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第5章 業界の現状(4)音楽(PDF 40KB) - J
特集 経済再生―いま,診断士にできること 第5章 業界の現状④音楽 津田 大介 メディアジャーナリスト ケーションズ」も2 0 0 1年,カラオケ業界最大 1.日本の音楽業界の現状 手の第一興商に買収され,第一興商が10 0% 出資する完全子会社化となった。第一興商は 1 1 0年連続で CD 販売が下落 2 0 0 0年に日本クラウンの株式も取得して傘下 日本の音楽業界の市場規模を語るうえで, 古くから重要な指標として位置づけられてき たのが「オーディオレコード」の総生産金額 におさめており,2 0 0 2年以降営業部門や制作 部門を合併し,統合を進めている。 その後もレコード会社統廃合の動きは加速 だ。これは大手(メジャー)レコード会社を しており,日本でも2 0 0 8年1 0月にBMG JAPAN 束ねる業界団体,日本レコード協会が毎月発 がソニー・ミュージックエンタテインメント 表している統計データで, 「CD」 ,「アナログ 傘下に。2 0 0 9年2月にはジェネオンエンタテ ディスク(レコード)」 ,「カセットテープ」 インメントが英国の Universal Pictures Inter- の3つをまとめたものを「オーディオレコー national Entertainment 社の傘下に収まった。 ド」としてまとめて発表している。 日本だけでなく,世界的な傾向として音楽 オーディオレコードの生産実績は,日本レ CD 販売はどこも大幅に落ち込んでおり,パ コード協会が生産実績をとり始めた19 5 2年以 ッケージ販売というスタイルが限界を迎えつ 降順調に成長を続け,大衆娯楽として定着し つあるというのが現状だろう。 た1 9 9 0年代以降は驚異的な伸びを示した。ピ ークとなる1 9 9 8年にはオーディオレコード全 2 CD 下落の原因は? 体で6, 0 7 4億円を記録したが,その年を境に 考えられるパッケージ下落要因は複数考え 急速に生産額が落ち込みを見せ始め,10年連 られるが,もっとも大きな要因は,携帯電話 続で下落。2 0 0 8年の総生産金額は2, 9 6 1億円 や DVD,インターネットなど,娯楽が多様 (前年比8 9%)で,「CD バブル」以前の1 9 8 0 化したことで相対的に消費者の中でコンテン 年代末の生産金額とほぼ同じ水準に下がった。 ツ消費に占められる「音楽」の割合が下がっ CD 不況の煽りを受け,日本の各メジャー たことが挙げられる。財団法人日本生産性本 レコード会社は企業内の人員整理を加速。 部余暇創研が毎年発行している「レジャー白 2 0 0 1年には創業9 0年以上の歴史を持つ「日本 書」によれば,消費者が参加する余暇活動 コロムビア」が米投資会社リップルウッドの 「音楽鑑賞」の参加人口は音楽 CD がピーク 傘下に入り,コロムビアミュージックエンタ だった1 9 9 8年には4, 6 3 0万人(余暇全体で6 テインメントと社名を変更した。一方,出版 位)いたが,毎年漸減しており,20 0 6年には 社の徳間書店系列の「徳間ジャパンコミュニ 3, 6 9 0万人(余暇全体で1 0位)まで下がって 企業診断ニュース 2 0 0 9. 5 23 特集 CD 不況と音楽不況 いる。そもそも余暇活動に「パッケージの音 3 楽」を選択する層が毎年減っている状況にあ CD は確かに売れていない。だが,音楽業 るのだ。 界全体に目を向けてみると,必ずしも「不 パッケージを楽しむ娯楽の多様化を象徴す 況」でない事実が浮かび上がってくる。端的 るのが DVD ソフトだ。日本映像ソフト協会 なのは JASRAC が管理する音楽著作権使用 による統計調査によれば,DVD ビデオの総 料の金額である。音楽 CD の売上がピークだ 売上金額は1 9 9 9年の時点で3 0 2億円だったが, った1 9 9 8年度に9 8 4億円だった著作権使用料 翌年の2 0 0 0年には1, 0 4 7億円まで急速に拡大。 徴収額は,CD の生産金額が減少しているの 2 0 0 5年には3, 4 7 7億円と,1 9 9 9年と比較して とは対照的に,20 0 7年度には1, 1 5 6億円まで 1 0倍以上の規模にまで成長した。ここ10年ほ 増加している。このことが示すのは,CD の ど消費者の可処分所得がほとんど変わってい 売上が下がったことでレコード会社が苦しく ないことを考慮すれば,単に CD が下落した なったが,音楽 CD で楽曲をリリースした作 分が DVD 市場にスライドしたと考えるのが 詞作曲者など「音楽著作権者」の収入は全体 いちばんしっくりくる。 としてみれば増えているという事実だ。音楽 レコード会社が自分で自分の首を絞めた CD に対する消費者ニーズは減ったが,「音 「失態」も見逃せない。2 0 0 2年,日本のレコ 楽そのもの」に対するニーズはむしろ増えて ード会社はパソコンでコピーできないコピー いるのである。 コントロール CD(CCCD)を相次いで導入し たが,これが消費者の猛反発を呼び,20 0 4年 2.音楽配信サービスの隆盛 には CCCD から軒並み撤退することとなっ 音楽配信サービスとは た。低価格 DVD が市場を席巻する中,再販 1 制度の枠の中で低価格戦略をとることもせず, 音楽配信サービスとは,パソコンとインタ 2 0 0 4年には国会と文化庁にロビー活動を行い, ーネットを使ってアーティストの作る楽曲を 著作権法を改正。俗にいう「輸入権」(国内 ダウンロードし,パソコン上で楽曲を聴いた 盤還流規制措置)で高価格を維持しようとし り,楽曲ファイルを再生できるポータブルプ た。当時,日本レコード協会 や JASRAC は レーヤーに転送して聴くことができるサービ 輸入権制定前,共同記者会見を行い「輸入権 スのことを指す。CD のように「実物」があ が認められたら CD の値下げに努力する」と るわけではないので,ある楽曲をほしいと思 発言したが,著作権法改正から4年が過ぎた ったときに2 4時間3 6 5日いつでも購入できる 今も国内盤の価格はほとんど変わっておらず, という特徴があり,「売り切れ」という現象 むしろ DVD 付属の商品が増えたこともあり, も存在しない。いちいち CD ショップやレン 高騰化している。 タル屋に行く手間も省けるところが消費者に ほかにも人口のピラミッドの頂点が30代半 とってはいちばんの大きなメリットだ。また, ばに上がってきたことや,音楽業界全体の消 楽曲を提供するレコード会社からみても在庫 費者に対するマーケティング不足,ベスト盤 管理の必要がなく,流通コストを削減できる の乱発による消費者の CD に対する嫌忌心の というメリットがあるため,CD では廃盤に 増加,パソコンやインターネットの発達によ せざるを得なかった商品をカタログとして残 る音楽の違法コピーのカジュアル化など,さ しておくこともできる。 まざまな要因が考えられる。音楽 CD を取り i モード登場が変えた音楽配信 巻く根本的な状況はよほどドラスティックな 2 改革を行わない限り,改善されることはない 日本で音楽配信サービスが本格的に立ち上 だろう。 24 が っ た の は19 9 9年 前 後。こ の 頃 の JASRAC 企業診断ニュース 2 0 0 9. 5 第5章 業界の現状④音楽 の使用料徴収実績を紐解くと,CD の売上が ォンの端末でも提供され,各社がしのぎを削 下がり始めた1 9 9 9年度から新たに「インタラ っている状況だ。現在発売される新しい端末 クティブ配信」という項目が追加されている は3キャリアともほぼすべての端末が着うた ことがわかる。インタラクティブ配信とはイ フルに対応しており,携帯電話の基本的な機 ンターネットを通じた音楽配信による著作権 能として定着したといっていいだろう。 使用料のことで,1 9 9 9年に i モードの開始と インタラクティブ配信における割合はここ ともに,各携帯電話キャリアが力を入れ始め 数年着メロが大きな割合を占めていたが, た「着信メロディ(着メロ)」使用料が使用 2 0 0 5年度の JASRAC の使用徴収額で変化が 料徴収額を押し上げた。 起きた。着メロの使用料が前年比78. 5%と大 インタラクティブ配信の項目は着メロ以外 幅に減少したのだ。着うたビジネスの好調の も存在する。着メロの登場と同時期に,CD 音 煽りを受け,着メロビジネスが飽和状態に入 源をそのままデータでパソコンに配信するサ ったということだろう。 ービスもスタートしている。こちらも市場規 音楽配信の好調ぶりは日本レコード協会が 模こそ大きくないものの,毎年少しずつ販売 2 0 0 5年1月から集計し始めた「有料音楽配信 量を増やしている。2 0 0 5年8月には米国から 売上実績」からもうかがえる。2 0 0 5年の有料 世界最大のシェアを持つ音楽配信サービスで 音楽配信売上実績は全体で3 4 2億円だったが, ある「iTunes Music Store(現 iTunes Store) 」 2 0 0 8年には9 0 5億円まで増加した。これは音 が日本でもサービスを開始。iTunes Store を 楽 CD の総生産金額の約3割まで拡大してい 運営するアップルは2 0 0 8年1月,全米の音楽 るということであり,CD 販売が落ち込んだ 小売販売額でウォルマートを抜き,1位を獲 分を音楽配信が補てんしているということだ。 得。世界的に音楽配信サービスのデファクト 着うたフル対応端末の増加や,iPod に代表 スタンダードとして多くのユーザーから支持 されるメモリー型携帯音楽プレーヤーの隆盛 を集めている。日本ではレコード会社中心に を考慮すれば,今後数年は音楽配信の漸増傾 運営されているレーベルゲート社の「Mora」 向は続くだろう。 が強いため,欧米ほどの成功はしていないが, 今後の音楽業界の行き先を占ううえで重要な 地位を占めているのは疑いようのない事実だ ろう。 4 音楽配信の将来予測 1 9 9 9年を境に本格的に立ち上がり,順調に 成長を続けてきた携帯電話向け音楽配信だが, 初めて2 0 0 5年に変化がみられた。「着メロ」 3 「着うた」の登場と進化 の衰退である。前述のとおり,20 0 5年度の 一方,携帯電話向けの音楽配信サービスと JASRAC の使用徴収額における着メロの使用 して,2 0 0 2年1 2月に au が CD 音源と同じデ 料が前年比7 8. 5%と大幅に減少したのだ。 ータの一部をそのまま音声データとして配信 2 0 0 6年度にはそこからさらに前年比5 4%まで する「着うた」サービスを開始。1年後には 下落。最近の携帯電話が着うたと着うたフル NTT ドコモ,ボーダフォン(買収にともない に対応したことで,携帯電話で消費者の音楽 2 0 0 6年1 0月1日より「ソフトバンクモ バ イ を楽しむ手段が着メロから着うたに移行して ル」に改称)も着うたサービスを開始し,現 いるということだろう。また,着メロビジネ 在では携帯電話の定番コンテンツの1つに成 スが過当競争になり,コンテンツの販売単価 長した。また,2 0 0 4年1 1月には au がフルレ が下がり,総売上が減少したというもう1つ ングスで楽曲を携帯電話に配信する「着うた の要因も考えられる。 フル」を開始。着うたフルはまだ au の独壇 順調に成長している着うた市場だが,CD 場だったが,現在は NTT ドコモ,ボーダフ 以上に大ヒットするような楽曲も出てきた。 企業診断ニュース 2 0 0 9. 5 25 特集 音楽配信で変わる業界構造 宇多田ヒカルは2 0 0 8年5月にすべての CD ア 5 ルバムの1 0 0万枚出荷を達成したが,音楽配 パソコン向け音楽配信サービスで今注目さ 信も好調で,アルバム収録楽曲全曲のデジタ れているのは,音楽配信とソーシャルネット ル配信累計で1, 5 0 0万ダウンロード突破とい ワーキングサービス(SNS)を組み合わせた う記録を更新している。ドラマとのタイアッ サービスだ。2 0 0 4年1月に米国で開始された プで,音楽配信で先行発売するといった戦略 「MySpace」は,アーティストが自分のペー も最近では増えており,着うたでヒットした ジで無料で音楽を試聴させ,ファンと直接コ 楽曲が CD セールスにつながるという事象も ミュニケーションを行えることで若年層を中 みられるようになった。その意味で,CD と 心に人気を集めた。欧米では MySpace がき いうパッケージと音楽配信というノンパッケ っかけでブレイクしたバンドが多数登場して ージは完全に市場を食い合うものではなく, おり,現在はメジャー,インディーズを問わ 両者を戦略的に組み合わせることで利益を補 ず,ほとんどのアーティストが自分の公式サ 完していくことができるようになってきてい イトとは別に MySpace 上にページを持って るともいえるだろう。 いる。2 0 0 6年1 1月には MySpace 日本版もオ 一方,パソコン向け音楽配信サービスだが, ープン。規模こそ米国とは比べものにならな 日本では圧倒的に携帯電話向けサービスが強 いが,MySpace に登録する日本人のアーテ いため,漸増はしているものの,金額的には ィストも増え,MySpace の活動がきっかけ 苦境が続いている。 でメジャーデビューするアーティストも出て 世界的なパソコン向け音楽配信サービスの トレンドとしては,2 0 0 7年4月に世界4大メ きた。 今後は単なるダウンロード配信だけでなく, ジャーの1つ,EMI がパソコン向け音楽配 SNS という大きな新メディアに楽曲やアー 信で DRM を撤廃するという 発 表 を 行 い, ティストが深く結びついたサービスが伸びて iTunes Store をはじめ,多くの音楽配信サー いくとみられる。 ビスで DRM のない(コピー自由な)音源の 音楽配信という新しい流通・プロモーショ 販売が開始された。これが消費者に受け入れ ンチャンネルが根づいたことで,音楽業界は られ,2 0 0 8年初頭には EMI 以外の3大メジ 大きく変わろうとしている。過渡期の先に成 ャーもすべて DRM フリー配信を行うように 長があるかどうかは,従来のレコード会社や, なった。 アーティストたちがネットを軸に据えた新し その中でも iTunes Store を脅かす存在と して急成長しているのが米 Amazon.com の いビジネスモデルを構築できるかにかかって いる。 「Amazon MP3」というサービスだ。2 0 0 7年 9月より,ネット通販大手の Amazon が DRM フリーの MP3を販売開始したことで急速に Amazon を利用するユーザーも増えてきてい る。Amazon は2 0 0 8年1月 に,Amazon MP3 を米国以外でも展開することを発表しており, 近い将来日本でもサービスが開始される可能 性 は 高 い。汎 用 性 の 高 い DRM フ リ ー の MP3ファイルの販売が広まれば,パソコン 向け音楽配信サービスの勢力図も変わる可能 性は高い。 26 津田 大介 (つだ だいすけ) メディアジャーナリスト。1973年生 まれ。早稲田大学社会科学部卒。コン テンツビジネス周辺や著作権,IT・ネ ットサービスやネットカルチャーをフ ィールドに新聞,雑誌など多数の媒体 に原稿を執筆。政府の著作権関連審議会の委員も務める。主 な著書に『だれが「音楽」を殺すのか?』 , 『CONTENT’S FUTURE』 (ともに翔泳社)など。 企業診断ニュース 2 0 0 9. 5