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放射能と放射線の基礎

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放射能と放射線の基礎
理科教室 2012 年 12 月号 p42-49
放射能と放射線の基礎
兵頭俊夫(高エネルギー加速器研究機構)
放射線教育のカリキュラム作成には,物理(分
野)のカリキュラム作成とはまた違った難しさ
原子を互いに同位体であるという。
陽子 1 個と中性子 1 個の質量はほとんど等し
がある。放射線関連の内容は物理学全体に比べ
るとはるかに少ないが,十分に複雑である。し
かも,過去の被ばく者に関する統計データから
逆に被ばくの人体への影響を推定するという内
容も,重要な一部として含まれる。
筆者は,放射線教育に大きな関心をもってい
るが,各学年の児童生徒に適した内容・構成を提
案する力はない。具体的な検討は,現場の先生
方の協力なくしてはできない。ここでは,これ
まで筆者がホームページ[1]や理科年表[2]
に書いたり,一般向けに講演したりしたことを
なるべく易しく書き直してみた。中学校 3 年生,
あるいは高校生向けの授業案作成の参考になれ
ばと考えているが,これでも明らかにまだ難し
図1 原子の構成と原子核の構成
い。しかし,生徒の疑問に答えるべき広い内容
く、電子 1 個の質量はその約 1800 分の 1 であ
をカバーしているはずである。
る。したがって、原子の質量は原子核内の陽子
と中性子の質量の和にほぼ等しい。このため、
1.原子の構造と同位体
1.原子の構造と同位体
同じ元素の同位体の原子は質量を測れば区別で
原子 図 1 に示すように,原子の中心には原子
きる。陽子の数と中性子の数の和を質量数とい
核があり、まわりに電子が分布している。原子
う。中性子の数は陽子の数とほぼ同じだが,中
核は陽子と中性子からできている。陽子は正の
性子のほうが多いのがふつうである。
電荷をもっており、電子はそれと絶対値が等し
同位体の記号は、元素記号の左下に原子番号
い負の電荷をもっている。中性子は電気をおび
を、左上に質量数を書く。原子番号は元素記号
ていない。原子核の中の陽子の数と外の電子の
から分かるので、省略可能である。
数は等しく、原子は全体として中性である。陽
(例)I-131(ヨウ素 131):
子の数を原子番号という。水素,ヘリウム,リ
チウム,ベリリウム...の順に原子番号,すな
わち原子核内の陽子の数が 1 ずつ多くなる。
同位体
I
または
I
2.放射線
同位体にはα(アルファ)線、β(ベータ)
原子核中の陽子の数は等しいが中性
線、γ(ガンマ)線等の放射線を出すもの(放
子の数が異なる原子は,同じ元素の原子であり, 射性同位体)と、出さないもの(安定同位体)
化学的にほとんど区別できない。というのは、 がある。図 2 に,セシウムの安定同位体と放射
原子の性質は電子の個数やそのふるまいできま
性同位体のひとつを示す。○○線というよび方
っており,陽子の数が同じなら電子の個数は同
は,20 世紀初頭にそれらが発見されたとき以来
じでふるまいも同じだからである。そのような
のものである。実体が粒子であることがわかっ
1
た後も,この名前でよばれている。
β線 β線の実体は電子である。原子核から電
放射性同位体が放射線を出すと,別の元素の
子が放出される崩壊をβ崩壊という。この電子
同位体(γ線を出した場合のみ同じ同位体の別
をβ粒子と言うこともある。α線と違って電子
は,
(考えにくいことかもしれないが)普段の原
子核の中には存在せず,崩壊の際に反ニュート
リノとともに発生して放出される。このとき 1
個の中性子が陽子に変わる。
(βは電子を,
(例) Cs → Ba + β + ν
ν は反ニュートリノを表す)
(2)
β崩壊すると,原子番号が 1 だけ大きく質量数
は変わらない別の元素の同位体になる。
図 2
セシウムの安定同位体と放射性
崩壊では原子核だけが変化するので,直後は
バリウムの1価の正イオン Ba+,あるいはバリ
同位体
ウム化合物の正イオンができている。これらは
の状態)になる。これを原子核崩壊という。
このほか,人工的に作られる X 線や、原子核
反応で出てくる中性子(線)も放射線に含める
のが普通である。
一般の正イオンと違わないので,普通の正イオ
ンのふるまいをする。
β崩壊の場合,不安定な原子核のエネルギー
が同位体によって異なるだけでなく,それがβ
(陽
Heの原子核
線と反ニュートリノに分配される。このときの
子 2 個+中性子 2 個)である。これをα粒子と
分配の割合はさまざまなので,β線だけのエネ
よぶこともある。α線が放出される原子核崩壊
ルギーを見ると,0 から不安定状態のエネルギ
をα崩壊という。α崩壊すると原子番号が 2 だ
ーで決まる最大値まで,連続的に分布している。
け小さく,質量数が 4 だけ小さい別の元素の同
よってエネルギーのかなり低いβ線もあるから,
位体になる。
(別の元素の同位体も含めて議論す
「β線はエネルギーの高い電子の流れである」
るときは,同位体を核種とよぶ方がよいが,こ
と言わない方がよい。
こでは一貫して同位体とよぶことにする。)
γ線
(例) U
電磁波である。これをγ粒子ということはあま
α線 α線の実体はヘリウム
→ Th +α
(αはα粒子を表す)(1)
γ線は波長の短い(エネルギーの高い)
りないが,光のなかまなので,粒子と見るとき
この例の崩壊で原子核がトリウム原子核に変
は光子という。γ線は普段の原子核の中には存
化した直後は,2 価の負イオン Th-2,あるいは
在しないが、α崩壊やβ崩壊直後の原子核の状
トリウム化合物の負イオンができている。これ
態は準安定状態(励起状態)であることが多い
らは一般の負イオンと違わないから,普通の負
ので,それが安定化するために放出される。こ
イオンのふるまいをする。
れをγ崩壊という。このときは原子番号も質量
α崩壊に限らず,崩壊する同位体の原子核は
数も変化しない。出てくるγ線のエネルギーは
エネルギーが高い不安定な状態にあり,放射線
準安定状態のエネルギーで決まっており,当然,
を放出して,より安定になる。前後のエネルギ
同位体が違えば違う値である。
ー差は原子核によって決まっているから,同種
(例) Ba → Ba + γ (γ は光子を表す)
の放射性同位体から出るα線のエネルギーはど
(3)
れも同じである。しかし,異なる同位体ではこ
この例の
のエネルギーが異なるから,放出されるα線の
途中(β線放出直後)の
エネルギーも異なる。
定状態である。
すなわち、
ふつうに見られる(2)
Ba
は, Cs のβ崩壊(2)の
Ba
の原子核の準安
2
の表記はβ崩壊の部分のみを強調したものであ
り,実際はこのようにγ線も放出される。
3.放射線の遮へい
放射線の遮へい
放射線は物体にエネルギーを与えてエネルギ
X 線 X線も波長の短い電磁波であるが,図 3
ーを失う。これを利用して,物体の裏に通り抜
に示すように原子核外の電子の働きで生じるも
ける放射線を減らすことを遮へいといい,それ
のをγ線と区別して X 線と呼ぶ。医療用のレン
に用いる物体を遮へい物という(図 4)
。
トゲン装置などでは,電子を加速して金属板に
遮へい物が無くても,まとまって存在してい
衝突させて発生させる。発生機構には 2 種類あ
る。
入射電子が原子の強く束縛された電子をはじ
き出したあとに,より高いエネルギーの状態の
図 4
放射線による被ばくと放射線の遮へ
い。
る放射性物質(放射性同位体)からの放射線の
強度は,距離の 2 乗に反比例して弱くなる。こ
図 3 α線,β線,γ線は原子核から出
てくるが,X 線は原子核外で生じる。
れは,距離が遠くなると到達する範囲が広くな
り,各点を通る放射線が少なくなることによる。
物体中で放射線のエネルギーを受け取るのは
電子が遷移すると,その原子に特有なエネルギ
電子である。
(中性子は電子に直接エネルギーを
ーの特性X線が生じる。また,入射した電子の
与えることができないので,別に述べる。
)原子
進行方向が原子核のクーロン力(静電気力)で
がもつ電子の数は原子番号と同じで,質量数は
大きく曲げられると,曲がり方に応じたさまざ
その2倍強である。よって異なる原子を比較す
まなエネルギーの制動放射 X 線(連続X線)が
ると電子の数は質量数にほぼ比例する。したが
生じる。
って遮蔽の効率は物質の密度にほぼ比例する。
中性子
中性子は原子核反応の生成物として
放出される。原子核反応とは,原子核に中性子
このため、密度が大きく比較的安価な鉛が,遮
へい材としてよく使われる。
やγ線が衝突したり原子核どうしが衝突したり
放射線のエネルギーが高いほど,遮へいに必
するときに起きる反応で、その結果,別の放射
要な厚さは厚くなる。エネルギーが同じであれ
性同位体になったり、分裂して 2 個の放射性同
ば,α線,β線,γ線の順に遮へいされやすい。
位体と中性子ができたりする。原子力発電は、
電荷をもつ粒子が物質中を一定の距離進む間に
この原子核反応で解放されるエネルギーを利用
物質の電子に与えるエネルギーは,粒子が遅い
する。
ほど大きいことが知られている。粒子の運動エ
(例)
U
+n
→ Xe
+ Sr +
(n は中性子を表す。
)
2n
(4)
なお,α崩壊,β崩壊,γ崩壊などは,通常,
原子核反応とは言わない。
ネルギーは質量が大きいほど大きく,速いほど
大きい。よって同じエネルギーなら質量が大き
いほど遅い。このことから,α線がβ線より遮
へいされやすい。γ線は電子にエネルギーを与
えることは可能であるが,α線やβ線よりはる
3
かに与えにくいので,遮へいしにくい。
このようにエネルギーをそろえて比較すれば
4.1. 放射線源(放射性物質)に関する量
放射能 放射性同位体の、単位時間あたりの崩
この 3 種の放射線の性質は大きく異なるので, 壊数を放射能という。単位はベクレル(Bq)で
学校の現場で遮へいのしやすさをα線,β線,
ある。1Bq は 1 秒間に 1 回の崩壊を意味する。
γ線の順であると教えるのは問題ない。しかし
放射性同位体の量(原子核の数)が同じなら,
エネルギーの大きさはさまざまなので,この順
半減期(後述)が短いほど放射能は大きい。そ
序が絶対でないことは知っておきたい。
れだけさかんに崩壊しているからである。つま
電子とほとんど相互作用をしない中性子の遮
り放射能(ベクレル数)は通常の意味での放射
へいには、原子核との相互作用を利用する。水
性同位体の量を表すのではなく,放射線の多さ
素の原子核(陽子)の質量は中性子とほとんど
に関係づけて表すものである。しかし,放射能
同じなので、衝突すれば効率よく中性子の運動
には放射線に関する情報は含まれない。同位体
エネルギーを受けとる。また、熱中性子(室温
名が付記されていれば(たとえば
と熱平衡になった中性子)を吸収して重水素に
1000Bq 等)
,崩壊でどのような放射線が出てい
なる吸収核反応も起こす。このため、中性子の
るかを調べられる。逆に,放射能には放射性同
安価な遮へいには水素原子を多く含む水やパラ
位体名が明記されていなければ意味がない。
137
Cs が
フィンが用いられる。もっと効率よく遮へいす
ただし,放射能は,数値なしで放射性物質あ
るには,中性子吸収核反応を水素より起こしや
るいは放射線を出す能力という意味にも使われ
すい同位体を用いる。たとえば,天然のホウ素
る。この場合同位体を明記しないこともある。
に約 20%含まれている 10B は
単位質量あたりの放射能
B +
n
→ Li +
α
(5)
汚染液体や食材に
含まれる放射性同位体の濃度を表す量で,単位
という核反応で熱中性子を吸収する。この反応
は Bq/kg である。マスコミ等で,食品の測定値
によって生じた
やその規制値など Bq/kg で表される量について,
7Li
のイオンやα粒子は電荷を
もつために非常に短い距離ですぐ止まるので,
「kg あたり」を省いて単に「ベクレル」と称し
結果として中性子を遮へいしたことになる。
ていることが多い。ちょっと考えれば不適切と
わかるはずなので,
関係者の注意を喚起したい。
4.放射線に関する量と単位
半減期 放射性同位体の原子の数が 1/2 になる
放射線に関する量には、図 5 に示すように, までの経過時間を(物理的)半減期という。単
放射性物質の多さを表す量,それから放出され
位は時間の単位である。半減期が 1 秒以下の同
る放射線の離れた点での強さを表す量,放射線
位体もあれば 100 億年以上のものもある。ある
が人体に与える影響に関する量の3種類がある。 同位体の原子の数が 1/2 になると、放射能も 1/2
になる。半減期の 2 倍の時間が経つと、さらに
1/2(最初の 1/4)になる。半減期の 10 倍の時間
が経つと約 1/1000((1/2)10=1/1024)になる。
4.2. 物体による放射線のエネルギー吸収量
吸収線量(単位:Gy
吸収線量(単位:Gy)
Gy) 放射線に照射された物
体が単位質量あたりに受け取った(吸収した)
エネルギー総量を吸収線量という。単位は
Gy(グレイ)である。1Gy は物体内の 1 点が放射
図 5 放射性物質の量と,ある点における放
射線の強さと,人体の被ばく量
線から受け取ったエネルギーが 1kg あたりに換
算して 1J(ジュール)であるような積算量であ
4
る。すなわち 1Gy=1J/kg である。
違いを考慮した放射線加重係数を吸収線量にか
けて等価線量を求め,それを被ばくした組織・
4.3 人体への影響に関する量
人体に入射した放射線はそのエネルギーを使
器官ごとに組織荷重係数をかけて加え合わせた
ものである。ここでは詳細には立ち入らないが,
って DNA を電離し(電子をはじき出し)害を
実効線量はこのような量なので,膨大なコンピ
なす。人体にエネルギーを与えることによって
ュータ・シミュレーションで求めることはでき
害をなすといってもよい。電子がエネルギーを
るが,測定はできない。
受け取るのは遮へいのしくみと同じであるが,
人体の場合は被害の方に注目して,被ばくとい
う(図 4)
。
被ばくの影響は、人体が吸収したエネルギー
が大きいほど大きい。しかし放射線の種類によ
って影響が異なるので,吸収線量(グレイ値)
に放射線の種類や人体組織の放射線感受性等を
加味した係数をかけた量を考える。そのような
量の定義は難しい。そのため,測定可能性を重
視した線量当量,および,被ばくの影響を検討
するための等価線量と実効線量の 3 つの量が使
い分けられている。
それらの関連を図 6 に示す。
図 6 さまざまな被ばく線量の関連
単位は,線量当量率を除き全てシーベルト(Sv)
である。ただし 1Sv は大きすぎるので,千分の
4.4 空間の放射線の強さに関する量と,測定値
1 のミリシーベルト(mSv),百万分の 1 のマイ
から求める人体への影響に関する量
クロシーベルト(μSv)等が使われる。現行法令
線量率(単位:Sv/h
線量率(単位:Sv/h)
Sv/h) 空間のある点に飛んで
の定義では,γ線やβ線の被ばくについては係
きている放射線の強さを,空間線量率,あるい
数が 1 なので 1Sv は 1Gy と考えてよい。
(今後
は単に線量率という。線量ではないので「率」
変更される可能性があるが,それでも1からあ
をつけ忘れてはならない。
まり違わないと思われるので,1Sv がほぼ 1Gy
本来これは,どのような放射線が何個飛んで
と考えてよい。
)α線や中性子や陽子や重イオン
きているかを表すフルエンス率という量で表せ
の場合は,1Sv>1Gy である。
ばはっきりする。しかし,これは被ばくに関係
被ばくに関する量の定義はこのように複雑で
づけにくいので用いず,単位時間あたりの線量
あるが,実際には単純化して使われている。そ
当量である線量当量率(単位はシーベルト/
の筋道を示し,
「“自分で”被ばくの大小を評価
時,Sv/h)を用いる。
(1 秒あたりの Sv/s ではな
する」ための情報を提供したい。
く1時間あたりの Sv/h で表すのがふつうであ
被ばく線量(単位:Sv
被ばく線量(単位:Sv)
Sv) 実は,被ばく線量と
るが,
瞬間の量であることに注意したい。
「時速」
いう定義された量はない。あるのは,上記の線
が瞬間の量の「速さ」を表すのと同じである。
)
量当量,等価線量,実効線量のみである。しか
市販されているサーベイメータ(空間線量率計,
し一般に規制値について語るときは,実効線量
-ガイガーカウンターという呼称は正しくない
を被ばく線量とよぶ。教育の現場でもそのよう
-)は,線量当量率を表示するように定められ
にしてよい。ニュースや,専門家の解説などで
ている[5]。
の用法も暗黙にこの対応関係になっている。実
線量率の測定値から求める被ばく線量(単位:
線量率の測定値から求める被ばく線量(単位:
効線量は,図 6 に示したように,まず放射線の
Sv)
Sv)ある場所の(空間)線量率(Sv/h)をサー
5
ベイメータで測ってそれに滞在時間をかけると, 晩稲一が新聞に掲載されているが,福島県及び
滞在中の線量当量(Sv)が得られる。これは規
隣接地域以外の値は事故前と変わらず,ほぼ
制値などの被ばく線量である実効線量とは異な
0.05μSv/時である。1 年間そこに居続けたとき
るが,その違いを気にせず同じ被ばく線量(Sv) の被ばく線量は,0.05μSv/時×8760 時間
として扱う。これは実用上許容され,法令の施
=438μSv=0.44mSv となる。
行や,報道や解説者もそうしている。
内部被ばく
マスコミでは(空間)線量率(Sv/h)と被ば
内部被ばくのうち,吸入(呼吸)
によるものは,空気中に放射性物質が漂ってい
く線量(Sv)の混同が目立つので注意したい。 る場所に滞在すると生じる。当然,そのときの
サーベイメータの測定値である線量率を線量と
状況が詳しくわからなければ計算できない。し
いったり,その単位に含まれる「毎時」あるい
たがって,これは専門家に任せざるを得ない。
は「1時間あたり」を断りなく省略して単にシ
経口摂取(食事)
の場合は自分で計算できる。
ーベルトとするのは正しくない。
たとえば,137Cs を a[Bq/kg] 含む食品を b[kg]
ところで,(空間)
摂取したとすると,取り込んだ 137Cs は ab[Bq]
線量率が,空間に漂っている放射性物質(放射
である。これが体内で放射線を出し続ける。摂
性同位体)からの放射線の強さを示すと誤解さ
取ごとの被ばくを,成人では 50 年間、子供で
れている場合がある。そうではなく,放射性物
は摂取した年齢から 70 歳までにわたって積算
質が漂っているかどうかにかかわらず,空間の
したものを預託実効線量という。これが内部被
ある点における放射線の強さを表す。福島第一
ばくの被ばく線量である。その数値を求めるに
原発事故の直後は,放射性物質が風に乗って運
は,ab[Bq]に,文部科学省が国際放射線防護委
ばれ,空気中を漂っていた地域もあった。その
員会(ICRP)の計算に基づいてホームページ
一部が降下して地面や,樹木の葉や幹,建物の
に発表している資料[3]に掲載されている(預
屋根や壁に付着した。そのうちのはがれやすい
託)実効線量係数(Sv/Bq)をかければよい。
ものはその後の雨や風ではがれ,はがれにくい
同資料の別表第一の第 2 欄が吸入摂取の場合,
もののみが残っている。サーベイメータで測定
第 3 欄が経口摂取の場合の値である。表 1 にご
線量率につ
線量率につい
についての補足
される放射線はそこから飛んできたものである。 く一部の抜粋を示す。この係数には,同位体ご
現在空気中に漂っている放射性同位元素は,事
との内部被ばくの特性が可能な限り考慮されて
故以前からもあった自然放射能である放射性ラ
いる。
ドンだけと思ってよい。
5.被ばく線
.被ばく線量を知る方法
被ばくには,外部被ばくと内部被ばくがある。
外部被ばくは、体外にある放射性同位体からの
放射線による被ばくである。内部被ばくは、食
事や呼吸で取り込んだ放射性同位体からの放射
線による被ばくである。これらは別々に求めな
預託実効線量について少し説明する。摂取し
預託実効線量係数
同位体
吸入摂取
経口摂取
(mSv/Bq)
(mSv/Bq)
全ての化合物
3.0×10−6
6.2×10−6
蒸気
2.0×10−5
-
ヨウ化メチル
1.5×10−5
-
その他
1.1×10−5
2.2×10−5
134Cs
全ての化合物
9.6×10−6
1.9×10−5
137Cs
全ての化合物
6.7×10−6
1.3×10−5
40K
131I
ければならないが,正しく求めた後は,単に加
え合わせればよい。
外部被ばく
外部被ばくは線量率の高い場所
化学形等
に滞在したときに受ける。滞在中の被ばく線量
を知る方法については第 4.4 節で述べた。
具体的に計算してみよう。各地の線量率の瀬
表1
(預託)実効線量係数の例[3]
た放射能は,汗や排泄物とともに体外に出る。
6
このような生理機能で半減するまでの時間を生
同じ食品中に他の放射性同位体も含んでいる
物学的半減期という。正確には,第 4.1 節に述
場合には,個別に被ばく線量を計算して合算す
べた物理的半減期 Tp(T1/2 とも書く)と生物学
る。しかし,新規制値は福島原発事故の放射能
的半減期 Tb の両方で決まる実効的半減期 Teff
を想定して,他の同位体の影響も考慮した放射
で減少する(図 7)。これらの半減期には(電気
性セシウムの限度を定めているので,現在の関
回路の並列接続した抵抗の合成抵抗値の式に類
心事の計算は,上の計算でほぼ十分である。
似した)1/Teff = 1/Tp + 1/Tb すなわち Teff = Tp
6.被ばく線
被ばく線量の大きさ
大きさをどう判断するか
放射線の被ばくは,当然,しない方がよい。
不幸にして望まない被ばくをしたり,被ばくの
可能性が生じたりしたときには,前節の方法で
被ばく線量を求めることができる。しかし,求
図 7
物理的半減期,生物学的半減期と実
めた値がどれほど深刻なのかを判断するために
は,何かと比較する以外にない。
効的半減期
比較の対象の第一は,地球上に住んでいる限
Tb/(Tp + Tb) の関係がある。当然ながら、Teff
は、Tp、Tb のいずれよりも短い。137Cs の場合,
Teff は事実上 Tb に等しく約 100 日である。
り避けられない自然被ばくである。自然被ばく
積算期間は長期に設定されているが,放射能
と宇宙線である。地面から放射線が出るのは,
は Teff で減少するので,Teff の数倍の期間でその
地球ははじめからいわば全体が放射能汚染して
値はほぼ決まる。人体への影響の計算だから,
いるからである。宇宙の全ての原子はビッグバ
専門家でも,コンピュータによるシミュレーシ
ンのときや,赤色巨星の中心部の非常に高温な
ョンを使って計算するか,計算された結果であ
部分や超新星爆発などで生じたものである[6]。
る前記の資料[3]を参照する以外にない。
多くの放射性同位体は崩壊して安定同位体にな
実際に表を使って計算してみよう。現在, 放
にも外部被ばくと内部被ばくがある。
自然の外部被ばくの原因は地面からの放射線
った。しかし,半減期が非常に長い
40K(半減
射性セシウムの食品規制値は表 2 のように
期 13 億年),232Th(140 億年)
,235U(7 億年),
100Bq/kg である[4]。もし仮に規制値ぎりぎ
238U(45
りの食品を 1kg 食べたとする。すると,137Cs
も存在して崩壊を続けている。このうち 40K 以
を 100Bq 取り込んだことになる。別の食品をあ
外は,崩壊した結果の同位体も放射性で,10 種
わせて食べても,全て規制値ぎりぎりの濃度で
以上の放射性同位体が連なった崩壊系列の放射
合計が 1kg とすれば,計算は同じである。表を
平衡をなしており,合わせて 60 種以上の放射
見ると,経口摂取の預託線量係数が 1.3×10-5
性同位体が放射線を出している[7]
。それらが
億年),
237Np(210
万年)は,今で
地球の中心から地表まで,至る所に存在してい
食品群
基準値
Bq/kg
一般
食品
乳児用
食品
牛乳
100
50
50
飲料水
る。そのうちの,地表付近の土壌や岩石に含ま
れる同位体から出ているのが地表からの放射線
10
である。
一方,宇宙には高エネルギーのγ線や原子核
表 2 放射性セシウムの新基準値[4]
mSv/Bq であるから,被ばく線量は 0.0013
mSv である。もし,この量を 1 食として,毎日
3 食とり続けると,
1 年間で約 1.4mSv になる。
(主に陽子)が飛びかっている。それらが上空
の窒素や酸素に衝突して生じたμ(ミュー)粒
子,γ線,X 線が地上に降り注いでいる。それ
が,宇宙線とよばれる,空からの放射線である。
7
自然の内部被ばくにも吸入摂取と経口摂取が
性の特定が難しく,よく分かっていない。そこ
ある。地面の放射性崩壊系列の途中に希ガスの
で,100mSv 以下でも影響が被ばく線量に比例
放射性ラドンがあり,空気中を漂う。人はこれ
すると考えることが勧められている。100mSv
を呼吸して内部被ばくする。また
以下では比例せずそれ以上で比例するのは不自
40K
は,天然
カリウム中に約 0.012%(カリウム 1g 中に約
然なので,これは適切な考え方といえる。
30Bq)含まれている。これを根から吸収した野
菜や果物などを食べるので内部被ばくする。
7.まとめ
自然被ばくは,世界平均では 2.4 mSv ,日本
被ばく線量の定義はいろいろ複雑だが,一般
の平均では 1.5 mSv とされている。日本人の自
に使われている考え方は,第 4 節に述べたよう
然被ばくの約 3 分の 1 は大地及び宇宙線からの
に割り切って単純化したものである,それに従
被ばくであるが,第 5 節の外部被ばくの項で, えばよい。もやもやしたまま割り切るのではな
平常時の線量率の値から計算した 1 年間の被ば
く,おおよそでよいから背後にどの程度複雑な
くの数値は,それとつじつまがあっている。
ことがあるかを知った上で割り切って,自信を
人類は進化の中で修復作用という耐性を身に
持って使っていただきたい。
つけながら,自然被ばくと共存してきた。世界
には自然被ばくが平均より 1 桁以上高い地域も
ある。上空の線量率は高いため,ジェット機で
参考文献
東京・ニューヨーク間を1往復すると,0.2 mSv
[1] http://www.geocities.jp/hyodo89/index.html
被ばくする。大気による遮へいの恩恵が得られ
[2] 『理科年表』(丸善出版)平成 24 年版限定「3.11
ない宇宙ステーション内では,約 2 日間の被ば
東日本大震災特集」,『環境年表』(丸善出版)平成 25
く線量が地上での 1 年間の被ばく線量に達する。 年版(予定)
やむを得ない被ばくともいえる医療被ばくも
[3] http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/
意外に大きく,肺のX線検査1回が約 0.1 mSv, nc/k20001023001/k20001023001.html
胃の X 線透視検査1回が 5 mSv 等といわれて
[4] http://www.mhlw.go.jp/shinsai_jouhou/
いる。
dl/leaflet_120329.pdf
もう一つの比較の対象は,広島や長崎の被爆
[5] 線量当量は,人体への影響を表す被ばく量として最
者や,大小さまざまな放射線事故の被害者など, も早く定義された量であるが,今では定義が複雑になり,
不幸な被ばくを受けた人たちに関する統計デー
周辺線量当量,方向性線量当量,個人線量当量の3種が
タである。その人たちの被ばく線量の推定値と
ある。さらにそれぞれ人体を摸した物質の表面からの深
健康推移のデータから,がんによる死亡との関
さを指定することになっている。1cm 周辺線量当量の
係が調べられている。はっきりしているので利
「1cm」は,皮膚から 1cm 内側の点の被ばくという意
用したい結論は,100mSv 被ばくすると,がん
味である。詳しくは,柴田徳思:「放射線概論」第7版
で死亡する確率が 0.5 ポイント増えるようだと
(通商産業研究社,2011)
いうことである。日本人はふつうに生活をして
[6] 『僕らは星のかけら:原子を作った魔法の炉を探し
いても約 50%はがんを発症する。また,日本人
て』
(マーカス・チャウン,糸川洋訳,ソフトバンク文庫,
の約 30%は,がんが死因で死亡する。100mSv
2005)
の被ばくで,この 30%が 30.5%に増えるという
[7] 『理科年表』(丸善出版)平成 24 年版 p480(物 118)
のが上記「0.5 ポイント」の意味である。
(30%
の 0.5%増である 30.15%になるのではない。
)
それ以上の被ばくではリスクが被ばく線量に比
例している。それ以下の被ばくの影響は,関係
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