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月号 - 科学技術情報プラットフォーム

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月号 - 科学技術情報プラットフォーム
情報管理
JOHO KANRI
2013
vol.56 no.1
Journal of Information Processing and Management
巻頭言
1
加藤 治
データ・サイエンティストがビッグデータで私たちの
未来を創る
2
樋口知之
12
守屋文葉
21
山谷知行
28
長池将幸
■ビッグデータ活用の鍵となる人材が不足しています。データ・サイエンティスト
は統計学や機械学習の高度な知識とビッグデータの取り扱いに関する十分なスキ
ルを持った人材です。統計数理研究の第一人者が,データ・サイエンティストを
めぐる時代的背景・技術的背景について説明したのち,世界におけるその人材育
成の現状を述べ,日本における人材育成に関して提言します。
世界の大学図書館コンソーシアムとJUSTICEの現在
■JUSTICE(Japan Alliance of University Library Consortia for E-Resources)は日本
の4年制大学図書館を参加対象とするコンソーシアムです。国立大学図書館協会
ICOLC Participating Consortia
コンソーシアムと公私立大学図書館コンソーシアムの統合により2011年4月に発
足しました。そのミッションと活動内容,2013年からの新組織体制について解説
するとともに,英国,フランス,韓国,カナダの学術図書館コンソーシアムの事
例を紹介します。
学会の役割を考える:日本植物生理学会が誇る国際学
術雑誌Plant and Cell Physiologyの発行を通じて
■Plant and Cell Physiology(PCP)は誌名にJapanが入っていませんが日本植物生理学
会の発行する月刊誌です。1959年に創刊され2011年にはインパクトファクター
が4.7と,植物科学分野を代表する国際誌に成長しています。PCPの刊行は学会活
動の柱のひとつです。PCPの概要,編集体制と出版体制,インパクトファクター
向上の取り組みと今後の展望について,PCP編集長が解説します。
いすゞ自動車における知財情報活動
特許調査の負荷軽減
■いすゞ自動車株式会社は海外売り上げ比率が6割に上るグローバル企業です。知
財活動は当然,グローバル化や事業環境の急速な変化への対応を迫られます。侵
害リスク軽減と調査負荷軽減をともに満足する経済的な調査手法を求めて知財業
務のリソース配分を見直した結果,どのような方策をとることになったか。いすゞ
自動車の事例を担当者が紹介します。
目次
月号
April
連載:
研究・実務に役立つ!リーガル・リサーチ入門
36
小澤直子
43
高橋宗生
49
山崎茂明
52
名和小太郎
54
日下九八
59
小泉 周
第7回 判例を探す
連載:
新興地域の統計事情
第5回 インドネシア
視点:
発表倫理からのアプローチ
情報論議 根掘り葉掘り:
バーチャル・ストリップ・サーチ 対 憲法修正第4条
集会報告:
ウィキメディア・カンファレンス・ジャパン2013開催
報告
この本!~おすすめします~:
科学者の “科学リテラシー” 向上のススメ
63
情報界のトピックス
69
PINUP
70
編集後記
vol.56 no.1
JOHO KANRI 2013
Journal of Information Processing and Management
Contents
April
Preface
1
KATO Osamu
Data scientist: a key factor in innovation driven by big
data
2
HIGUCHI Tomoyuki
Current status of the world's university library consortium
and JUSTICE
12
MORIYA Fumiyo
Roles of academic societies: "Plant and Cell Physiology"
as a competitive journal of The Japanese Society of Plant
Physiologists
21
YAMAYA Tomoyuki
Activities of intellectual property information research in
ISUZU MOTORS LIMITED
Workload reduction of patent search
28
NAGAIKE Masayuki
Series:
36
OZAWA Naoko
Series:
43
TAKAHASHI Muneo
Opinion:
49
YAMAZAKI Shigeaki
In-depth argument on information:
52
NAWA Kotaro
Meeting:
54
KUSAKA Kyuhachi
My bookshelf:
59
KOIZUMI Amane
Introduction to legal research for R&D and business
Part 7: Research of judicial precedents
The state of statistics in emerging regions
Part 5: Indonesia
Focusing on publication ethics
"Virtual strip searches" and the Fourth Amendment to the
U.S. Constitution
Wikimedia Conference Japan 2013
Improving "scientific literacy" of scientists
63
Topics of the information community
69
PINUP
70
Editor's note
科学技術振興機構
情報企画部部長
加藤 治
情報管理 56(1), 001-001, doi: 10.1241/johokanri.56.1 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.56.1)
この4月より「情報管理」編集委員長に就任しまし
た。どうぞよろしくお願い申し上げます。読者の皆
もたらし,J S Tによる文献情報サービスは,新たな局
面を迎えています。
様,執筆や編集等にご協力いただいた皆様方のお陰
新しいJ S T情報事業に求められる情報基盤のあり方
で,本誌は56年目を迎えることができました。改め
を,現在,有識者の方々にご議論いただいています。
て厚く御礼申し上げます。
科学技術イノベーションに貢献する持続性のある知
この4月から,J S Tの文献情報提供サービスは,民
識基盤として,多くの異業種・異分野の情報をつな
間による提供が開始されます。1957年(昭和32年)
ぎ,新しい知が想起・創発される連携プラットフォー
以来,56年間継続してきたJ S Tの情報事業は新しい局
ムの仕組みを探求する方向性が示されています。サー
面に入りました。これまでの文献情報サービスを少
ビスは官民連携で推進する方向を描いています。
し回顧させていただきます。
「情報管理」誌はこれまで,J S T情報事業の流れを
昭和の高度成長期に誕生した旧日本科学技術情報
包含しつつ,情報の整備・流通・活用に関する話題
センター(J I C S T)のミッションは,産業振興等のた
をタイムリーに取り上げてきました。今後とも,図
めの科学技術情報の基盤整備でした。サービス上の
書館・情報学的内容から科学技術イノベーション,
価値として,品質向上はもちろん,速報性,迅速に
社会と科学技術の対話コミュニケーションまで,時
内容を把握するための情報加工,検索の効率化等,“ス
代の流れを見据えつつ幅広い内容を扱い,読者とと
ピード” に対する要望が特徴的だった,と思いを巡ら
もに歩んでいきたいと思います。
せています。つまり,素早い資料収集,日本語抄録
また,本誌は昨年度よりX M L化を進めました。こ
による論文内容の紹介,オンラインシステムの構築
のX M L化により,多くの情報との統合や,選択的な
および科学技術用語シソーラスによる効果的な索引
記事・データ抽出,非テキストデータの登載など,
技術の確立などは,“スピード” の要望に応えるもの
J-STAGEのパイロット誌としてさらなるチャレンジを
でもありました。
していきたいと思います。
ま た, 研 究 者・ 技 術 者 向 け の イ ン タ ー フ ェ - ス
本誌が,各種情報を組み合わせ新たな知の想起・創
(GUI)の搭載や,学術電子ジャーナルプラットフォー
発を促せるジャーナルへと発展できるよう努力して
ムJ-STAGEの構築,解析・可視化サービスによる俯瞰
まいります。引き続きご愛読くださいますよう,よ
等も “スピード” の追求の流れと考えます。そして昨
ろしくお願い申し上げます。
今のI C T技術の超高度化は,「ビッグデータ」時代を
情報管理 vol. 56 no. 1 2013
1
情報管理
JOHO KANRI
2013
vol.56 no.1
Journal of Information Processing and Management
http://johokanri.jp/
April
データ・サイエンティストがビッグデー
タで私たちの未来を創る
Data scientist: a key factor in innovation driven by big data
樋口 知之1
HIGUCHI Tomoyuki1
1 情報・システム研究機構 統計数理研究所(〒190-8562 東京都立川市緑町10-3)E-mail : [email protected]
1 The Institute of Statistical Mathematics, Research Organization of Information and Systems (10-3 Midori-cho Tachikawa-shi,
Tokyo 190-8562)
原稿受理(2013-01-18)
情報管理 56(1), 002-011, doi: 10.1241/johokanri.56.2 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.56.2)
著者抄録
ビッグデータの活用によりイノベーションを引き起こすことが産業界からアカデミアまで幅広く期待されている一方,
その成功の鍵となる人材の不足についてはあまり真剣に議論されていない。データ・サイエンティストと呼ぶ,統計
学や機械学習の高度な知識と,ビッグデータの取り扱いに関する十分なスキルを持った人材の養成は焦眉の急である。
すでに産業界においては優秀な人材の争奪戦が相当激しいものとなっている。国際的競争力の維持の観点から日本の
人材育成上の問題点を指摘するとともに,アメリカで始まった新しいポスドク・インターンシップ制度を紹介し,デー
タ・サイエンティストを増やす方策を考えてみる。
キーワード
データ・サイエンティスト,統計家,ビッグデータ,人材育成,統計学,機械学習,データマイニング,並列計算
1. 社会的背景:ビッグデータ元年
(組織)との連携によって実施され,拠出される資金
は総額2億ドル以上にもなる。巨大データの収集/保
1.1 オバマ政権とビッグデータの親密度
2
管/管理を可能にするため,ビッグデータに関連す
2012年は「ビッグデータ元年」と呼ぶのにふさわ
る最新技術の構築に取り組むことにより,科学技術
しい,ビッグデータの一般社会へ及ぼす影響が一般
分野における新たな知見の導出や,国家安全保障と
の方にも周知された年であった。何よりも決定的な
教育の向上を目指すのである。
インパクトを与えたのが,3月29日のアメリカ・オバ
このようなオバマ政権がビッグデータの利用に深
マ政権による「ビッグデータ(研究開発)イニシアティ
い理解を示している証拠としては,再選キャンペー
ブ」の発表である注1)。同イニシアティブは,大統領
ン時にビッグデータ分析チームがフルに活躍した
府科学技術政策局の主導のもと,6つの国立研究機関
ニュースが記憶に新しい 注2)。2008年の大統領選挙
データ・サイエンティストがビッグデータで私たちの未来を創る
での勝因はFacebookやYouTubeなどのソーシャルメ
Sexiest Job of the 21st Century”(データ・サイエン
ディアの活用にあると当時盛んに報道されたが,今
ティスト:21世紀の最も魅力的な職業)と題した記
回はビッグデータに基づく効果的な選挙活動が勝利
事が掲載された1)。ここでのData Scientistは内容から
を導いたとさまざまなメディアで解説がなされてい
判断してHal Varianの言うstatisticianとほぼ同義語で
る注3)。1960年にケネディとニクソンの大統領候補同
ある。記事は,今日のデータ・サイエンティストが
士の討論が初めてテレビで中継されてから,半世紀。
1980 ~ 1990年代のウォール街のクオンツ(高度な数
韓国の大統領選挙を見ても,選挙活動の重要戦略は
学的手法を使って,マーケット分析や,投資戦略お
明らかに次のフェーズに入ったと言える。
よび金融商品の考案・開発を行う専門家)とそっく
国内に目を向けると,2012年5月にはNHKのクロー
りであるという。当時,物理や数学を専門とする人々
ズアップ現代で早々と話題が取り上げられ,「社会を
が投資銀行やヘッジファンド業務の中核となるアル
変える “ビッグデータ” 革命」として報道された注4)。
ゴリズムや戦略を主導的に開発したが,同様のこと
実は日本の官庁の動きも早く,ビッグデータの利用
がまさに起きつつあると指摘している。社会的ニー
で先行している国内企業へのヒアリングが総務省に
ズに触発される形で多くの大学院にファイナンス工
よって2012年2 ~ 4月にかけて実施され,その概要
学や数理ファイナンスの講座やコースが開設された
がW e b上でも公開されている注5)。各社の取り組みの
ことはよく知られている。
現況がコンパクトにまとめられている上に,総務省
ビッグデータがもたらすビジネスへのインパクト
からのヒアリングおよび追加質問への回答を通して,
を的確なタイミングでわかりやすくまとめた報告書
各社のビッグデータの利用に関する考え方や研究開
として2011年6月に出たMcKinsey Global Institute(以
発上の軸足の置き方の違いが明瞭になっており,よ
後M G Iと略す)レポートは,ビッグデータに関わる
く整理された資料となっている。
者にとって必ず引用する重要な文献である2)。M G Iレ
ポートは,5つの分野のビッグデータ――アメリカ
1.2 データ・サイエンティストが主役
のヘルスケアと小売業,ヨーロッパの官公庁サービ
2008年5月,アメリカのシリコンバレーにあるI B M
ス,全世界での製造業と個人位置情報を用いたサー
A l m a d e n研究所で行われた年1回の恒例の会議では,
ビス――を題材に,ビッグデータの適切な利用が新
“Innovating with Information” 注6)と題して今後の社
しい価値を創造し,いかに莫大な富を生むかを分析・
会生活における情報技術がもたらすイノベーション
予測している。そこで必要とされる3つのタイプの人
について産学官の第一人者を集めて2日間にわたり真
材のうち,統計学と機械学習の知識とスキルを備え
剣に議論された。そこで基調講演を行ったグーグル
たタイプを “deep analytical talent” と呼んでいる。
のチーフエコノミストであるHal Varianは,この先10
他の2つのタイプは,“d a t a - s a v v y m a n a g e r”(デー
年で最も魅力的な職業は統計家であると述べた。そ
タのことをよく理解できる経営者)と “s u p p o r t i n g
の理由を彼は,“data in huge supply and statisticians
technology personnel”(データ技術者)である。
in short supply, being a statistician has to be the
ここで紹介した3つの話題では同じタイプの人材に
'really sexy job for the 2010s'” と説明している。なお,
ついて異なる呼び方をしていたが,本文ではこれ以後
ここでいうsexy jobとは広い意味で魅力的な仕事を指
データ・サイエンティストと統一的に呼ぶことにする。
す。
2012年のHarvard Business Reviewの10月号は「ビッ
グデータ」を特集し,その中に “Data Scientist: The
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情報管理
JOHO KANRI
2013
vol.56 no.1
April
http://johokanri.jp/
2. 技術的背景:情報工学とデータ解析法
価値密度が低い」と言わしめるのである。データ利
Journal of Information Processing and Management
が両輪
用の主目的に合った価値がデータ内に間欠的に散在
するため,ビッグデータの場合,価値の総和はかな
2.1 ビッグデータの3V
り増えるが,総データ量で総価値を割り算した「価
ビッグデータの特徴はVで始まる3つのキーワード
値密度」
は極めて小さくならざるをえない。このため,
――Volume(量),Velocity(発生速度や更新頻度)
,
“Stream Computing” のような,エッジですぐデータ
V a r i e t y(多様性)――で語られることが多い。量の
を加工する計算技術が今後は重要になることは識者
著しい増大スピードについてはいまさら説明の必要
によって予想されている4)。
もないはずだが,あらためて確認しておきたい。計
ビッグデータは,リレーショナルデータベースで
算機演算能力の劇的な向上を示す経験的指標として
取り扱える構造化データだけでなく,テキストや画
「ムーアの法則」がよく知られているが,データ量の
像,音声といった非構造化データを含むため,デー
増大スピードはそれとは比較にならないスケールで
タの構造がV a r i e t yに富むと解説されることが多い。
ある。ムーアの法則では5年で性能が約10倍になる一
よって,非構造化データを効率よく取り扱うための
方,例えば遺伝子配列を読むシーケンサーが単位時
ハード/ソフトの仕組みが必要という論理展開がな
間あたりに掃き出すデータ量は5年で1万倍以上にも
されるが,知識獲得プロセスから見ると,これはや
なっている3)。
や計算機業界に依存した見方である。確かに,非構
発生速度の増大は,センサー技術の向上と廉価化
造化データには既存のデータベース技術・商品が単
がもたらした産物である。指名手配犯の顔や特徴を
純には適用できないため効率的な情報処理が難しく
記憶し,繁華街などで見つけ出す「見当たり捜査員」
なり,そこに業界は商機を見いだしている。しかし
の人力に加えて,ビデオ・サーベイランス(監視カ
ながら,本質的に問題となるVarietyは,センサーデー
メラ)を用いた犯人の特定や追跡は今後ますます効
タを取り扱う際には避けて通れない,取得現場環境
果をあげることが期待されている。ビデオの時間・
(状況)の変化,
データの欠損,
異常値の混在といった,
空間解像度の改善は,結果として高頻度のデータ産
データの「質の不均一性」である5)。質の不均一性の
出につながっている。セキュリティの目的ばかりで
問題を解決しないと,常識的な定性的理解を単に数
なく工場の生産ラインなどでも,ビデオや画像を利
値に置き換えるだけに終わり,単純な定量的理解を
用した管理・検査が大規模に導入されており,情報
超える深い知識は得ることはできない。実は,質の
システムの実世界との接点となる現場でのデータ発
不均一性も,前述した価値密度の低さの原因の1つと
生頻度は増大の一途である。この現象は “Edge-Heavy
なっている。
Data” 問題とも呼ばれている4)。
通常,エッジに蓄積されるデータすべてが有益な
情報ではなく,むしろそのほとんどがゴミ(MGIレポー
ビッグデータとは何かをこれまで説明してきたの
トでは “Exhaust Data”(排気データ)と呼んでいる)
で,次に,ビッグデータの利用に必要な技術の解説
であり,そのまま輸送(転送)していてはコストが
を行う。M G Iレポートは,ビッグデータの利活用に
相当増える。そもそも莫大な通信量が通信システム
関わる方法と技術(原文では,“Big data techniques
全体に与える負荷からして問題である。このI C Tイン
a n d t e c h n o l o g i e s”)として次の3つが大切である
フラのリソースを消耗する意味でのデータの消耗性
と 言 明 し て い る。 そ の3つ と は,
「データ解析法」
が,ビッグデータ関係者注7)をして「ビッグデータは
4
2.2 ビッグデータ解析の3大要素技術
(“Techniques for analyzing big data”),「データ可視
データ・サイエンティストがビッグデータで私たちの未来を創る
化」
(“Visualization”),そして「ビッグデータ工学」
(“Big
ることさえ難しいことが多々ある。その場合は,前
data technologies”)である。1.2で述べた,MGIの言
述したビッグデータ工学と連携して新しい適用法を
うビッグデータ分析に必須の3つのタイプの人材のう
開発しなくてはならない。ただし,量がもたらす問
ち,データ・サイエンティストがこれらの研究開発
題にばかり気をとられては決してならない。その問
を担当する。なおビッグデータ工学に関しては,3つ
題を解決した結果が,月並みな常識の拾い上げに終
のタイプ中のデータ技術者によって担われる部分も
わる危険性は往々にして大だからである。ビッグデー
大きい。
タの蓄積や管理,解析に多くのコストをかけて,あ
ビッグデータのサイズはペタバイト級も普通なた
りふれた知識しか獲得できないとしたら,そもそも
め,データは物理的に分散して格納し,アプリケー
ビッグデータを取り扱わないほうがビジネス的には
ションが数千ノード上で動く必要がある。逐次的な
正解と言えよう。新しい深い知識獲得のためには,
計算が可能な平均値の計算ですらビッグデータに対
前述した「低価値密度」「質の不均一性」以外に,次
してはそう簡単ではない。従って,データへのアク
に述べる「データ空間のスパース性」の課題に挑戦
セス効率性を考えた上での格納法を含めた,業界標
することが欠かせない5),6)。
準的な巨大データベースの技術開発,つまり「ビッ
グデータ工学」が重要であることは論をまたない。
2.3データ空間のスパース性
MapReduceやHadoopという言葉を耳にされたこと
ビッグデータの分析においては,サンプル数を圧
があるかも知れないが,それらは巨大なデータの管
倒的に増やせば,よく似た少数例もある程度入手で
理と取り扱いに関する計算技術(ソフト)である。
きると期待しがちである。残念ながらそうはうまく
「データ可視化」は,莫大なデータサンプルを画面
いかない。具体的に,スーパーやコンビニ,ドラッ
上にどのように表示するかに関する技術である。標
グストアのレジで会員カードを示すと自動的に蓄積
準的なものとして,Tag CloudやSpatial Information
されるID付きPOSデータを取り上げて,この問題を考
Flowがある。ソーシャルメディア等から得られたデー
えてみる。ID付きPOSデータには,
「誰が」
,
「いつ」
,
「何
タを利用した複雑ネットワーク構造の表示でよく使
を」
「いくらで」
,
「いくつ」購入したかが記録される。
,
われる手法で,読者も一度は目にしたことがある表
つまり,[商品,消費者,時刻(説明上,簡単にする
示法である。個人的には,これらは深い知識を得る
ために日単位とする)
]で構成される3次元空間(テ
中核的な解析手法にはなり得ず,一種のセレンディ
ンソル)内に,[値段,個数]の対データが埋め込ま
ピティを喚起するツールとして利用される印象を
れている。[商品,消費者,時刻]で指定される1つ
持っている。
の領域(体積要素)をボクセル(v o x e l。画像でのピ
3つ目の「データ解析法」の中で主たる具体的手法
クセルとの類比から)と呼ぶことにする。大手の総
がMGIレポートに列挙してある。粒度は大小さまざま
合スーパーで蓄積されるデータ量は,50,000商品×
であるが,データ解析のために普段よく使っている
2,000万人×365日といった規模である。個々の消費
方法ばかりである。つまり,ビッグデータの解析法
者に注目すれば,1年間を通しても50,000商品のうち
といっても,統計数理,機械学習,データマイニン
1%も購買することはない。また,毎日スーパーに行
グ,最適化など,広義の意味での「データ科学」(デー
く顧客は限られている。従って,ほとんどすべての
タを直接扱う手法を研究する領域)の手法群の利用
ボクセルにはデータが無く,つまり3次元空間は “ス
が基本戦略なのである。ビッグデータの場合,あま
カスカ” なのである。
りにも膨大な量のため,既存手法の単純な適用をす
すると,サンプルをいくら増やしてもデータ空間
情報管理 vol. 56 no. 1 2013
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情報管理
JOHO KANRI
2013
vol.56 no.1
Journal of Information Processing and Management
http://johokanri.jp/
April
は基本的にスカスカなのであるが,マーケティング
のグローバルな競争を考えると心配な数字である。
でも明らかなように人間の思考や行動は,多様性は
日本の統計学に関する人材育成策は,統計学の学
ありつつも,特定の状況だと同様のパターンを示す
際性に鑑み,大学・大学院に統計学科あるいは統計
ことがよくある7)。例えば,「消費者」の軸において
学専攻を設けず,その各応用分野での具体的課題に
2,000万人を別々に扱うのではなく,デモグラフィッ
取り組ませる中で統計に関する専門的人材を養成す
ク――性別,年齢,住所,職業,年収,家族構成―
る,分野点在型方式である。統計数理研究所が統計
―でもって “たくさん” のグループに “適切” に分類
科学専攻を担う基盤機関として1988年に総合研究大
してみる。結果として2,000万(人)を1,000(グルー
学院大学へ参画して初めて,日本に統計学を専門と
プ)に減らすこともでき,この大幅な削減効果とし
する専攻ができた。これ以外,未だに国内の大学に
て縮約された新しい3次元空間のボクセルにはおおむ
は統計学を専門とする学科・専攻は存在しない注8)。
ねデータが存在するようになる。ただし,グループ
一方,外国に目を向けると,状況の違いに暗澹た
数が極端に小さいと,「小学生の子供を持つ近所に住
る気持ちにさせられる。英米主要大学はほぼすべて
む主婦/主夫は,値引き率の高い肉をほぼ毎日買う」
の大学に統計学科ないしは統計学部が配置されてい
といった,解析以前の常識しか抽出できなくなる。
る。例えば,公立大学であるカリフォルニア大学の
よって肝となるのは,“たくさん” と “適切” をどう
10の分校中7つの分校に統計学科が設置されている。
実現するかである。もし “うまい” 束ね方(分類)を
アメリカにおいては,主要な州立大学や私立大学に
見つけられれば,その情報がマーケティング上大き
統計学科が設けられるのは,社会的要請から当然の
な意味を持つのは明らかである。このように,ビッ
こととなっている。2010年のアメリカの労働省労
グデータ解析法の重要な数理的課題の1つは,データ
働統計局の調査8) によれば,データに基づくモデリ
空間内のスパースな(sparse,まばらな)サンプル分
ングや意思決定の専門家としての修士修了以上のレ
布の構造探索とそのモデル化になる。
ベルの専門職の呼称であるstatistician(前述したHal
3. データ・サイエンティスト育成の現況
Varianの言う “statistician” でなく,極めて狭義の意
味)のポストは25,000を超えており,この専門職数
は2020年までに14%増加すると推計している。これ
3.1 先進諸国内で特異な日本の教育体制
MGIレポートには,2004年から2008年までの5年間
にデータ・サイエンティスト(MGIレポートでは “Deep
6
は,別途カウントされている統計調査士,金融アナ
リスト,マーケティング・リサーチャー,応用数学者,
教員を除いた専門職数である。
Analytical Talent”)の育成数の遷移が図でまとめられ
経済成長が著しい中国,韓国,シンガポール等の
ている。分析期間内にデータソースが異なったこと
アジア諸国も,欧米諸国同様の人材育成策をとって
による影響を受けたフランスを除くと,経済的先進
いる。ビッグデータ時代を迎え,中国でも現在300大
諸国等でマイナスは日本だけ(-5.3%)である。概
学に統計学科の整備が進んでおり,韓国でも主要大
数の出し方が詳細にはわからないが,図中に示され
学への統計学科,ビジネス・インフォマティクス関
た日本の年2,3千人という人数からすると,統計学,
係の学科の設置はほぼ完了した注9)。ローカルなニー
機械学習,データマイニング,最適化,O R,情報処
ズをも汲み上げたグローバルな製品化を実現するた
理など,広義の「データ科学」を卒業・修了した学
めには,得られたデータを多面的に分析できる人材
生数と見なせる。日本は若年層人口が急減している
が現場にいると,大きな強みである。韓国企業のビ
ため,マイナスはある程度仕方ないとは言え,今後
ジネスモデル立案上の強みはそういうところにもあ
データ・サイエンティストがビッグデータで私たちの未来を創る
るのではないだろうか。
る。以下にプログラムのホワイトペーパー(企画要
このように,主要な大学には必ず統計学科がある
という欧米諸国やアジア先進諸国の状況からすると,
約書)から,従来の人材育成プログラムと比較して
特徴的と私が思った点を列挙する。
日本の現状は奇異である。知的立国を目指す日本と
まず人材のソースに関して,情報学の分野で勉強
して,この体制で将来的にも国際的競争力を維持で
された方々にはすぐには承服しがたい話となるが,
きるのかを不安視するのは私だけであろうか。
優れたビッグデータ解析者は “c o m p u t e r s c i e n c e
majors” よりも物理学者のような “hard scientists” の
3.2 インサイト・プログラム
ようである。その理由を,hard scientistsは数理的な
産業界で活躍するビッグデータ解析の人材育成に
知識と計算のスキルを相当に持ち,さらにデータか
関して,非常に興味深い取り組みがアメリカ・シリ
ら知識を獲得する訓練がよくなされていると述べて
コンバレーで始まっている。わが国における人材育
いる。hard scientistsにHadoopのようなビッグデー
成の問題点を考える上で有益と思われる点があるの
タ専用の情報処理技術やツールを習得してもらうほ
で若干誌面を割いて紹介したい9)。
うが効果的かつ効率的と判断しているようである。
アカデミアで高度な知識とスキルを持つ人材と,
産業界が求める人材像とのずれは日本固有の問題で
今後の情報学の教育カリキュラムを考える上で示唆
に富む発言である。
なく,産業界との連携が比較的うまくいっていると
昨今,アカデミアで流行の企業へのインターンシッ
見られることの多いアメリカにおいても大きな問題
プ は, 通 常, 学 生・ 院 生 が 少 人 数 の グ ル ー プ 単 位
であり,アカデミアに職を置くものとしては非常に
で,ある特定の企業の現場に出向き学習する制度で
耳が痛い。特に成長著しいビッグデータ関連の産業
ある。従って,学生・院生は選択した企業の流儀や
においては,国際競争力の観点から従来型の人材養
カルチャーにいきなりどっぷりと浸からざるをえな
成プログラムでは不十分であるとの分析に基づき,
い。一方,インサイト・プログラムは準インターン
シリコンバレーをベースとする企業(F a c e b o o k,
シップとも言うべき制度で,企業のデータ・サイエ
LinkedIn,TwitterなどのSNS(Social Networking
ンティストが学習現場に出向く。また参加者はプロ
Service)系や,GoogleやMicrosoftのようなITメガ企
グラムの第一週の間に,どのビッグデータ・プロジェ
業)が,起業のスタートアップ支援を主たる目的と
クトに参加するかを,企業のデータ・サイエンティ
注10)を介してInsight
する団体
Data Science Fellows
ストのアドバイスを参考にしながら決めることがで
Program注11)
(以後,インサイト・プログラムと略す)
きる。インターンシップ制度のような,単独の企業
を2012年夏から開始している。
現場で学習する利点/欠点を再考してもよいのでは
このインサイト・プログラムは,一言で言えば,
ないかと思う。なお,企業関係者は多忙なため,プ
ポスドク(博士号取得者)や博士課程在学大学院生
ログラム参加者との討論や指導が夜になることも普
のビッグデータ関連企業向け短期人材養成である。
通である。
国際的企業の競争力を高めるため,経営にも深く貢
プログラムに授業はなく,ビッグデータ解析上の
献できるトップタレントの養成が目的で,既存のデー
具体的な課題解決を目的とするプロジェクトベース
タ解析ツールの習熟者を養成することは目的外であ
の自学自習を基本とする。もちろん,企業のデータ・
る。6週間のトレーニングはパロ・アルト(スタン
サイエンティストがメンターとしてアドバイスをす
フォード大学のある市)で行われ,参加料はなく,
る。データプロジェクトのプロセスごとに評点され
さらに期間中に生活費として5,000ドルが支給され
ることはないため,能力評価はすべて総合評価のみ
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2013
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になる。そのため,広い意味でのコミュニケーショ
インサイト・プログラム日本版の立ち上げが望ま
ン能力が必須となるが,それはデータ・サイエンティ
しいと感じる他の理由として,俗に言う「ポスドク
ストに求められる重要な資質であると断言できる。
就職難民問題」および「隠れ難民問題」への対策が
プログラムの最後には企業との就職面談があり,
ある。隠れ難民とは,進路が決まらないために在学
2012年夏に催された2回のプログラム(6 ~ 7月コー
しつづける学生のことである10)。労働契約法の改正
スと8 ~ 9月コース)の修了生の中で就職を希望した
によりポスドクの雇用環境はより悪化のほうに向か
18名全員が参加企業に採用された。なんと初年度年
うのではないかと多方面で憂慮され,高学歴者が現
収は9万~ 13万ドルである。これなら参加者にとっ
状以上に不安定な職に就かざるを得ない可能性は高
ては相当の動機付けとなる。“ひも付き” 奨学金によ
い注13)。このことも踏まえると,日本版ではアメリカ
り早い段階で囲い込みをはかる日本の制度と比較す
のような6週間でなく,半年,あるいは1年といった
ると,双方にメリットのあるうまい仕組みである。
長期間で,ビッグデータ解析法の勉強とデータプロ
あえてわかりやすい日本的なキャッチコピーをつけ
ジェクトを体験してもらうのがよいと考える。プロ
れば,「優良企業就職率100%の民間資本ベースの職
グラムへの参加がポスドクの適切な転換の場になれ
業訓練センター」であろうか。
ば,かなりの成功であろう。
4. 提言:データ・サイエンティストを増
やすには
2つ目として,国家戦略的に重要な領域の国立の基
幹的研究所内に,分野横断的なデータ解析専門の恒
久的な(プロジェクト型でない)研究部門を設置す
ることを提案する。特に,
支配方程式の少ないライフ・
8
MGIレポートにもあるように,今後,データ・サイ
サイエンスにおいては,スーパーコンピューターを
エンティストが圧倒的に足りなくなるのは明らかで
用いたシミュレーションのような演繹的な推論より
ある。すでに国内のソーシャルゲーム業界では,デー
も,ビッグデータからの知識発見がイノベーション
タ科学の高度な知識とデータ解析の豊富な経験を備
に直結しやすい構図となっている。この点は,ヒト
えた人材の争奪戦が激しい。以下に,データ・サイ
を扱う健康医療分野においてはより顕著であり,も
エンティストを増やす方策を即効性のあるものから
しビッグデータ解析の研究部門の強化を怠れば今後
提案していきたい。
の研究開発上,致命的な後遺症が残ると思われる。
まず,インサイト・プログラムの日本版の立ち上
ライフ分野では,次世代(次々世代)シーケンサー
げを急ぐべきである。アメリカの場合は民間資本を
が生み出す膨大な配列データの超高速処理,一分子
活用しているが,日本においては企業群からの拠出
イメージデータの動画像解析,X線自由電子レーザー
金をもとにしたコンソーシアムで運用することを企
等の世界最先端の計測機器の有効活用など,ビッグ
図するよりも,国主導でプログラムをデザインする
データの解析が国際的競争を勝ち抜くために大きな
ほうが効果的だと思う。その理由として,インサイト・
役割を果たすことは明白である。このようなデータ
プログラムでは参加者と参加企業が一対一に結ばれ
解析の比重が高い先端分野はライフ・サイエンスだ
ているのではなく,両者が入会うようなコモンズ的
けにとどまらない。地球環境のような複雑なシステ
性格を帯びているため,これまで文部科学省がJ S Tを
ムの理解とその変動の定量的予測には,基礎方程式
通して実施してきたようなポスドク・インターンシッ
の解法に傾斜した研究アプローチは効率的でなく,
プ制度注12) をうまく活用するほうがシンプルではな
観測によるビッグデータを十分に活用する方策が世
いかと考える。
界の潮流である。さらには,これまで第一原理に基
データ・サイエンティストがビッグデータで私たちの未来を創る
づくシミュレーションが大きな成功をあげてきた材
データの特性に固着した方法論の研究指導になりか
料分野においても,実験データや過去のノウハウを
ねず,もう少し抽象度をあげたレベルでの統計学の
蓄積したビッグデータを利活用する研究プロジェク
深い理解を促す系統的教育があれば,異分野への転
トが大きな予算投下でもってアメリカではスタート
向や新分野の開拓に積極的に取り組める人材が育つ
している注14)。
であろう。
3つ目として,長期的な観点から高等教育での人
グローバルな競争が一層激しさを増す中で,環境
材育成に関して意見を述べる。今後大学に対しては,
の変化を敏感に感じつつ,常に他より先んじた戦略
データ科学を専門とする学科を設置する,あるいは
立案ができる人材の育成には,
分野横断的な(横串型)
既存の学科の教育機能を強化する等の要望がますま
学問を専門とし,複数の応用分野を副専門とする教
す増えていくであろう。また統計学の教育体制につ
育(T型やπ型人材養成)組織が効果的である。時間
いて言うと,分野点在型だとどうしても応用分野の
はほとんど残されていない。
本文の注
注1) ホワイトハウスのサイトに報道発表資料が置いてある。日本語のインターネットニュースでも多数
取り上げられた。http://www.whitehouse.gov/sites/default/files/microsites/ostp/big_data_press_
release.pdf
注2) 再選を決めた翌日に発刊されたT i m e誌にまず掲載された。概略版が下記のサイトで読める。h t t p : / /
swampland.time.com/2012/11/07/inside-the-secret-world-of-quants-and-data-crunchers-whohelped-obama-win/
日本語では,ZDNet Japanの「バラク・オバマ版『マネーボール』大統領選勝利の鍵はビッグデータ
の徹底活用」の記事(http://japan.zdnet.com/cio/sp_12mikunitaiyoh/35024226/)や,日経ビジネス
ONLINEの「米国大統領選で見たネット・ソーシャルと『本来の民主主義』の関係」
(http://business.
nikkeibp.co.jp/article/world/20121212/240898/?rt=nocnt)にコンパクトにまとめられている。
注3) 総括的な情報は,海部美知「米国大統領選に見るソーシャルとビッグデータの役割」
(KDDI総研R&A)
(http://www.kddi-ri.jp/pdf/KDDI-RA-201212-01-PRT.pdf)にある。
注4) N H Kの下記のサイトに番組の概要が掲載されている。h t t p : / / w w w. n h k . o r . j p / g e n d a i / k i r o k u /
detail02_3204_all.html
注5) 総務省 情報通信審議会 情報通信政策部会 新事業創出戦略委員会・研究開発戦略委員会(第9回2012
年4月27日に合同開催)参考資料「ビッグデータの活用に関する関係者ヒアリング等の概要」h t t p : / /
www.soumu.go.jp/main_content/000157984.pdf
注6) 会議の情報および当日使用されたスライドはIBMのサイト(http://researcher.watson.ibm.com/
researcher/view_project_subpage.php?id=4264)に置いてある。またYouTubeで部分的に内容が視聴
できる。http://www.youtube.com/watch?v=D4FQsYTbLoI
注7) 統計数理研究所丸山宏氏およびPFI(Preferred Infrastructure)岡野原大輔氏の談話より。
注8) 例外的に近年,医療統計分野で統計の教育コースが立ち上がっている。最新のデータにアップされて
はいないが,まとまった情報は以下を参照。
日本泌尿器科学会. "6. 統計学を学べるところ".統計インフラのつくり方. https://sites.google.com/
site/statinfra/sites
注9) 日本学術会議報告(平成20年(2008年)8月28日)「数理科学分野における統計科学教育・研究の今日
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的役割とその推進の必要性」http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-20-h62-3.pdf
注10) Y Combinator(http://ycombinator.com/)とSV Angel(http://svangel.com/)
。起業を考えている者
に対して比較的少額のファンディングを行う組織である。
注11) Insight Data Science. http://insightdatascience.com/
現在,2013年度夏期プログラムの公募を受け付けている。
注12) ポストドクター・インターンシップ推進事業. http://www.jst.go.jp/shincho/program/ino_wakate.html
注13) 改正労働契約法は大学にどう影響を与えるか? http://article.researchmap.jp/qanda/2012/12_01/
注14) Materials Genome Initiative for Global Competitiveness. 2011年6月発表. http://www.whitehouse.gov/
sites/default/files/microsites/ostp/materials_genome_initiative-final.pdf
参考文献
1) Davenport, T.H.; Patil, D.J. Data Scientist: The Sexiest Job of the 21st Century. Harvard Business Review.
October, 2012, p. 70-76. 日本版 データ・サイエンティストほど素敵な仕事はない. DIAMONDハーバー
ド・ビジネス・レビュー . 2013, 2月号, p. 84-95.
2) Manyika, James; Chui, Michael; Brown, Brad; Bughin, Jacques; Dobbs, Richard; Roxburgh, Charles; Byers,
Angela Hung. Big data: The next frontier for innovation, competition, and productivity. McKinsey Global
Institute, 2011, 156p. http://www.mckinsey.com/insights/mgi/research/technology_and_innovation/
big_data_the_next_frontier_for_innovation, (accessed 2013-02-19).
3) Kahn, Scott D. On the Future of Genomic Data. Science. 2011, vol. 331, no. 6018, p. 728-729.
4) 丸山宏,岡野原大輔. Edge-Heavy Data: CPS・ビッグデータ・クラウド・スマホがもたらす次世代アーキ
テクチャ . グローバルクラウド基盤連携技術フォーラム総会特別講演資料. 2012-07-09. http://www.gictf.
jp/doc/20120709GICTF.pdf, (accessed 2013-02-19).
5) 樋口知之. ビッグデータと個人化技術. 統計. 2012, 9月号, p. 2-9.
6) 樋口知之. データ解析の真髄とは. DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー . 2013, 2月号, p. 98-108.
7) 佐藤忠彦, 樋口知之. ビッグデータ時代のマーケティング―ベイジアンモデリングの活用. 講談社, 2013,
215p.
8) Bureau of Labor Statistics. "Occupational Outlook Handbook". Bureau of Labor Statistics. http://www.bls.
gov/ooh/Math/Statisticians.htm#tab-1, (accessed 2013-01-02).
9) Insight Data Science Fellows Program White Paper. http://insightdatascience.com/Insight_Data_
Science_2013.pdf, (accessed 2013-02-19).
10) 濱中淳子. ポスドク就職難民問題~解決のための処方箋は何か~ . 大学と学生. 2008, n o . 56, p . 14-20.
http://www.jasso.go.jp/gakusei_plan/documents/daigaku530_06.pdf, (accessed 2013-02-19).
Author Abstract
To develop an efficient way of generating innovation driven by big data is a central issue in academia as well
as industry. Although such a demand grows rapidly, a human resource development that is a key factor for
realizing it remains the rarely-discussed problem. A data scientist with sufficient knowledge in statistics and
machine learning is exactly a right person who plays a crucial role in making effective use of big data. In fact,
10
データ・サイエンティストがビッグデータで私たちの未来を創る
the business community, in particular, social network game company has made significant efforts to attract
them. In this paper, we address a problem in developing data scientists in Japan, and give a brief introduction
of interesting internship program for PhD candidate or post-doctoral researcher which the Silicon Valley
technology companies initiated in summer, 2012. Its program is designed to bridge a gap between academia
and a career data science. Finally, we consider how to increase the data scientist in Japan effectively, and
propose to realize a Japanese version of that program as soon as possible with a financial support of Japanese
government.
Key words
data scientist, statistician, big data, human resource development, statistics, machine learning, data mining,
parallel computation
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世界の大学図書館コンソーシアムと
JUSTICEの現在
Current status of the world's university library consortium and JUSTICE
守屋 文葉1
MORIYA Fumiyo1
1 大学図書館コンソーシアム連合(J U S T I C E)(〒101-8430 東京都千代田区一ツ橋2-1-2)T e l : 03-4212-2823 E - m a i l :
[email protected]
1 Japan Alliance of University Library Consortia for E-Resources (2-1-2 Hitotsubashi Chiyoda-ku, Tokyo 101-8430)
原稿受理(2013-02-13)
情報管理 56(1), 012-020, doi: 10.1241/johokanri.56.12 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.56.12)
著者抄録
世界各国には多数の図書館コンソーシアムが存在する。本稿ではその中からイギリス,フランス,韓国,カナダの事例
を紹介し,それらと比較しながら,大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE)の組織と活動を概観する。また,2013
年度から会員制への移行と会費の徴収が行われるが,その意義について述べる。
キーワード
図書館コンソーシアム,電子ジャーナル,電子リソース,大学図書館コンソーシアム連合(J U S T I C E),出版社交渉,
会員制
1. はじめに
ソーシアム連合(Japan Alliance of University Library
Consortia for E-Resources: JUSTICE)
」の現状を概説す
学術情報が電子版を媒体として流通されることが
る。あわせて,J U S T I C Eがこの4月から新たな体制に
一般的となり,現在では電子ジャーナルは研究活動
移行するという節目の時期にあることを踏まえ,大
における「日用品」となっている。厳しい財政環境
学図書館コンソーシアムとして将来目指すべき姿に
にもかかわらず,大学の研究業績の向上と学習・研
ついて,私見を交えつつ考察を行う。
究環境の充実が求められる中で,学術情報基盤整備
の一翼を担う大学図書館コンソーシアムの役割はま
2. 世界各国の図書館コンソーシアム
すます重要になってきている。
12
本稿では,世界各国の図書館コンソーシアムの
世界には学術情報を扱う図書館コンソーシアムが
状況を俯瞰し,それらと対比しつつ,わが国の大
200以上もあると言われている。
「図書館コンソーシ
学図書館コンソーシアムである「大学図書館コン
アムのコンソーシアム」と呼ばれる国際図書館コン
世界の大学図書館コンソーシアムとJUSTICEの現在
表1 ICOLC参加コンソーシアム数(国別)
ICOLC Participating Consortia
国名
ICOLC参加
コンソーシアム数
アメリカ
65
カナダ
16
ドイツ
7
オーストリア
4
イタリア
3
チリ
2
フランス
2
インド
2
ノルウェー
2
スロベニア
2
スペイン
2
スウェーデン
2
イギリス
2
図1 世界の主要な図書館コンソーシアム
2.1 イギリス:JISC Collections
イギリスには,JISC Collections(https://www.jisccollections.ac.uk/)という法人格(保証有限責任会
社,company limited by guarantee)を有するコン
ソーシアムがある。2006年にJISC(Joint Information
ソーシアム連合(International Coalition of Library
Systems Committee,英国情報システム合同委員会)
Consortia: ICOLC)のWebサイト(http://www.icolc.
という組織の下に設置され,英国の全高等・継続教
net/)にはICOLCに参加しているコンソーシアムのプ
育機関の,約500の図書館が参加している。運営委
ロフィルが公開されており,現時点で約40か国,150
員会(6名)
,交渉担当専任スタッフ(18名)等を有
件弱のコンソーシアムの情報を自由に見ることがで
し,運営経費はHEFCE(Higher Education Funding
きる。表1は,この情報を参照してI C O L Cに参加する
Council for England,イングランド高等教育助成会議)
コンソーシアムの数が2以上ある国をまとめたもので
などによる公的資金やコンサルティング業務などに
ある。
よる収益を充当している。
これを見ると,アメリカの数の多さが群を抜いて
英国における教育研究のためのデジタル資源の整
いるが,図書館自体の数の多さに加えて,地理的な
備・確保の支援を主な目的として,電子リソースの
区分(州など)や参加する機関の種別(研究大学,
契約交渉を中心に活動しており,現在約120の電子
カレッジなど)が多様であることが主な要因であろ
ジャーナルやデータベースの契約を行っている。こ
う。また,そうしたカテゴリごとにコンソーシアム
の他に,
「Knowledge Base+」
(契約データや図書・
が作られ,1つの図書館が2つないし3つのコンソーシ
雑誌の目録データを集積したデータベース)
,
「elcat」
アムに参加することも決して特殊なことではない。
世界各国の図書館コンソーシアムがどのようなも
(電子リソースのライセンスの比較・分析ツール)
,
「JUSP」
(電子ジャーナルの利用統計ポータル)など,
のなのかを知り,後に取り上げるJUSTICEが,そうし
コンソーシアム参加機関の業務に資するための多彩
たコンソーシアム群の中でどのような位置にあるの
なサービスを開発・提供し,コンソーシアム内外と
かをとらえるために,まずは4か国の代表的なコン
の情報共有や調査研究,関連他機関との連携協力な
ソーシアムの組織形態や活動内容について,その概
どを進めている。
要を紹介する。
2.2 フランス:Couperin
C o u p e r i n(C o n s o r t i u m u n i v e r s i t a i r e d e
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publications numériques)(http://www.couperin.
トップサービスの構築を目指し,コンソーシアムに
o r g /)は,1999年に発足した図書館コンソーシアム
販売したい出版社に販売対象となる電子リソースの
である。フランス国内の大学・グランゼコール(高
メタデータを提供させ,一方,参加館は保有する紙
度専門職養成機関)・研究機関の約200の図書館が参
媒体のジャーナルの所蔵情報やライセンス情報を提
加している。運営組織として,
「専門図書館員委員会」
,
供するといった形で整備が進められた。
「評議員会」および「事務局」があり,評議員会のメ
これだけでなく,参加館の所蔵資料の共同利用や
ンバーは大学等機関の長,行政代表,Couperin事務局
司書再教育プログラムなどの活動も行っており,全
の部門長などが務めている。事務局の専任職員は3名
国的な図書館協力ネットワークに発展している。
在籍し,運営費には各参加館から300 ~ 800ユーロの
年会費を徴収して充当している。
2.4 カナダのコンソーシアム
C o u p e r i nは,電子リソースをできる限り有利な
カナダでは,主に州別に学術図書館コンソーシア
価格で購入できるよう,参加図書館を統括して電子
ムがあり,いくつかの州が集まったコンソーシアム
リソースの評価・交渉・手配等(出版社との契約交
が別に存在するなど,多くの大学が複数のコンソー
渉)を行うことを主な活動目的としており,参加す
シアムに参加している。それもあって,国内に「コ
る図書館の担当者が交渉等の業務を分担して活動を
ンソーシアムのコンソーシアム」が存在する。コン
支えている。この他,「学術コミュニティー全体に対
ソーシアムの多くは大学とカレッジが参加対象だが,
し,科学技術情報への平等なアクセスを保証するた
病院図書館,保健局等の図書館が参加するコンソー
め,アーカイブの取得に関する国の政策を推進する」
,
シアムも存在する。運営費のほとんどは,参加図書
「オープンアーカイブの整備を通じて学術コミュニ
館からの年会費と,電子リソースのライセンス料に
ケーションの改善に尽力する」,「フランス語による
上乗せされる手数料によって賄われているが,中に
コンテンツ作成を推進する」などのミッションを掲
は,州の高等教育省から運営の助成金を得ているコ
げて活動を行っている。
ンソーシアムもある。多くは,運営のための組織と
して参加図書館の館長による図書館長委員会,執行
2.3 韓国:KESLI
韓国には,KISTI(Korea Institute of Science and
14
委員会,事務局を有しているが,事務局の専任職員
は1 ~ 10名弱とさまざまである。
Technology Information)という国の研究機関が事
各コンソーシアムの活動の主要な目的は,電子リ
務局を担い,大学図書館・企業・公共図書館など約
ソースのライセンス契約を有利に行うことである。
540機関が参加しているKESLI(Korea Electronic Site
特筆すべきは,カナダのほとんどのコンソーシアム
License Initiative)(http://www.kesli.or.kr/)という国
では,インボイスの集中管理(出版社等がコンソー
レベルのコンソーシアムがある。コンソーシアムの
シアムに対してインボイスを1通のみ発行し,一括し
運営費は主に国からK I S T Iに投じられているが,コン
て請求を行い,コンソーシアムが各参加図書館に対
ソーシアムが取り扱う電子コンテンツの契約・支払
して個別にインボイスを発行する方式)を行ってい
いは,参加する機関が個々に行っている。
ることである。
K E S L Iは1999年 に 電 子 ジ ャ ー ナ ル の 共 同 購 入 か
この他に,電子リソースのコンテンツのホスティ
らスタートした。当初からNDSL(National Digital
ングや,図書館間貸借に関わる調整,総合目録デー
Science Library)と呼ばれる,電子リソースのメタデー
タベースの整備など,多様なサービスを提供してい
タとフルテキスト,所蔵情報などを提供するワンス
る。
世界の大学図書館コンソーシアムとJUSTICEの現在
2.5 日本のコンソーシアム
る「運営委員会」と,N I Iの学術基盤推進部に設置さ
I C O L Cの参加数には現れていないが,日本におけ
れた図書館連携・協力室が担当する「事務局」とで
る学術機関・図書館のコンソーシアムは,JUSTICEの
運営されている。運営委員会は大学図書館の職員で
他にもいくつか存在する。電子リソースの契約条件
構成されており,主に管理職からなる委員と実務担
交渉を主要な活動の1つとしたコンソーシアムとし
当者からなる協力員をあわせた40名弱の人員で運営
ては,医学図書館協会(J M L A)や薬学図書館協議会
全般の基本方針の策定や,
具体的な活動(出版社交渉,
(J P L A)のコンソーシアム,国立・独立行政法人の
研究所図書館によるコンソーシアム(J N L C)等が挙
調査・分析,広報等)を行っている。
先に取り上げた各国のコンソーシアムと同じく,
げられる。JMLA,JPLAは大学図書館も協会員となっ
事務局に専任職員(3名)が配置されているが,専
ており,そこに参加している大学図書館の大部分は
任事務局を備えた図書館コンソーシアムはおそらく
JUSTICEの参加館でもある。JNLCも含め,各コンソー
日本ではJUSTICEが最初であろう。JUSTICEの母体と
シアムの運営は,参加機関の代表がボランティアで
なったJ A N U LコンソーシアムとP U L Cもそうであっ
行っている。
たが,国内のコンソーシアムは,一般的に,その母
3. JUSTICEの概要
体である図書館協会に専任職員がいることはあって
も,コンソーシアムは事務局業務を含めて図書館職
員のボランティアで運営されてきている。しかし,
では,JUSTICEはどのような図書館コンソーシアム
コンソーシアムの継続的な活動には,日常的に業務
なのか。参加機関の種類,運営体制,運営に係る経
を行う事務局と専任の職員が不可欠である。そのた
費の出所,
活動目的・内容に焦点をあてて説明したい。
め,JUSTICEの発足にあたっては,NIIが事務局の組織
と場所,事務局運営に係る経費等の支援を行い,人
3.1 参加機関,運営組織,運営経費
的な支援は大学図書館が職員を出向させる形で専従
J U S T I C Eは,国公私立の設置母体を問わず,4年制
の事務局を設けることとなった。専任職員の人件費
大学の図書館が参加することができるコンソーシア
は出向元の大学が負担している。これにより,大学
ムである。国公私立大学図書館協力委員会(以下,
図書館の職員がその身分のまま,N I Iの日常的な支
協力委員会)と国立情報学研究所(N I I)との間で
援のもとで図書館コンソーシアムの業務を行うとい
2010年10月に締結された「連携・協力の推進に関す
う,これまでにない新たな連携・協力のフレームワー
「電子ジャーナ
る協定書」1)(以下,協定書)のうち,
クが生まれることとなった。さらに,国公私立とい
ル等の確保と恒久的なアクセス保証体制の整備」を
う設置形態の枠を超え,机を並べて日常業務を行う
推進するための組織として,2011年4月に発足した。
組織というのも大学図書館としては画期的である。
一から新しく作られたものではなく,2000年頃から
JUSTICEの誕生は,NIIと大学図書館の将来の姿を考え
各々活動を行ってきた国立大学図書館協会(JANUL)
る上で,非常に大きな意味を持つといえる。
コンソーシアムと公私立大学図書館コンソーシアム
(P U L C)が統合されたものである。企業や公共図書
館などの機関は,現在は参加の対象となってはいな
い。
次に運営体制だが,JUSTICEはNIIと協力委員会によ
り設置された連携・協力推進会議の下に置かれてい
3.2 ミッション,活動内容
JUSTICEのミッション,および活動内容は,2012年
7月に制定された「大学図書館コンソーシアム連合 要項」2)に以下のとおり明記されている。この要項は,
後述する新体制への移行に向けて制定されたもので
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vol.56 no.1
Journal of Information Processing and Management
あるが,現在のミッションおよび活動内容を踏襲し,
かつ,より具体化して記述されたものである。
第2章 目的及び事業
(目的)
出版社等との契約条件交渉における重要なポイン
トとして,電子リソースの契約・支払いをコンソー
シアムが主体となって履行しているかどうかという
ことがある。コンソーシアムは,参加館の支出を抑
第4条 連合は,電子ジャーナル等の電子リソース
え,電子リソースへのアクセス環境を維持・改善す
に係る契約,管理,提供,保存,人材育成等を
ることを目的として,参加館を代表して交渉を行う
通じて,わが国の学術情報基盤の整備に貢献す
のだが,特に商業出版社を相手にする場合は,相手
ることを目的とする。
が一方的に減収となるような要求をしても合意に達
(事業)
第5条 連合は,前条の目的を達成するために次の
事業を行う。
(1) 出版社等との交渉を通じた電子リソースの
購入・利用条件の確定
(2) 電子ジャーナルのバックファイルや電子コ
レクション等の拡充
することは難しく,互いがw i n - w i nで折り合える点
を探ることが必要となる。その際,出版社側から提
示される価格低減策の1つに,コンソーシアム(参加
館)との契約事務の合理化がある。大学と出版社と
で個別に契約・支払いを行うのでなく,コンソーシ
アムが契約主体となり支払いも一括して行うことが
できれば,出版社側では相応の業務削減が行えるた
(3) 電子リソースの管理システムの共同利用
め,削減されたコストに見合う分を契約額から削減
(4) 電子リソースの長期保存とアクセス保証
できるというわけである。しかし,コンソーシアム
(5) 電子リソースに関わる図書館職員の資質向
が契約・支払いの主体となるためには法人格を取得
上
(6)
前各号のほか,本連合の目的を達成するた
めに必要な事業
16
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April
する必要がある。また,コンソーシアムが,参加館
を代表して出版社との契約を行い,出版社に代わっ
て各参加館から契約料金を受領することになるため,
中でも,第5条(1)の電子リソースの契約に係る
適正な会計処理等の仕組みが構築されていなければ
出版社等との交渉が主たる活動である。この点は他
ならない。イギリスのJISCやカナダのコンソーシアム
国のコンソーシアムと同じであるが,韓国のK E S L Iや
ではこのような一括契約を行っているが,世界的に
カナダのコンソーシアムが行っているような,参加
も実現しているコンソーシアムはあまり多くないの
館間の所蔵資料の共同利用サービス(I L L)の運営や
が実情であろう。JUSTICEでも,コンソーシアムとし
総合目録の構築など,紙媒体資料を基本とした従来
て契約条件に合意した出版社の製品を契約するかど
型の事業・サービスは,JUSTICEの活動の対象として
うかの判断と,実際の契約・支払いは各参加館が行っ
いない。前述のとおり,「電子ジャーナル等の確保と
ている。コンソーシアムとしては,参加館の電子リ
恒久的なアクセス保証体制の整備」を推進するため
ソースへのアクセス環境を維持していくためにも,
の組織として発足したこともあるが,そもそも日本
契約額圧縮のための手立てを考え続けなければなら
においては,それらの事業はN I Iが基盤を整備し,20
ない。将来的に契約・支払いを行う主体となる可能
年以上にわたり一貫して支えてきており,新たに行
性も含め,制度整備・組織整備を進める必要がある
う必要がないためでもある。しかし,今後JUSTICEが
だろう。
電子リソースにかかるさまざまな事業を展開してい
J U S T I C Eの活動は契約交渉の他にもいくつかある
く中で,紙媒体資料を中心とした既存のサービス等
が,とりわけ,かつてのコンソーシアムでは手薄で
との連携・融合も必要になるであろう。
あった,人材育成に取り組むための環境が初めて整っ
世界の大学図書館コンソーシアムとJUSTICEの現在
たことは評価されるべきである。フランスでは,図
母国語としないという文化的な面でも類似性が高く,
書館職員養成の課程を受講したり,在職中に交渉ス
おそらくコンソーシアムの交渉の手法や取り扱う対
キルをトレーニングする機会が設けられているよう
象の選択なども似通ってくるのではないかと思われ
だが,活動の柱となる業務に携わる人材の育成は,
る。
コンソーシアムにとって死活的に重要である。特定
すでに欧州では国を超えたコンソーシアムの連携
の職員が長く関わることは,その期間の活動の安定
が行われており,I C O L Cの活動も活発である。また,
をもたらすという点で決して悪いことではないが,
欧米の図書館職員の主導により各種のプロジェクト
コンソーシアムの持続的な活動体制を構築するため,
が運営されてもいる。JUSTICEには,これらの国際的
ひいては学術情報流通基盤整備の中核的役割を担う
な枠組みにおける日本の窓口として,日本の貢献度
人材を大学図書館界に増やしていくために,育成に
を高めていくことも,国内外から期待されている。
は積極的に取り組む必要があろう。
具体的には,事務局が組織上N I Iに置かれているこ
4. 新たなステージへ
とから,NIIの実務研修制度を活用している。1年以内
の月単位で研修生を受け入れ,On the Job Training
JUSTICEの発足から2年が経過しようとしているが,
(O J T)を基本としつつ,あわせて事務局員やN I Iの職
この2年間は従来の2つのコンソーシアムの業務を統
員の協力のもと個別研修課題に取り組んでいる。事
合し,安定的・持続的な活動体制を確立するまでの
務局では,昨年度は3名,今年度は1名の実務研修生
移行期間という位置付けである。その業務統合もお
を受け入れたが,それぞれ所属の大学へ戻った後も,
おむね完了し,2013年4月から新たな運営組織へと移
実務研修で身につけたさまざまなスキルを生かすと
行することとなっている。現在との大きな違いは会
ともに,研修中に築いた人的なネットワークを活用
費の徴収を前提とした会員制の組織となることであ
し,学術情報流通への高い関心を維持しながら業務
る。
を行っている様子がうかがえる。大学図書館におけ
る人材育成プランの1つとして,この研修制度の活用
が高まればと期待している。
4.1 コンソーシアムの立ち位置
JUSTICEがコンソーシアムとして安定的な組織運営
を行うために,大学図書館コミュニティーにおいて
3.3 世界の図書館コンソーシアムの中で
どのような立ち位置をとるべきかについては,発足
ここまでJUSTICEの概要を見てきたが,各国の図書
の直後から運営委員会で検討が重ねられた(図2)
。
館コンソーシアムの中で,JUSTICEは他と似たところ
そもそもかつてのJ A N U Lコンソーシアムのような図
のない特殊な組織であるとは言えない。どのコンソー
書館協会との一体型では,協会員以外の機関を含む
シアムも電子リソースという学術情報を対象とし,
ような組織再編はできず,専任事務局の設置が求め
互いに連帯し,情報を共有しているためにおのずと
られていたものの協会組織としては困難であった。
同じ方向へ向かうのだろう。
この「協会一体型」では解決し難い課題の存在が
事務局員として情報を得た中では,運営組織の規
JUSTICE発足の要因の1つでもある。従って,
まずは
「協
模(事務局職員の数)や,活動の体制(参加館の分
会一体型」から離れた組織としてJUSTICEを立ち上げ,
担による業務支援)などは,フランスのCouperinが
その上で,全面的なアウトソーシングまで含めた中
最も形態として近いように感じる。組織だけでなく,
で最適と思われる形態を検討した結果,連携・協力
学術情報流通の世界における主要言語である英語を
の枠組みとともに会員館の支援によって運営される,
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旧JANUL
コンソーシアム
旧PULC
民間会社
等へ委託
協会一体型
組織
会員制組織
兼業(ボランティア)
事務
事務局(専任職員)
専任職員
+兼業(ボランティア)
・ 電子リソースの整備とい
うコアの業務を自ら担う
・ 参加館から派遣された
専任職員が事務局業
務を担う
・ 事務局担当館への負担
が大きく維持困難
ウ
グ
アウトソーシング
・ 運営の効率化
・ 電子リソースの整備と
いうコアの業務への図
書館の関与を放棄
・ 電子リソースの整備と
いうコア業務への図書
館の関与を維持
・ 協会等をまたぐ統合不可
・ 安定性・継続性の強化
図2 JUSTICEの位置付け
中間的な形態の会員制組織を選択することとなった
あったのも,やむを得ない(図3)。
のである。
2013年4月以降は,連携・協力の枠組みと,会費
を支払い会員館となる大学図書館からの二重の支援,
4.2 新組織への移行が持つ意味
ガバナンスによって成り立つ組織に生まれ変わる(図
発足してから現在までの運営体制を振り返ると,
4)。この新組織への移行に際し,2012年10月から12
運営の基盤が連携・協力推進会議の下に置かれ,コ
月にかけて,既存の参加館に対して新組織の要項案
ンソーシアムのガバナンスにN I Iが関わる形となった
や会費案等を示し,改めて参加意思を確認したとこ
ことは画期的であった。その一方,参加館である個々
ろ,不参加を選択した大学もあったが,新体制以降
の大学図書館からすると,J A N U Lコンソーシアムと
に新規参加を希望する大学もあり,最終的には491館
P U L Cの参加館がそのまま移行された状態であり,出
から参加の意向を得ることができた。幸いにも設立
版社の契約条件に見られるように,元のコンソーシ
当初(486館)より多い数の会員館でスタートするこ
アムの参加館であるという識別子が残っているため,
ととなったのである。
J U S T I C Eの参加館と言われても実感に乏しい状態で
こうした,JUSTICEの会員館となるかどうかを自ら
連携の枠組み
連携・協力推進会議
国立情報学研究所
国公私立大学図書館
協力委員会
学術基盤推進部
国立大学図書館協会
大学図書館コンソーシアム連合
公立大学協会図書館協議会
JUSTICE
私立大学図書館協会
運営委員会
協力員
JANUL
国立大学図書館コンソーシアム
事務局
図書館連携・協力室長(専任)
参加館
(出向)
室員(専任)
PULC
公私立大学図書館コンソーシアム
室員(専任)
参加館
業務移行
図3 JUSTICE運営体制(2011年4月~ 2013年3月)
18
世界の大学図書館コンソーシアムとJUSTICEの現在
大学図書館コンソーシアム連合
(JUSTICE)
連携の枠組み
参加館
(事務局)
国立情報学研究所
図書館連携・協力室
連携・協力推進会議
運営委員会
参加館
(出向)
参加館
参加館
○○作業部会
国公私立大学図書館
協力委員会
(委員)
○○作業部会
(委員)
参加館
○○作業部会
(委員)
事業推進のための作業部会
国大図協
公大図協
私大図協
図4 JUSTICE運営体制(2013年4月以降)
選択するという過程を通して,会員としての自覚を
の図書館において,身銭を切ってコンソーシアムの
深めてもらうことができたのではないかと思われる。
活動に加わることは,図書館のプレゼンスを大学の
なお,現在のJUSTICEは,NIIから事務局組織,場所,
内外へ示すことにもなるはずである。
事務局運営に係る経費等の支援を受け,その上で大
会員館に費用対効果だけでない参加の意義を感じ
学図書館職員が活動する体制が実現されているとは
てもらえるように,コンソーシアムとしては一層活
いえ,N I Iの支援以外の活動経費,特に事務局職員の
動を充実させていかなければならない。
人件費に関しては,全面的に出向元の大学(=特定
の参加館)の負担となっている。会費の徴収を開始
5. おわりに
するのは,この負担を軽減するための財源確保が主
な目的である。
会費の徴収についてはさまざまな考え方があり,
2013年2月20日に新JUSTICEの設立準備総会が開催
され,運営の体制,会費規程等の審議が行われた。
カナダのように,コンソーシアムが出版社交渉の代
2013年度からは,毎年1回通常総会を招集することが
行機関となり,電子リソースの契約料に手数料を上
要項にも明記されている。
乗せする形で,交渉の対価として手数料=会費を徴
運営委員会委員等と会員館の担当者が直接顔をあ
収するという方法もある。ただし,その場合のコン
わせる場としては,発足以来,「版元提案説明会」を
ソーシアムの実態は,図2に示した「アウトソーシン
年1回開催してきている。コンソーシアム向けの電子
グ」に近くなり,契約を行う参加館だけがコンソー
リソース契約条件を出版社が各大学図書館の担当者
シアムの関与の対象となってしまう可能性が高い。
へ説明する場である。2013年度からは,この他にも
JUSTICEが目指すのは,電子リソースの契約多寡によ
JUSTICE内コミュニケーションを促進する機会を増や
らず,会員となることに意味を見いだせるような活
すことが検討課題となっている。
動を展開し,会員館全体でその活動を支援する仕組
みを作ることである。
さまざまな形で会員館の意思を把握し,それが反
映されるような運営を行うためには,移行後もそこ
大学における電子リソースの整備という重要な任
で硬直化することなく,評価と修正を繰り返してよ
務に,今後とも関与し続けることを望んでいる個々
りよいものにしていく柔軟さを持つ必要がある。さ
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らには大学図書館コミュニティーに対して透明性を
ない形態の図書館コンソーシアムを作り上げた。こ
担保するようなガバナンスを確立するために,不断
の仕組みを生かすも殺すも大学図書館の自発的な関
の努力が求められよう。
与次第である。来年度以降も,一館でも多くの大学
日本の大学図書館は,状況にあわせて柔軟に変化
するための仕組みとして,JUSTICEというこれまでに
図書館に会員として加わっていただき,JUSTICEの活
動を支えてくださるよう祈念している。
参考文献
1) 大学共同利用機関法人情報・システム研究機構国立情報学研究所と国公私立大学図書館協力委員会
との間における連携・協力の推進に関する協定書. http://www.nii.ac.jp/content/justice/documents/
kyoteisyo_20101013.pdf, (accessed 2013-01-21).
2) 大学図書館コンソーシアム連合 要項. http://www.nii.ac.jp/content/justice/member/JUSTICE-yoko.pdf,
(accessed 2013-01-21).
参考資料
a) 尾城孝一. 大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE)の創設と活動について. 図書館雑誌. 2011, vol. 105,
no. 11, p. 744-746.
b) 守屋文葉ほか. 大学図書館コンソーシアム連合(J U S T I C E)~現在の活動と将来の展望. 大学図書館研究.
2011, vol. 93, p. 42-51.
c) 大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE)の会費について. http://www.nii.ac.jp/content/justice/
member/JUSTICE-kaihi.pdf, (accessed 2013-01-21).
d) 熊渕智行. 大学図書館コンソーシアム連合(J U S T I C E)の活動と今後の展開. 図書館雑誌. 2012, v o l . 106,
no. 11, p. 761-764.
e) 大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE)の活動報告(平成23年度)
. http://www.nii.ac.jp/content/
justice/documents/H23_JUSTICE_AnnualReport.pdf, (accessed 2013-01-21).
f) 大学図書館コンソーシアム連合(J U S T I C E)の活動報告(平成24年度・中間)
. h t t p : / / w w w. n i i . a c . j p /
content/justice/documents/H24_JUSTICE_AnnualReport_ir.pdf, (accessed 2013-01-21).
Author Abstract
There are a large number of library consortia in the world. While introducing the examples of the U.K., France,
Korea, Canadian consortia, this article reviews the details of the formation and task of JUSTICE by comparing
them. It also describes that the transition to a membership system and the collection of a membership fee
from 2013 fiscal year is highly important for the future of JUSTICE.
Key words
library consortium, electronic journal, electronic resource, Japan Alliance of University Library Consortia for
E-Resources (JUSTICE), negotiation, membership
20
学会の役割を考える:日本植物生理学会が誇る国際学術雑誌Plant and Cell Physiologyの発行を通じて
学会の役割を考える:日本植物生理学
会 が 誇 る 国 際 学 術 雑 誌Plant and Cell
Physiologyの発行を通じて
Roles of academic societies: “Plant and Cell Physiology” as a competitive journal of The
Japanese Society of Plant Physiologists
山谷 知行1,2
YAMAYA Tomoyuki1,2
1 東北大学大学院農学研究科(〒981-8555 宮城県仙台市青葉区堤通雨宮町1-1)Tel : 022-717-8787
2 Plant and Cell Physiology編集長
1 Graduate School of Agricultural Science, Tohoku University (1-1 Tsutsumidori-Amamiyamachi Aoba-ku Sendai-shi, Miyagi
981-8555)
2 Editor-In-Chief, Plant and Cell Physiology
原稿受理(2013-01-08)
情報管理 56(1), 021-027, doi: 10.1241/johokanri.56.21 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.56.21)
著者抄録
日本植物生理学会は,1959 年(昭和 34 年)に 208 名の発起人で設立され,同年に英文誌である P l a n t a n d C e l l
Physiology(PCP)の第 1 巻第 1 号が発行された。本学会は,1954 年に設立準備が進められた国際植物生理学連合に
対応できる日本の学会として,また理学・農学・薬学など,異分野で植物生理学研究に携わる研究者交流の場を提供
することを目的とした。以後,50 年以上経た現在では,個人会員数は約 2,400 名,2011 年のインパクトファクターは 4.702
と,国際的にも認知度が高い植物科学分野の学術雑誌となっている。本学会の現在の目的は設立当初と変わっておらず,
会員の研究発表と交流を活性化することと,PCP を刊行し植物生理学分野の学術的成果を世界に発信することである。
キーワード
日本植物生理学会,Plant and Cell Physiology,年会,学術交流,国際化,学会誌,学術雑誌
1. はじめに
学際的・国際化を目指す考え方を,学会設立当初の
諸先輩の皆さまが既にお考えであり,いかに先進的
日本植物生理学会は,1959年に208名の発起人で設
な考えを持たれていたかがわかる。本学会が発行し
立された。その設立目的は,国際植物生理学連合に
ているPlant and Cell Physiology(PCP)誌は,これ
対応するため,また,理学・農学・薬学などの異分
らの目的達成のため,学会設立と同時に第1巻第1号
野で植物生理学研究に携わる研究者交流の場を提供
が発行された。PCPの刊行と本学会年会の開催は,本
するためであった。現在,多方面で推奨されている
学会活動の中心にある。半世紀を経過した現在では,
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April
PCPの最新のインパクトファクター(IF)は4.702(2011
がれ,植物や微生物の生理学,生化学,生物物理学,
年)となり,植物科学分野における世界有数の学術
化学,遺伝学,分子生物学,遺伝子工学,細胞生物学,
雑誌に成長した。P C Pは,I Fが算出される植物科学分
ポストゲノム科学などを包含する植物科学の国際誌
野190の英文誌の中で14位に位置し,総説中心の雑誌
として発展してきた。オックスフォード大学出版局
を除くと世界10位に位置しており,常にトップ10%
(OUP)との連携により2000年からオンライン化しス
以内に位置する。
本稿では,刊行以来,国際化を目指したPCPの,さ
まざまな取り組みについて紹介する。
2. 学会の主たる活動としてのPCP刊行
タンフォード大学(HighWire)のプラットフォーム
において,創刊号からオンライン版の閲覧が可能と
なった。また,2002年からはO U Pとの連携で,オン
ライン投稿レビューシステムを導入し,論文の投稿・
審査・採否決定・オンライン版の掲載などまで,速
やかに対応できる体制を整えた。なお,現在,PCPは
2.1 PCPの概要
O U Pから出版される学術雑誌の1つとして,モバイル
2.1.1 創設時の状況
端末から閲覧可能になっている。iOS(iPhone,iPod
P C Pの刊行当初の1959年,東京大学応用微生物学
研究所(現:分子細胞生物学研究所)に本学会の編
touch)
,BlackBerry OS,Androidスマートフォンから
アクセスできる。
集オフィスが設置された。この時,和文誌『日本植
PCPの誇れる点として,①IFが4.702(2011年)と,
物生理学会報』も同時に刊行したが,1964年に『植
植物科学分野では国際的に高い評価を得ていること,
物生理-基礎と応用-』に改名後,1970年に休刊し
②投稿から採否決定までが迅速であること,③冊子
て現在に至っている。
体は全ページをカラー印刷とした(2009年から)こ
となどがあげられる。
2.1.2 刊行費と刊行頻度について
1960年,文科省の科学研究費補助金研究成果公開
促進費に採択され,会員からの年会費も含め,刊行
費をまかなっている。これ以後,科学研究費補助金
には2012年度まで継続して採択されている。
2.2 PCPの編集体制と出版
2.2.1 創刊当初からの20年
1959年のP C P創刊時点では,編集オフィスを東大
に置いていたが,1968年に,電子顕微鏡写真の印刷
1959年当初,P C Pは1年に4号の季刊で発行してい
などで高い技術をもっている京都の中西印刷株式会
たが,1970年から隔月刊行へ,1997年には月刊の刊
社に印刷業務を委託し,1970年には学会本部も東大
行になり,現在に至っている。
から中西印刷に移動した。約10名の論文審査委員で
編集業務を行っていたが,
1968年に編集長(Editor-In-
2.1.3 学際性の重視
22
Chief)制にし,編集長のもとに任期4年の編集委員を
P C Pは,刊行当初から日本植物生理学会の設立目
9名配置して,論文審査にあたった。国際化を目指す
的に沿い,また当初から誌名に “C e l l” という用語を
観点から,1976年から2名の外国人編集委員を加え
採用して,植物の個体生理のみならず,細胞生理や
た。1979年からは編集実行委員(E d i t o r)を複数名
細胞以下のレベルの植物科学研究に焦点を当ててき
配置して,編集委員(Editorial Board Member)とと
た。設立当初から学際性を重視して,理学・農学・
もに,現在の基盤となる編集体制を整えた。この間,
薬学などの部局の枠を撤廃して研究者が集まった最
1962年からは,PCPがBiological Abstract,Chemical
先端の学会であった。この先見性は現在まで引き継
Abstract,Current Contentsに抄録されはじめ,また
学会の役割を考える:日本植物生理学会が誇る国際学術雑誌Plant and Cell Physiologyの発行を通じて
1972年には,掲載論文166編のうち,75編が外国か
らの論文であるなど,世界的な知名度も上昇した。
2.2.2 現在の編集体制
2012年現在の編集体制は,編集長1名,編集実行委
員は編集長を含めて20名,編集委員は40名である。
編集実行委員の7名は外国人研究者であり,また編集
委員の16名が外国人研究者である。論文が投稿され
た情報は,O U Pから編集長に直ちにメールで配信さ
れ,編集長は論文の内容を判断して,最も専門性の
高い編集実行委員を選び,論文審査を開始する。編
日本植物生理学会Webサイトより(http://www.jspp.org/15data/keisaisuu.html)
図1 PCPの論文掲載数の推移
図1 PCPの論文掲載数の推移
集実行委員は,論文内容を把握して,2名の研究者に
とは投稿の必須条件ではなく,ハンドリングフィー
審査を依頼する。この際,1名は編集委員に依頼し,
を支払えば,非会員の研究者もP C Pに投稿できる。
他の1名は最も専門性が合致している世界の研究者に
2012年8月現在の会員数は,国外会員131名や賛助会
依頼する。審査結果はオンラインでOUPの編集オフィ
員19名を含め,合計で2,410名であり,会員にはP C P
スに寄せられ,編集実行委員は採択,改訂要求,あ
の冊子を送っている。また,O U Pの購読は2,753件に
るいは却下等の判断を行い,その結果を編集長に通
のぼり,合計で約5,500件の購読者が全世界にいる。
知する。この体制で,2011年の総投稿数504編(国内
168編,国外336編)の論文の審査を行っている。なお,
2.3 インパクトファクター(IF)の考え方
2011年秋から,植物生理学分野で博士の学位をもつ
2.3.1 20世紀におけるIF
英国人研究者をManaging Editorとして採用し,外国
I Fは,2011年のP C Pを例にすると,2009年と2010
人から見た編集制度や編集業務の見直しを進め,編
年 に 掲 載 さ れ たP C Pの 論 文 が2011年 に 学 術 雑 誌 に
集の高度化と効率化を図っている。
よって引用された延べ数を,2009年と2010年にP C P
に掲載されたすべての論文数で割った値で求められ
2.2.3 PCPの出版
現 在,P C Pの 論 文 カ テ ゴ リ ー は,R a p i d P a p e r,
ている。I Fはあくまでも雑誌の評価指数であり,学
術雑誌の質を示す指標のすべてではないが,さまざ
Regular Paper,Mini-Review/Review,Technics/
まな場面で用いられている現実がある。T h o m s o n
Database(2010年から),Special Issue(2008年から)
R e u t e r s社から発表されるP C PのI Fは,1980年から
に分けられており,Short Communicationは2010年
1990年頃までは1.0から1.5の間で上下している状況で
に廃止した。Regular Paperは投稿後,平均21日で最
あった(図2)。1990年に,Current ContentsのMost
初の掲載可・改訂後掲載可・掲載不可の決定がなさ
Impact Journal 600にPCPが入り,また1995年前後に
れる。掲載可の場合は受理後1週間でオンラインで読
IFが2.0に近づいたこともあり,PCPの学会誌としての
むことができる。また,Rapid Paperは,受理後40日
役割と国際誌としての役割について,編集実行委員
以内に印刷される。
会等で議論が開始された。当時は,総投稿数も現在
掲載論文数は,2001年から2011年まで,毎年170
ほど多くなく,植物生理学を学ぶ若手育成の意味も
編 か ら215編 の 間 を 推 移 し て お り,2011年 は186編
あり,編集長以下,編集実行委員が学術論文として
であった(図1)
。日本植物生理学会の会員であるこ
備えるべき指摘などを丁寧に著者とやりとりし,優
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後半から投稿された論文の採択率は漸減しており,
2005年以降は30%をやや上回る採択率が続いてい
る。学会員からは,敷居が高くなったとの声が聞こ
えたが,毎年開催される年会では審査状況の説明を
丁寧に行って,質の高い論文の投稿を促している。
2.4 その他の特色
P C Pは,創刊号以来のアーカイブ化を図り,2006
年に完了した。現在,創刊号から1年前までのPCPは,
日本植物生理学会Webサイトより(http://www.jspp.org/15data/accept.html)
図2 PCPのIFとアクセプト率の推移
図2 PCPのIFとアクセプト率の推移
オンラインで非会員でも読むことができる(h t t p : / /
pcp.oxfordjournals.org/)
。また2007年から,編集長
が編集実行委員の評価を参考に,各号で1つの論文を
れた論文に仕上げて掲載する傾向が強かった。いわ
選び,Editor-in-Chief's Choice Article としてオープン
ば,その道の専門家である編集実行委員や編集長自
アクセスにしている。著者が希望すれば,必要な料
ら,所属する機関の枠をこえて,日本植物生理学会
金を支払うことで,掲載後直ちにオープンアクセス
として若手の育成に努めていた時代である。一方,
ができるようにする制度も整えた。なお,日本植物
当時の国際的な植物生理学の雑誌は,米国の『P l a n t
生理学会員は,PCPの冊子とともに,最新のPCPオン
Physiology』とドイツの『Planta』が双璧であり,こ
ライン版の購読ができる。また,掲載可と判定され
れらのIFはPCPをはるかに凌駕していた。
た論文も組版前のP D Fファイルで読むことができる
(Advance Access)
。この他,上記HPでは,各号で最
2.3.2 21世紀におけるPCPの競争力強化
本学会が創立40周年を迎える1999年を前に,さま
ざまな議論をつくした結果,PCPは国際的な認知度を
も読まれた論文や,最も引用された論文も検索でき
る。
また,学会に設置されたP C P論文賞選考委員会で,
さらに高めていく方向に大きく舵を切り,オンライ
画期的な論文を毎年1編選び,P C P論文賞として年会
ン購読やオンライン審査システムの導入,外国人編
で表彰している。
集実行委員の増加(2001年15名中5名)などとともに,
2009年に,冊子の表紙のデザインを全面的に刷新
IFの向上を目指す方針とした。2000年前後に,IFの定
するとともに,その年に発行された表紙のコンテス
義とその持つ意味を学会員に周知するため,年会の
トを行い,毎年3月に開催される年会で,入賞者を表
シンポジウム等で取り上げた。2000年にI F 2.26と初
彰してきた
(図3)
。この表彰は,
2012年まで継続した。
めて2.0を上回り,2003年には3.0を超えた(図2)。
2010年 のI Fは4.257で あ り,2011年 は4.702と, 現 在
3. 日本の植物科学分野の発展とPCP
では4.0を上回っており,認知度の高い学術雑誌の1つ
となった。2008年から開始した,注目すべきトピッ
クを取り上げた特集号の刊行も,IFの上昇に役立って
いるものと分析している。
24
3.1 日本の植物科学分野の発展
P C Pが発展してきた背景には,植物科学の発展や
大型予算による研究支援体制が大きく関わっている
一方,よく引用される質の高い論文を掲載するよ
と考えられる。1980年代半ばから分子生物学が発展
うになったことから,図2に示すように,1990年代
し,植物ゲノム解析分野においても,かずさD N A研
学会の役割を考える:日本植物生理学会が誇る国際学術雑誌Plant and Cell Physiologyの発行を通じて
な認知度を高める貢献をしてきた。日本植物生理学
会の前会長で,理化学研究所植物科学研究センター
長を務めている篠崎一雄氏は,2012年,T h o m s o n
Reuters社により「最も注目を集めた研究者」10名の
中で,世界第5位に選出された。植物科学分野で日本
人が選出されたのは初めてであり,この分野の質の
高さを示す。Thomson ReutersのWebサイト(http://
ip-science.thomsonreuters.jp/press/release/2012/
hottest-researchers-2011/)
に詳細が紹介されている。
図3 PCPの表紙の一例(2011年度の表紙コンテスト優勝作)
図3 PCPの表紙の一例(2011年度の表紙コンテスト優勝作)
究所や農水省の農業生物資源研究所が核となって,
4. 植物科学関連の国内の学会とPCP
日本の科研費制度は,日本学術振興会に学術シス
モデル植物であるシロイヌナズナやイネを用いた国
テム研究センターが設置された2003年以前は,関
際的なプロジェクトが推進された。2000年にシロイ
連する学会が課題の採択などの中心的な役割を担っ
ヌナズナ,2004年にイネのゲノムが完全解読された
ていた。多くの学会は英文誌を発行しており,植
後,分子遺伝学や生理学解析に用いられる分子資材
物科学関係では,日本植物学会(
『J o u r n a l o f P l a n t
や突然変異体などのバンクが整備され,研究環境や
Research』),日本生態学会(『Ecological Research』
)
,
研究材料が整えられた。その結果,植物の環境応答,
日本育種学会(
『Breeding Science』
)
,日本農芸化学
形態形成,生殖や遺伝,光合成や物質代謝,適応と
会(
『Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry』
)
,
進化などの研究が格段に進んだ。研究推進の原動力
日 本 土 壌 肥 料 学 会(
『S o i l S c i e n c e a n d P l a n t
である研究費も,国のプロジェクトとして準備され,
Nutrition』
)などがある。これらの学会が推進する学
例えば1990年代後半の未来開拓学術推進研究事業や,
術分野の多くは,科研費の細目に対応しており,以
2000年の理化学研究所における植物科学研究セン
前は研究費取得と学会活動の関係が密接であった。
ターの新設などの事業が,植物科学の発展に大きな
一方,日本植物生理学会は,設立当初から学際性を
力を発揮した。また,大型の科学研究費補助金であ
重要視していたことから科研費の細目とは直接関係
る重点領域研究や特定領域研究,現在の新学術領域
がなく,研究費獲得のためではなく,純粋な学問の
研究,さらに科学技術振興機構のCRESTやさきがけな
ための学会と位置づけられてきた。本学会の会員は,
どで数多くの植物科学研究が採り上げられてきてお
他の関係する学会にも参画しており,何かを学ぶ意
り,公募研究も含めて,わが国の多くの植物科学者
識や研究の連携模索など,研究者が求める学会だと
に研究費の支援があった。
考えられる。この姿勢に支えられ,PCPの国際化が進
められてきた。同様の性格をもつ学会として,
『Plant
3.2 植物科学分野の発展とPCP
Biotechnology』を刊行している日本植物細胞分子生
ゲノム科学の推進と国による大型予算による研究
物学会がある。この学会は,日本植物組織培養学会
費の支援は,植物科学の質の向上と若手の育成に大
から発展してきており,日本植物学会とともに,本
きな貢献をし,数々の優れた成果が得られた。これ
学会と連携した活動も展開している。科研費の審査
らの成果の一部はP C Pにも公表され,P C Pの国際的
制度が変わった2003年以降は,学会活動と科研費の
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関係は希薄になり,科研費審査は厳正で透明性の高
物科学の学術研究では,常に世界一を目指す若手研
い体制で行われている。
究者の育成と,視野の広い人材育成を支える。わが
5. これからのPCP
国の植物生理学分野の研究レベルは国際的に高く,
本学会の会員の多くは植物科学分野の世界トップを
競う学術雑誌にも,その成果を公表している。PCPは,
P C Pを,さらに国際競争力の高い学術雑誌にする
その中で上位10%以内にあり,学会が刊行する学術
ためには,さまざまな努力が必要である。海外から
雑誌として,さらに国際競争力を増す努力が必要で
の投稿数は増加してきたが,これらの採択率は高く
ある。わが国を含む世界中の植物科学者が,投稿先
なく,結果として年間に掲載される論文の約半数は,
として第一に考えるようなPCPを目指したい。
ここ数年間は国内の研究者の成果である。また,2.2
これまでにPCPの発行には,日本植物生理学会の会
で述べたように,編集実行委員や編集委員も日本人
費や非会員のハンドリングフィーに加え,科学研究
が多く,日本の学術雑誌であるという印象が強い。
費補助金「学術定期刊行物」から多額の支援を受け
海外から質の高い論文を投稿してもらうために,編
てきた。しかし,2013年度から科研費制度が変わり,
集・審査体制をより国際化するとともに,オープン
「学術定期刊行物」が廃止となり「国際情報発信強化」
アクセスへのサポートや積極的な広報活動がさらに
による支援制度となった。この制度は将来予測が困
必要であろう。編集体制を,類似の英国実験生物学
難であることから,学会として自立した形でPCPの発
会誌である『Journal of Experimental Botany』(IF
行を行う制度に改革する必要に迫られている。これ
5.364)と比較すると,この雑誌の自国(英国)エ
まで,学会事務局が置かれている京都の中西印刷株
ディター(P C Pの編集実行委員に相当)比率は40%
式会社の高い技術で,全ページカラーかつ上質な冊
と,PCPの65%よりはるかに低く,また自国以外の10
子が印刷されてきた。しかし,予算の推移も勘案し,
か国(PCPは4か国)からエディターが参加している。
印刷部数の削減や,オンライン閲覧のみで対応する
優れた研究をしている海外の研究者を,編集体制に
ことも視野に入れて検討する時期に来ているように
可能な限り加えていく努力が必要であろう。編集委
思われる。どのような発行形態になっても,質の高
員や査読者も海外の研究者に積極的に依頼し,競合
い国際学術雑誌として今後さらに成長することを目
する学術雑誌と同等の国際性を持たせたい。PCPの内
指している。
容を,審査を介して海外の非会員に知ってもらうこ
とは,海外から質の高い論文の投稿を促すことにつ
ながるものと思われる。
6. おわりに
謝辞
オックスフォード大学出版局(OUP)とPCPの連携
に関して,貴重な意見を頂戴したO U Pの永石真由美
氏と,英文校閲をして頂いたPCPのManaging Editor
であるLiliana M. Costa博士に,感謝する。また,全般
26
日本植物生理学会は,設立当初からの学際性や国
の記述に関してご意見を頂戴した,現在編集実行委
際性の啓蒙の努力があり,優れた研究者の育成に貢
員である理化学研究所植物科学研究センターの榊原
献してきた。今後の本学会の役割も同様であり,植
均博士に感謝する。
学会の役割を考える:日本植物生理学会が誇る国際学術雑誌Plant and Cell Physiologyの発行を通じて
Author Abstract
The Japanese Society of Plant Physiologists (JSPP) was established in 1959 with 208 members and the first
issue of Plant and Cell Physiology (PCP) was published later that same year. The aim of the JSPP was to become
a partner to the International Association of Plant Physiologists that had been set up by USA, France, India, and
other countries in 1954, as well as to create a forum for the exchange of research information amongst plant
physiologists working in different research areas, such as those affiliated to University Departments within
Science, Agriculture, and Pharmacology Faculties. Since its inception, the JSPP and its membership has grown
to approximately 2,400 members, with each member receiving a monthly issue of PCP. PCP is well recognized
within the international community (currently in the top 7 % of international plant science journals) and
achieved its highest impact factor to date of 4.702 in 2011. The major activities of the JSPP are to organize
the annual scientific meeting, support its members, and to promote and publish high quality research in its
journal, PCP.
Key words
The Japanese Society of Plant Physiologists, Plant and Cell Physiology, annual meeting, academic exchange,
internationalization, academic journal
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いすゞ自動車における知財情報活動
特許調査の負荷軽減
Activities of intellectual property information research in ISUZU MOTORS LIMITED
Workload reduction of patent search
長池 将幸1
NAGAIKE Masayuki1
1 いすゞ自動車株式会社法務・知的財産部(〒140-8722 東京都品川区南大井6-26-1 大森ベルポートA館)T e l : 03-54711151 E-mail : [email protected]
1 Legal & Intellectual Property Dept., ISUZU MOTORS LIMITED (Omori-bellport A Building 6-26-1 Minami-oi Shinagawa-ku,
Tokyo 140-8722)
原稿受理(2013-02-01)
情報管理 56(1), 028-035, doi: 10.1241/johokanri.56.28 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.56.28)
著者抄録
事業のグローバル化等,事業環境の急速な変化に対応するために,知財担当業務の拡大,知財サービスの品質向上が
求められるようになり,これに伴い知財業務のリソース配分見直しが必要になった。このような環境下,知財業務の
1 つである特許侵害調査業務では,侵害リスク軽減と調査負荷軽減を共に満足する「経済的な調査手法」について検討
した。公報抽出時の母集合を機械的に縮小する手法を整理したことで,それぞれの手法で縮小可能な規模とこれによ
り生じるリスクが見えてきた。本稿では,調査範囲を爆発的に膨らませずに侵害リスク回避に寄与する集合作成手法と,
ここで必要な検索システムの機能を紹介する。
キーワード
環境変化,グローバル化,知財担当業務,知財サービス,リソース配分,経済性,調査手法,特許侵害リスク,特許調査負荷,
調査範囲
1. はじめに
当社の主な製品には,大型から小型のトラックと
観光・路線バスを中心とした商用車,および,ピッ
28
いすゞ自動車株式会社(以下,当社とする)
(http://
クアップトラック,SUV(Sport Utility Vehicle)があ
www.isuzu.co.jp)は,日本で最初の自動車メーカー
り,加えて,自動車用・産業用の各種ディーゼルエ
として,1916年に創業した。2012年3月期現在,従
ンジンをグループの中核事業として国内外に展開し
業員数(連結)は24,656人,売上高(連結)は1,400,074
ている。また,
「
「運ぶ」を支え,
信頼されるパートナー
百万円である。
として,豊かな暮らし創りに貢献します」という企
いすゞ自動車における知財情報活動
業理念のもと,社会的要請である “環境” と顧客ニー
取締役会
ズである “高稼働・運営コスト” の分野で卓越した企
社長
業となることを目指し,2012年1月~12月には,普通
トラック,2-3トントラック,大型バスで国内シェ
CSR部門
経営会議
管理部門
法務・知的財産部
知的財産グループ
アナンバーワンの3冠を達成し,特に,2-3トントラッ
企画財務部門
企画・渉外担当
クでは12年連続で国内シェアナンバーワンを獲得し
営業本部
権利化担当
開発部門
管理担当
ている。さらに,かねてより当社は,
「商用車とディー
品質保証部門
ゼルエンジンにおけるグローバルリーディングカン
購買部門
パニー」を目指す,というビジョンを掲げており,
生産部門
国内のみならず世界中に開発,生産,販売拠点を展
法務グループ
図1 いすゞ自動車の知的財産担当部門の体制
開している。当社の製品が販売されている国や地域
は百数十か国に及んでおり,海外売り上げ比率は6割
設置しており,以下,それぞれの機能を情報システ
強にのぼる。
ムの利用場面とともに説明する。
現在当社は,従来の日本をベースにした事業体制
まず,知財業務の企画や社内外の渉外を担当して
から日本,インドネシア,タイを拠点としたグロー
いる「企画・渉外担当」は,他部門との連携強化に
バル三極体制への移行を進めており,知財活動も大
関する業務において,出願動向の分析・報告や,S D I
きな転換期を迎えるに至った。例えば,知的財産業
(Selective Dissemination of Information)の社内展
務として海外係争対策や現地法人との連携などが急
開,教育を含めたシステム全社展開等で情報システ
拡大したため,これまで大きなリソースを投入して
ムを利用している。また,
他社対応に関する業務では,
いた他社権利の侵害回避活動を含む従来型の業務は
侵害調査,無効資料調査,審査経過の監視,他社の
相対的に縮小している。
出願監視等で情報システムを利用している。
本稿では,このような環境下における当社の知的
主に発明の権利化を担当している「権利化担当」は,
財産活動の取り組み,特にコスト低減を考慮した「経
出願前の先行例調査や引例の公報取寄せ等で情報シ
済的な侵害調査手法」について紹介する。
ステムを利用している。年金等の各種管理を担当し
2. 知的財産部門の体制と主な役割
ている「管理担当」は,自社・他社権利の管理や特
許庁手続きに情報システムを利用している。
なお,当社では,簡易な調査,簡易なマップ作成,
当社における知的財産担当部門の体制を図1に示
した。知的財産業務を担う法務・知的財産部は管理
部門に属する部署であり,企画財務部門や営業本部,
S D Iの受信に関する各種システムは,全社的に利用で
きるよう開放している。
以上の体制で当社の知財活動に対応しているが,
各種装置の企画・設計やデザインセンターを擁する
前述のとおり,事業体制のグローバル化を受けて知
開発部門とは独立した関係にある。そこで法務・知
財担当部門は大きな転換期を迎えている。図2に当社
的財産部は,全社的なサポート業務を担う管理部門
の知財活動の変化を示した。
の一員として,他部門,他部署との連携に取り組ん
でいる。
この法務・知的財産部には,機能別に,「企画・渉
外担当」,
「権利化担当」,「管理担当」の3つの担当を
繰り返しになるが,当社は事業領域の拡大と事業
構造の安定化を図るため,グローバル三極体制への
移行を会社方針として推進している。加えて,管理
部門の部門方針である他部門との連携強化を受けて,
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日本ベースの事業体制
グローバル三極体制
他部門との連携強化
(知財サービスの向上)
外的環境への適応&社内への情報発信
(社内外ともにオープンな体制・業務への変化が必要)
リソース移動
■調査業務
【質的変化】
侵害調査中心
(事後調査)
特許分析の増加
(事前調査)
【量的変化】
日本調査中心
海外調査の拡充
■海外係争対策
(意匠・商標
・ドメイン)
■現地法人との
連携
■知財活動可視化
■業務範囲拡大
・
・
・
リソース移動
日本の侵害調査の相対的ウエイトの低下
(リスク低減と負担軽減を,いかに両立させるか?)
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図2 いすゞ自動車における知財活動の変化
加傾向にあると認識している。一方,上述のとおり
侵害回避に費やすことができるリソースには限界が
あり,リスク低減と負荷軽減をいかに両立させるか,
すなわち,侵害調査を形骸化させずにいかに経済的
に行うかが課題となった。そこで,当社における調
査業務のリソース減に対応するために検討した「経
済的な侵害調査手法」について紹介する。
まず,当社の侵害調査業務では,①リスクのある
公報の集合を抽出し,続いて,②抽出した公報全件
に対しスクリーニングを行っている。この場合には,
②の公報スクリーニングの前に,①の公報の集合作
知財担当部門としては知財サービスの向上を目指し
成の段階で,侵害する可能性が高い公報を極力漏ら
ている。このような会社方針と部門方針に基づき,
さないよう注意しながら,可能な限り不要な公報(ノ
知財活動は外的環境への適応と社内への情報発信を
イズ)を選択的に除外して集合の濃度を高めておく
活動に反映させるべく,社内外ともにオープンな体
ことが効率的である。そこで,検索システムを利用
制・業務へと変化が必要であると考えた。
して機械的に集合を小さく削り落として,その濃度
すなわち,調査業務を例に取ると,まず,従来か
を高めていく手法を整理したので順に紹介する。
ら行っていた開発後の事後的な侵害調査に対し,製
なお,抽出公報の機械的な絞込み範囲は,各案件
品化前の自社・他社の技術動向把握を踏まえた分析
でどこまでリスクを許容できるかにより削り落とし
報告といった事前調査を増加させるような質的な変
可能な幅が異なる。したがって,実際の調査業務で
化が必要になった。また,従来の日本中心の調査から,
は案件の事業規模や地域,実施態様等を考慮してお
海外展開や海外競合他社技術を踏まえた海外調査
り,ここで紹介する手法を当社にてすべての案件で
を拡充するような調査業務の量的変化が必要になっ
一律に適用するものではない。
た。そこで,知的財産担当部門としては,従来から
活動していた日本出願を中心とした事後的な調査か
3.1 公開公報と登録公報の重複を除外
ら,海外出願まで含みパテントマップを使って報告
まず,抽出対象公報の母集合を小さくすることを
するような事前調査へとリソースを移動させること
検討するのであるから,公開公報と登録公報の重複
で対応を図ることにした。また,意匠・商標・ドメ
を除外することが考えられる。換言すると,登録公
イン対応を含む海外係争対策や,現地法人との連携,
報と公開公報の両方が存在する場合は,登録公報を
知財活動の可視化等の業務が急拡大したことから,
優先して抽出することを考える。検索システムによっ
従来型調査業務自体のウエイトも相対的に低下させ
ては,公開公報と登録公報の両者が存在する場合に,
る必要があった(図2)。
登録公報のみ抽出するような機能を備えたものがあ
3.「経済的な侵害調査手法」の検討
る。
この手法によって実際にどの程度の公報の重複抽
出が回避できるものであるか,日本特許庁発行の公
30
各社事業のグローバル化とともに世界各地で知的
開・登録の公報で1992年以降に特許出願されたもの
財産権制度の成熟が進み,知財権の侵害リスクは増
で確認したものが図3である。この結果によれば,公
いすゞ自動車における知財情報活動
には,
有効特許として「出願審査中」と「権利継続中」
公報別発行件数(出願日:1992/01/01以降)
公開特許公報のみ
4,808,228件
公報全件(重複含む)
9,067,399件
の2つのステータスにある出願のみ抽出する。
こちらも1992年以降の日本の特許出願で除外可能
な公報件数を確認したものが図4である。上述のとお
重複する公報
2,103,606件
り,全特許出願のうち「出願審査中」の出願と「権
特許公報のみ
51,959件
New CSS日本特許データベースを用いて検索
(検索日:2012/10/10)
図3 公開公報と登録公報の重複件数の確認
利継続中」の出願のみを有効特許として抽出し,
「出
願審査中に消滅」と「権利消滅」の出願を抽出対象
から除外することで,出願年の古いものを中心に60
数%の特許出願を①公報抽出時の抽出対象からあら
かじめ除外することができる。
報全件約906万件のうち,約210万件で公開・登録公
なお,今回は検索システムのステータス情報を用
報が重複して存在することがわかった。すなわち,
いて除外することを検討したが,例えば,ステータ
公開・登録の両方の公報が存在する場合に一方のみ
ス上で消滅したように見える出願であっても,各国
を抽出対象とすることで,全体の20数%の公報を抽
の権利回復制度等で回復する出願が存在することか
出対象から除外することができ,上述の②の公報ス
ら,ステータスの付与条件は確認が必要である。
クリーニングにおいて公開公報と登録公報とで1つの
特許出願を重複して確認する負荷を回避することが
できる。
3.3 各国ファミリー出願の重複分を除外
続いて,複数国を対象に調査する場合に,各国ファ
しかしながら,このような登録公報を優先する絞
ミリー出願で重複する出願を除外することを考え
込みを行った場合,例えば日本では登録公報が設定
た。これは,1つの特許出願に各国ファミリー出願が
登録後約3か月で発行されているが,分割出願の公開
存在する場合に,ファミリー中1件のみを確認対象と
公報の発行には4か月程度かかることを考慮すると,
して抽出すること,すなわち,「ファミリー単位」で
登録直後に分割され,未だ公開公報が発行されてい
抽出することを考えるものである。複数国の公報を
ない出願は抽出対象から漏れてしまう可能性がある
収録する検索システムの中には,ファミリーの単位
等,公報の抽出漏れのリスクが考えられる。以降に
を1レコードとして抽出できるものがある。前述①の
述べるいずれの絞込み手法においても,機械的な絞
公報抽出でこの公報群として抽出されたレコードか
込みにより発生するリスクを把握し,許容可能か否
か判断しながら抽出対象の絞込みを行う必要がある。
ていることから,すでに権利が消滅した出願を抽出
対象から外すことを考えた。権利消滅後の特許権に
より自社実施が妨げられることはない。すなわち,
19
92
19
93
19
94
19
95
19
96
19
97
19
98
19
99
20
00
20
01
20
02
20
03
20
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20
05
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06
20
07
20
08
20
09
20
10
20
11
20
12
次に,本稿では開発時の侵害調査について検討し
公報件数
3.2 権利が消滅した出願を除外
ステータス別出願件数の推移
450000
400000
350000
300000
250000
200000
150000
100000
50000
0
ステムでステータス情報を用いた検索が可能な場合
権利消滅
出願審査中に消滅
出願審査中
権利継続中
23.4%
55.0%
14.0%
侵害調査において公報を収集する際に,有効特許の
み機械的に抽出する場合について説明する。検索シ
出願日(遡及)
7.6%
ステータス別件数割合
New CSS日本特許データベースにて検索
(検索日:2012/7/25)
図4 日本の特許出願のステータス構造
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April
ら1件のみ代表となる公報を抽出すれば,続く②公報
した。図5は「公開公報」のみ存在する出願をその後
スクリーニングの関連性判断には足りる。なお,ファ
の経過別に示したものである。
ミリー内で抽出対象から除外した公報は,この②の
図5では,公開公報のみ発行された特許出願のその
公報スクリーニングの結果,技術的に関連すると判
後の経過を,一度も特許庁から拒絶理由通知(Office
断された公報に対し改めて他の出願国を確認するこ
A c t i o n : O A)が通知されずにそのまま特許査定とな
とでその存在を把握することができる。よって,
「ファ
る「一発特許査定」,特許庁の拒絶理由通知を経て登
ミリー単位」による抽出では,①の公報抽出時にヒッ
録査定を得る「O Aを経て登録」,未審査請求を含む
トする公報数を減らすことができるとともに,②の
取下げ,あるいは拒絶確定により権利化されない「取
公報スクリーニング時に調査対象技術と関連性の低
下げ/拒絶確定」の3つのルートに分類した。ここで,
い公報ではファミリー出願間の重複確認を回避する
特許庁のPPHポータルサイト2)によれば,日本特許庁
ことが可能である。
における2011年7月から2012年6月の間の全出願(A l l
この「ファミリー単位」で抽出を行った場合の母
applications including PPH and non-PPH)の「一発
集合削減効果を推定した。世界各国の特許文献をファ
特許査定」率(First Action Allowance Rate)は13%
ミリー単位でカウントした件数は,例えば,特許庁
と報告されている。したがって,拒絶理由通知の対
発表の国際知財戦略2011年2月資料1) にある。これ
応を経て登録となる出願と,取下げ/拒絶確定とな
によると,2008年の全世界の特許出願件数は年間約
る出願の割合は,“全数100%” から 「一発特許査定」
“
191万件であり,これをファミリー単位に整理して重
率13%”を除いた87%にのぼることになる。すなわち,
複除去すると,年間の出願件数は約120万件まで圧縮
公開公報のみが発行されている特許出願の大部分は
されることが報告されている。この数値を用いると,
そのままの記載では特許として成立しないことを意
ファミリー単位で抽出することで37%近くの公報を
味している。なお,
「O Aを経て登録」に該当する出
抽出対象から除外できることになる。
願の中には,例えば,意見書の提出のみで対応する等,
一方,この「ファミリー単位」による抽出では,
ファ
特許請求の範囲に対して何ら限定的な補正が加えら
ミリー出願間の権利範囲は類似するとの考えに基づ
れずに登録査定を得るものがある。このような出願
き,重複して抽出することを避けるものであるから,
は,特許庁の審査品質が維持・向上の傾向にある昨
同一ファミリー内であっても権利範囲が大きく異な
今3) においては全数に対してごくごく少数であると
る出願が存在した場合には,抽出漏れが生じる。
認識している。したがって,この権利未確定分を抽
出公報に含めた場合には,このままの記載では成立
3.4 権利未確定分を除外
引き続き,権利未確定分を検索対象から除外する
しないであろう特許出願に対して,前述の①の公報
抽出,②の公報スクリーニングの負担が生じ,さら
ことを検討した。すなわち,日本のように審査制度
がある国で権利確定したことを示す「登録公報のみ」
を検索対象にすることを考える。これは,検索シス
抽出時点
テムにて検索対象を登録公報のみに限定することで
抽出可能である。
ここでは,権利未確定分である「公開公報」のみ
存在する出願を除外した場合のリスクを測るため,
「公開公報」のみ存在する出願のその後の経過を想定
32
13%※
一発特許査定
公開公報
公開公報と同じ内容
登録公報
OAを経て登録
取下げ/拒絶確定
出願当初の記載に対し
限定が加えられることが多い
100%-13%※=87%
※特許庁PPHポータルサイトより(Jul 2011 -Jun 2012の値)
図5 公開公報のその後の経過
いすゞ自動車における知財情報活動
には,調査対象技術との関連性が否定できないとき
たがって,この手法を採用する場合には,競合他社
には,無効化資料の調査,回避設計や採用断念,場
以外の権利者から権利行使の不意打ちを受けるリス
合によっては,ライセンス交渉といった工程に進む
クと,権利者の限定を外して調査した場合の負荷と
ことになる。
を天秤にかける必要がある。
もちろん,除外することになる公開公報の中には
調査後に「一発登録査定」,あるいは「OAを経て登録」
することで権利が発生するものが存在する。
3.6 除外した公報の再抽出
これまで,侵害調査における上述の①公報抽出時
に検索対象の母集合を機械的に縮小するための5つの
3.5 競合他社以外の出願を除外
絞込みについて紹介してきた。また,公報の除外に
本稿の侵害調査における最後の抽出除外の検討と
より生じるリスクについても併記してきた。繰り返
して,例えば,寡占市場のようなごく少数の売り手
しになるが,調査対象範囲の絞込みは,これにより
が市場を形成するような製品が調査対象の場合等,
発生するリスクを予測し,これを許容できるか否か
障害となる競合相手が調査前に判明している場合に
で採用可能な範囲が異なる。検討してきた公報の絞
出願人を限定して抽出することを考えた。これは,
込みと予想されるリスクの例を図7にまとめた。
特定事業領域において競合する出願人が判明してい
ところで,本稿で検討してきた機械的な公報の絞
る場合に,その競合相手の出願のみを抽出対象とす
込みにより生じるリスクのいくつかには,過度な負
るものである。このような抽出を行う場合,名寄せ
担にならない簡易なフォロー策が考えられる。また,
機能を実装する検索システムでは,より簡易に高精
そもそも侵害調査における公報抽出時期は,調査対
度な抽出が可能である。
象技術の実施日あるいは公知日と比べ自ずと早い時
図6は,事業領域の重複を示す概念図である。特
点となる。しかも,特許出願には未公開期間が存在
許の出願や維持にはコストが発生する。したがって,
することから,侵害調査の公報抽出時点で侵害リス
図6中の「他社A」や「他社B」のように事業分野が重
クのある公報全件を抽出・確認することはできない。
複する競合相手に対し,事業分野が重複しない「他
もちろん,これら公報に対して二度,三度の公報抽
社C」や「他社D」が自社の障壁となる特許出願を有
出を行うことは可能であるが,短期間に同条件の侵
する可能性は小さい。
害調査を行うことは,必要な負荷に対して効果が小
しかし,競合相手以外の出願を抽出対象としない
さい。そこで,これに代わる簡易な手法として,初
選択は,新たな参入者の出願を把握することはでき
回の公報抽出時と同じ,あるいは,初回の抽出結果
ず,場合によっては図6の「他社D」のように,権利
者でさえ意図せず侵害が成立するリスクがある。し
機械的な公報の絞込み
抱えるリスクの一例
z公開公報と登録公報の重複を除外
登録直後の分割出願の存在
z権利が消滅した出願を除外
権利回復制度の存在
他社C
z各国のファミリー出願を除外
各国にて権利範囲が異なる出願の存在
事業分野が重複しない
z権利未確定分を除外
障害となる特許が
存在する可能性低い
z競合他社以外の出願を除外
調査分野
他社A
自社事業
事業分野が重複
障害となる特許が
存在する可能性高い
他社B
他社D
図6 事業領域の重複を示す概念図
補償金請求権,後日成立する特許の存在
競合他社以外の権利者の存在
どこまでリスクを許容できるか?
図7 公報の絞込みと生じるリスクの例
情報管理 vol. 56 no. 1 2013
33
情報管理
JOHO KANRI
2013
vol.56 no.1
Journal of Information Processing and Management
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April
を考慮して,より抽出範囲を限定した検索式を検索
査対象とする調査では,公報単位で抽出するのでは
システムに設定しておき,公報収録ごとにメール配
なく,ファミリー単位で抽出できることが望ましい。
信させるS D Iの利用がある。現在,日本だけでなく各
さらに,昨今の調査環境の向上により,多くの検
国で発行された公報をS D I配信可能な検索システムが
索システムで収録対象とする発行国の数がすでに十
登場しており,新たな公報を簡易に入手可能なシス
分拡大している。しかしながら,侵害調査を行う際
テムを構築することができる。これにより,公報抽
には,収録国数の拡大よりも1か国における収録率向
出時期に起因する調査漏れだけでなく,例えば,機
上が調査の信頼性向上に寄与する。特に,概して東
械的に調査対象から除外した公報についても公報収
南アジア圏では,
各国特許庁発表の出願件数4)に対し,
録のタイミングで順次入手することが可能である。
実際の検索システムに収録されている公報件数の少
また,本稿の検討は侵害調査を前提にしてきた。
そのため,例えば,権利が消滅した出願や,公開の
みしか存在しない出願,競合他社以外の第三者の出
願等を除外することを検討してきた。しかし,これ
なさに驚かされることがあり,今後の改善に期待す
る点である。
5. おわりに
らであってもその需要に応じて,公報の収集,S D Iの
利用,あるいは,出願動向等を示すパテントマップ
本稿では,当社の業務範囲の拡大や知財サービス
の作成等で補うことができる。以上,ここに挙げた
向上を背景としたリソース移動に対応するために検
「経済的な侵害調査手法」は,開発の事後調査に対し
討した「経済的な侵害調査手法」について紹介した。
て事前調査のウエイトを大きくすることを目的とし
また,このような侵害調査で利用する検索システム
た当社のリソース移動の意図を反映したものであり,
に対する期待を述べた。いずれも経験的に理解,あ
時機に応じた調査の使い分けが経済的な調査手法に
るいは暗黙知に該当する範囲かもしれない。しかし
大きく寄与するものと考える。
ながら,当社では拡大する知的財産業務を俯瞰して
4. 検索システム
リソース移動が迫られる中で,リスク低減と負荷軽
減を両立するには社内の認識共有化が不可欠であり,
ある程度の形式知化が必要であった。
34
さて,前述のとおり,当社では事業体制の移行や
補足になるが,当社では侵害調査における前述の
知財サービスの向上を目的に,海外調査を拡充させ
①公報抽出のような場面でも,案件によってはアウ
ている。そのため,侵害調査用の公報抽出に用いる
トソーシングを検討してきた。この場合も,発注ま
検索システムでは,調査国によってデータベースを
でに検索対象とすべき公報の絞込み範囲を明確にし
切り替えたり,検索式を組み替えることなく,一度
ておくことで,案件間での調査レベルのバランスを
の検索で必要な調査国すべてをシームレスに検索で
取ることができるとともに,担当者によるばらつき
きることが望ましい。
抑制,費用,納期にも大きな効果が見込まれる。
また,出願のグローバル率が高まり,1つの出願が
なお本稿は,2012年11月8日に開催された「2012
複数国に展開されるケースが増加している。そのた
特許・情報フェア&コンファレンス」における企業
め,公報単位の抽出では,同一ファミリー出願であっ
プレゼンテーション「いすゞ自動車株式会社におけ
ても各国で発行された公報の件数分ヒットすること
る知財活動と今後の展望」で講演した内容に加除修
になり,ヒット件数が膨大になってしまうことがあ
正したものである。当社の検討紹介が,知財業務に
る。したがって,3.3節で述べたとおり,複数国を調
携わる方々の参考になれば幸いである。
いすゞ自動車における知財情報活動
参考文献
1) 特許庁. 国際知財戦略~国際的な知的財産のインフラ整備に向けて~ . 産業構造審議会第15回知的財産政
策部会配布資料5. http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/pdf/tizai_bukai_15_paper/siryou_05.
pdf, (accessed 2013-01-08).
2) 特許庁. "PPH Statistical Data". Patent Prosecution Highway Portal Site. http://www.jpo.go.jp/cgi/cgi-bin/
ppph-portal/statistics/statistics.cgi, (accessed 2013-01-08).
3) 特許庁. 特許行政年次報告書2012年版. 発明推進協会, 2012, p. 133-136.
4) WIPO. "Statistical Country Profiles". WIPO. http://www.wipo.int/ipstats/en/statistics/country_profile/,
(accessed 2013-01-08).
Author Abstract
In order to keep up with the rapid circumstance change, for example globalization of our business, we need
to expand the role of our IP department and improve the quality of our IP service and are consequently facing
the need of the review of our resources allocation. In this circumstance we studied about "methods of an
economical search", which achieves the reduction of both patent infringement risk and load in patent search
to prevent any patent infringement. We organized the methods to narrow the search result by the machine
retrieval and they showed us the possible contraction scale of search result and the probable risk in each
method. In this article, we introduce the methods to conduct the patent search that contributes to avoid the
patent infringement risks without explosion of the search scope and also point out the function required in
searching systems for such "economical search".
Key words
circumstance change, globalization, IP department role, IP service, resources allocation, economic efficiency,
search method, patent infringement risk, workload in patent search, search scope
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情報管理
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2013
vol.56 no.1
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連載:研究・実務に役立つ!リーガル・リサーチ入門
第7回 判例を探す
Series: Introduction to legal research for R&D and business
Part 7: Research of judicial precedents
小澤 直子1
OZAWA Naoko1
1 國學院大學法科大学院(〒150-8440 東京都渋谷区東4-10-28)Tel : 03-5466-0569 E-mail : [email protected]
1 Kokugakuin University School of Law (4-10-28 Higashi Shibuya-ku, Tokyo 150-8440)
情報管理 56(1), 036-042, doi: 10.1241/johokanri.56.36 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.56.36)
1. はじめに
今回は,前回の「2. 判例とは」を踏まえ,最広義
2. 判例を探す
2.1 特定の判例を探す
での判例(過去の裁判例すべて)の探し方を説明す
特定の判例を探す場合, 裁判年月日,裁判所名,事
る。判例を探すことは,判例の意味を理解し検討し
件番号などがわかっていれば早く確実に探すことが
ていくことと重なるが,その資料となる判例評釈・
できる。事件番号は各裁判所に訴えが提起された年,
判例解説等については,次回扱うこととする。
事件の種類の符号,番号が組み合わされたもので,1
判例を探すのはどのような場合だろうか。法律の
事件につき1つ付与され同じ番号は存在しない。同じ
本や雑誌に出てくる判例を調べたい(=特定の判例
事件でも審級が変われば番号も変わる。法律書や論
を探す),身近に生じた法律問題を解決するために判
文に引用された判例には事件番号がないことも多く,
例を調べたい(=特定の事項に関する判例を探す),
略語で表記されるため,その読み方を知っておく必
最近の新聞やテレビ,インターネットなどで報道さ
要があるので紹介する(図1)。
れた裁判の判決を知りたい等が考えられる。その際
<判例の引用例>
には,前回説明した「4.2 判例が収録される資料やDB
最大i)判ii)昭51.3.10iii) 昭42年(行ツ)第28号iv)
の種類と特徴」を踏まえて,的確に探すことが大切
民集30・2・79v)
だ1)。
⇒ i)裁判所名:
「最高裁判所大法廷」
判例の調べ方について,巻末の参考文献・資料の
そのほか,大審院→大,最高裁判所第二小法
ほか,国立国会図書館「リサーチ・ナビ」<関西で
廷→最二小,東京地裁立川支部→東京地立川
しらべる:判例>(http://rnavi.ndl.go.jp/research_
支などと略される。
guide/entry/post-341.php)や法学教員によるホーム
ページやブログでの紹介も参考になる注1)。
ii)
裁判の種類:
「判決」
決定→決,命令→命と略される。
iii)
裁判年月日:昭和51年3月10日
36
研究・実務に役立つ!リーガル・リサーチ入門
ⅰ) 裁判所名:
「最高裁判所大法廷」
ⅲ) 裁判年月日:昭和51年3月10日
最大ⅰ) 判ⅱ) 昭51.3.10ⅲ) 昭42年(行ツ)第28号ⅳ) 民集30・2・79ⅴ)
ⅱ) 裁判の種類:「判決」
ⅳ) 事件番号:
昭和42年最高裁判所に申立てら
れた28番目の行政上告事件
ⅴ) 出典:
最高裁判所民事判例集30巻
2号79頁以下に掲載
図1 判例の引用例
iv)
事件番号 注2):昭和42年最高裁判所に申立て
判例集の6種類の判例(裁判例)集に区分されて掲載
られた28番目の行政上告事件。
されており,それぞれの判例集に対する検索機能と,
図1 判例の引用例
v)
出典:最高裁判所民事判例集30巻2号79頁以
横断的に検索する全判例統合検索機能がある。各判
下に掲載。
(1)判例掲載資料がわかる場合
例集は検索項目に従い検索する。統合検索画面では,
裁判所名,事件番号,裁判年月日,全文キーワード
裁判所名,裁判年月日,事件番号などをもとに出
を用いて検索する。キーワード項目には同義語を読
典にあたる。文献は通常略語で示される。例えば,
み込む機能がないので,曖昧な検索には不向きであ
公的刊行物である『大審院民事判決録』(司法省,
る。
「最近の判例一覧」には判決当日から3か月以内
1875(明治8)~1887(明治20)年,1891(明治24)
の判例が登載されうる。
~1895(明治28)年を「民録」,『最高裁判所刑事判
ii. 知的財産高等裁判所(http://www.ip.courts.go.jp/)
例集』(判例調査会,1947(昭和22)年(1巻)~)
「判決紹介」では「裁判所W e b」よりも知財判決検
を「刑集」,
『裁判所時報』(最高裁事務総局,1948(昭
索をより詳細に行え,最近の審決取消訴訟や侵害訴
和23)年(1号)~)を「裁時」,私的刊行物である『判
訟等控訴事件を一覧できる。
例時報』
(判例時報社)を「判時」,
『判例タイムズ』
(判
iii.特許電子図書館(工業所有権情報・研修館)(http://
例タイムズ社)を「判タ」などと略す注3)。
(2)判例掲載資料がわからない場合
判例が掲載されている資料がわからない場合には,
①データベース(D B)を利用する②主題別判例集や
判例雑誌などで調べる③新聞記事,雑誌記事,イン
ターネット情報などで探すといった方法がある。
①DBを利用する
www.ipdl.inpit.go.jp/homepg.ipdl)
「審判検索」には審決公報D B,審決速報,審決取消
訴訟判決集がある。
無料DBについては「2.3 インターネット情報などを
探す」でも言及する。
<有料>
i. D1-Law.com(第一法規)
無料のものと有料のものがある。有料D Bにはいく
「判例体系」を要旨・本文フリーワード,事項(講
つかあるが,本稿では国立国会図書館東京館で利用
学・実務キーワード),参照法令,基本項目(裁判年
できるものを主に紹介する。
月日・裁判所・事件番号),出典名,裁判官名,民事・
<無料>
i. 裁判所Web(http://www.courts.go.jp/)
刑事区分,法編,判例IDの項目で検索し,判例要旨・
全文が読める。法律・政令・省令・規則・条約等の
裁判所のW e bサイトの「裁判例情報」では最高裁
現行法令を収録した「現行法規」,明治以降の公刊判
判所判例集,高等裁判所判例集,下級裁判所判例集,
例を分類・整理した「判例体系」,法律に関する図書・
行政事件裁判例集,労働事件裁判例集,知的財産裁
雑誌記事等の書誌情報および判例情報を検索できる
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JOHO KANRI
2013
vol.56 no.1
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April
「法律判例文献情報」等からなる。
民事裁判例集』(ぎょうせい)などの主題別判例集に
ii. TKCローライブラリー(TKC)
はD Bにない判例が見つかることもあり,実務に役立
「L E X / D Bインターネット」の「判例データベース」
つ。
をフリーキーワード,裁判年月日,裁判所名,事件
「裁判所W e b」には,判決当日から2週間後,
『裁判
番号,民刑区分,法編,法条文,裁判種別,掲載文献,
所時報』(最高裁判所事務総局,月2刊)には2週間~
L E X / D B文献番号の項目で検索し判例全文が読める。
1か月後,『判例時報』(判例時報社,月3刊)『判例タ
1875(明治8)年の大審院判例から今日までの判例,
イムズ』
(判例タイムズ社,
月2刊)や分野別雑誌(
『Law
特許庁審決,国税不服審判所裁決,税務判決要旨等
& Technology』
(民事法研究会,
年4刊)
『判例地方自治』
を収録し,
『法律時報』に掲載された文献情報と判例
(ぎょうせい,月1刊)
『金融・商事判例』
(経済法令
評釈情報を中心とする「法律文献総合INDEX」や「新・
研究会,月2刊)ほか)には1 ~ 6か月後,公式判例
判例解説Watch」等からなる。
集には6か月~ 1年以降に掲載される。収録した判例
iii.判例秘書HYBRID(LIC)
が有料D Bに反映されるまではさらに時間がかかるた
「判例検索」
「大審院判例検索」を任意語,裁判所,
め,その間は直接判例雑誌を調べる必要がある。
『判
裁判日付,事件番号,法令条文,掲載誌,裁判官名
例タイムズ』ではインターネットで簡易な目次検索
の項目で検索し,全文をPDF形式で読める。1948(昭
ができるほかデジタル版の販売もある(http://www.
和23)年以降に発行された公式判例集や判例雑誌に
fujisan.co.jp/product/2065/)。『Law & Technology』
掲載された約20万件に加え,大審院判決録・大審院
では目次がPDFファイルで公開されている(https://
判例集に掲載された約2万件の判例を収録している。
www.vplab.org/lt/)
。
『消費者法ニュース』
(消費者法
判決文中に別表として添付された図表も収録してい
ニュース発行会議)には「判例和解速報」に載せた
る。法律雑誌(『最高裁判所判例解説』
『判例タイムズ』
判決の写しをコピーするサービスがある。
『ジュリスト』
『判例百選』『法学教室』『旬刊金融法
務事情』『金融・商事判例』『銀行法務21』『労働判例』
『邦文法律雑誌記事索引』)を本文画像(PDFファイル)
③新聞記事,雑誌記事,インターネット情報などで
探す
裁判が報道されても公表されない判例は多い。判
で読むことができる。教育機関では「判例秘書アカ
例の公刊・公開数は微々たるものである2)。裁判所・
デミック版LLI」として契約されることも多い。
事件番号がわかれば記録を保管する裁判所で閲覧(謄
iv.その他
写可の場合もある)できるが,事件によって制限が
i ~ i i iのD Bは国立国会図書館東京本館での利用が
ある(民訴91条,刑訴53条)。社会に影響があり注目
可能であるが,その他にも主要なDBとして「Lexis AS
された事件や重要な裁判では,事件の概要や判決要
O N E」(レクシスネクシス・ジャパン),「W E S T L AW
旨などが新聞記事や雑誌記事に載る場合がある。署
JAPAN」(ウエストロー・ジャパン)などがある。有
名入り記事であれば,担当者に裁判について事件番
料D Bは判例集,判例雑誌,裁判所W e bサイトなどか
号ほかを尋ねる方法も考えられる。弁護団や支援者
らの登載のほかにD B各社で独自の判例収集も行って
などがインターネットで裁判の概要や判決を公開す
いるので,複数を利用してよい結果を得ることもあ
る場合もある。
る。有料DBでは判例の上級審・下級審や判例評釈,関
連法規等の情報も検索できる。
②主題別判例集や判例雑誌などで調べる
『重要労働判例総覧』(産労総合研究所)『交通事故
38
2.2 特定の事項(法令条文・テーマなど)に関す
る判例を探す
特定の事項(法令条文・テーマなど)に沿って判
研究・実務に役立つ!リーガル・リサーチ入門
例を探す方法として判例検索資料,DB,インターネッ
の検索資料を使い判例を探すことができる。法令条
トの利用を紹介する。
文がわからない場合は,主だった六法(模範六法,
(1)判例検索資料で検索する
①ある法律の条文に関連する判例を探す
印刷体の判例検索資料には,判例要旨集(判決要
旨・判決理由)や判例索引集(法条別・裁判年月日
別の判示事項)などがあり,多くが法令条文別に編
ポケット六法ほか)の巻末にある総合事項索引を引
いたり,各種法律用語辞典や概説書・教科書の該当
ページを読んで調べることができる。判例付き六法
で主要判例を知ることもできる。
重要な判例については,
『別冊ジュリスト判例百選』
集されている。特定の法分野の判例要旨・判示事項・
シリーズやジュリスト臨時増刊『重要判例解説』
(有
掲載誌などを一覧でき,裁判年月日や裁判所名から
斐閣)などの学習者向けの判例解説書があるが,そ
判決要旨などを検索できる。
の中から探しているテーマ(内容)に関連する判例
『別冊判例タイムズ 判例年報』(判例タイムズ):
年度版の刊行(現時点では2010(平成22)年度版が
を見つけ,調査を広げることができる。
(2)DBで検索する
最新)で条文ごとに判示事項・判決要旨が載る。各
D Bが利用できるなら,実際にはD Bで判例を探すこ
年度刊行の『最高裁判所判例集』
『家庭裁判月報』
『判
とを優先するだろう。その際には,各D Bの特徴(判
例タイムズ』
『判例時報』『金融法務事情』『金融・商
例の収録範囲や収録誌,
更新頻度ほか)や検索方法(検
事判例』に載った判例を収録する。
索項目,上級審・下級審・法令・解説へのリンク機能
加除式資料の場合は,1巻の巻頭にある追録加除整
ほか)に注意する。検索の際には,正確な情報(裁
理一覧表でいつの時点の資料であるかを確認し,そ
判所名,裁判年月日など)および適切なキーワード
れ以降の判例については別の資料で補う必要がある。
の選択と組み合わせ(and,or,not)が望まれるので,
『判例体系 知的財産権法』(第一法規,加除式)
:特
図書・論文・判例評釈やインターネットなどで調べ
許法・実用新案法・意匠法・商標法・不正競争防止法・
た的確な情報があれば効率が良い。
著作権法・種苗法等,知的財産関係法令や実務に有
用な1985(昭和60)年以降の判例を中心に収録され,
知財高裁・東京地裁知財部の裁判官や知財訴訟の実
務家が要旨を作成している。
『知的財産権判例要旨集』(新日本法規,加除式):
2.3 インターネット情報などを探す
民事/刑事裁判以外の裁決(弾劾裁判所・行政裁
判所(戦前)の判決,不当労働行為事件命令,土地
収用裁決,国税不服審査審決,海難審判庁裁決など)
特許法・実用新案法,意匠法,商法・商標法,不正競
は,
該当する審決集,
命令集などで探す。インターネッ
争防止法,著作権法など知的財産権について争われ
トで公開されているものの例を以下に挙げる注4)。
た裁判例の要旨を収集および分類整理し,判例・評釈
の出典や上級審・下級審の審級関係も表記している。
その他にも『新判例体系民事法編』(新日本法規,
加除式),
『判例医療過誤』(新日本法規,加除式)
,
『行
政判例集成』(ぎょうせい,加除式)などが出版され
ている。
②テーマ(内容)に関連する判例を探す
内容から検索する場合,それがどのような法令条
文と関連するのか見極めることができれば,上記①
・裁判官弾劾裁判所「過去の事件と判例」
(h t t p : / /
www.dangai.go.jp/lib/lib1.html)
・国税不服審判所「公表裁決事例集」
(http://www.
kfs.go.jp/service/index.html)
・公正取引委員会「審決等データベース」
(h t t p : / /
www.jftc.go.jp/shinketsu/shinketsuindex.html)
・海難審判所「裁決の閲覧」
(h t t p : / / w w w . m l i t .
go.jp/jmat/saiketsu/saiketsu.htm)
・中央労働委員会「命令・裁判例データベース」
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39
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vol.56 no.1
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http://johokanri.jp/
April
(http://web.churoi.go.jp/index.html)
3.1 DBで探す
また,判例を調べる上で役立つW e bサイトも多い
まずは無料D B「裁判所W e b」で探してみる。新聞
が,利用する際には,運営者や更新状況に気をつけ
記事から裁判年月日2012年12月5日(新聞記事では
て信頼できる情報であるかを吟味する必要がある。
当日か前日の裁判年月日であることが多い)と東京
i. Dnavi(国立国会図書館)(http://dnavi.ndl.go.jp/
地裁を検索項目に入力しても該当裁判例はないと出
bnnv/servlet/bnnv_user_top.jsp)
る。このように注目する判例が必ず掲載されるとは
W e bサイト上で公開されている判例調査に役立つ
限らない。次に全裁判所を対象にキーワード【(アス
無料DBにどんなものがあるか検索できる。
ベストor石綿)and損害賠償】検索をすると39件がヒッ
ii. くらしの判例集「相談事例・判例」(http://www.
トし,最高裁判所判例が1件ある(筑豊じん肺訴訟)
。
kokusen.go.jp/category/jirei_hanrei.html)
多くの事件が下級裁判所で審理されていることがわ
国民生活センターが判例集などから収集した消費
かる。判例の中身を精査し検索結果を絞り込む際に,
者関係判例のうち,注目され,かつ消費生活や消費
判示事項・要旨や判例評釈情報もわかる有料D Bが役
者問題に関して参考になるものを,消費者問題を専
立つ。例えばTKCローライブラリー(LEX/DBインター
門とする学者や弁護士による解説等をつけて紹介し
ネット)で検索対象を書誌に限定して検索すると40
ている。
件がヒットする(2013年2月7日検索)
。
iii.労働基準関係判例検索(h t t p : / / w w w. z e n k i r e n .
com/jinji/top.html)
全国労働基準関係団体連合会が運営している。
1948(昭和23)年以降に言い渡された判決のうち,
3.2 図書・論文・判例評釈やインターネットで
探す
アスベスト訴訟事件の背景や経緯,裁判の争点,
労働基準法に関連するものを各種判例集などから調
判例・学説の整理などがわかれば,判例の理解に役
査収集して加工・公開している。「体系項目」と「 I D
立つさらなる判例検索を行うことができる注5)。
番号」による検索ができ,また判決理由の要旨も見る
ことができる。
3. 判例の検索―アスベスト訴訟
石綿(アスベスト)による健康被害(石綿肺,
肺がん,
中皮腫)は曝露後10数年から平均約40年を経て生じ
る上,アスベストを扱う工場労働者や運送業・建設
業従事者等が罹患する労災型や工場周辺住民が罹患
する公害型等があり,現在各地で被害者およびその
40
2012年12月6日朝日新聞朝刊1面に「建設現場労働
遺族の方々が,企業や国の賠償責任を求める裁判を
者の石綿被害 国の責任 初認定 東京地裁;建設現場で
進めている。今後,阪神淡路大震災と東日本大震災
アスベスト(石綿)を吸って健康被害を受けたとし
により破壊された多くの建築物や機械製品に含まれ
て,首都圏の元労働者とその遺族ら337人(患者308
ていたアスベストによる新たな環境問題が予想され
人)が国などに総額約120億円の損害賠償を求めた訴
ている。
「中皮腫・じん肺・アスベストセンター」
(東
訟で,東京地裁は5日,170人について総額10億640
京)や「関西労働者安全センター」
(大阪)
,アスベ
万円(患者1人あたり約917万~約48万円)の賠償を
スト弁護団,首都圏建設アスベスト訴訟原告団ほか
命じる判決を言い渡した」「建設労働者の石綿被害に
でもインターネット上で,訴訟状況を掲示している。
ついて,国の責任を認めた判決は初めて」という記
泉南アスベスト訴訟第一陣の大阪地裁判決,同高裁
事が出た。37面には判決要旨が載っている。判決全
判決,泉南第二陣の大阪地裁判決,横浜建設アスベ
文を読むことはできるだろうか。
スト訴訟の横浜地裁判決,クボタ尼崎アスベスト訴
研究・実務に役立つ!リーガル・リサーチ入門
訟の神戸地裁判決の大型訴訟を検索し,いずれも上
体で取り組むべき重要な問題であり,今後の行方に
訴中であることがわかる注6)。
注目したい。東京地裁2012(平成24)年12月5日判
4. おわりに
決(首都圏建設アスベスト訴訟)が判例雑誌やD Bに
早く登載されることを待っている注7)。
次回は判例を理解する上で重要な判例評釈や判例
前回説明された資料やD Bを中心に,判例を調べる
解説を探す方法を説明する。
方法を概説した。判例についてどれくらいの情報を
得ているかによって利用するツールに違いがあるこ
<追記>
とを理解いただいたと思う。裁判所年月日・事件番
本稿執筆後,東京地裁平成24年12月5日判決(首都
号など特定した判例ならば入手の道がある。判例雑
圏建設アスベスト訴訟)について,TKCローライブラ
誌やD Bを利用してテーマなどに関連した判例を探す
リー「LEX/DBインターネット」に書誌情報が登載され,
方法もある。
事 件 番 号 が「 平20年
( ワ )第13069号 」
「 平22
( ワ )第
アスベスト訴訟については,事件全体を知り,争
点となっている国や企業の責任がどう判断され,被
15292号」
であることがわかった。またD1-Law.com
「判
例体系」に判決全文が登載された(2013-02-26)
。
害者の救済がどのように実現されうるのか,社会全
本文の注
注1)
いしかわまりこ「法情報資料室 やさしい法律の調べ方」(h t t p : / / w w w007. u p p . s o - n e t . n e . j p /
shirabekata/),「齊藤正彰@北星学園大学のホームページ」(http://www.ipc.hokusei.ac.jp/~z00199/)
,
門昇「法情報の世界」(http://www.law.osaka-u.ac.jp/~kado/)
,京都大学大学院法学研究科附属 国際
法政文献資料センター 「日本の法律文献・政府行政文書の調べ方」(http://ilpdc.law.kyoto-u.ac.jp/
manual-japan.htm)ほかがある。
注2)
符号は,事件(民事・刑事・行政・家庭・法廷等の秩序維持に関する法律違反など)ごとの記録符号
規定に基づき付される。『リーガル・リサーチ第4版』163-167頁および裁判所Web「裁判例情報」の「各
判例について」(http://www.courts.go.jp/picture/hanrei_help.html)に符号の説明がある。
注3)
法律編集者懇話会による「法律文献等の出典の表示方法 2005年版」
(http://www.houkyouikushien.
or.jp/katsudo/pdf/horitsu.pdf)が略語に詳しい。
『リーガル・リサーチ第4版』にも380-398頁に掲載
されている。
注4)
国立国会図書館「リサーチ・ナビ<日本・判例資料>」
(http://rnavi.ndl.go.jp/politics/entry/Japanhanrei.php)で所蔵する資料やリンク先が紹介されている。
注5)
森裕之「アスベスト推進政策と政府の責任」(『法と民主主義』472号,2012),小野寺利孝「首都圏建
設アスベスト訴訟の現状と展望」(前掲)
,八木倫夫「大阪泉南アスベスト国賠訴訟の判決の状況と今
後の展望」(前掲),西村隆雄「司法の責任を放棄する建設アスベスト横浜地裁判決」
(前掲)
,松本克
美「日本におけるアスベスト訴訟の現状と課題」(『立命館法学』331号862頁以下,2010),同「共同
不法行為と加害行為の到達問題―建設作業従事者のアスベスト被害とアスベスト建材メーカーらの共
同不法行為責任を契機に」(『立命館法学』339・340号)
,中皮腫・じん肺・アスベストセンター編『ア
スベスト禍はなぜ広がったのか―日本の石綿産業の歴史と国の関与』(日本評論社,2009),石綿対
策全国連絡会議編『アスベスト問題の過去と現在―石綿対策全国連絡会議の20年』(アットワークス,
2007)ほか。法務省「国に関する訴訟情報」の「係属中の主な訴訟の概要」でもアスベスト訴訟の紹
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http://johokanri.jp/
介がある(http://www.moj.go.jp/shoumu/shoumukouhou/shoumu01_00026.html)。
注6)
判決文掲載の一例を挙げる:泉南アスベスト訴訟第一陣:大阪地判平22.5.19(裁判所W e b,判時2093
号3頁,訟月58巻9号3218頁)/大阪高判平23.8.25(判時2135号60頁,訟月58巻9号3089頁)
,泉南ア
スベスト訴訟第二陣:大阪地判平24.3.28(裁判所Web)
,
横浜建設アスベスト訴訟:横浜地判平24.5.25(裁
判所Web),クボタ尼崎アスベスト訴訟:神戸地判平24.6.8(判時2160号63頁)/神戸地判平24.8.7(裁
判所W e b)(裁判所W e bで裁判所名と「アスベスト」
「石綿」で検索。書誌情報は有料D Bを利用)
。有
料D Bで検索すると,下級審や判例評釈,法令などさまざまな情報へと広がり,より正確な判例調査に
つながる。
注7)
『週刊法律新聞』1972号(2012年12月14日)にも記事がある。日本経済新聞(2012年12月19日)より,
原告全員が12月18日,一審東京地裁判決を不服として控訴し,国も12月17日に控訴していることがわ
かった。原告側は全員の救済を求めており「メーカーの責任を認めなかったことも納得できない」と
している。
参考文献
1)
藤井康子. 研究・実務に役立つ!リーガル・リサーチ入門 第6回 判例とは. 情報管理. 2013, vol. 55, no.
12, p. 910-916.
2)
いしかわまりこほか. リーガル・リサーチ. 第4版, 日本評論社, 2012, p. 146-147.
参考資料
a) 井口茂著, 吉田利宏補訂. 判例を学ぶ.新版. 法学書院, 2010.
b) 中野次雄. 判例とその読み方. 三訂版, 有斐閣, 2009.
c) 国立国会図書館議会官庁資料室. 調べ方ガイダンス―判例を調べるには. 2011, http : / / r na vi. ndl. go . j p/
guidance/tmp/201108_hanrei.pdf
d) 高鍬裕樹. デジタル情報資源の検索. 増訂第4版, 京都図書館情報学研究会, 2012.
42
新興地域の統計事情
連載:新興地域の統計事情
第5回 インドネシア
Series: The state of statistics in emerging regions
Part 5: Indonesia
高橋 宗生1
TAKAHASHI Muneo1
1 日本貿易振興機構アジア経済研究所図書館(〒261-8545 千葉県千葉市美浜区若葉3-2-2)
1 Library, Institute of Developing Economies, Japan External Trade Organization (3-2-2 Wakaba Mihama-ku Chiba-shi, Chiba
261-8545)
情報管理 56(1), 043-048, doi: 10.1241/johokanri.56.43 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.56.43)
1. はじめに
同国の統計行政組織は,首都ジャカルタのBPSから
33州(provinsi)
,497県・市(kabupaten/kota)
,6,793
本稿では,インドネシアの統計行政を統括する中
郡(kecamatan)注2)へと垂直的に統治する中央集権
央統計庁(Badan Pusat Statistik)の出版物とWebサ
的構造に特質がある。州と県・市には支部が設置され,
イトを中心に,インドネシアの主要な統計資料を紹
郡には1名の統計官が配置されている。また,B P Sは
介したい。
どの省にも属さず,大統領直轄の組織になっている。
スハルト政権崩壊後,急速な地方分権化が進行中で
2. インドネシアの統計行政の特質
あるにも関わらず,BPSでは上意下達の組織構造が長
年維持されてきた。
オランダによる植民地統治が長く続いたインド
一方,省庁の中には政策立案のために統計調査を
ネ シ ア で は, 独 立 以 降1960年 に 至 る ま で, 統 計 に
行う部署を持つところも多く,BPSとの間で調整と協
関する法律は1934年のオランダ語の法律「統計令」
力がなされている。現在施行中の1997年の統計法に
注1)
。
はBPSの強い権限を記した条文が多数盛り込まれてい
この法律が1960年に改正された後,スハルト政権
る。第35条を一例として挙げると,各省庁は実施し
末期の1997年に再度改正された。さらにその2年後
た調査結果注3)をB P Sに報告する義務を持ち,違反し
の1999年には,統計事業の詳細な実施規約を定め
た場合には,禁錮刑や罰金刑を科せられる。
(Statistiek Ordonnantie 1934)を基にしていた
た政令が公布されている。統計行政を司る機関名も
次に,B P Sの組織についてごく簡単に見ていきた
オランダ語名である「中央統計事務所」(C e n t r a a l
い。まず,B P S長官は大統領に責任を持ち,1名の官
Kantoor Voor de Statistiek)から,インドネシア語名
房長に加えて,5名の副長官と監事長の補佐を受け
「同」(Kantor Pusat Statistik),「中央統計局」
(Biro
る。5名の副長官が管轄する分野は統計方法・情報,
Pusat Statistik),さらには現在の「中央統計庁」
(Badan
社会統計,生産統計,流通・サービス統計,統計計算・
Pusat Statistik: BPS)と移り変わった。
分析の5部門で,それぞれ3つの部を率いる。監事長
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は全国を3分して監査する3名の監事を配下に持つ。
長官は2種類の教育機関(教育・訓練センターと統計
学専門大学)も統括している。
3. 統計資料の概要
インドネシアでは1960年代より,人口,農業,経
済を対象にした3種類のセンサスが実施されている。
それに加えて,特定のテーマに関する標本調査(サー
ベイ:survei)も実施される。10年おきに行われるセ
ンサスと異なり,サーベイは間隔の空け方にばらつ
きがある。BPSの冊子体の統計書のなかでは,このセ
ンサスとサーベイの調査結果が最も重要で,主題別
統計書の基礎となるものである。
一方,BPS(http://www.bps.go.id/)は統計資料
のW e bサイト上での公開にも力を入れており,最新
の統計資料はインターネット上でその大部分が読め
るようになった。現状ではW e bサイト上の統計資料
は,タイトルのABC順に掲載されていない場合が多い
ので,探す手順は以下のようになる。W e bサイト上
でまず「BPS出版物」(publikasi BPS)を選ぶ。次に
出版年が2011年か2012年かを選択し,「キーワード」
表1 中央統計庁州支部のポータルサイト
州名
アチェ州
北スマトラ州
西スマトラ州
リアウ州
リアウ群島州
ジャンビ州
南スマトラ州
バンカ ・ ブリトゥン群島州
ブンクル州
ランプン州
ジャカルタ首都特別州
西ジャワ州
バンテン州
中ジャワ州
ヨグヤカルタ特別州
東ジャワ州
バリ州
西ヌサトゥンガラ州
東ヌサトゥンガラ州
西カリマンタン州
中カリマンタン州
南カリマンタン州
東カリマンタン州
北スラウェシ州
ゴロンタロ州
中スラウェシ州
南スラウェシ州
西スラウェシ州
東南スラウェシ州
マルク州
北マルク州
パプア州
西パプア州
出典 : 筆者作成
URL
http://aceh.bps.go.id/
http://sumut.bps.go.id/
http://sumbar.bps.go.id/
http://riau.bps.go.id/
http://kepri.bps.go.id/
http://jambi.bps.go.id/
http://sumsel.bps.go.id/
http://babel.bps.go.id/
http://bengkulu.bps.go.id/
http://lampung.bps.go.id/
http://jakarta.bps.go.id/
http://jabar.bps.go.id/
http://banten.bps.go.id/
http://jateng.bps.go.id/
http://yogyakarta.bps.go.id/
http://jatim.bps.go.id/
http://bali.bps.go.id/
http://ntb.bps.go.id/
http://ntt.bps.go.id/
http://kalbar.bps.go.id/
http://kalteng.bps.go.id/
http://kalsel.bps.go.id/
http://kaltim.bps.go.id/
http://sulut.bps.go.id/
http://gorontalo.bps.go.id/
http://sulteng.bps.go.id/
http://sulsel.bps.go.id/
http://sulbar.bps.go.id/
http://sultra.bps.go.id/
http://maluku.bps.go.id/
http://malut.bps.go.id/
http://papua.bps.go.id/
http://irjabar.bps.go.id/
(k a t a k u n c i)欄にタイトルに使われた言葉を入力し
て検索する。該当する統計書が現れたら,タイトル
をクリックして閲覧する。収録されている統計書の
倍に膨らんだことになる。
1950年 の 単 一 共 和 国 成 立 以 降, 人 口 セ ン サ ス
大半はインドネシア語・英語で項目が併記されてい
(s e n s u s p e n d u d u k)はこれまで1961年,1971年,
る。また,BPS州支部が出す統計書もほぼ同じ方法で
1980年,1990年,2000年,2010年と計6回実施され
閲覧できる。URLは表1のとおりである。
た。人口,労働,国内移動,宗教,教育などを対象
以下,主要な統計資料をセンサス資料,総合統計,
主題別統計に分けて見ていきたい。
とし,1971年,1980年,1990年の各センサスでは,
住居や住環境に関する標本調査も加わった。このほ
か,1976年,1985年,1995年,2005年に中間センサ
3.1 センサス資料
ス(survei penduduk antar sensus)が行われている。
(1)人口センサス
直近の2010年センサスデータを見るにはB P SのW e b
インドネシアの2010年人口センサスの結果では,
44
サイト「2010年人口センサス結果」(h a s i l s e n s u s
同国の人口が2億3,764万1,326人になったと発表され
penduduk 2010)をクリックする注4)。画面を英語に
た。オランダ植民地期に実施された1930年人口セン
替え,
“Region” または “Topic” を選択することで州別,
サスの値が6,072万7,233人であったから,80年で約4
主題別に閲覧が可能となる。
新興地域の統計事情
(2)農業センサス
業所を産業コード別に調査した「Hasil pendaftaran
農業に加えて林業,畜産業,養殖業,漁業も対象
perusahaan/usaha=Establishment listing results」が
とする農業センサス(sensus pertanian)は,過去5
出版されている。また,法人の業種別に県・市レベ
回(1963,1973,1983,1993,2003年 の 各 年 ) 実
ルでまとめた企業ダイレクトリーも全18タイトル出
施され,2013年センサスは2010年より準備が進めら
版された。
れている。調査項目は細にわたり,農業従事世帯数,
雇用形態,収入,関連施設数,所有する農地の面積,
(4)その他のセンサス
上述した3種類のセンサスのほかに,工業センサス
所有形態,肥料や殺虫剤の購入額などに及んでいる。
が1964年と1974 ~ 75年に,建設業に関するセンサ
当館では2003年農業センサス関連図書を45タイトル
スが1977年に実施されている。両者とも1980年代以
所蔵している。当館OPACのキーワード欄に「sensus
降は経済センサスに引き継がれた。
pertanian 2003」と入力すればそれぞれの書誌情報を
確認できる。
(3)経済センサス
3.2 総合統計
全国を対象とした総合統計年鑑としては「Statistik
農 業 を 除 く 第2次・ 第3次 産 業 分 野 を 対 象 に す る
Indonesia=Statistical yearbook of Indonesia」が代
経済センサス(sensus ekonomi)は,これまでに3
表的で,最新の2012年版はB P SのW e bサイトからタ
回(1986,1996,2006年 の 各 年 ) 実 施 さ れ た。 こ
イトルをクリックすることで全文を閲覧できる。各
のセンサスの特徴は,業種別事業所数,形態,なら
州の総合統計は「州名+d a l a m a n g k a(=州名+i n
びに従業員数を明らかにする点にある。2006年セ
figures)
」と題して出版されている。両者ともに内容
ンサスでは,企業規模別の法人と非法人の数,なら
構成は共通しており,地理,行政,人口・労働,社会,
びに株式会社,協同組合など法人の形態ごとの数が
農業,鉱工業,商業,運輸・通信・観光,金融・物価,
県・市レベルで発表されている。主要な出版物とし
家計,国民所得に関連する統計を収録する。各州の
ては,業種を3つのグループに分け,全国33州の事
総合統計にはB P S州支部のポータルサイト(表1)か
<コラム>インドネシアの母語別・民族別人口数
国語であるインドネシア語の使用者が12%を超え,
インドネシアの国語はマレー語を母体とするイ
その日常言語としての普及に注目が集まった。
ンドネシア語で,1945年の独立以降国語となった。
2000年人口センサスでは日常言語別の調査は行
民族(エスニック・グループ)の数が300とも400
われず,民族名を答える調査に変更された。この
ともいわれる多民族国家インドネシアでは,家庭内
調査においても,ジャワ人,スンダ人,マドゥラ
で話す日常言語(母語)と民族名とが一致する場
人の順位は変わらなかったが,中国系住民の割合
合が多い。オランダ植民地期末期の1930年に民族
の少なさに疑問が投げかけられた。1930年センサ
別人口数が調査され,多い順にジャワ人,スンダ人,
スでは人口の2.03%を中国系住民が占めていたのに
マドゥラ人という結果になった。その後,50年の
対し,2000年センサスでは0.86%と激減していた。
歳月を経,1980年人口センサスにおいて独立後最
30年以上続いたスハルト政権期の徹底した民族同
初の日常言語調査が実施されたが,国語を除く地
化政策や,政権末期に頻発した反華人暴動などの
方語の使用割合は上位3位までは同じで,ジャワ語,
影響で,自らの帰属する民族名を他に求めた可能
スンダ語,マドゥラ語の順であった。一方において,
性を指摘する研究者もいる。
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April
らアクセスが可能である。
2012年2月の輸入統計の場合は以下のU R Lに接続す
経済関連指標を調べる上で頻繁に利用される
る(http://www.bps.go.id/hasil_publikasi/buletin_
月 刊 統 計 誌 と し て は,1970年 か ら 出 版 さ れ て い
impor_feb_2012/index3.php?pub=buletin%20impor
る「Indikator ekonomi=Economic indicators」が
februari%202012)。
あ る。 内 容 は, 物 価 指 標, 金 融, 銀 行, 投 資, 生
(3)家計支出統計
産, 国 際 収 支・ 貿 易, 運 輸, ホ テ ル・ 観 光, 国 民
BPSは1963年以降,
「社会経済調査」
(Survei Sosial
所 得, 人 口 の10主 題 に 分 か れ て い る。 バ ッ ク ナ ン
Ekonomi Nasional)と呼ばれる世帯消費に焦点をあ
バーはW e bサイト上でも閲覧できる。例えば2012
てた標本調査を実施してきた。Susenasと通称される
年4月号の場合は,以下のU R Lに接続する(h t t p : / /
この調査では,世帯主の就業状況,家族構成,最終
www.bps.go.id/hasil_publikasi/ie_april_2012/index3.
学歴,住宅,家計消費などに関するアンケート調査
php?pub=indikator%20ekonomi%%20WEB-SITE:%20
が行われており,調査結果は教育,保健,家族計画
full%20textWeb)。
などと貧困との関連性を探るさまざまな研究に利用
されている。当館では,レファレンスでも多用する
3.3 主題別統計
(1)産業統計
untuk konsumsi penduduk Indonesia per provinsi
農業に関しては,米,雑穀,プランテーション作
=Expenditure for consumption of Indonesia per
物,野菜,果物,畜産品,海産品など種類別に多く
p r o v i n c e」を1984年版から2011年版まで所蔵して
の統計資料が出版されている。第2次産業では,規
いる。このほか,州都とそれ以外の主要都市に対象
模別に分けた各種製造業統計,鉱業・エネルギー統
を絞って実施される家計調査(Survei biaya hidup=
計,建設業統計などが出版されている。国際標準
Cost of living survey)関連統計書も所蔵している。
産業分類(I S I C)の項目ごとの生産高および生産額
第1回目の1977年には17州都が対象だったが,その後
を知るには毎年出版される「Statistik industri besar
徐々に増え,第5回目の2007年には33州都すべてと他
dan sedang: produksi=Large and medium industrial
の主要都市33都市を対象にした。
statistics: production」が便利である。最新2010年
(4)金融・財政統計
版のU R Lは以下のとおりである(h t t p : / / w w w. b p s .
金融部門では,中央銀行であるインドネシア銀行
go.id/hasil_publikasi/stat_ibs_2010_produksi/index3.
(http://www.bi.go.id/)が発行する月刊誌「Statistik
php?pub=Publikasi%20Industri%20Besar%20dan
ekonomi dan keuangan Indonesia=Indonesian
Sedang%20Produksi%20(Bagian%20B)%20Tahun
financial statistics」が充実している。インドネシア語
2010)
。
タイトルの頭文字を取ってS E K Iと通称され,2009年
(2)貿易統計
世界税関機構と国際連合の各商品分類コード(H S
46
関連統計資料として,
州別家計支出統計「Pengeluaran
11月以降はC D - R O Mで発行されるようになった。内
容は,金融・銀行,融資業,通貨・資本市場,国家
とS I T C)別に国ごとの輸出入額を示した統計データ
財政,国際収支,対外債務,投資,G D P,物価指数,
がBPSの月刊誌「Buletin statistik perdagangan luar
国際経済金融指標の10章からなる。同誌はレファレ
negeri: ekspor=Foreign trade statistical bulletin:
ンスでも頻繁に使うツールで,最近では「1985年か
exportとBuletin statistik perdagangan luar negeri:
ら直近までの四半期ごとの外国投資認可額」
,
「イン
impor=Foreign trade statistical bulletin: import」に
ドネシアの過去10年間の国民所得額」などの問い合
掲 載 さ れ て い る。W e bサ イ ト 上 で も 閲 覧 可 能 で,
わせで活用した。W e bサイト上でも閲覧可能である
新興地域の統計事情
(http://www.bi.go.id/web/en/Statistik/Statistik%20
る。当館所蔵の社会統計は,O P A Cの請求記号欄に
E k o n o m i %20d a n %20K e u a n g a n %20I n d o n e s i a /
「I N D N E /9*」注5)と入力して検索すれば全タイトルが
Dokumentasi%20Histori)。
地方自治体の財政状況に関する統計としては州別
財政統計「Statistik keuangan pemerintahan provinsi
明らかになる。
4. おわりに
=Financial statistics of province governance」が代
表的である。当館では,継続前誌も含めて1973年版
最近の急速なI T技術の発展により,W e bサイト上
から2010年版まで所蔵している。最新版である2011
の統計やC D - R O Mなどデジタル資料を通したインド
年版は以下のWebサイトで閲覧できる(http://www.
ネシア関連統計の入手が主流化しつつある。一方に
bps.go.id/hasil_publikasi/stat_keu_prov_2008_2011/
おいて,1990年代以前の統計は冊子体が中心であり,
i n d e x3. p h p ? p u b = S t a t i s t i k %20K e u a n g a n %20
その価値はほとんど減少していない。特に古い時期
Pemerintah%20Provinsi)。
にさかのぼって時系列で統計データを収集する場合
(5)社会統計
は,その両方に注目する必要がある。アジア経済研
この分野の統計は,教育,環境,犯罪など,社会
究所は,産業連関表の作成を筆頭に,長年にわたっ
の諸側面を扱っており,担当関係省庁やN G Oと協
てBPSと共同研究プロジェクトを実施してきた。当館
力してまとめた統計が多い。そのほかのテーマとし
はその間収集してきた貴重な統計を多数所蔵してい
ては,児童,青少年,女性,社会・文化,保健,福
るので,ぜひ利用していだだきたいと思っている。
祉などがあり,S u s e n a sの調査結果が活用されてい
本文の注
注1) この4年前の1930年に国勢調査に関する法律(Volkstelling Ordonnantie)が公布された。同法は1960
年に改正された後,1997年に「統計に関する1997年法律第16号」に吸収された。
注2) 各数値は2012年6月30日時点のもの。州,
県・市,
郡ともに増加の傾向にあり,
以降同年の年末までに1州,
4県が新設された。
注3) 概要,
調査地,
対象者,
回答者数,
実施期間,
統計方法,
実施者の名前と住所,
調査結果概要を内容とする。
注4) “Warning” が出たら “Continue Anyway” をクリックする。
注5) 当館の統計資料は国名略号(INDNE=インドネシア)
・統計主題分類番号(9=社会(教育,保健,観光,
出入国)・その他)・年号順に配架している。統計主題分類番号の一覧は,泉沢久美子. アジア経済研究
所図書館所蔵の統計資料コレクションと開発途上地域の統計事情:連載「新興地域の統計事情」を始
めるにあたって. 情報管理. 2012, vol.55, no.8, p.575.にある。
参考資料
a) Undang-undang Negara Republik Indonesia Nomor 6 Tahun 1960 tentang Sensus(国勢調査に関する
1960年インドネシア共和国法律第6号).
b) Undang-undang Negara Republik Indonesia Nomor 7 Tahun 1960 tentang Statistik(統計に関する1960
年インドネシア共和国法律第7号).
情報管理 vol. 56 no. 1 2013
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JOHO KANRI
2013
vol.56 no.1
Journal of Information Processing and Management
April
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c) Undang-undang Negara Republik Indonesia Nomor 16 Tahun 1997 tentang Statistik(統計に関する1997
年インドネシア共和国法律第16号).
d) Peraturan Pemerintah Republik Indonesia Nomor 51 Tahun 1999 tentang Penyelenggaraan Statistik(統
計事業に関する1999年インドネシア共和国政令第51号)
.
48
視点 ●発表倫理からのアプローチ
発 表 倫 理 からのアプローチ
愛知淑徳大学人間情報学部 山 崎 茂 明
情報管理 56(1), 049-051, doi: 10.1241/johokanri.56.49 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.56.49)
大学の変化
表している人に関心が行き注目するが,N L Mの助成
1987年5月,当時の勤務先であった東京慈恵会医科
を受けることなく,IAIMS計画を実行している有力医
大学の阿部学長の命で,医学情報センターの将来に
学校が存在していたのである。また,ハーバード大
ついてレポートをまとめるため,1か月をかけ全米の
学の医学図書館副館長は,学内に200を超える図書館
主要な医学図書館を見学するチャンスがあった。西
があり,それらを統合することなど困難であり,さ
海岸のポートランドから始まり,シンシナティ,ワ
らに学内のすべてのシステムの統合などできるはず
シントンDC,ボルチモア,フィラデルフィア,ニュー
がないと批判していた。
ヨーク,ボストン,シアトルと一人旅をした。キー
旅の最後に訪問したシアトルのワシントン大学健
ワードは,統合型学術情報システム(I n t e g r a t e d
康科学図書館のオッペンハイマー館長は,その年の
Academic Information Management Systems: IAIMS)
12月に退任が決まっていた。健康科学領域は,医学,
であり,1980年代の医学図書館界の最大の関心事で
薬学,公衆衛生学,看護学などの大学院から形成さ
もあった。米国国立医学図書館(National Library of
れており,連携は困難な事業になるに違いないと悲
Medicine: NLM)からの助成金が医科大学図書館を中
観的であった。なお,このオッペンハイマー館長は,
心に投入され,IAIMSの実現へ向け各館はプランを競
バンクーバースタイル(引用の方式)の成立に重要
い合っていた。そして,シンシナティ大学のロレン
な役割を演じていた。ワシントン大学腎臓病学教室
ツィ,ジョージタウン大学医学校のボーリング,ジョ
の秘書オーガスタ・リトワー女史からの相談を受け,
ンズホプキンス大学ウエルチ医学図書館のマセソン
らが,新しい計画を発表していた。
直接米国を訪れてわかったことは,N L Mの助成金
「なぜ文献リストの記載を統一しないのか」という苦
情の手紙を主要医学雑誌へ送付するよう助言した人
物であった。この旅は,
初めての海外渡航であったが,
を申請せず,自前で同様の改革を進めている大学医
論文や報告書では得られない実態を知ることができ
学図書館が存在していたことである。そのような医
た。
学図書館の1つであるペンシルベニア大学の生物医学
この旅の全体を通して印象に残ったことは,訪問
図書館長は,少し皮肉な調子で,IAIMSを実現するた
した大学が体現する豊かさとでもいえるものであっ
めに自己資金が不足している館が新計画を論文とし
た。社会人経験を経て大学院で学ぶ機会を得た個人
て発表しているのであり,一方で何も騒ぎ立てるこ
的な立場から見ると,企業社会と大学とでは,異なっ
となく実行へ向けて歩を進めている伝統校が存在す
た時間の流れがありそれぞれ異なる価値観に浸され
ると述べていた。ペンシルベニア大学も,その1つと
ていると思えた。そして,大学が保持してきた公正
いうことである。日本から米国を見ると,論文を発
さは,大学の心臓であり,人々を魅了してきた内実
情報管理 vol. 56 no. 1 2013
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JOHO KANRI
2013
vol.56 no.1
Journal of Information Processing and Management
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である。例えば,ワシントンにあるジョージタウン
科学研究の不正行為(scientific misconduct)とい
大学のヒーリーホールは,チャペルを中心にし,周
えば,FFP(fabrication, falsification, plagiarism;捏
りに回廊風に教室や図書館を配置している。中世ヨー
造,改ざん,盗用)として定義されるが,世界の倫
ロッパやイギリスの大学を模したものであろう。そ
理研究センターの1つであるケネディ記念倫理図書館
こには,変わることのない静かな空気が満たされて
のデータベースを検索すると,戦時下における,日
いた。
本やドイツによる生体実験に関する資料が検索され
その価値観が少しずつ崩れ,ひび割れが生じてき
る。学術研究上の最大の不正行為は,科学者の戦争
た背景には,1980年代の大学をめぐる研究環境の変
協力や生体実験であることを示しており,九州大学
化があった。産学連携が促進され,大学の市場化が
の研究倫理教育プログラムが,「生体解剖事件」から
進んだことと無縁ではない。市場化により,学術世
始まることは,当を得ている。
界へ競争原理を持ち込み,発展へつなげようと考え
プログラムでは,
「動物実験の倫理」
,
「人を対象に
たのであろう。こういった研究環境の変化のなかで,
した研究の倫理」といった内容に加え,
「研究室の
科学者の不正行為事件が出現し,大学に対する社会
人間関係と倫理問題」,「研究費獲得と利益相反」な
からの信頼に陰りが見られるようになった。信頼性
ど幅広く取り上げている。私の担当した不正行為の
の消失は,大学の存在意義を揺るがしかねない。
実態と防止についてのテーマも,具体的な解決の方
向性を提示しなければならない。そこに,発表倫理
求められる研究倫理プログラム
(publication ethics)が存在したといえる。
九州大学の医学系大学院で2007年から始められた
「医学研究の倫理」の授業で,不正行為の実態や予防
について講義を担当した。このプログラムは,笹栗
2002年に『科学者の不正行為』を刊行してから10
俊之教授(臨床薬理学)の企画立案によるものであっ
年が過ぎた。科学者の不正行為をスキャンダルとし
た。12回の講義は,九州大学にとり負の遺産である
て取り上げるのではなく,科学界で検討するための
戦時中に行われた「九州大学生体解剖事件」1)から始
基礎知識を提供することを意図した。2005年には
『ORI
めた。
研究倫理入門』の訳出に続き,2007年には『パブリッ
この事件は,第二次世界大戦末期(1945年)に,
50
発表倫理に着目
シュ ・オア・ペリッシュ』を上梓した。今春には,
『科
日本軍の命令を受けた九大医学部解剖学教室におい
学論文のピットフォール:研究発表の倫理』を出版
て,捕虜となった米軍B29爆撃機の8名の搭乗兵を対
する。科学の不正行為と,解法としての発表倫理教
象に,実験的手術を行い全員が死亡したというもの
育の提案に力点を置き,具体的には,レフェリーシ
である。実験は,肺を切除してどれくらい生存でき
ステムの再考と,オーサーシップの正しい理解に目
るかの実験,血液を海水に換えての代用血液実験,
標を置いている。
肝臓の全摘手術などとされている。詳細を知るなか
近年の研究倫理に占める発表倫理の位置づけに
で,印象的な場面があった。それは,捕虜たちが九
ついて整理してみよう。1967年末に行われた心臓
州大学へ移送される時,自分たちはどこへ連れられ
移植手術を契機に,死の定義をめぐる倫理が問わ
ていくのかを尋ねた場面である。「大学へ行く」と答
れ,研究倫理はヒトや動物を対象にした生命倫理学
えると,捕虜たちは一様に安堵の表情を示したとい
(bioethics)として検討された。1980年代になり,研
う。洋の東西を問わず,大学という言葉が私たちに
究者自身の行動に焦点をあてた研究者倫理や,研究
与える信頼感の強さを示している。
行動の公正さという視点が加えられた。理由は,研
視点 ●発表倫理からのアプローチ
究者の不正行為事件が続発し,研究を行う主体の公
じていた2)。学術研究に携わる40%の研究者は,自分
正さが問われるようになったからである。また,科
の意に反して商業主義的な研究に従事していると感
学研究活動は,発表なくして完結しないだけに,発
じているという内容であった。産学連携の増加によ
表倫理は研究の公正さを総合的に検証するチャンス
ると考えられる。また,米国の生物医学研究領域で,
になる。発表倫理は,研究発表の倫理 に焦点をあて
産学連携が増加していくなかで,かつて研究風土の
ることで,研究プロセス全体の公正さをチェックで
違いに対して戸惑いが表明された3)。産学連携プロ
き,自然科学だけでなく人文科学や社会科学領域へ
ジェクトで,41%が一般の人々への情報伝達に制限
も応用できる幅広さを持っている。
を設定し,29%が他大学の研究者への伝達を制限し,
同じ大学研究者へも21%が制約を設けているという
研究室を取り巻く空気
調査結果であった。さらに,産業界の研究者には守
日本では,1990年中ごろから科学技術創造立国を
秘義務があり,学会などでの積極的な情報提供を控
めざし,科学技術研究費を増額してきた。政府から
える事例も多い。大学の研究者は,その風土の違い
の科学研究費は,先進国のなかで,国内総生産(GDP)
に戸惑いを覚えるかもしれない。産学連携は,異な
から見て,高いシェアを支出している。組織や個人
る風土や価値観が衝突する場面をもたらし,成果の
の研究業績評価が求められ,それに基づいて資金や
公表にあたって確執が生じかねないだけに,大学は
ポストが決まってくる。そして,この研究費は,競
責任ある研究発表機関として時代を生き抜く必要が
争的資金の比率が高くなり,成果が常に求められる
ある。
ようになった。また,大学の研究開発力を社会の経
済発展に結び付けようとし,企業との共同研究が増
加している。このように学術研究を取り巻く環境が
大きく変化しており,これまでにないさまざまな問
題が発生するようになった。
そのような研究室を取り巻く空気について,イギ
リスの高等教育ニュース誌THEが「この仕事は,研究
室での私の仕事なのだろうか?」という見出しで報
執筆者略歴
山崎 茂明(やまざき しげあき)
1947年東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒,慶應
義塾大学大学院図書館・情報学専攻博士課程修了。東京
慈恵会医科大学医学情報センター(講師)を経て,現
在,愛知淑徳大学人間情報学部教授。図書館情報学博士
(2001年,愛知淑徳大学)。代表論文「Ranking Japan's
life science research」
(Nature,1994年),著書『パブリッ
シュ・オア・ペリッシュ』(みすず書房,2007年)。
参考文献
1) 東野利夫.(私の視点)九大生体解剖事件:戦争の歴史的教訓に. 朝日新聞. 2005-12-30.
2) Matthews, D. Work the room? That's not my job - I'm a researcher, not a seller. THE:Times Higher
Education. 2012-01-26, issue 2034. http://www.timeshighereducation.co.uk/story.asp?storycode=418784,
(accessed 2013-02-22).
3) Blumenthal, D. Ethics issues in academic-industry relationships in the life sciences: the continuing debate.
Academic Medicine. 1996, vol. 71, no. 12, p. 1291-1296.
情報管理 vol. 56 no. 1 2013
51
■科学技術振興機構_中面(TOP)
情報管理
JOHO KANRI
2013
vol.56 no.1
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April
Journal of Information Processing and Management
バーチャル・ストリップ・サーチ
対 憲法修正第4条
名和小太郎
情報管理 56(1), 052-053, doi: 10.1241/johokanri.56.52 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.56.52)
2010年12月30日午後2時,リッチモンド国際空港
でその事件は起こった。学生のアーロン・トビーが
を暴かれてしまう。
空港のセキュリティ用チェックポイントで黙って着
これが論議を生じた。T S AはA I Tの記録は検査直後
衣を脱いだ。その胸には黒のマーカーで米国憲法修
に消去して保管しない,と言っていた。だが,だれ
正第4条の一部が書かれていた。
の仕業であるか不明ではあるが,TSAの研究部門の責
不合理な逮捕捜索に対して,安全を保障される
任者のA I T画像がインターネット上で流れている。こ
人民の権利は,これを侵害してはならない。
れを見ると,その責任者の性別まで明らかにわかる。
空港の職員はトビーの行動を制止した。だがトビー
人権保護団体のACLU(American Civil Liberties
がそれに従わなかったので,その身柄を運輸安全管
Union)やEPIC(Electronic Privacy Information
理局(TSA)の職員に引き渡した。トビーは90分ほど
Center)はAITの導入に反対した。ACLUはこの装置を
身柄を拘束されたが,そのあと自由の身になった。
* *
9.11事件のあと,連邦議会はT S Aを設置し,それを
国土安全保障省(DHS)の所管とした。TSAは,その
役割の1つとして,国際空港において航空機への搭乗
者すべてとその荷物とをスクリーニングすると定め
た。
「バーチャル・ストリップ・サーチ」と呼んだ。英国
の「ガーディアン」は,この装置が児童のわいせつ
画像の制作と流通を禁じた児童保護法を侵害するの
では,との懸念を示した。
* *
トビー事件にもどる。彼は空港の職員とTSAの職員
を憲法修正第1条と憲法修正第4条を侵害したといっ
そ の ス ク リ ー ニ ン グ は2つ の 手 順 か ら で き て い
て告訴した。自分がその胸に書いた修正4条の文言を
た。まず全員は金属探知機を通過しなければなら
脱衣して示すことを阻まれたことを修正第1条の侵害
なかった。ついでランダムに選ばれた搭乗者はA I T
として,また,A I Tによる検査それ自体が修正第4条
(Advanced Imaging Technology)のスキャニングを
侵害であるとして。なお,修正第1条は言論の自由を
受けるか,あるいはパットダウン・テスト――手触
保障するものであり,修正第4条は令状なしの捜査を
りによる全身検査――を受けるか,そのどちらかを
禁止するものである。
選ぶことになっていた。どちらも着衣のままの検査
であった。
52
しまう。トランスジェンダーの人はそのプライバシー
この訴訟はバージニア東部地区地方裁判所,そし
て第4巡回控訴裁判所で審理された。トビーの訴状は
A I Tは全身の透視イメージを撮影する機器である。
無邪気なものではあったが、核心を突いていた。か
これによって撮影された人は,その肢体を細部にい
れは主張した。自分は空港職員に怒鳴ったわけでも
たるまで写されることになる。人工の医療機器を体
なし,いわんや暴行を加えたわけではない,だが拘
内に埋め込んだ人は,それをそのまま露わにされて
束された,と。また,空港は,そこでピケットを張っ
情報論議 根掘り葉掘り ●バーチャル・ストリップ・サーチ 対 憲法修正第4条
たりビラを撒いたりすることを許している。自分の
止するという判例があり,公衆電話のブースがそう
行動はこれよりおとなしいものであった,だが阻ま
であるとした。空港のセキュリティ・エリアは私的
れた,とも。
空間か。
* *
ついで,特別な場合には例外を認めるという判例
まず,修正第1条について。どちらの法廷も修正第
が生まれた。例えば,学校の安全の緊急性について,
1条の侵害ありと認めた。ここでは控訴審の判決が引
また廃棄物処理場における盗難車の探索について,
用したベンジャミン・フランクリンの言葉を示すに
あるいは自動車運転手への飲酒検査について,など。
とどめておこう。
空港のセキュリティ・チェックは特別な場合か。
些細な一時的な安全を得るために,本質的な自
さらに,行政執行のための例外を認める判例もで
由を棄てるものは,自由も安全も得ることがで
きた。例えば質屋の倉庫から銃器を探すこと。ここ
きない。
で捜索の狙いは犯罪証拠を得ることよりもセキュリ
* *
ティの確保を重視することへと広がった。この先に
つぎに,修正第4条について。いずれの法廷もトビー
空港でのセキュリティ・チェックがあると解される
の主張を認めなかった。空港の職員もT S Aの職員も,
ようになった。このような法的な環境のなかでトビー
その職務を定められた規則にしたがって実施してい
事件が起こったことになる。
た。とくにトビーを選別してA I Tテストを強制したわ
* *
けではない。トビーはパットダウン・テストを選ぶ
話はさらに広がる。米国の法学雑誌を対象とし,
「修
こともできた。したがって,ここでは「行政執行の
正第4条」というキーワードで検索してみると,修正
ための例外」(後述)が認められる,と。
第4条に触れるかもしれない新技術がA I Tのあとに目
T S AはA I Tを2007年から米国の国際空港に導入しつ
白押しに並んでいる。いわく「パーフェクト・シチ
つあった。2010年には全空港への設置を決定した。
ズン」
,いわく「GPSトラッキング」
,いわく「ウィキ
2009年のクリスマスにテロリストによるノースウェ
リークス」と。
スト機への攻撃未遂事件が発覚したためであった。
パーフェクト・シチズンは,重要インフラに対す
ここで問題になったのは,修正第4条の条文が示す
るサイバー攻撃について,公的セクターにあるか私
語句にあった。トビーがその胸に書いた文言に続い
的セクターにあるかを問わず,その攻撃者を特定す
て,そこには,
る シ ス テ ム で あ る。 そ の 存 在 は2010年 に『 ウ ォ ー
令状はすべて……,信頼するに足る理由にもと
ルストリート・ジャーナル』がすっぱ抜き,翌年,
づいてのみ発せられること……,
DHSが追認したものである。GPSトラッキングとウィ
とあった。AITに関する争点は,まず令状が不可欠か,
ついで「信頼するに足る理由」――「相当な理由」
キリークスについては説明を省く。
法学分野のジャーナリスト,そしてコメンテーター
ともいう――のもとで実施されているのか,ここに
として著名なジェフリー・ローゼン――ジョージ・
あった。
ワシントン大学教授でもある――は,修正第4条と新
ここで修正第4条の解釈が問題になった。この点に
技術とのもつれについては,それを法廷も議会も行
ついてはすでに多くの判例があった。歴史的にたど
政も解くことはできない,それができるのは人民に
ると,まず,修正第4条は私的空間に対する侵害を禁
よるアクティビズムのみだ,とアジっている。
情報管理 vol. 56 no. 1 2013
53
情報管理
JOHO KANRI
2013
vol.56 no.1
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April
Journal of Information Processing and Management
ウィキメディア・カンファレンス・ジャパン2013開催報告
日 程
2 0 13 年 2月3日(日)
場 所
東 京 大 学 本 郷キャンパス
主 催
後 援
協 力
ウィキメディア・カンファレンス・ジャパン2 01 3
(ウィキメディアのプロジェクトへの参 加 者 有 志 )
東京大学知の構造化センター
情報管理 56(1), 054-058, doi: 10.1241/johokanri.56.54 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.56.54)
はじめに
2013年2月3日に東京大学本郷キャンパスでウィキ
メディア・カンファレンス・ジャパン2013を開催し
た。東大で,知の構造化センターの協力を得ての開
催は2009年以来2度目となった。2009年は初回とい
うこともあり,7教室を使った総花的な内容となった
が,今回は2教室に絞り参加者数は約200人であった。
基調講演は,ウィキメディア財団広報部長のジェイ・
ウォルシュ(Jay Walsh)と,東京大学知の構造化セ
ンター副センター長の吉見俊哉先生にお願いした。
図1 ジェイ・ウォルシュの講演
(写真=丹治健太,CC-BY-SA 3.0 unported)
以下で,報告をさせていただく。筆者はスタッフ
として,コーディネートや運営に携わったため,そ
い(および減少)
」
「3. アクセスへの障壁」
「4. 旧式の
れぞれの発表を集中して聞いたわけではないことを
複雑な編集ツール」「5.(参加者・編集者の)多様性
申し上げておく(会場Bの武田英明先生から玉川奨
の欠如」を挙げ,未来に向けての取り組みとして,
先生までの発表のコーディネートは,知の構造化セ
モバイル端末でのアクセスを可能にするプロジェク
ンターの中山浩太郎先生に担当していただいた)。な
ト「Wikipedia Zero」や,編集者支援としての記事評
お,発表資料の一部,報道やブログなどでの報告は
価ツール,より感覚的な編集インターフェイスの導
WCJ2013公式サイト(www.wcj2013.info)も参照さ
入,対話型の応答などを示した。
れたい。本報告では敬称を略させていただく。
ウィキメディアのプロジェクトを先導してきた英
語版ウィキペディアでは,参加者数が減少している
基調講演
が,すでに規模や信頼性が十分発展し,外部からの
ジェイ・ウォルシュは,統計などを用いながら,ウィ
評価も得られているため,これまでのような成長は
キメディア財団の活動とウィキペディアの現在を紹
難しいだろう。ジェイも,そのような考えを仮説の
介した。続けて,財団が抱える課題として,「1. 国際
ひとつとして披露した。財団としては,記事の充実
的なWikimedia運動を支援する」「2. 参加者数の横ば
が必要であり,発展が見込まれる他言語に,これま
本稿の著作権は著者が保持し,クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 3.0 非移植(CC-BY-SA 3.0 unported)ライセンスの下に提供する。
54
集会報告 ●Meeting
表1 ウィキメディア・カンファレンス・ジャパン2013演題一覧
基調講演
ジェイ・ウォルシュ(ウィキメディア財団)「Wiki の現状 – The State of the Wiki 2013」
吉見俊哉(知の構造化センター副センター長)
「エンサイクロペディアとアーカイブの結婚:ウィキペディ
アから新しい大学は生成するか」
午後の部
会場 A:ウィキペディアを書こう
新井紀子(国立情報学研究所)「Web 社会を生き抜くための情報リテラシーをどう育てるか」
Ninomy(ウィキメディアン)「3.11 直後のウィキペディアへのアクセス状況」
佐藤翔(筑波大学大学院/ブログ「かたつむりは電子図書館の夢をみるか」)
「Wikipedia と学術情報利用:
オープンアクセスの時代に広がる学術情報流通と Wikipedia 日本語版への期待」
山川優樹(東北大学/土木学会)「応用力学 Wikipedia プロジェクト」
next49(ブログ「発声練習」)「WAQWAQ プロジェクト:Wikipedia 日本語版を充実させる 2 ヶ月間」
河村 奨(下北沢オープンソースカフェ)「区立中学で Wiki 体験」
江草由佳( 国立教育政策研究所/ saveMLAK)「文化教育施設の被災・救援・関連情報まとめサイト:
saveMLAK ウィキへの引き込み大作戦~ 3 つの恐怖症と対策~」
原田隆史(同志社大学/国会図書館)「ウィキペディアの間違いを直すための情報探索」
ワークショップ
会場 B:ウィキペディア研究と執筆者のために
原田隆史(同志社大学/国会図書館)「国会図書館の使い方」
大向一輝(国立情報学研究所)「学術情報サービス CiNii とその周辺」
武田英明(国立情報学研究所)「DBpedia Japanese とは」
中山浩太郎(東京大学 知の構造化センター)「Wikipedia 解析」
鈴木優(名古屋大学)「Wikipedia の信頼性計測」
朱 成敏 , 武田英明(国立情報学研究所)「Wikipedia の議論と議論参加者の分析に関する研究」
玉川 奨(慶應義塾大学大学院理工学研究科)「日本語 Wikipedia オントロジーの構築と利用」
江渡浩一郎(産業技術総合研究所)
「ニコニコ学会 β はどこから来たか、そしてどこに向かっているのか」
ライトニングトーク
で以上に目を向けようとしているという印象を受け
記録知としてアーカイブを意味づけ,その重要性と
た。とりわけ,多くの参加者・閲覧者を持つが,言
危機的な現状を具体例を挙げながら解説した。図書
語の問題から相互理解が十分ではない日本語版への
館やアーカイブを縦軸に,エンサイクロペディアを
関心は強い。
続く吉見は,
「エンサイクロペディアとアーカイブ
の結婚:ウィキペディアから新しい大学は生成する
か」と題し,情報爆発を共通点として16世紀と21世
紀の類似性から,知識,作者性,ネットと百科事典
の比較などをイントロに,「1. 知の構造化の方法とし
てのエンサイクロペディアとは何か」「2. アーカイブ
と記録知」
「3. 知識循環型社会の価値創造基盤」の3
つをテーマとして講演した。まず,歴史を概観しな
がら「百科事典」の意味づけを行った。続いて,集
合知の構造化であるエンサイクロペディアに対して,
図2 吉見俊哉の講演
(写真=丹治健太,CC-BY-SA 3.0 unported)
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情報管理
JOHO KANRI
2013
vol.56 no.1
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April
横軸として,それをつなぐことを可能にする場所と
いった「情報モラル」を加えた3つが,「W e b社会を
しての「大学」を考えたいという方向性を示した。
生き抜く情報リテラシー」として,必要不可欠なも
吉見は「大学」という言葉を使っていたが,そこに
のだと説く。NetCommonsを使った,初等教育での
は「市民による研究」を含めてもよいだろう。
実践例とその効果を紹介した。
続いて,Ninomyは2011年の東日本大震災および原
午後の部
午後は,2つの教室に分かれた。コーディネートの
際の意図としては,会場Aはウィキペディアへの関心
子力発電所事故直後のアクセス状況を示し,佐藤は,
多くは非専門家の集まりであるウィキペディアにお
ける学術論文の使用状況を分析した。
を持つが,編集に踏み出せない人たちを中心に,ウィ
その後の発表は,ウィキペディアへの編集,また
キペディアを活用した教育への取り組みを考えてい
はウィキを使った共同作業への取り組みの実践につ
る層を対象とした。会場Bは,熱心なウィキペディア
いての報告が並ぶ。学会として専門家の指導の下で
編集者と情報処理/データマイニングの研究者を対
大学院生がウィキペディアの執筆に参加する取り組
象とした。
み,ブログやツイッターなどを介して呼びかけ,記
事の充実に取り組んだWAQWAQプロジェクト,情報
ウィキペディアを書こう(会場A)
教育の一環としてメディアウィキを使った共同作業
国立情報学研究所社会共有知研究センターの新井
を公立中学で試みている実践例,図書館や博物館な
は,3,000を超える教育機関が利用するC M Sで,2005
どで情報を扱う専門家たちがウィキを使って被災情
年にオープンソース化されたNetCommonsの開発者
報を集約しようとしたsaveMLAK,情報教育のなかで
であり,その研究・実践からの報告となった。W e b
ウィキペディアを利用しながら情報探索を学生に課
社会においては書記言語を用いた情報発信・コミュ
す事例であった。これらがあぶりだすのは,新井が
ニケーションが基本であるが,そこにはさまざまな
初等教育において必要なものとして示した「情報リ
困難がある。そこで,知っている,または新たに得
テラシー」を,今の大人たちが習得できていないと
た事実や知識・経験を言語化する「言語化リテラシー」
いう現実である。
を「情報リテラシー」の基礎と位置づけることが重
他方,いくつもの実践がこの1 ~ 2年でなされた
要である。さらに,情報発信能力などの「参画リテ
ことは,喜ぶべきことであり,研究者による社会還
ラシー」,法の遵守やセキュリティについての知識と
元として知識や情報が共有されることの重要さ,そ
の共有の場として,ウィキペディアが有効に使える
ということが広く認識されたと受け取ることができ
る。実践の中で気づいた困難や対応策が共有され,
さらなる実践につながっていくことが期待できる。
ここでの登壇者の方々によって,より踏み込んだ議
論・対話ができる機会を考えていきたい。
最後に,短い時間ではあるが,ウィキペディアの
記事編集のワークショップを行った。
図3 新井紀子の講演
(写真=丹治健太,CC-BY-SA 3.0 unported)
56
ウィキペディア参加者と研究者(会場B)
まず,C i N i iと国会図書館の利用についての発表が
集会報告 ●Meeting
も触れられたが,作家ドメインのプロパティ関係の
定性的評価をネットワークとして示した図は,百科
事典の項目として必要な記述,視点の一覧としても
読み取ることができる。
これらの発表は,構造化された膨大なテキストと
してのウィキペディアがいかに活用可能で,いかに
有用であるかを示すにとどまらず,ウィキペディア
の編集者にとっても身近な話題がどのように分析さ
れるのかをも示すものとなった。一方で,そうした
図4 中山浩太郎
(写真=丹治健太,CC-BY-SA 3.0 unported)
分析は,しばしばウィキペディアでの方針や慣習を
見逃したものになりがちであり,個々の記事や編集
なされた。百科事典の記事をよりよいものにしよう
者などについて適正に分析されているかどうかとい
とすれば,より信頼でき,より専門的な情報を参照
う面においても編集者の実感と食い違うことは大い
することが必要になる。ところが,ウィキペディア
にありうる。早い時間帯からやや遅れ気味の進行と
の参加者は研究者や学生と異なり,そうした学術情
なったため,質疑の時間が十分得られなかったこと
報へのアクセス手段は限られる上に,ボランティア
は残念であり,反省材料としたい。
として参加している以上,費用や労力,時間といっ
江渡は,
「ウィキ」の背景と,ニコニコ学会βを取
たものにも制約がある。そうしたなかで,C i N i iや国
り上げた。ウィキペディアは検証可能な情報の整理
会図書館の存在意義は大きい。
をする百科事典であり,オリジナルリサーチは方針
武田は日本語版「DBpedia」を紹介し,参加を呼び
として排除される。一方でニコニコ学会βは,「オリ
かけた。DBpediaは「データ」を扱うプロジェクトで
ジナルリサーチ」が求められるが,ウィキペディア
あり,ウィキペディアのテンプレートなどに記載さ
同様に,誰でも参加できるものとして開放され,一
れているデータも活用される。百科事典記事は「文章」
定の成果を挙げている。両者は,
「研究」を市民・民
であることが求められるが,「データ」を扱うことで
衆のものとしてとらえる上で,互いに補完する関係
編集障壁が低くなり,活用が容易な面も多い。
にある。続くライトニングトークでの発表群は,そ
中山は,ウィキペディアを使った研究の概観を示
の具体的な実践とも言える。
す。続く鈴木は,編集者の編集内容に対する他の編
ライトニングトークでは,プログラムのほとんど
集者の対応から当初の編集を行った編集者への評価
は日本語版ウィキペディアのことが中心となるもの
を数値化し,さらにその評価を行った他の編集者へ
だったのを補うかのように,国際的なウィキマニア
の評価で重み付けすることで,信頼性の計測を試み
や,ウィキペディア以外の各プロジェクトの案内が
る。その成果からは,むしろ議論参加者の立場が可
なされた。埼玉県深谷市での「フカペディア」の紹介,
視化されていたことが興味深い。朱の発表は,ノー
「放射能」記事の分析から科学コミュニケーションの
トページなどでの議論に着目したもので,その妥当
メディアとしてのウィキペディアを問い直すものな
性をいくつかの因子から分析する。玉川の発表は,
どが発表された。
ウィキペディアをベースにしたオントロジーの構築
についてのもので,ウィキペディアマイニングの典
型とも言えるだろう。発表では,DBpediaとの連携に
おわりに
全体を俯瞰すれば,ウォルシュ,吉見,新井の3者
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の発表が示唆するものが他の発表とさまざまにつな
た前日と当日に手伝ってくれた優秀なスタッフのみ
がり,また個々の発表同士もゆるやかにネットワー
なさんに感謝する。もちろん,このイベントに参加
クを構成するものとなったように思う。また,コー
してくれたみなさん,関心を持っていただけたみな
ディネーターとしては,法やライセンス,ポピュラー
さんにも,感謝を。
カルチャー,生涯学習,認知言語学といった観点か
また,ウィキペディアは,多くの人の参加によっ
らの発表を組み込めるようにしたいとの思いも強
て発展するものだということを再認識し,執筆者を
まった。
増やすためのワークショップ開催の必要性を痛感し
なお,運営上は大きな問題こそ生じなかったとは
た。ジェイ・ウォルシュが,最後のスライドで示し
いえ,至らないところは多々あったと思う。この場
たメッセージ(図5)は,まだウィキペディアに参加
を借りてお詫びを申し上げたい。中山先生および知
していない,本稿の読者にこそ読んでほしい。
の構造化センターには多大な支援をいただいた。ま
図5 ジェイ・ウォルシュからのメッセージ
58
(ウィキペディア参加者 日下九八)
この本!おすすめします ●科学者の “科学リテラシー” 向上のススメ
小 泉 周 (自然科学研究機構生理学研究所)
科学者の“科学リテラシー”向上のススメ
情報管理 56(1), 059-062, doi: 10.1241/johokanri.56.59 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.56.59)
私自身が子供のころ,漫画や子供向け科学雑誌の
研究室に閉じこもっているだけでなく,社会に目を
中には,
「夢」があふれていた。ネコ型ロボット・ド
むけ対話しなければならないことを少しずつ自覚し
ラえもんは,“四次元” ポケットから未来の科学技術
ている。内閣府からの通達もあり,科学者と市民と
の結集である秘密道具を取り出し,のび太を救って
の交流や対話は,ここ数年で大きく進んだ。実際,
くれた。子供向け科学雑誌では,21世紀になると街
私の所属する自然科学研究機構の岡崎3研究所(生理
の様子も一変,さまざまな科学技術で,市民の暮ら
学研究所,分子科学研究所,基礎生物学研究所)では,
しはより充実し,例えば,休日には月世界旅行を家
愛知県岡崎市教育委員会と連携して,市内の中学校
族で楽しむなんてことまでも,現実のものとして語
全校(19校)で出前授業を行っている。こうした取
られていた。市民は科学技術の発展に(公害などの
り組みは,
この5年以内で全国に急速に広がっている。
負の面もあったが),多くの期待をよせ,また,科学
ただ,その一方で,市民との交流や対話をする中で,
技術もその期待に応えていた。そういう科学技術と
科学を “ちゃんと” 市民に伝えることができるのか,
社会の間の相思相愛が,科学技術の発展の後ろ盾と
そこに不安を感じる科学者も多い。また逆に市民か
なっていた。
らしてみても,普段はなかなか接することのない科
ところが,戦後,高度成長時代も終わり,バブル
学技術の言葉や考え方を,市民の立場から “ちゃん
もはじけたころから,その関係もぎくしゃくしたも
と” 理解できるのか不安があり,科学技術と聞くだけ
のになってきた。科学技術の負の面が大きくクロー
で敬遠してしまい,食わず嫌いになっているところ
ズアップされるようになり,私が子供のころに描か
もあるのではないだろうか? 今回紹介する2冊の本
れていた「科学技術によるバラ色の未来」は,1つず
は,市民の立場から,科学の目を養い,科学リテラシー
つ非現実的なものとなっていた。決定的なのは,3.11
を向上させることの意義と方法を説いているものだ。
東日本大震災とそれに伴う原子力発電所の事故であ
る。科学者と市民の感覚の大きなずれが浮き彫りに
なり,科学技術や科学者に対する信頼の危機に陥っ
市民の科学リテラシーの向上を目指して
市民目線で科学技術を考えるとき大切なことは,
ている。科学者は,人それぞれ違うことを言い,ど
なにも「科学的知識」を知るだけが科学リテラシー
こに真実があるのかわからなくなった。しかも,科
の向上ではなく,「科学の考え方」そのものを同時に
学者は時に嘘をいい,市民をまるめこもうとしてく
身に着ける必要があることだ。その際,まずは,と
る反社会的な存在となった。
もかく「科学を疑うこと」。そう訴えるのは,各種メ
そんな信頼の危機の中,科学者自身の意識も変わ
ディアで科学コミュニケーターとして活躍されてい
ろうとしている。科学者も市民の一員であり,ただ
る内田麻理香さんの『科学との正しい付き合い方』
。
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科学技術は絶対的な価値観ではなく,生活に密着し
では,市民の立場で,科学的思考のプロセスをど
た生活知でもあり,市民の目線で科学を疑うことか
のように身に着けていけばいいのか? 今回ご紹介
ら始めなければならないと説いている。
する2つ目の本は,科学哲学者である戸田山和久さん
の『「科学的思考」のレッスン-学校で教えてくれな
『科学との正しい付き合い方-疑うことからは
いサイエンス』
。帯に
「“科学アタマ”を速攻でつくる!」
じめよう』内田麻理香
とあるように,科学者が科学を扱うときにどのよう
ディスカヴァー・トゥエンティワン,2010年,
に考えを積み上げていくのか,その科学的思考のプ
1,260円(税込)
ロセスも含めて,練習問題を解きながら,市民目線
で体験し学んでいくスタイルが特徴的な本だ。
このように,この2冊の本は別々の立場から別々の
視点で市民の科学リテラシーについて書かれている
ものだが,共通して,市民目線で「科学的知識」と
「科学的思考」を学び,科学リテラシーを向上させ
なければならないと説いている。そして,その目的
は,ただ,科学リテラシーを向上させるだけではな
く,市民が科学リテラシーを十分に身に着けること
で,それを武器にして,
「科学をマニア(専門家)だ
けに任せてはならない」(内田麻理香さん),「そのリ
テラシーを使って,市民が科学・技術に関する社会
的意思決定にちゃんと参画」しなければならない(戸
http://www.d21.co.jp/products/isbn9784887597938
田山和久さん),というように,市民のより積極的な
科学技術の意思決定や未来像への参画と監視を訴え
『「科学的思考」のレッスン-学校では教えてく
ているのである。
れないサイエンス』戸田山和久
NHK出版,2011年,903円(税込)
科学者の “科学リテラシー” の問題?
私はこの2冊の本を読んでみて,別の視点から共通
して感じたことがある。本の中では,市民の科学リ
テラシーをいかに向上させるか,その意義と方法が
記されているのだが,むしろこの2冊の本が訴えたい
ことは,科学者自身も科学的思考などの “科学リテ
ラシー” が欠如しており,そこが市民と科学者のぎく
しゃくした関係の根本的な原因である,ということ
ではないだろうか?
そう考えてみれば,この2冊の本に書かれているこ
とは,科学者へのメッセージでもあると受け取るこ
https://www.nhk-book.co.jp/shop/main.jsp?trxID=C5010101&
webCode=00883652011
60
とができる。ここで,この2冊の本に書かれていた科
学者にこそ知っておいてほしい科学リテラシーのポ
この本!おすすめします ●科学者の “科学リテラシー” 向上のススメ
イントを2つ挙げてみたい。
ポイント1.理論/事実を二分法で考えてはいけない
(
『
「科学的思考」のレッスン』より)
仮に,世に100%の真理や真実があるのであれば,
人間の科学的営みは,その1つの側面を明らかにする
ことしかできない。理論をたて,仮説をつくり,そ
の仮説を証明する実験や検証を行うことで,科学者
は「事実」と呼ばれるものを積み上げていき,真理
執筆者略歴
や真実に迫ろうとする。ただその事実も,実は真理
小泉 周(こいずみ あまね)
や真実に一歩近づく努力でしかなく,100%ピュアな
1997年慶応義塾大学医学部卒業,医師,医学博士。同
大生理学教室(金子章道・教授=当時)で,電気生理学と
真理や真実を得ることは到底難しいことだ。つまり,
網膜視覚生理学の基礎を学ぶ。2002年米ハーバード大学
科学者の得る事実の裏には必ず理論背景があり,理
医学部のリチャード・マスランド教授に師事。07年10月,
論と事実を分けて考えることはできない。それにも
関わらず,科学者によっては,自分の理論や仮説に
基づいた制約条件のもとで得た結果でしかない事実
自然科学研究機構生理学研究所の広報展開推進室准教授
に就任。同研究所・機能協関部門准教授併任,総合研究
大学院大学・生理学専攻准教授も兼任。09年8月から文部
科学省研究振興局学術調査官(非常勤)。12年5月からは,
科学技術振興機構科学コミュニケーションセンターフェ
を,あたかも「100%真実・真理」であるかのごとく
ローも兼任。02-06年日本生理学会の常任幹事など学会の
勘違いしていることがある。事実と思われるものも
役職多数。10年,文部科学大臣表彰(科学技術賞・理解
条件や環境,背景や文脈によってその意味や価値は
増進部門)受賞。
変わり得る。そうした事実の “脆弱さ” は,科学の
持つ不確実性を反映している。このことを勘違いし,
に属するマニア(専門家)だけの特別なものとなり,
科学者がある事実について「科学的に証明されてい
市民が科学に対して発言する機会を排除してしまう。
る」とか「科学の裏付けがある」などと一方的に主
つまり,本来であれば科学技術はなにも特別のも
張することは,結局は,市民の科学者への信頼を失
のではなく,生活知として市民の生活の中に入り込
う1つの要因になっているのではないだろうか?
んでいるものであり,市民にとって身近なものであ
ポイント2.科学を権威化・教条化してはならない
(
『科
るはずなのだが,科学技術を社会から切り離して特
学との正しい付き合い方』より)
別扱いしようとしているのは,むしろ科学者自身で
ポイント1にも通じるものがあるが,科学者が自分
はないだろうか? 権威化・教条化された科学は,
の得た事実をあたかも「真実・真理」と誤解したまま,
悪用されれば,疑似科学の母体となる。つまり,そ
科学の不確実性を忘れてその事実を伝えようとする
もそも疑似科学を生み出す温床は,こうした研究者
とき,科学者は,科学をあたかも絶対真理のごとく「神
ソサエティーの持つ排他的な性質とその閉鎖性では
聖不可侵」のものとして祭り上げてしまう。そして,
ないかとも考えられるのだ。
例えば偉大な発見をした科学者はその道の絶対的な
権威となり,その口から発せられた言葉は,すべて「真
科学者による科学コミュニケーションのススメ
理・真実」であると勘違いされてしまう。たとえそ
私自身は,科学技術振興機構に2012年4月より設
れがその科学者の専門分野外のことで,ちんぷんか
置された科学コミュニケーションセンター(毛利衛
んぷんなことであろうといえどもだ。そうして権威
センター長・北原和夫研究主監)のフェローとして,
化・教条化された科学は,特殊な科学者ソサエティー
科学者と市民の間の意識のずれや課題について調査
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情報管理
JOHO KANRI
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研究を行っている。この2冊の本を読んで,あらため
た “象牙の塔” から外に飛び出し,丁寧で慎重な科学
て,市民と科学者の間のぎくしゃくした関係の背景
的思考をもって市民と対話していく謙虚さを持たな
には,市民の科学リテラシーの欠如だけでなく,科
ければならないように感じられた。そういう意味で,
学者自身の “科学リテラシー” のなさも,大きく関わっ
この2冊の本は,科学者にこそぜひ読んでほしいと思
ているように思えてきた。科学者は,自ら作り出し
えるものである。
情報界のトピックス ●Topics of the information community
情報管理 56(1), 063-068, doi: 10.1241/johokanri.56.63 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.56.63)
Fair Access to Science and Technology Research
法案
義務化(用語定義なし)
・グリーンOA(リポジトリにデポジット)義務化。
ゴールドOA(OA誌に発表)に言及なし
連邦政府の資金援助を受けた研究成果に,オー
プンアクセス(O A)を義務付ける新しい法案「F a i r
Access to Science and Technology Research Act」
・査読済み著者最終原稿のデポジットを要求。出版
社が発表原稿と取り換えるのは可能
・デポジットするリポジトリの選択は自由。自機
(FA S T R)が,米国議会の上院と下院に2月14日提出
関リポジトリ,N I H(米国国立衛生研究所)の
された。両院に提出されたのは同一の法案で,連邦
PubMed Central,助成金受給者の望む機関や主
政府から資金を供与された研究成果の査読論文の最
題リポジトリなど
終原稿,あるいは査読誌に発表された論文を,可能
・研究全体,または一部に資金を得た研究に適用
な限り速やかに,遅くとも発表後6か月以内に,無料
・発表後可能な限り速やかな,遅くとも6か月以内
のオンライン・パブリックアクセスに供するための
の(政府雇用の研究者は直ちに)OA化
パブリックアクセス・ポリシーを,連邦機関に求め
・著作権の問題を回避
ている。提出したのは超党派議員で,J o h n C o r n y n
・機密研究,未発表研究,ロイヤルティのからむ研
上院議員(共和党),Ron Wyden上院議員(民主党)
,
Mike Doyle下院議員(民主党),Zoe Lofgren下院議員
(民主党),Kevin Yoder下院議員(共和党)の5人であ
る。FA S T Rは,過去3回にわたり(2006年5月,2009
年4月,2012年2月)議会に提出されたものの,採決
には至らなかった「Federal Research Public Access
究は除外
・著作権法と特許法の改定なし
(2)相違点:FASTRは,
・機関ポリシーを調整する条項を含み,新手続きに
従わなければならない大学の負担を軽減
・libre OA(論文の再利用権またはオープンライセ
A c t」
(F R P A A)とほとんど同じだが,オープンアク
ンス)を求める条項を含む
セスがより一層強化されている。Peter Suber教授は,
1)査読文献の広範な再利用への著しい関心
FRPAAとFASTRの両法案の共通点と相違点を以下のよ
2)有効な再利用を可能にするフォーマットとラ
うに指摘している。
(1)共通点:両法案とも,
・対象は,外部委託研究に年間1億ドル以上を助成
する政府機関
・FASTR法案成立後のパブリックアクセス・ポリシー
作成準備期間は1年
イセンスの条項を含む
3)各機関からの年次報告書を求める
FA S T Rに対する各界の反応は素早く,法案が提出
されたその当日に早速,各団体が声明を発表した。
納税者アクセス同盟(Alliance for Taxpayer Access:
ATA)とP L O SはFA S T Rを歓迎し,法案の共同提案者
・「パブリックアクセス」,「無料オンライン・パブ
に加わることを議員に求めるよう呼びかけた。FASTR
リックアクセス」,「無料パブリックアクセス」を
の提案議員5名は全員,F R P A Aの共同提案者でもあ
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る。米国図書館協会(A L A),米国大学・研究図書館
OSTPは1年以内を要求
協会(ACRL),北米研究図書館協会(ARL),Creative
・FASTRは機関にリポジトリ選択の自由を認めるが,
Commons,SPARCなど,OAを支持する10の団体は,
O S T Pは好ましい戦略として,適切な場合には現
FA S T R法案提出を感謝する手紙をD o y l e議員に送っ
存のアーカイブ利用と,学術誌との官民パート
た。他方,米国出版協会(A A P)は同日,FA S T Rを
ナーシップを促進する戦略を求める
「名前は違うが同じ無用な事業」と呼び,質の高い査
・FASTRが,提出論文に最新技術による計算解析を
読研究発表へのアクセスを,持続的に提供する出版
許可するよう求めるのに対し,O S T Pは,単にア
社の努力を害し,連邦資源を無駄遣いするものであ
クセス可能性と相互運用性の革新を奨励するのみ
ると非難する声明を発表した。FASTRが議会を通る可
・FASTRが法案通過後,機関に与えるポリシー作成
能性は高くないとみられているようである。T. Scott
準備期間は1年だが,O S T Pは6か月で,しかもそ
Plutchakアラバマ大学図書館長のように,委員会を通
のための予算増加は伴わず
過する可能性は上院9%,下院6%,法律成立の可能性
は1%と予測する声もある。
(http://doyle.house.gov/sites/doyle.house.gov/
・対象機関は,FASTRの11機関よりも若干多い見込
み
新しいポリシーは科学者,科学団体,出版社,米
files/documents/2013%2002%2014%20DOYLE%20
国議会議員,連邦助成金を得た研究へのパブリック
FASTR%20FINAL.pdf)(https://plus.google.com/
アクセス請願に署名した65,000名の意見を反映した
109377556796183035206/posts/FZFvDhBLTzE#1093
ものである,とO S T Pは述べているが,FA S T Rとの相
77556796183035206/posts/FZFvDhBLTzE)(accessed
違点には,明らかに米国出版協会(A A P)の意見が
2013-03-06).
反映されている。エンバーゴ期間のガイドラインは
オバマ政権が連邦助成研究へのアクセス方針
覚書を発表
1年とされているが,覚書に述べられた目的に取り
組むために,機関には必要に応じて交渉・調整する
権利が与えられる。また覚書は,官民間の相互運用
性の潜在力を最大化するために,官民協力を助長す
2月22日,大統領行政府(Executive Office of the
るよう機関に求める。FA S T Rを非難したA A Pは,
「連
President)は,連邦助成研究成果へのアクセスに関
邦機関の助成金を受けた研究のパブリックアクセス
する方針覚書(policy memorandum)を発表した。
に関する問題への,合理的なバランスの取れた解決
覚書の中で,科学技術政策局(Office of Science and
策」であるとして,O S T Pのポリシーを支持してい
Technology Policy: OSTP)のJohn Holdren局長は,年
る。北米研究図書館協会(ARL)は覚書の発表後直ち
間1億ドル以上を研究または開発に費やす連邦機関に
にO S T Pのポリシーを歓迎する声明を発表し,連邦助
対して,連邦政府の助成金を得た研究の成果を,発
成金を得た研究結果の入手を可能にすることの重要
表後1年以内に無料公開するための計画を立てるよう
性と価値を認知しているとしてオバマ政権を称賛し
指示した。FA S T Rと覚書のゴールは同じではあるが,
た。米国大学・研究図書館協会(ACRL)
,
SPARCに加え,
内容には違いも見られる。
全米科学財団(National Science Foundation: NSF)や,
・論文に加え,データのOA化も要求(FASTRはデー
タに言及なし)
・メタデータを要求(FASTRは言及なし)
・エンバーゴ期間は,FASTRが論文発表後6か月以内,
64
対象となる連邦機関であるエネルギー省のO f f i c e o f
Science,農務省,NASA,商務省などもOSTPのポリシー
に称賛を送った。
S P A R Cは覚書の発表を「画期的な出来事」と呼ん
情報界のトピックス ●Topics of the information community
でいるが,これは法案であるFA S T Rが法律になるに
ドルを超える賠償金を要求した。カンザス州立大学
は議会の可決と大統領の署名が必要であるのに対し,
は責任を問われていない。Edwin Mellen Pressは1993
覚書は提案ではなく,連邦機関に対するホワイトハ
年にもネガティブなコメントをめぐって,L i n g u a
ウスからの指示だからである。対象となる連邦助成
F r a n c a誌を告訴したが負けている。マクマスター大
機関は,夏までにはパブリックアクセス・ポリシー
学は声明を発表し,Askey氏の専門的意見を否定する
の草案を作成していることになる。FA S T Rが議会を
Edwin Mellen Pressの要求や大きな圧力を拒否し,学
通った暁には,機関はFASTRのガイドラインに沿った
問と言論の自由を守り続けることを主張した。Askey
ポリシーに改定することが必要となる。
氏は,大学から大きな支援を受けており,訴訟は大
(https://www.eff.org/sites/default/files/ostp-public-
学でのステータスに何ら影響しないと語った。
access-memo.pdf)(accessed 2013-03-06).
酷評したライブラリアンを出版社が告訴
北米研究図書館協会(A R L)とカナダ研究図書館
協会(C A R L)は,A s k e y氏とマクマスター大学を
強く支援し,訴訟を取り下げて,自社の評判に対
処するためにもっと建設的な方法を取るようE d w i n
出版社を酷評したライブラリアンが訴えられた。
Mellen Pressを促す共同声明を発表した。米国図書館
2010年に,当時米国のカンザス州立大学で終身在職
協会(ALA)のSullivan会長も共同声明に共感し,訴
権を持つ准教授でもあったDale Askey氏は,自身のブ
訟は図書館で図書を読む人々に,情報専門家として
ログサイトで,Edwin Mellen Pressのことを,厳密に
熟慮されたアドバイスを与えるライブラリアンの中
は自費出版専門の出版社とは言えず,時折は価値の
核的な責任を攻撃するとの声明を発表した。ライブ
ある作品も出版するが,出版物の多くが学術的には
ラリアンたちもAskey氏支援の声をあげ,Dale Askey
二流である「うさんくさい出版社」と呼んだ。また,
SupportのFacebookも立ち上げられた。
図書を見計らいで図書館に送りつけ,職員が返却し
Edwin Mellen Pressは2件の訴訟のうち,マクマス
ないのをよいことに,とてつもなく高い価格をつけ
ター大学とA s k e y氏に対する訴訟の取り下げを,3月
ていると批判した。当時彼は大学図書館のコレクショ
1日付プレスリリースで発表した。訴訟に反対するカ
ンに加える資料の査定を行っており,図書の品質評
ナダ大学出版協会(ACUP)などによる,ソーシャル
価が彼の仕事だった。問題とされた記事は,2012年
メディア・キャンペーンからの財政的プレッシャー
5月にA s k e y氏が自己の判断で削除したが,その3か
を理由に挙げている。Askey氏のみを対象とした訴訟
月後,Edwin Mellen Pressは,オンタリオの上位裁判
については不明である。
所に2件の名誉毀損を提訴した。1件目は,A s k e y氏
(http://bibliobrary.net/)(http://www.cbc.ca/hamilton/
だけではなく,彼が2001年からAssociate University
news/story/2013/03/04/hamilton-librarian-lawsuits-
L i b r a r i a nとして勤務しているカナダのマクマスター
dropped.html)(accessed 2013-03-06).
大学に,350万ドルの損害賠償金を求めるものであ
る。ブログ投稿時には雇用主ではなかったマクマス
インディペンデント書店がAmazon社等を告訴
ター大学を訴えたのは,A s k e y氏に問題の記事削除
を求めず,大学自身も中傷的陳述を行ったとの理
米国のインディペンデント書店(個人経営の書
由による。2件目は,出版社の設立者であるH e r b e r t
店)3店が,A m a z o n社と大手6大出版社(R a n d o m
Richardson氏についての個人的な中傷に対するもの
House,Penguin,Hachette,HarperCollins,Simon
で,Richardson氏を原告とし,Askey氏のみに100万
& Schuster,Macmillan)を相手取って集団訴訟を
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情報管理
JOHO KANRI
2013
vol.56 no.1
Journal of Information Processing and Management
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April
起こした。訴状は,6大出版社は,A m a z o n社独自
ミュージシャンやプロバスケットボール選手,俳優
のD R M(デジタル著作権管理)を許す秘密協定を結
が名を連ねている。同団体によれば,米国ではコン
ぶことにより,電子書籍市場での通商・取引を不等
ピューター関連の仕事の増加に比べて,コンピュー
に制限していると述べ,電子書籍がAmazon Kindle,
ターサイエンスを専攻する学生の数は増えておらず,
あるいはK i n d l eアプリケーションの入ったデバイス
卒業者全体に占める割合は10年前に比べて減少して
でしか読めないことを糾弾している。従来型のイン
いる。また9割の学校では,コンピュータープログ
ディペンデント書店がつぶれた結果として,消費者
ラミングのクラスを実施していないと指摘し,コン
は選択の権利を奪われ,革新と競争から生まれる利
ピューターサイエンスやプログラムの授業を,生物
益も拒まれてきたことで,損害を受けていると主張
学や物理学,化学のような必修科目にすべきだと訴
している。最も非難されているのは,意図的に電子
えている。同団体のW e bサイトでは,活動に賛同す
書籍の独占状況を生み出したとされるA m a z o n社で
る人々からの署名を募っている。
ある。訴えたのはニューヨーク州のPosman Booksと
(http://www.code.org/)(accessed 2013-03-06).
Book House of Stuyvesant Plaza,サウスカロライナ
州のFiction Addictionだが,これら3つの書店はイン
経団連が「電子出版権」を提案
ディペンデント書店を代表して訴訟を起こしたと述
べ,速やかな差し止め命令と損害賠償を求めている。
Simon & Schuster社のスポークスマンRothberg氏は,
経団連は2月19日,電子書籍の流通と利用の促進に
向けて,
「電子出版権」
(仮称)の新設を提言した。
「訴訟は,メリットも法的根拠も無しに申し立てを
経団連は,日本で電子書籍コンテンツの数が十分で
行っている。原告の小売業者は,法廷で争うよりも
ない理由として,著作権法上の権利関係ならびにビ
ビジネスを成長させるためにわれわれと協力するほ
ジネス慣行に根ざした問題と,違法な電子書籍の問
うが,良い状態になるだろう」と語った。
題をあげ,これらは相互に関連していると指摘した。
(http://www.huffingtonpost.com/2013/02/20/
さらに,既に出版業界から提案されている「著作隣
drm-lawsuit-independent-bookstores-amazon_
接権」については副作用が大きいと批判した。経団
n_2727519.html?utm_hp_ref=books)(accessed 2013-
連が提案する「電子出版権」の要件としては,
(1)
03-06).
電子書籍を発行する者に対して付与,
(2)著作権者
米非営利団体「すべての学校でプログラムの
授業を」
との「電子出版権設定契約」の締結により発生,
(3)
著作物をデジタル的に複製して自動公衆送信する権
利を専有させ,その効果として差止請求権を有する
ことを可能とする,
(4)他人への再利用許諾(サブ
66
米国の非営利団体「Code.org」は2月26日,「米国
ライセンス)を可能とする,をあげている。この電
のすべての学校でプログラムの授業を」と訴える動
子出版権は,従来の紙書籍の「出版権」に類似して
画を発表した。この動画には,Microsoftのビル・ゲ
いる一方で,著作権者と出版社との間の契約なしで
イツ会長や,F a c e b o o kのマーク・ザッカーバーグ
は設定されない権利として設計されており,日本の
CEOらが出演している。同団体は,2012年にハディ・
出版業界に契約文化を確立させる一助になるとして
パルトビ氏によって設立され,賛同者として,ゲイ
いる。
ツ氏やザッカーバーグ氏のようなI T業界のリーダー
(http://www.keidanren.or.jp/policy/2013/016.html)
のほか,クリントン元大統領などの政治家,起業家,
(accessed 2013-03-06).
情報界のトピックス ●Topics of the information community
スマートフォンの無線L A Nだけでメッセージ
るとともに,半導体製造装置メーカー,DRAM関連企
をリレー
業,ワイヤレス給電技術のそれぞれの特許情報を分
析し,事業戦略の転換や事業展開の実例を解説して
携帯通信事業者の回線を使わず,スマートフォン
いる。この報告書によれば,世界の主要市場におい
の無線L A N機能だけで,メッセージを離れたところ
て中国と韓国の出願特許件数が占める割合は,1996
にリレーして送信する実験に,東北大学大学院情報
年から2009年の間で全体の9%から39%に増加する一
科学研究科の研究グループが成功した。この実験で
方で,日本の出願特許件数の割合は全体の65%から
は,市販のスマートフォンに,今回新たに開発した
24%に低下している。しかし日本企業の海外への技
システムを搭載。それぞれのスマートフォンを基地
術供与による受取金額は年々増加しており,技術の
局のように使い,W i - F i(無線L A N機能)だけでメッ
輸出で収益をあげるビジネスモデルが確立されてい
セージをリレーした。2月8日には東北大学構内で27
ることがわかった。また,企業の事業戦略策定にお
台のスマートフォンを使用して,メッセージのリレー
いて,知的財産情報を効果的に活用することの重要
に成功。さらに2月18日には,仙台駅付近の2.5キロ
性が明らかになったとしている。
の区間を,30台のスマートフォンを使ってリレーす
(http://ip-science.thomsonreuters.jp/press/release/
ることに成功した。研究グループでは,W i - F iを利用
2013/JPmarket_rep_wireless/)(accessed 2013-03-06).
したメッセージリレーは,人通りや無線電波の多い
市街地では難しいと予想されたが,今回の実験成功
浪江町内のGoogleストリートビューを撮影
でその懸念を払拭できたとしている。今回の実験は,
これまで東北大が研究開発してきた技術を,総務省
G o o g l eは3月4日,福島県浪江町内のストリート
受託研究事業「災害に強いネットワークを実現する
ビューの撮影を開始したと発表した。浪江町は現在,
ための技術の研究開発」の一部として実験・評価し
その半分が福島第一原子力発電所から20 キロ圏内に
たもの。東日本大震災の際には,回線の混雑や,停
あたる「警戒区域」と,
残り半分が「計画的避難区域」
電による基地局の機能停止によって,広い範囲でメー
に指定されている。今回の撮影は,浪江町からの依
ル送信などができなくなったが,研究グループでは,
頼によるもので,カメラを搭載した専用車両で両区
大規模災害で通信回線が遮断された場合にもメール
域内を数週間程度撮影し,数か月後の公開を目指す
送信ができる技術の実用化に大きく近づいたとして
としている。浪江町の馬場有町長は,「多くの町民か
いる。
らふるさと浪江の姿を見たい,知りたいという声が
(http://www.is.tohoku.ac.jp/detail/pdf/PR130222.pdf)
非常に強くなっている」とし,「今回,G o o g l e の協
(accessed 2013-03-06).
力で,ストリートビューで街の様子を撮影・公開す
特許出願件数,中韓との差が拡大
ることで,多くの町民の皆さんに街の様子をお知ら
せしたい,そして世界にありのままの浪江町を発信
して行きたい」とコメントしている。
トムソン・ロイターは2月26日,知的財産の観点
から日本の産業動向について調査・分析した報告書
(http://googlejapan.blogspot.jp/2013/03/blog-post.
html)(accessed 2013-03-06).
「マーケットリポート:グローバル化の先へ 日本は
ガラパゴスから抜け出したか」を発表した。日本企
業のグローバル化を知的財産情報の観点から分析す
情報管理 vol. 56 no. 1 2013
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情報管理
JOHO KANRI
2013
vol.56 no.1
Journal of Information Processing and Management
http://johokanri.jp/
April
違法ダウンロードに対する認識が向上
48.5%が知っており,さらにその83.5%が刑事罰の対
象となる内容についても知っていると答えた。昨年1
オリコンは2月26日,「第4回著作権法改正・施行認
知率,今後の違法ダウンロード意向調査」結果を発
68
年間の違法ダウンロード経験が「ある」と答えた割
合は,10.7%と過去最小値になった。オリコンでは,
表した。2010年より一部改正・施行された著作権法
「音楽事業者の継続的な啓発活動に一定の効果が現
の認知率は67.2%で,初めて60%を突破。一方,「今
れ,認知の増加,違法ダウンロード経験・意向の減
後も違法ダウンロードする」と答えた人は8.7%で,
少が顕著に見られた」としている。
初めて1桁台まで減少した。改正著作権法で違法ダ
(http://www.oricon.co.jp/news/ranking/2022094/
ウンロードが刑事罰となることについては,全体の
full/)(accessed 2013-03-06).
PINUP
■内容:
第1回 検索式作成について
検索式の創作の王道はあるのか(第17章)
賢い検索式とはどんなものか(第27章)
「第10回情報プロフェッショナルシンポジウム」
(INFOPRO 2013)開催日程のお知らせ
独立行政法人科学技術振興機構(J S T)と一般社団
法人情報科学技術協会(INFOSTA)の共催による
「第10回情報プロフェッショナルシンポジウム」
(略
称INFOPRO 2013)が下記日程で開催される。
第2回 特許マップについて
特許情報の分析と解析は同じか違うのか
(第22章)
特許マップで何が判るのか?(第46章)
■会場:連合会館 2階 201会議室
〒101-0062 東京都千代田区神田駿河台3-2-11
■参加費:
維持会員:5,250円 特別会員:6,300円 正会員・
準会員:7,350円 非会員:10,500円(すべて消
費税込み)
■日程:2013年10月10日(木)~ 11日(金)
■定員:50名(各回)
■会場:日本科学未来館
〒135-0064 東京都江東区青海2-3-6
http://www.miraikan.jst.go.jp/
INFOSTAセミナー: 「プロが語る特許調査の極意」の開催
『特許調査の実践と技術50-特許調査における桐山
流発想法-』の著者である桐山勉氏を講師として,
2日間の講習が開催される。著書にある50のテーマ
から4テーマを選定して解説し,質疑応答や意見交
換を行う。
■申込み:
(一社)情報科学技術協会We bサイトのセミナー
案内ページから。
http://www.infosta.or.jp/seminar/semi130530.
html
■主催:
一般社団法人情報科学技術協会(INFOSTA)
〒112-0002 東京都文京区小石川2-5-7(佐佐木
ビル)
Tel:03-3813-3791 Fax:03-3813-3793
E-mail:[email protected]
■日程:
第1回 2013年5月30日(木)13:30 ~ 17:00
第2回 2013年7月25日(木)13:30 ~ 17:00
情報管理 vol. 56 no. 1 2013
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情報管理
JOHO KANRI
2013
vol.56 no.1
Journal of Information Processing and Management
http://johokanri.jp/
April
昨年秋ごろから,ビッグデータ関連記事を随時掲
載しています。今回は,ビッグデータ時代に求めら
れる人材としてのデータ・サイエンティストを取り
上げました。先進国においては各大学に統計学科が
あるのに日本にはないという現状を初めて知りまし
た。取り扱うビッグデータの特性についてもわかり
やすく解説していただきました。
ご要望の多い事例記事として,今回は工学系企業
における知財情報活動を紹介します。医薬関連企業
の知財情報活動とはかなり異なった状況にあること
がご理解いただけると思います。海外での売り上げ
比率が6割に上るグローバル企業の報告,という点
でも参考にしていただければと思います。
また今号は,「学会の役割を考える」の第2弾とし
て,日本植物生理学会Plant and Cell Physiology
編集長にご寄稿いただきました。インパクトファク
ターがすべてではないとはいえ,I F4.7を達成した
というのは素晴らしいことだと思います。ステータ
ス向上のために何をしてきたか,お読みください。
大学図書館コンソーシアム記事は,無理を言って
世界の状況と日本の状況が両方わかる記事にしてい
ただきました。JUSTICEはこの4月から新たな運営
体制へと移行します。最新の報告です。
名和氏の名物コラムはこの4月から,以前の「情
報論議 根掘り葉掘り」として継続します。大谷氏
のコラムと1か月交替での掲載となります。
何度か取り上げたウィキペディア関連で,今回は
ウィキメディア・カンファレンス・ジャパンの充実
した内容を報告していただきました。次々に発生す
る課題に対して,細心の注意を払いつつ使えるもの
はなんでも使って迅速に最適解を得るというのが,
わたしたちの日々の情報行動ではないでしょうか。
情報源と最良のつきあい方をするために役立つ記事
を今後も掲載していけたらと思います。
(KM)
□次号予定
●SNSとIOT(Internet of Things)が切り拓く,ビッグデータ2.0の世界
●新しい学術ジャーナル出版システムSCOAP3:高エネルギー物理学における試み
●所蔵目録からアクセスツールへ:RDA(Resource Description and Access)が拓く新しい情報の世界
●JST国内収集誌の電子化状況調査報告(2012)
●研究・実務に役立つ!リーガル・リサーチ入門:第8回 判例評釈を探す
●新興地域の統計事情:第6回 タイ
情報
管理
JOHO KANRI
Journal of Information Processing and Management
科学技術振興機構
vol.56 no.1 April 2013
●編集委員会
<委員長>加藤治(科学技術振興機構)
<編集委員>
小河邦雄(大正製薬㈱)・気谷陽子(聖学院大学)・
志賀智行(旭化成㈱)・青山幸太・安部耕造・伊藤祥・
川井千香子・木村美実子・黒田明子・黒田雅子・佐藤恵子・
土屋江里・火口正芳・余頃祐介(以上 科学技術振興機構)
●編集事務局
木村美実子(事務局長)
藤井昭子・本橋野枝・関根治子(以上 科学技術振興機構)
2013年4月1日発行(月刊)
年間購読定価 本体 ¥12,600(税込)
1部定価
本体 ¥1,260(税込)
●版下作成・印刷
昭和情報プロセス株式会社
発行
独立行政法人 科学技術振興機構
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
「情報管理」編集事務局
Tel. 03(5214)8406 Fax. 03(5214)8420
E-mail: joho-kan jst.go.jp
http://johokanri.jp/
Published monthly by Japan Science and Technology Agency (JST)
JOHO KANRI Editorial Office, JST, P.O.Box 2, Kojimachi Tokyo 102-8666 JAPAN
・本誌に落丁・乱丁がありました節は,まことに恐れ入りますが,編集事務局宛に現品をご返送ください。送料は当機構
の負担で,お取り替えいたします。勝手ながら現品送付のない場合は,お取り替えいたしかねます。
・未着事故などのご連絡は発行後2か月以内にお願いします。以後は原則としてお受けできません。
© Japan Science and Technology Agency 2013 無断転載を禁ず
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