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飛翔を一時的に制御したテントウムシについて

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飛翔を一時的に制御したテントウムシについて
飛翔を一時的に制御したテントウムシについて
千葉県立成田西陵高等学校
地域生物研究部一同
過去、テレビで放送された内容につきまして、反響が大きく、多くのご意見
等をいただきました。ありがとうございました。番組の関係者の方には、大変
お世話になりました。感謝しております。放送時間の関係で、私たちの研究内
容が十分に伝わっていないところもありましたので、説明させていただきます。
研究のきっかけ
飛翔を制御したテントウムシの研究のきっかけは、病害虫防除のために使用
する化学農薬(殺虫剤)によりテントウムシなど、多くの生き物が死んでいる
ことを学校の授業の中で知り、なんとかできないかと考えたことが始まりでし
た。
日本はOECD(経済協力開発機構)加盟国のなかで、耕地面積当たりの化学
農薬の使用量が「世界第2位」となっています。現在の農業は、化学農薬に頼
っています。しかし、戦後、化学農薬を使用し、抵抗性をもったアブラムシが
大量発生し、農薬が効かない害虫が生まれました。
このため、生物農薬が開発されたのです。その生物農薬のなかには、翅を折
ったテントウムシや品種改良して飛べなくしたテントウムシがおり、現在販売
されています。
昆虫を使用した生物農薬のほとんどが外国の昆虫であり、野外に出すことが
できないため、使用後は処分されています。
私たちが開発した「飛翔を一時的に制御したテントウムシ」は、再び、飛ぶ
ことができ、さらには地元の昆虫(在来種)を使用しているので自然に戻して
あげることができる新しい技術です。
1
なぜ、テントウムシを使用するの?
テントウムシのなかに、肉食性のテントウムシがおり、1匹のテントウムシ
がアブラムシを1日に100匹食べてくれます。非常にアブラムシの防除効果
が高いことで知られています。
また、農薬がかかりにくい葉の裏側などに隠れているアブラムシをしっかり
と食べてくれます。
このテントウムシを使用すれば、農薬の使用量を減らせると期待されていま
す。
どんなテントウムシを使用しているの?
基本的には、学校の畑にいるナナホシテントウとナミテントウを使用してい
ます。
今まで学校の圃場にいるテントウムシは、トラクタの耕耘や殺虫剤の使用に
より、死んでしまっていました。
トラクタによる耕耘(右側)
殺虫剤の散布
そのため、トラクタの耕耘作業や殺虫剤散布の前に、テントウムシ(卵・幼
虫・成虫)を救出し、回収したテントウムシを利用して、
「飛翔制御したテント
ウムシ」を作り出しています。
2
どうやって飛翔制御したテントウムシをつくるの?
飛翔を一時的に制御したテントウムシは、手芸用でよく使われるグルーガン
(ホットメルト接着剤の低粘度のもの)を用いて、テントウムシの背中を接着
し、飛翔制御します。しかし、大量生産ができなければ実用化することができ
ません。そのため「一時的に飛翔を制御したテントウムシを作り出す装置」を
開発(特許取得)しました。掃除機の吸込み口に網を付けた装置により、テン
トウムシの動きを止めて、1分間に 30 匹の飛翔を制御したテントウムシを作り
出すことに成功しました。工夫した点は、安価で身近ある材料を使用して誰で
も簡単に作れる装置であることです。
飛翔を制御するために使用される装置
グルーガンによる接着
グルーガンで着けてテントウムシは火傷しないの?
高温の樹脂をテントウムシの前翅に着けるのですが、テントウムシは火傷を
することはありません。理由は、200℃の高温を1~2秒あてても翅と体に
は空間があり、さらにその間にある後翅には棘が生えており、しっかりとした
空間を作り出しています。樹脂は、直ぐに固まるため、接着されたことに気が
付いていないテントウムシが多く見られます。接着によって、死んでしまう個
体は1匹もおらず、なおかつ、熱による痛みも感じることはありません。接着
剤は、簡単に取り外すことができます。
3
温室の中で使用する場合は、飛べなくする必要がないのでは?
テントウムシは、走光性があり、光に
向かって飛ぶ性質があります。そのため
太陽が出ている方向に飛んでしまうため、
テントウムシがいる場所に偏りが出てし
まします。また、温室の上のほうに集ま
り、暑さで死んでしまうこともあります。
飛翔を制御することによって、死亡事故
を予防し、テントウムシの命を守ること
にもつながっています。なおかつ、放し
た場所に長期間いることが可能で、アブラムシの防除に効果があります。
テントウムシには天敵がいるの?
露地畑で使用する場合、とくにシオヤアブによるテントウムシの捕食が目立
ちます。しかし、上翅が堅く閉じていれば捕食されることはありません。天敵
生物として使用している期間は、翅を接着していることで体を守ることができ、
シオヤアブに捕食されることはありません。
下の写真は、テントウムシが飛翔中にシオヤアブによって捕獲され、上翅を
剥がされ、捕食されている様子です。
天敵生物として使用する場合、テントウムシの命を守るために翅の固定は必
要となっています。なお、接着剤は、いつでも簡単に剥がすことができ、飛べ
る状態にして再び自然に帰すことが出来ます。
4
なぜ、再び飛ぶことができるの?
グルーガンを使ったホットメルト接着剤は、テントウムシの背中につけて、
約2ヶ月後には、自然と剥がれて、再び、飛ぶことができます。テントウムシ
の寿命は、1996 年に刊行された「Ecology of Coccinellidae」によれば、3 年
以上生きる記述がされています。私たちの飼育経験からも約6ヶ月~1 年ほど生
きることが確認されています。私たちのために働いてくれたあとは、再び飛べ
る状態にして自然に逃がしています。他の昆虫を使用した生物農薬のほとんど
が外来種や国内移入種であることから、農業分野で使用後は処分されることが
多いのですが、私たちが開発した技術は、地元の在来種を使用していることか
ら自然に帰すことができます。
下の写真のナミテントウ(右側)は、接着して間もない個体ですが、左側の
ナナホシテントウは接着後2ヶ月経っている個体です。接着剤を付けた時は表
面に艶がありますが、時間が経過すると接着剤は傷だらけになり白く濁ります。
2ヶ月経つと、剥がれやすくなり、爪で簡単に取ることが可能です。
なお、ホットメルト接着剤の主成分は、樹脂なので自然分解することができ、
環境に優しい素材になっています。
飛翔を一時的に制御したナナホシテントウ(左)とナミテントウ(右)
5
飛翔制御したテントウムシは繁殖できるの?
背中に接着剤がついた状態でも繁殖が可能で
す。
左の写真は、メロン温室内の鉄骨にテントウム
シが卵を産み付けてある様子です。黄色い塊が卵
になります。温室内でもテントウムシが繁殖して
幼虫をたくさん確認することができます。
飛翔制御したテントウムシは転倒した場合、起き上がれないのでは?
テントウムシは転倒した場合、起き上がるとき、翅を広げて起き上がります。
しかし、飛べないテントウムシは、翅を広げることができません。そのため、
転倒に備え、栽培している植物の下に転倒防止用の稲わらなどを敷いておくと
転倒による事故死を防ぐことができます。下の写真は、イチゴの施設栽培にお
いて、通路に稲わらを敷いた様子です。これにより、テントウムシが通路に落
ちても大丈夫です。
6
アブラムシが増えてしまってからテントウムシを放飼して効果はありますか?
飛翔制御したテントウムシを放飼する場合、アブラムシの発生初期に畑に放
すと防除効果が認められます。本校では、1㎡あたり2匹の成虫を畑に放し、
高い防除効果が確認できました。
しかし、1㎡あたり100匹以上のアブラムシが発生すると、アブラムシの
繁殖率が上まわり、防除効果が低くなることがあります。ちなみにアブラムシ
は卵ではなくクローンを産み、1匹が1か月で1万5000匹以上に殖えると
言われています。
畑にアブラムシがいなくなると、餌がなく餓死してしまうのでは?
放飼期間中は、テントウムシの餌不足による餓死を防ぐため、圃場内にバン
カー植物を設置します。バンカー植物に麦類を栽培すれば、非移住型のアブラ
ムシであるムギクビレアブラムシを増やし、それがテントウムシの餌となり、
また繁殖場所ともなります。非移住型のアブラムシは、ある一定の植物の種類
にしか定着しないといった特徴があり、圃場で栽培する野菜などには、害を及
ぼさないアブラムシをテントウムシの餌として利用すれば、餓死するといった
心配はありません。
また、テントウムシは花粉を食べることが知られており、畑に花の咲く植物
を設置すると花粉を食べ、餓死する心配はありません。ただし、セイタカアワ
ダチソウの花粉を食べるとテントウムシは不妊化するという研究結果もあるの
で、花粉であればなんでもいいということはないようです。
7
なぜ、特許出願が必要なのですか。
私たちの飛翔制御したテントウムシの新技術は、
特許取得しています。特許取得の理由は、一企業
などが技術を独占すると、その技術を使用した商
品を開発できなくなってしまいます。
私たちは、そのモデルとして、地元農家とのコ
ラボレーションにより、
「テントウムシが育んだ美
味しいイチゴジャム」をつくり、成田空港で期間
限定販売しました。右の写真が、テントウムシを
使用して作り出したブランド商品です。地域の活
性化につながります。
テントウムシはアブラムシ以外の害虫も食べるの?
ナナホシテントウは、アブラムシしか食べない(?)と言われていますが、
ナミテントウは、ヨトウムシやアオムシなどの若齢幼虫を食べることが確認さ
れています。下の写真が、アオムシを捕食するナミテントウの様子です。アブ
ラムシ以外の害虫にも効果が期待できます。
8
なぜ、地元にいるテントウムシを使うのか?
日本は、南北に長く、生物の多様性を見ることができる世界的に見ても貴重
な存在です。しかし、国内で使用する生物農薬の昆虫のほとんどが外国産です。
近年、セイヨウマルハナバチが温室内から逃げ出し、地元に生息するニホンマ
ルハナバチに悪影響を及ぼしています。また、国内においても人為的な昆虫の
移動は控えた方がよいと私たちは考えています。
例えば、ゲンジボタルは外見が同じでも発光周期に地域的な変異が見られま
す。西日本型は2秒間隔、東日本型が4秒間隔で光ることが知られていますが、
安易なホタルの移動により、遺伝子汚染が広がっています。
テントウムシも同じことが言えると考えられます。ナナホシテントウは、国
内では外部形態による変異はないと言われています。しかし、沖縄の修学旅行
で知ったのですが、実際には沖縄県のナナホシテントウは黒い紋が小さいとい
った特徴があります。このように地域によって遺伝的多様性があることが考え
られます。なお、大学でテントウムシの研究をされている専門の先生からナミ
テントウは沖縄県には生息していないと伺っています。このため、生物農薬と
して沖縄でナミテントウを使用しない方がよいとのことでした。
昆虫の研究は、まだまだ解明されておらず、生物の移動には、細心の注意が
必要なのではないかと考えています。
このことから、私たち地域生物研究部は、地元に生息する昆虫を農業分野に
活用できるように今後も研究を重ねていきたいと考えています。
9
化学合成農薬を一切使わないで栽培することはできるの?
現在、私たちは地元の専業農家のご協力をいただき、研究を行なっています
が、農家でおこなわれているイチゴ施設栽培は、一切、化学合成農薬を使用せ
ず、栽培をおこなっています。殺虫剤や殺菌剤は、自然由来のでんぷん質や食
品添加物を使用した環境に優しい農薬(特定農薬)を使い、受粉で使用するミ
ツバチや、今回の研究で使用している飛翔制御したテントウムシには一切、悪
影響がありません。施設栽培では化学合成農薬を使用しないで栽培することは
可能だと考えています。
農薬を使わないとどんな生き物が観察できるの?
飛翔制御したテントウムシを畑に放飼することによって、カマキリ、クモ、
キボシアオゴミムシ、クサカゲロウ、ヤマトシリアゲ、ヒメカメノコテントウ、
ジュウサンホシテントウ、アマガエルなど天敵生物が多く観察することができ
ます。畑が天敵生物の繁殖地となり、多くの生き物の命を救うことにつながっ
ています。
【畑で観察された天敵生物】
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一時的に飛翔を制御したテントウムシを使用するメリットは?
飛翔制御したテントウムシを圃場で使うことにより、
① 畑から多くのテントウムシを救出し、命を守ることができた。
② 化学農薬によって今まで死滅していたカマキリやカエル、千葉県レッド
データに記載されているヤマトシリアゲなど、多くの生物を確認し、生き
物の命を守ることができた。
③ 昆虫を使用した生物農薬は、ほとんどが使用後に処分されるが、飛翔制
御したテントウムシは簡単に樹脂を剥がすことができ、再び飛ぶことので
きる状態にして、自然に帰すことができる。
④ 外来種や国内移入種を使わず、地元の昆虫を農業分野に導入でき、外来
種問題や地域個体群の遺伝子汚染による絶滅の心配がない。
⑤ 化学農薬の使用量を削減できた。
⑥ 農薬散布による農家の労力の負担を軽減できた。
⑦ 地元テントウムシの導入により、露地栽培での使用も可能となった。
⑧ テントウムシを生物的防除資材として使用することにより、その地域の
農産物のブランド商品を開発することができた。
最後に
今回の研究は、テントウムシを一時的に飛べなくする方法です。一時的では
あるにせよ、人間のためにこのようになる事は心苦しいのですが、しかし、何
もしなければ、国内の生物の遺伝子汚染や、化学農薬により生物の犠牲が増え
ると考えました。このことは、一刻の猶予もない状態です。非常に強い危機感
を持っています。
現在、エンドファイトという植物の体内に共生する多数の微生物を使った農
法が注目を浴びています。学校の授業で学びました。化学農薬や化学肥料を使
わず、栽培する方法です。自然本来の力を利用し、栽培する新しい農業の方法
であり、
「奇跡のリンゴ」で有名になりました。これからの時代は、微生物を使
用した農業が、必ず重要になってくると私たちは考えています。しかし、エン
ドファイトは、過去にゴルフ場の芝に導入され、その芝を食べた動物の中毒症
状が報告されています。まだまだ発展途上の技術であり、高校生の私たちにと
っては、かなり高い研究レベルであり、取り組むことが現状では難しい研究で
す。だからと言って何もできないわけではありません。自分たちができるとこ
ろから始めようとおこなってきた研究が昆虫を一時的に飛翔制御し、益虫とし
て農業分野に導入するという方法でした。
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卒業した先輩は、蛾類幼虫の天敵として知
られている「エゾカタビロオサムシ」を利用
した殺虫剤を使用しない栽培方法について研
究をしていました。このオサムシは、刺激の
強い臭いを出すことから不快昆虫として知ら
れ、人間にとって厄介者扱いにされ、殺虫剤
などで駆除される対象となっていました。
また、高い飛翔能力を持つことから農業分野での活用はされていませんでした。
そこで上翅の会合線を瞬間接着剤で固定し、一時的に飛翔を制御することに成
功しました。ちなみにエゾカタビロオサムシの寿命は長いもので3年間、生き
ています。
化学合成農薬を使用せずに商品となり得るハクサイを栽培することができ、
葉物野菜の害虫をオサムシで駆除し、効果が発揮されています。カタビロオサ
ムシ類は、世界各国に分布し、広く貢献できると期待されています。生物農薬
は、多くの場合、天敵として活躍する昆虫が外来種であり、この昆虫の野外へ
の逃亡とそのことによる生態系の撹乱が大きな問題になっていますが、これら
の点も解消することが画期的な研究です。
今、
「一時的に飛翔を制御したテントウムシ」の研究を通して、自分たちがで
きることを実践し、多くの方々に日本の農業や自然環境について、興味関心を
持っていただくお手伝いができればと考えています。
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