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伊勢志摩からヒロシマへ

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伊勢志摩からヒロシマへ
溜池通信 vol.592
Biweekly Newsletter
May 27, 2016
双日総合研究所
吉崎達彦
Contents ************************************************************************
特集:伊勢志摩からヒロシマへ
1p
<今週の The Economist 誌から>
”Rebuilding bridges” 「再建される橋」
7p
<From the Editor> 神社は摩訶不思議なり
8p
**********************************************************************************
特集:伊勢志摩からヒロシマへ
今週は日本外交にとってまことに重要な 1 週間でした。今週 26-27 日は G7 伊勢志摩サ
ミットで議長国を務め、27 日午後にはバラク・オバマ氏が、現職米大統領として初めて被
爆地の広島市を訪問しました。伊勢神宮をバックにした先進 7 カ国首脳、そして平和記念
公園に立つオバマ大統領の姿は、長く記憶に残る光景となることでしょう。
あいにくなことに、金曜日発行という本誌のスタイルから言って、本号は結果を見届け
てからではなく、同時進行的に「伊勢志摩と広島」という 2 つのイベントを語ることにな
りました。以下は日本外交にとって晴れ舞台となったこの 2 日間を、半分、見切り発車と
いう形で論じていることをご承知おきください。
●伊勢志摩①:やや盛り返した G7 サミット
「そういえば、いつから G7 は『一泊二日』になったんだろう?」
伊勢志摩サミットの日程を見ていて、突然、そのことに思い当たった。1975 年の第 1 回
仏ランブイエ会議以来、先進国首脳会議の日程は『二泊三日』と決まっていた。前回、2008
年に日本で行われた洞爺湖サミットも、ちゃんと二泊三日で行われている。
調べてみたら、2010 年の加ムスコカサミットからであった。これは納得で、この年のカ
ナダは 6 月 25~26 日に G8 会合を実施し、6 月 26~27 日にトロントで G20 会合を実施し
ている。当時はちょうど G20 が始まったばかりで、G8 と同時並行的に開催されていた。
たまたま 2010 年は同じ国で行われたので、両方をくっつけて G8 の日数が 1 日削られた。
それが定着して、翌 2011 年の仏ドーヴィルサミットも一泊二日となり、それが今日まで
続いているのである。
1
とはいえ一泊二日と二泊三日では、会議の性質はまるで変わってくる。端的に言えば、
夕食を 2 回共にするか、1 回だけで済ませるかで、コミュニケーションの深さには相当な
違いが出るだろう。首脳間の人間関係を深め、いわば「ツーカー」の関係を構築すること
がもともとの G7(G8)サミットの目的であった。とはいえ、首脳会議が世界中で数多く
開催されるようになり、G20 というライバルも誕生するようになると、会期短縮はやむを
得ないことなのであろう。
本来、G7 会合には、国際法上のいかなる裏付けもあるわけではない。にもかかわらず、
G7 は長年にわたって重要な役割を担ってきたし、世銀や IMF などの国際機関に対しても
影響力を行使してきた。なんとなれば、国連のような「全員参加型」の組織は機能しにく
いからである。
このように言うと語弊があるけれども、200 軒くらいの町内会において、総会ではなか
なか物事が決められないということで、7 軒のお金持ちだけがしょっちゅう集まって、町
内の重要案件を決めていたようなものである。そんなことが認められてきたのは、かつて
は世界経済に占める先進 7 か国のシェアが圧倒的に大きく、また
「もしものことがあれば、
あの人たちが何とかしてくれる」と周囲に思われてきたからにほかならない。
ところが、2008 年 9 月のリーマンショック後の国際金融危機においては、米国などの先
進国経済自体が火元になってしまった。もはや G7 だけでは手の打ちようがなく、急きょ
同年 11 月に召集されたのが新興国を加えた G20 であった。そうした中で中国は 4 兆元規
模の財政出動を決断し、景気浮揚に成功して世界経済のけん引役になった。G20 こそが救
世主であって、世界経済は「新興国の時代」に入ったことが印象づけられた。
こういう経緯を思い起こしてみると、今年 9 月に杭州で G20 を主催する中国が G7 に対
抗意識を燃やす理由がよく分かる。王毅外相はわざわざ 26 日に記者会見を行い、「G20
こそ時代の発展の潮流に合致している」と述べている。G7 が南シナ海問題を議題とするこ
とも大いに不満だったようで、「サミットとは本来、世界経済について討論する場である
はず」とも言っている。
ところが同じ一泊二日でも、20 人もの代表(EU を含むので実際には 19 カ国の首脳)が
顔を揃えると、1 人が 10 分ずつ話すだけで大変な時間がかかってしまう。勢い、突っ込ん
だ議論や談論風発とした雰囲気は望み薄である。いわば「ミニ国連」となってしまうのだ。
それに比べると G7 は人数も少ないし、価値観も近い者同士の集まりである。7 人のシェ
ルパたちの気心も知れている。皮肉なことに、2014 年にロシアが外れて G8 が G7 に戻っ
たことで、ますます意見の集約が容易になった。
さらに現在は、先進国よりも新興国経済の方がリスクを抱えている。2016 年の世界経済
は石油価格が下落し、米利上げの可能性は為替市場のボラティリティを高め、中国経済の
不透明性が足を引っ張っている。以前に比べると、G7 は G20 に対してかなり盛り返した
と言っていいのではないだろうか。
2
●伊勢志摩②:「財政出動」をめぐる各国各様
本誌 4 月 22 日号「G7 伊勢志摩サミットへの道」で述べた通り、今回のサミットにおけ
る最大の注目点は、安倍首相が目指す「国際協調による財政出動」がどの程度首脳宣言に
盛り込まれるか、であった。
しかるにこの問題、議論をして答えが出るような問題ではない。今の世界経済が「リー
マン前」のように危険的な状態にあるのかどうかは、お気の毒様だが、誰にも分からない。
たまたまサミット当日の 26 日、石油価格が久しぶりに 1 バレル 50 ドル台をつけた。米連
銀は 6 月利上げもありと匂わせているし、確かに世界経済は落ち着きを取り戻しつつある。
それでも、「だから大丈夫」と言い切れる人はあまり居ないだろう。
逆にローレンス・サマーズ教授のように、”Secular Stagnation”(長期停滞論)の観点に立
てば、「過剰貯蓄と過少投資」の構造から抜け出すために今こそ財政出動を、ということ
になる(本誌 3 月 25 日号「長期停滞と向き合う世界経済」を参照)。
そこで各国の立場を確認するために、今週号の The Economist 誌の”Economic and financial
indicators”欄のデータを使って、こんな表を作ってみた。
○G7 各国のファンダメンタルズ1
日本
米国
ドイツ
英国
フランス
イタリア
カナダ
代表
GDP
財政収支
経常収支
長期金利
安倍首相
オバマ大統領
メルケル首相
キャメロン首相
オランド大統領
レンツィ首相
トルドー首相
0.5%
1.8%
1.5%
1.9%
1.3%
1.0%
1.6%
-6.2%
-2.5%
0.4%
-3.6%
-3.5%
-2.5%
-1.4%
3.8%
-2.7%
7.6%
-4.7%
-0.3%
1.9%
-2.8%
-0.11%
1.76%
0.17%
1.50%
0.48%
1.50%
1.37%
財政出動に対して…
積極的
積極的
反対
消極的
日和見
積極的
積極的
こうしてみると、もっとも財政状況が悪い日本が、「財政出動」を提案しているのはち
ょっとした奇観と言えよう。「マイナス金利をいいことに、放漫財政になっている」と見
られても不思議はあるまい。あるいは「消費増税延期という国内事情のために、サミット
の議論を利用している」と勘繰る向きもあるかもしれない。
他方では財政黒字を出し、GDP 比 7%超の経常黒字を持つドイツが「構造改革最優先」
の旗を振っているのも、嫌味の一つも言いたくなるところである。普通はこれだけ好景気
になると通貨高で調整されるはずなのに、通貨ユーロのお陰でドイツ経済は独り勝ちにな
っている。こういう場合、ドイツの経常黒字はユーロ圏内に投資されるべきではないか。
何しろスペインの失業率は今も 20.4%、ギリシャのそれは 24.4%もあるのだから。
あるいは、英国が財政出動に対して腰が引けている理由も上の表を見るとよく分かる。
1数字はすべて
2016 年の予測値で、財政と経常収支は対 GDP 比、長期金利は 10 年物国債利回り。
3
キャメロン首相は”Brexit”と「パナマ文書」で政治的に窮地に立っているが、それ以前に英
国経済は「双子の赤字」を抱えていて、いかにも危なっかしいのである。つまるところ、
各国が抱えている経済事情が、それぞれの意見を左右しているのである。
●伊勢志摩③:それでもサミットがまとまる理由
本稿執筆時点では、首脳宣言がどういう文言になるかは分からない。それでもかなり踏
み込んだ内容になる、すなわち議長である安倍首相の主張を大幅に盛り込んだものになる
だろうと筆者は予測している。サミットの歴史はそういうことの連続だったからだ。
前回、2008 年の洞爺湖サミットの際に、本誌は以下のように評している(2008 年 7 月
11 日号「G8 サミット=駅伝論」)。
サミットは駅伝に似ている。議長役という襷を 8 カ国で回しているが、次の走者に回らなか
ったら全参加国が困る。「今年で 34 回目」という伝統の重さもあるから、「自分のときに終
わった」ということは誰もが避けたい。従って、8 年に 1 度の議長国という役目は重い。他の 7
カ国も、国益にかかわることは譲れないまでも、多少のことは議長国に花を持たせてくれる。
そういう「お互い様」の精神があるから、襷はこれまで引き継がれてきた。
「サミットに失敗なし」という。事前にどれだけ意見が割れていても、多忙な首脳を 1
か所に集めて長時間拘束し、そのために多くの外交官が汗を流し、予算もふんだんに使い、
世界中の報道陣を集めて、それで「失敗でした」などということはあり得ない。だから最
後は必ずまとまる。軍縮や通商交渉などの会議とは違って、サミットは「来年のこともあ
るから」と皆が考えてくれるのである。
サミットという舞台では、かならず出席者に Peer Pressure(同調圧力)がかかる。限ら
れた時間の中で結論を出さねばならない、という状況が議論を収斂させるのだ。それは G8
時代のロシアでさえ、けっして例外ではなかった。一般に思われているように、「シェル
パがお膳立てをするからサミットがまとまる」わけではない。首脳同士がギリギリのとこ
ろまでやりあって、それでも襷が次に渡されてゆき、今年はもう 42 回目になるのである。
このように G7 の意見が収斂することは、その後に行われる G20 においても重要な意味
を持つ。前述の通り、G20 の議論は「各国首脳の言いっぱなし大会」に近いものになる。
そうした中では、「先進国の一致した見解」はおのずと重きをなす。おそらく中国から見
れば、まことに面白くない動きであるに違いない。
逆説的な言い方になるが、G7 サミットがこれだけ長く続いてきたのは、その存在が法的
な裏づけのない、不確かなものであったからではないかと思う。いつ終わってしまうかわ
からないからこそ、関係者一同の継続への意思が持続したのではないか。今年の伊勢志摩
もまた、その力学が働くことになるはずである。
4
●広島①:オバマ大統領がヒロシマに献花する日
G7 サミット以上に重い意味を持つのが、オバマ大統領による広島訪問である。サミット
は毎年のことであるが、こちらは年表に載るようなイベントである。今日残される「言葉」
と「映像」は、そのまま歴史の 1 ページということになるだろう。
『オバマ大統領がヒロシマに献花する日』(松尾文夫/小学館 101 新書)という本があ
る。出版されたのは 2009 年 8 月で、オバマ政権が発足した年の夏のこと。著者の松尾文
夫氏は共同通信の元ワシントン支局長であり、アメリカウォッチャー業界では尊敬を集め
ている先達である。以下、同書の内容を紹介したい2。
松尾氏は、ワシントン出張中だった 1995 年 2 月 14 日、テレビ報道で「ドレスデンの和
解」を目撃して衝撃を受ける。第 2 次世界大戦で連合国の無差別爆撃を受け、3 万 5000 人
の死者を出した独ドレスデン市において、空爆の 50 周年追悼式典が行われていたのであ
る。ちなみにこの件は、日本のメディアではほとんど報道されなかった。今でも日本版ウ
ィキペディアの中に、「ドレスデンの和解」という項目は存在しない。
この日、ヘルツォーク独大統領は「死者の相殺はできない」と演説した。連合国による
非戦闘員への無差別爆撃は、確かにひどいものであった。だが、それはナチス国家による
悪業によって相殺できるものではない。かといってもちろんのこと、ドイツ人が自国の戦
争犠牲者を強調することによって、過去の犯罪行為を相殺することもできない。
そこでヘルツォーク大統領は、死者を悼む精神で一致し、かつての敵も味方も一緒にな
って、「平和と信頼に基づく共生」の道を歩もうと呼びかける。そこには、「過去を謝罪
すべきかどうか」といった論点が入る余地はない。勝者と敗者が同じ側に立って、犠牲者
を悼むべきである、というのが「ドレスデンの和解」の精神であった。
なぜ同じことが日米でできないのか。「父も祖父も旧陸軍の職業軍人」3で、福井空襲を
生き延びた松尾氏は、ジャーナリストとして米国報道に携わることになる。そして戦後 60
年の 2005 年には、中央公論と Wall Street Journal で同時に「日本版『ドレスデンの和解』
の提案」を寄稿する4。以下に書かれた通りのことが、本日午後に実現しようとしている。
大がかりな儀式ではなく、アメリカ大統領が初めて広島の地に立ち、一人静かに花束を捧げ
るシンプルな行動だけで十分なのではないか、日米両国民の心、そして全世界の人々の心に対
して最も強烈な「鎮魂」のメッセージを発信することになるのではないか。演説も必要ないの
ではないか。(中略)年数や日にち合わせは問題ではない。行われることが重要である。
2
さらに詳しい内容は、元中央公論編集長・間宮淳氏による「オバマ広島訪問:日米『戦後和解』への長
い道のり」(ウェブフォーサイト:http://www.fsight.jp/articles/-/41189 )を参照。
3 松尾氏の祖父は、二二六事件で岡田啓介首相の身代わりとして暗殺された松尾伝蔵陸軍大佐。
4 http://matsuoamerica.sakura.ne.jp/id-3/2005/2005_09_.html に全文が掲載されている。
5
●広島②:安倍首相が真珠湾に献花する日
2008 年 7 月、洞爺湖サミットへの出発直前に、ホワイトハウスで取材を受けた当時のブ
ッシュ大統領は、日本人記者団の「広島を訪問するつもりはないか」という問いに対して、
「大変興味深い」と答えたことが公式記録に残っている。”Very interesting.”という答えは、
「一概に否定はできないけれども、それは自分にはちょっと無理だよねえ」という否定的
なニュアンスと解するべきだろう。
それにしても何という偶然か。このときも大統領選挙の最中で、ブッシュ大統領は「最
後のサミット」に臨むタイミングであった。2008 年の共和党大統領候補者はジョン・マッ
ケイン上院議員であったから、軍人出身の候補者が次を目指している状態では、現職大統
領の「広島訪問」はまさしく論外なことであっただろう。
ところが松尾提案は、2009 年のオバマ政権誕生によって急速に現実味を帯び始める。同
年 4 月 5 日、オバマ大統領はプラハにおいて、「(米国は)核兵器を使用した唯一の核保
有国として、行動する動議的な責任がある」と言い切ったのだ。
日本経済新聞の報道によれば5、この年の 8 月には着任したばかりのルース駐日米国大使
が、日本側に「オバマ大統領の広島訪問」の可能性を打診している。当時の薮中外務次官
は、"Premature"(機が熟していない)と応じたという。あいにくなことに、この時期はち
ょうど「政権交代選挙」の最中であった。その後に誕生した鳩山由紀夫首相は、発足早々
に普天間基地の辺野古移設問題で迷走することになる。日米関係は、大統領の広島訪問ど
ころではなくなってしまう6。
その後の日米関係は、東日本大震災後の「トモダチ作戦」(2011 年)で再起動すること
となり、「日本の TPP 交渉参加」(2013 年)や「安倍首相の議会合同演説」(2015 年)
などでじょじょに緊密化する。本日の広島訪問も、核廃絶への重要なマイルストーンであ
ると同時に、日米関係にとっての画期となるに違いない。
「松尾提案」に沿って考えると、オバマ大統領の広島訪問の後は、今度は安倍首相が真
珠湾を訪れて花を捧げる番となる。これまたほとんど報道されていないことなのだが、既
に 2008 年にペローシ下院議長と河野洋平衆議院議長の間で、広島と真珠湾の相互献花訪
問外交が行われている。つまり立法府の長は、相互に訪問済みなのである。
それでは安倍首相はいつ、真珠湾を訪れるべきなのか。今年 12 月 7 日はパールハーバ
ー75 周年となるが、今回の 5 月 27 日がそうであるように「年数や日にち合わせは問題で
はない」。今秋 11 月 19-20 日にはペルーで APEC 首脳会議が行われるが、その前後にハ
ワイを訪れるのが良いのではないか。とにかく、「行われることが重要である」。
「検証 オバマ氏広島訪問」日米、7年の駆け引き(2016 年 5 月 13 日)
オバマ大統領との最初の日米首脳会談において、「トラストミー」と言って梯子を外したことは、日米
関係における「黒歴史」であろう。
5
6
6
<今週の The Economist 誌から>
”Rebuilding bridges”
Banyan
May 21st 2016
「再建される橋」
*伊勢志摩サミットに関する The Economist 誌アジア・コラムの反応です。いかにも「戦
勝国史観」ですが、こういう見方もあるのだと心得ておく必要がありそうです。
<抄訳>
第 2 次大戦で日本が降伏した直後、米軍兵士たちが神聖なる三重県伊勢神宮に近づいた
ことがあった。檜造りの宇治橋にジープが差しかかったとき、止めようとした守衛はすげ
なくピストルで脅された。橋に残された傷は、今はもうない。1300 年の歴史を持つ神社と
同様、20 年ごとに再建されるからだ。敗戦国が受けた無数の屈辱のうち、ごく軽いもので
あった。5 月 26 日に安倍首相はこの橋で G7 首脳を迎え、その償いとする予定である。
奇妙な景色である。国家神道は戦後に排除され、1947 年にできた憲法では政経分離の原
則がうたわれている。三重県はサミット誘致に名乗りを上げなかったが、安倍事務所の示
唆で候補地になった。「戦後レジームからの脱却」を目指す首相の着手小局である。
さらに安倍に政治的効果を与えるのは、米国現職大統領として初めてオバマが広島を訪
問することだ。ホワイトハウスは謝罪しないと表明しているが、9 割の日本人は歓迎して
いる。左派は平和憲法の有難味を、右派は戦争責任を求められる理不尽を噛みしめる。昨
年 12 月、日韓が慰安婦問題で合意したことが広島訪問を可能にした。それでも中国は怒
るだろう。米国でも、原爆投下を肯定する意見は 1945 年の 85%から去年の 56%まで低下
したとはいえ、なおも多数派である。安倍は、年内に真珠湾を訪問するかもしれない。
伊勢神宮参拝に対し、安倍支持の国粋派は喝采するだろう。オバマは「二礼二拍手一礼」
式の儀礼には従わないだろう。それでも G7 は、戦前には帝国主義の道具であった神道に
お墨付きを与えることになる。靖国神社でのサミットはさすがに考えられないけれども。
安倍は神道自体への関心は薄い、と東京の宗教学者は言う。だが戦前回帰を目指す神道
政治連盟のメンバーであるし、式年遷宮の式典に出席した戦後 2 人目の首相でもある。
安倍のナショナリスト路線は軌道に乗っている。防衛予算を増額し、武器輸出を緩和し、
集団的自衛権で憲法解釈を変更した。米国はこれを歓迎し、日米は共に中国の野心を警戒
している。ゆえにオバマは懸念しないのだろう。安倍の支持率は久々に 50%を超えている。
サミットではまた、来年 4 月の消費税増税の約束が浮上しよう。世界経済が脆弱で財政
刺激が必要だという首脳宣言は、増税延期の口実を提供するかもしれない。このために国
民の信を問うとすれば、抜き打ち解散の条件が整う。7 月のダブル選挙説が現実味を帯び
てくる。サミットで評判を上げた安倍が、野党の足並みの乱れを突くというわけだ。
米国としては、安倍の政策とナショナリスト路線を切り離せない。そこには危険な歴史
認識もある。安倍を助けることで米国は意図せずに、多くの近隣国が、そして日本自身も
恐れている方向に、日本を向かわせることを手助けしているのではないか。
7
<From the Editor>
神社は摩訶不思議なり
前頁の通り、今週の The Economist 誌が「G7 首脳の伊勢神宮参拝は、安倍首相の人気取
りに使われている」という指摘しています。ちょっと心外だなあ…と感じるのは、筆者だ
けではないでしょう。政教分離とか敗戦の屈辱がどうこうではなくて、海外からのお客さ
んに対して、「あそこへ行くんだったら、是非、お伊勢さんを見てもらわないと」という
のは、大方の日本人の率直な気持ちではないでしょうか。
5 月 24 日付の Financial Times 紙でも、”Hiroshima visit sparks anger in Seoul”(広島訪問は
韓国の怒りを呼ぶ)という記事が同様な指摘をしています。「伊勢は日本の皇室の神社で
あって、安倍氏は毎年訪問している。彼は物議を醸しがちな靖国神社の代わりにそれを使
っている。韓国や中国の怒りを交わして、皇室を讃えようという試みだ」とのコメントが
引用されています。これも少々、無理っぽい決めつけであるように思われます。
そもそも 1300 年の歴史を持つ伊勢神宮と、明治維新後にできた靖国神社では格が違い
過ぎるし、国民の受け止め方も違います。首相の靖国参拝は国論を二分しますけど、毎年
1 月 4 日に首相が伊勢神宮に参拝することは、正月恒例の行事として定着しています。そ
れこそクリスチャンや社会党出身の首相も、参拝してますし。それ以前に神道は、教義も
なければ教祖も居ない。果たして宗教と捉えることが適切なのかどうかも疑問です。
とは言え、だったら神道とは何なのかと聞かれたら、筆者には答えられません。まして
や海外のジャーナリストに対して、英語で説明するなんて無理な相談ですな。そもそも普
段から、まるっきり意識していないもの。海外メディアで誤解を含む記事が出るというこ
とは、きちんと説明しない(できない)日本側にも問題があるのでしょう。
真面目な話、神社のことはよく分かりません。おそらく「神宮」(伊勢を頂点に、熱田
や明治がある)が偉くて、次が「大社」(出雲や諏訪)で、その下に無数の「神社」があ
るのだと思います。ところが関東一円を見る限り、諏訪大社の方が鹿島神宮や香取神宮よ
りも分社が多い気がするのです。つまり国譲りの神話における敗者側が、勝者側よりもプ
レゼンスが高いように見える。いったい、なぜなんだろう。筆者の長年の疑問です。
そもそも神社とは何がありがたいのか。よく分からずに皆が拝んでいる。これこそ日本
的な光景と言えましょう。なるほど誤解を招きかねない状況であります。
* 次号は 2016 年 6 月 10 日(金)にお送りします。
編集者敬白
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