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まえがき
少子高齢化・人口減少が叫ばれるなか,2014 年度の日本の医療費はとう
とう 40 兆円を超えました。限られた資源のなか,適切な形で予算が使われ
ることがとても大切な時代に日本は突入しています。
「保健医療 2035」でも
厚生労働省から提示されているように,その最も大きな分野の 1 つが医療で
あることは間違いありません。医療に限った話ではありませんが,このよ
うな現状から,もはや自分でできることは自分でする,そのような全員総
力戦で乗り切ることは誰から見ても避けられない状況なのかもしれません。
しかし,このような未来,社会だから仕方がないからといった思考ではな
く,よくよく考えてみると,適切な知識をもってセルフケア・セルフメディ
ケーションができるのであれば,一人の人間としてそうしたいところです。
実際,何でも医療機関を受診していても良いことばかりではないとすでに
感じられている人も多いでしょう。ちょっと調子が悪くて医療機関を受診
したところ,そんなつもりでなかったのに高額な検査をたくさんすることに
なったり,かぜで受診したのに待合室にインフルエンザや胃腸炎の人がた
くさんいて長時間待たされた結果,それをもらってきて逆に長引いてしまっ
たりなんてことも珍しくはありません。しかし,セルフケアといってもその
やり方を適切に学ぶ機会はなく,簡単なことではありません。そこで,特
にかぜやウイルス性胃腸炎など勝手に良くなる(self -limiting な)疾患群を
中心にセルフケアをサポートする場として薬局を利用し,そこで薬剤師さ
ん(登録販売者など)が対応してくれることは極めて大きいと医師として感
じます。日本の医療現場の問題の 1 つであるコンビニ受診も減ることになる
でしょう。ところが,そのようなサポートは明日から誰にでもできるもの
ではないことも事実で,体系的にかつ実践的なものとして学ぶ必要があり
ます。
そこで本書は,薬局薬剤師さんへの調査をもとに,よく聞かれる症状,
聞かれて困る症 状を調 査し, そのデー タに基づいた構 成にしています。
211 人の薬局薬剤師さんに薬局で聞かれる症状に関してアンケートをとった
ところ,次ページの表のような結果となりました(複数回答可)
。
“かぜ”は症状ではありませんが,
「かぜだと思うので」と言ってこられる
iii
薬局でよく聞かれる症状
薬局で聞かれて困る症状
症状
人数
割合
1位
めまい
32
17.7%
10.7%
2位
倦怠感
28
15.5%
  58
  9.9%
3位
関節痛
24
13.3%
関節痛
  58
  9.9%
4位
かぜ
20
11.0%
5位
便秘
  54
  9.2%
5位
むくみ
14
  7.7%
6位
下痢
  51
  8.7%
5位
腰痛
14
  7.7%
7位
腰痛
  43
  7.3%
7位
下痢
13
  7.2%
8位
腹痛
  36
  6.1%
8位
便秘
10
  5.5%
8位
咽頭痛
  36
  6.1%
9位
腹痛
 9
  5.0%
10 位
めまい
  27
  4.6%
10 位
咳
 8
  4.4%
11 位
倦怠感
  15
  2.6%
11 位
ほてり
 6
  3.3%
12 位
むくみ
  11
  1.9%
12 位
咽頭痛
 3
  1.7%
症状
人数
割合
1位
かぜ
135
23.0%
2位
鼻水
  63
3位
咳
3位
患者さんはとても多いですので症状の 1 つとしています。これらを大きなま
とまりとしてまとめると,いわゆるかぜ様症状,痛み,消化器症状が多い
ことがわかります。よって本書では Step 1 を最も多い「かぜ様症状を見極
める」,Step 2 を「痛みを見極める」とし,意外に多い消化器症状をまとめ
て Step 3 として「消化器症状を見極める」としています(図 1)
。
また,聞かれて困る症状へのアプローチも大切です。アンケート調査か
らも見て取れるように,とても興味深い結果が出ています。なんと「よく聞
かれる症状」と「聞かれて困る症状」がほぼ逆転しています(図 2)
。かぜ様
症状は聞かれて困る症状としてはあまり上位に位置づけられておらず,困
るのはその他の症状のなかに多くがあったのです。
特にその他の症状のなかでもどのような違いがあるかも別グラフにしてみ
たところ,図 3 のようになりました。
めまい,倦怠感で半分以上を占めています。よって Step 4 は聞かれて困
る症状へのアプローチとして「めまい・倦怠感を見極める」という構成にし
ています。
iv
その他(下痢,便秘,
めまい,倦怠感,むくみ)
かぜ(鼻水,咳,咽頭痛)
27%
50%
23%
痛み(関節痛,
腰痛,腹痛)
図 1 薬局でよく聞かれる症状
かぜ(鼻水,咳,咽頭痛)
17%
57%
26%
痛み(関節痛,
腰痛,腹痛)
その他(めまい,
倦怠感,むくみ,
下痢,便秘,ほてり)
図 2 薬局で聞かれて困る症状
その他(下痢,
便秘,ほてり)
めまい
29%
13%
31%
27%
むくみ
倦怠感
図 3 薬局で聞かれて困る症状:
「その他」の内訳
v
このように,実際の薬局薬剤師さんからの調査結果に基づいた“よくある
気になる”症状を選択し,カテゴリー分類を試みています。当然すべての症
状を本書は網羅していません。しかし,症状へのアプローチ(臨床推論)は
すべての症状を網羅しようとすると複雑になり,わかりにくくなることが多
く現実的ではありません。自著の1つである医師向けの総合診療外来マニュ
アルである『ジェネラリストのための内科外来マニュアル』
(医学書院)も現
場で使えることを第一に考え,症状を網羅的に取り上げることはせず,同
じような構成となっています。すべての症状は網羅されていませんが,ア
ンケート調査結果からもわかるように,これでもニーズに基づいた症状の
90% 程度はカバーできています。
また,本書の特徴として,薬局における症状へのアプローチ(薬局での臨
床推論)を可能な限りわかりやすくシンプルかつ実践的に身につけていただ
くために次の 4 つの重要なキーワードに注目して記載しています。これらの
使い方に関してはこの後詳細に見える化して解説していきます。
❶“かぜの 3 症状”チェック
❷“胃腸炎の 3 症状”チェック
❸“OPQRST”に注目する
❹“レッドフラッグサイン”を見逃さない
さらに,よく聞かれる No. 1 である“かぜ”に関しては,薬局はその情報
発信の中心であってほしいと医師として心から思います。医師向けに『誰も
教えてくれなかった「風邪」の診かた』
(医学書院)という本を 2012 年に出版
させていただきましたが,医師の世界でもかぜに関する知識は大きく違いま
す。実際のところ医師はかぜ以外の重篤な疾患を診断治療することが大き
な役割であり,いわゆるかぜの真のスペシャリストはセルフケアをする患者
さん自身でしょう。そして,それをサポートするのは薬局薬剤師さんであっ
てほしいと心から思います。上記データに加えてこのような理由から,本
書では Step 1 の「かぜ様症状を見極める」に多くのページを割いただけでは
なく,患者さんから聞かれるさまざまなかぜに関する疑問にも対応できるよ
うになるために,「知っておきたいかぜの Q&A50 ─ かぜに関する素朴な
疑問に答えられますか?」を設定し Q&A 形式で学べるようにしています。
vi
本書は患者さんとのやり取りを臨場感ある形で提示するという構成の統
一上,薬局の店頭をイメージしたものにしています。しかし,この症状へ
のアプローチ(臨床推論)は薬局にとどまらず在宅の現場でも生きることは
間違いありません。ぜひ,薬局の店頭だけではなく在宅の現場で活躍する
薬剤師になるためにも必須の知識・技術としてご活用ください。そして何
より,一般の方がこれを読んで“よくある気になるその症状”へのセルフケ
アの方法を学んでいただくのがよいのではないかと思いませんか?
世の中にはたくさんの医療情報があふれかえっています。しかし,実際
のところその情報の多さと医学知識という複雑さのため真偽の判断は難し
く,結局どうしたらよいか? が現場にはきちんと伝わっていないように感
じます。医療情報の多さと複雑さゆえに,漠然とした不安にさいなまれて
いる患者さんを多く見ます。セルフケアの大切さを皆さんが感じ,少しず
つでも実践していただけるように本書がサポートさせていただければ嬉し
いです。
医療におけるエンパワーメントを推進する
総合診療医/感染症医
一般社団法人 Sapporo Medical Academy
代表理事 岸田直樹
vii
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