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医療をめぐる諸問題 安丸雄介

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医療をめぐる諸問題 安丸雄介
北九州医療・福祉総合研究所年報
第22号
2015.7
決意した子どもさんが周りにおられましたら、一度
は医者の猛烈な働きぶりを伝えて意志を確認したほ
1.放置される絶対的医師不足
うがいいかもしれません。そんな過酷な実態が医療
かつて北九州は救急砂漠とよばれた医療過疎地で、 現場にあります。私は全国医師ユニオンが中心になっ
地域住民の方々の手で健和会が創立されました。健
た実行委員会で、小児科・麻酔科など医師不足が深
和会大手町病院は、開設以来二十九年間を救急搬送
刻な学会の協力を得て、勤務医労働実態調査二〇一
受け入れ台数市内トップと奮闘し続けています。し
二年にとりくみました。
かし、全国的には、医師不足を背景に救急車「たら
調査で判明した主な特徴は、①いまだに回答者で
い回し」が相次ぎ、貧弱な医師体制は医療ミスの温
三十二時間、もしくは三十六時間連続勤務の回答数
床としても深刻な問題です。
が多い、②勤務先を辞めたい医師が六割などの結果
団塊世代が七十五歳以上となって爆発的に医療需
が見られました。
要が増える二〇二五年問題を迎えるいま、北九州市
勤務医は昔から夜間当直日の場合には三十二時間
の高齢化率二十五・五%が政令指定都市でトップで
勤務となることが常態化しており、調査では過労死
あることは、ある意味で北九州とは時代の最前線に
認定ライン月八十時間労働超、週六十時間労働超も
立っている地域と言えるかもしれません。私は東京
散見されました。三十二時間勤務とは、①当直の担
の全日本民医連で医療・福祉の運動分野や全国の医
当医が、実態として当直を「夜勤」と変わらず二十
学生・医師研修対策に携わり、いかに日本の医療が
四時間勤務し、②当直明けに続けて通常八時間労働
異常で“ガラパゴス化”しているかを学びました。
をした、ということを意味しています。二十四時間
ガラパゴスとは、孤立した環境に動物が適応した結
連続勤務後の人間の作業能率はビール大瓶三本以上
果独自の進化を遂げた島ですが、日本の医療は3N
を飲んだ時の酩酊初期状態だと言われています
(No
money金がない、No
er人が足りない、No
manpow
(『Nature』1997年発表論文)。まさに過
time時間がない)の
労死予備軍の医師たちという実態で、これでは安全・
環境に医療従事者が献身的に支え続けた結果、異常
安心の医療を提供することはできません。
な状態が作り上げられてきたのです。
これから私は「医療・福祉」をテーマに自分の経
海外の目からは日本の医療現場がどう映るのでしょ
う。
験談を交えながら、日本の医療の“ガラパゴス”の
当時のマスコミもほとんど報道しなかった、こん
実態について寄稿していきますので、どうぞお付き
なエピソードがあります。一九九二年一月八日夜、
合いをよろしくお願いします。
来日していた米大統領のパパブッシュが宮沢喜一首
相主催の夕食会で倒れる。その後日本の医療機関に
過労死予備軍の医師たち
「それでも医者を目指しますか?」医学部進学を
行かずに軽快。当時の米国大使館員は「日本の病院
に入院しないことが決まって、心底胸をなでおろし
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た」(『日本人が知らない日本の医療の真実』)と。
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師不足をようやく認めるようになりました。
こうした過酷な勤務実態の背景には、二十四時間
しかし、いまだに医師不足の問題は解決されない
365日患者に責任を持つ「医師法第十九条」の応
ままです。いまの医師不足解消を阻む問題は、①長
召義務や、労働基準法の無視などの法律上の問題も
年の低医療費政策と医師抑制政策の失策、②いまだ
ありますが、根本的には四半世紀もの間に医学部定
に政府が医師の地域・診療科偏在だけに医師不足問
数を抑制してきたツケが回ってきた絶対的医師不足
題を責任転嫁していること、また③厚労省が必要医
が問題であり、今こそ抜本的に医師増員を図る必要
師数のずさんな情報分析で真実を覆い隠しているこ
があるのです。
と、この三点が大きな問題です。
2.解決の道筋みえない医師不足問題
確信犯?
ずさんな情報分析
①は旧厚生省が1983年に発表した「医療費亡
医師不足解消を阻むもの
国論」に端を発し、四半世紀にわたり医学部定員数
先月、医師不足の深刻な実態を改めて痛感させる
を抑制してきた根深い問題です。紙面の関係で割愛
ニュースがありました。昨年二月に埼玉で五〇代女
しますが、以前から莫大な財政赤字を抱える日本で
性が骨折で救急車を呼んだところ、三八回の「たら
は、『医療は金がかかる』『将来医師は過剰になる』
い回し」に遭ったことが県の調査でわかったのです。 という医療費財源問題に対するイデオロギーが、医
健和会大手町病院は「断らない救急」に奮闘して救
療費・医師数抑制の強力なテコになっています。現
急応需率約99%の救急医療活動を展開しています
在は東北が東日本大震災の特例で、1981年琉球
が、人口当たり医師数が全国最低の埼玉県は昔から
大学開設以来の医学部新設が期待されていますが、
『医療のチベット』と呼ばれ「たらい回し」が常態
それでも先進国より少ない医学部定員数で、OEC
化しています。こうした報道を以前ならマスコミは
D先進国平均並みには理論的にも到底無理な話です。
医療機関『受け入れ拒否』とバッシングの嵐でした
②医療費抑制のために、医師不足問題を地域・診
が、ここに来て『受け入れ困難』へと表現を変え医
療科偏在に転嫁しているのが大きな問題です。日本
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の医師総数は現在およそ二六万人。この数字だけで
て医療規則第16条を定めて以来、改定していませ
はピンときませんが、世界一の超高齢社会を迎えた
ん。戦後間もない60年以上前と現代とでは医師の
日本で、1000人当たり医師数が1.98人と世
必要な技術が違います。確信犯か? ともいうべき、
界六十三位(2010年)にすぎないと聞けば、い
ずさんな情報に基づいた分析では、決して実態に即
かに日本の医師不足が深刻かお分かりになると思い
した医師不足解消の処方箋は示せません。
次回はあるべき処方箋について考えてみたいと思
ます。日本の医師数はOECD平均に比べて16万
います。
人が不足、図から見れば全都道府県で医師が絶対的
に不足しています。一部の診療科では確かに充足し
ているように見えますが、実際には救急・麻酔科・
3.自ら立ち上がる医師たち
産婦人科など大半の診療科で医師不足になっていま
す。
医療再生処方箋の思わぬ副作用
③は、ひとつには現在厚労省が二年に一度行う医
政府は医療再生の処方箋として四半世紀に及ぶ医
師届出票調査の重大な欠陥を注視する必要がありま
師数抑制策を転換し、全国の大学医学部定員増を行
す。それは勤務先と主な勤務形態だけの調査であっ
いました。2009年には全国医学部生自治会連合
て、実労働時間で勤務医数を把握せずに、年齢や週
(医学連)など医学生も巻き込んだ大運動で「医師・
労働時間・常勤・非常勤・当直業務の有無などは一
医学生増員署名」を国会提出して可決され、過去最
切不問であることです。たとえば、週に半日(4時
高規模の医学部入学定数を勝ち取りました。
間)実働であっても医師数1人とカウントします。
ただ前回お話ししたとおり、過去最高規模にあっ
また日本の医師は免許の更新がなく、生涯医師を務
てもなお医師増員は絶対的な量的不足にあると紹介
められるという意味では定年がないと言えますが、
しました。さらに、いまの医学部入学定員増だけと
やはり体力の必要な日当直は高齢の医師に求めるわ
いう医師増員の方法は思わぬ「副作用」として、学
けにいかないわけで、100歳の医師を1人とカウ
生数の増加により教室等の施設不足などの教育環境
ントするのは日本の必要医師数を把握するには不十
の悪化が起きている(『医学連新聞』248号)な
分です。驚愕の事実は、65歳以上の医師の約4万
ど、その限界が指摘されています。
人を含めてもなお、よりずっと低いということです。
また、1948年に政府が標準医師配置基準とし
医療再生のポイント
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医師増員は、①医学部定員増をするにしても大学
プ!の要求を掲げ日比谷音楽堂を埋めつくしました。
の運営交付金削減など医学教育充実と逆行する政策
このデモは日々忙殺される医師自らが立ち上がった
を改めなければ教育の質が低下しかねず、施設等の
運動として、国民皆保険実施1961年以来、実に
環境改善に努める必要があります。
②特に医師不
半世紀ぶりの画期的な動きを経験しました。昔から
足地域に医学部新設により医学部定員増を図ること
中国には「小医は病を癒し、中医は人を癒し、大医
も、教育環境悪化を防ぐ抜本的解決策として重要で
は国を癒す」という諺があります。国が医療崩壊に
す。この課題については、日本の医療再生問題で第
直視しない現代、日本の医師は医療に携わるだけで
一人者の本田宏医師(埼玉済生会栗橋病院院長補佐)
なく国を癒す社会的使命を持ち、当院の医師も医療
は、一般大学卒業生や社会経験を積んだ社会人を受
から世直しをする民医連運動に大いに合流してほし
け入れ本当に医師を目指す意欲ある学生を育てるメ
いと切に願っています。
立ち上がれ!
ディカル・スクールによる新設の実現を訴えていま
日本の医師達よ
す(詳しくは本田宏氏の著作参照)。
また、現代はチーム医療が基本であり医師だけで
4.根拠に基づく健康政策を
診療はできません。医師を支えるコ・メディカル不
足の解消も必要です。さらに、私個人としては医師
これまでの記事は、絶対的医師不足や低診療報酬
事務補助作業者の増員のような医師で必ずしも必要
の中でWHO『World Health Report 2000』健康達
ない事務作業を補助する専門スタッフの充実も必要
成度・総合評価において日本を世界1位へと押し上
だと考えています。
げた医療従事者が、医師の36時間連続勤務等々の
過酷な「献身的」医療の実態にあることを伝えまし
立ち上がれ!
た。今回は視点を変えて、地域の方々のいのちと健
日本の医師達よ
日本は2000年にWHOから低医療費で高い健
康をめぐる姿も見ていきます。ここにも深刻な実態
があります。
康度を達成する世界一の医療制度を持つと評され、
その評価点として世界に誇る国民皆保険とともに皮
肉にも日本の医療者の献身的努力の実態を指摘しま
いのちと健康をめぐる地域の姿
した。先の日本の医療崩壊進行を防ぐあるべき処方
人間は誰しも人間らしく健康的で実りある生を実
箋を実行するためには、医療者が「異常な」献身的
現したいと願いますが、それを阻害するものに傷病
医療をするだけの状態から抜け出し、国民全体とと
や貧困があります。いまの日本は、尊厳ある生が無
もに医療再生のために立ち上がる必要があります。
残に断ち切られている現実があります。①自殺死亡
しかし、とある朝日新聞論説委員の講演で「財務
者数が過去14年連続で年間3万人超え、②自殺に
省の役人が…ダムの建設予算を四〇〇億円削ったと
追い込まれないまでも、生活実態は相対的貧困率で
ころ、抗議の電話が殺到…仕事にならず撤回を余儀
米国に次ぎOECD先進国第2位、子どもの貧困は
なくされた。しかし、医療費を一〇〇〇億円削って
6人に1人が苦しむ「日本病」と報道され、母子世
も医師は文句をいわない。だから医療費を削る方が
帯では60%と突出した貧困率となっています。③
ラクなのだ」(本田宏『医療崩壊のウソとホント』
社会的支援もなく異常に低い出生率も「産ませない
PHP)と。「世の中の最大の悲劇、それは善意の
社会」として批判されています(小林美希『ルポ・
人の沈黙と無関心」。これは米国の人種差別問題の
産ませない社会』)。
日本は先進国で医療費が安い低診療報酬の国であ
指導者キング牧師が遺した言葉ですが、残念ながら、
これが日本の医師の現状かもしれません。
るにもかかわらず、窓口負担割合が3割と高く、世
ここ数年は医師数全国平均以下である医療過疎の
界有数の患者高負担の国です。お金を払う見通しが
東北が東日本大震災で打撃を被る中で、ドクターズ・
立たないために受診を控え、患者になれない病人と
デモンストレーション2011が発足、医師800
して手遅れ状態になる。社会的に健康を阻害され4
人をはじめ医療関係者2500人が医療崩壊ストッ
0代で亡くなる、社会的に作り出された「早すぎる
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死」が生まれている現実があり、まさに「金の切れ
策など政治を質す要求実現運動、などの活動を実践
目がいのちの切れ目」になっています。
してきました。
健康の社会的決定要因
地域を診る活動を地域の方々とともに
1998年、WHOは「健康の社会的決定要因
これらの『地域を診る』活動は、友の会・組合員
(SDH:Social Determinants of Health)」で、社会
の方々による共同組織の活動に支えられています。
経済要因が重要であることを何千という調査報告を
超高齢社会を迎えるいま、これまで地域の方々と行っ
元に“確かな事実(The Solid Facts)”とし、「根
てきた『気になる患者』訪問、熱中症問題等での自
拠に基づく健康政策」の推進を促しました。紙面の
治体への申し入れ、地域での青空健康チェック、健
関係で深く触れられませんが、主にエビデンスが確
康教室などのヘルスプロモーション活動、さらには
立されているものとして、①社会格差、②ストレス、 「社会的な早すぎる死」を生む政治を質す運動は、
③幼少期の重要性、④社会的排除、⑤労働、⑥失業、 ますます重要です。民医連が非営利を掲げるのは、
⑦社会的支援、⑧薬物依存、⑨食品、⑩交通、の1
ただ単に、剰余金の配当禁止(医療法第 54 条)な
0点が健康に明確に関与している要因として挙げら
ど法に定められているからではなく、「病院と患者
れています(『健康の社会的決定要因
は地域医療の担い手のパートナー」だからです。出
確かな事実
の探求・第二版』)。
資金はたんなる資金源ではなく、地域の健康を守る
つまり、本当に地域の方々のいのちと健康を守る
担い手づくり・参加者の合流の証です。医療従事者
ためには、これからの医療は病気を診るだけでは不
だけではなく、地域の方々も主人公として、ともに
十分であり、患者さんの生活背景や地域を丸ごと診
いのちと健康を守る活動にとりくんでいきたいと思
ることが世界的に求められているのです。これまで
います。
民医連は、①水俣病、アスベスト、振動病、塵肺、
等々のように生活と労働から疾病をとらえる視点で
の医療活動の実践、②受療権を守る活動として差額
ベッド室料ゼロを追求し、無料低額診療事業の実施
事業所の半分以上を民医連が占める、③低医療費政
5.健康なまちづくり
「健 康 の 社 会 的 決 定 (阻 害 )要 因
③幼少期
(虐 待 ・家 庭 環 境 な ど )
⑩交通
⑨食品食品
④社会的排除
①社会格差
② ス トレ ス
⑧薬物依存
⑤労働
⑥失業
⑦社会的支援
不 健 康 ・疾 病 羅 患 ・死 亡 等
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死亡・重大事故減少につながり、自転車事故は被害
前回はWHOの提唱として、人々の健康をめぐっ
を受ける人数は比較的少ない。③は、例えば郊外の
て健康の社会的決定要因があり、その根拠に基づい
自動車に依存する地域では自動車を持たない若者や
た健康政策をとることが重要だと紹介しました。そ
高齢者を特に社会的に孤立させ、こうした地域交流
のうちのひとつ、交通について紹介したいと思いま
の欠如が健康に悪影響を与える、など。④は、交通
す。
量の減少は排気ガスの大気汚染や呼吸器疾患、騒音
を減らす。以上のようなことが明らかになっていま
交通は国民の健康に深く関与する
す。
WHOの『健康の社会的決定要因』では、健康を
重視した交通システムとは「公共輸送機関の整備に
ポピュレーション・アプローチも
より自動車の利用を減らし、徒歩や自転車の利用を
WHOでは、短距離移動において道路の優先権を
奨励すること」としています。そして、自転車や徒
歩行者と自転車に与えること、長距離移動では地方
歩、公共交通機関の利用には、①運動量の増加、②
への列車の定期運行や増発による公共の交通機関の
死亡事故の減少、③社会との結びつきの深まり、④
充実、などを提言しています。しかし、日本ではバ
大気汚染の減少、という健康上の利点があるとされ
ス・自転車専用レーンなどの対策は、一部の都心で
ています。このことは交通システムとは国民の健康
は進んでいますが不十分です。今日の交通政策とは、
に深く関与しており、現代の機械化で家事労働や運
未来のための環境配慮のまちづくりだけでなく、根
動量も日常的に減りメタボリック症候群(メタボ)
拠ある健康政策としても現代の重要課題なのです。
が深刻化している中で、交通政策の介入は人々の生
予防医学の戦略としては、ハイリスク・アプロー
活様式を改善させる健康政策として有効であること
チ(ハイリスクの人を対象にリスクを減らすように
を意味しています。
介入する手法)では、男性の半数が運動不足でメタ
具体的な研究結果としては、①は運動量の増加が
ボという中で健診で患者を「掘り起こし」て慢性疾
肥満解消や糖尿病・心臓疾患の予防などにつながる
患指導をするには限界があります。社会・生活環境
だけでなく、自身の充足感で精神の安定を促し、高
に働きかけ集団全体のリスクを下げるポピュレーショ
齢者のうつ病予防にもなる。②は、交通量の減少が
ン・アプローチなしに、健康問題の解決は困難です
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(図)。毎年約 1 万人もの交通事故死亡者や約800
万の全国の喘息患者も、社会環境を働きかけ地域全
系疾患、糖尿病、がん、肥満、虫歯などを引き起こ
す栄養不良の一つです。
これらの疾患予防には新鮮な野菜等を摂取し、動
体のリスクを下げなければなりません。
物性脂肪や塩分等の抑制が目標とする栄養指導や運
動療法等が必要です(図)。しかし近年、個人に生
まちづくりも民医連の仕事
民医連は新しい綱領に「地域・職域の人びとと共
活習慣の修正の努力が求められるにしても、社会階
に、医療機関、福祉施設などとの連携を強め、安心
層間の経済状況によって主な栄養を何から摂取する
して住み続けられるまちづくりをすすめます」と、
か等、食事内容の質で健康格差が起きていると指摘
まちづくりを実践課題に据えました。今回紹介した
されています。多くの国で貧困層は安さを求めて、
「交通」のように、病気・傷病そのものだけでなく
栄養価が低く調理の簡単でカロリーの高い加工食品
病気の背景にある地域や社会の問題に焦点を当て、
やファストフードへ結びつく傾向にあります。
いわば「原因の原因(cause of cause)
」にアプロー
ファストフードと健康との関連について、米国ミ
チする視点と戦略が重要です。健和会も地域を支え
ネソタ大学が中国系シンガポール人を対象に調査
る救急医療・外傷センターとして診療の役割を果た
(n=52,322人、45~74歳)を5年間行
しながら、例えば交通事故多発地域への介入や対策
い、結果ファストフードを週2回以上食べる人は食
を提起する役割を担う必要があるのかもしれません。 べない人に対し糖尿病発症リスクが27%上昇、動
まちづくりの実践は今後の研究課題です。
脈疾患による死亡が56%上昇したと報告していま
す(米医学誌『Circulation(電子版)』
2012年7月2日号)。これは欧米人の遺伝的要
6.食品アクセスによる健康格差
素のない調査で、ファストフードがアジア系にも生
良質で十分な食糧は健康な暮らしに重要であり、
活習慣病リスクを与えることを示しています。肥満
食糧不足や食事の偏りは栄養不良の原因になります。 との関係も以前からWHO『Diet, Nutr
戦後の主な死亡原因疾患は公衆衛生の改善等で感染
ition
症から慢性疾患へ移り、近年の過剰摂取も、心血管
n
of
and
the
Chronic
Preventio
Diseases(2
生活習慣の修正項目『高血圧
治療ガイドライン』
肥満なのに栄養不足と
いう実態
37
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003年)』で報告され、また米国内では約30万
人が肥満由来で死亡し、まさに「死に至らしめるの
7.失業の視点から考える
が早い(=fast)食品(=food)」として
医療費支出は900億ドルを計上しています。
日本は1990年代、多国籍企業化に伴う産業空
洞化が進む中で、グローバル競争勝利を旗に工場整
健康的な食品の確保は政治的問題である
理・人事配置転換や非正規労働者への転換をはじめ、
以上の報告からも個人への栄養指導など生活習慣
労働市場の構造が大きく変容しました。バブル経済
の修正だけにとどまらず、「健康の社会的決定要因
崩壊後の「過剰雇用」を背景としたリストラのほか、
としての食品」という観点から、安全で栄養価の高
正社員採用を前提とした年功序列型賃金・終身雇用
い食品確保の介入が重要です。WHO『健康の社会
制の経営慣行から大転換し、非正規社員は約194
的決定要因
3万人、役員を除く雇用者のうち37.9%を占め
確かな事実の探求』では、現代の国際
的な食糧取引は国際食品規格(Codex
るまでに至っています。いまや低賃金・有期限の不
Ali
mentarius)が食品安全基準を定めながら
安定な非正規労働者は日本社会の基幹労働力であり、
も、食品産業の利益が優先されていると警鐘を鳴ら
健康の社会的決定要因としての「失業」の影響は深
しています。「世界の市場は食糧の供給に大きく関
刻です。今回は「失業」の視点から、日本でのある
わっているため、健康的な食品の確保は政治的問題
べき健康政策を考えたいと思います。
である」として国と地方、国際機関、NGO、食品
産業へ提言をしています。
「失業」の健康への影響
「失業」については、「雇用の安定は健康、福祉、
①「安価で栄養価の高い新鮮な食糧をすべての人々、
とりわけ最貧困者層に供給するシステムに公衆衛生
仕事の満足度を高める。失業率が高まるほど病気に
の観点を導入させること」、②「消費者を含めた全
かかりやすくなり、早死をもたらす」とされ、とく
関係者の参加を得て、すべての食品安全基準の意志
に心理的問題と経済的問題が深くかかわっていると
決定が民主的で透明性が高く、説明責任が明らかな
されています。
ものにすること」、③「天然資源や自然環境を守る、
心理面での問題は、失業の恐怖と実際のリストラ
持続的な農業や食糧生産の支援」、④「健康的な暮
によって、主に①慢性ストレスや自尊心低下などの
らしのための食文化を強化すること」、⑤「食品、
精神衛生の悪化、②高血圧・心疾患・代謝性疾患の
食事、健康に関する情報を、特に子ども向けに活用
増大、③喫煙・飲酒増加などのライフスタイルの変
できるようにすること」、⑥科学的な根拠に基づい
化、の3点の影響があると欧米などを中心に研究さ
た食品成分表と食生活指針を利用し、食品と栄養に
れてきました(石竹達也「失業の健康影響と失業者
関する政策を推進すること」です。
の保健対策の課題」
『公衆衛生』2006年2月号)
。
最近では、米食品医薬品局(FDA)が心筋梗塞
とくに日本は、うつ病の罹患で働き盛りの30~5
のリスクを高めるトランス脂肪酸(飽和脂肪酸)の
0代が医療機関に頼る現状が生まれ、いまや勤労者
使用の段階的禁止を発表し、「年間2万件の心臓発
心の電話相談は過去最高の29,203件(平成2
作を予防でき、心臓疾患による死者を7000人減
3年度・労働者健康福祉機構)、精神障害による労
らせる」としています(『日本経済新聞』2013
災認定は436件(厚労省2013年度)にも上り、
年11月8日号)。日本政府はトランス脂肪酸表示
メンタルヘルスの問題は深刻です。
義務化さえせず、TPPでその他の食品表示規制も
経済面では、失業で収入が途絶えることによる医
緩和しかねないなど逆行した方針をとる食品表示後
療アクセス格差もさることながら、就業していても
進国というのが実態です。民医連もTPPを日本の
日本の非正規労働者の賃金は、EU諸国の同一労働・
食・農を破壊する経済界優先の政策として反対して
同一賃金の原則と違い正社員の48%と半分以下の
いますが、こうした政策介入の視点にも立った健康
差別的賃金だということが大きな問題です。また低
政策の推進を求めていく必要があるのです。
所得と失業の問題は多重債務とも強く結びついてお
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り、借金苦によってうつ病へ罹患し自殺に追い込ま
記の疾患等を防ぐ上で有効であり、その意味で失業
れるルートがパターン化され繰り返されている現実
問題対策は健康政策でもあるといえます。
民医連は患者の疾患を労働と生活背景からとらえ、
があります(『自殺実態白書2008』参照)。これ
らは事例ですが、所得とうつ病罹患には相関関係が
社会保障制度等の社会資源を活用して患者の生活支
あることが近藤克則千葉大学教授の研究で明らかに
援の視点にも立った診療の役割を果たしています。
なっています(グラフ②)。
しかし、現在のような労働市場の構造変化の中では
医師・医療者の努力だけでは限界があり、今後は日
失業問題対策は健康政策でもある
常的に市民への生活支援などを行っている例えば自
確かな事実第二版』で
殺防止対策に取り組むNPOや、多重債務問題の各
は、失業問題対策の視点として、失業や仕事への不
団体などとの連携・協力こそが求められていると思
安感を防ぐこと、失業による苦痛を軽減すること、
います。
『健康の社会的決定要因
人々を安定した仕事へ復帰させることが必要である
(やすまるゆうすけ/健和会大手町病院医学生課)
として次のような提言をしています。①政府が経済
の好不況の差を縮めるよう政策管理、②労働時間の
制限、③高等教育や職業訓練による就業促進、④よ
り高額の失業手当て、⑤融資機関による負債の軽減
と、社会的ネットワークの強化。これらの政策は上
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