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掃除は誰のためにするのか
平成26年10月27日(月) 東京都立多摩高等学校 校長 常國 佳久 掃除は誰のためにするのか 2回目の担任の、3学年時のことだ。そのクラスは掃除当番をさぼるものもなく、いつもごみは片 付いていて担任として私の自慢だった。毎日まいにち、クラスの黒板はピカピカで、朝一番の授業の 先生が誉めてくれていた。黒板のチョークの粉も綺麗に拭き取ってあり、粉が教室に舞うこともない。 一年間、クラスみんなが健康で、欠席者がほとんど無かったのもこの徹底した掃除と関係があったの ではないかと思う。 ある日、私は早朝の補習のため朝早く出勤して、ふと、廊下の窓越しに見える我がクラスを見やっ て驚いた。クラスの男子生徒が一人、クラスの中で拭き掃除をしているらしいのだ。普段無口で、返 事と挨拶くらいしか交わしたことがない生徒だ。私は早朝補習の期間、毎朝そっと様子をみた。毎朝、 欠かさず掃除をしていた。それからはホームルームや授業のたびにその生徒が気になって、私はそっ とその男子生徒の顔をチラ見したが、いつも大きな身体を小さく折り畳むように机に座っている。 彼は2年時から公務員受験塾に通っていた。そして予定通り受験し内定した。そのとき、担任だけ でなく学校中が驚いた。当時、国家公務員は合格すると各省庁から家に面接予約の連絡が入ることに なっていた。その日、彼の家には朝から深夜まで、あらゆる省庁から電話がかかりっ放しで本人も母 親もほとんど寝られなかった程だった。彼の公務員試験の成績が素晴らしかったためだ。 僕はまた改めてその生徒の顔をチラ見したけれど、相変わらずそぶりも見せない。早朝に登校して 誰も知らないうちに教室をピカピカにし続けている。そして目立たない一日を送って帰っていく。誰 一人彼に向かって、感謝の言葉を述べるのでもない。しかし綺麗な教室を一年間維持した素晴らしい クラスとして、クラス全体が誉められた。毎日まいにち繰り返し、そっと掃除する日々。 この男子生徒は、どうしてこんなことが出来るのだろう。いったい、誰のために、何のためにそう いう生活を彼は選んだのか? 彼は説明もせずに静かに卒業していった。 彼が実践したことは、公務員の仕事と同じだと思う。基本的に、所属する社会集団の全体の幸せの ために仕事をする。我々、都立校教職員は、東京都の地方公務員として、都民の日々の生活の公共の 福祉に貢献するために仕事をしている。この生徒は、自分が所属するクラスの公共の福祉のために、 黙々と実践していた。しかも、「自分がやっています。」などと自慢したりしない。 そう考えて納得した。彼が公務員採用試験で各省庁から引っ張りだこになったのは当然である。 私なんて、東京都の地方公務員として教員になり、「みんなの役立っているぞ。」などと自慢した くなるたび、この生徒のことが思い浮かび、恥ずかしくなる。どんなに私が力んで走り続けても、黙 ってひたすらクラスの掃除をしていたこの生徒の足もとにすら及ばない。とうてい叶わない。年齢で はない。生徒の中に、目立たなくても人間としてすごい人がいるものだと思う。