撃ち放つ。着弾 体を一気に加速させ先行していたホーネット隊を追い抜いていく。 イーグルに搭載された２基のターボファンエンジンが膨大な推力を吐き出し、重い機 進していく。 ２機のイーグルも後れを取るまいとアフターバーナーの輝きを残してハリマへと突 ﹄ ﹃Ｇａｒｍ│２ Ｅｎｇａｇｅ 1178 もともと想定されていない角度への射撃と言う事もあり２機のイーグルを捉えられな い。 │││││貴様の呻き声を聞かせて見せろ 板に着弾した爆弾は相次いで炸裂し、残っていた木の甲板を木端微塵に吹き飛ばす。そ て早爆、力場発生装置のキャパシティを消し飛ばし１２発の爆弾の道を切り開いた。甲 重力場に１６発の爆弾を防御する力は残されていなかった。４発が防御重力場によっ 到する。ＡｎｔａｒｅｓとＲｉｇｅｌによって叩きつけられた爆弾に痛めつけられた イーグルから投下された１機辺り６発の８００ポンド爆弾はその全てがハリマに殺 たれるが海面ギリギリで翼を立てて２手に分かれることで直撃を回避する。 こしつつも、急降下で稼いだ速度を生かして急速離脱。８０㎝砲弾が追い打ちとして放 き起こし衝突を回避、血が足に集まり目の前が一瞬真っ暗になる。ブラックアウトを起 投下ボタンを押し込むと衝撃と共に俄かに機体が軽くなる。間髪入れずに機体を引 ! ﹄ ﹄ の中の１発は３８．１㎝砲に着弾するが、厚い装甲によって跳ね返されてしまう。しか し、ハリマに傷をつけたのは事実だった。 シー ル ド ダ ウ ン ! ﹄ ﹃Ｇａｒｍ隊がやったぞ ! Ｇａｒｍの連中に遅れをとるな ﹃Ｌａｎｃｅｒ隊行くぞ ! ﹃Ｇｒｕｎ│１より各機、防御壁崩壊は長くは続かない。攻撃するぞ、続け ! ＳＴＡＧＥ─３９ 双頭の巨人 1179 ﹃Ｅａｇｌｅ ＥｙｅよりＳｈｏｏｔｅｒ隊。攻撃を開始せよ 諸元入力良し 発射 ! ﹂ ! ﹁良し、母艦へ帰還する。弾薬を補充したらもう一度だ。﹂ ﹁攻撃完了しました。﹂ 出され水平線の彼方へ飛び過ぎていく。 ﹄ ﹄ いく。彼らの後ろに続く他の僚機や無人機からも同じように次々と対艦ミサイルが射 アパッチの両翼にぶら下げられていた２発のハープーンが解き放たれ、蒼空を翔けて ﹁了解 ! ﹁出し惜しみするな、派手にやれ。﹂ を安定させながら前席に座るガンナーに指示を飛ばした。 ｒの隊長機を務める機内に低い声が響いた。その声の主は、低空でホバリングする機体 アパッチ隊と言うよりも大日本帝国で唯一の有人攻撃ヘリコプター隊Ｓｈｏｏｔｅ ﹁Ｓｈｏｏｔｅｒ│１了解。攻撃を開始する。﹂ ﹃Ｅａｇｌｅ ＥｙｅよりＳｈｏｏｔｅｒ隊。攻撃を開始せよ をしていた。 ハリマより北へ１００ｋｍ離れた地点で７２機のＡＨ│６４Ｄが低空でホバリング ! ! 1180 ＳＴＡＧＥ─３９ 双頭の巨人 1181 グルリと長い尾部が旋回すると、蜘蛛を模したエンブレムを付けたＳｈｏｏｔｅｒ隊 を初めとする７２機のアパッチは頭を少し下げつつ全速で離脱を始める。 放たれた１４４発のハープーンは攻撃針路に乗ったホーネットやハリアーの下を猛 スピードで飛び過ぎ、ハリマの高い艦橋へ殺到する。ハリマのバイタルパートを貫くに は非力すぎる槍だが、目を潰す用途には十分に使用できた。各種レーダーに対艦ミサイ ルが突き刺さりその機能を永遠に奪っていく。さすがのハリマも目となるレーダーを 潰されれば、砲側の射撃観測装置のみで迎撃を行う事を強いられ。効率が格段に落ち る。そこへ、生き残った攻撃機８個飛行隊１７２機が抱いてきた爆弾が容赦なく叩きつ けられる。 幅広の双胴の艦体左舷側に幾つもの閃光と爆炎が迸り、黒煙がハリマを包む。視界が 遮られていたとしても、攻撃隊は容赦なく爆弾を叩きつけていく。黒い流線型の爆弾が 黒煙の中に突入し、その下のハリマの甲板で炸裂、新しい黒煙を噴き上げる。 最後のハリアーが投下した爆弾が艦首側に叩きつけられ攻撃が終了する。既に爆弾 を投下し終えた機体は再攻撃のために加久藤へ帰還を始めていた。深海棲艦ならば数 個艦隊を難なく吹き飛ばすほどの攻撃、超兵器もただでは済まないだろう。 そんな思いを誰もが抱いていた。攻撃には直接参加せずハリマの左舷側で爆弾の誘 導を行っていたＯｍｅｇａ│１１こと和泉健一もその一人だった。まだ煙が残ってい ることから撃沈はしていないにしても、それ相応の被害は受けているはず。そう思って ﹂ いた、その瞬間までは。 ﹁バカな 第 一 次 攻 撃 隊 に よ る 損 害 は 警 備 ﹄ ﹄ 第 ２ 次 攻 撃 を 求 め る ! ! も落ちていない。 ﹃こ ち ら Ｇ ｒ ｕ ｎ │ ２ ﹄ ﹄ 破孔一つ空いていない ﹃不死身かこいつは ﹃甲板を見ろ もっとデカい爆弾が要る ! ! !? ﹃８００ポンドじゃ無理だ ! ! ! ように大口径砲弾が吐き出され、空を汚していた。艦体は傾くことも無く、速度は少し 闘艦橋に大きな損傷は見られない。艦橋の周りに配置された砲台からは攻撃前と同じ るも無残にスクラップにされてはいるが、それは上半分の航海艦橋の話で、下半分の戦 板装甲は健在で太陽の光を受けて威嚇するように鈍色の光を放っていた。艦橋こそ見 うな様子は無い。甲板に張られていた木は完全に消え去っていたが、その下の強靭な甲 かった。右舷の甲板からは薄い煙が靡いているが、それだけで、火災が起こっているよ 黒煙を切り裂いて出て来たハリマに、艦橋部以外に目立った損傷を見ることは出来な !? 1182 ﹁くそったれ。﹂ 小さくつぶやいて翼を立てて旋回。その瞬間、コクピットにけたたましいアラートが 鳴り響く。自分の直観に従いスロットルをＭＡＸへ、急降下。ホーネットは海面へ機首 を向けるが、後方で３８，１㎝特殊榴弾が炸裂する。巨大な衝撃波はホーネットの後部 ﹂ をズタズタに切り裂き、機体を構成していた金属部品をあたりにまき散らす。 ﹁畜生 く。 やエンジン停止のアラートが鳴り響き、頼みの綱のディスプレイも次々と沈黙してい 操縦桿を引くと何とかホーネットは上昇を開始するが、すぐに反応が無くなる。火災 ! ﹃脱出しろ ﹄ ﹄ Ｏｍｅｇａ│１１ ! ﹂ 動。座席は射出されると同時にガス発生機を作動させ、固体ロケットに点火。彼の身体 し付けられる。シルロック解除。カタパルトガン点火。ＩＦＦ、ＥＣＭ機器自爆装置作 頭上のフェイスカーテン・ハンドルを引くと、ベルトが巻き取られ射出座席に体が押 ﹁Ｏｍｅｇａ│１１イジェークト ! ! ! ﹃Ｏｍｅｇａ│１１がやられた この機体が航空機としての機能を根こそぎ喪失したことを直観的に悟る。 ﹁モニターが死んだ、エンジンが⋮﹂ ＳＴＡＧＥ─３９ 双頭の巨人 1183 1184 を十分な高さへと打ち上げる。射出座席からドラグシュートが射出され、それにパーソ ナルシュートが引き出される。パラシュート解散によるショックで固定具が外れ、射出 座席本体と身体が分離される。機体の制御コンピューターのバックアップメモリと共 に、ゆっくりと降下しながらヘルメットのバイザーを上げると、目の前で未だに砲火を 放ち続けているハリマが良く見えた。 救難信号を発するビーコンを確認すると、うまく作動しているようだ。鮫に喰われな い限り何とかなるだろう。 そんな事を考えながら再び視線をハリマに戻した時、超兵器の右側面が文字通り爆ぜ た。８００発を軽く超える誘導爆弾が直撃しても身じろぎ一つしなかった艦体が悲鳴 を上げ、装甲板が吹き飛ぶ。目の前の光景が信じられず呆然としていると、それまで上 空を睨んでいたハリマの主砲全てが彼の方を向いた。いや、正確には彼の後方を睨んで いる。 そのまま１８門の８０㎝砲と１５門の３８，１㎝砲が咆哮する。３３発の砲弾は彼の 頭上を飛び越え背中側で炸裂。その衝撃波でパラシュートが木の葉のように揺さぶら れる。必死にパラシュートにしがみつき、衝撃に耐える。パラシュートが煽られた為先 ほど向いていた方角とは逆の方向、ちょうどハリマが先ほど主砲を放った方に体の正面 が向く。視界には砲弾が炸裂したにしては大きすぎる爆煙が漂っていたが、その煙の群 れも、何かによって引き裂かれ反対側が見える。 後ろで再び巨大な炸裂音が木霊するが、和泉の視線は前方の遠くの方に釘付けになっ ていた。 大和型よりもスマートな艦体に、近代的な艦橋構造物。主砲は前部に３連装砲が１ 基。その主砲よりも前方には丸っこい小型の単装砲と無数の小型ハッチ。艦橋の周り には白い円筒形のレドームを備えたガトリング砲が並び。その下、舷側ギリギリに設け られた大型のハッチは解放され、周囲には白煙がたなびいている。それは、先の海戦で 撃沈され現在は戦闘不能状態で退避を余儀なくされているはずのホタカと全く同じと 言って良い姿をした戦艦だった。 ﹂ ? ＥＤ ﹁ＯＮＥ ＯＫ ＬＯＣＫ 〟アンサイズニア〟﹂ 彼の嘆きは再び背後から轟いた大口径砲の轟音によってかき消された。 ﹁ホタカ、だと ＳＴＡＧＥ─３９ 双頭の巨人 1185 ＳＴＡＧＥ│４０ ネームシップ ハリマの舷側が火炎と黒煙に包まれ、無数の大口径砲弾が放物線を描いて飛翔する。 その標的となった艦は艦身体を大きく傾けながら左舷方向へ回頭し、再び無数のミサイ ルを両舷から放ち、ダメ押しとばかりに２基の３連装主砲も発砲する。 早期警戒管制機に改造されたホークアイの機上で、それまで航空隊の指揮を執ってい ﹁なんだ⋮あの艦は⋮﹂ ﹄ たＥａｇｌｅ Ｅｙｅこと藍沢大佐は機上モニターに映し出される不明艦とハリマの 戦闘をにらみつけていた。 ﹃Ｇｒｕｎ│１よりＥａｇｌｅ Ｅｙｅ。ホタカは沈んだんじゃなかったのか ﹄ ? Ｇｒｕｎ│０１との通信が切れると、藍沢へ母艦から連絡が入る。 ﹃了解。﹄ ﹁調査中だ。各機は母艦に帰還した後燃料、弾薬を再搭載して再出撃せよ。﹂ ﹃じゃあこいつは誰だ 理装置によって喪失は回避してはいるが、艦体はボロボロの筈だ、コイツじゃない。﹂ ﹁此方Ｅａｇｌｅ Ｅｙｅ。ホタカの撃沈はＯｍｅｇａ隊が確認している。彼は応急修 ? 1186 ﹃こちら加久藤。出現した不明艦と交信は出来るか ﹃解った。ホタカはどうなっている ていません。﹂ ﹄ ﹄ ﹁全周波数帯で呼び掛けを行ってみます。現在、彼の艦からこちらへの攻撃は確認され ? サーチアンドレスキューチーム わせる。﹄ ﹃こちらからホタカ護衛の為の航空隊を出撃させる。Ｏｍｅｇａ隊は帰還させ補給を行 退避を続けています。﹂ ﹁再浮上は無事成功したようです。現在はＯｍｅｇａ隊が護衛に当たり戦闘海域からの ? シー ゴ ブ リ ン 隊 │││││さて、鬼が出るか蛇が出るか⋮ 属と目的を明かされたし。﹂ ﹁⋮こちら大日本帝国海軍加久藤航空隊所属空中管制機Ｅａｇｌｅ Ｅｙｅ。貴艦の所 補助として乗り込んでいる士官が、ヘッドセットを藍沢に渡した。 ﹁大佐。全周波数帯通信の準備が整いました。﹂ ﹁了解。﹂ ﹃既にＵＨ│１の一個飛行隊を出撃させた。救難隊の指揮権は君に移譲する。﹄ で。﹂ ﹁捜 索 救 難 部 隊の派遣を要請します。これまでに有人機が何機も落とされていますの ＳＴＡＧＥ─４０ ネームシップ 1187 不明艦より発光信号 ﹄ 投げかけた質問の答えはすぐに帰って来た。ただし、電波では無く可視光と言う形 で。 ﹃こちらＬａｎｃｅｒ０１ ﹁読み上げろ。﹂ ! ﹃なっ ﹄ ﹄ 軍第四艦隊旗艦、アサマ型高速戦艦１番艦アサマ ! ﹄ 軍第四艦隊旗艦、アサマ型高速戦艦１番艦アサマ ! 我が軍への協力を申し出ています ﹃Ｌａｎｃｅｒ０１よりＥａｇｌｅ Ｅｙｅ⋮該当不明艦はウィルキア帝国軍紅海方面 ! 我が軍への協力を申し出ています ﹃Ｌａｎｃｅｒ０１よりＥａｇｌｅ Ｅｙｅ⋮該当不明艦はウィルキア帝国軍紅海方面 ?! ?! ﹁どうした ﹂ ややあって困惑した様なＬａｎｃｅｒ０１の声が通信機から響いた。 ! 1188 ! ﹂ ホーネットからの通信を加久藤は薄暗いＣＩＣルームで受け取っていた。驚きに目 を見開いた筆木中将が彼に問いかける。 ﹁加久藤。アサマ型と言うと、ホタカと同型の艦ではないのか た、世界に覇を唱えたウィルキア帝国軍内に装甲護衛艦という守りに特化した様な印象 クはホタカとほぼ同じであり、高速性能も十二分に有していたための措置であった。ま 軍に編入され、艦の分類が装甲護衛艦から高速戦艦に変更されていた。アサマのスペッ ウィルキア帝国に日本が降伏した時、横須賀のドックで建造されていたアサマも帝国 真正銘同型艦です。﹂ ﹁ええ。仰る通り、あの艦はホタカの兄弟艦です。まあ、艦の分類は奴とは違いますが正 ? 無線封鎖をやっているわけでもないだろうに。﹂ を受ける艦分類を残すことを帝国側が嫌ったのも原因の一つだと言われている。 ? ﹁どうやら無線通信設備をやられているようです。これでは発光信号でもしないと通信 ﹁これは⋮﹂ やり引きちぎられたような損傷を見ることが出来た。 ルの白煙が漂っており解りにくいが、そこには後部艦橋に備え付けられたマストが無理 モニターを操作し、アサマの後部艦橋の一部分を映し出す。煙突からの排煙やミサイ ﹁そのことですが。こちらをご覧ください。﹂ ﹁しかし、どうして発光信号なんだね ＳＴＡＧＥ─４０ ネームシップ 1189 を送ることは出来ません。﹂ ﹂ ﹁非常措置と言うわけか。加久藤、君は如何するべきだと思う ﹁如何⋮とは ﹂ ? ﹁この戦艦は信用し共同戦線を張るべきかどうかと言う事だ。信用できるのかね ? た。 ﹂ モニター上では再びハリマの舷側にトライデントが突き立ち、巨大な爆炎を上げてい ﹁そうか。﹂ 他ないと考えます。﹂ に搭載されたものだけですので、たとえ信頼できなくとも今は信用して共同戦線を張る 決定打に欠けます。ホタカのトライデントが使えない今、使える特殊弾頭兵器はアサマ 念のため用意しておいた１ｔ爆弾を使用するつもりですが、この大型爆弾は数が足りず 本艦に搭載された誘導爆弾では装甲板に傷一つ付けられませんでした。次の攻撃では ﹁今は信用するしかないでしょう。第一、ハリマの装甲板は我々の予想以上に強固です。 顔を上げた。 筆木の問いに、艦息はしばし顎に手を置いて考える。が、すぐに答えを出したようで ? 1190 ＳＴＡＧＥ─４０ ネームシップ 1191 ハリマに搭載された無数の主砲が咆え、遠距離からミサイルを断続的に撃ち放ってく る戦艦へその砲弾を解き放つ。アサマは自らの主砲の射程圏ギリギリを併進しながら ハリマに攻撃を加え続けていた。この距離ではアサマの主砲は届かず、ハリマに一方的 に主砲を撃たれてしまう。しかし、一見不利に見える配置にもアサマなりの考えがあっ た。ハリマの主砲は長大な射程を有しているが、そのことが逆に仇になることが有る。 いくら電磁気力で主砲弾の初速を稼いだとしても、４０ｋｍを超える距離を一瞬にして 飛翔することは不可能であり、ある程度の時間が必要だった。そして、その時間はアサ マにとって砲弾の軌道をトレースし、着弾予想地点から逃げるのに十分な時間であっ た。また、ハリマの主砲がアサマに向けて放たれていると言う事は上空の航空隊に向け られている砲は其れだけ少なくなっていることを意味し、火力の分散を引き起こしてい た。接近する航空機に対しハリマが主砲を向けようとした時は舵を切って、超兵器に突 入するように見せかけることで砲を空に向けることを制限させていた。 アサマの両舷に備え付けられた装甲ハッチが開かれ大柄なミサイルが身震いをしな がら飛び出し、それに続くように無数の対艦ミサイルが白煙と共に打ち出される。打ち 出された大小の槍は太陽が高く昇り青く染まった空を、弧を描きながら飛翔し巨大戦艦 1192 に殺到していく。狙われた戦艦は、対空迎撃のため仰角いっぱいにまで振り上げていた ３８，１㎝３連装砲の砲身を下ろし、それまでアサマに向かって砲撃を続けていた８０ ファイアウォール ㎝砲と共に、迫りくる音速の目標へ射撃を開始する。第一斉射で放たれた１８発の８０ ㎝対空砲弾と１５発の３８，１㎝砲弾が空中で炸裂し巨大な爆炎の壁を形成する。突如 出現した緋色の壁に多くのミサイルが阻まれ迎撃されていくが、意図的に発射を送らさ れたミサイルの一群が黒煙を切り裂いて突入を続ける。 第２斉射。８０㎝砲の装填は間に合わず３８，１㎝砲のみの砲撃。先ほどのモノより 明らかに密度の薄い壁が形成され数発のミサイルが爆発するが大部分が通過する。ホ タカの特攻に近い攻撃によって近接防空火器を喪失したハリマに突入するミサイルを 着弾前に防ぐ手立てはもはや存在しない。２３発のハープーンと３発のトライデント がハリマの防御重力場を切り裂いてその幅広い艦体へ突入する。 閃光と共に戦術核に匹敵する衝撃波が撃ち込まれ、トライデントが直撃した３８，１ ㎝砲２基の砲身が拉げ、もぎ取られ宙を舞った。ハープーンは比較的構造が軟弱な艦橋 周辺に突入し、生き残っていた射撃指揮レーダーをなぎ倒す。右舷側最前部の８０㎝砲 に着弾したトライデントもあったが、ハリマの主砲の装甲は強固であり破壊には至らず 装甲を拉げさせるだけにとどまった。 復讐とばかりに放たれた８０㎝砲弾がアサマに迫る。砲弾の軌道と着弾予測を行い ＳＴＡＧＥ─４０ ネームシップ 1193 射線から逃れるが、今度の砲弾は只の対艦砲弾では無かった。 着弾する寸前に炸裂。８０㎝砲弾が炸裂した所から無数の銀色の紙吹雪が拡散しあ たりに漂う。その瞬間、アサマの電探はその全てに白い靄がかかったようにホワイトア ウトしてしまう。ハリマが使用したのは８０㎝電子欺瞞弾。砲弾内にアルミを蒸着さ せたフィルムを充填したもので、目標を包み込むように炸裂させてその電子の目を奪 う。 戦艦同士の砲撃戦を意図して建造されたハリマにとって、アサマ型に搭載されていた トライデントの様な高火力誘導兵器は脅威だった。例え超兵器の電子戦能力をフルに 活用しても、母艦の電波が直接届く距離ならば電子防御を力技で突破されてしまう。い かに強固な対空迎撃網を構築していたとしても、無数に迫りくる超音速のミサイルをさ ばき切るのは至難の業だった。 そのため、今回使用した電子欺瞞弾が開発された。この砲弾とハリマのけた外れの射 程を使えば、母艦の電波が届く距離にまで接近した艦がいたとしても、その母艦の周り に電子欺瞞紙をバラ撒くことで誘導電波を無効化させ、その間に砲弾を叩き込む。８０ ㎝砲の巨大なペイロードが有れば数発で戦闘艦の周りをチャフだらけにすることが出 来た。 と言ってもこれは極秘兵装であり、この砲弾を使用すると言う事は其れなりにハリマ 1194 が焦りを感じていることがうかがえた。一向に砲撃戦を行おうとしないアサマに業を 煮やしたともとれるが⋮ アサマは突如生じた電子欺瞞紙の結界から逃れようと舵を切り、速度を上げるが、ハ リマは其れを許さなかった。複数の主砲を使い、艦の進む先に広範囲にチャフ砲弾を送 り込む事でアサマが常にチャフに包まれるように工夫をしていた。 そんな中でも、アサマは１４発全てのトライデントと６０発のハープーンを打ち上げ る。打ち上げられたミサイルはそのまま電探欺瞞紙の雲を突っ切るように上昇すると、 旋回しハリマへと突入していく。チャフが効かなかった訳では無い。只のプログラム 誘導だった。電探欺瞞紙がばら撒かれているのはアサマ周辺であり、その雲の先では何 時もの様に電波を使うことが出来る。ミサイルにチャフを通過し、おおむね敵艦の方へ と頭を向ける飛翔コースを予め入力しておけば母艦の電探が使えなくても攻撃は可能 だった。 上空から付き下ろすように７４発のミサイルがハリマへ突入する。が、突入しようと した瞬間にチャフの雲に突っ込み、ハープーンの大部分が明後日の方向に飛んで行って しまった。８０㎝砲はその全てがアサマを狙っている。ミサイルを無力化したのは３ ８，１㎝電探欺瞞弾だった。８０㎝砲が使えない時のためにと開発、搭載された砲弾は 目論み通りチャフの穴をふさぐことに成功する。 ＳＴＡＧＥ─４０ ネームシップ 1195 しかし、銀色の光を反射するチャフの雲を１４発のトライデントは難なく通過しハリ マへ突入していく。トライデントのシーカーは電探・画像複合誘導であり、例え電波が 使えなくとも弾頭に取り付けられた小型カメラによってミサイルの誘導が可能だった。 再び目の前に形成されたチャフの雲を突き抜け１４発がハリマへ突入。しかし、復旧を 終えたばかりの防御重力場に阻まれ１０発が早爆してしまう。 それでも、突入した４発のトライデントはハリマの甲板や３８，１㎝砲に突き立ち、火 柱を噴き上げた。いくら敵艦隊との砲撃戦を意図して作られ、装備された複数枚の特殊 装甲があったとしても、トライデントの連続した突入には耐えきれず引き裂かれ、宙を 舞い艦内部に損傷が生まれる。結果的に２発のトライデントが甲板の装甲を打ち抜く ことに成功する。 しかし、ようやく形成された破孔に灰色の液体が満ちてゆき、最終的に破孔全体がそ の液体によって覆われてしまった。戦艦同士の殴り合いでは被弾は避けられない。だ が、装甲を打ち抜かれることは艦全体の防御能力の低下を意味している。いくら強固な 防御壁を搭載していたとしても、攻撃が続けられれば損傷し破壊されてしまう。水上砲 戦で最強を目指したハリマにとってそのような事はあってはならない事だった。そこ で搭載されたのが、硬化性修復剤だった。艦内至る所に張り巡らされた修復剤注入管か ら被弾し、破孔の空いたブロックに灰色の修復剤が流し込まれる。流し込まれた修復剤 はわずかな時間で固化し、瘡蓋の様に破孔をふさいだ。防御能力自体は装甲板に劣る が、打ち抜かれたブロック丸ごと修復剤で埋めて補強するため見かけ以上の防御能力を 発揮した。 ﹁なるほど。﹂ ハリマに穿たれた破孔が灰色の液体で満たされていくのをモニターで確認した加久 ﹂ 藤は合点が言ったと言う風に一つ頷いた。 ﹁はぁ ﹂ ? 体に装備された大口径砲でも、驚異的な各種砲弾でも、 うように指示しておきます。いくら修復剤で穴をふさいでも所詮は急場しのぎ。１ｔ ﹁しかし、ハリマに破孔が開いたこともまた事実。うちのパイロットにはこの破孔を狙 モニターの向こうでは、既に破孔は灰色の修復剤に飲み込まれてしまっていた。 きまでに叩き潰すまで攻撃を続ける悪魔的なまでの不死性ですよ。﹂ 鉄壁の対空防御でもない。如何なる攻撃を受けても決して動じず、沈まず、敵を完膚な ﹁奴の恐ろしさはその巨大な図 プラットフォーム ﹁ホタカが何故あそこまで奴を恐れていたのかが、よく解りました。﹂ ぼ真逆の答えだった。 何か良い案でも浮かんだのかと期待を込めた視線を筆木が送るが、帰ってきたのはほ ﹁何かわかったのか ? 1196 ＳＴＡＧＥ─４０ ネームシップ 1197 爆弾を防ぐのは至難の業でしょう。﹂ 遂に装甲板を打ち抜かれたハリマだったが攻撃の手を緩めるようなことはせず、ひっ きりなしに砲弾を吐き出し続けていた。一方のアサマはトライデントを再装填しつつ チャフの回廊を抜けようと必死に機動を続けていく。取り舵をいっぱいに切り艦首と 艦尾が海面に白いカーブを描いた瞬間、前方に３つの巨大な水柱が吹き上がりその白い 壁に艦首が突っ込んでしまう。ハリマは主砲塔の一基を対艦砲弾に切り替えて、アサマ を仕留めに掛かった。ひっきりなしに降り注ぐチャフによって電子の目を奪われたア サマに迫りくる砲弾を察知する手立てはない。幸いにも、ハリマの火器管制レーダーが 沈黙していたため初弾は外れたが、これがこのまま続くようには思えない。 突然、それまで沈黙していたアサマの主砲が振り上げられ、轟然と火を噴く。その瞬 間、アサマの左舷側上方と進行方向上方に巨大な火球が現れ散布されていたチャフを吹 き 飛 ば し た。一 歩 間 違 え ば 自 艦 の 非 装 甲 部 分 に 損 傷 を 与 え か ね な い 危 険 な 行 動 で は あったが、一時的に電波を遮る結界を吹き飛ばすことが出来た。 すぐに飛来した別の砲弾によってふたたびチャフが撒かれるが、わずかな時間でも電 子の目が働いた結果、次の対艦砲弾を避けることに成功する。また、４１ｃｍ砲の装填 速度は８０㎝砲よりも早い。砲門数では大きく後れを取っていたが、降り注ぐチャフの 雲に穴をあけることは何とか可能な範囲だった。 しかし、戦争では時には運に左右される。運悪くチャフの結界が破れた隙に砲弾を発 見できなかった結果、アサマの全部艦橋のマストの中ほどを８０㎝砲弾が打ち抜き、航 海艦橋から上が丸ごと吹き飛んで反対側の海に水しぶきを噴き上げながら叩きつけら れた。例え８０㎝砲弾を受ける前に防御重力場が完全でも、現在のアサマ型に搭載され た重力場では防ぐことが不可能であることを示していた。さらに、２発目は至近にまで 迫りくると突如炸裂、巨大な爆炎を形成する。至近距離で炸裂した対空特殊榴弾はその 激烈な衝撃波と弾片で対水上レーダーや射撃指揮レーダー、フェイズドアレイレーダー などアサマの非装甲区画を吹き飛ばし、炎上させ、引き裂き甚大な損害を与える。後部 の損傷を考えると、今のアサマは一時的に電子兵器の一切が使えなくなってしまった。 アサマ型の特徴の一つである強力な電子兵装を失ってしまったアサマは、舵を切って 一時離脱を計る。それを見逃すハリマでは無く、主砲弾を対艦用の砲弾に切り替えつつ 攻撃を続行する。手負いの状態になったアサマだったが、ただそのまま嬲り殺されるこ とを許容するような神経は持ち合わせていなかった。艦尾を敵に向けて被弾面積を最 小化させ、全速で離脱を敢行する。周囲に８０㎝砲弾が降り注ぐが直撃弾はない。 全弾命中 ﹄ 離脱を始めた敵に対して砲弾を放ち続ける超兵器の艦上に一際巨大な爆炎が生じる。 ﹃こちらＣｏｃｏｏｎ隊 ! ! 1198 防御重力場は展開していない ﹄ ﹄ くりか ! アサマ及びＣｏｃｏｏｎがハリマに攻撃を加 ﹃Ｃｏｃｏｏｎ│０２より後続隊へ、ハリマに防御重力場は展開されていない えす えた個所に集中的に攻撃せよ ﹃Ｅａｇｌｅ Ｅｙｅより第２次攻撃隊 ! 高度計が一足飛びに減少し、間に現れた高層雲をクリップドデルタ翼とソニックブーム 機体を加速させていく。コンピューターの支援の下、投下コースとタイミングを決定。 器。スロットルＭＡＸ、パワーダイブ。背後の２基のエンジンが甲高い咆哮を響かせ、 面に向けて急降下を開始、狙うのは艦隊のあちこちに爆弾が直撃し黒煙を噴きだす超兵 きるの１００番爆弾は２発のみ、残りの４発は先ほどと同じ誘導爆弾だった。機首を海 成層圏から２匹の猟犬が眼下の獲物めがけて急降下を開始する。Ｆ│１５に搭載で ? ? ﹃ビビッて海面にキスするなよ ﹄ Ｇａｒｍ│０２。﹂ 側から侵入し艦橋を掠めて左舷側に着弾、対空火器の幾つかを吹き飛ばした。 炸裂していく。更に、遠方から海を這うように突入してきたハープーンはハリマの右舷 先ほどの誘導爆弾の比では無い。無数の黒光りする爆弾がハリマへと降り注ぎ次々と 戻った。その翼に抱くのは１ｔの重量を誇る特注品の試製１００番徹甲爆弾、貫通力は 第 ２ 次 攻 撃 隊 の ホ ー ネ ッ ト と ハ リ ア ー が 大 型 の 爆 弾 を 装 備 し て ハ リ マ 上 空 へ 舞 い ! ! ! ﹁度胸試しと行こうか ＳＴＡＧＥ─４０ ネームシップ 1199 1200 で切り裂いて急降下する。 全弾投下、機首上げ、大Ｇ旋回。目の前がグレーになり、前が見えなくなる。ブラッ クアウト。突然Ｇがかかる方向が変化し息が詰まる。徐々に視界に光が戻り始め、灰色 で染め上げられた視界の端の多機能ディスプレイには〟Ｉ ｈａｖｅ ｃｏｎｔｒｏ オーバーライド ｌ〟の文字と、投下後の離脱コースから外れているという表示。恐らく急降下して機首 を 引 き 上 げ る 最 中 に コ ン ピ ュ ー タ ー が 機 体 の 機 器 を 察 知 し て 強制操縦 し た の だ ろ う。 オートパイロット切って旋回上昇。攻撃圏内から離脱し僚機との合流を目指すため、操 縦桿を握り直した瞬間後方で巨大な爆発が発生する。 Ｇａｒｍ隊が投下した４発の１ｔ爆弾は、先ほどまでの攻撃でアサマが沈黙させた３ ８，１㎝３連装砲に直撃した。痛めつけられていた砲塔にこの衝撃を受け止められるほ どの余力は無く、直撃を受けた個所に破孔が生じ内部への突入を許してしまう。ただち に修復剤が注入されるが、それが固まる前に遅延信管が作動し４ｔ近い炸薬が破壊をも たらした。砲塔内で発射を待っていた無数の砲弾や装薬はその爆発を耐えられるほど 強固では無く、次々と炸裂していき、隣接する砲塔直下まで被害が波及した。結果的に 背負い式に配置されていた２基の３連装砲は内部から膨らみ弾け飛び、白熱した金属片 が海面に飛散する。ハリマに目に見えるダメージが入ったことで、他の航空隊から歓声 が上がる。 ﹃やったぞ 炎上中 ﹄ ３連装砲の２基を潰した ﹃ハリマに大火災発生 ! ﹄ ! 切り裂き続けていた。 艦上構造物が炎に包まれていたとして、その行足は遅くならず。２つの艦首は大洋を 体する。 に参加し低空に舞い降りていた電脳航空機のハリアー隊１１機を一撃で木端微塵に解 が、その煙も内部から放たれた８０㎝砲の衝撃波に引き裂かれた。放たれた砲弾は攻撃 と 鋼 片 が 艦 上 に 踊 る。爆 弾 が 直 撃 す る 瞬 間 が 重 な り、超 兵 器 全 体 が 爆 煙 に 包 ま れ る。 ここぞとばかりに攻撃隊は大型爆弾を叩きつけていく。水柱と炎柱が林立し、火の粉 ! ! クへと進路をとっており、こちらの降伏勧告に応じる気配もない。加久藤攻撃隊の出撃 は黒煙と火炎を噴き上げながらもその姿をとどめ、ゆっくりとではあるが確実にトラッ め、空と海を赤く染め上げていた。そんな血の様に赤い空間に、超巨大双胴戦艦ハリマ 攻撃開始から既に１２時間が経過し、南太平洋の強烈な太陽は西へとその身を隠し始 を、操縦桿を握る機長は黙って聞いていた。 ターボプロップのエンジン音と電子音に支配された機内で誰かがポツリと嘆いたの ﹁化物だ⋮﹂ ＳＴＡＧＥ─４０ ネームシップ 1201 1202 回数はそろそろ２ケタに達しようとしていた。艦上構造物はそのほとんどが瓦礫の山 になり、威風堂々とした艦橋には多数の破孔が生じ夕日を受けて廃城の様にも見えた。 両舷に備え付けられていた多数の対空火器はその全てが度重なる航空攻撃で沈黙して おり、３８，１㎝連装砲もトライデントや大型爆弾によって砲身や砲塔を破壊され無残 な姿をさらし、破孔からは火炎と黒煙が立ち上り夕焼けを汚していた。航空機とミサイ ルの誘導をＥａｇｌｅ ｅｙｅに任せたアサマによる波状攻撃を受けて艦内に多量の 海水を飲み込み、速度も出ていない。まさしく満身創痍と言った風貌だったが、超兵器 の戦意は衰えてはいなかった。８０㎝３連装主砲はその装甲に物を言わせ攻撃を防ぎ 切り、全てが機能を維持して未だに砲撃を続けていた。長時間の砲撃により砲身の歪み が無視できないまでになったのか、放たれた砲弾の散布界は極端に広くなってはいたが 物量でそれを補い、隙あらば突撃する姿勢を示しているアサマや反復攻撃を仕掛け続け る航空隊をけん制し続けていた。 攻撃隊の編成は全て無人機に切り替わっていた。部品さえあれば疲労を感じず何度 でも出撃できるのが無人機の強みではあったが、それらを管制する早期警戒機はそうも いかなかった。オートパイロットがあるとはいえ、疲労がゼロになるわけではない。機 長の後ろのスペースでいまだに指揮を行っている藍沢大佐に至っては戦闘開始直後か ら働きづめだった。それでも、彼の指示の精度が落ちることは無い。早期警戒管制機と して再配備されたホークアイを運用する舞台において、藍沢と言う管制官は隊内随一の タフな人間であり長期戦が予想されるこの戦いではうってつけの人材だった。 しかし、ハリマの対空榴弾による不意打ちの時にも汗一つ書かなかったその藍沢の顔 にも、少々の焦りが出始めて来た。 今回の作戦で設定された絶対防衛権は、トラック島から半径５６ｋｍと設定されてい ﹁不味いな。このまま行くと絶対防衛圏を超えかねない。﹂ た。この領域内にハリマを入れてしまうとトラック島がハリマの主砲の射程に入って しまい鎮守府やそこに備蓄された戦略物資に艦砲射撃が行われてしまう。もし、備蓄物 資やドックに壊滅的打撃をこうむればＭＩ作戦が中止されてしまう。 ﹂ ? 急げ ﹂ 火器の補給は要らん 発艦後はラバウル鎮守 ! 府へ退避 ﹁航空隊は増槽を付けて直ちに発艦せよ ! 両舷の飛行甲板からは増槽を付けた次々と航空機が次々と打ち出されていた。事こ ! ! ﹁解らん。だが一つ言えることは、奴は確実に傷ついている。それだけだ。﹂ 当に沈むのか確証が持てないでいた。 隣の副操縦士が不安と恐れの入り混じった声を上げる。正直、機長自身も彼の艦が本 ﹁機長。コイツは、本当に沈むのでしょうか ＳＴＡＧＥ─４０ ネームシップ 1203 こに至っては加久藤も砲撃によりハリマを迎撃する命令が下ったため、貴重なジェット 機はラバウル基地へ退避させることが決まっていた。加久藤に装備された１２０口径 ３０，５ｃｍ連装砲の最大射程は約４１ｋｍ、８０㎝砲の射程外からアウトレンジする ことは不可能であり、その図体から砲弾を避けるなどと言う芸当は不可能だった。その ためギリギリまで砲撃戦を避ける様に後退を続けていたが、ここまで攻め込まれてしま うと砲撃戦以外に選択肢は無かった。 ださい。﹂ ? た椅子から動こうとはしなかった。 ﹂ ﹁そ、それは⋮出来ない。﹂ ﹁何故です ? けには行かないだろう ﹂ ? ? ﹁⋮⋮奴はあのハリマです。死ぬかもしれませんよ ﹂ チ ﹁私は指揮官だ。これから戦争と言うのに、ウ、ソロン南方要塞の旗艦を、置いていくわ ウ 加久藤はそう促すが、額に汗がにじみ、手も震えつつも筆木はＣＩＣに備え付けられ ﹁いえ、戦略的転進です。時間がありません。さあ、早く。﹂ ﹁私に、逃げろと言うのか ﹂ ﹁筆木中将、Ｆｗ２００Ｃを用意してあります。この機でラバウルまで一時退却してく 1204 ﹂ 死。その単語に筆木の肩が反応するが、それでも動く気は無さそうだった。 ﹁き、君は死ぬ気なのか は、いかんだろう ﹂ ﹁き、君がその気なら。わ、私は死なんよ。死ぬ危険が無いのに指揮官が撤退するわけに 加久藤と筆木の視線が交わると、提督は頬をひくつかせるように無理に笑った。 ﹁いえ。そのような考えはありません。趣味じゃないので。﹂ ? ような奇妙な感覚を覚えた。小さくため息を付いて、モニターに向き直る。 断固として引かない意志を見せる自分の提督に、呆れや誇らしさがない交ぜになった ? を辞めなかった。 んどが沈黙し、前後の艦橋にも大きな被害を受けていたが、それでも攻撃を続けること た。ハープーンは既に打ち尽くし、トライデントの残数も残りわずか。レーダーはほと これまでハリマと併進し、絶えず打撃を加え続けていたアサマにも限界が近づいてい ３０，５ｃｍ砲に対艦砲弾が装填される。 ﹁ああ、そうさせてもらおう。﹂ 手ではありませんので。﹂ ﹁それでは、何時もの様にそこに座っていてください。提督のお手を煩わせるような相 ＳＴＡＧＥ─４０ ネームシップ 1205 1206 艦の周囲に８０㎝砲弾が着弾し海水が艦体を洗う。降りかかった海水を弾き飛ばす ようにトライデントが打ちあがり、超兵器へと突入していく。閃光と爆炎がハリマの艦 体から立ち昇り、鋼板が宙を舞う。弾け飛んだ破片の群れを８０㎝砲弾が貫き、アサマ の至近に着弾する。攻撃の応酬は何時までも続くように思えたが、ハリマの周囲に自分 のモノでは無い水柱が突如林立した。 水平線ギリギリに夕日を背に突入してくるハリマよりも巨大な戦闘艦。加久藤によ る３０，５ｃｍ砲の艦砲射撃だった。比較的小口径な分、アサマやハリマ以上の速度で 砲弾を撃ちあげていく。それに触発されたのか、ハリマの主砲はアサマでは無く前方の 程度にまで低 近くにまで急速に上昇し、猛然と突入を開始していた。 加久藤を指向しようと旋回を開始していた。更にハリマは、今まで２０ 下していた速力も４０ ? 妙な静寂が生まれる。 る。一瞬、当たりにはエンジンと潮騒の音以外存在しなくなり、エアポケットの様な奇 遂に、照準が終わったのか僅かに上下していた８０㎝砲の砲身がピタリと固定され トライデントや主砲弾は次々と艦体を穿ち、炎上させていく。 ながら舵を切り針路を変更していく。既に防御重力場はハリマの艦体を覆っておらず、 少ないトライデントを打ち上げる。加久藤の方も、やらないよりはマシと主砲を乱射し アサマは舵を切ってハリマへの突入コースをとり、機関出力を目いっぱい上げ、残り ? ＳＴＡＧＥ─４０ ネームシップ 1207 轟と前方を指向できる４基１２門の８０㎝砲が咆えた。過剰量の装薬によって異常 加速された１２発の８０㎝砲弾は、それまで無数の攻撃を弾いてきた主砲塔を破壊しな がらも夕日に向かって放物線を描いて飛翔し、加久藤の頭上を飛び越えトラック環礁内 に着弾した。 加久藤は慌ててハリマの現在位置を確認するが、まだ絶対防衛圏を通過してはいな い。ウェーク島攻略戦時のホタカの様に砲弾を異常加速させて射出し一時的に射程を 延伸したらしい。 しかし、その代償は高くついた。これまでひっきりなしに砲撃を続けていた８０㎝砲 は、設計限界を超える初速をたたき出した圧力に耐えきれず内部から弾ける様に崩壊し 無残な姿を艦上にさらした。また、ボロボロの艦体にも大きな変化が訪れる。 これまで強靭な装甲によって攻撃を防ぎ続けてきた舷側が耳障りな金属音と共に割 け、その裂け目から侵入した海水が急激に沸騰し真っ白な水蒸気が舷側から噴き出した かと思うと大爆発を起こした。水蒸気爆発によって舷側の一部が吹き飛ばされると、生 じた破孔に海水が流れ込み更に爆発が誘発される。ハリマの速度は浸水によって落ち ていたわけではない。度重なるトライデントや爆弾の直撃によって生じた膨大な熱量 は艦内に送り込まれるが、破孔は断熱効果のある修復剤に閉じられてしまうため熱が外 部に逃れる道を奪ってしまう。艦内にもそのことを見越した冷却装置は完備されてい 1208 たが、これまでの攻撃によって機能不全に陥ってしまっていた。内部にため込まれた熱 量を排出させるために機関の冷却装置もフル稼働したが、人類側の波状攻撃に追いつく レベルでは無かった。機関のオーバーロードを避けるためにあえて出力を下げて低速 運転をしていたため、人類側は速度が落ちたと錯覚していたのだ。 先ほどの全力運転により、かろうじて機能していた機関冷却システムは完全に破壊さ れてしまい、もはやハリマに自分の艦内温度を下げる能力は存在しなかった。先ほど艦 体が割けたのも、内部と外部の温度差に装甲板が耐えられなかったのが原因だった。艦 内に入り込んだ大量の海水は高熱の金属に触れ水蒸気爆発を繰り返し、その度にハリマ の艦体が震え、破片が吹き飛んで行く。辛うじて原型をとどめていた塔型の艦橋が爆発 とともに倒壊し、８０㎝砲の瓦礫を押しつぶす。右舷側に空いた破孔から大量に海水が 侵入した為、艦体が右に傾きつつ沈降を始めた。 一際大きな水蒸気爆発が起きると、ハリマの艦体の中央に大きな亀裂が入り船体が大 きく曲がる。右側の艦体に引きずられるように左舷側の甲板が垂直に立ったかと思う と、真っ白い蒸気を至るとことから噴き上げながらアッと言う間に巨大な艦体は巨大な 渦を形成しつつ海底深く飲み込まれていった。そして、ハリマの沈んだ海面が最後に巨 大な爆発を引き起こし大量の海水を空中に打ち上げた後、ようやく夕焼けで赤く染まっ た南太平洋に平穏が戻った。 ﹃こちら空中管制機Ｅａｇｌｅ Ｅｙｅ。超巨大双胴戦艦ハリマの撃沈を確認した。﹄ トラック環礁に２隻のアサマ型装甲護衛艦が並ぶ。 片方は完膚なきまでに破壊され戦闘艦としての要素が全て死んでおり、もう片方のア サマ型は、マストが吹き飛ばされレーダーに損傷が有れども、まだまだ闘えそうな雰囲 気だった。 まだ戦えそうな方のアサマ型│││アサマに、一隻の内火艇が横付けされる。乗り込 んでいたのは特警の腕章を付けた２人組。紳士然とした眼鏡の男│││杉本と眼帯を した少女│││木曾だった。彼らは下ろされたラッタルを上り、アサマの甲板に上が る。 ﹂ ? ﹁そうでしょうか ﹂ ? ? ﹁何か違うところがあるのか ﹂ カに大きな差異は無いように思える。 グルリと周りを見渡して木曾が率直な感想を述べた。彼女の言う通り、アサマとホタ ﹁ふーん。ホタカと外観に違いは無さそうだな ＳＴＡＧＥ─４０ ネームシップ 1209 ﹁そうですねぇ。例えば、アレ。﹂ 杉本が指差した先には、破壊されたフェーズド・アレイ・レーダーの残骸。 ﹂ ? いる。ホタカもホタカで全体的に冷静な印象を受ける艦息だったが、それ以上に怜悧な がされているのだろうと推察できたが、本人は負傷を気にもしていない様に堂々として そんな事 い方の目は包帯によってふさがれ、その薄いブルーの軍服の下も包帯によって応急処置 長はホタカより僅かに高く、階級章は中佐のものだった。現在片眼鏡が欠けられていな リッジより右半分が存在せず、左のみにつるが有るタイプの片眼鏡を着用している。身 に し て は 若 干 長 め で 後 ろ で 適 当 に ま と め ら れ て い る。ま た ツ ー ポ イ ン ト 型 眼 鏡 の ブ ３者を光の下へと押し出していく。黒髪黒目、彫の浅い東洋人的な顔立ち。頭髪は男性 が甲板にいることが確認できた。頭上の月に掛かった雲が徐々に剥がれていき、その第 第３者の声に二人が振り返ると先ほどまで閉じられていたハッチが開き、一人の人物 ﹁その通りだ。﹂ かった。 怪訝な顔をしてフェーズド・アレイ・レーダーを注視してみる彼女だが、よく解らな ﹁そおかぁ ように思えます。﹂ ﹁僕の記憶が正しければ、ホタカ君のフェーズド・アレイ・レーダーは一回り小さかった 1210 印象を持たせる人物だった。 ﹂ ﹁初めまして。ボクは海軍特別警察隊第一課鎮守府付特殊命令対策係、係長。杉本京谷 少佐と言う者です。君がこの艦の艦息。と言う事でよろしいのでしょうか 杉本の自己紹介に応じて、傷ついた艦息は踵を合わせて敬礼する。 ? ＥＤ ﹁ＯＮＥ ＯＫ ＬＯＣＫ 〟アンサイズニア〟﹂ 加久藤：損害皆無 航空機多数損傷 アサマ：中破相当 ホタカ：撃沈の後、大破 超巨大双胴戦艦ハリマ：撃沈 対ハリマ迎撃戦 マ撃沈への協力、感謝する。﹂ ﹁ウィルキア帝国軍紅海方面軍第四艦隊旗艦、アサマ型高速戦艦１番艦アサマだ。ハリ ＳＴＡＧＥ─４０ ネームシップ 1211 ＳＴＡＧＥ│４１ 北方ＡＬ海域に進出せよ ! ﹁そう言ってもらえると、なんだかこそばゆいな⋮。んで、そっちのお嬢さんは ﹁よろしくな。じゃあ行くとするか。﹂ ﹁球磨型軽巡洋艦５番艦、木曾だ。よろしく。﹂ 悪い気はしなかった。 ﹂ お嬢さん。なんて呼ばれ方を久しくされていなかった木曾は一瞬面食らうが、あまり ? こうしてトラック鎮守府が維持できているのは君のおかげですよ。﹂ ﹁いえ、君がいなければ我々帝国軍はトラック放棄すら考えなければなりませんでした。 た。 肩を竦めて苦笑する艦息の雰囲気は先ほどよりも数段社交的なものへと変貌してい ﹁まあ、本当の事を言っちまえばオレが君らに助けられたみたいなもんだけどな。﹂ 曾が感じ取っていた彼の刃の様な怜悧さは霧散した。 帽子のつばに着けていた右手を下ろすと、アサマは小さく笑う。その瞬間、杉本と木 マ撃沈への協力、感謝する。﹂ ﹁ウィルキア帝国軍紅海方面軍第四艦隊旗艦、アサマ型高速戦艦１番艦アサマだ。ハリ 1212 どこ行くんだ ﹂ そう言うと彼は杉本たちが先ほど上がってきたラッタルへ向かって歩き出す。 ﹁お、おい !? ﹂ ? ける。 力配備するほどヤバい状況なのか ﹁何処って⋮トラック鎮守府の司令部か特警部所だろ それだけ言って、彼の姿は甲板のヘリから消えた。 ? 迷い込んだ不明艦をいきなり戦 木曾が慌てて制止の声を上げるが、彼はラッタルを降りながら首だけ彼女らの方へ向 ! く。 ? ら出て来たのにも関係してるのか ﹂ ? ? ﹁ふむ。君はホタカ君が海中から現れるのを目撃したのですか ﹂ ﹁まあ、あんだけ撃ち込まれりゃ昏睡にもなるか⋮。その昏睡ってのはアイツが海中か ﹁ホタカ君自体は現在昏睡状態で、覚醒の見込みは今のところありません。﹂ 無残に破壊されたホタカの方を向いたアサマが杉本に声をかける。 ﹁そう言や、ホタカの奴は如何した ﹂ ３人が乗り込んだ内火艇が環礁内の穏やかな海面を２つに切り開きながら進んでい ﹁話が速くて助かりますねぇ。では、ボク達も行きましょうか。﹂ ＳＴＡＧＥ─４１ 北方ＡＬ海域に進出せよ! 1213 杉本の問いに、アサマは少し首をかしげる。 ﹂ ? 彼らの後方では、アサマの隣に並んだホタカに２隻の駆逐艦が接近し始めていた。 杉本が肩を竦めると、アサマは〟そりゃそうだ〟と息を吐いた。 タで艦息で信用していい物かどうかは解りませんがね。﹂ ﹁本土に戻せば艦娘の覚醒が速くなると言うデータもあるんですが。所詮は艦娘のデー ﹁じゃあ例え艦体が治っても、しばらくは使えないな。﹂ ﹁そーいうことだ。﹂ ﹁使いにくい装置だな、そりゃ。ホタカが昏睡状態になってんのはそれが理由か。﹂ 娘は昏睡状態になっちまうからあんまり便利な物じゃあないけどな。﹂ できるのは撃沈だけで、再浮上したとしても艦体はボロボロで使い物にならないし、艦 ﹁似てるっちゃ似てるんだが。そいつは撃沈を一度だけ回避するんだよ。でもまあ回避 ﹁応急修理装置って。ダメコンの事か 内火艇の舵輪を握る木曾が、アサマに答えた。 ﹁応急修理装置だな。﹂ いんだよな。﹂ たんだよ。最大距離より内側にいきなり輝点が出たから海中からの出現としか思えな ﹁直接ってわけでもないんだけどな。レーダー上に突然大型艦、と言うかホタカが現れ 1214 ﹁君が、アサマだね ﹂ ていた。彼と高城の両隣には武装した特警が眼を光らせていた。 元々はトラック第１鎮守府の司令官執務室だった部屋で、アサマは高城大将と面会し ﹁ウィルキア帝国軍紅海方面軍第四艦隊旗艦、アサマ型高速戦艦１番艦アサマです。﹂ ? それをはっきりさせなく ? ﹂ ? ? 感時間はホンの数秒でした。﹂ ﹁フム、その時の位置は解るか ﹂ ﹁本日の午前２時頃です。紅海での特殊爆弾の炸裂による閃光に飲み込まれてからの体 居たんだ ﹁理解してくれたようで何よりだ。さて、初めに聞きたいのは何時から〟この世界〟に 同意する。 先ほどまでの親しみやすい雰囲気を片眼鏡の奥に封じ込めて、極めて事務的な声色で ﹁理解できます。﹂ てはならない。私たちも後ろから撃たれるのは御免だからね。﹂ だが、まずは君が何故かの超兵器との戦闘に踏み切ったのか ﹁今回の超兵器迎撃に置いて、我が軍に協力してくれたことについては感謝している。 ＳＴＡＧＥ─４１ 北方ＡＬ海域に進出せよ! 1215 君と彼の超兵器は友軍だったんじゃないのか ﹁残念ながら、不可能です。突然海上に放り出された上に、人工衛星も使えませんでした から。﹂ ﹁何故、ハリマと戦闘に突入したのかね ﹂ ﹂ ? ﹂ ? ﹁もともと〟私たちの世界〟では日本艦隊は友軍であることが一つ。ハリマが敵に回っ ﹁では、我々と共闘した意図は 図を問いかけましたが応答は無かったため、この艦を敵と判断したしだいです。﹂ 避しきれずに１発が後部艦橋を掠り損壊しました。全速で砲弾を回避しつつ攻撃の意 ﹁何しろ不意打ちの砲撃な上に、私もこの体になってから初めて艦を動かしたもので回 ヤレヤレと疲れたように肩を竦める。 は大口径対艦砲弾でした。﹂ と照らし合わせた結果、友軍の播磨であると判断し通信を送りましたが、帰ってきたの 属していたため本艦のデータベースにも十分な外見データがありました。そのデータ ﹁はい。敵味方識別装置はハリマを不明と判断しましたが、以前かの艦は紅海艦隊に所 ﹁君はハリマの目と鼻の先に出現したと言いたいのかね ﹁私が私として覚醒した瞬間、ハリマは私の後方３０ｋｍ地点に存在していました。﹂ 高城の鋭い視線が彼の軍帽に縫い付けられたウィルキア帝国海軍の紋章を射抜く。 ? ? 1216 ﹂ たことが一つ。そして、ウィルキア帝国がこの世界には無いことが最も大きな理由です ね。﹂ ﹁ウィルキア帝国が無いと言うのはどうやって知った 暴走を止める事を優先しました。﹂ 全員の視線を受けたアサマは、少しだけ唇の端を持ち上げ不敵にほほ笑む。 れ、大本営の書類に登録されている。 にも思えるが実際の所、特警や特高が彼らの身辺を頻繁に探るなど慎重な捜査がなさ めに、加久藤は戦力不足と戦闘回避のためにあっさりと帝国軍編入が決まっているよう カの場合は日本の解放に尽力したと言う事と、深海棲艦、超兵器に対する戦力確保のた しい戦力ではあったが、そのために軍内部に爆弾を持ち込むことは避けたかった。ホタ せるように僅かに踵を浮かせる。帝国軍としてもアサマ自体は喉から手が出るほど欲 くれなどと言おうものならば、すぐさま拘束できるように４人の特警は何時でも飛び出 アサマにその場にいる全員の視線が集まる。もしここで彼が躊躇ったり考えさせて ? その後も必要と思われる会話が続き、ついに高城が本題に入った。 ﹂ の異常なハリマの姿や深海棲艦の事がありましたのでとりあえず棚上げしてハリマの ﹁ホタカの副長からです。奴とは敵同士でしたので最初は謀略かとも思いましたが、あ ? ﹁では、君に聞きたい。我々の指揮下に入り帝国の盾になる気はあるか ＳＴＡＧＥ─４１ 北方ＡＬ海域に進出せよ! 1217 ﹁もはや私に守るべき祖国はありません。しかし、兵器はどこかの国家がその力を持つ ことで初めて兵器たりえます。もし許されるのならば、私を建造した国の兵器としても う一度闘ってみたいと思います。﹂ それまで空調の唸り声しか聞こえてこなかった狭い部屋に、どこか甲高い金属質な音 が微かに響き始める。応急修復装置で再浮上したホタカの機関の内、まだ生き残ってい るガスタービンが起動したのだろう。ここを離れなければならなくなるのも時間の問 題だった。 金色の２つの瞳が簡素なベッドに横たわる青年へ向けられる。眼鏡を外しているた ﹁⋮⋮⋮﹂ めか妙な違和感が未だに拭えなかった。 そろそろ出港だから早くしないと海上をマラソンすることになる 背後で空気が抜ける音がすると、一人の妖精さんが浮遊しながら入ってくる。 ﹂ ﹁まーだ居たのかい よ ? ? 1218 軍医として白衣を纏っている妖精さんが、呆れやからかいを含んだ声をベッド横の簡 素な椅子に座る艦娘│││瑞鶴にかける。 ﹂ 一つため息を付いて、彼女は椅子から立ち上がった。緑がかった長い黒髪が揺れる。 ﹁ホタカがいつ目覚めるのか解る 首だけで振り返った艦娘に、妖精は首を横に振る。 ? 向けられる。 ﹂ ﹁⋮⋮⋮軍医さん。﹂ ﹁何だい 茶苦茶やるけどさ。﹂ ﹁そうだねぇ⋮まあ、優秀で頼れる艦長だとは思うよ。たまに、と言うかしょっちゅう無 の分析を同時並行で開始する。 そこは百戦錬磨の変人。すぐに頭の中で考えを纏め乍ら、こちらに背を向けている艦娘 唐突な質問に、艦内でも副長と並ぶ変人と評価されている軍医も流石に面喰う。が、 ? ? ﹁軍医さんは、ホタカの事どう思ってる ﹂ そっか。と小さな声が少女の口から漏れた。彼女の視線は再びベッドの上の青年に 男。データが少なすぎて何にも言えないね。﹂ ﹁まったくわからない。何せ艦娘の場合でさえ正確な事は解らないんだ、それが今度は ＳＴＡＧＥ─４１ 北方ＡＬ海域に進出せよ! 1219 ﹂ ﹁軍医さんも、ホタカが無茶苦茶やってるってのは実感してるのね。﹂ 何か安心した。と少し苦笑する。 ﹁瑞鶴さんは艦長の事どう思ってるんだい ﹂ ? ﹂ ? でも、そうじゃないって感じがするのよ。上手くは⋮言えないけど。﹂ ? ﹁解らないのなら、考えればいいのさ。﹂ 沈黙。 ﹁だから、解らなくなっちゃってさ。﹂ 少し言葉を切り、雑音だけが狭い医務室に満ちた。 ﹁でしょ ﹁そうだね、同じように肩を並べて戦ってる気の合う戦友なら、誰もが持つ感情だろう。﹂ だれでも思う事でしょ 分に嫌気がさしたりするし、嫌いだとは全然思ってない。だけどさ、これって仲間なら ﹁うん。⋮⋮⋮ホタカが傷つくのは見たくないし、一人で戦ってるのに何もできない自 ﹁解らない ﹁正直、解らないんだ。﹂ にも帰ってきた答えは穏やかな声色だった。 ため切り込んでみることにする。頬を染めたり、少々慌てるだろうかと思ったが、以外 このままもう少し取り留めも無いことを話すと言う道もあったが、あまり時間が無い ? 1220 軍医にかけられた言葉に、思わず振り向く。軍医の目には何時もの様な何か面白がる ような色は消えて、真剣な視線が自分を見ていた。 うに感じられるかもしれないけど、思考を放棄しているだけだ。それじゃあ解は見つか ﹁どうせ考えたって解らない、だから考えない。それは〟逃げ〟だよ。達観しているよ らない。数式を睨みつけていても考えなければ答えは得られない。もしも君が自分の 中にある答えを本当に見つけたいと願っているのなら、思考を止めるな。自分が納得い くまで。﹂ 其処まで言ったところで、軍医はフッと頬を緩めた。 そうだ。﹂ ! ? のは、どこにでも売っていそうな、ありふれたお守りだった。 ﹂ ﹁これ、ここに置いとくから。ホタカが起きたら渡してくれる ﹁自分で渡せばいいんじゃないのか 軍医のもっともな意見に、それはダメと首を振る。 ? ﹂ 何かを思い出したようにスカートのポケットを探る。彼女の手に握られて出てきた るわ。あっ ﹁ううん、ありがと。そうよね、答えはアタシの中にあるんだもんね。もう少し考えてみ そう言う妖精さんに、瑞鶴は微笑む。 ﹁いや、我ながら似合わない説教を吐いてしまった。忘れてくれ。﹂ ＳＴＡＧＥ─４１ 北方ＡＬ海域に進出せよ! 1221 ﹁なんか、面と向かって渡すのは⋮ちょっと⋮﹂ 笑わないでよ ﹂ 露骨に視線を逸らす彼女に、思わず吹き出してしまう。 ﹁ちょっ ﹁かわっ ﹂ ﹁クックック。いや、すまない、存外に可愛らしくてね。﹂ ! ﹁お守りの件は解ったから、そろそろ行かないとトラック環礁から出てしまうぞ !? ﹂ 着けている軍帽と眼鏡、そして真新しい赤いお守りが艦内照明に照らされていた。 デスクに向かう。ホタカが寝ているベッドわきの小さなテーブルには、彼がいつも身に あまり楽しくない予想を胸の内に飲み込んだ軍医は、必要な書類を作るために自分の 面倒かもしれませんがねぇ⋮ │││││最も、あの娘が〟無意識〟にその答えを拒絶していたとしたら、なかなか 感情に気づかないとあの娘がかわいそうです。﹂ ﹁私の見立てでもなかなかいい女性だと思いますよ、艦長。艦長も早いところ、そう言う る。 残った軍医は、ゆっくりとホタカに近づくと、穏やかに眠り続ける自分の艦長の顔を見 言葉を吐きながら、ツインテールの艦娘はあわただしく医務室を後にする。医務室に 既にホタカが内地へ向けて動き出していることを黙っていた軍医に２つ３つ呪詛の ? ! 1222 爆風によって吹き飛ばされ、山脈の様に積み重なった土の壁を何とかかんとか３人の 艦娘が上りきると、目の前に広がった面白くない絶景に言葉を奪われる。 内、大部分は環礁内の岩やサンゴ礁を吹き飛ばすにとどまったが、数発は島に着弾し巨 超大型双胴戦艦ハリマがその最期に己の全てを込めて放った１２発の８０㎝砲弾の レーターの見物にやってきていた。 は一時退避から比較的早期にトラックへ帰還できたため、空いた時間を利用してこのク な目玉の様に見えるだろう。佐世保からトラックへ派遣された金剛、榛名、霧島の３人 よって同心円状になぎ倒されていた。もし昼間に空からここを見下ろしてみれば巨大 ク レ ー タ ー。ク レ ー タ ー の 周 囲 に あ っ た は ず の 森 林 地 帯 は 其 れ が 出 来 た 時 の 衝 撃 に 女達の目の前にあるのは直径、深さ共にどう小さく見積もっても１０ｍ以上ある巨大な トラック島の中でも、艦娘の補給用の資材が蓄積されている島に彼女たちは居た。彼 ﹁Ｂｌｏｏｄｙ ｈｅｌｌ⋮１発の砲弾でここまで酷いとはネ﹂ ﹁酷い⋮﹂ ﹁これは⋮﹂ ＳＴＡＧＥ─４１ 北方ＡＬ海域に進出せよ! 1223 大なクレーターを形成していた。幸いにも森林や幾つかの対空兵器がなぎ倒される程 度の損害で済んでいたが、彼女達の目の前の砲弾の様に、もう少しずれていれば物資集 積所や司令部、工廠に直撃していた物も確かにあった。 ﹂ ﹁金剛姉様。何故、ハリマはここを砲撃したのでしょうか ﹁どういう事デス を強行した理由が解らないのです。﹂ ﹂ ﹁わざわざ主砲が吹き飛ぶほどの代償を支払ってまで、不確実なトラックへの艦砲射撃 霧島の疑問に、金剛は首をかしげる。 ? ? 榛名は身を震わせた。 もしも自分にこの砲弾が降ってきたら⋮。と、面白くない想像をしてしまいブルリと ﹁この砲弾が直撃したら⋮榛名は浮いていられる自信はありませんね⋮﹂ ていなかった。 るように設計されていたが、８０㎝と言うケタ違いに巨大な砲弾の防御までは考えられ ラック鎮守府の地下第３層の戦闘指揮所は、大和型戦艦クラスの艦砲射撃にも耐えられ 霧島が周囲を見渡し、損害とそれに必要になったエネルギーをざっと計算する。ト いたとしたら、第３層の戦闘指揮所まで貫通、破壊されているでしょうね。﹂ ﹁この大きさ、やはり報告通り８０㎝砲弾でしょう。もしこれが司令部施設に直撃して 1224 ﹁Ｌｅｔ ﹂ ｓ ｓｅｅ⋮。ハリマはこのトラックへ来るまで１日中砲撃を行っていまし タ。それならば、最後に撃ったあの砲弾が最後の砲弾だった。と言う事じゃなイ たが、それでも自分の答えに半信半疑だった。 榛名の考えに、金剛は小さく頷く。彼女自身、妹から聞かれたので答えを出しては見 狙った方が良いような気もします。﹂ ﹁でも、それなら当たるかどうかわからないトラック島よりも、近い所にいるアサマを ? ' ﹂ ? ﹁じゃあ、何が ﹂ ﹂ 以上の足を持っておきながら白昼堂々強行突入なん て、超兵器もそこまで馬鹿じゃないでしょう ? ﹁⋮⋮Ｐｒｉｄｅ。﹂ ため息を付いて、眼鏡を外し眼鏡拭きでレンズを拭う。 ﹁それが解れば苦労はしてないわよ。﹂ ? ? ら慎重に事を進めるはず。４０ ﹁なおさらあり得ないわ。菊水作戦でもあるまいし、自動修復装置が無いのならなおさ 榛名の考えを霧島は首を振って否定する。 ﹁もともと自動修復装置なんてなかったとか⋮は、どう 置が有るはずなのに、損傷を負っても逃げる気配すらありませんでした。﹂ ﹁それに、多大な損傷を負ってまでこの距離まで強攻するのも不自然です。自動修復装 ＳＴＡＧＥ─４１ 北方ＡＬ海域に進出せよ! 1225 ﹁お姉さま ﹂ 葉を続ける。 ﹂ ﹁榛名、霧島。１隻の駆逐艦と無数の赤トンボに負けることを想像できル ﹁いや、それは流石にあり得ないと思います。﹂ 真っ先に霧島が、彼女の問いを否定する。 ﹂ 霧島と榛名の声に、金剛は妹たちに背を向けクレーターの穴の底をじっと見ながら言 ﹁矜持、ですか ? ? 駆逐艦に敗れることはまず有りえなイ。同じように、超兵器が只の戦艦に負けることも ﹁貴方達の言うように、私も駆逐艦ごときに遅れは取りまセン。普通に考えれば、戦艦が にとっては駆逐艦に等しいのだろう。 験であったことを二人は悟る。確かに、大和型以上の全長を持つアサマ型ですらハリマ その言葉を聞いた瞬間、先ほどの問いがハリマの立場に自分たちを置いてみる思考実 ﹁Ｙｅｓ⋮あなたたちの言う通りネ。でも、ハリマは沈められた。﹂ れるほど軟ではありません。﹂ ﹁榛名もそう思います。確かに航空機は脅威ですけど、赤トンボが出来る爆装で沈めら のまま沈める事位、造作もありません。﹂ ﹁確かに駆逐艦の魚雷は脅威ですが、魚雷や小口径艦砲の射程外からアウトレンジし、そ ? 1226 有りえない。でも、それが、それ自体が彼にとっての制限になったとしたラ。﹂ ﹂ ﹁通常の兵器に負けることは許せない。いえ、許されないと言う超兵器としての矜持、そ れがあの強攻につながったと言うわけですか 榛名が金剛の答えを続け、霧島は納得が行ったと言うように頷く。 ね。﹂ ﹁水 上 砲 戦 で の 必 勝 を 求 め て 建 造 さ れ た 超 巨 大 双 胴 戦 艦 な ら ば、な お さ ら と 言 う わ け ? あの最後の砲撃の時、加久 ? てくる。 ? ﹁あ、長門さんに陸奥さん。帰ってらしたのですね ﹂ 榛名の声に、陸奥がつい先ほどトラックへ戻ってきたことを告げる。この長門型の２ ? 夜風に靡かせた艦娘とその妹の姿があった。 声の下方向に３人が振り返ると、自分たちよりも５ｍほど離れたところに長い黒髪を ﹁ふむ、そういう時は別の視線で考えてみるのも手じゃないか ﹂ 困ったように金剛が自分の頭を掻いた時、全く予期しない方向から問いの答えが返っ ﹁Ｏｈ⋮それを言われると、何も言えないデース。﹂ 藤もアサマもハリマの射程距離圏内であったはずですが⋮﹂ たのであれば、なおさら艦船を狙うのではないでしょうか ﹁しかしです、お姉様。ハリマが艦隊決戦、それも水上砲撃戦での必勝を目指して作られ ＳＴＡＧＥ─４１ 北方ＡＬ海域に進出せよ! 1227 人は佐世保第１鎮守府の艦娘であったため金剛らとも面識があった。 ﹂ ? ﹂ ? ﹂ ? まあ、少 ? ﹂ ? が、あの巨大な艦体に数発の８０㎝砲弾が直撃したところで撃沈はおろか大破、もしか 限りまず当たらないだろう。加久藤の場合はあの図体だから数発は当たるかもしれん ﹁かもな。アサマを相手にするには射撃指揮装置が損傷した影響で、至近距離でもない 榛名がもう一度広く、巨大なクレーターを見る。 ﹁じゃあ、これがハリマの証とでも言うのですか まえば、自分がこの場所に居たと言う証は残らない。﹂ ﹁超兵器は確かに強大だが、ハリマの様に援軍は基本的にいない。自分が沈められてし 金剛型の姉妹が揃って頷く。 なくとも時間がたって消えて無くなるなんてものではないだろう よ。まあ、一般論としては何か長く形として残る物、軍帽とか軍刀とかかな ﹁別に絶対に応えろと言っているわけではないさ。そんな質問の答えなんて持ってない た長門はクスリと小さく笑った。 心情的に答えづらい質問を出されて、流石の金剛も面喰ってしまう。そんな様子を見 らなくなった時、遺される者に渡せるのであれば何を渡す ﹁そうだな、例えばだ金剛。もしもお前が死ぬかもしれない作戦に身を投じなければな ﹁それはそれとシテ。別の視点とはどういうことデース 1228 したら中破になるのかすら怪しい。これでは、ハリマの遺した傷は数日のうちに消され てしまう。だが⋮﹂ 長門の赤い瞳がクレーターを見渡す。 ﹁こんなに巨大なクレーターなら、元に戻すのは結構な骨だ。事実、トラック環礁に着弾 した１２発の砲弾の内、司令部近くに落とされたもの以外は当分そのままと言う事に なっている。こうすれば、世界最大最強の艦砲が確実に存在したと言う証が、ここに残 る。我々の様な水上砲戦を行う戦艦の一つの到達点がこの世界に存在したと言う証が な。﹂ 最強の水上戦闘艦。大なり小なり、戦艦と言う艦はその概念を実現するために建造さ れた。それはここに居る金剛型戦艦、長門型戦艦も例外ではない。 ﹂ ? ﹂ ﹁Ｎｏ Ｐｒｏｂｌｅｍ コいいですからネ そういう事にしておきましょウ 何より、そっちの方がカッ ! 霧島も肩を竦める。そんな時、榛名が今まさに環礁を抜けて行こうとする巨大な影を ﹁まあ、最終的に判断を下すのは司令ですしね。﹂ ! ! 少し照れくさそうに微笑む長門に、金剛は何時もの様に明るく笑った。 うのはちょっと非論理的かな ﹁我ハ此処ニ在リ。それを刻むために、トラックへ向けて最後の砲撃を放った。⋮と言 ＳＴＡＧＥ─４１ 北方ＡＬ海域に進出せよ! 1229 見つける。 ﹂ ? ﹂ ? ﹂ ? テートクもそろそろ戻ってるはずデース ﹂ ! ﹁⋮ん ﹂ ? ああ。先に行ってくれ。私は⋮もう少しここに居る。﹂ ﹁置いてくわよ 淵の上を見上げる。 ボロと崩れる足場の悪いクレーターを滑り降りるが、自分の姉が続いていないに気づき そう言うと金剛はクレーターの淵を滑り降り、それに榛名、霧島も続く。陸奥もボロ ! ﹁そうデスカ。ま、このままここに居ても仕方ないネ。見るモノは見たし帰りまショウ らしいわ。﹂ ﹁でもまあ、実力は折り紙付きの筈よ。高速修復剤を使えば、明日にでも戦線復帰できる 小さく肩を竦める。 ﹁さあ、どうかしらね ﹁アサマ、ですか。信用できるのですか 陸奥の言葉に、霧島が興味深そうに彼女の方を振り向く。 うよ ﹁ホタカね。あ、そうそうホタカが日本に回航されるから、抜けた穴にはアサマが入るそ ﹁おや、アレは⋮﹂ 1230 ? ﹁そう。迷子にならないようにね ﹁ほざけ。﹂ ﹂ 脆い足場の上で、踵をそろえて敬礼する。 │││││戦いの中で生き、戦いの中で死ぬ、か。私には出来なかった生き方だ。 てから、視線をもう一度クレーターに戻す。 肩を竦めて陸奥は司令部に向かって歩き出す。妹の後ろ姿が森に消えるのを見送っ ? トラック島から遥か北方。単冠湾鎮守府には無数の艦艇が集結していた。湾の内外 満月からの白銀の光が、長門とクレーターを包み込んでいた。 ﹁貴艦の勇戦に敬意を表する。あの戦いは未来永劫、我々の中で語り継がれるだろう。﹂ ＳＴＡＧＥ─４１ 北方ＡＬ海域に進出せよ! 1231 に大小さまざまな戦闘艦が浮いているが、兵員輸送船の姿もちらほら見ることが出来 た。湾外に浮かぶ軽空母の中の一隻、龍鳳の艦橋で一人の海軍将校が作戦指令書を流し 読みしている。 ﹁龍鳳。﹂ ﹂ 相変わらずのコミュニケーションが艦橋で交わされる。 ﹁出港時刻まで３０分ですよ。﹂ ﹁君は、この作戦をどう考えていますか ﹂ ですが、それは練度で十分に補填可能です。提督は⋮あまり乗り気ではなさそうですね 権を握り、そのまま目標地点の港湾要塞を制圧する。絶対的な数ではこちらが若干不利 ﹁そうですね、最初からこちらが移動できる最大限の戦力を敵に叩きつけて海域の制海 ? 1232 ﹂ ? 龍鳳の答えに、若干肩を竦める。 ﹁博打の要素が強すぎると てはまとめてこちらを始末するチャンスでもあるわけです。﹂ 的に数の差を埋め有利に戦闘を行おうとしているように見えますが、その実相手にとっ 各個撃破、補給線の寸断、謀略、ゲリラ戦。今回の作戦は一見戦力を集中させて、局所 ﹁ええ、まあ。我々は深海棲艦から見れば弱者です。弱者の常套手段は敵を分離しての ? ﹁戦争では多少の博打は必要ですがね。こればかりは各人の趣味にもよります。﹂ ﹁提督、司令部より伝達。我々は大湊第２警備府艦隊の後に出撃することになります。﹂ 通信士の妖精が司令部からの命令を伝達する。 この単冠湾には、横須賀、舞鶴、大湊、呉、単冠湾、元幌筵鎮守府所属の艦隊が集結 している。艦娘は基本的に６隻で１個艦隊と数えられるが、このような大規模作戦では １２隻以上で１つの艦隊として運用される。鎮守府の戦力をほぼ丸ごと動かすような 作戦においては６隻で１個艦隊としてしまうと膨大な数の艦体が集結し司令部の情報 処理能力を上回り、最悪の場合戦闘中に指揮系統が麻痺する可能性があったからだっ た。 宿毛以南の鎮守府戦力がトラックに回航されていることを鑑みると、ＡＬ方面軍に参 加する鎮守府の数は少ないようにも思えるが、これらの鎮守府は艦娘が出現した時点か ら戦っている最古参であり、練度や実戦経験で言うならば最精鋭と言える有力な艦隊 だった。 最も、元幌筵鎮守府メンバーの様に新進気鋭の艦隊も確かに存在していたが。 龍鳳は通信機を手に取ると、幌筵鎮守府艦隊に通信を繋ぐ。 ﹁はい、提督。﹂ ﹁龍鳳。﹂ ＳＴＡＧＥ─４１ 北方ＡＬ海域に進出せよ! 1233 ﹁此方総旗艦龍鳳。各艦隊は準備状況を報告してください。﹂ 直ぐに各艦隊の旗艦から通信が届く。 ﹂ ? 艦隊では随分と割のいい交換でもあった。また、戦争では脆弱で頭数の少ない部分を突 艦を多数含んだ歴戦の古参の艦隊複数と、主力艦をほぼ含まない小規模鎮守府１つ分の と考えていた。血も涙も無いような話ではあるが、建造や再戦力化に時間が掛かる主力 戦が失敗し退却する時に、この艦隊を率いて撤退掩護作戦を行う事になるかもしれない 備後の視線の先で、龍鳳の小さな肩がピクリと動く。彼は最悪の場合、つまりＡＬ作 ﹁怖いですか ない物になっている。 艦娘達は、着任直後からの備後の効率極まる訓練により練度で言えば本土の艦隊と遜色 正規空母や戦艦と言った主力艦は所属していなかった。しかし幌筵鎮守府に所属する 撤退することになったため、他の鎮守府の艦隊と比べると規模的に見劣りしてしまい、 備後は小さく頷く。幌筵鎮守府艦隊は編成され配属されてから日が立たないうちに ﹁提督、幌筵鎮守府艦隊。龍鳳以下３８隻。出港準備完了です。﹂ ﹃第１艦隊、千歳です。機動部隊、水雷戦隊共に準備できてます。﹄ ﹃第３艦隊、旗艦由良です。こちらも出港準備完了です。﹄ ﹃第２艦隊、旗艦利根じゃ。出港準備は遠の昔にできておる。﹄ 1234 き崩すのが常道だが、ＡＬ作戦に参加する戦力の中で幌筵がこの最も脆弱で頭数の少な い艦隊だった。いざ戦闘が始まった時、真っ先に狙われ全滅する可能性も十分にあっ た。 蒼い着物をまとった少女は、首だけで振り返るとニコリと微笑む。 のです。それに⋮﹂ ﹁ええ、少し。でもこうして出撃してこそ、私が航空母艦に改装した意義があると言うも ﹂ ? つばに手をやって白い軍帽を被りなおした。 │││││私は、本当に出来るのだろうか か れ込み、備後は自分の頭に巣食う嫌な予感をたたき出す。 其処まで考えた時、時計の針が出港時間に至る。作戦開始を意味する通信が艦橋に流 ? ことなくこの地へ連れて帰る事が。そもそも、このＡＬ／ＭＩ作戦が最善策なのだろう │││││子犬の様にただ自分を慕い、命令に従ってくれるこの娘達を一人も欠ける 顔を上げて、相変わらずこちらへ視線を送り続ける自分の秘書官を見る。 ? まっすぐな赤い瞳が備後のレンズの奥へと届く。その視線を遮るように、彼は帽子の ﹁提督なら私たち全員を連れ帰ってくれるって、信じてますから。﹂ ﹁何か ＳＴＡＧＥ─４１ 北方ＡＬ海域に進出せよ! 1235 │││││余計な事は考えるべきではないな。私は、私がなすべきことを全力でやる までだ。 ﹂ ! があった。岩の上に座り、眼下の艦隊をクジラの群れでも見るような、軽い雰囲気で見 単冠湾のとある岬の端にで、海面に幾筋もの航跡を残しながら進む大艦隊を眺める影 だった。 はあったが、その陣容は並大抵の要塞なら軽く攻略できてしまいそうなほど重厚な物 送艦を率いてＡＬ海域へと進撃を開始する。あくまでもＭＩ方面に対する陽動作戦で ハリマ迎撃作戦から数日後、ここにＡＬ作戦は発動され夜陰に乗じて無数の艦隊が輸 ﹁幌筵鎮守府艦隊。出動する。﹂ 座っていた背の高い椅子から降りて、艦橋の床に足を付ける。 ﹁はいっ ﹁ＡＬ作戦を完遂し、全員でここに戻りますよ。必ず。﹂ ﹁はい。﹂ ﹁龍鳳。﹂ 1236 物している。 ﹁斯くして、決戦の火蓋は切って落とされると言うわけか。随分と面白くなってきたも のだ。﹂ 贋 作 クツクツと喉の奥の方で笑うと、おもむろに立ち上がりついているはずの無い埃をパ タパタと払う。 ＥＤ ﹁ＯＮＥ ＯＫ ＬＯＣＫ 〟アンサイズニア〟﹂ えていった。 暗闇の中でチェシャ猫のような笑みを浮かべた少年の人影は、文字通り闇に溶けて消 ﹁さーて。やることはやったし戻りますか。⋮せいぜい頑張ることだね艦娘諸君。﹂ ＳＴＡＧＥ─４１ 北方ＡＬ海域に進出せよ! 1237 距離７０００ ﹂ ＳＴＡＧＥ│４２ 陽動作戦 ﹁９時方向に駆逐艦 ﹂ ! 北方港湾を叩け ! ! しかし、徹甲弾じゃ少々分が悪いですな。﹂ ! 所詮は豆鉄砲って事かい 弾種変更 三式 ! ﹂ ! て息を短く吐くように笑う。 ﹁ハッ ! に敵艦隊から放たれた無数の小口径砲弾が単縦陣を形成して航行する味方艦隊に降り 式弾が装填されると横鎖栓式の尾栓が閉鎖され、併進する敵艦へ旋回していく。その間 前部に１基、後部に２基搭載された１２，７ｃｍ連装高角砲︵後期型︶に対空用の三 ! 外側が銀色、内側が紫色と言う特徴的な髪を持った小柄な艦娘は、副長の報告を受け 双眼鏡を覗いていた副長が思わず自分の艦長を振り返る。 ﹁命中 えない。 気味の悪いヘドロに塗れた艦体を穿つ。が、穴が開いた程度であまり聞いたようには思 す。放物線を描いて飛翔した砲弾は波間を突き破って突進してきた駆逐イ級後期型の 左舷を指向した３基６門の１２，７ｃｍが黒煙と轟音と共に６発の徹甲弾を吐き出 ﹁主砲撃てぇ ! ! 1238 注いだ。砲門の数では互角だったが、時間当たりの投射量では深海棲艦側の方が僅かに ﹂ ﹂ 痛いじゃない ﹄ 優っているらしく。前方を進む駆逐艦に砲弾が相次いで命中する。 も、もう ﹃きゃぁっ 大丈夫か 船体後部に火災発生 ﹁清霜被弾 ﹁清霜 ! ! ﹁弾種変更および主砲射撃準備完了 ﹄ ﹂ ! ! 奴さんのケツに火をつけてやりな ! ﹁敵艦炎上 ﹂ を明るく照らした。 艦上に燃え盛る焼夷剤を撒かれた駆逐艦は松明の様に燃え上がり、早朝の薄暗い海面 艦用途にも用いられることがあった。 とっては格上の相手に無視できない損害を与え、一時的に戦闘能力を削ぐ砲弾として対 空用として搭載されている三式弾だったが、砲戦ではあまり活躍の場が無い駆逐艦に 再び放たれた砲弾はイ級の艦体直前で炸裂し多量の燃焼剤をまき散らした。元々対 ﹁ぶっ放せ ﹂ ホッと胸を撫で下ろした。それと同時に各主砲からの報告が艦橋に上がってくる。 横に向けられた砲身から再び火炎が迸るのを見ると大丈夫そうだったため、朝霜は ﹃こ、これ位なら大丈夫。こんのぉー ?! ! ! ! ! ! ＳＴＡＧＥ─４２ 陽動作戦!北方港湾を叩け! 1239 ! ﹁よぉっし ２番３番は通常弾に変更 １番はそのまま射撃を続行しろ ! ﹂ ! 更に後方の雷巡大破炎上中落後する模様 光が艦橋に差し込む。 ﹁敵雷巡爆沈 ﹁感心してる場合ではないでしょうよ。﹂ ﹂ ! ﹁敵艦中破 ﹃全艦 ﹂ 機関部を叩いたようです。落後していきます 左雷撃戦用意 ﹄ ! ﹂ ! 度、艦の動揺、潮流、波の高さなどの様々なパラメータ│を加味して射角を決定してい 艦娘の能力を使って魚雷発射管を微調整していく。敵の進路、速度、こちらの進路、速 ﹁動くなよ⋮﹂ ! 酸素魚雷が装填された魚雷発射管が滑らかに旋回し固定される。 ﹁そろそろ頃合いだな、左舷雷撃戦用意 ! ! 思うと、速度が見る見る落ちて行く。 さると、艦中央に存在する機関部を引き裂いた。敵艦の細い煙突から火炎が迸ったかと ４発の通常弾は吸い込まれるように駆逐イ級の熱で脆くなりつつある舷側に突き刺 ﹁解ってらぁ。撃てぇ ! ﹂ 炎上する敵艦を見て朝霜がこぶしを握った瞬間、前方で大音響が上がりオレンジ色の ! ﹁へぇ、流石由良だな。﹂ ! 1240 ﹂ く。が、突然船体に衝撃と共に体に鈍痛が走る。 ﹁左舷舷側に被弾 ﹂ 艦橋内を妖精の絶叫が飛び交うのがどこか遠く聞こえる。口の中に鈍い鉄錆の味が ! ! ﹁応急修理班は損害個所に急行せよ ﹄ ! 広がるが、そんな事は気にならない。 ﹃てーっ ! 音響とともにアリューシャンへと沈んでいく。こちらの雷撃を何とか中破で凌いだ重 雷は駆逐艦に止めを刺した。中央部から２つに破断した駆逐艦は身をよじりながら大 と共に甲板に張られた鉄板が膨れ上がり弾け飛ぶ。舷側を突き破り艦内で炸裂した魚 朝霜が放った魚雷の内、２本が炎上し落伍しかけている駆逐艦に突き刺さると、水柱 に物を言わせて艦娘を一撃で戦闘不可能に陥らせるが⋮。 ではあまり脅威と言うわけではない。その分、砲撃戦時には８ｉｎｃｈ３連装砲の火力 重巡だが、深海棲艦の重巡洋艦は雷撃戦よりも砲撃戦に重きを置いているらしく雷撃戦 撃戦により厄介な雷巡は潰し、駆逐艦２隻は中破状態により雷撃は不可能。厄介なのは アリューシャンの海に６つの弧が描かれて先ほどまでの航路を逆行する形になる。砲 旗 艦 の 攻 撃 を 確 認 し て ６ １ ㎝ 酸 素 魚 雷 ４ 本 を 射 出。そ れ と 同 時 に 面 舵 一 杯 右 回 頭。 ﹂ ﹁てぇッ ＳＴＡＧＥ─４２ 陽動作戦!北方港湾を叩け! 1241 巡リ級は進路を変えると、大破した雷巡と共に退避行動に移る。 ﹂ ? ﹄ ! ﹁っつぅ⋮。副長、損害はどんな感じだ ﹂ ﹁後部魚雷発射管の真下でしたが、魚雷は打ち尽くしていた上に不発弾だったので大し ? じた鈍痛に顔をしかめた。 一通りの戦闘が終わり、朝霜は艦長席にどっかりと腰を下ろす、と同時にわき腹に感 単縦陣を成した艦隊は進路を変え、速度を上げていく。 ﹃了解。敵艦隊の迎撃は完了したから本体と合流するわ。続いて。﹄ ﹃清霜も主砲が１基やられちゃったけどまだ行けます ﹁こちら朝霜、左舷に一発喰らった以外は損傷なーし。﹂ 夫かも、です。﹄ ﹃高波です。後部魚雷発射管と後部艦橋に被弾したけど、魚雷は入って無かったし大丈 ﹃早霜です⋮。煙突がやられた以外は、大丈夫⋮。また⋮煙突、フフッ。﹄ ﹃こちら鬼怒。爆雷投射機がやられちゃったけど、それ以外は大丈夫。﹄ 況を報告して。﹄ ﹃いいえ。私たちの任務はあくまでも味方部隊の護衛よ。深追いは禁物。各艦は被害状 朝霜の提案を旗艦である由良は即座に却下した。 ﹁追うかい 1242 ﹂ た損害ではありません。今穴を応急修理で塞いでいます。﹂ ﹁不発弾は 艦隊のド真ん中で爆発したんじゃ恥ずかしいからな。﹂ ﹁処理した後海洋に投棄します。何時までも腹に爆弾抱えていたくは無いでしょう ﹁慎重にやってくれよ 副長がヤレヤレと肩を竦める。 ﹁解っていますよ。﹂ ? ﹁それもこれも昨日の戦闘が原因なんですよね。﹂ ﹁それが今では先頭で敵性海域に向かってまっしぐらですもんね。﹂ んだけどなぁ⋮。まあ、敵を叩けるのは悪かぁないけどさ。﹂ ﹂ ﹁ああ。ったく、本当ならアタイ等はもっと後ろで輸送船団の護衛やってるはずだった てから頷く。 航海長が羅針盤に背を預けて朝霜の方を振り返ると、彼女ももう一度湯呑に口を付け ﹁それにしても、酷い戦いですね。﹂ 溶けて何とも言えない味が広がる。 糧食班の妖精さんが差し出してきた湯呑の水で口の中を濯ぐ。口の中の血液が水に ﹁おお、悪いね。﹂ ? ? ﹁艦長、水です。せめて口をゆすいでください。﹂ ＳＴＡＧＥ─４２ 陽動作戦!北方港湾を叩け! 1243 1244 双眼鏡を下ろした砲雷長がうんざりした顔で呟いた。 先日の海戦、敵港湾まであと２日の距離に迫った時に勃発した大海戦の事であること は間違いなかった。３本の単縦陣を成して進む日本の大艦隊の前に無数の深海棲艦の 艦隊が真正面から艦隊決戦を挑んで来た。日本側としても、この海域の制海権を握るた めには敵艦隊の撃破が必須の条件だったためこれ幸いと戦闘体勢に移行。戦艦ル級、タ 級、重巡リ級を主軸とする水上打撃部隊と空母ヲ級を主軸とする機動部隊と激突した。 戦闘は早朝から深夜までほぼ丸一日続き、無数の砲弾や爆弾が海を泡立てた。破壊され た艦体から流れ出した重油が海面上で燃え盛り、あちこちに天然の松明が出現した為、 夜間になっても戦闘海域は煌々とオレンジ色に照らされていた。両陣営の艦は漂流す る残骸を躱しつつも砲雷撃戦を続行。結果的にこの海戦で深海棲艦側の主力を文字通 り全滅させることに成功したが、その代償は大きかった。本土から派遣された艦隊は主 力艦、護衛艦ともに甚大な損害を出し修復のために単冠湾に撤退せざるを得なかった。 特に大湊第三警備府、舞鶴第五鎮守府の損害は目を覆わんばかりであり、喪失艦が出て しまうほどであった。 基本的に艦娘は極めて沈みにくい艦艇である。妖精さんによるダメージコントロー ルや高速修復剤、応急修理装置などの恩恵もあるが、その最たるものは深海棲艦の性質 によるものだった。 ＳＴＡＧＥ─４２ 陽動作戦!北方港湾を叩け! 1245 深海棲艦は艦娘を発見すると即座に攻撃を行うが、この時艦娘を沈める事では無く損 傷させることを主眼に置いて攻撃を行う。例えば、深海棲艦側の航空攻撃で艦娘の１隻 が大破した場合に、続く砲撃戦ではめったな事ではその大破した艦を狙って攻撃を行わ ず、まだ戦闘能力を保持した艦を優先的に攻撃する。一説には深海棲艦の目的は艦娘の 撃破では無く撃退である為、既に損傷し脅威度の低い目標には攻撃しないと考えられて はいるが、ごくまれに例外もあるため定説にはなっていない。また、損傷し大破した艦 はすぐさま撤退行動を起こせば逃げおおせることが可能だが、大破した艦を残したまま 進撃続行の意思を見せた場合には深海棲艦の攻撃目標は大破した艦にも向けられ運が 悪ければ轟沈しその艦を喪失することになる。 その為、提督達にとって大破した艦娘を引きいて進撃することはタブーとされてい た。とは言え、今回の海戦の様に一海域で延々と戦闘を行っている時は進撃したとは言 うことは出来ない。それでも、大破した艦娘を戦闘海域にとどめておいて平気な精神を 持つ提督はほとんどおらず、甚大な被害を出した艦から後方の海域へ撤退させ、空いた 穴には別の自分の艦隊の艦を入れるか有機的に陣形を組み替えるなどして対応する事 となった。この戦術には高度な戦闘指揮能力が問われるがそれが可能な提督が多いの も事実だった。問題の２つの鎮守府では大破した艦娘を前線から下げずに攻撃を行っ てしまったために喪失艦が出てしまっていた。 そもそも、その戦闘自体は双方にまともに戦える戦力が消失した為自然消滅的に終息 したことを考えると、いかに激烈な消耗戦が繰り広げられたかがよく解る。現在は備後 達の様に、直接その海戦に参加しなかった艦艇が先陣を切って敵港湾へ陸軍部隊を満載 した輸送艦を率いて進撃していた。正規空母はいないが、戦艦ならばまだ他の鎮守府の 艦隊に存在した為上陸支援の艦砲射撃に困ることは無いだろう。問題はその時のエア カバーだった。 リストをパラと捲り、彼我の損害をもう一度頭の中にイメージして備後中佐は小さく ため息を付いた。キルレシオ自体は悪くない、むしろ圧倒していると言っていい。が、 こちらの艦隊が大打撃を受けたことは間違いなかった。メタメタにされた艦隊は単冠 湾鎮守府の修復ドッグで高速修復剤と資材に物を言わせればすぐに復旧できるのは事 実だがやはりそれなりに時間が掛かる。ＭＩ作戦の事を考えると作戦の延期は有りえ なかった。 ﹂ ! 龍鳳の甲板上には紫電改二が並べられプロペラを力強く回していた。 ﹁はい ﹁攻撃隊発艦準備。﹂ ﹁作戦海域までもう少しです。﹂ 1246 ﹁アレから敵の大艦隊が出てこなくて本当によかったですよね。﹂ 弓を携えた艦娘が小さくつぶやく。 に集中させこちらを打ち砕く。本土の艦隊が精鋭でなければ危ない所でした。﹂ ﹁あの時に出現した艦隊がこの海域に存在する全戦力だったのでしょう。戦力を一個所 ﹂ 嫌な事を考えてしまったと言うように顔をしかめる艦娘に大丈夫だと伝えてやる。 ﹁まさか、まだいませんよね ? ﹁散発的に突入してきた艦隊の狙いは輸送艦でしょうか ﹂ そうこうしているうちに戦闘海域に接近する。天気は快晴、周辺に敵艦はいなかっ 壊しなくても良かったのだった。 も敵港湾を占領する必要は無い。極端な事を言えば敵を引きつけさえすれば港湾を破 ＡＬ方面軍の目的は敵艦隊の陽動である為、陸上部隊を連れてきてはいるが何が何で まり撤退に追い込めると考えたのでしょうね。まあ、無意味でしたが。﹂ ﹁恐らく。輸送艦がやられてしまえば私たちは陸上を制圧できなくなり目的を失う。つ ? せていたでしょうね。﹂ を意図していたのであれば今朝まで続いた散発的な襲撃などと言う手を打たず集結さ の艦隊が有れば間違いなくあの海戦に投入していたでしょう。もし、近海で最後の決戦 ﹁あれだけの戦力をそろえて一度にぶつけてきた相手です。港湾近海に展開できる主力 ＳＴＡＧＥ─４２ 陽動作戦!北方港湾を叩け! 1247 ﹂ ! た。 敵港湾への攻撃を開始せよ ! ﹂ ! 航空機と呼んでいいのかすら怪しい代物だった。力任せに何とか制空権は取れている の深海棲艦の艦載機は曲がりなりにも飛びそうな形をしていたが、この新型機はもはや 舞するのは骸骨の様な奇怪な姿をした敵の航空機と味方の緑色の艦上戦闘機。今まで 彼らから直接は見れないが、上空では奇怪な航空戦が繰り広げられていた。天空を乱 れた。 も振動させる。それによってほんの少しの間現実逃避をしていた彼は現実に引き戻さ 機銃掃射を受けて爆発四散する。その轟音は飛行甲板を震わせ、その下の格納庫の空気 そんな事を考えている男の頭上。天井よりも遥か高い所で、球形の物体が紫電改二の │││││ああくそ、なんだってこんな事になってんだ。 アリューシャン方面の驚くほど冷涼な空気は此処には無い。 飛行甲板から緑色の戦闘機が飛び立ち、北方港湾攻略作戦が開始された。 ﹁第一次攻撃隊、発艦 ﹁攻撃隊発艦開始。第２、第３艦隊は輸送艦、揚陸艦を護衛しつつ敵港湾へ突入。﹂ ﹁ＡＬ方面軍総旗艦長門から通信 1248 ようだが、早い所港湾に隣接した飛行場を制圧した方が良いだろう。生き残った戦艦隊 の艦砲射撃によって上陸地点一体が入念に耕されているがどれだけ防御陣地を削れて いるかは全く持って未知数だった。 手にした４式自動小銃を握りしめると、小さくはあるが一先ず安心する。大発動艇に 同僚や部下と共に詰め込まれて蹲っている現在では身じろぎ一つできやしない。 一際大きな音が鳴り響き、後部の大型ハッチが下がっていき薄暗かったウェルドック 内に外の光が差し込んだ。暗闇に慣れていた目にとっては愉快なものでは無く何度か 目をしばたかせて明るさに目を慣らしていく。艦全体が艦尾方向へと傾いていくのは 大発を下ろすために艦尾に注水したからだろう。艦の最後部が波に洗われる音がウェ ルドック内に大きく響いた。 彼 が 乗 り 込 ん だ 大 発 動 艇 も 少 々 の 衝 撃 と 共 に 外 へ と 投 げ 出 さ れ る。今 ま で 視 界 を を回して移動。後続の発動艇の道を開ける。 大発動艇の固定具が外され、次々と艦尾方向へ滑り降り着水すると同時にスクリュー ﹁戦争を始めようか。﹂ まらないと言う風に口を開いた。 大発動艇の舳先付近に陣取っている若い小隊長が、これから始まることが楽しみでた ﹁じゃあ、諸君。﹂ ＳＴＡＧＥ─４２ 陽動作戦!北方港湾を叩け! 1249 覆っていた金属の天井は消え失せて、真上には青い空が広がり冷涼な空気が肺に流れ込 んだ。そのまま発動艇は旋回して舳先を陸地に向けて止まる。首を伸ばしてみると、艦 砲射撃は既に止んでいたが相変わらず熾烈な航空戦が遠くの方で続けられていた。周 りの輸送艦や神州丸型特務艦からはひっきりなしに大発動艇や小発動艇が下ろされて いる。 ﹂ ? の全速で推進させる。彼らの周りの発動艇も搭載した乗客を目 ? 的地に届けるために白波を蹴立てて目標地点の浜へ向けて突入していく。前方に広が を乗せた発動艇を８ ンが獣のような方向を上げる。６０馬力のディーゼルエンジンが第２歩兵小隊７０名 岩村がそう言った瞬間、突撃の命令が出され今まで低く唸っていた大発動艇のエンジ ﹁敵は目の前だ、結城。その話はあとでな。﹂ 言葉を続けようとする男、結城に彼は待ったを掛けた。 │││││えらく神妙な顔だな。 ﹁実は、お前に言っておかなくちゃならんことが有ってな。﹂ 戦ってきたなと奇妙な感慨深さが突然沸き上がった。 自 分 を 呼 ん だ 男 の 方 へ 顔 を 向 け る。そ う い え ば コ イ ツ と は 割 と 長 い 間 肩 を 並 べ て ﹁なんだ ﹁おい、岩村。﹂ 1250 る浜が巨大な化物の口の様に彼らの目の前に広がっていた。 横一線に展開した無数の発動艇は搭載したエンジンを震わせながら鉛色の海を疾駆 していく。その歩みはお世辞にも早いとは言えない物だったが、数百隻の発動艇が一斉 に突撃を掛ける様は壮観だった。 その無数の航跡をある艦の船橋から眺める影が一人。黒い軍服を身に着けた色素の 薄い肌を持つ艦娘、海軍の艦娘と言うよりも陸軍の将校に似た雰囲気を持つ少女だっ た。その少女は何か納得のいかないような、不満そうな面持ちであった。 ります。﹂ ﹁それぐらいわかっているであります。が、将校殿達の事を考えると気が重くなるであ 航海長が落胆する艦娘│││││あきつ丸を宥める。 なっていますから。﹂ ﹁仕 方 あ り ま せ ん。先 の 海 戦 で 多 数 の 砲 弾 を 使 用 し て し ま い、手 持 ち の 弾 薬 が 少 な く ﹁戦艦隊による艦砲射撃。欲を言えば、もう２時間続けてほしかったでありますな。﹂ 副長の声を途中でさえぎり、一つため息を吐いた。 ﹁みなまで言うな、であります。﹂ ﹁艦長。﹂ ＳＴＡＧＥ─４２ 陽動作戦!北方港湾を叩け! 1251 ﹁いまさらジタバタしたって仕方が有りませんよ。それに、今回投入されるのはキス島 で長い間闘ってきた精鋭ですよ。少々の防御火器ならばなんとかできるはずです。﹂ 行け 行け ﹂ がフライパスしてゆく。 ﹂ 重機で掩護する ﹂ ! ﹁行け ﹂ 舷側から飛び降りろ ﹁前扉が故障した 走れ ﹁姿勢を低くしろ ﹂ ﹁第四中隊司令部は如何した ﹁前方に機関銃陣地 ?! ! ! ! ! ! ! ! ! 困りきったような少女の声が艦橋に静かに響いた。あきつ丸の上空を爆装した零戦 たでありますからなぁ⋮﹂ ﹁艦砲射撃では防御陣地を完全に無力化できない事は、我々が硫黄島で自ら証明してい まった大発動艇の一隻が登場した歩兵小隊をあたりにまき散らして派手に転覆する。 飛翔した多数の中小口径砲弾が海面に無数の水柱を形成し、運悪くそれに突っ込んでし 隊に伸びていくところだった。その数は予想していた物よりも数倍多い。短い距離を チラリと上陸予定地点に視線を向けてみると、ちょうどそこから無数の火箭が上陸部 ﹁機関銃陣地程度なら、航海長の言う通りではあるでしょうが⋮。﹂ 1252 ﹁手りゅう弾であの煩い陣地を黙らせろ ﹂ 陸できた陸軍部隊は、艦砲射撃によってできたクレーターに身を潜ませて手りゅう弾や した重機関銃で手近な機関銃陣地を制圧射撃しながら乗員を下ろしていく。運よく上 撫でまわすと、数十人分の肉塊が瞬時に生産された。その隣に上陸した大発動艇は搭載 だった。浜に上陸し、前の扉を解放した大発動艇に機関銃の火箭が数本飛び込み内部を た上陸隊に待っていたのは機関銃陣地からの十字砲火と砲兵陣地からの上陸阻止砲撃 発動艇で上陸するまでの間に開催された中小口径砲のロシアルーレットを潜り抜け ! 海軍は何やってんだよ ﹂ 小銃擲弾、小型の迫撃砲で機関銃陣地に応戦していく。 ! ! 削減し、一刻も早く前線へ送り出さないとまともに戦線を維持できない状況に陥ってい ない帝国軍にとって以前の軍隊では当たり前の様に行っていた教育を削減できるだけ い事ではあったが。人的資源が枯渇寸前なうえにあちこちに宣戦を広げなければなら 太平洋戦争中の帝国陸軍であれば部下がこのような物言いをすることは考えられな 隊が押し寄せてきますからね。﹂ ﹁仕方ないですよ。砲弾も数が少ないですし、とっととしないとミッドウェイ方面の艦 きた伍長が上陸地点の防御陣地を完全に破壊できなかった海軍に悪態をついた。 クレーターの淵から手りゅう弾を敵陣地に投げ込んで、いったん穴の底まで退避して ﹁ああクソ ＳＴＡＧＥ─４２ 陽動作戦!北方港湾を叩け! 1253 た。極端な事を言ってしまえば、命令に従い、兵器の手入れが出来、最低限の礼節をわ そんな事は 手りゅう弾をよこせ ﹂ ﹁正面の機関銃陣地を潰したら一気に隣のクレーターへ走れ、良いな ﹂ 一等兵はその視線を後方へと向けると、ニヤリと笑った。 ﹂ ﹁九七式か ﹂ 巻上のアンテナ。 俺が掩護する。﹂ 大きい発動艇から上陸する。細い履帯、車体右側によった砲塔、その砲塔に撒かれた鉢 その理由は、浴びせかけられる１２，７ｍｍ機関銃弾を火花と共に弾きながら一回り つられて振り返った瞬間、伍長は部下がそう言った理由を知った。 ﹁何 ﹂ この機関銃弾の中突っ込む気か貴様 それとも何か ﹁この先にもまだ敵は居るのにバカスカ使っちまっていいんですかい ? 素直に手りゅう弾を上司に手渡す。 ﹁そいつは勘弁。﹂ !? ﹁了か⋮その必要は無さそうですぜ ? ? ﹁仕方ねぇだろ ? ! ! ? ﹂ きまえていればとやかく言う必要性を現状の陸軍は感じていなかったのだ。 ﹁解ってるわい ! 部下の一等兵に八つ当たり気味に返答する。 ! 1254 ! ﹁初期型ですけど、自分らを支援してもらうにはこっちの方が都合が良さそうです。﹂ 上陸した九七式中戦車は砂利を踏みしめながら、彼らの真横ほどまで進撃したところ でいったん停車し、短砲身５７ｍｍ砲で次々と機関銃陣地を吹き飛ばし始めた。対戦車 戦闘では全くと言っていいほど使えなかった５７ｍｍ砲だったが、榴弾で敵港湾近くに 張り巡らされた防御陣地を叩くには非常に有効に働いた。短い砲身から火炎が噴き出 すたびに機関銃陣地やトーチカが爆炎と共に沈黙していく。その間にも、特大発に搭載 ついてこい ﹂ された九七式戦車が続々上陸し歩兵の盾となって進撃を開始した。 小隊と合流するぞ ! ﹂ ﹁ぼさっとしとる場合か ! ? ﹁まったくだ。﹂ ﹁チハがここまで頼もしかったとはな。﹂ の脅威となる対戦車砲陣地に叩きつけるべく緩降下を開始していた。 は新型機を何とか振り切った零戦６２型が到着し、その翼に抱いてきた陸用爆弾を戦車 を見逃すわけには行かないので自分もさっさとクレーターの壁を登り始める。上空で ない事に若干の不満を覚えながらも、敵の防御陣地が新手の機甲部隊に対処している隙 そう言って伍長はクレーターをよじ登り始める。自分の手りゅう弾が帰ってきてい ! ﹁ほらね ＳＴＡＧＥ─４２ 陽動作戦!北方港湾を叩け! 1255 1256 ２人の陸軍兵が四式自動小銃を構えながら進撃する九七式中戦車を盾に港湾要塞へ と進んでいく。作戦では敵港湾の両側に陸軍を上陸させて港湾要塞と隣接する飛行場 を制圧する筋書だった。現在、日本軍は何とか橋頭保を確保し港湾へと陸路を進撃して いる。港湾に近づけば近づくほど、トーチカ群の攻撃は強烈なものになっていったが攻 撃を開始したトーチカは数秒と待たずチハの５７ｍｍ戦車砲や一式中戦車チへの７５ ｍｍ戦車砲に吹き飛ばされていく。中小口径砲の水平射撃によって撃破される戦車も 少なくは無かったが、零戦６２型の近接航空支援が到着すると砲兵陣地は爆撃と機銃掃 射にさらされ次々と機能を停止していく。時折、少数の陸上部隊が突撃を掛けてくるこ ともあったが、歩兵の小銃や機関銃分隊の制圧射撃によってハチの巣にされていった。 深海棲艦の陸上部隊は、人型では無くちょうど駆逐イ級やロ級、ハ級の艦娘に当たる 流線型のクジラの様な体にカエルやトカゲに似た足を４∼８もつ気味の悪い格好をし ていた。火器は口の中に当たる部分や背部に搭載し、火力や防御力はその大きさに比例 して強力になっていった。要するに小型の個体が歩兵で大型の個体が戦車やトーチカ に当たる。陸軍では大きさ、機動性の有無によって歩兵級、軽戦車級、中戦車級、重戦 車級などと大雑把に区分していた。中でも厄介なのは重戦車級でその体躯は９７式中 戦車のざっと２倍、口の中に備えた主砲の口径は１００ｍｍであり装甲も分厚く、対戦 車火器の少ない日本軍にとっては動く要塞も良い所だった。 ﹁まあ、ここは港湾要塞だし居たとしても中戦車級だろうよ。それぐらいならチヌの主 砲で何とかなる。﹂ ２人の後ろを走る一等兵が横目でこちらを追い抜いていく頭でっかちな印象を受け る戦車を見やる。三式中戦車チヌは四式中戦車チトを輸送できる大型発動艇に搭載さ れてこの地に運ばれていた。本来は四式中戦車を持ってくるところではあるが、比較的 高性能なチトは南方戦線に優先的に回されていたためＡＬ作戦には数合わせとして多 数の旧式戦車が投入されていた。北方の地を多種多様な戦車が進撃する姿は日本戦車 の展覧会の様相を呈していた。前々から計画されていた作戦に旧式戦車を送り込む理 由としては港湾要塞に大規模な機甲部隊が配備されているとは考えづらく、もし存在し ていたとしても水上艦からの直接火砲支援で対処可能と言う判断があったためだった。 ﹁不味い ﹂ 高射砲だ ! !? ﹂ 先行していた一人が指差した先で光が瞬いたかと思うと、先ほどまで自分たちが盾に ! ﹁なんだ 避機動。盾を失った４人は慌てて手近にあった破壊されたトーチカの陰に滑り込んだ。 炎と共に持ち上がり宙を舞った。突然の敵襲に彼らの前を進むチハは速度を上げて回 最後尾を進む上等兵が小さくぼやいた瞬間、先ほど抜き去って行ったチヌの砲塔が爆 ﹁そう上手くいくものかね。﹂ ＳＴＡＧＥ─４２ 陽動作戦!北方港湾を叩け! 1257 していたチハが木端微塵に粉砕される。 彼らの視線の先にあるのは幾つもの沿岸砲台だった。本来なら迫りくる艦船や航空 ﹁ああ、畜生。ここが要塞だってことを忘れてたぜ。﹂ 機に向けて使われるべき要塞砲が、今は陸上部隊に向いている。５ｉｎｃｈ単装高射砲 は対艦攻撃に使うのなら貧弱極まる兵装ではあるが、陸上部隊にとって５ｉｎｃｈ＝１ ２７ｍｍの砲は砲兵隊の重砲に匹敵する巨砲だった。対空目標に使われる高初速砲弾 の水平射撃を受けて耐えられる日本戦車なぞこの場には存在しない。単装砲の砲身が 咆哮するたびに先ほどまで意気揚々と進撃していた日本戦車が血祭りにあげられてい く。あるチヌが主砲で反撃を行い、７５ｍｍ戦車砲弾で５ｉｎｃｈ単装高射砲の砲塔を 打ち抜き沈黙させるも、逆に複数の砲台からの集中砲火を受けて火炎の中に消える。 ﹁おいおいおい。コイツはヤバいぞ。﹂ 腰にぶら下げて来た発煙手りゅう弾のピンを抜いてオレンジ色のスモークが噴き出 ﹁まってろ、上の連中に空爆を要請してみる。﹂ ﹂ る発煙手りゅう弾を投擲、煙のアーチを描いた手りゅう弾は高射砲群の手前に落ちる。 それを確認した後、本部へ通信を送る。 ﹁発煙弾の前方７００ｍの速射砲群への空爆を要請する ﹃解った。少し待っていろ。﹄ ! 1258 ﹁流石は大隊長殿だ話が速い。﹂ ﹂ そのやり取りを聞いていたこの中では比較的若い一人がそう言えばと先輩陸軍兵に 顔を向ける。 ﹁そういえば、大隊長殿って今日の戦闘が終わったら引退されるんですよね ﹁ああ。大隊長には世話になってるからな、ここを落として恩返しだ。﹂ ? ﹃こちら指揮所。先ほどまでいた支援機は弾薬補給のためいったん撤退した。他の部隊 ﹂ は向こう側の部隊に掛かりきりでこちら側に割く戦力は無いそうだ。﹄ で、では水上艦の砲撃は ?! ? 爆が来たのかと思って上を見るが、それをやったような爆撃機は見当たらない。 生返事を返した瞬間、前方で火炎を吐き続けていた高射砲が砲塔ごと吹き飛んだ。空 ﹁はぁ⋮﹂ 無くても十分戦えるさ。﹄ ﹃ま、その代わりに〟とっておき〟を投入する。何、帝国陸軍は航空機や水上艦の支援が が帰ってくる。 此方の兵士の驚きをよそに、通信機からは老齢の指揮官の少し諧謔味を混ぜた様な声 力は無いらしい。﹄ ﹃敵飛行場から出撃した多数の新型機相手に防空戦を行っている。其方に向けられる戦 ﹁なんですって ＳＴＡＧＥ─４２ 陽動作戦!北方港湾を叩け! 1259 ﹁あれを見てください ﹂ 退してこちらの視界から消えた。敵陣地にまた重砲並みの爆炎が上がる。 車体に不釣り合いなほど巨大な砲身が乗っかっており、それが再び火を噴くと同時に後 新兵の声に従って振り返ると、遠くの方に奇妙な戦闘車両がちらりと見えた。小さな ! てこないぞ ﹂ そもそも重砲の揚陸はまだ終了してないだろう ﹁もしかして、キングチーハーか ﹂ ? ﹂ ? が。﹂ ? ﹁海軍ってことはチハについてる１２ｃｍ砲ってひょっとして﹂ 上等兵は大げさに肩を竦める。 ﹁車体の前後方向ならなんとかなるんだろう。詳しいことは知らん。﹂ ﹁チハの車体で１２センチ砲なんて撃ったらひっくり返りませんか ﹂ ハ の 車 体 に １ ２ ｃ ｍ 砲 を 固 定 し た 代 物 だ。ま さ か 量 産 さ れ て い た と は 思 わ な か っ た ﹁違うわ、馬鹿者。キングチーハーってのは俗称だ。正式名称は海軍十二糎自走砲。チ ﹁上等兵殿、まさか混乱されてますか 眼鏡の上等兵が言った言葉に、他の３人は理解不能と言った顔をする。 ? ? ﹁砲兵にしちゃ足が速いな。それに、砲兵はこんな直接照準できるようなところまで出 ﹁なんだありゃ。﹂ 1260 ﹁ああ、あの主砲は十年式十二糎高角砲。正真正銘の艦載砲だ確か、赤城や加賀にも積ま れていたらしい。太平洋戦争ごろには既に旧式砲だが、陸の目標を叩くならまだまだ使 えるだろう。﹂ 砲撃と爆発の音の合間に風切り音が聞こえたかと思うと、砲弾を戦車隊に浴びせかけ ていた高射砲陣地が劫火に包まれ、赤熱した砲身が彼らの頭上を飛び越えて行った。突 如敵陣地を襲った連続爆発はそれから１分ほど継続されてようやく収まる。トーチカ の後ろで伏せていた彼らの目の前には高射砲の残骸と新しく生成されたクレーターが 存在していた。新兵がちらりと海の方を見ると、空襲を強行突破してきたらしい２隻の 重巡洋艦が主砲をこちらに向けていた。 ﹁了解 あ、そういえば戦車隊は ﹂ ? ﹁所詮チハはチハか。﹂ ? 〟と惚けながら増援として駆け付けた歩兵隊と共に ? トーチカの陰から飛び出して走り始める。敵港湾施設はもう目の前だった。 仲 間 の ツ ッ コ ミ に 〟 さ あ な ﹁おい、１０分前になんて言ってたか覚えてるか 貴様。﹂ ﹁チヌは半分ぐらいやられたが何とか行けそうだ。チへも同じ、チハはほぼ全滅。﹂ １等兵の問いに答えたのは先ほどまで共に走っていたもう一人の男だった。 ! ﹁海軍の再砲撃で高射砲陣地が吹き飛んだ。行くぞ。﹂ ＳＴＡＧＥ─４２ 陽動作戦!北方港湾を叩け! 1261 1262 ＡＬ作戦に大々的に陸軍部隊を投入したのには、表向き港湾施設の制圧と言う理由が あったがもう一つ理由があった。 開戦以来人類側は大破漂流した深海棲艦を鹵獲することを何度も試みてきたが、その 挑戦は常に失敗してきた。敵艦隊を一隻を除いて全滅させ、残る一隻を大破状態にして 鹵獲、曳航を試みてみるも艦娘が近づけば逃げ切れないと悟った深海棲艦は即座に自沈 を選択していた。人類側も降伏勧告や、生存の保証をあらゆる手段で行い意思疎通を行 おうと試みてみるも、相手からの返答は無かった。 時たま人類側に向かって放たれる警告とも、怨嗟の声とも取れる一方的な通信から彼 女達は一定の知能を持つことは海軍内では常識だった。このような八方ふさがりのよ うな状態で深海棲艦との意思疎通の道を模索していた指導部にとって、深海棲艦を捕虜 にするのは彼らの悲願であった。 そんな中発見されたＡＬ方面の港湾要塞。潜水艦や航空機による詳細な偵察、ごく少 数の特殊部隊による潜入偵察によって、この港湾要塞は陸上型深海棲艦ともいうべき代 物である可能性が極めて高いと言う結論に達した。そこで、今回のＡＬ作戦では陸上部 隊による港湾の制圧と共にそこに居るであろうインターフェース│││││おそらく 艦娘のような存在│││││の確保が計画されていた。もしも、作戦が成功し深海棲艦 側のインターフェースを確保することが出来れば、先の見えない戦争にいくらかの光明 が差し込むはずだった。 複数回にわたる空襲によって小破に相当する被害を受けた龍鳳の艦橋で、備後中佐は ﹁⋮⋮どうしてこうなった。﹂ 彼らしくない言葉を喉の奥から絞り出した。ハッキリ言って目の前の艦娘が言ってい ることを理解したくない。 理解できないでは無く、したくないのである。海軍軍人にしてはガキの様な感情に顔 をしかめるが、そう思ってしまうのだから仕方がない。事実は小説よりも奇なり、など と言う言葉が自然に頭に浮かび上がってくるが、これは幾らなんでもあんまりな事実 だった。 龍鳳の艦橋、正確には艦娘の方の龍鳳の右隣に居た。 幌筵泊地艦隊、現在は揚陸護衛艦隊総旗艦となり敵港湾要塞の港の手前に停泊している た港湾要塞で輸送艦への撤退準備を進めている陸軍将兵の頭を悩ませている元凶は、元 この提督とその秘書艦、ついでにＡＬ海域に集結した帝国海軍艦艇と破壊され、制圧し ハキハキとした雰囲気は鳴りを潜め、形の良い眉はハの字型に下がってしまっている。 提督の正面で乾いた笑い声を上げているのはこの軽空母の艦娘、龍鳳。何時もの様な ﹁あ、アハハ⋮なんででしょうねぇ⋮﹂ ＳＴＡＧＥ─４２ 陽動作戦!北方港湾を叩け! 1263 雪の様にと言うよりも色素そのものが欠落しているような頭髪と肌。白い衣服に白 い手袋を身に着け全体的に〟白〟と言う印象を受ける。ただし両目は燃え盛る炎の様 な橙色であり、明確な意思がそこに宿っていることが解る。とは言え、彼らが頭を抱え それがど 艦娘にもそう言った髪質を持つ その特徴を持つ艦娘も居る。橙色の目 ているのは彼女のそれらの要素では無い。髪が白い 物が要る。肌が病的なまでに白い ? ? ﹁ちょ、ちょっと待ってね あ、あの。﹂ │││││大本営の連中、腰を抜かさなければいいのですが。 げて空腹を訴えるのだった。 フェース。大本営から北方棲姫と呼称されている存在は、自分の手を握った龍鳳を見上 きゅる∼。と可愛らしく腹を鳴らした非常に幼い容姿の陸上型深海棲艦のインター ﹁オ腹空イタ。﹂ うした、艦娘の目の色は宝石の様に多種多様だ。彼らを悩ませている問題、それは。 ? ﹂ ? ﹁では、北方棲姫と呼ばせていただきます。貴方は我が軍の捕虜となりました。そして ﹁好キニ、呼ベ。ニンゲン。﹂ 白い妖精は、その両目で長身の海軍提督をじっと見ると、ややあって口を開いた。 います。備後中佐です。なんと、呼べばよろしいでしょうか ﹁自己紹介位は済ますべきでしょう。初めまして、私はこの艦隊の一部の指揮を執って ! 1264 一時的に、幌筵鎮守府にて過ごしてもらう事になります。﹂ 備後の言葉に、彼女は小さく無邪気な笑い声をあげた。 ギロリ、とオレンジ色の視線が備後を射抜く。 ﹁私ハ、負ケテナイ。﹂ 正直、備後は驚いていた。目の前で自分を睨みつけるこの少女は、敵に囲まれている ﹁ケレド、幌筵ニハ行ッテヤル。残念ダケド。﹂ 現状でも少しも動じていないように見えた。やはり通常の深海棲艦とは格の違う、まさ ダカラ代ワリノ家、用意シロ ﹂ しく〟姫〟としての威厳と言う者が確かにそこにあった。その時までは。 ! ! いる龍鳳を見て、再び頭痛がぶり返してしまう。 │││││深海棲艦はなんだってこんな幼子を最前線に投入しているんだ 最初に北方棲姫を発見した陸軍部隊が捕縛しようとしたところ、彼らの手は彼女の身 来ないのだ。 彼の頭を悩ませている原因はもう一つある。実はこの深海棲艦、人間が触ることは出 ? 要求する子供。と言う表現が一番しっくりきた。幼い妹にする様に北方棲姫を宥めて いる。その様子に、先ほどまでの威厳の様なものは無く、おもちゃが壊れて新しい物を よくよく見てみれば、龍鳳とつないだ手や両足が小刻みに揺れ、両目は若干うるんで ﹁オ、オ前等ガ私ノ家壊シタ ＳＴＡＧＥ─４２ 陽動作戦!北方港湾を叩け! 1265 体をすり抜けてしまい如何やっても捕まえることが出来なかった。業を煮やした荒っ ぽい下士官が、適当な棒きれで足を払おうとするも、その棒きれも彼女の小さな足をす り抜けてしまう。最終的には制圧を終えた陸軍将兵が寄ってたかって年端もいかない 幼女を追いかける中々危ない光景が港湾要塞内で発生する羽目になってしまう。 陸上部隊から逃れて会場へ出たところ│││││彼女も艦娘の様に海上を滑走でき る│││││で、たまたま様子を見に来ていた龍鳳が前方不注意で突っ込んできた彼女 を受け止めて確保することに成功し、現在に至る。 艦娘のみにしか触れられず、その他の物体をすり抜けることが出来る幼女。帝国に ﹂ とって頭の痛すぎる捕虜が誕生した瞬間であった。 いく秘書艦の背中をぼんやり眺めながら。誰に言うわけでもなく、小さくつぶやいた。 とりあえず食堂に案内するように龍鳳に命令し、北方棲姫の手を引いて通路に消えて ﹁私は、悪くないからな ? 1266 輸送艦への積み込みを待っている二式砲戦車ホイに球を打ち尽くした自動小銃を立 てかけて、履帯に体を預けて座る。日は既に沈んでいるが、撤収作業はまだ続いていた。 このままこの地に陸軍を置いておいても、帝国にとって負担になるだけであったため、 港湾制圧後陸軍は速やかに撤退することになっていた。 上からかけられた声に顔を上げると、血と硝煙に汚れた結城の顔があった。 ﹁よう、死にぞこなったな。﹂ ﹂ ? ﹂ お前のヘソクリでこの前の賭けの負け分払っちまった。﹂ ! ﹁なーんだ。そんな事⋮って何やってんだテメェェェェェェ ! ﹁すまん 彼の瞳が揺れ、乾いた音と共に結城は顔の前で手を合わせる。 上を見上げると、履帯の上に座ってこちらを見下ろす結城と目が合った。少しばかり ﹁そうか、じゃあ言うぞ。﹂ ﹁もったいぶんな、今の俺は生き残って気分がいいからな。正直に吐いちまえ。﹂ 参ったなと頭を掻く友人に若干の不安が芽生える。 ﹁あー、覚えてたか。﹂ ﹁んで、話ってのはなんだったんだ 岩村からの言葉に苦笑して結城はホイの履帯の上に腰かける。 ﹁お前もな。﹂ ＳＴＡＧＥ─４２ 陽動作戦!北方港湾を叩け! 1267 ﹁いや、ほら、戦いには勝ったし許せ。な ﹂ ﹂ ! ? 生命保険を俺の受け取りにして南方戦線で突撃して来い ! 彼らはあの後、倉庫の中に駐機 されていた白い新型機の零距離射撃を喰らいそうにな て も う 少 し で チ ハ 事 吹 き 飛 ば さ れ る と こ ろ だ っ た ４ 人 の う ち の ２ 人 の 一 等 兵 だ っ た。 海軍十二糎自走砲に腰かけてぼんやりと言い争いを眺めていたのは、高射砲群によっ ﹁まったく、こっちは幼女追いかけて要塞内駆けずり回ったってのに。﹂ ﹁元気だなあいつ等。﹂ まったと肩を竦めていた。 そのままホイの横でギャアギャアと言い争いが始まるが、周りの陸軍将兵はまた始 ﹁許せるか 1268 などで彼らの命を救ったため大方お礼でも言いに行っているのだろう。付け加えてお へ行っている。あの後も、倉庫内にあった起動済みの新型機を水平射撃で〟撃墜〟する で負傷し既に輸送艦へ、指揮を執っていた上等兵は彼らが座っている自走砲の乗員の所 したせいで疲労困憊と言った有様だった。ちなみに、あの時の二等兵は飛行場での攻防 りながらも、なんとか空港を制圧し、その後要塞内を逃げ回る北方棲姫を追いかけまわ ? くと、彼らと結城、岩村は同じ小隊のメンバーだったりする。 ﹂ ﹁ところでよ。﹂ ﹁なんだ ? ﹂ ﹁ウチの行方不明になった小隊長殿。あんなに戦争狂だったかな ﹁⋮さあ ? ﹂ ? 日本本土、呉鎮守府。本来ならば無数の戦艦がひしめき合っているべき場所で１隻の に吹いた後、その場所には誰も居なかった。 彼の視線の先、海を越えた方向には日本本土が存在した。一陣の突風が元高射砲陣地 ﹁こっちの任務は終了。後は⋮﹂ 少し微笑んで一区切り置くと、彼は足に力を込めて立ち上がった。 ﹁ええ⋮⋮はい、これで任務完了と言う事で。詳しい報告はまた後程。では、また。﹂ ものは持っていない。要するに、彼は虚空に向かって呟いていた。 られた５ｉｎｃｈ砲の砲身に腰かけていた。彼の両手はだらりと下がり、通信機の様な 誰も居ない破壊されつくした高射砲陣地に、少尉の階級章を付けた陸軍将校がもぎ取 ﹁いやはや、なかなか楽しい戦争でしたよ。﹂ ＳＴＡＧＥ─４２ 陽動作戦!北方港湾を叩け! 1269 艦 橋 戦艦│││││ホタカが係留されていた。艦体に穿たれた大小の破孔や破壊された兵 装 に よ っ て 廃 城 の 様 な 雰 囲 気 を 受 け る。そ ん な 廃 城 の 天守閣 に 居 る は ず の 無 い 人 影。 ヒトラーユーゲントの制服に似た衣服を身に着けてはいるが、腕章に描かれているのは ハーケンクロイツでは無くウィルキア帝国の紋章だった。金髪の髪に赤い瞳の１４、５ 程の年齢に見える少年は、破壊された電波妨害装置の上に腰かけて足をぶらつかせてい る。 ﹁誰だ そこで何やっている ﹂ ! いるのかと思えるほど黒く無機質な物だった。彼はそのキューブを片手で保持し、腕を 立方体を持っていた。その立方体は１辺が１５ｃｍ程度のモノで、全ての光を吸収して た、あの少年が音も無く現れる。顔には薄い笑みを湛え、白手袋を嵌めた左手には黒い 甲板上に当直の警備妖精が集合し、大捜索が行われている頃。ホタカの機関室にま なかった。 を見失った警備の妖精さんは懐中電灯を回して周囲を探るが、もはや甲板上には誰も居 てるでもなく、電波妨害装置から飛び降りて懐中電灯の光の輪の中から消える。不審者 がに両舷上陸とは言え、警備兵ぐらいはいるようだ。発見されたことを悟った少年は慌 突然掛けられた鋭い声の方を見ると、懐中電灯でこちらを照らす妖精さんの姿。さす ! ﹁さて、それじゃあ仕事を始めましょうかねぇ。﹂ 1270 まっすぐ伸ばしたまま顔の高さまで持ち上げる。 ﹁我らが指揮官殿からのお見舞いの品だよ、ありがたく受け取ってね しまった。 ﹂ た無数の破片も霧に分解されて床へ拡散し、それまでの霧と同じように見えなくなって 突然、硬質な物が派手に壊れる時の様な甲高い音を残して粉々に砕けちった。砕け散っ のが機関室の床に降りて拡散していった。しばらくは、霧を垂れ流していた箱だったが 持った立方体にメンガ│のスポンジの様な無数の穴が開き、そこから黒い霧のようなも 手に持ったキューブから一度、ガラスにひびが入るような音がしたかと思うと。手に ? ＥＤ ﹁ＯＮＥ ＯＫ ＬＯＣＫ 〟アンサイズニア〟﹂ なかった その後すぐ警備妖精が機関室へ捜索に来た時には、少年の姿も、黒い霧も存在してい ﹁じゃあね、ホタカ。また何処かで。﹂ ＳＴＡＧＥ─４２ 陽動作戦!北方港湾を叩け! 1271 ＳＴＡＧＥ│４３ 決戦 ＭＩ作戦発動 ! を引き返していく。 す。空対空ミサイル２発と増槽だけを装備したホーネットはゆっくりと右旋回、来た道 通信回線に乗せない同乗者とボイスレコーダーにだけ聞こえる様に呟き、操縦桿を倒 ｌｅｔｅｄ Ｍｉｓｓｉｏｎ．ＲＴＢ．﹂ ﹁了解。現時刻をもって哨戒任務を終了する。敵影は無し。Ｆａｉｒｙ│３ ｃｏｍｐ ﹁電探に感なし。時間です、浅井中尉。﹂ な声明に満ち溢れたようなものでは無く、もっと無機質的な青色。 水平線から離れるにつれて深く吸い込まれそうになる青色へと変わっていく。海の様 境界線が白く巨大な弧を描きながら果てしなく伸びている。更に視線を上げると、空は の海面に各種の電磁波を平等に供給している。視線を海面から少し上げると、空と海の 以外は聞こえてこない。透明のキャノピーの向こうには、南洋の太陽がコバルトブルー 狭い機内には登載されたエンジンが発する甲高い音と、翼が高層の大気を切り裂く音 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 1272 ＳＴＡＧＥ─４３ 決戦!ＭＩ作戦発動 1273 武装を減らし高高度性能と高速性能を確保した偵察機仕様のホーネットを唯一運用 する長距離偵察部隊、通称Ｆａｉｒｙ隊は加久藤の航空隊の中でもかなり異色な存在 だった。基本的に加久藤航空隊のホーネットは単座のＣ型で複座のＤ型の数は少ない。 ２人分の目が有る複座型の戦闘能力は侮れるようなものではないが、日本に複座の機体 全てに２人を乗せられるほどの余裕は無く、例え一人で乗り込んだとしても高性能な電 算機がその戦闘を補助するためわざわざパイロットと兵装システム士官を用意する必 要が無かった。 しかし、Ｄ型が優先的に配備されているＦａｉｒｙ隊は２人の人間をホーネットに乗 せている。それは長距離偵察以外に彼らが帯びている任務を果たす為だった。 深海棲艦の情報収集。開戦から長い月日が経過しているが、彼女たちの正体は未だに つかめない。そこで、現行の航空機で最も高性能と思われるホーネットを偵察機仕様に 小改造し運用。深海棲艦の情報を積極的に収集、分析する部隊が発足した。この隊に下 された至上命令はただ一つ、 ︻味方を見殺しにしても必ず情報を持って帰還する事︼。例 え眼下で艦娘や味方航空隊が深海棲艦の航空機に蹂躙されていようとも、機体に搭載さ れた武器を使うことは許されない、その武力は自分と情報を守る時のみに行使される。 兵装システム士官の役目は各種の偵察機器の往査、リアルタイムでの分析、万一パイ ロットとフライトコンピューターが死んだ場合の航空機の操縦などの任務が与えられ ていた。そのような慈悲の欠片も無い任務の性質上、この隊に選出されるメンバーはい ずれも特殊な人間たちだった。いざとなったら顔色一つ変えずに味方を見捨てること のできる感情の希薄な人間、共感能力が著しく欠落している人間がこの隊に選出され る。 前席で操縦桿を握る浅井中尉も、そんな人間の一人だった。本土で彩雲を使った長距 離哨戒任務を行っていたころから、彼は他人と親交を深めようとはせず。愛機の整備を 黙々とやるような人間で、〟腕は良いが、一緒に飛びたいとは思わない。〟彼と同じ機 体に乗って出撃した偵察員は誰もがそう口をそろえた。Ｆａｉｒｙ隊が発足した時に 彼が招集されたのを彼を知る人間が聞いた時、誰もが即座に納得したことが普段の彼の 行いを端的に表している。 来た時と同じぐらいの時間をかけて母艦へと戻る、その間どちらも声を発さない。彼 らにとって機上でする無駄話は無駄で必要ないものだったからだ。 綿菓子の様な雲の横を突っ切ると、目の前の海には大小の艦艇が並んで航行する光景 が飛び込んで来た。普通の軍人ならばため息が出そうになるほどの勇壮な艦隊も、彼ら にとっては海面に踊る波と大差ないらしく、母艦との通信準備に入る。 ﹁了解。こちらＦａｉｒｙ│３、着艦許可を願う。﹂ ﹁レーザー通信回線、つながりました。﹂ 1274 ﹃こちら加久藤。第三飛行甲板への着艦を許可。飛行ルートはＬＣ３．２。﹄ 無機質な合成音声がヘルメットのスピーカーから響く。 増槽と機内の燃料を殆どを消費し身軽になってホーネットは、大艦隊のやや後方を航 ﹁了解。﹂ 行する巨大艦へとその翼を翻した。 遠雷の様な音が耳に届くと、反射的に彼女は首を音の来た方向に向ける。空高くそそ り立った真っ白の雲にゴマ粒の様な黒点が現れると、その点はすぐに大きくなっていき 彼女にとっては未だに見慣れない航空機の姿がはっきりと見えてくる。フラップを下 ろした１機のホーネットが、正規空母瑞鶴のアイランドの上空をジェットエンジンの爆 音とともにフライパスしていく。主翼と水平尾翼の間に配置された垂直尾翼に描かれ ているのは、彫刻のような印象を受ける妖精のイラスト。妖精の背後には、蒼い円の中 に日本本土が縮小されて描かれていた。あっという間に上空を通過した機体は彼女の 後方を航行する超兵器へと高度を下げていった。 副長が、空に上げていた視線を元に戻しながらつぶやく。 ﹁妖精のエンブレム。噂のＦａｉｒｙ隊ですね。﹂ ＳＴＡＧＥ─４３ 決戦!ＭＩ作戦発動 1275 ﹁そうね。副長ここ、暫く頼める ﹁変、とはどういうことだい ﹂ ﹂ ﹁副長。なんか艦長、変じゃないですか ﹂ ころで、見張りをしていた妖精が副長に問いかけた。 敬礼する副長に礼を言って防空指揮所から艦内に入る。艦娘の姿が完全に消えたと ﹁お任せください。﹂ ? す。何かあったので ﹂ 見張り員の言葉に副長は軽く頷いた。 ﹁そうさねぇ、あったと言うより〟向き合った〟ってところかな ? ? ホーネットの翼がキラリと陽光を反射した。 備え付けの双眼鏡を再びのぞき込むと、空の彼方に新たに飛び立ったＦａｒｉｙ隊の ﹁了解です。﹂ ﹁何にせよ、戦闘中も腑抜けているわけじゃないよ。解ったらとっとと見張りな。﹂ ﹁はぁ⋮﹂ ﹂ ﹁何というか、説明しにくいですけど。トラックを出てから心ここにあらずって感じで ? ? 1276 トラック泊地から ? そこまで考えたところで、加賀の絶対零度の視線を思い出し身震いする。冷静になっ │││││その後は、頭に血が上って気づいたら⋮ もう一度、ホタカが撃沈した時の事を思い出す。 なった。 │││││アイツが沈んだって聞いた時は、頭が真っ白になって。何も考えられなく 顔を上げると無機質な艦長室のドアが目についた。 │││││ホタカ、か。 味い事になるのは目に見えていた。 記録が各艦に残ってしまう。この手のネタに目が無い某重巡に知られてしまったら、不 に相談することも出来ない。艦娘同士の相互通信を使えば問題は無いが、それだと交信 の答えは見つからなかった。無線封鎖中の為、レーザー通信設備でもなければ他の艦娘 出撃してからこのかた、暇を見つけては答えを探そうと努力していたが未だにその問い 分の胸に渦巻く、あの艦息へのこの感情はいったい何なのだろうか ホタカの軍医の前でああいった手前、容易にこの思考を放棄する気には慣れない。自 このもやもやとした気分は晴れそうになかった。 艦長室のベッドに座り込むと硬いマットが僅かに凹んだ。頭に手を当て額を揉むが、 ﹁はぁ⋮。﹂ ＳＴＡＧＥ─４３ 決戦!ＭＩ作戦発動 1277 た今だからこそ理解したが、あの時の加賀の目は、戦艦ル級Ｆｌａｇｓｈｉｐを一撃で 叩き潰した時の視線と同じだった。今更になって体中から冷や汗が噴き出す。 │││││や、やばかったぁぁぁぁ。 よくあの時、拳骨の一発でも飛んでこなかったものだと自分でも不思議に思う。 │││││いや、いまはそういう事じゃなくて。アタシがアイツの事をどう思ってい るかよ。 頭に浮かんできた嫌な予想を頭を振り払って、元の思考に回帰する。 それもあるけど、そんな小さい物じゃない。 │││││嫌い⋮何てことじゃ絶対ない。そうならアイツの事でこんなに悩む必要 は無い。じゃあ、恩 ﹂ そんな漠然とした希望が頭に浮かぶのと、ある艦娘がこの艦に乗り込んできたのはほ │││││誰か来ないかなぁ⋮ 小さく唸ってみるが、何時もの様に答えは出なかった。 ﹁むぅ⋮。﹂ ? それはとってもｅａｓｙなことデース ぼ同時の事だった。 ﹁Ｏｈ ! ﹁はぁ⋮。﹂ ! 1278 瑞鶴に単身乗り込んできたのは、彼女の前を航行しているはずの金剛だった。彼女の 言い分だと、作戦の確認だそうだが、艦橋に来てから色々と喋りまくっている辺り単に 暇だったため話し相手が欲しかったのだけかもしれない。真津提督の所に行かなかっ たのは、彼が座上しているのが加賀であることが主な原因らしい。あからさまにサボっ ている艦娘を放っておくほど彼女は甘くなかった。 そんなこんなで、金剛は一言二言作戦について話した後で瑞鶴の艦橋に居座って世間 話 を 始 め て い た。何 か と エ キ セ ン ト リ ッ ク な 彼 女 に 相 談 す る の は 中 々 勇 気 が 居 る 事 だったが、意を決して事のあらましを伝えたところ、あっけらかんとした解答が返って きたのだった。 自分がさんざん悩んで出せなかったその問いの答えを簡単と言い切ってしまう彼女 に一抹の不安を覚えてしまう。 ﹁Ｌｏｖｅ デース ﹂ ﹂ !! 何故か無駄にポーズを決め左手をまっすぐ伸ばした金剛の後ろで、戦艦の方の金剛が ﹁⋮⋮⋮は ? !! 急に真剣な目になった金剛に、瑞鶴自身も何故か妙に真剣な表情になってしまう。 ﹁そ、それは⋮⋮⋮﹂ ﹁それは⋮﹂ ＳＴＡＧＥ─４３ 決戦!ＭＩ作戦発動 1279 ないないない 絶対それは無いって に違いありまセーン ﹂ ﹂ 砲撃しているようなエフェクトを空目してしまった上に衝撃的すぎる回答に一瞬フ 違うのデスカ あとズイズイ言うな ! ﹁え ﹂ 島を助けてくれたお礼もしたいしネ。﹂ ﹁それじゃあ、本土に帰ったら二人っきりでホタカとＤｉｎｎｅｒでも行くデース。霧 金剛が若干目を細め、チェシャ猫の様な笑みを作った。 ﹁ホホゥ⋮﹂ ﹁だ、だって、アイツとは、ホタカとは何でもないから。﹂ の理性は反論を口から絞り出した。 ていた。要するに、金剛の言葉にストンと納得してしまったのである。それでも、彼女 理性の部分では金剛の解答に否と声高に叫んではいるが、心の方では真逆の事が起こっ 心底不思議そうな顔の金剛に、反論しようとするが言葉が出てこなかった。頭の中の ﹁Ｗｈａｔ ? ! ! リーズしてしまう。 いやいやいや ! ﹁ズイズイのその思いはホタカへのＬｏｖｅ ﹁え、ええ ﹂ !? ? 瑞鶴は激しく顔を横に振り、ツインテールが跳ねる。 ! ! 1280 ? ﹁先ずは、評判のレストランでおいしいお酒と料理を食べテ⋮﹂ ﹁ちょ。﹂ 顎に手を当ててデートの予定をつらつらと立てていく金剛の様子に、瑞鶴の心の中で ﹁その後は、夜の街を腕組んで歩いてみたりして。﹂ 何か黒い物が鎌首を擡げ始める。 ﹁その後はその後は夜景のみれる小高い丘とかに行っちゃっテ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 瑞鶴が呆然としているのを他所に、金剛は艦橋見張り員の妖精さんをちょいちょいと 手招きして呼び寄せる。 ⋮⋮⋮あ。﹂ !! 今にもホタカ︵妖精さん︶に抱き着こうとした金剛を阻止するように、妖精さんと金 ﹁ダメッ ﹁ホタカッ。﹂ ﹁金剛、君の方が綺麗だよ。﹂ 面白そうな顔をして、金剛の頬にその小さな手を添え自分の方を向かせた。 るように見える│││││に頭を乗せる。すると、怪訝そうな顔をしていた妖精さんは コテン、と妖精さんの肩│││││実際はサイズの差もあり、単に小首をかしげてい ﹁綺麗ですネ。﹂ ＳＴＡＧＥ─４３ 決戦!ＭＩ作戦発動 1281 剛の間に割って入る。その後、自分が今何をしたのかを理解した。顔が、焼夷弾でも直 ﹂ 撃したように熱い。見たくないが金色の瞳だけ動かして金剛を見ていると、これ以上な いぐらいニヤニヤ笑っていた。 ズイズイはホタカさんの事何とも思ってなかったんじゃないデスカ ﹂ ? ﹁あぅ⋮。﹂ ﹁あるぇー 大好きデスヨ ! 。身長は高くない。髪の手入れは怠ってはいない ? め。ハッキリ言ってどちらが美人かと聞かれれば瑞鶴自身即座に金剛と答えてしまう 立ちも普通だ。考えたくはないが、本当に考えたくはないが他の艦娘と比べて胸も控え が所詮くすんだ緑色だ。瞳の色も自分の姉の様に綺麗な金色と言うわけではない。顔 それに比べて自分はどうだろう け値なしに美人だと言い切ることが出来る。 バランスで組み合わさり、金剛と言う艦娘を形作っている。女性の自分から見ても、掛 る整った顔立ち、すらりとした手足、自分よりも確実に熱い胸部装甲。それらが見事な う艦娘を見る。長い茶髪のつややかな髪、鳶色の瞳に西洋系の面影もわずかながらに残 い危機感が心の底から湧き上がってきてしまった。改めて、自分の目の前で無邪気に笑 ガンッと頭をハンマーか何かで殴られたような衝撃が瑞鶴を襲う。何か言いしれな ﹁Ｙｅｓ ! ﹁うううう⋮。その、金剛は本当にホタカの事⋮。﹂ ? 1282 ﹂ ほどの差が、自分と目の前の艦娘との間にあるように思えた。 ﹂ ﹁あ、あんたは⋮提督さんが好きじゃないの 大好きデース ! 瑞鶴が絞り出すように問いかける。 ﹁Ｏｆ ｃｏｕｒｓｅ ﹁じゃ、じゃあ。﹂ ! ? ﹂ ﹁ズイズイ、好きな人が一人だけでないといけない。何てｒｕｌｅは何処にもありまセ ンヨ ? │││││違う。アレ、なんで │││││何で泣いてんだろ ﹂ ? ええ ﹂ ﹁意地悪してｓｏｒｒｙネ。泣かせる気は無かったんだヨ ﹁え ? ? ﹂ ? ﹁へっ 彼女が其処まで考えたところで、金剛は俯く艦娘を抱きしめた。 ? ポタッと、水滴が艦橋の床に落ちて小さなシミを作る。 ? 感じてしまう。ふと気づくと、艦橋の床がゆがんでいる。 金剛の言葉に、瑞鶴は俯いてしまう。演習でボロボロに負けた様な、そんな敗北感を ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ＳＴＡＧＥ─４３ 決戦!ＭＩ作戦発動 1283 未だに自体が呑み込めていない瑞鶴の頭を優しくなでる。 ﹂ ? ﹂ ? 茶 番 良い笑顔で〟ｙｅｓ〟と言う金剛に従って考えてみる。 ﹁アタシが みてくだサーイ。﹂ ﹁なるほどネ。じゃあ瑞鶴。さっきやったＦａｒｃｅ、私がｙｏｕだったとして、考えて 悪くて、それで⋮。﹂ ﹁ホタカが、アタシの手が届かないどこか遠くへ行っちゃいそうで。腹が立って、気分が 小ささな声が、彼女の口から洩れる。 ﹁⋮⋮⋮怖かった。﹂ ﹁今は、何もかも置いといて。自分に素直になってみるネ。﹂ ﹁如何って⋮。﹂ ﹁私がホタカの事を好きって言った時。どう思いましタ までの人の悪い笑みは消え去り、すまなさそうな顔をしていた。 がった。金剛は少し身体を放すと、瑞鶴の頬に伝っていた涙を親指で優しく拭う。それ それを聞いて、瑞鶴の心に襲い掛かっていた敗北感や劣等感は消え去り、安心感が広 めに計画したものデス。﹂ ﹁ホタカへの好きはＬｏｖｅじゃなくてＬｉｋｅネ。Ｄｉｎｎｅｒの話も提督と行くた 1284 │││││美味しい物を食べて、夜の街を歩いて、夜景の見える丘で⋮⋮⋮。 先ほど自分の艦の妖精さんのセリフが、ホタカの声で頭の中を掠める。一瞬で顔が熱 くなる、と言うか全身が熱い。ボイラーが異常加熱しているのかと思ったが、何時もよ り若干高いだけで平常値。心臓の鼓動がうるさいほど頭に響く。 ﹂ ﹁瑞鶴。﹂ ﹁ふぇ ﹁顔、真っ赤デスヨ。﹂ │││││そんな事は知ってるわよ ? 何とか顔を上げて微笑んでいる金剛の顔を真正面から見る。 │││││ああ、そっか⋮ た。 入らなかった荷物が収まるべき所に収まったような、そんなある種の開放感を感じてい 本当に小さく頷きながら肯定する。未だに心臓は早鐘の様に鳴っているが、なかなか ﹁⋮⋮⋮⋮ｙｅｓ．﹂ ﹂ そらした。その様子に、金剛は小さく微笑む。 普段なら勢いよく突っ込むところだが、何故かいたたまれなくなって金剛から視線を ! ? ﹁Ｄｏ ｙｏｕ ｕｎｄｅｒｓｔａｎｄ ＳＴＡＧＥ─４３ 決戦!ＭＩ作戦発動 1285 │││││アタシは⋮ 瑞鶴の解答を聞いた金剛は、太陽の様な笑みを浮かべた。 ﹁アタシは。ホタカの事が、好き。﹂ ﹁いい顔ネ。﹂ クシャクシャともう一度瑞鶴の頭を撫でた。 ﹂ ﹂ ﹁この分なら、思いっきり戦えるワ。悩んだままじゃ、まともに戦えないからネ ﹂ ﹂ したいか迷った時は、ココに尋ねてみてくだサイ。必ず、ａｎｓｗｅｒはそこにあるネ ｔｈｅ ｍｉｎｄ．貴女の何が、そうさせてしまったのか解りませんが。自分がどう ﹁Ｌ ｏ ｖ ｅ ｌ ｏ ｏ ｋ ｓ ｎ ｏ ｔ ｗ ｉ ｔ ｈ ｔ ｈ ｅ ｅ ｙ ｅ ｓ， ｂ ｕ ｔ ｗ ｉ ｔ ｈ 一つ手を叩いて、出入り口を超えたところで瑞鶴に振り返る。 ! そう言うと、金剛は踵を返して艦橋の出口へと歩きだす。 ﹁帰るの ? 加賀にどやされるのはゴメンですカラ。あ、そうだ ﹁ｙｅｓ ! ! 1286 艦橋の壁に背を預けると、いつも見てきた風景が飛び込んでくる。件の艦息を思い浮 │││││恋は目で見るものではなく、心で見るもの。か⋮ 二度三度自分の胸を叩き、今度こそ通路の奥へと消えていった。 ! かべてみると、ようやく収まってきた心臓が鼓動が、もう一度加速し始める。 ﹂ │││││考えない様にしてたのに。やっぱり惚れちゃってたか。ああ、もう。 時に顔の上を生ぬるい風が吹き抜けた。 消毒液の様な匂いを補足する。硬質の澄んだ音が風の音に紛れて感じ取れる、それと同 暗闇に包まれた世界に、微かな風の音が小さく響き始める。次に、嗅覚が病院特有の 問題がさらに厄介になったような気がした。 グッと歯を食いしばる。金剛のおかげで胸のモヤモヤとしたものは取り払われたが、 │││││ホタカの隣に居られるほど、アタシは綺麗じゃないのに。 ﹁なーんで、好きになっちゃったのかな ? が簾の隙間を通り抜けて室内の空気を入れ替えていく。窓の上の方に取り付けられた みると、開け放たれた窓にはすだれが掛かり、太陽の強烈な光を和らげていた。再び風 ゆっくりと目を開けると、板張りの天井が目に飛び込んでくる。視線を左に動かして ﹁⋮⋮⋮⋮。﹂ ＳＴＡＧＥ─４３ 決戦!ＭＩ作戦発動 1287 透明な風鈴から垂れ下がっている水色の短冊が揺れ、硬質な音が響いた。 一つ深呼吸すると、潮と消毒液の匂いが胸いっぱいに広がる。 ﹁⋮⋮⋮。﹂ │││││右手、良し。左手、良し。右足、良し。左足、良し。四肢に欠損無し。 一つずつ指をシーツの中で動かして問題が無いか確認すると、幸いな事に何時もの様 に動いた。腕と腹筋を使ってベッドから起き上がる。簾と風が有るとはいえ、蒸し暑い ことには変わりはない。病人服の胸元を僅かに緩め、そこらに置いてあるであろう自分 の眼鏡を探そうとベッドの横に置いてあった棚に手を伸ばす。 ぼやける視界の中に棚の上に置かれた眼鏡と思われる物体と、その隣に置かれた赤い ﹂ ナニカが目についた。とりあえず、眼鏡を掛けてその紅い物を手に取ってよく見てみ る。 ﹁お守り、か ているものの、扇情的な雰囲気があまり感じられないのは彼女の武人然とした態度の所 の瞳が、網目模様の入った眼鏡越しにこちらを見ていた。かなり露出度の高い格好をし 見えた。やや薄めの金髪は金色のヘアバンドで二つにまとめている。紅いツリ目気味 かけられた声の方に首を巡らせる。病室の入口の所に、一人の女性が佇んでいるのが ﹁気が付いたようだな。﹂ ? 1288 為だろう。 ﹁おかげさまでね。僕は﹂ を知らない者はいないさ。﹂ ﹂ ﹁知っている。アサマ型二番艦、ホタカだろう ここに貴様が担ぎ込まれてから、その名 ﹁それもそうか。ところで君は ? コツコツと病室の中、ホタカのベッドの近くまで歩を進めると完璧な敬礼を行う。 ﹁ああ、すまない。君と面と向かって話をするのは初めてだったな。﹂ ? ﹂ ? りは保証できないけどね。﹂ 少し諧謔身を含ませて肩をすくませる。 ﹁歩ければ十分だ。﹂ ? た。 武蔵に赤いお守りを見せる。彼女は少し考えた後で、思い出したと言う風に一つ頷い ﹁そう言えば、このお守りは誰のか知らないか ﹂ ﹁幸いにも後遺症は無いみたいだ。移動するぐらいならできるだろう。走ったり飛んだ ﹁ここは瀬戸内海だからな、仕方ないさ。動けるか ﹁呉か、道理で佐世保にしては見慣れない風景だと思ったよ。﹂ ﹁大和型戦艦二番艦、武蔵だ。呉鎮守府へようこそ。歓迎しよう。﹂ ＳＴＡＧＥ─４３ 決戦!ＭＩ作戦発動 1289 ﹁貴 様 の 軍 医 か ら 聞 い た 話 だ が、確 か 瑞 鶴 か ら の 見 舞 い の 品 だ そ う だ。仲 が い い の だ な。﹂ さて、軍服はそこに掛かっている。 ? 海が目の前に広がり、ポツリポツリと駆逐艦などが浮いている。 歩きながら瀬戸内海を見渡すと、その光景に違和感を彼は覚える。一見何の変哲もない どはそれなりの大きさが有る佐世保のそれを大きく上回っていた。鎮守府内の廊下を 種の工廠、修理用のドック、改造用の大型ドック、備蓄施設、鎮守府施設、艦娘の寮な 武蔵の後に続いて呉鎮守府内を歩く。帝国最大級の海軍根拠地と言うだけあって各 は、夏用の服とは言え日本の気候に合致しているとは言い難かった。 首元を若干ゆるめて、軍服の中の熱気を逃がす。雪国であるウィルキア仕様の軍服 ﹁日本で着るには少々厚手だけどね。﹂ ﹁ほう、やはり軍服を着ると結構違うものだな。﹂ ず内ポケットに入れておくことにする。 武蔵が顎で示した先には見慣れた軍服が壁に掛かっていた。紅いお守りはとりあえ 私は外で待ってるから、着替えたら出て来い。呉鎮守府を案内してやろう。﹂ ﹁ハハッ、そいつは大変だ。下手なものは送れんぞ ﹁彼女からか。何かお返しをしないと爆撃機が飛んできそうだ。﹂ 1290 ﹂ ﹁なあ、武蔵。﹂ ﹁なんだ ? 全力出撃さ。﹂ ? ﹁なるほどね。だが、大和型の君を置いていくのは意外だな。﹂ ﹂ 分練度は高いからこうして各地の鎮守府の警備に回っていると言うわけだ。﹂ 今まで再建に尽力していたが、大規模作戦には間に合わなくてな。数は少なくてもその ﹁私の所属は横須賀第四鎮守府。あの超兵器に特にこっぴどくやられた部隊だよ。今の ﹁じゃあ、君は何処の艦娘なんだ ﹂ ﹁私だってそう思いたいよ、だが事実だ。呉第１鎮守府から第６鎮守府まで文字通りの ﹁⋮⋮冗談だろう ﹂ ホタカの問いを聞いた武蔵は、ヤレヤレと肩をすくませた。 が釣り合っていない様に感じられた。 留守番艦隊の数はかなり少なかった。どう見ても、鎮守府の施設の重要性に対して戦力 府の艦隊の多くが作戦に投入されることを知っていたが、それを差し引いても呉に居る 彼の目に写る戦闘艦の数は、鎮守府施設と比べて極端に少なかった。勿論、彼も鎮守 ﹁ここに居た艦隊は、どれぐらいの数大規模作戦に投入されたんだ ? ? ﹁全てだ。﹂ ＳＴＡＧＥ─４３ 決戦!ＭＩ作戦発動 1291 そうだな。と、困ったように武蔵が頷く。 ﹂ ? ﹁それで大丈夫なのか ﹂ 大口径砲弾と空襲の境を縫って戦艦を含む水上打撃部隊を殲滅するのは並大抵の事 惨な海戦だったと記録されている。 界での沖ノ鳥島周辺海域に相当│││││に展開した深海棲艦の大艦隊を撃退した凄 上の損害を受け、多数の喪失艦が発生しつつも沖ノ島周辺海域│││││ホタカ等の世 人類が艦娘を運用して戦った、戦争初期の決戦のことだ。参加艦艇の８０％が中破以 沖ノ島沖と言えば、沖ノ島沖海戦の事だろうとホタカは以前読んだ資料を思い出す。 い。﹂ ﹁提督だった時代には１個水雷戦隊で沖ノ島沖に展開した水上打撃部隊を殲滅したらし 怪訝そうな表情のホタカに、心配ないと武蔵は告げる。 ? ている。﹂ ﹁元提督の女性だ。今は海軍の別の職に就いているが、今回は臨時で個々の指揮を執っ 官だ ﹁提督執務室か。呉鎮守府艦隊が全てで払っているのなら、ここに居るのは何処の司令 が突っ込んでこないとも限らないしな。さて、目的地に着いたぞ。﹂ ﹁私自身この作戦は楽しみにしていたのだが、命令ならば仕方ないさ。ここに深海棲艦 1292 ではないと理解するのはそう難しい事では無い。 ﹁それが本当だとしたら安心だな。﹂ 敵線が引かれている。ホークアイのレーダーの穴をレシプロの偵察機が埋めるような を含む哨戒艦隊が配置され、さらにその外縁にはホークアイやレシプロ偵察機による索 規空母を主軸とした機動部隊が配置され、その周りを取り囲むように水雷戦隊や軽空母 大雑把に言えば、前衛に戦艦と重巡洋艦を集中的に配備した水上打撃部隊、後衛に正 型モニターに映し出される現在の艦隊の配置図を眺めていた。 その洞窟の主である艦息は、ＣＩＣ中央に設置された指揮卓の傍に佇み、指揮卓の大 思わせた。 をボンヤリと照らしている光景は、ファンタジー小説に出てくるような不気味な洞窟を 響いていない。蒼いレーダースクリーンや暖色系の小さなランプが各種のコンソール 薄暗いＣＩＣには空調の音と、時折飛び込んでくるレーザー通信回線の音声の音しか 重厚な木の扉をノックすると、くぐもった若い女性の声が部屋の中から響いた。 ﹁ま、どちらにせよ判断するのは貴様自身だ。﹂ ＳＴＡＧＥ─４３ 決戦!ＭＩ作戦発動 1293 格好で、ある種の結界を艦隊の外に張り巡らせていた。 ﹂ ? ? れていませんからね。﹂ ﹁そうか。君は、どれほどの艦隊なら単艦で対処できる自信があるかね ﹂ 上は何とも言えません。Ｆａｉｒｙ隊を先行偵察に出しても未だに敵艦隊は見つけら ﹁少なくとも、ＡＬ方面海域で出撃してきた敵艦隊の規模を上回る物でしょう。それ以 型戦艦は高角砲を若干減らしてでも指揮通信設備を拡充させている。 須賀の惨状をよく知っていたため彼の決定に従ったのだった。その代り、彼が乗る大和 た存在と同類の存在に座上するのは、心情的に許容できず、彼の周りの司令部要員も横 兵器である加久藤に座上することを良しとしなかった。自分の艦隊を一方的に撃滅し なっていた将官はアルケオプテリクスに蹂躙された横須賀の人間であったため、同じ超 りでまだ完全に味方だと決まって分けでは無く、今回の作戦の前線指揮を執ることに かアサマに座上するのが適当ではあった。しかしアサマは帝国海軍に編入されたばか るため、巨大なＣＩＣには加久藤と筆木以外の影は無かった。指揮能力で言えば加久藤 に、実質この連合艦隊を取り仕切っている前線責任者は前衛の大和型戦艦に座上してい ＭＩ作戦司令本部はトラック島に置かれている為、高城らはこの場には居ない。さら 指揮卓の向こう側、若干質の良い提督席に収まった筆木中将が加久藤に問いかける。 ﹁加久藤、予想される敵戦力の大きさ。君はどう考えている 1294 ﹁敵の種別にもよりますから、お答えするのは難しいですね。ただ、機動部隊１０個分程 度の働きはさせていただきますよ。﹂ 第２３哨戒艦隊に不明編隊 何でもない様にそう言い放つ艦息に、筆木は小さく微笑む。 ﹂ Ｔｈｕｎｄｅｒｈｅａｄより入電 その数９０ ! ﹁フッ、それを聞いて安心したよ。﹂ 多数接近中の模様 ﹁油断は禁物ですが⋮ ! ! ﹂ 点が描き出される。加久藤から第２３哨戒艦隊までの直線距離は約２５０ｋｍだった。 指揮卓の大型ディスプレイが俄かに騒々しくなり、艦体外縁部の一角に無数の赤い光 ! ?! 艦隊です。﹂ ? ﹂ ?! せん。﹂ 展開していますが。どちらも哨戒から戻ってきた艦載機の収容中で恐らく間に合いま ﹁ブイン第二鎮守府艦隊が１２３ｋｍ西に、ラバウル第二鎮守府艦隊が１３０ｋｍ北に ﹁少なすぎる⋮。周囲に救援できる艦隊は ﹁天山３０、紫電改二１２、二式艦偵６です。﹂ ﹁祥鳳に搭載された艦載機は ﹂ ﹁ショートランド第一鎮守府の艦隊です。旗艦は祥鳳、そのほかに軽巡２、駆逐３の哨戒 ﹁だ、第２３哨戒艦隊は何処の艦隊だ ＳＴＡＧＥ─４３ 決戦!ＭＩ作戦発動 1295 ﹁不味い、これでは袋叩きになる。﹂ ﹂ ? ? 高揚している節があった。 ﹁そう言えばＦ│１４の制空装備とは何を積んでいるのかね ﹂ 加久藤にしては珍しく、冗談めかした答えを出す。彼自身、久々の大規模戦闘で若干 ﹁機動部隊運用の基本は先手必勝。独断専行気味でちょうどいいでしょう。﹂ ﹁相変わらず早いな。﹂ があった。 蒼空へと駆け上がっていく８機の戦闘機とその下をややのんびりと飛ぶ電子戦機の姿 加久藤が目線で示した先のモニターには、翼端からヴェイパートレイルを引きながら 始めます。﹂ ﹁Ｓｃｈｎｅｅ、Ｒａｚｇｌｉｚ両隊の発艦は完了しました。Ａｎｔａｒｅｓの発艦を ﹁すぐにやってくれ。﹂ 編隊を攪乱し、後詰にＡｎｔａｒｅｓを投入すれば揉み潰せます。﹂ しょう。ＳｃｈｎｅｅとＲａｚｇｌｉｚを制空装備で上げます。Ｆ│１４によって敵 ﹁Ｆ │ １ ４ の 足 と 槍 な ら、奴 ら が 第 ２ ３ 哨 戒 艦 隊 を 捉 え る 寸 前 に 一 撃 を 与 え ら れ る で ﹁間に合うのか ﹁⋮⋮総旗艦より命令を受信。我が航空隊を発艦させて迎撃せよとの事です。﹂ 1296 ﹁短距離対空ミサイルＡＩＭ│９Ｍを２発。長距離空対空ミサイルＡＩＭ│５４Ｃを６ 発携行しています。更に、固定武装として２０ｍｍガトリング砲を１門、携行弾数は６ ７５発ですね。﹂ ﹁とすると、ミサイルだけでも１機辺り最大８機を撃墜できる。仮に全弾命中したとし て６４機を落とせると言うわけか。﹂ ﹁ＡＩＭ│５４Ｃだけで最大４８機に打撃を与えること出来ます。いきなり部隊の半数 がやられたら、流石の深海棲艦の艦載機も足並みに乱れが生じるでしょう。﹂ ﹂ ? ﹁では、提督。戦争を始めましょうか。﹂ だろうことは誰の目にも明らかだった。 によって次々射出されている。恐らく、この航空戦がＭＩ方面の決戦の始まりを告げる 加久藤の飛行甲板上には、サソリのエンブレムを付けたホーネットが電磁カタパルト れた兵器です。レシプロ機レベルの敵航空隊に後れは取りませんよ。﹂ 元々Ｆ│１４もＡＩＭ│５４Ｃも敵の攻撃から味方艦隊を防御するために開発、改良さ されたＦ│１４はこのミサイルを運用できる能力を付加されてロールアウトしました。 したが、肝心のＦ│１１１Ｂが艦上戦闘機としての性能を満たせず不採用。その後開発 ﹁約２１０ｋｍです。このミサイルはＦ│１１１Ｂで運用することを想定して作られま ﹁ＡＩＭ│５４Ｃの射程距離は ＳＴＡＧＥ─４３ 決戦!ＭＩ作戦発動 1297 1298 軍帽の下の、紅い瞳がレーダー画面の敵編隊を射抜いた。 ＥＤ ﹁ＯＮＥ ＯＫ ＬＯＣＫ 〟アンサイズニア〟﹂ 隊はこのシャッターの直前に機を待機させている。恐らく彼らとは逆側の甲板では、も 部にシャッターが展開され外界とは隔離されている。基本的にスクランブル任務の部 だった。さらにこの甲板は格納庫も兼ねているため、発艦作業が行われる時以外は最前 式飛行甲板の下側の甲板である為、滑走路の殆どが天井に覆われている発艦専用の甲板 時に弓月の前方、機首方向に光が差し込み始める。加久藤の第３、第４飛行甲板は２段 ジンのタービンブレードが強制的に駆動され回転数が徐々に上がっていく。それと同 おり、コンピューターによって既に発艦準備が進行中だった。ＪＦＳが起動し、右エン ているラダーを駆け上がり、細長いコクピットに滑り込む。機の電源は既に入れられて の事だった。無人で稼働している兵装取り付け装置の隣を走り抜け、愛機からたらされ 自体はあったが今回の移動で与えられたジェット戦闘機によるスクランブルは初めて 元々名古屋付近の防空任務に就いていたため、スクランブル出動に駆り出されたこと れた黒い愛機へと向かって走り出した。 ていく。滑り止め加工がされた甲板に着地するや否や、弓月文也は照明によって照らさ けたたましいブザーの音をＢＧＭに急角度のラッタルを鉈橋の後に続いて駆け下り ＳＴＡＧＥ│４４ ＭＩ島攻略作戦 ＳＴＡＧＥ─４４ ＭＩ島攻略作戦 1299 う一方のＦ│１４を配備した飛行隊が同じように発艦準備を進めているのだろう。 ﹄ ? 開しなければならないため４機を同時に発艦させることは出来ず、前の２機が短い間隔 行にカタパルトが設置されている。とは言え、ジェットブラスト・ディフレクターを展 加久藤の第３飛行甲板のカタパルトは合計４本。ハの字を重ねたように２本ずつ平 る。 隊長機と２番機が横に並んで、その後ろのシャトルに３番機と自分の機体が固定され ている。前輪を保持したスポッティングドーリ│によってカタパルト上のシャトルに でるジェットサウンドと入り混じって戦場特有の音楽が第３飛行甲板一杯に鳴り響い 航行中の合成風が吹き込み、８基のＴＦ３０│Ｐ│４１２ターボファンエンジンが奏 ﹃よし、発艦するぞ。﹄ ﹁ラーズグリーズ４、アーチャーです。準備完了しました。﹂ ソーズマンこと雪嶋少尉と、チョッパー、鉈橋少尉の声が続く。 ﹃こちらラーズグリーズ３、チョッパーだ、何時でも行けるぜ。﹄ ﹃ラーズグリーズ２、ソーズマン、準備完了。﹄ │││の通信が聞こえてくる。 先頭で発艦準備を進めている隊長機│││││犬養炎、タックネームはブレイズ││ ﹃こちらラーズグリーズ・リーダー。準備はいいか 1300 で打ち出され、ディフレクターが格納されてから後方の２機が打ち出される。しかし、 この４重カタパルトをフル稼働させることは流石に危険である為、スクランブルの時で もない限り４機を一度にシャトルに固定することは無かった。 トムキャットの間隔を開けて設置された２発のエンジンノズルが展開されたディフ レクターによって隠れたかと思うと、壁の向こう側で一瞬炎が煌めきあっという間に２ 機が光の中へ消えていった。 ﹃よし、俺たちの出番だな。しっかりついて来いよ、弓月。﹄ ﹂ え去り、目の覚めるような青空と海が目の前に広がる。 たった数秒で離陸速度にまで加速させる。今まで目の前に迫っていた天井は後方に消 板に埋め込まれた電磁カタパルトが作動。３０ｔを軽く超える大柄な漆黒の戦闘機を ３番機が先に射出され、次は自分の番。スロットルをマックスへ叩き込んだ瞬間、甲 ﹁了解 ! 番機に合流することが出来た。 翼の機嫌は良い様だ。チョッパーの後ろを付いていくと間もなく先行した隊長機と２ チョッパーの後を追う。視界の端で黒い翼が後ろへと稼働していくのが見える。可変 ディスプレイに表示された文字列を確認してからギア│ＵＰ、加速して目の前を飛ぶ ︻Ａｌｔｉｔｕｄｅ ｌｉｍｉｔ ｒｅｌｅａｓｅｄ ｇｏｏｄ ｌｕｃｋ︼ ＳＴＡＧＥ─４４ ＭＩ島攻略作戦 1301 │││││何とかなったか。 首を巡らせて危なげなく既定のポジションについた２機の黒いトムキャットを確認 する。隊長として彼らと飛ぶのはもう慣れたものだったが、ジェット機での初めてのス ク ラ ン ブ ル 発 進 に 不 安 に な ら な い は ず は 無 か っ た。今 の と こ ろ は 自 分 の 目 論 み 通 り 行っていることを確信して、ブレイズは小さくため息を付く。今回の戦闘から個人に タックネームを付けることが義務付けられたが、特に混乱は無さそうだった。と言うの も、犬養や鉈橋、弓月の場合は自分の名前からタックネームを考えたし、雪嶋の場合は 剣道３段と言うのをもって考えた名前であったため、彼らにとって非常に解りやすい物 だった。 │││││そう言えば、和泉がフェニックスのタックネーム争いに負けてブスくれて いたっけ。 ﹄ そんな事を思い出すあたり、彼に割と余裕があることの証明だろう。 ﹃こちらシュネー・リーダー。ラーズグリーズ隊、聞こえるか 上昇して来た。 戒レーダーに反応、４つの光点がこちらの飛ぶ高度へ向けて一糸乱れぬ編隊飛行で加速 その和泉から不死鳥のタックネームを勝ち取った人物からの通信が入った。下方警 ? 1302 ﹁よく聞こえています。貴隊と共闘できるとは心強いです。﹂ 右側を見ると、青みがかったグレーに白のアクセントが入った４機のスーパートム キャットが目に飛び込んでくる。ダイヤモンド編隊を維持したまま、シュネー隊の４機 は漆黒のトムキャットの右斜め前方に位置を取った。犬養の階級は少尉、シュネー１、 フェニックスこと阿武の階級は中尉である為、敬語で返答をする。 ﹄ 私語は慎めと言ったはずだ なんでよりによってコイツなんだ ﹄ 此奴は楽な戦いになりそうだ ! ﹃それはこちらのセリフだ。ラーズグリーズ隊。﹄ ﹃し っ か し、俺 た ち に 加 え て シ ュ ネ ー 隊 も 来 る と は な ぜ。﹄ ﹃ああ畜生 ﹃こちらサンダーヘッド。鉈橋祐司少尉 ! !? ﹃今回の作戦はオーソドックスな迎撃戦だ。初めに長距離ミサイルで敵の数を減らし、 景になりつつある。 組ませればどうなるかは見ての通りだった。と言っても、これは加久藤航空隊の日常風 面目な人物だった。そんな人物と、よく言って賑やか、悪く言って喧しいチョッパーを ンダーヘッドの名を与えられた大佐は、今のやり取りでわかるように加久藤随一の生真 ほらはじまった。とブレイズはコクピットの中で肩を竦めた。空中管制機の中でサ ! ! ﹃こちら空中管制機サンダーヘッド。迎撃任務中だ、私語は慎め。﹄ ＳＴＡＧＥ─４４ ＭＩ島攻略作戦 1303 その後近接航空戦で敵戦力を殲滅する。電磁妨害はシュネー５が行う。また、付近警戒 艦隊から増援の戦闘機部隊も急行中だ。彼らと連携して敵攻撃隊を迎撃せよ。﹄ チョッパーとのやり取りを強制的に中断したサンダーヘッドから作戦の再説明が行 われた。なお、ミサイルの効力を最大限発揮するため初めにシュネー隊が、次にラーズ グリーズ隊がフェニックスを放つ手はずになっている。 暫く進むと、小さな電子音がコクピットに鳴り響き、前方のＨＵＤに次々とターゲッ トボックスが現れていく。前方を警戒するレーダーにも同じように無数の機影。ＩＦ Ｆ応答無し。識別コードがＵＮＫＮＯＷＮからＥＮＥＭＹに切り替わる。２００ｋｍ 彼方の敵すら発見するＦ│１４の強力なレーダーが第２３哨戒艦隊に襲い掛かろうと ﹄ する敵機の群れをしっかりと捕捉する。 ﹃攻撃を開始せよ ﹃シュネー２、ＦＯＸ３ ﹄ ﹃シュネー３、ＦＯＸ３ ! ! ﹄ ﹄ ﹃シュネー４、ＦＯＸ３ ! ﹃目標を射程圏内に補足。シュネー１より各機、槍を放て。﹄ いが、電子の目は確実に敵の姿を捉えていた。 サンダーヘッドからの指示が飛ぶ。キャノピーの向こうには青い空しか見えていな ! 1304 ト ム キ ャ ッ ト に 搭 載 さ れ た ６ 発 の 不 死 鳥 の 名 を 持 つ 槍 が 母 機 か ら 切 り 離 さ れ る と、 真っ白な排気煙と共に空の彼方の敵へ飛翔を開始した。それに続くためこちらもミサ イルの最終安全装置を解除、ＨＵＤ上をターゲットマーカーが滑るように動いていき、 ６つのボックスを赤く染め上げる。目標のロックを告げる心地いい電子音が響き、ミサ 攻撃中止だ ﹄ どうした ﹄ ラーズグリーズ隊は攻撃を中止し同艦隊に迫る 何があった イルレリーズを押し込む瞬間、サンダーヘッドの焦ったような声が耳に飛び込んでく る。 ﹃攻撃中止 おい ﹄ ﹂ ! ﹂ !? ﹃俺たちを舐めてもらっては困る。レシプロ航空機程度に後れは取らんさ。早く行け。﹄ ﹁ラーズグリーズ１よりシュネー１、貴隊のみで迎撃可能ですか 操縦桿を倒し右旋回、垂直に立った水平線が上から下へと流れていく。 ﹁ラーズグリーズ隊了解 な艦隊になると哨戒が必要な空域が加速度的に大きくなる弊害がもろに出た形だった。 サンダーヘッドの焦り具合からかなりの近距離まで補足出来なかったらしい。巨大 敵航空隊を迎撃せよ ! ! チョッパーの声が喧しい。 ! ! ﹃攻撃中止ぃ ! ! ! !? ﹃第２１哨戒艦隊に敵編隊が接近中だ ＳＴＡＧＥ─４４ ＭＩ島攻略作戦 1305 ﹃幸運を祈ります。﹄ ソーズマンの声に、隊長機は翼を振ってこたえた。４機のトムキャットが黒い翼を翻 して針路を変え加速していく。シュネー隊の４機はすぐに見えなくなってしまった。 大気を切り裂いて４機の悪魔が翔ける。件の第２１哨戒艦隊までは約２４０ｋｍ、ト ムキャットの速度ならそう時間はかからない上に、長射程のミサイルもある。作戦通り ﹄ に長距離ミサイルで攪乱、近接戦闘で撃破と言う手段が使えるだろう。 ﹃２１哨戒艦隊、第２１哨戒艦隊⋮⋮まさか アーチャー。﹄ ﹃なんだって そいつは本当か ﹄ ?! ! ソーズマンの落ち着いた声に頷く。 数およそ８０ ! ﹃それだとしたら、なんとしても助けないとな。ブレイズ。﹄ ﹁ああ。そうだな⋮っと、目標をレーダーで補足 ﹂ ﹃アーチャーよりチョッパー。こんな土壇場で嘘は言いませんよ。﹄ ?! ﹃あ、あの艦隊は、第２１哨戒艦隊の指揮を執っているのは自分の姉です。﹄ 無線から聞こえて来た弓月のハッとした様な声に、現実に引き戻される。 ﹃どうした ? ! 1306 ラーズグリーズ３ ﹄ ﹃サンダー石頭ヘッドの情報通りだな。﹄ ﹃聞こえているぞ ! ﹄ ﹃サンダーヘッドよりラーズグリーズ隊 貴様らもうちょっと静かに飛べんのか ﹄ !! 知らんぞ ﹃ソーズマンよりチョッパー。いい加減にしないとお前だけジャミングを掛けられても ﹃サンダーヘッドから地獄耳にコールサインを変えないといけないなこりゃ。﹄ ! していたターゲットマーカーが赤く染められ、心地いいロックオンが響く。 サンダーヘッドから文字通り雷が落ちたところで、前方のＨＵＤ上を滑るように移動 ! ? チョッパー、ＦＯＸ３ ブレイズ、ＦＯＸ３ ているかのように感じる。 ﹁ロック完了 ﹄ ﹃ソーズマン、ＦＯＸ３ ﹃これでも喰らえ ! ﹄ ミサイルレリーズを押し込むと、軽い振動と共にミサイルを切り離して軽くなった機 ﹄ ﹃アーチャー、ＦＯＸ３ ! ! ! ! ! ﹂ れ控えめに点滅。機体に搭載されたコンピューターが〟何やってる早く撃て〟と言っ ディスプレイにコンピューターからの文字列。ＨＵＤにＳＨＯＯＴの文字が投影さ ︻ＲＤＹ ＡＩＭ│５４︼ ＳＴＡＧＥ─４４ ＭＩ島攻略作戦 1307 体がフワリと浮かぶ、その下を６本の大柄なミサイルが白い排気煙を吹き出しながら轟 然と加速していく。ＡＩＭ│５４の最終速度はマッハ５。２００ｋｍを数分で駆け抜 ける。スロットルを開くと、幾分か軽くなった愛機がミサイルの排煙を切り裂いて加速 ﹄ していく。レーダー上に表示されていた光点が２０以上唐突に消失したのはその数分 後の事だった。 敵機多数確認 ! １時方向 ! ﹁やるしかないさ、行くぞ ! ! ! ﹄ ﹄ ! めるのは難しいように思える。 ﹃ソーズマン、エンゲージ ブレイズ、エンゲージ ﹃チョッパー、エンゲージ ! ﹄ ﹃アーチャー、エンゲージ ﹂ ジだが中には青色の機体も交じっていた。常識的に考えればたった４機でこれらを止 確認できる敵機はざっと５，６０機、銀色の背についたライトの光は大部分がオレン ﹃多いですね。﹄ 幾つもの編隊が連なって入るが、所々にぽっかりと穴が開いてしまっている。 ソーズマンの声に首を巡らすと、雲の隙間から無数の敵編隊が姿を見せる所だった。 ﹃見えた ! 1308 スロットルをＭＡＸに叩き込むと２基のターボファンエンジンが甲高く咆え、大柄な 機体を前へ前へと推し進めていく。可変翼が閉じて、矢の様なフォルムになった４機の トムキャットが一斉に敵編隊に襲い掛かった。弾数に限りがある今、狙うべきは対艦兵 装を満載した攻撃機や爆撃機。護衛機は放っておく。 編隊の両翼を固めていた護衛機らしき編隊が翼を翻してこちらに向かってくる。そ の数２１。ヘッド・トゥ・ヘッドで距離を詰めてくる。敵、胴体化に取り付けた単装機 関砲を発砲。曳光弾の火箭が伸びてくるのをとっさに機体をロールさせ回避。修正の 暇を与えず音速を保ったまま交錯。ソニックブームをまともに受けた数機がふら付く のを横目で見ながら、のんびりと編隊を組んで飛行する攻撃隊に飛び込む。隊長機らし き蒼い光を放つ敵に狙いを定め加速、短距離ミサイルを選択。 ﹂ ! オプションは残されている。 物が空にばら撒かれる。これで、積んできたミサイルはもうない。とは言え、まだ攻撃 ら敵機へと進撃していく。すぐに、敵編隊上で火球が２つ生じ、バラバラになった構成 フェニックスよりも幾分か小柄なミサイルが飛び出し、若干蛇行した軌跡を描きなが ﹁ブレイズ、ＦＯＸ２ マーカーが敵編隊の長機らしき機体を補足。ロック完了。 ︻ＲＤＹ ＡＩＭ│９Ｍ︼ ＳＴＡＧＥ─４４ ＭＩ島攻略作戦 1309 グボディの技術が導入されており揚力発生能力が高い。航空機が進行方向に対して機 見える。しかし、一見平坦に見える機体は其れそのものが揚力を発生させるリフティン と言う側面から見れば、速度性能には優れていても機体自体の機動性は高くないように れる。操縦桿を倒し高Ｇ旋回、機体表面を白い霧が包む。Ｆ│１４はその巨体と迎撃機 Ｇリミッタ解除、スロットルＭＩＮ、エアブレーキＯＰＥＮ、可変翼がいっぱいに開か 操縦桿を引いて再突入。狙われたと察知した敵は、編隊から外れて急旋回、回避機動。 だからと言って数の差は大きく覆せるものではないだろう。 さっきまでいた地点を火箭が打ち抜き銀色の影が低空へと逃げていく。こちらが優速 見えるようになる。途端に耳障りな警報音、ペダルを蹴飛ばし機体を横滑りさせると こむ。操縦桿を引いて上昇、大きく期待をループさせ天地がひっくり返り頭上に編隊が 出し脱落していく。撃墜した戦果を喜ぶのは後回しにしていったん編隊の下へもぐり を翻そうとした敵機の左側に火花が爆ぜたかと思うと機体後部からボンと黒煙が吹き 機首左下部に設置されたＭ６１バルカンが咆えて２０ｍｍ機関砲弾を吐き出す。機体 修正、敵僅かに回避機動を取る。しかし、もう遅い。トリガーをコンマ数秒引き絞ると ティクルが表示、ご丁寧にロックした敵の未来予測位置まで表示されている。針路を微 狙いを付けた敵機をコンピューターが認識し、ロックする。ＨＵＤの中心にガンレ ︻ＲＤＹ ＧＵＮ︼ 1310 首を上向きに、つまり仰角を取り過ぎると主翼から空気の流れが剥がれ落ち失速、場合 によっては急激な機首上げによって生じた過重に翼が耐え切れず機体そのものが破断 する。トムキャットの場合、仮に機体が３５度以上の大仰角を取った場合でも揚力を発 生させることが出来る為、急激な機動を行った場合でもその時の過重は胴体に掛かり主 翼を保護することが出来る。このリフティングボディと可変翼による後退角の最適化 により翼面過重の高さに似合わない高い機動性を持っている。ウィルキア帝国での模 擬戦ではＦ│１４よりも後発のＦ│１５との戦闘で何回もイーグルの撃墜判定を取っ ていることが、この機体の優秀性を物語っている。ぐいと強引に機首を獲物の進路上に ねじ込み機関砲を発射。機関砲弾をもろに浴びた敵機はそこで爆発四散。急激な機動 で落ちた速度をパワーダイブで補給する。 ﹄ ああくそ、キリがねぇ ﹄ ﹄ 無駄口を叩いている暇が有ったら敵を ８０機に４機でカチコミかましてるんで 上昇し、再攻撃。眼下ではチョッパーが一航過で２機を立て続けにガンキル。 ﹄ ! ﹃２機撃墜 すから ! ! !! ﹃アーチャー、ＦＯＸ２ 仕方ないですよ 叩け ! ! ﹃サンダーヘッドよりチョッパーとアーチャー 左へ回避だ !! ! ﹃こうも多いと、下手に巴戦やったら火だるまになるな⋮チョッパー ! ＳＴＡＧＥ─４４ ＭＩ島攻略作戦 1311 ﹃うあっち アブねぇなこの野郎 ﹄ !! か。 方位は 不明機接近 サンダーヘッド その数３６機 ﹄ ⋮これは﹄ ! ﹄ ?! ? た。 助けに来たってまさか 凛とした女性の声が通信機から響く。 ﹃あんまり苦戦しているようだから助けに来てやったぞ ﹃姉さん !? ﹄ 色の機体が見えたかと思うと、その影は見る見るうちに接近し見慣れた機体を形作っ 敵編隊からいったん離脱しながら不明機が接近してくる方向を見る。雲の合間に、緑 ! ﹃サンダーヘッドよりラーズグリーズ１ ﹃この期に及んで援軍かよ ?! ! 落ちる。今は出来る限り速度を殺さずに機動して被弾を避けているが、何時まで続くの │││││トムキャットだって無限じゃない。深海棲艦艦載機の攻撃でも当たれば 目の前に不用意に飛び出してきた雷撃機に機関砲を叩き込みながら歯噛みする。 │││││しかし、コイツはやはり不味いな。 なって落ちて行く。 チョッパー機を掠めて退避した戦闘機に、怒りの２０ｍｍ弾が叩き込まれバラバラに !? ﹃いや⋮⋮コイツは敵じゃない。﹄ ! ! 1312 ﹃戦闘機乗りは辞めたと言っただろう ﹄ それと作戦行動中だ、莫迦者。こちらが保有す るありったけの戦闘機を向かわせた。これなら何とかなるな 散った。 グッキル ﹄ 南東より敵増援 ﹄ 戦闘機隊だ 新型機 弾の切れた部隊は加久藤へ補給 その数１１２ いったん退避する ! ﹃グッキル ﹄ 弾薬欠乏 ?! ! 若干赤みが差し始めた空にまた一つ火球が生まれ、燃え盛る残骸が四方八方に飛び ３６機の紫電改二が雄猫に散々に食い荒らされている編隊へと突入した。 ﹃弓月忍大佐だ。一先ずは小煩いハエどもを何とかするとしよう。﹄ ﹁此方ラーズグリーズ・リーダー。支援感謝します。えーと⋮﹂ ? ? グリューン隊は迎撃に当たれ ﹃イーグルアイより味方航空隊 ﹄ を３６機含んでいる に戻れ ! ! ﹃もうミサイルも弾も無いぞ ﹃こちらランサー２１ ! ! こいつ等次から次へと ﹃クソっ ! ﹄ ! !! ! ! ! ! ! ＳＴＡＧＥ─４４ ＭＩ島攻略作戦 1313 ﹃コクーン３ 上からくるぞ 回避 ﹄ ﹄ またかオイ ﹄ ﹄ !! ﹄ スターボード ! 紫電改二も落とされてるぞ どこの隊だ ﹃オメガ１１被弾 ﹃零戦が落ちた ﹃零戦だけじゃない !! !! ?! !! ! る機動部隊から攻撃隊を繰り出し１５隻以上の航空母艦を潰していたが、それでも敵の 人類側もやられっ放しと言うわけではない。佐世保艦隊やトラック艦隊を中心とす が、敵と味方のほぼ中間点では熾烈な航空戦ガ繰り広げられていた。 戦力など無い日本軍は苦戦を強いられる。味方艦隊まで到達されることこそなかった 艦の十八番である数に任せた正面突破に切り替えると、途端に加久藤を加えても余分な 速の猛禽と哨戒艦隊の艦載機によって容易く噛み千切られてしまった。しかし、深海棲 真正面から叩き潰された。３波にわたって突入した総勢４００機の制空戦闘機は超音 り上げ、全くの逆側から強襲する深海棲艦の目論みは加久藤航空隊の航空部隊によって 隊の南方と西方に展開していた哨戒艦隊に攻撃隊を繰り出し、日本艦隊の制空部隊を吊 哨戒艦隊襲撃に端を発した一大航空戦は丸一日続こうとしていた。手始めに日本艦 と菅納零士は聞いていた。 通信機からは奮戦する友軍航空部隊の声が聞こえてくるのをガルム１、サイファーこ ! ! ﹃タコ焼き風情が調子にのんじゃねぇ !! ! 1314 攻撃は衰える事を知らなかった。戦闘が昼を過ぎるころになると、ＡＬ方面で報告の あった丸い新型機が、敵味方中間での航空戦に投入されてしまう。零戦では話にならず 紫電改でも不利、烈風でようやく互角に戦える頭の痛い戦力の出現に、加久藤のジェッ ト戦闘機部隊を大規模投入して何とか押し込まれることを防いだが、それは同時に敵艦 隊への護衛にジェット機が使えないことを意味していた。圧倒的ともいえる空戦能力 が使えなくなったため、従来通りの航空戦を行うしかなく、さらに敵艦隊の上空にも丸 い新型機が張り付いている場合があったため数度の攻撃の後は、中間空域航空戦を迂回 しての敵艦隊強襲は行われなくなり、余った戦闘機はこの航空戦に投入されていた。 中間空域航空戦に勝利することはＭＩ海域における制空権を掌握したに等しいこと は理解できることではあるが、次から次へと湧いてくる深海棲艦の航空機に、参加パイ ロットの疲労の色は隠せなかった。不味い事に、ジェット機部隊の補給が重なってしま い、前線のレシプロ戦闘機の比率が一時的に高騰してしまう。この機を逃さなかった深 海棲艦側は一転攻勢をかけ、次々とレシプロ機を撃墜。戦力差をひっくり返していく。 クソ 味方のレシプロ機が次々落とされていく ﹄ ﹄ さらに悪い事に、ホークアイのレーダーの端には制空権を掌握したら機動艦隊に流れ込 クソ ! む気満々の無数の航空隊の姿が確認されていた。 ﹃クソ !! 俺たちがやられたら敵が本隊に流れ込むぞ !! ! グリューン１３ ! ! ﹃落ち着け ! ＳＴＡＧＥ─４４ ＭＩ島攻略作戦 1315 ﹃グリューン・リーダーよりイーグルアイ ﹄ あ、畜生 加久藤からの増援はまだか ﹄ それまで持ちこたえろ ﹄ ﹄ 弾切れだ あれだけいた味方は何処に行った ﹃間もなくガルム隊とライジェル隊が到着する ﹃それだけか ! ﹄ ﹄ ! ?! ﹄ 現在前線でのレシプロ戦闘機の損耗率は６０％だとな されるために投入してるのと変わらんぞ 無線を聞いている限りお世辞にも良い状況ではなさそうだ。 こりゃ落と レシプロ戦闘機の損耗が酷く母艦航空戦力の損害は２０％を超えた 後はこっちで何とかする ﹃加久藤で補給してるんだろ 頼む ﹃離脱しろランサー７ ﹃すまねぇ ! ?! ! ﹁ああ。だが、やるしかないな。﹂ 機関砲弾が詰め込まれている。 間空域制空戦に参加するのはこれが初めてだった。愛機にはありったけのミサイルと ルム隊は今の今まで陽動の為に哨戒艦隊を襲撃してきた航空隊を撃滅していたため、中 通信機からガルム２、大瀬結人ことピクシーのウンザリした様な声が響いた。彼らガ ﹃全く、不味い事になり始めたな。相棒。﹄ !! ﹄ ! ?! ﹃本 隊 よ り 入 電 ! ! !? ! ﹃本隊に言っとけ ! ! ! ! ! 1316 前方には空に刻まれた無数のエッジや散華した航空機の遺した黒い華が咲き乱れて いるのがポツポツと見え始める。 ﹄ 中距離対空ミサイルを選択。不用意にこちらに背を向けて緑色のまだら模様に塗装 ︻ＲＤＹ ＡＩＭ│１２０︼ に加速する。ＨＵＤ上には激しく起動する幾つものターゲットボックスが現れる。 スロットルをＭＡＸへ、戦闘機としては大柄な機体が強烈な推力を受けて弾かれたよう 片方の翼を赤く塗ったＦ│１５が加速し、自分を追い抜いていく。こちらも負けじと ﹃よし、花火の中へ突っ込むぞ ! されたグリューン隊の機へ攻撃を行おうとしていた白い球形の艦載機をロック。聞き ＦＯＸ３ ﹄ なれた電子音が鳴り響く。 ! ! ﹄ ! ﹄ 助かった ガルム１ ! ﹃ガルム隊か ﹃グッキル ! ! ﹃こちらイーグルアイ。敵機撃墜を確認 ﹄ 波と無数の弾体片に機体を切り刻まれ爆散する。 機は急旋回を掛けるが、それよりも早く近接信管が作動。至近距離で浴びせられた衝撃 ミサイルレリーズを押し込む。軽い振動と共に放たれたミサイルを回避しようと敵 ﹃ガルム１ ＳＴＡＧＥ─４４ ＭＩ島攻略作戦 1317 ! ︻ＲＤＹ ＧＵＮ︼ 続いて２機ならんで飛行する新型戦闘機に狙いを定め加速し、追い抜きざまに２連 射。爆散する２機の機体の狭間をロールしながらすり抜け次の獲物へ向かう。今回の 作戦では意図的に機関砲の射撃スピードを落としている。短い時間に多数の命中弾を 叩き込むことは出来ないが、継戦能力は飛躍的に向上しているはずだ。 機首上げ上昇、インメルマンターン。更に半ロールで戦場を上から俯瞰する。敵機が 固まって居そうな所へ向かってパワーダイブ。残りの中距離対空ミサイル３発を味方 へ向けて攻撃しようとしていた新型機へロック。発射。こちらを迎撃しようと無謀に も上昇しようとした敵機へ機関砲を叩き込む。相対速度が速すぎる為敵の火箭はあら ぬところを貫き、こちらの機関砲は新型機の顔面 を粉々に粉砕する。ハチの巣にした 離ミサイルを選択。 息つく暇なく次の獲物へ、烈風を追いかけまわす３機の見慣れた従来型艦載機、短距 にはガルム２の姿も見える。光点が２つ同時に消えたのは彼の仕業だろう。 機首を強引に引き起こしつつレーダーを確認。こちらに追いすがる敵は無し。近く 新型機を追い抜いたところで３発のミサイルが着弾。３つの華が空に咲いた。 ? 最も烈風へ近づいている一機へロック。発射。さらに加速して近づき追いすがる他 ︻ＲＤＹ ＡＩＭ│９Ｍ︼ 1318 いいぞ その調子だ ﹄ の２機へ短くガンアタック。後部をズタズタにされた機体が火を噴いて落ちていく。 ﹃敵脅威レベル低下 ! ! │││││逃がすかよ 違いざまに３機を機関砲で血祭りにあげ、２機を短距離ミサイルで始末する。 機へ襲い掛かろうとしている先ほどの敵機。アフターバーナーを炊いて急降下。すれ 込み機首を下方へ向ける。ストールターン。目の前には追撃を諦めて低空のレシプロ スロットルＭＩＮ、エアブレーキＯＰＥＮ。垂直に立った機体がガクリと横滑へ倒れ ! 機にかなうわけもなく虚しく引き返さざるを得ない。 敵機へバルカンを叩き込んで再度上昇。５機ほどが追いすがってくるが、ジェット戦闘 イーグルアイにしては珍しい感情を表にした声に苦笑する。不意に飛び出してきた ! 失われ漂流する。その瞬間をガルム１は見逃さない。Ｇリミッタを切って右バンク１ 機の艦載機のちょうど中間で近接信管が作動し炸裂。爆発の余波で２機の戦闘能力は 回避機動をせず。生き残った方が攻撃を仕掛ける算段だろう。ミサイルは迫りくる２ 躊躇わず最後のミサイルをロックせずに密な編隊を組んでいる２機へ打ち込む。敵機、 下 左 右 か ら 新 型 艦 載 機。こ の ま ま い け ば 十 字 砲 火 を 受 け て イ ー グ ル で も 落 と さ れ る。 次、短距離ミサイルは残り１発。真正面から２機の従来型深海棲艦の艦載機、更に上 ﹃なんて奴らだ、アイツ等だけで戦況をひっくり返し始めている。﹄ ＳＴＡＧＥ─４４ ＭＩ島攻略作戦 1319 ３５度、そのまま下方宙返り。スライスバックで高度を速度に変換、予定ポイントから 逃げられた敵機はそのまま針路を修正してガルム１を追跡しようとするが、先ほどガル ム１に手傷を負わされ、漂流する２機をすり抜けたガルム２に、無防備な背中を晒すこ とになり３機が機関砲の餌食になってしまう。残った１機は旋回して逃れようとする ﹄ も、逃げた先は旋回してきたガルム１の射線上。ほどなくハチの巣になって爆散する。 ガルム１﹄ ﹁お前なら来ると思ってたよ。ガルム２。﹂ ﹃礼はどうした ﹃数が違うだろ、数が。まあいい、敵もまだまだいるしな ﹁前言撤回。これでチャラだ。﹂ ガルム２の後方に付こうとしていた敵機を叩き落す。 ﹁帰ったら１杯奢ってやるよ。っと。﹂ ? 真っ赤に染めていた敵機も、徐々にその数を減らしていく。 時 に は 回 避 し よ う と し て 別 の 機 体 に ぶ つ か り 共 倒 れ す る 敵 機 も あ っ た。レ ー ダ ー を いく。ある物は即座に爆散し、またあるものは機全体から黒煙を噴いて墜落していく、 理由は無かった。手当たり次第に敵機に２０ｍｍ機関砲のシャワーをプレゼントして 関砲の射撃レートを落としたことによって、機銃弾にはまだ余裕がある。突っ込まない 敵の反応が固まっているところへ向けてガルム２が加速。ミサイルはもうないが、機 ! 1320 ﹄ ﹃この短時間で１５機以上撃墜しやがった ﹃なんだアイツは、鬼か ﹄ !? 彼の欲する最後の一撃は、空では無く海からやってきた。 ない。後何か、もうひと押しが必要だと菅納は感じ取っていた。 には変わりはない。どれだけ機関砲弾を節約したとしても、敵を壊滅させることは出来 結論付けていた。確かにレーダー上の光点は少なくなってはいるが、敵の数が多いこと そんな自分への評価を聞きながら、頭の片隅の冷静な部分はまだこれでは勝てないと ﹃グリューン２よりグリューン４、そんな生易しい物じゃないだろう。﹄ ? ﹄ ﹃イーグルアイよりアサマ。貴艦は本隊の護衛として展開しているのではなかったのか 文字通り消し飛ばした。 裂き、戦闘空域の敵側で待機していた深海棲艦の攻撃隊に幾つもの巨大な火球が現れ、 海面から突き上げる様に飛来した無数のミサイルが交戦中の敵機を紙屑の様に引き 効きなれない声に、空戦を行っている誰もが首をかしげた時、それは到達した。 ﹃ああ言うのをな、鬼神って言うんだよ。﹄ ＳＴＡＧＥ─４４ ＭＩ島攻略作戦 ? 対空ミサイルによる掩護射撃を開始する 遠泳のしたくないＩＦＦが故障している奴 ﹃航空隊の被害が予想以上に甚大であることを受けて作戦変更だ。これより電子支援と 1321 ! そもそもついていない奴はとっとと低空へ逃げ込め ﹄ ! アブねぇ ﹄ ２００を下らないだろう。 ﹃うおっ ! !! 退避だ ﹄ ﹃加減ってものを知らんのかアイツは ﹃退避 !! ﹄ レーダー画面上を埋め尽くす無数の対空ミサイルがこちらに迫っている。その数は ﹃なん、だこりゃ⋮﹄ つられて高度を下げる敵機を叩いていると、その真意が明らかになった。 かなり乱暴な命令だったが、素直にレシプロ機の一部が超低空へと駆け下りていく。 ! 此奴らを落とせば終わりだ ! ! イーグルアイは逃さなかった。 ﹃イーグルアイより全航空隊 ＭＩ海域の制空権を確保せ 更に、補給に戻っていた無数のジェット戦闘機も戦線に復帰し始める。この好機を 炸裂した。ミサイルによる攻撃が終わった後、敵の数は目に見えるほど激減していた。 ガルム隊も上空へ退避し、機体を水平に戻した瞬間、下の方で大量のミサイルが次々 逃げる。 域に留まりたくは無い。我先にと低空へパワーダイブしたり、敵機よりも遥かな上空へ ジェット機に乗っていても、これだけのミサイルの数を見てしまえば誰だってその空 ! ?! 1322 よ ﹄ 任務完了だ ﹄ ! ﹁艦長、どうやら勝ちましたね。﹂ 揮所で聞いていた。 イーグルアイのその宣言と共に、無線機が喜びの歓声で飽和するのを、瑞鶴は防空指 ! ドウェーの鬼神と言う二つ名を付けられることになったのは余談である。 戦闘中に誰かが呟いたこの言葉とアサマの発言が組み合わさり、後にガルム１はミッ ﹃ミッドウェーが生んだ鬼か。﹄ ぎＭＩ方面の空から駆逐されてしまった。 力を見せつけた加久藤航空隊によって、踏みとどまっていた深海棲艦の航空機は根こそ り小さくなっていた。ここまで来れば後は機体の性能が物を言う。次元の違う戦闘能 空域になだれ込む。アサマによる多目標同時攻撃と増援により彼我の航空機数はかな 漆黒と青みがかったグレーのトムキャットを先頭に、加久藤航空隊７個飛行隊が戦闘 ! ﹃イーグルアイより全機、空域内の全敵戦力の殲滅を確認 ＳＴＡＧＥ─４４ ＭＩ島攻略作戦 1323 疲れと喜びが無い混ぜになった表情を副長が作る。 ﹂ ? すから、もっと誇ってくださいよ。﹂ 副長の言葉に、瑞鶴は小さく笑う。 ﹁〟ＭＩ作戦はこれからだ、気を抜くな〟。アイツならこう言うでしょうね。いい ﹂ ? ? 使えないしね。じゃ、ココはよろしく。﹂ る機体を増やしておかないと、肝心な時に有人機が無かったら無人機がいくらあっても ﹁ま、これから夜だからアタシ達の出番は無いけどね。明日の朝までに出来るだけ使え は消え、いつも通りの。否、いつも以上に指揮官然とした艦長の姿がそこにはあった。 適度な緊張感を含ませた瞳が副長を見る。先日まで続いていたふ抜けた様な雰囲気 長。まだアタシ達はＭＩ海域を丸裸にしただけ、ＭＩ作戦はまだまだこれからよ 副 ﹁ウチの航空隊は、貴女はよくやりましたよ。何せ正規空母１隻に戦艦２隻沈めたんで ﹁それでも、損害には違いないわ。﹂ だマシでしょう ね。まあ、やられた機体の殆どが艦内容積を取らなくて、替えの効く無人機ですから、ま ﹁ああ、そうですね。今日の攻撃で３８機が撃墜、７機が修理不可で海洋投棄ですから チラリと飛行甲板を見ると、ボロボロになって紫電改二が海洋投棄されていた。 ﹁そうね、でも。﹂ 1324 ＳＴＡＧＥ─４４ ＭＩ島攻略作戦 1325 副長の返事を聞かずにラッタルを降りていく。 │││││こんなところで苦戦していたら、アイツに合わせる顔が無いもんね。 ふと、自分が彼の事を意識しているのに気づき足を止める。後から気恥ずかしさと共 に湧いてきたのは、決して表に出さないドス黒い感情だった。知らず知らずのうちに自 虐的な笑みが浮かぶ。 │││││バカだな。どんなに戦果を挙げたとしても、過去が消えるはずなんてない のに。 斯くして空の騎士達の死闘はいったん幕が引かれる。次に舞台に上がるのは、それま で空を翔け上がっていく味方を見送る事しかできなかった海洋の覇者達だった。 ＥＤ ﹁ＯＮＥ ＯＫ ＬＯＣＫ 〟アンサイズニア〟﹂ 。戦艦、および巡洋艦多数。触接を続ける。﹄ ? 方で所在なさげにうろつく以外は何もできなかった。 ｍ以上を悠々と飛行するホーネットと同じ土俵に立つことすらできず、偵察機の遥か下 性能であっても所詮はレシプロ機の次元であったため、可能な限り軽量化し上空１０ｋ 敵艦隊と接触した結果、例の新型艦載機が偵察機を襲おうと上昇するが、どれだけ高 各艦に伝達することで隠密性を維持しつつある程度の索敵が可能だった。 られる。そして、加久藤が受け取ったデータを傍受の心配がない艦娘相互通信によって による先行偵察が行われそのデータは高度に暗号化された上でホークアイ、加久藤へ送 行を続けていた。電探の代わりに艦隊の目として暗視装置を積んだ複数のホーネット 帝国海軍ＭＩ方面艦隊は敵艦隊に現在地が露見することを恐れて電探を使わずに航 いた。日は既に没し、満天の星が広がっている。 に出していたフェアリィ隊から敵艦隊発見の報がもたらされてから４時間が経過して イーグルアイと交代して真夜中の空に出撃していた空中管制機ゴーストアイに、偵察 ７ ﹃こちらフェアリィ３。敵艦隊発見。方位０│９│０、彼我距離３９０ｋｍ。敵速２ ＳＴＡＧＥ│４５ ＭＩ島確保作戦 1326 ﹁さて、ここからどうするかだが。﹂ 照明が落とされ真っ暗になった戦艦伊勢の艦橋で真津は小さくつぶやいた。加賀を はじめとする機動艦隊は既に後方へ下げられている。今の所加久藤やホタカの製造し た艦載機以外では夜間飛行が不可能である為、夜戦の最中に空母が居ても邪魔なだけで あり、なす術も無くやられてしまう。史実では加賀や赤城に２０㎝砲が積まれていた時 期があったが、艦娘として生まれてくる彼女達にすでにその武装は無く、取り付ける事 も出来なかった。 そう言うわけで、現在真津は佐世保第三鎮守府の中でも最古参艦の一隻、伊勢で指揮 を執っていた。戦闘・指揮能力を鑑みれば第一鎮守府から借りて来た長門型の二人か、 榛名改二に座上するのがベストな選択にも思える。しかし彼個人、今まで長い間自分の 指揮に従ってくれた艦娘に座上して指揮を執ることが一種の筋であると言う考えを 持っていたため、彼女らの進言を辞退して伊勢に座上している。この決定に某高速戦艦 の一番艦がむくれていたが、真津は今度その艦娘を食事に誘う事で何とか許しを貰って いた。尻に敷かれ始めている自分から目をそらしつつ、彼は今伊勢の艦橋に居る。 らこっちは真正面から叩けばいいでしょ。﹂ Ｉ方面に展開した敵深海棲艦隊の撃滅。敵さんがせっかくこっち来てくれてるんだか ﹁如何するこうするも、私たちの主目的はＭＩ島の深海棲艦施設の撃破、もしできればＭ ＳＴＡＧＥ─４５ ＭＩ島確保作戦 1327 戦艦娘の中でも一際巨大な艤装を背負った女性があっけらかんと言い放った。 作戦説明では本作戦の最終目標はＭＩ島の攻略と言う事だったが、今の帝国軍にＭＩ 島を維持するだけの戦力も意味も無かった。そのためＭＩ島攻略とは銘打たれている が実の所、ＭＩ島、その島周辺の深海棲艦施設の完全破壊が最終目的と言えた。ＭＩ島 の施設及び周辺海域の深海棲艦を掃討すれば、海域の支配権は日本軍が握ることにな る。勿論、ＭＩ島の深海棲艦施設は時がたてば再建されるだろうが、その頃には多数の 艦娘が戦力化されている見込みで、場合によってはＭＩ島を再破壊、ハワイへの侵攻す ら目論んでいた。 かったため、史実の小沢艦隊よろしく広大な飛行甲板に対空兵器をこれでもかと詰め込 と そ の 艦 隊 が 生 き 残 っ た 理 由 と し て 伊 勢 型 二 人 の 活 躍 が あ っ た。瑞 雲 の 数 が 足 り な らを散々嬲ってくれた敵艦隊を叩き潰し、全員生還させることが出来たのだった。真津 い出す。それでも何とか深海棲艦の猛爆撃に耐えた後、修復を終わらせた加賀と共に自 しまったため一時期は制空権を盗られ、降り注ぐ爆弾に生きた心地がしなかったのを思 かは駆逐艦などの補助艦艇だった。しかも、頼みの綱の加賀が早々に中破戦線離脱して 二度三度頷く。あの戦いで、真津の艦隊の主力艦は伊勢型２人と加賀のみで、そのほ ﹁最近だと⋮ああ、沖ノ島の奴か。確かにアレはヤバかった、何度沈んだと思った事か。﹂ ﹁まあ、それはそうなんだが。こういうデカい作戦は久しぶりでな。﹂ 1328 みハリネズミ状態にして出撃した結果、濃厚な対空弾幕を張ることが出来た。さらに、 伊勢型の二人も前世の経験を活かし敵弾を回避しつつ味方の上にも弾幕を張ったため、 制空権を喪失した艦隊にしては損害を最小限に抑えることに成功した。 ﹂ ﹁田沼司令の所から長門や榛名を借りている分、前の戦いよりもプレッシャーが大きい よ。ホタカが要れば、こんな気苦労はせずに済んだんだがなぁ⋮。﹂ ﹁でもさ、ホタカがもし健在だったとしたら。アサマみたいになるんじゃない ﹁だよなぁ⋮。﹂ 伊 勢 型 を 集 め た 低 速 戦 艦 隊 と 金 剛 型 と あ る 戦 艦 を 加 え た 高 速 戦 艦 隊 に 分 か れ て い た。 度自由に作戦行動がとれるようになっていた。更に、真津の居る戦艦の艦隊も長門型、 た水雷戦隊に編成し直されていた。それぞれの旗艦は最上、青葉、北上であり、ある程 隊から突入してくる水雷戦隊の迎撃、あわよくば主力艦の撃沈を行うため３つの独立し に、真津の艦隊をそれまで護衛していた水雷戦隊は、戦艦が砲撃戦をしている間に敵艦 艦隊は主力の一角として敵艦隊と真面に砲撃戦を行う艦隊に編入されている。ちなみ 何方にせよ、自分のやることに変わりがない事に気づき大きくため息を吐く。真津の ? 高速戦艦隊は別働隊として敵艦隊の側面を突くため主力部隊とは若干離れた地点を進 んでいる。 ﹁やはり、山城は低速戦艦隊に入れた方が良かったんじゃないかなぁ。﹂ ＳＴＡＧＥ─４５ ＭＩ島確保作戦 1329 ポツリと真津はそんな事を呟く。 けどなー ﹂ ように一瞬だけ揺れる。 ? 水平線上が一瞬だけ赤く染まったかと思うと、続いて遠雷の様な腹に響く音が聞こえ ﹁敵艦隊発見。旗艦より伝達、全艦２０ まで増速。艦隊針路変更、方位０│４│５。﹂ 伊勢に装備された４基の４１ｃｍ連装砲の砲身が、待ち伏せする猫が身じろぎをする ﹁来たよ。﹂ 女の横顔からは先ほどまでのお茶らけた態度は消えて、真剣な顔つきに変わっていた。 伊勢は視線を目の前の真っ暗な海に向ける、星明りに照らされ微かに浮かび上がる彼 ﹁冗談だよ。冗談。っと、そんな事言ってる間に。﹂ 慌てて弁解し出す真津が妙に滑稽に思えて、伊勢は小さく笑う。 お前も５５口径４１ｃｍ砲に換装してるじゃないか。﹂ 的少数で敵の側面に回り込むんだから出来る限り万全の状態にしてやりたい。それに、 ? ? ﹁うっ⋮。それは仕方ないだろう 開発は狙って出来るもんじゃないし、別働隊は比較 に変えてるんだし大丈夫でしょ。個人的には私の主砲も複合砲にしてほしかったんだ ﹁主砲を４５口径３５．６㎝磁気火薬複合加速砲に換装して、主機をガスタービンⅥ型 1330 てくるのを、違法建築のごとくそびえ立った特徴的な艦橋で聞いている艦娘が居た。 南太平洋の夜風にショートカットにした黒髪を靡かせている女性は、紅い瞳を水平線 の向こうに投げかけていた。 ﹁始まったようですね﹂ ﹂ ﹂ 傍らから掛けられた声に瞳だけを向けると、双眼鏡を覗いている自分の副長の姿が見 えた。 ﹁そうね。周囲に敵影は ﹁私等の観測では、今の所見られません。加久藤からのデータはどうです ? ? ﹂ ? 、以前の自分で ? 山城は未だに航空戦艦には改造されていない。航空戦艦は伊勢型の二人がいる上に は有りえない速度だった。 の薄い排煙が噴き出しているのが辛うじて見える。現在速度は約３０ 回して後方を見ると、今までならどす黒い排煙が立ち上っていた煙突からは、極端に色 チラリと眼下を見下ろす。視線の先には一見普通の連装砲に見える主砲。次に首を ﹁未だに私がこんなところに居るのが信じられないわね。﹂ ﹁なんです わ。このままならＴ字有利で敵艦隊に一撃を与えられる。にしても⋮。﹂ ﹁此 方 は 本 隊 と 敵 艦 隊 の 進 行 方 向 上 を 本 体 側 か ら 敵 艦 隊 側 へ 抜 け る 進 路 に 乗 っ て い る ＳＴＡＧＥ─４５ ＭＩ島確保作戦 1331 1332 空母は合計で４隻居る為、あえて主砲を下ろして航空戦艦にする必要性が見られなかっ たためだった。これまでの作戦でも６基１２門の主砲はその火力を如何なく発揮し、佐 世保第三鎮守府での純粋な砲火力の投射量ではホタカを除けば頭一つ抜けていた。 今回の作戦が伝達された時、佐世保鎮守府に所属する高速戦艦は第三鎮守府の金剛、 霧島。第一鎮守府の榛名の３隻だけであり、高速戦艦隊を編成するには火力不足に思わ れた。そこで真津はホタカが開発したガスタービンⅥ型と４５口径３５．６㎝磁気火 薬複合加速砲を山城に搭載し、火力と機動性を両立させた高速戦艦に改装したのだっ た。この複合砲は作戦直前の開発作業により完成したもので、実質的に長門型の４５口 径４１ｃｍ連装砲に近い威力を持ちながらコンパクトにまとまった主砲だった。しか し、磁気火薬複合加速式の主砲を運用するには山城の発電機は非力すぎた為、ホタカを 参考にガスタービンを搭載して発電と艦の推進を行う大規模改装が施された。しかし、 やはりホタカの世界の技術をこちらの艦娘に落とし込むことは難しく、ガスタービン機 関を中心に据えた推進・発電システムは十全に稼働しているとは言いづらい物になっ た。 それでも改装を終えた山城は金剛型並の足と長門型以上の火力を持つ、規格外な高速 戦艦に生まれ変わったところを見ると、２つの世界の技術格差にうすら寒さを覚えてし まう。 ﹄ 私たちの中で榛名の練度が一番高いですカラ ﹃あの、榛名が旗艦で本当に宜しかったのでしょうか ﹃Ｎｏ ｐｒｏｂｌｅｍネ ﹃ええっと⋮。﹄ まいだった。 ﹄ も、他者にそれを押し付けるのを躊躇ってしまうのは何事にも控えめな彼女らしいふる のにと、心の片隅で思ってしまう。頭の中では自分が適任かもしれないと考えていて 小さく笑ってしまった。しっかりと実力はあるのだからもっと堂々としていればいい 前を走る金剛型戦艦３番艦の視線がこちらに向けられているような気がして、山城は ! ? ﹃それに改二に改装済みだしね。私の計算でも貴女が適任と出ているわ。﹄ ! ﹄ ! ﹄ ! た。 全艦砲撃戦用意 ﹃１時方向に敵艦隊、および味方艦隊視認したヨ ﹃了解 ! 榛名の号令で佐世保所属の高速戦艦３隻が搭載した主砲を旋回させていく。山城も ! ﹄ 決意したように宣言した時、同航戦で撃ち合っている敵味方の艦隊が遂に視認でき ﹃⋮⋮⋮解りました。榛名、全力で参ります 電探とか指揮通信設備は手つかずだからね。旗艦には貴女が適任よ。﹂ ﹁私も異存はないわ。主砲はこの測距儀でも撃てるように練習したからいいけど、結局 ＳＴＡＧＥ─４５ ＭＩ島確保作戦 1333 砲塔を旋回させながら、敵艦との距離を測っていく。磁気火薬複合加速砲の完全な制御 には高性能な電算機が必要であるが、砲弾加速に使用する電磁気力を固定し、装薬を調 節することで従来型の艦砲と同じように運用することが可能だった。とは言え、これは あくまで補助的な物であり状況によって電磁気力を即座に調節することが出来ないた め移動目標への命中率は本来の複合砲よりもかなり下がってしまい、従来砲レベルにな る。そのため、今回は射程の長く強力な従来砲として運用することになっていた。 ガスタービンで発電機を回し発電した電力を１２本の砲身へと流し込み、砲身内に電 磁気力のフィールドを生成する。アサマはいるがヴィルベルヴィントの時の様に、射撃 諸元データの支援を受けることは出来ない。彼にはもっと別の任務が有る。 九一式徹甲弾を装填し、続いて装薬を装填。初めから全門斉射なんてマネは出来な い。まずは交互射撃で間合いを測る。練習では数回放つことが出来ただけで実戦使用 は初めての砲。ホタカのシミュレーションではそれこそ反吐が出るほど繰り返したが、 やはり不安はついて回る。 戦争が始まる前の奇妙な静寂。眼前には火だるまになって落後していく戦艦ル級が 砲撃開始 ﹄ はっきりと見え始める。 ﹃主砲 ! 榛名からの号令に合わせて各砲一発ずつ、６発を放つ。点火された装薬が高温高圧の ! 1334 ガスを生成し砲弾を加速。薬室から砲身内に侵入した砲弾は電磁気力によってさらに 加速され、高圧ガスと爆炎と共にから飛び出した。続いて先を行く榛名が発砲、金剛、霧 島と続く。磁気火薬複合加速式の砲弾は高い初速を持つため、先に撃った艦の砲弾を追 い抜きかねないと言う事で山城が別働隊の攻撃の火蓋を切ることとなった。 佐世保艦隊以外の艦隊も砲撃を開始する中、山城の放った砲弾は敵艦隊に達し高い水 柱を噴き上げた。すぐさま、上空を旋回している偵察機から弾着の情報が入る。先ほど ﹂ の砲弾は全弾が遠弾、計算よりよく飛んでいる。手早く射撃諸元を修正し、第２射を用 意。 ﹁修正射、撃てぇっ ﹁主砲 よく狙って ! ﹂ なら火力は負けていないはず。１２発の徹甲弾を主砲に装填する。 目標は戦艦ル級Ｆｌａｇｓｈｉｐ。以前までの自分だったら苦戦は必至だろうが、今 │││││でも、この素直な弾道は癖になるかも。 行する。 ほどなく着弾、弾着観測情報によれば近、遠、近、近、遠、遠で夾叉。全力射撃に移 │││││確かに高性能だけど、私が撃つにはちょっと反動がキツイわね。 再び衝撃が艦体を揺さぶる。 ! ! ＳＴＡＧＥ─４５ ＭＩ島確保作戦 1335 ふと、この主砲があの時に自分が搭載していたらと言う考えが頭に浮かぶ。 │││││姉様や皆を救えたのかな ﹁撃てぇ│ ﹂ 射撃用意完了。後は、引鉄を引くだけ。 トリガー │││││今は私が成すべきことをやるまでだ。 ジェット機によって良いように嬲られている。 敵、進 路 変 わ ら ず。上 空 で は 空 母 ヲ 級 Ｆ ｌ ａ ｇ ｓ ｈ ｉ ｐ 改 か ら 発 艦 し た 新 型 機 が、 │││││否、止そう。 砲身が微かに上下し、砲身内のレールに紫電が迸る。 ? ﹂ ! はそれ以上戦闘行動を行おうとはせず、本隊側からの砲弾が相次いで直撃し爆炎を上げ 艦橋以外にも第３砲塔を撃ち抜き沈黙させた報告が入る。彼女が艦橋を破壊したル級 爆散し、松明の様に燃え盛るル級を見て山城の艦橋で歓声が上がる。偵察機の報告で ﹁艦橋に直撃弾 が散ったかと思うと艦橋が内部から火炎を吹き出し、大小の破片を周辺にばら撒いた。 細長い艦隊の両舷に一際鋭い水柱が直立したかと思った瞬間、甲板や艦橋に多数の火花 霧島の３５．６㎝砲弾を後方に置き去りにした砲弾は目標のル級に突っ込む。ル級の 先ほどとは比べ物にならない衝撃波が艦体を包み、閃光が迸る。ほぼ同時に発砲した ! 1336 てほどなく横転沈没した。 ﹂ 祖 国 │││││だから、安心してください。扶桑姉様。私は、姉様の帰ってこられる場所 ﹂ 主砲弾の再装填を急いで ! その間、敵艦隊を攪乱し攻撃能力を削ぐ役割として彼は投入される。 ﹁さてと、じゃあ俺の出番だな。﹂ れば、本隊に大きな被害がいくかもしれない。 も一度離脱、反転し戦場へ戻ってくるにはそれなりの時間が掛かる。戦線復帰に手間取 置へ着き同航戦でケリを付ける。ただし、別働隊が高速戦艦で編制された部隊であって 行った後はそのまま敵艦隊と反航し一度離脱、反転増速して敵艦隊を味方本隊と挟む位 画面上では敵と味方が整然と隊列を組んで砲撃戦を続けている。別働隊はＴ字戦を │││││扶桑型戦艦の名に懸けて。 ! を守り続けます。 ﹁敵艦沈黙 ! 敵４番艦 ﹁目標変更 ! ＳＴＡＧＥ─４５ ＭＩ島確保作戦 1337 ﹁敵艦隊、正面 まっすぐ突っ込んできます レーダー手妖精の声がＣＩＣに響いた。 ! ﹂ ! ﹂ ＦＣＳオンライン 目標、前方敵艦隊 主砲弾装填 ! ﹂ ! 対艦ミサイル、特殊弾頭ＶＬＳ ! 通信機を手放す。 ハッチ解放 ﹁機関全速発揮用意 ! ホタカでは考えられないような大雑把な命令ではあるが、実の所兵装は艦息が考えた ! ! 各部署からの了解の返事がスピーカーから響くのを満足気に聞いた後、アサマは艦内 ぞ。あの気味悪い奴らにウィルキア帝国魂を見せてやれ ﹁俺 は 真 面 目 に 攪 乱 し よ う な ん て 思 っ ち ゃ い な い。敵 艦 隊 を 食 い 尽 く す つ も り で 行 く そこでいったん言葉を切る。 れてもねぇ。﹂ 官からは攪乱して時間を稼ぐだけでいいとか言われてるが、攪乱する方法までは指示さ を滅茶苦茶に引っ掻き回すだけだ。周りに味方は居ねぇ、敵ばかりだ。ついでに司令長 ﹁んじゃあ今から本艦は作戦行動に入る。やる事は単純、真正面から突っ込んで敵艦隊 呆れた様な視線をレーダー手へ投げかけた後で艦内放送のスイッチを入れる。 だ。﹂ ﹁〟 突 っ 込 ん で 来 る 〟 な ん て 言 い 方 す ん な よ。今 俺 た ち は 敵 に 〟 突 っ 込 ん で い る 〟 ん 1338 通りに動くため攻撃準備などの号令すら不要だったりする。これは艦娘にも言える事 レ ン ジ ﹂ ﹂ ではあるが、声に出した方がイメージしやすいと言う事もあって、何かしらの命令を出 ン・ 射程距離圏内 イ すのが一般的だった。 ﹁敵艦隊 手当たり次第に撃ちまくれ ! オ ー ル・ウ ェ ポ ン ズ・フ リ ー 全兵装使用自由 ! ! 護衛駆逐艦４隻大破炎上中 ﹂ ! 護衛艦を瞬時にハチの巣に変えていく。 ﹁雑魚に主砲は勿体無いな。﹂ ! が始まる。 ル の前に展開する後続艦隊の主砲や、側面の今本隊と撃ち合っている艦隊から副砲の射撃 度目標を設定し連続射撃を開始。敵艦隊もやられっぱなしと言うわけでは無く、アサマ 副長の提案に無言で頷き、いくつかの速射砲に入力されていた目標の情報を削除。再 ﹁では、そいつらも速射砲で処理しますか。﹂ キ は存在せず、砲弾は易々と主要部位を貫き炸裂した。更に無数の速射砲弾は取り巻きの まった軽母ヌ級に命中する。たかが軽空母にアサマの主砲弾に耐えられるような構造 空を焦がした。低い弾道を描いて飛翔した４１ｃｍ砲弾は運悪く獲物と定められてし ４１ｃｍ磁気火薬複合加速砲と１５２ｍｍ速射砲が咆えて、無数の対艦ミサイルが夜 ﹁両舷前進全速 ! ! ﹁ヌ級轟沈 ＳＴＡＧＥ─４５ ＭＩ島確保作戦 1339 ﹂ 連中の懐に突っ込むぞ ﹂ ! ﹁敵砲弾来ます 取り舵５ ! ﹂ に通信が入る。 ﹁なんだ ﹄ 爆沈した艦の残骸の間を抜けて飛来する無数の砲弾を弾き、回避しながら突入する彼 れる深海棲艦隊のど真ん中へ。 アサマは防御重力場で敵弾をそらしつつ進路を微妙に変更。複数の単縦陣で構成さ ﹁防御重力場出力最大 ! ! ﹃何だじゃありませんっ ? そうしないと袋叩きに﹄ ! あんた。﹂ ? ﹁提督に言っといてくれ。我に構わず砲撃を続けるようにな。﹂ ﹃わ、私は横須賀第二鎮守府、総旗艦の大和で﹄ ころで誰だ ﹁袋叩きになるのは敵に囲まれるからだ。なら、囲まれなければ良いだけのことだ。と 有るのなら一隻でも多くの敵艦を叩きたいのが本音だった。 話の腰を叩き折ることで相手の話を強制的に止める。正直、この声の主と話す時間が ﹁ならないさ。﹂ ﹃すぐに進路を変更してください 聞きなれない女性の叫び声じみた怒声に思わず首を竦める。 ! 1340 ﹃ええっ ちょ﹄ ＩＣを白く照らす。 此方から一方的に通信を切る。丁度その時、外部観測モニタがホワイトアウトし、Ｃ ?! くと言う事は人類側本隊への攻撃力が減少することを意味していた。深海棲艦からの とまともに砲戦を行っている艦隊の火力の一部を割いて迎撃しようとするが、火力を割 ら反対側の艦隊に対処するはずの艦隊を散々に叩かれた深海棲艦側は、仕方なく人類側 炎を背景にアサマはその２基の主砲を本隊と撃ち合っている艦隊へと向ける。本来な 死屍累々となった敵艦から漏れ出た燃料が引火、炎上し海面を赤黒く照らした。その を渡していく。 ち、その他の艦艇にハープーンが相次いで直撃し炸裂。艦体構造を破壊し戦闘艦に引導 トと多数の対艦ミサイルが飛来する。戦艦などの重装甲目標にトライデントが突き立 観測機器を破砕されて精密射撃が困難になっていた。そこへＡＰモードのトライデン の上部構造物を吹き飛ばされ転覆する艦が相次ぐ。戦艦ですら夜戦では命ともいえる 受けた艦に戦闘能力など残されていない。駆逐艦は艦体が破断して轟沈し、巡洋艦はそ 味方本隊とは逆側を航行する艦隊に襲い掛かる。戦術核に匹敵する衝撃波をまともに アサマから放たれた７発のＨＥモードのトライデントは彼の進路上の左舷側、つまり ﹁ハッ、汚い花火だ。﹂ ＳＴＡＧＥ─４５ ＭＩ島確保作戦 1341 砲撃が減少した帝国軍艦隊はその隙をついて高精度の砲撃を深海棲艦側へ撃ち込んで いき、立て続けに戦艦３隻を爆沈させる。本体を攻撃しようとすれば、アサマに後背を 喰い散らかされ、アサマに対処しようとすれば本体に叩き潰される。前門の虎、後門の 狼とはこの事だった。 ﹄ ! ﹁誰だ 通信を許可した覚えはないぞ ﹂ ? こっちは今手が離せないんだよ。説教なら後にしてくれ。﹂ ? によって天空へと打ち上げた。 庫で炸裂した砲弾はそこにあった航空機と弾薬燃料を誘爆させ、平坦な飛行甲板を劫火 させようとしているヲ級を串刺しにする。時限信管によって艦体を貫通する前に格納 うっとうしいハエを払うように手を一振りすると、２基の主砲が咆えて艦載機を発艦 ﹁チッ、なんだ 通信手が〟お手上げです〟と両手を上にあげていた。 ﹁旗艦からの通信ですよ。うちらにはどうにもなりません。﹂ ? 通信機から再び聞こえてきた声に嫌そうな顔を後ろに向ける。 ﹃それが出来るのは貴方方だけですっ 来るほどの火力は残っていない。何とも簡単な話じゃないか。﹂ でさえ減少した火力を更に分配せねばならなくなり、高速で機動する戦艦を袋叩きに出 ﹁敵に囲まれる前に、囲もうとした敵を殲滅すればいい。後ろの守りを失った敵はただ 1342 ﹃もう後ろに下がれとは言いませんが、くれぐれも無茶はしない様に﹄ ﹁解った、解ったからキーキー騒ぐな。アンタらにも獲物は残してやるから。﹂ ﹂ ﹂ 本格的に面倒臭くなってきたので通信機の電源を落として物理的に通信を切る。 ﹃そういうことでは﹄ 命令違反ですよ ニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。 ﹁被弾により回路破損、通信機故障だ。﹂ ﹁いいんですか 呆れたような顔の副長がアサマに問いかける。 ? 頼みますんで粛清されないでください。﹂ ? ﹂ ! 艦がヲ級とル級を従えて進撃してきていた。取り巻きのル級が発砲、１６ｉｎｃｈ砲弾 重油で濁った海面を切り裂いてアサマが突入を続ける。前方には一際巨大な航空母 ﹁進路そのまま、ヨーソロー ﹁あの総旗艦らしい奴を喰うか。﹂ 全てのＶＬＳにミサイルの装填が完了する。 ﹁流石に限度位はわきまえるさ。まあ、さしあたりは﹂ すよ ﹁命令を反し、あたら兵を失った無能な部下を処断するのも、また指揮者の華とかいいま ? ? ﹁提督から命令は受けていないしな。それに抜け駆け先討ちは兵の華じゃないか ＳＴＡＧＥ─４５ ＭＩ島確保作戦 1343 が防御重力場に命中し火花と共に後方へ抜けていく。 ﹂ ? ﹁新型艦と言う事か。だが⋮﹂ ﹁奴さんが親玉ってことですかい ? 射撃用意 ﹂ ! ﹂ !? 目標は取り巻きの２隻のル級 ! ﹂ ﹁ＡＰモードでぶっ放せ。あの中央の不明艦には念のため２発だ。取り舵一杯、全主砲 ﹁全弾発射準備完了 デントの再装填は終わっているな ﹁叩き潰してみて敵が混乱したら新型の旗艦。変わらなかったら只の新型艦だ。トライ 視線を手元のファイルから炎上する海面に照らされた不明空母を見る。 ﹁可能性は高いよな、まあ。﹂ ﹂ 副長が持ってきたファイルをパラパラと捲っても該当しそうな艦は無い。 ﹁艦娘側の資料ではどうです ﹁データベースに該当艦は⋮無いな。﹂ ﹁ヨークタウンをそのまま大きくしたような艦ですね。﹂ 射でもない限り、深海棲艦の主砲ではアサマ型の防御重力場は破られない。 大口径主砲の近距離射撃にさらされていながらも、艦息は冷静に分析を開始する。接 ﹁ヲ級よりデカい。パッと見はヨークタウン級だな。﹂ 1344 ! 急転舵の影響で艦橋がで右に振られつつも巨大な艦隊が重油に覆われた海面を切り 裂いて針路を変えていく。弾着予想点をずらされた後方の敵の砲弾が虚しく海面に突 き刺さった。甲板も若干傾くが、アサマのＦＣＳは艦の変化を察知して砲身の角度を調 整、標的を睨み続ける。 ﹂ ! ﹂ ﹁転舵完了 ! 行甲板に突き立つ。それと同時に指向性を持たせた衝撃波を不明艦の艦体に打ち込ん アサマによって放たれた２発のトライデントは夜空から急降下して大柄な空母の飛 た。 海棲艦が続出したが、それすら意に介していない様だった。しかし、何もかもが遅すぎ 人類側艦隊本体を無視し砲塔を旋回させ、転舵する。それによってふたたび被弾する深 たことを察知した深海棲艦は、全ての攻撃を暴れまわる艦息へと集中しようと目の前の 字に圧し折られ、スクラップになる。アサマが未確認艦と呼んだ艦へのルートが開かれ の主砲を向けようとするが天空から降り注いだ海神の槍によって艦中央から〟く〟の つの火柱によって２隻のル級の正面火力は完全に失われた。それならばと転舵し、後方 ていたっ砲弾と装薬に引火、誘爆を引き起こす。天まで届かんばかりに吹き上がった２ ごく短い距離を走り抜けた４１ｃｍ砲弾がル級の主砲塔防盾を食い破り、射撃を待っ ﹁撃てぇ ＳＴＡＧＥ─４５ ＭＩ島確保作戦 1345 だ。空母ヲ級とは比較にならない装甲を有している空母ではあったが、異世界の超兵器 の主要装甲を撃ち抜くために設計された特殊弾頭ミサイルに対してはあまりにも無力 に過ぎた。放たれた衝撃波によって一瞬で甲板が拉げ、薙ぎ払われていく。艦体構造そ のものも、設計限界を遥かに超える圧力を受けて飴細工の様に歪み、構成物が吹き飛ば され空母としての、船としての機能を根こそぎ奪われていった。 閃光と衝撃波による破壊のプロセスが終了した時、そこにあったのは威風堂々たる航 空母艦では無く、喫水線から上の構造物を根こそぎ吹き飛ばされ、炎上しながら左へ傾 いて沈みゆこうとする廃艦に過ぎない代物だった。 │││││シズカナ⋮キモチニ⋮そうか、だから私は⋮⋮ すると今まで徹底抗戦の意志を示していたル級や、軽巡洋艦を初めとする水雷戦隊と 至近距離で砲戦を繰り広げていた駆逐ハ級後期型が我先にと東へ転舵し逃走を図った。 ﹁こちらアサ﹂ バレてーら。と肩を大げさに竦め通信機の電源を入れる。 光信号。ウチ・ノ・オジョウ・ガ・オイカリ・ダ・ツウシン・ヒラケ。です。﹂ ﹁深海棲艦の全艦隊が退却を開始しているようです。横須賀第二鎮守府旗艦大和から発 退避しようと転舵したヌ級を主砲弾で貫きながらポツリとつぶやく。 ﹁やっぱりアイツが旗艦だったと言うわけか。﹂ 1346 ﹃なに通信機の電源切っちゃってくれてんですか 軍法会議ものですよ ﹄ !? ﹃貴方一発も被弾してないでしょう ﹄ ﹁通信回路に被弾したからな、今の今まで復旧していた。﹂ 電源を入れて名乗ろうとした瞬間に、再び大和の怒声がスピーカーを貫いた。 ?! ﹂ と言うか、砲弾全部はじき返してました ﹁いや、一見大丈夫なんだけど実は何発か貰ってるんだよ。煤とか煙とか見えるだろ ﹄ ﹃どっちもミサイルの噴射炎が原因でしょう よね ﹄ ﹁おお、よく見てるな。心配してくれたのか ? ?! ﹂ !? ﹄ !? 先ほどの独断専行、誠に申し訳ございませんでした。 ? ﹃あれね、君が突撃してる間に命令の内容を突撃制圧に変えといたから。心配しなくて どのような処分でも受ける覚悟です。﹂ ﹁横須賀第二鎮守府の提督ですね 如何やら今まで黙って聞いていたらしい大和に座上する提督が話に割り込んで来た。 ﹃提督 ﹃あーその辺にしといてくれないかねぇ、ほら、家のお嬢クソ真面目だからさ。﹄ めたアサマの耳に、どこか飄々とした雰囲気の声がスピーカーから届く。 漫才のような会話に楽しくなってきたため、もっと弄るネタが無いか頭を回転させ始 ! ? ?! ﹃なっ⋮ち、ちがいます ＳＴＡＧＥ─４５ ＭＩ島確保作戦 1347 いいよ。﹄ 加久藤とのデータリンクで確認を取ってみると、確かに自分に与えられた任務が攪乱 から突撃に変更されていた。 ﹄ っていうかアサマさんは高城司令長官の命令 命令の上書きなんてできないでしょう ﹃何で提督にはそんなに丁寧なのですか で動いてるはずですよね ?! 機越しの提督は少しも動じていない様だった。 ﹄ アサマさん貴方も提督に同調しないでください ﹃いやさ、独断専行は戦場の華じゃん ﹁確かに一理ありますね。﹂ ﹃同意を求めないでください提督 ﹄ 〟とか聞こ 、特警時代本当に何やってたんですか ﹃まあ、司令長官を黙ら⋮んんッ、説得する資料もあるし、大丈夫大丈夫。﹄ ﹃今黙らせるとか言いかけましたよね 〟とか〟無視しないでくださーい ﹃さて、これ以上弄ると後が怖いからアサマ、君に新しい命令だ。﹄ 何やら通信機の向こうで〟提督ー ! えるような気がするが幻聴だろうとアサマは断定し、無視して第二鎮守府の提督の言葉 ! ﹁なんなりと。﹂ ?! ! ? ?! ! ﹄ ても何ら可笑しくなく、下手すればその場で銃殺ものの行為でもあった。しかし、通信 確かに、この飄々とした提督のやったことは立派な越権行為であり軍法会議に呼ばれ ?! ?! 1348 を待つ。 ﹃敗走している深海棲艦を可能な限り撃破せよ。そんで、トライデントでミッドウェー 焼き払っといて。﹄ ﹁了解。﹂ ＭＩ方面で艦息が深海棲艦の敗残部隊とミッドウェー本島を文字通り焼き尽くして いる間に、ＭＩ方面軍艦隊より遥か北方を進む無数の艦影があった。複数のル級Ｆｌａ ｇｓｈｉｐやヲ級Ｆｌａｇｓｈｉｐ改に護衛された艦隊の中枢には、威風堂々という言 葉がふさわしい巨大な戦闘艦の姿が複数存在した。 中でも、一際目につくのが艦隊前部よりを航行する一隻の艦。後部に飛行甲板を設け 前部に大型の艦砲を搭載しているところを見ると航空戦艦のようにも思える。しかし その艦は有る一点、他の艦艇と決定的に違う部分があったのだった。 ﹁ヤラレッパナシハ、タノシクナイシネ。﹂ 異形の艦の艦橋に腰かけた幼い少女は、無邪気な笑みを暗い水平線へ投げかける。 ﹁アト、スコシ。﹂ ＳＴＡＧＥ─４５ ＭＩ島確保作戦 1349 1350 楽しみで仕方がないと言う風に少女は嗤う。少女の傍らの巨大な蛇にも似た化け物 は、何時もの事かと目の光を細めるだけだった。 彼女の視線の先、暗い海面を切り裂く２つの艦首よりもさらに先の水平線の向こうに は、日本列島が横たわっていた。 ＥＤ ﹁ＯＮＥ ＯＫ ＬＯＣＫ 〟アンサイズニア〟﹂ ＳＴＡＧＥ│４６ 淡路絶対防衛線 時間軸はホタカが目覚めたころへ遡る。 どうぞ。と言うくぐもった声が扉の中から聞こえてくると、隣にいた武蔵は重厚なつ くりのドアノブを捻り部屋の中へと歩を進めた。ホタカも、彼女に続いて部屋の中に入 る。 内部の広さは流石は帝国海軍の精鋭が集う呉鎮守府と言うだけあって、佐世保の提督 執務室よりも幾分大きく、調度品の類もより上等なものだと推察できるものばかりだっ た。正面のこれもまた佐世保鎮守府のモノより２回りほど大きな執務机の向こうには、 両肘を机についてホタカを見つめる一人の女性提督の姿があった。 年のころはハッキリしないが、まだまだ若いと言う事はハッキリしていた。正面の女 性提督は、ホタカをつま先から最上部の軍帽まで視線を移動させたのち、少し表情を崩 して口を開いた。 私は草凪智子。階級は少佐。元々は海軍の別部 ? 聞かせてもらっていいかしら ﹂ 署にいたんだけど、手が足りないと言う事で提督業務なんてやっているわ。貴方の事を ﹁初めまして、と言った方が良いわね ＳＴＡＧＥ─４６ 淡路絶対防衛線 1351 ? 草凪少佐の視線がほんの少し鋭くなったのを、ホタカは何とか感じ取っていた。これ よりもずっと露骨な物だったが、同じ種類の視線を以前にも受けたことが有る。アルケ オプテリクスの帝都空襲直前、とある施設の地下で杉本少佐に尋問を受けていた時の、 木曾の視線とほぼ同じものだった。今目の前にいる対象が、自分または国家にとって害 をなす存在かどうかを判断する時の視線。海軍内で、このような視線を使って対象を見 る部署は海軍内でも多くなく。それも、艦息ですら欺きかけるほど巧妙に隠匿する必要 がある部署はかなり限られてくる。 まるでダメだった ﹂ ? どーにもならねぇわ ! ﹂ ! く切り、左目を眼帯で覆っている。若干着崩した制服と、荒っぽい言動からか、一見ど ノックもせずに室内にドカドカと入ってきたのは、見慣れない艦娘だった。黒髪を短 ﹁少佐ぁー ! 正面の少佐が答えようとした瞬間、ホタカの背後の扉が勢いよく開かれる。 ﹁理由を聞いてもよろしいですか だった貴方を無理やり呉に帰還させたのは私だもの。﹂ ﹁どちらかと言えば、私が貴方に謝らなくてはならないわね。元々は佐世保に行く予定 踵を合わせて敬礼するホタカに、草凪は楽にしろと身振りで示した。 かけして申し訳ありません。﹂ ﹁佐世保第三鎮守府所属、アサマ型装甲護衛艦二番艦、ホタカです。この度はご迷惑をお 1352 こかの学校の不良女子生徒の様にも見えた。短いスカートを靡かせて執務机に近づく 艦娘は、ホタカを見つけ何か言いかけようとするが、それは物理的に中断させられてし まう。 何か硬いものどうしがぶつかる様なくぐもった音が聞こえたかと思うと、天龍は頭を ﹂ 抱えてその場に座り込んでしまう。視線を少し横にずらすと、右こぶしを上から下へ振 何すんだ姉御 !? り抜いた形の武蔵の姿があった。 ﹁痛ってぇぇぇぇ ! いる ﹂ ﹁ノックもせずに執務室に突入するからだ、馬鹿者。これでいったい何度目だと思って ? 娘とホタカ、武蔵の間を抜けて草凪へ持ってきたファイルを手渡す。 そうですね∼。と言いつつ、龍田と呼ばれた艦娘は未だに頭を押さえて唸っている艦 ﹁ああ、龍田。首尾はあまりよくなかったみたいね。﹂ 笑みを浮かべている。 が、雰囲気は真逆と言って良かった。紫色の髪を肩のあたりで切り揃え、掴み処の無い に一人の艦娘が佇んでいるのが見えた。背格好は先ほど入ってきた艦娘と変わらない 特徴的な甘い声が聞こえてきた方に振り返ると、開け放たれた執務室のドアの向こう ﹁そうね∼、６回目くらいかしら∼。﹂ ＳＴＡＧＥ─４６ 淡路絶対防衛線 1353 ﹁やっぱり敵が来ない事には、どうにもならないかと思いますよ∼ 渡されたファイルをパラパラと捲った少佐は、少し眉を寄せる。 ﹂ ? りは大丈夫だと思いますよ。﹂ ﹁まあ、そうなることを祈ろうか。﹂ ? ﹂ ? ﹁アサマ型２番艦、ホタカだ。よろしく。﹂ 自己紹介をされて返さないのも失礼だろう。 居り全く怖くなかったのはご愛嬌だろう。自分の事は既に知っているようであったが、 天龍と名乗った艦娘は不敵にほほ笑んでみるが、金色の瞳にはうっすら涙が浮かんで ﹁俺の名は天龍。フフ、怖いか 龍田の視線を追うと、頭をさすりながら立ち上がる眼帯の艦娘。 ﹁天龍型軽巡洋艦二番艦龍田だよ∼。それで、さっき殴られてたのが。﹂ クルリと龍田が回れ右をしてホタカと正対し、敬礼する。 ﹁そうだ、自己紹介を済ませておけ。﹂ チラリと後ろを振り返った龍田の紫色の瞳が見える。 ﹁はい∼。ところで、この人がホタカさんですね ﹂ ﹁といっても∼準備だけはしてくれるように頼んでおきましたから。下手を打たない限 ﹁こればかりは仕方がない、か。﹂ 1354 挨拶を済ませて先ほどの話題に戻る。 ﹁さて、話が飛んでしまったけど、何故貴方をここに呼んだかと言う事だったわね。﹂ 限の整備を行ってから所属鎮守府で本格的な修理を行うのが通例ですよね ﹂ ﹁はい、通常大きく損傷した艦娘は所属する鎮守府に帰還するか、最寄りの鎮守府で最低 ? が通常の手順だわ。﹂ ﹂ 率直な意見を聞かせてみて。﹂ ﹁そうね。貴方の場合なら、トラックで最低限の修理を受けて佐世保のドックで治すの ﹁では、なぜ ﹁ホタカ、貴方はこの大規模作戦をどう考えているの ? ? 少ない、もしくはほぼ存在しない戦線が出来ると言う事よ。ここの鎮守府みたいにね。﹂ ﹁そう。貴方の言うようにこの作戦は諸刃の剣。兵力の一極集中は言い換えれば戦力の い所を考えると博打の要素が強い作戦と言えます。﹂ 隊と対抗するためには本土の防衛戦力すら引き抜いて兵力を集中させなければならな 戦力が少ない帝国海軍がこのような２正面作戦に等しい作戦を遂行し、深海棲艦の大艦 付近の深海棲艦戦力を大部隊を持って撃滅し、戦局の打破を計る。しかし、ただでさえ ﹁ＡＬ海域の深海棲艦基地を叩き、ある程度の兵力を釣り上げたうえでミッドウェー島 ホタカの答えに草凪は一つ頷いた。ホタカが続ける。 ﹁オーソドックスな陽動・強襲作戦だと思いますよ。投入される兵力は莫大ですが。﹂ ＳＴＡＧＥ─４６ 淡路絶対防衛線 1355 ﹁少佐は此処に深海棲艦が強襲を駆けてくる可能性があることをお考えで ﹂ ? ﹁では、僕はすぐにドック入りですか ﹁高速修復剤ですか ﹂ ﹂ ﹁ええ。艦娘の艦体と身体を癒す高速修復剤は、その殆どが前線へと送られていて呉鎮 ? はいかないのよ。﹂ れていて、その中には勿論補給、修理の権限もある。けれど、貴方の修理はそう簡単に ﹁残念だけど、そう簡単にはいかないわね。私には戦闘に関する行動の指揮権が与えら ホタカの問いに、草凪は静かに首を振る。 ? ﹁理解が速くて助かるわ。﹂ ﹁⋮根拠を尋ねる必要は無さそうですね。﹂ なかった。 類を想うがままに蹂躙した深海棲艦がこのままやられてくれるようにはどうにも思え 深海棲艦がこのまま引き下がるとは考えづらかった。圧倒的な戦力を率いて一時期人 此処にいる面々の共通認識らしい。彼自身も、ＭＩ方面の作戦がうまくいったとしても そう彼女は断言した。武蔵や天龍、龍田が何も言わない事を見るにこの提督の考えは せ集めた破れかぶれの特攻では無くて、統率の取れた最精鋭の艦隊が。﹂ ﹁可能性と言うよりも、確信に近いわね。ヤツラは必ずここへ来る。それも敗残兵を寄 1356 守府には一つも無いのよ。どれだけひどく損傷していても、巨大な艦体を一瞬で修復さ せる高速修復剤は激戦が予想される作戦には欠かせない物よ。敵の大規模な反撃が予 想されるＡＬ方面軍は特にね。﹂ ﹁陽動として釣り上げた艦隊がそのまま本土に雪崩れこんで来れば事ですからね。ＭＩ 方面艦隊も目標を達成した後も、送り狼的に襲撃される可能性もありますからね。﹂ ﹁本土防衛艦隊に置くのも確かに有効な手ではあるけれど、大本営からしてみれば因縁 今の僕では浅瀬に座礁させてサンドバッグぐら のミッドウェーだから準備は万全にしておきたいのでしょうね。﹂ いにしかなれませんが。﹂ ﹁なるほど。では、どうするのですか ? ﹁でも、売られた喧嘩は買うタイプだろ 天龍が更に茶化す。 ﹂ ? してたんですから。﹂ ﹁止してくださいよ。前の世界でも全世界に侵略戦争しかけた大帝国の恨みを大人買い た様な表情を作った。 草凪が諧謔身を含ませた口調でホタカを揶揄う。ホタカは彼には珍しいうんざりし すごく恨み買ってそうだし。﹂ ﹁敵の攻撃を誘引すると言う点では面白いかも知れないわね。貴方、深海棲艦側にもの ＳＴＡＧＥ─４６ 淡路絶対防衛線 1357 ﹂ ﹁手当たり次第に買ってたら弾がいくらあっても足りないよ。時と場合を見て最高値で 買う。﹂ ﹁超兵器戦もか ﹁考え ですか ﹂ ? た。 ついてこいと顎をしゃくる武蔵に続いて部屋を出ようとした時、提督に呼び止められ ﹁了解。﹂ 施設からは出ない様に。武蔵、彼を部屋に案内してあげて。﹂ わ。貴方が目覚めた事を知ったら前線へ戻せと煩い輩が出るかもしれないから鎮守府 ﹁ええ。さしあたりは待機していてもらうけど、その時になったら存分に働いてもらう ? てもらうためだから安心して頂戴。そのための考えは用意してあるわ。﹂ ﹁ま、冗談はそれくらいにして。貴方を呼んだのはそんな役割じゃなくてちゃんと戦っ を面白そうに見ていた提督へ戻す。 生産性の無い会話にケタケタ笑う天龍から目をそらし、視線を艦息と艦娘のやり取り ﹁どうぞ蹴散らしてくださいと目の前に出てくるから仕方ないさ。﹂ ﹁とか言って毎回毎回蹴散らしてるじゃないか。﹂ ﹁できれば尻尾巻いて逃げたいところだね。ヤツラの相手は骨が折れるからな。﹂ ? 1358 ﹂ ﹁時にホタカ。﹂ ﹁何でしょう ﹂ 奴は。﹂ ホタカと武蔵が出て行った執務室で、最初に口を開いたのは天龍だった。 敬礼。 ﹁失礼します。﹂ ﹁それならいいわね。下がってよし。﹂ るようなので、心配はないと思われます。﹂ ﹁僕の友人曰く、あなた方にとっての〟無茶〟が僕にとっての〟普通〟である場合が有 一瞬何のことか解らなかったが、その問いの答えは既に彼の中にあった。 ﹁無茶をやる覚悟は出来てる ? ? ? ﹂ ? ﹁龍田は ﹂ をバカスカ沈めて来ただけの事はある。﹂ ﹁まあ、大丈夫だろ。戦闘の実績は問題無し、度胸も根性も有りそうだ。さすがは超兵器 ﹁逆に聞くけど、貴方はどう思うの 雰囲気は消え失せて猛獣の瞳の様な鈍い輝きが薄く浮かび上がっていた。 ドカリと上等なソファに腰を下ろす。その瞳には、涙や先ほどまでのお茶らけた様な ﹁で、使えそうなのか ＳＴＡＧＥ─４６ 淡路絶対防衛線 1359 ? 提督はどうお考えなんですか∼ ﹂ ﹁そうですね∼。資料と照らし合わせて総合的に判断しても、極めて優秀な人だと思い ますよ ? ? も、彼の戦果には及ばないのではないだろうか ﹂ ﹁けれど、何か引っかかるわね。﹂ ﹁何がって、何だよ ﹂ ? ﹂ ? 龍田の疑問に軽く頷いた。 ∼ ﹁でも、それは超兵器に対抗するために作られたのだから、当たり前の事ではないですか るで、あまり聞きたくない途でも言う風にね。﹂ ﹁貴方はケタケタ笑ってたしね。超兵器の話題が出た時、彼の目が若干揺れたのよ。ま ﹁さっきの話でそんな風な感じはしなかったぜ を否定しているような、そんな気がするわね。﹂ ﹁上手くは言えないけれども、自分の戦力を客観的に評価しつつ、何かあるところで自己 顎に手を当てる草凪に、天龍が怪訝な目を向ける。 ? ? 彼の前世の経歴を幾つか思い出す。自分たちの祖国があげて来た戦果を全て足して が違うからでしょうけど。﹂ ﹁そうね。確かに貴方達の言うように戦士としては一級品よ。そもそも、歩んで来た道 1360 空戦闘の様子などを教えたりと、普通に交流していた。無条件の好意ほど裏に何かある てからは彼女達にイージスシステムや各種兵装の説明、対ウィルキア帝国戦初戦での対 の原因を龍田から聞かされるまでホタカがタジタジになっていたりする。理由を聞い ちなみに、最初から好感度が振り切っているような彼女達の振る舞いに、彼女達の好意 ようするに彼女達秋月型駆逐艦にとってホタカは〟憧れの存在〟と言うわけである。 けてきたホタカは、まさに自分たちの最終到達点であり目標と言う位置づけだった。 て、イージスシステムと各種の兵装を用いて、味方に迫る敵航空機を文字通り殲滅し続 傍には彼女達がいることが多くなる。元々艦隊防空の為に建造された彼女たちにとっ して呉に配備されることとなっていた。ホタカが呉での生活を初めると間もなく、彼の 彼女らはもともと武蔵と同じように横須賀所属の艦で他の艦と共に武蔵の護衛艦と していた。 敵艦隊来襲の報が届いた時、ホタカは食堂で秋月、照月とＭＩ作戦の完遂について話 ﹁その線もありうるけど、もっと別な事の様な気がするわね。﹂ ＳＴＡＧＥ─４６ 淡路絶対防衛線 1361 ﹂ のではないかと身構えてしまうのは、戦争に明け暮れた彼の防衛本能と言えるかもしれ ﹂ ない。閑話休題。 ﹁て、敵襲 ﹁ほ、本当に来ちゃったの て２人の艦娘も慌てて席を立つのだった。 ? ﹂ ! ﹁えーと⋮﹂ らどうする ﹂ ﹁機動部隊ならそうかもしれないが、戦艦を中心とした水上打撃部隊の殴り込みだった 口では威勢の良い事を言っているが、照月の言葉は震えていた。 丈夫ですよ ﹁空母機動艦隊なら、今の私と秋月姉、武蔵さんに周りの航空隊も皆さんも居ますから大 ﹁さて、敵の中枢に殴り込みをかけてくるんだ。生半可な戦力じゃないだろう。﹂ 鎮守府内の廊下を速足で移動していると、秋月が問いかけてくる。 ﹁ホタカさん。どの程度の敵が来ると思います ﹂ ホタカは机に手をついて立ち上がると、食堂の出入り口へ足早に歩きだす。それを見 ﹁ま、戦略上当然の結果だよな。﹂ 頭上のスピーカーから響く緊急通信に、思わず姉妹が顔を上に向ける。 !? !? 1362 ? ＳＴＡＧＥ─４６ 淡路絶対防衛線 1363 若干青い顔をする照月。航空機に対しては非常に有効な戦力である秋月型も、戦艦や 重巡が相手となると分が悪すぎた。３基搭載した長１０ｃｍ連装砲は航空機の迎撃に はうってつけの兵装ではあったが、所詮小口径艦砲である為、巡洋艦以上の艦艇に効果 は薄かった。さらに、秋月型は防空を意図した設計になっているため魚雷も大した数積 んでいない。ただし、今の２人を秋月型と言うのは少々語弊があった。 艦娘に搭載された兵装は敵の攻撃にさらされれば当然破壊される。しかし、改造・改 装用の工廠で妖精さんの手によって取り外された装備は、例え取り外す前の艦で完全に 破 壊 さ れ て い た と し て も 何 故 か 新 品 同 様 の 状 態 で 別 の 艦 に 付 け 替 え る こ と が 出 来 た。 これによって、損傷を受けた艦が入居する前にその装備を取り除いて別の艦に搭載、出 撃させることで、強力だが数の少ない兵装をフルに活用することが出来るのだった。と は言え、このような裏技的な運用が行われるのは発足から間も無い鎮守府位で、ある程 度戦力の整った鎮守府ではまず見られない光景だった。装備の取り外しをするために は改装・改造用ドックを運転せねばならず、それなりの費用や手続きが必要だった。装 備のアップグレードを行う為には仕方ないだろうが、一々損傷艦から装備を剥いで別の 艦に乗せ換えていたのでは、提督室が書類の山に埋もれてしまう。そのため、知っては いるが使えない裏技と言う評価が一般的だった。 運よく呉鎮守府にはホタカを改装・改造できるドックがあったため、今のところ戦力 になりえないホタカから速射砲や３５ｍｍＣＩＷＳが剥されて秋月型の二人や武蔵に 搭載されていた。主砲やミサイル類は、運用できるほどの発電機や電算機を持つ艦娘が いないため保留されている。機関を改装で取り除くのは妖精さんでも換装にそれなり の時間が掛かるため見送られていた。 結果的に今の秋月と照月には長１０ｃｍ砲の代わりに１５２ｍｍ速射砲３基と、魚雷 を下ろしたスペースに３５ｍｍＣＩＷＳが２基装備されていた。一応速射砲と高射装 置のリンクは可能だった。残りのＣＩＷＳは武蔵に搭載されている。 ろだった。執務机の前で書類を捲っていた龍田が口に指をあてて静かにするように促 ３人が執務室に入った時、草凪は備品の電話を使ってどこかに連絡を取っているとこ ボソリとつぶやいた言葉は、２人の防空駆逐艦には届いていない様だった。 ﹁⋮たぶんな。﹂ 想だった為、嘘をついているようで若干の後ろめたさもある。 くる。それ以前に、本当に自分が対戦艦用にここに連れてこられたかについては只の予 るのは悪い気分ではないが、それにしても変わり身が速すぎやしないかと心配になって その言葉に２人の顔がパッと明るくなる。ホタカ自身此処まで自分を信頼してくれ ﹁そんな顔をするなよ。僕はそのためにここに来たんだからな。﹂ 1364 す。 ﹁⋮わかった。では、手筈通りに。﹂ 受話器が乱雑に置き、提督の瞳がホタカ達を視界に収める。 ﹁提督、敵艦隊が発見された言う事でしたが。﹂ 隊が北北西へ航行しているのが偵察機によって確認されたわ。その偵察機は敵の進行 ﹁本当よ。今日午後２時１２分、紀伊半島沖３７０ｋｍの海上を深海棲艦の水上打撃部 方向とおおよその速力、位置を発進したところで撃墜されている。その後も何度か偵察 機を出したのだけれど、尽く落とされてしまっている。﹂ 線を滑らせる。 ! ﹁敵戦力の詳細は解らないので ﹂ ﹁正直、外れてほしかったけれどね。﹂ ﹁提督の読みが当たりましたね。﹂ 照月の素っ頓狂な声に草凪が頷いた。 ﹁ああ、奴らの目的地は十中八九此処だろう。﹂ ﹁紀伊水道じゃないですか ﹂ 秋月が執務室に張られている日本地図の紀伊半島沖のあたりから北北西の方向へ視 ﹁紀伊半島沖で北北西ってことは⋮﹂ ＳＴＡＧＥ─４６ 淡路絶対防衛線 1365 ? ﹂ ﹁偵察機を何度も飛ばしているのだけれど、どれもが敵艦隊を発見する前に撃墜されて いるわ。白い新型艦載機にね。﹂ 執務室の扉がノックされると、武蔵が中に入ってきた。 ﹁提督、どうやら敵が来たようだな。﹂ ﹁敵の数は今のところ不明よ。武蔵、紀伊水道には何隻行けそう ﹁ええっ それだけなんですか ﹂ ?! りで対空弾幕を張って敵機を寄せ付けないで。敵は新型の艦載機を運用しているけど、 ﹁勿論、貴方達に水上部隊へ向かって突っ込めとは言わないわ。秋月と照月は武蔵の周 ﹁でも、私も秋月姉も水上砲戦は苦手なんですけど⋮﹂ せよ、あの子たちでは正面切って戦えない。﹂ ﹁他の艦は紀伊水道と念のため豊後水道の機雷封鎖の為に先に出撃させたわ。どちらに に答えたのは草凪少佐だった。 うが、だからと言って戦闘に出さないのは不可解だと彼女には思えたのだ。秋月の問い 他にも数隻の駆逐艦が配備されていた。確かに、戦力的には秋月型に遠く及ばないだろ 秋月が信じられないと言う声を出した。この鎮守府には警備と言う名目で秋月型の !? 同士の正面戦闘で使うには危険すぎる。﹂ ﹁正面で戦闘出来そうなのは私と秋月、照月と言うところだな。天龍と龍田はもう戦艦 ? 1366 ﹂ １５２ｍｍ速射砲なとＣＩＷＳなら十分対処できるはず。﹂ ﹁私は如何すればいい ﹂ ? ﹂ 砲撃を受けつつ進撃することになるわ。﹂ ﹁それに、淡路島の太平洋側に機雷と防潜網を設置しているから敵は機雷の中を武蔵の 納得したように武蔵が頷く。 中だ。大艦隊故に下手に回避機動は出来ないだろうな。﹂ ﹁可能だ。それに淡路島の呉側からと言うと射程距離に入る頃には敵艦隊は紀伊水道の るから、彼らの情報を頼りに砲撃することになるけど、出来る ﹁武蔵は淡路島の呉側から島越しに敵艦隊を砲撃して。弾着観測は淡路島に観測班を送 ? ? 撃を止めるまでには至らないでしょうね。所詮は小細工、奴らを止めるにはある程度沈 ﹁でも。何分時間が無いわ。民間船舶を徴用したとしても、機雷と防潜網で敵艦隊の進 にさせることが出来るかもしれない。 速力の低下は必至であり、運が良ければスクリューにつながるシャフトを折り航行不能 防潜網の材質は鋼鉄製のワイヤーである。これがスクリュープロペラに巻き付けば まって足を止めることが出来る筈。﹂ ﹁今回、防潜網には浮きを付けて水平に張らせた。上手くいけば敵艦のスクリューに絡 ﹁機雷は解るが、防潜網は使えるのか ＳＴＡＧＥ─４６ 淡路絶対防衛線 1367 めるしかない。﹂ さっきも言ったが私だけでは呉を守ることは出来ない。﹂ ? ﹂ ? ﹂ ? ﹁タ級が６隻、ル級が１０隻、姫クラスの大型戦艦が９隻、巡洋艦以下の艦艇は数えるの ﹁敵の規模は 闇に包まれていた。 かに目を開ける。時刻は既に午前２時を回っており、灯火管制が敷かれた戦闘艦橋は暗 武蔵の静かな声が巨大な艦橋に静かに響いた。鋼鉄に覆われた艦橋の中で、草凪が静 ﹁前進観測班より報告、お客さんが来たようだ。﹂ 視線、秋月型姉妹の期待に満ち溢れた視線がホタカに集まる。 提督の何かを含ませた視線、龍田の面白がるような視線、武蔵の品定めをするような ﹁そのための彼よ。﹂ ﹁では、どうする ﹁無理ね、潮流が急すぎる。今から慌てて設置しても流されてしまうわ。﹂ すことになる。鳴門海峡と明石海峡にその罠を仕掛ければ完全に封鎖できないか ﹁しかし提督。防潜網と機雷があったとしても、対水上戦力が私だけでは必ず突破を許 1368 が面倒なほどいるらしい。﹂ ﹁何とも豪勢な面子だな。ＡＬ方面軍が釣り上げた敵艦隊が丸ごと雪崩込んで来たのか 空母が別の場所に回ったのが唯一の救いね。﹂ たが、このような戦闘時には命令を伝達しやすい男性的な口調を多用していた。 撃部隊に分かれていたのだろう。草凪と言う軍人は普段は柔らかい女性的な口調だっ るらしい。恐らく紀伊半島沖以前で帝都空襲のための機動部隊と呉突入の為の水上打 帝都防空隊と深海棲艦艦載機の間で熾烈な航空戦が発生し、双方に大きな損害が出てい 出 撃 前 の 通 信 で 横 須 賀 に 深 海 棲 艦 隊 が 大 空 襲 を 仕 掛 け 始 め た こ と が 伝 わ っ て き た。 ? ﹂ ? 私ハ皆ガ〟レ級〟ッテ !? る声だった。 ﹄ 人間ト不愉快ナ仲間タチ聞コエテルー 呼ンデル艦ダヨー。ヨーローシークーネー ﹃アー、ハローハロー ﹁と、言うわけだ。﹂ ! ! が大音量で響く。子供の様な高い声だったが、言葉の端はしに言いしれない違和感のあ 武蔵が言葉を続けようとした時、艦橋に取り付けられた無線機から聞き覚えの無い声 ﹁そのことだが提督、どうやら﹂ からきたのだろう ﹁しかし、そうだとするとこっちの水上打撃部隊への偵察機を叩いた新型艦載機は何処 ＳＴＡＧＥ─４６ 淡路絶対防衛線 1369 武蔵が肩を竦める。 コッチモ楽ダシマジオススメ。 兵装ノ点検ハ ﹄ ヤレヤレと首を振る草凪の言葉を無視するように〟レ級〟からの通信は続いた。 ﹁そう言えばレ級には艦載機も積めたっけ。﹂ ﹄ 内海ノ隅デガタガタ ﹃何ダカ小細工シカケテ待ッテルミタイダケド、出来ルダケ楽シマセテネー ジャアネー皆、愛シテルヨー ﹃マー、ソッチニ行クマデニ時間アルカラ自沈スレバ ? そこで一つ区切りを入れるかのように、レ級は沈黙した。 ﹄ ﹃今カラ、ブッ殺シニ行クヨ。補給ハ済マセタカ 震エテ無様二爆沈スル心ノ準備ハＯＫ ﹃ひっ⋮﹄ ? ? 武蔵の通信機に、照月の小さな悲鳴が微かに響いた。 ? 小さく笑うと手元の通信機を起動させた。 ﹁では、教育してやろう。﹂ 武蔵の赤い瞳が草凪に向けられる。 ﹁ヤツラもう勝った気でいるようだな。提督。﹂ れ、一瞬島の影が闇夜に浮かび上がった。 ブツリと一方的に通信が切られた瞬間、淡路島の向こうで幾つもの閃光が空に放た ! ? 1370 ﹁此方草凪。向こうの戦力は強大だが、私たちは時間を稼げばいい。勝つための切り札 はこちらにある。危なくなったら浅瀬に乗り上げて退避しろ、例え撃沈されるような攻 撃を受けたとしても艦が既に座礁していれば、艦娘が死ぬことは滅多に無い。﹂ 了解の返事が２隻の護衛艦から帰ってくる。 武蔵の４６ｃｍ砲が轟然と火炎を噴き上げた。 ﹁攻撃開始。﹂ ってそういや下ろしてたっけ。﹄ 海面にまた一つ火炎が吹き上がり、駆逐艦にしては大柄な艦体に炎が躍った。 ったぁ⋮いったぁ⋮魚雷発射管は大丈夫 ?! ﹄ !? ? ﹁退避しろ、照月。﹂ いた。 硝煙と鉄の焼けるような匂いに支配された武蔵の戦闘艦橋に、苦し気な秋月の声が響 ﹃照月 ﹃いやぁ ＳＴＡＧＥ─４６ 淡路絶対防衛線 1371 ﹃で、でもっ ﹄ ! ﹄ ! だが、キリがないな。﹂ ! ﹁そうだな、これだと明石海峡から迂回してくる部隊に挟撃される。﹂ が募ってくる。 分に主砲を撃ちあえるのは心躍る物だったが、終わりの見えない戦いにだんだんと不安 主砲を新たな目標へ向けて旋回させながら武蔵が毒づく。戦艦娘として、敵艦隊と存 ﹁敵巡洋艦を撃沈 島の向こう側の深海棲艦に４６ｃｍ砲弾が降り注いでいく。 袋叩きにされていた。その間にも、武蔵と淡路島の観測隊による弾着観測射撃によって くるが、海峡出口で待ち構えている秋月、照月の１５２ｍｍ速射砲の連続射撃によって 沈めていた。未だに鳴門海峡は突破されていない、時折軽快な水雷戦隊が突入を駆けて た。戦端が開かれて数十分、武蔵の主砲による砲撃で３隻の戦艦タ級と無数の巡洋艦を がそれでも艦橋より後ろに搭載された対空砲群は根こそぎ吹き飛ばされてしまってい 艦クラスの砲弾でも榴弾らしく、即座に轟沈するほどのダメージでは無いように見えた 艦中央部から煙と炎を噴き上げながら、照月は転舵しヨタヨタと退却していく。巡洋 ﹃りょ、了⋮解。﹄ ﹃私もまだ戦えるから、照月。早く ﹁命令だ、すぐさま転舵し退避。それが無理なら適当な場所に乗り上げて沈没を防げ。﹂ 1372 ﹁やはり鳴門海峡に輸送艦か何か沈めて閉塞させた方が良かったんじゃないか ﹂ ﹁その沈める輸送艦が無い。もしそんな物が有ったら真っ先に沈めて閉塞させている。﹂ ? ２個水雷戦隊と戦艦２隻が明石海峡を通過しようとしています 武蔵の周囲に特大の水柱が何本も吹き上がり、硝煙に汚れた艦体を洗う。 ﹁前進観測班より報告 ﹂ ! 提督。﹂ ? る。 帝国海軍最強の大和型戦艦とは言え、戦艦に挟撃されて滅多打ちにされれば撃沈され ﹁如何する 妖精から聞きたくない報告が上がる。 ! ﹁面舵一杯 機関前進一杯 ﹂ ! ﹁淡路島より発光信号 ﹂ 来る第３砲塔で海峡を抜けるために速度を落とした敵艦へ向けて攻撃を続ける。 艦載機が１５２ｍｍ速射砲弾の至近弾でバラバラになる。武蔵も敵に向けることが出 続け、白い新型艦載機を全く寄せ付けなかった。そして、恐らく最後になるだろう新型 増速し、巨大な戦艦を追い抜く。３基装備された速射砲は暗い夜空へ対空砲弾を発射し 武蔵の号令により舵輪が回転し機関がうなりを上げる、秋月は武蔵を先導するように ! ﹁退くしかないな。面舵一杯、本島まで退くぞ。﹂ ＳＴＡＧＥ─４６ 淡路絶対防衛線 1373 ! ﹁読み上げろ。﹂ 如何やら念のため複数設置した淡路島の通信設備の全てが潰されてしまったらしい。 ﹁ワレ・ツウシン・セツビ・タイハ・コレ・イジョウ・ノ・シエン・デキズ。﹂ ﹂ 前進観測班自体は強固なトーチカに身を潜めることができるが、通信設備はそう言うわ けにもいかない。 ﹁此方からも発光信号をだせ。内容は〟支援に感謝す、退避されたし〟だ、送れ ﹂ 信号の内容を受け取った妖精が敬礼をしてラッタルを駆け上がっていく。 ﹁さて、これでズルは出来なくなったな、武蔵。﹂ ﹁フッ、前進観測班が無くても私は戦えるさ。撃てぇ ﹂ !? ﹂ !? ﹁武蔵 大丈夫か ! ﹂ 無かったが、攻撃を受けたことは明白だった。 から身体が浮き上がる。何とか適当な場所に捕まることで床に叩きつけられることは 草凪の称賛の言葉を遮るように巨大な衝撃が武蔵を揺さぶった、轟音が鼓膜を貫き床 ﹁グウッ ﹁お見事。ッ に１発が直撃し文字通り消し飛ばした。 ３発の４６ｃｍ砲弾が放たれると、今まさに鳴門海峡を通過しようとしていた駆逐艦 ! ! 1374 ?! ﹁この程度で、沈めるかよ。﹂ 火災発生中 ﹂ ﹂ わき腹を抑えて武蔵が立ち上がる。手で押さえたところからは血が流れだしていた。 機銃群大破 ! ! 夜戦で炎上すれば敵艦がそれめがけて撃ってくるぞ ﹁左舷中央部に着弾 ﹁消火を急げ ! ! ﹂ ? がこちらを狙って振り上げられていた。 一隻の巨大戦艦が鳴門海峡を通過していく。火炎に照らされた３連装主砲は、その全て 測距儀を通して見る視界の向こう。燃え盛る駆逐艦の残骸を文字通り踏みつぶして ﹁戦闘、航行に支障は無い。しかし、この威力。ついに戦艦棲姫が出てきやがったか。﹂ ﹁武蔵、まだ行けるか 草凪の怒鳴りつけるような指示に、妖精たちが弾かれたように行動していく。 ! ﹁本島まで退いた後は ﹂ 、それに対して深海棲艦の戦艦は３０ 旦落ちた速度を回復させるのは時間が掛かるから、本島までは逃げ切れるはずだ。﹂ ﹁深海棲艦は海峡を通過しなくてはならないからいったん速度を落とす必要がある。一 ? ﹁解ってる。が、向こうの方が足が速い。﹂ 大和型戦艦の最高速力は約２７ ? が多い。水雷戦隊の速度はそれ以上だ。 出せるもの ﹁とにかく退避だ。小豆島よりも向こう側へ行けば奴らの視界を切ることが出来る。﹂ ＳＴＡＧＥ─４６ 淡路絶対防衛線 1375 ? ﹁本島まで退いたころには彼の準備も整うさ。﹂ 武蔵の右舷側遠方に水柱が直立した。明石海峡を突破した２隻のル級による砲撃ら しい。 ﹁武蔵。﹂ ! ﹁っ 何を﹂ つもの砲弾が海面へ叩きつけられ、大小の水柱として消えていく。 戻す、と目の前の秋月は左へ急転舵を掛けていた。さらに、生き残っている兵装から幾 れば釈迦ヶ鼻の沖を抜ける航路になるだろう。そのまま視線を前方を先導する秋月に 草凪はおもむろに戦闘艦橋の窓から前方の小豆島らしき島影を見る。ここで舵を切 ﹁解ってる、取り舵１０ 。﹂ そろ舵を切らないと衝突するだろう。 ６門の４６ｃｍ砲が咆える。眼前には小豆島の暗い影がちらつき始めていた。そろ てみる。﹂ ﹁狙いが甘い、最大射程で撃ってきたかようだ。前部主砲を鼻先に打ち込んで足を止め る。 冷静に分析する草凪を他所に、武蔵は何とか射角がとれた前部の砲塔２基を旋回させ ﹁戦艦を先に明石海峡を突破させたのか。秋月と照月の速射砲を警戒したのだろう。﹂ 1376 ! ﹃左舷より雷跡２０以上 避けてください ﹄ ! ﹂ ﹂ ﹂ が不可能だと言う事実が理解できてしまった。 常日頃から自分の舵の鈍さを実感している武蔵には直観でこの魚雷を避け切ること │││││間に合わん ﹁取り舵一杯 ﹁潜水艦だと る。 草凪の声をかき消すように秋月の半分悲鳴の警告。見張り員からも同様の報告が入 ! ! ! ?! !! ﹁武蔵っ ﹄ ! 大丈夫か ! ﹂ 通信機から秋月の悲鳴が響き、既に左に傾き始めた戦闘艦橋に木霊した。 ﹃武蔵さんっ 圧で舷側の装甲板を食い破り、大量の海水を流入させる。 防御すら貫く破壊力を秘めていた。弾頭に搭載された数百キロの炸薬が炸裂しその爆 幅広のバルジは魚雷を防御するのにうってつけだったが、複数の魚雷の同時着弾はその 直撃しすさまじい衝撃が基準排水量６４０００ｔの巨艦を揺さぶった。大和型戦艦の 草凪が羅針盤に、武蔵が手近な柱にしがみついた瞬間、武蔵の左舷に１０本の魚雷が ﹁総員、何かに捕まれ ＳＴＡＧＥ─４６ 淡路絶対防衛線 1377 !? ﹁まだまだ、この程度で武蔵は沈まない ﹁座礁するぞ 総員衝撃に備え ﹂ ! ﹂ ﹂ まず最初に艦首が浅瀬に乗り上げて武蔵全体が衝撃と共に後ろへ傾く。艦底から遠 ! 逆進一杯によって減速を始めた武蔵は左に傾いたまま浅瀬に進んでいく。 傷は最小限に抑えられるはずだ。 転の危険ももちろんあったが、右舷側から左舷側への傾斜へ乗り上げる場合、艦底の損 るとは思えなかった。今の武蔵は左舷側に傾斜しており、右舷側が高くなっている。横 ことが出来ない。たとえ何とか小豆島への衝突を回避したところで本島まで到達でき 確実に釈迦ヶ鼻付近に座礁する。しかも、先ほどの雷撃によって舵が変形し舵を動かす た。魚雷の連続的な着弾は武蔵の進行方向すら捻じ曲げてしまっており、今の進路では 不可解な指示に眉を寄せた武蔵だったが、外を見て草凪の言わんとすることを理解し ! た。 ! ﹂ 最も攻撃を受けた艦、その化身の艦娘は自らが大破してもなお闘志を燃やし続けてい 左半身は血みどろになりながらも、それでもなお武蔵は不敵に笑って見せた。世界で ! 両舷逆進一杯 舵そのまま ! ﹁何を⋮チッ、そういう事か。﹂ 注水はするな ﹁右舷に注水をして艦を水平に戻す ! ﹁まて ! 1378 ﹂ く離れた戦闘艦橋にも、艦底と海底が擦られ傷つけられていく異音が嫌になるほど響い た。 ﹂ 司令 武蔵さん ﹂ ﹄ ﹂ ! 防空駆逐艦の貴様がここに留まっても嬲り殺されるのがオチだ すぐに撤退 すぐに後方へ退避しろ ﹁死んでないのを見るに、竜骨はどうやら無事らしい。だが、潜水艦か ﹁武蔵、艦底の破損状況はどうだ 秋月の安堵の声が通信機から漏れる。 ﹁キャンキャン咆えるな、私はここに居るぞ ! 度左に傾いた状態で停止した。 ﹃だ、大丈夫ですか ﹁こちら草凪、私は大丈夫だ。﹂ ! ﹁たぶんな。いつの間に潜り込んだのかはわからないが。秋月 ? ? ? ?! そんなっ。わ、私にだって﹄ ﹂ 右舷側の重量増により舷側が大重量によって浅瀬の海底に沈み込んで巨大な戦艦は２ 右 舷 側 の 注 排 水 ポ ン プ が 全 力 運 転 し 何 千 ト ン も の 海 水 を バ ル ジ へ 飲 み 込 ん で い く。 ﹁右舷注水 ! ! 味方を置いて撤退できないと躊躇する秋月に武蔵の怒声が飛んだ。 ﹃ええっ ! ! ﹁馬鹿者 ! ＳＴＡＧＥ─４６ 淡路絶対防衛線 1379 しろ ﹂ ﹁私は此処でヤツラを食い止める。早く行け ﹂ 発は小豆島に着弾し森林を根こそぎ薙ぎ払った。 武蔵の周囲に大口径砲弾が着弾し、海水と海底をミキサーして空中に噴き上げる。１ ! ﹃⋮⋮わかり、ました。でも、２人とも絶対に帰ってきてください 速で退避を始める。あの様子なら、何とか逃げ延びれるだろう。 ﹂ ﹁提督、これ以上は貴方の指示がなくても戦える。﹂ ﹁私に艦を降りろと 無言で頷く武蔵に、草凪は小さく笑う。 ﹂ ﹄ ﹁この作戦は私が立案したものだ。最後まで付き合うのが筋と言うモノだろう 我々の役割は敵を潰す事では無い。時間を稼げば勝ちなんだ。勝ち ? ? ﹁死ぬかもしれないんだぞ ﹁武蔵、忘れたか ? ﹂ 秋月は舳先を呉基地へ向けると砲弾を避けるため左右に微妙に進路を変えながら全 ﹁解ったから、早く行け。主砲弾がそっちへ飛んで行かない前にな。﹂ ! の生存を絶対に保証するものではない。 巻の終わりだった。座礁することは艦として死ぬことを局限するだけであり、艦娘自体 幾ら座礁させているからと言って、敵の砲弾が艦娘そのものを直接殺してしまえば一 ! 1380 ? の見えた戦争から逃げる指揮官が何処にいる 災を発生させた。 ﹂ ﹂ 直撃する。火炎と衝撃波のサイクロンが後部艦橋とその直下の艦内構造物を蹂躙し火 理能力なら補正することは難しくない。低い放物線を描いた砲弾はル級の後部艦橋を 装薬に点火、発砲。着底したおかげで艦に動揺は存在せず、艦自体の傾きも艦娘の処 ４６ｃｍ砲に次弾が装填され、横腹を見せたル級の内損傷を与えた方を照準する。 す る。１ ６ ｉ ｎ ｃ ｈ 砲 で 滅 多 打 ち に さ れ れ ば 武 蔵 と て た だ で は 済 ま な い は ず だ っ た。 級とその僚艦は怖気づいたように転舵し、前後の砲門その全てを武蔵に向けようと起動 し、世界最大最強の艦砲であることに変わりは無かった。初弾で鼻先に弾着を受けたル から突っ込む形になった武蔵が使用できるのは後部を指向できる第３砲塔のみ。しか は放物線を描くと、戦艦ル級の艦首付近に着弾、炸裂し喫水線下に大破孔を開ける。西 第３砲塔が迫りくる戦艦ル級を照準し、徹甲弾を吐き出す。飛び立った３発の主砲弾 ! る。 情を作っていた。数秒続いたように思えた光が消え去り、再び轟音と闇が艦橋を支配す み、草凪と武蔵を照らし出す。硝煙に塗れた指揮官の顔は勝利を少しも疑っていない表 再び、武蔵の周囲に弾着。小豆島に着弾し炸裂した主砲弾の閃光が戦闘艦橋に差し込 ? ﹁⋮クッ。それなら、最後まで私の戦争に付き合ってもらおうか ＳＴＡＧＥ─４６ 淡路絶対防衛線 1381 1382 ２隻のル級も撃たれるだけでは無い。２隻合わせて１８門の１６ｉｎｃｈ砲が火を 噴き、砲弾を撃ちだす。敵は移動していないため命中率は飛躍的に高まった。複数の水 柱と土砂の柱が林立し、武蔵に着弾した証拠の爆炎が２つ上がる。この攻撃で武蔵は左 舷と後部艦橋に直撃弾を受けて、いったんは収束した火災が再び発生する。彼女の艦内 では消火設備を持った妖精さんが火災個所へ急行していた。もはや武蔵は着底してい るため水の掛け過ぎで艦が沈むことは無く思い切り火災個所へ水をぶちまけ消火して いく。 武蔵も負けじと反撃、今度の砲弾はル級の手前で着弾、２発が水中弾となって舷側を 破壊し浸水させる。と、ここで２隻のル級が転舵を開始した。瀬戸内海とはいってもそ の幅は広くなく巨大な戦艦が戦闘を行うのには手狭であるため、２隻のル級は転舵しな ければ四国側に乗り上げてしまうのだった。 転舵中に主砲を放っても当たるはずもない、逆にこれは武蔵にとって一方的に砲弾を 叩き込めるチャンスである。それを阻止しようと潜んでいた潜水艦から武蔵へ向けて 魚雷が発射されるが、座礁した武蔵にもはや魚雷は大きな効力を発揮しなかった。複数 の魚雷が大破した舷側に突き刺さり炸裂するが、若干揺らいだだけで武蔵の砲撃を遅ら せるには至らない。三度主砲が火を噴くと、１８０度転舵を初めていた手負いのル級の 第２砲塔に着弾する。１４６０㎏の九一式徹甲弾はル級の主砲防盾を貫き、中で装填を 待っていた１６ｉｎｃｈ砲弾とその装薬を誘爆させた。橙色の竜巻が第二砲塔をバラ バラに解体しながら現れ、すぐ近くにそびえ立つ艦橋すら破壊した。艦橋を破壊された ル級はぐらりと揺らいだかと思うと急速に速度を落とす。後続していたル級は、僚艦を 避けようと転舵、減速するが間に合わず、左舷側を燃え盛る僚艦にこすりつけるような 形で衝突してしまう。そこへ武蔵の止めの砲弾が飛来した。大破したル級に衝突し、団 子状態になったル級に３発全てが着弾すると、巨大な爆炎が２隻を包んだ。如何やら弾 薬庫を撃ち抜いたらしい。 │││││これで、奴らは動けまい。次だ。 次の目標を指向しようと第三砲塔を回そうとした時、雷撃とは比較にならない衝撃と 激痛が武蔵と草凪を襲う。不意の衝撃に背を羅針盤に打ち付け、肺の空気が一瞬にして 強制的に排出されてしまった草凪が喘ぎながら後方をみる。その光景を理解した瞬間、 彼 女 は 思 わ ず 舌 打 ち を し て し ま っ た。先 ほ ど ま で 敵 艦 を 退 け 続 け て き た 第 三 砲 塔 が ﹂ あった場所からは濛々と黒煙が上がっていたのだ。 ! 第三砲塔から吹き上がる黒煙の向こうには、２つの海峡を抜けて堂々とした隊伍を組 ﹁さっきのル級は文字通り時間稼ぎと言うわけか。﹂ ﹁クソ、やられた。第３砲塔は完全に破壊された。誘爆の可能性は無いが⋮﹂ ﹁武蔵 ＳＴＡＧＥ─４６ 淡路絶対防衛線 1383 んだ深海棲艦の水上打撃艦隊の姿があった。 弾ノ無駄ダカラ自爆シテクレルト ? ? ことが出来た。 ﹁ああ言ってるぞ。どうする 提督。﹂ 今更自爆何て有りえない。言葉は交わさずとも、武蔵と草凪は互いの意図を感じ取る 降伏勧告とも取れる深海棲艦の通信に、２人の軍人は顔を見合わせて小さく笑った。 助カルンダケドナー。﹄ ﹃手モ足モ出ズニ、一方的二殴ラレル気分ハイカガ も思ったが、届いたのはあの違和感のある高い声だった。 そんな絶望的で一方的な砲撃が続く中、艦橋に通信が入る。待ち望んでいた報告かと でる。 と土砂が炸裂し、武蔵を大きく揺さぶった。鋼鉄の城が至近弾の衝撃で大きな異音を奏 ば手近なものに捕まり砲弾が外れることを願う。ややって連続的な着弾。海水と火炎 てこちらは主砲を撃ち返すことも、回避機動を取る事も出来ない、精々出来る事と言え なければ撃てない。ややあって、艦隊を組んだ敵戦艦隊が主砲を斉射する。それに対し いだろう。頼みの綱の２基の前部主砲塔を撃つためには奴らが自分の横を抜けて行か 忌々しそうに武蔵が歯噛みする。第二副砲ではあの水上艦隊を退けることは出来な ﹁こちらが囮と潜水艦に忙殺されている隙に、海峡を抜けて艦隊を整理したか。﹂ 1384 ﹁〟バカめ〟とでも言ってやれ。﹂ ﹁フッ。良いだろう。﹂ 奇跡的に生き残っていた探照灯を操作して、発光信号で〟バカめ〟を伝える。反応は すぐに帰ってきた。 一拍置くように、レ級が言葉を切る。 ﹃アッソ、ソレジャア。﹄ ﹃死ネ﹄ 次にくるであろう大砲撃に備えて、耳を塞ぐ。が、水平線を埋め尽くすほどの砲撃に よる閃光は見えず、代わりに２隻のタ級の艦体上に巨大な火の玉が膨れ上がり、次の瞬 何ガ起コッタ ?! 武蔵の前方、男木島の向こうから遠雷の様な音が響いたかと思うと、先ほど武蔵が攻 ﹃外したか。やはりこの測距儀で戦うのは少々無理があるな。﹄ 通信機からは待ちに待った援軍の声。 レ級の狼狽える声をしり目に、武蔵がニヤリと微笑み草凪の口調が元に戻った。 ﹁そうね。﹂ ﹄ 間には艦体が２つに破断してズブズブと沈み始めて行く。 !? ﹁勝ったな。﹂ ﹃ナンダ ＳＴＡＧＥ─４６ 淡路絶対防衛線 1385 撃し一時的に戦闘不能となっている２隻のル級がバラバラになって沈んでいく。 ﹄ ! 備はＯＫ ﹄ ﹃補給は済ませたか 兵装の点検は 内海の隅でガタガタ震えて無様に爆沈する心の準 ? ＥＤ ﹁ＯＲＩＧＡ 〟ｒｉｓｅ〟﹂ ? ? の巨大な三連装主砲が鎮座し、次の獲物を求めて旋回している。 暗闇の中からスマートな艦体が姿を現した。特徴的な前部艦橋の前方には〟２〟基 事だが、残念ながら最終防衛線には僕がいる。﹄ ﹃佐世保第三鎮守府所属。アサマ型装甲護衛艦２番艦、ホタカだ。君らの強襲作戦は見 上げる。 援軍は若干わざとらしさを含めて、これから自らが蹂躙する獲物へ向かって名乗りを ﹃ああ、そう言えば初めましてだったな。﹄ ﹃ダレダ 1386 ＳＴＡＧＥ│４７ 瀬戸内海殲滅戦 ﹁そのための彼よ。﹂ オーダー 何やら含みを持たせた草凪の笑みをホタカは真正面から受け止めた。 ﹁提督、軍艦は指示が無ければ動けません。命令を。﹂ 帝国が涙すべき４年間で破壊 ﹁そんなに慌てなくてもいいわ。今、徳山の秘匿資源倉庫から必要な物資をここへ移送 中よ。﹂ ? ファイルの位置を調整して見やすいようにしてやる。 ら の ぞ き 込 も う と し て い る。提 督 も 武 蔵 も 何 も 言 わ な い の で 構 わ な い だ ろ う と 考 え、 を開けた。と、その時背後に誰かの気配。瞳だけ動かしてみると、秋月と照月が両側か 極秘〟の赤い判子が押されている。目で指示されたホタカは、ファイルを手に取って中 執務机から一冊のファイルを取り出し、机の上に投げ出した。表紙にはでかでかと〟 んだのはそこじゃない。燃料も必要だけど、私が欲しいのは鋼材と弾薬。﹂ ﹁貴方の言う通り第３燃料廠は未だに再建されていないわ。でも今回資源の調達先に選 されて、その後に再建されたと言う記録は見ていませんが。﹂ ﹁徳山と言えば、海軍第３燃料廠があった場所ですよね ＳＴＡＧＥ─４７ 瀬戸内海殲滅戦 1387 ﹁これって ﹂ ﹂ て秘密裏に資源倉庫を建造し資源を備蓄する事にした。﹂ ? ﹂ ? 余力は見えない。少なくとも、照月達の知る表面上は。 草凪の目がほんの少し鋭くなった。 ? ﹁別に話してあげてもいいけど。他言しようとしたら。﹂ ﹁大戦中の陸奥みたいに、謎の爆沈を遂げるかもね。それとも、不幸な事故かしら ﹂ 照月の問いも、もっともだった。万年資源不足の帝国海軍にタンス預金できるほどの ﹁でも、ここに備蓄された資源ってどこから持ってきたんですか ﹁そういう事。﹂と草凪は頷き、すでに温くなっているコーヒーに口を付けた。 ﹁その資源倉庫の一つがこの徳山の秘密倉庫と言うわけですか ﹂ たのでは深海棲艦にすべて筒抜けだ。これでは面白くない。そこで、万一の場合に備え 上層部で持ち上がってな、帝国には資源の集積所が何か所もあるが、軍内にスパイが居 ﹁帝国海軍の中に深海棲艦のスパイが居るかもしれないと言う話が沖ノ島沖海戦の後に には黒い棒線で加工が施され解らない様になっている。 かれていたのは、公表されていない秘密倉庫の概要だった。それでも、詳細な場所など 秋月が驚きの声をあげ、照月は聞きなれない言葉に首をかしげている。ファイルに掛 ? ! ﹁徳山秘密資源倉庫 1388 ﹁それって。﹂ ﹁早い話が消されるって事。で、如何する ﹁遠慮します。﹂ ﹁私も。﹂ ない。 ﹂ 真っ先に辞退する。誰も漏らしたら謀殺されるような秘密を進んで聞きたいとは思わ 某重巡洋艦なら目を輝かせて聞こうとするだろうが。秋月型の二人は顔を青くして ? ﹂と驚きの声を上げる二人を無視して、彼は秘密へ一歩踏み出した。 ﹁お願いします。口の堅さと防諜に自信はある方なので。﹂ !? ﹂ ? ﹁解ったわ。ハッキリ言って、今帝国の秘密資源倉庫に備蓄されている資源は合法的に ﹁構いません。得られる情報は全て貰う主義ですから。﹂ ﹁本当にいいのね タカに最後の確認をする。 敬礼をして３人の艦娘が執務室から出ていった。扉が閉まるのを確認した草凪は、ホ ﹁了解。行くぞ二人とも。﹂ れるようにね。ホタカに作戦を伝達した後、そちらへ行くわ。﹂ ﹁そう。なら武蔵、秋月と照月を連れて出撃準備を進めて。私が行ったらいつでも出ら ﹁ホタカさん ＳＴＡＧＥ─４７ 瀬戸内海殲滅戦 1389 集められたものでは決してない。﹂ 背もたれに体重を預けられた提督の椅子が小さく抗議の声を上げる。 ﹂ 知れている。ねぇ、ホタカ。﹂ ﹁何でしょう ﹁ブラック鎮守府って知ってる ﹂ 彼の目が、何かを悟ったように鋭くなる。 今の大日本帝国は若干の反撃に成功したものの、無能 ? ﹂ 期的に補給される資源を売りとばすことで金銭を得る。貴方も、パラオで見たでしょう ﹁彼らが私腹を肥やすオーソドックスな方法として、資源の横流しが有る、各鎮守府に定 ﹁⋮⋮。﹂ を飼っておく余裕なんてないのに。﹂ とは言えはびこっていると思う ﹁そうよ。彼らはこの帝国にとって害悪な存在。じゃあ、何故そんな奴らが未だに僅か ? ? ? ﹁ええ。艦娘を酷使し、私腹を肥やす提督の運用する鎮守府ですね ﹂ ﹁それもあるわ。でも、それだけでは不十分。書類偽装で集められる資材の数もたかが が。﹂ ﹁で し ょ う ね。僕 は 兵 站 を 統 括 す る 部 署 で 文 書 を 偽 造 し て 集 め て い る と 考 え て い ま す 1390 ? ホタカの脳裏に、荷卸しをしないまま出港していった輸送艦隊の姿がフラッシュバッ クする。 ﹁輸送艦ごと横流しされていましたね。﹂ ﹁流石にあそこまで大胆に堂々とやってるのは珍しいけどね。普通のブラック鎮守府な ら、多くても４分の１程度を小分けにして売却する。その売却先が﹂ ﹁海軍のダミー企業か何かと言うわけですか。﹂ ﹂ 満足そうに、草凪は一つ頷いた。 ﹁そういう事。見えて来たでしょ ? 皮肉を含ませた笑みを作る。 よく解っている人みたいですね。﹂ は、資源の横流し先よりも誰がそれをやっていたかを重視する日本と言う国家の性質を 簡単、よって資源倉庫の秘密は保たれると言うわけですか。この計画を思いついた人 府が摘発されても、捜査をするのは身内。横流しされる資源のルートを偽装することは あるならば粛清し、また別のブラック鎮守府予備軍をどこかに作る。例えブラック鎮守 し、残りを備蓄に当てている。ブラック鎮守府が目立つ行動をしたり、度し難い無能で から横流しされる資材をダミー企業を通して購入。その資材を使って秘密倉庫を建造 ﹁帝国海軍上層部は戦争に支障が出ない程度のブラック鎮守府を意図的に見逃し、そこ ＳＴＡＧＥ─４７ 瀬戸内海殲滅戦 1391 ﹁そうね。ブラック鎮守府に当たってしまった艦娘達には悪いけれども、私たちは負け るわけには行かない。本当に必要な時に使える資源を確保しておかないとならない、特 失望した ﹂ にこの国ではね。生き残るためならば、例え味方でも利用するのよ。﹂ ﹁勝つために。ですか。﹂ 草凪の問いに、彼は首を横に振った。 ﹁いいえ。〟負けないため〟、よ。どう ? ｓ ｆａｉｒ ｉｎ ｌｏｖｅ ａｎｄ ｗａｒ．現に、秘密資源倉庫が無 ' せん。﹂ ホタカの言葉に、草凪は小さく笑う。 ﹂ ﹁そうでしょうね。でも、〟全部改造しきらなければ〟、どう ﹁どういうことですか ? 施していくらしいわ。﹂ ﹁工廠の妖精さんの話では、改造はまず船体から全ての装備を取り除き、その後で改造を ? ﹂ ﹁しかし、改造にはしばらく時間が掛かります。少なくとも、この迎撃戦には間に合いま 改造を施してもらうわ。改造をすれば損傷は無くなる。﹂ ﹁なら結構。ホタカ、貴方はこれから徳山秘密資源倉庫から送られてくる資材を使って かったら僕らは負けていました。﹂ ﹁Ａｌｌ ? 1392 ﹁まるで蛹ですね。﹂ 昆虫などで完全変態を行う種類は、蛹の段階で幼虫から成虫の身体に変化する。この 時、蛹の中では幼虫の器官が食細胞によっていったんすべて分解され、その後で成虫原 基を元に成虫の身体が一から作り直される。工廠の中で一旦船体から装備をはがされ て作り直されることを考えると、蛹と言うたとえは合っているかもしれない。 ﹁船体に必要な改造を施した後は、必要な装備を取り付けていくのだけど、この順番はあ ﹂ る程度設定できるの。例えば、〟必要最小限の機関と、敵艦を消し飛ばせる十分な火力 の搭載を最優先にする〟とかね。﹂ ? ﹂ ? ﹁既に届いているわ。恐らく、今頃はタグボートが貴方の艦体を改造ドックへ入れよう ﹁資材が届くのは何時ですか には感じられなかった。敵艦隊に単艦突入するよりは絶対に楽だろう。 一つ合図するようにため息を付く。草凪少佐の計画は前代未聞ではあったが、不可能 ﹁やるのは貴方よ。﹂ ﹁無茶苦茶やりますね。﹂ がたっていれば船として浮かぶことは出来る。勿論、戦闘もね。﹂ ﹁出来るわ。誰かが立ち入った時点で、改造作業は全てストップするけどある程度時間 ﹁改造中の工廠に立ち入るのは可能なのですか ＳＴＡＧＥ─４７ 瀬戸内海殲滅戦 1393 と四苦八苦しているでしょうね。﹂ ﹂ ? ﹂ ! │││││そうか。僕を改造するための資材は、あそこ︵パラオ︶から出ている可能 ことに気が付いた。 提督執務室を出て、がらんとした呉鎮守府の廊下を工廠目指して歩いていると、ある ﹁では、行け。﹂ ﹁了解 ホタカは何時もの様に踵を打合せ敬礼する。 る。復唱の要無し。﹂ 中断。独力でドックより出撃し、深海棲艦を殲滅せよ。なお、改造案については一任す ﹁ホタカはこれより改造作業に入り、ある程度の戦闘能力を確保した段階で改造を一時 草凪の雰囲気が歴戦の戦士のそれに代わる。 ﹁では、命令を伝達する。﹂ ﹁有りません。﹂ 何か質問は ﹁ここは学校じゃないわ。無理と理不尽が徒党を組んでやってくる軍隊よ。話は以上。 ﹁初めから拒否権なんて無かったと言う事ですか。﹂ 1394 性もあるのか。 あの時、甲板上で血を流しながらこちらを見る提督の顔や、憔悴しきった４人の艦娘 の顔が過る。 │││││負けないために。味方すら食い物にして戦い続ける。なるほど、きちんと エグイじゃないか。この軍も。 自嘲を含んだ笑みが零れる。 │││││敵の技術で作られた兵器を、味方を犠牲に備蓄した資源で装備して戦う。 正真正銘の戦争と言う事か。 工廠に付くと、艦から追い出された大勢の妖精さん達が工廠横でたむろしていた。ホ タ カ は 解 放 軍 艦 艇 の 例 に も れ ず 極 力 省 力 化 が 施 さ れ て い た が、そ れ に も 限 界 は あ る。 ざっと見たところ、５００人は居るだろう。 ﹂ ? ﹁そこです。﹂と副長が指差した先に、ヘルメットと作業着姿の妖精が彼女にとっては巨 ﹁改造を施すことになった。工廠の妖精さんは居るか 何処か不機嫌そうな顔の副長妖精が、ホタカを見かけて近づいてくる。 ど。﹂ ﹁あ、艦長。聞いてくださいよ、なんだかわからないうちに私ら追い出されたんですけ ＳＴＡＧＥ─４７ 瀬戸内海殲滅戦 1395 大なボードをもってこちらに飛んでくるのが見えた。 ﹂ ? す。﹂ ﹁それならば、先に機関を搭載してくれ。主砲だけ載せて４０ ﹁はぁ⋮。でも、最終的に機関は規定数積みますから時間が長引くだけですよ ? ? ﹂ 処かわくわくした表情の妖精さんがホタカの横に付く。 ﹁艦長。今度はいったい何を企んでるので ﹁僕の企てじゃない。草凪少佐のだよ。﹂ ﹁あの少佐ですか。もしかして、前世はウィルキア海軍の技術屋だったとか ? ? ﹁ウィルキア帝国の秘密警察の方がしっくりくるね。﹂ ﹂ 怪訝な顔をして、了解と返した工廠妖精は巨大な工廠へと飛んで行った。すぐに、何 ﹁かまわん。早くやってくれ。﹂ ﹂ 以上出せればいい。﹂ ﹁出来ない事も無いですが、主砲を先に乗せると、機関搭載の作業効率が落ちてしまいま 機関だ。﹂ ﹁ＶＧＦ│２３０１Ｂ案で頼む。ただ、主砲の搭載を最優先に、その次に重力場、最後に ﹁此方から選んでください。資材は各７万有りますので、どれでも可能ですが。﹂ ﹁そうだ。改造案の決定をしたい。﹂ ﹁どうも、工廠妖精です。ホタカさんですね 1396 ﹁ところで、艦も有りませんけど何かやることは ﹂ ありったけの増槽付けて飛ばせば届くんじゃないの 距離が足りていたとしても、今からではもう間に合わん。﹄ ﹂ 例え航続 解ってはいるが、だからと言って何もしないのは彼女自身がゆるせなかった。 通信機の向こうから、艦息の否定の声がする。自分の言っている事が無茶苦茶だとは ﹃無理だ﹄ ﹁艦が無ければどうにもならない。武蔵たちの勇戦を期待しようじゃないか。﹂ ﹁待機だ。﹂とホタカは手短に答えて、乱雑に積まれたコンテナに腰を下ろす。 ? !? ﹃もう一度言うが無理だ。ＭＩ海域から本土までは４０００ｋｍあるんだぞ ! に敵艦隊が来襲したと伝えられたのはつい先ほどの事だった。そして、何故かホタカが 出すように通信機の向こうの加久藤に﹁解った。﹂とだけ伝えて、通信を切る。本土の呉 ではないかと言う淡い期待は脆くも崩れ去ってしまった。思わず歯を食いしばり、絞り ジェット機が万能でない事位、彼女にも解る。それでも、もしかしたら何とかなるの ? ﹁だから ＳＴＡＧＥ─４７ 瀬戸内海殲滅戦 1397 呉に居ると聞かされたのも。 大きなため息を吐いて、艦長席に崩れる様に座り込む。自分の無力さに殺意すら覚え るのはこれで何度目だろうか。 艦橋の外には、既に夜の帳が降りていた。 ﹁畜、生⋮。﹂ 出来る事と言えば、艦長席で無事を祈ることぐらいだった。 艦載機は航続距離圏外だし、まず間に合わない。アサマのトライデントでも届かない。 先走りして、余計に自分の無力さが嫌になってくる。今の自分に打てる策はもう無い。 まいそうだったからだ。如何にかして、ホタカの役に立ちたい。そんな気持ちばかりが 再び、歯を食いしばった。そうでもしないと、直ぐにもみっともなく泣きわめいてし │││││何が、幸運艦よ。大事な人が本当に必要な時に役に立てないなんて。 ぎりぎり聞き取れるぐらいの声が、うなだれた瑞鶴の口から洩れる。 ﹁何やってんだろうね⋮。﹂ 葉が続かない。 副長妖精が二度三度口を開きかけるが、なんと言っていいのか解らなかったのか、言 ﹁艦長⋮。﹂ 1398 ﹁王手。﹂ ﹁ちょっと待ってください、艦長。﹂ ﹁これで何度目だよ。﹂ 冷や汗をかいた副長と、怪訝な顔をしたホタカが呆れた顔で見下ろしている天龍の姿 ﹁すげー余裕だよな、アンタら。﹂ を見る。ホタカと副長は、やることが無いので将棋に興じていたのだった。 天龍にそう答えながら、先ほど動かした成金を元の場所に戻す。 ﹁どうせジタバタしてても敵はくるんだ。時間は有意義に使うもんだよ。﹂ そんな思いが頭の中をよぎり、当たりを見渡す。 │││││大丈夫かよ。 ﹁うげ、そう来ますか。なら⋮。﹂ パチンと軽い音が鳴って、ホタカの駒が副長の陣地深くに食い込む。 ﹁そう来たか。じゃあ、これで。﹂ 〟気のせいですよ。〟と副長はごまかすように笑い、別の手を打った。 ﹁なーんか、ニュアンスが違うような気がするんだよなぁ。﹂ ﹁そうですよ。〟火砲は寝て待て〟です。﹂ ＳＴＡＧＥ─４７ 瀬戸内海殲滅戦 1399 岸壁から釣り糸を垂れている妖精、大富豪をやっている妖精、寝転んで天体観測を やっている妖精、小さいマグカップでコーヒーを飲んでいる妖精、読書している妖精。 ﹂ ホタカの乗組員の妖精たちは、なかなかフリーダムな状態でその時を待っていたのだっ た。 天龍ちゃんここに居たの ? 誰が ﹂ ﹁天龍ちゃんは面倒見いいからね∼。﹂ ﹁なっ そして頭を撫でるんじゃねぇ ! ﹁うふふ。かわいい∼。﹂ ! ﹂と間抜けな声を上げて振り返ると、先ほどまで思い思いにだらけていた妖精さん ? 達は身だしなみを整えてホタカの前に整列していた。どうやら、目的の段階まで改造が ﹁え ﹁そんな事やってるうちに、準備。出来ちゃったみたいだよ∼。﹂ ちらが姉かわからない。 龍田に抗議の声を上げるが、彼女はお構いなしに天龍の頭を撫でていた。これではど ! !? ﹁かわいい言うな ﹂ ﹁おう、龍田か。いや、こいつらこんなにだらけてて大丈夫かなと思ってよ。﹂ た。 聞きなれた声に振り返ると、何時もの様に意味深な笑みを浮かべている妹の姿があっ ﹁あら ? 1400 終わったらしい。 ﹁天龍、龍田。ここを頼めるか ﹁あ、ああ。﹂ ﹁いってらっしゃ∼い。﹂ 少し行ってくる。﹂ た。暗くて良く見えないが、この闇の向こうに新しい〟ホタカ〟が有るはずだった。 い回転灯が明滅する。そして、巨大な鉄製のスライドドアが轟音と共に開かれていっ て緊急開閉スイッチを押し込ませた。途端に明らかに非常用のサイレンが鳴り響き、紅 ホタカは副長と乗組員を率いて工廠横の資材搬入用のドアの前に立つと、合図をだし と受け流してひらひらと手を振っている。 先ほどまでの緩い雰囲気を消し飛ばしたホタカに、天龍は威圧されたが龍田はするり ? ﹂ ? ﹁技術屋として〟真面〟でいると言う贅沢は後で楽しんでくれ。性能は ﹂ ﹁仕方ないですね。戦闘は一応可能です、最高速力は推進装置を使っても４７．２ 。 ? 正直言うと、技術屋としてこの艦を送り出したくはないですね。﹂ ﹁主砲と機関と重力場のみの改造です。他は船体を延長した意外は一切弄ってません。 ﹁そういう事だ。戦闘は可能か 口を開けた闇から、先ほどの工廠妖精がホタカの前に姿を現す。 ﹁なるほど、だからあんな注文を寄越したと言うわけですか。﹂ ＳＴＡＧＥ─４７ 瀬戸内海殲滅戦 1401 ? 主砲はＡ型を３基９門、弾薬は搭載されてますが量は有りません。が、改造途中なので 戦闘が終わったら即座に帰ってきてください。それと、改造中にこのドックに注水する 設備は有りません。外へ出る時は実力でお願いします。修理代は出るそうですよ。﹂ ﹂ ! 突貫工事で搭載された６基のガスタービンＴＹＰＥεが起動し、電力が艦内に供給さ ﹁機関始動 後から入ってきた妖精たちが続々と自分の席についていく。 ＣＩＣに入ると、久しぶりの冷気が身体を包む。定位置で停止し、後ろを振り返ると、 ているようだった。 垂れ下がっている通路を走り抜け、ＣＩＣを目指す。それでも、水密隔壁はしっかりし 有るかぐらいは把握できていた。いかにも改造中と言うように、あちこちからコードが む。通路などのレイアウトも随分変わっているが、もともと自分の身体だ。何処に何が 船体にかけられたタラップを走り抜け、開きっ放しのハッチから艦体の中へ入り込 工廠妖精が敬礼する横を、ホタカを初めとするクルーは足早に通って行った。 ﹁その言葉は、完全に改造が終わった後にかけてください。どうかご武運を。﹂ ﹁了解、ご苦労でした。﹂ 1402 れ始める。ＣＩＣの大型モニターにも次々と光が灯り、電装品が久しぶりによみがえ る。 ﹁主砲と艦体以外への電力供給カット。﹂ ﹁推進システム正常。﹂ ﹁防御重力場ＴＹＰＥα、起動確認。﹂ ﹁ＦＣＳスタンバイモードで起動。問題無し。﹂ ﹁艦長。このＦＣＳは以前のバージョンです、これでは主砲の精密射撃は。﹂ ﹁問題ない、今回は接近戦だ。長距離砲戦は行わない。﹂ し出される。 ? ﹁ちょいと手荒だが、やるしかないだろう。主砲装填 弾種空砲 ! ﹂ 有りませんよ。〟ひらけゴマ〟って言っても開きそうにないですし。﹂ ﹁で、如何するんですか 実力で排除しろって言われても、この艦にマニピュレーターは 前部甲板に据え付けられた２基の巨大な３連装砲と、舳先に立ちはだかる工廠の壁が映 ホタカと副長が会話している間も、艦は発進準備を整えていく。外部観測カメラに、 ﹁解ってる。﹂ と敵を追跡できません、ご注意を。﹂ ﹁主砲はこの世界の物に比べて旋回性能では圧倒していますが、それでも接近しすぎる ＳＴＡＧＥ─４７ 瀬戸内海殲滅戦 1403 ! ﹁世界最大の艦砲の初射が空砲とはね。﹂ ﹁装填完了 ﹂ 発射準備完了 ﹁総員、衝撃に備え ﹂ ! ﹂ ! ! 侵入してくる。 ﹁機関前進全速 ﹂ 扉が押し出されたことによってせき止められていた海水はドックの中に塊となって も無事ではすまず、充満した圧力に耐えられなかったガラスや屋根が吹き飛ばされる。 目と鼻の先にある鋼鉄製の壁に直撃し、接合部を歪ませて海側へ押し倒した。工廠建屋 その空砲用弾頭をここまで推進させてきた燃焼ガスだった。一気に解放されたガスは、 共に飛び出した。この時に、空砲用の弾頭は圧力に耐えきれず四散するが、必要なのは のガスで推進された空砲用の弾頭は砲身内でさらに加速され、砲口から爆炎と衝撃波と 伝えられた電気信号は砲の後部にある薬室の火管を作動させ装薬を燃焼させる、高圧 ﹁発射 全員が何かに捕まったのを確認すると、久しぶりに自らの主砲を発射する。 ! ! がチャージされ始めている。 巨大な砲弾が６本の砲身に装填され、主砲塔直下のコンデンサには発射の為の大電力 ﹁榴弾なんか使ったら、あたり一帯吹っ飛ぶよ。﹂ 1404 艦尾に取り付けられた５基の可変ピッチプロペラが空気と共に流入してきた海水を 撹拌し、推力を生み出し始める。しかし、流れ込む海水の力は強烈だった。艦体が押さ 艦尾がドックの壁に接触します ﹂ れ、ぐらりと揺れて船台からずり下がっていく。 ﹁艦長 ﹂ ! ﹂ に、船台からは完全に落ちて左へ傾いてしまった。 先ほどの衝撃で建屋が崩壊しかかってます ﹁浮力が得られれば関係ないさ。﹂ ﹁工廠妖精より通信 ﹁ここまで来て生き埋めは勘弁ですよ。﹂ ! ?! ﹁とっとと出て行かないと不味いな。﹂ ! メラに異変が現れる。ついに力尽きた建屋が、崩壊を初め、天井から落ちた鋼鉄製の梁 ら、艦が浮けるだけの海水が流入したらしい。と、ここで艦後方を映し出す外部観測カ 再び揺れて、左に傾斜していた艦体が水平に戻りゆっくりと前進を始める。如何や ﹁違いない。﹂ ﹂ の艦体の衝突は凄まじい衝撃だった。数人が椅子から投げ出されて床に転がる。さら 前への推力で海水の勢いのまま叩きつけられることは無かったが、それでも５万トン ﹁全員何かに捕まってろ ! ! ﹁なんか斜めになってません ＳＴＡＧＥ─４７ 瀬戸内海殲滅戦 1405 が次々落ちて行く。 ﹂ ! ﹂ ? 遠くの方で、遠雷の様に砲声が鳴り響いていた。 ﹁戦争の時間だ。﹂ 艦体の上に鋼鉄の梁を乗せた巨大な旋回がカーブを描いて艦首を東へ向ける。 ﹁そうだな。針路０│９│０、前進全速。さて﹂ ﹁取りあえずは、目の前の敵潰しましょうか。﹂ ﹁佐世保に請求書来ないよな ﹁これで来年度の予算はゼロですな。来年度が有ればの話ですけど。﹂ ちた。 それと同時に、空砲と衝突の衝撃でボロボロになった工廠建屋が大音響とともに崩れ落 強引に突破していく。火花で夜の海を照らしつつ、巨大な艦体が瀬戸内海に滑り出る。 前方から衝撃。空砲で吹き飛ばした扉の残骸に艦首が触れて、耳障りな音を立てるが 響いてきた。 していく。艦体の上にも鋼鉄製の建屋の残骸が降り注ぎ始めＣＩＣにも騒々しい音が 回転させる。５基のプロペラが大量の海水を後方へ押し出すことで、艦体は徐々に加速 ガスタービンを思い切り運転し、出来る限りの電力をモーターへ送り込みプロペラを ﹁機関前進一杯 1406 内海の隅でガタガタ震えて無様に爆沈する心の準 ? 兵装の点検は ? ﹂ ? に放り込んだ。 ﹁いやー決まってましたね。艦長。﹂ ? 間が有りません。﹂ 設定はこの艦に今付けられている電算機では無理ですね。アップグレードするにも時 ﹁磁気加速に問題は有りませんし、薬室内の圧力も全て正常値です。ただ、射程の柔軟な ﹁ガラじゃないことをやらせるな。で、何か異常は ﹂ 通信を切った後で、副長から渡された台本をぐしゃぐしゃに丸めて備え付けのゴミ箱 備はＯＫ ﹁補給は済ませたか ＳＴＡＧＥ─４７ 瀬戸内海殲滅戦 1407 方位０│９│０ 距離３０ｋｍ ﹂ ﹁最大加速で固定するしかないだろう。どうせ突っ込んで零距離射撃で片付けるつもり 潜水艦６隻接近中 と来たか。﹂ ! だからな。っ ﹁ソナーに感あり ﹁アスロックが無いのが痛いですね。﹂ ! ﹂ ! ﹂ ! へと降り積もっていく。 ることになってしまった６隻の潜水艦は、艦体構造そのものを粉々に破壊されて、海底 海中で炸薬が点火され着弾の衝撃波を増幅させる。その衝撃波のただ中に放り込まれ ６発の砲弾は短い距離をほぼ水平軌道でとびぬけると、衝撃波と共に着弾。そして、 戸内海を赤く照らし出した。 ㎝榴弾が衝撃波と共に吐き出される。人類が手にした中で最強の艦砲の砲撃は、三度瀬 合加速砲Ａ型が僅かに旋回し、砲身が上下する。一瞬の静寂の後に、６門の砲から６１ ホタカの前部に搭載された２基の５５口径６１ｃｍ三連装対艦対空両用磁気火薬複 ﹁撃て ﹁装填完了 浅い。この主砲なら爆圧で十分吹き飛ばせるさ。﹂ ﹁間に合わせるために、火器は主砲しか積んできてないからな。だが瀬戸内海は水深が ! ! ﹁榴弾装填。目標前方の潜水艦隊。﹂ ! 1408 ﹁さて、彼我距離は ﹂ ﹂ ﹁なら、当てられる距離まで近づけばいいでしょう。﹂ ﹁この砲なら５０ｋｍは飛ぶだろうが、今の状態じゃあまず当たらんだろうな。﹂ ﹁敵艦隊の先頭艦まで約３５ｋｍってところでしょうかね。﹂ ? ﹂ ﹁まるで火の七日間ですね。﹂ ＣＩＣが外部観測カメラで捉えられた敵艦隊の発砲炎で明るく照らし出された。 ﹁敵艦隊発砲 ! ﹁なんだそりゃ ? ﹂ ! ﹁流石防御重力場αだ、何ともないですぜ。﹂ る。そのどこを見ても傷一つ追っているようには見えなかった。 現れる。続いて現れた２基の主砲に艦橋構造物、後部の主砲塔が次々と顔を出してく 爆煙の一部が盛り上がったかと思うと、アサマ型特有の細い艦首が黒い煙を引き裂いて んだ。更に追い打ちをかける様に放たれた５発が立て続けに命中する。が、形成された 上げる。そして、４発の１６ｉｎｃｈ砲弾がホタカに直撃し、艦体を煙と爆炎が包み込 暗い夜空から無数の砲弾がホタカの周りに降り注ぎ、海水を海底の泥ごと撹拌し打ち ﹁敵弾、来ます ﹁いえ、お気になさらず。﹂ ＳＴＡＧＥ─４７ 瀬戸内海殲滅戦 1409 ﹁なんか今日は独り言が多いな副長。まあ、新型の防御重力場だ。最低でも１８ｉｎｃ ｈ砲じゃないとキャパシティを削る事すらできないよ。﹂ ﹁まあ、ほどほどにするさ﹂ ! ﹁武蔵より発光信号 ﹂ 〟武運を祈る〟。以上です ﹁何か送り返しますか ﹂ ! へ各個射撃。﹂ ? 一発当たれば十分だ。﹂ ﹁ここまで近づけばほぼ零距離射撃だ。直接照準で打ち込める。それにル級相手なら、 ﹁斉射は使わないので ﹂ ﹁あの人なら返信する暇が有ったら敵を叩けと言うだろう。全主砲はＣＩＣ指示の目標 進する。 艦が左へ変針して行き、後部の３番砲塔の射角に敵艦隊が入ったところで舵を戻し直 ﹁いや、必要ない。﹂ ? ! ホタカが僅かに左へ変針し、大破し着底した武蔵の横をすり抜けていく。 ﹁取り舵１０。全主砲射撃用意、弾種徹甲。﹂ ﹁敵艦との距離２５ｋｍを切りました ﹂ ﹁しかし、今はジェネレーターの出力が低いのであまり過信は禁物です。﹂ 1410 磁気火薬複合加速式の高初速砲弾にとって２５ｋｍ以内は至近距離と言って良く、仰 角ゼロの直接照準による砲撃が可能だった。 ﹂ ! していた。 ﹂ ﹂ 一線の横隊で進撃を続けている、続く９隻の戦棲姫は複縦陣、その最後部にレ級が位置 艦はル級とタ級が５隻ずつ、戦艦棲姫が９隻、そして戦艦レ級が１隻。ル級とタ級は横 モニターの向こうには戦列を布いて狂ったように砲撃を続ける水上打撃部隊。大型 ﹁全主砲射撃用意完了 ! ﹁先ずは手前のル級から潰す。攻撃開始 ! だが、そんな彼女たちにとって今回ばかりは相手が悪すぎた。 ることもあり、装甲は生半可な攻撃を受け付けない。 て何度も艦娘を窮地に陥らせてきた。その火力は戦艦ですら一撃のもとに無力化させ 戦艦ル級は沖ノ島開戦が始まる前から、深海棲艦の水上打撃艦隊の文字通りの主力とし ３ 隻 の ル 級 へ 殺 到 し た。時 間 に し て １ ０ 秒 も 立 た な い う ち に 砲 弾 は 獲 物 に 着 弾 す る。 其れをもってしても制御しがたい物だった。音を置き去りにした砲弾は、四国側を進む な衝撃を感じる。衝撃を吸収する駐退機は最新型を搭載しているが、６１㎝砲の反動は ３基９門の主砲が咆哮すると同時に、艦本体が反動でガクリと左舷方向へずれるよう ﹁発射 ＳＴＡＧＥ─４７ 瀬戸内海殲滅戦 1411 １隻につき３発送り込まれた６１㎝砲弾は、零距離射撃の影響もあってル級の舷側に 直撃した。幾度となく艦砲を防いできた装甲板でも、６１㎝砲弾にとっては正しく〟紙 〟に等しかった。障子紙の様に装甲は引き裂かれてしまい着弾した砲弾はその全てが ル級の艦内で炸裂する。巨大な砲弾は、徹甲弾であっても大量の炸薬を搭載することが 可能になる。それが何を引き起こすかは、３隻のル級の末路を見れば解るだろう。 砲弾を舷側に受けた数秒後、ル級の最上甲板が内側から膨れ上がり４基の１６ｉｎｃ ｈ３連装砲が紅蓮の炎と共に打ち上げられ、爆散する。この規模の爆発に耐えられる艦 ﹂ 体構造はル級には存在せず、文字通り艦体ごと引き裂かれて海中へと没していった。 ﹁ル級３隻轟沈 ５％を失った敵艦隊は明らかに狼狽え戦列を崩し始めていた。こちらの砲撃が至近距 のタ級が紅蓮の炎の中へ消える。戦闘開始から１分も立っていない。一瞬で戦力の２ ホタカが副長や砲雷長とそんな事を話しているうちに、本州側の２隻のル級と四国側 対４１ｃｍ防御用の装甲板だけでは、何をやったって無駄だ。﹂ ﹁遠距離からの砲撃でも敵の防御重力場を無理やり撃ち抜いて加害する兵器だからな。 級が一撃で木端微塵だ。﹂ ﹁こいつは核砲弾じゃないですよ、副長。それにしても流石は６１㎝砲ですね。あのル ﹁あっけない。鎧袖一触とはまさにこの事か。﹂ ! 1412 離にもかかわらず全く通用しないにもかかわらず、敵の砲撃は一撃で戦艦を轟沈させる のだから当然と言えば当然の事だが。 ６隻の戦艦を葬った９門の巨砲は続いてタ級３隻を地獄の炎で焼き尽くすと、その後 ろで複縦陣を成して進撃する戦艦棲姫へと砲門を向ける。 ﹂ ? ﹁戦艦棲姫。アイオワ級に似ているな。﹂ ﹁そう言えば、アサマ型戦艦の船体や艦橋構造物はアイオワ級ベースでしたよね ﹁まあ、そうだな。形は似通っているが、中身は別物だ。﹂ ﹁６１㎝複合加速砲積んだアイオワとは、やり合いたくないですな。﹂ ﹂ ! く、進行方向上にある前部艦橋、煙突、後部艦橋を瓦礫の山に変えながら撃ち抜き、最 に到達した一発は、第２砲塔の真上を抜けて艦橋に着弾。それだけで終わるはずが無 を向けて突っ込んでいる形であったため、砲弾は艦首側から突っ込む形になった。最初 まった運の無い戦艦棲姫は、７発の６１㎝砲弾をその身に受けてしまう。ホタカに艦首 データが存在しないため、念のための全門斉射だった。ホタカの実験の標的にされてし 腹に響く音と衝撃を残して、戦艦棲姫へと９発の徹甲弾が飛翔する。実際の装甲の ﹁発射 ﹁全主砲照準。目標、敵複縦陣先頭、本州側戦艦棲姫。撃て。﹂ ﹁主砲装填完了。﹂ ＳＴＡＧＥ─４７ 瀬戸内海殲滅戦 1413 終的に第３砲塔の真上で炸裂する。２，３，４発目は第２砲塔と第１砲塔の主砲防盾を 真正面から引き裂き、艦内に飛び込んで炸裂。５発目と６発目は右舷と左舷の舷側から 浅い角度で着弾し、装甲を横に引き裂きながら艦尾へ進んで行き第３砲塔近くで炸裂。 最後の７発目は艦首の真正面に直撃し、内部構造を引き裂きながら艦内を直進、第１砲 塔と第２砲塔の間で炸裂した。ル級ですら１，２発で轟沈する巨弾を７発受けてしまっ た戦艦棲姫は、艦体構造の全てを熱と圧力で解体され一つの巨大な爆弾の様に破片をま き散らして炸裂する。 やつがどんな装甲を持っているかわからんからな。﹂ ? ﹁両舷半速、面舵一杯。﹂ ぎ破壊され漂流している。 モニターの向こうで、更にもう一隻の戦艦棲姫がホタカの斉射で上部構造物を根こそ ﹁Ｈ級は防御重力場も良い奴積んでますからね。﹂ ﹁確かに。Ｈ級は硬かったな。全門斉射で滅多打ちにしないとびくともしなかった。﹂ ﹁超兵器用の６１㎝砲弾ぶち込まれて浮いていられる戦艦は、ドイツのＨ級位ですよ。﹂ 副長と砲雷長の憐れみの声を柳に風と受け流す。 ﹁仕方ないだろう ﹁オーバーキルですな。﹂ ﹁これはひどい。﹂ 1414 ﹁左舷砲戦用意ですか す ﹂ ﹂ 予備に切り替えます ﹂ ﹂ ! 放熱が追いつかなくなってきていま 主砲衝撃波によるものと思われます ﹁第２３コンデンサ沈黙 ! ﹁対水上電探ダウン ﹁改造中に無理やり出してきたものだから、各部の負荷がバカにならない。﹂ ﹁妙に強硬策ですね。﹂ ﹁いや、両舷砲戦用意だ。反航で複縦陣の中央に突入する。﹂ 艦体が傾き、右方向へと進路が変わっていく。 ? ﹁砲身冷却装置にもう少し電力を回してください ﹂ ! ! ! ﹁まったく。ネルソンタッチでも、もうちょっと穏やかですよ ﹂ ﹁ネルソンタッチは敵が撃てない艦首と、艦尾側を通過するが、これは両方の敵から砲撃 ? ﹁だから、可及的速やかに殲滅しなくてはならない。﹂ 艦息の能力で出来る限りの補修を行っているが、長くは続かないだろう。 の上に成り立っている物を、このような形で使えば当然出てくる不具合だった。 ベルにまで改造を施しているはずだが、もともとは一つの戦艦として奇跡的なバランス ホタカにも無理やり出撃してきた影響が出始めていた。主砲による砲戦が可能なレ ? ! ﹁ほらな ＳＴＡＧＥ─４７ 瀬戸内海殲滅戦 1415 を受ける。﹂ ﹂ ! ﹂ ? タカを襲うが、帰ってくるのは一撃でこちらを屠る魔弾だった。この距離になると、い 込んで来る戦艦にこれ幸いと主砲弾を発射した。数十発の主砲弾の直撃弾、至近弾がホ て再び咆哮する。複縦陣を布いた深海棲艦艦隊は、十字砲火のポイントへ自分から突っ 僅かに左右に首を振った主砲が、防御重力場によって阻まれた敵弾の爆炎を引き裂い ﹁よし、突入する。機関前進全速、攻撃開始。﹂ ﹁６７％です。まだまだ余裕ですよ。﹂ ﹁防御重力場の稼働率は 防御重力場を貫くことは出来ていなかった。 をとる。彼我距離が近づき、ひっきりなしに砲弾が降り注いでいるが、未だにホタカの 艦首が今度は左へと振られて行き、戦艦棲姫で構築された複縦陣の中央を抜ける進路 ﹁敵艦との距離１５ｋｍを切りました だ。防御重力場は艦首方向に集中展開。即時発射用意。取り舵一杯。﹂ ﹁１番砲塔は左舷側、２番砲塔は右舷側の艦を砲撃する。３番砲塔は打ち漏らしの処理 た。 副長が妙な事を口走っているが、聞いたことの無い戦術だったので聞き流すことにし ﹁ようするに、ビッテン突破。いや、沖田戦術ですな。﹂ 1416 くらＦＣＳが６１㎝砲に対応していないとはいえ着弾個所をある程度選択することが 出来た。砲塔直下の弾薬庫に６１㎝砲弾が殺到し、炸裂すると、いくら戦艦棲姫と言え ど残される選択肢は竜骨を折られて轟沈するか、砲弾に誘爆して巨大な火の玉になって 爆沈するかの二択だった。 先頭艦の２隻が先ほどのル級やタ級の様にほぼ同時に砲弾を受けて、同じように爆発 して海上から姿を消していく。 あれだけいた戦艦が、今では戦艦棲姫５隻とレ級１隻になってしまった。さすがにマ ズイと思ったのか、６隻の戦艦は一斉に転舵して、退避に移る。しかし、転舵すると言 う事は今まで自分たちを一方的に借り続けた化け物に柔らかい横腹を見せることを意 味していた。転舵が完了するまでに、重要個所を撃ち抜かれた４隻の戦艦棲姫が紅蓮の しかし、巡洋艦を初めとする護衛艦隊が突撃を開始して ! 炎に焼かれて空を焦がす。 ﹂ ! 轟と主砲が咆えると、こちらに突っ込もうとしていた重巡リ級の艦体が炸裂しまた一 ﹁だとしたら、僕はこの後負傷するじゃないか。﹂ ですな。﹂ ﹁どうやら捨て駒のようですね。捨て艦と言うわけですか。さしずめこちらは井伊直政 きました ﹁敵、戦艦隊退避していきます ＳＴＡＧＥ─４７ 瀬戸内海殲滅戦 1417 1418 つ瀬戸内海に火炎が上がる。 │││││ナンダ。ナンダナンダナンダナンナンダアイツハ はずだった。それが今はどうだ たった一隻の戦艦が作戦全てを破壊し、蹂躙した。味 簡単な任務の筈だった。戦力の希薄な呉鎮守府を強襲して、後手からの一撃を与える も無く、衝撃波と熱に蹂躙され解体されているのだろう。 時に、通信機からは断末魔の代わりに弾着による爆音が響いてくる。断末魔を上げる暇 機関を焼け付かせるほど回して、レ級は瀬戸内海を進む。後方で轟音が鳴り響くと同 !? 早ク 奴ニハ、奴ニハ勝テナイ ! れるか爆発し、艦体には届いていない。逆に、奴の砲弾を防御できるかと自分に問うて する範囲においてであった。自分の砲撃は何度も直撃させた、だがすべてが手前で弾か だった。彼女は自他ともに認める戦闘狂ではあるが、それはあくまで自分の能力が通用 以前、艦娘の５１㎝砲弾を受けたことが有るが、アレが豆鉄砲のようにも見える威力 戦闘能力を奪った。 方の攻撃は全く通用せず、敵の攻撃は必ず装甲を撃ち抜き、重大な損害を与え、一撃で ? みるが恐ろしい予想しか出てこなかった。 │││││逃ゲロ ! ! 目の前に淡路島が迫っている、舵を調節して鳴門海峡へ艦首を向けた。ここを抜けて 紀伊水道を通れば太平洋だ。退却の可能性は十分にある。 そう、思った時だった。自分の左舷後方を同じように退却していた戦艦棲姫が、突然 内部から炸裂しレ級の艦体をオレンジ色の光で照らしだした。視線の向こうには、後ろ の戦艦棲姫が爆発した時の光で生まれた自分の艦の影が海面に写っている。本能的に、 後ろを振り返ってはならない事を悟る。 甲板上の魚雷発射管を旋回させて、後方へ扇形へ発射。自分の主砲が何故、後ろを向 けるようについていないのか歯噛みする。限界を超えて機関を駆動し、必死に海峡を目 指す。と、そこで後ろで大きな爆発。主砲の発射では無い、この爆発音は聞きなれた自 分の魚雷の命中音だった。いつもの癖で、目を輝かせて振り返り戦果確認を試みてしま う。 もし、この時彼女が後ろを見なかったら、そちらの方が幸せだったのかもしれない。 ホタカ 上に吹き上がる魚雷の爆発による水柱を貫いて、細長い艦首が姿を現す。１番主砲、 ２番主砲、艦橋、煙突とその悪魔の身体には損傷らしいものは見られなかった。 前部甲板に据え付けられた２基の６１㎝３連装磁気火薬複合加速砲がこちらを睨む。 ６つの閃光。それが、彼女が見た最後の景色だった。６１㎝砲弾の一発が艦橋に直撃 ﹁バ、バケモノ⋮﹂ ＳＴＡＧＥ─４７ 瀬戸内海殲滅戦 1419 1420 し、戦艦レ級の小柄な体はぼろ布の様に引き裂かれ、次の瞬間には炭化した何かのカケ ラに過ぎなかった。双胴艦のレ級の艦体は巨大な浮力を生む為、ホタカの主砲の一撃で は完全に沈まない。 ホタカはゆっくりと転舵すると、艦体に装備された３基の主砲を全て大破したレ級の 残骸へと向ける。瀬戸内海に最後の砲声が鳴り響いた。 瀬戸内海迎撃戦。別名︻瀬戸内海殲滅戦︼は深海棲艦の侵攻部隊の全滅をもって幕を 閉じた。 ＥＤ ﹁ＯＲＩＧＡ 〟ｒｉｓｅ〟﹂ ＳＴＡＧＥ│４８ 帰還 九州近海を進む加賀の露天艦橋から、艦娘加賀は自分の艦隊のすぐわきを上昇してい く銀灰色の偵察機を感情の読み取りにくい表情で眺めていた。 ﹁それにしても、意外だったよ。まさか君からあんな進言が有るとはね。﹂ 後ろから掛けられたよく知っている声に振り返ると、真津が下の航海艦橋から上がっ てくるところだった。 ﹁そう。﹂ 何 時 も の 様 に 言 葉 少 な に 返 す 秘 書 艦 に 少 し ば か り 苦 笑 し な が ら 真 津 は 彼 女 の 隣 に 立ってぐんぐん上昇していく艦上偵察機彩雲を見た。どことなく９７艦攻を思わせる フォルムを持つ艦上偵察機は艦隊の周りを一周旋回したかと思うと、北東の方角へと飛 び去ってゆく。銀色の翼が見えなくなったころ、加賀は自分の提督に頭を下げた。 先ほど姿が見えなくなった偵察機の偵察員席には、加賀の後ろを航行する空母の艦 うよりも、適当な理由を付けて飛び出していきそうだったしね。﹂ ﹁感謝されるほどの事ではないし、君が言わなくても結局は同じ事だっただろう。と言 ﹁提督。彼女の離脱を許可していただきありがとうございました。﹂ ＳＴＡＧＥ─４８ 帰還 1421 娘。瑞鶴が収まっていた。 とはいえ、本土防衛艦隊の狙うべき目標は既になく、本土近海にも深海棲艦の侵攻部 に陥ったと言う報告が舞い込んだのだ。 で、最後の深海棲艦を仕留めた直後。ホタカの全システムがダウンし、艦息も昏睡状態 いた瑞鶴も胸を撫で下ろすことが出来たが、その後が大問題だった。瀬戸内海殲滅戦 此処までは吉報と言えるもので、今までさんざん心配し自分の無力さに嫌気がさして 令部かも知れなかった。 艦隊を文字通り殲滅したと聞いた時、最も喜んだのは呉の住民では無く、この艦隊の司 大打撃を受けるのは気分が良くない。瀬戸内海殲滅戦でホタカが深海棲艦の殴り込み しかねないと考えていた。正直、ミッドウェーで勝ってきたのに、この迎撃戦で艦隊に 隊を率いる横須賀第２鎮守府の司令は、敵艦隊との戦闘に入れば指揮が乱れ艦隊が混乱 空母を片端から集めた艦隊である為、まとまりはお世辞にも良いとは言えない。この艦 平洋へ出て来た敵艦隊を補足し撃滅するために臨時編成された艦隊だった。高速艦と 艦隊は航空母艦と足の速い高速戦艦、巡洋艦で構成されたもので、呉基地を襲撃して太 瀬戸内海殲滅戦の詳細はすぐに本土へ急行中の本土防衛艦隊にもたらされた。この ﹁素直じゃないなぁ。﹂と笑う自分の提督に若干鋭い視線を向ける。 ﹁私も、味方を撃ち落したくはありません。﹂ 1422 隊は見られなかった。その上本土防衛艦隊も日本近海まで帰ってきていたこともあり、 ホタカの昏睡はさほど深刻に受け止められていなかった。燃料を節約するため艦隊の 速度を巡航に戻し、経済速度で本土に戻ることを決定したのだった。 こうして、瑞鶴はまた歯がゆい思いをすることになる。彼女とて一個人の想いで艦を 離れて呉に行くことは許されないと理解してはいたものの、それを了承できるかと問わ れれば否だった。帝国海軍の一員としての責任と、一個人の艦娘としての感情に板挟み になり、道中の彼女の機嫌は最悪といっていい。この間、ご機嫌斜めな自分の艦長を宥 めすかしていた副長は、後日ホタカの副長に散々愚痴ることになる。もっとも、ホタカ 〟 の副長は自分が悪いわけではないので他人事の様に│││││実際他人事だが│││ ││爆笑したのだった。 そんな彼女を見かねた金剛は加賀と提督に〟瑞鶴の呉行きを認めてくれないか 行を進言した事だった。 外だったのは加賀も二つ返事で了承し、金剛が真津提督の所へ行く前に提督に瑞鶴の呉 ぼない本土近海まで来たら瑞鶴を行かせるつもりだったので二つ返事で了承したが、意 と直談判したのだった。真津の方はホタカの様子を見てこさせるために、敵の危険がほ ? いないかもしれない。﹂ ﹁私も貴方も何時死ぬか解りません。もしかしたら、明日のこの時間には海面に浮いて ＳＴＡＧＥ─４８ 帰還 1423 真津から視線を再び青空に向けた加賀がポツリとつぶやく。視線の先には、白い海鳥 が低空をはばたいていた。 ﹂ ﹁まあ、ホタカも守ろうと思える存在が居た方が。無茶やらかさないんじゃないかしら ﹁腑抜け、ねぇ。﹂ 数少ない正規空母が何時までも腑抜けていられては困るわ。﹂ ﹁あの娘が彼と恋人関係になろうがなるまいが、私には関係ない。けれども。実際問題、 れた機動部隊が壊滅した最悪の１日。 カ ー ブ を 描 き な が ら 落 下 し て く る 爆 弾。火 炎。衝 撃。浸 水。傾 斜。世 界 最 強 と う た わ 加賀の頭に、船としての自分が死んだときの映像が流れる。急降下する爆撃機。緩い ドーントレス ﹁その点に関しては、信頼しているわ。けれども、何事にも絶対は有りえない。﹂ させない。﹂ ﹁おいおい。俺は自分が死ぬつもりもないし君らを沈める気も無い、そんな事は絶対に ﹁だからこそ、毎日を悔いなく生きて行かなければならないのよ。﹂ 1424 だ。﹂ ﹁そ り ゃ い い。俺 も ア イ ツ の 為 に 毎 回 毎 回 書 類 書 か さ れ る の に は 飽 き 飽 き し て い た 所 加賀のある意味打算的な考えに、真津は面白い事を聞いたと言う風に小さく笑った。 ? ﹁逆に今以上に無理して、被害が加速度的に増えるかもしれないけれど。それと、艦息の ﹂ 改造にはいろいろと書類が必要になってくるわ。鎮守府に着くまでに少しでも片付け て置いたら 田が座りハンドルを握っている。 ろがね四起に揺られて呉鎮守府へと向かっていた。運転席には紫色の髪を持つ艦娘、龍 呉鎮守府横の航空基地に着陸した彩雲から飛び降りた瑞鶴は、そこで待機していたく の長官室に積まれた書類の山脈は、一ミリも減っていなかった。 昨日、呉から連絡機で送られてきた大量の書類を思い出しガクリと肩を落とす。加賀 ﹁考えないようにしていたことを言うなよチクショウ。﹂ ? の部類だが、彼女の場合はやんちゃし過ぎると鉄拳制裁が飛んできかねない。何が来る 言えば自分の方が上なはずだが、何故か逆らってはいけないような気がする。加賀もそ どことなく掴み処が無い龍田の雰囲気は肌に合わなかった。軽巡洋艦で艦の〟格〟で に扱われたと言う理由では無い。元来竹を割ったような正確な瑞鶴にとって、雲の様に 何と言うか、瑞鶴にとってこの艦娘は苦手だった。決して悪い印象を受けたとか邪険 ﹁う、うん。﹂ ﹁それで、瑞鶴ちゃんは文字通り飛んで来たってわけね∼。﹂ ＳＴＡＧＥ─４８ 帰還 1425 でも、今は艦の上だし⋮ で かと予想できない分、龍田の方が不気味だった。瑞鶴〟ちゃん〟と子ども扱いするよう ﹂ な呼び方をされているのにも、苦手と考える理由があるかもしれない。 ﹂ ﹁それでぇ∼。瑞鶴ちゃんは彼のどこに惚れたの ﹁⋮⋮は まさか、金剛さん うち いや、あの 唐突過ぎる質問に、思わず間抜けな声が漏れてしまうが。すぐに彼女の心は何故 何で知ってるのよ ?! 満たされた。 │││││え、えええええええ !? 人は色々オープンだけど他人の事を簡単にばらすような人じゃない。じゃあ誰 の艦橋要員 ? !? る。 ? ﹂ ? ﹁だって飛行場からあれだけ愚痴っていたんじゃ、心配で心配でとんできました∼って 知らず知らずのうちにぶっきらぼうな口調になってしまう。 ﹁何でわかったの てしまった。観念したように、視線を前方のフロントガラスに向ける。 指摘されて思わず視線をそらした瞬間、この行為そのものが肯定じゃないかと気づい ﹁顔真っ赤よ 瑞鶴ちゃん。﹂ ちらと横の運転席を見てみると、龍田の紫色の瞳と目が合った。ニコニコと笑ってい ? ? ? ? 1426 言ってるのとかわらないじゃな∼い。﹂ │││││アタシって、ほんと莫迦。 ガクリ、と首を折る。確かにさっきまで龍田の口車に乗せられていいように愚痴りま くっていたが、今その内容を思い返してみるとホタカの事を心配しているとしか思えな いような愚痴ばっかりだった事実に気づく。 ﹁まあ、どうでもいいんだけどね。他人の惚気に興味ないしぃ∼。﹂ │││││やっぱりこの人苦手 のにした。 自分が彼女の掌の上で思いっきり弄ばれている事を自覚し、龍田への評価を確固なも ! ﹂ 龍田は面白いように顔の色を変える瑞鶴を横目で見つつ、何処か掴み処の無い笑みを ﹁うふふ。﹂ 浮かべていた。 ﹁ボダガざぁ∼ん ! ＳＴＡＧＥ─４８ 帰還 1427 1428 呉鎮守府のベッドで目を覚ました彼は困り果てていた。防潜網に絡まって身動きが 取れていなかった最後の重巡が自沈したのを確認した瞬間に意識が途絶え、次に気づけ ばベッドの上。身体を起こした瞬間に、ベッド横の椅子に座っていた秋月姉妹に抱き着 かれていた。うれし涙を流してくれているのは理解できるし、心配をかけた自分も悪い とは思うが、半べそを掻きながら抱き着くのは正直やめてほしかった。と言うか、照月 に至っては普通に泣いて彼の胸に顔をうずめていたりもする。戦艦を物理的に黙らせ るのには慣れている彼だったが、味方駆逐艦を宥めるのには全く慣れていなかった。 〟以前に意味深な笑みを浮かべながら まだ話が出来そうな秋月に視線を向けた瞬間、彼女も我慢の限界だったのか飛び込ん で来る。 │││││どうしろと 〟女性の涙ほど厄介なものはありませんよ これ幸いと龍田に声をかける。 │││││助かった。 その時、病室のドアが開かれ龍田が入ってくる。 みるが、余計に泣かれた。 本気で後悔し始めていた。とりあえず、自分は大丈夫と言う意味で彼女達の頭を撫でて そう忠告した副長を思い出す。何であの時、女性を宥める方法を聞いていなかったのか ? ? ﹁あ∼、龍田。﹂ ・・・・ ﹁はいは∼い。二人とも、ちょ∼っとお客さん来てるからホタカさんに抱き着くのは後 にしてね∼。﹂ 何故か〟抱き着く〟の部分を強調した龍田は、二人の防空駆逐艦の肩を掴む。最初、 秋月と照月は抵抗したが龍田の後ろにいる何かを見て大人しく、むしろ率先して病室を ﹂ 後にした。ホタカからは龍田が邪魔になって彼女達が何を見たのか解らなかった。 ﹁助かったよ、龍田。﹂ 行ったのかを瞬時に理解できた。 ニコニコしながら龍田が横に一歩ズレる。すると、秋月たちが何故すんなりと帰って ﹁それは後ろの彼女に言ったらどう ? の出口へと向かう。 笑みを浮かべてホタカのベッドまで歩み寄る。それと入れ替わるように龍田は病室 うでよかったわ。﹂ ﹁アンタがまた無茶苦茶やって倒れたって聞いて、彩雲で飛んで来たんだけど。元気そ 満面の笑みを浮かべた瑞鶴が病室の入り口に立っていた。ただし、目は笑ってない。 ﹁げ、元気そうで何よりだよ。瑞鶴。﹂ ﹁久しぶりね、ホタカ。﹂ ＳＴＡＧＥ─４８ 帰還 1429 は不可避の災厄だったが、編隊に穴が開いたまま帰ってくる航空隊を見ると胸を痛めず でも戦死者は出てしまった。空母として生きていくうえで艦載機やパイロットの喪失 救難隊は広い太平洋を文字通り駆けずり回って多数のパイロットを生還させたが、それ た。無数の艦載機が落とされ、有人機の損失も少なくない。ＵＨ│１で編成された捜索 隊は喪失艦を出さず、全艦が無傷で返って来れた。しかし、航空隊はそうはいかなかっ はいない事を再確認し、加久藤は大きく息を吐いた。ＭＩ作戦に置いてソロン鎮守府艦 ソロン鎮守府の灯台が艦橋から見える。電探、音探ともに感無し。あたりに深海棲艦 上機嫌で廊下を歩き始める。後ろからは未だに爆発音が響いていた。 │││││天龍ちゃんみたいで面白い娘よね♪ 複数の爆竹が弾けるような音が病室の中から聞こえてくる。 〟却下〟 〟誤解だ、それと病室で爆撃は〟 〟この、ロリコン〟 ヒラヒラと手を振って病室の扉を閉める。 ﹁じゃあ、ごゆっくり∼。﹂ 1430 にはいられない。 灯台を回り込み、湾への進入経路に乗ると決して大規模とは言えない母港のささやか な明かりが見えてくる。 │││││意外だな。自分にここまで里心が付いていたとは。 戦場となった南太平洋とは、空気の匂いが違っているような感じを受けている自分に 素直に驚く。帝国海軍に編入されて高々一年程度。この国にいったい自分の何が有る ホー ム のだろうかと自問自答してみるが、答えは出なかった。 ホー ム ﹁加久藤。母港だ﹂ ﹁ええ、母港です﹂ ふと視線を下げると、自分の前を先行する重巡古鷹の姿がある。後ろに意識を向ける と、すぐ後ろに重巡位の大きさの電探反応が有った。寝ぼけて隊列を離れていなければ 加古で間違いないだろう。 │││││いや、夜型だから起きているやもしれんな。 そんな風にいつしか仲間の性質をよく理解している自分に気づく。 │││││悪くない、な。これが艦息か。 味方からの通信、先行する古鷹だ。 ﹁こちら加久藤。﹂ ＳＴＡＧＥ─４８ 帰還 1431 ﹃加久藤さん、お疲れ様でした。﹄ 開口一番、通信機から古鷹のねぎらいの言葉が聞こえる。 そんな事を考えてしまってい ? ﹁だが、無意味だとは思うな。あの戦いの最中、君らには私が提供できる限りのデータを ﹃はい⋮﹄ ﹁古鷹、確かに君たちは今回出番が無かったともいえる。﹂ た。 いったい自分はあの海域へ何をしに行ったのだろう また、護衛任務のために水上艦同士の決戦にも参加できていない。 敵艦は遥か彼方で航空隊に撃滅され結局のところ一発も撃たずに帰ってきたのだった。 なかったことを気にしていた。勿論、加久藤の護衛と言う役目は有ったが、敵航空機や 責任感が強く、優しい心を持つ古鷹にとって今回のＭＩ作戦に自分があまり貢献でき ﹃私は、あんまり役に立てませんでしたから⋮﹄ ﹁よく知っているな。﹂ る。 その他にも、自分がＭＩ作戦で担った仕事をつらつらと上げて行く彼女に苦笑が漏れ ﹃はい。でも、加久藤さんが航空機の管制で大きく貢献したのは事実じゃないですか。﹄ ﹁私は何もやっていない。その言葉は航空隊の連中に言ってやってくれ。﹂ 1432 送っていただろう ﹂ ﹁だから、自分は役に立たなかったなんて思うな。君たちが役に立つのはこれからだ、あ ﹃⋮。﹄ 交える事と同じぐらい重要な戦果と言える。﹂ もっともよく〟見て〟、分析することが出来たのは君達だけだ。これは、実際に砲火を ﹁君たちは、私たちの護衛として敵と砲火を交えることは無かった。だが、あの戦場を 古鷹は待機時間を利用して、このデータを自分なりに分析していたのだった。 次受け取っていたのはやることが無かった護衛艦艇の面々だけだった。 で取捨選択を行った加工済みのデータだった。そのため、加久藤が得た全ての情報を逐 していた。攻撃を行う主力艦にも流してはいたが、それは混乱が起きない様に加久藤側 あの戦いの最中、加久藤はできうる限りのデータを古鷹をはじめとする護衛艦艇へ流 ? の戦場をリアルタイムで俯瞰出来た艦娘として、君たちの経験は十分に役に立つ。﹂ ﹄ ! ﹄と、何処か救われたような声が通信機から響いてくる。自分のやる ! ﹁その報告書に目を通すのは私なんだが。﹂ べき役割を見つけた彼女には、先ほどの暗い雰囲気は無かった。 ﹃任せてください ﹁では、今回の戦闘についての戦闘詳報を期待しておくよ。﹂ ﹃はい ＳＴＡＧＥ─４８ 帰還 1433 ﹁彼女なら読み応えのある報告書を作成してくれるでしょう。私も、もう一仕事してき ます。﹂ 仕事が増えることにゲンナリしている筆木の横を通ってＣＩＣへと向かう。纏める べきデータは其れこそ山の様にあった。 港についても一向に降りてこない加久藤を、古鷹が実力行使で外へ引きずり出し強制 ﹂ 的に休ませたのは完全な余談だったりする。 ﹁酷くないか したって。酷くない ﹂ ﹁でもさ、心配になって提督さんに無理させて飛んで来てみたら、駆逐艦の娘侍らせてま は彼女の美徳だろう。勿論、怒りに任せて爆撃するのはよろしくないが。 爆撃をしたことで溜飲が下がったのか、瑞鶴は素直に謝る。こういうところの素直さ 能力は無く、音と煙と煤が主なもので、爆竹によく似ていた。 ひとしきり空爆を受けた後、病人服についた汚れを叩いて落とす。瑞鶴の爆撃に殺傷 ﹁⋮⋮⋮ごめん。﹂ ? 1434 ? ﹁侍らせてはいないだろう。﹂ ハァと小さくため息を付くホタカを見て、今更になって強烈な罪悪感が湧き出てく る。彼女自身、病室突入前に龍田から簡単な経緯を聞いており、穏便に済まそうと思っ ていた。しかし、２人の駆逐艦娘│││││認めたくないが自分よりスタイルがいい│ ││││に抱き着かれて、何とかなだめようと頭を撫でているホタカを見て一瞬でそん な考えは吹っ飛んでしまい、気づけば〟とりあえず一発爆撃してから話し合おう〟なん て物騒な考えに至ってしまった。 ようするに、嫉妬したと言う事だ。とは言え、冷静になって考えてみると自己中心的 にもほどがある。 │││││これじゃあ嫌われるよね。 自爆。そんな言葉が頭をよぎる。 ﹂ ? ﹁わ、私は大丈夫。水上砲戦には巻き込まれていないし、加久藤の航空隊が守ってくれて 彼の言葉の意味を頭の中で噛み砕き、自分を心配してくれたと言う事に気づく。 ﹁僕は、君に怪我は無いかと聞いたんだよ。﹂ わね。他には、﹂ ﹁えーと、伊勢と日向は小破で、金剛と榛名と霧島は損傷はあるけど小破まではいかない ﹁ところで、ＭＩ作戦で怪我は無かったか ＳＴＡＧＥ─４８ 帰還 1435 たし。でも、艦載機は⋮﹂ 加久藤の艦載機が落とされていたように、彼女の艦載機の喪失も結構な数に上った。 落とされたのはほとんど無人機だが、妖精さんの乗っていた機も少なくは無い。自分が 送り出しついに戻ってこなかった妖精の顔が浮かぶ。無人機のお蔭でパイロットの数 が少ない分、空母の艦娘がパイロット妖精と面識を持つのは稀な事では無かった。航空 戦に未帰還は付き物だと頭では理解しているものの、感情の部分で了承なんてできな い。 視線が下に下がり、自然にうつむいてしまう。 ﹂ ? るのは、悪くない。金剛が事あるごとに真津に抱き着いていたのも、解る気がする。 髪型が少し乱れるが、そんな事はもはやどうでもよかった。好きな人に頭を撫でられ その後余計泣かれたけどね。と疲れたように肩を竦める艦息。 たから試してみた。嫌ならすぐに辞めるよ。﹂ ﹁いや、泣きそうな顔をしていたからな。さっき秋月たちにやったら、少し落ち着いてい ﹁え 頭に軽い衝撃の後、くしゃくしゃと少し乱雑に撫でられる。 ﹁そうか。﹂ ﹁何人も、帰って来なかった。﹂ 1436 若干の気恥ずかしさとそれ以上の嬉しさで、少し顔が熱くなる。ほんの少し顔を上げ て、ベッドから上体を起こした艦息を見る。ホタカの視点からは、彼女は上目遣いをし ているのが見えたが、慣れない対応の連続を迫られて内心混乱の瀬戸際にある彼に、そ の様子を楽しむ余裕なんてなかった。 │││││まったく、味方にはトコトン優しいわよね。 ﹁嫌じゃ、ないけどさ。もう少し丁寧に撫でてほしいわね。﹂ 安らぎを感じる一方。やはり自分は、この艦息の隣に居られるような存在じゃない事 を心のどこかで再認識してしまった。強く、優しい艦息の隣には彼と共に戦える存在が 居るべきだ。自分の様な薄汚れた弱い艦娘では決してない。 こんな事を考えるのは、本来闊達な彼女らしくない。しかし、パラオでの事件が彼女 の心を歪めてしまっていたのだった。自分は綺麗な存在では無い、そんな自分に明るい 未来が有るはずない。そんなある種の固定観念が巣食っていた。建設的な未来像を想 起できなくなっているところを見ると、ＰＴＳＤと言ってもいいかもしれない。 しかし基本的に闊達な性格でその症状が直接表に出てこない分、彼女をＰＴＳＤと診 断するのは難しかった。 ﹁なに ﹂ ﹁すまない。ああ、言い忘れていた。﹂ ＳＴＡＧＥ─４８ 帰還 1437 ? ﹁お帰り、瑞鶴。﹂ その言葉に、ハッとして顔を上げる。急に上げた為、頭を撫でていたホタカの手が外 れる。彼は、宙に伸ばした形になった手を布団の上に戻した。 たった４文字の言葉に、彼女の心に奇妙な幸福感が沸き上がってくる。自然に顔が綻 び、柔らかい笑みが浮かぶ。 ﹁⋮⋮ただいま、ホタカ。﹂ 先ほどの暗い雰囲気が一気に吹き飛んだことで、ようやくホタカは内心で一息つくこ と が 出 来 た。そ れ と 同 時 に、自 分 が 女 性 の 扱 い に 全 く 慣 れ て い な い 事 を 再 認 識 す る。 呉基地の迎撃戦はど やっぱり、超兵器を相手にする方が楽だ。それでも瑞鶴の笑顔を見ると、〟悪くないな 〟などと言う感情が出てきていることに小さな驚きを感じる。 そこからは、今回の作戦でＭＩ方面ではあの後何が有ったのか ﹁で、何て呼ぶの 兄さんとかアサマ兄とか ? ﹂ ﹁ああ、声も聞いていないよ。船に行けば録音したデータが有るはずだけど。﹂ ﹁そう言えば、アンタはアサマが出てきたころには気絶してたんだっけ。﹂ ﹁へぇ、そんな奴だったのか。﹂ も自分よりは社交性の高そうな人物だと言う事に驚く。 んなことが有ったのかを、お互いが詳しく話していった。ホタカは自分の兄が少なくと ? 1438 ? 少し揶揄いを含めた瑞鶴の問いに、さてねと彼は惚けた。 ﹁一応２番艦だが、竣工も進水もほぼ同時だからなぁ。今更〟兄〟呼ばわりするのもど うかと思ってる。﹂ ﹁ふーん。ところでさ。﹂ そこで、再び瑞鶴の雰囲気がガラッと変わる。先ほどまでホタカが四苦八苦しながら 対応した弱弱しい雰囲気では無く、非常に既視感のある雰囲気。例えば、超兵器戦の後 の雰囲気に似ていた。 で殴り込んだってのは本当 ﹂ ﹁改造中に工廠の壁主砲でぶっ壊して無理やり進水した挙句、敵の水上打撃艦隊に単艦 ﹂ 悲しめばいいのか解らなかった。 ﹁ホ・ン・ト・ウ・ナ・ノ ﹁⋮⋮⋮本当だ。﹂ ﹁毎度毎度毎度思うんだけどさ⋮⋮⋮バッッッッッカじゃないの ﹁そうでもしなかったら間に合わなかっただろ。﹂ ﹂ ??!! 爆発寸前の彼女の雰囲気にどことなく懐かしさを覚えてしまうのは喜べばいいのか │││││なんというか、久しぶりだな。 ? ? ﹁いや、非常用の措置で。﹂ ＳＴＡＧＥ─４８ 帰還 1439 可笑しいでしょ ﹂ あのバカでかい主砲は飾りじゃないん ﹁いや、改造中にドック爆破して出てきたのはもうアンタだから何も言わないけどさ。 何でわざわざ突っ込むのよ だからアウトレンジで一方的に殴ればいいじゃないの !? ﹂ ﹁測距儀やＦＣＳの換装が間に合わなくてね、近距離砲戦しか選択肢が⋮﹂ !! !? と若干現実逃避。 ﹁距離２４ｋｍで命中率はほぼ１００％じゃない ? 心の中でそんな事を愚痴る。 ﹂ そのまま砲戦して追っ払えばいいも │││││しっかり戦闘詳報読んでるじゃないか⋮ のをよりによって戦艦棲姫の複縦陣のど真ん中突っ込むって何考えてんのよ !! 気分なんだろうか ホタカの鼻先に瑞鶴の指が付きつけられる。弁護士に突っ込まれる検察官はこんな ﹁ダウト ! で防御しつつ速やかに殲滅するのが基本で﹂ ﹁そんな滅茶苦茶なドクトリンがあってたまるかっ !! はしていたが他のウィルキア海軍はそのような危険且つ力任せ過ぎる戦法をやらな 口から出まかせも彼女には通じない。実際の所、以前の世界でホタカはこの手を多用 │││││だよな。 ﹂ ﹁ウィルキア海軍は突撃分断、各個撃破が基本でな。敵艦隊に突入し、敵弾を防御重力場 !? 1440 かった。何故か。普通そんな事をやったら袋叩きにされて撃沈するのがオチだからだ。 約１時間ほど彼女の説教をのらりくらりと躱し│││切れずに最後は甘んじて彼女 の苦言を受けることになる。確かに、あの戦いで敵艦を殲滅する必要は無かった。わざ わざ突撃せずとも、あのまま数隻沈めていれば敵は反転して帰って行っただろう。どう にも、あの時は攻撃有るのみ、殲滅あるのみと考えていたことを瑞鶴に指摘されてよう やく気付いた。 個人的に、自分は冷静な方だと考えているがそれにしては妙な突撃だった。もしかし ﹂ たら、久しぶりの戦闘でテンションの上がっていた副長や砲雷長に引きずられたのだろ うか 聞いてんの !? ? ﹂ ? ﹁こんなこと続けてたらいつかは沈むってことよ。アタシは、アンタに沈んでほしくな ﹁おい、じゃあ今までの説教はなんなんだ ﹁まあ、いいわ。ちゃんと帰ってきたらそれでいいんだし。﹂ た蛙の気分が少しだけ羽語ったような気がする。 絶対嘘ついてるでしょ とでも言う風に彼女の金色の目が細められる。蛇に睨まれ 不機嫌そうな瑞鶴の声に現実に引き戻される。 ﹁ちょっと ! ? ﹁あ、ああ。聞いてるよ。﹂ ＳＴＡＧＥ─４８ 帰還 1441 い。絶対に。﹂ 急に真剣な表情になって、まっすぐ自分を見てくる瑞鶴。何故か、その言葉にはそれ 以上の何かが込められていそうな響きが有った。 ﹂ ? ﹁生き残らなければ負け、か。﹂ 役割と考えていたのだ。 た造ることが出来る。代えの効かない人間を守り戦うのが消耗品である兵器︵自分︶の ら、自分は只の兵器だからだ。たとえ自らが沈んでも、設計図と資源と工場があればま んでも敵も沈めばそれでいい、作戦が遂行できればそれでいいと考えていた。何故な は絶対的な負けでは無い。勿論、一方的に撃たれ沈められることは負けだが、自らが沈 生き残らなければ負け。そんな言葉に、軽い衝撃を受けた。彼にとって、自らの撃沈 生き残らなきゃ負けも同然なんだから。﹂ くてもそれじゃあ何時か絶対壊れてしまう。アタシはそれが心配なのよ。戦争なんて、 ﹁アンタは自分が沈んでもいいから敵を沈めようとしてる。それじゃあ駄目、いくら強 理解して無さそうな艦息に、艦娘はじれったくなったのか少し声を荒げた。 ﹁何が ﹁そこよ。そこが心配なの。﹂ ﹁僕も、只で沈むつもりは無いよ。﹂ 1442 ﹁そういう事。理解した ﹁多少は、な。﹂ ﹁ちょっと ﹂ 寝てなくていいの ﹂ ?! がる。 する。そんな微妙に煮え切らない場の雰囲気を変えようと、ホタカはベッドから立ち上 曖昧に笑うホタカに、何処かうまくごまかされたような気がして、彼女は微妙な顔を ? のようにも見える幾何学模様に成形された金属がチェーンでつながれている。 瑞鶴の手の上に落とされたのは、奇妙な形のペンダントだった。パッと見、雪の結晶 出すと、彼女の前に立った。﹁ほら、お守りのお礼だ。﹂ 壁に掛かっている軍服に歩いていき、内ポケットを探る。掌に握れるほどの物を取り ﹁もう大丈夫だよ。﹂ ! ﹁何か意味あるの ﹂ だ。これは其れを模したペンダント。﹂ ﹁ルーン・コンパス。大昔にバイキングが使っていたらしいルーン文字を使った羅針盤 形だった。 チェーンをつまんで、金属板を目の高さにまで持ってくる。見れば見るほど不思議な ﹁雪の結晶⋮にしては変な形ね。﹂ ＳＴＡＧＥ─４８ 帰還 1443 ? ﹁どんな天候でも道に迷わない、道に迷っても家にたどり着ける。そんな感じの意味だ。 ﹂ バイキングって言ったら北欧とかヨーロッパの方で まあ、お守りと言って差し支えないかな ﹂ ﹁へぇ。でも、なんでバイキング しょ ? ﹂ ? ころで、この艦息が従うはずがない。それに、もしだめなら佐世保の医務室に放り込め 何かを言いかけた瑞鶴だったが、ため息を吐いて言葉を飲み込んだ。自分が言ったと ﹁アンタ⋮⋮はぁ。﹂ ﹁さて、退院するか。そろそろ艦の改造も終わっている事だろう。﹂ ﹁解ってるわよ。﹂と苦笑してペンダントトップを胸当ての中に入れた。 ﹁装飾品だけど、自分を着飾るものじゃないよ。﹂ ﹁どう たり小さな音を立てた。 さっそくチェーンを外し、首にかけてみる。金属製のルーン・コンパスが胸当てに当 ﹁なるほど、あながち無関係ってわけではないのね。﹂ として海賊活動を行っていた。﹂ をはるばる渡ってきてウィルキアを作ったんだよ。それで、デーン人は当初バイキング ﹁ウィルキア人の先祖はデーン系のヴィルク族と言われている。彼らがユーラシア大陸 ? ? 1444 ばいいだろう。 ﹁アタシは外で待ってるから。急がなくていいわよ。﹂ 医務室を出て、廊下の壁に背中を預ける。おもむろに自分の首に掛かっているチェー ンを指でつまみ、ペンダントトップを引き出した。そろそろ日も傾きかかっており、廊 下にはオレンジ色の太陽光が入り込んできている。掌に置いたルーン・コンパスは、斜 陽のオレンジ色の光を鈍く反射していた。 │││││道に迷っても、家にたどり着ける。か⋮。 こんなものが今の日本にあるわけはない、恐らく彼の艦内に積み込まれていた物の一 つだろう。グッと握ると、金属特有の硬く無機質な感触。再び、彼から伝えられた意味 を反芻する。 掌を開く。自分には考えもつかない改造を施し、再び戦闘の海に帰ってきた艦息。自 分にとってかけがえのない存在。その人物から受け取ったペンダントは自分には理解 できない文字を模した枝を生やし、掌の上でオレンジ色の光を反射している。 れなかった。 そんな言葉をつぶやいてみるが、だからと言ってこのペンダントを突っ返す気には慣 ﹁そう言う意味なら、アンタが持ってなさいよ。ばか。﹂ ＳＴＡＧＥ─４８ 帰還 1445 1446 ＥＤ ﹁ＯＲＩＧＡ 〟ｒｉｓｅ〟﹂ ＳＴＡＧＥ│４９ ラバウルの迷い鶴 ﹁以上で報告を終わります。﹂ 草凪が提出した報告書の内容を手短に話し終えると、つい先日まで彼女が座っていた 椅子に収まった若い司令官が一つため息を吐いた。彼の軍服には真新しい少将の階級 章がぶら下がっている。 うのは奇跡に近い。﹂ ﹁ご苦労だった、草凪少佐。呉を強襲されてこうむった被害が大型改造ドックだけと言 口では称賛の言葉を吐いてはいるが、彼は何処か疫病神を見るような視線を机の向こ うの女性将校へ投げかける。確かに、呉鎮守府に深海棲艦の水上打撃艦体が雪崩込んだ にしては鎮守府の被害は非常に小さいと言う事が出来る。しかし、貴重な大型改造ドッ クを必要だったとはいえ〟味方に〟全壊させられたならば、何か釈然としない物を感じ るのが人情と言うモノだった。 勿論、本気で言っているわけではない。 ﹁頼むよ。それが来ないと佐世保の連中に請求書つきつけなくてはならなくなる。﹂ ﹁改造ドックの修理資材と資金は大本営から支給されるとのことです。﹂ ＳＴＡＧＥ─４９ ラバウルの迷い鶴 1447 ﹁まあ、ドックの事は良いとして。武蔵の浮揚作業は ﹂ ? ﹂ ? ﹂ ? 施設へと群がり、飲み込まれていく。 艦から守られた呉の街が良く見えた。抜けるような青空の下、多数のトラックが鎮守府 廊下で待っていた天龍と龍田を従えて、絨毯の布かれた通路を歩む。右手には深海棲 ﹁嫌な顔はされたけどね。﹂ ﹁よぉ、どうやらどやされなかったみたいだな 執務室を出ると、見知った面子が草凪を待っていた。 敬礼 ﹁それは〟彼〟に言ってあげてください。では。﹂ ﹁では草凪少佐、留守番ご苦労だった。それと、呉を守ってくれてありがとう。﹂ ﹁有りません。﹂ するべきことは にこしたことは無い。それに、早くしないとウチの低速艦も戻ってくる。他に何か報告 ﹁何時までもボロボロの大和型戦艦を国民の目に見せるわけにはいかないからな。早い 賀へ回航することになっています。﹂ ﹁今日の午後には完了する予定です。その後、呉鎮守府まで曳航して応急修理の後横須 1448 ﹁あのトラックの中身は修復用の資材ですか ﹂ ﹂ ? ないってのが辛い所だな。﹂ ﹁だよなぁ。鴨はしっかり飼う。戦争には負けないようにする。両方やらなくちゃなら ﹁現状維持、だそうよ。下手に贄を増やして戦線が崩壊すれば元も子もない。﹂ ﹁でも∼これでまた物資はからですね∼。贄を増やしますか∼ ﹁ええ、例の場所からの物よ。提督には大本営からの物資としか言ってないわ。﹂ ? めんどくさそうに、天龍は頭の後ろで手を組んだ。 私は面白そうだと思うけどな∼。﹂ ? ﹂ ? ﹂ ? ﹁大本営に戻って報告をする。その後は⋮恐らく横須賀でしょう。﹂ ﹁ところで∼。これからどこへ行くのですか を背中で聞きながら、草凪は小さく笑みを浮かべる。 には姉としての威厳なぞ欠片も残っていなかった。何時もの様にじゃれ合う二人の声 何処か黒い笑みを浮かべる妹に、冷や汗を流しながら﹁なんでもない。﹂と弁明する様 ﹁性格が何ですって∼ 言を強制的に中断させられてしまう。 ﹁ウフフ﹂と笑いながら放たれた龍田の肘が天龍の脇に入る。予想の範疇外の攻撃に、発 ﹁おめーのは性格悪ぐふっ﹂ ﹁あら ＳＴＡＧＥ─４９ ラバウルの迷い鶴 1449 ﹁横須賀ぁ ﹂ 横須賀っていやぁようやく鎮守府が復旧されたところだろ 賀には鴨はいないぜ それに、横須 ? けていた。 流石に大本営と言えど、帝都を守護する立場にある横須賀に無能を配置することは避 ? ? ﹁アサマ、ですね ﹂ 龍田の答えに軽く頷く。 轢を生むことになる。﹂ ? ﹁ああ、あのお嬢と適当提督の所か。﹂ 須賀第２鎮守府らしいわ。﹂ ﹁彼を信頼せずとも、彼の戦闘能力は信用すると言うことよ。それと、配備されるのは横 ﹁でも∼。信頼できるのですか ﹂ ているから下手に動かすことはできない。実績のある艦を命令で引き抜けば要らぬ軋 配戦闘艦の配備を熱望していた。けれど、ホタカは佐世保、加久藤は南方の守備に就い 守府に配備するのが妥当だけど。始祖鳥に蹂躙されて以来、彼ら横須賀司令部は海域支 ﹁ええ。大本営はアサマを帝都の守備に就かせる気よ。本当なら最初はもっと辺境の鎮 ? ? ﹁アサマって、ＭＩで大戦果を挙げたホタカの兄貴だよな ﹂ ﹁そうね、確かに横須賀に鴨は居ない。けれど、虎が来ることになっているわ。﹂ 1450 ﹂ 酷い言い方をする天龍だが、あながち間違っているわけでは無かったりする。 ﹁まずは大本営に行って報告をしないとね。天龍、頼める 執務室の窓からは出港していく２隻の軽巡が瀬戸内海を進んでいくのが見えた。 いた。 彼女達の向かう先では２隻の天龍型軽巡洋艦が出港準備を終えて、主の帰りを待って ﹁任せとけ。﹂ ? ﹂ 隣に来て自分と同じように窓をのぞき込んだ五月雨が確認するように呟く。 ﹁確か、草凪少佐と一緒に来た軽巡の方たちですよね ? ? ﹁沖ノ島沖海戦から一線を退かれたと聞いていましたが、復帰されたのですか ﹂ ﹁はい﹂と花のような笑みを浮かべる小柄な艦娘に癒されながら、再び窓の外を見やる。 ﹁ありがとう。五月雨。﹂ いです。﹂ ﹁改造ドックへの資材搬入が終了しました。それと⋮修理が完了するのは約一月後らし 有った。 後ろからの声に振り返ると、長いこと自分の秘書艦を務めてくれている艦娘の姿が ﹁提督。﹂ ＳＴＡＧＥ─４９ ラバウルの迷い鶴 1451 でも、艦娘を運用できるのは提督だけでは ﹁いや。彼女は提督じゃないよ。﹂ ﹁え ﹂ ? ﹁あの二人をよく見てごらん、何か妙な感じがしないかい ? あの２隻って天龍型ですよね ない印象を受けた。 ﹁あれ ﹂ ? ﹂ ﹁でも、天龍型って１４ｃｍ単装砲４門に５３３ｍｍ３連装発射管２基の筈ですよね ﹁そうだ。﹂ ? これじゃあ深海棲艦に撃ち負けるのでは ﹂ ? ぐらいは余裕で ? まあ、彼女達の仕事は不正を働いた提督や艦娘の捕縛、深海棲艦 ? に回したら〟不慮の事故〟や〟戦闘中の誤射〟で〟名誉の戦死〟になる。﹂ 側スパイの摘発、憲兵と組んで国内の不穏分子の粛清、その他イロイロだ。要するに敵 出るんじゃないかな れてその分のリソースを装甲と速力に割り振る。あの２隻なら３８ ﹁海軍特別警察隊、彼女達はそこに所属している。特警に所属する艦娘は武装を減らさ ﹁そ、それって。﹂ ﹁それでいいんだよ、彼らの相手は深海棲艦じゃない。身内だ。﹂ ? あの二隻には主砲が艦首と艦尾に一基ずつ、魚雷は前部の物しか搭載されていませんよ ? ﹁ん∼﹂と小首をかしげながら、低速で航行する天龍型軽巡を見る。すると、何か物足り ? 1452 ﹁ひっ⋮﹂と小さく悲鳴を上げる秘書艦に〟脅かし過ぎたか〟と少し反省する。お詫び の意味も込めて、手を彼女の頭にポンと乗せた。 何時もの様に笑いながらクシャクシャと彼女の透き通るような蒼い髪を撫でつつも、 ﹁まっ、清廉潔白な呉第４鎮守府︵俺達︶には関係ない事だ。安心しろ。﹂ 心の底では別の事を考えていた。 │││││そう言えば、特警と憲兵を統合させて国内の不穏分子摘発をより攻勢的に 実施する組織が出来たとか噂が流れてきたが。 チラリと瞳だけ動かしてもう小さくなっている軽巡を見る。 │││││まさか、な。 ﹁へぇ。それで ﹂ 草凪は進路の変更を天龍と龍田に伝える。翌日、その静岡の港湾倉庫にはわずかな血 発事故が起こるかも。﹂ ﹁木端組織だがほっとくわけには行かないってよ。俺たちは海から、場合によっては爆 ? らしい。﹂ ﹁少佐、大本営から連絡だ。帝都に行く前に静岡の港湾倉庫で集会やってるバカが居る ＳＴＡＧＥ─４９ ラバウルの迷い鶴 1453 1454 痕以外には何も残されていなかった。 ラバウル第２鎮守府からほど近く。名前すらついていないような入り江に巨大な航 空母艦が停泊している。甲板には偽装用のネットがかけられ、艦橋もそれらしく葉や枝 が取り付けられており、上空から見たら空母だとは思えない様に隠されていた。 ヤシの木の葉が張り付けられた防空指揮所に、一人の艦娘が佇んでいる。紅白の衣服 に身を包んでいるため、何処か巫女のような雰囲気も感じさせるが、脚部に取り付けら れた大柄な艤装によって確かに艦娘であることが解る。入り江の入り口から吹き込ん でくる海風が彼女の銀髪を揺らし、当人は手で弄ばれかけている自分の髪を抑える。不 意に聞きなれたエンジン音が頭上から響く。顔を上げると、６機の雷電が編隊を組んで グ リ フィ ス 上空を飛び過ぎて行くところだった。目をこらしてよく見てみると、その雷電の垂直尾 翼にはお気楽なハゲワシのエンブレムが描かれているのが解る。 深海棲艦との戦争の中で復旧したラバウル基地航空隊では部隊のマークを尾翼に描 ＳＴＡＧＥ─４９ ラバウルの迷い鶴 1455 くことが流行っており、あのハゲワシのエンブレムを付けた航空隊も、それに乗っかっ たと言うわけだった。 ああして頭上を飛び過ぎて行く６機の姿を見ると、自分がここへ来た時の事を思い出 す。 思い出せる中で最も古い光景は、あちこちで甲板がめくれ上がった自分の飛行甲板 だった。艦載機は見当たらず、発艦の時に使う艤装の弓は半ばほどで折れて使い物にな らない。そして、自身の身体もあちこちに裂傷や火傷が出来ており満身創痍と言った風 貌だった。 思い出したように襲ってくる激痛に意識を手放さない様に努力しながら防空指揮所 を見渡すが、妖精さん達は倒れ伏したままだった。妖精さんは死亡するとすぐに霞の様 に消えてしまうので、今こうして倒れている妖精さんは少なくとも死んでいないと考え ることができる。 妙な事は、自分も妖精さんも飛行甲板も一目でわかるほどずぶ濡れだと言う事だっ た。至近弾でもあれば吹き上がった海水に艦体が洗われることは考えられることだが、 それならば自分たちは海水を被っていることになる。しかし、舐めてみる限り自分たち に降りかかったこの水は真水。 不思議に思って空を見ると、今自分たちが居る場所も何故ずぶ濡れなのかも理解し た。 微速航行する自分の艦体の後ろの方に分厚い雨雲の壁が有った、更に遠くの暗い方で は雷も光っている。要するに、巨大なスコールからたった今出て来たらしかった。やや なぜ自分はこんなに傷つ ? ﹂ などと矢継ぎ早に質問をするが、妖精さんも自分と同じように記憶を あって目を覚ました妖精さんに、なぜ自分はここに居るのか いているのか 失っていた。 ﹁艦長、如何します ? ﹂ ! 強制終了させる。そんなはずはない、自分よりも運のいい妹なら無傷で居るのだろう。 轟沈と言う到底許容できそうもない自分の考えを、艦橋の手すりを殴りつけた痛みで ﹁ッ また自分と同じ様に損傷しているのかもしれない。考えたくはないが、もしかしたら。 不意に、頭の中に妹の顔が浮かび彼女の顔から血の気が引く。もしかしたら、彼女も ﹁了解。﹂ ﹁取りあえず、被害状況の確認をお願い。使える兵装の確認も。﹂ かった。あたりを見渡しても、僚艦の姿は見えないし、通信機も完全に破壊されている。 若干の不安を滲ませながらずぶ濡れの副長が問うてくる。正直、翔鶴自身が聞きた ? 1456 ＳＴＡＧＥ─４９ ラバウルの迷い鶴 1457 根拠も何もない、妄想に等しい願望だったが今はその考えに縋るよりほかなかった。 妖精さんには被害状況の確認を命令したが、自分の艦体は自分が一番良く解る。出せ る速度は１４ 、火災はほとんどが鎮火されたが数か所ではまだくすぶっているよう 度あり、その度に彼女は悲壮な決意と共に戦闘配置を命じなければならなかった。せめ は艦の全周を取り囲み、進んでも進んでも切れ目は無い。鯨を潜水艦と誤認する事が数 避行は彼女と乗組員の精神を容赦なく削って行く。むごいほど美しく蒼く輝く太平洋 一日、二日と当てもなく西進を続ける。敵に見つかれば轟沈あるのみと言う中での逃 進すれば東南アジアの島々が見えてくるはずだった。 もないが太陽の位置からおおよその方位は解る。ここが仮に北太平洋とするならば、西 現在出せる精いっぱいの速度で西進することに決めた。羅針盤は故障し役に立ちそう 副長からの報告で自分が感じ取った艦体の損傷と現実に剥離が無い事を確認した後、 げるだけだった。 にできたことは、味方に見つけてもらえることを祈りつつ、敵から見つからない様に逃 駆逐艦が相手でもただでは済まないだろう。逃げる足も、戦う術もない。その時の彼女 も無い。使える火器は１２．７㎝連装高角砲が２基に２５ｍｍ三連装機銃が１基のみ。 心の艦載機はその全てが格納庫にも甲板にも存在しなかった、パイロットも無人機の矢 だ。危険性は低い、応急班が消火に出ているので直ぐに完全な消火がされるだろう。肝 ? て一矢報いる意志をかき集め、狙いを定めた向こうに鯨の潮吹きの白い塔が立ち上ると 言い様の無い安心感と肩透かしを食らったような奇妙な感覚に襲われた。 睡眠も碌に取れず、頭上を幾度も太陽と月が通り過ぎて行く。 ﹂ ﹂ 西進を開始して数日たったある日、不明機体発見の報告がもたらされる。 ﹁不明機体は ﹁方位１│０│１です ﹂ ! ﹂ ? ﹁軽空母相手でも、生かして返してはもらえないでしょうなぁ。﹂ ﹁副長、どれぐらい持つと思う で空襲をしのげるなんて思えないが、やらないよりはマシだった。 僅かに残った防御火器が起動しゆっくりと砲身を持ち上げて行く。この程度の火器 ﹁対空戦闘用意 に空襲が来るだろう。 棲艦の艦載機だった。単独飛行しているところを見るとアレは偵察機だ、後数時間以内 心から願うが、数分の後に彼女の網膜に写っていたのは流線型の機体を持つ銀色の深海 浮かんでいた。心臓の鼓動が速くなり、抉られた傷口が痛みだす。友軍であってくれと さんが使っている望遠鏡と自分の視界をリンクさせると、真っ白な雲の谷間に黒い点が 現在の艦の向きは方位２│７│０。艦の後方にその不明機は現れた。見張りの妖精 ! ? 1458 ﹁そうよね。退艦用意は﹂ ﹁艦長。﹂と呆れたような声の副長が割り込んだ。 旧しました。これで助けを呼んでみましょう。もしかしたら、付近を航行中の友軍に届 ﹁まだ、沈んだと決まったわけではありません。先ほど通信機の送信部分だけですが復 ﹂ くかもしれません。深海棲艦にも傍受されるでしょうが、だからと言ってやらなければ どの道空襲にやられます。﹂ ﹁それは、面白くないわね。副長、救難信号を出してくれる ? ンジンらしい重厚な鼓動に支配されていた。機体を少し傾けて下を見ると、いびつな形 日本機にしては大柄な風防の中は、機首のプロペラが空気を切り裂く音と爆撃機のエ んでは沈む。 悟を決めて行く心の片隅で、処刑を待つのはこんな気分なのだろうかと妙な考えが浮か で飛び回る偵察機を見ると酷く惨めな気分になってくる。最後の戦いに臨むための覚 範囲外で旋回し触接を続けている。こちらに航空機があれば迎撃できるのに、我が物顔 敬礼して副長が下の航海艦橋へ降りて行く。深海棲艦の艦載機は翔鶴の対空火器の ﹁お任せください。﹂ ＳＴＡＧＥ─４９ ラバウルの迷い鶴 1459 の入り江が眼に入った。パッと見ではまずわからないほどに偽装されているが、そこに は確かに正規空母が停泊しているはずだった。 な。 │││││そう言えば、〟あの時〟もこんな風にやたらデカい雲が多かった日だった の様に巨大な雲が浮かんでいる。 翼を数度振って返事の代わりにしておいた。前に視線を戻すと広い空に幾つかの山 ﹁幸運ヲ祈ル、か。﹂ 放たれる。 く。ふと、後ろを振り帰り入り江の方を見てみると森の様に見える場所から発光信号が 迎撃機として作られた雷電は、その巨体をエンジンパワーに物を言わせて上昇させてい はまだあどけなさが残っていた。機体を操作して機首を東に向け上昇を始める。元々 通信機からは新任の管制官の声が聞こえてくる。それなりに優秀らしかったが、声に ﹁グリフィス・リーダー了解。﹂ 上昇してください。﹄ ﹃ラバウル管制よりグリフィス・リーダー。針路を０│９│０に取り高度４０００まで 1460 偵察機 救難信号を受けたのは、深海棲艦艦載機の迎撃のため高度４５００ｍを巡航している 時だった。ラバウル基地の天山が洋上で単独飛行する深海棲艦の艦載機を発見。この 敵機の進行方向上にはラバウル基地が有ったため余計な情報を与える前に撃墜するこ とが決定されグリフィス隊の６機の雷電が派遣されたのだった。 グリフィス隊の隊長機を務める南晃一は、突然入った救難信号に若干焦る。この通信 が本当ならば、大破状態の正規空母が無防備で敵の前にさらけ出されていることにな る。救難信号が発せられた座標と、今自分たちが向かっている地点がほぼ一致している ことから、この空母が触接を受けている機こそ自分たちの狙っていた獲物だと考える事 が出来た。 ﹁感謝する。﹂ ﹃⋮了解、２個飛行隊を送ります。グリフィス隊は前進し対象艦を掩護してください。﹄ い、早く頼む。﹂ ﹁対 象 の 正 規 空 母 は 大 破 し て い る そ う だ。位 置 は ポ イ ン ト ４ ２ │ ３ ５ │ Ｇ。時 間 が 無 た。﹄ ﹃ラバウル管制よりグリフィス・リーダー。救難信号はこちらでは受信できませんでし 目標の偵察機はこの正規空母に触接を続けている模様。増援を要請する。﹂ ﹁グリフィス・リーダーよりラバウル管制。所属不明の正規空母から救難信号を受けた。 ＳＴＡＧＥ─４９ ラバウルの迷い鶴 1461 ﹃幸運を。﹄ │││││この管制官。たしか、空野とか言ってたな。 ﹁グリフィス・リーダーより各機、聞いていたな これから前進し正規空母を護衛する。﹂ 1462 ﹃グッキル ﹄ 機はいないため増援の到着まで６機で戦いぬかねばならなかった。 航空機を使えない空母は脆い。付近の空域に自分の部隊以外に彼女を護衛できる航空 了解の声が通信機から響いてくるのを聞きながら、防弾ガラス越しに空を見据えた。 ? 上昇だ ﹂ ! 戦闘機は如何する ﹄ 機体を傾けて左方向旋回上昇。急降下で稼いだ速度を高度へと変換していく。 ! が見える。１１機ほどの艦上戦闘機が編隊を解いてグリフィス隊の追撃を始める。 首を巡らせると敵編隊には５機分の穴が開き、１機が煙を噴いて高度を下げてゆくの 離脱。 に貫かれて次々と爆散していく。ずんぐりとした雷電は勢いそのままに編隊の下方へ 縁へ向けて急降下。後ろ上方を取られた敵機は回避機動を取る前に２０ｍｍ機関砲弾 機体のすぐ後方で幾つもの炎の華が蒼空に開いた。高度差約６００から、敵編隊の外 ! ﹁もう一度やるぞ ﹃隊長 ! !? 雷電なら後ろにつかれても逃げ切れる ﹂ ﹁グリフィス４，５，６は編隊を解いて掩護に回れ。１，２，３が再攻撃をかける。ヤツ ラの方が多い、旋回戦に持ち込むな ! ﹃マジすか ﹄ ﹄ ﹁編隊の中心に突っ込んで攪乱するぞ。﹂ ながら１機が編隊から外れてゆくのが見えた。 の下方を抜けて行こうとする１６機の雷爆連合が見える。さらに下の方には煙を噴き 了解の声を聴きながらさらに操縦桿を退き続ける。天地がひっくり返り頭上に自分 ! 銀色の背中で火花が弾けたかと思うと、即座に機体の構成部品がバラバラになって吹き 〇粍機銃から２０ｍｍ弾が吐き出され、雷電の主翼と敵機とを曳光弾のラインが結ぶ。 がはみ出す。コンマ数秒トリガーを引き絞ると両翼に搭載された４門の九九式二号二 防弾ガラス越しの銀色の機体が見る見るうちに巨大化して行き、照準器からその機体 弾幕でハチの巣になるが。 的安全に攻撃位置につけるのだった。ただし、離脱を上手く行わないと下部機銃からの 式の機銃が搭載されている。だからこそ、上空から敵編隊に突入する場合に限れば比較 深海棲艦の艦載機には後ろ上方を攻撃できる防御火器はついておらず、機体下面に旋回 ３機が矢じりの様なトライアングル編隊を組んで１６機の攻撃隊へ突入を開始する。 ! !? ﹃つべこべ言うな突撃ぃ ＳＴＡＧＥ─４９ ラバウルの迷い鶴 1463 飛んで行った。 機体をロールさせながら編隊を通過し、曳光弾がキャノピーの外を流れるのを見なが ら急降下で離脱。即座に操縦桿を退いて上昇。戦果確認をしてみると敵の攻撃隊は１ ３機に減っており、それどころか５機ほどが腹に抱いてきた爆弾や魚雷を切り離して制 チェックシックス ﹄ 空戦闘に参加し始める。これで始末するべき機体は残り８機。 ﹃グリフィス１ ! る。 ﹁２，３は４，５，６を掩護 散開 ﹂ ! ﹃グリフィス１ ﹄ ﹄ まずは攻撃隊を始末しろ 今掩護します ﹁構うなグリフィス４ ﹃了解 ﹂ ! ! は優に７００ｋｍを突破している、制限速度の４００ノットはすぐそこだった。機体剛 ７ ４ ０． ８ ｋ ｍ ／ ｈ 機体を微妙に滑らせることで被弾を避ける。高度計は２０００ｍを切った。降下速度 操縦桿を押し込んで思い切り機体を降下させていく。火箭が後方から飛んでくるが ! ! ! と２機の戦闘機がこちらを狙って急降下に移っている。 機体を捻り急降下に移る。後ろを飛んでいた２，３は上昇を続けて行った。振り返る ! チェックシックス。６時の方向、つまりケツにつかれたと僚機から警告が入ってく ! 1464 性では深海棲艦の艦載機と雷電はほぼ互角。適当な場所で機体を引き起こしていくと、 上から押しつぶされるような重力加速度が掛かり視界がグレーに染まっていく。 水平＋１０度程度まで起こしたところでスロットルをＭＡＸへ、降下速度とプロペラ の推力で速度を殆ど維持したまま秒間に２０ｍ以上上昇していく。迎撃機として設計 された雷電の上昇力には流石の深海棲艦の艦載機でも敵わず、どんどん引き離されて行 く。ついには追撃を諦めて翼を翻し、他の敵を求めて編隊へと機首を向けた。 南もインメルマンターンで機体を編隊へ戻す進路へ機体を乗せる。振り返ってみる と、すぐそこに正規空母の姿が見える。戦っているうちにだいぶ接近されてしまったよ うだ。 敵編隊はと言うと、残りは全部で１６機。そのうち攻撃機は３機程度だった、こちら の雷電は全機健在。速度と火力に優れた雷電が一撃離脱を徹底して行えばそうそう落 とされないし、その機体を操るのはラバウルでも歴戦のエースばかりだった。また一 ケツに付かれた ﹄ 機、雷電の後ろに付こうとした機体が機銃掃射を受けて爆散する。 ! ! 上昇。衝突コースに機体を乗せる。自分の雷電の銃砲照準距離、両翼から放たれた火箭 操縦桿を押し込んで降下体勢。グリフィス３は２機の戦闘機を引き連れて機首上げ ﹁グリフィス３、掩護する。合図したら離脱しろ。﹂ ﹃うげっ ＳＴＡＧＥ─４９ ラバウルの迷い鶴 1465 が交差する距離は感覚で覚えている。正面から見るとどこか愛嬌すら感じさせる雷電 ﹂ のずんぐり具合がよく解る。 ﹁回避 ﹃グッキル グリフィス・リーダー ﹄ ﹃グリフィス６より全機、敵機が引き返していくぞ ! ﹄ ﹃グリフィス５、尾翼に被弾、舵の効きが鈍い。帰還に問題無し。残弾零﹄ あと弾はもう無い。﹄ ﹃こちらグリフィス４、最後の無茶でフラップがおかしい。ま、帰る位なら大丈夫だろ。 ﹃グリフィス３、左主翼に被弾飛行に問題はありません。残弾は有りません。﹄ ﹃グリフィス２、問題無し。弾切れです。﹄ ﹁損害と残弾を報告してくれ。﹂ はや攻撃機の存在しない編隊に大破しているとはいえ正規空母を沈める力は無い。 最後の無傷な攻撃機を落とされた深海棲艦の攻撃隊は翼を翻して逃走を始めた。も ! ! ４門の２０ｍｍ機銃が咆えて腹を見せた２機の艦載機が火だるまになり爆散する。 い腹を見せることになった。 返りに入る。それに追随しようと機首を上げた２機の戦闘機はグリフィス１に柔らか 通信機に叫んだのとほぼ同時に、グリフィス３の主翼からフラップが降りて雷電が宙 ! 1466 ﹃グリフィス６、問題なーし りで撃てねぇ。﹄ ﹃どうしたんだ 全部合わせて２０発ぐらいなら残ってるはずだが、弾詰ま 攻撃隊は追っ払ったはずだぜ ﹄ 翔鶴から高角砲弾が吐き出されたのはそんな時だった。 し、この部隊も良い加減化け物じみてきたものだと若干呆れる。 だった。３０機以上の敵機に６機で殴り込んで勝利したことをいまさらながらに実感 翼 を 翻 し て 翔 鶴 へ と 向 か う。こ の 中 で 一 番 早 く 翔 鶴 へ た ど り 着 き そ う な の は 自 分 合流だ。﹂ ﹁よし、対象艦の上空で味方が来るまで哨戒飛行をするぞ。とりあえずあの空母の上で た。 ろう。そう言う自分も、被弾はしていないが後１連射撃てるかどうかと言うレベルだっ 被弾はしているが帰る分には問題なさそうだが、戦闘能力は喪失したと言っていいだ ! ? これから突っ込むが高角砲は撃ち続けろ ﹂ 鋭く舌打ちをして機体を傾け、スロットルをＭＡＸへ叩き込み突入する。 けていたのだった。 に血の気が引いた。銀色の機体から薄い黒煙を退きながら１機の敵雷撃機が突入を続 不思議そうなグリフィス４の声を聴きながら高角砲弾が炸裂した場所を見ると、一気 ? ﹁こちらグリフィス１ ! ! ＳＴＡＧＥ─４９ ラバウルの迷い鶴 1467 通信機から返答は無い、それどころか高角砲がピタリと射撃を止める。 │││││畜生、翔鶴の受信機は死んでるのか │││││ジャムった しかし、数発発射されたかと思うと、直ぐに射撃が途切れてしまう。 るため、無駄弾なんて撃てない。いつもより機体一機分接近し、トリガーを引き絞る。 を出せていなかったため直ぐに射程距離内に補足する。撃てる弾数はごく限られてい 高度を速度に変換し、雷撃機に追いすがる。幸いにも、被弾した雷撃機はあまり速度 ! ０ｍを切る所だった。 の方を見ると回避機動を取り始めているが、恐らく無駄だろう。海面までの距離は７０ 飛行中に弾詰まりが起こるとパイロットには如何する事も出来ない。ちらりと翔鶴 !? ﹃隊長 回避を ﹁グリフィス２ ﹄ 救助宜しく ﹂ することを抑えつつ、エンジンの馬力に物を言わせて無理やり上昇する。今まで感じた に吹き飛び、一瞬意識が途切れかけれる。操縦桿とラダーを操作して機体が錐もみ回転 を傾け、右主翼を敵機にぶち当てた。滑らかなカーブを描く半層流翼が強烈な衝撃と共 腹をくくって減速させずに機体を接近させて行く、速度差は約１００ｋｍ／ｈ。機体 ! ! ! ! ﹁趣味じゃないが、仕方ない。﹂ 1468 事の無い振動を感じながら敵機の方を見ると、ただでさえ被弾していたところへ雷電の ﹄ 主翼がぶち当たったために、コントロールを完全に失って海面へ叩きつけられたところ だった。 ﹃脱⋮し⋮⋮だ⋮い⋮⋮長 ているよと風防に手をかける。 通信機もイカレているらしく、とぎれとぎれにしか聞こえない。言われなくても解っ ! │││││体当たりして海面に不時着した後、迎えの水偵が来るまで翔鶴に散々説教 いかもしれない。 スロットルを開いて機体を加速させていく、基地に帰ったら彼女に会いに行くのもい ﹃了解、グリフィス・リーダー。幸運を祈ります。﹄ ﹁グリフィス・リーダーよりラバウル管制。敵機を確認、攻撃に移る。﹂ 風防の外を見ると、遠くの方に偵察機の２機編隊がかすかに見えた。 聞きなれた管制官の若い声に、過去に遡っていた意識が引き戻される。指示に従って す。﹄ ﹃ラバウル管制よりグリフィス・リーダー。そろそろ２時方向に敵編隊が見えるはずで ＳＴＡＧＥ─４９ ラバウルの迷い鶴 1469 されたっけな。 泣き顔で敵機を落とすために無茶苦茶な攻撃をした自分を責め続ける艦娘の顔を思 い出して苦笑する。あの時は甘んじて彼女の苦言を受けていたが、今となってはいい思 い出の一つだった。 提督。﹂ 女が出撃する時は翔鶴が代わりに秘書艦として提督の補助に回っている。その他にも、 れこそ山の様にあった。基本的に弓月提督の秘書艦を務めているのは飛鷹だったが、彼 らば艦体を出撃させなければ良い。鎮守府内でも艦を動かさずに行える仕事などは其 月の頭の中になかった。出撃すれば資材の減少量から翔鶴の存在が露見するが、それな 類には記載されていなかったが、だからと言って艦娘に仕事を回さないと言う考えは弓 座っていた。翔鶴が執務室に呼ばれることは珍しい事では無い。鎮守府戦力として書 翔鶴が飛鷹に呼ばれて執務室に入ると、何時もの様に弓月提督が執務机の向こうに ﹁お呼びですか ? 1470 資料整理、掃除、食事の用意等等、直接戦闘にかかわらない仕事が彼女に当てられてお り、翔鶴自身も出撃できない分こういう仕事を積極的にこなしていた。 そして、今日呼び出されたのも何か別の仕事の話だろうと内心考えていたので、弓月 提督が差し出した写真の意味を理解するのに若干の時間が必要だった。 擦れた自分の声が、どこか遠く聞こえた。彼女の視線は有る一枚の写真の一部に釘付 ﹁て、提督⋮これは⋮﹂ けになっていた。緑がかった黒髪、活発そうな金色の瞳、色や模様が違うが自分と同じ ような形の衣服。その人物は、霞がかった記憶の中の一人の艦娘と完全に一致した。 ﹂ ? │││││そう、だったのね。 して一抹の不安が彼女の心を覆っていく。 提督の言葉を聞いて、心に出現した憎悪は別の感情に洗い流される。安堵と喜び、そ ﹁何か、心当たりは有るか 傷に関するろくでもない理由だと言う事は簡単に想像がついた。 る。何故この名前に自分がこれほど憎しみを覚えるのかは解らなかった。だが、身体の パラオ鎮守府の名を聞いた時に、翔鶴の背筋に言いしれない悪寒と強烈な嫌悪が広が 結びの空母娘は去年の夏、パラオ鎮守府から脱出してきたと聞いている。﹂ ﹁この写真は今年１月、佐世保第３鎮守府で撮影された写真だ。そこに映っている二つ ＳＴＡＧＥ─４９ ラバウルの迷い鶴 1471 視界が急激に歪み、集合写真が良く見えなくなる。 ﹂ ? を浮かべた。 ? ? け取る。 ﹁真津提督。其方はどうだった ﹂ ﹁つながってるわ。﹂といつの間にか電話を操作していた飛鷹から、湾曲した受話器を受 ﹁飛鷹。﹂ ﹁はい。間違い、ありません。﹂ ﹁間違いないな ﹂ 嗚咽しながら絞り出した翔鶴の声を聴いて、弓月提督にしては珍しい柔らかい微笑み ﹁私の、妹、です。﹂ の存在が、まだ自分の手の届く場所に居ることだけは理解できた。 自分の過去にいったい何が有ったのかはまだ分からない。けれど。一度失った最愛 左手で両目に浮かんだ涙をぬぐうが、滴は次から次へとあふれ出していく。 │││││貴方は、そこに居るのね。 滴が写真の上に落ちる。 飛鷹の気遣うような声も彼女には届いていない。ポタリと小さな音を立てて小さな ﹁翔鶴さん 1472 受話器の向こうから、トラックで知り合った大佐の声が聞こえてくる。 ﹃ビンゴだ。こちらも間違いないらしい。その様子だと、問題なさそうだな ﹁ああ。﹂ ﹁はい ﹂ ﹁構わない、あの話は後にしよう。翔鶴。﹂ ﹄ ﹃そりゃよかった。瑞鶴が替われと煩いから先に話をさせてやりたいんだが⋮﹄ ? 何とかあふれ出る涙をぬぐおうと格闘している銀髪の艦娘に受話器を差し出す。 ? ﹂ ! ﹄ ? ない。漸くの想いで紡いだ言葉は、自分ではそっけないと思えるほど本当に短い物だっ ことが次から次へと頭の中を駆け巡るが、自分の声帯は金縛りにあったかのように動か か諦めていた妹が、受話器の向こうに居る。伝えたいことが山の様にあった、話したい 再びあふれ、頬を伝う。記憶の彼方に消えてしまい、もう二度と会えないだろうとどこ 受話器からの少しくぐもった少女の涙声を聞いたとたん、ようやく止まりかけた涙が ﹃翔鶴姉 受話器を受け取る。 一瞬呆然としたような顔から、直ぐに泣き笑いの笑みを浮かべた彼女は弓月の手から ﹁⋮はい ﹁佐世保に居る君の妹だ。電話に出てやれ。﹂ ＳＴＡＧＥ─４９ ラバウルの迷い鶴 1473 た。だが、そこに込められた彼女自身の想いは計り知れない。 ﹂ ? ﹂ ? 飛鷹の言う〟あの話〟とは自分が先ほど口走った事を指しているのだろう。別にこ ﹁ところで提督、あの話って何なの いたりするが、数少ない肉親として彼女は何かと気にかけていたりする。 彼女自身、ソロン鎮守府の空母航空隊に弟がいる。弟には若干の苦手意識を持たれて 気がするのだった。 が、こうして一組の姉妹が電話越しにでも再開できたことを考えると少しだけ救われた な〟裏方〟の仕事を行っていた鎮守府は特に。苦労ばかりが目立ったこの作戦だった 賞が送られることは無い。哨戒や護衛などを受け持っていたラバウル第２鎮守府の様 ＡＬ／ＭＩ作戦で提督海軍は勝利をおさめたが、だからと言って各鎮守府に十分な褒 ﹁これだけでもＭＩで消費した資材の元は取れそうだな。﹂ 秘書艦の飛鷹が少しもらい泣きをしながら、弓月の方を向く。 ﹁本当に、よかったですね。提督。﹂ こか安堵した様な顔で弓月は見つめていた。 目の前で流れる涙をそのままに、電話越しではあるが再開を喜び合っている艦娘をど ﹁瑞鶴⋮貴女なのね 1474 の場に居る人物に聞かれたとしても問題は無い話だったが、少し気が緩んでいたかと反 省する。 ＥＤ ﹁ＯＲＩＧＡ 〟ｒｉｓｅ〟﹂ ているのではないかと考える秘書艦だった。 有る提督だったが、こういう風に時たま浮かべる黒い笑みがそう言ったうわさを助長し たエースパイロットだったとか、帝国軍の裏側にパイプがあるとか何かと型破りな噂が 黒い笑みを浮かべる上官に、若干背筋が寒くなる。元は航空隊で本土防空をやってい ? ないが。﹂ ﹂ 翔鶴さんは書類上で ﹁何、適材適所と言う言葉を実行するだけだよ。これも、引き合わせの法則の内かもしれ は撃沈されているはずでしょ ﹁艦娘同士、姉妹同士はひかれあうと言う事ね。でも、どうやるの ? ﹁パラオ鎮守府が既にないのなら、どうにでもなるさ。﹂ ＳＴＡＧＥ─４９ ラバウルの迷い鶴 1475 Ｅ Ｘ Ｔ Ｒ Ａ Ｓ Ｔ Ａ Ｇ Ｅ │ ４ ９．５ 主 人 公 艦 船 設 定・解説︵改︶ ﹁Ｇｕｔｅｎ Ｔａｇ 読者諸君。今回は予定を変更して二回目となるエクストラ ! 伯爵﹁私が誰かって まあ、気軽に伯爵と呼んでくれたまえ。それと、いきなりの台 ステージを投稿することになった。﹂ ??? ホタカ﹁リア充はともかく、ガイキチ戦艦は君もだろう。で、僕はなんで呼ばれたん テージの時空、メタネタキャラ崩壊は当たり前だ。﹂ 伯爵﹁誰かと思えばリア充ガイキチ戦艦じゃないか。ここは鋼鉄名物エクストラス 重汁。﹂ ホタカ﹁おい。君の出番は当分先だろうが。それと、性格替わり過ぎだしメタ発言自 くれ。﹂ いない。興味を持てないなら即刻画面左上の↑をクリックして有意義に時間を使って ていて、伊達と酔狂と冷やかしで主人公艦を再現したいと言う人向けの情報しか載って 者、ヲチスレ住民、スコッパー諸君。賢明な判断だ。どうせここには鋼鉄の咆哮を持っ 本形式や特盛の地雷要素でブラウザバックしようとカーソルを左上に持っていった読 ? 1476 ＥＸＴＲＡ ＳＴＡＧＥ─４９．５ 主人公艦船設定・解説（改） 1477 だ ﹂ ホタカ﹁小説内でやれよ。あれか ﹂ そのとおりでございます れてるのか 伯爵﹁Ｅｘａｃｔｌｙ﹂ ホタカ﹁帰る。﹂ ﹂ リアルでグラーフ・ツェッペリンが出たから浮か 伯爵﹁翔鶴型２番艦に、あることない事吹きこんでやろうか ホタカ﹁さて、まずは船体の説明からだな。﹂ 伯爵︵計画通り︶ アサマ型高速戦艦ホタカ︵ＶＧＦ│２３０１Ｂ案︶ 船体 全長 ２８１．９４０ ｍ 全幅 ３６．７７９ ｍ 船体重量 約６６，５００ｔ 防御力 対４６ｃｍ防御 ? ? ? だよ。﹂ 伯爵﹁ステージ４７で大規模改造を行ったから、外観と武装の説明が必要になったん ? 1478 防御評価 ６６％ 完全防御 伯爵﹁船体は米国戦艦Ⅶだ。全長、全幅はモンタナ級戦艦を参考にしている。﹂ ﹂ それはともかく、全幅が ホタカ﹁キールの長さからしてもはや別物だろうと言うのは野暮なツッコミか 伯爵﹁艦これのスキズブラズニル。妖精さんを舐めんなよ ? なぜだ ﹂ 伯爵﹁船体重量も１万トンレベルで増えているが、防御は４６ｃｍで据え置きなのは タナクラスの全幅が必要だったらしい。﹂ ホタカ﹁流石にウィルキアの技術でも、主砲の射撃による衝撃を受け止めるにはモン てくれ。﹂ 広がったおかげで完全なパナマックスサイズだ。大西洋に来るならスエズ運河を使っ ? 伯爵﹁艦種が高速戦艦になっているが ﹂ ホタカ﹁６１㎝３連装砲を積んだら護衛艦は名乗れんだろ。主砲に対して防御が薄い ? 使って足で引っ掻き回した方が戦える。﹂ はアップデートしてあるし。正直、鋼鉄の咆哮の終盤では満足な装甲を張るよりチャフ ホタカ﹁ティーガーの戦車長が言ってそうなセリフだな。それはともかく防御重力場 伯爵﹁グデーリアンは言った〟厚い皮膚より早い足〟と﹂ ホタカ﹁制限重量が足りない。それに、鋼鉄の咆哮では装甲より機動力だ。﹂ ? ＥＸＴＲＡ ＳＴＡＧＥ─４９．５ 主人公艦船設定・解説（改） 1479 からこれでいい。次だ。﹂ 機関 動力 ガスタービンε 出力 ２０８０００ 回転効率 １００ 配置 通常配置 ︵推進装置稼働時︶ 速力 ６３，７ ? 後艦橋 米国戦艦艦橋α 前艦橋 米国戦艦艦橋α 設備 速度低下なら、大きな問題にはならないはずだ。﹂ けないからな。しかも、特殊弾頭やレーザーで場所を圧迫されている。だが、これ位の ホタカ﹁こればかりは仕方がない。米国戦艦は船体中央付近にしかガスタービンを置 な。﹂ 伯爵﹁ガスタービンの最終型に改装したのは良い物の、速力が下がってしまっている ︵推進装置非稼働時︶ ４２，４ ? 1480 探照灯 ２基 指揮値 ７４ 水上索敵 ２４ 水中索敵 ７ 弾薬庫 大型弾薬庫４ヶ所 伯爵﹁まったく変わってないな。﹂ ホタカ﹁よく見ろ、弾薬庫が一か所増設されている。そいつを埋め込むために艦橋の 細かい位置は変わってるんだが、米国戦艦系ではこの艦橋が最強だから変えようがな い。次だ。﹂ 兵装 兵装１ 特殊弾頭ミサイルＶＬＳ １２基 弾数１５６ 即応弾１２ 兵装２ ６１ｃｍ砲７５口径３連装 ３基 弾数３５１０ 兵装３ ＡＳＲＯＣ対潜Ⅲ ６基 弾数１８７ 即応弾７２ 兵装４ 対空ミサイルＶＬＳⅢ １２基 弾数９９８ 即応弾３８４ 兵 装 ５ 対 空 パ ル ス レ ー ザ ー Ⅲ ８ 基 弾 数 １ ６ ６ ４ ０ 照 射 回 数 ６ ４ ００ ＥＸＴＲＡ ＳＴＡＧＥ─４９．５ 主人公艦船設定・解説（改） 1481 兵装６ ３５ｍｍＣＩＷＳ １６基 弾数９９９９９ 兵装７ １５２ｍｍ速射砲 ５基 弾数１０４００ 伯爵﹁特殊弾頭ミサイルが減らされているな。﹂ ホタカ﹁ステージ終盤になると敵も硬くなってくるし、特殊弾頭はイージスと併用し てばら撒くと偶に誤射るからな。火力不足と言う事で対艦味噌はリストラだ。﹂ ﹂ 伯爵﹁それで、空いたところにパルスレーザーが突っ込まれたと。照射回数６４００ と言うのは ﹂ ? ホタカ﹁改装前に艦の後部主砲より後ろにあった６番速射砲を撤去した。さすがに６ 伯爵﹁速射砲が減っているのは何故だ なく、自らが勝ち取る物だよ。︵鋼鉄論破︶﹂ は入りたくない領域であることに変わりはない。制空権は空母に取ってもらうのでは 中の粒子に影響を受けてしまう。どちらにせよ、レーザーの射程圏内は航空機にとって ければ１５ｋｍ程度、悪ければ１０ｋｍ程度だな。レーザー兵器だからどうしても大気 薬庫の設置で対空ミサイルの弾数も増加している。対空レーザーの射程だが条件が良 ど存在しないから死に設定になるだろうな。対空関連では３５ｍｍＣＩＷＳが倍に、弾 ホタカ﹁消耗部品の交換無しに撃てる回数だ。とは言えレーザーに無駄撃ちはほとん ? 1482 ﹂ １㎝砲を３基積むには邪魔だったのでな。﹂ 伯爵﹁ミサイルに何か変化はあるのか ないか ﹂ ホタカ﹁君のその趣向については、兄弟がこの主砲に沈められまくったのが原因じゃ きだな作者よ。﹂ 伯爵﹁ったく。連装砲の無駄のないフォルムの素晴らしさが解らないとは、収容所行 ホタカ﹁作者曰く﹃戦艦は３連装砲だろ常考﹄だそうだ。﹂ 伯爵﹁主砲は６１㎝砲７５口径か、３連装砲では最強の主砲だな。﹂ ホタカ﹁威力、射程共に据え置きだ。鋼鉄に特殊弾頭ミサイルⅡとかないからな。﹂ ? 兵装配置図 ホタカ﹁兵装切り替えるの面倒。﹂ 伯爵﹁デュアルクレイターの魚雷艇に主砲斉射する奴が効率を語るんじゃない。﹂ はともかく、超兵器相手だと特殊弾頭ミサイルより６１㎝砲の方が効率がいい。﹂ ホタカ﹁いきなり群れで湧いて、超怪力線と荷電粒子砲ぶつけてくる君が悪い。それ 伯爵﹁否定はしない。２０００ｍまで接近されて水平撃ちされるのはもう嫌だ。﹂ ? ＥＸＴＲＡ ＳＴＡＧＥ─４９．５ 主人公艦船設定・解説（改） 1483 伯爵﹁また詰め込んだな。﹂ ホタカ﹁終盤ステージに行こうと思ったら、低難易度でもなりふり構っていられな い。﹂ ﹂ 伯爵﹁主砲の砲身の下にＶＬＳ埋め込むのは常套手段と言えるだろうが、現実的に考 えたら邪魔だよな 薬庫かＶＬＳを埋め込むのが、鋼鉄プレイヤーの嗜みだ。﹂ ? 伯爵﹁本音は ﹂ ﹂ るし、いい感じに迂回させて煙路を作ってるんだろう。﹂ ホタカ﹁どうせ弾薬庫に直撃したらどんな船でも沈むよ。排煙は前艦橋にも煙突が有 しているんだコレ 伯爵﹁じゃああれか、弾薬の上で艦長は指揮を執ると言う事か。それと、排煙は如何 いる。﹂ ホタカ﹁前艦橋と煙突と後艦橋の下だ。後艦橋の下には横に並べて２個所設置されて 伯爵﹁そんな嗜みがあってたまるか。それと、弾薬庫は何処にあるんだ コレ。﹂ ホタカ﹁主砲を旋回させれば撃てない事は無い。そこに使えるスペースがあるなら弾 ? ? ホタカ﹁﹃置けるから置いた。だそうだ。﹄﹂ ? 1484 補助 補助１ イージスシステムⅢ 補助２ 自動迎撃システムⅢ 補助３ 自動装填装置γ 補助４ ＥＣＣＭシステムⅢ 補助５ 発砲遅延装置γ 補助６ 防御重力場α 補助７ 謎の推進装置Ⅱ 伯爵﹁防御重力場がαになっている以外は変化が無いな。﹂ ホタカ﹁超重力電磁防壁を乗せるのは第２次改装の時だからな。今回の改装を行った ころには、まだ対艦用の大型光学兵器は実用化されてなかったから、対光学兵器防御は あまり強力では無い。と、言う設定だ。﹂ 性能 攻撃力 Ｂ 対空 Ａ 防御 Ｂ 対応力 Ａ 指揮索敵 Ｄ 機動力 Ａ 評価 Ａ 伯爵﹁評価は前回と変化なしか。﹂ ﹂ ホタカ﹁兵装やら船体やら入れ替えたが、基本的なコンセプトも変わっていない正統 進化型だからな。﹂ 伯爵﹁しかし、主砲を６１㎝に換えたのになぜ攻撃評価が据え置きなんだ 伯爵﹁ところで、主砲の火力はどれだけ上がった いるからどうにもならないよ。﹂ ﹂ な変化なしと判断されたのだろう。こればかりは鋼鉄の咆哮のプログラムが影響して ０００、特殊弾頭ミサイルは改装前も搭載しているから。結局のところ攻撃能力に大き のだろう。そうやって見てみると最高の火力を持つのは特殊弾頭ミサイルの攻撃力５ ホタカ﹁おそらく、この攻撃評価は単発の攻撃能力が最も高い火器を基準にしている ? ﹂ ９００ｍにまで上昇している。観測さえできれば一方的にアウトレンジ出来るな。﹂ ホタカ﹁火力は一基当たり７７４から、一基当たり２５５６に上がった。射程も５３ ? 伯爵﹁本編中のハリマの８０㎝砲は射程５５３００ｍだったよな ? ＥＸＴＲＡ ＳＴＡＧＥ─４９．５ 主人公艦船設定・解説（改） 1485 1486 ホタカ﹁史実のヴィットリオ・ヴェネト級の主砲、ｃａｎｎｏｎｅ ｄａ ３８１／ ５０ Ｍｏｄｅｌｌｏ １９３４の射程は４４，６４０ｍで大和型の九四式四〇センチ 砲の４２，０２６ｍ以上の射程を持つ。射程の長さを決めるのは砲弾の大きさじゃなく て初速だよ。﹂ 全景 前部拡大 中央部拡大 正面 ＥＸＴＲＡ ＳＴＡＧＥ─４９．５ 主人公艦船設定・解説（改） 1487 ホタカ﹁一応、瀬戸内海殲滅戦の時の設計と写真も掲載しておく。﹂ 伯爵﹁誰得だよ。﹂ 設計 全景 伯爵﹁本当に更地だな。﹂ ホタカ﹁主砲は正規品だから火力〟は〟ある。さて一通り見てきたが、この状態で暫 く戦う事になるな。﹂ 〟と言う意見 伯爵﹁〟ここの兵装配置が解らん〟と言う疑問があったら、エクストラステージを投 いい加減にしろ 稿したことを連絡した活動報告のコメント欄で質問してほしい。﹂ ホタカ﹁〟こんな艦で高難易度ステージに行けるか ! 伯爵﹁と言うわけで、エクストラステージ４９．５を終えることにする。茶番に付き くなんかない。建造、運用は計画的に。﹂ は、申し訳ないが受け付けない。と言うか、作者もこの艦で高難易度ステージに行きた ! 1488 合っていただき感謝する。﹂ ホタカ﹁ところで、そろそろ本当の名前を名乗ったらどうだ 伯爵﹂ りしているよ。もっとも、私が出るまでエタらない保証はどこにもないがね。﹂ ﹂ ! ホタカ﹁おい、不吉な事を言うんじゃない。﹂ Ａｕｆ Ｗｉｅｄｅｒｓｅｈｅｎ ! 読 伯爵﹁まだ私の出番ではないからな、ツェッペリンのコーヒーでも飲みながらのんび ? 伯爵﹁もし続いていたら私は欧州編︵仮︶に出番があるらしい。それではホタカ 者諸君 ! ＳＴＡＧＥ│５０ 南洋での再会 佐世保第３鎮守府のレンガ造りの建物の一角には、今までの海戦の戦闘詳報や各種資 料が収められた資料室が存在していた。古い資料特有の香りと、僅かばかりの埃っぽさ が同居する資料室に据え付けられた長机の上には、多数の資料が広げられていた。 パラリと資料が捲られる音が、微かに潮騒の響く資料室に溶けて行く。先ほど試料を 捲った人影は、資料の活字を追う作業を一時中断すると眼鏡を外し目頭を揉んだ。まだ まだ現役だとは思いたいが、近年疲れやすくなっているのは事実だった。 │││││少しばかり、まとまった休暇でも取りましょうかねぇ。 その時は九州の温泉を巡るのもいいかもしれないと、何時になるか解らない旅行の予 杉本さん。﹂ 定を立てようとした時だった。資料室のドアが開き、聞きなれた声が資料室の入り口か ら響く。 ? ﹁お気遣いありがとう。しかし、少し気になることが有りましてねぇ。﹂ 軍士官│││││杉本少佐に近づく。 若干の呆れを含ませた声を投げかけた艦娘は、資料室の机の前で資料を広げている海 ﹁やっぱりここに居たか。ちょっとは休まないと体に毒だぜ ＳＴＡＧＥ─５０ 南洋での再会 1489 ﹁気になる事 ﹂ 怪訝な顔をする緑髪の艦娘に、いくつかの資料を差し出す。 ? ﹂ ? ﹂ ? のか疑問が残るのです。﹂ ﹁確かにそう見る事も出来ます。しかし、それならば何故このタイミングでやり始めた ﹁戦闘の前にシステムチェックをやるのは自然な事じゃないのか と、そのシステムチェックが行われたのはキス島撤退作戦の数日前のはずだった。 を意味する言葉の羅列が有った。日付を確認し木曾自身の記憶と照らし合わせてみる 杉本が指示した個所には、主コンピューター関連のシステムチェックが行われたこと ﹁⋮ここを見てください。﹂ かばかりの疑念の光が見て取れた。 怪訝な目で自分の上官を見る。紳士然とした雰囲気の海軍士官の目には、好奇心と僅 ﹁これがどうかしたのか な点は見られない様に思える。 パラパラと捲っていくが、超兵器と戦闘の後に大きな修理を受けている以外特に不審 細につづられています。﹂ ﹁はい。これら資料は彼がこの世界にやってきてから、今日に至るまでの整備記録が詳 ﹁これは⋮ホタカの整備記録じゃないか。﹂ 1490 ﹁疑問 ﹂と首をかしげる木曾に、杉本は資料の別の場所を指さす。 ﹂ ? 取る。 呆れた様な声を上げる部下を見て、自分と彼女の認識に相違があることを杉本は感じ は無いだろう ﹁おいおい、いくらホタカが規格外でも。電子機器の塊がメンテナンスフリーと言う事 チェックを行った記録は無いのです。﹂ は幾つもの海戦に参加していますが、キス島撤退作戦以前での戦闘前の洋上でシステム 戦闘前にこのような重点的なシステムチェックは行われておりません。その他にも彼 ﹁例えば、彼にとって初めての超兵器迎撃作戦。第３次ヴィルベルヴィント迎撃戦では、 ? ﹂ ? えるので、システムチェック中は艦の戦闘能力が著しく低下してしまいます。勿論副電 り点検するか。ただ重システムチェックは主電算機を完全に自己診断モードに切り替 ﹁言葉通りの意味です。重点的に全ての領域を点検するのか、戦闘に支障が無いか一通 ﹁どう違うんだ 戦闘前には毎回行われています。﹂ クの事です。木曾さんが言うように戦闘前の点検と言う意味でのシステムチェックは ムチェックは本来母港などに停泊している時の定期点検などで行う重システムチェッ ﹁少し、言い方が悪かったですかねぇ。ボクが言っているキス島撤退作戦直前のシステ ＳＴＡＧＥ─５０ 南洋での再会 1491 算機も有りますが、危険な状態であることに変わり在りません。それゆえ、重システム チェックが行われるのは母港での定期的な点検・整備の時に限られているので、こうい ﹂ う記録には定期点検としか書かれないのです。さらに、軽システムチェックは日に何度 も行われているためこういう記録には記載されません。﹂ 杉本は満足げに一つ頷いた。 ﹁ようするに、システムチェックと言う単語が出ている時点で可笑しいと言う事か ﹂ ? ﹁定期点検以外でのシステムチェックはこの後も２度行われていますが、もしかしたら 替える。 海軍少佐が机の上に広げられた資料を集め、整理し自分と艦娘が良く見える様に並び ﹁ええ、そうです。そして、もう一つ。﹂ ﹁重システムチェックを行うべき〟何か〟が有った。﹂ ﹁とすると、残るのは一つ。﹂ とは何度か話したことが有るが、念のためで艦を危険にさらす様な奴じゃなかった。﹂ ﹁確かに、いくら領海内でも偶に深海棲艦の潜水艦が潜り込んでるしな。それにアイツ とは言え危険を冒して洋上でやるでしょうか 定期点検を行ってから出撃しています。数日前に行った重システムチェックを、領海内 ﹁後は、そのタイミングにも疑問があるのです。キス島撤退作戦前にホタカは佐世保で ? 1492 共通の原因があるかもしれません。﹂ ２回目、３回目の定期点検以外のシステムチェックはホタカがＭＩ作戦に向けて訓練 を行っている時と、ハリマ迎撃のためにトラック環礁を出撃する直前だった。 ﹂ ﹁⋮ 共 通 の 原 因 が あ ろ う が な か ろ う が、や は り 本 人 に 聞 く の が 手 っ 取 り 早 い で し ょ う ねぇ。﹂ ﹁本人に聞くって、アイツは今ラバウルへ向かって航行中だぜ ルまで行き、帰りはホタカ君と一緒に瑞鶴さん、翔鶴さんを護衛しましょうか。﹂ 特警艦なら、鼠輸送艦隊に混ざっても問題ないはずです。鼠輸送艦隊に混ざってラバウ ら、そことご一緒させてもらいましょう。武装を減らして探査設備と速力を増強させた ﹁確か今日の１９００に第二鎮守府のショートランド行東京急行が出港するようですか ? ざって行動し目的地を目指す。いくら比較的高い探査能力があっても、独航で行動する 速力、装甲を増強している。特警の捜査員が必要と感じた場合は、適当な輸送船団に混 め、また必要最低限度の武力行使のために配属された艦娘は、武装を減らし探査能力や テキパキと資料を片付けつつ、苦笑する。特警の捜査員をある程度自由に動かすた ぎますからねぇ。﹂ ﹁帝国軍内でも、特警に所属する艦は総じて探査能力が高いですが。比べる対象が悪す ﹁行きはともかく、帰りはどっちが護衛対象か解らないよな。﹂ ＳＴＡＧＥ─５０ 南洋での再会 1493 のは危険すぎた。 ﹂ ホタカ ﹂ ＣＩＣにクシャミの音が響くと、数人の妖精さんが音源に振り向いた。 ﹁風邪 ﹁大丈夫だ、誰かが噂でもしているのだろう。﹂ 作戦行動中だろ 心配と呆れが混ざった瑞鶴の視線を柳に風と受け流す。 ﹁それにしても、君はここに居ていいのか ? おり、往路は空母に補充用の航空機を積んでいき、復路では格納庫に幾分かの資源を積 航空機輸送作戦は、不定期に数隻の空母を使って航空機を本土から前線に送り届けて 格納庫にも大量の航空機と予備部品が積み込まれている。 カバーをかけられた航空機が所狭しと並べられていた。外観からは解らないが、艦内の は上空直掩任務を待つ少数の艦載機以外には何も置かれていないはずの飛行甲板には、 自分の後を航行する正規空母の姿が有ったが、どこかおかしい。いつもなら飛行甲板に チラリと後部光学観測カメラがとらえた映像を映し出すモニターを見る。そこには ﹁まあ、それもそうだろうが。﹂ ﹁艦に戻ってもやることないし、ってか今のアタシに戦闘なんて期待しないでよ。﹂ ? ? 1494 ＳＴＡＧＥ─５０ 南洋での再会 1495 み込んで帰還する任務だった。基本的には燃費が比較的良い軽空母を３隻に護衛艦を 付けた輸送艦隊で実施されている。ただし、今回の航空機輸送作戦で使用される艦は瑞 鶴とホタカの２隻だけだった。しかも、普段の輸送作戦では軽空母も必要最低限の自衛 を行う為に１隻か２隻は航空機が運用できる分のスペースを開けていたが、現在の瑞鶴 には乗せられる最大量の航空機と補給物資が積載され正規空母と言うより高速輸送艦 状態だった。辛うじて対空火器は使えない事も無いが、飛行甲板にも航空機が並べられ ている以上回避機動も満足に取れない。 ホタカは瞳だけを動かして、自分のすぐ傍の椅子に腰かけて白濁したコーヒーを傾け る艦娘を見る。一見、手持無沙汰になり退屈そうな様子にも見えるが、よくよく口元を 見てみるとわずかだが口角が上がっている。死んだと思っていた自分の姉が生きてい たのだから無理もないだろう。 瑞鶴が提督から写真を受け取った時、ホタカは彼女と共に提督執務室に居た。呉鎮守 府から瑞鶴を伴って佐世保に回航したことを報告に言った時に、提督がその写真を彼女 に見せたのだ。正直言って、ホタカはその写真の件を忘れかけていたため提督が差し出 した写真の意味を瞬時に理解することが出来なかった。 写真を受け取った瑞鶴は初め怪訝な顔で提督を見たが、その視線を写真に映したとこ ろで文字通り固まった。呆然とした表情で、あふれる涙をそのままにした彼女をよく覚 えている。彼はああいう表情を彼女が見せた事に小さく驚きを感じつつ、電話越しに再 開を喜ぶ瑞鶴の様子を大きな感慨も抱かず眺めていた。 │││││兄弟とまた会えたと言う事は、やはり嬉しいものなのだろうか さて、そう考えると兄弟の再会を電話一本で済ませた自分は如何なのだろうか 思えてくる。しかも、その電話は半ば瑞鶴に強制されたようなものだった。 ﹂ と ? び何かと世話を焼く光景が良く見られている。美しい姉妹愛、そんな所だろう。 る。新しい艦娘が鎮守府に配属された時に、その艦娘の姉妹艦が居れば姉妹の配属に喜 悪の状態で生き別れた姉と再開するのだ喜ぶのが自然なのだろうと言う事は解ってい と言っても、ホタカは瑞鶴が姉との再会に喜ぶ感情を理解できないわけではない。最 ? ﹁アンタの兄貴でしょ ? 良く見える。 ﹁必要あるのか ﹂ この世界に来たなら電話位かけなさいよ﹂ すっきりとしていた甲板の前部に、無骨で巨大な３連装砲塔が２基備えられているのが 場所は呉鎮守府から佐世保へと向かうホタカの艦内、航海艦橋だった。以前までは ? ﹁アサマに電話 ? と言う雰囲気を隠さない艦息に瑞鶴は呆れたような視線を向ける。 何のために ? 1496 ﹁アンタ、たった一人の兄さんでしょ 話したくないの ﹂ ? ﹁了解﹂ ﹁おい、何をしている ﹂ ﹁⋮⋮⋮副長、アサマと通信を繋いで﹂ ところで何を話したらいいか解らん﹂ ﹁別にそう言うわけじゃないが、わざわざ電話するほどの話じゃないだろうし電話した 信じられないと言う風な感情が込められた声だった。 ? に彼の目を見て来た。 視線など感じていないとでもいう風に連絡を取る準備を続け、瑞鶴に至ってはまっすぐ 勝手に副長に命令した瑞鶴と、素直に命令に従っている副長を軽く睨む。副長は彼の ? ﹃こちらアサマ﹄ 分の兄に通信を繋ぐ。 何かを訴えるかの様な色を浮かべた彼女の瞳から目をそらし、横須賀に居るだろう自 ﹁⋮解った﹂ 戦いの中で姉を２度も失う事になった彼女の言葉には、言いしれない重みが有った。 回でもいいから話をするべきだとアタシは思う﹂ ﹁アンタがそれでも話したくないなら、艦息の権限で通信を遮断すればいい。けれど、一 ＳＴＡＧＥ─５０ 南洋での再会 1497 1498 あの後は他愛のない話をして、通信を切った。時間にして３分とかかっていないだろ う。自分の兄にあたる艦息の声をもう一度思い返してみる。確かに自分の兄と認識で きるが、だからと言って特別な親近感の様な感情は無い。 あの通信で得たものと言えば、アサマは自分の兄であると言う毒にも薬にもならない 確信だけで、ホタカにとって時間の無駄ともいえる通信だった。瑞鶴にもそれが解った らしく、その後呉鎮守府に戻るまでどこか気まずい雰囲気が艦橋に流れてしまう事に なった。 何故、自分がアサマの事を兄とは認識できてもそれ以上の感情を持てないのかについ てのアタリは大体つけてある。結局のところ、自分たちは只の兵器と言う事なのだろ う。兵器は自分が所属する陣営を、自分の戦場を決めることはできない。その証拠に同 型艦である２隻の装甲護衛艦は敵同士となり、それぞれの祖国のために戦う事になっ た。もし、何処かの海戦でこの２隻が砲火を交えていたとしたら。もし、この２隻のう ちどちらかが寝返って同一の陣営に２隻が居たのなら、親近感であれ憎悪であれ何か思 うところが有ったのかもしれない。 所が、実際は２隻の接点は横須賀の秘密ドックに居た事だけ。それもごく短い時間で ２隻は永遠に解れることになった。その結果が、今のホタカとアサマの兄弟の意識なの だろう。お互いを兄弟と認識できても、それ以上の感情は発生しない。せいぜい〟同一 の戦場に居れば戦いが楽になるだろう〟それぐらいの重みしか彼らの間には無かった。 これが人間ならば、薄情な兄弟と言う人や、環境の所為でこうなったかわいそうな兄 弟と言う人が居るかもしれない。だが自らを一個の戦闘兵器と心の中で無意識のうち に硬く信じ込んでいるホタカにとって、そう言う意見は的外れも良い所だった。 ﹂ 故に、少なくともホタカにとって兄と弟などと言う区別は、只の記号の一つに過ぎな かった。 ﹁航海は順調のようだな。敵影は有るか ﹂ ? ﹁調査を続けていますが、何分あの瞬間に全ての観測機器がダウンしましたから、データ 副長は小さく首を横に振った。 るか ﹁そう言えば副長、瀬戸内海殲滅戦後のシステムダウンについて何かわかったことはあ 味方の伊号潜水艦だと言う事が直ぐに解っていた。 潜水艦の推進音をソナーが捉えた時は一瞬ＣＩＣに緊張が走ったが、音紋解析により ﹁先ほどの味方潜水艦の影以外は見られません。電探、音探共にクリア﹂ ? ﹁艦長、赤道を越えました﹂ ＳＴＡＧＥ─５０ 南洋での再会 1499 の数値自体信用性にかけています﹂ 何処かうんざりした様な口調だった。最後の深海棲艦を主砲で始末した瞬間に、こと 切れたようにほぼ同時に全システムがダウンした原因は未だにつかめていない。報告 書には調査中と記載したが、確信の持てる原因を突き止められるとは思えなかった。 ﹂ ? ﹁⋮念のためだ、データベースと照合をしてくれるか ﹂ ﹁既に照合しました﹂ ﹁結果は ﹁発信場所の特定は ﹂ ﹁９９．９９９９％の確率でＮｏ．１３波形です﹂ ? ? ﹂ ? ました﹂ ﹁システムダウン直前。１０００分の１秒だけですが、この波形の電磁波を電探が捉え 彼の頬が若干ひきつる。 副長が拡大したグラフには彼のよく知る波形が表されていた。その波形を見た瞬間、 ﹁この波形を見てください﹂ 副長がコンソールを操作すると、いくつかのデータがモニターに映し出される。 ﹁なんだ ﹁ですが、少し気になるデータが有りました﹂ 1500 ﹁距離、角度共に測定不能。なのにこの波形がはっきりと採取できているのです。何処 から出たかは言うまでもありません﹂ ホタカは帽子をかぶり直した。手が震えるのはこの結果に恐怖しているからだろう ﹁距離０。要するに発信点はこの艦か﹂ か でした。﹂ ﹁それに、艦内をくまなく捜索しましたが１３波形を裏付けるような機構は有りません ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 乱が起こった可能性があります。﹂ ﹁艦長、ハッキリ言ってこのデータは当てにできません。只のバグでデータベースの混 ? ﹂ ? 出来る限り明るい声を出すホタカだったが。その瞳に何時もの様な理知的な光は無 ﹁そうだ。まあ加久藤の様な例もあるから、いきなり悲観することは無いだろうな。﹂ ﹁処分。ですか﹂ ﹁何はともあれ、調査は進めなくてはならない。最悪の場合は﹂ ﹁そうですが⋮﹂ い。加久藤の調査も進んでいないのだろう ﹁⋮だが、１３番が検出されたことは事実だ。それに奴らの謎が全て解けたわけでもな ＳＴＡＧＥ─５０ 南洋での再会 1501 く、観測カメラのレンズの様な無機質さが満ちていた。 Ｎｏ．１３波形は電子機器の機能を妨害する一種の妨害電波であるが、一般的な電波 妨害装置で作ることは出来ず、ある装置による副次的産物だった。そのため、ウィルキ ア解放軍ではその波形をその装置の探知に利用していた。 Ｎｏ．１３波形│││││超兵器ノイズと通称されるそれが、ごくわずかな時間では あるが瀬戸内海殲滅戦後のホタカ自身から検出された。 執務机の向こうに座った海軍将校が、先ほどまで目を通していた書類を机に置いた。 可愛いと言うより美しいと言える容姿、鳶色の瞳、切れ長の目の女性提督は机の向こう 側に立つ艦息の目を向ける。 ﹁それにしても、まさか主力艦２隻、護衛ゼロで来るとは思わなかったよ。﹂ ﹁了解しました。﹂ るから、いつでも積み込みを開始してくれ。﹂ ﹁補充品の輸送ご苦労、機材は確かに受け取った。帰りに積載する物資は既に倉庫にあ 1502 弓月提督は少し面白がるように口角を上げる。 ﹂ ﹁一応僕の分類は装甲護衛艦でしたからね。今では高速戦艦になっていますが、正規空 母一隻を護衛するぐらい問題はありません。﹂ ﹁そうか。だが、これは本来第２鎮守府の仕事ではないのか ﹂ ? 〟と言う ? ものだった。そうでもしなければ大規模作戦直後に大型空母を動かす許可は下りない。 弓月の言葉に偽りはないが、この要請自体が瑞鶴と翔鶴を引き合わす茶番劇と言える 事だけだ。何も瑞鶴を連れて来いとは言っていない。﹂ にとられるのであれば、正規空母に目いっぱい航空機を詰め込んではどうか ﹁勘違いするなホタカ。私が佐世保に言ったのは〟航空機を輸送する軽空母が海上護衛 ね。そもそも、瑞鶴を航空機輸送艦に指定したのは弓月提督では 源回復のために輸送船団がフル稼働しています。僕らはその応援と言ったところです ﹁第２鎮守府は確かに海上護衛を専門に行うところですが、大規模作戦終了後は備蓄資 ? ホタカが居ても護衛対象に被弾させるほどの敵戦力が有った場合、数隻の駆逐艦娘で ﹁確かに。それを考えると君の配置は適当かもしれないな。﹂ 隻分の燃料は消えますからね。﹂ ﹁幾ら低燃費な駆逐艦でも、身動きの取れない主力艦を護衛できるほど集まれば戦艦１ ﹁まあ、護衛に君が来たのは完全に予想外だったがね。﹂ ＳＴＡＧＥ─５０ 南洋での再会 1503 ﹂ まあ、資材の積み下ろしは妖精 も結末は変わらないどころかさらに悪いことになるだろう。 ﹁あの二人は如何している ﹁港か瑞鶴の艦内で話し込んでいるのではないですか ? ﹂ ﹁何が ? ﹂と怪訝な顔をホタカに向ける。 のが自然かと思われます。﹂ ? 識が有るからこそ、提督と親しくなりたいと願う艦娘が居り、姉妹と共に居たいと願う それでも、何処か兵器として割り切れない所があることも事実だった。人としての意 意識を持っている。必要とあれば捨て身の殿を名乗り出ることもあるし、囮にもなる。 弓月は心の中で小さく感嘆する。艦娘も元が兵器である故に一兵器としての覚悟や │││││へぇ、こいつは。 ﹁そう言うわけではありません。純粋に一つの戦力として考えた場合の話です。﹂ 剣呑な視線をホタカは涼しい顔で受け流した。 ﹁ほう、君はようやく再会した姉妹を別の場所に置くべきだと言いたいのか ﹂ ラオ鎮守府での登録をうやむやに出来るのであれば、ラバウル鎮守府に正式に配属する ﹁翔鶴型航空母艦は日本海軍の正規空母の一つの完成形と言っていい高性能艦です。パ ? か さんの仕事ですから作業に遅れは出ないでしょう。それはともかく、本当にいいのです ? 1504 艦娘が居り、どんな時でも仲間を助けたいと願う艦娘がいる。兵器として消耗品として の意識の他に、人としての意識が確実に存在し、その人としての意識が自分達︵艦娘︶を 只の兵器だと思う事に抵抗を感じさせていた。事実、武人の様にふるまう艦娘は居て も、他の艦娘を例え便宜上の話だとしても只の戦力、只の兵器として見る艦娘はまずい ない。 それはそれで大きな問題では無い。艦娘をあくまでも一兵器と考えて運用するのは 人である提督の仕事だからだ。提督は部下としての艦娘に接する面と、１個の兵器とし て艦娘を見る２つの面を持つことが絶対条件だった。どちらかがかけても、鎮守府の運 営は成り立たない。 いま自分の目の前にいる艦息は、そういう意味では艦娘と言うより提督側に近い存在 かも知れないと彼女は思った。姉妹の背景を全く考えず、只１個の戦力として機械的に 判断する様は、正しく提督が普段部下である艦娘に見せない冷徹な面とほぼ同じだっ た。 は必要ない。﹂ 妹二人でいさせてやりたいと言う理由もあるが。現実的に考えてラバウルに正規空母 要ない。軽空母と巡洋艦で十分だ。まあ、酷いことが有ったみたいだからこれからは姉 ﹁ラバウル鎮守府の主な仕事は船団護衛と周辺警戒だ。正規空母の様な大飯ぐらいは必 ＳＴＡＧＥ─５０ 南洋での再会 1505 ﹁なるほど﹂と納得したようにホタカは頷いた。翔鶴を佐世保へ連れて帰ることについ て彼は反対の意志は欠片も持っていない。この質問をした理由も単なる好奇心、ホタカ の戦闘兵器としての意志が持った素朴な疑問だった。特に大それた意味を持つわけで はない質問だが、彼自身の他の艦娘とは大きく違う点でを持つことの証明でもあった。 必要ならば誰よりも冷徹に機械的に物事を判断することができる、人間味の欠片も無 い、ある意味艦娘よりも完成された一種の生体戦闘システムとしてのホタカは確かにそ こにあったのだった。 ﹂ ? あって東京急行に便乗してきたらしい。﹂ ? ﹁急ぎの用みたいですね。﹂ ﹁恐らくな。数時間後に到着するから予定を開けておくと良い。何か質問は ﹁有りません。﹂ 敬礼 ﹂ ﹁佐世保第３鎮守府付きの特警だよ。杉本少佐と特務軽巡洋艦木曾。どうやら君に用が ﹁誰ですか ﹁ああ、それと帰りは翔鶴以外にもう一隻増えることになる。﹂ 1506 ふと、いままで続いていた会話が突然途切れる。どちらかが急に口をつぐんだ、と言 うわけではない。２人以上の人間が会話している時に起こる、話題が途切れた瞬間の奇 妙なエアポケット。話したいことはまだまだ山ほどあるが、こういう状況になると何故 か口にしづらくなってしまう。 自分の対面のソファでニコニコしている銀髪の艦娘は、既に温くなったコーヒーを飲 ん で い る。ち ら り と 自 分 の 姉 の 背 後 の 時 計 を 見 て み る と 思 い の ほ か 時 間 が た っ て し まっていた。一瞬焦るが、連れから〟今日はゆっくりしているように〟と言われていた ことを思い出し、﹁まあいいか﹂と割り切った。 ﹂ ? ﹂ ? 顎に手を当てて考えてみる。が、答えは条件反射並に一瞬で出て来た。 ﹁どんな奴⋮か﹂ 翔鶴は手に持っていた白い陶磁器のカップをソーサーに戻し、妹の話を聞く体勢に。 ﹁そう、どんな人か教えてくれる ﹁そうだよ。まあ、いろいろ規格外な奴なんだけどさ∼﹂ に気づく。 そう言えば、お互いのことはいろいろ話したが彼の事はあまり話していなかったこと ﹁ところで瑞鶴。貴女と一緒に来た戦艦が、ホタカさん ＳＴＡＧＥ─５０ 南洋での再会 1507 ﹁バカよ﹂ ﹂ ? 自分の言った事には責任持つし それに﹂ 何度もアタシの事守ってくれたし 超兵器だって、 ! ! 無茶苦茶やるけどそれで全部勝ってきたし ! 思わず身を乗り出して早口でまくしたてる瑞鶴の肩を、翔鶴は両手で優しく押して彼 ! ! ﹁い、いや、バカだけど悪い人じゃないよ 私にはとてもできない事平然とやっちゃうし ﹁貴方の話を聞く限り。そのホタカさんって、相当酷い人みたいね。﹂ ニコニコとした表情を崩さずに、翔鶴はコーヒーを一口飲んだ。 ﹁何でもないわ﹂ ﹁何 だから、ついついつっけんどんな言葉が口から洩れてしまった。 自分よりも澄んだ金色の瞳に、何か居心地の悪い物を瑞鶴は感じてしまう。そんなわけ 口をとがらせてブツクサ不平不満を漏らす妹に、翔鶴は柔らかい笑みを向けている。 束も普通に無視するし。﹂ 怪我して帰ってくるし。何回やめろって言ったって、それで止めたためしがないし。約 ﹁それでも、バカだよ。何でもかんでも一人でやろうとしてさ、結局全部こなしても酷い 姉は困ったような顔をして妹を窘める。当の瑞鶴はそんな姉の苦言に目をそらした。 ﹁ダメでしょ、瑞鶴。そんな事を言ったら﹂ 1508 女を元の椅子へ座らせる。 ﹂ ﹁フフフ、冗談よ瑞鶴。﹂ ﹁へ いだ。 ? 見ている。 訳が分からないと言った風に瑞鶴は首をかしげるが、当の本人はニコニコして彼女を ﹁えーと、どういう事 ﹂ 本当にうれしそうな様子で瑞鶴のコーヒーカップにポットから新しいコーヒーを注 ﹁でも、安心したわ。貴方はちゃんと前を向いて歩いてるみたいで。﹂ ? ﹁だ、か、ら 何の事 ﹂ !? ﹁ホタカさん、ですよね ﹂ ﹁っと、取り込み中か。また出直すよ。﹂ 室のソファに座った銀髪の艦娘に気づくと、少しだけバツの悪い顔をする。 ら出てきたのは、薄いブルーの軍服に身を包んだ艦息だった。眼鏡を掛けた艦息は艦長 クされた。瑞鶴にとって聞きなれた声が幾分くぐもって聞こえる。ややあってドアか 再び瑞鶴が自分の姉の方へ身を乗り出した時、二人が居る瑞鶴の艦長室のドアがノッ ! ﹁別に、隠さなくてもいいのに。﹂ ＳＴＡＧＥ─５０ 南洋での再会 1509 ? ﹁そうだ。悪い、もう終わってるものだと思っていたんだ。こっちは急ぎの用じゃない からゆっくり話していてくれ。﹂ 翔鶴はすぐにでも出て行きそうな艦息を、自分は構わないからと言う事で呼び止め た。ホタカも連絡自体はすぐに伝えられるので、やることをやって直ぐに出て行けばい いかと思い直し瑞鶴へ持ってきたファイルを渡す。 そのファイルは君の資料室にでも保管しておくように、報告書の ? ? 鶴が後ろから瑞鶴の両肩を持って寄り添っているのが見えた。先ほどまでニコニコと ドアに向かおうとして再び翔鶴の声に立ち止まり、２人の方を振り返る。すると、翔 ﹁ホタカさん﹂ ﹁じゃあ、僕はこれで。邪魔して悪かった﹂ 〟チェッ〟とわざとらしく舌打ちをする瑞鶴に、ホタカは小さく苦笑する。 止だ﹂ ﹁そんな眼しても、僕は僕の分が有るからヤらないぞ 翔鶴に手伝ってもらうのも禁 ﹁うげ、ヤだなぁ。⋮⋮﹂ 作成にまた使うからな。﹂ ﹁そう言っただろう ﹁さんきゅ、ってか本当に急ぎの用でも何でもないわね。﹂ ﹁帰りに積載する資源の目録だ。一応目を通しておいてくれ。﹂ 1510 ﹂ 温かい視線を瑞鶴へ送り続けていた金色の瞳は、真剣な光を宿してホタカを射抜いてい た。 ﹁ちょ ﹂ で、とても優しい娘です。﹂ ﹁瑞鶴はちょっと元気過ぎる所があったり、甘えたがりな所もありますけど。真っ直ぐ 姉の顔を振り返った。 突然肩を捕まれた瑞鶴は、予想外の事態に慌てた様な声を上げて、斜め後ろの自分の ﹁しょ、翔鶴姉 ?! 関しては完全にホタカも同意できる。問題はその次だった。 ストップ ﹂ ﹁わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁぁぁあ 翔鶴姉ストップ !! ﹁もう、何するの ﹂ さいだ両掌によってかき消された。 翔鶴の言葉は、瞬間湯沸かし器の様に一瞬で顔を上気させた妹の絶叫と、直接口をふ ! ! 瑞鶴がギョッとし、ホタカが困惑したように頷く。〟甘えたがり〟と言う部分以外に ﹁あ、ああ﹂ !? ﹁ふつつかな娘ですが、末なが﹂ ＳＴＡＧＥ─５０ 南洋での再会 1511 ? 何か変な事をしたのだろうかと、心底不思議そうな顔をしつつ首をかしげる自分の姉 に強烈な頭痛を覚えてしまう。が、さしあたって彼女がやるべきことは一つだった。翔 ﹂ 今言った事全部忘れて お願いだから ﹂ 鶴の前から一足飛びにホタカの正面へ移動して、自分より若干高い位置にある彼の両肩 を掴む。 ら ! ﹁と、取り敢えず出てって アタシは翔鶴姉と大事な話があるから ﹂ ! 姿。 の様に鳴り、顔と言うより全身が熱い。振り返ると、不思議そうな顔をした自分の姉の ホタカの抗議の声を無視して彼を部屋の外へ押し出すと、ドアを閉める。心臓が早鐘 ﹁解ったから押さないでくれよ ﹂ ! まま艦息の背中を押して艦長室から無理やり押し出しにかかる。 ズレてしまった軍服を直す。数秒固まっていた瑞鶴は再起動を果たすと、上気した顔の ようやく気付き、妙な悲鳴を上げて後ずさった。そんな様子の瑞鶴を横目に、ホタカは 何処か呆れた様子のホタカの言葉で自分の顔と彼の顔との距離が５ｃｍも無い事に ! ﹂ か ! ﹁今翔鶴姉が言った事、全部忘れなさい い ! ﹁はぁ ﹁い ! ? ﹁わかった。わかったから、一旦離れてくれ﹂ ! ! 1512 │││││こんなところに伏兵が居るとはっ 半分混乱した頭で、この状況を潜り抜ける上手い言い訳を構築しようとするが、考え は暫くまとまりそうになかった。 薄暗いＣＩＣに副長の笑い声が響いた。通信機を耳に当ててニヤニヤしていた副長 ﹂ ﹂ ﹄ それからこの邪教徒をＣＩＣから叩きだせ ってか が突然笑い出したことに、隣で真面目にレーダー画面を睨んでいた妖精や、火器管制妖 精、砲雷長達がギョッとしたような目を向ける。 ﹂ 遂に狂いましたか ＳＡＮ値直葬ですか ﹁ど、どうしたんですか副長 ﹁アレですか ﹂ !? 副長の笑い声が聞こえたがどうした くとぅるふ ふたぐん いあ ＣＩＣ ﹁いあ マジでどうしたんですか副長 ﹁フェアリーエラーだと報告しろ ! ! ? ! ! ﹂ ? ﹁青春って、本当にいいものだよなぁ。﹂ ﹁何ですか さ、時に砲雷長。﹂ ﹁いや∼、ねぇ。暇潰しに艦長が何やってるのかリンク開いて盗み聞きしてたんだけど ! ? ! !? ? !? ! ﹃艦橋 ＳＴＡＧＥ─５０ 南洋での再会 1513 ﹂ ﹂、 ﹁１ｄ１００で﹂、 ! ﹁はぁ ﹂、 ﹁ＳＡＮ値チェック ワン・ツー ! ﹂などと他のＣＩＣ妖精が好き勝手言っているが当の副長は、楽し ﹁やっぱり狂ったか ﹁それ何てムリゲ ? ? 自分の艦長はどうするのだろうか 艦長は年の近い│││少なくとも外面は││ これからの展開が楽しみで仕方がないと言う風に、もう一度副長は小さく笑うのだっ 状態で受け入れるなんて無責任、とか思ってそうだよなぁ﹂ ﹁今まで以上に何時死ぬかわからない上に、味方に危害を加えるかもしれない。こんな │少女のあのような姿を見て、何も感じないような鈍感と言うわけではない。しかし。 ? になるのに。 │││││でもまあ、タイミング悪いなぁ。場合によっちゃあ、〟処分〟なんてこと きて思わず吹き出す。 声だけしか聴いていないが、顔を真っ赤にしてあたふたしている瑞鶴を容易に想像で │││││まさかちょっと目を離しただけで、典型的な恋する乙女になるなんてね。 砲雷長のツッコミを軽くスルーして副長は狭い通路へと消えて行った。 ﹁おい、デュエじゃない仕事しろよ。﹂ ﹁これを聞けば解るよ。じゃあ、砲雷長。私は休むから後宜しく∼﹂ くて仕方がないと言う風にクスクス笑っていた。 ? 1514 ＳＴＡＧＥ─５０ 南洋での再会 1515 た。 ＥＤ ﹁ＯＲＩＧＡ 〟ｒｉｓｅ〟﹂ ＳＴＡＧＥ│５１ ホワイトアウト 通路と比較して一回り狭いハッチを潜り抜けると、ＣＩＣルーム特有の冷気が身体を 包む。この部屋に足を踏み入れたのは今日が初めてではないが。一般的な視点から見 て過剰ともいえる冷房の効き具合には慣れなかった。この部屋の主が言うには、大型の 電算機が配置されたエリアに近く、モニターが集中的に配置されたＣＩＣルームは電子 機器の熱暴走を防ぐためにこのような温度にまで室温を下げる必要があると言う事ら しい。 ＣＩＣに足を踏み入れたために発生したどうでもいい回想を振り切って現実に意識 を向けると、自分の上司である少佐がこの艦の艦息と会話しているのが見える。佐世保 第２鎮守府の鼠輸送艦隊に便乗する形でラバウルまでやって来たが、道中で深海棲艦の 触接を受けなかったのは僥倖だろう。 たようだ。木曾も一歩踏み出して杉本の隣に立ち、モニターをのぞき込む。ややあっ ホタカが使われておらず沈黙している多目的モニターを指さす。如何やら話が付い ﹁すぐに調べてみます、結果はこちらのモニターへ表示します。﹂ ﹁では、よろしくお願いします。﹂ 1516 て、報告書の題名が複数表示された。 ﹁これが洋上で重システムチェックを行った時の詳細な記録です。﹂ 杉本がコンソールを操作して報告書の一つの詳細を表示させる。その内容を要約す ﹁拝見させていただきます。﹂ ﹂ ると、原因不明のホワイトアウトの原因を調べるための重システムチェックが行われた との事だった。 ﹁ホタカ君、この電子機器類のホワイトアウトとは何でしょうか よりもフリーズしてしまったのです。その時に、レーダー類のモニターがホワイトアウ ﹁言葉通りの意味です。そこに記載された日時に僕の電子機器が一斉にダウン、と言う ? ﹂ トしごくわずかな時間ですが艦の機能の大部分が失われてしまいました。 ? ﹁どいつもこいつも、ホワイトアウトが原因ってことか。﹂ コンソールを操作し、報告書を次々と確認していく。 ﹁なるほど。﹂ と言えます。﹂ た。約３秒後に全てのシステムが復旧したため、戦闘能力が失われていた時間は極僅か ﹁火器管制、探知のみならず艦内電力など多岐にわたり、一部区画では停電も起こりまし ﹁大部分と言うと ＳＴＡＧＥ─５１ ホワイトアウト 1517 ﹂ 最後の報告書に目を通し終えた木曾がポツリとつぶやく。杉本の予想通りこれらの 不自然なシステムチェックには共通の原因が存在していた。 ﹁けどよぉ、ホタカ。この〟ホワイトアウト〟の原因って何か解ってるのか ﹁ダメだ。僕も調査しているが、全く分からない。﹂ ﹂ お手上げと言わんばかりにホタカは両掌を木曾へ見せた。 ﹁何かウィルス的な物が原因ですかねぇ だと言うのは ﹂ ﹁今回ホタカに流し込んだウィルスは、システムチェックを逃れることを目的にした奴 重大な影響を与えても可笑しくないはずです。﹂ ﹁そこなんですよ。仮にこれがコンピューターウィルスの所為であったならば、もっと しては効果が限定的すぎますねぇ。﹂ ﹁重システムチェックに引っかからない、隠ぺい性能の高いコンピューターウィルスに ﹁そもそも、僕にコンピューターウィルスを流し込めるのは超兵器位です。しかし⋮﹂ コンピューターウィルスの可能性はかなり低いですね。﹂ 機 の 能 力 全 て を 自 己 診 断 に つ ぎ 込 む 重 シ ス テ ム チ ェ ッ ク で も 見 つ か ら な か っ た の で。 ﹁ウチらもそうじゃないかと思ってシステムチェックを行ったんですよ。しかし、電算 杉本の言葉に、近くで作業をしていた副長が首をかしげる。 ? ? 1518 ? 木曾の提案をホタカは即座に否定した。 ﹁こういうウィルスは奇襲で使う事で最大の効果を発揮する、今回のようにやると対象 に抗体を作らせるようなものだ。意味が無い。﹂ 沈黙がＣＩＣルームの一角を支配する。しばらく３人の間にはＣＩＣルームの空調 と他の乗員の声しか流れなかったが、ややあって杉本が口を開いた。 ﹂ ﹁ホタカ君、コンピューターウィルスで艦内部での要因として考えられる物は有ります か ? るべきですね。﹂ ﹁例えば⋮なんだ 顔をしていた。 ﹂ 木曾と杉本の視線がホタカに収束する。当の艦息は、納得できないと言う風な微妙な ? ? ﹁そうですねぇ。妨害電波とかはどうですか ﹂ ﹁なるほど。それでは、このホワイトアウトは外的な要因によって引き起こされたとみ ないでしょう。﹂ 同時に示し合わせたように発生し、数秒の後ほぼ同時に沈静化するなんてことは有りえ す。過去３回のホワイトアウトによる艦の不具合はほぼ同じです。複数の要因がほぼ ﹁あるにはありますが、ウィルスではないとなると複数の機械的な不具合と考えられま ＳＴＡＧＥ─５１ ホワイトアウト 1519 ﹁確かに、超兵器機関によって放たれるＮｏ．１３波形等の妨害電波は似た様な症状を 引き起こしますが、艦内電力や火器管制装置などにまで影響は起こしません。更に自分 で言うのもどうかと思いますが、僕の妨害電波に対する耐性は帝国海軍艦艇の比ではあ りません。この艦に影響を与えるような強力な妨害電波を受ければ、僚艦にも同じよう な影響が有るはずですがキス島撤退作戦前や佐世保でのホワイトアウトでは、他の艦の 電子機器には何ら影響は有りませんでした。﹂ ﹂ ? ﹂ ? ﹁何故、加久藤が出てくるのですか ﹂ ? せん。﹂ ﹁なるほど。連絡を取りましょうか ﹂ もしかしたら君だけが影響を受けたホワイトアウトの原因がそこにあるのかもしれま ﹁いえ、ただ少し気になりましてねぇ。君はもともとこの世界に存在しなかった艦です、 ? 言は突拍子の無い物の様に思える。 思わずホタカは杉本を見る。今の議題は謎のホワイトアウトの原因であり、杉本の発 ﹁加久藤 ﹁⋮加久藤君は、どうだったのでしょうか ら、俺たちの電探じゃひとたまりもない。﹂ ﹁んん、まあそうなるよな。ホタカが不具合起こす様な妨害電波を不意打ちで喰らった 1520 ホタカの提案を杉本は手で制した。 ﹁いえ、電波を使うのはやめておきましょう。そのホワイトアウトの原因がもしも、我々 が感知しえない敵からの攻撃であったとするならば、安易に電波を使うのは危険です。 傍受される恐れがありますので。﹂ ? あるしな。﹂ ﹂ ﹁まあホタカだけを狂わせる電波を使える奴らなら、ホタカの暗号を解読する可能性も ﹂ ﹁断っておくが、ホワイトアウトしただけで狂ってはいないぞ ﹁言葉の綾だよ。気にすんな。で、如何する杉本さん ? ﹂ ? ﹁おっと、最後に一つだけ。﹂ 木曾を伴ってＣＩＣから出る直前、杉本の足が止まりホタカを振り向く。 ﹁解りました。では、ボク達はこれで。木曾さん、行きましょう。﹂ ﹁瑞鶴と翔鶴に資源を積み込む時間も必要なので二日後を予定しています。﹂ ﹁ホタカ君、出発は何時ですか 始めてきたため、帰りの輸送艦隊は豊富にあるだろう。 あったため、行くのは簡単なはずだった。南方要塞は補給基地としての役割も最近持ち ソ ロ ン 南 方 要 塞 は ラ バ ウ ル か ら 母 港 へ 戻 る 佐 世 保 第 ３ 鎮 守 府 艦 隊 の 航 路 の 近 く に ﹁電波による通信が使えない以上、ソロンへ行く必要がありますねぇ。﹂ ＳＴＡＧＥ─５１ ホワイトアウト 1521 ﹁何か ﹂ ﹂ ず、左のみにつるが有るタイプの片眼鏡。薄いブルーを基調とし、少しばかりの装飾が 黒髪黒目。東洋人的な顔立ち。ツーポイント型眼鏡のブリッジより右半分が存在せ る。エメラルドグリーンの瞳は対面に座る異色の存在を捉えていた。 サイダーの瓶を傾ける艦娘の横に座った、茶髪の艦娘は湯気を立てるカップを傾け けど。﹂ ﹁しかし貴方の力なら、上層部はもっと積極的に前線に出しても良かったと思うのです まったガラス玉が、壁と触れ合って小さな音を立てた。 しみじみと言った風に、目の前の艦娘はガラス瓶を傾ける。特徴的な形の瓶の中に納 ﹁ふーん、アンタも苦労してたんだねぇ。﹂ 杉本はそう言うと、木曾を連れて通路の向こうへと消えて行った。 ﹁そうですか、では。﹂ ﹁⋮いえ、何もありません。﹂ ホタカの頭の中を、一瞬Ｎｏ．１３波形の事が過る。 ? ? ﹁最近、妙な事はありませんでしたか 1522 加えられた軍服を身にまとった青年。 アサマ型高速戦艦一番艦アサマは、横須賀第２鎮守府の談話室で最上型重巡洋艦の３ 女と４女と共にテーブルを囲んでいた。空調の効いた談話室の中には、ちらほらと他の 艦娘の姿が見える。 大規模作戦が終了すると、各鎮守府は消費した資源の回復のために駆逐艦や軽巡、軽 空母等を使って輸送任務に励む。その間。戦艦や正規空母、場合によっては重巡洋艦は 資源の節約のため出撃を制限されることがままあった。これは、大規模作戦中に最前線 で殴り合った艦娘の療養も兼ねていたりもする。 そう言うわけで当分は暇を持て余すことになった鈴谷は、熊野を誘って新顔の艦息と 話をすることにしたのだった。冒頭の鈴谷の反応は自己紹介を済ませた後、アサマの前 世での活躍を聞いた後にでた言葉だった。 くのも可笑しいと思うんだけど ﹂ ﹂ ﹁でもさ、超兵器を沈めたのはホタカじゃん ? 超兵器とタイマン出来る戦艦ならほっと 沈めて行くもんだからある時に上層部はためしに俺をぶつけてみようと紅海まで持っ ﹁ど│やら初戦の内は信じられねぇって思ってたらしい。んで、アイツが超兵器を次々 ? ? 艦は信用できなかったんじゃないか ﹁ウィルキア帝国には俺よりキチガイな軍艦が居たから、よく解らない帝国海軍の実験 ＳＴＡＧＥ─５１ ホワイトアウト 1523 て来た。だけど、それが不味かった。﹂ アサマはヤレヤレと言った風に肩を竦めた。 んだよ。﹂ ? 底、だ。﹂ 戦艦が８０ 近くで衝突すれば、防御重力場も装甲も関係ない。どっちも拉げて海の 化。アイツよりも優速にしておいて最悪の場合は艦体をぶつけて沈める。５万トンの だ。それと武装をあの頃のホタカが苦手としていた光学兵器中心に換装して、機関を強 ツに超兵器を沈められるわけには行かないから、沈む瞬間まで戦闘できるようにしたん ﹁その頃、俺はホタカ撃沈作戦のために無人艦に改造されていた。帝国もこれ以上アイ クッキーをつまみながら、熊野が首をかしげる。 ﹁不味い事、ですか ﹂ ﹁鈴谷みたいに思った奴もごまんといるだろうな。君の言うように、不味い事が起きた ﹁うっわ、もう嫌な予感しかしないんですけど。﹂ ころが、反乱軍の侵攻が予想以上に早くて急遽計画が前倒しになった。﹂ 乱軍と無人艦隊が泥泥沼沼やってるところへ新型爆弾を放り込み、一網打尽にする。と 進撃してくる反乱軍の艦隊を、無人艦の艦隊で襲撃、拘束する予定だったんだ。んで、反 ﹁紅海では新型爆弾を使った大規模な殲滅戦が考えられていた。スエズを通過し紅海へ 1524 ? 身振り手振りを加えて、艦娘にとっては恐ろしい事をあっけらかんと話すアサマに、 若干のうすら寒さを熊野は覚えてしまった。勿論、自分も最後の手段として体当たりが 有ることは理解できるし、絶対に倒さなければならない敵が居たのなら生存を投げ捨て て打ちかかるのも解る。 しかし、そう言う必死の覚悟が必要な戦術をここまで軽く話せるかと問われれば否と 返すしかない。 目の前の艦息はそう言う、死を恐れると言う生物としての感情が欠落しているのでは ないのかと、奇妙な予想が持ち上がってしまう。視線を正面のアサマから手元の紅茶に ﹂ 映す。白いカップの中は紅茶で満たされており、液面には微かに自分の顔が映ってい る。 ? ﹁それが不味い事 ﹂ けだが準備不足が早々に露呈した。﹂ で反乱軍の侵攻作戦が発動。それにつられるように帝国軍の殲滅作戦が発動されたわ まあ、その話は横に退けて。無人艦に改造されて紅海まで派遣された俺だったが、此処 の 比 じ ゃ な い か ら な ぁ。超 兵 器 の 中 に は 衝 角 戦 術 を 主 眼 に 設 計 さ れ た や つ も 居 た し。 ﹁この世界では衝角戦術は廃れてるらしいけど、俺たちの世界では艦船の機動力は君ら ﹁このご時世に衝角戦 ＳＴＡＧＥ─５１ ホワイトアウト 1525 ? 鈴谷の問いに一つ頷く。 熊野の問いに、アサマは﹁そうだ。﹂と力強く肯定した。 ﹁紅海海戦が、貴方の唯一の本格的な戦闘であったとしても。ですか ﹂ ﹁いや、わずかではあるが紅海海戦で戦果を挙げた俺はラッキーだったかもしれん。﹂ ﹁ありゃりゃ。運が無いと言うか何と言うか⋮﹂ んで積みだ。﹂ 横転して自爆。上部甲板がミサイルの爆発でごっそり抉られて、大量の海水がなだれ込 で尽く沈んでいった。俺の場合は、トライデントを打とうとした瞬間に爆発の衝撃波で ﹁猛烈な熱と衝撃波で、爆心地に居た艦隊は蒸発。直撃しなかった艦も融解、横転、誘爆 アサマはそこで言葉を切って、握りしめた拳をぱっと開いた。 人艦艇と戦ってたら。﹂ 艦隊引き連れて退却しやがった。その〟一部〟の艦隊に俺も含まれててな、暫く他の有 紅海艦隊司令は爆弾の時限起爆装置を作動させ一部の通常艦隊に迎撃を命じた後、他の か、爆弾持ってとっとと退却するかの二択なんだが。何をトチ狂ったのか知らねぇが、 きた時には紅海に必要量の半分も無かった。普通なら作戦を中止して普通に迎撃する をバーレーンで無人艦に改造して紅海に投入する予定だったんだが、反乱軍が侵攻して ﹁ああ、無人艦の絶対量が足りなかったんだ。計画ではインド洋艦隊から引き抜いた艦 1526 ? ﹁あの時代には就役期間が一か月無い軍艦がザラだったからな。建造から半年程度は彼 方此方の護衛任務や訓練ばかりだったが、最後の最後でわずかながらも〟真面目な戦争 〟が出来たのは悪くないと思う。﹂ ﹁真面目な戦争ねぇ⋮﹂ ソファに置いてあったペンギンの様なキャラクターのぬいぐるみを弄びながら鈴谷 はつぶやく。このぬいぐるみは艦娘の開発が失敗するとたまに現れるもので、一部から は失敗ペンギンと呼ばれている。手触りは良いので談話室以外にも艦娘の私室など彼 方此方に置かれていたりする。 鈴谷に興味があるの あいたっ ? ﹂ ! ﹁なっ 何を言ってますの ﹂ !? ﹁何をって、事実じゃーん。その後何とか飲み下して涙目になってたし。かーわいー。﹂ の姉を見る。 今まで余裕そうに座っていた熊野は顔を真っ赤にして、人の悪い笑みを浮かべる自分 ?! ﹁恵方巻頬張ってのどに詰まらせるのが淑女、ねぇ⋮﹂ ﹁すぐに茶化そうとするのは貴方の悪い癖ですわね。淑女たるもの、もっと優雅に⋮﹂ 熊野がニヤリと笑みを浮かべる鈴谷の後頭部を軽く叩く。 ﹁なに ? ﹁さて、俺の事を話したんだ。君らの事も聞かせてくれよ。﹂ ＳＴＡＧＥ─５１ ホワイトアウト 1527 ﹁つつかないでくださいまし たら鈴谷だって〟どうする どろになっていたでしょう それは⋮その⋮ね ﹁なっ ﹁い、いーじゃん 別に それを言っ ?! 熊野だってバレンタインの時に緊 〟って提督に迫った挙句、揶揄われてしどろも そ、それに、それは今年の２月の事でしょう ナニする ﹂ ﹂ ﹂ 〟とか叫んでたじゃん こー見えて純情なんだよ ?! ? ﹂ ? ﹂ ? ﹂ アサマの誰何に、その艦娘は若干の凄みを込めて不敵に微笑んだ。 ﹁アンタは て、腕には特警の腕章。 を基調とした制服に、ピンクのアクセントが入った眼帯が特徴的な黒髪の艦娘。そし 移っている鈴谷と熊野から視線をそらし、頭だけを回して自分の背中側の方を見る。黒 ふと、後ろから声をかけられる。目の前で言い争いからいつの間にか御菓子の話に ﹁お前がアサマだな て更に引っ掻き回すことも考えたが、撤退するのが面倒くさそうだった。 ると、二人でも十分姦しかった。こうなってしまえば男の自分は入りづらい。悪乗りし 女三人集まれば姦しいとは言うが目の前でキャイキャイと仲良く喧嘩する姉妹を見 張しすぎて〟とぉぉぉぉ ! なんでそこで顔紅くして俯くんですの ﹁もう ! ! ? ?! ? ! ! ! ! ! 1528 ﹁俺の名は天龍。フフ、怖いか ﹂ ﹁いや、まったく。﹂ ﹁ハァッ ﹂ ? 方要塞の港に停泊していた。 横須賀へ進路を向けるホタカ達と別れてから数時間後、特務軽巡洋艦木曾はソロン南 ?! 足を踏み入れた。 タルへ消えて行く。彼女も置いて行かれない様にラッタルを伝ってソロン南方要塞に そんな事を言いながら杉本は汗一つ書かずに木曾の隣を通り抜けて岸壁へ続くラッ ﹁ラバウルと同じように水分と塩分の補給を忘れないようにしましょうか。﹂ 洋艦である木曾の艦橋は低く中途半端な温風は逆に不快感を掻き立てる。 戦艦の防空指揮所などの高所ならばそれなりの風が吹いているだろうが、あいにく軽巡 移り変わりは存在せず、あいかわらず空気は多量の湿気を含み汗の蒸発を防いでいた。 暦の上では秋に近づきつつはあるが、此処は赤道に近いパプアニューギニア。季節の ﹁ふーっ、あっちいなぁ。﹂ ＳＴＡＧＥ─５１ ホワイトアウト 1529 近くを走っていた九四式トラックに揺られて、ソロン要塞司令部への道を進む。この トラックを運転するのは妖精さんであったため、２人は送られてきた２０ｍｍ機関砲弾 と共に荷台に座らずに済んだ。ただたんに乗せてもらうのは悪い気がしたのでトラッ クの操縦は木曾が行っている。妖精さんはダッシュボードにて道案内とソロン要塞の 説明をしていた。 ﹁要塞砲って深海棲艦に効かなかったんじゃないのか 用することが解ったんですよ。﹂ ﹂ ﹁ええ、まあそうなんですが。最近の研究で私ら妖精さんが操作をしたらそれなりに通 る木曾が、横目で妖精を見る。 何時も愛用しているくろがね四起よりもかなり硬いシフトレバーに四苦八苦してい ? 間で相互に支援できるように配置してあります。﹂ は２つの主要な港が有りますが港一つに付き４１ｃｍ砲２基３５．６㎝砲が６基で港 ﹁今の所主要な要塞砲は４１ｃｍ連装砲４基と３５，６㎝連装砲１２基ですね、ソロンに ﹁そこの看板を右です﹂と木曾に指示を出しつつ説明を続ける。 塞として運用できる規模まで拡大されました。﹂ に立つかわからない要塞砲と貧弱な対空火器程度だったんですが、今ではそれなりに要 ﹁加久藤が来てからと言うもの、この要塞も徐々に強化されてましてね。以前までは役 1530 ﹁ほう、それは初耳ですねぇ。﹂ ﹂ ﹁何分、報告書を今作っている段階でして。実はここの要塞砲でそのことが解ったんで すよ。﹂ ﹁そうなのか ﹁なぜそこまで潜水艦に接近されたのですか 加久藤が居たはずでは ﹂ ? 照らされたトンネル内に、トラックのエンジン音が反響して独特の低い音が響いた。 トラックは崖に沿った坂を上りきると、トンネルへと入っていく。ハロゲンランプで りました。﹂ みたいですね。この事件が有った後、加久藤から対潜哨戒機を増派してもらい対策を取 ﹁その頃はちょうど加久藤がトラックへ行っていたので対戦警戒網に僅かな穴が有った ? 圏内で浮上した為、ためしに撃ってみたところ撃沈できたのがきっかけだったらしい。 妖精さんによると、数週間前にソロン要塞近海にまで侵入した潜水艦が要塞砲の射程 ? ことは解ってるので、万一に備えて高空では誘導爆弾を抱いたホーネットを飛ばしてい 上ですからつかず離れずの距離を保ってソロン要塞まで誘導したんですよ。敵が来る 重巡を旗艦とする艦隊に阿賀野と矢矧がちょっかいをかけて逃走。速度は軽巡の方が まで誘引して実験してみたんです。流石に戦艦を連れてくるわけには行きませんから、 ﹁ＭＩ作戦が終わって加久藤が帰還したのを見計らい、水上艦をあえてソロン要塞近く ＳＴＡＧＥ─５１ ホワイトアウト 1531 つでも敵を処理できるようにしておきました。﹂ んだ 防御重力場みたいに弾かれるのか ﹂ ? 側の兵器が通用しないのか 通用する兵器を作るにはどうすればいいのか 証する機会や資金は失われつつある。 ? と考察、検 でその命運が付きかけていた沿岸要塞は止めを刺された形になっていたため、何故人類 たがどのように無効化するかまでは知らなかった。艦娘の登場により深海棲艦の能力 艦娘である木曾は、深海棲艦には人類の兵器は通用しない事を知識として知ってはい ? ﹁前から気になってたんだが、人間が撃った砲弾が深海棲艦に直撃したら実際どうなる た。﹂ ことで軽巡と重巡を一隻ずつ撃沈し、他の艦にも大小の被害を与え撤退に追い込みまし 的に使える砲台は半分になりましたが、敵艦隊の射程外から散々に砲弾の雨を降らせる 要塞砲は深海棲艦に効果が有り、人が運用した要塞砲は効果が有りませんでした。結果 分は手漉きの司令部要員から希望者を募って使用しました。結果的に、妖精が運用した が要塞主砲の射程に入ったことを確認した後に砲撃を開始。対照実験の為要塞砲の半 ﹁阿賀野達が釣り上げた艦隊は重巡２、軽巡１、雷巡１、駆逐２の艦隊でした。この艦隊 杉本の言葉に、妖精さんは力強く頷く。 ﹁先ほどの話を聞く限り、その実験は成功したようですね。﹂ 1532 ? ﹁半分ほどは弾かれたり、手前で爆発したりするみたいです。しかし、加久藤で処理した それとも、角度の関係でそう見えるだけでは ﹂ 砲弾の速度が速すぎて信管が作動する前に船体を貫通してい 映像を見る限り〟すり抜けている〟というしかない砲弾もあるみたいです。﹂ るのではないのですか ﹁すり抜けている、とは 杉本の不思議そうな声に妖精さんは首を横に振った。 ? も〟すり抜けている〟と形容したようです。﹂ ﹂ を見る限り、砲弾が命中した部分にはそう言った痕跡が有りませんでした。加久藤本人 中弾は仮想現実上では敵艦に命中しているにもかかわらず。スローモーションの映像 の位置関係を再構成して、命中弾と否命中弾を特定したんです。それでも、約半数の命 たデータと加久藤の電探からのデータを統合的に検証し、仮想空間に敵と着弾した砲弾 ﹁あの空域には偵察装備のフェアリィ隊も８機飛んでいました。その偵察機から得られ ? ? ? それじゃあ深海棲艦は正真正銘の幽霊だってことなのかよ ? た砲弾が深海棲艦をすり抜けている物があったとしても。我々の技術で観測できる、手 ﹁今まで我々にはスローモーション撮影の技術は有りませんでした。もし、人類の撃っ くろがね４起のハンドルを握って聞きたい話では決してない。 の道を照らす南国の太陽の光とトラックの大柄なハンドルが頼もしかった。真夜中に 妖精の話にうすら寒さを覚えて、気味悪そうな顔が浮かぶ。この時ばかりは、要塞へ ﹁なんだぁ ＳＴＡＧＥ─５１ ホワイトアウト 1533 前で爆発する砲弾だけを見て深海棲艦には人類の攻撃を物理的に防ぐバリヤーの様な ものがあると錯覚しても不思議ではないでしょうねぇ。﹂ ﹂ ﹁そう言えば杉本さん。﹂ ﹁はい ﹂ ? た方が何かと使いやすいでしょう。基本的に戦艦と要塞砲では要塞砲の方に分があり ﹁戦争は結局のところ数です。１６０㎝要塞砲１門よりも、４６ｃｍ要塞砲を４門作っ 少しだけ楽しそうな木曾に﹁難しいでしょう﹂と杉本は首を振る。 か ﹁ソロン要塞の実験結果を考えると、もしかしたら第２号砲の建造とかあるんじゃない 細々と改良が加えられています。﹂ ﹁当の昔に復旧されていますよ。一度突貫工事で完成させたので、不具合を洗い直して としていた。 帝都で超大型爆撃機アルケオプテリクスを撃墜してからそろそろ一年が経過しよう ? ? ﹁天羽々斬はどうなったんだ ﹂ えます。直径１６０㎝の大口径砲弾は姫や鬼級の深海棲艦でも容易く屠るでしょう。﹂ ﹁逆に言えば、妖精さんに運用してもらえば極めて強力な拠点防御兵器になりうると言 ﹁とすると、天羽々斬も妖精さんに撃ってもらわないと無用の長物と言う事か。﹂ 1534 ますからねぇ。﹂ ﹁要塞砲だからこそ巨大な砲を付けられるんじゃないのか ﹂ を踏み入れる。無機質なコンクリートに囲まれた指令室は意外に広く、あまり圧迫感を 阿賀野と名乗ったどこかふわふわした印象を受ける艦娘の後に続き、要塞司令室へ足 が覗いていた。 トラックの行く手には草や木で厳重に隠蔽された掩体壕、その口の中は地下へ続く道 ﹁それで命中率と言うアドバンテージを失ってしまっては元も子も有りませんよ。﹂ ? ﹂ 受けなかった。灰色の壁には周辺の海域図や、南方鎮守府の行動情報、本土からの命令 特警の人達を連れてきましたよ ! などが掲示されていた。 ! 野が駆け寄る。 ! ﹁ああ、ご苦労だった。戻っていていいよ。﹂ それじゃあ阿賀野、待機してま∼す ! と言っていい出来だった。 声自体は良く言って可愛らしく、悪く言って子供っぽいが、筆木中将への敬礼は完璧 ﹁は∼い ﹂ 要塞司令質の真ん中に置かれた巨大な地図を見下ろしていた壮年の男の元へと、阿賀 ﹁提督さん ＳＴＡＧＥ─５１ ホワイトアウト 1535 ﹁意外かね ﹂ うな口調の筆木が問いかけた。 半ば呆然と通路の向こうへと消えた阿賀野の方を見ていた木曾に、何処か面白がるよ ? 来た ﹂ ﹂ それに、君の性質はよく解っているつもりだ。それで、何を調べに ﹂ あいにく、此処には横領できるほどの余裕はないぞ 彼なら工廠に居るはずだ。しかし、何故 ﹁ご心配なく。今回は別件です。加久藤君は今どこに ﹁加久藤 ﹁少し、気になることが有りまして。﹂ 島の奴はいないが偶には飲むのも悪くは無いだろう。﹂ ﹁君の〟少し〟の定義はちと広すぎるんだよなぁ。ところで、何時までいるつもりだ 何時もの様に微笑を湛える杉本の顔を見て筆木は大きくため息をつく。 ? ? ? ﹁今回の用事はすぐに済みます。鎮守府付きの特警隊員があまり長い間鎮守府を留守に ? ? ? ? ﹁君と私の仲だろう ﹁突然押しかけて申し訳ありません、筆木提督。﹂ えられない。さて杉本少佐、木曾、ソロン南方要塞へようこそ。﹂ どやされたみたいでね。まあ行動はかなり矯正されたようだが、言葉や性格ばかりは変 ﹁構わんよ。私も、初めは君と同じことを思った。如何やらここに来る前に矢矧に散々 ﹁あ、いえ。﹂ 1536 するわけには行きませんので。﹂ ﹁それもそうか。彼のいる工廠は君らが入港した港とは別の場所にある。だが﹂ 筆木がそこまで言った時に司令室のドアが開かれ、第二種軍装の青年士官と茶髪の艦 娘が入ってきた。２人の姿を見て、筆木は少しだけ顔をほころばせる。第二種軍装の青 年は見慣れない客人を一瞥すると、筆木の元まで歩き手に持っていたファイルを手渡し た。 ﹁これが開発した機材のリストです。本土からの指示は正しいようで、比率によって開 発できる装備に偏りが出来るようです。﹂ 佐です。﹂ ? ﹁同じく、佐世保第３鎮守府付き、特務軽巡洋艦木曾だ。﹂ ﹁加久藤君と古鷹さん、少しお時間をいただいてもよろしいですか ﹂ ﹁初めまして、海軍特別警察隊第一課佐世保第３鎮守府付き特殊命令対策係、杉本京谷少 ﹁同じく防衛艦隊所属、重巡洋艦古鷹です。﹂ ﹁ソロン南方要塞防衛艦隊旗艦、加久藤です。﹂ 艦娘は２人に敬礼する。 筆木が目線で杉本らの方を支持すると、第二種軍装の青年│││││加久藤と茶髪の ﹁ご苦労だった、詳しい報告は後でいい。君に客が来ている。﹂ ＳＴＡＧＥ─５１ ホワイトアウト 1537 ﹁構いませんが、彼女もですか うな答えでは無かった。 ﹂ ﹁今の所、君にやってもらう仕事は無い。杉本少佐に協力してやってはくれんかね ﹁⋮はい。﹂ ﹂ 一縷の望みをかけて恐る恐る筆木の方を見る。しかし、帰ってきたのは彼女が思うよ ﹁あの、提督⋮﹂ ﹁はい、ぜひ。﹂ けた人間と積極的に会話したいと思えなかった。 一部で〟大天使〟と呼ばれていたりする彼女だったが、いくらなんでも特警の腕章をつ 首を突っ込む気はサラサラなかったのだった。その慈愛に満ちたふるまいから、要塞の 加久藤が名乗って自分は名乗らないのもどうかと思って名乗っただけであり、自分から はお呼びじゃない事を薄々感じていたため面喰ったような表情をしている。先ほどは チラリと一歩後ろに居る古鷹を瞳だけ動かして見る。古鷹本人も、話の流れから自分 ? ﹁い、いや。そう不安がらなくていい。何も悪いことはしていないだろう な、杉本。﹂ んでもないことを押し付けられそうだったので一応のフォローをしておく。 囲気が全身からにじみ出ていた。流石にこれを放っておくと、後で彼女のファンからと ガクリと露骨に肩を落としたわけでは無かったが、不安や緊張がない交ぜになった雰 ? 1538 ? ﹁はい。ボクが主に話を聞きたいのは加久藤君です。貴女にも２，３質問させていただ きますが。そうおびえる必要は有りませんよ。﹂ ﹂ ホッとする表情を見せる古鷹だったが、その瞳から警戒の光が消えることは無かっ ﹁そ、そうですか。﹂ た。 ﹁ここでは落ち着かないだろう。杉本、第４会議室で話を聞くのはどうだ ﹁ご厚意、感謝します。﹂ 古鷹が人数分の飲み物を準備している間に、杉本はあらかじめ持ってきていた書類の ていないせいか、どことなく埃っぽいようにも感じてしまう。 くつかの照明がぶら下がっているているそこまで広くない部屋だった。あまり使われ 足を踏み入れる。会議室の中には、楕円形の机とその周りに椅子が置かれ、天井にはい 杉本と木曾は加久藤と古鷹に案内され、第四会議室と書かれたドアの向こうの部屋へ ? ﹂ 束を加久藤の前に置いた。一番上になっている書類の題名を一読した加久藤が、怪訝そ これが何か ? うな赤い瞳を杉本へ向ける。 ﹁海域支配戦闘艦ホタカにおける不具合。ですか ? ＳＴＡＧＥ─５１ ホワイトアウト 1539 夕立改二や扶桑型戦艦姉妹も赤い瞳を持つが、それよりも数段暗い不気味とも取れる 艦息の瞳を杉本は笑みを持って受け止める。 人数分の湯気の立つマグカップを持った古鷹が入ってきたのは、そんな時だった。 ます。﹂ ﹁ホタカの不具合が起こったのとほぼ同じ日時に、私の方でも機器の不調が起こってい は僅かに笑みを深くする。 杉本の言葉を遮り、加久藤は書類を机の上に置いた。それを見て、対面する海軍少佐 ﹁そうです。﹂ ﹁加久藤君。ボクの予想が正しければ、君にも﹂ の視線が、ある部分に釘付けになったため、書類が捲られなくなったからだった。 た会議室に紙が捲られる音だけが響いた。が、それはすぐに止まることになる。加久藤 書類を手に取りパラパラと捲っていく。しばらくの間、四方をコンクリートで囲まれ ﹁⋮拝見いたします。﹂ ﹁これを読んでいただきたいのです。﹂ 1540 1541 ＳＴＡＧＥ─５１ ホワイトアウト ＥＤ ﹁ＯＲＩＧＡ 〟ｒｉｓｅ〟﹂ ＳＴＡＧＥ│５２ Ｍｅｐｈｉｓｔｏｐｈｅｌｅｓ ﹂ ? ﹁なるほど。﹂ りません。﹂ の弊害を生みませんでしたが、普段の運用では起こり得ない事態であることは間違いあ ﹁はい。超兵器機関が異常な振動を示したのです。幸いにもその異常振動は、騒音以外 ﹁超兵器機関にもですか ばかりの不具合が有りました。﹂ ﹁不具合の内容は主に電子機器です。電探、電算機、艦内電力それと超兵器機関にも少し へ腰を下ろす。 中には、黒色の液体が微かに揺れていた。コーヒーを配り終えた古鷹は加久藤の隣の席 ほんの少し身を乗り出した杉本の前に、湯気の立つマグカップが置かれる。白い器の ﹁詳しく聞かせてください。﹂ ます。﹂ ﹁ホタカの不具合が起こったのとほぼ同じ日時に、私の方でも機器の不調が起こってい 1542 一つ頷いてコーヒーを口に運ぶ。見た目は濃く、苦そうにも見えるが香りが良く飲み やすいコーヒーだった。 ﹂ が有り、各地を飛び回って収集したコーヒー豆が戸棚の中に詰め込まれていたりする。 一角│││││ではもっぱら紅茶を飲んでいる。しかし、自室にはコーヒーサイフォン 淹れた紅茶も美味しいため鎮守府のオフィス│││││と言っても鎮守府の談話室の コーヒー党である木曾が古鷹に問いかける。紅茶が嫌いと言うわけでもなく、杉本が ﹁美味いな、ジャワコーヒーか ? 言う格上の軍艦であることが大きい。 ? ﹁ふむ。古鷹さん。﹂ 調べましたが原因は未だに解っていません。﹂ ﹁私の方でも調査を進めましたが、どうにもなりませんでした。電子的にも物理的にも 加久藤は苦々し気に首を振った。 ﹁その不具合の原因で何かわかったことは、有りませんかね ﹂ ては未だに敬語であるが、これは海域支配戦闘艦│││││実質航空戦艦│││││と 古鷹は特に打ち解けた相手でもない限り基本的に敬語で話しをする。加久藤に対し す。﹂ ﹁そうですよ。リンガ泊地から〟そっちでも消費してくれ〟って偶に送られてくるんで ＳＴＡＧＥ─５２ Ｍｅｐｈｉｓｔｏｐｈｅｌｅｓ 1543 ﹁ひゃいっ ﹂ 返事を返してしまった。恥ずかしさで耳まで赤くなってしまう。 ﹁加久藤君が不具合を起こした時、貴女には何か不具合が起こりましたか ﹂ マグカップを傾けて完全にリラックスしていた彼女は、突然杉本に話しかけられ妙な ?! ﹂ ? もが機械的な修理が必要な不具合であり３回とも同じ時間に不具合が生じた艦娘は存 がいるため、その日に不具合を起こした艦娘はそれなりの数に上る。しかし、そのどれ マグカップを机に起き乍ら木曾が補足する。現在の大日本帝国海軍には無数の艦娘 たいに一瞬で不具合が生じ、一瞬で消えたなんて事例は報告されていない。﹂ る。まあ、不具合のあるやつはいたが、どれもこれも機械的な故障でホタカや加久藤み ﹁特警の方でも、全ての鎮守府にその日艦娘に何か不具合が無かったか調べてもらって では、不具合が起こったのは、今の所艦息の２人だけと言う事になりますね。﹂ した日には他の艦娘に似た様な不具合は無かったようです。古鷹さんの話を聞く限り ﹁そうですか。佐世保でも事前に調査しましたが、ホタカ君と加久藤君が不具合を起こ ﹁えーと⋮特に不具合が有ったとは聞いていません。加古もいつも通り寝てましたね。﹂ 古鷹は顎に手を当てて虚空に視線を走らせる。 ﹁では他の艦娘は ﹁い、いえ。いつも通りでした。電探も機関も、何も問題なく動作していたと思います。﹂ ? 1544 在しなかった。 ﹂ ﹁とすると、この不具合は私たちだけに生じた現象だと言う事ですか 加久藤は、難しい顔をして腕を組む。 ﹁私と奴の共通する点は同じ世界から、異世界から来たと言う事でしょう。﹂ ﹁その、加久藤達がいた世界には同時にこんな現象が起こったことはあるのか ? ﹂ ? ﹁強磁性 磁力がどうかかわってくるんだ ﹂ ? ﹁それは、何かの概念ですか ﹂ 好奇心を湛えた杉本の視線が古鷹へ向く。 ? すね。﹂ ﹁違いますよ。共通の共に時間の時で共時性です。英語ではシンクロニシティと言いま ? 呟くような古鷹の言葉に、木曾が呆れた様な視線を彼女へ向ける。 ﹁⋮もしかして、共時性 奴はガスタービン機関搭載艦だからな。機械的な類似性は存在しない。﹂ ﹁もしこれが超兵器限定の現象であるなら、超兵器機関に原因がある可能性が高いが。 木曾の問いに無いと即答する。 ﹂ どのような事で ? も構いません。﹂ ﹁そう言う事になりますねぇ。加久藤君、何か心当たりは有りますか ? ＳＴＡＧＥ─５２ Ｍｅｐｈｉｓｔｏｐｈｅｌｅｓ 1545 ﹁はい。〟意味ある偶然の一致〟のことで、何らかの一致する出来事が離れた場所で同 時に起こす原理です。﹂ ﹂ １９０４年に連想実験に関す ﹁少佐、グスタフ・カール・ユングと言う深層心理学者をご存知ですか 加久藤の問いに、杉本が不思議そうな目を向ける。 ﹁それは⋮カール・グスタフ・ユングの事ではないですか ? ﹂ ? ﹁実証不可能な理論だからですよ。正直、似非科学や超常現象と言っていいかもしれま 微妙な顔をした古鷹が答える。 ﹁なぜだ しょうね。﹂ 果性で説明できない部分を補完できますが、これを結論にすることは避けた方がいいで いるのも不思議ではないでしょう。それはそれとして、ユングのシンクロニシティは因 す。まあ、同じような歴史をたどった並行世界ですから、理論の成立が数十年前後して ﹁グスタフ・ユングは連想実験に関する論文も書いていますが、１９０４年よりも以前で る論文を書いた。﹂ ? ない概念なのかもしれませんね。﹂ ﹁加久藤さんの艦内資料室で見つけた本に書いてあったので、私たちの世界では存在し ﹁聞いたことの無い理論だな。﹂ 1546 せん。混乱させるようなこと言ってすみませんでした。﹂ 前々からこの目で見たいと思っていまし ﹁いえいえ、興味深いお話です。お気になさらず。聞きたいことはこれで全部なのです ﹂ が、最後に一つだけ。﹂ ﹁何でしょう たので。﹂ ﹁構いません、案内しましょう。﹂ 一行を書こうとした時だったら目も当てられない。そういう時は、流石の備後でも不貞 き始めたばかりの所で破れたので精神的ダメージは比較的少なかった。これが最後の 破れてしまった書きかけの報告書を横に退け、新しい紙を手に取る。幸いにもまだ書 の種だった。 で使っていた。しかし、よく使われている藁半紙はペン先が引っかかりやすいのが悩み 群青色のインキ止式万年筆は、決して上等と言えるような品ではないが備後中佐は好ん れ、その下の机が破れた穴から覗いていた。以前秘書艦から昇進祝いに貰った軸胴部が 紙の破ける小さな音が手元で響く。手元の藁半紙は金色の万年筆によって切り裂か ? ? ﹁超兵器機関を見せていただけませんかねぇ ＳＴＡＧＥ─５２ Ｍｅｐｈｉｓｔｏｐｈｅｌｅｓ 1547 寝をしたくなる。 再び黄色い藁半紙にペンを走らせようとした時、視界の端で何かが動く。視線を上げ て視界を広くとってみると、さっき横に退けた紙が忽然と姿を消している。床に落ちた のかと、自分の椅子の横辺りを見てみるが板張りの床が見えるだけ。となると、思い当 たる原因は一つだけだった。 顔を上げて執務机の向こうに置かれている応接セットを見る。革張りの椅子に背の 低い机。いつもならば、秘書艦である龍鳳が座って書類仕事の手伝いをしているはずの 場所には、白い妖精が陣取っていた。 妖精の手元には一か所に敗れた穴の有る藁半紙と１０色程度の種類があるクレヨン が転がっている。彼女はおもむろに緑色のクレヨンを取ると、藁半紙に色を乗せて行 く。 ノックの音が響き、備後が返事を返す前に扉が開け放たれ翡翠色を身にまとった艦娘 が３つのマグカップを盆にのせて入ってきた。 ココアが置かれる。 執務机にコーヒーが入ったマグカップを置き、応接セットに陣取る北方棲姫の前には ﹁ありがとう。﹂ ﹁提督、コーヒーをお持ちしました。﹂ 1548 ﹁何の絵を描いているの ﹂ てオレンジ色の瞳で龍鳳を見上げた。 ニコニコしつつ龍鳳は北方棲姫の隣に座る。小さな深海棲艦の姫は顔を少し動かし ? 報は得られない。無理やり情報を吐かせるに拷問と言う手もあるが、取れる手段は艦娘 されてい無いようで人類側が攻めて来たから迎撃していたと言うだけで、それ以上の情 無理があった。さらに、彼女はどうやっても情報を吐かない。と言うよりも、何も知ら 本土に送って情報を聞き出そうにも、常に艦娘が彼女を捕まえていることは現実的に こからが問題だった。 にも艦娘の身体相手は透過できないと言う制約があったため捕獲自体は成功したが、そ う、ある種の特殊能力を持っていることは彼女の捕獲作戦によって知られていた。幸い らした利益はほとんどなかった。彼女が自分にとって害のあるものを透過させると言 ＡＬ作戦後に捕虜と言う形で帝国軍に下った北方棲姫だったが、彼女が帝国軍にもた かけ離れていると実感できる。 で零戦と解る程度には特徴を捉えて描かれているのを見ると、やはり只の人間の子とは 最初に触れることになる零式艦上戦闘機が描かれている。見た目が幼い子供でも、一目 言葉少なに答えて、再び緑色のクレヨンを振るう。藁半紙の上には大部分の艦娘達が ﹁ゼロ。﹂ ＳＴＡＧＥ─５２ Ｍｅｐｈｉｓｔｏｐｈｅｌｅｓ 1549 1550 自身の手によるもの│││││要するに首絞め│││││ぐらいしかなかった。当然、 敵とは言え見た目幼女の存在の首を絞められるような艦娘は存在せず。またそのよう な強硬手段を取るような素振りをすれば、せっかくの貴重な捕虜が全力で逃走を図るだ ろう。いくら艦娘でも、あらゆる場所をすり抜けられる幽霊のような存在を再び捕まえ られるとは思えない。 結局のところ、幌筵での尋問も時間の無駄として中断されることになってしまい、彼 女の管理は備後がすることになった。つまり、厄介者を押し付けられた形だ。 最初は深海棲艦の親玉の一人と言う事で周囲の艦娘も敬遠していたが、積極的に彼女 の世話をやく龍鳳の姿を見ているうちに、いつの間にか受け入れられていた。北方棲姫 自身も初めは龍鳳にだけ心を開き他の艦娘には警戒心の塊のような状態だったが、今で は幌筵での生活にも慣れたようでのんびり過ごしている。 一部の陸軍やＡＬ作戦で艦娘を失った将校からは、北方棲姫を軟禁以下の状態でのう のうと暮らさせている事を理由に備後を非難した。しかし、陸軍では作戦に参加し北方 棲姫の捕獲に奔走した将兵自身が﹁アレの制御は無理、幌筵の措置は妥当﹂と公言した ことで非難の声はすぐに止み、海軍の提督は﹁大破させたまま戦闘続行させた貴様が悪 い﹂と逆に袋叩きにされてしまった。 今度はノックも無しにドアが開かれ、両手いっぱいに冊子を抱えた朝霜が執務室に 入ってきた。北方棲姫はうるさい奴が来たとばかりに、ジト目を駆逐艦娘に向ける。元 ﹂ ﹂ 来穏やかに過ごすことを好むこの深海棲艦にとって、朝霜の様に活発な性格の艦娘は若 頼まれてきた資料持って来たぜっ、て〟ほっぽ〟も居るのか ﹁居タラ悪イカ ? り受け入れていたりする。 ﹂ ﹁いやぁ悪くないさ。そういや、ここの所執務室に居るのが多いな。どうしてだ ﹁此処なら提督が書き損じた紙が出るからじゃないかな 龍鳳の捕捉に、ふーんと頷きながら北方棲姫の手元の元書類をのぞき込む。 ? ﹂ 棲姫自身は自分がどう呼ばれようが意に介していないようで〟ほっぽ〟呼びもすんな した、龍鳳が言い出したなどと点でバラバラの答えしか返ってこなかった。なお、北方 だ名だった。最初に誰が言い出したかもわからず、艦娘達に聞いてみても朝霜が言い出 が流れ日常生活で彼女の名前を呼ぶことが増えるうちに、半ば自然発生的に生まれたあ 正式な名前│││││海軍がそう名付けただけだが│││││で呼んでいた物の、月日 〟ほっぽ〟と言うのは言うまでも無く北方棲姫の事だった。初めの内は北方棲姫と 何処かむすっとした表情で提督の執務机に持ってきた資料を積んでいく朝霜を見た。 ? ? 干苦手だった。 ﹁司令ー ! ﹁ご苦労様。資料は執務机に置いてください。﹂ ＳＴＡＧＥ─５２ Ｍｅｐｈｉｓｔｏｐｈｅｌｅｓ 1551 ﹁へぇ、上手いじゃん。﹂ 素直な評価に、当然だとでもいう風に深海棲艦の姫は無い胸を張る。 ﹁でもよ、ほっぽが描くのって飛行機ばっかだよな。﹂ 北方棲姫が今零戦を描いている書類の横には、既に書き終えた作品が無造作に積まれ ていた。零戦は勿論、紫電改二、九九艦爆、九七艦攻、天山等等様々な航空機が書き損 じられた藁半紙に描かれている。 朝霜が数々の航空機の絵を眺めていると、ふと頭の中にあることが浮かぶ。 │││││備後司令って、こんなに書き損じてたっけ 相変わらずの早口でまくしたてる提督だったが、長い事この提督の指揮下で戦ってき う。﹂ の鎮守府から抗議の文書が上層部に送られているようですから、直ぐに元に戻るでしょ 書き損じが多くなり、使用する紙の枚数が増加、作業効率の低下を招いています。全国 ﹁経費削減の名目で、先週から書類に使う藁半紙の製造元が替わりましてね。結果的に ﹁なあ、司令﹂ ているところだった。 れもが今日の日付だった。不審に思いつつ備後の方を向くと、彼は再び書類を書き直し 北方棲姫の画の端には描かれた日付が書かれているが、手に取った絵の日付はそのど ? 1552 た朝霜にとっては日常の一角であり、上層部への呆れ以外の感情は浮かんでこない。手 に持ったままだった北方正姫の絵を綺麗にまとめてテーブルの端に置く。その上に、つ いさっき彼女が書き終えた零戦の画が無造作に乗せられた。 ﹁なあ、ほっぽ﹂ ﹂ ? かった。 をしていた秘書艦の空母娘は、ちらりと声の主を見るだけで再び自分の仕事にとりか 紙の破ける音が響き、その部屋の主が妙な声を出して固まる。その近くで資料の整理 ﹁あ〟⋮﹂ 言えない微妙な気分になってしまった。 ちっちっちと人差し指を立てて横に振る。年下の子供にバカにされたような何とも ﹁私ハ、飛行機以外ハ書カナイ主義﹂ 言い終わる前に断られて朝霜の顔が若干ひきつった。 ﹁嫌ダ﹂ ﹁偶にはさ、アタイの画とか書いて﹂ ﹁ナンダ ＳＴＡＧＥ─５２ Ｍｅｐｈｉｓｔｏｐｈｅｌｅｓ 1553 ﹁なあ、加賀さん﹂ ﹂ ﹁アト、一文字ダッタノ二﹂ ﹁あるわけないでしょう。どうかしたの ﹂ ﹁絶対に紙が破れない万年筆とか、無いかな ﹂ 加賀が真津の方を見ると、彼は重厚な執務机に上半身を投げだして突っ伏していた。 ﹁何かしら ? 通路の中を一台のジープが進んでいく。通路の材質は耐火性セラミックと聞いたが ミ箱へ投げつけた。 口から恨み言を吐きつつ、万年筆で破れてしまった藁半紙をぐしゃぐしゃに丸めてゴ ﹁畜生、上層部の馬鹿野郎﹂ てください﹂ ﹁だめです。それと一五〇〇から佐世保司令部で会議が有るのでそれまでには終わらせ ﹁もう、ゴールしても﹂ 無慈悲にも差し出される藁半紙を、真津は何処かうつろな瞳で受け取る。 ﹁はい、新しい紙﹂ ? ? 1554 一見只の鉄のパネルにしか見えない。通路の天井に取り付けられた照明器具からは白 色の光が降り注ぎ行く手を照らしている。 木曾の言うように、彼女達が乗るジープが走っているのはソロン鎮守府の地下通路で ﹁それにしても、艦の中を車で走るとはな﹂ は無い。超大型航空戦艦加久藤の３胴艦を構成している中央の戦艦部分、そこを前後に 貫く通路を、３人を乗せたジープは走る。 様に、ウィルキア帝国によって建造された超兵器の、その図体による人員の迅速な移動 まで車輪を旋回させることができ、超信地旋回や平行移動が可能になる。加久藤などの シャフトを介さずに直接車輪を駆動するため、舵角の制限が緩く、直進状態から真横に 直接ホイールへ伝わるためにギアや駆動軸によるエネルギー損失が無く、またドライブ インホイールモーターは車輪の中に駆動用のモーターを取り付ける方法で、駆動力が 可能になっています﹂ ﹁バッテリーで動く電動車両です。しかも、インホイールモーターですから、４輪操舵が ﹁このジープ、エンジン音がかなり少ないですがもしや﹂ ハンドルを握る加久藤が答える。 な人員が移動でくたびれてしまえば致命的だ。﹂ ﹁全長が数百ｍにもなると、流石に徒歩では迅速に移動できないからな。緊急時に必要 ＳＴＡＧＥ─５２ Ｍｅｐｈｉｓｔｏｐｈｅｌｅｓ 1555 1556 の問題を解決するためには艦内を走行できる車両は必要不可欠だった。 初めは艦内に普通のジープを走らせることで問題の解決を図ろうとしたが、内燃機関 による排気ガスの処理が問題になった。排気ガスの処理システムを構築するのは当然 考えられたが、被弾による処理装置の故障で、艦内通路の換気が出来なくなれば車両は 使えず、最悪の場合艦内に排気ガスが充満する事も有りえた。また、ジープでは人員の 大量移動がしづらいと言う問題も指摘された。しかし新規で車体の設計をしなくてい い分コストの削減には役立ちそうで、さらにやろうと思えばその車両を上陸作戦に転用 することも可能だった。 次に兵員の大量輸送が可能で換気の必要が無い電車を走らせることで問題の解決を 図るが、被弾時に線路がやられてしまえばそれだけで使い物にならなくなる。 最後に、２つの案のいいところどりをすることでインホイールモーター搭載の電動車 両案が誕生する。車体は現在生産されているジープの物を出来る限り流用することで コストの削減に努め、電気駆動によって排気ガスの問題を解決する。大量輸送に関して はジープとは別に大型のトラックも電気駆動化して搭載することである程度の輸送能 力を確保。更に航空甲板や舷側へ続くハッチとクレーンを設けることで、上陸作戦で必 要になった場合は、上陸用舟艇さえあればそのまま転用できるようにした。 インホイールモーターによる高い機動性能は車両にとっては狭い艦内通路を駆け抜 けるのに役に立ち。初めは試験的にデュアルクレイターでのみ利用される計画だった 艦内電動車両は、瞬く間に全ての超兵器へと導入されたのだった。 ﹁しかし加久藤君、戦闘中にこの通路に浸水すれば大変な事になりませんかねぇ﹂ ﹁この通路自体にそれなりの強度が有る上に艦の舷側から距離を取って存在しています から、魚雷で傷つけることはまず不可能、対艦徹甲弾が直撃しない限りは穴は開きませ ん。それに各所に瞬時に展開できる隔壁や、強力な排水ポンプが有りますから問題は有 りません。さて、そろそろです。﹂ 車両の速度が落ちて、とある角を曲がると数台の車両がひしめき合う駐車場の様なス ペースが有った。車を降りて近くにあったハッチを開けると、途端に腹に響く重低音が 奏でる協奏曲が鼓膜に届く。ハッチの向こうは巨大な部屋を貫くキャットウォークが 見えた。 にも、壁や天井を毒々しい色のパイプがはい回って隔壁を突き破り消えている。 とは出来なかった。真っ先に感じたのは、得体のしれない機械と言う事だけだ。床以外 る２人の特警の捜査員には、これが機械らしいと言う事以外の情報を、視覚から得るこ 色と紫を基調とした見た事も無い物体が横たわっていた。初めて超兵器機関を目にす 巨大な部屋の天井を碁盤の目のように走る頑丈なキャットウォークのすぐ下には、紺 ﹁此処が本艦の心臓部、超兵器機関の有る機関室です。﹂ ＳＴＡＧＥ─５２ Ｍｅｐｈｉｓｔｏｐｈｅｌｅｓ 1557 キャットウォークを歩きながら下を見下ろすと、超兵器機関のすぐ上にも設けられた 通路に白衣を来た人々がファイルやグラフを手に走り回っているのが良く見えた。 制御室にでる。オペレーターの為の座席も用意されているが、そこに座っているのは白 加久藤に続いて中央の階段を上がると、各種のコンソールとモニターがひしめき合う しているため、機関室から入る時には観測室の４分の１しか見えなかったのだ。 見ると田の字型に隔壁が配置されていた。中央機関観測室はこの田の字の中央に存在 超兵器機関の収まる機関室は巨大な隔壁によって概ね４つに区切られており、真上から 部 屋 が ４ 倍 ほ ど 広 い と 杉 本 た ち が 感 じ た 原 因 は 中 央 主 機 関 観 測 室 の 位 置 に あ っ た。 ﹁ここは中央主機関観測室。部屋の中央の階段を上がれば中央主機関制御室です。﹂ ているのだろう。 ような重低音のアイドリング音は聞こえてこない事を見るに、完全な防音対策が施され 付けた様な形をしていた。部屋の中は思ったよりも４倍ほど広くそれまでの腹に響く き出す施設へと足を踏み入れる。その施設は飛行場の管制塔の上部を天井の隅に貼り 加久藤に説明を受けながらキャットウォークを歩いていくと、部屋の天井の角から突 全に閉鎖されます。﹂ ませんが、全力運転状態ではこの部屋の騒音値は１２０ｄｂを越えるので基本的には完 ﹁これが本艦の超兵器機関です。今はアイドリング状態なのでそこまで酷い騒音は有り 1558 衣を纏ったわずかな人々だけだった。 部屋の中央で部下から手渡された書類に目を通していた白髪の男性が、部屋にあがっ ﹂ てきた加久藤達に気づく。 ﹁加久藤、その方たちは ? 大原と言います。﹂ ? ﹂ ? 解っている情報は全て加久藤に渡しているため、それに関してのさらに詳しい説明は難 ﹁さて、先に起こったホワイトアウトに関する調査と言う事らしいですが、残念ながら お好きにどうぞ、と大原はお道化たように答える。 ﹁それでは、教授か博士と呼んだ方がいいでしょうか とは帝都の大学で物理学の研究をやっていましたから。﹂ 的にしているので、他の部署よりも研究部所と言う趣が強いです。部長の私も、もとも ﹁第９部は最近できた部署ですから仕方がないでしょう。主に超兵器機関の解析を主目 ﹁艦政本部には第８部までしかないと聞いてしましたが、第９部とは ﹂ ﹁そうでしたか。私はこの加久藤で超兵器機関の解析を行っている、艦政本部第９部の 杉本と木曾が自分の名を名乗ると、納得したかのように白髪の男性は頷いた。 ている。﹂ ﹁佐世保第３鎮守府付きの特警の人達だ。この頃発生したホワイトアウトについて調べ ＳＴＡＧＥ─５２ Ｍｅｐｈｉｓｔｏｐｈｅｌｅｓ 1559 しいのですが﹂ 申し訳なさそうな顔をする大原に、杉本は問題ないと返した。 ﹂ ? ﹁ＩＥＰっつーと、ポルシェ・ティーガーのガス・エレクトリック方式みたいなやつだっ です。そのため、加久藤の推進方式はＩＥＰと言う事が出来ます﹂ ﹁超兵器機関は其れそのものは回転運動を生み出さず、出力されるのは膨大な量の電気 た。 大原は白衣のポケットから伸縮式の指揮棒を取り出すと、一振りして１ｍほど伸ばし よその形は判明しています﹂ ﹁そうです。今は隔壁で区切られてますから全貌を直接見ることはできませんが、おお ﹁こいつは、超兵器機関 造体の表面は紺や紫で塗装されており、全体的に毒々しい雰囲気を与える。 接合しており、上から見るとちょうどアルファベットのＨの様な形をしていた。その構 物を映し出した。葉巻型の２本の物体の中央部を、それよりも若干細い構造物が２つを 大原がとある多目的モニターの前に全員を移動させると、コンソールを操作してある ﹁構いませんよ。さあ、こちらのモニターの前にどうぞ。﹂ この機関について解っていることを教えていただきたいのですが﹂ ﹁いえ。ボクたちが来たのは超兵器機関をこの目で見る為でして。もしよろしければ、 1560 け ﹂ ﹁超兵器機関の最大出力はどれぐらいでしょうか ﹁不明 ﹂ です。﹂ ﹂ ? ﹁本来の力、ですか。﹂ ぎないのかもしれない﹂ ない。もしかしたら、いま私たちが感じ取れる超兵器機関の能力は本来の力の数％にす による恩恵を受けたとしても、この機関の能力を引き出しているとは到底言う事は出来 ない。だがしかし、私たちから見た超兵器機関も、それと同じなのだ。超兵器機関技術 ﹁君らからしてみれば、私の技術は常識の範疇外であり、ある種の奇跡と思えるかもしれ 驚いたような表情を加久藤へ向ける。艦息はそうだと小さく首を縦に振った。 ﹁艦自体がって、加久藤の技術をもってしてもか ﹂ 観測機器や艦自体が先に限界を迎えてしまい、その全力を我々が見ることはできないの ﹁超兵器機関の出力する電力の量は簡単に調節できます。しかし、出力を上げて行くと ? ? 推進器を回転させて言ます﹂ ﹁よくご存じですね、木曾さん。貴方の言うように、超兵器機関で発電した電力を用いて ? ﹁不明です﹂ ＳＴＡＧＥ─５２ Ｍｅｐｈｉｓｔｏｐｈｅｌｅｓ 1561 杉本が顎に手を当てる。全長が１ｋｍ近い巨艦を４０ 以上の速度で航行させるの 考えると言いしれない恐ろしさと、好奇心が沸き上がってくる。 に必要な膨大なエネルギーすらも、この機関にとっては朝飯前の事なのかもしれないと ? ﹂ !? 加久藤が杉本の問いに答えた。 ﹁超兵器機関は戦艦部分のみに搭載されているのですか ﹂ ﹁加久藤の建造記録です。ちょうど超兵器機関を組みつけているところですね。﹂ に収まった作りかけの船体の巨大さが解る。 の中でもかなり巨大な部類に入る機材。それが芥子粒の様に見えると言う事は、ドック は人かと思ったがよくよく見てみると各種の重機であることが分かった。それも、重機 るＨ型の超兵器機関が移る。画面のあちこちを何かがうごめいているのが見える、最初 画像が切り替わると、ドッグの中に固定された船体と、それに収められようとしてい ごらんのとおり、超兵器機関は各部が破損した状態で火山から〟出土〟します。﹂ ﹁これはイタリアのヴェスヴィオ火山から発掘されかけている超兵器機関の一部です。 ﹁超兵器機関 る巨大なぶった。 モニターに表示されたのはどこかの火山と、その山腹から突き出している見覚えのあ ﹁この画像をご覧ください。﹂ 1562 ? ﹁一基だけでも十分すぎる電力を生み出すので、両舷の空母には推進用のモーターと緊 急用バッテリーさえあれば事は足ります。それに本艦は緊急用の補助機能が有り、それ を運用するには戦艦部分に機関を搭載するのがベストですので。﹂ 画面が切り替わり、超兵器機関を間近でとらえた映像が映る。表面には微かな光沢が あり、金属と言うよりもセラミックやプラスチックの様な質感だった。 ﹂ ? うにあるからな。設置場所には困らない。﹂ 言う事で、超兵器には超兵器機関研究所が設けられている。幸い、艦内の容積はべらぼ れなりに確立されたが、解らない事はまだまだ多い。研究をするなら機関の傍がいいと ﹁私たちの世界でも超兵器機関は謎だらけだった。こうやって兵器に転用する技術はそ ﹁加久藤に備え付けられていたって⋮戦闘艦に研究室 ﹁加久藤に備え付けられていた研究設備をそのまま利用させてもらっています。﹂ まれ、白衣を着た研究員が歩き回っていた。 にとある部屋に到着する。部屋の中はどこかの研究室の様に様々な観測機器が運び込 此方へどうぞ、と大原が一行を先導して管制室を出る。しばらく通路を歩き、数分後 別の場所にあります。これは、直接見てもらった方がいいでしょう。﹂ る特殊な電磁波はその代表例ですが、我々科学者が持っとも興味深いと考えているのは ﹁超兵器機関には様々な特徴があります。Ｎｏ．１３波形、通称超兵器ノイズと呼ばれ ＳＴＡＧＥ─５２ Ｍｅｐｈｉｓｔｏｐｈｅｌｅｓ 1563 彼は意図的な諧謔味を含ませた笑みを木曾に向けた。 ﹂ 大原が指差した先には、机の上に紺色と紫色の塊が鎮座していた。大きさはマグカッ ﹁これを見てください。﹂ プ程度。 ﹁これは、超兵器機関の一部ですか ﹂ ? ﹂ ? サンプルを回して様々な角度から眺める。広範な知識をもつ杉本ですら、これが何処 ﹁軽いですねぇ、それに、少しばかり熱を持っているようです。﹂ かどうかだった。 金属の塊なら優に１㎏を越えるだろう。しかし、どう多めに見積もっても５００ｇある 超兵器機関を受け取った杉本が感じたのは、まず軽いと言う事だった。この大きさの ﹁ぜひ、お願いします。﹂ ﹁杉本少佐、持ってみますか 木曾の問いに応え乍ら、大原はその超兵器機関のサンプルを手に取る。 ね。私たちが直接採取したことがあるのは、もっと小さな破片です。﹂ ﹁この研究所には最初からいくつかの超兵器機関のサンプルが保管されていましたから ﹁らしいって ﹁そうです。右側の超兵器機関から切り出したものらしいです。﹂ ? 1564 の部品なのか皆目見当もつかなかった。 ﹂ ﹁その熱が問題なのですよ。少佐、熱を持っていると言う事はどういうことかわかりま すか 木曾にサンプルを渡しつつ、杉本は有りえない答えだと思いつつその問いに答えた。 ? ﹂ ? ﹂ ? 加久藤が杉本の答えを肯定した。極小機械、ナノマシンで構成された巨大な機関と言 論が出ています。﹂ ﹁恐らくですが、間違いないでしょう。ウィルキア帝国でも極小機関の集合体という結 ﹁ごく小規模の機械の集合体と 杉本は、大原の言葉を続ける。 エネルギーを放出しているのです。つまりこの機関は﹂ ﹁更に面白い事に、この機関をヤスリで削ったところその削り屑自身も、ごく微量ですが や、面白い機関ですねぇ。﹂ ﹁時計から取り外した歯車が、そのまま時計として働いていると言う事ですか。いやは 人類の科学史上では有りえないことです。﹂ ﹁そうです。巨大な機械の部品が、それ単体で機関として駆動しているのです。これは、 う事ですか ﹁このサンプル。いえ、超兵器機関は未だに駆動しエネルギーを生産し続けていると言 ＳＴＡＧＥ─５２ Ｍｅｐｈｉｓｔｏｐｈｅｌｅｓ 1565 うのが人の出した答えだった。 ﹁超兵器機関の最小単位と言うのは観測出来たのですか 力なく、白衣の研究者は首を横に振る。 ﹁それは如何して ﹂ ﹂ ですが、光学式顕微鏡では限界がある。直接超兵器機関を解析する方法は、今のところ のです。これでは、電子顕微鏡は使い物になりません。残されるのは光学式顕微鏡のみ を観測します。しかし、超兵器機関のサンプルは顕微鏡からの電子線を攪乱してしまう ﹁電子顕微鏡と言うモノは、走査型であれ透過型であれ電子線を対象に当ててサンプル ? ないのです。﹂ それでも観測することはできませんでした。と言うよりも、電子顕微鏡では観測が出来 ﹁残念ながら。この研究室には我々の物よりも性能の良い電子顕微鏡が有るのですが、 ? 機関は細胞群体と言えるかもしれません。﹂ の出力を生み出す機関となる。生物に当てはめると、我々の機械は多細胞生物、超兵器 エンジン 小機関はそれ単体で機関として完成しており、それが多数集まることによってけた外れ さることで初めて機械としての機能を持ちます。しかし、超兵器機関は違う。個々の極 マシン 我々の生み出した機械は、個々の部品はそれほど大きな意味を持たず、正確に組み合わ ﹁少 な く と も、人 類 の 生 み 出 し た 機 械 と は 方 向 性 が 違 う と 言 う 事 が 出 来 る で し ょ う。 1566 ありません。﹂ ﹂ ﹁じゃあよ、加久藤の今動いている超兵器機関を丸ごと調べるのは無理なのか けデカけりゃメンテナンスハッチぐらいあるだろ これだ ? 機関が集まって形作る機関なのです。貴方の言う通り確かにメンテナンスハッチらし ﹁それは意味が無いのですよ、木曾さん。先ほどお話しました通り、超兵器機関は極小の ? きものは無数に存在します。しかし、その中に入ったところで超兵器機関の駆動原理を 知ることはできませんでした。﹂ ﹂ ? ﹁その通りです、杉本少佐。そこで、我々は新しい技術の発掘を優先的に行っています。﹂ もしれませんねぇ﹂ ﹁超兵器機関が極小機関の集合体として働くのであれば、姿かたちは問題ではないのか つのなら、技術者と芸術家の垣根は無くなる〟と言っていましたね﹂ にも機械工学が専門の者がいますが〟こんな出鱈目な配管や配線で機械として成り立 持ってきて接着剤でつなげただけのオブジェが一番近いのではと思います。我々の中 です。そうですね、工学の知識が何もない素人が、スクラップの山から適当な部品を でひしめき合っていますが、そのどれもが意味を持たずただそこにあるだけの物体なの ﹁メンテナンスハッチの中は無数の配管やコード、シャフトやギアボックスの様なもの ﹁何故 ＳＴＡＧＥ─５２ Ｍｅｐｈｉｓｔｏｐｈｅｌｅｓ 1567 ﹁発掘、ですか﹂ 大原はあえて開発や発見では無く、発掘と言う言葉を選んだことを海軍少佐は違和感 を覚えた。 ﹁そうなのですか 加久藤君。﹂ ﹁その回収したデータ群から製造できる兵器を、俺達が利用できないのか ﹂ 木曾の問いはもっともだった。超兵器が暴れまわったのは、こちらの世界で第二次世 ? その殆どが超兵器機関を電子的に解析しようとした結果の副産物です。﹂ ります。しかしこのサルベージにも問題が多く。狙ったものを見つけることは出来ず、 兵器の設計図や、製造するために必要なマザーマシン、合金の生成方法まで多岐にわた サルベージ出来るデータの中には新しい理論の式だけでなく、その理論を用いた数々の タは数々のブレイクスルーを引き起こし、技術開発の加速を引き起こしました。また、 ジン、ＬＳＩ、コンピュータウィルス、防御重力場理論等、超兵器機関から得られたデー 憶領域からサルベージされたデータをもとにしたのが大半です。軸流式ジェットエン ﹁ウィルキア帝国での超兵器機関研究による技術発展は、この超兵器機関の電算機の記 赤目の艦息は頷き、言葉を続けた。 ? るのです﹂ ﹁はい、発掘です。実は、超兵器機関は其れそのものが機関であり高性能な電算機でもあ 1568 界大戦が勃発したころとあまり変わらず、技術レベルも同じぐらいの筈だ。ウィルキア 帝国が超兵器を用いて出来た最新鋭兵器の数々を、大日本帝国が再現できない道理はな い。 しかし、現実は日本にとって厳しい物だった。 入することは⋮﹂ ?! ﹂ ? ていった。超兵器の存在を明かした後で、猛烈な勢いで兵器開発を進めて行った。量産 蓄え、発展させるのに効率の良い開発ルートを模索し、一部の技術者たちを集め教育し にウィルキアが急激な技術革新に耐えられるように準備を行っていた。様々な資源を ﹁ウィルキアは、ヴァイセンベルガー元帥は随分前から超兵器の存在を知り、来るべき時 た。その眼はサンプルでは無くどこか遠くを見ているように思える。 木曾が加久藤の方を見ると、艦息は机の上にあった超兵器機関のサンプルを弄んでい ﹁状況が違うんだよ。﹂ 出来たのに、俺たちにできない道理はないだろう ジェットエンジンを搭載するとか、外付けの機関砲を再現するとか。ウィルキアだって ﹁だ が、一 部 な ら で き る ん じ ゃ な い の か 例 え ば、菊 花 に こ こ か ら 得 ら れ た 最 新 型 の 深海棲艦の侵攻を抑えられているのは奇跡と言っていいのに、超兵器技術を全面的に導 ﹁今の大日本帝国には、この数々の技術を利用できるほどの力が有りません。現在でも ＳＴＡＧＥ─５２ Ｍｅｐｈｉｓｔｏｐｈｅｌｅｓ 1569 ラインが毎週変わるほどの猛烈な発達速度、高性能な電算機で補助することによって人 を補助し、訓練時間を大幅に取り除くことで兵器の発展に人間が耐えられるようにし た。しかし、今の日本ではそれが出来ない。﹂ ごとり、と超兵器機関のサンプルを机の上に戻す。 戦前から資源を世界中から集め、戦争の傷も無い所でゆっくりと下地を整えられた は現実的では無かった。 全でも、艦娘に必要な膨大な資源を輸送している輸送網に、これ以上の負荷をかけるの 妖精さんの工廠に任せきりと言う戦略がここで裏目に出ていた。しかし例え工業が万 整っていなかった。国民の暴動を抑えるために民生品に工業力を割り振り、軍事方面は や加久藤と言う秘密兵器の塊を得たとしても、今の日本にそれを十全に生かす下地が 妖精さんによって建設される。そこに人間の工廠で作る製品は必要なかった。ホタカ 鎮守府に有る艦娘などを建造したり、装備を開発する工廠は、資材を消費したうえで きい。﹂ 興に当てられている。今、日本が戦えているのは艦娘と妖精さん、工廠によるものが大 で直しているのが現状だ。その工場で生産される部品は、大部分が民間へ流れ戦災の復 にＬＳＩを作る余裕は無い。太平洋戦争と深海棲艦との戦争で破壊された工場を必死 ﹁時間、金、資源、その全てが足りない。まず必要なのはコンピューターだが、今の日本 1570 ウィルキアに対し、今の日本の現状は過酷だった。 消化不良、そんな言葉が木曾の頭の中をよぎった。 を解明する事です。今、手元にあるサルベージ出来た設計図は今の帝国の手に余る物で ﹁今の私たちの役目は、一刻も早くこの超兵器機関の技術を国へ還元し、超兵器機関の謎 すが、まだまだ未解析のデータベースは山の様にあります。その何処かに、今の帝国で も運用できる技術が必ずあるはずです。なんとしても、それを見つけなくてはなりませ ん。もう二度と負けないために﹂ その後、２，３話をしているとそろそろ帰らねばならない時間になってしまった。大 ﹂ 原は、彼らを中央機関観測室にまで送っていく。ガラスの向こうには毒々しい色の超兵 器機関が横たわっていた。 ﹁もう少しお話を聞きたかったのですがねぇ﹂ どうやら大原は、本心から言っているようだった。 ﹁いつでも、お越し下さい。私は何時でも歓迎しますよ﹂ ﹂ ﹁では、また会いましょう。ああそうだ、最後に一つだけ﹂ ﹁何でしょうか ? ﹁科学は、いったいどのようなものと考えていらっしゃいますか ? ＳＴＡＧＥ─５２ Ｍｅｐｈｉｓｔｏｐｈｅｌｅｓ 1571 眼鏡の奥の杉本の視線は、白衣の男性に固定されていた。大原は顎に手を当てて一瞬 逡巡した後に口を開く。 た、悪魔的と言っていいほどの秘密技術の塊が有る。﹂ けしたのはまぎれもない事実です。そして、今我々の目の前には科学技術の生み出し 物種となっています。これが全て、科学の所為だとは言いませんが、科学がそれを手助 束したのです。しかし、結果的に人類は恐らく地球史上もっとも多くの同胞を殺した生 させることができたのです。人類が得た外部器官、すなわち科学技術は人間の繁栄を約 得ていた特殊な能力をごくわずかな時間で、同党の能力を習得し生存圏を飛躍的に拡大 の方を変えることを選択しました。その結果、今まで他の生物が数万年、数億年単位で ではなく、道具と言う一種の外部器官を発達させることで自分たちが住めるように環境 いるのです。人間は他の野生動物の様に自分の身体自体を進化させ環境に適応するの ﹁私たち人間のちっぽけな掌に科学が収まったことなど歴史上一度も無いと私は考えて そこで言葉を切り、強化ガラスの向こうの超兵器機関を見る。 終的な決定権は常に人間に持たせます。道を誤れば破滅するのはどちらも同じです。﹂ ﹁理性は有っても、悟性は無い。悪魔は人間よりも遥かに強大な力を持っていますが、最 ﹁ほぅ﹂ ﹁悪魔、ですかね。﹂ 1572 それでも、と大原は暗い雰囲気を吹き飛ばすように声を上げた。 を握った木曾は、先ほどの大原の言葉を思い返していた。 │││││科学技術、悪魔と付き合う方法か ? │││││そもそも、艦娘ってなんなんだ 深海棲艦の出現から４年後に出現したら 体。 間を結ぶミッシングリンク、艦娘。兵器としての艦体と人間としての肉体を持つ生命 彼は科学技術を悪魔に例えた。それならば、自分はいったい何なのだろう 兵器と人 ソロン要塞の中を木曾の艦体が停泊している港へ向かってジープが走る。ハンドル 確かに存在した。 杉本と木曾が見た大原の瞳には、先の見えない戦いへの不安と好奇心、そして熱意が すると考えています。﹂ 合う方法ぐらいは有るはずです。それを見つけるために我々が、艦政本部第９部が存在 術へ落とし込む。今の私たちにはこの悪 魔を絶対に支配できません、ですが上手く付き 超兵器技術 契約が始まったのです。血反吐を吐いても、新しい発見を積み重ね、理論を構築し、技 ﹁それでも、我々は研究を続けるしかない。人類が技術を手にしたその時から、悪魔との ＳＴＡＧＥ─５２ Ｍｅｐｈｉｓｔｏｐｈｅｌｅｓ 1573 しいが⋮詳しい所は機密だった。杉本さんでも、最終的には解らなかった。 ? カーブを曲がると、目的地の港が見えてくる。 │││││真相は全て闇の中。それ以前に、深海棲艦と超兵器を片付けないと満足な あれは﹂ 捜査も出来ないな。 ﹁おや ﹁どうかしたのか ﹂ ＥＤ ﹁ＯＲＩＧＡ 〟ｒｉｓｅ〟﹂ は黒い煙が立ち上っていた。 港に停泊している艦体では、木曾の指示で既にボイラーには火が淹れられ、煙突から ﹁ふむ、それならば仕方がないですねぇ﹂ ﹁時間的に無理だ。この輸送艦隊を逃すと、帰るのが遅くなるよ﹂ たかったのですが﹂ ﹁いえ、先ほどの車に大本営の森原中佐が乗って居ましてね。出来れば挨拶をして起き ? た。 うところだった。その車両の後部座席には、海軍将校らしき人物が座っていたのが見え 杉本の言葉に、木曾の意識が浮上する。ちょうど、前方からくる別のジープとすれ違 ? 1574 ＳＴＡＧＥ│５３ 佐世保強襲 甲高い金属音が響き渡る空間にソレは存在した。光の当たらない機構の奥底に潜り 込んだソレは、甲高い金属音を発する構造物を徐々に浸食もとい捕食していった。ソレ を構成する最小単位の粒が、機構を構成する金属に触れたかと思うと、金属は即座に消 に合わせて航行 え去り、それまで金属の有った場所にはソレとまったく同じものが存在していた。 ﹁電探、音探共に敵影なし。順調ですな﹂ 副長からの報告にホタカは鷹揚に頷いた。翔鶴型の巡航速度１８ 軽巡と駆逐艦から成る水雷戦隊６隻が航行している。恐らく遠征帰りだろう。 には敵を表す輝点は描かれない。例外として、後方３０ｋｍ地点を佐世保第２鎮守府の 航海で深海棲艦の触接は無く、電探から照射される電波は何もない空間を貫きモニター 約６００ｋｍ、奄美大島沖２００ｋｍの東シナ海上までたどり着いていた。これまでの すること数日、正規空母２隻と高速戦艦１隻の歪な艦隊は佐世保鎮守府まで直線距離で ? ﹁幾ら改造したと言っても、ドンパチやらずに済むならそれに越したことは無いですか ﹁解った。この分なら邪魔されずに佐世保へ帰れそうだ﹂ ＳＴＡＧＥ─５３ 佐世保強襲 1575 らなぁ﹂ のんびりとそんな事を言いながら、副長はコーヒーカップを傾けた。現在時刻は午後 ﹂ ３時を少し回ったころで、空は雲も少なくほぼ快晴と呼べる天気だ。艦内のＣＩＣは空 調が効いて肌寒いほどだが、艦の外はまだまだ気温が高い。 ﹁そう言えば、そろそろ台風の季節だ。副長、気象レーダーは ﹂ ? ケットにウィルキア帝国は最初大きな関心を持たなかった。いくら設計や開発の時間 例によって超兵器機関からサルベージされたロケット関連技術、中でも大型宇宙ロ 工衛星の登場はロケット技術の進化の副産物でもあった。 圏外を高速で移動する人工衛星は戦略偵察と気象観測に大いに貢献したが、それらの人 げており、それに続くように各国もこぞって人工衛星を打ち上げるようになった。大気 彼が元居た世界では、大戦終盤ごろにドイツ共和国が世界で初めて偵察衛星を打ち上 ﹁ミサイルも満足に出来てない大日本帝国に無茶言わんでください﹂ ホタカの贅沢と言える言葉に、彼女は呆れたような顔をした。 ﹁気象衛星があればよかったんだが、贅沢は言ってられないな﹂ ﹁だめですね、少々距離が有り過ぎます。かなり大型らしいと言うのは解りますが⋮﹂ ﹁勢力は解るか ﹁探知限界ギリギリに大型の低気圧を確認、方位は１│９│５です﹂ ? 1576 ＳＴＡＧＥ─５３ 佐世保強襲 1577 が大幅に軽減されるとはいえ大気圏外まで人工物を投げ飛ばす技術の実用化には多額 の資金が必要になる。その頃の帝国では超兵器と艦船の建造に国家のリソースの多く を割いていたため、対空、対艦用途に使われる小型ロケット│││││各種ミサイル│ ││││の開発には積極的だったが、大型宇宙ロケット技術の実用化には積極的では無 かった。 サルベージされたものの中には大陸間弾道ミサイルの技術も有ったが、帝国としては 既に超兵器と言う戦略兵器を保有していたため必要とは言い難かった。わざわざ大型 のミサイルを作って飛ばすよりも、必要な場所へ超兵器を差し向けて蹂躙すれば済む事 であったからだ。 このまま忘れ去られるかと思われたロケット技術だったが、ウィルキア解放軍とドイ ツ共和国の共同作戦によって超兵器機関の技術が奪取されたことが転機となる。 アイスランドの超兵器機関研究室からドイツ軍の諜報員が入手した情報の中には超 兵器機関が存在する場所のデータ以外に、大型宇宙ロケット技術のデータも有った。反 帝国陣営も、最初は莫大な金がかかるこの計画を実行に移すことに乗り気ではなかった が、紅海での惨劇を受けて考えを入れ替える。 もしもあの特殊爆弾がロケットに搭載されたら。 いつでもどこでも大量破壊の恐怖におびえなければならない事を実感した反帝国陣 1578 営の首脳部は恐れおののき、即座に開発計画をスタートさせた。ほぼ同時期に、ウィル キア帝国からの大陸間弾道弾による特殊弾頭攻撃を防ぐための対抗措置も研究され始 める。 暫くの後大陸間弾道弾は完成したが、ついにこの戦争で大陸間弾道弾が使われること は無かった。大陸間弾道弾はその価格に対してペイロードは大きくない。当初は特殊 弾頭を組み込むことで火力を補おうとしたが、ここで大きな問題に直面した。 大陸間弾道弾に特殊弾頭兵器を搭載する実験が行われる直前、帝国からの有る警告が 反帝国陣営にもたらされた。要約すれば、帝国も大陸間弾道弾の開発に成功したと言う 事だった。これでは、特殊弾頭ＩＣＢＭを使用すれば世界中に紅海での新型爆弾が届け られることになる。 これに慌てた反帝国陣営はウィルキア帝国と交渉し、大量破壊兵器の弾道ミサイルへ の搭載を双方が禁止すると言う条約を締結した。どちらも戦争を継続する意思は有る が、全滅覚悟で戦争を続ける気は無かった。現行の特殊弾頭兵器自体は都市部への攻撃 を禁止する事のみにとどまる。帝国も反帝国も多数の敵を一度に薙ぎ払える特殊弾頭 兵器を捨てる気にはならなかった。 ホタカなどに搭載されているトライデントの弾頭には特殊弾頭が搭載されているが、 この条約で規制されることは無かった。最大射程が２５００ｋｍと破格ではあるが、流 石のトライデントでも最大射程を得るためには速度を落とさなければならず、回避機動 も取れない。真っ直ぐ飛んでくるミサイルを撃ち落すことはこの時代では難しくなく、 帝国にとって脅威となりえなかった。 最終的に反帝国陣営は条約によって特殊弾頭の搭載できなくなった弾道ミサイルを ﹂ 宇宙ロケットへと改造し、各種衛星を打ち上げる方向へ舵を切ったのだった。 ﹁ところで艦長、この頃瑞鶴さんが来てませんけど、喧嘩でもされたので アホ、と副長を呆れたような目で見る。 が、格納庫へ目いっぱい積み込まれており艦載機は装備していない。両舷の対空火器は ラバウル鎮守府からの帰還の途にある２隻の正規空母には燃料やボーキサイトなど そう変わらないから問題ない﹂ ﹁大方、翔鶴と話し込んでるのだろう。積もる話もあるだろうし、今の彼女達は輸送艦と ? ここまで来ればそうそう敵艦隊は居ないでしょう﹂ 使えない事も無いが、護衛のホタカの事を考えると例え襲撃を受けても出番は無さそう だった。 ? ﹁了解﹂ ﹁⋮そうだな、１時間ほど休息をとる。用があったら呼び出してくれ﹂ ﹁少し休まれてはどうです ＳＴＡＧＥ─５３ 佐世保強襲 1579 1580 艦長室に備え付けられた革張りの椅子に腰を下ろすと、小さく椅子が軋む音が聞こえ る。艦長室の中は殺風景の極みと言っていいだろう。部屋の壁は灰色の耐火セラミッ クに覆われており、備え付けの備品もその全てが何らかの耐火性を備えている。建造当 初の計画では艦長室と言う事で木製の備品もあったが、建造工程の簡略化と火災への耐 性獲得のため備品は最低限に抑えられた。 暫くは背もたれに身体を預けて、天井をボンヤリ見上げていたホタカだったが、ふと 顔を横へと向けた。そこには、艦長室でもただ一つ。何ら耐火処理を施されていない可 燃物が天井からの白い光を微かに反射していた。 緑を基調とし、中心には白い鳥の意匠が施された旗。この世界には本来存在しないは ずの旗だった。 │││││そう言えば、僕がこっち側の世界に来て１年が過ぎたのか。 淡い緑色のウィルキア王国旗を眺めていると、そんな事実が浮かんでくる。 │││││ヴィルベルヴィント、ドレッドノート、アルケオプテリクス、デュアルク 何のために レイター、ハリマ、加久藤、そしてアサマ。何故、僕らはこちらの世界へと来てしまっ たのだろう ? │││││決まってる、戦争の為だ。戦う事と抑止力以外に僕らの使い道なんてな 視線を再び天井へと向けた。 ? い。戦争中の場所に越させられたのならば戦争以外に目的は無い。問題は、それが誰に よるものかと言う事だ。 瞼を閉じると、視界が黒一色に染められる。それでも、電探や音探が拾った情報は常 に頭の中へ流れ込んでくる。 │││││日本、と言う線は薄いだろう。ここまで疲弊した国に、異世界への扉を開 ける技術力は存在しない。だからと言って、深海棲艦でもない。もし深海棲艦ならば何 らかのコンタクトを取ってくるはずだ。 閉じていた目を開けて、背もたれから身体を起こしデスクへ肘をつく。 │││││日本以外の国は、存在自体が怪しい。では、誰が。 ﹂ ? │││││超兵器機関なら、究極超兵器なら莫大な量のエネルギーを生み出せる。そ けられた瞼の隙間から、白色光が降り注ぐ。 頭の中で即座に否定しようとしたのを、言葉を発して更に否定する。言葉とともに開 ﹁いや、そうか │││││ありえ ﹃君ノ思イ通リニナルト思ッタラ大間違イダ﹄ ＳＴＡＧＥ─５３ 佐世保強襲 1581 1582 れこそ、時空すら捻じ曲げられるほどのエネルギーを生み出したとしても可笑しくない だろう。安易に否定するのは、少し危険かもしれないな。 脳裏に浮かぶのは禍々しいオーラを放つ異形の戦闘艦。底知れない恐ろしさを今で もハッキリと感じ取れる。超兵器機関については、ブラウン博士が研究を続けていたが それでも解らないことだらけだった。 そんな中で解った事の一つに、超兵器機関は互換性を持つことがあげられる。別々の 艦に搭載された超兵器機関の欠片でも、組み合わせれば問題なく動作する事がデュアル クレイターとヴィルベルヴィントの超兵器機関の合成実験によって発見された。 反帝国陣営が初めて得ることが出来た超兵器ワールウィンドの超兵器機関は、ヴィル ベルヴィントからサルベージした超兵器機関の一部とアメリカのイエローストーンで 発見された超兵器機関の残骸から作られたものだった。いくら技術が発達したあの世 界のアメリカでも、海中に沈んだ巨大な超兵器機関の全てをサルベージすることは不可 能だったため、足りない部分をイエローストーン国立公園で発掘された超兵器機関の残 骸を合わせて補われたのだった。イエローストーンで発見された超兵器機関は、それ単 体で超兵器機関に使うにはバラバラ過ぎて出力が小さかったため、そう言う用途に使用 された。 頭の中でどうにもならない理論や考えが浮かんでは消えて行く。そんなホタカに通 信が入ったのはそんな時だった。 机の上に置かれた電話がベルの音をならす。それとほぼ同時にホタカ自身の頭の中 にも外部通信が入っていると言う感覚が来る。別に受話器を取る必要は無かったが、こ ういう通信機が近くにある時、ホタカはなるべくそう言う道具を使う事にしていた。理 由は特にない。 ﹂ けたたましくベルを鳴らす黒い電話から受話器を取る。らせん状に成形されたコー ﹄ ドが振動しながら長く伸びた。 今どこだ ﹁こちらホタカ﹂ ﹃ホタカか で航行中。敵襲ですか ? ? ﹁敵艦隊の規模は ﹄ ? ﹂ ﹁後方の第２鎮守府艦隊に２人の護衛を依頼すれば、僕が迎撃に当たれます﹂ どうした ﹃確認できている範囲では、戦艦２、正規空母６、巡洋艦１４、駆逐艦１２だが、それが ? てくれ﹄ いは恐らく佐世保だろう。現在迎撃艦隊を準備している。ホタカ達は一旦西へ退避し ﹃沖縄の哨戒機が敵艦隊を発見した。沖縄県東方１８０ｋｍの洋上を北上している。狙 ? ? ﹁奄美大島西方２００ｋｍです。現在１８ ＳＴＡＧＥ─５３ 佐世保強襲 1583 ﹃危険だ。それに、お前は改造したばかりだろう ﹄ ? 敵が機動部隊ならば、出撃 ? ﹃機関に問題は か ﹄ くれぐれも無理はするなよ ﹄ ? 過したことによる微かな風で、ウィルキア王国旗が微かに靡いた。 跳ね起きる様に椅子から立ち上がり、艦長室を後にする。ホタカが旗の傍を足早に通 由はなんであれ、〟敵〟を叩くと言う事に変わりはない。 │││││いろいろ考えてみたが、今となっては詮無き事だ。僕がこの世界に来た理 通話が切れた事を確認すると、半ば叩きつける様に受話器を元に戻す。 ﹁了解﹂ ? ﹃⋮なら頼む。第２鎮守府の艦隊と合流後、ホタカは敵侵攻艦体の迎撃に当たれ。いい ? ? ﹁有りません、全速６３．７ 発揮可能です﹂ ホタカの提案を許可するか否か考えているようで、暫く提督の声が途絶える。 する前に空襲に晒されるかもしれません﹂ と思います。それに、佐世保の多くの艦は整備中でしょう ﹁改造したばかりだからこそですよ。早いうちに戦闘を行って不具合を洗い出すべきだ 1584 ﹁状況は ﹁１０ ﹂ に減速すればどうだ ﹂ ﹁後方の第２鎮守府艦隊が増速、我々が針路、速度を維持した場合１時間で合流します﹂ 動き回っていた。 ホタカがＣＩＣに足を踏み入れると、それまでの平穏が嘘の様にあわただしく乗員が ? ? ﹃なんかあったの ﹄ ﹁こちらホタカ。１０ ? まで減速、後方の艦隊と合流する﹂ ﹁それでいこう﹂と頷き、瑞鶴と翔鶴へ通信を繋げた。 ﹁約３６分で合流できます﹂ ? ? 退避する事になる﹂ ? ? 撃する﹂ ﹃敵の数は ﹄ ﹁僕は君達が後方の艦隊と合流するのを確認した後、フィリピン海へ進出。敵艦隊を迎 通信機の向こうの艦娘の声が途端に鋭くなった。 ﹃アンタはどうすんの ﹄ 保への港湾爆撃。君らはこれから後方の佐世保第２鎮守府艦隊に護衛され、一旦西方へ ﹁敵襲だ。沖縄東方１８０ｋｍに敵艦隊。針路から考えれば、奴らの狙いは恐らく佐世 ＳＴＡＧＥ─５３ 佐世保強襲 1585 ﹁正規空母２、重巡２、駆逐艦４だ﹂ ﹄ ? ﹄ ? ﹃でも〟ちゃんと戻ってくる〟って事だけは約束して﹄ 何かを決心したかのような、そんな声が通信機のスピーカーを震わせた。 ﹃⋮⋮解った。それなら、もう何も言わない﹄ 隊は航行を続けている。 重苦しい沈黙が、通信機越しの二人の間に横たわる。その間にも、後方の艦隊と敵艦 ﹁そうだ﹂ ﹃それを理解した上で、行こうってのね ﹁まあ、そうだ。敵は大艦隊と言っていいだろう﹂ なければならないほどの艦隊なんでしょ ﹃そんな艦隊なら、アンタが出なくても事足りる。わざわざ護衛任務中のアンタが動か ない様に極めて平静に、いつも通りに応対したはずだった。 一瞬で嘘を見破られたことに、流石のホタカもあっけにとられてしまう。嘘だとバレ ﹃嘘ね﹄ 1586 防空指揮所に出ると何時もの様に海風が二つにまとめた髪を良いように弄んだ。そ んな事は気にもしない様に、艦娘は艦隊から遠ざかっていく戦艦を見やる。低い煙突か と、ふとそんな考えが頭をよぎる。 ら殆ど色の無い排煙を空へ流しながら、巨大な戦艦は東シナ海の海面を蹴立てて疾走す る。 ﹄ 彼をこうやって見送るのは何度目だろうか ﹃瑞鶴、いいの ? 自分の後ろに付いた姉から、気遣うような通信が飛んでくる。 ? ﹄ ﹁うん。これで、いいんだ。アタシは⋮﹂ ﹃何 ? まっていた。 もう一度水平線に視線を移すと、もうホタカはマストの最上部しか見えなくなってし だ金色の視線の前では自分のなにもかもが見抜かれているような気がした。 気がした。うぬぼれや思い上がりではないだろう。上手くは表現できないが、姉の澄ん 子からこれ以上話すべきではないと判断したからか。瑞鶴自身は後者が正しいような そう言って、姉は通信を切った。ただ話すことが無くなったのか、それとも自分の様 ﹃そう﹄ ﹁⋮何でもない﹂ ＳＴＡＧＥ─５３ 佐世保強襲 1587 1588 正直、心の中には不安しかない。本音を言えば首根っこを掴んででも行かせたくな かった。単艦で敵艦隊に突っ込むなんて正気の沙汰では無い。勿論、彼の戦闘能力も戦 績も自分は正しく評価しているつもりだが。それでも、胃の辺りがキリキリと痛んだ。 ホタカはいつも迷わない。真っ直ぐに、最善の手を正確に選択していく。一見無謀に 見える今回の迎撃も、彼にとっては当然の選択肢なのだろう。それを否定する資格は自 分にはない。彼が戻ってくることを信じて見送る事しかできない。 歯がゆさは有る、情けなさも有る、無力感もある。それでも、この現状を当然の結果 だと冷たい目で見る自分も確かにいた。 〟薄汚れたお前にはお似合いだ〟 そんな暗い意志が彼女の心で鎌首を擡げる。 ホタカへの想いは捨てきれるものではない。そんな事が出来たら、別れ際の約束なん てしない。しかし、自分はホタカと一緒に居られるような者では無いと言う考えも根強 く彼女の心に巣食っていた。 瑞鶴の事に対しては人一倍敏感な翔鶴も、まだ彼女の抱える歪みに気づけていない。 硬く信じ込み、行動にまで現れる深い部分の意識をくみ取れるほど、この姉妹は同じ時 間を共有していなかった。 彼女の視線の先で細長いマストが遂に水平線へもぐりこむ。 ＣＩＣの中は戦闘直前特有の張りつめた空気が漂っていた。瑞鶴達を護衛艦隊に預 ﹁敵は機動部隊だ、対空警戒を厳にしろ﹂ けた後、敵艦隊迎撃のため東へ進路をとったホタカは、電子の網を空へ張りつつ戦闘準 備を急ぐ。 ﹁艦長、対空レーザー砲の試射が終了しました。全基異常なし、非常用バッテリーへの充 ﹂ 電も完了。電力供給が立たれても一基当たり２００回程度は照射できます。作戦はい かがしますか 似たマークが東進しているのが解る。 北東方向には敵艦隊を示す凸マークが描かれ、奄美大島の北方にホタカを示す矢じりに ホタカがコンソールを操作し、多機能ディスプレイに周辺海域図を投射する。沖縄の ? ﹂ ? 艦息は﹁ダメだ﹂と副長の進言を却下した。 ﹁対空ミサイルでアウトレンジですか た後、敵艦隊へ水上砲戦を挑むことになるだろう﹂ 主軸とする機動部隊だ、恐らく艦載機の発艦前には叩けない。敵艦載機の大群を排除し ﹁現在の位置関係は敵艦隊の進路へこちらが割り込む形になっている。敵は空母６隻を ＳＴＡＧＥ─５３ 佐世保強襲 1589 ﹁確かに改造によって対空ミサイルの搭載量は拡大されたが、ミサイル一発のコストの 高さは変わってない。勿論、どうやっても敵航空隊の進路上に陣取れないのであればミ サイル攻撃で方を付けるが。基本的には敵航空隊の進路上へ割り込み、対空レーザーを 重点的に使う﹂ ﹁敵航空隊は高い通行料を払う事になりそうですね﹂ ﹁払ったところで通す気はないがね﹂ 方位１│６│８ ﹂ 距離３００ｋｍ 高度４２００ｍ 数⋮４ 副長の冗談に肩を竦めて返した時、ホタカの放った電子の網が獲物を捕らえた。 ﹁対空レーダーに感あり 速度３６０ｋｍ／ｈ ﹁また随分と、反復攻撃はしないようですね﹂ ００いや５６０機以上 ! ! ﹂ ? 路として矢印が伸ばされた。それを見る限り、現在ホタカは矢印に沿って南下を続けて 多機能ディスプレイ上に、突然現れた敵航空隊の機数、高度、速度が投影され予想進 ないだろう ﹁言うな。万一取り逃がした時に防空戦闘機が上がってませんでした、では格好がつか ﹁必要のない気もしますがね﹂ へ連絡、敵編隊の情報を送り、迎撃態勢をとるように要請してくれ﹂ ﹁近くに岩川基地も有るからな、数の暴力で押しつぶすつもりだろう。本土の戦闘機隊 ! ! ! ! 1590 いる。 ﹁天気は快晴、雲量０ですが、気温が高く海水の蒸発によって海面付近の湿度は高めで す。雷撃機相手には速射砲とＣＩＷＳで対処するか、そもそも低空に降りる前に落とす 必要があります。﹂ ﹂ の真下へもぐりこめさえすれば、レーザーは敵機の上昇限界まで届く﹂ ﹁敵航空隊の目標は佐世保ないし陸上の基地だ、雷撃機は少ないと考えていい。敵編隊 ﹁トライデントは べきだ﹂ を落としたら次は水上艦艇も叩かなくてはならない、トライデントの無駄撃ちは避ける との距離が５０ｋｍを切り目視で確認できるようになった後、攻撃を開始する。艦載機 危険性が露見するのはマズイ。トライデントによる先制長距離攻撃は無しだ。敵編隊 ﹁敵の狙いが本艦で無い以上、交戦は極力避けるだろう。 とすると、遠距離でこちらの ? ディスプレイ上の輝点の群れは速度、高度をそのままに突入を続けていた。 ﹁帝国海軍と解放軍じゃ軍艦の頭数が違うからな、仕方ないさ﹂ ﹁偶には対帝国戦の時みたいに、後先考えず気前よくぶっ放したいですね﹂ ＳＴＡＧＥ─５３ 佐世保強襲 1591 ﹁敵編隊、視認圏内に入ります ﹂ ! ! 首を擡げ敵編隊を睨む。その様子をＣＩＣ要員は逐一報告していく。 ﹂ なお、敵編隊より１００機が分離、高度を下げています 編隊は進路を維持したまま上昇を開始 ﹁敵編隊より応答無し ! ﹁目標群Ａは艦爆７２、艦攻２８です。いずれも高度２５００で降下を停止、水平飛行に く。その間に、外部観測カメラが敵編隊の構成を暴いていく。 レーダー上でほとんど重なっている２つの編隊にそれぞれの通し番号がふられてい ﹁これより降下している編隊を目標群Ａ、上昇している目標群を目標群Ｂとする。﹂ ! 他の敵 ホタカから警告電文が敵編隊へ送られるとともに、各部の対空火器システムがその鎌 ﹁全ＣＩＷＳスタンバイモードに移行。全自動迎撃システム起動﹂ ﹁速射砲、１番から５番までオンライン、初弾装填、砲塔旋回装置に異常なし、攻撃完了﹂ はおよそ１３ｋｍ。照準用レーザー照射開始、目標指示願います﹂ ﹁対空パルスレーザーオンライン、電路直結、大気浮遊物解析⋮解析完了。有効射程距離 ﹁主砲起動、ＡＣＳＣオンライン、特殊榴弾装填﹂ ﹁全周波数帯にて警告を開始﹂ 射砲、ＣＩＷＳ起動、対空ミサイルＶＬＳ解放、攻撃用意﹂ ﹁全周波数帯で警告を行え、取り舵４、軸先を敵編隊へ。主砲、対空パルスレーザー、速 1592 入りました﹂ ﹁目標群Ｂは上昇を続けています、現在高度４７００。編隊の構成は戦闘機１７０、艦爆 ６２、艦攻２５０の模様﹂ 降下すれば速度は大きくなり、上昇すればその分減少する。編隊を二つに分け、上昇 と下降を行った結果深海棲艦の艦載機はホタカへ向かう１００機が突出する形となっ た。 ﹁第１砲塔、第２砲塔は目標群Ｂを照準﹂ 直径６１㎝の特殊榴弾を飲み込んだ６本の巨大な砲身が旋回し、蒼空を飛行するゴマ 粒のような点にあわされる。僅かに上下を繰り返していた砲身は、艦体の揺れを補正し ピタリと同じ場所にその切っ先を向け続ける。 ﹁目標群Ｂ上昇停止、高度６０００﹂ 電力は照準用の低出力レーザーとして砲口から虚空へと照射されている。 突き出していた。発射機の中ではレーザー発振器へ流し込む為の電力が渦巻き、一部の けられた四角形の穴からはレーザーを照射口のクリスタルにも見える構造物が小さく 白いタライをひっくり返した様な形の対空パルスレーザー発射機が旋回し、一部に設 レーザーの射程外へ逃げた敵を優先的に攻撃せよ﹂ ﹁対空パルスレーザー、および対空ミサイルＶＬＳは目標群Ａを照準。対空ミサイルは ＳＴＡＧＥ─５３ 佐世保強襲 1593 ﹁目標群Ａ攻撃隊形へと移行、距離２８ｋｍ﹂ 遂に、ホタカから攻撃命令が下される。上空直掩の無い一隻の戦艦に差し向けられた １００機の攻撃機は、普通の艦娘であるならば大破必死の過剰戦力と言えた。しかし、 今回ばかりは相手が悪すぎたと言える。 おもむろにホタカが右手を軽く上げ、躊躇いなく振り下ろした。 ﹁主砲、斉射﹂ ﹂ ﹁何機残りますかね ﹂ 通り衝撃波で海面を抉った砲弾は放物線を描いて敵編隊へと突き進んでいった。 身から吐き出されると同時に、周囲の大気を轟かせて強烈な衝撃波を発生させる。文字 身の中を進むうちに、強力な電磁力を受けてさらに加速された６発の赤熱した砲弾が砲 薬室に収められた装薬が燃焼し、発射ガスで巨大な６１㎝砲弾を押し出していく。砲 ﹁発射 ! ﹁原型が残る機体は数えるほどだろうよ﹂ イミングで起爆される。 飛来した６発の特殊榴弾は敵編隊を包むこむ様なポジションに到達すると、最適なタ 制圧砲撃だ﹂ ﹁如何だろうな、たかが１００機の敵艦攻撃前の密集隊形に６１㎝特殊榴弾６発の空間 ? 1594 回避機動を取らない戦艦へ最大火力をぶつけるべく、出来るだけ密集して飛行してい た深海棲艦の艦載機は全方向からの巨大な衝撃波に突然襲われる。６か所で炸裂した 特殊榴弾の衝撃波は一部では打ち消し合いながらも、その大半が複数の炸裂によって増 幅されて敵機へと襲い掛かった。 一瞬にして機体構造物と搭載弾薬が圧潰し６つの巨大爆発の中で無数の機体が爆散 していく。幸運にも衝撃波にあおられて、衝撃波の檻の外側へと弾き飛ばされた機体 や、そもそも編隊からはぐれ気味だった機体は空へ留まることを許されたが、それ以外 ﹁撃ち方始め ﹂ ! ﹁優先目標は艦攻、艦爆、戦闘機の順だ。攻撃用意﹂ ﹁目標群Ａ、対空パルスレーザー射程圏まで５秒﹂ げ延びた〟幸運〟な機体を弾片の黒雲に包み込み、飛行能力を奪い去っていく。 の下から吐き出された金色の薬きょうが甲板へ叩きつけられ踊る度に、主砲の蹂躙を逃 先ほどの主砲発射よりもかなり軽い発射音が断続的に甲板の空気を震わせる。砲身 ! ﹂ は原型を留める事すらできず部品単位にまで解体されたうえで青い空へ拡散してし 距離１５ｋｍ ! まった。 なおも突撃を敢行中 ! ﹁１５２ｍｍ速射砲、ＣＩＣ指示の目標、撃ち方始め﹂ ﹁目標群Ｂ、残存機数１２ ＳＴＡＧＥ─５３ 佐世保強襲 1595 イ ン レ ﹂ ! ン ジ ﹂ ! に搭載されたⅢ型レーザーは霧の中での照射でもない限り滅多に見ることができない。 対空パルスレーザーⅠ等では、比較的簡単に光の道を見る事が出来たが、現在ホタカ 集中が上手くいっていない証拠でその分威力は落ちる。 持たせたものであり、照射される対象以外に見えると言う事は、光︵＝エネルギー︶の レーザー光が通った道は肉眼で確認することができない。レーザーは光に指向性を 細い光が照射された。 出力レーザー発振器を作動させる。刹那、膨大な電力を元に極端な指向性を持たされた ターゲットロック、パルスレーザー照射機に備え付けられたＦＣＳは本命の攻撃用高 爆弾へと照射された。 料タンクであるのか見当がつかない。そこで、照準用の低出力レーザーは外付けされた パイロットを狙って照射されるレーザーだが、深海棲艦の艦載機はどれがエンジンで燃 過しようとしている艦上攻撃機へと照射する。通常ならばエンジン、燃料タンクまたは と導かれる。目標を伝達された発射機はまず最初に照準確認用のレーザーを上空を通 迎撃開始の命令と目標の情報が電子回路を突っ切って８基の対空パルスレーザーへ ﹁発射 ﹁迎撃開始﹂ ﹁射程圏内に進入 1596 ＳＴＡＧＥ─５３ 佐世保強襲 1597 １３ｋｍを０．００００４秒程度で駆け抜けたパルスレーザーは、航空爆弾の炸薬を 異常加熱させたばかりか爆弾の裏にあった航空機本体をその収束された熱エネルギー で貫く。数秒遅れてレーザーの熱量により炸裂した航空爆弾の爆炎と、航空機本体の炸 裂による爆発が重なり空に歪な花が８つ咲いた。 攻撃を受けていることを悟った攻撃隊は編隊を解いて回避機動を取ろうとするが、も はやすべてが手遅れであることを身をもって知ることになる。 超音速で飛来する各種ミサイル、航空機を仕留めるために開発された光の弓矢の前 に、音の速度すら突破できない深海棲艦が逃れる術は存在しなかった。 翼を翻し、回避機動を取ろうとした艦爆に１秒かからずに無数の赤熱した穴が、わず かな金属蒸気と共に穿たれたかと思うと、その熱に耐えきれなくなるように爆散する。 数珠上状に連なっていた艦攻の編隊は、隊長機から順番にパルスレーザーによって〟ミ シン縫い〟に賭けられたように穴を穿たれ、順番に爆発し黒い帯を空に描いた。 ホ タ カ の 甲 板 上 で は 主 砲 や 速 射 砲 に よ る 迎 撃 の 様 な 大 音 響 も 衝 撃 波 も 聞 こ え な い。 せわしなく小刻みな旋回を続ける対空パルスレーザーが発するモーター音のみが、舷側 に打ち付ける波の音と共に静かに響く。空を見上げると、高出力のパルスレーザーに よって屠殺されていく敵航空機がのたうち回り、天空を黒く彩っている。光の速度で飛 来するパルスレーザーを打たれた後に回避する方法は物理的に存在せず、照射される前 に回避しようにも、別のレーザーの火箭に絡めとられはかなく散っていく。急降下して 速度を稼ごうと機体を傾ける個体もいるが、そう言う大きな回避機動をした航空機から 優先的に攻撃されて行き、火だるまになっていった。 レーザーの照射開始から３分と経たない間にあれだけの威容を誇った攻撃隊は壊滅 し、電探に捉えられる影は戦闘機の光点ばかりとなっている。 ﹂ ? るように巨大な主砲を乗せたのだから、使わなければ本末転倒だ。﹂ モードＡＰに換えなければならない。それに敵戦艦をトライデント無しで仕留められ 以下ならばＨＥモードで大破、もしくは撃沈できるが、戦艦や正規空母クラスとなると ﹁いや、敵艦隊の陣形が判明した後、護衛戦力の掃討にトライデントを使用する。巡洋艦 ﹁砲撃戦だけでケリを付けるおつもりですか ﹁攻撃隊の撤退方向に敵艦隊が居るはずだ、第２戦速。主砲弾装填、弾種徹甲﹂ ﹁敵攻撃隊の退避を確認﹂ しまった。 ザーのターゲットスコープは戦闘機を追いかけまわし、結局１２０機ほどを爆散させて 結局使われなかった対空ミサイルのハッチが次々と閉じられている間にも、対空レー ﹁レーザー射程圏外に出るまで攻撃を続けろ、対空ミサイルＶＬＳ閉鎖。﹂ ﹁敵編隊は撤収を開始﹂ 1598 ﹂ ﹁機関長﹂ ﹁どした ﹂ ? ﹂ ﹁それなら各種センサーがビービー喚いているだろさ⋮って、下がったぞ﹂ ﹁異常燃焼では ﹁見せてみ⋮⋮⋮まあ、これ位なら許容範囲だろう﹂ ﹁８番ガスタービンの出力が、上がっているような気がするのですが⋮﹂ ? ? させるエネルギーを生産し続けていた。 の光を鈍く反射するガスタービンエンジンは、甲高い金属音を響かせながら戦艦を動作 機関室を牛耳る妖精さん達はモニターを操作して第８タービンを映し出す。機関室 ﹁了解﹂ い所だからなぁ。この戦闘が終わったら８番タービンのセンサー類とっ換えるぞ﹂ ﹁ウィルキアの科学技術の粋を集めたと言えば聞こえはいいが、要するに寄せ集めも良 ﹁あ、ホントだ。センサーや表示機器の故障ですかね ＳＴＡＧＥ─５３ 佐世保強襲 1599 1600 ＥＤ ﹁ＯＲＩＧＡ 〟ｒｉｓｅ〟﹂ ＳＴＡＧＥ│５４ 巨砲鳴動 先ほどまで艦橋の隅にある海図を眺めていた艦娘が、突然右手の掌を耳に当てた。艦 娘が味方の通信を受信する時に特別な動作は本来必要としないが、何かしらの動作をす ﹂ る艦娘は特に珍しいものでは無い。一種の癖と言っていいだろう。 ﹁どうかしましたか ﹁了解、手が空いている奴を防空艦橋へ上げておくよ。何見てるんだ ﹂ ﹁空母６隻ですか。万一の事を考えて対空監視を厳にしておきましょう﹂ ていく。 取り舵と木曾が指示すると艦橋の舵輪が滑らかに回転し、ゆっくりと舳先を西へ向け ﹁戦艦２、空母６の艦隊らしい、護衛艦もそれなりに居る様だ﹂ ? るそうだ﹂ ﹂ ﹁旗艦からの通信さ。この先でどうやらホタカがドンパチやるらしい、一旦西へ退避す 子に腰かけてファイルを捲って居た杉本が問いかける。 通信が終わる│││││木曾が耳から手を離す│││││のを見計らって、環境の椅 ? ﹁なるほど、敵の規模は解りますか ＳＴＡＧＥ─５４ 巨砲鳴動 1601 ? 杉本の開いているファイルをのぞき込むと、木曾は少しばかり呆れた様な顔をした。 ﹂ ? ﹂ ? 題無し﹂ ﹁全速射砲において完了しました。弾種は対艦徹甲弾と多目的榴弾、冷却システムも問 ﹁速射砲の即応弾の補給は いなくても、大規模な海戦の前にはユニットを交換することが望ましいとされていた。 機が必要でそれなりに時間もかかった。ウィルキア海軍では規定回数の発射に達して 換すると言う一見簡単な物だったが、消耗部品ユニット自体が大型であるため専用の重 ければならない弱点もあった。消耗部品の交換自体はユニット化されたブロックを交 れば残弾の心配はしなくていいが、８００回の照射ごとに消耗部品の取り換えを行わな 整備班の妖精さんから書類を受け取り、一読する。対空パルスレーザーは電力さえあ ﹁艦長、対空パルスレーザーの消耗部品の交換終了しました﹂ 追いかけ続けていた。 曖昧な答えとは裏腹に、眼鏡の奥の視線は紙面に並べられた文字の羅列をせわしなく ﹁ええ、そうかもしれませんが⋮何か、引っかかるんですよねぇ﹂ ﹁またその整備記録か。それ見てても、ホワイトアウトの原因は書いてないだろう 1602 ﹁ご苦労でした、戻ってよし﹂ ﹁失礼します﹂ 整備妖精と入れ替わりにＣＩＣへ入ってきた副長が、くたびれた風な声で報告する。 ﹁艦長、機関科から報告のあった第８タービンでしたが特に異常は無さそうでした﹂ ﹁早かったな、副長﹂ ﹁艦長が急がせたんでしょうが。それはそれとして、第８ガスタービンを一旦停止させ て点検しましたが、どこもかしこも異常なしです。と言っても、洋上じゃあバラすわけ にもいきませんから、簡単な目視点検だけですが。気に成るなら佐世保で改めて点検す るのが良いでしょう﹂ ﹁どちらにせよ、もう戦闘は避けられない。邪魔な奴を叩いてから、後の事を考えるとし すぶっている。 じまい。いつもなら気のせいで済ませられるが、言いしれない恐ろしさがチロチロとく 形に関係あるように思えた。念のためガスタービンも止めてみたものの、原因は解らず 体は艦に影響を与えるようなものでは無かったが、ホタカにはこれが例のＮｏ．１３波 副長の言わんとしていることは解るので一つ頷く。第８ガスタービンの異常運転自 ﹁やはり⋮﹂ ﹁異常なし、か﹂ ＳＴＡＧＥ─５４ 巨砲鳴動 1603 ようか。敵艦隊の位置は解るか ﹂ ? ﹂ ? ﹂ しくは無いが⋮﹂ ﹁何です 否４，５、まだ増えます 艦隊の模様 ﹂ ! 何が居るのかはそろそろわかる﹂ 数２ ! ﹁トロい戦艦付きで５０ 同方位に輝点 ! ﹁防御重力場発生装置正常、重力場効力１００％﹂ ﹁全隔壁閉鎖、ダメコン班は所定の位置で待機﹂ ﹁機関前進全速、面舵１０。対空、対水上戦闘用意。全隔壁閉鎖、防御重力場出力最大。﹂ る。ホタカも感覚的に敵艦隊の存在を感じ取り、行動を開始する。 対水上レーダーを睨みつけていた妖精さんから相次いで報告がＣＩＣにもたらされ ! ? ? ﹁水上電探に感あり ! から逃げられるとも思えないな。何にせよ、あの敵機の下に も反復攻撃がかけられるような真面な機体は残ってないだろう。逃げたとしても可笑 ﹁相手は機動部隊だからな、先に襲来した攻撃隊は５６０機以上。エセックス級６隻で ﹁航空機を囮にして逃げましたかね 妖精さんが自分の体躯よりも巨大な対空電探のモニターから目を離さずに報告する。 出ています。方位は先ほどから変わらず２│０│０﹂ ﹁水上電探には何も映っていませんが、対空電探には敵艦隊の直掩機と思われる輝点が 1604 狭い通路の隔壁が閉鎖されるとともに、ホタカの巨大な艦体を不可視の力場が包み込 む。その間に、ホタカの電探は敵艦の位置を測定し、距離情報をコンピューターへ送り 込んでいく。 電探にとらえられた敵艦隊は戦艦２、重巡４、駆逐艦６の艦隊だった。戦艦２隻の単 縦陣の左右に重巡１、駆逐３が単縦陣を布き、戦艦の前後に１隻ずつ重巡洋艦が航行し てている。 ﹁エアカバーを施した戦艦隊を切り離して、機動部隊は逃走したと言うところか。舵戻 せ。１番砲塔照準、敵戦艦１番艦。２番砲塔照準、敵戦艦２番艦。距離５３ｋｍで砲撃 開始。１、３、５番速射砲は右舷側の重巡、２，４番速射砲は左舷側の重巡を照準、射 程に入り次第各個射撃﹂ ﹁そう言えば﹂と思い出したように副長が取り敢えずの指示を出し終えたホタカに振り 攻撃の予兆が無い限りは放っておけ。﹂ ﹁対空パルスレーザーは射撃待機、敵直掩機は対艦爆弾は抱いていない可能性が高い。 ﹁１から５番速射砲、初弾装填。咄嗟射撃用意﹂ 砲撃準備が着々と整えられていく。 其々の主砲塔に収められたＡＣＳＣの補助の元、艦載砲としては前代未聞の超長距離 ﹁主砲電探射撃用意、データリンク開始。ＦＣＳオンライン、射撃諸元入力﹂ ＳＴＡＧＥ─５４ 巨砲鳴動 1605 返る。 ﹂ ? ﹂ ? ﹂ ﹁喧しい。敵艦隊に動きは ? ﹂ ある方位、角度でピタリと固定された。 ﹁射程まで５秒、４秒、３、２、１⋮ゼロ ﹂ ﹁撃て﹂ ﹁発射 ! 轟と空高く振り上げられた６門の砲身から爆炎が吐き出され、直径６１㎝の巨弾が大 ! ﹂ 象などの膨大なデータを統合し射撃諸元を弾きだす。それを元に砲身が上下し、砲口が 標との距離、方位、相対速度のデータと艦の各種センサーから得られた艦の動揺、波、気 見る見るうちに近づいている。その間に、主電算機とＡＣＳＣは電探によりえられた目 モニターにの端ギリギリに映し出された１２の光点に大きな動きは無く、相対距離は ? んか ﹁戦闘能力偏重で中の人の事あんまり考えて無い所を見ると、よく似ていると思いませ ﹁何時から僕は赤い国の戦車になったんだ ﹁１︶祖国の技術を信ぜよ、２︶性能に疑問が生じた場合は１︶を読め、と言う事ですね﹂ ﹁シミュレーションでは上手く行った﹂ ﹁６１㎝砲を最大射程で撃つのは今回が初めてでしたな、上手く行くでしょうか 1606 気を貫きながら飛翔していく。６１㎝砲の砲撃による衝撃は、ホタカを強制的に減速さ せるほどの威力で。付近の海面は文字通り吹き飛ばされ、艦首ではバルバスバウが僅か に露出するほどだった。 ﹁最大射程での砲撃、さて、何発当たるか﹂ ﹁６１㎝砲にも誘導砲弾が欲しかったですね﹂ がり〟な選択であった。 その分、既存の砲弾をある程度流用できる複合加速砲の方が、長い目で見れば〟安上 かるか見当もつかなかった。 る帝国軍の艦艇を相手にできるほど誘導砲弾をそろえるためにはどれほどの費用が掛 にあった。勿論ホタカの複合加速砲も安い買い物ではないが、海面を覆いつくすほど迫 も、誘導砲弾などと言う値が張る物を大量にそろえられないと言う経済的な問題が多分 これには砲撃のショックを克服できる誘導装置を作ることが出来なかったと言うより も砲の初速を可能な限りあげることで偏差射撃の労力を軽減する事に力が淹れられた。 ウィルキアでも誘導砲弾の考え自体は有ったが、砲撃のショックを克服することより う必要はないよ﹂ に耐えられない。そもそも、真面な誘導砲弾が作れたら複合加速砲で初速を無理やり補 ﹁火薬と電磁力で無理やり砲弾を加速させているんだ、誘導システムが砲撃のショック ＳＴＡＧＥ─５４ 巨砲鳴動 1607 1608 機動部隊を逃がすために艦隊を分離し低速で航行していた２隻のル級の内、先頭を進 以上の猛速で航行する戦艦から逃げることは現時点では不可能に近い。普段 む１隻は味方の機動部隊が繰り出したなけなしの直掩機の報告で敵の接近を知った。 ５０ 機動部隊による空襲作戦の完全瓦解、５０ 以上で追跡するミッドウェーの悪魔と同 距離圏外だ。 知らせが入る。慌ててレーダーを確認するが、未だにレーダーに影は見られない。探知 ゾクリ、とル級の背筋に言いしれない悪寒が走った時、上空の直掩機から敵艦発砲の 機動部隊による空襲が失敗した今、例の部隊も使うべきか。 だ。だとするならば、対艦火力もケタ外れと考えていいだろう。 では、ミッドウェー海域でこちらの艦隊を思う存分撃沈した艦とよく似ていると言う事 ど味方の攻撃隊を散々に落としたバケモノ。命からがら帰還してきた戦闘機隊の報告 の戦闘ならば、反転し数の暴力で轢き潰すのが最善だ。だが、接近してくる戦艦は先ほ ? てしまう。 中に小さな焦りを生み、その焦りは彼女とその艦隊を守るわずかな可能性を食いつぶし 型の戦艦の出現、そして普通ならば有りえない位置での砲撃開始。様々な要因がル級の ? ＳＴＡＧＥ─５４ 巨砲鳴動 1609 一瞬の出来事だった。 突然周囲の海面が文字通り弾け飛び、真っ白な３本の柱が彼女の艦体を包み込んだ。 それと同時に、喫水線下に今まで感じた事も無いような水中衝撃波が襲い掛かる。天高 く噴き上げられた柱は、強制的に空気と撹拌され小さく切り刻まれた海の欠片を陽光に 反射させながら崩れ落ちて行った。 艦橋の防弾ガラスが悲鳴を上げて振動し、十枚以上に亀裂が走る。巨大な衝撃波に艦 体と艦橋の人型を弄ばれながらも、亀裂の入ったガラス越しに海面を見た時、前方を進 む重巡洋艦の艦尾が文字通り弾け飛んだ。 被弾と言う生易しいものでは決してない。先ほどまで前方を航行していた重巡洋艦 は、最後尾から３分の１ほどを文字通り消失し急速に速度を落としつつあった。 我航行能力喪失ス、回避サレタシ 重巡洋艦からの発光信号を確認し舵を切る。艦尾を喪失してしまっては、もはや軍艦 では無く浮き砲台にしかならない。 ここに来て、ル級は自分たちがいったい何に追いかけられているのかを理解する。深 海棲艦にも姫や鬼と言った強大な力を持つ者達が居るが、少なくとも探知距離限界以上 の距離から、一撃で命中弾をたたき出す存在なんていない。 最早、迷っている暇は無かった。例の艦隊に集結命令、座標は現海域。佐世保への攻 撃を完全に諦めることになる命令だったが、この化物の様な戦艦が一隻で戦いを挑むと 言う好機を逃すわけには行かなかった。人には人のやり方が有るように、深海棲艦にも 深海棲艦なりのやり方が有る。 ふと、後方を航行する味方戦艦はどうなったのだろうかと意識をそちらに向ける。彼 女が見たのは海面から天を突くようにそそり立ったサウスダコタ級戦艦の艦首だった。 後方を進むル級の後部艦橋付近に突入した６１㎝砲弾は、強烈な衝撃波で艦橋と周辺 よりズタズタにされた艦内を衝撃と熱で再度蹂躙する役割も持っていた。 内部にめり込んだ６１㎝砲弾は弾殻内に搭載した高性能炸薬を起爆させ砲弾の直撃に ㎝砲弾を装甲板で耐えようとするのはウィルキア帝国の艦艇でも不可能に近い。更に、 物線を描く。複合加速砲の高初速に地球の重力も加わることでさらに加速された６１ ために初速を早くした複合加速砲でも、超長距離砲撃時には弾道はそれなりの高さの放 中へと没していく戦艦の姿が映し出されている。いくら偏差射撃の労力を減少させる 外部観測カメラから得られた映像には、爆炎を上げて艦体をくの字に折り曲げつつ海 砲撃は１発が命中です﹂ ﹁敵１番戦艦への砲撃の内１発が水中弾となり重巡洋艦に命中、大破。敵２番戦艦への 1610 の対空火器を粉砕しながら艦内に突入。装甲板を突き破るだけに飽き足らず、艦の内部 構造体を引き裂きながら進み艦底部で炸裂した。艦底部での巨大砲弾の炸裂に戦艦ル 級の竜骨は耐える事が出来ず、飴細工の様に捩じ切られ、爆発の余波は両舷のバルジを 内側から粉砕し後部主砲の弾薬庫を誘爆させたのだった。 ﹁１発で仕留められたのは良いが、あまり当たらないな﹂ ﹁現時点で最高の発砲遅延装置を搭載していてもこれですからね、まあ逆に〟艦隊全体 を攻撃できる〟と考えた方がいいでしょうな﹂ ﹁たった６門で１０隻からいる艦隊全域に効力射なんて無理な話だ﹂ ﹂ ﹁敵艦隊取り舵を切りました、現在距離４７ｋｍ。隊列を解いています﹂ ﹁奴さん、やる気のようですよ ? ち込もうとした。この時点で先ほど水中弾により艦尾をもぎ取られた重巡洋艦は浸水 ホタカのアウトレンジ砲撃から逃れるために、深海棲艦は取り舵を切って反航戦に持 ﹁それまで浮いて居られればの話だがな﹂ ﹁至近距離でたこ殴りにされるのは面白くないですね﹂ 門数ではあちらが上だ﹂ ﹁大方反航戦に持ち込んで少しでも距離を積める気だろう。近づいてさえしまえば、砲 ＳＴＡＧＥ─５４ 巨砲鳴動 1611 1612 に耐えられず、上甲板を波に洗われるほど海に沈み込んでいる。 反航戦に持ち込めば、ホタカに一方的に砲撃を受けてなすすべなく撃滅されると言う 最悪の事態は防げる。また、反航戦で接近すれば相対速度が大きくなり砲撃の精度にも 問題が出ると言う考えも有った。勿論、接近するにつれて見越し射撃の必要性は薄く なっていく為、適当なところで回避行動をとる必要があるが。 戦艦がゆっくりと旋回していくのを尻目に、２隻の巡洋艦と８隻の駆逐艦はできうる 限り早く転舵を完了し最大速力でホタカへ突っ込んで行く。鈍重な戦艦の転舵を待っ ていたらその間に砲撃を受けると考えたル級が突撃命令を下したためだった。 ８隻の駆逐艦は今まで自分たちを率いていた巡洋艦を追い越し、４隻ずつの単縦陣を 形成しつつホタカへと突っ込んで行く。後続する巡洋艦は駆逐艦を追走しつつ、８ｉｎ ｃｈ主砲を振り上げ攻撃の機会を伺う。 深海棲艦が己の牙を突き立てるために接近を続ける中、パッと小さな閃光が水平線上 の敵艦から放たれる。閃光自体は小さなものだが、その小さな閃光と共に解き放たれた 魔弾は容赦ない破壊を振りまいた。 ６発の主砲弾がようやく転舵を終えたル級に殺到し、４発が直撃する。艦体の４か所 が火花と共に複数の非装甲の構造体を吹き飛ばしたかと思うと、サウスダコタ級は内側 から破裂するように膨れ上がり、亀裂から噴き出した劫火に焼かれ海中へと没してい く。 再び閃光。今度は単縦陣を形成し射程外であることを承知で牽制射撃を行おうと主 砲を振り上げていた３隻の重巡洋艦に相次いで直撃弾が出る。先頭を進んでいた１隻 は主砲塔を真正面から６１㎝砲弾に撃ち抜かれ、機関室に飛び込んだ砲弾に艦内を蹂躙 され大火災を起こし脱落する。真ん中に位置していた一隻は前を進む巡洋艦のすぐ後 に落ちた砲弾が水中弾となり艦首左舷側へ命中、前艦橋から前方の艦体が砲弾と弾薬庫 の誘爆によって弾け飛び、前につんのめるように海へ沈んでいく。最後尾の一隻は主砲 弾の直撃こそなかったものの、至近弾により舷側の隔壁に裂け目が出来、速度を落とし た。前方で沈められた味方の右舷側、つまりホタカとは逆側を抜けるように舵を切る が、舵が効き始める前に止めに放たれた第４斉射が襲来。２発が艦中央付近に命中した かと思うと、先ほどのル級の様に内部から弾け飛び轟沈する。 ２基の主砲が映し出されている、がここに来てホタカは主砲による射撃を中断させる。 ＣＩＣのモニターには遮二無二突進してくる駆逐艦へゆっくりと砲身を向けて行く ﹁主砲次弾装填中、射撃準備完了まで８秒﹂ ﹁敵水雷戦隊２０ｋｍ地点を突破、なおも突入中﹂ ﹁敵重巡洋艦隊戦闘能力喪失しました﹂ ＳＴＡＧＥ─５４ 巨砲鳴動 1613 ﹁主砲、攻撃中止。１，２，４番速射砲で対応、射程距離に入り次第撃ち方始め﹂ ﹂ 距離、って方位１│１│４に敵 さらに方位１│５│０より戦艦４、重巡１、軽巡 ﹂ いずれの艦隊も我々に向かって進行中 ﹂ 方位１│７│５に推進音多数 破を許したも同然です﹂ ? ﹁僕に罠をかけるのなら、それなりの情報を持っているだろうし。この程度の戦力で罠 砲雷長の解答をホタカは首を振って否定した。 ﹁こちらの速度を計算に入れていなかったと言うのは ﹂ ﹁罠ならば我々が先ほどの艦隊と接触する時に出てくるべきでしょう。これでは各個撃 だった。 うほどの戦力だったが、ここに居る艦息や大部分の妖精たちはそう考えてはいない様 ８、一隻の戦艦に対して投入される戦力としては過剰と言う言葉すら優しく思えてしま ポツリとそんな事をホタカが呟く。戦艦１４、重巡５、軽巡７、駆逐艦１２、潜水艦 ﹁罠と言うわけか ﹁音探に感あり 数８ 戦艦６、軽巡２駆逐艦４ 戦艦４、重巡４、駆逐艦４ ﹂と副長が怪訝な顔を向けた時、水上電探を睨みつけていた妖精さんの慌てた様 艦隊発見 ﹁方位０│９│５に感あり な声がＣＩＣに響いた。 ﹁艦長 ? ３、駆逐４ ! ! ! ! ! ! ? ! ! ! 1614 として成立するなんてことは思わないはずだ﹂ ﹁まあ、確かにそうですよね。で、如何されますか │５│０の順番に殲滅していく﹂ ﹂ ﹂ ﹁まず最初に方位０│９│５の艦隊に接近し殲滅する。その後、方位１│１│４、方位１ ? は射程に入り次第アスロックで対処する﹂ めきるのに時間が掛かる。今回は機動力を生かして接近、分断し各個撃破だ。潜水艦隊 ﹁この場にとどまって居たら三方から砲撃を受ける。それにアウトレンジ砲撃では仕留 冗談はよしてくれとでも言うように、彼は煙を払うように小さく手を振った。 ﹁アウトレンジからの砲撃ですか ? フィリピン海に何度目かわからない轟音が響き渡る。焼け焦げた金属片が大量の黒 いた。 １５２ｍｍ速射砲の猛射を受けて上部構造物を砕かれ燃え盛る松明となって漂流して の洗礼を受けずに突入を続けていた８隻の駆逐艦は、距離１５ｋｍを過ぎたあたりから アサマ型の細長い艦首が波を切り裂いて針路を東へと変えていく。その頃には主砲 ﹁取り舵一杯、まずは方位０│９│５の敵艦隊を攻撃する﹂ ﹁了解﹂ ＳＴＡＧＥ─５４ 巨砲鳴動 1615 1616 煙と爆炎に打ち上げられると放物線を描いて海面に着水し水柱を噴き上げた。ノース カロライナ級を元に、重巡洋艦並みに全長を切り詰めた事でコンパクト化を図ったサウ スダコタ級戦艦は、２番砲塔に巨弾の直撃を受けてその生涯を今まさに終えようとして いる。 前級とは異なり１６ｉｎｃｈ砲弾に対応できるだけの防御力を付加された戦艦だっ たが、２４ｉｎｃｈ砲弾と言う想像の範囲外の代物の前では只の鉄板と大差は無かっ た。 また一隻、艦中央部のバイタルパートを貫かれた戦艦ル級が横転し、紅い船底を大気 に晒しながら数度の誘爆と共に海中へと没していく。流れ出した重油が海面を黒く覆 い、所々では炎上している。 油で汚れた海面を矢の様に切り裂いて突入した雷巡チ級は、必殺の酸素魚雷を放つ直 前に巨大な爆炎を上げて艦体ごと木端微塵に吹き飛んでしまう。６１㎝砲弾が命中し たわけではない、それならば命中した個所から艦体が２つに折れて沈んでいく。１５２ ｍｍ速射砲弾でもない、速射砲弾の誘爆ならば舷側に並べられた複数の魚雷発射管が同 時に炸裂する事は無く、外れた砲弾が周囲の海面に水柱を立てる。 しかし、先ほど爆沈したチ級は左舷側の魚雷発射管が突然一斉に誘爆していたように 見える。言いしれない恐ろしさを意図的に無視しながら、先ほど爆沈した味方の残骸を ＳＴＡＧＥ─５４ 巨砲鳴動 1617 蹴散らしつつ後続の雷巡チ級は突撃を続ける。 既に６隻いた味方の戦艦はその殆どが巨弾によって叩き割られ、海中へと没してい る。辛うじて海面に浮かんでいる最後の１隻も、主砲塔の全てが火炎と煙を噴き上げる 地獄の窯に変貌してしまい戦闘能力は残っていない。一足先に突入した４隻の駆逐艦 は軽巡の主砲クラスの砲弾を百発単位でその身に受けて、大破炎上し漂流しつつある。 方位１│５│０から突入した最後の水上打撃艦隊は、全速で自分たちの方へ向かおう としているが間に合わない。それほどまでに機敏な敵だった。 敵との相対距離は１０ｋｍを切ろうとしている、搭載した主砲の攻撃は敵の手前で青 いシールドに弾かれ一発たりとも着弾していない。着弾したところで、あの化け物に１ ４ｃｍそこそこの砲弾が通用するとも思えないが。 それでも、何とか此処まで持ってきた数十本の魚雷ならば、致命傷を与えられる。射 点について魚雷を放ちさえすれば、数の暴力で敵艦を絡めとれる。後は後続の最後の艦 隊が何とかしてくれるだろう。 距離良し、角度良し、魚雷調停完了。雷巡チ級は、魚雷を放つこの瞬間が何よりも好 きだった。それまで良いように遠距離から砲撃を加え続けて来た艦娘に手痛い一撃を 食らわせてやれるこの瞬間。相対する敵の、艦娘の姿は見えないが、大量の魚雷を向け られ轟沈の恐怖に身を震わせているだろうことは容易に想像できる。 鋼の仮面の下の唇に歪んだ笑みを浮かべつつ、敵を睨む。その時、彼女の〟何か〟が 警鐘を鳴らした。危険だ、逃げろと頭の中の何かが悲鳴を上げている。敵艦を見てみる と、敵の速射砲も主砲もこちらを向いていない事に気が付いた。目の前の敵艦は自分の 存在など眼中にないかの如く、次の獲物へと凶悪な死神の鎌を振り上げている。 │││││フザケルナ。 そんな思いが沸き上がり、頭の中の警鐘をかき消した。今の敵はこちらに左舷側を向 けた反航戦状態、同航戦では無いものの絶好の射点。 │││││沈メ。 艦体に魚雷発射の指令を走らせようとした時だった。突然、魚雷発射管から複数の煙 が立ち上ったかと思うと白色の光がチ級の意識を包み込んだ。 ﹁敵軽巡１及び駆逐艦４、なおも接近中﹂ ﹁１，２番速射砲即応弾補給完了、３，４番速射砲は砲撃中止し補給開始﹂ ﹁敵戦艦１番艦大破横転、１番砲塔は３番艦に照準﹂ ﹁大破炎上していたル級で大爆発、沈没を開始しました﹂ ﹁雷巡チ級、爆沈を確認﹂ 1618 ﹁アスロック全弾命中、潜水艦隊の殲滅を確認﹂ ホタカの取った策は単純な物だった。自分を半方位状態に追い込んだ敵艦隊に十字 砲火を受ける前に、その包囲網を突き崩す。最初の水上打撃部隊を殲滅した後、取り舵 を取って一番東側の敵艦隊から時計回りに順番に敵艦隊を仕留めて行った。各個撃破 されることを察知した残りの２つの敵は攻撃されている艦隊を見捨てて合流を計ろう とするが、その前に一方がホタカの主砲射程に捕まってしまった。 ホタカが２番目に会敵した艦隊は、電探が軽巡と誤認した雷巡チ級２隻に戦艦６隻を 主軸とする強力な艦隊ではあったものの障害となりうるような戦力では無かった。 ６隻の戦艦は瞬く間にバイタルパートを６１㎝砲弾に貫かれ炎の吐息を吐きつつ海 中へ没し、４隻の駆逐艦は速射砲のつるべ打ちによってハチの巣にされていった。 速射砲の砲弾補充の隙をついて接近した２隻のチ級は、魚雷を放とうとした瞬間対空 パルスレーザーの精密射撃を受けて搭載していた魚雷の全てが誘爆し、文字通り弾けて しまう。 何とか距離を詰めようと海中でもがいていた潜水艦は１隻辺り２発のアスロックに ﹂ ２番砲塔は敵４番艦に照準、攻撃開始﹂ ! 狙われ、ホタカの姿を直接見る事すらなく戦闘能力を奪い去られてしまった。 ﹁敵戦艦撃沈 ! 方位１│５│０へ退却を開始 ﹁敵艦隊転舵 ! ＳＴＡＧＥ─５４ 巨砲鳴動 1619 ﹁勝負あり、ですかな﹂ 思わず副長は艦息の方を振り返る。ＣＩＣルームの至る所にはめ込まれたモニター ﹁いや、まだだ﹂ からの青白い光を受けた、眼鏡を掛けた青年。いつも副長が見る艦息と何ら変わりはな い。しかし、副長は何かが引っかかってしまった。根拠も何もない、ただ〟いつもと違 う気がする〟そんな主観が大量に混入した感想を持ってしまった。隣に佇む青年をつ ま先から帽子の上まで眺めてみるが変わった様子は無い。もう一度彼の顔に視線を移 ﹂ ﹂ すと、先ほど感じた違和感はきれいさっぱりなくなっていた。 ﹁どうした │││││まただ。 ﹁そうだ、一隻残らず沈める﹂ ﹁は、はい。何でもありません。敵艦隊は殲滅するのですね ? た〟殲滅〟と言う判断も正しいように思える。瑞鶴達は別の護衛艦に守られているた な時も圧倒的な火力と装甲で真正面から叩き、全てを破壊してきた。今回ホタカが下し 戦で敵を取り逃がしたことはほとんど無かったはずだ。余程の事が無い限り、いつどん う。ホタカが敵艦隊の殲滅を命じることは今日に限った事では無く、むしろ今までの海 何時もの語調で敵艦隊を殲滅する判断を下したホタカに、再び違和感を覚えてしま ? 1620 め安全であり、心配する必要はないだろう。それよりも、この水上打撃艦隊を逃してし まえ残存艦隊が通商破壊戦をさせてしまう危険がある。大規模作戦が終わった今、通商 路に対する攻撃は帝国軍にとって死活問題だった。 も満たない触手と言うしかないソレは、戦闘中に全力運転するガスタービンから幾ばく る。ガスタービンの表面にある大小の凹凸や部品の隙間に収まった直径０．１ｍｍに ていた大多数の細い触手は戦闘終結とともにその活動を不活性化させ、休眠状態に移 ツタが壁面をのたうち回りながらはい回るように、ゆっくりとではあるが着実に伸び 油を海面に残し、暗い海底へと沈んでいった。 十数分後、ホタカに襲い掛かった３個水上打撃艦隊と潜水艦隊はその全てが黒煙と重 つもと変わらない顔に戻っていた。 す。主砲の爆煙と敵艦隊から立ち昇る黒煙が彩るモニターを見つめる艦息の横顔は、い 何時もよりほんの少し大きい声を出して、胸中にある出所の解らない警戒心を覆い隠 重要ですし﹂ ﹁まあ、本土近海に居座られて通商破壊されても困りますしね。叩けるときに叩くのも ＳＴＡＧＥ─５４ 巨砲鳴動 1621 1622 かのエネルギーを得ながら、床を伝って隣接する別のガスタービンに到達する。その 後、ガスタービン内の構成部品を自分の複製と交換しつつさらに隣のガスタービンへと 勢力を伸ばしていく。肉眼では見つけることができないソレの触手は、ガスタービンに 巻 き 付 く と 手 始 め に 外 側 か ら は 見 え な い 部 分 の 構 成 物 質 を 自 ら の 複 製 と 入 れ 替 え た。 ガスタービンの構成部品となったソレの一部は、自らの正体をひた隠すように置き換わ る前の部品と同じ仕事を行い続けた。 このように幾つものガスタービンは無数の触手で連結され、触手の中を無数の電気が 流れ始める。始めは単にエネルギーが足りていない場所に、必要なエネルギーを供給す るパイプ役としての働きだったが、先頭が終わる頃になると複雑な意味を持つ電気信号 に変化していた。こうなると、ガスタービンの間に張られた触手はエネルギーの伝達経 路では無くネットワークとして機能を始め、無数の触手を介して複雑な電気信号が送受 信される様は、コンピューターよりも人の脳髄のニューロンネットワークを彷彿とさせ た。 大部分御触手が取り敢えずの勢力拡大を終える中、一本の触手だけは妖精さんの目を 盗むように静かに伸長を続けていた。機関室の床の隙間をはい回り、壁と床の境目を通 過し、艦内各所に通じるダクトに潜り込むと、ある場所を目指して一目散に触手を伸ば していく。 ＳＴＡＧＥ─５４ 巨砲鳴動 1623 艦内を縦横無尽にはい回るダクトを抜けた先、機関室とは比べ物にならないほど過剰 に冷却された部屋にたどり着いた触手は、部屋の中央に鎮座し低い駆動音を立てている 巨大な箱へと進んでいった。 ＥＤ ﹁ＯＲＩＧＡ 〟ｒｉｓｅ〟﹂ ＳＴＡＧＥ│５５ 帝都に潜むモノ 津と秘書艦の加賀。 ? ﹁この短期間に２度も本土への敵艦隊の接近を許すのは、防衛体制に深刻な不備がある 分進合撃策にやられていたかもな﹂ ﹁俺もそう思う。正直、機動部隊に向けて全戦力を差し向けていたら、敵水上打撃部隊の た哨戒線を抜けようとしたみたいです﹂ ﹁敵は此方が機動部隊に目を奪われている隙に、複数の艦隊に分かれることで薄くなっ カが始末したものが全てだったのだろう﹂ ﹁偵察機を３倍に増やして広域偵察をしてみたが、敵は見当たらなかった。恐らく、ホタ ﹁あれから他の敵艦隊の情報は入っていませんか ﹂ 会話を並べていた。ホタカと瑞鶴、翔鶴が執務机の前に並び、机を挟んで向こう側に真 佐世保鎮守府に到着したホタカ達は、第三鎮守府の執務室で、軍隊の定型文と呼べる れて何よりだ﹂ ﹁ご苦労。本当はもっと楽な任務だったはずだったんだがな。何にせよ、全員無事に戻 ﹁第４艦隊、ただいま帰投しました﹂ 1624 と思われます﹂ ﹁わかってる﹂と真津はうんざりした様な雰囲気で軍帽を目深にかぶった。 哨戒機を増やすとか当たり障りのない結論になるだろうが﹂ ﹁軍令部もそのことで大荒れらしい。まあ、それでも精々新しい鎮守府を新設するとか、 テールの艦娘に寄り添うように立つ人物に視線を向ける。 ﹂ ﹁さて﹂と真津は先ほどまでの遠征、迎撃任務の話を打ち切ると、机の向こう側でツイン ﹁俺がこの佐世保第２鎮守府の司令官、真津大佐だ。君は翔鶴で間違いないな ﹁はい。翔鶴型航空母艦１番艦、翔鶴です﹂ ? ﹁決まりだな。それじゃあ話は以上だ、解散﹂ その言葉に姉はパッと顔を輝かせた。 ﹁いいに決まってるじゃん。翔鶴姉なら大歓迎だよ﹂ らした。 何処か不安そうに自分の妹を見る翔鶴。すると、妹は少しだけ呆れを含んだ苦笑を漏 ﹁瑞鶴が良ければ、ですが⋮﹂ 鶴と相部屋だ。姉妹だしちょうどいいだろう﹂ やってもらった後、実戦だ。詳しい事はこの後加賀から聞いてくれ。それと、部屋は瑞 ﹁聞 い て い る だ ろ う が、君 は こ れ か ら 佐 世 保 で 過 ご し て も ら う 事 に な る。暫 く 訓 練 を ＳＴＡＧＥ─５５ 帝都に潜むモノ 1625 敬礼し、姉妹に続いて部屋を出ようとした時、ホタカは真津に呼び止められた。 ﹂ ? ﹁よぉ﹂と軽く手を上げる天龍の姿がそこにあった。 徒の様にも見える。 た制服と、会議室の椅子にダラッと座っている様子から一見どこかの学校の不良女子生 れた椅子の一つに座っていた。黒髪を短く切り、左目を眼帯で覆っている。若干着崩し その声にどこか既視感を覚えながらドアを開けると、見知った艦娘が会議室に並べら 硬質な音を立てると、中から﹁入ってくれ﹂と声がする。 としたところで少し思いとどまり、硬い木のドアを拳で小突いた。３回ほど木材独特の が見えた。ドアには使用中の札がかけられている。金属製のドアノブに手を伸ばそう 見慣れた廊下を通り抜け、階段を下りて左に曲がり、暫く進むと目的の会議室のドア も優先させるわけには行かなかった。 が軍隊だ。確かにメンテナンスも重要だが、確たる証拠もないメンテナンスを命令より 正直言って、艦に戻って機関の調子を調べたかったが、上からの命令は絶対であるの ﹁了解﹂ ﹁お前に客が来ている。一階の会議室に行ってくれ。 ﹁何でしょうか 1626 ﹁久しぶりだな天龍。客と言うのは君の事か﹂ ﹁まあ、そう言う事だ。つー訳で行くぞ﹂ ﹂ ﹂ 雲の切れ間にはさらにその下の緑の大地が見え隠れしていた。 航空隊の滑走路から飛び立った零式輸送機の窓からは白い雲と青い空が見え、時折ある それから３０分後、ホタカは機上の人となっていた。佐世保鎮守府に併設された基地 ニヤリと不敵な笑みを浮かべる天龍に、言いしれない不安を感じてしまった。 ﹁詳しい事は道中で話すさ﹂ 不思議そうな顔をするホタカの傍を通り抜け、ドアノブに手をかける。 ﹁行くって、どこへ ? ? ていない様に見える。彼女はその中におもむろに手を突っ込んだ。 を取り出した。学生カバンほどの大きさの黒いカバン、その外見からは中には何も入っ ﹁まあ、此処ならいいか﹂と頷いた天龍は、彼女の隣に積まれた箱の中から一つのカバン 物や各種報告書などが積み込まれていた。 が響く客室にはホタカと天龍しか載っておらず。空いたスペースには航空貨物の郵便 視線を窓から自分の対面に座っている天竜に映した。２発の金星五三型発動機の音 ﹁で、そろそろ教えてくれないか ＳＴＡＧＥ─５５ 帝都に潜むモノ 1627 ﹁ホタカ、帝都を爆撃したバカでかい爆撃機の事は覚えているよな ﹂ カバンの中でごそごそと手を動かしながら、天龍は口を開く。 ﹁ああ、アルケオプテリクスの事だろう ﹂ ? しさが沸き上がってくる。 ﹁その時、使ったアメノハバキリなんだが。妙だと思った事は無いか ﹂ ﹁ガタガタの帝国が、こんな巨大な砲身を作っていたのは驚いたが﹂ ﹁それ以外には ? ない。しかし﹂ は個々の実写データが必要だ。そのデータは砲を完成させない事には得ることはでき ﹁実射のデータは砲ごとによって変化する。砲身自体に個体差が有る分、照準の補正に するネコ科の猛獣に似た怜悧な光が宿っていた。 らは良く言って豪放磊落、悪く言っていい加減な光は消え失せ、代わりに獲物を品定め ける。彼は膝の上で組んだ手を見ていたため気が付かなかったが、その時の彼女の瞳か ホタカの口からその言葉が紡ぎ出された時、天龍は金色の瞳を目の前に座る艦息に向 ﹁⋮⋮実射データだな﹂ ? ﹂ 壊され、サーチライトに照らされつつ下降してくる様を思い出すと、今更ながらに恐ろ 脳裏に浮かんだのは巨大な砲身越しに見るオレンジ色の巨鳥の姿。下部の砲台を破 ? 1628 ﹁まだ完成もしていないアメノハバキリには、それが有った﹂ ﹁そうだ、一番妙な点はそこだ﹂ ホタカの視線と天龍の視線が交錯する。一瞬の静寂が二人の間を支配し、金星発動機 の音が嫌に大きく響く。 何時もの様に不敵な笑みを浮かべた天龍が、黒いカバンから手を引き抜く。その手に ﹁俺が、いや少佐がお前を呼んだのはソレが原因だ﹂ は薄いファイルが掴まれていた。 タの出所は何処だって聞いた ﹂ ﹁少佐も、有るはずの無い実射データを不審に思い捜査を始めたんだ。ホタカ、あのデー ? ﹂ ? ラオで一人の提督を謀殺した過去があるが、好き好んで陰謀をやる神経は持ち合わせて 陰謀の匂いを感じ取ってしまい、ホタカは思わずゲンナリしてしまった。彼自身もパ ﹁それはまた、きな臭い事だな﹂ ﹁さてな、今となっては聞けない。大佐は帝都決戦後行方不明だ﹂ ていたんだ ﹁第２部と言うと、軍備計画や兵器整備だな。では何故安村大佐がそんなデータを持っ ﹁その通り、真っ赤な嘘だ。本当の出所は安村大佐、大本営の第２部の人間だ﹂ ﹁大本営の倉庫だと聞いたが、まあ嘘だろうな﹂ ＳＴＡＧＥ─５５ 帝都に潜むモノ 1629 いない。 ? うにも妙な点があってな﹂ 本当の幽霊だったとかいうオチか ? ﹂ ? ﹂ ? ﹂ ? ﹁天龍、コイツは﹂ スッと細められた。 みろ﹂と天龍に目で示され表紙を開く。その中に挟まれた紙を見た時、ホタカの目が 手渡された何の変哲もないファイル、裏返してみても特に不審な点は無い。﹁開けて ﹁それはまだ調査中だが、コイツを見てくれないか ﹁じゃあ、その幽霊大佐は何で砲の実写データを持ってたんだ 知らないとまで言ってきやがった。奴は文字通り幽霊大佐と言う事さ﹂ なかったような〟と言う風な曖昧な返事ばかりだ。直属の上官に至っては、そんな奴は ﹁席は有るのに、誰も顔を覚えていない。聞き込みをやっても〝そんな奴が居た様な、い ﹁どういうことだ こに居た事を同僚の誰も知らないんだ﹂ ﹁その安村大佐だが、海軍内で働いた経歴もしっかり残ってる。けど、その安村大佐がそ ﹁あながち間違っちゃ無いかもな﹂と天龍は白い歯を見せて笑った。 ﹁なんだ ﹂ ﹁そんな顔すんなよ、俺だってウンザリしてるんだから。んで、その安村大佐なんだがど 1630 ﹁どうにも、ビンゴだったみたいだな﹂ ホタカの視線を釘づけにしている紙には、見覚えのあるグラフが描かれていた。本艦 ﹂ に確認を取るまでも無く、その波形の正体は直観的に理解できる。 ﹁超兵器ノイズ。コイツは、どこから 目の前に座る天龍は口角を釣り上げて獰猛な笑みを浮かべた。後ろの窓からの光が のものだ。 必要ない、只の電波である以上やろうと思えば市販のラジオでも受信自体は出来る程度 僅かに擦れを含んだ声が唇から漏れた。超兵器ノイズを受信するのに特別な機器は ? 逆光になり、黒いシルエットになりかけている艦娘の金色の瞳が艦息を貫く。 飛んでった 何処へ ﹂ ? ﹁へ ? 城と談笑していた瑞鶴が、ホタカが帰ってきていないことを思い出したのが発端だっ ぽかんとした顔をする瑞鶴に、吹雪はきまり悪そうに返した。談話室の机の一つで赤 ﹁そこまでは私も解りません。初雪ちゃんから聞いただけなので﹂ ? ﹁第二海堡、アメノハバキリ﹂ ＳＴＡＧＥ─５５ 帝都に潜むモノ 1631 た。 以前ならば、提督への報告を済ませた彼は自艦のＣＩＣに戻り、食事の時間まで帰っ て来ない事が常だった。やるべきことが多いのかと、瑞鶴が思い聞いてみたところ﹁そ う言うわけではないが、気づいたらＣＩＣへ足が向いてしまう﹂との事だった。それを 聞いて瑞鶴が軽い頭痛を覚えたのも今となっては昔の事。彼女に諭され│││││半 ば強制じみてはいたものの│││││最近の彼は提督に報告を上げた後、特に問題が無 い限り談話室でのんびり過ごしていることが多かった。 そんな所に吹雪が入ってきたのが事の発端だった。ダメもとでホタカの居場所を聞 ﹂ いた瑞鶴は、吹雪の言葉を理解するのに２秒半の時間を要した。 ﹁でも、アイツ遠征から帰ったばかりなのよ ﹁そう言われましても⋮﹂ ﹂ ? ﹁天龍 ウチの鎮守府には居ませんよね ﹂ ? 怪訝な顔をする瑞鶴。佐世保鎮守府には数多くの艦娘が居るが、天龍型は一人も居な ? ﹁直接関係ない事かもしれないけど、ここに来る前に天龍とすれ違ったわね﹂ ﹁何かあったんですか 困り顔の吹雪と瑞鶴が、何かを思い出した様な赤城に振り返る。 ﹁そう言えば﹂ ? 1632 かったはずだ。その時、呉で散々自分をいじり倒してくれた艦娘の姿を思い出す。紫色 のショートカット、つかみどころのない笑み、泣き黒子。彼女は確か天龍の妹だったは ずだ。余り思い出したくない類の顔を思い出してしまい、僅かに顔を歪めてしまう。 ﹁まあ、他の鎮守府の艦娘が目的地まで案内するのは珍しい事ではないし、ホタカさんも 他の鎮守府から呼ばれたのだと思うわ﹂ ﹁でも、アイツはついさっきまでドンパチやってたんですよ﹂ 其処まで言ったところで、二人の視線が何処か暖かいモノに変わったことを感じ取っ てしまい、とっさに口をつぐむ。暖かい笑みをこちらに向ける駆逐艦と航空母艦、なん というかものすごく居心地が悪かった。 ﹂ ? 吹雪ちゃん﹂ ? てないし、念のため翔鶴姉にも口止めしておいた。大丈夫だ。 ニコニコと笑みを深める二人。大丈夫だ、自分の事はバレてないはずだ、誰にも言っ ﹁はい﹂ ﹁何でもないわ。ね すような視線が飛んでくることに違いないと頭の片隅で思う。 自分の中に芽生えた反発の意志には抗えなかった。ここに恐ろしい青い方が居たら刺 正直、自分の大先輩に向かってこんなぶっきらぼうな口を利くのもどうかと思うが。 ﹁何ですか ＳＴＡＧＥ─５５ 帝都に潜むモノ 1633 そんな事を考えて内心の不安を押し隠そうと努力する。心の中の辞書から、自己暗示 の文字を静かに消去しておいた。 ﹂ らいだし、いっしょに食べない ﹁良いのですか ﹂ ? ﹂ ﹁勿論、皆で食べた方がおいしいもの。初雪ちゃん達も呼んで来たら ﹁はい ? !? る。 ﹁瑞鶴ちゃんもどう ﹂ ﹁え、え∼と。アタシは⋮﹂ する理由になりえた。しかし、この一見慈母のような笑みを浮かべる空母娘と、先ほど がある。が、その当人と顔を合わせるのは、中々苦手意識が抜けない瑞鶴にとって躊躇 食べ物については、中々うるさい所がある加賀からのクッキーには非常に惹かれる所 ? ? ﹁加賀さんと翔鶴さんも後で来ると思うわ。遠慮しなくていいのよ ﹂ パァッと顔を輝かせてトタタタと駆けて行く吹雪を見送り、赤城は瑞鶴に視線を向け ! ﹂ ﹁はいはい。そうだ、昨日加賀さんからクッキーをたくさん貰ったの。ちょうど３時ぐ ﹁し、心配なんか﹂ ﹁そんなに心配しなくても、ホタカさんはすぐ戻ってくるわ﹂ 1634 駆けて行った駆逐艦娘を放っておいたら、１０分もすれば始まるであろうお茶会で何を 言われるのか解った物ではない。 ﹁⋮じゃあ、アタシも﹂ に近づくと、後部座席と運転席に見知った顔を見つける。 暴風から帽子を守りつつ、天龍に少し遅れて黒塗りの乗用車│││││ トヨダＡＣ型 た零式輸送機はエンジンを唸らせタキシングを始める。２つの３枚羽プロペラからの 天龍は近づいていった。ホタカも黒い背中を追いかけて歩き始めると、彼らを運び終え 調布飛行場に滑りこんだ零式輸送機から降りると、格納庫の傍に止められた乗用車へ かと考えを巡らせている自分に気づき、妙な疲れを感じてしまった。 誰も得しない自己弁護を心の中で繰り返しながら、クッキーにあう紅茶はなんだろう につられたわけでは断じてない。無いったらないのだ。 自分は有ることない事を言いふらされないためにお茶会に顔を出すのだ。クッキー ﹁決まりね﹂ ＳＴＡＧＥ─５５ 帝都に潜むモノ 1635 ﹁悪かったわね、急に呼び出して﹂ 後部座席に乗り込むと、先に座っていた草凪少佐が口を開いた。 ﹂ ? ントウィンドウ越しに見えた。 ? セダンのシートに辟易しつつ、ホタカは天龍から見せられた書類に描かれたグラフを思 ていないのかちょっとした段差でも相応の衝撃を車内に伝えた。ちょくちょく跳ねる 舗装されていない河川敷の道を走るセダンは、あまり良いサスペンションが使用され ﹁それで、アレは貴方が戦ってきたモノの出すノイズでいいのかしら ﹂ 遠くの滑走路からは、今しがた乗ってきた零式輸送機がさっさと離陸していくのがフロ エンジンの声が俄かに大きくなったと思った瞬間、４人を乗せたセダンが発進する。 ﹁は∼い﹂ ﹁なら結構。龍田、出してちょうだい﹂ ﹁ええ。大体は、ですが﹂ た。 前の席でハンドルを握る龍田がエンジンに火を入れると、大柄な車体が身震いをし ﹁それなら、帝都に良い店を知っているわ。それで、話は天龍から聞いた ﹁まったくです。あの後はのんびりコーヒーでも飲もうかと思っていたので﹂ 1636 い描く。 ﹂ ﹁間違いないです。アレはＮｏ．１３波形、超兵器ノイズに間違いありません。そもそ も、何故アメノハバキリでそんな物が検出されたのですか が回ってきた﹂ れが入った。超兵器ノイズの存在は解っていたから、もしかしたらと言う事で私に仕事 初めは粗悪品とかの理由で片付けられていたのだけど、最近になって私の上官の耳にそ ﹁作業員の一人が作業中にラジオを付けた時に、妙にノイズが入ったのが事の起こりよ。 ? が検出されたんだよ∼﹂ ﹁それで簡単な受信機をアメノハバキリに持っていったら∼、天龍ちゃんが渡した波長 ﹂ 大柄なハンドルを軽々と操る龍田が草凪の後を続けた。 ? ﹁このノイズを大本営は感知しているので 草凪は首を横に振った。 い﹂ ﹂ ﹁こ れ は 私 た ち の 部 署 だ け が 情 報 を 握 っ て い る。大 本 営 の 中 に こ の 事 を 知 る 者 は い な ? ばすぐにでも砲撃が可能よ﹂ ﹁せり上げ機構以外は殆ど修理完了しているわ。ポンプとそれを動かす電力が回復すれ ﹁今、アメノハバキリはどうなっていますか ＳＴＡＧＥ─５５ 帝都に潜むモノ 1637 ﹁なるほど。ところで、そろそろ少佐の正体を明かしていただけませんか ﹂ ? ﹂ ? ﹁貴方はどう思っているの ? ﹂ ? ﹂ ﹁俺も龍田も少佐も、特警からの出向って事になってるけどな﹂ とんど独立部隊に近いほどのフリーハンドを得ている﹂ した特別部隊。と言う事になっているわ。一応は大本営の指揮下に入っているけど、ほ ﹁国内の不穏分子をより攻勢的に摘発、鎮圧する為に、特警、憲兵、特高から人材を抽出 ﹁そう﹂と少佐が頷いた時、車輪が道の窪みを踏みつけて車体がガクリと揺れた。 ﹁語弊、ですか あ、少し語弊があるけど﹂ 摘発や防諜、不穏分子の摘発を仕事にしている海軍特別警察隊に籍を置いている。ま ﹁正解とも不正解とも言えるわね。確かに貴方の考えている通り、私達は軍内の不正の ﹁特警の一部署、それも国内の内諜に特化した﹂ 何処か楽し気な雰囲気を滲ませた黒い瞳がホタカを射抜く。 ? ﹂ に協力する訳ですから、それなりに信頼関係を構築するのは悪くないと思いませんか ﹁その超兵器ノイズがらみだと言う事ぐらい解ってます。ですが、大本営も知らない事 ﹁自分が連れてこられた目的は聞かないのね 1638 確かに超兵器ノイズが検出されたのは問 ﹁よくもまあ３つの組織から人を集める事が出来ましたね。しかし、それだと何故少佐 がこの超兵器の件に関わっているのですか ﹁裏側、ですか ﹂ ﹁納得が行かないと言う顔ね ﹂ 的は敵の正体を軍の裏側から探る事。超兵器、深海棲艦問わず﹂ ﹁あくまでも不穏分子の摘発は大本営や国に対するカモフラージュ。本当の私たちの目 題ですが、話を聞く限りその〝特別部隊〟とは畑違いの様に聞こえます﹂ ? ﹂ なる、もしくはその可能性が非常に高いと言う事になります。そんな事﹂ ﹁少佐の言葉が本当ならば、軍内、しかも上層部に深海棲艦や超兵器の協力者が居る事に ? ? ? と思い資料室にこもってみたが、結局のところ徒労に終わったことを思い出す。 確かに、艦娘の出現の詳しい経緯をホタカは知らなかった。一度、そのことを知ろう の出現にも謎が多い﹂ ﹁超兵器や貴方達、そして深海棲艦の出現には謎が多い、けれどもそれと同じぐらい艦娘 脅かされるような根源的な恐怖を感じた。 歩居ていた時、おもむろに振り返ると誰も居ない事に気づいた時の様な、自分の存在が 細められた視線がホタカを貫くと同時に、背中に寒気が走る。真夜中を集団の先頭で ﹁有りえない、と言えるかしら ＳＴＡＧＥ─５５ 帝都に潜むモノ 1639 ﹁この戦争で艦娘が出現したころの主要な情報はその全てが何故か闇に葬られた。私た ちの役割はその謎を解き明かし、帝国を存続させるカギを得る事﹂ ﹂ ? 初期の記録の調査を行う諜報部隊と言うわけですか﹂ ﹁実体は軍内に居るかもしれない敵側の人間、敵の情報、そして何故か抹消された艦娘の る部下を集めた部隊を大本営に設けた。表向きは不穏分子の攻勢的鎮圧部隊と称して﹂ ﹁同じ事を考えた人間は特警や内務省にも居たみたいでね。彼らは協力して、信頼でき 満足そうに海軍将校は頷いた。 ﹁軍内で何かが行われていることに気づいた﹂ 滅している事の説明はつかない。だから﹂ は不明瞭な情報だけ。深海棲艦による混乱があった事を差し引いても、資料が完全に消 はっきりしない事に疑問を抱いていた。様々な所にアンテナを伸ばしても、得られるの ﹁こ の 組 織 を 立 ち 上 げ た 憲 兵 隊 の 人 物 は 前 々 か ら 深 海 棲 艦 は と も か く、艦 娘 の 出 自 が 沈黙が車内を支配する。 そんなお伽話みたいな奇跡が２度も起こるかしら いるわ。既存の戦力ではどうにもならない敵の出現と、その敵を討ち倒す味方の出現。 ﹁そう。それに、今の状況は深海棲艦との戦争が始まった頃と誤差は有れども酷似して ﹁カギ、ですか﹂ 1640 ﹁そう言う事﹂ ﹁帝国軍が作ったはずのアメノハバキリからの超兵器ノイズ、有るはずの無い実射デー ﹂ タ、第２部の幽霊大佐、艦娘の謎。なるほど、確かに何かありそうですね。それで、僕 の今回の役割はアメノハバキリの調査に同行せよと言う事ですか ? なっている。何か問題が起これば、水上機で直行できるように手配もされているから心 ﹁話す手間が省けて助かるわ。表向きにはウィルキア、超兵器に関する聴取と言う事に 配しないで﹂ ﹂ 少佐の言う〝問題〟とは十中八九超兵器の事だろう。 ? ﹂ ? ﹁対外的には∼公安三課は、要請が無い限り直接荒事に関わらないって事になってるわ ないに越したことはないわ﹂ る。そして、一課と二課の人間は私たちの本当の目的を知らない。情報を握る人間は少 この２つが表向きの公安調査部の役目をはたすことで、第三課は本来の目的を遂行でき 課の人員は三課の動きを隠し、本来の公安の仕事をこなすために送られてきた人たち。 ﹁何方も存在するわ。一課は情報収集、二課は武力制圧に重きを置いている。一課と二 ﹁公安一課と二課は ﹁公共安全調査部第三課、もっぱら公安三課と呼ばれているわ﹂ ﹁ところで少佐、その特別部隊に名前は有るのですか ＳＴＡＧＥ─５５ 帝都に潜むモノ 1641 ね∼﹂ 知しえない力が働いたのだろうと当たりを付ける。 安の必要性に疑問を持つ人間も大勢いる。それでも、この部署が作られたのは自分が感 受けたが、今の特高以上にやる必要があるのかと彼は考えていた。また、彼以外にも公 将校は露骨に眉をひそめた。国内の反乱分子をより攻勢的に鎮圧する部署だと説明を 窓の向こう側に、黒塗りのセダンから降りる女性将校の姿を見やりながら壮年の海軍 ﹁公共安全調査部、か﹂ 物が見え始めていた。 前席の２人が自分の部署をネタにする。車両の行く手には見覚えのある大本営の建 閑職ってやつだ﹂ 集めてきた情報の処理、検討、偶に他の連中の応援だし、人員も一番少ない。要するに ﹁送られてくるヤツラも癖のあるやつばっかだしな。表向きの公安での仕事も、一課が 1642 ﹁公安ねぇ、ちょ∼っと注意した方が良いんじゃない ﹂ ニヤニヤと笑みを崩さない少年に頭痛を覚えるのは今に始まった事ではないが、これ の世の全てをバカにした様な笑みを浮かべる。 無くウィルキア帝国の紋章。金髪の髪に赤い瞳の１４、５程の年齢に見える少年は、こ 制服に似た衣服を身に着けてはいるが、腕章に描かれているのはハーケンクロイツでは 一目で高級品と解るソファにゆったりと座り、足を組む人物。ヒトラーユーゲントの る。 部屋の奥の方から飛んで来た声に、窓際に佇んでいた男は忌々しそうな視線を向け ? からもこの厄介者と関わらざるを得ないのは決して面白いものではない。 ﹂ ? ﹁公安には彼女がいる、もしかしたら〟僕ら〟の事も知られちゃうかもね﹂ た。 事で、３日ほど入院を言い渡された。その入院最終日に、突然現れたのがこの少年だっ に奔走していた西原は大本営で倒れ海軍病院へ担ぎ込まれた。医者の話では過労との この少年が西原の目の前に現れたのは今年の１月末の事だった。大規模作戦の準備 人を小ばかにする笑みを隠さずに、少年は温くなり始めた紅茶を傾ける。 ﹁そのままの意味だよ、西原中将﹂ ﹁注意とはどういうことだ ＳＴＡＧＥ─５５ 帝都に潜むモノ 1643 ﹂ 危機感の欠片も無いあっけらかんとした声が、薄暗い部屋に妙に響く。 ﹁そうなって困るのは君らじゃないのか ﹁ははっ それを知ってどうしようってのさ。中将閣下 ﹂ ﹁君の言うあの方がどういう存在なのか、そろそろ教えてはくれないのか ? ﹂ 〟あの方〟と言う言葉を出す瞬間だけ、少年の目がほんの少し細められる。 ﹁まあ、面倒な事にはなるかもね。でも、あの方はそれも予想済みなんじゃないかな ? ? ﹂ ﹁君らは僕らの言う事聞いていればいいんだしさぁ。深海棲艦の時もそうだったでしょ ようだった。 ねっとりとした殺意が少年全体から流れ出し部屋の絨毯を伝って足に絡みついてくる いく海軍中将にゆっくりと歩を進めて行く。先ほどまでのふざけた雰囲気は消え失せ、 ソファから飛び上がるように立ち上がると、直立不動のままだんだん顔を紅潮させて ﹁あのさぁ、僕らは君らにそう言う好奇心は求めてないんだよねぇ﹂ ﹁ッ、ッッ﹂ もそも、肺の中の空気が突然石になってしまったかのような錯覚を起こす。 吸すらも出来なくなってしまう。横隔膜が硬直し、肺に空気を送ることができない。そ 一瞬、少年の双眸がボンヤリと赤い光を発したかと思うと、西原は指一本どころか、呼 │││││まただ。 ! ? 1644 まあ、君が知ったのは最近だけど﹂ ﹂ ? 目に入った。 い交ぜになった顔で上を見上げると、再び人を小バカにする笑みを浮かべた少年の顔が １０秒ほどかけて、ブレた焦点が目の前の少年の靴へと調整される。屈辱と安堵がな も、力も残っておらず荒い息をつきながらガクリと膝をついてしまう。 の自由も戻る。一種の金縛りから解放された身体に、彼の身体を支えられるほどの酸素 フッと体中にまとわりついていた殺気が消えるとともに、西原の肺も活動を開始し体 ﹁おっと、やりすぎちったかな の様な深く赤い瞳を呆然と眺める事しか出来ない。 識に霞が掛かっていく。苦しみに胸を掻きむしる事も出来ず、目の前に迫ったガラス玉 続くにつれて胸は赤熱したパイプを突っ込まれたかのように熱くなり、それとは逆に意 目の前でクスクスと笑う少年に、何度目かわからない恐怖が沸き上がる。酸欠状態が ? それじゃ﹂ ? ﹁解ってると思うけど、代わりなんていくらでもいるんだから。あんまり手間かけさせ りようやく起き上がった西原へ赤い目を向けた。 ヒラヒラと手を振りながら踵を返した少年は、ドアまで歩いたところで一旦立ち止ま だし内偵にでも出してみれば ﹁公安から目を離さない方がいいと思うよ。三課の連中は特にね、森原中佐も居ること ＳＴＡＧＥ─５５ 帝都に潜むモノ 1645 ないでね ﹂ に、初老の男性が座っているだけだった。 ている。幾つか置かれたデスクには人の姿は無く、部屋の入り口から最も遠いデスク のでは無く、天井にはいくつかのライトがつるされ、窓の無い部屋に白い光をもたらし 公共安全調査部第三課は大本営地下の一室にあった。部屋自体はそこまで大きいも だけだった。 その言葉を最後に、少年の姿は幻の様に消えてしまう。後に残ったのは半開きのドア ? ﹁いきなり呼び出されて戸惑っているかもしれないが、我々は君の力が必要だ。話は少 包んだ男は艦息へとその黒い瞳を移動させた。 が低かった。海軍や陸軍の軍装では無く、質の良さそうなダークグレーのスーツに身を 上等と解る椅子から立ち上がり敬礼した男性は、ホタカの予想よりも拳２つ分ほど背 ﹁うむ、ご苦労﹂ ﹁草凪少佐、他２名、ただいま戻りました﹂ 1646 佐から聞いているだろうから省かせてもらうが、協力してくれるかね ﹁ええ、勿論﹂ 入ってくれ﹂ ﹂ 報を熱め、持ち帰るんだ。ある程度の独自行動も認める。ホタカは一旦少佐の指揮下に れ。現在の第二海堡は立ち入り禁止となっているが、話は通してある。出来る限りの情 ﹁うむ。では、早速だが件の第二海堡に向かい、超兵器ノイズについて調査を行ってく ﹁アサマ型二番艦、ホタカです。よろしくお願いします牧原課長﹂ はない。隙に呼んでくれ﹂ ﹁私は公安三課、課長の牧原だ。一応陸軍大佐だが、ここでは軍の階級はそこまで重要で うある種の儀式に似た会話は必要だった。特に、こういった裏の任務では。 ホタカがここまでついてきたことを考えると必要のない質問かも知れないが、こうい ? 同時刻、ようやく佐世保第三鎮守府に帰ってきた杉本は、いくつかのファイルと共に ﹁では、行動開始﹂ ﹁了解﹂と草凪とホタカがほぼ同時に挙手の敬礼をする。 ＳＴＡＧＥ─５５ 帝都に潜むモノ 1647 岸壁へと続くタラップを降りる。既に日は傾き、細長い岸壁は斜陽によってオレンジ色 に塗装され赤熱した鉄板のようにも見えた。海も赤い光に照らされオレンジ色に輝き、 水面近くを海鳥が滑るように飛び過ぎて行く。 鉄製のタラップからコンクリートの地面に降り立ち振り返ると、西日に照らされた特 務軽巡洋艦の姿。随分前から自分と共に、調査のため彼方此方を駆けずり回った軽巡洋 艦は、今日も誇らしげにその艦体を浮かべていた。 手元のファイルに目を落とす。この航海中も暇があったら読んでいたが、結局ホワイ トアウトの決定的な証拠は得られんなかった。調査で当てが外れ無駄足を踏むのは慣 れているが、今回のホワイトアウトに関してはこの整備書類がどうにも引っかかる。 おもむろにファイルを開くと、暗記できるほど目を通した整備項目と日にちの羅列。 目を通していくが、もやもやとした何かが頭に残るだけで、結論は導き出されない。 ﹂ 何か一つ、何かが欠けている。 ﹁杉本さん、まだいたのか ﹁別に読むなとは言わねぇが、岸壁で読まなくてもいいだろう ﹂ 呆れた様な顔をする相棒に苦笑を返して、鎮守府へ向かって歩き始めた。 ? 降りてくるところだった。 上からかけられた声につられて見上げると、黒いマントを靡かせた艦娘がラッタルを ? 1648 ﹁にしても、さっぱりわからねぇな。本当は原因何て無いんじゃねぇの ﹁そう結論付けるには、いささか強引な様に思えますがねぇ﹂ ﹂ 杉本に向けた時、彼の向こう側に２隻の航空母艦が停泊しているのを見た。 お手上げとでもいう風に彼女は手袋に包まれた両手を空に向けた。視線を隣を歩く ねぇよ﹂ 兵器戦終了から次のホワイトアウトまでの時間もバラバラだ。これじゃあ手も足も出 現象も無かったじゃねぇか。電算機のバグなら、アイツが真っ先に気づくはずだし。超 ﹁けどよぉ、こんだけ調べてもホタカにホワイトアウトを起こさせるような被弾も、自然 ? ﹂ ? するって噂だ。つながり自体は絆でも、執着心でも、親愛でも何でもいいらしい。とに ﹁その法則が関係してるのかどうかは解らねぇが、特につながりの強い艦娘同士で発生 ﹁初耳ですが、引き合わせの法則に関係が有りそうですねぇ﹂ いたことあるか ﹁そりゃそうか。⋮そう言えば杉本さん、特定の艦娘の間に虫の知らせがあるって話聞 ﹁彼らは、ボク達よりも先行していましたからねぇ。不思議な事ではないでしょう﹂ 艦も鎮守府へ着いているはずだった。 ２隻の翔鶴型航空母艦が佐世保に停泊していると言う事は、彼女達を護衛してきた戦 ﹁あ。ホタカの奴、もう着いてたのか﹂ ＳＴＡＧＥ─５５ 帝都に潜むモノ 1649 ﹂ かく、そう言った強いつながりがある二人の艦娘の家、一方に何かが有った時はもう片 方が虫の知らせを受けるらしい。まあ、家の鎮守府でも大井が⋮ってどうした 気づく。きょろきょろと首を巡らせてみると、自分よりも数歩後ろで立ち止まった杉本 言葉を続けようとした木曾は、それまで隣を歩いていた人影が無くなっていることに ? ﹂ ﹂ の姿が有った。彼は手に持っていたファイルを再び開き、とあるページを凝視してい る。 ﹁杉本さん ﹂ ﹂ ﹁木曾さん、先ほどなんと言いましたか ﹁えーと、大井がどうかしたか ﹂ ﹁その前です﹂ ﹁家の鎮守府 ﹁もっと﹂ ﹁虫の知らせ ? ﹁ボク達は今まで、彼のホワイトアウトを外的要因による損傷だと考えて調査を行って いた。いつもよりも、ほんの少し早口になりながら、彼は捲し立てる。 ファイルの紙面からあげられた杉本の目は、幾ばくかの興奮と好奇心が燃え上がって ﹁それです﹂ ? ? ? ? 1650 きました。敵艦による損傷はもちろん、自然現象による損傷や老化も考えて、です。そ れでも、原因は解らなかった﹂ ﹁そうだな﹂ ﹂ ﹁でも、もしこのホワイトアウトが機械の故障では無く、〟正常な反応〟だったとした ら﹂ ﹁どういうことだ ら手帳を取り出した。 そう言うと、杉本は片手に広げたファイルを持ったまま、器用に逆の手でポケットか ﹁虫の知らせ、です﹂ ? ﹁ちょ、ちょっと待ってくれ﹂ 仮にホワイ 確かにホワイトアウトの回数と異世界艦の出現 整理しきれないと言う風に、木曾が声を上げて杉本の考えを遮った。 ﹁幾らなんでも論理が飛躍してないか ? 回数は同じだけど、だからと言ってそれが原因だってのは早計じゃないか ? の出現は同じ数です﹂ 洋のハリマとアサマ。最初のホワイトアウトが発生してからの回数と、異世界からの艦 世界からの艦との接触を経験しています。アリューシャンのデュアルクレイター、太平 ﹁３回のホワイトアウトが起こった後、あまり時を置かずして我が軍は超兵器、または異 ＳＴＡＧＥ─５５ 帝都に潜むモノ 1651 アリューシャンのデュアルクレイターはともかく、太平洋 トアウトが起こった瞬間に超兵器が出て来たってんなら、なんでその瞬間から此方への 攻撃を仕掛けてこないんだ ? ﹂ に出たハリマの速力なら、ＭＩが発動する前にトラックなり本土なり強襲をかけられた はずだろう ? ﹂ ? ﹁横鎮に誰かいたっけ ﹂ ﹁先ずは情報です。鎮守府に戻って横須賀に連絡を取りましょう﹂ いか。何から始める ﹁仮説は実証して初めて真実になるってか。不条理上等。面白い、やってやろうじゃな た。 が募り冷却されていた全身の血管に、熱いオイルが流れ込んで行くような感覚を覚え ても、彼女の直観は〟何かが有る〟と叫び声をあげて居る。進展しない調査に、焦燥感 が妙にしっくりと来ていることに気が付いた。理性では〟有りえない〟と否定してい 正直言って先ほどまで半信半疑だった彼女だが、直ぐにこの杉本の突拍子もない仮説 でしょう﹂ はまだ仮説です。ですが、今までに考えた事の無い切り口です、考えてみる価値は有る ら戦闘行動までの不自然なタイムラグが存在することになります。あくまでも、この説 ﹁たしかに、ホワイトアウトの発生と超兵器の出現がリンクしていたのであれば、出現か 1652 ? 足早に彼女の横を通り抜けつつ、海軍将校は目的の人物の名前を口に出した。 ＥＤ ﹁ＯＲＩＧＡ 〟ｒｉｓｅ〟﹂ ﹁アサマ君です﹂ ＳＴＡＧＥ─５５ 帝都に潜むモノ 1653 ﹂ ＳＴＡＧＥ│５６ 叩けよさらば開かれん ﹁外出中ですか ﹂ ? ﹂ ? ﹂ ? 声のした方に顔を向けると、自分のマグカップにコーヒーを注いでいる木曾の後ろ姿 ﹁留守だったって 受話器を自分の机の上に戻し、まだ湯気の立っている紅茶を一口飲んだ。 ﹁ありがとうございます。それでは﹂ ﹃おそらくは。本人が帰ってきたら、こちらから連絡させていただきます﹄ ﹁ダイニカイホ、第二海上堡塁の事ですね ﹃いえ。ただ、第二海堡へ行くと口走って居ましたけど﹄ ﹁なるほど、いつ戻るか解りますか 受話器の向こうから、大和と名乗った艦娘の声が杉本へ届く。 ﹃はい、何でも大本営からの呼び出しと言う事で、ついさっき出て行きました﹄ いた。 めている。佐世保鎮守府の一角に割り当てられた部屋に、杉本の確認する声が静かに響 窓から見える空からはオレンジ色の光が抜け、代わりに群青色のカーテンが掛かり始 ? 1654 が見える。 なんでまたあんな所へ﹂ ﹁ええ、少し電話をするのが遅かったですねぇ﹂ ﹁んで、第二海堡に行ってるだって ﹂ ﹁大本営が絡んでいると言っていました。恐らく彼を呼び出したのは公安でしょう﹂ ? ? ﹂ ? 艦娘は揶揄いを多分に含んだ口調で冗談を飛ばし、マグカップを傾けた。 ﹁超兵器とか、か は、第二海堡には何かが有るということでしょう﹂ ﹁表向きは１課と２課の手伝いですからね。ですが彼とホタカ君を呼びつけたと言う事 ﹁⋮聞いたことの無い部署だな﹂ 方です﹂ ﹁公安１課と２課は君の言う通りの仕事でしょうが、ボクが考えているのは公安３課の うじゃねぇか﹂ ますます第二海堡や艦息に関係なさそ はなから頭に無かった組織の名前を耳にした彼女が、素っ頓狂な声を上げる。 ﹁公安だぁ ? ﹁公安は国内の不穏分子粛清やってる奴らだろ ＳＴＡＧＥ─５６ 叩けよさらば開かれん 1655 ﹁よう、実際に会うのは初めてだな。ホタカ﹂ ﹂ 第二海堡に到着したホタカを待っていたのは、片眼鏡を掛けた艦息だった。 ﹁何故ここに ４人は修復された桟橋へと降り立つ。 ﹁協力感謝するわ、アサマ。ホタカの事は知っているわね ﹁宜しく、少佐。で、俺達を呼び寄せて宝探しでもやろうってのか ? ﹂ 旧不可能と判断され完全に取り壊されてしまっていた。高射砲塔を一基作るためには 帝都空襲時にアルケオプテリクスの主砲弾をまともに受けて崩壊した高射砲塔は、復 ている。以前と変わったところと言えば、高射砲塔が完全に撤去されている事だった。 われていた堡塁の表面も、今では復旧作業もほぼ終わり、以前の様に平坦な地表が続い 草凪を先頭に、第二海上堡塁を歩いていく。アルケオプテリクス戦直後には瓦礫で覆 ﹁強ち間違っちゃいないわね﹂と、草凪は小さく笑みを浮かべた。 ? ﹂ に浮かんでいた。アサマがホタカ等が乗ってきた大発を手際よく桟橋に固定する間に、 顎で指示した先には、確かに緑色の零式水上偵察機が月の光を淡く反射しながら水面 ﹁そこの少佐に呼び出されてな。横須賀から水偵飛ばして来た﹂ な顔を向けた。 ニヤリと不敵な笑みを浮かべる自分の兄│││少なくとも書類上は│││にけげん ? 1656 膨大な量のコンクリートを初めとする資材が必要となるため、帝都の復興を進めるため の犠牲となったのだった。元々、帝都防空隊が機能し、艦娘もいる現在では必要性が薄 ﹂ ? いと言う事も、撤去に拍車をかけていた。 ﹁そう言えば、九州沖でまたやり合ったそうじゃないか。６１㎝砲はどうだ 砂利を踏みしめながら歩くホタカの横に、アサマが肩を並べた。 ﹂ ﹁威力、射程共に文句がつけられない。が、少々問題もある﹂ ﹁なんだ ? ﹂ ? ﹂ ﹁おお、むごいむごい。俺も積みたいが、どうなるんだろうな ﹁ウィルキア帝国では改装されなかったのか ﹂ 超兵器やバカみたいに艦が有ったから、戦力的には十分だしな﹂ ﹁いや。内部の改造は施されたが、兵装関係はそのままだ。まあ、俺を改造しなくても、 ? ? 庫に誘爆、二つに折れて沈んでいったよ﹂ ﹁いや、サウスダコタ級で当たりが良ければ一発だった。バイタルパートを貫いて弾薬 手に２発ぐらいか ﹁防御重力場を純粋な破壊力でぶち抜く主砲なんだから、そりゃそうなるわな。戦艦相 肩をすくめて見せるホタカ。 ﹁深海棲艦は防御重力場を積んでいないからな。ヤツラを相手にするには強力すぎる﹂ ＳＴＡＧＥ─５６ 叩けよさらば開かれん 1657 ﹁だが、基本設計は同一だ。やろうと思えばできるだろう﹂ ﹂ ? ﹁ん ﹂ ま∼た痴話喧嘩したんでしょ﹂ ? ませんっ ﹂ え余裕が無いのに、演習弾頭ミサイルばら撒くなんて何考えてるって痴話喧嘩じゃあり ﹁あの人が演習の弾薬消費見積もりを出してきたから突っ返しただけですよ。ただでさ ﹁大方アサマ辺りが弟に愚痴ってるんじゃないの ﹁あ、いえ。なんだかとっても不愉快な噂をされているような﹂ る。 書類整理をしていた秘書艦が小首をかしげたのを、不思議そうな顔をした提督が見や ? ? ﹁どした ﹂ 同時刻、横須賀第二鎮守府提督執務室 彼の瞳は楽しそうに笑っていた。 ﹁あんまり人の事言えんだろうに﹂と不満げに続けるアサマだったが、片眼鏡越しに見る ﹁おっそろしいお嬢さんがウチの鎮守府に居るもんだからさ﹂ ﹁何故だ ﹁恐らくな⋮あ、やっぱ無理だわ﹂ 1658 ! 僅かな光が足元を照らす狭い通路の終点には、円形のハンドルが付いたハッチが鎮座 していた。錆が浮き始めたハンドルを回してハッチを開くと、耳障りな音を立てつつ格 納庫へ通じる道が開ける。 通路からの弱い光が５人の影を格納庫内へ伸ばすが、そこから先は完全な暗闇だっ ﹁真っ暗だな﹂ た。 天井を見上げて呟くホタカは、天龍から懐中電灯を投げ渡された。 ﹁仕方ないさ、ホレ﹂ ﹁水銀灯か、時間が掛かるな﹂ 始める。 金属と金属が擦れるような音が響いたかと思うと、天井付近にぽつぽつと光源が見え ﹁それだ、下へ押し下げろ﹂ ﹁何かレバーのようなものがあります﹂ バーのようなものに触れた。 ホタカとアサマが草凪の指示に従って手分けして壁を探ると、ホタカの手が大きなレ ﹁壁際にスイッチが有る、それを下ろせ﹂ ＳＴＡＧＥ─５６ 叩けよさらば開かれん 1659 ﹁そのうち明るくなってくるから、それまでは我慢だ﹂ 懐中電灯をつけると、光の帯が目の前に鎮座する巨大な砲身を闇の中から浮かび上が らせた。以前見た時と同じように、その巨砲は静かに鎮座していた。隣でアサマが息を のむ音が聞こえる。 ﹂ ? なってきていた。 ﹁何かってなんだ ﹁いえ、特には﹂ ﹂ 草凪に言われたように普段は使用していない能力を起動する。暗視装置には特に問 ? ? ﹁艦息の能力を使っても たしか貴方達は音探や暗視装置が使えるはずよ﹂ ると水銀灯はそれなりの光を放ち始めていたため、他人の顔も要塞砲も良く見える様に 主砲の基部辺りまで来た時に、先頭を進んでいた草凪が艦息へ振り返る。その頃にな ﹁二人とも、何か感じる 砲身の傍を歩いていく３人へ追いつく。 の艦娘と海軍少佐は既にこの巨大な空間を歩き始めていた。慌てて彼らも歩みを進め、 龍田に促されて、アメノハバキリに視線を奪われていた二人の艦息は我に帰る。二人 ﹁当たればの話だけどね∼。こっちよお二人さん﹂ ﹁これが例の要塞砲か。想像以上にバカでけぇな。超兵器も一撃で沈むわけだ﹂ 1660 題無かったが、ソナーを起動した瞬間、僅かなノイズが耳に混ざり始めた。超兵器との 戦闘中にソナーに流れ込むノイズよりも格段に小さい物だったが、間違いなく超兵器ノ イズと感じ取れる。 ﹁音探にノイズ。恐らく超兵器ノイズですね﹂ ﹂ ﹁こっちもだ、何か聞こえる。ジリジリジリジリウザったいな﹂ ﹁出所は にノイズの強弱を拾っていく。すると、有る所から比較的強力なノイズが検出される。 首を振ってみると、ノイズの強弱が僅かに変化するのでゆっくりと周りを見渡すよう ? ﹁そのままの意味だ﹂ ﹁ノイズが小さすぎるってどういうことだ ﹂ 顔を見合わせると、お互いが怪訝な顔をしているのが解る。 ﹁ああ、ノイズが小さすぎる﹂ ﹁しかし、妙ですね﹂ ﹁やはり、アメノハバキリか⋮﹂ が有ることを示していた。 そう言って、アサマが砲台基部を軽くたたく。ホタカの音探もそこにノイズの発生源 ﹁コイツだな。間違いない﹂ ＳＴＡＧＥ─５６ 叩けよさらば開かれん 1661 ? 天龍の疑問への解答を、ホタカが続ける。 出できるノイズは小さすぎる﹂ ? ない﹂ ﹁じゃあ、どういうことだ ﹂ このアメノハバキリは超兵器じゃないのか ﹁限りなく黒に近いグレーだな。ホタカ、どう思う ﹂ ? ﹂ 砲台車両から主砲をはがして据え付けたとしか思えない。そんな事を誰がやったんだ 動力車や砲台車両は何処に行ったかが問題になる。此処だけ見ると、わざわざ動力車と ﹁これが超兵器だとすれば、ドーラ・ドルヒに間違いないだろう。しかし、もしそうなら ? ? ﹁アイドリング状態でももっと大きいし、超兵器機関が起動しなければノイズは発生し ﹁アイドリング状態とかじゃねぇの それか、起動してないとか﹂ ﹁もし超兵器が起動状態ならば、もっと強力なノイズが発信される。だけど、ここから検 1662 るためにはウィルキア帝国本国の特殊クレーンを使う必要があり、砲身命数の少なさも を可能としている。しかし、その巨大な砲身は運用上の障害となり続け、砲身を交換す らの莫大な電力を利用して、フル装備での最高時速１６０ｋｍでの移動と迅速な加減速 ＡＭを取り付けた４両の動力車から成る超兵器だった。４両の動力車は超兵器機関か 超大型列車砲ドーラ・ドルヒは、１６０㎝砲を備え付けた砲台車両と対空機関砲、Ｓ ? あって無駄撃ちの出来ない兵器でもあった。 ﹂ ﹁ドーラ・ドルヒが丸ごと手に入ったとして、わざわざ隠匿式にする必要はない。専用の 線路を敷いて本来の使い方をすればいい﹂ ﹁そもそも、アメノハバキリって対深海棲艦用に〟建造〟されたんだろ ﹁〟表向き〟はね∼﹂ ﹁表向き、ねぇ﹂ アサマの片眼鏡の奥の目が細められる。 ? なるわね﹂ ﹁けどよぉ、超兵器ノイズが出てるってのは事実なんだろ ? ﹁超兵器ノイズに似たノイズを普通の機材が出す事ってありうるの∼ ﹂ ﹁いや、無い。少なくとも、僕らの世界では無かった。少佐、今この要塞砲に電力は供給 ? わけだ﹂ ﹁だったら、有りえる有りえないはおいといてコイツが超兵器だってことに間違いない 頭をガシガシと掻きながら天龍が声を上げる。 ﹂ ﹁仮にそうなら、帝国は貴方達どころか艦娘が出る以前に超兵器と接触していることに がした主砲を据え付けた⋮小説なら三流以下のシナリオだ﹂ ﹁こんな代物を〟表向き〟は建造したとしておいて、ひそかにドーラ・ドルヒから引っぺ ＳＴＡＧＥ─５６ 叩けよさらば開かれん 1663 されているのですか ﹂ ホタカの問いに、草凪は首を横に振った。 ? ﹂ にノイズを発生させ続けられるのは、超兵器機関だけです﹂ ﹁なあ、超兵器機関が何処にあるのかはわからないのか ﹁無理だ。俺らの音探じゃあ、そこまでの精度は無い﹂ ﹁そうか⋮﹂ いきなり﹂ ﹁アサマ。ドーラ・ドルヒの超兵器機関は何処に積まれていた ﹁どうした ? ? ﹂ ? ﹂ ? ﹂ ? 両にあったとしたら、此処に在る砲と砲基部から超兵器ノイズが出るはずがない。であ ハッと全員が目の前の要塞砲を振り仰ぐ。ホタカの言うように超兵器機関が砲台車 のに、下の砲台車両が無いのに何故超兵器ノイズが発生するんだ ﹁それだとおかしいんだよ、コイツから微弱なノイズが出るのは。砲身と基部しかない された電気を動力車と旋回砲塔へ供給していた。それがどうかしたか ﹁お前の言う通りだ。ドーラ・ドルヒの超兵器機関は砲台車両に搭載され、そこで生み出 ﹁僕の記録では、たしか砲台車両に搭載されていたはずだが、違うか ホタカは目の前にそびえる巨大な砲台から目を離さずにその先を続けた。 ? ﹂ ﹁だとしたら、超兵器機関が此処に在ることに間違いない。外部からのエネルギー無し 1664 ﹂ るのに、実際は微弱なノイズがこの格納庫の中に満ちている。 ﹁それじゃあ、コイツはいったい何なんだ ﹂ ? ﹁俺は一介の戦闘艦だ。そんな国家機密レベルの代物、持ってるわけねぇだろ ﹂ ? 考え物だ。アサマ、ドーラ・ドルヒの詳細な設計図とかは無いのか ﹁いや僕の記録も外見と戦闘後の簡単な調査の記録しかないから、あまり信用するのも 帽子をかぶり直したアサマがいらだたし気にホタカを見る。 ? ﹁だよなぁ。有りえそうなのは、砲身と基部にセンサー代わりにごく微量の超兵器機関 ﹂ を埋め込んでいるって線だが﹂ ? ? かもな﹂ ﹁それを確認する手立てはあるの ﹂ ﹁あんなもの飛ばして喜ぶ帝国の変人共が考えそうなことだぜ。こりゃ、ひょっとする 送り込まれた技術者たちの様子をハッキリと思い出してしまったのが原因だった。 ホタカの推測に、アサマは思わず頭を抱えてしまった。彼を無人艦に改造するために や自重による歪みをダイレクトに検知できるし、それの補正も迅速に行える﹂ も、超兵器機関ならそれ自体が高性能センサーになる。砲身や基部に埋め込んどけば熱 ﹁超兵器機関は巨大電算機でもある。遠くにセンサーを埋め込んで電線でつながなくて ﹁どういうこと∼ ＳＴＡＧＥ─５６ 叩けよさらば開かれん 1665 ﹁無い。一番手っ取り早いのは砲身ぶった切って断面に電極当ててみることだな。超兵 器機関が有る場所に電極を当てれば電流が検知できる﹂ ﹂ ? ﹁日記、ですか。書いた本人に話を聞くことは ﹂ ? ﹂ ていた天龍で、彼女の耳には通信機が押し当てられていた。 突然、何処か興奮を押し隠した様な声が格納庫の中に響く。声の主は先ほどから黙っ ﹁それが、どうにかなりそうだぜ﹂ ないか ﹁それじゃあ、日記を調査している連中からの連絡が無い限りどうにもならないんじゃ 消えた﹂ の建造のため、輸送艦に分乗し佐世保を出港。８日後に潜水艦の襲撃を受けて全員海に ノハバキリの建造を引き受けていた第９０１工作大隊は、建造中止の決定後南方根拠地 ﹁無理ね。日記の持ち主、第９０１工作大隊のとある大尉はすでに死んでいるわ。アメ ? 他の人員が調査中﹂ 唯一の記録と言えそうなのは、初期の建造に携わったらしき部隊の将校の日記。今現在 ﹁不明よ。建造当初の記録を探ってみたけれど、その殆どの記録が残されていなかった。 ﹁少佐、アメノハバキリの部品は何処で製造されたのですか ﹁そんな事したら軍法会議送りね∼。良くて銃殺ってところかしら﹂ 1666 ﹁何かわかった ﹁何処だ ﹂ ﹂ てを取り仕切っていたが、ブラックボックスとなっていた部分が一か所だけある﹂ ﹁日記を調査していた連中からの連絡だ。９０１大隊はアメノハバキリの建造のほぼ全 ? ﹁砲身だ﹂ 天龍が顎をしゃくった先には、水銀灯の白い光を浴びて鈍く輝く巨大な円筒。 ? な情報を寄越さない。確かにこの要塞砲は軍機の塊だろうが、そもそも天羽々切の建造 取り付けを見た、もしくは手伝ったものは居なかった。大佐殿は軍機の一点張りで、碌 まされていた。奇妙な事に大佐殿や他の隊員に聞いたが９０１大隊の中で主砲の搬入・ 〟格納庫へ入ると、前日には無かった巨大な砲身が既に搬入され、基部への固定が済 水偵は一足先に横須賀へと返している。 一行は大本営施設地下、公安３課のオフィスへと帰ってきていた。アサマが乗ってきた 古ぼけたノートの上、ある日付の部分を白い指が指示した。第二海堡から引き上げた ﹁此処です﹂ ＳＴＡＧＥ─５６ 叩けよさらば開かれん 1667 は我が９０１大隊に一任されていたはずで⋮〟 ﹂ ﹂ !? ! １日にどれだけ書けばこんなになるんだよ﹂ ? げる。その瞬間、嫌なものを見たとでも言わんばかりに彼は顔をしかめた。 少し呆れた様な、疲れた様な顔の風雲に促されてアサマが適当なノートを手に取り広 ﹁あ∼。それは、他のページを見てもらったら解ると思うわ﹂ ﹁にしても、これが全部日記か 寸分のずれも無くそびえ立っている。その数は１００冊は下らないだろう。 置かれていた。彼女の生真面目な性格が反映されているかのように、ノートのタワーは 風雲のデスクだという机には、件の日記の他にもキチンと積み上げられた別の日記も 短時間で見つけてくれたわ﹂ 塞砲の砲身についてはノータッチだったと言う事が解るわね。それにしても、よくこの ﹁これを見ると、９０１大隊が要塞砲の建造、設置を一手に引き受けていた。けれど、要 わいがっている娘の一人だと楽しそうに語っていた。 いたが、公安３課が発足した時に引き抜かれてきたらしい。前世の事も有り、天龍がか 姿が見える。龍田の話によると、彼女も元々は正規艦隊に所属した後特警に配属されて 隣から聞こえて来た悲鳴に視線を向けると、天龍に乱雑に頭を撫でられている風雲の ﹁わきゃっ ﹁でかした 1668 ﹁なんじゃこりゃ﹂ ﹁どうやら日記の持ち主の中佐は絵が趣味だったらしくて、日記以外にもこんな感じの 絵が描かれてるんですよ。って言うか、日記よりも絵の方が多いです﹂ ﹁俺はあんまり絵に興味は無いが、少なくともこれを絵とは認めたくねぇな﹂ アサマが見たページをのぞき込んだホタカも、思わず彼の言葉に頷いてしまう。見開 き２ページの間を所狭しと走り回る鉛筆の線。規則性などと言うモノは全くと言って いいほど感じ取れない。有る線群は左端から右端へ緩やかな弧を描いて伸びているか と思えば。そのすぐ下には迷路のような幾何学模様。さらにその幾何学模様の間を、文 ﹂ ﹂ 字通り蛇がのたくったような線が走り回っている。見ているだけでめまいがしてくる ようなそんな絵だった。 ﹁龍田、何か解るのか ﹂ ﹁私は知識として知ってるだけで∼、絵の良し悪しは解らないわ∼。少佐はど∼お ﹁ぜぇんぜん﹂と龍田は掌を上に向けて肩をすくませた。 ? は解らん﹂と返した。 草凪に突然話を振られた公安３課の主は、手元の書類から目を離さずに﹁風景画以外 ﹁私も、絵はさっぱりね。課長はどうですか ? ? ﹁抽象画の一種かしらね∼﹂ ＳＴＡＧＥ─５６ 叩けよさらば開かれん 1669 ﹂ ﹁まあ、これは関係なさそうだから置いておくとして、少し気になるところが有ったんで すよ﹂ ﹁気に成る事 やはり、国防は帝国軍の技術によって行 ? 私は今に大きな問題が起きるような気がしてならない。 得体のしれない存在に早々に国家の存亡を掛けるなど、上層部 は何を考えているのだろうか ? を取りやめたらしい。詳しい事は解らない。部下たちは食中毒やら脱走兵やら勝手な 問題と言えば、明日出港する輸送艦に我々と共に搭乗するはずだった部隊が、急遽輸送 ? われるべきではないか い怪しい存在に国防を任せていいのだろうか 棄せよと言うのは、胸が引き裂かれる思いだ。そもそも、艦娘などと言う出所のしれな しょうがない事だろうとは思う。しかし、現在まで我が子の様に扱ってきた要塞砲を放 天羽々切計画が中止になったことは非常に残念であるが、艦娘と言う存在が出たのでは 後 任 は 現 地 で 合 流 す る こ と に な る ら し い。や り や す い 指 揮 官 殿 で あ る こ と を 願 お う。 〟安村大佐殿の送別会も終わり、いよいよ明日この本土を発つことになる。大佐殿の 賀へ向かう前日です﹂ ﹁此処見てください。日付は９０１大隊が第二海堡からの引き上げを完了させて、横須 風雲はテーブルの奥に積まれた数冊のノートを広げて、あるページを指さす。 ﹁え∼と、ああこれだこれ﹂ ? 1670 予想を立てているが、こちらとしてはありがたいことだ。部隊の空きが出た分には余分 に建設資材を積んでいくことになりそうだが、話を聞く限り資材が集まってない物だか ら、事前計画以外の物資はあまり積まないそうだ。頭数が半分になれば船内のゆとりも 大きくなるだろう。現地についてからは頭数の不足に悩まされるかもしれないが、ひと まずは優雅な船旅を楽しもうと思う〟 日記の文字はそこで途切れ、その次のページからは何も書かれていない白紙のページ が広がっていた。 ﹂ ? 少し落ち込む彼女の雰囲気を吹き飛ばすように、天龍は明るい声を出した。 ﹁そか、だけどあの要塞砲の砲身が怪しいと言う事は解った。ありがとな風雲﹂ ﹁だめですね。出港から８日後に沈没したらしいと言う事以外は﹂ 黒髪の艦娘の問いに、力なく首を振る。 ﹁確かに、何か妙だな。風雲、この輸送艦隊の詳細な情報は ないからと言って、９０１大隊と計画上の資材だけを積んで出港するでしょうか ﹂ 上輸送をするならば、一度の輸送でより多くの物資を積むはず。部隊も資材も間に合わ 輸送艦もかなりの数が減らされていた上に、艦娘の数も揃っていません。そんな中で海 部隊が乗船しなかったと書いてあります。この時期の帝国軍は深海棲艦の侵攻により ﹁これを見ると９０１大隊は別の部隊と輸送する予定だったのが、何らかの事情で別の ＳＴＡＧＥ─５６ 叩けよさらば開かれん 1671 ? ﹁少佐、この安村大佐と言うのはもしかして﹂ ﹁お任せください では失礼します 録を当たってみましょう﹂ ﹂ ﹂ ﹂ 砲身を製造・運搬するにはそれなりの機材や設備が必要なはず。先ずはクレーン船の記 ﹁そうね。私たちはアメノハバキリの砲身を追う事にしましょうか。あれだけの巨大な ﹁アイツもガキじゃないんだ、上手くやるさ。で、少佐俺たちは何をすればいい ﹁元気が有るのはいいけれど、根を詰め過ぎないか心配ね∼﹂ 臙脂色のジャンパースカートを翻し、一目散にオフィスを飛び出していく。 ! ? ? ! 建造を行っていた時代の９０１大隊大隊長。何か情報が有る筈。風雲、頼める ﹁だけど、この安村大佐については調査を続ける必要がありそうね。アメノハバキリの 佐の階級章をぶら下げていた。 国海軍で、そんな余裕があるとは思えなかった。現に、大本営の大河内大将はこの頃中 た優秀な人物が昇進も無く大佐のまま存在することになる。ただでさえ人手不足の帝 元データを渡した安村大佐が同一人物であるならば、かなり若い段階で大佐の階級を得 ホタカの問いに、草凪は大佐の年齢から否定の意見を出した。日記の安村大佐と、諸 に大佐だったとすれば、年齢が合わないと思う﹂ ﹁いや、諸元データを渡した安村大佐は３０代ぐらいに見えたそうだ。この日記の時期 1672 ﹁あいよ 先行ってるぜ 行くぞ龍田 ! ﹂ ! 言うわ。﹂ ﹁さて、あなたたちのお蔭でアメノハバキリが超兵器だと言う可能性は高まった。礼を フィスを後にする。 やる気に満ち溢れた天龍の声とは真逆の間延びした声で答えつつ、２人の艦娘がオ ﹁は∼い﹂ ! でお願いする。調査に対する報酬は別の名目で支給されるだろう。何か質問は ﹂ ﹁調査への協力感謝する。公安３課の特殊性の為、今回の調査に関する情報は他言無用 た。 それまで黙って調査書類を確認していた牧原課長が立ち上がり、二人の前へ歩を進め ﹁さて、と﹂ 敬礼を交わし、草凪も足早にオフィスのドアをくぐっていった。 ﹁じゃあ、私はこれで。また会いましょう﹂ ﹁解っている﹂とでもいう風に、草凪は頷いた。 キア解放軍が独自に解析した記録です。あまり過信するのは危険と考えます﹂ ﹁ドーラ・ドルヒのデータは鎮守府に戻り次第送らせていただきます。が、これはウィル ﹁大したことはやってねぇよ﹂ ＳＴＡＧＥ─５６ 叩けよさらば開かれん 1673 ? 沈黙。 ﹂ ? ﹁そうか。宿舎を手配しよう﹂ ﹂ ﹁どうせ今夜帰らないなら、家の鎮守府へ来ると良い﹂ ﹁アサマ ﹁鎮守府の近くに飛行場が有るから、朝一で帰ればいいさ。どうだ ﹂ チラリと牧原の方を見ると、君に任せると目で返してきた。 ﹁いきなり行って提督や他の艦娘が迷惑しないか ? ? 府に泊まった方が何かと動きやすいだろうと考え最終的にアサマの案に乗ることにし あっけらかんと言う兄の姿に一抹の不安を覚えるが。軍の宿舎に泊まるよりも鎮守 よ。空き部屋もあるし、あの提督も反対しないさ﹂ ﹁今から車で帰って１１時半ってところだ。その頃には提督と秘書艦以外は大体寝てる ? ﹂ ﹁いえ、明日の便で帰ることにします。今日は少々くたびれました﹂ 垂れこめて月も見えない闇夜だった。 時刻は既に１０時を回っており、地下のオフィスからは見えないが夜空には雲が低く 来るがどうだね サマは良いだろうが、問題はホタカだ。やろうと思えば佐世保行の便を用意する事も出 ﹁よろしい。では、現時刻をもって両名の調査協力任務を終了する。ご苦労だった。ア 1674 たのだった。 ﹁横須賀第二鎮守府へようこそ。上等な部屋は無いが寛いでいくと良い。あ、こっちが 秘書艦の大和ね﹂ の後ろのアサマの間で往復させていた。 大和型１番艦、大和です それにしても⋮﹂ ﹁アサマ型の２番艦ホタカだ。兄が世話になっている﹂ ﹂ ﹁こ、こちらこそ ﹁なにか ! ! ﹁いえ、アサマさんとはずいぶん違う雰囲気ですので。本当に弟さんなのですか ? ? ﹁おい。そりゃどういう意味だ﹂ ﹂ 因みに、秘書艦の大和は何か信じられないようなものを見るような視線を、ホタカとそ 真新しい重厚な机の向こうにはどこか気だるげな印象を受ける海軍将校が座っていた。 時計の針が１２時近くを指すころ、ホタカは横須賀第２鎮守府の提督執務室に居た。 ﹁お世話になります﹂ ＳＴＡＧＥ─５６ 叩けよさらば開かれん 1675 ﹁いえ、どう見ても逆でしょう ﹂ 言動的に考えて﹂ ﹁ったく。んなことあるかよ、なあホタカ ﹂ しまう。自分も確かに冗談を言う事もあるが、此処まで〟軽い〟性格ではない⋮筈だ。 大げさに頭を抱えるアサマに、本当に自分の兄だろうかと純粋な疑問が沸き上がって ﹁ブルータス、お前もか﹂ ﹁いや、実際問題君の事を〟兄さん〟と呼ぶのは少し、否、かなり抵抗がある﹂ ? ? ﹂ ? ぐにつながったようで大和はアサマへ受話器を手渡した。 秘書艦用と思われる机の上の電話を手に取り、ダイヤルを回す。以外にも、電話は直 ﹁了解﹂ ﹁一度連絡してみて、電話に出なかったら明日かければいいだろう。かけてみろ﹂ るとは考えづらい時間だった。 時刻は既に１２時近い。提督なら起きているかも知れないが、一介の少佐が起きてい よね ﹁佐世保鎮守府の杉本少佐からアサマさんにお電話が入っていましたが⋮もう遅いです い。 提督の問いに﹁あっ﹂と小さく大和が声を上げた。どうやらすっかり忘れていたらし ﹁まぁ∼艦娘でもいろいろあるからなぁ。そういや佐世保から電話が無かったか ? 1676 ﹁お電話替わりました、アサマです﹂ ﹁大和、ホタカを部屋に案内してあげな。部屋の場所は任せる﹂ マスターキーらしきものを机の上のホルダーから抜き取った大和が、ホタカの隣を通 ﹁はい、提督。ではホタカさん、こちらへどうぞ﹂ り過ぎて執務室のドアに手を掛けた。ホタカも彼女に続こうと身体を反転させ歩き始 ﹂ めたとき、アサマの声が妙にハッキリと聞こえる。 ﹄ ﹁最も古い、２４時間分のデータをお願いします﹂ ﹃確かに、データはある。どれぐらいの長さのデータがいるんだ ﹄ 分も休もうと思っていた矢先に掛かってきた電話は、彼が待ち望んでいた物だった。 １時間前まで杉本の目の前のデスクに居た艦娘は半強制的に自室に戻し、そろそろ自 はずです。此方の世界に来た時の最も古いデータを見せてほしいのです﹂ ﹁そうです。アサマ型護衛艦は常に自分の状態をモニターしたデータが集積されている 受話器の向こうから、少々の驚きを含んだ声が聞こえる。 ﹃俺がこっち側に来た時間 ? ? ﹁俺がこっち側に来た時間 ＳＴＡＧＥ─５６ 叩けよさらば開かれん 1677 ? ﹃解った。ホタカに持たせて送り返す﹄ ﹂ ? ＥＤ ﹁ＯＲＩＧＡ 〟ｒｉｓｅ〟﹂ 答え合わせの時間はすぐそこまで迫っていた。 ホワイトアウトのデータとアサマのデータ。二つを合わせれば、答えは導き出される。 かどうかは、明日ホタカが持ってくるだろうデータが教えてくれる。ホタカと加久藤の 受話器を置き、すっかり冷めてしまった紅茶の残りを飲み干す。予想が当たっている ﹃了解﹄ ﹁そうでしたか。それでは、データの方よろしくお願いしますよ﹂ ﹃ああ、ちょろっと用事が長引いてな。横須賀で一泊するように勧めたんだ﹄ ﹁ホタカ君がそちらに居るのですか 1678 ＳＴＡＧＥ│５７ 虫の知らせ ﹁それにしても、俺がこっちに来てからの２４時間分のデータねぇ。何に使うと思う ﹂ リーフケースを受け取った。既に巨大な翼に取り付けられたエンジンは暖機運転を終 九七式大型飛行艇が横付けされた桟橋で、ホタカはアサマからデータの入った黒いブ ? えて、何時でも飛び立てる様に準備を終えていた。水平線から顔をのぞかせた太陽が、 横須賀鎮守府近くの水上飛行場の海面を照らし始めている。 ﹁あの人の事だから無駄な事じゃないことは確かだろうさ﹂ ﹁どうだかね。国内線だし深海棲艦も居ないとは思うが気を付けろよ﹂ ﹂ ? ? ぞき込んでいた。 ﹁超兵器はあとどれぐらい来ると思う ﹂ 後ろから掛けられた声に振り返ると、アサマが機体に手をついてハッチ越しに彼をの ﹁なんだ ﹁ちょっと待て﹂ ヒラヒラと手を振って飛行艇の機体に開けられたハッチをくぐる。 ﹁それはパイロットに言ってくれ。じゃあな﹂ ＳＴＡＧＥ─５７ 虫の知らせ 1679 ﹁そ れ が 解 れ ば 苦 労 は し な い だ ろ う。今 ま で 確 認 で き た の は ヴ ィ ル ベ ル ヴ ィ ン ト、ド レッドノート、アルケオプテリクス、デュアルクレイター、ムスペルヘイム、ハリマ、そ して確証は持てないがドーラ・ドルヒ。まだ確認できていないのは、グロースシュト ラール、フォーゲル・シュメーラ、アラハバキ、ヴォルケンクラッツァー、ヘル・アー チェ、リヴァイアサン、ノーチラス、そしてフィンブルヴィンテルだ﹂ 色の飛行艇は海へと滑り出て行った。 アサマがハッチを閉じると、にわかにプロペラが大気を撹拌する音が大きくなり、緑 ﹁同感だ。じゃあな、ホタカ。また会おう﹂ 思いたい﹂ ﹁まあ、ラッキーな事に今回は加久藤と君がいる。前よりは、もう少し楽な戦いになると マの過程が真実だった場合、まだまだ戦いは終わりそうにない。 嫌そうな顔をするアサマにため息をついた。こうして改めて口に出してみると、アサ ﹁もしも全部出てくるなら、前途多難だな。まだ半分も終わってないじゃないか﹂ 1680 ﹂ 飛行艇が佐世保鎮守府の最寄りの桟橋に着岸すると、とある人物が彼を待っていた。 ﹁飛行艇で朝帰りとは、良いご身分ね 訂正、待ち構えていた。 ﹁や、やあ瑞鶴。出迎えご苦労﹂ の後ろに般若を空目してしまい、ひきつった笑顔になった。 │││││別の水上飛行場で降りて陸路で来ればよかったかな │││││何で彼女が僕が帰ってくる時間を知ってるんだ ﹂ していない。出発前に真津提督にも午前中に到着するとしか言っただけだ。 自答してみる。昨日、天龍から移動の指示を受けた後は一切佐世保鎮守府の艦娘と話を 桟橋から鎮守府建屋に向かう間、瑞鶴のいぶかしむような視線を背中に受けつつ自問 ? 我をしていない事を確認するとほんの少しだけほっとした表情になっていた。 気づけなかったが。瑞鶴は飛行艇から降りてきた彼をつま先から帽子の上まで眺め、怪 何とか彼女に今回の出張の真意を悟られまいと言い訳を必死に考えていたため彼は と一瞬考えるも、彼女なら普通に正門前で待ち構えていそうだから笑えない。 ? 何時もの様に笑みを浮かべようと努力しては見るモノの、桟橋で仁王立ちする空母娘 ? ? ﹁アンタが横須賀鎮守府で一泊して午前中に帰って来るってのは提督さんから聞いてた ﹁なあ瑞鶴。何で僕が帰ってくる時間が解ったんだ ＳＴＡＧＥ─５７ 虫の知らせ 1681 し。この時間に飛んでくる横須賀所属の定期便なんてない。それに今日の鎮守府周辺 ﹂ の哨戒飛行はアタシの航空隊だからね、鎮守府に飛んでくる飛行機の所属と目的を聞く 権限は有るのよ﹂ │││││タイミング悪いなぁ、おい ﹂ らずにいったい何しに帝都まで行ってきたのか、教えてくれるよね ﹁んで、休憩もと ﹁軍機だ、軍﹂ ﹁お・し・え・て・く・れ・る・よ・ね ? はいけない。 ? ﹁却下よ、却下。ちゃんと休めって毎回毎回言ってるでしょ﹂ つもりだが﹂ ﹁提督執務室へ報告に行った後は、別命あるまで待機だ。ＣＩＣでデータ整理でもやる ﹁で、これからどうするの ﹂ 慢する。色々と物ぐさに見えて実の所妙に勘の鋭い彼女の事だ、少しでもボロを出して １ｍｍも納得していませんと言わんばかりの返事に、冷や汗が流れそうになるのを我 ﹁ふーん﹂ ﹁今まで叩いてきた超兵器についての研究報告だ、急遽参加させられた﹂ ? 1682 ﹂ ﹁そうは言っても、前回の海戦のデータをまだまとめられていない。それに、少し気にな るところもある﹂ ﹁気になるところ となく沈黙を保ち続けていた。 てないと正しく読み取れないような気がした。 いると、木曾は少々の頭痛を覚えてしまう。あまりにも文字が細かすぎて、定規でも当 力、航行速度、針路、風向、風速などのデータがびっしりと印刷されている紙を眺めて 机の上に広げられた紙の一枚を手に取り眺めてみる。左端に日時が並べられ、機関出 ? ﹂ ホタカの言う〟少し気になるところ〟。第８タービンは騒々しい運転音を発するこ しかし、瑞鶴自身は何か得体のしれない恐ろしさを微かに感じていた。 か交換すれば大丈夫だろうと考えている。 女に思わせる物だった。事実、彼自身も大事だとは認識していない。精々、部品を幾つ ﹁大したことじゃないよ﹂と軽く流したホタカ。その口調は本気でそう思っていると彼 ? ﹁これが、そのアサマのデータか ＳＴＡＧＥ─５７ 虫の知らせ 1683 ﹁え え、そ う で す。彼 が こ ち ら の 世 界 へ と 出 現 し た 瞬 間 か ら ２ ４ 時 間 分 の デ ー タ。と 言っても、僕が欲しいのはそこではありません。木曾さん、ホタカ君と加久藤君のホワ イトアウトのデータを見せて下さい﹂ ﹂ ? ﹂ ? ﹂ ! ﹂と言う杉本の声は木曾には届いていない。解が解った時に、電流が ? 完全にと言うわけではないが、ホタカと加久藤の最後のホワイトアウトの時刻と、ア じながら、もう一度３つの数字を見比べる。 が木曾の身体を襲った。背中を氷が滑って行ったようなゾクリとするような感覚を感 走ったと言うような感覚を味わう事があるが、今回はもっと気分が悪くなるような感覚 ﹁気づきましたか ﹁一番左上ってーと、時刻だな。これがどうか⋮って、この時間 ﹁風向や針路は今回の問題ではありません。１番左上が重要です﹂ ﹁見ろって、どこのデータを 渡された用紙には先ほど自分が見たのと同じような数字の羅列が並んでいる。 ﹁あくまで可能性の域ですがねえ。このデータを見てください﹂ ﹁何かわかったのか 書類とファイルとの間を行ったり来たりさせた後、一つ頷いた。 ２冊のファイルの目的のページを開いて杉本に見せる。すると、杉本は視線を手元の ﹁えーと。コイツか﹂ 1684 いや、でも⋮なんでいまさら ﹂ サマがこの世界で一番初めに記録したデータを示す時間が一致していた。 ﹁これって、そう言う事なのか ? も起こらなかったのか説明が出来ない﹂ ヴィルベルヴィント、ドレッドノート、アルケオプテリクス、ムスペルヘイムの時に何 ﹁異世界からの戦闘艦の出現がホワイトアウトを引き起こしているのだとしたら、何故 だ。 好奇心の中に少しばかりの疲れを滲ませて嘆き、杉本は湯気を上げる紅茶を口に含ん ﹁そこですよ、一番の問題は﹂ ? ﹂ ﹁ヴォルケンクラッツァ│よりも後に建造された超兵器は、何かしらの妨害装置を積ん でいるとかはどうだ ? ﹁そりゃそうか⋮まてよ、じゃあこのホワイトアウトの目的はなんなんだ ﹂ ? には使えないなら、こんな現象を引き起こす意味が﹂ ﹂ ﹁彼らにとっても、想定外の事象だったらどうですか ﹁ッ ! ジャミング ? にしては効果が限定的すぎます﹂ るったヴォルケンクラッツァーで反応した説明が付きませんねぇ。そもそも、妨害装置 ﹁それでは比較的後期に作られたムスペルヘイムで反応せずに、戦争前期から猛威を振 ＳＴＡＧＥ─５７ 虫の知らせ 1685 静かに紡ぎ出された言葉に、木曾は言葉を詰まらせる。 ﹂ ? ﹂ ? ります﹂ ﹁そうです、ほとんどすべての観測機器が沈黙した時も一つだけ動作していた機器が有 ﹁こいつ﹂ 示している。ただ一つを除いて。 に観測機器が異常作動したのか、ほとんどのデータが前後の傾向を無視して最大値を指 杉本が指示した先には、赤線が轢かれたデータ列が並んでいた。ホワイトアウトの時 です。そして、問題のホワイトアウトが起こった時間がこの列﹂ 重点的にまとめたデータですが、これは艦の動揺に関するデータを集中的に集めたモノ ﹁完全に同じものと言うわけではありません。アサマ君のデータは主に艦の位置情報を ﹁これって、さっき見たアサマの奴と同じ奴だよな 杉本が引き寄せたのはホタカのホワイトアウトが起こった時刻のデータ用紙だった。 ﹁それについては、興味深い資料が出てきました﹂ それでなんでホワイトアウトにつながるのかって事になるんだよなぁ﹂ ﹁それなら、筋が通りそうだ。でもなぁ、仮に異世界の艦が出現するのが原因だとして。 らかの原因によって発振してしまった現象だった、と言うのはどうでしょうか ﹁このホワイトアウト自体が、彼らが意図的に発した妨害電波のようなモノではなく、何 1686 そ れ は 艦 の 縦 揺 れ と 横 揺 れ を 示 す デ ー タ で デ ー タ 用 紙 の 端 の 方 に 記 載 さ れ て い た。 その値は縦揺れ、横揺れ共に前後の時間のデータとあまり変わらない値を示していた。 あたかも、ホワイトアウトなど無かったかのように。これがこのホワイトアウトだけの データならば偶然と言う事も有りえたが、そのほかのホワイトアウトの時のデータを見 てみても、同じようにこの観測機器だけが正常な値を示していた。 ﹁杉本さん、これは﹂ ﹁ホタカ君の妖精さんに聞いてみたところ、このデータを吐き出したのはホタカ君に唯 一登載されたデータの取得から記載に至るまで一切の外部電力を必要としない、スタン ドオフの計測器です。万一艦の電算機が使えない場においても最低限のデータが取れ ﹂ る様にとバックアップとして搭載されていました﹂ ? ﹂ ? ﹁僕も最初はそう考えましたが、確認したところ全く同じものと言う事でした。元々同 ﹁形式でも違うんじゃないのか 観測機器は加久藤君にもあるのに、この値が出てきたのはホタカ君だけです﹂ す。多くの電力を必要としないため電池で稼働します。もう一つ興味深いのが、同様の 得られたデータをグラフ用紙に鉛筆で自動的に書き込む地震計の様な構造らしいので ﹁この観測機器は電気的なセンサーでは無く、振り子の様なものを利用した観測機器で。 ﹁何で此奴だけ ＳＴＡＧＥ─５７ 虫の知らせ 1687 じ国だった軍隊で利用されていたのですから、当然と言えば当然ですがね﹂ ﹂ ? しょうか﹂ ? つつあるよ﹂ ﹁あれからちょろっと調べたんだけどねー。あいつら、ホワイトアウトの原因に気づき の物を探す。 行儀悪く執務机に腰かけた少年に碌に目を向けず、備え付けられた書類棚から目当て ﹁何しに来た﹂ でいることには未だに慣れない。 る。コイツの能力は重々承知しているはずだが、こうしていつの間にか部屋に入り込ん 時も通りの人を小ばかにするような笑みを浮かべた少年が自分の執務机に腰かけてい 自分にあてがわれた部屋に入ると、あまり見たくない奴が目の前に鎮座していた。何 ﹁やあ、森原中佐、いや今は大佐だったかな ﹂ ﹁そ れ を こ れ か ら 調 べ に 行 く の で す よ。で は、昼 食 を 取 っ た ら ホ タ カ 君 の 所 へ 行 き ま ﹁それじゃあ、この違いは何処から 1688 ﹁そうか。あの方の予定通りと言うわけだ﹂ 書類を捲る、どうやら目当ての書類では無い様だ。 ﹁それと、次の札も出すみたいだ﹂ すべてはあの方の掌の中、さ﹂ ﹁次は、グロース・シュトラールだったな。何処に出す ﹁さぁ ﹂ ? ﹂ 却下。その言葉を聞いて初めて森原の顔があからさまに歪んだ。 ﹁⋮⋮そうか﹂ るじゃん、そんな事言っても、あの人は聞かないって﹂ ﹁と言うわけであの方からの伝言だ。〟君の意見は却下する〟だってさ。何度も言って ﹁よっ﹂と小さく声を出して机から降り、森原へと近づく。 ? ? ﹁⋮⋮⋮﹂ ? 小さく嘆かれた言葉。久しぶりに聞いた自分の本当の名前を意味する言葉を耳にし、 │││││■■■■■■ ﹁じゃあ、そう言う事で。また用事があったら言ってね ﹂ 逆したところであの方は〟楽しみが増える〟程度にしか考えてないみたいだけど﹂ ﹁そういうこと。それが解ったら、出番が有るまで大人しくしてることだね。ま、君が反 ﹁あの方は計画を変更なさらない、と ＳＴＡＧＥ─５７ 虫の知らせ 1689 無意識に少年の方を振り返る。しかし、そこに少年の姿は無く、開け放たれた窓にカー テンが揺れているだけだった。 │││││わかっている。だが⋮⋮ 目的の書類らしきものを発見し、中を確認する。 │││││あの方を失ってはならない 目的の書類であることを確認し、踵を返してドアに近づく。 │││││ムスペルヘイムはともかく、あの艦は、ホタカは危険だ。一応策は仕掛け たが、万一と言う事も有りうる。 ドアノブに手をかけて、軽くひねるとドアが外へと開いた。 │││││やるなら、今しかないか ? これぐらいだろう。左舷の最下層に設置された観測機器室の一角にある白い箱。その 木曾がそう評するのも無理はない。ホタカの艦内においてここまで武骨な観測機は ﹁こりゃまた、旧式な﹂ ﹁これがそのアナログ式動揺記録装置です﹂ 1690 白い箱のスリットからは絶えず赤い線の轢かれた白いグラフ用紙がゆっくりと吐き出 され、傍に取り付けられたスキャナーへと吸い込まれていく。 解らないと主砲も当たらないからな。普段は電池で動作し、電流に異常が有った場合自 ﹁元々電子攪乱弾頭を受けてもデータが取れる様に取り付けられたものだ。艦の動揺が 動的にぜんまいばね駆動に変わる。この機構は解放軍もウィルキア帝国もまったく変 わらない。それに、バージョンアップも無しだ﹂ ﹁ふむ、加久藤君と機構はまったく同じと言うわけですか。困りましたねぇ﹂ ﹂ ? 観測機室までついてきた副長が思い出したように声を上げる。 ﹁しかし艦長、アレは関係ないのでしょうか ﹂ ? 交換用部品は全滅。ぜんまいもその全滅した部品の中に入っていたんですよ。それで、 庫が吹き飛んでまして、倉庫自体はドックで修理できたんですけど中に搭載されていた のです。所が、前回のドレッドノートとの戦闘で予備パーツをしまっている左舷側の倉 置するのもおさまりが悪い。そこで艦長の指示でぜんまいだけ交換することになった い１個で艦をドック入りさせることはできませんし、かといって次のドック入りまで放 されたんですよね。まあ故障ならドックに入ればもれなく治るんですが、こんなぜんま ﹁アルケオプテリクスと戦闘をしている時の点検で、この機器のぜんまいに異常が発見 ﹁はい ＳＴＡＧＥ─５７ 虫の知らせ 1691 仕方なく日本で仕入れたぜんまいで修理したわけです。加久藤と本艦の観測機の違い と言えばそこだけでしょう﹂ んね﹂ ? ぱちんと、手に持ったデータをホタカが弾いた時だった。 ﹁その異物がこのデータを生み出したと言うわけですか﹂ れば異物です﹂ 〟前の世界〟のものです。所が、今副長が言ったぜんまいは〟此方の世界の物〟言うな うよりは再生に近いでしょう。ですからいくら修理しても、ホタカ君を構成する部品は をドックで修理した場合、損傷前とまったく同じように修復されます。いえ、修復と言 る全ての部品は、ホタカ君が居た世界のからこっちへ来た。そして基本的に損傷した艦 ﹁この艦、つまりホタカ君はこの世界では無い所から来ました。ホタカ君を構成してい ﹁と言うと ﹂ ﹁日本製だから、と言うよりも〟あの世界の物でない〟事の方が重要なのかもしれませ 納得が行かないと言う風に木曾が腕を組んだ。 ﹁ぜんまい１個でそんなに変わるもんかなぁ﹂ ねぇ﹂ ﹁と す る と、こ の 異 常 デ ー タ は 日 本 製 の ぜ ん ま い ば ね が 原 因 と 言 う 可 能 性 が あ り ま す 1692 ﹂ ガンと頭を殴られたような衝撃を感じ、目の前にチカチカと星が散った。 ﹁これは ﹂ ! え去り、再びクリアな世界が目の前に広がる。 ﹂ ! ﹁な、なんだ ホワイトアウトです ! ? ＣＩＣより報告 ﹂ ﹁艦長 ﹁何 ﹂ を抑えて数度振る、すると先ほどまで頭を襲っていた痛みと目の前を舞っていた星は消 遠くの方で杉本と木曾が驚いているような声が聞こえた気がした。思わず片手で頭 ﹁なっ !? ! できた。そして。 慌てて電算機を確認すると、いままで３回ほど見て来た不自然なデータの羅列が確認 ?! ているところが見えた。 の音と共に、先ほどまでと変わらない赤線を乗せたグラフ用紙がゆっくりと吐き出され 杉本の指さした先、アナログ式の動揺記録装置からはぜんまい機構が作動した時特有 ﹁ホタカ君、これを見てください﹂ ＳＴＡＧＥ─５７ 虫の知らせ 1693 ﹁お前にもホワイトアウトが有ったと言うのは本当か 提督は正面に立つホタカと杉本、木曾を見やる。 ホタカ﹂ ﹁それで、ホタカと少佐たちはそれが超兵器、ないし異世界の艦の出現の兆候だと ﹂ 藤でホワイトアウトが起こったという報告を受けていた。ややあって、受話器を置いた た後、直ぐにデータを纏めて執務室へ行くと。彼は既に横須賀のアサマとソロンの加久 真津が執務机の上の電話をとり、各所へ報告を上げて行く。ホワイトアウトが発生し ﹁解った、直ぐに大本営と横須賀、ソロンへ連絡する﹂ ﹁はい。本日午後１時２３分、ホワイトアウトを確認しました﹂ ? ﹂ ? は推定できます﹂ 大型電探は広い索敵範囲を持っています。電探に電波妨害の影が映れば大まかな位置 超兵器が超兵器機関を起動しているならば、電探がジャミングを受ける。ホークアイの ﹁それと、ソロンの加久藤にホークアイによる広域索敵を行うよう要請してください。 ﹁⋮一応大本営にも通達してみるが、あまり期待はしてくれるなよ ﹁ボクも、ホタカ君と同意見です。まだ仮説の段階ですが、用心しておくべきでしょう﹂ 索敵を行うべきだと考えます﹂ ﹁可能性はかなり高いかと思われます。すぐにでも艦娘の出撃を減らし、航空機による ? 1694 ﹁要請してみる。念のためだ、ホタカは出来るだけ早く出港準備を行い湾外で待機して くれ。何時でも出撃できるようにな﹂ ﹁了解﹂ ﹁後はこちらに任せろ。行動開始﹂ もう一度真津に敬礼してから執務室を出る。と、執務室の前で立ち聞きをしていた青 ﹂ 葉をはじめとする非番の艦娘達とばったり出くわしてしまった。 ﹁何してるんだ ﹂ 蜘蛛の子を散らすように数人の艦娘達が脱兎の様に駆け出していく。が、一人だけそ ﹁あ、あははは⋮撤収ゥゥゥゥゥ ! ? ﹂ の場に残って鋭い視線を彼に投げかける者も居た。 ﹂ ? ? ﹁また超兵器 ﹂ ﹁放してくれないか ? ﹂ 制的に停止させられる。 そんな言葉をつぶやきつつ、速足で彼女の横をすり抜けようとした時、腕を捕まれ強 ﹁提督執務室の中で話されていることを盗み聞きするのは不味いだろう﹂ ﹁悪い ﹁君も居たのか ＳＴＡＧＥ─５７ 虫の知らせ 1695 ? ﹁⋮まだ確定じゃない。放してくれないか ﹁超兵器が来たとして、勝算は有るの ﹂ ﹂ 再び歩き出す。すると、隣に彼女が並走して歩き始めた。 普段とは様子の違う彼女に２、３聞きたいことはあるが、今はそれどころじゃないと ところだが、素直な反応に少し面喰ってしまう。 すんなり瑞鶴は彼を掴んでいた手を離した。いつもなら何かしら小言が飛んでくる ? くとも負けは無い﹂ ? いた瑞鶴と目があった。普段の闊達さは鳴りを潜めた金色の瞳には気遣うような光が となりを歩く彼女の方へ瞳だけを向けると、同じように瞳だけ動かしてこちらを見て ﹁何時もの様に帰ってくるよ﹂ ﹁絶対に帰ってくる。それだけは約束して﹂ 彼女は一旦そこで言葉を切る。 ﹁解った。それと﹂ れる手段は多くなる﹂ ﹁ありったけの索敵機を飛ばしてほしい。超兵器の存在を早いうちに捉えさえすれば取 ﹁何か手伝えることはある ﹂ ﹁さて、何が来るかも解らないからな。だが、見た事のある超兵器なら勝算はある、少な ? 1696 込められている。数秒に満たない視線の交錯を終えると、瑞鶴は自分の艦へ向かうため にホタカと解れ廊下の角を曲がっていった。 ﹁提督、ホークアイ全機、護衛隊の発艦が完了しました。データリンクも問題ありませ ん。念のため幾つかの飛行隊を爆装状態で待機させてあります﹂ ﹁ご苦労﹂と目の前で敬礼する艦息に返す。佐世保第３鎮守府の提督と大本営から索敵 機を出すようにとの命令が来てから１０分と経っていない。この艦息の事だから、ホワ イトアウトが起こった時点で偵察機の準備を進めていたのだろう。 ﹂ ? ﹁な ら い い ん だ。君 も 万 一 の 場 合 に 備 え て 出 港 準 備 を 整 え て く れ。古 鷹 達 は 如 何 す る ﹁フェアリィ隊は変人ばかりですが、腕は確かです。必ず全員戻ってきます﹂ ﹁了解した。しかし、危険ではないかね 時点で対象空域に突入、情報収集を行います﹂ 共に上げています。彼らはホークアイの護衛機に守られつつ、超兵器ノイズを確認した ﹁それと、事後報告になってしまいましたが。既にフェアリィ隊１２機をホークアイと ＳＴＡＧＥ─５７ 虫の知らせ 1697 ﹂ ﹂ ? ﹂ ! のした方に顔を向けると見知った艦娘の姿が有った。 ﹁早期警戒機がたくさん上がってましたけど、何かあったのですか ﹂ 廊下が交差する十字路まで来たとき、ふいに横から声を掛けられる。立ち止まって声 ﹁加久藤さん │││││そして、あの杉本少佐の仮説。嫌な予感がするな 衝撃、頭痛、目に散った星。 │││││さっき起こったホワイトアウトは、これまでの物と別物と言っていい。 のは先ほど起こったホワイトアウトだった。 敬礼をして執務室から出る。ソロン鎮守府の窓の無い廊下を速足で進む。頭にある ﹁では﹂ ﹁なるほど。伝えておこう﹂ ﹁いえ。私が出撃している間に万一と言う事が有ります﹂ ﹁超兵器との戦いに出すのか ﹁何時でも出港できるようにしておいてください﹂ ? ﹁超兵器、ですね ﹂ ﹁まだ確証はないが、念のためと言う奴だ。君もすぐに提督から指示が来るだろう﹂ ? 1698 ? ﹁まだ決まったわけじゃないが⋮よく解ったな そんなに慌てていたのだろうか ﹂ 自覚は無いが、彼女がそう言うのならそうなのだろ ﹁加久藤さんがそんなに慌てているなんて、超兵器以外に考えられませんから﹂ ? ﹁忠告はありがたく受け取っておくよ。君も気を付けて﹂ ほんの少し苦笑すると、古鷹は﹁あぅ﹂と小さい声を上げて赤くなってしまう。 ﹁だから、まだ超兵器が来ると決まったわけじゃないんだが﹂ ね﹂ ﹁私は今回も、何にもできませんけど。どうか、ご無事で。絶対に戻ってきてください う。対超兵器戦闘を前に浮足立っていたかもしれないと自分を戒める。 ? な艦橋構造物が鎮座し。水上戦闘艦と言うよりも宇宙船のような印象を受ける。甲板 太陽光を受けて鈍く輝いている。９２０ｍを越える船体には、平面を多用した近未来的 北太平洋を西進する巨大な白い船が有った。島の様に巨大な艦体は白銀に染められ ﹁はい﹂ ＳＴＡＧＥ─５７ 虫の知らせ 1699 1700 上に据え付けられた巨大な２基の連装砲塔が前後を睨み、広大な甲板上には大小の奇怪 なオブジェクトが所狭しと並んでいる。ひときわ目立つのは、最も前方に取り付けられ たカニの爪のようにも見える、巨大なクロー状の構造物。 ふと、それまで２０ で航行していた白亜の巨大艦が俄かに速力を増し始める。艦尾 、微風、風浪、うねり共に微小。 目標捕捉、敵先頭艦。艦種、戦艦。大日本帝国海軍Ｉｓｅ│Ｔｙｐｅ。敵速力１４ 敵針北北東。 。 ? 移行し、超兵器機関からの大電力がチャンバーへと充電された。 と押し込まれ尻栓が閉鎖される。その間に、砲身の冷却システムがアイドリング状態に いく。砲塔内では主砲塔直下から揚弾された主砲弾と装薬が仰角を上げ続ける主砲へ 重々しい音と共に、前艦橋前方に取り付けられた連装主砲がゆっくりと持ち上がって ｋｍ、相対速度１８ に、射撃指揮システムが起動し得られたデータをもとに攻撃手段を決定する。距離６２ トから放出された電波は、進行方向上に存在する〟敵〟の姿を一つ残らずとらえた。次 に至らしめるほどの強力な電磁波が放出され、周囲の空間を探っていく。レーダーマス 艦橋の直上に取り付けられた細い壺の様な構造体からは至近距離の生物を一瞬で死 せて長大な航跡を形作っていく。 の喫水線化に取り付けられた巨大なスクリュープロペラが海水を撹拌し海面を泡立た ? ? 対空レーダーがこちらに接近する機影を確認する。数は３、いずれもＦ／Ａ│１８系 列の機体西南西の方角。超兵器ノイズ有効圏内。妨害電波放出で対処。驚異度は低い。 │││││攻撃、開始 突然、ノイズ交じりの通信が山城の艦橋に響いた。所属も理由も無く、ただ〟回避せ ﹃そこの戦艦、回避せよ。面舵﹄ よ〟と言う人間よりもコンピューターが話しているかのような無機質な声。普段なら 所属と突然の警告を問い詰める所だが、伊勢にとっては自分の懸念の答えを示してくれ る通信だった。 面舵一杯 耐衝撃姿勢 ! ﹂ それも、彼女が考えうる中で最悪の答えを。 ! ! ﹁艦長 まさか ﹂ ! 口癖になってしまっている呪詛の言葉が漏れる。艦娘になった後も登載した電探の ﹁ええ。まったく⋮ついてないなぁ、もう﹂ ! から真意を問う言葉が矢継ぎ早に届くが、彼女は即座に回避せよと命令を繰り返した。 コースから少しでもずらそうともがく。通信機からは突然の転舵命令を訝しんだ僚艦 スクリュー直後に取り付けられた舵をいっぱいに旋回させ、艦を今まで走ってきた ﹁全艦 ＳＴＡＧＥ─５７ 虫の知らせ 1701 故障は珍しい事では無かったが、６隻すべてがほぼ同時に不調になる事なんて有りえな い。まさかとは思いつつ、その可能性から目を背けた自分のミスだった。 通信機を手に取り、先ほど警告を入れて来た通信元へ通話を試みる。口を開く直前、先 からもらってみた事があるが、もしかしたらそれよりも巨大な砲弾かも知れなかった。 一瞬で額に噴きだした冷や汗を手の甲で拭う。ハリマの８０㎝砲のデータはホタカ ﹁なんつー威力。８０㎝クラスのバケモノ砲ってのは違うわね﹂ ストの電探を吹き飛ばした。 海水交じりのソニックブームが艦橋のガラスにヒビを入れ、背の高い艦橋を揺らしマ 葉のように弄び、超ド級戦艦であるはずの伊勢、日向さえも揺らがせた。 心円状に押し出した。極小の津波となったソレは伊勢の後に続く日向と駆逐艦を木の 白く縁どられた海面を叩き割り、数十トン以上の海水を蒸発させ、それ以上の海水を同 着弾。着弾と同時に、文字通り海が割けた。強烈な運動エネルギーは伊勢の航跡により 一瞬の出来事だった。何か巨大な物が頭上を飛び越えたかと思うと、彼女の左舷側に ﹃４、３、２、１⋮弾着﹄ 緩やかに東へと針路を変えていく。 またノイズ交じりの通信が入る。総排水量３万トンを超える艦体はじれったいほど ﹃着弾まで１０秒﹄ 1702 ほどの衝撃で通信機がいかれているかとも思ったが、やってみる価値はあるはずだっ た。 で貴艦隊へ向けて航行中。ノイズの影響から恐らく超兵器と思われ ﹁こちら佐世保第３鎮守府所属、伊勢。敵艦の針路、速力を知らされたし﹂ ﹃敵艦は速力２８ ﹂ ?? 全艦全速発揮用意 ﹂ 、変わらず。敵艦第２射発砲﹄ ﹁取り舵３０ ! ? ﹃伊勢、如何する ﹄ 心臓に悪い時間が過ぎ去り、今度は右舷側で海面が大爆発を起こす。 したことにより、最高速力は高速戦艦並にまで引き上げられていた。 伊勢型戦艦だったが、航空戦艦化による軽量化とホタカが開発したガスタービンに換装 後続の駆逐艦と日向も同じように速度を上げた。彼女達は日本の戦艦の中でも低速な 伊勢に搭載されたガスタービンが唸りを上げて、巨大な艦体を前方へと推進させる。 ! ﹃２８ 機の向こうからの情報は違和感を覚えさえる物だった。 や防御能力だけでなく、速度性能をも備えていることを知っている彼女にとって、通信 艦の進路を北へ戻しながら訝し気に問いかける。超兵器の特徴は驚異的な攻撃能力 ﹁２８ る。進路を北に取り、最大速力で離脱せよ﹄ ? ? ＳＴＡＧＥ─５７ 虫の知らせ 1703 通信機から日向のやや上ずった声が聞こえる。泰然自若と言う言葉が似合う彼女も、 流石に超兵器の突然の奇襲で余裕を失いかけていた。 いや、あの巨弾を受けて浮いていられる訳は無いか。どっちにせよ火力が ? ﹃何かいい考えが有るんですか ﹄ 尊敬のまなざしが伊勢に届いていただろう。 ! ﹁たった一つだけ残った策が、ね﹂ で航行している。そこを突く ? ﹃先に言っておくが、伊勢だけ殿になるとかは無しだ﹄ ﹁そう言うのじゃないよ、日向。アイツは今２８ ﹃そ、それで。その方法って﹄ ﹂ 最後尾を航行している吹雪から通信が入る。もしもここにモニターが有ったのなら、 !? ﹁大丈夫、策ならあるよ﹂ 頭には状況を打開する方法が既に組み上がっていた。 苦々しい顔で現状を確認する妹の姿が手に取るように解ってしまう。しかし、伊勢の 足りない。ホタカか加久藤がいてくれればよかったが﹄ だるまだぞ 行甲板や格納庫、駆逐艦の甲板には燃料を満載したドラム缶が山盛り。一発当たれば火 駆逐艦には６１㎝酸素魚雷が有るが、発射管に入っている分だけ。しかも、私たちの飛 ﹃此方の戦力は航空戦艦が２隻に駆逐艦が４隻。しかも、装備は４５口径３５．６㎝砲。 1704 母港へ向けて前進全速 ﹂ ニヤリと伊勢の口元がゆがむ。それを見た副長は、なぜかため息をつきたくなってし ﹄ 全艦、捨てられるドラム缶は海洋へ投棄 ! 以上にまで増速して北へ退避する ! まった。 ﹁逃げるんだよォ ﹃ええええええぇぇぇ ﹃まあ、そうなるな﹄ ノイズが混じるレーダーには６つの光点が３０ 様子が映し出されている。 ? !? ! し﹂ 後部座席のフライトオフィサが現状を確認していく。超兵器はどうやら２８ を越えている。十中八九、機関 ? ? 一杯らしく、佐世保艦隊との距離が開き始めている。伊勢型戦艦の最高速力は２５ 度だったはずだが、あの艦隊の速力はどう見ても３０ ? ホーネットは成層圏を滑るように飛行しているが、比較対象の無い空の上では飛んでい コンソールから目を放し、キャノピーの外を見る。専用に改造されたＦ／Ａ│１８ を換装しているのだろう。 程 が精 ﹁佐世保艦隊、敵艦より離脱を開始。敵艦、針路、速力変わらず。第５斉射着弾、損害な ＳＴＡＧＥ─５７ 虫の知らせ 1705 ると言うよりも浮かんでいると言う感覚に近い。眼下では６隻の艦が生存を目的に必 死の退却を行っているが、上空２万ｍは静かな物だった。レーダーを見ると、自分達よ りも更に下、高度１２０００ｍ付近に護衛のホーネットが追従しているのが見えた。 コンソールのモニターが明滅し、新しい命令にアップデートされる。 搭載している。しかし、この航空機側のノイズキャンセラーは補助的なもので、加久藤 艦する時は、母艦が超兵器機関を停止していない限りレーダーが使えない│││││を た航空機用の超兵器ノイズキャンセラー│││││これが無いとムスペルヘイムに着 フライトオフィサが忌々し気に愚痴をこぼす。この機体には加久藤に搭載されてい だ﹂ ﹁超兵器ノイズが酷いな。此処まで来るとノイズキャンセラーもあまり効いていない様 造されたホーネットのノズルが一瞬煌めき、薄い大気をかき分けて前へと進んでいく。 を追い抜いていく。此方もスロットルを開き、増速。フェアリィ隊の任務に合わせて改 言葉少なに答えたと同時に、眼下のホーネットのうち一機が増速して自分たちの機体 ﹁了解﹂ たら退避しろとのことだ﹂ 追従して情報を逐次受け取る。ホーネットが撃墜されるか、目標を望遠カメラでとらえ ﹁浅井中尉。護衛の無人ホーネットの内１機が強行偵察を行う様だ。俺たちはその機に 1706 ゴー ス ト 側のノイズキャンセラーと併用しないと十分な効力を発揮しなかった。 レーダー画面の砂嵐が酷くなり、いくつかの擬似標的が浮かび上がる。 ﹁味方機、目視距離まで１０秒﹂ ﹁望遠カメラ用意﹂ データが浅井の操縦するフェアリィ│３に流れ込んだ時、ヘルメット内に耳障りなブ ﹁カメラ起動、録画開始。無人ホーネット、敵艦を視認。偵察開始﹂ ザーが鳴り響く。 回避しグアッ ! ﹂ その後すぐに、ヘルメットに流れるブザーが、切羽詰まったアラートに変化した。 ﹁敵艦より照準レーダー波受信﹂ 敵艦ミサイル発射 ! !? ﹁味方護衛機撃墜﹂ 置き去りにしながら駆け下りて行く。 フターバーナーを点火。弾かれるような加速が伝わり、鋼鉄の雀蜂は太平洋の空を音を れている。接近していた下の護衛機へ２発。こちらへ６発。スロットルをＭＡＸへ、ア レーダー画面にはノイズが生み出した無数のゴーストと共に、高速飛翔体が映し出さ よるＧでフライトオフィサがうめき声をあげた。 翼を立ててロール。スプリットＳで高度を速度に変換する。その際の急激な機動に ﹁っ ＳＴＡＧＥ─５７ 虫の知らせ 1707 ﹁データは ﹂ ﹂ ! ﹂ 一瞬遅れミサイルの近接信管が作動。炸裂する。 もう一度チャフとフレアをバラ撒き、逆方向へ急旋回を掛けて回避。しかし、回避が ﹁第二波、５秒後 視し、天使の羽のような奇跡を描いたフレアの雲を突っ切り虚空を貫く。 目の前にチャフとフレアをバラ撒かれたミサイルは急旋回で離脱するホーネットを無 回。ハーネスが胴体に食い込み、急激な機動によって血液が下半身へと集まっていく。 機体から無数の金属片と赤熱したフレアが放出されるとともに、操縦桿を倒し急旋 ︻ＲＤＹ Ｃｈａｆｆ／Ｆｌａｒｅ︼ 後ろにまで迫っている。 此方を追跡する６発のミサイルは大きく３波に分かれている。第１波の２発は直ぐ 響いている。ＨＵＤに表示された高度表示が瞬く間に０へと近づいていく。 ていく。ヘルメットにはミサイル接近を知らせるアラートが相変わらずガンガン鳴り 降下角４５度。徐々に濃くなっていく大気が主翼を叩き、機体をガタガタと振動させ ﹁このホーネットは特別製だ。フェアリィー３、エンゲージ﹂ フライトオフィサの声が心なしか震えている。 ? ? ﹁全て此方へ転送済みだ。避けられるか 1708 破 壊 さ れ た ミ サ イ ル の 弾 体 片 が バ チ バ チ と 機 体 に 衝 突 す る。そ れ と 同 時 に 別 の ア ラートが鳴り響いた。航空機のアラートはコクピットボイスレコーダーで後から解析 するためにそれぞれ微妙に異なった音が設定されていた。 第３波、１５秒後 ﹂ ︻Ｃｈａｆｆ／Ｆｌａｒｅ ｄｉｓｐｅｎｓｅｒ Ｄｏｗｎ︼ チャフがやられた ! ! 浅井中尉 ﹂ ! 芸飛行〟を成功させた前席のパイロットに、正規の後席が急病で倒れたため臨時で配属 味方の無人機のギリギリを上から下へすり抜けて、味方機をミサイルの盾にする〟曲 り返ると、火の弾になった破片が流星群の様に海へと落ちて行くのが見える。 が機体を穿つ。バランスを崩しかけた機体を立て直し、水平飛行へと移った。後方を振 いた。後方から閃光、追い打ちをかけるように衝撃波と切り刻まれたホーネットの破片 轟とキャノピーギリギリをホーネットの機首が通過し、味方機のエンジン音が一瞬響 突っ込んで行く。 後ろで叫ぶフライトオフィサの声を無視し、機体をロールさせ灰色の背中めがけて ?! かって突っ込んで行く。 の片割れ。急旋回で速力を失いかけていた愛機は再び加速し、眼下を飛ぶ味方機へ向 浅井は機首を下げてパワーダイブ、進行方向上には自らと同じように退避する護衛機 ﹁中尉 ! ﹁正気か ＳＴＡＧＥ─５７ 虫の知らせ 1709 されたフライトオフィサは舌を巻くと同時にうすら寒さを覚えた。あの一瞬で瞬時に 味方を盾にする回避策を思いつき実行する。〟情報を守るためなら味方すら利用する 〟と言われるフェアリィ隊の一端を垣間見た気分だった。少なくとも、自分は長い間留 ゴー ス ト まりたくはない。レーダー画面を確認、全速で離脱した為ノイズキャンセラーもそれな りに有効に働いているようで擬似標的も見えず、高速飛翔体も写っていない。 功した。 １時間後、３２ まで加速した佐世保艦隊はどうにか敵艦の射程から逃れることに成 ︻Ｆａｉｒｙ│３ Ｃｏｍｐｌｅｔｅｄ ｍｉｓｓｉｏｎ ＲＴＢ︼ ﹁了解した。帰還する﹂ ﹁第４波は無し。さっきのが最後らしい﹂ 1710 ? ＳＴＡＧＥ─５７ 虫の知らせ 1711 ＥＤ ﹁Ｄｏｎｎａ Ｂｕｒｋｅ 〟ＨＥＡＶＥＮＳ ＤＩＶＩＤＥ〟﹂ ＳＴＡＧＥ│５８ 狂気の奔流 大粒の雨が艦橋の防弾ガラスを叩き、重力に轢かれ下へと流れて行く。上空に張られ た分厚い雲は太陽光線の大部分を減衰させ、当たりを夜の様に薄暗くしていた。時折紫 電が黒雲を走り、腹の底に響く雷鳴をとどろかせる。艦首が高くなり始めたうねりに 突っ込むと、数トンに上る海水が打ち上げられ白い飛沫と共に２基の主砲塔を濡らして いく。艦体は前後左右上下にゆっくりと揺さぶられているが、その針路がブレることは 無かった。 ﹄ ? 思わず、ホタカも頭を掻いた。決戦はすぐそこにまで迫っていると言うのに、使える ﹁やはりそうなるか。予想はしていたが﹂ ＣＳやフライトコンピュータに甚大な被害が発生していて、迂闊に近づけん﹄ ﹃レーザーの減衰は見られたが。問題は拡散荷電粒子砲だ。コイツの所為で艦載機のＦ ﹃レーザーの減衰は見られなかったってのか 通信機から加久藤の苦虫をかみつぶしたような言葉が聞こえてくる。 撃隊は敵艦の迎撃を受け接近できない。第一段階は失敗だ﹄ ﹃こちら加久藤、針路そのまま。会敵まで１０分。敵艦、針路、速力ともに変わらず。攻 1712 ＳＴＡＧＥ─５８ 狂気の奔流 1713 艦船はホタカとアサマに限定されてしまった。 超兵器発見の報がもたらされると、直ぐにホタカ、アサマ、加久藤は特設第一艦隊に 編入され超兵器迎撃の命令を受けた。特設第一艦隊は超兵器が出現した場合に各鎮守 府で運用されている艦息を超兵器迎撃に当たらせるために臨時で編制される艦隊であ り、指揮権は大本営に有る。と言っても、大本営から出される指示は〟超兵器を撃沈せ よ〟以外に存在せず。実際の作戦行動においては旗艦│││││索敵・指揮通信能力に 秀でる加久藤│││││に一任されている。また、超兵器戦と言う特殊性から特設艦隊 として編成される際に彼ら以外の戦闘艦は基本的に編成されない。 室戸岬沖でアサマと合流したホタカは、加久藤から敵艦のデータを受け取りつつ太平 洋を南下していった。 敵艦の光学映像を確保し生還したフェアリィ│３の情報によると、今回出現した超兵 器は艦形からグロースシュトラールに間違いない。それを知った瞬間、特設艦隊の誰も が露骨に嫌な顔をしたのだった。 の鈍足の戦艦であり、主砲は連装２基４門しか搭載して 超巨大レーザー戦艦グロースシュトラール。全長は９２０ｍに達する白亜の巨大戦 艦である。超兵器ながら２８ いない。しかし、後にあるウィルキア技術士官に〟狂気の産物〟と言わしめるほどの凶 ? 1714 悪な性能を持つことも事実だった。 特徴的な白亜の艦体は、とある特殊塗料によるものだった。グロースシュトラールが 戦力化されたころに台頭し始めたエネルギー兵装に対抗するための塗料で。主にレー ザー等の熱量で焼き切るタイプの兵器に効果を発揮し、レーザー光によって発生した熱 を艦全体に拡散させ決定的な損傷を受けないようにする性質を持つ。また、その塗料の 下も分厚い複合装甲で覆われ、艦内も細分化された水密区画が無数に設けられ、標準搭 載された防御重力場と電磁防壁により極めて沈みにくい艦になっている。 また、４門しかない主砲自体も只の艦載砲では無かった。ウィルキア帝国シュヴァン ブルク第３海軍工廠製６０口径１００㎝磁気火薬複合加速砲。最大射程は６０ｋｍ以 上 を 誇 り、そ の 砲 弾 は 如 何 な る 艦 も 一 撃 で 戦 闘 不 能 に 至 ら し め る。巨 大 な プ ラ ッ ト フォームを持つため連装砲塔に搭載する事が出来たが、通常の艦船なら単装砲を艦体軸 線上に搭載するだけで精いっぱいな文字通りの超兵器専用砲であった。艦体が巨大と 言う事はそれだけ波浪にも強くなると言う事であり、たとえ嵐の海でも比較的正確な射 撃を実行できる。 主砲と装甲だけをとってみても一級品の超兵器だったが、グロースシュトラールをグ ロースシュトラール足らしめている要素は別にあった。 艦全体に惜しみなく搭載された大小のエネルギー兵装である。前後に搭載された円 ＳＴＡＧＥ─５８ 狂気の奔流 1715 盤状の構造体は大型レーザー発振装置であり、βレーザー発射装置が前部にγレーザー 発射装置が後部に搭載されている。βレーザーは上、左右の３方向に照射されたレー ザーが目標との中間地点で屈曲し目標地点で収束するレーザーで、工夫をすれば島の向 こうに居る敵艦を攻撃できる。γレーザーは８本のレーザーを束ねた収束レーザーを 照射する兵器で、照射装置から約３０ｋｍ地点で半円状に分裂、反転したレーザーが射 撃地点を包み込むように着弾する独特過ぎる弾道を持つ。レーザー光は本来直進する もので、この二種類の様な軌道を持つことは無い。しかし、超兵器機関よりもたらされ た技術の中の光子婉曲装置により、このようなふるまいを持つレーザーが開発可能と なった。光子婉曲装置はある空間に光子の方向を変える力場を形成することが可能な 装置で、これを利用することにより様々な軌道を持つレーザー兵器の開発が可能になっ た。 さらに、グロースシュトラールには無砲塔型の荷電粒子砲と拡散荷電粒子砲を搭載し ている。荷電粒子砲はある電気を帯びた重金属粒子を高速で射出する兵器であり、レー ザー兵器と言うよりも実弾兵器に近い性質を持つ。 荷電粒子砲を発砲すると次の現象が起こる。まず、高速の金属粒子が多量に衝突する ことによる物理的消滅破壊。原子よりも小さい荷電粒子が高速で原子核に衝突すると 双方とも粉々に破壊され、結果的に命中した個所は構成する原子そのものが消滅する。 1716 次に、巨力な電荷を持つ粒子が高速で運動することにより様々な波長の電磁波が放出さ れる。その電磁波は可視光はもちろん、様々な物体を加熱・融解、蒸発させる赤外線や マイクロ波。電子機器を破壊する各種電磁波等で直撃せずとも相応の被害を射線上に まき散らす。また、大気や標的の物体との摩擦熱によりプラズマ化し膨大な熱量を生み 出す。 グロースシュトラールに登載されたのは通常型と拡散型であった。中でも特徴的な のが拡散型で、一定距離を進むと１０本近い荷電粒子ビームに分裂し散弾銃の様に面制 圧を行う。荷電粒子ビームは特定の荷電子│││││＋または│の電荷│││││の 集合体であるため、射出する直前に圧力をかけて目標に届く前に粒子自体が反発し合い 拡散することを防いでいる。拡散型はこの圧縮装置に手を加え、荷電粒子ビームの拡散 をある程度コントロールしたものだった。ただし、装置のリソースが〟兵器としての威 力を保ったままの拡散〟に割かれた為、拡散した荷電粒子ビームは大まかな方向以外に 飛ばすことが出来なかった。 艦首に搭載された巨大な発射機は光子榴弾砲と呼ばれる兵装で、グロースシュトラー ルの奥の手と言える兵器だった。名前に〟光子〟とつけられているが実態は対消滅反 応弾を利用したレールカノンであり、艦内を軸線方向に貫く幾つかの線形粒子加速器に より生成された反物質を専用の真空カプセルに封入し敵艦へ向けて発射する。発射さ ＳＴＡＧＥ─５８ 狂気の奔流 1717 れたカプセルは何かに着弾した瞬間に壊れ、中の反物質が対消滅反応を起こし、辺りを 特殊弾頭の比では無い膨大なエネルギーにより薙ぎ払う。この時に膨大な光を発生さ せることから、偽装の意味も込めて光子榴弾砲と命名されることになった。唯一の弱点 として、超兵器ほどの大型艦でなければ反物質を生成できるほどの加速器を搭載でき ず、反物質を封入する真空カプセルが衝撃に弱いため比較的低速で発射しなければなら ないと言う制約が有った。 また、艦橋周辺は多数の対空ロケットやパルスレーザー、多目的ミサイルで防御され 航空機や潜水艦の接近を許さない。文字通りの無敵要塞の称号にふさわしい戦艦と言 える。 この超兵器を攻撃するにあたり、ホタカを初めとする艦息は敵との位置関係上悪天候 下での襲撃を決定せざるを得なかった。 しかし、彼らはそれを〟好都合だと〟逆に笑みを浮かべる。確かに悪天候なら海面に 大きな波浪が生まれ、艦体が小さなホタカ達の砲撃精度は落ちるが巨大な船体を持つグ ロースシュトラールはその影響をあまり受けず存分に砲撃できる。しかし、豪雨であれ ばあるほどグロースシュトラールの持つ各種エネルギー兵器の威力は減衰されるのも 事実だった。 艦砲などの質量兵器と異なり、レーザーや荷電粒子ビームは大気の影響をもろに受け てしまう。豪雨の中を進めば進むほど、雨や大気の水粒子に触れてエネルギーが意図し ない所で放出、拡散されてしまい必要な火力を得られず有効射程は短くなる。光子榴弾 砲も強風の吹きすさぶ天候ならば、弾速の遅さから致命的な影響を受けて命中率は格段 に落ちる。ホタカ達は荒天を利用してグロースシュトラールの凶悪なエネルギー兵装 群を沈黙させ、加久藤の航空攻撃とホタカ、アサマのミサイル、主砲弾の飽和攻撃で撃 沈する計画だった。 しかし、その計画は冒頭の様に最初の段階で躓くことになる。 ﹁状況は把握した。まあ、前の世界では僕一隻で何とか出来た。今回は同型艦２隻だ、何 強風でまともに当たらない。すまないが⋮﹄ る様に飛んだ機体は電子装備をやれらた。高高度からの爆撃を行おうにも荒天による 波に晒される。そこに飛び込んだ航空機は一機残らず燃料や火器が誘爆し、領域を掠め ラバラに拡散し、その粒子ビームに囲まれた空間は一瞬で一千度に達する熱と各種電磁 子量を増やすことで雨を克服しているようだ。射出された荷電粒子は一定時間後にバ フィールドを形成し迎撃を行っている。レーザー兵器から電力を回し、射出する荷電粒 ﹃奴 は 拡 散 荷 電 粒 子 砲 の 面 制 圧 砲 撃 に よ り、航 空 機 に 致 命 的 な 打 撃 を 与 え る 漏 斗 状 の 1718 とかする﹂ ﹃攻撃ヘリ隊はハープーンを発射出来る。３個飛行隊７２機を近海に展開させているか ら適宜支援攻撃を要請してくれ。最も、終端誘導は君らの誘導電波で超兵器の妨害電波 網を貫くことになるからそのつもりで﹄ ﹃了解。こき使ってやるから代えの銛を飛行甲板に積んどいてくれ﹄ ﹃解った。武運を祈る﹄ ﹂ 加久藤からの通信が切れ、再び艦体を打つ波や雨の音が意識の中に入ってくる。 ﹁航空機はダメでしたか ゲンナリする副長に﹁すまん﹂と短く謝る。 ? ほど優速だ。そのあたりのイニシアチブはこちらにある﹂ ? ﹁こんな時はズルいと言う奴が間抜けなのさ。さて、ＣＩＣに降りるぞ﹂ ですな﹂ ﹁アウトレンジ砲撃と言えば格好がつきますけど。考えてみればなかなか小賢しい戦術 ４０ ﹁どうにもこうにも、近づかない様に逃げ回るしかないな。幸いこちらの方が３０から ﹁相手はレーザーの使用を諦めたようですが、荷電粒子砲は如何しますか ﹂ ﹁そうらしい。しかし予想はしていたが、いざ使えないとなると不安になってくるな﹂ ? ﹁部下の前で弱気な事言わんでくださいよ﹂ ＳＴＡＧＥ─５８ 狂気の奔流 1719 1720 数ｍのうねりが艦体にぶち当たるとその質量に押しつぶされ白い飛沫となって暗い 空に舞う。衝角の様に鋭くとがった艦首が豪雨のベールをかき分けるように進んでい く。可視光での観測を行うカメラが移すのは灰色の海と空。視程は１０ｋｍと無いだ 。速度と大きさからし ろう。しかし、特徴的な艦橋に据え付けられたレーダーはこちらに接近する戦艦を既に 捉えていた。全長２７０ｍ程度の大型戦艦が２隻、速力は４５ その表示を楽し気に無視し、彼は主砲射撃の準備を進めて行く。今撃っても威嚇にし ていき、ＦＣＳは射撃を控える様に表示した。 彼我距離と周辺の環境から射撃諸元を算出していくが、その値は荒天のため逐一変わっ ルギーを荷電粒子砲と粒子加速器へ回し、主砲に初弾を装填する。火器管制システムが ば雨を力技で無理やり突破出来るかもしれない。レーザーに割り当てられていたエネ く対艦レーザーも対して役に立たないだろう、荷電粒子砲にレーザーの分の電力を回せ での荒天では命中弾を出すことはできない。この天気ではさっきまでの航空戦と同じ 彼我距離は６０ｋｍを切り、既に主砲の射程圏内。しかし、流石の超兵器でもここま は口角を釣り上げて笑みを浮かべ、腕を振るう。 て従来型の艦娘でない事は明白だった。巨大なモニターに囲まれたＣＩＣに立つ人物 ? かならないだろうが、戦いの始まりを示すゴングとしての役割は十分果たすだろう。 主砲弾です ﹂ 前艦橋近くに設置された大口径主砲が鎌首を擡げ、ゆっくりと旋回を始めた。 ﹁対空電探に感 ! イズキャンセラーの有効範囲は半径４０ｋｍ程度。超兵器が最大射程ギリギリで打っ ちらも見えるはずだが、相手は超兵器だ。超兵器機関から発されるノイズをかき消すノ ではまだ敵艦の所在を捉えていない。通常の艦船ならば相手から見えるのであればこ も、自分たちが敵戦艦の射程圏内に飛び込んだ事の方が重要だった。ホタカの水上電探 電算機上の計算では、この砲弾は自分たちのはるか後方に着弾する筈だった。それより 電探画面に映った巨大な輝点を見つけたレーダー手の叫ぶような報告に冷静に返す。 ﹁焦るな。この天気では当たらない﹂ ! ﹂ てきたなら２０ｋｍは砲弾の降りしきる中を突入することになる。 ! に響くほどだった。 がバルジを打った。その音は雨のカーテンを貫き何重にも装甲されたＣＩＣにも微か ホタカの後ろに続くアサマの後方４００ｍに巨大な水柱が上がり、強烈な水中衝撃波 ﹁弾着、今 ＳＴＡＧＥ─５８ 狂気の奔流 1721 ﹁すごい威力ですね。これが１００㎝対艦砲弾ですか﹂ 冷や汗を流す副長が引きつった声で呟いた。 ﹂ ﹁超兵器すら鎧袖一触ですか。で、まさか対１００㎝装甲持ってるとか言いませんよね ﹁計算上、ヴィルベルヴィントなら４発当てれば爆沈するらしい﹂ 1722 らが握る事になるだろう。〟分厚い皮膚より速い脚〟と言う言葉をイロモノ戦艦に教 ルギー兵器と巨大な艦砲を搭載しているが、足は遅い。その為戦闘の主導権は常にこち ﹁全艦に達する。これより本艦は敵レーザー戦艦との戦闘に入る。彼の艦は多数のエネ ﹁そう言う事だ﹂と頷き、艦内マイクに手を伸ばした。 事ですか﹂ ﹁なるほど。ウィルキア帝国からしてみれば、雑魚艦艇の砲弾を防ぐ程度で十分と言う 造される艦砲の最大口径は５０ｃｍ前後と見積もったんだろう﹂ に対１００㎝装甲を張る意味は無い。グロースシュトラールの設計班は、あの大戦で製 て対応している。第一、超兵器を持つのはウィルキア帝国だけなのにわざわざ馬鹿正直 らしい。５０，８㎝以上の砲弾の直撃は多数の小部屋がつぶれることで威力を分散させ できる程度の装甲しかないが、後は艦内に多数の水密隔壁を設けて沈みにくくしている ﹁流石にそんな装甲板を張ったら超兵器でも沈むよ。装甲板自体は５０．８㎝砲を防御 ? えてやろうじゃないか。諸君らの奮励努力に期待する﹂ ﹁艦長も大概イロモノの類だと思いますがねぇ﹂ 副長のぼやきを無視しつつ、戦闘準備を進める。 ﹁特殊弾頭ミサイルＶＬＳ解放。主砲装填、弾種徹甲。対空パルスレーザー、ＣＩＷＳ射 撃準備。防御重力場展開最大出力﹂ ﹁特殊弾頭ミサイルＶＬＳ１番から５番解放。続いて５番から６番まで解放。装甲ハッ チロック。排煙スリット解放﹂ ﹁１番、２番、３番砲塔主砲弾装填。正副予備バッテリー充電完了。排熱機構正常可動﹂ ﹁対空パルスレーザー、およびＣＩＷＳ起動確認。即時射撃用意﹂ じゃあな、攻撃開始のタイミングは任せる﹄ ? ! 大な光点が侵入したところだった。 ﹁敵超巨大レーザー戦艦グロースシュトラール接近中 ﹂ 通信を切りレーダーに目を向けると、ノイズキャンセラーの最大範囲を示す領域に巨 だろ ﹃バカ、俺を盾にしてでも生き残れ。どっちが軍にとって価値があるのかぐらいわかる ﹁了解。だが、こちらが指揮を取れなくなったらその時は﹂ ﹃こちらアサマ。攻撃準備完了。超兵器戦はお前の方が先輩だ、宜しく頼むぜ﹄ ﹁防御重力場発振装置運転中。現在重力場効力１０３％﹂ ＳＴＡＧＥ─５８ 狂気の奔流 1723 ﹂ 加久藤航空隊に支援射撃を要請 突入ルートはＢ│２２ ﹁誘 導 電 波 発 信 せ よ 標、敵超兵器 ! ! トライデント１０基照準 ! 目 ! ﹂ ! ﹂ ! ング飛行に移った。 弾着、今 中 ﹂ ﹁面舵４０ ﹂ １５秒後に１番から射撃可能 ﹂ ﹁トライデント次発準備中 ! ﹂ グロースシュトラール右舷側、距離３６ｋｍにつき同航戦を行う ﹁アサマからのトライデント発射を確認 ! 撃諸元データ入力、砲撃用意 主砲射 ! ﹁敵１５斉射 全１４発飛行中 ! ! ! ! 続いて対艦ミサイルを斉射 ! して上昇していく。ある程度上昇するとミサイルは海面へと向きを変えてシースキミ １秒の発射間隔をおいて１０発の大型ミサイルが雨粒を切り裂き、波しぶきを蹴飛ば ﹁発射 ﹁トライデント打ち方始め ロースシュトラールへの最初の一撃になる。 │１隻に付き２斉射│││││とアサマのハープーン２５６発を合わせる。これがグ の１４４発のハープーンの着弾にホタカとアサマ、合計４８発のトライデント││││ 加久藤から支援射撃を開始したと言うメッセージがモニターに踊る。攻撃ヘリ部隊 ! ! ! 1724 ﹂ ﹂ ﹁１番、２番、３番主砲塔電探連動射撃。砲塔旋回中、２０秒後に射撃可能 ﹁トライデント第２斉射、てぇーッ ﹂ ハープーン１３８発 ﹁アサマからのトライデント、ハープーン斉射を確認 ﹁加久藤航空隊の支援攻撃が到着しました ! ﹂ ! 電波に導かれて、超兵器を目指す。海中以外のあらゆる方向からの誘導兵器による飽和 仕掛ける手筈になっていた。これらの誘導兵器はホタカとアサマから放射される誘導 放たれたハープーンは雲の上を飛行した後、グロースシュトラールへトップアタックを 回り込み、第二派の発射の時間を稼ぐとともに全周攻撃の準備を整える。ヘリ部隊から イデントと１２８発のハープーンはシースキミング飛行を行いながら敵艦の左舷側へ 破滅の槍は荒れた海を進む巨大戦艦へと殺到していく。最初に放たれた２４発のトラ ４４２個の小さな輝点が表示される。一発一発が巡洋艦を簡単に破壊する威力を持つ 続々と荒天に電子の目を持つ槍が打ち上げられ、それまで閑散としていたレーダーに ! ! ! 攻撃。例え対空パルスレーザーが使えたとしても、全てを迎撃する事は時間的物理的に ﹂ ! 不可能。 ﹂ ﹁撃て ! ﹂ ﹁発射 ! ﹁主砲、射撃用意完了 ＳＴＡＧＥ─５８ 狂気の奔流 1725 左舷を指向した３基９門の６１㎝磁気火薬複合加速砲に紫電が迸り轟音とともに巨 ﹂ ＡＣＳＣで砲身の冷却による歪みを再計算 再設定が終 大な砲弾を吐き出す。瞬間的に加熱された砲身は打ち付ける雨を瞬時に蒸発させ、９本 ﹂ 直撃コース 許容値オーバー の砲身が白い蒸気に包まれる。 ﹂ ﹁急冷により砲身が歪みます ﹁敵艦発砲 ﹁取り舵一杯 ﹂ ＣＩＣのミサイル警報装置がうるさいほど鳴り響く。敵は自分を倒すために４００ ７とレーダー手がカウントしかけた時にソレは起こったのだった。 ﹁９、８﹂ ンで引かれていた。 に表示されている。巨大な光点の直ぐ近くには防御重力場の予想展開位置が青いライ 電探画面には巨大な光点に群がろうとする４００以上の小さな光点がその軌跡と共 ﹁ミサイル着弾まで１０秒 ! ! ! ５万トンの艦体がぐいとひねられ、艦首が白波を蹴立てる。 ! わり次第撃て ﹁冷却レベルを一段階下げろ ! ! ! ! ﹂ ! 1726 ＳＴＡＧＥ─５８ 狂気の奔流 1727 発以上のミサイルによる飽和攻撃を選択した。これほどのミサイルによる同時攻撃は 前の世界でも経験が無い。自慢の防御重力場や装甲も、これを受けてしまえば只では済 まないだろう。ますます笑みを深くしつつも、無数のミサイルを叩き落すプロセスを実 行する。 全エネルギーを荷電粒子砲へ。圧縮率最大。直進補正最大。連続照射可能時間、およ ファイア そ４秒。粒子加速完了、目標ロック、最適コース算出。 発射。 ４か所に設置された無砲身型荷電粒子砲が青白く煌めいたかと思うと右舷前方の荷 電粒子砲から一本の荷電粒子ビームが放たれ、突入してくるハープーンの真正面に命 中。一瞬で弾体を蒸発させた荷電粒子ビームは延長線上の黒雲を貫いた。次に荷電粒 子砲基部の旋回装置が作動し反時計回りにビームをスイングさせ、迫りくるミサイルを 荷電粒子ビームで舐めて行く。艦橋を囲む４基の荷電粒子砲で９０度ずつの空域を担 当し、青白いビームが４秒の時間をかけて超兵器の周りの空域を一周する。青白いビー ムが消えた瞬間、荷電粒子による過熱に耐えられなくなったミサイル群が思い出したよ うに反時計回りに閃光と轟音を放ちながら炸裂しグロースシュトラールを光輪が取り 囲んだ。 ﹁敵艦、健在っ ﹂ ﹁荷電粒子砲でミサイルを薙ぎ払うとは、無茶苦茶やりますね。奴さんはぁっ ﹂ 光輪と爆炎を引き裂いて現れたグロースシュトラールには傷一つついていない。 ! ﹂ ﹁今終わりました ﹁撃て 発射可能 ﹂ ! ﹂ ?! ﹂ 今なら、数キロってところじゃないか 光子榴弾砲の爆発範囲はどれぐらいだ ! ! だろう﹂ ﹂ ﹁超兵器、光子榴弾砲を旋回中 ホタカ ?! ﹁チッ、機関全速発揮用意 ﹃おい ! ﹁場合によって変わる ﹄ ﹂ ?! ! ﹃反転して分かれるか !? ! ﹄ ﹁反物質を兵器に使えるほどの量を生成するのは、超兵器機関でも簡単な事じゃないん ﹁光子榴弾砲は撃ってきませんね﹂ ズンと艦体に重い響きが加わり、９発の砲弾が緩い弧を描いて飛んで行く。 ! ! ﹁正攻法しかないって訳か。主砲砲身の補正は 揺さぶった。５万トンの艦体が跳ね上げられ、高いうねりに頭から突っ込み傾いた。 艦橋を掠めて右舷側２０ｍに着弾した主砲弾が荒れた海を爆発させ、ホタカの艦体を !? 1728 ﹁反転中を狙われたらひとたまりもない こっちに合わせて回避だ ﹂ お前も手伝え ﹄ ! ! ﹂ ﹁敵艦光子榴弾装填 ﹁両舷後進一杯 撃て ﹂ にこちらを射抜いていた。 アサマを目指す。最悪な事に、周囲の風向きなどから判断した弾頭の予想コースは見事 く、およそ８００ｋｍ／ｈ。ホタカの進路上へ放たれた光球は放物線を描いてホタカと モニターに浮かんだ光子榴弾砲が煌めき、白色の光球を打ち出した。光球の速度は遅 ば無視できない損害を受けることは火を見るより明らかだった。 できる。例え荒天下で命中率が極端に低下している事を差し引いても、迎撃に失敗すれ 一瞬の静寂。あの光子榴弾なら至近弾でもアサマ型装甲護衛艦を大破させることが ﹂ ﹁主砲即時発射用意 ! そ逸れて着水、海面を破砕した。爪の様な大型の砲身が旋回し、基部に白い光が灯る。 冷却させつつ特殊榴弾を装填する。碌に諸元を入力しなかった主砲弾は目標を大きく 砲身に収められていた徹甲弾を諸元計算が終わる前に発砲し強制排除。砲身を強制 ! ! 光子榴弾の進路上に砲弾ばら撒いて早爆を狙ってみる ﹂ ! ﹂ 特殊榴弾装填 主砲弾種変更、特殊榴弾 ! ﹃解った ﹁了解 ! ! ﹁主砲弾緊急発射 ! ! ! ! ＳＴＡＧＥ─５８ 狂気の奔流 1729 ３基の３連装砲が火を噴き、続いてアサマの３連装砲も咆哮する。１５発の特殊榴弾 が光子榴弾の進路上で相次いで炸裂すると、特殊炸薬の爆炎では考えられない巨大な光 球が出現し大気をかき乱し雷雲を引き裂く。対消滅反応により質量がエネルギーに変 わった結果現れた破壊の光球が起こした衝撃波が艦体を強かに打ち付け、防御重力場が 軋み鋼鉄が悲鳴を挙げる。ＣＩＣもその衝撃で揺さぶられ、数人が床やモニターに叩き ﹂ 電波妨害装置脱落 気象レーダーダウ つけられた。ダメージコントロールモニターには様々なアラートが躍り、艦の異常を主 長距離無線機大破 防御重力場効力２３％ ! ! に伝える。 ２、４，５番ＣＩＷＳ攻撃不可 ! ﹁た、対空対水上電探破損 ン ! ジェに変えた。 ﹂ 損傷が酷い。予備は まだ行けます ﹁両舷前進全速 ﹁予備は健在 ﹂ 射撃指揮レーダー波感知 目標は本艦の模様 ﹂ ! ﹁主砲弾種﹂ ﹂ ﹁敵超兵器、光子榴弾砲再装填 ﹁何 ! !? モニターに目をやると、再び光子榴弾砲に光が灯っている。 ?! ! ! ! 激烈な衝撃波は艦橋に取り付けられた電子の目を奪い去り、対空機銃を奇妙なオブ ! ! ! 1730 ﹁主砲装填急げ ﹂ ﹂ ﹂ ﹂ ﹁再発射まで１６秒 ﹁アサマは │││││間に合わない ﹁再発射まで９秒 ! ! 左舷後進一杯 ﹂ 取り舵一杯 アサマは退避 ! ! 超兵器に突っ込むぞ 防御重力場は後方 ! 殊榴弾の攻撃範囲があってこそだった。 へ即時集中展開を用意 ﹄ ! ! 子砲の有効範囲に飛び込んだのか青白い荷電粒子ビームが放物線を描き飛来する。 いたミサイル噴射による煤を洗い流した。超兵器に向かって舵を切ったことで、荷電粒 かき乱し艦首を強引に超兵器へと向けて行く。無茶な転舵に艦体が傾き、波が乾舷につ アサマの声を無視して艦を回頭させていく。新型の操舵装置とスクリューが海水を ﹃正気か ?! ! れない。先ほどの迎撃でも、実際に光子榴弾砲を早爆させることが出来たのは６１㎝特 く兵器だった。アサマの６発の４１ｃｍ砲弾とＦＣＳでは小さな光子榴弾をとらえき 榴弾砲は砲弾を飛ばすエネルギー自体は小さいため、砲弾さえあればある程度連射が効 外部観測カメラは今にも光子榴弾を発射しようと発光している砲身が見える。光子 ! ! ? ﹁右舷前進一杯 ＳＴＡＧＥ─５８ 狂気の奔流 1731 ﹂ 艦首が超兵器を向く瞬間に光子榴弾砲が輝き、再び光球が解き放たれる。 防御重力場緊急停止 ! ﹁重力場展開 ﹂ コースだった。 が写った。もしも防御重力場を展開したままなら、間違いなく弾頭を起爆させていた へと抜けて行く。外部監視カメラには一種の神々しさを放つ光球がすぐ近くを通るの 砲塔の直上を、右舷側から入った光子榴弾が飛び越え艦橋の横を通過しながら左舷後方 何発もの荷電粒子ビームの直撃を受けながら、右へと針路を変えていくホタカの第一 だったが、まだ彼の悪運は尽きていなかった。 を 躱 そ う と し た の だ っ た。一 歩 間 違 え ば 対 消 滅 反 応 の た だ 中 へ 突 入 す る 危 険 な 賭 け に舳先を向け光子榴弾砲が発射される瞬間に右へ転舵。フェイントの要領で光子榴弾 子榴弾砲に誘導機能は無い。ホタカは取り舵で針路を反転させると見せかけて、超兵器 取り舵によって右側に振られていた艦体が中央に戻り、今度は左側へ傾いていく。光 ﹁面舵一杯 ! ほど加 ? ており、双方の主砲にとって至近距離も良い所だった。 速したホタカは超兵器との衝突コースをとっている。彼我距離は２５ｋｍを既に切っ 炸裂。破壊の奔流をまき散らした。後方で光子榴弾が炸裂した衝撃により５ ホタカの後部に重力場が緊急展開されるとともに、三角波に引っかかった光子榴弾が ! 1732 ﹂ ! 離を稼ぐことが出来たのだった。光子榴弾砲でズタボロにされた防御重力場は完全に 全く意味をなさなかった。その結果、砲弾の信管が作動する前にホタカは１００ｍの距 超兵器にも簡単に致命傷を与えうる砲弾にとって、ホタカの艦橋に張られた装甲板は な損傷を与えてはいなかった。 部分より上の構造物は根こそぎ吹き飛ばされていたが、致命傷になりうる船体には大き 橋を撃ち抜いた後も進み続けホタカ艦尾から１００ｍ地点で炸裂した。砲弾の通った 面からホタカの艦橋を撃ち抜いた。第２砲塔の直上を通り過ぎ航海艦橋、煙突、後部艦 器を根こそぎ吹き飛ばした。問題は次の一発で、この前部主砲から放たれた砲弾は真正 から発射されたもので、ホタカの第３砲塔直上を通過しその衝撃波で後部艦橋の観測機 た。４発の１００㎝砲弾の内、ホタカに被害を与えたのは２発。最初の一発は後部主砲 径であること、そして前方には防御重力場を展開していなかった判断がホタカを救っ 超兵器が放った４発の主砲弾はホタカを完全に捉えていた、。しかし、規格外の大口 する針路をとっていた。 ＩＣの床を濡らす。１０秒後艦はそのまま面舵を取り続け衝突を回避、超兵器から離脱 じた事の無い衝撃が襲い掛かった。モニターが次々と砕け、配線がスパークし鮮血がＣ 外部監視モニターが小さな光を捉えたかと思うとホワイトアウトし、巨大な戦艦に感 ﹁全門斉射 ＳＴＡＧＥ─５８ 狂気の奔流 1733 防御壁崩壊を引き起こしていたが、１００㎝砲弾の炸裂による被害からある程度艦を守 ることは可能だった。しかし、艦の目ともいえる艦橋を根こそぎ吹き飛ばされた為、艦 息へのフィードバックも相応の物がもたらされた。 ﹁クソッ、目が﹂ ＣＩＷＳ全滅 対空パルスレーザー沈黙 思わず悪態をつきながら、痛むからだ身体を引きずって起き上がる。ひびの入った眼 ﹂ 鏡の奥は、赤く染まりとめどなく血が流れだしていた。 損害知らせ ﹂ ﹂ ! ﹁ダメージコントロール 現在復旧中 まだ撃てます 機関正常 ﹂ ﹁最 上 甲 板 指 揮 通 信、索 敵 設 備 消 失 シ ー ル ド・ ダ ウ ン 防御壁崩壊 ﹁艦底に浸水無し ﹁１番２番３番主砲塔健在 ! ! どまで見事に吹き飛び、黒煙を噴き上げているのが見えた。 させて超兵器を見ると、優美さすら感じさせる艦首から円形のレーザー発射台の半ばほ ズにひびでも入ったのか、外の景色にはいくつか不自然な線が走っている。砲塔を旋回 置いておくことにした。先ほどの被弾の衝撃で測距儀に取り付けられたカメラのレン 得た。相変わらず身体の方の目は見えないが、情報は全て頭に直接入ってくるので一旦 ホタカは自分の主砲塔に取り付けられた測距儀にアクセスし、ひとまず艦外の視界を ! ! ! ! ! ! ! ! 1734 ﹁副長 何が起こった ﹂ ﹂ ﹁こっちの撃った砲弾が光子榴弾砲に直撃して誘爆を起こしたんですよ !? ﹁防御重力場は如何した ﹂ しかし、艦首を失った超兵器にもはやこの荒天下での航行能力は存在しない。この の４分の１を犠牲にすることで、完全に破壊されること自体は防いだ。 だったようで、反物質が漏れ出す寸前に傷ついたカプセルを前方上空へ緊急射出。艦体 起こしたのだった。とはいえグロースシュトラールも誘爆自体は設計時から想定済み 撃波は光子榴弾砲に収められようとしていた真空カプセルを破壊。対消滅反応を引き のアサマの攻撃により防御壁崩壊寸前だった防御重力場は崩壊し、３発の特殊榴弾の衝 シ ー ル ド・ ダ ウ ン キャパシティを大幅に削る。そこへ、ホタカが咄嗟に放った６１㎝砲弾３発が直撃。先 の 迎 撃 網 を 食 い 破 っ た １ ４ 基 の ト ラ イ デ ン ト と ２ 発 の 砲 弾 は 防 御 重 力 場 に 突 き 立 ち、 圏へ脱出した直後だった。それでも、ホタカ迎撃に振り分けられていたため荷電粒子砲 た同時攻撃だったが、結果は一歩間に合わず防御重力場に着弾したのは光子榴弾が安全 分へ向けて叩き込んだ。発射された光子榴弾を超兵器の近くで炸裂させようと実行し 弾と予め発射し上空待機させておいたトライデントをグロースシュトラールの艦首部 グロースシュトラールが２発目の光子榴弾砲を放つ直前、アサマはありったけの主砲 ﹂ ! ?! ! ! ﹁アサマが排除しました ＳＴＡＧＥ─５８ 狂気の奔流 1735 ﹂ 後、超兵器を待ち受けるのは自沈か撃沈かの不名誉な二択だった。 ﹁舵戻せ、両舷第五戦速。副長、目が見えない。どうなっている ﹂ ﹁あ∼、その。グラウンド・ゼロって感じです﹂ ﹁だいたい把握した。アサマ、聞こえるか ﹃そのナリじゃあ当然だわな。後は片付けとくから海域を離脱し、ッ 何だ、アレ﹄ ＣＩＣ要員の誰かが嘆いた瞬間、グロースシュトラールが紫色のオーラに包まれ再起 ﹁まさか⋮﹂ 諦めた様にも見えるが、彼の直観は其れを否定していた。 に荷電粒子を迸らせていた砲台も一切合財が死んだように沈黙している。一見、抵抗を グロースシュトラールが見える。先ほどまで砲弾を撃ちあげていた主砲も、狂ったよう ゾワリと悪寒が走った。通信から意識を再び主砲の測距儀に向けると、荒天下を漂う ! みたい﹂ ﹁此方は射撃管制レーダーその他が全滅だ。主砲は撃てるが当たらんだろう、止めは頼 こえてくる。 ノイズの混じる艦息様通信の向こうからは、少しばかりの安堵を滲ませた兄の声が聞 ﹃こちらアサマ、その様子だとどうやら生きてるみてぇだな﹄ ? ? 1736 ﹄ 動を果たし、再び前進を開始した。 ﹁暴走⋮﹂ ﹁っ ﹂ 生じていた。 やら防御重力場は展開されていないらしい。しかし、それよりも大きな問題が超兵器に アサマからの主砲弾がグロースシュトラールの艦体を穿ち、爆炎を噴き上げる。如何 ﹃クソッタレ、もう一戦かよ ! 苦労して破壊した光子榴弾砲付きで。 ﹁主砲測距儀の映像、モニターへ回します ﹂ ! 像がイマイチ信じられなかった。吹き飛ばされた艦種を黒いナニカで修復し、ある程度 信じられないと言った風な副長の声が聞こえる。ホタカも、今自分が認識している映 ﹁なっ、戻ってる⋮だと ? ﹂ て行き、最終的に元の部分よりもかなり短くなったが黒い艦首が再建された。それも、 した艦前方部に蒼黒い不定形の塊が現れる。それは伸び縮みを繰り返しながら変形し 変化は唐突だった。艦体を包む紫色のオーラがひときわ強く輝いたかと思うと、欠落 ホタカが声にならない悲鳴を上げる。 !? ﹃そんなんアリかよ⋮﹄ ＳＴＡＧＥ─５８ 狂気の奔流 1737 元の機能を補う超兵器なんて聞いたことも無い。 ﹄ あんなことが出来そうなのは超兵器機関だけだ あの黒い奴って超兵器機関じゃないのか │││││あの黒い構造体、まさか ﹃ホタカ ﹁恐らく間違いない ﹂ ! ?! ﹄ ! ﹄ ﹄ ﹁艦息用の通信回線でリンクすれば可能だ ﹂ いいから早く ! ﹃出来んのかよそんな事 ﹁以前艦娘相手にやったことが有る ! ! ! ! 怪我人はさっさと下がれ ! とっとと潰さないと碌な事になら ﹃艦 橋 根 こ そ ぎ 吹 き 飛 ば さ れ て 受 信 機 が 死 ん で る だ ろ う が ﹁アサマ、こっちの砲台は生きている。射撃諸元を回してくれ﹂ ウンザリしたアサマの声が、悲鳴に混ざって聞こえた。 ﹃男の悲鳴ほど気味悪いモノはねぇな﹄ 帯で流れて居るらしかった。 突然通信に割り込んだ絶叫に思わず耳を塞ぐ。この人間の悲鳴に似た声は全周波数 ｒｒｒｒｒｒｒ ﹃Ａｒｒｒｒｒｒｒｒｒｒｒｒｒｒｒｒｒｒｒｒｒｒｒｒｒｒｒｒｒｒｒｒｒｒｒｒｒ ﹃なら話は簡単だ、また艦首をふっとばせば﹄ ! ! 1738 んぞ ﹂ メインコンピューターに不正アクセス タカの意識を押し流していく。 ﹁なっ こいついったいどこから ﹂ ?! ﹁焦るな 防壁を展開 ﹂ オペレーターが悲鳴のような声をあげ、猛スピードでキーボードを叩き始める。 !? ぼすための純粋な衝動がゼロとイチのデジタル情報に変換されて頭の中へ流れ込み、ホ 界をゆがめて行く。憎悪だとか、悪意だとか人間的な感情とはかけ離れた、ただ敵を滅 る。体中の筋肉が硬直し、言葉が出ない。見た事の無い数字の羅列が視界を横切り、世 其処まで言った瞬間、彼の視界が赤く染まり頭の中に別のデータがなだれ込んでく ﹁良し、両舷前進全そ﹂ 限の位置関係はリアルタイムで解る。 のでそのデータをもとに彼我の位置関係を仮想空間に形成、後は音探を利用すれば最低 通信回線を経由して膨大なデータが流れ込んでくる。幸いにも電算機は無事だった ﹃⋮無茶すんじゃねーぞ﹄ ! ! ! ﹁防壁展開、擬似エントリー展開。クソッ回避された ﹂ ﹂ 副長の指示が飛び、オペレーター達は必要なプログラムを解凍し展開していく。 ! ! ﹁擬似エントリーをさらに展開して防ごう、その間に攻勢防壁解凍 ! ＳＴＡＧＥ─５８ 狂気の奔流 1739 ﹁擬似エントリーを回避、攻勢防壁⋮回避した ﹁艦長 システムダウン許可を 艦長 ! ﹂ !? そんな﹂ !? っ ﹂ ﹂ ﹂ アクセスの逆探は !? ﹂ ﹂ ! ﹁３、２、１、回せ ! ﹁カウントどうぞ から別のキーを取り出し専用のスロットへ差し込んだ。 副長がホタカのポケットに入っていたキーを取り出し、砲雷長に投げ渡す。更に、懐 ! だが、その指示を出す声帯は石の様に固くなってしまっている。 ⋮でました ﹁艦長が指揮をとれる状態じゃないので副長が引き継ぐ ﹂ ! 第８ガスタービンです ﹁待ってください ﹁何処だ ﹁本艦最下層 ! ﹁なんでそこに。システムダウンだ ! !? ! ! ?! ﹂ 失う事に等しい。こういう時ならすぐさまシステムダウンを行い強制終了するところ サマ型護衛艦で、メインコンピューターが乗っ取られると言う事は艦のコントロールを いが電算機を乗っ取られかけているらしいことは解る。電算機が全てをつかさどるア 副長や他のＣＩＣ要員の声がどこか遠く聞こえる。言葉の断片しか頭に入って来な ! ﹁補助電算機にアクセス、パスワード解析⋮１０桁⋮１５桁⋮パスワードクリアー﹂ 1740 ﹂ 砲雷長と副長が同時にキーを回すが、メインコンピューターへの侵攻は止まらなかっ た。 ﹂ ﹁ダウンしません ﹁もう一回 ! ﹁はいっ ﹂ ﹁電源供給を強制廃棄 ﹂ 再び同じ操作を繰り返すが結果は同じだった。 ! ! い。敵性プログラムに襲われた場合に味方を守る最後の手段だった。 源供給が不可逆的にストップする。その間にはコンピューターによる介在は存在しな バーを引く。これを退けば機械的に爆発ボルトが作動しメインコンピューターへの電 砲雷長がコンソールに取り付けられたプラスチック製のカバーを叩き割り、紅いレ ! ターも次々と復旧し、ＣＩＣに残る妖精たちと棒立ちになったホタカを染め上げる。再 数秒後、ＣＩＣルームは再びＬＥＤに照らされ元の明るさに戻った。沈黙したモニ 望を持つが、それもすぐに打ち砕かれる。 ＣＩＣルームは再び暗闇に包まれた。一瞬、システムダウンが成功したのかと誰もが希 絶望した様なオペレーターの声が嫌に大きく響いた瞬間、全てのシステムがダウンし ﹁電源、落ちません⋮﹂ ＳＴＡＧＥ─５８ 狂気の奔流 1741 起動したモニターに映ったのは、見慣れたウィルキア王国の紋章では無かった。中央を 舞う白鳥の周りには、蛇と王冠、そして稲穂の意匠。忘れることなどできはしない、祖 ﹂ 国を蝕んだ仇敵の紋章がモニターに浮かんでいた。 ﹁ウィルキア帝国の紋章⋮だと ││││に乗っ取られてしまっている。 ? ﹁取り敢えず、第８タービンを見に行きましょう。それから軍医を﹂ ﹁そうだね砲雷長。ちょっと、君と君、機関室と医務室行ってくれる ﹂ て艦のメインコンピューターは何者か│││││少なくともウィルキア帝国関係者│ 敵に攻撃を加える能力は著しく低下している。艦長は棒立ちで心ここにあらず。そし 思わず副長は頭を掻いた。艦の状態は最悪と言っていい。上部構造物はなぎ倒され、 ﹁まったく、何だってんだ。一体﹂ さなくても戦闘に巻き込まれて轟沈なんてことにはならない筈だった。 は戦闘を続ける２隻から遠ざかる針路をとっていた。これなら、最悪ホタカが目を覚ま ともに狙いを付けられたものでは無く。明後日の方角へ突き立てられている。ホタカ えている。超兵器はと言うと、狂ったように各種兵装を放っているが、そのどれもがま 闘を進めているようだ。距離を取ってミサイルと砲撃で蒼黒い艦首部分に猛攻撃を加 システムが復旧し、主砲測距儀の映像がモニターに流れる。外ではアサマが優勢に戦 ? 1742 商売道具を破壊されて仕事が無い対空レーダー手と対空パルスレーザー操作員を伝 令に出す。艦内通信網はメインコンピューターをジャックされている現状では使いた ﹂ くない。その時聴音手がヘッドフォンに慌てたように手を当て、数秒後真っ青な顔で副 長へと振り返る。 ﹁どうしたんだい ・ ・ ＣＩＣの全員の目が聴音手に向いていたため、誰も気が付かなかった。 ﹁いえ、向こうじゃありません﹂ ・ 呆れたような副長の視線を受けた聴音手は、蒼白になった顔を小さく横に振った。 ﹁いや、そりゃそうだろう。近くで超兵器とドンパチやってんだから﹂ ﹁副長、超兵器ノイズを確認しました﹂ ? ・ ・ ・ ! アサマへと向けられる。 主砲が旋回して、ッ ? を弾きだし、必要なデータも射撃に必要な電力も砲塔には揃っていた。 主砲管制員が気づいた時にはもう遅かった。アサマから得た射撃諸元を元に予測値 ﹁あれ ﹂ ように３基の主砲が旋回し未だに狂ったように攻撃を続けるグロースシュトラールと それまで石造の様に固まっていたホタカの右手がゆっくりと上がり、それに連動する ﹁超兵器ノイズの発信源は﹂ ＳＴＡＧＥ─５８ 狂気の奔流 1743 ・ ・ ・ ・ ＥＤ ﹁Ｄｏｎｎａ Ｂｕｒｋｅ 〟ＨＥＡＶＥＮＳ ＤＩＶＩＤＥ〟﹂ ﹁攻撃、開始﹂ ﹁ここです﹂ 1744