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ハードディスクの新技術

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ハードディスクの新技術
特
集
ハードディスクの新技術
New Technologies for Hard Disk Drives
あらまし
富士通はサーバ用からモバイルパソコン向けまでの全機種にG-MR(Giant-MR:巨大
磁気抵抗効果)
ヘッドを採用したハードディスク
(HDD)
の出荷を開始した。ハードディ
スクの全シリーズにG-MRヘッドを採用したのは富士通が世界初である。ハイエンドの
3.5インチ装置は最大で36 Gバイトの記録容量をもっている。この大容量は,G-MRヘッ
ドだけでなく,新開発の低ノイズ記録媒体,記録密度向上に不可欠なヘッドディスクイ
ンタフェース技術,さらには,ヘッド位置決めサーボ系の改善,新方式信号処理回路な
ど多くの要素技術により実現されている。本稿では,これらの技術と今後の高密度記録
に向けた展望を述べる。
Abstract
Fujitsu has started using giant-magneto-resistive(G-MR)heads in all of its magnetic disk
drives, ranging from server drives to drives for mobile PCs; Fujitsu is the first manufacturer to
do this. The high-end 3.5-inch drive has a maximum storage capacity of 38 gigabytes. This
large capacity has been achieved by using the G-MR head, a newly developed low-noise recording
medium, a head disk interface technology that assures high reliability in the head flying system
which is indispensable for a high recording density. Also, many element technologies such as
an improved head positioning servo system and a sophisticated signal processing circuit are
used. This paper describes these new technologies and the future outlook for high-density
recording.
14
溝下義文(みぞした よしふみ)
1974年広島大学大学院精密工学研究
科修士課程了。同年(株)富士通研究
所入社。以来磁気ディスク装置の開
発に従事。1993年富士通へ移籍。
ストレージプロダクト事業本部テク
ノロジ開発統括部
FUJITSU.50, 1, pp.14-21 (01,1999)
ハードディスクの新技術
○○○○○○○
ま え が き
ディスク回転数7,200 rpm
(PicoBird-13H)
の高速性能を実
現している。
富士通はエンタープライズ型サーバ用からモバイルパ
Allegro-5シリーズでは,ディスク回転数10,000 rpm,平
ソコン(以下,モバイルPC)向けまでの全機種に最先端の
均アクセス時間5ms,内部データ転送速度45 Mバイト/
G-MR(Giant-MR:巨大磁気抵抗効果)ヘッドを採用した
秒(外部インタフェースではFiber Channelによる100 Mバ
ハードディスク(以下,HDD)の出荷を開始した。HDDの
イト/秒)
の世界最高性能を実現している。
全シリーズにG-MRヘッドを採用したのは世界で初めてで
あり,モバイル用2.5インチディスク装置で10 Gバイト,
○○○○○○○
ハードディスクの特徴とこれまでの歩み
サーバ用3.5インチ装置で36 Gバイトの記録容量を実現し
マルチメディアの進展に伴い,大容量記憶装置としての
ている。
HDDへの期待がますます増している。HDDは比較的高速
HDDは,磁気ヘッドや磁気記録媒体だけでなく,サー
なデータアクセス速度(データ待ち時間が平均で数ms,
ボ 技 術 , 精 密 機 械 加 工 技 術 , 流 体 力 学 , ト ライボロ
データ転送速度が最大数十 Mバイト/秒)
を持っているこ
ジー,信号処理などの広範な技術の集大成である。新開
とから,計算システムの外部記憶装置として中心的な役
発装置も,G-MRヘッドを中心とする多くの要素技術によ
割を果たしてきた。それも,一時は半導体メモリに取っ
り実現されている。本稿では,新開発のディスク装置に
て変わるという意見もでたが,ビットコストで現在も2
○○○○○○○
採用されたこれらの要素技術を紹介するとともに,さら
桁近いアドバンスを維持している。
に,今後の記録密度の向上に向けた展望を示す。
HDDの記憶容量を決める面記録密度は1980年代までは
開発装置の概要
開発したG-MRヘッド搭載装置を図-1に示す。モバイル
年率30%程度の伸びであった。1990年代に入りMRヘッド
と新しい信号処理方式PRMLが導入され,年率60%の
ペース(5年で10倍)
と急速に進歩の速度を速めた。その
PC用2.5インチのHornet-11シリーズ(最大容量10 Gバイ
ト),デスクトップPC用PicoBird-13シリーズ(最大容量
0.09 μm
1.25 μm
18.2 Gバイト),サーバ用Allegro-5シリーズ(最大容量36 G
0.4 μm
0.29 μm
バイト)の3シリーズである。
1.25 μm
Hornet-11の記録密度は,半導体メモリはもちろん,最
0.74 μm
0.9 μm
1.4 μm
新の書き換え可能型光ディスク装置を超えている。この
比較を図-2に示す。Hornet-11のビットサイズ(メディア
上の1ビットに要する面積)は0.126μm 2 であり,DVD
2
0.4 Gビット/平方インチ
RAM(64 M)
2.2 Gビット/平方インチ 2.5 Gビット/平方インチ 5 Gビット/平方インチ
DVD RAM
(記録密度で2倍以上)となって
RAM(0.3μm )の1/2以下
いる。
PicoBird-13シリーズでは,18.2 Gバイトの大容量で
MO(GiGAMO)
1.3 Gバイト
磁気ディスク
(HN-11)
図-2 ビットサイズの比較
Fig.2-Bit size comparisons of various storage devices.
図-1 G-MRヘッド搭載装置
(カバーを取りはずした状態)
Fig.1-Inside view of hard disk drives equipped with G-MR head : Cover removed.
FUJITSU.50, 1, (01,1999)
15
ハードディスクの新技術
面記録密度(Gビット/平方インチ)
100.000000
10.000000
センス電流
MO(Gigamo)
: 2.5 Gビット/平方インチ
DVD RAM: 2.2 Gビット/平方インチ
RAM(64 Mビット)
:0.4 Gビット/平方インチ
リード層
安定化層
:>5.25インチ
:5.25インチ
:3.5インチ
:2.5インチ
0.100000
0.010000
フリー層
記録ディスク
からの磁場
SAL層
(Soft Adjacent Layer)
MRヘッド
0.001000
0.000100
1970
反強磁性層(PdPtMn)
ピニング層(CoFeB)
Cu層
MR層
スペーサー
1.000000
1975
1980
1985
1990
1995
2000
2005
2010
センス電流
リード層
記録ディスク
からの磁場
スピンバルブ型G-MRヘッド
図-4 MRヘッドとスピンバルブヘッドの構造比較
Fig.4-Structure of MR head and G-MR head.
出荷年度
図-3 ハードディスクの記録密度の進歩
Fig.3-Trend of recording density for hard disk drives.
最大変化量(抵抗変化率)が現状のMRヘッド(パーマロイ)
が2.5%程度であるのに比べ,6%程度まで増加できる。
しかし,この抵抗変化率の増大を有効に使うには,記
歩みを図-3に示す。単位面積
(1平方インチ)
あたりの記
録媒体からの磁場に敏感に反応できる磁性膜の開発が不
録ビット数という尺度で,これまでのHDDの推移と各種
可欠とされていた。さらに,従来のMRヘッドに比べ素子
記憶装置の密度を比較している。
を構成する膜が薄くなったことと(例えば銅で構成される
富士通は,3.5インチAllegro-1装置(1994年出荷)
から積
スペーサ層は30∼40 Åと原子15個分の厚さに相当),電流
極的にMRヘッドを採用し,記録容量を増やしていった。
密度の高い素子に反強磁性膜という特殊な材料が不可欠
さらに,今回発表したG-MRヘッド搭載装置でも,その改
である。これらの材料は熱的な安定性が低く,また熱拡
○
○
○
○
○
○
○
○○○○○○○
良のペースを維持している。今世紀末には20 Gビット/平
散による特性劣化が大きな問題となる。この耐熱性の改
方インチ(3.5インチディスク1枚あたり約30 Gバイトに相
善がG-MRヘッド開発の最大の課題であった。
当)にまで達することが予測されている。
G-MR ヘッドによる記録密度の向上
信頼性の高い G-MR ヘッドの開発
サーバなどのハイエンドシステム向け磁気ディスク装
MRヘッドの実用化(1990∼)により記録密度の向上ス
置の開発では,従来のMRヘッドと同等以上に信頼性の高
ピードは大きく上がった。しかし,このMRヘッドも信号
いG-MRヘッドが要求された。このため,G-MRヘッド用
出力の増大に限界がある。記録密度で3Gビット/平方イ
磁性材料と,さらにそれを支える製造プロセスの開発で
ンチぐらいがリミットであり,さらに感度の高いヘッド
は信頼性を最大の目標として進めた。
が必要とされた。これを実現するものとして,巨大磁気
富士通は,スピンバルブヘッドに不可欠な材料である
抵抗効果(Giant Magneto-Resistive effect)
型ヘッドが研究
反強磁性膜に,耐熱性の優れた規則格子系合金(PdPtMn)
された。このなかで,富士通はスピンバルブ型G-MRヘッ
を開発し,新開発のG-MRヘッドに採用した。反強磁性が
ドにより,世界で初めて5Gビット/平方インチ記録を実
消滅する温度(ブロッキング温度)
は310℃を超える。耐熱
(1), (2)
証した。
性の向上は反面で製造プロセスを困難にするが,新しい
従来のMRヘッドとスピンバルブ型G-MRヘッドの比較
アニールプロセスの開発によりヘッド製造を可能とし
を図-4に示す。MRヘッドは記録媒体の発生する微小磁場
た。また,スペーサ層と磁性層間の拡散による温度劣化
を厚さ120 Å程度のパーマロイ薄膜の磁化角変化
(抵抗変
を防ぐため,ピン層およびフリー層と導体層の界面に特
化をもたらす)
で検出する。スピンバルブ型G-MRヘッド
殊な磁性材料(CoFeB)
を用いることで300℃以上の耐熱性
も同様にフリー層と呼ばれる磁性層の磁化角変化で検出す
を確保できた。
るが,その膜厚はMRヘッドの1/2∼1/3程度である。これ
この結果,耐熱性の高い反強磁性膜とG-MRヘッドの熱
に加え,導体層とピニング層と呼ばれるさらに薄い膜を必
拡散耐性を高める合金材料が開発でき,耐熱性はもとよ
要とする。抵抗変化はフリー層とピニング層の磁化角の相
り高い静電破壊耐圧を持つG-MRヘッドが開発できた。
対変化(導体層を通る電子の散乱 = 抵抗変化)で検出され
図-5はヘッド素子に加わる静電エネルギーに対するヘッ
る。このような複雑な構成をとることで,従来の磁気抵
ド出力の劣化を見たもので,不規則格子系合金を用いた
抗効果型ヘッドに比べ高い信号出力が得られる。抵抗の
ものに比べESD耐性は大きく向上している。これが,発
16
(3), (4)
FUJITSU.50, 1, (01,1999)
ハードディスクの新技術
5
4
G-MR感度(μV/Oe)
ジンバル
規則合金系反強磁性膜
(PdPtMn)
を用いたG-MR
ピコスライダ
信号パターンパッド
3
金ボールボンド
13 mm
2
1
2 mm
7 mm
0
接続パッド
-1
-2 不規則合金系反強磁
性膜を用いたG-MR
-3
0
1
2
ロードビーム
3
4
5
信号パターン
G-MRヘッド
ESDエネルギー
(nJ)
図-6 CAPSの外観
Fig.6-Cable patterned suspension.
図-5 各種の材料を用いたスピンバルブヘッドの静電耐圧の比較
Fig.5-Comparison of ESD damage energy for G-MR heads.
パッド
○○○○○○○
熱が大きく,ディスクの回転数が高いハイエンドの装置
スライダ
にG-MRヘッドが世界で初めて採用できた理由である。
パッド
ヘッドディスクインタフェース
浮上量
ディスク
HDDの記録方式
(誘導型ヘッドで書き込み,磁気抵抗
G-MRヘッド
効果型ヘッドで読み出す方式)では,記録密度を上げるた
図-7 SFSの外観
Fig.7-SFS
(Stiction Free Slider)
.
め記録ヘッドと記録媒体の距離を近づけざるを得ない。一
般的には,記録媒体上の記録ビット長の1/2程度まで近接
する必要がある。開発した新型装置はビット長が0.1μm
にも微細化しており,ヘッドと媒体の距離(磁気スペーシ
CAPSの外観を図-6に示す。
ング)は50 nm程度に低減することが求められた。このよ
● SFS
うな極低浮上で装置の信頼性を確保するには,ヘッドと
3∼5Gビット/平方インチ記録では,50∼60 nmの磁
媒体の隙間を安定に維持する浮上型ヘッドスライダの設
気スペーシングが要求される。このような領域では,従
計技術と,超平滑な記録媒体とヘッドの吸着を防止する
来のヘッド吸着を防止するテクスチャー(媒体表面を機械
技術が不可欠である。
的な加工などで微細な凹凸をつけ吸着を防止する技術)は
● CAPS
採用できず,ヘッド吸着防止のため他の方策を考えなけ
装置の小型化や信頼性の向上に対応して,ヘッドサイ
ればならない。このような課題から,著者らはヘッド側
ズの小型化が求められている。しかし,スライダが小型
に工夫を加えることで極めて微細なテクスチャー(媒体の
化すると,多くの問題が生じる。その一つは,ヘッドか
磁気特性確保に必要)の平滑媒体でも吸着を起こさない吸
らのリード線の処理である。G-MRヘッドでもMRヘッド
着フリースライダ
(SFS:Stiction Free Slider)
を開発し,
と同様に,書き込み用ヘッド
(インダクティブ型)
と読み
G-MRヘッド搭載装置にも全面的に採用した。
出し用ヘッド
(G-MR)
の二つが必要で,従来のインダク
このスライダの外観を図-7に示す。スライダの浮上面
ティブ型ヘッドの2端子に対し,4端子が必要である。
には,媒体との吸着を防止するため,微小高さ(30∼40 nm
新開発装置のG-MRヘッドは長さ1.2 mmの超小型スライ
程度)
のDLC(ダイヤモンドライクカーボン)
の突起が設け
ダ(ピコスライダと呼ばれている)
に搭載された。通常の
られている。この突起は,スライダが浮上している状態
リード配線ではそのテンションが浮上姿勢を悪化させる
ではヘッド素子位置より媒体との隙間が大きくなるよう
ため,ステンレス製支持バネに配線を直接パターン形成
設計されている。
した超小型パターン配線支持バネ Pico-CAPS(CAble
SFSの導入で,吸着を防止するため,レーザなどで媒体
Patterned Suspension)が導入され,信頼性の向上に寄与
表面に突起を形成することも不要となり,ヘッドと媒体
(5), (6)
している。
FUJITSU.50, 1, (01,1999)
(7), (8)
突起部との摺動による塵埃発生がない。また,イレギュ
17
ハードディスクの新技術
DLC Protective Layer
20 nm
Co-Cr-X
Recording Layer
Cr-X
Under Layer
Ni-P
Plated Layer
図-8 Trini-sliderの模式図
Fig.8-Schematic drawing of Trini-slider.
図-9 媒体構成
Fig.9-Layer structure of medium.
ラーな動作でヘッドが媒体のローディングゾーン以外に
接触しても,吸着によるヘッドのダメージが発生しない
200 kFCI
150 kFCI
120 kFCI
1 μm
など信頼性の高い装置が実現できた。
● Trini-slider
ヘッドスライダの浮上を安定化させるため,富士通は
すでにGuppyと呼ばれる負圧型ヘッドスライダを開発し
実用化してきた。このスライダは高い浮上安定性を持
ち,装置の信頼性向上に寄与してきた。
しかし,HDDの性能向上に対する要求は強く,とくに
ハイエンドディスクではヘッドアクセスのさらなる高速
化が求められている。Allegro-5E/5LEでは,ヘッドは200 G
もの加速度でアクセス動作を行うことで平均アクセス時
間5msを実現している。
旧媒体
新媒体
図-10 ビットパターン比較
Fig.10-Bit pattern comparison between conventional and improved
media.
このような高速アクセスでは,ヘッド浮上量をより安
定に保つことが重要である。これらの要求から,Allegro-
G-MRヘッドの採用によりヘッド出力
(感度)がいくら向
5E/5LEなどの高性能ディスク用として,Guppyスライダ
上しても,媒体から発生するノイズは低減しない。磁気
を発展させた新型負圧スライダ(Trini-slider)
を開発した。
記録媒体は,微細なクラスタと呼ばれる磁性粒の集合体
外形形状を図-8に示す。浮上面は3点
(パッド)
に分離
である。媒体ノイズの主因は,このクラスタが有限の大
され,前方1点と後方2点の3点で浮上力を発生してい
きさをもっているためと,磁化が反転する部分で生じる
る。中央部には負圧領域が形成されており,200 Gもの加
ジグザグ状の磁化の乱れ(磁化反転ノイズ)
である。
速度に耐えるため,大きな負圧力を発生させている。さ
新開発媒体では,記録膜の添加物を最適化するととも
らに,後方の2パッドで大きな浮上力を発生させ,従来
に,下地膜と磁性膜の間に結晶格子間隔を調整する中間
○○○○○○○
のスライダに比べヘッドアクセス時の浮上変動を1/2以下
(9)
に留めている。
低ノイズ媒体
層を設けることで,磁気クラスタの微細化と同時にクラ
スタ間の磁気結合を低減した。その結果,再生信号に重
畳するノイズの50%低減を達成した。
図-10は媒体に書き込まれた信号パターンをMFM(磁気
Allegro-5では従来機種
(Allegro-4)
に比べ2倍の記録密
力顕微鏡)で観察したものである。AL-5用媒体
(新媒体)
で
度と45 Mバイト/秒にも達する高速転送を達成するため
は旧機種(AL-4)と比較して高記録密度領域まで明瞭な
に,記録層,下地層の合金材料の新規開発を行った。こ
ビットが観察される。また,この改良でクロストーク特
の改良は特に媒体ノイズの低減に焦点を当てた。記録媒体
性も大幅に改善され,トラック密度向上にも大きな効果
の構成を図-9に示す。硬質のNiPめっきを施したAl基板上
を上げている。
にCr系の下地膜を介してCoCr系の記録材料を真空成膜(ス
パッタリング)によって形成している。記録層は約200 Å
(Co原子100個程度の厚さ)の極めて薄い磁性膜である。
18
○○○○○○○
(10)
信号処理技術
MRヘッドの登場で信号処理技術も大きく変化した。そ
FUJITSU.50, 1, (01,1999)
ハードディスクの新技術
れまで
(1,7)
RLL符号とピーク検出方式を用いていた
干渉を除去することは高い周波数成分の強調を意味し,
が,Allegro-1磁気ディスク装置からPRML方式が導入され
ノイズまで強調してしまうため得策ではない。そこで,
現在に至っている。衛星通信やディジタル無線で先行し
ある程度の干渉を許容するという考え方がパーシャルレ
ていた誤り訂正技術の最尤検出方式と高密度記録に対処
スポンスである。PR4の場合,2ビットまでの干渉である
するため,ビット間の磁束の干渉に強いパーシャルレス
が,EPR4では3ビットまで許容し,より高い線記録密度
ポンス伝送方式を組み合わせたPRML方式は,面記録密度
に対応可能である。最尤検出器は0,1を判別する際
が年率40%から60%に上昇するきっかけを与えた。
に,もっともらしいものを選び出すものである。その際
新開発のHDDでは,これまでのPR4ML方式に代わり,
に複数のサンプルを用いることでエラーレートの改善が
EPR4MLと呼ばれる新しい信号処理方式を採用してい
可能である。EPR4MLではPR4MLの2信号サンプルに対
る。EPR4MLもPR4MLと同様に,パーシャルレスポンス
し,4信号サンプルを用いて判別するため,所要S/Nを
等化と最尤検出を組み合わせた信号処理方式であるが,
原理的に3dB低減できる。
より高い線記録密度に対応可能であり,新開発装置の記
録密度向上に寄与している。図-11は,EPR4MLとPR4ML
○○○○○○○
機構部とサーボ技術
の性能比較を示したものである。
サーバ用高性能HDDであるAL-5シリーズでは,平均で
ヘッド再生信号から0,1の判別を行うためには,基
5msの高速ヘッドアクセスと10,000 rpmのディスク回転
本的にビット間の干渉を除去する必要がある。しかし,
数(AL-5LE/5E)
を実現,データ転送速度として世界最高速
エラーレート10-6を得るために
必要なS/N(dB)
の45 Mバイト/秒を持つデータアクセス速度を得ている。
30
10,000 rpmの回転数を実現するため,3インチのディス
ク径
(従来は3.5インチ)を採用している。しかしこれで
:PR4ML
(8 / 9)
も,ディスクの外周部の速度は150 km/時にも達し,ディ
:EPR4ML
(16/17)
スクの回転により発生する空気流がヘッドの浮上や位置
25
決め精度に大きく影響を与える。これは,ディスクに
よって発生する高速の空気流が媒体やアクチュエータ
アーム,ヘッドサスペンションの振動を引き起こすため
20
1.5
2
2.5
3
規格化線記録密度
である。この影響を最小限におさえるためにはドライブ
内の風の流れをいかに制御するかが課題となり,空気流
シミュレーションが活用された。
図-11 信号処理方式(EPRMLとPR4ML)
の性能比較
Fig.11-Performance comparison between EPR4ML and PR4ML
signal processing method.
図-12はこのシミュレーションの一例を示す。ヘッド
アームにかかる風圧を低減するため,ディスク外周を覆
9.00e+02
9.00e+02
7.90e+02
7.90e+02
6.80e+02
6.80e+02
5.70e+02
5.70e+02
4.60e+02
4.60e+02
3.50e+02
3.50e+02
2.40e+02
2.40e+02
1.30e+02
1.30e+02
2.00e+01
-9.00e+01
Y
Z X
-2.00e+02
スリット
2.00e+01 Y
-9.00e+01 Z X
-2.00e+02
圧力分布
(改良前)
圧力分布
(改良後)
図-12 風の流れシミュレーション
Fig.12-Example of air flow simulation in disk drive.
FUJITSU.50, 1, (01,1999)
19
ハードディスクの新技術
う部材にスリットをいれることで,ヘッドアームにより
せきとめられる風をアクチュエータ後方に流し,ヘッド
アームへの風圧の低減を図った。このように,ドライブ
○○○○○○○
内の空気流解析を駆使することで,ヘッドの振動(位置決
め誤差)を許容値内に低減できた。
記録密度向上への今後の展望
HDDの記録密度は,今後も年率60%で向上すると見ら
れている。このペースで開発が進むと,2005年には3.5イ
ンチディスク1枚で130 Gバイトの記録容量が得られるこ
とになる。しかし,この開発速度を維持するには,クリ
図-13 電磁型マイクロアクチュエータ
Fig.13-Electromagnetic type 2nd stage micro-actuator.
アすべき課題が多い。
トラック密度は光ディスク装置に迫るところまできた
が,今後はサブミクロンのトラックピッチを実現しなけ
ればならない。このためには,ヘッドの位置決め制御系
の見直しが必要で,ヘッドアクチュエータを2段(微少な
位置決めを行う小型アクチュエータを追加)にする方式を
開発している。現状の構成では,高精度の位置決めに不
可欠な広いサーボ帯域が得られないからである。このた
め,各種のトラッキング専用アクチュエータ
(Piggyback
Actuator)
を開発している。すでに電磁型(図-13)とピエゾ
(11), (12)
(図-14)を開発している。 さらに100 Gビット/平方イ
図-14 ピエゾ型マイクロアクチュエータ
Fig.14-Piezo type 2nd stage micro-actuator.
ンチを越える記録密度向けには,マイクロマシン技術を
応用した,ヘッドスライダ埋め込み型のアクチュエータ
として,希土類系などの磁気異方性エネルギーの大きい
を開発している。
記録材料の開発,垂直記録の採用などが考えられている。
HDDの線記録密度は光ディスクの数倍であるが,さら
さらに,信号処理方式の改善も,現実的な手段であろ
に密度を上げるには磁気スペーシングを一層下げなけれ
う。
(1,7)CODEは,媒体上の線記録密度を小さくする
ばならない。100 Gビット/平方インチ記録では10 nmの磁
点で磁気緩和に対し有利な方式である。MRヘッドと組み
気スペーシングが要求される。これは,Coの原子が50個
合わせて用いられている(8,9)CODEに対し,
(1,7)
程度しか入らない距離である。ヘッドと媒体を接触させ
CODEを用いるとビット長が1.5倍に拡大できる。いずれ
て記録する方式
(接触型記録)
も提案されているが,実用
にしても,100 Gビット/平方インチ(2005年に実現すると
的な耐久性の保証はもとより,安定な接触を維持するこ
予測される)
までは,現状方式の改良で可能と考えられ
とが困難と考えている。このため,現在の浮上型ヘッド
る。さらに究極の方式としては,量子化記録も提案され
をさらに進化させなければならない。これには,媒体表
ており,1T
(テラ = 1012)ビット/平方インチを越える領
面の極限までの平滑化とコンタミネーション低減技術に
域までの検討が始まっている。
加え,前に述べたSFS技術で対応できると考えている。す
でに,現在の技術で最も平滑な表面を持つシリコン基板
○○○○○○○
む す び
上でも吸着なしで実現できることを証明している。この
マルチメディアの進展に伴い,大容量記憶装置として
技術は今後の富士通の技術の柱になると考えている。
のHDDへの期待がますます増している。HDDの記憶容量
媒体の記録密度限界は最も深刻なものである。磁性粒
を決める面記録密度は年率60%(5年で10倍)
で延びてお
間の交換相互作用が低減され,グレインサイズの縮小さ
り,その記憶容量は着実に増大している。
れた低ノイズ媒体では,いわゆる熱による磁気緩和現象
磁気ディスク装置は,磁気ヘッドや磁気記録媒体だけ
が問題になる。この記録密度限界をいかに拡大するかが
でなく,サーボ技術,精密機械加工技術,流体力学,ト
今後の大きな課題である。記録密度限界を打ち破る手段
ライボロジー,信号処理などの広範な技術の集大成であ
20
FUJITSU.50, 1, (01,1999)
ハードディスクの新技術
る。本稿では,サーバ用からモバイルPC向けまでの最先
端のG-MRヘッドを採用したHDDに用いられた要素技術
Abstracts, pp.131, 1998.
(5) T. Ohwe et al.: Development of Integrated Suspension
を紹介した。
System for a Nano-slider with an MR Head Transducer. IEEE
今後の記録密度の向上に向け越えるべき課題は多い。
Trans. on Magn., MAG-29, pp.3924, 1993.
しかし,今世紀末の20 Gビット/平方インチ(3.5インチ
ディスク1枚あたり約30 Gバイトに相当)の開発に向け検
討が始まっている。さらに,つぎのステップである100 G
ビット/平方インチ記録へ向け技術開発を進めて行く。
(6) T. Ohwe et al.: A new integrated suspension for Pico-sliders
(Pico-CAPS)
”IEEE Trans. Mag., 32, pp.3648-3650, 1996.
(7) Y. Kasamatsu et al.: Stiction Free Slider for the Smooth
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