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ワンダフルワールド通信 No.71

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ワンダフルワールド通信 No.71
、
日本ルイ・アームストロング協会
ワンダフルワールド通信 No.71
日本ルイ・アームストロング協会 (ワンダフルワールド・ジャズ・ファウンデーション= WJF) 2012年4月発行
〒279-0011 浦安市美浜 4-7-15 WJF 事務局 ℡047-351-4464 FAX047-355-1004 Email: [email protected]
ホームペ-ジ
http://members3.jcom.home.ne.jp/wjf/
発行人 代表・外山喜雄 編集長・山口義憲 編集・小泉良夫
『千葉市で巡るマエストロの旅』 その先陣を切って Vol.1 は…生誕110年記念
JAZZの巨匠ルイ・アームストロング!その『What a Wonderful World』
──たった一人で JAZZ を世界の文化にした男サッチモの物語──
我が家の最寄りの駅から山手線で「秋葉原」に出て総武線に乗り換え、「市川」まで行って今度は快速で「千葉」へ、ここ
でまたまた総武線の各駅停車に乗り換え「都賀」、今度はここで千葉都市モノレール(タウンライナー)に乗って「千城台」へ。
この駅から徒歩3分…というのが『千葉市で巡るマエストロの旅』2日目(1月7日)午後の公演<ルイ・アームストロングとジ
ャズの歴史>会場となった千葉市若葉文化ホール。家からざっと2時間、いやあ遠かったなあ…というのではありません。
全国津々浦々、こういうところにも熱心なサッチモ・ファンが沢山集まって来られるということ。だからサッチモは凄い!
“サッチモ王国の全権大使”外山喜雄・恵子夫妻が熱くなるのも無理はありません。平成24年(2012年)の新年早々、ま
だ松の内の6、7の両日、『What a Wonderful World』3公演が、2日連続で3つの会場を巡って開催された。では、
お届けしましょう、この素晴らしき世界!
(小泉良夫)
(写真上)ボーカリスト、金子晴美さん=左から2人目=らを迎えての「サッチモの魅力満載!スペシャル・コンサー
ト」=1月7日夜、千葉市文化センターで。(写真左下)露木茂さん=右端=の司会で初日の幕開け=1月6日夜、千
葉市美浜文化ホールで。(写真右下)デキシーセインツと早稲田大学ニューオルリンズジャズクラブ合同の“ジャズ
葬式”風のブラスバンドが会場をパレード=7日午後、千葉市若葉文化ホールで
顔を見せる。
映像が語るサッチモのワンダフルワールド
秘蔵の映像で巡る「銀幕のスター」ルイ
──6日夜、千葉市美浜文化ホール
“外山ジャズ映像コレクション”の真骨頂
名画のハイライトが次々と映し出される
そんなサッチモの故郷、そして“ジャズの故郷”でもある
ニューオリンズの町並みやジャズ葬式など、外山夫妻が
滞在中(1968年=昭和43年から通算5年間)に撮った懐か
しい写真がスライドで紹介される。
名画もたっぷり。出演者も含め、会場の多くのみなさん、
初日、1月6日(金)は、千葉市美浜文化ホール(きれい
そして私も、中学、高校、大学時代、これらの映像を通じ
で、なかなか素敵な会場)で午後6時開催の<映像が語る
てサッチモに触れ、以来ずっとジャズ・ファン、サッチモ・フ
サッチモのワンダフルワールド>──。トランペッター、歌
ァンで通してきている。『グレン・ミラー物語』(1953)やら
手、エンターテイナー、音楽大使…いろいろな顔を持つ
『上流社会』(1956=写真下の上段 )、『五つの銅貨』(195
サッチモだが、この日紹介されたのは“銀幕のスター”俳
8)、『ハロー・ドーリー』(1965)の名場面が次々と映し出
優としてのサッチモ。その生い立ちと魅力、名場面ハイラ
される。映像は紹介されなかったが『真夏の夜のジャズ』
イト集が、“外山ジャズ映像コレクション”の中から余すとこ
(1958)やら『ベニー・グッドマン物語』(1955)…あの頃
ろなく紹介された。司会は元フジテレビアナウンサーの露
は素晴らしいジャズ映画が続いていた。この日みなさんも、
木茂さん(現東京国際大学特命教授)、司会・進行サポー
そんな思い出を共有しているに違いない。
トには、このWJF会報「ワンダフルワールド通信」編集長の
山口義憲さん。外山夫妻を囲んで、さらにポニーキャニオ
ン社長(現相談役)、日本レコード協会会長など要職を歴
あの『五つの銅貨』の名場面も再現され
『リパブリック賛歌』が会場に響き渡る
ここで外山さんがトランペットを取り出して、『五つの銅
任され、これまた大のサッチモ・フ
貨』でレッド・ニコルスを
リークでサッチモ・グッズのコレク
演じたダニー・ケイの『リ
ターでもある佐藤修さんも加わる
パブリック賛歌』を再現
(写真右)。
して見せてくれた。196
外山さんによると、映画スターと
4年のサッチモ来日のさ
してのサッチモは、1932年の初
い、サッチモを追って京
出演からテレビ映像も含めて他界
都まで出掛け、楽屋に
する1971年までの40年近い歳
潜り込ん でサ ッチ モの
月の映像が残されているという。こ
目の前で彼のトランペッ
の日はその中でも、とっておきの
トを吹いてしまったエピ
映像10数本。まずは、1968年放
ソードなども披露され
映のテレビ番組(オペレーション・
る。
エンターテイメント)から、テキサス
さて、佐藤さんにお話
州のフォート・フード陸軍基地で
を伺う。佐藤さんには、
ベトナム戦争に向かう兵士たちを慰問したライブ(1967年
この3公演それぞれの会場ロビーにサッチモ・コレクション
制作)。テーマの『南部の夕暮れ』に続いて『この素晴らし
の中から数多くの“お宝”をお借りして展示させてもらった。
き世界』、『ハロー・ドーリー』が流れる。WJFの例会などで
ポスター、ジャケット、写真、人形、小物…佐藤さんは、小
何度も目にしたシーンだが、まだあどけなさも残る兵士た
学校5年生の時からのサッチモ・ファンだったといい、サッ
ちの表情を見るにつけ、いつもなぜか強く胸を打つものが
チモ・グッズを「…その時々の金銭的な条件に従って集め
ある。まだベトナム戦争は真っ盛りの頃で、あすにでも戦場
てきた…」「…学者でもなく、評論家を目指していたわけで
に向かう兵士たちだ。彼等の胸に、この“平和な世界”の
もないので…ガラクタの類のものが大半…」との説明が添
歌が、いったいどう響き、サッチモもどんな気持ちでこれを
えられていたが、どうしてどうして、最後の公演会場、千葉
歌ったのだろうか。還らぬ兵士も少なくなかったろう。でも、
市文化センターのロビーに展示された、佐藤さん厳選の
兵士たちは大ヒット曲『ハロー・ドーリー』に歓声を上げ、笑
サッチモLPジャケット・ベスト100などは、みなさんため息
混じりに見たり、写真を撮ったりしていましたよ。
そんなレコード業界にとって、サッチモとは、どんな人だ
ですか、この『五つの銅貨』の映画ポスターには、折りたた
んだ跡があるんです。これが本物の証拠。跡がないのはコ
ったのでしょう? 司会者の問いに「それはもう、頼めば何
ピーなんです」。で、お宝鑑定団に出してみては…の声に、
でもやってくれた。ハワイアン、シャンソン…とても都合の
「こんなもの、ほかの人には価値がありませんよ。うちの女
いい方だったんです。彼は『ジャズは芸術ではない。大衆
房も“ほかの人”なんですが…」(笑い)。この『ニューオリン
音楽だ』といっています。
ズ』の中でも演奏されてい
キリストが厩で生まれた
る『マホガニー・ホール・ス
ように、ニューオリンズの
トンプ』を再び外山夫妻・
スラム街で生まれ、シカ
藤崎トリオで演奏(写真
ゴからニューヨークに渡
下) 。
り、白人の間に入ってジ
1956年、サッチモは国
ャズをポピュラーなもの
際親善の「音楽大使」とし
にし、世界に広めた。こ
て冷戦下のヨーロッパや
のサッチモの功績は非
常に大きいんです」
3公演を通じて大活躍の早稲田大学ニューオルリンズジャズクラブのみ
なさん
アフリカを回る。CBS のド
キュメンタリー・クルーがこ
次に、若い頃のサッチモの映像、ベティーちゃんのアニ
の模様をとらえ、ニュースキャスターとして著名なエドワー
メ(ベティー・ブープ)やヨーロッパの映画に登場したもの
ド・マローが解説している『サッチモは世界を廻る(サッチ
などが流れる。第1部の最後にそんなサッチモの特徴的な
モ・ザ・グレート)』(1957)。スイスの空港に降り立ち大歓
演奏『シャイン』を外山夫妻と藤崎羊一(b)トリオで聞かせ
迎を受けるサッチモ、ガーナでは、当時のエンクルマ大統
てもらった(写真下)。
領の前で『ブラック・アンド・ブルー』を演奏するサッチモ…
若さ溢れる早稲田ニューオリが登場!
「デキシーは聴いても演じても楽しい」
第2部は、外山夫妻と早稲田大学ニューオルリンズジャ
この演奏旅行を成功裏に終えて帰国した後、ニューヨーク
のルイソン・スタジアムでおこなわれたコンサートに、6人
編成のサッチモ・オールスターズが、ニューヨーク・フィル
の88人のメンバーと共
ズクラブの若さ溢れるみなさんが登場、『バイ・
演する。当時37歳、新
アンド・バイ』で幕を開ける。露木さんが、バン
進の青年指揮者、レナ
ドの鉢村太郎さん(p=3年)に聞く。「なんで10
ード・バーンスタインが
0年も前のジャズが好きなの?」。鉢村さんも、
タクトを振った。2万50
佐藤梨伊奈さん(tp=2年)らも、みんな同じよう
00人の聴衆の中には、
なことを言っていた。「初めて聞いた時、みん
盲目となったブルース
なとても楽しそうに演奏していましたし、実際
の 父、83歳の ウィリア
に演奏していても、とても楽しいんです」と。
ム・C ・ハンディの 姿も
「自分の感情がよく出せるんです」という声も、
部員のみなさんからあった。
映像はハリウッド映画のメドレーに入る。『画家とモデル』
(1937)、馬もサッチモの演奏に聴き惚れる『ゴーイン・プ
レイセズ』(1938)、『キャビン・イン・ザ・スカイ』(1942)、
『アトランティック・シティー』(1944)。そして、ビリー・ホリ
見え、自作の『セントルイス・ブルース』が演奏されるのを、
涙を流しながら聴き入っていた…そんな感動的なシーン
も。
バーンスタインのNYフィルと共演
「彼こそ音楽にすべてを捧げた」と
デイも共演している『ニューオリンズ』(1947)。佐藤さんの
「演奏が終わって、サッチモが交響楽団と演奏できて光
サッチモ・コレクション展示にも、この『ニューオリンズ』のほ
栄だとあいさつすると、バーンスタインはマイクに向かって
か、『五つの銅貨』や『サッチモ・ザ・グレート』などの貴重
こういうんです」と、外山さんが披露したバーンスタインの
なポスターが展示されていた。中から2枚がステージに運
言葉が印象的でサッチモの偉大さを端的に表現している。
ばれてきた。これがまた貴重品。佐藤さんによると、「いい
「みなさん、ルイ・アームストロングはニューヨーク・フィル
と共演したいという、彼の長年の願いを実現したと、私に
と合わせている。こんな映像が残されていたんですねえ…
その名誉と喜びを語ってくれました。しかし、私はこの共演
と思っていたら、山口さんの「この人の指影絵が、お正月
は私たちクラシック側の人間
の2日夕刻、日本テレビでも
にとってこそ名誉なことだと
紹介されたんですよ。ご覧に
思っています。私たちの演奏
なった方も会場にいらっしゃ
する『セントルイス・ブルース』
るのでは…」との問いかけに、
は、ただ彼の演奏の大袈裟
おや!?結構手が上がった
な真似(イミテーション)にす
のには、またびっくり。
ぎません。そして彼の演奏こ
そリアルで、真実で、正直で
会場のロビーにびっしり並べられた佐藤修さんのサッチモお宝
グッズ
サッチモの名場面映像集も
いよいよ最後。サッチモが亡
シンプルで、そして気高くさえもあるのです。彼がトランペ
くなる1年前に米テレビ番組、デイビッド・フロスト・ショーに
ットを唇に当てる、それが練習のためのほんのちょっと二
出演し、司会者の求めに快く応じて『この素晴らしき世界』
つ三つの音を出すときでさえ、そこには彼のすべての魂が
を無伴奏で歌う映像が流される。すでにトランペットの演
こもっています。彼こそ、音楽にすべてを捧げた人物であ
奏はドクター・ストップがかけられていた。サッチモの目に
り、私たちは心から共演できたことを光栄に思っているの
は隈ができているようで、ちょっぴりやつれてはいるが、そ
です」
の歌いっぷりは感動的でぐっと来るものがある。外山トリオ
“サッチモの映像”でなんとも驚かされたのは、オーストラ
がその感動を引き取って演奏、外山さんの歌でしみじみと
リアの指影絵アーティスト、レイモンド・クロウが『この素晴ら
この初日の公演を終える。公演の共通テーマどおり、一貫
しき世界』を歌うサッチモに合わせて両手の指で描き出し
して「What a Wonderful World」の夕べだった。
たサッチモの横顔。目玉はぎょろぎょろ、口の動きもちゃん
ッチモの全体像をざっとおさらいする。
軽快なトークと実演でひもとくユニーク講座
ルイ・アームストロングとジャズの歴史
──7日午後、千葉市若葉文化ホール
小川理子さんも加わって“ジャズ講座”
セインツ・ニューオリ合同ジャズ葬式も
翌2日目、7日(土)は、まず千葉市若葉文化ホールで午
後1時半からの、軽快なトークと実演でひも解く<ルイ・ア
ームストロングとジャズの歴史>──。この日の2公演の
司会は、山口義憲さん
(「ワンダフルワールド通
信」編集長)。この日は、
美浜文化ホールなどで
「ジャズ講座」を持つ
“ Riko ”小 川 理子 ( み ち
こ)さん(p,vo)が、はるば
る(パナソニックの社員で転勤してしまった)大阪から駆け
つけて出演し、“歴史講座” のお手伝いもたっぷり。オー
プニングには前日の「サッチモの映像特集」のオムニバス
が映し出され、世界中にこのスイングする新しいリズムが
広まり、世界の音楽を変えてしまうほどの影響を与えたサ
と、いきなり客席の左手中央のドアから外山夫妻、セイ
ンツ、早稲田ニューオリの面々によるブラスバンドがジャズ
葬式を再現して、行進し、ステージに上る。それぞれがか
ぶったニューオリンズ・ブラスバンドの制帽がまたいい(写
真 下) 。ステージ での 演奏は 、墓場での 賛美歌『Just a
Little While to Stay Here(今しばし此処にとどまらん)』(葬
式でブラスバンドが最初に演奏する曲とか)、『Nearer my
God to Thee(主よ、御許に近づかん)』。セインツのサバオ
渡辺さん が 牧師役で
お説教すると、ニュー
オリの面々がおいおい
と泣く(…真似ですよ、
もちろん)。逝く人が埋
葬され、 ドラ ム が響き
渡ると、死者の魂は、
もうこの世の煩わしい
ことから解放され、まったくの自由の身になる。それまでの
哀愁を帯びた演奏は、たちまち陽気な曲に変わる。墓地
からの帰りの演奏は、まるで解放された死者を祝福するよ
うな明るい曲となる。『バーボン・ストリート・パレード』の賑
やかな演奏がニューオリも交えて演奏される。背後の映像
イド』。次いで『ダウン・イン・ホンキートンク・タウン』の演奏
には、奴隷船、綿花畑の奴隷、コンゴ広場(現ルイ・アーム
で第1部の幕を閉じる。
ストロング公園)で踊る奴隷たちが映し出されていく。
初期のジャズには、そんな要素が反映されていく。ジャ
ズ講座の“小川教授”も加わって、外山さん共々、このジャ
ズの初期のラグタイムについて説明し、小川さんが実際に
セインツとこのラグタイムの名曲、スコット・ジョブリンの『ジ・
エンターテイナー』を軽やかに演じる。今度は“外山教授”
“世界最古のジャズ録音”もお披露目
スキャット誕生の劇的瞬間も再現され
第2部の幕開け。史上初のジャズレコードの吹き込みは、
1917年の白人バンドODJB(オリジナル・デキシーランド・
ジャズ・バンド)によるものだった。これが大ヒットした。いわ
ば“世界初のジャズの音”。まずは、その中の1曲から『ワ
の出番。いった
ンステップ』。“最
いジャズに大切
古の録音”が会
な要素“スウィ
場に流れ、途中
ング”って、どん
か ら この レコード
な感じなんだろ
にかぶせてセイン
う。外山さん は
ツの生演奏で『ワ
そんな疑問に
ンステ ップ 』が 始
応え て 、『星条
旗よ、永遠なれ』のマーチを演奏し、「これではつまらない。
俺たちならこうするなあ…と黒人たちは考えたんでしょう
ね」と、この曲を軽快なスウィングするジャズに変えてみせ
る。なるほどねえ、会場から納得のうなずきも。
まる。なんとも不
思議なタイムスリップしたODJBとの共演に酔わされる。
このころのサッチモは、若くて新進気鋭のミュージシャン。
その当時の代表的な曲は『ディッパー・マウス・ブルース』、
1923年シカゴでの録音だ。今度は、セインツのピアノに
洗濯板、たらい、櫛、ボトル、靴磨き…
何でも楽器に見立てて“ジャグバンド”
小川さんが入り、恵子さんはバンジョーでキング・オリバー
今度は、ほとんど楽器も買えなかった貧しい人たちが多
で再び“歴史講座”。いまアメリカやカナダで由紀さおりさ
いニューオリンズで、ジャズが育っていった過程を外山夫
んの『夜明けのスキャット』が大ヒットしているが、このスキャ
妻が、セインツや小川さんと一緒に実演(写真下) して見せ
ットの生みの親が“歌手”としてのサッチモなんですね。そ
てくれた。洗濯板だって、櫛、ボトル、靴磨きの布、ブリキ
の誕生の瞬間は、『ヒービー・ジービーズ』の演奏中だった。
のたらい、ビニール袋…なんだって楽器に見立てて、リズ
歌詞カードを手にして歌っていたサッチモが、突然これを
ミカルなジャズを演奏してしまう。そんながらくたを総動員
ひらひらとステージに落としてしまう。バンドマンみんなが
楽団の『ディッパー・マウス・ブルース』となる(写真上) 。ここ
させた“ジャグバンド”の演奏
大慌てで「おい、おい、誰か
は、『エンターテイナー』と
早く、それを拾ってやれ!」と
『聖者の行進』…驚くほどサ
いったジェスチャーで歌詞カ
マになっていて、もうこれは、
ードを指さすが、ここでサッ
そのまま立派なジャズ(まあ
チモは目玉をぐりぐりさせな
やっている人たちがうまいか
がら咄嗟のスキャットに入っ
らなんだろうけど)。ゴスペル、ブルース…それにジャズの
ていく。バンドマンの一人がやっと拾い上げてサッチモに
もう一つの原点である奴隷たちの労働歌が「ワークソング」。
手渡し、書かれた歌詞に戻って、歌が続けられる。外山さ
日本風に言うなら「~のためなら、えーんやこーらぁ…」の
んの演技、セインツの慌てぶりも堂に入ったもので、これ
合唱。キャノンボール・アダレイの名演奏に合わせて、ドス
は本場ニューオリンズの「サッチモ・サマーフェスト」でも毎
ンドスンと足踏みまで入れ、そのさわりが披露された。
年のように演じられてきたが、現地のファンもこのシーンに
サッチモは「スウィングするリズムは、黒人教会から生ま
は、みんな大喜びするんです。
れたのさ」とも言っていますね。ニューオリも加わって、これ
次いで、サッチモの「革命的なトランペット・テクニック」
もまたスウィングする黒人霊歌『ダウン・バイ・ザ・リバーサ
を外山さんが、あれこれ演じてみせる。うーん、ずいぶんと
専門的な“講座”になりましたねえ。でも、それこそ「♯と♭
…とお客さんまで巻き込んで演奏、さらにディージー・ガレ
の間の音!? 何やら音階に
スピーのビーパップ『モップ・モッ
ない音!?」を出したりして、サ
プ』まで展開させていく。なるほど、
ッチモのテクニックがとんでも
あのモダンジャズの帝王といわれ
ないものであったことは分かり
たマイルス・デービスまで「ルイ・ア
ました。ここでこのサッチモの
ームストロングがいなければ、いま
新感覚がピアノのスタイルにも
の俺はなかったろう」と語ったことが、
影響したことを“小川教授”に、
これでよくわかりました。
ブギウギ、ブルース、ジャズへ
ここで締めくくりは、やはりこの公
の変遷として実演していただ
演のテーマ『この素晴らしき“サッ
く。
チモの”世界』。フィナーレは、小川さん、ニューオリ…全
この流れは、さらにスウィングジャズ、モダンジャズへと
員が登場して『聖者の行進』、もちろん、ここでもブラスバ
受け継がれていく。『ワン・オクロック・ジャンプ』とエリントン
ンドがジャズ100年超の歴史を発散させながら客席を巡っ
の『スウィングしなけりゃ意味がない』を♪デュワッデュワッ
ていきました(写真上)。
影響を受けたのが映画『五つの銅貨』とか。あのダニー・ケ
~この素晴らしきサッチモの世界~
イの演じた『リパブリック賛歌』が、まぶたを閉じれば浮かん
魅力満載のスペシャルコンサート
でくる…あれ、外山さんは!? 映像の終了と同時に、客
──7日夜、千葉市文化センター
席からセインツをともなった外山さんが、まさに『リパブリッ
大原保人、金子晴美、小川理子、ニューオリ
外山喜雄とデキシーセインツ…さあ全員集合
ク賛歌』を高らかに吹きながらステージへ。
1月7日(土)、3公演の最後は、千葉市文化センターに
移って午後6時半からの<SPECIAL LIVE!~この素晴らし
きサッチモの世界~>──。サッチモの魅力満載のスペ
シャルコンサートです。司会は、再び山口義憲さん。いや
はや外山夫妻といい、
この 山口さんといい、
まさに3連チャン。会場
大原さん(写真左)と小川さんが並んでピ
アノの演奏、金子さんの歌を盛り上げる
をマイカーで移動中、
コンビニに寄って栄養
今度はスペシャル・ライブですから、たっ
ドリンクなど買い、飲み
ぷりと演奏をお楽しみ下さい。サッチモのテーマ『南部の
干していましたよ。ニュ
夕暮れ』、そしてあのビートルズの全盛期に彼等を抑えて、
ーオリも3連チャンになります。がんばろう!
全米ヒットチャートのトップに躍り出た『ハロー・ドーリー』へ
さあ、3公演目のオープニング。さっそく外山夫妻、山
と続く。この日のセインツは、外山夫妻と粉川忠範(tb)、広
口さんが登場(写真上)、ここでもサッチモの世界を映像で
津誠(cl)、藤崎羊一(b)、サバオ渡辺(ds)です。ゲストボーカ
ざっとおさらいして…そうそう山口さんも、実は早稲田ニュ
ルの金子晴美さんが加わって『ベイズン・ストリート・ブルー
ーオリのOB、バンジョーを愛好していて、WJFのクリスマ
ス』と『君微笑めば』。金子バージョンのボーカルはまた、
ス・パーティーではOB仲間と“飛び入り出演”などしていま
たっぷりと聴かせ、ハートの琴線に触れるものがあった。こ
すよ。外山夫妻がニューオリンズでジャズ修行中も現地へ
こでも外山さんのサッチモ奏法の解説があり、お手本に
押しかけていっている。で、いまでもバンジョーの恵子夫
『マホガニー・ホール・ストンプ』が奏でられ、第1部を締め
人のことを「恵子先輩、恵子先輩!」なあんて呼んでいる
る。
んですねえ。ま、それはともかく、この3人が共通して一番
先にもちょっぴりご紹介しましたが、3会場のロビーにび
っしり並べられた佐藤修さん
ルース』と『サマータイ
提供のサッチモ・グッズ。ここ
ム』が熱演される (写真
では佐藤さん推薦の「サッチ
左 )。いやまさに素晴ら
モLPジャケットBEST100」が
しい演奏でしたね。こ
ロビーにズラリと展示され、み
うなると、ボーカルもい
なさん、ため息混じりにのぞき
っそう熱が入る。金子
込む。1部の休憩前、ここでも
さんの『この素晴らしき
ステージに招かれた佐藤さんの話では、「サッチモのLP
世界』や『A 列車で行こう』も、まさに金子バージョンの粋。
ジャケットで一番好きなのは『サッチモ・ザ・グレート』なん
外山さんまで加わって、乗りに乗りまくる。金子さんのエラ
ですが、今日ここにはないんですよ、友人に持っていかれ
風スキャットが冴える。フィナーレは全出演者がステージ
ちゃった」(笑い)、「で、ここにある中での一番は『タウン・ホ
に上って『聖者の行進』。セインツとニューオリはまたまた
ール・コンサート』です」と、うーん、やっぱりこれは歴史的
客席を行進、拍手に包まれ、サッチモを愛するファン、ミュ
な演奏でもあるし、ファン垂涎のものなんでしょうね。ジャ
ージシャン、スタッフの情熱に包まれた2日間3公演の幕
ケットを写真に撮ったり、その前で記念撮影などしている
を閉じた。また、サッチモとともにお会いしましょう!
お客さんもかなりいました。
恵子さんが言っていましたね。「みなさんにサッチモの
私たちも!ウィー・ラブ・サッチモ!!
イエー!みんなサッチモが好きなんだ
第2部は<私たちも!ウィー・ラブ・サッチモ!!>─
─。そう、みんなサッチモが好きなんです。で、外山さん、
「私は“2番目に”サッチモが好きになりました。一番はじめ
に好きになったのは…」なあんだ、奥様、恵子さんがイチ
バン!だったのでした。ご馳走様!
これにつきました。
主催:アートプレックスちば事業体
共催/監修:日本ルイ・アームストロング協会
協力:早稲田大学校友会千葉県支部千葉稲門会
早稲田大学ニューオルリンズジャズクラブ稲門会
早稲田大学ニューオルリンズジャズクラブ
Special thanks to everybody!!
で、幕開けは、早稲田ニューオリの『ミ
レンバーグ・ジョイズ』。そして再び、
小川理子さん。ピアノジャズのスタイ
ルの変遷などをお話しいただいた後、
「私はこの曲に出会った時、涙をぽろ
ぽろ流しながら聞きました」という『誰
も知らない私の悩み』に続いて、ジャ
素晴らしさを伝えることができて、ほんとうに良かった」と。
金子晴美さん
ズの歴史をたどるようにラグタイム『メイプル・リーフ・ラグ』、
ブギウギなど計5曲を熱演、熱唱。次いで長年、東京ディ
ズニーランドで演奏していた外山夫妻がサッチモとディズ
ニーについて解説。サッチモには『サッチモ・シングス・デ
ィズニー』というレコードもあり、サッチモとディズニーは切
り離せない強い結びつきがある。その中から2曲メドレーで
『チム・チム・チェリー』(メリー・ポピンズから)と『ビビディ・
バビディ・ブー』(シンデレラから)。
ここでもう一人、スペシャル・ゲストの大原保人さん(p)
が登場する。大原さんは、「ベイサイドジャズ千葉」による
地元の活性化など、長年に渡る業績が認められて「千葉
県文化功労賞」を受賞されている。藤崎羊一(b)、サバオ
渡辺(ds)とのトリオで、大原流のモダンな『セントルイス・ブ
2012年は、20世紀のアメリカが生んだ世界のマエ
ストロ…ルイ・アームストロングとともに始まりました!!
1月6、7日の両日、千葉市の3会場、美浜文化ホー
ル、若葉文化ホール、千葉市文化センターで開催させ
ていただいた“千葉で巡るマエストロの旅、ルイ・アーム
ストロング”3コンサート(ルイ・アームストロングの映像特
集、サッチモとジャズの歴史、サッチモのワンダフルワ
ールド、そして同時開催の佐藤修さんのコレクションに
よるサッチモ展)は、皆様のご協力を頂き大盛況のうち
に終了しました。
露木茂さん、佐藤修さん、金子晴美さん、大原保人
さん、小川理子さん、外山喜雄とデキシーセインツのメ
ンバー各位、司会の山口義憲さん、そして早稲田大学
ニューオルリンズジャズクラブのヤングパワーにご協力
いただき、そんな、偉大なマエストロ・サッチモの横顔を
皆さんにお伝えすることが出来たかと思います。
この企画をして下さったアートプレックスちば事業体の
皆様、プロデューサーで美浜文化ホール芸術監督の
菊地哲榮さん、同ホール館長太田茂孝さん、早大ニュ
ーオリOBの平井昌美さんに、お礼申しあげます。
思えばお話しを頂いてから思いもかけない大震災が
発生、8月開催予定が約半年遅れで実現、成功裏に
終えることが出来たことを心から嬉しく思います!!!
オーイエス!!
(外山喜雄・恵子)
“伝説のピアニスト”サー・チャールス・トンプソンさんを迎えて
東日本大震災、津波…ニューオリンズからの楽器プレゼント
恒例12月23日、天皇誕生日の「日本ルイ・アームスト
WJF会報の山口義憲編集長の司会で、まずは外山喜
ロング協会(WJF)クリスマスパーティー」が、2011年も千
雄・恵子夫妻が登場(写真左上段)、3.11の大震災以来、
葉・浦安市のオリエンタルホテル東京ベイB1F「HUB新
昨年は本当にいろいろなこと
浦安店」で開催された。今回も“伝説のピアニスト”サー・
がありましたが、ま、手短にま
チャールス・トンプソン夫妻が、元気な姿を見せ、素晴らし
とめてこの1年間の活動報告。
い演奏をたっぷりと聴かせてくれた。
次いで天皇陛下と同い年で
(小泉良夫)
外山家“全壊”、右腕骨折の恵子さん…
いろいろあったが嫌なことは早く忘れて
午後0時半開場、1時開演なのに例年同様、正午前から
参加者のみなさんが入り口に列を作る。WJF会員、「サッ
チモの 旅」の “同窓
生”のみなさんが、そ
れぞれが知人、友
人、家族を誘って参
加 、な か に は 1 0 数
人の“団体様”もいら
して、スタッフ、バン
ド…赤ちゃん、お子様も含めて130人超
が、会場を埋める。開場と同時に“飲み
放題”(午後3時まで)の宴会スタート。サ
ッチモのBGMが流れ、懐かしい映像も
各コーナーの大型ディスプレイに映し出
される。東北大震災の津波で楽器をす
べて 流されて し
まった宮城・
気仙沼のジ
ュニアジャズ
オーケストラ
「スウィング・
ドルフィンズ」
や多賀城市
の子供ジャズバンド「ブライトキッズ」にニューオリンズから
の援助でピッカピカの楽器が“恩返し”として送られ、外山
夫妻がその寄贈に奔走、子供たちと共演するする姿も追
①
WJF最年長(?)の賛助会員、
中村宏さん(防衛医大名誉教
授、ジャズ評論家)に乾杯の音頭
をとっていただく(写真左中段) 。中
村さんは、同い年の会員で昨
年の「サッチモの旅」でご一緒し、
②
このクリスマスパーティー
では毎年、“飛び入りコー
ナー”に出演して尺八ジ
ャズを聴かせてくれた長
谷川淳一さんが今年、交
通事故で突然、亡くなら
れたことに触れ、旅の エ
ピソードなども披露、長谷
③
④
川さんを偲んだ。私(小
泉)なんか、旅の間中ずっ
と“ルームメイト”でした。そ
れにサッチモのお隣さんで
“名物おばさん”のセルマ・
ヘラルドさんも、この12月3
日に亡くなった =12面に詳
⑤
⑥
報 。享年88歳。頬にずい
ぶんチューされたなあ…。ニューオリンズの「サッチモ・
サマーフェスト」に、はるばるニューヨークからやってき
てセインツの前で華麗なステップを踏むセルマさんの
映像も、休憩時間に会場で披露された。
日本音楽家協会会長の石井一さん
JATP来日時の「ちょっといい話」も
った、各テレビ局のドキュメンタリー番組が、まとめて編集
大震災があって、外山家が液状化で全壊、恵子さんが多
され、会場に流される。刷り上がったばかりのWJF会報70
賀城の子供バンド支援の際、“黄金の右腕”手首を骨折。
号やサッチモのコースター、サッチモ・マグネットなども配
喜雄さんが病気入院…「いやなことは早く忘れて新しい年
られていたので話題は豊富、待つ間もなく開演時間とな
を迎えて下さい」と中村さん。それにはやはり楽しいジャズ
る。
ですね。
賑やかに日本ルイ・アームストロング協会クリスマスパーティー
被災地を巡り、子供たちに“希望の光”を灯した2011年
食事もスタートして、セインツの演奏も始まった。セインツは、
ー・チャールス・トンプソン!ですもんねえ。そして、外山さ
今年はクラリネットがいなくて、外山喜雄(tp,vo)・恵子(p,b
んについて「彼はすごいなあ。常に青春だよ」と称える。
j)、粉川忠範(tb)、藤崎羊一
(b)、サバオ渡辺(ds)のクイン
テット(前ページの左下段)。クリス
マスソングや『君微笑めば』な
どが続いた後、さあ、サー・チ
ャールス・トンプソンさんがステ
⑦
⑧
ージにのぼった。1918年(大正
飛び入りコーナーますます繁盛!
“アイドル咲子”テナー復帰第1弾
お次はいよいよ“飛び入りコーナー”。サンタクロース姿
の外山さん始めセインツがクリスマス衣装に着替えて登場
する。まずは、司会の山口さん(bj)ら、早稲田ニューオリの
OBバンド①。外山さん卒業後のリードトランペッター、鈴
木芳郎さん、そして栗生清貴さん(ds)、樋口加鶴夫さん(b)、
7年)3月21日生ま
外 山 夫
れの、93歳! いやはや力強いタ
妻、粉川
ッチはまったく変わりなし。ご自身
さんまで
の作曲で人気ナンバーの『ロビン
加わって
ズ・ネスト』やら『ロシアの子守歌』
⑨
の『ビル・
『インディアナ』が続く(写真右)。
ベリー』。
ここでステ ージ に
佐 宗 雅
呼び出されたの
幸 さ ん
が、日本音楽家協
会会長の石井一さん(参議院
議員)。忙しい最中にもかか
わらず、この日、ご夫妻でお
⑩
いで下さった。石井さんは、知
る人ぞ知る、お父さんが日本マ
ーキュリーレコードの社長をさ
れていて、1953年(昭和28年)、
日本にジャズの大旋風を巻き
⑪
⑫
起こしたあのJATP(Jazz At The
Philharmonic)の総勢30人を超
えるアメリカのトップ・ジャズマンが来日したさい、これを全
面的にバックアップされた方。当時の石井さんはまだ18
歳の高校3年生だったが、羽田空港からパレードの先頭
を進むクライスラーのオープンカーに、この企画の立役者、
ノーマン・グランツ(音楽プロデューサー)を乗せて、この車
を運転したという。公演会場になった有楽町の日劇には、
美空ひばり、江利チエミ、雪村いづみの“3人娘”が連日、
楽屋にやってきて、石井さんを通じてサインを求めてきた
そうだ。そんなエピソードを披露され、石井さんは「ここに来
て青春時代が甦りました」と、それもそのはず、お隣に腰を
下ろしているのが、そのJATPとも共演したことがあるサ
(tp) と 府
川弥生さん(p)のサッチモ・バージョン『この素晴らしき世
界』②。松本隆一さん(vo)の『マック・ザ・ナイフ』③。椎橋
邦雄さん(vo)の『リンゴの木の下で』④。このお2人は「サッ
チモの旅」同窓生。続いてWJFのアイドル(…といっても、
今や2歳と4歳の坊やのお母さん)、伊藤咲子さん(ts)が
子育ても落ち着いてきて練習再開後の復帰第1弾、エリン
トン・ナンバーは『サテン・ドール』⑤。サックスが続き、大
西正則さん(as)は『You Always Hurt the One You Love』⑥。
黒川芙佐代さん(vo)の『ラグタイムの子守歌』⑦は、外山
さんが『五つの銅貨』で併せて映画のシーンを再現。中山
邦夫さん(vo と5弦 bj)は、『枯葉』をヴァースの部分からフラ
ンス語で…⑧。古いボーカル・ナンバーにはめっぽう強い
という石井修さん(vo)は『フロム・マンデイ・オン』⑨。
休憩を挟んで、毎年ハーモニカの名演を聴かせてくれる
渋井誠さん(78歳!)、今年は『リパブリック賛歌』⑪。ここ
で外山さんが再び石井一さんをステージにお呼びして、
歌わせてしまったのが『All of Me』⑩。渋くて迫力のあるな
かなかの歌いっぷりでしたよ。石井さんはテナーサックスも
こなすんです。「こんどさっきのサックス(伊藤さんと大西さ
ん)にバックで吹いてもらいたいなあ」ですって。
(次頁へ続く)
(前頁から続く) 来年はみなさんでフルバンドなどいかが?
配りしたマグネットは理事の奥村清文さんから。外山夫妻
“飛び入りコーナー”の締めくくりは、中村亜梅さん(vo)の
ご自身と WJF からのプレゼントも。で、プレゼントの大当た
『It’s Only A Paper Moon』⑫。中村さんは、伊藤咲子さん
りはお子様方が多かったようですね。
も加わっていた社会人ビッグバンド「ファンタイム・ビッグバ
ステージでは、藤崎さんのボーカルで『赤鼻のトナカイ』、
ンド」で、この日も会場に来られた笠原克信さん(b
『ホワイト・クリスマス』と『この素晴らしき
tb)らとコンサート等で長年、ニューオリンズへの
世界』はみんなで合唱。またまたサー・
寄付金を募って下さっている。
チャールス・トンプソンさんのピアノが
またまた“サッチモ金太郎飴”
デザートのリンゴも会員から
加わり、『A 列車で行こう』やら…『ジン
グルベル』では参加者のみなさん
をセカンドラインに従えてのパ
ここで今年も会員の水越有造さんからご
レードが会場を渦巻いた。中
寄贈の“サッチモ金太郎飴”が、スタッフの
締めは磯野博子さん(ジャズ
手で参加者全員に配布された。さらにデザ
評論家、故いソノてルヲ氏夫
ートの大量のリンゴは、“ジャズの街”宇都宮
人)がサー・チャールス・トン
の会員、関口美夫さん(下野市)からのプレ
プソンさんに三三七拍子を伝
ゼントで、外山家で精を出しての皮むき!
授してシャシャシャンシャン…
プレゼントと言えば賛助会員の奥山康夫さんからディズニ
ーグッズを沢山いただき、抽選会やじゃんけん大会でしっ
かり使わせていただいた(写真右上)。コースターと一緒にお
(写真左下) 。フィナーレ『聖者の行進』に入った時は、とうに
午後4時を回っていました。
気仙沼から嬉しいお便り…英訳してニューオリンズにも送らせていただきました
気仙沼ジュニアジャズオーケストラ「スウィングドルフィンズ」
の最年少トランペッター、岩渕天音さん(写真下)とお母さんの
岩渕紀久子さんから外山夫妻あてにそれぞれ自筆のお手紙
を頂きました。
(まずはお母さんから=前と後ろの1部は割愛させて頂きま
した)
<3月11日の震災で自宅自営の店舗、2店舗、そして私
の実家が津波の被害を受け、片付けても、片付けても、片付
けが終わらない、これからどうしたら良いのだろうという日々を
送っていました。全国からの食物や衣類の支援物資がとても
ありがたく、生きているのだから頑張らないと!!と必死で過
ごしていました。まだまだ色々な事が混乱している中に、届い
た楽器の支援は、今思い出しても夢のような、本当にうれし
い出来事でした。そして、学校よりも早くドルフィンズの活動が
再びはじまりました。楽器を手にした子供達の笑顔を見て、震
災 と いう 大 変な こと が
起 こっ た けれど、こ ん
なステキで嬉しい事だ
っ てあ るんだ 、と心 の
中がパァッと明るくなっ
た 気がしまし た。な か
なか思うように練習が
進まず、どうなるんだろ
うと心配した定禅寺ジ
ャズフェスティバル…沢山のお客さんの前で自分たちの出来
る限りの演奏をした姿に子供達のパワーを感じ、気仙沼は必
ず復興すると勇気を貰いました。私たち家族は外山さんご夫
婦のこれまでのご活躍、そして楽器をご支援頂いたお陰でこ
うして、明るい気持ちで新しい一年を迎えることが出来たんだ
ナということを、お正月に改めて思いました。お陰様で前向き
に一日一日、一歩一歩進むことができました。
気仙沼、仙台、横浜、イクスピアリ…子供達の演奏のたび
に、ステキな演奏で花を添えて下さった事にも感謝しておりま
す。娘はいつもどんなアドリブを聞かせて下さるのかと、とても
楽しみにしており、「すごいね、すごいね」と憧れております。
四年生の終わり頃から、大きくなったらディズニーのトラン
ペッターになりたいと言っている娘です。昨年一年はますま
すトランペットが大好きになった一年でもありました。一年を
振り返った時、親子共々、支
えて頂いたんだナという感謝
の気持ちでいっぱいになりま
したので、どうしてもその気持
ちをお伝えしたく、上手に文
章になりませんでしたが、ペ
ンをとらせて頂きました。>
(そして以下、天音さんから=写
真左も)
<去年はドルフィンズをい
っぱい応援して頂き、どうもあ
りがとうございました。
一緒に演奏する機会がとても多くて嬉しかったです。外山さ
んはアドリブがとてもかっこよくて、私もあんな風にアドリブが
吹けたらなぁといつも思っているし、とても尊敬しています。
恵子さんは私達に明るく、そして、やさしく接してくれて、会
うのがとても楽しみです。
私はこれからも頑張って練習して、もっと上手に吹けるよう
にします。お二人共、お体に気をつけて、すてきな演奏をみ
んなに届けてあげてください。
ドルフィンズ最年少のTP 岩渕天音より>
外山夫妻の尽力で気仙沼の「スウィング・ドルフィンズ」にまたまた素晴らしい“プレゼント”
東京ディズニーランドからのご招待とディズニー・ファンの前での演奏会
──2011年11月26日、夢のようなコンサートが降り注ぐ暖かい陽の光のもとで…
3.11 東北大震災で被災した気仙沼ジュニア・ジャズ・オ
ーケストラ「スウィング・ドルフィンズ」(SD)に、またまた素
晴らしい“プレゼント” が舞い込んできた。10月の「横濱
ジャズ・プロムナード」出演に次いで、今度は東京ディズニ
ーランド(TDL)からのお誘い。何と言ってもここは外山夫
妻の“ホームグラウンド”、当然、子供たちとのコラボも実現
し11月26日、夢のようなコンサートが、降り注ぐ暖かい陽
の光のもと、大勢のディズニー・ファンに囲まれて開催され
た。
SDリーダー須藤丈市さんと部員22人
夜を徹して夜行バスでの東京TDL入り
今回もバンドMC、菊田わかさん(中3,ts)の爽やかな司
会とバンドテーマで幕を開ける。「ルート66」「明るい表通
りで」、ディズニーにちなんだ「星に願いを」などの後、外
山夫妻がイクスピアリで活動する「ハッピーデキシーシック
ス」として紹介され、SD と「ウッドチョッパーズボール」「マッ
ク・ザ・ナイフ」の2曲をご機嫌で共演。30分を超えるステ
ージが終わっても、会場を埋めたお客さんはそのまま動こ
うとしないで拍手を続ける。そう、アンコール! ♪うさぎ追
いし…の「故郷(ふるさと)」をしっとりと聴かせてくれた。い
つ聴いてもジーンとさせられますね。
演奏も終えてアトラクションも楽しむ!
付きっきりの外山夫妻らと涙のお別れ
終わってやっと開放された部員のみなさんは、カジュア
ルウエアに着替えて…TDL でアトラクションを楽しむ時間
がたっぷりと用意されていました。須藤さんの話では、大
分前に も、
部員のみなさんは、大はしゃぎでしたが、その日程を聞
ここTDLで
いてびっくり。会長で指揮者の須藤丈市さんと部員22人
演奏した事
の計23人が気仙沼を貸し切りバスで出発したのは前日2
があるそう
5日の夜8時半。もう1台、部員の父兄とサポート隊を乗せ
だが、TD
たバスが後を追う。総勢64人! 途中渋滞もなく、TDLに
Lに来た事
到着したのは、まだ暗い26日午前5時半頃。ちょっと休憩
があるメン
して食事をとって、ユニフォームに着替え午前9時40分、
バーは、今回ただ1人だけという。ところが、菊田さんに聞く
園内ウエスタンランドの野外スペース「ラッキーナゲット・ス
と、なんと10月の横濱の直後に修学旅行でメンバーの数
テージ」で、入園者の大歓迎の中、まずは20分超の演奏。
人がTDLに来ているそうだ。みなさん見逃したアトラクショ
続いて 外山夫妻の
ンを見るのが楽しみとか。
待つイクスピアリへ。
これまで付きっきりで世話を焼いて
ここイクスピアリの
いた外山夫妻とも、ここでお別れ。や
2F「セレブレ ーシ ョ
はり密着して世話を焼いてくれていた
ン・プラザ」には高さ
イクスピアリの担当者、半田澄人さん
約10m の大きなクリ
がSDのみんなのバスを送りながら、タ
スマスツリーが出来
オルで盛んに涙をぬぐう。大泣き。そ
上がっていて、一行を迎える。休む間もなく準備にかかる。
う、それほど感動的な出会いだったのです。
ドラムセット、キーボード、譜面台…どうしたってゆうに1時
一行は、午後9時にTDLを発って気仙沼へ。到着は翌
間はかかる。PAも朝からテスト、テスト…で大忙し。演奏
朝6時半頃という。みなさん、ご苦労様! またお会いでき
開始は午後零時半をちょっと回る。2階のステージ前も、3
る日を楽しみにしています。
階、4階もお客さんでぎっしり。
(小泉良夫)
ああ…あのセルマさんが逝ってしまった!
昨年暮れ、何とも悲しい知らせがニューヨークのルイ・ア
ームストロング・ハウス・ミュージアム(LAHM)館長、マイケ
ル・コグスウェルさんから外山夫妻にメールで送られてきた。
それによると、ニューヨーク・クイーンズ区コロナのLAHM
の隣に住む、あの“名物おばさん”セルマ・ハロルドさんが、
現地時間2011年12月3日午後、自宅で亡くなったという。
享年88歳だった。
コグスウェルさんのメールでは、亡くなる数週間
前から体調を崩していて、LAHMのスタッフやボ
ランティアの方々が、彼女の自宅に立ち寄って世
話をやいていた。スタッフの一人で、
昨年夏の「サッチモ・サマ
ーフェスト」でも、ニューヨ
ークからニューオリンズへ
彼女にずっと付き添ってい
たアル・ポメランツさんが亡
くなる前の日も、彼女を医
者のところへ連れて行って、
薬をもらってきたばかりだ
った。3日午後、崩れるよう
に倒れ、すぐに救
急 車が 呼ば れ た
が、救急隊員が
処置を施している
最中に亡くなって
しまっ た。セルマ
さんは昨年夏のフ
ェストに行って、
特に外山夫妻に
お会い
したこと、
そ し て
夫妻と
のバン
ドでダン
スしたこ
と を とて
も喜ん
でいたそ
うだ。
セルマさ
ん は 、「セ
インツと行
くサッチモ
の旅」を通
じても、お
付き合い
が長い。毎年のように LAHM の前にわれわれ
のバスが着いて、外山さんがセルマさんの家の前
でトランペットを吹き鳴らすと、すぐに姿を見せ、
「おや、みなさんお出でなすったか」といった感じで笑顔を
振りまく。いつだったか、すでに LAHM の売店の中に立っ
(ラストシーンをちょっぴり…)
ていたので、「お待ちになってくれたのですか?」というと、
「何言っているんだい、私は毎日ここにいるんですよ」です
って。ツアーにみなさんと記念撮影に応じたりして、和気
あいあいの時を過ごした後、みんなと一緒にサッチモ夫妻
が眠る超炎天下のフラッシング墓地へ。
「うちのお墓もここなんですよ」って伺ったことがあったの
で、きっとまた“サッチモのお隣さん”として、楽しく過ごし
ているに違いな
い。帰りが けに
ブラジルのバー
べキュー料理レ
ス ト ラ ン「 グ リー
ンフィールド」で
のランチにも、
ずいぶんとご一
緒しましたね。
帰りのバスの中
で「おお、ここがサ
ッチモ夫妻が挙式
した教会ですよ」な
あんて、ガイドまで
してくれた。
セ ルマさん は サ ッ
チモがルシール夫
人とともに引っ越してき
た1943年より前から家族と
一緒にそこに住んでいた。
彼女の母親がルシール夫
人と親しかったようで、隣の
土地を斡旋したようだ。そ
んな縁で彼女はサッチモの
ヨーロッパツアーに同行す
る。「毎日、150枚も彼の白
いハンカチにアイロンをかけ
てあげたんですよ」とセルマ
さん。そんな話を昨年のサッ
チモ・サマーフェスト・セミナ
ーでも、コグスウェルさんとの
インタビューで話していた。こ
のセミナーには、大プロデュ
ーサーのジョージ・
アバキアンさん(9
2歳!)も姿を見せ
ていた。まさにサッ
チモの公私を知る
“両巨頭”だ。
セルマさんの写
真アルバムは100
枚を超えるが、昨
年のとっておきの
何枚かを…。
にも行き着いたという。もちろんルイ・アームストロングは大好
米テレビの人気シリーズ番組「TREME」
きで、主にボーカルを聴いているそうだ。
トヤマ役の俳優、市川達生さん大感激
この日、セインツが演奏した『バーボン・ストリート・パレー
──HUB 新浦安店で外山夫妻と念願の対面
ド』を耳にして大感激。「このドラマの撮影が終わった最後の
日にバンドのみんながこの曲をお別れに演奏してくれたんで
アメリカのケーブル・チャンネルTV(HBO)で人気が出て
す」と。何やらみなさん“赤い糸”でつながっているみたいで
いるシリーズ番組「TREME」に、
すね。時計は午後10時を回っ
“トヤマコウイチ”役で出演した俳
ていたが、半年に1度のディズ
優、市川達生さんが日本に一時
ニーランド・スタッフの入れ替わ
帰国し2月24日夜、HUB新浦
り時期に当たっていたそうで、
安店にライブ出演中の外山夫妻
会場は、日本人を上回って、ほ
と念願の対面を果たした(写真)。
とんど外国の美男美女スタッフ
この番組はジャズ発祥の街角、
で埋め尽くされていた。あふれ
ニューオリンズのトレメ地区の生
て座る席もなく、立ち飲み立ち
活を描いたテレビのミニ・ドラマ・
食い、演奏に合わせて踊ったり、
シリーズで市川さんの話では、ニ
ハグし合ったり…。「何だかニュ
ューオリンズがハリケーン・カトリ
ーオリンズに戻ってきたみたい
ーナの大被害を受けた3ヵ月後からの
だなあ」と市川さん。フィナーレの
想定でドラマは始まる。1シーズンに1
『聖者の行進』では、セカンドライ
0~12話作られ、市川さんは2010年
ンがふくれあがる。市川さんも、傘
にはじまった第1回シリーズ(最初の
を持ってパレードに加わり、跳ね
放映は4月11日)に出演した。毎週日
回っていましたよ。
曜日の夜に新しいエピソードが流され、
そんな市川さん、いまご自身で
日を置いて何度か再放送される。
ブログを「悪戦苦闘して制作中」。
この話は、外山夫妻も、すでに地元
詳しいことは「市川達生」で検索し
の方々から伝え聞いていたが、先頃、
て見ていただくとして…。そのブロ
市川さんからこのシリーズをご自分で
グによると、彼は東京(下町)生ま
録画し、DVDにダビングしたものが、
れの東京育ち、大学卒業後、80
丁重な筆書きの手紙とともに外山さん
年代の終わりに渡米。引っ越し運
宅に送られてきた。
送、バーテンダー、ガイド、窓拭き、
この第1回は、楽器を洪水でなくし
てしまったドラマの主人公の一人、地
テレビドラマ「TREME」のサイトから
ウエイター、スーパー店員、日本
語教師、通訳、翻訳、写真家、バ
元ミ ュージシャンに市川さ ん 演じ る日本のジャズファン
イク配達…など、いろいろ経験して、いまは映画、テレビ、C
「KOICHI TOYAMA」がトロンボーンを買って、プレゼントして
M、吹き替え、ナレーションなどで活躍中の俳優さん。
あげるといったストーリー。市川さんは、第5話と第8話に出演
している。このドラマのメイン・ライターも、外山さんのことを知
とっても感じの良い方で、ニューヨークでの再会がまた楽し
みですね。
っていたそうで、市川さんによると、「外山さんのような方がい
らしたということをもとに、私の演じた役が作られたと言ってい
いと思います」。
市川さんは、「この台本でまったく初めて聞く、ホット・ファイ
ブ、プリザベーション・ホール、キッド・オリー、キング・オリバ
ー、スウィート・エマ、シャノン・パウエル……」そんなジャズマ
ンや言葉のリサーチに追われているうち、外山さんの存在に
市川さんによると、「2010年の第1シーズンに10話、20
11年の第2シーズンに11話が作られ、現在は第3シーズ
ンの撮影に入っているのかと思います」とのこと。コマーシ
ャルは入らず、1話の長さはほぼ60分。第1話と最終回は
1時間半ぐらいだったとか。
このドラマの英語のサイトは、
http://www.imdb.com/title/tt1279972/
大受け。
東日本大震災の復興・復旧を願って
新春デキシーランドジャズ・ジャンボリー
日本を代表するデキシー5バンドが熱演
恵子さんも震災で避難している方々に元気をと、『世界
は日の出を待っている』を演奏した。
最後に、デキシーらしく明るく『South Rampart Str
eet parade』を演奏して盛り上げる。
昨年の東日
今回も日比谷公会堂は、満員のお客さ
本大震災の復
んで埋まり、ジャズ業界も今年は明るくなる
興・復旧を願
予感がした。
いながら日本
開演前と休憩時間の合間に、ロビーでデ
音楽家協会
キシーセインツのCDや外山さんご夫妻の
(日音協)主催
著書(『ニューオリンズ行進曲』と『聖地ニュ
『第4回デキシ
ーオリンズ・聖者ルイ・アームストロング』)は、
ーランドジャ
あっという間に完売。スタッフの肥塚重雄さ
ズ・ジャ ンボリ
んと私、理事の奥村清文が販売のお手伝
ー』が、いつも
いをしたが、もっと陳列すれば良かったと残
の日比谷公会
念がる。WJFで作成したコースターも一部
堂で華々しく
の方に来場記念に配ると、取り合いになるく
開催された。
らい好評だった。
協会の会長である石井一さん(昨年末に開催されたWJ
北村さんのサイン入りボールペン完売
売上金は東北の被災者に全額寄贈へ
Fクリスマスパーティーにご夫妻で参加された)が、
「日本のジャズ業界は、このコンサートから毎年スタ
また、北村英治さんが
ートする」と挨拶された。
サイン入りのボールペン
日本を代表するデキシーランドジャズ・バンド5
(写真右)を300円以上/
組が一堂に集り、盛大に熱演を繰り広げた。
本 で 販売 し、そ の 売 上
トップバッターは有馬靖彦とデキシージャイブ、
金を被災者に全額寄付
続いてデキシーキャッスル、3番目に中川喜弘とデ
するという慈善行為を行
キシーサミット、続いて我らが外山喜雄とデキシー
っていますが、昨年4月
セインツ(写真上の2枚) 、最後に薗田憲一とデキシ
ーキングス、スペッシャルゲストに83歳とは思えないくらい
お若い北村英治さんが登場した(写真中央)。
今年の共通課題曲は幸せ呼ぶ『君微笑めば』
恵子さんは『世界は日の出を待っている』!!
から約200万円以上を足長教育基金に提供。今回も500
本近くのボールペンが完売したとのこと。
司会の牧岩夫からも外山さんの『銃に代えて楽器を!』
のボランティア活動が紹介され、お客さんから大きな拍手
を頂く。特にニューオリンズから震災直後に、津波で流さ
今回は、5バンド共通の課題
れた気仙沼市の「ス
曲『君微笑めば』で、日本中の
ウィング・ドルフィン
人々が笑って幸せになろうとの
ズ」のバンドに楽器
思いで各バンドが特徴のある演
を贈る橋渡しや被
奏をして、多くのジャズファンに
災者の 方を 励ます
ご披露した。
ために3度も宮城県
デキシーセインツは、ディズニ
を訪ね、演奏したこ
ーランドで鍛えた演奏をし、特に
外山さんと粉川さんとの掛け合い
出演者が全員集合して盛大なフィナーレ
演奏とドナルドダックの会話が素晴らしいく、お客さんから
とも感動を呼んでい
た。
(文・奥村 清文、写真は相馬威宣さん撮影)
ンセットは、味もボリュームも満点でした。ホテル1F は全滅
福島からスタートし仙台へ(1/16~19)
4回目のふるさと&被災地訪問
──WJF 会員の宮城健さん
で再開は7月初めから、2F をフロントにしたのでレストラン
に戻っての営業再会は7月末だったようです。営業中はこ
のホテルと開店したての居酒屋、保険会社、そして理髪店
しか見られませんで、消防署、その前の幼稚園や呑ん兵
初日(1月16日)は念願の古関裕而(作曲
家)記念館で、福島在住の中学校卒業以来
の同級生と再会し、宿泊の仙台では定禅寺ジャズストリー
トで初対面できましたライブハウス「ジャズ・ミー・ブルース
NOLA」佐々木氏を訪問。
2日目は仙石線で墓参/福田町、開通している高城町
まで行ってみたが途中、バス連絡(松島
海岸~)で石巻行きも考えたが時間なく
次回に…。仙台に戻り一関経由の大船
渡線で気仙沼に、駅前観光案内所で情
報収集し、貸し自転車で港方面を回った。
確かに飲食店はほとんどなく、私は駅前
に戻って食堂で昼食、わかめラーメン食
べました。花巻に手頃な宿が取れなかっ
たので北上に宿泊。お目当ては宮澤賢
治の世界を巡ること~「銀河鉄道」のモデ
ル釜石線、宮沢賢治館、イーハトーブ館
etc.
震災で「雨にも負けず~」が方々で再
認識されたり、NHK E テレの100分名著
で「銀河鉄道の夜」が12月に紹介され、講師
のロジャー・パルバースは、ニューヨーク生ま
れの作家で67年初来日のころ、「日本の作
家で一番美しい日本語を書いているのは?」
と尋ねて、「宮澤賢治」と教えられて以来、今
までに「銀河鉄道の夜」を5回も翻訳を重ねて
います。興味尽きない作家です。
3日目はいよいよ釜石線で民話のふるさと遠野も通って
衛横丁などはそのままで、黄色/立会って解体や赤/解体
のメッセージを小旗で表示した被災建物はまだ沢山ありま
した。宿泊の盛岡まで釜石からの快速で「銀河鉄道」のモ
デル釜石線を楽しみながら花巻でそのまま東北本線に乗
り入れの本数は少ないけど快適な旅でした。
昨年9月訪問の盛岡のジャズバー2店/陸前高田と宮
古で被災を再訪し、その後、少
しは立直って活動されている様
子を喜び合う事が出来ました!
最終日は、新花巻駅で下車
し宮沢賢治館、イーハトーブ館
で宮澤賢治の世界を楽しんで
の帰宅でした。
本当は石巻、気仙沼、釜石の
夫々で、仮設の居酒屋で地元
に浸りたかったのですが、現地
の宿確保が難しく、また確保し
た宿泊地までの帰り足の列車時
刻の制限で果たせなかったこと
は次回目標?かも。被災地訪問4回目
で嬉しかったのは、復興への足がかり
がちょっと見えたこと。気仙沼の復興屋
台村横丁の開業や、釜石の理髪店主
が言っていた被災者が積極的にボラン
テイアの助けを上手に利用できるよう
になってきたし、ボランテイアの困って
ることも聞きだして関係者につないだり…。先は長いです
がみんなで一緒に息長く頑張りたいですね!
釜石です。駅前の観光案内は休業日とのことで地図を頼
りに歩いて港方面を目指し、途中開業中の理髪店で情報
を仕入れ、帰りに再訪して散髪したら、体験を話しながらラ
グビーの話も盛り上がり、1時間半近くも頭をいじられまし
た!
しかし、震災当日はこの辺りの川が先ず溢れ、その後、
(写真上) サンドウィッチマンも訪れている復興屋台村
横丁には22店舗(内 3 店は準備中)開業した
(写真中) 新花巻/新幹線駅前の宮澤賢治「セロ弾き
のゴーシュ」のモニュメント
(写真下) 屋台村横丁の「エースポート」/屋台版イタリ
アン経営のご夫妻は“工事やボランテイアの人たち
に暖かな飲食提供したい!”と出店
津波は駅まで達したそうです。お昼を食べるところをやっ
と見つけたところはホテル2F のレストランで、現在メニュー
は限定メニューのみとのことで、牡蠣フライの海鮮ナポリタ
(宮城さんから写真をほかにも多数送っていただいていましたが、
スペースの関係でこの3枚に絞らせていただきました)
ご寄付と嬉しいお手紙
ありがとうございます!!
◆笹川典生様 (杉並区) クラリネット10点
ご自身のクラリネット教室で使われていた楽器をご寄付。
ご寄付頂いた楽器は、ニューオリンズへの楽器活動でお
世話になっている(株)グローバル(福田忠通会長)に在籍
され、活動に大変ご協力下さったロクさんこと故鵜沢緑郎
さんを通じて購入されたとの事…不思議な縁を感じます。
有り難うございました。
少年ルイ・アームストロングと
コルネットの真実の物語
『はばたけ、ルイ!』
ミュ リ エ ル・ ハ リス ・ ワ イン
スティー ン作 フラ ンク・モ
リソン絵
若林千鶴訳
外山さんが推薦
◆佐野正明様 (川越市) フルートとコルネット 2 点
◆高橋桃子様 (川口市) ハモニカ
◆辻尾 裕様 (港区) キーボードとスタンド
寒い中を銀座スウィングのライブまで
お持ち下さいました。有り難うございました。
質屋の店先にあった“ル
イ少年のあこがれのコルネ
ット”が語るルイ・アームスト
ロング のお話!あ まりにも
可愛い設定と大阪の中学
校の先生、若林千鶴さんの
熱意にすっかり共感して、
お手伝いさせてお手伝いさ
せていただきまし た。本当
に可愛い挿絵の可愛いお
話です。是非皆様のコレク
ションに一冊どうぞ!!!
<ご寄付>
㈱リーブル(1365 円)
03-3958-1206
◆荒井正雄様(賛助会員)・京子様(一般会員)
(西東京市) 30,000 円
◆井上和弘様(大阪市) 30,000 円
募 集 中!
♪ジャズを愛する皆様
どうか会員になって下さい!!
また皆様のお知り合いの方々に
ぜひ、WJFへのご入会をお勧め下さい
=WJF年会費=
一般会員(General Membership)
\6,000
学生会員(Student Membership)
\3,000
賛助会員(Friends of Louis Armstrong) \12,000
■会費のお振込み先■
郵便振替 00110-4-415986
ワンダフルワールド・J・F
銀行振込 三菱東京 UFJ 銀行浦安駅前支店
普通:5175119“ワンダフルワールド”
お問い合わせは:WJF事務局
TEL: 047-351-4464
Fax : 047-355-1004
Email:[email protected]
日本ルイ・アームストロング協会HP
検索エンジン:Yahoo,Google で
ルイ・アームストロング
恵子姫率いる♪五人囃子の笛、太鼓…「きょうは楽しい
ジャズひな祭り=3月4日、銀座「ナッシュビル」(写真上)
と「シグナス」(同下)で。<外山恵子& Jazzin’Babies>
★今年の「サッチモ祭」は、9月30日(日)に日程がずれまし
たが、サッポロビール(株)のご厚意により、例年通り 恵比寿
の「ヱビスビール記念館」での開催が決定しました!! ★★
編集長から
WJ Fの活 動 を 通 じ
て、絆 、赤 い糸 、ご縁 とい
う 言 葉 を強 く意 識 す る
よう になりました ▼ ア
メリカで放 映 さ れたテレ
ビドラマ「トレメ」、ニュー
オリンズを襲 ったハリケー
ン“カト リ ー ナ ”を 背 景
に、トレメ地区の人々のド
ラマを描 いた作 品 に日 本
人俳 優、市川 達生さんが
KOICHGI TOYAM
Aの役で出演。このほど帰
国 した折 、モデ ルの外 山
喜 雄 会長 を新 浦安 のHU
Bに訪 ねた記 事 が13ペ
ー ジ に 掲 載 さ れ ていま
す 。WJFの絆 の歴 史 に
新 たな エピソー ドが加 わ
りました ▼ 新 年 早 々 、
千 葉 で開 催 さ れた「マエス
トロの旅 」は、例 会 で実 施
さ れ てきたサッチモを 紹
介 す るジャズコンサ ー ト
が、2日 間 、3ステー ジで
繰 り広 げられました。サ
ッチモの素 晴 ら しさ を伝
えるWJFならではのコン
サー トとなり、客 席 の観
客 から も、各 ステー ジで
大 きな拍 手 をいただきま
した。トップペー ジからの
特集企画でお読みくださ
い ▼ 他 にも盛 りだくさ
んの会 報 71号 をお楽 し
みください。(山)
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