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I統計環境実態調査の視角と方法

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I統計環境実態調査の視角と方法
I統計環境実態調査の視角と方法
浜砂敬郎
昭和45年国勢調査において,統計調査環境問題(「統計調査におけるプライバシー問題』
と『統計調査員選任難問題』(1))が表面化していらい,4半世紀が経過した。私たちは,
1995年国勢調査をひかえて,1978年に行った統計環境実態態調査(2)(以下『78年調査』
と略称する)を,同一の調査方法および質問票をもって再び実施した。
その間,1977年には政府の統計環境整備事業が開始され,政府統計の技術的組織的条件
的基礎の改善を指向する『統計行政の中・長期構想』(1985年5月),さらには統計調査
における秘密保護を厳格化する統計法の改正(1988年12月)にみられるような統計調査環
境の悪化現象に対応する制度的組織的措置がとられてきている。また,統計環境問題にた
いする学術的な関心の高まりを反映して,経済統計学会や日本統計学会においては,私た
ちが1979年に研究報告を行っていらい,1980年,1984年,1985年,1986年,1987年,1989
年,および'994年と本問題に関連する共通セクションが設定されている。そして,統計調
査環境の実態についても,われわれの『78年調査』以降も,いくつかの調査研究が実施さ
れ,調査環境問題の状況の把握と改善に役立てられてきている。
このような統計行政側からの真撃な対応と統計研究者による調査研究の展開にもかかわ
らず,こんにち,私たちが再び統計環境実態調査を企画したのは,つぎのような理由から
である。
(1)統計調査環境問題が統計調査の存立をおびやかしていることは,問題の発生いらい
四半世紀が過ぎ去った今日でも,変わらない統計事情であって,全国統計大会の宣言にお
いて,毎年のように繰り返されているように,統計調査の第1線にたつ関係者が,困難な
状況において非常に苦慮し,改善方向を強く要求していること(3)。
したがって,調査環境の悪化現象が,どの程度深刻な状況を迎えつつあるのかを把握す
るためには,同一の調査方法と質問事項によって,社会科学的な調査分析を重ねて行なう
他には,統計的な検証を行うことができない。また統計調査環境が,深刻な状況から反転
して,悪化現象の基底において,環境を改善する社会的な条件が,どのような方向におい
て形成されつつあるのかを見極めるためにも,それは,欠くことができない準備的な作業
であろう。これが,今回の実態調査の基本的な意義である。
(2)統計調査環境問題は,直接には被調査者の調査非協力と統計調査員の確保難という
形態で,統計実査の局面においてあらわれているが,そこでは,統計と統計調査にたいす
3
る国民と政府のかかわり方,したがって,政府の統計活動全般にたいする社会的な意識・
評価のあり方が問われていること。
統計調査におけるプライバシー意識だけでなく,統計そのものにたいする国民の心象,
統計と政治の関連性にたいする評価,統計教育の内容と方向性が統計調査環境問題の重要
な構成要因である。私たちの統計環境にかんする調査研究では,『78年調査』が,すでに
そのような問題意識と質問事項をそなえていたことから,それによって,今日の時点で改
めて,調査環境問題の全体的な具体相に意識的に接近することは,単なる比較分析にとど
まらない現代的な意義を持っている。
(3)1980年代以降の諸外国における動向をみると,統計環境問題が,各国政府に統計活
動の基本的な転換を迫りつつあること。
欧州では,オランダの1981年国勢調査と,西ドイツの1983年国勢調査が相次いで全国的
な反対運動によって中止された。とくに,後者に対して下された違憲判決では,個人情報
にかんする自己決定権が統計調査の現代的な基本原則として公認され,それを基点として,
統計調査における秘密保護と調査目的の公共性を徹底するために,統計調査の方法と組織
を貫く全体的な改善措置,さらには統計法の基本改正が行われ,統計活動も統計政策の新
しい方向性が設定された。しかし,新しい基本原則が組織的技術的に具体化された1987年
国勢調査では,国民の「根強い」調査非協力行為が,新しく採用された調査技術m的な措置
(個人票や郵送法の採用)に反応して,大量の「防衛行動」となってあらわれ,国勢調査
の将来に大きな危機感を与えている。また,アメリカの1990年人口センサスでは,回収率
が70%におよばず,センサスの“全数把握的な性格,,を事実上放棄する状況に至ってい
る(`)。
このような統計環境の危機的な状況に直面して,先進主要国では,調査形態をとる人口
・住宅・職業センサスに代わって,北欧型の行政レジスター制度にもとづく人口統計の作
成様式が注目を受け,調査形態をとらない統計作成の方法的組織的形態を模索する調査研
究が開始されている(5)。
したがって,先進主要国の人口センサスにかんするかぎり,統計調査環境問題は,調査
主体=政府にとって,一定の臨界点をこえ,統計の作成様式そのものの大きな転換を迫っ
ていると考えなければならない。わが国ではどうであろうか。統計調査環境の悪化現象を
促進している要因だけでなく,阻止している要因,あるいは現代的な調査環境の保全要因
をその社会的深層において把握することは,統計作成様式の変革を指向する者にとっても,
欠くことができない作業である。いかなる統計作成の様式をとっても,それが個人情報の
提供と運用にもとづくかぎり,政治的経済的利害関係のなかにおいて形成される社会意識
4
の様相に対応することなくしては,成り立たないからである。
私たちは,『78年調査』の仮説と調査方法について,つぎのように述べている。
「統計ならびに統計調査にたいする国民の感情,意識ならびに理解,ないしは心象とも
いうべきものを,いま仮りに統計的精神とよぶとすれば,統計環境の悪化は,まさしくこ
の統計的精神が育つ,ないしは育てられる基礎的条件に悪化が生じているということであ
ろう。とすれば,統計的精神は,こんにち国民の間にどのように根付いているか。そして,
それはどのように変化しつつあるか,その実'情把握がこの問題の究明のために,なにより
も重要である」。
「第一の調査(住民の統計意識調査)で,特に意を用いた点は,統計調査環境の悪化の具
体的なあらわれを,どのようにとらえ,どういう質問項目として設問したらよいか,また
それらの回答をどう表章すれば,結果表を通して悪化の徴表を読みとることができるか,
ということであった。
われわれがとった方法論は,つぎの通りである。
(1)政府統計にたいする国民の関心度,実査にたいする回答者の反応,申告義務にた
いする国民の意識等を内容とする質問を通して,統計と統計調査にたいする国民諸階層の
実'情を把握する必要があること。
(2)統計調査環境の悪化は社会(政治,経済,技術,文化など)の発展と,それにと
もなう住民意識の都市化と不可分に結びついているという仮説をたて,その検証のために
地域類型を考慮する。この仮説は,統計数理研究所の数回にわたる「国民性調査」の実査
を通してえた体験的仮説でもある。
(3)いまもし,われわれが選択した質問項目が,統計調査環境の悪化を徴標するよう
な標識であり,さきのわれわれの仮定が実情に照応しているのであれば,悪化の実態と傾
向とが,設定された地域類型とその調査結果のなかにあらわれるはずである。
ここで望ましい地域類型は,大都市,地方都市,農村,離島ということになろう。
とはいえ,これらの問題意識に応じる実態調査を,短時間に,全国的規模で展開するこ
とは,数人の研究補助金では,よくなしうることではない。そこでわれわれはこの調査研
究が-つの踏み台となって,もっと本格的な調査が,しかるるべき機関で企画・実施され
ることを期待して,今回は,つぎのような方策をとることで満足せざるをえなかった。
(4)調査員には,調査の運用管理ができるだけ容易なように,研究分担者の演習学生な
いしは統計学受講生を選ぶ。
(5)調査地は,地域類型の条件にあい,かつ大学所在地から一日行程圏内の地点である
こと。
5
以上の諸点を配慮して,大都市近郊の住宅団地(東京都町田市山崎団地),地方都市(福
岡市),農山村(熊本県矢部町,鹿児島県知覧町),離島(長崎県富江町)を調査地に選び
標本設計した。」(6)
そして,『78年調査』にもとづく調査拒否・非協力の状況にかんする分析結果を見てお
こう。
「国の統計調査を重視する公民意識を統計精神と呼ぶならば,統計精神は国民の間に育
てられていないどころか,二つの事情によって根付かないままに放置されている。
一つは,統計調査におけるプライバシー意識の高まりである。
プライバシー意識は住民の経済的地位,政治的利害および社会的感情と深く結びついて
おり,企業の営業秘密と同じように,資本主義社会に特有な社会現象である。したがって,
社会経済の発展とともに,プライバシー意識は統計調査の局面においても,統計軽視・調
査非協力の要因として強まっていくことが考えられる。
第一報告書の分析によると,遠隔地離島→農山村→都市部→大都市団地と都市化が進む
程,『めんどうくさいから』とならんで,『個人の秘密を知られたくないから』,および
『調査結果の悪用」といった調査拒否・非協力の要因が広範な住民の意識にのぼっている。
また,同一地点内においては,若年令層ほど,拒否要因を意識する層が拡大する。
また,調査拒否にいたらなくても,都市住民においては,『正しい統計』よりも『個人
の秘密』を優先する住民の比重が大きく,農村地域でも,両者は相半ばする。
さらに,『収入額』,『支持政党』,『学歴』,『職種』等のプライバシーにかかわる調
査事項について,虚偽の申告や申告拒否を予想する住民の比率は高く,とくに都市地域に
おいては,そうである。各地点内に眼をむけると,農村地点では,若年令層および高学歴
層ほど回答比率が上昇する傾向性がある。他方,都市地点では,年令別および学歴別に回
答の規則性がみられなくなり,回答比率の起伏が目立ってくる。したがって,農村部では,
都市化現象の波及にともなって,プライバシー意識が,一様に住民意識に浸透しつつある。
そして,都市部では,住民の経済的条件や政治環境に応じて,統計調査においてもプライ
バシー意識が多様化しつつあると言えよう。
統計の社会的評価が低いこと,これが統計精神が根付かない第二の事情である。
物価統計,世論調査,統計の政治的必要性および統計の作成目的にかんする質問の分析
は,『統計が政治に生かされないために,国民の利益に還元されていない」と考える住民
の比率が,都市地域ほど大きくなる傾向性を明らかにしている。そして,各地点内におい
ては高学歴層ほど,また若中年層に,統計の社会的意義について批判的ないしは否定的な
6
回答パターンがみられる。また,農村地点の低学歴層および高年令層には,『統計が政治
に生かされているかどうかわからない』という不明層が存在する。
このような回答傾向は,統計が政治と不可分の関係にあることから,住民の政治不信が,
そのまま統計軽視の風潮をひきおこすことを物語っている。
このように,調査拒否・非協力意識や統計軽視は,住民の生活環境や政治経済的環境と
無関係ではない。社会環境の悪化はそれとともに,統計実査を「物理的」に困難にさせる。
曰常化した夜勤や残業,共働き世帯や単身世帯の増加,出張や出稼にともなう長期不在,
さらには居住環境の『劣悪化』がもたらす社会不安等がそれである」(7)。
分析結果から明らかなように,「統計的精神は住民意識の都市型化に応じて変化する」
という仮定は,統計調査環境の実態によく照応した問題視角であって,地域類型を考慮し
た調査結果は,環境悪化の徴標を的確に反映していたと評価することができよう。その意
味においても,私たちは,統計意識にかんする質問事項は,今回の調査において,変更し
た若干の質問事項を除いて,ほとんどそのまま受け継いでいる。
また,質問事項を表章するために,フェイスシートとして『78年調査』では,性,年令,
学歴,仕事の種類(職業),居住年数,続柄,家屋形態,就業の場所,支持政党を設けて
いたが,『78年調査』の経験,分析結果と今日の社会的状況を考慮して,続柄以降の属
性にかんする設問を落として,年令別,学歴別および居住年数別分類による分析に集中し
ている。
他方,調査の企画段階において,調査地点を,『78年調査』の5地点より増して,大都
市近郊地区や工業都市地区における統計環境の実態をも把握して,より包括的で重層的な
調査研究に発展させる意図もあったが,研究スタッフの転任,調査経費と調査員管理の制
約のために実現できなかった。したがって,『78年調査』と同様に,下表のような調査地
点とサンプル数をもって実態調査を実施した。(なお,離島富江については『78年調査』
と異なり,学生調査員ではなく住民調査員によって実施している。詳しくは『第2報告書
’94』を参照。)
7
表l標本抽出方法
調査地
調査対象地域
有権者数
投票区数
町田
山崎団地
2~7街区
9,088
3
福岡
全市域(玄界
島等を除く)
911,549
196
矢部
矢部町全域
11.122
知覧
知覧町全域
富江
富江町全域
抽出方法
抽出地
点数
等間隔
抽出法
抽出
標本数
最終抽出単
位の抽出間隔
300
30
層化2段
抽出法
24
500
投票区有権
者数÷20
25
2段
抽出法
25
500
10
lLl58
17
2段
抽出法
15
300
5*
5,526
43
2段
抽出法
15
300
投票区有権
者数÷20
*知覧町の有権者名簿の整理法は,男女別であるので,男女別にそれぞれ5人間隔で
したがって,今回の実態分析では,地点間比較
表2回収状呪
調査
地
ル数
'百反■
回収
調査
不能
210
500
310
190
300
249
51
300
248
52
1880
1199
681
●
270
0
480
●●
178
●
122
73007
300
回収
率
06232
45688
田岡部覧江
町福矢知富
総計
計画
サンプ
63.8
と時点間比較によって,統計調査環境の変容が都
市一農村間,都市間,農村間において,どのよう
に地域住民の統計意識に反映しているかを浮き彫
りにすることが,基本的な課題である。
『78年調査』の時点から,かなりの歳月を経て,
農村や離島においても,人口流出と農林漁業の後
退によって,就業構造や世帯構成において,相当
な変容が起きている。しかし,今日,なお村・郷
を基本単位とする生活環境にみられるように,地
縁・血縁等のさまざまな地域共同体的な諸要素は,
特に人口停退と住民の高齢化は,直接・間接的な都
住民の生活意識に色濃く残っている。特に人口停退と住民の高齢化は,直接・間接的な都
市化現象の波及にもかかわらず,伝統的な地域意識の「温床」となっている。
大都市:福岡では、都市中心部とその近隣住居地域,新郊住宅団地等と都市の辺境部に
点在する旧来の集落地区との間に介在する著しい地域環境と生活意識の落差から,住民意
識の都市型化が著しく進行していることが印象的であった。また大都市団地では,とくに
時点比較を考慮して,『78年調査』と全く同一の団地を調査地点に選んだが,団地そのも
のの老朽化と団地住民層をとりまく社会的生活環境の著しい変化が,統計環境の変容とど
のように関係するのか,それが生活意識の都市化現象とどうかかわっているのか,同一調
8
査地点を選定し時点間比較を試みる調査方法の観点からも,考慮すべき問題である。
『94年調査』では,第1に,計画サンプル数が500である都市・福岡と農村・矢部にお
いて,『78年調査』と比較することによって,統計調査環境の時間的変容を把握すること
ができる。また,大都市団地・町田の時点間比較により,大都市地域の統計環境問題にか
んする-つの『典型事例』の分析を試みている。
第2に,『94年調査』にもとづいて,都市:福岡と農村:知覧,および大都市団地:町
田と離島村:富江を,それぞれ比較することによって,現時点における統計調査環境の状
況に,地点間の対極的または連続的な差異性を分析する視角から接近している。さらにサ
ンプル回収率が高かった農村部3地点の総合分析によって,統計調査環境の悪化現象を促
進する要因と阻止している要因が,比較的に高い分析密度によって明らかにされることを
期待している。
第3に,統計意識が一つの特殊な社会意識であることから,他の社会意識とどのように
関連している力、に強い関心が寄せられる。わたし達は,そのために問2から問8までの質
問を設け,一つには地点間分析を具体化し,一つには,統計意識にかんする質問とのクロ
ス集計分析にもちいている。
注
(1)日本統計協会『統計』昭和46年1月号および2月号,いずれも昭和45年国勢調査特集号の特
集テーマ。
(2)九州大学経済学部統計学研究室『統計環境の実態にかんする調査報告書』(文部省科学研究
費総合(A):研究代表者大屋祐雪)1979年3月,および本研究所『研究所報』No.4号「統
計環境実態調査報告I」特集号。
(3)例えば「第44回全国統計大会の結果について」『統計'情報』1994年1月号,「調査員調査の
在り方等に関する検討会報告書の概要」同1994年6月号等参照。
(4)例えば,中川雅義「カナダ・アメリカ統計事情」や『統計』編集部「アメリカ合衆国におけ
る西暦2000年人口センスの準備状況」それぞれ日本統計協会『統計』1994年9月号および10月
号参照。
(5)工藤弘安「レジスターベースの人口・住宅センサス」『経済研究』(成城大学)第127号1995
年参照。
(6)注2)の九大統計学研究室報告書2~3頁。
(7)拙著『統計調査環境の実証的研究』64~65頁。
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