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NICU での経験:“治療拒否”のお話 新生児医療の

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NICU での経験:“治療拒否”のお話 新生児医療の
NICU での経験:“治療拒否”のお話
新生児医療の現場において、特に染色体異常を合併する小児外科疾患の児に
対する治療の同意を得るのに難渋することは、決して稀ではないと思います。
今回は私が経験した事例をお示し致します。
症例は先天性十二指腸閉鎖症および Fallot 四徴症の出生前診断例で、当初よ
り Down 症候群が疑われていました。母親(医療関係の職についている)は高
齢で初妊。胎児エコーで十二指腸閉鎖症、先天性心疾患を指摘されていました
が、羊水検査は希望せず未施行でした。私たち周産期チームは、妊娠中の母親
とのコミュニケーションでは、母親は Down 症候群の可能性を認識しつつ児に
対する外科治療の必要性を理解し、生まれてくる子への愛着は十分育まれてい
るという印象を受けていました。帝王切開で出生、母親は無事出生したことに
安堵した様子でした。同日両親に児の状態(その際、新生児科医とともに、染
色体検査の必要性を示唆)と日齢 2 に十二指腸閉鎖症の手術を予定しているこ
とを伝えた際にも両親は主治医の説明を十分理解している印象でした。翌日も
両親ともに GCU で児と面会し、このときも特に変わった様子はありませんで
した。日齢 2 の朝、両親が来院、今後の一切の治療拒否を伝えてきました。手
術はいったん延期となり、その後、新生児科と小児外科の担当医が、医療を差
し控える対象ではないことを繰り返し説明しましたが、両親は拒否の姿勢を崩
そうとしませんでした。父親は「治療して生きることが子どもの幸せと考えら
れない」と主張し、母親も一転「自分も治療は望まない」と頑なに言い続けま
した。院内の医療安全委員会で協議し、対応チームをつくり治療の同意を得る
べく根気よく説明しましたが進展はありませんでした。10 日以上経過し児の危
険性も高まることから、やむを得ず児童相談所へ連絡し、同時に医療ネグレク
ト、親権剥奪の可能性も含めてその旨を家族に伝えたところ、最終的に、両親
の治療に対する同意を得るに至りました。十二指腸閉鎖症・Fallot 四徴症の手
術は無事終了し、また染色体検査で Down 症候群の診断が確定しました。現在
術後数年を経過し、両親の児への愛着は順調に育まれている様子で、両親が連
れ立って児の定期検診に来院しております。
周産期に治療拒否、ネグレクトが起こる原因として、母親の愛着形成の躓
き、産後うつ、胎児診断にかかわる問題、病名・病態の告知・説明に関わる問
題、急速な病状の変化への対応不能などが考えられています。また、医療者側
と両親との「こうあってほしい児の姿」の相違も治療拒否の出発点となりま
す。今回、母親の治療拒否は予想していなかったものでした。私たち外科医は
「技術者」としての面が大きく、倫理学的な分野を含めてオールマイティーと
は言えないと思います。苦しみを背負って行くかもしれない家族の気持ちを無
視すべきではないでしょう(決して無視しているつもりはありませんが、家族
の受け止め方は様々かと思います)。「高度な医療」が困難な症例を救命できる
ようになればなるほど、家族に対してわが子が障碍を抱えるという「負担」を
強いる事例の増加につながり、「高度な医療」はいわば両刃の剣となる可能性
を持っているのではないでしょうか。完全に解決するのが難しい問題ですが、
関連診療科医師に加え、看護師、臨床心理士、MSW などを含む多職種連携の
支援チームによる計画的かつきめ細かい対応や地域行政による介護支援体制の
整備などがある程度の緩和策になるのかもしれません。
理想的な周産期・新生児医療の確立をめざして、小児外科医として症例・経
験を重ね、議論を続け、成長していきたいと思います。
参考とした文献
1)
窪田昭男、谷岳人、川原央好、他:術前に説明されなかった多発奇形
が告知された後、両親が治療拒否に転じた先天性横隔膜ヘルニア症例について.
日本周産期新生児医学会雑誌 50: 17-19, 2014
2)
和田和子、平野慎也、本間洋子、他:治療拒否は不幸な選択か. 日本
周産期新生児医学会雑誌 47: 842-848, 2011
3)
窪田昭男会長:第 1 回日本周産期精神保健研究会 H25.11.2-3, 大阪
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