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見る/開く - ROSEリポジトリいばらき

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見る/開く - ROSEリポジトリいばらき
ROSEリポジトリいばらき (茨城大学学術情報リポジトリ)
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動物文学--第二次大戦終結前の日本の動物文学-1-
北垣. 篤
茨城大学文理学部紀要. 人文科学(14): 99-111
1963-12
http://hdl.handle.net/10109/10163
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お問合せ先
茨城大学学術企画部学術情報課(図書館) 情報支援係
http://www.lib.ibaraki.ac.jp/toiawase/toiawase.html
動 物 文 学 (1)
第二次大戦終結前の日本の動物文学一一
31・7・1963北 垣 篤
はしがき
目 次
1.資料
2.動物文学会
a・規約
b.概観
c.動物文学論
d・創作
e.翻訳・紹介
3・ 日本文学に現われた動物文学
4・海外の動物文学の翻訳・紹介
は し が き
このささやかな論文の試みをかつて生きていたときに,わたしたち人間を楽しませ,わ
たしたち人間の生活に貢献した,もろもろの動物たちの霊にささげようと思う。
いま,わたしたちが人間の世界の危機をごく身近かに,すでにわたしたちのはだで感じて
いることは,だれも否定しないだろう。「動物学的にみれば,学者によって分類の仕方は
幾分まちまちだが,このヒトたちは“哺乳綱,霊長目,ヒト科”または“哺乳綱,霊長目,ヒ
トニザル(類人猿)科”に属している。なんのことはないゴリラやオランウータによく似
た,れっきとした“ケモノ”である。やれ白だ,黒だ黄色だと,区別し差別するには当たら
ない,全く同じ動物の“ヒト”だ。ヒトは,オリのなかにいる動物仲間にいわせれば,ライ
オンでも倒すことのできる最もドウモウな,雑食性のケモノである。」これは「動物紳士
録」註の“ヒト”という一章にしるされている人間の動物学上の分類とその性質をしめすも
のであるが,この人間の世界が現在,おたがいに絶滅の危険性のなかをさまよっている事
実は,まことにあわれであり,また皮肉なはなしでもある。
註「動物紳士録」:昭和30・7・31朝日新聞社会部編・金子書房発行
このことと関連して,ボンゼルス註が「キズタ」のなかの「ここを堀らないでください」
という題名のエッセイにおいて,つぎのようなことばで強調しているのは,まことに注目
にあたいする。
「ここを堀らないでください,といういかにも子供が選択しそうな,たどたどしいことば
を,わたしはその後なかなか忘れることができないQしかも,わたしは宇宙の歴史とおな
じくらい古い地下の資源の眠っている,はるかかなたの領域にまで思いをはせなければな
らなかった。その領域では,現代人は片ときも休むことなく,石炭や油や金属鉱やウラン
100 茨城大学文理学部紀要(人文科学)第14号
鉱石などを堀りつくしている。それらの地下資源が堀りだされるときに,暗黒をもたらし
破壊をたぐらむおそろしい悪魔が,わたしの心の眼のまえで,太陽のひかりかがやく領域
に姿を現わすと,強大な力となりまさりながら,太陽の光を蔽ってしまう暗い威嚇的な集
雲の形をなして,自己の権利をあくまで主張してはばからなかった。」
註 ワルデマル・ボンゼルス(Waldemar Bonsels,1881−1952)はわが国でも「ミツバチ・マーヤの
冒険」で少年少女に親しまれている。「キズタ」(Efe馬1953)は彼の一種のエッセイ集である。
わたしは,あわれむべき様相を呈している,この人間とその社会を対象とする文学から眼
を転じて,人間いがいの動物たちを対象として描いた文学のようすをしらべ,紹介し,貧
しいながらも,いくらかの批判を加えていきたいと思う。だが「動物文学」ということば
からして,これは日本独特のもので,その概念規定もまだまだ不明確の域を脱していない
ばかりでなく,研究の方法論も種々さまざまであるうえに,創作の範囲もきわめて広いの
である。第二次大戦後のこんにちでも,「動物文学」と「動物記」とを混同しているよう
なありさまで,これはあきらかに区別されねばならぬ問題である。
この論文の試みにおいては,第二次大戦終結後の日本の動物文学についてのべる前に,ま
ず,それいぜんに発行された,動物文学会の会誌「動物文学」を基にして,その内容の紹
介と批判に主力をそそぎたいと考えている。
1.資 料
このつたない小論をかくについては,2・の「動物文学会」においては,会誌「動物文学」
の第73輯(1941年・昭和16年1月)から特輯・第87輯(1942年・昭和17年9月)を主として用
いたばかりでなく,文献保存の意味から,会誌の原文をなるべく多く採用した。3.の「日
本文学に現われた動物文学」をしるすためには,おもに筑摩書房発行の「現代日本文学全
集」を参照し,4・の「海外の動物文学の翻訳・紹介」については,国立国会図書館所蔵の
文献およびカタログに負うところが多いQ
2. 動 物 文 学 会 7−一
a.規 約
一 本會は動物文學會と樗しe動物に關する文献の蒐集整理⇔動物の生活の観察研究日動
● ● ● ■
物を主題とせる作品の創作をなし、動物に封する認織と愛情を一般的ならしめ、以っ
て正當なる自然観人生観の確立に資せんとす。
一 本會はその趣旨を達成するため、主として左の事項を行ふ。
←う毎月一回、雑誌「動物文學」の獲行、並に随時、軍行書の獲行。
⇔展覧會、研究會b談話會等の開催。
一 本会の趣旨に賛同し、会費年額、金四圓を前納するものを會員とす。 (但し、二回に
分納するも防げなし。)
一 會員は雑誌「動物文学」の配布を受くると共に投稿及び質疑の自由を有し、且、本會
主催の一切の計書に特典を受く。
一 會員の研究或は作品は専門機関又は新聞雑誌へ紹介推學す。
一 本會に顧問、賛助員、評議員,委員各若千名を置く。
一 會員五名以上の地に支部を設くることを得。支部の名稻は地名を冠し(某地)動物文
o
北垣:動 物 文 学 (1) 101
学會と稻し、本部の承認を経て適宣規定を定むることを得。支部には支部長を置くぺ
し。
一 本會の事務所は東京市目黒区自由ヶ丘一六一、白日荘内に置く。
(五 十 音 順)
顧 問
長谷川 如是閑
柳 田 國 男
賛助員
藍谷 盧 村
農學博士 板 垣 四 郎
農学博士 犬 飼 哲 夫
農学博士 内 田 清之助
林学博士 上 原 敬 二
沖 野 岩三郎’
理学博士 鏑 木 外岐雄
岸 田 久 吉
栗 旅 嘉名芽
理学博士 黒 田 長 禮
古 賀 忠道
斎 藤 弘
中 島 利一郎
中 西 悟 堂
理学博士 福 井 玉 夫
室 生 犀 星
陸軍少將 山 内 保 次
小 川 未 明
尾 崎 久 彌
評議員
石 川 湧
石 崎 夏 夫
内 山 賢 次
大 島 侃
太 田 春 雄
鈴 木 哲太郎
長 岡 行 夫
平 塚 武 二
堀 口 守
八 波 直 則
o
102 茨城大学文理学部紀要(人文科学)第14号
吉 田 元 一・
興 田 準 一
客 員
徳 富 猪一郎
南 方 熊 楠
委 員
阿 部 裏
金 井 紫 雲
清 水 良 雄
高 瀬 嘉 男
秦 一 郎
主 幹 平 岩 米 吉
本 多 顯 彰
b.概 観
動物文学會の会誌「動物文學」は1934(昭和9)年6.月}ご創刊号が発行されてから,毎刀か
ならずでていたが,1945(昭和20)年の3月,6月,9月が休刊となっただけで,現在ま
でひきつづき発行されている。ただし,第二次大戦後は3月,6月,9月,12月の年4回
の発行となっている。「動物文學」は創刊の当初から,主幹である平岩米吉氏の私営によ
るものであるが,その執筆者は動物文學会の会員だけに限定しないで,一般人の寄稿をも
観迎していたようである。この会誌はきわめて広い範囲と,ふかい学問的内容をもつてい
る。たんに,日本の実力ある著名な動物学者による動物学上の貴重な論文や動物の生態観
察の記録や随想等ばかりでなく,ひろく海外の動物学者の論文の紹介や動物文学者の創作
・紹介までものせている。しかし,「動物文學」という会誌の名称にそむかず,日本人の
創作による作品や随筆もかなりふくまれている。しかも,会誌の題名から,その内容が,
たんに動物を対象とした文学作品と動物文学論だけに限定されているのではあるまいかと
推測するのは,すこしせまい見解であつて,たとえば,ギルバート・ホワイトの「セルポ
一ンの博物誌」 (大部分は寿岳文章氏訳で一部は西谷退三氏訳)や,さまざまな動物記や世
界をまたにかけての博物紀行文なども,かなり豊富にはいっているのが,ひとつの特色で
もある。
付記 現在,会誌「動物文學」は動物文学会(東京都・目黒区・自由ヶ丘白日荘内)の発行となっ
ており,編輯兼発行人は平岩米吉氏である。
C.動物文学論
会誌「動物文學」にのった作家,動物学者,動物文学者等の動物文学論をかかげておく。こ
れらのなかには,動物文学論とかけはなれた動物随想もある。引用文のかなつかいと漢字
は原文のままである。
動物文學に就いて 藤 森 成 吉(第七十五輯・昭。十六・三)
藤森氏はまず、絵画と動物と日本にたいする外国人の批評に魅力を感じると書きおこし,
つづいて日本には動物文学がどんなにすくないかをなげいている。
「日本の動物文學の勘さ!迷信や怪異にむすびついた説話は古来澤山あるが、眞に動物の
生態に自口した文學がなぜ勘いのであろう?二葉亭の平凡のなかの犬の描爲は有名だが、あ
北垣:動 物 文 学 (1) 103
の程度の活き活きした描鳥だけでも・なぜもつと多くないのであろう?」
さいごに,自柳秀湖から彼に送った手紙のなかの一部は動物文学の観点ヵ・ら貴重である。
「諏訪湖の白狐の傳説なども、たしかに北方系統のものです。白い狐、白い熊、白い猪、
白い兎、白い鯨、白い鳥、これらは南洋の方にはあるまじき性質のものだと考へます。諏
訪明神の御使が白い狐であることは、因幡國の白兎、伊吹山の白猪などと共に、北方アジ
ア族の跡と見てよろしいと存じます。」
動物文学の璽遷 その他 内 山 賢 次(第七十五輯・昭・十六・三)
長年シートンの研究とその作品の翻訳にたずさわっている人の意見であるだけに・この
論説は興味ぶかく,多くの示唆をうける。まずはじめに,シートン編集の“Famous Animal
Stories”のなかに現われた,動物文学の四つの分類を内山先生は人間の文化史の発展段
階に拠って論旨を進めている。シートンの分類した方法とは,Mythと・Fableと・Fairy
Talesと,Story of Real Animalsである。
シートンの編集した動物神話は,十九世紀の作者の作品の多くが,神話時代に属するもの
とはいえないとのべ,“Animal Lore in English Literature”の著者アンセル・ロビンの
説,動物伝承におよんでいる。
さらに説明は寓話に移る。「イソップ物語は紀元前600年代のギリシャ人イソップの作で、
中世紀は寓話がもっとも栄えた時期であり、こんにちでもシートンのように寓話を書く人
がおり、ある意味では、現代は新しい、すぐれた寓話を必要としている時代かもしれない。」
とのぺている。「寓話は神話にくらぺると、動物についての知識は深くなり、動物の性格がい
ちおう概念化された程度まで進歩はしているが、いわゆる動物文学というものからは、ま
だほど遠く、作者は寓話をもって、道徳の説教や人生への痛烈な風刺を目的としている。
妖精物語については興味ぶかい意見がのべられている。妖精物語は作品のテーマが動物で
ある。この時期にはいると、作者の動物の博物学上の知識が深くなり,豊富になっている。
妖精物語の起原は精確にはわからないが,さしづめアンデルゼンあたりにあると見えてい
いだろう。」と思いきった説をとなえている。その具体的な理由として,「アンデルゼンの妖
精物語には相當動物が主人公となつてをり、その描かれてゐる動物の姿も相鷹に動物の精
確な観察や知織が土毫となつてゐる。このことはアンデルゼン(1805−1875)がキューヴィ
エ(1769−1832)やラマルク(1774−1829)と同時代の人であることを思へば、むしろ當
然のことであろう。」と説明している。さらに、「妖精物語の大きな特色は、動物が無条件
に人間のことばをかたることであり、このことは近代の動物文学からは・かなりにかけへ
だたってゐる。」とその論旨をすすめている。シートンの分けた妖精物語の標準は,動物が
人間のことばをかたることであるから,ワルデマル・ボンゼルスの「天国の民」などは彼
のとなえた妖精物語のなかにはいるだろう。
先生は,実在動物の物語は「動物文学」と言われる価値があり,近代文学の段階に達した
と説明しはじめ、「動物文学」というジャンルの起原について考える。「それは精確には定
めにくい。妖精物語がたとえアンデルゼンに始まつたといつても、妖精の文学に出現した
のはそれよりずつと古い。シェクスピヤにもそれ以前にもさかのぼる。シートンのやうな
標準に擦つたら神話時代にもさかのぼろう。同様に、實在動物の物語はアンデルゼン以前
にもある。第一、實在動物の物語といふ名構からして頗る朦朧派に属する。これをRealistic
Story of Animalsとでもしたら動物文学といふジャンルに近づくのではあるまいか。こ
104 茨城大学文理学部紀要(人文科学)第14号
の意味での凡そ動物文学なら、十九世紀後半のものと見ていい。即ち正統文學の上でロー
マン主義がリヤリズムによつて代られた時期、科學思想が大衆に浸潤しそめた時期とだい
たい符合する。そしてジェフリーズ(1848−1889)、シートン(1860−)、ロバーツ(1860−)
などがその建設者と見られていいのであろう。わけてもシートンは特異な天分によつてこ
れが建設に最も大きな貢献をしてゐるように思はれる。」
さらに執筆者は「動物文学」の現状についてのべながら,わたしが多年関心を持ちつづけて
きたボンゼルスや今後調ぺてみたいと念願しているザルテンの作品に批判を試みている。
「けれども現在の動物文學が正統文學一おかしな言葉だが、假りに用ゐる一の廣さと
深さに達してゐるのは僅かに随筆とまれな短篇においてでしかない。それ以外のstoryに
おいてはまだまだ大きな距離がある。この距離をちぢめるには乗りこえなければならない
さまざまな困難がある。或ひはそれは遂に乗り越えられないものかとも思はれる。動物々
語が往々荒唐無稽に堕したり、それほどではないまでも大きな歪曲に陥つたり、またそれ
とは反封に・相當動物生活をく具象的に認識〉して藝術的高さまで達しながら、動物文學
の域を脱して人間文學に愛質してゐるのはそのためであろう。ザルテンのく仔鹿物語〉や
ポンセルスのく蜜蜂》などその好適例であろうと思ふ。ここへ来ると折角細やかな感覧で
見ごとに表現された動物生活の認識はありながらも、動物の文學としては、動物が人間の
静観や認識のために、寓話の場合と同様に、人間の道具に使はれてゐる結果となる。」
さいごに,こんにちの動物文學のジャンルに関してつぎのような,やや断定的な結論をく
だしている。
「かういふ風に見て来ると、今日の動物文學はだいたいにおいて正當にJuvenile Lite一
ratureに属するものではなからうかと思ふ。西洋では、 A nimal storlesは一一懸Juvenile
Literatureの一攣種として取扱はれてゐる一ザルテンの「仔鹿物語」や最近の「救護犬
物語」などまでも。そしてそれは正しいやうに思はれる。その場合想ひださなければなら
ないのはゴルズワージがザルテンの「仔鹿物語」を批評したく小さな傑作〉とい誌、言葉
だ。Juvenile Literatureを見童文學と繹すとき、決して卑俗低劣な少年雑誌に濫用されて
ゐるく文學〉を指すものと思はれてはならない。ああいうfiction一これは小説と讃まれ
ないでくこしらへもの〉と讃んでいただきたい一は正氣ではおとなに讃めない。だが、ア
メリカの或る批評家は、<見童文學の正しい標準はそれがおとなにもたのしめるといふご
とでなければならない。〉といってゐる。動物文學を児童文學と決めることは、決して動
物文學の債値を小さく見ることではないのである。それは兎に角、『動物文學』が動物に
關する故事考謹の深い研究に貢献する一方、動物といふものが文學の封象になり得る途を
開きつつあるのは、或る意味で極めて狭隆な今日の日本文學に饗する大きな貢献だと思ふ
のである。」
動物文學私見 大 島 侃(第七十五輯・昭・十六・三)
まずさいしょに,執筆者は動物文学の定義や限界(範曉と言ったほうが明確であろう)は
かんたんには論じることはできないし,たとえできたとしても,それは文学とは無縁な,空
虚な議論に終わるであろうと前おきし,動物文学とは動物に取材した文學であると言って
おいてもさしつかえないだろうと,もっとも常識的な定義をくだしている。つぎに,動物
を素材とする文学の本質とその起原,および人間生活との関連については,卓越した見解
がのべられて、・る。
北垣:動 物 文 学 (1) 105
「文學が動物に取材することは、単なる思ひつきや試みではなく、もつと本質的な、純粋
に文學的な欲求であるはずであり、またそれ以外のことではあり得ない。存在するものは
ただ文學なのである。従つて動物文學といふ呼稻は一つの便宜上の約束にすぎないのであ
つて、動物文學は動物心理學や動物生態學とそれから文學との混合物や融合物では絶封に
ない。おそらく文學自身の起原と動物を取扱つた文學のそれとは殆ど同時であつたらう。そ
もそも人間が動物の生活に興味を感じるのは、他のものに感じるそれよりか、かなり特異
で、しかも普遍的なものである、何故といふに、動物の生活は常に我々の身邊近くにあり、
なほその観察を細密に、注意深く行へば行ふほど、それが我々自身の生活とそれに於ける
諸感情との類以性を示すばかりでなく、ますますあらたな驚異と示唆とを與へるからであ
る。」
大島氏は動物文學が生まれるひとつの契機は,動物の生活に興味を感じ,それに接してえ
られる生き生きとした喜びを味わうことであるとかきしるし,これと関連してアンドレ・
ジイドの自叙伝『一粒の麦もし死なずば』や1938年の日記のなかの文章を引川している。
つぎに、動物文学というものの本質的な概念について,執筆者の迫力にみちた見解を紹介
する。これはじつに傾聴に値する意見である。
「人と動物との交渉、輩なる観察や調査ではむろんなく、愛と、少くとも文學的なひたむ
きの熱情とを以つて動物の生活に接する、そこに動物文學の生れる場所があるとしたら、
それはたとへば、マルセル・プルウストやヂヱイムス・ジョイスが、人間の無意織的記憶
の一っ一つの壁を根氣よく切りひらいて繰り展げて行つた、あの意外にも壮麗な心理的世
界、さういふ世界と同じ意味での、も一つの世界が動物文學に期待されるのではあるまい
か。更にまた、それは、動物の諸習性を誤りなく、正確に観察し、人間的歪曲や誇張や功
利主義の一切を排除して、動物の生活の中に、ひたすら動物に封する限りない愛情を以っ
て没入しつつなしとげた文學一たとえば『昆贔記』の如き一それをなほも一段と越えた文
學、眞に人間の苦惟1と意欲と精神の果敢さにみちた文學となることが出来るのでなかろう
か。動物の文學に、動物愛護の人道的教訓を盛つたり、神秘的な感慨を歌つたり、思ひっ
きの比喩を假託したり等々することは到底偉大な文學、我々の精神をゆすぶる様な文學に
はなり得ないであろう。さういふ文學になるためには、動物を身を以つて識るといふただ
一つの、非常に困難な條件が必要である。なほそれには、ほんとうに科學的な細心さと的
確さとを用意しなければならない。しかし科學的なといふ言葉の、浅薄な、機械的な理解
から生じるあいまいな概念が、往々文學に封立するものの如き内容を持つことがあつても、
そんなものは畢寛文學の要請するものとはまるで別なものであり、ここでいふ科學的は、
檜書や彫刻に於て、書家や彫刻家に要請される、あの科學的観察の正確さが、それらの藝
術に決して封立するものでないといふ意味に於てと同様に、もともと文學内のものなので
ある。とにかく私自身は動物文學とは、以上のやうな、文學そのものの中から欲求され、
文學そのものの中になしとげられるべき、作家の創作意欲のあらはれ乃至結實だと思つて
ゐる。」
大島氏はここで動物文学の作品の範囲を寛容な態度で拡大している。つまり,それは動物
を題材にした種々さまざまな作品を動物文学という名称のもとにひつくるめる約束であれ
ばという条件つきである。それには,つぎのような作品をあげている。
「イソップ」の寓話,「狐物語」,ラ・フォンテーヌのファブル,ビュフォンやレオミ
106 茨城大学文理学部紀要(人文科学)第14号
ユウルの「博物誌」,メーテルリンクの一連の作品,キプリングやジャック・ロンドンの
動物小説,その他シートンやウィリヤムスンの動物小説など。
っぎに執筆者は上に掲げた系列の動物文学とある点では接触しながら,すくなくとも近代
文学の活動のいちじるしい傾向のひとつの特徴として,戦争,スポーツ,児童そして動物
が文学のテーマに積極的に採用されたこと,または採用されようとしたことを指摘してい
る。執筆者はここで,パンジャマン・クレミウの「人と動物」からの引用文をのせている。
大島侃氏註。「人と動物」は1926年の論文で「不安と再建」の附録として収められている。 「不安と
再建」は増田篤氏訳。
この引用文をここに再現することを今さしひかえるが,そのなかで「欧米の動物文学」の
著名な作家はつぎのとうりである。
キップリング
ジャック・ロンドン:見世物犬
コレット
モンテルラン:「闘牛士」 (堀口大學氏の邦訳あり)
シャァウッド・アンダスン:「女になった男」
モオリス・コンスタン・ヴィエル
大島氏がクレミウの文章を引用した理由として,この論文集は第一次大戦後のヨーロッパ
文学の混沌とした,いくたの諸相を解剖し,そのなかに再建の精神をみとめ,それを網合
主義への憧憬として定着した,すぐれたものであり,このうちに動物の極めて暗示的な,
妥当な予見と希望を見出したことを挙げている。さいごに,大島氏は現在の動物文学界は,
クレミウが考えたような作品を提供していないし,今後まさに文学の開拓すべき新領域に
ほかならないと書いている。そして日本においては,猛獣師や狩猟家や競馬騎手や博物学
者の観察記録,体験手記等の紹介がなによりも必要であり,コレットの動物小説さえまだ
知られていない状態であるが,「動物文学」誌はそうした事業の準備的なじみな仕事を果
たしていると,むすんでいる。
動物文學想片 太 田 春 雄(第七十五輯・昭・十六・三)
太田氏は科学的正確さ,つまり生態学上,動物心理学上の正確さを持つ動物文学が一とく
に小説が現在あるであろうか,今後出現するであろうかという疑問をまずはじめにかかげ
ている。
つぎに彼はフェリックス・ザルテンの「バムビー」の序文に寄せたゴールズワージーの言
葉を引用して,ゴールズワージーの讃辞は当をえたものであり,「バムビー」を文学的香気
の高い作品であると言っているが,冒頭に記した規準から判断すれば,まだ「真正」の動
物文学だとは断言できないと批判している。ところが,日本の動物文学界には現在「バム
ピー」程度の作品がないばかりでなく,それを手にいれるあてもないから,特殊な天才の
彗星的出現を期待するほかはないという希望をのぺている。
註。フェーリックス・ザルテン(Felix Salten 1869−1945)は本名ジークムント・ザルツマン(S孟eg一
mund Saセman)。オーストリアの作家。「バムビー」は雑i誌「動物文学」に連載され,すこぶる好評
であった。19δ1(昭和36)年,白水社から「ザルテン動物文学全集・全七巻」の邦訳がでた。
太田氏は動物文学の領域をたんに小説や随筆に限定しないで,詩や歌の部門にまで拡大す
ぺきであると主張している。さいごに,文学者は一般に大自然にたいする科学的探究心が
●
k垣:動 物 文 学 (1) 107
欠けていることを嘆いている。
私の望む動物文學 堀 關 夫(第七十五輯・昭・十六・三)
堀氏はまず動物文学の形式を三つにわけて考えている。第一は動物を比喩的にとり扱うも
の(イソップ物語から童話,教訓,おとぎ話などの類),第二は動物を情緒の対象とする
もの(詩や歌のたぐい),第三は科学的真実の文学的表現(科学者や猟師等の観察記)で
ある。
動物文学のありかたについて,堀氏は動物文学は情緒をのべると共に,知識を与えるもの
であってほしいと記している。また,動物文学は一見残酷な実験を必要とすることがある
であろうが,その根底に愛がなければならないと説く。動物の生態や習性を写実すること
も,執筆者の希望する動物文学である。結論として,動物を執拗に観察することによって
動物への愛が湧いてくるから,そのとき偽りなく美しく文学として表現することが,動物
文学の望ましいありかたであるとのべている。
動物文学雑感 植 村 敏 夫(第七十五輯・昭・十六・三)
植村氏が動物文学の定義において,動物の習性や生活の記録,いわゆる「動物記」を動物
文学とはっきり区別していることは,注目にあたいする。だから,ひろく動物に関する科
学的研究やその文献などは,植村氏の動物文学の範囲にはいらないのは言うまでもない。
だが,動物文学の対象である動物と文学との関係についてはつぎのように強調している。
“「動物」と「文学」との關係は、動物にたいする科學的翻察乃至それに近い観察と、一般
に愛(エロス)から発祥する藝術としての文學との結びつきでなければならぬと思ふ。とこ
うが、「科學」と「文學」との結びつきといふことは、まことに稀有な天才によつてしか
實現しないのであつて、例へばファブルの「昆錨記」のごときものが、さうざらに現われて
くるわけはないのである。”
文学作品に現われる観察の対象となる動物について、執筆者は人間生活と密接な関係を持
つ家畜、とくに犬やネコをあげている。「日本の従来の文学作品に現れた「犬」の観察で
は、ジャック・ロンドンがとり扱つた「犬」にはとおくおよばない。」と書きおこし,「日本
の和歌や俳句においては,犬やネコを絵画的に愛すぺき姿として夢のやうに描写してゐる
けれども、彼らの獣性を鋭いまなごで捉へてはゐない」ことを惜しみ,「ただわずかに,室生
犀星のある時期の作品のなかに.本格的な犬の文学があるぐらいである。」と言っている。つ
ぎに,植村氏は「口本の動物文学や農民文学において,馬,牛,ブタ,羊,ニワトリ等の家
畜や家禽をとりあげる作家が現われること」を要望し,将来の日本の動物文学をもりあげる
ためには,“雑誌「動物文学」の主幹,平岩米吉氏の努力と功績に期待する。”とのべている。
つづいて,植村氏はバイコフの名作「虎」の読後感にふれ,作者を評して「自然と動物の
世界に魂を吹込み、野獣を生かして描くことの巧みな、魔術師のやうだ。」と賞賛の言葉
をつらねている。
さいごに、筆者はワルデマル・ポンゼルスの「蜜蜂マーヤ」やフリードリッヒ・シュナッ
クの「蝶の生活」の作品の価値は作者が執拗に対象をとらえ,それに愛庸を傾けつくして,
きわめて微細な点まで観察を怠らなかったことにあるとし,文学作品は長年月にわたる貴
重な体験から生まれるものであると結んでいる。
註。植村敏夫氏は現在,日本大学独文科教授。主要訳書:フリードリッヒ・シュナック(Friedrich
Schnack(1888−)作、蝶の生活(Das Leben der Sヒhmetterlinge 1928)一教材社・昭17(国会図書館・請
108 茨城大学文理学部紀要(人文科学)第14号
求記号4868−Sc5ウ);「ドイツ・リード」一詩と音楽(オスカー・ピー著,音楽之友社・昭35)。
動物文學と神代 並 木 秋 人(第七十五輯・昭・十六・三)
並木氏は冒頭にストリントベルビの「新生の曙」のなかからの引用文をかかげ,近代の偉
大な科学者ニュートン,ライプニツ,ケプレル,スウエデンボルグ,サンネーアス等の思
想が宗教とすこしも予盾しなかったことを強調している。
会誌「動物文学」の第七十五輯が発行された昭和十六年は,わが国は建国二千六百年を祝
ったのだから,この会誌のなかで日本の古典がとりあげられたのも当然であったろう。並
木氏は神代と動物文学の関係について,こうかいている。
「我が神代に於て、動物文學として凋立したもの㌧存在はない。傳承の簡決を必要とする
ところから、神々の性格を具象し表徴するに動物の名を拉し来つた、程度にしか考へられ
ぬと言はれるであらう。」
さらに並木氏は日本書紀の文章や万葉集の歌を引用して,神代にあっては作者たちがその
動物の生態や習性をいかによく知りつくしていて,これをより巧妙に表現したか,という
ことに驚異の眼をみはっている。彼は結論として、動物を主題とした神話の動物文学性は,
あらゆる科学的角度からながめてみても,超自然的な存在思想的なメールヘンではないと
断言している。
猫の冠附 田 中 勇(第七十五輯・昭・十六・三)
田中氏は日本の俳句のなかに現われた動物と人間生活をとり扱っている。徳川時代のカム
リヅケを三句紹介している。
「人なみに」清僧たてる寺のねこ
。清僧たてる=精進する。
「おもひ出し」猫の回向して取る蜜柑
・蜜柑の木の根元へ埋めた猫の回向
「おもひ出し」猫の精進する産まず
。産まず=うまずめ
註。冠附(カムリヅケ)とは雑俳で,句の上五字即ち冠に対し,これに中七字。下五字を付けて一
句立とするもの。元禄頃から行われた。(新村出編・広辞苑による)
田中氏は俳句にたいする学問ないし,趣味があるので,上に掲げた三句について,猫と人
間生活や徳川時代の社会生活と現代のそれを詳細に説明しているけれども,結論としてつ
ぎのことを言っている。
「動物を飼ひ養ふ人間の目的には、いろいろあつて、動物を育てる人すべてが、動物を愛
するとは云ひ得ない。しかし動物を愛する人からでなくては、動物文學は生まれ得ないで
あろう。さうして動物を愛するといふことは、動物の中に人間の並1縁を感得することであ
る。〈動物〉にく我〉の血を見いだすことである。」
私の童話に就いて 鈴 木 哲太郎(第七十五輯・昭・十六・三)
まずさいしょに,童話作家の人格ないし生活は,直接に読者である子供の純真な生活に影響
を与えるものであるから,慎重な態度で創作せねばならぬことをいましめている。ここで
鈴木氏は日本の現在の童話作家のうちで,童話というものに大きな注意をはらって創作し
ているのは,小川未明のほか二,三の作家だろうと極言している。あるいはその当時の実
情はそうだったかもしれない。
北垣:動 物 文 学 (1) 109
この作家は童話の材料を人間関係よりも,動物や植物に求めてきたと前おきし,じぶんの
心がみだれ,すさんでいる時の作品は,動物同士のあいだに争いや殺し合いを演じさせる
ものが多く,そういう」血を見る殺伐な物語や描写が,子供の心にどんなにおそろしい影響
をおよぼすかを考えて,裸然としたと反省している。
ここで,鈴木氏は現在の日本の童話は,自然界に題材を求めたものがすくなく,少年少女
の生活をとり扱ったものが多いが,子供に自然界への理解を深めさせ,愛をよびさます必
要があると説いている。日本にも,古いおとぎ話として,浦島太郎,桃太郎,舌きりすず
め,さるかに合戦のように,動物をものがたりの主人公ないし副主人公としながら,自然
にたいする原始的な驚異を描いたものがたくさんあったとのべている。
動物文學と文化映画
一その本質的な相似に就いて一
栗原 嘉名芽(第七十五輯・昭・十六・一)
「動物文学」も「文化映画」も現在はひとつの明確なものに形成されつつある過程にある
ので,混沌とした様相を呈している点において似ていると,栗原氏は書きはじめる。
文学としての「動物文学」の基本的なイデーや創作・研究の方法は,その主張なり見解な
りがまちまちであろう。「文化映画」もその点についてはよく似ていると,論旨をすすめ
ている。
さらに栗原氏は,このふたつの芸術は科学と不可分であり,科学的な真実性を尊重する芸
術であるという点でも,たがいによく似ていると言っている。執筆者がこのふたつのもの
を同じ観点から観察したくなったのも,その内面的な指導原理において,ひじょうに似か
よっているからだとしている。栗原氏は文化映画は社会事象あるいは自然現象を社会科学
的ないし自然科学的に把握し,この科学的な内容ないし精神を映画芸術的な手法で表現す
るものであるという理論に同調するとのべて,動物文学の対象をただ克明に記録するだけ
では,動物文学と称する値うちはないという,会誌「動物文学」の主幹,平岩米吉氏の説
を支持している。彼は上の理論をさらに展開させて,文化映画の製作者も動物文学の創作
・研究にこころざす人も,対象ないし素材にたいする科学的な知性と愛がぜったいに必要
であり,虚構を排撃せねばならぬことも,まったく以ていると書きしるしている。総論と
して,文化映画(とくに動物を対象とした,いわゆる科学映画)のなかには,多くの動物
文学的要素がふくまれており,また動物文学のなかには,多くの文化映画的要素がふくま
れているとも言えると結んでいる。
動物文学のプロムナード 福 井 玉 夫(第八十四輯・昭・十六・十二)
福井氏は会誌「動物文学」やその他の動物に関する作品を読んだ体験から,動物文学的作
品の型をつぎのようにわけて考える。
1.動物生活の忠実な描写。
動物学の立場にもとついた,動物生活の詳細な記録とはまったくちがった立場から,動物
生活の微細な状態まで,事実ありのままに忠実に描写している作品をさす。
2.動物の性格描写あるいは心理描写。
動物が表現する生活様式の奥にひそむものを捕えて表現しているように思われる作品を意
味する。
3.動物の生活描写を通じて自己を表現したと考えられるもの。
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これは作品のなかに,明かに創作者の作意が見られる型で,寓話などもそのひとつであろ
うが,純文芸的な意図から創作された作品である。
福井氏はこれらの三つの型を動物文学の概念と有機的に結びつけようと試みる。
「動物文学が動物に関する文学、あるいは動物に取材した文学であるならば、それは自然科
学としての動物の記述ではないはずであり、あくまで文学でなければならないと考へる。
また、文学といふものを広義に文化科学としての文学的立場と美の表現である芸術として
の立場と両方面から考へると、動物文学と称せられるためには、第一の型の範囲を脱して、
すくなくとも第二の型の領域にまではいらねばならない。ここに到つてはじめて、わたし
たちは文学といふ立場から作品の観賞も批判もできるであらう。さらに第三の型まで拡大
すると、動物文学は完全に作者の自己表現となるから、第三者として観賞も批判もできる
にちがひないが、極端な言ひ方をすれば、作者いがいにはだれにも理解できないものだと
言ふほかはないだらう。もちろん人間同士であるから、推察はできるが、善悪高低の批判
はできないであらう。」
執筆者のこの第三の型の説明は大きな論議をまきおこすであろう。だが,福井氏はここで
きわめて柔軟性のある結論をくだしている。すなわち,「作者はそれぞれ,立場も考えも性
格もちがふのであるから、各人各様の方向を進んでいくのがよいのだらうし、読者も自由
にそれらの作品を楽しみ、かつてに批判して行けばよいだろうと。」結んでいる。
動物文學と科學 犬 飼 哲 夫(第八十四輯・昭・十六・十二)
犬飼氏はまずはじめに動物というものが大古の昔から,人類の思想のなかで重要な役割を
演じてきたことをのぺ,動物文学がその対象を動物に求めるからには,動物界の事実を無
一
汲オた推論は動物文学のめざましい進歩発展をうながすことができないと吾っている。
「動物文学のうちで、動物を豊富に引用した「イソップ物語」は子供にはなしてきかせる程
度の効用しかないから、将来科学が普及した時代がくれば、それは人を感動させる力を失
ふであろう。ジャック・ロンドンの「野性の叫び」が動物文学の秀逸な作品とされてゐるの
は、描写の上での科学的正確さが読者を魅惑してゐるからであらう。」これは犬飼氏が動物
に取材した,たんなる寓話と科学的に正確な観察を基礎にした動物文学との差異をのぺた
ものにほかならない。この問題と関連して犬飼氏が引用したクロポトキンの「相互扶助論」
はその描写が動物文学的要素を含んではいるけれども,あくまで生物学上の論文である。
動物文學に於ける動物愛の精神 堀 ロ 守(第八十二輯・昭・十六・十)
まずさいしょに,堀口氏は動物文学というものを今までの文学とはまったく相いれないよ
うに考える人びとの誤りを指摘している。つぎに,わたしたちは日本の動物文学史上,ひ
とっのエポックメーキングな事実につき当る。堀口氏のことばをそのまま引用すれば「成
程、平岩氏などが唱へるやうな動物文學の概念は過去にはなかった。“動物文学”なる用語
自膿、恐らく平岩氏が使ひ始めたのが嗜矢であろうが、氏の動物文學論は、仔細に検討す
ると、瓢箪から駒の飛び出るやうな奇異なるものでは決してないのだ。その根本理念に於
て、それは在来の文學観から一歩も出て居ないと私は思ふ。」となる。
氏はさらに,冒頭の命題を論証していく,、「仮りに、人間を、主人公とする在来の文學を“人
間文學”と呼ぶならば、それと動物文學との異る黒占は、謂はば型態の相違であり、精神の
相違ではないのである。動物文學が文學である以上、人間文學に適用される理論は動物文
學にも立派に適用し得るのだ。」ここで執筆者は,「りつばな動物文学上の作品が生みださ
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れうる唯一の機縁は、ただ動物の生活をよく観察すること、彼らとの接近・親和から生ま
れる理解と愛情だけであると。」説き,愛情と功利とは区別されねばならぬと論旨をおしす
すめている。氏は「どんなに人間生活を毒する動物であつても、理解さへ深ければ愛情がわ
くのである。」と言っている。動物文学は「動物を愛する文学」でなければならぬと,堀口氏は
きわめて簡明に結論をくだし,“Literature of OrnithoPhily”という言葉をたたえ,この
結論を具体的な実例を示して強調している。
「ハドスンの動物愛は、失意落暁のどん底にあつた彼自身を支える力となつた。ジエフリ
一ズの動物愛は、身を削る病苦と貧窮に喘ぐ彼自身に辛くも光明を與へる力となつた。し
かもかうした純粋無垢の愛情こそ、蕾に作者にとつて救ひとなるのみならず、作品を通し
て天下幾百萬の櫛める人々の心に慈雨の如く浸み通つて行くのである。」
誠刺と云ふこと 寿 岳 文 章(第八十四輯・昭・十六・十二)
寿岳氏はまずはじに,「ヘンリー・ウィリアムスンの技術的にひじように手のこんだ、動物
を主題とした、本格的な小説がわれわれの心を魅了する」とのべている。外国文学者である
寿岳氏のつぎの意見は視野が広く,味わいもある。
「構成を持たずに、ただありのままに動物の生活を記述したもの、例へば直良信夫氏の“日
本産獣類雑誌”などが、尽きぬ興味を我々に與へる原因はどこにあるか。それを私は考へて
みた。そして私の場合は、誠刺と云ふこともたしかに大きな原因ではないかと思ふ。つま
り、動物文學は、私にとつてモリエールの喜劇と同じやうな役目を果してゐるのである。
但し動物文學がすなはち喜劇と言ふのではない。理智的な要素はたしかに多いが、喜劇よ
りはもつと主情的な鮎もある一ハドスンの作品のやうに。しかし我々が動物の生活に心
をひかれるのは、意識的にか無意識的にか、それが人間の生活を反省させてくれるからで
はあるまいか。動物文學と言へるかどうか疑問だが、ケニス・グレアムの“柳を吹く風”な
どは、この最もよい例である。あれに出てくる蛙だの穴熊だのは、モリエールの作中人物
を髪髭させるほどの鮮やかな性格をもつてゐる。つまり、中世以来の伝統の一・つとして、
動物に假記した人間生活の調刺が、どの動物文學にも、或は裏に、或は濃く或は淡く、脈
々として流れてゐるやうだ。動物を主題として意識的に作為された文學は、當然の結果と
して、この訊刺が誇張される。動物文學が優れてゐるか否かは、訟刺の表現の微妙なかね
あひにあると言へないだらうか。あまりに悪どく作為された動物文學よりも、科學的な立
場から忠實に、冷静に謂はば無表情に観察され記録されたものの方に却つて心をひきつけ
られ、謁刺そのものも却つて痛烈に感得される事實は面白いと思ふ。」
未完 動物文学②につづく
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