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「ベンチャービジネス・ベンチャーキャピタル教育フォーラム

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「ベンチャービジネス・ベンチャーキャピタル教育フォーラム
はじめに
1971 年というから、かれこれ 40 年近くも前のことだが、日本経済新聞社から『ベンチ
ャー・ビジネス』という一冊の書物が出版された。著者は清成忠男(後の法政大学総長)、
中村秀一郎(多摩大学教授)、そして現在、信金中金研究所の所長をなさっている平尾光司
の三氏である。学会だけでなく、世の中はとかく保守的だから、誰も知らないような言葉
をタイトルにした本を書くというのはとても勇気のいることだったと思う。でも、著者達
の“日本のためには、こうでなくてはいけない”という思いがこの一冊を生み出したのだ
ろう。以来、曲折はあったが、ベンチャービジネスはベンチャー企業に呼称を変えつつ、
経済界にも、行政の世界にも、そしてかなり遅れて学会にも定着することになった。同時
に、ベンチャー企業に資金を提供するベンチャーキャピタルへの認識も高まった。アメリ
カに遅れること半世紀、2002 年にはベンチャーキャピタル協会が設立された。新聞に、V
BとかVCとかの略称があっても私達はいぶかしく思う事はなくなった。つまり経済界で
のそれらの市民権が確立したのである。
ブームも何度かあった。それこそ猫も杓子もベンチャーという時も経験したし、その後
の反省の時期もあった。しかし、ベンチャー企業の育成とそれをサポートするベンチャー
キャピタルの発展は日本経済の将来を形づくる上で不可欠だという“国民的合意”は形成
されたのである。この点では、40 年間の先人達の努力は報われたのだろう。
しかしである。サブプライム問題に端を発する世界不況はこれから述べる傾向に拍車を
かけることになった。その傾向とはVB・VC運動の沈滞である。現象面では、新規株式
公開の低迷、ベンチャーキャピタル投資額の激減、大学発ベンチャーの苦境などいろいろ
だが、長期的な国の方針として皆が合意したことが、かくも簡単に挫折してしまったのは
なぜだろう。そして、どうしたらこの状況を打ち破り事態を改善できるのだろうか。これ
が今般の教育フォーラム実施の背景である。
教育界に身を置く私達がこんな事を言うと、不遜に聞こえるが、ベンチャー企業も、は
たまたベンチャーキャピタルも人がやるのである。そして人をつくるのは、もちろんすべ
てではないが、教育の役割である。もちろん、ここで言う教育とは“創業せよと背中を押
す”ことではない。自分がそういう事をする可能性もあるのだと“気づいて”もらう事で
あり、社長になってもおかしくない知識を得てもらうことが目的である。受講してくれた
人々の人生の可能性が拡がったらいい、そういう思いである。そこで、日本中の大学を見
渡してみると、実に多くの起業家講座、ベンチャービジネス論等々が開講されていた。と
ころが、ここにも問題があった。担当者に聞いてみると、皆が皆、困っている。つまり、
教育の仕方、カリキュラムの組み方、講師の選定、テキスト探し、いずれも難問で、担当
者がそれこそ孤軍奮闘している様子も伝わってきた。実は、京都大学という日本の名門大
学で4年間、ベンチャーキャピタル論を担当してきた私達も同じような思いだったのであ
る。
それなら、一度、集まってみて、お互いのやっていることを紹介し合い問題点を考え直
してみようということになった。幸いなことに、当フォーラムは大勢の方の賛同と参加を
得て終了することができた。
ここに報告書を公表できることは、私達の喜びである。お世話になった多くの方々に4
年間の思いも込めて心より御礼申し上げたい。
2009 年 1 月 22 日
京都大学の研究室で
濱田
康行
目
次
・・・・・・・・ 1
1.プログラム
2.挨拶
【開会挨拶】
成生 達彦 (京都大学経営管理大学院 院長)
・・・・・・・・ 5
【来賓挨拶】
鴇田 和彦 (日本ベンチャーキャピタル協会 会長、
三菱 UFJ キャピタル株式会社 代表取締役会長)
・・・・・・・・ 8
3.各大学における取組み報告
【基調講演Ⅰ】
「大学・大学院におけるアントレプレナー教育」
大江
建 (早稲田大学インキュベーションセンター長、
早稲田大学ビジネススクール 教授)
・・・・・・・・ 11
「文系理系学部共通のアントレプレナー教育プログラム」
樋原 伸彦 (立命館大学経営学部 准教授、
テクノロジー・マネージメント研究科兼務)
・・・・・・・・ 23
「イノベーションシステムと起業家教育」
國領 二郎 (慶應義塾大学総合政策学部 教授)
・・・・・・・・ 31
【基調講演Ⅱ】
「アントレプレナーシップを必修化した MBA コース」
マイケル・J・コーバー (一橋大学大学院国際企業戦略研究科 教授) ・・・・・・・・ 39
「学部レベルでの起業家科目の設計」
高橋 徳行 (武蔵大学経済学部 教授)
・・・・・・・・ 48
「京都大学での起業家教育~医学部での教育を中心に~」
寺西
豊 (京都大学産官学連携センター 教授)
・・・・・・・・ 56
【BASEプロジェクトの紹介】
金子 友海 (北海道自動車短期大学自動車工業科 准教授)
・・・・・・・・ 63
4.調査報告
「平成 20 年度大学・大学院における起業家教育実態調査について」
岡村 公司 (株式会社大和総研産学連携調査部 部長)
・・・・・・・・ 67
5.パネル・ディスカッション
【コメント・セッション】
・・・・・・・・ 75
【質疑応答】
・・・・・・・・ 90
資 料 編
資料1.
「大学・大学院における起業家教育」
大江
建 (早稲田大学インキュベーションセンター長、
早稲田大学ビジネススクール 教授)
・・・・・・・・ 111
資料 2.
「文系理系学部共通のアントレプレナー教育プログラム」
樋原 伸彦 (立命館大学経営学部 准教授、
テクノロジー・マネージメント研究科兼務)
・・・・・・・・ 142
資料 3.
「オープンイノベーションと大学のビジネスインキュベーション」
國領 二郎 (慶應義塾大学総合政策学部 教授)
・・・・・・・・ 148
資料4.
「アントレプレナーシップを必須化した MBA コース」
マイケル・J・コーバー (一橋大学大学院国際企業戦略研究科 教授) ・・・・・・・・ 152
資料5-1.
「学部レベルでの起業家科目の設計」
5-2.
「学生が作成した事業計画書事例」
・・・・・・・・ 160
・・・・・・・・ 167
高橋 徳行 (武蔵大学経済学部 教授)
資料6.
「医学領域における起業家養成教育」
寺西
豊 (京都大学産官学連携センター 教授)
・・・・・・・・ 197
資料7.
「平成 20 年度大学・大学院における起業家教育実態調査について」
岡村 公司 (株式会社大和総研産学連携調査部 部長)
・・・・・・・・ 215
1
2
3
4
開会挨拶
京都大学経営管理大学院 院長
成生 達彦 氏
●経営管理大学院における三菱UFJキャピタル寄附講座の貢献
皆さん、おはようございます。本日はお忙しい中、この「ベンチャービジ
ネス・ベンチャーキャピタル教育フォーラム」に参加していただき、ありが
とうございます。このフォーラムは京都大学経営管理大学院三菱UFJキャピタル寄附講座、経済産業省およ
び日本ベンチャー学会の共催で開催されます。
三菱UFJキャピタルの寄附講座は、今から3年半前、2005 年4月にベンチャーキャピタルおよび
その関連領域に関する体系的な研究を行い、その成果を大学および大学院の教育に反映して、ベンチ
ャーキャピタルおよび関連領域で活躍できる人材を育成するという目的で設置されました。当初は経済学
研究科に設置されたのですが、2年前、2006 年4月に経営管理大学院が設立され、それと同時に、経営
管理大学院に移行いたしました。
このような挨拶のときには必ず言うようにしているのですが、経営管理大学院のパンフレットには
「経営管理大学院の理念」というものがあります。今年の4月につくったものなのですが、「本大学
院は、先端的なマネジメント研究と高度に専門的な実務との架け橋となる教育体系を開発し、幅広い
分野で指導的な役割を果たす個性ある人材を育成することで、地球社会の多様かつ調和の取れた発展に貢
献することを理念とする」という理念に、三菱UFJキャピタル寄附講座の目的が合致しているという理
由から、こちらの方に移っていただきました。
現在、ベンチャーキャピタル、プライベートエクイティ、その他関連分野の研究教育など直接関連
している科目を3科目開講しています。長い間の三菱UFJキャピタルのご支援に本当に感謝したい
と思います。おかげさまで今年3月に第1回の卒業生を出しましたが、調べたところ、自分で事業を
新しく始めた者が、60 名の卒業生のうち3名おりました。なかには京大のベンチャーファンドの適用第
1号という企業もございます。まだ今後どうなるか分かりませんが、ある程度、寄附の目的は達成できている
のではないかと考えております。
●大学・大学院における起業家教育の課題
今日の経済状況は必ずしもよくありません。これからの日本経済活性化のためには、新しいビジネ
スの創業と、それを支援するベンチャーキャピタルの役割が今後ますます重要になると考えておりま
す。私自身は、ミクロ経済学、マーケティングが専門で、必ずしもこの分野を専門としているわけで
はないのですが、創業プロセスがうまく機能する、マーケティングの方で市場や取引がうまく機能するた
めに、幾つかの要件が必要だと考えております。一つ目に良い商品があること。二つ目にそれをきちんと評価
5
できる人がいること。三つ目に市場の透明性があること。そして、その評価が適切であるかどうかを判断する
何らかの仕組みが必要です。
例えば海外の輸入品を、デパートで輸入する。デパートの目利きで、「これは良い品物だ」という
ので、仕入れます。それを評価する消費者に説明する。そういったデパートの目利きが適切かどうか
は、そのデパート自身のレピュテーションで、判断・評価の適切性のようなものが担保されています。
ベンチャー企業や新しい企業について考えると、先の例における輸入品にあたるのが良いビジネス
モデルです。これは事業をつくる人の役割で、大学で教えることはできません。もしも「こうしたら
絶対にうまくいく」などという方法があったら、今すぐ私も大学の先生を辞めてそちらに行きたいと
思うのですが、大学教育としては、「こういうことに気を付けたら、ある種の失敗の可能性を低くで
きますよ」というようなことは、かなり客観的に教えることができるのではないかと思います。
話は少しそれますが、寄附講座と平行に、昨年から、女性起業家再教育のプログラム 1を文科省から受託
して、今年度も6回、1泊2日で15 名の女性起業家の卵に対して再教育を行っているところです。最初
の授業で、ゲストスピーカーが、「いかに新しい企業をつくることが難しいか」ということを延々と
2時間にわたってお話しして、受講の1回目で「こんなんじゃできるのかしら」と、かなり泣き言が
入ったと聞いています。でも、それは、逆に「こういう困難がたくさんある。それをうまくクリアす
れば、失敗する可能性が低くなりますよ」というメッセージでもあります。
話を戻しますと、良いビジネスモデルがあって、それをきちんと評価する人がいる。評価をするのはアナリ
スト、もしくはベンチャーキャピタルの仕事です。もちろんその背後には、会計士がつくる会計情報等々もあ
るかもしれません。
普通のマーケットと比べると、私自身が門外漢でよく分からないのかもしれませんが、評価する側
の評価が適切かどうかを判断する基準がこのマーケットには備わっているのだろうかという点が若干
気になっているところです。しかし、そういう点が改善して行けば、うまく機能していくのではない
でしょうか。
●本フォーラム開催の目的
ベンチャービジネスやベンチャーキャピタルに関連する研究・教育の領域は、単にベンチャーだけ
ではなくて、その周辺まで含めるとかなり広い領域になっています。
現在、多くの大学でベンチャービジネス・ベンチャーキャピタルに関する講義が多数開講されてお
りますが、そこには日本の大学教育のいくつかの欠点も見受けられます。
1つ目に、教育のカリキュラム自体が必ずしも体系化されていないことがあります。個々の先生は
良い授業をやっているにも関わらず、全体として見ると、結構重複や逆に空白部分があるという問題
があります。それは基本的には各大学、学部の間の問題であって、うまく体系化するということを各大学・
大学院はやらなければならないと思います。
2つ目に教育効果の議論があまりされていないことがあります。私はベンチャー関連の研究・教育
を促進するために大学間の連携が必要ではないかと考えております。各大学・大学院でいろいろな教
6
育をしてどのような成果が挙がっているか。それを報告する機会として、一つは学会という組織があ
りますが、研究成果が重視されていて、教育効果についてはあまり議論されていないというのが実情
かと思います。
そこで、全国でベンチャービジネスやベンチャーキャピタル関係の講義を開講している方々、関連するビ
ジネス界でご活躍されている方々、さらには政策を策定して推進する方々などにお集まりいただいて経験を共
有することで、今後のこの分野の研究・教育に役立てたいと思い、今日のフォーラムの開催に至りました。
ベンチャー教育の未来について、皆さまとともにここでいろいろご交流いただきたいと思います。
このフォーラムが一つの契機となって、今後のベンチャービジネス・ベンチャーキャピタルの研究・教育が一
層促進されることを祈念いたしまして、ご挨拶とさせていただきます。どうもありがとうございます。
1
http://www.kyoto-u-josei.jp/
7
来賓挨拶
日本ベンチャーキャピタル協会 会長
/三菱UFJキャピタル株式会社 代表取締役会長
鴇田 和彦 氏
●ベンチャー企業を取り巻く環境と起業家教育の重要性
今日は、経済産業省、ベンチャー学会の幹部の方もおみえになってい
ますし、大変素晴らしいスタッフの皆さんとこのような会合を持つことは大変光栄です。
ご高承のように、現在、世界的規模で大変な金融危機が私たちに押し寄せてきています。1929 年 10
月 24 日に株価の大暴落がありました。よく新聞その他で「100 年に1回」と書かれていますように、
今現在大変な金融パニックを経験しておりますし、これがさらに悪化すると思われます。そういう大
変厳しい環境下でこういう会を催すということは大変意義深いものがあるのではないかと思います。
ところで、現在の日本のベンチャービジネス・起業活動にスポットライトを浴びせてみますと、こ
れもまた大変危機的な状況です。
この局面を何としてでも打開しなければいけないと思うわけですが、現在、公開社数の見通しは 11
月まで分かっている段階で 19 社です。それから、1~2月は電子化がありますので、それに加えて
10~15 社ということになりますと、合わせて 30~35 社、40 社になります。つい2~3年前には 200
社以上あったわけですから、約5分の1です。一方で、マザーズ指数などを見ますと、約2年前のホ
リエモンの前は 2800 です。今日は市場関係者もおみえいただいておりますが、先週あたりは 300 で
すから、約 90%ダウンです。
現在は、資金が回らない状況ですので、世界の金融危機同様、ベンチャーを取り巻く環境は厳しく、
大ブレーキがかかっている状況です。それにかかわっております私どものベンチャーキャピタル業界
も、当然その影響をもろに受けて、まさに未曽有の危機に瀕しております。
要するに現在はIPOやM&Aなどの出口がなかなか見いだしづらい、あるいは出口のバーが非常
に高い状況ですので、投資を手控えます。残念ながら投資活動が縮小しております。各社ともに、前
年、前々年の半分や4分の1という大変厳しい状態になっています。企業も、公開を目指しても資金が
集まりませんから、公開しようとする意欲がめげているという状況です。
循環的要因や構造的要因などいろいろな要因があると思いますが、今日は経産省新規産業室の吾郷
さんもおみえですから、後でそういう議論ができればと思います。とにかく、いろいろな要因がある
のですが、それを何としても克服しなければいけません。従って、ベンチャーキャピタル業界も生き
残りを懸けて、すべての業務について見直しをしようと私は思っております。
一方で、こういうときこそチャンスです。次世代を担う成長力のあるベンチャー企業の創出が、日
本経済あるいは世界経済において不可欠の条件ですし、そういった技術の進歩は、日々待ったなしです。従
いまして、世界中がシュリンクしているこうした状況だからこそ優秀なベンチャー企業を発掘して、いや、む
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しろそういう企業を創出して、ひねり出して、投資活動を実行していく。何が何でもこの火を消さないように
頑張っていくことが重要だと認識しています。
今日はこういう環境下で、優良なベンチャー企業創出に欠かせない、非常に重要な要素である教育
にスポットライトをあて、「ベンチャービジネス・ベンチャーキャピタル教育フォーラム」と銘打っ
て開催できることは、大変意義深いことだと感じております。ぜひ、今日は各界で活躍されている方々の知恵
と英知を結集して、徹底した討議を通じて、今まで展開されてきたベンチャー教育そのものをオーバーホール
していただきたいと思います。もちろん、良い講座、良い授業内容、あるいは良いケースメソッドなどは水平
展開をし、そうでないものはあらためていくだけですが、あるべき姿に一歩でも近付けていくという日であっ
て欲しいと願います。
●活気あるベンチャー創出に向けて
ご存じの通り、今、アメリカは大不況ですが、ベンチャー活動は 1980 年代ぐらいから非常に活発に
なってきて、優秀な人材は続々とベンチャーを立ち上げています。この間、インテルジャパンの社長をやって
おられた西岡さんと話を致しました。西岡さんがインテルの副社長時代ですから、1990 年頃のことで、今か
ら約 20 年前にインテルで人材不足問題が起こりました。「優秀な人間はどこへ行くのか、これは大変
だ」という状況があったそうです。これからインテルをもっと盛り上げなくてはならないというとき
に、優秀な人間はどんどんベンチャーを立ち上げる、あるいはベンチャー企業に入ってしまうので、
いろいろな手法を用いて人材を集めたという話を聞きました。
昨年、経産省の方々と一緒に、エンジェル投資の実態についてアメリカに視察に行ったのですが、
今でも随所でエンジェルフォーラムが開催されており、1回のエンジェルフォーラムに大体 100 名が
応募するそうです。そのうち 10 名内外がプレゼンをして、その中で1人か2人が合格して、エンジェ
ル投資を受けるとのことです。
それに加えて大学基金は非常に潤沢で、まずそこが後押しをして、それからさらに大型のベンチャ
ービジネスに育ちそうなところについては、
ダイナミックにベンチャーキャピタルの資金が入ります。
このような好循環の中で、恐らく今は少しシュリンクしていると思いますが、アメリカも次の時代を担う戦略
を描いているはずです。今こそ日本もスピード感のある技術進歩に遅れない、あるいは、ベンチャーの創出を
一日たりとも緩めないという基本スタンスで臨んでいくべきだ、と思います。
ブロードバンド革命やデジタル革命によって、今や、昔のように大企業が参入障壁を形成していた
時代ではなく、小さな企業でも小さなベンチャーでもしっかりとした新しいテクノロジーさえあれば、
十分に大企業に抗していけます。言い換えれば、個人の努力が適正に報われる社会システムになってきた
のではないかと思います。
大企業を通して間接的に偉くなるというのではなく、自分の努力が報われる社会、個人の意欲を活
かすチャンスが十分にある社会システムになってきているはずです。そういう背景を踏まえまして、
わが国の経済発展に貢献するような、グローバルベンチャー企業を1社でも多く輩出することによっ
て、今の不況を打開していきたいと思います。
9
本日は、そういう意味で学生一人一人の起業家マインドを今まで以上に発揚し、ベンチャーを立ち
上げていこうという意欲をかき立てるようなベンチャー教育創造に寄与する、有意義なフォーラムが
一日を通して展開されることを期待いたしまして、私のご挨拶とさせていただきます。本日はありが
とうございました。
10
【基調講演Ⅰ】
「大学・大学院におけるアントレプレナー教育」
早稲田大学インキュベーションセンター長
/早稲田大学ビジネススクール 教授
大江 建 氏
●早稲田大学とアントレプレナーシップ
簡単に自己紹介をさせていただきますと、私は今ビジネススクールで、アントレプレナーシップと
新規事業を教えています。また、早稲田大学インキュベーションセンターのセンター長を務めていま
す。
本当は「アントレプレナーシップ大学を目指して」というタイトルで話したいのですが、この次の
機会にさせていただき、「大学・大学院におけるアントレプレナー教育」というタイトルで話しま
す。
早稲田大学は正式にはアントレプレナーシップ大学を目指しているわけではありません。しかし、
早稲田大学の校歌の中に「進取の精神」というものがあり、その「進取の精神」を英訳すると、まさにア
ントレプレナーシップなのです。だから、早稲田大学は「グローカルユニバーシティー」などということより
も、「アントレプレナーシップ大学」と言うべきだと、私は思っています。
今日は少ない時間ですが、最初に、私がどのように考えているのか、どんな教育を考えているのか
ということをお話してから実際にアントレプレナーシップ大学を目指して、早稲田大学がどのような
起業家教育の取り組みを行っているのかについてお話ししようと思っています。早稲田と言っても非
常に大きく、いろいろな先生がいますので、全部をカバーすることはできません。そのため、私が何をしてい
るのかという話が主になると思います。
●不確実性と起業家教育
私が考えていることは、不確実性と起業家精神です。今の時代を私は情報時代と定義しているので
すが、これは私の考える実務的な情報時代の定義で、学術的な定義ではありません。「世界のどこに
いても、良質な情報を受信したり、発信できる」時代です。全世界でイノベーションが起こっていて、
全世界で金が集められるような時代です。昔とは完全に違う時代になっていると思います。シリコンバレ
ーのモデルは既に崩れています。
情報時代の特徴の一つは、不確実性が非常に高いということです。
不確実性の高い時代に何をしなければいけないかというと、起業家精神を発揮することです。情報
が皆平等になるわけですから、起業家精神を発揮するか発揮しないかということなのです。情報を使
うか使わないかで、勝負が決まってしまいます。今まではよく「知識のマネジメント」が必要だと言
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われていましたが、今は、そういう時代ではありません。私は、今の時代は「仮説のマネジメント」が必
要だと思っています。
どのぐらい仮説が重要かというテーマで少し話をさせていただきます。私は実験物理学の出身であ
ります。実験物理学が物理学の発展に貢献したことを考えると、経営学でも実験経営学という分野が
あるべきだと考えております。私が行った経営学の実験の一例を話します。その実験では、学生と社
会人を公園に連れていき、仮説をつくらせた上で、物売りをさせました。彼らの立てた仮説の精度は
30%程度でした。公園で物を売るような簡単なビジネスでも、仮説は 30%しか当たりません。30%の
確率という意味では、メジャーリーガーのイチローの打率とほぼ同じなのです。
私は、経営の面白さは立てた仮説が 30%しか当たらず、それを1%でも良くしようと努力するとこ
ろにある、と勝手に思っています。イチローが簡単に打率 10 割を実現できたら野球は全然面白くない
と思います。イチローは打率3割というラインからいかにして打率を上げていくのかというところに
日夜努力しているのではないか、と私は思っています。経営者も新規事業を成功させて成長性の高い、
利益率の高い経営を目指して努力しているのではないでしようか。少しでも仮説の確率を向上させる
ところに面白さを持っているのではないか、と思います。
経営の不確実性に対応できるような起業家教育とはどのようなものでしょうか。早稲田大学で教え
ていると、「勉強はできるが勉強は嫌い」という学生がすごく多いことが非常に腹立たしく思ってお
ります。私が大学や大学院で欲しい学生は、「勉強はできなくても勉強が好きな」学生です。
図表1
不確実性の高い時代に有効な教育
なぜかといえば、不確実性の高
い時代になると常に新しいことに
取り組まなければなりませんし、
生涯勉強を続けていかなければなら
ないからです。「勉強ができて、勉
強が好きな」学生は、恐らく10%く
らいしかいないような気がします。
「勉強はできるが、勉強が嫌い」
という学生が大変多いことが非常
に私にとっては不満です。
不確実性の高い時代は、正解が
分からないわけですから、自分で
正解を考えなければなりません。そのため、教育としては、失敗を繰り返してそこから学んでいく場
を与えなければいけないということになります。
では、どんな教え方が良いかというと、医者の実践的教育で非常に有名な Duke 大学の医学センタ
ーの教育についての統計が役に立ちます。それによると、読書や聴講だけで得られる教育効果は 30%
です。体験学習をすると 75%、他人に教えると 90%と効果があがっていきます。体験する学習と、
「他
12
人に教える」学習というものを教育に取り込むことが重要なのではないかと考えています。
起業家教育で重要なことは、受講生の年齢です。私は大学院で教えていますが、大学院でいくらア
ントレプレナーシップを教えてもほとんど意味がないと思っています。
図表2 早期起業家教育が必要
自営業とサラリーマンの親を持
つ大学生に起業家になりたいかど
うか一度調査をしたのですが、
早い
うちからベンチャーなどについて
習った人とか、
体験学習をしたとい
う人のうち、35%ぐらいは、起業
家になりたいと言います。
しかし大
学生になって初めてベンチャーの
話を聞いたという人は、
ほとんど起
業家になりたいとは言いません。
そ
のため、早いうちにベンチャーや起
業家等について教えておくことで、起
業家になるという選択肢を与えることができるのではないかと思っています。1996 年から小中学生を対象に早
稲田ベンチャーキッズキャンプを開催しました。このキャンプのコンセプトをベースに私のゼミ生であった平
井由紀子さんが早期起業家教育の事業会社を 2000 年に創立しました。その会社が株式会社セルフウイ
ングで、昨年[Japan Venture Awards 2008]で、中小企業長官賞をいただきました。
この早期起業家教育プログラムでは、単にビジネスを教えるというわけではなく、ビジネスの失敗
からどのように成功を導き出すかを教えるプログラムです。
このプログラムを通じた教育は、失敗を体験させ、それからどうやって立ち上がっていくのかとい
うことを2泊3日で教えます。それは同時に、ビジネスを体験し、起業を体験することでもあります。
●早稲田大学の起業家教育の取り組み
アントレプレナーシップ大学を目指している、早稲田大学の起業家教育の取り組みについては二つ
お話ししようと思います。
●●ウエルインベストメント株式会社
一つ目は、ウエルインベストメント株式会社の取り組みです。これはベンチャー学会の会長である
松田修一先生が主体になって始められたものです。早稲田大学アントレプレヌール研究会 1という約15
年の歴史を持つ、恐らくアントレプレナーシップの研究会で、日本で一番古い研究会です。この研究
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会の会員が中心になった立ち上げたベンチャーキャピタルがウエルインベストメント株式会社です。
図表3 ウエルインベストメント株式会社
私はウエルインベストメントを「しがらみフ
ァンド」と勝手に言っていますが、その理由は
早稲田大学の出身や早稲田大学の教職員の推
薦だと言ったら、好意的に考えてもらえるから
です。松田先生が会長ですので、本当は「しが
らみファンド」
などと言ってはいけないのです
が、実態ではないかと思っています。
ウエルインベストメントが投資した企業か
ら上場企業が 15 社ぐらい出ています。実は、
「しがらみ」というのはすごく重要な言葉です。
ベンチャーキャピタルが投資をするときに、「15%は技術に投資をして、85%は人材に投資」と云わ
れています。技術面がたとえたいしたことがなくても、人材面で「あいつは良いやつだ」「あいつは
信用できる」と評価されたら、投資を受けることができるわけです。この人材重視の投資方針を有効
に活用したのがウエルインベストメントだと私は思っています。そういう意味で、早稲田大学関係者
が起業するときに、きちんとした信用のおける卒業生だったら、ウエルインベストメントから資金調
達ができるわけです。
●●インキュベーションセンター
二つ目に、インキュベーションセンターです。センターのビジョンは、先ほど申し上げた「進取の
精神」です。
早稲田大学のインキュベーションセンターでは「三つの役割と二つの貢献」を考えています。三つ
の役割とはインキュベーション、教育、研究です。二つの貢献とは地域貢献と国際貢献です。
なかなか難しいのですが、全学的な支援体制を築き上げているか、理工系と経営系でどうやって協
力関係を築いていくか非常に頭を悩ませています。 先ほどご紹介致しました早稲田大学のアントレプ
レヌール研究会やビジネススクールとの連携です。アントレプレヌール研究会の方は、東出浩教先生
が、今、世話役になっています。
早稲田大学のビジネススクールでは、アントレプレヌールシップマネジメント専修、テクノロジー・
マネジメント専修、ストラテジックマネジメント専修の 3 専修があります。5 つのゼミがアントレプレ
ヌールシップ関連です。今日、大和総研のレポートをちょっと読んでみたのですが、講義科目のどれ
くらいがアントレプレナーシップの教育に入っているのか判断に悩むところです。対象となる授業は
数限りなくあるような気がしてならないのですが、いずれにせよ、数多くの授業を通じて学生に対して
実践と演習の場を与えています。そして、インキュベーションセンターのファシリテーターとしてMBA生や
14
学部生など10 数人を採用して、ベンチャーの手伝いをさせています。
その他には、学内の他のキャンパスとの連携をしております。早稲田大学の本庄キャンパスには中
小企業基盤整備機構 2が整備してくれたインキュベーションセンターがあります。北九州ひびきのキャ
ンパスとも連絡を取りながら活動をしております。他大学のインキュベーションセンターや地域のイ
ンキュベーションセンターとも連携を密にしております。本日は九州大学の谷川先生が来ていらっしゃいます
が、実際に九州大学のインキュベーションセンターや財団法人京都高度技術研究所と協力してやっています。
●●●インキュベーション事業
早稲田大学のインキュベーションセンターの三つの役割のうち、まずインキュベーション事業につ
いてお話しします。
図表4 5種類のベンチャー育成
インキュベーション事業を通じて、5種
類のベンチャーを育成しようとしています。
教授ベンチャー、学生ベンチャー、企業ベ
ンチャー、協定校・地方自治体のベンチャ
ー、国際ベンチャーの5つです。
今日、パネリストとして出てくる早稲田
大学政経学部4年生の村上太一君が創立し
た株式会社リブセンスはまさに学生ベンチ
ャーの例です。
協定校・地方自治体のベンチャーの例は、
九州大学インキュベーションセンター出身
のグローバルゲイツ社や京都高度技術研究
所のインキュベーションからの紹介のベンチャーです。
国際ベンチャーは、早稲田大学の留学生が国に帰って起こしたベンチャーや、留学生のベンチャー
や、早稲田大学と提携している大学のインキュベーションセンターのベンチャーが日本に進出したい
という場合に場所を提供しています。
今までのインキュベーションセンターは早稲田実業高校の元の校舎を利用していました。2階、3階、
4階まであったのですが、残念ながら高等学校の校舎なのでエレベーターがありませんでした。私は2階のベ
ンチャーしか定期的に訪問できませんでした。3階、4階はあまり訪問できませんでした。それではいけない
と思い、今度の新しいインキュベーションセンターは、すべて全て1階に収まるようになっています。非常に
ベンチャーとのコミュニケーションがやりやすくなりました。
新しいインキュベーションセンターは個室利用型と共同利用型という2つの利用形態があります。
共同利用型は、インキュベーション・コミュニティといっています。学生ベンチャーなどは大体ここに
15
入れます。利用費は一ヶ月1万円ですから非常に安いですが、住所、大学のインターネット環境、会議室、個
別ブース、等が使えます。学生のベンチャーの初年度はそれで十分だと思っております。
教授ベンチャーもここに入れようと思っています。1年間様子を見て、成長できそうとなったら個
室に移していくことを考えています。
●●●事業開発型産学連携
話は変わりますが、早稲田大学を企業に例えると売上は 1000 億円で、外部研究開発費が 100 億円
です。大学という知識を創造するところにも関わらず 10%しか、R&D費はありません。研究費も研
究費比率も少なすぎるのではないかと思っています。そういう状況では、研究開発型産学連携は大変難しいの
ではないかと思います。
トヨタを見ると、25 兆円で1兆円の研究開発費を使っております。しかも、自動車関連だけでそれ
だけの額があるということを考えると気が遠くなってしまいます。そのため、研究開発型の産学連携
という夢のような話はやめた方がよいと判断して、私が今提案しているのは事業開発型産学連携です。
研究開発型産学連携について付け加えると、企業はいろいろな技術シーズを持っているのですが、早
稲田大学では医学部や薬学部がないので、物質特許などのホームラン特許の可能性は非常に少ないです。大体
はヒット特許で大きなライセンス収入を得られるようなことはありません。
また一つライセンスを取ったとしても、企業が周辺のライセンスを全部おさえていて、TLO 3で金
をもうけようすることは、夢のまた夢です。文部科学省や経済産業省もいろいろなことを考えていら
っしゃるでしょうが、そのような夢は捨てた方がよいと私は思っています。
図表5
事業開発型産学連携
事業開発型産学連携は、企業が技術を持ってきて、
それに早稲田大学が知財を加えるモデルです。
企業に技術シーズを出してもらい、大学側が学生と
研究者と教授を参加させて、新しいノウハウや知識を
つけていく事業開発型産学連携が、日本ではうまくい
くのではないかと思っています。
少なくとも研究費が少ない大学では、事業開発型産
学連携が適しているような気がします。会社からのス
ピンアウトやカーブアウト、いろいろな取り組みがなさ
れています。このような取り組みが現在のところ、あまりうまくいっていないと私は思っていますが、大学が
連携することで良い方向へ向かっていくのではないかと考えて、今、事業開発型産学連携の実験をしている最
中です。
他にも、例えば長期間企業の中で事業化しようとしているプロジェクトを一度大学のインキュベー
ションセンターで、研究者や学生のチームで再挑戦するようなことが可能になるのではないかと思っ
16
ております。もうやめたいのだけれどもやめるわけにいかないというようなプロジェクトが多く企業
の研究所にあります。新しい環境で、新しい眼で 1 年間かけて見直します。もしそれでうまくいかな
かったらあきらめてもらいます。そのような場所をインキュベーションセンターで提供することができるので
はないかと考えています。
●●●Venture Boot Camp の開催
その他にも、先ほど言いましたように、アントレプレナーシップの授業を通して、起業家を育成す
ることや、起業家マインド養成や、新しいものにチャレンジする学生を育てるためにいろいろな工夫
をしています。
インキュベーションセンターでじっと待っていても、先生や研究者が良いアイデアを持ってきませ
ん。そのため、インキュベーションセンターでは Venture Boot Camp を開いて積極的に技術シードを
探しに出かけます。
図表6 Technology Boot Camp in Hibikino Campus
国際的なベンチャーを育成するた
めに、Kauffman Foundation 4が提
唱しているGlobal
Entrepreneurship Weekに参加して
います。11 月 17 日からの 1 週間の
間に、早稲田で、三つのイベントを
開催します。具体的には、女子学生
起業家クラブの交流会、早稲田大学
インキュベーションセンターの公式
開所式、早稲田大学のベンチャーフ
ォーラムです。
早稲田大学のベンチャーフォーラ
ムは事業計画コンテストですが、もう 11 年続いています。
新しいインキュベーションセンター(Robert J. Shillman Business Innovation Center)の公式の
開所式です。
Venture Boot Camp については、ベンチャーに協力してくれそうな先生の研究室に行って、大学院
生や研究者が持っているアイデアをビジネスにすることができるかどうかを検討します。ファシリテーターと
呼んでいるMBAの学生や学部の学生を連れていくのと同時に、企業のエンジニアも連れていき、ビジネスの
アイデアをつくり上げるイベントです。ベンチャーに興味をもってくれる先生は早稲田大学でも 5%~10%
程度しかいません。
これは九州大学と一緒にやらせていただいた北九州のひびきのキャンパスで行った Boot Camp の
17
案内です。画像計測などの技術シードが中心であったので、その専門的な企業の方に参加してもらい
ました。
●●●女子学生の起業家交流会
Global Entrepreneurship Week 5に合わせて開く女子学生の起業家交流会の案内です。
図表7 早稲田大学女子学生起業家交流会
早稲田大学は日本で2番目に大き
い女子大学で、1万 5000 人の女子
学生がいます。ベンチャー学会の事
務局長であり、早稲田大学客員教授
でもある田村真理子先生がオーガナ
イズして、女子学生起業家交流会を年
数回レベルで開いています。
残念ながら女子学生起業家交流会
には私は入れません。セクハラ問題
などが起こらないように、女子だけ
が参加できるのです。そのため、こ
こにあるのは後でもらった写真です
が、実際に非常に活発に活動をされていると聞いています。
去年は株式会社大和総研の鈴江栄二本部長にお話しをいただいています。ここには鈴江本部長の写
真も出ています。大和総研がスポンサーでしたので、鈴江本部長だけは特別に参加できました。寄付
をするとすばらしい利点があります。
女子学生起業家交流会には、男子学生は入れず、女子学生だけです。そちらの方がうまくいくよう
です。
●●●事業計画コンテスト
早稲田大学のベンチャーフォーラムについてですが、これはさきほども申し上げました通り、11 回
続いている事業計画コンテストです。今まで優勝したベンチャー中で、潰れた会社もあります。また
Living Dead の会社もまだ聞いたことがありません。
このフォーラムは 10 月 26 日が締め切りになっているので、ぜひ参加してください。賞金の副賞と
して、ウエルインベスト株式会社が 100 万円を用意しています。実は、アメリカの大学になると500 万
円ぐらいが賞金の相場となっています。ウエルインベストメントがもう少し賞金を上げてくれるとも
っと応募者が増えるのではないか、と期待しております。
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●●●教育の場としてのインキュベーションセンター
インキュベーションセンターの第2の役割、教育の場について話します。ベンチャー支援のための
学生のファシリテーターを採用しています。学生にベンチャー支援をさせるところに意味があるので
す。
図表8 教育を通して、ビジネスアイデアからビジネスプランへ
先ほど申し上げたように、学生が
一番身に付くのはケーススタディな
ど仮想空間で学ぶことではなく、本
物で教育をやらなくてはいけないと
いう考えからそのような取り組みをし
ています。
例えば、早稲田ベンチャーキッズ
でも、小学生に実際に商売をやらせ
てみます。そこでうまく売れなかっ
たら、なぜ売れなかったのか反省し
ながら学習させます。
ファシリテーターは、内定の決ま
った学生とMBAの学生でそれぞれチームを作ってベンチャーを支援していくという形で行い、それ
が修士論文になる場合もありますが、単位取得は考えておりません。このファシリテーターの取り組
みは大和総研にいろいろ支援していただいております。大和総研の耒本一茂さんがファシリテーター
チームの指導をしています。
学部生、大学院生が単位取得できるベンチャー関連講座は 10 以上あります。一つは、大和証券グルー
プの「起業家育成基礎講座」です。今日パネリストになる村上太一君は大学1年生のときにこの授業を履修し
て、事業アイデアを発表しました。彼のアイデアが最優秀でした。副賞として、インキュベーションセンター
に1年無料で入居しました。彼の今年度の年収を聞いた印象は、大学の先生なんかやっていてはいけな
い、と思いました。ほかにも、企業がスポンサーになっている授業がいろいろあります。
例えば、サイボーズ社寄附講座「ビジネスモデル策定」や、松田修一先生の「ICTベンチャーの
事業化」、マクロミル寄附講座の「ベンチャー企業の創出」、シルマン博士記念講座「ハイテクベンチャーマ
ネジメント」、フォーバル寄附講座「ブロードバンド起業塾」等があります。このほかにも各学部、各大学院
固有のベンチャー授業があると思いますが全ては把握しておりません。
多くの寄附講座では、講演者であるベンチャー社長と受講者の交流会を月に 2 回程度開催しており
ます。Venture Boot Camp や事業計画コンテストなどにも積極的に参加することを奨励しています。
ほかにも例えば、Moot Corp 6がありますが、これは英文のビジネスプランコンテストです。早稲田大学
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からは留学生が中心に参加しています。このコンテストは、テキサス大学から始まった全世界的なもので、ア
ジア予選はタイのタマサート大学で毎年行われます。一橋大学と早稲田大学が参加しています。早稲田大学は、
2000 年から毎年参加しています。
●●●早稲田のベンチャースキーム
ところで、早稲田大学ではビジネスアイデアを創出して、インキュベーションセンターに入居し、
成長企業を育成するスキームができております。
後でパネリストとして話してくれる村上君は、1986 年生まれなので 22 歳です。彼がいろいろ話し
てくれると思いますが、小学校時代から起業しようと考えていたとのことです。高等学校でもビジネ
スのようなことを少しされたと聞いています。
研究者ベンチャーの代表的な例は、トレード・サイエンス社です。研究者である加藤浩一さんが創
立したベンチャーです。トレード・サイエンス社は、1カ月ぐらい前にマネックス証券が 10 億円で買
収した会社です。そのため、創業者3人ぐらいは、数億円ずつ儲かったのではないでしょうか。この
資金をベースに次のベンチャーを現在構想中だと聞いております。研究者は興味がどんどん変化して
いきますから、次から次へとベンチャーを創造することが一番適しているのではないでしようか。
特に、先ほどお話ししたように、IPOを狙うなどということは今ではほとんど不可能に近い話になってき
ているので、このように事業会社に買収してもらう出口が一つのモデルになると思います。
私の教えているシルマンハイテクベンチャー講座にも、村上さんや加藤さんが来てくれて、いろい
ろと後輩のために話をしてくれます。期末の課題があり、事業計画や事業アイデアを発表させるよう
にしています。ただ話を聞くだけではなくて、実際に新規事業アイデアやベンチャーを提案してもら
います。
大学院の Entrepreneurship のコースでもやはり期末の課題に事業計画の発表をしてもらいます。
今年
度は四つのテーマを扱っています。
一つはインテル Atom CPU の新しいビジネスアイデアというテーマです。
二つ目に、ニコンのデジタルサイネージのテーマです。
三つ目に、ボストンにあるノースイースタン大学のナノテクノロジーのバイオセンサーのテーマで
す。この技術をベースに日本の戦略をつくることを考えています。
最後に、メリーランド大学から出てきた、中古ゲームのトレーディング会社の日本進出の計画をつ
くるということです。これは、今度の 1 月 16 日に発表させた後、3 月 17 日に早稲田で開かれる
Technological Entrepreneurship Workshop で発表をさせる予定です。早稲田大学の学生をできれば
ボストンにつれていき、世界戦略をディスカッションさせたいと思っています。
結局のところ、経営学は実物でやらなければ意味がないと私は思っています。情報が限定されたケ
ーススタディというものは情報時代のリーダー教育には意味があるとは思いません。日本人の学生は、
すごくケースが受験勉強のおかげで得意なのですが、本当に意味があるかどうか疑問です。
要するに、限られた情報の中から正解を求める訓練をいくらしても、あまり意味はないと思うので
20
す。
無限の情報から何をやらなくてはならないかという意思決定のトレーニングをさせるべきだと思い
ます。早稲田大学にもいろいろな先生がおります。限られた情報を与えておいて、「これはどういう答え
か」という指導をしておられる先生もいらっしゃいます。
第3の役割は、研究活動の場の提供を行っています。ゼミ生やほかの先生のゼミ生にもインキュベ
ーションセンターに来てもらい、修士論文の題材を提供しています。ファミリービジネスの研究、イ
ンキュベーションセンターの経営、大学発ベンチャーの経営、知財活用の事業計画、そのような研究
テーマを提供することによって、研究の場としています。
新しいインキュベーションセンターが 11 月 20 日にオープニングをしますので、ぜひ来てください。
●●●起業家寮をつくろう
私は、早稲田大学を起業家大学にする一番良い方法は、起業家寮をつくることだと思います。早稲
田大学のスポーツで強いところは、ラグビー部もラグビー寮を持っていますし、水泳部も卓球部も駅
伝部も最近強くなったところは、寮があります。
図表9 起業家育成寮に入り、起業家精神を涵養し、起業家ビジネスマンになる
そのため、「起業家をつくるには
もう起業家寮しかない」と考えて、
新規事業として共立メンテナンスに提
案したら、共立メンテナンスも「いいで
すよ」と話がまとまりかけました。しか
し、「早稲田という名前を付けたい」と
大学に提案したら、大反対されてしまい
ました。何で反対されたのか、いまだに
よく分かりません。
早稲田大学には5万人ぐらい学生
がいます。5万人の学生がそれぞれ
いろいろなことを考えているわけで
すから、その中でも起業家になりたいという人は一つのところに集めてみてはどうか、と思います。
漫画でトキワ荘があるように、早稲田大学で起業家寮をつくれば、毎年、かなりの数で起業家が生
まれると思います。
例えば、30 歳ぐらいになったときに、その寮で過ごした人が集まって、また起業家になっていく可
能性も高いと思います。経済産業省も文部科学省もどんどん起業家寮を大学につくっていくことに後
押しをしてくれること願っています。
大がかりなインキュベーションセンターなんかはつくらなくてもよいから起業家寮をつくって、そ
21
こで教育をするという形が一番良いと思います。
三菱UFJキャピタルにも起業家寮をぜひつくっていただきたいと思います。起業家誕生を促進す
るためには、これしか解決策はないのではないかと私は思っています。
非常に残念ですが、早稲田大学ではできなかったので、ぜひほかの大学でこの計画を進めていただきたい
とも思っています。
●●●地域貢献と国際貢献
最後に、地域貢献と国際貢献について説明します。地域貢献では、墨田区と5年前から包括提携を
結んでおり、色々なプログラムがあります。ファミリービジネスや事業継承の実態調査研究をやろう
としています。
私が行った墨田区のプログラムについて簡単に触れますと、墨田区の中小企業を儲かる企業にすると
いうプログラムです。MBAの学生がコンサルティングを行って企業を大変儲かる企業に変えました。
そのプログラムをASEAN各国の大学に技術移転して、ASEANの中小企業・零細企業を助け
ています。大学4年生の期末テーマとして、Consulting Based Learning を行うことで地域活性化の
手伝いをしています。
Project Based Learning 分類されるのですが、コンサルティングをすることによって学ぶ、
「Learning from Helping」の精神です。このプログラムがASEANの起業家教育の共通のプログラムに
なりつつあります。
学生は零細企業の問題点を見つけ、解決策を作り上げ、その企業のコンサルティングをさせ、3ヶ
月ぐらいで効果を出させることが狙いです。このプログラムは「本物でやる」教育な代表例です。
最後に宣伝になりますが、
10 月23 日にBabson College のHabbershon というFidelity Investments
の Managing Director が来て、早稲田大学で「ファミリービジネスと起業家精神」という講演を行い
ます。無料ですのでぜひ参加してください。どうもありがとうございました。
1
2
3
4
5
6
http://www.weru.co.jp/
http://www.smrj.go.jp/
Technology Licencing Organization(技術移転機関)
http://www.kauffman.org/
http://www.enterpriseweek.org.uk/about/global_entrepreneurship_week
http://www.mootcorp.org/
22
「文系理系学部共通のアントレプレナー教育プログラム」
立命館大学経営学部
(テクノロジー・マネージメント研究科兼務)准教授
樋原 伸彦 氏
●BKCキャンパスでのアントレプレナー教育の実践
本日の講演のお題は教育プログラム・教育フォーラムということで
いただいております。
私どもは学部でも大学院でも起業家教育を行っているのですが、今日は学部のプログラムにフォー
カスを当てたいと思います。
表題にありますように、私どもはBKCキャンパスで、文系・理系両方の学生を同じ教室、あるい
は同じプログラムに集めていますので、そのプログラムについて若干ビデオも交えながら、詳しくお
話しさせていただきます。その後、午後のディスカッションセッションに問題を投げ掛けるような形で、若
干クリティカルな形で課題・展望を申し上げさせていただきます。
また、ベンチャーキャピタルも一つの大きな課題になっております。私も研究の専門はベンチャー
キャピタルですので、最後に少しベンチャーキャピタルの教育について、提言をさせていただければ
と思います。
私どもの大学ですが、京都に朱雀キャンパスと衣笠キャンパス、滋賀にはBKC(びわこ・くさつ・
キャンパス)を持っております。今日ご説明するプログラムはBKCのプログラムです。現状ではBK
Cには4学部があります。それが経営学部、経済学部、理工学部、情報理工学部で、全4学部合わせ
ると学生数はかなり多いのですが、この中の 100 名前後が毎年このプログラムに参加して学んでいま
す。
私どもは 2005 年に現代GP 1として採択されたことから始まり、本年度、2008 年度で4年目を迎
えております。本年度の4月に、新たにBKCに理系学部として薬学部、生命科学部を設置いたしま
したので、来年度以降、この新しい理系の2学部もこのプログラムに入ることが予定されており、社
系2学部、理系4学部という形で近々やらせていただけることになっています。
●アントレプレナー教育プログラムの概要
プログラムへの参加の仕方ですが、1年生の前期は入学したてで、こういうプログラムがあるとい
うことが分からない学生が多いものです。そこで、1年生の後期の 11 月から 12 月くらいに募集をか
け、起業に対する意識・興味、あるいは抱負といった作文を学生に書いてもらい、審査をします。こ
れは別に定員があるからという訳ではないのですが、一応、審査をするという形にして、通常 100 名
前後をこのプログラムに入れます。
23
今日は大学関係者の方も多いと思いますので、開講科目などを少し詳しくお話しさせていただきたいと
思います。やはり理系の学部の学生は忙しいという面がありますので、理系学生の本業の授業とかぶ
らないように、すべての授業を夕方6時から7時半の6時限に集めております。また、各科目、セメ
スター開講で、前期・後期の各期で終わるような形にしております。プログラムという形にしており
ますので、ここにありますように16単位、8科目を修了することで、一応、アントレプレナーシッ
プのプログラムを修了するという形になり、修了した学生には修了証を差し上げています。
科目群については8科目をどういう形で履修をするかという疑問があるかと思うのですが、科目群
の設定は基礎、展開、実践という3段階にしています。修了要件16単位のうち、8単位(4科目)
ぐらいはこの基礎科目から取ってもらいます。実践科目については、インターンシップなどいろいろ
あるのですが、これらの中から最低2単位を取ってもらうことで、教育効果を担保するという形にな
っています。
図表1 基礎科目
基礎科目群については現状では5科目を開講
しています。特に2年生の前期・後期に、こうい
う基礎科目を履修してくださいということを念
頭に設定しています。本日ここにお越しの皆様は、
専門家だと思いますので、タイトルをご覧になれ
ば内容はご推察がつくと思います。
順にご紹介しますと、アントレプレナーシップ
論、ベンチャービジネス論、ビジネスプランにつ
いて、起業ファイナンス、生産システム論となり
ます。理系の方の起業をかなり強く意識しており
ますので、生産システム論を基礎科目の一つとして入れております。
図表2
展開科目
展開科目は、現状では4科目を開講していま
す。これは2年生の前期・後期に今ご説明した
基礎科目群を受けた後に取ってもらうという
形で設置しており、
これらも理系寄りの科目を
並べています。
24
図表3
実践科目
実践科目も、インターンシップや、自分の持っ
ているビジネスアイデアの実践を目指して実践講
座群を設定しております。そのため、インターン
シップ、あるいは自らのビジネスプランを考える
これらの科目をなるべく単位として認めるという
形で行っています。
一つ目は講師の方に来ていただいて、学生個々が持っているビジネスアイデアのブラッシュアップ
を行います。どうすればリアルなビジネスとして持っていけるのかというところにフォーカスをして、
後期に開講しております。
二つ目は、起業活動インターンシップです。私ども、中小企業基盤整備機構、滋賀県、草津市の四者
で、私どもの大学の中にキャンパス型のインキュベーション施設を持っています。これを「BKCインキュベ
ータ」というのですが、そこに現状では 20 社超の会社が入っていますので、そこへある程度長期のイン
ターンシップという機会をつくらせていただいております。そこでインターンシップをすれば、2単
位認めることになっています。
三つ目は結構ユニークだと思います。BKCインキュベータには当然、IM(インキュベーション
マネージャー)の方がいらっしゃって、入居の企業の方にいろいろお手伝いなどをさせていただいてい
ます。
私どものアントレプレナーシッププログラムは、必ずしも起業家になるだけが道ではないと考えて
おります。よく言われるように、環境が整っていないとなかなか起業もできません。経営学者の方な
どでは、「日本で起業するというのは、環境的にどう考えても無理がある」とおっしゃる方もいらっ
しゃいます。
そこで学生には、サポート役に回るというのがどういうことなのか、実地に経験してもらいます。
それをIM室での長期のインターンシップということで毎期やっています。
四つ目に、こういう教育を行う場合には、大学と外との関係が極めて重要です。私どものこのプログラ
ムに賛同していただいているのは主に中小企業の方が多いのですが、実際に滋賀県や京都府の方々のところに
インターシップをさせていただいています。あまり長期にわたると企業側の負担が重くなるので、短期ではあ
りますが、インターンシップでベンチャー企業や中小企業の現場を学部生に経験してもらい、それも単位とし
て認めるという形でさせていただいています。
履修イメージを申し上げた方が皆さんにとっても分かりやすいと思います。2年生前期に基礎科目
2科目程度、2年生後期にまた2科目、3年生前期に展開2科目を取ってもらい、3年生後期に例えばア
25
ントレプレナー実践講座や、自分のビジネスプランをブラッシュアップしつつ、BKCインキュベー
タでインターンシップを行うというような形で終わります。
こうして見ると、それほど重くないのではないかという印象を持たれるかと思うのですが、理系の
学生にとっては、正直言って結構負担です。私たちとしては、取りあえずマーケティングや会計の普
通の授業を受けてもらわないと困るという話はあったのですが、最近、研究室などでの活動も、先生
方が高いレベルを求めていらっしゃるので、学生がかなり忙しいのです。各期2科目ぐらいが限度なのでは
ないかと判断して、私たちはやっています。
●ビデオ上映
百聞は一見にしかずといいますので、最近私たちが作成したビデオをご覧いただきたいと思います。
私の授業の様子もありますが、全体を5分程度でご覧になっていただき、また説明を続けさせていた
だければと思います。
**ビデオ上映***
26
このような感じで、私の事業計画論の最後の方の授業で、ゲストスピーカーの方に二人来ていただ
きまして、学生の作成したそこそこ見られるビジネスプランを4~5組発表してもらいました。
●教育プログラム以外の起業支援と施策
また、私どもの教育プログラム以外に、いろいろな起業支援や施策などをやっております。
一つ目が、「学生プレ・インキュベーション・ルーム」と私どもは呼んでいるのですが、これは学
内に、BKCインキュベータとは違うところにあります。学部生中心になりますが、オリジナルなビ
ジネスプランの実現を目指す学生に、もしあればアプリケーションを書いていただいて、そこを活動
の拠点として場所を提供するというものです。
二つ目に、先ほども既に触れさせていただいたBKCインキュベータで、インターンシップの機会
の提供、あるいはプレ・インキュベーション・ルームからのステップアップの機会を設けています。
三つ目に、学生起業家支援奨励金制度もつくっています。プレインキュベーションで場所を提供し
ますが、それに加えて極めて少額ではありますが、マーケティングや調査にはこちらから何らかのヘ
ルプを与えようという主旨で奨学金制度を設けています。
四つ目に、年1回、秋に立命館ベンチャーコンテストとしてやっています。年2回程度、
Entrepreneurship Education Forum ということで、先ほどのビデオで学生が発言して、起業家の方
と交流していましたが、あのようなイベントを年2回ほどやっております。
27
それから、先ほど大江先生の話にもありましたが、この 11 月に Global Entrepreneurship Week を
全世界的にやっています。私たちも 11 月 22 日に、アジアから 20 人程度起業家の卵のような方々を、
そしてうちの大学やほかの大学からも 30 人程度呼んで、英語によるレクチャーシリーズを、私どもの
京都の朱雀キャンパスで丸1日、開催させていただくことになっています。
●教育プログラムを通じて見つかった7つの課題について
ここまでは見栄えが良いプレゼンをさせていただきましたが、中身は多くの課題などが山積というのが正直
なところです。
枠組としては、単位として認めることもあり、かなり系統立った形で科目設定などをやっておりま
す。「これで起業家が出なかったら、おかしいだろう」という状況ではあるのですが、実際のところ
は課題が山積しています。それぞれについて、簡単に課題を投げ掛けるという形でお話しさせていた
だきます。
一つ目の問題点は、これだけのプログラムをしていて Exit として起業家が出なくてよいのかという
極めて根本的なことです。
学部レベルでの取り組みですので、どうしても就職活動に影響を受けます。学部3年4年ではご承知の通り
就職活動もかなり早まっており、就職が4年生の4月か5月に決まってしまうため、実質2年半程度でこのよ
うなプログラムを提供しているのが実情です。そのため、3年生のときにどうやって起業のリアルな感覚が持
てるのかが重要です。
そのような中で、このようなプログラムをやっていますが、プログラムに参加するような自発性や
独立心が強い学生は、就職のマーケットでも人気があります。そのためプログラム参加者の就職が好
調であるため、なかなか実際の起業に結び付かないという問題点を指摘せざるを得ません。
二つ目の問題点は、理系の学生といえども、やはり学部レベルですので、ビジネスアイデア自体が
消費者目線のようなものになってしまうことです。例えば、テクノロジー系の起業家や関係者をゲス
トスピーカーとしてお呼びして、バイオについて語っていただいたり、ITについて語っていただい
ても、先ほどビデオであった私の事業計画論の授業では、生協食堂のトレーに広告を載せる紙をつく
りませんかというレベルのビジネスプランが出てきます。このようなレベルで文理融合といえるのかと
いう根本的な問題があります。
三つ目の問題点は、これも先ほど少し触れましたが、理工系の学生は特に本業の授業がかなり忙し
いです。そのようななかにあって、各期2科目ずつプログラムを取って、かつ理系の自分の本業もや
りながら自分のビジネスプランを考えるということが、果たして彼らにとってハッピーなことなのか
という問題があると思います。
四つ目の問題点は、インターンシップに関連する問題になります。これも若干そもそも論になって
しまうのですが、インターンシップ先となる既存の企業のなかにはかなり成熟した企業があります。も
う既にキャッシュフローも回っている、ビジネスも回っているというところに、これから起業しなければいけ
ない、ゼロから出発しなければいけないという学生が起業家教育の一環としてインターンシップに行って、そ
28
ういう意味での効果はあるのかという問題です。
五つ目の問題点は、学生の起業への興味が薄れつつあるのではないかという問題です。このプログ
ラムを4年程度やっているのですが、最近では学内ではビジネスコンテストへの応募の数が減ってい
ます。ほかでお話を伺うと、私どもの大学だけに限らず、マクロ的に、一時期に比べて、学生の起業へ
の興味が若干薄れつつあると感じています。
六つ目の問題点は、地域との連携に関する問題です。私どものキャンパスは滋賀にあり、就職とな
ると、今年はこういう金融危機の状況なので分かりませんが、ここ2~3年は東京への就職が多いで
す。そうすると、せっかくここまでのプログラムで起業なり、あるいは起業のサポート役なりとして
何かできるのかなと思っている学生も東京に飛んでいってしまうので、地域との連携をどのように行
うかが問題です。
理想としては、滋賀なり京都なりにこういったプログラムで学んだ学生を供給したいという希望が大
学側にはあるのですが、うまくいっていないのが現状です。
最後に、これは極めて学内的な問題なのですが、4学部が一緒にやっているので、どうやって調整
するのかという問題があります。
私ども経営学部にはアントレ関係の教員がいるのですが、理系の方にはアントレ関係を専門とする
教員がいないので、結局、経営学部の方からほかの学部へサービスのような形になっています。「わ
れわれはサービスしているのだ」と言うのですが、ほかの学部にはなかなかその価値を認めていただ
けないので、その辺にいろいろと課題があると思います。
また、私どもはキャンパスが滋賀、京都、大阪にあります。これらのキャンパスの中で、現状では
BKCの学生しか対象にできていません。しかし、例えば衣笠にも社系・文系学部、政策科学部、法
学部など様々な学部があります。そして、そこにも起業をしたいという学生はおりますので、彼らを
どのようにカバーしていくのかという問題があります。
ほかの大学もキャンパスが幾つかに分かれているような環境が多いので、起業家教育に対してどの
ような政策を出していけるのかは、なかなか難しい問題だと思っています。
●今後の展望
今後の展望について触れさせていただきたいと思います。
このプログラム、あるいは先ほど申し上げたほかの施策で提供しようとしているのは、まず、ビジ
ネスの基本的な知識です。また、インキュベータ、プレ・インキュベーション・ルームなどの場所を
提供します。そして、このプログラムでは 16 単位が終われば修了証が出るため、学生に対してフォー
マルな形でのモチベーションを与えています。
このプログラムでは毎年約 100 人程度が集まりますので、ほかの学部の学生とのコンタクトや教員
とのコンタクトができます。特に理系の方にとっては、経営系の教員や起業家とのコンタクトはかなり大
きいと思います。また、少額ではありますが、先ほど申し上げた起業家奨励金も一応出しています。
それでもなかなかうまくいかないというジレンマがかなり多いのが正直な感想です。しかし、まだ
29
4年程度しかやっていませんので、何が足りていないのかと、常に私たち自身に問い掛けています。
●●メンターの不足
足りていないものの一つの可能性として、人といいますか、メンターなのではないかと考えていま
す。
恐らくアメリカ的に言えば、エンジェルのような立場の方だと思います。私たち教員としても、そ
ういう部分に時間を割こうとはしているのですが、教員がメンターになれるのかという部分について
は、疑問があります。
その辺に関しては、今後、地域との連携などを強めていかなければいけないと思います。
●●ネットワーク力
ポジティブな側面も見てみたいのですが、私たちは先ほど申し上げました通り、約 100 名程度、毎
年修了生を出しています。例えば、Entrepreneurship Education Forum を行うと約 400 人の学生が
毎年来ますが、この約 400 人の蓄積を見ると、将来的にはこのネットワークの力が出てくるのではないか、
そして地域における修了生のプレゼンスが上がってくるのではないか、という期待をかなり持っています。
●ベンチャーキャピタルの教育
アントレプレナーシッププログラムについては以上ですが、ベンチャーキャピタルの教育について
一言だけ申し上げたいと思います。
日本の大学では北米などの大学と比べたときに、Introduction to Finance(ファイナンス入門)や
Intermediate Corporate Finance という基礎科目が、一般的には系統立っていないのではないかと感じて
います。
ファイナンスの基礎があれば、ベンチャーキャピタルのことについても深く学習することができま
す。例えば Entrepreneurial Finance とベンチャーキャピタルサイドのビジネスについての授業を二
本立てとして、学部や大学院でできれば、より充実していくのではないかと考えています。
最後に、これはベンチャーキャピタルに限らず、ビジネススクール全体の問題なのかもしれませんが、も
う少し日本語で書かれたケースが出てこないと教育上つらいと思います。
1
文部科学省現代的教育ニーズ取組支援プログラム(現代 GP)
30
「イノベーションシステムと起業家教育」
慶應義塾大学総合政策学部
國領
二郎
教授
氏
●アジア諸国に遅れを取っている日本のアントレプレナーシップ教育
初めから脱線して恐縮ですが、この秋(2008 年)から私は、アジア 13 カ国 27 大学とパー
トナーを組み、衛星通信を使った双方向のアントレプレナーシップの授業を始めています。そ
の授業の準備として、この夏にタイ、インドネシア、カンボジア、ベトナムの5カ国を回りま
した。この国々の、おおむねテクノロジー系の学部の方ですが、衛星通信を使ったアントレプ
レナーシップの授業に関心を持ってくださる方々といろいろと話をして、日本は駄目だ、完全
に負けていると感じました。
図表1
パートナー一覧
国名
インドネシア共和国
組織名
サムラトランギ大学、シアクアラ大学、ハサヌディン大学
バンドン工科大学、ブラビジャヤ大学
カンボジア王国
カンボジア健康科学大学、カンボジア工科大学
シンガポール
テマセク・ポリテクニック
タイ王国
チュラチョームクラオ・ロイヤル・ミリタリー・アカデミー
プリンス・オブ・ソンクラ大学
チュラロンコン大学、アジア工科大学院
ネパール王国
トリブヴァン大学
バングラデシュ人民共和国
バングラデシュ工科大学
フィリピン共和国
フィリピン政府科学技術省付属高等理工研究所(ASTI)
サン・カルロス大学
ベトナム社会主義共和国
ハノイ工科大学、ベトナム国家大学ハノイ工学部
ベトナム情報技術研究所(IOIT)
マレーシア
アジア医療科学技術大学、マレーシア科学大学
ミャンマー連邦
マンダレーコンピュータ大学、ヤンゴンコンピュータ大学
モンゴル国
モンゴル科学技術大学
ラオス人民民主共和国
ラオス国立大学
日本
慶應義塾大学、奈良先端科学技術大学院大学
31
訪問した中で一番すごかった大学が、ペナンにあるマレーシア科学大学(USM 1)です。
USMは入学者が年に 3000 人もいて、アントレプレナーシップの教育が必修とのことです。
3000 人に対してアントレプレナーシップの授業を行い、そのための専任教員が十何人もおり、
そのようなアントレプレナー教育を 20 年以上もしているそうです。
この衛星授業内で、ビジネスプランコンテストを行うつもりでしたので、先週の授業の最後
に、「軽くアイデアを出しなよ」と宿題を出しました。そして双方向衛星でできるので発表を
やってみようと、「5分で発表しよう」と学生に言いました。発表をしたことがある方はすぐ
に分かると思いますが、5分で発表するということはかなりスキルが要ることです。その時は
ラマダンの関係で、発表したのがマレーシアの学生と日本の学生だけでしたが、アイデアその
ものは似ていました。携帯を使ったビジネスやGPSを使ったビジネスなど、根っこのアイデ
アはあまり変わりませんでしたが、明らかにマレーシアのUSMの学生の方が、少なくとも慶
應大学の学生よりもよく訓練されていました。なぜならば、USMの学生は、5分で非常にイ
ンパクトのある発表をぱっと出してくるからです。
一つの原因は、高等教育が英語ないしはフランス語で行われているということです。今、こ
の金融混乱で、グローバルというのがどうなるのか、よく分かりませんが、英語ないしはフラ
ンス語で教育を受けた学生の方が世界に売り込むにははるかに良いポジションにいるというの
が素朴な印象でした。日本はお金があり、衛星のインフラを提供できますが、アントレプレナ
ーシップを日本からアジア諸国に教えようと考えることは、とんでもないということがよく分
かります。だから、来年はマレーシアからアントレプレナーシップの教育をしてもらおうと考
えています。
日本の中でも教育面での公式な取り組みにおいて慶應義塾大学は全く駄目だということは、
今、早稲田大学のお話
2
、立命館大学のお話
3
をお伺いしてあらためて感じています。慶應義
塾大学はもともと建学の分野から近代化の中でビジネス、実学を志向しまして、産業界におけ
る人脈などにおいてはほかに負けていないと思います。また、起業家マインドは卒業生の中で
もそこそこあるのではないかと感じていました。私は去年から、慶応義塾大学インキュベーシ
ョンセンターの所長をやらせていただいております。これは全学組織なのですが、まず授業は
どのようなものがあるのかと大学中を探させましたところ、知的財産権のようなものまで入れ
ても 22 科目と、たいしたことがありませんでした。その上、それぞれのキャンパスでそうい
うことに関心のある方がアドホックに立ち上げているだけという状況の中で、一体何を考えて
いけばよいのかと思いました。
●教育に関するオープンイノベーション
私は、個人的には湘南藤沢キャンパス(SFC)に居まして、大学院生のなかに学生ベンチ
ャーの社長が3人いるという環境にいます。学生は、割と調子に乗って会社をつくる人が多い
です。どちらかというと何かにあおられ、変なふうに会社をつくり、途中で投げ出してしまい、
32
その後始末をするという話も結構多いので、本当にあおってよいのかと感じています。アント
レプレナーシップにかかわられている方は、同じようにお感じになっていらっしゃる方もおら
れるのではないかと思います。そもそも、私たちはアントレプレナーシップの教育を何のため
にしているのかというのは、よく考えた方がよいのではないかと思います。
このような趣旨ではないことは分かった上で、少し大上段に振りかぶります。これはナショ
ナルイノベーションシステムと考えて、国全体で、もしかしたら世界的で、なのかもしれませ
んが、どのようなシステムに基づきイノベーションを生み出し、つくり出していくか、そのよ
うなシステムのなかで大学がどのような期待をされているのかと考えますと、流行りのオープ
ンイノベーションの枠組みで考えることができます。かつてでしたら大企業のなかの研究所の
ようなところからこういった考え方は生まれてきました。
私は、キャリアの最初の方はNTTに居ました。あの業界ではトランジスタなどの基本的な
ものはすべて会社の研究所から生まれてきたという経緯があります。それがオープンイノベー
ションの波が打ち寄せてきて、外部のイノベーションの成果を取り入れる企業の方が強いので
はないかという考え方になってきたことが、大企業の研究所からオープンイノベーションとい
う考え方が生まれた大きな背景なのだと思います。これはある意味で、科学技術がどんどん高
度化していくにつれて、テクノロジーそのもののインキュベーションの期間がどんどん長くな
っていき、基礎研究のところにしっかりと、しかも長く投資していかないと、テクノロジーの
実用・応用までつながってこないということが恐らく背景にあるのだと思います。こういった
ことをきちんと認識しておくことが大事だと感じます。
すごく俗な言葉で恐縮ですけれども、Chasm の「谷間」という言葉があります。今はあえて
基礎研究を前期と後期で分けて考える方がよいと思います。前期の基礎研究というのは、バイ
オなどの話が一番典型だと思います。本当に原理的なところについて、それほど巨大な研究費
ではなく、論文ベースで、公開ベースで研究されているような方がいて、それがあるところで
パターンが見えてきました。例えばゲノムならゲノムで、このように考えるのだということが
定まってきたところに、同時並行的にいろいろな研究リソースを投入し、一気に解析しきって
しまうというような話になっています。
33
図表2
Chasm の図
Moore, Geoffrey, "Crossing the Chasm: Marketing and Selling High-tech Products to
Mainstream Customers, Harper Business Essentials, 1991revised 1998.
(邦訳:川又政治,『キャズム』,翔泳社,2002 年.)
慶應はメタボロームなどを随分研究してきましたし、iPS細胞の研究などにはまさに大量
の資金を投入して加速させるべきところに差し掛かっていますが、日本はそのファイナンスメ
カニズムを持っていないということが一番大変なところではないかと感じています。
ナレッジをどのようにイノベーションにして、それを社会的に展開していくかのサイクルを
つくり、そのサイクルをどのようにファイナンスするかという大きな問題のなかの一環として、
アントレプレナーシップを考えていくということが大事だと思います。逆に言うと、そこを外
してしまうと、守備的に横に外れたことをしていて、大学のメインストリームにはならないと
いう感じがしてなりません。
●知的財産の権利化
日本の大学は、1998 年ぐらいに知的財産センターなどをつくり、TLO 4をつくるといった
取り組みをずっと行い続けていて、慶應義塾大学もその中でさせていただいています。先ほど
の早稲田のお話
5
の中では教授型という、基本的に研究室で生まれた知財をライセンスすると
いう形で立ち上げる企業もつくっています。学生ベンチャーの方は、実を言いますと、実数が
全然把握できないので、一体、慶應発ベンチャーが何社あるかということは結局いつまでたっ
ても謎であります。インフレに申告しようと思えば、幾らでもできるのですけれども、それを
するのはやめておこうと思います。
34
図表3
法整備と慶応義塾の取り組み
年次
1980 年
事柄
米国:バイ・ドール法
→
1998 年
知的所有権の機関帰属化
日本:大学などにおける技術に関する研究成果の
民間事業者への移転の促進に関する法律
1999 年
産業活力再生特別措置法
→
30 条
55 条
政府資金による研究開発から生まれた知的所有権を
受託企業側に帰属させることができる
1998 年
慶應義塾知的資産センター設立
2003 年
総合研究推進機構設立
知財ベースのものについては、非常に重要でありますが限界があるということも認識してお
いた方がよいと思います。
知財ベースのものは、権利関係を明確化することによって契約が可能になります。大学が生
み出した研究の本丸といえる知的成果を、本当に外へ持ち出す場合には、どのように権利化し
ていくかという問題があります。企業との共同研究などを片側で進めている中でも、最近はコ
ンプライアンス的なところがすごく大きくなっています。
学生については契約が非常に明確化している中で、そこから生まれた成果を大学の外に持ち
出すということは、今のところ明確な基準をつくろうとしても、なかなかつくれないような状
況にあります。
一方、教員の側についてはかなり明確になってきたという段階です。知財の契約の仕組み、
制度のようなものがきちんとできていないと、大学の知を産業へ移転することはできないのだ
ろう思います。もちろん、大学の研究文化との矛盾、大学の研究は論文を書いてなんぼの世界
ですので、こういう文化ときちんと調整していかないといけません。
今、私が問題意識として持っているのは、投資的な研究開発です。特に先端医療のような分
野を考えますと、決定的な差は、海外では基礎研究に投資的な資金が入っていますが、一方日
本では、2~3年できちんと結果が出る研究にしかお金が入らないということが挙げられます。
●産学の関係のあり方
日本人は「その原理は、日本人はずっと前から分かっていたのだ」と言いながら、それを事
業化するクリティカルでおいしいところを全部持っていかれるということがよくあります。そ
ういう意味では、京都大学で講演させていただいているから申し上げますが、やはりiPS細
胞研究の最初のところもそうだと思います。どうしておいしいところを持っていかれるかは、
35
後期基礎研究のファイナンスがちゃんとできないからだと思います。そのため、投資的な研究
開発と、学校法人の会計制度やコンプライアンスの仕組みの間のギャップを、何とか埋めてい
かないといけないと思います。
インキュベーションのことを考えていきたいと思いますが、このことに関しても学校の設
計・経営、その評価に至るまで、産学が一体となって遂行していくという考え方がよいと思い
ます。従来の考え方というのは、大学(学)は研究だけをして、それを特許権か何かにしてか
ら、それを八百屋さんの店のように並べて、「特許権を買っていってください」というモデル
で来ている気がしますが、それではやはり回っていきません。企業の方にも、基礎研究のとこ
ろまでさかのぼってもらい、参画していただくぐらいのことを考えていかなければなりません。
また、大学の方も川下というか、きちんと研究を事業化してテイクオフさせるというところま
で参画していかなければいけないと思います。
こう考えると、教育と研究とを分けることは良くありません。教育と研究が一体となって動
いているなかへ、企業の方々が入って一緒に動いている形が望ましいと思います。そうなりま
すと、実は大学の物理的設備というのも案外難しくなってきます。部屋に鍵をちゃんと閉めて、
ライバル会社の方は入らせないようにしたり、物を勝手に持ち出せないように物理的なファシ
リティーまで考えなくてはいけないのではと思いますが、このようなモデルをどのようにつく
っていくのかは疑問です。
このモデルに関して、KIEP 6という、私が主催で三菱UFJにも入っていただいている、
メンバー制のSFCの組織があります。教育などにも参加していただきながら、このようなコ
ミュニティーに対し、せっせと大学側が、現状としてどのような研究が行われているかを発表
させていただいて交流をしています。この組織は、東京駅の真ん前の新丸ビルの中に東京 21C
クラブという三菱地所さんがおやりになっている場所があるのですが、そこで毎月、少しサロ
ン的なことをさせていただいており、ばりばりのテクノロジー系の話もあれば、最近ではソー
シャルアントレプレナーシップのようなところで取り組みを進めている方々も多いので、そう
いう分野とも交流もさせていただいています。その上で、私はどのようにして大学とこのよう
な産業界をブリッジすることができるかを考えています。
学校法人の会計をいきなり変えようとしてもなかなかうまくいきませんので、各大学でTL
Oやキャピタルとの中間法人をおつくりになるなど、いろいろな工夫をされながら大学と産業
界を繋げようと努力されていると思います。私たちも、いろいろな形態の取り組みをさせてい
ただいています。LLP 7やLLC 8も各大学で使い始めているところが多く、関西だと大阪大
学のフロンティア・アライアンスが有名だと思います。慶應義塾大学も去年からやらせていた
だいていまして、冒頭で申し上げたアジア向けのアントレプレナー教育というのは、その一環
です。もともとは衛星を使ったテクノロジーの教育、特にインターネット教育をしていたので
すが、教育を続けているうちに、教育の出口のようなものを求める声が大きくなってきました。
日本でいう 10 年ほど前の状況が、今、アジア各地で起きています。このようなところから生
まれてくるベンチャーのようなものに対して、私たちもある程度かかわりを持っていたいと考
36
えています。
●現在の試み
少し、宣伝で写真を見ていただきますと、過去に大学院生がこういうものを担いで、アジア
各地にせっせと設置して回るという泥臭い作業の結果として、今日、これらのアンテナが動い
ています。その上に衛星のネットワークを使い、アントレプレナーシップ・アンド・ビジネス
というような系統の授業を行っています。ご関心のある方は、“SOI Asia”と引くとホ
ームページ
9
に到達できて、ビデオアーカイブで授業の模様を全部見られますので、よろしけ
ればご覧下さい。
図表4
衛星授業を支えるアンテナ
Mongolian University of Science and Technology,Mongolia
この仕事にSBI 10さんが関心を持っていただきまして、シンガポールにファンドをつくっ
てくださいまして、シンガポールで掘り起こしたビジネスで良いものが現れたら投資してくだ
さることになっています。このような仕組みがあると学生たちもやる気になってくれますので、
これがうまく動くとよいと思っています。しかし、もし良いビジネスが現れ投資してくださる
ようになっても、学生をいきなりベンチャーキャピタルと接触させることは危険です。この 10
年間で、うかうかと出資してもらったために技術を取り上げられて、裸にして放り出されると
いうベンチャーも見てきていますので、ベンチャーキャピタルは厳しい人たちだと教えておか
ないといけないと思います。
慶應義塾大学には、OBが後輩のために何かやるというのが文化としてあります。メンター
37
三田会と呼んでいますが、三田会というのが慶應のOB組織の通称で、このようなネットワー
クを通じてコーチングしてくれるような組織づくりもしつつ、かつLLPというものを間に挟
むことにより、ベンチャー向けの支援サービス、例えばビジネスプランをちゃんとつくって、
ベンチャーキャピタルと話をするときの間に立ってあげるというようなことを行っています。
その中で、もしまかり間違って成功するようなことがあれば、成功報酬をLLPを通じてアジ
アのメンバー大学の 27 校全部に配るという捕らぬたぬきの皮算用をしています。とにかく教
育しっ放し、育てたまま裸でベンチャーキャピタルにくっつけるということはやめるべきです。
ただ、それをメカニズムとしてどのように確立するかというと、これからの課題だと思います。
●今後の課題
話が元に戻るようですが、ベーシックな教育としてアントレプレナースピリットを学生たち
に植え込みたいという気持ちはもちろんあり、それは営々として続けるべきだと思います。し
かしだからといって学生に対して、「会社をつくれ」とあおる気にもあまりならないというこ
とも、先ほど申し上げた通りです。
それを越えて、今、日本の大学としてきちんと取り組まなければいけないことは、やはり日
本全体として、どのように知を生み出していくのか、それを技術に、イノベーションにいかに
転化していくのか、そしてそれをどのようにファイナンスしていくのかという、根っこのモデ
ルのところについて、今、日本は相当危機的な状況にあるので、よく考えなければいけないと
思います。
知と産と経営をブリッジさせるようなサイクルをつくる仕組みをつくらないといけませんし、
それをしない限りにおいては、日本に優秀な研究人材が集まってくるという状態をつくれない
と思います。結局は人ですので、人を集積させて、そこでレベルの高い研究をしていただくこ
とで競争力を付ける以外には道がないと考えています。大きい話と小さい話とが混ぜこぜにな
ってしまいましたが、恐らくこういったことをちゃんと有機的に考えていくということが、今
われわれに課された課題なのだろうと思っています。
1
UNIVERSITI SAINS MALAYSIA
2
大江 建 氏(早稲田大学インキュベーションセンター長/早稲田大学ビジネススクール教授)の講演
樋原 伸彦 氏(立命館大学経営学部(テクノロジー・マネージメント研究科兼務)準教授)の講演
Technology Licensing Organization(技術移転機関)
大江 建 氏(早稲田大学インキュベーションセンター長/早稲田大学ビジネススクール教授)の講演
3
4
5
6
慶応SFCイノベーション & アントレプレナーシップ・プラットフォーム研究コンソーシアム
7
Limited Liability Partnership (有限責任事業組合)
Limited Liability Company(合同会社)
8
9
10
http://www.soi.asia/index.html
Softbank Investment Holdings Company
38
【基調講演Ⅱ】
「アントレプレナーシップを必修化したMBAコース」
一橋大学大学院国際企業戦略研究科
教授
マイケル・J・コーバー氏
●一橋大学大学院国際企業戦略研究科のミッション
今日は、必修科目としてのアントレプレナーシップに関して、お話をしたいと思います。私
は一橋大学の国際企業戦略研究科(以下ICSとする)にいまして、知っている方も多いかと
思いますが、これは国立市ではなく、神保町の近くにある学術総合センターに入っています。
このICSにはマスターコースが三つありまして、私が担当している国際ビジネスのプログラ
ムと呼んでいるプログラム、ほかに、企業法務のマスターコースと、金融のマスターコースが
あります。その三つのマスターコースのうち、私が教えているMBAのコースはすべて英語で
講義をしておりまして、国立大学法人として初めて、そして唯一、MBAを英語で完全に内容
をカリキュラムしているということになります。
われわれのリーダーは竹内弘高研究科長ですが、このICSを立ち上げた彼のミッションと
いうのが、日本初の World-Class Business School、つまり、世界的に通用するビジネススク
ールをつくろうではないかということでして、今から7年前、2001 年に立ち上げた大学院です。
竹内先生が持っていたビジョンというのは、「世界的なビジネススクールをつくるためには英
語でしなければいけない」ということでした。それを言うのはよいのですけれども、英語で講
義ができる教授陣がなかなか集まりにくいということで大変苦労して、そのような理由から私
のような人が参加できるのです。
図表1
日本初の World-Class Business School を取り上げた記事
39
●一橋大学大学院国際企業戦略研究科MBAコースの概要
このMBAのコースで、私は二つのコースを担当しております。一つは、Entrepreneurial
Management(起業家的経営)です。そしてもう一つが Venture Capital のコースです。この
Entrepreneurial Management というコースは、もともと Entrepreneurship というタイトル
でしたが、これを数年前、Entrepreneurial Management に変えました。その理由というのは、
Entrepreneurship というタイトルが付いていますと、起業家を育成するというイメージが強
いからです。このコースは必修なのですが、うちの大学院のMBAコースに入る人のほとんど
は、起業家活動とは無縁の人たちです。そのような理由がありまして、MBAの学生に起業的
な発想・考え方、Entrepreneurial Thinking とか、経営の手法を少しでも学んでほしいという
ことで、Entrepreneurship ではなく、Entrepreneurial Management というタイトルに変え
ました。
ところで、Venture Capital は選択科目です。今日はベンチャーキャピタルの方はあまり言
及しませんが、これは一般的なベンチャーキャピタルのコースです。
MBAプログラムは1年4学期で、秋学期から新学年になりますが、今年は 60 人入りまし
た。1年のコースと2年のコースがありまして、大体 60 人のうち、3分の1が2年のコース
を選択して、残り3分の2が1年のコースを選択します。今ちょうど秋学期ですが、紫色で載
っているのが必修科目です。これは別にどうということはありませんが、ほとんどの必修科目
がこの秋学期に集中しています。冬はほとんどが選択科目でして、春になりますと唯一の必修
が、私の教えている Entrepreneurial Management です。
図表2
MBAプログラムの時間割
Term1 (Fall:9/29‐12/19/2008)
Pre-Enrollment/Foundation Course (9/18 – 9/26/2008)
(R. Davies)
TIME
MON
TUE
WED
Competitive
Knowledge
Operations
09:45
Strategy
Management
Management I
~
(I. Nonaka),
11:45
(H. Takeuchi)
(K. Ichijo)
(H. Kanno)
Corporate
Marketing
Quantitative
12:45
Finance
Business
~
(Y. Fujikawa)
Analysis
14:45
(S. Abe)
(S. Oue)
Organizational
Professional
15:00 Behavior
Development
~
Workshops
17:00 (C. Ahmadjian)
(R. Davies)
40
THU
Competitive
Strategy
(H. Takeuchi)
Corporate
Finance
FRI
Knowledge
Management
(I. Nonaka),
(K. Ichijo)
Marketing
(Y. Fujikawa)
(S. Abe)
Organizational
Behavior
(C. Ahmadjian)
Special Topics:
Japanese Culture
(R. Davies)
2年前からプログラムの構成を変えまして、それまで1年に3学期あったのを、4学期に増
やして、その代わり、1クラスが1時間半から2時間に増えました。私の場合は、この2時間
のコマが二つ重なっているので、1日4時間ちょっと講義をしなければいけないので、結構大
変です。しかし、Entrepreneurial Management というコースに、ある意味でふさわしいとも
いえると思います。
竹内研究科長のミッションとビジョンは、学生にはまず knowledge(知識)を教えるという
ことで、二つ目に必要なのは、Do、つまり実際の実務、実践をするということです。私はアカ
デミックではなくて実務家として教えているので、その Do の部分を教えます。三つ目が belief、
どのような志、気持ちを持って行動するかということです。そのために幾つかの工夫があるの
ですが、後で申し上げます。
●一橋大学大学院国際企業戦略研究科MBAコースの特徴
MBAコースの一つの特徴は、英語で行っていますから、留学生が非常に多く、今年も 70
~80%は留学生です。それもアジアだけではなく、北米、ヨーロッパ、南米からも来ていまし
て、非常に国際色豊かです。これも竹内さんのミッションでして、日本にこのような優秀な学
生を呼ぼうではないかということです。私個人的にはそれに非常に感銘を受けて参加していま
す。また、講師としても国際色が豊かなことは楽しいものです。教授法もケーススタディが主
なのですが、よく竹内さんがいうには、講師や教授が学生の前に立って、ああだこうだという
のではなく、学生のディスカッションを導いて、その中から学生たちに何かを学んでほしいと
いう教授法だということです。要するに、レクチャーではないということです。ディスカッシ
ョンが主流です。多くの場合、これは非常に難しいのですが、正解は言わないのです。ディス
カッションの中から出てくるものをうまく誘導しながら、さまざまな答えを考えさせる、さま
ざまな選択肢を考えさせるということが、教授法の原点となります。
もう一つの特徴は竹内さんや野中郁次郎教授
1
の人脈から来るものですが、多くの有名人が
ゲストスピーカーとしていらっしゃいます。デルコンピューターのマイケル・デルや、竹内さ
んがハーバード・ビジネス・スクールにいた時の親友であるマイケル・ポーターなどが来て、
ゲストスピーカーとして参加されます。私の講義のEntrepreneurial Managementは、日本で
起業活動をしていて、しかも英語が堪能という人を選ばなければいけないので少し苦労します
が、そういった人たちも積極的に呼んで、学生が疑似体験をするというのが一つの大きなキー
ポイントです。
41
図表3
マイケル・デル氏
図表4
マイケル・E・ポーター氏
●●特徴①
~必須科目としての Entrepreneurial Management~
ICSが目指すMBA像ですが、幾つかの特色があります。もちろん野中教授の Knowledge
Management のコースや、Knowledge Week、そして Entrepreneurial Management があり
ます。これは、私が参加する前には必修科目でした。なぜ必修科目なのかということで非常に
疑問に思ったのですが、竹内さんが新しいことをしたいと考えたわけです。普通は、
Entrepreneurship や Entrepreneurial Management は必修科目ではないのですが、そのよう
な視点も学生に与えたいということで必修科目にしました。それを引き継いだのが私で、最初
はなぜ必修科目であるべきなのかということも悩みました。必修科目として現実をとらえたと
きに、どのようにそれを教えていけばよいのかということもいろいろと考えました。今では、
一橋のプログラムのユニークなコースの一つになっているといえると思います。
42
●●特徴②
~少人数ゼミ~
特色の一つは少人数だということです。ICSは日本の大学院や日本のMBAとも違って、
英語で行いますから、当然、欧米のビジネススクールとも競合しなければいけません。そこで、
ICSならではの特色を出さなければいけません。MBAプログラムも競争社会ですから、競
争しないといけないのです。
これは、一橋の一つの文化になっているゼミです。ここでは寺子屋式ゼミということで、各
教員が毎年4~5人のゼミ生を責任を持って見ます。もちろん当然のことですが、これは欧米
のビジネススクールではあり得ない話です。学生たちは皆、うちのプログラムに対して親密な
関係を持っていますので、学生と教授とのリレーションシップが非常に厚いです。ゼミ生は、
自分の興味などでゼミの先生を選びます。まだ今年のゼミ生は決まっていませんが、去年、私
のゼミ生は4人いました。そのうち2人がインド人でした。インドからの学生が、去年の学年
には3人いました。ですから3分の2のインド人が私のゼミに入っていました。もう1人が中
国人の女性で、中国政府の役人として証券取引委員会のようなところで勤めていた人です。4
人目は韓国人でしたので、日本人は1人もいませんでした。以前は日本人もいたのですが、ど
ちらかというと私のゼミを選ぶ学生のマジョリティは外国人です。先ほどゲストスピーカーに
ついて言いましたが、例えば起業家のゲストスピーカーを呼んで、起業家(entrepreneur)が
スピーチをするのですが、その後の質疑で真っ先に手を挙げるのは中国人やインド人で、非常
に積極的です。そこが少しがっかりしているところでもあります。
●●特徴③
~自分の在り方(Being)を考えさせる教育~
今日の内容とはあまり関係がないのですが、一昨年に Knowledge Week という試みが始まり
ました。これは春学期と夏学期の間の1週間で、今までの授業とは関係なく、Knowledge、Doing、
Being の Being の部分を考えます。例えば、ethics(倫理)の問題、価値観の問題、将来の自
分が進みたい道などをゲストスピーカーを呼んで、いろいろ集中的に行います。ですから、勉
強というか学問ではなくて、ビジネスの内容でもなく、自分の在り方(Being)に関して、そ
れを考える期間です。これをもっと強化していこうということになっています。
Global Citizenship というコースも竹内さんの志から来るのですが、ボランティア体験も学
生にしてもらっています。路上生活者のお手伝いや身障者とのお付き合いなどを行っています。
これも今ビジネススクールでは、学問的、ビジネス的なことだけではなく、価値観やモラルな
どをもう少し勉強してもらい、考える場を与えようという考えに基づいて行っています。
●●特徴④
~ビジネスプランコンテストの開催~
最後の特色は、ビジネスプランコンテストですが、私の担当している Entrepreneurial
43
Management の最終的な目標は、4~5人で1チームを形成して、ビジネスプランのコンテス
トを行います。このビジネスプランコンテストは、私が参加する前からありました。考えてみ
ると、ビジネスを勉強する学生は、MBAを取る間に1度くらいは独自のビジネスプランを考
えて、作成することが必要ではないかという理由が、アントレプレナーシップが必修化された
一つの目的なのではないかと思います。
というのは Entrepreneurial Management は春学期と夏学期に開講されます。ほとんどの必
修科目が秋学期にあるので、Entrepreneurial Management を履修するときには、ベースはも
う持っているというわけです。そのベースを統合し、その要素を全部組み込んだものがビジネ
スプランの役割であると思っています。そのため、ビジネスプランの位置付けを考え、ビジネ
スプランコンテストはそのまま残して、行っています。
●一橋大学大学院国際企業戦略研究科の意義
先ほど1年か2年の選択があると申し上げました。その中でMBAを1年で取りたい人はこ
れには該当しないのですが、2年のコースの学生は、アメリカ、ヨーロッパとアジアのさまざ
まなビジネススクールと交換留学のようなことができます。アメリカでは、Babson、Darden、
UCLA、UCバークレーがあります。アジアにはソウル大学、中国の大学があり、ヨーロッ
パではHECとロンドン・ビジネス・スクールがあります。
図表5
2年プログラムの交換留学先
LBS
Babson
UC Berkeley
(ロンドン・ビジネス・スクー
SNU
(ソウル大学)
(バブソン・カレッ
CUHK
Darden
(香港中文大学)
(バージニア大学)
Hawaii
Drucker
HEC
UCLA
44
ICS
そのほかに、2年生が企業にインターンシップで3カ月間ぐらいお世話になるということも
行っています。ICSに学生を派遣して下さる企業も、今までで合計 34 社あります。インタ
ーンシップにおける現在の課題は、70~80%は外国の留学生だということです。しかし、同時
にこれは素晴らしいことです。私は東京や日本を素晴らしい文化やビジネスのセンターとして
とらえていて、多くの優秀な学生が来たがっています。その器として、このICSがあると思
います。
起業家が集まる環境、例えばシンガポールを見てみると、5年から 10 年前は非常につまら
ないところで、チューインガムも噛めませんでしたし、面白い遊びもできませんでした。夜は
9時になれば電気を消して、みんな帰るという感じでしたが、この間シンガポールへ行ったら
びっくりしました。一変していました。夜は遅くまでどんちゃん騒ぎをして、カジノまででき
ていました。これはなぜかというと、政府が、これからはイノベーションを起こすために起業
をしないといけない、起業家を育てなければいけないと考えているからでした。シンガポール
の政府の人たちは頭が良くて、シンガポールの人たちはみんな官僚的な考え方で、優等生です。
それでは起業家はできないということで、何を考えたかというと、シンガポールに優秀な起業
家を誘致しようと考えたのです。しかし、問題が一つありました。それはつまらないところに
は人が来ないということです。そのため、シンガポールをもっと楽しいところにしようという
ことになり、このような変化が起こったのです。
私が考えるには、日本ははるかにシンガポールより面白いところです。この間、ある東京在
住のドイツ人と話していましたが、彼がいうには「東京から飛行機に乗って1時間で北海道に
行ける。例えば冬はパウダースノーでスキーができる。温泉もある。東京から1~2時間行け
ば、すぐにきれいな伊豆の海があって、そこでエンジョイできる。もちろん新幹線に乗れば京
都に来て、祇園に行って、楽しい思い出がつくれる。」だそうです。そういう意味では、ヨー
ロッパと比べても、日本という国はコンパクトで、楽しみがたくさんある国であり、東京に来
たがっている外国人がものすごく多いこともうなずけます。
私が感動した経験なのですが、中国から1年で2人か3人ぐらい、私の大学院に来ているの
ですが、去年は女性が3人来ました。その1人が1年のコースを終えて中国に帰ったのですが、
その後 E メールが来ました。「日本に行く前は、政治的な問題や教育の問題もあって、教育で
日本は良くない国だと教え込まれて、日本は好きではなかった。日本人も嫌いだった。だけど、
日本に来て、1年間ICSで過ごして、日本が大変好きになりました。全然、考え方が変わり
ました。」と書いてありました。私がICSにかかわっているということが、一つ要因として
あると思います。このように、ICSを日本との関係を深めることができるような場にしてい
きたいということを思っています。
●Entrepreneurial Management Course の流れ
私が担当している Entrepreneurial Management コースの流れですが、春学期と夏学期のう
45
ち、最初の春学期で基礎をつくります。そこで、優れたアイデアをどのようにして見つけ出す
のか、アイデアをマーケットへどのようにして持っていくのかということに始まり、ビジネス
モデルの分析、チーム形成、そして企業がうまく立ち上がって成長したときのチャレンジとい
うことで、一般的なアントレプレナーシップのコースの基礎をつくります。それと交互に、疑
似体験ということで、ゲストスピーカーを何人か呼んで、起業(アントレプレナーシップ)と
は大変なのだということをみんなに擬似体験してもらいます。
そのようなベーシックなことが行われて、夏学期には 50 人であれば 50 人を 10 チームに分
けて、1チーム5人ぐらいにして、みんなでそのビジネスアイデアを考えるのです。このビジ
ネスアイデアをベースとして、ビジネスプランを集中的に考えます。その後、学生には、先ほ
どの4時間のコマを使って演習をしてもらい、各チームと毎週 20 分会って、フィードバック
をします。これを7~8回繰り返すと、最終的にビジネスプランが完成して、コンテストを行
います。ビジネスプランをつくるということは演習という意味ではよいのですが、学生にとっ
て本当に満足度の高いものかといえば、そうでもないようです。先ほど申し上げた通り、学生
のほとんどは起業家になるつもりは全くありません。
そこで、来年はどちらかというと、アイデアを創出するところに注目しようと考えています。
ビジネスコンテストを行っていくまでのプロセスで一番大変なのは、実はこの最初のところで
す。アイデアを考え出すというところで皆さん非常に苦労をします。この後はあまり問題ない
のです。ビジネスプラン、アイデアがあればそれをビジネスモデル化して、ビジネスプランを
つくるのは簡単です。アイデアが一番難しいのです。
そこで、私は来年、ここにもっとエネルギーを入れて、最初のところで素晴らしいアイデア
をどのようにつくり出すのか、そこにもう少し力を入れて授業を行おうと思っています。これ
は 普 遍 的 な こ と で 、 将 来 、 大 企 業 に 入 っ て も 、 自 分 で 会 社 を 起 こ し て も 、 Social
Entrepreneurship をしても、独自のアイデアを考え出す力が付けば、何でもできると思って
います。
●一橋大学で教えるようになったきっかけ
最後になりましたが、私が今なぜ一橋で教えているかというと、ちょうど 2000 年に、1週
間の集中講座を Babson で受けたからです。当時の経済産業省の支援で、日本のベンチャーキ
ャピタル育成プログラムとして集中講座を Babson でするということで、その時に William
Bygrave 教授と Jeffry Timmons 教授が私の担当をしてくれました。そこで初めて私は、この
ようなアントレプレナーシップ教育のカリキュラムにすごいものがあるのだということに感銘
を受けました。そして、何かしらの形でこれを日本でやりたいと思いました。
ところで、今年の4月に Jeffry Timmons 教授が亡くなりました。私はその時に、Timmons
教授の非常にシンプルな起業家モデルを知ったのですが、これを今さまざまな形で使っていま
す。
46
彼いわく、“Entrepreneur is opportunity obsessed”「起業家はとりつかれたようにチャン
スを追求する」。この opportunity という言葉が非常に印象的で、少し訳しがたいのです。事
業機会といえばよいのでしょうか。しかしこれでは何かぴんとこないと思います。
この opportunity という言葉は、さまざまな理由の opportunity であって、例えば先ほどの
Social Entrepreneurship で も あ り ま す 。 要 す る に 、 ま ず opportunity が あ っ て こ そ の
entrepreneur だということを意味しており、これはどの世界でも通用します。
その後に、この opportunity を実現するために人が必要だということです。個人では駄目で、
これはチームが必要だということです。これも Timmons 教授から教わったことです。最後に、
必要なリソース、例えばお金であればお金、何か技術的なリソースが足りなければ、そういう
ものを補うことで opportunity を実現します。これが Timmons 教授のモデルです。
彼は「官僚式プロセスは、まず予算があって、その予算をこなすための人を集めなければい
けない。最後に、そのお金と人で何をしようか考える」と皮肉をいっていますが、私は Timmons
教授に大変いろんなことを教わったので、彼が今年亡くなられたことを非常に残念に思います。
1
野中郁次郎(一橋大学大学院国際企業戦略研究科
元教授)
47
「学部レベルでの起業家科目の設計」
武蔵大学経済学部
高橋
徳行
教授
氏
● Babson 大学で学んだこと
私は、タイトルにあるように「学部レベルでの起業家科目
の設計」ということで、30 分弱の時間で話させていただきます。ただ、今まで四つの報告があ
って、早稲田、慶應、立命館、一橋と、非常にパワフルな大学が続いて、武蔵大学といっても
もしかしたらご存じない方がいらっしゃるかもしれません。ですから私は、最初の四つの事例
が組織を挙げてこのような科目に取り組んでいるのに対して、組織の支援がないとこんなにも
苦労する、という事例として話せばよいのかなと考えながら聞いておりました。
私がこのような分野に興味を持ったのには、やはりそれなりの流れがあります。私は大学を
出て、国民生活金融公庫に入りました。10 月から組織が変わってしまいましたが、そこでは、
意図してやっていたわけではないのでしょうが、たまたま新しく事業を起こす人たちに年間2
~3百万円の融資をずっと行っていました。政府系の金融機関ですから、民間がどうしても融
資をしない分野に融資をする、それがたまたま新規開業の分野であったということで、戦後を
通して、既に大企業になっているいろいろな方々が利用されていたという記録も残っています。
そのような形で、新しい企業、いわゆる起業家に日常的に接する毎日だったのですが、ある
時、アントレプレナーシップを教育するところがあると耳にしました。先ほどコーバー先生が
おっしゃっていましたが、アメリカにある Babson 大学にはアントレプレナーシップ教育にお
いてずっと世界でナンバーワンの評価を受けている大学院(MBA)のコースがあると聞きま
した。今日の大きなテーマの一つなのでしょうが、いわゆるベンチャー教育、アントレプレナ
ー教育、起業家教育ということで、「いわゆる起業家を教育できるのか」というのが素朴な疑
問としてあったわけです。一方では、日々日常の業務の中で、これから事業を起こそうという
人たちに数多く会って、「もう少しまともな計画が立てられないのか」というのが、お金を供
給する側としての率直な感想であったので、そのようなことができるのであれば何とか学んで
みたいということで、本当は起業家になるつもりはないのに、Babson 大学のMBAコースに
2年間在籍して、実体験としてどのようなことをされているのかを見てきました。
● 起業家教育とは事業計画書を書くこと
そこで、「起業家教育とは何だ」ということで、後からも触れますが、一言で言うと、「事
業計画書を書くこと」であると学んできました。事業計画書を書けるような能力を付けさせる
のが、Babson 大学のミッションであるということでした。では、動機付け(モチベーション)
はどうするのかという話です。今、いろいろな大学で、そもそも起業家にあまりなりたくない
48
人がこのコースに入ってきて、それをいかに動機付けするかがすごく問題になっています。ア
メリカの起業家教育において恵まれているところは、入ってくる人たちは基本的に起業家にな
りたい人だけですから、シーズ(考えの種)やアイデアは自分で既に持っている人たちが入っ
てきます。そのような人たちに、事業計画書の書き方、書き方というとハウツーものに聞こえ
そうで、本来はもっと根本的な深いところから理解するものですが、それを教えていくという
ことですので、随分出発点が違うのだとまず感じました。
2番目は、事業計画書を書き上げて、それを今度実際に使って、事業をスタートさせるわけ
ですが、確かに Babson 大学というのは世界でナンバーワンのアントレプレナー教育の評価を
受けているわけですが、いろいろな支援措置など、立ち上げた後にいろいろとサポートをして
いるかというと、何もしていないと言うと怒られますが、それほど大げさなシステムがあるわ
けではありません。ハッチェリーシステム(Hatchery System)といって、卒業後半年なり1
年間、小さな部屋を貸してあげて、何かさせるというようなシステムはあるのですが、もとも
と Babson 大学は経営学科しかない大学ですから、技術的なシーズは学内になく、サポート体
制もそれほど組織立ってあるわけではないのです。
一言で何をやっているかというと、教育と研究に特化して、それに集中しているということ
です。ただ、これは先ほども申し上げたように、環境が全然違いますので、これをそのまま日
本に当てはめることはできないのではないかと思います。ただ、私がこの学部の中で、非常に
プアな環境の中でやっているわけですが、起業家科目、起業家教育のゴールは何かと言われる
と、ビジネスプランを書ける能力を付けさせることです。そのようなことを考えながら、これ
をやっています。
●武蔵大学の起業家教育カリキュラム
武蔵大学は、東武百貨店や東武鉄道を中核企業とする東武グループの創立者である、根津嘉
一郎が大正年間に設立した大学です。非常に小さい大学です。全部で1学年の定員が 840 人と
いうことで、三つの学部があります。その中での起業家コースの位置付けを見ていくと、840
人中 10 人くらいがこの起業家コースを受けています。経済学部の中の経営学科の中の四つの
コースの中の一つ、という位置付けで行っています。
どのようなコースの設計になっているかというと、大学ですので卒業するまで 124 単位必要
ですが、それを大きく分けると、基礎教育科目と専門教育科目があります。専門教育科目は全
部で 90 単位取らなければいけないのですが、その中の 34 単位が、起業家コースの学生が取る
コース別の必修科目になっていますので、当然この 34 単位の中に、起業家コースならではの
科目がたくさんあるのではないかと期待させておいて、がっかりするかもしれないのですが、
その 34 科目は実はこのような科目群になっています。
49
図表1
起業家コースの設計
起業家コースの設計
コース必修科目(34単位)
経営管理論Ⅰ(2単位)、コンピュータシステム論(2単
位)、ベンチャー企業論Ⅰ(2単位)、起業家インターン
シップⅠ(2単位)、起業家インターンシップⅡ(2単位)、
ケースディスカッション(2単位)、財務会計論Ⅰ(2単位)、
管理会計論Ⅰ(2単位)、IT経営論(2単位)、専門ゼミ
ナール第1部(4単位)、専門ゼミナール第2部(4単位)
赤と黒と青で書いてあるのは若干意味がありまして、黒で書かれているのは、起業家コースの
必修科目として、別に何ら特徴もないような科目です。赤は、起業家コースとしてある程度意
識されて、設計したものです。青で書かれているのはゼミの二つです。結局、この赤で書かれ
ている、本来の起業家コースらしい科目だけでは到底、先ほど申し上げたゴールが達成されな
いという問題がありますので、結局、私が個人的に持っているゼミでこの不足分を補うという
形で運営しているというのが実態です。
それを少し詳しくお話ししますと、起業家コースの本来のゴールは、いろいろな定義の仕方
があると思いますが、私は事業計画書をきちんと書けることであると考えています。事業計画
書とは、持っているだけでは単なる紙切れですので、それを実現化するためのサポートが当然
あるわけですが、それを学内でするか、学外の環境を使うかというのはまた意見が分かれると
ころです。取りあえず学校では教育として、事業計画書をしっかりと書けるような能力を付け
させなければいけない。従って、「起業家コース」という以上は、このようなものを完成させ
るために必要な能力や知識をコースの中に入れ込んでおかなければ、本来はいけないわけです。
50
図表2
起業家コースの設計
起業家コースの設計
起業家コースの(本来の)ゴール
事業計画書
(ビジネスプラン)の作成
+
事業計画書実現化のためのサポート
事業計画書の
作成に当たっ
て前提となる
科目(知識)
• 産業(業界)調査
• 競合分析
• プロダクトデザイン
• 法律と税金
• ビジネスモデル
• 会計学
(戦略論)
• ファイナンス
• マーケティング
いろいろな考え方があると思いますが、私はその事業計画書をつくるに当たって、必要な能
力、必要な科目と言ってもよいと思いますが、ここに書いてありますような産業調査から始ま
り、プロダクトデザイン、競合分析、法律と税金、会計学、ファイナンスといった科目群が当
然必要だと思っています。ただ残念なことに、先ほどの必修科目の中にマーケティングが入っ
ていませんし、全部はカバーされていないというのが現状です。ですから、起業家コースとい
う、いわゆる学校で用意された一つのコースの中の科目群だけでは、結局、ゴールとする事業
計画書が書けないという状況になっているわけです。それで先ほど青で書いた専門ゼミという、
2年生と3年生のゼミでこの部分を何とか補いながら行っています。後でその例をお見せしま
すが、つたないながら、学部3年生の終わりにはある程度の事業計画書を書けるような授業を
展開しております。
●アイデアと事業機会
事業計画書には、いろいろな構成やいろいろな区切りの仕方があると思いますが、私はこの
ように考えています。一つは、アイデアを事業機会に高める作業。それからもう一つは、この
事業機会を実行に移すための作業ということです。アイデアと事業機会はどう違うかというと、
先ほどコーバー先生の話にもありましたが、アイデアというのは、一言で言うと思い付きのよ
うなものですから、学生にアイデアを出せと言うと、山ほど出てきます。自分史をつくるよう
なビジネスがよいのではないか、トイレ広告がよいのではないか、ここからここまで鉄道を敷
くとよいのではないか、といったことまで出てきます。
問題は、そのニーズはあるのか。ニーズがあったとしても、それを形に表す商品を設計でき
51
るのか。最後に、それをして儲かるのか。この三つの問いをクリアしたものが、アイデアでは
なくて事業機会であるわけです。つまり、そのニーズが存在するのか、それからそのニーズを
解決するため、その問題点を解決するために、何か形にすることができるのか、サービスを形
にすることができるのか、製品を形にすることができるのか。消費者、利用者ばかりが喜んで
も仕方がないわけですから、供給する側がきちんとそれを継続するためには、利益が出なけれ
ばいけない。
この三つのスクリーニングをするために、「需要の存在」「需要を実現するための手段の存
在」「供給の継続性」ということで、どうしてもここに産業調査や業界調査のノウハウ、それ
からプロダクトデザイン、会計学、ファイナンスの知識がないと、自分が今考えていることが
アイデアなのか、事業機会なのかが分からないのです。それを判断させるために、どうしても
このような科目で、ある一定レベル以上の知識を付けさせないと、学生レベル、特に学部学生
のレベルでは、アイデアと事業機会が混在したままどんどん先に進んでしまうという問題があ
ります。
例えば自分史をつくりたいという学生がいて、「では幾らで提供するのか」と言うと、「5
万円ぐらいだと売れると思います」と言って、「ではどのようにしてつくるのか」と言うと、
「1週間くらいその家に泊まり込んで、いろいろ聞き取って、それを編集して」などと言うの
で、「人件費が幾らかかると思うんだ、それをどうやって5万円で供給するんだ」と言うと、
「ああ、そうですね」と答えます。アイデアというのは、そんなのんきなことを言っている段
階です。ですからこのアイデアと事業機会をきっかり区別するために、どうしてもこのような
知識が要ります。したがって起業家コースである以上、ここの部分をしっかりと教え込まなけ
ればいけません。
●事業計画書を書くための知識
次に、その事業機会を実行するためには、その存在を知ってもらうとか、同業他社との差別
化、当然、資金の問題が出てきますから、マーケティング、戦略論、競合分析、会計学、ファ
イナンスという知識が絶対に必要です。それを教えないで、事業機会プランをいきなり書けと
言っても、お遊びの段階ではできますが、形として体裁が整ったものには絶対にならないので
す。もちろんわれわれがしていることも実行まで行っていませんから、お遊びといえばお遊び
ですが、「起業家コース」と言っている以上は、このようなことをきちんと学ぶような仕組み
を供給して初めて、起業家コースであるといえるわけです。しかし、自分の大学のことを棚に
上げて言えば、必ずしもそうなっていないというのが実態です。
先ほど Babson の話が出ましたが、Babson で学んだことの一つは、アントレプレナーシッ
プ教育というのは何か。一言で言うと、事業計画書を書ける能力を養うことである。では、M
BAの2年間のコースで、どの時点で実際に事業プランを書かせ始めるかというと、これは2
年目からです。1年目というのは、事業プランを書くような授業は一つもありません。ひたす
52
ら、今申し上げたような基本的な知識を教え込む。ただ教え込み方が、例えばファイナンスで
あればファイナンスだけ、マーケティングならマーケティングだけ、という縦割りというわけ
ではありません。事業を起こすときには段階がありますから、例えばネタを見つける部分、そ
れをある程度売り込んでいく部分、それから成長部分というように企業には段階が存在するの
で、その段階ごとに必要な形で、創業期のマーケティング、創業期のファイナンス、創業期の
戦略論、創業期の競合分析、そして成長期のマーケティングと、企業の成長段階ごとに教えて
いくという点では少し違うのですが、基本的にはそのようになっています。ですから、いずれ
にしても、起業家コースと銘打つ以上、このような前段階をしっかりしておく必要があるだろ
うと考えています。
これはある意味では量的な補完ですが、質的な補完としては、テーマが創業期とある程度軌
道に乗ってきたときでは、経営者が直面する問題が全然違うので、やはりある程度、創業期に
特化したテーマを授業で積極的に取り上げるというようなことを意識しております。例えば、
一人では忙しいけれど二人では多過ぎるという段階が必ず創業期にはあるわけですが、そうい
ったケースをさせる。ほかには企業が軌道に乗った時点で突然人が辞めてしまうときなどです。
例えば、Babson のケースですが、ボストン郊外の Nancy's Coffee というコーヒーショップ
の話です。10 店舗、15 店舗ぐらいのオーナーになった時点で、これからどうしようかと。I
POするには中途半端な規模だけれども、これで売却してしまうと、10 年間一生懸命働いても、
キャピタルゲインとして 3000~4000 万円ぐらいしか入らないと。それでは今まで苦労した甲
斐がない。そのような、いわゆる創業期に特化したテーマをできるだけ扱うようにします。今、
大学で用意されているコースに、ゼミの中でこのような要素を、学生からするとごまかしてい
るように見えるかもしれませんが、ごまかしながら組み込んで、3年の終わりには何とか事業
計画書が書けるようなことをしております。
53
●事業計画書の構成
図表3
事業計画書の構成
事業計画書の構成
1.0
2.0
3.0
4.0
5.0
エグゼクティブサマリー
市場分析
2.1 産業分析
2.2 顧客分析
競争分析
企業
4.1 製品・サービス
4.2 参入・成長戦略
マーケティング
5.1 製品・サービス戦略 5.2 価格戦略
5.3 チャネル戦略
5.4 宣伝・広告戦略
5.5 売上見通し
6.0 チーム
7.0 リスク
7.1 市場(顧客)の反応に関するリスク
7.2 競争相手の反応に関するリスク
7.3 損益計算に関するリスク
7.4 その他
8.0 財務プラン
8.1 5年間の年次損益計算書
8.2 初年度の月次損益計算書
8.3 5年間の年次キャッシュフロー
8.4 初年度の月次キャッシュフロー
8.5 5年間の年次貸借対照表
8.6 資金調達計画
事業計画書の構成は、一般的には大体標準的なパターンが決まっています。学生の中にはオ
リジナリティを発揮して、違うやり方でやりたいと言う人もいるのですが、そのようなときに
は学生に、事業計画書の読み手であるキャピタリストの人や個人投資家はこういうパターンに
慣れているので、彼らが慣れているフォーマットで書くことが、彼らに対して君たちのメッセ
ージが素早く伝わるための必要条件であるということで、一応このフォーマットはできるだけ
崩させないようにします。もちろん事業の内容によっては少しそぐわないところもあるのです
が、基本的にはこのフォーマットを守らせるようにしています。
●学生の書いた事業計画書の事例
では、どのようなレベルのものができているのか、一つだけ見ていただきます。学生の名前
はダミーにしてありますが、あとはそのとおりです。いわゆる日本茶のカフェ、スターバック
スのようなものをつくったらどうかということで、学生は事業計画書としてつくり、授業の最
後に他大学の学生と一緒になって発表しました。そこにはベンチャーキャピタルの人や実務家
の人を招いて、聞いてもらって、講評してもらう。そのようなことをしています。
履修状況は 10 名ぐらいで、どのぐらいの学生が取っているのかというと、始めてから今年
でまだまだ4年目です。私も実はこの大学に転職したのは、起業家教育を充実したいからそれ
をやってくれということで来たのです。来たらほとんどサポート体制がなくて、とまどってい
る状態ですが、一応少しずつ、危機的な状況はありましたが、来年になると 10 名ぐらいは何
54
とか集まります。課題は山ほどあるのですが、現在、平成 23 年度実施をめどに、カリキュラ
ムの全面見直しを行っていますので、何とかコースとしての体裁が、ゼミという個人商店の努
力で補われるのではなくて、大学全体でサポートできるような体制を取りたいなと思っており
ます。
もちろん「コース」という以上は、目的をしっかりするのがすごく重要であって、いわゆる
起業家の育成なのか、事業計画書の作成能力なのか、それから、そのような事業計画書の作成
を通して経営学を勉強させるのか、いろいろな目的があると思うので、場合によっては、事業
計画書の作成を通して経営学の全体像を掴むという教育の目的もありだと思いますが、どちら
にしても、コースの目的を明確にする必要があります。
実際に本当に起業をさせる、実際に起業家を出すということであれば、サポート体制をしっ
かりしなければいけないし、そこから先は自分で勝手にやらせる。アメリカ方式で、事業計画
書を書ける能力さえ付けさせて、あとは社会に委ねるという方法もあると思いますが、そのよ
うな目的をしっかり持つことがすごく重要だと思います。
実際の授業をどのように運営しているか、最後に2~3分だけお話しします。SNS(Social
Network Service)を使ったグループがそれぞれにできています。グループごとに5人ぐらい
いるわけですが、その中でチームができています。リーダーやサブリーダーがいて、一応役割
分担、それぞれ財務担当、会計担当、マーケティング担当などが決まっているわけです。
毎週、課題を出すのですごく評判が悪いのですが、課題を出す。学部の学生ですから非常に
つたないのですが、個人がそれぞれページを持っていて、個人で勉強したことを1週間に1回
書かせて、2年生の活動記録には3年生がコメントします。3年生がメンターのようになって
いるのです。グループはグループで、そのグループのタスクがありますから、このようなトピ
ックごとに1週間に一つのトピックを立てて、1週間で、授業と授業の間でわいわいがやがや
やります。そのような仕組みを使って、学部の授業ですからあまり時間を大量に割くことがで
きない。ただ、このような授業の性格上、1週間に1回の授業で全部済むという問題ではない
わけです。
そのようなことをして、学部レベルは学部レベルなりの制約条件の中で、私が勝手に大学の
なかで定義していますが、一つの起業家コースの目的は、事業計画書を書ける能力を養うよう
なことを試みています。ただ、組織的な体制というと、まだまだ不十分なところなので、次の
カリキュラム改正までには何とかまた立派な報告ができるようにしたいと思います。以上です。
どうもありがとうございました。
55
「京都大学での起業家教育~医学部での教育を中心に~」
京都大学産官学連携センター
寺西
豊
教授
氏
●日本発の技術が欧米で応用されているという現実
今日は、京都大学の医学研究科の中にある専門職大学院、社会健
康医学系専攻の大学院の立場で話をさせていただきます。現職は京
都大学の産官学連携センターの方で、大学全体の知的財産のマネジ
メントをしているのですが、この社会健康医学での教育も大事なことだと思っております。
今年のノーベル化学賞の3名の方を少し思い起こしていただきたいのですが、下村先生とい
う日本の方が、オワンクラゲで素晴らしい蛍光タンパク質の発見をされました。同時に受賞さ
れたアメリカの方は何をしたかというと、それを遺伝子工学的に使って、アプリケーションで
医学的な印、生体内のマーカーとして使えるというようなことをしました。そして3名の方が
晴れて今年のノーベル化学賞を受賞されました。
この現実が、私をこの分野に放り込んだ、すべての原因です。要するに、私は京大に来るま
で企業にいまして、技術開発の担当でした。特にバイオ系の方で仕事をしていますと、海外に
いろいろな形で技術の評価に行きますと、結構、日本発ですが応用は向こうでされたものとい
うのがあります。まさしく今年のノーベル化学賞というのは、長崎大学で見つけて、それを日
本でできないからアメリカに渡って、オワンクラゲをたくさん集めて解析して、名古屋にいっ
たん帰ってきたのですがなかなかうまくいかないので、またアメリカに渡って、見つけて、蛍
光タンパク質の構造解析をしたというのが日本の先生の仕事です。そしてそれを、遺伝子工学
を使って、生産し、それを試薬として使えるようにしたのが、アメリカのお二方です。そして
事業にしたのは、クロンテックというアメリカのベンチャーです。これが生命科学系の一つの
現実、バイオ系の現実を表していると思っています。そのようなことで、このようなことを京
都大学に戻ってきて、教育をやり始めた次第です。
●知的財産経営学コースの概要
今日の内容は、私が今教えております知的財産経営学コースの概要と、それからその流れの
中で、アントレプレナーシップという講義をしておりますので、まず概要をお話しさせていた
だきます。ここの目的は、これは文部科学省の科学技術振興調整費のプログラムでスタートさ
せておりまして、2007 年、今年の3月で終了しております。ミッションとしては、先ほどのよ
うな事例がまま見られましたので、医学研究の成果を発掘・管理および活用する専門職人材を
養成する、いわゆるMOTコース、技術経営学という形でスタートさせております。ですから
56
最終的には、ベンチャーでいう、サイエンティフィックオフィサー(CSO)あるいはCOO
的な専門職を育てるというのがわれわれのミッションです。大学院のコースですので、学位と
しましては、社会健康医学系修士専門職という学位を出すコースになっておりまして、2004
年から1期生を採っております。
特徴としては、先ほど言いましたように、技術経営専門学の特に医学系・バイオ系では、学
位を出すのは当時唯一でして、今は多分東大にも同じ専門課程があると思いますが、そのよう
なコースの設計ということに致しました。先ほどのような例もありましたので、メディカルサ
イエンスと法律とビジネス。法律というのは知的財産、要するに産業財産権法を中心としたも
のです。なぜかといいますと、バイオ・医学においてはどうしても特許がその事業基盤の一番
大きな基本になりますので、それに対する権利範囲の目利きができないと事業プランがつくれ
ません。そのため、法律学的なところの知財法、産業財産権法のところも必要になります。そ
れから当然、技術経営としては、アウトプットのビジネスのところが分からないとそれもでき
ないので、この三つを教えるというコースの設定をしました。
教員は、医学系の専門学の課程は、医学部あるいは医学研究科のそれぞれの先生のコースの
講義を取っていただきますが、法律・ビジネスのところは全部、実務経験のある方に来ていた
だいて行うという形になっています。私も7年前までは企業における研究開発の実務を担当し
ていたので、そういう方がメインです。法律におきましても、現職の弁護士の先生、あるいは
弁理士事務所で現実に明細書を毎日書いておられる弁理士の先生にそういうところを担当して
いただくという形でデザインしました。
そもそもこのコースがどのような経緯でできたかといいますと、このコースの責任者は当時
の医学研究科の本庶研究科長でありまして、私は統括責任者という形で実務をしておりました。
医学研究科長がなぜ、とっくに象牙の塔で有名な京都大学の医学部でこのような実学的なこと
をやるのかと疑問に思われると思いますが、実は本庶先生自身、サイエンスのテクノロジーの
パクリにあったと言うと失礼ですが、日本で見つけたサイエンスのペーパーをフランスの会社
が展開させて、それで事業をしました。一部、日本の企業にもやっていただいたのですが、結
果的に花が咲いたのはフランスであったという苦い経験がおありにあって、これではいけない
と考えたわけです。
当時、第2期科学技術基本計画のことがありまして、ライフサイエンス分野には国のお金が
かなり多量に投入される時期でした。そうしますと、基礎研究へ税金を投入していただいた結
果の成果を、きちんと産業応用あるいは社会還元をするのが一つの大学の責務になります。こ
のサイクルを回さない限り、基礎研究への研究投資が回らないだろうという強い思いが、医学
研究科の先生のある方にはありまして、そのような方が中心となって、こういうことをぜひ定
着させていこうと考えた次第です。
ですから、「本プログラムの成果・波及効果」というところに書いてありますように、バイ
オベンチャー経営者不足の解消および創業への参画ができるような人、COOは本来MBAコ
ースの人が最適ではないかと思いますが、COOをサポートするCSO、そしてサイエンティ
57
フィックアドバイザー的なことをできる人がいないと、どうしてもこの医学領域の成果を確実
に世の中に問うことはできないという思いがありましたので、その部分を担える人材を育てよ
うということです。
また、大学に先ほどのような研究投資がかなり出てきて、その結果が大学に埋もれたままだ
と、これもまた経済活性化のために良くないだろうと。そういう意味では、大学の中に死蔵さ
れてしまわないように、いろいろな形で学内のものを見つけ出して、活用するという意識の人
もいるだろう。技術移転がきちんと進むということも必要になってくるだろう。この三つのこ
とを担える人材を育てようというのが、われわれの目的でした。
特に、先ほど國領先生でしたか、ライフサイエンスにおける基礎研究からの事業化までの道
は長く、かつ基礎研究に投資された分以上に開発研究に資金が回らない限り物事は進まないと
いうことは、1980 年代のアメリカのバイオベンチャーの成功の事例を見ましても、明確になっ
ていたことです。特に日本においては、学内研究者と製薬企業の役割分担が非常に曖昧で、な
かなかスムーズに技術トランスファーが進まないというポイントがありました。
ですから、この部分をどのように回すか考えますと、どうしてもバイオベンチャーの育成が
必要になってきます。そうしますと、知財管理のみならず、その場をつくれるアントレプレナ
ーという、バイオにおける起業家を育てないことには回らないだろうという思いがあり、われ
われの知的財産経営学コースの中では、産業財産権法の法律的な知識と同時に、ビジネスとし
てのアントレプレナーシップを持った方を育てていくということを重要な役割として制度を設
計したのが、ここのコースです。
●研究成果を世に問うためのシステム
今は教育論で申し上げましたけれども、現実の場として、医学研究科のなかにまた、成果を
世に問うためのシステムも設定しました。京大の医学研究科というのはご存じのように基礎研
究ではかなり有名な先生がおられて、素晴らしい成果を出しておられます。それが、日本の文
科省からいただいているいろいろな形でプログラムを組んでいる大型の研究開発投資が既に京
大で動いておりますが、そこから生まれた成果を、実際の臨床研究として評価していくための
探索医療センターという橋渡し研究の実証拠点も平成 13 年につくっております。
それから、私どもが実務的に成果を管理・発掘するためのリエゾン機能も平成 14 年につく
りまして、平成 15 年に知的財産経営学コース、人材を育てるというところの専門職大学院を
設立しております。その後、今日お越しになっておられます三菱UFJキャピタルの鴇田会長
のご支援も得まして、実際に大学の知的財産を世に問うためのハンズオン型の企業創設のため
のインキュベーション・プラザを平成 17 年につくり、京都大学で生まれた知的財産を事業化
していくための会社を既に複数つくっております。このような現実のトレーニングの場を踏ま
えて、先ほど申しましたような大学院生の教育をこの6年間進めてきたところです。
この大学の研究の流れの中で、成果の創出、発明の発掘、特許の出願業務、技術移転の企画、
58
場合によっては創業を目指したところまでの教育をするというところで、まずは知財のリテラ
シー教育があります。これはわれわれのコースの学生だけではなくて、大学研究科のなかの教
員、あるいは研究員にも、知財管理の問題点を啓蒙的に教育しております。産学連携の専門家、
要するに契約担当の人にも、事務の方にも、いろいろな基礎的な知識をセミナー形式で教えて
いくということもしております。
発掘・管理・活用というところで、発掘の場合にはバイオ・医学の知識が要ります。これは、
医学部の医学学部生の基礎科目、および大学院生の科目を、あえて大学院生の方に履修しても
らうというプログラムを組んで、学部の講義をしている先生方にお願いして、ここの面倒を見
ていただくという設計にしております。管理に関しては、特許管理手続きに関する知識。これ
は現実に、弁理士事務所の現役の弁理士に来ていただいて、良い明細書はどのようにして書く
のかというところまで踏み込んでおります。活用に関しましては、特にバイオ系ですから創薬、
あるいは創薬ビジネスのためにスクリーニング法を含めたところをやって、そのなかでアント
レプレナーシップの講義を行います。これは最終的にはビジネスプランをつくり、学内ではな
く学外のコンペに出して、そこで自分たちのアイデアを世に問うようにしております。
主たる講師陣としては、医学研究の専門職の方は全部医学部の教授の方にお願いしておりま
すが、それ以外のところは、私を含めましてほぼ企業におられた方、および弁理士事務所、弁
護士事務所で、現実にそのような仕事をされている方を講師として招いて、コースデザインを
しております。例えば 2007 年度、科学のライフサイエンスに関しましては、医学の基礎、病
理、薬理、解剖、生理、分子細胞生物、発生を含めまして、13 科目 25 単位です。必修は最低
10 単位ですが、20 単位ぐらい取らないと実際の実務についていけませんので、かなりハード
なカリキュラムになっております。法律に関しては、知的財産法を中心にして、実際の判例研
究および明細書の書き方までを教え込んでおります。ビジネスに関しては、アントレプレナー
シップは当然必修で、ここでそれぞれのビジネスプランをつくって、最終レポートを出させて、
そのレポートをベースに外部のビジネスコンペに出すように指導しております。
アントレプレナーのところに関しましては、主に「医薬品の開発と評価」「ゲノム科学と医
療」というところで、医薬品あるいは医療機器を開発する場合には、どうしても薬事法なども
絡んできます。サイエンスの評価と同時に、薬として承認を得る、あるいは医療機器として承
認を得るための薬事法もきちんと把握しないといけないということで、この辺を学んでもらっ
ています。例えば、知的財産の基礎講義の科目では、サイエンス系から来た人で、知的財産法
の初歩も知らない人にはまずここを習っていただいて、知的財産の基礎的なコンセプト、およ
び研究に携わったときにどのような問題が起きるか、研究成果物のやりとりはどのようなこと
が必要かというところの講義をこの中でしております。ポイントとしては、研究者が最低知っ
ておくべきことを講義の中で実務と演習で教えていくという形になっています。
時間帯は、一番大事なところの講義を全部 18 時 15 分から 19 時 45 分に設定しています。な
ぜこのような遅い時間帯にしているかというと、お医者さんというのは臨床に出ると、夕方5
~6時まで病院におられるわけです。普通の時間帯では、勉強をしたいと思っても出てこられ
59
ない。そういう意味で、6限という一番遅い時間帯にこれらの講義を全部持ってきております。
極力、医者の先生方も参加できるように、もちろんいろいろな方が参加できやすいようにとい
うことで、この時間にしています。
ですから学生は、早い場合は8時半からの第1講義から、この授業が終わって質問を受ける
と8時過ぎまで丸々1日、5日間、講義を受けることになります。学生には「普通のコースの
2倍ぐらい勉強しないと、ここはついてこられないけど、その覚悟はあるか」と面接のときに
必ず聞いて、「はい」と言う人しか受けられない。受けても多分通らないということです。た
だ2年間で、それなりの知識を覚えて学んでもらおうとすると、どうしてもハードになります。
さらに、われわれは長期のインターンシップをやろうということで、まず2年次には3カ月
間のインターンシップを予定しておりましたので、これらの講義をほぼ1年の間で取る。2年
間はインターンシップと課題研究と実務的なスキルアップを考えておりますので、今申し上げ
た講義をほぼ1年間で約 40 単位取るという形になっております。
創薬・ビジネスでは、薬にシーズがあって、機会があったときに、そのシーズをどのように
薬に仕上げるかということで、現実に製薬メーカーで研究開発をしている方を中心に来ていた
だいて、当然、個々の企業秘密はお話ししていただけませんが、そこから抽出したゼネラルな
ところ、それからどのような分野を今後目指せばよいかというところを講義していただいてお
ります。
●ビジネスプラン作成を中心としたアントレプレナーシップ教育
私のアントレプレナーシップの講義では、私がやっていると申しましても、現実的にはいろ
いろなベンチャーキャピタルの方、あるいはそういう経験のある方の支援をいただいて講義を
しています。講義の最初に、「最終目的は、自分たちでビジネスプランをつくって、それを世
に問うことだ」という講義目的を申し上げてからスタートしています。これも、大体 18 時 15
分から、ひどいときには9時過ぎまでしているのですが、起業に必要な経営戦略、財務・会計、
およびマーケティングなどの基礎知識とビジネスモデル作成を通して、起業疑似体験を習得す
るという形でやっています。
実際にどのようなことをするかというと、この講義は非常にタイトですので、20 名以下に絞
っており、20 名で4チームか5チームに分けて、ビジネスプランは全員、参加者各人が必ずア
イデアを出す。各人が出したアイデアの中で一番やりたいと思うのをグループで決める。その
グループの中で、その決まったアイデアに対して役割分担を決めて、ビジネスプランをつくり
ます。「グループ単位の発表のときには絶対に批判するな。その仕事がうまく進むために、グ
ループ以外の人はアドバイザーとして、良いアイデアを出してあげなさい。その代わり、今度、
自分のプレゼンテーションのときはアイデアをもらえるはずだから。要するに批判するのは誰
でもできるけれども、ポジティブなアイデアを出せ。それは自分のためにもなる」という考え
でやっていただいております。
60
修正案をつくっていただいて、最終的には、場合によってはわれわれのベンチャープラザで
やっているようなところの専門家のアドバイスをいただいて、ブラッシュアップを図ります。
コースとしての最終発表会をした後、各人が外部のビジネスコンペに出すということを勧めて
いますが、全部が全部そこまで完成しませんので、出来の良いものを出しています。2年目の
ところでは、近畿経済産業局長賞をもらっておりますし、今年もこれを出して、かなりのとこ
ろまで進んでいます。最終選考は 11 月にあると言っていましたが、名前などその辺はまだあ
まり出してはいけないのかもしれませんが、今のタイトルは講義の最終レポートで出てきたも
のです。
そのようなことをやっていたところ、もっと管理会計的な、あるいはファイナンシャルの部
分を勉強させてくれということで、特論としてビジネスゲームを使って、実際には黒字倒産の
何たるかも知らない人もいますので、そのようなことを教えております。ゲーム形式でやると
いうのはもう一つありまして、チームプレーと役割分担、それからディシジョンメーキングを
どうするのか。この三つをこのゲームを通して学んでもらいたいということで、2006 年度、3
年ぐらい前から取り入れて、集中講義として、夏の三日間、朝から晩までこのようなゲームを
しています。
2007 年は、経営管理大学院の方と一緒にやりました。この場合は、経営管理大学院の人がフ
ァイナンスをメインに担当して、医学研究科の方は技術的なことをメインに担当するという役
割分担で、非常に異分野交流がうまくいったと考えた例です。経営管理大学院の人がサポート
してくれたのですが、医学研究科の社会健康の人たちのファイナンスに対する知識はまだまだ
十分だとは言えないので、やはり役割分担が必要だということで、技術経営的な形では考えて
います。必要であれば、その方にまたMBAにもう一度行きなさいとわれわれは勧めている次
第です。
●京都大学におけるインキュベーション・プラザ
そういう意味では、京都大学は先ほど言いましたように、学内での発明を発掘するような仕
事や、医学研究科特有ですが、研究成果物のものの移動、学外に出す、学外からもらうという
ことも含めて、非常にたくさんのMTA契約をしなければいけません。それを実際に制度設計
その他も含めてやったのですが、それを例にいろいろな研究活動を通じて、学生の教育に使い
ます。場合によっては学生にこのようなことを実例として見せて、対応させます。それから、
先ほども申し上げましたが、インキュベーション・プラザという形で、実際に大学で生まれた
特許をベースに企業をつくり上げていくということもやります。これらの成果を教育に反映し
ているというのが、これまでのところです。
インキュベーション・プラザでは、実際には京都大学の成果をベースに三つの会社を立ち上
げております。最近では、プラザとは別ですが、iPS細胞研究の知財管理会社のiPSアカ
デミアジャパンも立ち上げました。これらの制度設計に当たっても、ここでいろいろと勉強し
61
たこと、あるいはそれらの周辺からアドバイスいただいたことを踏まえて、実際の波及効果と
してはこれだけの大きなものが生まれているというのが現状です。
実際にわれわれの卒業生がどのようなところで頑張っているかといいますと、大学の技術移
転機関、あるいは企業の知的財産の特に国際化の部分を担っているところ、それからベンチャ
ーキャピタル、それからベンチャー企業自身に入った人、それから今年はなぜか一人、シンク
タンクに行くと言っていましたが、この辺を含めて、われわれのコースから出た方々が活躍し
ています。すべての実績がこういう形で、結構、われわれがイメージした知財管発掘・活用・
管理という三つの部分にたくさんの方が活躍しておられているということです。
残念ですが、これは 2007 年度で終了しました。偶然ですが実は明日、文部科学省の終了後
成果報告会が、東京であります。そこで同じようなことをお話しして、終わった後はどうする
のかと言われているのですが、曲がりなりにも医学研究科の中で、先ほどのコースとしてつく
っております。ただ、今申し上げましたように、かなりの数の外部講師を呼んでいました。そ
れは振興調整費のある程度潤沢なお金でさせていただいたのですが、これを大学で面倒を見る
と言うとなかなか厳しくて、今、間接経費で辛うじてミニマムサイズは確保できるところまで
は来たのですが、カリキュラムを一部縮小せざるを得ないと思っております。ただ、とにかく
頑張って継続していこうと思っているので、ぜひご協力を賜れればありがたいと思っている次
第です。以上でございます。
62
【BASEプロジェクトの紹介】
北海道自動車短期大学
金子
友海
自動車工業科
准教授
氏
●BASEプロジェクトとは
まず初めに、BASEプロジェクトとは一体何かということで、
われわれが取り組んでいることを説明いたします。その後、新た
につくった2種類のゲームについて発表させていただきます。
起業教育の方法については、大きく2つに分けられると思います。一つが、今日の発表にた
くさんありました従来のアントレプレナー教育で、教える内容は非常に難易度の高い経営や会
計の理論であるため、難しすぎて理系学生にはとっつきにくいものです。一方、一般に行われ
ているビジネスプランコンテストや起業塾などは、これは逆に、手さえ挙げれば誰でも参加で
きます。ただ、ビジネスプランコンテストで発表して、「はい、ご苦労さまでした」とその場
限りで終わる場合が非常に多いのが現状です。それで、その両者の間を埋める教育も必要なの
ではないかと思い活動を始めました。
このプロジェクトは、Business and Accounting School for Entrepreneurs(ビジネスゲー
ムを用いた独立採算型起業教育プロジェクト)の頭文字を取って、BASEプロジェクトと呼
んでいます。どのような教育方針かというと、「教えることを割り切ってしまう」です。つま
り、あまり難しいことはやめて、教える内容を導入部分だけに特化しました。ただ、簡単過ぎ
ると効果が下がるので、適度に易しく、適度に難しい内容に調整します。それによって、工学
部・理学部などの多くの理系学生が参加しやすくなり、参加することによって「これからもっ
と勉強しよう」と思えるようなプログラムをつくりたいと思い、プロジェクトを立ち上げまし
た。
図表 1
BASEプロジェクトの特徴
われわれのプロジェクトの特徴は、大きく
分けて5つあります。1番目が「ビジネスゲ
ームを使う」ということです。これから新作
ゲームを発表しますが、ゲームを使うことに
よって、大学生には非常にとっつきやすくな
るようです。遊び感覚で入ってきて、実は勉
強ができているというわけです。
2番目は「温泉で合宿をする」ことです。
通常の講義として行うと、学生は忙しいので
63
すべてに参加することができません。そこでどこかに行って短期間缶詰めにしてしまうと、集
中的に学習ができます。また、その中で知り合った他学部の学生との交流を通じて、いろいろ
な思い出がつくれるのではないかとも思います。
3番目に「インストラクターを毎年スカウトし、翌年の事業に従事させる」とありますが、
東北大学大学院情報科学研究科の浜田良樹先生と金子の二人だけではイベントを開催するには
人手が足りません。そこで、イベントに参加した学生の中から意欲の高い学生を募って、その
学生たちに翌年のインストラクターになってもらいます。
4番目が「広範な産学連携体制の構築」です。合宿形式の2泊3日で行いますので、産学連
携として地域経済界から外部の講師を派遣していただき、よりリアルな講演をしてもらいます。
5番目に「プロジェクト自体を事業化する」とありますが、あまり補助金に頼らないで、持
続的に実施し、できる限りわれわれのプロジェクトの中だけで採算を取ることを目標にしてお
ります。また、インストラクターの学生にとっては事業を一緒に実施するという究極のOJT
を大学在学中に体験ができるのではないのかと思います。
●BASEと関わりのあるプロジェクト
BASEプロジェクトのようなビジネスゲームを用いた理系学生向けの起業教育プロジェク
トは、2001 年に北海道大学で行われた「ニセコオータムスクール」が始まりです。北海道大学
大学院経済学研究科の濱田康行先生が中心になって実施し、私自身も受講生として参加しまし
た。そのスクールは去年までに合計7回実施され、延べ 266 名が参加し、その参加者の中から
2社のベンチャー企業が実際に立ち上がっています。その4年後の 2004 年には「BASE C
AMP」が、共同発表者の東北大学の浜田先生を中心として始まり、去年までに4回行われま
した。延べ 150 名が参加し、その参加者の中からベンチャー企業が1社立ち上がっております。
また 2005 年の第5回ニセコオータムスクールには、京都大学大学院医学研究科の寺西豊先生
と早乙女周子先生に参加していただき、どのようなゲームなのかを体験していただきました。
そして「京都大学ビジネスワークショップ」が 2006 年度に開催されたときには、インストラ
クターと共にお手伝いさせていただきました。
図表2
BASE CAMP
2007(東北大学)学生アンケート
このような合宿形式のプロジェクトが学
生へ与える効果について、昨年度の東北大学
の「BASE CAMP」の学生アンケート
の結果から分かることは、「経営の興味」は
ゲームをすることによって増し、ゲーム自体
も面白かった。ゲームの間に入れた講義もゲ
ームに即した内容だったので、まあまあ面白
64
かった。「学際的な交流」とは他学科の学生との交流ですが、それも図れたので面白かった。
そしてこれらを全部やったことによって、これから先、大学に戻ってからも勉強したいという
意欲が増したということなので、ねらい通りの教育効果があったのだろうと思います。
●BASE医療経営ゲーム
歯学部の先生と話をしていて、「ほとんどの学生が卒業後、一定期間経つと、院長として独
立するのだけれども、医業と医療は少し違う。しかし、大学の中では、診察方法や医療につい
ては教えてくれるけれども、医業については全然教えてくれない。」と聞き、そのニーズを満
たすために「BASE医療経営ゲーム」を開発しました。開発に当たり、私たちの知識だけで
は足りないので、北海道大学大学院歯学研究科の佐野英彦先生、佐藤嘉晃先生、北海道大学創
成科学共同研究機構の佐藤孝一先生の3人の協力を得ました。そして 2007 年の「BASE C
AMP」と「ニセコオータムスクール」で実施しました。
どのようなゲームかというと、ひとつの市場の中で大きな病院の経営管理のスタイルか、逆
に小さい病院、自分で診療所を開くような形の病院経営かを選び、互いに競い合います。ゲー
ムでは、病院開設時の苦労とリスクをなるべくリアルに再現し、病院の資金繰りも忠実にシミ
ュレーションしました。さらに、すぐに要領がつかめる財務諸表をつくり、財務諸表も簡単に
分かるように工夫しました。
●BASE製造業経営ゲーム
東北・北海道地域の経済は、他地域と比較するとまだ回復していませんので、かなり苦しい
状況です。その中で、MOTセミナーや産学連携フォーラムなどが行われていますが、やや煮
詰まり感が漂っています。私も含めて大学人は、中小企業や零細企業の経営の厳しさ、過当競
争やデフレの恐ろしさをあまり実感していません。逆に中小企業の人から見ると、「イノベー
ションとかMOTと言っているけど、しょせんは理論、われわれの会社には使えない」という
意見も聞きます。このように両者がそれぞれ違うことを思っているので、その橋渡しができれ
ばと思いました。
図表3
BASE製造業経営ゲーム
そこで、大学人が中小企業のことをもっと知り、中小
企業がMOTの効能を知ることのできる共通の教材と
して、「BASE製造業経営ゲーム」を作りました。
これをつくる上でも、私たちだけの知識では足りない
ものですから、東北ニュービジネス協議会、北海道立工
業試験場デザイン開発科の方の協力を得ました。
65
このゲームでは、ものづくり企業や中小企業の経営や会計の基礎を学ぶことを目標にしてい
ます。ゲームの中で借入金利を実感したり、各社が入札などで競争したり、財務諸表の作成な
どを経験します。そしてゲームを続けていくと、競争力のないものづくりに限界を感じます。
それで参加者が自発的にMOTの必要性に気付けばと思っています。
●持続的な起業家教育集団を目指して
今後の予定としては、2009 年 2 月に、大学発ベンチャーとして、有限責任事業組合起業教
育研究所を設立しようと思っています。業務内容は、起業教育・MOT教育に関する教材・教
育カリキュラムのオーダーメイドの研究・開発および受託です。既に北海道立工業試験場と提
携の話が進んでおり、実際に仕事をやり始めております。浜田先生と私、あと手伝ってくれる
学生とどこにでも行ってお手伝いします。そして持続的な起業家教育集団として存続していく
ことを最終目標としております。
先に説明しました二つのゲームのうち「BASE製造業経営ゲーム」は、外に展示しました
ので、ぜひ見ていただければと思います。どうもありがとうございました。
66
「平成 20 年度大学・大学院における起業家教育実態調査について」
株式会社大和総研産学連携調査部
岡村
公司
部長
氏
本日はこういう席にお招きいただきまして、どうも
ありがとうございます。私からは「平成 20 年度大学・
大学院における起業家教育実態調査について」、副題
として「~アンケート調査結果(速報版)~」に関し
てお話しいたします。日本の起業家教育に関連する科目を大学別の「大学編」と各科目の概要
を集計した「科目編」のサンプルを、会場で3部回覧させていただきます。それもご覧になり
ながら聞いていただければと思っております。
このサンプルは暫定版なので、未整備なところもあるかと思いますが、それはご容赦いただ
きたいと思います。もし間違っているところや追加した方がよいようなところがあれば、最後
に連絡先を申し上げますので、そちらにご連絡いただければ速やかに訂正したいと思っており
ます。
この調査を行う前、2005~2007 年度に大和総研で独自調査をしておりました。この際には
独自に 22 校を選んで、各大学のシラバスなどを調べて、起業家教育にどのような科目がある
かを調べておりました。大和総研のHP(http://www.dir.co.jp/)に3年分の調査結果を全文掲
載しております。
本調査は、経済産業省から委託を受けて大和総研で行っております。この実態調査全体では
他の調査項目もありますが、今回に限りましてはアンケート調査についてご報告申し上げます。
アンケート調査については日本ベンチャー学会のご協力もいただいております。なお、本調査
では、「大学」という用語を「大学全体」という意味で使っている場合と、「学部」という意
味で使っている場合があるのでご注意ください。
送付先は大学・大学院の教務部が 734 校、日本ベンチャー学会会員の大学教員の約 300 名の
方です。アンケートを実施したのは今年の 7 月 23 日から 8 月 22 日です。大学の試験期間や夏
休みに重なってしまいましたが、このフォーラムに成果を間に合わせるために、このような時
期に行うことになりました。ただ、8 月 22 日の段階では十分な回答がなかったので、第2次の
締め切りを 9 月 3 日としまして、本日はその情報を使って報告させていただいております。そ
の後も 10 月 15 日までは随時個別で入力していただいておりましたので、最終的な調査結果は
追って発表されることになります。
回答いただいたのは 523 校で、回答率は 71%。一般的なアンケート調査と比べれば、高い
回答率を得られました。回答率を国公私立別に見ますと、国立や公立が高くなっています。私
立の場合は、起業家教育と関係が低い音楽大学や体育大学なども多く含まれるので、若干回収
率は下がっておりますが、全体で7割以上の回答を得ております。
67
その中で起業家教育に関する講座があるという大学は 235 校で、全体の 44.9%に相当します。
大学の学部の方にあるというのが 22%強、大学院のみにあるのが8%、両方にあるのが 14.3%
でした。
過去の文部科学省や筑波大学の調査と比べると、全体の科目数は増えています。過去の調査
では起業家教育科目の有無を単に調べているのに対して、今回の調査では「どのような科目が
あるか」や「誰が行っているか」などについても確認しているので、単純な比較以上に科目数
が増えている可能性もあると思います。
図表1
起業家教育講座がある大学・大学院
国立の場合、大学院のみ、もしくは学部・大学院の両方に起業家教育の講座(単位が取得で
きる科目)があるというのがそれぞれ約3割に達しています(図表1)。私立大学の場合、「学
部のみ」が3割弱というような割合になっています。
68
図表2
起業家教育科目(学部)
科目数の内訳(図表2)ですが、学部の方は 192 校で 504 講座あり、左側の科目数別の分布
を見ていただくと、1講座しかないというのが 42%、2講座しかないというのが 22%、3講
座あるというのが少し、それを三つ合わせますと全体の8割が3講座未満です。ですから、科
目数が多い大学は少なくて、10 講座以上の科目を提供している大学は、これで見ますと3校で
す。
ところで、起業家教育に関連する科目とは何かと言われると、その定義が非常にあいまいで
す。今回は、ベンチャー、スタートアップ、起業、創業、事業計画、ビジネスプランといった
キーワードが入っている科目だと定義しています。個別に一科目ずつ見ていくと該当する科目
が入っていなかったり、もしくは該当しないような科目が入っている場合もあるかもしれませ
ん。教務部の方にお願いした都合上、シラバスで探せるようなキーワード検索で調べていただ
きました。ただ、各科目の内容が起業家教育に該当するかどうかまで調べていただいた大学も
あります。厳密に言えば、大学によって定義が異なっています。
69
図表3
起業家教育科目(大学院)
大学院の方を見ますと(図表3)、こちらも同じく1科目しかない、2科目しかないという
ところが多いのですが、10 講座あるところは4校ありますし、11、12、15 というところも合
わせて5校ぐらいあります。学部と比べると、提供科目が多い大学と少ない大学に分散する傾
向が見られます。MOT(技術経営)の大学院は提供している科目が多いことが、国立大学の
大学院で科目数が多いという結果に影響していると思います。ただし、MOTの授業の中で提
供されている講座を一科目ずつ見ていくと、起業家教育に該当するかどうかという判断が難し
い科目も含まれています。
これまでの講演の中にもご紹介がありましたが、起業家教育に関連するコースや専攻、もし
くは学科などを開設している大学が 53 校あります。学部レベルでは 29 校、大学院レベルで
32 校、重複を除くと 53 校です。有効回答数全体の約1割の大学がそういうコースを開設して
いるということになります。
授業で単位になる科目以外に、今日のこのイベントも含めてそうだと思うのですが、起業家
教育に関連したイベントが催されています(図表4)。先ほど紹介されたビジネスゲームやビ
ジネスプランのコンテストなどを含めて、全体の約2割の学校が授業以外のプログラムで起業
家教育に関連する催し物を開催しています。それと講座を設置している大学との分布を比較し
てみますと、授業で起業家教育に積極的な大学はイベントなどでも起業家教育に関連した催し
物を積極的に提供しているということになっており、起業家教育に積極的な大学とそうでない
大学の格差は非常に大きいのではないかと読み取れます。
70
図表4
起業家教育に関連するイベント等
回覧していただいている要覧の後半の部分は科目編ですが、各項目についてその内訳を載せ
ております。学部で 504 科目です。また、大学院の 363 科目についての簡単な紹介が、今、回
覧されている要覧の中に入っております。
その科目を見ていきますと、学部の場合は4割が特定の学部・学科のみではなくて全学で受
講可能となっております。これも総合大学か単科大学かで全然内容が違うと思います。経営学
部しかないような単科大学や類似した二つの学部しかないような大学ですと、全学といっても
一つの学部と意味があまり変わらなかったりするのですが、4割は全学で受講可能ということ
で、起業家教育自体が学部横断的な要素を持った教育内容ではないかと推測できます。大学院
の場合はそれが3割程度になります。
授業の形式ですが(図表5)、学部で行われている授業の形式は、やはり所属する大学の教
員の方が通常の講義を行うというのが圧倒的に多いのですが、大学に所属しない、大学教員以
外の外部講師が通常の授業を行うという事例も 133 の事例に含まれています。学生がグループ
演習やプレゼンテーションを行うという実践型の授業は全体の2割ぐらいです。
71
図表5-1
授業形式(学部)
大学院では、全体の3割強で学生が授業の中でプレゼンテーションを行ったり、グループ演
習を行ったりということになって、大学院の方がそういう比率が高いというのは概ね予想通り
でした。
図表5-2
授業形式(大学院)
72
授業の内容については、ケーススタディを用いる授業は多い一方で、実務知識を教えるよう
な授業は比較的少ないというのが現状のようです。この内容の比率については、学部と大学院
ではそれほど大きな違いは見られておりません。
外部講師の活用についても調べておりますが、これは各大学で一番苦労されていることなの
かもしれません。学部の場合、全体の 26%の授業でゲストスピーカーを呼んでいます。大学院
の場合は約 28%に相当します。合わせてのべ約 500 名の方が、大学の起業家教育に関して外
部講師を務めています。その中には、創業社長、その他の企業経営者、コンサルタント、行政
機関の支援担当者などが含まれます。今回の調査では、この 500 名の名前や所属などがわかっ
ておりますので、うまく整理できれば有意義な情報になると思います。
今回の調査は、今後さまざまな対応策を検討していくにあたって、大学・大学院における起
業家教育が今どういう状況にあるのか、足元の状況がはっきりさせようという意味合いで調査
したものです。まだ不備なところもあると思いますので、要覧などを見ていただいてお気付き
の点がもしありましたらご連絡いただければ、追加もしくは修正いたしますのでよろしくお願
いします。私からは以上です。
73
74
コメントセッション
秦
信行
氏(國學院大學経済学部
教授/学部長)
村上
太一
氏(株式会社リブセンス
代表取締役社長)
鴇田
和彦
氏(日本ベンチャーキャピタル協会
三菱UFJキャピタル株式会社
北地
達明
氏(監査法人トーマツ
岡村
公司
氏(株式会社大和総研産学連携調査部
吾郷
進平
氏(経済産業省新規産業室
会長/
代表取締役会長)
パートナー)
部長)
室長)
●パネラー紹介
(秦)
司会をやれという、濱田さんからの突然のご指名ですのでやらせていただきます。國
學院大學の秦でございます。既に簡単なシナリオを濱田さんからいただいておりますので、そ
れに沿う形でパネルを進めさせていただきたいと思います。
最初にパネラーのご紹介をさせていただこうと思います。後でお一人ずつ少し詳しく話して
いただきますが、今は順番にお名前を申し上げます。
まずお一人目は、株式会社リブセンスの代表取締役社長、村上さんでございます。村上さん
は現在早稲田大学政治経済学部の4年生でいらっしゃるとお聞きしました。22 歳になられまし
たか。
(村上)
(秦)
いえ、まだなっていません。21 歳です。
まだ 21 歳だそうですが、要するに学生起業家のお一人だということです。それを踏
まえたお話を後でお聞きしたいと思っております。
2人目は日本ベンチャーキャピタル協会の会長であり、かつ三菱UFJキャピタルの代表取
締役会長の鴇田さんでございます。鴇田さんからは、ベンチャーキャピタルが必要とするキャ
ピタリストの人材育成を中心にお話ししていただこうと思っております。
3人目が、監査法人トーマツのパートナー、北地さんでございます。私は北地さんをだいぶ
前から存じ上げておりまして、一緒にいろいろなお仕事をさせていただいております。
そして、4人目は、先ほどアンケート調査のお話をしていただいた大和総研の岡村さんでご
ざいます。岡村さんにもアンケート調査を踏まえて、ベンチャー起業家や起業家教育のお話を
していただこうと思っております。
最後に、経済産業省新規産業室長の吾郷さんでございます。吾郷さんには行政のお立場から
起業家教育についてのお話をしていただこうと思っております。
75
●基調講演から得られた論点
(秦)
既に午前中から6人の方に講演をしていただきましたが、今日のフォーラムのタイト
ルが「ベンチャービジネス・ベンチャーキャピタル教育フォーラム」となっているわりには、
皆さんのお話の中ではベンチャーキャピタル、あるいはキャピタリストの教育についてはあま
り触れられていなかった気がします。しかし、いずれにしても六つの大学の事例を踏まえたお
話がございました。ですから、パネラーの皆さんのお話をお聞きする前に、まず私の方から、
講演をしていただいたそれぞれの方々のお話について、私の印象に残ったことだけを申し上げ
てみたいと思います。
最初に早稲田大学の大江さんですが、お話していただいたように、早稲田大学でいろいろな
試みをされています。具体的には、インキュベーション施設やウエルインベストメントという
投資会社をおつくりになって、非常に実践的な起業家教育をしておられるというお話でござい
ました。私にとって一番印象に残ったことは、やはり実物でやることに意味があるということ
です。ケーススタディという手法もアントレ教育 1 には当然あると思いますが、ケーススタデ
ィは非常に限られた情報の中の意思決定を追体験的に学んでもらうわけですから、それでは少
し意味が薄いのではないかと思います。むしろ自分でビジネスプランをつくる、あるいはそれ
を実際に実行に移してみることの意義が大きいのではないかというお話をされていたと思いま
す。
2人目は立命館の樋原さんで、学部での起業家教育として既にプログラムができておりまし
て、大体 100 人の受講生がいらっしゃるというお話でございました。草津キャンパスで文系の
76
2学部、理系の2学部の学生を対象にそういうプログラムを展開されていて、いろいろな課題
がまだおありになるというお話ではございましたが、非常によくできたプログラムになってい
るのではないかなと私は思いました。そして、樋原さんの講演の最後の方でしたが、ベンチャ
ーキャピタリスト教育、ベンチャーキャピタルの人材教育という意味では、日本では基礎的な
ファイナンスの教育がやや不足しがちであり、それを充実させることが必要なのではないかと
いうことと、日本でのいろいろな事例のケースをもっと増やしてみてはというお話をされてい
ました。
3人目は慶應義塾大学の國領さんで、イノベーションのシステムに関するややマクロ的なお
話であったように思います。その中でもやはり注目すべきはイノベーションを担う人材として
の起業家とそのための教育の重要性であり、それは優秀な研究人材の教育・確保ともオーバー
ラップすると考えておられるように思います。特に基礎研究の初期的なところはかなりやられ
ているようですが、後期の基礎研究のところは必ずしもうまくいっていないということでした。
そういうことがきちんとできる、あるいはそれを担えるような人材育成が必要だというお話を
されていたと思います。
4人目のマイケル・コーバーさんは一橋大学の大学院でMBA 2 の授業をされておられ、そ
してそのお話は、MBA自体の目標である変革型のリーダーの育成、なかでもイノベーション
の担い手としての起業家の養成は日本でも非常に必要になっているということであったと思い
ます。その中で特に彼は最後の方で、今後、彼がやっている授業については、優れたアイデア
を生み出せる力を持った起業家、人材の育成はどうやったらできるのか、つまり、優れたアイ
デアをどうやって引き出してくるのかというところの工夫をしていきたいというお話をされて
いたと思います。
5人目の武蔵大学の高橋さんからは、Babson でのご経験を基にお話をしていただきました。
お話は学部教育の話でしたが、起業家教育の目的はやはり事業計画を書くだけの能力を養って
いくところに置かれていて、事業プランを立てるための基礎知識習得のプログラムをつくって
おられるということでした。同時に、大学としては組織的なアントレ教育に対する支援が非常
に重要なのではないかというお話もされておりました。
最後に、京都大学の知的財産経営学コースで教えておられる寺西さんからは、先ほどの國領
さんのお話ともやや重なる部分があったように思いますが、基礎的な研究と、製品化・実用化・
商業化を結び付ける間のところの人材あるいはシステムというものをきちんとつくっていく必
要があるということで、そのためのプログラムを展開し、特に医療分野、医学領域でそのよう
な人材をつくっていっておられるというお話でした。さらに医学領域のサイエンティフィック
な知見も教えておられて、そこでは法律も非常に重要であるということでした。このお話をお
伺いして、私は、メディカルでなくても、例えばITの事業領域でも技術的な知見や、それに
関係する契約などの法律的な問題、それから最後にビジネスを加えたパッケージ化したような
コースやプログラムをつくるならば、ベンチャーキャピタリスト教育にも応用できるのではな
いかと考えておりました。
77
●パネルディスカッションの目的とパネル司会者の自己紹介
私の独断で、午前の講演について少し気になったところを幾つか
申し上げましたが、これからは6人のパネラーの皆さんにそれぞれ
のお立場でお話しをしていただきます。このパネルでは、ベンチャ
ーキャピタリスト教育も含めた日本における起業家教育について
一体どういうシステムが必要なのか、大学として何をすればよいの
かというお話をまずはお聞きした上で、フロアの方々からもいろい
ろなご意見をお伺いすることを最終的な目的としたいと思います。
最初に自己紹介するのを失念してしまったのですが、私の専門分
野は一応ベンチャーキャピタルです。起業家教育においては、全般
的なことはもちろん私の領域ではないのですが、ベンチャーキャピタリストの養成に向けて私
も幾つかの社会人向けの大学院でプログラムをつくってやらせていただいています。そういう
意味で、ベンチャーキャピタリストの教育について何か気が付いた点があれば、私自身の意見
も後ほど申し述べさせていただきますが、まずは6人のパネラーの方々からお話をそれぞれに
伺っていきたいと思います。
最初に村上さんなのですが、先ほどもご紹介しましたように、2年前に今の会社を立ち上げ
られたとお伺いしております。村上さん自身はまだ学生ですので、そのお立場で、大学の起業
家教育、ないしはもう少し広く大学の教育に望むこと、起業家を育成していく上において何が
不足しているかなどに関して、どのように考えておられるかというお話をしていただきたいと
思います。
1
アントレプレナー教育
2
Master of Business Administration
経営学修士
78
●村上
太一
氏
(株式会社リブセンス
代表取締役社長)
●●起業家教育の環境
(村上) はじめまして。ご紹介いただきました株式会社リブセン
スの村上と申します。現在早稲田大学の4年に在学中です。
私は 19 歳の大学1年生の春休みに、リブセンスという会社をつ
くりました。起業家教育という面で起業する理由が一つ焦点になる
とは思いますが、私自身が 19 歳ながら起業しようと思った理由は、
小学生ぐらいから漠然と会社をやりたいという思いがあったから
でありまして、実はあまり明確な理由がないというのが正直なところです。私の家系は、祖父
が二人とも経営者でありましたので、小さいころから起業が身近だった。小学生ながら起業し
たいと思った一つの理由にはなります。
ですから、起業家教育を考えた場合、最も大事になってくるのは環境づくりです。私の場合
は祖父だったのですが、起業家教育を小学生に教えようと仮に思ったら、それは可能だと思い
ます。小学校の先生が、ベンチャースピリットまではいかなくとも、ビジネスに対する面白さ
などは伝えることができると思いますし、そういった面でベンチャースピリッツ養成には教育
がすごく大切だと考えております。
●●起業家教育のあり方-起業体験を踏まえて-
私自身のことをもう少し説明させていただきますと、大学1年生の 19 歳で起業しまして、
現在、アルバイト情報サイトのジョブセンスを運営しております。こちらは業界で初めての仕
組みでありまして、アルバイト採用のサイトですとフロム・エー 1 などのウェブ媒体に載せる
ことに費用が発生するのが従来のモデルでありましたが、当社の場合は採用ができて初めて企
業さまから費用をいただくというようなモデルで事業をさせていただいております。今期が3
期目になるのですが、売上も順調にいきまして、利益も1億円近く出せるようになりました。
会社ということを考えると、教育も大事なのですが、私自身一番大事なのは、まずは実際に
やることだと思っています。私自身、会社を設立した1年目はかなりつらくて、正直設立した
当時は請求書の書き方すら分からず、お客さまにお金をもらうときにどうすればよいのかさえ
分からずに、逆にお客さまから教えていただくということもありました。このときは、ある意
味世の中が全く分からず、教育も受けていない状態でした。ただ会社を設立したいという思い
だけが非常にある状態で設立してしまったため、1年目は全く知らないことづくしで、とても
つらく、一時期はすごくストレスがたまって部分的に白髪が生えるという状況もありました。
この大変さを乗り越える力が起業家教育で身に付かないのだろうか、と私自身はすごく思っ
ています。実際に近い形で多少プレッシャーのある、ストレスがかかる状態でやっていくこと
がまず大切なのかなと思います。ストレスがかからないと人間は成長しないと私自身は思って
79
いて、仮に教育でそれをカバーするとした場合は、ある程度プレッシャーのかかる中での教育
がすごく大事になると思います。私たちの会社でも教育をすごく大切にしておりまして、教育
機関に入るといったことを行っており、教育はベンチャースピリットを身に付ける面ではすご
く大切だと思っております。
●●社名の由来
私がなぜ会社をやっているかというと、始めた理由は単純に好きだからという部分が大きか
ったのですが、続ける理由としては、すごく明確なものがあります。私たちの会社はリブセン
スという社名なのですが、この社名には面白い由来があって、リブセンスの Live が「生きる」、
Sense が「意味」で、「生きる意味」という意味合いを持った会社です。哲学的な話になって
しまうのですが、私自身が会社を続けるのは、好きだからということ以外に、生きる意味を見
いだすためでもあります。
人間が生きる意味とは何だろうと考えたとき、誰もが幸せのために生きていると単純に考え
て言います。あらゆる人の行動には、人生を生きていく中で常に選択というものがあると思う
のですが、その一つ一つの選択というのはより良い方向に向かうことができる、幸せに向かっ
て生きることができるように行われます。私自身の幸せの一つにお客さんに喜んでもらうとい
うことがあります。これをすごく感じたのは、私が小さいころ両親に料理をつくってあげて「お
いしい」と言ってもらったときでありまして、このときは純粋にうれしい気持ちになりました。
こういった気持ちを、会社を通じてもっと経験していきたいなと思い、会社を続けていく理由
としてあるわけです。
その他に表現する幸せというのもあって、会社を通じて社会に事業を発信していく、お客さ
まにたくさん影響を与えていく、使っていただいているユーザーさんに影響を与えていく、と
いうような幸せのために、会社をずっと続けさせていただいております。本日はベンチャー教
育フォーラムという形で、私自身も教育にもすごく興味があるのでいろいろとお話しできれば
と思います。よろしくお願い致します。
(秦)
ありがとうございました。幾つか私から質問をしようかと思ったのですが、時間の関
係上、まずは一通り皆さんにお話しいただいた後、フロアの皆さまも含めてご質問等々を受け
たいと考えております。では鴇田さん、よろしくお願いします。
1
株式会社リクルートが運営するアルバイトと仕事探しのサイト
80
●鴇田
和彦
氏
(日本ベンチャーキャピタル協会
会長)
●●大学に通う目的
(鴇田) ベンチャーキャピタル協会の鴇田でございます。ベンチ
ャーキャピタルとしてというよりも、ベンチャー経営者育成のため
に大学教育はどうあるべきかについてお話したいと思います。あま
り真剣に考えたことがないものですから、やや稚拙になるかもしれ
ませんが、今あらためて振り返ってみますと、自分の学生時代も含
めて、勉強していないという思いがあるわけです。例えば、アメリ
カの学部の学生や院生はやはり勉強が目的で大学に通っています。学習塾と大学は全然違うわ
けですから、その違いは何なのかということをやはり考えるべきだろうなと私は思います。
昔は、私も大学での成績などは問わない就職活動をやっていましたが、やはり大学生のとき
の時間を無駄に過ごしても仕方がないので、何らかの目的意識を持ってとにかく勉強するべき
です。勉強というのは特に専門知識なのだろうと私は思うのです。隣に村上さんのような優秀
な青年がいるわけですが、一般論として言えば、やはりベースとしてそのような専門知識の勉
強をしなければいけないのではないかと思います。経団連の御手洗さんが「いまだに初任給が
一緒なのに文句を言うやつがいないのはおかしい」と言っていますが、僕もその通りだと思い
ます。大学を出たということが目的ではなくて、やはり大学で何をしたかが目的なので、とに
かく勉強する時代というのが、やはりアメリカの若者たちとの起業するスタートアップの時期
の違いなどに全部出ているのではないかという気がします。もちろん企業に入ってからも、企
業はそれなりの教育資金を相当投入して、マスターを取らせるなど、いろいろな投資をします。
しかし、いずれにしても、大学という貴重な4年間に目的意識を持って勉強してほしいという
のが一つです。
●●個性を引き出す教育
2番目は、やはり偏差値教育の弊害がありまして、私は、個性を引き出す教育が重要だと思
います。特にベンチャーというのは、これからの時代のものです。しかし、それに必要な、多
様な個性や独創性など、他の人とは違う価値観を持つというのが今の偏差値教育ではなかなか
生まれにくいのだろうと思うのです。偏差値教育の考え方という1本の物差しで考えないよう
に大学教育で払拭していただきたいと考えています。
先週、私の部下の息子が小学生で、運動会があったのですが、タイムの良い順で6人ずつ走
るのだそうです。ですから、遅い人でも優勝するチャンスがあるわけです。あるいは、劇にな
ると全員が赤ずきんちゃんになる。そういうことというのは、画一的であります。世の中はグ
ローバルに競争がすべてなのにもかかわらず、いまの人たちは全員が1位になれるというよう
な教育を受けてきています。そして、そのような教育を受けてきた人たちを引き受ける大学の
81
先生方は、大変なことだと思います。素晴らしい研究の講座の内容も伺いましたが、こういう
子供たちを、いろいろな考え方を持つ、価値観の多様化にふさわしい学生に育て上げるのは大
変だと思います。しかし、そういう意味では個性を引き伸ばしていただきたいと思います。
まして少子化ですから、適材適所で、その人の能力に見合ったところを少人数で、少数精鋭
でいける時代です。全員が自分の不得手なところに配属されて無意味なことをやるよりは、自
分が好きなものを徹底的にやる。そのためにはやはり個性、その人の能力は何かということを
よく見極めるような教育をしてもらったらよいのではないかと思います。就職ランキングを見
ると、20 年か 30 年ぐらいずっと同じ名前が出ていて、なぜあそこの企業はあんなに魅力があ
るのかと思うわけです。それはわれわれ親が「ああいうところはいいぜ」といい加減なことを
言っている面もあるのですが、もうそういう時代ではないことは恐らく皆さん分かっていらっ
しゃると思います。アメリカでも 30 年以上前にそういうことが起こっているわけですから、
やはり個性を引き伸ばす教育をしていただきたいと思います。
●●実社会と直結した教育
3番目は、実社会と直結した教育を目指すべきではないかということです。文系・理系、あ
るいは学部、院生とそれぞれ違いはありますが、総じて研究していることと、社会に出て事業
に役立つことが乖離していると言えるのではないでしょうか。先ほど発表がありましたが、4
分の1ぐらいは成功したベンチャーの経営者などをお呼びして講師陣にそろえているようです。
ぜひそういう方々を入れて、できるだけ実社会と直結した教育をしていただきたいと思います。
私も銀行の人事部で研修、教育に携わった時期がありましたが、知識研修と意識研修の大き
く二つ分かれます。いわゆるテクニカリーなスキルアップよりも、やはり社会に貢献するとい
う自覚を持たせるようなモラルアップの意識教育の方が重要であり、その両者のバランスが大
切であるのではないかと思うのです。先ほども言いましたように専門学校ではない大学は、や
はり全人的にこの国をよくしていくのだ、あるいは社会に貢献するのだという原点に立ち返っ
た教育を総合的にしていただければと思います。少しばらけてしまいましたが、以上の3点を
私は希望しております。
(秦)
ありがとうございました。続いて北地さん、よろしくお願いします。
82
●北地
達明
氏
(監査法人トーマツ
パートナー)
●●技術系会社の強み
(北地)
私は監査法人トーマツで会計士をやっておりまして、約
24 年間、技術系のベンチャーだけをやっています。昔、私は京都大
学の西部講堂で演奏していた思い出があるミュージシャンでして、23
歳になって音楽をやめて大学に行って会計士になりました。ちょっと
変わったものが好きだということもあって、大企業の仕事をやってい
る人を見ていてもあまり楽しそうに見えなかったので、初めからベン
チャーをやらせていただきました。これは面白いからやり始めてみましたが、いま、自分の人
生の目的になっていると思っています。
今年、確かに株式公開も低調でしたが、実は私に関して言えば、自分が直接関与していると
ころ、あるいは何らかの形で関与しているところは4社公開で、もしかしたら株価次第ではも
う1社公開するかもしれません。いつの時代でもということはないし、いま現在の企業評価は
低いかもしれませんが、やはり技術系の会社は強いと思います。そしてこれらの会社は必ず企
業価値が高くなるという前提で公開していっているのだろうと思いますので、私はさじを投げ
ないとあらためて思っています。
●●理系の教育とネットワークの構築
この仕事をやっていて一番面白かったのは、本当に楽しい人とたくさん会えるということと、
それから楽しい技術、シードに会えることです。堀場さん
1
なども僕の宝物の一つなのです。
お話をお伺いするたびにいつも痛快だと思って帰ります。大学との教育関係で、キャピタルと
いうのは非常に特殊な仕事で、総合格闘技のようなものであり、あまり教育ということが似合
わないかもしれないと思っているので、ビジネスに関してだけ言わせていただきます。まず四
つ言いたいことがあります。
一つは、理系の方です。実は、理系・文系という分け方は、私は大嫌いなのですが、他に適
切な言葉がないのであえてこの言葉で説明させていただきます。まず、理系の方に対してのこ
の教育の方法で言いたいのは、ネットワークの上手なつくり方をどこかで教えてあげなければ
いけないのだろうということです。専門性が高くなればなるほどTの字型のネットワークにな
っていって、なかなかきれいな三角形になりません。この三角形のネットワークをどうやって
つくるかということを誰かが助力してやらなければいけないと思います。それから、いったん
研究者から外れると、もう研究者の道に戻りにくいという大学独特の部分もあり、ここは少し
もったいないと最近思っています。
83
●●文系の教育と学問と実務の乖離
次にいわゆる文系の教育ですが、コーバーさんや武蔵大学の高橋先生の話を聞いていて「な
るほど、そうだ」と思っていましたが、もう一つ、このお二方に付け加えるとしたら、実務と
学問とのギャップがやはりあります。特に日本の実務はドイツ系の体系で制度が入ってきたた
めに、例えば会社法一つを取っても「できること」が書いてあります。いろいろなベンチャー
ビジネスの方に「アメリカの根拠条文はどういうところにあるのですか」と聞かれて調べたと
ころ、アメリカの根拠条文には、やってはいけないことを書いている、どうしてもこれだけは
守れということを書いているのだと思います。
20 年前、アメリカの会社法と日本の会社法は、同じぐらいの分厚さでした。しかし、いまは
3倍ぐらいの分厚さがあると思います。ストックオプションの根拠条文はもともと向こうの方
は書いていないけれども、こちらはできることがずっと書いてあります。この結果実務的には
何が困っているかというと、大学のなかで学問として教えきっていないことが実は実務のなか
でたくさん出てくる、かつ実務のなかで起こっていることで、本に書けないことはたくさんあ
ります。例えば、多くのベンチャー企業がいまだに事後設立の決議を忘れています。それから、
昨年5月以降に設立された会社は株券の不発行が前提になっているのに、どこかの文房具屋で
買ってきた、株券発行が前提の定款のひな型を使っていて、登記官も気が付かないでそのまま
登記を通っていることも非常に多いです。ここをどうやって埋めたらよいのかというアイデア
はありませんが、恐らく学問で教えることと、さらに実務の交流が今後必要なのだろうと思い
ます。
●●学生時代の起業の面白み
それから、学生に関してですが、私は実は「単位をあげるからインターンシップに行ってお
いで」というのにはあまり賛成ではありません。見ていても身に入っているようにあまり思え
ませんし、企業の方も○○大学の学生に来てもらっているのだということをデコレーションに
使っているぐらいではないかという気がしていて、両者にとってあまり大きなメリットではな
いのではないかと思っているのです。それよりは、学問を捨ててまでとは言いませんが、村上
さんのように起業するというような、ある時期何かそういう集中する時期があったら面白いと
思っています。
私の中学・高校の後輩で、法学部の1年生でやはり学校に通いながら起業した人がいました。
ある日電話がかかってきて「先輩、助けてくれ」と言われました。私はボランティアでベンチ
ャーの相談に乗っているということが東京の方では知られていまして、それで電話がかかって
きたようですが、「おまえを助けてやるけども、絶対に単位を一つも落とすな」ということを
前提にして助けました。彼は先輩を使うのが非常に上手な男なのですが、理科系の先輩を使っ
てビジネスを立ち上げて、1年半後にきちんと回るようになりました。それで今後展開すると
84
したら、さらにこれをフランチャイズ化していくからもうやめますということで、売却してキ
ャピタルゲインを得て、親にその後の仕送りをしなくてよいと言える状況をつくったわけです。
彼は「これはトライアルだけれど、本当にやりたいことをまた自分の人生の中で見つけてやる」
と言っていますが、これはすごい経験だろうと思っています。
●●文系人間の理科系科目の学習法
最後に先生方にお願いがあるのですが、先ほど文系・理系は大反対だと言いましたが、文系
の人間もターミノロジーが分かればお役に立つことがあると思います。特に今後、われわれの
ような会計士や弁護士もそうですが、数が増えてきます。この人たちをうまく使いこなす、あ
るいはこの人たちがうまく機能するために、先生方に少し教育していただきたいと思います。
私が見たところ、特に生命系や医学系の先生方は患者さんに教えるのに慣れているか、授業を
教えているので慣れているかで、非常に話が上手で分かりやすいです。
私は実はライフサイエンス系を主に専門にしているのですが、数学的な興味から、最初はバ
イオテクノロジーの中のバイオインフォマティクスに入っていきましたが、その後、タンパク
質などに入っていったら本を読んでもさっぱり分かりませんでした。ではどのようにして勉強
したかというと、実は放送大学等のテレビ番組など活用しました。話をされると強弱が分かり
ますし、脈絡があるのでよく理解できるわけです。本だと全部フラットに書いてあるのでなか
なか分からないことが、図式化されていたり、お話しされていたりするとかなり理解が促進し
ます。文科系の人間は非常に多いですから、これを切り捨てないで活用することを考えていた
だくためには、何か教えていただく機会をつくっていただければと思います。以上です。
(秦)
ありがとうございました。続きまして、アンケートをしていただいた立場としてとい
うことでもないのですが、岡村さん、よろしくお願いします。
1
株式会社堀場製作所
最高顧問
堀場雅夫
85
●岡村
公司
氏
(株式会社大和総研産学連携調査部
部長)
●●アンケート調査について
(岡村) 私からはアンケートに関してと、あと私自身も大学で教
えていますので、外部講師もしくは外部機関との連携という意味合
いで起業家教育について少しコメントしたいと思います。
一つ目はアンケート調査についてですが、細かいことまでは分か
りませんが、五百数十科目の中身を見て感じたところは、皆さん結
構手探りでやっているのではないかということです。例えば、13
コマとか 15 コマの内容を、シラバスまでさかのぼって見たりしますと、結構オーダーメイド
に近いような内容なのではないかと思っていまして、ひな型もしくは一つのモデルになってい
るものは少ないのではないかと考えています。そこを今回の調査をベースに、新しく起業家教
育を始めるような大学、もしくは大学の起業家教育を充実させようと考えている大学でも活用
できるような成果にしていければと思っています。日程や方式は決まっていませんが、公開す
る前提になっていますので、皆さんもいつか完成したものが見られるようになると思います。
どうぞご期待ください。また、幾つかの大学にはこれからインタビュー調査に伺いますので、
ご協力いただけるようによろしくお願いします。
●●大学と外部機関の連携
2点目は、外部講師というか、外部機関で起業家教育に関与しているという立場から一言言
わせていただくと、大和総研は大和証券グループの1社であり、大和証券グループ寄附講座や
協力講座という名前でやっている講座が、起業家教育に関しては4講あります。その他の1コ
マや2コマ、ゲストスピーカーという形で行っている講座が恐らく十数講あります。多分、民
間の企業の中でも相当力を入れている会社もしくは企業グループだと思います。
それぞれの大学によって、なぜ始めたのかという背景が違いまして、企業側もいろいろ思惑
があるのです。社長に直接頼みに行くような場合は、恐らく先生と社長の関係で「1コマしゃ
べってください」という形でお願いしている例が多いと思うのですが、もう少し組織的にする
ことも含めて、大学側で外部機関との連携の在り方や外部講師を招くための仕掛けが標準化さ
れれば、起業した経験者やベンチャーの関係者にもっと大学に来てもらえるような機会が増え
ると思います。それも今回、もしくはこれから検討していければと思っています。私からは以
上です。
(秦)
どうもありがとうございました。最後になりますが、吾郷さんから、行政の立場から
起業家教育に何を望んでいらっしゃるのかというお話をお願いします。
86
●吾郷
進平
氏
(経済産業省新規産業室
室長)
●●大学・大学院の起業家教育
(吾郷) 私は、経済産業省の新規産業室というところでベンチャー
政策の担当者をやっております。それから個人的に申しますと、この
10 月から埼玉大学で「ベンチャー経済論」を教えることになりまし
て、それは起業家教育というよりは少し研究チックな感じですが、い
ずれにしても半分当事者に交ぜていただきました。よろしくお願いし
ます。
今日は三つのことを、いただいた数分の時間でお話したいと思います。一つ目は、なぜ今、
大学・大学院の起業家教育を何とかしなければならないのか。二つ目に、何をしなければいけ
ないか。三つ目、その中で経済産業省が何をしようとしているか。この三つについて簡単に申
し述べます。
一つ目の、なぜ今、大学・大学院の起業家教育かということですが、もちろんベンチャー企
業がたくさんできてくることが日本のイノベーションにとって大事ということで、経済産業省
もこの 10 年間いろいろなことをしてきました。政府全体でもいろいろなことをしてきました。
似て非なると言う人もいますが、一通りシリコンバレー 1 に近い制度を整えてきました。しか
し、マイクロソフト 2 などのように、世界に冠たる大きなイノベーションをもたらすような企
業が日本にたくさん育ったかというと、そうでもないと思います。若干手詰まり感があるわけ
です。
いろいろな方にお話を聞くと、応援の制度や応援団の人、ベンチャーキャピタルも監査法人
も応援団だと思いますが、応援団の仕組みをどんどんつくっても、やはり真ん中でプレーをす
るプレーヤーを育てないと駄目ではないかという話が特に最近非常によく出てきております。
そういう意味で、やはり起業家自身をつくり出すために何かできないかということを考えてい
る次第です。政府はお金の手当てが得意というか、お金に色はありませんので比較的標準化し
て制度はつくれるわけですが、人というのは非常に難しくて、そういう意味で起業家の育成に
関して何ができるのかは分かりません。しかし、起業家の育成はテーマとして大事だというこ
とを今認識しつつあります。
その中で、ではなぜ大学・大学院かということですが、起業家の方に聞くと、よく「自分は
起業家教育など受けたことがない。むしろ小学校・幼稚園ぐらいからクリエイティブな才能を
磨くことが大事だ。」と言う方がたくさんいらっしゃいます。それも事実だと思いますし、そ
れについてはいま、文部科学省も少し考えを変えて、キャリア教育に取り組み始めました。イ
ンターン教育をはじめ、いろいろなことをし始めています。それはそれでやってもらって結構
だと思います。しかし、私たちベンチャー政策に携わる者としては、やはり一番起業に近いと
ころに大学・大学院というのはあるのではないかと思うわけです。特に日本では、そもそも起
業家というライフスタイルが存在するということが実感できないという部分もあります。もち
87
ろんおじいさまが起業家だった、経営者だったという人は起業家がどのようなものか分かるわ
けですが、私のようにサラリーマンの息子ですと分かりません。よって大学・大学院の起業家
教育はその気付きの場としても意味があるのではないかと思います。
もう一つは、もちろん午前中のセッションのお話にも出ていましたが、起業家教育を受けて
いた人がみんな創業するわけではなく、逆にごく僅かなわけです。しかし、大企業に入っても
新規事業の立ち上げをするでしょうし、NPOに行っても新しい企画をするでしょう。英語で
言うところのアントレプレナーの教育というのは、いわばこれからイノベーティブな世の中を
つくっていくための基礎教育として、教養教育として大事なのではないかと思います。そうい
うわけで、今、大学・大学院の起業家教育をぜひ充実させるべきだと考えています。
●●起業家教育の質と量
2点目は何をすればよいかということですが、簡単に言えば、質と量の充実だと思います。
量について言いますと、先ほども申し上げました通り、私は起業家、アントレプレナーシップ
の教育はある種これからの教養の一つだと思いますので、経営学部や工学部だけではなくて、
文学部だろうと何だろうとみんなが取れるようにするべきです。みんなに無理やりやらせると
ころまでやるのがよいのか分かりませんが、少なくともみんなが取れるようにするというのが
一つの目標ではないかと思います。
質の方は先ほどのお話にも出ていましたが、今、それぞれの皆さまが各大学でご自身の経験、
人脈を踏まえて手づくりでされているものを、もう少し横展開を図ってレベルアップできない
のだろうかと思います。それから、起業家教育というと皆さまそれぞれイメージがあるのです
が、やはりいろいろなものが混じっているわけです。MBAの中のアントレプレナーシップと
いうと経営者の専門家教育ですし、あるいは街かど創業、レストランなどの経営を教えるとこ
ろもあるわけです。いろいろなものがあることを認識してその多様性に対応していくという意
味での質の充実も大事だと思います。
●●起業家教育の仕組み作り
3点目、では、経済産業省として何をやろうとしているかですが、大和総研にお願いしたこ
の実態調査がまず第一歩だと思っております。そして、日本ベンチャー学会という立派な学会
があり、そこはベンチャーに関する研究の場として情報交換をしています。ベンチャーの学者
の世界というのは、研究も大事だけれども教育も大事だと思います。だから教育の方で全国的
な枠組みをつくって、例えば授業を見せ合うだとか、岡村さんが先ほどおっしゃったような、
外部講師はどんな人で、どこでどんなことを教えた実績があるのかという情報データベースが
あってもよいでしょう。あるいは、コーバー先生が Babson 大学に行って良かったとおっしゃ
っているのであれば、例えば、どこか海外の起業家教育のコースを見に行ってもよいかもしれ
88
ません。何かそういう日本全体の起業家教育をレベルアップする仕組みをこれからつくってい
けないかと思っております。一応、来年度から3年間で数千万円の予算要求をしておりまして、
予算が付いたら少し具体化していこうと思っています。
そういうわけで、ぜひ今日は、起業家教育を醸成するためにこういうことをやるべきだとい
うお話、なかんずくそのなかで政府はこういうことをやるべきだというご意見をたくさんいた
だければと思って参りました。よろしくお願いします。
(秦)
どうもありがとうございました。今のお話で一つだけ少しお聞きしたいのですが、マ
イケル・コーバーが言っていた Babson 大学でやったのは、キャピタリストの育成のための講
座でしたが、教材か何かがどこかにオープンになっていませんでしたか。あのとき使った内容
などについて書いてあるようなものというのは、経済産業省の中にはありませんか。
(吾郷)
(秦)
(吾郷)
コーバー先生がおっしゃったものはもう 10 年くらい前、2000 年ぐらいですかね。
そうですね。
経済産業省のアレンジで、確か1週間ぐらい Babson で集中講座のようなものをキ
ャピタリストの方が生徒になって受けたと思います。多分ビデオはあったような気がします。
おっしゃる通り、活用されていないものもあるかもしれません。
(秦)
分かりました。
6人の方からのお話がございました。これからはフロアの皆さんも含めて議論を進めていき
たいと考えております。私から指名させていただくのは大変恐縮なのですが、最初に口火を切
っていただくという意味で指名させていただきます。誠に恐縮ですが、堀場さんお願いします。
今日は堀場製作所の堀場雅夫さんが来られておられますので、堀場さんの目からご覧になって、
現在の起業家教育について、あるいは今まで皆さんがお話しいただいたことに対するご質問・
ご意見でも結構なのですが、もし何かございましたらぜひお願いしたいと思います。
1
アメリカ合衆国カリフォルニア州にある IT 企業の一大拠点
2
アメリカ合衆国に本拠を置く世界最大のコンピュータ・ソフトウェア会社
89
質疑応答
●文部科学省との関わり
(堀場)
まだパネリストの方のお話だけで皆さんどういうお考えか分かりませんが、まずこ
のフォーラムで一番不思議に思ったのは、なぜ文科省の人が来ていないのかということです。
大体、教育というのは経産省がする前にまず文科省がすべきであると思うのですが、それが大
変不思議でございました。これは呼ばれたのに来ないのか、あるいは呼んでいないのかどちら
でしょうか。
(吾郷)
呼んでいません。
(堀場)
呼んでいないのですか?
そうするとこれはどういうことなのでしょうか。これか
ら教育は経産省がすることになるのでしょうか。
(秦)
(吾郷)
その辺はどうですか。
このシンポジウムそのものだけではなく、今後、経済産業省として起業家教育に取
り組んでいきたいという話を先ほどしましたが、文部科学省にもその話をしに行きました。た
だ文部科学省というのは、一つは、「専門教育課」というところで、大学院の専門課程全体を
一つの課で見ているのです。そうすると彼らとしては、MBA、経営大学院とか、会計大学院
とかいうぐらいの柱のところまでは自分たちは見るけれども、MBAの中で起業家教育をどう
取り上げるかとか、そう細かくなってくるとついていけませんと言っていました。あるいは、
初等中等教育で指導要領にどう書くかというあたりはもちろんやるけれども、それ以上細かく
なると細かすぎてついていけませんというお話でした。
(堀場)
お言葉ではございますが、文科省には科学技術庁と文部省があって、旧文部省の方
は今のお話どおりですが、旧科学技術庁の方は決してそうではないはずです。私も多くの方を
知っていますが、ベンチャーに対して非常な思い入れもございます。それから知的所有権の問
題につきましても経産省の担当になっていますが、これから一緒にやりたいという方もたくさ
んおられますので、そう断定せずに、これから文科省の方も入れてあげてほしいと思います。
(吾郷)
かしこまりました。
90
●縦割り行政とベンチャー
(堀場)
もう一つ、京大にベンチャー・ビジネス・ラボというのがありますが、あれは確か
経産省と文科省の共同でつくられたものだと思います。あのころは非常に仲良くベンチャーを
やっておられたと思いますが、ある時から何かベンチャーは経産省の方になってきました。し
かし、イノベーションを主張しているのは黒川さんを中心にして文科省の方が非常に強いので
すが、産業から見ますと、イノベーションで新しい事業をやろうということなので、この辺は
縦割り行政の悪いところで、もちろん一番悪いのは厚生労働省、あるいは農林水産省が元凶で
す。
こういうところを経産省に積極的に打破していただいて、ベンチャー省というのをつくって
いただくとか何とかしないといけません。個々のお話が私にもたくさんありますが、今、縦割
り行政による、そしてベンチャーに対する思い入れの格差は大変ひどいものがあり、これによ
って多くのベンチャーが潰されていっているという事実を私はたくさん知っておりますので、
そういう点につきましても、「これはほかの省庁のやっていることで、わしは知らん」という
のではなく、ベンチャーという切り口からぜひ経産省に主体性を持ってやっていただきたいと
思います。
(秦)
よろしくお願いします。それではお二人目で、この講座の生みの親でいらっしゃいま
す、上總先生から何かご意見、ご質問はございますでしょうか。
●京都大学とベンチャーキャピタル講座
(上總) 2年前に京都大学を定年退職しまして、今は福井県立大学で教鞭を執っております。
3年半くらい前、京都大学にベンチャーキャピタルの講座をつくろうということで、北海道大
学の濱田先生と一緒に、今の前のUFJキャピタルにお願いしてつく
りました。実はいろいろな事情がありまして、あと半年でこの講座を
一旦閉じることになりました。私としては京都大学に初めてベンチャ
ーキャピタルの講座をつくりましたので、そういう意味でどこかスポ
ンサーが現れないかと思っております。やはり教育するにはどうして
もお金がかかりますし、それを維持していくことは非常に難しいと思
います。そういった意味で、経産省の方もございますが、産業界の方
にも資金の面での援助を大学に向けていただければありがたいと私
は思います。
(秦)
どうもありがとうございました。ではもうおひと方だけ、ぱっと目が合ってしまった
のですが、九州大学の五十嵐さんが来られています。お聞きになって、いろいろなご意見もお
91
ありになると思いますので、よろしくお願いします。
●起業家教育における意思統一の必要
(五十嵐)
私は九州大学で学部向けのアントレプレナーシップの教育と、ビジネススクール
向けにはベンチャー企業を教えております。自己紹介をさせていただいたので分かっていただ
けると思いますが、皆さんへのご質問は、まず、会場の意思統一が必要ではないかと私は考え
ていまして、要はアントレプレナーシップの教育と、起業家教育、スタートアップの教育は別
物ではないのかと自分では考えております。午前中の先生方のお話をお聞きしても、例えば、
マイケル・コーバーさんはアントレプレナーシップを持った企業経営者、または大企業にも開
発者が必要だというお話も出ておりましたし、別途すぐに起業プログラムで起業しなければい
けないでしょう。つまりは広義のアントレプレナーシップを持った人材を育成することと、即
座に起業する起業家を育成する教育というもの自体はもちろん違うものだと考えます。まずそ
れをイメージしないと議論がかみ合わないのかなというのが一つの話です。
それから二つ目としては、学部それから学部の上の院生の話と、専門職大学院の話を一緒に
してはいけないのではないかと考えていまして、ベースとなるネットワークや知識がそもそも
違うところがありますから、体系的に学部・院生のところと専門職の話は切り分けて考えなけ
ればいけないのではないかと、承っていて考えました。例えば、議論の中でビジネスプランが
必須だという話がありましたが、学部の学生にビジネスプランを書いてもらうことと、ビジネ
ススクールでビジネスプランをつくらせるということは全く意味が違うことだと思います。ま
ずパネリストの方には、どういう起業家教育を望むのか、特に村上さんにはそういうところを
お聞きしたいというのがまず一つです。
もう一つは、樋原先生からは、一生懸命起業家プログラムをやっていらっしゃるのだけれど
も起業家が出ないという話がありました。九州大学のビジネススクールの人間は結構ベンチャ
ーをつくってしまったりしていますが、海外の大学でも、プログラムをやっても 300 人中1割
も、一けたも起業家になっていないという話があります。実は、プログラムを終了してすぐに
起業する必要はあるのかという話がありまして、学部向けのアントレプレナーシップの教育を
やっていますが、樋原先生と同じで彼らは本当に大企業に就職しています。ただ、彼らと今で
もコンタクトを取っていますが、何年か後には経験を積んでまた戻ってきて起業したいという
話が聞こえてきていますので、即座に起業する起業家をつくるということと、将来の起業家の
卵をつくるという意味ではまた別の話ではないかと思います。先生方のお話はお聞きしました
ので、それぞれ違うと思いますが、パネリストの方々にどのような教育をというお話をお聞き
して、それでないと一緒くたに起業家教育は語れないだろうというのが私の感想です。
(秦)
その点はおっしゃるとおりだと私も思っております。追加的な質問なのですが、先ほ
どおっしゃった、いわゆる業を起こす方の起業家と、ある程度、軌道に乗った段階の小さい企
92
業の経営を主として担っていく企業家とを区別すべきだというようなご意見ですか。必ずしも
そうではないとお考えですか。
(五十嵐)
もっと言いますと、これは議論したことがあるのですが、「トヨタの奥田会長は
アントレプレナーシップを持った経営者だ」という表現を経団連の副代表幹事であるフューチ
ャーアーキテクトの取締役会長の金丸恭文氏はされていましたが、そういう意味です。ですか
ら大企業であってもアントレプレナーシップは必要だと私は考えています。
(秦)
そういう意味のアントレプレナーシップを教えるプログラムと、創業におけるアント
レプレナーシップを教えるプログラムを切り分けるということですか。
(五十嵐)
(秦)
一緒に考えてはおかしくなるのではないかといったご提案です。
なるほど。同じように学部生を対象とした教育と、大学院生、特にその中に社会人が
いることが多いわけですが、そういう人たちのための教育の内容はやはり区別して考えるべき
だということだと思います。
その辺についてどうお考えかということなのですが、村上さんのご意見として、そういうも
のが必要だったかどうかということも含めてどうですか。
●起業前の教育はきっかけ作り
(村上)
私自身は起業家教育については、正直そこまで必要性を感じていないのです。起業
してみないと分からないことが多すぎるということをすごく感じていて、私もベンチャー起業
家養成基礎講座というのが一つのきっかけになって、大学1年のときに起業することにはなっ
たのですが、その講座内で教えられたことで賄えたかというと、それで想像できないことばか
りが起きて、財務諸表の計画をつくっても全く違うというような状態で、ある意味、教育だけ
で済まされないで、むしろ大事なのは起業した起業家をいかに支援するかというか、起業した
後の教育ではないですが、そこの部分の支援がすごく大事なのではないかと思います。起業し
た後、このビジネスモデルでこうやるとよいのではないかと教えていく。やってみないと分か
らない。教育されて誰もがうまくいくのであればよいですが、そう簡単ではないというのは私
自身が起業してすごく感じました。
起業家教育というのもきっかけを与えるという意味ではすごく大事だと思うのですが、スキ
ルアップ的な部分での教育は、正直、実際やってみないと難しいというのがすごく大きいと感
じました。きっかけを与える教育、「ベンチャーって面白いぞ」という教育はすごく大事だと
思うのですが、スキルという教育は大事なようで意外とやってみないと身に付けられない部分
なのだろうとは感じます。
93
(秦)
なるほど。要するに、きっかけを与える、あるいは企業をつくるときのモチベーショ
ンのようなものが教えられるかどうか分かりませんが、それに対するインパクトになるような
内容のものが、あなたの場合もたまたまあったわけですね。
(村上)
私自身は小学生ぐらいの時からやりたいというのがありました。ベンチャー講座を
受けて、例えば経営者の方の講演などがあったのですが、経営者の方がすごく面白そうに生き
生き話しているといった部分で教えられると、やはり起業は良いかもという選択肢にはなると
思います。そういう部分での教育が大事なのかなと思います。
(秦)
そうすると、具体的には企業を実際に立ち上げた方のお話を聞くというようなことが
中心になるのですか。ある種のスキルというよりは、そういう方があなたにとってはインパク
トが実際にはあったということでよろしいですか。
(村上)
はい。
●大学教育にできること
(岡村)
村上君が取った起業家教育で私も一コマ教えていました。彼は確かに最初からそう
いうつもりで、毎回授業のときは一番前に座って聞いてくれていて、彼が 18 歳のときから知
っています。私の上司がメインの客員教授をやっていたのですが、私の上司にも、毎回かどう
か分かりませんが結構質問をしていて、そこで学んだことはあると思います。おそらくビジネ
スプランはどんどん変わっていくのでしょうが、最初のビジネスプランの書き方とか、ビジネ
スプランどおりにいかなかったときに展開していくようなことを少しは学んだのではないかと
思います。
そこは冗談が半分あるのですが、確かに、できてから悩んだこともずっと大きくて、それで
村上君自身が成長していったところが今の成功につながっていると思います。村上君のすごい
ところは、単位をちゃんと取っていることです。ビル・ゲイツもホリエモンも大学卒業してい
ないのですよ。4年で卒業できるということはすごいなと感じるところです。年商数億円ぐら
いの会社をやりながら4年間でちゃんと卒業するというのはすごいということは、本人からは
言いづらいことなので私が言っているのですが。
(村上)
早稲田大学も立派かもしれません。(笑)
(岡村)
そうですね。政治経済学部ですから。(笑)
(秦)
先ほど、冗談で早稲田大学の政治経済学部だから卒業できるのだとみんなで話してい
94
たのですが、それは言い過ぎです。私も卒業生なので、(笑)冗談でそういう話をしていまし
たが。
(岡村)
確かにそうだと思います。ただそこを、例えば、大学の教育のシステムの中で、営
業のやり方とかそういうことはなかなか教えられないので、大学の教育の中でやれることとい
うのは、登記簿や請求書の書き方などではなくて、考え方とか、ある程度の難しい局面が出て
きたときにどういう対処をすべきかというところを多少普遍化して見せてあげるようなことな
のではないかと私は感じました。
(秦) 先ほどの五十嵐さんの問題提起に対して、北地さんはどういうご意見をお持ちですか。
(北地)
学部と離れるのですが、最近、監査していると独立性の問題があり、会計士は大学
院の講師などはできません。しかし、昔よくやっていて感じたことは、大学院のこの授業のチ
ームのメンバーだけでするのではなくて、外ともできれば面白いのにということです。例えば、
その地元のボランティアで協力してくれる専門家などが一緒にいたらもっと生き生きするのに
といつも考えていました。これが一つと、理科系の学生さんたちは、順番に教えていったら消
化能力はかなり早いのですが、触れたことがないから、初めて接すると何からお教えしてよい
かよく分からないというところがあります。東京大学でアントレ道場ということをやられてい
て、理科系のシードを持った学生さんたちが集まって、メンターがついて、それを磨いていっ
てみんなの前で発表するという機会があります。実は今日、会場にもそのメンターをやってお
られる方がいらっしゃいますが、そういう機会があると面白いということは感じました。
(秦)
(北地)
それはビジネスプランを発表するのですか。
そうです。それでコンテストをして優勝を決めるというやり方です。キャピタリス
トの方もいらっしゃいますが、会計士もいます。ただ、これは授業ではなくて、全くの皆さん
のボランティアでやるのですが、面白いやり方だと思っています。
(秦)
フロアの樋原さん、先ほど学部での起業家教育のお話をしていただきましたが、もし
これが大学院対象だったらやはり中身は相当変わってきますか。このようなことについてどう
考えておられますか。
(樋原)
それにお答えする前に、五十嵐先生の問題提起と、村上さんの反応が極めて私的に
はショックだったので、2~3申し上げたいことがあります。やはり大学の教員としては学生
にそう言わせてはいけないような気が、取りあえず筋論として感じています。私は北米で4年
ほど教えていましたが、やはり日本の科目もプログラムも標準化という面では極めて弱いです。
結局、起業やベンチャーキャピタルにしても、今日の岡村さんのお話でも、これだけの講座が
95
あるにもかかわらず、多分、テキストの市場というのはない。アメリカ、カナダ、ヨーロッパ
ではある程度健全な形で、どのテキストが良い、このテキストはやはり一番良いのではないか
と徐々にコンバージェンスしていって、アントレプレナーシップの一講座はこの1冊でよい、
ベンチャーキャピタルについてはこの1冊を使えばよいと決まっていくのです。あと、テキス
トに加えて、ケースについてです。
多分、先ほど村上さんの方からのお話にあった、起業した後こういう困ったことがあったと
いうところ、かゆいところに手が届くケースが向こうにはあるのです。それはMBA教育一般
についても言えて、MBAの卒業生の方は卒業した後、日本人の方でも日本の会社に戻ったと
きに「ここのイシューはあのケースでやったな」と、戻ってご覧になります。われわれは一応
そこまでできる可能性はあるということは、やはり大学教員の方は身に染みて考えなければい
けないのではないかと思っています。
それから、大学院についてですが、午前中にお話しさせていただいたとおりで、大学院の方
も起業などをいろいろ教えます。だけど結局、割と優れた方は大企業に行ってしまうという傾
向はそれほど変わりません。完全に起業するためにMBAなりMOTなりに来ていらっしゃる
方はそれはそれでよいのですが、大学院に入られてそこでちょっと触発されてという可能性は、
必ずしも学部とそう差はないだろうというのが個人的印象です。
●ベンチャーキャピタリストのキャリアパス
もう1点だけ、起業家においてもベンチャーキャピタリストにおいても、キャリアパスのこ
とをもう少し考えなければいけないと思います。私の学部のゼミからベンチャーキャピタル会
社に、今度の4月から2人ぐらい就職させていただきますが、海外のベンチャーキャピタルの
話を聞いていますと、新卒で、特に学部の新卒でキャピタリストになるというのは極めてまれ
です。日本はベンチャーキャピタルに新卒で入るという機会もあるという中にあって、私が話
を聞いていると、学部生や院生はやはり最初はインダストリーに行った方が本格的なキャピタ
リストになれるのではないかという極めて高い志を持った学生がインダストリーに面接に行く
と、「君はうちの電気会社には要らない」というようなことを言われてしまうところがあるの
で、その辺はやはり社会的な対応は何らか必要というか、多分、われわれがもう少しいろいろ
なことを社会に発信して、その辺をもう少し言わないと学生は困ってしまうと思います。
以前も春に、日本ベンチャーキャピタル協会とベンチャーキャピタリスト教育フォーラムの
ようなものをうちの大学でやらせていただきましたが、やはり学生の方もその辺がちょっと分
からないというところがあって、もう少しわれわれの方で親切に説明してあげると、より彼ら
のチョイスとしても明確になるのかなと感じています。
(秦)
最後におっしゃった、学生が分からないというのは、もう少し具体的に何が分からな
いのか、何を教えてあげればよいのでしょう。
96
(樋原)
例えば新卒でベンチャーキャピタルに入るとして、何をやるのかというところがま
ず怖いのと、それが果たして自分の考えている長期的なキャリアパスに見合うのかというとこ
ろです。かつ、一般事業法人に行ってからベンチャーキャピタリストになりたいと、例えば 15
年ぐらいの計画を持っているときに、必ずしも一般事業会社は受け入れていただけないような
ところがあるので、その辺をもう少し教えてあげればよいでしょう。村上さんの話に戻ります
と、やはり学部なり大学院を出た後のプロセス、ありていに言えば大企業の辞め方とか、そこ
までわれわれは教えなければいけないのかというところになるかと思うのですが。だけど学生
のニーズは恐らくそこにあると思います。
●標準的なテキストと大量のケースの必要性
(秦)
なるほど。先ほど出た教科書の話ですが、私も勉強不足で知らないのですが、日本に
おいて起業家教育向けのある種の教科書的な書物、参考文献というのはありますか。岡村さん、
その辺をご存じないですか。
(岡村)
あるとは思います。ただ、何のためにどういうプログラムを構成するかで全然変わ
ってきていて、大和証券グループでやっている寄附講座では特定の書籍をほとんど使っていな
くて、全部オリジナルでつくっています。ただ、一コマ一コマをつくるためにいくつかの文献
を読んだりしていますが、皆さんもそうではないでしょうか。シラバスを見ていると手づくり
でやっているような印象を受けますけれども。
(秦)
やはりそうですか。五十嵐さんもそんな感じですか。
(五十嵐)
基本はティモンズ先生の『ベンチャー創造の理論と戦略』で、全部は教えられま
せんから、ケースを入れたりガイドブックを出したりしていますが、基本はそうです。
(秦)
ティモンズのあの本は、結構ほかの大学でも使われていますか。
(五十嵐)
(秦)
それは分かりませんけれど。
その辺をご存じの方はいらっしゃいますか。いらっしゃらないですね。だから共通の
教科書的なものを書く必要があるのかどうかというのも一つ議論としてはあるようには思いま
す。
97
●教材の作成とケースの共有の問題
(岡村)
あと、私たちがやっている取り組みの中で、先ほど樋原先生からもありましたが、
スタートアップや創業期のケースが少ないと感じています。私たちもほとんど手づくりで、楽
天のケースを自分たちでつくりました。ただ、創業本のようなものは、楽天の場合は2~3冊
出ています。あと、こうやれば会社がうまくいくというような話は出ているので、それを頼り
にしながら、できれば社長にインタビューに行ってほとんど手づくりで作成しています。ただ
私たちの場合はそれをほとんど内部で抱えていますし、昨年度は東京大学と共同研究でミクシ
ィのケースをつくりましたが、すごく限られていて、多分横での活用というか再活用というか、
それも全然図られていないのではないかと今のところは思います。
(吾郷)
教科書を標準化しなくてもよいのではないですか。良いものができればみんな使う
のではないですか。それが一つ目です。
二つ目は、ケースがないという話で、私も予算要求などをするときに、ケースがないなどと
書こうかなと思いますが、その前にやはりいい加減なことを書いてはいけないなとも思います。
慶應はケースを売っているでしょう。慶応のケースのホームページに入って、ベンチャーっぽ
いものを洗いざらい買ってみました。17000 円ぐらい掛かってすごく不愉快なのですが、でも
ともかく買ってみました。そうしたら 30~40 はあるのです。もちろん、私は経営学部の卒業
ではないので、それがどれぐらい立派なものかよく分からないのですが、でもそれだけの数が
あるのです。ただ問題は、例えば、こういうベンチャー教育に携わる人はこれを講師用として
ただでぱらぱら見られるというサービスが付いていれば使えるのですが、僕のように 17000 円
出さないと調べることもできません。だから、やり方を変えたらケース自体は結構あるのでは
ないかなという気がします。
(須賀)
秋田の国際教養大学で客員教授をやっております須賀と申します。私自身もともと
ベンチャーキャピタルの社長をやっていまして、タリーズコーヒーを自分でつくって、今でも
そこの役員をやっています。
実は国際教養大学という大学は秋田県立で、皆さんご存じの方もいらっしゃると思いますが、
全部英語で教えている大学です。学生全員が日本人でも英語ができるようにさせて、アメリカ
や中国などあちこちに留学させて、その単位を取らないと卒業させないという学校です。そこ
で私はアントレプレナーシップを教えておりまして、全部英語でやっています。教えてくれと
言われて、何を教えるべきかと思いました。まさにテキストの問題ですごく苦しみました。
そうしたなか、私の同僚のマイク・ラクトリンさんは、MBAやアンダーグラジュエイト用
のアントレプレナーシップの教科書を一山持ってきてくれました。「アメリカではこれだけあ
るよ。好きなのを選べよ」と言われて、結局僕が読んで、何の前提もなかったので、まさにテ
ィモシーとバイグレイブの、まさに Babson 大学のつくった教科書をうちの学部生に使わせて
98
います。
これと同じことが日本でできるだろうかと思ったのですが、やはりここにいる皆さんが書か
ない限り、それはできないだろうと僕は思います。それをやるためには相当なリサーチと実戦
経験がある方々が必要です。Babson 大学の先生方は役員をやりながら先生をやっている人た
ちなので、ベンチャー経営をやっている人たちが書いているから教科書としてもすごく分かり
やすくて良いなと思いました。
同じことがケースにも言えまして、私はハーバードのMBAなので、HBS(Harvard
Business School)のライブラリーから好きなだけアクセスができます。これは教育者であれば
誰でも、登録すればオンラインで好きなだけサンプルを見て、気に入ったらダウンロード権と
いって、1コピー当たり2~3ドル払うとコピーする権利をもらえて、10 人いたら 30 ドル払
えば、クレジットカード番号を送ると「これでいいよ」という許可証が来る、そういう仕組み
ができています。
例えば僕が“undergraduate”と“entrepreneurship”とキーワードを入れると、山ほどそ
ういうケースが出てきます。ハーバードは商売ですから、自分の大学以外に学部生のよその大
学でつくったケースまで売っています。うちの大学は全部英語でできるので、ありがたいこと
にそれが全部使えるはずなのですが、さすがに学部生の理解できるものはアメリカでもそんな
にたくさんありません。MBAのケースを使ったらとてもできない。
それで見ていったら、カナダのある大学で、何と日本人が名古屋で 300 万円で始めた会社が
つぶれて、その社長が病気になって病院で点滴を受けているところから始めるケースがあって、
これがすごく良いなと思いました。うちの学校は別にビジネスの学校ではなくて、リベラルア
ーツで宗教学や倫理学などいろいろなことをやっている大学なので、その人たちにアントレプ
レナーシップを教えるのは、この人たちが学校を出たらすぐ会社を起こすわけでは決してない
ですが、やはりアントレプレナーシップのスピリットを持ってもらうということと、そういう
ものを一つの頭の体操としての教材として使ったらどうなるかなというのをやってみると、今、
僕のクラスは外国人が4割、日本人が6割なのですが、非常に教育効果が上がります。すごく
面白がって、よく分かってくれて、ひょっとしたらこの生徒たちが先々5年か 10 年したら、
先ほどの五十嵐さんのお話ではないですが、また会社を起こそうと思ってやってくれるかもし
れないと思いました。
話を戻しますが、日本で教材の問題というのは、先ほど吾郷さんは慶應には 30~40 あるか
らそのうちのどれかを使えばよいと言いましたが、残念ながら学部生用で、例えばアントレプ
レナーシップ、ベンチャー論のそもそも日本語のケースは本当に少ないです。ケースを選ぶと
いうのはやはりハーバードのように何万という数の中から一番新しいものを選んでいかないと
ケースはつくれないと僕は思います。ですから、日本でもしそういうものをやるなら、やはり
ここにいる皆さん全員が何かケースをお作りになって、そのためには、どこかの会社のそうい
う方々の協力を得ないと絶対にできないと思います。
僕の授業では、友達にベンチャー起業家がたくさんいるので、そのうち英語で講演のできる
99
人だけをピックアップして、毎年6~7人連れてきては講演してもらっています。やはり一番
良いのはそういうケースや教科書をやった上に、そういう本物が来てしゃべってくれると、そ
ういう専門の学生ではないのにものすごく分かってくれるということがあります。ご参考まで
に。これは何かの答えになっているかどうか分からないですが。
●日本ベンチャーキャピタル協会の試み
(秦)
非常に重要な情報をいただきましてありがとうございました。日本でもそういう状態
になればよいと思うのですが。
鴇田さん、日本ベンチャーキャピタル協会で何かそういう試みというのはありませんか。日
本ベンチャーキャピタル協会ですから、未公開の段階のファイナンスの状況や資本政策の状況
などをIPOをしてパブリックになった会社だとできると思うのですが、そういうご計画はな
いでしょうか。
(鴇田)
秦先生も講師に入っていただいていますが、われわれの方でベンチャーキャピタリ
ストの育成講座をやっていまして、これは非常に評判が良いです。いわゆるベンチャーキャピ
タル会社に就職された方々、あるいはその他の方も一部入りますが、要するにデューデリジェ
ンスや起業、育成の仕方、資本政策、もろもろ秦先生にも協力していただいて、講師が約7~
8名入って毎年リニューアルしながら、少なくともベンチャーキャピタリストとして一人前に
なるバイブルのようなものをつくっていこうという気はあります。そういう延長線上でベンチ
ャー企業を立ち上げるときはどうするのかということとは表裏一体だろうという気がしますの
で、少し人員の余裕が出てくれば、できるだけ早い時期にそういうことも考えていきたいです。
既に5年以上そういう教育の検証を続けていますので、その辺のエッセンスを踏まえて、本に
していったらよいかと思います。
●ベンチャーキャピタル会社に入るのか、大企業経由なのか
先ほど、ベンチャーキャピタル会社に入るのか、大企業経由でという先生のお話がありまし
た。これは学生さんにそういうご心配をお掛けすることが誠に申し訳ないのですが、ベンチャ
ーキャピタル会社に入るのは大正解だと思います。われわれは三菱UFJ銀行から出向者を仰
ぎます。ところが「銀行に帰れ」と言っても帰りたがりません。これはなぜかよく分からない、
いや、よく分かっているのですが。ご高承のように、要するに銀行は面白くないわけです。そ
ういう意味でいくと、やはり何か創造的なものをやれるというのは素晴らしいことです。
ここにフューチャーベンチャーキャピタルの川分さんもいらっしゃいますが、われわれは銀
行で優秀な人材をまず採って、その中でまた優秀な人を持ってこようという考えですが、川分
さんのところは自らやっています。どちらでも私はよいと思います。ただ、ベンチャーキャピ
100
タル会社で採用するのであれば、最初からケーススタディというか、ケースメソッドに直接遭
遇できるわけです。要するに与えられた問題を解く、あるいは与えられた条件で答えを出すの
ではなくて、条件そのものがどんどん変わっていく、この醍醐味というのはやはり面白くない
はずがありません。大企業の中で印鑑を幾つもついて、決裁まで大変だということに比べれば、
ベンチャーキャピタリストはやはり社長と両輪ですから。そういう意味では村上さんももっと
良い経営をするという、今、村上さんが 100 点ではないわけですから、それも教育ではないで
しょうか。そういうことに対して謙虚になればなるほど、もっと自分が大きくなるのではない
かという気がします。
●留意すべき日本人とアメリカ人の違い
(飯田)
岡山県で起業家支援等をやっています、飯田といいます。
議論を伺っていて、九州大学の先生も似たようなことをおっしゃいましたが、結局、教育の
対象をもう少しはっきりした方がよいと思います。私はいろいろなことをやっていまして、イ
ンキュベーションマネジャーもやっています。インキュベータに入りたいと訪れる人がいるの
ですが、私は当然、ビジネスプランをきちんと仕上げて、審査会に通るようなことを指導して
ほしいと思って来ているのだと思いましたが、その人は「そういうことが必要なのですか。そ
れなら私はもう結構です」と言って帰ってしまいました。
皆さんよくご存じでしょうが、遺伝子的に脳内伝達物質のセロトニンがきちんと出ればそん
なに不安を感じないわけですが、日本人の場合はセロトニンの多いタイプが 3.2%ぐらいしか
ありません。アメリカ人の場合、統計ですと 32~33%の人がきちんとそれが出て、少々のこと
では物怖じしないわけです。要するに、相手が起業する気になっている、多分セロトニンがた
くさん出ている村上さんのようなタイプの人に対する教育やメンタリングなどという場合と、
そうでない人の場合は違うわけです。
一般の日本人は、ほとんどそうでない人です。今日おいでになっている方も、学校の先生や
支援する立場の人が多いですから、そういう人は結局度胸がなくて、セロトニンがあまり出な
い人が非常に多いと思います。そういう人に対してエンカレッジして、アントレプレナーシッ
プというのはこういう意義があるのだから、元気を出してやろうではないかという教育と、も
うすっかりやる気になっている人に対して必要な教育というのは全く違うわけです。その辺を
区別してやらないと、私自身の失敗のように、決め込んでやると日本人は意外に躊躇してしま
います。
●不安を感じやすい日本人に対する教育方法
(秦)
二つにお分けになりましたが、起業に対してあまり関心ないような方に対してはどう
いう仕掛けをすればよいですか。
101
(飯田)
私は国公私立大学の数校で、いろいろなタイプの学生に話をしてきましたが、やは
り実際の起業家の体験は非常に有効です。一般論できれいに、テキストの話も今いろいろ出ま
したが、理論的に確かに整っているのだけれども、それよりもやはり失敗しながら「そんな人
が、こんなことで今でも生きているのか」というような生の話です。逆に私はそういうことが
できませんから、悔しいです。セロトニンが少ないタイプで臆病ですから、支援しかできませ
んけれども。例えば堀場先生のような方が話をされると全く違うというのは、何かその辺が大
きいと思います。それでセロトニンが出ないタイプの人もエンカレッジされて、やろうという
気に随分なります。それははっきりしなければいけないと思います。
もう一つ、これはぜひ伺いたいのですが、キャピタリストは本当に度胸があるなら自分で起
業してもよいのに、指導する側ですよね。私はどちらかというとそれはできない人だからなの
かなと。教育する立場では、その辺をはっきり分けないといけないと思います。
●ベンチャーキャピタリストはなぜ起業しないのか
(秦)
(鴇田)
なるほど。もう一度、鴇田さん、その辺りはどうですか。
大変鋭いご指摘ですが、ベンチャーキャピタリストをやっていると失敗事例の方が
多くて、そちらで勇気を失ってしまうのではないでしょうか。成功確率の方が圧倒的に少ない
わけです。ただ、おっしゃるような面はあるのですが、それを見て成功して、自分でやってい
こうという方は当然いるわけです。やはりそれが素晴らしいことだと私は思います。
(飯田)
そうです。もちろん遺伝子で全部が決まるのではなくて、環境、経験で当然違って
くるわけで、遺伝子で全部決まるのだったら何も全然面白くない社会ですから。それを何とか
打破して変えさせるというのが教育だと思います。
●教育現場から見て
(西村)
私は、最後の挨拶をしろと言われている京都大学副学長の西村周三と申します。こ
こで少しコメントをさせていただきます。
今のお話を伺って、実は私は3週間前に教育担当の副学長になったばかりで、まだ分からな
いことがたくさんあるのですが、堀場さんが先ほど文科省はどうしているとおっしゃったので、
文科省に成り代わって、今、京都大学がどういうことを考えているか、それは恐らく京都大学
だけではなくて、全体、そしてベンチャービジネス、ベンチャーキャピタル教育にもすごく関
係があると思うので、意見を申し上げたいと思います。
それは大学の教育における課外活動の役割、もっと正確に言うと、正規の教育以外の活動を
102
もう少し正面から見直したい、あるいは見直す必要があるのではないでしょうか。これは恐ら
くベンチャー精神に大きく影響しているように思います。一例を挙げると、海外との比較で大
事なポイントは、学生寮での生活体験が日本の学生に非常に乏しいというのがあります。これ
は恐らくいろいろな分野の人間が交流する機会をなくしているので、これがベンチャービジネ
スにマイナスの影響を持っていると思います。
それから、体育会活動をどう考えるか、これは非常に面白いテーマだと思います。これはス
ポーツの種類によって相当違いますから、チームスピリットを養う場合と個人の能力を上げる
場合とで少し違います。ただ、私たちは従来、就職活動を見てきて、体育会系の学生は就職の
評判が非常に良かったです。特に大企業にとって良いのです。それはどうしてかというと、右
を向けと言われたらずっと右を向いている人を養成することに寄与したから、今までの企業は
それで成功したという面がありました。ところが右を向けと言われたときに、例えば京大のア
メフトでいろいろな作戦を複雑に考えた上、しかもチームプレーをやる必要があるという人材
がどのようになっているかということを、私はぜひとも考えたいと思っております。
●日本の学生の意識
それから、先ほど北地さんがおっしゃった文理の区別ですが、これは悲しいことに京都大学
では十数年前から教養部を廃止してしまって、文科系の学生と理科系の学生が例えば外国語な
りを一緒に学ぶ機会がなくなっております。恐らく、今、申しているように、教育というのは
学校で正規の講義としてやる教育以外で、学生たちが例えば寮あるいは家で宿題をする、どう
やってカンニングするかも含めて情報交換をすることが非常に重要な意味合いを持っていると
思います。ですから、できましたらこういう機会に、先ほどから正規教育の在り方の話題が随
分出ており、それはもちろん大変参考になるわけですが、そもそもの学生の根性を鍛えるとい
うか、そういうことに関してどういうことがあったらよいのかということを教えていただくと、
教育担当の副学長として大変ありがたいです。
恐らく、私どもの大学では残念ながら視野にありませんが、ボランティア活動がどのように
生きるかといったことや、あるいはコーバーさんのお話にあったと思いますが、これからのベ
ンチャーにとっての外国語教育は必修であると思います。ところが日本の今の学生は、思い切
って海外に、最低でも短期派遣しないとそういう発想が全く出てこない。そして、いったん短
期でも行くと相当考えが変わって、私から見ているとベンチャー精神が少しは醸成されていく
だろうとも感じております。
●キャリアサポートの重要性
皆さんにこういうことに関しての意見を伺いたいのですが、もう一つだけ少しコメントを申
し上げたいのは、これは堀場さんに叱られると思いますが、実は大学では今、文科省の指示に
103
より、今私が言ったような話はこれから文科省としっかり折衝して「そういうことをしっかり
と考えろ」とこちらから言いますので、次はぜひ出てきてもらいたいと思いますが、これから
言う話は文科省がいろいろ考えている話です。それは各大学にキャリアサポートセンターがで
きておりまして、今の子供たちはどのように就職活動をしてよいか分からないのです。将来ど
うしたらよいのか、全然見えない。先ほどからもいろいろな話題がありましたので、キャリア
のサポートということ自体は大変重要になっていると思います。堀場さんなら「そんなの放っ
ておけ」とおっしゃるかもしれませんが、やらないといけないと私は考えています。ただ、現
状の文科省がやっているキャリアサポートの在り方には非常に問題がありまして、多様な道を
いろいろ考えるということがなかなかできません。
一例を挙げると、バイオ関係のドクターを取りつつある学生、あるいはポスドクの就職市場
というのが、いろいろな意味で、逆に言うと複雑怪奇で面白いと思います。ベンチャーの道も
あり、大学の道もあり、普通の企業に就職する道もありということで、いろいろなパターンが
考えられる中、そういう若い学生に対してベンチャーに行くか、それともその前の状態でどう
いう指導をするか、私はまだ3週間ですが頭を悩ませております。これについてもしサジェス
チョンをいただけると大変ありがたいです。
●修士課程2年目の過ごし方の問題
最後に、ところが現状ではもう一つ非常に深刻な問題があります。これは実は今日の話題に
も全く出ていませんが、社会人が来て修士課程2年で勉強すると称しながら、実は2年目はほ
とんど就職活動に明け暮れております。この就職活動自体が、ベンチャー教育と本当に合致し
ているのでしょうか。むしろほとんどの場合の就職活動は、ベンチャー精神を損ねるような活
動であるケースが多いので、これは産業界と大学が一体となって、マスターの2年目をどのよ
うに学生に過ごさせるのかということを考える必要があると思います。これについては今日お
みえの皆さんにこれからぜひご相談する機会を与えていただきたいと思います。後者はコメン
トだけ、前者にお願いしたいと思います。
●体感することの重要性
(堀場)
いや、何も怒りません。一つ非常に大事なことは、インターンシップがやはり非常
に大事だと思います。私どもも常に相当人数のインターンシップを採っておりますが、ほとん
ど海外の学生です。マスターや普通の学部も、論文を書いてそれを卒論にするという人で、最
低でも6カ月、普通でしたら1年要ります。それにもかかわらず、日本はインターンシップと
いってもせいぜい1週間から2週間です。邪魔になるのでしょうね、本当に。それでもっと頭
にきたことは、担当の人が来たときに一番初めに言うことは、「あなたのところにインターン
シップにいる間にもし事故があった場合は、あなたのところの責任になりますからね」と、こ
104
れが第一声です。こういう大学からの学生は入ってもらいたくありません。
しかし、日本の大学はそういうことでインターンシップをやっていますが、インターンシッ
プに来た人が、初めて「企業とは何ぞや」「ものづくりとは何ぞや」、あるいは知的所有権な
どと言っているけれど、本当に企業の知的所有権はどういうことをしているのかということを
企業へ来て初めて知って、それで大学に残ろうと思っていた人がやはり就職したいとか、ある
いはものづくりしたいということで、私は後の感想文を読んで感激します。だから、別にベン
チャーでなくてもよいと思います。要するに企業とは何ぞやということ自体を知らずして卒業
して、何かパンフレットを見て就職していくというのは、本当にそういう機会を与えていない
大学が悪いと思いますので、ぜひよろしくお願いします。
(秦)
副学長からのお話に対して私なりのコメントをさせていただくと、寮の問題は本当に
大きいと思います。実は私はスタンフォードに2年弱いたのですが、9割ぐらいの学生が寮に
住んでいまして、しかも寮は全部学部がごちゃまぜなのです。まさに自然科学系と社会科学系、
人文系が一緒にいるわけです。スタンフォードの場合、男性と女性も一緒にいたりしますから、
それも含めていろいろな問題も起こるようですが、それはいろいろな意味で非常にプラスなの
だろうと思いつつ見ておりました。
それから、キャリアパスといいますか、インターンシップについては、先ほどおっしゃった、
修士課程の2年目で就職活動に相当時間を費やしているというのはどういう意味なのでしょう
か。就活で説明会に行ったり何かしたりするということなのですか。
(西村)
(秦)
そうです。
必ずしもインターンシップに行っているという話ではないですね。
(西村) ではないです。恐らく大部分の大学で、それに相当の時間を学生が費やしています。
(秦)
なるほど。そういうことがあるのでしょうね。
スタンフォードのMBAの連中は、2年生の夏休み、あるいは1年生の夏休みからそうです
が、ほとんどインターンシップで2カ月ぐらい行っています。そこである意味で就職体験をし
て行き先を決めるというようなことをやっていまして、それは結構意味があるなと見ていまし
た。ほかにも皆さんの方からご意見もいろいろあると思いますが、今のご意見について北地さ
ん、どう思われますか。
●修士課程の学生の不安
(北地)
修士課程の学生さんを私が見ていて思ったのですが、やはりコストをここまでかけ
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たら回収できる見込みがないとすごく勇気が要ります。村上さんは失敗してもやり直しがきき
やすいですが、例えば子供がいると、失敗すると非常にヘビーになります。そうすると成功確
率を考えて、ベンチャーに行って自分が主役を務めることにどれぐらいリスクがあるかどうか
と計算してしまうところがあって、よほど自信のある方はそこを突破されるけれども、中途半
端にしか自信がつかないとやりにくいだろうなとは思います。
●起業家教育の方向性
(姜)
県立広島大学の姜判国と申します。韓国から来ています。
私もアントレプレナーシップ、起業家教育に携わっている者として、今日このセミナーに参
加して、日本の起業家教育は非常に盲目であると感じました。方向性がなくて、一律的に起業
家教育は重要であるということだけは認識して、盲目的に走っているのではないかという感じ
がしています。なぜかと言えば、大抵の大学の起業家教育はヤフーやグーグルなどの大企業の
革新を起こすような起業家を目的としている起業家教育が行われています。ところが、実にこ
れは1万分の1の確率で、行われません。私が言いたいのは、この需要があるところに起業家
教育も行われる、方向性を示す必要があるのではないかと感じています。
最近、社会起業家研究というのは、組織学会でも出ていますが、バングラデシュで数十ドル
の事業資金融資を行って、貧困から脱却するために取り組んでいる社会起業家がノーベル平和
賞をもらいました。そのように日本の中でも町工場とかファミリー企業とか、そういうところ
に少しだけの起業家精神を生かしたら、イノベーションが非常に起こりやすいです。そこに経
営の教育、これは経営学という実務的な教育ですし、起業家教育はさらに実務的な教育ですか
ら、学生たちに体験させたり、ボランティアとして参加したり、中小企業を起こしたり、そう
いうことを体験させたら、そのような場面で起業家教育を生かせます。そのような起業家教育
が実務的であり、それが、自分が起業家としては活用しなくても、企業に就職してもその起業
家精神を生かせる方向性が示せるのではないかと思います。
結論を言えば、社会起業家の教育がこれからの日本の起業家教育の方向性ではないかと感じ
ています。本当に貧しいところ、町工場とか非常に傾いているところに、経営学や起業家精神
を勉強している学生たちがボランティアで参加して、体験をさせて、実務的な起業教育を行っ
たら大きなイノベーションが起こるチャンスはたくさんあるのではないかと感じています。
●ベンチャーが成功しづらい日本
(長尾)
商社系のベンチャーキャピタルをやっております長尾と申します。
一つ質問とお願いがあります。リスクを取るという姿勢の涵養というのは非常に大事だと思
いますし、これからもやっていただきたいと思うのですが、一方で大学ということを考えたと
きには、特に理科系だと思いますが世界で一級のテクノロジーやアイデアを世の中に出すとい
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うのが非常に面白いと思いますが、一方でそれを日本でやろうとしますと、マーケットとして
も、要はベンチャーのものを大企業に売るということはすごく難しいと思います。それから人
も集まりにくいし、自分でやっていてあれですが、ベンチャーキャピタルのお金もすごく集ま
りにくいです。要はアメリカへ行ったり海外へ行ったりした方がベンチャーは成功しやすいと
いう構図が必ずあると思います。
その辺の、今、大学で行われている教育の中で、そういうグローバルな視点というか、例え
ば特に医薬などがそうだと思いますが、最初からアメリカに持っていって開発した方がもしか
したら面白いとか、そのような視点があるのでしょうか。ないのならそういったところも入れ
ておくと、恐らく非常に面白くなると思います。日本のマーケットやインダストリーが中途半
端に大きいので、どうしてもそこに着目するのですが、そういうグローバルな視点はどうなっ
ているのでしょうか、今日の議論を伺っていて感じました。
(秦)
これはベンチャーの世界で時々言われることで、やはり日本発で世界のマーケットで
本当に活躍できるようなベンチャー企業が少ないというか、ほとんどないのではないかという
ことはよく言われます。これは今おっしゃったとおりで、日本のマーケットがそこそこ大きい
ので、そこである程度の売上を作れるわけです。つまり、日本のマーケットだけを開拓しても
そこそこの成功を得ることができるというようなことがやはり背景としてあるのかなと私も思
っているのですが、実際に北地さん、どう思われますか。グローバルな視点がありやなしやと
いうようなことについてはどうなのでしょう。
●知財ビジネス
(北地) 正直に言いますと、例えば、知財ビジネスというのを私は強力に推し進めています。
なぜなら、日本の人口構成から考えて 2020 年ぐらいから人口が減少するときに、付加価値生
産性を上げるものは一体何か、そのタイムラグと、そのときに人口が少なくても食べていける
GNPを押し上げるものは何かというと、それしかありません。それで日米の比較をしてみて
考えてしまったら、日本はそこのインフラがやはり非常に厳しくできています。例えば、学会
で発表することと知財を取ることというのは、発表できて、かつグラント期間が有効なものと
いうのは極めて限られているわけです。かつアメリカの場合も、先発明というのは今後修正が
入るかもしれませんが、こういう知財をビジネスにするための仕組みに関しては、かなり日本
よりも楽に出来上がっています。
もう一つは、知財をビジネスにしていくと、どうしても企業がそれを用いて発展していく過
程において、参加していく人員がどんどん替わってくるわけです。最初は毒性試験や薬物動態
関係に詳しい方がいらっしゃったら、次に臨床検査に入ると、あくまでもそれを推進する方が
今度増えるというように、渡すストックオプションの内容も変わってくるけれども、日本の場
合、例えば、それで発行していく優先株と普通株の価格体系も一本調子にしかできないという
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ようなインフラの厳しさはあります。しかし、何とかしましょうということです。それに負け
てはいけません。
●ベンチャーにおける日本の問題
(寺西)
私はバイオでいろいろ講義をしていますし、実際にベンチャーの立ち上げの支援も
しているのですが、ただ今のご質問に関してはまさしくおっしゃるとおりで、個人的な感想を
言いますと、アメリカでやった方が早いです。間違いないと思います。それは人材の集まり方、
ファイナンスの問題、それから税制の問題を含めますと間違いなくそうです。ただ、それを大
学の立場で言うと身もふたもないので、極力日本でスタートアップをするように努めておりま
すが、結局、私どもでもやはり京都大学の知財を日本の人に渡して、日本の人がサンフランシ
スコでスタートアップして、日本人がやって、今もうすぐそれがFDAの認可を受ける。やは
り一番早いスタートアップを考えて、事業化を考えるとそれも選択肢の一つに入れざるを得な
いというのが現状です。これは厚労省の問題、先ほどもありました薬事法の問題、それから財
政面の問題等ありますが、これがバイオの、特に長期にわたる企業における一つの問題点だと
いうことは、多分関係者の皆さんは分かっておられると思いますが、現実はなかなか変わらな
いというのが現状だと思います。
(岡村)
先ほどの副学長のお話に戻るのですが、単位を付与する科目以外のところでの教育
の効用ということで、アントレプレナー教育はまさにそれなのではないかと思っています。私
が知っている事例で、先ほどの北地さんの話にもありましたが、東大のアントレプレナー道場
というのは、学部・大学院は関係なく、専攻も関係なく、100 人ぐらい参加してチーム別にや
っていて、学部の学生と大学院の学生が文系・理系関係なく混ざり合ってビジネスプランをつ
くるという目標の中で、いろいろな価値観のぶつかり合いを経験していたり、外部のメンター
が入ってきてやっていたりするので、文理の融合であったり、違うバックグラウンドを持った
人との交流は非常に参考になると思っています。
●学生生活と就職活動
(鴇田)
もう一つ副学長のお話であった、マスターの後半の2年目に勉強しないで就活とい
うのは全くナンセンスです。びっくりいたしますし、われわれの頃は勢いで行こうというのが
ありましたが、今の時代、別に生涯その会社にいられる可能性はほとんどないでしょう。だか
らなぜそんなことをするのでしょうか。この間NHKで言っていましたが、「内定ブルー」な
どといって、幾つも決まらないとかいった状況も存在するようです。一回しかない人生、一つ
の企業で、一つの会社で、一つの仕事が終わるわけではありません。どこの会社に行ったって、
そこで何を学んで何を自分の身に付けて、キャリアとして生かしていくかということですから、
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企業に行っても別に将来ベンチャーを起こしてもよいわけですし、なぜ就職活動で後半1年間
無駄にするのでしょうか。大学しかできない、大学院しかできないことは何だったのかと考え
ると就活ではないと思います。就職活動というものは良いところしか教えていないわけですか
ら、そんなことを真に受けてというか、そのために相当の時間をかけるのは想像できないとい
うことだけは感じています。
●体育会系のやり方から生まれる自信
(北地)
体育会系で一つ思い出しました。私が面白いと感心している会社にリクルートとい
う会社があります。あそこのOBが非常にベンチャーを起こすのですが、あの会社の体質はま
さに体育会系です。営業はものすごいです。なぜかなと思うと、いろいろなパターンがありま
すが、ビジネスモデル自体は割と一つです。みんなその責任者になって小さな成功体験を重ね
ていっています。そこでつくり上げたフォーメーションなどが非常に生きて、その思い出が自
信になってつながっていっているのではないかという気がします。
(秦)
なるほど。ただ、それは「右向け右」の人たちだというようにも言えなくはありませ
ん。
(北地)
入るときに、自分はこれだけの給料をもらっているから、やらないと恥ずかしいか
らというのがあるらしいです。
●起業家マインドと起業家教育
(秦)
それは少し言い過ぎだったと思いますが、いずれにしても話が尽きないわけですが、
大体時間が来てしまいました。
ここにお集まりの皆さんは起業家精神といいますか、起業家マインドといいますか、新しい
こと、イノベーティブなことに積極的に取り組む精神、姿勢が絶対必要だと皆さん考えておら
れると思います。そもそも人間として必要だと私は思っておりますが、それが教えられるかど
うかは非常に難しいところがあろうかと思います。うまくまとめられませんが、こういう形で
いろいろ情報交換をさせていただけるような場が、今後も起業家教育に関してもぜひ多くなれ
ばよいと思っております。私が知らないだけかもしれませんが、起業家教育についてこういう
シンポジウムのようなものが過去そんなに行われたとは聞い
ておりませんので、これを機会に各大学や教育機関の間での
情報交換が活発になっていけば、このセミナーを開いた意義
もあるのではないかということを申し上げてパネルを終えさ
せていただきたいと思います。ありがとうございました。
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