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エルダーゲート・オンライン

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エルダーゲート・オンライン
エルダーゲート・オンライン
タロー
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ
テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ
ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範
囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し
ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
エルダーゲート・オンライン
︻Nコード︼
N4025CE
︻作者名︼
タロー
︻あらすじ︼
VRゲームが普及している世界。主人公は︵32歳︶は友人に誘
われたエルダーゲートオンラインというゲームで憧れだったファン
タジーな世界を楽しむ事になる。
剣や魔法も好きだけど⋮それよりも弓による射撃を好む変わり者。
いつかは弓系職業を極めて見たいと思っていた。
このゲームに誘ってくれた友人に感謝しながら自分なりのスタイル
1
を確定しつつあった。
ある時、新たなクエストに友人と共に挑んだ。BOSSを倒すが本
人達の予想を超える事件が起こり⋮気が付いたらゲーム内の異世界
だった。
ゲーム内のキャラクター︻ソウマ︼としてコレから彼は様々な事柄
を経験し人種、事件に関わっていく。いま世界を楽しむための冒険
を始める。
初めての為、皆様よろしくお願いします。
2
プロローグ
仕事終わりの帰り道。
いつもより足早に家へと向かう。
VRゲームの定番となったエルダーゲート・オンラインのログイン
に向けて胸をワクワクさせていた!
32歳のおっさんだが、小説や漫画で憧れてきた世界がここにある
⋮ゲーム内だがいつもと違う日常と冒険。
友に誘われて始めて早半年間。私的には休みの日には続けて廃人プ
レイをするくらいに楽しんでいた。基本は気軽にソロなので他人か
ら見たらのんびりプレイだったが。
このエルダーゲート・オンラインというゲームは、リアルに近い五
感と高いAIを搭載したNPCによる、現実よりも現実らしい世界
観を唄い文句にして発売された新世代型VRである。
約120種類からなる職業からメイン職を一つとサブ職を一つ選び、
自分だけのキャラクターを作るという有り触れたものだが、それ故
にシンプルで私には馴染みやすく、慣れない操作ながらも飽きがこ
なかった。
プレイヤーは開始時に、メインの職業とサブ職業と2つの職を選ぶ
ことになる。
メイン職は上限LVが100。
サブ職はLvが50までしか上がらない。
サブ職に選んだ職業は、メイン職で選んだ職業には勝てないし、覚
えるスキルも半分となるため、最初のメイン職業選びが最も大切と
3
なる。
1週間程前にサブ職は限界Lvの解放アイテムの告知があった。
最近のアップデートされた世界に新たに君臨したBOSSや、レイ
ドクラスを対象したBOSSを討伐した際に、かなり低いドロップ
率の報酬として稀に入手可能とされている。
実際にサブ職を解放した事実がネット掲示板と動画によって確認さ
れた。
その特別なクラスチェンジアイテムを使用するには条件があり、メ
イン職が第3次職以上であることや他にも職業によって専門クエス
トをクリアすることでサブ職のLv上限である50が解放される。
サブ職はLvが100となるが、それ以上のクラスチェンジは出来
ない。
サブ職に選んだ第1次職の全てのスキルと補正が付くため、生産職
で戦闘力が欲しい人達からも人気である。
メイン職はレベルが最大になると転職神殿にて一次職から派生上位
職へと変更することができる。
種族の種類も、人族、魔族、獣人族、ファンタジーの定番ともいえ
るエルフやドワーフ族などがある。
この最新のアップデートでは魔人族が増えた。
ゲーム内での条件︵クエストの試練や特殊アイテム、課金アイテム
など︶を満たし、転職神殿にて上位進化・種族変化という形をとる。
例えば人間種から多種族︵エルフ、ドワーフ、ゴブリン、獣人など︶
へと変化は種族変化。
4
ハイ
ドワーフからの上位進化にて上位ドワーフに進化などある。種族変
化or上位進化はゲーム中では1度限りにおいて許されるため、各
ユーザーにとって大いに悩む一つである。
さて、そろそろ紹介をさせて頂こう。
プレイヤーネーム︻ソウマ︼である私は
、少し長めで銀色の髪型に設定年齢16歳↓心はおっさんの人族男
性である。
メイン職は二次職の戦弓師︵弓技を主に戦い、近接戦闘もそこそこ
こなせる職︶に、魔物使い︵モンスターを従者とし、鍛え育てる︶
をサブ職にしている。
テンプレ通りに攻撃魔法や回復魔法を使える魔法戦士系や、何かし
らのと特化職と迷ったものの⋮
リアルで弓道を嗜んでいる事や、マンション暮らしでペットの飼っ
たことの無い私は上記を諦め、今に至る。
自分のやりたいようにやれば満足かな。
ステータス
名前︻ソウマ︼
種族:人族
職業
戦弓師LV20
サブ職
魔物使いLV12
スキル
5
弓術補正︵D︶
内魔力操作
体術
軽量防具装備補正︵E︶体
モンスターテイム
片手剣補正︵E︶
気配察知
常時スキル
見切り
鷹の目
魔法
身体強化︵全身身体強化、2段ジャンプ︶
称号
改めて自分の振り分けた職業やスキル構成を見ると、全体的なプレ
イヤーの中では弱いだろうし、攻撃魔法や回復魔法は使えない。
けど、自己強化魔法は使えるので火力不足は少し補えるし、遠距離
攻撃も弓があるし。
うん、やっぱりオッケーだ!!
人族の特性としてステータス︵小︶と、戦技補正︵極小︶がある。
なんて考えながら、VRヘルメットを被り、ログインを開始する。
意識が朦朧と飲み込まれていく。
今日はボーナスをつぎ込んで当てたガチャアイテム、武具よりも今
の私には稀少な???の卵︵特殊︶が手に入ったからだ!
特別なモンスターが手に入るかも知れない予感、相棒を手に入れる
ような嬉しさにニヤニヤが止まらない。
6
そんな気分のまま、始まりの街の広場へとログインが完了した。
7
プロローグ︵後書き︶
ご意見をいただき、自分でも違和感を持てたため、編集させて頂き
ました。
まだ始めて2週間↓友に誘われて始めて早半年間。基本は気軽にソ
ロなので他人から見たらのんびりプレイだったが。
です。
また文章の加筆、改正を行わせて頂きました。
8
プロローグ2︵前書き︶
レア︵希少︶追記させて頂きました。
9
プロローグ2
始まりの街ユピテルは、ログインしたプレイヤーが始めて降り立つ
大きな街である。
ヨーロッパ風の街並みで、周りは城壁で囲まれている。
出入り口は大きな門に兵士が守っており、モンスターが街へ入れな
いよう警備されている。
中央にあるギルドを筆頭に、武器屋、防具屋、道具屋、道場、魔法
屋と続いている。
少し離れた所に転職神殿があり、常に様々なプレイヤーで溢れてい
る。
武器屋で新しく注文してから、課金ガチャで手に入れたアイテムを
整理しつつ、ギルドへ向かう!
ギルド内にはクエストと呼ばれる依頼を受ける場所と、各種職業な
どによる専用エリアに分かれている。
モンスターを扱うエリアへ移動し、受付に手続きを行う。
到着すると色々な魔物の鳴き声が聞こえてくる。
この魔物エリアでは、テイムしたモンスターを預かって貰ったり、
卵︵フィールド、クエストや課金で入手可︶を鑑定・孵化させたり
出来る。
魔物使い系の職業以外に卵は、料理に使うか売るしかない為、この
10
エリアには魔物と卵で溢れている。
卵のランクは
ノーマル↓ハイノーマル↓レア︵希少︶↓ハイレア↓ユニーク以上
とランク分けされる。
ノーマルランクからモンスターの卵が含まれる。
基本的にクエスト関連やアンコモンを除いて卵を手に入れた時は、
???の卵と表記されるため、専用の場所で鑑定をしないとわから
ない仕組みだ。
今回ガチャで手に入れた???の卵︵特殊︶について説明すると、
レア以上のランクからランダムに魔物が貰えるシステム。
有名なモンスターではドラゴンやスライム、他はアンデッド種に飛
行種、水生種と多岐に渡る。
受付係さんに卵を渡して待つことしばし。
﹁お待たせしました。卵をお返しします﹂
受けとった卵を見ると表示に
︻魔法生物の卵︵特殊︶︼となっている。
尋ねてみると、どうやらホムンクルスやガーゴイル、有名ところで
はゴーレムなどのモンスターの卵らしい。
個人的には獣系のペットのようなモンスターが欲しかったのだが⋮
初のモンスターだし、嬉しいのは変わりない。
説明を聴くと、魔法生物系は魔力を餌にすることが多く、迷宮や錬
金術師でも上位にしか産み出すことが出来ないらしいとの事。
11
なかなかレアなモンスターなんだな。
孵化を受付係さんに頼み、立ち去ろうとすると呼び止められた!
﹁ソウマさんは始めてご利用されるみたいなので、ご説明しますね!
モンスターを育成したり仲間として扱う場合は、契約の指輪︵魔物
用︶というアクセサリーが必要となります﹂
はい、卵を手に入れたことで浮かれてて、魔物との契約説明を見る
の忘れてました︵汗︶
﹁契約の指輪は特別な宝石である精霊石を使用しており、魔物の洞
窟と呼ばれる迷宮にて管理されています。
契約の試練が開始されました︼
此方の紹介状をお持ちになって洞窟へ向かって下さい﹂
︻条件を満たした為、特殊クエスト
と、ナレーションが聞こえた。
魔物の洞窟の場所を教えて貰い、回復アイテムと装備品の確認をし
ていると、頭の中でフレンド機能のチャット音が鳴った。
︵おーいソウマ、暇だったらレベル上げに行かないか?︶
このエルダーゲート・オンラインに誘ってくれたリアルでの数少な
い友人からだった。
名はユウト。トップクラスの攻略組のギルドに所属している。
︵お疲れ、すまない。今からクエストで魔物の洞窟まで行かなきゃ
いけないんだ。レベル上げはまた今度で︶
12
︵魔物の洞窟?聞いたことないな。面白そうだし俺も行ってもいい
か?︶
︵構わないが、レベル上げにはなんないぞ!それにギルドの方は大
丈夫なのか?︶
︵今日は休みだから良いんだよ!じゃあ、門のところで集合な︶
ユウトは相変わらずのお人好しだな⋮でも正直、どんなクエストに
なるか分からなかったから助かった。
武器屋で頼んだ武器を受け取り、集合場所へ移動した。
門に着くと日に差されて輝く蒼い装備に身を包んだ男が待っていた。
﹁待たせた﹂
声がけると、ユウトは蒼綱製のフルフェイス型の兜を上げた。
黒髪の髪がこぼれ、イケメンと呼ばれる顔が顔を出す。
﹁おう、気にすんな。久しぶりだな﹂
そう言ってお互いステータスを見せあう。
ステータス
名前︻ユウト・カツラギ︼
種族:魔人族
職業
魔導騎士LV55
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サブ職
盾士LV37
スキル
剣・大剣補正︵C︶
斧・両手補正︵E︶
槍補正︵E︶
金属系統装備補正︵D︶盾・大盾装備︵C︶
体外・体内魔力操作
常時スキル
怪力
気絶耐性︵小︶
受け流し
魔力操作補助
気配察知
防御体制時防御率アップ
魔法
氷魔法
称号
﹁おや、前あった時は種族は人族だったような⋮?﹂
﹁ああ、この間のアップデートで実装されたばかりの種族だ。幸い
条件も満たしてたみたいだし﹂
魔人族︵魔族と人族とのハーフである。魔族には劣るが魔力操作に
魔力操作補助︵SP消費軽減︶・怪力を種族ボーナス︼
長け、人族よりも力が強い︶
︻スキル
盾士は盾をつかう戦士職で、盾系の技と補正が加わる特化職業出あ
る。
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そう言えばユウトは魔法も使える騎士を目指してたな。
職業にある魔導騎士とは、騎士の二次職である。
状況に応じて複数の属性魔法を使い、魔法戦士や魔法騎士とは違い、
一つの系統の魔法を極めるためにある騎士専用の職業。
ユウトの場合は氷魔法を選択したら、他よりも属性ボーナスがつく
はずだ。
ちなみに魔法職の場合は、この世界では魔導士という名称となる。
魔法の属性系統は多岐に渡り、基本の火・水・風・土の4系統。
神官職業が使う回復魔法や聖系統の魔法。
余り使っている人を見たことはないが特殊な条件をクリアして氷や
雷、地や光、闇魔法の習得が出来たりする。
お互いのステータスを確認し、パーティを組んで魔物の洞窟へと歩
きはじめた。
15
プロローグ2︵後書き︶
基本自分以外のステータスは、例外を除いて許可しない限りスキル
欄や職業欄は観れないことになっています!
アンコモン↓ノーマル↓レア↓ハイレア↓ユニークをアンコモンを
削除し、ノーマルとレアの間にハイノーマルを追加しました。
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プロローグ3
森林の緑が美しい森の奥に、目指す魔物の洞窟と呼ばれる迷宮があ
った。
魔物使いの修行の場とされるこの洞窟は普段は結界にて封印されて
いる。大きく開いた入り口まで2人は進んでいく。
﹁ここで良いのか?ソウマ﹂
﹁ああ、マップで確認した。間違いないと思う﹂
ユウトを前衛に気配察知を使用しながらなるべく敵に合わずに来た
が⋮
﹁戦技も武技も使わず温存出来たし、いよいよ本番だな﹂
そう言うと、ユウトは肩を鳴らした。
ユウトの身を包むのは、全身が統一して蒼く、同じ金属を使用した
とわかる装備である。
所属しているギルド︻蒼銀騎士団︼のお抱え鍛治師のイルマ氏が打
ったとされる美しい装飾もなされた防具一式だ。
稀少級の装備であり、防具の一つ一つに能力スキルが込められてい
る。
武具にもランクがあり、
ノーマル↓ハイノーマル↓レア↓ハイレア↓ユニークの順に
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ランクが上がっていき、噂ではユニーク級以上の品もあるとされて
いる。
既製品などの大量生産された武具は大概がノーマルクラスのモノが
多い。
レア級とは必ず武具に何かしらのスキルがついている武具が呼ばれ
る。
課金を除いて、レア級の魔法効果のある武具は簡単には入手出来な
い。
レア級以上と呼ばれる武具の入手に関しては、迷宮にある宝箱から
稀に発見されたり、強力な魔物が落とす事もあるようだ。
高ランクの迷宮になれば成る程、より高性能な装備品が発見された
り⋮するらしい。
他には職人の手で産み出すオーダメイト武具もある。
一握りの腕の良い職人が魔力鉱石や稀少鉱石、強力な魔物、魔獣か
らとれる素材を魔力を込めて加工して作った逸品がソレにあたる。
鍛治の技術は奥深く、同じ素材でも込める魔力や技巧によっては装
備品に差がでることほ明白である。
攻略ギルドになればなるほど、いかに有能な鍛治師を抱えられるか
はギルド存続の死活問題に関わる。
後はプレイヤー以外にも、腕の良いNPC︵有名なのはドワーフな
ど︶鍛治師がおり、実際彼等の造った作品を愛用しているプレイヤ
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ーは沢山いる。
ギルドマント
さて、ユウトの装備品は以下の通り。
ナイトソード
ナイトヘルム
武器
頭
ナイトアーマー
ナイトガントレット
体
右腕
凍水晶の盾メイガス
身代わりの指輪
ナイトグリーブ
左腕
足
アクセサリー
蒼鋼石を炉で溶かし、魔力で鍛えて造ったフルフェイス型のナイト
ヘルム、全身を覆うナイトアーマー、ナイトガントレット、ナイト
グリーブは
見た目の重厚さに反して鉄鋼製に比べると軽いし防御性能が高い。
各装備には重量軽減の魔法スキルが込められ、動きに支障は少ない。
更に統一防具ボーナスとして防御性能アップ︵中︶がついた逸品。
武器は主に刃渡り80cm程の長さの蒼鋼製のナイトソードを使用
してる。
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発動武技は剣の戦技使用し時補正︵弱︶
レア級以上の武器に込めらたスキルを武技スキルという。
中に込めらた魔力や魔法は回数制限は有るものの使用することが可
能である。
広範囲殲滅魔法や補助スキルなど多岐に渡るので、自分に見合った
装備品をチョイスすることが大切。
整っている防具の中で一際目を魅いてしまうのは、見事な紋様が装
飾された盾だった。
ユウトがギルドメンバーと私、ある程度の高ランク迷宮で挑んだ際
に発見したハイレア級の盾。
名持ちの装備品で銘を︻凍水晶の盾メイガス︼と言う。
灼熱竜を討伐した者が持っていた美しい紋様が描かれた盾。あらゆ
る攻撃を後ろに通さない力を持つ。
古代の魔法鍛治師の作品で滅多にないものだと、街で見てもらった
NPCの鑑定士に言われて皆驚いたたもんだ。
素材がミスリル︵精霊銀︶と呼ばれる魔法金属を伸ばし、アイスゴ
ーレムの核を守る役割を果たす碧氷石と真っ白で雪のような冷たさ
を宿すスノウストーンで錬成された古代の大盾は、長い間待ち望ん
だ主人を見付けたかのように見えたな。
私は魔力武具や魔法装備こそ手に入らなかったけど、格上相手にか
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なりの経験を積ませて貰ったのは良い思い出だ。
盾に秘められたスキルは2つ。
フロストバリア↓盾から絶対零度の魔法障壁をパーティ全員に張り
巡らす。効果時間5分。発動は3回まで有効!
最後の一つは、盾の説明にもあったが固有スキルで貫通攻撃無効。
あらゆる魔術、戦技、武技を盾の部分において弾く能力。
使い手の技量が問われる能力だが、ユウトなら完璧に使いこなして
いくだろう!
ソウマの装備。
新しくコンプガチャで手に入った装備を使用。ガチャの装備はネタ
装備と言われたり、特化しているタイプも多い。
防御力は普通のレア級よりも高く、使い勝手の良いスキルが多い。
今回はどうしても欲しくて初めて頑張った結果、弓系装備を揃える
までに夏ボーナスが消えた。
星に纏わる装備品って響きも装飾もカッコ良くてロマンが⋮
沢山の色々なアイテムとハイレア級に必要な素材達、???の卵に
変わった︵泣︶⋮後悔はすまい。
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武器
流星弓
スターライトヘルム
片手剣装備可能
頭
スターライトジャケット
近接時
体
スターライトガード
天眼石の腕輪
スターライトレギンス
両腕
足
アクセサリー
なし
闇を基調とした色合でまとめられている。
星々の輝きを秘めた気品を感じる武具。空より降ってきた隕鉄を鍛
え、おりまぜている。
課金装備トレード不可
一般的にそんなランク付けはないが、レア級以上の準ハイレア級装
備と呼ばれている。
コンプボーナスとして貰った流星弓は、
22
発動武技︻流星弓︼
レアスキルであるライフドレインとMPドレインが同時についてい
る。与えたダメージの10%を自身に回復。星属性付与。
また、自身のMPを矢に変換して放つことができる。
普通のレア級は一つしか付いてないのに⋮流石は課金武器。
各装備には︻星の祝福︼
回避力アップ︵小︶と全動作補助がついている。
そして防具装備ボーナスには星の加護がつく。
星の加護は、天と地の命脈より自動持続回復効果︵微︶がついてい
る。
おかげでこの装備の間は、有難いことにMPを気にせず矢を放つこ
とができる。
そういえばガチャの素材で武器屋のドワーフさんに造って貰った武
器が有るんだった。
︵両手剣︶
いつか人型の魔物に持たせようと思ってたんだが⋮
黒鉄の大剣・改
魔力を通しにくい性質のある黒鉄︵アダマンタイト鉱石︶製の大剣
を更に重力鉱石と配合した大剣。
ディープ・インパクト
職人が非常に頑丈に鍛え、叩き斬る事に重視を置いた剣。
発動武技
重く一点に集約された力が相手を吹き飛ばす。
装備者の力が強ければ強い程効果アップ。相手の防御効果無効。
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﹁ユウト、少し早いが付き合ってくれてる礼だ﹂
ウィンドウのトレード欄にアイテムボックスから黒鉄の大剣を置く。
﹁暇潰しだから気にするよ⋮ん?変わった武器だな﹂
﹁ガチャの素材の余りで今日造って貰ったばかりの剣だ。今の実力
なら代わりの予備にしかならないかも⋮だが﹂
﹁準ハイレア級じゃないか。こんな贅沢な予備剣があるか︵笑︶有
難く有効に使わせて貰うよ﹂
ユウトもトレード欄にアイテムを追加した。
﹁ソウマの装備を見て思ったんだが、良かったら貰って欲しい﹂
流星刀レプリカ︵片手剣・小剣︶
︻蒼銀騎士団︼所属のイルマ氏が既存の材料、素材で造り上げた流
星刀の試作品。
流星刀・イルマ
ギベオン隕石を用いており、レプリカながら高い完成度を持つ。
発動武技
製作者の試行錯誤により、本来の威力よりは劣るが擬似性の流星刀
を放つ事ができる。
星属性付与された鋭い一撃が敵を撃ち抜く突き技。︵ドレイン不可︶
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﹁これ⋮俺が貰っても本当に良いのか?﹂
﹁試作品で良ければ貰って欲しい。イルマには自分から伝えておく
よ。感謝ならいつか本人あったら言ってくれればいいさ﹂
﹁本当にありがとう。主力武器として使わせて頂きます﹂
トレードが終わったことで洞窟に入った。洞窟内ではマップは使え
ない。
ゴツゴツの広い通路を進みながら出てきた敵を倒す。
ユウトを前衛兼盾役として、私が先制攻撃でなるべく数を減らしな
がら、ユウトの死角を補助する。
暗い場所を好み、毒を持つ蛇のナイトヴァイパーや群れを作り徘徊
しているフォレストウルフ、頭上に待ち構えているキラーバットが
襲いかかってくる。
動物系の魔物が全体に多い。
特に苦戦することもなく、素材の肉や使える骨を選択して解体しな
がら奥に進んていく。
時折赤や黄、銀、黒などの石を落とす魔物もいた。一応回収して進
む。
一番奥に扉がある場所までつくと、ギィ⋮と、勝手に音を立てて開
いた!
25
中は広い空間で洞窟内とは思えない荘厳な雰囲気があった。
中央にはエメラルドグリーンのローブを着込み、フードを目深にし
た人物が待ち受けていた。
26
プロローグ3︵後書き︶
課金などのガチャで入手出来るものは、レア級しかありません︵ゲ
ームバランスの問題にて︶
その分、普通よりも防御やスキル、デザイン性が高いものが多いで
す。
ちなみに素材と言われるものは魔物の解体や鉱山、宝箱から入手出
来ます。
新武器作成や防具作成に使われ、元ある武具の向上にも用いられま
す。
ガチャ素材はレアからハイレア、ごく稀にユニーク素材が当たるこ
とがあります。
10/1↓10%と変更しました。
メイガスの盾の発動時間を1分↓5分へと変更致しました。
27
プロローグ4 ︵前書き︶
今回完成間際で間違って全て消えてショックでした。
見ている皆さんに少しでも楽しんで頂けていたら幸いです!
28
プロローグ4 洞窟の中で待ってていた人物。
フードを外すと、美しい黄金色の長い髪に深緑の瞳、髪からはみだ
した尖った耳が見えた。
その美しすぎる容姿に見惚れていると、声をかけられた。
﹁試練を受けにきた者は久し振りじゃな。儂の名はニルヴァーシュ
と言うハイエルフの末裔じゃ。汝は誰かのぅ﹂
﹁ハイエルフ!?﹂
ユウトと同音で声を上げ、驚いた。
エルフは種族特性として、称号に精霊の友︵精霊術使用の際に補正︶
と精霊術のスキル、森林フィールド時補正アップがついた種族であ
る。
唯でさえ人気の種族だが、更に優遇されていると噂される上位種族
のハイエルフはいつも人気種族の上位にランクインしている。
因みにプレイヤーの中で未だハイエルフになった者はいない。
他の者には内緒じゃぞ、と笑いながら答えた。
﹁申し遅れました。私はソウマと言う者です﹂
﹁ほぅほぅ、礼儀正しい子供じゃのぅ﹂
と、ニコニコしている。
29
﹁さて試練を受ける者よ。途中魔物から拾った石を渡してくれんか﹂
様々な色の石を渡すと、中央の魔法陣の描かれた場所に置かれた。
﹁今からこの血石を合成させて契約の指輪を造るのじゃが、出来る
際に魔力の歪にてそれ相応の魔物が現れる。
その魔物の中に契約の指輪が出来上がっておるから倒して奪いとる
事が最終試練となる⋮準備は良いかの?﹂
頷くと、ニルヴァーシュが生成魔法を詠唱した。
紅く光る光の中に一体の魔物が顕現した!
体長は5mで、真紅の眼をした大きな巨人だ。身体に焔を纏い此方
を睨み付けている。
名をフレイムタイタンと言い、始まりの街ユピテルから南方へ行き、
サザン火山に君臨するフィールドBOSSである。
身に纏う焔を拳と蹴り技にのせて攻撃する姿は雄々しく感じられる。
中位プレイヤーがパーティを組んで討伐する必要がある存在で、断
じて2人で相手する魔物ではない。
﹁ほぅ、大物じゃな。頑張るのじゃ﹂
﹁ソウマといると退屈しないな﹂
褒め言葉だな、と思っている間に焔巨人が此方に駆け出してきた。
30
推定C級のBOSS級。相手は格上だ。
恐ろしい音を立てて殴りにきた豪腕を体術で回避し、振り向きざま
に矢を射る。
腕や背中に当たるものの、大したダメージはないように思われる。
﹁ソウマ、俺が引き付けるから援護頼む﹂
と叫び︵ヘイト︶、焔巨人に斬りかかった。
氷魔法のアイスエッジ︵一時的氷属性付与︶とアイスシールド︵一
時的防御アップ︶を詠唱し終えた攻撃に焔巨人から苦痛の表情が見
えた。
反撃されるもしっかりガード防御をし、持ちこたえている。
私は急所を攻撃しつつ、焔巨人の意識を散らさせたり、折を見てユ
ウトにポーションをかけたりと、遊撃役をする。
随分と時間がたち、焔巨人のライフゲージが半分に減ったころで、
後方へと巨人が飛び退いた。
攻撃体勢を維持しつつ、注意深く観察すると焔巨人の中から火の形
をした魔物が生まれた。
レッドエレメンタルと呼ばれる存在で非実体系魔物でもある。
非実体系魔物は魔法を使うか、魔力を持った武器で攻撃したり、ユ
ウトのように魔法付与した武器で戦わないとダメージ判定がつかな
31
い。
魔力武器が余りないため、後者で戦うことが一般的である。
幸い、いま私が使っている流星弓は魔力武器である。
直ぐに標的をレッドエレメンタルにかえ、弓を引き絞る。
対空補正のある戦技︻飛竜︼と武技︻流星弓︼を重ね撃ち放つ!
旋風を巻いて2つに分かれた攻撃は4体いた内の2体を消滅させた。
戦技︻飛竜︼は、弓系の一次職で覚える対空補正︻スカイショット︼
を昇華させた戦技だ。
街の道場にて、まず弓の熟練度を観られる。
それに合格したら教えを請い、少なくない金額と修行と試験を得て
習得ができる技である。修行の難易度は高い。
対空の相手に対して補正も強く、竜の顎のように分かれて追加攻撃
するエフェクトが人気な戦技だ。
﹁雑魚は引き受けた。少し任せて大丈夫か?﹂
﹁ま、大丈夫だろう。出来るだけ早く⋮なっと﹂
焔巨人の膝蹴りを戦技︻盾打ち︼で迎え撃ち、体勢を崩したところ
でスキル︻フロストバリア︼を発動する。
体を霜のような氷結した障壁が覆った。
レッドエレメンタルの吐き出してくる火弾を躱し、時に当たるがま
まにする。
32
ダメージらしきダメージも受けない。
︵時間の余裕はない、テキパキ行こう︶
少し時間はかかったが最後のレッドエレメンタルを倒した。
ユウトはボロボロになりながらもBOSS級の攻撃に耐え続け、ラ
イフゲージが半分以下になってしまっている。
それでも隙を見て反撃し、豪腕をいなし、蹴りを受け流して防御体
勢を保っていた。
焔巨人の背中に矢を入りながら駆け寄る。
﹁すまない﹂
﹁遅い。おかげで盾防御の熟練度が軒並み上がったぞ。SPも余裕
が無いから決めてくれ﹂
笑っているユウトは冗談ぽく声がけた。焔巨人を見るとユウト以上
にボロボロで満身創痍なのが良く分かる。
頭部に狙いを付け、流星弓を発動させた!
焔巨人がゆっくりと倒れた。
33
﹁お疲れ﹂
﹁ユウトじゃなきゃ達成出来なかった。本当にありがとう﹂
そう言い、お互いを見つめた。
疲れているが解体を終わらせないと⋮。
人型の魔物に若干の抵抗を覚えながら解体していくと、前胸部に硬
い感触があった。
魔物の試練をクリアしました。特定BOSS級討
切り開くと白銀色の指輪があり、手に取った。
︻特殊クエスト
伐のため特別報酬が贈られます︼
ナレーションが頭に響いた。
ユウトと共にアイテムボックスを確認すると、ユウトには焔巨人の
焔鋼石︵焔巨人の体内に稀に生成される︶と焔舞の具足︵焔巨人シ
リーズの一つ︶と呼ばれる装備品がドロップしていた。
私には焔巨人の魂魄結晶︵魔物使い用アイテム︶と︻巨人の腕︼と
いう魔導書が贈られていた。
魂魄結晶について聞くと、魔物の餌にすると進化やスキルを得たり
と影響が現れるらしい。
魔物使い特有のアイテムで、特にBOSS級の魂魄結晶はなかなか
得られないそうだ。
34
聞くと、ニルヴァーシュが教えてくれた。
魔導書についてはユウトにも驚かれた。
特定のBOSS級しかドロップせず、1度ドロップすると2度ドロ
ップしないユニークアイテムだという。
ネット掲示板でも騒がれており、どのBOSSがドロップするかは
全く不明のままだ。
ロマンを求めてBOSS戦に挑むプレイヤーも多いらしい⋮。
私以外には全プレイヤーの中でも2人しかいないらしいとユウトが
教えてくれる。
余りの稀少性に立ちくらみがした。
巨人魔法︻巨人の腕︼
巨人の力を継承し、使用者のHPとSPを消費して巨人の腕を顕現
させる。
1度攻撃すると消え、再召喚が必要。
第1段階︵熟練度により上昇。武器装備も可能になる︶
トレード不可。売却可能。
早速魔導書を開き覚えようとしたが
︻巨人の腕を覚えると、この後に一切の魔法を覚えることが出来ま
せん。習得しますか?︼
慌ててキャンセルした。うーん、リスク高いな!よく考えよう。
35
そんな私を見てニルヴァーシュやユウトが笑っていた。
焔巨人を解体し、素材をしまう。
白銀色に輝く契約の指輪は、精霊石と呼ばれる稀少な石を試練の魔
物の体内で精製し、魔物と同化を果たす。
そのため魔物と相性が良く、指輪には魔物専用の空間があり、収納
と持ち運びを可能とさせる。
収納する際は魔物の大きさは関係ない。
造るには特殊な魔法と精霊石の精製の知識がある者しか出来ない。
悪用防止のため、作り方の情報は秘匿されている。
契約の指輪の精霊石の色により格が決まり、指輪に住める枠が違う。
白銀色はモンスターティム出来た5体の魔物を住まわせる事が可能
だ。
契約の指輪︵白銀︶
魔物の試練を合格した者に与えられる指輪。5種可能。
白銀の魔力により、魔物に成長補正がかかる。
早速装備した。
﹁ニルヴァーシュさん、魔物使いの試練ていつもこんなに大変なん
ですか!﹂
ユウトが尋ねると、首を振った。
﹁いや、お主らだけじゃよ。本来なら持ってきた血石一つに精製の
36
魔法陣をかけるだけだからのぅ﹂
ニルヴァーシュ曰く実力者が来た場合、余り簡単に試練が終わると
魔物の体内で精霊石が上手く精製されないそうだ。
その場合は今のようにする習わしらしい。
例え魔物が強く倒せなかったとしても、途中でニルヴァーシュが加
勢して魔物を倒す事になっている。
﹁フレイムタイタンは始めての召喚じゃったが、儂のようなハイエ
ルフならあれくらいの相手なら楽勝での﹂
さらりと恐ろしい事を聞いた。
﹁さ、試練はおわりじゃ。ここは再度封印するでのぅ﹂
﹁お世話になりました。色々教えてくれてありがとうございました﹂
そう言って退出しようとすると、空からゾクッとする声が降ってき
た。
﹃魔導書の濃い気配を感じてみれば⋮ここに現われたのか。貴様が
使わないのなら我が使ってやろう⋮﹄
慌てて見渡しても誰もいない。気配察知にも反応がない!
突如空間から漆黒の精霊石が出現し、焔巨人の残骸へと突き刺さっ
た。
37
38
プロローグ4 ︵後書き︶
熟練度はステータスに出ない、スキルレベルの事です。
レベルアップしてより無駄が無くなったり、スキル昇格などありま
す。
そのスキルを正しく使えていると経験値が入る仕組みです!
プロローグが長くてごめんなさい。
次回でプロローグが終わる予定です!
39
プロローグ5 前半︵前書き︶
また書き終えた文章が消えてしまいました。バックアップごと!
ボタンひとつの操作が怖いです!
前半半分として現在消えてしまわない内にアップします!
残りは書き上げたら再度アップいたします。
40
プロローグ5 前半
漆黒の精霊石が魔方陣と共に浮いており、フレイムタイタンの血肉
を貪るように吸収していく。
ガキィン、バキィ、グシャ⋮と生理的に嫌な音が響く。
嫌悪感に苛まれていると、それを吹き飛ばすかのような美しく流麗
なニルヴァーシュの魔法詠唱が聞こえた。
気付いたように、少し遅れてユウトも詠唱を始める。
私は流星弓を引き絞り、武技︻流星弓︼と戦技︻飛竜︼を漆黒の精
霊石に向かって交互に射る。
攻撃は当たっているのに⋮怖いくらいに手応えをあまり感じない。
詠唱が終わりユウトの氷魔法︻コールドストーム︼と、少し遅れて
ニルヴァーシュの星魔法︻グランメテオ︼が発動した。
コールドストームの冷気で周りの分子運動を制限し、遅らせる効果
と追加効果に純粋に冷気のダメージでじわじわと削っていく魔法で
ある。
大技を繰り出す前の足留めにも使われたりと、使い勝手が良い。
氷魔法の使い手の中でも習得率の高い魔法だ。
グランメテオは詠唱時間が長いがその分、星魔法の中でもトップク
ラスの破壊力を持つ魔法。
星魔法自体の使い手が少なすぎるため、習得条件などは現在不明と
なっている!
41
攻撃魔法の影響で辺り一体を凄まじい熱量の地熱が襲う。魔物や生
物にしても大抵は生きていないと思いたい。
しばらく様子を伺っていると、ゆっくりと此方へ歩いてくる存在が
いた。
体長は2m程で体には焔が渦巻き、生き物のように体表を蠢いてい
る。
ダークレッドのような身体はフレイムタイタンを想像させられるが、
身に纏う存在感は桁違いだ。
顔面は闇色の仮面で護られており、紫の瞳が映り出す。
﹃⋮素体のレベルが悪いと、受肉してもこうも勝手が違うものか。
自動再生は無理⋮。他は多重障壁は使える﹄
独り言にしてはゾッとする圧迫感がある。
溜め息のように
﹃しかも受肉率が60%⋮とは⋮な﹄
よく見ると心臓に当たるであろう精霊石を守られることなく、剥き
出しになっていた。
漆黒の精霊石の表面には赤い血管が張り巡らされ、ドクン⋮ドクン
と波打って拍動している。
﹃さて、最後に聞いてみるが⋮その魔導書を我に譲る気はないか?﹄
42
優しくも聞こえる声色が⋮より強い恐怖を伴う感覚が全身を覆う。
怖い、逃げたしたい、勝ち目がない⋮と絶望感。
ゲームにしてはあり得ない感覚に、早くこの場から立ち去りたいと
本能が告げる。
だが⋮
﹁先程から聞いておればお主は何様のつもりじゃ。呆れて物も言え
んわい﹂
﹁そうそう⋮いい加減に巫山戯た態度もやめろよ﹂
⋮こんな状況になっても見捨てないで共にいてくれる。
重いモノで抑えられていた感覚が無くなり、胸が熱くなった。
こうなったらおっさんは⋮止まらないぞ!!
2人は俺が守る。
流星弓を奴に向かって引き絞る。
﹃それが答えか﹄
その言葉がこの戦闘の始まりだった。
43
プロローグ5 後半︵前書き︶
スマホ入力の為、更新が遅くてごめんなさい。
7月10日少し修正、加筆が入ります。
44
プロローグ5 後半
シュッと音が鳴った途端、もの凄いスピードで奴がニルヴァーシュ
に接近していた。
﹃お前が1番厄介そうだ﹄
彼女はハイエルフとしての種族の敏捷性や、予め掛けておいた身体
強化魔法を駆使して距離をとろうとするも、其れよりも速い攻撃で
奴がニルヴァーシュを吹き飛ばした。
吐血を吐きながら洞窟の壁に叩きつけられる。追撃を加えようと奴
が更に接近するがユウトが盾を構え横から入り込んだ。
﹁巫山戯んなって言ってんだろ!!﹂
防御したユウトのライフゲージが1割弱削られる。奴とユウトの力
は拮抗⋮ややユウトが優勢だ。
反撃を加え、攻防が始まる。
その間にニルヴァーシュに駆け寄り、ハイポーションを飲ませる。
ユウトの援護に向かうもこれだけ速い相手には弓では同士討ちにな
る可能性が高い。
流星刀レプリカに持ち替え、斬り込む。
45
回復したニルヴァーシュに支援と魔法を頼み、突撃していく。
暫く戦ってみると奴の多重障壁の厄介さが浮き彫りとなった。
攻撃や魔法が当たっても障壁に弾かれるのだ。無論、障壁も無敵で
はなく、一定ダメージを当て波状攻撃を繰り返すと砕け散る。
その間に攻撃を加えるも、再度障壁を張り巡らせる前に与えられる
ダメージは少ない。それでも繰り返し奴の左腕を斬り落とすことに
成功した。
斬り落とした腕はその場で霧散し消滅した。
此方も回復アイテムの在庫が乏しく、皆の疲労も限界に近かった。
フレンドチャットを開く。
︵ユウト、このままじゃジリ貧だな︶
︵まぁ⋮な︶
︵勝ちを拾うためには大技⋮短期で決めるしかない︶
︵リスク高いな⋮ま、そういうの好きだけどね︶
ユウトと作戦会議しながら状況を整理して行く。
時折奴の身体が焔に包まれ、焔蛇のようなモノが飛び出して攻撃し
46
てくる。
避けても当たるまで攻撃をやめない焔蛇は普通に切っても炎熱ダメ
ージが入るだけだった。アレは本当に軽く火傷するくらい熱かった
な⋮。
初期の戦士系職で覚える戦技︻ソニックスラッシュ︼を発動させて
焔蛇を斬り裂く。
斬る空間を断絶し、そこに炎熱を誘い込んでダメージ軽減をする。
︵魔法が覚えられなくなる⋮リスクなんて関係ない︶
決意が決まると、ユウトに時間稼ぎを頼み、ニルヴァーシュに小声
で耳打ちする。
﹁暫くユウトに回復魔法をお願いします﹂
﹁あいわかった。何か策があるんじゃろ?﹂
巨人の腕
の習得を開始します︼
笑って承諾してくれた。
︻巨人魔法
︻⋮⋮習得容量とステータスが足りません。魔法習得領域を変換し
ます。現在覚えている魔法を除いて今後魔法を覚えることが出来ま
せん︼
そのナレーションの後、頭のなかに引き裂かれるような痛みが走る。
47
何者かが脳を這いずり回っているかのような⋮次いで身体にも血管
や神経、筋肉にありえないほどの痛み、金属の管を通される痛みに
対に膝をおってしまう。
ゲーム内ってこんなに痛みを感じるのか?
意識を保つだけで精一杯だ⋮
︵ソウマ、大丈夫か?!︶
心配そうなユウトの声に意識が鮮明になった。ニルヴァーシュも真
剣な表情でこちらを伺っている。
を習得しました。巨人の力の継承を確認。スキル思念
︵ああ⋮大丈夫だ。待たせた︶
︻巨人の腕
操作を習得。魔法習得領域が余っていたため、ステータスに変換し
てあります︼
身体が嘘のように軽い。
さあ、反撃の開始だ。
ユウトは盾の固有スキルフロストバリアを展開する。その後、盾を
しまう。
﹃⋮何のつもりだ﹄
奴が訝しんでいる。
48
﹁さて、何でしょうか⋮ね﹂
取り出したのは一振りの黒き大剣。
障壁に当たるものの関係なく、全力攻撃をする。
振り下ろし、引き、そしてまた斬る⋮と︻怪力︼を併用し大剣の重
量を上手く使いこなして攻撃していく。
途中反撃を受けるも頑丈な大剣の腹を使い、受け流したり逸らした
りと器用に防御を行う。
ニルヴァーシュに殲滅魔法をお願いし、私は奴の死角にまわる。
︻巨人の腕︼を発動。HPとSPがごっそり吸い取られていく。
宙に顕現した︻巨人の腕︼を思念操作を使い、思いっきり奴を殴っ
た。
派手な音を立てて多重障壁が一撃で割れる。
﹃貴様!その身体能力⋮腕⋮魔導書を使用したのか﹄
奴の驚いた顔が見えた。
その隙にユウトが黒鉄の大剣・改を構え、武技︻ディープインパク
ト︼を発動させた。
力を収縮させ繰り出された一撃は奴を吹き飛ばし、大剣ごと洞窟の
壁にめり込ませた。
﹁⋮我慢していた分、お返しだ﹂
49
ユウトをよく見ると、この短い間に攻撃を集中させられた蒼鋼のナ
イトアーマー、フルヘルム、グリーヴなどはボコボコに凹むなどし
てボロボロだ。
ユウト自身のライフゲージもレッドゾーンに突入していた。
頑張ってくれた満身創痍のユウトに心から感謝して、間髪を与えず
奴の右腕を斬り落とす。そのまま精霊石に武技︻流星刀・イルマ︼
を突き刺した。
漆黒の精霊石が半分に割れた!
後はニルヴァーシュに頼んだ殲滅魔法でトドメを指す予定だ。
そう勝利を確信し、油断したところで⋮後悔をした。
割れた精霊石の半分が瞬時に漆黒の短剣となり、ニルヴァーシュに
襲いかかったのだ。
長期詠唱でトランス状態だった彼女は避け切れず、短剣は身体を貫
通した。更に突き刺さった短剣から石化の呪いが進行し、傷口から
徐々に石化が始まる。
﹁こっちは任せて⋮ソウマは奴を⋮﹂
ユウトが途切れた声で伝える。
ニルヴァーシュを抱き起こすも彼女は目をつむったまま起きない。
激情のまま、下半身を斬り落とす。
︻巨人の腕︼を発動したところで奴の身体から焔が迸り、自分の身
体を焼く。焦げた匂いと炎熱ダメージが苛むも気にならない。
50
このまま︻巨人の腕︼で残った漆黒の精霊石を握り潰す!
同時に流星刀レプリカで首を断った。
﹃⋮不完全体の分体とはいえ、我の干渉を破り倒すとは⋮⋮﹄
奴の身体が徐々に崩壊していく。
2度も︻巨人の腕︼を使った事で体は限界を通り越していた。
装備ボーナスの星の加護のおかげで徐々に回復しているが、余り変
わらない状態だ。
﹃⋮我を楽しませた褒美をやろう⋮﹄
そう言うと、漆黒の面だけを残して消滅した。
﹁⋮やっと終わった⋮のか?﹂
呟き、座り込んでしまった。
ニルヴァーシュは無事なのか!とユウトの方へ顔を向けた。
﹁⋮ニルヴァーシュの傷は大丈夫だ。だけど、意識が戻らない﹂
側には抜かれた短剣が転がっている。
漆黒の短剣
???の一部が地上に降臨した際に産まれた短剣。攻撃の際に敵に
バットステータスをランダムで付与。これ以上の情報は現在閲覧出
来ません。
深淵の仮面
51
???の一部が地上に降臨した際に産まれた仮面。これ以上の情報
は現在閲覧出来ません。
⋮何だこれは?
漆黒の短剣や闇色の仮面にも簡単な説明文は出るものの、詳しい能
力はこれ以上わからなかった。専門家の解析師に見せなければわか
らないのだろう。
解析を諦め、アイテムボックスにしまいこんだ。
﹁ま、皆無事で何よりだよ﹂
﹁⋮だな。街に帰ったら何か奢らせてくれ﹂
ユウトがニルヴァーシュを背負う。
彼女1人をここに置いて行けない。
洞窟から出る際に眩い極光が私達を襲い、ソウマとユウトは意識を
刈り飛ばされた。
52
プロローグ5 後半︵後書き︶
これにてプロローグは終わります。
長いプロローグを呼んて頂き、ありがとうございました。
7月11日混沌の仮面↓深淵の仮面に変更しました。
53
生きる意味
暗い空間に佇んでいた。
何も聴こえず何も見えず⋮
でも、微かに繋がりが感じられる。
ここに私がいると言う事はすでに全てが終わってしまったというこ
と。
願わくば、この世界も︻彼等︼にとって祝福が訪れますように⋮
̶̶̶
ソウマは暗がりの空間で目を覚ました。途端、身体中が激痛を発し
ていた。
どうやらベッドに寝かされているらしい。ここは何処なんだろうか
⋮?
意識がまどろんでいた。何か聴こえたような気がしたが⋮
54
起きることが億劫であり、立ち上がれない。
起きることを諦め再び眠りにつく⋮
̶̶̶
朝早く光が村全体に差し込んでいる。
ここは始まりの街と呼ばれたユピテル近郊の村ザールである。
この村は30年程前に数十人の村人が集まって開拓した村である。
恵まれた森林から豊かな資源である質の高い薬草などの採取や、動
物や狩猟を行い生計を立てていた。
ある日親子で狩猟をしていた村人が、封印の洞窟がある森で傷だら
けの若者を発見した。
傷口を見ても激しく戦った痕があり、近隣で魔獣・魔物の災害が増
えていると村長から注意を受けたばかりである。慌てて若者を村に
連れ帰り、保護した。
何日も眠り続けた若者が目を覚ますところから物語が始まる。
﹁⋮ここは?﹂
﹁おや、気がついたかい。ここはザールの村だ﹂
何日も眠り続けていた若者に、森で傷ついて倒れていたこと、発見
55
して保護したことを伝えた。
他に救助・保護された者はいないか?と、問われるも見つけた時は
一人だった。
﹁⋮残念かも知れないが気を落とすな﹂
気落ちする若者をそう励まし、彼は席を外した。一人になる時間が
大切だと考えたからだ。
ソウマは落ち込みそうになる気持ちを必死に抑え、考えていた。
︵⋮何がどうなっているんだ?︶
何故かユウトやニルヴァーシュと離れ離れになっていること。
洞窟の出口にて極光が見え何者かに襲われた?こと⋮
何より恐ろしかったのは、
﹁ここはまだエルダーゲートの世界じゃないか⋮﹂
たが、違和感が募る。
感じられる感覚が⋮恐ろしいくらいにリアルなのだ。おそらくゲー
ム時代には感じなかった味覚もあると思う⋮。
今までグラフィックだと感じていた景色も、自分の目で見ているか
のように鮮明だ。
システムが開けない。ログアウトが出来ない。
何度思っても、願っても、笑っても、信じても、怒っても、憎悪し
ても、絶望しても、諦めても⋮何も起こらなかった。
56
⋮⋮⋮どれくらい悩んだんだろう。
外は日が沈んでいた。
ゆるやかな足跡が聞こえてくる。それと同時に香しい匂いがした。
ドアをノックする音が聞こえ、妙齢の女性が姿を現した。
﹁調子はどうかしら?食べれそうなら、よく煮込んだ豆のスープと
ヤマドリの燻製があるから食べなさい﹂
食事を意識した途端、お腹が空いていたことを思い出したかのよう
な空腹感に襲われた。
盛大にお腹の音が鳴り、恥ずかしい思いをしながらご馳走になった。
よく噛んで食べなさいと苦笑されながら、夢中で食べた。
美味しいモノを食べると人は元気になれるって本当だった。
途中食べながら涙が止まらなくなったが、不思議と恥ずかしくはな
く⋮清々しい思いが胸を満たした。
この木で造られたログハウスは村の狩人の家らしい。
森で助けてくれた旦那さんと幼いお子さん、食事を作ってくれた奥
さんに改めて感謝の気持ちでお礼を述べた。
村には同年代の年齢の友達がいないためか、一緒に遊ぶとお子さん
と直ぐに仲良くなれた。
森の奥は危険なので、明日浅い場所で一緒に薬草をとる約束をした。
57
その日はぐっすりと眠れた。
村の朝早くに村長の家では会議が行われていた。
狩人が、昨日目を覚ました若者が徐々に回復してきている事を伝え
ると皆明るい話題に顔を綻ばさせた。
まだ開拓したてで小さな村なのだ。全員で助け合わねばやって行け
ない。
﹁村長、悪い知らせもある﹂
話を切り出したのは村の自警団の若者たちだ。
全員が武装しているが金属加工された装備品ではなく、革をなめす
ことで強度を増した、レザーアーマーと呼ばれる種類の鎧だ。
防御力よりも軽さを主体した防具である。
思い思いに剣や短槍、ウッドボウを装備しており、その中でも唯一
鋼鉄製の剣を装備している男が発言した。
﹁⋮ここからすぐ森の付近でイビルナーガに食い散らかされた動物
を発見した﹂
﹁間違いないみたいだな⋮﹂
ため息をつく村長の顔色は悪い。
58
イビルナーガ︵邪眼蛇︶は本来なら森の奥深いところに住んでいる
中型魔獣種で、こんな森より出てくる筈のない生物だ。
大きいモノで体長が7mを超す大物もいると聞く。
騎士団などでも犠牲者を覚悟で討伐するケースが多い。
大きな体躯からくる締め付けや噛み付き・呑み込みも恐ろしいが邪
眼を使った魔法を使用してくることが最も厄介だとされていた。
普通の剣や弓にしても断ち切ることが難しいので、魔法や魔力武器
を使った攻撃が有効とされる。
﹁生活は苦しくなるかも知れないが⋮暫く森には近づかないように
村の皆に伝えよう﹂
苦渋に満ちた表情で全員が頷いた。
そこで狩人が思い出した。助けた若者と我が子が森へ薬草を取りに
行く約束をしていたことを⋮
胸騒ぎが収まらず、彼は村長に相談し、直ぐに森へと駆け出した!
59
森林にて
このザール村にも小さいながら道具屋と武器屋、防具屋がある。
道具屋はこの村で取れた薬草を煎じたり、煮詰めたりして薬効を高
めて質の高いポーションを作り出す。
武器屋は主に狩猟で使う武器の手入れや追加装備を担当しており、
果ては村の包丁、農具の修理なども行っている。
防具屋は狩猟で取れた皮・革を加工し、服や防具品や帽子、ベルト
なども作り、商いをしている。
今回用事があるのは道具屋で、今年10歳に狩人の子ジュゼルは森
で採取した薬草を買い取りして貰って、小銭を稼いでいた。
もうすぐ父と母の結婚記念日である。
歳をとってからも仲の良い夫婦は普段からも節約して将来ジュゼル
の為にと貯金している。
そんな両親を誇りに思い、今回貯めたお金ですこし贅沢な食事をご
馳走したかったのだ。
縁があってソウマはこの子と森へ薬草を探しに来ていた。
話の際中に10歳と聞いた時は驚いた。幼いと感じたのはまだ身体
つきが小さく、声変わりもしていないからだろう。中性的な顔立ち
で男の子にしては髪の毛が長く、肩で綺麗に揃えてある。
60
未だシステムは開けなかったが、マップ機能は使用する事は出来た。
それとアイテムと武具に注視すれば、不思議なことにゲーム内と同
じ、簡単な説明が浮かび上がってきた。
更にアイテムボックスが利用出来ることが有難かった。
アイテムボックスの中身を確認する。
スターライトシリーズの防具がアイテムボックスにしまってあり、
流星弓と流星刀レプリカもあった。
ここは比較的安全な森とはいえ、用心に越したことはない。
気配察知を発動しながら、慎重に森を進んでいく。
時間はかかったが、ジュゼルがいつも薬草を取っているポイントへ
到着する。
﹁へえ、沢山あるんだね﹂
﹁でしょう。オススメなんだ、内緒だよ﹂
にっこりと可愛らしく笑いながら答えてくれた。
見渡す限り、結構な量の薬草があった。他にも解熱鎮痛剤に効果が
ある植物、木の皮を乾燥させ煎じてお茶として飲めばリラックス効
果の高い効用があるものなど⋮色々な植物がある。
確かに豊かな森だ。
61
アイテムボックスを隠れて使い、根絶しない程度に薬草をしまい込
む。
試しにジュゼルに聞いて見たが、アイテムボックスなどという存在
は知らなかった。
魔法の力で作られた魔法具と呼ばれる存在にはそういったものがあ
るらしい。らしいと言うのは、ジュゼルの好きなお話の英雄伝説に
出てくるからだ。
微笑ましく思いながら、自己のステータスを念じてみる。
限定︶
体術
鷹の目
軽量防具装備補正︵E︶体
モンスターテイム
片手剣補正︵E︶
自己ステータスが確認出来ることにホッとした。
名前︻ソウマ︼
種族:人族
職業
戦弓師LV92
サブ職
魔物使いLV33
スキル
弓術補正︵D︶
内魔力操作
気配察知
常時スキル
見切り
思念操作︵巨人の腕
全ステータスUP︵恩恵︶
62
魔法
巨人魔法︻巨人の腕︼第1段階
****
身体強化︵全身身体強化、2段ジャンプ︶
称号
継承者
職業レベルがかなり上がっていた。連戦だったからな⋮
それと見慣れないスキルもあった。
巨人魔法である︻巨人の腕︼発動の際に必要な︻思念操作︼。
常時スキルに
︻全ステータスアップ︵恩恵︶︼きっとこれは魔法習得領域を消費
して獲得したスキルだ。
どれだけ上がっているのかは分からないけど、軽く力を込めた攻撃
だけで奴の身体を断ち切ったくらいだから⋮普通の上がり方ではな
いんだろうな。
後は⋮称号の継承者。
︻巨人の腕︼の魔道書には巨人の力の継承を確認とあったけど。
更にSTRが上がったのか?うーん、今は考えても仕方が無いのか
も。
****↑伏字も⋮何なんだろうか⋮分からないことだらけだ。
63
一通りステータスを確認し終える。
気配察知を発動していたら、猪らしき動物やフォレストウルフなど
の魔物を遠くに感じていた。
フォレストウルフはともかく⋮猪ならお世話になった家族のお礼に
なるだろうと思い、ジュゼルに相談して見る。
鳥や野兎の肉をメインで食べていたようで、猪という大物に二つ返
事で了解を得た。
フォレストウルフに狩られる前に駆らねば!
スターライトシリーズの装備品をアイテムボックスから瞬時に装備
する。
和弓︻優︼を手に取り、矢を引き絞
流星弓だと魔力の矢で消し飛ばしてしまうかもしれないので、それ
以前に使っていたノーマル級
る。
ギリ⋮ギリリリ⋮と弓がしなり、尋常ではない力に弦がはち切れそ
うな悲鳴を上げるような音を立てる。
右手を離した途端、つがえた矢が頭部に吸い込まれていき、ドサッ
と一撃で倒れた。
矢が半分以上も頭にめり込んでおり、ジュゼルには大分引かれてし
まった。予想だにしない結末に私にも苦笑いしかない。
血の臭いを嗅ぎ取り、狙っていた獲物が倒れたことを確認したのか、
遠くからフォレストウルフが接近してくるのを感じる。数は⋮6匹
64
だ。
少しでも数を減らせるようスキル︻鷹の目︼発動で最適化された距
離感と命中精度を得る。
矢をつがえ、間髪入れず引く、射る⋮を繰り返す。
6本撃った頃にはフォレストウルフは全滅していた。
﹁凄いね、凄いね!お父さんよりも凄かった﹂
ジュゼルが手放しで褒めてくれた。
照れくさくて、つい頭を撫でてしまう。気持ち良さそうな表情がと
ても心地良い。
森林狼を解体していると、遠くから駆けて来る人影が見えた。
どうやら余程心配していたのだろう。此方を見かけると安堵の表情
が見える。
﹁お前達、無事だったのか﹂
﹁どうしたのお父さん?それよりね、ソウマって凄いよ。あっとい
う間に狼を倒しちゃったんだよ﹂
﹁森林狼⋮魔物じゃないか。どれも急所を一撃で撃ち抜かれている
な﹂
狩人の目からしても実に見事な腕前だと感じられた。
アイテムボックスから大きめの革袋を取り出す。親子に収納の魔法
具と説明して、血抜きされた猪と剥いだ毛皮を集めて目立たぬよう
65
にアイテムボックスに収納した。
酷く驚いていたが、実際に見たことで納得したのか追求はなかった。
﹁本当に無事で良かったよ。どうやら邪眼蛇が近くで出たみたいだ﹂
66
森林にて︵後書き︶
いつも投稿後に誤字、表現方法が違っていた場合は直しています!
サブ職はレベル20までなら選び直し可能のお試し機能があります。
当時鍛治士となり︵鍛治師ではありません︶ある男達が四苦八苦し
てようやくハイノーマル級までの武器を作り終えた作品があります。
鍛治士、鍛治師はの自分の作り上げた作品に名前をつけることが出
来ます!
和弓︻優︼はそんなある鍛治士達の最初
彼等は鍛治士の奥深さとセンスが無いと諦めます。
本作品のハイノーマル級
直剣︻双︼も存在してたりします︵笑︶
で最後の作品です。
他、ノーマル級
67
邪眼蛇と自警団
魔物の生態についてわかっている事は少ない。動物と違い、何故魔
力を持って生まれるのか、知能レベルはどうなのか、生態などは?
魔物使いギルドでも分かっている事は少ない。
例えば邪眼蛇とは元々は好戦的な種族では無かった。そのため、彼
等は住んでいた所を追われる。
恐ろしい外見と大きい体躯。邪眼蛇は邪眼を利用したマインドハッ
ク︵精神異常攻撃︶が得意であり、稀に属性攻撃も出来る個体も確
認されている。
長い放浪の末、唯一他種族がいない森を発見し長い間安住していた。
しかしこの近年、その森に幻覚草と呼ばれる植物と邪眼蛇の好物で
もある魔物でもあるアルミラージ︵一角兎︶と燐王蛾と呼ばれる魔
虫をどんどん乱獲される。
人間でいう密猟者なる輩が徘徊するようになった。
この静かで食べ物が多い場所を奪われたら先がない我らにとっては
⋮攻勢に討って出るしか無かった。
最初の内は容易く撃退出来たが、次第に人族、獣人族の恐るべき精
鋭が出てくるようになってからは逆に仲間が討ち取られるようにな
った。
もう残り少ない一族を連れて逃げるしかないが、せめて我だけは攻
めて輩に一矢報いねば⋮と、森の奥から出て食事をし、力を蓄えて
68
いた。
そんな中、幼子を連れた1人の人族を見付けた。
少しの間観察していたが⋮驚いた。
侮れぬ尋常ならざる者がいたものだ!
コレも運命と思い、銀の髪の者に頼って見ようと思った。もし討ち
取られるならばソレまでのこと⋮。我らにもう後は無いのだ。
̶̶̶
ズサッ⋮と音がした。
見上げてみると紅い眼と大きな鱗に覆われた体躯に、グレーに染め
られた体表の大きな蛇型の魔物が樹から降りてきた。
気配察知で樹の上に大きな気配を感じていたが、別に何もするわけ
でもなく、ただ此方を見つめていただけだったので放置していた。
﹁⋮もしかして﹂
指差すと、狩人は呆然としながらも何とか頷いた。
邪眼蛇かぁ。エルダーゲート内では戦った事はないが、実際見てみ
るとこんなにも大きいんだな。
そろそろそろ⋮と顔?を近づけてきた。
69
﹃汝、人族の子らよ。我の頼みを聞いてくれぬか﹄
﹁﹁喋った!?﹂﹂
邪眼蛇が話し出す。現在置かれている状況を把握、整理していく。
まず邪眼蛇の一族は無用な戦闘を望んでいないこと。
そして密猟者の存在。森でしか生息していない貴重な薬草や植物、
動物を密猟していること。
﹁⋮俄かに信じられん﹂
﹃信じずともよい⋮だが﹄
悲痛にみちた声色に、流石の狩人も警戒心を緩めさせた。
すると、遠方より騒がしい音が聞こえてきた!
村長より狩人の身を案じて要請された自警団である。
﹁邪眼蛇か﹂﹁不味いぞ、彼等が襲われている﹂﹁助けねば﹂﹁し
70
かし﹂﹁弓、構え﹂﹁そこをどけー﹂
そう怒声が聞こえるなり、ウットボウを構えた5名の自警団から一
斉斉射が開始された。
止める間も無かった。しかし邪眼蛇に次々と当たるも、大鱗で全て
の矢が弾き返されていた!
狩人が制止を叫び、ようやく収まったが、武器を構えた自警団が邪
眼蛇を取り囲むように配置する。
﹁どういうことでしょう?﹂
睨むように、困惑するように団長が説明を求める。
邪眼蛇自身が話し掛け、先程の説明を繰り返す。
説明を聴き終えると⋮自警団は信じられない⋮と困惑した表情を浮
かべる者が殆どだ。
何かが始まる予感がしている。
そう言えば、ゲームではザール村なんて無かった⋮よな。
﹁どの道このままでは拉致が空かないので⋮私は話してくれた邪眼
蛇について行きます﹂
71
ソウマはそう答えると邪眼蛇の方に向き変える。
﹁それと君のお仲間かな?出てきて貰えるように言ってくれるかな﹂
そう答えると更に樹の上から、体長2mほどの小柄な邪眼蛇が3匹
降りてきた。
﹃⋮よく分かったな。別に悪意があって隠していたわけではない。
もう我にはこの子らしかおらんのだ⋮﹄
そう言って眼を少しを瞑った。
﹁⋮﹂
皆押し黙り、自警団の団長は更に表情を険しく考え込んでいる。
ふと、思い出したように話はじめた。
﹁そう言えばまだ名前を名乗っていなかったね⋮私はこの自警団の
長で村長の息子マルタと言う。洞窟で倒れていた君、名前を教えて
貰っていいだろうか﹂
﹁私の名前はソウマと言います。村の皆さん、助けて頂いてありが
とうございました﹂
﹁では、ソウマくん。君が向かう必要はありません、邪眼蛇を群で
倒すような相手だ。これはもう私達に負える問題ではない﹂
﹁⋮﹂
それに⋮と、団長が話を続ける。
72
﹁折角助かった命なんです。大切にして欲しい﹂
そう伝えると邪眼蛇に向き変える。
﹁全面的に話を信じる訳にはいきませんが⋮とりあえず一緒に村の
外までついて来て下さい﹂
マルタはそう言うと、自警団に撤収命令を出した。
不安を隠しきれない表情の団員もいるが、何も言わずに黙って命令
通りにしていく。
余程の信頼関係が無ければこうはならない。改めてマルタの人柄が
わかる出来事だった。
後から聞いた話では、自警団の連中はザール村が開拓してから移住
してきた人が多いそうだ。
沢山の移住者に対してまだ小さかった村には人数が収まりきらない。
居場所も無く、また仕事も無い者たちに積極的に声をかけ、仕事の
斡旋をしたのがマルタだった。
こうした積み重ねが身を結び、自警団は形成されていった。
マルタが次期村の統治者としての勉強を学ぶために王都へ留学した。
彼が帰ってくるまでに残った村の自警団は、厳しい修練と治安に勤
めていった。それはより良い村の発展に尽力したマルタと自警団の
信頼関係の証でもある。
73
村に着くと帰ってきた自警団が邪眼蛇を連れていたい為、村の入り
口でかなりの悶着があった。
邪眼蛇は大人しくしており、思ったより村での混乱は少なかった。
村の外で待機していることと、監視者をつけることを条件に邪眼蛇
は受け入れられた。
村では密猟者などのこの後の対応をするため、会議が行われていた。
ソウマはその間に猪を袋から出し解体する。今更だがリアルでは猟
友会のお裾分けとして、実家から猪肉や雉子肉が送られてくる。
小さい頃はよく爺ちゃんと一緒に捌き方を教えて貰ったな⋮慣れる
までは気持ち悪かったことは内緒だ。
解体した猪肉を仕込もうと思ったら、自警団の団員数名とマルタが
来ていた。
どうやら今から狩猟と森の奥までの偵察にでるようだ。
狩人とジュゼルの話から相当な腕前があることや、魔法の収納袋を
持っているので同行をお願いされた。
断る理由も無いので承諾し、広大な森の奥まで進んでいく。
途中に出てきた山鳥や鹿なども、自警団の許可を取ってから仕留め
ている。
あとは気配察知で魔物を見付け出し、邪眼蛇の食事&自分のレベル
アップも兼ねて狩って行く!
魔物を解体し、肉と素材に分けているとマルタに声を掛けられる。
74
﹁⋮そんなに歳も変わらないのにその腕前は凄まじいですね。身に
纏う装備品や魔法の収納袋を見ても、君の実力が高い事がわかりま
す﹂
﹁いや⋮それは買い被りすぎですよ。私は自分より強い人達が沢山
いること知っています﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
嫌味や謙遜では無いとことを再度伝え、話し始める。
洞窟で発見される前、友人と組んだパーティで出掛け、その先でト
ラブルに巻き込まれたこと。
偶然遭遇した強い相手と戦って何とか勝てはしたが、その後意識が
なくなり気付いたら、一緒に組んでいた友人達が行方不明になって
いたこと。
試練は突然やってくる。
いつでもその時に何とかなる訳では無い。持てる自分の力がいつも
万全な状態とは限らない。
あの時チカラがあれば⋮なんて言い訳にしたくない。
そのためには少しでも自分の実力を上げる。有事の際には後悔をし
ないと学んだ。2度とあんな思いはゴメンだ!
ふと、思う。
ユウト達は何処にいったのか。この問題が終わったらのんびり探す
のもアリかも知れない⋮
75
話を終え、皆無言のまま偵察へと向かう。
随分と深く森に入ると、逆に動物や魔物に殆ど会わなくなった。不
自然なほどに静かな雰囲気に警戒心が湧く。
マルタの気配察知には反応はないのだろうか?此方には察知出来る
範囲ギリギリに、まとまった数の反応があった。
マップと併用すると、30を超す反応なのだがどうもおかしい。
邪眼蛇が教えてくれた情報からなら獣人族と人族のはずなのだが⋮
気配察知には人間の大きさを超える者が20もあったのだ。
まさか⋮嫌な予感が膨れ上がり、近づいた所でやはりと確信した。
大きな反応は邪眼蛇。しかも所々腐っている状態のアンデッドだっ
た。
アンデッドの条件は死体の保存状況でも変わる。大半は生前よりは
弱い。
倒す方法は死体を操るために身体の中に仕込まれている核を壊すか、
術者本人を倒すかしないと無力化できない。
ほかに有名な攻撃方法は聖属性魔法の使用や、火属性で核ごと燃や
し尽くす殲滅魔法が効率的だ。
そういった情報から敵には死霊魔術師が複数いることが確定した瞬
間だった!
死霊魔術師は操るアンデッドにもよるが、高レベルではない限りは
多く操れない。
76
一緒に来ていた自警団と現在の状況の情報を共有する。戦力不足は
否めず、一旦村に戻り救助の戦力を整えることに決定した。
撤退する算段が決まったのは良いが、どうやら近付き過ぎていたよ
うで⋮相手にも気付かれていたようだ。
現在20を超えるアンデッドが全部此方にゆっくり向かってきてい
る。
こっちは私を含めて5人なのに周到なことだ。
マルタにも気配察知を発動して解ったようで、顔面蒼白になってい
た。
自分1人だけなら逃げ切れるかも知れないが⋮見捨てては置けない
し、村で助けて貰った恩義がある。
切羽詰まった状況に自分なら生き残れる可能性が高いと伝え、殿を
務めることを無理矢理納得させる。また、自警団全員を村へと戻っ
てもらう。
全ての追手も食い止める事は難しいことと、この情報を村へ伝えな
いと手遅れになる可能性があることを皆に言い含めておく。
納得出来なさそうな表情をしたマルタを好ましく思うが、今は少し
でも彼等の生き残る可能性を上げることしか出来ない。
マップと気配察知で彼等が距離をとった所で流星弓を取り出し装備
する。
格好つけたものの⋮自分だって怖い。
77
だから精一杯やってやる!
ーーーー
向かってくる邪眼蛇アンデッドに流星弓で速射攻撃する。肉体が腐
っているためか抵抗もなく、当たった部分が抉れていく。
迫ってくる速度は変わらない。足が遅いのだけは助かるな。
屠ったアンデッドの数は未だ2体だけだ。核に一撃を目指したいが
⋮と、アンデッドをよく注視しながら射っていると常時スキルの︻
見切り︼と︻体内魔力操作︼、︻気配察知︼が点滅し、ナレーショ
ンが聴こえた。
︻各種スキルが一定レベルを超えました。体内魔力操作を魔眼︵魔
力感知︶に昇格出来ます︼
簡単に説明すると、体内魔力操作は自身に掛ける魔法の際のオート
補助である。
全身強化魔法や2段ジャンプの際に必要な時間を少し省けるといっ
た効果がある。
慣れてくれば余り必要の無いスキルに見えるが⋮ユウトのように一
瞬の操作が最も必要な場合のプレイヤーには、補助として残してお
く者も上級者には存在する。
78
魔眼の魔力感知とは、敵味方問わず視ることで魔力の流れを感じと
る事が出来るスキルだ。
またインビジブル︵不可視︶といった魔法を見破ることが出来たり、
迷宮などでも魔力で隠された隠し部屋に気付く事が出来る。
実は体内魔力操作はプレイヤーなら誰しも持っている。
これは実力がついてきたプレイヤーが楽しみ方の幅を広げるものと
して、もたらされるよう運営から配慮されているからだ。
一番多い使い方はPVPの際の相手の魔法の先読みなどがある。
運営がこのスキルを誰しも最初に覚えている状態に配慮したのは、
魔法操作に慣れないプレイヤーの為の操作補助と言われているが⋮
それは表向きの目的である。
β版での意見に、高い実力者のソロやパーティが迷宮にいるのに、
魔力感知スキルが無いために宝箱が眠っている隠し扉すらわからな
い。見えない魔法を使った魔物にプレイヤーが狩られまくる。PV
Pを見ていても何か光ったと思ったら終わっていた⋮と言った苦情
がかなりあったことにも起因している。
だから体内魔力操作を得て魔眼︵魔力感知︶獲得は更なる壁を乗り
越える為のステップへと繋がる。
隠し扉や部屋は誰でも見つけられたりすることが盗賊系職業の絶滅
に繋がらないか?と、一部プレイヤーに危惧された。
例えば宝箱があった場合は盗賊系職業が無いとリスク無く開けられ
なかったりする。
これは高ランク︵ユウトのハイレア級の盾も隠し扉の宝箱にあった︶
79
装備品やアイテムになればなるほど解錠に失敗すればモンスターハ
ウスや即死の魔法の発動︵一定確率︶が顕著に現れるように設置さ
れていた。
なるべくプレイヤーの意見を反映し、楽しんで貰えるように職業な
どにも偏りが少ないようにゲームには配慮されていた。
ゲームだった頃には、体内魔力操作から魔力感知に変わることが一
人前の証拠︵中級プレイヤー︶であるといえた。
この世界での人達は体内魔力操作スキルを持っているのかもわから
ないけど。
魔眼︵魔力感知︶を獲得し、邪眼蛇アンデッドを観察する。
身体に流れる魔力が見えるが、一際大きな輝きが見える。アンデッ
ドにもよるが頭部の脳内と尻尾の先などにも核が見えた。
︻鷹の目︼︻魔眼︼併用し、次々と射抜く。
星属性を宿した矢で核を壊していく度に、子供だと思われる邪眼蛇
や大きな個体が解放されたように溶けてゆく。
意思がないはずのアンデッドだが⋮せめて、安からにと願わずにい
られない。
ある程度間引いたあと、此方から一気に距離を詰めていく!
アンデッドが迎撃してくるも︻体術︼と︻見切り︼で必要最低限の
動きで躱す。
そのまま通り過ぎる。邪眼蛇のアンデッドの動きが遅く、強化され
てステータスの私には追いつけない。
疾風の如く移動し、奥にいた人族と獣人族の中に黒色ローブに身を
80
包んだ死霊魔術師と思われる人物達を発見した。
あちらも武器を構えており、準備を整えていたようだ。
魔法詠唱していることが遠目でも感じた。
遠距離だが関係ない。
フルパワーで流星弓を引き⋮狙い放った。魔力矢は障壁を張ってい
た死霊魔術師ごと貫通し、瞬時に2名が絶命した!
戦慄する相手を確認しながら、また弓を構えた。
81
邪眼蛇と自警団︵後書き︶
ソウマのステータスは書いても、戦技をのせることを忘れていまし
た。
近々載せたいと思います!
82
魔蟲の存在
密猟を行っていた彼等はこの森の奥地に拠点を作るつもりだった。
幻覚草が採れると知ったのも偶然で、目立たない場所であるこの地
を気に入り始めた。
幻覚草が近くにあるのならばそれを主食にしている魔物の一角兎も
狙い始める。
体内の小さな魔石はマナポーション作成材料の1部に、また頭部の
角は粉にすると気付け薬の材料の1部になった。しかし彼らの目的
はそこではなく、解体した際に稀に発見できる小さな石が目的だっ
た。
幻覚草はそれ自体では何の役にも立たない。薬師が特殊な調合、抽
出を繰り返すことで強力な幻覚作用のある薬に産まれ変わる。
主に医療用が殆どだが、裏取引に使われることもある。
一角兎の体内から稀に発見できる目的の石には、原理はわからない
が薬師に頼らずともそれ自体で強力な幻覚作用を濃縮された石であ
った。
更にこの組織は森に生息する燐王蛾といわれる魔虫を大量に狩って
いった。
体長1m30cm程でこの魔物はとある魔獣の餌であり、この魔物
を食べさせることによってより強靭な魔獣を育てていた。
それは買い手が決まっており、高い売り物になる予定だ。
83
そうして着実に金と戦力を増やしていった彼等だが、思わぬ事態に
遭遇した。
邪眼蛇と呼ばれる魔物の巣がこの森にはあったのだ。襲いくる魔物
に組織は半壊仕掛けたが、金に糸目をつけず裏関係の冒険者を雇っ
たところ、何名か流れの腕利きが集まった。
その中には死霊魔術師と呼ばれる職業持ちが2人もいて、故意に殺
人をしてアンデッドを手に入れていたとして指名手配されていた。
なので彼等は狩った邪眼蛇をアンデッド化させて配下に置いた。
獣人族からは珍しい魔法系職業のソーサラー︵魔術士︶で女性であ
る。火と風の属性魔法を得意としている。彼女とペアで組んでいる
頭領と呼ばれる壮年男性は、がっしりと鍛えあげられた肉体を持ち、
肩に大剣を背負っていた。
魔導戦士という非常に強力な職業に就いていた。
彼等はこの依頼の説明をした際に、最初から嫌な顔をしていたが、
多額の借金があるようで渋々ながら受けた感じがある。
他に禿頭のバトルアックスを担いだ人族で、元神官戦士と呼ばれる
回復を扱える戦士がいた。自分の信じていた宗教が分からなくなり、
旅に出たという。
こうして彼等冒険者5名と組織の最後の生き残り5名とで、即席の
邪眼蛇の討伐隊が結成された。
それを1人の男が彼等を止める事になる。
夜を基調とする闇色の防具一式を纏いたたずんでいた。その手に持
つ弓も尋常ではなく、たった2射で死霊魔術師の障壁ごど撃ち抜い
た業物である。
84
はっきり言ってこれだけの戦闘能力を有する者は噂になってもいい
はずだが⋮世の中広いものだ。
勝てはしない⋮早々に降伏したほうが良さそうだ。
敵対者からの降伏を受け、ソウマは若干胸を撫で下ろしていた。
最初にチカラを見せ付けておけば、自分だったら痛い目にあいたく
ないだろうと思ったからだ。先に攻撃した死霊魔術師の人達は倒さ
ないといけなかったから仕方がなかったが、上手くいってよかった!
降伏した冒険者達3名は早々に武器を解除したが、残る5人の密猟
者は武装解除を渋った。
渋ったものの、弓で軽く脅すと慌てて解除したけど。
密猟者の拠点を案内させると倉庫が見つかった。
そこに密猟した品が有るのだろう。中を確認しようとすると、いき
なり密猟者達が揃って駆け出し、中へ入って行った。
まあ武装解除させただけだからな、チェックが甘かった。
続いて中へ入ると奥から絶叫が聞こえてきた!
濃厚な血の臭いが部屋に充満している。何か砕く咀嚼音がしている
⋮予想するまでもなく非常にこの奥へ入りたくなくなってきた。恐
85
らく彼等は生きてはいない。
気配察知では人の表示が完璧に消え、今は大きな表示が1つある。
きっとこの先の存在と戦わせたかったのだろう。弓から流星刀レプ
リカ持ち替えた。
冒険者の面々にこの先で戦闘になる可能性を伝え、解除していた武
装を返した。逃げてもらうにしても、装備がないと生き残れないだ
ろう。
一人で奥へ到着すると鋼鉄製らしき大きな檻があったが、入口は開
いていた。
3mはある巨躯に魔虫系特有の甲鉄という鈍色の甲冑を着込んだ姿
の蟻が存在していた!
シャァアアーと威嚇音を鳴きながら突き進んできた。
瞬時に避け、斬りかかる。
ガリィィと鈍い音と火花が走る。あれ以来の戦闘から切れなかった
のは初めてだ。
幸いスピードはこちらの方が速い。
甲鉄蟻から繰り出す攻撃を見切り、難なく避ける。
後ろへ周り戦技︻ソニックスラッシュ︼を発動。叩きつけるかのよ
うに背部を斬る!
﹁硬い﹂
86
流星刀レプリカでも通らない刃筋に辟易する。背部は諦め、脚の関
節部に標的を替えて同じ部分を一閃し続けた。
バキィ⋮蟻が片脚を失い、重心が崩れた。
よろめいた隙に頭部に攻撃しようと近付くとゾクっと悪寒がした。
蟻の顎から衝撃波が飛び出し、避けきれず後方へ吹っ飛ばされた。
鈍い痛みが前胸部を走る。肺から空気が無理矢理吐き出される感覚
を追いやり、再度駆け出す。
また衝撃波が襲ってくるが前に進みながら躱し、反対側の脚関節を
斬りつける。
火花が散りながらも、手が痺れながらも攻撃を休めない!
流星刀レプリカを手に一閃。蟻が噛みついてくるも攻撃を紙一重で
避け二閃。直様返し三閃。堪らず顎から吐き出された衝撃波を身体
強化2段ジャンプを併用して避ける。高さ4mから剣を振りかぶっ
て⋮四閃目でもう片方の脚を斬り落とした。
戦技︻流星刀・イルマ︼を使い、頭部に攻撃すると派手な金属音が
して蟻が仰向けに倒れた。動かない。
︵おかしいな、何故か蟻の魔力が内側から膨れ上っていく︶
魔眼で見ていると、ダメージを与えれば与えるほど内包されていく
魔力が高まる感じを受ける。
ふと、後ろで気配を感じる。
﹁間に合ったか﹂
87
﹁律儀だな、戻ってきたのか﹂
そう答えると、武装を返還した冒険者達が戻ってきていた!
獣人族の魔術士の女性の名をカリエラ。獣人族の魔導戦士の男性の
名はグスター。人族の神官戦士の男性はサルファーと名乗った。
アダマ
この冒険者達はそのまま逃げることを潔しとせず、闘うことを選ん
だ。
バリアアント
﹁しかし障壁蟻が相手か﹂
﹁あの魔獣を知っているのか?﹂
﹁寧ろなんで知らないのよ﹂
インセクトノイド
呆れたようにカリエラが教えてくれた。
ンタイト
障壁蟻とは絶対数が少ない魔獣類魔虫種であり、甲鉄と呼ばれる黒
鉄よりも堅い表皮で全体を覆っているため、障壁蟻と名付けられた。
BOSS級の相手である。
報告例は少ないが稀に脱皮する個体もおり、何らかの条件が作用し
ているのではないかと諸説では考えられている。
﹁脱皮⋮なるほど、だから蟻は内部にエネルギーを溜め込んでいる
のか﹂
余り人には見せたく無かったのだが、切り札を使うしかないか。
気絶から気が付いたのか、突然むくりと障壁蟻が頭を上げた。顎よ
り衝撃波が乱射される。
カリエラが魔力障壁を前面に展開する。防ぎ損ねた衝撃波をグスタ
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ーが獣人固有スキル︻獣咆哮︼︵ビーストロア︶を発動し相対拡散
させ、弱った衝撃波を大剣で叩き潰す!
バトルアックス
サルファーは戦技︻魔精霊招来︼で一時的に身体に堕ろし、増幅さ
れたパワーで衝撃波を戦闘斧で振り潰した。
目に見えない衝撃波を斬る2人は相当な実力者だ。カリエラも瞬時
に魔力障壁を展開出来る腕前は充分な腕利きである。
﹁時間はかけたくない。蟻を一気に仕留める﹂
﹁ちょっと!?私達の攻撃を集中したとしてもそれは厳しいわよ﹂
﹁我に秘策ありってね⋮出来たらコレから見る事は絶対内緒にして
欲しい﹂
全員に承諾をしてもらうと、思念操作を使い︻巨人の腕︼を顕現さ
せる。また全身強化魔法を自分に掛けて底上げする。
そのまま障壁蟻に肉迫し、体重を乗せて戦技︻流星刀・イルマ︼と
︻巨人の腕︼を放つ!
巨人の腕と流星刀レプリカが何重もの甲鉄の甲冑を貫き、勢い余っ
て弾き飛ばした。
﹁⋮やれやれ、お主と敵対しなくて本当に良かった﹂
パラパラと煙が上がり、茫然自失の状態からようやくサルファーが
答えた。
89
念のため皆で障壁蟻を確認しに行く。煙が収まると甲鉄の体皮がバ
ラバラになって山積みになっていた。
ソウマが気配察知や魔眼を発動させても生物の気配はしなかった。
安心していると背後から何者かに抱きつかれた。
驚いて振り返ると、身長150cmくらいの美少女に抱きつかれて
いた。
鈍色のロングヘアーに蒼い瞳、鼻梁が整った可愛いよりも美人とい
う形容が似合う娘だ。しかも何故か全裸であり、頭に銀色の触覚の
ようなモノをちょこんとのせている。
彼女は顔を真っ赤にして
﹃私を解放してくれてありがとう﹄
と、お礼を言う。
密猟者に監禁されていたのかとグスター達を見るも、彼女のことを
見たことがないのか驚きの表情を見せていた。
﹃あんな素敵な一撃、癖になりそうでしたよ﹄
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮君は障壁蟻か!
アイテムボックスから服を着させて情報を聴く。
﹃改めて解放していただきありがとうございましたソウマ様﹄
ぺこりとお辞儀をする。
﹃私達は正確には魔蟲人間種としてこの世に産まれました。遥か遠
くに魔蟲人間種の治める皇国が有ります﹄
90
この状態になった私は障壁蟻・女皇種となる。
彼女は魔蟲の皇国から小さい時に女皇候補として修行へ出された。
彼女達の殻は甲鉄殻といい、特別に力のある者しか魔蟲状態を壊せ
ない仕組みになっている。
壊した人間のダメージと情報、武器の属性を取り込み、成長して殻
を破り⋮始めて生まれ変わることが可能となるのだ。
彼女はこの2年程、魔蟲の段階で罠にかかり、特殊な檻に捉えられ
ていた。燐王蛾と呼ばれる魔物は魔蟲人間皇国にとっては珍しい存
在でなく、ポピュラーな食材として食べられていた為に体内に宿す
エネルギーは相当なものとなった。
買い手が決まっていたということは、障壁蟻がこのように変身する
種族だと知っている存在がいるということだ。
神妙に聴いていたが、これからどうするのかを聞くと、この大陸に
ある魔蟲人間種の組織に向かうと言う。
名前を決めて欲しいとせがまれたので、マユラと名付けてみた。大
層喜んでくれて此方も嬉しかった。
マユラが去り際に小声で耳に寄せて
﹃絶対に責任取ってもらいますからね!ご主人様﹄
と、顔を紅くして頬ににキスをして去って行った。
⋮⋮責任ってやっぱりアレのことか。
どうやら自分も顔が紅くなっている見たいだ。
91
冒険者達はこのまま他へ旅を続けるらしい。カリエラとグスターに
は借金があるらしい。傭兵も兼用しているらしく、西の方で戦争が
起こりそうだと情報があり、返済のため西に移動し戦争に参加する
予定なんだそうだ。
サルファーは前教団からの追手ないし再勧誘がしつこいため、一つ
の場所に留まれないらしい。獣人族の2人とも気が合った見たいな
ので、一緒に西へ向かう事が決定した。
彼等とはまた違う所でも逢える予感がした。簡単な挨拶を交わし別
れる。
バラバラになったていた甲鉄の素材︵マユラがソウマに貰って欲し
いと強く主張した︶と魔甲結晶と呼ばれる素材をアイテムボックス
内に収納した。
自分もまた報告しにザール村へと足を進めた。
92
魔蟲の存在︵後書き︶
バリアアント﹁障壁蟻﹂↓受けたダメージを内部に蓄積し、自分で
も割ることの出来ない甲鉄の鎧を脱皮する。
基本蟻は女王蟻がいる。魔虫も同じ原理だ。しかしバリアアントは
特殊個体であり、数を増やさない変わりに個を究極的に高めた個体
である。
障壁蟻・女皇種↓障壁蟻の時に倒された時の種族となる。
設定少し載せて見ました。
93
ザール村出発
村に帰ったら出迎えてくれた村の人達と自警団に揉みくちゃに歓迎
された。
アルミラージ
報告の際は情報の一部分は伏せ︵マユラと戦ってくれた冒険者達︶
密猟者の根絶と押収した幻覚草と一角兎の角、石を提出した。
後日王国調査団が調査にくる事が決まった。とりあえずは決着であ
る。
村で待っていた邪眼蛇にアンデッド化した仲間の事を話す。悲しそ
うな瞳で聴いていた。最後に同族をアンデッドから解放してくれた
事について非常に感謝された。
邪眼蛇達はこのまま村に落ち着くそうだ。村人達も大分慣れてきた
ようで、遠目に怖がられることも無くなった。魔物使いギルドへ修
業へ行かせ、何人かに職業をとってもらう。その後正式に契約をし、
今後密猟者や盗賊などから村を守る直属の戦力として正式に村へ組
フォレストウルフ
み込まれることになる。
お祝いも兼ねて森林狼の肉を置いて立ち去った。
明日この村を出ようと思う。
次は始まりの街ユピテルに行く。ここからそう遠くない道程で一日
歩けば充分に着くらしい。
街へ着いたら情報収集と道場でスキル確認。あとは魔物使いギルド
で預けたままの子︵魔法生物・特殊︶を迎えに行かなきゃな。
道具屋でポーションを補充し、村長の家に明日出発する前の挨拶を
94
しに向かう。
センチネルアーチャー
戦弓師とは近接戦もこなす弓系職業第二次職である。
ソウマ
職業
ソニックスラッシュ ハードスラッシュ
戦士系の最低限の片手剣・軽鎧装備補正とステータス上昇補助、戦
技︻音速斬︼︻強斬︼の2つを習得することが出来る。
ひりゅう
ハウリングアロー
ハードショット
戦弓師の弓系職の補正は二次職相応しい弓装備補正と特化には負け
るがステータス上昇補助。
戦技は︻スカイショット↓飛竜︼︻共鳴弓︼︻強打︼︻狙い撃ち︵
スナイプショット︶︼の4つ。各戦技の熟練も上げると街の道場や、
各地にいる伝承者と呼ばれる人達から教えられる事も稀にある。
はっきり言って戦弓師はエルダー・オンラインの中で最下位を争う
ほどの不人気職である。
理由として前衛の戦士系と中∼後衛の弓系ではステータス補助があ
っても扱いにくいし、片手剣と弓と揃えることにお金がかかる。
また中途半端に前衛をこなすくらいなら後衛一筋にまわり、弓技で
しっかり援護する方が効率的に良いと考える人は多い。
そのため同じ弓系職業でも戦弓師以外はパーティに誘われやすかっ
た。
そのような理由から戦弓師を選んだプレイヤー達の殆どはレベル上
げもままならず、次々と舞台から消えていってしまった。
しかし、ソロとしてやって行くことを念頭に考えると最終的なステ
ータス上昇はバランス的に魅力的である。それに戦弓師系に進まな
いと狙えない上位職も登場している。
95
ユウトに相談し、弓系職を選ぶ際の参考に聞いていてた。恐ろしい
くらい育てにくい大器晩成型タイプの職業があると聞いて⋮心にピ
リッとくるものがあった。
結局マイナー職加減が自分のツボにハマり、現在に至る。
元々ノンビリとペットを育てながら楽しむ予定だったのだ。
サブ職も一時期は鍛治士か弓士かで迷ったこともあった。
⋮最終的に動物が飼いたくて魔物使いを選択したが後悔はない。
スキルの︻モンスターテイム︼は魔物使いの職業レベル10で覚え
る。
このスキルがあって始めて魔物を仲間にすることが出来るのだ。
仲間にする方法は戦って倒し、己の力を魔物に見せる。また幻獣や
魔物と意思が通じやすい補正もあり、話し合いをして仲間になって
くれる個体も発見されていた。
アストラルリンク
職業レベルや自身のステータスにより魔物の成功率は変化する。
また仲間になった魔物を得ることでスキル︻精魂接続︼が使えるよ
うになる。これは自身のステータスの一部を使役する魔物に反映さ
せたり、逆に魔物のスキルや補正を自分に反映させることも出来る。
サブ職業での最終職業レベルは50だが、極めれば魔物使いギルド
に行かなくても魔物の卵の鑑定・孵化、進化を自分で行えるように
なる。
召喚士とは違い、魔物使いのプレイヤーには仲間に出来る枠
⋮私の職業選びは趣味とソロ街道を真っしぐらなようです。
職業
が決まっている。サブ職の私は極めてもレベル50が最高なので最
96
大で3体同時に使役することが出来る。
そんな事を考えながら歩いていると直ぐに村長宅が見えた。
ドアにノックをして、返事を貰ってから入る。村長と息子のマルタ
が向かい合って話し合っていた。
﹁ソウマくん⋮だったか。今回は村の皆や息子が非常にお世話にな
った。どうもありがとう﹂
村長が深々と頭を下げた。
﹁此方こそ、助けて頂いてありがとうございました。少しでも何か
返せていたら嬉しいです﹂
明日ユピテルへ向かう事を伝え、立ち去ろうとしたら呼び止められ
た。
密猟者を倒した際の懸賞金︵死霊魔術師の懸賞金も含む︶を渡され
た。
それと今日は難題が解決したお祝いに村でパーティを開いてくれる
そうだ。是非参加して欲しいと頼まれ、快く承諾した。
村から肉食材が足りないとマルタに相談があった。そうと決まれば
食材探しに森へ入る許可を得て、同行者にマルタが申し出て中に入
っていった。
よく見るとマルタの装備は鋼鉄の剣は変わらなかったが、鎧が革鎧
では無くなっていた。
邪眼蛇に大きな大鱗を何枚か譲って貰い、防具屋に縫い付けを頼ん
97
スケイルメイル
で頑丈に仕上げて貰ったグレー色の蛇鱗式鎧は自警団の団長として
とても良く似合っていた。
マルタの装備
鋼鉄の剣
なし
武器
頭
蛇鱗式鎧
スケイルメイル
体
フォレストウルフ
森林狼の籠手
フォレストウルフ
ザール村自警団の紋章
森林狼の毛皮の脛当て
両腕
足
アクセサリー
なし
この森でとれる素材を使ったハイノーマル級装備品である。
レア級の装備品なんて滅多に無いため、この世界では充分整った装
備で間違いない。
マルタは先の件で何も出来なかったことを悩んでいる感じだ。自警
団の一員として、村の村長の息子として思い悩んでる。
マルタの体を見ていると、きちんに鍛えていることが良く分かる。
鍛え続ければ遠くない将来、確かな実力がついているはずだ。
若者を焚き付けすぎたおじさんは反省しながら話す。
98
﹁マルタ、後でちょっと訓練に付き合わないか?﹂
私はリアルでは小笠原流の弓道を師匠に持ち修練していた。小笠原
流は軍射ではなく、礼射と呼ばれる。リアルでは勿論人を殺したこ
となどない。
1日休めば4日は腕がおちると言われ続けて、頑張ったもんだ。社
会人になってからは時間がとれないから毎日とはいかなかったが、
身体は余計な脂肪、筋肉をも必要最低限は引き絞っていた。
今のマルタのように強さの壁が見えた時がある。だから少しでもお
節介したかった。自分だって荒さのある未熟者だけど。
良く聴けばマルタは誰かに師事したことがなく、必要最低限の剣の
扱い方以外は我流だそうだ。剣に関して細かいことはわからないが⋮
と考えながらいると、気配察知に反応があった。大きめの鹿だ。相
手に気付かれる前に仕留める。
しばらして鹿以外にも猪も狩れたので予定より早めに村へと戻る。
血抜きした状態で村の人へ預け、2人でひと気のない開けた場所へ
向かった。
模擬の木剣を握りしめ打ち合う。お互いの気付いた所を言いあう。
マルタの助言からわかったことは高いステータスに振り回されて体
術や剣術が疎かになっている可能性が高い思われる。
体術スキルを使っていても動きに無駄が多いのたろう。
弓術以外で剣術・刀術に関しては素人丸出しな為、いつか何処かで
習うか、最低限の基本を教えて貰う必要があると感じた。
今のままでは武器に頼り過ぎて、戦い方の構築も足りていない。戦
99
い方によって上手く活用出来ていない感じだ。
今はまだ何とかなるかもしれないが、いつか同じような実力を持っ
た相手がいた際は負けてしまうだろう。研鑽は大事だ。
クタクタになるまで剣を握ったのは初めてだ。心地良い疲労感に浸
る。
スッキリとした表情を見せているマルタを見ると、村を守るプレッ
シャーや責任感が強いことは悪いことではないが、こうやってスト
レスを溜め込みすぎないように息抜きも必要だよな。
これから村の会議出ようとするマルタを無理矢理連れ出し、川まで
遊びに出掛けた。
無論あとで2人揃って村長に怒られたのはご愛嬌だ。
夜になり、お祝いパーティが始まった。村の人達の表情は明るい。
鹿肉の串焼き、牡丹鍋、香草焼き。村野菜のサラダを味わう。楽し
く談笑しながらテーブルを囲み、どれも美味しかった。
香ばしく焼けた鹿肉をレタス?のような葉野菜に巻いて食べると肉
の脂とサッパリ感が楽しめてなお美味しかった。パンに挟んでも美
味しかったので、明日旅立つ前のお弁当に少し包んで貰えた。
村長から街へ入る紹介状も添えて頂いたし、忘れずに持っていこう。
次の日、朝日が村を照らす頃に出発準備ができた。早くても見送り
に来てくれた村長、マルタ、狩人夫婦、ジュゼルへ感謝しながら歩
き始めた。
100
魔法生物の卵︵特殊︶
ザール村から出て街道を歩き続けること半日。特に問題なく昼過ぎ
にはユピテルに着くことが出来た。
ユピテルの街には大きな門が設置されており、門番に紹介状を渡す
と直ぐに中へ入れてくれた。
街の風景を確かめながら、そのままギルドの魔物使いエリアをめざ
す。
︵余り変わっていないな⋮︶
賑やかな雰囲気とヨーロッパを思わせる街並みに懐かしさが込み上
げてきて立ち止まった。少し感慨深さに浸る。
ギルドに入り、預けて置いた卵の受付すると証明書の提出を求めら
れた。
証明書?と思い、アイテムボックス内を探すと契約の指輪の際に貰
った紹介状があった。それを提出し、確認してもらう。
何度もゆっくり確認していた受付係がホッとした表情を浮かべた。
﹁はい、間違いありません。ご提示ありがとうございました﹂
﹁いえ、大丈夫です﹂
魔法生物の卵︵特殊︶が受け取るとほんのり光った。
101
それを見ていた受付係は慎重に話した。
﹁此方の卵は何十年もギルドに預けられていました。本来なら規定
に基づき破棄、もしくは希望者に売却する所でしたが⋮とある方が
保管料をずっと代わりに収めておられたのでお渡しが出来ました﹂
突っ込み所が満載過ぎる言葉だが⋮
︵あれからもう何十年もたっていたなんて!!︶
唸るように地味に落ち込んでいたが、受付係は気付かず説明を続け
る。
﹁非常に珍しい卵でもあるため、希望者は殺到でしたね。ギルドの
歴史上でも滅多にあるものではありません。ですから偽りの所有者
が後を立ちませんでした﹂
︵卵自体は課金で手に入れたモノだからなぁ。本来なら存在しない
卵⋮そりゃ珍しいはず︶
﹁⋮大変ご迷惑をおかけしました﹂
きちんと頭を下げ謝罪する。
﹁いえいえ、お仕事ですから。私の代で無事に所有者の方にお渡し
出来て良かったです﹂
卵が光ったので、もうすぐ孵化するとのこと。大事に契約の指輪に
収納する。
102
追加の説明として長期に渡る所有者不在︵死亡など︶の卵は、孵化
の処置がしてあっても受け取りに来るまでは何故か孵化しないそう
だ。
それを利用して珍しい卵などは所有者を暗殺したり、受け取りを諦
めさせたりする専門の輩がいるそうで注意を受けた。
売却がなかったのは保管料を払い続けていただけでなく、この人物
は圧力もかけていた。そういった輩を警戒していたそうだ。
払い続けてくれていたのは有難いが、自分のことを知っている人間
なんて⋮いたのか?
その人物の名を聞くと、当事者ですので教えますがご内密に念押し
され、蒼銀騎士団団長と教えて貰った。
うーん、ユウトのギルドのギルドマスターなんてあったことないよ
な??
受付係にお礼を伝えてその場を去った。
その様子をじっと観察していた者達は、ソウマが立ち去ると足早に
二手に分かれた。
流石に⋮精神的に疲れた。まさか何十年も時が過ぎているとは思わ
なかった。
外へ出ると日が沈み、すっかり夕方になっていた。ユピテルの街も
そう言われたら少しずつ違うように感じる。
103
こんな時間だし、今日は宿に泊まるのは諦め、街の外でテントを張
る事にした。受付さんから注意を受けたが、宿が空いてないだろう
から泊まれない。
後日お礼と感謝の面会を蒼銀騎士団へ願い出てから、道場と転職神
殿へ回ろう。
そう思い、道具屋でテントを買い、ついでに武器屋に向かう。
暫く地力を磨く為に流星刀レプリカ以外の剣が欲しかったのだ。
武器屋に着くといつも出迎えてくれていた年配のドワーフさんはお
らず、若そうなドワーフがいた。
﹁⋮いらっしゃい﹂
無愛想だがハッキリとした声で出迎えてくれた。
﹁新しい剣が欲しいんだが、オオスメはあるかな?﹂
じっと見つめていたと思うと、奥へ入り一振りの剣を持ってきた。
﹁その腰の刀剣よりは劣るが⋮俺が打った剣だ﹂
手に取り一振りしてみると、少し重いがスッと手に吸い付く感じが
して気に入った。
バトルスミス
﹁ありがとう、是非コレを貰うよ﹂
冒険者の剣
ドワーフの戦闘鍛治士ドゥルクが真心込めて打った作品。扱いやす
104
い工夫がなされているノーマル級。
代金を支払い、前にここにいた年配のドワーフの事を聴いてみる。
彼の親父さんだったらしく、自分が1人前になったのでここを任せ
て、本人は王都の本店へ向かったとのこと。
﹁俺の名はドゥルクという。また何かあったら来てくれ﹂
武器屋から出るとそのまま門へ向かう。門番に夜は危険だと心配さ
れる
ので、少し近場でテントを張らせて貰うことを伝えた。
その夜、テントに這い寄る影が五つ。移動音は最小限で良く鍛えら
れている事がわかる。
5人がテント周辺にかなり珍しい遮断結界と呼ばれる障壁符を張り
巡らせる。周辺20mは外からは視認しにくい。更に結界内では音
も外に漏れない。
2人組が周囲の警戒に、残り3人でテントの周りに近付いて詠唱開
始。
詠唱終了と同時にテントごと凍らされた。決まったフォーメーショ
ンと段取りをとぅた見事な腕前である。
と、ソウマは離れたところから気配察知と鷹の目にて確認していた。
注意を受けていたとはいえ、まさかその日すぐに来るなんて仕事熱
心な連中だ。全身強化魔法をかけ闇に紛れる。
105
ソウマがテントに居ないことに気付いた奴等が慌てふためいている
様子を横目で確認しつつ、和弓︻優︼を連射する。
見張りを不意打ちで1射1射確実に相手の足を狙い、地面と足元を
縫い付ける。
アイスジャベリン
残り3人が既に此方へ向き、迎撃態勢を整えたら2人飛び出してき
た。残り1人が詠唱し、素早く氷槍を展開している。数は1、2、
3⋮と、多い。
アイスジャベリン
氷槍が自分に直撃するのを覚悟で、前に飛び出してきた相手2人に
対して射かける。
1人は腹部を貫通させたとこで蹲り倒れたが、もう1人は右太腿に
アイスジャベリン
矢が直撃するもスピードを少し落としただけで向かってくる。
氷槍が合計五つ襲ってきた。
魔法が速すぎて弓では迎撃出来ない!咄嗟に躱すが体術や装備の回
避︵小︶と補助機能を使っても避けきれず、2段ジャンプ中に3発
分まともに直撃した。
凍りつく音と激突音が鳴り響き、空中で錐揉みしながら吹っ飛ばさ
れた。ステータス強化をされてなかったら今頃即死級の破壊力。体
こそまだ五体満足だが右肩は鮮血が凍りつきダメージが深い。背部
も激痛が走り、痛すぎて力が入らない⋮が
無事だった左手で和弓︻優︼を構え、向かってくる相手と倒れたま
まで対峙する。余り時間をかけすぎると後ろの奴にまた魔法を使わ
れてしまう⋮
背嚢の矢筒を傾け、口元に矢をあてがう。それだけで激痛が走るが
左手の人差し指と中指で矢を挟み、弦を引き放つ!気を失う程の痛
みが身体中を襲うが、放った矢は相手の防具を貫通し前のめりに倒
れさせた。
106
残りは1人。1番手練れが残ったがまだ戦える。ここまで僅かな時
間だったが装備ボーナススキルである星の加護をフル活用し、少な
い時間でも歩けるくらいには回復した。
時間をかければ重傷は完治するが、そんな間をかけさせないだろう。
弓をしまい、左手で流星刀レプリカを構えた。
魔眼︻魔力感知︼で大規模な魔力が中心に集まり、最後の1人が魔
法詠唱を終えようとしている。
意を決して覚悟を決める。
スッと残心をしたように無心となり、魔眼と見切りを併用し直撃す
るであろう魔法に対して最短ルートを予測する。
体内で少しでも魔力をかき集め、全身を活性化するイメージを己に
抱かせる。スキルにはないことだが⋮疑うことなく本能が信じるが
ままに行う。
︵これは⋮私が来るまでも無かったのかな︶
ソウマにも気配察知させなかった存在が結界内に潜み、興味深く戦
いを見守っていた。
107
魔法生物の卵︵特殊︶︵後書き︶
誤字脱字はなるべく直しているつもりですが、見にくい表現、文章
がありましたらごめんなさい。少しずつ修正していきます!
108
予想外の修練
死の覚悟を持て何かを得られそうな気がする。ようやく高いステー
タスがソウマの身体を新しい段階へと誘う。
ソウマの生命危機が本能が限界まで呼び覚まされ、魔力を限界まで
飽和させ新たな能力が発現する。
ゲーム内の世界だったらアリエナイことが起ころうとしていた⋮
結界内の何者は考える。
︵スキルの顕現!この段階ではまだ早い⋮のかも︶
不完全に発動しても彼の身体を壊すだけ。ユウトもだったが⋮使い
こなしていかなければ意味はないのだ。
しかし、そこに居た誰もが考えられない結果が始まろうとしていた。
ソウマは本能のままに魔力を掻き集めていく。軋む魔力を何とかカ
タチに変えていく。
109
リライト
ソウマにとって幸いだったのは、発現しようとするスキルが身体へ
書換の為にどんな暴走や痛みを引き起こすも耐え切れるだけの耐性
があったこと。
これは以前巨人魔法を習得した際に培った経験だ。
それと全身を構成するためのステータス補正。思念操作による効率
の良い魔力精製。あとから考えたら何か一つでも欠けていたら実現
しなかったと思う。
それを受けて深淵の仮面が暗く光り輝く。この能力とアイテムに助
けられ、生命を削りながらもながらも完成した。
ダークライト
流星弓
仮面からの闇光が身を包む。収縮し濃縮した劇薬のような魔力を深
淵の仮面が媒介と仲介の役割を果たし、星の名の真の装具
とスターライトシリーズの装備品を侵食した。
その場で装備が1度分解され、瞬時に組み換えし造り変えられてい
く。
︻深淵の理を軸に真の星の輝きを宿す装備品を媒介に︽*****
*︾を顕現します。⋮⋮侵食率100%。思念操作は獲得済みです。
以後、召喚器として使用が可能です︼
﹃この世界に再度喚ばれてみれば⋮我の分体を打ち破りし者。よか
ろう、巨人の加護をもつソウマになら力を貸そう﹄
110
戦慄する声が聴こえてくる。其れは克つて闘った相手だ。
ゲート
門が開かれた。強制的に転移させられる。
星が煌めく空間に巨大な気配を持つ存在が待っていた。すぐ目を奪
われるモノは背からの翼。何対も美しく揃えられている。全身を闇
と紫紺のカラーに覆われた麗しく荘厳な鎧はその存在をより神秘的
に思わさせられた。
パワード
﹃奇縁か良縁か⋮我とここまで波長があう人間等、何千年振りか﹄
パワードアーマー
︻*******との接触により固有スキルを獲得しました︼
サンダルフォン
漆黒聖天武装︼
慄くままナレーションが鳴った。
固有スキル︻召喚X
サンダルフォン
防具スターライトシリーズ↓漆黒星天の全身鎧
アーマー
異界の星を守護する存在であるサンダルフォンの力を顕現した全身
装備。星属性と疑似神性の属性を宿す。
真の星の輝きを宿した武具を媒介としていた為、装備ボーナスが浮
天
遊力↓飛行能力にグレードアップ。
サンダルフォン
流星弓↓漆黒星弓
星を司る紋様が走る漆黒の魔力弓。星属性とサンダルフォンの神気
111
が疑似神性宿し両方を兼ね備える。
複雑な心境だ。困惑しながら問う。
﹁⋮俺は敵対していたはずだ﹂
ふむ⋮と、ゆっくりと奴が答える。
﹃巨人の腕は我が権能の一つ、並行された世界に満ちた可能性。力
無き者が持てば人格が乗っ取られて暴走し、やがて破滅を導く﹄
言われると思い当たることが多い。持たざる者にとって強大な力は
過信し慢心する諸刃の剣と言える。
﹃不完全な分体を倒したといえ⋮此方はソウマを敵と認識するほど
脅威ではない﹄
それより、薄々は勘付いていたが、
﹁貴様は⋮神⋮なのか?﹂
恐る恐る尋ねる。
初めて面白がる口調で答える。
﹃⋮神と呼ばれる存在ではない﹄
112
サンダルフォン﹄
厳かに聴こえた。
﹃我が名は
この空間は並行世界の一つ。知覚を極限まで遅くしてあるとのこと。
困惑は深まり尋ねるしかない。
﹁俺に⋮何を望む?﹂
﹃⋮特に何も無い。我は時折干渉力の強い者やアイテムが顕現した
場合に限り、その世界に干渉する﹄
そして一拍おいてこう答える。
﹃あの異世界に1人くらい我の力を継ぐ者がいても面白いと思って
な。召喚器が適応したとはいえ、不完全極まりない﹄
今のままではこの能力を使いこなせということか。
ゲート
門を通してサンダルフォンの影響力がこの世界の力へ干渉し、最大
限でも遅延できて2年間。
113
それを過ぎれば⋮
﹃もはや特別な状態で無い限り、我はもうこの世界に顕現出来ない
と思った方が良い﹄
食事も睡眠も必要ない。ひたすら鍛え上げる2年間が始まった。
ゲート
サンダルフォンとソウマが門にて鍛え始めて随分と経った。
接近戦や弓を使った遠距離戦を筆頭に最初は装備に振り回されたり、
攻撃が当たりもせず、逆にあちらの攻撃は全弾命中だったりと⋮。
絶望する時間さえも勿体無い時間を過ごした。
次第にその強さに惹かれていく。全身鎧に隠されていて表情はわか
らないが厳しさだけでなく、愛情や優しさも解るようになってきた。
結果として最後まで一太刀も当てる事は出来なかったが、戦う度に
アドバイスを与えるため、以前と動きは格段に違っていた。
思い返すと、あの時のサンダルフォンは紛い物の肉体であり、本来
の力とはかなりかけ離れた存在だったのだと良く解った。
ともあれ、貴重な時間と修行相手を得て少しは強くなれたと思う。
身に馴染んだ装備品と体術。改めて自分の格好を確かめた。
デザインや全体のカラーは漆黒を基調とし紫水晶の聖刻が中心部に
燦めく全身鎧。
114
パワード
力を司る紋章が刻みつけられた装飾の2対の翼が鎧から離れ、宙に
浮いている。
解放されているスキルは現在3つ。
マルクト
空間把握能力︵動作の最適化・飛行能力を含む︶と自動修復︵中︶。
最後に多重魔力障壁展開である。
1から順々に解放出来たが、最後の4つ目の装備スキルは遂に解放
出来なかった。
所有者以外が使うと性能に耐え切れず絶命もしくは四肢がもがれて
いく。ソウマ程のステータスが必要となる。
オリジナル
弓は流星弓を基にサンダルフォンの神気が顕現した為、武技として
の流星弓ともう一つ固有武技が加えられている。
オリジナル
﹃この2年間の研鑽で我の固有装備に近くなったな﹄
﹁サンダルフォン⋮彼方には感謝しきれない。本当にありがとうご
ざいました﹂
戸惑ったように少し間をおいて応える。
﹃⋮我の弟子となった以上、そう簡単には死ぬことは許さぬ﹄
今から戻る事になる世界は、本当にゲーム内では無く異世界らしい。
何故こうなぅたのかはサンダルフォンでも解らないらしいのだが⋮。
サンダルフォン
漆黒星天の召喚器は
115
召喚器としてスキルを発動すれば専用の異空間から瞬時に装備可能
らしい⋮存在するだけで強大な力を感じさせる装備の気配を完璧に
遮断出来るため、余計なトラブルにならないと思うと有難い。
それと只の異空間では無く、神気に満ちた異空間に保管される。
コレは装備品も生きているため、神気を必要とする。
エルダーゲートの世界には顕現出来るが、1度顕現すれば次はまた
神気を再充電しなければ暫くの間は召喚器は使えないと言うことだ。
リスクらしいリスクも無い。
自分は強くなった訳では無い。修練を重ね、ようやくこの召喚器を
使えるようになっただけだ。自分より強い相手はまだまだ沢山いる
だろう。
簡単に死ぬなと言われた以上、その言葉を胸に研鑽を重ねよう。
溢れる感謝の気持ちをサンダルフォンに思った。
残り時間はなく別れが迫っていた。全身が転移の光に包まれる。
ポツリと呟く声が聴こえた。
﹃只々世界を覗き、護る事だけに我は疲れていたのかも知れん。2
フルマスク
年間など一瞬⋮気紛れだから気にする事はない﹄
そう言って紫紺兜を脱ぐ。
強制転移の直前だったがハッキリと微笑んでいた事が解った!
初めて見たサンダルフォンの素顔は女性のようであり、男性のよう
な中性的で神々しい美貌に⋮見惚れてしまった。
声をかける瞬間もなく、その場からエルダーゲート世界へと戻って
いく。
神の存在など信じていなかったが⋮サンダルフォンのことは信じよ
116
うと固く誓った。
117
予想外の修練︵後書き︶
本来ならもっと後にサンダルフォンの件を入れるつもりでしたが、
早めてみました。
118
襲撃者との決着
エルダーゲート
ゲート
気が付いたら⋮テントを張っていた草原と森林が見えた。ようやく
戻ってきた世界。
目の前にはサンダルフォンへと門を開かせた相手がいた。朗々とし
詠唱が終わり、奴の殲滅魔法が発動するところだった。
深夜の草原、ソウマの周囲におびただしい数の氷塊と吹雪が吹き荒
れた。
怪我が治っていることに感謝しつつ、すぐさま巨人の腕を顕現させ
た。
団長アイラは呆気にとられていた。
ソウマのいた周囲が氷魔法で覆われた頃、気配を遮断していた蒼銀
騎士団
アイスブルー
︵ユウトから聞いていた話じゃ、ソウマくんはもう少しデキる印象
があったんだけどな︶
スノーホワイト
白雪の髪を後ろで束ね、氷青の麗人は残念そうに呟く。危ないと判
断した時点で介入するつもりだった。
ソウマのいた一帯は氷と巨大な氷塊で潰されていた。
残り1人だった盗賊が死亡確認と契約の指輪を確認しに慎重に近付
く。
119
氷塊に辿り着くといきなり割れそうにもない氷塊がパキ⋮と音を立
て割れた。割れた隙間から矢が放たれ、直後ソウマが飛び出す。
ゴォォンと音が鳴り、氷の障壁で矢は弾かれた。しかし同時に障壁
自体も粉々に散っていった。
距離を詰めたソウマは流星刀レプリカを片手に高速の一撃を放つ。
刀の速さに慌てて避けるが、その隙に懐に潜り込んだソウマが奴の
左腕を掴んだ。
魔物や幻獣を専門に扱う盗賊団故に戦闘には一流の腕前を持つ者が
多いそ組織だ。そんな腕達者をそのまま掴んだ手で左腕を砕いた。
絶叫を上げ転げまわる。そのまま鳩尾に蹴りを加え黙らせた。
ソウマ自身はマトモな防具も装備しておらず、よく見たら全身が凍
傷に近い傷を負っていた。
これで盗賊団全員を無力化した。
フゥ⋮と息を吐きながら、身体中のヒリヒリとする痛みのあまり草
原へ腰を下ろした。そこでポンっ⋮と肩を叩かれた感触がした。
気配は何も感じなかったので慌てて振り向くと、ソウマは驚愕して
いた。
魔物ギルドを監視していた団員から不穏な空気とソウマを発見した
ことを伝えられた蒼銀騎士団の団長が、秘密裏に助けに来ていたこ
となど知らない。
120
アイスブルー
︵及第点だけど⋮良く頑張ったね︶
そこには氷青の瞳を細め、美しい麗人が微笑っていた。
ソウマは肩を叩かれた相手を見つめた。巨大な大剣を構えており、
一目で業物だと解る逸品だ。
微笑んていた相手が次に怪訝そうな表情に変わる。
それはソウマが自分から戦闘態勢を解除したからだ。理由の一つに
アイスブルー
目の前の武装している相手から殺気を感じなかった事と、彼女の無
意識のプレッシャーに身の危険を感じたからだ。
スノーホワイト
まぁ最大の理由は特徴のある白雪色の美しい髪と氷青の瞳。美人よ
りは凛とした麗しい顔立ち。
ユウトから聴いていた特徴のある人と同一人物であると気付いてし
まったからだ。
この人がユウトの憧れる人のアイラさんなのか⋮。
クールな外見なのに天真爛漫な表情が見える。そんな雰囲気が皆を
惹きつけるのだろう。
盗賊が貼り付けていた結界符を外し、結界を解く。
襲撃者達は全員怪我があるものの存命であり、怪我も魔法で治る範
囲である。門番に協力を求めて強襲者を街の詰め所に引き渡した。
説明も求められたが、あの時話した門番も証人となってくれ、ソウ
マの凍傷の治療も兼ねたら明け方近くに解放された。
121
どうやら詰め所で待っていてくれたようでアイラさんが近寄ってき
た。
ごほん、と咳を一つしてから紹介を受けた。
﹁蒼銀騎士団のギルドマスターのアイラ・テンペストです。君のこ
とはユウトや他の団員からも良く聞いています﹂
﹁ソウマです。いつもユウトや皆さんにお世話になっています﹂
蒼銀騎士団とはユーザー60名、NPC100名というマンモスギ
ルドである。ユーザーよりもNPCが多い事でも有名なギルドだ。
エルダ
団長である彼女もNPCなのだが、この世界ではそういった括りは
ーゲート
関係ない。私やユウト以外にもプレイヤーと呼ばれる人達はこの世
界にいるのだろうか。
考えを頭から切り替え、姿勢を正して正面を向いて喋る、
﹁アイラさん、魔物ギルドで貴女が卵を守ってくれていた事をお聴
きしました。本当にありがとうございます﹂
アイラはふわっと笑いながら、
﹁気にしなくて良いのよ。ユウトからの頼みもあったし、個人的に
君がどんな人物か気になっていたから﹂
それより場所を移しましょうと言われ、アイラさんに手を引かれな
がら蒼銀騎士団のギルドに着いた。
ギルドハウスと呼ぼれる邸宅がある。それはピンからキリまであり、
蒼銀騎士団はユピテルの街ではトップ3に入る規模を誇るため巨大
122
な邸宅を建築している。
騎士団の一軍と呼ばれる精鋭達は蒼鋼製の装備一式に身を包んでい
て、彼等は迷宮や正式な要請があった場合にのみ傭兵となり勤しむ。
二軍は赤をトレードマークとしたギルド鎧一式になっており、明確
化されている。ここユピテルの警護・巡回など治安防止に役割を担
っている。
赤揃いのギルド団員に見守られながら巨大な邸宅を案内され、貴賓
室へ通された。
﹁さて、改めてソウマくん。先程は観察だけしててごめんなさいね﹂
と、先の戦闘を謝られた。
もとより自分の責任だったので謝られる必要は無かったのだが⋮そ
う思いつつ謝罪を受け入れた。
ソウマ
1番知りたかったユウトはこの世界に来ていると言うこと。しかも
自分と違い、今から70年も前にユピテルの街に転移していたそう
だ。大怪我を負っていたところをアイラが発覚し、保護したそうだ。
70年もたつがユウトは魔人種になっていたため、外見はそんなに
変わっていないとのことも聞いた。
ちなみにニルヴァーナはいなかったそうだ。彼女はどこに行ってし
まったのか?何故自分とユウトはこの世界に来たのか、また、来る
年代が違ったのか⋮?
謎は残るばかりに感じる。
その後色々と話し合い、お互いのステータスを見せ合った。
名前︻アイラ・テンペスト︼
123
種族:魔人族
職業
魔剣士
サブ職
刀剣士
スキル
大剣装備補正︵A︶
魔力操作補助
刀剣装備補正︵S︶
気配察知
鎧装備補正︵B︶体内魔力操作
???
心眼
常時スキル
金剛力
??
魔法
魔刃の申し子
魔刃六対
デモンズブレ
ゼー
クド
ス
無属性魔法︻魔力障壁︼
特殊属性魔法
称号
獣神の加護
闘気術
?
⋮⋮凄い。流石は最前線で剣を振るう方だ。余りのハイスペック差
に引きます。
ちなみにユウトはある事件に遭遇し⋮詳しくは話さなかったが、そ
124
こからアイラさんを護りたくて盾士を目指したという理由がある。
称号も凄い。神の加護や魔人の申し子なんて始めて見た。
幾つかの質問を交えながら、今日1日だけ泊めて頂くことになった。
あてがわれた居室まで歩く。
それと契約の指輪の中で卵が無事に孵った。指輪に念じて召喚する
と小さな箱が出てきた。
宝箱型で開いてみると牙が並んでいた。どうやらミミック種と呼ば
ミミック
れ、アイラさんも始めて見るほどレアな魔物らしい。やはり小さな
宝箱は大々的に喧伝しない方が良さそうだ。
そういえばこの魔物も自分と同じ世界から来たんだった⋮大切に育
LV1
てよう。ふとある言葉が思い付き、名をレガリアと付けた。
名前︻レガリア︼
ミミック
種族:宝箱型魔物・希少種
職業
ーーー
サブ職
ーーー
スキル
125
アイテムボックス
︵擬態時などの自身の装備する
擬態︵E︶現在枠3↓レベルが上がるに連れて精度アップ︵現在2
0%︶
常時スキル
体内吸収
念話
ものも含む︶
アストラルリンク
精魂接続
体内吸収にて食べた物を経験値へと変換することが出来るようだ。
魂魄結晶など特別なアイテムや魔物などからはスキルや成長補正へ
繋がるようだ。
レガリアは宝箱を開き少し料理を喰べたあと、スヤスヤと眠ってい
った。寝顔?を見ていると、早く成長して欲しいと微笑ましい気持
ちが湧いてきて、お父さんのような気分になった。
明日は転職神殿で転職したり迷宮へ行ってみようと思う。あ、スタ
ーライトシリーズの装備は無くなったし、装備を整えなきゃな。
私も温かいご飯と久し振りのお風呂の気持ち良さにすぐにベッドで
入眠してしまった。
126
深夜、アイラは自室で1人考え込んだあとユウトに連絡を取ってい
た。
遠見の水晶と呼ばれるペアのマジックアイテムで、離れた相手にで
も交信する事ができる。古代迷宮級でしか手に入らないハイレア級
のアイテムであり、コレの片方をユウトに渡していた。
久し振りのユウトの声にアイラは心がウキウキする。暫し談笑のあ
アイラ
とソウマ発見を報告した。弾んだ口調で水晶越しでも喜んでいるこ
とがわかる。
現在ユウトにはある迷宮神殿に潜って貰っている。自分は事情があ
り参加する事が出来ない。
ユウトは信頼出来て尚且つ実力のあるメンバーの1人で、いまソウ
マの元へと帰って来てもらう訳には行かなかった。
ユウトに心から詫びながら迷宮の進展具合を聞く。強力な魔物が多
く、捜索は余り進んでいないことを謝られた。
迷宮神殿にあるとされるアイテムを持ち帰る為に頑張っている団員
達に決して無理しないように声掛け、連絡を終了した。
愛剣を見ながら再度願う。無事に帰ってきますように⋮と。
127
襲撃者との決着︵後書き︶
ここからノンビリペースになると思います。
128
素材獲得へ向けて出発 ソウマのステータス
朝目覚めるとアイラさんと団員達に丁重にご挨拶をしてギルドハウ
スを離れた。
朝早いと人通りが少ない。深呼吸をしながら街を歩く。
転職神殿はまだ開いていないため、朝食を食べにギルドの食堂へ向
かった。
いい香りが食堂を満たしていた。テーブルにはまばらに冒険者達が
食べている。
﹁いらっしゃい、見ない顔だね﹂
﹁この街へ来たばかりなんだ。良かったらお勧めお願いするよ﹂
そう言って出てきたモノは豆のスープ、サラダ、鶏の唐揚げ定食だ
った。熱々で美味しかった。
食べている間、特に絡まれることは無かったが、値踏みされるよう
な視線が多く集まっていた。
ふらりとあるテーブルから酔っ払いが1人、此方のテーブルに来よ
うとしていた。用事も無かったのでそのまま無視しつつ出口へと向
かった。
﹁よう、新米。無視するなよ﹂
赤ら顔でガシッと肩に手を置かれた。ニヤニヤしながら2人取り巻
129
きが集まってくる。
﹁コレから新人に仕事の仕方を教えてやる﹂
そう言うとギルドの説明から始まり、いい仕事の見分け方、他に丁
寧に装備品の選び方、お勧めの道具屋などを教えて貰った。
周りの取り巻きも苦笑しながら語り出す。
﹁お前、武器以外装備してないだろ。コイツが心配してな。新人に
はいつものことなんだ。時間とらせたが勘弁してやってくれ﹂
⋮⋮テンプレ通りに喧嘩が始まるかと思ったが、案外良い人達だっ
たようだ。彼等はユピテルの街中心に活動するベテランパーティ︻
拳嵐︼
ヘヴィウォーリア
ローグ
絡んできた人は筋肉の塊、中肉中背の重戦士で斧使いの人族ヤラガ
ンさん。謝罪してくれたのはスラッとした体型の盗賊系職業の罠解
錠士の人族ジーン。
バトルクロス
最後の1人はパーティリーダーで唯一の女性で拳闘士でドワーフ族
モスグリーン
のミランダ。
彼女は黄緑色のシートカットの髪型でスタイルも良く、戦闘衣から
こぼれんばかりの胸をしている。
パーティ名の拳嵐はきっとこの人から来ているんだろうと解る。
ご親切に有難う御座いますと伝え、笑顔で別れた。気のいい人達だ。
メモリーオーブ
ギルドから少し離れた場所にある転職神殿へ向かい、受付で手続き
を済ます。あらゆる種類の職業を記憶している記憶水晶球がここに
ある。
130
戦弓師の上位職を選ぶ。弓特化型への転職も頭によぎったが、今ま
での戦い中では接近戦は必ず必要だったし、折角なら最初に選んだ
メモリーオーブ
接近戦も出来る弓士の道を貫き通すのも有りだ。
受付を終え、記憶水晶球の設置してある場所で転職を果たす。肉体
を造り変えられるような激痛などはない。ただゲームには無かった
高揚感が支配し、獲得スキルの上昇と新たなスキルの獲得を実感出
来た。後でステータスを確認しておこう。
そうそうレガリアには自前の魔力の供給の他に、契約の指輪の際に
手に入った焔巨人の魂魄結晶を与えてみた。バリバリと咀嚼音が聞
こえるとゴックンと飲み込んだ。すると宝箱が一瞬光った。
取得経験値の大幅アップと炎熱耐性︵中︶と炎熱攻撃付与︵中︶が
新たにスキルに補正されていた。
硬度上昇、レア種族進化補正アップとステータスに表示はされず、
記載のみがある。魂魄結晶ってBOSS級しか手に入らないんだよ
ハードスラッシュ
な⋮また手に入れたいと久しぶりに物欲センサーが高まった。外見
に小さな宝箱には焔の紋様が追加されていた。
せんづき
道場では、あともう少し剣の熟練度が上がれば、戦技︻強斬︼を戦
技︻閃突︼へ昇華可能と伝えられる。
弓は熟練度以前に残念ながらもうユピテルでは伝える技がないと教
えられた。
次いでヤラガンさん達にも心配されたし、防具屋へと向かう。これ
からの戦闘には接近戦もあるし防御のある軽鎧がよいか、それとも
動き易さを優先しミランダの着ていた戦闘衣系がいいか⋮悩み所だ。
前のスターライトメイルは軽さと動き易さ、防御力を兼ね備えてい
た逸品だったので悩まずにすんでいた。
131
軽鎧には板金鎧や革鎧、チェインメイルなどが揃っていた。板金鎧
を試しに着用するもさほど重たさは感じないが動きにくく却下。
チェインメイルは両方の利点があるものの、音が鳴り隠密行動向き
ではない。あとは消去法にて革系鎧になる。
戦闘衣系ではジャケットの革タイプがメインで魔獣革から動物革の
モノまで様々だ。
ここには置いていないが竜・龍革や魔法金属を練りこんだ生地で作
った軽鎧・戦闘衣もあるそうだ。素材の稀少性と加工技術が大変難
しいためどれも高額な品となる。
バトルクロス
グリズリー
店に置いてある戦闘衣の魔獣革で、生半可な矢や剣を通さないと言
われる硬殻蜘蛛と呼ばれる魔物の殻と森の魔獣と言われる魔熊の革
ノーマル級
をなめした素材で作られた品に決めた。
バトルクロス
硬殻蜘蛛の戦闘衣
グリズリー
魔熊の革で全体を覆いコートになっている。硬殻蜘蛛の殻を急所・
要所に縫い付けて防御力をアップしている。前胸部に短剣・短刀な
どが入る工夫がされている。関節駆動の行動阻害が少なく動きやす
い装備。
折角なので前胸部に漆黒の短剣を忍ばせておく。いざ!という時の
備えって大事だからな。短剣も使わなきゃ勿体無いし。
腕・足装備にも同じ素材で作られた装備があったので合わせて買っ
ておく。かなりの出費となったが、命を預ける為、現在購入出来る
モノで揃えたい。
132
残念ながら同素材の頭装備は置いて無かったため、自分で素材を手
に入れに行くのも有りかも知れない。
暫く戦闘時は深淵の仮面を付けておこう。
頭装備を作るため防具屋の人に魔物の生息地を聞くと、硬殻蜘蛛は
サザン火山の洞窟の迷宮に住んでいると言う。魔熊はサザン火山手
前に広がる森林に棲息が確認されている。
少なくともソロなら、魔法を付与した武器か、もしくは魔力武器で
ないと充分なダメージが与えられないと忠告された。
軽量防具装備補正︵C︶魔
心配と忠告を胸にサザン火山へ出発した。
現在のステータス
New
名前︻ソウマ︼
種族:人族
職業
閃弓士LV1
サブ職
片手剣補正︵D︶
思念操作New
弓技補正︵D︶New
召喚器︻漆黒聖天︼New
魔物使いLV37
スキル
弓術補正︵C︶
眼︵魔力感知︶
刀剣技補正︵E︶New
133
常時スキル
気配察知
アストラルリンク
見切り
モンスターテイム
体術
鷹の目
精魂接続↓レガリア︵現在炎熱耐性、炎熱攻撃付与New
全ステータスUP︵恩恵︶
魔法
巨人魔法︻巨人の腕︼第1段階
****
身体強化︵全身身体強化、2段ジャンプ︶
称号
継承者
第三次職の閃弓士は弓系職業で唯一レアスキルの剣技補正が付く職
業である。戦士系の職業の中でも刀剣技補正がある職業はかなり少
ない。
他、弓技補正も加わり大器晩成型の頭角をようやく表す職業となっ
ていく。
エルダーゲート
この世界では第二次職が一流と呼ばれる人達が最後に就くことが出
来る職業である。
殆どの人達は職業レベルが上がりきらず一次職業のまま終えること
が多い。
サブ職業も才能がある人間しか発現しない貴重な職業である。
134
極稀にアイラのような人間が産まれ、超一流の名を欲しいがままに
する人間も現れたりする。
135
素材獲得へ向けて出発 ソウマのステータス︵後書き︶
一文を修正させて頂きました。
136
サザン地方の町アデルとソウマのガチャ素材一覧
出発してから一度お昼の弁当を食べてサザン火山前の森林へ着いた。
街道を歩いて来るまでに装備が身体に馴染んできた。特に不具合も
なく順調だ。
グリズリー
深緑が目に優しい森だがこの奥に魔熊かいるはずだ。街道から外れ
森の奥へ進んでいく。
グリズリー
マップを併用して気配察知で探ると簡単に発見出来た。かなりの距
離があったが魔熊に気付かれる前に和弓︵優︶を引く。戦技︻狙い
撃ち︼を発動し、綺麗な射線を描き頭部に矢が吸い込まれていった。
弓技補正があるためか動作がより体に馴染んでいる気がする。
よし、これで素材を綺麗に剥ぐことが出来るな。
毛皮を解体し、残った残骸をレガリアに喰べてもらう。嬉しそうに
咀嚼し飲み込んでいく!
もう2頭程狩るため更に奥へと歩く。奥は大きな木々が並び薄暗い。
アストラルリンク
グリズリー
折角なのでスキルの精魂接続を発動して矢を撃つと炎属性が付き、
当たった部分が焼け焦げてしまった。⋮凄いが素材が焦げた。
レガリアに念話で戦いを念じてみると嬉々として舌を伸ばし、魔熊
に巻き付けた。もがくが舌から抜け出せないらしく、動きを封じ込
たからばこ
めた後ゆっくりと近付き噛み付いた。そのまま口を大きく開き毛皮
ごと喰べ始める。うーん、グロいがあの身体に結構入るんだなと感
心してしまった。
レガリアは経験値の他、力が少量アップしたことが分かった。
137
森の奥地から街道へと戻った。森の奥に入る時に見なかったが、街
道には少なくない数の冒険者や商人の馬車が行き交いしている。
ゆっくりサザン地方へ歩いていると見覚えのあるメンバーが前にい
た。
拳嵐のメンバーがいて、他にパーティを組んだのか見覚えのないメ
ンバー2名がいた。
赤髪に魔法使いのローブを来た少女と同じく赤髪に軽鎧と双剣を腰
に差した少年だった。2人は兄妹だという。
彼等に話しかけると目指す場所はサザンにあるアデルの町で一緒だ
った。そこから火山フィールドに存在しているBOSSが持ってる
と噂される焔舞と呼ばれる武具の装備シリーズを狙っているそうだ。
結構強いBOSSらしく巨人系⋮って焔巨人か。
ちなみにそことは違い、迷宮洞窟の奥底にすむBOSSは大きな鬼
型の魔物との情報を教えて貰った。
迷宮洞窟の情報の代わりに以前戦った焔巨人の情報をメンバーに伝
える。巨人は両手両足に焔を纏わせて攻撃してくること、ファイア
エレメンタルを体内から生成出来ることなどなど。
拳嵐のメンバーは頷いたり納得した表情をしていたが、赤髪の兄妹
は胡散臭そうな表情とソウマの装備を見て馬鹿にしたような態度を
とっていた。少しムッとしたが、そもそもBOSSとはそう簡単に
倒せるものでは無いのだから、話を信じていなくとも無理もないか
も知れない。
138
町へ向かう途中魔物とも戦ったが、援護の必要がないほど危なげな
く戦いが終わった。
特に赤髪の兄妹の連携は上手く、兄が双剣を振り魔物を近寄らせる
ことなく妹を守り、妹もその間にその場にあった魔法を使っていた。
そうこうしている間にサザン地方へ着いた。もう日が沈みかかって
おり、辺りは夕暮れだ。
火山の麓の町アデルに宿をとり英気を養う。拳嵐のメンバー達と別
れ町を散策する。町並みは木工の家が多くログハウスに似た造りに
なっている。この町には唯一石工で造られたギルドと、道具屋、大
きな店舗の武具など扱う鍛冶屋、道場、旅行者が泊まる宿が何軒か
あった。
道具屋で毒消しポーション20個と水筒と貯水用の容器を一個ずつ
買う。暑いから補充用だ。
この火山近辺の魔物は毒を持つものおり、事前に毒消しも買ってお
いたのだ。
迷宮が近くにある町は武具の消耗が激しかったり、良い鉱石や素材
があるため武器防具を多く必要とするため工房を兼ねている鍛冶屋
が殆どだ。
この町の鍛冶屋もずらっと質の良い武具が並んでいた。ユピテルの
街にはない程の品揃えでお客さんも多い。良く見るとお客の中に見
知った顔を発見した。ユピテルの街の武器屋で店長のドゥルクであ
る。
彼に話しかけると驚いていた。そのまま夕食を共にした。
サザン火山名物の焼き鳥は岩塩がまぶしてあり、香ばしい匂いと一
口サイズの鳥肉がまた美味しかった。酒がどんどん進み、蒸留酒の
139
ボトルが何本か空になってしまった。ドワーフは伝承通り良く酒を
呑み、酔うということがないようだ。
話の中でどうやらドゥルクは鉱石の買い付けに来ていたそうだ。こ
こでしか採れない赤熱石と呼ばれる珍しい鉱石があるらしいのだが、
滅多に採掘されないため買い付け出来なかったと言っていた。
フレイムオーガ
また、ここの魔物のフィールドBOSSである焔巨人の眷族である
焔人と敵対している炎鬼族の対立が激化して迷宮を含め火山近辺は
更に危険を増している。
その分そこで採れる素材や鉱石は値上がりしていた。儲けようと命
知らずの冒険者達が逆に集まり、酒場にも賑わいがあった。
そんなことを話しながらもし赤熱石が手に入ったら優先的に譲って
欲しいと頼まれた。ドゥルクと約束を交わし、今日は解散した。
夜もふけて明日は迷宮攻略へと入るため準備をして休んだ。
140
サザン地方の町アデルとソウマのガチャ素材一覧︵後書き︶
ソウマの持っているガチャ素材のアイテムの一覧です。アイテムな
どは粗くてすみません。
ポーション23個
ハイポーション140個
毒消しポーション20個
水筒1個
貯水容器1個30リットル対応
タオル布や食糧品
壊れたテント・袋
竜の牙50個︵弓ガチャ入手︶
他諸々など
素材
レア
稀竜の牙16個︵弓ガチャ入手︶
星の隕石50個︵弓ガチャ入手︶
ハイレア
レア
ハイメタル鋼インゴット10個︵弓ガチャ入手︶
ハイレア
精霊銀インゴット10個︵弓ガチャ入手︶
黒鉄インゴット7個︵弓ガチャ入手︶
アダマンタイト
レア
ハイレア
雲鯨の大髭3個︵弓ガチャ入手︶
翼竜の髭20個︵弓ガチャ入手︶
ミスリル
ハイレア
レア
樹齢500年の古木15本︵弓ガチャ入手︶
樹齢1000年の霊木1本︵弓ガチャ入手︶
レア
ハイレア
銀龍の鎧皮1枚︵弓ガチャ入手︶
鋼竜の鱗皮15枚︵弓ガチャ入手︶
ハイレア
レア
141
特殊
ユニーク
イゴル
サンダルフォンの神血石↓焔巨人に憑依したサンダル
フォンを倒した際に褒美として貰ったモノ。
集まるとハイレア級の武器素材になります。ランクが落ちてレア級
の武器素材にもなりますが、ゲームとは違い素材を扱える職人がい
ないため、素材はアイテムボックス内に暫く眠ったままになってい
ます。
ソウマはプロローグで語っていたハイレア級の弓素材が集まってい
アダマンタイト
ます。出来る事を楽しみにしています。
ハイレア
ちなみにユウトに渡した黒鉄の大剣・改はハイメタル鋼のインゴッ
ト︵レア級︶と黒鉄を使ったためハイレアに近いレア級に装備品と
なりました。
142
サザン地方の迷宮洞窟
食糧、装備の点検をすまし迷宮洞窟へと向かった。迷宮へはゴツゴ
ツとした岩山を登り、途中にある岩穴から迷宮に入れる。そのまま
上へ上がると平たい緑陽地帯があり、眷属である焔人達とフィール
ドBOSSである焔巨人が待ち構えている。
気候が暑く、汗で気持ち悪いが外套で直射日光を遮りながら岩穴へ
と向かう。自分の他には冒険者の姿はない。どうやら大半は焔人族
と炎鬼族の対立に巻き込まれないように静観しているようだ。
岩道を登る際中に鹿を見付け狩った。レガリアと自分のご飯にしよ
うと思ったのだが、血の匂いを嗅ぎつけ岩トカゲと呼ばれる体長1
m20cm程の魔物が集まってきた。岩トカゲと言っても岩のよう
に硬い訳では無く、岩に擬態し獲物を捕食する魔物である。
鹿をアイテムボックスに収納した後、冒険者の剣を岩トカゲの首に
向かって振る。抵抗もなく岩トカゲの首が舞う。真っ正面から襲い
かかる相手には最小限の動きで避ける。カウンター気味に突き殺す。
足場が悪いため要注意が必要だ。
レガリアを召喚し、背後の岩トカゲを任せる。戦っているうちに嘴
長鳥の大群も空から襲いかかってきた。矢をつがえ、一羽一羽撃ち
落すが数が多く、体に突進を喰らう。少しよろめいたものの対した
ダメージもない。
だが数が多すぎるためレガリアを送還し武器を剣に持ち替えて岩穴
へと駆け出す。向かってくる敵だけ切り、後は滑り込むように洞窟
へ入った。
嘴長鳥も迷宮洞窟内には入って来なかった。ホッと一息つき、カラ
カラの口内に水筒を口付け一口で飲む。
143
洞窟内は少しヒンヤリとしているが、奥へ進めば進むほど暑くなっ
てくるらしい。
少し休んでから気配察知を活用し、慎重に進んでいく。時々魔眼を
使用するが範囲にはまだ反応はない。
サザン迷宮洞窟は地下へと進み、最下層は15階層になるらしい。
一階をゆっくり歩いて次の階段を目指す。これら迷宮と呼ばれる場
所は誰が何の為に造られたのか分かっていない。基本迷宮内の魔物
は外に出てくる事は滅多にないと言われている。迷宮に住む魔物達
には迷宮の加護ともいう迷宮補正と呼ばれるステータスの向上があ
る。その補正もあり同種類の魔物でも迷宮の外で暮らしている魔物
よりも強いことが多い。
食料も自給自足で賄えるため住むことにも適している。今回の迷宮
洞窟に住む炎鬼族と呼ばれる魔物がコレらの特典を捨ててまで他種
族と時折争うのは、余程種族単位で戦闘民族なのだろう。
また地図を記すも暫くすると、毎回迷宮内の構造や内装が代わると
いった不可思議なことが起こる。原因はわかっていない。
神代より神が試練を課し全ての生物の進化を目指すためや迷宮内で
最強の生命体を産み出すためだとも言われているが⋮諸説は様々だ。
最下層や決まった階には必ずBOSS部屋と呼ばれる大部屋が設置
されている。
召喚魔法陣があり、一線を画するBOSS魔獣が待ち構えている。
そのため命を落とす冒険者も数知れない。
迷宮を利用する者は力や名声、金、武具を手に入れる千載一遇の場
所であり、夢破れた幾千幾万もの生命エネルギーが渦巻く場所でも
ある。
フレイムキャット
洞窟内一階に出てきた魔物は炎猫と呼ばれる小型魔物である。炎を
144
思わせる毛並みと愛くるしい瞳は貴族に人気な魔物。魔物使いの人
間にも人気が高いスポットでもあった。
しかし可愛い外見に騙されることなかれ。素早く動く姿は下手な動
物や魔物より強く、獲物を骨ごと噛みちぎる牙、火を宿した爪の攻
撃は油断することはできない。
ブラインドバット
他に目潰蝙蝠や昆虫型魔物で鋭い鎌で攻撃してくるレッドラダマン
ティスが住み着いていた。
襲ってくる魔物以外は気配察知を使用して戦闘を避ける。ドンドン
と下の階層へ進んでいく。4階層を超えた辺りで一組のパーティが
戦っているところを発見した。大盾を構えた戦士がレッドラダマン
ティスの鎌攻撃をガードしその間に棘鉄球を持った女僧侶が回り込
んで頭ごと魔物を砕いた。豪快な攻撃の仕方に感心しながら邪魔を
しないように側を通ろうとして声掛けされる。
﹁あの⋮少しお時間宜しいでしょうか。良かったら私達とパーティ
組みません?﹂
女僧侶に呼び止められパーティに誘われる。パーティの男女は恋人
ビックシールダー
⋮ではなく、各地の迷宮を専門に渡り歩く迷宮探索者を主に活動し
ているそうだ。
無口で大盾を持つ金属鎧の職業大盾士の男性はダンテと名乗り、声
バトルプリースト
をかけてきた女性は武器に棘鉄球のついたフレイルを持ち、青と白
の司祭服を纏った職業戦司祭のコウランと名乗った。
サザン地方に着いた時点で路銀が付き、困っていたという。パーテ
ィを組みたくても現在は危険地帯と化している迷宮には殆ど誰も組
ソウマ
んでくれなかったそうで参っていたそうだだ。
自分は本来弓士である事を伝えるとダンテもコウランも大変驚いた
145
表情をされた。そりゃあ弓士のソロだけで迷宮にいたら変か。剣も
ある程度使える事を話した。
彼等はそれでも是非にとお願いされたので此方も有難くパーティを
組ませて貰った。
とりあえず、レッドラダマンティスの解体を手伝う。彼等とパーテ
ィを組んでからはサクサクと進んだ。
目的の硬殻蜘蛛も発見し何体か狩る。体重を支える脚を全て斬り離
し頭部を蹴り潰すことで素材を丸々手に入れていた。盾士系がパー
ティにいると自分が全て攻撃に専念出来るためやりやすかった。
迷宮洞窟内でも開けた広い場所で休憩と食事を摂ることになった。
気配察知を使用出来ることを伝えると喜ばれ重宝がられた。気配察
知は隠れている敵にも有効だ。
例えスキルが無くとも長年の経験や気配から何となく探れる人もい
エルダーゲート
るのだが精度は低い。ここまで喜ばれているのは大概2次職業で覚
えるスキルなのでこの世界では習得者が少ないことが上げられるん
だと思う。実際あると便利な技能スキルである。
本日の食事は岩トカゲの肉を強火でじっくり焼く。外はこんがり焼
いて中身はミディアムレア。食パンにザール村で貰った野菜と一緒
に焼き肉を挟む。サンドイッチの完成だ。
この世界には固形スープなどの概念がないのか温かい汁物を野宿な
どの際に料理することが少ない。すぐ出来るし固形食材を携帯食と
して試しに作ってみるのもいいかも知れない。
そんなことを考えながら2人にサンドイッチを渡す。岩トカゲはサ
ッパリとした肉の味わいだった。自分も食べながら話をする。少し
146
一緒にいて分かったがこの2人は特殊な関係のようだ。姫と騎士と
いうか⋮ダンテは命をかけて必ずコウランを守るという姿勢がある
し、コウランの意思を最優先に動いている節があるのだ。不思議に
思いそれとなく聞いてみると、渋々⋮といった感じでダンテが認め
た。
お嬢様と騎士か⋮まるでファンタジーだな。感慨に耽っているとコ
ウランから面倒臭いと言わんばかりに教えてくれる。
﹁ダンテはお父様の時代から家に仕えてくれていたのよ。権力争い
に負けてもう潰れちゃった家だけど﹂
﹁⋮お嬢様﹂
﹁もう、またお嬢様扱いして⋮﹂
その態度が微笑ましく笑ってしまった。可愛くパワフルなお嬢様と
クールな執事⋮日本では見られない光景だ。
ノンビリしていると気配察知に少し入り組んだ場所にレッドラダマ
ンティスの反応があった。
一匹だけなら問題無いと思い、召喚の指輪からレガリアを召喚して
戦闘を頼んだ。了解の意思のもと向かっていった。程なくして宝箱
をレッドラダマンティスの体液で染めたレガリアが帰ってきた。感
謝を伝え指輪に送還する。少しずつ経験値と捕食することでステー
タスが底上げされていた。
﹁⋮弓士ではなかったのか﹂
嘘をついたのかと言わんばかりな口調で警戒されている。コウラン
147
も驚愕した表情で此方を見つめていた。
ありゃ∼、しまった。これは隠しておくつもりだったのに⋮ソロの
癖でついレガリアに頼ってしまった。
ばれてしまった以上隠せない。申し訳ない気持ちを含ませ2人に謝
る。
﹁隠していてごめん、だけど弓士で有ることは本当。他に⋮実は魔
物使いの職業も持っているんだ﹂
﹁まさか⋮信じられん﹂
とダンテが唸る。
﹁ソウマって稀人だったの!!﹂
とキラキラした瞳でコウランが答えた。
﹁⋮稀人って何?﹂
詳しく聞いて見ると、職業を2つ持っている人口は世界中の人間種
を含めても数は非常に少ない。稀少性と才能のある人間を讃えて稀
人と呼ばれるようになったらしい。
自分はプレイヤーだったから当たり前だったんだけどな。
⋮やはりバレると面倒な事になるのだと改めて再認識した。これか
らは魔物使いを名乗るか⋮
半ば本気で検討しているとコウランから炎猫をテイムしてくれない
?とお願いされた。愛くるしい外見にすっかり魅了されたようだ。
148
ダンテからも小型だか強い魔物である炎猫を戦力として⋮と、お嬢
様の癒しのために頼むと頭を下げられた。
モンスターテイムはした事はないし、必ず出来るかわからない。
それでもいいのかと確認したところ構わないと承諾を得たので帰り
道に挑戦してみることにした。
フレイムオーガ
休憩が終わり再び下の階層へ向かい歩き出す。10階層を超えた辺
りで出てくる魔物が武装した炎鬼達だけとなった。
槍や剣、弓で武装し胸当てや鎧、盾で身を守る彼等は強い。
フレイムオーガ
稀に赤熱石を精製したと思われる武装を持つ者がいて、装備してい
る炎鬼はなお強い。
こうなるとダンテは勿論前衛、私は中衛、コウランは支援と魔法援
護に役割を変えた。
敵を見つけ次第、弓で先制攻撃を加える。弓技補正も加わり、大抵
の炎鬼は命中すれば吹き飛びながら絶命するか矢が貫通して倒れる。
中には矢が当たっても一撃で殺せない相手も極稀におり、矢が刺さ
ったまま立ち向かってくるモノがいる。その際は先程の役割で迎撃
する。
先程も弓使いと槍持ち大盾使いの炎鬼のパーティがいて弓使いを先
フレイムオーガ
制攻撃で仕留めた。槍使いが此方に気付いて大盾を構えながら直ぐ
に接近してきた。矢を何回も射る。矢が直撃すると今までの炎鬼な
ら盾ごと矢が刺さり吹き飛ぶか盾を貫通して倒れるかなのだが⋮特
別な大盾と炎鬼なのか速いスピードと威力の高い矢を上手く大盾で
受け流してきた。それでも速射して炎鬼の体勢を崩していく。肩や
大腿部に何本もの矢が刺さりながらもジリジリと接近してきた。も
149
っと強く弓を引くことも出来るのだが、これ以上の力を込めるとハ
イノーマル級の和弓︻優︼の耐久度では全損してしまう可能性があ
るため、弓をしまい冒険者の剣に持ち替える。
接近された際、炎鬼の突き出された槍をダンテが大盾で弾く。ドコ
フレイムオーガ
オーガ
ォォン、ドコォォンと防御しているダンテの方が少しよろめく。
この炎鬼は只者ではない。よく見ると胸当てと大盾に鬼の紋章が刻
んであった。特別な地位にいると見て間違いないだろう。
炎鬼の眼が赤く充血し突如咆哮を上げた。何らかのスキルなのか炎
鬼の肌が瞬時に赤銅色に染まる。至近距離での咆哮にビリビリと鼓
膜が破けそうな振動に体が震える。
ダンテが僅かに防御体勢を崩された。そこ隙を逃さず炎鬼が繰り出
す槍突きに盾を構える守りが崩されていき、ついに大盾を持つ手が
痺れて腕が下がる。炎鬼の槍が炎纏いダンテの脇に突き刺さった。
焼け焦げた匂いと共にダンテが片膝をつく。
ソウマは守勢に入ると負けると感じ、瞬時に2段ジャンプでダンテ
を乗り越える。そのままの勢いで炎鬼の背後に回り込み、素早く剣
を振るう。バターを斬るようにスッと剣が肩に食い込み炎鬼の大盾
を持つ腕ごと斬り飛ばした。
絶叫を上げるが炎鬼の戦意は衰えず、槍を持つ腕の筋肉が膨張する。
痛みを感じていないかのような、直後今までとは比較にならない一
撃がきた。見切りを発動していたが僅かに避けきれないと判断する。
咄嗟に冒険者の剣を軸にして槍の勢いを逸らしていく。
辺り一体にガリガリガリと火花と焦げた匂い、嫌な音が鳴り響く。
剣腹が磨耗し磨り減っていくのも構わず前へ出る。そのまま剣を滑
らせて炎鬼の首に突き刺した。眼を見開き、突き出した剣ごと腕を
喰いちぎろうとした為、片手で炎鬼の頭を掴みながら放り投げた。
150
壁に叩きつけられ派手な音が鳴る。ようやく命を落とした炎鬼がゆ
っくり倒れた。手強い相手だった⋮身体は炎熱耐性を発動していた
から無事だったが剣はボロボロだ。
ダンテの様子を見るとコウランが回復魔法を使い治療していた。声
掛けると若干顔をしかめながら心配いらないと言われる。どうやら
命に別条はなさそうだ。
折角倒したので、まず弓使いの弓と防具、装備品を回収し次に槍使
レガリア
いの槍、大盾、胸当てを魔法袋と称してアイテムボックスに回収し
た。
死体はレガリアが満足そうに綺麗に喰らい血も残さない。宝箱を構
成する金属と魔法筋肉が若干向上した。
比較的安全な場所を求め、ダンテに肩を貸しながら彷徨う。暫く進
むとマップから魔眼の魔力感知に反応あった。11階層に隠し部屋
を発見し、そこへなだれ込む。この部屋には宝箱が一つポツンと置
いてあった。他にモンスターの気配も無いのでここで少し休憩を提
案した。
アイテムボックス
魔法袋から先程の敵の戦利品を取り出した。
弓と槍には赤熱石を加工したものが使われていた。ランクはハイノ
ーマル級で他にも戦った炎鬼達と同じような回収した戦利品だった。
胸当てにはレア級では無いがしっかりとした作りで赤熱石がふんだ
んに使われていた。防御力はハイノーマル級ながらかなり高いだろ
う。大盾に集中すると説明文が浮かんできた。
151
赤熱鋼の大盾
フレイムオーガ
レア級
炎鬼の中でも指折りの上位戦士にのみ与えられる大盾。赤熱石を錬
︻忍耐︼攻撃に耐えれば耐える程守備能力アップ。ス
成し赤熱鋼として鋳造した大盾。素材自体に火の耐性を持っている。
発動スキル
キルは装備者にに依存する。
やはりレア級だったのか。攻撃すればするほど守備が堅くなる⋮あ
の炎鬼は相当な使い手だったのだろう。
戦利品の説明をするとダンテに大盾を渡す。コウランが驚き、ダン
テも受け取らないと拒否するも使える人が使った方がいいと説得し
無理矢理受け取らせた。胸当てもコウランに司祭服の上から着込む
ように言って渡す。回復役の防御力を上げておくことは生存率を上
げることになるからな。
初めてのレア級の大盾に感激しているダンテを横目に、羨ましそう
な嬉しそうな表情を見せるコウラン。
本当に仲が良いんだな。2人にこの後引き返すか進むのか⋮どうす
るか聞く。個人的には回復役もいるから進みたいのだが、無理は出
来ない。暫く考えたあとコウランは引き返す事を選択した。追従し
てダンテもそうだろうと思ったが、珍しくコウランに反対した。最
初は自分が大盾を譲ってくれた事を気にしているのかと思ったが⋮
違うらしい。
ソウマ
自分という戦力を最大限利用してBOSS攻略を目指したいとハッ
キリと考えを示した。自分としてはここまで明け透けだと逆に気持
152
ち良い。コウランを見ると怖いくらいダンテを睨んでいたが、ダン
テが眼を逸らさず見続けていると諦めたのかフゥ⋮とため息をつい
た。
﹁ダンテの考えは変わらないのね⋮ソウマはどう思うの?﹂
最初に比べて砕けた口調で尋ねられた。
﹁盾役のダンテ、回復役のコウランも居るし、最低限行けるとこま
で行きたい﹂
﹁引き時を間違えると皆死ぬことになるわよ﹂
﹁だな⋮だけど駄目なら逃げればいい。どの道いつかはこんな選択
を迫られる。それが今であっても不思議じゃない﹂
﹁⋮お嬢様。ソウマの言うとおりです。ご再考下さい﹂
﹁何よアナタ達⋮わかったわよ。2人して好きにしなさい﹂
皆、死なない程度に頑張りましょう!方針は決まったし早速宝箱を
開けよう。
全員罠解除の技能は無いので万が一に備えてコウランだけは少し離
れて待機してもらう。
ガチャ⋮と音を立てて宝箱が開いた。
⋮⋮⋮
⋮⋮
⋮
。
153
ん、何も起こらないな。罠では無かったようだ。中身を確認すると
明らかな魔力を伴うテントが置いてあった。
隠蔽のテント
ミノタウロス
テント生地に特殊な魔法を用いて生成された魔獣の丈夫な革を使用
している。
生地には隠蔽の魔法がかけられており、この中にいる間は魔物、人
種のスキルなどに隠蔽対応可能である。温度は一定に保たれる。
現在の魔法では隠蔽の魔法は未だ実現化されていない。迷宮でしか
お目にかかれないレア級のアイテムである。隠蔽と呼ばれる魔法の
種類は基本的に1人しか対応出来ないようだ。2人に聞くと彼等は
要らないと答えたため有難く貰っておく。
充分な休憩が終わり、再度迷宮探索へと開始した。
154
巨龍の間と炎鬼衆
サザン地方迷宮洞窟11階層。魔眼で隠し部屋に入り、隠蔽のテン
トを見付けた階層である。広大な階層だがマップを使っているため
道に迷うことはなかった。
先頭は変わらずダンテが歩き、ソウマが気配察知を併用しながら洞
窟内を進む。あれから炎鬼と戦う頻度は然程多くは無かったし、大
盾の槍使い程の手強さを持った者も出てこなかった。
洞窟内の暑さも徐々に上がってきている。何処かにマグマ層や溶岩
でと流れているのだろうか。用心しながら下の階層へと降りた。
12階層はこれまでの洞窟とは思えないくらい只々広大な部屋のよ
うな場所だった。溶岩の流れる川があり、時々間欠泉が噴き上がる
異様な光景。
まるで何か巨大な生物が住む為だけにある階層のようだ。今の所動
物の気配はあるが、気配察知にはそれ以外に何も反応はない。
﹁⋮ここがあの50年も前に倒された巨龍の間なのか﹂
ダンテが神妙に呟く。コウランも興奮気味だ。知らないので教えて
貰うことになった。
この迷宮の12階層に突如一匹の翼無き地龍が現れた。どうやって
ドラゴン
入ったのかは未だわかっていない。この迷宮の温度と補正が気に入
ブレス
った地龍は当時複雑な迷路化した場所だった12階層を強力な龍息
吹を吐いて壊し、地形を変えてしまった。余りの破壊にこの12階
155
層だけはずっと空間固定されたまま広大な空間になった。以降迷宮
フレイムオーガ
の地図と伝承に残り続けている。
先に迷宮に住んでいた炎鬼とBOSS鬼が地龍に戦いを挑むも堅い
巨大な鱗に攻撃を阻まれ、魔法も地龍相手では相性が悪く徐々に追
い込まれていった。流石というかBOSS鬼の攻撃だけは龍の鱗を
傷付け大分ダメージを与えられたが、圧倒的な力の前には決定打に
ならず、後退せざる終えない状況だった。
また地龍も炎鬼と戦うことで、敗れた者達を喰らい、ますます成長
していく。ここの迷宮を利用していた腕利きの冒険者達も集まり戦
うが、敵わず餌となり龍を成長させる糧となってしまった。遂に龍
は地龍から進化し巨地龍となってしまった。誰にも手をつけられな
い程強くなり、全長20mに進化した巨地龍に勝てる者はおらず誰
もが諦めかけていた。
そんな時王国からの指名依頼を受け、立ち向かった男女一組のパー
ティがいた。女性は当時から天賦の才と名の知れた最強の一角であ
るアイラ・テンペスト。もう1人の男性は無名だが美しく類稀な盾
を持つ騎士だったという。彼等と巨龍の戦いは英雄譚に成る程の詩
が吟遊詩人の手で語られた。
アイラ・テンペストの持つ大剣は聖なる炎と嵐の属性を併せ持つ稀
有な武器である。巨龍の剛鱗すらやすやすと切り裂く。大剣の聖炎
で傷口を焼かれ龍族の回復力が追いつく前に嵐属性の魔力が龍の体
内で暴れ狂う。両者は譲らず、戦いはより激しく続いた。
無名の騎士は珍しい氷魔法の使い手だった。魔法で巨大な氷の檻を
作り一時的にでも龍を拘束・足留めしたり、凍える吹雪を鎧に纏い、
攻撃を受けた際はジワジワと巨龍の体力を奪っていった。時に自身
の背負った黒色の大剣を盾と持ち替え、叩きつけるような重い攻撃
を加えていた。
156
無名の騎士の特筆すべき点は攻撃では無く、彼はいついかなる時で
ヒートブレス
ガイアブレス
もアイラ・テンペストに危害が及ぶと判断した攻撃を全て受け止め、
防ぎきったところにある。
巨龍から尻尾を使った変則的な高速攻撃や炎息吹や大地息吹を立て
続けに吐き出される。防御した際に何度も骨折したり、酷い火傷や
裂傷など時に命に関わる重傷を負っても絶対に引かず、盾を構え耐
え続けた。背後にいるアイラ・テンペストを自身の危険を顧みずに
護りきったのだ。
そして決着の時が訪れる。無名の騎士が大剣で大樹のような巨龍の
デモンズブレ
ゼー
クド
ス
前脚を叩き折り、動かなくなったところにアイラ・テンペストの本
来の愛剣の姿を解き放ち、固有魔法である魔刃六対を繰り出した。
逆鱗ごと斬り裂かれた巨龍は再生能力が発動することなく息絶えた。
戦いは3日間に及び、龍の生命力の高さと戦闘能力が伺える。
この巨地龍はとある神の加護を授かっていた為、アイラ・テンペス
トと無名の騎士はある事件に巻き込まれることとなるが、それはま
た違うお話となる。
と、興奮気味にコウランから教えて貰った。なーる⋮高い確率で無
名の騎士はユウトであろう。彼の卓越した盾防御は見事に役に立っ
ている。
しかしそんな英雄譚が残るくらいの戦いだったのか⋮あの時から努
力し続け、どれだけ強くなっているんだろう。
他にも子供達が劇をする際は、無名の騎士役を演技したがる男の子
が多いそうだ。知らないユウトの頑張りに自分も勇気を分けて貰え
た気がした。
以前、蒼銀騎士団の団長アイラとお互いのステータスと装備を見せ
157
合った事を思い出す。
アイラの装備
武器
翠星の髪飾り
嵐煌凰
シュトルムカイザー
頭
巨地龍の軽鎧
鳳凰の首飾り
テンペストブーツ
白翼龍の手甲
リンドヴルム
リンドドレイク
すいせい
体
両腕
足
アクセサリー
隠蔽の腕輪
あの美しく実用性の高そうな軽鎧はその時の戦いで得た素材で出来
ていたのかも知れない。今度会えた時にでも聞いてみよう。
そんな12階層を下り、13階層へと到着する。此方はいつも通り
の洞窟の構造だ。危なくなったら一度12階層に戻るのも有りだな!
細かい道が入り組んだ場所へ入り、探索を続けていると左右に別れ
ている場所があった。そこの左側から炎鬼数名の反応を発見した。
此方の位置が分かっているのか、2組に別れて挟み撃ちしようと包
囲してきている。敵の動向をダンテとコウランに伝え、此方は相手
の先頭集団を先に潰すことにした。
158
弓を使用したいが、通り道が入り組んでおり障害物が多すぎる。ソ
ソ
ウマはボロボロになった冒険者の剣では無く流星刀レプリカを手に
取る。
ウマ
詠唱を開始し、全身強化魔法を掛ける。最後尾をダンテに任せ、自
分は炎鬼の先頭集団に突進する。
バトルソング
コウランから戦司祭の神官魔法によりパーティ全員に魔法︻高揚せ
し戦人歌︼が響き渡る。この魔法は戦う者の戦気高揚と勇気、身体
能力向上︵小︶が付与される。戦司祭の中でも高位の使い手しか使
えない魔法である。
援護を受けて更に移動スピードが跳ね上がる。勢いを殺さず、その
まま炎鬼と接近し斬りかかる。最初に剣と盾を持った炎鬼を装備ご
と斬り伏せる。
斬り伏せられた炎鬼の後ろから突き出された槍をスッと躱し、お返
しに距離を詰めて股下から上へと刀を斬りあげた。ブワッと鮮血が
舞い散るのも構わず前へと進む。
堪らず少し慄いた表情で斧を構えている炎鬼の後ろには、矢をつが
えた炎鬼の姿もある。最後尾のダンテは相手の攻撃を上手く捌いて
おり、背後からの攻撃の心配はまだ必要なさそうだ。
考え事をしながら炎鬼の振り下ろした斧の一撃を避けた。避けたと
ころに矢がビュッと襲ってくる。後ろにはコウランがいる。流星刀
レプリカで切り落とすと続けて2射目がくるが、落ち着いて叩き落
とす。斧使いと弓使いの連携が厄介だ⋮斧使いが攻撃動作に移る前
に接近し、斧を切断する。驚愕と恐怖の表情を浮かべた炎鬼の首を
左手で掴みながら弓使いに向けて駆け出した。途中で矢が射られる
も掴んだ炎鬼を盾として全て防ぐ。斧使いも暴れるがそれ以上に握
力を込めて黙らす。弓使いが焦っている間に肉薄し、掴んだ炎鬼を
押し付ける。そのまま流星刀レプリカの武技︻流星刀・イルマ︼を
発動して2体纏めて心臓部を串刺した。素早く抜いて2体分の首を
159
斬ってトドメを刺した。
振り返ると、大盾を構えたダンテが奮戦している。あちらにも弓使
いがいたのか周りには折れた矢が散らばっていた。コウランがダン
テの隙間からフレイルを伸ばし攻撃する。攻めあぐねていた炎鬼は
咄嗟のことに反応しきれず、棘鉄球が頭部に直撃し叩き割られた。
ソウマはレガリアを召喚し自分の後ろの警戒とレガリア内のアイテ
ムボックスを使い、装備の回収も念じた。了解の意思を示し、美味
しそうにレガリアが倒した炎鬼達を飲み込んで行く。
﹁ダンテ飛び越えるぞ﹂
﹁⋮!分かった。頼む﹂
2段ジャンプでダンテの前に躍り出た。炎鬼と打ち合い、胴を凪ぐ。
綺麗に胴体が切断された。最後の一体となった炎鬼が立ちはだかる。
﹁マサカ、コンナバケモノダッタトハ⋮﹂
喋ったことに驚きつつ、言い返す。
﹁お互いさまだ﹂
抵抗らしい抵抗も出来ず、最後の炎鬼は一刀のもと袈裟斬りにされ
倒れた。
ようやく戦闘が終わり皆、粗めの息をついている。
﹁ソウマの気配察知無しだったら危なかったわね⋮﹂
160
﹁同感です。お嬢様﹂
﹁BOSSまであと2階層。もうやめておくか?﹂
そう尋ねる。
﹁ここでやめても充分な稼ぎはとれたわ。だけど此処まで来たらB
OSSまで行きたくなってきたわよ﹂
勝気な発言につい、微笑んでしまう。ダンテも頷き肯定した。
﹁しかしソウマ、敵に化け物って言われるくらいアナタって強いわ
よね﹂
﹁そうか?これでも自分より強い者を何人も知っているんだが﹂
﹁げっ⋮アナタより強いなんてそんなにいたら困るわよ﹂
﹁⋮お嬢様、言葉遣いが汚いですよ﹂
﹁あはは、失礼。しかし世の中って広いのね∼私やダンテは其れな
りに出来る方だと思っていたのに⋮自信が崩れたわ﹂
﹁⋮それはよろしゅう御座いました。身の程をわきまえない自信な
ど成長の妨げにしかなりません﹂
﹁ダンテは厳しいわね∼でもそうね、もっと強くならなきゃ﹂
何処までも前向きなコウランが決意を新たにした所で、アイテム回
収が終わり出発した。
161
14階層へと降りるまでに何度か戦闘になったが、全員怪我をする
事がなく階段まで着けた。この階層を抜ければ遂にBOSS部屋と
なる。慎重に14階層へ降りた。
14階層は迷宮内の所々にキラキラと光る物が見える。試しに触っ
て見るとゴツゴツした感触ではなく、ツルッとしてほんのりと温か
い赤い鉱石だと感じた。もしかしてこの鉱石が赤熱石なのかも知れ
ない。こんな深い場所でしか採掘出来ないのなら貴重でなかなか出
回らないのも分かる。ジワジワと遂に此処まできたという実感が湧
いてきた。
14階層へ降りてきたばかりでノンビリと見学していたら、気配察
知より急激に接近してくる反応が2つあった。遠くから視認してみ
ると赤熱鋼製と思しき全身鎧を着込んだ炎鬼?らしき存在と、黄色
の精霊石がはめ込んである杖を持ち、鬼の紋章が刻まれたローブを
着た女性らしき顔立ちの髪の長い炎鬼が駆け寄ってくる。
自分達の10m手前で立ち止まり、全身鎧から声を掛けられた。
﹁我らは敵ではない、話は出来るか?﹂
くぐもった声だが不思議と不快を感じない声だ。頷き、先をうなが
す。
﹁感謝する。我は炎鬼衆筆頭の影柱と言う﹂
﹁私は炎鬼衆の神楽と申します﹂
ふむふむ全身鎧が影柱。ローブが神楽か。炎鬼衆⋮特別な地位に有
162
るのだろう。
﹁君達が我ら炎鬼衆の大盾の鎧羅を討った者だろう?あの戦いを見
たお館様がいたく気に入られてな﹂
﹁とくに銀髪のアナタと闘いをしたいと言って聞かぬのです。ご足
労だけど案内するから着いてきてもらってよろしいかしら?﹂
丁寧かつ素敵なお誘いだ。しかし大盾の鎧羅ってあの手強かった炎
鬼のことかな。もしそうなるとこの2体は正直あの炎鬼よりも実力
が上なはずだ。
お館様はきっとBOSS鬼のことだ。下手に逃げる選択肢を選ぶよ
りは楽に最下層へ降りれるに違いない。
何かあった場合の被害も少ないと思う。あとは何より私が日本人だ
からなのか、礼を尽くしてくれた相手を無下にしたくない⋮そんな
気持ちが勝った。
﹁丁寧なお誘いありがとう。少し仲間と相談してもよいかな?﹂
﹁そうか、構わぬ﹂
3人で輪になり、会議する。ダンテとコウランの意見も聞き、自分
の考えを伝える。結論としてお招きに預かりることになった。罠を
気にしても仕方ない。その時は⋮その時だ。
かくして炎鬼一行に案内され、BOSSの待つ15階層へと向かう
ことになった。
163
巨龍の間と炎鬼衆︵後書き︶
誤字脱字が多くごめなさい。見つけ次第修正していきます。
164
朱髪の修羅鬼
50年もの昔、この迷宮の地に龍が降り立った。当時から炎鬼族を
纏めておった妾は戦力を結集し、地龍と幾度となく迎撃戦を繰り返
した。
戦う度に仲間は減っていき、その都度仲間を喰ろうて地龍は育って
いった。普通の龍族ではそのような育ち方はせん。成長速度も異常
だ。何か作為的なモノを感じておったが打つ手立てがなく時だけが
過ぎて行った。妾の攻撃も口惜しいが龍を殺すまでには至らぬ。
⋮次第に地龍は大きくなり、より高次の存在である至高の巨地龍へ
と進化した。
他種族からBOSSと言われる個体である妾は洞窟内で有れば死ん
でも召喚陣から存在をリセットされ、また蘇ることが出来る。それ
を蘇りと感じるかはまた別の問題じゃが、死んでしもうた時の事を
考えても仕方がなかろ。それゆえ、妾も喰われ下手に成長さすまい
と堪えておったし、配下の炎鬼に諌められておったが、この上は単
身でもって抗戦し、死に花咲かせてくれようと思うた所で彼奴等に
出会ったのじゃ。
巨龍と男女2人の死闘は妾の想像を絶したナニカ⋮がそこにあった。
種族の差、個体の差と言われたらそれまでなのじゃが妾にはそうは
思わなんだ。個体としての個を磨き上げ、更に研鑽し、己を鍛錬す
る様は他と隔絶した輝きがあった。
その時からじゃろうか⋮妾は自分の力を見つめ直すキッカケを得た。
長として誰よりも強くあろうと炎鬼の中で誰よりも貪欲に強さを欲
した。あの時の彼奴等の死闘で感じた想い、技、力に憧れたとも言
165
っても良い。
きいん
血反吐を吐きながら鍛錬し、戦いを欲する姿に他の炎鬼の1部も共
感し、次第に個体のレベルを極めていった。
その際に極めた鬼だけが獲得するレアなスキル鬼印という種族特有
の身体能力の強化が発見された。
妾の他にも才能ある者は鍛錬の果てに、鬼印へと至る者が稀に現れ
る。
それ等の者たちを集め、炎鬼衆と名付けた。それに伴い洞窟内の鉱
石を集めさせた。人間種が発掘している鉱石を赤熱石。鍛治を得意
とする我々でも研究を重ね、鉱石を熱し、極限まで叩き、冷まし⋮
その繰り返しの果て、炎鬼オリジナル金属まで昇華させた。赤熱石
の不純物を除き99.9%の純度に達したモノを赤熱鋼と名付けた。
かいあって上手く出来た品の中には、レア級の判定がてる逸品が混
じるようになる。
ただ強さを追い求め、妾は気付けば50年⋮際どい戦いもあったが
只の1度として負けることなく生き残った。切磋琢磨し続けた結果、
炎鬼としての種族が変質し特殊個体︻修羅鬼︼と言われる個体に進
化していた。更なる強者と戦いたい。戦いだけが人生、強さだけを
愛している。いつか、彼奴等と命を懸けて殺り愛たいものよ⋮。
15階層へ案内された先を見つめる。
166
広いエリアに大きな宮殿のような建物があり、真ん中に重厚で大き
な扉があった。
その周りをマグマがとり囲むように流れている。グツグツと煮えた
ぎる光景は暑さを倍増させた。
宮殿の中に案内されると、空気が薄くなったような息苦しさを感じ
た。
コウランとダンテに目合わせすると彼等も頷いていた。影柱は兜に
隠れて表情がわからなかったが神楽はやれやれと呆れた表情をして
いた。
﹁お館様、そのくらいに﹂
﹃すまんかったな、つい⋮のぅ﹄
笑い声が響く。奥から身長180cmくらいの美女が出て来た。腰
元に大太刀を差し、純白の戦闘衣を着込んている。それはドレスの
ような煌びやかさがある。普通の炎鬼族は髪が焦げ茶色なのだが彼
女は朱色の綺麗な髪をしていた。おでこに3本の角がちょこんと突
き出ており、何だがギャップがあって可愛らしい。
﹃銀髪もおったか。なら早速始めるか﹄
身体中から発散される殺気を隠さず、目つきが細められる。
いやいや、BOSS級相手に普通タイマンなんて勘弁して欲しい。
皆で戦いますよ!
奥の扉に参られよと、影柱に言われ扉を開けると魔法陣があった。
先に行っておるぞと鬼達が先に飛び込んだ。意を決して続く。
167
異空間固定された場所には鬼の紋様が描かれた闘技場があった。明
らかにBOSS用とわかる程大きなが召喚陣がある。ここで冒険者
達と戦うのだろう。
﹃ほうほう、逃げなんだか﹄
上機嫌に鎮座していた朱色の鬼が声がける。後ろには影柱と神楽が
控えていた。
此方は準備を終えた。ソウマの頭装備は深淵の仮面を装備し全身強
化魔法を掛ける。召喚の指輪よりレガリアも召喚する。HP20%
以下で自動送還出来るように設定しておく。強敵の予感に⋮背筋が
震えた。
﹃此奴らには手出しさないゆえ、全員全力でこい﹄
朱髪鬼の身体から荒々しく闘気が溢れ出す。美しい朱色の髪を束ね、
そう吠えた。
﹃百夜、参る﹄
朱色の流星のようなスピードで一瞬の間に距離を詰められた。
振り抜かれた大太刀はギィンと鈍い音を放ち、ダンテの大盾とぶつ
かる。朱髪鬼の百夜から恐るべき力で二度三度と大太刀を振るわれ
るも、防御体勢は崩されることは無かった。
﹃折角呼んだのじゃ、そうこなくては面白くない﹄
ダンテが攻撃されている間に、コウランとレガリアが左右から仕掛
ける。
勢いづけたコウランのフレイルが空振り、その間にレガリアが足に
168
噛み付くが牙が肌を浅く傷つけただけだった。
﹃悪くはないけど⋮まだまだ弱い﹄
﹁くっ、当たんないわ﹂
コウランもレガリアも悔しそうにしている。自力の差がありすぎて
余り相手にされてないのが分かったからだ。それでも果敢に攻め立
てる。
朱髪の鬼の身に纏う闘気が大太刀に集約される。短く呟き太刀が走
る。
バーストプラーナ
﹃爆気﹄
重なりあった太刀と大盾からカァァンと甲高い音が鳴り、大盾ごと
ダンテが吹き飛ばされた。余波でレガリアとコウランも吹き飛んで
行く。
ソウマは1人距離をとり、皆が離れた段階で充分に力を溜めて引き
絞った矢を放つ。バァァンと弦が響き弓返りした。
一発目は太刀に阻まれるが間髪入れず、矢をつがえて射り続ける。
﹃ほっ﹄
避け切れなくなった矢が遂に腕に刺さる。流れた血を舐め、獰猛に
嗤う。
﹃闘気で強化した妾の防御力を超えるか。傷を負ったのはいつ振り
169
か⋮楽しくなってきたぞ﹄
ハウリング
﹁ここまで避けられたり、撃ち落とされたのは此方も始めてだ。正
直余り戦いたくない相手だよ﹂
アロー
そう答えながら、頭部、上腕部、脚部に追撃効果のある戦技︻共鳴
矢︼を発動。
この戦技は射る矢の威力は落ちるが一斉射撃の効果を得る。
ダンテは先程の攻撃から立ち直り、防御体勢を維持したまま此方へ
向かって来ている。コウランとレガリアも手傷を負っているが問題
の無い程度だ。
ハウリングアロー
狙いを定め、解き放つ。
戦技︻共鳴矢︼の効果で3矢に分離した矢が凄まじい速さで佇む朱
髪鬼に吸い込まれていった。
﹃やれやれ小賢しい技よの。武技︻紅華一刀︼﹄
それは朱髪鬼の眼前から刹那に紅蓮が巻き起こる。金属製でしかな
い矢は瞬時に蒸発した。余りの事に唖然となる⋮。
百夜が直接鍛え上げ、偶然の確率で純度100%という稀にない赤
熱鋼製の大太刀。
斬れ味もそうだが、何より百夜が求める攻撃力を追求した逸品は武
バリア
技に著名に現れた。武技︻紅華一刀︼は赤熱鋼純度100%の熱伝
導を操り、大太刀表面に3000度近い障壁を持続発生させる。ま
たその状態から極炎の刃を形成し4m級の大太刀へと変貌させる。
まず炎熱に耐性が無い者がこの武技を使うと消し炭になる可能性が
高確率だ。力を求めし者が出逢いし、必然からの偶然が実現した武
170
器がここにはあった。
そこまでの情報はソウマには無かったが、アレは喰らえば防ぐこと
すら不可能だと本能が警鐘を鳴らす!
朱髪鬼が此方へ駆けてくる。防御を構えようとするダンテに警告を
発して下がらせた。仲間の及ぼす影響を考え、こちらも弓をしまい
ながら駆け出す。超怖いがあの攻撃を接近戦で全て除けて対応する
しかない。
豪っと音が鳴り、炎の塊が脇横寸前を通過する。てか、熱い熱い熱
い!!
レジスト
アストラルリンク
後ろからコウランが魔法耐性を掛けてくれるが余り熱さは軽減して
くれない。︻精魂接続︼で炎熱耐性︵中︶も発動している。しかし、
だからまだこの程度で済んでいるのか?
朱髪鬼百夜が斬り上げて振りおろす。炎熱で視界が鈍り、見切りと
体術を併用して避けるソウマは吹き出す汗と心臓の鼓動が止まらな
い。炎の塊である極炎刀を避ける度に火傷が増えるので動きが徐々
に阻害されていくし、厄介な攻撃だ。
﹃良う避ける、これならどうかの?﹄
不敵に笑うと更に大太刀を操るスピードが上がった。
極限状態まで集中力を上げたソウマは無意識に懐の漆黒の短剣を左
手にそっと隠し持った。機を待ち、極炎刀を避けるに徹する。暫く
してそのチャンスは訪れた。上段からの大振りな攻撃を前に旋回し
ながら避けつつ、戦技︻音速斬り︵ソニックスラッシュ︶︼を込め、
171
斬りつけることに成功する。切断まではいかなかった。直ぐに反撃
がきて、全身に力を込め後方へ大きく跳び去る。警戒していたが追
撃はこなかった。
﹃銀髪⋮これはお主変わった武器のせいよな﹄
よく見ると大太刀からは極炎刀と化した炎が消え去っており、朱髪
鬼は苦しそうに答えた。
何のバットステータスが付いたのかは分からないが、極炎刀の効果
サンダルフォン
が切れてよかった。漆黒の短剣は傷を付けた者に様々なバットステ
ータスを一つランダムで付けることが出来る。対焰巨人戦で手に入
れた貴重な武器だ。
﹁さて⋮ね﹂
﹁ソウマ!酷い火傷。直ぐに治療するわ﹂
コウランが急いで回復と治療の魔法を詠唱してくれる。ダンテは無
言でソウマの肩に手を置き、私達の前に大盾を構えて防御体勢をと
ってくれている。
状況は苦しいがまだBOSS戦は始まったばかりだ。
172
朱髪の修羅鬼 2︵前書き︶
事故を起こしてしまい、少しの間更新をストップします。
現在ストックしてあった分の更新だけさせて頂きます。ご迷惑をお
かけして申し訳ありません。
173
朱髪の修羅鬼 2
ももよ
ソウマの漆黒の短剣で傷付けられた修羅鬼の右腕が少しずつ毒が回
り始めていた。BOSSとしての高い状態異常耐性を保有する百夜。
ただの状態異常攻撃なら、本来はこんな異常など起こるはずがない
のだ。つまり⋮かの特殊な武器を持つ眼前の相手は今までに無い尋
常ならざる敵だ。
恐怖よりも愉悦が電撃のように身体中に走る。もっと戦いを楽しむ
ために⋮邪魔なモノがあった。左手に大太刀を持ち替えて、かの鬼
おたのしみ
は躊躇せずに自らの右腕を斬り飛ばした。血が噴き上がるが筋肉を
締めて止血を行う。さて、死闘の時間の再開だ。
ソウマの装備は所々穴があき、全身は酷い火傷でボロボロだ。治療
前よりは随分マシになったが、戦いの際中ではきちんとした治療と
回復が出来ず、途中になったままだ。
色の変わり始めた右腕を斬り飛ばした朱髪鬼は、さも当然とばかり
平然と左手に大太刀を持ち替え戦意を滾らせている。
戦いにおいて彼女の存在は強く⋮どこか美しいと素直に思えた。全
力を尽くすが、出来れば魔法である巨人の腕や漆黒聖天のスキルは
使いたくないと思っている。理由は2つあった。
1つはレガリアになるべく破損の無い状態での修羅鬼の肉体を余さ
ず吸収させたい。
普通ならばこの迷宮洞窟レベルではありえない特殊個体⋮打算的だ
が是非とも手に入れたいと思った。2つ目に自分の実力がどのくら
いなのか?それを確かめる為にも切り札を使わない状態の戦闘力が
174
知りたかったのだ。まぁでも、命には変えられないし、緊急時には
使う予定だ。
修羅鬼との戦い⋮ダンテはこれ程の戦闘を見たことも参加した事も
無かった。長年コウランと旅をし、幾度となく魔物や時に人間と戦
ってきたが⋮一瞬一瞬に命を削り、気を抜けは死ぬことに繋がる戦
いがここにはある。
ちなみにこの戦いを見て幾度ソウマは人間では無いのではないか?
と思っているのは内緒だ。少なくとも、俺よりも遥かに頼りになる
男だ。悔しいがそれは認めている。
コウランはとある国の貴族であったが、権力争いに負けて一族が国
から出奔した事はまだ新しい記憶だ。私は貴族なんてガラじゃない
し、面倒なだけだったから正直これで良かったと思っている。
武芸の一族として幼少から厳しい訓練を課せられてきた。修行仲間
にはダンテも含まれていた。お父様は大斧を操る国1番の神官戦士
であり、お母様が巫女だったから周囲の期待も大きかった。回復魔
ソウマ
法と神聖魔法を使い、そこらの戦士には負けない技量は実力を兼ね
備えたモノだと思っていた。⋮彼に会うまでは。不思議な人だわ。
私達の勝利の鍵は彼が握っている⋮他力本願かも知れない。でも負
マスター
けないで欲しい。
マスター
レガリアは御主人様であるソウマにとても感謝している。強く優し
い御主人様のお役に立ちたい。あの鬼では無いがもっと力が欲しい。
産まれて初めての強さへの渇望が高まる。
修羅鬼が斬り捨てた右腕を密かに回収する。体内で異常の部分を治
175
マスター
療し保管する。これで鬼の残り全てを吸収消化すればまた強くなれ
るハズ。御主人様のお役に立てると嬉しそうに嗤う。
一つの場所に各々の気持ちが入り乱れる。朱髪鬼との戦いが再開さ
れた。
ソウマが2段ジャンプを使い、空へ駆け上がる。上空から狙いを定
め、力の限り狙い撃つ。
ドォォン、ドォォンと地響きのように音が鳴り、目に追えない程の
速さの矢を朱髪鬼はなんとか避けていた。それでも矢が身体に掠っ
ていくだけ度に肉体が削ぎとられていく。恐るべき威力だ。
ソウマが下へ着地しようとする所を狙って接近してくるも、ダンテ
が待ち構えていて道を遮っていた。
朱髪鬼が舌打ちをしつつ、全力で大太刀を振る。ガゴォン、ギィン
と火花が散りそうな音で防がれた。
出し惜しみは無し⋮と判断し、朱髪鬼は鬼印を発動させる。発動後
は真紅の瞳へ変貌し、かつてない程に昂ぶった高揚感を身に任せて
ダンテに接近していく。ダンテもかつての大盾使いの変化を思い出
し、瞬時に大盾のスキル︻忍耐︼を発動させた。
朱髪鬼の筋肉が膨れ上がり⋮大太刀を持ったままの左手で大盾を殴
る。
蹴る。太刀を振り切る。連続攻撃に対して徐々にダンテが大盾を構
えた状態で後ずさる。
︵これは⋮あの大盾使いと比較できん。なんという段違いの威力だ︶
176
忍耐スキルを発動しているのにも関わらず、盾越しにダメージ蓄積
量が半端ではない。たった十数秒に満たない攻撃だが盾を支える腕
の骨が軋み、掴む指の骨が折れそうになる⋮それでもこの大盾を離
す訳にはいかない。例えそれで俺の命が尽きたとしても⋮な!
着地と同時に朱髪鬼が突撃しているが、ダンテが防いでくれている。
時間を稼いでくれている間に2人と一体で襲いかかる。
まず上空からコウランが朱髪鬼の頭部にフレイルを叩き込むも、意
にも介されず、ガンと弾き返される。レガリアが大腿部に齧りつく
が今度は牙さえ通らない。
流星刀レプリカを扱うソウマの攻撃だけは肩から腹部にかけて袈裟
斬りにした。朱髪鬼は痛みを全く介さず、斬られた際に太刀を持つ
左手が瞬間的に動いてきた。
最初からソウマのみを狙っていたのだろう。肉を切らせて骨を断つ
⋮か。閃光のような速さで大太刀がカウンターで襲いかかる。見切
りで回避動作をとるも⋮不味い、最善でもこのタイミングでは全て
マスター
は躱し切れない。咄嗟に覚悟を決め、ダメージ軽減を意識して防御
した。
しかし、その前に御主人様の危機を察したレガリアがソウマに体当
りして大太刀の前に割って入った。激突した大太刀とレガリアは金
属が割れる反響音が鳴り響き⋮僅かな間のあと宝箱の後ろから刃が
飛び出す。そのまま貫通してソウマに突き刺さる。意識が途切れそ
うな激痛のなか何とか念じる。
︵レガリア⋮早く⋮戻れ︶
指輪が瞬光し、レガリアが強制送還された。力を振り絞って後ろへ
跳躍する。ソウマの左肺にはざっくりと縦に刀傷が入っていた。
177
息が上手く吸えず、呼吸が苦しいけど⋮高いステータス補正がある
この体のおかげでまだ動ける。後でレガリアに感謝しなきゃな。
ソウマ
修羅鬼は思う。銀髪は妾から見たらまだまだ粗削りだが、戦いの中
で成長を果たすなど、伸び代は大きいと感じる。
こんな命を燃やす戦いがずっと続けば良いと思うたが、そろそろ時
間切れが来たようじゃの⋮鬼印の効力が弱まっていく。
肩から力が抜けてゆく。もう太刀を持つのも億劫じゃ。自らの最期
を悟るが⋮それでも最期まで戦い抜こうかの。
モンスター
炎鬼衆である影柱と神楽は炎鬼という魔物という枠を飛び越え、新
エルダーゲート
たな種族としての生まれ変わった。少なくとも炎鬼衆と呼ばれてい
る者達は全て炎鬼人へと進化するに至った。この世界の歴史を紐解
ハイ・フレイム
いても極めて珍しく、異例だ。今後彼等は新しい種族として歩いて
いく。
オーガ
百夜の存在が消えるいま、次に召喚されるBOSSはただの上位炎
鬼である。経験も記憶もリセットされた彼女では炎鬼を導き、炎鬼
人へと至る炎鬼は恐らく皆無だろう。
我ら炎鬼人として存在しうるのは、あの巨地龍という存在と戦い、
強さを極めるために修羅鬼まで昇りつめた百夜の存在があってこそ
である。
いずれ迷宮洞窟を攻略出来ないことを理由に討伐隊が結成され、い
つかは強者に敗れると予感していた。それが今日だったということ
⋮。
178
影柱と神楽は主人の最期を涙を流しながらも⋮ソウマの一太刀が百
夜の首を刎ねた瞬間まで、感謝を込めて看取った。
長い時間を戦い続けて、ようやく決着がついた頃にはパーティの全
員が倒れ伏していた。
本来のBOSS鬼︵上位炎鬼︶ではなく、最上位鬼である修羅鬼。
尚且つ装備品も逸品揃い。高い迷宮補正も加わり、50年も負け無
しの高い実力を備えていた鬼として君臨したことも伺えた。
動きは鈍り、太刀捌きは弱まっていたが最期まで朱髪鬼は戦い⋮そ
してソウマの手で討ち取られた。首は誰が見ても悔いのない表情だ
ったと思う。見開いていた眼は⋮そっと閉じておく。
此方も無事な者はいない。ダンテは両腕が折れており、身体のあち
こちに酷い打撲の痕があった。それでも大盾はついに手離さなかっ
た。
コウランは回復魔法を連発し、血反吐を吐いても魔法の酷使をやめ
なかった。今は過剰に魔力の使い過ぎで気を失っている。
レガリアは非常な危ない状態だったが持ち直し、最後の方には自主
的に指輪から願い出て参戦していた。
強敵を討ち取った後の達成感がある。ソウマが首を落とした瞬間、
鬼の紋様の描かれた宝箱が3つ中央に出現した。
︻特殊進化個体BOSS︻修羅鬼︼討伐にて特別報酬が贈られます︼
ナレーションが鳴り、アイテムボックス内に特殊個体修羅鬼の報酬
が追加された。報酬の確認ついでにポーションをアイテムボックス
から取り出し、皆に振りかける。ソウマも痛みが若干引き、胸の傷
口も少し塞がれた。改めてボックス内を覗いてみると、有難い事に
179
特殊レア級
修羅鬼の魂魄結晶一つと修羅闘衣と呼ばれる特殊装備品が手に入っ
た。
修羅胴衣
鎧や戦闘衣といった装備品の下に着込む肌着︵上・下セット︶であ
る。非常に丈夫な修羅鬼の素材で出来ており、戦えば戦う程、発動
状態異常耐性︵小︶
スキルに備わっている効果が増加上昇される。
発動スキル
小心者には考えられない途轍もない装備が入っていた⋮特殊レア級
なんて初めてだ。
アイテムボックス
宝箱を開けると鬼に纏わる武具が一つずつ入っていた。ダンテとコ
ウランに何が入っていたのか確認を取り、魔法袋︵仮︶内にて預か
る。皆クタクタである。後日装備を確認しよう。
レガリアは修羅鬼の首と身体・装備品を既に体内に飲み込み、満足
気な表情?をさせていた。発している念話も喜色の色が強い。
百夜
今回はレガリアのレベルアップを第一優先としていたので、どれだ
け強くなるのか楽しみでもある。
百夜の後ろに控えていた炎鬼衆筆頭の影柱と神楽は、修羅鬼
の最期を確認したのち、此方に一礼し去って行った。多分だが⋮彼
等はきっとこの迷宮を出て行くのだろう。もしかしたら百夜から事
前に何か言われていたのかも知れない。彼等はもう、百夜が居ない
180
この迷宮洞窟に固執する必要はないのだから⋮。
全員疲れた身体を押して、何とか無事にアデルの町へと帰った。
181
朱髪の修羅鬼 2︵後書き︶
鬼印の設定をアップさせて頂きます。
鬼印↓肌が赤銅色になり鋼に近い皮膚となる。効果は痛覚無効と筋
力倍増。SPを全て注ぎ込むため長時間の使用は不可。
炎鬼衆はコレが使えないと入れない。
182
新たな戦技を求め、試練へ︵前書き︶
事故の影響により生活環境が一変しました。今まで以上にペースは
落ちるかも知れませんが、また書いて復帰して行きたいと思います。
休んでいる間、ご心配、ご感想・アドバイスありがとうございまし
た。
ブックマーク数も200から900へと増え⋮本当に皆様ありがと
うございました。励みに頑張ります!
183
新たな戦技を求め、試練へ
アデルの町へと帰ったソウマ達は揃って治療院へと直行した。全員
の怪我を重く診た魔法医から入院を勧められ、そのまま入院した。
アイテムボックス
パーティの初迷宮攻略が嬉しく、コウランがどうしても我慢が出来
ずにお祝いを始める計画を練る。ソウマは仮の魔法袋を使い、コッ
ソリ酒盛りをしようとして⋮当直者に見つかって揃って怒られたの
は言うまでも無い事実だったりする。
次の日、反省して退院した彼等は昼からきちんと酒場へ繰り出した。
昼間でもそれなりの人数の人間で賑わっていた。酒場のざわめきを
耳に感じながら、各々酒を片手に乾杯する。今回の戦いで得た戦利
品と宝箱の分配も行う。
まず赤熱石を含んだ武具を3人で分配する。ドゥルクと赤熱石の確
保を優先していたソウマ以外は必要としなかったので、分配後の残
った武具は売却する。多額の金額をコウランとダンテに振り分けら
れた。まとまったお金が手に入り、2人ともとても嬉しそうだ。
次に修羅鬼を倒した際に出現した宝箱の分配を行う。ダンテは鬼甲
冑と呼ばれるレア級の鎧を宝箱から開けていた。注視すると簡単な
レア級
説明が見える。
フレイムオーガアーマー
炎鬼甲冑
炎鬼を模して作られた甲冑。炎の祝福を宿した魔力鉄の純度を高め、
薄く伸ばした金属を多用している。鋼鉄製の鎧より軽く丈夫である。
184
発動スキル︻炎熱耐性︵微︶︼
迷宮と呼ばれる場所は数多くの先人達が挑み、今では攻略度のラン
ク分けが決まっている。
それによるとBOSSと呼ばれる個体が存在している迷宮のランク
は最低Cランク。攻略の最前線で確認されている中ではAランク迷
宮が現在攻略途中であると聞いたことがあった。他、踏破されてい
ない迷宮も数多く存在している。
Cランク迷宮のBOSSドロップ品であるため、レア級素材の魔力
を伴う金属を使用している。
ただその使用量が少なく、レア級の中でも最低限の品質になるが、
サザン地方の迷宮洞窟の本来のレア級武具である。
フレイムタイタン
ハイ・フレイムオーガ
このサザン地方にはC級フィールドBOSSの焰巨人討伐の際にド
ロップする焰舞シリーズと、C級迷宮BOSSの上位炎鬼討伐時に
ドロップする炎鬼系シリーズの2つがある。前者の方がまだ討伐し
やすい為、冒険者の中で人気の品となっている。
炎鬼シリーズの装備は探索者の中級者級でもBOSS討伐が難しい。
そのため入手が困難であり、レア級の品を手に入れたダンテは充分
に喜んでいた。
因みに前回の迷宮洞窟で戦い、炎鬼衆の鎧羅を倒して入手した赤熱
鋼の大盾の方が同じレア級の中でも防御力、スキル共に優れ、上位
に入る。
185
フレイムオーガガントレット
コウランの開けた宝箱は炎鬼手甲セット。上記の説明と一緒である。
コウランには重量があり過ぎて装備出来ず⋮どうせ売るなら知り合
いにと言い、レア級の装備品を執着せずにダンテに無理矢理売り飛
ばしていた。
ソウマの手に入れたのは魔杖である。
フレイムマジックロッド
炎魔杖
火の精霊石と魔力を通しやすい性質の木材を素材に使っている。炎
の魔法を使用する際の集中力を高める。
武技︻炎魔法威力増加︵小︶︼
実はソウマにだけ修羅鬼討伐時に報酬として修羅胴衣を手に入れて
いるため2人に申し訳なく思っていた⋮また修羅鬼が持っていた大
太刀や身につけていたモノまでレガリアが飲み込んでしまったため、
責任を感じていた。
そのレガリアは自分より格上だった相手の吸収消化に忙しいらしく
レガリア
⋮契約の指輪の中で静かに体内に取り込む作業に勤しんでいた。後
で魂魄結晶も渡す予定である。完璧に吸収した宝箱がどれだけ強く
なれるか楽しみだ。
今回BOSS討伐時に宝箱が3つも出てきたが、本来であればBO
SS一体につき宝箱1つが出現する。人数分の宝箱がドロップした
のは今回は修羅鬼が特別な存在であった為だと思われる。
今後の目的として暫くダンテとコウランの2人とパーティを組み行
186
動することにした。どうせならとダンテの残り2つ︵頭部装備と足
フレイムキャット
装備︶となった炎鬼系装備を入手し、ダンテに鬼シリーズ装備を揃
えて上げたい。
それにコウランとの炎猫のテイムの約束を果たそうと迷宮洞窟のB
OSS討伐に挑戦し続けることになった。ダンテは大盾の時から貰
い過ぎだと仕切りに遠慮していたが。
体調も体力も万全に期すために、2∼3日全員休みをとる事になっ
た。
コウランにも申し訳ないと感じているので⋮炎鬼系アクセサリーや
装備出来る品が出現したら、優先的に譲る約束をした。被りの装備
や他の装備品の場合はまた要相談となる。
そんな話をしながらマッタリしていると他の冒険者のテーブルから
最近聞いた単語が聞こえた。確か拳嵐がどうとかコウトカ⋮?
気になって聞き耳を立てていると、どうやら拳嵐のメンバーが焰巨
フレイムタイタン
人討伐へ出て行方不明になったらしい。どうやら同行していた赤髪
の2人組の証言らしいのだが⋮焰巨人討伐後に何者かに襲われたそ
うだ。メンバーの抵抗虚しく、そのまま散り散りとなったようだ。
赤髪2人組の男女が何とか町へと戻り報告に至ったらしいが⋮ベテ
ランが行方不明?どんな状況だったのか疑問は尽きない。
お酒の力もあってか話も進み、コウランが実は元貴族だったことや、
ダンテの趣味が料理だったりと意外な事実を知った。
話も盛り上がり、お酒のペースも進んでベロンベロンに酔ったコウ
ランを担ぎ、ダンテが割り当て部屋へ寝かせていった。彼もこのま
ま自分の部屋に戻り、休むそうだ。そんなに呑んでない様子だった
から、もしかしたらお酒は弱いのかも知れない。
187
3日後の午前中に酒場で会う約束をして別れた。
バトルスミス
ソウマもほろ酔いな気分で鍛冶屋へと向かう。戦闘鍛冶士であるド
ゥルクが赤熱石を手に入れたら暫くここに泊まっているので来て欲
しいと頼まれていたのだ。
相変わらず大きな鍛冶屋だ。店員さんに聞いてドゥルクを呼び出し
て貰った。店員さんにお礼を言い、暫く待っていると奥からドゥル
クが現れた。
胸には耐火性のエプロンとグローブ、手には金属金槌を握っている。
挨拶もそこそこに、迷宮で入手した戦利品の赤熱石を含んだ武具を
見せ、これで大丈夫か?と聞くと目尻を下げ頷いた。そしてボロボ
ロになった冒険者の剣を取り出して謝る。
ジッと剣を見つめ⋮着いてきてくれと言い、奥へ持って行ってしま
った。何をするのか興味があったので言われたまま後を着いて行く
と、鍛治場がある大部屋に到着し、そこに髭の大きな貫禄のあるド
ワーフが座っていた。この鍛治屋の総責任者らしい。
彼に何事か呟くとドゥルクは、奥の工房へ入っていった。奥には作
業場と思しき場所があり、台の上に大切に剣を置いた。どうやら炉
に火を入れ剣を打ち直すようだ。
そのままゆっくり見ていても良かったが、じっくり剣の状態を確認
したドゥルクに今日1日では終わらないから剣を預かる⋮と伝えら
れた。後日伺うことにした。赤熱石の武具を置き、ドゥルクに声が
けて鍛冶屋を後にする。
屋台で鳥肉の焼ける良い香りがしてきた。胃袋が鳴り、少し小腹が
空いていたことに気付く。アデルの町の名物の嘴長鳥の焼き鳥を2
188
本買って口に放り込む。最初に食べた時は気づかなかったが嘴長鳥
は迷宮洞窟前で襲われた魔物だ。筋力が発達しており、飛行中の突
進はなかなか侮れない。突進を喰らっても自分には余り問題なかっ
たけど。
食べれる部分は筋肉質な所が多いが加熱すると繊維がホロッと噛み
やすく、食感と共に肉汁が広がる。岩塩も肉の旨みを引き出してお
り、屋台では食べやすい品として人気を博している。
バトルクロス
そういえば剣もだけれど、防具もボロボロだった⋮当初、頭装備用
バトルクロス
の戦闘衣を作って貰う為に集めた硬殻蜘蛛の素材が無駄になりそう
だ。
バトルクロス
ボロボロになった硬殻蜘蛛の戦闘衣を処分し、防具屋で弓士用に誂
えた動きやすさがメインの戦闘衣を選び、上下セットで買って装備
した。色は黒色で着心地も良くて満足だ。
そういえばまだアデルの町の道場には寄っておらず、この機会に訪
ねてみた。
道場の中にいたのは艶のある30代くらいの女性で、彼女がこの道
場の教官で名前はグリッサ、獣族の女性である。彼女に頼み、弓と
アーツグリモア
片手剣の熟練度を見てもらうと⋮どうやら剣系戦技と弓系戦技と2
つがあるみたいだ。その後道場の奥へ入り、戦技魔辞典にて該当す
る戦技を調べている間、椅子に腰掛けてゆっくりと待つ。
待っている間、道場の本棚に[戦技と武技について]とタイトルが
あった。薄めの厚さで初心者用に作られた分かりやすい本であり、
誰にでも理解を得てもらう為に置いてあるという。今まで何となく
使っていたが⋮そういえば良くは知らないな。試しに手に取り、読
み始めた。
189
最初に戦技とは、職業毎に定められている奥義や技術のことである。
自身を鍛えた先に授かり、習得することが出来る。
更にその先を目指し、技を使いこなす者が先達者として当道場など
の施設で教習することが出来ます。是非、積極的に⋮ってパンフレ
ットか。
続きを読むと、また武技とは優れた武器に宿る固有スキルを使用し
た攻撃のことである。基本武器に込められている魔力を使う為、回
数制限があるが有効なスキルが多い。例外的に自身の魔力を媒介し、
より強大な力を引き出す効果の武器もある。
パタンと本を閉じた。すごく簡単に分かりやすい説明文だった。丁
度グリッサ教官から声が掛かる。
戦技
強打がもうすぐ熟練度を満たし、新たな戦技に昇華出来そう
ハードショット
弓の方は熟練度を満たしている。
戦技
オーラスマッシュ
だと教えて貰った。昇華後は氣術と併用して放つ事が出来る
気力撃を習得可能だと言う。
この戦技の補助と気の融合により爆発的な攻撃力を得る技だ。
ただ、特に剣系統と盾系統の担当であるグリッサ教官では、熟練度
は専門スキルの発動で判明出来るが、今回は教える分野が違うので、
弓系統の戦技の伝授は出来ないと言われた。現在アデルの町に不在
である師範が担当する者なので、帰ってきたら彼に教えて貰うと良
いと伝えられた。
付け加えて、氣術系の説明を教えて頂いた。
氣術は戦技等とは違い、生まれ持ってきた先天的な素質か、稀に修
練により授かる後天的な才能に左右される。伸ばすにしても特別な
修練を修めないと習得出来ない術である。
190
プレイヤーは職業によって覚えるため確実な習得が可能である。ア
イテムボックスの使用やスキルの多さ、果てはマップ機能など、こ
の世界の住人より優遇されていると思う一つである。第3次職であ
る閃弓士はLV30台で操気術を覚えることが出来るとネットに書
いてあったのを覚えている。早い職種では第2次職でも、後半で闘
気術や操気術を使える使い手が存在する。
しかし、折角なのでアデルの町の師範さんに教えて頂くつもりであ
る。
レベルが足りていないのに、指導だけでスキルを覚えることが出来
るのか検証も兼ねようと思っている⋮と言うのは建前で、師匠以外
で弓の技や練習、修業をするのは久しぶりなので、どんな内容なの
か早く受けたいと思っていた。非常に楽しみである。
オーラスマッシュ
話は逸れたが、気力撃など氣術系統の戦技は、最低でも操気術か闘
気術を習得していないと扱うことが出来ないとの事。
プラーナ
簡単に説明すると操気術とは、物質に干渉して装備品などに己の気
を宿し耐久度や攻撃力、防御力を上げる術である。最初は武器か防
プラーナ
具の何方からか始める事が基本だという。闘気術のように自分自身
に気を纏わす事は出来るが、闘気術に比べその効果は低い。
プラーナ
プラーナ
闘気術とは反対に自身に気を纏わせ攻撃力と防御力、瞬発力などを
上げる術である。此方も武具に気を宿すことが出来るが、その効果
は操気術に比べて低いものとなる。
戦いのセンスがある者は後者を選ぶことが多く、盾士や弓士などは
自分の獲物を強化して戦う前者が多い。
191
何方も言えることは向き不向きがあり、選ぶ際は熟慮することが求
められるとハッキリ言われた。
因みに教官は闘気術と相性が良く、師範は操気術を会得している為、
何方かを教える際はお互い専門に分かれて教えているらしい。
それと大事なことだが強化魔法の魔力︵SP︶と氣術︵HP︶との
併用可能で自身に効果の二重掛けが使用可能となる。
でも実際、理論的には可能だけれど魔法も氣術も併用出来る才能あ
る人は滅多に居ないんだけどね、と笑いながら教えてくれた。
オーラスマッシュ
プラーナ
先も説明したが気力撃は基本的に操気術が使えないと扱えない技。
戦技として発動する専用の練り込んだ気を込める為、媒介となる武
器はそれに耐え、増幅させるだけの器の武器が必要となる。
つまり武器はレア級以上は無いと使用に厳しいし、ノーマル級の武
器に氣術系統を込めれば戦技に限らず、纏わすだけでも全損する可
能性が高いということだ。闘気術も同じで、鍛え上げていない肉体
で仮に氣術を使えば崩壊する恐れがある。
そんなリスクもあるが、使いこなせればリターンも大きい。教える
方も使い手を選ぶ技術である。
次に片手剣の熟練度と戦技の熟練度を見てもらう。
192
ソニックスラッシュ
片手剣の熟練度も新たな戦技昇華域に達しているという。愛用して
いる剣の戦技︻音速斬︼が熟練度を満たしているそうだ。また習得
している全身強化魔法の2段ジャンプの習熟度が適正値を超えてい
るため、音速斬を昇華出来る際の選択肢が2つあるという。
本来であれば戦技︻天昇斬︼と言われる戦技を会得する修業内容に
なるのだが、今回会得前にBOSS討伐という取得条件をクリアし
ていた為、戦技︻天音斬り︼が選択肢に上がった。
︻天昇斬︼と言われる戦技は、上空から風属性の付いた2斬撃を降
らせ対空補正もついた使いやすい戦技となる。弓戦技の︻飛竜︼と
似たような感じだ。
ソニックスラッシュ
︻天音斬り︼の戦技は、音速斬の3倍SPは消費するが上空から聖
属性の複数の斬撃を降らせる。
聖属性の攻撃は珍しい部類に入る。聖職者の魔法︵付与を含む︶や
魔力に聖属性を宿した武器での攻撃︵武技も含む︶、また天音斬り
ゴースト
に限らず、聖騎士や聖僧兵等の職種により聖属性付きの戦技がある。
アンデッド系や幽霊系等の闇属性や邪属性系などに効果が高い。
因みに音速斬の戦技単体での昇華技は︻真空閃︼と言われ、対空・
対地の両補正がつく。真空を発生させ、1m強の範囲で刃もして飛
ばすことが出来る。
エルダーゲートでは、どんな技に昇華していくかはプレイヤー次第
だったので、それも楽しみの一つとなっていた。
習得条件は揃ったので、教官に稽古と修業を付けて頂くことになっ
た。
193
昇華した戦技は戻す事が出来ないから、後悔のない選択が必要だ。
自分が選んだのは戦技︻天音斬り︼。聖属性は誰でも1度は誰でも
憧れるハズ⋮ロマン趣味が勝りました。
習うに当たり、天音斬りとはどういった技なのか⋮説明を受け、よ
り理解を深める。簡単に実践しながら次に型をなぞる。何度も何度
も頭と身体に染み込ませるように⋮反復訓練してようやく形になる
頃には日は夕方になっていた。弓もそうだが正しい練習とイメージ
を大事に一射を振り返りながら行う。練習では一つとして同じ型は
ないのだ。
この修業に対して教官の許可も降りた。グリッサ曰く、教官人生の
中で今日中にこの段階へ進む人間は君で2人目だと驚かれた。
自分の他にもそんな人がもう1人いたんだな⋮折角なので名前を伺
うとアシュレイと言う名前だった。いつかで何処かで会えれば良い
と感じた。
﹁今日で型の練習の最終まで行くとは思ってなかったわ⋮実地試験
でクリアするんだけど⋮どうしようかしら﹂
少し困ったように答えた。
﹁2∼3日は時間はあるので、良かったらすぐに試練をうけたいの
ですが﹂
⋮暫く迷った後、グリッサは試練はひたすらアンデッド系の魔物を
倒すことが条件であることを伝えられた。無茶振りに応える代わり
194
に特別に美味しいお酒と修業料を弾むことを了解させられた。
﹁そうね⋮じゃあ準備が出来たらここからすぐ東にあるサザン地下
墓地へ出発するわよ﹂
﹁地下墓地ですか?﹂
ネクロマンサー
﹁そうよ∼でもダンジョンではないわ。昔、巨地龍の件で町の冒険
者達も数多く亡くなったわ⋮当時、アデルのとある死霊魔術師がサ
ザンの町の戦力の低下をアンデッド系モンスターで増強出来ないか
と言い出してね。アンデッドと相性の良い地下墓地まずは実験と称
して、大量のアンデッドを喚び出しちゃったのよ﹂
一拍おいてグリッサが答えた。
ネクロマンサー
キャパシティ
﹁その中にね、大量に召喚されたアンデッドに高位アンデッドのリ
ッチが混じっていたの。死霊魔術師が容量不足で逆に乗っ取られて
⋮大量のアンデッドが彷徨いでて町を襲ったわ。何人もの犠牲者を
出しながらも封印する事に成功した時は⋮激戦で私も死ぬかと思っ
たわ﹂
当時を思い出したのか少し険しい表情をしていた。住人達がやっと
ここまで町を再興したため、彼等は胸に誇りと粘り強さを抱いてい
る。
リッチ封印後も地下墓地からの瘴気が何故か止まないため、地下墓
地の入り口を聖銀製で出来た結界で覆う。結界内からは出で来ない
が瘴気の所為でスケルトンやゾンビ系、少し強くてグールリッパー
等が彷徨うようになる。
時々ギルドへ討伐の依頼を出しているが、壊滅することはなく根本
195
的な解決には至っていない。
現在は低位のアンデッド種が多くいるため、このように耐魔の技を
磨く時の試練や聖職者系統の職種に就く時の対アンデッド対策用の
修練場所として活用していくことになったそうだ。かつての悲劇に
負けず、更にこの町の戦力が強くなるように⋮彼等は利用すること
を選択した。
お互いの準備のため、一旦別れた。
その間にレガリアを宿に召喚して修羅鬼の魂魄結晶を与えた。夢中
で喰らい付き、バリバリととても美味しそうな音を立てて咀嚼して
いく。
レガリアが飲み込むと同時にナレーションが鳴った。
百夜を擬態可能です。擬態を開始します
ももよ
︻修羅鬼の魂魄結晶と肉体98.4%消化しました。討伐者特殊条
件を満たしたので修羅鬼
か?もしくは吸収して経験値とスキル︻限定的闘気︼スキル︻金剛
力︼に変換しますか?︼
スキルの金剛力や限定的闘気?なるものは捨てがたいが⋮かなり悩
百夜100%完了
んだ結果、修羅鬼再来を願い、擬態を選択した。
リライト
︻現在レガリアの擬態枠に書換中です⋮修羅鬼
致しました。擬態スキル︵E︶の為、20%再現出来ます。今後ス
キルLVアップにより効果は増加します︼
試しにレガリアの擬態スキルを使い、修羅鬼を再現する。
レガリア擬態︵1/3︶
196
ももよ
ユニークユニット
修羅鬼︵特殊個体︶
名前︻百夜︼
種族
職業
太刀使いLV87︵ブレードマスター︶
サブ職業
鍛治士LV50︵後天的取得︶
スキル
バーストプラーナ
太刀装備補正︵A︶軽鎧・戦闘衣装備補正︵C︶
鍛冶︵B︶
炎熱耐性︵極︶
炎熱属性︵極︶
我流闘気術︵刀に闘気を集約して爆気・身体攻防アップ︶
剛力
状態異常耐性︵大︶
常時スキル
鬼印
マスター
﹁御主人様如何でしょう?﹂
抑制のない声で話すレガリアは頭部に3本角、身長は180cmで
姿ともに修羅鬼そのものだった。レガリア曰く、記憶や経験もコピ
ーされているそうだが、現在擬態スキルLV︵E︶のため本来のB
OSS級だった頃の実力は出し切れないそうだ。
使いこなすためにはレガリアのレベルを上げて擬態スキルLVを上
げていく事と、魔物としての進化を得て種族特性による自身の力の
197
底上げが擬態した者にもフィードバックされると教えてくれた。始
めての手足の動かし方に違和感があるのか、ぎこちない。仕切りに
動作修正を行っている。そんな仕草も可愛い。暫くレガリアのリハ
ビリ動作に付き合った。そして、かつての強敵の再来に胸が熱くな
った。
アストラルリンク
なお、修羅鬼擬態時は精魂接続の恩恵を得られないとの事。現在レ
ガリアはLV32になった所である。LV50まで到達すれば新た
な固有スキルと擬態レベルが上がるはずだ。
ソウマは食糧を買いだめして、地下墓地にて始まる試練へと備えた。
その後教官と合流し、2人でサザン地下墓地へと出発した。
198
新たな戦技を求め、試練へ︵後書き︶
誤字脱字など、また有りましたら改めて修正して行きたいと思いま
す。
199
サザン地下墓地での修行︵前書き︶
ブックマークが1100を超えました。皆さんありがとうございま
す。こんなに読んで頂けて大変嬉しいです。
またご感想ありがとうございます!至らぬ作者ではありますが、ま
たよろしくお願いします!
今回暗めのお話となります。
200
サザン地下墓地での修行
グリッサは門番に声をかけ、何かあれば連絡して欲しいと言伝てか
ら出発した。サザン地下墓地はアデルの町からすぐ東側にある共同
墓地である。地下に墓地を造ったのは外敵からの侵入が難しく、荒
らされにくいと考えたからである。墓地の入り口には墓守りの小屋
が建っている。
入り口に到着したソウマ達は地下墓地に入る前にグリッサから説明
を受ける。
﹁着いたわね、今から試練内容を説明します⋮って言っても町で説
明した事と変わらないわ。ひたすらアンデッドを倒して﹂
﹁⋮ただ倒すだけでいいんですか?﹂
訝しげに思える内容だが、グリッサは変わらず答える。
﹁ええ、型を修得したから次は実戦。天音斬りの型を納めている今
の状態なら、片手剣を使った攻撃にいずれ聖属性が混じるようにな
るわ。それが出来れば型と組み合わせて戦技︻天音斬り︼の習得完
成になるわ。アンデッドを相手に選んだのは聖属性が発動している
か1番わかりやすいからよ﹂
納得した所で地下へ降りた。狭い通路を抜け、墓地へ到着する。地
下墓地と言われるだけあって空洞は広く大きい。外からでは感じな
かったが、中はヒンヤリと冷たく瘴気と濁った空気がその場を支配
していた。
201
﹁⋮変わらないわね、ここは﹂
グリッサが呟く。降りて間も無いが生者の気配を感じたのか早速ゾ
ンビ達が近寄ってきた。
﹁私は君が危ないと感じた時に動くから、後は頑張ってね﹂
と、笑顔で伝えられた。確かに自分の訓練だし⋮そりゃそうだ。
最初から腰に履いていた流星刀レプリカを鞘から抜く。暗い空間で
も淡く無属性の魔力の輝きが見える。
﹁⋮見事な拵えの鞘だと思っていたけど、もしかしてその剣は魔力
武器なの?﹂
﹁ええ、もしかして魔力武器を使用ては修行としてダメでしたか?﹂
慌てて聞くが、大丈夫だと答えられた。
﹁そんな若さで魔力武器なんて凄いわねって⋮思っただけなのよ。
勘違いさせてごめんね﹂
﹁大切な友人からの貰い物なんですよ。大事に使っています﹂
﹁あら、気前の良い太っ腹な友人ね。今度是非私にも合わせて頂戴
な﹂
と、お互い軽口を叩きながら戦闘を開始し刀を振る。一体目のゾン
ビの首がスパッとずれる。しかし、まだ動きは止まらない。
202
﹁アンデッド系の魔物はどんなに弱くても四肢をおとすか、核を壊
さない限りは襲ってくるわよ?﹂
﹁それは面倒ですね⋮なら﹂
魔眼︻魔力探知︼を発動させゾンビを見ると心臓部に光る核が見え
た。
ゾンビの振り下ろした攻撃を避け、前胸部から鋭く真横に斬る。ス
ンっと綺麗な音を立ててゾンビは崩れ落ちた。次の相手も核を突い
たり、斬り裂いたりと連続攻撃する。ゾンビ3体相手に倒す時間は
数秒も時間はかかっていない。
奥から巨大な魔力反応があるが、全く動いていない。アレがリッチ
の封印場所かと検討づける。周辺から様々なアンデッド系魔物が寄
ってくる反応がある。歩き回らなくてもいいのは楽だと思ったソウ
マは全身の力を一度抜き⋮リラックスさせた状態で挑もうとする。
聖属性が発生する兆しは見えない。戦いはまだ始まったばかりだ。
グリッサはソウマのことを生意気な男の子だと思っている。
今日中に最終修行を頼んでくるなんて、いくら才能があっても無茶
する子供だとも思っていた。実際にこの地下墓地で戦えば修得の難
しさとアンデッド系の討伐の難しさに根を上げる⋮と感じていた。
面白半分、若さゆえの傲慢さをへし折ってやろうと考えていたが⋮
此方の認識を改めるしかなさそうだ。
戦い方もなかなか様になっている。誰について修行したかわからな
203
いが、剣閃も美しく、動きに無駄が無い。どの流派だろうか?
センチネルアーチャー
道場や剣技と弓技の熟練度を尋ねに来たことから恐らくソウマは、
近接も遠距離戦もこなす戦弓師だと検討をつけた。
そうならば弓がメイン武器のはずだが⋮これでこの剣捌きならぬ
刀捌きなら、弓はもっと凄いことになるだろう。
あっ?今度は多数のスケルトン相手にすり抜けるような立ち回りを
見せていた。必要最低限で躱す体術に彼は一体何者だろうと勘繰っ
てしまう。一体、また一体と綺麗に骨ごと切断されていくスケルト
ン達は攻撃すら当てられずに倒れていった。
着々と倒していくソウマに興味を抱いたのは当たり前の結果だった。
グリッサはこの場にいないある男を想った。もし彼に協力を得られ
るなら、レイフォンスの苦労は少しは減るだろうと⋮想いは過去へ
と遡っていく。
ネクロマンサー
このサザン地下墓地で48年前にとある死霊魔術師が倒れた場所で
ある。彼女の名はヘキサ。アデルの町にアンデッドの暴走という災
厄をもたらしてしまった人物と言われているが、詳細が分かってい
ない。その辺の資料が全く残っていないのだ。
204
獣人族グリッサと人族レイフォンス⋮後の教官と師範となる彼等と
仲が良く、パーティを組んで行動していた。
当時グリッサは獣人族の神教学校の同年代からは神童と呼ばれる程
の才能があった。卒業後、神殿からスカウトされる。同じ名を授け
られた剣と盾のセット、聖剣グリッサと聖盾グリッサを持つ史上最
年少の聖騎士となった。
レイフォンスは必要以上に話さない⋮寡黙だが優しい男である。弓
斬魔士に就いている腕利きである。
と対魔術と呼ばれる術を行使し数々の迷宮を踏破した。この大陸で
は珍しい職業
2人は巨地龍を討伐するチームに呼ばれていたが、両者とも遠くに
出掛けていた為、彼等が町に到着する頃には巨地龍はアイラとユウ
トの手により、既に倒れてしまっていた。
数多くの腕利きの冒険者達が亡くなり、迷宮で栄えていた町は少し
ずつ廃れていた。
せめて間に合わなかった責任も感じて町のために何できないか?と
ネクロマンサー
思い、この町へ暫く逗留することを決めたのだ。
逗留の際にこのアデルの町の領主の娘であった死霊魔術師ヘキサ・
アデルは彼等に恩義を感じ、行動を支援したり手伝ったりとしてい
く内に、次第に共に戦う仲になっていった。
ネクロマンサー
ヘキサは生まれ育ったこの町と住人が大好きだった。領主の娘とし
て職業を選ぶ際、適正があった職は死霊魔術師と聞いて実は落ち込
んだこともあった。死霊魔法を用いて戦う暗いイメージが強いから
だ。
しかし他の一面には聖職者と共に亡くなる人を安らかに見送る職で
ネクロマンサー
もあった⋮その事実が次第に自分に向いていると感じてきた。その
おかげか次第に頭角を現し、サザン地方一の死霊魔術師となった。
205
ネクロマ
お祝いに領主である父親から、この町で亡くなった英雄である装備
ンサー
サモナー
品の1つを譲り受けた。それは召喚霊具と呼ばれる。極めた死霊魔
術師や召喚士と呼ばれる職に就く者なら、いずれ装備に込められた
力を使い、英霊を呼びたすことも可能なハイレア級の逸品であった。
亡くなり見送った人の中にはヘキサを気に入り、助言や力を分けて
くれる存在もいたし、現世で残した恨みや悔恨を供養したりと⋮人
から見ればお節介とも思える愛情深き人物だった。グリッサやレイ
フォンスはそんな彼女に好意を抱き、冒険者不足で難題を抱えてい
る町の役に立てるよう進んで問題を解決していった。実力のあるパ
ーティの誕生に知名度は徐々に上がって行った。
更に彼等の存在を世間に知らしめたのは、ある邪教教団の壊滅の依
頼を受けた時である。依頼した小王国の兵士と共に包囲作戦を展開。
王国内に潜伏して順調に邪教教団を追い詰めたのは良いが、壊滅さ
せきれなかった。残った教団全員は命を引き換えに、怨霊魔獣復活
の儀式を行い、成功してしまった。
ソウルドレイン
復活した怨霊魔獣カザトゥスの攻撃に王国の兵士は激減していく。
噛み付かれ、爪で引き裂かれる。魂魄吸収で眠るかのように息を引
き取っていった。
兵士の攻撃はカザトゥスには弾かれダメージを与えられない。生き
ーティは苦戦を強いられ、危うい状況まで陥ってい
残った兵士を下がらせ、ヘキサ達が前へ出て対峙した。
たった3人パ
た。怨霊魔獣カザトゥスは召喚者の命を喰らい半実体化する特殊な
ソウルドレイン
魔獣である。6mもある巨大な獅子の身体に、3つの髑髏を頭部に
被った魔獣だ。髑髏からは噛みつき攻撃や魂魄吸収の攻撃が続く。
半透明の身体は通常の攻撃では全くダメージは与えられない。魔力
を持った属性攻撃しか有効しない厄介な相手である。
206
いくらグリッサが聖剣を用いてダメージを与え、レイフォンスが対
ネガティブエナジー
魔の力を宿した戦技を凝らすも、カザトゥスは倒れる気配がない。
BOSSでは無いが膨大な負生命力を誇るカザトゥス。
ヘキサは防御に専念し死霊魔法の負のオーラ、骸骨盾を使いパーテ
ィ全員を守っていたが、徐々に押され始める戦況に全滅が見え始め
た。この場所に味方もおらず、王国兵士は満足に戦えない。
このまま全滅するのならば⋮と、命を捨てる覚悟をした3人は一つ
の賭けにでた。
まずグリッサが聖剣と聖盾の聖属性を媒介し、パーティ全員に強力
な聖属性結界を張った。短い間だが闇属性であるカザトゥス相手な
らば全ての攻撃を遮る。
続いてヘキサ自身の生命力の80%を代償にする。
そして召喚霊具を媒介し、死霊魔法の英霊召喚を行い、名のある英
霊シルア・ランバドアを召喚した。その威圧感と清浄な雰囲気は圧
巻の一言に尽きた。急激な生命力の減少に苦しそうな表情見せてい
るヘキサだぅたが降臨した英霊に願いを伝えた。
英霊は頷き、清浄の加護を宿した斬撃を用いてカザトゥスに突貫し、
頭部を薙ぎ払って吹き飛ばした。
大ダメージで弱ったカザトゥスの反撃する間も許さず、斬魔士とし
ての固有スキル︻対魔︼を全開にした。直後レイフォンスの能力を
絞り出した操気術を併用した戦技︻斬魔氣弓︼の一撃を放つ。鋭い
風きり音を鳴らしながらカザトゥスの胴体に大きな風穴を開け、更
に内部から魔力によるダメージを与えた。そのまま攻撃の手を休ま
せず、後のことなどは考えずに破魔矢の雨を降らせ続ける。
聖属性結界を維持し莫大な魔力を吸われたグリッサだが、ヘキサと
207
レイフォンスの攻撃を見届けた後、自身も攻撃に専念した。
カザトゥスの身体のいたるところに傷跡が増えていく。グリッサも
傷だからけだ。反撃を受ける際、重傷になると判断した攻撃は盾を
使って防ぎ、それ以外は躱すか当たるがままにしていた。
ホーリーク
ブロ
レス
イス
ズラッシュ
粘りに粘り、堪らず逃げ出そうとしたカザトゥスの背に勝機を見出
す。
渾身の力をこめ、聖剣グリッサの武技︻聖炎十字斬︼を発動させて
カザトゥスの存在ごと聖炎で滅した。
この件でヘキサは過去の英霊をシルアの力が召喚霊具に宿った。次
ネクロマンサー
に召喚する際はもっと少ない代償ですむことになる。
英霊を召喚する力量は現代における最強の死霊魔術師の1人として
知られるようになった。
生き残った兵士と共に小王国へ帰り手当と治療を受ける。
ヒーラー
1番重傷だったのはヘキサであり、無理矢理生命力を召喚霊具に注
ぎ込んだ為である。
英霊召喚は本来ならば周りに回復役がいて、厳重注意のもと行うべ
き儀式である。チカラ亡き者ならば生命力を召喚霊具に吸い尽くさ
れ死んでしまうからである。
そういった経緯で彼女は目も覚まさず、3日間生死を彷徨った。
心配したレイフォンスも自身の傷をおして懸命な看病を行った結果、
命を取り留めた。これがキッカケで2人はお互いの気持ちに好意よ
りも深い愛情を築いていくことになる。グリッサ自身もパーティの
側で接していく内に、頼りになるレイフォンスに信頼と淡い恋心を
抱き始めていたのだが⋮ヘキサとの恋を祝福し、気持ちを閉じ込め
た。
208
ここからはアデルの町の歴史に途中隠されし黒歴史が始まる。
それから何事もなく1年の月日が経ち⋮変化は突然に起こった。こ
れまで何とかアデルの町を支えてきた面々だったが、巨地龍討伐の
話を聞き、この町の防衛力が弱っている噂を聞きつけた南西の国
ロースアンテリア王国から2万人規模の軍隊が進行中だという。
これまでとは比較的にならない規模の戦争が起こる⋮緊張に満ちた
不安な予感が町を襲う。連日の会議に追われ最終的に町を捨てる判
断を下した者と、最後まで徹底抗戦の構えを見せる者と別れる。
ユピテルの街からの支援や増員、かつての件より小国からの同盟を
結んでいたグリッサ達は、相手に比べれば僅かながらの兵力だが士
気は下がらない。
グリッサもこの町が好きな1人である。共に苦労し命をかけた友人
達を放ってはおけず、戦争に参加することにした。彼女の仕える団
体からは戦争を放棄し帰還するように命令が出されていた。
幼い頃から聖騎士に憧れ、夢叶ったのだ。逡巡し、アデルの町の仲
間も帰った方が良いと説得してくれたが⋮覚悟を決めた彼女は1度
神殿へ帰り、聖剣と聖盾、聖騎士の鎧を返納した。神殿から再三戻
るように説得を受け、拘留されようとした所で振り切って町へと戻
ってきた。後悔はない。
ラウンドシールド
聖剣と聖盾の変わりに、彼等と迷宮を冒険した際にBOSSを討伐
して入手したレア級の剣と同じくレア級の円形盾を装備する。鎧は
町の皆から好意で集められた寄付金で、当時1番腕の良い鍛治匠︵
ミスリル
現在鍛治長︶だったドワーフの手から贈られた。沢山の魔力鉄と赤
熱石を混ぜた合金に、極少量だが精霊銀を混ぜた真紅の鎧一式は今
でも大切に愛用している。
209
そんな中、町の防衛のために少しでも戦力を欲していたヘキサは図
書館を訪れ、何か手助けになるモノは無いかと、次から次へと読み
漁っていた。そんな時、図書館を利用していた黒のローブの人物が
いた。思わず目を惹かれる麗人である。
その人は人知れず席を立ち、出口へ行き、そのまま立ち去っていっ
た。
座っていたテーブルには一冊の本が置いてあった。普段なら絶対に
そんな事はしないのだが、どうにもその本のことが気になり、手に
取って読み始めた。難解な内容であり、博学なヘキサでも困難を極
めた。
しかし、何度も諦めず⋮誘われるように夢中に読んだ。全ては理解
出来なかったが、古代に活躍した死霊魔術師の生涯を書いた手記で
あった。長年図書館に通った事もあるヘキサだったが、こんな本を
見たのは初めてだった。金髪の黒いローブを着た男性の持ち物だっ
たのだろうか⋮。
ネクロマンサー
ゾンビ
その死霊魔術師の手記から死霊魔法の古文を発見していた。
スケルトン
死体より幾千の骸骨や腐乱死体を召喚し永続的に軍隊として自動召
喚する魔法が記されてあった。
しかしこういった魔法には勿論代償が存在し、使い手の生命と10
0人の生命を代償とする事と記してあり⋮召喚者とその者は召喚陣
ネクロマンサー
に囚われ、永劫に苦しみを味わうだろうと記載があった。
⋮一晩中悩んだのち、ヘキサは古代の死霊魔術師の手記を見付けた
こと、記されていた内容を皆に説明し、実行する旨を伝える。
住人達からは大反対を受け、グリッサとレイフォンスもその場で聞
いた事が正気なのか?と、理解出来ないと言わんばかりの表情を浮
210
かべていた。
皆を助けたいと熱弁を奮う姿は何かに操られているような⋮後から
考えればそんな違和感もあった。
だが、その時はそんな疑いは湧かず⋮おかしなことに全員が次第に
その本の内容に魅了され、感心し始めた⋮最後にはグリッサもレイ
フォンスまでもがその死霊魔法を実行するに至る決断を下した。
召喚する際の場所はサザン地下墓地とし、身内のいない志願者10
0名で行うことが決定した。本人達も納得済みであり、後は本番を
迎えるまでとなった。最後の夜、父親であるアデルの町の領主から
許しを得て、レイフォンスとヘキサ・アデルは結ばれ、気持ちを通
じ合った。
偵察により、ロースアンテリア王国の軍がアデルの町まであと2日
の距離まで近付いた。その日の夜までには進撃が可能な位置まで移
動してくるだろう。
儀式を始める準備が整った夜、家族や身寄りが無い者を条件に志願
した住人100人と一緒に地下墓地で儀式が始まった。レイフォン
スは古文に記されていた人数よりも多い方が良いと訴え⋮直前でそ
れが叶えられた。
ヘキサとレイフォンス2人は手を繋ぎ、召喚を模した魔法陣から死
霊とスケルトンが産み出される。
絶え間無く苦痛が2人を襲い、生命力が無くなっていく。次々と志
願した住人は倒れ、弱い人から干からびていく。ドンドン産み出さ
れるアンデッド系の魔物は勢揃いしていた。順々に地下墓地から出
て行く。アンデッドゆえに移動スピードは遅いがスタミナ切れなど
なく、遠回りに包囲が完了した。
211
準備が終わったあと突撃音が鳴り響く。次々と暗闇の中、ロースア
ンテリア軍に襲いかかった。
スケルトンの武器が兵士を串刺しにし、グールが噛みつき喰らいつ
く。怨霊が情報系統を崩し、士気をくじいていく。突然の襲撃に戦
場は混乱し次々と兵士が討ち取られていった。
時間はかかったが部隊によってはパニックの状態から次第に統制を
取り戻し、反撃を開始した。アンデッド達は討ち取られる個体も多
かったが数は無限に湧いてくる。ゆっくりと時間をかけて軍の包囲
を完了したアンデッド達は、今度は数を武器に徐々に輪を狭めてき
ボ
た。軍の中には聖僧兵や聖職者もおり一点突破を計る部隊もいたが、
ーンナイト
其方には俊敏性に優れ攻撃力の高いグールリッパーや亡霊騎士、骸
骨騎士と言われる強力な個体が波状攻撃をしかけ徐々に打ち取って
いく。それに呼応してアデルの町の戦力の面々も参戦し戦果を上げ
ていった。今回グリッサは此方の方に参戦し、友人達の仇と言わん
ばかりに力を発揮し、ロースアンテリア軍を蹂躙した。
倒した相手も死霊召喚陣の影響からかゾンビや亡霊として蘇り、悪
循環の阿鼻叫喚の渦が完成した。かつての同胞を倒す兵士は次第に
士気も落ちていく。誰だって知り合いや友人を殺すのは嫌なのだ。
明け方近くには2万もいた軍は一兵士も残らず一晩で消えてしまっ
た。
後にこのロースアンテリア王国は非常に恐れ、アデルの町に高い慰
謝料と賠償金を払う。また兵力を失った代償に数年後、今度は自分
達の国が狙われ、別の国に滅ぼされることになる。この一晩で起こ
った事実は⋮協議の末、関係者から揉み消された歴史である。
その後のアデルの町にはアンデッドの召喚の暴走として処理された
が、この話にはまだ裏があった。
212
召喚したアンデッド系魔物は召喚を止めずドンドンと産み出される。
この膨大な数のアンデッドの目指す先は何処にあるのか?
アデルの町の住人はこのままでは自分達も危ないとようやく気付い
た。目的の無くなったアンデッドは生者の気配に敏感だった。この
戦で生き残ったアデルの町の戦力をゆっくりと取り囲んでいった⋮
その頃地下墓地では、瘴気に満ちた空間で死霊魔法の自動召喚が発
動が続いていた。幸いヘキサとレイフォンスの2人は辛うじてだが
まだ生きていた。もしかしたら直前で参加したレイフォンスの命が
2人を生き延びさせたのかも知れない。
生命力を殆ど奪われた青白い顔のヘキサとレイフォンスは、互いの
無事に安堵した表情を一瞬浮かべた。だが、正気を取り戻した2人
は自分達がおかしてしまった事の大きさに気付く。いくら緊急時と
はいえ、何故こんな選択を選んだのだろうかと⋮。
夫となった人物に力なく笑顔を向けた後、生命力が尽きかけたヘキ
サは残った生命を振り絞って再度英霊を招いた。そして自らの身体
を媒介し、不死生物の力を吸収して封じる作用がある死光結晶を作
って欲しいと頼み込んだ。意思を受けた英霊は悲しそうに頷き、彼
女の身体を軸に召喚霊具ごと浄化し死光結晶に変えた。
彼女の身体や生命力も吸い尽くされそこで尽きたが⋮魂の一欠片だ
けは残った。彼女の魂は過ちをおかし、歪められて濁ってしまった
ていたが⋮最期に清く気高い清浄な輝きを取り戻した。
レイフォンスはヘキサの最期を滂沱の涙を流しながらも、見届けた。
その後やっと動いた指先から愛弓を握りしめ⋮震える手で血を吐き
ながらも対魔スキルを発動して召喚陣を射った。
213
撃ち抜かれた召喚陣は自動召喚は止めた。地下に残ったアンデッド
は生者の気配が希薄な場所となった地下墓地から、誘われるように
死光結晶へと飛び込み、吸収されていった。
それを見届けレイフォンスは足元から崩れ落ちていった。
外では微かな陽の光と共に消滅していくアンデッドが多い。強いア
ンデッド達も弱った所をグリッサ達に各個撃破された。倒したり、
消滅したりして抜け落ちた魔魂は全てヘキサの死光結晶へと吸収さ
れた。総勢約2万以上のアンデッドが封印された。
ヘキサの一欠片の魂は最後に自らを死光結晶内に封印した。彼女は
2度と悲劇を繰り返さない戒めとして永劫の苦しみを結晶内で味わ
っている。時折、アンデッド達が地下墓地へ這い出るのは、儀式の
際に一度溢れてしまった瘴気がこの辺りを侵し、死光結晶内のアン
デッドを外へ導いているものだと思われている。
吸収し封印したアンデッドがいなくなれば死光結晶の苦しみからヘ
キサを救えるのではないか?と考え、定期的に結晶から這い出たア
ンデッドを討伐している。しかし、2万以上の数の多さでは余り根
本的な解決には至らなかった。
生き残った住人やグリッサはそれでも諦めない。自分達が間違った
ことをしたのだと認める。だからこそ、いつの日か結晶内のアンデ
ッドを全て倒し尽くし、ヘキサの魂を解放して救いたい気持ちがあ
る。彼女が全て痛みを引き受けてくれているから、我々があるのだ
と⋮。
血反吐を吐いて倒れていたレイフォンスは直ぐに町からの救護班に
214
救助されたおかげか奇跡的に助かった。たが代償は重く、定期的に
襲う体の激痛は引かず、斬魔士としての活動は誰からも諦めかけて
いた。
しかし本人は身体を動かすだけでも絶叫しそうな激痛状態を戒めと
して受け入れ、より活動的に動くようになる。絶え間ない激痛によ
ってレイフォンスの髪は白髪になった。
何故こうなったのか⋮何を間違ったのか⋮それを調べる為にも休ん
でいる訳にはいかなかった。
ことの始まりは亡き愛する妻が図書館で置いていった書物を読むこ
とから始まった。⋮良く良く考えたら、黒いローブの金髪の麗人と
やらが1番怪しかったと感じ、調査を開始する。それは傍目から見
たら執念⋮いや狂気に近い行動を開始する。
脂汗をかきながらも身体も厭わない調査の結果、少しずつ集まって
くる情報からは⋮途轍もない相手が浮かび上がった。
その事実に自分達は嵌められたのだと直感した。レイフォンスはグ
リッサに集めてきた情報を話し、動こうにもまずは激痛が何とかな
らないだろうか⋮と、相談を持ちかけた。
ディスペル
マジックアイテム
彼女ら激痛対策として以前神殿から贈与されていた品︻祝福の解呪︼
を渡した。身に付けると殆どの呪いを打ち消すことができる魔法品
だ。
これにより、激痛がかなり軽減した。聖騎士であったグリッサは代
償による魔法に詳しい。やはり呪いのような効果があったのだと再
認識した。
レイフォンスからは言葉よりも深い感謝をその鋭い眼差しで受けた。
215
惜しいアイテムだったが、元々パーティメンバーに何かあった際に
使おうと残しておいた品だ。深い感謝の眼差しを受けたグリッサに
はそれで充分だった。
グリッサ自身も煮えたぎる思いが湧き上がり止まらない。しかし、
復讐の念だけではどうしようも出来ないことも知っている。確実に
情報を収集し機会を待つのだ。
冒険者として引退した彼等は、領主の強い要望により道場で更なる
冒険者を育てて欲しいと懇願された。
領主もまた娘のヘキサを愛していた1人であり、独自のルートにて
情報を集めていた。義理の息子となったレイフォンスと復讐を果た
す誓いを立てた。そこから現在に至るまで48年間、彼は年老いた
が修業と冒険者の育成、情報収集などと多忙を極めた。
この近年、悲しみを乗り越えた町に復讐の鬼と化したレイフォンス
は有力な手掛かりを得た。過去と現在にかけて他の街でも同じよう
な事例が発見報告がわかったのだ。
ネクロマンサー
アデルの町ほど被害は酷くは無かったが、繋がるキーワードがあっ
た。死霊魔術師と死光結晶。
ネクロマンサー
そしてその事柄には必ず黒いローブを着た麗人の存在が見えた。
実はソウマが倒した死霊魔術師も精神を瘴気と魔力で侵され、彼等
の国元で事件を起こした者だったのだ。
何日か前に事情や詳しい情報を聞くため、レイフォンスはザール村
へ出発した。当事者であるソウマと入れ違いになってしまっていた。
216
ふと、グリッサは意識を現実に戻した。ソウマの周り中にバラバラ
になったアンデッドの山が積み立っていた。腐った臭いが酷い。切
り口は全て一刀の刃筋。暗がりの中、凄いスピードで淡く光る斬閃
が走っていく。
⋮化け物じみた力とスタミナだわ。
しかし彼女は更に驚愕する事になる。それはソウマの一言から発せ
られた。
﹁教官、足場も無くなって来ましたし⋮自分のテイムしている魔物
を召喚して喰べさせても宜しいですか?﹂
﹁えっ?﹂
サザン地下墓地での修行はまだ続く。
217
サザン地下墓地での修行と亡霊騎士
ソウマは契約の指輪からレガリアを召喚した。始めて見る宝箱の魔
物にグリッサは呆気にとられている。
﹁レガリア、掃除を頼む﹂
そう伝えると、喜んで口を開けてアンデッドの死体の山に喰らいつ
いていった。今回吸収したモノは︻吸収消化︼スキルにより全て経
験値へと返還されていく。そのため肉片も残さず綺麗に片付けられ
ていった。
﹁ソウマくん、君は一体何者なの?﹂
思わずグリッサは尋ねてしまう程、異質なことだと感じていた。
ソウマは少し逡巡したのち、稀人だと説明する。
ミミック
まさかと⋮少し納得がいかない顔をしていたグリッサだが、実際に
使役している宝箱を見て納得せざるを得ない感じだ。
気配察知に先程までより強い反応が出現した。ソウマが手強い相手
だと感じたのか奥の間よりグールリッパーが5体と亡霊騎士が3体
出現していた。
ゾンビやスケルトンはE∼D級に出現し、上記のグールリッパーや
亡霊騎士などはC級ダンジョンに出現する。
グールリッパーは素早い動作がメインで、先端が細長く鋭いナイフ
を両手に持つ。グールの派生進化した上位アンデッド類に入り、僅
218
かに知性がある。
亡霊騎士は戦場や迷宮などで無くなった高名で有能な騎士が未練、
無念を抱いて世に蘇ったアンデッド種である。
1体は全身鎧で馬に乗り、他の2体は徒歩で外套を着込んでいる。
どんな体型なのかや表情も窺い知れない。徒歩である1体の亡霊騎
ゴーストホース
士が馬に乗った亡霊騎士にボソボソと呟いている。
フルアーマー
囁かれている亡霊騎士は人馬一体と云うべきか、亡霊馬に跨ってい
た。
4mにもなる槍と灰色に淡く輝く全身甲冑を着込んでいる。装備か
らして他の2体の亡霊騎士よりも手強いと見た方が良さそうだ。
待機している亡霊騎士はこちらをじっと眺めていた。此方の様子を
伺っているのだろう。
先にグールリッパー5体のみがバラバラに襲いかかってきた。
正面から襲ってきたグールリッパーの左右からの細長いナイフの連
撃を最小限の動きで躱す。ソウマはジリジリと距離を詰めると、至
近距離から狙いすました突きを放った。
躱そうとする動作を取ろうとしただけ今までのアンデッドとは違う。
しかし、閃光のように放たれた突きは避けきれずにグールリッパー
の魔核を貫いた。そのまま消滅した。
まず1体目⋮2体目は背後から、3体目は正面から来ており、挟み
撃ちの格好となった。
まずは正面のグールリッパーに駆け出した。刀を持つだけで構えも
何もなく、ダラリと腕を落としてそのまま突っ込む。
警戒心を募らせているが相手も武器を構えて突っ込んでくる。
219
両者の距離が接近するもソウマは止まらない。グールリッパーの片
手突きの攻撃を腰を捻り、下から上に向かって蹴り上げる。弾き飛
ばしたナイフが轟音を立てて天上に突き刺さった。
腕が伸びきり、体勢が崩れた瞬間を逃さず、今度はグールリッパー
の頭を掴んで背後に思いっきり投げつけた。力任せに放った一撃は
投げられたグールリッパーの頭部を陥没させ、背後にいた相手諸共
吹き飛んでいった⋮2体とも即消滅する。
うーむ、この後動けなくなった所を刀でトドメを刺す予定だったの
に。
気を取り直して、残り2体を相手した。グールリッパー全てを討伐
するのにさほど時間はかからなかった。
ソウマ
結局グールリッパーが全滅するまで動かなかった亡霊騎士達が進ん
できた。自分と8m手前の距離で止まり、馬に乗った人物が話しか
けてきた。
﹃貴公の腕前を拝見した。私の名はグレンデル。元ロースアンテリ
ア軍の千騎将軍だった。今は亡霊騎士と成り果てたが、強い者と戦
うのが我が望み。良かったら付き合って欲しい﹄
ハッキリとした口調で丁寧に名乗り上げられた。手前、自分も返さ
ねばならないな。
﹁名乗る程の者ではありませんが、ソウマと言います。お見知り置
きを。では、お手合わせよろしくお願いします﹂
﹃そうか、突然な申し出を受諾してくれてありがとう﹄
220
驚くほど紳士なアンデッドもいるもんだ!この人物に好感が持てた
ので1対1のタイマン⋮という条件で引き受けた。
グリッサも何故か険しい表情をしながらも了解を得た。
両者対峙する。近づいて見たら馬って以外と大きい⋮
ゴーストホース
観察していると、亡霊馬の鞍に大槍を括り付け、馬から降りた。
グレンデルの腰からゆっくりと片手剣を抜き、正眼に構えた。
﹃承知してくれて有難う。1対1であったな。では⋮決闘を開始す
る﹄
そう言うや否や、踏み込みの速い第一撃がきた。キィンと金属音が
鳴り、刃と剣が重なり合う。
剣と押し合った際、巧妙な力の入れ具合や攻撃の組み立て方にグレ
ンデルの力量を感じた。確かに強さや技は常人を越えている。その
後も何合か打ち合い、離れる。
﹃ほう、やはりこの程度ではないか﹄
嬉しそうに声をかけてきたグレンデルは、今度は顔を狙って更に速
い突き技が放たれる。首を捻って避けるが、続けて連続攻撃が襲っ
てきた。
一閃、二閃とスピードが速くなるがソウマは躱し続ける。グレンデ
ルが三閃目を繰り出そうとした所で、出された右腕を狙って斬りつ
ける。
221
火花が散り⋮一瞬の抵抗と耳障りな金切音の後、装備ごと切った腕
が舞い上がった。
﹃ますます気に入った。貴公を倒して是非とも私の中に取り入れた
くなった﹄
痛がる素振りや出血は無い。喜色を含んだ声だけが地下墓地に響く。
バトルジャンキー
格上の相手だったとしても恐怖よりも勝る激しい高揚感。強い者と
戦いたがる戦闘主義特有な考え方だ。個人的には少し苦手なんだが。
﹃⋮ふん、弱い奴は下がってろ﹄
待機していた小柄な亡霊騎士の1人がそう吐き捨てた。
﹃おや、私を心配してくれているのかい?﹄
からかうような口調に更にムッとしながら小柄な亡霊騎士が答える。
﹃馬鹿いえ⋮こんな強い奴を相手にお前に譲るのは勿体無いと思っ
ただけだ。それに1対1の条件で義理堅いのは言いが⋮全力を出し
ても負けるかも知れない相手に本来の力を使わず負けてどうするよ
?﹄
グレンデルは痛い所をつかれたと言わんばかりに黙った。ソウマも
驚いたが改めて話しかける。
﹁⋮此方の条件をそこまで厳守して貰って有難いけど、そういう制
限があるとは知りませんでした。そういった事情なら構いません﹂
222
これは余裕ではなく、不利な条件を突き付けてしまった謝罪の意味
を込めて発言した。
﹃だとよ⋮嫌なら俺が貰うがどうする?﹄
その発言がキッカケとなったのか、グレンデルは一礼し、ソウマに
断りを入れてから了承した。
亡霊馬に乗り、意識を集中させる。
﹃人馬一体と言うが、私の生涯は死ぬその時まで馬に乗って戦って
いた。亡霊騎士となったからこそだろうか⋮死んでから次に気付い
たら、愛馬と合体した姿だったのだよ﹄
意識したら分離出来ると気付いてからは、戦闘を抜かした以外では
分離しているけどね、と笑いながら教えてくれた。
本来の姿に戻ったグレンデルは、左手に大槍、下半身は馬と言うケ
ンタウロスと呼ばれる種族に格好が似かよっていた。
﹃お待たせした。さあ、始めようか﹄
巨体のまま素早く馬蹄の音が響き、離れていた距離が一気に詰まる。
威風堂々とした体躯から繰り出された一撃は、上からの攻撃と共に
突進力も加わって凄まじい一撃だ。
大槍を避け、亡霊馬の方に直接攻撃を加えようとしたら直ぐに距離
をとられた。死角に回ろうとすれば馬の後ろ蹴りも飛んでくる。
これは戦いにくいな。
223
槍や馬の攻撃を躱しながらソウマは徐々にスピードを上げ、撹乱作
戦を行う。
最終的に残像が残るほどのスピードになり、グレンデルの動体視力
や馬の機動力を持ってしても攻撃すら躊躇う。
不利を悟った亡霊騎士は固有スキルの︻負の波動︼を発動して装備
を含む黒色のオーラを纏い、自身を強化した。それでも捉えきれず、
逆にソウマの攻撃に装備は剥がれ落ち、疲れを知らないはずの身体
が徐々に消耗していく。
ヘルム越しに見るソウマは左程消耗もした様子はない。
このまま行けば確実に負けるだろう。楽しい戦いだったが終わりが
近づいてきたようだ。せめて一撃だけでも⋮。
消滅しても構わない。死してなお蘇った彼は、その覚悟を糧にこれ
までにない程の集中力を発揮した。
この一撃にすべての力と技と直感を⋮集約した一撃は、ハイスピー
ドで動くソウマをも動体視力に捉えた。これまでの戦いにおいて最
高の一撃を繰り出した。
ソウマ
見切りを発動すると自分の心臓へ一直線に鋭い攻撃が伸びていた。
瞬時に2段ジャンプを判断し宙へ飛び上がる。
それと同時に大槍が、先ほどまでソウマがいた場所を貫く⋮が、手
応えの無さに残像だと気付く。
目の前に彼が現れたと察知した瞬間、肩から腹にかけてザックリと
袈裟斬りにされていた。
腹で止まっていた刀身は今までの無属性の淡い輝きでは無く、何故
224
ヴァルハラ
か清浄な輝きを纏っていた。不思議と痛みはなく、温かい光に包ま
れ安らかな気持ちだ。
キャロル
﹃⋮見事だソウマ殿。さあ、愛馬よ、天上へ共に参ろうか﹄
そう言って微笑む。全力を出し切ったのかグレンデルの表情は心無
しか澄んでいた。
清浄な輝きが彼と馬を包んだ。最期にチラリと小柄の亡霊騎士を見
つめた⋮そして、そのまま浄化した。後に残ったのは壊れた装備品
と褐色の馬具のみ。
アンデッドメイル
壊れた不死の鎧一式
ロースアンテリア軍の限られた将軍のみに与えられたレア級の鎧だ
リビングアーマー
ったのだが、持ち主が亡霊騎士として蘇った際、冥府のオーラを浴
びて変質した鎧。生者が使うと生命を徐々に奪われる。生きる屍鎧
を作る材料にもなる。
発動スキル︻鼓動せし心臓︼
切り飛ばした部分と片手剣も全てをアイテムボックスに回収し、手
を合わせ冥福を祈った。
﹃やれやれ、ようやく逝ったか﹄
225
小柄な亡霊騎士が嘆息するように発言した。ぶっきらぼうな物言い
だがどこか安心したニュアンスを含んだ口調だ。
﹃昔の話だが、ロースアンテリアという国があった﹄
ホビット
唐突に語り出した小柄な亡霊騎士は外套をはぐった。小柄な体型は
子供ではなく、小人族と呼ばれる種族である。
小柄な亡霊騎士の顔を見た途端、グリッサが息を呑んだ。
腰に短剣、背中に短弓を背負っていた。凛々しい顔に膨らみのある
身体つきから女性だとわかった。
彼女は周囲に構わず語り出す。
彼女の話ではどうやらグレンデルは、生前何処かの町へ戦争に向か
う途中だったらしい。一方的に王命により、かの国で邪教の存在を
確認した。殲滅し占領せよと勅令が下されていたそうだ。
グレンデルが国元で大臣に仔細を聞くもそれ以上の説明はされず⋮
殲滅、占領の2文字しかない。
時が経つに連れ、流石に国のやり方に疑問を感じ、侵攻先の国へと
単身向かったそうだ。
そこで見た光景は必死で町を再興しようとする人々の姿があった。
国で言われていた邪教の気配すらない。
その町の領主と直接面会し事情を話した所、ロースアンテリアは自
国の利益の為に侵略戦争を起こそうとした事実が発覚したのだ。
彼は義憤にかられ、そのまま協力者となった。誠実なグレンデルに
町の領主も信用し、軍に潜伏して情報を流していた。
226
戦いが始まった時に彼の部隊は町側につく予定だったが信頼してい
た副官に裏切られ、反対に部隊が彼の敵となった。半数以上を巻き
込み討ち取るも、無念の最期を遂げた。
そこから死光結晶の吸収により、結晶内で蘇ることになった。
そこから先は語らなくてもわかるだろう。
﹃俺はな⋮死んでからも奴と長い付き合いだったんだよ。だから死
んで清々している﹄
そう言った口調だが、何処と無く寂しそうな感じである。
短弓と短剣を装備し、彼女も構えた。
﹃だから、せめて恨まないでやって欲しい。そして俺の相手はグリ
ッサ⋮お前がしてくれ﹄
そう言ってグリッサに向かって駆け出した。俊足で見る見る距離が
縮まる。
﹁キャロライン、貴女⋮そう、わかったわ。約束する﹂
真紅の鎧を輝かせ、剣と盾を持ったグリッサが対峙した。
グリッサが知り合いと思われる相手と戦闘を継続している中、ソウ
227
マは己が身に戦技︻天音斬り︼の獲得を確信した。この技を使う度、
グレンデルを思い出すのかも知れない。
最後に残った亡霊騎士はいつの間にか姿を消していた。
気配察知や魔眼を発動させても存在を確認できない。何をしに来た
んだろうか??
そんな事を考えていると、奥の間から大量のゾンビとスケルトン、
グールなどの混成群が向かってきていた。
自分の天音斬りの試し斬りをして見たかったが、レガリアの擬態で
ある百夜のレベル上げやこれからの事を考えて戦闘動作の経験を積
ませたかった。
危なくなったら助ける事にして、試しに戦って貰う事にした。
︵レガリア、擬態スキルを使って百夜に変化して奴等の相手を頼め
るか?︶
マスター
︵お任せ下さいませ、御主人様︶
レガリア
百夜の顔を出来るだけ知られたくない為、深淵の仮面を宝箱のアイ
テムボックスに渡しておく。
︵ありがとう、頼むよ︶
キャロラインとの戦闘にグリッサが意識が向いている事を確認した
ら、一気に開始する。
228
マスター
﹁では、御主人様。周りの雑魚どもは私が片付けて起きます﹂
うすごろも
冷徹な声と共にレガリアが瞬時に擬態する。間髪入れず、背の高い
朱髪の美しい美女が現れた。大太刀を装備し薄衣からは、すらっと
した美しい手足が伸びている。よく見ると額から頭にかけて3本の
角が生えていた。
﹁⋮何者だ﹂
突然の出現にキャロラインやグリッサも警戒心を露わにした。
美女がソウマに跪いている様子を見ると、自分達には関係無いのだ
ろうと判断されたのか、2人はそのまま戦いに戻った。激しい剣戟
百夜の装備
音や派手な爆発音が響く。
レガリア
擬態
ももよ
修羅刀・百夜
深淵の仮面
武器
頭
現在無し
現在無し
現在無し
両腕
足
アクセサリー
229
インナー
修羅胴衣
ミミック
レガリアは世界にたった1体しかいない希少種の宝箱である。
擬態のスキルを使う魔物は他にも存在する。しかし、レガリアの擬
ユニーク
態のスキルは姿形だけでなく、記憶や経験、スキルすらも模倣する。
彼女だけに許された唯一無二の固有スキルである。
バーストプラーナ
この身体の持ち主だった鬼は爆気を使う際は大太刀に闘気を集めて
いた。
百夜は才能はあったが、氣術をよく理解していないまま我
しかし、その気を身体能力に集めて見たらどうなのだろうか??
修羅鬼
流で使っていた。その為、練気が練り足りなかったり間違った解釈
のもと実践していた。正しく習う師匠がいなかった為だ。それが原
因でステータスのスキル欄には我流闘気術と記されていた。
ソウマを通して氣術とは何かの基本を習ったレガリアは、驚く程早
い成長力を見せ、理解を深めていく。
少しずつ⋮少しずつ手探りで闘気を浸透させていく。闘気を体表以
外に3本角にも集中すると、攻防以外にも視野拡大や感覚鋭敏を新
たに発見し、より深い闘気術を発動することができた。
現在の擬態スキルではこれ以上は身体の負荷が大きいと判断し、中
断する。
次に大太刀に闘気を集めて見る。最初は収縮し、練り上げる前に太
230
刀から気が拡散してしまう。
プラーナ
バースト
練り上げた気を物質に留めておくイメージを明確にすることで、爆
気の完成度を上げた。
氣術は思った以上に難しい技術⋮習得には先はまだまだ長い。
検証が終わると次は戦闘経験に重点を置く。低位のグールやスケル
トン相手に修羅刀を振るい、感触を確かめ戦闘動作を身に馴染ませ
ていく。太刀捌きも滑らかに斬っては捨て⋮の繰り返しだ。いくら
大量にいてもレガリアにとっての認識は雑魚は雑魚だった。
百
現在では本体であるレガリアの方がまだ強い。試行錯誤し経験を積
むことと、新たな可能性を引き出すことで確実に一歩ずつ擬態
夜のチカラをも引き出して強くなっていた。
マスター
︵御主人様、もっともっと貴方の為に強くなって、お役にたって見
せます︶
擬態ではあるが、仮の肉体を手に入れてからのレガリアは、ソウマ
の事が仕える主人⋮だけではなく、惹かれてしまうナニカを感じて
いた。日々増大していく気持ちが止められない。
マスター
この気持ちが何なのかわからないが、御主人様に褒めらたり頼りに
されると、胸が熱くなるような⋮微笑みたくなるような不思議な気
持ちになる。
だが時に締め付けられるような不快な苦しみがあることもある。
⋮こんな事を相談して私が欠陥品であると思われるのは絶対に嫌だ
231
マスターソウマ
から⋮絶対に御主人様には内緒にしなくてはならない。
そんな悶々とした気持ちを抱えながらも、周囲におくびに出さない。
彼女は今も戦闘を継続しつつ、美しい動作で立ち振る舞っていた。
幸い時間もある。倒した敵を自身のアイテムボックスにコッソリ収
納して体内で吸収回復していく。
マスター
まだまだ敵は沢山いる。御主人様も私を見守っていて下さる。
舌舐めずりするかのような表情でレガリアはアンデッドに襲いかか
っていった。
232
サザン地下墓地 修行終了
レガリアが修羅鬼に擬態してレベルアップを図っている頃、グリッ
サの戦いも佳境を迎えていた。
キャロラインの生前の職業はトレジャーハンター。アデルの町でグ
リッサ達とは別のパーティに所属しておりライバル同士だった。戦
闘職よりはパーティを支援するサポート役が多かったが、長年の経
験者である彼女は並の戦闘経験を軽く超えている。
ホビット
そんなベテランの経験を持つ彼女だが、グリッサ相手に攻めあぐね
ていた。小人族は小柄だが強靭な肉体を持っている者も多い。鍛え
上げた脚力を活かし、疾風のように駆け回りながらグリッサの隙を
狙う。
短弓を片手に次々と急所にピンポイントで矢を打つ。手数は多いの
だが、冷静な動作で対処され、矢が阻まれる。
それでも短い時間に20本近く矢を叩き込んだ結果、鎧の繋ぎ目に
何本か当たっただけだ。守りに重視をおくグリッサの防御をなかな
か崩せずにいた。
アーマードピアーズ
矢も尽きかけた時、防御体勢を崩そうと短弓での攻撃の直後、強引
に接近して短剣の武技︻鎧通し︼を発動させた。
至近距離での矢の連射にも対応して防ぎきったグリッサだが、現戦
闘で突如短剣を使った攻撃に対応が遅れた。武技の効果で剣速がか
なり上がった戦技の威力は、鎧との繋ぎ目である肩部分を浅く斬ら
れる。
233
そのまま追撃に入るが、グリッサも唯では斬られない。直後、首に
追撃にきた短剣の攻撃の軸をずらし鎧に当たるがままにする。鎧は
ガリガリと浅く傷付くも身体には怪我がなく短剣を受け流せた。
ソニックスラッシュ
グリッサは体勢を崩した隙をつき、カウンター気味に戦技︻音速斬︼
を発動した。
ハイノーマル
キャロラインも回避行動をとるが完全回避は叶わず、防御が追い付
かない。その為、咄嗟に軽い金属で作製された短弓を前に押し出し
盾とした。剣との衝撃で鈍い金属音が鳴り、短弓は壊れたが辛くも
ダメージは免れた。
しかし、これで武器は短剣のみ。攻撃力はガタ落ちだ。
それをわかってか盾を構えてジリジリと接近してきた。
﹁降伏してくれないか?﹂
﹃ハン、心にも無い事を言うなよ⋮っと﹄
壊れた短弓をグリッサに投げ捨てた。
このままでは些か、いや不利なのは事実だ。短期決戦を覚悟し、や
むを得ず亡霊騎士で得たスキル︻負の波動︼を発動する。
亡霊騎士の固有スキル︻負の波動︼は発動すると黒色の瘴気で出来
たオーラを全身と武具に纏わせる。
オート
多大なSPを消費するが自身の攻撃力と武具の装備能力を引き上げ、
攻撃受けた際は相手に自動で瘴気によるダメージを与える攻防一体
の技である。負の波動はレアなスキルであり、長年生き抜いた亡霊
234
騎士のみが身に付ける。
グレンデルも切り札でソウマとの戦いにおいて使ったが、ソウマは
負の波動自体をも切り裂いた。それは偶然天音斬りの聖属性が刃に
ノー
宿ったからであり、負の波動を浄化出来たからである。そうで無け
マル
ればカウンターの瘴気をモロに喰らい、対魔法防御の効果のない普
通防具のソウマは、かなり危ない状況に陥っていただろう。
先程説明した通り、負の波動は聖属性と相性が悪い。1度解除され
たり、使用時間が過ぎるとリスクの反動で全ての能力が下がる。こ
のような反動がくるスキルの使用の際は、発動している間に倒し切
るのが常套だ。
スキルの発動にて黒色のオーラが身体中から溢れる。グリッサが上
段から勢いよく剣で攻撃するも、堅牢な負のオーラと剣の無属性魔
力とがバチバチとせめぎ合う。瞬間、負のオーラを突破出来ず剣が
弾かれ、逆にカウンターで襲ってきた瘴気にジュクジュクと蝕まれ
ていく。ダメージの他に混乱などのバットステータスが起こる。
予め、何かしらの予測していたグリッサは即座に下唇を噛み、少し
混乱して朦朧とした意識をハッキリさせる。おかげで異常は少ない。
まだ少し朦朧としていたが、魔力武器である剣が弾かれた以上、別
の選択肢である聖属性魔法を選択した。
ホーリーウェポン
アンデッド系には聖属性が有効だ。防御にSPを使い過ぎて残りは
少ないが、グリッサは聖属性付与を詠唱し剣に宿した。
235
何度かの攻防戦のあと、ついに決着がつく。迫りくる剣撃に防御が
追いつかず、ついに負の波動の瘴気ごと払われた。負の波動を解除
された反動で酷い倦怠感と共に一気に能力が落ちる。
キャロラインは相手が聖職者である以上⋮最初から相性の悪い相手
だったとわかっていた。
短剣を握し締め、荒い呼吸を整える。体はもうピクリとも動かない
が、眼光だけは逸らさない。
グリッサは最後まで胸にくすぶっていた躊躇いを捨て、せめて安か
らに逝けるように動けないキャロラインの心臓を一突きに刺した。
聖属性の浄化の光により、薄れゆく意識の中で自分を倒した相手を
見た。泣きそうな表情をしていた。
︵⋮ちっ、そんな顔をするなよなぁ︶
彼女は走馬灯のように昔を思い出した。
アデルの町で男女5人パーティを組んでいた頃、彼女は手先が器用
でパーティの斥候を任されていた。
パーティの中で1人だけ独身の彼女は恋を知らない。恋愛まで行く
ホビット
ほどの男性経験が無かったのだ。その理由の一つとして他人に誤解
キャロライン
を与えるほど口調が悪く、態度も悪いことが挙げられた。小人族で
可愛い外見なのだが、素の自分はいつも男性の第一印象が悪い。彼
236
女の良い所をわかっているパーティメンバーの男性陣は全員妻帯者。
本人は自然と縁がないのだと思い、もう恋を諦めていた。
時が過ぎ、アデルの町とロースアンテリア国との軍の戦闘開始が近
キャロライン
付く。町は要となる決死隊とも言える部隊の志願兵を募集した。幼
い時に両親も亡くなり、天涯孤独だった彼女は召喚陣のメンバーに
入るかどうか悩んだ。しかし、培った能力を活かして敵と戦う方に
志願し防衛に貢献した。最後まで生き残りはしたが、戦場で受けた
傷が原因で直ぐにこの世を去った。
彷徨う魂は死光結晶に吸収され、再び負の生を受けた。
その際、始めて出会った人物がグレンデルだった。彼は見知らぬ私
に親しく話し掛けてくれた。気が合う人物だと思ったが、話して行
く内に戦っていた敵国の人間だと気付いた。これまで口調や態度も
関係なくここまでキャロライン本人を理解してくれた人はいなかっ
た。とても複雑な気持ちを抱えながら⋮距離を取ろうと思った。
だが、気さくな人柄や屈託の無いグレンデルの笑顔が頭から離れず
⋮結局2人揃って行動する機会が増えた。
結晶内は暗く、淀んだ瘴気に溢れていたが亡霊騎士となった身には
新鮮な空気の様に心地よく感じた。
幸い時間は充分にあり、お互い色々な事を話し合った。アデルの町
の人間だと名乗ると彼は正直に敵国の人間であったことと、どのよ
うな事情だったのかを説明し、深い謝罪をされた。グレンデルの誠
実さに惹かれていった。
長い時が流れ、時折瘴気が濃くなった時に何の因果かふと結晶の外
に導かれるように出られる時があった。地下墓地にある知り合いの
名前や時に取り残された自分を省みたら、急に眼から涙が溢れた。
237
号泣し嗚咽する私をグレンデルは、黙って背後から肩を抱きしめて
くれていた。
あれから40年間以上も側に居たのだ。蟠りも無く彼女を理解し、
支えてくれた人間はグレンデル以外はおらず⋮2人の心の距離は無
く、お互いを尊重し理解し合える程深まった。
グレンデルの最期を看取れて良かったと思う。早く逝ってしまった
が満足しているはず。望み通り強者と戦い敗れたのだから⋮このま
ま時が過ぎたなら、いつか苦悩したと思う。彼は優し過ぎたから⋮。
そして、必ずこの先で私が来るのを待っていてくれている。恥ずか
しいけど、それが分かる。もう、そんなに待たせないよ⋮
時間にして一瞬の走馬灯が薄れ、現世に意識が戻った。生き残った
グリッサはもっと人生を楽しんで生きていて欲しい。だから精一杯
声を振り絞り、かつての戦友に一言吐き出した。
﹃この年増が⋮精々長生きしな﹄
﹁私は年増じゃないっての!まだまだ若いわ。全く⋮らしくないけ
ど⋮有難う﹂
最後の涙声に苦笑する。もう目が霞んできて良く見えないが⋮脳裏
にはグレンデルが迎えに来ていた。
238
︵最期までお疲れ様。君も無茶をするね︶
︵馬鹿言うな⋮早く逝きやがってよ︶
︵ハハハ⋮ではお姫さま、お待たせしました。行くよ︶
キャロル
グレンデルにサッとお姫様抱っこをされながら愛馬に跨った。彼等
は揃って昇天していく。
あの時代の現世だったのなら、立場の違いから叶わぬ恋だっただろ
う。知り合わないまま、お互い死んでいた。
因果的な関係の2人は非常に仲睦まじく、解放された表情は未練な
ど無く晴れやかな笑顔だった。
かつて共に戦った仲間が浄化し、消滅した。悲しさよりも先にグリ
ッサはどこか胸から暗雲が晴れた気がしていた。
︵幸せなんなさいよ︶
一言、心から冥福した。しかし⋮自分は獣人族の父親とハーフエル
フの母親から産まれた子だ。特に外見は変わっていない。真紅の兜
に装飾された羽飾りで尖った耳は隠れているが、200歳近く寿命
がある私は63歳なんて人間種で換算してもまだ30代前半だ・か・
ら・な!!年増だなんて⋮此処だけは譲れないわ。
気にしている事を指摘されたグリッサは心の中で叫ぶと、自身に回
復魔法をかけた。
239
キャロライン
この鎧は頑丈だが先程の戦闘で少し欠けてしまっている。レア級の
鎧に傷を付けるとは⋮奴の置き土産に残して置いても良いのだが、
補修に出さないと何かと鍛冶長が五月蝿い。お前の身に何かあった
らうんたらかんから⋮と。
ふぅ⋮と、ため息をついてからまだ戦闘を継続しいる彼等を見た。
驚いた事にあの子、天音斬りを完成させたわね⋮まぁ、これでソウ
マの修行も終わったし、今日はこれで解散だ。折角だがら今日の出
来事を肴に報酬の美味い酒を頂くことにするわ。
そう考え、ソウマに話しかける。真剣に仮面を付けた先程の女性の
戦闘を見守っていたので、やや反応が遅れて返事があった。
どういった関係かは知らないが、仮面の彼女も中々筋がいい。鍛え
れば冒険者の上位者にも引けを取らなくなるわね。
修行を無事終了させ、3人はアデルの町へと帰還した。
⋮暫くして誰もいない地下墓地では、あの時行方を眩ませていた亡
霊騎士が1人出現していた。外套を被り、ブツブツと呟いている。
イレギュラー
﹃やれやれ、今回の件で不安定要素のアンデッドを省けたのは良い
が、死光結晶の充電率が落ちてしまったではないか⋮回収がこれで
あと何年かは先延ばしになりそうだ﹄
240
一通りボヤいた後、死光結晶を調べてからフッと姿を消した。
深夜の町に着いた一行は門番に出迎えられた。
解散しようとしたが、酒場へと繰り出すことになった。報酬の美味
い酒を早く頂戴とグリッサがゴネたからだ。装備を付けたまま即酒
場へ連行された。
レガリアも結局契約の指輪から送還するタイミングを失った為、そ
のまま一緒に来させている。
町の酒場はまだ冒険者の喧騒に包まれ賑やかだ。仮面を外したレガ
リアの擬態百夜は美女だし、グリッサも肉感的な美女なのだが、他
の冒険者から絡まれることが無かった。それは教官であるグリッサ
の強さと酒場で彼女の邪魔をした人間達がどうなったのかを身を以
て体験済だったからだ。ただ、美女をはべらせているソウマに憎し
みの視線が集まるのはご愛嬌だ。
4人テーブル席が空いていたので揃って席に着く。まずは麦酒とグ
リッサおすすめのツマミを注文した。麦酒が全員に届くのを待ち、
揃った所で乾杯し、一気に呑む。
﹁教官、この度はご指導有難うございました﹂
丁寧に一礼した。
241
﹁いいのよ∼結局私は何もしてないしね。習得おめでとう﹂
じゃんじゃんツマミを食べながら、麦酒のお代わりを頼んでいる。
追加で岩塩の焼き鳥と大盛りのサラダを頼み、自分もガツガツと食
べた。この世界はシンプルな料理が多い。卵なら目玉焼きや茹で卵
など。
それはとても美味しいのだが、出し巻き卵なども食べて見たくなる
のだ。ダシとなる材料を今度是非探してみよう。
レガリアも百夜の姿で片っ端から皿を綺麗にして、美味しそうに食
べている。
﹁ところで彼女は誰なのよ?﹂
﹁⋮秘密です﹂
﹁ふぅーん、秘密ねぇ⋮まぁ言いけどね。でも彼女筋が良いわね。
暇な時で良いから道場へいらっしゃい。戦技を見てあげるわ﹂
思いがけない申し出だった。
マスター
﹁更に強くなれる可能性があるなら伺いたいです。宜しいでしょう
か、御主人様﹂
︵元々の素体も良いからな︶
などと考え込んでいると、レガリアから念話が届く。
242
マスター
︵御主人様、修羅鬼は戦技を2つしか覚えていませんでした。それ
も太刀使いの固有戦技と鍛治士の固有戦技です。数が少ないのはど
うしてなのかわかりません。今後新たな戦技、もしくは昇華出来る
技があるのかどうか⋮試して見たいのです︶
﹁⋮そう言うことならお願いします﹂
﹁御主人様⋮ねぇ﹂
ニヤニヤ笑っている酔っ払いは放っておこう。
道場にて戦技を調べてもらう事を了承した所で、アデルの町で作っ
ている地酒︿火の精﹀を希望され、そのお酒を奢らせてもらった。
その名の通りアルコール度数が高く、クセの強い味で焼けるような
喉越しだ。
カナリのペースで呑むグリッサだが、顔色も変わらず酔った気配が
ない。
﹁相変わらずキツイお酒ね∼全てを忘れさせてくれそう⋮まぁそこ
が良いんだけどね﹂
その後無言で飲み続け、一本を1人で空けてしまった。
﹁ソウマくんご馳走さま﹂
﹁いえいえ、凄いペースでしたね。大丈夫ですか﹂
﹁平気よ∼ついでにもう一本空けて良いかしら?﹂
243
そんな会話を続けていると酒場の入り口から1人のドワーフが入っ
てきた。此方を見付けどんどん進んで来ている。
﹁ここにおったか⋮むぅ酒臭い匂いをさせおって﹂
何処かで見かけたと思ったらドゥルクのいる鍛治場にいた親方だっ
た。
﹁ん?お前さんはドゥルクと知り合いの⋮ソラだったか﹂
﹁ソウマですよ。先程振りです﹂
﹁そうだったか、すまんすまん。儂はこの町の鍛治場の長でジュゼ
ットと言う﹂
お互い自己紹介をする。次いでジュゼットからお礼を言われた。ど
うやら赤熱石を主に集めていたのは親方の方でどうしても⋮1日で
も早く欲しかったようなのだ。
自分が持ってきた赤熱石製の武具は良質の鉱石が詰まっており、現
在装置にて赤熱石と分離中だが予定よりも早く材料集めが終わった
そうだ。それを大いに感謝された。
注文しておいた2本目の︿火の精﹀が来た。グリッサが手を伸ばす
前にジュゼットが先に取り上げる。
﹁何すんの、返しなさいよ﹂
﹁駄目だ、何があったのかは知らんが酒の弱いお前さんがコレを呑
むなんてな﹂
244
親方のジュゼットはグリッサに物理的に絡まれない唯一の例外の1
人だ。酒の飲み過ぎだと怒られるが、諦めきれないのか口論がヒー
トアップする。
﹁よく見たらその鎧⋮傷ついておるではないか!グリッサ大丈夫か﹂
﹁見たらわかるでしょ、手強い相手だったけど⋮大丈夫よ﹂
﹁なら、いい。心配ばかりかけおるな﹂
ニコッと男臭い笑みを浮かべた。
﹁今日ここに来たのはグリッサに話があったから何だが⋮明日でも
良い。次いでに装備の補修もするから鎧一式も持って来てくれ﹂
﹁はいはい。いいから、早くお酒返しなさいよ∼﹂
ねだるグリッサに最終的に根負けしたジュゼットがこう答えた。
﹁ふぅ⋮分かった分かった。ならグリッサ、朝ちゃんと装備を持っ
て鍛治場に来い。そうしたら︿火の精﹀を返してやる﹂
﹁約束よ!もう⋮興が削がれたわ。今日はもう解散ね﹂
﹁そのセリフ⋮昔から変わらんな﹂
そう言ってジュゼットはガハハと笑いながら帰って行った。
245
ふと酒場出入り口で立ち止まり、ソウマに向かって、
﹁良かったらソウマくんやそこのお嬢さんも来るといい。赤熱石の
お礼もしたいからな﹂
そう誘われて今度こそ帰っていった。レガリアは最後まで黙々と食
べ続けていた。
料理を食べ尽くした所でそのままお開きになり、レガリアを指輪に
送還してから宿に帰った。よく休んで明日の朝、鍛治場に向かおう。
246
サザン地下墓地 修行終了︵後書き︶
レア級の武具になると微弱ですが必ず魔力を常に纏うようになって
います。
247
新たな装備品を鍛えよう
太陽が東より昇る。小鳥がさえずり、陽の光が柔らかい朝が来た。
顔を洗い、宿に頼んでおいた朝食を受け取りにいく。
今日はジュゼットの鍛治場へお招きに預かる日なので、朝食を手土
産にしようと思ったのだ。
出来たての朝食を包み、人数分をアイテムボックスに入れた。今日
の朝食はベーコンとレタスのサンドイッチに木の実のスープ、山鳥
の包み岩塩焼きの3種類だ。
アンデッドメイル
レガリアを契約の指輪から召喚し、修羅鬼に擬態してもらう。レガ
リアには朝食の他に昨日手に入れた壊れた不死の鎧一式を与えて見
リビングアーマー
た。
屍鎧を作る材料にしても良かったが、錬金術師などで作る素材や他
の必須技能スキルがないので⋮スッパリと諦めた。
壊れていても仮にもレア級の品々。レガリアは擬態した姿のまま片
手でバキッと鎧を割り、バリバリガリガリと咀嚼して喰べる。美味
しかったのか頬を緩め、恍惚な表情が浮かんでいる。
全ての装備品を喰べ終えたあと、消化吸収の効果で少なくない経験
アンデッドメイル
値とレガリアを形作る骨格や構成要素が軒並み底上げされた。
また、不死の鎧一式の発動スキル︻鼓動せし心臓︼が︻擬似心臓︼
として名を変えてステータス欄に加わった。
ミミック
レガリアは魔法生物である宝箱の希少種のため、基本は核となる魔
力を用いて動いている。
248
生物に必要な心臓などの臓器系は存在していなかった。
サポート
︻擬似心臓︼はそんなレガリアの体内に核とは別に疑似的な心臓を
バンプアップ
造り、全ての補助動作を助ける。
また必要時には最大身体能力を血流増幅させ増幅できる。他に緊急
時の予備として魔力を疑似心臓に貯蔵することも出来る為、かなり
有効なスキルが手に入った。
全体的な戦力アップにホクホク顔が止まらない。
一通り準備を整えた所で、一緒に鍛治場へと出掛けた。
鍛治場に着くと二日酔いのようにフラフラしたグリッサの姿と、現
在居候のドゥルクが出迎えてくれた。
﹁おはよう⋮昨日は有難うね⋮頭いたい﹂
﹁グリッサ⋮自業自得だな﹂
そのセリフに少し笑みを浮かべたが、物凄い視線で睨まれた為、慌
てて表情を隠す。
﹁おはようソウマ、剣の事だがもう少し待っていて欲しい﹂
﹁おはようドゥルク。分かった。気長に待つからよろしく頼むな﹂
うんうんと隣でジュゼットが頷いていた。
﹁ドゥルクの親父は王都に店を構える凄い奴でな。ハイレア級の素
249
材とて扱える腕前だ。俺の同僚だったんだが、当時から既に鍛治師
の頭角が抜きんでた素晴らしい男だ。その息子のドゥルクも才能に
溢れている。
だからソウマくん、ドゥルクと永く付き合いのほどよろしくお願い
するよ﹂
鍛治長であるジュゼットからお墨付きを貰えるほどの腕前か。将来
が楽しみなのだろう!
グリッサは白とライトブルーのワンピースを着ており、私服姿であ
る。朝早くジュゼットに起こされ、真紅の鎧一式を渡していたそう
だ。現在は整備し終わったそうで最終確認待ちらしい。
各々、それぞれの挨拶を交わし、鍛治場の中の作業台に案内された。
途中、昨日ジュゼットが言っていた分離装置らしき機械が置いてあ
った。コレラは古代遺跡などから見つかった装置で、現代では解明
がされていない超古代文明の遺産の一つである。
そこには既に綺麗に補修された真紅の鎧一式があった。
赤熱石と魔力鉄を混合した真紅の合金を基に、希少な精霊銀でコー
ティングされた装備品は見事な魔力の艶と輝きがある。
女性らしい優美なデザイン性の中に、動作を損なわない為の機能性
を工夫された防具は長年腕の良い鍛治長としての技術が詰め込んで
ある逸品だ。グリッサもずっと大切に愛用している事でも頷ける。
250
ードソード ラウンドシールド
ブロ
防具の他にその両隣には、グリッサの為だけに誂えたと思わしき幅
広剣と円形盾が置いてあった。存在感も半端ではなく、並の装備品
では無いことが良くわかった。
﹁グリッサ用に作った剣と盾だ。実際に手に取って見てくれ﹂
ジュゼットに促され、フラフラ∼と武具に歩み寄ったグリッサは手
にとり、吸い付くように馴染む感触を味わった。
﹁これはな⋮聖騎士時代の頃を思い出しながら作ったモンだ。俺ら
の町の為に神殿を辞めてまで助けてくれたグリッサに⋮俺は⋮俺は
⋮っ、今でも感謝している﹂
﹁⋮ジュゼット﹂
クリムゾン
﹁まぁ、当時作れた鎧と違って精霊銀がどうしても手に入らなくて
な。代わりに特別な素材を鍛えさせてもらった﹂
ブロードソード
それは鮮やかな真紅色を宿した幅広剣で抜き身の剣身は既に真紅色
のオーラを放っている。
﹁初めてグリッサの鎧を作る時、着る者のイメージを浮かばせる。
俺の中でのグリッサのイメージは守護者であり、輝く真紅だった﹂
ジュゼットの説明によると、48年前の事件の際、アイラ達に頼み
込んで討伐された巨地龍の鋭牙一本と巨大な鱗一枚を必死に頼み込
んで分けてもらったそうだ。
どちらも文句無しのハイレア級の素材だ。
251
それ以来48年間もずっと鋭牙を炉に入れ熱し続け、叩き延ばし、
ブロード
鍛え上げ、剣を形作ってきたジュゼット渾身の一振り。注視すると
特殊レア級
説明文が浮かんできた。
真紅龍の煌剣
ソード
名匠ジュゼットが巨地龍の鋭牙を根気強く丁寧に研磨し鍛えた幅広
剣。赤熱石と魔鋼の合金︻緋炎鋼︼を剣身に採用する。成長した龍
の鱗すらも切り裂く。
クリムゾンドラグオーラ
特殊レア級
武技︻真紅龍気︼
真紅龍の煌盾
ラウンドシールド
名匠ジュゼットが巨地龍の巨鱗を加工した円形盾。炎熱石と魔鋼の
合金で︻緋炎鋼︼で縁取り、耐衝撃の魔力を伴うハイメタル鋼を裏
ドラゴンブレス
地に使って補強し、丁寧な仕上がりにしてある。
龍息にも耐える事が可能。
クリムゾンドラグオーラ
発動スキル︻真紅龍気︼
まさにレア級以上の準ハイレア級の破格装備品。
この武技は剣と盾が対のセットで始めて発動可能な特殊な武技とス
キルだ。其れだけに発動した時の威力は侮れない。
252
クリムゾンドラグオーラ
特殊なスキルである︻真紅龍気︼とは、武具に秘められた龍気を炎
系の魔法金属と媒介して解き放つ。
時間制限もあり、途轍もなくMPとHPを消費するが限定的に人間
種が扱えるだけの龍気を身に纏うことが出来た。
攻撃力・防御力を極大アップさせ、全魔法耐性︵中︶を得ることが
出来る破格のスキルである。
ジュゼットだからこそ、長い年月をかけて素材の全てを引き出せた
のだ。
竜・龍種とは死しても遺骸は強力な魔力を内蔵しているため、挑む
者達が後を絶たない。
因みに龍気とは竜・龍種の持つ魔力の総称である。血流に魔力を流
ブレス
すことで巨体を動かしたり、翼を使い空を飛ぶことを可能とする。
息による攻撃や身体に纏う魔力で鱗の一枚一枚を覆っている。
竜・龍種は無意識にそれを行い、制御している。
謎が数多く存在し、解明していない存在だが、簡単に分かっている
竜・龍種の生態を説明する。
卵から孵った竜・龍はまだ知性がなく本能の塊で食欲旺盛な個体だ。
生まれたばかりの竜・龍種でも非常に危険である。
百歳を超えた所で竜・龍種は魔力制御を使いこなすようができ、1
人前としての知性が宿る。亜竜・亜龍の種類にもよるが、ジャンル
を区分けされる個体とは一線を画する戦闘能力を保有している。
数百∼数千年生きた個体を上位竜・龍とも言い、眷属を持つように
253
なる。ちなみに巨地龍はこのジャンルの最上位にランクされる。
何万歳も生きた個体を古代竜・龍種とされ、更に上位の個体は災害
指定種級に分類された。
圧倒的なカリスマを誇る武具に、グリッサは二日酔いなど忘れたか
のように佇んでいる。余程気に入っているのか上機嫌だ。
暫く間があったのち、ジュゼットへ向かいひたすら感謝の言葉を述
べた。
頷くジュゼットはようやく肩の荷が下りる感覚を味わっていた。ハ
イレア素材を壊さないように、扱えるようにと48年間気が抜けな
かった。
苦労した分、鍛治の腕は上がった。その鍛えに鍛えた装備品は充分
にグリッサの役に立つことだろう。
竜・龍種を討伐し素材を手に入れることは困難である。
また竜・龍種の武具などは入手したくとも莫大なお金だけでは入手
困難な品で、宮廷鍛治師並の実力と権力、伝手が必要な為、その価
値は計り知れない。
特に龍の魔力を装備者が扱えるように加工出来る鍛治師は、ほんの
一握りの存在だ。
ジュゼットは間違いなく鍛治師としてのLVも高く、鍛治スキル︵
254
A︶を取得している筈だ。
竜・龍種を専門に狩る竜狩りと呼ばれる一族の集団も存在する。高
い戦闘能力を保有し、竜・龍種に対して高い特攻能力を持った者達
が集まって結成された集団だ。
因みに上記の説明は彼等からもたらされた情報でもある。
一息ついて、ソウマの方へ向き直った。
﹁で⋮だ、ソウマくん、赤熱石を集めてくれた君へのお礼に何かオ
ーダメイドしたい装備はあるかな?此れでも俺はレア級の素材なら
加工出来る腕前があるぞ。但し素材は君持ちだがな﹂
ニッコリと伝えられた。思いがけない一言に皆、一様に驚く。側に
いたドゥルクも言葉が出ないようだ。
ジュゼット
この鍛治長は近辺に並ぶ者が居ない程の腕前であり、レア級の素材
を扱える職人は、もはや国家の宮廷鍛治集団に所属していてもおか
255
しくない腕前だ。
事実、ジュゼットは冒険者ランクA級からしか注文を受け取らず、
鋳造や鍛造しない。
そんな貴重な職人からの滅多にない申し出に、脳裏に一つの素材が
思い浮かぶ。
バリアアント
ザール村で障壁蟻のマユラから入手した鈍色の甲鉄の素材が沢山あ
った。
あの時は流星刀レプリカで戦技をもってしても甲殻を断ち切れなか
った。もしもこの素材だったらどんな装備になるんだろう⋮と期待
レア素材
に胸が膨らんだ。
バリアアント
障壁蟻の甲鉄
バリアアント
希少な魔獣である障壁蟻の抜け殻。非常に硬く軽い。魔力を伴う金
属や素材と相性が良い。全体的に耐属性に優れている。扱うには長
年培ってきた熟練した技量が必要。
折角なのでコレを使わせて貰おう。甲鉄の素材を使えないか見ても
らった。暫く凝視したジュゼットは感嘆したため息を漏らした。
バリアアント
﹁こりゃあ⋮なんとも珍しい。始めて拝見させてもらった。障壁蟻
の甲殻なんて貴重すぎるな。品質も最高だ﹂
﹁実はこの素材をメインに剣士用の防具一式をお願いしたいのです
256
が⋮大丈夫ですか?﹂
﹁剣士用か⋮ああ、構わないとも。此れだけの素材だ。腕が鳴るわ
い。但し、時間もかかることは了承してくれ﹂
それは仕方ない。そう思っているとレガリア百夜が突然口を開いた。
マスター
﹁御主人様、暫く私をジュゼット殿の側で鍛治を見習わせて頂く許
可が欲しいです。私も鍛治士の端くれですから﹂
そう言うや否や、鍛治士である事を強くアピールし始める。
﹁何と!若いように見えるが鍛治を納めておるのか⋮その筋肉の付
き方や身のこなしは長年鍛治をしたことのある者だね。感心感心。
ソウマくん、良かったら俺からも頼むよ﹂
︵フフッ、御主人様の身に付ける防具は私が作って見せます︶
と、やる気に燃えるレガリア百夜。
確かに鍛治スキル︵B︶ならば足手まといにもならず、装備完成の
手助けになる。
其れにジュゼットの技を身近に感じることで今後大いに役立つ経験
になるはずだ。
257
ジュゼットはグリッサ用の装備を完成させた。やる気が無くなり少
し燃え尽き症候群のような達成感があった。しかし、新しい目標が
見つかったことでモチベーションと機嫌が良くなり、満面の笑みを
浮かべる。
アイテムボックス
他にレアの素材で持っていないか尋ねられると、魔法袋仮手持ちに
あるハイメタル鋼のインゴット、鋼竜の鱗皮、星の隕石を見せた。
どれもレア級の素材で弓ガチャで手に入れたモノばかりだ。
ハイレア級のとある弓を作りたいばかりにガチャをした産物ではあ
るが有効活用出来そうだ。
﹁ソウマくん、君は一体何者だね?特別なレア素材ばかりだし、ま
さか見知らぬ竜素材まであるなんて⋮﹂
﹁特別な素材なのは知っていました。今は帰れない遥か遠い自分の
故郷より、置いてあったモノを持ってきただけなんです﹂
﹁ふぅーむ??⋮いや、無粋な事を聞いてすまなかった。見たこと
もない竜素材に年甲斐もなくはしゃいでの﹂
﹁此方こそ⋮それでこんな鎧にして欲しいんですが⋮﹂
と、細かく注文をしながら図に書いてみる。それとレガリア百夜の
持っている準ハイレア級ともいえる赤熱鋼純度100%の大太刀を
見せた。
ジュゼットは爛々と輝くような眼で喰らいついている。失礼と一声
258
掛けてから、手に触るとずっしりとした感触の他に満ちた魔力を感
じ取っていた。
﹁此奴は⋮成る程﹂
﹁百夜が打った大太刀です。赤熱石を錬磨して純度を高めて出来た
モノで赤熱鋼と呼んでいます﹂
﹁ははぁ∼この大太刀をお嬢さんがね。その歳で凄いもんだ﹂
素直に賞賛するジュゼットに、主人の意図が分かったレガリア百夜
からもこう提案した。
もしかしたら、この甲鉄の素材も錬磨出来たらより強靭な素材へと
変貌しないかと⋮。
思いも寄らない提案に驚くが、暫くして破顔した表情で大声を上げ
た。
﹁俺はつい先日、自分で最高傑作を作ったと思ってたんだ。これ以
上の作品は俺には作れないと⋮しかしな、ここにきてどうだ?﹂
置かれた希少な素材達と修羅刀・百夜を指さした。
﹁ここにこんな面白いモノが転がってやがる。人生ってのは何でこ
んなにも面白いんだ!こんなやり甲斐のある仕事は始めてだよ﹂
ひとしきり笑ったジュゼットは、今度は神妙に黙った。
259
﹁作ってやるなんてとんでもない。レア素材をこんなふんだんに使
った装備品など聞いたことも見たこともない。やり甲斐のある仕事
を有難う。此方こそよろしくお願いするよ﹂
と、丁寧に深々と頭を下げた。
それからジュゼットが稀な素材相手に熟考を繰り返し、ドゥルクと
レガリア百夜に相談した結果、鈍色の甲鉄をメインの素材にし、グ
レー色の強いハイメタル鋼を裏地にして新しくシリーズ装備を試作
で作って頂けることになった。
甲鉄はメイン素材になる為、防具一式には手持ちの7割程度が必要
だ。
バリアアント
またそれとは別に錬磨研磨錬成の為に残った障壁蟻の素材は全て使
バリアアント
われる事になった。
障壁蟻を1人で倒したソウマだったからこそ、素材を独り占めにし
こんな贅沢に使えるのであって、従来ならば全ての装備品を作るだ
けの素材確保なんて絶対に出来ない。
図案から裏地に使用するハイメタル鋼のインゴットは3つで事足り
る予定だ。
全身鎧を作る訳では無いため、軽鎧として肌を露出してしまう部分
には生半可な攻撃など意味を持たせない鋼竜の鱗皮を2枚使用する
予定だ。
また星の隕石は5個ほどを1度砕いて粉微塵とし、素材に混ぜ合わ
せて合金などとして使う。
260
レア級素材
素材の説明として、
ハイメタル鋼
耐衝撃に強い魔力を持つ加工金属。用途の高い金属のためゴーレム
レア素材
などにも使われる事が多い。素材が持つ魔力との親和性に優れる。
星の隕石
夜空に瞬く星より一雫零れた欠片。不思議な輝きと魔力を宿した鉱
石。単体としての鉱石も非常に優れているが、合金として合成して
レア素材
も素材の潜在能力を引き出す。
鋼竜の鱗皮
全長8mからなる数百歳を超えた鋼竜の鱗皮。滅多に入手できない。
全身が並の魔法金属よりも硬い鱗で覆われており、普通のレア級武
器では弾き返してしまう。加工するには熟練の技を持つ職人しか出
来ない。
図を改めて引き、頭装備から体装備の具体案を再度話し合い、粗方
決め終わった。
261
ここから試作を兼ねての長い装備品作りが始まる。オーダーメイド
の装備品も嬉しいんだが、皆の協力でワイワイする事が何より楽し
みなのかも知れない。
他に話は無さそうだったので全員分の朝食を取り出した。アイテム
ボックスから出したので出来たてホヤホヤを味わえる。
山鳥の包み岩塩は皆から特に好評で、ジュゼットやグリッサからも
レシピを聞かれるくらい美味しい食事だった。今度宿の女将さんに
聞いてみようと思う。
外側は岩塩に包まれている為、取り外す。中には下処理された山鳥
が入っていて、ボリューム満点な見た目から塩が引き出す鳥肉の旨
味は朝からガッツリ食欲を湧き立たせ、素晴らしく美味しかった。
ベーコンとレタスのサンドイッチを片手に楽しみながら、個人的に
は木の実のスープも香草が効いていてもっと味わいたく味だった。
残念ながらお代わりはないが、皆朝食に満足そうだった。
食後、ジュゼットから︿火の精﹀を返してもらったグリッサにより
新装備お披露目会の御祝いに振舞われた。折角なので少し呑んだが
⋮キツイがキレもあり美味いお酒だ。
ドワーフの面々は嬉々として呑み始め、ジュゼットの秘蔵の酒も加
わり宴会模様だ。
262
楽しい気分でいると自分の腕に天眼石の腕輪が見えた。
ふと思い出し、そう言えばユピテルの街ギルドで専用職業の特殊ク
エストは受けられるのだろうか?と思った。
この異世界に入り込んだキッカケも魔物使いギルドの特殊クエスト
からだったな⋮。
この専用の特殊クエストとは、その名の通り職業別に分けられた専
門のクエストである。
クリア報酬に素材や装備品があったり、スキルが追加されたりと報
酬が良い。基本その職業にしか入手出来ない為、マニアックなレア
度は高く人気が高い。
だが、成功しても失敗に終わっても1度だけしか受注出来ないため、
しっかりと対策と準備をしてから望む事が基本だ。
センチネルアーチャー
戦弓師の専用クエストは討伐クエストのみだった。報酬に金貨と現
在も装備品している天眼石の腕輪だった。初めて入手したレア級装
レア級
備品であり懐かしい思い出が詰まっている。
天眼石の腕輪
センチネルアーチャー
戦弓師専用の特殊クエストクリア報酬。
眼のような模様が特徴的で魔除けと厄除けを兼ねる御守り。僅かに
両耐性微上昇。最後まで持っていると良いことあるかも?
発動スキル︻弓技能上昇︵微︶︼
263
最後の説明文にも気持ちがほっこりとさせられてずっと装備してき
た。
効果は確かに僅かなんだが⋮この腕輪に危うい時は何度も助けられ
てきた。
マドネスラビット
しかもこの討伐モンスターは狂乱兎。兎なのに凶悪な面で肉食。犬
歯が発達した両牙とバキバキに鍛え上がった脚力が自慢な兎魔物。
戦闘行動に入ると狂ったようなスピードで駆け回り、噛みつきや飛
び蹴り、突進を主に使う。ただ、HPは少ないので攻撃さえ当たれ
ば直ぐに狩れる相手だ。
あの時もユウトが駆け出し騎士職で手伝ってくれたっけ。
街へ帰った時は確認して見よう。
当座は装備作成とダンテ達との約束が優先だ。
264
味噌を発見する
レガリアは暫く修羅鬼百夜の姿をとり、ジュゼットとドゥルクのド
ワーフコンビと共に新しい素材の研究と、幾つかのレア素材を組み
合わせて初の試作型の鎧を作る予定になっている。
ドゥルクはボロボロになったソウマの剣を修復したら、1度ユピテ
ルの街に帰るそうだ。流石に何時迄も店を空けたままに出来ないの
だろう。
鍛治場でどうせならと⋮星の隕石を巨大な装置にかけてキラキラと
輝く粉にする所を見学させて貰えた。
凄い音を鳴らし、ローラーが隕石が徐々に擦り合わせて圧迫してい
く。粉々になっていく様は圧巻である。
この貴重な装置は古代遺跡から補修されたモノが国から送られてく
るため、数は限定された。
まず設置場所の施設自体に防衛力があり、尚且つ大きな鍛治場にし
か設置出来ない。
ジュゼット
親方には誇らしげにユピテルの街には無いぞと、伝えられた。大型
炉を搭載し装置を使いこなせるだけの技量を持つジュゼット。
国の鍛治師協会からその他の人間には未だ許可はおりていない。
265
久しぶりに町を1人でぶらぶらと歩く。魔法屋の前を通るとコウラ
ンとダンテが入って行った。
魔法屋か⋮始めた時以来殆ど入ったことはない。2人はなんだかん
だで仲が良いな。
邪魔をするのも申し訳ないので、そのまま通り過ぎて、町の外れに
向かった。町の外れには寂れた定食屋がポツンと建っていた。準備
中の札が立てかけてある。
店の扉の隙間からは良い匂いがする。それも前世で嗅ぎ慣れた匂い
が⋮堪らず腹がなる。思わず中に入ってしまった。
﹁ん、珍しい、お客さんかい?だが、まだ準備中だよ﹂
﹁お母さん、いいじゃない。いらっしゃいませ。どうぞお席に座っ
て下さい﹂
店内には緑髪で親娘と思わしき人達がいて、言われるがままに空い
ている席に座った。しかしこの匂いは間違いない。これは⋮味噌の
匂いだ。
余りの懐かしさに涙よりも食欲が勝った。
﹁まさかコレは⋮味噌なのか?﹂
﹁あら、良く知ってたわね。私達の故郷の食材で味噌という発酵食
品なのよ﹂
266
嬉しそうに答えた親御さんの方は上機嫌だ。彼女達はここより東の
島から来たという。
40年前に海に囲まれた故郷から町の復興募集を見てこのアデルの
町に住み着いた。
やっと思いで町へ着いたものの、既に町は復興ラッシュが過ぎ、定
員人数を越えた働き口が極端に無くなり⋮ならばと自分達で事業を
始めることにした。
全財産で町の外れに小さな畑と貸店舗を借りて、故郷の食材と料理
で定食屋を始めた。
しかし、アデルの住人には嗅いだことの無い味噌の香りは、発酵し
ているためキツメの匂いだ。
その為、なかなか受け入れられず、発酵食品を腐っているのではな
いか?と誤解を招き、噂と共にお客さんの客足が遠退いていった。
親娘の必死の宣伝活動や無料試食会などにより、徐々にリピーター
のお客も増え始めたが、貸店舗と材料費を除くと殆ど手元にはお金
は残らない。それでも懸命に働いて現在に至る。
﹁いや、突然に失礼しました。自分の故郷にも味噌があって⋮嗅ぎ
慣れた匂いと懐かしさが先行してお邪魔してしまいました﹂
﹁へぇ、私達の故郷以外にも味噌があるんだね?そう言うことなら
遠慮はいらないからドンドン頼みなさい﹂
お礼を伝え、メニューを見る。味噌もあれば米も⋮と期待したが流
石に無かった。残念だが、味噌があれば何処かに米もあるはず!
267
新たに米を探す決意が沸き立った。
メニューを見ると結構沢山ある。その中から焼いた干し魚の料理に
冷奴のような豆腐料理を注文した。
そして味噌味の臓物の煮込みを発見した時は⋮心の中で狂気乱舞し
た。
勿論注文したが、お客さんの中では臓物の存在自体を食べるという
異文化に似たイメージが良くないらしく⋮滅多に頼む人はいないら
しい。勿体無いと思うが今回はラッキーだ。
折角なので、鍋ごとの味噌味の臓物の煮込みを買い取らせて貰えな
いか相談した。
準備中の段階で仕込みを見ていたが、調理過程で新鮮な動物・魔物
の臓物を使っているのは確認出来たし、丁寧な下処理をしていた。
これは是非欲しい逸品である。買い取れたら最高な気分でレガリア
達へのお土産にしよう。
﹁申し出は有難いんだけど⋮嫌がるお客様も多いから、せめて現物
を食べてからにしなよ﹂
苦笑しながら小鉢に味噌味の臓物の煮込みを盛って貰った。今気付
いたが手前にはなんと箸もある。
箸で摘み、口の中いっぱいにホルモンを頬張る。味噌の香しい匂い
に臓物の臭みも感じない。
このしっかりとした食べ応えは、日本にあったあのホルモン鍋に違
いない。急激に上がるテンションを抑えきれず口にかき込む。
268
コリコリとした肉の感触を楽しみ、噛むことで油を味わう。味噌と
の相性はバッチリで、一緒に煮込んである野菜も味が染みていて、
より白米が欲しくて堪らない。
料理を食べ終わるまで手が止まらなかった。
後から出された焼き魚は旨味が身に凝縮され、焼いた時のほぐした
身が美味しい。アジのような味わいがある。
異世界に転生する前は、母方の実家の富山県に伝わる昆布を新鮮な
魚の身を昆布で挟んだ郷土料理、昆布〆が食べたくなった。
酒の肴に合うし材料が揃えば自分で作ってみるのもアリかも知れな
い。
冷奴は生姜がないのが残念だが、冷えていて口の中がスッとして豆
腐が口溶ける。久しぶりのこの感触に味噌汁も飲みたくなったこの
頃だ。
完食して結局、お土産に味噌の臓物煮を包んで貰う。味噌自体もお
店に影響の無いよう少しばかり包んで頂いた。
至福の時間を味わいながら定食屋を後にした。ここは今後、贔屓に
しよう。
お腹もいっぱいになった所で暇潰しに石造りのギルドへ見学も兼ね
て向かった。
アデルの町のギルドは主に冒険者ギルドと言われる。
269
ユピテルの街のように職業別の巨大な施設のあるギルドではなく、
町のお使いから魔物の討伐まで様々な依頼を人々や国から受け持ち、
仲介することが主な仕事だ。
現在冒険者登録していないソウマは冒険者ですらないが、フリーク
エストと言って階級や冒険者登録無しでも受けられる依頼があるの
で、今日1日で受けられるクエストが無いか調べに来た。
ギルドへ入ると厳ついお兄さんから、魔法使いと思われるローブを
着た青年、際どい鎧のお姉さんなど多種多様な人種がひしめき合っ
ている。扉をくぐったソウマを一目見るが、その後は直ぐに興味無
さそうに無視される。
余り気にもせずに依頼の掲示板を眺めていると、受付のお姉さんか
ら声を掛けられた。
﹁おはようございます。当ギルドは始めてお越しですか?﹂
と、聞かれ、簡単な説明をされた。とりあえず冒険者登録は避け、
フリークエストの一覧を見せて貰った。
町の清掃活動から始まり、道具屋の荷下ろし、引越しの手伝い、農
作業の手伝いなど色んな依頼があった。
マドネスラビット
討伐依頼には最近出没する山中の盗賊討伐︵危険度未定︶や、サザ
ン火山付近にて正体不明の狂乱兎の希少種を探して討伐して欲しい
など、情報未確定の依頼や胡散臭い依頼も少なくない。
その中でも上記2つの内、何方かを受けようか迷っている。悩んで
270
いると此方に近寄ってくる人影があった。
﹁おいおい、昨日酒場でグリッサ教官と一緒にいた若造じゃないか。
こんな所で優雅に依頼探しか?﹂
と、ニヤニヤ笑いながら声をかける男達5人がいた。武装から見て
ハイノーマルの武具が多い。ただし声をかけてきた黒髪の大男のリ
ーダー格と思わしき人物だけは、レア級と思われる変わった槍の魔
力武器を手にしていた。
彼等はここ最近西から流れてきた冒険者達で、この町を拠点に活動
し始めた。
町中で偶然出会ったグリッサに一目惚れしてしつこく迫り過ぎ、相
当酷い目にあったようだ。妬みの視線が半端ない。
﹁お前見たいな弓士程度にはお似合いだな﹂
﹁ふん、デカイ顔しやがって⋮目障りなんだよ﹂
面倒だと思うし、特に思う所が無いので、無視していると流石にキ
レてきたのか、周りを囲まれ胸ぐらを掴まれた。
﹁⋮良い度胸だな!お前、舐めてんのか﹂
顔を近付け凄まれるが、死線を何度か超えたプレッシャーとは比べ
ものにならない。
271
﹁ちょっと⋮何を揉めているんですか﹂
受付のお姉さんも困惑気味だ。
バトルクロス
そっと弓士専用の戦闘服を掴まれた手を握り返す。
﹁先輩方、虐めんで下さいよ﹂
と、ニッコリ返す。ちなみに胸ぐらを摑まれた手は赤を通り越して
真っ青だ。掴んでいるリーダーは痛みの余り声が出ないようだ。し
かし、周りの男達は気付かない。
﹁ふん、分かれば良いんだよ。さっさと帰んな﹂
﹁ええ、そうさせて貰います⋮貴方がたがね﹂
と、思いっきり外へ向けて投げ付けた。綺麗に直線を描き、空いて
いた扉を抜け、外の地面に凄い音を立てて落ちた。
唖然とした表情の男達を尻目に、
﹁お帰りは彼方ですよ﹂
と、掴み上げながら4人の男を纏めて外へ放り出した。ご迷惑をお
掛けしましたと、一声受付のお姉さんに声掛け、少しばかりのお金
を迷惑料として置いてからそのまま外へ出た。
外へ出ると4人がリーダー格の男の周りに集まっていた。
まだ実力差も分からないらしく、此方を発見しソウマを睨みつけて
いる。
272
ヒーラー
リーダーはまだ気を失っていて、仲間の1人で回復系職業が慌てて
回復魔法をかけて貰っていた。目が覚めると記憶が無いのか頭を仕
切りに振っていた。
﹁巫山戯やがって⋮殺す﹂
残る3人は各々の武器に手をかけ、抜剣した。
これは往来の場である。幾ら何でもやり過ぎだとは思うが⋮先に手
を出したのは彼方だ。仕方あるまい。
相手をしようと思ったがその前に邪魔が入った。
騒ぎを聞きつけたギルド職員達とギルド長が出て来て、直ぐに来て
場が収められた。流石の彼等も大人しく従った。
抜剣者には罰則がついたが、どうやら収まりが付かないらしく一時
的にソウマもギルド拘束となった。
お互いの事情を聴取される。
今回の揉め事はギルド内での目撃者も多く、ソウマへは厳重注意の
みでお咎めは無かった。
絡んできた冒険者達は、最近特に周囲と問題が絶えなくなってきた。
狩場を占領したり、他者を恫喝したりと。
しかし反面、数多くの依頼もこなしメキメキと台頭してきた冒険者
でもある。
横暴な態度が目立ち始め、アデルの町の住人からも苦情もあり、ギ
ルドでも扱いに困っている感じがある。
273
今回の事でもやはり彼等は反省の色が無いようだ。
騒ぎを聞きつけ、駆けつけたグリッサ教官を見て嬉しそうに騒いで
いる。
グリッサに近付いて早速口説き始めると嫌な表情をしていたが、何
か思い付いたのかニンマリと悪そうに笑い、ソウマを指差した。
﹁ソウマくんと模擬戦をして勝てたら一晩付き合って上げる﹂
そんな条件を焚き付け、5対1での模擬試合をすることになった。
普通はそんなハンデキャップのある模擬試合はない。
ギルド側も立会い、見学を行う。
グリッサが勧めるソウマという人物の存在に対して、ギルド長が深
く興味を抱かせたのだ。
死人が出ないかと不安はあったが責任はギルドマスターが持つ、と
言い切られる。その為模擬試合は決定された。
反対に馬鹿にしているのか!と、彼等の殺意が練り上がったり、勝
った試合の後のお楽しみを色々と考えている事は間違いなかったが。
とりあえす、魔法と戦技の禁止、殺人は厳罰の上死刑と言い含めら
れた上で、行われた。
274
審判はグリッサ。
やるき
﹁殺気満々だわね、彼等は﹂
﹁グリッサ教官⋮誰のせいだと思ってるんですか。勘弁してくださ
い﹂
﹁まぁ、貴方なら楽勝でしょ?私が相手をしても良いんだけど、同
じ歳くらいの男の子の方がショックも大きいはず⋮図に乗っている
彼等の目を覚まさせて上げなさいよ﹂
﹁はぁ﹂
考えても仕方ない⋮ソウマは久しぶりに和弓︻優︼を手に取った。
矢を使った攻撃の際、当たる所が悪ければ生命の危険があるので急
所は狙わないように言い含められた。
そして矢の先は丸めたゴムような弾力のあるモノで覆われている矢
を使用するため、殺傷力は殆どない。
彼等もその場に自前の装備武器を置き、模擬戦用の武器に持ち替え
た。
リーダーの大男は刃を潰した長槍を装備し、周りを模擬戦用の子剣
と片手斧、長剣にそれぞれ小盾を持つ3人で固めた。
回復役の神官も盾を装備し、万が一に備えている。
場所は町外れのイベント用の闘技場を利用させて貰った。広くはな
275
いが、両者に30mほど距離がある。
試合開始の音が鳴る。早々に小盾を構えた3人組が突っ込んで行く。
リーダー格の大男はニヤニヤと余裕の表情だ。
弓を構え、冷静に射る。シュッと音が鳴り矢と盾が衝撃音をたてて
激突する。あえて盾を構えた部分を狙った訳だが⋮見事に盾ごと吹
き飛んでいった。
盾には矢が突き刺さっていた。矢の先は丸めて殺傷力が低いはず⋮
だから当たったとしても大丈夫、大丈夫とソウマは気楽に射ってい
く。
グリッサも図に乗っている彼等を恐怖に陥れろ?みたいな事を言っ
ていたしな。
その思案は効果的に相手に伝わった。
手加減されていると知らない彼等はこの威力で自分達の体に当たっ
たらどうなるか⋮想像させられただけで前衛の彼等は恐怖で動けな
くなった。
計3射目で盾を持っていた冒険者達は全員吹き飛ばされ、手には模
擬用の刃を潰された武器のみとなっていた。
明らかに顔色が青ざめている。最初の様子から態度が変わった相手
達に声をかけ、盾を取りに行かなかったら今度は身体に当てる⋮と
伝え、再度盾を取りに行かせる。
盾を慌てて装備した事を確認し、今度は手加減をして同じ事を繰り
返す。
グリッサもドン引きで審判役を務めていたが、これが弓を使ったソ
276
ウマの実力なのかと、技量の高さに改めて感心もしていた。
盾に矢がビッシリと刺さっていく。何とか力を入れれば盾は吹き飛
ばさない程度に手加減されている為、怪我はさせずにじわじわと恐
怖の度合いを上げて行く。
男の悲鳴や嗚咽が響く。手は休めない。
最終的に堅い木材で作られた盾は、遂にバリアの如くパリンと限界
を迎え、砕け散った。
盾が割れた事で身を守るモノは何も無い。恐怖が限界を越えたのか、
其れとも皆で行けば何とかなると思ったのか⋮前衛3人が武器を振
りかざして突撃してきた。
目は血走っており、落ち着きがない。誰もが恐怖に張り付いている
かのように甲高い声で叫んでいる。
その後、数秒も立たない内に1人、また1人と手加減された矢をヒ
ットさせられ、綺麗に気絶した。
後衛の回復役の優男の方にも手加減した矢を射った。リーダーが反
ヒーラー
応し長槍が迎撃しようと払うも間に合わず⋮装備していた盾すら構
えられないまま、回復役の彼もそのまま後ろに倒れた。
その後、リーダーの大男は何故だか微動だに動かない。
訝しむ⋮が.試しに模擬の長槍を狙い射る。
277
寸分違わず持ち手の部分がへし折れ飛んでいく。
次に矢の先を大男に向けられた途端、大男はカチカチと仕切りに歯
が鳴っていた。
﹁こ、ここ﹂
言葉が上手く喋れない。何だよあの化け物は⋮これまで俺は誰にも
負けなかった。何かあっても仲間と一緒に何とかやって来た。
迷宮遺跡の隠し部屋でこの武器を見付けた時は、やっと俺にも運が
向いて来たんだと思ったんだ。
それをそれをそれをそれをーーー!!!
こんなはずではなかった!
憎悪と共にそう思いながら彼は走り出した。
目指すは一つ。誰かが静止を叫ぶ声を出していたが、立ち止まれな
い。
もしかしたら背中から射られるかも知れない⋮そんな恐怖を乗り越
えて何とか辿り着いた。
愛用のレア級武器を手に取ったら、安心感からか少し落ち着いてき
278
た。
冷えてきた頭で倒れている仲間達を見つめる。正直喧嘩を売った相
手を舐めすぎていた。こんな状況になったのも⋮元はと言えば俺の
慢心の所為だ。
﹁俺は最低な上に情けないリーダーだが⋮どんな手を使ってもケジ
メだけはとらせてもらう﹂
そう言い放ち、長槍を空へ掲げる。
何言か呟いた後、空から目を塞ぎたくなるような光の轟雷が落ち、
辺りは煙と閃光に包まれた。
279
着装スキル︵前書き︶
最近、書く時間がなかなか取れません。その為お待たせすることが
多くなって申し訳ありません。
280
着装スキル
凄い雷が闘技場へと落ちた⋮モクモクと立ち込める煙が薄れてくる
と、薄っすらと人影が見えた。
見える人影の背格好は、あの大男よりも一回り大きく、角や尻尾の
シルエットが見えた。
警戒していると、そこから現れた奇妙な異形が此方に近付いてくる。
﹁此奴は⋮﹂
恐竜人間のような姿形で、言いようのないアンバランスが滲み出で
気持ち悪さを倍増させている。
クローズドヘルム
良く見ると頭部全体は紅い2本角生えた蛇の頭。白く鱗がビッシリ
と生えたような生々しい面頬兜を装着している感じだ。
右手に持っている長槍は爪状に魔力が伸びて発光している。
腰の下からは背ビレが生えており、細い尻尾の先には丸くバチバチ
と放電している雷球がついていた。
魔物⋮ではないだろう。状況から考えるとあの大男だと思われる。
そうだとしたら、この時点でルール違反として彼等の負けは確定し
た。
281
グリッサと真面目なギルド職員が試合の中止と反則負けを大男に提
言するが⋮意も介さず鼻で笑っている。
ソウマも試合をこのまま続行する事で構わないと告げた。
現実世界でも経験があったが、こんな人間はマトモな話し合いにも
ならないタイプが多かった。
今やるなら徹底的に叩かないと⋮後から厄介事を招く危険なタイプ
だ。
約束も守らず、何をしてくるのか分からない怪しい人物は危険な存
在だ⋮と、ギルド側は再度中止を申し入れる。
しかし当事者達が試合実行を望んでいる事や、審判であるグリッサ
もが頑として首を振らず終了を宣言しない。
これ以上粘っても無駄だと判断したギルド側が下がって行く。
それを見たグリッサはすかさず、
﹁ソウマくん、貸し1つね﹂
⋮聞こえなかった事にしよう。
改めて気を取り直し、大男の持つ3爪に分かれた輝く長槍を確認す
る。
282
試作型雷装槍
レア級
ライトニングスネーク
古代、雷雲海に生息していたとされる雷を操る亜竜である︻百雷蛇︼
オリジナル
の希少な竜核と轟雷を発生させる器官を用いて作成された長槍。
古代の叡智と作り手の技術との融合により、竜核を共振させ、かの
亜竜の形態とスキルを不完全ながら装備者に顕現させる。
武技︻百雷竜核着装︼
ほほう⋮ん、スキルに百雷竜核着装?
ライトニングスネーク
着装スキルなるものは知らないが、元となる百雷蛇については、確
か以前ネットの掲示板での書き込みを見たことがあった。
上空都市の一つであるサルバドールから生み出される雷雲海のフィ
ールドのみに出現するはずだ。
全長10mにもなる巨体を有し、白鱗で覆われた身体はレア級以上
の武器でないと傷つけられないとされている。
サンダーボール
黄色の角から体内の器官を通じて血流を集め、口からではなく尻尾
に常に雷属性の魔法である雷球を充電させている。
雷雲海にのみ出現する雷竜種の眷属で、亜竜科に分類された一種だ
ったような。
その珍しい長槍は何処で入手したのかわからないが、外見の特徴か
283
ら判断して間違いなく亜竜種の素材で作られたモノなんだろう。
じっと考えていると、おもむろに大男が口を開く。
ソウマ
﹁今までの健気な抵抗を讃えて、貴様相手にこの切札を使ってやる
んだ。有難く思えよ﹂
﹁⋮?﹂
﹁ふん、この姿の恐ろしさに恐怖で声も出ないか?貴様のような卑
劣な男には随分と勿体無い技だが⋮俺の本気を見せてやる﹂
何が卑劣なんだ⋮反則もしておいて、丸腰相手にヌケヌケと⋮少し
怒りが立ち昇る。
無言で弓を引き、射る。
ヒュンと音を立て一直線に矢が飛んで頭に当たる。が、奴が吹き飛
ぶどころか当たった矢が逆に砕け散ってしまった。
﹁ぐあっ、いきなり痛えな。ま、これでお互いにおあいこだろ?も
し死んでも恨みっこ無しだ﹂
﹁好き勝手な事を言いやがって⋮﹂
やはり物事を自分の都合良くしてくる厄介なタイプだった。
284
ブワッと風圧が押し寄せてきて、目の前に白い塊の男が飛び込んで
くる。
魔力で作られた爪の長槍はギュインと雷属性を纏い、突き技を放つ。
戦技︻2段突き︼の効果で更に肥大化した攻撃がソウマを襲うが、
元々のステータス差もある。また見切りを発動している為、難なく
躱す。
避けて躱し弓を使って反撃⋮と、暫く様子を見ながら戦闘していた
が、この着装スキル自体は身体能力は劇的に上げるといったモノで
はなさそうだ。
少なくとも今回に限ってかも知れないが。
変身してからは若干のスピードアップはあったが、それよりも攻撃
力が大幅に上がっているし、防御力も上がって弓矢での攻撃では決
定打に欠ける感じを受けた。
しかしながら、使い手があの大男では能力に振り回されて、有効に
使いこなせていない。
そう分析をしながら攻撃を避けていると、大男からイラついた声が
響く。
﹁くそ、ちょこまかと⋮いい加減そこを動くなよ!今度貴様が動き
285
まわると狙いがあっちに逸れるかも知れんぞ﹂
そう宣言すると、ギルド職員の方へ槍を向けた。
人質かよ⋮クズっぷりが板についてきたようだ。
グリッサも顔を顰めており、ギルド側に寄って臨戦態勢で審判をし
ている。
最悪ギルド側へ攻撃されて間に合わなそうなら、彼女の助けを請い
そうだ。
ソウマはその場で動きを止めると、嬉しそうに大男が嗤った。
﹁最初からそうしてれば良いんだよ。手間をかけさせるから人質紛
いの脅迫をしなくちゃならないんだ﹂
槍を向けられたギルド側は不快感を露わにしていたが⋮大男は気付
きもしない。
気迫のこもった鋭い一撃がくる。その突き技の攻撃を流星刀レプリ
カで払う。
槍のリーチが長い分、此方の反撃は大男の身体には届かない。繰り
出してくる攻撃は一方的で嵐のような攻撃が続く。
ソウマ
元々のステータス差は此方の方が上。
武器を使った攻撃の対処は対応がきくが、着装スキルで上積みされ
た魔力攻撃は油断出来ない。
迸る雷撃が長槍から漏れて直撃はしていないが、時折ソウマの身体
を徐々に傷付けてきている。
286
長槍の攻撃を捌いていく毎に刀剣技補正が発動し、習熟度が地味に
磨かれていく。
どうせならと相手の武器破壊を目指し、槍の穂先に少しでもダメー
ジを加えるべく同一箇所を何回も斬りつける。
﹁器用な真似を⋮だが何時迄モツかな﹂
ソウマの身体ダメージのみを気にして、長槍の変化には気付いてい
ないようだ。
流星刀レプリカと試作型雷装槍は同じレア級の武器だが、扱いに関
しては負けていない。
長槍の穂先に目には見えない細かなダメージを蓄積させていく。
何度目かの攻撃を弾いた際、僅かに磨耗した傷を視認し、武技︻流
星刀・イルマ︼を発動させた。
金属の澄んだ音と破壊音が鳴り、長槍の穂先が砕ける。
砕かれた長槍の穂先を見て絶句し、みるみる憤怒の表情を浮かべた
大男は、
﹁死体も残さず消滅させてやる﹂
そう言い放った後、大男の背ビレがビリビリと揺れて輝き、尻尾の
雷球が膨れていく。
ライトニングスネーク
ドラゴンブレス
﹁この槍の元になった百雷蛇はこんな風に尻尾から最大電流を放出
出来たそうだ。竜息と同じくらいの威力をその身で味わえるぞ﹂
287
恐怖を味わえ⋮と、勿体つけて説明をし始める。
魔力が背ビレに凝縮し、バチバチと尻尾の先から大きくなった雷球
は、今では大人2人分程の大きさがある。
﹁優しい俺様のせめてもの慈悲だ⋮最大まで魔力を雷球に貯めきっ
てやろう﹂
試作型雷装槍は魔力を変換し雷属性を纏った武器攻撃に、限定的だ
が放出系の攻撃スキルも兼任。
着装のベースとなる生物にもよるだろうが、この着装スキルとは何
と便利な存在なんだと感じてしまう。
世の中に溢れれば大抵の魔物など問題にならなくだろう。
さて、此方の仕込み準備は終わった。相手をわざわざ待ってやる事
は無い⋮後は突撃のみ。
ソウマは大男から攻撃が放たれる前に全力で突進した。疾風の如く
距離が縮まる。
﹁バカな奴め⋮俺の雷球の発動する方が速い。そんなに早く死にた
かったのか﹂
魔力をチャージし終えた背ビレは眩いばかりの閃光が輝き、直径2
mもの極太の雷球がソウマに向けて雷速で放たれた。
288
激しい衝突音と振動が闘技場全体を襲った。誰もが目を瞑り⋮開い
た時には大男は壁に叩きつけられおり、長槍は散らばっている後が
見えた。
その場でソウマ自身も軽い火傷を負っており、荒めの息づかいで片
膝をついていた。
一定量以上の大ダメージを受け、着装スキルを解除された大男が驚
愕の表情で目を見開いている。
刀をしまってソウマが弓を取り出し、つがいだ矢が放たれた。
その短い間の意識の中でゆっくりと時間が過ぎている錯覚を覚え、
大男は昔を思い出していた。
昔、ガキ大将だった大男はパーティのリーダーで力自慢の槍師。
手先が器用で身長が低い男は罠や宝箱を解除することを得意とする
289
ローグ
小鬼族の盗賊
戦闘能力はリーダーに次いで高く厳つい顔のドワーフは両手斧使い。
アコライト
回復魔法の才能があり、遂に微量だが回復魔法を開花させた優男は
司祭侍者
ダークガード
最後にこのパーティの頼れる参謀役。先天的に闇の魔法が使える眼
鏡の男は冷静沈着な闇守の剣士。
駆け出しの頃からこの5名でどんな困難でも乗り越えてきた。
俺達は隣国と戦争が始まる噂が絶えなくなった頃、幼馴染の仲間5
人と最後の挑戦として西の帝国近くの森の奥地にあるサルバドール
迷宮遺跡に挑戦した。
この迷宮遺跡は古代から存在し、全30階層のB級ランクの迷宮と
して知られている。難易度はC級迷宮とは比べ物にならなく、最終
攻略者も少ない事で有名だ。
BOSSに辿り着く前に死ぬことも少なくないと言う。
一流と呼ばれる高位の冒険者でもBOSSに勝てる者は極僅か。そ
の分、ドロップアイテムも非常に強力な品ばかりだ。
サルバドール遺跡は当時、冒険者ランクC級になったばかりの彼等
がギリギリ挑戦出来るレベルだった。
出現する敵をどうにか倒して進み、ある階層にて隠し部屋を偶然発
見した。
290
宝箱の中に入っていた光輝く長槍を見つけた時、身体中に電撃が走
った。パーティ全員で喜び、皆が俺が持てと言ってくれたっけ⋮。
アデルの町へ着いてからも着々と攻略を進め、現在攻略中のサザン
のフィールドBOSSである焰巨人討伐だってあと一歩で達成出来
る所まできた。
これから待つ黄金色の冒険者人生も夢じゃなくなった。もう俺達に
敵はいない。
そう、この槍を持つ限り⋮。
当時を思い出した大男は最後の力で自分達を打ち負かしたソウマを
一目見て⋮矢の着弾と共に気を失った。
大男が巨大な雷球を発射した時、予め準備しておいた︻巨人の腕︼
で相殺する。シビアなタイミングだったが間に合った。
そこまでは良かったが雷球を相殺した余波で身体中が少し焼け焦げ
た。
291
閃光と豪雷が轟く中、大男目掛けて駆け抜け刀の峰で鎖骨を砕いた。
大男が絶叫を上げ変身が解除された。直後腹に手加減の無い蹴りを
叩き込み、凄まじい速さで吹き飛んでいく。
さりげに長槍の破片と残った残骸を集める。直径8cm幅2cmの
真っ白な骨のような殻に包まれ、中には黄色に輝く宝石のような美
しい核らしきモノがあった。
コレが百雷蛇の亜竜核?と思わしき部分もあり、全てアイテムボッ
クスに回収しておく。
しかしあの大男が使った着装の変身スキル、厄介だったがロマン溢
れるスキルだった。いつか自分も⋮。
グリッサが告げた試合終了⋮の声で正気に戻った。
彼等はギルド職員に担架で連れて行かれた。気絶した者はともかく、
あの大男は暫く入院だろうな。
戦いが終わり、手当を受けたソウマは後でギルド長に部屋に来るよ
うに職員から告げられ、現在ギルドへ向かっていた。
石造りのギルドへ入り、受付に話をすると、案内され中へ通された。
失礼しますと声がけ入室した。
部屋の内装は赤い絨毯に大きな本棚、黒光する机と椅子にこしかけ
ていたのは、白髪は目立つが鍛えている事が服の上からでもまるわ
292
かりな筋肉をもった御老体だった。
鋭い眼光を全身に受けながら、座ることを許可されたため着席する。
ギルド長が落ち着いた渋い声で用件を伝える。
﹁急な呼び出しにも応じてくれてありがとう。私はこのアデルの町
冒険者ギルドの長、アシュレイと言う。ソウマくんだったかな?ま
ずは当ギルドの面倒ごとに巻き込んで申し訳なかった﹂
謝罪から始まり、ギルド長からは最近は西の帝国の戦争の影響で流
れてきた冒険者や盗賊が増えてきて、治安が悪化している事を伝え
られた。
また秩序など模範的に活動して取り締まりを行っている名の知れた
冒険者達の失踪を教えてもらった。
やはりまだ拳嵐のメンバーは行方不明で見つからず、現在も捜索中
らしい⋮
﹁では、本題に入らせて貰おう。実は君を見込んで是非受けて欲し
い依頼があってね﹂
依頼者:ギルド
ソウマが逡巡していると、一枚の羊皮紙を取り出し、見せて貰った。
B級冒険者クエスト
293
依頼内容を見ているとこんな事が書かれてあった。
サザン迷宮洞窟内の下層魔物である炎鬼は非常に好戦的であり、活
発化していた。
また、冒険者達からは非常に強い炎鬼達少数が報告されている。
以前に調査依頼したC級冒険者達も特別に強い炎鬼達に苦戦しBO
SSに辿り着く事が出来ず⋮詳細を掴めていない。
最近、サザン迷宮洞窟にて好戦的で活発化していた炎鬼達が何故か
活動を休止している。出来るだけ情報を集め報告して欲しい。また、
ギルドからも調査員として1名派遣するので協力して当たって欲し
い。
まとめたらそんな事が記されていた。
この依頼は⋮正直自分達が修羅鬼が討伐した影響だと思うが⋮出来
れば冒険者ギルドとは最低限の関わりの付き合いだけにしたい。主
に目立ちたくないと言う理由で。
ソウマの表情を読み取ったのか、依頼書を見せたギルド長がゆっく
りと口を開く。
⋮
﹁先程の腕前と言い、下手な冒険者よりも余程実力がある君達を見
込んでいるんだ。依頼を受けてくれると信じているが、万が一断れ
ば、この町で今後何かと不都合が起こるかも知れない⋮可能性があ
るだろう﹂
294
話の途中から表情を険しくしたソウマに、悪魔で宥めるように声を
掛けられる。
ギルドからの脅しか⋮余所者である自分達が死んでもギルドとして
は何の問題も無いし。
自分だけならば兎も角、断ったらダンテやコウランの探索者として
の活動に支障が出ては申し訳ない。⋮ここは折れるしかない。
自分は駆け引きとか得意ではないのだが⋮せめての意趣返し。
﹁良いでしょう⋮但し本来なら高ランクの依頼を冒険者でもない自
分が受けるんです。其れなりの報酬を保証し、提示して頂きたい﹂
クエストの受注はコウラン達に事後承諾となるが仕方が無い。
﹁確かにB級冒険者用のクエストだからね。ふむ⋮﹂
と、思案した提示の中には、マジックアイテムや多額の金貨、レア
級の武具など色々とあったがその中にはソウマにとって一つ、興味
深い報酬があった。
ダンテとコウラン用にはとりあえず金貨を選択し、ソウマは自分用
にその項目を選択した。
ソウマの選んだ報酬に軽く眼を見張ったギルド長だったが、報酬を
快諾し面白そうな表情で退出を許した。
295
ソウマが退出して暫くした部屋では、ギルド長は座ったまま背後に
声を掛けた。
﹁君が見込んでた若者は随分と物騒な若者だったね﹂
﹁それは貴方があんな風に言うからでしょうが﹂
呆れた口調で答えた主は、隠蔽のスキルを持つローブで姿を隠して
いるが、紛れもなく女性のシルエットだ。
ソウマが気配察知を使っていたなら、さぞ驚いたことだろう。
明らかに苦笑しながら隠し扉から現れたのはグリッサだった。
﹁ま、とりあえず感謝するわアシュレイ。おかげでどういった人物
か見えてきたわ﹂
ソウマは今回の件で実際の戦闘能力はかなりのモノだと再確認させ
られた。
この私が最後に何が起こったのか分からないくらい⋮こんな子が今
まで無名だったとは思えないくらいだわ。
ソウマ
先程の反応からして隠し事が出来る男ではないし、少なくとも彼は
悪い人物ではないと思う。
後はまぁ⋮若すぎるのよね。個人的にはもう少し歳をとればイイ男
の仲間入りかしら。
﹁やれやれ、こんな憎まれ役はもうゴメンですよ?人使いが荒いの
296
は変わらないですね﹂
﹁あら、麗しの師匠の役に立てたじゃない。もっと喜んでくれて良
いのよ﹂
そう言って軽口を言い合う様は、親しい友人の間柄のようだ。
このギルドマスターのアシュレイとは、ソウマの前に天音斬りを習
得した人物であり、今年で68歳になる元A級冒険者かつ、アデル
の町のギルドマスターである。
今回こんな慣れない役を引き受けたのは、昔から頭の上がらないグ
リッサ教官にソウマの実力が知りたいと頼まれたからだ。
﹁確かに彼はギルドにもこの町にも役立てる男ですな。さて、来れ
からは忙しくなる。やることも増えたし、老骨には堪えます﹂
﹁良く言うわよ、暇潰しには丁度イイでしょ。頑張りなさい﹂
何処までも元気な元弟子によく似た面影の人物がダブった。
﹁そう言えば、あの子も元気かしらね﹂
﹁⋮アーシュのことですか﹂
苦い表情で呟くギルド長に笑いながら答える。
﹁あら、分かった?自分の愛娘ですもんね。側にいないからって心
配いらないわよ。そんな表情じゃギルド長の名が泣くわよ﹂
297
﹁お恥ずかしい。遅くに出来た子なので可愛がり過ぎまして⋮親の
欲目も有りますが才能もあってついつい鍛え過ぎました。武者修行
だと家を飛びたしてから、今頃どうしているのやら﹂
﹁大丈夫でしょ?希少な回復魔法も使えるしね!師匠として断言す
るわ、あの子はそう簡単にどうにかなる子じゃないわ﹂
戦闘経験や技術的な事はともかく、あの当時で回復魔法の腕前は既
に私を超えていた。
彼女が家を出てもう3年間がたった。
﹁娘は貴女に憧れてましたからな。唯一家出する前にせがまれた装
備品はジュゼットに特注して作って貰った真紅のチョーカーでした
よ﹂
そんな話をしながら、ギルドで密談する2人だった。
298
着装スキル︵後書き︶
修正ありましたら、少しずつ直していく予定です。
299
ギルドの依頼
迷宮洞窟に向かう朝、いつもより早めに準備をして酒場へ向かう。
レガリアは今回連れていく事にした。そしてソウマの職業は魔物使
いを名乗る予定だ。
フレイムキャット
今回ギルド側の人間が調査員として派遣されてくる。
手の内は余り明かしたくないのだが、コウランと炎猫のテイムの約
束も果たす為、最初から魔物使いと称しておいた方が後の展開が楽
だと感じたからだ。
この件が終われば、レガリアには鍛治場での試作型の新しい素材の
開発に力を注いで貰おうと思っている。
レガリアは久しぶりのソウマとのお出掛けに嬉しそうな表情を見せ
ていた。
ちなみにレガリアの鍛治の腕前はジュゼットが直接指導と教授をし
ている為なのか、軒並みにステータスが上がっていた。
また道具屋で鍛治初級、中級の基礎の本を買い、レガリアの知識と
してアイテムボックスに収納してある。現在はその知識と併用しな
がら、ジュゼットの指導で身体にも叩き込ませているようである。
鍛治スキルはBのままだが、明らかに以前とは武具に対する扱いや
魔力の練り方などの習熟度が違う。
もしかしたらゲームの時とは違い、鍛え続けることでスキルレベル
の上限が上がるのでは?と、期待している。
300
障壁蟻の甲鉄の新素材へは未だ辿り着いていないが、裏地に使う予
定のハイメタル鋼と星の隕石の粉末の合金は結構良い仕上がりにな
ってきた。
ハイメタル特有の高い耐衝撃と加えて魔法防御の耐性も微弱に反応
があったそうだ。突き詰めると更に良い仕上がりになるだろう。
その他、竜素材である鋼竜の鱗皮は其れだけでも魔力が通っており、
そこらの鎧の防御力を凌駕する。
並の技量では素材を弾き返されるし、専用の道具でないと加工が出
来ない。その難しい素材をじっくりと何千度まで炎が出せる大型炉
で熱したあと、熟練の技術でジュゼット渾身の魔力を含ませて有り
得ないほど叩き上げる。
鱗皮から更に加工された事で、竜の魔力が存分に染み込み、発揮さ
れる素材へと変わった。
ただ、そこまで加工するのに時間がかかるため、鎧や兜などを覆う
には量的には全然足りていない。
これから先を考えると、是非とも鍛治場の皆には嬉しい悲鳴をお願
いしたい。
鍛治場に寄り、そこで今後の試作鎧の在り方の相談をしつつ、ジュ
ゼットとドゥルクと共に朝ごはんを一緒にした。
その際に臓物の味噌煮を振舞ってみた。見慣れない料理と匂いに難
色を示していた2人だったが、おずおずと食べ始め⋮酒も呑み始め
ると美味い美味いと非常に早いペースで無くなる。お気に召したよ
うで良かった。
301
最近、大事な流星刀レプリカでレア武具を切断したりと、自分が無
茶な使い方をして刀の耐久度や磨耗度に不安が残っている。
ジュゼットに相談した結果、ソウマの持っていたとある素材を2つ
と星の隕石を数個預けた。この依頼から帰ってきた時に試したい事
があった為仕込みをお願いした。
仕上げは修羅鬼形態のレガリアが是非努めたいと必死に懇願された
ので、任せて見ることになった。
彼等に開発を頼み、酒場へ向かった。
午前中に酒場へ着くと、そこには既にダンテとコウランが待ってい
た。
軽く飲み物を注文し合流する。
挨拶を交わし、今回ギルドでの依頼の件を話した。勝手に依頼を決
めて事後承諾となったことをきちんと謝る。
2人は特に嫌がることもなく了承してくれたのだが、報酬に関して
は懐が潤っているので、金貨よりも他の報酬が良いと思っているよ
うだ。
其れらも踏まえて今からギルドへ向かい、交渉を始めようと言うこ
とになった。
﹁そういえばソウマ、貴方結構冒険者の間で噂になっているわよ﹂
302
と、コウランが含み笑いをしながら教えてくれた。
どうやらグリッサ教官のお気に入りの人物として嫉妬の目線が多い
らしいが、昨日の件も何処からか伝わったのか実力も結構なモノだ
と認識されつつ有るようだ。
ダンテからも他の冒険者から執拗にソウマの事を聞かれたり、同じ
ような噂を聞いたと伝えられた。
うーん、頭が痛い問題だ。
ただでさえ余り悪立ちしたく無いが、せめて試作型のレア素材鎧を
作り終えるまではこの町に逗留せねばなるまい。
そんな話をしながら酒場をでて冒険者ギルドへ到着した。
受付の係りの人に依頼書を見せてギルド長に会いたい旨を伝えると、
お待ちくださいと、少し待たされた後応接室へと通された。
﹁おやソウマくん、お仲間達を連れてきてくれたと言うことは、昨
日の今日でもう依頼を受けてくれるのかい?﹂
朝から機嫌良く応じてくれたギルド長に挨拶をし、要件を伝える。
それならばと、成功報酬の目録を出して貰い、じっと眺めて2人は
結論を出した。
ダンテはこの町の鍛治長と錬金術師が協力し、貴重な素材を使って
作成したレア級魔法具、主な魔法耐性のあるアミュレットを希望し
た。
この世界に魔法はあるが、使い手は少ない。魔力を持つ人種は多い
303
のだが、攻撃魔法や死霊魔法など現象としての魔法を使える人は珍
しい。
補助魔法の使い手がパーティに1人ないし2人いれば良い方だった
りする。
魔法の力は数に囚われす、戦線や不利な状況化を覆すためには必須
な要因となる。
そういえば以前、レガリアの卵を巡って氷魔法の使い手と戦ったが
⋮強い相手で立て続けに氷魔法を喰らって際どい戦いになった。
︻巨人の腕︼を取得前だったら更に重傷を負い、非常に危険だった
かも知れない。
魔法を操り、また使いこなせる人材は一騎当千の価値があった。
それら魔法による攻撃の際に耐えれない状況の可能性を少しでも削
るため、壁役でもあるダンテは微量でも主な魔法耐性スキルをもつ
アミュレットを報酬に求めた。
次いでコウランは得意とする回復魔法強化のアクセサリーか、自ら
のMPをクリスタルに貯蔵出来るレア級魔法具のイヤリングの何方
かと迷い⋮MP貯蔵イヤリングの装備品を希望した。
貴重な回復魔法の使い手である彼女は状況に応じて魔法を使う必要
がある。MPが無くなり、もしもの時回復出来ない状況を作りたく
はない。
御守りも兼ねて魔力を貯蔵出来るアクセサリーを求めた。
このMP貯蔵のアクセサリーはレア級だが、入手に関しては迷宮の
宝箱などで手に入れるかオークション、または扱える職人に特注し
304
なくてはいけない為、入手は困難だ。魔法使いには垂涎の一品であ
る。
最後にソウマだが、選んでいたモノは装備品でもなく、金貨でも無
い。
彼の選んだモノはここから帝国近くの森の奥地にあるサルバドール
迷宮遺跡の探索︵1度きり︶のギルド推薦状であった。
サルバドール迷宮遺跡は王国から実質A級に近いB級指定を受ける
難易度の高い迷宮である。
本来ならばC級冒険者ランクからしか入れない。登録すらしていな
いソウマは勿論入れない。
あの大男はサルバドール迷宮遺跡から長槍を発見したと、見せて貰
った報告書には書いてあった。それで興味が湧き1度入って見たか
ったのだ。
それにソウマの知識ではサルバドール迷宮遺跡は確か上空都市に有
るはずなのだが⋮なぜか地上にも存在しているのだろうか?
ギルド長の話や図書館の迷宮辞典にも古代から存在していると記さ
れている。自分の知っている情報と食い違う点に疑問が尽きず⋮興
味を刺激されていた。
ダンテやコウランは1度きりしか入れない迷宮遺跡に行きたがるソ
ウマを驚きの表情で見ていたが、これまでの行動経験から価値観が
違うらしいと感じていたので、質問もせず驚きのみで終わった。
305
﹁確かにこの依頼が成功した場合は報酬として渡す事をギルド長ア
シュレイの名のもと確約しよう﹂
そして、呼び鈴を鳴らすとギルド長の背後の応接室の扉から1人の
女性が入ってきた。
﹁では、調査依頼に協力してくれる事に感謝する。そこで君達に同
行してもらう人物を紹介しよう﹂
女性がギルド長の背後から一歩進み出て自己紹介した。
ウォーロック
﹁私の名前はエステル・ブランドーと言う。エステルと呼んでくれ
て構わない。迷宮探索調査団から来た。職業は魔術師で冒険者ラン
クとしてはB級。君らよりも上だ。では、よろしく頼む﹂
少し高圧的な物言いだが、悪気は感じない。鼻筋のキリッとした北
欧系の美人であった。
魔法使い系の職業なのか装備品は魔力を帯びた魔杖と高級そうなロ
ーブを着用していた。
ギルド長からは彼女の使える魔法は4系統だと教えて貰い、かなり
の逸材なのだと言える。
家名もあり、本人よりこの王国の貴族である事を伝えられた。
お互いに自己紹介をして、そのまま迷宮洞窟へ向かうことになった。
306
食料品とポーションなどを準備してサザン火山を登る。
エステルは体力もそれなりにあるらしく、汗はかいているが歩くス
ピードは全く落ちない。
オートリジェネ
感心しているとエステルから自身の持つ装備品で活力の指輪という
レア級の装備品があり、HPを毎時間微量回復してくれるので大丈
夫らしい。レア級の中でも貴重なスキルのアクセサリーらしく、流
石は貴族の持つ装備品である。
雑談を交えながら、滞りなく洞窟内に到着した。コウランも元貴族
であり、彼女との会話の共通点も多く気安い感じで話していた。
エステルより事前に洞窟内での戦闘は基本的に任せる⋮と伝えられ
ていた。これは依頼に基づき、調査が本来の目的であるからに他な
らない。
ミミック
洞窟内でレガリアを召喚する。前面に配置し戦闘経験を積ませる。
その光景と見たことのない宝箱型の魔法生物であるレガリアに興味
津々なエステルは質問を重ねてきた。
ブラインドバット
適当に答えながら、レガリアにレッドラダマンティスや目潰蝙蝠を
屠らせる。
レガリア単体でも簡単に倒して喰っていくため、5階層まで簡単に
降りれた。
進んでいく内に稀に宝箱が設置してある階層と部屋があった。赤熱
石の素材や鉄剣などのノーマルからハイノーマル製の装備品が入っ
ていた。それらも回収して先に進む。
307
フレイムキャット
この先にマップで洞窟内の広い場所を確認した。そこで炎猫が複数
出現していたので、約束もありソウマは始めてのテイムを試みる。
頭の中でイメージし、一匹だけに此方の仲間にならないか?誘って
みた。
スキルを使うと精神感応で伝わったのか一匹だけ前に進み出た。他
の炎猫は興味を示さず散って行ってしまった。
以前ヘルプを読んでテイムの方法を既読した筈だが⋮これで一応成
功したのだろうか?
マジックアイテム
コウランから魔物使いではなくても魔物を使役出来る魔法道具であ
る魔獣紋のネックレスを魔物ギルドから買ってあった。それをアイ
テムボックスに預かっていたので取り出す。
マジックアイテム
魔法道具の名はつくが、かなり高額な魔獣紋のネックレスはレア級
ではない。
魔獣を使役する水晶は魔力を伴うレア素材だがその他の素材は丈夫
だが普通の素材である。
フレイムキャット
炎猫は嫌がる素振りも見せず素直に装着する事が出来た。
マスタ
とー
うろく
フレイムキャット
コウランが主登録してある魔獣紋のネックレスが淡く赤色に輝き、
従魔としての登録が完了した。
ひとしきりに喜ぶコウランに話を聞いて見ると、この炎猫の気持ち
が少しわかるようになったとのこと。簡単な意思疎通が出来るみた
いだ。
308
アストラルリンク
あとはネックレスの魔力を通して召喚、送還が可能になった事を教
えて貰ったが、どうやら精魂接続は使用出来ない事が判明した。
魔物使い以外で魔物を使役する事に関しては賛否両論がある。
実力が足りないのならば仲間1人を募集した方が余程お金も掛から
ず経済的だからだ。
魔物を使役する事が出来る人材は貴族か余程のお金持ちが多いと見
なされている。
フレイムキャット
使役する魔物にもよるがデメリットよりもメリットも大きい。
何よりまず裏切らないし、炎猫のように魔法が使える魔物は非常に
助かり迷宮を探索する際には大きな助力となるからだ。
それは一般の冒険者からしたら大きなアドバンテージである。
フレイムキャット
フレイムキャット
コウランが炎猫の名前をフレイと名付けた。
因みに性別は雄であるが⋮この炎猫も名付けられて嬉しそうだし、
気にしないのなら良いのだろう。
フレイムウェポン
フレイの能力として素早いスピードを交えて強靭な顎や爪による物
理的攻撃や、自身や他者に炎属性付与魔法をかけることが出来た。
一先ずテイムが上手くいって良かったと胸を撫で下ろし、先へと進
んだ。
低階層ではレガリアとフレイのレベルアップも兼ねる。主に危なそ
うな魔物︵硬殻蜘蛛の群れなど︶には攻撃を加えて予め弱らせてか
ら狩って貰うため、レガリアは兎も角、フレイのレベルはかなり上
309
がっていた。
そんな事を繰り返しながら遂に10階層へ到着した。ここから先は
フレイをコウランのネックレスに送還して貰い、ソウマ、ダンテ、
コウラン、レガリア、エステルの5名で進む。
以前よりも早いペースなのはマップの機能を使い、必要最低限の戦
闘しかこなさず、素材の剥ぎ取りを行わずにレガリアに全て食べて
貰ったからだ。
レガリアも消化吸収スキルを存分に使っているが、レベルも40台
後半な為、この魔物達ではなかなか経験値も溜まらなくなってきた
ようである。希少種であるレガリアには経験値も他よりも多く必要
とする為、そろそろ他の迷宮かフィールドで戦う必要があるかも知
れない。
この依頼を無事に完了させ、なるべく早くサルバドール迷宮遺跡に
行ってみたい。
迷宮洞窟の進み具合からエステルもそろそろ炎鬼達の出現領域に達
したと判断し、表情をキリッと締めて行動していた。
マップと気配察知を併用して辺りを探るものの、以前来た時より驚
くほど敵の反応が少ない。
表示している敵にあえて近づくと、遠目に現れたのは炎鬼だった。
しかし手には鉄剣と、腰には硬殻蜘蛛の素材で作ったと思われる装
備品を巻き、上半身は裸で筋肉で覆われた炎鬼だった。
以前は赤熱石で作られた防具や武器をきっちり装備して持っていた
筈だが⋮。
310
エステルに以前戦った個体より装備品がかなり違う炎鬼だと説明し、
戦闘を開始する。
あちらが気付いて向かってきた炎鬼の一撃を、ダンテが大盾を構え
てドッシリと受けとめた。
スピア
ダンテの腕前や装備品も一級品であるが、それでも鉄剣が簡単に弾
かれ体勢が崩れた炎鬼に、ダンテが持っていた槍を心臓へと突いて
一撃で仕留めた。
以前との手応えの無さにダンテも戸惑い隠せない。
その後も何回か炎鬼と遭遇し戦ったが抱いた感想と変わらない。装
備も何だかグレートが落ちた印象を受ける。
12階層の巨地龍の間に降りた所で1度休憩とし、情報の整理と交
換を行った。
考えられる可能性は鍛治の出来る修羅鬼や炎鬼衆の存在がいなくな
フレイムオーガ
った事で装備品の質が下がった事や、以前と違って指導して鍛える
存在の炎鬼達がいなくなった事も既存しているだろう。
ダンテもコウランも修羅鬼との事を話して無用なトラブルを起こさ
フレイムオーガ
ないようにと心得ているのか、エステルにはそんな説明はしなかっ
た。
ただ炎鬼が弱くなった事や出現する炎鬼達が少なくなっている事を
報告した。
暫くエステルは納得がいかない表情をしていたが、未だ情報が少な
いので考え込んでも仕方が無いと思ったらしい。
更に調査をしたいため実際にBOSSの間に降りて討伐しても良い
311
かと確認してきた。
通常BOSS戦はこの人数だけで挑むモノでは無いらしく、自身も
参戦する事を約束してくれた。事前の確認や協力の約束をしてくれ
る。
貴族のイメージは何と無く良くなかったが、基本的に真面目で良い
人なんだと思った。
アイテムボックス
休憩中に簡単な軽食を振舞って見た。
魔法袋仮から食事を取り出す所を見せるとダンテ達は慣れているか
ら何も反応は無かったが、エステルは流石に驚いていた。
マジックアイテム
何処で入手したのかしつこく聞かれたが、内緒の一点張りで通した。
エステル曰く、アイテムを収容できる魔法道具は現代では作製出来
ないらしく、非常に貴重であるとのこと。
迷宮でしか入手出来ないため、王侯貴族や重要人物くらいしか下賜
されず持っている人間は稀だと教えて貰った。
その為この王国内では、レア級などの品を扱う店は其れなりのお店
であることが求められる。
また許可証がないと入れず、一般的には出回らない。
闇市や闇店、露店などでも売られていることもあるらしいが大概が
偽物なんだと伝えられた。
その話を聞いた時、なるほど⋮だから普通の店にはないと思った。
面倒くさい事に巻きこれそうになりそうだから、今後は人前で使う
312
ことは控えようと思う⋮今更なのかも知れないが。
比較的安全だと思われる窪地に入り、そこで取り出した軽食を皆で
食べる。
お馴染みの鳥肉を使った岩塩をまぶした焼き鳥と葉野菜のサラダ、
それに今回は臓物の味噌煮を出して見た。
始めてみる料理と匂いに敬遠がちだったが、以外にも最初に口にし
たのはエステルだった。
見たこともない料理に知的好奇心を刺激されたようだ。最初は怪訝
そうな表情でモゴモゴとしていたが次第に美味しそうな表情に変わ
っていく。
﹁家では食べたことがない味付けだけど、癖になるような美味しい
味だわ。合格よ﹂
エステルの評価を機会にして全員食べたがダンテ以外には好評だっ
た。
ダンテは味噌は大丈夫だったのだが、臓物が口に合わなかったらし
い。味噌で味付けされた野菜は美味しそうに食べていたのでお代わ
りを盛る。
コウランは気に入った見たいだし、コレから食べる機会も増えるだ
ろうから⋮頑張れダンテ、次第に慣れてくるだろう。
小腹も膨れ、迷宮洞窟探索を再開した。
313
13階層に魔眼とマップを使うと明らかに強い魔力反応があり、洞
窟壁にカモフラージュしてあった隠し部屋を発見した。
毎回発見出来る訳ではない。今回も隠し部屋を見つけられてラッキ
ーだ。
警戒しながら入ってみると、非常に広い部屋だった。真ん中にポツ
ンと豪華な宝箱が置いてあった。
普通なら飛びつくのだろうが、部屋に入った全員が嫌な予感を感じ
ていた。
トラップ
あらかさま過ぎる豪華な宝箱に、この部屋の広さはある想像を掻き
立てられる。
モンスターカーニバル
魔物祭と呼ばれる現象の罠の一種で、宝箱を開けると莫大な数の魔
物が出現して戦う羽目になる。
但し、中身は豪華な宝箱に見合う品が入っている事が多く、実力の
ある冒険者達にはオススメとされている。
大概余程実力が無いと生きて帰れない罠の一つだ。
センスマジック
悩んでいるとエステルが魔法を使って調べてくみようと言われた。
調査団に所属する彼女は無属性魔法の一種で感知魔法が使えるとい
う。
センスマジック
その名の通り対象に感知魔法を掛ける事によりある程度の情報が得
られる。
モンスターカーニバル
エステルの魔法の情報からは、やはり魔物祭の罠が仕掛けられてい
た。
314
モンスターカーニバル
折角隠し部屋に入れたが、宝箱を開けてリスクのある魔物祭を行っ
て良いのか。また調査に来ているのに優先しなくて良いのかと、皆
と悩んでいたらエステルから提案をされた。
どうせBOSSと戦うのだから、その前に全員の戦い方を確認する
為にもここで前哨戦をしようと言うのだ。
ソウマ
1番難色を示すであろうエステルからの提案もあり、全員一致で開
けることに決まった。
多分エステルにはこの事態をどうにか出来る自信と、自分達に対し
ても大丈夫だと評価を下し、配慮してくれたのだ。
その気遣いに有り難さを感じる。
事前準備にエステルから強化支援魔法、対魔法耐性の魔法をかけて
貰った。
ソウマ自身もまた、全身強化魔法をかけて備える。
エステルの殲滅魔法の詠唱待機を見届けた後、宝箱の蓋を開けた。
モンスターカーニバル
予想通り大型の召喚陣が描かれ、部屋一面に無数の魔物が出現し始
め、魔物祭討伐戦が始まった。
315
魔物祭
サザン迷宮洞窟13階層の隠し部屋にて大きな召還陣が浮かび、大
規模な魔物召喚が始まった。
モンスターカーニバル
その直後から部屋の出入り口に全員即座に走って移動し、壁を背に
陣形を整えて魔物祭に備えた。
前衛を防御力の高いダンテ、左右の周りをレガリアとソウマで位置
取り、人壁を作った。
中衛をコウラン、総力戦のためフレイも召喚してコウランの身を守
るサポート要員に加えた。
後衛を魔法を行使出来るエステルで配置を整える。
コボルト
召喚される魔物は大まかに3種類ほどあった。
ゴブリン
オー
剣と木盾、革鎧を着込んだ犬人種。ダガーと腰巻きを装備した召喚
ク
数だけは1番多い小鬼種。そしてその中でも一際大きな身体の豚人
種だ。
この迷宮洞窟内では出現しない魔物ばかりだ。
ヘルブレイズ
次々と群れで迫ってくる魔物達に対して、エステルが詠唱待機して
いた炎系上位殲滅魔法︻獄焦炎︼を唱える。
ウォーロック
魔術師の名は伊達ではなく、その威力は敵のいた部分に天高く燃え
盛る黒色の渦のような火炎が魔物達を焼き払い、舞上がらせる。
随分と離れているのに熱気がここまで襲う。暫くの間、焼け焦げた
臭いと静寂が場を支配する。
316
随分と減った魔物だが召喚陣から再召喚されてくる魔物達が集まり、
また徒党を組み始めた。
コボルトマジシャン
多少息の荒くなったエステルに感謝の言葉を伝え、残った敵を殲滅
すべく弓矢での攻撃を開始した。
ゴブリンマジシャン
次々と召喚される魔物の中には魔法使い系の職業の犬人魔法使いの
姿や小鬼魔法使いも少人数確認した為、優先的に狙っていく。
魔法使いの恐ろしさは身に染みて分かっている。魔法使い達を屠る
間だけ、ソウマとコウランとの配置換えを行い、暫くダンテとレガ
リアにメインの前面を任せた。
久しぶりにスキル︻鷹の目︼を発動。弦が軋む音と共にしなり、矢
が唸る。一撃で仕留められるように急所を狙い、頭部、心臓部に当
たって次々と倒れていく。
スピア
ダンテは黙々と大盾と槍で対応し、上手く攻防をこなしていた。
レガリアは舌を伸ばして魔物を巻き付け引き寄せる。そのまま噛み
殺してどんどん喰らっていく。
少なくなったとはいえ、まだまだ魔物の数が脅威だ。次第に複数を
相手にダンテやレガリアも少ない傷を負う。
﹁多少の怪我なら私に任せてね﹂
317
回復魔法を適宜唱えながら、コウランから頼もしい声が聞こえてき
コウラン
た。
自身が魔法詠唱の際は無理してでもダンテが守備範囲を広げてカバ
ーし、フレイも積極的に攻撃に参加することで穴を埋めていた。
オークソーサラー
その内魔物を召喚し終えたのか召還陣が消滅した。
オークナイトコマンダー
最後に出てきた魔物は、立派なローブを着た豚人魔術士が一体とし
オークナイトコマンダー
っかりと装備品を着込んだ豚人騎士指揮官が召還されていた。
ハイフレイムオーガ
勿論迷宮洞窟のBOSS上位炎鬼よりは弱いが、豚人騎士指揮官は
この迷宮で出現した中でも最も格上で危険な相手だ。
指揮官の職業持ちで指揮下に置いた魔物を若干強化する能力も備え
ていた。
フルフェイス
筋肉の盛り上がった身体に鉄鋼の金属の全身鎧。トサカ型の羽根つ
オークソーサラー
き全兜、身体を覆い隠すようなタワーシールドを持って此方を睨み
つけている。
ソウマは明らかに魔法に習熟しているであろう豚人魔術士を警戒し、
すぐさま矢を放つが⋮豚人騎士指揮官がタワーシールドをかざして
間に割り込み、防御された。
次は戦技も使用する。着弾すると衝撃と共に数歩後ずさるだけでタ
ワーシールドには僅かな凹みが残るのみだ。
右手には鋼鉄のハルバートを握りしめ、ブォォォーと、雄叫びを上
げた。
ビリビリとした振動と共に一気に注目が豚人騎士指揮官に集まった。
総勢残り約40体の魔物対6名の調査団チームが戦う。
318
統率された魔物達がダンテ目掛けて殺到していく。
時折火球が相手側から飛んで来たり、前線にいる犬人種や小鬼種に
強化魔法をかけてくるので、手強く戦線を維持する事が難しくなっ
てきた。
相手も防御の要であるダンテを崩して、一気に決着をつけたいのだ
ろう。
エステルは本日2度目になる殲滅魔法を使って貰い、大幅に数を減
らせた。残る魔物の数は半数くらいだ。
相手側に一瞬動揺が走るが、豚人騎士指揮官が再度雄叫びを上げる
とすぐに進軍を開始した。
しかし此方もエステルのSPが大分消費され、暫く魔法の援護はな
い。
こう言う時だからこそ、相手の魔法使い達を早めに倒しておいて良
スラッシュ
かった。残る魔法使いは後方で待機している豚人魔術士1人である。
オーク
ハウリングアロー
ダンテは目の前の豚人種を戦技︻斬撃︼で斬り伏せる。
ソウマは戦技︻共鳴矢︼で敵を足留めないし撃破する。
豚人騎士指揮官に強化された魔物達は強いが、此方も焦らず対応し
319
ていくことで徐々に減らして行く。
すると後方からこのままでは戦線が維持出来ないと感じた豚人騎士
指揮官が、犬人種を数名引き連れて前線に出てきた。
豚人魔術士に強化魔法をかけられた豚人騎士指揮官は、魔力を輝か
せハルバートを地面に叩きつけた。
不可視の衝撃波が地面を抉りながら轟音と共に迫ってくる。
ダンテは全員を後ろに下がらせ、大盾を構えて衝撃波を迎えた。
ガリガリガリと衝撃音が鳴り響くも気合の声を上げてダンテが持ち
こたえる。防ぎきった状態から前を向くと豚人騎士が眼前に迫って
きていた。
スピア
ダンテはハルバートの突き、払う攻撃を大盾で弾き、槍で反撃する。
お互い防御力が硬く、決定打に欠けるが激しい剣戟音を奏でていた。
その間にソウマは豚人魔術士を狙っていた。
今までは弓で攻撃するも豚人騎士指揮官に防がれてきた。現在魔術
士を守る者もいない。ここがチャンスなのだ。
ファイアーウォール
しかし、1人になった豚人魔術士が自分の半径1m範囲に護火障壁
を既に詠唱し、地面に魔法陣を設置した。
ちなみに魔力障壁とは自身に展開し、物理や魔法攻撃を自動で遮断
する事が出来る。
一定量の攻撃を受け、魔力で構築された術式防御を超えると一旦解
除されてしまうが、護られている間は自分自身に常に展開されてい
る為、接近戦を主とする者には自由度が高く非常に使いやすい魔法
である。
320
豚人魔術士の詠唱した護火障壁は地面に魔法陣を構築し、その場所
で強力な防護を誇る属性障壁を張り巡らせる。設置タイプ型の障壁
だ。
主に魔法を使い、後方で戦う事を得意とする者が好んで使う魔法だ。
また魔力障壁に比べて難易度が優しく、消費MPも若干低めである。
簡単に付け加えると、魔法は各属性の初級、中級、上級、高位に別
れる。高位以上の使い手は稀に存在する。
魔法の才能によってどの系統をどこまで覚えられたり、鍛えられる
かは個人によって違う。
一般的に自分の使える属性の初級をマスターし、その属性の中級を
1つ覚える事が1人前の証となると言われている。
ちなみにソウマが使っている全身強化魔法と2段ジャンプの魔法は
支援・強化魔法のジャンルの中級である。
全身強化魔法はプレイヤーがチュートリアル終了で選択出来る魔法
の1つだった。
プレイヤーが選ぶ不人気No.1の魔法であるのは、全てを少しず
つステータスアップさせても、ゲーム世界では効率が悪く、不必要
だと思われていたことに他ならない。
確かに腕力強化、脚力強化、胴体強化などの一点強化型よりは効力
は少ないが、その時のソウマには全ての強化は魅力的に思えた。
おかけで実際に戦闘する際には大いに役立って貰っている。
あと、2段ジャンプの基はジャンプであり、使い続ける事で魔法習
熟度が上がり進化したのだ。
321
エルダーゲートの世界では支援・強化魔法のみに限り、習熟度がそ
の魔法の軸となり進化・変化していくのだ。
古代に高名な無属性魔法の使い手が新しい無属性魔法の研究する過
程で見つけ出し、派生して生まれた系統とされているが、詳しくは
分かっていない。
魔法についてはまた今度詳しく説明しようと思う。
コボルト
手加減などせず全力で弓を射る。大分距離はあるが的は動かないの
で当て放題だ。
弓を使っている間、犬人種が襲ってくる。その時は弓を引いたまま
ゴブリン
で待機させ、攻撃を躱して蹴りを叩き込んだ。
後ろの小鬼種を巻き込んで一緒に倒れた所でレガリアの舌に巻かれ、
ペロリと喰われる。
そんな事を繰り返しながら、弓をひたすら射る。
いくら放っても矢は護火障壁を突破出来ず、豚人魔術士に届く前に
燃え尽きた。
今の弓と矢の攻撃力では突破することは難しそうだ。
だが、そのおかげもあってか豚人魔術士も障壁を維持する事に懸命
な様子で、他所を援護している暇はないようだ。
322
チラリとダンテを見ると、コウランからの回復魔法と支援魔法を受
けて、豚人指揮官相手によく粘っている。
オーク
スタミナ面や単純な筋力では豚人の方が上だと思うものの、ソウマ
はダンテならこの相手でも任せられると信じた。
エステルは上位クラスの殲滅魔法を2度も使い、限界を感じていた
が、ダンテを援護するために低位の攻撃魔法や強化や支援魔法を少
しずつ行なっていた。
魔力欠乏を起こしかけてかなり意識が朦朧としていた為、安全を確
保するため周りをコウランとフレイで固めた。エステルを横に休ま
せると、そのまま意識を失ってしまった。
スピア
ダンテの攻撃は豚人騎士指揮官に当たっているが、槍の先端では対
したダメージを与えられない。一進一退の状況下が続いている。
そんなダンテが一瞬だけ此方を向き、大丈夫だから任せて行け⋮と
言わんばかりの目力を込めて伝えてきた。
コウラン
コウランも手振りを交え、任せておきなさいとジェスチャーしてい
た。
ゴブリン
限界を超えたエステルを守るフレイも、主の意図を汲んでか器用に
ウインクをし、まだまだ元気に小鬼種の首を噛み切っていた。
頼りになる仲間の存在に胸が熱くなると同時に、負けていられない
と感じる。
323
ハードショット
戦技︻強打︼を発動させる。障壁に着弾後ガァンと一瞬揺れるが展
開されたままだ。
魔法という存在の厄介差に思わすニヤリと苦笑した。静かに空気を
吸い込み、ふーっと息を吐き出した。
やってやろうじゃないか!
アストラルリンク
精魂接続を通してレガリアから炎熱属性を付与してもらっても護火
障壁には相性が最悪だろう。
弓での遠距離攻撃から近距離の接近戦に切り替える。
刀を持ち豚人魔術士の方へ駆け出した。見る見る間に距離が縮まる。
弓での攻撃が止んだのを好機と見たのか、どうやら豚人魔術士が詠
唱を開始した。
ソウマは詠唱が完成する前に魔法障壁に辿り着いた。
流星刀レプリカを抜いて素早く攻撃していく。障壁に当たる度に刃
と障壁との魔力が相殺しあい、ジリジリと削っていく事が手応えを
通して分かった。
連続攻撃しようと思ったが、どうやら詠唱が終わったらしく、焦り
顔の豚人魔術士が杖を此方に向けた。
視線を読み咄嗟に首を傾けると、顔面近くを火球が飛んでいく。
しかしホッとする間も無くほくそ笑む豚人魔術士が見えた。
324
2段構えだったのかローブから魔結晶と呼ばれる魔法の媒介を取り
出し、すぐさま炎の魔法攻撃がソウマの全身を包んだ。仲間側から
は小さな悲鳴が上がる。
豚人魔術士は勝利を確信した。粗末な装備をした人族が、業火とも
呼べる魔法の威力を受けて無事で有るはずがない。
残る魔物と豚人騎士指揮官の援護に詠唱を開始しようとした。
その時、炎の中から武技︻流星刀・イルマ︼と聞こえた。
燃え盛る炎の中から淡く輝く刀身がニュッと突き出てきた。
そのまま炎を切り払い、護火障壁へ突き入れた。
ガリリ⋮と刀身と障壁の狭間で軽い抵抗があるが、パリンと呆気な
く突き破られる。障壁を破られ守る術を持たない豚人魔術士を突き
殺した。
アストラルリンク
ソウマは荒い息をついて煤けた格好していたが、五体満足である。
ラッキーだった事に精魂接続で炎熱耐性︵中︶が発動して炎の魔法
のダメージを軽減させたのだ。
炎の魔法で無かったら実際かなり危なかった。偶然が重なった勝利
だが勝ちは勝ちだ。
すぐさま豚人騎士指揮官の相手をしているダンテの援護へ向かう。
帰ってきたソウマを見て、パーティメンバーが仲間の無事が嬉しく
て歓声を上げた。
オークソーサラー
オークナイトコマンダー
豚人魔術士をようやく倒した事で、自然とフォーメーションが変わ
る。ソウマが豚人騎士指揮官を相手にし、側面の敵をダンテとレガ
リアが受け持つ。
325
皆の歓声を聞き、エステルが目を覚ました。少しの間だが休めたエ
ステルは、倦怠感はあるも思考能力が少し回復した頭で冷静に考え、
何故ダンテがそのまま受け持たないのか不思議に思っていた。
弓士としてのソウマは確かに凄まじかったが⋮明らかにパワーファ
イターである豚人騎士指揮官を相手に務まるんだろうか⋮では、お
手並み拝見としようか。
ダンテを相手していた豚人は傷付いていたが、体力消耗は少ないら
しい。
ソウマを睨みつけ、鼻息も荒くハルバートの斧頭で鋭く突いてくる。
ソウマはマトモに受けず、前進しながら身を躱した。
距離を縮めて流星刀レプリカで斬りつけるもタワーシールドでしっ
かりと防御される。
防御している間に軽々と片手でハルバートを振り上げ、豚人は全身
の力を込めて振り下ろした。攻撃は当たらなかったが、当たった先
の地面が割れて轟音が響く。
ソウマは振り下ろした先のハルバートの長柄を狙い、両手で刀を持
ち攻撃する。鉄鋼である金属部分のかなりの抵抗はあったが、刃筋
を通しキンッと澄んだ音が鳴り、切断を可能とした。
アストラルリンク
レガリアと精魂接続をつなげて炎熱攻撃︵中︶を付与して貰い、サ
ッと真横一文字に斬る。
326
豚人が咄嗟に後ろへ引いて回避しようとするも間に合わず、鎧を斬
り裂き腹から臓物が飛び出た。
肉が焼け、豚人騎士指揮官の絶叫が辺りに聞こえ、うずくまった。
下を向いた姿勢のまま刀を振り抜き、首を落とし絶命する。
モンスターカーニバル
流れは此方に向いた。統率者を失いオロオロとしている魔物達を掃
討し、迷宮洞窟における魔物祭は終了した。
辺りには血の臭いと死体が散乱としている。疲れているが、魔物の
無事な武装を全員で剥ぎ取る。
放っておくと魔物の死体は迷宮に喰われる現象が起こる。
文字通り意味で迷宮に放置しておくと、人種や生物、魔法生物、ア
ンデッド、BOSSすらも問わず、いつの間にか消えてしまうのだ。
ゴブリンメイジ
勿体無いので消滅する前に折角なのでレガリアに喰べて貰う。
コボルトマジシャン
オークナイトコマンダー
犬人魔法使いや小鬼魔法使いは魔力の高くて美味しいのかゴクッ、
ゴクッと噛みしめるように飲み込んでいった。
オークソーサラー
そしてメインディッシュに豚人魔術士と焼けた豚人騎士指揮官をバ
キバキと装備品ごと喰われていく。
全てを喰べ終え、消化吸収スキルで相当な経験値が貯まった。
特に魔法使い系の職業を持った魔物達からは魔力とSPのステータ
スが上がり、また︻魔力制御︼のスキルを手に入れることが出来た。
327
体外魔力操作の1段階上のスキルてある。魔法を練りやすく、威力
上昇補正や詠唱を省略するスキルだ。
豚人騎士指揮官から何もスキルは得られなかったが、レガリアに大
幅な経験値が入り、筋力ステータスが上がった。
この戦闘でついにレガリアのLVが50に上がり、︻擬態︼のスキ
ルLVがEからDにアップした。
無事な武装の戦利品を並べる。
ノーマル級
ノーマル級
ノーマル級
安物の短剣×45
鉄の剣×40
見習い魔法使いの杖×10
ハイノーマル級
ノーマル級
魔法士の杖×1
革の鎧×23
ノーマル級
ハイノーマル級
ハイノーマル級
ノーマル級
ローブ×1
古びたローブ×2
オーク軍制式
ゴブリン
鉄鋼の兜×1
小鬼の腰巻×52
オーク軍制式
328
オーク軍制式
鉄鋼のタワーシールド×1
鉄鋼の手甲セット×1
ハイノーマル級
ハイノーマル級
オーク軍制式
ずらっと並べたが、こんなに短剣や鉄剣があっても使わないし、ソ
ウマがハイノーマルと鑑定したローブは臭く、防具も重量がありす
ぎて誰も要らないと言われた。
杖関係は魔杖では無い為エステルもいらないと言う。
そのため捨て値で全てソウマが買い取って、レガリアの経験値の糧
とさせて頂いた。
いよいよ中央に鎮座してある宝箱を開く時がきた。
水晶核
クリスタルコア
特殊レア素材
全員で蓋を開けると、宝箱には光り輝く大粒の結晶が6つ入ってい
た。
C級
モンスターカーニバル
魔物祭を制した強者のみ与えられる。
この特殊レア素材は倒した全ての魔物の凝縮した魔力を集めた宝玉
である。唯一無二の特殊素材で様々な用途に使い道がある。
浮かび上がった文章を読み上げ、この宝物を皆に説明すると驚きを
持って迎えられた。
329
エステルには君は見掛けによらず、意外と博識だと感心されたくら
いだ。
実際に滅多に出回らない特殊素材で、強力な魔法道具や魔法装備の
エステル
非常に有能な素材になるらしい。
使い道がないなら私が適正よりも高く買い取ろうと持ちかけた。
とりあえず、宝箱から宝玉を取り出して皆に均等に分けた。今回は
レガリアとフレイの分も含まれているので、ソウマとコウランは2
つずつ貰える事になる。
ダンテとコウランは使い道がないからエステルに売ることに決めた
ようだ。
例え持っていたとしても、それを扱える鍛治職人や錬金術師の知り
合いやコネが無い為、通常より高く買い取ってくれるならお金に変
えた方が良いと考えたからだ。
また、高価な品を持っていることで下手に狙われるリスクも避ける
でもある。
ソウマとレガリアの分は丁重に断り、売らなかった。
1つは試作型の鎧一式に使用してみる事にし、残り1つはその場で
レガリアに与えた。
希少な宝玉が⋮と背後から悲しそうな声が聞こえたが無視する。
綺麗な破砕音と嚥下音が聞こえると、レガリアは喰べたことの無い
味に歓喜を表した。
送られてきた念話からは極上のスイーツを味わったようなイメージ
が⋮感動して震えるようなレガリアの行動からも明らかだ。
330
クリスタルコア
宝玉である水晶核を余さず吸収した所で、レガリアの魔力ステータ
スとSP増加量が多大に増えた。
スキル︻魔法の理︼
スキル︻無属性魔法︵初級︶取得可能︼
と、ステータス欄に追加された。
自分ではもう魔法が覚えられない為、レガリアの新しい可能性に嬉
アストラルリンク
しさが隠せない。
それに精魂接続を使えば限定的だが自分も使えるかも知れないのだ。
センスマジック
ア
エステルに無属性魔法の事を聞き、それとなく初級ではどういった
魔法が覚えられるのかを聞いてみた。
ンチロック
マジックアロー
その結果、無属性魔法初級ではエステルも使っていた感知魔法と耐
魔法解錠、魔力矢などがあると教えてくれた。
これらくらいのレベルの魔法は町の魔法屋でも売っているそうだ。
ディスペル
ただ、高位無属性魔法である魔力探査や魔力障壁、魔法解呪や無属
性の殲滅魔法などは覚えられない事が分かった。
これならパーティに盗賊系の職業持ちや便利な魔法使い系の職業持
ちが居なくとも、最低限迷宮探索が楽になりそうだ。
嬉しい結果に内心小躍りしそうな上機嫌なソウマであった。
ダンテとコウランもソウマがなんとなく機嫌が良いのが分かり、気
分良さげに話を振ってパーティ全員の士気を盛り上げた。
331
エステルはこのチームが気に入り始めていた。潜在能力の高いチー
ムであり、全員必ず何か状況を打開するナニカを秘めていた。
魔物祭は生易しいモノでは無いが、このチームならば出来ると信じ、
挑戦を決意してみた。
何故私は大丈夫だと思えたのか⋮。
私の調査団人生の中でも2回目、それほど挑戦する事が少ない。
モンスターカーニバル
その時は同じB級冒険者と1人のA級冒険者がいた。
同業者から魔物祭へと繋がる部屋に転移させられる罠をしかけられ
て、ワープした先での大部屋にて戦った。
ここと同じC級迷宮ランクだったが、当時A級冒険者であり、当時
パーティにはここのギルド長アシュレイが加わっていた。
彼の奮闘が凄すぎて⋮怪我人はでたが誰も死亡せずに乗り切れた。
その戦いぶりは魔杖剣の使い手ここにありの一言に尽きた。
例えば、もし同数のC級ないしB級の冒険者達が今日と同じ状況に
なったら、果たして無事乗り切れただろうか?
自分は魔物祭を回避していただろうし、何人かは最悪死ぬかも知れ
ない。重症者は必ず出ただろう。
ソウマの戦闘を思い出した。
332
凄まじい攻撃を躱し、筋肉で覆われた豚人騎士指揮官を鎧ごと斬り
裂く。そして、あっさりと首を一太刀で落とす行為は並の冒険者で
は無理だ。
恐ろしいまでの筋力と技量が伴わなけば出来ない芸当である。
私の周りにいた者は貴族と言う地位とお金を狙う者や、お世辞と権
力を使い、実力もないのに父への取次を願う者ばかりだった。
最初から貴族として接していると皆萎縮してしまい、顔色ばかりを
伺って誰も私を見てはくれない。
このチームでは貴族だと分かっても取り繕わないし、素の私でも気
にしない者たちがいた。
貴族としての生活に限界を感じ、何もかも嫌で家を弟に任せて、自
分は魔術士としての実力もあって調査団へと編入した。実家からは
戻ってこいと再三書状が届いているが、気にしていない。
そういえば今回、胡散臭い従騎士と名乗る実家から派遣されてきた
男も、お世辞と自己自慢がうるさく途中で置いてきたのだった。
面倒ごとを起こしてなければ良いが。
嫌な事を思い出した記憶を頭から振り払い、エステルから小さく一
言。
﹁認めてやっても良い﹂
彼女は自分を受け入れてくれた居心地の良い空間とパーティに対し
333
て初めて、そう呟いていた。
334
最下層上位炎鬼
モンスターカーニバル
魔物祭戦を終えたソウマ達は、新たに魔物が出る気配もないため、
消耗した身体を休めるために隠し部屋で休憩をとっていた。
ハイフレイムオーガ
次はいよいよBOSSである上位炎鬼との戦いとなる。
前以てエステル以外で決めていた事を話す。
エステル
今回は調査を優先としつつも、ダンテ用の装備を揃える為にBOS
S戦を連戦したいこと。
またエステルは連戦には参加しなくとも良いことを本人に伝えた。
エステルからはBOSS戦の連戦についての了承を得て、参加につ
いてはその時の状況による⋮と回答を受けた。
共に激闘を潜り抜けたおかげか、エステルとも信頼関係が深まった。
休憩中は女性同士で炎猫フレイの事で話が盛り上がっているため、
ソウマはダンテの元へと向かう。
ダンテは装備品の手入れと最終確認を行っていた。命を預ける大盾
や鎧を入念に確認し、傷一つ無い状態を維持してBOSS戦に備え
る。
それを見届けた所でダンテに声をかけた。
﹁ダンテ、そういえば聞いた事無かったんだけど何処の国の出身な
んだ﹂
335
ピクリと眉をひそめたが、ポツリと呟くような声で教えてくれた。
﹁⋮隠すことでは無いが、ソウマになら良いだろう。俺とお嬢様は
ここから西方にある帝国を越え、宗教国家レグラントからこの地ま
で来た﹂
﹁そうなのか⋮で、どんな国なんだ?﹂
﹁レグラントは且つての魔族が国を起こした地で、王族や貴族は魔
族の血を引くとされている。国家としての規模は小さく産業として
は目立った物は無いが、魔族を神と崇め自身を鍛えることが幼少よ
り求められる。俺は捨子だった所を拾われたからな⋮お嬢様と先代
のサルファー様には多大な恩があるんだ﹂
いつになく話すダンテに相づちをしながら、少し聞き慣れた単語が
あった。
﹁サルファー様?﹂
バトルアックス
﹁そうだ、お嬢様のお父様に当たる。選ばれた魔神官戦士のみで構
成された騎士団のトップで両刃のある戦斧を軽々と振り回し、魔法
も使われる傑物だ。国を思うお優しいお方だった。子供心に俺も憧
れたが、魔法の才能がなくて諦めたよ﹂
まさかザール村で出会った人物では無かろうか?⋮まさかね。
そう考えていたら、いきなりコウランが口を挟んできた。
﹁とある貴族の闘争に巻き込まれて嫌気がさしたお父様が失脚して、
国を出て以来会ってもないわね∼ちょっと探し物も兼ねて家族バラ
336
バラで動いているんだけど⋮。
まぁお父様の事だから何処へ行っても生きてるわよ﹂
﹁確かに現魔王派が例え追手を差し向けたとしても、サルファー様
に限って不覚をとることはありますまい。しかし、一体何処におら
れる事やら﹂
ダンテとコウランは2人で笑いあっているが、世の中の縁とは不思
議なものを感じた。ツッコミ所の多い単語は⋮スルーしよう。
エステルのSP回復もすんだ所でBOSSの待つ階層へと出発した。
14階層を突破し15階層へと降りた。そこには以前来た時と変わ
りなく、広い空間の中の宮殿があった。
足を踏み入れると、奥の扉が見える。中に入るとBOSSの間に繋
がる魔法陣があった。
強化魔法と支援魔法を全員に掛けて、準備完了した。
パーティメンバーに声がけて魔法陣へと飛び込ぶ。
ハイ
異空間固定された鬼の紋様が刻まれた闘技場へと入る。エステルは
初めて入るのか少し興奮していた。
フレイムオーガ
召喚陣が設置してある。近づくと紋様が輝きだしBOSSである上
位炎鬼が召喚された。
337
身長は2m30cmは有るだろう大きな身体に、額には角が2本生
えており、口からは牙が収まりきれずに飛び出ていた。
上半身はなめした革を幾重にも重ねたレザーメイルを装備していて、
発達した筋肉は防具など不要とばかりに強調されていた。
両手には入墨のような紋様が彫ってあり、魔法的処理が成されてい
るのか常に魔力で点滅していた。
エステルから両腕に刻まれたモノは長年の研究から火の加護の紋様
だと言う。炎に愛された種族が持ちやすい加護の1つで、炎の魔力
を攻撃力に変換出来る効果がある。
加護とは簡単に説明すれば、神獣や精霊、有名なところは神などの
超常たる存在から認められ、力を授けられた称号。
単純なステータスアップの他に、特殊能力もつく場合もあるという。
優れた能力を持つ限られた人材しか獲得出来ない上に、非常にレア
な称号である。
火の加護自体は現在確認されている加護の中では下から数えた方が
早い加護ではあるが、持っているのと持っていない者では、格段の
差がある。
ハイフレイムオーガ
加護持ちのBOSSはこの地方では上位炎鬼のみである。巨大な大
鉈を持ち、戦闘態勢を維持している。
正直この鬼が長年経験値を重ね、鍛え上げた先に修羅鬼まで進化し
たとは思えないほどギャップがあった。
338
それはソウマ以外にもコウランやダンテも感じていたらしく、お互
い目を合わせて苦笑してしまった。
﹃我ガ領域ニ侵入セシ者ヨ。相手ニナロウ﹄
上位炎鬼の一言で戦闘開始が始まった。
単鬼で突っ込んでくる相手に対してソウマは弓矢を使い応戦し、エ
ステルは低位の攻撃魔法で応戦する。
矢が唸りを上げて上位炎鬼に飛来するが、着弾しても駆け出してい
るスピードは露ほども落ちない。
急所は流石に防御しており、それ以外は当たるがままにしているよ
うだ。
レジスト
魔法に対しても防御姿勢を固め、対魔法用に耐性して少しでもダメ
ージ軽減をしてきた。BOSSは伊達ではない。
あっという間に距離を詰めてきた上位炎鬼は、ダンテに大鉈による
重量を込めた剛撃を叩き込んだ。
ダンテは大盾を構えるも、その剛撃は身体を地面に沈み込ませた。
次いで横薙ぎにした一撃を受け止めたが、衝撃が強く大盾を持つ左
手の骨にヒビが入る怪我を負わせた。
ミドルキュア
すぐにコウランが中級回復魔法を唱える。
淡い光がダンテを包み、痛みと身体を回復していく。
339
上位炎鬼は面白くないとばかりに咆哮を上げ、今度はコウランに襲
いかかった。それを許すダンテではなく、先程よりも強固に防御体
勢をとり今度は大鉈を弾き返した。
驚くよりもニヤッとした表情で強敵を前に喜ぶ鬼の姿に、ここは似
ていると思えた瞬間だった。
デバブ
エステルが阻害魔法をかけ、支援魔法と強化魔法を中心に援護して
くれる。
ソウマも流星刀レプリカに持ち替え、レガリアと同時に上位炎鬼に
攻撃を仕掛けた。
此方を確認した上位炎鬼は大鉈に何かを呟く。すると大鉈より風が
巻き起こり、渦巻いて刃を形成してソウマとレガリアを迎撃する。
レガリアは浅く傷つきながら軽く吹き飛び、ソウマも刀を正眼に構
え防御するが、身体中切り傷のダメージを負いながら後方へ着地す
る。
流石にBOSSである上位炎鬼。強敵である。それに相手がもつ大
レア級
鉈は、武技を使った事からどうやらレア級の武器らしい。
鬼の大鉈
風の祝福を受けた魔力鉄を用いて作成された巨大な大鉈。半径3m
の範囲に風の刃を発生させられる。
重量が重く、筋力が無い者には持ち上げる事すら出来ない。
武技︻旋風撃︼
340
風属性を伴う武技による攻撃。普通の中級冒険者ならば重傷を負う
ことは間違い無いほどの威力があった。
鬼の大鉈はゲーム時代には初期から中期までしか使わない性能の武
器だったかも知れないが、この世界では別だ。
使えるか使えないかは別として、あの武器も戦利品として頂いてし
まおう。
コウランからの回復を受けたソウマはダンテに注意を引いてもらい、
自身は着実にダメージを蓄積させることにした。
幸い、エステルからの支援魔法で上位炎鬼のステータスは下がって
いる。ダンテに作戦を伝えレガリアも遊撃に加わって貰った。
上位炎鬼の攻撃は火の加護を持ち、大鉈による重量を活かした攻撃
方法と武技。
それに咆哮を加える事で、接近戦主体の相手を一定確率で恐怖を与
える事が出来た。
さて戦いは始まったばかりだ。
激闘の中、重傷を負うメンバーもいながらもパーティメンバー全員
341
で確実にダメージを積み重ね、身体中に大小の傷を負った上位炎鬼
が虚ろな目で遂に倒れ伏した。
ハイフレイムオーガ
︻ザザン迷宮洞窟BOSS上位炎鬼を討伐しました。討伐者にはラ
ンダムで報酬が与えられます︼
ナレーションが聞こえと思ったら、中央に宝箱が1つ出現した。他、
上位炎鬼討伐報酬
ハイフレイムオーガ
ソウマのアイテムボックスに見慣れないアイテムが入っていた。
魔力鉄×1
これか!レア素材である魔力鉄が追加されていた。
ナレーションを信じればランダムに報酬があるのならば、この他に
も入手出来る事になる。少しワクワクする気持ちがあった。
以前の修羅鬼討伐よりも人数もいて助かったが、流石にBOSS戦
は緊張する。
今回ダンテが1番の重傷を負い、コウランに回復魔法をかけて貰っ
ている。他のメンバーは思い思いに座り込んでいた。
レガリアは上位炎鬼の死体を喰べたそうに此方を見つめていた為、
皆に断ってから許可を出した。ご褒美を貰えた嬉しさに機嫌良く、
上位炎鬼を口に運んで喰べ始めた。
一口では喰べられるサイズでは無いので、噛みちぎりながら喰べる
光景に昔ならば気持ち悪くなる所だったが、何故かレガリアなら不
思議とそんな気も起きなかった。
全てを喰べ尽くしたレガリアに微量のステータスアップと炎熱攻撃
342
付与が︵中↓大︶に上がった。
ダンテの治療も終わり、宝箱を皆で開けた。中には鬼の紋様が刻ま
れた
脚甲があった。
フレイムオーガグリーヴ
炎鬼脚甲
炎鬼を模して作られた脚甲。炎の祝福を受けた魔力鉄を可能な限り
薄く重ねた。鋼鉄製の防具よりも軽く、丈夫である。
発動スキル︻炎熱耐性︵微︶︼
シリーズ装備補正を得る為の防具は此れで残す所、頭装備のみであ
る。
BOSSの上位炎鬼の持っていた大鉈は重すぎて誰も持てず、ソウ
マの預かりとなった。
闘技場から魔法陣で宮殿まで戻ると、いつの間に来たのか別のパー
ティが控えていた。
軽く会釈をして挨拶する。話をして見ると彼等は今回初BOSSに
挑戦する事がわかった。
6人編成パーティであり、気さくに応じてくれて気の良い連中だっ
た。
343
パーティメンバーは10代後半でリーダーのみ20代。上位炎鬼の
情報を集め、フォーメーションを研究してきたそうだ。お互いの情
報交換を行う。
最後に実際に戦った此方の持っている上位炎鬼の情報を可能な限り
教え、BOSSの間へ向かう魔法陣の彼方へ消えた彼等の討伐成功
を祈る。
数時間が経過した。
⋮⋮⋮⋮何時迄立っても彼等は帰ってこない。
奥の間の魔法陣も光が消えたままで、まだ戦っている事が分かる。
やきもきする気持ちを抑えながら暫く待っていると魔法陣が明滅し
始めた。
帰ってきた彼等は半数以下の2名で、1人は意識を失い、肩から腹
にかけての裂傷が酷く重傷を負っていた。
肩に背負った魔法使い風の男性が此方を見て安心したのか⋮共に倒
れこんた。
重傷者をコウランが何度も回復魔法を唱え、応急手当てをすること
で傷口は塞がり、荒かった呼吸も平静になり一命はとりとめた。
344
もう1人の男は軽傷ではあったが疲労困憊状態であり、此方もコウ
ランが回復魔法をかけた事で話を出来るまでに活気を取り戻した。
彼の話によると、万全の体制で挑んだ上位炎鬼BOSS戦だったが、
途中までは順調に慎重に進んでいたそうだ。
攻撃を重ねジリジリとダメージを蓄積させた所までは良かったが、
あともう一歩で上位炎鬼による大音量の咆哮を喰らい、何人かに恐
慌が起こる。体勢を立て直す暇もなく、為す術もないまま陣形が崩
れた。
ウォータープロテクション
直後、鬼の大鉈による武技の組み合わせでマトモな防御も取れずに、
ウィザード
リーダー以下が切り刻まれたようだ。
シューター
魔力も切れかけて後方待機していた魔法使いである彼と、水護防御
の魔法かけられた護衛役の投擲士の彼だけは咆哮と武技からの攻撃
を免れた。
ウィザード
水刃を
ウォーターカッター
その後襲ってきた上位炎鬼を身体を張って魔法使いを守った投擲士
は重傷を負ったが、その間に完成させた中位水系攻撃魔法
詠唱して上位炎鬼の首を落としたのだと言う。
自分達を除く生存者はいないのか確認したが、リーダーを含め全員
が事切れていた。
出現した宝箱の中身だけを取り出して、やっとの思いで投擲士を背
負い、帰ってきたのだと教えられた。
この宝箱の中身はレア級であるため、高値の売値がつくだろう。
彼は売って出来たお金を分散し、今後の資金と亡くなってしまった
345
仲間達の家族に遺金として渡しに回るそうだ。
話している間に、気を失っていた投擲士も目を覚ました。
冒険者を続けていればいつか誰かがこういった最期を迎えることも、
覚悟しておかなければならない。
悲しみとやるせなさを背負った彼等は悲痛な面持ちだったが、生き
残った事を神に感謝して、先へ進もうとしていた。
お礼もしたいが⋮と気を遣う彼等に充分だとダンテが答える。
2人と回復魔法を酷使してくれたコウランに非常に感謝して、何度
も何度もお礼を伝えていた。
このまま町まで送ろうと声がけたが、充分に回復した今なら大丈夫
だと気丈に断られた。
早く遺族に報告と遺髪を送りたいらしい。
せめてものお礼に、今日の夕食くらいは奢らせてくれと言われたの
で、いつもの酒場に集合となった。お互い無事に帰ろうと約束する。
投擲士の名をウェスター、魔法使いの名をアルフレッドと名乗った。
彼等が帰っていくのを見届ける。
見えなくなるとパーティメンバーに相談して、後ろから彼等を見守
りながら町まで安全に帰還させることを提案する。
皆の概ねの了解を得られたが、その後自分とレガリアはここに残り、
BOSS戦を継続したいと願い出た件は却下された。
346
コウランやダンテもやれやれと苦い表情を浮かべていた。何と無く
予想はしていたようだが⋮幾ら何でも2人では危険過ぎると意見を
変えない。
最終的にダンテとコウランがウェスターとアルフレッドを町まで見
守る役を引き受け、調査も兼ねているエステルがソウマと一緒に残
る事で落ち着いた。
付き合う必要はない⋮申し訳なくて仕切りに遠慮するソウマに対し
て、エステルはなら最初からそんな事を言わない、と一喝されて押
し黙った。
はい、仰る通りです。
ダンテ達を見送った後、3人で作戦会議を行う。
エステルは炎属性系統は上位まで、無属性系統と支援・強化系統、
風属性系統が中位で計4系統使えると教えてもらった。
ソウマも全て教える訳ではないが、体術スキルや見切りスキルの事
や剣技スキル、全身強化魔法と2段ジャンプなど使える事を教えた。
後はレガリアの擬態スキルを見せる。これくらいならば彼女を信頼
して見せても良いと思った。
それに今回レガリアの修羅鬼化を見せるのは、擬態スキルの成長具
合と、この状態で上位炎鬼を倒した際に火の加護はレガリアにも取
347
得可能か試してみたいからだった。
レガリアが長身で髪が朱色で美しい美女に変身する。
深淵の仮面越しからでもわかる美しさと、体を覆う修羅胴衣のみの
姿は艶っぽくて生々しい。
突然の変身に、唖然とした表情もギャップがあって美しいエステル
だが、次第に興奮の余り顔が桃色に染まってくる。
この事を内密にして欲しい事を確約して貰うことを条件に、エステ
ルが知りたい質問に少し答えた。
興奮冷めやらぬまま、作戦を伝える。作戦は簡単でソウマと修羅鬼
レガリアが全面に出る。
エステルは後方から援護して貰いつつ、気付いた事があれば指示し
て欲しいといった内容だ。
エステルを和えて援護に回した理由はSP消費を軽減させ、万が一
の場合に備えて欲しいからだ。
ハイフレイムオーガ
各々に強化、支援魔法をかけて3人だけの上位炎鬼討伐戦が始まっ
た。
348
最下層上位炎鬼︵後書き︶
確認して修正などを入させて頂きます。
349
レガリアの真価︵前書き︶
申し訳ありませんが、私情により暫くは更新速度がかなりマイペー
スとなります。
時間が出来た時に更新していこうと思いますので、宜しくお願いし
ます。
350
レガリアの真価
最下層の奥の間からBOSSへ至る空間のある闘技場へ来たソウマ
達。
その召喚陣から上位炎鬼が出現した。先程の姿と変わらず、持って
いる武器も大鉈だ。
BOSSが出現したと同時にソウマと修羅鬼レガリアは早駆けする。
距離が縮まると上位炎鬼が咆哮を上げた。振動でピリピリするが⋮
ただそれだけだ。
咆哮が効かなかった事が分かると、大鉈を構えて迎撃体勢をとった。
ソウマは流星刀レプリカではなく、鬼の大鉈を取り出した。ズッシ
リとした重量だが扱うには問題ない。
大鉈を使う場合は片手剣補正のスキルの恩恵は入らないかも知れな
いが、そんな事は関係なく両手で大鉈を持ち、全力で振り下ろした。
上位炎鬼は防御体勢をとり、大鉈同士の接触時におこる堅い金属同
士がぶつかり合う音が鳴り、重たい手応えを感じる。
両手剣を扱ったことがない為、重心が剣身に上手く伝わらず威力が
分散気味だっだ。
一振り毎の感触を確かめながら、少しずつ調整を重ねる。
刀剣技補正も発動しているようで、初期よりも大鉈が手に馴染んで
きた。より鋭く振れつつある。
351
実戦の中で扱うなんてマトモじゃ無かったなと、かなり反省してい
る。
そんな事を考えていたからだろうか、修羅鬼レガリアがソウマより
も前に出た。新手に対して上位炎鬼も警戒して1度距離をとった。
マスター
﹁御主人様、少し私にお任せ下さい﹂
レガリアの擬態スキルはD。修羅鬼だった頃の最大40%を引き出
せる筈だ。見立てでは実力的にはまだBOSSの方が上のはずだが
⋮レガリアがどう戦うのか楽しみだ。
危険な時はどんな状況だったとしても動けるようにしながら見守る。
大太刀である修羅刀を静かに抜く。
レガリア本体のステータスが加算された修羅鬼は、素早い一撃を繰
り出した。
受け止めた上位炎鬼は戸惑いの声を上げる。
﹃貴様ノ匂イ⋮マサカ同種ナノカ?﹄
﹁⋮﹂
その問いには無言で次々と攻撃を加えていく。大太刀と大鉈が斬り
合う光景は迫力があり、お互いに一歩も引かない。
この時点で力比べをして見て分かったが、素の状態では筋力は上位
炎鬼の方が上である。
352
あなた
﹁この状態ではまだ上位炎鬼が上ですか⋮私の実力が足りないのか、
それとも使いこなせていないのか﹂
と、ブツブツと言いながら、舞うように攻撃を仕掛ける。朱色の髪
と白い修羅胴衣が激しく動き回り、見る者を惹きつけた。
ファイアープロテクション
時折エステルから腕力強化の魔法と火護防御の魔法が掛けられ、一
時的に魔力の膜が身体を覆った。
適切な援護に対してエステルに微笑みを向ける。
大太刀と大鉈がぶつかり合い、せめぎ合う。大鉈を操る上位炎鬼の
攻撃は苛烈であり、受け止める一撃一撃が重い。
何合か打ち合うと上位炎鬼の攻撃を捌き切れなくなってきて、大太
刀を持つ手が飛ばされそうになる。
今も下段からの攻撃に対して踏ん張りがきかず、両腕が上方を向か
されて体捌きが流された。
そうして出来たレガリアの隙を見逃さない。素早く大鉈が上空から
振り下ろされて修羅鬼レガリアの左鎖骨に食い込む。
衝撃と苦痛に顔を顰めるレガリアだったが、火護防御の魔力膜のお
かげで防御力は上がっていたので、食い込む以上の事は起こらず、
魔力の膜に阻まれた。
ハードレザー
苦痛に負けず、渾身の力を込めて至近距離から修羅刀を横薙ぎに振
って、上位炎鬼の前胸部と革鎧を浅く傷付けた。
353
見事な斬れ味を誇る修羅刀だが、グールやゾンビの時とは違い、刃
は上位炎鬼の肉体の防御力を貫けず切断とまでいかない。
しかし、攻撃によるダメージが浅い事に絶望感はない。いつも大事
な時に力が足りなくて悔しい思いをしてきたレガリア。
寧ろ格上の相手に少しでもダメージを与えられた事に喜びを感じて
いた。
レガリアの方が攻撃の手数が多いものの、致命傷になる決定打に欠
けている。
上位炎鬼もそれを分かっており、ジワジワと体力を奪うような一撃
を繰り出し、重く鋭い攻撃を続けている。
上位炎鬼の狙い通り、レガリアは次第に防御することの方が増えて
きた。
大太刀を振る両腕が軽く痺れてきた。これが疲れると言うことなの?
魔法生物であるレガリアは、基本的には疲れや睡眠なども必要とし
ない。
クリスタルコア
新しく体験し、学習した出来事をレガリアを司る魔導核に刻み込ん
でいく。沢山の濃密な魔力を凝縮した水晶核を吸収した事で、レガ
リアの魔核は魔導核へと進化していた。
もはや身体中は傷だらけだ。
354
そんな状態で戦っているが致命傷は避けていた。
鈍くなってきたレガリアに
﹁ドウシタ、動キガ鈍クナッテイルゾ﹂
発する言葉に反論出来ない。
上位炎鬼の繰り出す攻撃は決して力任せではなく、技巧を凝らした
剣技が其処にはあった。
戦えば戦う程レガリアは上位炎鬼の動きを取り入れ、自分なりに学
習し始めていた。
少しでも長く戦っていたい。しかし、そろそろ活動限界を感じてき
たレガリアは、今まで温存していた剛力スキルと我流闘気術を併用
して、短期決戦を挑む。
今回はリスクを考え、種族特性としての鬼印は使わない。
修羅鬼のステータスの中から剛力スキルを発動。全ての筋力が満遍
なくアップした。
そして我流闘気術で全身を覆う。練り上げた気が不可視のプレッシ
ャーとなり、身体からゆらりとオーラが溢れだす。
目の前の修羅鬼の威圧感が急に膨れ上がった事を感じた上位炎鬼は、
危機感を最大限上げた。
355
両腕に刻まれた紋様の火の加護を用いて、ありったけの火の魔力を
攻撃力に変換した。
此れまでにない程のスピードで、凪ぐ、振り下ろし、袈裟斬り、突
きの連続攻撃を繰り出して来た。
この間の地下墓地戦で学んだ我流闘気術から、視覚拡大と感覚鋭敏
を身に染み込ませる。
肌に触れる空気の動きや上位炎鬼の動きの癖などの情報を読み取っ
て行く。
ヒートアップしていく大鉈の攻撃を危なげなく、華麗に避けていく。
先程と違い、剣先のみが空振りを繰り返していた。余りに上位炎鬼
の攻撃が当たらない。
百夜の武技︻
焦りよりも怒りが勝った上位炎鬼は、雄叫びを上げながら武技︻旋
風撃︼を発動する。
その行為を見たレガリアも一旦動きを止め、修羅刀
紅蓮一刀︼を発動させた。
久しぶりに見た灼熱の極炎刀は燃え盛り、風刃とぶつかり合った。
周りは数百度近い熱風が巻き起こる。せめぎ合いの中、極炎刀が風
の旋風と刃を打ち払う。
そろそろ闘気術を併用しての限界が近い。
最後の一押しとして、︻擬似心臓︼に貯めてあった魔力を全解放し
て、現在出せる最高の一振りを上位炎鬼にお見舞する。
バーストプラーナ
武技︻紅蓮一刀︼と爆気を合わせた修羅鬼レガリアのオリジナル技。
356
レガリアは意識せず行ったが、武技と気の融合であるこの技は一般
的に奥義と呼ばれてもおかしくない技である。
レガリアはこの技を発見した時、1度ソウマに見てもらっていた。
驚きを持ってソウマの口から発した言葉は、紅蓮の燃える炎の塊が
べにぼたん
無数に舞っているのを見て、紅牡丹の花弁に似ている⋮と呟いた。
それを聞いたレガリアは技名を︻紅牡丹︼と名付けていた。
爆発的に高まった身体能力を活かし、眼にも止まらぬ速度で一太刀
を浴びせた。
いつ斬ったのか動作も見えなかった渾身の一太刀は、上位炎鬼の丸
太のように太く、筋肉の詰まった両脚を瞬く間もなく切断した。
バーストプラーナ
それで終わりではなく、爆気で修羅刀より拡散した気が、紅蓮一刀
の業火と混ざり合って凄まじい火力を持つ炎塊へと変化した。それ
らは美しく、複数の花弁のように周囲に出現した。
レガリアは紅蓮に輝く花弁達の業火を使い、更に追加で上位炎鬼を
襲う。
下腿から灼熱の炎が燃え上がり、切断した両脚は炭化した。それで
は収まらずに残った上半身にも燃え移った。
堪らず悲鳴か絶叫かわからない苦痛の大声を上げた上位炎鬼は⋮や
はりBOSSであった。
もう助からないと判断した上位炎鬼は焼け続ける身体の苦痛を無視
し、大鉈を地面に突き刺した。
ダンッと言う音ともに、反動を利用して上半身の力と両腕の力でジ
ャンプを可能とし上空へと昇った。
357
そして上空から地に伏すレガリアを眺め、確実にトドメを刺すべく
最後の力で大鉈を振りかざす。
限界以上の力を出し切ったレガリアは座り込み、攻撃を躱す体力も
なくボンヤリとその光景を眺めていた。
マス
﹁レガリア、本当によく頑張ったな。後は任せてゆっくり休んでく
れ﹂
ター
肩に手を置かれ、声が聞こえる方向に振り向くと、側に笑顔の御主
人様が見えた。
ソウマも大鉈を装備のまま、上空から落ちてきた上位炎鬼に向かっ
て2段ジャンプを発動して跳ぶ。
迫る大鉈を弾き落とし、無防備となった肩から袈裟斬りを浴びせた。
そのまま交差し、上位炎鬼は事切れた。最期まで戦闘意欲が高く、
諦めない強者だった。
上位炎鬼が袈裟斬りにされた様子を確認した。
マスター
あぁ⋮ほら、御主人様だけは⋮貴方だけを愛している。
薄っすらと意識混濁をしていたレガリアは歓喜と胸が高鳴る恋心を
胸に気を失った。
358
着地したソウマは、倒れ伏しているレガリアの髪を撫でながら、レ
ガリアはいつかソウマをも超えると感じていた。
ソウマとて無敵ではない。
現在は第3次職到達者であり、また︻巨人の腕︼の影響で魔法は習
得出来ないが、その分人より多大なステータスの恩恵があるだけだ。
現在は何とかなっているが、いずれ敵わない相手も現れる。成長し
続けるレガリアが羨ましく、自分もレベルアップ以外に強くなれる
方法を模索して行かなければならない。
試作型の装備品開発もその一貫であるし、様々な検証もそういった
事から来ている。
お金も非常に沢山かかる筈⋮アイテムボックスも有ることだし、今
後も素材や宝物など入手出来る物はなるべく集めていこう。
そんな想いを胸に抱きながら、ソウマは契約の指輪にレガリアを送
還する。指輪の中は契約した魔物達にとって胎内のような居心地の
オートリジェネ
良さをもたらすとされている。
そんな環境の中で自動回復︵微︶受けながら幸せそうにレガリアは
眠っている。
上位炎鬼を倒した時にナレーションが鳴り、討伐報酬が贈られた事
が分かった。
アイテムボックス内にはまた魔力鉄が入っていた。レガリアの頑張
った報酬だ。有難く頂いておく。
359
フレイムオーガグリーヴ
討伐した宝箱の中からは前回と同じ炎鬼脚甲が入っていた。ちゃん
と回収して、今度は上位炎鬼の死体に近付いた。
鬼の大鉈も回収したソウマは折角倒した上位炎鬼の死体をどうやっ
て持っていこうかと悩んでいた。
折角討伐し頑張ったのだ。レガリアに少しでも吸収させたかった。
素材を剥ぎ取れるのなら、死体そのものでも大丈夫なのでは?と考
えてみた。
とりあえず死体に近付き、手に触れてアイテムボックスと念じて見
ると、すぅ∼と肉体が消えていきアイテムボックス内に上位炎鬼の
肉体と表記が増えていた。
これはゲーム世界ではあり得ない事であった。何故回収出来たのか
は分からないが、悩んでも答えは出なかったので、一旦考えること
を放棄した。
エステルからは迷宮に喰われたように見えていたようで、何も言わ
ず此方を凝視していただけだ。
ソウマはそう感じていたようだが、エステル自身はその時戦慄して
いて上位炎鬼の肉体の事など見てもいなかった。
目の前で起こった事実を認識したくないと現実逃避したい心境だっ
たのだ。
何故ならC級とはいえBOSSをほぼ単独で倒すなんて⋮。
推定冒険者ランクは戦闘能力だけでも最低A∼Sは無いと不可能だ。
360
この人達は何者だ。心に好奇心と若干の恐怖が混じる。
だが、エステルはこれでもB級冒険者である。胸に抱いた恐怖を押
し殺し、今後の付き合いからソウマという人物を見極めようと感じ
ていた。
ソウマ達は闘技場から奥の間へと魔法陣を使って戻り、そのままア
デルの町へと帰還した。
町へ帰ると、早速報告の為にギルドへと顔を出した。
そこではダンテとコウランが椅子に腰掛けて待っていた。
どうやらウェスターとアルフレッドは帰る際中に魔物に囲まれてい
たらしく、ダンテ達が後から追い付き協力して蹴散らしたようだ。
彼等は其のまま町へと到着し、また酒場で会う約束をして1度解散
した。ウェスター達はギルドでBOSSの間の宝箱の中身を買い取
ってもらい、遺髪と共に遺族の元へ向かっていった。
彼等は悲報を伝える悲壮感に暮れていたが、決意に満ちていた。
そのままダンテ達はギルドでソウマ達が帰ってくる事を待っていた。
と、説明を受けた。
依頼完了の手続きを踏み、再度応接室に案内された。
応接室にはギルド長以外に見知らぬ男が大声で話し合っていた。年
齢は40代程で気の難しそうな顔をしている。
此方に気付いて怪訝そうに目を細めたが、エステルの姿を見て表情
を変えた。優雅なお辞儀のあとに
361
﹁エステルお嬢様、此方においででしたか﹂
﹁⋮バーナル、お前か﹂
嫌そうな表情をするエステル。
バーナルと呼ばれた男は腰にサーベル、体には金属と革で出来た白
色に染められた綺麗な鎧を着込んでいた。頭装備はなく、綺麗に撫
でつけられた頭髪が目立っていた。
﹁無事お会い出来て良かった。危うくこの町の無能者達に協力依頼
を出す所でした。ささっ、こんな下民の多い町など抜けて早く王都
のお父様の所へ戻りましょう﹂
﹁はぁ⋮とりあえず待てバーナル、それと私は帰らんぞ﹂
﹁我々貴族には息もするのも汚らわしい場所なぞ⋮ん?そう言えば
そこの下民共はなんですか?﹂
はぁ⋮こんな人種がいると思うから貴族に接するのは嫌なんだ。
そう考えているのはソウマだけでは無く、この場にいる全員の思い
だったかも知れない。
﹁彼等は迷宮洞窟で依頼を手伝ってくれた協力者達だ﹂
﹁ほぉ、何と危険な所に⋮彼等がお嬢様を煽動したのですな。これ
は死罪に当たりますぞ﹂
嫌らしい笑みを浮かべながら、何とも自分勝手な事を言う。
バーナルが腰からサーベルを抜こうとすると、流石にギルド長が口
362
を開いた。
﹁バーナル殿、そこまでにして頂きたい。彼等はこの町の大事な戦
力⋮つまりは王国の﹂
と、ギルド長が全て言い終える前にエステルが大声で被せるように
言う。
﹁バーナル、いい加減にしろ。我が家の家名を穢す気か。もう良い、
宿へ戻っていろ﹂
﹁ふん、お嬢様も言うようになりましたな。良いでしょう。私もこ
のような下民臭い場所などこりごりですからな﹂
サーベルを鞘に戻してから一礼をし、ツカツカと歩き去っていく。
完全に姿が見えなくなったらエステルが頭を下げて謝罪した。
﹁我がブランドー家の恥を見せた。皆、申し訳なかった﹂
﹁頭を上げてくれエステル、貴族でもあそこまでの人物は⋮いや、
それなりにいるか﹂
﹁フォローになってないぞアシュレイ殿⋮﹂
その後のエステルの説明ではどうやら実家の親が送り付けてきた従
騎士らしい。貴族主義の塊で色々と問題を起こしてきた人物らしい。
今後、付き合いたくない人物だな。
意外な人物に話が逸れたが、依頼の話になり、調査した件をギルド
363
長に報告した。
出現する炎鬼達の装備や数の違い、洞窟内での探索では問題が無か
ったこと。
またBOSSの討伐まで話がいくと流石にアシュレイが目を細めた。
暫くエステルと話をしたいとの事で、ソウマ達は解放された。
エステルも良かったら酒場で打ち上げ会をしようと声がけておいた。
少し意外そうな表情をしていたエステルだったが、此方を向いて頷
いていた。
依頼は完了ということで、明日報酬をギルドで用意しておくそうだ。
今回はこの後予定が無いと言うことで、ダンテ達も誘って鍛治場へ
と向かった。
364
真夜中の事件
夕焼け色が美しく照らすアデルの町にある広場にて、回復したレガ
リアを修羅鬼の状態で呼び出した。十分に回復したようで、怪我も
見あらない。
酒場に集まる時間まで少し間があるので、全員揃って鍛治場へ来て
いた。
コウラン達も鍛治場で装備の点検、補修整備して貰っている。
店番の人に声がけ、奥へと案内される。
初めて奥の方へ入るらしく⋮ダンテは恐縮した態度、コウランは逆
にワクワクとした表情を見せていた。
ダンテ
奥の作業場へ入ると、丁度ジュゼットとドゥルクが出て来た。
連れてきた新しい新顔達の紹介をすると快く工房まで案内し、作業
見学を引き受けてくれた。
アデルの町の鍛治師ジュゼットの名は遠い異国のレグランドまで届
いていたようで、辺境最高の鍛治師の1人として君臨している。と、
ダンテが感動したように教えてくれた。
そんな大物だったことに初めて気が付いたソウマ。
愕然としている表情を見て﹁今更だね、偉いんだよ私は﹂と爆笑す
365
るジュゼット。
ドゥルクも申し合わせたように、何を今更と苦笑気味だ。
周りを見渡せば工房には散らばった素材達。
その中でも台に置かれていた2つの素材に注目が集まった。
明らかに大型魔獣と思われる大きな牙である。魔力を放っており、
唯の魔獣の素材とは思えない。
﹁頼まれた通り、加工出来るように仕上げておいた。これは何の牙
だね?﹂
そう言っておきながら、ジュゼットにはその魔力に心当たりが有る
のか、顔を綻ばせていた。
﹁これは自分の故郷から持ってきた素材で⋮竜の牙です﹂
ソウマの答えにやはりか⋮と頷くジュゼットと、最近驚く事に慣れ
てきたドゥルクだった。
一方、ダンテとコウランは驚愕に眼を丸くしていた。本来一般的に
竜の素材など人生でお目にかかることが少ない素材なのだから⋮当
たり前だ。
竜・龍種は強大な存在で、竜滅士以外にも様々な人種が、地位や名
誉、利権と土地、宝物や金貨を狙い戦いを挑んできたのだ。
そうした戦いの中で生まれた結論は、竜・龍種に対して戦いを挑ん
でも勝ち目が無いという事実に繋がった。それほどまでに幾千幾万
と挑んだ者は帰って来なかった。
366
魔法攻撃にも耐えうる鱗や、魔法金属をも噛み砕く竜の牙は、しな
やかで強靭な性質を持つ。
ドラゴントゥース
竜の牙は本来ソウマが弓ガチャで入手した素材であり、竜の牙を一
定数で鍛えて作成すると︻竜牙︼と呼ばれる弓が完成する。
魔力を直接矢に変換出来るので、魔法しか通用しない相手や、矢切
れをおこす心配はいらなくなる。
必要としないため、作成はしないが。
バリアアント
その竜素材と星の隕石の製粉を使い、流星刀レプリカを強化しよう
と思っていた。
元々素晴らしい性能を持っている刀だが、障壁蟻戦の時のような強
固な相手や、これからサルバドール迷宮遺跡に当たっては更なる強
敵が待っている。
此れまで活躍してくれた流星刀レプリカの今のままの性能では、心
許なく感じていた。
因みに試作型の鎧の中心素材である障壁蟻の甲殻は、新素材開発の
挑戦していたが素材が残り2割をきった為、中止し断念する事を伝
えられた。
残念だが出来たら良いなという趣旨だったため、今回は諦めた。
クリスタルコア
新素材の代わりに手に入れたばかりの水晶核。
アイテムボックス
魔法袋仮から取り出す。魔力に溢れる存在の美しさに誰もが目をそ
367
らせない。
レガリアは喰べた時のことを思い出したのか、涎を垂らさないばか
りに蕩けた表情を見せていた。
特殊レア級でもある水晶核を試作型鎧に使えないかジュゼットに尋
ねた。
クリスタルコア
﹁ソウマくんには驚かせて貰うばかりだ。まさか水晶核か?﹂
未知の素材に少年のように眼を輝かせたジュゼット。残念ながら扱
ったことがなく、専門の錬金術士か魔法使いじゃないと扱うのは厳
しいと言う。
特殊レア級とまで呼ばれる水晶核は、半端な量ではない魔力を凝縮
した塊である。
加工には常に膨大な魔力を使い、繊細なコントロールが求められる。
その為、加工の際の魔力の増減を少しミスっただけで半壊してしま
うような儚さに対して、鍛治師であるジュゼットは技術は大丈夫だ
が、最終的に必要な加工過程までの段階まで魔力が足りない。
幸い心当たりがある見たいなので、そちらを当たってくれるようだ。
面倒をかけて申し訳ない気持ちを謝罪と感謝に変えて伝えた。
迷惑と日頃のお世話になっているジュゼットにせめてもの感謝の品
にBOSSから入手した戦利品である鬼の大鉈を一本置いていく。
しかし、置いた大鉈をジュゼットが持ち上げようとするも持ち上が
368
らない。
両手で柄を握り、力瘤を出すも少ししか上がらず⋮見かねたダンテ
が了承を得て代わりに持つが⋮やっと剣身が持ち上がり震える手で
何とか剣置場へと立て掛けた。
﹁何で持てるんだソウマ⋮﹂
グッタリとした顔で尋ねるダンテは汗びっしょりだ。
この武器は上位炎鬼級の筋力が無いと自在に扱えないことが判明し
た。
このままそこに置いてあっても意味が無い為、大型炉で溶かした。
大量の風属性を宿した魔力鉄がジュゼットの手元に入った。
今後、工房で使う材料の1つにするようだ。
障壁蟻の素材と星の隕石の製粉で加工されたハイメタル綱と綱竜の
鱗皮だけでも素晴らしい鎧一式が出来上がるはずた。それが楽しみ
で堪らない。
上位炎鬼を通しての現在の擬態しているレガリアのステータスは、
レガリア擬態︵1/3︶
ももよ
名前︻百夜︼
369
種族
職業
ユニークユニット
修羅鬼︵特殊個体︶
太刀使いLV90︵ブレードマスター︶
サブ職業
鍛治士LV50︵後天的取得︶
スキル
太刀装備補正︵A︶軽鎧・戦闘衣装備補正︵C︶
炎熱耐性︵極︶
鍛冶︵B︶
炎熱属性︵極︶
爆気身体攻防アップ・感覚鋭敏・視覚拡大
バーストプラーナ
状態異常耐性︵大︶
常時スキル
鬼印
擬似心臓
我流闘気術
と、なる。前回より職業レベルがアップしている。
鍛治スキルはBのまま代わりはないが、確実に腕前は上がっていた。
ご褒美にレガリアのアイテムボックスにそっと上位炎鬼の肉体と、
魔力鉄×2を入れておく。
喜ぶレガリアから、上位炎鬼は喰べて、魔力鉄は鍛治の練習に使い
ます⋮と念話が返ってきた。
370
レガリアはテンションも上がり、流星刀レプリカを打ちたがった。
アピールが凄い。
もうすぐ始まる打ち上げも断り、早く取り掛かりたくて仕方ないら
しい。
レガリアとの約束でジュゼットに助力を請う。その旨を伝えると快
く快諾してくれた。
レガリア
今からでも鍛治場を貸して貰っても大丈夫だろうか?と、ジュゼッ
トに確認をとると、可愛い弟子のそんな様子を見せられたら⋮良い
というしかないと、了承を得られたので刀を大事に置いて後にする。
せめて美味しい夕食を届けようと思い、屋台と町外れにある臓物の
味噌煮を求めて買い出しに行く。
﹁ソウマって凄いのね、いつのまにあんな有名人と知り合いだった
の?﹂
﹁名工ジュゼットはこの王国が認めた最高の人材の1人だ。冒険者
ではランクA以外は注文できない程の腕前の鍛治師だぞ﹂
2人続けて質問が飛び交う。疑問は出て当然なので、此れまでの流
れを説明するとコウラン達はため息をついた。
﹁ソウマってトラブルメイカーなのね。まぁ、其処が面白いんだけ
ど﹂
371
コウランの一言で締めくくられた。
自分としては笑うしかない。
異界人である自分はこの世界にどう受け止められているのだろうか?
ふと、そんな考えがよぎる。
この世界でユウト以外に出来た始めての仲間であるダンテとコウラ
ン。
いつか自分の事も打ち明けて見たいと思うソウマだった。
屋台から大量の食材と出来たての焼き鳥、お店からはサラダを注文
して受け取る。
メインのお酒を大量購入し、臓物の味噌煮を買い工房へとお邪魔し
た。
大量の夕食をおいてお暇しようと思ったら、鍛治場から出てきたド
ゥルクが話しかけてきた。
﹁ソウマ、ちょっと良いか?﹂
﹁ああ、構わないよ。どうかしたのか?﹂
ドゥルクはあと数日でユピテルの街へ帰ると告げた。そこで冒険者
の剣の修復だが、待って欲しいと伝えられた。
現在、ソウマの武器ではこの剣は役不足である⋮何度イメージして
もこの剣がソウマの役に立てるとは思えないと、鍛治師としてのプ
372
ライドを折れてまでも答えてくれた。
だからこの剣を預かり、いつか納得のいく剣に仕上がったら改めて
贈らせて欲しい⋮と激白する。
真っ直ぐな思いをジッと聞いていたソウマは、其れならその剣に答
えられる使い手になると宣言し、ドゥルクと約束を交わした。
バトルスミス
戦闘鍛治師と言う生産職兼戦闘職は、かなりレアな職種とも言える。
彼ならば絶対に国を代表する鍛治師になるだろう。
長い月日をかけてその約束は果たされる事なる。それはまた別のお
話。
すっかり約束の時間近くになっていたので、酒場へと急行した。
酒場ではもう賑やかな声が飛び交っている。町の住人や冒険者も含
めて皆、酒を片手に騒いでいた。
テーブルを探すとウェスターとアルフレッドを確認した。彼方も気
付いたようで手を振ってくれている。
合流するが、エステルはまだ来ていないようだ。
ギルド長との話し合いが長引いているのかも知れないので、先に始
める事とした。
酒場で今いる全員分のお酒と食べ物を注文する。全員の手に行き渡
った所で打ち上げ会を開始した。
373
﹁まずは自分達を助けてくれて有り難うございました。偶然生き残
ることが出来た⋮今日生きている事の実感が嬉しいです﹂
﹁貴方達が居なかったら死んでいた所でした。特にコウランさん、
貴重な回復魔法の使い手にお会い出来て光栄です﹂
改めて2人から感謝の言葉と自己紹介が始まった。
シューター
﹁投擲士のウェスターと言います。武器は東方から流れてきたと言
われている鎖鎌と呼ばれる武器を愛用しています﹂
ウェスターは栗色の髪色でウルフカットが似合う男だ。この町の出
身ではなく、旅をしている最中なのだと言う。鈍器にも使える分銅
と手頃なサイズの鎌を組み合わせて出来ている。
ウィザード
﹁俺の名はアルフレッドと言います。魔法使いで主に水属性中級を
複数までが使えます。初級では土魔法が1つ使えるだけです。王国
魔法学校に通っていました﹂
2系統の属性魔法を使える茶髪の童顔の男だ。王都出身で女性に軽
い感じを受ける。
王国魔法学校から支給されたローブと魔法媒体であるハイノーマル
級の杖を所持していた。
真面目に感謝の言葉を伝えてくれたことと言い、2人とも素直そう
な感じの良い子の印象を受ける。
次いで、コウラン、ダンテ、ソウマの順に自己紹介する。
お酒も進み、大分雰囲気が良くなった所でエステルが酒場へ来て合
374
流した。
﹁エステルお疲れ様。先に始めてたよ﹂
﹁此方こそ遅れてすまないな。私はエステル・ブランドーと言う。
こういった大衆的な所は始めてだ。宜しく頼む﹂
エステルにも麦酒とワインを注文して、席に着いて貰った。
﹁改めて乾杯﹂
コウランが元気良くお酒を振り上げ、乾杯の音頭をとった。
ウェスターは興味深くエステルに話しかけてきた。
﹁もしかしてエステルさんて、あのブランドー家の方なんて言いま
せんよね?﹂
﹁どのブランドー家の事かは知らないが、王都の王国魔法学校の理
事を務めるブランドー家なら私の実家だ﹂
ブハーっと盛大にアルフレッドが酒を吹き出し、慌てて拭うのが見
えた。
﹁そ、そ、それは失礼致しました。俺⋮いや、私は王国魔法学校に
通っておりまして、お父様には大変お世話になりました﹂
恐縮した態度で答えるアルフレッド。
無言で頷くエステルはそれ以上言葉を発しなかった。
375
ただ話が魔法構築論理に話が及ぶと、お互い得意分野なのか2人で
話が盛り上がっていた。
時折アルフレッドがメモを必死にとっている。エステルがそれを微
笑ましく見守っていた場面が見られた。
しかし、意外なエステルの事実を知ってしまった。貴族でも指折り
な存在なんだと再認識させられる。
次にウェスターからこの世界の物語や有名な場所を教えて貰う。
人外魔境と呼ばれる場所にのみ出現する希少種や亜種、貴族種など
と呼ばれる通常種とは桁違いの魔獣・魔物類。
数ある上空都市でも、天使と呼ばれる種族が数多く住まう天空都市
と名付けられたエンジェルリンク。
ジル・レイザーと呼ばれる英雄が遺した伝説の武具が納められた清
流の美しい亜空間迷宮。
千の魔を喰らい、その身に蓄え万の弱き者を救った神魔騎士の物語。
エルフ種が生命をかけて守りし大地と、悠久の自然が産んだ樹木の
王である世界樹が君臨するラルファクス大森林。
そしてその世界樹の根元の地下迷宮のBOSSにて未だ倒されたこ
とのない始原の邪竜ニーズホック。
アンデッド
選ばれし冥府の王と側近、また実力と知性ある不死生物種、悪魔種
が国を治める実力主義国家タルタロス。
他にも沢山の有名な場所や変わった地形、伝説を話してくれた。彼
376
はこういった話を集めるのが好きらしい。
世の中、きっとまだ見知らぬ場所が多そうだ。
この町ですることが無くなれば、旅に出掛けて見るのもいいかも知
れない。
多いに盛り上った宴も深夜になり、お開きとなった。
各々が宿へ帰る。ソウマとダンテはコウランを背負い宿へと向かう。
すると、見たことのある男が自分達と正反対の場所へ早足で歩いて
いく。
その男はバーナルと言い、貴族主義の最悪の印象しか持たない男だ。
関わり合いになりたくないが、どうやら胸騒ぎが止まらない。
ダンテ達には事情を話して先に帰って貰い、ソウマはそっとバーナ
ルの後を付けた。
暫く歩くと、人の気配が無い町外れの小さな宿へ到着した。周りを
見渡した後、バーナルは嬉々として入って行った。
そっと近づき聞き耳を立てると、中から人の話し声が聞こえてきた。
﹁いらっしゃいませバーナル様。此方の地方へ寄られた際は、いつ
377
も御利用有り難うございます。奥にご注文の品を待たせてあります﹂
﹁ふん、小汚く下民の分際で貴族の役に立てることを誇りに思いな
さい⋮奥の間でしたね﹂
バーナルは溢れる欲望が抑えきれないのか、瞳をギラギラと血走っ
ている。
﹁光栄に存じますとも。さぁさぁ、先ずはこの品を拝見して見て下
さい﹂
そういってニヤニヤと笑い合う男達。会話からして嫌な予感しかし
ない。
鼻息も荒くわ扉の隙間から覗くバーナルが背筋が震えるほど汚く嗤
った。
﹁イイですね⋮歳は13∼15と言った所でしょうか。あの歳の娘
が1番絶望に歪みやすく、活きが良くて抱きやすい。薄汚くはある
が⋮まぁまぁ合格点ですよ﹂
﹁お気に召して頂いて有り難うございます。東方よりさらってきた
小娘でございますが、貴族様に少しでもお役に立てて、あの小娘も
満足でしょう﹂
追従の笑みを浮かべる男もまた、腐った笑みを浮かべている。
﹁楽しんだ後の後始末も頼みますよ。何せ下民の血は臭くて堪らな
い﹂
そう言ってバーナルは腰に帯剣しているサーベルを抜き、ウットリ
378
と眺めていた。
直ぐに強襲してあの子を助けなければならいが⋮エステルの話が本
当なら相手は貴族であり、助け出せても後々厄介な事になるのは明
白である。
少しの時間を逡巡している間に、バーナルは奥の間に入って行って
しまった。少女の絶望に満ちた悲鳴と喧騒がここまで聞こえた。
迷っている暇はない。後の事など知ったことか!
そう思い、勢い良く突入した。驚いた表情の入り口にいた男を拳で
叩きのめし、直ぐに出てきた用心棒と思われる男も手刀で黙らせた。
頭に血が上りすぎて手加減がいい加減だったが⋮殺してないし大丈
夫だろう。
奥の間に突入すると、意外な光景が目に入ってきた。なんと同じ部
屋に3人の人間がいたのだ。
奥の間には服を破られた少女と、何故か周りを綺麗な氷で覆われて
倒れているバーナルがいた。
アイシクルコフィン
氷魔法はユウトが使っていたのでまだ分かる範囲なのだが⋮あれは
上位魔法の捕獲・封印用の魔法で冷蔵にも使える︻氷棺︼か、中位
魔法の捕縛魔法の︻縛氷︼だろう。
どうやら中に閉じ込められているバーナルは死んでいないようだ。
そして最後の1人としと見知らぬ男が存在していた。
379
立ち位置は少女を背後に庇っている。姿は手入れもされていない髭
とボサボサの長い髪の男。
声を掛けようとしたら、此方に気付いた髭男がソウマを見て、愕然
とした表情で叫んだ。
﹁何故貴様がここにいる!?﹂
⋮それはこっちのセリフだ。いまいち状況が掴めていないが、どう
やら救出は間に合ったようだ。
一先ず呆然としている髭男と少女の手を掴み、自身の宿へと到着し
た。
帰る時は気配察知を発動しながら帰ったので、誰にも見られていな
いはずだ。
まだ状況は掴めていないが、ギルドへ向かい、緊急時だと告げてエ
ステルを呼び出して貰った。
まだ起きていたエステルに夜中に訪問した事を詫び、状況を説明し
た。
説明していく内にエステルの顔色は青色から赤色へと変わった。
この町の筆頭貴族である御高齢であるアデル伯爵への邸と緊急連絡
を行った。家令が飛び起き、異例の速さでエステルとアデル伯爵と
の会見が始まった。
会見終了後は慌ただしく、すぐさまギルドから警備兵と町の駐屯地
からも兵士が連携を組み、包囲する。
380
コトに及ぼうとした男と関係者達を全員逮捕した。少女と髭男も宿
に待機しており、事情を説明してギルドに保護扱いで来てもらった。
事情聴取が始まると、どうやらあの髭男はその仲間の用心棒だった
らしい。
ただし、その日に雇われたらしい事や少女を庇ったこと、その少女
からも罪の軽減を願い出ている。
最高権力者であるアデル老伯爵からの裁定で、異例であるが彼のみ
は罪は不問とされた。
髭男は解放後、狐につままれたような表情をしていた。
ギルドのフリークエストでやけに日給の高い用心棒の仕事だったが
⋮こんなことだったとはな。
たった一晩で逮捕劇が始まり、あれよあれよと言う間に事態が進展
して行ってしまった。
まるで夢を見ているようだが⋮現実で間違いないみたいだ。
何故ならさっきも会ったアノ男が、俺の目の前に立ちはだかってい
たからだ。
﹁⋮何の用だ﹂
﹁いや⋮知り合いだったかなと思ってな﹂
ソウマ
恍けた返答だが、奴に隙は見当たらない。
振り切って逃げる訳にもいかなさそうだ。
観念して話すしかあるまい。
381
﹁ああ、有る意味じゃあ知り合いだよ。取りあえず、ここじゃなん
だ?どこか話せる場所へ行こうぜ?﹂
そう提案されたソウマは髭男と共に夜の店へと繰り出した。
382
真夜中の事件︵後書き︶
次の話は髭男メインのお話となります。
383
ジーニアスと呼ばれた男︵前書き︶
今回2話構成とさせて頂きます。本編を読まなくても大丈夫なので、
必要のない方は読み飛ばして頂いても大丈夫です。
また修正がありましたら徐々に直していきたいと思います。
384
ジーニアスと呼ばれた男
大雑把ではあるが、俺の過去を話そうと思う。
俺は物心ついた時から孤児だった。
くる
孤児院の先生の話では、町を巡回していた警備兵の人達が、アデル
郊外で高級な布に包まれ泣いていた所を発見したそうだ。
周りに身元を証明するモノなく⋮先生は大事に抱えて孤児院へと戻
った。元神官の先生は高価なポーションと回復魔法を駆使して助け
てくれたと⋮後に周りの大人から教えられた。
拾ってくれた時の髪は黒色だったそうだが、熱が下がり、治療を終
えた頃には髪は白色で眼が黒色の瞳に変化していたそうだ。
俺は両親の顔など知らない。育ててくれた先生が親だと感じている。
魔力と呼ばれる不
ただ、寂寥感が胸を支配する時があり、歳を重ねることにソレはど
んどん強くなっていく。
何故だか分からないが俺は人より筋力も強く、
思議な才能も授かっていた。
今考えると明らかに異常な子供だろう。
孤児院の先生には感謝しているが、自分を捨てた両親や境遇への恨
みが頭から離れない。寂寥感が怨みへと変わるのもそう難しいこと
では無かった。
385
物心ついた今、心の奥底に溜まった理不尽さや苛立ちが抑えきれず
⋮遂には爆発して世の中の全てが憎かった。
溢れるエネルギーを持て余しているかのように、当時は喧嘩っ早く、
暴力でストレスを発散させていたから、誰もが俺を怖がり、側には
先生以外誰もいなかった。
⋮俺は孤独だ。1人は嫌いじゃ無いがな。
そんな時、ユピテルの街の孤児院に1人の青年がボランティアに来
た。
出迎えた先生が親しく話している。どうやら知り合いのようだ。
﹁ユウト、久しぶりだね。大きくなった。今日は宜しくお願いしま
す﹂
﹁アハハ、子供じゃないんですから、大きくなったは無いでしょう
先生。
先生からの連絡を受けて嬉しく思います。突然騎士団を出て行かれ
てからは、心配しておりました。此方こそ宜しくお願いします﹂
その男の名はユウト。彼との出会いが俺の腐った運命を少しでも変
えてくれたと思う。
﹁君の事は先生から聞いてるよ。宜しくね﹂
最初は馴れ馴れしく、生意気な男だと思った。それと何故かユウト
の周りには自然と人が集まる。
親切な態度と穏やかな口調が少しずつ皆を惹きつけるようだ。
386
しかし、何より先生と仲が良い⋮それが幼心に1番癪に触ったのか
も知れない。
ある日難癖をつけて、力尽くでここから追い出してやろうと決意し、
挑んだが⋮結果は完敗だった。
大人にも負けてこなかった俺が⋮始めて人生で負けた日になった。
それ以降、ユウトが来ると挑む日々が始まり挑戦し続けた。
その当時の俺の目標は、ユウトに勝つことだけだった。
ユウトはユウトで全力で相手をしてくれた。歯が立たない事に不思
議と悔しさはあるものの、以前のような全てが憎いという感情がス
ッキリと抜け落ちてしまっていた。
彼は遊びの中に剣術の稽古を取り入れて見たり、罰ゲームと称して
効率の良い筋力トレーニングを課したりと参加した孤児達が楽しん
で取り組んでいたと思う。
俺のような魔力の多く魔法の才能を秘める人間が稀に数名いて、魔
法の勉強も教えてくれていた。
今思えはユウトは、俺達を鍛えてくれていた。多くの孤児院の子供
達の将来の為を思って⋮。
その時は何気に取り組んでおり、気が付かなかったが遊びと言う名
の訓練を続けていく内に孤児院の皆とも自然に触れ合え、一緒に話
せる間柄までになっていった。
思い切って孤児院の皆に聞いてみたら、やはり俺の印象は怖かった
ようだ。
孤児の子供達はユウトから、
人は知らないって事が1番怖いことなんだよって⋮そう教えてもら
387
った事を子供心に素直に共感が出来て、皆の方から少しずつ歩み寄
ってくれていたらしい。
俺は精神的には大分大人だと思っていた。だけど、まだまだ子供な
自分を気付かせてくれた一幕だったと言える。
9歳ながら、人に歩み寄る努力を覚えた俺は、皆に感謝しながらこ
の力を有効に使いたいと願う。
そして何時からかユウトを師匠と呼ぶ関係になった。
ユウトは照れくさい表情をしていたが、決して嫌がっていなかった。
それが素直に嬉しかった。
時は過ぎ、一緒に鍛えていた同期の孤児院の皆は就職したり、冒険
者になった者もいた。
ユウトに聞いてみたい事があった。
﹁なんでこんな事をしてるんだ?﹂
と、聞いたら﹁さてね﹂と、笑顔ではぐらかされた。いつか理由が
知りたい。
ユウト
俺が今憧れている男、彼の主たる魔法は1つ。稀有な属性である氷
魔法。それも凄まじい使い手だ。
388
ユウトと同じ存在になりたい。
そう願い、この魔法を覚えたくて俺は必死に勉強した。
基本属性魔法の主たる火・水・風・土の複数属性のそれぞれ低位ま
でをどれか1つでもマスターする。
そうしたら、ユウトから氷魔法を教えて貰う。
一般から見たら1つの属性を使えるだけでも、魔法使いとしてカナ
リ凄い存在なのだ。
4つの属性を兼ね備えることは国でもそう何人もいる者では無い。
だが、それぐらい出来なければ⋮と、自身にそう課した。
基本属性以外の魔法である氷・雷・地・嵐などは複合属性と諸説に
ある。それは基本属性を複数備えた人材が顕現することが多いから、
そう考えられている。
仮に基本属性を全て使えたとしても、複合属性に適応する実力とセ
ンスがないと顕現しないと伝えられているし、1つの属性だけを使
い続けて突然、複合属性に目覚めた魔法使いも史実に稀にあった。
それだけ珍しい属性だということだ。そのため、滅多に使い手が存
在しない。
上記以外それらに該当しないのは、稀に生まれた時から使える者や、
血筋などによる遺伝した先天的なモノがある。
389
現在4系統の基本属性の魔法勉強をしているが、苦労して宿した所
で、訓練しても初級しか覚えらないこともあるそうだ。
生まれ持った魔法属性以外は使えないと諸説ではあるそうだが⋮ユ
ウトは違うと言う。
今はそれを信じてひたすら訓練と勉強を繰り返すだけだ。
10歳になった時、ユウトに連れられて転職神殿という場所へ向か
った。
中へ入り、受付から簡単な説明を受ける。案内された場所でステー
マジシャン
ルーン
タスプレートなる白板に手を翳すと、空中に光り輝く文字が浮かび
上がった。
サモナー
文字を読み解くと、初期職業には召喚士、魔法使い、秘魔士と低位
魔法戦士と4つもある。
職業の多さに受付の人も驚いていた。1つ1つ職業を説明してくれ
た。
説明を聴き終え、最終的に悩んだのは魔法戦士と秘魔士の2択であ
る。
魔法戦士を選べばユウトに限りなく近い存在になれると思う。では、
それを選べば良いとわかるのだが⋮。
390
もう一つの職業である秘魔士が頭から離れず、本能がそれを選べと
訴えてくる。
何故なら実はこの職業自体、複数属性を扱える者しか選択出来ない
職業なのである。
50年に1度現れる人がいれば良い程、稀有な職業であるらしい。
この王国でも秘魔系の職業の人間は数える程しかいない。秘魔士系
ルーンナイト
職業で有名な人材と言えば特別な騎士団に所属するダークエルフの
秘魔騎士であるカタリナ・ブラッドレイ。
戦場で一騎当千を誇り、1人で何百人の敵兵を屠ったと逸話の事欠
かない、生きた伝説である。
秘魔士は高いステータス補正もさることながら、神秘的な魔法文字
を使って魔法をキーワード化させ、特殊な素材や武具に刻み込む。
それを行えば通常の詠唱などは必要なく、媒介となった素材があれ
ばSP消費のみで瞬時に魔法が顕現出来ると言う。
媒介となる素材も魔力を帯びたモノに限られる。
専用に使う装備品はビンキリで、魔力を宿した素材の武具となると
ハイノーマル級しかなく高額な品となってしまう。
成り手が非常に少なく、未だ良く解明されていない職業である。
391
ユウトを目指してユウトに追いつけるだろうか⋮?必要とされるだ
ろうか?
だからこそ⋮秘魔士という他に類の無い存在はユウトに肩を並べら
れるかも知れない。
賭け要素が多い。だが、そ悩んだ末に秘魔士を選んだ。
初の職業取得の為、緊張していたが記憶水晶球を通して魔力の輝き
が身を包んだ。
暫く高揚感が身を支配し、新たな職業を得た実感が湧いていた。
高額で手が出ないから暫く先になると懸念していた秘魔士用の装備
品は、実際に店頭で確認すると、思った以上に高額で街の住人の1
年間分の食費に相当するお金になるだろう。
店から帰る最中にお祝いを兼ねて食事を奢ってもらった。
そこで薄い魔力を帯びた素材で作って貰った魔法登録専用のハイノ
ーマル級の小剣を渡された。
職業祝いにユウトからプレゼントされた。
遠慮するなと言ってくれたが、それでも魔力素材を使った品だ。
借りが増えるばかりだが、折角のプレゼント。素直に喜び感謝出来
る自分がいた。有難う。
ルーン
秘魔士1日目。
職業獲得により筋力などの肉体的な補正の他に、更に魔法才能が格
段に上がった事を実感する。
392
毎朝の日課のメモを取り出す。やるべきことは変わらない。
簡単に魔法を扱う者初心者専用︵ユウトの教え︶
魔道書の文字がわかるかな?
マジックサーキット
血筋にもよるけど、そこが魔法の才能が有るのか無いのかに別れる。
有る者は魔法回路と呼ばれる制御機能が脳にあるとされてます。
じゃあ、文字を口に出して見よう。まず詠唱に魔力をのせる。
成功したら呪文の意味を考え、膨大な魔法言語より効率の良いキー
ワードを選び、構築していく。
1つ1つ焦らないでゆっくりすれば大丈夫。
次に自身の魔力量の把握をし、使えるキーワードやイメージを体内
で発動させる。それが出来たらひたすら制御する。すると自然に体
内魔力操作が宿る。
繰り返す事でキーワードとイメージが繋がり、反射的に魔法が発現
するようになる。
全身に魔力を通すことが出来ただろうか?最期に脳に新しい器官で
ある魔法回路をフル活用し、体外に魔法イメージを発現させよう。
byユウト
魔道書の理論を補助として、魔法陣を構築させイメージを明確にし⋮
自身の魔力で世界を繋げる。
事象を具現化させる体外魔力操作を兼ねる。
此処まで出来た君なら大丈夫、君なら出来るよ
393
これは1番最初の魔法勉強でくれたユウトの手書きのメモだ。
俺の他にも何人か魔法の才能を持つと判定された子達が持っていた。
抽象的すぎてわかりにくい所もあるが、概ねの魔法に対するイメー
ジ固めになった。
これで使える使えないはまた個人の話だったが。
その日から毎朝、魔力が尽きるまで属性魔法を自身かけて練習する。
その後死んだように眠る。少し回復して筋力訓練に入るのが日課で
ある。
とことん自分をいじめ抜くストイック差で周りの人から見たら、か
なり引かれている?⋮知ったことか。
ユウトからは基本的に剣術と基本属性である4系統の魔法の修得の
仕方を習っていた。
4属性を宿し片鱗はあるものの、未だ基本属性魔法の発動には至っ
ていない。
自らに課した約束もあり、また子供ながら本人に恥ずかしくて、同
じ︻氷︼属性魔法を教えてとは言えなかった。
その分、教えて貰った技術は誰よりも必死に反復訓練をして吸収し
た。
394
スノーホワイト
アイスブルー
有る時を境にユウト以外にも稀に孤児院へ来てくれる人がいた。
その人は白雪の美しい髪と氷青の瞳の麗人はアイラと名乗った。
物凄くスパルタだったが、習う技術は超がつくほど一級品であった。
毎日訓練し続けた結果が見え始めわその頃には主たる4系統魔法は
発動し、1種類ずつ何とか低位を修めていた。
せっかく覚えた攻撃魔法を魔力文字で小剣に1つ刻み、凝縮キーワ
ード設定をして必要時に一瞬で繰り出せるように設定した。
魔法のプロセスを大幅に短縮出来るため、慣れてくると此方の方が
楽だった。
小剣の魔法はまだ低位の魔法を登録して有る為、4属性の中位魔法
を使えるようになったら1度解除し、再登録しておくつもりである。
アイラと始めて訓練した時に
﹁あら君、子供でも目上の人である私のことを呼び捨てにしちゃ駄
目だよ﹂
ユウトが言っていたのでつい、アイラと呼び捨てにしたら笑いなか
ら半殺しの目にあった。
395
何故かアイラさんには、俺がユウトをリスペクトしていることが分
かるらしい。
氷魔法の習得の応援と、理解を得る為の魔道書を数冊貸してくれた。
魔道書なんて高価なモノは初めて見た。しかしそれにより、氷のイ
メージが脳の魔法回路に繋がり始めた。
そうして訓練しながら年単位の月日が流れた。14歳になっていた。
その頃には幼い頃からのユウトとアイラの英才教育を受け、魔法原
理の理解と遂に自力で氷の属性に目覚めた。
ただし、氷属性だけはあれほど使いたかったのに、練習しても魔法
が発現する兆しも見えなかった。
︵なんで使えねーんだ︶
俺は気にしていない感じを装ってはいたが⋮実は地味に落ち込んで
いた。
﹁落込んでいる暇なんて無いわよ!ほらほら、悔しいなら訓練訓練
!﹂
挫折感を吹き飛ばす猛訓練が始まった。その日は魔法を酷使してど
うにか防げるギリギリの攻撃を叩き込まれた。上手く相殺出来なけ
れば攻撃が当たり激痛のオマケ付きだ。
﹁あ、君が使えるようになるまでコノ訓練毎日付き合ってあげるわ﹂
絶望が身を包む。何が何でも覚えてやる。
396
自分のレベルが上がる度にアイラさんも少しずつ訓練レベルが上が
っていくため、少しも楽に成らない。
ジーニアス
かなり続いたこの訓練のおかげか、魔力微細制御のコントロールと
ユピテル
氷属性に目覚めた。
この偉業に周囲から天才児ともてはやされるも、目的である1つの
属性魔法を得る為だけに全てをかけてきたので、やっと属性に目覚
めただけだ。
氷魔法もまだ使えないし、本人的には周囲の評価よりも、自身の実
力がまだまだ足りていないと感じていた。
氷魔法の属性の目覚めのお祝いを兼ねて、実戦を積むために時折迷
宮へ連れていってくれるようになった。
ついに訓練ではなく実戦が始まる。
今回行く予定の迷宮はD級の迷宮で、全10階層からなる地下迷宮
となっている。始めて冒険者などや探索者を目指す者が多く利用す
コボルト
る迷宮でもある。
基本は犬人種の戦士種のみが主たる魔物として出現する。
何故数あるランクの中でもD迷宮の難易度に設定されたのか?
それは稀に下の階層で犬人魔法種が出るからと言われているからだ。
魔法を使う相手がいるだけで、難易度はグッと違ってくる。
397
何度かユウトと共にこの迷宮の最下層まで降りたことはある。
その時は戦闘の雰囲気を味わうので戦闘は全てユウトが行っていた。
ハイフレイムオーガ
最近ではアデルの町近辺のCランク迷宮洞窟へ入り、蒼銀騎士団の
面々とBOSSである上位炎鬼を倒したばかりだ。
初めてのBOSS戦は充分に護られながら行われた。
俺は自分で出来る護りの魔法をかけたりして足手まといだけは無い
ように必死だった。彼ら蒼銀騎士団の精鋭メンバーの戦闘能力は凄
く、俺を庇いながらでも誰一人欠けることもなく討伐を完了させた。
迷宮洞窟のBOSS戦から一ヶ月後、またユピテル近郊のDランク
迷宮へと来ていた。
今回はこれまでの成果も兼ねてユウトから、待っているのでまずは
コ
1人で戦闘し、降りられる階層まで頑張ってきて⋮と、簡単に送り
出された。
ボルト
納得がいかないと思いながら、1人渋々先へと進んでいると、途中
コボルト
犬人種の3匹組に出くわした。
剣を持った犬人種が3匹襲いかかってきた。初の1人での戦闘に気
持ちが焦り、緊張から上手く動けない。
次々と繰り出される剣撃を避けるが、よけ損ねて左腕に剣先がカス
った。流血が飛び、頭の中が真っ白になった。
その隙を突いて3匹同時に襲いかかってきた。
398
何も考えれず⋮ただ毎日訓練した動作が自然と身体を動かし、染み
付いた習性が相手の攻撃を躱していった。
生死のストレスが極度の緊張感を与える。上空から俺がもう1人い
るかのように第3者的目線が捉えられ⋮客観的に戦闘を眺める事が
出来た。
そして極限の生存本能が、頭の中で何時も描いてきた氷のイメージ
を解き放つ。
俺の足元から霜のようにピキピキと凍り始めた。
直後冷気が身体から放出され、一瞬で周りの空間ごと氷の世界に変
えた。
コボルト
これが初めて使えた︻氷︼魔法低位フロスト。
犬人種が凍り、バラバラに崩れた。
始めて1人での殺し合いに嫌悪感が湧き、嘔気が暫く止まらなかっ
た。
その後何度か戦闘を重ねた。
魔法以外にも肉を切り裂く手応えや、魔法を使う感覚が手に馴染ん
できて戦う度に嘔気は治まってきた。
何とか最下層に降りると、入り口で別れ筈のユウトが最下層で待っ
ていてくれた。
言いたいことは沢山あったが、口から出た言葉は1つだった。
﹁俺⋮氷魔法使えたんだ﹂
嗄れ、絞り出すような声だった⋮。
399
﹁基本はずっと教えていたからね⋮後はキッカケと自信だけだった
のさ﹂
そう笑顔で言われ、肩に手を置かれた。そして、おめでとうと声が
けられた。
ユウトに認められた。そう思っただけで涙が流れた。
その日以降、ユウトやアイランドさんからお許しを得て、ソロでも
迷宮に潜り実戦経験を増やしていった。
時々ユウトと氷魔法の実践も兼ねて模擬戦をして貰い、ボロ負けし
ながらも無駄な箇所を無くすようアドバイスを受けた。
その内、15歳になった。孤児院に俺宛に手紙が来た。
噂を聴きつけた王国魔法学校からで、特待生として迎えたいと記し
てあった。
氷魔法も習得出来たし、特に興味も魅力も感じなかったがユウトや
アイラからは勧められ、入学してみる事にした。
旅立ちの朝、孤児院の皆とアイラ、ユウトが見送りに来てくれてい
た。
アイスタリスマン
餞別に氷具と呼ばれる氷に特化した素材で作った御守りをもらった。
レア装備では無い為、スキルはないが氷の︵微︶補正のある品だ。
迎えの馬車がこちらに向かって来た。別れの挨拶を各々に躱して出
400
発した。
エメラルド
ショート
王国魔法学校へ入ると、1年生は魔法実技、魔法理論、構築概論、
属性の心得、歴史、一般科目を主に始めるそうだ。
スタッフ
特待生になると、集中力補正効果が見込める極小の翡玉のついた短
杖と赤一色の魔法学校の紋様が描かれた丈夫なローブが贈答される。
どれもハイノーマル製で学生には充分すぎる品だ。
また歴史や構築概論など、新鮮な講義に興味は尽きない。
因みに他の科目については基礎は孤児院で習っており、既に身につ
いていた。ユウトやアイラは何者なんだろうか。
初級普通科2年間コース、魔法師育成コース3年間、特待生コース
4年間からなっている。それぞれ用途に合わせた生徒の門を開く事
が理事長の育成方針だった。
俺は実力を抑えていても、基礎的なモノや厳しい訓練を得て培った
モノが宿っている。
ジーニアス
学校の魔法実技や剣術でも同世代では敵なしだった。生徒や先生か
らも魔法学校始って以来の天才ともてはやされる。
⋮個人としてはどうでも良かった。
王国魔法学校には人種問わず魔法の才能がある者が集められる。
良く言えば玉石混交である。
理事のブランドー家の家系は国王から任命を受けた伯爵家であった。
開祖以来、魔法でのし上がってきた家系で魔法狂いとも言われる程、
401
魔法に関して力を入れている。
この学校には様々な人種が集まるため、高位貴族や王族には人気が
ない学校である。
人気の庶民となれば貴族が面白い顔などしない。それでもごく少数
の貴族と厄介ごとにならなかったのは、明らかな実力差が彼と本人
達の間にハッキリとあることが分かっていたからだ。
また一匹狼を気取る訳では無いが、周囲に近寄り難い雰囲気を醸し
出していたのかも知れない。
だが今年に限ってはこの王国魔法学校の理事長の孫、エステル・ブ
ランドーが入学していた。彼女も特待生コースだ。
何かと噂になる特待生が気になり⋮魔法主義でもあるエステルは貴
族よりも個人的な興味が勝り、黙認が出来なかった。
幼き頃からの教育で威圧的な言動が多く、何方かと言えばコミュニ
ケーションが得意ではない。
エステルは本人の意識とは裏腹に突っかかる話し方で毎回話しかけ
るため、2人の出会いは最悪の印象で始まった。
ジーニアス
﹁ふぅん?貴様が噂の天才か。良い面構えだな﹂
﹁⋮誰だ?﹂
こんな感じであった。
その後、学年対抗戦での対決、共通の友人⋮トドメはエステルの誘
402
拐事件の解決など。
紆余曲折をえて、その内にお互いに意識し合うようになった。
次第に関わることが増え、一緒の時間を過ごす内に両者とも気にな
る存在へと変わる事に時間は必要なかった。
度々2人で逢う姿も目撃され、周囲にも存在を認知されつつあった。
但し孤児と貴族の恋愛など周囲の反対を喰らうだけだと、本人達も
半ば諦めもしていた。
何処にでも妬む厄介者はいる。それは先生や生徒の中にも⋮。
心無い者達が結託し、学校内とこの学校の貴族の象徴であるブラン
ドー家に悪意のある噂を流し込み、拡散される。
バーナルと言うブランドー家の家臣がいた。彼はこの巷に流れる平
民と貴族の恋を⋮非常に良くない噂として考えていた。
ブランドー家に自分の功績として売り込もうと考え、秘密裏に抹殺
しようとした。どうせ下民の1人くらい消えても誰もわかるまい⋮
という自分勝手な考えのもとに。
入学して1年、事件は起こった。
実際に学校の寮に賊が入り、俺を暗殺しようとしたのだ。バーナル
の裏で雇った暗殺者達はいずれも1流の腕利きだった。
夜更けに8人からなる集団に襲われた俺は、重傷を負いながらも何
とか撃退することに成功した。
403
相手もまさか15歳の少年に負けるとは思っていなかったらしく、
死ぬ前に雇った男の名前を教えてくれていた。
ブランドー家のバーナルめ⋮名前はしっかり覚えたぞ。
重傷を負った俺は入院したが、騒ぎを聞きつけた学校側に特待生と
しての地位を剥奪され、そのまま学校を辞めた。
これもどうやら裏で情報操作がされたようだ。何方に転んでも上手
くいくように仕掛けていた訳だ。
学校を辞めさせられた俺にエステルが秘密裏に面会を求め、会いに
来た。
﹁⋮傷は大丈夫か?﹂
﹁ああ⋮対した事はない﹂
﹁⋮⋮何があったんだ?﹂
﹁⋮⋮﹂
理由の全てを話す訳にいかず、ぎこちない挨拶となったが⋮これを
逃せば2人はもう2度と逢えない。
燃え上がった2人に言葉など必要とせず、濃密な一晩を過ごした。
翌朝、目が覚めたらエステルはいなくなっていた。寂寥感が胸を支
配したが⋮届かないモノとして諦めた。
その後、退院した俺はエステルが学校を休学している事を知った。
巷では叶わぬ恋に打ちひしがれていると噂されていた。後ろ髪を引
404
かれる思いだったが、1度ユピテルの街へと帰った。
バーナルとその取り巻きどもにいつか復讐を胸に抱きながら。
ユピテルの街の孤児院の皆は、突然帰ってきた俺に何があったのか
聞かず、温かく出迎えてくれた。
その後、リハビリと実戦の腕を磨くために各地の過酷な自然スポッ
トや、迷宮へと挑戦していった。
学校では様々なタイプの魔物について記された書物が多かった。
見たこともない魔物や魔獣は地域によって沢山いることも分かった。
そんな現地の環境に特化した魔物に挑戦したり、またBOSSに挑
戦したい時はパーティを募っているメンバーへと積極的に声をかけ
て参加していた。
死にそうになったことは数え切れない。敵や魔物、果てには味方の
裏切りなど色々だ。其れらを乗り越えて自分のスタイルも磨き続け
た。
メインの氷属性低位魔法とは別に、火・水・風・土の4属性中位級
の他に無属性を新たに覚醒した。
迷宮の宝箱を探したり、罠を解除したり⋮出来れば便利な探査魔法
を覚えたい一心でひたすら、1年間を無属性をイメージし訓練にあ
てたのだ。
405
アンチロック
センスマジック
マジックスキ
その甲斐もあって無属性の低位魔法は耐魔法解錠、感知魔法。
ャン
高位魔法である探査魔法までは辿りつけなかったが、中位の魔力走
査を何とか修得出来た。範囲な探査魔法ほど無いが、ソロで迷宮や
フィールドで使うには十分だろう。
上記の魔法は魔法屋で魔道書を買って覚えた。
高くついたが、これで少し幅は戦術の広がるはずだ。
こんなに魔法の属性を宿すなんて⋮自分のことながら何かおかしい
⋮俺は一体何者なんだろうか??
転職神殿のステータス板にて秘魔士の職業レベルが規定値を突破し
ルーンレンジャー
ていたので、ユピテルの街の転職神殿にて派生している職業を確認
する。
ルーンナイト
職業は秘魔士から第2次職業である秘魔騎士と秘魔狩兵に別れた。
受付さんから職業説明を聞く。
秘魔騎士を選ぶとスキルに剣・大剣装備補正︵C︶、盾装備補正︵
E︶、金属鎧装備補正︵D︶をステータスに発現することが出来る。
また常時スキルに戦技補正Gが加わる。
攻撃と防御に優れる高いステータス補正がメインで、秘魔系では第
2次職として最大攻撃力を誇る範囲攻撃を扱える戦技を覚えるそう
だが⋮。
ルーンの扱いに関しては秘魔士の時と殆ど変わらない補正しかなく、
騎士のような近接専門の職業になる。
406
秘魔猟兵を選ぶと騎士程では無いがそれなりの攻撃補正と高めの敏
捷性、器用性がステータス補正が加わる。
スキルに全秘魔使用に関するルーン装備補正︵E︶、小剣・投擲武
器装備補正︵D︶軽装防具装備補正︵E︶。
常時スキルに隠密行動と地形補正がステータス欄に追加される。
騎士を選べば、魔法に関しては補正が少ないが、個人的には剣術も
自信がある。単純な攻撃力ならトップクラスで更に魔法とルーンを
併用した強力な存在になれるだろう。
だが、猟兵もそれなりに高い攻撃・敏捷・器用さのステータス補正
に、ルーンを刻んだ魔法使用に補正が入る。
常時スキルである隠密行動と地形補正がある。戦闘以外に活躍した
い時はこちらの方が良いだろう。
悩んだが、自分のスタイル的には猟兵の方が活躍しやすいと思い、
こちらを選んだ。
そこから腕利きの氷魔法使いとして、世間に名前が売れ始める一歩
となった。
407
旅を進めた俺は、とある日、秘魔士に関する古代文献を偶然入手出
来た。そこに現在の方法では作成していない古代秘魔士専門の武具
の作り方がそこに記されていた。
現在の秘魔士装備作成の仕組みはわからないが、知り合いの鍛治師
に聞いた事があった。
恐らく⋮と言う前置きのあと、ノーマル級からハイノーマル級では、
親和性の高い貴金属に魔力鉄をコーティングしてあるものだと推測
している。
レア級にもなると迷宮で探してみるか、オーダーメイドによる魔力
鉄や魔法金属の合金なのだろうとのこと。
さて、前述に説明したこの古代文献に戻るがこの書物を入手出来た
のは偶然だった。
俺は依頼で、とある山岳帯にあるとされる部族の村に入り込んだ⋮
着いた部族の村人は悲痛な顔をしており、話を聞くとどうやらこの
近隣で暴れる魔獣に困っているそうだ。
苦しいさなか、食料と一晩の宿の提供に感謝して魔獣討伐に協力し
た。
この村は古代に凄腕の秘魔士とその一族が起こした村だった。村人
の何人かは秘魔士も数名いたが、この魔獣の特性に苦戦していた。
408
この魔獣は捕食する動物以外に、魔力や魔法も餌とする変わった魔
獣だ。
この地域に生息するスライムの特殊変異体である。様々な魔力を吸
収し、一定化の条件をクリアした滅多にいない個体。
村の秘魔士の使う魔法は基本4属性のどれかの魔法か無属性魔法で
ある。
攻撃してもそれらは全て吸収するし、逆に武器による攻撃でも斬り
裂けるほどのダメージもプヨプヨの肉体に阻まれ、与え難い。
ある一定に成長したスライム種は分裂をすることがわかってきた。
この厄介な魔物を分裂をされる前に倒してしまいたいのが、村人の
本音だったのだろう。
急な斜面のある木々の茂る森林地帯。現在は鳥や動物なども見当た
魔力走査を詠唱し、出現するフィールドを隈なく探す。
らない。辺りは生物の気配がなく、異様な静寂さが形成されていた。
無属性魔法
虱潰しに探した結果、触手を伸ばし森林狼を捕食しているスライム
を発見した。
︵結構デカイな⋮2m近くはあるか︶
半透明のゲル状の形でウニョウニョと身体を揺らしながら捕食して
いる。森林狼はなす術もなく生きながらにして体内に取り込まれて
いく。
フレイムアロー
まず遠距離から魔法詠唱を開始し、試しに炎矢を放つ。
409
スライムのゲル状の体表に触れると、魔力膜が淡く輝いたかと思う
と炎矢は跡形もなく消え去った。それでも構わずスライムは森林狼
を捕食することに夢中になっている。
全く効いていないようだ⋮やはり吸収されたか。
氷魔法を選択しフロストエリアでスライムの体と周囲を覆う。
スライムの表面が徐々に凍りつく。今度は魔力吸収されない。どう
やら耐性の無い魔法は吸収出来ないようだ。
反撃や逃げられる前に、中位魔法である縛氷でスライムの周りを覆
い、閉じ込めた。
凍りついた場所から徐々に体表が剥がれ、小さくなっていく。
時々フロストエリアを唱え、暫く経つとスライムは消滅していた。
こうして呆気なくスライムは倒せたが、俺が氷魔法の使い手では無
かったらこう簡単にはいかなかっただろうが。
残った跡には、特殊変異体のスライムの核を入手した。普通のスラ
イムの核とは違い、様々な色が混ざって変わった輝きを放っていた。
村の誰も敵わなかった魔獣の退治に、部族の住民は喜び、この村の
依頼報酬を提示された。
エンシェントルーン
一覧には特に何が欲しい訳では無かったのだが、村長の家に代々伝
わる書物があり、その中に古代秘魔士の武具と名打ったある書物を
見かけた。
410
古代文献に記されていた部族に代々伝わり守ってきた秘魔士専用武
具の実物も210年程前に賊に襲撃され、現存していた2つのオリ
ジナルは全て盗まれてしまったらしい。
残された秘魔士用の武具も現在俺の使っている武具よりも性能が劣
っていたし、村に必要な数少ない武具を貰うのも気が引けた。
そこで文献に書かれていたタイトルに興味が湧き、その書物か欲し
いと頼み込みんだ。
秘魔士の部族の村として大切な書物である。村長は難しい顔をして
いたが⋮村人の総意を得て助けて貰った礼として依頼の報酬として
有難く頂いた。
その文献の内容では、自然界にあるとされる精霊石や、属性に特化
した魔物の特殊部位が必要とされている。
全部で7種類の属性に別れた武具の製法が記されてある。其れらを
集めて作成出来れば俺はもっと強くなれる。
例えばメインで使っている氷属性の武具に必要な特殊な素材を紹介
しよう。
魔物の特殊部位として、氷山の奥深くに住まう氷乙女。その涙は永
久に溶けない氷と言われている。この古代文献に記されている手順
を踏んで製法することで強力な魔法武具へと変わる。
氷乙女の涙は幸運も重なってやっと手に入れる事が出来た。
入手に5年間かかり、俺も22歳になった。
411
並みの腕前の鍛冶師や錬金術師には扱えないと思われる素材だ。
作成を依頼するのは、蒼銀騎士団の専門鍛治師兼錬金術師のイルマ
さんだ。国に名を知れたトップクラスの腕前を保有している。
イルマ氏と王都のドワーフの1人のみが、ハイレアと言われる超稀
少素材を扱える鍛治師なのである。
そんな人物にツテがあったのは、以前孤児院で稽古をつけて貰って
いたアイラさんがそのギルドの団長をしていたからだ。
素材が手に入った時点で彼女に頼み込み、何とか作成の了承を得て
いた。
条件として掛かった代金の多大な金額と、迷宮探索でとあるアイテ
ムを見つけたら優先的に売って欲しいという変わった条件だった。
しかし、ユウトまでがそのアイテムを欲して迷宮に潜っているとい
う。
見つけたら必ず報告と譲る事を約束した。
他に当てもないし、恩人である人の頼みを断る必要もない。有難く
作成を依頼した。
文献からは氷乙女の涙で作れる武具はレア級の腕輪であった。
氷乙女の涙は、別名氷雫と言われる結晶石になり、氷属性のルーン
を刻む事でより属性魔力を媒介しやすくなるよう加工する。
同じレア級の秘魔士の専門武具も迷宮で見つかったり、有名な秘魔
士の使用している武具も刻めるルーンは普通の設定通り1つしか刻
めない。
412
この文献通りの素材を使った装備ではレア級で有りながら、特別な
素材を使うことにより、2つまでキーワードを増やすことが出来た。
但し、属性は氷属性のみと定められる。このリスクは俺に限っては
不都合にはならない。
プラチナダイト
加工された氷雫の腕輪を形成する金属を白金合金にして、魔法伝導
率と増幅作用を得る。魔法金属でも希少性が高く、氷雫の加工料を
合わせると腕輪のセットで王都の一等地で邸が何軒も建つ程の値段
となった。
しかし、本来ならいくらお金を積んでも買えるモノではない稀少品。
それがわかるからこそ、完成した時の約束を果たす決意を新たにし
た。
一月後、イルマ氏から出来上がったと報告を受けた。完成品を受け
レア級
取った時は、持つ手が震えた。
フラウ
氷乙女
ルーン
オリジナルルーンブレスレット
秘魔職専用の魔法品である。蒼銀騎士団のイルマ氏の作品で古代文
プラチナダイト
献を基に製作された原型秘魔腕輪
稀少な素材と白金合金を使用して作られた。
各腕輪に2つのキーワード枠が彫られており、使用者が自身で魔法
413
ルーンを込める必要がある。
対象者に属性魔法精度上昇、SP消費軽減。
武技︻氷乙女の抱擁︼
フラウ
氷乙女と名付けられた腕輪は、何処と無く気品を感じる作りとなっ
ていた。イルマ氏とアイラさんに充分に感謝し、前腕に装着した。
しっくりと馴染む。
アイスジャベリン
早速、左右の腕輪に遠距離∼中距離迎撃用に氷槍の魔法を1つずつ
中位の中でも追尾補正も加わる優秀な魔法
キーワード登録する。腕輪が光り、氷の紋様が刻まれた。
この魔法は氷属性魔法
ハイノーマル級
縛氷と左手に氷護盾を
の1つだ。最近は武器の小剣にも再登録した魔法である。
それと最後の1つに右手に捕獲用魔法中位
登録しておく。
ショートソード
ハイノーマル級
秘魔士の小剣︵氷︶
秘魔士のフード︵火︶
蒼銀騎士団制式装備
現在の装備
武器
頭装備
414
ハイノーマル級
ハイノーマル級
レア級
秘魔士のローブ︵風︶
フラウ
氷具
アイスタリスマン
秘魔士の靴︵土︶
氷乙女︵氷各2︶
体装備
両腕
足装備
アクセサリー
長い年月の間にコツコツとお金を貯め、特別な装備品であるハイノ
ーマル製の秘魔士装備を整えた。
後に聞くと、この職業祝いにくれた装備はイルマ氏が手掛けた逸品
だと解った。
魔力の通りが現在持っている秘魔士専用の売られているハイノーマ
ル級と比べ、格段に良い。
ハイノーマル級でも技量が伴えば、レア級に匹敵する攻撃性能にな
る。
同期で冒険者になった子達にも一品ずつ贈っていたらしい。
その子達の中には、冒険者になる際にお世話になった蒼銀騎士団の
門を叩き、見習いとしてユピテルの街で厳しい訓練に励んでいるそ
うだ。
フラウ
氷乙女の代金を返すために取り敢えず前金として、5年間今まで稼
415
いだお金を全額を支払った。
更に2年の月日を迷宮潜りとと依頼に費やし、金を稼いだ。
腕前は更に上がったが、それでも腕輪の残金はあと半分以上もあっ
た。
そんな中ユピテルの街へ帰ってきた時に、蒼銀騎士団から使いがき
て連絡があった。
出向いて行くと、部屋へと案内された先にアイラさんが待っていた。
内容を聞くと拘束される特殊な依頼だが受けてくれたら代金はチャ
ラにしても良いと話を持ちかけられた。
それは闇の魔物捕獲盗賊団に潜入捜査であり、危険な依頼であった。
このユピテルの街では、魔物ギルドに特殊な魔物の卵が保管されて
いるという。それも50年間も⋮だ。
狙っている裏組織や、貴族が多いがこの特別な卵は蒼銀騎士団の手
で所有者が現れるまで密かに保護されていた。裏にも圧力をかけ、
所有者以外が強引に手に入れる事を抑えていたのだ。
だが、どうしても諦めきれない貴族がその魔物専門の盗賊団と手を
組み、入念に機会を伺っている。
その為、蒼銀騎士団では所有者が現れた際は可能な限り護ることが
優先された。
俺の役割はその状況から更に相手組織に接触し、内部から万が一に
備えて守ろうと画策されたモノである。
416
アイラ達が間に合わず、それが難しい状況なら1度所有者を拉致し
た後に蒼銀騎士団に情報を流して貰い、その時まで安全に保護する
といった内容だった。
所有者の名前はソウマと教えられた。
思ったより危険で大事であったが、断る理由もなく潜入捜査を請け
負った。アイラからは俺が捕まった際に困らないように、街の警備
兵やギルドの偉い方には話を通しておくそうだ。
アイラも魔物ギルドにソウマの形跡が無いか、魔物ギルドに寄付金
を贈り、連絡を秘密裏にくれるよう頼んでいた。更に常に団員達が
監視の役割を担う。
︵頼んだわ。ユウトがいない今、教え子の貴方にこんな危険な依頼
をしてゴメンね⋮せめて私の体が充分に動くことが出来ていたなら
⋮︶
アイラの葛藤と苦悩が思考を支配する。今はユウトから頼まれた唯
一の頼みを無事に果たすだけだった。
協力者と共に魔物専門の盗賊団に無事に接触出来た。彼等も迷宮踏
破や名の知れていた冒険者である俺を疑うことなく、諸手を上げて
迎え入れた。無事潜入出来たわけだが⋮,。
417
総勢30名の精鋭を集めて作られた魔物専門の盗賊団に所属して2
ヶ月の月日が流れた。表向きは闘技場で使う魔獣や魔物などの捕獲
を請け負っていた。
裏では非合法的に貴族贈答用に魔物を捕獲して売ったりと忙しく働
いていた。
金巡りも良いらしく、裏で件の貴族がスポンサーになっているのは
間違いないだろう。
俺は既にギルドの中でも指折りの腕利きで、最上位の戦闘能力保有
者となっていた。組織から1隊を任される程になっていた。
外見は人相も隠せるため、髪も髭も伸び放題にしていた。自他共認
めるかなりの不審者顔である。
この2ヶ月でギルドに加入した素人のチンピラを、統制の取れた指
示の聞く男達に鍛え上げた。
戦闘能力はまだまだ足りていないが、素直に此方の言うことを聞く
ようになった俺の子飼い達である。
そして、遂にアイラから依頼された内容が果たされる日が来た。
盗賊団の首領から戦闘能力随一である俺に卵の捕獲と、所有者の殺
害が命じられた。
遮断結界と呼ばれる高額で使い捨てアイテムだが、とても優れた効
果を持つ札を数枚持たされた。
情報と共に作戦を伝えた。卵の捕獲を最優先とし、所有者はなるべ
418
く捕獲する⋮という首領とは違う命令を配下に伝えた。
﹁首領と違う命令ですが⋮良いんですか?﹂
﹁ああ、責任は俺が持つ。お前達は俺の命令に従え﹂
少し不振に思ったようだが、了解してくれたようだ。すぐに4人程
選抜した。連れて行く人数は少ない方が良い。
配下となった盗賊団でも、前科もなく鍛えた子飼いになった4人と
共にソウマがいるであろう場所へと向かう。
状況がどうなるかは分からないが、なるべくソウマなる人物を無事
に保護出来れば良いな⋮となどと考えていたが、本人を目の前にし
て180度考えを撤回するとになった。
街の外で戦闘が始まる。
419
ジーニアスと呼ばれた男2︵前書き︶
今回2話構成です。
420
ジーニアスと呼ばれた男2
縛氷を発動させ
アイラさんに頼まれて潜入した先で、ソウマなる人物を捕獲に向か
った俺だったが⋮こいつは驚いた。
遮断結界符を使用してまで慎重に行動し、氷魔法
てテントにいるソウマごと保護する予定だったっだが⋮中には誰も
いない。
配下は兎も角、隠密行動のスキルと地形補正を駆使している俺まで
も気付かれていたみたいだ。
突如、配下の何人かに矢が刺さった。弓で遠距離から攻撃してくる
ソウマを発見した。その後も攻撃は続き、凄まじい威力で配下が倒
れていく。
アイスジャベリン
装具に魔力を注ぎ、SPが急激に減る事を感じる。
位置を予測し、次々と氷槍を投槍した。
コレだけの力がある人間相手に中途半端な手加減などしたら⋮最悪
此方が死んでしまう。
実際に殺さないように留意しなければならないが、殺す気でかかる
必要がある。
かなり無茶をしても大丈夫だろう。
421
アイラは気配遮断するアイテムを身に付け、更に極限まで力を抑え
て2人の戦いを見守っていた。
アイラはユウトからソウマの事について予め聞いていた。巨人の腕
のことは知らなかったが⋮彼とソウマ、最悪両方失わないように、
団員に連絡を受けてから直ぐに駆けつけていたのだ。
アイラ
戦闘を見ていて最初は思う所があったが⋮最後は私が見ても納得が
いく戦いだった。
巨大な氷が割れた時点でソウマが無傷で飛び出してきたのには驚い
たけど。
︵及第点だけど⋮よく頑張ったね︶
最終的に激痛で薄れゆく意識の中、俺にはアイラさんの声が聞こえ
たような気がした。
気付けば、蒼銀騎士団内の治療室のベッドにて寝かされていた。
腕の骨が粉々になった左手も元通りになっており、痛みもない。
﹁起きた?酷い目に合わせたわね、今回は有難う﹂
アイラが申し訳なさそうな表情で立っていた。
422
﹁いや力及ばず申し訳ない﹂
﹁君は殺してはいけないって手加減してからね。最後まで戦いを見
守っていたけど、いい戦いだったわよ﹂
アイラさんにその後の経過を聞いた。
盗賊団は蒼銀騎士団と街の無数のギルド団員の協力者により、その
まま全員逮捕に成功した。
裏で指示していた有力貴族の関係の自白が始まり、逮捕は目前にな
るそうだ。
盗賊団は今後、どう扱われるかはまだ決まっていないが首領は死刑。
他の人材などについては魔物ギルドからの打診もあり、有罪になる
か組織ごとそのまま吸収されるか決まるそうだ。
それとソウマと戦いを共にした子飼いの4人は、治療をすませ保釈
金を支払い、蒼銀騎士団の末に置いて身柄を預かっているそうだ。
前科もないし、本人達が望めばそのまま入団しても良いそうだ。
それを聞いて少し安心した。ユピテルの街で巨大なギルドであるア
イラさんの所なら彼等も喜んで入団するだろう。
ソウマ
あんな化物相手に助かった命を無駄にすべきではない。
そんな事を考えていたら、アイラさんから話し掛けられた。
﹁これで私からの依頼はおしまい。腕輪の代金はこれでチャラよ。
ところで此れからどうするの?﹂
423
2ヶ月と長期になる拘束で、魔獣や魔物ばかりと戦っていた。
怪しまれないため、日々の訓練も最低限しか出来なかった身体と戦
闘の感は訛っていた。
リハビリも兼ねて知り合いのいるアデルの町で活動する予定を告げ
た。
アイラさんは何か言いかけたが⋮結局何も言わず笑顔で見送ってく
れた。
何かあれば連絡が欲しいと告げて、アデルの街へ出発した。
道中街道をゆっくりと歩きながら、昼にはアデルの街へ到着した。
その日は宿をとりゆっくりと休んだ。
翌朝、早速ギルドへ向かう。俺は冒険者登録をしてないため、いつ
もフリークエストを受注して迷宮で稼ぐ。
討伐依頼やソロでも稼げるように浅い階層で魔物討伐して部位を確
保したりなどして稼いできた。
アデルの冒険者ギルトを訪れると職員も冒険者も人が少なかった。
受付で話を聞くと、どうやらギルド内で冒険者同士の騒ぎがあった
ようで⋮揉め事を解決するためにギルト長までもが町外れの闘技場
へと向かったそうだ。
424
アデルの町の知り合いにユピテルの街から同じ孤児院出で昔から手
先が器用な男がいた。
俺の同期で魔法の才能は無かったが、類稀なる記憶力が武器で頭の
切れる印象があった。
盗賊系職業でも宝箱を開けたりマッピングを得意とするトレジャー
ハンター。
また、華奢な体つきでも厳しい訓練にも耐え、皆と必死にこなすガ
ッツのある男だ。
確かユピテルの孤児院を出た時にアデルを拠点にして一旗上げるっ
て言っていた。
大分会っていないが、ジーンは元気だろうかな。
受付で彼の情報を聞くと、固定パーティを組んでからはユピテルを
中心に活動をしているそうだ。
⋮入れ違いだったようだ。
まだまだ現役で頑張っているみたいだな。ユピテルに拠点を移した
のなら、また会う機会もあうだろう。
軽く宿で腹ごなしをし、南方にあるDランク迷宮へと向かう。
今日はリハビリも兼ねてソロで探索した。またフリークエストで受
注した幼虫型の魔物の触角を集め、討伐部位として提出せねばなら
ない。
単調な体当たりや糸吐きを躱し、順調に討伐部位を集めていった。
425
そこで若いが実力がありそうな冒険者パーティに出会った。
ソロを気遣い、自分達のパーティに入りませんか?と声かけられる。
礼儀正しい態度に好感を覚えたので、折角なので明日彼等と一緒に
迷宮を探索することにした。
次の日もギルトへ足を運んだ。受付の人に頼み、依頼書を確認させ
て貰った。
ざっとフリークエストを見ると目ぼしいモノは見当たらない。
マドネスラビット
たが、よく見ると面白そうな依頼が1つだけある。
狂乱兎・希少種を探して討伐して欲しいか⋮希少種なんて聞いたこ
とが無い。
依頼者はサザン火山研究者の地質研究学者ミハイル・ホーネットさ
ん。住所はここから少し行った所だ。ますば話を聞きに行こうか。
ミハイル・ホーネットの家へ行き、話を聞いた。
サザン火山を研究している彼は、火山の中でも立ち入り禁止区画に
入れる許可を領主から得ていた。
そこでこの数ヶ月の間で、複数の見たことの無い狂乱兎が現れたよ
うだ。
明らかに亜種とも違い、現在確認されていない種の為、暫定的に希
少種と仮扱いとしているそうだ。
ミハイルの目撃証言からはどうやら、冒険者や旅人を襲うわけでは
無く、その地域の魔物を中心に狩り続けている風に見えたそうだ。
426
通常個体に比べて大きく、毛並がブルーという変わった種類だ。稀
に武器を持つ個体も存在したという。
他の冒険者に目撃証言を頼むもそんな区画に冒険者が入れず筈もな
く⋮。
ミハイルさんは冒険者ギルドでは信憑性が低いと取り扱って貰えず
⋮フリークエスト枠なら依頼書を貼り出しても構わないと言われた
ので出していたそうだ。
この依頼を受けるに当たり、自分の経歴を確認され、戦闘能力も申
し分ないとミハイルさんに判断されたようだ。
未知の相手であることを考慮し、1人では危険である。存在自体が
未知の相手に俺の他に受注するような暇な冒険者なんているだろう
か⋮。
依頼の期限は取り敢えず無期限で、他の依頼の次いでで構わないと
いうので、他の人が集まるまで試しに受けて見た。
探索するときはミハイルも一緒に行かないと立ち入り禁止区画に入
れないため、行く際は必ず彼も連れて行く必要がある。
そういう訳で今日は狂乱兎・希少種?の探索へ行かず、昨日約束し
た冒険者パーティの元へ出向いた。
427
リーダーは20代の若い男で6人編成のパーティ。実力が付いてき
た彼等は今回のDクラス迷宮で調整を重ね、Cランク迷宮洞窟内の
BOSSの討伐を視野に入れている。
サザン火山の迷宮洞窟には何度も入っており、明日初めて上位炎鬼
と間見えるので緊張感と興奮が感じられた。
俺はユウトに連れられ、1度ここのBOSSを討伐している。
経験者であり魔法を使える事を話すと、明日も是非にとお願いされ
た。
生憎と明日の夜からフリークエストで受注した依頼がある。
数日間仕事に拘束されるが、それ以上に破格とも思える金額の用心
棒の仕事が入っていて、参加出来ない事を伝えた。
残念がっていたが⋮次はお願いしますと笑顔で頼まれた。
今日はじっくりと迷宮洞窟へ篭り、彼等のフォーメーションにアド
バイスと指導を重ねた。
俺の見立てでは彼らは迷宮洞窟のBOSS相手に実力的にはギリギ
リ⋮やや防御面は心配だ。
しかし、水属性が得意な魔法使いも1名いる事だし大丈夫なはず⋮
なんだが心配だ。
俺も誰かの心配をするなんて歳を撮ったものだ。無事成功を祈る。
アデルに着いて3日目の朝、道具屋にて消費が多い中位回復薬と毒
消し薬を持てるだけ買う。
428
次にこの町の武器屋と防具屋に装備の補修を頼んだ。
フラウ
ハイノーマル製の武具は担当してくれたが、レア級でもある氷乙女
の腕輪セットは出来ないとのこと。
この町の鍛治場にいる大将なら大丈夫だと言われ、そこに向かった。
受付で腕輪を渡し、点検整備を頼む。
ジュゼットと呼ばれた奥から出てきたドワーフは貫禄があり、疲れ
た顔をしていたが活気に満ちていた。レア級装備に対して目の前で
慎重に丁寧に点検してくれる。
点検後に良いモノを見せて貰った、不都合があればまた来い⋮と言
ってくれた。
自慢の装備を褒められ、気分も良くなった。夜の仕事に備えよう。
町外れの宿に着いた。受付にいたガラの悪そうな男に冒険者ギルド
で依頼を受けた事を話した。
そこで簡単なテストをして合格を貰う。そこでこの仕事の簡単な説
明を受けた。
⋮⋮⋮胸糞の悪い仕事だった。
金が良いと思ったら、ここは貴族を専門にしている売春宿だった。
しかも今回くる相手はとある伯爵家の家臣らしい。
その家臣は手癖が悪いと評判で悲鳴を聞くことが好きな性格らしく
429
⋮貴族主義の男でことが終わった後は、必ず抱いた相手を切り刻む
とんでも無い相手だった。
今回は東方にある村で攫ってきた少女が何も知らされず、薬でベッ
ドで寝かされていた。
この高額な日当は口止め料と、万が一が無いように⋮と雇われた護
衛料を兼ねていた。
すぐに依頼を放棄したかったが、このままでは少女が危ない。
そんな訳で部屋に忍び込み、少女を起こした。幼さの残る顔立ちで
可愛い顔をしている。
見知らぬ場所、見知らぬ男にパニックになる少女だが大声を上げる
前に口を手で塞いだ。
冷静に冷静に声をかけ、落ち着いた事を確認して手を話す。
﹁髭のおっちゃんだれ?ここどこ?私を家に帰して⋮﹂
そう言えば身なりを整えて無かった。長い間そのままだと気にもし
なくなっていた。
小声の涙声をあげて懇願する少女に優しく声かける。そんなガラじ
ゃないんだが⋮ユウトだったらどういう風にするか考え、真似をす
る。
少女が次第に落ち着いて話を聞けるまでゆっくり宥めた。
少女が安心した表情を見せ始めた頃、扉の先から男達の声が聞こえ
430
た。
ビクッと強張る少女に大丈夫だと伝え、寝ている振りをするように
促す。俺はベッドの下に隠れた。
声が近くなり、歩く音も聞こえてきた。気持ち悪い声の主から話の
内容がわかり、反吐が出る。
しかし⋮聞いた声だと思ったがバーナルの奴だったか。陥れた男に
憎悪が沸き立つ。
フラウ
氷乙女に刻んだルーンの紋様で︻縛氷︼を選択する。
殺しても良いが、それでは奴の痛みは一瞬だ。
どうせ叩けば埃のでる男だ。コレを皮切りに捕まえる事が出来たら、
地位も権力も失う可能性がある。
奴の被害にあった人達の分まで制裁してやる。
と、まあそこからはソウマの介入もあり、あっという間に片がつい
てしまった。
宿に待機している間にギルドの警備兵が来て、少女ごとギルドへと
案内・保護された。
そしてギルドへ到着すると、昔懐かしい顔がそこにあった。
あの時より大分時は過ぎたが、大人になったエステルがいた。
スッと伸びた鼻筋や切れ長のきれいな瞳は、男の知っていた時より
数段魅力的に思えて⋮声をかけるのを躊躇う。
431
しかし、事情聴取も兼ねた出会いだったので、聞かれた事に正直に
答え、起きたことを説明する。
話す声と名前で髭面だったが、エステルにも俺が誰か分かったよう
だ。真剣な表情で此方を確認している。
一通り事情が分かったとこで、エステルから2人きりになりたいと
警備兵に伝えられ、部屋には男とエステルのみになった。
気まずさも有り、ポツポツと話し始めた2人。
あの時から8年近くの時が流れたが、話し始めたら止まらない。話
す言葉は尽きなかった。
どうやら俺は犯罪に加担した罪でこのままだと奴らの一味として極
刑になるそうだが⋮エステルが裏から手を回して無罪になるようだ。
正直助かった。
そして、驚くべき話が彼女から出た。
なんと⋮信じられないかも知れないが、俺の子供を産んだと告げら
れた。しかも男の子と女の子の双子だ。
詳細を聴くと、あの後エステルは学校を休学していたのは、妊娠し
た事を隠して産むためであったのだ。
﹁いつか子を産みたいと思っていた。お前の子をどうしても欲しく
てな⋮あの時、絶対に種を貰おうと思った。もらった時は孕んだと
思ったぞ﹂
と、笑顔で伝えてきた。呆気にとられたが、彼女らしいのも事実だ。
432
双子の子は順調に育ち、実家ではなく別荘にてしっかりとした乳母
と執事に預けているとのこと。
そんな娘の行動を両親は許さなかった。
しかし、学校の理事である祖父は誰が父親なのか検討がついており、
温かくエステルを見守った。
そのため両親はそれ以上の口出しはしなかったが、実家とは縁を切
られた絶縁状が送られてきた。
因みに子供達の為に別荘を貸し出し、必要な物品、優秀な人材を派
遣してくれたのも祖父であった。
エステル曰く、女の子は俺に似た顔立ちでキリッとしているが、自
分にも似ていて将来美人になる素質があると教えてくれた。
子供特有の可愛いらしさがある勝気でお転婆な女の子だ。
しかも珍しい属性である氷魔法を使える。ブランドー家にとって魔
法とは価値の高いモノであり、初めての氷の属性を開花した子に、
一族を上げて喜んだみたいだ。
それと男の子の方は、顔立ちはエステル似だ。
争い事を好まない優しい性格なんだそうだ。この子も魔法の才能も
開花しており、7歳で無属性と支援・強化魔法の中位を扱える秀才
である。
どちらの子も将来が楽しみであり、いつか逢える日の事を楽しみに
思えるようになった。
433
エステルから両親が子の才能を聞きつけ、是非父親となった人物を
一族に取り込みたいと言ったらしく⋮絶縁状を突きつけたのも関わ
らず、探し出して来いと言う。
現金なことだと思うが、両親とて認めるざるおえない⋮と判断した
のだ。
元々バーナル程度を使いに出してきた実家に帰るつもりのないエス
テルは、両親にこの男を紹介する気はない。
但し、非常にお世話になっている祖父にはこの自慢の男を紹介した
こんにち
かった。
そして今日の逮捕劇には、男の釈放やアデル老伯爵の迅速な面会な
どに、またもその祖父の権力を借りる形となった。
その話をされると俺自身、自分の子供とエステルを護って頂いた貰
った恩がある。この件が片ついたらエステルと一緒に挨拶にいくと
決めた。
学校での退学の件はバーナルが主に関わっていた事を話すと、ピク
リとエステルの顔が憤怒に近い表情を表した。
﹁⋮任せておけ﹂
⋮何を任せておけなのかは分からないが、奴の命運は尽きたといっ
ても過言では無いだろう。
﹁しかし髪も伸びたな。よし、わたしが切ってやろう﹂
434
明日、色々と打ち合わせを兼ねて話し合うことを決め、解散した。
ギルドを出たところで銀髪の1人の男が突っ立っていた。
やれやれ、どうやらまだ俺は解放されないようだ。
面倒臭そうに話しかける。
﹁ああ、有る意味じゃ知り合いだよ。取り敢えず、ここじゃなんだ
?どこか話せる場所へ行こうぜ?﹂
夜はまだ終わらない。
435
ジーニアスと呼ばれた男2︵後書き︶
本編を読まなくても大丈夫なので、必要のない方は読み飛ばして頂
いても大丈夫です。
また修正がありましたら徐々に直していきたいと思います。
436
男の名はマクスウェル
深夜に男が2人、黙って歩いている。それは今日1日で様々な出来
事が起こった結果であった。
幸い、目的であった話の出来る場所のお店は数軒灯りが見えた。
まだ開いていた店を発見し、中へ入った。
店内は木造作りでテーブルが4つ置いてある。
こじんまりとした居酒屋という雰囲気で、20代前半のウェイトレ
ス1人と年嵩の料理人1人が切り盛りしていた。
客は深夜帯なので少ない。席に着くと直ぐに注文を取りに来たウェ
イトレスに、酒と適当な肴を頼んだ。
髭男の方から口を開く。
﹁俺の名前はマスクウェル。マックスとでも呼んでくれ﹂
﹁分かった。俺はソウマと言う﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
無言が続く。程なくして酒と肴が来た。お互い注文したモノを口に
運ぶ。
辛口な味わいでキリッとした味わいが美味しい酒だ。呑み始めて暫
くしたら、ゆっくりと話し始める。
437
﹁すまんな⋮色々と頭の中で整理が追いつかん。少し呑まないと話
せない﹂
﹁気にしなくていいさ、良く分かる﹂
﹁ふん⋮子供に言われるか﹂
ソウマ
私の実年齢は32を超えているからな⋮。
マックスが苦笑しながらグビッと一口で呑み、説明し始めた。
﹁気付いているかは知らんが、俺とお前さんとはユピテル近郊で会
っている﹂
ユピテル?悩んでいると、
﹁⋮いや、流石に髭面の知り合いには覚えはない﹂
マックスは思案しながら、長くなった髭を撫ぜながら答える。
﹁そういや、顔はしっかり見せてなかったな。じゃあ、魔物の卵を
奪いにきた盗賊団の1人だと言ったら分かるか?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮まさか、あの氷魔法の使い手か?何となく納得はしたが、
ユピテルで捕まっている筈のマックスが何故ここにいるんだ?﹂
不思議がるのも当たり前である。ソウマにこうなった経緯をアイラ
さんの事も含めて説明した。
ソウマは説明を受けていく内に、当時の荒くれだった感情とは違い、
438
今は不思議と穏やかに聴いていられ、不快な気持ちは無かった。
苦戦はしたが、サンダルフォンとの出会いもあった。過去の話にな
ってしまうと、人はワンクッションを置いて客感的に物事を考えら
れるからだろうか。
マックスとの戦いを通して、この世界では他人よりもスキルの恩恵
や強化されている自分が、負けそうな程に苦戦する。
上から目線では無いが⋮この世界に来て初めてのことだった。
寧ろ、こんな腕の立つ人間もいるのだと驚いたくらいだ。
改めて氷を使った魔法の数々、プレッシャー⋮ハッキリと思い出す
ほどの強者だ。
それと話の内容を聞く限り、俺は手加減されていたのだと分かった。
私も実力がまだまだ足りないな。
世の中不思議な縁だな⋮と、思い返していると、マックスから逆に
質問がきた。
﹁アイラさん経由で魔物の卵の依頼を受けてみた時、不思議だった
んが⋮お前は一体何者なんだ?普通の人間じゃないよな?﹂
﹁⋮それに関しては説明しづらい質問だ。いたって普通の人間だし、
俺は俺以外に何者でもない﹂
﹁ハン?⋮っておいおい、わかんねぇよ。全く⋮不思議な奴だな﹂
439
喋りながら、マックスの腹の中に次々と盛り付けられた料理が消え
ていく。空いた皿を積み重ねた。
まだ足りなさそうだったので、新しく注文した塩辛い乾燥肉を齧り
ながら、マックスが苦笑する。
さて、お互い知りたい事も分かったし、もう深夜だ。眠気が生まれ
始める。
﹁知りたい事はわかったか?ならもう解散するかソウマ?⋮実は俺
はもうそろそろ眠い﹂
その一言で解散することになった。
精算を済まし店を出た。
帰り際、マックスが思い出したように忠告してきた。
﹁そういやソウマ、お前さん貴族に気をつけておけ⋮特にこの国の
貴族と呼ばれる連中にな﹂
裏情報として、魔物の卵の件の時に、所有者が現れた際に殺してで
も無理矢理入手しようとした貴族がいて、発覚して捕まったそうだ。
ソウマは企てを邪魔をした者として、その貴族と仲が良かった一部
の貴族連中から報復対象として認識された。
この世界に例外は除いて上位として君臨、統治するのが王侯貴族で
ある。
それ故、人格形成にも問題がある者も少なくない。
巨大な兵力や権力、金を持つ相手を敵にする事は危険な事である。
440
甘い相手では無い。
気を付けようが無いが、折角の忠告だ。ソウマはマックスに礼を言
い、別れた。
宿に帰ると部屋に入り、ベッドに直行する。
ベッドには既にレガリアが待っていた。
マスター
﹁御主人様、遅かったのですね﹂
﹁待たせたなレガリア。ちょっと野暮用で遅くなった。新しい刀の
作成具合はどうだ?﹂
などと、鍛治場の出来事について聞いて見た。
竜の牙の素材は扱いが難しい素材だ。
大型炉で非常に高温で牙を熱しながら、魔力を込めて打っていくら
しいのだが、今日1日鍛えても少ししか装備品としての加工具合が
進まなかったとのこと。
悔しい思いが滲みでている口調で教えてくれた。
今回の加工具合とジュゼットの経験から新しい刀の完成予定を判断
した所、約一ヶ月ぐらいには出来上がると判断された。
この為、レガリアは迷宮よりも鍛治の腕前を上げてソウマの装備品
作りを優先したいとお願いされた。
未熟なままの腕前に不満を感じているし、何よりジュゼットの指導
の元、頑張れば頑張る程上がっていく実感が楽しかったらしい。
441
黙って考えていたら、おずおずとした表情で此方を伺っている。
レガリアに関しては武器を鍛える事もそうだが、現在修羅鬼状態と
して使える戦技が2つある。
その内の1つはサブ職業である鍛治士から覚えた唯一の鍛治の戦技
でもある︻魔力打ち︼を、次の段階へと進化させたいと望んでいた。
戦技︻魔力打ち︼は鍛治系職業しか持つことが出来ない戦技とされ
ている。
効果は魔力を込めることで素材の持つ特性を引き出したり、素材を
加工しやすいように適した硬度に変えたりする。
また実際に打つことで情報が鉱物系や生物系の様々な素材を扱える
ようになる。
昇華出来る程鍛え上げ、素材を打つ以外の情報を5感ないし6感で
全てで感じとる。
その技術の大成である戦技をモノに出来る者はごく僅か。
一般的に其処が1流と凡百に別れる境となると言われている。
こんしん
其れが進化・昇華したモノが戦技︻魂真︼
442
レガリアが極めんとする目標は遥か高い。ここにはその極めた先達
がおり、教導して貰うには充分な環境が整っている。
ジュゼットに大分無理を言うことになるだろう。しかし⋮やりたい
と思う事を存分にやらせて上げたい。
俺は親から勉強、勉強⋮と、自分のやりたい事も我慢して、勉強以
外してこなかった。社会に出た今、役に立っていることも勿論ある
し、感謝もしているが⋮俺にとって興味の無い勉強は楽しくは無か
った。
其れでも頑張れたのは、唯一楽しかった弓道があったからだった。
幼い頃から近くの弓道場に通っていた事もあり、親もこの趣味だけ
には何も言わなかった。
人生頑張れる目標があると無いでは、その後の楽しみ方も違ってく
ると思う。
割と人生ままならぬモノだが、その中にも楽しみが有っても良いは
ず。
レガリアの特異性を考えたら、やはり将来的に俺を軽く超えていく
だろう。
産まれて間もないレガリアはすること、見ること聞くことが全て面
白く、興味深いのだろう。
443
鍛治を優先したいと打ち明けられた時、子供に悩みを打ち明けられ
た嬉しさを伴う感覚と、子供が自分を超えていくかも知れない錯覚
を味わえたような気がする。
親の気持ちって⋮こんな感じなのかも知れないな。
まぁ、正確には親では無いが。まだまだ負ける訳にはいかないから、
俺も精進しよう。
心配そうに伺っていたレガリアに、好きなようにして大丈夫だと許
可すると、喜びではちきれんばかりの笑顔を見せた。
この表情にドキリとする。ポカーンとしてしたが直ぐに我に返る。
彼女の笑顔には無邪気な魅力がある。
明日は冒険者ギルドに呼ばれている。褒賞も受け取らなくては⋮そ
んな事を考えながら、眠りに落ちた。
よく晴れた翌朝、ダンテ達と共に冒険者ギルドへ向かった。
既に連絡がきていたのか受付の人が俺達を見つけると直ぐに確認と、
奥の間へと通された。
見事な調度品の品々が置いてある応接間の1つなのだろう。
待たされること暫し、出されたお茶を飲みながら寛いでいると、ギ
ルド長であるアシュレイとエステル、それと見知らぬ男が入ってき
た。
444
見知らぬ男は髭を切り、髪を切って整えたマクスウェルである。
﹁やぁ、お待たせして申し訳ないね﹂
アシュレイの言葉から始まり、一同挨拶をする。
エステルの隣の人物も紹介される。
彫りの深い顔立ちで強い目力があるが、決してキツイものではなく、
どこか優しさを感じられる魅力がある。そして特徴的な白髪。誰が
見ても間違いなく良い男である。
簡単なお辞儀をした後、彼の名はマクスウェルと名乗った。
﹁長い名だからマックスと呼んでくれ﹂
それとエステルから私の旦那だと告げられると突然の事実に少し落
胆するコウランと、驚くソウマとダンテは顔を見合わせた。
﹁彼にもこの依頼の件について立ち会って貰う。それとこの報告書
から一通りの状況は掴めた。この炎鬼の⋮﹂
とアシュレイの説明が長々と続いた。結果、迷宮洞窟は沈静化して
いるが、また活発化するとも限らないので情報収集自体は続けるが
危険度は低いと判断された。
労いの言葉のあと、約束した報酬が各々に贈られた。
ソウマはサルバードール遺跡迷宮の立ち入り推薦状︵1度のみ︶。
コウランは希少価値の高いMP貯蔵のアクセサリー。
445
ダンテは微力の魔法耐性だが複数の属性耐性を持つアミュレットを
手に入れた。
どれもレア級の価値を持つ破格の報酬であると言える。
喜ぶ3人を見ながら、アシュレイがソウマに話しかけた。
﹁これで話は終わる訳なんだが⋮ソウマくん、君だけ私の部屋に来
てら貰えないかね?﹂
﹁構いませんが、長くなりますか?この後迷宮洞窟へ入る予定なの
ですが﹂
﹁ふむ⋮そう手間は取らせない。少しの時間で良いんだ﹂
コウランとダンテへと振り返ると
﹁私達は構わないわよ?ソウマ。道具屋と鍛治場に寄ってるからあ
とから来てね﹂
﹁⋮まぁ、此方は気にするな。また後でな﹂
そう言って別れた。そのままギルド長の部屋へと招かれる。
﹁本当に手間を掛けさせてすまないね。ではサクッと本題に入ろう﹂
おもむろにギルド長はキッとした表情でソウマを見詰めた。
﹁ここからは込み入った話になるが、聞いて欲しい。実は今回の依
頼を頼んだのは、ギルドで君を監視しどのような人間なのか情報を
446
集めていたんだ﹂
突然の告白に戸惑うソウマ。アシュレイは構わず、続ける。
﹁ソウマくん、君は一部の貴族から要注意人物指定を受けているこ
とを知っているかな?﹂
黙って首を振る。昨日マックスからは何となく聞いていたが⋮正直
情報などない。
ユピテルの街で、魔物の卵を保管してあったレガリアの件を持ち出
された。
﹁君が現れるまでは、魔法生物の卵など存在すらもしなかったんだ。
魔法生物とは錬金術の技術や古代から稀に発見されるゴーレムなど
の存在しか、我々は知らなかった。その珍しい魔物の卵を巡って、
魔物蒐集家である様々な人種が何とか手に入れようとしていた。
だが、あのユピテルの街にはアイラ・テンペストが存在していて頑
なにその卵の守護を続けていた⋮下手をすれば彼女と敵対行動とし
て見られる恐ろしさから、連中は手が出せなかったんだよ。彼等は
さぞ悔しい思いをしていたんだろうね。月日が50年になる頃には
殆どの者が諦めたが⋮諦めきれない貴族が1人いた﹂
その貴族は貴族派と呼ばれる派閥に属していた。何年経ってもずっ
と執拗に魔物の卵を狙っていたんだ⋮と付け加えられた。
その貴族は人間よりも魔物が好きな変わり者の人物でね。珍しい魔
物なら何でも手に入れようとした。
447
ソウマくんに暗殺と卵の奪取を命じて失敗して失脚した後、捜査し
た彼の屋敷には地下の隠し部屋が発見された。
地下には広大な空間と檻が拵えてあり、多種多様な魔物が飼われて
いたのだ。
そのコレクションの中にはなんと、非常に希少価値の高い生きた障
壁蟻が2匹も含まれていた。
その後、逮捕された貴族の懇願もあり、同じ派閥の仲の良い貴族が
発見された障壁蟻を多額で買い取り、王都の自身の邸の元へと護送
中だった。しかし、途中で大量の昆虫型魔物と魔獣に襲われ、雇っ
た傭兵と護衛の私兵共々消息を絶った。
大量の魔物により近辺は厳戒態勢を敷いており、現在は解除された
がユピテルから王都へと向かう道は暫くの間、検問が為されていた
くらいだ。
﹁そういった訳で君はこの王国で有力である貴族の一派を失脚させ
た諜報人の1人として、目をつけられた。アイラ殿には手が出せな
い分、一部の貴族からかなりの恨みをかけられていて⋮ね。それに
複数の権力や特殊な立ち位置であるユピテルは自治権も認められて
いる。ユピテルで事件を起こせば自分の首が危ない。
そこでこのアデルの町のアデル老伯爵に要請と圧力を掛けてきた⋮
戦力不足のこの町で有事の際はもしかしたら協力が得られない⋮な
どとね﹂
此処まで言われれば何となく分かる。
448
この冒険者ギルドにもソウマなる人物に依頼を受けさせない。また
調査をして報告書を上げろと圧力を掛けられたのだが⋮。冒険者ギ
ルドの長として受け入れられない。
こんな無茶な要求をしてくるのも、この貴族達はこの町で影響力が
強い発言を持てるほど、復興の時から各場所へと携わっていた。
自分達の身の振り方の為にも、余計なトラブルは負いたくない。
貴族からの調査命令以外にも、まずはソウマがどんな人物か知らな
いため、此方としても鵜呑みにせず危険人物なのか調査する必要が
あった。
その為の調査として難航していたこの依頼が選ばれ、アシュレイの
伝手で要請を受けた王都調査団からエステルが派遣された。
他、ソウマと深く関わった鍛治長のジュゼットや道場の教官である
グリッサにも事情を話し、協力を得ていた。彼等からの反応は概ね
良好である。
但しグリッサからは戦闘能力の高さと、ジュゼットから未知の素材
を多く持つ未知数の存在との報告を受けた。
実際昨日同行したエステルからも未知数の高さの戦闘能力は敵に回
すとしたら要危険人物だと判定した。
迷宮洞窟のBOSSを単体で倒す程の戦闘能力を有しているソウマ
は、低く見積もっても恐らく冒険者ランクAのアシュレイと同等の
戦闘能力を秘めている。
仮に戦闘になれば被害は少なくないだろう。
449
ただ、彼は少なくとも敵では無いと判断した相手に、無用な殺生は
好まないと判断した。
それはあの闘技場で闘った冒険者達を腹立だしいから殺す⋮と、い
った短絡的な行動に移らなかったことからして明らかだ。
また魔物使いの職業を保持していることから、稀人である可能性を
示唆された。
そうなると、どんな魔物を使役しているのかは分からないが⋮弱い
魔物では無いはずだ。
リスクとリターン⋮収集された情報から総合して出した結論は、冒
険者ギルドにしてもアシュレイ個人にしても、仲良くしたいと言う
ものだった。
一昨日、王都からこの町へと封鎖されていた通路が開通し、貴族派
の連中がこの町に到着した。代表はバーナルと名乗る男だったが、
此奴はとんでもない男だった。
特に下手に手出しすると、町の危険に繋がると忠告をしてきた。
直ぐにこの男の情報を集める。
情報から貴族であることに誇りを感じ、それ以外には冷酷と評判の
男だった。
経歴から少女に何をするのか噂を知っていた為、凶行を怒りを押し
込め、歯噛みをしながら我慢しようと思ったのだが⋮幸か不幸か犯
行が起こる前に奴は捕まった。しかもソウマによってだ。
しかし取り巻きは既に逃走しており、早速昨日捕まったバーナルの
450
釈放を早速求められた。
しかし、エステルからの要請もあって突っぱねることが出来た。暫
くは拘留出来るが⋮罪状に問えず釈放までは時間の問題だ。
出来ればあの不快で危険な男を野に放つ行為はしたくは無い。儘な
らぬ世の中だ。
因みにブランドー家は貴族派に属している家柄だ。件の貴族とは関
係は無いが、自身の家の点数を稼ごうと娘の護衛と称してこの町に
送られてきたのだ。
エステルの他に息子達がおり、後継も既に決まっている。
エステル個人は両親から絶縁された身であり、2度と貴族に戻らな
い事を世間にも公表して一切社交界からのお誘いも断り続けている。
この町のギルド長として表立っては支援出来ないが、このように報
酬や便宜を図る事は出来る。
また此方の立場を前以て明確化しておくことで、ソウマを最悪敵に
回したくない意図もあった。
昨日帰ったエステルと事情を知っているグリッサ、ジュゼットを集
めて緊急会議を行った。
各々の結論も総意なく、明日報酬を受け取りにきたソウマに事情を
話して理解を得ようとなった。
451
情報を無断で収集したり、実力を試した事への謝罪を含め、改めて
頭を下げられた。
ソウマ自身は謝罪された事に戸惑いがあった。
自分はそんなに偉い人間では無い。寧ろ面倒毎が嫌いで目立つ事が
苦手な小心者だ。
俺は偶々この世界に来て、他よりも強い力を持った個人である。
自身をキチンと評価してくれた事に有難さを感じつつも、こうなっ
た経緯からアデルの町に長期滞在は難しいと感じた。
住んでる内に愛着が湧いたこの町に迷惑は掛けたくない。
試作型の鎧の件や、流星刀レプリカの強化を考えて一ヶ月は少なく
とも掛かるだろう。
その事を話し、約一ヶ月はアデルの町に滞在する許可を求めた。
アシュレイは考える。実際ソウマがこの町に居ることでまだ問題は
起きていない。
だが⋮一ヶ月にもなると、どんな妨害があるか分からない。町の外
での暗殺や冤罪などの犯行に巻き込まれたりなどあるかも知れない。
アデル老伯爵には、調査した結果と戦闘能力は未知数で要危険人物
としての報告しか送っていない。
同じ貴族派のアデル老伯爵だが、他の貴族とは違い、情報の中から
452
でもソウマを興味深い人材だと思っている節がある。
それと伯爵の他に、町の騎士団を預かる男がいる。何年か前に王都
から派遣されてきた駐在武官のような存在である。
その男はこの町よりも王都暮らしを望んでおり、何か手柄を上げて
早くここから出て行きたいようだ。
そのため貴族派の印象を上げようと、声高々に堂々とソウマを討つ
べしと息巻き、賛同する者も少なくない。
嘆かわしいことだが、徐々に西で起こった戦争の戦火にこの町が巻
き込まれるかも知れない。
50年前のように⋮以前より弱体化した町の防備でばとてもでは無
いが、全てを守り切れないだろう。
普段なら何の罪もない冒険者である彼を討てなど、ありえない。
しかしこんな状況化で自分達だけは助かろうと考え、馬鹿な事を考
える者が先走って何をするか分からない。
ソウマくんはそろそろ注意しておいた方が良い。目立ち過ぎた。
此処まで貴族派の一員をコケにした人間で生きている者は存在しな
いのだから。
話してみて分かったが、死ぬには惜しい若者だ。どうしたら助けて
やれるだろう。
453
暗い表情で悩むアシュレイを見て、ソウマも決心を固めた。
貴族という存在は上位の力を持って君臨している。一方的に理不尽
でも睨まれるとこんなに厄介なモノか⋮と、辟易する。
ソウマが口を開く前に、横からマックスとエステルが口を挟んだ。
﹁どうやらソウマは決心が硬そうだな。残り一ヶ月ほどなら貴族と
しての私も入れば、奴らもおいそれと手を出せまい﹂
﹁エステルの言う通りだ。曲がりなりにも縁があったんだ。例え襲
われたとしてもこのメンバーなら問題ないだろ﹂
と、面白そうに笑うマックス。
この発言によりアシュレイも覚悟が決まった。
今後問題が起ころうとも全力でフォローすることを決めた。
アシュレイは若い頃からこの町を拠点として長い間活動し、功績が
認められて遂に冒険者ギルドの長となった。
周囲との軋轢などを避ける為にも頑張ってきたのだが、アデル老伯
爵は然程でもないのだが、最近他の貴族からの揉め事や、傲慢さに
いい加減振り回されるのと嫌になってきていたのだ。
まずは彼自身の戦闘能力の高さを周りに知らしめれば、この町で馬
鹿な事を企てる奴にも牽制となるはずと、アシュレイは考えた。
454
﹁気持ちは嬉しいが⋮やはり無理は掛けられません。それに折角サ
ルバードール遺跡迷宮の許可証があるので、私はそこへ向かおうと
思います。そして一ヶ月後にまた、ここへ戻ってこようと思います﹂
ソウマはそう決意する。試作型装備に関してはジュゼットと相談し
必要な素材を置いていくつもりだ。
レガリアはどうしようか⋮?やはりこのままジュゼットに預ける事
になるだろう。
アシュレイはソウマの決断に驚いた。年若く、経験も浅い若者なの
に⋮よくこの決断に辿り着いたモノだと思う。
他に解決案も無いため、了承してサポートすることを約束する。
この選択により、後にソウマにとって避けられない戦いが発生する
こととなる。
455
マックス参戦
ギルドで新しい情報を得たソウマはコウラン達が待つ場所へと向か
った。
自分が要注意人物として指定されている事実に不快感も覚えたが、
アシュレイやエステル、マックスのように助けようとしてくれる人
間もいる。
人の役に立てることはあっても、迷惑はなるべく掛けたくないもの
だと思う。
そう考えながらゆっくり歩いていると、町の住人達の働く姿が見え
る。この町を守ってきた人達。
この王国で王都とユピテルの街は有数の施設と巨大な人口を持つ。
その中でもアデルの町は戦争や幾多の戦いを乗り越えた復興の町で
あり、ユピテルの町から1番近い町として知られている。
鍛治場に着くとレガリアが出迎えてくれた。話しながら作業場所ま
で案内してくれる。
先程ギルドで起こった出来事を話す。
面倒な事が起こる前に1度この町を離れ、熱りが収まるのを待つ事
を伝えた。
先ずは先立つモノを稼ぐため一週間ほど迷宮洞窟で過ごし、旅の資
金を貯める。その後サルバードール遺跡へ出発。そこでまた迷宮遺
跡に潜る予定である。
456
そして装備品が完成する一ヶ月後に戻ってくる予定を伝えた。
黙って聞いていたレガリアに、一緒にサルバードール迷宮遺跡に来
るか?それとも町に残るのかを聞く。
今までの様子から、ソウマと来たがるのでは無いか?と思っていた
が、本人の口から出た答えは違っていた。
﹁御主人様、お許しを頂ければ私はこの町の鍛治場に残らせて頂き、
ジュゼット殿の指導を受けて鍛治の道を鍛えたいです﹂
﹁⋮わかったよ。なら装備諸共よろしく頼む﹂
﹁お任せ下さい﹂
スンナリと此方の話は決まった。
後はジュゼットにレガリアの事を頼む。
裏事情を知っているドワーフは深妙な顔で承ってくれた。
大事なレガリアを置いていくのだ。
そうとなれば、可能な限り迷宮にで支度金とレガリアの滞在費、ま
た装備品を整えるために稼がねば!
迷宮洞窟へはダンテ達も付き合ってくれることになり、各々準備を
することにした。2時間後にアデルの町の門に集合の約束をして別
れた。
457
迷宮洞窟に潜るメンバーはソウマ、コウラン、ダンテ。
道具屋へ向かい、色々と品定めする。
普段は買わない日用品だが、シャベルやピッケル、それにロープ。
そして大鍋と火の魔石がついたコンロセットを買い、長期の滞在に
向けて念の為買っておく。
次に料理を買いに行く。
料理に臓物の味噌煮や焼き鳥。調理肉の状態になったモノを買い漁
り、旬の野菜などを次々とアイテムボックスへ詰め込む。
暫く歩くと道場が見えてきた。グリッサとは久しく会っていないが、
他の冒険者相手に忙しく指導しているのだろう。
それと、まだ師範は不在らしく、弓の派生技は覚えられないでいた。
気を取り直し、冒険者ギルド近くにある魔法屋では、レガリアが折
角無属性魔法の低位を覚えたので、目的の感知魔法と魔法解錠の低
位無属性魔法を2つ買った。
魔法書はかなり高額の値段だったが、惜しくはない。出掛ける前に
忘れるずに渡しておこう。
他に魔法アイテムの魔法回復薬を少し入手した。
アイアンメイル
次にソウマの当座の防具を見に行く。防具屋では良質な鉄で作った
鉄の鎧、丁寧な処理をされた魔獣革の戦闘衣など、品揃えはユピテ
458
ルと変わりない。
急所を鉄で覆い、他を魔獣の毛皮で作られた灰色のハイノーマル級
の軽鎧をセットで買って着込んだ。他人には少し重いだろうが、自
分には全く問題のない。
装備すると見た目は一般的な冒険者に見える。
長く迷宮に潜るため、手続きの為に1度宿に戻ると、エステルとマ
ックスが待ってくれていた。
﹁よう!邪魔してるぜ﹂
グラスに並々と酒が揺らいでいる。宿の女将さんに注文してこの町
特産の蒸留酒を2人で楽しんでいたようだ。
マックスに来訪した理由を聞く。彼等は1週間程でこの町で用事を
済ませた後、迎えに来た馬車に乗り込んでバーナルを引っ捕まえて
実家に1度戻るそうだ。
エステルが任せろ⋮と、言った意味が分かるような暗い笑みを浮か
べていた。
エステルはいつソウマ達がサルバードール遺跡へと出発して入れ違
いで会えなくなると思い、真っ先に挨拶に来たそうだ。
モンスターカーニバル
ここからが本題だが、マックスはエステルから魔物祭をクリアし水
晶核を入手していることを聞いていた。
水晶核は超難解な魔力加工しないと唯の美しい展示物と変わりない。
そこで、ソウマの持つ水晶核に加工は必要無いか聞きに来たと言う。
459
と、言うのもマックスは珍しいスキルで︻魔力微細制御︼を身に付
けていた。
マックス
魔法を扱うスキルの中ではかなり希少なスキルであり、才能もある
だろうが、自身の弛まぬ訓練の賜物の末に身に付けたスキルなんだ
と思う。
この前、試作型鎧を任せているジュゼットからこの過程を専門で行
う魔法使いのツテを頼ると言っていたが⋮膨大な金額と此方に到着
するまでに時間が掛かるらしい。
出来れば加工の過程を見てみたかったが、残念ながら諦める所だっ
た。
魔力加工を出来る人間がいればそれに越したことない。
時計を見ると、ダンテ達との集合時間まで幸いまだ1時間程あった。
ノンビリしていた2人に説明し、連れだってその足で鍛治場へと急
ぐ。
鍛治場に到着すると奥の作業場には、レガリアがいた。
槌を振り上げ、魔力を込めて振り下ろす。丁寧にかつ重厚に金属と
竜素材が奏でる硬質音が鳴り響く。
奥でレガリアは真剣に竜の牙を加工する為に打っていた。
声掛けて集中を解くのも申し訳ないので心の中で応援する。
作業場を通り抜けると体格の良いドワーフがレア級と思わしき魔力
を伴った鎧を点検していた。
作業を終えるまで待つ。点検時間は然程掛からず、ジュゼットに事
460
情を説明して理解を示してもらう。
初顔合わせのマックスとエステルを紹介する。魔力加工を請け負う
魔法使いだとも付け加えておく。
まじまじと眺めていたジュゼットが、何かに気付いたように眉をピ
クッとあげた。
﹁ん?人相は違うがその腕輪はあの時の客か﹂
﹁その通りだが⋮覚えててくれたのか。大将、ソウマが説明してく
れた通り、俺に水晶核を預けてくれないか?﹂
ソウマに許可を得たものの、ジュゼットは渡しても良いか考えあぐ
ねていた。
魔物祭でしか獲得出来ない希少な素材である水晶核。
相場で売るだけでも半年は遊んで暮らせる金額になる。用心して仕
方の無い事なのかも知れない。
暫くの葛藤後、ドワーフがマックスの手へと置いた。
マックスは仕方ないさと苦笑しながら、立会いのもと水晶核の魔力
加工が始まった。
最初に水晶核に手を触れた場所からマックスが魔力を通す。
すると、水晶核の中央から蒼く光った。徐々に魔力光が強くなり、
溢れんばかりに水晶核に魔力が貯まると次第に大きく点滅する。
461
そこから魔力を込め過ぎて傷付けないように、繊細な注意を持って
丁寧に練り上げて順々に仕上げていく。
その光景は芸術的に美しく、魅せられる過程がそこにあった。
全ての過程が終わったあと、薄っすら汗をかいているマックスはゆ
っくりと息を吐き出した。
﹁やれやれ、終わったぜ?﹂
﹁いや⋮マックスよ、疑ってすまんかったな﹂
﹁気にしないでくれ。希少な素材だ。持ち逃げや壊されたらたまっ
たもんじゃないからな。当たり前の事だ﹂
﹁普通は何日もかけて行う過程をこの男は30分程で終わらせた。
余計な時間を掛けさせなかったからな﹂
謙遜するマックス。エステルからは私の夫は凄いだろうとドヤ顔に
なっており⋮仲の良い夫婦だと感じさせた。
加工された水晶核は、透明感はそのままに淡く黒色に輝いていた。
ジュゼットはその水晶核を丁重に保管庫の魔法金庫の中へと閉まっ
た。
後をお願いして、一同は外へ出た。
改めて2人にお礼を伝える。
462
﹁律義だな。迷惑料だから気にしなくていい﹂
﹁そうだぞ、この男が勝手にやっただけだ﹂
この世界において戦闘能力の高さや、何より信用出来る人格者であ
る2人。
個人的には仲良くなりたいモノだ⋮せめて本来他の魔法使いに頼ん
だ際に掛かったであろう手数料に何かお礼に品を贈らせて欲しいと
しつこく頼むと、悩んだ挙句2人ともこう答えた。
﹁そうだな⋮ならドラゴンの素材を手に入れたらくれ﹂
﹁私は研究材料に。夫は装備品に必要なのでな。竜の素材を2つ頼
む﹂
と、面白がって言う。
一般的にドラゴン素材を入手するなど、一生掛けても難しい話だ。
つまりは本人達的には冗談のような滅多に無いレアな素材を比較に
出すことで気にするなと言うことだと思うが⋮。
アイテムボッ
手持ちにあるし、この2人なら信用出来ると思うからいいか。
クス
人通りが無い場所へ案内し、マップで念の為確認をしてから魔法袋
仮から竜の牙を2つ取り出し、2人の手に握らせた。
1つ40㎝以上にもなる竜の牙は魔力に満ちて輝き、存在感を放っ
ていた。
正体は分からないモノの内包する魔力に絶句する2人。
463
竜の牙だと説明すると、即座に突き返してきた。
﹁冗談で言ったモノだ。コレは受け取れない﹂
﹁そうだぜ。冗談は抜きにしても手数料にしては高過ぎる﹂
本来なら持ち逃げしてもおかしくない品に対して、キチンと返して
くる。
そんな態度も好感が持てた。突き返した素材を首を振って拒否する。
﹁これは自分なりの好意と、2人に対しての先行投資のつもりなん
だ﹂
この頼りになる2人に此れからも機会があれば仲良くして欲しいし
⋮。
その事を説明し、なんとか理解を得て貰った。
﹁やれやれ、高い評価は有難いが私や夫を過大評価し過ぎだぞ?﹂
﹁そんな事はないつもりだ。本当に頼りにしている﹂
どう突き返しても、受け取る気がないソウマ。
マックス達は墓穴を掘った事を理解し⋮有難く頂くことにする。
﹁こりゃあ、逆に高くついたかも知れないな⋮だが、この素材は俺
の新調しようとする装備品に必要でね。1番入手が難しくて諦めか
けていたんだ﹂
一息ついてマックスが続ける。
464
﹁で、ソウマ。そういやお前さん固定してパーティを組む気はない
か?
もしその気があるなら俺達もその一員に加えて欲しいんだ﹂
何を言いだすかと思ったら⋮固定パーティか。ソロが多くて余り考
えたことも無かった。
そんな表情が顔に出ていたのだろう。
マックスが補足してくれた。
﹁まぁ、難しく考えるな。それに難しいなら固定パーティと言って
もずっと組まなくても良いぞ?必要な時に加えてくれたり、自分達
も必要ならパーティを依頼をする程度に考えてくれていたら良いん
だが﹂
成る程⋮ギブアンドテイクの精神。それなら良いかも知れない。実
際、ウェスター達から話を聞いていた場所は1人では攻略が不可能
な場所もあるだろうし、信頼出来るメンバーならなお安心だし。
出発までまだ時間はあるから、ゆっくり考えておいて欲しいと頼ま
れた。
﹁今から迷宮洞窟へ向かうんだろ?竜の牙分くらいは働きたいしな
⋮誘った手前、何ならお試しに俺だけでも付いて行こうか﹂
﹁わかった。各所への連絡や後の手続きは私に任せておけ﹂
マックスがそう決め、エステルが了承した。それにより急遽マック
スが参戦する。
465
色んな人達に出会い、どんな場所に行けるのだろう。
新しい期待感に胸が躍る。
集合場所でダンテ達と合流した。
ソウマはかつてないほどのやる気を燃やし、迷宮洞窟へと出発した。
466
ソウマの決意
迷宮洞窟へと向かったソウマ達は順調に道程をクリアし、洞窟内部
へと到達していた。
このメンバーではマックスとダンテが前衛になり、ソウマは弓を装
備し、遠目の相手を中心に倒していった。
この面々の中ではやはりマックスが目立つ戦果を上げていた。
魔法を使わずとも、接近戦では投擲用のナイフを投げ、よろめいた
隙に小剣による一撃で止めを刺すなどして、上手く併用していた。
この投擲による武器の戦い方を見ていると、以前テスト用に作り、
アイテムボックスに眠ったままで使ってない投擲武器兼接近戦用の
武器を思い出した。
それは打根ないし打矢という武器で、マックスの戦い方には投げナ
イフよりもソレをオススメしたくなった。
以前中距離用の武器を探していた所、色々と種類があるがどうもピ
ンとこない。
店内を探している内に打根の存在を思い出し、武器屋を見渡したが
⋮そんな形態の武器は置いてある筈もなく見つからなかった。
ジュゼットに聞いてみたが見たことも聞いた事も無いと言う。
ソウマはリアルで弓道を習っていた時に、師匠からは実技の他に弓
についての歴史も習っていた。
467
小笠原流ではあったが、打根という武器の存在と使い方を資料とし
て、どういモノなのか教えて貰っていた。
私には投擲武器用の補正や戦技はないが、いざと言う時の接近戦用
の切札に是非1つは持って使いたいと思っていたのだ。
エルダーゲート
⋮世界に無いのなら作ってしまえと思い、ジュゼット達にどんな形
態なのか、どう扱う武器なのかを知っている範囲で概要を話した。
また、拙いながらもどんなモノが絵で描いて説明し、何とか理解を
得てもらった。
設計図には武器の全長を50㎝程にしてもらい、小型の小剣のよう
な形にしてある。
全体的に矢の形状に似ていてるが、先端部はやや細くして尖らせて
いる。
後ろ側の部分は筒状にして、中に紐を仕込んでおく。
理論的には投擲した際に回収しやすくしてある。これは元の世界の
ままの仕様になっている。
1度作成して見て、この世界の素材と仕様に徐々に変更していけた
らとおもう。
製作段階に入り、実際使う金属は先端部と全体的な金属は、上位炎
鬼のBOSS戦で入手した魔力鉄を使う。
忙しいのに申し訳ないのだがレガリアに頼んで、新しい刀よりも先
に作って貰っていた。
ジュゼットも面白いと興味を持ってくれた。
足りない素材の提供に工房に残っていた美しい風鳥の羽と、打根に
468
仕込む糸に伸縮性に長けた耐久性の高いサンドワームの糸を提供し
てくれた。
自分の我儘のために力になってくれる2人には大感謝である。
試作型とは言え、設計図通り完成した打根の完成度は高かった。
元の世界の現代では入手出来ない特別な材料と、作成者の鍛え上げ
打根
ハイノーマル級
られた技術のおかげだろう。
試作型
異世界の知識を多用し、ジュゼットとレガリアが魔力素材で作り上
げた。投擲、刺突、近接に使える武器である。
射程距離は最大4m。投擲した後、回収出来るよう丈夫なサンドワ
ームの糸を使用している。
全体に魔力鉄を使い、見た目よりも軽さと強度を上げてある。
そうして完成した武器であったが、ソウマは主に戦いでは刀や弓ば
かりで、試作型打根はなかなか使う機会が無かった。
だが、折角作ってくれた武器だ。射程距離や強度。また耐久性、使
い勝手と威力を知る為にテストは必要だ。
マックスに相談してみて良かったらテスターとなって貰おうか⋮?
取り敢えず、自分でまず扱って見る。
マックスと前衛を交代して貰った。
新手にレッドラダマンティスが4体現れた。
469
まずは通常武器としてレッドラダマンティスの1体に接近する。
複眼が此方を確認し、左右からくる前脚からの鎌の攻撃を躱しなが
ら、細い胴体部を支える部分を狙い、払う。
メキョ⋮と音がした。切断には至らなかったが接合部は千切れかけ
ていた。今度は頭部をしっかり切断し、レッドラダマンティスは息
絶えた。
手応え的には申し分ない強度だった。
打根の握る部分と穂先の部分が近過ぎる為、間隔の調整が必要だっ
た。
1体を倒す間に、マックスとダンテが残りを片付けていた。
戦闘終了時にマックスに声掛けて、小剣程の大きさのある投擲武器
を見せた。一見すると先端が尖っている羽根付き棒に見える。
変わった形状の武器を見せて訝しげにしていたマックスだが、説明
すると理解を示してくれ、面白そうだからと言う理由でテスターに
なってくれる事を了承してくれた。
魔物相手に早速使い始める。
今回は刺突に重点を置いた作りで作って貰っているため、投擲して
威力を試してもらう。
勢いを持って投擲された試作型打根は、敵に避けられる間も無く硬
殼蜘蛛の胴体に突き刺さった。
素早く近寄り、反撃される前に突き刺さった打根を引っこ抜き、そ
のまま斬りつけた。
470
その後、ダンテも協力してトドメを刺した。
マックスとしては最初の投擲に硬殼蜘蛛の頭部を狙ったようだが、
狙いがずれたようだ。
投擲武器武器補正のあるマックスなら、命中率も上がり次第に使い
こなしていくだろう。
威力的にも通常の動物や魔物相手では充分な威力がある。
他にも投擲した際に紐を付けてある部分に付いて独自の見解や、実
際使ってみてこうして欲しい⋮と、他にも要望や改善点が多かった。
ただ、投げナイフ比べ殺傷性が高く、手槍や手斧よりも重量が軽く
扱いやすい。
1つ言えるのはこの世界に無い武器であり、相手からは初見で何か
分からない。
応用がきいて秘魔猟兵であるマックスには大変相性が良く、気に入
ったと太鼓判を押された。
微調整や改善点を念話でレガリへと送り、帰った際に調整を頼んで
おいた。
投擲武器的には元の世界とは違った形になるかも知れないが、それ
もまた面白そうだ。
全員が攻撃組に周り殲滅力が上がる。あっという間に巨地龍の間へ
と到達する。
471
﹁皆、お疲れ様。ちょっと休憩しないかしら?﹂
コウランの提案に乗り、少し休憩することになった。
﹁随分と進めたな。しかしそこの盾使いさんと、神官さんのコンビ
の腕前には恐れ入る﹂
マックスが褒める程の腕前を持つ2人は満更でも無さそうにしてい
た。
﹁いや、貴方こそ素晴らしい腕だ。何処で修行してきたのですか?﹂
丁寧な口調でダンテが聞くと、マックスは自分が孤児であり、孤児
院に来ていたボランティアの青年に鍛えて貰ったたのだと教えてく
れた。
﹁その恩人に憧れてガムシャラに修行しただけだ。将来はその恩人
に少しでも役に立てるようになりたいもんだ﹂
そう答えるマックスは照れながらも誇らしげだ。
照れ隠しにダンテ達に夢が無いのか尋ねて見た、
﹁夢⋮俺はお嬢様の側で働けていけたら其れでいい﹂
﹁私はねぇ⋮取り敢えず、自分の持ってる力を試して見たいわ!折
角自由になれたんですもの﹂
そう答える2人にマックスは、先程ソウマに話したパーティに付い
て、良かったら一緒にやらないか?と誘っていた。
472
突然のお誘いだったが、コウランは迷っていたが固定パーティに前
向きな姿勢を見せていた。
だが、ダンテから考えさせて欲しいと返答があり、即答を避けられ
た。
ゆっくり考えて貰って構わないし、ソウマとしてもコウランやダン
テとなら良いパーティを組めそうな気がする。
このメンバーなら、自分の事についてももう少し話しても良いので
はないかと思える。
信じて貰えるかは分からないが、自分が異世界から来たこと、巨人
魔法である︻巨人の腕︼を使えること⋮。
今回折を見て話してみようと思う。
小休憩が終わり、全員立ち上がって最下層を目指す。
先程迄より足取りは軽かった。
前衛はダンテ、中衛にマックスとコウラン、殿は弓を使っているソ
ウマが勤めていた。
即席メンバーだが、此処まで来るのに何と無くコンビネーションが
噛み合ってきた感じがする。
最下層に降りた後、自分達より他にパーティがいない事を確認して、
扉の先の魔法陣からBOSSの間へと飛び込んだ。
473
メンバー全員が異空間固定された闘技場に召喚される。
﹁ここも久しぶりだぜ⋮まさか自分がメインで戦う事になるとはな﹂
﹁マックスさんは経験がおありなのね。なら安心ね﹂
話している内に、BOSSの召喚陣から大きな身体の鬼が出現した。
﹁なら、ちょっとお先に失礼するぜ﹂
アイスジャベリン
そう叫ぶと、マックスの両腕にはめられた美しい腕輪が光る。
上空に蒼く澄んだ氷槍が2槍浮かび、高速の速さで目標へと向かっ
ていった。
余りの速さに充分な回避が取れなかった上位炎鬼は、1つを大鉈で
迎撃し粉砕に成功する。
しかし、もう1つは捌ききれずに体に直撃した。
砕け散った氷はパラパラと小さな氷の破片が舞い散っている。
コウランがフレイを召喚し、後方から戦司祭の神官魔法︻高揚せし
戦人歌︼を唱える。
綺麗で透き通った高音の声が奏でる領域は、聴く者に勇気と戦闘能
力を与える。
﹁ハッ⋮これは凄いな﹂
初めて体感するマックスがニンマリと喜びの声を上げた。
474
直後ダンテは大盾をかざしながら突進する。申し合わせたかのよう
に同時にソウマとマックスも動き出した。正面はダンテが担当し3
人は直線で距離を詰める。
お互いの距離が接近し、上位炎鬼の大鉈の攻撃をダンテが防ぐ。
そして左側面はマックス、右側面はソウマが飛び出し2方向から攻
撃を加えていく。
上位炎鬼は少なくないダメージに顔を歪めながら、戦闘を続行して
いる。
武技︻旋風撃︼を発動を確認し、3人は回避・防御行動にて一旦バ
ラバラになる。
その隙に些かの迷いもなく、後方の防御の低そうなコウランに標的
を替え、駆け出そうとしようとする。
それを盾防御しながらも確認したダンテは戦技︻挑発︼にてヘイト
し、上位炎鬼の注意を無理矢理ダンテの方に狙いを逸らさせる。
﹁こっちだ!お嬢様には手出しさせん﹂
怒気を孕んだ声が響く。
ダンテを無視出来なくなった上位炎鬼は、火の加護を使用して両腕
の紋様が輝き出す。
大鉈による連続攻撃を喰らい、大盾越しにダンテへと更なる重圧が
かかる。
足元に力を入れ、弾き飛ばされぬように踏ん張る。苛烈な攻撃に捌
ききれずに出血を伴う裂傷を負う場面もあったが、コウランが回復
魔法にて順々に癒していく。
475
このようにダンテに攻撃が集中している間にマックスが氷魔法の低
位である︻フロストエリア︼を詠唱し終えた。
上位炎鬼に纏わりつく霜は動作を鈍くさせ、僅かながらスタミナを
奪っていく。
そして次に鬼が異変に気付いた時には、身体中が霜で凍りつき、動
きが出来なくなっていた。
フラウ
マックスは氷乙女に刻まれたルーンを解放し、中位である︻縛氷︼
を2重で掛けた。
この魔法により、上位炎鬼は大鉈を構えたまま、完璧に薄い氷膜で
覆われ凍りついた。
秘魔系職業特有の技と装備に刻まれた恩恵であるが、1人で魔法の
2重掛けなど使いこなせているのは本人の資質やセンスが問われる。
マックスは紛れもなく1流の魔法戦士の域に達している。
フレイムウェポン
氷魔法の効果が続く暫くの間、上位炎鬼は動けない。
スラッシュ
フレイがダンテに炎属性付与を掛ける。
戦技︻斬撃︼で斬り込み、少ないながらもダメージを積み重ねた。
ソウマが心臓部に突きを放つ。貫通こそしなかったが、心臓部を守
る強靭な筋肉を内部から断ち、へこませる。また、強固な骨を砕い
た感触があった。
ニードルストライク
マックスが試作型打根に魔力を通し強度を上げた。貫通︵小︶の効
果を持つ戦技︻鋭針直撃︼を発動させ、へこませた心臓部を狙う。
普段なら強靭な筋肉と骨格に守られた急所である心臓部。
476
動きも封じられているため、筋肉に力も入れられない。
その為、心臓部付近も著しく損傷した心臓部を試作型打根はアッサ
リと貫通する。
出血すらも凍りついている為、出てこない。ビクンっと全身痙攣が
起こった後、バタンと倒れた。
暫くすると、BOSS討伐の証である宝箱が出現する。
﹁やっと終わったか⋮久しぶりに良いリハビリになった﹂
﹁お疲れ様﹂
宝箱の中身を確認し、ソウマが預かる。また大鉈ごと上位炎鬼の肉
体も回収した。
最下層奥の間に送還されて、全員座り込む。
各自装備の点検と休憩を挟む。疲労の色は有るものの、無事BOS
Sを討伐出来てホッとしているようだ。
SP消費も多かったコウランとマックスも暫く休めば大丈夫だと言
われた。
魔力回復薬もあるが、ソレはギリギリまで取っておいた方がいいだ
ろう。
回収した宝箱の中身を取り出す。
今回は初めて見る装備品でグローブだった。
477
炎鬼グローブ
レア級
炎の祝福を宿した魔力鉄に薄く延ばし鬼の紋様を刻んだデザインの
グローブ。肘の先まで覆う。
発動スキル︻炎耐性︵微︶︼
ソウマのアイテムボックスに入った討伐報酬もまた魔力鉄であった。
今後使う予定なので有難い。
BOSSである上位炎鬼はまだ出現していない。
本当は怖いが⋮話すなら、今だと思い、思い切って声を掛けた。
﹁今回のBOSS戦についてなんだが⋮自分に任せて貰えないかな
?﹂
ダンテは突然のソウマの言動に訝しげにしていたが、
﹁ソウマ自信満々だな。構わないが危ない時は助けに入るぞ﹂
﹁自信もあるけど⋮皆を信頼して話しておきたい事や、見て欲しい
事が有るんだ﹂
﹁あらら意味深ね∼分かったわ﹂
478
﹁俺も構わない。お手並み拝見と行こうか﹂
コウランとマックスも同意してくれた。此れでもう後には引けない。
全身強化魔法を発動する。身体中を魔力の補助作用が加算される。
無手の状態でBOSSの召喚を待つ。其れほど待たなくとも、召喚
陣から上位炎鬼が出現した。
辺りの静寂を切り裂かんばかりに鬼の雄叫びが場を支配するが⋮ソ
ウマは臆する事無く飛び込んだ。
いつもと違い、何も装備していない無手の状態のまま飛び込んだ。
流石に危険だと判断して、全員が一瞬サポートに動きかけたが⋮思
い止まり、静観している。
自分の事を信じて見守ることにしてくれたようだ。有難い。
そして距離が近付いた所で、久しぶりに巨人魔法︻巨人の腕︼を発
動させる。
ソウマの周りにゆらりと宙に浮かぶ巨大な腕が出現した。
スキル︻思念操作︼を選択して、巨人の腕を振り上げ、上位炎鬼に
狙いを定めた。
見たこともない腕による攻撃に、本能ゆえか危険を察知し、警戒心
を露わにする上位炎鬼。
迫り来る腕の攻撃に鬼の大鉈を振り下ろして迎撃しようとした。
接触した直後、見事な破砕音を立てて大鉈が破壊された。
武器を無くし、驚愕に染まった表情の鬼の隙を逃さず、ソウマは大
鉈を取り出して首を目掛けて振るう。
479
咄嗟に上位炎鬼が腕を十字にし、盾代わりにして首を護る。
全身を強化されたソウマは更に体術を駆使する。
無駄な動作を省き、己の筋肉を充分に乗せて放った1撃は、鬼の十
字に守られた両腕をも切り裂く。
大鉈越しにザックリと筋肉を断っていく感触が伝わる。
それでも上位炎鬼の膨大な筋肉の抵抗と火の加護による魔力強化が、
大鉈の刃を阻んでくる。
ガッチリと刃が喰い込んだまま、武技︻旋風撃︼を発動させ、強引
に鬼の両腕を切断した。
悲鳴に似た絶叫を放つも痛みに堪え、後退する上位炎鬼。
油断せずに追撃する。
武器を失い、両腕をも失った上位炎鬼はそのまま逃げると思いきや、
ソウマとの距離が2m程に近付いたら無理矢理急ブレーキをかけて、
反転してきた。
眼には怯えの色もなく、戦意に滾るランランとした眼で立ち向かっ
てくる。腰を屈めた位置から噛みつきにかかった。
︻見切り︼を発動していたが、どんな攻撃をしてくるか予測出来な
かったため、慌てて2段ジャンプを発動する。
瞬間的な回避だったが間に合うことが出来た。ソウマがジャンプし
た直後の位置に上位炎鬼が通り過ぎて行く。
480
両手で大鉈を握りしめ、空中でコンパクトに振り抜いた。
ズバッと音が聞こえ呆気なく飛んでいった首は、自分が何をされた
のか最後まで理解してない表情を見せていた。
BOSS討伐の宝箱が出現した事で、ようやく我に返ったパーティ
メンバー達。
取り敢えず宝箱の中身を回収して、メンバーを振り向くも誰も微動
だにしていない。
破砕した大鉈と上位炎鬼の肉体も密かに回収する。沈黙のまま、奥
の間へと送還される。
メンバー全員が無事に闘技場から送還されたのを確認すると、マッ
クスが相変わらずの苦笑で口を開いた。
﹁おいおいソウマ。これはインパクトが強すぎじゃねぇか﹂
その発言をキッカケにコウランやダンテも話し始める。
﹁いや、正直人間離れ過ぎるわ⋮﹂
﹁だが⋮ソウマならあり得る。あの得体の知れない巨大な腕は何だ
?﹂
思ったより怖がられていないことに安心した。
481
最初からソウマのことを普通じゃないと言ったマックスや、コウラ
ン達に常識はずれな実力を見せてきたからかも知れないな。
話題が出たので巨人の腕の事を説明した。
各々信じられない表情や、見知らぬ魔法に興味を浮かべていたり⋮
と、個人について反応は様々だったが、最終的に皆、ソウマだから
と信じてくれた。少し釈然としないが、まぁ有難い。
最後のトドメに自分が異世界から来たことを伝えると、そこは案外
と全員納得された。⋮何故だ?
理由を聞くと、過去にも異世界から来た異人が史実として残ってい
るらしい。この世界に迷い込んだ人間をそのまま異世界人と呼んで
いる。
彼等は総じて優秀な者が多く、国を起こした者もいたそうだ。
善くも悪くも影響力が強く、癖のある者も多かったんだとか。
ダンテやコウランの故郷の国レグランドも、遥か昔魔族が起こした
国だが、何代か前の魔王は異世界人だったのだと教えて貰った。
コウランの母親が遠い親戚に当たる。彼女も薄くその血を引いてい
るようで、回復魔法を使える影響もその血筋の影響が関係している
と、笑いながら教えてくれた。
サラッと教えて貰ったが、本来なら凄いことでは無いだろうか?
しかもコウランはもしかしたら王族の一員⋮元貴族だし、あり得る
のかも知れない。
482
一気にソウマの事が分かった所で、ダンテやコウラン達は逆に自分
達に近い存在だと認識したようだ。
マックスは内心苦い顔をしていたがおくびにも見せなかった。
エステル
︵いやはや⋮しかし驚いたぜ。妻が聞いたら小躍りしそうな程喜ぶ
な。まだ隠し事も有りそうだし実力は未知数だ。改めてとんでもな
い野郎を敵に回さなくて良かったぜ⋮︶
話が終わった所で宝箱の中身を取り出して見た。
中身は炎鬼の盾であった。新しく被っていない装備だが、盾使いは
ダンテ1人であり、彼は既に炎熱鋼の大盾を所持している。
性能も其方の方が良いし、取り敢えず資金に換算することになりそ
うだ。
マックスからは贅沢な使い道だと笑われたが。
時間を短縮するため、直ぐにまたBOSSの間へと直行する。
今度は巨人の腕を上手に活用し、傷の少ないように肉体を回収し、
これもまた大鉈も無事回収してくる予定である。
ソウマは狙っている装備品が幾つかあった。それはアデルの町に置
いていくレガリアの身につける装備品である。
それとBOSS討伐の際に狙える⋮レアドロップなるものを探して
いた。
全てのBOSSが対象なのかどうなのかは分からないが、極稀にそ
ういう品を落とすBOSSがいるとユウトから聞いた事があった。
483
この上位炎鬼はその中の1つであり、随分とネットで検証も行われ
ていた。
この鬼が落としやすい宝箱のドロップは統計で防具系統が多く、具
足系↓手甲系↓鎧系↓兜系と順々に宝箱のドロップ率が変動する。
それも武器はなかなか落とさない事で有名だった。
レアドロップを知った経歴はユウトからの情報源とネットの掲示板
からだ。
上位炎鬼のBOSSドロップは初心者と中堅者が4∼5人程パーテ
ィを組めば攻略が可能な事が多く、初期から中期のプレイヤーが使
う装備品の定番となっていた。
そんな中、1人の中堅プレイヤーが率いて討伐した品の中に、偶然
見た事のない装備品があった。
後にそれらは総称して、レアドロップと呼ばれる事になる。
この事実に当時、かなりのプレイヤーがBOSS討伐と検証に明け
暮れた。
恐らく、焔巨人討伐の際に入手出来たこの巨人魔法の魔導書も超が
つくレアドロップだったと思われる。
この鬼からレアドロップする装備は頭部装備だと言われている。
レア級ながら珍しいスキルが付いていると噂に有ったため、割と人
気で多くの人が挑戦したと言われる品であった。
この世界では討伐報酬で入手出来るのか、宝箱から出てくるのか分
484
からないが⋮手に入ったらラッキーとしておこう。
気を引き締め、再度闘技場へと繋がる魔法陣へと向かった。
485
迷宮洞窟に篭る ダンテのスキルボーナス
ソウマが迷宮洞窟へ篭り、2日が経過した。
洞窟の外では2人の男が立っていた。全身を黒のローブで纏い、身
体を隠していた。
﹁ここに例の男がいるんですね﹂
﹁そうだ⋮死光結晶を守る同士から連絡があった。我等の計画に役
立てるかは分からないが噂通りの実力なら、最下層に到達している
だろう﹂
﹁俺にとっては初仕事ですしね。では行ってきますよ﹂
﹁カザルくん、君は獣将に覚醒して日が浅い⋮油断しないように⋮﹂
﹁はっはっは、俺が失敗する訳ないじゃないですか!心配のし過ぎ
っすよ﹂
軽い感じで黒ローブの男の1人は迷宮洞窟へと降りていった。
その姿を見送りつつ、
﹁神の御導きのままに⋮﹂
そう呟くと、もう1人の男はその場から消えた。
486
最下層ではソウマ達が上位炎鬼討伐戦を行っていた。
いったい何体目になるだろうか⋮上位炎鬼が大鉈を構えて突撃して
きた。ソウマの放つ矢を急所以外は身体に当たるに任せ、突っ込ん
でくる。
鬼の大鉈が輝き、風の魔力が集まる。
武技を使う前兆だ。ダンテは大盾を構えて上位炎鬼の持つ武技︻旋
風撃︼を耐えきる。
体に重い衝撃が走る⋮最初はキツイ攻撃だったが、何度も繰り返し
ていく内に体捌きや攻撃の受け流しが板に付いてきたようだ。
また、複数属性であるアミュレットを装備しているため、風属性を
持つこの武技にも耐性を持つため、少し楽になった。
私はソウマのように特別なスキルや高い攻撃力などない。
自分に出来ることは確実に敵の攻撃を受け切り、守ることだけだ。
そうこうしている内に上位炎鬼の両腕が輝きだす。その後の攻撃は
特に凄まじい事を身を以て体験している。
この攻撃には赤熱鋼の大盾に刻まれているスキル︻忍耐︼を発動。
凄まじい勢いで初撃がくる!
487
ガゴンッ、ゴキ⋮と大鉈から振るわれる1撃、1撃が途轍もなく重
い。
身体が吹き飛ばされようとする体勢を何とか耐える。
耐えている間に体に魔力の光が包み込んだ。蒼く美しい氷の魔力が
装備品を覆う。
アレは氷魔法中位の氷護盾。氷の属性防御と物理防御力アップの魔
法が掛かっている。
このマックスと呼ばれる男性も頼りなる男である。
多才な属性を操る魔法使いなのだが、同時に接近戦もこなせる万能
型の戦闘職だ。
アイスシャベリン
今も此方に援護魔法を掛けた後に、死角となった上位炎鬼の背部に
氷槍を同時に3つも展開した。
高速の速度で放たれる氷槍は属性攻撃も加わって、高いダメージを
与える。
氷槍に僅かに怯み、上位炎鬼の攻撃が止んだ隙を狙ってお嬢様が棘
鉄球を思っ切り太腿へと叩きつけた。
棘が僅かに喰い込み、少しダメージが当たる。
マックス殿やソウマの攻撃がどれ程以上なのか、此れで良く分かる
だろう。
C級とは言えBOSSとは簡単に狩れるモノでは無い。
冒険者とは、一般的にDランクに到達すると1人前と呼ばれる。
488
ベテラン
次のCランクで中堅者だ。
迷宮のBOSS討伐を生業としなくとも、日々の依頼や迷宮に入り、
素材や装備品などを売り買いするなどして暮らしていける。
そして時に一攫千金を夢見る⋮。
ソウマに出会う前のお嬢様と私も事情があり、迷宮で稼ぎながら戦
闘経験を得る為、迷宮の探索者とならざる終え無かったが。
一般的な大半の冒険者達もそうである。
先日会った6人組のパーティも、2人を残し全滅してしまった。
彼等もまた有能で、入念な準備と実力を兼ね備えていたが⋮世の中
に絶対は無いと言うことか。
無事討伐していたら、もしかしたら此処からドンドンと羽ばたいて
行けたのだろう。
⋮しかし、人生にはもしかしたらは無い。
敗れた彼等の分まで私は生きていくだろう。
マックスやソウマからの固定パーティの話は有難かった。
お嬢様も乗り気である。しかし、即決出来なかった自分には実力不
足の文字が心に待ったをかけた。
今ここにいる面々は異常なまでの腕前を持ったメンバーである。
果たして私は今後、役に立てるのだろうか?生半可な訓練などして
いないと自負できるが、こんな風にBOSSを連戦するなどパーテ
ィなど聞いたことがない。
お嬢様は⋮危険であると諌めても聞くまい。
それにリスクはあるが、この環境はお嬢様にとって非常に都合が良
489
い。
何せ、国元を離れる事になった試練はまだ終わっていないのだから
⋮。
私もこの環境を利用し、更に実力を上げなければ⋮そうせねばお嬢
様のお役には立てない。
数多く上位炎鬼を討伐した甲斐もあり、念願の頭部装備が手に入り、
炎鬼シリーズ防具は全て揃った。
同じシリーズのレア級装備を集めた冒険者など、そうはいまい。
ファイアプロテクション
統一防具ボーナス︻護火︼は火魔法の低位、火護防御を常時かけて
ある状態になり、火属性特化の耐性と若干の防御力の上昇が見込め
る。
フレイムタイタン
因みにサザン火山のフィールドBOSSである焔巨人は焔舞と呼ば
れるシリーズの装備品をドロップすることで知られている。
上位炎鬼は火属性の守り、焔巨人は火属性の攻撃と装備品によって
も統一防具ボーナスは違ってくる。
BOSSドロップによるシリーズ装備品は、統一ボーナスにより常
時スキルが発動しているため、途轍もない恩恵がある。
BOSSに挑戦して勝てるモノは少なくはないがいるだろう。
しかし、5∼6人のパーティを組んで挑戦した際、出現する宝箱は
1つ。
トラブルを回避するため、普通は利益の分配のために、売った金額
490
を分けることが多い。
例え売らなかったとしても、同じ人間が装備品を揃えられるまでど
れ程の苦労が掛かるだろうか?
買い取るにも資金は膨大な費用になる。
ソロで討伐しない限りは無理な相談だと思っていた。
このパーティに感謝だ。
幼き時、普通以上の戦闘の才能が無いと感じた私だが、せめてあの
人を生涯守ると、拾われた時に誓ったのだ。
身分違いの愚かな男だと馬鹿にされても良い。それにお嬢様にはき
っと異性には見られていないだろう。
だが、報われぬ恋でも良い⋮自分が納得出来るのなら、どんな時も
お嬢様を生命を賭けて守る約束を果たそう。
ダンテは決意を新たに戦い抜く。
今は締め付けられる恋心を抑え、全てはお嬢様の為に⋮。
491
名前︻ダンテ︼
ーーー
new
精神耐性︵弱︶
盾・大盾装備補正︵C︶
大盾士LV37
ビックシールダー
種族:人族
職業
サブ職業
スキル
槍装備補正︵E︶
受け流し
常時スキル
体捌き
魔法
無し
称号
無し
炎鬼重装兜
フレイムオーガフルヘルム
鋼鉄の長剣
鎧装備補正︵E︶
ダンテの現在の装備︵迷宮洞窟で入手したモノも含まれる︶
武器
頭
492
体
フレイムオーガアーマー
炎鬼甲冑
炎鬼手甲
フレイムオーガガントレット
両腕
赤熱鋼の大盾
フレイムオーガグリーブ
炎鬼脚甲
4元素のアミュレット
左手
足
アクセサリー
お嬢様の御守り
493
襲撃
カザルと呼ばれた男が順調に下の階層へ降りていくと、途中で変わ
った冒険者パーティと鉢合わせた。
全身が黒尽くめで仮面をつけた5人以上からなる一団だ。
それに彼等の下には3人の冒険者達と思わしき人物達が血だらけで
倒れ伏していた。
黒尽くめの一団は一目で手練れと分かる雰囲気だ。
その証拠に冒険者達は、どれも1突きで急所を抉られている。
﹁あんたら、何してんの?﹂
カザルのその問いには答えず、彼等は無言で仲間同士にアイコンタ
クトをした。
カザルの近くにいた男が素早く動き、カザルの胸元に刃物を投げつ
けた。
カザルは避けもせず、ノンビリと見つめていた。
綺麗に胸元に吸い込まれていった刃物は、金属が重なり合うような
甲高い音を立てて力無く落ちた。
一瞬硬直した男だったが、直ぐに新しい投げナイフを取り出して次
々と投げつける。
ナイフはカザルの肉体には突き刺さらずに、表面で何か堅いモノに
阻まれ弾かれている。
494
﹁無駄だよ﹂
面倒くさそうに話すカザルとは違い、黒尽くめは真剣味を帯びた口
調で、
﹁魔力障壁か?⋮目撃者は消す﹂
4人が同士に襲い掛かってきた。後ろで指示を出したリーダー格の
男は魔法詠唱を始める。
各々アサシンブレードと呼ばれる武器を持ち、斬りつけた際に毒を
付与出来るレア級の代物だ。
﹁だから無駄なんだって﹂
その場から動かずに軽く腕を横に振った。収縮した魔力が魔法陣を
描き、カザルの指から少し離れた宙に瞬時に出現した一振りの魔炎
剣。
デットフレイム
﹁滅べ、俗物⋮死炎剣﹂
指先から放たれた死炎剣は、1つから5つに分離した。
向かってきた黒尽くめの男達に、残像を残すほどのスピードで襲い
かかった。
黒尽くめの男達は回避も出来ず⋮刺さったと同時に凄まじい威力で
発火して装備品諸共、消し炭すら残さず消え去った。
﹁あぁ∼綺麗になった﹂
495
機嫌良さそうに呟いたカザルは、そのまま最下層へと足を進めた。
最下層ではそんな異変に気付かず、休憩をとっていたソウマ達。
お馴染みとなった嘴長鳥の串焼きと山盛りの新鮮な野菜サラダ。
それとザール村で仕留めた大猪を切り分け、アクを丁寧にとって充
分に煮込んだ肉を調味料で味付けした猪肉は、柔らかく臭みもない。
上手い食事は疲れた身体にジックリと染み渡った。
ダンテはようやく揃った炎鬼シリーズ装備に、己の格好を見た。
炎の祝福を宿した魔力鉄は鮮やかな赤色をしている。
全てを揃えた格好はまるで重装兵のように威圧感がある。
コウランから、赤鬼のようね⋮と呟かれて地味に落ち込んでいる様
子が面白い。
マジックアイテム
ソウマはアイテムボックス内にようやく上位炎鬼の魂魄結晶を1つ
得ることが出来た。
他は素材である魔力鉄と火の霊布、魔法道具である耐性の霊符など
様々だ。
496
コウランは休憩中の話のネタに、レグラントに伝わる伝説の1つを
話してくれた。
レグラントは魔族が起こした国である。国設立の物語を紐解こう。
国を作った男の名はジル・レイザー。
彼はこの地に住まう少数の戦闘民族の一員だった。村長の息子であ
り、双子の兄であった。
兄弟は幼き頃から才覚を表し、兄は金髪で屈強な肉体を持つ雷の属
性を使う戦士。
弟は風と土を専門とし、特に稀有な空間を司る魔法を使う稀有な魔
術師であった。
ある日、運命を変えた出来事に遭遇する。
民族の中でも1番の腕利きだった彼は、いつもの様に狩りから帰っ
てくると村が炎上していた。
獲物を放り出して慌てて村へ駆け寄ると、燃える集落に混じり喰い
散らかされた女子供。
そして武器を持った大人達。嫌な予感は消えない。
奥から声が響いた。武器と杖を片手に生き残った大人達が村を襲っ
たであろう大型の魔獣と戦っていた。
その魔獣の種類はドラゴンと言った。
年齢は100は超えないであろう生まれたばかりのドラゴンは、全
長が8メートル程でこの近辺では見掛けない黒色のドラゴンだった。
497
食欲が旺盛で村の大人達の攻撃を受けてもビクともせず、村人を喰
らっていた。
戦っていた村人の中に弟を見付けたジルは合流し、その後多大な犠
牲を出しながらも黒竜を討ち取ることに成功する。
村長である父親は、弟から女子供の避難させる際の時間を稼ぐため
に、既に死んだのだと聞かされた。
涙を流しながら、生き残った村人達で墓を作り弔った。
黒竜の遺骸を解体すると牙と爪からは黒竜の剣を、強靭な腱と皮、
鱗からは黒竜の鎧とし、ジルに与えられた。
彼はこの黒竜の装備を持って新しい村長となった。
このような悲劇を避けるため、皆で手をとり合おうと近くの村に呼
びかけ、次々と併合していった。
彼の為人を知る者はその武力と魅力を併せ持つカリスマに惹かれ、
やがて大きな集落となった。
当時この周辺を統治していた王は脅威を感じ、討伐軍を編成させて
向かわせた。
全面降伏か全滅か⋮好きな方を選べと使者が伝える。
王の軍勢は1万を超す。加えて此方は千にも満たない。数の上では
圧倒的に負けていた。
当然、全面降伏などしても皆殺しの目にあうだろう。
498
先を見越した優秀な弟が周辺の部族に声掛けや、根回しに走ってい
た。
しかし、今回は間に合いそうにもない。
開戦は1万対千の戦いで火蓋が切って落とされた。
いくらジルが強かろうが、彼は個人である。
状況は徐々に劣勢へと傾いていった。しかし、弟の説得にて遂に各
部族の長が動き、反撃へと転じた。連合の誕生である。
その後、各部族を纏めたジルが王となり、レグラントを立ち上げる。
王獣と呼ばれる数体の超常的な存在と契約を交わし、代々の王を助
け守護たる存在となる。
この昔話をレグラントの子供は必ずされるそうだ。
諸説には色々あるそうだが、助け合う大切さと過去の薫陶を教えら
れる。
コウランもこの話が好きで、ジル・レイザーが国を立ち上げる為に
攻略した数々の迷宮もいずれ行ってみたいと思ってるのよ⋮と、教
えてくれた。
コウラン
また、今後組んでいくパーティの面々を信用して、自身の持つ加護
を話してくれた。
彼女は宗教国家レグラントにおける守り神である王獣の1体から、
加護を貰う為の試練を受けている最中なのだと伝えられた。
12歳の誕生日にレグラント貴族の慣習となっている儀式で、王獣
と対面し祝福の魔法をかけて貰う儀式だ。
499
祝福の魔法をかけて貰ったコウランだったが、魔法を掛けられた時
に力を喪失していく感覚を受けたそうだ。
王獣に尋ねた所、かの存在からは素質あるものに試練を与える⋮と
ジル・レイザーからの遺言の通りに行ったのだと、返答を返された。
その試練とは、試練中は修練の加護と呼ばれる痣が身体に浮かび上
がる。
己の力を大きく落とされる。
その状態で莫大な経験値を集めさせて第3次職業まで己の存在を昇
華させるといった試練だった。
今までジル・レイザーしか達成者はいないと言われた王獣の試練に、
危険過ぎると両親は断る選択を選んだが、コウラン自体はそれを進
んで受け入れた為に試練は始まってしまう。
母親は遠縁の王族であり、王位継承権などないほどの貴族であった
彼等の家は、国を揺るがす騒動に巻き込まれ、失脚していく。
﹁だって⋮勿体無いじゃない。人生楽しまなきゃ﹂
それから両親は加護を解くための手掛かりを探すために国を出て、
お互いに探す旅へと出掛けた。
ダンテはコウランと組み、望みは薄いかも知れないが経験値を上げ
て第3次職業まで個人を高めさせようと、各地の迷宮を転々として
いた。
5年かけて何とかコウランは第2次職業である戦司祭を得たが、そ
れからは経験値がなかなか集まらなくて困っていた。
500
そこで、ソウマ達と出会えた彼女は嬉々として申し出を受けたのだ。
以外と壮絶な人生を送っている。信用して話してくれた出来事に対
して、此方も信用で返していかなければと⋮ソウマは改めて思った。
彼女は此れからもダンテと旅をしていくのだろう。何故なら、
﹁ずっと一緒にいるのにダンテももう少し積極的だったら⋮考えて
あげるのにな⋮もう、鈍んだから﹂
そうボソッと呟いた一言を聞いたからかも知れない。
名前︻コウラン︼
戦司祭LV53
ーーー
軽鎧・防護服装備補正︵C︶
種族:人族と半魔人族のハーフ
職業
サブ職業
スキル
神官武器装備補正︵E︶
聖属性︵D︶聖属性耐性︵D︶
体内魔力操作
501
常時スキル
回復魔法効果上昇︵弱︶
魔法
神官魔法
称号
暗視
修練の痣↓ステータス半減。主要スキル封印中。
武器
司祭帽子
棘鉄球
コウランの装備
頭
司祭の軽装鎧
契約の首飾り
レッグガード
祝福の手袋
体
両腕
足
アクセサリー
ヤリング
魔力貯蔵のイ
502
襲撃前
﹁やれやれ、さっきの黒い連中は何だったんだ?﹂
と言いながら、巨地龍の間へ着くまでに何人もの同じ黒尽くめの人
間達と絡まれ、戦いを繰り返しながら辿り着いた。
12階層の巨地龍の間では、普段の様子と違い、何やらザワザワと
人種の話し声が聞こえる。
﹁おや、新顔か?ここに1人で来れたってことは並みの腕前じゃな
いね。君も討伐隊の一員かい?﹂
そう言ってきたのはまだ30代の男性で大きな両手剣を背負った戦
士風の男だった。
﹁討伐隊?⋮ああ、ソレね﹂
︵討伐隊ってなんだ?取り敢えず話を合わせておくか⋮︶
﹁??まぁいいさ、人数は多くとも1人頭の貰える金額は変わらな
いから安心して良いぞ﹂
ニコッと気さくに話しかけてきた男だが、見た目はスラッとした体
型と綺麗な髭を撫でつけたオシャレな壮年男性だ。
装備品は紫の金属板で複数で出来た鎧で、金属板の一枚一枚に魔力
紋を刻んである特注品だと分かるラメラアーマーと、武器に鎧と同
じ魔力紋を刻んである両手剣を持っていた。
503
愛想も良く話し好きな爽やかな印象を受けるが、隠していてもわか
る血の匂いをプンプンとさせており、とても普通の冒険者とは思え
ない。
﹁おかしいな、私のギルドの私兵達の人数が足りない⋮ここに来る
までの冒険者達の排除の依頼も頼まれていたのに⋮﹂
あちらでは学者のような魔術師風の男が首を傾げていた。
彼の側に控えるのは此処まで来る間に倒した黒尽くめ達がいる。
他にどうやら招待された者の中にも、来ていない人間も多数いるよ
うだ。
﹁おいおい、集合時間はとっくに超えてるぜ。そんな奴らはほっと
こうぜ﹂
﹁そうよ!じゃなきゃ折角の高額賞金首が逃げちゃうわ﹂
1組のパーティが騒ぎ始めた。
周りの話に耳を傾けていると懸賞金が掛かっているのは、どうやら
例の男のようだ。
ズラッと周りを見ただけで多種多様な職業の男女がひしめき合って
いる。それだけでも13人近くはいるだろう。
司会役の仮面の男が、周囲のざわつく声を遮るかのように、声を張
504
り上げた。
﹁では皆様、お待たせ致しました。今回、当ギルドの開催する催し
物へようこそ!今日はこの時間から迷宮洞窟は貸し切りとなります。
裏の世界から表の世界まで、名だたる彼方達様を集めさせて頂きま
した。さて、こうして集まって頂いたのは、さる男を永久にこの世
界から消して欲しいからであります﹂
と、仮面男性の説明が続く。
﹁かの者の名はソウマ。この人物は⋮⋮⋮﹂
長々と説明が入る。
1人の男を殺すのにこの人数⋮
︵へぇ、あの男も随分と恨まれたもんだなコレは︶
話は続き、1人当たりの金額に移る。
参加しただけでも最低限の報酬金が出る。
そしてソウマを殺害した者は1番多くの報酬と金。
次に見せしめにパーティの一員を殺害した者は1人につき、順次ボ
ーナス報酬が入る。
この法外な金額と報酬に集まった人間は更にやる気が漲った。
505
カザルはざっと周りを見渡す。
どれも先程の黒尽くめの男達と似た力量かそれより少し上くらいか
⋮。
だだ、ここにいる人間と一線を画する存在が視えた。それも2人だ。
女戦士と共に奥で座り込んでいる眼鏡をかけたクロークを着込んだ
人物。
それと先程声を掛けてきた男から、ハッキリとしたオーラを感じて
いる。
カザルとて詳しい力量は分からないが、予測では冒険者ランクBな
いしAだろうと判定する。
︵俺の獣神様の加護じゃ、詳しい判定はまだ出来ないけど⋮人間種
にしては結構な修羅場をくぐってきているな︶
目ぼしい人材を定め、彼等相手にソウマがどう立ち回るのかワクワ
クした気持ちで観戦するカザル。
カザルもソウマも予測していなかったが、この集められたこの人物
達はユピテルの町の貴族がなりふり構わず、威信をかけて集めさせ
たメンバーである。
それは今回、貴族派の中でも特に上位メンバーがこの男を抹殺出来
ない場合は、役立たずのレッテルを貼られ、2度と社交界などの公
506
の舞台に呼ばないと突き付けられたからだ。
そうなれば、貴族としての栄達やプライドはもう無い。
また何処から仕入れた情報かは分からないが、ソウマが持つ複数の
希少な素材も入手しろと命も下っている。此方の方がむしろ本命だ
ろう。
後がなくなった彼等は、かなり表沙汰に出来ない仕事を受け持つ闇
ギルドの存在にも依頼し、金と権力を駆使して厳選させたメンバー
であった。
特にカザルが見抜いた両手剣のオシャレな壮年男性は、名をリガイ
ン・マルークス。
別名、死の風と恐怖を込めて呼ぶ者もいる。
リガインは過去に幼竜である風竜を討伐したメンバーの一員で強者
である。
しかし、強さを求める戦闘狂が祟り、とある町でトラブルになった
際に大量殺人を犯した。
実際今もカナリの賞金首だが、討伐に挑戦した者は誰も未だに討伐
達成出来ず、逆に返り討ちにあっていた。
彼の装備品にも討伐した風竜素材が使われている。
ドラゴンブラッド
紫紺に輝く魔法金属のランバード鋼で出来た小型の金属板を鎖で繋
ぎあわせ、竜血に漬け込み、魔力紋の魔力で元々の金属の硬さと魔
法耐性を引き上げている。
507
ラメラアーマー
また衝撃に強いハイメタル鋼と、幼竜だが風竜の鱗を急所を覆う部
分に使われた特注品の逸品である。
リボルト
請け負った闇鍛治士により、反逆する金属板鎧と名付けられる。
武器の両手剣の巨大な刃には、幼竜の牙と風竜の背骨を全て使われ
た剣身である。
ドラゴンブラッド
その骨と牙をより凶悪に研磨し無駄なく加工された剣身に魔力紋を
刻み、竜血を吸収させて強度と耐久性を上げている。
その為、完成された剣身は脈動する血管のように赤黒く染まってい
た。
両手剣の鞘は丈夫な竜皮を使い、普段はその姿を隠している。
この両手剣は斬る⋮よりは叩き潰すといった意味合いで使われるよ
うだが、軽々と振るうところから、細身の身体には似合わない筋肉
を鍛え上げているのだろう。
実は鎧と同じ鍛治士によって打たれた両手剣はまだ未完成である。
完成前に剣身を見たリガインはこの出来栄えに惚れ込み⋮試し斬り
をどうしても直ぐにしたくなった。
そこに居たと言う理由だけでその闇鍛治士に襲いかかり⋮斬り殺し
てしまったのだ。
未完成ながらも余りの攻撃力に惚れ込む。
この騒動が発端となり、彼を高額賞金首の快楽殺人者へと駆り立た。
その町で襲いかかる者を斬り捨て、大量の屍を積ませることになっ
た。
508
その事件後からこの両手剣は血竜剣と呼ばれる。
その名称を気に入ったリガインから殺した鍛治士の名前を入れて、
血竜剣ゼトゥーと名付けられた。
一方、女戦士とパーティを組んでいる眼鏡の人物は、美しくも妖し
いといった相反する魔性の美貌を誇っていた。
﹁何だか面倒だなぁ⋮イルナ、代わりに頑張ってきて﹂
﹁はぁ?!レオン、何言ってんのよ。こういう時は男が頑張んなさ
いよ﹂
﹁はいはい⋮でも気が進まないなぁ⋮面倒になってきた﹂
話の中から、彼の名はレオンだと分かった。
女戦士は嘆息をついている。いつものことなんだろう。
女戦士の方はイルナと呼ばれていたが⋮。
紺色の長い髪を後ろで一括りにしていた。結構顔立ちの可愛いタイ
プだが、背中に担ぐ無骨なクロスボウらしきものが可愛らしさを邪
魔していた。
﹁郷にいる時から怠け癖は変わらないんだから⋮﹂
509
﹁分かってるなら⋮って。ん?レヴィどうした﹂
よく見ると人の親指程の大きさで小さな物体がレオンの周りを飛ん
でいた。
トレント
妖精族と呼ばれる種族で、よく見ると透明な羽の生えた人型である。
妖精族はエルフやドワーフ、樹人ととても仲が良い。
その中でもピクシーと呼ばれる妖精はイラズラ好きで人懐こい性格
をしている。
レオンと妖精レヴィが話をしているが、何を言っているのか分から
ない。
此方をチラリと見たような気がしたが⋮気の所為か。
其々の思惑を胸に、ソウマ討伐隊のメンバー達は下の階層へと降り
ていった。
510
迷宮洞窟内の戦い
ソウマ達が何度目かの上位炎鬼の討伐を無事成功させた頃、ソウマ
は異変を感じ取っていた。
最下層の奥の間へと帰ってきたソウマは、偶然であったが上部へと
続く階段方向を見ると、マップ機能に反応があった。
それも敵対の印である赤い反応が複数点滅していた。
⋮数えてざっと13人くらいか?しかし、魔物にしてはおかしい⋮
直ぐにパーティメンバーへ報告した。
敵対する者が近付いてくるという報告に1番早く反応を示したのは
マックスだった。
直ぐに階段の出入り口を氷魔法である縛氷にて封印する。
﹁ハッ、貴族派の連中め。随分仕事が早いじゃないか。やっぱり俺
が付いてきて良かったぜ﹂
その一言でソウマにも納得がいった。状況を掴めていないダンテと
コウランに急いで説明し、準備体勢を整える。
511
その頃、カザル達はチーム編成をしていた。
迷宮洞窟内には大人数で攻めるには狭いため、3組のパーティ分け
が決まっていた。
1つ目は各個人でバラバラに参戦したリガイン、レオン、イルナ、
カザルの4人チーム。
ただ、人数が半端なのでここに司会役の仮面の男性が、依頼主に報
告する見届け人として加わる。
2つ目は闇ギルドのメンバーで、魔術師風の男とカザルが交戦した
と思われる黒尽くめの姿の私兵の5人。
最後はパーティで参戦した槍を構えた革製防具を纏った男と、盾と
金属製の防具を纏った男とが前衛。
弓師が1人とパーティリーダーの女魔術師が後方に控えているチー
ムだ。
最後に紹介したパーティは全員殺してやるぜ!と最初から殺る気満
々だったので最初に襲撃することになった。
次に闇ギルドの面々が様子を見ながら襲撃する予定である。
折を見て最後にカザルのパーティと順番が決まった。
さて、ソウマはどう出てくるだろうか??
512
奥の間に続く階段を氷魔法で封印し、閉じこもったソウマ達は全員
に強化魔法と属性、支援魔法をかけ終わる。
﹁皆、巻き込んですまない﹂
襲撃される前に分かって良かったが、この戦闘に関して相手方はか
なり前以て準備してきたと思われる。
苦戦は必須だろう。最悪、このメンバーの中から死傷者が出るかも
知れない。
そう考えると恐ろしい予感に襲われ、自然と冷や汗と焦りが湧いて
くる。
そんなソウマの様子を読み取ったマックスが声掛けた。
﹁気にするな。俺にも襲撃された経験がある⋮しかも味方にだ。事
前に状況が分かっただけでも、まだ最悪の状況じゃない﹂
ニカッと笑う姿は長年の経験が物語るほど頼もしかった。
ダンテも気にしていない風に笑っており、そんなに気にするなら貸
し1だ⋮と冗談風に言う。
513
コウランに至ってはこのメンバー相手に喧嘩売るなんて⋮と、気持
ちを切り替えていた。
フレイを召喚し、身の回りに添わせる。
彼等も長く探索者をしている。苦い経験もあり、こんな事態などは
稀だがあり得る展開なのだと教えてくれた。
気にしていないポーズをとる仲間達に改めて感謝し、誰も殺させな
いと己に誓った。
そしてマップ機能より、いよいよ敵対者が大きく3つに分かれて最
下層に降りてくるのが分かった。
早速、氷漬けにされた出入り口に対して攻撃を加えていた。
強固な守りとはいえ、突破してくるのは時間の問題である。
ソウマはレガリアに関して念話で事情を話し、彼女も戦闘準備を整
えて貰う。
参戦時には指輪に送還してから、再召喚する予定だ。
これは対象がどんなに離れていても使える機能である。
普通の魔物使い系職業の者も使えるが、自分と離れた場所にいる魔
物は下手をすると冒険者に倒されたり、自分を護衛する為に魔物を
使役する者が多いため、その機能を殆ど使う者はいなかった。
514
ただ、皆からは遊撃手として効果的な場面で投入すべきと意見があ
ったので⋮判断はソウマに一任された。切り札として戦線に投入す
る予定なので、見極めないと⋮緊張するがやるしかない。
遂に縛氷が破壊音と共に破られ、奥の間への通路が開かれた。
氷弾と火の範囲魔
アイスブリット
最初に入ってきたのは盾を構え、金属鎧で身を固めた戦士だった。
火舞をお見舞いする。
マックスが衝撃とスピードに優れた氷魔法定位
法の中位
甲高い音を奏で盾と氷魔法が衝突した。結構な衝撃が盾男を襲うが
持ち堪え、氷魔法が被弾しても体制を崩さない。
次に来た火魔法の範囲魔法を絶叫を上げながらも耐え切った。
鎧や皮膚に焼け焦げた跡が見えるものの、無事である。
薄っすらと彼の盾から火の魔力の輝きが見えた。属性魔法が掛かっ
ていたのだろう。
確かに味方の魔法使いから属性魔法を掛けられており、盾使いはど
んな攻撃を受けても準備対策は万全という表情をしていた。
魔法の衝突の影響で辺りに水蒸気に似た霧が立ち込める。
そんな盾男相手に、ソウマは前以て詠唱しておいた巨人魔法である
︻巨人の腕︼を発動する。
最初からこの魔法を隠し、相手の防御の一角を崩すのが目的だった
のだ。
515
視界は良好ではない。ソウマの身体能力を用いてそっと近づき⋮巨
人の腕を振るう。
激しい激突音が鳴り、巨人の腕をモロに喰らった盾男は自慢の盾を
粉砕され、尚且つ身体をめり込ませながら後方に盛大に吹っ飛ぶ。
後から来た槍使いを巻き込んで倒れた。
出血が夥しい。金属鎧も腹部に大きな穴が開いていて⋮盾男は回復
魔法や上位のポーションがない限り、もはや助からないだろう。
階段の上から憎しみの大声と共に、矢が降ってくるが、狙いは適当
で一向に当たらない。
一応ダンテがこちらで防御体勢を整え、大盾を構えて備えている。
ソウマは逆に矢の弾道とマップの機能を使い、所定位置を︻鷹の目︼
を発動させ正確に割り出す。
ハイノーマル製和弓︻優︼を取り出し、ランダムで次々と射ってい
く。
水蒸気が矢のスピードに負けて切り裂かれる。速射で20本程打っ
ていく内に反応が消えた。
﹁おい⋮なんだよコレは!ふざけるな。化物相手なんざ聞いてない
ぞ﹂
と、恐怖に満ちた大声が響く。
残る反応は2つだったが、後方に控えていた5人程のメンバー達が
合流し一気に駆け下りてきた。
霧は晴れたが、視界確保をさせない為に意図的な霧を魔法で発生さ
516
せて貰っていた。
此方も見にくい代わりにあちらも見えにくい。
合計7人が纏まって下へ降りてきている。その間全力で矢の雨を降
らせる。
属性魔法防御を張り巡らせた相手側から、苦痛の悲鳴と共に何人か
の防御を突破して脱落させたようだが⋮。
上位系統である障壁系統の魔法はハイノーマル級では貫通不可能だ
と魔物祭で証明された。
しかし、属性防御の低位ならダメージは軽減させられるものの、貫
通することは先の戦いで証明された。
中位も使える者もいるようだが全員に魔法を掛ける場合は、SP消
費のコストを考えて抑えたのだろう。おかけで此方は助かったのだ
が。
マックスが大判振る舞いで上位の殲滅魔法を直撃させた。
大きな揺れと爆発音が洞窟内に響く。マックスは立て続けの魔法に
息を切らしており、魔力回復ポーションを一気に口に含んで煽った。
そのお陰もあって下の階層へ現れた者は4人。女性の魔法使いと付
き添う先程の槍使い。
男性の魔法使いとそれを守る黒尽くめの男1人の計4人だ。
特に魔法使いであろう2人は厄介だ。1人の魔法使いが風魔法で霧
を吹き飛ばし、既に他の魔法の詠唱に入っている。
彼等は途中で仲間の死体を盾にしてきたようで、死体は針鼠のよう
に原型を留めてなかった。
517
﹁仲間の仇だ⋮ぶち殺してやる﹂
槍使いが憤怒の表情を持って近づいてきた。彼の身体を支援魔法と
属性魔法の魔力の輝きが覆った。
﹁やれやれ、私の私兵ももう残り僅か⋮赤字ですねぇ﹂
犯罪者集団を統率する闇ギルドの1つである︿逆巻く棘﹀のマスタ
ーはそう呟いた。
近年頭角を現し、巨大な闇組織に成長したギルドの長てある彼は一
種の天才であった。
メイン職業に魔法医師。
サブに回復魔法の使い手を持つ稀人である。
彼は幼い時から人体に対して異常なまでに疑問を持つ事が多かった。
彼の疑問には大人でも答えられない質問もあったり、理解されてい
ない物も含まれていた。
両親は我が子を天才なのだと信じ、中流の家庭であったが私立の学
校へと幼き時から進ませた。
その甲斐あって学校では貪欲に知識を吸収する。それでも飽き足ら
518
ずにやがて魔法知識に精通し、研究を重ねていく。
しかし、学校で習う知識では限界がある事を悟った彼は遂に闇ギル
ドに接触した。
学校を首席で卒業後、王都の宮廷医師団の推薦を断って進んだ道は、
闇ギルドでの研究開発であった。
膨大な予算と人体実験などの研究データを元に、独自に魔法道具︻
隷属の首輪︼と呼ばれる奴隷様に使う道具を、偶像の合成実験で簡
略化した道具を開発する事に成功する。
その名は︻隷属の魔石︼という。
それは彼の魔力にのみ反応する隷属の効果をもつ魔石。
実験のため、犯罪者や奴隷を買い込んで家の地下室にて人体実験を
繰り返す。資金調達などは借り入れをして、かなり大量の金額を積
み込んだ。
その甲斐あってか魔石の完成度は高く、意識を薄弱にさせ、命令に
逆らえなく程の効果を得た。
外に装飾として仕込むのも有りだが、それだと破壊された時に厄介
な事になる。
考え抜いた末に被験者の体内に仕込むことが必須と結論に至った。
魔石を砕いて呑ませたり、臓器にそのまま仕込んだりと⋮彼にとっ
てその条件をクリア出来るのはそう難しい訳ではなかった。何度も
実験を繰り返す。
完成した成果は運動性能はそのままに、簡単な命令に応じる事が出
来る人間道具になった。
その最初の実験体となったのは、彼の研究を支持した闇ギルドの面
々であった。
519
ヒーラー
無駄に被験者を壊さず殺さず使い切る⋮人体解剖に精通した回復役
である彼には造作もないことだった。
どこにどれだけの負荷や回復魔法でどれだけ回復するのか⋮道を間
違えなければ有名な魔法医師として名を残したであろう逸材だった。
倫理観などあったら出来ない諸行であり、常人からすれば唾棄すべ
き研究であったが、完成した魔石を前にして群がる依頼者は後を絶
たない。人間の業であるとも言えた。
隷属の魔石の製作コストや耐久性、簡単な命令しか応じれない。し
かし、暗殺依頼や死を恐れぬ人海戦術で依頼や迷宮を踏破したりな
ど活躍の場が増えた。
膨大な借金を返し、遂に充分な富と権力を手に入れた。
ただ、老若男女に研究成果を試し、暗殺から服従する奴隷までと幅
広いジャンルの人材を確保していた彼は自分が矢面に立つことはな
い為、部下に全て任せている。
その為、魔法医師のレベルや回復役の職業のレベルは、今回他の参
加者から見て特別凄い訳ではない。
それでも上位の無属性魔法と、低位だが回復魔法とある程度の状態
異常を無効化する魔法を使いこなす。
表舞台に立たない彼が今回この討伐隊に参加した理由は、かなり懇
意にしてくれスポンサーになってくれた貴族からの依頼で断りきれ
なかったのと、ソウマなる人物を知る上で面白そうだと興味を持っ
たからだ。
520
興味こそが好奇心と向上心の糧であるが、その代償を自身で払う結
果となった。
連れてきた精鋭の部下は全員死亡し、相手は未だ無傷である。しか
し、今回の戦いで次の課題が見えた。
まぁ損失したギルド員などまた質の良い奴隷を買って作れば良い。
逃走の2文字が脳裏に浮かぶ⋮が、取り敢えず状況を見てから判断
すればよい。
無属性魔法の才能に特化している彼は上位魔法である魔力障壁を自
身かけ、見物を決め込んだ。
521
迷宮洞窟内の戦い2︵前書き︶
少し過激な表現が入りますので、読む方はご注意お願い致します。
522
迷宮洞窟内の戦い2
女魔術師は、瞬く間に自身の組むチーム2名を失ったことに戦慄し
ていた。
﹁デタラメな相手よね⋮流石は高額討伐対象﹂
槍使いと組んでいる女性魔術師は、慄きながらも生き残り、勝つた
めに現在の状況を整理していた。
チームで鉄壁を誇る味方の盾使いを最初に殺され、長年組んでプラ
イベートでも仲が良かった女弓使いも、必死の攻撃も虚しく殺され
た。
こんな依頼を受けるくらいだから、自分達も真っ当な存在では無い。
だが、組んできた同じ仲間は大事なのだ。
﹁だから、仇くらいは取ってあげようかしらね﹂
ファイアプロテクション
ファイ
女の得意属性である火属性の魔杖を握り締め、攻撃魔法を詠唱を開
始する。
アウェポン
残った最後のパーティメンバーである槍使いには、護火防御と火属
性付与を掛けた。
槍使いの彼は付与と同時に飛び出していき、早速彼方の大盾使いと
交戦中である。
523
彼も長年組んできたメンバーであり、腕前は充分に保証出来る。
時間はかかるだろうが大盾使いを斬り伏せて、必ずこの状況を変化
させてくれるはずだ。
後方の討伐隊の援護が来るまで⋮そう信じている。
チームの切り込み隊の役目である俺は、討伐対象であるソウマのパ
ーティメンバーの大盾使いと交戦に入った。
この身に宿った一時的な火属性付与を受けて、今日の俺も絶好調だ。
この依頼で長年組んできた仲間も2人も殺された。
俺たちは金の為に人を殺し、どんな汚い依頼も受ける。
俺は恐喝や喧嘩、気に入らない奴はぶちのめす。そして夜は毎晩酒
を呑み、女を抱き⋮そんな人生を送ってきた。
人生って奴は教会が説くような平等なんかじゃない。
俺のような奴等が世界の大半を占めているだろう⋮うーん、そうに
違いない。
取り敢えず、難しい話は俺には無理だ。
だから、この邪魔な大盾使いを殺し、後ろの女を殺して犯して終わ
りだ。
524
まずはこの防御でガチガチの大盾を持つ臆病男を、景気づけに血祭
りに上げる。
しかし、勢いを持って繰り出された槍の一撃は、相手の大盾に阻ま
れて表面を滑っていく。
それでも次々と一点に集中攻撃を兼ねた槍捌きを素早く繰り出して
いく。
ブレもなく揺るぎもなく⋮大盾を構える男は引かない。
火の力が宿った一撃がまた逸らされた。
クソッ⋮何だってんだこの臆病男め!
こちらの渾身の力を上手く誘導して逸らしてきやがる⋮仕方ねぇ、
槍系統の戦技︻薙ぎ払い︼を発動させる。
横殴りにくる力強い一撃は、僅かにダンテを下がらせたが一進一退
で状況は変わらない。
むしろ、完璧にこの場に足止めされていた。
シャープエッジ
槍使いは短期決戦を急ぎ、男が唯一使える魔法を槍に掛けた。
切断能力効果上昇︵小︶の効果を持つ︻鋭刃︼。
魔力の力で槍の切れ味を高め、切り裂く能力を発揮する。
この片手槍はお気に入りだ。
以前、暗殺依頼を受けて殺した冒険者が持っていた槍である。
迷宮で活躍していた冒険者で、ソロで有りながら腕もよく、心優し
525
い若者だった。
冒険者ギルドの覚えもよく、その男に次々と報酬の良い依頼が舞い
込むようになると、実力も無いのに⋮と妬む者や、それまで受けて
いた冒険者達が若者を邪魔だと思うようになってきた。
このままでは全て良い依頼を奪われてしまう。
彼等の身勝手な思いが暗殺を決意。
俺たちにくる依頼を奪われたと憤慨し、多くの荒くれた冒険者を結
託させた。
遂に暗殺依頼を出してしまった。
その依頼を受けた槍使いのチームは、まず酒場で暗殺対象を観察。
十分に観察し終えたと判断したら、話し掛け仲良くなっていく。
いつしか酒を奢り、そっと眠り薬をいれ、眠った後にサクッと殺し
た。
酒場にも裏で手を回し、目撃者はいないように配慮してある。
若者の死体は同業者に渡し、処理して後は知らない。
手に入れた装備品は足が付かないように全て売り払うんだが⋮槍の
輝きと質から、素人目にも逸品だとわかる代物だった。
戦士としての感が槍は手元に残すべきだと⋮勿体無いと囁く。
良い武器は己を守る。
これは俺の信条である。チームメンバーも納得してくれ、結局は売
り払わずに愛用することに決めた。
526
鑑定などしてない為、槍に秘められている武技などは分からないが、
それでも充分であり、軽く扱いやすい槍だった。
その後、ギルド側も不審に思い調査が始まった。
しかし、その時には充分な報酬で潤った彼等は、暫く行方をくらま
す為に地下へと潜っていた。
この依頼を受けて久しぶりにチーム全員で出てきたのだ。
美味しい依頼のはずが何故こうなった?!
戦い、金を稼ぐ事が俺の存在目的だ。それと仲間以外は⋮糞だ。
僅かな隙を見つけ、隙間を縫うような1撃がダンテに当たる。
このように俺の攻撃は確実に当たっているが、肉体を切り裂く感触
が伝わってこない。
悉く身体を覆う大盾に防がれるか、威力を落とされて、穂先を逸ら
され鎧に当たるがままにされている。
シャープエッジ
大盾使いの鎧は普通の鎧とは違い、︻鋭刃︼で強化された穂先です
ら弾き、通さない。
たまに微かな傷が付く程度で、腹正しいほど手応えが感じられない。
俺の腕前が悪いのか、奴の鎧が凄えのか⋮あぁ、ワカンねぇ!
今も腕に当たった筈なのに⋮だから畜生、何で逸らされるんだよ!
527
腕はしっかりと大盾を構えたまんまだ。衝撃なんかは腕に伝わって
る筈だろ?火属性の付与も熱くねぇのか??
攻撃し続けて、腕も痺れてきた。
手応えもなくどんどん焦る自分だったが、後方より聴きなれた詠唱
が聞こえる。
少し安心すると同時に頭がスッと冷えた。
何度も聴きなれた味方の魔法詠唱である。条件反射とも言えるよう
に、ある詠唱のフレーズを聞いた時、巻き込まれぬよう大盾使いと
一旦距離を取った。
入れ替わりに後方から波形の火の渦が大盾使いの盾を巻き込む。
それでも尚消えずに、身体全体を火が燃え移った。
火属性上位魔法︻ファイアウェイブ︼
この魔法で仕留めた奴らは魔物、人間種問わず数知れない。
今もダンテの身体中を炎が覆っている。高熱を発する炎は絶え間な
く燃え盛っている。
暫く様子を見るが⋮大盾使いはジッとしたまま、全く動かない。
ざぁまあみろぉーー!!
丸焼けだ、其れとも窒息して息絶えたか?
此れで後は愕然としている弱そうな女だけだ⋮どぅ殺して犯してや
ろうか?
安心からかニヤニヤしながら、コウランの元へ足を進めた。燃え盛
る火の横を通り過ぎようとした。
528
直後、待っていたかのように火の塊が動く。
動きはゆっくりとだったが、標的はしっかりと槍使いを向いていた。
シールドバッシュ
意識が朦朧としながらも戦技︻盾打︼を発動させたダンテは、高熱
で熱せられた大盾ごと槍使いに打ち当てる。
突如の行動ゆえ予想もしていない。槍使いは反応出来ず、押し付け
られた大盾は、槍使いに当たって肉が焼け焦げる臭いと熱した金属
が鳴く音がした。
そして、それに負けないほどの大絶叫が辺りに響く。
体勢を崩し、無防備になった胸部に熱しられた鋼鉄の長剣がジュッ
と音を立て革鎧を貫いた。
余りの痛さと熱に槍使いは己の胸を思わす覗いた。真っ赤に熱せら
れた長剣が心臓部を1突きにしていた。
﹁あ?﹂
口から吐血した奴は、そのまま目を見開き死んだ。
掠れた声で言い放つ。
﹁お前なんぞにお嬢様は死んでも渡さん﹂
鋼鉄の長剣は高熱で痛み、心臓部を貫いた後、溶け出して使い物に
ならなくなった。
529
ダンテが火属性の上位の魔法を耐えられたのは、ひとえに火属性と
熱耐性を持つ特化された装備。
そして、統一ボーナスと事前に掛けられた耐性魔法。
複数の魔法耐性を持つアミュレットのおかげでもある。
ここまで準備し、備えていた。だからこそ⋮耐えられたのだ。
少し前の装備だったら瞬時に炭化して生きてはいなかっただろう⋮
そう思えばゾッとする。
鎧の中は酷い火傷だ。腕は度重なる攻撃を受け、打身や打撲なども
酷い。盾を持つのも億劫だ。
もう息をするのも辛く、気管まで損傷しているかのように呼吸する
にも激痛が走る。
体重を支えきれず、堪らず片膝をついて息を整えた。
激痛で意識を手放しそうだが⋮そうなる前にコウランお嬢様が駆け
つけてくる。
﹁凄い火傷。ダンテしっかりしなさい。大丈夫、直ぐに癒すわ﹂
回復魔法の光が俺を包む。
酷く爛れていた皮膚が再生し始め、回復していく。少し楽になった。
定期的に各部を診て回復魔法が掛けられる。火傷による損傷は大分
楽になった。
一先ず落ち着くと、側に槍使いが使っていた槍が転がっていた。
530
丁度いい⋮奴の使っていた槍を貰おう。
上位炎鬼ほどでは無いにしろ、この槍の攻撃を受け流すのに苦労し
たからな⋮。
役割を全う出来た。俺も少しは成長したという所だろうか⋮。
もやもやと考え始めた思考を切り替える。残る敵はまだいる。
今はお嬢様を守ることに専念しよう。
ファイアウェイブを放った女魔術師は荒い息を整えていた。
ふと隣を見ると、闇ギルドのマスターである男に多才な魔法を操る
恐るべき男と相対している。
しかし天才的な無属性魔法を操るあの男であれば、遅れはとらない
だろう。
そう考えながら、眼前の敵に集中しようと魔杖を握り締める。
何故ならソウマが凄いスピードで接近してきたからだ。
﹁くっ⋮後衛はまだこないの!?﹂
思わず背後を振り返りたくなるプレッシャーに耐えながら、詠唱を
開始した。
531
彼女とて裏で名の知れた魔法使いである。恐怖に打ち勝つ術を知っ
ていた。
ファイアウォール
火系統上位を修めた魔術師として、魔杖に集中した魔力を解き放つ。
足元に魔法陣が現れ護火障壁が張り巡らされた。
もはや自分達のパーティでは打ち倒せはしないが、此れで後衛がく
るまで時間を稼ぐ事が出来る。
少し安心した所で周りの状況を確認出来た。
槍使いの方を見ると、火達磨になった大盾使いは死んではいなかっ
た。
炎の塊が動き、あっと思う間まなくチームの一員である槍使いは心
臓部を1突きにされて倒れた。
⋮残念だけど、あれではもう助からない。
それにしてもあの大盾使いは、あの上位魔法を受けて何で生きてる
のよ。しかも動けたなんて⋮予想外な化物が多すぎるわ。
女魔術師は勘違いしていた。それが良い方向に働いて、魔法による
追撃が無かった。
幸い、大盾使いも大怪我で回復魔法を掛けて貰っている。直ぐに完
全に回復は無理だろうし、暫く時間を稼げる。
完全な守りに入ったけど、反撃は彼等が到着してからね。覚えてお
532
きなさいよ!
女魔術師が護火障壁の中で、火系統上位殲滅魔法の詠唱を始める。
一発逆転の魔法と信じて、唱え始めていた。
533
迷宮洞窟内の戦い3 レオンの決意︵前書き︶
ご指摘アドバイスありがとうございます!
534
迷宮洞窟内の戦い3 レオンの決意
先発隊が戦いに入り、暫く経ったが戦況に変化があった。
カザル達が下へ降りてきた時に目にしたのは、半壊した2つの討伐
隊チームであった。
正確には全壊しそうだったのだが⋮。
2つのチームのリーダーのみが生き残っているという、異例な展開
だった。
﹁これは⋮少し予想外だった。今回の獲物は楽しめそうだな﹂
ニッコリと嬉しそうに呟くリガインは既に戦闘態勢に移り、どの獲
物にしようか悩んでいるようだった。
同時に最下層に降りてきたレオンとイルナも、状況を確認しながら
戦闘態勢を維持している。
イルナはクロスボウに大きめの矢を番え、何時でも発射できるよう
に構えていた。
クロスボウ自体も結構な重さがあると思うのだが、特別な樹木であ
る樹齢100年物の木材で作られたクロスボウは装備者に重さを軽
減させる魔力が宿っている。
彼女の故郷で作られた特別製であった。
スナイパー
狙撃手を職業として持つイルナは、命中精度を上げて必殺を狙う為
にスキル︻鷹の目︼を発動させて待機している。
535
因みにソウマはのちに知ることになるのだが、この世界の住人によ
るスキル会得とは、習得した職業から必ず得られる訳ではない。
職業によるステータス恩恵は与えられるが、スキルを会得するには
才能などやステータスによる個人差が必要とされている。
適正値に足りていない人間は職業には何とか就けても才能が無いと
見なされ、世界からスキルが発現しないとされていた。
諸説ではあるけど⋮と、ある人物に後に説明を受ける事となる。
その為、グリッサのように職業とは関係無しに両親より受け継がれ
る遺伝的なスキルや、種族特性としてのスキルを持つ者も、非常に
稀だが存在する。
︻鷹の目︼を会得しているイルナは、年若くして才能のある女性で
ある。
矢を固定して、覗く先を忌々しそうに狙う相手はソウマ達ではなく
⋮味方の一団に向けられていた。
ソウマ
一方レオンは戦況を確かた後、この戦いに参戦しようか迷っていた。
余りにも相手側の戦力が強過ぎていたのである。
最初から討伐隊など、彼等にとってとある人物を帯び寄せる罠のよ
うなモノであったが。
レオンは幼馴染のイルナと郷からの密命を帯びていた。
536
それは故郷の森の郷で重要人物を殺した者の抹殺である。
その殺戮者は事もあろうか、郷の英雄でもあった兄のゼファーを殺
し、またその場にいた全員を纏めて切り殺す凶行に走ったのだ。
その中には郷の守り人であった、レオンやイルナの肉親も含まれた。
特にレオンはその戦いで天涯孤独の身となり、イルナは両親を失っ
た。
彼等にとっては敵討ちも兼ねている使命だ。
闇鍛治士と言う稀有な職業に就き、天才的な腕前を持つゼファーの
打った一振りの両手剣は、殺戮者リガインに多大な攻撃力を与えた。
ラメラアーマー
金属板鎧は、魔法耐性と傷も付かぬ程の防御力を誇り⋮最悪な人物
に最高の二物を与えた。
リガインと兄は親友同士だったのに何故⋮。幼い時から遊んでくれ
た記憶が、今でも蘇ってくる。
使命を帯び、郷を出てからの2年間リガインの足跡を追う毎日。
調査の結果リガインは何百人という人間を殺していた。
それも血竜剣ゼファーの武技スキルを試すかのように、殺された死
体は著名に物語っている。
殺された人間の特徴は様々だったが、共通している特徴は腕が立つ
と言われている一点だった。
リガインは高額賞金首であり、放っておいてもある程度の腕前以上
を持つ者が狙ってくる。
537
殺された人間の殆どは冒険者や高名な騎士、そして数少ないが魔術
師迄もが含まれていた。
だからこそ、この依頼にリガインが現れると踏み、予測したレオン
達だったが⋮狙い通りアッサリと奴は現れた。
再会したリガインは狂人と化しており、レオンやイルナを見ても気
付かなかった。
初対面のような振る舞いと、舌なめずりするような笑顔を浮かべて
いた。
リガイン
リガイン発見というこちらの目的は叶った。最早討伐隊等どうでも
良い。
どうやったらあの殺戮者を殺せるのか⋮しかし、郷を出た時からい
くら考えても2人だけでは無理だと結論に至る。
いくら不意を突こうが下手をすれば自分達が殺されるのは目に見え
ていたからだ。
﹁何を迷っているのか知らないが⋮必要なら手を貸そうかい?﹂
悩んでいたレオンに突然声をかけたのはカザルであった。
カザルとしては、自身が前に出てソウマを試しても良かったが、試
金石として丁度いいリガインとレオンがいたのだ。
彼等に任せてみるのも面白いと感じていた。
538
しかし、レオンはどうやら悩んでいる様子を受ける。そう思って声
を掛けてみたのだ。
﹁貴方は⋮何者かは知らないが、信用が出来ない。レヴィも注意し
た方がいいと警告してきたし。
しかし、出来れば何もしないと確約してくれるなら⋮見守りをお願
いする﹂
と、頭を下げてくるレオン。
レヴィと言うのはあの妖精の事であろうか。
昔から妖精はイタズラも大好きだが、認めた者には協力や警告を惜
しまず、尽くそうとする不思議な存在だった。
カザルにとって珍しい事だが、レオンの事が少し気に入り始めた。
﹁ふーん⋮何もしないでか。それはそれで困るけどイイっす。
なら面倒な目撃者だけは消しておこうかな﹂
そう言うや否や、同じく付いてきた仮面の男に笑顔で近付いていく。
﹁やっ、ここまでご苦労さん、後は俺が引き継ぎしますよ﹂
﹁は?何を⋮﹂
そう言って仮面の男に手をかざすと、短い詠唱のあと何か剣のよう
な物体が飛び出て突き刺さる。
すると、悲鳴を残す間も無く存在そのものが焼滅した。
あの男は瞬間的過ぎて痛みすらも無かっただろう。
539
カザルはレオンやリガインと言った一握りの存在は兎も角、この討
伐隊はソウマに負けるだろうと⋮感じ取っていた。
なれば逃走などして、下手な報告などされてもらっては困るのだ。
今回の目的は、ソウマが我等の役に立てるほど使えるかどうか?
そこを見極めるのが俺の仕事なのだから。
﹁さ∼てと、ではお言葉通りに後は見物でもしますか﹂
そう言って一旦戦線を離れ、1人観戦を決め込むカザル。
降りてきた階段を引き返して行き、周囲の反応などお構い無しに帰
っていく。
この偶然とも言える展開。
この時点でソウマと戦わない選択をしたカザルは、後の運命を大き
く変える事となった。
カザルの行動を目撃していたのはレオンだけ。
カザル
余りの早業にゾッと冷や汗が走る⋮アレほどの腕を持つ奴は何者な
んだ?敵なのだろうか、味方なのだろうか?
540
たが、此れで僕の覚悟は決まった。
レオンの持つ魔法に、妖精魔法と呼ばれるモノがある。
これは妖精固有の魔法であり、妖精以外には使えない。
レオンが使えるのは、正式に契約した妖精レヴィのおかげだ。
レオンの魔力とレヴィの信頼度の高さで、現在契約して引き出せる
魔法は簡単に説明すると3つある。
魔術殺し。妖精伝達。秘中の儀。
この3つであり、その内の妖精伝達の魔法を唱える。
余りに遠くの者には無理だが、念話のような感じで対象者に直接脳
裏に伝えられる妖精魔法がある。
便利な魔法だが、デメリットもある。
それは、此方からの伝達は出来るが受信は出来ないといった一方通
行であることが挙げられる。
伝えられた相手側は、返答したい時はそのまま言葉で返さない限り、
術者には伝わらないのだ。
それでも秘密裏の会話に感して圧倒的なアドバンテージがあるのは
間違いない。
レオンは妖精魔法を使用し、イルナに考え抜いた作戦を念じて伝え
る。
怠け癖を消し、真面目な表情を見せたレオンを驚いたように見つめ
541
るイルナ。
作戦に頷いた彼女を安心させるようにレオンは笑った。
そしてこの戦いで最後の別れになるかも知れない。敢えてリガイン
と距離を取り、小声で話し始める。
﹁遂にあのリガインと戦うのよね⋮この2年間、本当は怖かった﹂
突然の告白に黙って聞くレオン。
﹁レオンは怖くなかったの?﹂
﹁怖いか怖くないかだったら⋮怖いさ。でも、親友だった兄さんを
殺し、その後も狂人と化したリガインを放ってはおけないんだ。
何より⋮兄さんの作った武器が何百人と人を殺しているんだ﹂
暗い表情のレオンは、今にも泣き出しそうだ。
﹁復讐するも、返り討ちにあうも今回の殺し合いで決まる。
だから後悔だけはしたくない⋮ただ、今思えるのは一緒に頑張って
きたイルナを守りたい﹂
ずっと一緒にきた幼馴染に守ると誓う。
肉親がいないレオンにとって、妹のように大事に思っている存在が
いる。
今の自分の心の拠り所でもあり、支えなくては⋮と、強く思える相
手だ。
若干複雑そうな表情を見せたイルナだったが、大事な存在と思われ
542
ていることに嬉しさを見せていた。
どうやら緊張は解れたみたいだ。
決意を新たに彼等の戦いが始まる。
543
リガインとの決戦︵前書き︶
読んで下さっている皆様、いつも有難う御座います。11月の活動
報告にて書かせて頂きましたが、ムチウチの症状が酷くリハビリ中
です。
書くペースも大分落ちますが、なるべく早く仕上げられるように頑
張りたいと思います。
再度、いつも読んで頂いて本当に有難う御座います。
544
リガインとの決戦
最後のチームが下へと降りてきた。
突然相手側の仲間の1人が何かを宣言したと思ったら⋮仲間である
と思われる仮面の男を殺害して帰っていった。
謎の行動をする人物。あの人はここに一体何しに来たんだ??
敵対する意思がないのなら放置しても構わないだろうと判断する。
今は考えても分からないからな。
取り敢えず、まずは残る敵を殲滅するだけだ。
ソウマは周りを観察すると、珍しくマックスは攻めあぐねている感
じだった。
配下の黒尽くめの男は倒したようだが、もう1人いた男はどうやら
魔力障壁を張れる程上位の無属性魔法の使い手のようだ。
マックスが魔法で攻めようが武器で攻めようが、自身の魔力障壁が
壊れる絶妙なタイミングで再度魔法を使い、隙なく一定の防御を貫
いていた。
545
魔力に関しては天才的な腕前を持つマックスにも扱いは負けていな
い。
緻密な魔力コントロールが際立っていた。
その為、千日手のように決着が付かず、膠着状態が続いていた。
魔力切れを待とうにも、相手も魔力回復ポーションをそれなりに用
意してあるようで、時折ポーチから取り出して飲んでいる。
苦笑いをしながら、マックスはどう攻めようか考えていた。
﹁そこの氷魔法使いクン、このままだとお互い睨み合いだけだよね
?良かったら提案を聞いてくれないかい?﹂
魔力障壁を張っている男から声を掛けてきた。
﹁何だ?言ってみろよ﹂
面白い事を言う奴だと思い、聞いてみた。
﹁簡単なことだよ。私をこのまま見逃してくれないかな?
もうこの依頼に関わる義理はないからね。そろそろ早く逃げたいん
だ﹂
如何にも私は嫌々参加したんですと言わんばかりのセリフだ。
﹁ハン、そっちから仕掛けておいて結構な言い草じゃないか?⋮勿
論、答えはNOだ﹂
546
アイスジャベリン
返答と同時に、複数の氷魔法︻氷槍︼を詠唱待機状態にさせておく。
﹁やれやれ、却下かい。君は分かってくれるような気がしたんだけ
どねぇ⋮なら、時間も無さそうだし、氷魔法使いクンを殺してさっ
さと逃げようか﹂
そう言い合い、戦闘モードに入った2人はぶつかりあった。
他にも仲間の方を見ると、ダンテが相手側の槍使いを倒したものの、
浅くない火傷を負っていた。
その場に崩れ落ちたがすぐにコウランが回復魔法をかけて貰ってい
る姿が見えたので、一先ず安心した。
ダンテは回復後、コウランを守るためにその場に待機していた。
ヒーラー
回復役であるコウランは自分達の生命線であるため、狙われたら堪
らない。
契約の魔物であるフレイと共にそのままの場所で警戒して、戦闘態
勢を維持して貰おう。
547
さて、降りてきた新手も腕が立ちそうな両手剣の剣術士に、眼鏡を
掛けた男の子にクロスボウを持つ女の子。
今の所は階段付近で此方の方をまだ様子見ている。
ファイアーウォール
それらの事を素早く判断したソウマは、目の前の女魔術師を見た。
護火障壁を展開していた。それに新たに詠唱を開始しようとしてい
る。
ソウマは厄介な女魔術師を片付ける⋮と決めた。
その時、何か小さな物体が翅をはためかせ此方に飛んできた。
側に近寄ってきた存在が信じられず、良く目を凝らす。
まるで昔、子供の時に見た絵本の中にいた妖精のような⋮モノが見
えた。
しかも両手をぶんぶんと振り上げながら飛んでくる。
非現実的な現象に呆気にとられてしまい、思わず凝視してしまった。
ある程度の距離まで接近すると、何か声のような音が頭に聞こえて
きた。
︵此方の声が聞こえるかな?敵対する意思は無い。敵意が無い証拠
にその魔術師を無効化しよう︶
ソプラノの美しい口調で頭に直接響く。
548
誰だ?と思いながら辺りを様子観察しながら警戒する。
此方が攻撃してこない事を確認した妖精は可愛らしくニッコリと笑
い、女魔術師の方へと向く。
すると聞き取れない言語を呟き始めた。
良く聞こえないが、暫くすると空中や地面に召喚魔法陣が出現する。
短い詠唱のもと、魔術師を囲む障壁のような結界が形成された。
かなり綿密な魔力が練り込まれた魔法陣は美しい。
魔法陣からは光を纏った小さな人型達が召喚されて、次々と唄を歌
う。
ハーモニーボイス
突然始まった素晴らしく透明感のある声で奏でる調和
音楽のような美しい調べに女魔術師も唱えていた詠唱を忘れ、非現
実的な美しい光景に見惚れていた。
静寂の調︶
レオンオリジナルフェアリーマサ
ジイ
ッレ
クント メロディー
︵妖精協力魔法
脳裏にそう聴こえたかと思うと、女魔術師の空間から一切の音が消
えた。
フィールド
半透明な空間に閉じ込められた女魔術師は必死な表情で半透明な壁
を叩いている。
対象者の魔力を通さず、また阻害させる結界のような役割の力場を
発生させていた。
魔法を扱う者には魔力を封じられ、自身の物理攻撃力しか突破方法
のない通称魔術師殺しと言われるレオンの切り札2つ目だ。
549
光の妖精達の乱舞。
初めて見た幻想的な光景にソウマも見惚れてしまった。
知る由も無かったが、妖精と契約した者でも使い手が限られる妖精
言語を使った妖精協力魔法である。
︵ふぅ⋮此れで信じて貰えるだろうか?すまないが此方からは僕の
声しか届けられない。
僕の名前はレオンと言う。君から見てクロスボウを構えた女の子の
隣にはいるのが僕︶
確かにクロスボウを構えた、ポニーテールの髪型の女の子がいた。
その隣に髪の長く眼鏡を掛けた女とも男とも見える⋮中性的な顔立
ちで不思議な魅力を放つ者がいた。
確認したソウマは頷き、話を進めてもらう。
︵この魔法も妖精魔法の1つで、妖精に声を直接届けて貰ってる。
僕達は別の目的があって此処に来たんだ。無関係の君とは敵対した
くないし⋮︶
思念で届く声に、どこか思い詰めたような必死差を受ける。
︵あの男って誰なんだ?︶
と⋮考えていると、両手剣を構えた細身の男がいた。
明らかに相手側にとって劣勢であるこの状況化で落ち着いている。
鋭い眼光が見た者を萎縮させるような⋮重々しい威圧感を放ってい
る。
550
視線で金縛りをさせる事が出来るんじゃないか?と、錯覚をさせる
ほどプレッシャーが半端では無い。
ただ、直ぐにわかる事はあの男は⋮ヤバイ!
レオンからの連絡も入る。
︵あの両手剣を持った男がリガイン。奴は普通の人間じゃない。
兎に角、討伐対象である君は狙われる筈だから何とか逃⋮︶
レオンとの会話中に突然本能的が警報を鳴らし、危険を察知した。
瞬時に戦闘態勢に移行し身構える。
すると、此方を見つめていたリガインと言う名の男と眼が合う。
威圧する眼光がソウマを試すかのように貫く。
若干のプレッシャーを感じたものの、ソウマは臆する事なく見返し
た。リガインがニヤッと嗤う。
﹁高額賞金首でも高を括っていた。どうせ大したことはないだろう
と残念に思っていたのに⋮なかなか如何してプレッシャーを感じる。
見掛けは細身でそこまで強そうでもないのに⋮例えるなら鳥の卵を
割ったら出てきたのは竜だったと⋮思い知らされた感じだ。
此れほど迄の胸の高鳴りは久しぶりだ﹂
リガインが竜皮で作られた鞘から血竜剣を抜き、禍々しい雰囲気の
赤黒い剣身が妖しく光る両手剣が姿を現した。
﹁久しぶりに本気を出せそうだ。楽しませてくれよ?﹂
551
これ以上相手側の増援は無さそうだし⋮即座に念話にてレガリアに
連絡をとり、契約の指輪に送還する。
直ぐに再召喚を命じ、契約の指輪からレガリアが修羅鬼状態で現れ
た。
﹁御主人様、ご命令を﹂
﹁急な呼び出しですまない。あっちにいるマックスと協力して敵を
倒して欲しい﹂
手短かに伝える。折角なので、そっとレガリアのアイテムボックス
に着装スキル付きの槍の残骸と上位炎鬼の魂魄結晶をいれて、吸収
するように伝えた。
静かに取り出した拳ほどの魂魄結晶と竜核を齧り、咀嚼したレガリ
アは本体に大幅な全ステータスアップとスキル︻雷撃︵小︶︼、︻
亜竜の外皮︼を習得した。
急激なレベルアップにレガリアも満足そうな表情だった。
そんな中、久しぶりにナレーションが聞こえた。
︻使役している魔獣がサザン火山フィールド・迷宮BOSSの両方
ミミック
をクリアし、魂魄結晶を吸収しました。
宝箱・希少種である個体名レガリアにレアスキルボーナス︻蒼炎︼
が付与されます︼
552
着装スキルが手に入らなかったのは非常に残念だったが、恐らく竜
核の槍から入手出来たであろう亜竜の外皮や雷撃︵小︶は有り難か
った。
︻蒼炎︼は炎の上位属性で、蒼く煌めく炎を操ることが出来る。
此の世界の住人達は魔力と呼ばれる不可思議な力を用いる事が出来
る。
しかし、外部に方向性を持たせた事象を起こせる魔法使いは世界を
探しても数少ない貴重な存在だ。
更に特別な炎である蒼炎を扱える者は少ないと思われる。
余程火属性に精通した魔法使いで無ければその存在すら気付かない
筈だ。
緑と水の環境が整い、潜在的に水属性と土属性の使い手が多いこの
王国では、もしかしたら扱える者は居ないかも知れない。
レガリアが習得出来たのは、きっと炎鬼系と焔系の結晶が統合され
た産物だろうと思われる。
蒼炎スキルに関しては他にも情報があり、本体であるレガリア以外
の擬態スキルにも発現し、発動が可能である。
これで可能性が高まり、様々なバリエーションが試せるはず。
元々持ち合わせていた炎属性とは別に、今回習得した︻蒼炎︼の相
乗効果で、ソウマとレガリアの攻撃力は更にアップするだろう。
553
リガイン
只ならぬ気配を放っている存在を気にしながらも修羅鬼形態のレガ
リアは命令を受諾し、マックスのいる方向へと駆け出した。
これでもう彼方は心配いらないはずだ。
わざわざ待っていたかのように、離れている場所から此方に向かっ
てくるリガインがいた。
静かに和弓を構え、リガイン目掛けて速射する。
風を切り裂くような音を鳴らしながら放たれた矢は、紫に輝く鎧に
当たる。
しかし、金属板を貫く事は出来ず⋮派手な音を立てて次々とその場
に落ちていく。
何本かは撃ち落とされるが、その飛来するスピードの速さは異常で
リガインの動体視力を超えていた。
その為、長年の感と経験にて自身の急所にあたる矢だけを選別して
落としていた。
殺し甲斐のある獲物の出現に歓喜に震えるながらも、そんな事をお
くびにも出さず、
554
﹁こんなに威力のある矢は初めてだ。いいぞ、俺をもっと悦ばせて
くれ﹂
そう言って、血竜剣を振りかぶる。何やらオーラ状のモノが両手剣
を纏っていく。
﹁ハッ﹂
そのまま勢いを込めて振り下ろした一撃は地面を抉り、衝撃波がソ
ウマを襲う。
進行方向へと向かっていた矢は衝撃波に阻まれ、ぶつかった矢は粉
々に吹き飛ぶ。
凄まじいスピードと破壊力を伴う衝撃波に対し、見切りと体術を発
動させ回避行動をとる。
難なく躱し、再び矢を射ち始めた。
﹁ふむ⋮反応も素晴らしい。宜しい、此れならどうかな?﹂
突如、リガインは血竜剣を正眼に構えると1度瞼を閉じて再度開く。
すると眼球が緑色に輝き、痣のようなモノが瞳に写っていた。
ソウマは知らなかったが、これは瞳に加護を宿した者特有の証明で
ある。
両眼は闇属性の加護と風の属性加護を帯び、両者を複合した珍しい
加護の印であった。
加護が発現したキッカケは、とある組織にリガインが勧誘されて所
555
属した際に受けた儀式が影響している。
闇鍛治師ゼファーを殺害したリガインは、国から指名手配され潜伏
していた。
様々な各地を渡り歩き、遂にとある国へと辿り着いた。
この国には獣人やエルフと言った亜人種を根絶させようと画策する
人間至上主義の国である。
その中でも濃縮した闇を固めたような塊。暗部と呼ばれる組織があ
った。
何処からか噂を聞き付けていた暗部に勧誘され所属したリガインは、
徒党を組んで当時敵対していた組織を全て潰してしまった。
その功績と実績を持って、幹部として迎えられた。
更なる力を望んだリガインは、当時幹部級しか受けられない特殊な
闇の儀式に参加する。
貴重な加護を持つ司祭が担当し、超常的な存在を召喚させる。
この儀式にはリスクが伴う。まずは大量の供物である生贄。
それと、儀式の依り代になった者が気に入らなければ呼び出した存
在に殺される事も少ないないという事である。
依り代としてリガイン自身が志願し、奉納物に血竜剣を捧げた。
強さの限界を感じていた当時、目の前にはより強くなれるチャンス
がある。
この程度の試練に打ち負けるようではどの道自分は死ぬ事になるだ
556
ろうと思っていた。
例え死ぬ事になっても後悔などない。
この召喚の儀により大量の魔物や人間の生贄を捧げた結果、限定さ
れた空間に上位存在が顕現した。
﹃我を喚び出した者よ。跪け﹄
遥か高みから掛けてくる重圧に、憧れと畏怖を持った。ボンヤリと
影だけが見えるが、鳥のような大きな翼が見えた。
いずれ自分もその高みへ登ってみさる。
どうやら直ぐに殺されることはないようだ。値踏みしたかのような
視線の力を感じたが、すぐに両眼が熱くなってきた。
奉納した血竜剣ゼファーが誓約の証として選ばれ、邪悪なハイレア
級へと生まれ変わった。
﹃脆弱な者よ。喜ぶがいい。試練を与える﹄
そう言うや否や、依り代のリガインは眼球に上位存在の一部分を刻
みつけられた。
自身を襲う絶え間ない激痛とリガインと言う存在を奪いとろうとす
る意思とがせめぎ合った。
3日3晩も続いた一瞬も気を抜けない試練に何とか打ち勝ち、授か
った加護である。
557
﹃契約は交わされた。ならば我に一千体の生贄を捧げよ﹄
この声が聞こえ、目を覚ましたリガインは両眼が光り輝いていた。
渦巻く力が身体から溢れ出す。何より、加護の効果を試したい凶悪
な衝動に駆られる。
以前よりも強大な力に振り回させる事なく、儀式に参加した組織を
皆殺しにすることにした。
振り抜いた刃はその場にいた者達の命を刈り取っていく。
恐怖する元仲間や、必死に立ち向かう者、命乞いをする者も構わず
殺し、僅かな時間で50人もの人間の生命を奪った。
武技︻飢牙︼を通して血竜剣に吸収していく様を恍惚の表情を浮か
べて嗤っていた。
既にもうリガインに巣食っていた闇が、狂わせてきていたのかも知
れない。
この加護から分かることは、闇の儀式から顕現した存在は翼を持ち、
闇と風を司る上位存在と思われる何か。
この存在はリガインなど使い捨ての駒だと思っており、血竜剣に刻
まれた契約が果たされない場合は加護が呪印に変わる仕組みとなっ
ていた。
558
この加護と武具を使いこなし、次第に死に風と呼ばれるほど物騒な
渾名を付けられた。
加護の補正としてリガインの身体に闇風による随時防御結界︵物理
ダメージ軽減︵小︶︶と、腕力強化。
風の魔法耐性︵小︶を兼ね備えたシンプルな加護だ。
その加護に闘氣術と併用して練り上げられていく気が収縮し、爆発
的に身体能力が高まったリガインが跳躍してきた。
闘気術により全ステータス︵中︶ないし︵上︶の上昇が見込める。
﹁少年、君を殺せば丁度この血竜剣に捧げる生贄は、人種と魔獣類
を合わせてようやく一千体目になる。光栄に思いたまえ﹂
言いながら、無駄のない動きで血竜剣を振るう。
ソウマは見切りを発動させ、1つ1つ確実に対処して躱す。
攻撃の際に出る風圧や風を斬る音から、当たれば結構な攻撃力が予
測される。
ソウマの着込んでいる良鉄の金属鎧に当たれば、簡単に叩き切られ
るだろう。
しかし、それは当たれば⋮である。
ソウマとて2年間みっちり、サンダルフォンとの戦闘修練・スキル
について研鑽した経験・技術は伊達ではない。
559
また、この迷宮洞窟のBOSSである上位炎鬼ですら倒せるソウマ
にとってすら、リガインの強化された攻撃は瞠目に値する。
魔法耐性が高い一流の剣術士。それは誰もが理想とし、憧れる一握
りの存在に違いない。
などと、取り留めのない事を考えてしまう思考を頭の隅へと追いや
る。
何度目かのリガインの攻撃を躱した所で弓をしまい、鬼の大鉈をア
イテムボックスから取り出す。ソウマの両手には瞬時に大鉈が握ら
れた。
巨大な両手剣の血竜剣ゼファーと、此方も大型の両手剣の大鉈とが
火花を散らし合い、轟音を奏でてぶつかり合う。
接近戦になると、闇風の風圧が視界確保の邪魔や行動の阻害をして
くる。
真剣な戦闘では致命的な隙に繋がるが、身に染み付いた体術スキル
で補い、見切りスキルがそれをカバーしてくれた。
何合が打ち合う度に力比べとなる。押し切られる事は無いが⋮充分
に力を込めたお互いの剣は拮抗している。
しかし、此方の装備は打ち合う毎に大鉈が悲鳴を上げるような嫌な
音が響いていた。
それでも体術を駆使し、強弱をもってリガインの体勢を崩させる。
僅かに崩れた隙に距離をとり、自身に身体能力強化魔法を掛ける。
﹁何者だね少年?私がここまで手こずる相手など今まで誰もいなか
560
った﹂
その問いには答えず、再度無言のまま大鉈を振るった。
リガインは加護の力をも使い、自身の魔力を大幅に上乗せした最速
の一撃を以って打ち払わんと振るう。
ソウマは最速の袈裟斬りを限界まで見切り、体術で最小限の動きで
寸前まで迫る血竜剣を引き寄せた。
無茶な動きに鎧が悲鳴を上げ、軋む音が聞こえるが無視し、そのま
ま懐へと一歩踏み込む。
あの一撃を避けて尚も前に出て来るとは⋮。
爆発的に踏み込んだ一歩から繰り出される大鉈の攻撃に回避が間に
合わないと悟り、リガインは身体防御へと闘気を纏わせる。
リボルトラメラアーマー
大鉈を左脚を覆う金属板鎧を目掛けて強烈な一撃を叩き込んだ。
加護の闇風の結界が抵抗してくるも、その防御を突き破る。
ラメラアーマー
ガッ、ガリッガリッ⋮金属が抵抗する音がした。
大腿部を覆うレッグガードは金属板鎧程の硬さでは無かったが、充
分な逸品らしい。
また闘気術で筋肉を締めで、底上げされた防御力が火花と共に大鉈
を侵入を食い止めていた。
サッと引き抜く。よく見たら此方の大鉈が微かに欠けていた。打ち
合いもしたけど⋮どれだけ硬いんだよ。
驚いていたら、頭上に攻撃の気配を感じる。
561
見切りを用いて2歩後方に下がると前髪が揺れ、赤黒い巨大な両手
剣が側を通り過ぎていった。
カウンター気味に武技︻旋風撃︼を発動して追撃を図る。
吹き荒れる風刃はリガインの鎧に直撃するも、周りの闇風の結界に
威力の殆どをかき消された。
同じ風属性で相性が悪かったかも知れない。
威力が減退された一撃は衝撃も少ないようで傷一つも付いていない。
再び斬り結びながら、リガインの武具を観察する。薄っすらと説明
ハイレア級
文が浮かび上がる。
血竜剣ゼファー
闇鍛治師ゼファーが打った未完成の試作品。
依頼者の更なる力を望む要望に応え、常人では扱えない程の術式が
練り込まれている。
飢牙︼は常時発動型である。
竜素材と竜血を媒介したことにより、絶大な攻撃力を誇る逸品とな
った。その為、武技︻術式
闇の儀式により、上位存在からの契約と祝福を受けた血竜剣にスキ
ルが追加され、ハイレア級の武器へと生まれ変わった。
一千体の生贄を捧げる事で発動するスキル︻呪縛せし魂︼。
装備者を媒体し、契約した上位の存在の眷属へと進化させる。
度重なる狂気を受け、呪われた武器へと変貌した。竜耐性特攻。
562
レア級
呪縛せし魂
常時発動型武技︻飢牙︼
ラメラアーマー
発動スキル︻闇術式
リボルト
反逆せし金属板鎧
カウント999︼
闇鍛治師ゼファーの想いが込められた作品。
ドラゴンブラッド
妖精郷でしか採掘出来ない魔法金属ランバード鋼を主体に竜素材と
竜血で魔法的処置を施された逸品。
完成された鎧に竜血を媒介し、一枚一枚の板を鎧に丁寧に縫い付け
てある。
発動スキル︻全魔法ダメージ軽減︵中︶︼
武器はやはりハイレア級!
魔眼で魔力の流れを見ると、複雑に絡み合った綿密な術式は眩しい
くらいに光り輝いている。
改めてこんな術式は組み込んだゼファーという鍛治師の腕前や、発
想に瞠目した。
鎧はレア級だが竜の素材と聞きなれないランバード鋼と呼ばれる魔
法金属。
スキルから判断するに魔法耐性も高く、大鉈の風刃が余り効いてい
563
ない事にも納得。道理で堅い訳だ。
呪縛
しかも血竜剣には突っ込み所が多いほど複雑な曰くがあるな⋮特に
呪われてるし。
︼に関してはカナリ嫌な予感しかしない。
また、不気味な名前の武技スキルを保持している。︻闇術式
せし魂
強敵と相対したこんな時、流星刀レプリカや流星弓、愛用している
防具があれば⋮と痛感する。
無い物をねだっても仕方ないし、その為の武具作りなんだと言い聞
かせる。
この異世界にくる前の自分だったら、現在のリガインのような強敵
相手など善戦は出来ただろうが、高い確率で殺されていたかも知れ
ない。
上位炎鬼にも以前のままではソロでは力及ばず、そもそも挑もうと
も思わなかったかも知れない。
巨人魔法︻巨人の腕︼の取得の際の極限までに高められたステータ
スの恩恵は、魔法を覚えられなくなったリスクを抜かしても⋮感謝
しても仕切れない。幸運な方なんだと思う。
折角のこのステータスと技能スキルを使いこなせるように、更に修
行をしなければならない。
サンダルフォンの教えと、簡単に死ぬなと言われた以上、鍛え続け
て生き残らなければ⋮と、強く思った。
564
一流の戦士であるリガインと戦うことで、慣れない両手剣の剣技が
研ぎ澄まされてきた。
こんな時、剣技補正が自分にあって助かったと感じる。
少しずつ無駄の少ない動きで扱えるようになってきたと思える。
この先、装備補正が無い装備を付けて戦うこともあるだろう。
この戦いで学べることは多くあるはずだ。
戦闘中に気配察知に反応がある。
此方に近寄ってくる所を見ると、レオン達の可能性が高い。
風圧槌である。
エアハンマー
突如、リガインの頭上に風が集まり出し、大きな渦の塊となって降
ってきた。風魔法中位
500㎏程の圧力が身体に掛かり、渦巻く風塊が強制的にのしかか
る。
普通の者ならば装備ごと圧死する程の力が込められている。
闇風を展開しているリガインに重圧がかかり一瞬動きが止まったが、
元々風属性には強い装備と加護である。掛け声と共に抵抗し、血竜
剣が上空で煌き、風圧槌自体を斬り裂いた。
﹁リガイン、待て。僕達が先に相手をして貰う﹂
中性的な声で呼び止めたのはレオンである。
声をした方向を向くリガインだったが、レオン達を確認すると興味
565
がなさそうに
﹁味方に対して何のつもりかな?千体目の生贄はソウマに決めたの
だ。見逃してやる。関係無い者は引っ込んでろ﹂
静止を求める声を掛けるが、それを聞いたレオンとイルナは逆に怒
髪天をつく表情に変わった。
﹁関係ない?だって⋮﹂
﹁その言葉、取り消して!!﹂
イルナは叫ぶとクロスボウを構えた姿勢で、凄まじいスピードで金
属矢を発射した。
それを難なく両手剣で振り払い、バガァァンと、けたたましい音を
立てて落ちる。
﹁大方この剣の生贄になった身内だろうが⋮いちいち覚えてなどい
ない。見逃してやると言ったのに死にたがりめ、いいだろう。纏め
て葬ってやる﹂
鬱陶しそうに話すリガイン。
人は怒りの頂点を越すと、逆にこんなにも凍てつくような⋮人を人
として見てはいけない目線を放てるようになるのだろう。
566
レオンやイルナの脳裏に浮かぶのは故郷で対面した無残な遺体の数
々。その中でも原型も止めない程、執拗に切り刻みこまれた死体。
その中には2人の両親も含まれいた。
事件当時、レオンとイルナとで森で遊んだ後に帰ってくると、郷全
体に煙が上がっていた。
嫌な予感がして慌てて駆け寄ると、既に郷では酷い死臭が漂ってお
り、周りは焼けた跡が見られた。
自分達の家は半壊していた。
呆然と立ち尽くした2人はまだ建物が無事だった場所を発見して慌
てて中に入ると、中年の男女2人倒れていた。
近所で仲良くしてくれたおばさんとおじさんである。
背後から一太刀斬り付けられた格好で、おじさんと一緒に手を繋い
で倒れていた。
いくら叫んでも呼びかけても返答もなく、冷たくなった2人の身体
が既に亡くなったのだと物語る。
このように郷の至る所で、斬り裂かれた遺体と戦いの傷跡が見られ
た。
道端で見知った幼馴染みの男の子が血だらけで倒れている所を見つ
けた。
いつも一緒に遊んでおり、この日も森へと出掛ける予定だったが、
妹が熱を出して看病するからと、家で看病していたのだ。
事あれば、レオンとイルナの事を揶揄う幼馴染みの男の子だった。
567
少年の両腕にはいつも可愛がっていた妹が包まれており⋮虚ろな目
と冷たくなった身体。必死に呼び掛けても、動かしても動かない。
少年の周りに大量の血だまりが出来ていた。
兄妹の頬に涙のあとが見える。
兄はどうしても凶刃から妹を守りたくて最期まで庇ったのだろう⋮。
他にも、郷を護るため、家族を守るためにリガインを食い止めよう
とした大人達。
誰もが親しい人達を護るために立ち向かい、倒れていた。
生き残った大人や子供から兄ゼファーの死と数多くの村人が惨殺さ
れた事を知る。
しかもリガインは怪我を負いながらも、事もあろうにゼファーの作
った竜鎧を強奪して逃走して行った事を明かした。
事情を聞いた時、レオンは絶望や怒りによるショックの余り、何が
自分の中で壊れたような音が聴こえた。
当時を思い出しながら、冷たく響く口調でレオンが呟く。
﹁⋮黙れよ。アレだけの事をした貴様に罪を改める機会を求めたの
がいけなかった﹂
568
レオンがそう言い放つ。
契約の加護により体内の奥底から風の魔力が解き放たれる。
レオンには遍く風を司る存在︻シルフの女王︼の加護が眠っている。
強大な力故、普段は封印状態だが、今回は全開させる。
全身に風の強属性補正効果を持つ魔力風を張り巡らせた。
加護を解放したレオンが風魔法を使えば、その効果は何倍にも威力
が増幅される。
身に纏う魔力風には防御補正もある。攻防一体の加護の力は強力だ
が、代償による魔力消費も激しいため時間制限も限られている。急
ぐ必要があった。
溢れ出る魔力の風が髪を棚引かせ、美しい翡翠色のクロークをはた
めかせた。
腕力強化・脚力強化・思考速度・反応強化⋮順々に魔法で更に身体
能力を極限までアップさせる。
これで近接戦になるも引けを取らない筈だ。
リガインとレオンの戦闘が始まった。
体力は少ないが、反射神経は高いイルナはこの日の為に血の滲むよ
うな訓練を己に課し、レオンのサポート、援護をこなす為に弓士系
職業を選んだ。
569
そして速射こそは出来ないが、特別な素材で出来たクロスボウは1
撃の威力に秀でる。それは中途半端な威力ではリガインを止められ
ないと踏んだ少女の選択であった。
郷の施設を使い、技術を結集させ特別な製法で作られた矢は、着弾
暴風の嘶き。
ハリケーン
と同時に発動する魔法が込められている。
その魔法の名は
吹き荒れる爆風のように立ちはだかるモノ全てを粉砕する威力を持
つ。
風属性でも扱いが極めて難しく、殲滅用の風属性上位魔法である。
その魔法をレオンの加護の力で何倍にも高め、封じ込められた特製
の矢は合計で3本。
暴風矢弾と名付けられた。
矢弾は全て使い捨てになるが、現代では作成することが難しく、高
価な素材をふんだんに使ったこの矢は間違いなく最高の品であった。
ラメラアーマー
盗まれた竜鎧である金属板鎧は、ゼファーの作品の中でもかなり上
位の防具品だ。
一流の装備と戦士。打ち破るには失敗は許されない。
自分を追い込み、イルナは確実に当てる為に集中力を高めていく。
金属矢から暴風矢弾にセットし直す。ひたすら隙を狙い、一矢報い
んと機会を待ち続けている。
もしかしたら今日レオンが殺されるかも知れない⋮その思いを必死
に押し殺し、唇を噛みしめながら。
570
急遽参戦してきたレオンとイルナをソウマなりに分析していた。
レオンは装備品から見てどうやら魔法系職業だと言うことが判断出
来る。しかし、武器らしい武器を持っていない。
杖さえもなく、両指に嵌めてあるエメラルドグリーンの大きな粒の
美麗な指輪だけがその存在感をアピールしている。
突如身体から風が吹き荒れ、まるでレオンの身を守るように周囲に
存在している。何かの風魔法なのだろうか?
スナイパー
逆にイルナは弓系職業であの大きなクロスボウを見るに、特化職で
ある狙撃手か特殊弓を使いこなすストライダーやレンジャーなどの
職業に就いていると感じた。
ソウマの元へまた妖精が近付き、肩に止まった。脳裏にレオンの声
が響く。
︵勝手なお願いだけど、聞いて欲しい。リガインをあそこまで追い
詰める君の力を貸して欲しい。どうか僕達を助けて欲しいんだ。
僕達は出会った以上逃げるわけには行かない。例え、死ぬことにな
ってもね。
571
もし力を貸すことが難しいなら⋮せめてイルナだけでも助けてくれ
ないかな︶
ソウマは既に戦闘に入ったレオンを見た。
お互いに加護を持つ高い実力の両者。
風弾を複数
焦る気持ちを落ち着かせ、レオンは高速で動く血竜剣の攻撃を躱し
ながら、短い魔法詠唱をして立て続けに低位の風魔法
撃ち続けていく。
何倍にも高めた風魔法はリガインの闇風の防御を突破して鎧に届く。
しかし、ダメージは微量。
気にも止めず、乱発する風魔法に対して当たるも構わないまま、攻
撃を続行していく。
今の所この戦いはリガインの方が優先だと感じる。
レオンは決定的な1撃に欠ける⋮それがわかっているリガインは余
裕にしているようだ。
加護の力自体はレオンの方が強力だと思える。
実際にレオンは戦い方次第でもあるが、加護を解放した今ならこの
迷宮洞窟のBOSSすら圧倒出来る実力を兼ね備えている。
しかし、どんなに素晴らしい魔法でもSPが無ければ魔法使いには
打つ手がない。
対魔法使い戦に慣れているリガインはレオンの事を脅威を感じてい
たが、必要以上に警戒はしていなかった。
そのような一撃必殺とも言える魔法詠唱をもさせず、徐々に追い詰
めていこうと画策していた。
572
妖精は心配そうにソウマを見ていた。
人差し指で優しく頭を撫でる。
僅かに欠けた大鉈を装備して、あの嵐のような攻撃が渦巻く両者の
戦闘へと入っていった。
身体能力の差を強化魔法と持ち前の風魔法にて防ぎ、反撃していた
が、時間が経てば経つほどに勝機を見出せずにいた。
︵くっ⋮やはり、まだ実力に此れ程に差があったのか。
せめてもう少し時間を稼いで強力な魔法を詠唱出来れば⋮︶
万が一は僕が殺されそうになっても助けに来ないでくれ。
寧ろ、その隙を狙ってあの矢弾で僕ごと纏めて葬ってくれ。
と、イルナには頼んであった。
レオンとて此れまで厳しい訓練と迷宮での激戦を潜り抜け、実力を
高めて来ているのだ。
特に数々の試練を乗り越え、半壊した郷で特殊なアイテムを媒介し
て儀式を行い︻シルフの女王︼の加護を承った。
573
加護を得たことで専用の風魔法と妖精魔法を与えられたレオン。
風大楯。
幾つかあるがどれも強力な魔法ばかりだ。
その内の1つは風属性の魔法
風魔法低位である風盾よりも詠唱時間も短く、より強固でカバー範
囲も大きい。物理攻撃や、他に属性に関係なく中位魔法程なら弾く
程の防御性能を誇る。
レオンが愛用している防御魔法の1つである。
衝撃波が身体に直撃する寸前で、風大楯の詠唱が完成してぶち当た
る。
先程から同じ事の繰り返しである。
わざと反応出来る限界を見極められ、レオンは踊らされているかの
ような錯覚を受けていた。
いつでも殺せると言外に伝えているようなモノで、手加減している
事が丸分かりなのだ。
自身より更に強い相手と戦う事は初めてであるが故、打開策が見つ
からない。
予想通り、リガインは言い放つ。
﹁ふむ、其れなりに身体は温まった。一千体目の生贄はソウマと決
めている。殺さないで上げるから感謝してくれ。
だが、死んでもらって生贄となっては困るから、死なないように手
足を纏めて切断して転がしておいてやろう﹂
574
そう宣言したリガインは手加減を解き、一気に片を付けるつもりで
ある。
闘気術を全開にして、爆発的に高まった身体能力を活かして突っ込
んで来た。
直ぐに詠唱可能な魔法で応戦するも、迫る速度はそうは変わらない。
︵速い、ぐっ⋮風大楯は間に合わないか!︶
振り抜かれた血竜剣を紙一重の差で必死に躱していく。
下段からの攻撃を躱した際にバランスを崩して、遂に躱しきれない
一撃が左前腕を浅く切り裂いた。
一瞬の痛みで動きが鈍くなった所を狙い、今度は袈裟斬りで魔力風
の結界を削りながら右大腿部に深い裂傷を追う。
傷口から鮮血が激しく舞った。
激しく続く疼痛で集中も出来ず、風大楯の詠唱も中断。
風の結界のおかげで血竜剣の攻撃は充分に通らず、腕と足は切断さ
れずに何とか繋がっている。
しかし、切られた右大腿部からは主要な筋肉群を切断されて充分な
力が入らない。
その為立っていることも困難で、大きく体勢を崩して地面に倒れこ
んだ。
著しいダメージに加護の効力も体内から消え去り、覆っていた魔力
風の結界もかき消える。
575
直後、腹部に衝撃が走る。身体が後ろへ吹っ飛び壁に叩きつけられ
た。
呻き声と血を吐く。
内臓へのダメージも大きく、どうやら蹴られたのだと気付いた。
頭部からも出血し、意識は朦朧としてきたが、せめてリガインがい
るであろう場所を睨みつける。
リガインはつまらなさそうに近付き、上段から稲妻の如く速度で剣
を振り下ろした。
硬く目を閉じたレオンだったが⋮何時まで経っても斬られる痛みは
ない。
恐る恐る薄っすらと眼を開くと、目の前には大鉈をソウマがいて、
血竜剣を止めてくれていた。
﹁いやいや、それは待ってくれ。自分が先約だろう?﹂
ソウマがレオンとの間に割って入り、戦技︻強斬︼を放ちリガイン
を押し返した。
ボンヤリとしていたレオンだったが、いつの間にか妖精レヴィが必
死に回復薬の入ったポーションの瓶を傷口にかけていた。
﹁助けるのが遅くなってすまない﹂
そう一言掛けられたレオンは、ようやく戦闘中にありがとう⋮と、
安堵の笑みを浮かべた。
576
呪縛せし魂︵前書き︶
いつも読んで下さる皆様ありがとうございます。
ペースが遅くなりいつもごめんなさい。
書き溜めておいた分も修正しながら載せていこうと思いますので、
またよろしくお願いいたします。
それと修正・誤字脱字ご指摘ありがとうございます。自分でもおか
しな表現が有りましたら、随時修正していきたいと思います。
577
呪縛せし魂
イルナはレオンが窮地に陥り、壁まで蹴り飛ばされた時に堪らない
焦燥感を隠しきれずにいた。
前々からレオンと相談し、この暴風矢弾を使う場合を決めていた。
そして場合によって勝機が掴めない・ないし重症を負い状況が不利
そうな状況に転じた時は、最悪レオンごと巻き添えにしてでも、リ
ガインを道連れに葬ることであった。
決めていたものの⋮苦楽を共にし、郷の幼馴染みでもある大切なレ
オンを犠牲にして迄、この仇討ちなどしたくなどない。
時間と共に焦燥感ばかりが募っていく。
状況は悪いわ⋮このままではレオンが殺される時に使用することに
なりそう。
迷いがイルナの焦燥感を更に掻き立てる。レオンの危険を前に飛び
出そうとする気持ちに我慢が出来るか⋮イルナは自信が無かった。
血だらけのレオンの姿が郷の殺された皆と被って見えた。
リガインが振り下ろした絶体絶命の瞬間を見たとき、力が抜けてク
ロスボウを取り落とした。
578
しかし殺される寸前でソウマがリガインの攻撃を喰い止め、膠着状
態に入る。
ホッとしたのも束の間、クロスボウを慌てて拾い上げ、再度強く握
りしめた。
たった今、大切な存在を殺そうとしたリガインに対して、憎悪がと
めどなく溢れ出す。
冷静になどなれず、怒りの感情に支配され、歯止めが効かない程に
イルナの理性を奪う。
気が付けば、我を忘れてリガインの背に向かって躊躇いなく引き金
を引いていた。
レオンが近くにいる事も忘れてしまうほど⋮。
あっ⋮と気付き、青ざめたイルナ。
暴風矢弾はリガインを中心に効果を発揮し、周囲を巻き込み吹き荒
れる。
その時ソウマはレオンが倒れている壁を背後に、血竜剣の刃を止め
ていた。
偶然にもリガインの後ろに控えた女の子が、クロスボウを構え直し
た様子が見えた。
暴風矢弾といった特殊な矢の事情は知らなかったが、死角から攻撃
579
を仕掛けると言った様子が分かった。
同じ弓系職業であるため、狙いの意図が何となく分かったような気
がした。
サポート
その行動に対して補助出来るように全力で大鉈を振るい、矢が飛ん
でくるであろう方向を定め⋮後方へとリガインを後方に弾き飛ばし
た。
不意にきた強力な一撃。しかし、対応は出来ていたので力をいなし
ながら後退するだけで済んだ。
狙いが見えず、訝しんだリガインがソウマを警戒して距離を空けよ
うと、更にバックステップをした所で暴風矢弾が来た。
背後に迫る握り拳程の大きな物体に気付かず、矢弾が直撃して何か
が砕ける⋮そんな感覚を味わった後、地面に縫い付けられたかのよ
うな指向性を持つ力が加わった。
急激な状況の変化に理解が追い付かない。
そこを中心に存在するモノ全てを吸い込むような暴風が吹き荒れた。
リガインが距離をとってくれたおかげでよく見えたが、矢弾が当た
ったと感じたと同時に魔法陣が瞬時に2つ浮かび上がり、構築され
る。
1つは暴風の嘶きと呼ばれ、風魔法の上位殲滅魔法。暴風が吹き荒
れ目標の全てを灰塵とかす。
本来なら間違っても個人に対して使われることの無い代物だ。
もう1つの魔法陣は着弾した対象をそこに拘束する強力な呪縛系の
魔法だった。
逃げれないように念には念を押して追加された魔法であり、リガイ
580
ンを何が何でも討伐したいと言う執念を感じられる仕様だ。
魔法陣が2つも浮かび上がり、変だな?と感じる前に悪寒がソウマ
を襲う。反射的に距離を開けなければ感じた時に、風の吸引力が強
まってきてそこに引っ張られる力が加わってくる。
比較的浅い力だが、レオンがその力に引っ張られようとしていた。
暴風矢弾の効果は良く知っていたし、このままじゃ不味い、と感じ
ても身体は満足に動かない。
離れていても余波からくる風圧に抵抗しきれずにレオンは吸い込ま
れそうになる。
その前にソウマが大鉈を地面に突き立て、レオンの手を何とか掴ん
でグッと引き寄せた。
無理矢理な痛みに顔を顰めているが、構わず片手で抱き寄せる。
暴風が吹き荒れる中、鬼の大鉈の武技︻旋風撃︼を発動させた。
旋風の抵抗に一瞬暴風が止み、駆け抜ける為の道が出来る。
アイテムボックスに大鉈をしまい、その一瞬でレオンをお姫様抱っ
こして全力で駆け抜けていく。
﹁お、おい。僕は女の子じゃないぞ﹂
真っ赤に照れているレオンは、怪我はあるもののシッカリとソウマ
に抱きついていた。
︵余裕あるなぁ︶
と、思いつつ
581
﹁怪我人は黙っててくれ﹂
背中におんぶし直す余裕は無い。
お姫様抱っこは初めてなのか、そのあとは反論もなく大人しく言わ
れたままになった。
駆け抜けている途中で旋風撃の効果が無くなり、余波で弱まった暴
風が横殴りに襲ってくるが、何とか突破して無事安全圏内に辿り着
く。
風による影響は感じない。どうやら暴風矢弾の範囲から抜け出たよ
うだ。
ソウマは荒い息を吐きながら、レオンを降ろしてハイポーションを
渡す。
﹁これは⋮ハイポーション!!こんな高価な回復薬は初めて見たよ﹂
変な所で感動しているレオンを急かし、飲んで貰った。
先のポーションで痛みは引いていたようで、ハイポーションにより
残っていた傷口も瞬時に塞がった。
妖精であるレヴィは見届けて安心したのか、今はレオンの肩に留ま
り機嫌が良さそうだ。
イルナと呼ばれていた女の子も慌てて駆けつけて来た。
表情は泣きそうだ。顔色は青ざめており後悔した顔をしている。
582
﹁ごめんなさいレオン、わたし⋮﹂
最後まで言い切る前に
﹁ナイスタイミングだったよイルナ。流石、僕の幼馴染みだ﹂
謝るイルナを途中で制し、レオンは笑って答えた。
クシャッと泣き笑いの表情のイルナはレオンに抱きついた。
若いよな∼羨ましい⋮と横目で見たソウマは、暴風の影響が収まり、
倒れているリガインを警戒しながら戦闘態勢を続行する。
暴風矢弾の直撃を背後に喰らったリガインは身体中を襲う激痛と螺
子切れそうな力の渦に耐えていた。
轟音と暴風による永遠とも言える体感時間が過ぎ去り、静寂が場を
支配した。
頭部を庇い、うつ伏せに倒れていたがようやく顔を上げた。
全身は青痣がついている。しかしまだ全身打撲程度ですんでいるの
は、高性能の防具と咄嗟に使った闘気術のおかげだった。
ラメラアーマー
身体のダメージを確認しながら、装備の点検をする。
金属板鎧の金属板は所々剥がれている。
ただ、凹んでは無いので着用や機能には然程問題は無いと判断する。
583
持参したポーションは今の攻撃で砕け散っていたが、一本だけ迷宮
でしか獲得出来ないレアポーションが壊れずにあった。
勿体無さを感じる事なく、躊躇わず口に含む。
瞬時に傷と体力を大幅に回復させる効果を持つハイポーション程で
はないが、重傷だった傷がある程度回復した。
この鎧を盗み出し、加護を受けた以来負け無しの自分が初めて地べ
たに転がされている。
苦戦している⋮この私が!
こんな刺激的な相手がいる事が堪らなく嬉しい。
狙った相手はすぐに死ぬし、偶に手応えのある者もいるが本気を出
せばその相手も死ぬか逃げるかのどちらかであった。
今回は歯応えがある相手がある。
近年感じていた飢餓感。
この飢えたような乾きが少しずつ癒されている感じが身を満たして
くれる。
﹁さて、じっくりと狩ろうか﹂
ダメージ確認もそこそこに満面の笑みを露わにリガインが立ち上が
った。
584
﹁アレを直撃して生きてるなんて⋮化物にも程があるね﹂
﹁レオン、残る暴風矢弾はあと2本よ?またクロスボウにセットし
ておく?﹂
﹁ああ⋮いや、普通の金属矢にしてくれ。援護を頼むよ。
それにソウマが協力してくれる事になったから前衛を任せたい。
僕は加護をまた再発動するまで時間がかかる。それまで魔法での攻
撃・援護を担当するから宜しく﹂
この表情に先程までの悲観的な感じは見受けられない。
郷を出てから、いつも2人で一緒に困難を乗り越えて来た。
そんな苦労が多かった中で笑顔で入れた時間は少ない。
︵レオン⋮こんなに嬉しそうな表情は初めて見たわ。私になんて見
せてくれたことなんて無いのに︶
嬉しそうにレオンに紹介されたソウマは、軽くイルナと自己紹介を
交わした。
ちょっと表情が堅いイルナだったが、簡単な挨拶と握手をする。
ポニーテールの似合う可愛い女の子である。
585
表情が堅いのは見知らぬ自分に緊張しているからで、断じて小声で
レオンは渡さないから⋮と呟かれたのはきっと気の所為だ。
気の所為に違いない⋮よな!?
よく分からないライバル視をされて釈然としないソウマだったが、
3対1となった戦闘に対して、相手側に降伏勧告を勧めて見た。
﹁おや?何故降伏などせねば為らない。君はこの剣の栄えある生贄
となるのに⋮﹂
やっぱり予想はしていたが駄目だったか。
なら、後は迅速に片付けるだけだ。
その後の戦闘は協力した甲斐もあり、リガインを徐々に追い詰めて
いった。
特に風魔法に特化しているレオンは攻撃魔法のレパートリーが幅広
い。
エアハンマー
前衛も兼任出来るソウマの参戦により、お互い協力しながら追い詰
める事が出来た。
やがて千載一遇のチャンスが訪れた。風圧槌の魔法が横殴りにぶつ
かった。
リガインが僅かによろめいて脇がガラ空きになる。
586
誘いかも知れないが⋮一瞬の躊躇いを捨て、出来た隙に思いっ切り
斬りつけた。
紫紺に輝く金属板鎧が大鉈の威力を分散しようと抵抗してくるが、
反動に負けずガッチリと大鉈を脇腹に喰い込ませる。
たたらを踏んだリガインの追撃に巨人の腕を発動。
エアーハンマー
風圧槌を超える上位の風魔法である竜巻大鋸を唱え
トルネードグレードゼーゲ
目の前の巨大な腕の直前に危険を察知したのか、両手剣を盾にして
防御する。
中位
そこにレオンがようやく魔法の詠唱を終えた。
風魔法
た。
風によって精製された螺旋刃が複数の波形の大渦を伴ってリガイン
を巻き込み、侵食していく。
本来なら直径10m級の殲滅魔法である。それをたった1人に使う。
逃げ場の無い風の渦に捕らわれ、螺旋を描く刃物様の鎌鼬が地面を
剃りながら縦横無尽に暴れまわる。
トルネードグレードゼーレ
ようやく竜巻大鋸の魔法効果がおさまった。
魔法金属板鎧の発動スキルと加護の闇風の力で魔法が相殺され弱ま
ったものの、魔法の中心にいたリガインは肉が削げボロボロになっ
た両手でまだ血竜剣を握りしめている。
イルナが顔面を精密射撃で狙い、そちらに注意を引き付ける。
その間にソウマは背後から忍び寄り、巨人の腕を直撃させた。
587
破砕音が鳴り響き、魔法金属であるランバード鋼の板が砕け散って
弾け飛ぶ。
余りの破壊力に初めての絶叫を上げ、のたうちまわった。
片腕が反対方向にねじくれ、肩の繋ぎ目から血だらけになったイン
ナーが顔を除く。
バーストアロー
攻撃の手を休ませずそこを狙ったイルナは前方からクロスボウに戦
技︻共鳴矢︼と︻爆風矢︼を織り交ぜた精密射撃の援護を行った。
戦技の影響で金属矢は紅く輝き、残像を残しながら飛来する。
長年の経験則から血竜剣を振るうも全て撃墜は出来ず⋮爆発音と共
に矢は高熱を発し、肩を覆う金属板ごと吹き飛ばして筋肉を抉った。
﹁あと1体⋮1体で何だぞ﹂
満身創痍のリガインは、片手で血竜剣を杖のようについて呻く。
敗色が色濃いものの、如何にかして活路を導き出そうと画策する。
ソウマは手強い⋮それ以外のレオンかイルナへと何とか接近し、武
技︻飢牙︼を発動させて自身を回復させようと企んだ。
なけなしの体力を闘気術へと変換しようとすると、血竜剣からリガ
インの脳裏へと声が響いた。
︵貴様ハ、モウヤブレタ。アトハ我ガ生贄トシテ喰ラオウ︶
血竜剣に宿りし契約の意思がそう呟くと、一際妖しく光り輝く。
訝しむ間も無く、剣身に張っている血管のような魔力紋の光がリガ
588
インの折れた両腕を覆う。
そして血竜剣が勝手に動き出し、腹を突き破る。夥しい出血が腹か
ら溢れ、大量の新鮮血を口から吐き出しながら倒れ伏す。
血竜剣は貪るよつにグイグイと傷口抉り、徐々に融合して侵食して
いく。
ビクッ⋮ビクッとしたリガインはムクッとゆっくり起き上がった。
﹁ハッハッハァ⋮ここまで俺を追い詰めるか!
人も契約主すらもこの俺を⋮イイダロウ。全てノリコえて遥かな高
みヘと登ってヤル。面白い、面白い⋮面白くナッテキタゾォォオ﹂
様子や言語がおかしくなり始めたリガインは、今まで受けたダメー
ジの痛覚が無いかのように振舞う。
反対側に折れ曲がっていた片腕も異常に膨張し⋮分裂した。
また身体全体に激しい痙攣が起こり、直後にブチブチブチと⋮筋繊
維が千切れる嫌な音が聞こえ、背部から肉が裂け、筋肉が引き千切
れていった。
大量の鮮血が背部から噴き出すも構わず、其処から糸を引いて褐色
の翼が生えてきた。
﹁最高だ。気分がイイ。頭から全てが抜け落ちていく感覚がタマラ
ナイ﹂
身体に深く突き刺さっている巨大な血竜剣の剣身がリガインの体内
にゾプリと溶けるように身体に染み込んむ。
589
ダークレッド
血竜剣の半身を全て吸収した時、全身の体色が褐色から血竜剣のよ
うな闇赤に変わっていく。
身の毛のよだつ咆哮を放つ。
身体が膨張を繰り返し、金属板鎧がはち切れそうなほど膨れ、弾け
飛んだ。
徐々に身体に凸凹な突起物、分裂をし始めている。
最早人間離れしすぎてきたリガインの目には、加護による色が呪印
へと変わる。
1000の契約。
竜のような縦の亀裂が入った竜眼が見えた。
闇の術式により呪縛せし魂
新たなる異形の存在が誕生する事を伝えてきた。
590
変貌せしモノを操るモノ︵前書き︶
いつも読んで頂いて有りがとうございます!
毎度ペースが遅く申し訳ありません。
591
変貌せしモノを操るモノ
ソウマ達がサザン火山迷宮洞窟にてリガインの変貌を遂げていく過
程を目撃していた頃、遥か遠い場所に固定された異空間より眺めて
いた存在がいた。
フィアラル
リガインに加護を授けた存在である。その名は
死と狂乱の神格を持つ霊鳥
元々はとある霊峰に住まう鳥類固有種で絶対数が少ない。
知能に優れて賢く、漆黒で翼を広げれば3mにもなる巨大な種族は
付近の生物から黒死鳥と言う存在として認識されていた。
フィアラルは産まれた時から特殊変異体であった為、闇と風の属性
を身に宿していた。
時と共に次第に大きくなり、種族の王として覚醒していく。
類なれな実力と幸運。
度重なる戦いを勝ち抜き、黒死鳥として史上初で経験値の最高まで
上り詰めた。
いくら特殊個体とはいえ、普通ならそこで成長が止まるはずである
ランクアップ
が、何の理由かはわからないがフィアラルは霊峰に住まう高位存在
により、霊鳥と言われる上位の存在へと昇華に至った。
亜神へと生まれ変わった。
そこで神格︻死と狂乱︼の低位を授かり、正確には神ではなく、神
に準ずる存在
592
その頃から寿命という概念が無くなった。
次第に時は流れる。
霊峰に侵略してきた敵と交戦し、双方多大な損害を出しながらも敗
れた。
かつての領土は敵に奪われ、種族は根絶やしとなり、眷属すらもい
ない忘れられた存在となった。
その際に力の大半を奪われ、封じられた。
全盛期の半分以下もないが、生き延びた事で口惜しい気持ちを糧に、
無くした神力を蓄積させるため深い眠りにつくことにした。
自身の残された少ない力で領域を作り、そこに空間固定して深い眠
りについたフィアラル。
とある時期に突かれるような不快な感覚に目を覚ました。
そこには我の領域をも超えて届く小さき者達の集まりがあった。
大量の贄も雀の涙ほどしか神力を回復させられない。また、眠りを
邪魔された不快感のあまりに殺してやっても良かったが⋮戯れに剣
を捧げた男に残り少ない神力を削り、加護を与えて見た。
ただ殺すよりも、そうする事で大いなる災いをもたらすと⋮亜神の
格による予兆が見えた。
加護の試練を生き延びれたらの話だったが。それに生き延びて契約
を履行しても呪印へと変貌するように細工した。
どの道、面白い余興になる。それに自分の種族以外の生体に加護を
与える事も初めてである。
593
他の神やそれに連なる程の実力者は好んで守護する種族以外に加護
や使徒としての力を授ける者達が少なからずいた。
我はその者たちを酔狂者だと思っておったのだがな。
長い間眠っていたフィアラルには好奇心を刺激させられていた。
小さき者共よ、亜神の1柱である霊鳥たる我を呼び出した罰を受け
よ。
もしも試練に勝ちわ我が力の一端を宿したならば、半端な存在でも
役に立って貰おう。
我が元に更なる糧を貢ぎ、せいぜい災いを運ぶが良い。
そう思い、契約具である血竜剣と両眼の加護︵呪印︶から媒介して、
異空間から眷属と成り得るモノに力を注ぎ始めた。
余りの膨大な力に、元となるリガインの器が悲鳴を上げる。
肉体が膨張と伸縮を繰り返し⋮背部に翼が生えた。
パキパキと身体を揺らし、苦しそうに耐えながら目を瞑っている。
いつしか周りには半透明の結界が構築され、大きな卵のように球体
が形成されていった。
蹲ったかのようなリガインだったモノはまだ動かない。
全身はまだ成長・変体を続けている。
たてがみ
ダークレッド
首は縦に長くなり、首から尻尾にかけて立派な深緑色の鬣と剛毛質
の毛皮のような体毛が生えていた。
巨体を支えるためのガッシリと太い骨格と胸筋。
背部の付け根からなる2対の褐色の翼は成熟したのか、赤闇と変色
594
した。羽毛で覆われてとても硬そうだ。
各翼の脇からは細々しく蜘蛛の脚のような関節を持つ長い腕が2本
ずつ生えていて計4本ある。
この腕にはビッシリと鱗状に並び、防御されていた。
手の先にはどれも鋭い鉤爪を伴っていた。
鉤爪の最先端は剣のように鋭利で、明滅している。
逞しい胸筋に護られた場所からは硬い羽毛で覆われ、血管のような
管が浮き上がっていた。
そこから身体中に張り巡らされていて⋮一言でいえばかなり不気味
な存在となっている。
頭部にはノコギリ状の牙が細かく並んでいる嘴と未だ閉じられた両
眼。
シルエットは鳥と竜の面影と、蜘蛛脚のような奇怪な4本腕。
様々な形態を持つキメラ系ような面影があった。
フィアラルの干渉率20%⋮⋮25%。変貌している最中であった
がこれ以上注ぐと器は形を保てなくなり、崩壊していくと判断した。
不必要に肥大化した巨体は我の力を上手く取り込めていない証拠。
しかも、我の眷属としては何とも醜い姿なり。
595
黒死鳥の種族としては中途半端な姿に、やはり人間と言う素体の枠
組みではこの程度の眷属としか成り得なかったか⋮と落胆してしま
う。
しかし、リガインなるモノに一千体の経験値を吸わせ、存在自体を
徐々に作り替えてきた自体は無駄では無かったが。肉体強化を中心
に肉体が作りかえられていった。
フィアラルは落胆もしながら、しかし新たに眷属の誕生は喜ばしい
とも感じていた。
何せ、我が種族と眷属が滅んだのは何千年前だ。多少劣化していた
り、醜くとも我慢せねばなるまい。
体内にフィアラルの分体として血竜剣を変換させ、血竜核として取
り込ませた。
半透明の結界内では急速に進化と成長が促されていた。
ただし、直接フィアラルからの干渉を受けた眷属といっても特殊能
力等はない。
精々が幼竜並の強靭な骨格や筋肉を有する事と、種族特性として闇
属性の加護が宿りやすい事だ。
どんな眷属になるか⋮こればかりは産まれてみないとわからない。
最終的にリガインと言う邪魔な贄の意識を飛ばし、間も無く目を覚
まし敵を屠るだろう。
596
この戦いを観察していたカザルは何が起こったのかを瞬時に理解し、
驚きを隠せずにいた。
この現象は強制的な進化の影響。
まさかリガインが紛い物とは言え、神々に連なるモノの眷属となろ
うとは⋮無論、神の使徒である自分には及ばないであろうが、強敵
が生まれる事には違いない。
普通の人間ならば、あり得ない確率にソウマという存在は何か運命
を引き寄せているのだろうか?
まぁレオンのことは気に入っているし、ソウマの存在も見ていて面
白い。危険ならば助けに入ればいいかと気楽に考え、手を貸そうか
どうか悩んでいたものの⋮結局は静観する事に決めた。お手並み拝
見である。
597
時間軸は現代に戻り、リガインだったモノと相対する面々。明らか
な異常事態に立ち尽くしていた。
リガインから翼が生え、今では5m程に膨れあがった。今も風船の
如く膨らみ、分裂して鱗や羽毛などが生えてくる。
確実に人ならざるモノに変化していく。
幸いなのはここは飛行出来る魔物にとって洞窟内の天井が然程高く
ない。
もし空を飛べるのならば行動に制限を掛けられる事だろうか。
また、あの巨体なら階段から上へは行けないと思う。
苦しそうに蹲る巨大な姿は半透明な卵型の中に封じ込められている
ようにみえた。
レオンやイルナも驚愕の余り固まっていた。そして、圧し潰すよう
な未知のプレッシャーに恐怖していた。
﹁なんなのよ⋮あの化け物は﹂
﹁リガイン⋮なのかアレは﹂
ソウマも驚いていたが、この感覚に既視感を感じていた。
かなり強い凶暴なプレッシャーを感じる⋮それは、この世界に来る
キッカケとなったサンダルフォンが干渉した分体と戦った時以来で
ある。
あの時よりも感じるプレッシャーは少ないが、ソウマに死を感じさ
せる程の力を持っているのは間違いないだろう。
598
あの時はハイエルフのニルヴァージュ、長年の友であり高レベルプ
レイヤーのユウトが側に居てくれた。
あの時と状況は違い、このメンツの中で今回は一番腕が立つであろ
う自分。
この異常事態に誰も犠牲無しで乗り切りたい所だが⋮自分に出来る
のだろうか。
そう考えている内に自然と周りに全員が集まってきた。
安全確保の為に念のため、1度BOSSの間へと通じる建物へと避
難した。
﹁ソウマ、すまん。あの男に逃げられた﹂
そう言って開口一番に謝ってきたのはマックスだ。
先程レガリアと合流したものの、吹き荒れる暴風が周りを襲った。
影響は無かったが、あの混乱の一瞬の隙に奴が逃走したのだと語る。
レガリアも申し訳なさそうに俯いていた。
﹁いや、逃げられたのなら良いさ。皆無事だし、捕まえた人間もい
るしね﹂
捕縛した女魔術師は魔法を使えなくする魔具を両腕と口に嵌められ
恨めしそうに睨んでいた。
﹁後はアレをどうするかだ。逃げるなら今の内だけど、どうする?﹂
恐怖で顔を強張らせていたコウランとイルナ。
ダンテやマックスも内心では同じ気持ちだったが、表情には表さな
599
いでいる。
皆と相談するも、結論は決まっていた。
生命も大事だが、あの化け物をいま此処で倒しておかないと、かな
り高確率で割合でアデルの町が襲われる。
但し我々だけでは全滅する可能性もありえるし、このまま戦闘を行
えば巻き添えで捕縛した女魔術師も死ぬかも知れない。
まずは外部に応援を呼ぶ事を視野に入れ、折角捕縛した女魔術師を
警護団へ護送する。
その為には最低1人は付き添わなくてならない。
悩む間も無く、ソウマはマックスにお願いした。
彼の貴重な戦力が減るのは痛いが、貴族でアデルの町の重鎮とも顔
馴染みのある彼ならば、妻のエステルを通して女魔術師の引き渡し
や増援を可能な限り早く連れてきてくれる可能性があった。
そして口封じに護送中に襲撃されても、護衛しながらも返り討ちに
出来る程の実力がある人材も、マックスしか該当しないと思ってい
た。
その事を伝えると全員が納得したが、肝心のマックスは苦虫を潰し
たような表情をしている。
責任感の強い男なのだ。この限りなく死地に近い戦いに参戦出来な
い事が悔しく、申し訳ないのだろう。
その気持ちが嬉しくあり⋮1人を護衛しながら無事町へと帰る危険
性も少ない。
600
その為、余計に彼で無いと務まらないこと説得して、再度お願いし
た。
其処まで頼まれたマックスは気持ちを切り替え、全員の顔を見た。
﹁なるべく早く応援を連れて戻ってくるから、皆死ぬんじゃねえぞ
!﹂
そう言って足早にマックスは町を目指して出発した。
女魔術師とマックスの手には逃亡を防ぐために手錠がかけて繋げて
ある。
何事も起こらず無事半透明の結界の脇を抜け、上へと繋がる階段を
登っていくのを見届けた。
残った面々はレオンとイルナ以外は初めてだが、挨拶している時間
も惜しい。
簡単に名前だけ紹介してもらい、あの化け物を倒す算段を付けなく
ては。
レオンは今回、全体サポートに回って貰った。
レオンの攻撃力も捨てがたいが、恐らくあの化け物は高い確率で風
属性に対する耐性があるようだ⋮と、風に対する上位の加護を持つ
レオンから判断されたからだ。
その為、防御魔法や強化・支援魔法を中心に活躍して貰う予定だ。
仮に倒せなくとも増援が来るまで粘れば良い。
イルナにはクロスボウに金属矢をセットしてもらい、褐色の巨大な
翼を優先的に狙って貰えるような頼んだ。
また、暴風矢弾はあと2つ残っている。レオンからの指示の元、タ
イミングを見て使う予定である。
601
いつも通りコウランは状況を見ながらサポートと回復魔法を使って
もらう。今回はフレイも支援魔法を掛けて貰う為に召喚したままに
なっていた。明らかに格上の相手に萎縮しているフレイ。
コウランに優しく撫でられ、少し落ち着いてきた見たいだ。
まぁ⋮フレイを構うことでコウラン自体も緊張感や恐怖が薄れてき
たようで何よりだった。
本人は王獣の試練の加護の力でステータスや有能なスキルは半減な
いし封印状態である。
足手纏いではないと皆は言ってくれている。だが、生涯の中で今が
1番危険な状況である。これ程まで力を欲した時は無い。
皆を守る。死人も出させないわ!
どんな時も後悔は自身の妨げにしかならない事を、試練の加護を得
た時に学んだ。
どんな時でも自分の力を信じ、前向きに頑張って見せる。それが彼
女の原動力である。
ダンテは言わずとも盾役で前衛を買って出てくれた。
レオンとコウランからの防御・サポート魔法を受ければカナリの防
御力向上が見込める筈だ。
それと普段愛用している長剣が、細工の美しい見慣れぬ片手槍へと
変わっていた。
本人に聞いたら、あの襲ってきた槍使いの品だと言う。明らかに魔
602
力が籠っており、淡く輝いている。
レア級
ゴブリン
ゴブリンヒーロー
試しに注視してみると、やはりレア級の品だとわかった。
ゴブリンエース
精鋭小鬼スピア
ゴブリン
ゴブリン
小鬼種の中でも鍛治のエリート小鬼が英雄小鬼への献上品の一つと
して作成された片手槍。
穂先に希少な魔鉱石を使い拵えられた片手槍で、手先の器用な小鬼
種ならではの煌びやかな細工と加工が為されている。
装備者よりも大きな者と戦う際に攻撃力が増大する特殊な魔法が掛
かっている。
ゴブリンヒット
常時発動型武技スキル︻小鬼痛打︼
これは⋮変わった品というか珍品?なのかも知れない。
ダンテにレア級だと伝える共に武技の効果も伝えておく。
苦笑しながらも、有難いと一言述べて感触を確かめながら、槍を振
っていた。
しかし、大盾を片手で持てるダンテにとっては普通の槍よりも攻撃
力も高いし重量的にも丁度良い武器なんだろう。
さて、自分とレガリアに関してはこれから要相談となる。
ミミック
まず、レガリアをどうするかに関して修羅鬼に擬態したままで参戦
するか、宝箱に戻り、ソウマの戦力を上げるか防御面に回るか⋮も
603
しくは場合によって両方立ち回るのも良いかも知れない。
修羅鬼に擬態している場合は身体能力も高く、間違いなく単純に攻
撃に関しては此方の方が上である。
新たなスキル︻蒼炎︼を駆使し、︻亜竜の外皮︼により防御面でも
多大にアップしている。
アストラルリンク
本体であるレガリアに戻れば、︻精魂接続︼スキルを使って︻擬似
心臓︼スキルで身体能力能力のアップを始め、︻亜竜の外皮︼や最
近手に入れた︻雷球︵小︶︼による同時攻撃も可能となる。
イルナと共に遠方から弓で攻撃し、後に接近戦では修羅鬼に擬態し
共に戦う事もアリかな。
心配はあるがレガリアなら大丈夫と言う信頼もある。
他に心配な事は、レオン達に自分の手札の1枚を見せてしまう事に
なる事だ。
単純に悪い人間では無いし⋮仕方ないのかな。
簡単にレガリアのことを2人に説明した。
自身の使役する魔物である事と、種族特性としての擬態が得意であ
り様々な形態をとれる事などである。
でも、他言はしないようにとお願いして言い含めておく。納得して
くれたので一先ず安心だ。
此方の準備が終了した。彼方はまだ半透明の結界は解かれず、明滅
604
している。
ドラゴンバード
リガインだったモノを暫定的に竜鳥と名付ける。
﹁取り敢えず、無理だと判断したら引こう。
改めて言うけどこの敵は普通じゃない。以前似たような相手と仲間
と共に戦ったけど、死にそうになった事もあるよ﹂
思った以上に厳しい戦いになる事を自覚し、ソウマの言葉に各々は
頷く。
どれくらい時間がたっただろうか?
半透明な結界に覆われた竜鳥が身じろぐ。
薄い金属か割れた音が響き、遂に進化し終えて産まれたての竜鳥が、
洞窟内にて絶望的な鳴き声を上げた。
605
変貌せしモノを操るモノ︵後書き︶
少しずつ読み直して各文章の修正・誤字脱字を直していきたいと思
います。またよろしくお願い致します。
606
竜鳥との戦い︵前書き︶
読んで頂いている皆様、いつもいつもありがとうございます。
607
竜鳥との戦い
竜鳥から放たれた聞く者の心臓を掴むような絶望な鳴き声。
心を鷲掴みにして締め付けるような顔を顰める程度で誰も異常は無
い。
この鳴き声はデッドボイスと呼ばれる種類の音響ショックを伴う攻
撃で、弱い者ならそのまま死に至る事もある即死攻撃系︵極低確率︶
の一種でもあった。
誰も倒れなかった事に対して怒ったように威嚇音も放つ。
けたたましい甲高い鳴き声を1つ上げ、翼を大きく羽ばたかせ上昇
した。
洞窟内の広さは然程大きくはない。
それにBOSSの間へと転送する建物の周囲は、地を移動する者に
とっては煮え滾るマグマに阻まれている。
翼を広げれば全長5m近くになる竜鳥もそんなに高く上昇出来ない。
イルナとソウマはその行動を好機と思い、射撃を開始した。
大きく羽ばたく毎にくる風圧に身体も弓も振れて、狙いがつけにく
い。
2人はスキル︻鷹の目︼を発動させながら、次々と射っていく。
イルナは急所と思われる所を全面にし、ソウマは双翼を中心に。
強弓を持って撃ち出された1撃は、羽ばたく風圧をものともせず突
608
き刺さる。
翼膜を貫いた矢は2本。他は筋肉や翼膜に弾かれたが少し傷ついた
程度。それくらいでは影響は無いのか飛行能力は些かも落ちてはい
ない。
一方イルナの金属矢は全て弾かれる。急所はやはり硬い鱗と羽毛で
覆われ並大抵では傷もつかないようだ。
矢での攻撃はうっとしいのか仕切りに左右に動いている。
何かを仕掛けようとする行動が見られるが、それをソウマは許さず
射続ける。
しかし、竜鳥の巨体では迷宮洞窟内において充分な飛行能力が保て
ず⋮やがて諦めたのか降りてきた。
地響きをたてながら洞窟内に着地した竜鳥は、筋肉質な脚でしっか
りと大地を踏みしめる。
翼を仕舞い、ヒクイドリのように駆け出した。
余りの突進力に硬質な地面が悲鳴を上げるような嫌な音が響く。
最初に狙われたのは直ぐ近くにいたダンテだ。
防御魔法を何重にも掛けられているが、大盾を構えたダンテもその
威圧感に怯むほどの突進力。
受け止めきれないとダンテは判断して本能に任せるがまま、防御せ
ずに回避行動に移ろうとする。
あっという間に接近した竜鳥は、長腕を用いて更なる攻撃を仕掛け
てきた。
飛び出してきた長腕の先端は鋭利に尖っており、3m程の長さだ。
609
左右から計4本の腕がダンテ目掛けて襲う。
予想だにしない変則攻撃に咄嗟に盾を構え、防御態勢を敷くが攻撃
の全ては防げずに背後から迫る1本の長腕が鎧越しに引っ掻く。
浅い傷が鎧につくが構わずにカウンターとして即座に槍を振った。
ゴブリンヒット
武技︻小鬼痛打︼の魔力が穂先に集まり、赤色に輝く。
薙ぎ払われた攻撃は硬いモノを切った感触と共に竜鳥の長腕を捉え、
斬り飛ばすことに成功する。
背部にダメージを受けるも動きに問題が無さそうだ。大盾を構える
姿は変わらない。
そこに時間差なく地鳴り上げて突っ込んできた竜鳥と激しくぶつか
りあった。
激突した衝突音は凄まじく⋮防御魔法と風盾の効果が消し飛んだ。
突っ込んできた竜鳥は大型自動車を想わせる。
勢いを殺せないまま、ダンテは構えた大盾ごと壁に打ち付けられた。
全身を強く打ち、その場にガクッと崩れ落ちる。
ダンテを護る為に、レオンが新たに風で作られた障壁を詠唱して周
囲を覆う。
竜鳥は嘴と長腕を使い、障壁に何度も追撃の攻撃を加える。
度重なる攻撃に遂に耐久度を超えた障壁は砕かれた。
そのままダンテに発達した前脚を蹴り上げトドメを加えようとした。
前脚が到達する前にソウマとレガリアが割って入る。
振り下ろす大鉈と、蹴り上げた前脚とが激しく重なり合った。
610
激しい激突音が鳴り、武器が折れる音がして大鉈が吹き飛んでいく。
激突した余波の反動で上体が泳ぎ、両腕が上がる。少なくないダメ
ージを両腕に負う。
胴がガラ空きになり隙を見せたソウマだったが、追撃を加えられる
までもなく、レガリアが大太刀による攻撃をサイドから加えてフォ
ローして事なきを得ていた。
その間に新しく大鉈をアイテムボックスから取り出し、レガリアと
共に絶え間なく攻撃の手を加え続け、緩めない。
駆けつけたコウランはダンテの状態を見て絶句した。
直ぐに我に返り、回復魔法を詠唱していく。
﹁ダンテ、しっかりなさい﹂
コウランがそう呼びかける程状態は酷かった。
大盾は凹み、後頭部からどんどんと血が流れて蒼白になっいくダン
テ。
呼びかけに辛うじて眼を開く。
回復魔法を使い、出血は止まって徐々に回復はしていると思うが⋮
もう戦闘は不可能だろう。
防御に長けたダンテがたった1撃で戦闘不能まで追い込まれた。
その事実は全員の空気を重たくさせた。
﹁イルナ、機会を見て暴風矢弾を使ってくれ。皆はなるべく距離を
とって離れて﹂
レオンがそう叫び、イルナは暴風矢弾をクロスボウにセットし始め
た。
611
ソウマは竜鳥から繰り出す嘴からの鋭い連続攻撃を躱して反撃を狙
う。
攻撃の後の伸びた首筋や、嘴へと攻撃を加えようと試みた。
直撃するも硬くビッシリと敷き詰めた鱗と羽毛に阻まれ、表面を削
るくらいで大したダメージは与えられていない。
此れほど硬い相手は、障壁蟻と戦った時以来である。
あの時も切断は出来なかった訳だが、この相手も相当に硬く身体能
力も驚異的だと思わざるおえない。
レガリアはソウマに攻撃が集中している事を横目で確認する。
此方へ牽制のように放たれる長腕からの変則攻撃は、レガリアの動
きを持ってしても完全には躱しきれない。
その際は我流闘気術で肉体の防御力を上げて弾き、ダメージは必要
最低限に抑えられていた。
レガリアが多大なSPを消費して︻蒼炎︼のスキルを発動させ、大
太刀に纏わせる。
︻蒼炎︼に関してはレガリアが修羅鬼へと擬態中でも、ソウマは︻
精魂接続︼を通して使えるため、便利で強力なスキルである。
蒼く美しい炎は薄っすらと煌いている。
突如出現した2つの蒼炎は、竜鳥の危険本能が充分な警戒音を鳴ら
612
し、距離を取って此方に近付いてこない。
その間にコウランとイルナは、共に肩を貸して歩くまでに回復した
ダンテを建物内へと運んでいった。
まだ足取りはふらつき、治療魔法と回復魔法は必要だ。
暫くはこの2人もダンテの側に護衛と治療役とで付き添う必要があ
る。
ソウマとレガリアだからこそ此処まで何とか持ち堪え、仲間の退却・
回復の時間を稼げていたり、また戦闘を存続させていた。
仮に今回襲ってきたパーティが相手をしていたら、3分と保たず戦
線が崩壊して維持すら出来なかっただろう。
こんな強敵はこの辺に滞在している冒険者や騎士などいった者達で
は対処が厳しく、更に苦戦を強いられる事は間違いないと思われた。
空ではなく地上に降りた方が強いとは⋮いや、空こそが竜鳥の領域
の筈。本領発揮していなくともこの実力。気を引き締め直さねば。
ようやく睨み合いにしびれを切らした竜鳥は、巨体を揺り動かしな
がら突進してきた。
岩肌の地面に対して轟音を立てて踏みしめる巨体は圧巻の一言。
地面が軽く揺れるが、此方も負けずに立ち向かう。
レガリアに遊撃を頼みわソウマは正面を担当して接近戦に持ち込む。
613
厄介な長腕から始末しようと思ったソウマは、不規則な動きをする
長腕の攻撃を避けながら近づく。
間近で観察するとダンテの槍が切ったはずの傷一つ見当たらず、再
生していた。再生能力まであるのか⋮?
先程の攻撃は鱗に阻まれたが、今回は︻蒼炎︼のスキルを発動して
いる。
竜鳥からの無数の高速攻撃に対して︻見切り︼を使うと、眼前に迫
り来る複数のラインが見えた。
それを可能な限り躱していき、ようやく腕1本を射程距離内におさ
めた。
振り下ろした1撃は蒼い残像を残し、小気味良い音を立てて長腕を
切断した。
瞬く間に切り口から蒼く燃え盛る炎が傷口を焼いていき、再生もさ
せずに徐々に侵食して焼き払う。
再生が出来ないほど炭化した1本の長腕。竜鳥は自身に蒼炎が及ぶ
前に嘴で長腕で噛み落とした。
怒号の雄叫びを上げる。
﹁仲間を殺されそうになって怒ってんだよコッチは﹂
此方も怒鳴り返す。意趣返しにダンテを襲った長腕から始末したソ
ウマ。
614
自分がいる限り大丈夫、何があっても皆を守れると思っていた。
しかし、結果はどうだった?
もしかしたら⋮なんて覚悟はしていただと。そんな驕りと慢心が恨
めしく⋮危うくダンテを死なせてしまうまでの怪我になってしまっ
ていた。
自分自身にも抑えようのない怒りと後悔が止め処なく溢れる。
⋮反省するのは後だ。まずはこの竜鳥を焼き鳥にしてやる。
久しく感じなかった憎悪と後悔、それを振り払うかのように戦闘を
続行した。
一方、修羅鬼形態のレガリアは大太刀を振るい、襲ってくる長腕を
切り落としながら懐に進んでいく。
︻精魂接続︼を通してソウマの強い思いが痛いほど伝わってくる。
︻炎熱︼のスキルを上手く使い、傷口も焼く事で竜鳥に再生能力を
使わせていない。
格上とも言える相手に目標を立てる。それはソウマよりも多く敵に
ダメージを与える事に決めていた。
この先を共に進むのならば、御主人様ばかりに頼る訳には行かない。
615
助けられてばかりは嫌。私が御主人様を助けられる存在にならなく
ては⋮と、強く感じていた。
炎と相性が良い竜鳥に、薄く嗤ったレガリアは自身の覚悟を決めて
短期決戦を挑む。
最初は怒りの余りソウマにばかり攻撃が集中していた竜鳥だったが、
レガリアの攻撃の前に次第に無視出来なくなっていた。
それと︻蒼炎︼スキルを使い、ソウマよりも先に長腕を2本切断し
ていた。
本来の竜鳥の皮膚や羽毛、鱗は硬く並大抵の武器では傷一つ付けら
れないほど頑丈である。膨大な筋肉も然りで刃を肉体に通さない。
アダマンタイト
多分、この敵を相手にする時はハイノーマル級の武器では論外。
例え魔力を伴うレア級であってもダメージは小さい。黒鉄級に全身
は非常に硬いのだ。
おかげで手持ちのレア級の武器でも致命的なダメージを与える事は
困難。
ソウマ
御主人様でさえ、あの竜鳥の硬さに辟易しているように感じる。
きっと大剣の補正も無いからであるが、大鉈には尋常ではない負担
がかかっていると思われる。
御主人様だからこそ、あそこまで保たせているのだ。それでも、余
計に無理な使い方もしているためにすぐに消耗していくので一本目
の大鉈は既にボロボロだ。
スキル︻我流闘気術︼と︻疑似心臓︼での併用したパワーアップが
616
修羅刀は赤熱鋼と呼ばれる金属の純度100%と
無ければ、現在の修羅鬼レガリアのステータスだけでは阻まれてい
たに違いない。
私の持つ大太刀
稀有な素材をハンドメイドした逸品である。
レア級ではあるが、他のレア級とは一線を画す能力とスキルを持つ。
太刀補正を最大限に発揮させる。
勢いに任せての攻撃、攻撃、攻撃⋮繰り返す攻撃は苛烈の一言。
︻炎熱属性︵極︶︼を発動して大太刀に炎熱伝導させる。
鱗の部分を焼きながら少しずつ削ぎ落とし、自慢の防御力を丸裸に
していく。
そして切り札である︻蒼炎︼スキルの使うタイミングを見定めいた。
蒼く煌めく炎は清浄を含む特別な炎。
︻蒼炎︼の炎は現在修羅鬼のスキルとしてある︻炎熱属性︵極︶︼
よりも炎の格が高い。
その為、炎に特化している素材で拵えられたレア級の大太刀でも、
そう何度も蒼炎を使えば耐久性は危うい。それ程の威力を秘めてい
る炎であった。
何故こんなスキルが手に入ったのかレガリアは知らないが御主人様
が何かしたのだろうと結論付けていた。
617
ちなみに、実際︻蒼炎︼はボーナスのレアスキルであり、炎に関す
るBOSSの魂魄結晶が入手出来たからである。
ソウマもレガリアも知らなかったが、魂魄結晶などを含む特別なア
イテム、素材はかなり特殊なアイテムでありソウマやユウトなどい
った人材で無ければ手に入らない。
特に魔物使いをサブ職として持つソウマしか現在入手出来ない、激
レアのアイテムである。
これだけ攻撃に集中していればレガリア自身も無事ではない。
身体中至る所に裂傷を負っている。
躱しきれない攻撃は我流闘気術を併用して肉体を強化し、受け止め
る事も多々ある。
抉られ、啄ばまれ、無事な箇所など無い。それでも行動に支障がく
る致命的なダメージを喰う1撃は何とか躱す。
攻撃こそ我が使命⋮その危うさと舞うような攻撃は、美しさすら感
じる。
どれだけ傷付けても一向に止まない攻撃の嵐。
その事実は竜鳥を徐々に追い詰めていき、遂に一旦距離を取るため
に後退しようとする。
618
その行動を好機としたレガリアは更に追撃を掛けるべく、単身前へ
と突進した。
すると、大きく両翼を羽ばたかせ、
ダークフェザー
鋼ように鋭利で硬い羽が抜け飛んでくる。
その漆黒のような闇羽を相手に向けて雨のように降らせた。
物量は脅威だ。この攻撃の前にはベテラン級の冒険者達や例えA級
の冒険者であっても、雨のように降り注ぐ羽を前にいつかは対応出
来ずに防御を突破されるだろう。
そして、なす術もなく身体中を切り裂かれバラバラになるか、運良
く生きていても五体満足ではなく欠損箇所の酷い体になっているだ
ろうと思われる。
ダークフェザー
レガリアは直前まで迫る矢羽を避けようともせず、闇羽に対して愛
刀である大太刀の武技︻紅蓮一刀︼を発動させた。
刃から3,000度の熱量を誇る紅蓮の業火が吹き荒れた。
ダークフェザー
その刀を風車のように回す事で周囲に業火の円渦が巻き起こす。
それによって眼前に迫る闇羽は当たる事なく、全て焼き払われた。
距離を詰めてきたレガリアに対して危機感を覚えた竜鳥は、体内の
血竜核に魔力を注いで魔法陣を連動させた。
僅かな時間で両翼の器官から血流にのせて、黒い烈風の渦を生み出
した。
左右上下、何方を見ても視界を埋め尽くす烈風。
躱す間もなかったレガリアは黒い烈風をまともに浴び、身体中に傷
跡を残す。
619
しかも渦巻く風に足元をとられて動けない。このままじゃ⋮と焦っ
てきたレガリアに
︵状況を打破します。そこから動かないで下さいね︶
妖精魔法を使ってレガリアに伝えるレオン。
静かに頷き、何とかその場にて体勢を崩さないように粘る。
竜巻大鋸の魔法により、螺旋風刃が烈風を切り裂
トルネードグレートゼーレ
完全に足留めされる前に、レオンが上位風属性魔法の詠唱を完成さ
せた。
風上位殲滅魔法
いていく。魔法が通った後に狭い道が出来た。
烈風がかき消されて出来た道にソウマとレガリアの2人が同時に飛
び込んだ。
﹁御主人様、私が厄介な両翼を⋮﹂
﹁わかった⋮すまない。頼んだ﹂
そう言い交わす。
竜鳥は僅かな道を駆けてくる2人を狙うため、至近距離で不可視の
衝撃波を放とうと嘴を開く。
バーストプラーナ
逃場のない場所での攻撃を予期していたレガリアは、大太刀の剣先
に闘気を集め、嘴を目掛けて爆気を放った。
バーストプラーナ
衝撃波と灼熱の熱量を伴った爆気が相殺しあい、轟音と衝撃ととも
に拡散する。
620
︵いやいや、健闘してるね。内緒でこれぐらいはサービスだ︶
レイム
デットフ
その戦況をつぶさに観察していたカザルがウィンクしながら、死炎
剣を竜鳥の背部に召喚して、1本を投擲する。
死炎剣は静かに喰い込んでいき、丁度剣1本分の傷跡を残して消滅
する。それは時間にしても1秒もない出来事。
死の炎は唯の再生能力では直ぐに治らない。
剣の形をして深く食い込んだ傷跡は、竜鳥に呼吸が出来ないほど激
痛を与え、一時的に動きが止まった。
百夜を
強い者好きのカザルはソウマ達の事が気に入り初めている。
あとはそっと様子を静かに見守る。
カザルの気配と援護に気付くことなく、レガリアは修羅刀
しっかりと握りしめる。
︻疑似心臓︼のスキルで魔力を血流のように浸透させ、身体の隅々
まで流す。
︻我流闘気術︼と併用し爆発的に身体能力が高まったレガリアは、
武技の効果が消えた大太刀に︻炎熱属性︵極︶︼と更に︻蒼炎︼を
宿す。
621
大太刀が限界を超えて僅かに融解し始めた。
竜鳥は何故か動きを止めており、好機である。
全身に膨大な筋肉が盛り上がり、全ての力を大太刀に集約させた。
振り抜く際に一瞬だけ︻鬼印︼も重ね掛けした。
目にも留まらぬ最速の双撃を放った。
その攻撃は何の物音も無かった。静寂の時が流れる。
レガリアが片膝をつく⋮その軽い振動が竜鳥の身体に変化をもたら
した。
振動により両翼が下へとズレ始め、両翼だけが竜鳥から綺麗に剥が
れた。
翼を守る為の強固な筋肉、骨格、羽毛すらも貫き、綺麗な断面図を
見せながら巨大な両翼が切断されている。
付け根の部分は焼け爛れていた。暫くは再生は難しいはず。
これで驚異はもう両脚のみである。
だが、代償は大きい。
ブチ⋮プチッと⋮筋肉が断裂していく音が響く。
大太刀の重量に負けてレガリアの両腕の筋肉が千切れかける。
身体にも著しい負荷によって修羅鬼ベースの肉体は損耗していた。
オーバーダメージ
現在のレガリアにとって限界突破攻撃。
無理な攻撃を放ったため、身体が持たなかったのだ。
622
﹁御主人様、後はお願い致します﹂
力を使い果たしたレガリアは本体の姿に強制的に戻り、光と共に契
約の指輪に送還された。
お疲れ様⋮と、優しく念話で伝えた。肉体を修復したらまた再度召
喚する予定だ。
ご褒美の焼き鳥を食べてもらわなくてはならない。
焼き鳥へと調理する敵は目の前にいる。
追い詰められた竜鳥は、残った魔力の全てを血竜核に集め、身体能
力超向上に変換していく。
竜鳥は絶大な力を持つフィアラルの眷属だが、身体能力を中心にバ
ランスの悪い成長の仕方をしている。
再度、焼け爛れた部分を見て恐怖よりも更なる怒りを覚えていた。
比べ物にならないスピードで両脚を動かし、ソウマに迫っていく。
此れまでの戦いでソウマの新品だった鉄の軽鎧はボロボロになって
いる。
格段に動きが良くなった竜鳥の攻撃を︻見切り︼を持ってしても、
623
躱し続ける事が困難になってきた為だ。
ハイノーマル級の良質な鉄を使った軽鎧は、徐々に避け損ねた傷が
ミミック
軽鎧に目立ち始めて、先程掠った攻撃で遂に砕け散った。各所に名
残を残すのみとなった。
アストラルリンク
幸い、軽鎧は砕けたがレガリアを宝箱の状態で待機して貰っていた
ため、精魂接続を通して常時スキル︻亜竜の外皮︼を発動して防御
力を底上げている。
だが蓄積されたダメージは確実にソウマの身体を蝕む。骨格に微細
なヒビが入り、その痛みや出血で体力をも奪っていく。
身体にも、もう青痣が数えることが出来ないほど出来ていた。
ソウマも竜鳥もお互い傷だらけだ。
所々出血が流れ、徐々に溜まるダメージにソウマの疲労の色が濃い。
︻蒼炎︼スキルを精魂接続を通して使えれば良かったのだが、あの
スキル使用に関しては膨大なSP消費が激しく、現在︻巨人の腕︼
を併用しながらでの戦闘ではかなり厳しい。
デパブ
その為レオンにはソウマの防御魔法の他に、阻害魔法や妖精魔法を
使ってもらい、竜鳥の動きに制限をかけて貰っている。
その甲斐あって、竜鳥のステータスは微かだが鈍っている。
超スピードで迫る前脚をギリギリで躱して、僅かに出来た隙間に身
体をねじ込ませた。
624
ゾクッとした悪寒をねじ伏せ、緊張感を集中力を最大限にあげる。
既に発動していた︻巨人の腕︼を思念操作で寸分違わずに前脚を狙
って叩き折った。
それはまるで岩をスプーンで削っていく作業のようだった。
実は鬼の大鉈の刃の部分も損耗し何本もダメになっていて、頻回に
取り替えていた。
アッサリと折れた訳ではなく何度も同じ場所を大鉈で攻撃して、ダ
メージを蓄積させて少しずつ削っていたのだ。
片脚になった竜鳥は涎と血を盛大に撒き散らす。
強大な力に脚の血管がブチ切れ、竜鳥の口から逆流して噴き出した
のだ。
憤怒の表情を見せている。
瞬時に片脚のみの筋力で跳躍して壁を蹴り上げて、高く高く上空へ
と舞い上がった。
上空では長い首の後ろの鬣がたなびくように輝き、尋常ならざる攻
撃が放たれる予感がする。
魔眼で探知すると、竜鳥の真ん中に魔力を掻き集めているようだ。
今まで使ってこなかった事から本当の奥の手なのだろう。
ポーション使いたいが⋮そんな暇もない。
ソウマはふらつきながらも見上げて睨みつけた。
竜鳥が身体を震わせ、鮮血を撒き散らす。その血が魔力と媒介とし
625
て魔法となり、闇玉となって空から降ってきた。
避けれない事は無いが、避ければ背後にはコウラン達がいる建物が
ある。
襲ってきた闇玉を一つ一つ大鉈の腹でガードしたり、斬りつけたり
している。
今は何とか出来ているか、これ以上の数になると身体で受けきるか
⋮どんな攻撃がくるか全く予想出来ないが、特攻をしかけ一か八か
の勝負にでるしかない。
体力的も残りSP的にもそう何発も発動出来ない⋮精々が︻巨人の
腕︼残り2回ほど使えるのみだ。
特攻する覚悟が決まった所で
﹁ウォオオオオー!!﹂
雄叫びを放ち、ソウマの前へ駆けつけた男がいた。
大盾でソウマを庇う。
﹁すまん、待たせた⋮﹂
ダンテであった。完全復活では無いようで顔色は悪い。しかし、前
を向く眼光は鋭い。
竜鳥は明らかにダンテにとって格上の存在だ。
さっきも戦闘力の違いを味あわされたばかりだ。
恐れがない訳ではない。しかし、それでも次々と放たれる闇球を弾
626
き、前へ前へと進んでいった。
ソウマもダンテの後に続き、駆けていく。
頼もしい援軍に安心感が少し戻る。途端に抉れた所が痛い。
気にしていなかったが骨が軋んで動きに支障がでていた事に改めて
気付く。
痛い事や面倒なのは嫌だ。
ただ、今だけはそんなモノを吹き飛ばすくらいにアドナレリンが分
泌し過ぎて考えられない。
いま思えるのは仲間の存在のは有難さ。
休んでいれば良かったのに⋮無理をして強敵に立ちはだかるダンテ。
実際に自分にも出来るだろうか?護りたい者の為に立ち向かう⋮そ
んな格好良さに震える。
消耗した心に火が灯った。
共に戦線復帰したコウランと炎猫フレイ、イルナも駆けつけた。
﹁遅くなってごめんね。魔力も心許ないけど⋮﹂
ソウマに回復魔法の光が降り注ぐ。少し回復して身体が楽になった。
順々に風と聖の防御魔法を充分に重ね掛け︻忍耐︼スキルをかけら
れた大盾は光り輝く。
627
空から降ってくる膨大な数の闇玉に捌ききれずに、遂にダンテの足
が止まった。
しかしレオンが吹き荒れる風の魔法を使って襲ってくる闇玉を一斉
に蹴散らした。
かなり減ったが直ぐに闇玉が集まり始める。
﹁ダンテさん、こっちは任せて﹂
たてがみ
感謝の目線をレオンに向け頷き、前へ進もうとした直後、竜鳥の鬣
から目も眩む閃光が走った。
竜鳥は幼竜の器官を含む血竜核を取り込んでいる。
ブレス
その血竜核に大量の血液を魔力へと媒介して流し込む。
体内で竜が使う息吹の真似事の如く血液を無理矢理大熱量に変換さ
せていた。
本物の竜とは違い、実際には熱に対する耐性などない竜鳥は、体内
では無理な熱量変換に内臓器官などは焼け爛れ、大量出血により大
幅な疲労感を感じていた。
体内での熱量生成がようやく限界を超えた時、鬣が輝き白熱させた
熱量を凝縮してレーザーのように撃ち出した。
ブレス
竜鳥は産まれたばかりだが、事態を打開するためにはこの息吹のよ
うな光線しかないと本能的に感じていた。
直線上に伸びた白熱の息吹は大盾に直撃する。
盾からは白い煙が上がり、持つ手には人が耐えられる熱量を超えた
負担がかかる。
628
襲いかかる閃光に大盾は悲鳴を上げ、軋んでいた。
数秒抵抗した後、あっさりと防御魔法は弾け飛んだ。
しかし、大盾の︻忍耐︼スキルだけはこれまでにない程高まり、ダ
ンテの防御力を底上げする。
両腕は既にボロボロで腕を持ち上げていられるのは奇跡と言っても
過言ではない。
歯を食いしばり、何とか耐えている⋮が、ジワジワと後退していく
ダンテ。
あと1秒もあれば白熱した閃光はダンテの大盾を喰い破り、身体を
貫通してソウマを襲っていたはずだ。
その前に後方にいたイルナから暴風矢弾の援護射撃が放たれた。
竜鳥はまともに喰らい、光線による攻撃は中断させられた。
空中で暴風により錐揉みさせられ、螺旋刃に斬り刻まれた。
風耐性もあるため効果時間も威力もリガインの時と比べて弱かった
が⋮ドドォーンと地響きが鳴り、竜鳥が落ちてきた。
光線による攻撃は一瞬だったのだが、長い時間に感じられた。
事実大盾からは白煙が上がり、貫通の一歩手前まで大きな穴が開い
ていた。
ダンテの手は炭化してないことが不思議なほどの火傷で覆われてお
り、手甲までもが白熱していた。
顔色は青白さを通りこし、真っ白に近い。
629
それでも手には大盾を構えており、離していない。
﹁いけ⋮ソウマ﹂
声にならない声を上げ、残った片手で力なくソウマの背中を叩いた。
ソウマは頷き、アイテムボックスからハイポーションをダンテの両
手に振りかけた。
ゴ
そしてダンテの片手槍を掴み、2段ジャンプして竜鳥目掛けて全力
で放り投げた。
ブリンヒット
片手槍は流星の如くスピードで赤い魔力光の残像を放ち、武技︻小
鬼痛打︼のスキルを充分に発動させた。
未だ横たわり苦しんでいる竜鳥の胴体に深く突き刺さる。
思念操作を酷使してSPとHPを消費して恐らく最後の︻巨人の腕︼
を形成。
発動した巨腕を操作して思いっきり殴りつけ、ソウマは竜鳥の残っ
た片脚を砕く。
大量の血液が噴き出してソウマへと降りかかる。
大絶叫と共に竜鳥の目より光を失い、だらんと横たわった。
倦怠感で何も考えられない。
それでも何とか巨人の腕を再度構築して、竜鳥の顔へと最後の一撃
を放った。
630
莫大な轟音が周囲に響き渡り、ようやく長い長い一戦が終わりを告
げた。
631
その後 レガリアのステータス︵前書き︶
ようやく更新出来ました。いつも読んで頂いている皆様ありがとう
ございます!
リアルで忙しく、今日更新出来なかったら暫く更新が難しかったの
で更新させて頂きました。
また誤字脱字が目につきましたら教えて頂きたくおもいます。
少しでも楽しめる作品になれるよう、努力していきたいと思います
ので、またよろしくお願いいたします。
632
その後 レガリアのステータス
深い深い息をゆっくりと吐き出した。戦闘が終わったと思った途端、
大鉈を持つ手が非常に重たく感じた。
考えたら、長時間戦っていた。
返り血で血だらけのソウマは横たわった竜鳥の状態を確認する。
潰れた顔は脳漿をブチまけ、以前の原型はない。
更に念のため動かない竜鳥の胸を切り裂くと、不自然に盛り上がっ
た部分が見える。
その周りを夥しい量の赤黒い血管様の細かい管が覆っている。
それらを取り除くと宝石ような輝きを持った四角錐状のモノが見え
ていた。
これがフィアラルが血竜剣を元に作成した血竜核である。
余りに禍々しいオーラを放ち、手を触れるのも躊躇する。
しかし、サンダルフォンの分体と戦った経験を活かすとこの核らし
きモノを放っては置けない。
まず大鉈でその部分だけ肉ごと切り離す。
こびりついている邪魔なモノをどかして取り出すと、グチャとした
感触が伝わり気持ち悪い。
我慢しながら、金属のような生体臓器を思わせるな生々しい血竜核
に狙いを定め、直接斬りつけた。
堅いモノによる当たった反発音が聞こえ、大鉈を拒絶する。
非常に硬い⋮何度も斬りつけていると、大鉈が少し欠けてきた。
633
大鉈で駄目なら、現在の手持ちの武器では砕く手段が無い。
仕方がないので、そのままソウマのアイテムボックスへとしまった。
流石に疲労感と痛みがソウマにどっと押し寄せ、前のめりに倒れこ
む。
苦労はしたが、何とか犠牲を出さずに倒すことが出来た。
改めて巨人魔法を得た恩恵のステータスの異常さと有難さに感謝す
る。
しかし、今回の戦いで自身の守りたいモノを守れる強さというモノ
が必要だと感じた。
このままではいつか⋮自身も含めて死んでしまう予感がした。それ
は嫌だ。
と、そんな事を考えながら、ポーションを自分に振りかけている間
にレガリア本体が復帰し、ソウマと手分けして竜鳥を細かく解体し
ていく。
硬質な筋肉を斬り裂き、巨大な骨や内臓とを分離させていく。
竜鳥の血液も注視すると説明文が見える。
この素材は魔法に溶けやすく、加工処理をすることで様々な分野に
使えると記されてあった。
何かに使えるかも知れないため、ポーションの空き瓶にストックし
ていく。
大鉈を振るいながら、心臓部と思われる所には金属質のような光沢
のある臓器が見えた。
切り裂くとドロリとした赤黒い血液と共にの握り拳大ほどの大きさ
634
のモノが流れてきた。
えんま
閻魔石
臓器に高濃度の魔力が貯まり、体内で蓄積されたモノ。純度の高い
凝縮された魔法金属のような性質を持つ︵闇属性︶
と説明文を読むと書いてある。
これもアイテムボックスへと収納しつつ、竜鳥の部位一つ一つを説
アダマンタイト
明文を見ながら解体し、大まかに分解できた。
ダークレッド
赤闇の巨大な両翼と黒鉄のような硬度を誇る竜鳥の両脚を素材とし
てソウマが収拾していく。
また、魔力変換回路を含む器官や魔法発生臓器などと変わった素材
もあった為、生体加工すると魔法アイテムの材料にもなるそうだし、
たてがみ
高価格で売れる素材だろう。
特に深緑色に輝く鬣や軽くて硬い黒鱗、黒色の羽毛等からは良い武
具が作れそうだ。
レガリアにアイテムボックスへと収納してもらう。
いらない内臓と膨大な筋肉は宝箱形態の︵ミミック︶レガリアの経
験値とさせてもらった。
噛めば噛むほど味わい深く、喰いでのある量と魔力を含む高品質な
肉に大喜びで平らげていく。
バリバリと小骨ごと筋肉を齧っているとスキル︻風耐性︵小︶︼と
635
︻闇耐性︵小︶︼の両方のスキルがレガリアにラーニングされた。
高い確率でスキルが手に入ると思ってはいたが、無事スキルゲット
に安心した。これで魔法に対する備えがまた増えた。
ちなみにサンダルフォンの時と違い、肉体は消滅せずに残っていた。
あの時とこの時の違いは一体何なのだろうか?
ついでにリガインが着ていた壊れた金属板鎧と、竜革の鞘も回収し
ておく。
金属板鎧についてはレオンからお兄さんの形見の品だと聞いていた
ので、後で返す予定である。
コウランは治療魔法と回復魔法の使い過ぎで蓄積させておいた魔力
も底をついていた。
魔力回復ポーションを飲み過ぎたのか、差し出したポーションを見
ただけで気持ち悪いと、拒否された。
今は自然回復に身を任せ、休んでいる。
大盾を持っていたダンテの左手は原型が留めていることが不思議な
くらい重傷だった。
白熱した手甲と溶け合いそうになっていたため、慎重に手甲と接合
した部分とを切り放す。
手の皮膚と手甲がくっついていた。熱して消毒した短剣を使い、慎
重に剥がしていく。
薄皮一枚から抉る部分まで⋮想像しただけでも痛そうだが、ダンテ
636
は歯を食いしばり、決して声を上げようとしなかった。
おびただしい血と骨が見えるほど損傷しているため、神経や筋肉の
損耗が激しく痛々しい。
その後、完全に治療するためにハイポーションを使うことを伝える
と、高価なモノを使うことにダンテは遠慮していたようだが⋮横か
らハイポーションを奪い取ったコウランが勢い良く左手にかけた。
しかも予備においてあったハイポーションと合わせて2本もだ。
患部に染み渡るハイポーション。絶叫が迷宮洞窟内に響いたが、左
手は神経の損傷すら回復させ完治させた。
﹁私を心配させた罰よ⋮悔い改めなさいダンテ﹂
おっかない⋮周りをもドン引きさせるようなゾッとする口調と風格
に、誰も文句は言えなかった。
気を取り直してダンテには借りていた片手槍と、アイテムボックス
から新しい鬼手甲を渡した。
大穴の開いた大盾は赤熱鋼でないと修復出来ないため暫くはレガリ
ア預かりとなりそうだ。
レガリアも修羅鬼の記憶を紐解き、材料を集めれば赤熱鋼を作り、
修復可能だと言ってくれた。
ダンテとコウランは充分に休憩を取った後、この迷宮で赤熱石を集
めることになる予定だ。
637
ラメラアーマー
レオン達に回収した破損した金属板鎧を返す。大事そうに胸に抱い
たレオンは涙ぐんていた。
イルナも感極まり、お互い抱き合って泣いていた。
彼等も暫く休養したあとは、郷へと帰り報告するようだ。
色々と感傷に浸っているとナレーションが響いた。
ブレードマスター
BOSS討伐
固有称号獲得
へと昇華されます。
⋮限定条件クリ
︻レガリア︵修羅鬼形態︶の職業レベルが限界値を超えました。
蒼炎
大太刀使いがランクアップします。
修羅鬼
アを確認、固有専門職
これに伴い、肉体とスキルのバージョンアップ、追加を書換します︼
固有専門職⋮普通の職業ではなく、隠し条件をクリアしたり、称号
がないと就く事が出来ない上位のレア職のことだ。
他にないスキルを習得出来たり、強力なステータス補正などが挙げ
られる。
いつの間に称号なんて手に入ったのだろう?
修羅鬼形態であるレガリアの新たな進化に驚いているとナレーショ
ンがもう1度鳴る。
︻巨人魔法が成長規定値を超えました。
638
2段階目︻巨人の両腕︼が解放されます。
オートリライト
巨人の腕↓巨人の両腕の獲得には条件が存在します。
達成次第、自動書換を実施します︼
巨人の腕に関して変化が見られた。
今まで一つしか顕現できなかったが、獲得条件を満たすことで巨人
の腕から巨人の両腕へと変更することが出来るようだ。
これが出来れば大幅な戦力アップとなる。
何々、獲得条件は⋮上位巨人を含む巨人の討伐。定められた希少部
位の奉納。
脳内に表示されたリストを見ていくと詳しく見ていくと、元の世界
でも聞いたことあるような⋮どの相手でも良いんだろうが、名前か
らして超強そうな相手である。
しかも何処にいるんだろう?迷宮やフィールドにいるのだろうか?
サンダルフォン
考え込んでいるとアナウンスが聞こえてくる。
オートリライト
︻自動書換終了致しました。
以下、これに伴い称号******が異界大天使の加護に移行。
ギガントアーマー タイタンフット
⋮以下、加護の特性により新しく追加されました。
巨人魔法の巨人鎧、巨人脚は現在のレベルでは解放出来ません。
思念操作スキル︵巨人の腕限定︶が解除され、思念操作へとスキル
アップされました︼
639
これはまた⋮どうやら巨人魔法にはまだ先が有るようだ。
今まで以上に強くなるために、一度正式に古文書や魔法文献を探し、
巨人魔法や魔法に関する知識を集め、理解を深めることも有りだと
思った。
︻思念操作︼は巨人族限定とあったがそれが解除という事は⋮。
今まで巨人魔法の発動の際に使用してきたが、本能的に思念操作と
は何か?が脳内に入ってくる。
凄く簡単に言えば、脳内でイメージを構築し、念じるだけで実際に
事象に表すことが出来るスキルのようだ。
但し、念力やマインドコントロールなどの系統と違い、この思念操
作は物質に働きかけ干渉するスキルであるようだ。
ハイミスリル
この世界には魔力や魔法と呼ばれる不思議な現象が存在する。
只の魔力鉄や魔物の素材とは違い、オリハルコンや大精霊銀などと
言った特別な魔法金属や高魔力の生体素材が存在している。
噂でしか聞いたことはないが、意思を持った武具も存在すると言わ
れている。
其れ等は非常に精神感応の高い物質でも有名だ。
上記に挙げた素材で作られた武具などに働きかけ、スムーズな遠隔
操作や隠された能力の解放が可能になるという。
それとこのスキルが有るだけで、該当する武具に対してボーナス値
が加算されることにもなる。
と、追記してある。
640
︻思念操作︼自体のスキルは、誰しもが持てるわけではないが、実
は勇者や高位魔法使いなど⋮他にもあるが非常に希少で選ばれた高
位職業持ちにはついてくるスキルである。
此方に来る前に、ゲーム時代にネットで検証されていた。
その階梯まで行く事の出来る人種に対して、只の装備品で満足に自
身の実力が発揮されるはずがないからだ。
少なくとも自分は該当する素材を使った武具は持ち合わせていない。
これは実際に使い熟すには、かなりの練習必要だ。
しかし⋮ロマン武器を是非とも手に入れねばと決意した。
だって、自身の意思で飛ぶ剣なんて⋮男なら誰でも1度は憧れる筈
だ!
ギフト
同じ称号欄の︻継承者︼は未だに不明だが。
有難い贈物に、サンダルフォンに感謝した。
サンダルフォン
異界大天使の加護
段階を踏むことによってサンダルフォンの権能する巨人魔法が追加
される。また漆黒聖天の発動時にボーナス値上昇。異界の知識補助。
641
リライト
オリジナル
同じく、書換が終わった修羅鬼形態レガリアを見た。
ミミック
いくら肉体を得ているかといっても彼女は擬態スキルの一つのはず
だ。
これはもしかしたら推測ではあるが、宝箱希少種であるレガリアの
特性なのと、もしかしたら修羅鬼が生きていた頃の潜在能力が解放
されていく状態なのかも知れない。
疑問は尽きないが進化した姿の修羅鬼のレガリアは、割と筋肉質で
180cmあった身長だった頃よりは縮み、ソウマと同じくらいで
170cmほどになっていた。
全体的に細身になった姿には気品を感じられる。
それは弱くなった⋮のでは無く、筋肉が凝縮されて、滑らかで無駄
のない機能美とも言えるほどスタイリッシュに変化していた。
これで以前の倍近い腕力や筋肉を備えているから、驚きである。
ハイフレ
朱色の長い髪はそのままに、短い3本の角が4本へと増えていた。
イムオーガ
角は鬼の存在の昇格の証であると言う。現在この迷宮洞窟での上位
炎鬼は2本。
そう考えると、より上位になったレガリアは何処まで進化するのだ
ろうか。
更に接近戦用に︻見切り︼スキルが追加され、この形態のレガリア
はソウマが剣術のみで相手をしても苦戦は必至と思われる。
このまま成長して擬態スキルのレベルも上がれば底上げされた実力
に、いつかは誰も勝てなくなるだろうと想像出来る。
末恐ろしくも頼もしい。
642
壊れたり使い物にならなくなった鬼の大鉈と、無事な大鉈を2本残
してレガリアに譲渡した。
壊れたり破損した大鉈は、工房で1度装置に掛けて新しく魔力鉄の
素材に変える予定だ。
また無事な大鉈と、使わない鬼のレア武具は全て売却し、メンバー
と分配する予定である。
鬼の大鉈×6︵破損4本︶
炎槍×1
炎杖×1
炎鬼鎧︵甲冑を含む︶×2
炎鬼兜×1
炎鬼手甲×4
炎鬼脚甲×2
炎鬼防具はこの総数より、ダンテ用に新品と交換した為、各マイナ
ス1ずつとなる。
これだけのレア武具が1度に流通する事は滅多にないため、手数料
や利益を考えてもアデルの町も潤う筈だ。
そして今回は誰も犠牲もなく撃退出来たが、今後このような事が起
きないようにしっかりと締めねばなるまい。
貴族の絡みや思惑は専門外だ。とりあえず、アシュレイと相談する
643
ことに決めた。
ダンテは1度装備を外して、魔力を少し回復させたコウランに後遺
症がないか、念の為確認していて貰っていた。
そのため、コウランの変化にいち早く気づいた。
コウランの髪の色がいつの間にか綺麗な黒髪から黄金色へと変わっ
ていたのだ。
﹁!?お嬢様、元の髪の色に戻りましたね﹂
嬉しそうにダンテが話しかける。
﹁ホント?ねぇダンテ、もしかしたら⋮﹂
興奮しているコウランに、穏やかに頷くダンテも嬉しさを隠しきれ
ない様子だ。
スク
﹁ええ、その可能性は高いです。是非ステータスをご覧になって下
さい﹂
ロール
恐る恐るといった表情で使い捨て用のステータス専用アイテムの巻
物を使って、自身のステータスを確認するコウラン。
﹁⋮ダンテ、ダンテ!!やったわよ。まさかこんなに早く修練の加
護を⋮﹂
644
喜びの余り言葉を詰まらせている。
抱き合う2人は本当に嬉しそうだ。
現在のダンテとコウランの2人で第2次職から次の段階にクラスア
ップするには、自身達が相手を出来る魔物などや迷宮で戦っても経
験値が乏しく、集めること自体が非常に難しい。
効率よく経験値を集める為には力量の似た仲間の存在と、強敵にも
勝っていける強さが必要だ。
大抵の者は生涯の内に第1次職のままで終わるか、仮に第2次職へ
と上がれてもそれ以上レベルが上がらず、進めない者が大半である。
これは才能がある者しか次の段階へと突破出来ない試練とも言われ
ている。
その為、第3次職へと上り詰めれる者は非常に稀であり、其れこそ
彼等程の若さでクラスアップを果たす者は世界に一握りも存在しな
い。
いずれ2人なら達成出来たかも知れないが、非常に時間がかかって
いただろう。
ひとしきりの興奮が収まった所でコウランから説明を受けた。
竜鳥を倒したことにより現在の戦司祭のレベルがMAXとなり、そ
のため修練の加護が消えている事を告げられた。
後は転職神殿にて第3次職を選択すれば、王獣の加護へと変化し、
完全に試練が終了となるそうだ。
645
抱き合った事実に照れながらもダンテも頷いていた。
ビックシールダー
そして、ダンテも今回の戦いの経験値でかなりレベルアップしてお
り、確認したら大盾士のレベルが80代を超えたみたいだ。
強敵を倒した満足感と急激な成長に喜ぶ。この先の才能がない者は
職業レベルも止まり、これ以上成長が見込めない。まだまだ先が楽
しみな2人である。
今後の予定として、コウランの上位職業に転職と迷宮洞窟の赤熱石
の確保をしながらダンテも上位職業を目指す形となった。
大盾の補修と其れ等の出来事を済み次第、今度はコウランの父親と
母親に連絡をとり一度国元へと戻るそうだ。
細かな段取りを決めたあと、予定より早いがアデルの町に帰ること
に決定した。
ソウマは町へと帰還する準備中に、ふと違和感を感じる。
何故だかは判らないが、即座に全身に悪寒が走った。
あっと思う間も無く、赤黒い光に全身を包まれ、ソウマの存在がそ
の場からかき消えた。
﹁えっ⋮御主人様?だって⋮嘘﹂
646
レガリアも一緒に準備を手伝っていた。その眼前で光と共に消えた
ソウマ。
ダンテやコウランまでが目を丸くして絶句していた。
取り敢えず、支度を整えてパーティ全員と共に虱潰しに階層を順々
に調べるも、ソウマの姿は遂に見つからなかった。
迷宮洞窟入り口にて戻った一行は、話し合いの結果、疲労困憊なメ
ンバーもいるため一度アデルの町へと戻ることで決定する。
1人でも探索する⋮と訴えそうなレガリアを心配していたコウラン
だったが、町へ戻る事自体には反対せずに寧ろこの状況下で自らそ
の提案に賛成した事に、冷静な判断を感じることが出来て安堵を覚
えていた。
アストラルリンク
目の前から消えたソウマに対して当初こそ焦っていたレガリアだっ
たが、探索途中で遅まきながら︻精魂接続︼スキルがあることを思
い出していた。
すぐに念話にて呼びかけるも、此方からの呼び掛けには一切応答は
無い。
だがスキル自体は消えていない。
︵つまり、何らかのトラブルに巻き込まれたか⋮念話が届かない領
域にいらっしゃるか⋮だわ︶
そう検討付け、御主人様は無事だと確信したレガリア。
︵どうかご無事で⋮レガリアはご連絡をお待ちしております︶
心の中でそう願い、アデルの町へと帰還した。
647
迷宮洞窟の最下層では先程までとは違い、誰も存在していなかった。
そこでは、未だ竜鳥との激しい戦いの跡と散らばった肉片が転がっ
ていた。
戦いの跡も、いずれ時間が経てば迷宮自身の回復力を用いて直るは
ずだし、肉片も暫く経てば迷宮へと吸収される筈だった。
最初にダンテが斬り飛ばした長腕の肉片が洞窟の隅に転がっていた。
やがてプルプルと動きだし、残った肉片と血を集める為に動きだし、
吸収し始めた。
少しずつ大きくなっできた肉片は、人間の子供ほどの大きさ肉片成
長すると一旦吸収を止めてその場に留まった。
まるで生きているかのように伸び縮みを繰り返す。
肉片の外側から徐々に乾燥していき、内側から切れ目が入った。
その中からは裸の子供⋮5、6才程の年齢の男の子が姿を現した。
短く揃えられた緑色の頭髪。顔立ちは子供ながらに可愛らしく、ハ
ッキリとした風貌で将来はハンサムになるだろうと思われる。
彼は周りを慎重に見渡し、最後に自分の手や身体をマジマジと見つ
めていた。
やがて誰もいないことを確認すると、大きな声で嗤い出す。
648
﹁ハッハッハ、あの化物の中で意識を保つ事は苦しかったぞ。しか
し、おかげで私は自由だ﹂
このおよそ子供らしからぬ年齢にそぐわない口調の笑い声を聞けば、
彼が只の子供ではない事に気付くだろう。
﹁全てを喪ってしまったが、以前よりも遥かに強靭で若い肉体。考
えようによっては良かったかも⋮知れん﹂
溢れる力を馴染ませるように身体を動かし始めた。
ひとしきり動いたあと、荒くなった息を整える。
﹁まだ馴染まんが、神の眷属たる肉体の性能はやはり素晴らしい。
後はこの迷宮洞窟の魔物を狩りながら身体を慣らしていけばいいか﹂
プラーナ
そう呟くと、驚くべくことに身体に気を操り、溜め始めた。
ふとそこで、名はどうしようか?と考え始める。
以前の名は悪名が轟いているため、新しく考える必要があった。
そう、リガインと言う名の男と決別する為にも⋮。
意識を残しながら再生を果たす。
それは血竜剣に込められた千体の生贄の呪印がリガインの意識を半
強制的に繋ぎ止めた。
また着込んでいた鎧の特性もリガインの意識を保つ為に一役買って
いた。
649
神格を持つ相手に対して、まさに偶然の重なった奇跡的な確率であ
る。
ゼファー
昔、諭そうと説得する友を振り切り、呪いにも似た狂気に身を支配
された。
切りたくて斬りたくて⋮その誘惑は幼き竜の呪いだったのかもしれ
ない。
狂気に満たされた人生がそこから始まったのだから。
﹁おかしな気配を感じて暫く探っていたら⋮いや∼アンタしぶとい
ね﹂
気配もなく現れた存在に驚愕しつつも、微塵も出さないリガイン。
振り向くと、そこには死の炎剣を召喚して佇む男の姿があった。
650
その後 レガリアのステータス︵後書き︶
レベルアップしたレガリアを情報をアップさせて頂きます。
現在のレガリア擬態︵1/3︶のステータス
ももよ
ユニークユニット
修羅鬼︵特殊個体︶
名前︻百夜︼
種族
職業
剣鬼姫
サブ職業
鍛治士LV50︵後天的取得︶
スキル
太刀装備補正︵A︶↓︵AA︶
弓装備補正︵C︶new
軽鎧・戦闘衣装備補正︵C↓B︶
我流闘気術↓闘鬼術︵A︶へと統合
鍛冶︵B︶
651
状態異常耐性︵大︶
常時スキル
鬼印
擬似心臓
見切りnew
レア
特殊スキル
蒼炎New
炎熱耐性︵極︶
炎熱属性︵極︶
上位血族︵鬼系統︶new↓称号獲得によるスキル授与
称号
姫武者new
鬼族特有の怪力も持ち合わせている。非常に強力で上位の鬼形態と
なった。
姫武者
武勇に優れた太刀使いが得られる称号。格上の相手に何度も勝利す
る事が条件の一つとなる。
因みに姫将軍の名の称号もあり、此方は指揮に特化した者が授かれ
る称号である。
修羅鬼
武を貪欲に欲し、あまねく敵と戦い抜いてきた鬼だけが経験値を得
て稀に進化出来る固有上位種。
652
カザルVSリガイン
カザルは死炎剣を手に取り、余裕の表情を浮かべている。
お気に入りの観察対象であったソウマが突然消え、代わりに出現し
た存在に対して面白くない感情を抱いていた。
リガインはというと、先ほどの問いに対して何も答えず、走り出し
た。
子供の身体ながら、既に全身に気を纏っている。
出来損ないとフィアラルは言っていたが、それでも亜神の眷属とな
った種族は伊達ではない。
闘気のスムーズな流れや量は元の肉体の比ではなく、以前よりも確
実に強くなっていた。
気の流れを均等に流すのではなく、最低限の気の防御を身にまとわ
せていた。
突然現れたカザルを相手に様子見などせず、他の気は攻撃に回し対
応する。リガインは手数を多くして勝負をかけるが、先程から攻撃
は空を切っている。
カザルという男の存在はよく知らないが、その手にある死の炎の塊。
並みの相手では無かった。
一撃でも喰らえば死ぬ。其れが本能的にわかるため、カザルからの
死炎を纏わせた攻撃を必死に躱していく。1秒1秒に生への渇望が
653
高まる。
死ぬかも知れん。
生まれ変わり、パワーアップされたリガインにしても死を直感させ
る存在がいた。
普通の者なら絶望する所だが、彼は違った。
より戦闘意欲を高め、自分を死地へと追いやる。
友の死から戦うことが生き甲斐となった彼には、死の予感と抱き合
わせることは何より幸せを感じていた。
ゼファー
リガインは妖精郷に生まれた数少ない人間である。
幼少を同じ歳の友と共に過ごした。
妖精郷の子供は一定の水準になるまで、全員が等しく郷の訓練所で
最低限の訓練をさせられる。
これは秘境にあるため人間の総数自体が少ない事も挙げられた。
男も女も関係なく有事の際には全員で立ち向かう。
稀に結界を超えてくる魔物の襲撃や、郷の収入源でもある貴重な素
材を採取する為に、縄張りを守る魔物達と戦う必要があるからだ。
654
ゼファーという幼馴染は才能に溢れ、既に剣も魔法も大人顔負けで
ゼファー
一流の素質があった。一緒に訓練してきたので分かるが、1度も勝
てた試しが無かった。
将来を期待させられる友は本当の天才なんだと思わざるを得ない。
リガインには剣の才能を認められたが、常にゼファーと比較され続
けてきた。
俺には拙くとも剣の才能しかない⋮だから、友には負けたくない。
ライバル心から諦めきれずに、最強の2文字を目指して戦い抜いて
きた男だ。
そうして20年が経った。
2人は大人になり、パーティを結成する。
リガインは郷を守る剣術士に、ゼファーは若者達のリーダー的存在
に昇格していた。
また良質な武具を作る鍛治師となっていた。
そんな時、妖精郷の近くの森に幼竜が住み着いたと噂を聞いた。
幼い竜は食欲が旺盛で、森の動物はおろか魔物ですら喰らい尽くし、
遂に薬草を採取しにきていた村人まで襲ってしまった。
郷からの緊急依頼を受け、彼等は他の冒険者と組んで犠牲を出しな
がらも討伐を成功させた。
その実績は高く評価され、リガインは国から騎士団への士官の誘い
が来ていた。
ゼファー
その誘いを断って凶行に走ったキッカケの一つは、友の命が病魔の
ゼファー
進行の為にもう既に残り少ないと⋮知った所為でもある。
もう壁を越えられないと知った時の絶望感は、彼を狂わし、後悔の
655
道へと誘った。
その後、狂ったようにリガインは人生の殆どを戦いと修行に費やし
⋮そして最後に敗れた。
身に潜む狂気を飼い慣らして、再びあの死闘のような相手と巡り会
えた事に歓喜していた。
その為、カザルが相手だろうと誰が相手だろうと問題はない。
強い相手と戦い、勝ち残る事が何よりリガインにとって大事なこと
だったからだ。
力及ばず死ぬことは怖くないが、生きている以上は高みを目指し、
最強の2文字をとってから死にたい。
血竜剣からのフィアラルの干渉を抜け出したリガインは、死に場所
を探す唯の狂った男では無くなっていた。
先程からリガインの動きを見極めたカザルは今回の収穫について考
えをまとめていた。
まず本来の目的であるソウマの調査だが、彼に関しては使徒である
自分程では無いが驚異的な能力を持つ存在だと判断する。
またソウマの取り巻き達も面白い存在で構成させれていたが、彼等
656
は常識の範囲内の存在だ。
亜神の眷属である祝福を受けた個体を、重傷者を出しながらも死傷
者はなく撃破するなど、並大抵の運と実力ではない。
更にソウマ個人にしてもユニーク級の魔法を隠し玉にしていた。
こちらの味方に取り込めば、今後間違いなく戦力になる男だと思わ
れた。
リガイン
そして目の前にいるこの規格外。
俗物のように殺してしまうのは容易いが⋮珍しい存在である。
今殺してしまうかどうか⋮珍しくカザルは迷う。
考え抜いた果てに、それに値するかテストをすることにした。
一旦攻撃を止めたカザルは、獣将としての抑えていた実力を剥き出
しにした。
全身から死の気配と毒炎と呼ばれる緑黒色の炎が巻き荒れる。
毒素は空気を汚染させ、リガインの中へと吸収されていく。
﹁がぁ⋮ぐぅ﹂
まともに息が出来ない。
自然と口から少量の泡が吹く。
また息苦しさに身体が自然と耐え切れないのだ。
身動きが取れないリガインにカザルは攻撃を加える。
657
﹁避けろよ?﹂
それは唯の蹴り。
早すぎず丁寧な蹴りは避けきれずに、身体が吹っ飛んでいった。
ふぅん?
しかし、カザルは感じた。
リガイン
奴の身体が少し反応してギリギリで致命傷を避けるために動いてい
た事を。
毒炎に包まれた身体は焼け焦げた臭いが漂っていたが、表面しか焼
けなかったようだ。
何故なら炎が収まり、次第に少しずつ崩れ落ちてつるんとした新し
い肌が下から見える。
驚異的な再生能力。
空気にも含まれる毒に対して、リガインは全身に気を循環させて細
胞を活性化させた。
汚染される前に古くなった細胞をボロボロと削り落としていく。
しかし、効率的な手でもある。
本来のカザルの毒炎は汚染された部分から腐り落とす魔性の炎であ
る。
1度喰らえば切り落とすくらいしか対抗手段がない。
レジスト
すぐに汚染しないのはこの迅速な処置と種族的にも耐性系のスキル
658
も高いのだろう。
更に細胞が悲鳴を上げながら進化していく様子が見える。
これは諦めない意思と、超回復、稀な体質であるこれらを組み合わ
せ、強制的に少しずつ進化を起こさせる。
それはソウマの時にも起こった出来事でもあるが、こんな危機を乗
り越えたモノだけが到達する段階がある。
﹁ふぅん?元の素質もありか⋮このまま死ぬか化けるかどうか、俺
に確かめさせてみろ俗物﹂
リガインにとって一方的に護る戦いが始まった。
カザルとリガインが戦い続けて10分程が経過した。
度重なる攻撃をリガインは何とか凌いで来たが、そろそろ限界が訪
れようとしていた。
それに伴い、リガインの身体に変化がおとずれていた。
竜鳥のような著名な変化ではないが、与え続けていた細胞が再生と
破壊を繰り返され進化していく。
︵ここまででエネルギーは大分消費してしまった⋮このままではジ
リ貧だ。
そう言えば、あの鬼娘は面白い気の使い方をしていたな︶
竜鳥の時にも意識は残っていた。両翼を切断された記憶を朧げなが
659
ら思い出す。
﹁破れた相手の技を使うか⋮それもまた一興だ﹂
超回復に徹し、優先的に回していたエネルギーを遮断して、細胞か
ら両腕にエネルギーを集中させて貯めていく。
直ぐに毒炎の影響が少しずつ体内に溜まり、不具合を及ぼしてきた。
眼を閉じて体内で暴れまわる気のイメージを元に、循環を最も速く
巡らせた。
一時的に超活性化した身体は新陳代謝が激しくなり、毒炎の影響を
弾き飛ばす。
しかし、超回復が無いため、自身の超活性化した動きに回復が追い
つかず崩壊し始めた。
放っておけば何秒も保たないだろう。だが、それだけあれば充分。
その場から風の弾丸のように飛び出してカザルと距離を詰めた。
明らかに先程までと違う身体能力に獣将としての本気を出したカザ
ルも眼を見張る。
咄嗟に詠唱して放たれた毒炎を、薄く気を纏った両手を突き出して
切り裂いたリガイン。
最短距離にて突破したが代償も大きい。両手が緑黒に染まるが勢い
は止まらない。その間に肉迫し、接近戦に持ち込んだ。
そこまでの時間は僅か1秒に満たない。
660
完全に腐り落ちる前の片手をギロチンのように振りかぶり、手刀が
首に当たる直前に⋮カザルの姿が掻き消えた。
﹁いや、惜しい。残念だったな⋮俗物﹂
カザルも更にスピードを上げ、リガインの背後を取っていた。
獣将モードのカザルも驚くスピードである。
超反応に超回復、超スピード⋮まぁこんなもんか。しかし⋮これだ
けじゃあな。
と、トドメを刺そうとしたカザルが一瞬油断をした。
本能的なレベルでこれまでの経験則により、相手が油断したことが
わかったリガインは薄く嗤うと自らの歯を砕き、背後のカザルへと
口から高速で吐き出した。
それはほんの少しの抵抗だったが、カザルの戦闘衣へと当たった。
傷も何も付けられないが、この戦いを通して初めての口撃に満足し
た表情を浮かべていた。
テストの最後の最後まで驚かせてくれた。
最後まで諦めない抵抗は大いにカザルを喜ばせ、気に入りさせた。
661
既に倒れたリガインの両腕は腐り落ちてはいたが、毒炎の影響は無
いように応急処置と最低限の生命維持のため回復を行っていた。
禍々しく光る極小サイズの蟲を慎重に試験管のような瓶から取り出
した。
これは記憶喪失と服従を課す強力な呪いの魔法生体アイテム︻傀儡
蟲︼
難易度の高い迷宮から稀に見つかるだけで希少価値が非常に高い。
オリジナル
このアイテムを真似をして傀儡系の魔法や劣化品が作られ、現在に
至る。
しかし、この傀儡蟲を超えるアイテムは作られていない。
古代の人間達はこのような物をなぜ生み出したのか⋮やはり俗物と
いうことなんだろう。
他に仲間の獣将が使用して、味方についた人物もいる。
その際、このアイテムを使用した例を見ると、記憶喪失といっても
言葉が話せなくなったり、赤ちゃんのように戻る訳ではなかった。
人格も話す分にも影響はないし、裏切る心配もない。
極小サイズのために証拠も残らず、便利すぎるアイテムだがそれ故、
市場に出れば国一つは買えると言われる逸話を持つ魔法と生体とを
融合させたユニーク級のアイテムである。
662
獣将クラスの人間には1つだけ支給されていた。
使えると判断した時にソウマを勧誘にて仲間にならないなら、強制
的に使えと言われていたが⋮。
実はカザルも獣将となる前の記憶がない。もしかしたら、俺もこの
傀儡蟲の被験者なのかもしれない。
などと色々と考え、結果的に仲間に見つかったら面倒そうなので内
緒で使ってしまえと思った。
気を失っているリガインの腕はない。そこから魔法の生体アイテム
である極小サイズの傀儡蟲を寄生させた。
この蟲はまず相手の記憶を奪うために、体内で巣を作る。
そこから脳に不必要な記憶を破壊する魔法を血管に流し送み、徐々
に人格を破壊していく。
いずれリガインという元の人格を破壊し、もう少ししたら新たに疑
似人格を形成させることになるだろう。
カザル
目覚めたら色々と面倒を見なければな⋮。
以外と世話好きな自分を発見した。
この事により、また違う運命へと歩き出した2人。
これより後に両者は思わぬ形で邂逅を果たすが、現在は関係のない
話である。
663
カザルVSリガイン︵後書き︶
お陰様にて、次でようやく50話になります。
いつも読んで頂く皆様に本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
664
アデルの町への帰還︵前書き︶
ようやく50話目に突入出来ました。皆さまに読んで頂け、少しで
も楽しんで頂けているのであれば幸いです。
ありがとうございます。これを励みにまた頑張りたいと思います!
665
アデルの町への帰還
町へと無事に帰還したレガリア達は、緊迫した表情の門番に呼び止
められた。
マックスが先に帰還し、事情を説明していたようで、申し訳なさそ
うに冒険者ギルドに向かうよう伝えられた。
休む間も無く直ぐに冒険者ギルドへと直行した。
そこでは既にマックスがアシュレイを相手に会談を行っていた。
彼の姿も身体の各所に出血した切傷を処置した後や、装備に細かな
傷が目立っている。
﹁皆、無事だったか!?﹂
気付いたマックスが安堵と喜びの声をあげる。が、直ぐにソウマが
いない事に気付いた。
アシュレイも交えてお互いの情報交換を始めた。
マックスは帰還途中に待ち伏せによる武装集団の襲撃にあったそう
だ。
有無を言わさず攻撃を加えてくる武装集団の物々しい雰囲気に、女
魔術師も連中が助けに来たわけではなく、最初からこの依頼を受け
た者達を口封じのために殺すために準備されていたのだと理解した
ようだ。
666
庇いながらの不利な戦闘だったが、相手側の武装集団には魔法使い
がいなかった。
高い戦闘能力を誇るマックスが逃げに徹した結果、無傷では無いが
何とか撃退しながら先程アデルの町へと到着したそうなのだ。
傷だらけの2人が駆け寄ってきたことを怪しみ、警戒する門番に事
情を説明し伝令を頼む。
身分を証明すると、身を硬くするが直ぐに上司へと取り次ぐ門番。
町の中へと入り、詰所まで護衛される。取り敢えず衛兵に妻へ伝言
を頼み、マックスは冒険ギルドのマスターであるアシュレイに緊急
の面談を申し込んだ。
面談時間までにギルド職員に簡単な傷の手当をしてもらい、返り血
などを拭き取り身なりを整えた。
合流した面々はアシュレイに、迷宮洞窟で起こった出来事に対して
詳細な事情を説明する。
その際に証拠として、捕虜とした女魔術師の自供と、討伐した竜鳥
の素材の一部を貸し出した。
これが本当ならば政治的観点や安全面から非常に重要度の高い問題
である。
事態を重く見たギルドが、緊急措置として調査隊を編成し、ソウマ
の探索と共に迷宮洞窟へと派遣させることになった。
667
出発した調査隊が情報を持って帰ってくるにはまだ日にちが必要だ。
全員診察を受け、その日は解散してゆっくりと休む事になった。
慎重にサザン火山方面へと歩き出した調査隊。
途中、激しい戦闘が行われた跡が見える。
マックスの報告にあった撃退した武装集団のことだと思われた。
しかし報告にあった撃退した賊の死体や、持ち物などは何も残って
はいない。
気を引き締めた一行は警戒しながら迷宮洞窟へと到着する。
アデルの町の中位クラス︵推定B級︶冒険者達と研究者、学者たち
が早速迷宮内に入る。
既に入口から異臭と緑黒のガス状の霧が充満していることに気付く。
少し離れた所には複数の倒れている魔物がいた。
臭いを嗅ぎ、具合の悪くなった隊員もいて、この悪臭は毒を含む火
山ガスである危険性を認めた。
すぐに下山し平原の近くに陣地を貼り、足の速い冒険者を選び3名
程を報告の為に即座に町へ帰還させた。
持ち帰った情報を冒険者ギルドへと伝えた彼等は、少しの休憩のあ
と陣地で待つ仲間達の元へと帰っていった。
668
アシュレイは要人を集め、商業ギルドの面々や、貴族であり領主で
あるアデル卿とその側近がギルドへと集まった時点にて、情報を公
開した。
これまでの経緯とソウマ達の情報を元に何時間も会議をする。
長い激論が交わされた後、暫く収まるまで迷宮洞窟内に立ち入り禁
止の判断を下した。
サザン火山迷宮洞窟に充満していたガスは、実はカザルの毒炎がカ
モフラージュの為にその日一日発生させたものであった。
調査隊が火山系の毒ガスと勘違いしたのも無理のない話だった。
迷宮洞窟への立ち入り禁止。
この決定に異をとなえたのは、マックスを始めとしたあの戦いに身
を置いた者達だ。
仲間の一人であるソウマが行方不明なのである。
特に報告にある火山の毒ガスが本当だったならば、一刻も早く救出
せねば命が危ない。
せめて自分達だけでも行くと宣言したのだが、冒険者ギルドのギル
ド長アシュレイより自重を求められる。
先の貴族達による暗殺計画の立証と、女魔術師の身の安全を保障す
る代わりに自供を促している。
集まった情報から犯人を炙り出している最中なのだ。
669
また、一部の貴族からはソウマが消えたとの報告に対して、臆病風
に吹かれ逃げ出したと吹聴する者達や、そもそも竜鳥の存在すら信
じられていないと報告にあった。
借り受けた証拠である素材や立証を含めて、この状況下で限りなく
黒と近い状況証拠があろうと迂闊な行動が出来ないことが、身に染
みて分かっている。
アシュレイ達は自分達に任せて欲しいと強く主張し、再度お願いと
共に自重を求められた。
今は兎に角、歯噛みしながらも耐えるしか無かった。
そんな中、修羅鬼形態のレガリアはソウマの存命を強く信じていた。
未だ念話での返信や反応は無いのが⋮御主人様なら生きていると何
故だか信じられた。
訝しがるメンバーを強く説得し、自身もソウマが帰ってきても良い
ように鍛治と、当座の魔力補給の為に魔物討伐に勤しむことにした。
そして竜鳥の素材で必要のないと思われるモノだが、見る人から見
たら貴重な魔法素材としての価値が高く⋮エステルが金に糸目をつ
けずに全て買い取ってくれた。
保存魔法がかけられた臓器や複数枚の欠けた鱗等をうっとりと見つ
め、これで新しく魔法研究が⋮杖が⋮ど虚ろな眼で嬉しそうに笑っ
ていた。
670
リジェネ
オート
ソウマに貰った竜の牙も、彼女なりにアレンジするようで、毎時間
微量回復の稀有なスキルをもつ活力の指輪などは、彼女の原案を元
にお抱え研究チームが完成させたオリジナルである。
夫であるマックスはその様子に苦笑しているが、嬉しそうな妻の表
情を見て、どんな宝石や貴金属よりも喜んでいるなと、感心してい
た。
マッエ
クステル
彼等は明日、女魔術師を除く今回捕縛出来た襲撃してきた賊を馬車
にて護送しながら、王都に向けて出発する。
拷問などで情報を王都で引き出した後は貴族に刃を向けた不敬罪の
他、虚偽罪とで死罪になるそうだ。
その中でブランドー家の家臣バーナルは別の扱いとなる。
この数日の間、牢にてこの貴族である私に不敬な態度は死に値する
⋮や、下民を殺して何が悪いのだと色々と暴言も酷く、毎日聞こえ
てくる呪詛に看守や衛兵も辟易としていたそうだ。
彼の処遇に対してはエステルが実家に文を出した所、実家からはバ
ーナルなる者は知らないとの返答の文を持ったブランドー家の家臣
が馬車で慌てて駆けつけてきた。
バーナルに面会するも、再度ブランドー家の家臣団ではなく別人だ
と本人に言い放った。
バーナルについて領民からも陳情が多く、ブランドー家では一部の
家臣以外には厄介がられていた。
どうやらブランドー伯爵の領内においても同様の事件を起こしたよ
671
うで、どうか問題を起こしてくれるなとキツく言われ、反省の面も
含めてエステルを説得しにやってきたそうだ。
しかし、手元を離れた途端に悪い癖が姿を現して騒ぎを起こし、ブ
ランドー家では過去の献身があろうがもう面倒は見切れない⋮と、
遂に切り捨てられる事になった。
後ろ盾の失ったバーナルは紙切れのように白くなって喚いていた。
しかも今回以外にも数々の所業が発覚し、バーナルは死刑以上の刑
が執行される予定で、楽に死ねると思うなと一言エステルからも告
げられていた。
更に喚くバーナルを特別に頑丈な檻へと移送し、家臣が先にブラン
ドー家へと連行していくことになった。
﹁奴をやっと裁くことが出来た。最後まで自分のためだけに好き勝
手してきた奴の末路だったな﹂
マックスが因縁を込めて呟いた。
また騒ぎを起こした尻拭いも出来ぬ実家にも心底嫌気が増したエス
テルは、当初の予定通りに帰った後は祖父の元へと出向き、実家と
正式に縁を切る予定だという。
家臣達の殆どは現当主や次期当主よりも、聡明で実績のあるエステ
ルを領主に⋮と推す声も多数あるのだが、本人は全くやる気がない
様子だ。
﹁これまで魔法研究やアイテム開発の特許もあるし、援助がなくと
も金には困らないからな。今迄通りの生活なんぞどうとでもなる﹂
672
なんとも豪快で男前な一言に
﹁それにいくら身内だろうが貴様のような世界一の男の良さが分か
らず、
排除しようとする者なぞいらんさ﹂
と、続けてニコッと笑った。
夫婦は離れていた時間を取り戻すかのように、仲良く部屋へと戻っ
ていった。
673
ソウマのいない日常 1 赤熱鋼と資格者
眠る必要がなく昨夜から鍛治場でずっと作業を行っていたレガリア
は、陽の光が窓から差し込む朝日を浴びて今が朝だと気がついた。
手を休め、ふと作業場の隅に立て掛けてある大盾を眺めた。
昨日別れた時に修理の為に、ダンテから中央に穴が空いた大盾を預
かった。
しかし、ジュゼットから赤熱鋼の元となる赤熱石が鍛治場にはスト
ックがないことを伝えられていた。
先立ってグリッサ用の装備を揃えるために殆ど消費しており、残っ
た数少ない赤熱石では鋼まで鍛え上げる絶対数が足りなかった。
現在、迷宮洞窟へは立ち入り禁止となったため、発掘による赤熱石
が入手出来ない。
防具屋と武器屋に声をかけてみるも、申し訳ないが売り渡すほど在
庫はないと答えられた。
悩んだ挙句にその足で冒険者ギルドに向かい、馴染みとなった職員
に相談していると、ギルドにはかなりの数の赤熱石を貯蔵してある
ことが分かった。
いち職員ではギルドの所有物であるモノをどうにか出来る事は不可
能である。
全権限を持つギルドマスターであるアシュレイまで取り次ぎを行い、
対応してくれた。
幸いギルドで貯蔵していた赤熱石を格安で譲って貰えることになっ
た。
674
アシュレイは無料で渡すつもりだったらしいのだが、流石に辞退し
たのだ。
迷宮での獲得した必要のないレア級の武具と素材はギルドにて売り
払う事で相当な金額になったし、襲ってきた賊の中には賞金首も多
くいた。
その中でもトップクラスの賞金首であったリガインの賞金もある。
全員に分配金を配る。普通に庶民が過ごせば10年は遊んで暮らせ
るほどの額だ。
ちなみにレオン達はリガインの賞金だけを受け取り、全員にお礼を
伝えて既に旅立っていった。
レオンはソウマが生きていると信じており、今逢えずに旅立つこと
が残念そうにしていた。
そして、また会おうと伝言を頼まれた。
レガリアはソウマの分の配当金を預かっており、レガリアの分配金
として貰ったお金は、お世話になっているジュゼットに全額を渡し
て貰ってもらっていた。
全く受け取らないつもりのジュゼットであったが、レガリアに感謝
とお礼を込めた対応をされ⋮最終的には納得してくれ、受け取りを
了承した。
ジュゼットにはそれでなくとも装備の管理や開発、鍛治技術の指導
⋮とても金額だけの問題では無いが、返せる恩は全て返したかった
レガリアだった。
675
鍛治場へと戻ったレガリアはアイテムボックスに大量の赤熱石を取
り出す。
ジュゼットは未知の金属である赤熱鋼に対して、非常に興味を示し
ていた。
赤熱鋼を作る事は複雑な過程が必要となる。
門外不出ではないが、お世話になっているジュゼットならば教えて
も大丈夫だと判断したからだ。
その事により、大太刀と大盾の補修を手伝ってくれる事になった。
じっくり記憶を紐解きながら作業に入る。
まず大型炉に赤熱石を入れ、充分に熱する。
融解が始まり、溶け出した赤熱石が溶岩の様な光沢を帯びて混ざり
合う。
そこから複雑な過程を繰り返す。
ジュゼットは目を見張りながらも脳裏に記憶していった。
この金属に至るまでに1番大切な事は、赤熱石に秘められた炎の特
性を最大限に活かすことにある。
その為には、鍛治師が炎の存在に対する充分な理解と、それに合う
魔力を織り込む事が必要だ。
槌を振り上げ、盛大な轟音を立てながら高速のスピードで叩いてい
く。
叩く毎に、注意しながら赤熱鋼になる金属に丁寧に濃密な魔力を流
し込んでいった。
676
魔力も強く注ぎ込めすぎず、弱すぎず⋮絶妙な配合バランスを以て
丁寧に精製していく。
赤熱鋼へと至る出来上がりの具合はこの工程で決まるとレガリアは
感じていた。
その理由に、普段目に見えることのない精霊が関わってくると思わ
れる。
レガリアの絶妙にブレンドされた魔力は赤熱石を媒介して、内に宿
る炎の精霊へと注ぎ込まれた。
叩く毎に朱に煌めく火花が飛び散る。
この反応は精霊が喜んでいるとレガリアには何故か分かり、事実こ
の炎の精霊の喜びようにより良質な赤熱鋼へと変化していった。
絶妙な魔力配合は、一部の天性の才能を持つ者やその道を突き進ん
だ者だけが稀に感覚として身に付けられると言われる、極意のよう
なものに当たると思われた。
この工程で少しでも崩れれば、唯の弱い魔力を持った金属になって
しまう。
そもそも赤熱石自体はハイノーマル級。素材をレア級と呼ばれる金
属に昇華する為には、鍛治師は奇跡的な腕前を求められるのだ。
何時にもなく集中力を研ぎ澄ませたレガリアは叩いていく内に、赤
熱鋼となる金属に新たな力が宿るのを感じていた。
ジュゼットはその工程を眺めながら、溜息とともに感嘆していた。
677
従来の赤熱石の使い方は、単品だったら一度溶かしてドロドロにな
った状態で型にはめ込み、冷やした所で武具とする。
これでも鉄で出来た武具よりも重量も若干軽く、防御力も鋼鉄迄は
いかないが比較とした鉄並だ。
この町で働く多くの冒険者達は愛用している品である。
それかジュゼットのように他のランクの高い金属と合わせて合金と
して、熱の特性を活かして併用するかである。
そんなモノとは比べ物にならない程、赤熱鋼の内に秘める炎の魔力
の煌めきを眺めながら、ふと鍛治を始めた記憶が蘇り、初心を思い
出していた。
レガリアも赤熱鋼を鍛えながら、元となった修羅鬼の記憶を脳内か
ら読み取っていった。
残滓などではなく鮮明な記憶を読み取るなどは、本来ならば高等な
スキルや魔法が必要である。
ただ擬態するだけではなく、全ての肉体と魂魄結晶などと限りなく
本体に近くなる事によって限定的ではあるが、生前の記憶の読み取
りが可能となっていた。
普通の擬態スキルではこんな事は不可能である。希少種であるレガ
リアにしか現在許されていないのだが、本人はその事に気付いても
いなかった。
678
百夜
ももよ
何十年間も戦いに勝ち続け、経験値が想定外以上に貯まったBOS
ハイフレイムオーガ
S個体である上位炎鬼が特殊個体に進化して、初めて修羅鬼
となった。
その際に大きな力を身に宿すが、自身の持っていた大鉈ではもはや
己の力を充分に発揮出来ない⋮と不満も感じ、物足りなくなってい
た。
ある日、迷宮洞窟にて冒険者達を倒した戦利品の中に、鍛治の道具
と2冊の本があった。
鍛治の本︵初∼中級︶と、東の島国での歴史本であった。それは冒
険者の中に戦闘鍛治師と東の島国からきた旅人がいた為である。
本を読んでいくうちに興味を覚え、自作の装備品を作るために鍛治
を学ぼうと思った。
その際に思うこともあり、愛用の装備品である鬼の大鉈を成長の著
しい配下の炎鬼衆の1人へと譲渡した。
そして影柱と呼ばれている個体を親衛隊として暫く冒険者達の相手
を任せた。
修羅鬼自身はその間、鍛治に関する修行の時間へと当てていた。
ももよ
進化した事により人間形態に近付いた修羅鬼は、高い身体能力を活
かして迷宮洞窟を抜け、秘密裏に近隣の小さな村を探して、字を習
う為に出掛けていた。
679
ようやく見つけた村にその人物はいた。小さな村にも徴税や管理の
為に、1人くらい必ず字の読み書きが出来る者がいる。
村人にとって見たことの無い鬼は警戒心を非常に煽られた。
強大な力を持つと思われた鬼は亜人種と名乗り、村や人に対して恫
喝や狼藉、暴力を働く事は無く、文字を教えて欲しいとそれなりの
金品と共に頼み込んできた。
最初は警戒心が高かった村人も、様子を見ながらと言う条件のもと、
滞在の許しを得たのだ。
その人物に金品を渡して文字を教えて貰う。
金は腐るほどあったし、何より初めての経験に楽しみを覚えていた。
特にトラブルもなく、学習の日数もそれぼど掛からずに人間種の文
字を解読出来るほどになった。
その時点で文字の学習は終わり、村で簡単な鍛治の作業道具を買い
足して帰る事に決めた。
村の道具屋は気味悪がり、修羅鬼に物は売ってくれなかったが、行
商に来ていた髪の長く恰幅の良い商人は物怖じもせずに馬車のモノ
を見せてくれ、欲しいものを売ってくれた。
ついでに鍛治に興味がある事を示すと、馬車の奥から1本の珍しい
形状の小型の武器を取り出してきた。
これはとある島国の武器だと言う。
ブロードソード
それは小太刀であった。
この地域の主流である幅広剣と比べたら脆そうに見えるが、斬れ味
は抜群と太鼓判を押された。
行商人も懐から1本取り出して、これは綺麗な植物の印が彫られて
ある。守刀と呼ばれるモノだと教えてくれた。
680
店で初めて買ってくれたお客さんだからと、お近付きにと小太刀を
1本オマケしてくれたのだ。
ももよ
修羅鬼が人間とは様々で面白いと始めて思った瞬間だった。多めの
金品と礼を言って、村から立ち去った。
その後、鍛治の本を読んで知識を深めた。
更に読み進んでいく内に、片方の歴史の本にも興味を持った。
行商人から貰った武器と形状が似ている。特にそこに記されてあっ
た太刀や刀の斬れ味に羨ましいと興味を抱いたのだ。
この武器と本を参考に早速武具を作りたくなった修羅鬼は、素材や
材料として洞窟内の鉄鉱石や赤熱石を集めさせた。
最初は鍛治の真似事だったが、共感を覚えた一部の手先な器用な炎
鬼と共に鍛治の練習し始めた。
最初に出来た武具はお世辞にも上手ではなく、不恰好なモノだった。
修羅鬼とて最初から上手く出来た訳ではない。
何千、何万と繰り返して行くうちに、作品に対する感覚と熟練した
技術を独学で身に付けていった。
しかし、持っていた鍛治本では鍛治の技術も遂に行き詰まる。
良く出来た作品もハイノーマル級と思わしきモノが精々だと感じら
れた。
その頃、出来上がった武具の作品は全て配下に回され、従来の炎鬼
族の装備の質を上げていった。
質の良い装備を使いこなし、経験値を稼いでいく。
その内彼らから益々強い個体が産まれたのは副産物である。
681
それでも諦めず⋮誰の教えもなく何十年間もの時をかけた試行錯誤
の末に、新たな金属を産み出した。
魔力を纏わせた手に、普段とは違う違和感を突き止め、遂に赤熱鋼
となる手前の金属を作成する。
この発見はふんだんに赤熱石を使用でき、炎に愛された種族だから
こそ発見出来たのだと思われる。
この素材の発見し、更に研究と試行錯誤が始まった。
夢中になり、貪欲に槌を振るう毎日が楽しかった。
これは戦い以外で初めての感覚であり、純粋に戦闘に絡むモノだっ
たのかも知れないが。
ある時鉄鉱石を鍛えていた時に振るう槌から、スキルの影響と思わ
しき輝きが時折起こるようになった。
当時修羅鬼にはわからなかったが、後天的にサブ職業として鍛治士
を取得していた為、その鍛治レベルが最大値になったことで発現し
たスキルが原因である。
無意識の内に作成した武具にはレア級の装備と思わしき手応えを感
じるモノが混ざるようになる。
特に上手くできたと感じたモノは鬼印を会得した炎鬼衆の面々に、
頑張りによる褒美として渡すようになったのだ。
この最終的に赤熱鋼と名付けた金属は、炎の潜在能力を持つ炎鬼に
とっては大変相性が良く、その素材で作った装備を使い熟す事によ
ってサザン火山最強の鬼戦士たちが育っていった。
682
ふと記憶から意識が現在へと戻る。
無意識でも身体に染み付いた癖のように、赤熱鋼をしっかりと叩き
続けていたようだ。
1つのインゴットにまで仕上げる為には、当時の修羅鬼でさえ丸2
日かかるほど過酷な精錬だった。
オーラ
この過程を新たな職業を得て闘鬼術を用いた緻密な操作と、全体的
にパワーアップしたレガリアでは、休む暇もなく鍛え続けることで
半日で作成することが可能になっていた。
朝早くから何時間打ち続け、鍛え続けてきただろうか⋮当然に赤熱
鋼が最大に喜んだイメージが脳裏に浮かび、過去の修羅鬼が完成さ
せた時のイメージと一致した。
充分に色付いた炎のような鮮やかな赤色の赤熱鋼を手渡す。
その内包された力は確かに強大な炎の魔力を帯びたレア級に相応し
い金属に仕上がっていた。
満足な仕上がりに微笑むレガリアは出来たインゴットを、穴の空い
た大盾に修理する事にした。
流石に限られた優秀な鍛治師であるジュゼットは、初めて扱う赤熱
683
鋼の特性を理解して既に大盾に反映させていった。
新しい素材に対して嬉々として取り組むジュゼットを見ながら、大
盾の修理と補修を一緒に相談しながら取り組む。
修繕していく過程は名匠であるジュゼットの方が早く丁寧である。
レガリアは的確なアドバイスを受けながら、鍛治における先達の技
術をどんどん吸収していった。
ちなみにレガリア本人は気付いていなかったが、実は打ち終えたば
かりのこの赤熱鋼は元の大盾に使われていた赤熱鋼よりも更に純度
が高く、質も格段に良かった。
中央に穴が空いた部分は新たな赤熱鋼により強化され、︻忍耐︼ス
キルまでもが上がっていた。
修理していくうちに片手でもこの大盾を持てるダンテの力量ならば、
改良を加えても大丈夫だろうと2人で判断し、大盾をこの際大幅に
マイナーチェンジしてみようと考えた。
2人でアイディアを出し合い、勝手に改良を加える。
ソウマの試作型鎧で削って残ったハイメタル鋼の屑を掻き集め、一
度炉に戻して多少劣化はしているがハイメタル鋼のインゴットが出
来た。
使い勝手など細かな構造を改良し大盾の縁取りなどにも追加した。
それにより大盾の色合いも鮮やかで一回り大きな出来具合になって
いた。
守備力を重視しつつ、軽量化に努めた造りとなったが、もはやこの
重さでは常人では持てないだろう。
684
ある程度補修が終わると、細かな調整が残る。ジュゼットが大盾の
点検なども始めた為、そのままお願いしたレガリアは、自身の大太
刀について考えていた。
︻蒼炎︼スキルの影響と︻炎熱付与︵極︶︼のスキルの酷使に限界
温度に耐えきれず、表面が僅かに融解してしまった愛刀。
炎に特化した性質だったため、僅かですんだが⋮この状態でも普通
の魔物や相手なら、愛刀を傷めずに斬れないことは無い。
しかし、硬い敵やあの竜鳥のような強敵に出会えば⋮必ず愛刀に無
理がかかるだろう。
︵とは言いつつ、折れるなんて流石にないだろうけど︶
他でもない純度100%を誇る奇跡の大太刀は、並みのレア級武具
とは違い耐久性も桁違いである。
ソウマが鬼の大鉈が何本か駄目になってしまったのに対し、大太刀
はスキルを併用しながらとはいえ竜鳥を切断して見せたのだから。
しかしこの先、無理をして使えば痛み具合が更に進行して、最悪折
れてしまう危険性が常に考えられた。
新たな武器の作成。
685
仮にそうして赤熱鋼で新たに大太刀を打ってみるのも面白いが、純
度100%を誇る愛刀に勝る武器にはならないと思うと⋮それは不
義理のような感じがして、自身で精錬するのも何だか躊躇われた。
それに今は大事な御主人様であるソウマの流星刀レプリカの改良に
取り掛かっている最中だ。
自身の武器に関わる暇などない。
もやもやと考えながら、じっと眺めていた愛刀をアイテムボックス
に戻す。
此れを機会に大太刀以外の太刀や、折角なので弓補正があるので弓
を装備してみようと思う。
弓は兎も角、この地方の主力の武器は、一般的に西洋剣と呼ばれる
幅広の長剣などが挙げられる。
流石に鍛治長を務めるジュゼットや武器屋は太刀の存在を知ってい
たが、店にはこの地方では使う者がいなかった為、扱ってはいなか
った。
考え込んでいると、鍛治場にグリッサが店に入ってきた。
﹁おーい、ジュゼットいるかしら?﹂
﹁ん、なんじゃグリッサか。もう少し待ってくれ﹂
中央の穴を大盾の表面を研磨と調整しながら答える。
﹁あら、確か貴女は⋮ソウマのとこの美人な子ね﹂
ニッコリしながら此方に気付き、笑顔で近づいてくる。
確か彼女は御主人様に新たな剣の戦技を教授した教官で⋮グリッサ
686
と言う個体だったはず。
会釈を交わし、接近戦のエキスパートである彼女にも相談してみた。
﹁ふぅん?なら、道場へいらっしゃいよ。こう言う時は悩むよりも
実際に動きながら考えた方が良いわよ?ついでに貴女の戦技も見て
上げるわ﹂
レガリアはジュゼットの方を向いた。
レガリア
彼は始めた仕事はキッチリと目処がつくまで仕上げるタイプである。
最終点検が終われば合流すると言うので、修羅鬼を連れてグリッサ
は道場へと向かった。
道場には彼女達の他に、何人かの冒険者達がパーティを組んで連携
の練度を上げるための訓練を行っていた。
美しい女性2人で何が始まるのか⋮興味の篭った視線をぶつける彼
等の存在を全く気にせず、まずは刃を潰した模擬剣を用いて軽く打
ち合う。
何合かの打ち合うと、お互い少し距離をとった。
﹁準備運動は大丈夫ね。じゃあ、もう少し本気でやってみましょう
687
か﹂
オーラ
グリッサからの提案を受け、頷くと新たに発言した闘鬼術を全身に
纏わせた。
レガリアから圧迫感が増す。
表情が若干硬くなったグリッサは、己の持つ盾に力を入れた。
プラーナ
︵あらら⋮まさか。ちょっと気とは違うけれど、この子はもう全身
に纏わす事が出来るのね。
ついこの間見た時よりも確実に強くなってる︶
グリッサも自身と装備に気を流した。気の流れはレガリアよりも流
麗で滑らかな印象を受ける。
しかも、闘気術が主体のグリッサは装備品に気を流す操気術は苦手
の筈なのだが難なくこなしている。
ももよ
その事が闘気を通じて分かったレガリアは、彼女の事を強敵だと認
識を改めた。
強い敵と戦い自らを高める事が、この身体の持ち主だった修羅鬼の
使命だった。
この修羅鬼の闘争本能が更に高まって心地よく感じている。
先に動いたのはレガリアである。
闘鬼術で強化された足腰からは、疾風の如く脚力を得ていた。あっ
という間に距離を詰める。
眼前に迫ったレガリアに対してグリッサは慌てず、寧ろ冷静に落ち
着いた動作で盾を構えた。
688
模擬刀と盾が激しくぶつかる音が響いていく。
2人とも周囲の存在を忘れて集中している。
まるで申し合わせたかのように武器と武器、また盾とが鳴り響く金
属通しの悲鳴に似た打撃音。
聞いている者の心に恐怖を植え付ける。
訓練としては当たり前の光景なのだが、両者無駄の無い動きは舞の
ように美しい。
観戦していた冒険者達には最初怯えが混じっていたが、次第にまる
で教科書のお手本のように思えていた。
そして何人かは自分達の訓練も忘れて見惚れていた。
アイアンアーマー
その為、自分達以外に見ていた少数の者達がいたことに気付くこと
は無かった。
その人物達は立派な鋼鉄鎧を着込む騎士のような出で立ちだった。
1人のリーダー格の男が進み出て、手に持った水晶内を覗き込む。
水晶は淡く緑色に輝いている。
目当ての輝きを確認し、仲間内で呟く。
﹁ここにも資格者が⋮ようやく見付けた⋮あのお方に報告せよ﹂
その集団はレガリアとグリッサの方を一瞥すると、足早に去ってい
689
った。
道場では2人の攻防は続いている。
先程からレガリアの攻撃が通らない。
オーラ
何度やっても巧みに盾を使って剣撃を上手くいなされると、全身に
も巡らせた闘鬼術を更に局所にも重ね掛けする。
更なる術の酷使に身体にかかる負担が倍加する。息苦しいがある程
度無茶な動作にも対応できる程、今の修羅鬼の身体は強靭だ。
より高まった身体能力を活かして、今度は死角を攻める方向に転じ
た。
グリッサ自身は幾多の経験より死角よりの攻撃に慣れていた。
背中に目があるかのように、迫り来る模擬刀を間髪入れずに盾で完
璧に防御する。
逆に攻撃のパターンを把握してくると合間の隙に反撃を加える。
一進一退と、今迄にない程の防御力を誇る相手に本当に底が読めな
い。
剣術に関して思いっきり、心置きなくぶつかれる相手がいるので、
爛々と闘志が湧いてくる。
690
グリッサにとってレガリアの攻撃は、とても危険だが素直に見えて
いた。
目線や微妙な筋肉の動きを読む事で、死角からの剣筋を予測し、対
応する。
常人では軽く吹き飛ばされそうな攻撃がポンポンとくるため、盾で
受け止める際は上手く相手の力を逸らして、インパクトの軸をずら
して軽減している。
戦技も使わず、技術を持って防御をしっかりと行えているのは、グ
ベース
リッサが度重なる死闘を乗り越えてきた場数。あの戦争を生き抜く
程の対人戦闘を基本に、今日まで鍛え続けてきたからだ。
訓練だけ見れば余裕そうに見えるグリッサだったが、徐々にグリッ
サは消耗させられてた。
先の記述に上げた対応策を踏まえても、蓄積されたダメージが腕を
痺れさせる。一撃一撃を弾くのに苦労していた。
レガリアが途中から死角からの攻撃を交えてきた時は、咄嗟の判断
691
で身体は無意識に反応したものの、確実に緊張感を掻き立て精神を
削られながら対応していた。
︵この子、以前と姿も少し変わったけど本当に強いわ。
使える戦技は確か⋮鍛治の戦技と合わせて2つだったわ⋮ね。
ソウマくんの従者?いえ⋮魔物だったかしら?
とんでもない子達よね︶
内心苦笑しながら、この戦いが終わる迄にレガリアの戦技を調べて
見る事にした。
オーラ
次第に打ち合う剣戟音が少し変わってきた。闘気と闘鬼で補強され
たお互いの模擬剣と模擬刀が耐えきれずにヒビが入り始める。
両者の武器が遂に限界を超えて、大きな破砕音をたてながら砕けた。
﹁はい、お疲れ様。ちょっと一息入れましょう﹂
薄っすら汗をかきながらグリッサが提案してきた。
少し物足りなさを感じていたレガリアだが、その言葉に逆らわず頷
く。
﹁レガリアちゃんは剣筋も素直だけれども凄いわね。久しぶりに防
戦一方だったわ﹂
﹁いえ、御主人様に比べたら私などまだまだです﹂
692
﹁そう、ソウマくんと比べたらかぁ⋮目標は高いわね。
心配してると思うけど彼なら大丈夫、直ぐ見つかるわよ﹂
口調は軽いが、グリッサの気遣いに心が温かくなった。
ブレードマスター
そこから戦技についての話になる。
グリッサの見立てでは、太刀使いの主体の太刀技であるということ。
ただ、戦技にしても習熟度が足りていなかった。
それはレガリア自体が戦技を授かっていることを知らなかった為で
あるが。
此れからレガリアは昼は鍛治の勉強、夜はソウマからの魔力補給が
無いこともあり、魔力補給も兼ねて魔物討伐と食事を兼ねることに
なる。
本体が魔法生物である彼女には睡眠など必要としない。
普通の冒険者からしたらハードではあるが、レガリアには何の問題
も無かった。
そうすると今度は武器の問題となった。
太刀などの刀剣に関しては、流石にこの町では扱っていない。
模擬刀はあるが、先程を見る限り耐久性に問題がある。
どうしようかとレガリアが悩んでいると、グリッサが検討がついて
いたのか、一振りの木刀を放ってきた。
白の木刀など珍しい。
輝く光沢が美しく、手に持ち振ってみると以外に重たい。
693
﹁レガリアちゃんは何に悩んでいるか分かりやすいわね。
確かにこの町じゃ太刀なんて扱ってないわ。
それに模擬刀だったらレガリアちゃんの力に耐えられない。
私も本物の太刀は持ってないけど、その木刀ならあげられるわよ?
しかも、その木刀は師範が作った特別製よ﹂
オーラ
少し力を木刀に込めてみたが、ビクともしない。
オーラ
試しに闘鬼を加えてみると、驚くほど手に吸い付き、滑らかに木刀
に闘鬼が流れた。
目を丸くしていると、グリッサがニコニコな表情を見せて説明して
くれる。
﹁あらら∼表情がコロコロ変わって可愛いわね、レガリアちゃんは。
その木刀に使われている木材は師範の故郷にしか植えられていない
木材を使用していてね。
特別な霊水を用いて苗の状態から育てた霊樹。
その地域では何年かに一本を間引くのよ。
数少ない霊樹から削り出して作った木刀は、何故か闘気を通しやす
い性質を持っているのよ﹂
アストラルリンク
現在、精魂接続がソウマを通して使えず、鑑定眼などの補助スキル
を持たないレガリアには説明文などは見えないが、この木刀が特別
ハイノーマル級
なものだとは分かる。
白木刀
694
島国の中でも1年が冬場という厳しい環境でしか育たない珍しい霊
樹から作り出された霊木刀。
霊樹の特性として闘気に敏感に反応する。
作り手により魔を払う力を持ったため、邪悪な者には害をもたらす
性質を併せ持つ。
オーラ
闘鬼に特化している霊木刀にすっかり気に入ってしまったレガリア
は、身体に馴染ませるためにグリッサから教えて貰った何度か型を
試しに振ってみた。
一頻り動いたあと、グリッサに確認のため再度訊ね返した。
﹁⋮こんな特別なモノ、頂いても宜しいんですか?﹂
﹁いいのよ∼あっても誰も使わないし、作った師範も見込みがあり
そうな人材にくれてやれって言ってたしね。あの人の故郷ではこの
木刀を使って闘気術や操気術を練習するそうよ。
レガリアちゃんならそこらの魔物にも負けないだろうし、しっかり
太刀の訓練頑張ってね﹂
グリッサが手をヒラヒラと振りながら、説明する。
その間にジュゼットが大盾の最終整備を終わらせて、合流していた。
﹁レガリア、盾は出来上がったからダンテくんと合流するなら鍛治
場から持って行って良いぞ﹂
695
そう伝えられたレガリアは再度お礼をグリッサに伝えあと、ジュゼ
ットに目礼して道場を後にした。
外に出ると転職神殿を目指して歩く。
今日は午後から買い物の後、彼等が受けたクエストを一緒に受ける
ことを約束していた為だ。
ダンテは新たな職業を獲得するために転職神殿へと向かい、コウラ
ンも付き添いで行っている。
ちなみにコウラン自身の転職は修羅鬼形態のレガリアのような特別
な職業となる為、王獣と呼ばれる加護をもたらした存在の立ち会い
のもとで行なわねばならず⋮自国レグラントで行う予定である。
両親の所在がわからないので冒険者ギルドにて代金を支払い、ある
程度の目星の場所への探索と伝言を複数のパーティに頼み行って貰
っている。
その為、今回アデルの町での転職はダンテ1人となっていた。
今頃新たな職業を獲得したであろうダンテに、アレンジを加え改良
した大盾を渡すことが楽しみなレガリアだった。
レガリアが立ち去ったあと、グリッサ達は道場の小部屋へと移った。
﹁さて、どうしんだグリッサ﹂
﹁ジュゼット、最近こんな噂話を聞いたことはないかしら?﹂
696
グリッサから伝えられた話では、最近このアデル近辺で立派な装備
や格好をした者達が大勢確認されていると言う。
どうやら帝国で争っている小国の王子らしいと噂話が立っていた。
ソウマの世界では火のないところに煙は立たないと言われる諺があ
る。
実際に彼等から食料の調達や道案内の為に声をかけられた者達もい
たと言う。
グリッサはこの情報を其れなりに信憑性が高い情報だと思っている。
現在、西方で帝国と小国との戦争がまだ続いていた。
各国より傭兵部隊として、冒険者達の募集などがギルドでも上がっ
ていた。
帝国はこの王国と比べ2倍以上の面積を誇り、帝国軍は近隣の中に
おいて精強の一言に尽きる。
また魔術師も数多く揃えており、各国の中では抜きん出て、鍛え上
げられた軍隊を所持している。
責められている側の国は獣人を主体とする小国である。国土も帝国
と比べ3分の1しかない。
しかし、圧倒的な不利な状況の中で王自らが前線に立ち、兵士を鼓
舞しながら帝国軍相手に地の利を活かして何とか持ち堪えている状
況だ。
しかし、いかんせん帝国の方が兵士の数も多く優勢なのは間違いな
い。
697
1週間ほど前に第3王子率いる少数の精鋭部隊が混戦の中、前線を
突破したと情報がアデルの町へと入る。
執拗な追撃をかける帝国軍と混戦になり、王子の安否は生死不明で
行方はようとして分かっていない。
もう討ち取られたと話す者や、親書を携え王都へと同盟を持ちかけ
ているのだなどと、様々な憶測や噂が飛び交っている。
今回の情報は下手をすれば、町全体が帝国と小国の争いごとに巻き
込まれる危険性があった。
それにこの町自体は帝国よりも小国とも友誼を結び、商業を通して
親しく付き合いをさせて貰っている。
貴族の中には帝国よりも小国と縁戚を持つ者も少なくない。
﹁どの道、厄介な事になりそうね⋮﹂
﹁むぅ⋮何も起こらねば良いが﹂
2人の懸念が心配事に発展しなければ良い⋮と思いつつ、嫌な予感
を感じていた。
698
ソウマのいない日常 2 ダンテの新たな大盾
グリッサとジュゼットと別れて転職神殿に向っていたレガリアは、
改良された大盾をアイテムボックスに収納する為に鍛治場へと一度
立ち寄った。
作業場の奥には見知った赤熱鋼の大盾より、一回り形が大きくなっ
ている。
以前より荘厳な雰囲気を纏う大盾が立て掛けられていた。
縁取りは鋼色のハイメタル鋼、更に濃淡のある新旧の赤熱鋼である
赤色のコントラストが美しい。
また、盾の裏側には鎧装備の背面に大盾を取り付けやすいように、
工夫がなされている。
盾の持ち手にはびっしりと魔術紋様︵重量軽減︶による術式が織り
込まれ、魔力を帯びて明滅していた。
魔術紋様とは遥か古代の魔道文明に発達した魔法技術の一つとされ
ている。
今の時代までに何らかの理由で失われてしまった古代魔法技術の1
つ。
魔術紋様はその専門の古代の魔法を解明し、
適した魔法素材に魔力媒介を元に主に物質に対する決められた効果
のあると思われる永続付与魔法の事である。
永続魔法には他に系統もある。
699
人類にとって奥が深く、興味が尽きない名目である。
魔術紋様の発見には、どうして迷宮が存在する⋮などやBOSSと
呼ばれる個体から宝箱が何故出現するのか?
当時では人の鍛治による魔力武器などは作れなかったので、何故レ
ア級の武器には魔力を永続的に込めて居られるのだろうか?
そこに疑問を抱き、興味を持つ者たちがいた。
最初は個人の少人数で始めた集まりであったが、時が経つにつれ規
模が大きくなる。その願いから結成当初から600年もの月日が経
った。
今も冒険者達を雇い入れて迷宮から持ち帰った情報を分析、解析解
明を進めてきた。
あらゆる人種、戦士や鍛治師、魔法使いが集まり、次第に独立都市
として他国に干渉を受けない研究機関として認識されるようになっ
た。
この者たちにより、副産物的に永続魔法系統における魔術紋様、他
には迷宮での管理化、魔物素材の有効マニュアルなどが作成された。
ここで開発、発見、改良された魔法技術は発表と共に有償で各国に
も恵みを齎すため、どの国もこの都市の有効性の存在を暗黙の了解
のもと認め、不干渉を貫いている。
その都市の設立により各国にも研究機関を作るが、ここまでの人材
や予算を回せず専門的な機関も作れない。
それよりも国を防衛する為の騎士団や、魔法研究所に力を入れてい
るからでもあるが。
700
王国では古来から比較的多く遺跡から出てきた発掘物を、発表され
た永続光と呼ばれる魔法技術を用いて、夜に消えない光を王城と王
都にもたらしていると言う。
5年に1度の頻度で独立都市にて鍛治師や魔法研究者を対象に魔術
紋様の試験が開催される。
この試験を受けるためには国家の厳格な審査を受け、極限られた者
しか受けれられない別格の厳しさが定められていた。。
習得したい魔術紋様によって難易度は様々で、魔術紋様の中でも初
歩だと思われる魔法から難しさは軍隊級までとあり、選べる用途は
様々だ。
ジュゼットはこの厳しい倍率の突破して国からの許可を得て、習得
における難易度の高い魔術紋様の試験を受けた。
試験を受けても合格者が出ない時もある中、ジュゼットだけがその
年の試験を突破した。
そして数あるなかの魔術紋様から︻重量軽減︼と︻錬成︼の2つを
選択した。
因みに、なぜ魔術紋様が2つしかし習得出来なかったのかは、以下
の通りである。
701
ジュゼットは国家鍛治師1級を得ており鍛治技術と魔法学、魔力に
も優れている優秀な人材だ。
しかし、彼であっても扱える魔術紋様の魔法技術は2つが限界⋮と、
独立都市にしかない検査機器で判定されていた為である。
この検査機器もオーバーテクノロジーとして研究機関から貸し出さ
れた機器である。
現在では研究が進み、オリジナルには負けるが、個人の魔力判定な
ど様々な分野に取り入れられている。
簡易版の機器も販売しており、ジュゼットも試験の合格した際に自
身の魔術紋様の施工に使う為に購入していた。
魔術紋様合格者は、国家奉仕の制約や技術漏洩を重ねるため逃亡禁
止など、他にも細かく制約が掛けられている。
その規定があり、国家には絶大な信頼を寄せられているジュゼット。
彼の作る武具には彼が認めれば付与しても良いと国家のお墨付きを
貰っていた。
ちなみに鍛治の最高峰と名高い蒼銀騎士団専門所属の鍛治師である
イルマ氏は、迷宮や遺跡から魔術紋様を含む永続魔法の情報を集め
て独自に最低10以上の永続付与魔法をその身に宿していると噂さ
れていた。
また、かの研究機関のお偉いの娘や実は人間では無い⋮なども噂に
事欠かない。
そんな噂が立つほど、優秀や天才を軽く通り越した傑出した人材で
ある。
鍛治を目指す者にとっては、現在における頂きの1人だと思える鍛
702
治師であった。
さて、ジュゼットが久しぶりに︻重量軽減︼の魔術紋様を使用しよ
うと考えたのは、パーティの生存率を上げる為には守り手であるダ
エンチャント
ンテの力量を認め、手助けを行いたいと思った事と、この大盾には
付与に耐え切れるだけの稀有な素材と完成度を備えていたからだ。
実はこの魔術紋様施工も大変なのだが、それに用いる素材の入手も
大変なのである。
現在分かっているだけでも魔物素材や鉱物系統はこの町では手に入
らないものばかりだ。
後は素材の問題だったが、念のため竜鳥の素材の中で使えないもの
がないか⋮ジュゼットが鍛治場に設置してある彼専用道具の魔術紋
様を選定する機器を翳し、調査してみる。
幸い︻重量軽減︼の魔術紋様は竜鳥の素材の一部分が代用出来ると
わかった。
此れには集めておいた竜鳥の血が魔力も豊富に溶け込んでおり、代
用可能だった。
他には術式固定のために魔導回路に魔力を蓄積させていた臓器を使
うという。
魔術紋様の施工の仕方は流石に秘伝の為、ジュゼット1人で仕上げ
703
たのだ。
ダンテに無断で勝手に施したが、味方と自身を守る防具に関しては
これから先も考えれば必要不可欠であり、この魔術紋様も誰にでも
施工出来る訳ではない。
ダンテならば納得してくれると思う。最後の問題はダンテが払う金
額だけの問題だった⋮。
まぁ、彼らも多額の分配金もあるから大丈夫だと思われた。
他には2人のアイディアで小型の手斧を大盾の裏に2本仕込んであ
った。
手斧自体はハイノーマル級で量産のモノでも対応が可能だ。柄の部
分は軽く丈夫な木材を使用し、刃の金属部は良質な鉄材を精製した
モノで出来ている。
大盾の裏地に収納するため普通の手斧よりもコンパクトだが、投げ
て良し、木の伐採などに使って良し等と、非常時に様々な用途で使
える仕様になっている。
ジュゼットの素晴らしい仕上がりに、思わず見惚れてしまう。
レガリアも鍛治の道を進む者である。いつか自分も魔術紋様を取り
込みたいと考えている。
大盾を充分に眺めた後、大切にしまい込んで転職神殿へと向かった。
704
神殿の前では既に転職を終えたダンテとコウランが待ってくれてい
た。
﹁ごめんなさい、お待たせしました﹂
開口一番、レガリアが口にした言葉に対して、ダンテは
﹁いや、大盾の修理もあった筈だ。此方こそ有難う。急がせてすま
ない﹂
﹁気にしないでレガリアちゃん。今日はよろしくね﹂
合流した所で挨拶を交わしながら、ダンテの新職業について聞いて
みた。
メモリーオーブ
ダンテが転職神殿に着き、手続きを済ませると記憶水晶球の間へと
通された。
受付の男性から、ダンテには職業の選択肢が一つだけ示されていた
と言う。
ビックシールダー
現在の2次職業である大盾士は、盾を扱う特化職業である。
他の盾を使う職業等に比べて、特別に盾補正と自身の防御ステータ
705
スの振り分けが大きい職業だ。
主な戦技は盾を使う戦技がメインとなり、あとは挑発などの戦技を
用いて敵からパーティを守り、前線を支える要でもある。
ダンテの前に示された職業は、守護盾士。
ビックシールダー
守護盾士はそのまま大盾士の上位職業となる。
第3次職になったことにより、全てのステータス補正が若干上がる。
守るという特性により、攻撃よりも防御に関する項目のステータス
が大幅に上がった。
ラージディフェンス
守護盾士は職業の名前通り、盾を使った全ての戦技、技術、防御力
が桁違いに上がる。
シールドレジスト
それに伴う守護系統の職業による特殊戦技︻大防御の盾構え︼
︻耐魔法付与︼
また専用スキル︻盾補正上昇︼︻盾戦技上昇︼などの強力な職業ボ
ーナスが追加される。
パラディン
因みにグリッサなどのナイト系統の聖騎士などは厳しい条件下で魔
力を兼ね備えた実力者しかなれない職業だ。
巧みな剣と盾さばきで防御だけでなく高い戦闘力と、周りに支援・
補助くらいだが自己以外にも魔法を掛けられる存在である。
ステータス補正はバランス良く振り分けられる為、その職業に就い
た者によっては様々な面で使いやすいが、一点特化した者よりも秀
でたモノが無い為、状況によっては器用貧乏にもなりやすいという
欠点がある。
防御の一点に関しては盾士が騎士系に比べ非常に有能であり、聖騎
706
士よりも高い補正とスキルを保有している事が魅力である。
殆ど防御専門に近く、単体での活躍よりもパーティ戦で充分に存在
を発揮できる職だと思われた。
第3次職業の修得に関しては、個人の才能の問題や資質に左右され
る。
どんな職業においても超一流と呼ばれる領域に入りわそこまで到達
出来る成り手が少ない。
ダンテは盾を扱うエキスパート職で、彼以上の盾の使い手はこの国
には少ないだろう。
冒険者級に法って換算すると現在のダンテの実力はB級到達者とな
る。
あくまで冒険者級に法り、第3職業の成り手の尺度を測れば⋮ある。
個人特有の幅が広がる為、それに当てはまらない者達も多い。
実質A級クラスの範囲に収まる者が殆どだと考えても問題無かった。
﹁まさか⋮盾で守る事しか能のない私が、この職業まで到達出来た
のは、お嬢様を始め、ソウマやレガリアのおかげだ。本当に有難う﹂
﹁その意見には私も同感。私からも言わせてね、有難う﹂
真摯な表情で深々と頭を下げたダンテとは対照的に、明るく告げる
コウラン。
﹁いえ、お2人ともに会えたのは御主人様や私にとって大変有難い
出会いでした。
707
あの迷宮洞窟でコウランさん達に話しかけて貰えなかったら⋮きっ
と誰かとパーティを組むだなんて考えなかったでしょう。
今かだから言えますが、私や御主人様はとっても人見知りなのです
から﹂
茶目っ気たっぷりに笑いながら答えるレガリアに、笑い出すダンテ。
当時を思い出しながら、確かに不思議な青年だったソウマにはそん
な気があったと分かったからだ。
ももよ
あの戦いを経験してレガリアは、擬態スキルに新たな形状で修羅鬼
の姿を手に入れた。
そのおかげで肉体を得た。
時々影響を及ぼす感情と言うものが、まだどういったモノ?なのか
良く分かってはいない。
御主人様に抱く感情とコウランやダンテに抱く感情は全く違う。
しかし、彼等と接していると、体の奥が何故かあったかくなる事が
ある⋮考える事に意識を割いていたレガリアは気付いていなかった
が、自然と表情が柔らかくなっていた。
ソウマ
色々な変化を齎した張本人はここにいないが⋮きっと生きている。
アストラルリンク
何故だか分からないが、確信出来る自分がいた。
精神接続が無くとも、私の御主人様ならば何があっても生きている
だろうと、無意識に信じられる事も挙げられるのかも知れない。
さて、帰ってきたら何を聞いてもらおうかな?話そうかな⋮等と、
708
ウキウキしながら考えるレガリアだった。
それから新職業の獲得祝いも兼ねて、ダンテに生まれ変わったその
大盾を渡す。
一目見たダンテは感嘆の溜息のあと賞賛の言葉が止まらなかった。
簡単に大盾の改良点を説明をして、ジュゼットから魔術紋様︻重量
軽減︼まで施工してある事を説明すると、信じられない⋮とダンテ
には珍しく茫然自失の表情になった。
そのあとジュゼットから渡された領収書を見た時は真っ青になって
いたが。
材料費はレガリアの赤熱鋼分は引いてあるものの、やはり結構な金
額だったようだ。
其れでも直ぐに立ち直り、家宝にする⋮と、ハッキリとした表情で
嬉しそうに伝えてくれた。
ダンテには此れがどれだけ貴重で得難いものだと理解していた。
自身を認めてくれ、希少な魔法技術である魔術紋様を施工したジュ
ゼットに直接感謝を述べたかった。
その思いを汲み取ったコウラン達は、ダンテとそのまま別れ道具屋
と防具屋を回ることにした。
709
ソウマのいない日常 2 ダンテの新たな大盾︵後書き︶
今年最後の更新となります。いつも読んで頂いて有難う御座います。
皆様、良いお年を⋮。
710
コウランの新装備とフリークエスト
コウランとレガリアはダンテが戻ってくる間に、竜鳥の戦いにおい
て消耗した道具や回復薬、保存食を買い揃える為に道具屋に寄る。
簡単な化膿止めの塗り薬と毒消し用ポーション、回復用のポーショ
ンを買い込んだ。
どのポーションも古くなると効能が落ちるので、多く買い溜めをし
ても使わなけば捨てることになる。
例外なのは上質な魔力を含んだ特別なポーションだけである。
またポーションが荷物に嵩張るのも踏まえて、普通の冒険者ならば
1人2本ないし3本ほどしか持たない。
しかし、レガリアが入ればアイテムボックスに新鮮な状態のまま仕
舞えるので、数や期限を気にせず買い込むことが出来る。
食料には干し肉の他、水も少し余剰気味に買い込んだ後、コウラン
と一緒に防具屋に向かった。
現在相方であるダンテは現在装備の全てを新調し、全てレア級とい
う破格の装備だ。
コウランはノーマル級とハイノーマル級の装備で固めている。
長年愛用している司祭服は、パールホワイトの生地と同じ生地を染
料でレッドに染められ編み込まれている丈夫な服である。
しかも唯一のハイノーマル級の品で、服の生地は神殿で祝福された
布を使用しているので、布地自体の防御力が強い。
そのため防具屋で売っている戦闘用の厚手の服や、革のコートなど
711
よりは軽く防御力もあった。
後衛だけの担当ならそれでも良かったのだが、此れからはダンテと
の2人だけのパーティでは無くなる。
コウランもどうしても前衛に出て戦闘しなくてはいけない時もある。
今までダンテとの2人旅でコウランが前衛に出る時は、大概ダンテ
では対処しきれず危険が迫っている時である。
その都度ダンテがいつも以上に身体を張り、命懸けで私を庇いなが
ら守ってくれていた。
この間の竜鳥戦でも結局ダンテに負担が集中して重傷を負わせてし
まった⋮もう守られるだけの存在は嫌!
長年修練の加護によって半減された状態で通常より遥かに鍛え上げ
られたコウランは、恐るべき能力値のステータスを誇る。
その為、第2職業の中では考えられない程の高ステータスを持つ存
在となっていた。
ダンテは守りに集中させ、レガリアちゃんは臨機応変な遊撃役。
ソウマが行方不明のため前衛の攻撃力が落ちている。
此れからは私も前衛に出て皆をフォローするわ!
そう決意を胸に秘めて、長年愛着してきた司祭服だが、他の装備も
含めてそろそろ上位のモノへと変更しようと考えていた。
まず、防具屋で動きやすくて防御力のある鎧系統を見て回る。
品揃えも多く迷ったが、総合力で現在の司祭服を超えるなかなか納
712
得のいく良い品が見当たらない。
ハーフプレート
どの品もどうしても一歩劣ってしまうのだ。
金属だけの軽鎧も試着してみると重量は感じないのだが、窮屈な感
じを受けて動作に違和感を感じてしまう。
今まで着回しの良い神官系統を着ていたので仕方が無い。
防具にはレア級までと行かないまでも、少しでも質の良い防具が欲
しかった。
取り敢えず候補を決めるが⋮買うまでに何か決め手が足りない。
長く防具店で迷っていたので、防具屋のおじさんから声をかけられ
た。
﹁嬢さんは軽くて防御力のあるものが良いんだよな。
どうやら店にお気に召すものが無いみたいだ。
そこで⋮だ。うちで作ったもんじゃ無いが扱ってる品物の中で値は
張るがこんな代物もある。
実は仕入れてみたが長年売れなくてな。良かったら見てみるか?﹂
そう言ってコウランの返事を聞く前に、おじさんが奥から取り出し
てきた装備はこの辺では余り見た事がないデザインの形状した防具
の一式だった。
﹁俺は前から戦士系の女冒険者達におすすめしてたんだが、見た目
と防御力が弱そうに見えるのがな⋮なかなか理解してくれんのだ﹂
嘆きと共に溜息がゆっくりと吐き出された。
ボディアーマー
この厚手の服のようにも見える軽鎧は、鎧というゴツい印象ではな
713
く防護服に近い印象を受けた。
おじさんの話では、若い頃に以前帝国に鍛治修行に行った際に、同
じ場所で学んだ同期の作品のものだという。
非凡な才能の持ち主でソウマと同じ銀の髪を持つ女性。名をクロー
セルと言う。
クローセル
3年程前に用事で帝国に出かけた際、偶然、彼女と再会した。
相手も覚えていたらしく、話をすると独立して、帝国で仲間を集め
て小さな防具店を構えていると言う。
折角なので案内された彼女の店に入ると、そこでは見た事のないデ
ザインの軽鎧が並んでいる。
彼女達は女性の軽鎧を扱う専門の店をやっている。
クローセルを主体とする仲間達は、装備者が持ち込みの素材や、使
って欲しい素材の希望があればなるべく取り入れるようにしている。
殆どはオーダーメイドの品となり、装備者にとっての扱いやすさと
デザインに加えて、一級品の防御性能を突き詰めて作るため、実際
に着ている愛好家の女性冒険者達の多大な支持を得ているという。
この店の作品は本来なら女性しか買えず、また他の店に卸してもな
い。
しかし、同期の縁で一式を譲ってもらい購入してみた。
アデルの町へと戻ったあと試しに店に置いてみたのだが⋮女性冒険
者は興味を示してくれるものの、高額すぎる金額にまず絶句し⋮買
うまでの客は此れまでいなかった。
決して性能が悪い訳ではない。
714
この軽鎧の特徴は動きを阻害せず、丈夫で耐久性にも定評がある素
材のミノタウロスの革を使用したことで防御性能の高さも売りの一
つだ。丁寧になめしてた革は光沢もあり、装備用に赤に染め直して
あった。
また各部の急所部分や胸部は稀少な純鉄と呼ばれる鉄の種類の金属
でシルバーのような銀白色で綺麗である。
腰などのガードの部分は少しスカート状になっており、薄く延ばし
た金属とで補強してある。全体的に目立つカラーリングで全身を覆
っているデザインだ。
しかし、着膨れ感は無いし見える所は足のラインなども綺麗にスッ
キリと見える。
そして驚くほど軽い。
実際に前線で戦う装備にしては、一見頼りなく見えないこともない
が、見掛けよりも防御力に関しては相当高い。
そして驚いた事にクローセルは、鍛治士ではなく高名な錬金術師で
あるという。
特殊な加工と素材を組み合わせ、氷のような冷たい特別な魔石を創
り出せることが出来た。
それを自身の作った作品に飾りと刻印の意味を込めて付けていた。
魔石の飾りにはノクターナルと呼ばれる夜にしか咲かない花をモチ
715
ーフとした刻印と、その中にナンバーと美しい彫金が施されている。
軽鎧自体はハイノーマル級であったが、刻印に使われている魔石は
ブラインド
レア級の素材であり、値段が跳ね上がっている原因でもある。
非常に弱く、微かな効果ではあるが幻術系統である幻惑の魔法の術
式が組み込まれている。
ノクターナル
例をあげれば、相手からの攻撃に対して間合いをずらさせたりと、
目の錯覚を利用した補助魔法の役割を果たしている。
この軽鎧には刻印No.19と記されていた。
どんな体型のお客が買っていくか判らなかったため、この軽鎧だけ
は特別に各パーツに分けて調整しやすいような構造になっていた。
イケメン
バト
因みに値段と性能以外で売れない1番の理由は、この国には軽鎧よ
ルクロス
りも最近腕の良い若い5人の鍛治師達による魔物素材のみで作る戦
バトルスミス
闘衣が女性冒険者の間で流行っている事を教えてくれた。
彼等も旅を続けている冒険者で、全員が戦闘鍛治士と言う才能豊か
な異色な集団である。
まとめ役のリーダー格の男性は、自らの修行と鍛錬を兼ねて魔物狩
りを行っている。
ここ最近は貴族のスポンサーが付いて、そこから自分達の作り出し
た防具を安く販売している。
実演も兼ねた店頭販売は、特に女性冒険者を相手に販売利益が半端
ないそうだ。
716
オンリーワン
話を戻すが、現在帝国も戦争に突入している状態では、クローセル
本店にも買いにも行けない。
現在この国のこの店にしかない正に唯一な防具だ。
﹁まあ、見た目は少し頼り無さそうだが⋮性能は悔しいが抜群に良
いんだ。どうだ、試着して見ないか?﹂
説明を受けたコウランは既に興味深々で引き受けた。
そして⋮見た目よりもピッタリと吸い付くような着心地、安心感、
何よりコウランの黄金の髪によく映えていた。
ブラインド
ノクターナルの花を象った幻惑の魔石の効果も教えてもらい、更に
この全身装備を含めてすっかり気に入ったようだ。
レガリアが鍛治士としての目から見ても、デザインに関しても、素
材の配合バランス・調律などは自分にはまだまだ出せないと思う。
そのため率直に感じたまま、答えた。
﹁その軽鎧、とてもお似合いですね﹂
717
﹁本当?レガリアちゃんがそう言うなら⋮これ、頂くわ﹂
その言葉に満更でもなく笑顔になった。こうして新装備を纏ったコ
ウランは、クローセルの率いる鍛治師集団の作品をいたく気に入っ
たのだった。
レガリア自身も防具の有り様について真剣に考える一面となった。
今まで修羅胴衣とスキル、気の応用で身を守っていたが⋮少し過信
していたのかも知れない。
コウランの装備を見て、更に防具を付ける必要性を感じていた。
レガリアも店内を見渡し探してみると、1組の防具に目が止まった。
火蛇の貴重な素材である鱗を用いた防具だ。
レッドスネーク
フィールドBOSSである焔巨人の出現する付近でごく稀に見かけ
る魔獣
火蛇は炎の耐性を持ち、体全体が火で覆われている魔獣で精霊に近
い性質をもつ。
攻撃には体当たりや下級の火魔法を操るので、注意が必要だ。
普通の武器でも倒せるのだが、ダメージが与えづらいし、炎で武器
も傷みやすい。
魔法付与や属性武器を用いて倒すのが一般的だ。
魔法使いが1人もいないパーティで焔巨人を相手する際は、近くに
火蛇がいないか確認して、いた場合は討伐してから行うのが定石で
718
ある。
火蛇を倒した時は飛散して消え去るのだが、稀に鱗のような小さく
金属に近い硬い鱗状のモノを地上に残すことがある。
これは身に纏う火の結晶が固まったのだと伝えられているが、真偽
は定かではない。
その素材は武具や薬と多様性に富んでいる。
ギルドでも其れなりに高い値段で買い取ってくれるので、サザン火
山付近を中心に活動する冒険者は、倒してドロップした際はラッキ
ーなのである。
その希少な部分を集めて特殊な糸で縫い合わせ、赤熱石で補修され
スケイルメイル
た防具は火属性に相性が良く、鉄と同等の防御力と耐火性を持つ割
に金属のような重さがない。
希少な素材を使っているため鱗鎧で胴丸鎧のような肩のない軽鎧タ
イプになっている。
アデル
この辺の中級クラス以上の冒険者で腕が立つ者なら、自身のオーダ
メイドした装備とは別に、手甲や胸当て等、必ず一つは組み込まれ
ている事が多い品である。
レガリアはその火蛇の軽鎧の上部と腰部を選んだ。
両腕は相手の攻撃が躱しきれない最悪の場合を想定して、前腕部を
全て覆うタイプの鋼鉄のガントレットを選択した。
前腕部しか覆われていない為、肩の部分は剥き出しだが、そこの部
分は修羅胴衣をインナーで来ていることで守られている。
最後に脚部には軽くて丈夫なミノタウロスの革を使った脚絆を選ん
だ。
719
レガリア達は簡単に買い物しているが、防具や武器は決して安いモ
ノではない。
金属や魔物素材を使ったモノはノーマル性の武具に至ってもそう簡
単には買えないので、冒険者になるものは何回も依頼をクリアして
お金を貯め、やっとノーマル級の武具を揃えることが出来るのであ
る。
せっかちな者は武器のみを携えて冒険へ立ち向かうこともあるが。
魔物の討伐や冒険には不意に襲われることもある。準備万端でも死
んでしまったり、罠にかかり亡くなる冒険者も後を絶たない。
命を預ける武具が痛めば、当然補修費もかさむ。
それでも少しずつお金を貯めていき、ようやく装備を良い物に整え
て経験を積んでいくのだ。
金属をふんだんに使う防具は安全になるが、金額が途方なく高い。
魔物素材も持ち込みができる分安く仕上げる事が出来るが、保存魔
法や特殊加工の手間賃も発生する。
その為、レガリアやコウランが選んだ防具はそういった駆け出しの
冒険者や中級の冒険者でも手が出せない。
実際にコウランが買った装備一式は防具屋の中では1番高値である。
レガリアの装備も上位の冒険者が使っている事もあり、其れに準ず
る程の値段だ。
実質防具屋にいた何人かは羨ましそうな目線を含んでいたり、また
妬みの視線を持って眺めていた。
720
それに美しい容姿のコウランとレガリアは装備と一緒に、目立つ事
この上ない。
レガリアは防具を買うまでは軽装で白い木刀持ち。コウランも特別
強そうには見えない。
いつか自分達もあんな装備を⋮と、頑張る事を志す者達もいたが、
女2人で対して強くもないくせに高価な品物をもっていやがる。
生意気だと侮り、邪な考えも持つ者も少なからずいた。
そんな思いを背に、マックスから頼まれたクエストを引き受けるた
マドネスラビット
め、サザン火山研究者であるミハイル宅へと向かった。
以前引き受けたフリークエストの1つで︻狂乱兎︼に関する依頼を
引き継ぐ為である。
ミハイルさんには既に冒険者ギルドを通してマックスから代わりの
人物達が行くことを推薦してあると、伝えてもらっていた。
途中の道で鍛治場から帰ってきたダンテと合流する。
ダンテは赤と銀色の美しい軽鎧を着こなすコウランの姿に見惚れ、
時折チラチラと隠れながら見ていた。
3人はミハイル宅へと到着し、御本人から依頼の趣旨を再度確認す
る。
事前打ち合わせにて今日は泊まり込みにて調査を行うので、この時
間帯に出発となったのだ。
721
マドネスラビット
狂乱兎自体はダンテとコウランは知っていたが、ミハイルから伺う
内容からは、かなり特異性のある新種の個体が存在していることに
なる。
戦闘能力が殆どないミハイルを連れた一行は、魔物と戦闘もあった
がサザン火山の立ち入り禁止区画まで怪我もなく、無事に辿り着い
た。
﹁ここから先は足場が悪くなります。気を付けて進んで下さい﹂
ここから先が貴族の私有地に入るようだ。岩場が多く、人が通るに
は細道が続き、道無き道を歩きながらミハイルの案内のもと、先を
進む。
少し広けた場所に周りを柵で覆われた山小屋のような建物が見えた。
ミハイルから新種の狂乱兎を見た現場は、ここからあともう少しで
あると言う。
﹁この山小屋は一旦休憩する為に貴族が建ててくれました。
中には簡単に休む場所が設置されています﹂
私有地であるため、定期的に魔物を討伐している。
しかし魔物が少なくなっても居なくなる訳ではない。
今日は夜も近いため、魔物の動きも活発になるので心配だ。
今夜は山小屋にて一夜を過ごすことになった。
722
簡単な夕食が済んだ後、フリークエストの依頼を受けてくれた感謝
の意味合いも込めて、彼から少量だが酒が振る舞われた。
少しピリッと辛口だったが、身体が少し暖かくなる良い酒だった。
明日は実際に新種と思われる狂乱兎が現れた場所まで出向く予定で
ある。
何故ミハイルが貴族の私有地であるこんな辺鄙な場所で働いている
のかと言えば、彼が優秀な学者である事が挙げられる。
はるか昔、このアデルの町近くにはどうやら魔族と呼ばれる非常に
強力な個体達が作り上げた文明と遺跡があると文献に少し記されて
いる。
魔族の遺跡と言えば、発見された例を見たら今では魔物が集まり巣
オーバーテクノロジー
窟になっている事でも有名で危険な場所である。
その代わりに非常に貴重な代物や宝物、資料などが眠っている事が
多いのだ。
どうやらサザン火山の何処かに存在しているらしいのだが、私有地
の貴族は先祖代々の自分の土地にあると信じ、探し続けていたよう
だ。
遂にその貴族が確信を得た機会が訪れた。
この山小屋の先に進めば今までは岩場の行き止まりがあるのだが、
半年前の地震の影響で岩が崩れ、其処からさわの洞窟が発見された。
723
どうやらこの奥にはかなりの可能性で、目的の魔族の遺跡があると
思われている。
現在洞窟内の調査で奥に分厚い金属で出来た大きな扉が確認されて
いる。
何かしらの条件で開くようなのだが、現在調査中であるとのこと。
ミハイル
彼は、過去帝国に吸収された国の住人であり、アデル出身の者では
ない。
この私有地の貴族は彼の博学さと優秀さを前々から見込んでおり⋮
洞窟発見の際に是非ともと、引き抜いてきた逸材であった。
現在数名の私兵に護衛されながらもこの地で発掘調査と研究を始め
たそうだ。
まだ6ヶ月間の調査だが、かなり有力な成果が上がっているようで、
扉が開くのも時間の問題とされている。
貴族からの評判も上々で資金も沢山得られたそうだ。
本来ならずっと泊まり込みでしたいんですけどね⋮と、ミハイルは
笑っていた。
男女に別れて2人ずつ見張りに立つ事になった。
先にミハイルとダンテとが見張りに立つそうなので、暫くしたら順
番に変わることになる。
魔法生物のため眠る必要がないレガリアは、ずっと見張りを引き受
けても良かったのだが⋮そう決まったのなら、わざわざ言う必要は
ない。
レガリアはそのまま瞑想しながら、周辺の気配を探る訓練を始めた。
724
修羅鬼の本能が闘鬼術を用いた気配の仕方を学習をし始める。
五感を研ぎ澄ませ、もっと繊細なコントロールを身に付けるために、
闘鬼術を磨く時間へと当てた。
遠くの範囲までは分からないが、気配生物の反応がなんとなく分か
り始めた。
そして深夜になり、何者かの気配がした。
此方を伺いながら何者かはそのまま柵を突破してミハイルの気配の
前で止まった。
ダンテも近くにいるが、微動だにせず座ったまま動いていない。見
知らぬ者がいると言うのに、何故だか気付いてない様子だ。
何者かはダンテの方を伺いつつ、様子を確認してからミハイルに近
寄って小声で話し掛けた。
何を話しているのか此処からは聞こえない。
︵何かおかしい?︶
違和感が禁じ得ない。不穏の影を感じたレガリアは、闘鬼術を用い
て更に感覚鋭敏を発動する。
725
﹁ミハイル先生⋮お疲れ様でございます。見張りの男は良く寝てい
ます。時間差の睡眠薬が上手く効いた見たいですね。
しかし、報告にあった人材と人数が違いますが?﹂
少し横柄な話し方でミハイルが答えた。
﹁仕方ない。本当はあのマックスと呼ばれる凄腕の魔法使いが良か
ったんだが⋮コイツらも其れなりの実力者だ。滅多にない獲物だし
連れ帰れば良い研究材料になる﹂
聴覚を澄ませ、聞こえてくる内容はどうやら私達にとって良くない
ようだ。
そして、どうやらダンテは睡眠薬を使われたみたいである。
もしかしたら、先程振舞われた酒にでも仕込んでいたのだろう。
レガリア自体は修羅胴衣という装備品の特殊効果と、特に修羅鬼形
態での状態異常に対して非常に強い耐性がある。
特別に強力な薬だったとしても既に浄化されている為、薬の影響は
ない。
物音を立てないようにそっとコウランに近付き、静かに声を掛けて
起こす。
なかなか起きようとしない。コウランにも薬が使われていると見て
いいだろう。
アイテムボックスに仕舞ってある気付け薬も使用して、何度かの揺
さぶりをかけた。
寝起きの悪いような呻き声を上げながら、コウランは徐々に目を覚
726
ました。
効き目が少し弱かったのか、ぼんやりだが覚醒はしている。
﹁どうしたの?レガリアちゃん、交代の時間?﹂
そう呟くコウランに現在起こっている状況を手早く伝えた。
﹁へぇ、ミハイルやってくれるじゃない⋮そうだわ、ダンテは無事
なの?﹂
断片的にしか情報は分からない。
コウランにはいつでも対応出来るように臨戦態勢を保持してもらい、
更に遠くで話す男たちの会話の内容に耳を傾けた。
﹁もう少ししたら山小屋を包囲出来ます。いつも通りの対応で大丈
夫ですか?﹂
﹁ああ、構わん。このパーティで最も強そうで見事な装備に身を包
んだ男でもこうなんだ。
薬の効果で長くともあと5時間は起きまい。
あとは眠り込んでいる女2人だ。包囲が済み次第捕らえれば良い﹂
頷いた男が、もう一つ報告をしている。
﹁それと、コイツらの後から冒険者と思わしきパーティが付いてき
ていました。
先生達が山小屋に入った後、暫くその様子を伺っていたようなので、
先程此方の方で秘密裏に捉えて置きました。どうしましょうかね﹂
少し考え込みながら、
727
﹁そうか、このパーティの仲間なのか?⋮知らんな。
見張りだけ付けて牢に放って⋮⋮⋮いや、そう言えば最新の実験体
の戦闘テストをして無かったな。12号の性能を測るには丁度いい
だろう。
実験場に放り込んで、テストしようか﹂
﹁わかりました。私は1度帰ってその旨を仲間に伝えてきましょう。
では、その後はいつも通りに﹂
ニヤけるミハイルが嬉しそうに返答する。
﹁ああ、宜しく頼む。久しぶりの実験に良質の素体⋮心が弾むよ。
国から追われた私を拾ってくれたあのお方には感謝してもしきれん。
ザンマルカル家の御兄妹にもそうお伝えしてくれ﹂
男達の会話は終わり、1人が先へ駆け出した。
会話の内容からすると、ダンテは睡眠薬を盛られているだけのよう
だ。
しかし、謎の敵に包囲されようとしている状況は変わらないようだ。
此れまでの道のりを思い返してみるが夜間で視界が悪く、案内に任
せていたのでよく覚えてもない。
また、岩場も多く足場も良くないため早く移動する事は困難だ。
現在のわかる範囲の状況を分析して、コウランと共に暫く考える。
2人で相談した結果、包囲される迄に突破し脱出する事だった。
728
また可能ならミハイルを捕らえる事も視野に入れる予定だ。
既に軽鎧を着込んだコウランは準備万端である。
取り敢えず、相手側の後詰めが来る前にレガリアが気配を可能な限
り消してミハイルに接近し、攻撃をしかける。
その間にコウランがダンテに治療魔法をかけてダンテを解放する流
れで同意を得た。
2人だけでの初めて戦いが始まった。
729
コウランの新装備とフリークエスト︵後書き︶
明けましておめでとうございます。
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
仕事と併用していつも更新が遅いのですが、なるべく頑張りすので、
本年もよろしくお願い致します。
730
戦闘の始まり
ここはサザン火山付近の岩場に出来た縦穴式の洞窟内。
この中の大きな空洞に、レガリア達の後を付けてきていた冒険者達
が放り込まれた場所があった。
彼らは防具屋にいた冒険者達が主なメンバーで、後は仲間を呼んで
構成されていた。
各々の装備もバラバラで皮鎧を着込んでいる者や、片手剣に小盾を
持った者などいるが全員がノーマル級の全身装備を揃えていた。
他の冒険者を襲うこと自体、実は初めてではなく、彼らに寄って命
を奪われ、装備を強奪された者は多くいた。
冒険者ギルドに目をつけられないように立ち回りに注意して、あく
まで駆け出しの冒険者や今のように高価な武具を買った者を見定め
て徒党を組んで襲っていた。
今回レガリア達を襲おうと判断した理由に高額な装備もそうだが、
女2人、数を集めれば勝てるだろうと踏んだ思惑もあった。
特に美しい女冒険者ならば他にお楽しみもあるからだ。
隙を見て襲い、殺害して奪い取ろうと計画を企てていたが⋮尾行し
ながら様子を伺っていた所を第3者によって捕まったのである。
そんな卑劣な彼らの行いに対して遂に終わりの時が来ようとしてい
た。
731
暗い空洞から目を覚ました彼等は、周りの様子を伺いながら誰とも
なく無事か声を掛け合う。
全員が目を覚ましたあと、改めてここに連れてこられた過程を思い
出していた。
確か俺達は何時ものように隠れながら連中を追っていて⋮そうだ、
兵士みたいな武装した奴らに捕まったんだ。
抵抗した者は何処かしらの怪我を負っていたが、動作確認しても特
に不都合な問題は無かった。
シーンと静まり返った空間で暫く待っていても、何も起きない。
﹁どいつか知らねぇが、縄もかけずに放っておくとは間抜けな奴ら
もいたもんだ﹂
﹁くくく、違いない。さて、全員起きてるな?脱出口を探すぞ﹂
途端笑い声も聞こえ出す。置かれた状況が整理出来たら今度は全員
で出口を探し始めた。
全員分の装備も残されており、装着したままだ。
普通ならもっと怪しむものだが⋮1人ではなく大勢でいる事での安
心感と集団心理が働き、此れだけの人数がいたら何とかなる⋮大丈
夫だと、捕まった時の不安を忘れて楽観的になっていたのは事実だ
732
った。
明かりはないが、暗がりに手探りでゴツゴツとした岩肌を確認しな
がら、情報を集めていく。
現在閉じ込められている場所は、比較的広さのある場所だと分かっ
た。
ベテラン
此れでも彼等は中級の冒険者達だ。
程なくして1人の男が壁に偽装した隠し扉を発見した。
直ぐに盗賊系職業の仲間を呼び、扉を開けようとする。
男が調べ、解錠しようとする前に突然扉が開かれた。
一瞬の出来事で冒険者達は身構えるも、暗がりで良くは見えない。
ようやく暗がりから現れた影は人間のように見えた。
フード付きの外套を被っていて顔はよく見えない。フードより溢れ
る髪と大きな胸のシルエットから捕まった冒険者達は女性だと判断
した。
﹁なんだぁ?女か?﹂
﹁しかも、胸の大きい女だぜ。お前も捕まったのか?﹂
ニヤニヤと下卑た笑いをチラつかせながら、現れた女を取り囲もう
とする。
顔がボンヤリと見える範囲で1人の中年の冒険者が呟く。
﹁ん、お前見覚えが⋮﹂
733
その答えがキッカケとなったのか、尋ねた冒険者へと女が軽く駆け
寄ってきた。
口笛を鳴らしながら周りが更に下卑た笑いと揶揄を飛ばす。
男と女のシルエットが重なると思った瞬間⋮金属製の防具が突き破
られる破裂音が響いた。
不審がった彼らの事を良く見てみると、尋ねた男は立っていられな
い程の激痛と驚愕に目を見開いていた。
﹁ガハッ⋮何しやがる。お、前⋮﹂
血を吐き出しながらしっかりと女の顔を把握した男は、自分の腹か
ら背中にかけての激痛を感じていた。
しかし其れよりも気になったのは、その女が男にとって知っている
顔だったからだ。
﹁おまえ⋮ええ⋮ハァハァ⋮⋮じゃねぇか。何で、こんな⋮と﹂
苦しげな呼吸のためハッキリと聞き取れない。
呼ばれた女は無言で、最後まで台詞を言わさせずに恐るべき力で腹
部を突き破り、貫通させた手で男の背骨をへし折った。
そんな状態では勿論生きている事はなく⋮大量の出血と共にヒュー
と苦しげに息を吐き切り⋮そのまま白目を剥いて絶命した。
暗い大部屋の中で、激しい怒号と喧騒が鳴り響いた。
モスグリーン
黄緑色のショーカットの髪型の女性は、両腕にはめた手甲の魔力を
734
解放した。
ボンヤリと手を覆う魔力が黒色に輝く。バチバチと指先から雷が弾
けている。
彼女が嵌めている手甲は甲の部分に小さな魔石が埋め込んであった。
全体が黒色の金属に覆われており、指先には雷属性付与がされてい
る珍しい手甲である。
冒険者が女を取り囲むように殺到するが、最低限の動きで冒険者達
の攻撃を卓越した技術によって手甲で弾いていく。
逆に弾かれた方の冒険者達が雷属性のダメージを受け、軽く仰け反
る。
その隙に一撃を加え、地に這わせる悪循環を生む。正に攻防一体。
キラードール
嵐の如く苛烈な攻撃に、一分の隙も見出せない。
殺戮人形のような冷静冷酷な対応に連携を取れていた冒険者達も徐
々に崩され、確実に殺されていった。
﹁嫌だ、死にたくない死にたく⋮ない。助けて﹂
悲痛に響く声。
剣戟音が鳴り、怒号と悲鳴とが重なり⋮消える。
一方的な蹂躙劇のように次々と殺されていく。
現在生き残った者達は、9名いた冒険者は既に3名のみとなってい
735
た。
この3人は攻撃に参加せず、距離をとって様子見していた者達だ。
静まった空間の奥から女が歩いてくる音が響く。
﹁ヤベェ⋮きた﹂
﹁オイオイ、話が違うぜ?今回も楽に稼げてイイ女を抱けるって言
ってたから来たのによぉ﹂
どんどんと焦る冒険者に対して、今回の計画の発案者である男が口
を開いた。
﹁お前ら、時間を稼げ。俺が魔法で仕留めっからよ﹂
﹁でもよぉ﹂
情けない声を出しながらも、其れしか生き残る手はないと悟ったの
か⋮逡巡も束の間、2人は武器を構えて駆け出していった。
︵ちぃ、何だってんだよ。いくら名の知れた奴でも魔法には勝てん︶
男は魔法の才能があったが、金が無かった。その為魔法学校などは
行けなかったが、以前パーティを組んだ同じ魔法を操る冒険者から
教えてもらった簡単な攻撃魔法を使い続けていた。
男の魔法は、魔力制御も媒体も魔法を操る者からしたら荒だらけの
構成術式に見える。
しかし、魔法には一発逆転の可能性を秘めた圧倒的なアドバンテー
ジがある。
736
︵落ち着け、心配いらない⋮この魔法で必ず仕留める︶
そう信じ魔法詠唱を掛けながらも、不安からくる苛立ちが隠せなか
った。
時間稼ぎに向かった男達が左右に分かれた。
重量のある鉄大剣と青銅の胸当てを装備した筋肉質な獣人族の中年
男性と、素早さを念頭に置いた装備に身を包んだ短槍使い。
手甲で防御されても雷属性によるダメージを喰らう。その為、役割
を分担する予定だった。
大剣を掲げた男が最初の一撃を担当する。大剣ならば両腕を使って
対応せねばならないだろう。
そして、その時に出来るであろう隙に素早さを活かして短槍使いが
攻撃を仕掛ける手筈になっている。
距離が大剣の間合いに入った所で攻撃に移ろうとしたのだが⋮目の
前にいた女の姿が突如かき消えた。
眼前に迫る女に対して、咄嗟に対応が遅れた。
その隙は致命的であり、もう1人がフォローに入る間も無く⋮青銅
の胸当てを難なく通過して心臓を1突きし、再生不可能なダメージ
を与えていた。
737
﹁クソがぁ﹂
大剣使いの胸から手を抜き出す僅かな時間の前に、短槍が奇跡的に
女の背部を捉えた。
これで⋮と、顔中に喜色がはしった。しかし、ガツンと短槍が背部
に少し突き刺さったあと、止まる。
確かに背後から突き刺した手応えはあるのだが⋮バカな⋮何故槍が
進まない。生身の肉体が何故そんなに硬い?
彼がその不思議を解消する事なく死ぬことになった。
味方の魔法で女ごと焼かれ、巻き込まれた為である。
荒い息を吐きながら、魔法を撃った男は大喜びしていた。
最初からお前らを巻き込んででも撃つつもりだったんだよ。馬鹿ど
もが!
足留めしている間に魔法が間に合って良かった。
ボム
火魔法低位︻発火︼
魔法学校などで開発された練習様魔法である。初心者でも魔法を認
識しやすいように魔法の構築を変えて開発された。
以前組んだ冒険者が教えてくれた魔法であった。
威力は同じ低位の︻火矢︼に比べて誘導性や魔力変換率の効率が悪
いが、比較的早く習得出来る魔法だ。
本来なら味方ごと巻き込む魔法では無いのだが、魔法制御も未熟で
738
過剰に注ぎ込む魔力が暴発した為に起こった現象だった。
ゴッソリと魔力が吸われたが⋮男の中では最強の魔法だったのだ。
生身の人間では生きているはずがない高威力である。
しかし、そう安心しきっていた男が絶望に歪むまでそう時間は掛か
らなかった。
轟々と燃える炎の中から飛び出す姿が見えるその時までは。
両手には焦げた物体が見える。どうやら鉄大剣の男を盾にして凌い
だようである。その男を捨て投げ、魔法を撃った男へと向き直った。
フード付きのローブが燃え尽き、隠れていた姿が露わになった。
身体には鍛え上げられた筋肉が覗き見える。少し火傷の痕が残るも
のの、動きに支障はないようだ。
驚愕に歪む表情で
﹁お前⋮ミランダじゃねえか﹂
それが男の最期の言葉となった。
それは依頼の最中に何者かに襲撃されて現在行方不明とされていた
︻拳嵐︼リーダーのミランダであった。
739
洞窟の外は真っ暗である。山小屋にてレガリア達が突撃準備を整え
ていた。
ミハイルは此方をまだ寝ていると侮っている。
そのアドバンテージを活かし、一気に強襲をしかける予定だ。
感覚鋭敏をフルに使い、物音を立てずに扉まで来た。
優先事項はミハイルの確保だが、それが難しければ殺害も仕方ない。
また、時間をかければダンテを人質に取られる危険性があった。
安全且つ迅速に行う必要がある。
740
コウランと目配せを行い、レガリアは扉を開けたと同時にミハイル
へ向かって飛び出した。
闘鬼術を脚に纏うことで爆発的な瞬発力を得たレガリアは、一気に
距離を詰めることに成功した。
﹁何だ!?﹂
夜間であり事態をよく分かっていないミハイルは、護身用の短剣を
手に完全に狼狽えている。
夜目が利くレガリアは、短剣を持つ手の方を白木刀にて打ち据える。
手加減をしたが骨が砕けた音が聞こえた。
痛みに転げ回るミハイルを踏みつけ、そのまま尋問する。
﹁此れから言う質問に答えなさい﹂
ミハイル
腕を抑えながら必死に頷く姿を確認して、ダンテの方に視線を一瞬
見る。
コウランはすでにダンテに駆け寄り、呼び掛けながら状態を緩和す
る治療魔法を掛けていた。
強敵だと判断されたダンテには念入りに特別睡眠薬が多かったのか、
普通の声掛けや呼びかけにも反応が僅かしかなく昏睡状態が強い。
体内残留している薬物が強いようで慎重に除去すべく、コウランは
治療へと掛かりきりになっていた。
741
この一瞬のチラ見が油断となった。
ミハイルは私有地の貴族から窮地の際に使うように渡された魔獣紋
のネックレスを手に取った。
ネックレスに向かいキーワードを叫ぶ。
すると直後に身につけているネックレスが光輝く。
ほどの魔物が出現した。
レガリアが異変を感じてミハイルから咄嗟に距離を取ると、直ぐ側
に体長2m
オーダー
脂汗と冷や汗をかきながら現れた大きな魔獣に命令を下し、ミハイ
ルは洞窟へ向かって逃げていく。
レガリアやコウランすらも知らなかったが、この魔獣の名前はポイ
ズンリザード。この近辺にはいない魔物である。
強靭な生命力と体力を誇る蜥蜴種のなかでも毒も持つ厄介な一種だ。
頭部には立派な顎、牙がずらっと並んでいる。身体には突起があり
ゴツゴツとした肌に、地面につけた四肢と尻尾には筋肉が詰まって
いて太い。
動作自体は他の蜥蜴種と比べれば鈍重であるがポイズンの名前の通
り、体内には毒線が走り、爪と牙に注入されている。
それにより牙や爪が掠っただけでも獲物は毒で動きを鈍らせ、獲物
を捕食するのだ。
742
奥へと続く道を塞ぐこの魔物を倒さねば先には進めない。
早く倒してすぐに追うべく、魔物との戦闘に突入する。
オーラ
振り下ろされた前脚を余裕を持ってギリギリで躱し、闘鬼を纏わせ
た白木刀を打ち付けた。
前爪ごと叩き折ることに成功するが、ポイズンリザードは怯まずに
その図体を活かして尻尾による攻撃を加えてきた。
轟っと風切り音が鳴り、巨大な尻尾が唸る。
ジャンプする事で躱す。そのまま振り切った尻尾に飛び移り、背中
に付いていた突起物を斬りつけた。
浅く傷が付いて真っ赤な鮮血が吹き出して返り血を浴びる。
ポイズンリザードの血にも毒が含まれている。普通の冒険者だった
らそこで毒状態となっていただろうが、この程度の毒が効かないレ
ガリアにとっては関係ない。
充分に闘鬼を纏わせた白木刀を頸部に叩き込み、切断までとはいか
ないが首の3分の1程度の斬り込みを入った。
厚い脂肪と筋肉が抵抗してくるが、レガリアだからこそ技量も伴い、
ここまでのダメージが入ったのだ。
もし只の鉄製の武器だったならば、硬い皮膚に阻まれ大したダメー
ジにはならないだろう。
743
繰り返し攻撃を加え続け、ポイズンリザードの全身はボロボロで出
血が止まらない。
生命力が強い蜥蜴種であってもこれは堪らない。
しかし、そんな状態でも命令によって逃げ出さず⋮立ち向かおうと
牙を剥いて咬みつこうとした。
﹁⋮ごめんなさい﹂
そう断りを入れて、レガリアは先程傷つけた頸部の箇所に狙いを定
めてる。
その一撃は瞬く間に首を切断し、ポイズンリザードの命を絶った。
オーラ
ポイズンリザードの死骸をアイテムボックスを回収して、コウラン
達の元へと向かった。
白木刀はハイノーマル級ながらも闘鬼を纏わさせても壊れない例外
の武器である。
愛用の大太刀に比べれば斬れ味は悪いが気術の補正が高く、現段階
において不満はそこしか見当たらない。
良い武器を無償で託してくれたグリッサに改めて感謝する。
ダンテは起き上がっており、コウランから事情を聞いていた。
﹁すまない、油断した﹂
﹁いえ、まさか依頼人が裏切るなんて⋮想定外の事でした。
それに私もミハイルを取り逃がしてしまいました﹂
お互いに謝罪の後、ダンテも今回の件について相当根深いものが裏
に潜んでいると感じていた。
744
それと今わかる情報を統合すれば、ここに魔族の遺跡がある。
ミハイルの話を信用すればだが。
このまま進むのか引くのか⋮相手は未知の実力を持った敵である。
只の盗賊団ならばここまで躊躇しなかっただろう。
ミハイルの確保が悔やまれるが、迷っている内に増援がくると思わ
れる。
ここは貴族の私有地である。
ミハイルと貴族が口裏を合わせれば、私達は捕まってしまうだろう。
町まで逃げて証言したとしよう。
仮に私達の言い分が信用されたとしても、今町へと引いてしまえば
再調査の際には証拠すらなくなる可能性が高い。
リスクは高いが、証拠を消される前にこのまま洞窟に突入するして
証拠を見つけるしかない。
まぁ、いざとなったら逃げれば良い。お嬢様達が逃げる時間くらい
は稼いで見せる。
そう決断したが、戦力的にせめてもう1人いればやりようが有るの
だが⋮。無い物ねだりをせず、今ある戦力で望むしか無いだろう。
オーダー
コウランはそんなダンテの顔色を読み取り、少しでも戦力を増強さ
せる為、自身の魔獣紋のネックレスに命令する。
﹁フレイ、助けて頂戴﹂
召喚の光と共に炎猫のフレイ⋮のはずなのだが、少し大きい魔獣が
召喚された。
745
﹁あら?フレイ、大きくなったのね∼可愛さと逞しさが堪らないわ﹂
コウランはフレイの成長を無邪気に喜んでいる。
フレイも喉を鳴らしながら嬉しそうにコウランへと頬ずりして戯れ
る。
成長よりも進化と言ったべきか?
炎猫のフレイは竜鳥戦の後に魔獣紋のネックレスへと送還されたが、
その中で得た経験値で人知れず進化していたようだ。
フレイムキャット
炎猫は魔法が使えるものの、迷宮洞窟内では炎鬼やレッドラマンテ
ィス、硬殻蜘蛛との生存競争をすれば下位の部類に入る。
その為か経験値が入り進化するまで生き残る個体などは殆どいない。
実際に迷宮洞窟内でも現在のフレイのような炎猫種は見た事がない。
フレイは身体は細身ながらも一層素早く動けるように四肢が発達し
ている。
愛くるしい瞳は少し切れ長の眼になり、炎を思わせる毛皮には光沢
と硬毛が増している。
鞭のようにしなる長い尻尾。成長した炎猫はとても珍しい例であっ
た。
人間種でもそうだが、魔物にも成長していく過程でタイプがある。
身体能力タイプ、魔法タイプ、バランスタイプ、特化型タイプなど、
細かく分類すればもっと別れるだろう。
フレイはどうやら身体能力タイプであろうと思われる。また進化出
来る程の素質を持っていた個体とも言えた。
746
魔獣類炎猫種の中でも更に少ない上位種へと進化し、素早さと共に
筋力も大幅に成長したようだ。
フレイの進化と成長に、レガリアも何だか自分のことのように嬉し
く感じていた。
主人こそ違うが、フレイもソウマがテイムした魔獣である。
其処から身内のような感覚もあるのかも知れない。
普通の猫の嗅覚は犬に比べれば低いが、其れでも人間に比べれば数
十万倍と言われている。
魔獣種ならば更に強力な五感を持つ。そんなフレイを先頭に任せ、
パーティは急ぎながら洞窟奥深くへと向かっていった。
747
潜入︵前書き︶
暫く体調不良と病気で更新が出来ませんでした。
久しぶりに書いた文章なので誤字脱字が多かったら申し訳ありませ
ん。
748
潜入
ポイズンリザードの戦闘からミハイルの跡を追うダンテ達。
幸いフレイが先頭に立ち、複数に別れた道から最短な距離を的確に
選び、迷いなく進んでいた。
レガリアの拡大された視力にて、もう少し先の方に洞窟と人影を発
見した。
近くに2名の門番と思わしき人影も見えた。門番1人とミハイルが
寄り添って奥へと入っていく。
残った1人はミハイルから話を聞いていたのか、此方の方に目を凝
らすように警戒していた。
﹁前方に洞窟らしき入口が見えました。門番がどうやら此方に気付
いた模様です﹂
﹁オッケー。じゃあ舐めた真似をしてくれたお礼をしなきゃね﹂
﹁はい、お嬢様﹂
コウランの好戦的な言葉に頷くダンテ。
先陣はそのままフレイが切り込んだ。
フレイに気付いた門番が長槍を突いてきたが、俊敏な動作で躱す。
スピードを殺さず、そのしなやかな筋肉を活かして跳躍し、装備に
749
覆われていない門番の喉元へと喰らいついた。
悲鳴をあげる事も出来ずに倒れ伏した門番の喉笛にグッと顎を締め
て頚椎ごと咬み殺した。
ミハイルを送ったもう1人の門番も戻ってくるが、既に気配を感じ
ていたフレイが先行して飛び掛かる。
鋭い前爪が赤く燃え盛り、門番が突き出された槍ごと切り落とす。
燃え盛る炎に革鎧は焼焦げて防御の意味を成さず、胸を深々と爪で
抉った。
そのままトドメを刺したフレイは、血だらけの口周りを舌で舐めと
ると、そのまま奥へと入ろうとコウラン達を振り向く。
﹁フレイ、良くやったわ。ちょっと調べたい事があるから待ってて
ね﹂
逸る気持ちを抑えて、この門番の死体から荷物や装備を探る。
この辺では見た事のない紋章が刻まれてある革鎧は、精巧な作りを
していた。
更に懐から何の鍵束か分からないが所持していた為、失くさないよ
うにレガリアがしまい込んだ。
死体はそのままの位置に放置した所で、洞窟内へと入る。
等間隔で天上のふちに設置させられた松明の灯りを頼りに薄暗い道
を先へと進んだ。
カツ、カツ⋮と足早に歩く音だけが響いていく。
薄暗い中でも夜目が利くレガリアとフレイを先頭に前進していくと、
フレイが唸る。
750
警戒を続けながら10分も歩くと、奥の方からガチャガチャと金属
音を伴った駆け足の音が複数聞こえてくる。
少しすると奥からやってきた集団と鉢合わせした。
ブロンズ
騎士は重量のありそうな鉄製らしき全身鎧を着込み、長剣と紋章の
盾を装備していた。
程の距離を置いて停止した。
兵士達は頭から足まで軽装の青銅製の鎧と細い長槍を持って此方を
警戒している。
集団がお互い10m
奥から1人の騎士が進み出て、大声を出した。
﹁我らはこの私有地を守る騎士である。お前らが報告にあった賊か
!?冒険者風情が手間を取らせおって⋮抵抗しなければ楽に死ねる
ぞ﹂
そう宣言すると、全員が抜剣する。大人4人程の広さのある通路で
2隊列となって兵士達が向かってきた。
﹁此方の弁明も聞かずに勝手な事を⋮﹂
ダンテが舌打ちをして、前線へと立ちはだかった。
兵士達の槍が唸る。
激突音と共にダンテの大盾が複数の攻撃を受け止め、火花を散らす。
ここ何日かの死線がダンテの防御技術と心の鍛錬となっていてた。
そのため状況は多勢に無勢も良いところだが怯まず、冷静に攻撃を
捌いていく。
2対1の状態でも、隙があれば反撃をしながら相手を一定距離以上
751
に寄せ付けない。
ダンテの大盾が邪魔をして包囲もままならない。そんな、突破出来
ない状況に歯噛みしたのか奥から大声が聞こえた。
﹁手強い相手だ。仕方がない⋮弓兵、まずは後ろの軽装者を狙え﹂
そう声が聞こえてくると、無数の鉄の矢がアーチを描きダンテの背
後のレガリアを襲う。
﹁こんな狭い場所で⋮正気か!﹂
コウラン
そう怒鳴りながらも、後方の心配などしていない。
何故なら力を解放されたお嬢様と、自分よりも強いであろうレガリ
アが控えているからである。
このままでは時間がかかり過ぎる⋮更に奥にいる者達が途中で退却
しても厄介だと判断したレガリア。
﹁コウランさん、突破します。足場を作って下さい﹂
﹁足場を?⋮あぁ、ソウマの得意技をするのね。分かったわ﹂
コウランがしゃがんで両手で足場を作る。そこにレガリアが勢いを
付けて足を掛けた。
コウランが後方に両手を振り上げ、レガリアがタイミング良く膝を
曲げて駆け上がった。
飛距離は伸びてダンテの頭上をも超えて飛んでいく。
752
人工擬似2段ジャンプの成功である。
ダンテと交戦していた騎士の頭上をも超えて、着地場所の騎士を踏
み付けながら跳び、次の兵士の肩に着地。
そのまま飛び跳ねながら、後方を目指した。
レガリア
突然出現した敵に騎士達は色めき立つ。
狭い通路の為身動きが取りにくい。
その為兵士達はレガリアを待ち構え、上に向かって剣を振るうも当
たらない。
僅かな隙間を縫いながら、鎧の上を踏み付けて飛び跳ねていくレガ
リアは軽業師のようだ。
弓矢でも狙われるが修羅鬼の皮膚は非常に硬質で、只の鉄の矢では
傷すら付かない。
最後尾まで駆け抜ける。
﹁ええい、早くその亜人の女を落とさんか!!﹂
途中から何度も叫び声が聞こえるが、遂に弓兵の元へと辿り着いた。
あり得ない登場の仕方に、青銅の軽装鎧を着込んだ彼等は軽い混乱
状態にあった。
最奥には鉄兜の片方に羽根飾りが付いた者がいた。
その騎士の一喝によって兵達は我に変える。
753
咄嗟に弓を捨てて、腰の短剣に持ち替えた。
背後の騎士とレガリアを挟み撃ちにしようと駆け出していった。
︵どうやらあの男が指揮官︶
一見するとレガリアは白い木刀を携えた女冒険者にしか見えない。
囲まれた状態にも関わらず、背後から襲ってきた全身鎧の騎士達を
木刀の一太刀で斬り伏せた。
そして次に前進し束の間に距離を詰められた弓兵は、レガリアが取
り出した紐付きの先端の尖った打根を投擲された。
青銅の軽装鎧を強く殴打されて蹲る者。
武器を持つ手の骨が折られた者など戦闘不能状態に陥いる。
片手で打根を操り、もう片方の手で白木刀を振るう。
周りにいた敵は次々と仕留められていった。
レガリアの周辺に空間が出来て見晴らしが良くなった。
そのまま最奥の隊長格の男へ接近し、瞬時に打根を振るう。
バックラー
小盾で防御した隊長は丈夫に作られた盾が一撃で凹み、ヒビが入っ
て使い物にならなくなった事実に舌打ちをした。
瞬時に盾を捨てて正眼に剣を構えながら突撃しようとする男に、そ
んな暇を与えずに再度打根を放った。
今度も勢い良く繰り出され、充分な力が加わった一撃は回避を許さ
ブロードソード
ない。
長剣で防御した武器ごとへし折り、隊長の顔面へと突き刺さった。
754
鼻骨、頬骨を含む顔面が窪み、歯が折れて抜け落ちた。
顔面がグチャグチャとなった男は、滴り落ちる内容物と共に前のめ
りに倒れた。
僅かな間に隊長を討ち取ったレガリアが踵を返す。
周囲は慄いているが、まだ戦意は失ってなさそうだ。
折角奥を塞いだ状況を作ったので、この場から逃亡者を出させない
ように留意する。
入り口近くではダンテとコウランの連携により、騎士達は混戦状態
となっていた。
レガリアもこのまま挟み撃ちを掛けるべく攻撃に参戦していった。
ダンテはレガリアが前方へと跳んで行った事により前線に混乱が生
まれた隙を逃さず、一気に攻勢へと出た。
あたふたしている騎士の体勢を崩し、胴鎧と肩の隙間から槍を刺し
入れてトドメを刺す。
755
ファイアウェポン
隣に並び立つコウランも好機を感じ取る。
フレイに遊撃を任せ、また火属性付与の魔法を武器に掛けて貰い、
前線へと参加した。
ウォーメイス
武器はいつもの棘鉄球ではなく、特別製の戦鎚へと変更していた。
大量の鉄鉱石を溶かして良質な鉄のインゴットを精製する。
なるべく純度を上げた鉄材に、ソウマの残っていた劣化ハイメタル
鋼を合金として加えた特注品である。
お値段はダンテの大盾の改良金額に掛かったよりは断然安いが、金
属がふんだんに使われた塊のようなモノである。
飾りのない実用性を追求したデザインで、片手で持つにはとんでも
ない重量を要する頑丈な逸品である。
次々と向かってくる相手を叩き伏せ、今度は先頭にいた騎士と向か
い合う。
コウランの非常に鍛え上げられた筋力にスナップの効いた攻撃は、
振るう速度も圧倒的なスピードに加え、騎士の防御した盾に痛烈な
一撃を加えた。
中央が割れ、盾は使い物にならない。
ウォーメイスが齎した衝撃は盾越しに腕の骨をも折る。
痛みの余り、体勢を崩した所に打撃武器としても有効なウォーメイ
756
スを頭部に叩き込み、陥没させた。
兵士達も同様である。
果敢に迫る兵士を重量のあるウォーメイスを振り回す。
マトモに防御も出来ず、1人、また1人と地にひれ伏す。
打撃を受けた革製の鎧は簡単に凹み、グシャリと体内は内臓が破裂
して臓物と血を派手に撒き散らした。
﹁予想以上にやる⋮先にあの女を仕留めるぞ﹂
僅か数人の騎士達はそう声掛けてコウランに対して警戒する。
ナイトランスを持った騎士が2名並び立ち、狭い通路に槍を構えて
突撃してきた。
両槍の突端には明らかに戦技を発動した輝きが見える。
シールドバッシュ
コウランが対処する前にダンテが見事な大盾を構え、此方も戦技︻
盾打︼を発動させる。
騎士達は立ちはだかったダンテを見るが、一瞬の躊躇もなく更に突
撃の速度を上げる。
両者が戦技の輝きを持って激突するが、盛大に弾かれたのは騎士達
の槍の方だった。
手にしたナイトランスは先端が押し潰され、受けた衝撃を物語る。
例えその程度の攻撃ならば何人こようとも突破などさせない⋮と、
757
無言の圧力がダンテの全身から溢れていた。
因みにダンテが空けた隙間はフレイが陣取り、兵士達の攻撃を避け
ながら一歩も引かない。
個体としても優秀な彼等は、数を物ともせずに蹂躙して行った。
騎士ですら相手にならない。その事実は兵士達に戦慄と恐怖を抱か
せた。
﹁お嬢様、程々になさいませ﹂
そう忠告するダンテもコウランが嬉々としてこんなイキイキとした
表情は久しぶりに見た。
以前の修練の加護にてステータスが半減され、溜まっていた今まで
の鬱憤も晴らしたいのだろうと検討をつける。
﹁久しぶりだから良いじゃない。
それに良いリハビリ相手だわ⋮そうだ、ダンテ競争よ。何方が早く
倒すか⋮のね!﹂
758
言うなり飛び出して行ったコウランの後ろ姿を見送った。
﹁やれやれ⋮仰せのままにお嬢様﹂
苦笑しつつも、活発なお嬢様は魅力的で美しいと再認識させられた
ダンテであった。
コウランが粗方の騎士達を倒してしまったのを確認したダンテは、
途中から大盾を背中に取り付け、槍捌きのみで兵士を圧倒する。
ゴブリンエース
バックラー
レア級に相応しい精鋭小鬼スピアは鋭利な斬れ味を誇る。
素早い槍捌きで兵士の革の鎧や鉄製の小盾なども貫通し、屍を積み
上げていく。
この戦いの合間に冷静に分析をしながら、考えていた。
ここの兵士や騎士達にはどうやら魔法を使える者がいないようだ。
また、戦技も習得している者の方が少ないようだと判断した。
相手側の本当の戦力はまだ奥にいるな⋮と、気を引き締める。
実際は騎士や兵士達はそれほど弱い相手では無い。
練度を積み重ねた騎士と兵士達はこの私有地では其れなりの実力者
なのだが、既に第3職業に就いているダンテにとっては動きも攻撃
も遅く感じていたし、少し物足りなく感じていた。
対人戦術においてもレベルアップを図る為、ダンテは周りを見なが
ら、コウランにとっては慣れない前線での攻防⋮特に防御のアドバ
759
イスを行っていく。
一瞬の油断が死を招く。そんな実戦にて経験を積んで貰う良い機会
⋮お嬢様に前線を任せる試金石には丁度良い相手だと考え直した。
コウランは快進撃を続けていたが流石に複数人を相手取り、攻撃ば
かりも出来ない時もある。
ノクターナル
そんな時は相手の攻撃を躱す躱す躱す⋮の連続だ。
それに時折コウランの着衣している軽鎧の魔石の効果なのか、当た
りそうになった攻撃でも僅かにズレてくる攻撃を仕掛けてくる兵士
もいた。
防御においては今まではダンテに頼りきっていた。
前へ出ること自体、訓練でしか練習した事が無かった。
危ない時や力押しになった時はダンテからアドバイスが時々飛んで
くる。
スタ
避けきれない攻撃の場合の対処や防御の組み立て方などを実戦にお
いて身体にどんどん吸収させていった。
ミナ
戦いを始めてから結構な運動量は増え続けているが、以前と違い体
力が切れる事もなく戦い続けられている。
軽い汗はあるが、身体が温まったくらいにしか感じず、疲労感は全
くない。
︵身体が軽い⋮本当に羽根が生えたようだわ︶
その事実に少しの油断が生まれた。
760
余裕を持って避けた兵士の長剣をウォーメイスで振り下ろして砕く
と、その隙を狙って攻撃を加えてきた騎士の槍がコウランの脇腹を
襲う。
気付いたと同時に槍に向かって前進しながら、間一髪のギリギリで
躱す。
逆に懐へと入り込み、尖った柄を騎士の前胸部へと叩き込んだ。
そのままもんどり打って屈んだ騎士の頭部を、ハエたたきで叩く様
に横面をウォーメイスで打ち払う。
隣にいた兵士を巻き込み洞窟の壁に叩きつけられた騎士は、顔面は
グシャグシャになり、もう動く事は無かった。
﹁⋮まだ動きに無駄がありますね。お嬢様﹂
﹁確かに今のは際どかったわ⋮﹂
︵しかし、ソウマやレガリアちゃんはいつもこんな事をしてたのね
∼︶
短い時間でどんどん学習していくコウランだったが、焦りが拭えな
い。
その考えを読んだようにダンテが答える。
﹁ソウマやレガリアは例外だとお思い下さい。
お嬢様は確実に成長なさっています。焦らずお進み下さいませ。﹂
761
自分の未熟と焦りを正される。
軽い笑みを浮かべて、実戦の中でレベル以外の自身の技術を磨く為、
次の相手に取り掛かった。
762
狂乱兎・複合式
不利な状況であった戦いだったが、1人欠ける事なく洞窟内での戦
いは終了した。
コウランは掠り傷程度の手傷は負ったが、自身の回復魔法にて直ぐ
に回復済みだ。
手早く騎士と兵士の集団全員を戦闘不能にした為、逃亡者などは出
させなかった。
最後の方で手加減をして生き残った騎士1人を縛り上げ、情報収集
のための尋問を開始する。
﹁貴方達の鎧と盾に刻まれている紋章は、アデルの貴族のものでは
無いなわね。どこの所属なのか答えなさい﹂
コウランは元貴族の嗜みとして⋮と言うのは建前で、面倒事を回避
するために、行く先々の土地・地域での貴族の紋章を出来るだけ覚
えている。
しかし、この紋章は覚えがなかった。
しかし、騎士達はどうしても口を開こうとしない。
﹁賊め、我にこんな事をして只で済むと思うな⋮﹂
口を開けばこのセリフしか出て来ない。気丈にも脅しには屈しない
763
と言うことか⋮。
時間が経つほど此方には不利な状況になる。ダンテは情報の引き出
し方をどうするか考えていた。
そのようにコウラン達が騎士の尋問を担当してくれている間、フレ
イは周りを警戒している。
レガリアは散らばった武具と死体を一箇所にて集めていた。
殆どの武具は破損していたが、弓兵が使っていた弓と矢筒は無事だ
った為、其れは弓補正︵C︶が有るので使わせてもらう事にした。
手に入れた樫木製のウッドボウを弦を引いてみる。
手入れはしっかりとされていたようで弦も良い張りを感じる。
直ぐに使えるように矢筒は邪魔にならないよう腰に回した。
残った矢は全部で40本近く。念のため矢には全てポイズンリザー
ドの毒を含んだ血液を付けてある。
軽装の弓兵に感謝を込めて、これは有難く使わせて貰うことにした。
ミミック
レガリアは1度本体である魔法生物でる宝箱の姿になった。
大きな口を開いて、美味しそうに舌で死体を飲み込み、貪り始めた。
クヂャ⋮ボリボリ⋮ガリと、咀嚼音が響いていく。
764
所謂グロい光景が拡がっている。
レガリア
コウランやダンテは、魔物とは言え魔法生物が流石に人間種を食べ
る事に対して多少の忌避感がない訳ではない。
レガリア
だが最初の頃は兎も角、アデルに来てからはずっとパーティとして
一緒に戦ってきた仲である。
蓄積された信頼関係もあるし、此れまでも魔法生物は魔物・人間種
問わず喰べてきたのだ。
此れくらいで損なわれる関係では無い。
フレイも羨ましいそうに眺めていたが、コウランからは待てが掛か
っていた。
心なしか寂しそうにしていたので、この件が終わり、時間が出来た
らフレイと共に美味しい獣を探そうと狩りに誘う。
念話を通して繋がったのか、レガリアを見て頷くフレイは嬉しそう
だった。
兵士達を大量に喰べたが、それ程強い者がいなかったので味は不味
くはないがイマイチ⋮と感じていた。
またこの魔法生物状態の維持を兼ねる為にも一部を魔力に変換した
為、その分を除けば少量の経験値にしかならなかった。
ハイフレ
一応武具と騎士達は経験値の他、微量に体力に対するステータスが
上がったので良しとしていた。
イムオーガ
あぁ⋮口直しに御主人様のアイテムボックスに収納されている上位
炎鬼が喰べたいと痛切に食欲を刺激されたレガリアだった。
765
レガリア
捕捉だが修羅鬼形態で得た経験値は本体である魔法生物形態に微量
だが反映される。
しかし本体で得た経験値は、擬態した修羅鬼などには反映されない
のだった。
そのため、本体のレベルを少しでも上げたい為に︻体内吸収︼スキ
ルで効率よく経験値を溜め込んでいた。
現在レガリアの本体、魔法生物としてのLVは現在77。
これまでの戦いを得て様々なモノを喰べてきたが、これ程内包する
潜在能力の高いレガリアは一体どのような進化や成長を遂げるのか
⋮ソウマの為にも少しでも強くなりたいレガリアは、ひたすら一心
不乱に自らを鍛え上げる努力をしていく。
因みに咀嚼中に目隠しされていた騎士は想像力が刺激されたようで
⋮何をしているのか分かったのだろう。微かに震えていた。
目隠しを解くと、思い描いた通り先程まであった大量の屍が見当た
らない。
丁度目隠しを外した騎士は、ガツガツと携帯食料を美味そうに喰べ
ているフレイを目撃する。
766
フレイが同胞を食べたのだと勘違いしたようだが、フレイの体長を
考えてもそれは無理である。
正常な判断が下せていない事がよく分かったが、好都合なのでその
まま勘違いさせておく。
蒼ざめた顔色で先程の元気はない。
元同僚が喰われていく様を感じさせることになってしまったが、こ
のお陰により、信憑性の疑問はあるが幾つかの情報を吐き出し、こ
の私有地での案内を頼めた。
手に入れた情報の1つに、彼等は余所の国からの亡命者達であるこ
とが分かった。
何十年も前に共に逃れてきた貴族と共にこの私有地にて匿って貰っ
ているようだ。
それと近年スカウトされて此処に来たミハイルとは同郷だと分かっ
た。
ミハイルは祖国では有名な錬金術士だったそうで、国でも秘匿され
ていた錬金術の研究で優秀な実績を残していたが、次第に狂人的と
も思える研究を繰り返して、実質国からの追放処分を受けていた。
騎士も何故この地に彼がいるのかは知らないと必死に答えていた。
767
この件についてはミハイル本人の話を信用して情報を統合するなら、
錬金術の研究者としてこのアデルの私有地に呼ばれたと思われる。
しかし、それは何故なのかはハッキリしていない。
レガリア達の捕獲の為の後詰部隊であった彼等は、途中傷を負って
壁にもたれているミハイルを発見した。
ミハイルはこの研究所における第一人者であり、最高責任者の所長
であるということだ。
事情を聞くとともに回復魔法を使える者が直ぐにミハイルを回復さ
せた。
隊長が何名かの精兵をミハイルの護衛として付け、研究室と呼ばれ
る最重要レベルの立ち入り禁止区画へと向かったようだ。
情報を得ていく内に尚更、今踏み込まなかったら危なかったかも知
れない。
しかしこの先、嫌な予感しかしない⋮全員が同じ気持ちだっだ。
溜息をついたダンテは座り込んでいた騎士を立たせ、ロープで拘束
した状態で歩かせた。
ここから先へは、この通路を抜けて実験場と呼ばれる場所を通過し
てミハイルのいるであろう研究室へと入らなくてはいけない。
768
ダンテ達との戦闘が開始された頃、合流した兵達に守られながら研
究室へと呼ばれる場所へと辿り着いたミハイルは、兵をそこに待機
させて1人奥へと入っていった。
少し進むと設置されている巨大な大扉が見える。
扉が開き、中に入ると洞窟とは思えないほどの広さを誇る空間があ
った。
室内には白衣を着た他の研究者達と無数の見たことのない機器、機
材があった。
調査により長い時の中でも痛まず、稼働している事が分かった。
しかも調べてみると現代のものより数段性能も良い事も分かり、こ
の機材をそのまま使用している。
この中に有るものは全て希少価値が高い代物ばかりであった。
中央の広い空間には壁に立てかけられた大きな筒状の水槽が何本か
横たわっていた。
様々な生物が入っており、手だけのモノや頭部だけのモノも存在し
ている。
何体かは失敗の為に破棄されたのか空の筒状のモノと、中に魔物型
769
のモノや人型も見受けられる。
その貯水槽のような筒には緑色の培養液体が満タンに入っていて、
これらは全て実験体と称された個体であり、シリアルナンバーが振
ってあった。
現在No.1、No.6、No.7、No.12の貯水槽だけが使
用されている。
そして実験体No.12は現在冒険者殲滅の指示の名の下、調整テ
ストのために出撃していた。
使われている素材一つとっても、現在では精製不可能な程外側が硬
く、透明度の高いガラスらしきモノや機器は、まさしくオーバーテ
ワン
クノロジーと呼ばれるのに相応しい。
オリジナル
﹁特別実験体を抜かした以外の実験体を起動させろ。それと私の直
属ゴーレムの起動を今直ぐに⋮だ!﹂
突然入ってきたミハイルに驚く研究者達だった。
そんな中、一際立派な白衣を着た年老いた白髪の男が進み出た。
ワン
﹁ミハイル殿、いきなりですな。何事ですか。それに若様達がもう
オリジナル
すぐお戻りになります。
ゴーレムは兎も角、特別実験体以外の全ての起動の決定権は貴方に
はありません﹂
そうな提言をした者は名をゴートと言い、この研究所の副所長であ
る。
770
自らの右腕の提言に苦虫を潰した表情のミハイル。
それに⋮と続ける。
﹁私の調整体であるNo.12を使い、勝手に命令されては困りま
す。傷が付いたではありませんか﹂
丁寧な口調だが、馬鹿にしている態度と怒りが分かる。
それでも意に介さず言い返す。
﹁ふん、所長はこの私だ。貴様のように1体にちまちま研究などし
ていられるか!
だから傷などつくのだ。
おい、それより貴様ら、この研究施設に侵入者だ。
No.6と7の起動を急がせろ。
また何かあれば拒否した貴様の責任だぞ!﹂
怒鳴るような剣幕に肩を竦めたゴート副所長はNo.6とNo.7
の刻まれた貯水槽へと手をやり、起動実験を開始した。
ゴボゴボと音を鳴らしながらチューブを伝い、緑の培養液が抜かれ
る。
そこには蒼く毛皮に覆われたシルエットが見えてきた。
特徴的な二本の伸び上がった耳と、閉じられていた両眼からは紅い
瞳が覗いている。
771
マドネスラビット
そう、此れこそミハイルが担当して創り出した新しき合成生物でも
ある強化型狂乱兎・複合式であった。
自身の研究成果に眼を奪われていたミハイルは、副所長と1人の職
員に目配せをし、そっと隠し通路から出て行った事に気が付かなか
った。
ホムンクルス
錬金術士は魔法アイテムの作成や高度な擬似生命体や魔法生物の作
成、また戦いにおいても魔法的知識があるため総合的に魔力を持つ
者が多いので才のある者は臨時の魔法使いも兼ねている事が多い。
キメラ
ミハイル自身は錬金術士として魔法生物のゴーレム系統などの作成
と、古代に存在し今では失われた技術であった合成生物技術の復活
を専攻していた。
魔法の才能には恵まれなかったが、その分研究意欲は人の倍以上に
あり、知識を溜め込み、技術を使い熟していく点については故国で
は右に出る者はいなかった。
キメラ
その才能を買われ、かつて所属していた国ではこの合成生物研究の
第一人者となって強引に推し進めたが⋮。
772
合成生物には必要な魔物や実験には予算が高く、それに併用しての
ゴーレムの開発も費用がかさんだ。
機械人などの種族に所属する自律型のゴーレムや自然に産まれたモ
ノ、迷宮以外の一般的なゴーレムを含むゴーレムは錬金術師が作成
したモノである。
魔導核の特別な加工をされた魔石や、身体作成に使われる大量の金
属や魔物素材等の調達は国家がスポンサーにならないと研究すらお
ぼつかないことが現実だ。
高価な機材も予算も使い潰し、結果が思うように得られなかった。
やがて国に追われた過去を思い出し、それがようやく清算されると
感じていた。
そして私を蔑ろにした故国は滅んでしまった。私の研究を支持し完
成させていればそんな事も無かったモノを⋮。
しかし、故国ロースアンテリアなど最早どうでも良い。
このサザン火山近郊で、大小の度重なる地殻変動を含んだ地震が起
こり、偶然にも発見された遺跡は調査の結果、作成されてから最低
でも千年の時が流れていることが分かった。
長年の月日で地形が変わったのか、強固な岩盤で隠されていたかの
ように入り口が埋められていた。
どうやらサザン火山の地熱エネルギーを使ってずっとこの場所で必
773
要最低限以外の機能を眠らせ、稼働していたようだ。
この施設に置いてある資料は風化していてほとんど読めなかったが、
ミハイルや他の研究者が何とか無事なモノを解析した結果、ここは
遥か昔の生物における高度な研究が為されていたように読み取れた。
未だにこの研究施設の作成された技術の高さは計り知れず⋮錬金術
No.1だけは発見された当時に、この水槽に
師として博識であるミハイルをもってしても一部分だけしか理解出
来なかった。
シリアルナンバー
無事な姿で残っていた貴重な実験体である。しかも、どうやら様子
からまだ生きている見たいなのだ。
他の水槽は割れ砕けていたり、中身が干からびていたり、最初から
液体だけで中身の無かったモノもあった。
遥か過去に想いを馳せる⋮当時はどれほどの研究がなされていたの
だろうか??
推測だがこの遺跡であり、研究施設に眠っていた特殊実験体No.
1のの為にあったような節があったとミハイルは考えている。
No.1⋮通称オリジナル・ワンと名称付けた個体は、資料を調べ
ていく内に驚きを持って迎え入れられた。
実質その価値に気付いている者は自分以外はいないと、他の同じ研
究者達を見下していた。
774
この施設は現在のミハイルの望みを叶える為だけにあるような技術
の産物が積み上げられている。
ようやくこの施設の設備と無事だった資料の中身と照らし合わせ、
自らの研究は成功した。
故国ロースアンテリアでは失敗した研究であったが、この特殊実験
体の細胞組織を組み込むことで拒否反応も少く低コストと能力向上
をコンセプトにした新たな合成生命体を完成させた。
そのために攫ってきた冒険者を切り刻み、解剖し、接合し、薬品を
使って実験を繰り返してきた。
何体も作り、その中でも特別優秀な個体を絞りながら数多くの実験
を繰り返す。
培養して掛け合わせた末に辿り着いたミハイルの長年の研究成果で
ある。
実験のためなら何を犠牲にしても許される。
このような考えであった故、祖国からも追われたとは思いつかない
ミハイルであった。
775
その中でも最高傑作である蒼色の狂乱兎は静かに目を開いた。
ゴブリン
No.6の貯水槽から姿を現した狂乱兎の身長は1m40cm程で
小鬼種のような大きさだ。
身体中を覆う蒼の毛皮は分厚く、並みの狂乱兎ではないような印象
を受ける。眼光はつぶらで大人しそうに見える。
2足歩行を主とする体型となっているため、不自然な不気味さを漂
わせている。
また狂乱兎特有の指先ではなく、人間のような精巧な5本指を備え
ていた。
ワン
また頭部には狂乱兎種には無い、刃のような鋭角な角が一本生えて
いる。
オリジナル
幾百の実験の結果と、この特殊実験体の組織はどの細胞にも拒否反
オリジナル
応が少ない奇跡の個体である事が、風化した文字や読めない部分の
ある資料からも判明している。
ワン
その技術をミハイルなりに流用して作られた核の部分は、特殊実験
体である神経細胞と知覚細胞を含む神経組織を培養させ、体内で増
殖させた別物になっていた。
その為見た目よりも筋力や俊敏性が向上している。
オリジナルワン
今はまだ、この特殊実験体の組織片を培養した生体組織がなければ
776
実験は難しいが、いずれ解明を進めてこの謎を明かし、代用できれ
ば自分の研究として発表しようと画策していた。
スペルオーダー
大爪双剣と量産型のチェインメイルを身に付けた蒼い狂乱
シザーズブレード
完全覚醒したNo.6は貯水槽の側に立て掛けてあった特注品の専
用装備
兎・複合式は、希少な専用器具である隷属の首輪から魔力命令を受
け、目標に向かい歩き始めた。
同時に起動したNo.7も蒼い毛並に赤の瞳を持つ同種の狂乱兎タ
イプである。
魔法の杖と思わしき魔石のついた木の杖を背負っている以外、特別
No.6と変わりのないように見受けられる。
此方も隷属の首輪を嵌め、命令通りに稼働し歩き始めた。
この隷属の首輪は協力者によって齎されたモノで、自由意志を奪い
こちらの命令のみに従わさせるという、強力かつ希少な首輪であっ
た。
高位の魔物やBOSSなどには効果はないが、新しい技術であり唯
一の先駆者として彼にはミハイルすらも瞠目し、尊敬の念を感じず
にはいられない。
また蒼の狂乱兎が揃って歩き出したその背後からは、青銅で作成さ
れた下級ながらも侮り難い強さを誇る一体のブロンズゴーレムは、
同じ素材で出来た巨大剣で武装をしている。
777
スペルオーダー
それよりも小型で両手に小盾を装備した下級のブロンズゴーレム4
体が、此方も魔力命令を受けて、ゆっくりと起動して歩き出した。
アシュレイをも殺戮できるに違いない
この狂乱兎コンビとゴーレムの部隊が相手ならば、例えA級冒険者
と言われる冒険者ギルド長
戦力だと信じている。
その他にもミハイルをここまで護衛してきた精兵達がいる。
あのレア級と思わしき全装備に身を包んだ屈強そうな男戦士や、回
復に長けるであろう女司祭達が相手でも、手こずるだろうが多少強
くとも此れだけの戦力を出せば全滅は免れないだろう。
﹁生きて帰すわけにはいかんぞ⋮﹂
特に私を傷付けたあの亜人は⋮ミハイルの頭の中には泣き叫ぶレガ
リアの姿があった。
そしてもし生き残っていたのならば、其奴で新しい実験体として研
究するのも楽しいかも知れない。
暗い復讐心ゆえその光景を思い描き、愉悦混じりのサディスティッ
クな笑みを浮かべた。
778
誰もが狂乱兎・複合式とゴーレム達を見送る中でNo.1のシリア
ルナンバーの貯水槽の中で、微笑んだように淡く輝く反応を示し、
人知れず輝いていた。
779
狂乱兎・複合式︵後書き︶
今から遠出です。誤字脱字、文章の追加、削除、修正などあとで確
認してさせて頂こうと思います。
780
狂乱兎・複合式2
薄暗い道を捕虜とした騎士を先頭に歩かせ、案内させる。
ちょっとした分岐点を超えてようやく開けた場所へと着いた。
周りには暗闇だが焼け焦げた部分と戦闘痕が見られ、つい最近ここ
で戦闘があった事を伺わさせた。
﹁どうやら先遣隊は君達の先頭にいる騎士を除いて、全滅したよう
だな﹂
その声に奥への道に立ちはだかる集団の気配を感じ取り、ダンテ達
は警戒心を一気に高めた。
此方が気付くと照明の灯りが一斉に照らされる。どうやら人間の集
団と魔物の混成部隊のようだ。
奥には大きなゴーレムや、ミハイルの依頼にあった蒼い狂乱兎が見
えた。
﹁そこで止まって欲しい。
我らはその騎士を解放を求めている。悪いようにはしない。そうす
れば⋮﹂
﹁断る。動けば騎士を切る﹂
相手が喋りきる前にダンテが短く伝える。
781
案内をさせてきた騎士は邪魔となるため、相手が動かない事を確認
しながら両手両足を縛り上げ、フレイに頼んで後方へと連れ去って
もらう。
捕虜とした騎士のくぐもった嗚咽が響く。
余程この騎士を助けたいのか、此方の方を様子を見つつも、兵士達
は動かない。
﹁解放する気はないか?﹂
再度声をかけてくる騎士の格好をした男は、最初に此方に声をかけ
てきた人物だと認識する。
男の格好は腰に差した拵えの見事な剣と、新緑色の防具一式が印象
的である。鍛え上げられた肉体が鎧越しでも一目で分かる身体つき
と、茶髪と青い瞳が何処か静かで、品のある顔立ちをした若い男だ
った。
先程の騎士が1人に、兵士は7人。背後には蒼い狂乱兎2体にゴー
レムが計5体もいた。
此方の人数はフレイを数に入れても4人。断然人数は彼方が上だ。
﹁先程の先遣隊と管轄は違うが、私はこの直属隊の一隊を任されて
いる隊長のガリウと言う。
戦いに犠牲はつきものなのかも知れない。我々も仲間を殺された⋮
そう簡単には後に引くわけにはいかない。
だが、偶然にも参加させていた我が隊の騎士が生き残り、捕虜とな
っている。タダとは言わない。
782
我々と取引をしてくれないか?
まず此方に騎士を無事渡してくれれば、君達を見逃す﹂
突然の提案に面食らう。
﹁⋮どういうつもりなの?﹂
コウランが代表して代弁する。
﹁其方が捕虜とした騎士を⋮大事な仲間である捕虜の解放を求めて
いるだけだ。
私の名において君達の安全と、なんなら金銭も払おう。どうか考え
てくれないか?﹂
その問いに答えたのはダンテ達ではなく、これまで黙ってガリウの
話を聞いていた1人の僧兵が意見した。
﹁ガリウ殿⋮ミハイル殿から命令された事は、その者達を殺すこと
だ。
若様の直属隊隊長とはいえ、明らかに越権行為にとれる発言⋮血迷
ったのか!﹂
交渉しようとするガリウと呼ばれた騎士を睨みつけていた。
僧兵を除く兵士達は、また始まった⋮と様子を見守っている。
因みに彼等は先程ダンテ達が戦った兵士達とは格好も装備も違う。
直属隊とは構成メンバーは身分の低い者が殆どだ。
783
しかし、その実力は先程戦った先遣隊よりも数段実力は上である。
集められた者達は若様とガリウに直接実力を買われ、組み込まれた
兵隊達である。その中には有名な傭兵や最低でもD級の冒険者で固
められていた。
防具は他の隊の兵士達と区別するために、全員質の良い素材で作ら
れ、緑色調でまとめられた装備を装着していた。
何故現在ガリウ達しか直属隊がいないのかと言うと、魔法が使える
希少な者や腕の立つ直属隊のメンバーの殆どは、若様と共に焔巨人
討伐へと向かった為であった。
焔巨人のドロップ品の収集とレベルアップも兼ねて、誰もいない深
夜に討伐戦を行うために出掛けていた。
順調ならば今頃討伐が完了して此方に帰還している際中だと思われ
る。
隊長であり、信頼の厚いガリウを始めとした精兵と、現在ダンテ達
が捕縛した騎士の数名とが留守を任されていた。
ダンテ達が戦った先遣隊は、この私有地を治める貴族が貸し出した
者達の騎士隊である。彼等先遣隊のメンバーは、アデル貴族とその
取り巻きで構成されている。
直属隊は身分の低い者達の集まりとして、必然的に仲が悪かった。
ミハイルの魔獣紋のネックレスに使う為のポイズンリザードを捕獲
したのもガリウが率いた直属隊である。
その際に死傷者は居なかったが、重軽傷者が幾人も出た。
特に酷かった者は回復役が足を切断する重傷を負い、命は助かった
ものの行軍にはついていけなくなったのだ。
そのため、先遣隊よりこの僧兵が最近直属隊へと急遽組み込まれた。
784
物言いをつけた僧兵は自分より若いくせに⋮大した実力もなく、ザ
ンマルカル家の兄妹に取り入っただけの名ばかりの隊長だと馬鹿に
していたのだ。
突如起こった仲間割れの状況を見て、何が何だかわからないがダン
テ達もいざとなったら対応出来るように臨戦態勢を取りつつ、成り
行きを見守る。
﹁おい、何故貴様ら黙っているんだ?こんな勝手な発言が許される
とはなんと程度の低い兵士達だ﹂
怒鳴る僧兵に、宥めるように話す他の兵士達。
﹁そう言えば貴方様はこの私有地の貴族さまより、貴重な回復魔法
を使える方として此方に編成されたばかりでしたね﹂
コソコソと兵士は僧兵の耳元に口を当て静かに話すと、嫌そうな表
情から次第に顔色が青白くかわってきた。
しかし、開き直ったのか歪んだ表情で罵る。
﹁ふ、ふん。所詮は裏切り者の不名誉貴族ではないか。だからその
ような身分に堕ちるのだ。
俺とて貴重な回復魔法の使い手⋮尚更こんな下賤な者たちとはもう
付き合いきれん。
この件はミハイル殿や若様に報告させて頂く﹂
785
そう呟いたあと、足早に去って行こうとした。
どんどんと奥へと歩き始めた僧兵に兵士達が慌てて止めようとする。
すると突如、洞窟内に緩やかな地震が起こった。
暫く全員がその場に跪く。急激な揺れだったのだが地盤沈下なども
起こらず、余震が弱まっておさまった。
﹁ここ最近地震による揺れが特に酷い⋮何かの前触れなのだろうか﹂
ガリウの発言を聞き止めたコウランは、違和感を感じた。
コウラン達はここ最近アデルにいるが、地震など起きたこともない。
ましてやこのような地震を伴う揺れなどは、初めてこの洞窟に来て
から感じたのだから。
違和感を感じた疑問を聞こうとしたが、それより先に口を開いた者
がいた。
﹁ええい、不愉快だ。小僧のような騎士隊長に訳の分からん者達の
相手をさせられて⋮侵入者の相手など貴様らで勝手にしていろ﹂
そう言い放ちながら、今度こそ奥の扉へと帰っていく。
兵士達もガリウも今度は止めなかった。
後方に控えた狂乱兎・No.6の側を通り過ぎようとした際に、す
っとNo.6が僧兵の前に立ちはだかった。
﹁ふん、何が実験体だ。このようなガラクタ⋮﹂
786
﹃オマエ、メイレイイハン⋮ショバツタイショウ﹄
﹁馬鹿な、魔物が喋っただと⋮﹂
少なくとも狂乱兎自体、それ程知能が高い魔物ではない。まして、
人語の理解できる魔物などは高レベルな存在であるため僧兵は出会
った事もなかった。それ故驚いたのだった。
No.6は手に持つ変わった形状の双剣を鞘から抜き放つ。
この剣は泥大蟹と呼ばれる魔物で片方の鋏が異様に多い。
その鋏を分解して加工した特注品の双剣である。
鎌状の大振りな部分は叩き切るために加工され、反対に残った小さ
な方の部分は切る事に特化して鋭利で細い造りとなっていた。
この蟹の素材を加工した装備は鉄に準ずる硬さとある程度の丈夫さ、
そしてその大きさに見合わない軽さを兼ね備えている。
No.6狂乱兎・複合式の武器の元となった素材の沼大蟹は、その
名の通り湿原や沼に住んでいる。
保護色のような灰土色の全身色にその身を包む硬い甲殻、片方だけ
大きな鋏を持つ体長90cmの程の蟹タイプの魔物だ。
20∼30匹で集団移動する魔物であるために、1匹1匹は気を付
けていれば中堅の冒険者でも倒せるが、1度敵対すれば敵対者を殲
滅するまで攻撃を止めない厄介な特性を持つ。
787
シザーズブレード
その魔物素材で作られた大爪双剣を両手に、僧兵の方へと一気に跳
躍して接近した。
突然の事に戸惑っていたが、咄嗟の反応で自身の武器を抜いて対応
する。
マドネスラビット
﹁狂乱兎程度に負けるか﹂
そう言って馬鹿にしていたが、何合か打ち合っていく内に、巧みな
双剣の動きに翻弄され、捌ききれなくなっていく。
遂に僧兵の武器が破壊され、致命的な隙を作る。
僧兵の表情に絶望が浮かび、死を覚悟したその時、
﹁待つんだ、No.6﹂
ガリウの制止の声と魔力を帯びた長剣が割って入り、いま首を狩ら
んと振るわれる大爪双剣を、首筋付近でピタリと止めていた。
﹁いくら貴重な実験体でも、殺すことは許さん﹂
睨みつけるガリウだったが、僧兵は助かった命に感謝する事もなく、
その場から直ぐに駆け出した。
その行動が結果として、命を縮める結果となった。
No.6と連動していたNo.7は、その隙を見逃さずに魔法を構
築した魔杖を掲げ、唱えた。
788
﹃ワレワレハ、マスター
ケナイ﹄
アースニードル
ミハイルサマ以外ノメイレイハ、ウケツ
純然たる魔力で土を練り上げて指向性を持たせた土属性魔法初級︻
土杭︼が、睨み合うNo.6とガリウの横を通り過ぎる。
直径30cmほどの錐状の土塊が2本飛来し、あっ⋮と思う間もな
く逃げていた僧兵の着込んだチェインメイルを直撃し、貫通した。
僧兵は前のめりに倒れ、ピクリとも動かない。
背中の傷口からは帯びたしい血が周りに溢れる。
ガリウが直ぐに僧兵の元と駆け寄るが⋮既に致命傷である。
必死に呼びかけ、目を開けた僧兵に自身の傷を回復魔法で治せるが
確認するが⋮力無く唇が震えるだけだった。
徐々に眼から光が消え、僧兵は息絶えた。
そっと眼を閉じてやる。
﹁優先命令権は此方に有るはずだ。何故勝手なことをしたNo.6﹂
ガリウがそう言い放つ。
﹃⋮ミハイルサマハ、アジン、イノチホシガッテイル。テキゼント
ウボウ、シタ。ショケイ﹄
789
血の臭いに興奮度も増してきたのか、2体の狂乱兎の瞳が赤から鮮
やかな真紅へと変わっていった。
﹁やはりミハイル所長の作る実験体では不都合が多い。
隷属の腕輪の効果にも頼りすぎているし⋮何より1番の問題は彼の
命令だけが優先されてしまう﹂
このような事が過去に繰り返しあった。何度も調整して欲しいと、
此方側の意見をミハイルに伝えたが聞き入れて貰えず⋮思い出した
ら溜息が出た。
故意に味方を殺したのだ。この実験体はまた同じことを起こすだろ
う。
ガリウは決心を決めた。
狂乱兎の複合式は、過去暴走の度に直属隊が葬ってきた歴史がある。
研究により、強さに特化して矯正されすぎた魔物はバランスが崩れ
るのか狂うように暴れる事がわかっていた。
強さと賢さのバランスが整った個体が現在、No.6とNo.7な
のである。
現在この実験体をベースに、新たな実験体が作られている。
﹁No.6とNo.7のデーターはすでに充分に蓄積された。
これ以上こちらの要求が受け入れないのならば⋮勿体無いが破棄す
るしかあるまい﹂
﹁えっ、ガリウさんいいんで?﹂
790
﹁⋮構わない。残念だが命令も聞かず、味方を故意に殺した実験体
など害にしかならない。
事後報告となるが⋮若様はわかって下さるだろう。
全員、構えろ!円陣体勢﹂
ミハイルノメイレイハゼッタイ。オマエモ、
キッパリと言い切ると、彼等は隊列を組み直した。
コロス﹄
﹃ガリウ⋮マスター
アジン
蒼い狂乱兎達は背後のゴーレム達を振り向き、指示を出すと同時に
戦闘体勢に入った。
どうやら指揮権は狂乱兎達に有るようだと判断する。
ガリウを中心に組まれた円陣に、小盾を両手に構えた4体の小型ゴ
ーレムが突っ込んできた。
前衛2名の剣使いとゴーレムが接触する。
ゴーレムの動き自体はさほど早くはない。戦闘慣れした直属隊の兵
士達は難なく見切り、攻撃を加えていく。
﹁くっ⋮固てぇ﹂
青銅で出来たブロンズゴーレムは耐久性に優れる。斬撃は薄っすら
と胴体に傷を付けたまでに留まった。
剣使いの攻撃が何度も弾かれる。
時にたたらを踏み、体勢を崩しそうになる。
その隙を突かせないように今度は槍使いが一定の空間以上に近付
791
いた小型ゴーレムを、槍にて体勢を崩させ、押し返す。
剣と槍使い達が作った隙を狙い、2人の大斧使いが全力でゴーレム
に振り下ろす。
大斧使いの攻撃は動きの遅いゴーレムにとって避けようがない。
小盾が邪魔をして有効打は与えられていないが、充分なダメージが
加わっている。
兵士達が順序良く連携し、4体のゴーレム相手に戦線を維持してい
る。
中央にいるガリウは目を瞑り、魔法を詠唱している。
程の範囲で戦っている兵士達に最
よく見るとガリウの真下には巨大な魔法陣が描かれている。
地面が黄色に輝き、半径10m
低限の魔法効果を与えているようだ。
設置型の魔法陣タイプなので、幸い暫くの間ならばこの魔法陣によ
る範囲効果は消えない。
兵士達はなんとか小型ゴーレムに優位性を保っていたが、その均衡
を破る存在がいるとすれば1体の巨大ゴーレムである。
支援系の中規模範囲魔法の詠唱を終えたばかりのガリウは、魔力を
消費して少し気だるくなった思考に緊張感を取り戻す。
奥から遂に動き始めた大剣を持つ巨大なゴーレムに意識を集中させ
ていた。
﹁どうやらNo.6と7はゴーレム達を捨て駒にして此方の消耗を
狙っているのか⋮﹂
792
若くして修行と訓練に励み、高い研鑽を積んできたガリウ。
騎士から法騎士へと転職した今も、厳しい状況を乗り越えてきた経
験を元に情報を分析していく。
あのゴーレムはミハイル所長が作った特別製だ。かなり手強く、小
型ゴーレムを複数相手にしている兵士達には荷が重いだろうと判断
する。
私が出るしかない。それも小型ゴーレム達と合流される前に倒さね
ば、戦線が崩壊する可能性が高い。
自らが設置した魔法陣の援護が受けられないのは辛いが⋮。
﹁皆は戦線を維持してくれ。あのゴーレムは私が相手をする﹂
皮肉なことに味方が作った自慢のゴーレムと戦うとは⋮そんな思い
を胸にガリウは愛剣を片手に掛け声を挙げ、突撃した。
倍近い身長を誇るゴーレムは威圧感を伴いながら、巨大な剣を天よ
り振り下ろした。
ガリウは正面から真面に受けずに避ける。ゾッとするような風切り
音が横切り、冷や汗が体内から湧き出た。
気持ちを鼓舞しながら素早く剣を一閃する。
並みの武器と技量では弾かれてしまうだろうが、ゴーレムの体表を
浅くだが削ることが出来た。
ガリウの持つ剣は彼の家に代々伝わる剣であり、故国ロースアンテ
リアの名匠が献上した名剣である。
ザンマルカル家当主グレンデルより、副官として先々代が長年仕え
グレンデル
てきた信頼の証として承った家宝である。
戦争に突入した際にはその当主である将軍を裏切り、お互いに刺し
793
違える事となるのだが⋮何故かこの家宝を先々代は戦争へと持って
行かなかった。
後に大臣側の策略により、ガリウの家族を人質にとられた事が判明
した。
両家は取り潰しこそなかったが、残った財産ともに国を出ざるおえ
なかった。
グレンデルは結婚しておらず、子がいなかったため、傍系である家
系がザンマルカル家当主を継ぐこととなる。
若様の代で許されたが、裏切り者として辛酸を舐め、亡くなった先
代の父のためにも若様により仕えねばならない。
寛大なる恩情は決っして忘れない。
ゴーレムのパワーは凄まじいが⋮幸い、躱しきれない程スピードで
はない。厄介だが、いずれ倒すことが出来るはずだ。
しかし、これでは時間がかかりすぎる⋮内心舌打ちしながらも攻撃
の手は止めない。その繰り返しで戦技を織り交ぜて、ダメージを蓄
積させていった。
突如起こった戦闘にダンテ達はどうするか小声で話し合う。
︵ちょっとダンテ⋮どうする?︶
794
︵これは好都合ですお嬢様。
どうやら奴らは一枚岩ではない様子⋮機を見て消耗した所を狙いま
しょう︶
予想していた答えだったが、彼女の直感がガリウに協力した方が良
いと囁いている。
何故、自身がそう思うか分からない。再度ダンテに相談する。
︵やっぱりそう思う!
でもねダンテ⋮何か引っかかるのよね⋮。それに、あのガリウと言
う男、話が分かりそうだったじゃない?
⋮彼等だけなら殺されてしまいそうだし⋮危険だけど協力を提案し
て見ない?︶
︵しかし⋮信用出来かねますよ。お嬢様。この状況下ではリスクが
高いと思われます︶
そんな会話の中、レガリアが戦闘場所へと一歩足を進み出た。
戦闘を続行している彼らの視線が此方を向いた。
︵レガリアちゃん、どうしたの?︶
︵まさか⋮レガリア、危険だ、下がるんだ︶
ダンテとコウランが突然のレガリアの行動に戸惑っている。
﹁ダンテさん、コウランさん⋮勝手なことをします。ゴメンなさい﹂
そう断ったあと、
795
﹁そこの人間達。私達がこの場を請け負います。捕虜としている騎
士も返しましょう。その代わり、ミハイルと言う私達を騙した男を
連れて来なさい。
其れが出来なければ、その場で纏めてお相手しましょう﹂
ハッキリと言い放ち、白木刀を眼前に構えた。無言でダンテがレガ
リアの方へと並び立つ。
﹁やれやれ、もしかしたらソウマがここに居たのならそうする⋮だ
ろうかと思っていた﹂
ソウマは人見知りはあるが、以外とお人好しな人間だと思っている。
そのレガリアならばもしかしたら⋮と、突発的な行動をした時に察
知する事が出来たのだ。
やれやれと、諦めの表情で笑うダンテは、既に戦闘準備が整ってい
る。
ダンテと2人、ガリウの側へと向かう。盾士系統や騎士系統に多い
戦技︻ヘイト︼は魔物などの生物の注意や敵意を向ける技だ。
ダンテはヘイトを発動させ、奥で戦っているゴーレムを纏めて呼ぶ。
此方に向かってきた小型ゴーレム2体をレガリアとダンテが各々薙
ぎ払い、青銅の硬さを物ともせずに難なく屠る。
巨大なゴーレム相手に奮戦していたガリウはその戦闘能力に密かに
瞠目した。
ダンテは意識を此方に向けさせるためにヘイトし、巨大なゴーレム
の矛先も此方に変えた。
796
赤い装備を身に纏った男が大盾を構えて、倍近い体長を誇る巨大ゴ
ーレムの大剣を受け止めた。
一歩も引かず大剣を押し返す。その一瞬の動きが止まった間に、鬼
娘が背後から跳躍し、木剣を胸部に叩き込んだ。
ガリウは木剣が音を立てて砕け散る光景を思い浮かべたが⋮現実は
そうならなかった。
木剣ではあり得ないほど鋭利な切り口で武装ゴーレムに追加されて
いた厚さ8cmのブロンズガードが切断されていた。
その威力と技術は賞賛に値するはずなのだが⋮
オーラ
﹁ん、幾ら闘鬼を纏わせても元々は木刀。斬れ味には限界が有るの
ですね⋮﹂
その言葉を聞き、ガリウは自分の価値観が崩れ去っていく音が聞こ
えたような気がした。
ガリウとて実力をつける為に幼い頃から訓練と、迷宮にて実戦訓練
を繰り返して
そのためレガリア達の実力は異常にしか感じられない。
﹁レガリア、ゴーレム種ならば中央に魔石核があるはずだ。それを
破壊するか取り出すか⋮してくれ﹂
﹁わかりました﹂
そう答えると、ゴーレムの攻撃を捌きながら魔石核を守る装甲を探
す。
中央部の装甲を手早く切り抜き、淡く光る魔石核を発見する。
797
上段から迫る大剣を大盾で跳ね上げたあと、レガリアが直接手を入
れて抜き出した。
ガタンっと振動した後にゴーレムはその役割を止め、静かに停止し
た。
彼等は何故こうもあっさりと倒すことが出来るのだ!?
彼等は確か忌々しい事にミハイル所長が実験材料の確保と銘打ち、
実験体のテストの為に連れてきた者達だったはず⋮違法行為である
事は分かっていたが、これも実験のためと黙認してきたツケなのだ
ろうか。
コレほど迄に実力のある者達だったとは想定外だった。
巨大ゴーレムを停止させている間に、コウランは残った小型ゴーレ
ムに突貫して破壊していた。
ウォーメイスの重量のある打撃を、両腕の小盾ごと防御した腕を打
ち破り、あっという間に叩き壊す。
力技だが、あっさりと半壊した小型ゴーレムは原型を留めていなか
った。
小型ゴーレムを相手をしていた精兵達も、自らの見た光景が本物が
どうか疑わしいと何度も目を擦っていた。
﹁レガリアちゃん⋮もう、思い切りが良すぎるわよ﹂
そんな視線も気にせず、コウランは溜め息ごしに苦笑しながらフレ
798
イに合図を送った。
了解したフレイは、捕虜とした騎士の拘束具を噛み切り、自由にす
る。
惚けている騎士に対して、ドンっと体当たりしてガリウの方へと突
き出した。
突き出された騎士を直属隊が警戒しながら保護する。
﹁⋮騎士の解放感謝する。しかし、此方はまだミハイルを連れてく
るとは確約していないぞ?﹂
少し困惑しながらガリウが答えると、レガリアが返答した。
﹁それならそれまでだった⋮という事でしょう。
どの道、横たわる屍が1体増えるだけです﹂
凛としたレガリアの態度に何か感じるモノがあったのか、少し考え
たのち此方へと一礼して彼らは奥へと去っていった。
アトカラ。ミハイルサマハ、オマエヲコロセト
イッ
実験体と呼ばれた狂乱兎達は彼らを追撃したりはしなかった。
﹃アイツラ
テイタ﹄
アースニードル
感情を感じさせない口調だったが、何処か嬉しそうに告げる狂乱兎
No.6。
No.7の魔杖の周りには、土属性魔法である土杭が3本浮かんで
いた。
799
マドネスラビット
狂乱兎・複合式は、ようやく最優先事項であるミハイルの命令を遂
行できる喜びと、手強い獲物に出会った時の高揚感に身を支配され
ながら、嬉々として戦闘を開始した。
800
狂乱兎・複合式2︵後書き︶
いつも更新が遅く、申し訳ありません。
801
狂乱兎との戦闘
明るく照らされた洞窟内で、ダンテが雄々しくヘイトする。
無視しきれない圧力がNo.7とNo.6に降りかかった。
ヘイトに反応したNo.6がダンテへ向けて駆け出すも、レガリア
が横合いから攻撃をしかけ、ダンテから引き離し、他の場所へと戦
場を移した。
アースニードル
その場に残されたNo.7がダンテに向けて、攻撃を開始する。
アースニードル
既に詠唱待機させておいた土属性初級魔法︻土杭︼3本を全て放っ
た。
高速で飛来する土杭に対してダンテはすかさず戦技を用いて対抗し
た。
シールドレジスト
大盾を掲げ、習得したばかりの戦技︻耐魔法付与︼と、綺麗に補修
し新たな素材を加えた事で大幅に性能が上がった炎熱鋼製の大盾に
宿りし︻忍耐・改︼を同時展開させた。
少なくないSPが消費される感覚を味わいながら、ダンテの大盾が
半透明の膜が覆う。
シールドレジスト
盾士系統にしか使えない戦技︻耐魔法付与︼は、魔法を使えない者
802
にも、その名の通り盾に魔法耐性を与えて魔法ダメージの軽減や打
ち消しを図る戦技である。
アースニードル
土杭と激しくぶつかり合う。大盾に掛けられた膜は突破される事な
く、忍耐スキルの相乗効果によって見事に対消滅して掻き消えた。
再度魔法を詠唱するNo.7に対して接近戦を仕掛ける為に駆け出
していたコウラン。
ダンテは急激なSP消費に疲労感はあるものの、戦闘に問題はない。
大盾に搭載されている手斧を投げてNo.7の魔法の詠唱を邪魔す
べく牽制する。
手斧を鬱陶しそうに躱している間にコウランが近付いてきた為、自
身に支援強化魔法を掛け終えた後、魔杖に蓄えた魔力を攻撃へと変
換した。
この魔杖はミハイルが実験体の性能テストと称し、現在のレガリア
達のように攫ってこられた冒険者の魔法使いが所持していた品物で
ある。
ソーサラーワンドと言われるレア級の1品であり、魔力鉄をコーテ
ィングして使っているため他のワンドよりも耐久性も高い。
発動する属性魔法に僅かな魔法威力上昇の他に、杖の先端部に取り
付けられてある魔石を発動魔技として装備者の魔力を込めることで、
普通に詠唱するより速く土属性魔法︻土杭︼を構成出来る事が可能
になっていた。
803
珍しい魔導士タイプの強化型狂乱兎であるNo.7は優れた身体能
力をもって普通の魔導士よりも接近戦に対応している。
ウォーメイスと魔杖がぶつかり合う。
硬質音が響くも両者の獲物はヒビ一つ入っていない。
コウランが戦闘を開始した間にダンテも槍を持って追い付いた。
重量のあるウォーメイスの攻撃と槍の鋭い攻撃は、長年に渡り2人
ソーサラーワンド
で培ってきた連携攻撃がNo.7を襲う。
時折、魔杖に魔力を込めて土属性魔法初級︻土杭︼を放つ。
身体強化と簡易魔法による防御陣を駆使してダンテとコウランを相
手に戦闘続行を可能としているものの、No.7は徐々に追い詰め
られていく。
﹁さっきのゴーレムよりはやり甲斐があるわね!﹂
コウランの攻撃を躱す隙を狙い、ダンテが先程から何度も槍による
突きを直撃させていた。
肉体まで浅く食い込むのだが、強化魔法で強化された毛皮がそれ以
アースニードル
上の侵入を阻み、ダメージを軽減させられている。
また即座に︻土杭︼で反撃してくるNo.7。
﹁やはり魔法とは厄介な代物ですね⋮﹂
魔法を使う強敵など一昔前の自分なら、お嬢様と共に立ち向かう事
なく逃げる選択をしていただろう。
手強い相手には違いない。しかし、決着が着くまではそう時間はか
からないだろう。
804
一方レガリアの方では、一対一の状況となった狂乱兎⋮No.6と
斬り結ぶんでいた。
レガリアはここまでの戦いで闘鬼術も使い、体力的にもかなり消耗
している。
普通に戦う分には問題のない戦闘能力は残していたが、それ以上の
余力は少ない。
しかし焦ることもせず、これも効率よく相手を倒す良い機会だと捉
えて戦闘に突入した。
狂乱兎・No.6の放つ双撃は、一般的な冒険者の振るう剣速を超
えていた。
因みにミランダが相手をした冒険者達は全員D級である。
その彼らがもし仮にこの狂乱兎・6式と相対したのならば、時間だ
けならばミランダよりも早く殲滅されていただろう。
高い殲滅を伴う双剣使いの職業は、実際の双剣使いは成り手が乏し
い。
それは片手ずつに剣を持って、自在に操る筋力を有する事は、単純
に並大抵ではない。
805
剣を持つ片手にかかる負担は膨大である。
また剣も最低2本は用意しないといけないため、メンテナンスや破
損の場合は金銭的にも費用がかさむ。
それに加えて技術的にも2本の剣を扱うバランス感覚も必要となっ
てくる。
センス
片手と片手に別々の重量の剣を持ち、交互に違う動きを求められる
の為、才能のある双剣の成り手は少ない。
その為、極め盾を双剣使いは攻撃役の要手として、何処からでも必
要とされる花形の職業だった。
狂乱兎・6式の剣捌きは荒々しくもパワーに富んでいる。
しかし、変幻自在に操って攻撃してくる双剣を修羅鬼形態のレガリ
アは暫く観察に徹し、動体視力と必要最低限の動作によって巧みに
躱す。
双剣を操る狂乱兎は、確かにスピードも筋力もレガリアの眼から見
ても速いと思わされた。
だが、上位炎鬼や竜鳥といったこれまでの中でも恐ろしく強かった
強敵と比べれば、自分が相手をするにはまだまだ物足りなさを感じ
ているのも事実だった。
十分に身体能力のデータは集まったと判断して、次は狂乱兎No.
6の攻撃力を探る。
これまでの収集した情報から、闘鬼術を併用すれば直撃にも耐えら
れると判断した為だった。
シザーズブレード
攻撃を喰らうなどといった恐怖などはレガリアには無く、自身の防
御能力も把握するために実際に大爪双剣をその身に受けることにし
た。
806
放たれた双撃は、レガリアの首と胴体を見事に捉える。
しかし、切断までは行かず、浅く傷を付けただけに止まった。
普通の生物ならば首筋への攻撃は、少しの傷でも頸部動脈の大量出
血や脊椎損傷など、致命的なダメージを負いかねない。
魔法生物であるレガリアには核を破壊されない限り、最終的に再生
が可能なため、それ程驚異ではなかった。
オーラ
しかし、闘鬼を纏わすことで鋼鉄並みの防御力を誇る修羅鬼の堅牢
な皮膚は、通常武器では傷つけることすら困難を極める。
No.6の攻撃能力はかなりのモノだと判断せざるにおえない。
一方、自慢の攻撃を耐え、尚且つ僅かな傷だけしか傷付けられなか
った事に驚愕しながらも、尚も連続攻撃を仕掛けてきた狂乱兎。
それらの攻撃を躱し、今度はレガリアが反撃する。
バーストプラーナ
オーラ
一呼吸の間に爆気を体内で練り上げ、その気を白木刀へと収縮させ
る。
百夜の唯一
白木刀は膨大な闘鬼を受け取め切り、見えない威圧感を増した。
バーストプラーナ
因みに爆気は、レガリア擬態のベースとなった修羅鬼
我流で開発した技である。
最初は未熟な技だと御主人様は感じていたようだけど⋮操気術に比
べれば蓄えた膨大な気を弾き飛ばすだけのシンプルな技なのだが、
何より攻撃範囲が広い。
そしてレガリアの手によって熟練度が軒並みに上がったことで、身
体能力強化に流用出来るようにもなった。
プラーナ
闘気術併用による普通の身体能力強化よりも、短期間だが練り上げ
た塊の気によって爆発的に上げることが出来るこの技をとても気に
入っていた。
807
まだ使い勝手は悪く荒いものの、成長価値のあるこの技を使い続け
ればさらなる飛躍を遂げられる筈だと確信もしていた。
危険信号を感じ取り、突如攻撃を止めて本能の囁くままに従った狂
乱兎・6式はその場を離れ、距離を取ろうと後方へと跳躍した。
︵攻撃に対する感性も上等ですね⋮この実験体と呼ばれる魔物達が
今後量産されれば面倒臭い事になりそう︶
オーラ
逃さずに追撃を開始する為に闘鬼を自身の両脚に纏わせ、跳躍する。
蹴った脚からは風のようなスピードの脚力を発揮して、瞬く間にN
o.6へと追いていく。
バーストプラーナ
完全に追いつく前に白木刀を真横に振り切った。
込められた爆気が不可視の気流となってNo.6を襲った。
予想だにしない攻撃だった為に回避すら出来ずに気流を喰らったN
o.6は体勢を崩し、錐揉みしながら空中から地面へと叩きつけら
れた。
それでも勢いが止まらず、チェインメイル等の装備が甲高い音を奏
でながら破損していく。
ようやく轟音と共に壁に激しく叩きつけられ、土煙が舞い上がった。
土煙が止むとNo.6が俯いて倒れ込んでいた。
大爪双剣は弾き飛ばされて周辺に転がり、着込んでいたチェインメ
イルは所々に穴が開き、ボロボロになっている。
レガリアは間髪おかずに接近し、喉元へと鋭い突きを放つが覚醒し
808
たNo.6に辛うじて察知され、回避された。
その際に茶褐色様の首輪に白木刀が掠る。パッキリと小気味良い音
を立てて首輪が割れ落ちた。
レガリアを睨む赤眼が僅かな命の灯火を燃やすかのように眼は鮮や
かな真紅を纏う。
溢れ出す威圧感に体毛が全て逆立っている。
No.6はそのまま無手の状態で跳ね起き、受けたダメージを感じ
させないような動きで超至近距離での捨て身の攻撃を仕掛けてきた。
怒涛の勢いで迫る高速攻撃を紙一重の差で躱す。普通の者ならば、
視認すら困難を極めただろう。
僅かなHPしか残されていない場合に限り、真紅の眼が合図で発動
するこの現象を、オンラインゲーム時では狂乱モードとプレイヤー
から言われていた。
普通の狂乱兎では攻撃力のみが20%も上がる能力だったが、この
No.6と呼ばれた個体は攻撃力に加えて身体能力が同じくらい上
がっているようだと判断する。
︵鬼の持つ︻鬼印︼スキルに近いものかしら?この能力で捨身で来
られては厄介⋮︶
ダンテ達の方でも変化は訪れていた。
身体中傷だらけとなりながらもNo.7は狂乱モードに入った仲間
の窮地を感じ取ったのか自身も狂乱モードへと移行し、コウランと
809
ダンテの包囲を力尽くで突破した。
物凄いスピードで此方へと向かってきていた。
レガリアがNo.7をも同時に迎撃しようと︻感覚鋭敏︼を発動し
た。
すると、非常に鋭くなった感覚がこのサザン火山地下奥から濃厚で
強大な生物の放つプレッシャーを感じ取った。
眼前に迫る狂乱兎など気にもならないほどに⋮。
しかし、一瞬のことで気配はすぐさま消え去った。
戦闘中であったが気を取られたレガリアは攻撃してくるNo.6を
無意識的に闘鬼術を纏わせていない状態の白木刀で叩き伏せた。
呻き声を上げて這い蹲り、その場に倒れる。
一撃を加えられた事で狂乱モードというトランス状態から解除され
たのか、体毛は元通りとなり、ぐったりと倒れ込んで動かない。
辛うじてまだ生きているようだ。
そんなNo.6を横目で観察しつつ、再度、闘鬼で感覚鋭敏を発動。
注意深く地下を探るが⋮やはり強大な気配は微塵も感じ取れなかっ
た。
その間にNo.6は自身の首筋を撫でて感触を確かめている。
観察を通してみて、此方に襲い掛かる雰囲気はもう感じ取れない。
なぜか一喜一憂するその仕草等には敵意はもう感じなかった。
810
一方No.7は狂乱モードのまま、ダンテ達の追撃を振り切り物凄
い速度で此方へと到着しようとしていた。
察知した狂乱兎No.6はこちらを見向きもせずに、落ちていた大
爪双剣を手に取ってNo.7の元へと駆け出した。
傍目から見れば、No.6がレガリアの元を逃げ出して仲間と合流
しようとしていると思われたのが⋮合流時にNo.6は突然No.
7の首を斬りつけた。
後を追いかけていたコウランとダンテは突拍子のない狂乱兎の行動
を不信に思ったが、レガリアへと合流する事を優先にした。
味方に斬られるとは思っていなかったNo.7は首筋を切られてい
たものの⋮狂乱モードは解除され、浅く傷を負っただけだった。
装備である茶褐色の首輪は魔石ごと両断されている。
近寄ったNo.6から何事か呟かれた後、ゆっくりと此方へと向か
ってきた。
警戒する一行に武器を地面へと置いて座り込む狂乱兎達。
茶褐色の首輪と武器を差し出し、
﹃ワレラ、カイホウシテクレタ。アリガトウ﹄
こうべ
聞き取りにくかったが、確かにそう伝えてきた。
狂乱兎達は、レガリアの前で跪き頭を垂れたのだ。
﹁いえ、別に助けるつもりはなかったので⋮偶然が積み重なっただ
けです﹂
811
急な展開に少し困惑しながらレガリアが印象的だった。
﹁何がどうなってるの?﹂
﹁良くは存じませんが⋮この魔物達からはもう敵意のようなモノは
感じませんね、お嬢様﹂
それでも警戒心を解かずに会話していた2人にレガリアも追従する。
﹁私にも分かりません。しかし、どうやらあの茶褐色の首輪を切っ
た辺りから敵意は感じなくなりました⋮推察するに魔物を操るなど
のアイテムだったのかと推測します﹂
︵しかし、気になるのは地下からの凄まじいプレッシャー⋮何なん
だろう︶
そう考えながらレガリアが答えると、その直後に後方からかパチパ
チと拍手の音が聞こえた。
拍手の鳴る方を振り向くと、薄暗い中から総勢30人にもなる武装
集団と白衣姿の男が2人現れた。
点灯の明るさと共に姿がより鮮明となる。
程手前
緑色に統一された武装集団は一糸乱れずに此方を油断する事なく伺
っており、この集団からは練度の高さが伺える。
拍手はその集団の奥の方から鳴り止まない。彼らは10m
モスグリーン
で一斉に止まり、左右に分かれて綺麗に整列した。
真ん中に見えるのは、まず黄緑色の髪を持つ胸の大きな亜人の女を
先頭に、大斧を担いだ中肉中背の男性と、細いが頭のキレそうな青
年が左右を固めている。
812
その中心には魔法使いと一目で解る装備をした美しい赤髪の少女と、
同じく少女と顔立ちの似た赤髪の男が煌びやかな紅と黒色の縁取り
の全身装備を身に纏いながら拍手をしていた。
﹁いやいや、御名答。まさか私の騎士団達を撃破してここまで辿り
着く冒険者がいるとはね。このアデルには︻拳嵐︼以外にも優秀な
者達が居たものだ﹂
一度拍手を止め、此方を品定めする視線を向けた。
﹁優秀な者達は良い。特に亜人は⋮最高だよ﹂
陶酔するかのように話す赤髪の男に、隣にいた少女は呆れたように
答えた。
﹁⋮また始まったわ。お兄様のご病気が。我が家の血筋なのかしら
ね?ねぇ、ジーン?﹂
﹁いえナタリー様、若様はそのお優しくも寛大なる心で全ての人種
を愛しておいでなのです﹂
ジーンと呼ばれた青年が恭しく答えた。隣では中肉中背の男が無言
で頷いている。
﹁⋮貴方達は何者だ﹂
そう尋ねるダンテは緊張していた。明らかに腕利きと解る面々だ。
精々が盗賊団風情だと見積もっていたのだが⋮自分の見通しの悪さ
813
に苦笑しながら、退路を考えていた。
此方は連戦で消耗しており、流石に此れほどまで⋮とは思っていな
かったのだ。
﹁おや、失敬失敬。私の名はグレファン・ザンマルカル。ここの最
高責任者のような者だよ。
隣にいるのは我が妹のナタリー﹂
そう言って部隊の真ん中に佇む紅と黒の縁取りをしている鎧を着込
んだ男が紹介する。
ナタリーと呼ばれた少女は軽く頭を下げ、上品な礼をした。
﹁此方は名乗ったよ。さて、君達は何故ここにいるのかな?教えて
くれないか﹂
優しい口調で尋ねられたダンテ達は警戒を解かず自己紹介をし、何
故ここに来たのかを伝えた。
話を聞いている内に白衣を着た初老の男がグレファンに頷いて説明
の補足をしている。
﹁ふむ、大体の事情はわかった。
どうやら君達はゴートに報告を受けた通りの事情で此処へと辿り着
いたみたいだね。
私が留守の間、何度かミハイルについて報告は受けていたが⋮ここ
まで深刻だったとはな。
非常に優秀な錬金術士なだけに残念だ。
取り敢えず、矛を収めて貰えないか?私も先程帰ってきたばかりな
のでね、お詫びともてなしも含めて研究所まで案内しようじゃない
か﹂
814
そう突然提案してくるグレファンに対してニッコリと笑い、ダンテ
達の反応を伺う。
﹁少し相談をさせてくれ﹂
﹁良いとも。良い返事を期待しているよ﹂
直属隊が退路を塞ぎながら両者は別れた。
その際グレファンに近づく影があった。眼鏡を掛けて白衣を着たも
う一人の若い男である。
この男は先にゴート副所長と共に目配せし隠し通路を通って先にグ
レファン達を迎えに行っていたのだ。
彼は小声で忠告してくる。
﹁若様、招くのは宜しいですが彼等を甘く見ては行けません。
なかなかの使い手だと見受けられますし、戦闘になれば此方は非常
に痛いダメージが部隊に響くでしょうからね﹂
﹁おや、若様などと他人行儀臭いじゃないか。グレファンと呼んで
くれ﹂
﹁⋮はぁ、分かりましたよ。グレファン様。私は貴方のそういった
面白い所が好きで、スカウトされた際に一緒について行こうと思っ
たんでした。
若さ⋮グレファン様にはまだ申し上げていませんでしたが、先日裏
815
依頼から帰ってきたばかりの彼の報告書を読ませて頂くと、彼が関
わった裏依頼に出てきた人物達に非常に特徴が似ています。
上位炎鬼シリーズの見事な防具に身を包んだ大盾使い。女性の司祭
に鬼の亜人。大鉈使い兼弓使いと言う変わった男はいませんが⋮裏
仕事でも腕利きの冒険者達を蹴散らし、未発見の推定B級魔獣をも
倒した人物達の特徴に似ています。
この件でギルドも貴族に対して権限をもって虱潰しに捜査が進んで
いる。もしかしたらここで彼等を返せばここも危ないかも知れませ
ん。
もしそうだとしたら彼等は充分に危険な存在ですよ﹂
グレファンはその言葉を受けて目を細めた。
最近その情報をもたらした男は、貴重な隷属契約の効果を含む隷属
の魔石と呼ばれる新しい素材や技術を提供してくれる仲間であり、
協力者であった。
グレファン達は焔巨人攻略のために攻撃手は幾らでもいたが、回復
役が非常に少なかった。
貴重な回復役は教会や国に所属していることが多く、冒険者で活動
している人材は稀だった。
また必要に応じて戦闘も熟す人材となれば、更に少なくなるだろう。
そのため、裏社会に顔の効く男に仲介してもらい、此方の希望にあ
ったフリーな人材を紹介して貰ったのだ。
それはユピテルの街にある闇ギルド︻逆巻く棘︼のマスターである。
法外な金額を請求されたため最初は短期間での仮契約だったのだが、
魔法医師と呼ばれるエキスパート職は的確な回復魔法や医療技術に
加えて直属隊の戦死数を激減させた。
816
回復役のため、実際に表立って戦う事はないため戦闘能力は未知数
だが、上位の無属性魔法を操るれる事からかなりの使い手である事
は間違いない。
また魔法医師である彼の知識も半端な量ではなく、専門は違うもの
の錬金術を交えた理論や研究過程において、ミハイルやゴートの会
話に加わり、彼なりの解釈を加えて会話出来るなど非常に博識だ。
プライドの高いミハイルにしても一目置く存在だ。
新しい解釈は躓いていたミハイルの魔物におけるキメラ計画と、ゴ
ートの人体構成進化論の実験において飛躍的な進歩を見せるキッカ
ケとなった。
これらを踏まえて、正式に私達に協力して欲しい旨と要望を伝えた。
彼の裏にいる貴族達は、グレファン達を庇護してくれている貴族だ
った事もあり、条件はあるものの限定での参加となった。
そんな彼がついこの間、貴族から懇願されて参加した裏依頼で連れ
ていったギルドメンバーは全滅。
﹁はぁ、乗り気じゃないけど⋮暫く留守にします﹂
そう言って渋々参加した彼が戻ってきたのは最近である。
依頼に参加したギルドメンバーも全滅し、彼自身は何とか逃げてき
たと告げたのだ。
暫く匿うことにし、奥の研究所にて働いてもらうことになった。
結果だけ見れば、この地域の闇ギルドの精鋭数十名とあの悪名高き
狂人のリガインすら討ち取られた事件は、関係者達に大いに脅威と
興味を抱かせた。
現在この事件は冒険者ギルドを巻き込み、持ち出された証拠ととも
817
に関係者となった人物宅にも捜査が行われているはずだ。
そんな状況で彼らを無傷で返せば、情報が漏れてここに足が付くか
も知れない。出来れば関わらない方が良い。ミハイル所長は最悪の
ことを仕出かした⋮と、この報告を受けた時に頭を抱えたものだ。
出来るならば、犠牲は出るがここで全員殺してしまった良いのでは
?と、この男は考えた上で提言したのだ。
じっくりと考えたあと、グレファンは口を開いた。
﹁⋮提言感謝するよ。それを踏まえた上で、私は彼等も此方の味方
ないし協力者にならないか?と考えている。
非常に優秀な人材なのだ。出来れば此方へと迎えたいではないか。
ミハイルのように優秀だがクセの強すぎる人材もいる。
しかし、人は使いこなしてこその人。裏切りなどを恐れていては最
終的には何も出来ないさ。
それに彼等には他に何か秘密がある。きっとそれは私達にとっても
有効であるはずだ﹂
﹁しかしグレファン様⋮﹂
﹁私の直感でしかしないがね⋮被害はあったが彼らとは決別するほ
どのものでもないはず﹂
﹁⋮若様がそうお考えであれば強くは﹂
と、若い男が答えたが、異論があるミランダが遮るように言葉を被
せた。
818
﹁若様、御命令を下して下されば、アタシが命に代えてもアイツら
を捕らえてみせますよ。
まずは対話などよりも捕らえてしまえば、アイツらに隷属の首輪な
どで支配すれば面倒な件も起こらない。それが一番良いような気が
します﹂
最後まで聞き終えたグレファンは優しく、穏やかに答えた。
﹁ミランダ⋮我々を大事に考えてくれている気持ちは嬉しいよ。有
難う﹂
﹁ならば、今すぐでもご命令下さい﹂
やる気を漲らせ、意気揚々と愛用している漆黒の手甲をバンと叩い
た。
﹁だが、待って欲しい。
出来ればそれは取りたくない手段だ。例えとるとしても最終手段と
したいんだ﹂
﹁⋮⋮⋮そう言われるのならば﹂
︵それにレガリアと言ったか⋮彼女ほど美しく、強い亜人を消すに
は非常に惜しい。是非此方の味方となって欲しいものだ︶
その小さなグレファンの呟きが、聴力に優れたミランダの耳に入っ
た。
ピクッと耳を僅かに動かせたが⋮気付かない振りを装った。
819
︵グレファン様はこう仰ったが、もし害になると判断すれば、例え
命令違反しても秘密裏に殺してしまおう⋮此方に関わっただけのア
イツらには悪いがね。
あの時、私達を助けて頂いた命を返す為にも︶
心も身体も捧げたい方の為に⋮そう心に誓い、ダンテ達の方をジッ
と見つめていた。
集まったダンテ達もここまで想定外続きである。全員で話し合った
結果、自身の身の安全を守る為にアデルの町から可及的速やかに出
る必要があるとの考えに達した。
﹁ここから無事に逃げ出してアデルの町の冒険者ギルドのギルド長
に助けを求める﹂
﹁と、なればもう一戦は辞さないわね﹂
どうやらこのまますんなりと帰してくれなさそうだとは、全員が感
じているようだ。
820
﹃ソノホウガ、ヨイダロ﹄
﹃ウム﹄
追従の声に聞き取れない発音によく見ると、ダンテ達の元にはボロ
ボロになった強化型狂乱兎が混じっていた。
そこに気付いたレガリアが最初に声を掛けた。
﹁あら、アナタ達もくるかしら?﹂
﹁って、レガリア﹂
思わず静止される。
﹁コウランさんは嫌ですか?
彼等はどの道ここで実験体として最期を迎えるか⋮それに私達と共
にくる選択をして生き残ったとしても、より強い魔物や冒険者にい
ずれ拘束されたり、殺されたりする可能性が高いでしょう﹂
﹁それならまだ生き残れる可能性がある選択肢を選ばせたいってこ
とね⋮はぁ、レガリアの考えは分かったわよ。で、アナタ達はどう
する?﹂
狂乱兎達を見て一息置いて、No.7が答えた。
﹃ワレラハ、シバラレズ、ジユウトナッタ。トモニツイテイク﹄
﹁⋮もう何も言うまい。お嬢様、取り敢えずはここからの脱出を優
先させましょう﹂
821
回復魔法を使い、傷を癒したコウラン達は皆の意見を纏め、大まか
な方針を決めた。
先程から軽い地鳴りと振動が地面をつたい、徐々に収まることを繰
り返していた。
﹁そろそろ返答を聞きたい。
此方はあくまで有効的に君達と話がしたいと思っているよ﹂
朗らかな声でグレファンから返答を求める声が届く。
此方が返答をする前に今度は地響きとと長く大きな縦揺れが起こる。
﹁頻回に揺れが起こるわね⋮何かの予兆なのかしら﹂
バトルプリースト
戦司祭のコウランが言うと、真実味が増して予言のように誰もが感
じ取れた。
実際、既に異変は研究所で起こっていた。
研究所へと続く通路の奥から慌ただしく怒声が聞こえる。
何事かと一気に場の緊張感が高まる。
不審に感じたグレファンが命令を下し直属隊が先行すると、暫くし
て傷だらけ兵士が2名を担いで戻ってきた。
ここに来る途中で彼等に事情を聞いてきたのだろう。
傷付いた彼等を衛生兵に渡したのち、保護しに向かった年配の責任
者がすぐさまグレファンへと報告に来た。
﹁若様⋮大変でございます。
彼等からの情報では突如研究所の壁から割れ目が発生し、そこより
822
魔物の大群が現れたとの報告がありました。
現在ガリウ隊長と残留した兵士、警備ゴーレムが設備と研究員を守
る為に交戦中とのことです﹂
その言葉にその場にいた全員が驚く。
﹁お兄様、どうなされるの?﹂
ナタリーが聞いてくる。
余り考えている時間はない。
状況は不透明だが切迫した雰囲気に引き締まったグレファンの表情
は、すぐに援軍を向かわせる事を決定させた。
突如魔物の群れの襲来⋮自分の知らない所で何か始まろうとしてい
た。
﹁こうなっては仕方がない。君達をおもてなししたかったのだが⋮
こんな状況だ。出来ず申し訳ないが巻き込まれない内に帰った方が
よいね。
皆、徹夜明けですまないが、此れからもう一働きしてもらうよ。で
は、お先に失礼するよ﹂
ダンテ達にそう声がけて研究所に向かおうとすると、突如この場に
そぐわない緊張感のない声が聞こえてきた。
﹁いやいや、そんなことはサセネーし?﹂
そこには灰色のローブに黒光りする大きな杖を持つ、奇妙な仮面を
823
被った背の低い人物が立ちはだかっていた。
824
狂乱兎との戦闘︵後書き︶
いつも遅くなって申し訳ありません。
825
奇妙な仮面の人物︵前書き︶
いつも読んで下さる皆様、有難う御座います。
慌てて投稿しましたので、誤字脱字が多く読みにくかったら申し訳
ありません。
また読み返して直して行きたいと思います!
826
奇妙な仮面の人物
洞窟に突如現れた背の低い人物は、大きな杖をポンポンと叩いた。
﹁数ヶ月前から付近で強い魔力反応があると思って調べてみたら⋮
ここいら周辺を辿ってみれば此処にまだ生きた魔族の遺跡があった
んだよね。
調査していたら地中深くに機能が停止したアビスゲートを発見した
までは良かったんだけども⋮いくら魔力を込めても調べてもゲート
が開かなかった。
それで仕方なく戻ってきたら、遺跡に驚いたことに人がいるじゃん?
で⋮この遺跡について何か情報を知ってたら教えてくんない?﹂
置かれている状況を考えずにモノを喋る人物に、一同は警戒心がよ
り強くなった。
﹁さっきからお前は何を言っている?何者だ⋮何処から来た﹂
直属隊がグレファン達の前に壁となり、警戒している。
﹁ありゃ、その反応は何も知らないっぽいネ。やっぱり自分でコツ
コツ調べなきゃ駄目か﹂
ファイアーボール
そう言って、サッと大きな杖を一振りすると周辺に燃え盛る火球が
幾つも出現した。
﹁馬鹿な⋮詠唱など無かったぞ﹂
827
ファイアーボール
驚く周囲を可笑しそうな口調で笑いながら、杖の先端を近くの兵士
へと向けた。
﹁バイバイ∼﹂
ファイアーボール
火球は高速で飛来して兵士達に直撃する。
躱すことも出来ずに焼け焦げた死体を量産していく。
攻撃は尚も止まらず、その後も近くの兵士達に次々と火球が襲い掛
かる。
盾を構えるが防ぎきれるはずもなく⋮悲鳴が飛び交い、歴戦の兵士
達が一時的にパニック状態になる。
それを防いで場を静めたのは、無数の水球を飛ばし、火球を相殺さ
せたナタリーだった。
﹁総員、戦闘準備しなさい。
第2班は研究員と負傷した者を優先にこの場を離脱。
残った者達は私を守りなさい﹂
ナタリーが指示を下す事で、兵に落ち着きが戻る。彼女は矢継ぎは
やに魔法詠唱を開始していた。
ナタリーが得意とするのは、守りよりも攻撃魔法を主に置いた水属
性魔法である。
詠唱中の水属性中級魔法︻ウォーターカッター︼は現在彼女が使え
る水属性魔法の中で1番最高の威力を誇る。
一定の水圧で押し固め、魔力で凝縮させた水で刃を形成して相手を
828
切り裂く。
難点は魔法構築における難易度が高く詠唱に多少の時間は掛かるが、
その分威力は他の中級に比べて高い威力を誇り、BOSSである焔
巨人戦でも活躍してきた中心魔法だ。
ウォータープロテクション
その間火球がナタリーを襲うもの︻水護防御︼の魔法を掛けられた
兵士数名が何とか火球を防いでいた。
彼らが代わる代わる盾となる事で詠唱時間を稼ぎ、放たれる水刃。
己へと向かってくる水刃を避けようともせず、大杖を持っていない
方の手で片手を突き出した。
その手で接触した水刃は被弾したと同時に露のようにかの人物のロ
ーブを濡らすだけに止まった。
よく見ると突き出した手には不気味な眼玉の様な宝石を付けた指輪
がはめられている。
﹁まさか⋮いえ、吸眼の指輪?それもグリードアイ製の﹂
魔眼の魔物と呼ばれる目玉型の種類がいる。
生息数が少なく希少な魔物である種は、ここより遥か北に生息する
固有種である。
その中でも亜種に属し、魔力を吸い取る事が出来る珍しい魔物の一
種をグリードアイと呼び、別名魔法使い殺しとも呼ばれている。
仮面の持ち主の左指にはめられている装備は、その生体素材を加工
したアクセサリーである。
魔力を吸い取るドレイン系のアクセサリーは下位から上位まで効果
は様々であり、実戦レベルに使えるモノは闘技大会などの賞品にも
出される魔術師ならば垂涎の品。
﹁御名答。君って物知りだね。
829
属性や魔力の質にもよるけど、中位くらいの4属性魔法なら問題な
く吸い取れる便利モノだよ。
昔どこぞの闘技大会に参加した時に貰った品でさ∼今の人間達には
作れる人が少ないらしくてね、迷宮産みたいだよ﹂
唯の野良魔法使いではなく、かなり高レベルの相手のようね⋮ナタ
リーは警戒レベルを最大までに引き上げた。
仮面の人物はこの人数差も脅威とは感じていないようで攻撃を中断
し、ナタリーとの会話をし始める。
︵この相手は、少なくとも私達の知らない情報を幾つも持っている。
この遺跡は只の研究所ではなかったの?まだ地下があるだなんて⋮。
なるべくそれも引き出しながら時間と情報を集めなくては︶
ウォータープロテクション
ナタリーは話に付き合いながら、水護防御を自身に掛けて隙を伺っ
ていた。
最初の魔法で2名が焼け焦げ、この魔法を掛けても火球に耐え切れ
ずに戦闘不能になった兵は5名もいた。
研究所へと続く通じる道へ退避出来た者を含めると、今ここにいる
戦力は20名を切っている。
魔法で無理ならば、人海戦術を仕掛け、相手の魔法を使わせないよ
うにするしかない。
戦いの最中グレファン達は波状攻撃を掛けるべく少しずつ包囲出来
るように兵士達を動かしていた。
幸い、包囲される事も気にせずに仮面の人物はナタリーとの会話を
楽しんでいた。
830
ミランダ達︻拳嵐︼は一斉攻撃の際に突破口となるため、各々は淡
々と準備を整えていた。
包囲がようやく完了した頃に、かの人物は機嫌良さ気な声で話し掛
けた。
﹁ずっと調査で地下に籠りきりだったんでね。久しぶりに楽しい会
話だった。
では、もう遊びはお終い。
囲んでくれたお礼にトッテオキを披露⋮って、うげ⋮スゲー魔力吸
われるじゃん﹂
大杖を天上へと掲げると、杖の先端部に埋め込まれた大粒の魔石が
光り輝いた。
同時に天より魔法陣が描き出され、高温度に熱せられた隕石が6つ
覗く。
とんでもないスピードでサザン火山の地表に降り注ぎ、爆発音を奏
でた。
周りを包囲していた直属兵を巻き込んで凄まじい揺れと熱波が襲い、
同時に破壊音が辺りに響く。
そして唯一この場で外界へと通じる路であった通路が崩れ落ち、更
に岩石と土砂が外界との通路を塞いだ。
﹁嘘⋮こんな魔法なんて見たことも聞いた事もない﹂
土埃を払い、ようやく揺れがおさまった辺りを見渡すと、先程まで
は無かった円形のクレーターが6つ地面を穿っていた。
相手の魔法の原理はわからないが此れほどの威力を持つ魔法は、殲
831
滅魔法といった上位系統の魔法に違いない。
現代魔法理論では考えられない規模の破壊⋮同じ魔法使いであるが
ゆえ、分からない事が恐ろしい。
恐怖を抱きつつ真っ先にその危険性に気が付いたナタリーは、絶句
ウォータープロテクション
に近い表情と共に呟いた。
ナタリーは水護防御を掛けていた為に熱波による余波を防げたが、
包囲陣を組んだ兵士達は例外なく直撃を喰らい、跡形もなく全滅し
ていた。
グレファンは直ぐに異変を感じたミランダ達に抱えられて、その身
をその場を逃れていた。
後方に控えていた数名の兵と共に退避した為無事である。
惨状を目の当たりにして歯軋りを抑えながら、恐怖よりも怒りを以
ってグレファンは仮面の人物を睨み付けた。
﹁一掃するつもりだったのに、随分と生き残っちゃったね⋮面倒に
なるし仕方ない﹂
そう言って首を揉みほぐしながら、片手に持った大きな杖を地面に
突き刺した。
すると大きな地鳴り音と共に地面が大きく盛り上がり勢い良く裂け
た。
地中から土煙を上げて這い出て来た2匹の巨大な魔蟲。
それぞれが黄金の甲殻に覆われた全長8メートルの巨躯をさらす。
その大きさに否応にもBOSSクラスの圧迫感を感じる。
頭部には突起物と4つの複眼。裂けている大口には大小並んだ牙が
見え、キチキチと歯ぎしり音を奏でている。脚は無く、どうやら蛇
のようにくねらせて移動するようだ。
頭頂の突起物に光るモノが見えた。よく見れば魔獣紋の刻んである
832
装具が付けてある。
ともすればこの巨大な魔物は野生の魔物では無く、この人物がテイ
ムしている可能性があり⋮強敵の出現に固まるグレファン達。
﹁︻メテオラ・フォール︼を受けて生き残ったんだからね、運がい
いよ。
だから、このまま魔法で一掃する事は止める。
その代わり、この子らに生きながらにして喰い殺される感覚を味わ
いながら⋮死ね。
さっきの魔法で一瞬で死んだ事を後悔するだろうけどね。これ以上
魔法を使ってこの場を傷付けるのも避けテーし。
アビスゲートの機能を調べる為に一度部屋に戻って準備を整えてく
るから、魔蟲共、あとはヨロシク﹂
一方的にそう言うと、懐からクリスタルを取り出して地面に叩きつ
けた。
ガラスが割れるような音が鳴ると同時に眩い光がその場を覆い、全
員が目を開いた時には姿が掻き消えていた。
﹁何だったんだ、アイツは⋮﹂
そんな事を呟くよりも、魔物が命令を受けて動き始めた。
どうやらノンビリ考えている暇は無いらしい。
2匹の内の1匹の黄金色の魔蟲は、直属隊を目掛けて身体をうねら
せてながら移動してきた。
その動きは素早く巨躯を活かした横薙ぎの攻撃を行う。
何度か避けていたが、遂に逃げ切れないと判断して盾を構えて防御
した兵士を纏めて吹き飛ばす。
833
そして、何人かを蛇のように巻き付いて締め付けた。
悲鳴を上げる仲間を助けようと、大斧を持った兵士と剣使い達が駆
け寄って一斉に攻撃を加えた。
斬撃や戦技による攻撃は黄金の甲殻を捉えるものの、甲殻に傷付け
る事も叶わず、殆どの攻撃を弾いた。
それでも諦めずに攻撃を加え続ける。鬱陶しく感じた黄金魔蟲が放
つ尻尾の横薙ぎをマトモに喰らい、兵士達が吹き飛ばされていく。
後方からミランダも雷光を迸らせながら駆け付ける。
﹁ちぃ、デカぶつが!私が相手だよ﹂
﹁落ち着きなさい、ミランダ﹂
ミランダ達︻拳嵐︼が更に前に出ようとした所で、同時に駆け付け
たグレファンが押し留めた。
﹁この魔物は物理防御が異様に高い。皆の攻撃も余り通用していな
いようだ。
ここは魔力武器を持つ私と︻拳嵐︼が相手をしよう。
ナタリーはこのまま直属隊とゴート達を率いて至急研究所の援軍に
向かってくれ﹂
﹁お兄様!戦力の分散は危険ですわ。それに魔法による攻撃には少
なくないダメージが与えられています。そうであれば⋮私が此処に
残ります﹂
834
ウォーターカッター
先程からナタリーは水属性魔法による攻撃を開始していた。
水刃は黄金の甲殻を突破し、少なくないダメージを蓄積させていた。
魔蟲はダメージを与えてくる魔法を警戒して、一定距離を保ちなが
ら威嚇音を出して此方を伺っていた。
﹁ナタリー、どうやら研究所では何かが起こりつつあるようだ。
ガリウならば我々が来るまで持ち堪えてくれていると信じている。
しかし、時間は有限だ。最悪研究所が落ちればまだ脱出路が残され
ている我々の勝機が無くなってしまう。
何度も言うが時間がない。我々が此処に総員で残るより、研究所へ
援軍を送って彼方の安全を先に確保する。
研究所での戦闘は魔物の群れだそうだが、状況が不透明だ。
なればこそ、ナタリーの魔法の力があれば戦況はすぐに覆るはすだ。
ここは大丈夫、必ず魔物を倒して必ず追いつくから⋮心配せず、我
らの帰還を待っていてくれ﹂
優しく妹の頭を撫でていたグレファンは、名残惜しそうに手を離し
た。
﹁必ずですよ。お兄様﹂
﹁皆、ナタリーを頼むよ﹂
涙目に直属隊を纏め、背を向けて駆けて行った妹を眺めたのち、魔
蟲へと振り向いた。
魔蟲は自身にダメージを与えた存在が遠ざかっていく事を感じ、の
そりと此方に警戒しながら近付いてきていた。
﹁さて︻拳嵐︼よ、私と共にあの無粋な魔物相手に戦闘の調べを奏
835
でよう﹂
グレファンは両腰に凪いでいる細身だが片刃の付いた双剣をスッと
抜いた。
刀身は鈍色の魔力の淡い光を帯び、薄っすらと輝く。
﹁御意﹂
﹁若様の御心のままに⋮﹂
﹁はは、グレファン様の華麗なる双剣演武、拝ませて頂きます﹂
巨大な魔蟲相手に怯むこともなく、4人は相対した。
レガリア達も遠くに離れたいた為に直撃は避けており、熱波を最小
限のみ受けただけで、全員無事だった。
辺りに怒号と悲鳴が飛び交う中、もう1匹の黄金色の魔蟲は隅にい
たレガリア達をターゲットにしていた。
836
長い胴体を揺すりながら迫る巨大魔蟲は、まずはコウランを目掛け
て向かってきている。
﹁あら、私が一番弱く見えるからかしら?良いわよ、来なさい﹂
その言葉が合図となり、戦闘は開始された。
迫る黄金魔蟲の噛みつきを躱したコウランは、ウォーメイスを振り
向きざまに全力で叩き込んだ。
鉄製の鎧をもウォーメイスで凹ませてきたコウランだったが、同じ
攻撃は甲殻を少し凹ましたものの、分厚い筋肉にウォーメイスが弾
き返された。
﹁痛っ⋮見掛け倒しじゃないようね﹂
コウランのウォーメイスを持つ手は痺れていた。
即座にお返しとばかり、胴体の先を尻尾をしならせて反撃してくる。
巨躯から繰り出された豪快な1撃は、風を凪いで轟音を奏でる。
慌てて回避し間一髪で直撃を免れたが、通り過ぎた風によってコウ
ランがよろけたぐらいパワーは凄まじかった。
ダンテが大盾を構えながら近寄る。注意を此方の方へと向ける為に
黄金魔蟲にヘイトする。
コウランに再追撃しようとした黄金魔蟲は、ダンテに引き寄せられ
た。
ダンテが盾役を熟し、コウランは遊撃役兼回復役を担当。
837
レガリアとNo.6は接近戦を仕掛け、No.7は初級の土属性魔
法︻土杭︼を放ち、注意を逸らさせる。
衝撃は通るものの、土属性に強い耐性があるのかナタリーの水属性
魔法よりはダメージを与えらていないように見受けられる。
オーラ
レガリアはダンテが引きつけている間に尾側に回り込み、限界まで
白木刀に闘鬼を込めて何度でも斬りつけ続けた。
しかし黄金の甲殻に攻撃力の殆どをいなされ、鋼鉄をも切断する威
力は甲殻と筋肉の壁によって各所へと分散させられ、大したダメー
ジにはなっていない。
これ程高い物理防御力を誇り、亜竜の如く巨大な体はここ一帯の魔
物のヒラエルキーの中でも上位の方では無いだろうか?
本来ならばこんな所にいるレベルの魔物ではないのだろう。
自身の傷んだ大太刀を使う事に一瞬の躊躇はあったが、白木刀をア
イテムボックスへとしまい込み、愛刀に持ち替えて再度接近戦を挑
んだ。
なるべく刀身に負担をかけないために︻蒼炎︼は発動せず、修羅鬼
形態の炎熱攻撃による付与補正︵極︶のみを刀身に宿して斬りかか
る。
炎熱伝導が充分に伝わり、紅く染まりきった大太刀の刃は黄金の甲
殻が弾かんと拮抗した。
しかし、この斬撃には強力な太刀補正︵AA︶も加わっており、一
瞬の抵抗のもと深く傷付けた。
838
ちなみに鬼種族専用の闘鬼術は、鬼族の中でも先天的にしか獲得で
きないレアなスキルである。
人族の闘気術に似通っており、武器よりも肉体の身体強化に付与す
る方が補正が非常に高い。
普通の人族では闘気術を肉体に使える事は出来ても、操気術などの
ように高い補正で武器や防具などに纏わす事は非常に難しい。
それに例え纏す事が出来ても操気術に比べて弱い事から、非効率的
であるとされており、道場などでも基本教えてはいない。
オーラ
レガリアは擬態の素体となった修羅鬼が、我流ながらに闘気を操り、
バーストプラーナ
研鑽精通していた事でより強力な固有の闘鬼術に目覚める。
オーラ
また類稀な戦闘センスを宿していた肉体の為、爆気のような肉体強
化以外の技術や、不完全ながら闘鬼も武器にも纏わす事が出来た。
それ故現在も扱いが非常に難しく繊細であるが、使い熟せば今より
少ない体力などで使える技法である。
オーラ
オーラ
残り少なくなった闘鬼を、回避や防御に回す闘鬼をも捨て自身の攻
オーラ
撃のみに関しての闘鬼を纏い直す。
闘鬼の緻密な気が身体中の細胞を活性化させ、全ての感覚を動員し
て刹那の間に黄金魔蟲の背後へと到達した。
その結果、渾身の力を込めて振り抜いた一太刀は、黄金魔蟲の甲殻
と筋肉をスッパリと切断することに成功する。
使役されてからというもの黄金魔蟲は主人に従い戦い抜いてきた。
その戦いの中でも傷付けられた事もあったが、堅い甲殻に護られた
肉体には痛痒など感じた事は無かった。切断されるという、生まれ
て初めて味わう痛みに絶叫を上げてのたうちまわるが、即座に怒り
に燃えた4つの複眼はその原因を作ったレガリアを捉えた。
切断された胴体から液体が零れ落ちるのも構わずに、生物を溶かす
839
ために生成された強酸を口から複数吐き出す。
︻見切り︼スキル発動によって酸を何とか回避するが、攻撃に全て
を使い果たした身体は満足な運動能力を残していない。
そして不運な事にレガリアが斬り落としたはずの胴体が不規則にし
て飛び跳ね続けていた。
意思のない不随運動のように飛び跳ねていた胴体は、咄嗟に回避し
てきたレガリアを巻き込み、下敷きにして押し潰した。
そんなレガリアを横目で確認したが、ダンテにも余り余裕は無かっ
た。
強酸の大粒がダンテ達へと襲う。
大盾で受ける事はせずに、全て横へと転がりながら回避する。
強酸が飛んだ地面にはジュッ⋮と地面が溶け抉れている。
その威力をみれば下手な初級魔法よりも強い攻撃力を秘めていた。
不運だったのはNo.6だった。
初めて見たレガリアの大太刀による太刀筋に見惚れてたが故に、予
想だにしなかった強酸攻撃に対して反応が遅れた。
初見の攻撃をギリギリ躱したものの、レガリアが下敷きとなった瞬
間を目撃し、愕然として動きが一瞬硬直してしまった。
そのため、続けさまに吐き出した酸が襲った時には回避行動が間に
合わず、頭部に降りかかったのだ。
大爪双剣で頭を咄嗟にガードしたが、完全に防げなかった強酸が身
体のあちこちを焼け爛れさせ、硬い毛皮も溶けて煙が上がっていた。
その場で蹲り、余りの痛みとダメージに動けずにいた。
840
狂乱モードさえ発動出来ない程のダメージを負ったNo.6はトド
メを刺される事は無かった。
その前に駆け寄り、ダンテが立ちはだかって防御体勢を取った。
即座に腰に付けていたポーションの蓋を開けて中身をNo.6へと
降りかけた。
アースニードル
そして目撃していたNo.7は少しでも黄金魔蟲の関心を此方へと
向けさせる為に、最大展開させた3つの︻土杭︼を同時に操って4
つの複眼へと集中させた。
アースニードル
首を振って躱していた黄金魔蟲だったが、限界を超えて連続放出し
ていた︻土杭︼が、運良く複眼の一つに命中して片目を潰す。
ドロリと潰れた片目越しに殺気を撒き散らす黄金魔蟲はNo.7を
睨み付け、口を大きく開けて襲いかかった。
迫る黄金魔蟲にNo.7は、魔力欠乏と魔法の連続酷使と言う荒技
が負担となり、自身に向かってくる脅威に対して何の防御もとれな
いまま、糸が切れたように前のめりに倒れ伏す。
ポーションを降りかけたのち、コウランへと回復行動を任せたダン
テは、時折放たれる酸による攻撃を躱しながら、体当たりの攻撃を
戦技︻盾打ち︼で対応する。
最初よりも弱まっているが、生命力が強く上半身だけでも4メート
ル強もの巨躯を誇り、侮れない。
ハンドアックス
戦っているうちにNo.7へと注意を向け其方を向いた時に切断さ
れた切り口が見えた。
No.7に襲いかかる際に大盾から手斧を取り出して牽制のために
投げつける。
スナップを効かせた一撃は切り口へと吸い込まれる。
斧の刃先はテラテラと体液を流す筋肉にブッスリと喰い込んだ。
841
新しい痛みに直ぐ様反転して、ダンテへと向かってきた魔蟲は突進
する。
至近距離にて大盾を構えてしっかりと防御体勢をとる。
大盾は非常に頑強に作られている為に殆ど損耗はなく、また補正の
為に大幅に能力が上がっている。
半分くらいになってはいたが、身体の全体重をかけた体当たりはダ
ンテの身体を弾き飛ばそうと圧力を掛けてくる。
これまでの経験と強化された盾補正のお陰で何とか力の流れを逸ら
していく。
何度か衝突を繰り返すが、ダンテは持ち堪える。拉致があかないと
踏んだ魔蟲は時折酸攻撃を交えてくる。
何度か防いでいる内に飛沫が上位炎鬼製の装備にかかる。
レア級装備であったとしても、表面から僅かな煙を上げ損耗してい
く。
身体に影響はないものの、ゾッとする感情が身を襲う。普通の者の
装備ならば既に死んでいる。
受け続ける攻撃に精神が消耗させられていくが、それでもダンテが
逃げ出さずにいられるのは、彼が幼き頃から慕うお嬢様が背後にい
コウラン
るからである。
彼女がいる限り、何人たりとも其方へ向かわせてはならない。
レガリアの姿が先ほどから見えない。No.7が倒れ、No.6は
コウランが中級回復魔法を駆使しながら化膿止めの薬を塗り込んで
応急手当中だ。
治療中の時は集中しているため、使役魔物であるフレイはコウラン
の万が一の守りとして主人の側に控えている。
現在、残る戦力は俺のみ⋮守護盾士は守りに非常に強力な補正がか
842
かった職種だ。
また生まれつき魔力が弱く、MPが少なかったダンテでもこの職業
を得る事で自身の持つ戦技と応用力の幅が増えた。
今日何回使ったか判らぬ程の盾の戦技と、守護盾士としての能力を
駆使して立ちはだかる。
﹁来い!!﹂
そう叫ぶダンテはもう恐れなど微塵もない。槍を片手に1人、黄金
魔蟲と相対する。
バーストプラーナ
巨躯の下敷きとなる寸前、レガリアは地面に接触する前に不十分な
練り上げいない爆気を咄嗟に真下に放ち、地表面に少しの窪みを作
る。
そこへ身体を潜り込ませる事で、押し潰される直撃を避け、受ける
ダメージと衝撃を軽減させていた。
スケイルメイル
己の修羅鬼状態の装備と身体の確認をする。赤い鱗鎧は左肩の部分
が破損が酷く、胴部と腰部にはヒビが入っていたが動きに支障破損
ない。
あの重量の下敷きとなったにも変わらず、この程度の破損状態で済
843
んでいたのは奇跡である。
幸い両腕は折れてなかったが、左肩の動きが悪い。また鋼鉄のガン
トレットは落下時の衝撃の為に凹んでしまい、使い物にならず脱ぎ
捨てた。
ポイズンリザート
頭上を覆う巨躯は疲弊したレガリアの腕力では持ち上がらなった。
急激な空腹感を覚えたレガリアはアイテムボックスから食物を取り
出そうとした所で⋮この頭上を覆う巨躯をアイテムボックスへと収
納出来ないか?と思い付く。
既に元の肉体から離れていたのか、すんなりと黄金魔蟲の切断され
た部位は収納された。
すぐに食べたい衝動を我慢しながら穴から飛び出した。
どれくらいの時間が経過したのか判らないが、戦闘音は聞こえてお
り、ダンテ達は生きているようだった。
大盾を主軸に守りに徹し、槍を片手に黄金魔蟲相手に1人戦いを挑
んでいた。
攻撃を良く防いでいるが、時に咬まれたり捨て身の攻撃を仕掛けら
れ、カバー仕切れない部分や酸による攻撃を避けきれなかった装備
から煙が上がっている。
ダンテの背後ではコウランの姿既になく、応急手当後は邪魔になら
ない所まで退避して治療を続けていた。
自由に動けるようになったダンテは、隙あれば槍で甲殻部位を集中
攻撃し、黄金魔蟲の体力を削って確実にダメージを蓄積させていた。
844
オーラ
状況を把握したレガリアは、残り少なくなった最後の闘鬼を両脚に
オーラ
纏わせる。
両脚に闘鬼による活力が漲り、内側から爆発するような錯覚が襲う。
その感覚を制御しながら自身の限界以上の力を引き出して黄金魔蟲
の背後へと襲い掛かった。
端の複眼でレガリアの接近を察知した黄金魔蟲は、自らを傷付ける
可能性が一番高い個体を優先順位にしている。
体液を流しながらその存在の攻撃を何とかくねらせて躱そうとした
が、ダンテが戦技︻盾打ち︼にて体勢を僅かに崩す。
風の如く飛び込み、背面を捉えたレガリアは、重要臓器を含む為1
番堅いであろう背部甲殻を目掛けて上段から袈裟斬りにする。
甲殻と刃がチェンソーのような削った金切音が響き、大太刀を持つ
手に激しい抵抗が伝わる。
ゴブリンエース
肉体を切り裂かれ、堪らず上体を仰け反った黄金魔蟲。
ゴブリンヒット
その隙をここぞとばかりダンテが精鋭小鬼スピアを構えた。
槍に宿る常時発動型の武技︻小鬼痛打︼を発動させて、大きく開い
た口内を目掛けて全力投擲した。
装備者よりも大きい相手に対して攻撃力が増大する特性を活かした
武技スキルは、赤い残光を放ちながら口内より脳天へと突き刺さる。
体内に破壊魔力が浸透し、存分にその威力を発揮した。
﹁手斧が喰い込んだ通り、体内は柔らかい﹂
暫く暴れていたが、やがて力尽きたのかぐらりと頭部が落ちる。振
動と共にぐったりと倒れ込んだ。
845
オーラ
連戦の後に黄金魔蟲との戦闘⋮スキルと闘鬼術の酷使によって、流
石のレガリアの残存体力とHP、MPは底を付きかけていた。
︵全てが美味しそうな食材に見えます⋮お腹が空き過ぎました︶
直ぐにでもむしゃぶりつきたい感情を我慢しながら黄金魔蟲に近寄
り、レガリアがアイテムボックスへと回収した。
遠くから戦闘音が鳴り止まず、グレファン達の方を見ると彼等は連
携を取りながら戦っていた。
ミランダが雷撃を纏いながら超スピードで舞っている。
彼女の一撃一撃は甲殻を劣化させ、脆くしていた。
中肉中背の戦士はその事を理解しながら、ミランダに翻弄されて他
を攻撃出来ない黄金魔蟲に重斧を的確に加えてどんどん弱らせてい
く。
物理耐性の高い魔蟲は全身がボロボロになっていても戦意は高く、
時々酸を吐く等して暴れることをやめない。
グレファンの双剣や重戦士の重斧は魔力を宿している逸品らしく、
非常に硬い甲殻に対して浅いながらも傷を付け、時折弾かれる事は
あっても武器には刃こぼれは無い。
スクロール
そして一人離れた場所で、青年の持つ魔法を封じ込めた巻物が激し
く発光して、属性魔法による魔力光を伴って燃え尽きる。
使い捨ての稀少な巻物だったが惜しげもなく使うことで、黄金魔蟲
846
に更なる痛手を与えていた。
彼らの持ち味を活かしたとても鮮やかな連携は、黄金魔蟲を確実に
死へと突き動かしていた。
そう時間は掛からない内に彼方の決着も着きそうだ。
手助けはいらないと判断したレガリアとダンテは、コウラン達の元
へと戻る。
﹁回復魔法は万能じゃないって痛感したわ﹂
そう残念そうに伝えるコウランだった。
座り込んでいたNo.6は見ると、両腕と両脚、青く硬い毛皮に守
られた身体には飛び散った酸により、少し禿げた部分が見え隠れし
ていた。
大爪双剣を盾にして咄嗟に頭部を庇ったお陰で、脳にダメージも無
くマトモに喰らわなかった⋮生命は助かったがその代償は大きい。
酸によって溶けた大爪双剣の右手剣は持ち手しか原型は残っておら
ず、持っていた右前腕部の状態も酷い。
左手は焼け爛れた痕もあるものの、回復魔法にて機能の支障は無い
までに回復していた。
ただし右腕はダメージが大き過ぎて回復魔法ではこれ以上の回復効
果が見込めず、このまま放っておいたら壊死していく可能性が高い。
コウランは、No.6に右腕の切断ないし除去しなければ回復魔法
の効果が薄く、出血が止まらず腐り落ちる可能性を話す。
自身の状態を把握していたのか、切断に対して迷う事もなく頷いた
No.6。
右前腕を前面に差し出して切ろうとしたが、回復したのばかりの自
847
身の左手では充分に力が入らない。
これでは切断するまで何度でも右腕を斬りつける事になって、切断
までに何度も激痛を負わせる。
コウランは、No.6の左手から小ぶりの大爪双剣を取り上げた。
﹁私がやるわ。覚悟してね⋮かなり痛いわよ﹂
布を口に噛ませた後、せめて切断箇所を最小限に留めるように⋮一
瞬で済むようにと、右前腕部に狙いを定める。
片手でNo.6の右腕を押さえ、掛け声のもと骨と筋肉とを切り離
した。
とめどなく出血が溢れ、激痛に耐えているNo.6の痛みをなるべ
く感じさせないように、回復魔法を手早く掛けていく。
創部からは肉が盛り上がり、切り離した傷を完璧に塞ぐことができ
た。
今後切り離した部分は生体再生魔法などでしか治せない。
使い手はカナリ高位の司祭や神官に限られ、今のコウランには使え
ない。またこの魔法の恩恵を受ける為には非常に高額な金額と社会
的ステータスが必要だ。
コウランにとってこれが現在出来る精一杯の事だった。
返してもらった大爪双剣の片割れを左手に持ち、素振りをしながら
動作を確認するNo.6。
戦闘には参加は出来るだろうが、著しく戦闘能力は落ちるだろう。
﹃コウラン⋮タスカッタ﹄
848
短い一言だったが、感謝の気持ちがよく伝わってきた。
処置が終わった所で頃合い良くグレファン達が戦っていた方向から、
眩い光を纏ったグレファンの双剣が舞い、黄金魔獣の断末魔の咆哮
が聞こえてきた。
﹁ようやく倒せたか⋮時間を食ってしまった。急がねば﹂
グレファン達の全員の身体には至る所に生傷や咬み傷があった。
特にミランダは右腕がダラリと脱力しており、腫れていて力が入っ
ていないようだ。
倒された黄金魔蟲は甲殻に大小の様々は傷と、致命傷になったであ
ろう腹部から尻尾にかけての傷が抉れていた。
ダンテがその技量に感心しているとグレファンが寄ってきた。
﹁君達も倒したようだね。私達は早速研究所への援護に向かう。
閉じ込められた我らに残された道は、研究所にある隠し通路しかな
いからね﹂
そう短く言い残して、グレファン達は直ぐに立ち去ろうとする。
コウランは僅かに逡巡したのち、彼等を呼び止め、全員に回復魔法
を掛けた。
全員の身体に回復魔法の効果が働き、傷を癒していく。長年回復魔
法を使い続けていたコウランの技量はベテランである︻拳嵐︼メン
バーをも驚く程の回復量を誇る。
ミランダは無言だったが、重戦士と青年は共にコウランに黙って黙
849
礼した。
グレファンからは笑顔で礼を述べた後に、揃って研究所へと続く道
へと駆けて行った。
見送ったコウランはダンテとNo.7それぞれに回復魔法をかける。
特にダンテの身体には打ち身や皮下出血で紫色に所々変色している。
特に盾を持っていた左腕や指の骨折などと酷い。
回復したダンテはずっと攻撃を受け続けた装備の点検を行っている。
この1ヶ月で、今まで潜り抜けてきた戦いより濃厚な日々だった。
身を守る上位炎鬼シリーズの防具にはまた傷が増えていたが、補修
がしっかりとしてあった為に留め具や機能は問題ない。
粗方点検が終わると、その後について2人で意見交換を始めていた。
No.6は兵が持っていた手頃な大きさのスチールソードを拾い、
左手で感触を確認しながら素振りを始めた。No.7は研究所方面
への警戒から奥で見張りをしている。
グレファン
彼等の倒した黄金魔蟲は横たわり、急いでいたので素材も剥がされ
る事なく放置してあった。
その巨躯には大小様々な傷が付いており、素材となりそうなモノも
少ない。
まずは頭頂の魔獣紋の装具を外し、素材となりそうな無事な部位を
手分けして剥ぎ取っていく。
終わったら素材以外は空腹感の激しいレガリアが有難く頂く事にし
た。
そして、焼け焦げていない緑装備の直属兵や装備、また最初に出て
きた回復魔法の使い手の死体をついでに喰べる。
黄金魔蟲の肉を咀嚼する度に、レガリアの中で高濃度の魔力が満ち
850
溢れる。濃厚な味に夢中で口に頬張れば、噛めば噛むほど脂の旨味
と肉の旨味がバランスよく⋮傷付いた甲殻やクリッとした複眼など
はバリバリと硬めの歯応えもあって、良いアクセントになっていた。
8メートルもの巨躯を全てを食べ切るまで少し時間はかかったレガ
リアだったが、美味しく頂く事が出来た。
ミミック
高レベルだと思われる魔物だったため、レガリア本体のレベルや防
御ステータスも軒並みに上がり、更に宝箱の形態を構成する身体構
築部分にこの黄金魔蟲の甲殻が取り込まれ、本体の防御力が底上げ
された。どんな状況下で生き残る為にも防御力のアップは必要な事
だったので満足のいく獲物だった。
また、本体のレベルがもう少しで100近くまで達成しそうな予感
を感じていた。
解放感を味わいながら、次に何体かの直属兵と装備品を食べる。
殆どは︻体内吸収︼スキルにて経験値にしかならなかったが、回復
役の兵だった死体を食すると、レベルアップと共にレガリア本体に
スキルが発現した。
キュアライト
初級回復魔法︻回復光︼
狂乱兎を支配していた割れた首輪からは︻呪い耐性︼を得ることが
出来た。
体力魔力とも全回復する事が出来たレガリアは、アイテムボックス
に残ったポイズンリザードや巨大なブロンズゴーレムを非常用食料
としてアイテムボックスに残しておく。
この戦闘では様々な情報を得る事が出来た。特に気になる事柄を確
認する。
851
﹁ところで⋮アビスゲートって何のことなのかしら?﹂
﹁聞いたことも無い言葉でしたね﹂
︵⋮以前、御主人様から聞いたことがあるような?太古の封印だっ
たかしら︶
黄金魔蟲を召喚した人物が話していた内容に出てきた言葉だ。
レガリアには聞き覚えが微かにあった。
ソウマがここにいたら、その言葉を聞いてこの世界の成り立ちを思
い出していただろう。
エルダーゲートの成り立ち⋮世界に纏わる重要なストーリーに関係
のある言葉だからだ。
この言葉の意味は後に判明することになる。
周辺を見渡すと、魔法使いが使った魔法により、天から降ってきた
爆ぜる隕石の衝撃で出来たクレーターが見えた。
その破壊の規模から、とんでもない威力の魔法だった事が改めて解
った。
クレーターの跡ではキラッと光るモノが見える。
近寄って調べて見ると15cm程に小さくなった光沢を放つモノが
落ちていた。
銀光に輝く物体は吸い込まれそうな不思議な魅力を放っていた。
結局のところ、誰も︻鑑定︼などの系統スキルが無いので、結局何
かは分からないままだった。
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ギルドに持ち帰り、この物体を調査する必要を感じたが⋮僅かな量
しか無いし、手掛かりは少ないから無駄だろうと思ってもいた。
何より︻体内吸収︼スキルがその物件を吸収したいと反応している。
珍しい反応に、レガリアは全員に断りを入れてから、その全てを口
に入れて頬張った。
コリコリと感触を口の中で楽しみながら嚥下する。
コレは喰べた方が良いと強く直感が囁くだけあり、スキルを手に入
れた。
ギベオンメッキ
︻隕鉄膜︼
ミミック
本体である宝箱に新たに追加されたスキルを確認しながら、今後の
対応について話し合う。
改めて外へと通じる通路には土砂と岩石で埋められており、外界へ
行くには研究所に行くという選択肢しか無さそうである。
土砂も岩もアイテムボックスに収納を念じてみると、収納は可能で
あったが、土砂の量も多すぎるために繰り返して進んでも出口へと
辿り着くには時間がかかり過ぎる。
また、下手に収納し続けて進んでいては再度新たな土砂と岩に埋も
れる危険性が高く、生き埋めとなる可能性が高いとの結論に至った。
﹁結局帰るには彼らの後を追うしかないってことね⋮異論はあるか
しら?﹂
コウランから問いに対して他の案の意見はない。No.6とNo.
7に先導されながら一行は研究所方面へと向かった。
時折、奥から怒号や戦闘音が聞こえて来る。戦いはまだ終わってい
ないみたいだ。向かう速度を上げる。
853
研究所を塞ぐ巨大な扉は壊れていた。その周辺には倒れている兵士
が2人と青銅製のゴーレムが半壊した状態で機能を停止していた。
扉の中を潜ると見た事もない程の白い空間に、折り重なるようにし
て倒れている魔物群。僅かに人の死体も見えた。
見渡す限りは黒一色。黒色の甲殻類のダンゴムシ系のような昆虫型
の魔物だ。
体長は90cm程で這いながら動いている姿は不気味だ。
兵の死体やよく分からない機材も関係なくこの魔物が喰べているら
しく、頭部から伸びる2つの太い触角を器用に動かし、突き刺して
破壊してながら進んでいる。
移動スピードは遅い代わりにこの触覚を操るスピードは素早く、こ
の魔物の数も多いために油断していれば手痛い攻撃を喰らうことに
なる。
直属兵はこのクネクネとした触手のよな触覚に剣や斧を用いて反撃
しているが、硬い皮膚に対して彼らの持つ武器では傷付けているも
のの、大きなダメージを与えられていない。
中央には円陣を組んで中央の研究員を護る兵と魔法陣を貼ったガリ
ウ、残った青銅製のゴーレムが応戦している。ガリウ達からはずっ
と続く戦闘に疲労の色が隠せていないが士気は然程落ちてはいない。
彼らが主人と仰ぐグレファンの妹たるナタリーも中央にて防衛に参
加しているからだ。
彼女も大分疲労困憊で魔力を使い果たしたのか杖で身体を支えてい
るが、叱咤激励を護る兵達に下していた。
854
そこに援軍として駆けつけたグレファン達が挟み込むように、周囲
から襲い掛かる魔物相手に各個撃破していた。
グレファン達は総勢15名程で其処にゴーレムが2体加わり対処し
ている。
いかんせん魔物の数が多すぎて新たに出現した魔物に対して対応が
追い付いていないようである。
割れた壁穴からはまた10体ほどが新たに出現し、中央にいる者達
を包囲しようとしていたが、先に此方に気付いたようで、向かって
きた。
﹁よくもまぁ此れだけの魔物が⋮これもあの黄金の魔物を操る人物
の差し金か?﹂
﹁うげ、気持ち悪いわね。さっさと潰さなきゃ﹂
動きは然程早くは無いが、小さな脚でカサカサと動く姿はコウラン
には気持ち悪く思えていた。
ダンテがため息を吐き、己に喝を入れ直した。
取り敢えずこの群れを討伐しない限りは先はない。
硬い皮膚を重ねた装甲状の魔物だったがダンテが槍を繰り出すと、
アッサリと重ねた皮膚を貫通して薙ぎ払った。
コウランはウォーメイスで叩き潰していく。ピギッと破裂音を鳴ら
しながら緑の体液が飛び散り、軽鎧に付いて気持ち悪そうにしてい
たが。
現在敵の魔物は見渡す限り50体はいる。殲滅戦が開始された。
855
奇妙な仮面の人物︵後書き︶
もう1、2話で纏められたらソウマ編を始めたいと思います。
856
贖う者 前編︵前書き︶
今回、色々な視点が絡み合います。
自分の頭の中では設定が決まっているのですが、それに関して文章
が足りなくて何のことか分からなかったり、読みづらかったり、文
章が表現仕切れなかったりしていたらごめんなさい。
857
贖う者 前編
部屋を埋め尽くす程の黒色の魔物は時間はかかったものの、全て討
伐された。
グレファン達も疲れ果てていたが、兵士達も含めて無事だった。
ただし白い壁紙の部屋の中の機材を含めて、殆どは破壊されており
復元する事が出来ないモノは放棄するしか無かった。
研究者達は愕然していた顔をしていた。特にミハイルはブツブツと
呟き続けており、一層暗い雰囲気を醸し出していた。
ガリウや直属兵が中心として守っていたこともあり、中央部に配置
してあったNo.1と書かれた細長い筒状の貯水槽は無事であった。
その中には緑の液体と淡く輝いている肉片が納められていた。
不思議な光景に目を奪われていると、ミハイルと研究員達は言い争
う声が聞こえてくる。
﹁わからんか!此れだけは何としても持って帰るんだ﹂
﹁しかし所長、この巨大な貯水槽ごと持ち運ぶのは無理です﹂
オリジナルワン
﹁ならば、特別実験体を諦めろと言うのか馬鹿どもめ!﹂
語尾を荒くし、何度も平行線を辿る会話を前に、遂にグレファンが
介入しようとしたが、それを制してゴード副所長が会話に加わった。
﹁ミハイル殿、少し落ち着きなさい。
858
まずは我々の脱出路を確保してからでは遅くないはずですよ?
ここで言い争っていればまた魔物が襲ってくる危険性もある。それ
は貴方にもわかっていましょう?﹂
苦虫を潰したような顔をしたミハイルは、ゴートへと向き直る。
﹁⋮ゴードよ、研究のコンセプトは違うが同じ実験体を前にした貴
様にならば解るだろう?
この個体がどれほど希少で掛け替えのないモノなのか⋮が。
この細胞に適合出来た者は劇的な変化⋮いや進化とでも言うのか、
ええぃ、間違いのなくこの世界に革命をもたらす。
この実験を進め、適合者を生み出し続けていけばいずれ⋮確立する
オリジ
ことが出来れば永久に我らの名が世界に残ることとなる⋮そんな類
稀な名誉を諦めろと言うのか﹂
最後の方の口調は嘆願に近いものだった。
ナルワン
﹁⋮それはよく分かっていますとも。私の研究は貴方と違って特殊
個体の細胞を活性化させ、弱めた細胞の一部を移植して実験体に施
した性能を測ることにあります。
適合した人体は例外なく、性能が非常に上がる事を確認している。
結局のところ細胞が適合する副作用にも耐え、生き残ったのは、致
命傷を負った︻拳嵐︼メンバーだけですがね。若様があの時運んで
来られ、嘆願されていなければ彼等は助からなかったでしょう。
それによって実験が進んだのは皮肉な事ですね。
個々によって特徴的な変化を及ぼすのかミランダは瞬発力を含む筋
力向上や動体視力が強化され、ヤラガンは自然治癒能力の長けた体
を授かり、多少の傷など回復しながら気にもせずに活動出来た。
ジーンに至っては元々の優れた知覚能力の拡大が見られる等、個々
859
に渡って移植した結果が違う。
どんな原理が働いているのか、解き明かす事に私も反対はありませ
ん﹂
そう区切り、ゴードは自らの考えに耽る。
︵この変化は身体が細胞を受け入れて適応したといっても過言では
ない⋮寧ろ其の方がしっくりと説明が付くのではないのか?
最も彼等が協力してくれた実験データーを基に新たに開発した新薬
は、念の為に残してありますが⋮どんな副作用があるのか確認は出
来ていませんからね︶
﹁だろう?ならば何としても⋮﹂
ミハイルが喜色を浮かべたが、それを遮るように断言する。
﹁問答している時間はありませんぞ。ここで死にたいのならば止め
オリジナルワン
は致しません。
それに特殊個体も貯水槽から離れれば徐々に細胞は弱り、肉片すら
存在を保つことすら難しいでしょう⋮なれば、捨て置く方が良いの
です。
幸いにて我らには研究成果が残っている。取り敢えずは良しとして
も良いのでは?﹂
そう諭すようように問いかけたゴードは沈黙を決め込んだ。
此処まで言っても分からなければ、最悪置いていくしかない⋮とま
で考えていた。
錬金術や研究における知識はともかく、元々一人歩きの過ぎる性格
のミハイルは、誰かが手綱を握らなくては暴走し過ぎるのだ。
860
その為、今の今まで秘密通路すら彼にだけは秘密にしていたのだ。
他者からも最近のミハイルの行動には目が余ると、苦情も多い。こ
こで勝手な行動をするなら害にしかならない⋮彼にとってのターニ
ングポイントであると言えた。
じっとミハイルの回答を待つと、自分の中で整理が付いたのだろう。
﹁やはり捨ててなど置けない。これが誰かの手に渡るくらいなら、
今持ち出して腐らせた方がマシだ﹂
オリジナルワン
そう言って特殊個体の液体を抜き、貯水槽から勝手に取り出した。
手頃な容器へと液体ごと移し替えて兵士に持たせていた。
この行動により、大いなる災難が彼等を待ち受ける事になるのだが
⋮この時点ではまだ知る由も無かった。
ゴードは盛大に溜息を吐きたかったがなんとか我慢し、密かに溜息
をつく。
ようやく自体が動くと思い直して、気を取り直した。
ミハイルはようやく辺りを見渡した。レガリアを見たときに骨を折
オーラ
られた恨みを思い出して睨み付けたが、不快に感じたレガリアは眼
に闘鬼をかけて逆に睨み返す。
圧迫感が身を襲い、膨大な冷や汗を隠すかのようにその後目線をN
o.6と7にも気付き、当たり前のように命令を下した。
﹁No.6、7よ、来い。
私が命ずる。任務を失敗したお前達を許してやろう。今後は我々を
死ぬまで守れ﹂
勝手すぎる言い分と傲慢な態度にコウランが怒る。
861
﹁何勝手な事を言ってるのよ、そんな馬鹿な言う事聞くはずないで
しょ﹂
﹁馬鹿だと!この小娘が⋮私を誰だと思ってるんだ。
実験体のテストに過ぎない分際で偉そうにモノを語るな﹂
再度口論が始まり、グレファンが慌てて止めに入った。
﹁双方待ってくれ、コウラン嬢、貴女の怒りは最もだがここは脱出
が先だ。
ミハイルも、彼らはこの死地を救ってくれたのだぞ。丁重に詫びて
生きてここを脱出するのが先だ﹂
黙ったものの、お互いに納得していない事は明らかだ。
ミハイルはあらかさまに此方を無視し、戻っていった。
コウランは背を向ける事で視界に写らなくした。
︵なんなの、アイツは⋮︶
見えなくなる事で少しは溜飲が下がったが、プリプリとした表情は
変わらず、怒りの衝動をなんとか押さえ込んでいた。
やりとりを見ていたグレファンが申し訳なく感じていたが、まずは
撤退の段取りを説明し、彼らと共に脱出することへの了承を得た。
撤退の準備に取り掛かるグレファン達を横目に、する事がなく手持
862
ち無沙汰のレガリアは、サッサとダンゴムシのような魔物の皮をそ
の場で器用に剥き、つるんとした肉にかぶりついて消化していた。
炎熱攻撃付与スキルを使用して軽く炙ったりもしたが、特別美味し
い訳では無かったのが残念だった。
蟲型の魔物を食べているレガリアに対して、捕食を見慣れていない
直属兵達は奇異の目線を送る。
生物的な嫌悪感がこみ上げるが気持ち悪さを抑え、自分達の仕事を
優先する為にレガリアに視線を向ける事を極力避けた。
レガリアは20匹ばかり喰べた所でやめ、壊された機材をも口に運
んで微量でも自身の経験値へと変えていった。
壊されていた機材の中でも貯水槽と思わしき破片は稀に希少な金属
を使った金属もあるのか︻体内吸収︼スキルが反応し、其れ等は結
構な量の経験値へと変換された。
この事に気を良くしたレガリアは周りを気にしつつも、喰べたよう
に見せながらアイテムボックスへと残骸を回収していった。
特に眼を付けたのは彼らが特殊個体と呼んでいた肉片が入っていた
貯水槽であった。
︵あの箱を彼等が捨てるのならば、私が貰ってしまいましょう︶
暫く時間が過ぎ、大まかに撤退の準備が出来た面々は最終の荷物を
纏め、支度を整えていく。
準備が完了したと判断したグレファンはゴートに命令し、壁に巧妙
に隠されていた脱出路へと続く扉のボタンを押させた。
863
すると音もなくスッと白壁が開き、奥へと続く通路が開かれる。
先に研究員達が書類や持ち運びの出来る機材と数名の兵に守られな
がら通路へと駆けていく。
﹁お兄様、お先に﹂
﹁グレファン様、先へ行って安全を確保しておきます﹂
順々へと駆けていく研究員と兵を眺めながら、ガリウと起動ゴーレ
ムに守られながらナタリーが通路を渡っていった。
最後に残った研究員の男性とミハイル、グレファン達とコウラン達
が通路へと向かう。
殿を務めると宣言したレガリアは、黄金魔蟲戦での腕前を認められ
ており、誰もが納得して任せてくれた。
彼らが駆けて行った後、直ぐに用事を済ませて追い掛けていく。
レガリアが去った後、通路は自動的に閉じて静寂を取り戻した。
864
彼等が去ってから暫くした後、静まり返った空間に魔力による揺
らぎが生じ、輝く魔法陣が形成された。
その魔法陣の中央には奇妙な仮面を被った人物が姿を現した。
﹁あれ、召喚しておいた魔蟲の気配を感じない。ふぅーん、アレを
打ち破ったのか⋮やるじゃん﹂
そして、何かを探すかのように歩き回る。
戦闘でボロボロになった室内から、研究書や資材を手にとっては捨
てるを繰り返す。
何度か同じことを繰り返し、壊された戸棚に閉まってあった1つの
研究書を拾い上げた。
それはミハイル達では解読不可能だった文字で書いてあった本で、
本自体もボロボロになっていて読み難い筈だが⋮そんな事は構わず
に、慎重に本をめくって読み解いていく。
手に取った本を全て読み込んだ末に、嗤っているとしか感じられな
い声が響いた。
﹁クックック⋮道理で調査しても魔力を込めても、ここのアビスゲ
ートが開かない訳だ。封印されている本人がいないんだから。
この本には異貌の神々が封印⋮それも分体が封印されていたと記さ
れている。
現代残るアビスゲートの役割の大半はかの戦争で敵対し、倒しきれ
ずに封印するしか無かった力ある魔獣とか、神々の眷属の封印だっ
865
た。
稀にこの遺跡のように、とある神に連なる系譜のモノが厳重に封印
されていることもある。
この資料にはこの地で捕獲した異貌の神の分け身を再封印した⋮と
あるけど⋮ボクの直感じゃこの記述は間違いだと囁いている。コレ
は何かを隠している匂いがするヨ?
まぁ分からないから良いけどサ。
他には破れていて読めないけど、魔族語でNo.1と銘打った存在
を用いて様々な実験の数々が記されいるね。
しかし、封印の影響で遮断されていたのか、何ヶ月前には全く感じ
なかった濃厚な気配を、さっきからハッキリと感じている⋮この火
山の外へ向けて移動している見たいだね﹂
ファイアボール
そう言って隠し通路の壁に向かい、連続して火球を叩き込む。
何度か繰り返すと遂に耐久性を超えた壁は破壊されて通路が剥き出
しとなった。
﹁まさか異貌の女神である1柱、夢幻のトゥーサ⋮分体とはいえ封
印されていたなんてね。
お前の残した力はボクが役立てあげる。
ホント、ラッキーだったよ。例え見つけてアビスゲートを解放して
も神である分体が相手では恐らくまだ勝てなかっただろうし⋮何故
また再封印されたのかは分からないけど、この状況下では幸運だっ
たよ。
いずれボクが力を取り込んで⋮成長する為にキミ達異貌の神々を解
放してあげる為にも⋮ネ﹂
オリジナルワン
仮面の下で美しく、そしてより醜く嗤った。先程から漂う特殊個体
866
の特有の気配を追って、通路を歩き始めた。
オリジナルワン
とある兵士が抱える容器の中には特殊個体と呼ばれた輝く肉片が納
められていた。
しかも驚くべき事にこの肉片はまだ生きており、意思を持っていた。
貯水槽と言う名の、特別な金属で加工された封印具から取り出され
た私の存在を、最早隠し通すことが出来ない。
特殊個体と呼ばれた異貌の神の分け身の分体は考え込む。
何者かが急速に近付いてくる。それも絶望の気配を伴って⋮。
現在の彼女に出来ることはテレパシーを使ってずっと呼びかけるこ
867
とだけ。
︵アイツが来たらきっとこの世界の生命の多くが失われる︶
誰か⋮と、必死なテレパシーの呼び掛けには未だ誰もが応えない。
時間は残り少なく、絶望感が襲う。
オリジナルワン
やがて特殊個体は万が一の期待と希望を込めて、残り少ない己が力
を解放する。
思った通り、絶望を伴う未来が待っているのを視た。
その未来を覆す為に、人知れず輝き最期の力を発揮し始めた存在に、
誰も気づかなかった。
868
研究所から隠し通路を無事に脱出したグレファン達とコウラン達。
サザン火山の中でも森林部に位置するこの付近は、魔物は比較的に
少ない場所である。
安全を確保しながら、落ち着いた場所で集まる。
コウラン達と少しの間話し合い、今回の件について他言無用を条件
として迷惑料を含めて、少なくない金額を支払う事で合意して別れ
た。
ミハイルの件で決定的に決裂する事は無かったが、彼等とは今後道
が交わることがないだろう⋮と思っている。
グレファン自身は将来有能な人材となるコウラン達と交流を持ちた
かったのだが⋮今の状態では決裂しなかっただけでも良しとして、
残念ながら諦めた。
少し離れた場所で直属兵と研究者と再集結し、今後の事について話
し合う。
﹁見付けた﹂
前触れもなく突然聞こえたその声は、聞く者に不吉なモノを感じさ
せた。
そこにいる全員が振り向き、身構える。
869
﹁いやいや、何身構えてんの。ちょっとお話しようよ?﹂
戯けつつ全員を見渡すと、1人の兵士に目を止めた。
﹁そこの兵士クンが持っているモノを此方に渡してくれたら、もう
危害を加えないことを約束するよ。
それにこの身に着けている装備も進呈しようじゃないか。君たちに
とっても悪い話じゃないだろ?﹂
仮面の人物の戦闘能力は知っていたし、装備は非常に貴重な品だと
思われる。
特殊個体は非常に得難いものだが、我らには最早不要の物になりつ
つある。
部下を殺された怒りはある。しかしグレファンは不可解さと不気味
さを感じていたが、不要な敵対をせずに双方メリットがあるのなら
ばこの場はその提案に応じても良い⋮と考えた。
しかし、グレファンが声をかける前に怒鳴り声を上げて反対する声
が聞こえた。その方向を向くと案の定ミハイルだった。
﹁貴様、ソレがどれだけの価値があるかわかっていっておるのか!
お前程度に絶対に渡さんぞ!!﹂
ミハイル
唯一状況を知らない者だけが発せられた言葉であった。
﹁君たち程度が持っていても仕方の無いモノなんだけど⋮一応提案
はしてあげたよ。交渉決裂だね﹂
870
其処からは一方的な殺戮が行われた。
敵対行動として最初に無詠唱で複数の火球が撃ち込まれる。
防御出来た者や逃れた者は極僅かだった。
ミハイル等は真っ先に狙われ、火球を躱す事すら出来ずに焼かれ、
物言わぬ死体へと変わった。
戦闘能力を持たないゴート達も然りである。
オリジナルワン
その為、仮面の人物と特殊個体を持つ兵士の間に綺麗に道が出来た。
その道を遮る者もいたが、即座に焼け焦げた死体へと変わるだけだ
った。
余りの戦闘能力に逃げ出した兵士に追いつくと、短剣を使用してア
ッサリと刺殺する事に成功した。
オリジナルワン
次に周りに牽制の為に火球をばら撒きながら、その死体へと近付い
て鎧の中から特殊個体の入った容器を奪い取った。
﹁生命反応が薄いな⋮まぁイイッか。頂きます﹂
そう言って仮面を外した。
初めて見た容姿は、とても印象的で一度目に映れば惹きつけられる
ような魅力を放っていた。
非常に整ってはいたが、見れば見るほど何故か違和感を感じる瞳。
ずっと眺めていたい顔では無かった。
その人物は容器から肉片を取り出して仮面へと付けた。
ズブッ⋮ズブッと仮面に吸い込まれていく。まるで喰べているよう
な不気味な光景は、周囲の者達にハッキリとした嫌悪感を与えた。
871
あっという間に肉片を取り込み、また木目のついた金属様の殻のよ
うな丸い物体を吐き出す。
仮面が喜んだように大きく変化した。仮面の額には何かの印がクッ
キリと出ており、紋様が追加されている。様変わりした仮面を再装
着した人物は、
﹁おぉ⋮おぉ⋮﹂
と、呻き声を出して蹲った。
理由かは分からないが、声の口調と蹲ったことから苦しんでいるよ
うに見える。
その間にグレファン達は火球の攻撃から立ち直り、戦える戦力とし
ては激減した残り少ない面々はこの好機を逃すまいと攻勢に移る。
グレファンは、己が命をかけて勝ち取った焔巨人シリーズのフル装
備スキルボーナスである︻焔舞︼を展開させた。彼の全身から滲み
出た攻撃的な赤色が全身を包む。
低位︻火護防御︼の属性防
ファイアプロテクション
ちなみにダンテの持つ上位炎鬼シリーズは︻護火︼と呼ばれる守備
型スキルボーナスであり、火属性魔法
御力上昇と魔力による若干の防御力上昇が見込めるのに対し、相対
するグレファンのシリーズ装備は攻撃に転化しているのだろう。
グレファンが愛用している宝双剣ザンマルカルの等級はレア級。
しかし、その双剣に宿りし武技は本来のレア級の武技では当てはま
らない。
それは特別な素材と製法で作られた為に宿った逸品。
エレメントブースト
武技︻属性強化︵大︶︼の効果は、属性攻撃を伴う戦技の攻撃力威
力を大幅に増加させる。
872
また、自身に掛けられている魔法効果︻焔舞︼をも最大までチャー
ジして引き上げてくれる。
双剣士のみが会得するスキル︻二刀流︼と装備補正、そしてこの合
わせ技を使い、あの物理防御力の高い黄金魔蟲を切り裂いたのだ。
その事から非常に強力な一撃となる事がわかる。
オリジナルワン
配下を殺して奪い取った特殊個体を取り込み?呻き声を上げる人物
は、蹲っていても不気味なプレッシャーが増すばかりである。
出し惜しみなどせずに、自身の使える最大の技でなければ勝てない
と思いこまされるぐらいには。
﹁奴は弱っている。チャンスだ仕留めろ!!﹂
絶大な攻撃力を誇る攻撃の唯一の欠点は、双剣にチャージまで時間
が掛かる事にある。
焔巨人以上の脅威を感じ、焦る気持ちを抑えながら生き残った配下
にそう鼓舞する。
この攻撃が発動せずに決着がついて欲しい⋮そう願わくも無駄な願
いだと感じながらも、チャージする時間をひたすら待った。
グレファンの攻撃命令の最初に鋭利な水刃が煌き、無数の雷光が迸
る。その後に重撃が響き渡り⋮魔法の巻物による殲滅魔法の輝きと
轟音を伴い、眼を閉じても瞼を焼くほどの閃光と爆音が襲った。
普通の魔物ならば原型も残らない攻撃であり、BOSSだったとし
てもかなりの痛手を与えられる攻撃だ。
しかし、此れほどの攻撃を与えても安心など出来ない圧迫感をグレ
ファンは感じている。
873
その予感を裏付けるかのように土煙から姿を表した仮面の人物。
ローブはボロボロになり、両腕は消滅している。両足は何とか胴体
にくっ付いている有様だ。
勢い良く仮面に走る血管用の赤い線が走り、脈動していた。
﹁うーん、思ったより力が戻らなかった。
トゥーサの分体自身が大分弱ってたんだろうけど⋮まぁ、贅沢は言
えないよね﹂
発する言葉に魔力が篭っているようで、心の弱い者なら聴けば心の
奥底から恐怖が沸き上がるだろう。
身体中から黒い霧状のガスが吹き上がる。ボロボロになったローブ
が捲れ上がると両腕が黒霧によって再生していく過程が見えた。
他の負傷部分も補われていき、ローブすらも新品同様の輝きを取り
戻していた。
﹁仮面がかなり強化出来ただけでも良かった⋮かな。
何せこんなチャンスと偶然は、何百年振りだったからラッキーだよ。
さて、ボクの体に充分なダメージを与えられる強き者達だ。
勿論、この身が成長する良き糧となってくれるよね?﹂
歓喜を込めて話す口調は、グレファン達全員の背中に冷たい絶望感
が身体を這いずり回るかのように容赦なく襲いかかる。
思わず後退りする彼らに、口調を軽いモノから少し改めた仮面の人
物は自己紹介をした。
874
﹁自己紹介がまだだったね。ボクは︻千貌︼って異名で呼ばれてい
るんだ﹂
完全に再生した身体から大杖を天に掲げる。
﹁これから死に行く君達に感謝を⋮﹂
上空に大きな魔法陣が出現する。
ジーンがいち早く気付き、自らを千貌と呼んだモノに手持ちの魔法
巻物を使い、邪魔をしようと抵抗する。
魔法が収められていた巻物の力による炎の矢や風による風圧が複数
襲うが、余裕があるのか障壁も張らずに当たるがままにしている。
その抵抗がほんの僅かだが、活路を見出す時間をくれた。
また、その魔法陣が出現したと同時にグレファンが行動に移してい
た。
﹁各人、散開せよ。生き延びて町で会おう﹂
そう叫びながら、チラりとガリウを見た。心得たように頷き、ナタ
リーを担いで走り出していた。
ナタリーは叫び、暴れているがガリウを振りほどくまでには至らな
い。
その一瞬眺め、安心した表情で上空へと翔んだ。
仮面の人物の召喚した魔法陣から燃え盛る塊が少し覗いていたが、
それに臆せずに両手にした双剣で構えをとり、戦技︻クロススラッ
シュ︼を放つ。
875
エレメントブースト
チャージ
武技︻属性強化︼にて充分に威力を増大させていた双撃は、熱せら
れた塊とぶつかり耳をつんざくような爆音を奏でた。
その衝突は中心部から爆風を放ち、千貌がいた地面を抉り取ってい
た。
此れほどの衝撃と熱量を辺りに撒き散らしたが、千貌はそこから動
かずに立っていた。
その跡に残るは原型を留めていない焼け焦げた塊と、地面に突き刺
さり融解しかけている双剣のみ。
あの爆風と高温を間近で受けてもダメージらしいダメージなど感じ
ていない。
けいけんち
﹁面白い、ここまで抵抗してくれるなんて。残りの人達も良い余興
に成りそうダヨ。
さてお前達、この千貌に糧を捧げよ﹂
スケルトンソルジャー
新たに顕現した︻下級眷属生成︼スキルを使い、声高々に嗤いなが
ピポグリフ
ら魔物を召喚していく。
巨大な翼と鉤爪を持つ魔物と武装した骸骨兵士が群れとなり、主君
に供物を捧げるべく散らばった。
876
☆
︻拳嵐︼のメンバーであるヤラガンは冒険者となる前は有名な戦士
団に所属していた。
尊敬する団長と仲間たち。戦士団の連中からは酒癖が悪く口も悪い
が、心根は優しいとの評価を受けている男であった。
娘も幼き時から戦士団に所属していたが、団長不在に襲撃を受けた
ある戦場で乱戦となり、そのまま行方不明になっていた。
その戦場はヤラガンでさえ、生き残るのに死闘を繰り広げたのだ。
あの混戦では娘は生きてはいまい。
娘の安全は自分と戦士団の側にいる事が1番安全なのだと思い、信
じこんでいた。
それ以来生きる希望を見出せなくなったヤラガンは止める仲間達を
残して、戦士団を退団したのだ。
その後、叩き上げられた技量を持って冒険者の成り立てのミランダ
877
のサポートをする機会があった。
そこからミランダとの関わりを持ち、心の傷が少し癒えた。後に彼
女と︻拳嵐︼を立ち上げて新しい人生を歩む事になる。
ヤラガンはグレファンの命令のあと、弾かれるようにその場から全
員が離脱した。
散り散りとなったメンバーを探しながら町へと帰還する方法を探す。
若様ならばきっと大丈夫だと信じながら⋮。
その最中にコウランとダンテに偶然出会う。レガリアと狂乱兎達は
見当たらず、ダンテとの2人だった。
2人は街の通路へと続くらしい道を発見したようで、事情を話して
町まで同行する事になった。
俄かに信じていない2人だったが、先程大きな爆発音が聞こえてか
ら魔物達と一切遭遇せずにここまで来たことから、何かとんでもな
い事が起こっているのだとは感じていた。
ダンテが先行してその道の安全を確認しに向かい、その間はヤラガ
ンと2人きりとなっていた。
ふと、自然に口を開いていた。
﹁⋮嬢ちゃん、今いくつだ?﹂
﹁何よ、突然⋮﹂
いきなりの質問に面食らうコウランだったが、言った本人も何故言
878
ったのか分からずそのまま沈黙で応えるヤラガン。
﹁何なのよ⋮今年で15歳になるわ﹂
沈黙に耐えきれなくなったコウランが年齢を教える。
そうか、あの時に生き別れた俺の娘と一緒の歳か。
酒場で潰れた俺にいつも介抱してくれる自慢の優しい娘だった。
次ぐ言葉を発しようとした所で、薄暗い森の方から翼をはためかせ
て降りてくる魔獣の気配がしてきた。
﹁何回目だ⋮しつこいな﹂
ピポグリフ
先程も襲撃を振り切ってきた3人だったが、先の戦闘でヤラガン達
は巨大な翼獣に襲われていた。この翼獣はしつこく追いかけて来た
のだろう。
今回は2人での戦闘だったが、器用に斧を操り、コウランと連携し
て翼獣を退治することに成功する。
翼獣は何とか退治したが、その代償にヤラガンは片腕を喰われる大
怪我を負った。
腕の治療は終わり、出血や痛みも感じない。
その間に未だにダンテが戻ってこない。幾ら何でも異常である。焦
れていたコウランを見兼ねたヤラガンはコウランと道の付近まで進
む。
街道に出たがダンテの姿はどこにも見当たらず、戦闘の痕跡すらも
ない。
ヤラガンはもう少しだけこの周辺で仲間を探す気だったので、ここ
879
で別れを交わした。
﹁その腕、治して上げたんだからね!命は大切にしなさいよ﹂
コウランの物言いに、かつての自分の娘を彷彿とさせた。
コウランを見送って少し奥へと続く道を探索していると、そこへ羽
ばたき音が聞こえてきた。
遠くから上空から翼をはためかせて旋回している魔獣は、先程の翼
獣と同種だった。
咄嗟に木々に隠れ様子を見ていたが、まだヤラガンに気付いた気配
は無い。
ここで隠れて見逃がせばヤラガンは戦わずに回避できるかも知れな
い⋮しかし、それでは先程別れたコウランが翼獣に見つかる可能性
は高くなるだろう。
そう考えたヤラガンは躊躇せずに重斧を一度肩に担ぎ、キッチリと
片手で掴み直す。
﹁⋮腕の借りは返さんとな﹂
ヤラガンが吼え、翼獣の激闘が始まった。
壮絶な戦いの後、両者のシルエットが重なり合う。翼獣の嘴はヤラ
ガンの心臓付近を捉えており、背中に掛けて嘴が貫通している。
しかし、力なく倒れ伏したのは魔獣の方だった。
翼獣による心臓部への直撃を受ける代わりに、捨て身での強烈な袈
880
裟斬りを繰り出した。その傷が翼獣の致命傷になったと思われる。
実際には攻撃を避ける程の体力はなく⋮もう捨て身を行って勝つ以
外、ヤラガンには選択肢が無かったのだ。
身体には鉤爪による攻撃で至る所に裂傷があり、鋭い嘴によって太
い首と肩の筋肉が何度も喰い千切られ、醜く抉られていた。
そこからとめどなく溢れる流血は鮮やかな赤色。
また心臓からの出血も止まらず、血を流しすぎたヤラガンの体色は
青白く冷たい。
常人ならば既に死んでいるはずの傷だが、ヤラガンだからこそまだ
生きていることが出来た。
疲労感をとっくに通り越し、武器を持っていることすら苦痛だ。
コウランはダンテと合流出来ただろうか?
寒さが身を襲い、他に何も考えられずに意識が遠のいていく。
﹁⋮﹂
﹃お父さん⋮﹄
優しく名前を呼んでくれる娘の姿が一瞬だけ⋮幻聴・幻覚だろうが
構わない。
少しだけ暖かくなった温もりを感じて⋮ヤラガンは逝った。
881
☆
此方も散り散りとなったジーンは、偶然同じ方向へと離脱していた
ミランダと合流する事に成功していた。
2人で木々の生い茂った森の中を彷徨っている。
青年ジーンは孤児院で生まれ育った。魔力を操る才能は無かったが、
他人よりも知識を蓄え、活かす事に長けていた。
彼を取り巻く環境に孤児院の同年代であるマスクウェルと呼ばれる
悪童がいた事も大いに関係していた。非常に幸運な事にこの孤児院
では、冒険者としての戦闘訓練と知識を身に付けさせられた。
1人前として認められた時に、冒険者登録をして徐々にその活躍の
場を増やす事となった。
当時名の売れ始めていた拳闘士ミランダと重戦士ヤラガンが冒険者
882
パーティ︻拳嵐︼を結成させ、偶々彼等と組んだ時に才能を見出さ
れる。
どちらかと言えば戦闘担当職の強い2人はジーンのような頭脳派を
パーティに加えたいと思っていたため、以後このパーティの智謀役
を兼任する事になった。
どうやって嗅ぎつけてくるのか、斬り捨てても何度撃退しても襲っ
てくるスケルトン達に辟易する。
また相性の悪い事にジーンの主武器である短剣では、斬撃に強く武
装しているスケルトンに対して殆どダメージを与えられていない。
その為、投げナイフや投石で出来た隙を付いてスケルトンを動かし
ている魔核を破壊する。
ミランダを主軸として今回の襲撃も何とか仕留めることが出来た。
ジーンの脳内で記憶された地図で換算すればこのペースで進めば、
森の出口まであともう少しである。その証拠に遠目に町の建物も見
えた。
﹁これでまた少しの間、時間を稼げた。俺はここでアイツらを足留
めするから、先に行って応援を呼んできてくれ﹂
﹁ジーン!!いきなり何を言っている?
それなら私も残るさ。グレファン様の仇共だ。派手に暴れて少しで
もスケルトン共を道連れに⋮﹂
883
突然のジーンの言葉に戸惑いを隠せないミランダ。散り散りとなっ
て以来、ずっと戦い続けていた。
そろそろ疲れも溜まり限界が近い。
ジーンは冷静さを装っているが、先ほどの戦闘中に、初めてリーダ
ー格と思われる通常よりも魔核が大きかったスケルトンと戦った。
倒すことは出来たが、死ぬ間際の攻撃を避けきれず、足を傷付けら
れていた。
どうやらその剣には遅効性の毒の効果が付いていたのか、現在食道
からせり上がってくる血と、大腿部からの熱い鈍痛を懸命に押し殺
しながら、耐え続けていた。
解毒剤などはもう無い⋮最悪毒で助からない事を覚悟した。
ならば余計にミランダには生き残って貰わねばならない。
その決意ゆえにでたセリフだった。
﹁行けミランダ。どうやらさっきの戦闘で軽い毒を喰らったみたい
でな。
このまま進んでも俺は町では持たん。俺の命も助ける為にも、町で
応援と解毒薬を持ってきて欲しい。
取り敢えず、そこの身を隠せる窪地にでも避難しているから⋮頼む﹂
息巻くミランダに死期を悟ったジーンはせめてこの女が生き残れる
確率を上げる策をずっと考え抜いていた。
そして実際にかなり変色してきた足を見せた。
スケルトンや魔物に見つかって死ぬより、その方が余程助かる確率
がある⋮と、留まろうとするミランダを必死に説得し、時に強引に
884
理論で捩じ伏せて、先に行かせた。
ミランダ
去っていく姿を少しの間見送り⋮その背中をジーンの手が届かない
と分かっていても掴む真似をした。彼女一人なら助かる確率も上が
るはず⋮。
暫くすると遠くの方でカシャカシャと大勢のスケルトンが此方へと
向かう移動音が聞こえてきた。
どうやら、このままこのスケルトン達は町へと直行するルートを取
っているようだ。
﹁もうちょっと空気読めよ⋮﹂
ぼやきながら彼の優れた智謀は、どう計算しても、このまま自分が
生きて残れる確率が無い事を悟っていた。
﹁あーあ、カッコつけちまったなぁ。まぁ最期くらいは良いだろ?
お前さん達﹂
スクロール
そう嘯きながら、迫るスケルトン達相手に、最終手段として残して
おいた巻物を使う。
キーワードと魔力を流し込む。
スクロール
持つ手がじんわりと熱を帯び、巻物は様々な魔力を解放していく。
花火のように美しい魔力の輝きと共にその効果を発揮した巻物はジ
ーンを巻き込んで大爆発を巻き起こした。
この爆裂音で町側も警戒して、此方へと兵を寄越すだろう。そうな
れば更にミランダの生き残る確率もあがるはずだ。
爆発の寸前、最期まで言えねぇもんだな⋮と、苦笑じみた一言は爆
発音にかき消されて誰にも聞こえなかった。
885
☆
記憶にもない遥か昔、神々が争う大戦があった。
アイツらに敗れた私は厳重に幾重にも封印をされた。
それ故、未だに次元封印されて眠りについている本体。
しかし、永い本体の封印に僅かな綻びが出来た。そこからほんの1
分だが、ようやく抜け出た存在が私。
一端の分体とは言え、依代次第では多少の能力が使えた私は今度は
争いを避けてひっそりと暮らしていた。
しかし、平穏は長く続かない。どうやって嗅ぎつけるのか、正義の
名を叫びながら私に戦いを挑む者達がいる。
此方はただ静かに暮らしたいだけなのに⋮どうして争いを求めるの?
そんな事を繰り返すたび、心は絶望に染まっていく。
886
場所も転々と変わりながら逃げることに心底疲れきった私は、英雄
と呼ばれるパーティにわざと敗北して封印された。
当時のアビスゲートと呼ばれた封印方式は、彼等が信仰する神の力
を宿した貴重かつ厳重な封印だった。
私は狂いそうなほど窮屈な封印に耐え続けた。
私が封印されていたアビスゲートはやかで永き時の中で風化して埋
もれ、誰もがその存在を忘れた。
偶然この地を訪れた魔族がいなければ、今もそのままだったはずに
違いない。
魔族達は火山の膨大な地脈エネルギーをも使って、研究所を建てて
いた。
さらに効率よく地脈エネルギーを活用する為にこの地を掘り進んで
いたところで私の封印にぶつかって解けたのだ。
当時私が依代にしていた魔物の肉体は分体とはいえ、神の精神に肉
体が耐えきるだけの眷属化が進んでいた。
いきなり現れた私に酷く警戒していた魔族達だったが、その内の一
人が進み出て交渉を持ちかけてきた。
その魔族の名はアガレスと名乗り、年老いた魔族であった。
交渉条件はこの依代とした眷属の身体の提供だった。
その代わりに此方からは敵対もしないし、封印処置も行わない。
寧ろ、以前のように英雄とやらに勘付かれないように、この異貌の
神の独特の気配を消す為の封印具も作られた。
また研究が無事終わればその成果を用いて新たな肉体の提供まで行
うと言ったのだ。
多少のリスクはあるものの、ただ静かに暮らしかった私はその提案
887
を受け入れた。そして、そのアガレスと名乗る年老いた魔族と神性
の契約を施した。
それからはこの細胞を使って新しい能力、生物の開発などが主とし
て行われていた。
ハイブリット
この事により相反する細胞を掛け合わせ、それでも適合した異貌の
神と魔族の研究による合成生物が誕生する。
アストラルボディ
また同時進行でエルフの森で発見された生命樹の研究を組み合わせ
て、高い再生能力を持つ強靭な肉体を造る研究と、高度な魂魄体を
利用したエネルギー核の作成も行われた。
先にエネルギー核の研究の目処が立ったため、アビスゲートから魂
魄体のみを抜き出されたあと、新しい研究結果の成功が成されるま
では暫く凍結封印される事が決定した私は、永い間眠ることになる。
最終的に私が入るための実験用の依代も作られていたが、魂の方が
強すぎて中途半端な肉体を持つ依代では肉体が崩壊することが研究
で判明していた。
そして現在に至る。
この間の地震の影響か、私は研究所で突如覚醒を果たした。
木目のついた金属用の殻に情報が残されており、それを読み解くと
魔族達は何らかの理由で此処を撤退せざる終えなかったようだ。
私の肉体は無かったが、以前の依代として眷属化した魔物の細胞が
付着していた。
先の研究成果である生命樹の研究が上手くいったようで、この肉片
888
は私の魔力に満ちていた。
生命の果実から細胞培養して、完璧に近い生命核を創り出せたよう
ね。
魔族の研究者達の名前を借りれば、この木目様の金属は生命樹の木
と魔法金属の合成のようだ。
ヴァイタルコア
そこに100年に一度実る生命樹の果実と種子を加工したエネルギ
ー核は生命核と名付けられた。
新しい生命の依代は居心地が良く下手な肉体を持つよりも心地よい
シロモノだった。
私に最適化された肉体を造るといった契約は最終的には未完成だっ
たのだが、この生命核でも充分に満足出来る成果だった。
また今の所No.1と記された封印具の稼働も順調で、この研究所
は他者から見つかることは無かった。
つい最近、研究所をカモフラージュしていた岩石群が地盤沈下なと
で退かされるまでは。
今度は人間種達が入ってきて、残された魔族の遺産である研究を真
似しているようだ。
あれからどのくらいの時が流れたのか分からないけど、この研究所
を訪れた人間達は大分文明レベルの落ちているように感じられた。
しかし欲深さは変わっていないどころか、更に濃くなっている。
彼等は私の細胞を使い、紛いモノで劣化しているが人間との合成と
魔物との合成を成功させた。
この件については驚嘆せざる終えない出来事で、私が初めて人間種
889
に興味を持った出来事だった。
その内、強力な力を持った個体を感じた。1人は僅かに神の気配に
似た人間だった。
何ヶ月も前にこの研究所を見つけ出し、調査しているようでアビス
ゲートまで侵入したようだ。
この時代の人間のはずなのにアビスゲートを知っているようだし、
かなり怪しい。
そして、かの人物が付けている仮面からは悍ましい気配を感じる。
アレはきっと世に災厄を齎すモノに違いない。
もう一人は若き鬼であった。
鬼種は確かに強力な力を宿しているが、あの存在は桁が違う雰囲気
を持っていた。
退屈で永い時間を過ごしてきた私には、この存在を視る事は楽しみ
な事である。
トゥーサであった頃の権能で悍ましい仮面を付けた人間と彼等が衝
突する少し先の未来を視た。
絶対ではないが高い確率であり、そこではなんと神の分体である私
すらも吸収されてしまうようだった。
普通の人種ではあり得ない。
あの悍ましい人種は人では無いのだろうか?
ヴァイタルコア
この未来を覆すべく、生命核で存在している私の最後の権能︻夢幻︼
890
を使い、蓄えていた神力を全て使った。
ビジョン
この場では何人かに報せる事しか出来なかったけど、私の視たこの
先訪れるかも知れない近い未来を追体験させる事が出来た。
もう残された神力は使い尽くした。この絶望を乗り越えて出来れば
生き延びたい。此れほど生に執着するなど神であった頃を踏まえて
も数少ない感情だと思う。
正真正銘のラストチャンス。
鍵を握る彼らに託すことが出来た。結果はどうなるか分からないけ
ど、後は彼等を信じて待つ事しか私には出来ない。
891
贖う者 前編︵後書き︶
所々読み返して、文章訂正、誤字脱字など見ていきたいと思います。
892
贖う者 中編︵前書き︶
大変お待たせして申し訳有りませんでした。
893
贖う者 中編
絶望感に彩られた光景から⋮気付けば現実世界へと一瞬にして意識
が戻っていた。
辺りを見渡すと、私達はまだ隠し通路から外へと繋がる移動の最中
であった。
グレファンは間違いなく己が死んだと知っていた。いま生きている
のに可笑しな表現の仕方だが、あの大規模魔法を食い止めるために
正しく身を削って死んだ事を覚えていたのだ。
それなのに何故⋮と、混乱が自身の思考を支配する。
不意に止まっていたグレファンを訝しむ視線と、妹であるナタリー
から心配そうに声を掛けられていても気付かない。
﹁まさか夢、だったのか﹂
と⋮。呟くのみであった。
他にも様子がおかしい者達がいた。ジーン、ヤラガンだ。
彼等もまた立ち止まったまま、白昼夢を見たようにボゥとしていた。
寒くもないのに薄ら寒い。
それは彼等の全身を襲う死のプレッシャーからだった。
何一つ傷はなく、健康な身体だったのだか1度死んだと判断してい
る思考は嘘をつかない。その違和感が拭えずに本人達も酷く混乱し
894
ていた。
死が自らに訪れた筈。顕著に手や足を触ったり、首を撫でてみたり
⋮と、生きている実感を求めて無意識的にそんな行動を行っていた。
しかしどうやら現実に間違いないと確信し始めれば、そこから立ち
直るとまでは早かった。
暫く何かを考えるように暫く俯いていたグレファンは、意を決して
そこにいるメンバー全員にこの不可思議な経験を語った。
これから起こる未来の出来事とその顛末。そして行われる会話⋮全
て覚えている範囲で詳細に語る。
話していく過程で次第に表情が強張っていくヤラガンとジーン。
それ以外の大半の者達は怪訝そうに聞いていた。
この反応を見てグレファンはヤラガンとジーンだけは、やはり私と
同体験を追体験したのだと悟り、少し表情を和らげた。
こんな荒唐無稽の話を1人でも多く信じて貰うための説得の時間も
証拠などもない。
だが、特に実力者であるヤラガンとジーンの2人が解っていてくれ
ば、此れから話すことにも心強く感じられた。
自らの未来を体験しただろう経験はまさに奇跡の技。
大昔の物語に神に気に入られた勇者が死地を脱するためにこのよう
な体験をしたと伝記に残るのみだ。
その物語はその体験の事を名義上、霊知と名付けていた。
この荒唐無稽な現象は人知では不可能であり、出来るとすれば偉大
895
なる神々にしか起こせない現象である。
しかし、いくら考えても不思議な所が多々あるし、私達は神々に気
に入られる程の人材ではないと⋮それくらいは分かる。
どうして我々だけこんな体験をしたのだろうか?
疑問は尽きないが、折角助かった命なのだ。疑問は思考の隅へと追
いやった。
未来で体験した出来事をどうにかせねば、自分達の未来はない。
1番いい事はここからすぐに逃げる事である。または元凶を断つ事
の二者択一だ。
現時点で逃げる事はリスクが高いと判断した。それと、もしかした
ら今後更にパワーアップした千貌と戦わなけばならない確率は非常
に多い。
そのため、無理をしてでもここで撃破する必要があるとグレファン
は即断する。
決めた以上行動に移す。
その為にまず私たち以上に訝しむ味方である彼等全員をどうするか
?に尽きた。
鍛えた精兵揃いだが、今回の相手には分が悪すぎた。
グレファンは半ば強引にナタリーに直属兵と一部の研究員を預け、
ガリウを先頭にアデルの町まで駆けるように指示を下した。
その際にガリウには密命を預ける。
その密命の内容を聞いたガリウはグレファンを凝視していたが⋮や
がて恭しく礼をして主人の密命を受け入れた。
896
そんな事とは露知らず、納得のいかない表情のナタリーと直属兵の
面々だったのだが、ガリウは次々と指示を下しグレファンの命令を
直ぐに実行へと移した。
急遽編成が行われていく中、討伐メンバーが発表された。
戦うメンバーには︻拳嵐︼と、眼鏡を掛けた研究員1人が選ばれ、
今後の話し合いが行われる。
オリジナルワン
グレファンの話す内容を纏めれば、まず最初にしなくてはいけない
オリジナルワン
のは特殊個体をどうするか?についてだ。
夢の内容が本当ならば仮面の人物はこの特殊個体を狙ってきている。
千貌から特殊個体は神の一部と説明があったが、その情報は伏せて
おくことにする。
あとは皆の意見を聞いて、纏め、行動に移すだけだ。
大半がそんな厄介なモノは即破棄すべしと多数の意見が占める中、
勿体無いと反対する意見もごく僅かにあった。
反対派の意見は勿論ミハイルだったが、大半が破棄を望む意見が多
かっため多数決で破棄と決定した。
不服に思った反対派の僅かな者達は反論はせずに、取り敢えずの沈
黙を貫いている。
そして破棄する方法については特殊個体をただ破棄するだけで良い
のか?に尽きた。
例えばここで中身を取り出し破棄しても、仮面の人物⋮千貌と名乗
897
っていた人物は何らかの方法で再生させるかも知れないし、それは
仮に魔法で消滅させたとしても、充分とは言えないのではないか⋮
と。
充分にあり得ることであるため、その扱いは慎重を極める。
そんな中で作戦参謀を担うジーンは自身が体験した中で、千貌が言
ったセリフからヒントを得ようとしていた。
確か戦闘前に突然気配を感じた⋮と言っていたのではなかっただろ
うか。
ジーン
曖昧な情報を信頼性の高い情報へと変換、検証していく。
彼の強化された頭脳は必死にあの体験を思い出す。
余りの恐怖に吐き気も催すがそれをも耐え切り、一つの結論に辿り
着いた。
千貌はあの黄金蟲の対戦にも殆ど興味を示さず、強大な魔法を一つ
唱えただけで去ってしまっていた。
少なくともあの時点では気付いてはいないはずだ。
もしも気付いていれば魔物に任せずに自らが動いただろうし、もっ
と早くに行動に移していただろう。
では、結論から考察した結果、あの特殊個体専門の貯水槽から取り
出した事で気配が漏れ出したのでは⋮と推測を導き出す。
そうなれば、貯水槽に特殊個体を戻すことも1つの手ではある。
推論からその件について話し合われ、良案として意見が採用されそ
うになっていたのだが、そこにすぐにリスクの方が高いとグレファ
ン、ヤラガンから意見が出た。
今から再度研究所に戻る時間は無いし、仮に貯水槽へ戻しても、そ
のまま千貌が部屋を調査している内に気付かれて、特殊個体そのも
のを奪われてしまうリスクが高い。
898
あの化物のような存在感を放つ者となる可能性がある以上、その選
択肢を摘んで高い確率で訪れるであろう未来は、少しでも避けねば
ならないとグレファンやヤラガンは諭す。
この平行線の意見は纏まったかのように思えた。
そしてグレファンは戦力不足を痛感しており、その打開の為には強
力な戦力であるレガリア達にも依頼という名の参加を求めていた。
あの霊知の体験では道は別れたが、もし彼女達も一緒ならば千貌を
倒す事が出来るのではと感じているからだ。
1度体験した残酷な未来⋮何としても霊知からの運命に打ち勝つた
めに。
少しでも生き残る確率も上げたいグレファンは、参加してくれれば
報酬を出すと約束してくれた。
此れから襲ってくる仮面の人物︻千貌︼殺害の報酬として、焔巨人
から剥ぎ取れた焔鋼石とレア級の武具を1つ報酬として上乗せして
くれるという。
あまりにも破格の報酬である⋮ミランダは珍しくグレファンに対し
て諌める言動も聞こえるが、これは成功報酬として変えないと、彼
は頑として首を振らなかった。
899
話を振られた面々は、内々での意見としてダンテはあの恐ろしいま
での戦闘能力を持つ未知の魔法使いの相手をすることに反対であっ
た。
あの上空から降り注ぐ破壊魔法を見た後では、最悪コウランを守る
事が出来ないかもしれないと不安すら感じているからだ。
狂乱兎達はレガリアの決定に従うと告げ、待ち構えている。
ちなみにレガリア自身の答えは⋮もう既に決まっていた。
レガリアはダンテとコウランを無事にアデルの町へと帰らせる事を
グレファン達に確約させる事で、本人は参加する意思を示した。
そして狂乱兎達にもそのメンバーに着いて行くように命じた。
戦力は少しでも多い方が道中も安心である。
本当の理由としては、傷付いたNo.6ではこの戦いは生き残れな
いであろうし、No.7の土属性の魔法は惜しいが千貌相手にはあ
まり通用していなかった事を思い出したからだ。
そう、このメンバーの中ではレガリアだけが先の未来の霊知体験を
共有していたのだ。
900
レガリアの体験した霊知では、狂乱兎達がサザン火山にて発見した
光沢を放つ鉱石を回収する為に、街道を目指していたコウラン達と
は別の場所へと向かっていた。
途中で戦闘音が聞こえ、スケルトンや翼獣の襲撃を受けて戦闘中の
ダンテを偶然合流した。
本来ならばこのサザン火山にはいない種類の魔物ばかりである。
千貌がレガリア達の経験値に目を付けて
撃退したのち、最終的に逃走していたコウランと合流して町を目指
していた所、仮面の人物
襲いかかってきた。
結果的には善戦したと思う。
何度も千貌を追い詰めたが最終的には狂乱兎達は殺され、ダンテの
大盾は幾度の危機を防いできた。
大盾を破壊されても前線に立って戦い続けたダンテの最期は、コウ
ランを庇いその身を盾にして死亡した。
コウランはそのショックで直後の攻撃で攻撃を躱せずに致命傷を負
ミミック
い、回復役のいなくなったレガリアも大太刀が損壊した。
押し切られて最終的に宝箱である本体ごと魔導核を潰されて負けた。
メンバーが反対する中、レガリアだけが参加を表明した事に訝しむ。
勘の鋭いコウランは何かを感じ取ってはいたが、それが何かが確証
はない。
一緒に町へと戻ろうと説得するが、最終的に折れないレガリア。
﹁レガリアちゃん、何を隠しているから知らないけど後でちゃんと
話して貰うわよ﹂
901
﹁⋮お前を信じる。無理だけはするな﹂
自分達も残り手伝うと言い始めた所で、レガリアは逆にコウラン達
には町へと向かってほしいと説得された。
この不透明な状況で敵の隠れ戦力がいるとも限らない状況だ。
撤退するコウラン達には念のためにアデルの町でギルド長に協力を
仰いで欲しいとお願いしたのだ。
ソウマ以外に初めて興味を抱いた人間。
この人達には死んで欲しくない⋮そう思う自分にも驚いていた。
千貌を倒すのならば全員で戦った方が勝率は高い筈だが、その選択
肢を頭の中から自然と消していた。
これはレガリアがソウマを失った極度の喪失感から来ているもので
レガリア
⋮もう二度と失いたくない思いが無意識に感じていた行動だったの
だが、本人は気付いていなかった。
902
そう言った経緯から、グレファン達の話し合いにレガリアも加わっ
た。
特殊個体の存在を隠すということに関しては、レガリアが保有する
アイテムボックスの存在を仄めかしたことで解決した。
オリジナルワン
それはアイテムボックス内に偶然回収していた特殊個体の貯水槽も
あり、尚更特殊個体を移せば破棄するよりもマシでは無いだろうか
?という事を伝えた。
ある程度の人数にアイテムボックスの存在を知られてしまうが、リ
スクには変えられない。
時間による経過がないアイテムボックスならではこそ、外界から発
見も出来ないだろうと確信していた。
しかし、当然納得など出来ようのない男が1人反対する。
言わずもがな、ミハイルであった。
﹁そんな事は許されん。渡さん、渡さんぞ。アレは低俗で価値の分
からぬ者達が手を触れて良いモノではない。
そうだ、アレは私の未来の輝かせるためだけにあるのだ。
それを何人たりとも邪魔などさせない⋮私もここに残るぞ﹂
とうとうそんな身勝手な事を言い出し、痺れを切らして強引に特殊
個体に触れようとした時は流石のグレファンが我慢の限界を突破し
て怒鳴った。
何故上司であるグレファンに怒られるのか理解出来ず、助けを求め
てゴートへと視線を向けたが、ゴートも然もありなんと頷いただけ
903
だった。
こうしてる間にも時間は有限であり、仮面の人物⋮夢では︻千貌︼
と名乗った恐るべき人物が向かってきているのだ。
待てば待つほど不利になる可能性が高い。
グレファンは強引に特殊個体を入った容器をスッとレガリアへと渡
す。
上司の行動に対して納得の行かないミハイルは当然の如く抗議しな
がら、取り返そうとレガリアへと手を伸ばした。
するとレガリアは容器の蓋を開け、中に入っていた特殊個体だけを
アイテムボックスに移した。
そのあと貯水槽の中へと念じると、あっさりと収納する事が出来た。
オリジナル・ワン
目の前から消えた特殊個体を見たミハイルは、余りのショックに暫
く呆然としたまま言葉を発声する事も忘れていた。
はたと我に返った時には恐慌に陥ったように激しく罵しって、レガ
リアへと掴みかかった。
﹁私のモノを⋮汚い手で触れるな。アレをどこへやった?早く、早
く、早く返さんか!﹂
そう怒鳴るミハイルの掴んだ手を振りほどいて容器を手渡す。
慌てて中を確認したが当然の如く、中身は見当たらない。
容器を何度も眺め、次第に狂声を上げて地面を探し始めたミハイル。
グレファン達もアイテムボックスの事を匂わせていた為そこまでの
驚きはない。
実際に真逆とは思っていたのだが、目の前で中身が瞬時に消えた特
904
殊個体の容物だけを前にして流石に説明を求める視線を感じたが⋮。
シレッと無視するレガリアは白衣を着たとある男に眼を止めた。
研究者の装いでありながらも、引き締まった肉体と、只ならぬ気配
が感じ取れる。
じっと見ていた事に気付いた男は苦笑しながら此方に軽く会釈した。
直接相対していなかったためにレガリアは気付かなかったが、この
男はソウマ達の襲撃の際に加わっていたユピテルの街所属の闇ギル
ド︽逆巻く棘︾のマスターであった。
ずっと探し続けているミハイルを放置して残ったメンバーで暫定的
な話し合いをした結果、グレファンが総指示を下しヤラガン、レガ
リアがアタッカー。
魔法医師こと逆巻く棘のマスター︻ア
ジーンが魔法巻物を使って支援、攻撃、援護を担い、また魔法障壁
を張れる防御の役割を職業
ルギュース︼が遊撃を担当するになった。
そしてアデルの町へと向かう総勢10名のメンバーは先程出発した。
ここに残るはグレファンと白衣の男と拳嵐のメンバー。
あとはレガリアと狂乱兎達のみが残って︻千貌︼を倒す予定だった
のだが、意地でも残ると言い張ったミハイルも残っていた。
余程さっきの特殊個体の件が尾を引いているようだ。
多分レガリアが殺された後にでも死体を探るつもりなのだろう。
憎悪にかられた表情がソレをよく表していた。
905
遂にその時は訪れた。町への帰還隊が出発してからそんなに間を置
かず、隠し通路に軽い振動が走る。
爆発音がもうタイムリミットが来たことを教えてくれた。
最悪の⋮その人物を前にして全員の緊張感が一気に高まった。
﹁おや?待ち受けていたいのかい?
それにトゥーサの気配が突然消えたと思ったら⋮これはどう言うこ
とかな?﹂
その声には怒気と戸惑いの両方が含まれていた。
﹁アレは君達が持っていても役立たないモノだ。どうやったか知ら
ないけど早くボクに差し出してくれたら、この場は見逃してあげる
ヨ?﹂
そう囁く声には先程までの怒気は含まれておらず、寧ろ優しい口調
だ。
グレファンが攻撃態勢から攻勢へと声をかける前に、発言した人物
がいる。
906
﹁その話、本当だろうな?﹂
仮面の人物に一番近い位置にいたミハイルは憤りを隠せずに尋ねて
いた。
頷く千貌に気を良くしたミハイルは、そちらへ向けて駆け出した。
連れてきた青銅のゴーレム達はミハイルの背後を守るように位置し
ており、例え攻撃しても防がれ、合流されるのは確定事項だと誰の
目にも明らかだった。
﹁ソレはあの亜人が持っている。
オリジナルワン
私は教えたぞ。約束は必ず守れよ⋮それと、私は必ず役立つから仲
間にせんか?私には特殊個体を寄越せ。
もう⋮価値の分からぬコイツらなどとは話す価値も無い。死んでし
まっても構わんのだからな﹂
そう嫌らしく笑いながら、ミハイルはレガリアを指差した。
突然の裏切りに唖然とするよりは、怒りが込み上げて歯が砕けんば
かりに食いしばるグレファン。
見せられた未来の現実では真っ先に殺されていた為に予見出来なか
ったが、この男ならば生き残っていればもしかしたら敵に寝返って
いたのかも知れない。
しかし、ミハイルはグレファン達の悔しがる表情を見たさに千貌へ
の警戒を怠った。
僅かに仮面から覗く口元には哄笑と侮蔑の2文字。もっと注意深く
していれば気付けた筈のチャンスを逃したのだ。
907
﹁クックッ⋮分かった。約束は守るヨ﹂
そう言ってミハイルの腕をとる。
感謝を述べながらその手を仮面へと近付けた。
﹁まさか⋮マズイ。総員攻撃を﹂
グレファンは想像が出来た。
霊知では特殊個体が仮面へと吸収された。
この嫌な予感が体を動かし、この場から飛び出した。
突然の行動に他の面々も合わせて飛び出していく。
﹁あの行為をやめさせるんだ﹂
﹁了解﹂
そう言うや否や、グレファンを追い抜いてミランダは風の如く駆け
出した。
向かってくる彼等を嘲笑いながら。
﹁君達もボクの仲間にならない?
⋮こんな風に使ってあげるよ?﹂
その光景はおぞましかった。
千貌の仮面へと手が喰われていく。恐ろしくも悍ましい感覚に、ミ
908
ハイルは抗議の声よりも先に恐怖と狂気に彩られた絶叫を上げた。
﹁うるさいナ⋮しかし不味いね君は﹂
ヌチャッ⋮と音がして仮面から腕が離れた。
その衝撃でドスンと尻餅をつく。腕の先には血液だけでなく、ヌメ
りのあるスライムのような粘膜がウヨウヨと付着していて、あっと
いう間に身体中を覆っていった。
﹁餌は餌らしく大人しく殺されろっての。まぁ、せめてもの慈悲っ
て奴かな。良い気分で死なせてアゲルよ﹂
苦痛に歪みながらも愉悦の表情を浮かべるミハイルは、スライムに
よって身が腐り、壊れ始めている。
口から涎や鼻水、涙を垂れ流すミハイル。
ミランダが見るに堪えない⋮と、ゴーレム達を一蹴して戦闘を開始
する前にミハイルへと辿り着いた者がいた。
﹁ほへぇ?﹂
レガリアが一撃を持ってまだ魔物へと変貌していないミハイルの首
を斬り落としたのだ。
間抜けな一言が耳をつき、見事な切り口からは鮮血が舞い散る。
頭部のない残った体からは痙攣しながらなおも増殖する気配を見せ
ていた。
せめての救いはミハイルの意識は痛みもなく死んだ事だろう。
その首のない死体を面白いモノを見たと笑った千貌は、思いつく。
909
﹁首がないのも可哀想だ﹂
そう言って魔法を唱えると、大杖をミハイルの遺体に向けると召喚
陣が現れ、細い魔力が身体を包んだ。
﹁これは生贄による死霊魔法の見せ所サ。そんな気は無かったけど
こ
裏切られて死ぬ人生なんて面白いモノを見せてくれたからね。サー
ビスさ。さて、どんな魔物になるかな﹂
その光景を警戒しながらいつでも飛び出せるようにしておく。
︵あの存在は放っておいては害になる︶
と思いながら、眼前に転がっていたミハイルの首を掴んで一口で噛
み砕く。
︵⋮初めてね。確かにあの仮面が言うように不味い。でも粘っとク
ドくてクセのある味わいだわ︶
そう評価しながら最後にゴッくんと嚥下した。
咀嚼している間にミハイルの身体中の肉が腐り落ちていくのが見え
た。
910
腐った肉が瘴気を呼び出し、辺りを覆って近くに寄る事が困難にな
る。
腐りきって全ての肉が落ちた肉体は、頭骨のない骨だけのスッキリ
とした状態となっていた。
瘴気を纏い片腕の骨と頭部がない骨は、心臓部と頸部に紫に輝く魔
力の石がそれぞれ存在していた。
そして千貌が放った召喚陣が不意に消え去った。瘴気が拡散して現
れた姿に一同息を飲んだ。
ミハイルの骨だらけの身体は、見ている者に不快感を齎す程不気味
さに溢れていた。
骸骨の窪みの眼窩は暗紫の灯火が宿っている。
ダークネスス
瞬時に灰色のローブと杖が装着され、ミハイルだったモノは高位の
ダークアンデットとして蘇った。
カル
﹁ほぅ⋮これは驚いたヨ。単なる餌がこんな生体装備付きの不死生
物に生まれ変わるなんて⋮君のお仲間も期待できそうだね。
今回持ってきた最後の従魔をオマケに付けてあげルネ。
じゃ、主として命じる。あの鬼以外の生命体を殲滅しろ﹂
﹃御意﹄
低く、地底から響くような暗い声は主からの命令に喜んでいた。
上位不死生物でもあるダークネススカルは骸骨種の中でも魔法を主
体とする強力な種族のアンデットの魔物である。
自然発生する事は殆ど稀であり、古戦場跡などや不死生物における
環境が整った地場で死んだ魔法使いなどがアンデットとして蘇る事
911
で現れるケースが少ないが確認されている。
非常に強力な個体であるため迷宮などで遭遇すれば、例えBランク
冒険者パーティでも全滅もあり得る。
生体武具に灰色のローブは時折陽炎のように揺らめきを見せ、只な
らない雰囲気を感じた。
アルケミスト
ハイアルケミスト
ミハイル自身、錬金術士の中でも、更に錬金術士として特化した存
在である上位錬金術士である。
戦闘はからっきしだったが素体レベルは低くはない。
仮面の人物の強力な魔力と瘴気に当てられて変貌してもおかしくは
ない。
ダークプリズン
杖を振り上げ、高速詠唱に気付いた時にはレガリアのいる箇所を除
いて、一定範囲に闇属性の上位魔法︻闇牢獄︼を広範囲に張り巡ら
させた。
この魔法は使用者のライフを容赦なく削り取り、場合によっては死
に至らしめる魔法でもある。
この闇魔法の効果は詳しくわからないが、闇に視界が奪われる事と
この魔法の範囲において発動されてから妙な気怠さと重苦しさがグ
レファン達を襲っていた。
全員で駆け寄っていたことが逆に仇となり、闇の結界に閉じ込めら
れて分断された形となってしまった。
﹁死んでもウザい奴だな⋮ミハイル﹂
912
﹃⋮我が主の為に﹄
流石に上位の大規模魔法を唱え終えた疲労困憊のミハイル・アンデ
ットを守るかのように、千貌より召喚された巨大な魔物が立ちはだ
かる。
巨大な2対の鋏と硬そうな青色の甲殻、無数の脚に特徴的な尖った
尾を持つ蠍は同意するかのように低く威嚇音を放った。
暗黒に囲まれた結界の中で戦闘が始まる。
暗闇が息苦しいような圧迫感を生む。
﹁出し惜しみは無しだ﹂
最初にジーンが魔法巻物にて広範囲に効果を伸ばすレア級の巻物の
封印を解いた。
魔力の光を増す巻物は地中深くへと埋まっていく。
大規模な魔法陣が展開される。
その場の味方全員の精神高揚の効果と、闇牢獄による属性マイナス
値を減らさせる効果を併せ持っていた。
暗闇を照らす光は淡い魔力の輝きで明るくなり、息苦しかった状態
から活力が宿り、全員が普通の状態の身体へと戻った。
913
﹁効果時間はそう長くはないから、早めに決めて欲しい﹂
レア級の巻物は作る手間や素材を考えれば、下手をすれば大枚を叩
いても手に入れたい代物だ。
この巻物の性能は高く迷宮でしか発見されていないので、持続性の
高い効果を持つ。
この状況を打破するためにはコレしかないと泣く泣くの思いで使っ
たジーンだ。
ちなみにこの巻物は地中に埋まった状態でも、その付近を僅かにで
も攻撃されれば魔力を構成する魔法陣が狂って効果を失ってしまう。
敵が気付いているかは判らないが、効力が無くなるまで体を張って
でもこの魔法巻物を守らねばならない。
﹁皆、頼んだよ﹂
ジーンは目の前のアンデット・ミハイルと青蠍を睨みつけ、信頼す
る仲間に後を任せた。
914
闇の上位魔法を使ったダークネス・スカルは相当消耗しているはず
だが、何の表情も見せずに再度何かの魔法の詠唱を始めた。
以後、アンデット・ミハイルと呼び名を固定した。
ブルース
グレファン、ミランダ、ヤラガンは各々の武器を手にアンデット・
ミハイルへと迫った。
コーピオン
その前壁として立ちはだかるのは、高さ4メートルもある巨大な青
蠍。
幼体でも1m近い体躯を誇り、砂漠の掃除屋としての異名を持つ殺
人蠍の一種だ。
その分厚い甲殻は並の武器を弾き、大きな両鋏は鋼鉄のプレートメ
イルすら両断する。
そんな巨体から振り下ろされた2対の鋏を危なげなく躱して、ミラ
ンダが懐へと滑り込む。
鋏は硬い地面を抉りとり、大地に震えを起こさせた。
巨躯に見合ったパワーを感じさせ、当たれば胴体など簡単に潰され、
切断されるだろう。
懐へと滑り込んだミランダに尻尾を使った追撃をしようとした所で、
ヤラガンが側面より重斧を叩きつけた。脚部の関節部付近がメキッ
と言う鈍い音がして1本目の脚と関節の繋ぎ目が僅かに折れて切れ
915
目が入った。
痛みよりも怒りが勝る青蠍の尻尾による攻撃が開始され、防戦一方
となって堪らず距離を取るヤラガン。
﹁⋮流石に固いし、厄介な攻撃だな﹂
気合の掛け声と共にグレファンが剣に焔を纏わせた双撃を尻尾へと
集中させた。
ヤラガンが脚を重点的に攻撃して機動力の低下を狙い、グレファン
が尻尾を攻撃して切断を狙う。
そして1番重要な役割としてミランダが撹乱と時に攻撃して自身の
ターゲットにして外させない。
これが主に拳嵐が担当する攻めパターンであった。
﹁ハッ、鈍間が。これでも喰らいな﹂
バチバチッと放電している手甲を両手で接触した。
バチンと一瞬巨大蠍が震えたが、何ともないようにまた再度攻撃に
移る。恐るべきHPと耐久性に優れた魔物だ。
﹁タフな相手だが、倒せない相手ではない。仕留めるぞ。それにあ
っちには彼がいる⋮任せても大丈夫だ﹂
グレファンの宣言のもと、休みなく攻め続けた。青蠍を確実に葬り
去るために。
916
☆
﹁やれやれ、どうして僕一人が強敵であるミハイル殿の相手をしな
きゃ行けないだ⋮損だよね﹂
そう嘆きながら、無属性の魔法陣を魔力構成していくアルギュース。
﹃⋮貴様は人間にしては魔力値が高いな。宜しい、我らが主人の糧
となれ﹄
﹁⋮いやぁ、僕は遠慮しとくよ。しかし、偏屈と周りから呼ばれる
者であったが好きなものへの情熱をかけるミハイル殿の方が僕は好
きだったな。
キミは誰かの力を勘違いして貰っただけで満足している。これじゃ
唯の負け犬だね﹂
その返答の代わりに闇属性魔法の黒球の攻撃魔法が雨のように降っ
てくる。
アルギュースは魔力障壁を展開しながら近づく。
﹁ミハイル殿の記憶は無そうだ⋮ね。情に訴えかける事も出来なさ
917
そうだ。
はぁ、面倒⋮全く割に合わないよ。だから早めに終わらすね﹂
魔力障壁を維持しながら、さらに別の無属性魔法を紡いでいく。
この男の職業︻魔法医師︼だけでは考えられない程の魔力が高まる。
魔力が濃密になり、アルギュースに嵌めてある指輪にギンギンと唸
り音を立てて集約していった。
アルギュースの強さの1つに潤沢な資金を用いた装備の徹底した強
化がある。
白衣の下に着ているジャケットとズボンは特別製だ。
アラクネと言われる魔蟲蜘蛛から取れる生糸と、特殊な液体に浸し
てミハイルの錬金術で作り上げた魔法耐性を僅かに宿したハイノー
マル級の装備品である。
サイレント
サイレント シープ
首にしているアミュレットは無属性の魔法効果を微力ながら高める
レア級のモノだし、履いている靴は無音の魔力が宿した沈黙の羊の
革を特殊加工したレア級のモノ。
素材も希少であり、加工出来る職人も少ない上に優れた防御力と耐
久性を誇る。
暗殺者達が好む逸品であるため、通常では入手出来ない。
闇業者の伝手でやっと発注して手に入れた品であった。
そして1番お気に入りは両指に嵌めてある指輪。
雌雄の一対の装備品であり、闇オークションで流れていた品だ。何
方か片っぽだけでは魔力を通さないただのガラクタ品となる。
また強力な魔力と無属性の使い手にしか反応を示さない珍品として
出されていた。
918
ライバルが少ないこともあり、当時無属性専用武器など無かったの
で面白半分で競り落とした武器だったが、予想以上の性能と癖で今
ではアルギュースにとって無くてはならない武器の1つになってい
た。
雌雄の指輪には解明されていない文字が彫られており、この指輪が
迷宮産の物ではなく、恐るべき事に何者かの人種によって作られた
証拠であった。アルギュースは読めなかったが日本語で︽無明︾と
彫金してあった。
もっと良く鑑定せねば詳細なことは分からないが、使い方と能力さ
え分かれば後は気にしなかった。
無属性の魔力をチャージする魔技が込められたレア級の中でも珍し
い逸品。
最大に無属性の魔力を溜め込むことで魔力が指先から溢れ出し、弓
の形を彩った。
その馬鹿げた魔力を誇る事象にミハイル・アンデットは警戒する。
前以て詠唱を完了させていた使い魔として産み出された闇属性魔法
が向けられた。
3羽の鴉の形を模って迫る魔法をアルギュースは危なげなく躱す。
手っ取り早く距離を詰める為に、途中から突進して魔力障壁にぶち
当たるに任せた。
お陰で距離は詰まってきたがミハイル・アンデットからは次々と同
じ詠唱が聞こえてくる。
919
﹁んっ、面倒だね﹂
射程距離内に入ると魔力で出来た無属性の弓の弦を引く。
脳裏で念じるだけで魔力矢が形成された。
︻解放・魔技矢雨︼
輝く魔導弓から無属性で固めた魔力矢が大量に放出される。
追撃で襲ってきた無数の闇鴉を有無を言わさず高速で屠り、貫きミ
ハイル・アンデットへと襲いかかる。
この弓矢は魔力さえチャージ出来ていれば装備者が念じるだけで任
意発射され、生成された矢の術式には命中自動補正がついている。
その為弓の技術や技能もいらないし、魔力で作られた矢は厚さ5m
mの鉄板など容易く貫通する破壊力を誇る。
持ち運びも楽で一見武器には見えない。このように優遇される万能
無明のリングの発動条件に至っては、まず無属性上位
武器だが使い手は限られる。
この魔導弓
の魔法が使える事が弓の形状を発動させる条件。
次に矢の起動条件に一定基準以上の魔力量が必要。
最後に魔法使い職であることが使用条件に上げられている玄人好み
の仕様だ。
まず普通の魔法使いならば必要のない武器である。
系統で魔法射程や威力を高めたりする杖系統の装備品や追ダメージ
を与えるための属性強化を狙う者が多いため、指輪型の需要が少な
いからだ。他人には今まで見向きもされない欠陥武器としてあった
が、それは誰にも使いこなせるだけのスペックが無かったからに他
920
ならない。
その為アルギュースのように合致する人材が使えば殆ど反則級の代
物だが、何とも偏屈な武器もあったモノだと思う。
正に無属性のためだけに制作された武器だと言えよう。
並の人材が使おうものなら発動すら出来ない。最悪発動出来ても魔
力をどんどんと吸って矢を形成していくため、急激な魔力枯渇によ
る死もありえる危険な代物であった。
それらも踏まえてアルギュースの大のお気に入りなのだが。
マルチプレイヤー
人体構造を理解し尽くした彼自身の戦闘能力や体術も高い。
攻防もこなせて尚且つある程度の回復も出来る理想的な人材。
しかし、秘匿性を愛するアルギュースは滅多な事では表舞台にすら
立たない。
ユピテルの街の闇ギルドの中でも隠れた実力者として知るのはほん
の一握りだ。
その自慢の武器から立て続けに魔力矢を放ち、どんどんとダメージ
を重ねていき、アンデット・ミハイルに反撃の詠唱させる隙も与え
ない。
﹁良い線言ってたけど、この武器の射程距離内までに仕留められな
921
かったのが君の敗因だね。
しぬまで
さて、これから実験です。アンデットに僕の隷属の魔石は効くでし
ょうか。
今後に活かす検証にするためにも、ある程度付き合ってもらいます
よ?﹂
不敵に嗤うアルギュースは、己が閃いた案に満足していた。
勝てば上位のアンデットが手に入り、殺しても多くの経験値が手に
入る。何方に転んでも悪くない。
魔力障壁の維持とと弓矢の形成でMPは急激に枯渇していく。
消耗は激しいが、此方には貴重なマナポーションによる回復も可能
だ。
お金は使わないと回らないよね。
これから始まるのは一方的なゲームである故に、負ける危険はない。
︻逆巻く棘︼たる闇ギルドの由縁を幸か不幸か、身を以てアンデッ
ト・ミハイルは知る事になった。
暫くすると︻闇牢獄︼の魔法が砕け散った。
そこにはボロボロになって倒れ伏しているミハイル・アンデット。
身体の至る所に矢が突き刺さり、無事な箇所など見当たらない。
2つの魔核も貫通している無残な姿で、骨に表情が感じられるか分
からないがその表情が物語るは、全員が全ての苦痛を味わい恐怖に
歪んでいるだと読み取れたことだろう。
再生すら許されなかったアルギュースの奥義は、相手の生命力を奪
922
いながら逆巻く棘の如く成長する。
つまり、生きている限り終わりのない攻撃を強いられたミハイル・
アンデットはその眼窩の中の窪みに一切の輝きを宿していなかった。
ミハイル・アンデットが倒れた結果、暗黒の結界が晴れると少し離
れた場所には傷だらけのヤラガンと、腕を抑えて蹲るミランダがい
た。
戦闘音だけは響いていたので、状況は何となく理解している。
青蠍は全ての脚を折られ鋏を切断されていた。まだピクピクと動い
ていたがたった今それもグレファンが紅蓮に舞う双撃で命を刈り取
られた。
ミランダとヤラガンの回復を行う為に彼ら支援へと向かう。
その時アルギュースがレガリアと千貌の戦いを横目に覗き、そう呟
いた。
﹁おや、彼方は派手ですね。やはりあの時逃げていて正解だったよ
うですよ﹂
アルギュースは勝てない試合はしない主義である。
923
贖う者 中編︵後書き︶
今回のお話と後編とエピローグにてレガリアメインのお話が終わり、
ソウマ編に入る予定です。
924
贖う者 後編
グレファンとアンデット・ミハイルとの戦いが始まった頃、レガリ
アと千貌との戦いも白熱化していた。
千貌の持つ大杖を魔力を込めて一振りすると、複数の火球がレガリ
アに向けて発射される。
見切りスキルによって撃ち込まれる軌道を予測。
当たる寸前で躱していくため、熱気が朱色の髪を撫でていく。
﹁へえ?避けるなんてやるじゃん﹂
次々と続け様に火球が襲うが元々炎熱耐性のあるレガリアには、例
え魔法が当たっても火属性ならばダメージも微々たるものである。
レガリアがまず最初に狙ったのは武器破壊。
火球は兎も角、あの天空から降り注ぐ魔法は非常に厄介である。
あの黒光りする大杖を何とかしなければ、私達は全滅する可能性が
高い。
その甲斐あってようやく大太刀の範囲へと入る。
魔法を避け切ったレガリアに対して千貌は余裕の表情でレガリアを
待ち受けていた。
オーラ
最初から闘鬼術を全開にして身を強化し、更に大太刀に纏わせる。
925
︵こちらを侮ってくれているならそれで結構。相手の実力など発揮
させずに勝てるのならばそれが1番いいはず︶
美しい刀閃は残像を描きながら強化された肉体から放たれる大太刀
の速度は音速に迫る。
千貌は軽く眼を見張るが特別な事はせずに大杖で大太刀を受け止め
ようと防御した。
オーラ
闘鬼を纏った大太刀が大杖を切断し、その勢いで千貌ごと斬り裂い
た。
その判断と未来予測を頭の中でそう思ったレガリア。
しかし、現実は予想と違い、切り裂く感触なく反発する手応えが返
ってきた。
派手な金属音を鳴らし、お互いの武器は接触する。
大太刀の刃は火花を散らし詰め寄るも、大杖に傷さえ付けれずに受
け止められていた。
よく見ると大太刀の刃は大杖には直接触れておらず、魔力のような
波動を纏わせてバチバチと抵抗している。
それでも驚きなのだが、力負けなどせずに拮抗状態だ。
魔法使いであるにも関わらずなんと筋力の強いことか。
その事実に驚きを隠しえない。
﹁アツっ。君は馬鹿力なんだネ∼。
ギリギリ間に合ったけど予め強化魔法の重ね掛けしておきゃなきゃ
厳しかったヨ。
でも残念、狙いは良かったんだけドネ。
その大太刀も業物らしいけど、僕のスターメイズロッドは格が違う
926
ハイレア級。そう簡単には折れないよ﹂
鍔迫り合いの最中に大杖から至近距離で放たれた火球。
身を屈めて2発目までは躱すが、3、4発目と無理な体勢で立て続
けに喰らい、燃え盛る火と共に後方へと吹っ飛ばされた。
﹁はい、終了。少しは楽しめたよ。
さてと、彼方はまだ︻闇牢獄︼が解けてないし⋮この鬼娘をサッサ
と取り込んじゃおうか﹂
火に包まれ未だ燃え盛っているレガリアに近づいていく。
激しい炎によって息も出来ずに焼かれたこの鬼娘は、生物である以
上間違いなく死んでいると確信する。
念のため、スターメイズロッドから火球を5発ほど燃え盛るレガリ
アへと追加攻撃した後、︻生命感知︼の魔法も使い、完全に心音す
らも止まっている事を確認していた。
ゆっくりと手を伸ばし、燃えるレガリアの首を掴んで持ち上げた。
それ故の慢心。
それ故の好機。
927
ミミック
確かにレガリアは修羅鬼の心臓、身体に流れる血流すらも止めてい
た。
元々が宝箱が為に呼吸などといった生命維持活動は全く必要ない。
それでも念には念を入れ、魔力すらも遮断する為に︻擬似心臓︼を
も停止させ、待っていたのだ。
それを逆手にとられた千貌は、全く疑うことなくレガリアを殺した
のだと信じ、油断してしまっていた。
その為、千貌に首を掴まれて持ち上げられたレガリアはそれを機に
一気に︻擬似心臓︼を稼働して覚醒する。
右手だけで貫手の構えをとり、自然な動作で心臓部を狙う。
岩に指を突っ込んだような堅い抵抗はあったが問題なく刺し貫く。
スッと貫いた綺麗な5本指はおびただしい鮮血を伴い、千貌の小さ
な心臓を掴み取った。
オーラ
闘鬼術を全指の第一関節の一点集中して纏わせた事で発動までのラ
イムラグを減らし、警戒をさせず、持ち前の肉体能力で千貌を穿っ
たのだ。
右手の心臓を口へと運び、一噛みで咀嚼する。
けいけんち
甘美な味が口一杯に拡がり、血は極上のワイン、心臓はコリッとし
て凝縮した濃厚且つ膨大な旨味が身体中に広がった。
アルタイ
﹁っ!!魔導金糸の衣を突き破るな⋮んて﹂
928
声にならない嗄声。
残った左手も同様に千貌の首を手刀で刈る予定だったのだが⋮左腕
を動かしても感覚がない。
どうやったのか分からないが、左腕がゴトリと斬り落とされていた。
流石に其処までのチャンスは無い。
お返しに私の首を持ち上げた千貌の片手を喰いちぎる。
此れも今迄喰べた中でも格別に美味しい食材で、あまりの美味さに
戦闘中でもウットリする事をやめられない。
洞窟内に響き渡る千貌の絶叫。
思わずスターメイズロッドを取り落とし、その右手に嵌めてあった
指輪が突然砕け散った。
優しく光る魔力光が千貌の身体を包み込む。
レガリアは突然のことに警戒し、自身の左腕とロッドを掴んですぐ
にジャンプ。
ロッドは直ぐにアイテムボックスへと回収する。自身の左腕を切断
面とくっつながら距離をとって観察を続ける。
⋮完全に元通りでは無いが、感覚は8割ほど。持続戦闘は何とか可
能だ。時間を掛ければ完全治癒するだろうけど、今はこれで充分ね。
千貌の身体を包んだ光が止むと、抜き取ったはずの千貌の心臓と喰
い千切った片手は綺麗に再生されていた。
﹁指に嵌めていた身代わりの指輪がなければ死んでいた⋮ヨ﹂
929
指に嵌めてあった指輪の幾つかは宝石部分が砕け散っていた。
その声には先程までの生意気な態度はない。
﹁ご馳走さまでした。アナタの心臓と腕は格別。とっても美味しか
ったですよ﹂
そう言うレガリアの口角から鮮血が滴り落ちている。それも舌で愛
おしそうにゆっくりと舐めとった。
擬態の基となった修羅鬼自身も元々炎熱耐性も強い体質だ。豪火と
も呼べる火に包まれていたのに火傷の傷跡など全く無い。
これにより千貌の計算に誤算が生じた。
スターメイズロッド
彼自身が使える属性魔法には火属性がない。
その為このハイレア級の魔杖を入手してからは、込められた火属性
魔法をメインに使用していた。
火属性はどの生物にも効きやすい利点と、ロッドをしようすればほ
ぼ無詠唱に近いスピードで魔力を組み込んで火球が形成される。
威力も充分でこれまで幾多の敵を葬ってきた。
殲滅広範囲魔法を使いたいが、目の前の鬼女はそんな隙を与えてく
れないだろう。手持ちの魔獣も先程の青蠍で終いだ。スターメイズ
ロッドも何処かに行ってしまったようで見当たらない。
舌打ちしたい気分を抑えながら現状を把握していく。
先程の火球が効かなかったように、敵は充分な魔法対策をしている
930
ように思える。
他の属性を試す迄もなくレガリアには特殊な魔法を除いてダメージ
を与える事は難しいと⋮誤解してしまった。
﹁予想外⋮予想外ダヨ。君は何者だい?何百年と生きてきたけど君
のような強力で変種の鬼族には出会った事がない﹂
強いて言えば、非常に強く理不尽な敵に襲われた過去を思い出した。
禁じられたスキル解放のキッカケとなった出来事と共に千貌は50
年程前を思い出していた。
ボクが初めて仮面を得た際に、頭に直接焼き付けられた知識があっ
た。
それは仮面の力によって構成されている不可思議な魔力︻異貌の神︼
より与えられたこと。
そして驚異的な回復能力という恩恵と引き換えに仮面を破壊されれ
ばその恩恵は無くなるという事実を知った。
知識を得ていく一方で肉体が見る見るまに大幅なステータスアップ
と肉体構造の著名なる変化が起こっていく。
一介の魔法使いだった僕があり得ないほどの肉体、素晴らしい魔力
931
と知識を手に入れる事が出来た。
仮面は装備品にも関わらず、自らの意志を持っているようで使用者
の得た殆どの経験値を喰らって成長する⋮装備品というよりかは生
物のような定義に当てはまるだよう。
意志を持った武具⋮それは物語に登場する伝説に登場するような得
難いモノらしい。
生まれ変わって成り立てのボクは、何もかもまるで足りていない。
いずれは解放出来るだろうが、様々な能力のある仮面の現在は力の
殆どが解放されていない状態だ。
そして使用者は常時一定期間の内にある程度の経験値を仮面を捧げ
ねば、代わりに魔力と生命力を捧げなければならない。
そのため使用者次第では使いこなせず、自滅の危険を孕む矛盾を孕
んでいる。
時間をかけて研鑽を積み、彼単体でまでを倒すほどの実力があると
自負していたのだ。
そうして何百年の歳月をかけてレベルアップしたが、ようやく仮面
に装飾が施されスキルが宿ったばかりだった。
そんな中で何百年も生きてきた中で過去、手強い強敵と呼べる相手
も複数いた。
最近では50年前くらいになるが、仮面を得た場所を拠点として活
動していた際に侵入者が現れた。この仮面にはまだ秘密がある。
そう確信したボクは解き明かそうと調査するも、その時点ではどう
頑張っても何も起こらなかった。
キッカケは彼等が襲ってきた時に初めて発動した。
932
迷宮のように入り組んだ道を難なく踏破して、恐るべき実力と装備
を持った剣士と魔術師に襲われたのだ。
どうやらこの仮面の事を知っていたらしく、ボクの事をレアBOS
Sだと叫びながら嬉々として襲いかかってきた奴ら。
襲ってきた剣士には魔術師からの十分な支援魔法がかかり、純粋な
戦闘能力面では召喚した黄金蟲をも軽く凌ぐ。
属性魔法がかかった剣は黄金蟲の硬化した甲殻を削ぎ落とす。
魔術師は考えられない程のスピードで矢継ぎ早に詠唱し、様々な属
性魔法を操り千貌は追い詰められていく。
C級BOSSをも単体で倒せるボクをこうまで追い詰めるなんて⋮。
無敵だと信じていたボクが初めて戦慄した瞬間でもあった。
入手したばかりのスターメイズロッドの広範囲攻撃で1度は侵入者
達にかなりのダメージを与えたが、それでも死なずに襲いかかって
くる。
死闘を演じたが、遂にボクも瀕死状態となり、致死に近いダメージ
を負った時にソレは発動した。
不意に意識が遠のいていき、完全に閉ざされた意識と引き換えに、
この仮面が変貌し、秘められた能力は発動された。
次に気付けば、酷い倦怠感と飢餓状態。
周辺には途轍もない破壊痕が残るのみで、他には何も無かった。
何とか安全地帯まで移動して自身の状態を確認する。
千貌は大幅なレベルアップを果たしており、経験値の多さに仮面が
933
喜悦の感情を浮かべている。
レベルアップした為か新しい情報が仮面より流れ込んだ。
先程の瀕死状態で意識を失うほどの破壊が齎されたのは仮面の奥の
手と呼ばれるスキルで、どうやら宿主を殺させないための緊急処置
であるらしい。
また仮面の情報では他にも異貌と呼ばれる神々がこの世界には存在
エルダーゲード
しているらしいとわかった。
この世界の神々の戦いをも少なからず知る事となった。
拠点から膨大な資料を長年に渡り調査し僅かな手掛かりを古代の文
献から調べ上げる。
遠方だが異貌の神に連なる系譜の1柱がどうやら存在し、力を奮っ
た記された文献を発見した。
さらなる力の解放に心浮き立ち、惹き寄せられるようにこのサザン
地方へと降り立った。
迫り来るレガリアの攻撃に必死に身を躱す。斬られるのも構わず、
千貌は付けている仮面を掴み何事か呟いたていく。
次第に仮面の眼の部分から光が宿り始める。
次第に洞窟中を照らす漆黒に輝く閃光が一瞬だけ走った。
この現象は千貌が長年の研究と検証の結果、瀕死を追った時に以外
934
にも引き出せるようになったこの仮面の唯一のスキルが発動した証
だった。
生命力の殆どを吸い取られながら、スキル︻破滅の混沌︼は仮面の
閉じられていた第3の濁眼が見開いて悍ましい力が溢れ出す。
スキル
ボクと言う精神が食われいく感覚に身を任せながら仮面の能力を行
使する。
このスキルは手加減が効かない。鬼女が隠し持っているトゥーサご
と殺してしまう恐れがあった。
偶然とはいえ異貌の一柱であるトゥーサのチカラを手に入れる機会
を逃してしまうかも知れない事は勿体無いのだが。
そんな事を考えながら気持ちを切り替える。今度意識が目覚めた時
はこの未知の実力者たる鬼女も経験値に変わり、新しいチカラが授
かっている⋮そう意識が失うまで思っていた。
彼が最後に見えたのは猛スピードでレガリアが迫ってきている姿だ
った。
レガリアは千貌の異変にいち早く気付いた。
千貌の全身が影のように揺らめき、急激に黒霧が体周辺に漂い始め
た。
935
極め付けが仮面が先程と違い、眼の部分が計6つへと増えていた。
しかも、生きているかのように不気味に嗤う表情の形を彩っている。
それは見ている者を不快にさせ、どうしようもない悍ましさである
生理的嫌悪感を伴う。
仮面に発現した6の眼が怪しく光る。
その光を浴びると精神を蝕む狂気や洗脳などといった精神異常を起
こすバットステータスがレガリアを襲ってきた。
アストラルリンク
幸い、レガリアにはソウマとの契約を結ぶスキル︻精魂接続︼の影
響があり、精神汚染や精神支配に対する攻撃に対してある程度の阻
害する耐性を持っていた。
発狂するなどいったマイナス影響は最小限に抑えられて守られてい
るが、魔法生物である自分の精神にも自我を攻撃されているという
不快感は拭えない。
眼を直視すれば精神異常が起こり、眼を離せば相手の仕掛けてくる
攻撃が見えないと、厄介な攻撃だ。
一般的に耐性のない人間や亜人は、苦しんだ末に自殺やお互いの殺
し合う。
例え奇跡がおきて抵抗が出来たとしても、数秒から数分でいずれ飲
み込まれてしまうだろう。
本能が冷水を浴びせたのようにレガリアに警告を発する。そしてこ
の感覚は未来での体験と言わんばかりの霊知の際に、千貌と戦って
破れたビジョンを思い出した。
いや、強制的に思い出されたのだ。
936
考える前にレガリアは駆けた。アレは完全に変貌させてはいけない。
迫るレガリアに変貌していく千貌は触手を無数形成して迎え撃つ。
レガリアの大太刀は影の触手を捉えたが、不思議な事に切った感触
がまるで無く、手応えを感じない。
まるで靄を斬ったような感触に戸惑う。
剣撃をすり抜けて迫る無数の触手は防御すら許さずにレガリアの身
体へと触れると、そこから生命力が抜きだされたような脱力感を覚
え、軽度の目眩がした。
レガリアは更に攻勢へと転じる為に大太刀の武技︻紅蓮一刀︼を発
動させた。
眩く辺りを照らす程の熱量が刀身に宿る。
脚部に闘鬼術を最大限の質量でかけた。
隙間なく迫る触手に対して、今度はバチッと言う火花と共に触手切
り裂いて、僅かなダメージを与えた。
千貌の繰り出す攻撃は自身の身体中から闇のように這い出る数本の
触手を操り、レガリアを攻め立てる。
鋭利に尖った触手はレガリアの身体を傷だらけにしてどんどんHP
を削られていく。
痛覚を遮断しているので、痛みに対して身体が縮こまる事はなく、
気にせずに最低限の回避行動と防御のみを行い、千貌に1秒でも早
く近付いていった。
触手以外の攻撃にも身体から漏れる黒霧となって度々レガリアを襲
937
いHPを削りとった。
レガリアから紅蓮一刀によるダメージを受けても、千貌が地に触れ
る場所から大地の生気を奪って地面を侵食し、そこにある大気から
も汚染して黒霧と化して自らに取り込んで再生していく。
それはまさに世を蝕む混沌の姿を呈していた。
レガリアはあの霊知により千貌と対戦し、負けている。
しかし、そこから学べた事があった。
この敵は特に火属性に弱いのではないか?と推測を立てていた。
レガリアの保有するスキルでは火属性しかないので検証と確証はと
れなかったが、闘鬼術よりも明らかに炎熱付与された攻撃の方が手
応えを感じていた。
紅蓮一刀は一度使えばクールタイムが必要であるため、レガリアは
切り札であるスキル︻蒼炎︼を使用し、追い詰める事に成功はして
いたが結局は負けてしまった。
最初から︻蒼炎︼を使えばいいのだろうがソレが出来なかった理由
があった。
竜鳥戦でさえ、2連撃で刀が融解していたのだ。
極めて有効なスキルであった︻蒼炎︼は絶大な攻撃力を以って千貌
を追い詰めはしたものの、三太刀目にして大太刀がそのスキルに耐
えられずに刀身が半分融解。
形を保てなくなった大太刀が崩れ落ち、武技もスキルも使えなくな
ってしまったからが上げられた。
938
前回使用した際の大太刀をみて想像は付いていたが、恐らくはこの
︻蒼炎︼は本来ならレア級の装備では耐え切れないスキルなのだ。
他のレア級とは性能が違うとしても大太刀の耐久度では保たない。
絶大すぎるスキルは容易に使えない諸刃の剣。
炎に特化した大太刀だからこそ、蒼炎の威力に耐え切り、刀身に僅
かな歪みで済んだ。
その部分を丁寧に研磨しなるべく細かな歪みを直ったのだが、今の
レガリアには完璧に元通りには出来ず、現在まで騙し騙し使ってい
たのだ。
︻蒼炎︼を使えば保って三太刀まで。その制限があるからこそ、身
体に甚大なダメージを負ってでも、千貌へと駆けつけたのはこの為
である。
ここまで到達するのに5秒もかかっていない。
清浄の効果を持つ︻蒼炎︼を纏った大太刀を影と化した千貌へとむ
けて、脳天から十字にかけて音速の速さで斬り払った。
939
二度煌めいた斬閃が刹那の静寂さを物語る。
間も無く千貌からの声にならない絶叫が奔る。
黒霧のような上体を仰け反らせ、霧の衣が拡散されて青い血飛沫を
上った。
この清浄な炎は切り口からじわじわと燃え盛り、再生しようと集ま
る黒霧ごと全てを燃やし尽くす。
大太刀を通して確かな手応えが伝わってきた。
そのまま︻蒼炎︼を維持したままトドメの一太刀を狙おうとした所、
レガリアのうなじにゾワッと鳥肌が立つ感覚に襲われた。
レガリアのいた場所に黒く汚染された大地と大気がレガリアを囲み、
千貌を巻き込んだ至近距離で全方位からくる粉塵爆発のような攻撃
に晒された。
これは︻蒼炎︼によって黒霧を吸収して回復に努める事を断念した
千貌が、自分を巻き込んででも必ずレガリアを葬り去ろうとした本
能の結果だった。
一点集中した事で縦に奥深いクレーターが出来上がり、穴は炭化す
るほどの自らもダメージを負った千貌がいた。
その凝縮された圧縮爆発はいかな生物をも爆殺し思わせるだけの威
力を物語っている。
黒の爆発から輝く大盾を前方に構えたレガリアがいた。
あの爆発に耐え切った各部の身体状況を瞬時に観察。
940
本体が魔法生物であるレガリアは修羅鬼形態では余分な痛覚を遮断
している。
レガリア
それが無ければ傷の痛みと重傷度で死んでいてもおかしくない傷が
身体中に出来ていた。
大盾でカバー出来た部分は比較的軽傷であったが、修羅鬼の後頭部
の綺麗な髪は半分以上が焼け落ち、新品で頑丈な鎧は全て吹き飛ん
で背部には皮膚の黒く変色して焼け爛れた痕が無数にあった。
修羅鬼の炎熱耐性︵極︶なければ戦闘不能状態に陥り、宝箱本体へ
と戻っていただろう。
さらに身体からは生命力を大幅に抜き取られ、爆発の衝撃によって
全身の骨格にヒビが入り、踏ん張った際に大腿骨と盾を持った左腕
の細かい骨が複雑骨折していた。
この大盾が無ければ大ダメージで倒れ伏していたに違いない。
この大盾に掛けられた魔法がなければ吹き飛ばされていただろう。
レガリアはダンテが街へと戻る際にこの大盾を託してくれたことに
改めて感謝した。
あの口下手な男が後で再会した時に返してくれればいい⋮と、無理
矢理アイテムボックスへと収納させた。またコウランもレガリアか
ら何かを感じ取ったのか、アイテムボックスに入ってても効くか分
からないけどね、と前置きの後、炎熱鋼の大盾にコウランが装備品
に付属させる神官魔法を唱えておいてくれたのだ。
咄嗟に取り出した時に薄い膜が大盾を覆っていたから、もしかした
ら効果は持続していたのかも知れない。
数々の小さな善意⋮それらお陰で九死に一生を得たのだ。
941
マスター
︵御主人様のお陰で信頼できる良い方たちと出会えました︶
心でダンテとコウラン、そしてソウマに感謝する。
レガリアが存在していた事実を確認した千貌は、再度黒霧を発散さ
せ、汚染された大気を集める行動に移る。
その集合した大気に向かい、炎熱付与した打根を投げ付けて黒霧の
密集地帯を吹き飛ばす。
そこへ至る僅かな道を作った。
千貌までの距離は7mほどの距離だ。
しかし、今の身体ではその距離が遠く感じる⋮でも、走らねば。
決意してから大盾から手を離し、裂帛した気合の声を上げて折れた
脚を酷使する。
しかし数歩で完全に脚が折れ曲がり、大きく体勢を崩した。
そんなレガリアを見た千貌は動かない筈の仮面の表情をグニャリと
曲げて嗤ったような気がした。
即座に千貌の体内から黒い触手が動けなくなったレガリアを襲う。
﹁手助けする﹂
そう声が聞こえると、後方から無数の矢が黒の触手に突き刺さる。
はっきりとした魔力を伴う矢は黒の触手を撃退させた。
レガリアの身には淡く輝く光が振り注ぎ、炎症を起こし腫れて骨折
していた脚が一時的に繋がれ、再生が始まった。
レガリアは知らなかったがこれは医療用魔法の一つで得意とする術
942
式である。
そしてグレファン達が此方へと向かってくる姿が見えた。
苛立つように黒の触手が増え、攻撃が益々増える。
アルギュースによる矢の援護も永遠ではない。
ここが勝機と直感したレガリアは、残り少なくなったHPから最低
限の闘鬼術を絞り出し立ち上がる。
余りのダメージに姿勢がよろめき体幹が崩れるが、そんな事は御構
い無しに狙い定めた一突きを繰り出した。
蒼白く燃え盛る炎を纏った大太刀は6つの眼を開いた仮面に突き刺
さり、貫通した。
貫かれた仮面より瞬時に体内から蒼き炎が巻き起こり、風船のよう
に膨張した千貌は断末魔の声もなく炎に包まれ、やがて消滅した。
捨て身の攻撃には耐え切ったが限界を迎えていたレガリアはそのま
ま倒れこんだ。
青銅製のゴーレムを取り出し少しでも体力回復のためにバリバリと
貪っていると膨大な経験値が身に宿り、膨張していくのが感じられ
た。
身を包む一体感に戸惑いながら、脳内にナレーションが聞こえてき
た。
ミミック
︻レベルが種族規定値100を突破しました。宝箱・希少種が種族
進化します⋮エラーが発生しました。
レアスピーシーズトレジャーボックスリリース
パートナー承認不在により持ち越しされます。今後パートナー承認
次第進化されます。
⋮条件を満たした為、固有名レガリアには︻希少宝箱固有能力解放︼
されました。
943
アプソープション
運命流転、上位職捕食、上位貌人殺害により︻体内錬金︵C︶︼︻
オートリライト
吸収能力付与︵C︶︼︻保有希少枠︵3︶︼
⋮宝箱・希少種に自動書換しました︼
長いナレーションのあと、青銅ゴーレムを食べ終わる。少し一息つ
けた所で得た能力の確認をしながら大太刀の確認をしっかりと行う。
大太刀の点検を行うと、やはり大太刀は3度目の︻蒼炎︼には耐え
きる事は出来ずに、太刀としての形を保てなくなっていた。これで
は武器として扱う事も補修も難しい。
また自身の身体もボロボロだった。買ったばかりの鎧も今の戦闘で
砕けて素っ裸に近い状態だ。
これだけの相手にこの戦果で済んだのは僥倖なのだろうが⋮。
溜息を吐くという行動を初めて起こしたレガリアだった。
千貌の仮面が半分以上損壊した状態で力無く転がっていた。
躊躇せずその残骸を踏み付けた。
最後の戦闘に間に合ったグレファン達と合流し、互いの無事を喜ん
だ。
素っ裸に近いレガリアに対して真っ先に予備の外套をかけてくたの
はミランダだった。
﹁私達が来る前に終わらすなんて⋮小娘の癖にやるじゃないの﹂
﹁それは⋮どうも﹂
そう声掛けしながら、脳内では本来ならありえないと思っていた。
944
この私ミランダでさえドワーフとしての力を持ちながら、雷属性と
いう稀有な属性の籠手の力で敏捷値も底上げされており、C級冒険
者の中でも高い戦闘能力を持っていると自負している。
職業も拳闘士の上位職である2次職。
瀕死の重傷を負って若様に助けて頂いてからは、一つ階級が上であ
るB級冒険者︵一流︶達ともやりあえるほどの力量を持つと思って
いた。
レガリア
そんな私だったがどう間違ってもこの小娘の戦闘能力は冒険者とい
う枠組みを超えて異常でさえある。
これはイレギュラーすぎる相手よね。将来、敵か味方になるか不確
定要素は尽きない。以前からグレファン様にとって害をなす存在に
なるのではと危惧していた。
今ならレガリアとて仕留めるれる。そう判断する自分もいるのだが
⋮そんな気はもう起こらない。
あるいは、本能がレガリアを認めてしまっているのかも知れない。
直面した生命の危機を乗り越え、認めるに至ったレガリアはミラン
ダ以外にもグレファンやヤラガン、ジーンもきっと同じ思いだろう。
アルギュースの魔法によって最低限傷を治した彼らはアデルの町へ
と繰り出す。
道中襲いかかってくる魔物も苦とせず撃退しながら無事にアデルの
町の門入り口へと到着した。
この後彼らは門で別れて宿に向かおうとするが、すぐに門番から冒
945
険者ギルドより強制召集が掛かっている事を伝えられて冒険者ギル
ドへと向かう事になる。
946
贖う者 エピローグ
レガリア達が門番に説明を聞いている間、もう1人の門番が冒険者
ギルドの職員を呼びに行く。
﹁やれやれ、休む暇もないとはね﹂
グレファン達と愚痴りながら待っていると、程なくして現れた若い
職員が申し訳なさそうに案内してくれた。
どうやら先に着いたナタリー達やコウラン達から事情は説明されて
いるようだった。
促されながら冒険者ギルドの会議室前に辿り着く。
﹁グレファン様一行、到着されました﹂
﹁入れ﹂
アシュレイの声が聞こえ、中へと入る。
中には豪奢な机が並んでおり、上座にアデルの町の領主たるアデル
伯爵が座り、その背後には騎士と思わしき武装の者達が5人ほど控
えていた。
右隣にはギルドマスターたるアシュレイが、左にはナタリーがいて
ガリウは見当たらなかった。
怪我はあるもののグレファンを見つけたナタリーは、大きな眼を見
開いて喜びを露わにした。
947
その隣にはコウランとダンテが座っており、此方を見て安心した表
情を見せていた。狂乱兎のNo.6、7の姿は見えない。
彼らの存在は狂乱兎の二足歩行のようなもの。そのまま魔物として
勘違いされてしまう可能性が高く、厄介ごとにならないように町へ
と辿り着く直前に近くの森へと待機してもらっていた。
実験体だった彼らはレガリアに忠誠を誓い、今後決して人里へ近付
かずに過ごす事を約束している。
因みにアルヴィースも既に別行動にてユピテルの街へと向かい、こ
の場にはいなかった。
理由は面倒毎が嫌い⋮との理由だった。
気が向けば今回の報酬でも取りに来るから宜しく⋮とスタスタと去
っていった後ろ姿はあれ程の戦闘をしたとは思えない程軽かった。
さて、会議室でお互いの無事を喜んでいると、アシュレイが口を開
いた。
﹁彼らより話を聞いた。俄かに信じがたい話だったのだが⋮君達の
怪我の具合を見れば強大な何かと戦ったのはまちがいないようだ。
そして、グレファン殿。行方不明だった拳嵐のメンバーが重傷を負
い保護してくれていた事に礼を言おう。
C級冒険者たる彼らは冒険者ギルドにとってなくてはならない存在
948
だからな﹂
口裏を合わせ、説明した話のあらましはこうだ。
サザン火山の一部を領地に持つ貴族に領地の魔物狩りを直接依頼を
受けたミランダ達︽拳嵐︾のメンバーは巨大な魔物に襲われた。
重傷を負いながらも、何とか逃亡に成功した。しかし、傷は酷くそ
の場から動けなくなっていた。
しかし偶然にも他国からの客として、依頼された貴族の屋敷に滞在
していたグレファン達がミランダ達を発見した。
直ぐに手厚い看護を行い、事情を聞いた彼らはキナ臭いものを感じ
る。
彼らを匿い、治療を続けながら独自に調査を続けた所、恐るべき事
がわかった。
ミハイルと呼ばれる錬金術士が人体と魔物の融合させたモンスター
を産み出す実験をしており、客として呼ばれたグレファン達や名を
馳せてきた︽拳嵐︾メンバーを上質な素体として人体実験しようと
していた事が判明した。
と、まあこんな大筋の流れに話は纏っていた。
実際巻き込まれた形となっていたコウラン達もフリークエストとし
てミハイルより依頼が出ていた事も証拠の1つとなっていた。
まだ懐疑的なアデル伯やアシュレイに更に証拠として討伐した大型
魔物を見てもらうことにした。
一切の他言無用として秘密裏にする事を条件にレガリアがアイテム
ボックスを使用してくれる手筈だった。
949
誓約書をとった上で全員で訓練所へと移動する。
黄金魔蟲の死体をアイテムボックスから出した。
訓練所いっぱいに広がった魔蟲は、グレファン達が仕留めた個体だ。
そこにサソリ型の魔物も加わる。
明らかにこの辺りで出現する魔物ではない。
見聞した者達は、その余りに巨大で死体に残る様々な傷から、如何
に激しい戦いだったのか容易に知る事が出来た。そして、その戦闘
に打ち勝った者達に賞賛の目線を送る。
﹁しかし、サザン火山にそのような恐ろしく巨大な魔物がおったと
はな⋮いや、ミハイルとか言う錬金術士が作ったのだったな﹂
忌々しそうに言葉を吐くアデル伯爵は、老齢ながらもその眼光は鋭
い。
今回の件を如何に処理しようかと悩んでいると、遠くから職員の静
止が聞こえてきた。
しかし、それを振り切りドタドタと此方に向かって歩く足音が近づ
いてくる。金属の擦れるような音から歩いてくる主は少なくとも冒
険者ギルドの職員ではない。
アデル伯爵の騎士達が剣を片手に剣呑な雰囲気を醸し出しだす。
いざという時に備え、全員が臨戦態勢を整える中、足音は会議室の
手前で立ち止まると、コンコンとノックの音が響く。
﹁会議の中、大変失礼致します。グレファン様の配下の1人ガリウ
でございます。
至急報告したき件がございますゆえ、中に入っても宜しいでしょう
950
か?﹂
皆の視線がグレファンに集まり、この場で1番権力のあるアデル伯
爵が無言で促す。
一礼の後、内側から扉は開かれた。
そして、ガリウの手よりから驚くべき書類がもたらされた。
実はグレファンはこの手の情報を掴んでおり、信頼のおける部下で
あるガリウに密かに集めさせていた。
彼はグレファンの密命を受け、遂にその証拠となる書類をここで提
出する。
・・
その中に書かれていた文章は最終的にグレファン達を殺す事や、計
画書を偶然にも発見して保管していた事。
また、更に他国からの援助を受けて謀反を企てていたと記されてあ
ったのだ。
無論、これを信用するかはアデル伯爵の判断次第。
捏造したと疑いをかけられれば、グレファン達は人知れず町を救っ
た英雄から一転、ここを追われるか人知れず殺されるかの二択とな
る。
静寂が場を支配し、緊張感の孕む雰囲気を醸し出していく。
そして、町の領主で最高責任者であるアデル伯爵は決断する。
951
天運はグレファンを選んだ。
かの貴族を処断し、その地を今回の功績をもって領地と爵位を与え
られる事になった。
余所者のグレファン達とすれば、かなり法外な報酬である。
流石に辞退するが、意外と熱心に勧めてくるアデル伯爵だった。
何か裏があると分かっていたが、恭しい態度を取り続けていると、
どうやら相手の狙いを察知する事が出来た。
思わず目線を合わせると、アデル伯爵は老練な笑みを浮かべた。
遂に一大決心を決め、グレファンは答えた。
﹁アデル伯爵様⋮そこまで仰って頂けるのならばお断わりするのも
失礼に当たります。
非才な我が身なれど、粉骨砕身の努力でお仕えさせて頂きます﹂
こうして話合いは進み、次の日にアデル伯爵の遣いが件の貴族の屋
敷を訪れた。
そこで通知され、その日の内に毒を飲んだ領主は誰にも看取られる
事なく、墓地へと埋められた。
独身であり、他に親類のいない彼はあっさりと断絶する事態となっ
た。
実際に謀反を企てていたのかは判明していないが、かなりの信憑性
のある状況証拠が揃い、庇いだてする貴族もいなかったからに他な
らない。
952
手に入れた領地と屋敷を改めて眺める。
屋敷自体の造りはしっかりとされており、痛んだ所は補習で何とか
なりそうだ。使用人はアデル伯爵から1人メイドを派遣してもらい、
教育係兼メイド長として他の使用人を鍛えてもらうつもりだ。
︵私を厚遇する事によって、処断した貴族と同じように勝手な真似
を企てる他貴族の牽制や、領民には懐の大きさと、実力さえあれば
領地が貰えるかも知れないと言う有能な人材を求むアピールが出来
る︶
見せしめも兼ねているのだろう。そのお陰で小さいながらも領地が
手に入ったのだ。
笑顔の下にグレファンは考え込む。
︵しかし、実際の所は程のいい⋮厄介払いだろう。
不祥事を犯した貴族の領地で尚且つ、サザン火山の一部などの旨味
のない領地も貴族は嫌がるからな。またそこから討伐した魔物が出
てくるとも限らないし⋮な。
しかし、私は運が良かった。まさか何十年もかかるだろうと思って
いた定住の地が手に入った。
これで合法的に動ける。
領地となった場所に住まうのは小さな農村くらいしかない。税収は
余り見込めないだろうが⋮先ずはそこから着手しようか。
領地経営などは暫くは文官を雇うまでナタリー・ジーンなどを交え
て進めていこう。
焔巨人にも挑みやすくなるし⋮私にとってはあそこは宝の山でしか
ない︶
953
この後、新進気鋭の若手貴族として名を馳せるようになるグレファ
ン。
領主自ら物事に当たり、また冒険者のように振る舞うことから貴族
としてらしくないとの評価を受けていた。
しかし、礼儀作法などは上級貴族並みの作法を持っており若い貴族
の娘達から貴公子だと噂の的となる。
またアデルの町では余り重用されない獣人などを積極的に雇用し、
赤字の領地経営を次第に黒字へと変えていく様は新しい意識改革の
見本となった。
冒険者ギルドに所属していた︽拳嵐︾メンバー達は、そのままグレ
ファンに仕える事が正式に決まった。
ジーンは優れた知識を活かすため、また文官として重用された為、
経営手腕を高める為に学校へと行く事になる。
帰ってきたジーンは得た知識を存分に発揮させ、辣腕を振るう。
そんな彼に恋する女性や貴族の娘も多かったのだが、見向きもしな
かったという。
今は愛するミランダをいつか振り向かせる為に、彼はこれまで以上
に励むことだろう。
同じくメンバーのヤラガンは、重装備の騎士として迎えられた。
954
そしてサザン火山のフィールドボスである対焔巨人用の部隊30名
からなる精兵の隊長となった。
傭兵時代に培った戦闘経験や実地での勘、更に彼の繰り出す重撃は
どんな窮地をも乗り越えていく。
焔巨人からドロップされた︻焔斧︼を下賜されると更に戦闘能力が
上がり、グレファン配下の最強の3騎士の1人として名を連ねた。
粗雑な物言いだが、口々の端から優しさを垣間見る事が出来る誠実
な人柄が部下を纏め鍛え上げていく一因に繋がっていた。
︽拳嵐︾のリーダーたるミランダはグレファンの右腕と言っても過
ちゅうせいしん
言ではない。
絶対の恋心と卓越した戦闘能力を用いて、何であろうと彼に立ち塞
がる敵を一掃してきた。
領内に野党や盗賊と聞けばその一帯の殺し尽くし、魔物に襲われ救
援を待っていると聞けば即座に急行して蹴ちらす。お陰で治安の良
さも合間って領地を尋ねる商人や旅人から人気が高い。
その雷光のような強さは、グレファンに仕える騎士の中でも個人最
強の武官である。
彼女の恋にはジーンが絡むことになるが⋮それはまた違う話となる。
忠義の騎士ガリウは、グレファンの前でも帯剣を許された唯一の騎
士。
黄金魔蟲の素材で作られた黄金色のカイトシールドを下賜された彼
955
は、グレファンの代理として会議に出たりと忙しい生活を送ってい
る。
また戦闘能力以外にも賢く、優しい実直な性格のガリウは文官も担
える数少ない武官であり、グレファンのみならず彼を支えるメンバ
・・
ーからも非常に重宝された。
とある事件後にグレファンの妹たるナタリーと婚姻する事になる。
これより数年、目覚ましい発展を遂げたこの地はアデル伯爵領にお
ける無視できない戦力の1つとなった。
この事からアデル伯爵の株も上がり、次期当主とされる人物からも
グレファン殿を頼りにしろと父親である老アデル伯爵から信頼され
るまでに成長した。
彼らグレファン達とまたレガリア達の運命が重なるのは、これより
数年先となる予定だ。
かく言うレガリア達も多額の金銭を報酬としてもらい、この町に仕
アシュレイは、アデル伯爵と違いまだ此
官しないかと誘いを受けるも断った。
冒険者ギルドのマスター
方も疑っていたがコウランとダンテが近々町を離れ故郷に戻ること、
またレガリアも目的の品が完成すればこの町を離れる事を伝えると、
渋々ながら彼は納得せざるおえなかった。
疑うと言っても、せめて俺には本当の事を言えよお前ら⋮と少々拗
ねた理由だったのだから険悪な訳では無いのだ。
956
残された時間は、あっという間に過ぎていく。その間に千貌と呼ば
れる存在と、何故あの場に残ったのか⋮霊知と呼ばれる未来の出来
事を踏まえながら話した。
遂にコウランの両親がアデルの町に到着し再会する。
まずコウランの髪の色が元の黄金色の髪へと戻っていた事に気付い
た。
手紙を読んで分かっていたとは言え⋮実際に愛娘に課せられた厳し
い試練が解放された事に嬉しさを感じ得ない。
3人揃って抱き合う姿は、ダンテの心にも達成感を感じさせていた。
そしてコウランの父親であるサルファーから、これまでの苦労と成
長した姿に労いの言葉をかけてもらった時に、ようやく掛けてもら
った恩を少しでも返せたのだと実感。
師であり、親代りでもあり、そして幼き頃から憧れだった神官戦士
に認められた。
男泣きしたい嬉しさを我慢するのに必死なダンテだった。
レガリアも紹介され、彼らが国元レグランドへと出立する前に食事
会を開く事になった。
コウランの母親はとても若々しく、20代前半に思えるほどでとて
も一児の母親に見えなかった。
﹁あらあら、貴女がレガリアさん?
娘がお世話になりましたね。ありがとう﹂
コウランと同じ黄金に輝く髪と柔らかな太陽のような美貌は、スラ
ッとした外観と相俟ってとても絵になる。
957
名はセイランと言うそうだ。
今も食事会に設定した酒場の男性の目を惹きつけてやまない程だ。
宗教国家であるレグランドは魔族の起した国であり、彼女自身王家
の遠い縁戚に連なる為に半魔人なのである。
その能力は並みの獣人、ドワーフ、エルフ、人類などを超えている。
それでも純粋な魔族はもっと強く、生まれながらのエリートと呼ん
でもおかしくはない。
そんなレグランドの中でも強い力を持つセイランでも、王獣と呼ば
れる超常的な存在からは試練を承ることは無かった。
つまり、コウランは余程その王獣に見込まれた事になる。
例え今のように国を出奔したとしても、王獣の試練を課せられた者
は試練が終われば強制的に国に戻らなくてはならない。
それは、どのような理由があっても変わらないのだ。
コウランの例のように、この王獣の試練が元で権力闘争になどに負
けて国を出た者は今回の件が初めてである。
殆ど例がない事例であり、王獣の試練完了者は基本的に国を挙げて
迎え入れられるのだが⋮彼女達家族はレグランドには帰依するので
はなく、報告と王獣の加護を授かれば、その王獣さえ許してくれれ
ば、そのまま国から退散するとの事。
その後、コウランの父であるサルファーとダンテは成長を確かめる
為に手合わせする。
突き、薙ぎ払いとダンテの槍の連携がサルファーに全力で放たれる。
一切の躊躇いの無さはサルファーならば簡単に捌けると信じている
からだ。
事実、その槍は余裕を持って躱された。常に先頭に立ち戦士として
958
立ち向かっていたサルファーには豊富な戦闘経験によって攻撃が先
読みされていた。
暫くは攻撃されるがままになるが、いきなり逆にカウンターを返さ
れて盾で慌てて防ぐダンテ。
その後は息のつく暇もなく嵐のような斧槍が飛んでくる。
ダンテがもう崩されると覚悟した時に、その頃を見計らったように
ピタリと攻撃が止んだ。
﹁ダンテ、まだまだ甘いが⋮成長している。これからも精進せよ﹂
未だ敵いはしなかったが、実戦で磨かれたダンテの攻撃と防御は百
戦錬磨のサルファーを持ってしても内心冷や汗をかき、成長を嬉し
く思っていた。
一夜が過ぎて彼らが出発する時が来た。
宿には先ほどアデルの町に到着した獣人の1組のペアが訪れている。
サルファー達が護衛に雇った傭兵との事で、歴戦の戦士と年若くも
戦慣れした魔術士だと教えてくれた。
何方もこの出奔した年月の間に知り合い、お互いの腕に惚れ込み仲
良くなった縁なのだと言う。
フレイムオーガ
レガリアはダンテに補修した大盾を渡し、コウランには上位炎鬼が
持っていた大鉈を炉で溶かした風の力が秘められた魔力鉄を使って
選別を渡そうと決め、制作していた装備品を渡した。
ノクターナル
装備は軽鎧というハイノーマル級の性能の良い品で、更に幻惑の魔
石が嵌め込まれている逸品である。
959
防具の方は申し分なさそうだと判断していたレガリアは、まず魔獣
紋のネックレスに住まう炎猫の上位種であるフレイに前足装着する
装備品を渡した。
鋭利に尖った前爪は最低限の風の魔力が秘めている。
これによりフレイ自身の持つの持つ火属性付与魔法の他に、自身の
魔力を使わずに攻撃する手段を得ることが出来た。
召喚したフレイに自ら取り付け、試しに動いてもらい重くは無いか
動きに支障はないか調整していく。
上機嫌に喉をゴロゴロと鳴らしながら首を摺り寄せてくるフレイに
レガリアも元気で⋮と声掛ける。
そしてコウランに同じ魔力鉄で作った短剣を渡した。コウランの本
来の武器はメイスといった重量武器なのだが、生憎と作った事がな
い品だったために中途半端な品は渡したくなかった。
よく考えた結果、短剣ならば邪魔にやはならずに小回りの効く武器
として有効なのでは?と考えついたのだ。
何方の品も等級はレアに届くかどうか⋮といった品だがレガリアの
真心込められた品に間違いはない。
コウランは大切にする!と非常に喜んだ。
返礼の代わりにコウランは、彼女の大切にしていた指輪を渡した。
それを見たダンテは絶句し思わず止まるように忠言するものの⋮コ
ウランの顔を見て考えを改めた。
これは彼女の家に伝わる指輪であり、装備品としての価値はなく装
飾品としての価値の残るモノでしか無い。
しかし、純度の高い素材と美麗な装飾で上位のレグランド貴族の証
960
が込められた品。
幼い時に存命していた祖母が母であるセイランではなくコウランへ
と贈られた大切な品なのである。
売れば一生⋮と言わないまでも贅沢をしなければ最低1年は遊んで
暮らせる金額となる品だ。
どんなに苦しいときや貧困な時にでも決して手放さなかった大切な
品をレガリアに贈り、気持ちのお返しとしたのだ。
それを見ていたサルファーやセイランも娘がそう決めたのならば⋮
と暖かく見守っていた。
レガリアとしてはそんな大層な品を貰っても使いどころがない。
しかし、何を言ってもいくら遠慮しても押し付けるように渡してく
るコウランに根負けして、レガリア的には預かると言う事で納得さ
せた。
︵幸い、アイテムボックスにしまっておけば朽ちる事もなくなくす
事もないわ。今度会えた時に返しましょう︶
と、再び会えるための誓いとして心に決める。
コウラン達が出発するとレガリアは昼間は鍛冶の修行、夜は迷宮で
上位炎鬼の討伐兼修行に慢心する。
鍛冶の修行は大幅な身体能力の増加により、また休憩時間の必要の
961
ないレガリアは師匠の教えを汲み取り確実に腕を上げていった。
しかしそれめも大太刀に代わる試作品を何度か鍛え上げるも、なか
なか納得のいく品は作れずにいた。
そして夜は上位炎鬼相手に修行の日々を繰り返す。刀の技量を上げ
て身体に馴染み込ませていく。
使用する武器は専ら闘鬼術を使用した白木刀がメインとしたが、稀
に自身の打った試作品である剣を試し斬りしていた。剣による補正
が一切無いレガリアは、最初は身体能力に頼るだけだった。
剣技と呼べるモノはない。また刀との扱いとも違い難儀しているが、
今後刀のない状況に陥る事もある。
その時にとれる手段を増やしておく事も悪い事じゃ無いと他の人か
ら見れば随分とハードな生活を楽しんでいた。
レアスピーシーズトレジャーボックスリリース
また先の戦闘で新しく手に入れた能力︻希少宝箱固有能力解放︼。
アプソープション
その中の︻体内錬金︵C︶︼
︻吸収能力付与︵C︶︼
︻保有希少枠︵3︶︼
の検証も兼ねていた。
たいない
︻体内練金︵C︶︼は簡単に言えばその名の通り、自身の本体であ
る宝箱内で以前に食べた金属をコピーして製造する事が出来るよう
だ。
純度なども食べたモノに依存するため、イイモノを食べれば食べる
ほど良いのだと分かった。
貯蓄のように食べた量が本人しか解らないメーターに加算されてい
く。
C補正のランクの為、魔力のある金属などはまだ錬成は出来ない見
962
たいだけどレシピのようなモノは知識として存在していた。いずれ
魔力鉄なども自前で精製出来たりするのかも知れない。
︻吸収能力付与︼もそれに因んでいる。
レガリアは食べる事で魔物や武具からステータスや稀にスキルを得
ていた。
これが更に加算されるステータスボーナスが増幅されたり、自身の
素質のあるスキルならば更に覚えやすくなる特性を秘めた常時スキ
ルだった。
メイン
但し、無機質や物質に限って⋮という見たい。
試しに赤熱鋼を食べると宝箱本体に僅かに筋力増加が見込め、修羅
鬼状態の下地に大いに役に立っていた。
コレもCランク補正がかかり、引き出せる加算には限界がある。こ
の値が上昇すればする程引き出せるので将来的に期待が持てるスキ
ルの1つである。
そしてこの最後に説明するスキルは︻保有希少枠︼がチート過ぎた。
ミミック
宝箱しかない種族特性により、本来の宝箱をしまう役割があるのだ
が、これはその枠に収めるモノが希少であればある程能力値に補正
がかかるとんでもないスキルだった。
現在この枠には千貌を倒した時に戦利品と得たハイレア級のスター
メイズロッドと、グレファンから報酬として貰った焔巨人のドロッ
プ品の焔鋼石と武具を収めてみた。
特に顕著に補正が強いのはスターメイズロッドで、知力値の補正が
筋力値と同等レベルに達していた。
963
実質レガリアはこれらの補正により、先の戦闘よりも倍近い戦闘能
力を有した事になる。
本人にその自覚は全くなく、突き動かされる衝動はたった1つの想
いのみだった。
オリジナル・ワン
そんな忙しい間に千貌戦で回収した特殊個体と呼ばれた存在と特殊
液入りの保管容器の存在はアイテムボックスの片隅で忘れ去られて
いた。
時間経過がないアイテムボックス内にも関わらず、その存在が自我
を持ち、本当に僅かに回復しながら力を蓄えいくことに気付かない
まま。
一向にソウマからの連絡はまだない。
此方から呼び掛けてもいるのだが⋮。
暗くなる気分を吹き飛ばし、レガリアは日々挑み続けていく。
ジュゼットから鍛冶の基礎過程の終了を告げられた時に、
やっとソウマに連絡が繋がった。それも遠方にいるようだ。
身支度としながら、この町を離れる事にしたレガリアは出立する為
にお世話になった人達に挨拶していく。
すっかり町に慣れていた住人達は惜しむ言葉を投げかられるが、レ
ガリアの想いを知る者達は遂にこの時が来たのだと激励をしてくれ
た。
964
レガリアの人間的な思考も少しずつ成長しており、この町に寂寥感
を感じるまでに親しんでいた。
そして、既に頼まれていた刀剣と鎧一式も出来上がり、レガリアは
遂に旅立つ。
全てはマスターと出会う時の為だけに⋮。
965
贖う者 エピローグ︵後書き︶
何度か修正しました。
あとでまた読みにくい、伝わりにくいところの加筆、誤字脱字と修
正は入るかも知れませんがよろしくお願い致します。
966
贖う者達 エピローグ2︵前書き︶
表現が下手な私の文章にお付き合いいただき、ありがとうございま
す!
967
贖う者達 エピローグ2
ボクの名は⋮忘れた。ただ、周りからは千貌と言う異名を付けられ
た。
それ以来、そちらを好んで名乗っている。
薄っすらと僕の記憶に残るこの話は、何百年も前の話だ。
僕は当時、第3次職の仲間と共に挑んだ未知の古代遺跡に挑んだ事
がある。
恥ずかしながらその時代のボクは、天才魔術師なんて呼ばれてたん
だ。
有能な仲間と冒険者パーティを組んで未知遺跡を踏破する事が当時
の目標だった。
そしてその遺跡の最下層で手に入れた仮面が後に︻千貌︼と呼ばれ
る始まりだった。
秘境と呼ばれる踏破不可能な山脈を乗り越え、ドラゴンが住まう巣
を潜り抜けた場所にソレはあった。
遺跡には調べてわかった事だが、初めてアビスゲートと呼ぶ古来の
封印の存在を知った。
968
後に調べて行く内に希少な資料の一部には、アビスゲートの存在が
仄めかしてあり、戒めとして伝承としての情報が残されていたよう
だけど。
︻禍々しきモノ、ここに封印せり⋮***たる*。決してこれを解
くべからず︼
全ては遅かった。この文はその宝箱に記されていた最後の警告だっ
たのかも知れない。
順調に遺跡を攻略していくと、程なくして最下層に到達した。
迷宮などの経験から遺跡の最下層にはBOSSがいる。僕たちは気
合を入れ直し、万全の態勢で最奥の間へと挑んだ。
光が僕たちを襲った。気が付けばだだっ広い空間へと転移した僕達
は、周りが白い大理石なような美しい建築物に囲まれた間に呆然と
立ち竦む。
中央に赤く光る召喚陣は点滅しており、そこから続々と白き塊が召
喚され、隊列を組んで現れた。
︽これより先は行かせぬ⋮招かざる者達よ、我が兵団の糧となれ︾
969
その声は無機質な低音でプレッシャーを与えてくる。そして超重量
級の足音が地震のように響き、その場にいる全員言いようのない不
安と不気味さを感じていた。
ゴレ
2mもの巨体にランスとタワーシールド、全身鎧を着込んだナイト
ムスキング
ゴーレムと呼ばれる騎士型のゴーレム達と、真っ白で4m近い大理
石巨岩兵。
荘厳な雰囲気を持つキングと呼ぶに相応しい体格のゴーレムが現れ
た。
未知遺跡とあって、手付かずの宝物と未知の魔物を駆逐してきた合
計6組の冒険者パーティ。人数にして24人はこの後体験したこと
のない死地へと見舞われた。
魔術士達は前衛の戦士の武具に付与魔法を掛け、時に攻撃魔法を唱
える。
戦士は肉体を盾にゴーレム達に立ち向かう。
激しい激戦のあと、運良く生きて残ったのは僕達のパーティだけだ
った⋮。
ゴレムスキング
崩壊寸前まで追い込まれたけど、僕の苦し紛れに放った攻撃魔法が
大理石巨岩兵の装甲を突破し魔上核を偶然にも砕く事が出来なけれ
ば全滅だったに違いない。
キングを倒した事により、ナイトゴーレム達は起動を停止しその場
に崩れ落ちていった。
本当、生き残れたのは奇跡に近いと思う。
共に挑んだライバル達は残念ながら死んでしまったけど、僕達は生
970
きている。
ゴーレム達が出てきた魔法陣が赤く染まり、尋常ならざる光を放っ
ていた。その真ん中には豪奢な宝箱が1つ出現している。
アビスゲートの封印を守る守護者を倒した事で、封印されていた宝
箱が現れたんだろうと考えていた。
あのゴーレム達は門番だったのかも知れない
最後のラストアタックした僕は、代表して宝箱を開いた。
その中に暗く輝く仮面が納められていた。ソレは見方によっては酷
く歪に見える不思議で奇妙な仮面だったと思う。
アナライズ
その奇妙な仮面がボクの運命を変えたんだ。
触る前に魔法で解析したけど、危険な呪いもなく、結構なレアな品
だと判明したので付けてみることにした。
その仮面を装着した瞬間、莫大な知識がボクに流れ込んできた。
例えるなら、お風呂の桶に湖が入るくらいの水量が無理矢理入って
くる⋮そんな感じさ。
頭が本当に割れたような痛みが常時襲われ、永遠とも思える悠久の
苦痛が全身を引き裂くような痛みが襲った。
当然そんな状態では正気を保ちきれず、気絶した⋮んだと思う。気
が付けばどうやら倒れていた。
パーティの皆が介抱してくれていたようで、安心した表情を見せて
くれていた。良い仲間を持ったよ。
そんな思いとは裏腹に僕の身体は僕じゃないように勝手に動き出し
971
た。
背を向けたパーティの剣士と神官を背後から魔法を使って殺した。
何故⋮と訳が分からず呆然としていた魔物使いと魔物を無詠唱で繰
り出した魔法で瞬時に焼き殺した。
ケイケンチ
彼等は仲間だったのに何故こんな事をしたのか?だって。
脳内に抗えない声で仮面が囁くのさ⋮こうやって生贄を捧げ、我の
能力を解放しろって。
驚いた事に奇妙な仮面は殺した者達のその姿と、生きていた時の一
部のステータスと能力を模倣する事が出来た。
強力な魔法使いにして剣士、神官、魔物使いと最初はそれだけだっ
たけど、各地を冒険するごとに優秀な人材や職業を持つ者を仮面に
囁かれるままに狩っていった。
仮面のチカラを引き出せば引き出すほどにこのチカラは増えていく。
暫く経験値と為に只々強者弱者を襲いまくった。
人としての倫理感など無くなり、境界線を踏み外すのは早かった。
瞬く間にソロでAランク冒険者となり、依頼さえあればどんな魔獣
や冒険者とて殺してのけた。
当時、恐怖と羨望を込めて︻千貌︼と呼ばれていたんだ。
まぁいくら強力であってもボクが人間である以上、引き出せる強さ
には限界がある。
それに仮面のチカラで模倣している時は魔法使いである自身の力以
外は1人分時間は使えない制限がある。
弱い相手ではもうボクのレベルや仮面の持つ能力は上がらない。
972
地道に経験値も貯めてLvを上げていくことで仮面の込められた知
識の解放も明らかとなった。
だから、より強い魔物や力ある者を探して旅を続けているのさ。
次第に強くなってくる仮面の声に恐怖を感じながら、いつか支配し
てやるってネ。
近隣では僕に敵う敵はいなくなってしまった。
また最近は依頼もなく、欲しいようなめぼしい人材もなく、この仮
面の研究に没頭する為に部屋に籠りきりだったんだ。
研究を重ねた結果、ある時を境に仮面の力が解放される出来事があ
った。
グリードアイと呼ばれる眼球型の魔物と戦ったんだけど、滅多にい
ない亜種系統の魔物なので当然、手強い相手だ。
しかも3匹もいて強襲された時に2匹は殺せたけど、リーダー格の
1匹は恐ろしくしぶとく、強かった。
また厄介な事に敵対者の魔力を吸うチカラを持った魔物だったから
僕との相性はすこぶる悪かったよ。
とうとう魔力が尽きかけた時、凄い飢餓感が己が身を喰らい、それ
は悍ましくも美しい形態を持つ第1段階と呼ばれる形態を強制発現
させた。
グリードアイに魔力を吸われ続けながら、驚異的な身体能力で接近
して素手で掴む。
そのまま握りつぶしたら大絶叫を上げたグリードアイは眼から輝く
魔法を放出してきた。
取っ組み合いの中、黒い触手が身体から生え始め、そこがグリード
973
アイに触れる度にごっそりと肉体を吸収⋮いや、喰う事が出来た。
その後は、しっちゃかめっちゃかに喰われたグリードアイの欠片が
そこらに転がっていた。
唯一被害の少ない個体の素材を剥ぎ取り、売り払う事にした。
この形態を研究し、自分の意思で発現出来るまでにレベルアップ出
来ると、次のことが検証にてわかった。
敵に狂気を伴う精神異常の攻撃と物理攻撃をまるっきり無視する身
体。また魔法防御にも耐性がある。
ただし、精神異常の攻撃は無機物には効き目がない事が判明。
更に上位の化身と呼ばれる形態がある事を本能的に悟っていた。
しかしそこに至るまでにはさらなる経験値が必要だった。
仮面のチカラに経験値を送れば送るほどに、他者を模倣する能力で
鍛え上げたチカラが必要とされなくなっていく。
この矛盾を孕む問題にいつしか考える事もなくなり、気にならなく
なっていった。
その頃から辛うじて残っていた人間の残滓のような思考能力が仮面
に奪われ始めたんだと思う。
身に過ぎたチカラの代償かも知れないが、もう気にもならない。
そんな出来事から各地に残るアビスゲートを調べ上げ、サザン火山
にて素敵な出逢いがあった。
974
今回、異貌の神々の分体である︻トゥーサ︼が手に入らなかったの
は痛かったけど、代わりにそれ以上の出会いが訪れた。
あぁ、レガリア。思い出すだけで涎が落ち、全てをぶちまけたい程
の恍惚感を覚える。
目を閉じれば最期の光景が浮かび上がる。
レガリア
貫かれた大太刀を背に生やしながら、ボクは強き者である君が欲し
いと念話を通して伝えた。
︿なら⋮代わりに私の大事な愛刀をあげる。共に逝きなさい︶
戦技︻紅蓮一刀︼を発動させ更に︻蒼炎︼を加えた一撃は、熱量の
限界を軽く超えて炎熱耐性︵極︶をスキルに持つ修羅鬼形態のレガ
リアの両手をも焼け爛れさせていた。
大太刀は尚も眩しい光を纏い、蒼い花びらのような苛烈な攻撃がボ
クを襲った。
久しぶりに絶え間ない苦痛を負ったと思うんだけど、其処から記憶
975
が殆ど無い。
記憶にある最期は⋮
レジスト
全身を焼かれながらも何とか耐性と自己再生をしていくが⋮恐らく
間に合わずにこの身は消滅するものと判断した。
この千貌が⋮死ぬ?そう理解した途端、ボクを討った彼女から目が
離せなくなった。
レガリア
彼女の何と純粋で美しいことか⋮汚したくなるような踏みにじりた
くなるような⋮表現しきれない切ない感情がボクを苦しめた。
この気持ちは何だ?世に産まれて初めての感情。どうすれば良い?
戸惑いしか湧かない。
レガリアから強い想いの念話がくる。
︵ああ、それと私はまだ生まれて1年も経っていません。
そう言えば、確か御主人様の国のお言葉でアナタの事をこう呼ぶ言
葉があります﹂︶
一拍置いて
︽﹁﹁ヘンタイ﹂﹂︾
ヘンタイ
その甘美な言葉は冷たく深層意識にに深く棘のように刻まれ、沁み
入る。
レガリアの唇から聞いてしまった瞬間、全身を針という針が貫くよ
うな痛みと同等の喜びが襲う。人間的な意識が強く揺さぶられた。
976
過ぎた時間はほんの数瞬の間。
しかし、張り裂けんばかりの感情の締め付けと、何とも言い難い幸
せの絶頂を迎え⋮そのまま意識は消失した。
今は誰も行き交わない忘れ去られし通路。
いまも残る焼け焦げ、ひしゃげ、破壊された跡は何ヶ月も前に激し
い戦闘を物語る。
そして彼女敵が倒れ、消滅した場所にはレガリアの愛刀の残骸が虚
しく突き刺さっていた。
どれくらいの時間が経過しただろう。突如としてそこから笑い声が
聞こえた。
ククク、クハハハ。
地面より白と黒の点滅を繰り返して発光する丸い球体が浮かび上が
った。
あーあ、また振り出しに戻っちゃったじゃん。
977
武具は部屋にまだまだ遺してあるから平気だけど。
ボクも死んだ事でこれまでの殺した相手同様、仮面に取り込まれた
みたいだね。
しかも、どうやら死んだことでこの仮面の特性が分かるようになっ
ちゃたよ。
同じような存在がウヨウヨいる事も⋮。
メインパーソナリティー
だけどこうして明確に意識があるのは、長年に渡って仮面を付け続
けたおかげなのか新たな主人格機能としての人格として残されたよ
うだ。
仮面の力を使って依代になる身体新しい魔物か、人間種を探す必要
がある。
これから選ぶとしても、新しい依代を使い熟すまではそれまで大し
た活動は出来ないかも。
それにしてもレガリアか⋮何て神秘的な存在なんだ。
ボクを止める為だけに傷ついたレガリアの血、身体の傷や両腕の火
傷⋮あぁ、なんて表現すればいいんだ。
レガリアの負った傷や激痛⋮更に自分を傷付けた激しい攻撃を想像
すればそれすらも愛おしい。
978
ロリコン
決め手はレガリアがボクだけの為に言い放ったあの言葉に、思い出
す度に自然と顔に恍惚すら浮かんでしまう。
駄目だ、ボクはもうダメだよ!
風に煽られて灰が掻き集まり、新たな仮面が構成された。それは以
前よりも小さく、
目元と口元を隠すだけの粗末な仮面だ。しかし、以前よりも強き暗
き激しき感情を持って産まれてきた。
この世界での真の目的のついでに、彼女の行く末を見届けたくなっ
ちゃった。
彼女が欲しい、喰らいたい、吸収したい、ぶちのめされたい、抱き
しめたい、一つになりたい、飾りたい、絶望を見たい、殺したい⋮
いや、何より彼女に殺されたいぃぃぃ!!
まだこの世界での人種に対する終焉の時代の到来⋮災厄の時までは
時間がある。
千の貌の異名を持つボクは止まらない。彼女の御主人様とやらの存
在も非常に気になるし。
一先ず待っててね、レガリア。
ボクは千を司る。今回は化身すらなれなかったけど、また戻ってく
るヨ。
979
レガリアに悪寒が走ったのは言うまでも無かった⋮。
☆
980
同時刻。
サザン火山の麓の草原が広がる場所に複数のテントと紋章が描かれ
た団旗が張ってあった。
その中の一角でも一際大きなテントで、1人の若く美しい女性が水
晶玉を覗き込んでいた。
﹁むぅ⋮混沌に輝く大きな星が一つ落ちたようじゃ﹂
﹁本当か、オババ?信じられん⋮﹂
どうやら緑に輝く小さな星が活躍したようじゃな⋮と、続けて伝え
た。
彼等はある目的の為に旅を続けている50名程の規模を誇る武装集
団である。
ヴォルフ
﹁そうじゃよ坊主﹂
﹁もういい加減坊主はやめろよ、オババ⋮﹂
ヴォルフと呼ばれた髭の生やした中年の男は、苦笑しながらも嫌が
ってはいない。
よく見れば鎧から見える筋肉は引き締まっており、かなり鍛え抜か
れた肉体が分かった。
エメラルドグリーン
一方オババと呼ばれた美しい女性は、フードで顔は隠れていたが、
見える部分からはどう見ても10代にしか見えない。翡翠玉の瞳に
981
黒髪が映え、絹のようにサラサラとしている。
頭部のフードは頭頂部から角が生えているかのように、フードが真
上に膨らんでいる。よく見ると長い髪に隠れて長い耳が見え隠れし
ていた。
この特徴から唯の人間ではないと判断がつく。
﹁どうやらアデルの町での報告にあった、資格を有する人物らしい
な。名は⋮なんと言ったか?
兎に角、俺らの目的の敵を倒せるくらいの腕前は持ってるって事だ。
早速勧誘しに行った方が良いか?﹂
ヴォルフはオババに意見を求めると、水晶玉を見ていた女性は静か
に首を振った。
﹁いや、まだその時ではないようだの。この若き小さき星はこの先、
変化の時を迎えるようじゃ。
それも関わってく出来事で混沌に堕ちる星になるか、このまま輝く
星になるかは分からぬ。
下手に干渉するよりは、運命に任せておいた方が良いじゃろ﹂
現在、彼女を直接照らす星が消えておるしの。
そう続けたかったが、ヴォルフの意識が既に別の関心へと移ってい
たため言葉にせずに飲み込んだ。
一度考え出すと殆ど聞き流してしまう癖は昔から知り尽くしていた
あらだ。
じっくりと待ってから、やがて男は口を開いた。
﹁なら、俺らはこの地で討つべき禍つ存在はいない。
次は何処へ行けば良いか?﹂
982
﹁そんなに生き急がんでも良いのにのぅ⋮特に今回現れた混沌の星
フォーチュン
は我らが総出で掛かっても、全滅を覚悟せねばならん相手じゃった
からの。
少なくとも妾のスキルである︻星占︼では、暫くは凶星や混沌の星
は見えん。そうそう簡単に現れる存在でもないしの﹂
黙って聞いていたヴォルフは、それを聞いて考え込む。
確かにオババの言う通り、今回の相手は過去に現れたどの存在より
も厄介だと聞いていた。
ヴォルフ
彼は現在特命で任務を遂行中の兄貴と慕う団長を除くと、現在1番
の腕前を誇る。
物心つく前に何処かの戦場でオババと団長に拾われ、幼い時から可
愛がられた。
戦場を渡り歩く日々で辛いことも何度も経験してきたが、家族のよ
うに接してくれた団員達がいたからこそ、乗り越えられてきた。
15歳になった時に、オババや兄貴が団は危ないから町で生計を立
てろと説得しても離れようとは思わなかった。遂に諦めた時に、逆
にここで生き残るために相当ハードな訓練を課せられたのは、良い
思い出だ。
スパルタ教育にて才能を開花させた俺は、現在団長補佐の地位まで
上り詰めた。
戦場では誰よりも活躍ひて様々な死線を乗り越え鍛え上げた肉体と
戦闘感は、龍・竜種や特別な魔物でもない限り、そう簡単には負け
ないと自負している。
983
それ故、それ程までの戦闘能力を有する相手に興味が持てない筈が
ない。
ちょっとだけ顔を見るくらいならいいだろうと結論を下した時に、
オババと呼ばれた女性がニコッと笑った。
﹁坊主は顔に出やすい。じゃが、我らとてお客さんが来てそんな暇
はなくなる。丁度良い機会じゃからお客さんからくる依頼でも受け
ておれ。損はないぞ?﹂
そう言うや否や、外から馬が集団で移動してくる音や嘶きが聞こえ
てきた。
どうやらオババの言ったお客さんが来たようだ。使いを出して要件
を聞く。
許可を出すと、部下に案内されながら、騎士のような出で立ちの3
名の使者が入ってきた。
ヴォルフが促すと、彼等は用意された椅子に腰掛け、話し出した。
﹁まずは突然の訪問に対し、話の場を設けて頂いて感謝する。
私の名はエラン。現在帝国と戦争中の第3王子率いる近衛隊の隊長
を任されている。
とある密命を受けてサザン街道を外れ、山越えのルートを行軍中に
貴殿らのテントを発見したのだ。
描かれている紋章を見て、かの高名なギルド所属の戦士団︻背徳の
翼︼とお見受けした。
団長はランクAA、また団長補佐たるヴォルフ殿はAクラスと破格
の強さを持っているとお聞きする。
984
どうか我らの依頼を聞き届けて欲しい﹂
地位のある者が其処まで出向いて頭を下げてきているのだ。
しかも頼んでいないのにここまでの事情を話されれば、断った方が
厄介な事に巻き込まれかねない。
まぁ、オババ⋮いや、この戦士団の最高責任者であるアグレアスは
厄介ことならば既に反対していただろう。
そうではない見たいだし、決めたのならば反対など無い。
今はこの退屈しなさそうな依頼を受け入れるだけだ。
混沌の星を討った者とはいずれ、邂逅することもあるだろう。
その時まで切磋琢磨して、お互い命がある事を祈るだけだ。
アグレアスは柔かな表情のまま、静かに瞳を閉じた。
︵契約は守ったぞ。古き友よ︶
彼等との邂逅もまた、暫しの時をえて果たされる。
それは必然でもあった。
☆
985
グレファン達が町へと帰る前の話である。
まだ明け方近くなのだが、アデル伯爵邸にて冒険者ギルドの長たる
アシュレイが緊急の要件にて、秘密裏に面会をしていた。
歳を召した為かアデル老伯爵は朝が早い。猛禽類のような鋭い目付
きは、アシュレイから伝えられた情報を頭の中で充分に吟味してい
た。
﹁⋮アシュレイよ。それが誠なら我らはとんでもない膿を身内に囲
っていた事になる﹂
﹁信じたくはありませんが⋮身内同士で足を引っ張っていた可能性
があります。
そのガリウと呼ばれる者、信用出来るのですか?﹂
老アデル伯爵は、一呼吸のあとに家令を呼び鈴で呼び、とある書類
を持って来させた。
そして机の上に置き、アシュレイに読むように促す。
﹁ふむ⋮アシュレイの言う事は最もだな。しかし、かの者は信用に
むすこ
足る騎士だ。
我が義息たるレイフォンスに調査させた内容には、彼の国に関係せ
し血族であり是非味方に引き入れておくべきだ⋮と記されている﹂
当面警戒は必要だろうがな。と付け加えている老アデル伯爵。
いつの間に調査を⋮と思わなくもないがアシュレイは読み進めてい
く内に、かの者達はこの地に何をしに来たのか徐々に理解した。
986
リスクはあるだろう。しかし、その上で此方に引き込み、使い熟し
て見せるとこの老伯爵は言っているのだ。
﹁アシュレイよ、この地の冒険者ギルドの長に推薦したのはこの儂
だ。
その時も貴公が使える人材であり、野心を秘めていても充分に好ま
しい人物だとわかっておったからだ。
情報は命じゃ⋮それをわかってない者が多すぎる。優秀な婿を取り
逃がし娘にまで独立された何処ぞの魔法バカ貴族のようにはならん
さ﹂
珍しく苦笑しながら答える老伯爵の顔には、これまでの苦労と重み
が蓄積されていた。
この町の発展と安全の為に尽力してきた人物なのだと改めて感じさ
せられたアシュレイは、その場より立ち去り冒険者ギルドへと戻っ
た。
そこで更にコウラン達から事の内容を更に詳しく知らされ、また大
慌てで戻る事になった。
アシュレイが消えた客間に佇むアデル老伯爵。
﹁儂はな⋮未だ愛娘を殺された復讐を誓う鬼じゃよ。多少毒が有ろ
うとも、その為には体内に何を取り込んでも良いと思っておる。
レイフォンスには不憫の思いをさせているが、あの者が追っている
人物⋮ソウマから何か聞き出せれば良いのじゃが﹂
987
同じ復讐の鬼と化したレイフォンスの帰還を待ち侘びる。
彼が帰還するこはもう少し後の事になる。ソウマには会えなかった
レイフォンスだったが、出向いた先に会えた人物から彼らの仇が判
明する事になった。
共通の敵を持つ彼らが組む事で事態は加速度をあげて進展していく
事になる。この町にソウマが戻るその時まで⋮。
988
異貌の神々︼
贖う者達 エピローグ2︵後書き︶
︻イベント
ゲーム内での仮面は装備アイテムでは無く、イベントBOSSとし
て登場します。
レガリア達は開始条件を満たして最初の邂逅を果たしました。
989
ソウマ編 フィアラル戦∼︵前書き︶
花粉症と風邪でダウン中でした。いつも読んで頂ける皆さま有難う
ございます!
ユニーク級について少し補正と追加文章を加えました。
990
ソウマ編 フィアラル戦∼
突然の光が俺を包み込み、全身が寒くてたまらない。目の前がふっ
と暗くなり意識が闇に飲み込まれていく。身体の感覚がフラフラと
して平衡感覚が掴めない。
それに急速に眠い。どうして。でも、おかしいな?確か俺は竜鳥を
倒してアデルの町へと⋮帰らなきゃ。
そうだ、こんな所にいるわけには⋮。
バチッと頭の中で光が闇を強く弾いたイメージが脳内を襲った。
︽ほう⋮⋮曲がりなりとも使徒を倒すだけはあるようだな。まさか
弱っているとはいえ、只の人間ごときが我の干渉波を弾くとは生意
気な︾
やたら脳内に響く尊大な声が俺を急速に現実に戻す。
991
この声には、強制的に頭へと響く在る種のチカラが宿っている事が
嫌でも解る。どうやらここは安全な場所ではないらしい。
重たかった眼を何とか気合で開けば、そこには暗黒の空間が広がり、
巨大な鳥が横たわっていた。下位ドラゴンほどの大きさで6m近い
巨体は、見る俺にプレッシャーを放っていた。
いや、コイツは現実世界で見たことがある。確かユウトの所属ギル
ドである蒼銀騎士団のレイドボス討伐の際に参加させてもらった時
に戦ったのだ。と言っても俺は当時、適性レベルが足りないので一
時的にギルド員として仮登録で参加させて貰っただけなのだが。
因みにレイドボスとは1パーティーで挑む迷宮やフィールドに存在
しているbossとは違い、何十人単位のプレイヤー参加による討
伐を目的とした集団戦闘を主としたボスの総称である。当然、その
分強力な存在だ。
フィアラルの格は推定第3次職業のプレイヤー推奨のため、ソウマ
の職業レベルだけはギリギリ相手になる範囲の相手である。
神系統の敵は討伐すれば、第4次職業へと繋がる特別な貴重アイテ
ムをGET出来るので、亜神級のフィアラルは神より強くなく、人
数を集め範囲攻撃や即死攻撃さえ気を付ければ比較的狩りやすいと
ネット板に書いてあった。
しかしそれは、入念な下調べと準備をした大型ギルドで挑んだ場合
に限りなのだが。
真っ黒な体表は黒死鳥と呼ばれる霊鳥に属し、イベントを得て災い
992
フィアラルだったか⋮?﹂
をもたらす神へと至る神鳥。
﹁いや、亜神
そう疑問系にならさわる思えなかった。何故なら、俺が知っている
フィアラルとはかけ離れていたからだ。
雄々しい嘴は割れ、片翼は力なく折れ曲がり部位破壊のあとのよう
だ。まるで討伐の最中でかなり弱らせれた状態で放置されている印
象を受ける。
︽未だ⋮我を知る存在が神々以外にいようとは驚きだ︾
その声には驚きの他に、幾ばくかの歓びが混じっていたと思う。
﹁そのフィアラルが何のようだ。俺をここに強制転移させたのはお
前なのか﹂
︽我を亜神と知ってもその態度⋮やはり人間どもは不遜であるが⋮
まぁ良い。許してやろう︾
濁った鳥眼を此方に向けて、チカラ在る言葉に魔力を乗せて言い放
つ。
︽最大の名誉をやろう。我の使徒となれ。キサマら人族にとっては
一生到達しせない強大なチカラを授けて⋮︾
993
﹁断る﹂
フィアラルが言い切る前にソウマはその誘いを断った。
ゴミ
︽愚かな⋮神の加護をその矮小な身にくれてやろうというのに自ら
棒に降るとは⋮何と度しがたい生き物だ。我が情をかけても人間に
は伝わらぬとはな︾
片方の翼が折れ曲がってままのフィアラルだったが、大きく両翼を
広げ戦闘体勢に入った。しかし、どうやら翔ぶことは敵わないらし
く豪風のような羽ばたき音が俺を襲う。
しもべ
﹁いや、無理矢理連れて僕にしてやるなんて誰も納得しないだろう
に﹂
風を少しでも遮るために手で顔を覆う。手に持つ武器はアイテムボ
ックスから出した漆黒の短剣。大鉈は先の闘いで使い物にならなく
なっていた。竜鳥戦で消耗している身体に鞭打ち、風に負けず立ち
上がった。
少しふらつくものの、平衡感覚は元に戻っているようだ。
しかし、前へと足を踏み出そうとしても進まない。何とか踏ん張る
事しか出来ない。
994
︽例え我がチカラが半分以下に落ちていようとも、貴様には勿体な
い魔法でトドメを指してやろう。朽ち果てるがよい︾
そう宣言すると、羽ばたきが止んだ代わりに、フィアラルの尾羽が
光り、不吉なオーラを纏って矢のような羽根となってソウマを襲う。
︽死の刻印羽︾
そう呼ばれる当たれば低確率で即死の効果のつく羽根攻撃を何とか
避ける、もしくは動体視力を凝らして何とか短剣で弾いた。
この攻撃が来たって事は⋮俺が距離をとったらここぞとばかり範囲
攻撃が来る。
体力も防御力も充分でない今では範囲攻撃など避けられない。放た
れた時点で終わりだ。そう予想し、させないために全力を持ってフ
ィアラルに接近する。一瞬にして距離を詰めたソウマは右手の漆黒
の短剣をフィアラルの胴体へと切りつけた。
しかし、身体に刃が当たるが傷も付かずに弾かれる。その間に頭上
から折れた嘴で攻撃してくるが当たらない。
ヒット&アウェイを繰り返し、範囲攻撃を撃たせないようにする。
遠距離∼中距離に関して︽死の刻印羽︾を多用して数を減らし、足
留めされている間に中距離からの範囲攻撃してくるパターンだと記
憶していた。
接近戦は確か嘴による攻撃と凶悪な爪による物理攻撃くらいだった
と思う。
フィアラルはそんなソウマの身体能力の高さと接近戦を選んだ選択
肢に驚きを隠せない。
995
︽⋮キサマ、我の攻撃を読んでいるのか︾
ソウマはレイドボスであるフィアラル戦を経験させて貰えるとユウ
トから誘いがあったときに、せめて戦力にはならなくてもどんな攻
撃をするのか戦闘パターンを調べ上げ、何が弱点なのか、どう攻撃
してサポートすれば良いのか徹底的に調べ上げていたのだ。
この経験がまさかこんな所で役に立つなんて⋮有難いことだ。
一心不乱に爪や嘴の攻撃を避け、僅かな隙に短剣を振るっていく。
︽何度やっても無駄なこと。ここは我が領域。そんな攻撃など避け
るに値しない︾
暗黒のフィールドはフィアラルが作った自身にとって能力値が加算
補正される。元々高い防御力がこのフィールドによって更に高まっ
ているのだ。
例え、大鉈で攻撃したとしても補正がない武器のソウマの攻撃は、
漆黒の短剣以上に弾かれるのは簡単に予想がつく。
︵少しでも傷付けば毒が効くかも知れないと思ったんだけどな︶
︻巨人の腕︼と併用して攻撃するには少しばかり余裕が足りない。
それでも、ソウマがフィアラルの攻撃を裁き続けていられるのも︻
見切り︼スキルで回避に徹し、致命傷をさけていた。
その戦闘は普通の人間から見れば不可能な程のスピードで行われて
996
いる。
ステータスの恩恵もあって今は何とかなっているが、このままでは
じり貧だ。攻撃する手も弾く手も痺れ始めてそろそろ限界に近い。
そんな焦りがソウマの行動に影を落とし、何度目かの攻防にてフィ
アラルの足爪をいなし損なって派手に吹き飛ばされた。
︵マズイ!︶
そのまま吹き飛ばされながらも何度も身体を打ち付けられた。頭も
ガクガクと揺れて飛びそうになる意識を何とか繋いでいると、フィ
アラルが両翼を上げて首を下げ、広範囲攻撃の準備を整えていた。
冷や汗が身体中に滴り落ちる。フィアラルの最大火力の魔法攻撃で
あるアレをマトモに受ければ肉体⋮いや魂すら残さず死があるのみ
⋮。
避けようにも︻見切り︼スキルの確認で目の前には避けきれないほ
どの範囲攻撃表示が見えた。
回避は不可能。しかし防御で耐えきるにはそれこそ防御に特化した
盾役のトッププレイヤーでもいない限り無理だ。
勝利を確信したフィアラルは嘲る表情を浮かべていた。
そう考えられたのも一瞬。フィアラルの領域と同じ暗黒色の神力が、
眩い閃光となり、両翼から扇状の形となって無慈悲に放たれたのだ
997
った。
間違いなくソウマに直撃した攻撃を満足そうに見送った。念のため
に確認すれば跡形もなくソウマの死体ごと消え去っていた。
更にその余波で膨大な熱量が空間を支配していた。普通の生物なら
ば生きてはいない。
この絶大な魔力を誇る範囲攻撃は、フィアラルに無視できない負荷
と貴重な神力を使う。その為諸刃の剣となっていたが⋮それでも放
たなければならない相手だったと認識したのだ。
︽我の誘いを断らなければ、下僕のように使ってやったものを⋮︾
とんだ言い種だが人種を弱々しく雑多なゴミとしてしか有効価値を
認識してないフィアラルにとっては、直々の下僕として働く名誉を
998
やるつもりで最大限の譲歩をしたつもりだった。
少し興味を持った遊びの玩具がなくなった⋮その程度の認識だった
が珍しく感傷的な気持ちを持ってソウマのいた場所を眺めていた。
直後、紫水晶の輝きを放つ︽流星弓︾の光矢が遥か天より舞い降り
て己の肉体を貫くまでは。
亜神となってから信じられない程の痛みとダメージがフィアラルを
襲った。
亜神へと到達した我に傷を負わせる存在は、過去を紐解いても幾ば
くかしかいない。
怨敵が再び攻めてきたのかと勘違いしても不思議ではないほど、衝
撃的だった。
真上を見ると、そこには見たことのない漆黒の全身鎧を纏い、煌め
く紫水晶が中心に刻まれた翼を宙に浮かべた恐ろしい戦士だった。
夜空の輝きを纏めたかのような美しい弓を携えている。
︽ここは我が領域である。何者だ!︾
魔力を込めた強いプレッシャーが放つ神言は、並みの者ならば良け
れば失神、酷ければ魂が破壊される程の重圧がある。
999
しかし、その戦士は構わず、矢を放ってくる。それすら手を休める
足留めにもならない。
パワード
次に︽死の刻印羽︾が襲う。
戦士は宙に浮かぶ翼が力の紋章を発揮させて異常なスピードを生み
出す。危なげなく攻撃を避けきり、逆に戦士から放たれる光矢がフ
ィアラルを撃ち付けた。
突然の訪問者に対して苦々しく思いながら、フィアラルは一切の感
知出来なかった事に気付く。
己が有利になる空間領域を構築していても察知出来ない。其んな事
が可能なのは神のごとくチカラを持つ己と同等の存在しかいない。
その可能性を感ずるも、フィアラルは自身の優位を疑っていなかっ
た。
︽どの勢力かは知らんが、我は機嫌が悪い。一瞬で死ぬが良い︾
先程の範囲攻撃とは違い、今度は折れた嘴が開いて、溢れんばかり
の熱線が1条の閃光となって漆黒の戦士を襲う。
接触すると思われた時、漆黒の戦士の胸部に位置する紫水晶が煌め
いた。
身体全体に不可視の幾重もの障壁を張り巡らせ、小さな氷山すらも
蒸発させる攻撃を弾いた。そのまま弾きながら漆黒の戦士はフィア
ラルに接近していった。
1000
この漆黒の戦士とは、︻召喚器X
させたソウマの事である。
パワード
サンダルフォン
漆黒聖天武装︼を完全に発動
広範囲攻撃を受ける前に発動が間に合ったソウマは、翼に込められ
た力の紋章を使い、その機動力を充分に活かして一瞬で上空まで移
動していた。
︵コイツを使うのはサンダルフォンとの修練以外には始めてだった
けど、大丈夫そうだな︶
涌き出るパワーを制御しながら、フィアラルへと挑む。
マルクト
飛翔能力を使って避けきれる攻撃はすべて避け、避けきれない攻撃
天の元になった流星弓の武技︻流星弓︼を発動
は多重魔力障壁展開に任せた。
ひたすら漆黒星弓
してフィアラルを追い詰めるものの⋮今一歩足りない感じは拭えな
い。
持久戦になれば永久展開出来ないソウマは、また圧倒的に不利な状
況下へと立たされる。召喚器Xを用いてようやく5分か此方が少し
優位なのだ。
1001
徹底的な一撃で相手に致命傷を与えなければ⋮。
天を左手で握りしめ、疑似神性を宿した矢を形成する。
ソウマは覚悟を決めた。
サンダルフォン
漆黒星弓
ここまでは先程と一緒だ。
サンダルフォンと巨人魔法の相性は抜群のはず。あの予想外の修練
で学んだ事を活かせよ。
サンダルフォン
異界大天使の加護を授かった今ならあるいは⋮と思える技をぶっつ
け本番なのだが、これしか手がない。
漆黒星弓にチカラを溜め込むイメージを乗せ、巨人魔法である︻巨
人の両腕︼を発動させた。
脳内への負担がグッと増え、頭を削り取られるような多大な痛みが
フィードバックして襲ってくる。
オリジナル
それらに何とか耐えて明確なイメージと急速に注がれていく魔力を
︻思念操作︼にて一気に解き放つ。
サンダルフォンの元では完成出来ず技と呼ぶには未完成な固有武技。
しかし後にソウマの漆黒星天における必殺技の原型かここに産まれ
た。
1002
漆黒星弓を持つ左腕の震えが止まらない。暴れんばかりの凶悪なエ
ネルギーが至近距離でフィアラルに発射された。
︻巨人の両腕︼が増幅されて混ざりあい、螺旋を描きながら暴れ狂
う。そこにある全てのモノなど無意味だと言わんばかりに。
・
攻撃を放った反動でソウマは後方へとぶっ飛び、激しく壁に叩き付
けられた。左腕の感覚は無い。
息も出来ないほど気力と魔力の全てを持っていかれ、立つことすら
ままらなぬ状態でソウマは漆黒星天を強制解除される。
フィアラル
これでまだ奴が生きていたら⋮俺は対抗手段がない。
1003
オーバーリミット
︻死と狂乱の霊鳥
フィアラル討伐されました。
︻限界突破︼︻単体撃破︼︻ラストアタック︼の条件を達成。討伐
参加報酬が贈られます。
尚、条件を満たしたためアイテムボックスに初回ボーナス特典が贈
られます。称号︻亜神討伐者︼が付与されます︼
脳内にナレーションが響くと、ようやく終わったのだと実感するこ
とが出来た。
いつの間にかフィアラルの構成した暗黒の空間は消え去っており、
周りを良く見渡せば煌々と灯りが焚かれた大広間にいると気付いた。
あのフィアラルの空間は奴を倒したことによって元に戻ったようだ。
神殿のような荘厳な雰囲気を持つこの建物は、照らす灯り以外には
何もなく、床に描かれた巨鳥の紋様のみが記されてあった。
良く見れば何もない訳ではなく、何か台座があったのだろうが砕け
散ってそこに何かあったのは間違いない。
あぁ、となると、やはりここはフィアラル戦で使う黒死鳥の巣穴の
奥にある神殿か。
一度レイドボスであるフィアラルをクリアした事があったソウマに
は見覚えがある場所であった。
因みに︻蒼銀騎士団︼に仮ギルド参加してレイドボス戦を経験させ
て貰ったソウマは、自らに贈られた参加報酬をユウトへと渡し、返
1004
していた。
所属しているならば兎も角、参加させて貰ったのにそこまで図々し
い真似はソウマには出来なかったのだ。
その事から他団員にも好印象を持たれる事に繋がり、行動を多くと
るようになっていったキッカケとなった戦だった。
そんな思い返して朦朧とした意識の中で唐突に激しい痛みが左腕を
蝕む。
漆黒星弓を持っていた両手は酷いことになっていた。
左手が特に酷い状態で左手の指の全てが曲がってはいけない方向に
全て曲がり、支えた筋肉は断裂し骨も複雑骨折の有り様で⋮放った
威力の凄まじさを物語っていた。
右手も矢として形成した指先の一部分が削れかかっていて、何とか
くっついている状態だった。何とかアイテムボックスからハイポー
ションを掴んで振りかける事が大変だった。
ハイポーションが物凄く染みて大変だった事もここに挙げておく。
ボロボロに擦りきれていた両腕は、上級ポーションのお陰で何とか
繋げたようなモノだ。
︵左腕は治るだろうけど暫くは使い物にならない⋮な︶
無理は厳禁。
1005
そう自己判断を下し、ため息をつきながら力なくその場で倒れ込ん
だ。
ようやく気持ちを落ち着けた所で、床にポンと湧き出ていた宝箱に
目がいった。
討伐報酬である豪奢な宝箱を開くと漆黒の外套があった。広げてみ
ハイレア級
るとマントのような外套には、両翼を拡げた鳥が銀糸で綺麗にデフ
ォルトされてあった。
霊翼装の外套
フィアラル討伐の証。
フィアラルの魔力が宿り、物理攻撃と魔法攻撃に対する両耐性に優
れている逸品。魔力を通す事で外套から半透明の霊翼を発生させる。
霊翼から霊属性と霊耐性を一時的に付与され、装備者の俊敏直を大
1006
幅に上昇させる。
特に即死攻撃と風属性に対する補正が高い。<装備適性※第3次職
業∼>
発動武技
任意︻霊翼︼
常時︻死ト風ノ護︼
ユニーク級
アイテムボックスに贈られたモノも確認してみる。
亜神魂の欠片
神々しく輝く球体には亜神の魂が封じ込められている。
このアイテムを媒介する事で使用者は、更なる強力なチカラを手に
入れられる可能性が増える。
1007
と、説明にある。
レ
今回討伐条件が重なって初回ボーナスで引き当てた亜神魂の欠片を
GET出来たのは凄く嬉しい。
ア
激レアアイテムであり、コレがあれば第4次職業の特別枠の隠し職
業へと選択肢が増えると思うと、レベルアップが楽しくなりそうだ。
また霊翼装フィアラルは、ネットで見たフィアラル討伐ドロップ一
覧表で確認した事があった。
MVP報酬↓刻印のメダリオン
参加報酬↓フィアラルの尾羽などの素材︵装備ドロップの強化素材︶
or装備ドロップ
参加報酬一覧表
亜神魂の欠片︵特殊職業へのランクアップ1%弱︶
←
亜神鳥の黒色素材︵ユニーク級のみ使われる素材加工にてフィアラ
1008
フィアラル装備︵剣、杖など。羽根鎧、小手など︶
ル系統の装備品のランクアップ及び能力アップ︶
ユニーク級
︵割合3%︶
←
フィアラル装備︵割合77%∼︶
フィアラル装備︵割合15%∼︶
霊翼鳥の素材︵ハイレア級の素材︶
レア
ハイレア級
←
霊鳥の素材
レア級
の順となっている。
正直レイドボス討伐の報酬としては今回のドロップ品のランクは低
い。
何せ討伐の報酬に本来あり得ない等級てあるユニーク級が混じって
いるからだ⋮と、まあ、それはトッププレイヤー達から見ればの意
見だ。
ユニーク級の装備品など全プレイヤーのなかでもきっと一握りしか
存在していないだろう。
1009
プレイヤー
・
そう思えるのは、少なくともソウマはユニーク級の武具をGETし
たと言う存在は見たことが無かった。
何せユニーク級などの武具の存在は、ソロの自分には全く関係の無
い話だと思っていたから。
俺にとっては非常に有能でかけ換えのない装備ドロップ品だ。しか
も始めてのハイレア級装備だ。
しかも、フィアラルを倒せないと手に入らない事もあり、シリーズ
装備を今後集めるのは無理だと痛感する。
一通り鑑賞して愛でた後、外套を装備して羽織った。
こんなに嬉しかったのはエルダーゲート・オンラインでレガリアの
魔法生物の卵を当てた時とスターシリーズ︵課金︶をコンプリート
した時以来だったりする。
少し補正を加えるとしたら、今回ソウマが入手出来た︻亜神魂の欠
片︼は激レアのアイテムであるユニーク級として存在している。こ
れはボス級でも特定の強敵を倒したドロップに稀にあったり、超難
関クエストの報酬でも存在していると言う。
レイドボス
装備に関して本来は、ハイレア級より上である︻武具︼の存在など
は無い。
しかし、このフィアラルなどの隔絶超生命体戦に関しては例外であ
る。
なんせ一度の討伐に最低5時間はかかる大型ギルド推奨のボスであ
1010
る。
そんな途方もない敵を相手に行うコンテンツには、参加者には特典
のチャンスがあった。
それゆえ武具に関しては例外措置として、ハイレア級より上のラン
クとして、ユニーク級が存在しているのだ。
他にもネットの噂では、運営がレイドボス戦以外にもユニークボス
を配置したとか、そのたった一体しかいないユニークボスを倒せば
ユニーク級が手に入ると真か嘘かわからない噂もちらほら記載があ
るほど、ユニーク級とは特別な代物だと思う。
まぁこれはゲームの時の話で、現実となったエルダーゲートの世界
ではどれだけ設定が一緒なのかはわからないけど。
ゲームの時と現実のなった時の違う点が差があるゆえ、そんな事を
考えるソウマだった。
さてと⋮少し頭が冷えてきた。
俺がこのフィアラルに勝てた要因を最大限に上げるとしたら、フィ
アラルが完全な状態では無かった事が大きな要因に含まれるだろう。
もしも、フィアラルが完全な状態だったならば、障壁をダメージを
蓄積させて突破し、両翼の部位破壊をして地上に落としてからが始
まりであったのだ。
1011
何故、部位破壊とダメージが蓄積していた状態だったのはいくら考
えても⋮謎のままだ。
偶然が重なって手に入れた勝利。
漆黒聖天
、亜神と呼ばれる神に近い相手と戦うなど⋮し
サンダルフォンの疑似神属性と星属性を宿す︻召喚器X
武装︼であっても
かもたった1人で戦うにはいくらソウマでも無謀である。
要因をまだ上げるとすれば神に通用する非常に強力な属性を宿した
攻撃手段があり、フィアラルの能力が半分以下に弱っている封印状
態に大いにダメージを蓄積する事が出来た。
漆黒の短剣ですら固い鱗や羽毛に弾かれて満足のいくダメージが通
らなかったのだから。
フィアラルの強さで言えば本体たるサンダルフォン未満、焔巨人を
媒介としたサンダルフォン以上の強敵だった。
本当に思った以上に簡単ではなく、シビアな闘いだったのだ。
ソウマとしても戦うには勝算が少なく躊躇いがあったが⋮あの場で
フィアラルの誘いにのれば間違いなく自分は後戻りの出来ない後悔
に陥るだろうと本能的に察知したためでもある。
ふと、ダンテやコウラン、レガリアとマックス達がどうなったのか
気になった。
しかし、連戦続きで疲れ果てた身体は、食欲も沸かず、ただ今は猛
1012
烈に眠い。
始めてサザン火山迷宮洞窟の隠し部屋で手に入れた隠蔽のテントを
取り出す。
今ほどこのアイテムが有難いと思った事は無かった。ふらつく足取
りでテントに入り、不安よりも安心感に包まれながら眠りについた。
1013
ソウマ編 馬車に乗ってガタンゴトンッ
一度目が覚めたものの、食欲もなく未だに酷い
倦怠感が身体を支配していたソウマは無理に起き上がらず、自分の
身体調を戻すことに専念するため食事を摂らずに最低限の水分だけ
を摂取した。
チリチリと痛む両腕の具合を確認してから、再度ハイポーションを
かけて眠りにはいった。
2回目の覚醒は疲労感から大分回復した状態で隠蔽のテントから出
た俺は、まだ煌々と輝く光が灯る大広間を後にした。
静寂がこの場を支配しており、中を探すも生物の痕跡や息吹を全く
感じなかった。
魔物がいないのは、ここに魔除けの封印か何かが在るのだろうと予
想している。
長々と続く石垣の通路を記憶の限り進んでいく。途中の小部屋に立
ち寄る。
そこには綺麗な水瓶の底に溢れるようにして涌き出て流れつづけて
いた。
小部屋に入ってまずは久し振りの食事を準備する。
こういう時に便利なアイテムボックスから、暖かいスープと以前料
理して貰った牡丹鍋の柔らかく煮込んだ豬肉を一緒に食べた。
肉を口に入れた途端、その旨さが刺激となって空腹感を呼び起こす。
ソウマを支配してあっという間に1頭分はある豬肉を平らげてしま
った。
となれば、お腹も膨れて落ち着く。旨い飯はどんなときでも元気を
分けてくれる人生のスパイスだな。
1014
そのまま黒死鳥の巣穴にある手付かずの宝箱を回収しながら、厳か
な雰囲気を漂わせる霊山を降りた。
外の風はまだ冷たく、太陽も東側を指していることからまだ午前中
だと判断する。
﹁まぁ、マップがある限り迷わないしね。のんびりいこう﹂
ソウマはゆっくりと歩き始めた。
そして現在、馬車に乗せてもらっている。
経緯として山を降りて森を抜け、道まで歩いて出てきたところでマ
ップに複数の表示があった。そこへ駆けつければ森林狼達に襲われ
ていた馬車と一人の行者を発見。助勢した事が始まりだ。
6匹の森林狼の内2体が地面に倒れ伏していた。森林狼は素早い動
きが特徴で連携を得意とする魔物だ。
あの行者、なかなかの使い手のようだが、背中と腕に爪による切り
1015
傷を負っていた。長引けば血を流しすぎて出血多量で不利になるの
は間違いない。
狼達は仲間を倒された事でうなり声を上げて威嚇している状態だ。
まず行者の人間に此方がまず敵では無いことを無いことを伝えるた
めと森林狼の気を引かせるために遠くから大声を上げる。
両者ともこちらの存在に気が付いたようだ。
﹁加勢します﹂
﹁すまねぇ、助かるぜ﹂
ソウマの左手は指先以外は僅かにしか動かない。痛覚が無いだけマ
シであったし、リハビリも少しずつ開始して改善はしてきている。
森林狼程度の相手ならば、例え右手に短剣を持って追い払うのは造
作もない。
脚力と身体補正にモノを言わせ、恐ろしい速度であっという間に辿
り着く。
森林狼は馬車を引く馬を重点的に狙っていたらしく、馬に跳びかか
って攻撃しようとする前に背後から一撃を加えた。胴体からバッサ
リと切られた狼は声も出せずに死ぬ。
その他の狼も冷静に対処し、反撃を許さず一匹残らず叩きのめした
のだった。
魔物である森林狼の毛皮のみをテキパキと解体して、肉はそれほど
不味くもないが今は必要としないため地中に埋めて処理した。
その間行者は手慣れた様子で自身の傷を観察し、包帯と傷薬を塗っ
1016
ていた。
襲われていた馬車の持ち主である行者はマコット︵歳は40近い︶
と名乗り、栗色の髪の毛の人族だった。
俺もだが何より商売道具の大事な馬を助けて貰った恩もある。礼も
したいから良かったら俺の家に連れてってやるから来てくれ⋮と、
誘いを受けた。
今は少しでも何らかの情報が欲しかったので誘われるがまま、都合
良くお邪魔させて貰うことにした。
冒険者に憧れて育ったらしい。
マコットさん自身はひょろ長いおじさんといった風貌だが、若い時
から
行商の仕事で鍛えられた肉体は職業戦士には及ばないが充分な肉体
を兼ね備え、簡単な剣術などは嗜んでいるそうだ。体には鎧ではな
く厚手の服を着込んでおり、腰には年期の入った片手剣がぶら下げ
られていた。
職業上、王都にも行ったこともあるそうで、ここの飯屋が旨いとか
王都の武具屋は一味違うぞとか話題も豊富で気の良い人だ。
﹁そういや、あんちゃん名前は何てーだ?﹂
﹁ソウマと言います﹂
﹁ソウマだな。ここいらの人間は髪は栗毛が多くてな。銀髪の人間
なんて始めて見てよぅ。珍しくてな、名前を聞きそびれちまったん
だよ﹂
ガタゴトと揺れる馬車には、話が尽きない。
1017
﹁そういやここいらに伝わる有名な伝説なんか知ってっかソウマ?﹂
﹁いや、余所者なんで聞いたことないです。どんな伝説ですか?﹂
﹁おう、俺も爺さんから聞いた話なんだがよ⋮⋮⋮⋮﹂
大昔、この一帯の地域は人の手の入っていない魔物が蔓延る地域だ
ったそうだ。王国の貴族の一人が此処に土地をもらい、統治を始め
るために人を集める。マコットさんの祖先の世代を王都から集めて
きて開拓を行うようになったのだとか。
この地域は魔物が蔓延るだけあって開拓には大層時間がかかったも
のの、目処が付くくらいには人間の住める土地の確保と、近隣の魔
物を掃討しながら安全の確保が叶いそうだった。
しかし遥か昔より霊山と呼ばれる山に住まう飛行する魔物だけは討
伐は不可能なくらい強力で、要請された王都からの軍隊すら討伐が
叶わず死人だけが増える。遂にはその霊山を封鎖することが決定さ
れた。
その魔物の特徴は黒い体毛を持つ巨鳥。近隣の魔物とは格が違う強
1018
力な魔物。幸いにして数は少なく、守護する領域を侵さなければ襲
っては来なかった。
更にその群を纏める固体に至っては、余りの強さに腕利きの傭兵、
魔法使いとて相手にもならなかったと伝承にある。
100年以上も生き抜く固体とも言われており、倒すことが出来れ
ば一生を遊んで暮らせる程の討伐金が王国より贈られる手筈となっ
ている。
その後、当時魔法使いの最高峰であるSランク冒険者ブランドーが
仲間と共に挑む。
彼等のパーティーはA級の迷宮以上でしか滅多にドロップしない封
印球と呼ばれるユニーク級の使い捨てのマジックアイテムを用いて、
何とか巨鳥を弱らせて封印する事に成功した。
当時の最高クラスの人間達がそこまでしても倒すことが出来なかっ
た魔物は︻不滅の巨鳥︼として伝説が伝わっていた。
そして、Sランク冒険者には討伐こそ出来なかったが半永久的な封
印の成功による功績が認められて、この国の筆頭貴族の嫁を貰い、
貴族の仲間入りを果たした。家名はそのままブランドーと言うそう
だ。
現在でもその貴族は残っているが度重なる散財と貴族主義によって
大分落ち目の貴族らしい。
しかも、つい先月に当主が交代し、魔法で地位を築き上げた貴族の
象徴として作り上げた魔法学校と別荘以外を残して、殆どの領地を
売却して貴族の名前のみを残すこととなった。
封印を施された球は代々当主が受け継く決まりとなって、身に帯び
る事が当主の証となっている。
1019
﹁と、まぁこんな訳よ。こんな伝説を子供の頃に聞いて俺も冒険者
になりてぇって思ったがな、親に連れてって貰った転職神殿で戦闘
職に適性がなくて諦めたんだがよ﹂
今は後悔はしてねぇけどな。と、ガハハと笑っていた。
しかし、つい先日にその霊峰から山を引き裂くような振動と轟音が
鳴り響き、目撃者から封印が破られたのではないかとこの周辺の住
民はかなり心配しているようだ。
今のところ目立った変化が無いらしいのたが、近々調査のために軍
の兵隊達が送られるのだと専ら噂になっていると聞いたそうだ。
あ、ははは。すみません、それは俺のせいですと心の中で謝ってお
く。
︻不滅の巨鳥︼それは間違いなくフィアラルの事だ。
しかし、ゆっくりしていたら霊峰の不法侵入としてその軍隊に捕ま
っていたかも知れないな。危ない所だった。
1020
後ろには大きな荷物が幾つも積まれていた。どうやらこの先の村で
転売して商売を始めるようだ。
﹁其にしてもよぉソウマ、お前さん随分と遠いとこから来たんだな
ぁ。あれよ、ユピテルっていやぁ一月も前から封鎖中だかんなぁ﹂
そうなのである。
この黒死鳥の巣穴はこの王国の霊山に存在している。どうやら俺は
フィアラルにここまで長距離転移させられていたらしいのだ。
しかも現在王都から一定距離には関所が設けられており、一般人は
通行制限と言う名の封鎖。行商人に至っては認可の無い者は通行禁
バリアアント
止の措置がとられていた。
これは障壁蟻の一件の他に、どうやら帝国と戦争中の国の兵隊が王
子を連れて逃げ延びているらしく⋮勝手に国境を越えて他国の軍隊
が潜伏している。体面は非常に悪く現在封鎖命令の真っ最中なので
あった。
マコットはソウマの事をどうやら流れの傭兵で、怪我をしたから故
郷に帰りたがっているようだと曲解していたのだが説明も面倒なの
でその通りにしていた。
見事な拵えの短剣や、それ以上の存在感を放つ外套から名のある傭
兵なのだろうと検討違いもしていた。
﹁そうなんですよね。故郷に仲間もいるし⋮早く帰りたいのに本当
に困ってます﹂
1021
﹁まぁそれも俺の村でゆっくり養生していけや。小さな村だが温泉
が沸いてて怪我に良いって評判だからよ﹂
俺がマコットさんに付いていくのは温泉があるからも理由の1つ。
だって温泉だよ!温・泉。
日本人なら入りたいじゃないか!
どうせ封鎖されてて動けないなら、少しくらいの寄り道しても良い
じゃないと感じていた俺は、温泉に釣られてこの依頼を引き受けた。
反省はするけど後悔はしていません。
それに、何故かマップは反応しているがステータス欄のスキル、魔
法が全て反応しなくなっていた。理由は定かじゃないが考えられる
に、きっと召喚器を使用したからだと思う。
恐らくは⋮だけど。
限界まで使った反動でリスクが生じ、現在クールタイムなのだと思
っている。いずれ使えるようになればいいが⋮使えないと解った瞬
間は絶望的だった心境が、今は温泉に浸かれると思うと、何とかな
るさって思えてきたから我ながら現金なもんだ!
そんなこんなで話をしながら行商予定の農村へと到着。
積み荷などを卸すくらいは手伝う。左手は三角巾で吊って使えない
が、右手だけでマコットが両手で持っている荷物をヒョイと掴んで
丁寧に降ろす。
1022
﹁ガハハ、ソウマは片手で力持ちだなぁ。俺の目に狂いはないって
ことだな﹂
最初の内は驚愕していたマコットも次第に慣れて、この荷物はそこ、
アレをここまで運んでくれと指示を出し始めた。
どこの村でも封鎖などの影響で流通が滞り、非常に歓迎された。積
み荷の中身は売れて、俺も手伝いのチップとしては少し大きめの金
額を頂いた。
ホクホク顔が止まらないマコットは、このまま生まれ故郷である温
泉村のココット村へと急ぐ。
積み荷を降ろした馬車は快調に村へ向けて駆け抜けていく。
マコットが急ぐ理由としては、積み荷が無いときを狙って襲う盗賊
団の存在を先程の村から聞いたからであった。
本来盗賊は積み荷を狙い襲ってくるモノだが、襲撃するリスクと持
ち運びを考えて最近は売上金を狙って襲ってくる盗賊団が増えたよ
うなのだ。
⋮これは俗に言うフラグって奴かも知れない。
そんな事を思っていると、この先の森林に左右に別れて敵対反応が
複数確認することが出来た。
数は⋮左側が5人、少し進んだ右には倍の10人。これは待ち伏せ
⋮?か。
馬この車の速度だと間もなくその待ち伏せエリアを通りそうだ。
1023
﹁マコットさん、この先で怪しい気配が複数あります﹂
﹁マジかよソウマ。参ったなぁ。こなまま馬車の速度を上げたら逃
げ切れるか?﹂
なんの疑い無く俺の言葉を信じるマコットさんに嬉しさを感じなが
ら、首を横に振った。
﹁左側に5人、少し後方に右側に10人いますから、先に右のやつ
らが足留めしてから背後から左の奴等が襲ってくる可能性がありま
す﹂
その言葉にマコットは唸りながら
﹁⋮ソウマよぉ、何か策はあんのかい?﹂
﹁俺は本来弓士何ですが、怪我をして今は弓を引けません。馬車を
ゆっくりと走らせて⋮俺が前に出て潰してくしか無いでしょう﹂
﹁ほぉー、あれだけ短剣を上手く使えるのに専門じゃないってか。
頼もしいねぇ。お前さんに頼る他ないから危険な役目を押し付けて
わりぃが宜しく頼む。俺は馬車と馬を守る方に重点をおくからよ﹂
﹁じゃあ、行きます。俺が行ってから馬車はゆっくりに⋮⋮⋮⋮﹂
﹁いや、其れには及ばないよ﹂
1024
突然背後から第3者からの声が聞こえた。しかも若い女性のような
美しさを含む声だった。
馬車を急停止させて停まらせると、ソウマは慌てて振り向く。
其処には翡翠色の輝く長い髪を後で束ねた姿が良く似合う美女がに
っこりと笑いながら立っていた。
額には髪と同じ色の宝石をあしらった白銀色のサークレットを被り、
白銀色のライトメイルを難なく着込んでいる。
そして背中には木製の弓、腰には一振りのショートソードが納めら
れていた。ユウトのような騎士のような出で立ちに見えた。
顔を良く見れば尖った耳と褐色の肌は彼女がエルフと呼ばれる種族
を連想させる。
ソウマはハイエルフであるニルヴージュしか知らなかったが、人の
気を引く高貴なオーラを感じ美しさの中にある強大な魔力を感知し
て間違いないと確信する。
︵いつの間に⋮何も感じなかったぞ?︶
ステルス
しかも、先程までマップを展開しても反応すら無かったのに、今は
中立のマーカーでここに記されている。
プレイヤーキラー
どういう理由かは推測しか出来ないが、恐らくは上位の隠密系統を
持っていると思っている。
エルダーゲート・オンラインではPVPによるPKも存在している。
ソウマはあえて対人戦闘のみを追求して楽しみたい訳では無かった
1025
ので余り興味は無かったのだが、その存在は知っていた。
彼等のスキルにはマップに察知されにくい、もしくは何らの条件︵
レベル差やステータス値︶を満たさなければマーカー表示されない
と言った限られた職業ないし種族しか持てないスキルがあるとされ
る。
今回彼女が突然表れたように感じているのは、それらが原因なので
はないかと考えている。
エルフの女性は見惚れているマコットより、突然の事で少し警戒し
ているソウマの姿勢におやっと意外そうに思っていた。
自分で言うのも可笑しいが、彼女の美貌に見惚れない人間種など殆
どいなかった。だからこそ、ソウマに少し興味を持った彼女は言葉
を続けた。
﹁失礼、たまたま声が聞こえてね。途中で割り込ませて貰ったよ。
私の名前はカタリナって言うんだ﹂
﹁⋮始めまして。良く聞こえる耳をお持ちなんですね。私はソウマ、
隣にいるのがマコットさんです。それで其れには及ばない⋮とはど
ういう事ですか?﹂
﹁別に盗耳した訳じゃないんだけど、それについては謝罪させて貰
うね﹂
そう言って流麗な礼の後、笑いながら質問に答えてくれた。
﹁うん、だってもう終わっているから﹂
1026
ソウマは驚いてマップを確認すると敵対マーカーが全て消えていた。
そして驚愕のもと、森に入ると其処には血塗れで倒れ付していた盗
賊団の姿があった。15人全員分だ。
全て胸から何か抉られた後があるも、矢などは見えなかった。普通
に考えれば⋮カタリナと名乗った女性が何かしたのは間違いない。
例え背中の弓を使ったとしても、いつ使ったのかはわからない恐る
べき手練れの騎士だった。あの射程距離ならばソウマにも同じこと
が出来るが、ここまで察知出来ない腕前を誇る相手に戦慄が止まら
なかった。
自分より強い者はいるのは知っていた。決して驕っていた訳では無
いつもりだったが、どうやら自分はかなり慢心していたのだろう。
気を引き締めるには丁度良いできごとだった。
マコットはソウマよりも驚きが強く、寧ろその圧倒的な実力に恐怖
さえ浮かべていたが、恐怖よりも助けられた恩義が勝る人間だった。
﹁凄まじい腕前をお持ちですね⋮カタリナ殿、我らを助けて頂いて
有り難うございます﹂
普段の口調とは違い、客人に対する丁寧な口調でお礼を伝えた。
ソウマもそれに習う。
助けて貰ったお礼に金品を渡そうとするも両手で辞退し、
﹁いやいや、王国の人民たる君達を守るのは騎士の務め。ましてや
1027
怪我人もいるようだし気にしなくていいよ﹂
軽い口調で済ませ、私は用事があるからと俺達と反対側へと向かい、
歩いて行った。
ふぅーむ、何だか格好良い女性だったな。
見送りながら此方も温泉のあるココット村へと馬車を走らせた
ソウマもマコットもお互い無言でいると、途中思い出したかのよう
にマコットが口を開いた。
﹁あぁ、思い出した。さっきの美人エルフの姉ちゃんは間違いねぇ﹂
興奮しながら突然大声を上げるマコットは、余りの興奮度に少し引
き気味のソウマに目もくれず喋る。
﹁何で思い出さなかったんだありゃあよぉ、カタリナ様だ。カタリ
ナ・ブラッドレイ様だよ。一人騎士団なんて異名持ちのよぉ﹂
思いがけない有名人に会えた人の喜びってこんな感じだよな∼と思
いながら、そんな風にマコットを眺めていたソウマ。
彼女は王国を護るために王家からエルフの里から契約された精鋭な
のだと言う。
過去に敵国に攻め込まれ、最終防衛ラインを突破された掛かったと
きに颯爽と現れて援軍がくるまで並みいる兵士を倒し門を守り続け
1028
た。
そして、援軍が来るまで持ち堪えさせ、何百の敵兵を倒していたの
は有名なお話。
その美貌と強さから一人で騎士団以上の力を持つ一騎当千の者とし
て異名が付くほどの武名を得る。
一般市民から貴族に至るまでアイドルのような存在なのだと教えて
くれた。
ルーンナイト
カタリナ・ブラッドレイ。王都で催される最大の武闘大会でも優勝
したことのある王国のトップクラスの最強の秘魔騎士。
あれぐらいではまだ全然本気ではないのだろう。しかし、圧倒的な
武を見せ付けられた。あの人はアイラさんと良く似た匂いを感じる。
最近、強い美人ばかり出会うなぁと変な感想を抱くソウマなのであ
った。
その後、道中は何もなく無事にココット村へと到着した。
自警団の村人に村の中へと通してもらう。小さな村だと言っていた
が⋮温泉に人が入りにくるのか村には人が多く、活気に溢れていた。
1029
馬車を走らせ、ある木製のしっかりとした造りの家で停まる。この
村の中ではなかなか大きな家でマコットがなかなかの商売人である
ことが知れた。
横に馬車を停め直していると家から小柄で清楚な女性が家から出て
きた。童顔で20代後半にしか見えない可愛らしい女性だった。
﹁お帰りなさい、貴方﹂
﹁ああ、ただいま。留守中何か変わったことはあったか?﹂
﹁いいえ、でもマルコフがまた冒険者になるんだって言い初めて⋮
あの子ったら森に入ったり動物を追いかけ回したりなんて生傷が絶
えなかったわ﹂
マルコフ
﹁そうか、まぁ息子も俺の血を継ぐ男だからな。仕方ないが、まぁ
だまぁだ子供だ、危ないことは危ないと言い聞かせるよ﹂
﹁頼みますね。あら貴方、そちらの方はどなた?お客様かしら?﹂
マコットは妻に簡単な紹介と共にソウマに助けられた事を伝える。
そしてお礼に家に泊めさせて欲しい旨を伝えた。
それを聞いた奥さんに大層感謝され、マコットの帰還お祝いも兼ね
てご馳走を作るのだと張り切って厨房へ向かっていった。
時間がかかるのでその間、村の共同風呂で温泉を満喫する為にマコ
ットは息子のマルコフを連れてソウマを温泉に案内した。
木で囲むように作られた温泉場は簡単な敷居で脱衣場を通じて露天
1030
風呂となる作りだった。
男女別々に別れている通路を抜け、脱衣場で裸になって独特の臭い
のする温泉へと肩まで浸かる。
左手は紫色に膨れ上がっているので、片腕だけは温泉につかないよ
うに注意しながら入った。
﹁ふぅー⋮これは⋮気持ちいい。疲れがとれる﹂
何とも言えない解放感と湯の心地よさに蕩けていると、温泉場を元
気に走り回るマルコフがマコットに苦笑されて掴まれながら隣に腰
を下ろしてきた。
﹁なぁなぁ、ソウマって冒険者なんだろ?迷宮に入ったことあるか
?俺はいつか冒険者になって踏破するのが夢なんだ﹂
凄く興奮しながら聞いてくるマルコフに、似た者親子だなぁと感心
する。
﹁ああ、入ったことはあるよ。だが、迷宮は何が起こるかわからな
い場所だからな。魔物以外にも罠もあるし⋮宝箱を探したり魔物を
やっつけたりばかりじゃなく危険な場所だ﹂
﹁なんだ?弱気だな∼ソウマって弱いのか!﹂
それは揶揄する言い方じゃなく、子供らしく純粋な疑問が浮かんで
素直な気持で聞いてくる。
1031
単純で分かりやすい質問だった。
﹁どんな実力者でも油断をすれば簡単に死ぬって事だよ﹂
そう言うものの、マルコフにはなかなか理解出来ない話のようだ。
話題を代える為に、森であったカタリナ・ブラッドレイの話をする
と直ぐに食い付いてテンションを上げて話をせがんでくるマルコフ
だった。
1032
ソウマ編 温泉村ココット
温泉で充分に身体を暖め、満喫した後に3人でマコット宅へと帰る。
このココット村には外部の人間が温泉に入りやすいように専用の大
浴場がある。小さな村のため、他には雑貨屋と道具屋の店先が並ぶ
のみで他には住宅しかなかった。
﹁勿体ないな。この良い温泉を売りに温泉宿でも始めれば儲けられ
るだろうに⋮﹂
思わず日本人としてつい呟いた一言が、商売人であるマコットの耳
に止まった。
﹁おぅソウマ。何だよその温泉宿ってのは﹂
儲け話には人一倍感心のあるマコットは、実はかなりの金額のお金
を溜め込んでいた。今回の事もあるのでもう少し行商を続けたら信
頼のできる人間に跡を任せて本人は別の商売を考えていたのだ。
﹁えっと⋮温泉宿ってのはですね⋮﹂
日本の知識を総動員しつつ、思い出していく。
幸いにして︻異界大天使の加護︼には異世界知識が詰まっており、
インターネット検索のようにスラスラと検索したい知識がデーター
ベースとして引き出すことが出来た。
とは言っても知識補助だからそんなに多くはないのだが、チート万
1033
歳である。
マコット達は温泉を匂いのする只のお湯だと勘違いしているようだ
が、温泉とは何かを簡単に話す。
そして、効能には様々ありこの温泉は血行促進による疲労回復の他
に腰痛などの疼痛緩和、芯が温まる効能もある一般的な事を教えた。
そして、ファンダジーなのかソウマの左腕か疼き、ポーション治療
にも似た回復魔法に似た効果もあるのではないか?と考えている事
を伝えた。
マコットはその都度気になることを質問をして、自身の脳内で考え
を纏めていた。
﹁なるほどなぁ、旅してるお前さんの知識には目を見張るもんがあ
る。勉強になったよぉ有り難うな﹂
滋養に効果のある温泉を売りとして、サービス溢れる誠心誠意の気
持ちがまたお客として来たいと思わすリピーターのもとになること。
品をお土産として加工して売り出す。
そしてここでしか頂けない食材や地元産で有名な食材を料理を提供
し、また特産
マコットにはそんな発想は思い浮かばない。いや、当たり前すぎて
商売にすらしようと思う人間はいないたろう。
全く眼から鱗がおちる思いでいっぱいだったのだ。
ここに美しい景観や、立ち寄り場所があるような観光名所でもあれ
ばまた売りになるのだろうが現在は上記に上げた3つの課題で充分
1034
だった。
妻と話し合ってみるか⋮と、考えながら歩いているとあっという間
にマコット宅に到着する。
家の中から美味しそうな匂いがプンプン漂ってきた。
﹁母ちゃーん、ただいまー腹減ったよぉ﹂
マルコフの元気な声が玄関に響いた。
﹁大したものではありませんが、召し上がってください﹂
食卓へと通されるとそこには様々な料理が皿に盛られ、湯気を上げ
て並んでいる。
マコットの奥さんであるカリンのご馳走は非常に美味しかった。
この地方特有の山鳥の丸焼きに野菜を詰め込んだ独特の料理や、鹿
肉のスープは疲れた体に染み込む。
出された出来立てパンに舌鼓をしつつ、ソウマはそういや温泉玉子
ってないなと思っていた。ソウマにとっては温泉=温泉玉子は定番
の食べ物だった。
不思議に思ってマコットに聞くと、始めた聞いたようでもっと詳し
く教えてくれとせがまれた。
卵を殻のまま温泉の温熱を利用して茹でて、黄身と白身とも半熟の
状態にして提供する料理だとざっくばらんな説明だったが、マコッ
トも奥さんも興味深く聞いていた。
栄養満点でドロッとして美味しいと聞くと、マルコフも食べてみた
1035
いと言い始める。
そんな作り方と食べ方があったのか!と驚愕したが、直ぐに作るの
が難しいと判断して落胆する。
作り方が問題ではなく、素材である卵を入手するのが大変なのだ。
山鳥は山や森に狩に入れば入手出来るが、卵はそうはいかない。
希に鳥を囲い、卵を出している農家はあるが、需要は少ないし値段
も非常に高い。
それにココット村には卵の生産ラインがないため、他所の村から卵
を買うには日にちと輸送コストもかかり過ぎて更に値段は高くなる。
マコットの計算では諦めざる終えないとしか思えなかった。
新しい商売の種だと思っていただけに非常に落胆も大きい。
明らかに影が落ちた様子だった為にソウマがマコットの話を聞く。
最後まで聞き終えたら、ソウマは何とかなるかも知れないと伝えた。
それを聞いたマコットはどうするのか聞きたがったが、それを行う
には必要な物もある。無駄足になるかま知れませんが⋮と、前置き
した上で話した。
ソウマの思い付いた方法は簡単で、ようは養鶏して鶏卵の生産ライ
1036
ンが整えば良いのではないか?と思ったからだ。
こう思う背景に、ゲーム時代に召喚士で農業を始めた友がいたこと
を思い出したからだ。
最初は遊び半分だった友は、次第に自分の作ってくれた生産物を買
ってくれる人達が増えるに連れて楽しくなっていったようで、最終
的に養殖まで辿り着いてしまったのだ。
その時同じ召喚士としてソウマも手伝わされたのが、とある鳥型の
魔物のテイムであった。
勿論、課金すれば鶏を買える。しかし餌は決められた高級餌しか食
べず、きちんと管理しないと直ぐに死んでしまう。
友が選んだのは課金ではなく、魔物で代用できないかだった。
番を囲い研究した結果、魔物の方が丈夫で少しぐらい環境が悪くと
も生き抜き、質は低いが生命力のある卵を産む回数が多い。
餌もなんでも食べて、時にはフィールドに放っておけば勝手に他魔
物を狩って食べてたので害獣駆除も兼ねたガードマンとして一石二
鳥だった。
その魔物は大草のフィールドに住まい、鳩鶏と呼ばれる小型な魔物
が進化した︻栄光の魔鶏︼という魔物であった。
栄光の魔鶏は魔物の強さ的には森林狼よりは強い程度の魔物だ。普
段は大人しく害する相手に対しては獰猛な1面の性質を持つ。
確か王都付近のフィールドに鳩鶏ならいたよな?と思い、まずはテ
イムしてみようかと思っていた。
その為には自分の従魔としないので、まずは番の鳩鶏2羽をテイム
1037
するための魔獣紋のネックレスが2つ必要だ。
スキルは使えないが、召喚士としてのサブ職業は生きている。
テイムには問題のないから何とかする⋮だけだ。
上記の説明に真剣に検討したマコットは⋮最終的にやってみること
を了承した。
正直始めての事で不安はある。商人として鳩鶏は始めて聞く名前で、
栄光の魔鶏なんて魔物なんて聞いたこともなかった。
魔物の生態は知らないがこの凄腕の傭兵は嘘は言っていない、騙そ
うとなんてしていないと、これまでの商人の勘が訴えている。
寧ろこの機会がなければ成功は無理だと思うのだ。
残念ながらこの小さな村には冒険者ギルドは存在しない。
冒険者ギルドが存在する大きな町はここでは王都が一番近い。そし
て馬車を使っても丸一日は移動に時間がかかるだろう。
マコットは魔獣紋のネックレスの入手、ソウマは付近のフィールド
に鳩鶏が生息していないか確める事を決めた。
﹁御馳走様でした﹂と、たらふく食べ終えた面々はそこで解散とな
った。満腹となって急速に眠気が襲ってきたソウマは早々と用意さ
れたベッドで眠りに着いた。
1038
その夜、マルコフを寝かし付けた妻カリンと久し振りの夜生活を堪
能したマコットは、この先の将来と商売を語りながら自分の考え⋮
新商売の可能性についてを説明していく。
夫のマコットの商人として信じているカリンは、少しの不安を見せ
ずに貴方についていきますと返答を返した。
息子であるマルコフは冒険者に憧れているし、もう一人跡継ぎをつ
くるのは悪くないなぁと思い、頑張ったマコットである。
こうして夜は更けていった。
朝日がソウマを目覚めさせた。
少し伸びをしてから眠気を覚まし、ベッドを整理してから食卓へと
向かうと既にカリンとマコットは起きており、マルコフも眠い目を
こすりながら起きていた。
朝の挨拶を交わすと、昨日より艶々の肌をしているように見えるカ
リンは上機嫌で鼻唄を歌いながら料理をしていた。
逆にマコットは少しげっそりしていたが、やってやったぜと言わん
ばかりの雰囲気だ。
マルコフは、父ちゃんが帰ってきたら母ちゃんはいつも元気だなぁ
と夫婦が仲が良い事を自慢に思っている良い子供だった。
﹁ソウマ、眠れたか?﹂
﹁ええ、泊めて頂いて有り難うございました。病み上がりだったの
1039
でグッスリ休めました﹂
喋りながら、完成された料理を美味しく頂いた。
今日はこのココット村から少し離れた付近で鳩鶏を探す予定である。
それを伝えると、目を輝かせたマルコフは俺も行きたいと声を上げ
た。
鳩鶏自体は戦闘能力は高くはない。
武装を揃えた初心者の冒険者一人でも勝てる魔物のため心配はして
いない。
カリンは反対していたが、マコットはソウマがいれば大丈夫だろう
と検討を付けていた。寧ろこのまま放っておいてはいずれマコット
が留守の間に飛び出しかねない。
それならば安心して任すことの出来るソウマについて行って貰い、
冒険者の動き方や心構えを知れる良い経験になればと感じていた。
この辺ならば魔物も少なく、また出たとして弱い魔物しかいないは
ずだ。それならば任せた方が良いかも知れない。
一瞬でそう思い至ったマコットは、ソウマさえ良ければお願いする
と、頼まれた。
まさかOKが出ると思わなかったマルコフは非常に喜び、父親に抱
きついていた。ソウマもお礼だったとは言え、一宿一飯の恩義もあ
る。特に反対意見はない。但し、ソウマの言うことは必ず聞くこと
を約束させた。
不安そうにするカリンを説き伏せると、マコットは改めてお願いし
1040
た。
お昼ご飯に2人分の弁当を持たされたソウマとマルコフは、ココッ
ト村より王都方面に向かって歩き出す。
背中のリュックにお弁当をしまい、片手にはいつも使っている木の
棒をもって意気揚々と舗装された道を歩くマルコフを見ていると微
笑ましくなるソウマだった。
マップで危険がないか充分に確認するソウマは、途中食べられる木
の実や、怪我に僅かに効能のある薬草、毒草の見分け方を教えてい
く。
実物があれば実際に手に取らせるなどして経験させていく。
地味だな∼魔物なんか出ないかなと内心考えていたマルコフだった
が、次第にソウマの教える事に興味を抱いて学習する。
2時間も歩いただろうか?疲れが見え始めたマルコフは何とか弱音
をはかず必死に歩いていた。途中で馬車や歩行者と何人もすれ違っ
ていく。
マルコフは疲労困憊だった。いつもは平気なのに手に持つ棒や背負
うリュックがとても重く感じる。しかし、子供だから持って欲しい
などと言った弱音は吐かなかった。
それに気付いていたソウマはその根性に感心した。
日の当たらない見晴らしの良い木影が見えるところで休憩をとる事
にした。
ようやくの休憩に座り込んだマルコフは、リュックから木の水筒を
1041
出して勢い良くがぶ飲みする。
﹁良く、弱音を吐かなかったな。偉いぞ﹂
そう褒めたソウマを見たマルコフは、少しはにかみながら答える。
﹁そりゃあ、俺が行きたいっていったからさ。ここで弱音なんか吐
いちまったら冒険者なんてなれねぇし﹂
気持ち良い風が心地よく、汗まみれの服の気持ち悪さを拭ってくれ
る。
﹁それにソウマは汗ひとつ欠いてないじゃんかよ。本当の冒険者っ
て皆こうなのか?参るぜぇ﹂
﹁まぁ、歩いただけだからな。体力はあって困るもんじゃない。で
も、子供ながらにこんなに頑張れるとは正直思わなかったよ。マル
コフは偉いぞ﹂
いつも母親のカリンからは叱られてばかりだったので、ソウマの素
直な称賛を嬉しく感じていた。
照れながら更に水を飲もうとすると、木筒からは水が一滴も出てこ
なかった。残念に思っていると、ソウマが微笑む。
すると何処からか流麗な紋様の描かれた水瓶を取り出して地面に置
いた。
ソウマは、マルコフの木筒を貸してもらい、そこに汲み始めた。
これは黒死鳥の巣で休んだ小部屋の湧き出る水瓶が試しにアイテム
ボックスに収納できたので、有り難く拝借してきたのだった。
因みにアイテム名は︻清水の湧き瓶︼と言い、水を一定量
1042
生成し続けるハイレア級のマジックアイテムである。
子供ながらにその非現実的な光景に驚きながら、木筒の水を口に含
んだ。とても冷えていて美味しい水の味がした。
﹁マルコフ⋮皆には内緒だぞ。約束出来るな?﹂
﹁ああ、勿論だ。父ちゃんが男の約束はぜってぇ守れって言われて
るしな﹂
一気に元気が出たマルコフは休憩を挟んでまた歩く。
しかし、出発してから3時間が経過するが鳩鶏おろか魔物すら出会
えなかった。やはり街道を外れないといないようだ。
これ以上進めば日暮れまでには帰れない。マルコフに事情を話すと
残念そうに納得してくれた。昨日と比べて随分自分になついてくれ
たマルコフ。
もう少しでココット村へ帰り着く道中、ソウマのマップギリギリに
に反応があった。
遠目だったが目を凝らしてみれば、森から出てきたと思われる鹿が
一頭いた。草をはみ、首を下ろしていて此方には気が付いていない。
このココット村は付近では豊富な自然溢れる森林があるため多様な
動物が狩れる。その中でも大型の鹿の鹿が獲れる。
その鹿肉で作った料理レシピが豊富で、昨日のスープも絶品だった。
﹁マルコフ⋮あの付近に鹿がいるぞ。しかも大型だ﹂
1043
﹁えっ、俺には見えないやを何でわかるんだソウマ﹂
マップを使ってますとは言えず、これも経験だと嘯く。
ここから狙うには少々距離が遠い。向かう間に気が付いて逃げられ
る確率が高い。今は弓が使えないし、投擲するにも漆黒の短剣で仕
留めればバットステータスが付与されてしまうから肉の状態が悪く
なる。
どうしようかと悩んでいると、丁度マルコフの手に持つ木の棒が見
えた。
﹁マルコフ、すまないがその棒を貸してくれないかな?﹂
﹁えっ⋮構わねーけどどうすんだよ?﹂
強く力込めても大丈夫そうだ。距離にして約200m
貸して貰った木の棒の具合を確める為に少し振ってみる。シュッと
音が鳴り、
超えるくらいか⋮よし、なんとかなるな。
﹁よし、まぁ見ててくれ﹂
そう言うやいなや、右手で狙いをつけながら全力で投げつけた。
風を切りながら凄まじいスピードで飛んでいく。
バキィと何かを砕く破砕音がしたかと思うと、何かが倒れる音がし
た。
マルコフには一瞬の事過ぎて何が起こったのかは正確には把握して
1044
ないが、いまトンてもない事が目の前で起きたのは事実だった。
﹁ありゃあ、ミスった。狙いが逸れるとはまだまだか﹂
ソウマなりにスキルや補正だけに頼らない自力を上げる訓練の大切
さが身に染みた。帰ったら空いた時間にトレーニングでも始めよう。
倒れて動かない鹿まで二人連れ添って歩いていく。
マルコフは太い首があらぬ方向に折れ曲がった鹿と、その場で原型
を留めないほど粉砕された木の棒⋮のようなモノを発見する。
﹁マルコフ、貸して貰った木の棒を壊してすまない。今度何か代わ
りのモノを用意するからそれで許して欲しい﹂
そう言うソウマの謝罪が左から右へ抜けていくほど、マルコフは驚
愕していた。
﹁すげぇ⋮﹂
驚きすぎて生返事をしながら、淡々と言うしかなかった。
1045
その後、マルコフに手伝って貰いながら取り出したロープで鹿を縛
り、ソウマの体に括りつけてもらう。
鹿は最低村の力自慢の大人が2人以上で運ばないといけないほど大
きな鹿だった。重量は数百キロはあるだろう。
てっきり一度村に戻ってから大人を呼んでくるものだと思っていた
マルコフはまさかなぁ⋮と思いながら手伝っていた。
ソウマは右手だけでも鹿を持てたが、流石にそれは常識を考えて自
重した。
しかし、一人で背に担いで村に持っていく事自体、余り一般的なこ
と出はないことに気付いていなかった。
その為、ココット村に着いたときは大騒ぎになり、マコットが連れ
てきた怪我人の傭兵はトンでもない奴だと噂が流れた事は仕方のな
い出来事である。
因みに鹿肉は村全体に振る舞われた為に村人には好印象に映り、良
い噂になったのはソウマにとって少しは幸いな事であった。
1046
ソウマ編 ココット村での再会
それから数日をココット村で過ごす。早朝と夕にはトレーニングを
行い、筋肉をほぐしながらパフォーマンスの維持を目的にストレッ
チを始める。
俺は今回のことで身体機能の効果的な役割を果たすために︻体術︼
の強化と最適化を測る事を目標としていた。
全力で動かせばまだまだ痛いので、回復の経過を見て負荷トレーニ
ング内容を変えていくつもりだ。
鹿を狩ったあの後から、マルコフが俺も参加したい強く言い、やる
気があるのならと両親を納得させてから、参加していた。
子供に指導することをしたことのないソウマは、︻異界大天使の加
護︼の知識補助を使って自動検索し、本人の希望を聞きつつ、マル
コフ用に最適化されたトレーニング内容を作成して行ってもらって
いる。
軸である体幹を鍛えるため、基礎作りの為のトレーニングと片手剣
術による型、素振りがメインとなっている。
冒険者で大成するにはまず生き残ること大事なのだ。その為には将
来的には盾を取り入れた動きも取り入れていきたい。
いくら子供用とはいえ、キツイはずなのだが続けることに意義があ
る。
弱音を吐かず、ひたすら懸命に励む姿は両親や村の皆からも好感が
1047
持たれていた。
率先して家事を手伝うことで生活における最低限の役割を学ぶ。
そして、両親にも自分が冒険者になると本気で頑張っているとアピ
ールし、認めて欲しいと言っていた。
マコットは兎も角、カリンは口には出さないが心配しているからど
うなるかわからないが、頑張れる目標が有ることはとても良いこと
である。
ソウマの日中の活動は、マップ機能を使ってエリア別に鳩鶏の生息
地を絞る事で効率の良い探索していた。
見当たらなかった所はマーキングをして外し徐々に捜索範囲を狭め、
ここ何日かの調査によって王都側への山を抜けた先の広大な草原の
フィールドで発見する事が出来た。
そこまでの移動距離はソウマの身体能力をもっても半日以上はかか
る。
彼らば繁殖していた理由はそのフィールドでは天敵などの魔物はお
らず、のんびりと巣作りを出来る環境な整っていたから安住の地と
して選んだのだと思う。
1048
遠目からチラッと覗いただけだが、その群れには鳩鶏だけで上位種
の栄光の魔鶏などの固体は見当たらなかった。
各人各々動き始めていた。
現在マコットは馬車に乗って単独王都に向かい、仕入れの真っ最中
である。本日の夕方には帰還出来る予定であり、その時に魔獣紋の
ネックレスも仕入れてくると言って出掛けていった。
現在の時刻は日も暮れかけた17時過ぎ辺りで、マルコフと一緒に
日課となった夕のトレーニング中だった。
マルコフの木の棒を壊してしまった代わりに、農具の補修も兼任す
る村の道具屋に頼んで、訓練用の木剣の製作を依頼した。
計3本作って貰い、マルコフとの模擬戦用に使う只の木剣2本。最
後の1本は真剣である鉄剣のように重心に重りを仕込んで調整され
た木剣︵重︶である。
折角握るのならば、木の棒ではなくちゃんと剣のように握りのある
代物を渡したかったのだ。
そして夕のトレーニングの最後には、5分間マルコフと模擬試合を
行っている。これは本人からの希望だ。
朝夕の最終仕上がり具合を毎日確認して大丈夫だと思えた時に、こ
の実剣と変わらぬ木剣︵重︶を与えようと思う。
その時にはトレーニング内容を一新し、この木剣︵重︶に慣れて重
心がぶれずに扱えるように慣れれば、一介の剣士としては及第点に
1049
⋮となるはずだ。
5分間にしたのはマルコフが全力を出し切れるには、最も適切な時
間だからと感じたからだ。短いようで長い時間だったりするからな。
気合の声を上げ、マルコフが全力で打ち込んでくる。
その木剣に込められた力をまともに受けず、そのままの勢いを流れ
るように受け流す。
体勢を崩せた所でソウマから手加減した一撃を振り下ろす。
俺はマルコフの攻撃に対してギリギリまで見切る、受け流す、時折
カウンターを仕掛け、一連の動作の練習を兼ねている。
最初の内はうち据えられているだけのマルコフだったが、諦めずに
防御する動作を覚え、見切る、流す、カウンターのワンパターンだ
が対応出来るだけ対応するために自分で挑んでくる。
今も疲労が積み重なり限界に近いはずの様子なのに木剣を構え、防
御を間に合わせた。
目で終えなくとも体が自然に反応するくらい何度も叩き込む。ほら、
反復訓練は彼の中で確実に育っている。
このように模擬戦で下手な癖を指摘し、叩けば食らいつくように伸
びる。真っ直ぐに技術を吸収しようとする貪欲な姿勢は、才能より
も貴重な努力する才能があるんだと思うな。
1050
そんなこんなの内に馬の鳴き声が聞こえ、此方に馬車が近付いてき
た。
マコットが帰還したのだと思い、訓練を中止してマルコフと共に振
り向く。
そこには確かに馬車に乗るマコットがいたのたが、その馬車にはも
う一人人物が乗り込んでいた。馬車が俺たちの前で停まる。
﹁やぁ、会いたかったよソウマ君。君に用があってね﹂
華麗な動作で馬車から降り立ったのは、数日前に出会った美しいエ
ルフ。まさかのカタリナ・ブラッドレイだったのだ。
﹁えーとぉな、ソウマ。カタリナ殿はお会いしたから知ってるよな?
⋮俺が魔獣紋のネックレスを買いに行くときにギルドで偶々︵・・︶
お会いしてな。お前さんを探してたらしくて事情を説明したら、是
非にとお願いされて連れてきたって訳なんだ﹂
申し訳なさそうに話すマコットに目線で気にしていないと伝える。
しかし、面倒なことにしかならない予感がするのは何故だろうか?
諦めにも似た心境のソウマなのであった。
1051
外も暗くなってきた為、カタリナは村長宅に案内される。
そこで食事を招かれて話をすることになった。この村で一番地位の
高い接待せねばならない。
何せ騎士団長クラス以上の地位を公式に国王から与えられた人物。
失礼があってはならないのだ。
突然の訪問でも村の代表して会わない行かず⋮内心の苦々しさ押し
1052
殺していた村長だったのだが、出会えたときにカタリナの美貌を見
て舞い上がってしまったのは男として仕方のない事だったのかも知
れない。
数秒前の雰囲気が嘘のようだ。
褐色の肌に翡翠色のコントラストが完成された1つの美の宝石⋮そ
の印象が拭えない。
村長は久しぶりに胸が踊って高鳴る鼓動と感情に、若き青春時代を
思い出していた。
しかし、村長も惚けてばかりもいられない。慌てて接待を再開する。
﹁ようこそおい出ましたカタリナ殿。お噂以上にとても美しい方で
すな。それに誉れ高き武名もここまで届き、存じ上げております
いらして頂けたこと、大変光栄でございます。何もない小さな村で
ございますが、歓待いたしますぞ﹂
カタリナの為に出された鹿肉をふんだんに使った料理と、村長が密
かに呑んでいた王都の秘蔵ワインを惜しげもなく振る舞っていた。
﹁うーん、ココット村には始めてきたけどここには温泉と言う温か
い湯の溜まり場があるんだね。ダークエルフの私には水浴びしかし
ないからとても新鮮に感じますよ﹂
﹁ほぅ、そうでしたか。是非我が村の自慢の温泉に浸かってくださ
いませ。今より貸しきりに致しますゆえに﹂
﹁ご配慮有り難うございます。ですがその前に私の要件を先に果た
1053
してからにしますね﹂
﹁⋮マコットの連れてきたお客人ですね。しかし、彼が何か致しま
したかな?﹂
上気した表情を少し曇らせながら尋ねた。
少なくともこの村でソウマの評判は悪くはない。寧ろ、時々獲物を
提供してくれたり、今は村のためにマコットと共に新しい商売の手
伝いをしてくれていると言うのだ。
とても酷い怪我を負っており、温泉で湯治に来たのだとマコットか
ら聞かされてもいた為、何のために?と言う疑問が村長には分から
なかった。
﹁これは機密度が高く、王国の上位貴族に関わってくるので話せな
いんだ。申し訳ないのだけど⋮ね﹂
そう答えられるのは分かっていた村長。﹁お気になさらずに﹂と聞
き出す事を諦めた。
﹁ただね、村長が心配される事は何もないとだけは言っておきます。
個人的には噂も含めてとても気になるところなんですけどね。
彼には私が任された依頼に関わる何かの情報を持っていると踏んで
います。とりあえず事情聴取さえさせて下されば構いません﹂
﹁この村に来た客人ゆえ、手荒な真似は無しに願いますぞ﹂
そう言って夜は更ける。カタリナは村長宅へ泊めて貰うことになっ
た。
1054
流石にソウマを今から呼び出して事情聴取するのは諦めてもらった
からだ。
村には大浴場はカタリナが入るため、この時間から入れないことを
伝えに人が向かわされた。
浴場に人をいないことを確認した伝令役の村人はそのまま各家に向
かって歩き始めた。小さな村だ。直ぐに立ち入り禁止命令が行き届
く事となった。
しかし、どんな運命の元なのか運悪くソウマはその伝令役の人間と
入れ違いとなる。
それはカタリナと再会して彼女が村長の元へ案内されたあと、夕の
トレーニングを中断していたのでいつもより遅く訓練が終わったか
らだ。
丁度伝令役が浴場を確認し終えて出ていったタイミングで中に入り、
浴場で服を脱ぎ始めた所だった。
﹁今日は誰もいないな⋮まぁこんな事もあるよな﹂
気にもせず温泉に浸かる。湯気が多くこもった浴場はゆらゆらと揺
れて夜の篝火を反射する。その光景は非現実的でとても幻想的に見
えた。
暫くその美しい至福の時を楽しんでいると、誰かが入浴してくる気
配を感じた。
特に気にせずにいると、パシャ⋮パシャとおっかなびっくりといっ
た感じでおずおずと入ってくるのがわかった。
湯気のせいであちらも俺には気付いていない様子だ。
しかし、﹁うーん、始めてだけど気持ちの良いものね∼﹂と解放感
に満ちた声は間違いなく女性のの声だった。
1055
しかも聞き覚えのある⋮まさかとは思うが⋮温かい筈なのにさっき
から冷や汗が止まらない。
背後を振り返ってみれば、そこにいたは脚までをお湯に浸かったカ
タリナがいるのであった。
不意な夜風が湯気を吹き飛ばす。お互い、顔を見合わせて暫く固ま
ったままだったが、流石にソウマは目を逸らして後ろを向く。美し
すぎる裸体が目に焼き付いていた。
︵俺は女神と出会った⋮︶
しかし、惚けている場合ではない。
すまないと直ぐに謝罪すると、ようやくカタリナは顔を真っ赤にし
て湯槽へとしゃがみこんだ。
悲鳴を上げなかったのは彼女の自制心が高い証拠ゆえだった。
少しジト目で恨めそしそうな上目遣いで聞くカタリナ。
﹁⋮なんでソウマ君がここにいるの?立ち入り禁止の命令が言って
る筈なんだけどね﹂
ようやく洩らした一言はその表情を相まって可愛らしい。
﹁すまない。それは知らなかったんだ。多分入れ違いになったんだ
と思う﹂
1056
﹁うぅ、見たでしょう﹂
素直にハイとは言えないソウマ。
褐色の美しい肌に小さな胸の双丘の頂きあるにはサクランボのよう
に美しい桜色のポッチが2つ見えていた。
そして、髪の色と同じ翡翠色のアンダーヘアは⋮脳内に焼き付いて
離れない。
ソウマとて現代社会に生きてきたおっさんだ。女性の裸を見たのは
始めてではない。。
しかし、カタリナの人間離れした美貌と恥じらいを前に別格とどう
しても反応してしまうのだ。
︵おさまれ、おさまれーー︶
背後を向いているから良いものの、前を向いたら大変な生理現象が
そこにはあった。
落ち着かないと⋮と、祈るように深呼吸しながらソウマはモヤモヤ
な気持ちを落ち着かせるために相当の労力を要した。
その介あって落ち着いてきた脳内には、1つの疑問も浮かんできた。
﹁本当に謝るしかない。それと俺からも聞きたいんだが、どうして
カタリナは男湯にいるんだ?﹂
﹁えっ⋮何ソレ?﹂
1057
ふぅーー。どうやら説明が必要なようだ。
湯から上がったソウマとカタリナは、インナーのみを着こんで向か
い合わせで説明していた。
インナーごしでもカタリナの姿は艶かしく、胸のドキドキが止まら
なかった。
﹁⋮そうか人間社会の出来事には疎くてね。ソウマが意図的に覗い
た訳じゃなくて事故だったって事だね﹂
かくいうカタリナも肌を見られた事の羞恥心と、ソウマが湯を出て
いく際にチラリと見えたはちきれないばかりに怒張した生理現象を
見てしまい、ドキドキが収まらなかったりしていた。
戦闘や訓練ばかりで過ごしてきたカタリナにとって、男の免疫は殆
どないと言っても等しい。
自分が異性から魅力的に映るのは知っていて、アプローチのあしら
いかたくらいは習っていたが⋮実際に男の裸と局所を見たのはソウ
マが始めてだったのだ。
︵男の人ってあんなに凄いモノがあるんだ⋮ソウマの鍛え上げた肉
体と幼さ残るけど漢の顔をする横顔⋮少し私の好みだしな∼ってな
に考えてるの私!︶
と、内心思っている事をソウマは幸いにして知らない。
1058
それに事故とはいえ、カタリナは裸を見られたのだ。普段のカタリ
ナならば自村の警団なりに連絡して捕まえさせていただろう。
しかし、そんな気にすらならなかったこと自体に気付いてもいなか
った。
上の空で聞いていたソウマの話も終わったようだ。
﹁⋮という訳だ。誤解が解けたようで嬉しいよ。そして本当にずな
かった﹂
大きく頭を下げるソウマにカタリナは﹁その、良いわよ﹂と声をか
ける。凄く小さな声でお互い様だし⋮と言ったのは流石にソウマの
耳でも聞き取れなかった。
そう言えば自己紹介すら名前だけで、きちんとしていなかった事に
気付く。
﹁改めて俺の名前はソウマ。人族で職業は閃弓士だ。
⋮カタリナだから打ち明けるが、稀人で魔物使いの職業も持ってい
る。
あと、俺の喋り方が嫌じゃなければこのままでも良いかな?﹂
1059
﹁フフッ、不快じゃ無いから言いわよ。
寧ろ、そっちの方が素の貴方なのね。しかし、閃弓士⋮確か前衛も
こなせる弓士だったかしら。なかなかコアな職業を選んでいるのね﹂
プレイヤー地代に受けた馬鹿にしたような口調ではなく、純粋に驚
きを含んだだけの言い方だった為、ソウマはカタリナの好感度が上
がった。
誰だって認められれば嬉しい。特に美人なら尚更。
﹁さて、次は私の番ね。名前はカタリナ・ブラッドレイよ。この王
国で100年前に契約してそろそろ契約が終了するわ。
種族はダークエルフ。
ダークエルフは戦闘に特化したエルフのことで寿命は大体600年
くらいかしらね?私は200年以上生きてるけどエルフからしたら
セカンドエレメンタラー
ようやく大人の仲間入りを果たした所よ。
職業は第3職業の大精霊術士よ﹂
あれ?カタリナの職業はルーンナイトでは無かっただろうか?
マコットからそんな伝説のような活躍劇を聞いている筈なのに。
﹁フフフ、顔にどうして?って書いてあるわよ。私の職業は間違い
ないわ。ソウマになら話すけど内緒でお願いよ。
実は私もソウマと同じ稀人。詳しい事は話せないけど、サブ職業に
ルーンナイトがあるのよ﹂
茶目っ気たっぷりな口調で教えてくれた。
こんなに自分のことを話すのも久しぶりだと思うカタリナ。
彼女が王国騎士となってからはルーンナイトを公開職業として提示
する事も契約内容に含まれており、例外は彼女自身が直接話す者に
限られる。
1060
つまり、ソウマはこの王国とエルフ達でも上位しか知らないことを
聞かされたのた。
うっかりと洩らさないように秘密厳守しなければならない。
でないと、話してくれたカタリナの信頼をも裏切る事になりかねな
いのだからと、心に誓った。
﹁明日聞こうと思ってたんだけど丁度いいわ。貴方に聞きたいこと
があるのよ﹂
君に聞きたいことがあるのよ⋮と、言い出す前に、ようやくソウマ
の腕に厳重に包帯が巻かれている事に気付いた。
そう言えば温泉に浸けてなかったわよね?と思い出した。そして、
また裸を追想してしまっていた。
﹁そう言えばソウマ君、始めて会ったときも怪我人だって言ってた
わよね
?その腕のことかしら?﹂
本題に入る前のワンクッションを置くためと、恥ずかしさを隠すた
めにそう質問したカタリナなのであった。
1061
ソウマ編 ココット村での再会︵後書き︶
今から遠出なので明日更新予定だった作品を早めに更新します。後
で少し修正するかもしれません。
1062
ソウマ編 鳩鶏テイム︵前書き︶
久し振りの投稿です。
9月11日
誤字脱字、訂正報告ありました。有り難うございます。
1063
ソウマ編 鳩鶏テイム
先程は気恥ずかしかったのだが、おかげで緊張は少し解れた。
カタリナがまず会話の取り掛かりの話題として、ソウマの腕の事を
尋ねられた。
ソウマはゆっくりと左腕の包帯をほどいて傷をさらす。うん、痛み
は自制内だ。
と、同時にカタリナが腕を見て息を飲むのがわかった。
それに気付きながらも最後まで包帯を取りきると、肩の付け根の端
からわかるほどに紫色から黒色と変色した腕。
良く見ようとカタリナが隣に座って接近して覗き込んできた。ふわ
ぁっと花のような薫りが心地よく、良い匂いがした。
ソウマの腕を見たカタリナの表情を伺えば、綺麗な眉を寄せて顔を
しかめていた。
それもそのはず、この手の状態はかなり醜い。しまったな、請われ
てもあまり女性に見せるモノでは無かったかも知れない。
筋肉断裂の後が酷いがポーション治療のお陰でちぎれかけた指先は
肉が見事に盛り上がり、傷痕残るのみとなっている。
右手の場合は7割方は機能が戻ってきているが、弓を引けるほどで
はなかった。
左腕に関しては複雑骨折の影響もあってか更に赤紫色に変色し膨れ
上がっていた。毎日行っている自己検診で、左手に沿う脈が辛うじ
て波うっている事が触知することが出来た。
1064
黒色に変化している部分は血が通わず腐りかけているのだが、特有
の悪臭がないのとそんな状態でも細胞分裂を繰り返して再生してき
ているのだから、この体に宿った補正や、ハイポーションの性能に
かなり感謝だ。元の世界ならばもう死んでると解る。
こんな状態だが、フィアラル戦の時と比べて、少しずつ回復してき
ているのは間違いない。
ソウマはそう思っていたのだが、カタリナの見解は違っていた。
ソウマの腕の状態はカタリナが想像していた以上の酷い怪我だった。
何故こんなところで温泉なんて使ってて良いの?と感じるほどに。
高位の医者や魔法が使える者達で構成されている治療院などで入院
しなければ助からない程と思える傷だったのだ。
それすら驚きなのに、この腕の状態なら常人ならば恐ろしいまでの
痛みを伴い、正気を保てずに発狂しているはず⋮完全にその左手の
機能は死んでいる。
寧ろこのまま機能が戻らずに、順に腐り落ちて腐敗が侵食する前に
腕を切断しなきゃ⋮ソウマの命にかかわるわ。
これを治すには高度な回復魔法か、目が飛び出るくらいの庶民では
買えない高級ホーションを何本も使わないと無理だろう。
そう、それこそ今では生成不可能のレシピの1つ、ハイポーション
のような回復薬でもなければ無理。ハイポーションは希に高位の迷
宮から宝箱などに入っているけど、瀕死の人間が一瞬で完治してし
1065
まうほどの効能を持ったポーションは高額で国家に買い取られる規
則となってるのでその場で発見し、使わない限りは入手は不可能と
されている。
故にカタリナは行う相手が大国の王族でもない限り、現実的ではな
い治療方法だと思えた。
ソウマはハイポーションを使っていけば治るものだと思っていたし、
カタリナは完治は不可能だと判断するほどの認識のズレがあった。
それゆえ、
﹁ソウマ君、私は200年余り生きてきたけどこんな酷い腕の状態
で生きている人を見たことがないよ。
君がその腕を切り落としてないのが不思議なくらいさ﹂
呆れたような、心配されている声色なのだが、勘違いしていたソウ
マの耳には無様に写っているのだと判断して、受け取ってしまって
いた。
﹁⋮酷い腕を見せてすまない﹂
﹁あ、いや⋮気を悪くしたのなら謝るよ﹂
そのニュアンスからソウマがどう思っているのか見抜いたカタリナ
は言葉を続けていく。
1066
﹁誤解させたようですまない。だけどこの傷を見れば誰だって、無
様だとは思わないさ。恐ろしいまでの戦の死線をくぐり抜けて出来
た痕だと⋮解るよ﹂
語る表情に誇っていい。言外にそう言われたような気分になれ、素
直に嬉しかった。
ソウマが微かに微笑んだ様子にカタリナも微笑んだ。
そして、意を決して次の言葉を紡ぐ。
﹁此れからする質問に知っていれば是非とも答えてほしいんだ﹂
一息おいて、カタリナが言いあぐねながらも何故ソウマに会いに来
たのかを話始めた。
カタリナは現在、個人的な依頼を受けてここにいるのだと教えてく
れた。
1067
カタリナが王都に契約として赴いた時、たまたまエルフの魔法使い
としてとある貴族の目に留まり、家庭教師として呼ばれる事になっ
た。
それが縁となったそうで、代々その貴族の家庭教師として呼ばれる
こととなった。
彼等の一族を代々見て貴族らしからぬ所も気に入っている。そして、
現在当主となった女性がカタリナの友だと言う。
訳あって出奔していた彼女だったが、突如実家に戻ってきて問題の
多い当主を引きずり下ろし、彼女が実権を握った。
そして、利権や土地など煩わしいモノを処分して従わぬ者や無能で
家を傾かせた者達に暇を言い渡し、かなり辣腕を振るった。
そのやり口は同じ貴族間においても苛烈を極め、震え上がらせるほ
どだったという。
しかし、その代償は大きかった。最早、貴族と呼ぶには名ばかりと
なったが、当主となった彼女には些細なこと。愛する旦那や子供達
が入ればそれでいいのと笑って答えていた。
身内や近親者しか呼ばれぬ席に招かれ、そこでの祝いの席にて秘密
裏にある依頼を頼まれた。
依頼内容は︻霊山の調査︼。
彼女はここの霊山を管理している貴族。
霊山に何が起こったのか現地調査を依頼されたのだ。
と、言うのは彼女の祖先が残した遺産に変化が見られたのだという。
1068
そして立て続けに霊山から恐ろしいまでの光が突き抜けていったと
何度も目撃証言があり、その閃光と轟音に周辺の村山は霊山の祟り、
怪鳥の復活だと悲鳴を上げていた。
あの山にはかつて祖先が戦った怨敵がいた。フィールドボスよりも
強く、長年君臨していた伝説級の魔物が何とか封印をされているの
だ。
もしかしたら、先程の閃光と轟音は、長きの封印が解けてその魔物
が復活した可能性もあることを示唆された。
もしもの最悪の事態を仮定し、その存在と相対することにもなって
も逃亡出来るだけの人材として、カタリナが選ばれたのだった。
危険極まりない依頼で、申し訳なさそうに、断ってくれても良いと
言ってくれた友でもある依頼主。
しかし、カタリナは笑って友のために2つ返事で請け負ったのだっ
た。
カタリナは依頼主から資料を集め、万全の体勢で望む。
1069
まずは霊山に向かい、詳しく情報を収集することにした。
そして、その経緯として盗賊と闘いになるソウマ達と出会ったのだ。
その後、無事に霊山にたどり着いた彼女は慎重に黒死鳥の巣穴と記
載された洞窟遺跡を進んでいく。
この資料は簡単な地図に迷宮のような特殊空間による空間拡張と魔
物が出現しているとされ、最奥に封印されたフィアラルと呼ばれる
巨大な魔鳥を封印したと記述にあった。
どんどん進むも一度も魔物とも出会わず、とんとん拍子に目的の場
所まで辿り着いた。
そこには巨大な空間が広がっており、ナニかがいた気配はある。し
かし、封印されているとされたフィアラルなる魔物は見当たらない。
ただただ砕けた残骸があるのみだ。不思議に思いながらも調査を開
始した。
幸先良く霊山の付近で猟をしている山人に出会い、気になる情報を
聞いた。
どうやら霊山に最近人の通った痕跡があるという。僅かな痕跡で普
段見慣れている山人だからこそ気付けた小さな変化。
その痕跡から通った人数が大体わかる。
その痕跡から読み取れるのには複数ではない。たった一人の足跡の
ようなのだと⋮。しかも、霊山に向かうのではなく、降りてきたの
だという足跡。
1070
まさか⋮カタリナはそれを聞いたときは俄に信じることが出来なか
った。
そして、頭に閃くモノが走った。
直感的に前日出会った青年が頭に浮かんだ。
そして、その身に付けている見事な外套の飾りを見たときに何かが
繋がる気がした。
そして直感が確信へと変わる。
そこに気が付いたのは霊山の中へと入り、今回の依頼で見せて貰っ
た手掛かりにあった紙に描かれている翼を巨大な鳥のマークを見付
けたとき。
頭の中にあったモヤモヤとした霧が晴れ、完全に繋がった。
あの時会ったソウマ⋮この人はいま私の欲しい情報を間違いなく持
っていると確信したのだと言う。
﹁ソウマくん、改めて聞くよ。君はその外套を手に入れた時の経緯
や出来事を教えて欲しいんだ。勿論、秘密はカタリナ・ブラッドレ
イの名において必ず守るよ﹂
その真剣な表情にソウマは悩む。
が、迷いは一瞬だった。
ここで誤魔化すことは出来る。しかし、カタリナ程の実力者ならば
1071
遠からず真実に辿り着く筈だ。
ここで嘘を言うよりは正直に言って協力を求めた方がいい。
ここで話すことが後にどう転ぶかはわからない。
しかし、俺がカタリナを信じたいから⋮信じても良いと思ったから
話してみることにしよう。無論、異世界の事やサンダルフォンとい
った事は伏せて⋮な。
﹁そうだな⋮何処から話せば良いか⋮そうだなアデルの町で﹂
と、ポツボツと話し始めたソウマは不思議と心が落ち着いていくの
を感じていた。
﹁⋮と言う訳なんだ。
それで俺が迷宮で攻略中に何らかの力が働いて気付けばその霊山の
洞窟のような神殿にいたんだ。
しかも眼前には巨大な魔物が横たわっていた。
しかも、既に怪我を負っていかなり酷い状態でね。
いま思えばそれが、多分伝説の魔物と呼ばれたモンスターだったん
だろう。
襲いかかってきたから戦いになった。俺は重傷はおったけど、何と
か魔物を仕留める事が出来た。
1072
死体はトドメを刺した瞬間に光となって消え失せてしまったから確
認は取れない⋮んだ。
さて、俺の話はここまで。信じるかどうかは任せるよ﹂
ソウマの話を一言も聞き逃さまいと緊張していたカタリナは、風呂
上がりで上気していた肌が異様に冷たくなっていることに気付く。
随分熱心に聞いていたようでソウマに対して身を乗りすぎだしてい
た事に気付き、慌てて距離をとった。
半裸な格好で男性に近付くなんて⋮何をしてるんだ私は⋮。
改めてその魔物を倒してドロップした外套を見せて貰った。手にす
れば、ある種の高い魔力の輝きを宿した相当な品だと私でも解る。
信用して外套を貸してくれた事に感謝の礼を言いつつ、丁寧にソウ
マへと返す。
しかし、その腕の傷はその戦いで受けたモノだったとはね。ソウマ
は嘘を付いている可能性はあるけど⋮ないだろうと確信めいた予感
があった。
ともあれ、聞きたいことは聞けたし、これ以上聞いても何も答えて
はくれなさそうだ。
﹁⋮カタリナ・ブラッドレイの名においてこの話は内密にすること
を改めて誓うよ。ただし、この詳細を依頼主である彼女、一人だけ
に報告する事を許してほしい。そして、この件に関してはもう危険
は無いってことも含めて⋮さ﹂
この美しすぎるカタリナのお願いを断れる筈なんてない。ただ、俺
1073
の詳細な情報は伏せて貰うことを確約してもらい、本日はお開きと
なった。
マコット宅へと帰る道中、どうしてもカタリナの美しい姿が何度も
思い浮かぶ。
いや、実に刺激的な一日だった⋮興奮しすぎて少し眠れそうにない
な、コレは。
1074
あれから5時間⋮結局カタリナと別れてからの早朝、日が昇りきる
前までソウマは眠れなかった。
︵駄目だ⋮今日は眠れん︶
寝ることを放棄したソウマは一人マコット宅より出る。早すぎる時
間帯のため村人すらいない。
シーンとした静寂の空間に眼を閉じれば鳥のさえずりのみが響く。
村の人はまだ誰も起きていなかった。
うーん、と背伸びして深呼吸してからぼんやりとした意識を吹き飛
ばす。
﹁よし魔獣紋のネックレスも手に入ったし、少しばかり予定より早
いけどテイムしに行こうか﹂
﹁そうなんだ、テイムには興味もあるしなら私も同行させて貰おう
か。いいかい?ソウマくん?﹂
慌てて声の方向を向くと、そこにはカタリナが佇んでいた。
︵まただ⋮気配すら感じなかったぞ?︶
念のためマップを確認してみれば、そこにはカタリナの表示がしっ
かりとあった。
驚愕を一瞬で抑え込んだソウマは、朝の挨拶を交わす。
1075
﹁おはようございます。朝早いんですね?しかし、気配を感じなか
ったから驚いたよ﹂
﹁ハハッ、それは光栄だね。数少ない私の特技の1つさ。内緒にし
てね?﹂
茶目っ気たっぷりに言われては、ソウマもそれ以上追求することが
出来なかった。
﹁恥ずかしながらあのあと眠れなくてね⋮で、どうだろうか?私も
同行しても良いかな?﹂
﹁ええ、しかし結構な距離を移動しますので、此方に用事があるの
では?﹂
﹁うん?それは大丈夫。ここにはソウマくんの事だけで寄ったから
ね。村長に伝言してから、すぐに支度を整えてくるから門で待って
てくれるかい?﹂
﹁わかりました。では、門で﹂
そうして準備に取りかかった。
ソウマは修羅胴衣の着心地を確認しつつ、ココット村の自警団が使
用しているレザーアーマーを村の鍛冶士に頼み、動きやすいように
必要最低限の箇所を除いて調整してもらっていた。マトモに攻撃を
受けることをしない前提の装備である。
1076
︵それに防具の補正とこの外套があれば余程の敵でない限り大丈夫
だろう︶
とも確信していた。
最後に漆黒の外套を装備の上から羽織った。
武器は漆黒の短剣を腰に差し込み、フィアラルの棲みかで手付かず
レア級
の宝箱に入っていたダガーを反対の腰に差し込んだ。
フォースダガー︵プロテクト︶
プロテクトの護りが封じられているダガー。
装備者に一時的に効能を与える。
任意発動武技︻プロテクト︼
1077
このシリーズはフォースシリーズと呼ばれ、様々な魔法の効能が封
じられた武具が存在している。
同じレア級でもC級迷宮のbossドロップ程ではない。しかし、
性能はそれなりのモノでゲーム時代の時は、初心者から中級者用の
愛用武具でもある。
因みにこの世界ではレア級の品は、一流と呼ばれるモノ達が持つに
相応しいとされていることが多かった。
今回のフォースシリーズは自らの肉体に一時的な物理防御力上昇効
果︵小︶を付与させるプロテクト付きのもののようだ。
武具の等級がレア級であるが故に、僅かながらも魔力が刃に通り、
普通の鉄剣などよりは切れ味や攻撃力も高い。
魔法使いでなくともプロテクトが使えるため、魔法の使えない戦士
にも使えるため重宝しそうなダガーだ。
発見した宝箱は合計3つ。隠し部屋ではなく、人の探さないような
ひっそりと目立たない所にその宝箱はあった。
中に入っていたのはこのダガーの他にマナポーションが1つと、金
貨が僅かながらにあったのみだ。
一人門の前で待っていると、程なくしてカタリナがやって来た。初
めてあった時と同じ格好のままだ。
1078
﹁すまないね、待たせたかい?早速出発しよう﹂
早朝でまだ日が上らない内からの出発だったが、道中特に魔物に出
会う事もなく、目的の場所直前までたどり着いてしまっていた。
魔物に会わなかったのは、元々其ほど強い魔物はこの辺りには存在
せず高速で山野を移動する二人に怖じけついていたからだったりす
る。
半日はかかると思っていたが、3時間程で着いてしまっていた。
﹁やぁ、久し振りにこんなに歩いたよ。しかしソウマ君って速いね﹂
流石にゆっくりとした行軍ではなく道なき道を掻き分けて進む道程
だったが、ソウマのペースに遅れることなくカタリナは移動してい
た。
﹁いやカタリナも凄いな。休憩もなしで平然と着いてくるなんて思
いもしなかったよ﹂
﹁これでも鍛えているからね。それに道中魔物にも出会わなかった
し﹂
﹁お陰さまで早く着いたよ。ここで少し休憩をしよう﹂
・
そう言って袋から湯気が漂う温かいスープ鍋と容器を2つ、黒色パ
ンを2つ取り出した。
﹁へぇ、ソウマは収納魔法が使える道具を持ってるんだ?羨ましい
1079
ね﹂
驚きながらかなり本気どの高い口調で訪ねた。
アイテムボックスのような収納出来る道具は、それこそかなり希少
だ。
迷宮でも見付かる事自体滅多に無いし、売りに出されれば金額は計
り知れない。
余程の事がない限りは、殆どの発見した者達は自分達で使うのが常
となっている。
﹁ん、貰い物だけどね。重宝してるよ。さぁ、食べよう﹂
そう嘯くソウマ。
﹁んー貰ったの?⋮そこは秘密なんだね。仕方ない⋮わかっている
と思うけど、余り他の人には見せびらかしちゃ駄目だから。ソウマ
君を狙う人間が出始めるからね﹂
二人仲良く雑談を交えながら、簡単に朝食を楽しんだ。辺りは日が
昇り、朝日が美しい光景を醸し出していた。
1080
﹁ふぅ、ご馳走さま。山奥でこんな手が混んだものを食べれて美味
しかったよ。それじゃお礼も兼ねて私の精霊魔法を見せてあげるね﹂
するとカタリナの左手が輝いたかと思うと、不可思議な紋様の魔法
陣が浮かび上がった。
俗に言われる召喚陣である。精霊に特化した陣を精霊の門と呼ばれ
る現象を引き起こし、カタリナはもたつきもなく手慣れた感じで自
然に門を開いていく。熟練者の証拠だ。
精霊の門から出てきたのは全身が淡い光に包まれ、小さな子供のよ
うな体型に木の枝の帽子を被った髭もじゃの精霊が現れた。
グリーンウッド
﹃木精霊、力を貸して。ソウマの傷を癒して﹄
・
そうお願いされた木の精霊は、無言で頷きを返してソウマの元へと
移動した。
そして左手に辿り着くと、木の根を張るように変形して巻き憑く。
1081
じんわりと温かな光が両手全体を多い、発光を始めた。
﹁この精霊に自然治癒力を高めて貰っているのよ。回復には暫く時
間がかかると思うけど﹂
あれがエルフ種族にしか適性が無いと言われている精霊召喚による
魔法。
ゲームの設定上にはそうあった。
ドワーフ族も使えたそうだが、ある時期に鍛冶に目覚めた時に火や
金属を多用した為に自然の精霊が嫌がり、極限られた才能ある者し
か使えなくなったとあった。
あの匠の技を誇るアデルの町の鍛冶長ジュゼットでさえ、なり得な
かった。
精霊も使え、鍛冶も使えるドワーフこそ、厳しい修業の末に到達す
るたぐい稀な武具を産み出せる者として精霊鍛冶士への一歩を踏み
出せる。
その中から頂点に立つ者こそが、至高の存在たるマイスターの称号
を授与されるのだ。
因みに精霊鍛冶士の一人として、王国にはドゥルクの父親がいる。
ソウマの持つ弓素材︻雲鯨の大髭︼3つなどを加工出来る職人の心
当たりも彼ぐらいしかない。
ソウマのゲーム時代の最後にユウトへと手渡した大剣を打ったのも
彼であった。
︵とは言え、自然における精霊魔法についてはエルフだけの専売特
許ではなく、例外は在るんだろうけど︶
1082
例えば、魔に魅了されて堕ちた精霊が魔物として現れたり、逆にそ
れらを使役したりなどと⋮。
しかし、間近で見る精霊魔法。幻想的な光景と自身の身に体感する
恩恵に、初めて見た精霊魔法にソウマの心は熱くなり、興奮を覚え
ながら、お礼を伝える。
﹁初めて精霊を見たよ。貴重な体験と回復有り難う﹂
﹁いえいえ、どういたしまして。それじゃあ、行きましょうか﹂
草木が生い茂る窪みのある草原。そこにはソウマの目的たる鳩鶏の
群があった。
﹁やはり、栄光の魔鶏はいないか⋮仕方ないけど始めよう﹂
ソウマは少し残念だったが目の前の鳩鶏に狙いを定め、比較的大き
な鳩鶏を意識してテイムし始めた。
1083
アストラルリンク
精魂接続は相変わらず繋がらない。しかし、何らかな繋がりのよう
な感覚が頭に訴えてくる。
その感覚を信じ、ソウマは2匹の鳩鶏のテイムに成功した。
﹁何となくだったけど⋮成功して良かった﹂
ホッと安心すると、隣で見ていたカタリナから拍手を受ける。
﹁お疲れさまソウマくん、魔物使いの系統の魔術であるテイムは初
めて見たよ。鮮やかな手並みだね﹂
にこやかなカタリナにソウマは返答しつつテイムしたばかりの鳩鶏
を見ると⋮何か様子がおかしい。
この魔物は弱いゆえに危険を察知する野生の勘が総じて高い。
ソウマやカタリナのような規格外でもない限りは、危険を察知して
逃げる性質を持っていた。
アストラルリンク
やはり精魂接続の機能は使えず、現在も念話は未だ使えない表示だ。
しかし、魔物使いのサブ職からか鳩鶏の表情は何となくわかる。
1084
︵ん、これは⋮何かに怯えている?一体何に怯えているんだ︶
マップを展開すると、そこには不思議な点滅を繰り返して接近して
くる敵対行動を示すマーカーが増えていた。
これは⋮1、2、3⋮と増えた??巨大な点滅が1つ。
﹁カタリナ⋮さん。どうやらお客さんが来るみたいだ。警戒しよう﹂
﹁えっ、まさか⋮本当かい?﹂
カタリナは驚くも、直ぐに気配を察知したようだ。
﹁っ⋮この気配は大物だね。やれやれ、ソウマくんは優秀な索敵能
力をお持ちみたいだ。今度コツを教えてくれるかな?﹂
軽く笑いながら、冗談を飛ばしつつ戦闘準備を整えていた。
﹁それと、無理に言いにくいならカタリナでいいわよ。私もソウマ
って呼ばせて貰うから﹂
少し照れた表情を見せ、はにかむ様子は可愛すぎる。心のスクリー
ンショットに絶賛保存中だ。
﹁じゃあ、カタリナ⋮。宜しく頼む﹂
1085
若干照れつつソウマも答えた。
そんな戦闘の雰囲気ではなかった2人も、直に近付いてくる濃厚な
魔物の気配と地響きに頭を切り替えた。
テイムした鳩鶏を魔獣紋のネックレスに送還してアイテムボックス
へと入れ直した。戦闘に巻き込まれて死んではたまらない。
他にいた鳩鶏の群はすっかり逃げて消えていた。
そのせいか点滅している敵対マーカーはこちらを真っ直ぐに向かっ
てきている。
﹁じゃあ、ちょっとご挨拶させて貰おうかしら﹂
カタリナが背負ってきていた木弓に矢をつがえ、振り絞る。
キリキリリ⋮と限界まで引き絞った弓はしなり、呻き声のような音
を出す。
パンっと小気味良い音がすれば目にも止まらぬ速度で次々と矢が発
射されていく。
ものの5分も立たない内に20本以上の矢を放ったと思う。
あっという間に矢筒から矢を射ち尽くしたカタリナは、少し悔しげ
に唇を噛む。どんな表情でも絵になる美貌を誇るダークエルフは、
木弓をし舞い込んだ。
﹁ある程度の手応えはあったけど、仕留めきれなかったわ⋮もうす
ぐ来るわ﹂
カタリナはショートソードを腰から抜いて手に持ち直し、いつの間
1086
にか片方の手にはスモールシールドを構えていた。
﹁いや、充分すぎるよ。援護有り難う﹂
その言葉からすぐ地響きと共に転がるようにして現れたソレら。
3体の内の2体が先に到着し、ソウマたちから10mは距離を置い
て立ち止まる。
その魔物は植物の実⋮ドングリのような細長く丸い形状をしており、
1m50㎝程の大きく堅固な殻に覆われている。
体表は緑色の一色のみで、所々カタリナの矢によって殻を突き破ら
れていた。
あの速射で殻の薄い所を見極めて射る腕前は相当なものだと解る。
しかし、身体中に矢が突き刺さって動きにくそうにしてはいるが、
小刻みに動いて体内の矢を振り払っていた。
空いた穴から透明色の液体が振り撒かれ、流れているが戦闘に支障
はなさそうだ。
そして、転がりながら後から現れた個体は2m近くあり、丸々とし
た確固たる存在感を放っている。
前者の2体と違ってこの個体は頭部?と思わしき場所に冠のような
木葉で彩られたモノを身に付けていた。
必然的に両者睨み合う形となった。
﹁何!?この木の実見たいな魔物は⋮見たこと無いわ。新種の魔物
かしら?﹂
警戒感を高めながら、油断なく見据えるカタリナ。
1087
一方、ソウマはその魔物の存在を知っていた。
﹁そんな馬鹿な⋮これはイベントなのか?﹂
そう、カタリナが見たことがないのは当たり前だった。
この魔物たちはイベント専用の魔物であり、その為だけのオリジナ
ル・モンスターだからだ。
俺の記憶が確かなら尖兵として現れた前者⋮2体ののドングリの形
をした魔物はエンゼルナッツと呼ばれる個体。
そして、後から現れた魔物はその上位種族であるヘブンズナッツの
はず⋮だ。
条件が整えば自動的にその場に起こるイベントだと言われ、一体ど
エンゼル
の条件で始まるか、ネットでも検証中のイベントなのだと噂だった。
ケルビム
推奨レベル第2職業からのイベントクエスト︻生命樹の実使︼
センチネル・アーチャー
かつて戦弓師になりたての頃、ソウマが挑戦し、最後まで攻略出来
なかったイベントでもあった。
1088
ソウマ編 鳩鶏テイム︵後書き︶
後で誤字脱字など編集したいと思います。
1089
ソウマ編 生命樹︵ケルビム︶の実使︵エンゼル︶達の始まり
︵前書き︶
9月11日
誤字脱字訂正させて頂きました。
1090
ソウマ編 生命樹︵ケルビム︶の実使︵エンゼル︶達の始まり
?????
ここは空間が隔絶され、1つの世界といっても過言ではないほどの
質量の持つ完成された約束の地。
見渡せぬ程の黄金色になびく雲が支配している。
変な言い方になるが、雲が大地となっていた。
正に黄金雲の大地と呼ぶに相応しい。そこに広大な大地にただ一本
の樹がある。
遥か太古より悠然と聳え立ち、地上を見守ってきた巨大な樹があっ
た。伝承でしか存在しないと伝えられているため、人々からは畏怖
と尊敬を持って?????とも言われている。
我に与えられた崇高なる使命。
静観の時を破り、新たなる資格者が現れた今、試練を課そう。
資格者が倒れれば、それを糧にし、見事超えられれば盟約に従い、
祝福を授けよう。
1091
丁度良い事に、かの地にて良質なアニマが少なからず満ちておる。
こたび
願わくば、此度の資格者が贄とならぬよう⋮更なる力への一歩とな
らんことを祈っておる⋮。
巨樹より黄金の実が1つこぼれ落ちた。
落ちたと認識したと同時に太陽光よりも眩い光を燦然と放ち、辺り
を照らしたかと思うと、既にそこには実も樹も何も無かったかのよ
うに姿は消えていた。
1092
エンゼルナッツとヘブンズナッツと対峙しているソウマは、カタリ
ナに注意を促す。
﹁カタリナ、その魔物の本体は硬い殻の中だ。一定ダメージを与え
れば飛び出してくるぞ﹂
﹁ソウマくんはこの魔物の事を知っているのかい!?わかったよ﹂
その忠告か終わるや否や、エンゼルナッツがカタリナとソウマに向
けて一体ずつ体当たりしてくる。
1093
カタリナとソウマは寸前で回避して、かわし際にそれぞれの武器を
エンゼルナッツに向かって斬りつけた。
この時点で腕が未熟で技量がない者、単純に力が足りない者、はた
また寸前でかわしきるだけの技術などがどれ1つ欠けている者なら
ば、エンゼルナッツによって弾かれ、体勢を大きく崩されて体当た
りをまともに喰らっていだろう。
しかし、攻撃を繰り出したのは一人騎士団と異名をとる程の戦上手
な剛の者。
カタリナが縦に振り抜いた一閃は、走り去ったエンゼルナッツを綺
麗な断面を残して切断し、殻の中身ごと切り裂いていた。
手に持つ抜き身の剣には刃こぼれ1つもない。
﹁うん、なかなかの堅さだね。どれどれ、へぇ⋮中身はそんな人形
見たいになってるだね﹂
そんな余裕があった。
一方ソウマはそこまでの技量はないが、持ち前のステータス補正と
閃弓士のレアスキルである︻刀剣技補正︵E︶︼は剣を用いた技、
技術・戦技など全てに補正がかかるスグレモノだ。
そして、少なくない死線を潜り抜けて身に付いた技術を活かす。
フォースダガーを叩き付けるようにエンゼルナッツの殻を砕き、回
転する反動をモノともせずに、そのまま戦技︻強斬︼を発動させて
真横に両断した。
1094
﹁いらない心配だったな。流石はカタリナだ﹂
エルダーゲート
カタリナ
世界では2次職が一流と呼ばれる腕前とされ、その先へ至る者達は
殆どいない。
その中でも3次職へと就いている彼女は、限界を超えたほんの一握
プレイヤースキル
りの存在︵超一流︶なのだと痛感した。
同じ第3職業者でも自力を伸ばさなければ、本当の意味で実力は完
成しない。
残る一体となった2mを誇る巨大なヘブンズナッツを前に、ソウマ
は油断なく構える。
その存在感と既視感に否応なく、初めてこのイベントに遭遇した時
の事を思い出した。
1095
ソウマがVRゲームで在った頃のエルダーゲート・オンラインで遊
んでいた時、職業レベルを上げてようやく転職神殿にて第2職業の
ランクアップを果たした。
新しい狩場に挑戦しようと初めて外林境と呼ばれる狩場に到着する。
第1職業ではソロでは少し強めの魔物がいるため、効率が悪いので
今まで挑戦しようと思わなかった場所へと来てみた。
新しい狩り場の魔物を相手にし攻略を開始して暫く⋮あるときに外
部アナウンスが聞こえ、この︻生命樹の実使達︼に遭遇したのだっ
た。
イベントの範囲内に存在する周りのプレイヤー達と共闘出来るイベ
ントでもあるため、協力して行える。
後にも先にもこのイベントには出会わなかったので、本当に稀な体
験だったと言わざるを得ない。
センチネル・アーチャー
当時の俺は戦弓師になった喜びで一杯で、装備も全てノーマル級か
らハイノーマル級へとグレードアップさせ、今の俺ならきっと良い
結果を残せる⋮と慢心もしていた筈だ。
イベント魔物として遭遇したエンゼルナッツ。木の実の巨大な体を
活かしての体当たりは圧巻。そして防御力は高く、外を覆う外殻は
硬い。
しかし、一度殻を破るか一定以上のダメージを与えると綺麗に外殻
が剥ける。上手くいけば素材としてドロップすることも可能だった。
1096
実の殻の中にある木で出来た細身の人形のような外観の魔物こそが、
このエンゼルナッツの本体だ。
実のところソウマは、このエンゼルナッツを倒すことは出来たもの
の、その先の上位の魔物であるヘブンズナッツの外殻を剥がすこと
は叶わなかった。
強化魔法をかけても、どんなに矢を引き絞っても傷はつくのだが、
致命打には届かない。
時間があれば倒すことも出来ただろうが、その間にエンゼルナッツ
や他のヘブンズナッツを相手にしていれば倒しきれなかったのだ。
それは単純に火力不足⋮攻撃力の不足であった。
そんな中で1つのプレイヤー集団と出会った。
彼らもまた、偶然イベントに出会った者達で攻略のために臨時パー
ティを組んだようでソウマも誘われた。
一人ではこれ以上進めない。願ってもない提案に喜んで了承する。
参加したプレイヤーの中でも第2職業持ちはソウマを含めて3人。
2次職の2名については、一人は前衛職でスピード補正が高く拳打
による攻撃を得意とする軽装闘師の︿Aklra﹀。
無属性魔法に長け、純回復職業よりは劣るものの中距離範囲内でも
少量回復が可能な法撃術師の︿みゆみゆ﹀。
他の参加したメンバーにはサブ職の持たない第1職業のプレイヤー
1097
が15人は参加していた。
軽装闘師Aklraと法撃術師みゆみゆの二人にリーダーシップを
とってもらい、面々を引っ張ってもらう。
順調に攻略は進み、そのおかげでイベント中央にある大穴へと到達
する出来た。
しかし、そこまでが限界だった。
大穴へと入り、bossの間へと近くなるに連れて魔物の数の多さ
もそうだが、配置されていた高レベルのエンゼルナッツとヘブンズ
ナッツの防御力が高く、思うように進めなかったのが最大の要因だ
った。
あの時、もっと俺に攻撃力があれば⋮と痛切に思い、自身のキャラ
クターと装備に悔しい思いが込み上げてきのを覚えている。
その思いが後の期間限定課金コンプガチャにボーナス全額を振り込
むことに繋がる。
因みにその時のメンバーの数名はこれを機に仲良くなり、やるせな
センチネル・アーチャー
さも手伝って後にギルドを作った。
ソウマも誘われたのたのだが、戦弓師が冷遇されつつある時代だっ
たので迷惑をかけると思い、遠慮したのだった。
︵アイツら、元気かな⋮︶
それを理由に断っても気にせずに、何かとソウマに絡んできてくれ
た貴重なメンツだった。
1098
現在はあの時とは違い、人数こそ少ないが今の自分は第3職業であ
り、側にいるカタリナは一人騎士団と呼ばれる異名持ちの凄腕であ
る。
これなら攻略出来るかも⋮と、淡い気持ちを抱いてしまう。
不安があるとすれば実際に攻略したことが無いので、情報が極端に
無いことが上げられる。
また、このイベントbossについても心配事があった。
調べてみると公式の発表では4種類のbossが待ち構えていると
されていた。
更にエルダーゲート・オンラインの攻略ネットの書き込みから、何
かしらの条件や参加人数によってこのbossがランダムに変わり
やすいと言うことだった。
①2対の翼の天使のような人間形態。
②獅子を思わせる攻撃力スピード特化の獣形態と③タフネスさが売
りだが攻撃力も侮れない雄牛形態。
④完全飛行型の鷲形態である。
どれか1つがbossの間にてプレイヤーを待ち受けているのだが、
1099
書き込みに1番多かったのは③と②、次いで多いのは鷲型の形態で
天使のような人間形態は未確認と言うデーターがネット上に上がっ
ていたのを覚えている。
いつか、攻略したい。
そんな気持ちを捨てきれず、ソウマはその機会が訪れるのをずっと
待っていたのだ。
1100
回想に気をとられていたのは時間にして一瞬。
目の前のヘブンズナッツがその場で独楽のように高速回転を始めた。
キュイィィンと空気を切り裂く音が増す。
エンゼルナッツとは比べ物にならない攻撃力を秘めていることは容
易に想像できた。
﹁カタリナ⋮精霊魔法を見せてくれたお礼に俺も切り札を1つ明か
そうと思う﹂
そう言って己の腕を見たソウマ。
グリーンウッド
今も両腕は木精霊が発光し、優しく自然回復力を高めながら治して
くれていた。
﹁おや、嬉しいね。ソウマくんのお手並み拝見するね﹂
ソウマの言葉を疑わず、寧ろ何をするのかワクワクしているカタリ
ナの様子を見て、俄然やる気が迸ってくる。
美人に期待されれば、男ってのはいつでもそれ以上に応えるもんさ。
頭にビリっとくる痛み。体力がごっそりと奪われる感覚を寧ろ心地
よいと感じ、ソウマは念じた。
︵いくぞ⋮︻巨人の腕︼︶
1101
そう念じると突如ソウマの近くの空間に一本の巨大な腕が出現した。
その腕は、見る者に厳かで畏怖を覚えさせるプレッシャーを放って
いる。
ヘブンズナッツは未知なる相手と攻撃に回転数を弱め、一瞬戸惑う。
しかし、エンゼルナッツとは比べ物にならないほど強固な大殻を武
器により一層高速音を響かせてソウマへと突っ込んでいった。
巨腕と巨球が接触し、激しくぶつかり合う。
バキィィィンと巨腕の指があっさりと大殻を貫き、そのまま中身ご
と握り潰す。
戦闘は一瞬でついた。
役目を終えた︻巨人の腕︼はゆっくりと消えていった。
﹁詳細は言えないけど、これが俺の使える魔法なんだ。他に強化魔
法しか使えないけど⋮な﹂
暫く驚きで固まっていたカタリナが絞り出すように口を開いた。
1102
﹁⋮⋮⋮凄まじいの⋮一言だね。私の知るどの魔法とも違う⋮これ
は正に人間が扱う魔法の系統とは違う⋮ような。気がするわ﹂
続けて、納得した表情を見せた。
﹁これを見せられたら、ソウマくんが弱っていたとは言え、不滅の
巨鳥に勝ったと言うのも得心がおけるよ﹂
見せてくれてありがとうと、軽く言われた。
さて、イベントが始まった以上bossを倒すか、俺達が死ぬかじ
ゃないとイベントは終わらない。
終わらないってことは、魔物が産み出され続けられるってことだ。
﹁俺はこのまま元凶を叩きに行くつもりだ。カタリナはどうする?
一度、王都に戻って報告するか?﹂
着いてきては欲しいが、カタリナは元々依頼を受け、たまたま巻き
込まれただけだ。予定も在るだろうし無理強いは出来ない。
少し迷いながらも、カタリナは首を横に降った。
﹁新種の魔物の出現。これは王国民にとって新しい脅威だよ。
調査して出来る限り情報を調べておきたいからね。それに今はソウ
マくんって協力者がいるし⋮私は足手まといにならないだけの実力
1103
は在るつもりだよ﹂
二の腕を叩いて、茶目っ気たっぷりに片眼をつむって微笑むカタリ
ナに目を奪われながら、ソウマは安堵した。
やはり、一人で行く事になるかもしれないと、かなり緊張していた
のかも知れない。
そうと決まった以上、カタリナがエンゼルナッツ戦に使った矢の回
収をし、少しずつ進む。
ソウマは慎重にbossの間へと通じる場をマップを開いて確認し
て歩く。
時折まばらに現れるエンゼルナッツを一体、一体確実に駆逐してい
く。
今度はカタリナの矢を使わず、接近戦で仕留めていく。折角なので
カタリナの指導の元、短剣でエンゼルナッツと戦うソウマ。
刃を入れるタイミング、這わせるコツ、見極めの技などソウマの我
流に対して的確にアドバイスが現地指導で変わっていく。
教えているカタリナも、ソウマかここまで飲み込みが早い事に驚い
ていた。実はこのカラクリは︽異界大天使の加護︾による能力と、
︻刀剣技補正︵E︶︼がソウマの体に合わせて動作などを最適化さ
せて調整しているのだが、本来、VRゲームで在った頃にはないス
キル効果が、ソウマを成長させていく。
本人達は知る由もなかった。
そんな事を続けながら進むこと更に2時間。すると、マップ中央の
1104
場所に突然敵対マーカーが点滅して魔物が出現した事を知らせた。
カタリナにこの事を伝え、林を駆け抜けてその場所へと向かう。
ソウマは︻鷹の目︼で遠目からその場所を視認すると、その場には
木がなぎ倒されて散らばっており、大きな穴が開いていた。奥は全
く見えないし地中深くまで繋がっていそうだ。
大穴の直径は6mほどでかなり大きい。
暫く観察していると、大穴へと入っていくエンゼルナッツの姿を確
認したのだった。
カタリナはダークエルフ特有の視力の良さを持って確認していた。
﹁どうやらここかbossに繋がる場所に間違いないみたいだ。そ
れにエンゼルナッツがまだ少ないって事は、ここに出来たばかりな
んだろう﹂
﹁こんな大きな穴があったなんてね⋮驚きだわ。
これは迷宮なのかしら?いえ⋮寧ろ何か大きなモノが空から降って
きてクレーターが出来たような感じね﹂
1105
﹁確かに。しかし、どんな巨大なモノかどんな威力でぶつかればこ
んな風になるんだろうな?﹂
恐らくこの大穴の底にでもbossがいるのだろう。
オールラウンダー
どのbossかは解らないが、カタリナは剣盾を用いた接近戦、精
霊を用いた補助から攻撃まで出来る万能型だと思われる。
グリーンウッド
④の飛行型の鷲bossでは無い限り、俺もカタリナも前に出て戦
えるだろう。
重症だった左腕も、木精霊のお陰で4割近くも動くようになってい
た。
血色も徐々に良くなって右手に限っては殆ど思い通りに動かせるよ
うになっていた。
ここから先は更に多くなる魔物との激しい戦闘が待っている。
流石に俺の治療のためだけに精霊を使役し続けてもらうのは、万が
一の事態に対応できなくなるので一旦解除してもらった。
召喚陣の光と共に送還されていく木精霊に感謝を告げ、カタリナに
感謝と共にお礼としてマナポーションとハイポーションを一本ずつ
渡しておく。
ハイポーションを見たカタリナは受け取れないと酷く恐縮した感じ
だったのだが、是非御守り代わりに持っていて欲しいと無理矢理渡
した。
1106
これくらいなら邪魔にはならないはず。
さて、何が待ち受けていても破るのみ。
準備を整えた俺達は大穴へと侵入していった。
1107
ソウマ編 ケルビム攻略中︵前書き︶
9月11日
誤字脱字ご報告がありまして訂正させて頂きました。
1108
ソウマ編 ケルビム攻略中
大穴内部は広く、エンゼルナッツやヘブンズナッツが動きやすいよ
うに階段などの凸凹はなく只ひたすら地中深くへと続いていた。
その為、外の光が差し込む所までは見えるのだが次第に真っ暗とな
ってくる。
﹁ソウマくん、やっぱりこれは恥ずかしいのだけど⋮﹂
﹁しっ、静かに。そうは言ってもカタリナだけが頼りなんだ⋮お願
いするよ﹂
夜目が効くカタリナに先導してもらい、ソウマがマップで敵の所在
を確認していく。
そのため二人は手を繋いで移動していたのだ。
︵わぁ⋮恥ずかしい。やだやだ、手が濡れてこないかしら。わぁ、
ソウマくんの体温が手を通して伝わってくるぅーーー︶
明るいところで見たら顔が真っ赤に火照っていたのが丸わかりだっ
たろう。そんな点ではカタリナにとって暗闇は幸いだった。
平静な口調のソウマにしても、手を繋ぐだけの行為だけでも心臓が
バクバクと早鐘を鳴らしていた。
︵落ち着け落ち着け落ち着け⋮俺。ただ手を握ってるだけだろ。し
っかりしろ俺︶
1109
そんなこんなな二人だったが、奥から現れたエンゼルナッツに相手
に苦労もせず一撃で倒していく。チームワークは抜群だった。
そうこうしてくると、ソウマのマップに真四角に並ぶ部屋を発見す
る。小声でカタリナへと注意を促す。
﹁カタリナ、ちょっと待ってくれ。この先にかなり広い空間がある
ようだ﹂
﹁わかったわソウマくん﹂
一度立ち止まって更に目を凝らすカタリナ。
﹁そのようね⋮私の眼には暗闇に佇む巨大な門が見えてるわよ﹂
そして、門の両脇にはヘブンズナッツが門番のように待ち構えてい
る。
﹁ごめんね。私が光の精霊と相性が良ければ暗闇を照らせたんだけ
ど⋮﹂
﹁いや、そんな事はないよ。それにそうだったらカタリナと手を繋
げなかったし﹂
﹁⋮もぅ、ソウマくんは﹂
ぎゅっと手を握る力が強くなり、恥ずかしがるカタリナ。
因みにダークエルフだから光の精霊と相性が悪いのではなく、単純
1110
に適性がないだけなのだと教えて貰っていた。
﹁とりあえず、このヘブンズナッツは私が倒すわね﹂
﹁ああ、お任せします﹂
繋がれた手が離れたのを名残惜しそうにするソウマに不安など無か
った。
カタリナが相手ならば直ぐに門が開いてその中へと入れるのは時間
の問題だと信じていたからだ。
戦闘音が響き、交戦が開始された。暗闇の中、何か硬いモノを切り
裂く音が2度聞こえた。
門が自動的に開き、中から灯りが見えて辺りを照らすと、エンゼル
ナッツと一緒のように輪切りにされたヘブンズナッツが転がってい
た。
﹁終わったわソウマくん、これもお願いね﹂
事も無げに言うカタリナには傷1つ無かった。
ソウマは急に照らされた灯りに眩しそうに目を慣れさせながら、カ
タリナに対して頷き、アイテムボックスへとヘブンズナッツの死体
を収納していく。
素材もそうだが状態の良いものは一体一体を王都に送り、魔物専門
家に検分してもらう必要があるからだった。
1111
門の中へと入ると、マップ通り真四角の部屋の左右4対に灯りが灯
されて煌々と照らしている。
﹁ふぅ、ようやく入り口まで来たって感じだな﹂
﹁そうみたいね、ソウマくん﹂
辺りを見回しながらカタリナが不思議そうに呟く。
﹁不思議な空間よね⋮地面の穴から入ったと思えばこんな建物の空
間があるなんて。まるで話に聞く迷宮のようね﹂
﹁うーん、俺も原理は解らないけど確かに迷宮に似ているかもな。
その口調だとカタリナは迷宮には入ったことはないのか?﹂
﹁恥ずかしながら⋮レベルを上げるだけなら迷宮でなくても人相手
や王国の魔物だけでも充分過ぎるくらい戦ってきたからね﹂
そう言うカタリナの表情に誇らしさはなく、若干の陰りが見えた。
1112
雰囲気を変えるためにもソウマは、初めてあった時から気になって
いたカタリナの装備について尋ねてみた。
彼女が身に付けている白銀に輝くライトメイル、翡翠のような宝石
のサークレット。
最初は金属かと思っていたのだが、体の動きに応じて柔らかく体に
沿って曲がったのだ。良く見れば金属が触れあう事で鳴るカシャカ
シャと特有の金属音がしていないことに気付く。
見た目はどうみても金属なのに⋮不思議に思っていたのだ。
﹁カタリナ、気になってたんだけど、その装備って金属製なのかな
?﹂
上記の疑問点も踏まえて尋ねる。
﹁良く気が付いたね。初見で聞かれたのは初めてだよ。これは全て
木で作られているんだよ﹂
カタリナからこの装備は、エルフの里で製作されている装備だと教
えてくれた。
魔物や動物の革、毛皮を加工したモノや、特別な木を加工して作ら
れた装備を好んでいる。
特別な製法を用いて作られた金属製の装備もあるそうなんだが、そ
れは里を守る戦士だけが扱うため、里からの持ち出し厳禁の禁製品
のような扱いを受けているそうな。
﹁私の装備は里にしか生えていない特別な木と職人で作られるから
ね。ほら、この弓もね﹂
カタリナの生まれたエルフの里では、大森林の中にあり、その中で
も特別魔力の濃度が高く、精霊が住まう奥地で暮らしていると言う。
1113
その為、魔力を宿す木や精霊の祝福を受けた古木も希に存在し、そ
のような木から素材を分けて貰う事で特別な装備が完成する。
﹁私のサークレットとライトメイルは、魔力を豊富に含んだ木の皮
を鞣して作って貰ったんだよ。サークレットに付いている物質は石
じゃなくて、その木の樹液を固めて研磨してるものなんだ。
ただ、弓も同じ木の素材で作られているんだけど、作る過程や加工
が違うから出来上がりの色も違ってくるのさ﹂
それだけ希少な素材と技術が使われているので耐久力も高く、防御
力も鋼鉄製の鎧と比べても遜色ない性能。
更に魔力が宿っていて⋮試しに魔力眼で確かめてみると、カタリナ
の全身から魔力が立ち上っているのが解る。
﹁このショートソードだけは精霊の宿った枝で作ってあってね。里
一番の剣匠に打って貰った業物さ。精霊の力ものりやすいし、切れ
味も抜群﹂
と、自慢し愛剣を手渡してくれた。
スラッとした細身の剣で重さは僅かしか感じない。
70㎝程の剣身と美しい握り柄。
剣の性能もさることながら、この全てが一本の枝から出来ているな
んて凄すぎる。木製だと聞いてはいるが剣身の部分だけは金属のよ
うな⋮光沢を放っていた。どうやって作ってるんだろう?
カタリナのショートソードを手に取っていたので、遠慮なく鑑定さ
せて貰った。
1114
精霊樹の小剣
ダークエルフの里
レア級
族長カーマイン・ブラッドレイが孫娘の為に精
霊樹に嘆願し、一振りの枝を得た。それを一流の職人が鍛え上げた
ショートソード。
精霊を扱える者が装備すると、剣の切れ味が大幅に増す。
常時発動武技︻精霊の助力︼
衝撃の事実。カタリナは結構お家柄の良い身分だったようだ。
確かに美しさ以外にも教養とどこか品のある動作はそういうことだ
ったのか⋮。
ソウマの驚きと沈黙を、自身の愛剣に感嘆していると受け取ったカ
タリナは、その反応に大いに満足していた。
1115
そう言えば、俺も木の素材を持っていたと思い出す。
ハイレア級の弓武器を作るために必要素材である樹齢1000年の
霊木と、その時の弓ガチャで当たってストック数15もある樹齢5
00年の古木。
とりあえず、樹齢500年の古木をアイテムボックスから取り出し
て見せた。
初めて取り出す。木に宿る不思議な魔力光沢を放つ、直径3m近い
立派な木片だった。
﹁こ、こ、こ、れ⋮何?木からとても強い力を秘められているって
⋮あれ﹂
グリーンウッド
突如カタリナの精霊の門が自動発動し、ソウマの手を治療していて
くれたあの木精霊が出てきた。
彼は必死な表情で何事かを古木に向かい、人間の耳には解らない言
語で捲し立てるように質問し、頷くことで確認していた。
そして落ち着いた様子に戻った時にソウマの方へと向き、にっこり
グリーンウッド
と笑った。
そのまま木精霊は古木へと手を添えると、仄かな白光が古木に灯り、
光と共に消えていった。
﹁えっと⋮カタリナ、どう言うことなんだろうか?﹂
﹁精霊の門が勝手に発動して⋮契約した精霊が飛び出してくるなん
1116
て私も初めての経験よ。
こんな現象は普通じゃ起こらないわ。ちょっと木精霊に聞いて見る
わね﹂
じっと目を閉じて、精霊に念話で語りかけるカタリナ。
数分の時は流れたのち、カタリナは眼を開いた。
﹁ソウマくん、わかったわよ。木精霊が勝手に出てきた理由が﹂
グリーンウッド
どうやら木精霊が慌てて飛び出してきた理由は、やはり俺が取り出
した木にあるようだ。
この樹齢500年の古木はガチャアイテム産なのだが、本来はこの
世界に滅多に存在しないほど希少な代物である素材。
グリーンウッド
木精霊は、自身の主カタリナから大精霊のように格の高い凄まじく
大いなる気配を突如感じ、気が付けばこの古木に呼ばれたのだと言
う。
精霊には、成り立ての精霊の一種で∼の精を始めとし次に精霊、上
位精霊へと至る。何百年も経過した精霊は世界へと還る。
しかし世界へと還った段階でまだ意思のある強き存在は無からの再
構築を行い、更に強力に誕生する精霊が非常に稀にだがいる。
そうして更に高位である大精霊へと至る事もあるのだが、一般的に
は知られていない事実だ。
1117
ソウマもゲーム設定として簡単に説明されている文章に目を通した
ら知っているだけである。
グリーンウッド
グリー
カタリナが契約している木精霊は、精霊の中でも感応能力が特に高
いからこそ、僅かな僅かなその存在に気付けたのだと語る。
ンウッド
そして、古木に宿る僅かな残滓から気付いて貰えたことに関する同
胞への感謝と、願わくば我の残滓を汝の持つ精霊力に干渉して祝福
に変えて欲しい⋮と、頼まれたそうなのだ。
古木に宿っていた意志がそれで消え去ろうとしても⋮。
その大いなる存在の最期の願いに敬意として木精霊は了承し、古木
の意思に自身の祝福を授けて送還したのだ。
﹁で、木精霊が教えてくれるには⋮﹂
一端言葉を切って口ごもる。
︵︽同胞よ、感謝する。我は世界の理から外れし者︾だなんて⋮ど
ういうこと?それにそうなればこの木を持つソウマくんは一体何者
なのかしら?︶
﹁いえ、何でもないわ。ソウマくん、その古木を大事にして上げて
ね。いずれ君の役に立つ筈よ﹂
疑念や疑問はあるが、今は関係のないことだと割り切るカタリナ。
これまでのソウマの人となりを見て危険な人物ではないと判断して
のこと。
1118
カタリナは自分の養ってきた直感と判断を疑わない。
ソウマの手に持つ古木を愛しそうに眺めた。
エルフならばその古木の価値が良く解るのだ。祝福をされていなく
てもその古木は故郷にも一本あるかないかの木。
その古木を見た時に非常に欲しくなったのは、物欲が少ないカタリ
ナにとって始めての事で⋮しかし、何とか自制するだけの克己心も
兼ね備えていた。
ようやく自身の欲望を押さえ込んだカタリナだったが、次のソウマ
の一言でまた揺れ動く。
グリーンウッド
﹁そうなのか、カタリナも木精霊もありがとう。実はまだあるんだ。
お礼も兼ねて是非貰ってくれないか?﹂
グリーンウッド
実際にもう一本別に取り出された樹齢500年の古木。
今回は木精霊が飛び出してくることは無かった。どうやら先程の意
思⋮残滓はもう感じないらしい。
﹁えっ、えぇっ⋮いいの?でもこんな貴重品⋮でも﹂
絶世の美女が悶々としている姿は悩ましくどこか艶っぽい。
それに蕩けんばかりの表情で木片を抱き締めている光景は傍目から
1119
見て変な光景だったが、それ以上にカタリナがこれほど喜んでいる。
この姿が充分過ぎる報酬だと思うソウマだった。
カタリナとて数々の貴族より、見たこともない程に贅の凝らした金
銀財宝の類いで求婚を迫られたりしたことがあった。
綺麗だなーと思うことはあっても心は揺り動かされない。
その貴族達がこの表情を見れば更に惚れ直し、その表情をさせたソ
ウマに対して悔しさよりも憎悪に近い感情を抱くのは間違いないだ
ろう。
散々悩んだの末、ソウマに押し付けられるように貰うことになった
カタリナ。
カタリナはアイテムボックスは持っていないので、この件が終わる
までソウマが預かること約束した。
これか元でソウマとカタリナの距離は更に縮まることになる。
1120
この場は、どうやら地面に描かれている魔法陣に入らなければ先へ
と進めないようだ。
迷宮にもそのような仕組みの転送陣タイプのモノがあるが、多分似
たような感じなのだと思う。
転送陣で飛ばされた先にはウォールナッツ・マンと言った新しい魔
物の参戦も見られた。
この魔物は最初から人型で木目調の人形のような姿だった。
カラダ全体にヘブンズナッツよりも硬い堅殻を纏い、天然の装甲と
化している。大概は手には木剣や木斧、木槍といった武器を装備し
た戦士型や、木目の杖を装備して土魔法を放つ魔法使い型もセット
でいた。
列をなして襲ってくる。
単体では技術も拙いために、ベテランの冒険者なら対処は充分に可
能。
しかし、集団で襲ってくる数の暴力が問題だ。
先に進む度に1フロアに連れて約各一体ずつ増え、最初のフロアは
剣2、斧1、槍1、魔法使い1だったのに対し今は剣5、斧4、槍
4、魔法使い2の編成だった。
配置されている数のこれら全ての魔物を倒さなければ先へと続く転
送陣が現れないのだ。
そのため、難易度や敵の強さが一気に跳ね上がっていた。
一流と呼ばれる第2職業者でも5人以上は欲しい編成内容じゃない
と、容易に死ねる。
それでもこの場所に入ってからの戦闘はソウマとカタリナの歩みを
止めることは出来はしない。
1121
カタリナの剣の冴えは堅い殻を持つウォールナッツ・マンを圧倒し、
ソウマも投げ技や打撃も取り入れて複数いても器用に立ち回ってい
た。
蹴り技でぶっ飛ばし近付いて距離を詰めて打撃を加えるとバキッと
小気味良い音がして簡単に折れる。
カタリナもソウマの戦闘の仕方を見て試してみたが、実際に手を痛
めるだけの結果に終わり、恨めしそうに見られた。
これはソウマのステータスが破格なことを示した結果となった。
素手でも良いが武器でもフォースダガーにかかる抵抗も増えたが、
きちんとウォールナッツ・マンの堅殻を切れている。
ここで倒した魔物は全てが光となってフロア部屋の壁や地面に吸収
されていった。素材も死体も何も残さないのだ。
今までに体験したことのない不思議な光景に疑問は尽きないが、残
さないものは仕方がないと諦めるしかなかった。
そして、極め付きはヘブンズツリーという大型の魔物。
ヘブンズツリーとは遭遇機会が少なく1フロアに一体だけ存在する。
そしてフロア自体もかなりの大きさを占めている。
この魔物は中bossのような役割を持ち、見上げるほどの長さに
1122
2m程の太さを誇る樹木型の魔物で自らは中央にて動かない。
いや、どうやってか解らないがフロアに根付いているから動けない
のかも知れない。攻撃方法は単純だ。
そのヘブンズツリーの黄色い実が膨らんだかと思うと一気にエンゼ
ルナッツ2体と、時にヘブンズナッツを一度に生成する。
生成されたエンゼルナッツとヘブンズナッツは、外で戦ったモノよ
りも強くなっており、手合わせしてみてレベルも高いと思われた。
そして実に関しては生成だけでなく、実には緑色の実もあって中身
はぎっしりと種子が詰まっている。
予備動作としては緑の実がぶるっと震えたら要注意だ。実ごと破裂
して中距離範囲内にばらまかれる。
知らずに一度近寄った時にばらまかれ、小さな種子が広範囲に襲い
かかってきて避けきれず初めてフォースダガーの武技を咄嗟に発動
させてしまった。
漆黒の外套は貫けなかったし、足や手にも当たったが少し痛い程度
で大したダメージは受けなかった。
因みに、これはソウマだからであって参考にはならない。
革の鎧などの装備くらいならば破れるほどの衝撃力も備えている。
一度くらいならば何とか耐えれるかもしれないが、エンゼルナッツ
やヘブンズナッツと戦いながらではかわすのも容易ではない。
それを一度ならず何度も浴びれば容易に戦闘不能となるだろう。
敵を近寄らせず、その間に実を黄色に熟成させていく嫌らしい仕様
なのだ。
そのためこの魔物を倒さない限り、フロアには一騎に魔物が増産さ
1123
れていくため、見掛けたらなるべく早く倒すように心掛けしている。
今も2回目の遭遇にてようやくヘブンズツリーを倒したところだ。
そこには強引に︻巨人の腕︼で引き裂さかれ、破砕された無惨な姿
があった。
何重に迫り来る種子攻撃を掻い潜り、時に当たるがままにしてヘブ
ンズツリーを優先的に倒したため、生まれたエンゼルナッツとヘブ
ンズナッツを後回しにしていた。
カタリナの剣を前にヘブンズナッツが真っ二つに割れる。
よく小剣でそんな真似が出来るなぁと感心していると、カタリナは
精霊樹の小剣にルーンを1つ刻んであるのだと教えてくれた。
その効果によって明らかに小剣よりも胴回りの大きいヘブンズナッ
ツすら両断することが出来るとのこと。
ルーンナイト
カタリナのサブ職業である秘魔騎士は第2職業であり、サブ職に現
れるなど本来ならばあり得ないことだ。
ゲームが現実世界となった?今なら、そんなことも在りうるのかも
知れないのか⋮。
ルーン
その秘魔系統の技を使いこなし、まあ精霊魔法を最初に見たので忘
れていたのだが、彼女は自前の︻属性魔法︼とエルフ特有の高い魔
力があるのだ。
底知れない強さの一端を垣間見た気がした。味方であることが頼も
しいことこの上ないな。
1124
そう思っていると、カタリナの手によって残りの敵は既にエンゼル
ナッツ一体だけとなっていた。
せめて最後の一体くらいは倒そうとエンゼルナッツに接近する。
拳で殴り付けると、拳がエンゼルナッツに当たった瞬間、何故か発
光して俺の指へと吸い込まれていった。
LV4
正確に言えば、俺の持つサブ職業である魔物使いの為のマジックア
イテム契約の指輪︵白銀︶の中に⋮だ。
服従中︼と5つの枠内表示の1つが埋まっていた。
契約の指輪︵白銀︶を確認してみると、︻エンゼルナッツ
0
どうやら⋮イベントモンスターGET⋮したみたいだ。
こんなテイムの仕方は始めてだったので戸惑うが、︻異界大天使の
加護︼の知識補助によると、戦って相手の力量を素直に認めること
や、絶対に敵わないと認めさせて服従させるやり方がある。
どちらも成功確率は非常に低確率でかなりの力量がなければ難しい、
と検索出来た。
思いがけずにテイム出来た新しい魔物の仲間。
イベント期間中にしか現れないからレアって言えば、レアなのかも
知れない。
先程の現象をカタリナに説明しつつ、テイム出来たエンゼルナッツ
1125
は流石に調査の為の王都の専門家集団には渡さないことを伝える。
苦笑しながらも了承してくれたので、正直ホッとしていた。いやだ
って、断られたらどうしようかと内心ドキドキものだったからな。
後で名前決めて上げなきゃな⋮そう思いながら、新しく出現した転
送陣へカタリナと共に飛び込んでいった。
1126
ソウマ編 久しぶりのステータス確認︵前書き︶
9月11日
誤字脱字報告ありました。訂正させて頂きます。有り難うございま
す。
1127
ソウマ編 久しぶりのステータス確認
あれから幾度と転送陣を渡り、敵を全滅させながら進むこと一気に
9階層。
進むごとに出現する敵の数は多くなってきており、今まで1フロア
に出てきたヘブンズツリーも、エンゼルナッツやヘブンズナッツの
他に、黄色の実から更に熟成させてウールナッツ・マンまでオレン
ジ色となった実から生成するようになってきたから、厄介だ。
9階層にたどり着き、このヘヴンズツリー・亜種と周辺の生成され
た魔物を倒した俺達。
全て倒して現れた転送陣は普段の色の発光とは違い、より赤く危険
なプレッシャーを感じさせる転送陣が地面に浮かび上がってきた。
恐らくその事から考えられるに、この赤の転送陣に飛び込めばbo
ssの間へと繋がっている可能性が高い。
カタリナに相談し、先へと進む前にここで少し一旦休憩を挟むこと
にした。
カタリナにアイテムボックスより取り出したリンゴのような果実を
渡す。
果実をかじると新鮮な果汁が口の中を満たし、芳醇な甘い香りが鼻
腔を伝い、疲れた心を癒してくれた。
因みに攻略中に契約の指輪︵白銀︶の中で服従中のエンゼルナッツ
1128
の名前をエルと決めた。
安直なネーミングセンスなのは解っているが、なかなか他に浮かば
なかったんだよ。
エンゼルナッツのモンスターランクは、確かゲーム中ではハイノー
マル級だったかな。
名付けたあとエルのステータスを確認したらこんな感じだ。
エンゼルナッツ
名前︻エル︼
種族
職業
ーーー
スキル
未果実
殻脱着︵E︶
聖属性︵小︶
殻再生・生成︵F︶
常時スキル
アルトラルリンク
絶対服従
精魂接続↓現在マスター側の強制封印中のため接続出来ません。
1129
魔法
ーーー
基本的に魔物に職業はない。
後天的に取得することもあるが、エルの職業欄は何も表示されてい
なかった。
エンゼルナッツはその名の通り天の実使い⋮御使いではなく実使い
だ。
イベントモンスターの中でも一番弱いのだが、希少な属性である聖
属性を持ち合わせていた。
アルトラルリンク
しかし、精魂接続はやはり俺が原因なのか。
強制とあるが⋮多分、召喚器︻漆黒星天︼の無理な使い方をした副
作用だと思われる。他にも表示されてないだけでバットステータス
かついている可能性もある。
まぁ、アレをしなければ間違いなく死んでいた。だから甘んじて受
け入れよう。
エルの変わったスキルとして絶対服従⋮いや、何も言うまい。
1130
気を取り直してついでに自分のステータスも久しぶりに確認してみ
る。
名前︻ソウマ︼
軽量防具装備補正︵C︶
limit↓New
思念操作
片手剣補正︵D︶
LV50
LV24
種族:人族↓New
職業
閃弓士
サブ職業
魔物使い
スキル
弓術補正︵C︶
魔眼︵魔力感知︶
弓技︵D︶
モンスターテイム+New
召喚器︻漆黒聖天︼↓神気補充中
鷹の目
刀剣技補正︵E↓D︶New
体術
常時スキル
アストラルリンク
見切り
精魂接続↓現在使用不可
全ステータスup︵恩恵︶
魔法
巨人魔法︻巨人の腕︼︵第2段階︶
1131
取得条件を満たすことで他巨人魔法解放可能︼
身体強化
全身身体強化魔法︵小︶↓全強化へと昇華︵中︶
2段ジャンプ
称号
継承者
異世大天使の加護
亜神討伐者↓New︵ステータス補正︵中︶神系統に対して補正+︶
全身身体強化魔法をちょいちょいと使っていたお陰か、昇華を果た
して全強化へと至ったようだ。
これまでの強化よりも効能が上がったのは地味に有難い。消費sp
は少し増えるが気にならないほとだ。
他にも剣技を使い続けたせいか︻刀剣技補正︼が上がっており、逆
に弓技補正は全く上がっていなかった。
1132
ついにサブ職業である魔物使いのLVがこれ以上は上がらず、限界
が来たためにlimitの表示があった。
limitボーナスとして常時スキルであるモンスターテイムの精
度上昇により+となり、若干だがテイムが成功しやすい仕様となっ
たようだ。
また使役する魔物の成長も補正される。
いずれサブ職業の限界を最大の100へとしたいものだ。
他に気になるとしたら、ステータス欄の種族のマークが点滅してい
る。
気になっていると、アナウンスの声が聞こえてきた。
︻キャラクター名ソウマ
⋮⋮秘匿性の高い種族クラスチェンジアイテムを感知。特定の必要
称号を感知。
イコル
サンダルフォンの神血石と媒介するグ
ハイ オルタナティブ
漆黒の短剣。
クラスチェンジアイテム名
ランドアイテム
これらを使うことに事により高位種族へとクラスチェンジすること
が出来ます。
また、使用時元のアイテムは全て無くなります。
or
NO?︼
クラスチェンジしますか?
Yes
1133
1134
イコル
⋮はっ、意外なことで驚き過ぎて暫く固まってしまっていた。
身に覚えがないが、サンダルフォンの神血石なんていつの間に?あ
の修練の時にだろうか?全く記憶にない⋮ぞ?
兎も角、これはラッキーな話だと思う。寧ろ、少し怖いくらいなの
だが。
しかし、失うモノも少なくない。焔巨人となったサンダルフォンと
の闘いで入手できた漆黒の短剣。
恐らく失えば2度と入手不可能だろう。
修羅鬼や竜鳥戦などと文字通り死闘を繰り広げた時に、苦しいとき
に何度も救ってくれた。
bossのような高い異常耐性値持つ存在にも構わず、突き抜けて
状態異常にしてくれる頼もしさは、ソウマを何度も助けてくれた⋮
切り札のような存在なのである。
迷っていると、異世界大天使の加護の知識補助より補正説明が表示
された。
1135
︻ハイヒューマン・エリヤ︼
ハイヒューマン
人の身で極限を越えて完成された希少種族。
きょじん
てんし
イコル
更に巨神の系譜であるサンダルフォンの持つ深淵と神秘の血を限り
なく濃く受け継ぐ唯一無二の存在となる。
高い戦闘能力に加え戦闘感に長け、戦えば戦うほど成長しやすい特
性を持つ。
人族↓全ステータスアップ︵小︶*戦技補正︵微︶は種族変更に伴
い、変質します。
オールドブラッドデプス
新たに種族特性として
シックスセンス
︻古巨人の血︵生命力増大と巨人魔法負担軽減︶︼
︻第六感強化︼
︻全抗魔力︵魔力を伴う全ての攻撃に対して抵抗値上昇︶︼がスキ
ル覚醒されます。
また、継承者の称号を有しているため、種族変更にて特定巨人より
一部チカラを受け継ぐ継承、倒すことで一部略奪が可能となりまし
た。
1136
うーん、うーん⋮ハイヒューマンかぁ。しかも、唯一無二の新しい
種族へと進化。
何だかお腹いっぱいな⋮胸焼けする気分だな。一旦保留だ保留。
勿論、サンダルフォンの加護を得ているからこれほど優遇された種
族へと変更する機会に恵まれているのだろうけど。
ゲームの時は種族変化や進化は各ユーザー一度きりだと決められて
いたし⋮もし他のプレイヤーがいれば贅沢な悩みだと映るだろうな。
俺の友人であるユウト⋮恐らくはユウトもこの現実化したエルダー
ゲート・オンラインの世界にいるはずなのだ。しかも、70年もの
前に。
ユウトの所属するギルドの長アイラ・テンペストと出会い、彼がこ
の世界に来ていることを知った。
しかし、現在はユウトはどうやら何か大事の案件を扱っているらし
く、ユピテルの町にはいなかった。
⋮よし、この件が片付いたら紹介状を片手にすぐサルバドール迷宮
遺跡へと向かいたかったけど、ユピテルへ立ち寄ってアイラさんに
ユウトの所在をしっかりと聞こう。
何だかあのとき聞けない雰囲気というか⋮そんなものを感じていた
からな。
1137
因みにユウト自身の種族は人族ではなく、長であるアイラさんと同
じく魔人族と呼ばれる種族へと変更をすませていた。
フレイムタイタン
体と心を休めた俺達は、10階層となる転送陣前にて最後の準備を
行う。
武器の点検、持ち物の確認⋮っと、アイテムボックスに焔巨人の項
目を発見した。
フレイムタイタン
そう言えば、レガリアに後で与えるために焔巨人の肉体をまだ持っ
てきたままだった。
肥やしにするのもアレだし⋮栄養になるなら思いきってエルに上げ
ようかな?
﹁カタリナごめん、仲間にしたエルのことで確認したい事があるか
ら、ちょっと待っててくれる?﹂
﹁ん、解ったよ。私に気にせずにね﹂
アストラルリンク
指輪の中にいるエルへ念じるように尋ねてみる。
精魂接続は未だに繋がらないが、指輪を通してだとそういった魔法
機能があるのか、何となく魔物との意志や体調、ステータスの確認
1138
やエサとして嗜好が何となくわかる事が解った。
エルに対してアイテムボックスにあるものでサンドイッチ、鉱石や
果物、水袋と焔巨人の死体を提案してみる。
エンゼル
植物系統の魔物であるエルは、魔法生物のジャンルであるレガリア
とは違い、使役者からの魔力だけの配給だけで良いのか?疑問だっ
た。
テイムを終えてからそろそろ3時間は立つ。流石にお腹は空いてる
だろうし⋮空腹のままboss戦に突入するのは可哀想過ぎた。
﹁エル、俺の声が理解できるなら教えて欲しい。この中でお前が栄
養に出来るものはあるかな?﹂
植物は土と光と水とで育つと思うが⋮魔物であるため何が食べ物と
して必要なのか今一ピンとこないのだ。
エルが選んだモノは2つ。それをアイテムボックスより取り出して
指輪へと入れた。
この契約の指輪︵白銀︶はアイテムボックスとも繋がっている機能
がある。レガリアの時は気にしなかったのだが、今回初めて使って
見たのだ。
指輪の中は広い空間が広がっている。
その中で入れた食材へと歩みより、下部から白く細長い根を伸ばし
て器用に水袋から水を吸収していた。
他には果物を根で包み、バキバキっと音を立てて砕き、吸収してい
く。
1139
選ばれなかった焔巨人とサンドイッチも試しに入れてみるも、全く
触れようともしていない。
レガリアを基準にしていたので魔物の肉やサンドイッチ、果ては鉱
石を用意したが食べなかった。
エルが心なしか満足そうにしている姿を確認し、必要なかったモノ
をアイテムボックスへと戻していく。
手元にサンドイッチだけは残し、食べようとするとカタリナが見つ
めていたので﹁食べるか?﹂と聞くと頷いたので渡す。
生憎サンドイッチは1つだけだったので、カタリナの小さな口に収
まっていく過程を見守る。
じっと見つめていたのに気付いたカタリナは顔を真っ赤にする。
﹁もう、ジロジロ見てないでソウマくんも食べたらどう?﹂
﹁いや、生憎とサンドイッチは1つしかなくてね。つまるようなら
水もあるぞ。
それにカタリナが可愛く食べてる姿を鑑賞してるから遠慮なく食べ
ててくれ﹂
﹁君って男は全く⋮私は子供じゃないよ﹂
﹁ああ、知ってるよ。子供のように可愛いくて、どんな姿でも美し
い大人の女性だけどな﹂
﹁もう!!﹂
1140
我ながらこんなキザな台詞は恥ずかしいのが、躊躇いもなく自然と
口に出ていた。
少しからかい口調なのは流石に恥ずかしいからなのだが、それは表
情には出さない。
そんな楽しい時間を過ごした後、赤の転送陣へと飛び込む。
視界が赤い光で埋まる。
さて、どのbossが待ち構えているのか解らないが⋮不思議と今
の自分だったらどんな相手でも負けない気持ちでいっぱいだった。
視界が赤一色から徐々に元に戻っていく。
転送先にある空間は今までとは違い、広大な空間が広がっている。
地中から入ったはずなのに青空が広がっており、地面には草原が広
がっている。
1141
そして、目の前の20m先には緑の葉が生い茂る立派な巨樹が聳え
立っていた。
それはヘヴンズツリーとは比べ物にならないほど巨大であった。
どうやら予想通り、ここが最終地点のようだ。
注意して見ていると、その巨樹に変化が訪れた。
大人の胴体ほどある特別に太い幹から1つの実が成る。
それは他の幹にもなり、合計4つの実になった。どれも黄金色であ
り大きさは様々だった。
それは瞬く間に膨らみ、幹が急激に痩せてきた。実が急成長して養
分を本体から吸い上げているのか、キィィイと痩せ細った幹が遂に
折れて、ポトンと落ちた。
その後、4つ黄金実が落ちる頃には巨樹は痩せ細り、枯れ果てて消
滅した。
養分の全てを実に捧げるためだけに生まれてきたような存在だった。
巨大な4つの黄金実は落ちてから、ビクンビクンと振動する。まる
で鼓動に感じられ、内側から破砕音を鳴らして誕生した。
3角を雄々しく振り上げる雄牛。
黄金に輝く鬣と強靭で躍動感溢れる体躯の獅子。
両翼を広げ鋭い目付きで此方を睨む大鷲。
最後に白と紺のローブに身を包み、全身を隠した2対の白い翼を持
つ天使のような存在。
1142
実が4つも成っていたから、何となく予測はついた。いや、もしか
したら違うかも知れないと目を逸らしていたのかも知れない。
﹁そりゃ、どんな相手にも負けないって気分だったけど、まさか4
体全てのbossが相手なんてな⋮想像もしてなかったよ﹂
一体だけでもC級迷宮bossクラスと推定される。それが4体⋮
楽な相手でないのは間違いないのだ。
4体同時となればC級の冒険者ならば最低限魔力の通るレア装備で
纏めた者達30人以上いなければ相手にならないし、A級冒険者な
らば生き残ることを考えても一組︵6人︶は欲しい。
予想外の出来事に諦めたように呟くソウマに、ポンポンと肩を叩い
て微笑むカタリナ。
﹁そうかな?私も驚いたけどソウマくんならこんなこともあり得る
んだと思ったよ﹂
愛用の木弓を引き絞り、大鷲へと向き直る。
﹁私は大鷲を相手にしながら君の援護をするね。そして⋮私の1枚、
切り札を出すから﹂
鋭い眼差しで敵を睨みながら、精霊の門を開く。既に下準備は終え
プレッシャー
ていたのか、詠唱も僅かに門から精霊が一体飛び出す。
ドッペル
黒く霧状に浮遊する精霊は一目見ても只者では雰囲気を感じさせる。
シャドウ
﹃上位影精霊よ命に応え、我が姿を模倣せよ⋮影分体﹄
1143
そう言うと、黒い塊となり、形を作っていく。
瞬く間に真っ黒なカタリナと成った。
﹁これで精霊魔法以外は私とほぼ同等の実力を持つもう一人の完成
よ。消費が激しいからそう何度も使えないけど⋮ね﹂
少し息も荒めに、自慢するかのように教えてくれるカタリナ。
﹁初めて見たよ。いや、これは凄い。正直に助かる﹂
数的にはこれで3対4。2対4に比べれば遥かにマシだ。こんな時、
レガリアが召喚できれば⋮と、思わざるを得ない。
そう思っていたら、天使の存在だけ白い翼を羽ばたかせ一人後方へ
と下がっていった。
そして、手を一振り下げると雄牛と獅子、大鷲が此方に向かって動
き始めた。
面白い⋮この面子にそんな余裕を見せていたらどうなるか思い知ら
せてやろう。
カタリナも相手の行動を見てムッとした表情を見せた。
舐められている⋮ソウマと目を合わせると勝ち気な顔を覗かせ、相
手に目にもの見せると言わんばかりにニコッと笑った。
ブラックカタリナ
カタリナは当初の宣言通り大鷲の相手をするとして、俺と影分体は
どうしようか?
1144
悩んでいる間に獅子が黒カタリナに飛び掛かっていったため、必然
的にソウマが3本角の雄牛と戦うことになった。
雄牛の大きさはソウマの2倍は見積もっても良い質量で、見るから
に筋肉塊である。
その塊が猪突猛進に迫ってくるのは、トラックが唸りを上げて迫っ
てくるのと同じプレッシャーがあった。
︵うん、スピードもまあまあ速いが⋮あの竜鳥程じゃない︶
今のソウマはその比較した竜鳥以上の相手とも命懸けで戦ったこと
もある。
一般的な冒険者には避け切れないスピードや反応速度だったとして
も、ソウマにとっては違う。
スキル︻見切り︼︻体術︼を上手く活用してかわし際ギリギリまで
見極め、頸椎にフォースダガーを突き刺した。
ダガーは硬い皮を破り、筋肉の壁を抵抗しながら通過するが、堅牢
な牛骨に阻まれ致命傷は与えられていない。
逆に雄牛は小さな金属片で自らの体を傷つけられた事に酷く驚いた。
魔法の攻撃などなら兎も角、自慢の皮は分厚く、傷がつきにくい。
あの程度の欠片などは造作もなく弾けるからだ。
それに少しくらいの傷ならば放っておけば直ぐに治るし、四肢や首
が切断されかける重傷を負っても魔力をそこへ費やし、時間をかけ
れば回復できる程の回復能力を要している。
このケルビムの雄牛は、知能は低いが自身の防御と回復能力を強化
1145
シンプル
し、攻撃よりも守ることに優れる。
愚直なまでに単純に繰り返し、相手が疲れてきた所でじっくりと仕
留める守護タイプはHPも生命力もバカ高い脳筋でもあった。
つまりこの程度の攻撃では、攻撃は通るがダメージの蓄積は少ない。
時間をあまりかけずに更なる大ダメージを与えねば持ち前の回復力
で致命傷になりえないことを指していた。
ソウマ
その為、驚いたもののこの目の前の相手は大剣や戦槌などといった
自身にダメージを通す武器は持ち合わせていないと判断。
実際、短剣しかない。それでも驚異的な攻撃力だったがそれだけだ。
自身の勝ちは揺るがない⋮と油断した事が3本角の雄牛の最期とな
った。
雄牛の目の前に恐ろしい存在感を放つ巨大な腕が出現。それも2つ
もだ。
非常に重い一撃は、雄牛に今まで感じたことのない激痛と振動を与
え、守る皮膚を波打たせ肉体の奥にある腰椎を簡単に砕いた。
それでも意識を保ち、何とか耐えきることは出来たが⋮寸分違わず
に立て続けの巨人の両腕による第2撃は、許容範囲を遥かに超えて
容赦なく体を打ち抜いた。
そこへ駆け付けたソウマが雄牛の頭部へと狙いをすまし、フォース
ダガーを横一閃に振り抜いた。
意識を刈り取られていた雄牛だったが、本能がソウマの一閃を感じ
とり、首を下へと反射的に動かすことで切断を回避した。
しかし、首を下にして回避ことによって3本の立派な角はまともに
一閃を喰らう。
相当硬い部分だが、一瞬の抵抗すら許さず綺麗な断面を残して全て
1146
の角が一撃で切り取られた。
ソウマは知らなかったが、3本角は己の身体強化、爆発的な回復力、
防御力向上のそれぞれをコントロールして司るもの。
ともすれば心臓よりも大事な角は雄牛の体の中で最も硬い部分だっ
たのだ。
それを失った雄牛は優れた回復能力を活かすこともできずにその場
で膝をつき、ぐったりと沈む。
その後、全身が大きな光となって上空へと還っていった。
﹁ふぅ⋮早めに倒せて良かった。
流石に体の調子が本調子では無い上にあんな体力の化物相手に長々
と戦闘は出来ないからな﹂
そう言うほど簡単な敵ではなかった。
︻巨人の両腕︼を使い、体力とspを多大に消費したが早めに仕留
められたのは幸先が良かった。
これまでの戦闘の蓄積が、ソウマの戦闘能力を次の段階へと押し上
げていた。
一息つく間もなく何かキュィィンと集音がなったかと思えば、次に
眩い発光。
咄嗟に眼を瞑り手で防御体制をとった。
しかし、何も起こってはいない。
発光した場へと目を向ければ、そこには鬣をたゆんたゆんに揺らし
て金色に発光させている獅子と、黒カタリナとの凄まじい攻防が見
えた。
1147
﹁よし、まずはあそこを攻略してから空中戦のカタリナを助けに行
こう﹂
﹁そうだね、早く倒してあの偉そうに奥で眺めてる奴の顔を拝もう
よ﹂
まさか⋮と、声のする方を振り返るとそこには傷らしい傷も負って
いない無傷のカタリナがいた。
カタリナが戦っていた場所にはいつの間にか太く天高く伸びている
蔦がある。
それも、じきに地中へと失せる。あれも精霊なのだろうか?
﹁⋮おわ!ビックリさせるなよカタリナ。俺のガラスの心臓が止ま
るところだったぞ﹂
﹁ん?ガラス?というものが良く解らないけど、そんな簡単には君
の心臓は止まらないさ。
大鷲も倒したら光となっちゃって消えていったし⋮残りは獅子とア
イツだけさ﹂
俺も強くなった気でいても、やはり上には上がいる。
⋮鍛え甲斐あるなぁこれは。
そうこうしてる間に、獅子の吐く光輝く光線を紙一重で避けた黒カ
1148
シャ
タリナか獅子の眉間に小剣を根元まで突き刺して、獅子を光へと還
した。
もっと苦戦するかと思いきや⋮これは嬉しい誤算だ。
ドウ
﹁ふぅ、召喚で大分sp削られたけど助かったわ。有り難う上位影
精霊﹂
黒カタリナは一瞬で黒い靄となり、精霊の門から還っていった。
黒カタリナが消えた所でパチパチと手を鳴らす音が聞こえる。
空へと移動した白と紺のローブに身を包んだ2対の翼が生えている
bossが拍手をしていた。
﹃いや、これは予想外の展開だ。資格者の選定でこれだけの強者が
引っ掛かるとは⋮どうりで私も出向かなくては行かないわけだ﹄
ん、この声色からしてあのbossは男のようだ。
しかも何だか聞き覚えがあるような⋮?
ソウマの既視感と違和感は晴れぬまま、更に台詞は続く。
﹃そこの人族とエルフ⋮思い上がるなよ?奴等は四天王の格の中で
も一番弱い﹄
そう言ってローブのフードを脱ぎ捨てて素顔を表したのは、金髪の
1149
若い男だった。
︵少し若いが⋮アイツに似ている︶
その顔を見たとき、既視感が、違和感が確信へと変わっていく。も
しかしたらと、ドクンと心臓が拍動し興奮で口調が震える。
﹁お前⋮まさか﹂
問いかけようとしたその時、
﹃あー、口を挟むのはちょっと待っててくれるかな?そこの人族。
悪いけどもう少しでセリフ終わるから⋮此方も仕事なんだよ。
えっと、どこまでだったか⋮やばい、忘れたぜ﹄
ハァと物憂げな表情でため息を付いていた。
めんどい
﹃まぁ、いいか。面倒し。
ケルビム
では、待たせたな。私こそが天樹の一柱より遣わされし隠しbos
sである智天使が一人。我が威光の前に平伏すがいい⋮﹄
プレッシャー
荘厳な雰囲気と共にひしひしと重圧が放たれた。
そんな演出も色々と台無しな気がしてならないが、言わねばならな
1150
い。
﹁おい、お前Aklraだろ?何やってんだよそんな格好してさ﹂
Aklraと呼んだ相手が眉をしかめて除き見るように俺を観察し
始めた。
優に1分は経過した。
そして疑りから放心、驚きへと表情がみるみる変わっていく。
﹃⋮⋮⋮⋮ん?ありゃ??おーーー⋮?お前もしかするとソウマ?
?﹄
そう、彼は以前このイベントで一緒に組んだプレイヤー軽装闘士A
klraだった。
﹁久しぶり。とりあえず、そこに待ってないで話さないか?色々聞
きたいこともあるし﹂
﹃おう、いいぜ。いやぁーソウマもあっちの世界から来てたんだな。
久しぶりに同郷の人間と話せるぜ。
あー、それと説明しにくいんだが、今の名はAklraじゃなくて
ケルビムってことで頼むぜ﹄
1151
空から白い翼を羽ばたかせながら、ゆっくりと降りてきたAklr
a。
間近で見てもあの時イベントで一緒になったプレイヤーである。
髪は黒から金髪へと代わり、歳も成人男性から青年へと若返ってい
る感じを受ける。
それと翼が生えていることを除けばだけど。
そして、俺たちのフレンドリーないきなりの展開にカタリナは﹁知
り合いなの?ソウマくん﹂と困惑しながら聞いてくる。
そんなこんなで困惑しながら、久しぶりの再会を果たす2人であっ
た。
1152
ソウマ編 再会そしてカタリナのチカラ
見渡す限りの平原。そして青空。
地下へと降りていったはずなのに、最奥のこの階層には不思議な空
間が広がっていた。
そんな中、ソウマの目の前に天使のように翼の生えた青年が降り立
った。
金になびかせたくせっ毛のない髪は靡き、屈託なく笑う笑顔は見て
いる者に安心を与える⋮そんな印象を受ける。
﹃よっ∼ソウマ。待たせたな。そこの超美人さんも宜しく﹄
片手を上げて軽く挨拶する知り合いに対して、苦笑いしながら同じ
く手を上げて挨拶する。
﹁久しぶりAklra⋮じゃなくて今はケルビムか?まさかとは思
っていたけど驚いたよ﹂
﹁どうも、はじめまして。カタリナよ﹂
Aklraことケルビムが草原に降り立つと、手をかざし何事か唱
える。
すると、地表から5m付近に魔法陣が現れた。
突然の事に咄嗟に身構える俺達に対して、ケルビムは申し訳なさそ
うに伝える。
1153
これ
﹃あ、ごめん。魔法陣、害は無いから気にしないでくれ﹄
円形の魔法陣が発光して消え去ったあとの草原には、赤と黄金の縁
取りされた見事なカーペットが敷かれていた。
﹃折角会えたし立ち話も何だからな。座って座って。あ、お茶でも
飲むか?﹄
そういってカーペットから紅茶の茶器セットを取り出してお茶を淹
れ始めた。
良い香りが辺りに拡がる。しかも嗅いだことがある香りに思わず顔
も緩む。
何だか警戒するのも馬鹿らしい。これが誘いだったとしても、それ
ならそれで構わない。
そう思ったソウマはカーペットへ土足で上がり、ご馳走してもらう
ことにした。
その様子を見たカタリナも警戒を完全には解かないものの、カーペ
ットへと上がってしずしずと座る。
﹃ほい、とりあえず飲め飲め。砂糖は好みで入れてくれ﹄
そう言って差し出された茶は、日本で飲んでいたアールグレイと呼
ばれた紅茶に味が似ていた。
記憶と共にしんみりとした気持ちが甦り、思わず、ジーンと目頭が
熱くなる。
1154
﹁美味い⋮な﹂
何とか絞り出すように言うと、嬉しそうにケルビムは笑った。
﹃そりゃあ良かったぜ。なるべくあっちにいる時の味を際限するの
は苦労したんだぜ?﹄
紅茶を楽しむこと暫し。飲み終えると早速本題に入った。
﹁ご馳走さま。早速聞くけど、これはどういった状況なんだ?﹂
ケルビムはティーカップを置いて、腕を組ながらソウマへと向くと
﹃んー、説明しにくいなぁ。
それに簡単に言うとソウマの知ってるAklraじゃない。ぶっち
ゃければ、その男︵Aklra︶を元に作られた存在って感じだ﹄
﹁どう言うことだ!?﹂
いきなりのカミングアウトに、驚きを超えて話す男の正気を疑って
しまう。
﹃おーい、そんな可哀想な人を見る顔で見るんじゃねぇよ。
そのAklraっていう元になった人間はもう亡くなっている。
あ、勿論殺された訳じゃない。この世界でちゃんと寿命で亡くなっ
てるよ﹄
無言で先を促す。
1155
サルベージ
﹃うーんとな、この世界で生きたAklraのアストラルの一部と
肉体を契約の元で再生⋮いや、厳密に言えば転生させたような存在
なのさ。
記憶に関してもある程度は引き継がれる。だからソウマの存在も僅
かながらに覚えていた。
さて、この事に関してはこれ以上先は禁則事項に引っ掛かるから言
えない﹄
プレイヤー
衝撃過ぎて言葉にならなかった。
ようやく会えた同郷は俺の知っている存在では無いよう⋮だ。
驚きから立ち直れないでいると、カタリナが心配そうに此方を伺い
ながら質問をする。
﹁じゃあ、突然現れたこの状況は一体なんなの?﹂
﹃あぁ、これはね⋮複雑な理由も含めて資格者の為の試練なんだ﹄
﹁資格者?﹂
﹃そっ。これも詳しくは内緒なんだ﹄
両手を合わせてごめんのポーズをとるケルビム。
﹁そう⋮じゃあ次の質問よ。この戦いは何のためにするの?少なく
ともこの異常な現象⋮私は聞いたことも見たこともないわ﹂
1156
エルダーゲート
﹃うーん、世界には伝わってないんだと思う。
この試練は資格者が負ければ糧となり、打ち破れば試練の内容の記
憶を消されるから、実際には伝わってないかもな﹄
参加しないって手もあるし⋮と、付け加えた。
﹁⋮つまり、どちらに転んでも平気だから貴方はペラペラと教えて
くれるのね﹂
ケルビムは笑いながら、悪びれずに肩を竦める仕草をする。
﹃ご名察。で、本来なら資格者とその参加者で俺達の内のどれか一
体を打ち破ればOKだったんだけど⋮ちょっと例外もあってね﹄
﹁例外?何かしら﹂
カタリナを指差し、ケルビムは語る。
﹃まずは超美人のカタリナさんの存在。
本来ならこの試練は資格者を含め、多人数で攻略してもらう必要が
在るんだけど⋮今回は参加者が貴女だけだった。
しかも、強すぎた。此方が用意した試練に1対1で容易に打ち勝て
るほどの⋮普通は無理なんだけど﹄
真剣な眼でカタリナを見つめる。
﹃色んな対応を兼ねる裏の存在であり、監視も兼ねてケルビムの存
在はいるんだぜ。
俺はカタリナさんの介入を防ぐために、まず少し様子を見てから用
意した隔離空間へと入って待っててもらうつもりだった。
1157
その間に試練の最終bossである雄牛、獅子、大鷲のどれか一体
がソウマの実力を測るために﹄
﹁そう、だっのか﹂
ようやく心の整理がついたのか、掠れた声で呟くソウマ。
﹃ああ、でも結局様子見の為にけしかけた大鷲が即やられちまって
なぁ。意味無かったぜ﹄
アハハと呑気に笑っているケルビムに反省の色はない。
﹁つまり、もう試練は終わったって事なのか?﹂
﹃そう言うことだ。ソウマは文句なしの合格だぜ。
俺に挑まずにこのまま試練を終わらすこともできるぞ﹄
ケルビム
﹁その言い方なら、貴方に挑むことも出来るのよね?﹂
スペシャル
挑戦的な言い方をするカタリナは、このまま終わらすことはしない
と表情で物語っていた。
ケルビム
﹃勿論だぜ。俺に勝てれば隠しboss専用の豪華商品GETのチ
ャンスだ﹄
実は普通の者ならば耐えきれない程の重圧をカタリナだけに意識的
に放っていた。
それにカタリナは気付きながらも臆した様子は一切見当たらない。
1158
寧ろ、それが普段よりも好戦的な態度へと繋がっているようだ。
恐れずに立ち向かう姿勢を気に入ったようで、ケルビムは戦意をみ
なぎらせる。
だがよ⋮と、少し声を落として真面目に語る。
ケルビム
﹃因みに前の資格者とその参加者達も同じような状況だった。人数
は前の方が圧倒的に多かったけどな。
生き残れた者達で試練は乗り越えたが⋮調子にノッて俺に挑んで全
や
滅したぜ?
それでも戦んのか?﹄
発生条件も判明せず、滅多に起こらない︻生命樹の実使い︼イベン
ト。
その人達はそんなイベントに遭遇して生き残れただけでも儲けもの
だと思う。
しかし、欲望とは際限のないモノ。
前の資格者は第2職業者で魔法使いあったが、大規模なパーティー
組んでいた所でこのイベに遭遇したそうだ。
資格者が冒険者としてギルド登録していたこともあり、24人︵6
人4組︶が偶然にも参加者として参戦することになる。
このギルドを率いる引率者のリーダーは第3職業の剣士で、この世
界での超一流の領域に達した人物だった。
そして、パーティー全員がこの地中へと潜り、進んでいく内に未知
の迷宮として勘違いして攻略へと動き出したそうだ。
1159
最終階層に着くまでに何人かは死亡したが、人数にモノを言わせて
クリアする事が出来たのだ。
苦労して獅子を倒したあと、宝物が無かったことや倒した魔物も光
となって消えていくことで、素材もなにもないと相当腹が立ってい
た様子だ。
まあ、何人も死者をだし、尚且つ得るものがないと解れば腹もたつ
のかも知れない。
そこへ試練の終了を伝えるためにケルビムが空から現れると、いき
なりの罵詈雑言が絶えずに話を聞かなかった。
また、一見して解るほどの逸品の装備品を身につけていたので、奴
は魔物だと一方的な宣言をしてから、殺して奪い取ろうと襲いかか
ってきた。
結果、誰一人残さず全滅した。
彼等はケルビムに挑むだけの実力があったのかは解らないが、見極
めがつかなかったゆえに全滅したのだと推測される。
命を大事にした方がいい。
それを踏まえてなのかケルビムから、先程の倍以上の重圧が波動と
なってカタリナに迫る。
気の弱い者ならばそれだけで恐慌に陥り、下手をすれば死んでしま
うほど重く、苦しい重圧であった。
カタリナはその全てを真っ直ぐに受け止めた。
1160
明らかな強者の威圧⋮そんな相手に巡り会えたのは何十年振りかし
ら。
ピリピリと眼力だけでも相当強者のプレッシャーを感じた。
言葉など不要。
自身の全てを懸けて戦える相手の出現に、歓喜の武者震い。
それを見たケルビムは、眩しそうに眼を細めてソウマに向き返った。
﹃だとよソウマ!お前はどうする?美しい女性がこう言ってんだ﹄
﹁⋮戦った場合、倒せばお前は死ぬのか?﹂
こうなった以上戦うことに最早躊躇は無いが、それはどうしても確
認しておきたかった。
﹃ハッ⋮いいねぇもう勝てる気でいやがんのか。
ケルビム
心配無用だよ、バカヤロウ。
ここにいる俺は仮の身体だ。精神体だけが黄金実に受肉してるだけ
の存在だ。
例え死んでも天に還るだけで、本体は別にあるから平気だぜ﹄
サンダルフォンが焔巨人に憑依した時のようなモノか?
﹁わかった。なら⋮存分に戦おう﹂
1161
カタリナは小剣を構え、ソウマもフォースダガーを握りしめて臨戦
態勢を維持する。
﹃ハッ、ソウマ達は死ぬかも知れないってのに⋮嫌いじゃないぜそ
アニマチェンジ
う言うバカはよ⋮じゃあ、ちょっと待ってな。
魂子結合⋮っと、よし、魂装変換﹄
莫大な魔力をその身から発し、魔力の渦と魔法陣が複数ケルビムを
覆っていく。
白と紺のローブを脱ぎ捨てたケルビム。
ブルー
ローブの下から現れたのは青色で縁取りされ、防刃、耐魔法に優れ
た聖銀で編まれた戦闘服だ。
その背部からは白翼が覗かせていた。
両手には清らかな魔力光を放つ聖銀甲で出来た金属のグローブタイ
プの手爪、下肢には膝下や脛を守る聖銀脚絆のセット。
その武具らは魔力を纏い、どれもが精緻な紋様が刻まれた匠の逸品
揃い。
これをセットで集めるとなると、その素材の希少さと金額からA級
冒険者でもない限り1つとして集められないだろう。
しかし、ケルビムの顔は浮かない。寧ろイライラしているようだ。
﹃チッ、折角干渉して弾変換してもやっぱり聖銀級の劣化武装かよ。
黄金実だけじゃあ、俺本来の武装の聖王銀級までの顕現は難しい⋮
1162
か﹄
ジャンプしたり、軽く動いて動作を確かめている。
﹃武装はイマイチだけど仕方ねぇな﹄
﹁イマイチって言ってるけど聖銀製の武具⋮祝福を受けた錬金術師
が長い時間をかけてようやく僅かな聖銀を作ってると聞いたことが
あるわね﹂
更にその上位金属である聖王銀などカタリナは初めて聞いた。
アニマチェンジ
つまり、それらを装備出来るだけの実力者なのだと感じた。
それに見たこともない魔法?魂装変換なんてどの文献や伝承にもな
いジャンルの魔法。
天使族特有のなのかしらね?
﹁相手に不足な無いようね⋮ソウマ﹂
﹁だな。どうやら俺の知ってる以前の職業と同じような格闘メイン
の戦闘スタイルのようだ。
でも、魔法も自在に使えるようだし、天使系なんて初めて戦う。う
ん⋮全く油断は出来ない存在だな﹂
﹁私も天使と呼ばれる存在と戦うことは初めてだよ。彼等は滅多に
姿を表さないし、今回の事がなければ架空の存在だと思っていたよ﹂
﹃そりゃあ、俺も自分がこんな存在にならなきゃ知らなかったぜ⋮
準備はいいか?﹄
1163
ケルビムが会話に加わり、俺は無言で頷き返す。
﹃お互い、初めて同士の闘いだ。楽しみだぜ。
⋮手加減はできねーから、死ぬなよ。俺を倒してみせろーー﹄
それが合図となり、戦闘の始まりとなった。
ホーリーコート
﹃我が身を守れ、聖衣﹄
1164
ホーリープロテクション
上位の聖職者のみが使える聖属性魔法で、聖護防御よりも高い防御
力を個人に与える薄い膜状の魔力がケルビムを覆った。
それと同時にカタリナが中距離から木弓を引き絞り、可能な限り速
射を始めた。
高速で放たれる矢をケルビムは華麗なステップて舞い踊るように避
け、ジリジリと此方へと寄ってくる。
カタリナも当たらないと悟り、弓を仕舞い接近戦へと切り替えた。
ソウマはと言うと、そのカタリナの行動をじっと見守っていた。
実は戦闘開始の直前に小声でお願いされていたのだ。
﹁ソウマくん、これは命がけの闘いだとは知ってるけど、どうして
エルダーゲート
も一人で戦いたいんだ﹂
お願いする眼は真剣。
恐らくカタリナはこの世界でもトップクラスの実力者だ。
ケルビムの実力は未確定だが⋮Aklraと言う元プレイヤーであ
り、天使族にも変更していることからVRゲーム時代よりかなり強
くなっているに違いない。
1165
カタリナも相手の強さを感じ取っているはず⋮なのにソロで挑みた
いのであれば信じるしかないだろう。
﹁⋮わかった。でも、ピンチになれば助太刀に入るからな﹂
﹁フフッ、有り難う。悪いけどそうなる前に自信満々の君の友達を
へこませてきて上げよう﹂
そんなやりとりが交わされていた。
既にカタリナは小剣を構えて、ケルビムと近距離で切り結んでいた。
ケルビムの両手にはめられた聖爪手甲は火花を散らしながら、カタ
リナの小剣を手甲を使って器用に捌くケルビム。
そしてソウマが攻撃に参加せずに観戦している事に気付く。
﹃ソウマぁ!!いいのかっそれで?﹄
大声で確認してくるケルビムにソウマは真剣な顔で頷きを返す。
﹃ふんっ、通じあってるってことか!
いくら恋人ったってそこまで信頼関係を築けるたぁ⋮いい人を見つ
けたなぁ﹄
﹁こっ⋮恋人。いやいや違う∼まだそんな⋮早いわよっ﹂
赤い顔で必死に否定するカタリナの剣速はブレず⋮寧ろ徐々に速く
1166
なっていく。
﹃まだか⋮そんな照れなくても良いじゃねえか。
ただの知り合い程度の関係じゃこんな命のやりとりに参加なんて出
来ないぜっ⋮と﹄
カタリナが盛大な勘違いを正す前に、今度はケルビムからの両手を
使った嵐のような攻撃が始まった。
余りの手数の多さに小盾だけでは対応しきれず、小剣も活かして防
御に徹する。
︵これは思っていたより激しい攻撃だわ。認識修正しなきゃ︶
手数は圧倒的にケルビムの方が上。聖爪が魔力を帯びて光輝き、鋭
さを益々上げる。
しかも、時折フェイントが織り混ぜてあるので常に集中力が求めら
れていた。
この嵐のような苛烈な攻撃にカタリナは反撃の隙もなく防戦一方に
なっていく。
稀にゾクッと危険信号が走り、瞬間ケルビムが両手を交差させる。
その感覚を信じ、多少身体に怪我を負ってでも回避に徹した。
今回もその感覚に従って全力で真横に避けると、その場所が突然空
気が割け、草原に抉られた痕だけが残る。
マトモに小盾等で受けていれば装備ごど真っ二つになっていただろ
う。
1167
ケルビムは翼を使い、飛翔する。
身体の至るところに大小の傷があるものの、それすら美しいカタリ
ナに向かい声をかけた。
﹃流石ソウマの選んだ女性だよ。美しいだけの存在じゃねえ。
俺の武技すら、ここまで防がれるのはなかなかねぇ経験だよ﹄
その声には紛れもない称賛が込められている。
事実、前回の者達は資格者、参加者を含めてもこの攻撃ラッシュに
耐えることすら出来ずに全員沈んだのだから。
﹁ふぅ⋮お誉めに預り恐悦だよ。でもまだ終わっちゃいないからね﹂
グリーンウッド
距離が出来た間に精霊門を開き、木精霊を身体に宿らせた。
傷の修復が始まっていく。ケルビムは空中で余裕そうに待ち構えて
いた。
︵うーん、このままだと決め手にかけるわ。じり貧になりそうだし︶
身体の怪我はすっかり治ったがケルビムの一撃一撃が重く、神経と
精神をすり減らされていくため、気だるさは残っている。
攻撃を受け続けた装備は至るところに破損が広がっていた。
特に酷いのは苛烈な攻撃を受け続けた小盾だ。
破損し割れていないのが不思議なくらいの損耗を抱えていた。
それから幾度となく切り合う。
戦いの中でわかったことがある。およそ人間ではなく魔物かと思う
1168
ほどのチカラを有しているケルビムの筋力。
力では負けている⋮が、純粋な技量ではカタリナが上だ。
その証拠に神業のような技量で針の糸ほどの隙を作らせ、ケルビム
の攻撃をかいくぐって何度かダメージを与えることにも成功してい
た。
ホーリーコート
しかし、精霊の小剣の切れ味を持ってしてでも身体を覆う薄い膜状
況の防御魔法である聖衣の魔法に阻まれて、致命傷は与えられずに
いた。
時折挟んで攻撃の聖属性の魔法を使い始めたケルビム。
ホーリーニードル
聖属性魔法の低位に位置する聖杭が2本が上空より襲いかかる。
1本目をかわし、2本目は小盾で何とか弾く。しかし、それによっ
て体勢を崩した瞬間を狙い、ケルビムが召喚した一本の聖光に輝く
槍がついにカタリナの防御を突破して脇を貫く。
そんな攻防が何度も続き、一進一退が続いていた。
抉られた脇から出血が止まらない。
止血する時間も治療する隙もなく動き続けているため、次第に体力
と体温が奪われていく。
一般的な人間であれば、とっくに死んでもいてもおかしくない。
︵このままじゃ勝てないわね⋮︶
1169
冷静に判断して、珍しく弱気になっている自分。
ケルビム
でも相手に降参する、ソウマには助力を絶対に頼まないだろうと思
う自分に気付くと苦笑が沸いた。
気持ちとは裏腹にHPとspは底を尽きかけていた。
攻撃がふとした瞬間に止んだ。
これを幸いにソウマから貰っていたマナポーションの存在を思いだ
し飲んでいると、ケルビムから声がかかる。
﹃カタリナさん、俺との実力差はわかっぢろう?
いい加減ソウマに助けを求めたらどうだい?2対1なら俺に勝機が
あるかも⋮だぜ?﹄
その問にチラリとソウマの方を見ると、平然とした表情で腕を組み、
此方を観戦していた。
しかし、良く良く見てみればソウマの手の内からは握りしめている
腕から肘にかけて、草原にポタポタと血が斑点のように滴り落ちて
いた。
︵ソウマくん平気な顔して本当は⋮私の我が儘に付き合ってくれて
いるのね︶
それを見てクスッと笑ったカタリナは、緊張感を取り戻し集中力を
高めていく。
1170
さぁ⋮余計な心配をかけさせたお詫びに、カタリナ・ブラッドレイ
の闘いを見せて上げましょう。
すぅと目を細めたカタリナは、自らに暗示をかける。
禁じ手を使わねば勝てないと覚悟を決めた証。
︵お祖父様、カタリナは今一度封印を解きます︶
そふ
心の中で心配そうな表情を浮かべる唯一の身内に詫びて、精神の奥
底に眠る何重もの戒めの一部を解除。
一部と言えども、我が身を壊さんばかりにどっと注がれてくるチカ
ラの奔流に逆らわず、ただその身を任せ融和していく。
アストラルポゼッション
何かがカチリと噛み合った瞬間、カタリナの意識と繋がれた精霊が
高位憑依が完成した。
うつくしさ
それは、かつてカタリナが一人騎士団と異名された戦いに相応しく、
禍々しさと神秘的で目が離せない魅了のチカラを兼ね備えた最凶を
携えて⋮。
1171
ケルビムはカタリナにソウマへの助力を請うことを伝えると、自ら
も周囲の魔力を吸って取り込み始めた。
表面上は余裕そうに見えても結構な消耗を強いられていた。
それでも余力はあったし、このまま戦ってもカタリナに勝てるだろ
うと正確に見切っていた。
・・
それゆえ、突然目の前に現れた存在に最初は気づけなかった。
いや、本能が気付くことを拒否させていたのかも知れない。
カタリナ
それほどまでに信じられない存在が目の前にいた。
しかし、ケルビムとて歴戦の戦士なのである。無意識に感じた畏怖
を押さえ込み、無理矢理意識を目の前の存在へと、より強く集中さ
せた。
︵︵おいおいおい⋮何の冗談だこれは︶︶
目の前にいる存在が本当にカタリナなのか?
翡翠色の美しい髪は左右に別れ綺麗に半身が黒く染まっていた。
1172
いや、溶けているような流体に近い黒い染みのアレは⋮生物が見て
はいけない別のナニカだ。
そしてもう半身は目が離せない程の魅了を携えた絶世の美女。
身体を素肌と木葉で覆う扇情的なその姿は、複数の触手が身体にま
とわりついて獲物を捕らえて離さない天性の狩人だ。
両極端な存在をその身体に宿したカタリナは、その場に動くことを
許さないまでのケルビムにプレッシャーを与え続ける。
ケルビムが臆する存在とは何か?
それは太古の森の番人でもある神森の女帝ドライアド・クィーンと、
滅びた月に住むと言われている影の貴公子シェイドムーン。
どちらも人が気軽に触れてよい存在ではない。
﹃ハッ⋮良くは知らないが、ソレが只者じゃねぇことは精霊格を通
じて解る。
只のエルフじゃなかったんだなカタリナさん。前言撤回だ。俺の方
1173
が本気出さなきゃ死ぬぜ﹄
右手には装備していた精霊の小剣が手に同化していた。
左手には小盾が黒い染みのような影となり、幾つも分裂を繰り返し
て周囲に漂い、大きな盾を形成していた。
艶然と恐ろしくも目の離せない笑みを浮かべたカタリナは、ゆっく
りと近づきながらケルビムとの戦いを再開し始めた。
1174
ソウマ編 再会そしてカタリナのチカラ︵後書き︶
アニマウェポン
魂装変換↓︵アニマチェンジ︶へと変更させて頂きました。
1175
ソウマ編 ケルビム戦の終わり︵前書き︶
一部文章を改変させて頂きました。
1176
ソウマ編 ケルビム戦の終わり
﹁﹃ソウマ︵くん︶、本当にごめん︵なさい︶﹄﹂
結果、2人が揃って謝る姿が重なった。
何故こんな状況になったかと言うと⋮
あのあとの戦いを解説すれば以下のようになった。
変身を遂げたカタリナがケルビムへと近付いていく。
カタリナの半身体から太く鋭い蔦が剣のように伸びてケルビムを絡
めとるために蠢く。
触れてはいけない⋮危険察知がケルビムに伝える。
それを信じまずは上空へと逃れるが、次から次へと生えてなお迫る
剣蔦。
剣蔦の先端から更に生えた大きな花の蕾が、芳しい香りの花粉を噴
射。
複数の花粉が死角から次々と迫る。ばらまくように噴射する花粉と
1177
直射してくる花粉。
かわしきれないと判断したケルビムは咄嗟に口をつぐむが、吸い込
まずとも体表に当たれば効果はあるようでぐらりと視界が揺れる。
天使の一定水準以下の状態異常耐生値を超えて身体が痺れてきた。
逃げるスピードが失速して遂に剣蔦に囲まれて絡めとられそうにな
ったその時、力を振り絞って武技︻連爪撃︼を放ち、剣蔦の囲みを
強引に切り裂いて突破した。
しかし、もはや飛ぶことは叶わず地表へと滑り落ちるように降り立
つ。このまま止まれば死ぬ。
その予感を信じ、ケルビムは反撃にでた。
ふらつく視界と思考を無理矢理意思の力で捩じ伏せ、大規模魔法陣
が空中にて描く。
魔力で編まれた聖光の槍が20ほど、順次カタリナへと雨のように
降り注ぐ。
撃ち込まれた聖光の槍は地面を穿ち、大きなクレーターを作る。直
撃すれば城壁くらいならば崩れ落ちそうな威力があった。
そんな攻撃魔法が次々とカタリナへと着弾し激しい土煙と爆音、振
動が暫く鳴り響いた。
状態異常もその間に徐々に快復してきていたが、万全ではなく長時
間はかけられないと判断する。
ラストアタック。
全身が黄金の炎の化身と化した。4枚に翼が増え、太陽の輝きと熱
量を武器にその身で特攻する。
1178
精密な魔力制御と魔法構築。集約された凄まじい熱量かカタリナの
みを襲う。
触れるだけでも灰塵と化す恐るべき攻撃は、正にケルビムの乾坤一
擲の最後の手段だったのだろう。
土煙が晴れた頃には、防御体勢を整えていた黒の半身が崩れかけて
原型を何とか保っている状態のカタリナがいた。
カタリナは半身から無数の影の大盾を常時展開して防いでいた。
聖光の槍こそ全て防ぎきっていたが、黄金の炎による攻撃は影の大
盾のリカバーを大幅に超え、新しく展開するもダメージ量が上回り
過ぎてカタリナ本体に決して浅くないダメージを与えていた。
その事に気付いたケルビムは再度攻撃に移ろうとしたのだが⋮何故
か身体が動かないことに気付いた。
知らない間に自身の影から黒き剣蔦が生えており、ケルビムの翼と
手足に絡みついていた。
勿論ケルビムは黄金の光炎に身を守られている。
しかし、煙を上げて影剣蔦が燃やされてもそのダメージを上回るほ
どの再生能力を活かして、炎ごと徐々に徐々に侵食していったのだ。
いや、炎のエネルギーや魔力が喰われていると認識した方がいい。
﹁ツカマエタヨ﹂
再生されていくカタリナの黒い半身からゾッとするほど美しい男性
1179
の声がした。
エクスプリス
エネルギー
女帝と貴公子の混合能力。触れるモノを蝕吸する。
ルーンナイト
瞬く間に全身に這った影剣蔦が一気に栄養をカタリナに送り、欠損
させた身体を瞬時に再生させた。
﹁ビミ⋮モットヨコシサナイ﹂
更に逆の半身から恍惚した表情と声色で呟く。
抵抗するケルビムに、カタリナのサブ職業である秘魔騎士の最大威
力を誇る範囲攻撃がケルビムを襲い、跡形もなく葬り去ったのだっ
た⋮⋮⋮。
とまぁここで⋮あ、れ?俺の出番は?
ソウマは立ち尽くしていた。
と、言うことで上記にある状況に戻る。
1180
二人がきまずそうに渾身で謝り続けていることになったのだ。
﹁いや、見応えのある戦いだったし⋮いいよ﹂
ソウマとて思うことはある。しかし⋮そこは外見と違う。心はおっ
さんで大人だ。
折れねばなるまい。
ええ、手も怪我もしてたし⋮いじけませんとも。
クリスタル
因みにケルビムの身体はカタリナに吸収され尽くしてもうない。
今はスペアとしての身体⋮小さな翼の生えた水晶のような存在にな
っていた。
戦うスペックは無いそうで、後は説明と褒賞を渡して自動的に消滅
するエネルギーしか残っていないことを伝えられた。
そのカタリナは憑依が解除されると、蒼白の表情をしていた。すぐ
に地面へた倒れ伏した。
どうやら魔力欠乏が著しいらしい。
今回カタリナの里の守り神のような存在を身体に降ろして戦ったよ
うなのだ。あと少し戦闘時間が長引いていたら負けてたよ⋮と苦笑
していた。
ただ、あれほどの戦闘でも一部解放だったらしく、意識はあったと
のこと。あの変身?にはまだ秘密はありそうだが、詳しくは語れな
い⋮と、カタリナは口を閉ざしている。
今はそれだけでも聞けた事に感謝しよう。
1181
﹃じゃあソウマとカタリナさん。今回の試練正式突破おめでとう﹄
ケルビムからの祝福の言葉を受けて今回、生命樹の実使いイベント
は無事終了した。
﹃今回はboss全員のアニマと、最下層に来るまでに倒した魔物
のアニマが残ってるからな。過去最大の祝福になりそうだぜ﹄
嬉々として語るケルビムに、ソウマは先に言っておく。
﹁俺は別にいいから、寧ろ頑張ったカタリナに褒賞や祝福を上げて
くれ﹂
カタリナ
﹃ん?ソウマがそう言うなら、規格外さんさえ良ければいいぜ?﹄
﹁ん、何か失礼なことを考えなかったかな?﹂
ケルビム
瞬間、蒼い顔色のままだったが高速で飛び去る水晶を余裕で捕まえ
手の中に収めた。
ギチギチと負荷が水晶にかかる音がする。
﹃いやいや、気のせいだよ。なぁ、ソウマ︵フォローしていてくれ
ー︶﹄
﹁はぁ⋮それじゃ、その祝福とやらの説明でも頼む︵自業自得だ、
南無︶﹂
1182
さらにピキッと水晶から悲鳴の音があがった所で気がすんだのか、
ポイっと手を離した。
水晶で表情などないはずだが心なしかケルビムがやつれているよう
に思えた。
さて、もう失言はしないとばかりケルビムは説明に移った。
祝福の内訳としては、各bossによる宝箱とボーナスがあった。
bossが産まれた黄金実の殻素材はソウマとカタリナの折半。ソ
ウマがアイテムボックス内に一時的に預かることになった。
アニマチェンジ
後は倒したbossのアニマからケルビムが魂装変換するとのこと。
これはケルビムが自分の意思で装備品を模倣したやり方ではなく、
倒した際に残ったアニマで再構築されるので、武具か道具⋮果ては
超レアアイテムになるかは完全なランダムになるとのこと。
アニマチェンジ
雄牛は緑のアニマ、獅子は赤いアニマ、大鷲は蒼いアニマと綺麗に
3色に別れていた。
そこからケルビムの魂装変換で生成されたのは以下の通り。
1183
マスクド・ギュウ
boss級の3本角雄牛撃破の報酬︻聖牛面︼
同じく黄金獅子撃破の報酬︻獅子光︼
大鷲撃破の報酬︻ライト・フェザーブーツ︼
で、他に
3体同時撃破ボーナス報酬︻トリニティ・ロッド︼
ケルビム
智天使撃破スペシャル報酬︻光魔剣︼
﹃カタリナさんからだ。こんな感じだな﹄
カタリナの撃破報酬の︻獅子光︼はbossであった獅子の鬣をモ
チーフとしたレア級の体防具であった。
両肩から上半身を覆うようにふんわりした鬣が輝く上質な絹のよう
な手触りが特徴だ。
装備すれば、使用する魔法の魔力分を1回分チャージ出来るスキル
が込められていた。
大鷲からの撃破報酬の︻ライト・フェザーブーツ︼は同じくレア級
の足装備だ。
羽のような軽く強靭な魔獣素材で作られ、高度な魔法処理が施され
た靴である。
装備者に常時スキルとして移動速度上昇のスキルが付与されている。
1184
トライデントアーマー
﹃じゃあ、次はソウマだな⋮ん、これはある意味レアアイテムに違
ホーンスピア
いない。
普通は雄牛槍か三角鎧何かが出やすいんだな﹄
﹁ああ、ネットで以前見たことがあったよ。
ドロップする確率も低いし、それだけ需要も少ないネタアイテムだ
って書いてあったな﹂
入手した者は魔物ギルドに即売りと言われる程のアイテムだった。
マスクド・ギュウ
ソウマが倒した雄牛の撃破報酬︻聖牛面︼
全頭マスク装備であり、装備自体に邪耐生︵小︶と自動調整機能が
ついた品である。そのため、装備条件を満たせばどんな大きさ、小
リジェネ
さな魔物でも装備出来た。
スキルに自己治癒力増加︵中︶の効果があった。
ちなみにこれはプレイヤー装備ではなく、魔物用の専門装備アイテ
ムの1つだ。
マスクド・ギュウ
︻聖牛面︼魔物装備の条件は以下の通り。
①聖属性を備えていること。
1185
②人型や獣型であること。
③装備アイテムを使用できない魔物もあり︵半霊類、精霊種系統の
魔物など︶
そして、獅子と大鷲にも同様の魔物専用アイテムがある。
獅子は爪の出し入れが出来る攻撃主体タイプ、大鷲は翼を用いて機
動力アップ、雄牛に関しては防御主体の頭装備だ。
これも魔物ギルド単位で検証した結果で、装備した魔物に黄金の爪
が装着されたり、大鷲は飛翔は出来ないが翼がエフェクトとして装
着されるため結構人気な品でもあった。
しかし、雄牛のアイテムで装備された例では、可愛さが全くなくな
ったと評判であり、折角装備しても使役する気にならないと嘆いて
いたそうだ。
因みにベースとなった魔物は、ガチャでしか手に入らない聖属性の
妖精種で非常に可愛く有能だったと言う⋮それが牛主体の外見の妖
精種になってしまったようでスクショを見た全員は非常に衝撃を受
けていた。
その例一件だけで、雄牛に関しては装備性能はいいが、使う価値の
低い不遇アイテムとの噂が絶えず、その後の詳しい能力は解ってい
ない。
イベント自体がレアなので入手が少ないアイテムなのに、外見が微
妙になる可能性があるかも知れない⋮苦労に見合わないハズレと称
1186
される由縁である。
ただ、ギルドのNPC商人へと売れば結構な金額に返金でき、低確
率でドロップする雄牛魔物用のアイテムは試す価値も無い、売り用
の不遇アイテムだとプレイヤー達に敬遠されてしまっていた。
ホーンスピア
トライデントアーマー
そして前述でケルビムも言ったが、プレイヤー装備としてドロップ
確率の良い他の武具である︻雄牛槍︼や︻三角鎧︼は、外装や能力
からかなり良品として人気があった。
全身を︻生命樹の実使い︼シリーズで覆うと、レアな事もあって凄
いボーナスが有りそうだ。
1187
ケルビム
カタリナとの話し合いの結果、3体同時撃破ボーナスの︻トリニテ
ィ・ロッド︼はソウマが貰い、智天使撃破スペシャル報酬である︻
光魔剣︼はカタリナが貰って貰う。
﹁光の魔力を秘めた属性剣なんて王都にもあるかどうか⋮其ほどの
貴重な品なのよ?﹂
しきりに遠慮するカタリナだったが、彼女の力だけでケルビムを倒
したし、この︻光魔剣︼鑑定すればカタリナこそ相応しい品だと思
ったからだ。
黄金の鞘に納められた雅な意匠を凝らされた美しい剣の柄。
ブロードソードとして両手で持って良いし、片手でも持てないこと
特殊レア
もないので、小盾くらいならば邪魔にならなさそうだ。
光魔剣
ケルビム
智天使撃破の証。光の粒子が集まって形取り、剣となった。この剣
を持つ者は実力を認められた限られし勇者のみ。
光という希代属性を宿した剣は、立ち塞がる害悪を滅することだろ
う。
装備適正︿イベント攻略者のみ﹀
1188
フォトンセイバー
固有武技︻光剣解放︼
この説明を見た瞬間に、持ち手は俺ではなくカタリナこそ相応しい
と悟ってしまった。
誰のためではなく王国民全ての為に戦い続けた彼女だからこそ、持
つ価値と必要がある。
試しにカタリナに一振りして貰うと、光の魔力が残像として残り正
に勇者と呼んでも差し支えないほど似合っていた。
エルフの里と王国との契約もあと少しの任期だと言うし⋮強力な武
器だからこそ御守り代わりに持っていて欲しい。
そんな気持ちを感じ取ってくれたのか、ようやくカタリナも受け取
ってくれたのだ。
代わりにもう1つの撃破ボーナスを頂くことになった。
それに俺の手に入れた︻トリニティ・ロッド︼もなかなかの良い品
だ。
長い棒状の先端は3つに別れており、槍のようにも見える。
1189
エメラルド ルビー
サファイア
各先端には牛、獅子、鷹の頭部が精緻に象られた上位の魔導宝石︵
特殊レア
魔法処理を施されて加工した特別な宝石︶で作られていた。
︻トリニティ・ロッド︼
エナジー
パワー
スピード
生命樹の実使い3体同時boss攻略の証。
パフ
牛宝石は意思を司り、獅子宝石は気高さ、鷹宝石は自由を司るチカ
ラが込められてた品。装備者に特別な魔法が授けられる。
装備適正︿イベント攻略者のみ﹀
固有武技︻トリニティ・ロッド︵活力・筋力・思考反応速度上昇︶︼
一度に3つのパフを同時にかけることが出来るのだ。効果も大とレ
ア級装備にしては極めて高い。流石は特殊レア級だ。
俺には全身に強化出来る魔法として全強化があるから使わないけど。
他者や使役する魔物への強化には使いようがあるし、有り難く頂こ
うじゃありませんか。
1190
﹃よし、じゃあこれは俺からの最後の餞別だぜ。1つしか無いから
ソウマかカタリナさんが使ってくれ﹄
ケルビム
羽の生えた水晶が光ると、草原から木が生えて1つの実がなった。
リンゴのような形状で白く光輝いている小さな実だった。
分配も終わった所にケルビムからそんなサプライズがあった。
何の実か尋ねると、生命樹の実の欠片だと教えてくれた。
この実はなんと、種族を変更することの可能な生命樹系統のクラス
チェンジアイテム。
使えば雄牛、獅子、大鷲の三種類の内ランダムで能力とスキル、外
見を受け継ぐことが出来るのだと言う。
クラスチェンジアイテムは種族混合=種族変更↓種族進化↓種族上
1191
位進化の順にレア度が高くなる。
マスクデーターとして種族相性もあると噂されており、その証拠に
必ずクラスチェンジが成功する訳ではないとの検証結果もネット上
にはあった。
また希少度が高くなる程成功率も少なくなる。これを補うために関
連した触媒のアイテムも存在していた。
因みにユウトの魔人族は、種族混合と種族進化が一緒になった非常
に希少なクラスチェンジアイテムを使ったのだと言える。
・・
﹃これが本来の試練突破者の祝福なんだぜ。突破者の中でも更に優
秀な資格者に更なるチカラを⋮って感じでな。
今回は主催者側に神気が混じったアニマが大量に流れてきてな。何
者かは知らないが、この近くで神級かもしくは亜神級の存在を倒し
た奴がいる。
ソウマ⋮そんなヤバい奴がいるから気を付けろよ。これこそ何十年
振りに無かったことだ﹄
ケルビムが友を心配して忠告してくれた。
取り敢えず、真顔で頷いておく。
すまん、それは俺かも知れないんだと心で詫びながら⋮。
神妙な顔で頷く俺を見て、今度は緊張を解すような声色でソウマに
1192
語りかける。
リサイクル
﹃まあ、そのお陰でこのイベント開催分のアニマと余剰分を差し引
いても、この生命樹の実は無理でも、欠片がギリギリ生成出来るく
らいにはなったって訳だ﹄
﹁種族混合が可能なクラスチェンジアイテムなんて伝説の中にしか
存在しない貴重なアイテムだよ。
私はダークエルフと言う生まれついた種族が好き。だから遠慮しま
す。
そう言うことなら、ソウマくんが使ってみたらいいかしら?﹂
うーん、こういったイベントや、特殊クエストをクリアしないと入
手出来ないからな。
俺の種族進化の可能性も今回のことで改めて見つめ直す事が出来た。
︻ハイヒューマン・エリヤ︼なにぶん初めてのことで不安に思うこ
とが強かったのだが⋮なんてことはない。
心の奥底ではもう受け入れていたのだから⋮この世界に来れた事で
授かった縁だ。
折を見て種族進化をしよう。
そう決めたら、すっきりとした気分になれた。
︻生命樹の実の欠片︼
カタリナがいらないのなら、貰っておくにしてもハイヒューマン・
1193
エリヤに上位進化可能って以前にステータスで見てなければ、かな
り乗り気で使ってたアイテムだけに使い道に非常に迷う。
﹁カタリナがそう言うなら俺が有り難たく使わせて貰うよ﹂
白いリンゴのような種族混合のクラスチェンジアイテムをケルビム
から受け取り、アイテムボックスへと仕舞う。
⋮頭にこうできたら面白そうだな⋮と、閃きのようにふとした案が
浮ぶ。
流石にVRのゲーム時代には出来なかったことだけど。
考えてみたら楽しそうなので、実行に移してみることにした。
それは、テイムした魔物⋮この場合は該当するのは︻エル︼のみで
ある。に、クラスチェンジアイテムを使うことだった。
だってこのままだと忘れて使いそうにないし、勿体無いからね。
羽水晶にエンゼルナッツをテイムした事を伝えると驚いていた。
倒せばアニマに変換されるため、この特殊な力場が働くこの場では
1194
非常にテイムしにくいのだと言う。
テイムの経緯を説明すると、大爆笑された。
水晶が震えて先程カタリナに微細なヒビが入った場所がパキリと少
し欠けた。
そこまで笑わなくてもいいじゃんかよ⋮。
﹃いやぁー、笑わせて貰ったぜ。かなり希少なアイテムを使役する
魔物に使わせるなんて⋮初めての奴じゃないか。そんな勿体無いこ
とをする奴はよ。
実例は聞いたこともない。やってみたら良いぜ﹄
俺の思い付きを楽しそうに推奨した。
ケルビム
カタリナと羽水晶が見守る中で、エンゼルナッツ種の︻エル︼を召
喚する。
指輪から現れたエルはその場で殻を一部脱いで本体を晒す。のっぺ
りとして細身の木人形のような本体は俺の前で畏まり、跪く。
﹁エル、今からこのクラスチェンジの為のアイテムを使う。もし嫌
だと感じたら直ぐに返してくれて良いからな﹂
跪いたままの状態で︻生命樹の実の欠片︼を恭しく受けとるエルは、
そのまま胸元まで実を近付けた。それと同時に再度脱いだ殻がふさ
がり、丸く閉じていく。
胸の中央部⋮そこにはエンゼルナッツの魔力源の核がある。
1195
ズプズプ⋮とそのまま欠片がエルと同化していくと次第にブルルと
震えだした。
震えは止まらず、遂に殻は轟音を響かせ破裂。
殻の中には2本足で立ち尽くす魔物がいた。身長は1m程で前より
かなり小さい。
しかし、引き締まった感じが全体的に力強さは増していた。
全身が木目調の木で構成されていることを除けば、ミノタウルスと
呼ばれる頭部から2本角を生やした牛人に似ている。
本体を守る大きな殻は既になく、身体の至るところに鎧のように配
置されているようだ。
のっぺり顔の木人形状態はかわっていない。
その頭部には角の他に髪の代わりなのか、緑の葉が無数に生え揃い、
頭頂に蕾の花が1輪だけあった。
﹁エル⋮なのか?﹂
New
LV0種族混合に伴い、レベルリ
頷く魔物を見て、ステータスを確認する。
牛木族
モォーギュ
名前︻エル︼
種族
セット
職業
ーーー
1196
スキル
殻盾生成︵E︶New
回復力︵小︶New
常時スキル
盾術︵G︶
光合成New
牛皮殻New
モォーシェルボディ
聖属性︵小︶
蕾の実New
絶対忠誠New
ew
魔法
木魔法︵初期︶
防御の心得N
混合することによってエルのエンゼルナッツ種から生まれ変わった
かのようだ。
牛木族⋮半獣半植物見たい。
bossという格の高い雄牛の方に似たようだ。
知能上昇とbossであった雄牛のスキルの一端の継承され、防御
主体の魔物へと変化していた。
スキルも絶対服従から絶対忠誠へと進化?している。
エル本人も嬉しそうに思える。
レガリアは攻撃型兼万能型だから、タイプの違うエルの今後の成長
に期待したいとこだ。
人型ってことはある程度、人用の装備品も装備出来るよな?
尻尾もあるし、色々と手直しは必要だろうからレガリアとあった時
1197
にでも頼んでみよう。
マスクド・ギュウ
今、エルが装備出来るのは入手したばかりの︻聖牛面︼だけだな。
牛型の魔物となったエルに牛の全頭マスクを被せると淡い光と共に
自動調整機能が働き装着された。
結果、顔だけ見れば殆どリアルミノタウルスじゃん。まぁ、小さい
マッチョのガッチリした肉体に似合ってるから良いけど。
これは可愛い妖精につければ誰だって引くよな。
今更ながら、性能は良いのにこの外装じゃあ⋮即売りの不遇アイテ
ムと呼ばれた理由を実感するソウマだった。
1198
別れの時が近付いた。
カタリナは簡単にケルビムとの別れを済まし、回復しきってないの
で離れた所で休んでいたいと申し出た為、ケルビムが出していった
収納マジックカーペットで楽な姿勢で寛いでいた。
さりげなく気を利かせてくれたカタリナに感謝して、2人は最後の
言葉を掛け合っていた。
﹃ん、有り難うよ。最後の最後まで笑わせて貰ったぜ﹄
ケルビム
役目を終えた羽水晶は、身体が徐徐に崩れてきていた。
﹁ああ⋮こんな所で会えるとは思っても見なかった。同郷の人間に
会えて嬉しかったよ﹂
﹃俺もだぜソウマ。普通プレイヤーはこの世界でも優遇されている
もんだが、お前は何か違う感じがする。
あ、肉体面じゃないぞ?もっと強い何か⋮を持っている気がしたぜ﹄
﹁いや、更にわからないこと言うなよ⋮じゃ、またな﹂
﹃ハッ⋮⋮⋮⋮⋮⋮そうだな。
多分、プレイヤーは他にも存在している。探してみるもいいかも知
れん。
1199
じゃ、またなソウマ。カタリナさんを泣かせるんじゃねぇぞ﹄
表情は見えないが、笑っているように思えた言葉を最後に羽水晶は
割れ、完全に崩れた。
崩れ落ちた場所から転送用の魔法陣が現れる。
﹁最期まで勘違いしやがって⋮Aklra。また会おうぜ﹂
そう残してソウマはカタリナの待つカーペットへと歩いていく。
カタリナはお茶を優雅に口にカップつけてお茶を飲みながら、こち
らへと近付くソウマに片手を振る。
カタリナは何も質問せず黙っててくれてたけど、疑問に思っている
はずだ。
この人なら話しても良い。いや、だからこそ話したい。
ソウマも手を振り替えして、己が異世界より来たこと等を伝えよう
と思いながら。
1200
ソウマ編 ケルビム戦の終わり︵後書き︶
???
白銀に輝く空間に巨大な魔法陣があった。
その中央には半透明の球体のドーム状の結界の中に男は寝かされて
いた。
歳は20代後半程で、金髪。
甘いマスクよりは精悍でワイルドな感じのイケメンだ。
巨大な魔法陣が突如として光ると、その空間に純白の翼が生えた人
間が2人出現し、寝ている男の側に寄り添う。
一人は桃色の長髪を持つ若い美女。もう一人は長身で堀の深い顔立
ちの中年の美形だつた。
﹃そろそろお目覚めになる﹄
﹃今回は長い間であったな﹄
それぞれがそう呟くと同時に、寝かされていた男の目が開かれた。
﹃﹃お帰りなさいませ﹄﹄
無表情のまま、綺麗に揃って出迎えた。
1201
﹃⋮戻ってきちまったか﹄
そんな一声を放ちながら、やれやれといった様子で髪をかく。
そんな金髪の男の様子の気に止めず、淡々と話し出す桃髪の美女。。
﹃今回は相当ご無理をされましたね。アストラル・コアの損耗が激
しいです﹄
口調に若干の心配が入っている気がしたが⋮金髪の男は気のせいだ
と思い、話を続けた。
﹃そうたな⋮今回のケースでは俺も戦ったぜ。しかも負けちまった
からな﹄
流石に無表情がピクリと動く。
﹃ほう⋮貴方様が﹄
﹃さぞ、大人数だったのですね。相手は何十⋮いえ、何百人程いた
のですか?﹄
両者がそう聞くのは大袈裟な事ではない。
天界においてこの男性は特異な生まれで天使まで上り詰めたのだ。
しかも、同階級内では敵なしの不動の1位である。
それゆえ、尋ねたのだ。
﹃いや、今回は二人の内戦ったのは一人だけだ。たがな、車輪のチ
カラ使っても一対一で負けちまったんだよ﹄
1202
それを悔しそうにではなく、ハハハッと笑い飛ばすように話す金髪
男に悔いや悔しさなど微塵もない。
それを聞いた美女と中年の美形の方が固まってしまっていた。
今回は義体での参加ゆえに本来の実力とは遠くかけ離れたもの。
この男の実力を知る二人は、例え義体であってもそれを撃破するな
ど信じられないのだ。
それでもあの世界︿エルダーゲート﹀に其ほどの強者がいたことに
驚きを隠せなかった。
﹃お前たちもそんな感情があったんだな。天界の人間っうか、天使
ってのは誰も彼もが無表情だと思ってたぜ。でも、俺はそっちのほ
うが好きだけどな﹄
美女の頬がほんのりと紅くなる。
それを横目に無表情の美形が代わりに答える。
﹃我らはそのような存在ゆえ⋮それとご報告があります﹄
中年の美形から報告を受け取った金髪男は、聞いてく内に顔をしか
めていく。
最後まで報告を聞くと、その場で今回のイベントの報告書を簡単に
主催者へと送る。
そして、頭の中を整理していった。
セラフィム
﹃ハッ⋮俺が寝てる間に状況は悪くなってやがるな。同僚や熾天使
1203
様方はどうしたよ﹄
﹃現在別の最前線にて指揮をとっておられます。こちらの防衛にも
残っておられますが、複数同時に攻撃を受けており対処されており
ますが⋮﹄
﹃正直⋮同じ階級の天使と言えど貴方様の抜けた穴は埋められず劣
勢。天界門はかなりの天使が増員されてますが状況は極めて不利に
傾いております﹄
・・
暫く黙って考え込んだ金髪の男は、よしっと一声あげて立ち上がっ
た。
全身が光に覆われると、六枚翼を広げ、戦装束に身に包んだ。
ヘヴンズゲート
﹃取り敢えずは天界門の加勢だ。そんで次は劣勢なとこに加勢だ。
さぁーてお前たち、副官だろ?俺に負けずについてこい﹄
﹃﹃ハッ﹄﹄
凛々しい姿となった金髪男はそういい放ち、心なしか嬉しそうにし
ている副官2人を伴って新たな戦場へと駆け出した。
1204
ソウマ編 種族進化と大群と︵前書き︶
前回話と一緒で後書きに少し文章を掲載しています。
栄光の魔鶏の文章について、つがいで変える↓他にも2対のつがい
と、訂正させて頂きました。
1205
ソウマ編 種族進化と大群と
青空とただ広い草原が続く空間。時折吹く風が涼しくて気持ち良い。
そんな中でカタリナと話を休憩を挟みつつ、俺の話を聞いて貰った。
俺が訳もわからず異世界から転移してきた事を伝えると、驚きなが
らも納得してくれた。
やはりケルビムとの会話の端々から予測はしていた見たいだ。
﹁ソウマくん、大切な事を話してくれて有り難う。絶対に秘密にす
るよ﹂
そう言って微笑むカタリナに嬉しい気持ちが止まらなかった。
照れ臭さを隠しながら、外へと繋がる転送陣へと2人一緒に入った。
目の前に眩しい光が包み、次の瞬間にはふわっとした浮遊感を感じ
た。
光がおさまると、木々の香りと森があった。どうやら無事外に出ら
れたようだ。
見渡す限りは見覚えのない景色だった。
俺達が地中へと入った穴付近でもないし⋮。
﹁ここは⋮どこだろう?﹂
マップを起動させると、近くにココット村の表示が小さく見えた。
どうやらここはココット村の山側のようだ。
近くに自動転移なんて便利な機能に思える。時間も無駄にならない
し助かったよ。
1206
空を見上げると太陽がてっぺんに昇り少し暑い。どうやら昼のよう
だ。体感時間的に3日振りの帰還である。
カタリナにココット村に近い場所のようだと伝えると、彼女は驚き
ながらも﹁ソウマくんは便利なスキルも持ってるんだね﹂と、にこ
やかに告げられた。
カタリナにはプレイヤーと呼ばれる人種について簡単に説明してあ
る。
この世界とは別の住人であり、この世界の住人が持ち得ない便利な
能力や戦闘力を有していることを説明した。
因みにあのケルビムも元プレイヤーだと話しておいた。最も本人い
わく転生した?とのことでそのまま能力が引き継ぎ出来ているかは
不明である。
2人で何だかんだと話ながらココット村へとたどり着いた。
すると、近付くに連れて遠目からでも村が騒がしいことに気付いた。
何事かと思っていると、外の自警団を兼ねるソウマも見知った門番
がこちらに気付いた。
驚愕から安堵の表情をした門番は、﹁急げ、村長を⋮﹂と、大声で
村長を呼ぶように同僚に伝えていた。
俺達も顔を見合わせて何事かあったのだと思い、急いで村へと駆け
寄る。
それほど間を置かずに村へと到着した。
1207
﹁どうした?何があったんだ?!﹂
開口一番に尋ねると、門番は切羽詰まった表情で大声で答えた。
﹁大変なんだよ、ソウマ。どうやら魔物の大群が此方に近づいてる
そうなんだ﹂
門番の泡をくったようにマシンガントークが始まるが、正直興奮し
すぎていて良くわからん。
﹁どういうことかしら?その情報は正しいの?﹂
背後に来ていたカタリナが横から尋ね返すと、ピタッと喋りが止ま
った。
そこにはカタリナの顔を見てホッと安心感が増した門番がいた。
﹁ああ、カタリナ様⋮間違いありません。
貴女方が出発されてから丁度2日目に、ここから東にある国境の詰
所から伝令が飛んできまして⋮その伝令の兵が言うには国境を見張
ゴブリン
っている斥候部隊が発見したとの事でして。
どうやら緑小鬼らしき大群が此方へと向かってきているそうなので
す。
奴等は徒歩ですので、早くとも1週間以内には詰所へと到着する模
様﹂
﹁そう⋮有り難う。その兵からも情報を聞きたいのだけどこの村に
いるかしら?﹂
﹁いえ、既に領主のトンプソン様へと応援を求めて早馬で行かれて
しまいました。
1208
この村にも手伝える者や冒険者に臨時の緊急募集がかかっておりま
す﹂
そう話していると、村長が何人かの村人と駆けてくるのが見えた。
村人の中には厳しい顔をしたマコットもいた。
マコットはソウマの顔を見ると少し安心した表情を浮かべて話しか
けてきた。
カタリナは村長から更に詳しい話を聞くためにその場で話し込んで
いる。
必然的にマコットはソウマへと話しかけてきた。
﹁ソウマぁ、3日振りだな。無事に帰って来てくれて嬉しいぞ﹂
﹁マコット、きっちりテイムしてきたぞ⋮しかし、大変な事になっ
たな﹂
ゴブリン
﹁おおよ、まさか緑小鬼共が押し寄せてくるなんぞ、この村が出来
てからも無い話だ。
大群と言ってるが、数は目算で300は下らんらしい﹂
ゴブリン
﹁300か⋮緑小鬼自体はそれほど強くないとは言え、数は多いな﹂
﹁⋮東の詰所は帝国と小国を結ぶ境にある。大小の村落を納めるこ
の地の領主様は東の詰所の兵も兼任している。この地を抜ければ直
ぐに王都まで一直線だからな。
地形的に山に囲まれた天然の砦と化しててな、流石に要塞ほどしゃ
ないが常時100名の兵が待機していると聞いている、が⋮﹂
1209
一端言葉を詰まらすマコット。辛そうな表情に戻る。
﹁大丈夫だとは思うが、そこを抜かされれば俺達のココット村まで
一直線だ。最悪村が無くなることや俺の家族、村の知り合いやお隣
さんが犠牲なるかもしんねぇ。恥ずかしいけどよ、それが怖いし、
我慢出来ねぇんだよ﹂
﹁⋮マコット﹂
心の内を吐き出したマコット。幾分すっきりとした表情と、年下で
あるソウマに打ち明けた気恥ずかしさとで照れ笑いを浮かべていた。
﹁へへ、すまねぇなソウマ。話したら少しすっきりしたぜ﹂
﹁無理もないさ。俺に話して、少しは不安が無くなるのなら構わな
いさ。
で、この村はどんな方針なんだ?他の村や王都に移住するのか?﹂
﹁ソウマ達がいない間に村中で決めたんだが、俺達はここから離れ
ることはしない。先祖代々の土地もだが、王都や他の村にも知り合
ゴブリン
いなんぞいやしねぇかんな。
もし、緑小鬼達がここに来て死ぬとしたら、女子供は逃がして男衆
は精一杯抵抗して一匹でも多く道連れにしてやらぁ﹂
﹁そうか⋮それが村の総意なんだな?﹂
﹁おう、それにここは詰所へと向かう領主様の部隊の最後の休憩所
になる。
兵隊に頑張ってもらわなぁならんからな。精一杯温泉や料理でもて
1210
なすさ﹂
﹁逞しいな⋮ん、そう言えばテイムしてきた鳩鶏をだすぞ。繁殖力
の強い魔物だから、卵はすぐに産むだろう﹂
テイマー
温泉卵にでもする準備も兼ねて、魔獣紋のネックレスを2つ取り出
す。
魔獣紋のネックレスの登録者は、きちんとマコットの名前になって
いた。
マコットに魔獣紋のネックレスの使い方を簡単に説明して、鳩鶏を
出して貰うと⋮。
﹁ソウマ、なんだこの魔物は!お前さんが言ってた魔物と随分違う
感じじゃねぇか?聞いてたより何だかでかいしよぉ﹂
﹁ああ、おかしいな?しかし、コイツはまさか⋮﹂
そう、魔獣紋のネックレスから出現した魔物は当初予定していた小
型の鳥型の鳩鶏ではなかった。
鳩鶏より一回り以上は大きくなり、鋭い目付きと嘴、コココッと鳴
いている。
ソウマが予想した通り鳩鶏から進化していた︻栄光の魔鶏︼と呼ば
れた魔物であった。
どうやらテイムしたことにより、ソウマの経験値の一部が鳩鶏にも
流れていたらしい。
元々が対して強くもない鳩鶏であったため、エンゼルナッツとの連
戦やbossである雄牛の経験値の一部でも充分な進化に繋がった
1211
のだと考えられる。
︻栄光の魔鶏︼は雑食であり、大きく野性味溢れる卵を産む。
繁殖力もあるため、日に何度も卵を産むことだろう。
魔物ギルドに行けば、相場は解らないが数をどんどん増やすために
も、他にも2対のつがいとなる雄の︻栄光の魔鶏︼がいたら買える
かも知れない。
今はこれだけしかいないがそうなると数は増え、適切に牧場として
管理していけば安定した供給が見込める訳だ。
その算段もとっくにマコットはついているのだろう。
先程の厳しい表情から頼もしい商人としての表情へと変わり、自ら
の考えを述べる。
そんな中、村長から情報収集と話し合いを終えたカタリナは、思っ
たより厳しい状況にあると踏んだ。
緊急事態であることに変わりはない。
本来ならばカタリナも王国の騎士として東の国境沿いの詰所へと向
かわねばならないのだが⋮今回は恐らくだが王国から帰還命令が下
されると感じていた。
ココット村に立ち寄った詰所の兵に村長はカタリナがいることを伝
えたのだと言う。
1212
それは当たり前の事であり、一人でも優秀な者が戦力となれば自分
達も助かる率が上がるからだ。
・
しかし、今回に置いては其れが裏目に出る可能性が高い。
王国にとってカタリナはダークエルフの里から借りている貴重な戦
力なのだ。
しかも、一人騎士団と異名をとるほどの武勇を誇る。それゆえ、王
国からの扱いは慎重を極めていた。
ゴブリン
カタリナ
流石に国対国ならば問題は無かったのかも知れないが、軍の上層部
が緑小鬼程度の戦力に最高戦力の1つである一人騎士団を当てると
は考えにくい。事実、契約した何十年かはそんな事が何度もあった
のだ。
念のための後詰めとして王都付近まで後退させられる可能性が高い
と思われる。
伝えてなければ、巻き込まれた者として最初から参加出来ていたの
かも知れないのだが⋮今更言っても仕方の無いことだった。
それを村長に伝えておくと、良かれと思ったことが裏目に出ていた
と知って真っ青な顔をして倒れそうになっていたが、村を率いる者
として何とか己を奮い立たせて気丈に振る舞おうとしていた。
領主の納める街まで早くて半日、更にその先の王都は馬車で2日か
かる行程である。
時間的に既に領主の街には早馬が到着し、準備を整えた部隊がここ
へと到着するとしても早くて明日以降だろうと考えたカタリナは、
ソウマはどうするのか聞いて見たかった。
多分、予想通りの答えだとは解っていたとしても本人の口から聞き
たかったのだ。
1213
﹁正直迷ってたんだが⋮俺は参加するよ﹂
ここで戦わないと、温泉旅館化計画が頓挫してしまう。
それに、ここで少しの間だけだがお世話になった人達が泣く姿を見
るのが何より嫌なんだよ。
この世界に来て助けられたり、助けたりと本当に色々な思い出が増
えた。
だから、俺は戦おう。
﹁そう、やはり君ならそう言うと思ってたわ。なら今日くらいは温
泉に浸かってゆっくりと休みましょう。それくらいの時間的余裕は
あるはずだわ﹂
ソウマは冒険者登録はしておらず、今回は傭兵枠としての参加とな
る。
王都の冒険者ギルドや近隣からも戦力として冒険者が集まるはず。
それらと共に動くことになるのは間違いない。寧ろ傭兵枠と言うこ
とで冒険者ギルドの後ろ盾もないことからより危険な役割を押し当
てられる可能性もある。
傭兵とは対人戦闘のプロとしての顔もあり、より危険な戦場をくぐ
り抜け高額な報酬を頂くハイエナのような存在だと貴族や軍から思
われてることも事実。
ハイリスク&ハイリターンな側面が在ることを知っているからこそ、
そこに快楽を見出だす戦闘狂の存在が忌み嫌われている。
そんな連中とソウマを一括りにして欲しくない。
1214
カタリナはペンと紙を取り出して何事かを簡単にしたためた。その
後領主軍の第一陣が来るのを待った。
カタリナの予想通り、翌朝には増援部隊として東の詰所に向かう領
主軍の第一陣部隊が到着した。
先触れ兵が村へと到着しており門番から村長へ、村長からカタリナ
へと到着が伝わり、領主軍の第一陣が着く頃には村総員でお出迎え
の準備が整っていた。
トルーパー
兎も角迅速な対応をすべく速さを優先した騎馬隊で構成された総勢
100騎。
それを率いるのは今回の総司令官をつとめるトンプソン将軍55歳。
栗色髪を綺麗にオールバックに撫で付けてある。
中肉中背のがっちりとした体型で、名工が打った鋼鉄製と思わしき
全身鎧に身を包み、立派な軍馬に跨がっていた。
鞍には馬上槍が配置され、本人の腰には長剣が一本。
この地を納める貴族であり、今回は副官として倅のナルサスも同行
していた。彼は父親譲りの栗色髪だが体型は違い、細身ながらも鍛
えられた肉体と爽やかな青年だった。
騎士兜に父親と同じく名工の手によって製造された全身鎧には、実
1215
は魔力鉄を混ぜて軽く丈夫な作りとなっていた。
ゴブリン
レア級までとはいかないが、ハイノーマル級の良品として只ひたす
ら耐久を上げた自慢の一品である。
この度王都の軍学校を卒業し、帰ってきて間もない頃にこの緑小鬼
さわぎである。
いずれ領地の民を導く者として今回副官という立場で父親と共に参
加してきたのだ。
村長とトンプソンは何やら話し込んでいる。
領主自ら先頭をきってやってくる辺り、フットワークは軽い感じだ
と思える。
それが終わりトンプソンはカタリナを見付けると、厳つい顔を綻ば
せて配下数名と息子を引き連れて挨拶に近寄る。
﹁おう、カタリナ殿か。田舎貴族で礼儀も知らん儂だが、貴女はい
つみてもお美しいままだな﹂
﹁あら、有り難う。少しは口が上手くなったのね?トンプソンくん﹂
苦虫を潰したような表情でトンプソンは笑った。
若き頃から知っている相手で密かに思慕した相手でもある。
この王国を長年守るカタリナにとって、領主であるトンプソン将軍
は若い頃から知っている相手であった。
﹁ハハッ、親父殿もカタリナ様の前では形無しですね。そして、お
久しぶりです。私の事を覚えてますでしょうか?﹂
﹁ええ、トンプソンJr.のナルサスくん。
貴方の生まれたときに招待を受けてあっているのよ、忘れないわ。
1216
でも、私をお年寄り扱いするのは止めてね?﹂
可愛くウインクされると、美の化身のような美貌を誇るカタリナに
見惚れつつ背筋がサーッと冷たくなる。
忠告の通り絶対に地雷は踏まないでおこうと思ったナルサスだった。
話題を変えるためにも、背後に立つ男性に意識を向けた。
﹁ところでそちらの御仁は何方でしょうか?私たちにご紹介して頂
けますか?﹂
この場に立っていると言うことは今回の件に関係があるのだろうと
推測したナルサスは、ここぞとばかりに話題をふった。
そしてそれは正解だった。カタリナから放出されるプレッシャーが
霧散した。
ゴブリン
﹁この人は知り合いのソウマくんよ。今回の緑小鬼退治に参加して
くれるから宜しくね﹂
そう言うなり、トンプソン将軍の耳元にカタリナは小声で短く何か
話す。それを聞いたトンプソンの表情が一変する。
その行動にいぶかしむ間もなくカタリナから1通の封書が取り出さ
れた。
カタリナの行動に戸惑いつつもトンプソンの配下が受け取り、中を
開いた所で眼を大きく見開いていた。
声をかけるも、本人は固まったままだ。
いい加減トンプソン本人も固まったままの配下から封書を奪うと、
中には簡潔にこう書かれていた。
1217
推薦状
カタリナ・ブラッドレイの名において、彼の者ソウマの身元と実力
ゴブリン
を保証する。
カタリナ・ブラッドレイ
今回の緑小鬼討伐戦において一切の責任を負うものとする。
署名
つまり、一人騎士団の異名を持つ人物からの推薦状。
このような事は前代未聞であり、ソウマが何か失態を起こせば全て
私が責任を取りますよ⋮と言う内容であった。
それを教えられたソウマもカタリナの影響力を甘く見ていたと痛感
した。
何故ならその場の全員から一斉に胡散臭い目線は消えたのだから。
厚い信頼に応えたいと思うのと同時に、カタリナさんや、こういう
ものを書きましたと俺にも教えておいて⋮下さいね?
いきなり過ぎてびっくりを通り越して、ひきつり笑い。手の中は汗
びっしょりですよ。
1218
﹁ソウマです⋮宜しくお願い致します﹂
と、頭を下げるのだった。
トンプソン将軍らは先を急ぐので⋮と伝えられた。
彼等はそのまま騎馬で一足速く向かうとの事で、早々とココット村
を立った。
俺だけ置いていかれることはなく、道案内としてあの中で一番歳の
若そうな青年が騎馬と共に残された。
名をゾラと教えて貰う。
彼はこの地を納めるトンプソン家の四男坊で、ナルサスが家を継ぐ
ことは決まっている。
彼に残された道は他の貴族に婿入りするか、家を出るかの2択だっ
た。
彼は家を出ることを選択した。
この戦いが終われば騎乗している馬を売り、私財をかき集めて王都
で冒険者になる予定のようだ。
1219
トンプソン家は将軍ではあるものの、領地はそれほど広くない。
その為、総勢の兵を集めても1100を下回る。しかし、鉱山を多
数所有し財力と資源は豊富にあった。
田舎貴族とトンプソン将軍が言っていた通り、国境が近いこの地で
は礼儀作法よりも実力のみ優先される事項だ。
その為王都に近いこの領地と言えど礼儀作法は最低限、社交場で活
躍する貴族社会とは無縁に近いものだった。
割とフランクな貴族というのが領民の率直な意見であり、貴族らし
さの無さが好感を持たれていた。
ゾラにしてはそれでも貴族暮らしが堅苦しいと思っていたとのこと。
色んな所を旅してきたソウマの話や冒険を聞きたがった。
俺も日本人だ。余りコミュニケーションは上手では無くとも低姿勢
のヨイショの精神は社会人として経験しています。
そして、そこで初めて俺が第3職業持ちだと明かす。
この世界には滅多にいない超一流の領域に立つ人種。
ゾラにはソウマがそんな凄い人間には全く見えなかった。普段なら
ば俄でも信じることは出来ない。
しかし、ゾラはだからこそ、ソウマはカタリナ様からの推薦状を受
けているのだと勝手に勘違いした。
徐々にゾラの警戒心が薄れていき、﹁いやーナルサス兄貴からソウ
マの事を監視も兼ねて情報収集しとけって言われてたんだよ﹂と、
ばらしてくれるくらい仲良くなることが出来て、色んな話が聞けた。
1220
ここへは兵達の立ち寄り休憩のみに訪れたようだ。
ゴブリン
この後に歩兵80名と魔法兵2名、補給部隊100名が東の詰所を
目指し行軍中とのことで、着々と緑小鬼討伐の準備は進んでいく。
ゴブリン
詰所約100名と騎馬100名。後続が182名と計382名。
オーバーキル
過剰戦力では無いのか?とゾラに問うと、緑小鬼が予想以上に多く
見積もっての投入数なんだそうだ。
多くとも300∼400匹範囲内だと想定しているため、敵の殲滅
兼此方の生存率と損耗率を考えて領主軍の3分の1程度を目安とし、
ゴブリン
尚且つ大規模軍事演習も兼ねての出撃。
親父達は緑小鬼程度、ハナから負ける要素はないと言い放っていた
と言う。
ゴブリン
確かに装備と数が揃った人間ならば、同数の緑小鬼に負けることは
ないとソウマも思う。
ゴブリン
︵しかし、それは緑小鬼も解っているはず⋮なのに、正面から討っ
て出てきたのは何か此方を撃破する為の勝算が向こう側にあるはず
だ︶
そこは確信をもって感じ取れる。
きっとこのまま、味方の予想通りの展開にはならないだろうと⋮そ
んな不吉な予感が心に駆け抜けた。
因みにゴブリンは最弱のイメージが多い。
1221
繁殖が多いために常に定期的に狩られる対象である。それはこの世
界でも変わらないようだ。
しかしVRゲームの時の知識ならば、油断できない個体も多数存在
している。
それとダンテの槍を覚えているだろうか?あのように高度な武具を
持つゴブリン達だって少なからずいるはずなのだ。
因みにプレイヤーでも条件を満たせばゴブリンに種族変化出来るの
だ。物凄く人気はないが。
好んでゴブリンへと進化したプレイヤーを一人思い出す。多分、プ
レイヤーとしてはその人一人だけだったと思う。
ソウマもユウトも随分お世話になっていた人物だ。
とまぁ、考えすぎなら良いけどな、と願いながらゾラに案内されつ
つココット村に別れを告げて後にする。
ゾラとの道中何事もなく進む。
1222
最初はソウマの徒歩に合わせていたが、本人からの申し出で体を慣
らしたいから走る︵ウォーミングアップ︶と、伝えた。
了承したゾラだったがソウマの走りだした途端、凄いスピードで馬
と大きく差が開き始めた。
慌てたのはゾラだ。騎馬を思いっきり走らせると、途中で気付いた
ソウマが緩めのスピードに戻し追い付くまで待ってくれた。
そのまま騎馬に合わせて並走して走り、汗1つかかないソウマを見
てゾラは驚きを通り越して感心と呆れが混ざっていた。
これが第3職業者持ちなのかという感心と味方である頼もしさ。
そして、自分達の想像を超えた身体能力に呆れ⋮とだ。
3時間くらいで東の詰所まで到着してしまい、ソウマはゾラは到着
の報告のために別れ、代わりの歩兵に個室へと案内されていった。
ソウマは知らなかったのだが普通の兵達や冒険者は大部屋で一括り
にされるのにされることに対すれば、破格の対応だったと言える。
ゾラから話を聞いて道中のことを知ったトンプソン将軍はかなり驚
いて、お茶を口から吹き出したのは、後から教えて貰った話だった
︵ゾラ談︶
1223
一台のベッドに簡素な荷物置きのテーブルが置かれた小さな個室に
案内されたソウマは、ようやく一息ついた。
そして、腰から漆黒の短剣を取り出した。
まじまじと眺め、やがてこの世界に来た経緯を思い出した。
数々との強敵に対して助けてくれた短剣に額に当てお礼を伝えた。
︵今まで有り難う︶
マップと気配察知で周りに人がいない事を確認すると、ソウマはク
ラスチェンジするためサンダルフォンの神血石を手に持った。
イコル
クラスチェンジするためのアナウンスが脳内に流れ、yesを選択。
すると、神血石から身体中に注ぎ込まれたエネルギー源は血液が沸
騰、また冷却を繰り返すような感じを受け肉体が破壊と再生を繰り
返させる過程を体験した。
異物が体の中を這いまわる不快感と恐怖が襲う。
体感時間的に何時間⋮いや、何日も流れた気がする。しかし実際の
時間にしたら一瞬。
そして何事からも全て解放された高揚感が支配した時、新しい生命
が誕生する。
無事、種族クラスチェンジが完了した。
イコル
サンダルフォンの神血石は唯一無二の最上位種族クラスチェンジア
イテムである。
更にグランドアイテムとして漆黒の短剣で成功率を底上げ、加算し
ている。
1224
サンダルフォン
気付いてはいなかったがソウマの異界大天使の加護も加わり、成功
率を上げていた。
見掛けは殆ど変わっていない。強いて言えば銀髪に美しい紫色が一
房混じっている。
これはサンダルフォンの髪色だな⋮しかし銀髪に一房の紫髪⋮厨二
テイスト満載だな。気に入ってるから別に良いけどさ。
身に纏う微細な魔力までが解るほどしっくり馴染む。驚いた事に魔
力量も今までとは桁違いに上がり、魔力自体の質も高い。
より一層筋肉が積層のように収縮され、しなやかさが増した身体は
今までの身体が嘘のように軽い。
ついに種族進化したのだと感傷に浸っていると追加のアナウンスが
脳内に響いた。
ハイオルタナティブ
︻個体名ソウマがハイヒューマン・エリヤに高位種族進化を確認。
高位存在への進化に伴い、︻ー︼を司る︻ーーーーー︼より干渉⋮
波長が一致。
オートリライト
オートリライト
福音が授けられました。
自動書換します⋮自動書換完了しました。
1225
センチネル・ゾーン
スキル︿魔眼﹀︿鷹の目﹀を統合し、新上位スキル︿戦弓眼﹀の獲
得。
また固有スキル︿セフィラ︵装備時弓の効果2倍︶﹀を獲得しまし
た︼
⋮⋮⋮⋮はい?
1226
一方、カタリナはと言うと、やはり本人の予想通り、トンプソン将
軍から今回の討伐戦には参加せずに王都へと一端帰還命令が下され
ていた。
仕方がない⋮と参戦を諦め、カタリナはトンプソンに頼み込んで荷
車を一台王都まで借りることとなった。
補給部隊の荷車に生命樹の実使いで手に入れた黄金実の殻と、樹齢
500年の古木を載せる。
またココット村のマコットの馬車に協力してもらい、エンゼルナッ
ツの死体とヘブンズナッツの死体を括りつけて王都の魔物専門部署
まで運んで貰うことになった。
﹁ソウマくん、気を付けて⋮﹂
ソウマ
﹁なぁに、奴の事だ。きっと大丈夫ですよ﹂
﹁そうね⋮そうよね﹂
胸に押し上げてくる不安がカタリナを襲う。
ココット村から出発した際、簡単な別れの挨拶をしたソウマを思い
出す。
1227
﹁カタリナ、君には本当にお世話になった。有り難う﹂
﹁こちらこそ⋮ソウマくんの武運を願ってるわ。推薦状も書いたん
だしね﹂
﹁死なないように頑張るよ。ここでお別れだな。また⋮会おう﹂
お互い笑いながら⋮そんなあっさりとした別れであった。
ソウマ自身はモテる方じゃないし、イケメンではないと思っている
から超絶美人とどうにかなる⋮なんての期待なんてまず思ってなか
ったし、カタリナと縁があればまた会えると信じていた。
カタリナは人間達の書く恋愛物語のような展開にもならないし、願
ってもなかったけれど。
去っていくソウマの背を見ると、胸が辛く、寂寥感に支配された。
まだ恋愛感情に発展はしてないが、間違いなく彼女の胸の中に新し
い感情の欠片が生まれていた。
族長の孫として期待され、特別な加護を持って生まれてきたカタリ
ナは幼い頃から大人に混じって厳しい修行を行ってきた。
里のダークエルフ達には尊敬や妬みを受けたことはあっても、友達
になるような気安い人間関係を築ける環境でもなかった。
カタリナもそれが当たり前だと感じていたし、祖父の厳しい中の優
しさがあれば充分だったのだ。
時が経ち、美しすぎる女性に成長してからは様々な異性の人種から
︵主に人族︶言い寄られる事が多かったものの、誰一人として心を
動かす人はいなかった。
恋愛をしたことがない。
1228
それゆえ、胸に込み上げるくるこの感情を不安だと勘違いしている
カタリナ。
その感情を押し隠すようにカタリナは東の方に向けてソウマの無事
を祈っていた。
1229
ソウマ編 種族進化と大群と︵後書き︶
カタリナとの邂逅のあと、100騎の手勢を率いて東の詰所に到着
したトンプソン将軍は、馬を預け副官であるナルサスと共に司令官
室へと入る。
トンプソンが来るまでの実質の国境監視の責任者である連隊長の話
を聞くためだ。
出迎えを受けたトンプソンは、現在の詳しい情報を連隊長から報告
を受けた。
﹁何⋮だと。それは真か!﹂
ゴブリン
﹁はい。どうやら他から合流しているらしく、緑小鬼共は500は
入るものと思われます。
その中には一際大きな個体も確認され、一直線に此方を目指してい
るのは間違いありません。
現在50名の部隊を一時的に展開して待機させております﹂
帝国側からこの詰所に来るまでの街道は、手間と暇と莫大な予算を
長年かけて整備、舗装された切り抜いた石材で出来ていた。それは
資金が潤沢なトンプソン家でしか出来ないことだった。
周りを見上げるほどの壁で強固に覆い、例え他国の大軍を持ってき
ても一気に展開出来ないようにしてあるのだ。
1230
この街道の他には山崖と絶壁に囲まれており、この街道以外には通
ゴブリン
ることは出来ない。
その街道に緑小鬼が迫っていた。
﹁連れてきた騎馬兵を休ませたあと、展開させた歩兵部隊を下がら
せて交代させる。街道に入る前に叩くぞ﹂
騎馬を活かすためには整備された街道には余り向いていない。
開けた山道は騎馬が展開出来る唯一の場所であった。
﹁取り敢えずはそうして⋮後は歩兵部隊と合流するまで臨機応変に
動くしかあるまいな﹂
﹁それで宜しいかと思います。
また緊急募集をかけた冒険者も集まってきておりますゆえ、戦力的
にも補充がききます﹂
トンプソン将軍と連隊長の方針話がまとまった所で、ようやくナル
サスが口を開いた。
﹁冒険者で思い出しましたが、親父⋮ではなく将軍、ソウマの扱い
はどうすれば宜しいですか?﹂
ギロリと睨む父親に慌てて言い直したナルサス。軍務中は公私混同
はするなと、先程口酸っぱく言われたばかりだったのだ。
不思議がる連隊長にも話を伝える。すると、次第に扱いに困る表情
をした。
何と言っても国の英雄でもあるカタリナ・ブラッドレイの推薦状な
ど初めて聞いた。
1231
前例がない以上、どのように配置すればいいのかわからないのだ。
﹁あの者か⋮取り敢えず本人の意向を聞き、何もなければ遊撃に回
せば良かろう。どこに回しても戦果はあげよう、何しろ貴重な戦力
であるからな﹂
戦に関して厳しいほどの父親が他者を誉めていた。
これにはナルサス以外にも連隊長も驚いた。
その表情を面白そうに眺めたトンプソンは、カタリナに小声で伝え
られた事を2人にも教えた。
ソウマ
﹁あの者は王国にも数人しかいない程の第3職業者よ。一騎当千と
は彼の者やもしれん。
それゆえ個人にしては戦自慢の儂よりも強いであろう。本人は余り
公表して欲しくはないようだから、他の兵達には秘密にせよ﹂
絶句している2人に対して失礼が無いように徹底しておけ⋮と、伝
えることも忘れない。
しかし、気まずそうにナルサスが報告する。
﹁将軍、申し訳ありません⋮そうとは知らずゾラ騎兵に怪しい人物
だから情報収集しておけと命令しました。口が軽いゆえもう知れて
いるかもしれません﹂
まさかそうとは知らずに⋮と言う言い訳の前に、ナルサスの頭に特
大の拳骨が落ちた。
悶絶するナルサスに叱責をしたトンプソンは、ため息を付きながら
反省せよ⋮と告げた。
1232
親子であるゆえにその程度ですんだのだと解るナルサスは、痛みに
耐えながら申し訳ありませんと謝罪したあと、後ろに下がった。
そんなやり取りを見て見ぬふりをする連隊長も大変である。
その後、直ぐに報告に来たゾラに道中の話を聞いてナルサスの事を
喋ったことと身体能力の高さを知り、頭を抱えたトンプソンであっ
た。
1233
ソウマ編 緑小鬼の大侵攻 出会い
現在、与えられた個室の中で呆然とした表情で座り込んでいるソウ
マがいた。
ソウマの種族はハイヒューマン・エリヤとなった。
センチネル・ゾーン
その影響から不可思議な事に新たなスキルが増えていた。
しかも、上位スキル︻戦弓眼︼と︻セフィラ︼。
︻セフィラ︼に至ってはチート過ぎる。弓装備の際の効果2倍って
なんなのさ。
福音?誰が何のために⋮暫く混乱していたのだが、アナウンスの伏
せ字が解らなくて、一旦思考を放棄した。
取り敢えず、授けられました⋮と、ある以上害のあることではない
よな?
何方か存じませんが有り難うございます⋮と深く感謝して、頂いて
おこう。
機会と時間があれば新スキルを後で検証していきたいな。
一先ず落ち着いてきた所で、ドアがノックされた。
部屋を出るとそこにはゾラが立っていた。
ソウマを一見して少し訝しそうにしたものの、直ぐに気のせいだと
感じたのか用件を伝える。
1234
﹁ソウマ⋮親父が呼んでるから今すぐ来てくれるか?﹂
﹁トンプソン将軍が?わかった。少し準備を整えるから待っててく
れ﹂
悪いな⋮と、すまさそうに両手で拝むゾラ。
道中此所へ来るまでに敬語ではなく、タメ口を聞けるほど気安い関
係となっていた。
準備と言っても方便で、少し身なりを調えるだけだったが。
ゾラに案内されて司令官室前へと到着した。
﹁ゾラであります。ソウマ殿をお連れしました﹂
﹁ご苦労、入れ﹂
﹁失礼致します﹂
初めてゾラの敬語を聞いた。
仕事は仕事できちんと分けているんだと、少し感心しながら促され
るまま部屋に入った。
部屋の中をさっと見渡す。
大部屋には中央にトンプソン将軍が椅子に腰掛けており、左右にナ
ルサスともう一人武装した人物が立っていた。
執務室も兼ねているようで、中央に大きなテーブル1つと椅子が他
にも複数ある。
天井高めに窓が配置されており、部屋の両脇には国旗がそれぞれ飾
られていた。
1235
アデルの町のギルドマスターの部屋を彷彿とさせた。
﹁カタリナ様の推薦人をお呼び立てして申し訳ない。儂は堅苦しい
のは苦手でな⋮まずは座ってくれ﹂
﹁お言葉に甘えさせて頂きます。では﹂
﹁呼び立てたのは他でもない。現在の作戦状況と情報をお伝えする
ためだ﹂
横目でトンプソン将軍が見慣れぬ人物に目線を配ると、ずいと中年
の男性が前に進み出る。
顔に刻まれた傷が本人の渋味を増させている。グランさんからは歴
戦の戦士を彷彿とさせた。
﹁お初にお目にかけます。私はこの詰所の責任者であり、歩兵部隊
の連隊長を勤めるとグラン申します。
お見知りおきを﹂
ゴブリン
グランが簡単に説明すると、現在緑小鬼の数は500をくだらない
と言う。
合流して数を増やしながら最終的にあと3日程で戦場ポイントまで
やってくる。
現在この詰所の街道の先にある、戦場となる予定の広く開けた場所
にて部隊を展開させており、暫くしたら騎兵隊と入れ換える予定で
そこで迎え撃つ形になるとのこと。
また、冒険者も緊急募集クエストで現在もそこそこ集まってきてい
るとのことで、詰所の外に仮説テントを設けそこで寝泊まりして貰
っているとのことだ。
1236
そこでソウマの役割をどうするのか聞かれた。
部隊に混じるのか、それとも冒険者と共に遊撃役に回るのか⋮。
﹁私は⋮遊撃に回ります。
弓を専門に扱いますし、集団戦闘の経験もありません。部隊に入れ
て頂いてもお役に立てそうにありませんから﹂
ソウマは迷いもなく答えた。
トンプソン将軍の副官ナルサスはホッと安心した表情を覗かせてい
た。
余程俺の扱いに困っていたのだろうと感じる。
﹁わかりました。では、冒険者達と同じ遊撃役に回しておきます。
冒険者からの代表者を決めて此方の方針は伝えますが、ソウマ殿の
場合はご自身の判断で自由に動いて頂いても結構です。
出撃は3日後の予定です。それまでは自由時間となりますし、食事
は此方でご用意させて頂きます﹂
他にご質問は?と聞かれたので、この詰所以外に利用できる場所は
あるのか尋ねる。
この詰所の練兵場と武具の手入れの為の第2鍛治場を冒険者向けに
解放しているそうなので、そちらは無料で使って良いとの事だった。
そして、ゾラだけ此方の連絡役として付けるそうなので、何かあれ
ばゾラに伝えてほしいと告げられた。
﹁カタリナ様がお認めになったソウマ殿の実力、期待させて頂いて
いる﹂
1237
あとはそこそこな挨拶と共にゾラと共にその場を後にした。
トンプソン
普段慣れない緊張する場だった。ゾラも苦手だと苦笑していた。ま
た、内心で厳つい親父を前に堂々として気圧されないソウマを見て
感心していた。
﹁じゃ、ソウマ。練兵場と第2鍛治場を案内するから着いてきてく
れ。そのあと一緒に飯でも食おうぜ﹂
ゾラの案内の元、2つの箇所を回り食堂で昼飯を済ませた2人。
第2鍛治場へ行った際は他に誰もおらず、武具の手入れは各自で行
うことだと教えて貰った。
ゾラもある程度の手入れならば自分で出来るらしい。
興味をもったソウマはゾラから簡単な武具の手入れについてレクチ
ャーを受けた。
そうして時間は過ぎる。夕陽も暮れかけた頃には緊急募集で集まっ
た冒険者達が詰所の周りでたむろしていた。
その中には上位ランクであるB級冒険者が率いるパーティーもあり、
D級以下は募集されていないため結構な戦力が集まりつつあった。
近隣から集まったのべ総勢54名。そうして冒険者の代表は、唯一
のB級冒険者に決まったとゾラから教えられた。
このまま夜も更けていき、寝ようと思った時に、ドンドンと戸が荒
く叩かれる。
何事かと思い、外へと出れば見知らぬ男性と、他にも5人ほどドア
の外へと突っ立っている。
戸を叩いていた男を含め、眼鏡のかけた知的そうな男以外は髭もじ
ゃの臭いのきつそうな体臭⋮ちゃんと風呂はいってんのか?
ひげもじゃ
しかし、それなりに鍛えているであろうことは一見してわかった。
戸を荒く叩いていたであろう男性が値踏みするような目線でソウマ
1238
を見ている。
﹁おう、邪魔するぜ。俺が冒険者代表となったB級冒険者のヌーイ
って者だ。
将軍から格別な配慮を受けてるっつうお前を見に来たぜ⋮しかし、
何だな。
そんな貧相な身体で戦えんのか?
いや、それとも格別な配慮ってやつはあれか?お前が身体で特別な
寵愛を受けるからなんだろ?﹂
ゲラゲラと周りにいた者達も馬鹿にした下卑た嗤いで追従する。あ、
知的そうな眼鏡男だけは眼だけは笑っており、と目線で此方を見つ
めていただけだった。
それを聞いた俺は当然烈火の如く怒⋮る事もなく、目の前で大声で
嗤う男達を冷めた目線で見ていた。
あーあ、良いのかね?雇い主の将軍に対する不敬な発言をそんな大
声で言って。誰が聞いてるか解らないんだよ。
それを伝えると、嗤い声がピタッと止んだ。
ヌーイと呼ばれた男は一瞬だけ振り返り、眼鏡男を見た。
眼鏡男はやれやれと言った表情だ。
こんなに騒いでも騎士や歩兵の一人もこないなんて⋮。
あー、これはテンプレってやつだな。
取り敢えず、面倒なので戸を閉めて鍵をかけた。
1239
流石にそんな反応をとられるとは思っていなかったようで、ヌーイ
達は慌てて戸を叩き、喚く。
うん、無視だ無視。関わっても碌なことにならないもんな。
これで戸を壊せば正当防衛で通報出来るし、それこそ儲けもんだ。
暫くわめき散らしていた奴等も俺がどうしても出てこない事を悟る
と、捨て台詞と共に去っていった。
夜中にふっと眼が覚める。
何か胸騒ぎを覚えて部屋を出た。
外は真夜中であり、何本ものかがり火の光が夜を淡く彩っている。
小窓から外を窺っていると詰所の外壁⋮丁度人一人が何とか通れる
だけの幅に怪しい影を4つ見つけた。
ソウマは直接外壁にとんでもない握力で壁を直接掴み、摺り足で一
1240
定の距離を空けて近付いていく。
警備の兵からはどうやらその場は死角のようだ。
怪しい影は見付かることの無いまま、ソウマの部屋の方向へと進ん
でいく事を確認した。
近付くと、何だか聞き覚えのある声が小声で聞こえる。
シャリ、シャリと金属が擦れている音が響き、此方へとゆっくり向
かってくる気配がした。
や
﹁おい、ヌーイ。本当に殺るのか﹂
﹁当たり前だ。あんなにコケにされりゃ我慢なんねぇぜ﹂
﹁しかしよぉ⋮ありゃ領主のお気に入りらしいって噂されてんじゃ
ねぇか﹂
弱気になる仲間に向かい、不適に笑う。
﹁はっ、そんなの心配いらねぇさ。見たろ?あの腰抜けぶりをよぉ。
俺達にビビって何も言えねぇでやんの。今頃チビリながら部屋に閉
じ籠ってらぁ﹂
・・
ゲヒヒとひとしきり醜く笑いあうと、仲間達が賛同していく。
﹁そうだぜ、ヌーイの言うとおりだ。
あんな奴怖かねぇよ。それに何かあっても旦那が何とかしてる手筈
になってんのよ。心配はいらねぇさ﹂
1241
・・
﹁まぁ、最初は旦那に頼まれたからだったがよ⋮俺らはよぅ、実力
が無いくせに生意気な奴が大嫌ぇなんだ。
俺達のように実力がある真の冒険者様が偉ぇんだぜ。偉い奴等はそ
れがわかってねぇ。
だから、俺達が毎回思い知らせてやんねぇとな﹂
毎回って⋮彼奴らまさかこんな暗殺じみたこと幾度となく繰り返し
てんのか?
好き勝手に言いながら、ヌーイ一行はソウマの部屋
へと進んでいく。
馬鹿な奴等だな⋮と、辟易する。尾行されてることにも気付かない
なんて間抜けもいいところだ。
・・
しかし、旦那か?裏で糸を引くやつが間違いなくいるって事だ。
うーん、心当たりはないが怪しい奴ならいる。
あの知的眼鏡の男だ。
どうして俺を狙うかは解らないが⋮ね。
そうこう考えている内にヌーイ達はソウマの部屋の前まで到着した。
外壁からソウマの覗き見ていた小窓から順々に忍び込んでいく。
そして周りを伺いながら、移動しどうやって入手したのかわからな
いが準備していたであろう合鍵で部屋の施錠を解除する。
ガチッ⋮と扉が開いた。そして武器を構えて小さな部屋へと乗り込
んだ。
よし、これでアウトだ。
1242
奴等は武器と殺意を持って俺の部屋に侵入した。
殺されても文句はないだろう。
ソウマは上半身の力を使い一瞬で小窓から跳び、転がり込むように
部屋に入った。
そして、ソウマの不在を訝しそうにしている4人の意識を瞬く間に
刈り取った。
・・・
既に人間業では無いほど洗練された動きは、一種の芸術であった。
このまま髭男達を持ち上げ、ひょいと順々に詰所の一番上へと運ぶ。
以前も凄かったステータスだったが、種族進化した筋力のステータ
スは更にとんでもない事になっていた。
何の苦もなく4人は屋根上へと運ばれ、そこでロープでぐるぐる巻
きにされた。
そして、一人の頭を小突いて意識を取り戻された。
﹁⋮⋮あっ、ここは何処だ⋮げぇ、お前はソウマ﹂
﹁黙れ⋮大声を上げるな﹂
﹁何だと!俺様を誰だと思っ﹂
そう言う前にアイアンクローでギュッと頭を掴み、体ごと持ち上げ
た。
人の頭があっという間に潰れんばかりの力が瞬時に込められ、髭男
は声すら出せなく息すら出来ない。
顔色がおかしくなった所でストンと手を離した。
酷いむせ込みと息の吸い込みが行われ、暫く咳が止まらない髭男。
1243
少し収まった所でソウマが口を開く。
﹁状況がわかったか?俺の言う質問だけに答えろ﹂
冷酷に言い放つソウマに恐怖を覚えた髭男は壊れんばかりに上下に
必死に頷く。
﹁何故俺を襲った。嘘は許さん﹂
﹁⋮そ、そ、そ、そりゃあ頼まれたんだよ。ある男によ。嘘は言っ
てねぇ﹂
﹁ふむ、頼まれた奴は誰だ⋮お前達が言っていた旦那と言う男か?﹂
﹁ひぃぃ、何で知ってやがる⋮俺は何も知らない。詳しくはヌーイ
しか知らねぇんだよ﹂
﹁外は気持ちいいな⋮こんな空を飛べたら気持ちいいと思わないか
?﹂
﹁へっ⋮何を言ってやが﹂
最後まで言わせず、髭男の胸ぐらの装備ごと掴んで軽々と持ち上げ
たソウマは、重ねて問う。
﹁空を飛べたら気持ちいいと思わないか?良かったら俺に手伝わせ
てくれ﹂
1244
ソウマの言う意味を理解した髭男は、顔色が真っ白になった。
つまり⋮俺が空に飛ばされると言うことだと理解したからだ。この
ソウマの力は尋常ではないことは理解した。
不可能では無いことが本能的に解ってしまったのだ。
恐怖で声すらも出ない髭男は、失神すら許されない状況にポタポタ
と下腹部から失禁していた。
そんな状態で他の男達が気付かない訳がなかった。
必死の命乞いが聞こえ、黙れとの一喝でまた静寂が訪れていた。
﹁お前はB級冒険者なのだろう?そんな立場ある人間に命令出来る
人物は誰だ?言え、誰に頼まれた﹂
ヌーイは激しく後悔しており、自分達が決して喧嘩を売ってはいけ
ない相手に喧嘩を売ったことを絶望と共に感じていた。
﹁俺はあのレナードって男の口車にのっただけだ!それに、俺はB
級冒険者なんかじゃねぇ。
C級何だよ。さぁ喋ったぞ、おでのごとはだずげてくれ﹂
力のない声で命乞いをするヌーイは、もう恐怖で涙と鼻水で途中か
らぐじゃぐじゃだった。
こんな姿の人間を見ても、良心の呵責が全く沸いてこない。
前の世界ではあり得ない事だ。
1245
この世界に来てから魔物であっても、例え人であったとしても、自
身の命の危機に瀕する可能性があれば容赦など出来るはずも無かっ
た。
そういう判断で気持ちの切り替えが出来るのは、生き抜くための非
情さが必要として望んだのか、人として病んでいるのか⋮はわから
ない。
考えてもきっと答えは出ない。なら、考えても無駄かもしれない。
未だに必死の命乞いを聞き流しながら、こんな事を考えていた。
不意に
﹁はぁ、やれやれですね。もう話してしまうとはがっかりですよ﹂
冷たい夜にこの場にそぐわない冷たい声が側でする。
月夜の光に、いつの間にか距離を開いたところに影のシルエットが
1つあった。
﹁ヒュッ⋮あんだはば、だんな。だずかったぜ。
へへっ、ゾゥマ、おべえばおばりだ﹂
ようやく、助かったとばかり安堵したヌーイだった。何度も過呼吸
を繰り返して少し落ち着き始めた様子が見えた。
ソウマに驚いた様子はなく淡々とヌーイ達から旦那と呼ばれた人物
を観察していた。
何故かスキルの気配察知には反応が無かったが、種族進化の際に得
1246
・・
た︻第6感強化︼で何となくそこにいる気配だけは常に感じていた。
旦那と呼ばれるには若いような気もするがな。
観察した結果、そんな感想を抱いたソウマだった。
旦那と呼ばれた男の非常に冷たい目線に、味方である筈のヌーイの
肝が冷えていく感触を味わう。
﹁やはりお前か⋮餌で釣った介があったよ﹂
﹁見捨てても良かったし、しらばっくれても良かったんですけど⋮
貴方の力を見て気が変わりました。
彼等を僕を誘き出すための餌にするなんて⋮なかなか知略にも長け
ているようですね﹂
そこに現れたのは月光で眼鏡がキラリと輝きを放つ知的な雰囲気を
醸し出すイケメン。
歳は二十歳前後。薄いグレーの髪に青とグレーの軽装鎧。黒とグレ
ーの肘まである手袋とお揃いのレッグガードが良く似合っていた。
﹁レナード⋮はアダ名でしてね。
本名はレイナード・ヴァリスと申します。どうかお見知りおきを﹂
不安定な屋根上の足場も気にならないほど、腰をおって優雅なお辞
儀をする。
1247
おんぎょう
﹁レイナード⋮ね。本当はお前がB級冒険者なんだろ?さっきから
隠形で見事に気配を隠して覗いていたな﹂
﹁あらら、バレてましたか⋮これでも隠形には自信があったんです
けどね﹂
肩をすくめて苦笑する彼は、惚れ惚れするほど絵になっていた。
﹁ところで彼等を僕に渡してくれませんか?﹂
﹁⋮ん、どうするつもりだ。仲間だから逃がすのか﹂
﹁いいえ、僕と彼等は今回初めて会った間柄です。臨時でいただけ
で本来のパーティーは別にいます。
しかも彼等は罪を犯しすぎた冒険者でしてね。
強盗、恐喝、果ては殺人。
どうしようもない人物なのですが、巧妙に手口を隠すのは上手でこ
れまで現場を押さえることが出来なくて⋮でしてね。
いい機会でした。本来ならば貴方に絡むことでターゲットにして利
用しながら、現場を取り押さえてどうにかするつもりでしたが⋮そ
んな必要は無かったようです﹂
その口調ぶりにソウマは何となく思い当たることがあった。
映画や漫画で馴染みがある。
﹁依頼はギルドの暗部か⋮?﹂
少し疑問系になったが、ポツリと呟いてみた。
﹁これは⋮まさかギルドの裏顔までご存知とはね。
1248
暗部ではありませんが、ソレに近い存在とだけ言っておきましょう。
ギルドから裏の依頼を任せられる程⋮のね﹂
冒険者ギルドにとっても特別な存在であることを案に仄めかすレイ
ナード。
﹁いいや?当てずっぽうの勘だよ。レイナード、嫌だと言ったらど
うする気なんだ?﹂
﹁フッ、どうにもしませんよ。それにソウマさんならそんな選択は
しないはずです﹂
黙り込んだソウマは考え込む。
その間にヌーイがレイナードに噛みついた。
﹁ちょとまてや。俺達を騙したのか?ソウマを小突けば大金の約束
はどうした!!﹂
﹁ええ、でも僕は殺せとは言ってませんし、その依頼の前金はお渡
ししましたよね?金払いは良かったでしょ。
それは取っておいて貰って結構ですよ。まぁ、直に必要の無くなる
場所へと向かいますが﹂
﹁小僧が⋮貴族だからって舐めやがって﹂
憎々しげに新しい情報をくれたヌーイ。
更にどうでも良くなってきたぞ。俺、冒険者じゃないし。
面倒になったきた所で更に第3者の介入があった。
ソウマの気配察知スキルと︻第6感強化︼が捉えた、新たに2人の
1249
気配が加わる。隠そうともしてないから、レイナードと違ってスキ
ル系はないのだろう。
しかも、一人は懐かしい気配だ。
それより先にもう1人の気配が先に来る。
レイナード
・・
﹁ちょっとそこの平民。高尚なる貴族がそう言ってるのよ。黙って
従いなさい﹂
腰に手を当て俺に指を指している。
誰だ、この失礼な⋮⋮ん、小さな少女は。
亜麻色の髪を靡かせ、将来キツメな美人になりそうな少女は首に真
紅のチョーカーを首に付けていた。
まだ未発達な身体で見事なまでに凹凸がない。上質なレザーメイル
に武器である朱色の槍は非常に目立つ格好だ。
﹁アーシュ。それでは誰も君の言うことに聞く耳を持たない﹂
バト
もう一人が声をかけてきた。その声の持ち主にソウマは心当たりが
あった。
しかし、何故こんな所にいる?疑問は尽きないが。
﹁久しぶりだな、ソウマ。覚えているか?﹂
﹁ああ、久しぶりだドゥルク﹂
ルスミス
それはアデルの町で別れたドワーフ族の青年。第2職業を持つ戦闘
鍛治士ドゥルクだった。
1250
﹁色々聞きたいこともあるとは思うが⋮すまないソウマ。コイツら
を一端レイナードに預けてくれないか﹂
﹁お前ほどの男が言うなら⋮良いだろう。ただし、後でしっかり説
明してもらうからな。貸1だぞ﹂
その言葉に苦笑しながら頷くドゥルク。
わたくし
﹁な、なんて野蛮人なの⋮私やレイナードの言うことを聞かないで
ドゥルクだけ聞いて⋮﹂
少女は唖然の表情からワナワナと震え出した。
﹁それは失礼しました。
初対面の相手に自己紹介もせず、礼儀を知らないお嬢さん。俺の名
はソウマ。
手伝わないならちょっとどいてて頂けませんか?﹂
﹁⋮む、む、む﹂
失礼な物言いに口をパクパクさせてみるみる紅潮する美少女は、何
かを口走る前にドゥルクに手元を抑えられる。
グッジョッブ!
大声を出されては問題になるからな。
レイナードは顔を片手で押さえながら、美少女の元へと向かった。
その間にソウマは髭男達4人を順々に担ぎ上げ、物音も立てずに悠
々と室内へと戻った。
1251
髭男4人を下ろし終えると、ようやくレイナード達は3人揃って屋
根上から降りてきた。膨れっ面の美少女は此方を睨むだけに留めて
いた。
レイナードが開口一番にお礼を伝える。
・・
﹁ソウマさん、ご協力有り難うございました。こちらの者が間もな
く来る手筈になってます﹂
バタバタと複数の足音が響き、ゾラを先頭に警備兵がやって来た。
﹁レイナード殿、お待たせしました。⋮もう捕縛しておられたので
すね。遅れて申し訳ありません﹂
ゾラがお仕事モードでテキパキと指示を出しつつ、レイナードと話
し手続きに入っている。
警備兵がロープで縛られた髭男達を連行していった。首には奴隷が
付ける首輪が嵌められる。
彼等は此れまでの犯罪から重犯罪者の分類として戦奴として過酷な
戦場に送られるか、終身鉱山で採掘させられるかの2択を選ばさせ
られるそうだ。
ゾラがレイナード殿との話を終えると、俺の方へ来て聞こえるよう
に話す。
﹁ソウマ殿もご協力有り難うございます。
まさかカタリナ様の他にあのヴァリス家の方ともお知り合いだった
とは⋮報奨金も届けさせましょう﹂
﹁いえ⋮彼等が動いていてくれたお陰で、他者にも怪我なくすんな
1252
りと捕まえられました。
報奨金は彼等に分配して下さい﹂
カタリナ
等とやり取りをしながら、ゾラはでは⋮と、去っていった。
余計な情報を⋮後で見てろよと表情に出して見送った。
振り返るとレイナード達が待っていた。カタリナうんぬんの件はし
っかり聞いていただろう。
代表してレイナードが前に出る。
﹁ソウマ殿、今回のお礼として簡単な食事を用意しております。ど
うやらカタリナ様ともお知り合いの様子、お話も伺いたいですし如
何ですか?﹂
先程の状況が分からないゆえの高飛車な態度ではなく、俺も丁寧に
対応する。
﹁ご招待有り難うございます。申し訳ありませんが慎んでお断り致
します﹂
にっこりとお断りを入れて部屋に帰ろうとすると、案の定まったの
声がかかった。
﹁ちょっと⋮お待ちなさい﹂
礼には礼を⋮それ以外には苦い対応をすることがが現在の俺の主義。
まぁ正直貴族相手に無用な敵など作りたくはないし、ドゥルクの知
り合いかつチームメンバー見たいなので無下にし過ぎることは出来
ない。
1253
﹁何でしょうか?お嬢さん﹂
アーシュはふんっとした態度だっだが、レイナードから見咎めを受
けて仕方なくしゃんとした表情で向き直る。
﹁平民ソウマ、先程ゾラ殿から教えて頂きましたが、あのカタリナ
様のお認めになった人材だとか⋮。
ソウマに貴族の者と戦うことの出来る名誉を授けましょう。
明日私と試合形式の勝負しなさい。それで許して差し上げます﹂
﹁⋮それでお気がすむのなら﹂
うーん、結局名乗って貰えなかったな。試合形式とは言え、明日は
面倒臭くなりそうだ。
日にちは明日の明朝早く、練兵場でレイナードとドゥルクも立ち会
ってくれるそうだ。
折角再開したドゥルクに軽く別れを告げたソウマは、そのまま眠り
につくべくあてがわれた部屋にて休むのだった。
1254
ソウマ編 緑小鬼の大侵攻 出会い︵後書き︶
ドワーフ族の中でも最高の鍛治士としての偉大なる父を持つ青年ド
ゥルク。
鍛治の才能を受け継ぎ、ひたすら努力してきた毎日。若くして父親
の持つ店の1つを任される程に成長していく。
しかし、成長する度に過程として壁が立ちはだかる。
苦労しながらも乗り越えてきた何度目かの壁を、今回彼は崩せずに
いた。
そんな時、偶然に出会った人族に自身の作品を売った事で出会いが
あった。
その出会いは、此れまでの自分の鍛治士としての力量に疑問を持つ
機会となった。己の作品ではその人物の力量には相応しく無かった
からだ。
果たして自分はこのままで良いのか⋮と。
答えは未だに出なかったが、作品を回収したドゥルクには1つの目
標が出来た。
いずれ、その人物に相応しい作品を打ち、力になる事を⋮。
1255
アデルの街で別れ、ユピテルの町に戻ったドゥルク。
彼は其処で男女2名の人族に会う。
男は冒険者で若き青年。歳はドゥルクと同じ。
特に女は綺麗で勝ち気な瞳をしていて少女と言っても差し支えのな
い体型だった。しかし、驚いた事に少女⋮いや、彼女も同じ年齢だ
った。
彼等は彼女の武器である槍が折れた事で修復できる鍛治屋を探して
いたらしい。
見せてもらうと⋮成る程。
これは綿密な作りと仕上がりで拵えられたハイノーマル級の可変槍
と呼ばれている武器だ。
普通の武器と違い、基本的に修復できる鍛治士は極少ないだろう。
しかし、ドゥルクはやって見せた。
ドゥルク自身全ての武器のメンテナンスや作りを幼き頃から父親に
叩き込まれていなければ、手に終えなかった武器のジャンルに入っ
ている。
ギミック
修復と同時に、その芸術的なバランスで作られた可変槍の部分をな
るべく弄らずに強化する事を勧めてみた。
幸い手元には仕入れたばかりの良質な鉄鉱石と、赤熱石がある。
修復、調整して仕上げた可変槍は朱色に染まり、美しく輝いた。
1256
その手際にいたく感心した青年と彼女に気に入られ、熱意に共に王
都まで旅することになった。
道中、それこそ様々な事に巻き込まれていくのだが⋮それはまた別
の話となる。
トラブルメーカー
同年代の彼女によって引き起こされる事件は、時に喧嘩、時に友情
を育んだりと絆を深める結果となった。
青年はどうやら貴族のようで、その立ち振舞いから相当上の立場の
貴族だろうと推測している。
無事王都まで着いた一行は、そのまま冒険者ギルドで固定パーティ
ー登録をする。
たちまち位も上がり、困難な依頼を果たす新進気鋭のパーティーへ
と成長を果たした。
冒険者ランクも上がり続け、彼らの躍進は止まらない。
ゴブリン
そこに目をつけた冒険者ギルドから2通逆指名があった。
1つは東方で起こった緊急募集依頼。
もう1つは高額の犯罪を犯した冒険者の取り締まり依頼だ。
向かうところ敵なし。
当然、受けない筈がない。
現地では協力者がいるとの事であちらの兵と共に捕縛する予定であ
り、そう言う所は貴族である青年がいるため、スムーズな交渉が出
来るはずだ。
1257
意気揚々と王都から出発した。
そして、思わぬ所で久しぶりの邂逅を果たす。
まだ約束の剣は出来てはいない。
しかし、別の用件でドゥルクは力になると誓った約束を果たすこと
になるのだった。
1258
ソウマ編 緑小鬼大侵攻2 新弓の依頼︵前書き︶
読んで頂いて有り難うございます。再度見直しをかけるかも知れま
せん。
1259
ソウマ編 緑小鬼大侵攻2 新弓の依頼
詰所生活一日目。
この体は余り多くの睡眠をとらなくともいいようで、2時間の仮眠
でも熟睡した時と同じ充分な休憩時間がとれていた。
今日はアーシュのお嬢さんと試合形式の模擬戦を行う日だ。
明朝よりも少し早く、ソウマは1人練兵場にて瞑想しながら佇んで
いると誰かやって来た。
﹁おはようソウマ。早いな﹂
やって来たのはドワーフ族のドゥルクだった。
﹁お早う。ドゥルクこそ早いじゃないか﹂
﹁いや、もう練兵場にソウマがいるような気がしてな⋮話もしたく
て早めに来てみたんだ﹂
﹁そうか⋮俺も話がしたかったし、頼みたい事があったから丁度良
かった﹂
﹁おっ、頼みたいことか。貸もあるし俺で良かったら相談に乗ろう﹂
早速頼みごともしたいが、ますは折角話がしたいと来てくれたドゥ
ルクの話を聞くことが先だ。
﹁アデルの街から別れて3ヶ月。こんな形でまた会えるとは驚いた
よ﹂
1260
﹁確かに⋮まさかだったな。店は畳んで冒険者に鞍替えしたのか?﹂
からかい半分にドゥルクに尋ねると、笑いながら返してくれた。
﹁店は畳んではないさ。長期休業にしただけだ。元々父の顧客しか
いなかったからな。ソウマが来るまで暇だったんだよ﹂
こんにち
それから今組んでいるレイナード・ヴァリスと呼ばれる青年と、ア
ーシュと呼ばれる美少女がドゥルクの店を訪ねたのが縁で今日に至
るそうだ。
﹁アーシュの事はすまなかった。詳しいは俺から言えないが⋮色々
と不器用な奴なんだ﹂
ドゥルクから言える範囲として、彼女が貴族主義なのは幼い時から
の父親の育て方の問題だろうと言う。
早くに亡くなった母親は貴族で、何かことある毎に貴族とは⋮と刷
り込まれてきた影響と、同年代の友達が周りにいなかったも考えら
れていた。
﹁最初は俺も思うことがあったがパーティーとして一緒に行動し、
アーシュ本人を見て行く内に彼女がただそんな風になった訳じゃな
いと思えた。
本質は悪い人ではないと知ってしまったからな﹂
アーシュ
﹁⋮まぁ、とりあえず彼女から自己紹介をして貰えるくらいには頑
張って見るよ﹂
1261
そう言うとポカンとしたドゥルクは、間違いないと笑った。
﹁その件はこれで良いとして、ドゥルク。頼みごとは俺に弓を作っ
てくれないかって事なんだ﹂
﹁弓か?﹂
﹁ああ﹂
アイテムボックスより必要な素材を取り出す。
前世界の弓ガチャ︵武具専用︶で入手した貴重な素材が多数ソウマ
の元に集まっていた。
ハイレア
レシピを知る人間でなければ素材だけでは意味をなさないため、あ
の極上素材をも扱えた親父さんの息子であるドゥルクならば、レア
級素材を使った弓が作れないか知りたかったのである。
あの時は流星弓があったから必要なかった弓を頼もうと思う。
ハイノーマル級の和弓である︻優︼もあるのだが、既に限界まで使
い、半壊してしまっている。
・
実は練兵場にて兵士の使ってる弓を見たのだが、どれもノーマル級
の弓しかなかった。
指揮官クラスで限られた物はハイノーマル級もあった。
しかし、手にとって見てもどうも何か違う感覚がする。この弓は扱
う前に壊れる気がしてならなかったのだ。
実際に試しにしてみると、引き絞りの段階でバキィと音を立てて破
壊してしまった。
ゾラの目線が呆れと共に痛かったのは記憶に新しい。
1262
そんな訳で鍛治士としても腕の高いドゥルクがこの場にいた。運が
良い証拠なのかも知れなかった。
早速ドゥルクにガチャの素材を見せ、この素材で弓を作れないかと
尋ねてみた。
ドゥルクも鍛治士である。貴重なレア級素材を手に取り、1品1品
に目を輝かさている。
ソウマが欲しいハイレア級の弓のために課金で注ぎ込んだ弓ガチャ
素材の言わば余り素材であるが、組み合わさればソウマの知るレア
級の見事な弓が作れるはずである。
レア素材
レア素材
レア素材
レア素材
樹齢500年の古木×1
竜の牙×2
翼竜の髭×1
星の隕石の砂Or隕石
星の隕石の砂はアデルの工房から余ったものを拝借してきたものだ。
ゲームではこの弓素材の組み合わせ次第で、レア級だけの弓、ハイ
レア級だけの弓または混合等といった色々な種類の弓が作れた筈だ。
ドラゴントゥース
上記の組み合わせでは確か⋮レア級でも耐久性がかなり高く、属性
攻撃は無いが魔力により無属性の矢を撃ち出せる複合弓︻竜顎弓︼
が作れる予定である。
1263
他に
レア素材
レア素材
祝福された樹齢500年の古木×1
翼竜の髭×1
星の隕石の砂Or星の隕石
レア素材
を見せ、この素材でも弓が出来ないか尋ねた。
俺の感覚はこの素材を使えば素晴らしい弓が出来ると囁いてくれて
いた。
祝福された樹齢500年の古木は一つしかないとても貴重な素材だ
が、ドゥルクに任せておけば絶対に大丈夫だと思う。
﹁⋮⋮最初の素材けらは親父が教材用に残していったレシピに書い
てあったが、後から出した素材はわからんの一言だ。
正直、貴重で初めて扱う素材ばかりで倒れそうだが⋮鍛治士冥利に
尽きる。
鍛治士として出来る限りの事は尽くす⋮が成功出来るかはわからん。
俺で良いのか?ソウマ﹂
ゴブリン
﹁ああ、任せた。急かすようで悪いが緑小鬼討伐までに間に合わせ
てくれ﹂
﹁フッ、初のレア級素材で弓作りだ。ドラゴントゥースはレシピも
センス
あるし何とかなりそうだが、この不思議で温かな古木の素材の弓は
手探りしながら俺の感覚だけが頼りだ﹂
1264
﹁無茶を言ってる自覚はある。報酬はどうする?﹂
﹁貴重な鍛治経験が出来るからタダで良い⋮と言ってもソウマは引
かないだろう?﹂
﹁ああ、勿論﹂
﹁なら、厚かましいお願いですまないが報酬の一部として先程の中
のレア級の素材が1つ欲しい。可能か?﹂
﹁モノにもよるが構わないぞ?どれだ﹂
ドゥルクは星の隕石を1つ選び、ソウマから受けとると大切そうに
ポシェットへと入れた。
﹁うむ、内包する魔力が美しい輝きを放つ鉱石だ。これがあれば⋮
有り難うソウマ。報酬を貰った以上必ず弓を期限内に仕上げて見せ
る﹂
﹁頼む。今回は嫌な予感がしているからな。弓のあると無しじゃ戦
闘も違ってくるからな﹂
一安心した所で、ドゥルクから忠告される。
﹁それになソウマ、先程のやり取りでアーシュの言ってた事は傲慢
でもなくてだな⋮レイナードの事だ﹂
﹁彼に何かあるのか?﹂
1265
﹁まぁ、俺も詳しくは知らないが相当上の貴族のようだ。何故冒険
者をしているのか解らない程の⋮らしいな﹂
以前、とある町の領主の貴族からの冒険者ギルドの依頼で街道付近
に現れた厄介な魔物を討伐して欲しいとあった。
町へ出入りする行商人の馬車を襲い、馬と物を奪って山へと逃げる
集団で群れをなす︻ジャーキエイプ︼という魔物がいた。
集団で襲ってくる厄介さと、不利と判断したときの逃げっぷりの良
さは討伐するに当たって日数もかかるし厄介な魔物だ。
物流が滞れば町も活気がなくなり、食品や必要物品も高くなり消費
が落ち込む。税収減でもある。
つまり、低迷が長ければ長いほど町全体として懐は潤わないって事
だ。
冒険者ギルドには滅多に貴族絡みの依頼は出さない。
貴族絡みの依頼となると、下手な実力の冒険者では問題になるし失
礼に当たるため、指名依頼が専らなのだ。
しかし、その依頼を出した貴族は曲者であり、自身の兵を使えば損
耗するし戦えば武具も修繕する必要もある。
それぐらいならば、費用がかさむ兵よりも冒険者共に任せた方が安
く上がると思っての依頼であった。
当然、指名依頼は知っていたが最初から難癖をつけて正当報酬をケ
チるつもりで、一般枠に混ざって依頼が貼ってあるのだ。
1266
度々出されるその貴族の依頼はマトモな金額を支払わないとギルド
側にも報告が行われていた。
冒険者側にもそんな噂も広がれば当然、誰も受けようとしない。当
然ギルドも斡旋しにくいし、本来ならば断りたい依頼主に認定され
つつあった。
今回の街道沿いの魔物討伐依頼は、余りにも長い期間放置された。
誰も依頼を受けないことに貴族側からクレームが入った所で、当時
Cランク冒険者に昇格した俺達のパーティーがその依頼を偶々受け
ることになった。
その依頼場所が単純に他で完了した依頼の際の通り道にあっただけ
が理由で⋮そんな評判も知らずについでで請け負ったんだ。
町へ向かう道中、襲ってきたジャーキエイプの群れを街道沿いでか
なりの数を狩ることが出来た。
報酬の受け取りはその依頼した貴族の町で行うこととあったので、
討伐証明部位を持って直接依頼の達成を報告しに行ったんだ。
そこで討伐証明を鑑定すると散々待たされた挙げ句に、依頼したの
はジャーキエイプの全数の討伐であると言われ、この依頼は不完全
だと一方的に伝えられた。
よって、これで満足しろと子供のお小遣い程度の金額しか報酬が貰
えなかった。
二十歳にも満たない子供のパーティーだと侮られたのだ。
その結果、アーシュがキレる。
1267
あわや⋮と言うところでリーダーであるレイナードが抑え、そのま
ま報酬も受け取らずその場を立ち去った。
ギルドへ報告すると、何故かギルドマスターの部屋に通されて真っ
青な顔で謝罪された。
その後日、件の貴族は不正を理由に統治権を剥奪されて町から追い
出された。住民からの評判も悪かったので誰も悲しむ者もいなかっ
たという。
﹁あり得ないことだけど恐らくレイナードの影響だ⋮と、考えても
おかしくないと思ってな。
アーシュの方が詳しいだろうが、少なくとも伯爵家以上の上級貴族
であるのは間違いないと思うぞ﹂
﹁上級貴族ねぇ⋮何故冒険者なんかしてるんだろうな﹂
ランク
その依頼達成で今回、レイナードはB級冒険者の位をギルドから授
かったそうなのだ。
﹁さてな?身の上は俺にもわからない﹂
﹁僕にも事情があるんですよ。余り詮索しないで下さいね﹂
と、話しこんでいると横から苦笑しながらレイナードが加わった。
アーシュと手を繋ぎながらの登場だ。
﹁お待たせしましたね。昔からアーシュは朝が弱くて申し訳ないで
す⋮ほら、しっかり起きなさい﹂
1268
﹁⋮私はしっかりおきてるもん﹂
半目を開けながら、こっくりこっくり縦に頭を揺らしているアーシ
ュがいた。あ、すやすやと寝始めた。
おお、幼児口調になってるぞ。
﹁まだ寝ぼけている⋮申し訳ありませんが、こんな調子なのでアー
シュとの勝負はまた後日でも構いませんか?﹂
・・
﹁ああ、それで構わない。じゃあ、解散するか﹂
・・
﹁いえ、ちょっと待って下さい。
アーシュが駄目なら、僕と実戦を想定した稽古に付き合ってくれま
せんか?﹂
﹁俺とか?俺は弓士だから剣士とはまともな稽古になんてならない
ぞ﹂
﹁そんな事はないでしょう?ドゥルクから貴方の噂は度々聞いてい
ましてね。滅多に笑わないドゥルクが嬉しそうに話すのでいつかお
センチネルアーチャー
会いしてみたいと興味があったんですよ。
確かソウマさんは余り職業としていない戦弓師と呼ばれる第2次職
業持ちの方で、剣士も兼ねられる弓士だと伺っています﹂
﹁⋮なるほど、俺の情報は元々持っていたのか。それと訂正だが今
の俺は第3次職業になっている。
1269
剣と弓⋮専門は違うがレイナードは剣に特化した職業持ちなんだろ
う?﹂
第3次職業者と聞いた瞬間、レイナードの眼の鋭さが変わった。
﹁素晴らしい、ソウマさんは第3次職業者なのですね。僕はもっと
強くなりたい⋮これは是非お相手して下さい。
ええ、僕は剣を主体として戦う第2職業者です﹂
ドゥルクの話ではレイナード、アーシュともに全員18才だったか
?その若さでもう第2職業者か⋮。
多くの者が人生において第1次職業者としてそこから上に上がれな
い。
一握りの者達が才能があって第2次職業となっても、途中でレベル
が上がらなくなったり、第3次職業に上がりきる前に経験値が貯ま
らずに亡くなることも珍しくない世の中だ。
第2次職業者とは一流の領域に立つ者。その者しかなれない狭き門
なのだ。
ドゥルクといい⋮才能ある天才は身近にいるもんだな。
﹁良かったら剣の補正スキルを教えてくれないか?因みに俺は片手
剣の補正で︻D︼だ﹂
﹁弓士で剣補正が︻D︼もあるんですね。僕の剣術補正スキルは︻
B︼です﹂
剣術補正で︻B︼もある職業は限られてくる。恐らく剣特化型の職
業持ちに間違いない。
勿論、本人の資質もあるだろうけど。
1270
第3次職業でようやく弓術補正︻C︼の俺には羨ましい。
ゲームの時とは違い、レベルアップ以外でもスキルは成長するみた
いだし頑張らないとな。
﹁そこまで言ってくれるのなら⋮観客もいるししようか。おい、そ
この壁の向こうの3人。出てこい﹂
えっ?と、ドゥルクとレイナードが振り抜くと、ばつが悪そうにゾ
ラを先頭にトンプソン将軍とナルサスがやってきた。
﹁いやーソウマ偶然だな﹂
﹁白々し過ぎるぞゾラ、偶然で済ますなよ⋮トンプソン将軍まで﹂
﹁いや、聞けばカタリナ様の推挙したソウマ殿の実力を見ることの
に陣取った将軍は豪快な笑いを上げた。
出来る良い機会と思ってな。バレたのだし堂々と良い席で観させて
貰うぞ﹂
そう言って最前列
ナルサスは申し訳なさそうにしているだけで、父親を止める気はな
ゴブリン
いらしい。
詰所と緑小鬼の状況はグランに一任せてきたので、ゆっくりやって
くれとのこと。
思わず溜め息が出るが、遅かれ早かれ緑小鬼戦で解ることになる。
将軍達は本番前に実力を確認しておきたいのだろう⋮決して本音は
面白がってそうな表情は忘れよう。
1271
﹁それにな、あのヴァリス家の者が来とるんだ。ソウマ殿も気にな
るから模擬戦を受けたのだろう?﹂
﹁将軍、私はこの国の出身出はないので失礼はご容赦下さい。先程
から言われているヴァリス家とは何なのですか?﹂
﹁知らなかった⋮だと!?
⋮それは失礼した。ヴァリス家とはこの国で近衛将軍の家柄の大貴
族だったんだが、跡取りがいなくて断絶していた家なのだ。
所が最近、ある戦にて戦線を左右するほどの目覚ましい活躍をした
冒険者を召し抱えるために王がその性を与えた男がいた﹂
トンプソン将軍が話してくれた情報はこうだ。
話は40年も昔に遡る。
当時、大地震が国を襲った。
調査を開始した国の情報では、あるはずのない地域に遺跡がたって
いたと報告があった。
突如出現した帝国と国の境に出来ている遺跡。
直径400mほどの大きさを誇る遺跡群だ。
調査団が中へ入ると魔物がそこを守っており、投入した調査団と騎
士団の戦力では、ある程度先に進むことすら出来なかった。
そのため当時の王が冒険者ギルドにも依頼して、高名な冒険者達が
挑む。
1272
彼らは調査団を守りながら強力な魔物を倒し、着々と遺跡を進んで
いく内にどうやらこの遺跡は迷宮の一種であると判明した。
出現した未知の遺跡の周囲を軍隊が取り囲んで警戒しているのだが、
この取り囲む軍隊の兵士達よりも、遺跡の中の空間的に広さが広す
ぎることが結論に至った。
その遺跡は各階層区画に別れ、遺跡にある赤い門を通り抜けると異
空間のように次の区画に入ったことになり、魔物の強さもがらりと
変わる。
当然、中に入れば1区画の広さも外目から見る400mだけであろ
うはずがない。
調査団と冒険者達は苦労しながら20階層区画まで進むことに成功
した。
20階層に足を踏み入れると、遮蔽物の無い広い空間に、地面全体
が光り、巨大な魔法陣が描かれていた。
警戒しながら中へはいると、そこには⋮。
﹁と、まあここから先はサルバドール遺跡内部情報は一般公開情報
以外は一部機密扱いだから遺跡の事は言えん。
だが、長年どの冒険者チームや大型のギルドの者達が挑んでもそこ
から先へは進めなかったのだ﹂
しかし、遂にそこを通過し、更に進めて遺跡を攻略した冒険者パー
1273
ティーがいた。
・
その遺跡は攻略者によってサルバドール遺跡と呼ばれた。
ハイプリ
レイナードの父はその遺跡迷宮を初めて攻略した冒険者パーティー
のメンバーの1人でもある。
ースト
人族で魔杖剣を操る魔導戦士アシュレイ、後にその妻となる高位回
復師のシエラ。
ドワーフ族で豪拳主体とする格闘家、拳豪のライオネットに、纏め
役として彼らを率いた土属性の殲滅魔法を操るエルフの女性魔法使
いのミュリテ。
そのメンバーでも一際目立つ人物がいた。
突如新星の如く現れた黒晶剣の使い手こそが後にレイナードの祖父
であり、戦争で目覚ましい活躍をした事が認められ王の8番目の娘
と結婚。
王位継承権こそないが現在筆頭将軍のヴァリス将軍その人である。
﹁じゃあ、王族なのですか?﹂
﹁いや、そこはちと複雑でな。厳密言えば王族ではないのだ。大公
爵には間違いながな﹂
トンプソン将軍は苦々しい表情を浮かべながらレイナードを向くと、
頷くのかわかった。
﹁はぁ、仕方ありませんね。知って頂いた以上お話しします。幸い
ここには関係者しかいませんから。
1274
僕はヴァリス家の家名を名乗る事が許され、その血筋を引きますが
貴族ではありません。
ついでに言えば実家とは余り関係のない人物だとご理解して頂けた
ら幸いですね﹂
そう言ったあと、まだ寝ぼけているアーシュを見やり微笑んだ。
﹁ついでに言えば彼女はお祖父様の所属した魔杖剣のアシュレイ様
のご息女です。
偶々武者修行の旅に出ていて、奴隷商人に騙されていた所を助けた
のがキッカケです。
幼い頃から僕と面識もあって、行動を共にするようになりました。
今では僕の大事な家族だと思っています﹂
なーる、アーシュはあのアデルの町の冒険者ギルド長の娘だったの
か。
そりゃあ、喧嘩も吹っ掛けてくるほど腕も立つだろう。
複雑な過去を持ちそうなレイナード。
ドゥルクが側にいることから人格も悪くない。
イケメンで頭の切れるし、腕も立つ⋮あれ、俺にない要素が満載で
目が霞んで涙が溢れてきそうだ。
いかん、気持ちを切り替えねば。
そんな事を考えながら、目の前に立つレイナードに声をかける。
1275
﹁じゃあ、時間もかなり経過したしそろそろ始めようか。模擬武器
でいいかな?﹂
﹁いえ⋮ソウマさんさえ良ければお互いの武器を使いましょう。真
剣での限りなく実戦形式でお願いします﹂
僕はもっと強くなりたいので⋮と、小声で伝えられた。
﹁⋮わかった。俺の武器はこの短剣フォースダガーだ。弓は今ない
からドゥルクに頼んである﹂
﹁僕はこの剣です﹂
すらっと鞘から抜いた剣身は鋼の色ではなく、黒かった。
剣の柄頭には美麗な装飾。ガードの鍔には一粒の宝石が嵌め込まれ
ていた。
﹁剣身が黒とは⋮ヴァリス家の者が持つと言うことはあれが噂の黒
晶剣なのか﹂
トンプソン将軍は驚愕し、思わず独白するように話す。
側にいたナルサスとゾラは興奮したかのようにあの黒い剣身を持つ
剣を見つめていた。
オリジナル
﹁いえ、これは祖父の持つ黒晶剣ではありまさん。各所に同じ素材
は使われていますが全くの別物です﹂
1276
鞘にしまい直し、訂正するレイナードの口調は固い。
ほう、黒晶剣とな?
何処か聞き覚えがあったような気がする。時間が無いから後で調べ
てみよう。
﹁固い表情だな。
俺は魔法も武技は使わないが、レイナードは全て使っていいぞ⋮寧
ろ使わないと俺のリハビリ相手にもにならないと思う﹂
そう安く挑発すると、固い表情はほぐれレイナードは不敵に笑った。
﹁では、遠慮なくご好意に甘えます。後で後悔するのは⋮貴方の方
ですよっ!!﹂
そう言って飛び出して来たのが、戦いの合図となった。
1277
レイナードの踏み込みからの抜剣からの初撃。
繋げての横凪ぎは見事の一言に尽きたが、ソウマを捉えることは出
来なかった。
ソウマはレイナードの攻撃が見えているかのように、ギリギリで見
切って動く。
重複された破格のステータス補正の向上も加わって、今のソウマな
らば見切りスキルを使わずとも、レイナードが放つ剣速がゆっくり
と動くくらいのスピードに感じていた。
ヒュッ、ヒュッと音を立てて飛び交う剣撃は、理にかない良く組み
立てられていた。
非力な人間が強大な魔物に打ち勝つために産み出され、積み重ねた
知恵の結晶の1つが剣術なのである。
︵荒削りだが、剣の活用が上手い︶
ソウマの率直な感想だ。
ソウマにとってゆっくり感じられてもレイナードの剣速は一般の冒
険者には目にも止まらない瞬速に見えている筈なのである。
それを踏まえての速いと感じることと、上手いと感じるのは攻撃の
組み立て方。
我流ながらに大本の剣筋には癖があるような気がする。誰か高名な
戦士に指南でもしてもらったのだろう。
パワーを無駄なく使いきる所に彼の研鑽を感じる。
1278
ハイフレイムオーガ
ソウマが今まで剣を使う相手と戦ってきたのは、修羅鬼や上位炎鬼
だけである。
大柄の肉体から繰り出される豪快な一撃に、実戦では磨かれ鍛えた
実利に見合った攻撃が多かった相手とは違い、人間の使う剣術を修
めた相手は繊細かつ技術を感じられる。
︵これも剣筋や技を見る見とり稽古の勉強になるが⋮避けてばかり
じゃ勿体ない︶
これだけの技術を持った相手だ。
脳内でレイナードの評価を上げたソウマはフォースダガーを軽く持
ち、簡単に構えた。
雰囲気を変えたソウマに一瞬戸惑うものの、全力を出すことに代わ
りはないと気持ちに気合を入れ直す。
ソウマが次にどんな手で対応するのか見るため、繰り出された黒剣
による突きは様子見。
それを見抜いたソウマは悪戯心が芽生えた。
真剣での勝負に不謹慎な⋮と思うが自身が負けるイメージが沸いて
こない。
プレッシャー
誤解しないで欲しいがレイナードが弱いと思っている訳ではなく、
こう、強敵と戦ってきたピリピリと死戦を渡る感覚がレイナードか
ら伝わらないのだ。
少なくとも今は。
どうしたら度肝を抜かせるか?と一瞬において考え付いたソウマの
1279
選択は同じ突きをそのままカウンターで返すことだった。
そう決めれば、見切りスキルによって突きの攻撃を読む。
力加減や黒剣の軌道も寸分の狂いもなく、イメージをのせながらフ
ォースダガーを突きだした。
その判断は刹那の間に近い。
黒剣とフォースダガーの切っ先は見事に重なりあい、両者の力もピ
タリと拮抗して止まる。
信じられないモノを体験している。周りの観客も静まり返るほどだ。
しかも、レイナードがこれ以上押してもピクリとも動かせない絶妙
な力具合で、逆に一瞬でも気を抜けば、此方が持っていかれそうに
なる。
︵第3次職業を持つ相手とは、ここまで僕と隔絶した差があるもの
なのか⋮︶
ソウマを第3職業者の基準とするのはある意味間違いないのだが、
レイナードはそう勘違いしてしまっていた。
短い攻防の中で思わず心に湧いた弱音。
その隙を狙い、ソウマが短剣を突き付けようと踏み出す。
一瞬の隙。慌てて気付いた時には防御が間に合わない。何とか体を
捻り、そこから少しでも回避しようとする姿勢は、流石上位の冒険
者だった。
1280
しかし、攻撃は当たることはなかった。
ソウマが攻撃を止めて立ち止まっていた。
いぶかしむ前にレイナードはパンっと背中を叩かれていた。
そこにはアーシュがいつもの強気な表情を捨て、泣きそうな笑顔。
そして、レイナードをじっと見つめると何も語らず、観客の元へと
帰っていった。
その小さな背中を見た瞬間、レイナードの心にかっと火が灯る。
︵僕は⋮バカだった。心の何処かで良い勝負ができる。
いや、もしかしたら勝てるかも知れないなんて考えていた︶
己に持った黒剣をギュッと握りしめた。
俯かせた顔を上げたレイナードは、もう先程までの弱気を見せた青
年ではなかった。
眼鏡をくいっと上げて、キリッと表情を一変させた。
﹁⋮待って頂いて有り難うございました﹂
﹁いや、気にするな﹂
︵気配察知でアーシュが動いたのはわかっていた。でも、俺によう
がある感じじゃなかったからな︶
レイナードにとってアーシュは大事な存在なのだ。
仲間としてか、守るべき存在としてか、あるいは恋人としてかは解
らない。
1281
ただ、人間は大切な存在が入れば変わることが出来ると思う。
さて、目の前のレイナードがどう動くのか⋮楽しみだ。
その後、結果として模擬戦闘はソウマの勝利で終わった。
いくら何でも地力の差までは覆せない。
かと言って、全くの完勝ではなかった。
決まったと思う攻撃を何度かかわし、カウンターまでして反撃して
くる反応速度と読み。
放たれる剣閃に無駄な力み等なく、全てが持てる力の一端を出しき
って食らい付こうとする姿勢があった。
時折、黒剣がうっすらと輝くとソウマにしてもゾクッと感じるほど
危うい感覚が襲うのだ。
︵きっとレイナードは化ける。1を知って10を知るってやつか?
天才ってのは恐ろしいもんだ︶
模擬戦闘中に少しずつ成長していく姿は、ソウマの眼からしても好
ましいものだった。
1282
レイナードは模擬戦闘に負けても妙にスッキリとした晴れ晴れとし
た表情をしていた。
実力を出しきれたのも1つの要因なのだろう。
﹁ソウマさん、手合わせ有り難うございました。
僕と歳がそう変わらないのにその腕前⋮自分の未熟具合が良くわか
りました﹂
﹁此方こそ、剣の活用の仕方を勉強させて貰った。俺は専門が弓だ
から参考になったよ﹂
お互いに礼をして去る間際、俺はレイナードに声掛ける。
﹁もし時間が会えばまた手合わせしよう。今度は模擬武器で⋮な﹂
﹁はい、アーシュ共々宜しくお願いします﹂
おぅ、最後にかましてきやがった。
この流れでは断りにくいし⋮まぁいいか。
俺も進化しかエルの訓練もしたいし。
﹁あ、ソウマさん。以前ドゥルクが言ってたんですがかなり遠くの
出身何ですよね?﹂
そう言えば、そんな事も言ってたような?気がする。
﹁どこかの地名なんでしょうが︻チキュウ︼って言葉に聞き覚えは
1283
ありませんか?
どこの文献を調べてみても良くわからなくて⋮。
もし旅の最中で何か知っていたら教えて下さい﹂
ええ、ええ、その言葉は知ってますとも。
智天使ケルビムの言葉がふと甦る。
多分、プレイヤーは他にも存在している⋮と。
何故かは知らないが、俺はレイナードの言葉から彼の祖父はきっと
プレイヤーだと確信してしまっていた。
1284
ソウマ編 緑小鬼大侵攻2 新弓の依頼︵後書き︶
ソウマとの模擬戦のあと、ヴァリス家の末孫たるレイナードは、自
身を鍛えてくれた偉大なる祖父を思い出していた。
祖父と同じ絶対に越えられない壁⋮そんなモノを思い出させる相手
だったからかも知れない。
いつも剣の稽古をつけてくれた祖父。70を越えも短い白髪に鍛え
上げられた身体。
にかっと豪快に笑う人で、貴族となっても質素倹約を地でいく人柄
だった。
当初他の貴族間からは、冒険者から貴族の仲間入りを果たした故に
無作法者⋮なのかと思いきや、しっかりと教育の受けた人間が行え
る礼儀作法と言葉遣いは大いに驚かれたという。
事実、人前では別人のように振る舞う祖父は、レイナードの目から
見ても別人に思えた。
﹁いや、じゃって後から面倒だもん、儂。貴族は基本嫌いじゃし﹂
堂々と家族には宣言し、王家の血を引くお祖母様を苦笑させていた。
実際、事務的な領地経営や社交場は殆ど息子に任せ本人は近衛筆頭
将軍としての名ばかりの地位だと言い、自由を満喫している。
本来はそうであってはダメなのだが⋮関係者は既に諦めた。嫌なら
辞めると平気でいいだすからだ。
1285
そんな祖父のおかげで末孫たるレイナードに暇を見付けては学問や
剣術を見てくれるようになった。
僕には剣の才能がある⋮と当時は思って舞い上がっていたが、今は
きっと暇だったからなのだと何となく解るようになった。
ともあれ、祖父の教えを忠実に守り、邁進してきたお陰もあって若
木が大木へと成長するように強くなっていく。
だが、祖父のように只の木剣から衝撃波が出せるまでには至らなか
った。
これ︵衝撃波︶は、漢のロマン溢れる技なのだと言う。
15才の誕生日、祖父から一振りの剣を貰った。
﹁カッカッカッ、もう15才か。この国では大人の仲間入りじゃ。
それと儂の訓練によう耐えた。これをくれてやるわい。その剣に見
合う剣士となれ﹂
それは剣身が吸い込まれるほど黒く、美しい剣だった。
それは祖父の持つ黒晶剣と呼ばれる剣と同じ素材から作られた剣。
特別なチカラを秘めていると言う。
祖父は己の鞘から黒く輝く大剣を抜き放つ。
初剣から発するオーラに気圧される。
アーキタイプ
﹁儂の黒晶剣・原型は手に入れてから既に限界が付くほど鍛え上げ
られておる。
レイナードのはまだ黒剣と呼ばれるほど未熟な剣じゃが⋮己の成長
と共に鍛え、自分なりの剣を作るのじゃ﹂
1286
黒き輝きに目を光らせながら、頷くレイナード。
人格、実力共に問題なしと判断された人間だけが認められ、祖父と
当家一族の秘密がレイナードへと継承された。
最初、話を聞いたときは脳が射たくなるほど荒唐無稽な話だと思っ
たのだか⋮。
元々実家には長男たる父がいるし、兄上達も存在している。
祖父からそろそろ旅に出て見聞を広めてこいと言われた。
幸いにして一般人としての教養や社会的なルールも幼き頃から教え
てもらい、最低限身に付いている。
祖父からは、当初の目標としてサルバドール遺跡迷宮に入れるくら
いの実力を持て⋮と、アドバイスされていた。
この黒剣の元になった素材は、サルバドール遺跡の20階層区画に
いるbossと呼ばれる強力な魔物個体の素材を用いられていると
聞かされた。
1人で潜るには無謀だ。まずは冒険者登録して仲間を集めて挑戦で
きるまで腕を磨く。
決意新たに1人旅立つのだった。
1287
見送るレイナード父と母。俯く母は堪えられないように口を開く。
﹁貴方、まだ子供のレイナードを1人旅出させるなんて⋮﹂
﹁そんな事はわかっている⋮だが、君もわかっているはずだ。もう
時間がない﹂
﹁それは⋮剣のお告げとは言えあんまりです。黒晶剣が認めし者を
15才の日に旅立たせよなんて﹂
﹁私も変われるなら変わってやりたい。しかし、私には資格が⋮無
理だった。
あの黒晶剣が選んだのはレイナードだったのだ。ならば、来るべき
時が来るまで鍛え上げ、少しでもあの子が生きていられる確率を上
げるしかない﹂
・
あの黒晶剣は生きている。それも意思を持ち、主人を選ぶ世界でも
強大な魔剣の一種だ。
この剣を手に入れた経緯を一切話さない父ゲン・ミツルギ・ヴァリ
ス。
その剣の導きもあってヴァリス家は栄光と共に繁栄したのだ。
﹁儂がやる分には問題ないんじゃがの⋮孫を巻き込まねばならんと
は⋮お前達には申し訳ない限りじゃ﹂
剣の警告。
1288
いずれ招かれる世界を巻き込む大きな災い。
乗り越えるためには選ばれし人間が挑むしかない。
弱ければ全てを失う⋮と。
成長せよ。そして、汝の全てをかけて災いに挑むのだ。
1289
ソウマ編 緑小鬼の大侵攻3 お出かけに︵前書き︶
更新お待たせさせています。誤字脱字などや文章表現を後で修正す
ることもあります。
1290
ソウマ編 緑小鬼の大侵攻3 お出かけに
レイナードの問いに対して、今は聞いたことがないと返しておく。
そのまま解散の形となり、朝食には早いので部屋へと一旦戻った。
ふぅ、部屋に返ったものの、眠気や疲れはそれほど無い。
さて、チキュウと来ましたか!
この世界で聞くとは思わなかった。元の世界に戻れるかはわからな
いけど、少し胸にくるものがあったのは事実だ。
しかし、ともあれいくら俺でもあそこで肯定すれば、レイナードに
関してとんでもない︻巻き込まれ︼になっていくだろう⋮とは解る
からだ。
折角他のプレイヤーに会えるチャンスだったかも知れないが、今は
デメリットしか感じない。
縁があれば、またそういう機会は来るだろう。
1291
しかし、黒晶剣とな⋮その名称は耳に聞き覚えがある。
頭を捻りながら思い出す。
黒晶剣については思い出せた。但しVRゲームの中では⋮と解釈が
つくのたが。
黒晶剣は敵からドロップしたり、迷宮などの宝箱から発生するもの
ではない。
天空に浮かぶ島にある迷宮遺跡︻サルバドール︼
その遺跡の20階層区画に中boss的な役割を果たす黒晶獸のb
oss素材を集め、ようやく作る事が可能となる武器の一種だ。
黒晶獸とは、頭に捻れた大きな2本角。
鋭い牙に強靭な顎は噛み付かれば、生半可な防具などでは、紙のよ
うに破壊され役に立たないだろう。
背中にコウモリのような皮膜の巨大な翼が生えた巨大な狼型のbo
ssだ。
レイドboss程ではないが膨大なHPを誇り、強靭な身体能力を
活かした牙、角、爪等の身体全体を使った物理攻撃。
1292
それに雷属性魔法を駆使してくるとネットで攻略法がのっていた。
ブラッドマテリアル
そして、HPの30%をきると、黒晶獸の名の由来であるキラキラ
オド
と赤く美しい血晶を纏い始める。
︻黒晶︼は血を媒介とする特殊魔法の一種とされている。
それまで流した血が混じりあって霧状で浮遊し始め、黒晶獸の意思
で身を守る個体となったり、時に流体となって攻撃したり等して操
ってくるのだ。
アーキタイプ
純粋に黒晶獸だけのboss素材で作られた装備は、表示に原型と
アーキタイプ
呼ばれる強力な武具の種類となる。
原型に必須な素材である︻血晶珠︼は非常にドロップ率が低い。
それをベースに、他の黒晶獸の素材を組み込んでいって完成してい
く過程をとる。
重剣、重槍の武器に重兜、重鎧、重手甲、重盾、重脚甲の重防具シ
リーズとで別れている。
公式で発表された画像は禍々しくも雄々しいロマン溢れる尖った外
装だった。
boss素材でここまで作り込まれている武具は︻黒晶︼シリーズ
以外には珍しい。
1293
アーキタイプ
さて、黒晶剣・原型と呼ばれる剣は、最終的にハイレア級の価値が
あると攻撃力が魅力と言われている。
ツワモノ
そして、黒晶獸の持つ特異なスキルが一番反映されている。
全てを持ち合わせている廃人は、一体どんなスキルボーナスがある
のだろうか?
全部セットで作るとなると困難且つ手間暇かかるが、それ以上に攻
防優れた武具となるため、この装備を持つものに憧れる人も多いと
聞く。
そこに至るまで果てしない素材は、それこそギルドに所属してギル
ド単位でないと集めきれない量だ。
。
エルダーゲート
入念な下準備と高い実力を備えた第3職業者のプレイヤーでも苦戦
は必至
其故、この世界では、まず黒晶獸に辿り着ける人材はかなり希少に
なるだろう。
そんな黒晶獸を数えきれぬほど討伐して、数多くの希少素材を注ぎ
アーキタイプ
込まねばならず⋮まず、︻黒血珠︼が出なければいけない。
1つの原型が完成するまで、約300体近くも倒さねば完成しなか
ったという人もいたとネットで噂されていたくらい、完成に時間が
かかる。
途方もない時間と必要素材に、単体で剣のみ、鎧のみの人はいても、
まだ武具セットで完成させている人はまずいないと噂されている。
アーキタイプ
また、原型以外にも、派生型と呼ばれる装備の組み合わせ武具も存
在しているため単純かつ奥深いのだ。
派生と呼ばれるモノは純正装備と比べればまだ作りやすい。
1294
アーキタイプ
性能とスキルは原型に多少劣るものの、多種多様の金属と素材の組
み合わせからなり、そこに弓や軽装装備、ローブ等が含まれる。
逆に配合する素材や使うモノによってはかなり性能も良い通好みの
武器が作れる。
黒晶装備はbossドロップ素材の中でも性能の破格さと作ること
の難しさ、希少さ、外観の格好良さ︵男女別︶でかなり有名だ。
まぁ、ゲーム中で地道に作っていく様々な武器や防具は人気はある
がそんな時間を割ける人も少ない。
無課金の人もいるが、大概はガチャ素材からそれなりの武具を作る
ためにてっとり早い一部課金をする人は多い。
俺はハイレア級のガチャ装備︵ソウマは弓ガチャコンプと素材集め
に夏のボーナスを注ぎ込んだ︶を足掛かりに、他の武具も迷宮等や
素材を調べ、集めていく予定だった。
戦闘系の多くのプレイヤー達は、いかなる手段を用いても強くなり、
いつかレイドbossへの挑戦も視野に入れていくだろう。
この現実となった世界では課金など出来ないから、そんな手段は無
理だけどね。
1295
そして先程も伝えたのだけど、黒晶獸が住まうサルバドール遺跡は
本来、遥か天空に存在する小島の1つにある遺跡迷宮だ。
あるはずの手順を踏むことで正式なルートが現れる⋮らしい。
俺は知らないが、高レベルのプレイヤーのみが攻略出来るクエスト
で入手出来る場所をクリアすることで、行き交う条件を満たすとの
噂だった。
そのため、レイナードのお爺さんは間違いなく、前の世界のトップ
プレイヤー級の1人だと思う。
今後の展開を考えなきゃいけませんよね。
俺とて全てを知る訳じゃない。
どう転んでも、自分の選んだ選択に後悔のないように動くのみだ。
1296
その後、時間をもて余していたので、進化したエルの強さを測るた
めに再度練兵場に向かった。
そこには、先に先客がいた。
大剣を操る1人の女とその連れに槍を操る女が訓練をしていた。
2人ともビキニアーマーと呼ばれる肌の露出が目立つ装備をしてい
た。
恐らくこの練兵場にいることから、冒険者だろう。朝から勤勉なこ
とだ。
彼女らは入ってきた俺を一瞥するだけで、その後は興味が無さそう
に2人で訓練を再開していた。
俺はエルを召喚すると、突然魔物が現れたことに流石にぎょっとし
た顔を見せていたが、
俺が魔物使いだと明かすと納得してくれた。
これも縁である。簡単な自己紹介をする。
無口な大剣の使い手の女はアンゴラ。ショーットカットの髪型にソ
ウマと同じぐらいの身長がある。
右肩には翼を広げた蛇が刺青のようなデフォルトで描かれていた。
槍を操る女はマリガンと名乗る。
神秘的でエキゾチックな顔立ちで、身長はアンゴラと比べてやや低
い程度。
左肩に刺青のような鳥の形のマークが描かれていた。
1297
どちらも美人の類に入る。
両者とも褐色の肌に金髪。
身体には最低限の急所を守るためのレザーに金属を縫い付けた軽装
で統一しており、肌の露出が多い装備だ。
そのため彼女達の鍛え上げられた肉体を惜しげもなくさらしている。
彼女達はこの国から更に南下した砂漠の大国ファルコニアから来た
と言う。
コロッセオ
砂漠の大国と言っても、砂漠自体は国土の4分の1を占める割合だ。
有名な所では巨大な円形闘技場が一番の目玉でそこで戦うトーナメ
ント部門や集う剣闘士、捕縛したモンスターとの戦いが人気なんだ
そうだ。
俺はファルコニア地方には行ったことはないが、闘技場の賞品も良
いし、トップランカーには特典として何かしらの国からの援助が受
けれた筈だ。
その国の中でも密林に位置する場所に彼女らの故郷はあるとされる。
女性のみで構成された屈強な女傑アマゾネスが支配する場で、彼女
達は強き雄を探しにここまで旅してきた。
ベテラン
強き雄の種を貰い受けるため、若いながらも自身を鍛え上げた結果、
C級冒険者まで辿り着いた。
肩にあるデフォルトされた刺青は、彼女達のアマゾネスの部族の戦
士の証だと言う。
1298
﹁⋮アタイ達は強さこそが絶対﹂
ゴブリン
﹁そういうこと。この討伐依頼を受けたのは強い雄がいそうだった
からよ﹂
今のところビンとくる雄はいないそうで、こうして日課の朝練に来
ていてのだと呟く。
﹁どうせだったら、エルと対戦していってくれないか?﹂
じっくりと召喚されたエルを観察する二人は、満足そうに微笑んだ。
﹁未知の魔物との対戦か⋮いいね。腕がなりそうだ﹂
﹁と、言うわけで構わないわよソウマ﹂
アンゴラとマリガンの許可を得たソウマは、エルを見やるとゆっく
りと頷いた。
アストラルリンク
﹁エル、精神接続が使えない今、好きなように戦ってごらん。HP
は20%を切れば指輪に戻るように設定しておいたから﹂
そう言って送り出す。
モーギュー
ずんぐりむっくり。低身長だけどその身に似合わぬ筋肉を宿す新種
族である牛木族。
1299
﹁ハッ、良いねぇ。アタイ達と同じ近接戦闘派の臭いがするよ。小
さいが牛のような魔物。
ミノタウロスの亜種か何かは知らないが楽しみだよ﹂
そう言ってマリガンがニヤッとして呟いた。
アンゴラはその呟きに返すことなく無言のまま、背負う大剣の柄に
手を置き接近していく。
アンゴラとエルが激突する。
先に仕掛けたのはアンゴラ。
ダンっと、大剣の重量を活かして踏み込んだ一撃は、大剣に振り回
されず、しっかりと鍛えられた技量と力量を示していた。
マリガンは、アンゴラが放った見事な一撃にエルがガードした腕ご
と切り飛ばされ、余波で叩きつけられるイメージを見ていた。
当たればフォレストウルフ程度ぐらいならば真っ二つとなるほどの
威力を内包したは攻撃。
その鋭い一撃を逃げず、エルは十字に腕を組んで構えた。
ガッガッッと硬質なモノを削る音が聞こえるが、エルはその場で踏
み留まり、十字にクロスさせた両腕でガードしている。
両腕にはうっすらとかすり傷が縦に刻まれていた。
アンゴラがいくら大剣を押してもエルはそれ以上後退しない。
﹁珍しいわねアンゴラ、いくらなんでも手を抜きすぎじゃないか?﹂
﹁⋮マリガン﹂
1300
﹁何よ﹂
﹁手加減などしていない⋮久しぶりに楽しめそうだ﹂
無表情なアンゴラが嬉しそうに笑う。ギュッと大剣を握りしめる手
に力がこもる。
モォーギューシェル
その後、アンゴラが振るう大剣の攻撃を弾きながら前へと進む。
エルの頑強さの証。
金属ような防御力を誇る天然肉体のスキル︻牛皮殻︼は、触れば柔
らかく叩けば軽いと言った不思議な質感があった。
エルの身体は攻撃によって無数の傷が付いていたのだが、致命傷は
無かった。もしかしたら下手な金属よりも堅いのではないか?
ゴブリン
つまり、今回戦う予定の緑小鬼程度の力ならば武器で攻撃を受けた
としても弾き返せる可能性が高い。
全身が同じ強度で保たれているため、関節など狙われても切り飛ば
される心配は少ない。
マスクドギュウ
リジェネ
それに例え傷を負っても、防御を固めていればスキルで︻回復力︼
の高いエルは、装備品である聖牛面の自動回復機能︵中︶が付いて
いるので持久戦に強い。
1301
マスクドギュウ
そのため、エルと聖牛面の装備とは非常に相性が良かった。
アンゴラの攻撃を充分に耐えるエル。
最初はぎこちない防御姿勢も、経験を得ることで徐々にサマになっ
ていく。
スキルの︻防御の心得︼のサポートもあるのだろうと推測する。
全く攻撃が効かず、僅かな傷も再生して回復するエルに精神的、肉
体的に疲労してきたアンゴラは大剣を引き上げる動作が遅れる。
それを隙として捉えたエルは攻撃に転じる。
両手を突き出し、一気に突進する。
当然の行動に驚くアンゴラ。今まで攻勢に来たことなどなかったた
め、対応が数瞬遅れた。
スキル︻殻盾︼を顕現させると、エンゼルナッツ時代の全身を殻で
覆った殻を彷彿とさせる、つるりとした大殻が両腕から出現した。
これで更に防御を増したエルは、容赦なく攻めるアンゴラの体力を
削っていく。
通常の魔物ではなく、ボス格の魔物の魂を宿したエルはあの雄牛の
生命力を受け継いだのだ。
そのエルの表面に傷を付けられるアンゴラも只者ではなく、流石に
C級ベテラン冒険者だ。
しかも、かすり傷程度の傷しかつけられてないのに心が折られてお
1302
らず、寧ろ嬉々として攻撃が増すばかりだ。
疲れは見え始めたがどうしたら効率が良いのか体感を盛って探って
いる。
困難に出会ったとき、諦めるか否か⋮それが彼女達が死線を潜り抜
け、今の実力に至らしめているの結果なのだと解る。
因みにエルの使う︻殻盾︼スキルは、体から盾を生成するスキルな
アストラルリンク
のだが、その盾の強度や耐久性はエルに依存していることが判明し
た。
未だに精神接続は繋がらず、エルがジェスチャーで必死に盾を構え
る振りなどで、懸命に何か伝えようとしてようやく、わかったのだ。
アストラルリンク
あぁ、そういう所は外見はリアルミノタウロスでも、仕草も含めて
可愛いかもしんない。
気になる木魔法などは今度精神接続が繋がったときにでも聞いてみ
よう。
その後の訓練は続き、エルにとって︻防御の心得︼の熟練度を大い
に上げたアンゴラの攻撃は、非常に良い経験になった。
僅かに剣先が煌めく時がある。きっと戦技を用いているんだりうと
思う。
なかなか順番を変わらないアンゴラに痺れを切らしたのか、途中か
らマリガンも加わると、連携によってエルの体勢を崩されることも
多く、攻撃を阻む難易度が上昇した。
稽古にしては実戦形式過ぎていたような気もするが、他の訓練者達
1303
がちらほら現れた始めたし、もう一戦と粘るアンゴラを諌めて朝練
は終了した。
﹁いや、朝から良い訓練になった。有り難う。またしよう﹂
無表情なアンゴラは、この時ばかりは汗だくで笑顔になっている。
反対に疲れた顔をしたマリガンは、苦笑しながらも運動量に満足し
ていた。
びっしょりとした汗が装備と衣類にまとわりつき、健康的かつピタ
ッと肌にくっくつくことで妖艶さも醸し出している。
︵なんせ、ここまで叩いても切ってもダメージが与えにくい魔物な
んて初めてだよ。
まぁ、でも、お陰でアンゴラとの良い連携訓練になったけどね︶
純粋な肉体のみに限れば、このミノタウロスの亜種であろうエルと
言う使役魔物は非常にタフな相手だった。
武器を持つ手が痺れる感覚は、いついらいだろう。
ダメージが与えにくい相手でも衝撃は通る。エルがその衝撃をいな
す前に畳み掛けるように連撃を加えていけるかが、今後の課題にな
りそうだと思う。
また攻撃箇所を更にピンポイントに絞ることで、何とかダメージは
与えられていた。
アンゴラとマリガンは戦いの中で自身の成長する手応えを感じてい
た。
それに彼女達の奥の手を使えばまた状況は違っていたかも知れない
が、流石に生死を別つほどの戦い以外に切り札は見せる訳にはいか
ないとも感じていた。
1304
︵思ってもない強敵相手にもどかしい限りだけどねぇ。ソウマは弓
を扱うと言っていたし、この魔物を前線に立てて後方から魔物使い
であるソウマが援護する戦法か⋮いや、︶
自分の推論に違和感を感じたマリガンは、その考えを打ち消す。
︵ソウマはかなり鍛えられたイイ身体付きをしている。従える魔物
があれほどの強さを誇る以上、かなりの腕前なのは間違い。
まさか弓使いで魔物使いで共に前線に立ってるとは思えないけど⋮
アタイの勘を信じるなら剣の腕前も相当なはずだよ︶
思わず舌なめずりをするマリガンを見るアンゴラは、また始まった
・
か⋮と無表情の中に諦めの色を宿していた。
非常に気に入いりそうな雄がいた時に見せる表情だとわかっていた。
目のやり場に困ったソウマはそんな視線に気が付かない。
マリガン達に明日もまた同じ時間に訓練するので、また一緒にしよ
うと朝練に誘われた。
弓の製作も今日頼んだばかりだし、特に予定のないので了承して別
れた。
1305
朝食を迎えに来たゾラに、今朝の事を謝られ、宥められながら食堂
へ向かう。
﹁いや、本当にすまなかったソウマ。こんな面白いこと親父が放っ
てかないんだよ。一応止めたんだぜ?わかってくれよ﹂
﹁⋮はぁ、解った、もう解った。そう何度も謝らなくていいさ﹂
本日の朝食は黒色パンに肉の挟んだモノ。他には野菜スープもある。
後は、外での炊き出しによる冒険者の食事も一緒で、薄味のスープ
と固めの黒色パンだ。
﹁ふぅ、やれやれ腹も満腹になった。
今日の昼過ぎには後続の部隊もこの詰め所へと合流する予定だから、
明日はもっと混雑してるな﹂
ゾラは面倒くさそうに答える。
ゴブリン
﹁そう言えばゾラは緑小鬼と戦ったことがあるのか?﹂
﹁ああ、勿論何度もあるぜ。ここ領地は山野も多い。
人間が生活圏としていない場所も多くあるからゴブリン達にとって
も生活しやすいって訳だ﹂
1306
緑小鬼と呼ばれるだけあってゴブリンとは肌の体表が緑に包まれて
いる。身長は子供のような100∼120㎝程で前屈みで歩き、醜
悪な容貌をしている。
知能はかなり低く、目先のことに囚われやすい。
集団としては少なくても20∼30、多くとも50くらいの集団が
一グループとしてコミューンを形成している事が多い。
力や知能はそれほど驚異ではないが、繁殖力に長けるゴブリンは放
っておくと短期間で驚異の数へと増殖した。
また同種以外でも雌と交われば子を孕む程の繁殖力ゆえ、度々他の
種族の雌が狙われる事が頻発する。
しかし魔物の中では最下層の実力の魔物ゆえ、基本的に襲われ餌さ
となる。
それを乗り越えながら、力の弱く浚ってきやすい人間種がターゲッ
トとなっていることが多いので、町を守護する領主は定期的にゴブ
リン狩りを行い、また冒険者ギルドでは常に討伐依頼を張り出され
ている魔物としても有名だ。
﹁今回見たいに百を越える数が攻めてこりゃあ脅威かも知れないけ
どな。
ゴブリンの中には集団を率いるゴブリン・リーダーや、戦闘に長け
たレッドゴブリンなんかは上位種で厄介だが数はそんなにいないし
⋮マジシャンいがいはゴブリンはゴブリンだからなぁ﹂
ゴブリンリーダーとは、その群れを纏める主の事だ。一般的に他の
ゴブリンよりは体格も一回りは良い。知能も僅かに上昇しており、
1307
悪知恵も働く。
レッドゴブリンは、ゴブリンが進化したとされる一種のゴブリンだ
と言われている。
体色は赤く染まり、より攻撃的な体格へと進化したゴブリンだ。
剣と弓の才覚を持つゴブリンが進化しやすいのか、レッドゴブリン
へと至るゴブリンはそのどちらかの武器を装備している事が多いし、
魔物使いギルドでテイムしたゴブリンもそう進化に対応することが
多いと聞く。
しかし、ソウマはゴブリンを侮れない存在だと知っている。
ハイゴブリン
そう思えるのは、ゲーム時代の身近な⋮お世話になったプレイヤー
に関係していた。
ゴブリン
緑小鬼の種類でも別格なのが、貴小鬼と呼ばれるゴブリン種だ。
驚いた事にそのゴブリンは、人間種と変わらぬ知能を有し、独自の
言語を操る。
そして戦闘能力は、上記に記した上位種であるゴブリン・リーダー
や戦闘能力特化のレッドゴブリンなどと一線を画する。
理知的なゴブリンであり、容貌は人に近い顔立ちをしている。
とある国では魔物ではなくハイゴブリンは亜人種として認められ、
国家を築いている地域もあるのだ。
手先が器用で学習能力も高い彼等は、人よりも進んだ魔法文明を築
き上げた。
1308
しかし、その存在は非常に稀であり、詳細もよく分からないのが現
状である。
ソウマも詳しくなったのは、前述に話したかも知れないが、プレイ
ヤーとして人種からゴブリン種へ好んで変更した奇人がソウマの知
り合いにいること由来した。
ハイゴブリン
名を︻松永︼と言い、初期プレイヤーの頃にお世話になった鍛治士
の師匠でもある人だ。
生産職である松永さんは、後に偶然にその貴小鬼と関わりを持つこ
とで、プレイヤー初となるゴブリンへの種族変更をもたらした人物。
︵松永さん元気にしているだろうか⋮元の世界で俺は一体どうなっ
てるんだろう︶
と、考え少し暗くなったソウマだった。
﹁おい、ソウマ大丈夫か?何か顔色悪いぜ﹂
ゾラの心配そうな表情にはたと思考から現実へと変える。
﹁すまん、ちょっと考え事してた。何せ、ゴブリン相手でも油断は
するなってことだよ﹂
﹁ソウマがそこまで言うなら、肝に命じておくよ﹂
1309
ホッとしたゾラは茶化すように笑った。
この詰所からそんなに離れなければどこに行ってもいいが、どこ
離れる場合は必ずゾラに伝えることを約束する。
この詰所の山岳にある方面に歩いていけば、清らかな水が湧き出て
湖となった場所があり、そこを奉った祠があるそうだ。
伝説では大昔に豊富な鉱物が取れる鉱山を根城とした一匹の亜龍の
変種が現れた。
伝説ではヒドラであったと言われている。
変種だと判断したのは普通のヒドラよりも体格が大きく、また雑食
ではあったのだが、無機物である鉱物も好んで食べていたことも確
認されている。
それと普通のヒドラは2つ首だがその個体は3本首であり、全ての
首には1つ眼しかついていなかったからである。
変種のヒドラは見境なく大暴れをし、ここ一帯の村人が全て食い殺
され動物、魔物すらも例外なく根絶やしにされる事件が起こった。
当時のトンプソン家の軍隊が命懸けで戦うも、亜龍の強大なチカラ
はモノともしなかった。
軍隊とて成果が何も無かった訳ではない。
ヒドラに傷を付け、首を3本中2本を何とか落としたところで危険
を感じ取ったヒドラは、死にもの狂いで逃げてしまう。
逃げに徹したヒドラはより狂暴になり、立ち塞がる人間達を容易く
蹴散らしていくのだった。
2ヶ月後、再度ヒドラが出現した時には、類いまれな生命力と再生
能力を宿していた変種は時間をかけて新しく再生してしまっていた
のだ。
1310
戦ってはあと一歩の所で逃げられ⋮度重なる戦闘と多大な犠牲に兵
はみるみる疲弊し、暗雲が立ち込める。
そして、当時のトンプソン家は竜・龍を専門に狩る竜殺しの一族に
依頼をする。背に腹は変えられない。
放っておいては領地に人がいなくなり滅ぶだけだったからだ。
結果、莫大な依頼金を払った事で雇った狩人達はその力を見せつけ
て変種たるヒドラはダメージ深く、逃げ出した。
ここまでは被害を出しながらも軍も追い詰めることが出来た。
変種ヒドラは鉱山を根城としており、巣があると睨んでいた。
事前に調査をし、怪しいと思わしき場所をマークしておいたのだ。
調査隊も合流して狩人達にその情報を渡すことで、早い時間で更に
ヒドラを追い詰める事に成功する。
討伐まであと少し⋮最早瀕死状態となった変種のヒドラはかなり大
きな嘶きをすると、突如鉱山が震えだし、地響きを立てて崩落して
いった。
鉱山から逃げだすも、多くの軍兵と狩人たる竜・龍殺しの一族の何
名かは崩落に巻き込まれた。
陥没した詳しい原因は未だに解明されていない。
その地中奥深くに大きく窪んだ大きな穴の開いた鉱山跡からは、濁
った水が湧きだし始めした。
やがて時間を得て綺麗な水となり、広大な湖と化したので再調査が
不可能になったからだ。
生き残ったモノ達は変種ヒドラの祟りなのだと恐れ、そこをトンプ
ソン家の許可を出した者と竜・龍殺しの一族以外は立ち入り禁止区
域として指定した。そして亡くなった人達の為に厳選された素材を
1311
使ったしっかりとした祠を立て、奉ったのである。
そんな伝説が残る場所。
現代までそこから凶悪な魔物や災害などは確認されておらず、祟り
などは迷信の一種だと認識していた。
現領主たるトンプソンも、そこに眠った勇敢な先達と狩人達に畏敬
の念を込めて一晩祠にて泊まる事にしているのも有名な話だ。
湖で取れた魚や、山の山菜、動物を食すことで供養も兼ねているの
であった。
地球では限られた場所でしかお目にかかることの出来ない、全く人
の手が入っていない神秘的な美しさがそこにはある。
また山に囲まれた景観の美しい場所であり、珍しい動植物も無数あ
る。一般開放はされていないが、ソウマが行きたいなら許可をとる
そうだ。
暇なら気分転換にどうだと進められたので、気晴らしに早速向かう
としよう。
それとゾラから後続の部隊は早くても今日のお昼前には着くそうだ
と聞いている。
将軍達は編成を行ったあと、グラン連隊長を先行させて万全の準備
で迎え撃つ。
後続部隊と合流する2名の魔法使いの内1名は、老練な魔法使いの
男性で中規模の殲滅魔法を得意とする2次職業のソーサラー級との
使い手とのこと。もう1人はその弟子で将来有望な若者と期待され
ている初期職業のマジックユーザー。
彼等2人は本陣の将軍の元で、戦況を判断しながら魔法を使っても
らうそうなのだ。
1312
大まかだが討伐作戦予定を何となく頭に入れながら、山岳方面に向
けて1人詰所を出発した。
詰所の料理人に黒パンとスープを容器に入れてもらい、アイテムボ
ックスへとしまった。そして、発行して貰った許可証も忘れずにし
まう。
︵釣りでもまったり楽しもうかな︶
久しぶりにのんびりとした気分で出掛けていくソウマだった。
1313
ソウマ編 緑小鬼の大侵攻3 お出かけに︵後書き︶
︻とあるプレイヤーの出来事︼
洞窟のように薄暗い部屋に作業する人がいる。
鍛治を専門とする人族の男である。
タンクトップを着込み、がっちりとした中肉中背の体には無駄な脂
肪は見当たらない。
30∼40代ほどの外見で鋭い眼光に口髭は頑固一徹な親父を想像
させるが、実際は厳つい外見と違って愛想も良いただの親父なので
ある。
部屋に設置された炉から漏れる炎の灯りだけがその部屋の一角を煌
々と照らし出していた。
カーン、カーンと1人の男の手に持つ鎚が金属の塊を叩いていく。
尋常ではない汗が身体中から滴り落ちている。
それでも手を緩めず、ひたすら何度も何度も同じ工程を繰り返して
行くことで、面白いようにその都度金属塊が色を変え、性質を変え、
形すらも変わっていく。
一心不乱に打ち続け、経験則からある程度まで見切りが付くと男は
満足そうに頷いた。
先程までは両手ほどの大きさだった金属塊だったものが、手元に残
るのは拳大ほどの綺麗な金属片になっていた。
﹁うむ、今日も良い出来だった﹂
1314
作り上げた金属の塊はアイテム名︻スチール+インゴット︼
ノーマル級
ハイ
普通の鉄鉱石や原石等から作るより遥かに手間と暇をかけたこのイ
ンゴットは、他の者達が普通に作るインゴットより性能が良かった。
普通はスチールインゴットが製作出来るのに対して、男のは+の表
記が出る程モノが違うとシステムが認識しているからである。
実際に他者が同じ工程と同じ素材でやっても結果は同じにはならな
いだろう。
そのため、男が作る武具は人気があり個人で店を持てるほどに成長
していた。
男はリアルでも自営業を営んでおり実際の鍛治職人の経験あるため
習熟度が非常に高い。プレイヤースキルと呼ばれる種類なのだが、
知る由も無かった。
リアルで作りたいモノを作れない鬱憤からこのゲームを始めたのが
キッカケなのだが⋮ここまでハマるとは思わなかった。
ここでは採掘を自分で行ったり、他者にクエストとして素材を集め
る。魔物と戦う事で手に入れる素材もある。
しかも、現実にはない魔力を含む素材は加工に関しては一癖も二癖
もあってやりがいが感じられた。
幼い頃から職人の修行ばかりで旅行にも殆ど出掛けたこともない男
にとって、至るところに行き、魔物と戦うなどは現実で味わえない
部分は少年のように心踊るのも、原因に違いないだろう。
ちなみにゲーム内の鍛治については、細かい作業や工程は勿論違う。
が、限りなく近い。
1315
その辺のギャップや、一定度以上のギルド貢献値があれば2次職か
ら解放されるマスタリーレシピさえあれば、作ったモノを記録する
事が出来るため、素材さえあれば際限なく生産する事が可能となる。
ただし、若干の製品の質の低下があることは事実で否めない。
大量受注などする気などない男は、マスタリーレシピに記録はする
ものの使ったことなど一度も無かった。
先日マスタリーレシピの登録が個人で300を越えた。
これは自分で見付けた鋳造や他の製造法、武具の作り方、これらを
含めて全てであるが驚異であることに間違いない。凝り性の性格が
幸いしている。
少なくとも他のプレイヤーはマスタリーレシピが100あれば高L
Vの生産職人と見なされているのだから。
それが理由なのか、300を登録した時に不思議なクエストが突如
ハイノーマル級のインゴットを大量に生産し
発生した事を思い出した。
︻限定レアクエスト
て欲しい︼
1316
相当な腕を持つ職人にのみ、この依頼を見て貰えるように魔法で細
工してある。
至急ハイノーマル級のインゴットが100は欲しいのだ。
毎日、ファルコニア地方ググリーム洞窟の最奥にて待つ。
この依頼が見えた者よ、どうか我らを助けて欲しい。
依頼人︻???︼
?
報酬︻*達成によりEXボーナス変化あり︼
Yes/No
取り敢えず、至急とあったからリアルでも店を休みにしてスチール
+インゴットやアイアン+インゴット、ブロンズ+インゴットなど
他にも大量に作り続けていたのだ。
まあ、+とあっても構わないだろう。駄目なら駄目で作り直せばい
いしな。
1317
男も昔は始まりの街︻ユピテル︼で店を構え、プレイヤー相手に自
分の作ったモノを販売していたのだが、初期プレイヤーも一段落つ
いた今は拠点を南国のファルコニアへと移した。
闘技場もあるこの国では武具の消耗も早いし、高水準の武具の質が
求められるため、移住してきたのだ。
他プレイヤーの受注も一段落しやることも特にない男は、久しぶり
に部屋から出て暑い太陽の陽射しを受けた。
この依頼を受けたのは、たまたまファルコニアにいる事と久しぶり
に冒険と言うものに心が踊ったからに他ならない。
しかし、ググリーム洞窟は今のLVではソロで潜るには厳しい。
行けないことは無いだろうが⋮高確率で死に戻りだろ。
それにいった先で何が待ち受けているかわからんしな。そう思いな
がらフレンドリストを見ていると、丁度初期に登録したメンバーの
二人がログインしているのを発見した。
相変わらず仲がいいなぁアイツらは⋮と、感心してしまう。
彼等は初期からの付き合いで、まだユピテルで店を構えていたの最
初の顧客でもあった。
それが縁で最初で最後の弟子をとって見たり⋮折角ハイノーマル級
まで鍛え上げてやったのにと、思い出には事欠かない。
うむ、あの不肖の元弟子達ならいいだろう。
早速フレンドリストからフレンドコールをすると、すぐに手伝って
くれるそうだ。
確か今は魔導騎士に戦弓師⋮だったか。
戦弓師は不遇すぎる職として最早アイツ1人しかいないみたいだが
1318
・
⋮好きでやってる職だし本人がいいなら別にどの職にも不遇なんて
ないと思うんだがよ。
まぁ、久しぶりの外だ。楽しんでくっかな!
この後、洞窟の最奥で待つ人物に会うことに成功する。
劇的なストーリーと連続クエストによりこの男はプレイヤー初の種
族へと変更することに成功するのであった。
1319
ソウマ編 ソウマの現在のステータス︵前書き︶
ただのメモですφ︵..︶
読み飛ばして頂いて結構です!
1320
ソウマ編 ソウマの現在のステータス
名前︻ソウマ︼
ハイヒューマン
きょじん
人の身で極限を越えて完成された希少種族。
種族:ハイヒューマン・エリヤ
︻
てんし
イコル
更に巨神の系譜であるサンダルフォンの持つ深淵と神秘の血を限り
なく濃く受け継ぐ唯一無二の存在となる。
高い戦闘能力に加え戦闘感に長け、戦えば戦うほど成長しやすい特
性を持つ。
シックスセンス
古巨人の血︵生命力増大と巨人魔法負担軽減︶︼
オールドブラッドデプス
種族特性
︻
︻第六感強化︼
︻全抗魔力︵魔力を伴う全ての攻撃に対して抵抗値上昇︶︼の覚醒。
また、継承者の称号を有しているため、特定巨人より一部チカラを
LV24
LV50
limit
受け継ぐ継承、倒すことで一部略奪が可能。
職業
閃弓士
サブ職業
魔物使い
1321
スキル
片手剣補正︵D︶
思念操作
弓補正︵C︶
センチネル・ゾーン
戦弓眼
軽量防具補正︵C︶
モンスターテイム+
弓技︵D︶
召喚器︻漆黒聖天︼↓神気補充中
刀剣技補正︵D︶
常時スキル
体術
アストラル・リンク
見切り
精魂接続↓現在使用不可
全ステータスup︵恩恵︶
固有スキル
セフィラ︵弓装備時、弓の効果と性能が2倍︶
魔法
巨人魔法︻巨人の腕︼︵第2段階︶
条件を満たすことで他巨人魔法解放可能
ザ・オール
身体強化魔法
全強化︵中︶
2段ジャンプ
称号
継承者︵不明︶
サンダルフォン
異世界大天使の加護︵異世界知識補助。漆黒聖天ボーナス補正。段
階的な巨人魔法の追加︶
1322
亜神討伐者︵ステータス補正︵中︶神系統の敵に対して補正+︶
1323
ソウマ編 ソウマの現在のステータス︵後書き︶
本編ももう少ししたら更新できそうです。
1324
ソウマ編 緑小鬼の大侵攻4 竜を狩る者達との邂逅︵前書き
︶
お待たせしてます。いつもの事で申し訳ないのですが、あとで誤字
脱字や文章修正を行います。
1325
ソウマ編 緑小鬼の大侵攻4 竜を狩る者達との邂逅
天高く突き出た樹木は、さらさらと優しい風に葉が揺れて日の木漏
れ日がグラディエーションのようにゆらゆらと道を照している。
雄大な木々を抜けながら、そこに広がる豊かな自然と緑を鑑賞する
と心が打たれる。
ソウマは湖まで続く細く舗装された一本道をひたすら歩く。
途中、少し開けた場所に兵が休む小屋があった。
槍を構えた2名の兵が通せんぼするようように立ちはだかっており、
許可証の有無の確認をされた。
懐から取り出して、実際に確認してもらうと、一礼のあと無言で道
を譲ってくれた。
詰所から小屋までは歩いて15分程の道のりだった。ここから1
0分も歩けば目的地の湖と祠が見えてくるらしい。
特に苦もなくのんびり歩いていると、自然の風が緑の匂いを運んで
過ぎ去っていく。
︵まるで避暑地のようだ︶
そう思いながら湖へと到着する。
透き通る美しい水面に映る広大な自然の色は、その場に立ち尽くし
てしまうほどの感動があった。
見渡す限り広大な湖の端には、乳白色の色合いで作られた頑丈そう
な祠が奉ってあった。
美しい自然をひとしきり眼福して楽しんだあと、祠の中の建物内へ
1326
と入る。
中には左右に区画された簡素なベッドが1台ある寝室のような場所
と、トイレ、簡単なダイニングキッチンが壁とドアとで区画されて
いた。
真ん中には祈りの場として厳かな雰囲気を漂わせる台の中に杖をも
った人の形をした像が奉られてあった。これは亡くなった人達の為
エルダーゲート
に奉納されたのだと思う。
・・
この世界の礼の仕方など解らなかったが、両膝をつき神妙に祈った。
どのくらい祈ったかは解らない。
・
・
しかし、祈りの最中に像から人の気配を感じた。
いや、正確には像の台座の下からが正解かも知れない。
突如ゴゴゴ⋮と開閉音が鳴り響き、台座が左にずれていく。人が1
人ほど入れる通路がそこにあった。
その奥から2人の武装した人間が出てきたのだ。
﹁!?ヤクモ様、お待ち下さい。この先に誰かいます﹂
緊迫した声は若い声だった。
﹁ん⋮そのようだな。しかし予定ではこの月は誰もトンプソン家の
者は利用してない筈だったのだが﹂
﹁と、言うことは賊ですね!お任せあれ﹂
言うなり、狭い通路を苦もなく飛び出してきた影はソウマへと接近
して襲いかかってきた。
1327
制限された空間に対してかなりの身のこなしとスピードである。
︵普通の人間してはかなり速い⋮が︶
それすらも遅く感じてしまうほど、今のソウマは強くなっている。
進化する前の元々のステータス差でも、鍛えた冒険者が相手になら
なかったり、boss級の魔物ですら単体で屠るほどの実力があっ
たのだ。
攻撃してくる相手を観察する余裕すらあった。
どうやら襲ってきた相手は少年のようだ。まだ小柄ながらに鍛えら
れた身のこなしだ。
両手にはダガーらしき小剣を持って器用に斬り付けてくる。
何か魔物素材で作られたライトアーマーを着込み、可動域全体を使
った素早い身のこなしは必見に値する。
また小剣とはいえ、両手で扱うには重さを支える筋肉やバランス感
覚、重量に振り回されない思考等⋮どれをとっても、その年で相当
鍛え上げられている。
最初は余裕で攻撃してきた少年も、ソウマが紙一重で自分の攻撃を
かわし続けている事に気づき始めた。
﹁くそっ、くそっ、何で当たんないだよ!?﹂
もう口調に余裕などない。意地だけで攻撃してきている。
そろそろソウマが口を開こうとすると、タイミングよく奥で観察し
ていた人物が声をかけた。
1328
﹁やめるんだアオイ。どうやら彼は賊では無いようだよ。直ぐに剣
を仕舞いなさい﹂
優しく、諭すような口調だったがそこには一切の反論を許さぬ威圧
感が込められていた。
ピタッと瞬時に攻撃を止めたアオイと呼ばれた少年はそこに膝まづ
いた。
﹁やれやれ、うちの団員が粗相をして申し訳ない。
しかし君も敵意が無い事を分かってたなら止めてくれればいいのに﹂
苦笑しながら尋ねてくる声色は紛れもない男の声だ。
実際に姿を見るとオールバックに髪を綺麗に撫で付け、理知的な瞳
にマスクをしていて解らないが、見掛けは20代後半くらいだろう
と予想出来る男性だった。
﹁いえ、そこの少年の見事な身のこなしに感心して眼を奪われちゃ
いまして⋮すみません﹂
そう言うと、ポカンとした表情から一転、大笑いする。
ひとしきり笑ったあと、アオイに向かって﹁だ、そうだから君も精
進しなきゃね﹂と微笑ましく声がけていた。
ゴブリン
その後、ソウマは自己紹介をし、トンプソン家の者から許可証を貰
ったことや、緑小鬼の大群の討伐の為に、この場にいる事を簡単に
説明した。
頷きながら聞いていた彼等は納得をしてくれたが、アオイ少年だけ
は胡散臭そうにまだ此方を警戒していた。
1329
﹁では、我らも自己紹介をしようか。私はこの︻竜狩人︼の傭兵団
を率いる団長ヤクモと言う﹂
﹁⋮オイラは準団員のアオイだ。あんちゃんには絶対リベンジすっ
からな!﹂
ピシッと指を指してくる。先程の事が余程屈辱だったらしく、から
かい過ぎたとソウマは反省する。
﹁この地に滞在する許可を得た⋮と、言うことは何か関わりのある
者かな⋮いや、詮索はよそう。
伝説も聞いたと思う。我らはこの地で亡くなった竜狩りの一族の末
裔で構成された傭兵団なんだよ﹂
と、言っても現在は我らを含めて6名しかいないがね⋮と、自嘲的
にヤクモはそう言うと、腰から鞘に入った一振りの長剣を見せてく
れた。
柄の色は深い藍色。鞘も同じ色で統一されていた。
よわい
﹁これは代々一族の族長が受け継いできた剣でね。水竜でも齢50
0年を越える大物の素材から作り出された竜剣の一振り﹂
500年を越える竜から作り出された剣。それならばハイレア級で
もおかしくない⋮筈なのだが?
剣を構えたヤクモより感じる威圧感は増すものの、そこまでの脅威
が武器より感じられない。
1330
寧ろ、武器より脅威を感じるのはヤクモ本人なくらいだ。
レア級
念のため、剣に集中して覗いてみた。
青竜剣
ブルードラゴン
下位種である青竜を討伐した際の牙と下位竜玉を用いた逸品。
竜里にて失われし秘術で拵えられた竜剣の一種。水竜剣を模造して
作られている。
団長であるヤクモが青竜へと単身で挑み、討ち取った。
任意発動武技︻ブルースラッシュ︼
余りに竜剣を凝視していたソウマを見やるヤクモ。
苦笑しながら、説明してくれた。
﹁の、模造品だよ。私が成人した時に里の依頼で狩った下位竜の素
材で出来ているんだ。
族長就任の際に憧れだったんでね。真似てもらったんだ。
この剣のオリジナルは⋮︻竜断︼の称号を持つあの爺さま⋮ごほん、
先々代が持っていね。あの御仁が死ぬなんて私には到底思えない。
⋮けど結局ここから帰ってこなかった。多分、共にこの地中深くに
沈んでいった鉱山に眠っている﹂
1331
﹁青竜を倒したのか⋮凄まじい実力者だなヤクモ殿は﹂
ソウマが素直に称賛すると、アオイ少年もうんうんと嬉しそうに頷
いていた。
﹁あんちゃんわかってんじゃないかー!
うちの団長のヤクモ様は凄いんだぜ。かくいう俺も凄いぞ。何せ俺
も竜を倒してっかんなー﹂
ハイノーマル級
自慢気に両手を突き出し、小剣を突き出した。
これは⋮
リガダガー
小竜短剣
リガドラゴン
小竜の爪を集めて、竜里の秘術にて融合させた竜剣の一種。軽い上
に鉄剣並の強度がある。
﹁へへっ、倒すのに苦労したぜ﹂
﹁それはリガドラゴンの小剣か⋮アオイ少年の歳でよく頑張ったん
だな﹂
1332
ソウマは竜種とは、まだ戦ったことはない。しかし、ゲームの知識
はあった。
ヤクモが倒した下位竜種︻青竜︼通称はブルードラゴン。
名の由来は体色が青一色の事からきている。
体長5m弱程で翼の持たない四脚型の竜種の一種である。
頭から尻尾まで細かい竜鱗でびっしりガードされており、それを破
る術を持たない場合に限り他には弱点らしい弱点は眼や口内のみで
ある。
それと唯一魔法による攻撃は鱗には魔力抵抗が僅かしかかかってい
ないタイプのドラゴンの為、物理よりは効くという点くらいか。
攻撃手段は、強靭な身体能力から繰り出される前爪、尻尾、牙によ
る噛みつき。
有名なのは頭部に生えている短い角から魔力を体内に集めて吐き出
される竜種では有名なブレスによる攻撃がある。個体差にもよるが
青竜の場合は、口腔より高速で打ち出される水柱だと言う。
下位と上位の竜の違いは解りやすい。
しかし、下位とはいえ、やはり竜は竜。出会えば亜竜・龍とは違っ
て生き残れる確率は殆どないと言ってもいいのだ。
リガドラゴン
では、アオイ少年の小竜とはどんな竜なのか?
1333
実は竜と名前はつくが亜竜種の一種で名前の通り、密林に多く生息
する小型の恐竜のような存在である。
魔力を用いた攻撃などは行えないが、2足歩行で前脚の一爪が発達
しており鎌のようになっている。
その素早い身のこなしと攻撃で獲物を狩る。
この魔物で取れる素材は少ないが、軽くて丈夫なため初心者から中
級者にかけてこの素材の装備品が人気がある。少し経験をつんだ冒
険者パーティーが狩りにいって逆に狩られてしまうのは良く聞く話
でもある。
ソウマの知っている事を何となく話してみると、ヤクモはその情報
に驚いた。
リガドラゴンは兎も角、青竜は下位竜である。出会えば大概生き残
る事はないので例え冒険者ギルドのような場所でも情報量は少ない
のである。
興味を持ったヤクモは然り気無くソウマに尋ねた。
﹁良くご存知だ。余り竜・龍の生態については情報は少ないはずな
のに、良く勉強しているね。君は学者か何か?﹂
﹁いや、俺は遠くから来た身で様々な場所を旅してきたから、他の
人より色々知ってるだけですよ。
旅先では竜の被害も聞きます⋮特にワイバーンとか亜竜の被害なん
かも⋮﹂
すらすらと嘘をつくのは仕方ないと心に言い聞かせ、こんなことを
聞かれたらこう返答しようとこれまで脳内シュミレーションしてき
た自分に感謝した。
1334
尚も黙ったままヤクモはソウマを直視してくる。
その目力には強者の放つプレッシャーが込められている。
その視線を真っ正面から受けても眼をそらさず自然体のままでいる
ソウマを見て、ヤクモはようやく視線を優しく緩めた。
ヤクモはソウマを警戒していた。
自分があえて放つプレッシャーにも耐え、尚且つそれを脅威にも感
じていない。
確かに何か隠してあることは有りそうだが⋮やましさはないと感じ
られた。
害の有る相手ではなさそうだしかなりの実力者なのだと、認識を改
めた。
﹁試すような事をしてすまなかった。一応これでも傭兵団を預かっ
ている身なのでね﹂
﹁あ、そういうの解りますから⋮大丈夫です﹂
二人で交わされた会話の内容に今一ついてないアオイは
﹁わかんねぇ⋮何でヤクモ様は謝ったんだ?﹂
いきなり謝ったヤクモに訳がわからず、頭を傾げていた。
﹁ソウマ殿が怪しい人間ではないとわかった事だし、場所を移さな
いか?
1335
そろそら腹も減った。後続が追い付く前に飯の準備をしてしまおう。
じゃないと後から来るサイ婆とアイリが飢えてしまうからな﹂
どうやら他にも仲間がいるようだ。
邪魔をしても悪いし⋮目的の釣りはしてないが、この景色を見られ
ただけでも来たかいがあった。俺はここでおいとましよう。
そう思って立ち上がる。
﹁お邪魔になりそうだし、俺はこれで失礼します﹂
﹁⋮気を使わせてすまんなソウマ殿。君とはまた会いそうな気がす
る。
私達は暫くここにいるつもりだ。ゴブリンとの戦、武運を願ってい
るぞ﹂
﹁またな、あんちゃん。今度は一撃いれてみせるよ﹂
ヤクモより詫びだと言われ、小袋を受け取った。
食べ物かな?
ここは返すのも野暮だ。折角なので有り難く頂いておいた。
2人に軽く別れの挨拶を済まし、ソウマは単身外へと出た。
来た道を戻り、暫く歩くと丁度大木が見えた。
暖かな日差しを遮る木陰の下で昼食を取り出し、頂いた。
しかし、面白い出会いもあったものだ。
この時期、この時でなければすれ違って会えなかっただろう竜・龍
狩りの一族。
1336
ゲーム中では名前でしか見たことがない存在だった。
確か神⋮そう狩神なる一柱が遥か昔に加護を与えたと言われている
一族。
それこそ人族でありながら人の力を超えた一族で、確かプレイヤー
でも彼等のマスターNPC︵特別な人物︶が試練という名の厳しい
条件さえ満たせば、種族進化とその専門職が手に入った。
ヤクモ達が出て来た地中の何処かに繋がるこの台座の下に、何かが
あるのだ。
・・
興味がない訳じゃないけど、今回はゴブリン戦もあるし、準備のた
めの時間に割く時間もない。
・・・
最も、あの台座下から、何者かの存在に覗かれているような⋮感覚
を受けた。
不快感⋮ではなく、何か呼ばれているような不思議な感覚だった。
気のせいじゃないのなら⋮ね。
いずれ、また来る機会はあるだろう。
考えながら黒パンとスープを飲み終えたソウマは、少し小腹が空い
ていた。
何かないかな?と周りを見渡すと、一際巨大な大木を発見する。
良く見ないと解らなかったが非常に細く、巻き付いている緑の蔓が
這っている事に気付いた。
何だが気になって、蔓を視線をおっていくと、その大木の頂き近く
に蔓に重なるようにして、いくつか赤い実を確認した。
1337
マナグローブの実︵原生︶
外気中の魔力を取り込む不思議な植物マナグローブの原種。自然の
マナエネルギーを含む豊かな土壌にしか生息出来ないため、非常に
限定された場所でしか生息不可能である。
その実は食用にもなり、食べるとHPとspを回復させる効果を持
つ。
また、細い緑の蔓が本体であり、葉は1枚しかない生態のために自
己生命力が著しく弱い。
そのため生命力のある木に寄生し、エネルギーを分けてもらう事で
生存を図ることが多い。1年に一度だけ、複数の赤い実をつける。
マナポーションにも使われている材料の1つであるマナグローブの
実であった。
正確にはこの原種を長い時間品種改良を重ね、人の手にも栽培法が
確立されたマナグローブの実がマナポーションの材料になっている。
実を多くつけたり、育てやすいように品種改良された分、劣化した
実がなってしまい原種の実ほどの回復量などは見込めないのは仕方
がないのだが。
劣化といえども⋮それでもマナポーションを作る分には問題のない
1338
魔力を含む実の性質を備えていた。
錬金術師などの生産職をとっていないソウマはその存在自体初めて
目にした。
折角なので1つ食べてみた。シャクッとしたリンゴの食感のあとほ
んのりと甘味が口に広がる、
味は無花果の味に似ており、食感と想像していた味が違っていて驚
いた。
ソウマはフルーツは好きな方で、驚いたものの嫌な感じはしない。
マナグローブの実︵原生︶を摘み、アイテムボックスの中へとしま
った。
他にもないかと探しながらゆっくりと帰る。全てをとらず何個か残
してアイテムボックスへと入れていく。
一般には非常に分かりにくい木の高所にあるため、普通は専門家と
共に蔦を探して調べるとこから始まるのだが、ソウマの場合は何と
なく気になる木を調べると発見する事が出来た。
全ての木にマナグローブの蔦が生えているわけではないのだが、通
り道かその近くに限定して実がなっているものだけを選ぶ。
急激な進化がもたらした影響なのだろうか?
採取の専門家でも非常に解りにくい蔦だけに、この事を知れば是非
ともソウマをスカウトしたに違いない成果がそこにはあった。
再度通り道に番をする兵達に許可証を見せ、無事詰め所へと戻ると、
1339
どうやら後続部隊が到着していたらしく、ガヤガヤと賑わしくなっ
ていた。
詰所入口門から、補給物資をせかせかと運び出している。
その中にはゾラもおり、補給部隊の兵士にアレコレ指示を出してい
た。
こっちに気付いたゾラが指示を兵士に言付けて向かってきた。
﹁おっ、早かったな。もう戻ってきたのか?ソウマ﹂
﹁ああ、向こうに先客がいてな。邪魔しても悪いし戻ってきた﹂
﹁先客?ああ、そうか。あの方達が来られる時期だったのか⋮悪い
なソウマ﹂
﹁気にしなくても良いさ。それにいい人だったしな。とても落ち着
ける場所だった。
そうだ、その場所の事で相談したい事があるんだが﹂
﹁あー、そりゃ構わないが今立て込んでてな。この運搬が終わるま
で待っててくれないか﹂
門には荷台車に積まれた大量の物資を兵士が2人が抱え込んで運ん
でいた。
物資の中身は食糧と水、そして予備の武具と矢、消耗品とちょっと
した小山になっている。
これを建物の中にある食糧庫と倉庫に荷分けしていく作業のようだ。
兵の中には冒険者も混じっていて臨時のアルバイトとして雇ってい
るようだ。
かなり重量があるらしく、汗だくで運んでいた。
1340
﹁なら、俺も手伝わせて貰うよ。人手は一人でも多い方がいいだろ
う?﹂
﹁そりゃあ、安い報酬だが冒険者を臨時で雇うくらい忙しい。助か
るがいいのか?﹂
ファンタジーのライトノベル何かじゃアイテムボックスを駆使して
活躍するようだが、俺はあんまり悪目立ちしたくない。
それに、手伝ってる冒険者の仕事を奪いたくないし。
﹁助かるぜ、その荷物を食糧庫まで運んでくれ﹂
目の前の林檎箱のような木箱が梱包されて小山のように2列に並ん
でいた。
大人一人で両手で抱え込ん込めるほどの大きさだ。これを先程から
二人がかりで食糧庫へと運んでいる姿を見ている。
試しに両手で抱え込んで持ち上げてみると、案外軽い。これならも
う1つ木箱を上に載ってけても余裕だ。
ソウマの相方用に誰か兵士を一人呼ぼうとしているゾラを呼び止め
た。
怪訝そうな表現を浮かべたゾラに実際に一人で持ち上げ、更にもう
一箱載せて見せると、かなり呆けたような顔をして驚いていた。
側にいる兵士も同様で、木箱を持ち上げるソウマを穴があくほど凝
視している。
だが、ゾラはすぐに笑い初めた。
1341
﹁こりゃあ⋮規格外すぎるぜソウマ。なら頼む。
ほら、お前らも呆けてないでさっさと運べ。ソウマに仕事を奪われ
るぞ﹂
それを聞いた兵士や冒険者も、慌てて自分達の作業に戻る。
それから程なくして荷物の運搬は片付いた。
悪目立ちしたくないと考えていたソウマだったのだが、逆に目立っ
ていたことに気が付かなかった。
後で︻荷運び男︼と呼ばれ、後悔するハメになるのは後の事だ。
そうしてゾラにヤクモ達と出会ったことを伝え、台座の秘密につい
て相談を持ちかけた。
ヤクモ達の事は知っていたゾラだったが、台座の下の秘密について
は初耳だったようで少し頭を抱えていたのだが、結局親父に聞いて
みるさ⋮と請け負ってくれた。
後で酒でも奢ることにして、一旦部屋へと帰ったソウマは、ヤクモ
から去り際に手渡された小袋を思いだし、中身を開いてみることに
した。
﹁これは⋮粉末か?﹂
小袋の中には三角状に何層も折り込まれた紙がある。開けば黄色の
粉が少量包まれていた。
1342
黄色い粉末
特別な材料を用いて竜狩りの里でしか製法出来ない薬。微量でも疲
労回復効果を持つ。副作用はない。
これは⋮貴重なモノなんだろうな。竜狩りの里でしか製法出来ない
とあるし⋮少量でも疲労回復効果は有難い。
しかし、何故出会ったばかりの俺にこんな貴重な物を分けてくれた
んだろうか??
首を傾げるしかない。
また彼等とは会うだろう。その時にでも何か手土産でも持っていこ
う、
ヤクモ達が出て来た台座の下⋮あの奇妙な場所には俺を呼ぶ何かが
いる。
そこへ入るためには、きっとトンプソン将軍が関わってくる。
ゾラに頼んだけれども、交渉を有利にするためにも、この緑小鬼戦
で手柄を上げる必要が増えた気がする。
ゴブリン
緑小鬼との激突までに、弓の完成する仕上がりを楽しみに待つソウ
マだった。
1343
ソウマから新しく弓の依頼を受けたドゥルクは、仲間であるレイナ
ードとアーシュに断りを入れて、臨時の鍛冶場に持ち込みの材料を
並べ、炉に火を入れて、早速作業準備に入る。
落ち込んでいたが何かスッキリとした表情のレイナードのことは、
付き合いが長いアーシュに任せておけば安心だ。
改めて預かった弓の材料を眺める。
何せ、依頼された弓は竜素材を元に作られる弓だ。竜の牙を研磨、
錬成し︻竜顎弓︼ドラコントゥースと呼ばれるレア級相当の業物を
作らねばならいのだ。
扱うのは、未知の素材であり親父殿が残した鍛治マスタリーレシピ
にしか載ってないような代物である。
1人の職人として血が騒がない筈がなかった。
︵しかももう1つの依頼は親父殿の作った事がない弓の依頼ときた。
⋮ソウマはいつも俺を驚きと楽しみに連れていってくれるよ︶
その類いまれなる幸運に眼を瞑り、感謝する。
︵しかし、親父殿のレシピ通りに只作るのも些かな⋮俺に任せてく
1344
れると言うし、素材が放つインスピレーションに身を任せて見るの
も一興かも知れない︶
うきうきと心踊る。こんな感覚はいついらいだろうかな。
充分に熱した炉の温度を確認してから、竜素材に立ち向かう。
こちらの技量がなければ反発して思い通りに行かないのがレア級の
たたかい
証。生半可な腕では前に立つのも憚られる素材なのだ。
これが俺にしか出来ない鍛冶だ。
新たなインスピレーションのもと自身の腕に誇りを持ち、強敵に立
ち向かうドゥルクだった。
1345
ソウマ編 緑小鬼の大侵攻4 竜を狩る者達との邂逅︵後書き
︶
天気の良い空の下、美しい自然の中でパチパチと炙られている巨大
な蟹。
石で周りを囲んで作った即席の焼き場の網の上では、蟹の他に香ば
しく焼けていく大きな貝と魚の姿がある。
どれもこの目の前に拡がる湖の恩恵であった。
オールバックにして綺麗に撫で付けられた髪が印象的な男性が、周
りにいる男女に声を掛ける。
﹁もうすぐ焼き上がる。皆、食べるぞ﹂
﹁おっ、待ってたっす﹂
﹁若様、申し訳ございません⋮﹂
﹁頂きます﹂
中性的な顔立ちの少年と十代後半だと思わしき黒髪の長い可愛い女
性、品の有る年配の女性とで合計四人の男女の姿があった。
各人相当お腹が空いていたのであろう。
瞬く間に香ばしい香りを放つ食材が消えていく。
﹁気にするなサイ婆。料理は私の数少ない趣味だからな⋮アイリ、
蟹ばかり食べてないで魚もちゃんと食べなさい。
1346
アオイ、お前はもう少し落ち着いて食べなさい。食材はまだあるか
ら⋮﹂
男は自らも食べながら、食材を焼き、合間に他の料理を作っていく。
特に食べ盛りの十代は遠慮なく飯を食べ腹に消えていく。
暫くして満腹になり、全員が満足そうな笑顔を浮かべていた。
﹁やはり若様の料理は美味しいです。ただ塩で焼いているだけなの
に不思議﹂
﹁素材との相性と絶妙な調味料具合⋮そこが料理の奥深さだアイリ。
やってみると楽しいぞ?﹂
少し考える素振りを見せるも、首を横に振る。
﹁⋮やめておきます。私は食べる専門﹂
キッパリと断り、言い放った。無表情ながらに固い決意が込めら
れている事は、長い付き合いであるヤクモには解る。
その堂々とした態度に苦笑しつつ、片付けをきちんと行っていく。
料理も掃除も出来る出来る男⋮それがヤクモだった。
片付け始めたヤクモを見て流石に手伝い始めたアイリ。
﹁ところで若様﹂
﹁ん、なんだアイリ。まだ食べたり無かったのか?﹂
﹁違っ﹂
1347
﹁それと、二人きりの時はヤクモで言いといった筈だ﹂
﹁⋮なら、ヤクモ⋮さん﹂
そのぶっきらぼうな口調には若干の照れが混じっていた。
﹁何だい?﹂
﹁⋮何故見知らぬ者に竜里の秘薬をお分けになったのです?﹂
アオイから聞いたときは心底驚いたものだ。
竜里にしか生えていない特別な素材を限られた者しか知ることが許
・・
されていない製法で作られた貴重な薬だ。
・
少量でも効果があり、疲労回復が高い。何度もチャレンジしてきた
この場の攻略の手助けとなる切り札の1つだ。
そんな特別な薬を分けたことに対してかなり疑問があったのだ。
﹁うーん、そうだな。強いて言えば感かな?﹂
﹁勘?﹂
﹁そう、感﹂
微妙に噛み合ってない二人の会話の内容。
しかし、アイリにはその説明だけで良かった。
時々団長は不思議な事をしたり、言うのだ。
余人に理解出来ないだけかも知れないが。
1348
しかし、その行動が今まで不利益に終わった事など1度も無いし、
寧ろ後から考えれば有益な事が多かったからだ。
妙に納得したアイリの姿に不思議に思いながらも、ヤクモは丁寧に
後片付けを行うのだった
1349
ソウマ編 緑小鬼の大侵攻5 強襲︵前書き︶
ようやく次話からゴブリンとの戦いが始まります。戦闘描写は苦手
ですが頑張ります。
1350
ソウマ編 緑小鬼の大侵攻5 強襲
深夜に誰もいない練兵場で身体を自分のイメージ通りに動かす訓練
をしていた。
動く前の自分よりも僅かでも速く、そして可能な限り可動域を駆使
して追い込んでいく。
祠であったアオイ少年の鍛え上げられた体術は洗練されており、鮮
烈にソウマの記憶に残っていた。
ハイヒューマン・エリヤへと進化してからは更に驚異的な身体能力
と、未だステータスの高さに振り回される感覚が自身の中に残って
いた。
折角のそれら能力を有効に使いこなすため、より一層無駄な動きを
からだ
削ぐ為にもアオイの洗練された体術を思い描きながらどんどん取り
入れる。
練兵場所の隅から隅へと動き回る。
緩急自在なアオイの動きを取り入れる下地は、貪欲に求めてくるの
だ。
今までに無いほど戦闘意欲が高い。そして応えれば応える程しっく
りと身体に馴染んでいく。
時間を忘れて熱中していると、僅かな陽の光が天窓から差し込んだ。
現在、既に2日目の朝を迎えていた。
1351
︵もうこんな時間か⋮マリガン達と朝練の時間だな︶
激しい運動量に体力はかなり消耗した筈が身体の方はまだ元気で、
より強く⋮と、貪欲な意思に対して奥から熱い活力が更に湧いてく
るようだ。
﹁今日の朝練、俺も参加させて貰おうかな﹂
そんな独り言を呟く。
﹁いいわよ。ならまずはアタイからだよ﹂
聞こえた声に振り返ると、そこにはマリガンとアンゴラがいた。
﹁ん、声に出ていたのか。おはようマリガン、アンゴラ﹂
﹁ったく、驚かせようと思ってコッチは気配を消してきたってのに﹂
﹁⋮おはよう﹂
不満気に呟くマリガンと静かなアンゴラは両極端で印象的だ。
﹁ああ、俺にはスキルがあるから何となく解るんだ﹂
﹁ふぅーん?認知系のスキルか。ソウマは魔物使いなのにシーフ系
統のスキルまで持ってるんだ﹂
まれびと
﹁⋮アンゴラやマリガンならいいか。正確に言えば俺は稀人なんだ
よ。本職は⋮弓使いだ﹂
1352
稀人だと答えたソウマを、マリガンとアンゴラはじっと凝視してい
る。
緊張する雰囲気が続く。暫くすると、マリガンが口を開いた。
﹁⋮どうやら嘘は言っていないようだね﹂
﹁嘘はつかない。黙っていて悪かったな﹂
まれびと
﹁いや、稀人の希少性はアタイ達も知っているさ。しかし⋮稀人ね
ぇ﹂
まじまじと顔が接近し過ぎる程に近付き、ソウマをネットリと観察
するマリガン。
流石にソウマもその視線に引き気味だ。
﹁⋮マリガン、ソウマが嫌がってるからそのくらいにしよう﹂
アンゴラのその一言でようやく解放されたソウマは、アンゴラに感
謝の目線を送った。
﹁ソウマは私達をアマゾネスと知った上で稀人だと話してくれたの
か?﹂
﹁うん?それは昨日聞いたんだけど、何か問題があったのか?﹂
ソウマが困惑する様子を見て、落胆したような表情を見せたマリガ
ンだった。
1353
・
﹁どうやら知らないようだね⋮アタイ達アマゾネスは規律があって
ねぇ。強い雄の種が欲しいのさ﹂
・
﹁⋮その種の中でも稀人は強さに関係なく子種を入手すること﹂
そこまで言われてようやく悟ったソウマは
﹁それって⋮まさか﹂
﹁つまり、アタシ達と無条件でHしほうだいって訳さ。こんなイイ
女二人とだなんて良かったねぇソウマ﹂
眼をランランと輝かせるマリガンは既に肉食獣の瞳で舌なめずりし
そうな雰囲気だ。
オス
︵アタイの見る目に狂いは無かった。極上の雄の匂いときて、更に
稀人なんてツイてる︶
一歩、また一歩と近づいてくるマリガンに思わず後ずさるソウマ。
そこには戦闘以外には感じたことのない戦場の匂いとプレッシャー
があった。
︵いやいやいやいやいやいやいやいや︶
据え膳食わぬは男の恥⋮とソウマの故郷では言われている。
全くの経験が無い訳では無いが、そこには躊躇うべき何かを本能的
に感じていた。
アプローチ
直接的な情事を受けた時、一瞬脳裏に女性の顔が浮かんだ。
1354
混乱していた事もあってそれが誰だかは覚えていないが、その女性
の顔が思い浮かんだ瞬間、サーと波が引くように理性が戻ってきた
のは確か⋮だ。
そんなソウマの様子にマリガンが気付く。
﹁ちっ、こんなイイ女が迫ってるのに誰か別の女の事を考えてたの
かい?興が覚めちまった⋮やめやめ﹂
そう言って引き下がるマリガン。
内心ホッとしつつも、少し残念な心境に襲われるソウマ。
まだ若い男には有り余る性衝動は、実年齢は見掛け16歳設定のソ
ウマでも中身は30をおっさん故にギリギリ理性で留まれた範疇だ
った。
・
その男の葛藤を、引き下がる振りをして確認していたマリガンは、
まだ付け入る隙を見出だした。
﹁ソウマ、このモヤモヤは実戦方式で発散させてやるから覚悟しな
よ﹂
ほくそ笑む内心を押し隠したマリガンはソウマへそう言い放ち、槍
を手に構える。
﹁あ、ああ。宜しくなマリガン﹂
戸惑いながらも、刃を潰した模擬短剣を手に取る。
そしてソウマはエルを召喚して、アンゴラの相手をしてもらう。前
1355
回と同じHPは20%以下になれば指輪に自動送還するようにする。
こうしてソウマVSマリガン。
エルVSアンゴラの図式で朝練が始まった。
エルとアンゴラは真っ向から立ち向かうスタイルで、己の限界ギリ
ギリまでせめぎあうように戦う。
一方ソウマとアンゴラは、ソウマが自在に手足のように軽やかに動
く槍を必要最低限の動きで処理していた。
最初は様子見のマリガンだったが直ぐにソウマの実力を見抜いた。
正直使役魔物たるエルの方が近接戦においてあれだけの強さを誇る
のたから、てっきりソウマの方が弱いと思っていたのだ。
しかし、接近戦において己の槍をここまで避けれる相手はいない。
そしてソウマは無意識だろうけど、戦闘における威圧感は相対した
者にしかわからないオーラを放っている。
その威圧の前に身がすくむプレッシャーを感じるが、マリガンとて
幾度も戦いをくぐり抜けてきた歴戦の戦士。
持ち前の気力で己の心を奮い立たせていた。
ソウマは一切攻撃してこないが、マリガンの放つ槍の一突き、一突
きがかなりの精神力を削って繰り出されているのは間違いない。
︵これは⋮何て足裁きさ。
想像以上だよ。しかし、時折見せるソウマのあの恐ろしい程の冷た
い目付き⋮たまんないねぇ︶
ソウマと目が合う度に⋮そして後半はそう思うだけでもゾクゾクゾ
1356
クッと背筋を這う感覚がマリガンに戸惑いと⋮幾ばくかの快楽を与
えていた。
多大な精神力の消耗の他に、攻撃する度に心が熱くなり、唇から次
第に頬に、指先に、胸の先端へと移り、秘部が⋮と火照りを感じ始
めていた。
今まで自分以上の実力を持つ男など数える程もいなかった。
いつも自分から誘うだけで、好意のある異性から思われて組み敷か
れる事を望んでいた心の奥底⋮少しMッ気なるものを開発されたの
かも知れないが。
朝練が終わる頃には、心底ヘトヘトに消耗したマリガンが横たわっ
ていた。
何だが満足そうな表情のマリガンに、何か察したアンゴラはそのま
ま相方を担ぎ上げ、礼を言って出ていった。
明日はいよいよ3日目の決戦である。朝練は最後になる。
今夜には詰所に最低限の兵力を残して、他は作戦の戦場ポイントま
で移動の予定だ。
攻めはしなかったが、ソウマも修練とは違い相手がいて思いっきり
動いた事で充実感と解放感を得ていた。
久しぶりに弓を引きたい。
その思いが自然に湧き出てきた。
弓の師匠からは﹁1日引かずは3日、鍛練が遅れると思え﹂と、口
を酸っぱくして言われたものだ。
1357
少し懐かしく感じながら、朝食を食べた後にドゥルクの元へ寄ろう
と思うソウマだった。
本日の朝食も黒パンとスープ。
しかし食糧の補給もあって潤ったお陰でメニューに干し肉が数切れ
と、オレンジが1つ追加されていた。
贅沢な食事だったがまだ量が足りないソウマは、アイテムボックス
からこっそりと食べ物を取り出して量を食べていく。
細胞に染み込むように吸収されていく初めての感覚を楽しみながら、
美味しく食事を頂けたと思う。
僅かに弾んだら足取りで第2鍛冶場へと向かうと、カァーン、カァ
ーンと鎚を振るう音が聞こえてきた。そして近付くと途端に音が聞
こえなくなった
。
鍛冶場の中を覗き込むと、そこにはドゥルクの背中が見えた。
手には鎚を持ち、汗ビッショリで顔は鬼気迫るほどの表情だった。
若干やつれているようにも見える。
﹁⋮ドゥルク﹂
そう声を掛けても反応はない。
1358
慌てて駆け寄ると、そこには鈍色の輝きを放ち、攻撃的なスタイル
の見事な複合弓があった。
しかも、その弓には他の弓にはない特徴があったのだ。
吸い付くような視線と見惚れそうになる自分の心を無理矢理ドゥル
クの方へと向ける。
流石に製作者の許可なしに触ることは憚れたから。
横から見たドゥルクは手に鎚を握りしめたままだらんと脱力してお
り、眼を見開きピクリとも動かない。
﹁ドゥルク﹂
ポーションをアイテムボックスから取り出す。先程よりも更に力強
い声で呼ぶ。
すると、やっとコッチを向いたドゥルクにポーションを振り掛けた。
ポーションは経口から飲んでも、体に振り掛けても効果をもたらす
薬として有名だ。
ポーションが皮膚から吸収されて、ようやくドゥルクがソウマを認
識したようだ。
驚きの後に弱々しくも会心の笑みを見せた。
﹁⋮どうだソウマ。俺の自信作⋮だ﹂
絞り出すように声を出した。
﹁ああ、素晴らしい弓だ。弓から美しさと何より力強さを感じるよ﹂
1359
その答えに満足そうに頷いたドゥルク。約束通り精魂込めて打って
くれた代償なのだろう。
一晩以上かけて鎚を振るい、磨きと調整をかけてくれたドゥルクに
は言葉もない。
﹁⋮気付いたと思うが説明させてくれ。
この複合弓ドラゴントゥースは、普通の完成形をしていない﹂
ドゥルクに言われた通り、この弓には他の弓にない特徴。それは弦
が2本ついていたことだ。
センス
﹁この2本の弦については酷く迷ったが、ソウマの言葉を借りれば
感覚に従い、素材の声と扱うお前のイメージを元に作り上げた一品
だ﹂
そう区切ったあと、
﹁弦を2本にしてもソウマの筋力なら、易々と扱えるだろうし、反
動も常人では耐えられない程の仕様だ。
耐久性は折り紙つきで、この竜素材の強度はそれくらいで参るよう
なヤワな代物ではない﹂
弓本来の性能以上に仕上げる為には絶妙なバランス調整が必要だっ
たがな⋮
と、ドゥルクは続ける。
﹁魔力矢は1度に2本放てるし、その分魔力も吸われる量は倍だ。
使い手は限られるし扱う者は相当な筋力と技量が問われる弓に仕上
がったが、ソウマの為だけに鍛えた自信作を使ってくれ﹂
1360
俺はその言葉にただただ感謝しか無く、お礼の言葉を繰り返した。
﹁有り難う、ドゥルク。一生この弓を大切にする﹂
弓を大切にアイテムボックスへと仕舞い、ドゥルクの仕事道具も同
じく仕舞っていく。
あの言葉のあとに、再び満足そうに気絶したドゥルクを担ぎ上げ、
レイナードの元まで送った。
ぐったりとしたドゥルクを前に慌てていたレイナードとアーシュだ
ったが先程の説明をし、新弓依頼後に気を失ったことを伝えると安
心した表情を浮かべていた。
良い仲間をもったな、ドゥルク。
そこまで運ぶ際にハイポーションを然り気無く使うも、今度は起き
る気配は無かった。
恐らく、体が眠りを求めているのだ。ドゥルクが起きた頃には回復
していることを祈るだけだ。
自室に戻ったソウマは、改めて複合弓ドラゴントゥースを取り出し
た。
見掛け通りずっしりと重い。体感的にだが少なくとも50㎏以上は
ありそうだと感じる。
竜の顎を思わせるような尖った攻撃的なフォルムが男心をくすぐる
1361
感じだ。
普通の大人では片手で持てないほどの重量があるが、ソウマには全
く問題ない重さだった。
手に持つと魔力を吸い込まれる感じと、金属なのに温かみを感じる
不思議な手触りに驚く。
特殊レア
鈍色に光る弓が喜びを上げるべくどんどん魔力を吸いとって輝きを
増す。
ドラゴントゥー
セス
カンド
複合魔弓︻竜顎弓弐式︼
鍛冶師ドゥルクの渾身の作品。
素材の性能を存分に引き出して作ったため、従来のドラゴントゥー
スよりも高い性能を誇る。
弦が2つあるため、扱いには高い弓技術とステータスが問われる。
使い手の魔力を直接吸い込み、純粋な魔力による矢を形成。
任意発動武技︻ペネトレイター︼
1362
ユニーク
ユニーク
これは⋮いくら特殊の冠が付くとはいえレア級の等級にしては破格
だ。
やはり特殊レアは、レアの領域を越えた性能と付与されている武技
スキルが違いすぎる。
エルダーゲート
高い鍛冶技術を持つドゥルクが、限界まで魂を削ってまで込めた作
品ゆえに、もしかしたら世界が唯一無二のレア級として︻特殊レア︼
として認定したのかも知れない。
この弓にはそれだけの価値があるのだと⋮推測してしまう。
そしてもう1つの依頼したあの木材を使った弓の方は、全身全霊を
込めた反動はドゥルクを疲労困憊に寝込ませる程だ。
今日の夜に出発時間までに完成させるのは、恐らく無理な筈⋮間に
合わないだろう。
残念だが、せめてドラゴントゥース・セカンドを早く実戦で使いた
いものだ。
1363
ソウマ
そう思っていた時期も俺にも有りました。
時間は夕闇近くに部屋を訪ねてきたドゥルクに驚いた。
あの後、一時間くらいで目を覚ましたドゥルクは鍛冶場を貸し切り、
仲間が止めるのも振り切り新しい弓の製作に取りかかったらしい。
ハイポーションのお陰なのか体力は回復していたようなのだが、そ
れでも万全ではない。
鬼気迫る表情の中、完成された新しい弓を早速携えてやってきたと
言う訳だ。
﹁ドゥルク、相当な疲労だと思うが大丈夫なのか?﹂
﹁体調は大丈夫だ。寧ろ無性に鍛冶をしたい気分でな⋮﹂
1364
出来上がった弓はあの古木を使った木製弓で長さはソウマの背丈よ
りは短い程度。装飾は無く一見してしなった木の棒にも見える。
握り部分には持ちやすいように加工してあり、手の内が握りやすか
った。
しかし、おかしな事に弓を引く際に必要な弦が無かった。
未完成なのか?それとも素材が足りなかったのか?
訝しく思っているとドゥルクが説明を始めた。
﹁この弓には弦がない。しかし此こそが理想だ﹂
ん、良く解らないぞ?何で引く弦が無いのに理想なんだ?
顔に出ていた疑問に、笑って木弓を手渡してきた。
インスピレーション
﹁この弓の完成形は不思議なことに既に頭に見えていた。
素材の声に傾けながら殆ど直感で仕上げた。
ソウマ、使い方はその弓に聞いてみるのが早い。きっとお前にしか
使えない仕様になっている筈だ﹂
不思議だったが手渡された木弓に眼を通す。
うわはず
手触りは暖かく、包み混んでくれる質感がそこにはあった。
握りしめると上弭から弦輪に向かって緑色状の魔力光が伸びて弦を
生成した。
そして、ドラゴントゥース・セカンドには無い軽さがある。
1365
グリーン・ウッドボウ
祝福の精霊弓︻木精弓︼
特殊レア
大いなる意思の残滓の願いにより秘めた能力と木精霊のチカラを宿
した木材で作られた精霊弓。
主人と認めたソウマにしか真価を発揮出来ない。
魔力を精霊の癒しが宿る矢へと変換させ、矢を形成する。射ぬかれ
た者の状態異常回復と傷を癒す光を同時に与える*︵思念操作スキ
ルで自動追尾矢を形成可能︶
発動武技︻大いなる実り︼︵装備時SP保有量増加︶
﹁この弓⋮まさか回復魔法の効果があるのか?﹂
﹁やはり⋮わかったかソウマ﹂
1366
ん、ドゥルク?
﹁今ので確信した。ソウマ、お前も加護を持っているんだな﹂
戦場へ出発するまで時間はまだあったため、俺はドゥルクを誘い、
宛がわれた自室に戻ってきた。
ソウマはベッドに腰掛け、ドゥルクは椅子を勧めた。
﹁さて、どうして俺が加護を持っているなんて言うんだドゥルク?﹂
﹁ソウマ。俺はあのドラゴントゥース・セカンドを完成させて眠り
に着いたとき⋮膨大な経験値と共に鍛冶スキルも大幅にレベルアッ
プを果たしたよ﹂
一旦区切り、こう続けた。
﹁だからこそ⋮なのかも知れない。
1367
これから話す事は現実離れ過ぎて信じてもらえないかも知れないが、
俺は夢の中で巨石の神殿にいた。
そこで鍛冶を司る亜神の一柱、キュプロークス様に拝見し加護を頂
いた﹂
珍しく興奮気味にドワーフであるドゥルクの額中央に1つ眼の刺青
のようなモノが増えていた。
これが加護の証なのだという。
﹁この加護は補正値としての能力アップや俺の鍛冶の腕前を底上げ
すると同時に、キュプロークス様の権能の1つである︻下位鑑定眼︼
を授かる事が出来た﹂
︻下位鑑定眼︼は、魔眼スキルの一種で解放して見えたモノでレア
級までのどんな情報も閲覧する事が出来る優れたスキル。
プレイヤーであるソウマにとっては余り必要のないスキルだったが、
この世界の住人には大きな意味をもたらす。
そして只の︻鑑定︼スキルと違い、この加護とスキルを持つものは
特殊レアスキルを備える装備にすら干渉出来る権利を有する。
それはあのアデルの町の国家資格鍛冶師ジュゼットすら出来ない事
だ。
つまりドゥルクはこれまでのソウマの活躍を省みて、ソウマも何ら
かの加護と特別なスキル等を有しているのではないか?と、考えた。
そうして考えていく内にそれは確信に変わっていったのだと教えて
くれた。
1368
エルダーゲート
世界の数ある神の中でも、人間種に始めて鍛冶を教えたとされる鍛
冶神の系譜の一族がある。
現世において肉体を持ち、長い期間生き抜き、活躍を残した事で神
に近い性質まで魂の位階を上げた最も神に近しい生物こそが亜神と
呼ばれる存在なのである。
その中でもキュプロークスは一際大きな身体に片目の巨人として伝
えられており、伝説に残る優秀な武具を開発した偉人とされている。
亜神まで昇り詰めたキュプロークスは、神の末裔として優秀な鍛冶
師として己が認めると加護を与えてきた。
神の加護⋮特に鍛冶神系統のそれを鍛冶師の中では最大の誉とされ
るようになった。
﹁有り難うソウマ。神より加護を承れると言うのは⋮俺の生涯目標
としている夢の1つが叶った﹂
﹁いや、それはドゥルク自身の力だ。おめでとう⋮ところでその加
護って何だ?確かにドゥルクが睨んだ通り自分にもあるけど、良く
わかってないんだ﹂
ソウマは知らなかったので、呆れたドゥルクがかいつまんで教えて
くれた。
神の加護は、認めた者に己の神力を削って授けられるモノで、亜神
<神<大神などと言った神様のランクで加護の強さは異なるとの事。
ドゥルクの得た加護は亜神と一番低い神のモノだが、加護自体がそ
うそう与えられるモノではないので特別優秀な者だと認められた証。
1369
そして加護持ち達の中でも︻使徒︼と呼ばれる者達は、神より特別
強力な加護を授けられた者達を指すとの事。
アビス
﹁俺も伝え聞きだが、現在、眠りについた神々や太古に封印された
悪神やその使徒達は世界で厳重な管理の元に神々が遣わした守護者
が守っていると聞く⋮まぁ、実際に嘘か本当かはわからないが﹂
それと加護は上記に上げた神々の他にもそれに近い実力を持つ生物
エンシェントドラゴン
ならば授けることが可能だそうだ。
何千年や何万年生きた竜種や最高位のハイエルフ等⋮まぁそんな生
物は滅多にいないんだが。
﹁解ったような⋮気がするような?何のせ加護持ちは滅多にいない
ってことだよな﹂
﹁まあ、そう受け取って貰っても構わない。
優秀な者でも加護を持ってない者もいるから、基準は明確にはわか
らないが⋮な。
ただ、俺のように亜神の加護持ちは神の加護持ちよりはいると思う
ぞ?﹂
そこまで話した所でドゥルクがふらっと身体を横に揺らした。慌て
て身体を支える。
万全な状態ではないのに、弓を仕上げて気力だけで俺の所へ来た影
響だ。
1370
﹁ふう⋮すまん、ソウマ﹂
﹁気にするな⋮ん?早速弓の効果を試す機会があるようだ﹂
グリーン・ウッドボウ
手に持つ木精弓がうっすらと輝いた。
確か思念操作スキルがあれば矢を形成出来るって書いてあったよな。
思い念じて見ると、身体から弓に向かって魔力が迸る感覚がある。
取りあえずはまず、自分自身に向けて矢を放つイメージを固めた。
かなり魔力が木精弓に吸われいく感覚と共に、魔力で形成された弦
が瞬時に形成。
同じく緑色の淡く輝く矢となって放出された。
その放たれた矢は寸分の狂いなく俺の心臓へと突き刺さった。
﹁ソウマ!何を⋮﹂
突然の奇行にドゥルクが驚いているが、俺に矢が刺さった痛みなど
は全くない。寧ろ、柔らかく包まれる安心感があった。
そのまま光が身体を包む。カタリナの木精霊の癒しの光だ。
発光が止む。ソウマは腕を確認すると、赤紫色と暗赤色に彩られた
ボロボロの両腕はすっかり元に戻っていた。
︵スキルのお陰で弓を引かなくても放てるのは有り難いな⋮それに
回復量も只の回復魔法の比じゃない︶
恐らくここまで回復量があるのは、新たに得たスキル︻セフィラ︼
の効果2倍のおかげだと思う。
回復手段が増えた事に素直に喜びがわく。
1371
ただ、吸われる魔力量は尋常ではない。魔力量が多くなったとはい
え乱用は控えるべきものだ。
﹁ドゥルク、攻撃しか出来ない概念の弓ではなく、弓でもお前の作
ったのは回復出来る素晴らしい弓だ﹂
﹁ふっ、なら製作者の俺にもその効果を味合わせて貰おうか。くた
くたなんだ﹂
味方に向けて矢を放つなど⋮忌避感があるが、更に頭の中で目の前
にいるドゥルクに向かって放つイメージを固める。またかなりの量
の魔力が吸われ、光の弦が形成。
﹁痛くはないからな﹂
冗談を言ってお互い笑ったあと、矢を放つイメージを放った。
すると、緑に淡く輝いた矢が弓を離れドゥルクの身体へと突き刺さ
る。
ぐっ⋮と呻き声を上げ身を屈めた。おいおい、痛くはないはずだが
?良く見たらドゥルクは顔だけ上げて笑っていた。
むぅ、心配させやがって。
その時ちょうど
﹁おーい、ソウマ入るぞ?親父が呼んで⋮⋮﹂
ゾラが見たのは、ソウマが弓を構え、ドゥルクに矢が突き刺さって
屈んでいる光景だった。
1372
﹁ソウマ⋮何があったか知らんがドゥルクは友達だったんだろ?何
も殺さなくても﹂
﹁待て、誤解だ﹂
﹁いや、俺は何も見てない。見てないぞ﹂
後退りしていくゾラを見れば、納得してないのは明らかだった。
﹁いや、だから違うんだって。おいドゥルク、笑ってないでお前か
らも説明してくれ﹂
そうして2人で何とかゾラに誤解を解いて、ドゥルクと別れた。
ゾラに連れられてトンプソン将軍の元へと向かう。
案内されるまま部屋に入ると、厳しい顔をしたトンプソン将軍とナ
ルサス副官。
そして、鎧は破れ傷だらけの格好の騎士1人が椅子に寄りかかって
いる。
﹁うむ、ゾラよ良く来た。
今グランからの命を受けた兵から報告を受け取った所だ⋮良く報告
に戻った。誰ぞ、休ませる為にも医務室へと運んでやってくれ﹂
そう言って部屋の前を守る兵を呼び、肩を貸させて何とか歩いてい
った。
あの様子を見れば、もう戦端は開かれたのかも知れない。
1373
此方に向き直ったトンプソン将軍はしかめ顔を隠せていない。
﹁さてソウマ殿。お待たせした。
あの騎兵の様子を見ただろう?本来ならば明日戦闘になると踏んで
いたのだが、どうやら奴らは夜を目掛けて戦を仕掛けて来たようだ。
偵察隊も出しておったが、殆どは強襲にあって全滅のようだ。
只のゴブリンどもが闇夜に紛れておったとは言え、我々の武装した
兵士と騎士に勝つとは⋮。
騎士の報告では、襲ってきたゴブリンは緑小鬼の他にも、かなりの
武装が整えられた個体がいたらしい。
武装したゴブリンで統率力も高いとなると⋮ゴブリンリーダーなど
ジェネラル
ではなくもっと上位個体がその群れを率いている可能性がある。
500程度の群れならばゴブリン将軍級が生まれて率いていてもお
かしくない。
その襲撃に対して偵察部隊は半壊。
あの者1人が何とかその場を切り抜けて、現地の連隊長のグランに
報告したのち、怪我した身体を休めずにそのまま此処へと報告に参
ったのだよ﹂
﹁私達はこれより緊急会議を開き、冒険者達に情報の公開と事情を
説明する予定です。
出立を早め、直ぐに再編した兵士と騎兵と共に出発する予定です。
ソウマ殿⋮申し上げにくいのですが﹂
ナルサス副官がソウマに対して言いにくい雰囲気を醸し出している
⋮が、決意を持って話し出す。
︵言いにくいって事は厄介事を頼みたいってことだよな︶
1374
ソウマの予想は外れ無かった。
ナルサス副官より、誰よりも早く駆ける事の出来るソウマを見込み、
グラン率いる歩兵部隊の援軍をお願いされたのだ。
普通の冒険者や傭兵なら、闇夜を駆けて1人で危険度が高くなった
戦場へと行けと言われれば否⋮誰だって生命が優先だと答えた筈。
ゴブリン
ソウマにしても未知の敵である上位ゴブリン級。
少なくとも想定していた危険度の緑小鬼戦では無くなりそうだ。
︵しかし、トンプソン将軍に恩を売るには丁度いいのかも知れない︶
﹁その依頼⋮承りました。だが、報酬はどうされますか?﹂
間髪入れずトンプソン将軍が答えた。
﹁追加報酬として出そう。何か希望はあるかな?﹂
﹁ならば⋮あの祠の秘密の場所へと立ち入る許可を得たいのですが﹂
﹁⋮どこで知った。いや、待ってくれ。ナルサス副官、貴公は外に
出ておれ﹂
ソウマの出した報酬に反応したのは渋い顔をしたトンプソン将軍の
み。
ナルサス副官は不思議そうに将軍とソウマを見ていた。
しかし、将軍の命に従い︵納得はしてなさそうだ︶部屋の外へと出
ていった。
1375
シーンと静まり返った空間にソウマとトンプソン将軍のみが残る。
﹁あの場にて偶然です。
保養へと出掛けた地で台座の下から出てきたヤクモ殿達と出会い、
私はあの場所に行きたい理由が出来ました﹂
話を聞きながらじっと睨み付けるようにソウマを眺めていたトンプ
ソン将軍は、諦めたようにため息を吐く。
﹁どうやら、嘘は言ってないようだな。よかろう⋮あの祠の中へ立
ち入る許可と滞在の許可を報酬としよう﹂
トンプソン将軍の指に嵌めてある無骨な外観だがルーン文字が刻ま
れている指輪を外した。
﹁我が家の当主と竜狩りの一族の長だけが持つあの場の扉を開くマ
ジックアイテムだ﹂
トンプソン将軍から直接手渡される。
﹁もう前払いとして渡しておこう。
しかし、それはやるわけにはいかない代物。
ソウマ殿の用事とやらが終わったら速やかに返却して欲しい﹂
﹁⋮私を信用して頂いて有り難うございます。この指輪は大切に預
ります。
しかし、あの場には何があるのですか?﹂
こんかにあっさり許可が得られるとは思っていなかったので、戸惑
い気味に尋ねる。
1376
﹁ソウマ殿はあの場にて語り継がれる伝説をご存知か?﹂
﹁ええ、ゾラから聞いております。
鉱山が落盤事故のように鉱山が崩れ、そこにいた人達を巻き込んだ
⋮悲しい伝説でしたよね?﹂
ゴブリン
﹁うむ、かの地には秘密がある。それは非常に⋮な。
そして、その話はこの緑小鬼を討伐した後にソウマ殿の活躍を考慮
して話そう。
なんせ一族以外には限られた者しか知らない秘密⋮故にな﹂
むむむ、そう来たか。ここまで聞いたらもう後には引けないし⋮ど
うしても戦果を上げる必要が出てきた。
ただ気前のよいだけではなく、まんまと将軍の思惑に乗せられた形
になったが、自分の欲しい情報と立ち入り許可、そして将軍が望む
戦果は一致している。
﹁俺がこのまま持ち逃げするとは考えなかったんですか?﹂
﹁ふん、ソウマ殿はカタリナ様が公認されている者。そんな真似が
出来よう筈がないではないか﹂
鼻で笑ってそう返された。俺を⋮というかカタリナを信頼している
んだろう。
いや、全くおっしゃっる通りです。
﹁やる気が増した所で、早速失礼します﹂
1377
﹁それは何よりだ。他の誰よりも⋮第3職業者でもあるソウマ殿に
しか頼めぬ。
我が兵隊を救って欲しい。我らも直ぐに救援に向かう﹂
その言葉は将軍の本心だった。
あのレイナードとの戦いを通して感じたソウマの実力の片鱗は信頼
に足るもの⋮恐らく苦境に立つ自軍の支えになると信ずる。
一礼して去っていくソウマはドアの入口で立ち止まった。
﹁そうそう⋮将軍が来る前に敵が全滅していたら、更に追加報酬を
頂きますから﹂
茶化すように⋮且つバッチリ任されたと言わんばかりのアピールを
してそそくさと出ていった。
ポカーンと一瞬呆気にとられた将軍だったが、﹁若造が⋮﹂と嬉し
そうに呟いたことは誰の耳にも触れる事は無かった。
緑小鬼との長い夜が始まった。
1378
ソウマ編 緑小鬼の大侵攻5 強襲︵後書き︶
夕闇から夜の闇へと変わる時間帯。
とある場所が戦場となろうとしていた。
その場に佇む兵隊。その中でも明らかに強者とわかる一際プレッシ
ャーを醸し出す男がいた。
顔に刻まれた無数の傷の男が、戦場を幾つも駆け抜けた歴戦の戦士
だと感じさせる。
かの者の名はグラン。トンプソン将軍の歩兵部隊を任された連隊長
だ。
その彼は眼を一層細くし、眉を寄せて渋面を作っていた。見渡す眼
前には夜へと入り視界は見にくいが、土煙が見え始めていた。
篝火の届く範囲までくると相手の姿がハッキリと見える。
奇声を上げながらゴブリンが欠けた剣や綻びかけた鎧モドキを着て
走ってくる。
﹁総員、戦闘準備。偵察隊の情報により敵は北北東から攻めてくる
⋮早速現れたか﹂
﹁盾部隊前へ﹂
補給物質から大盾を配備された部隊が整列して前へと壁のように立
ちはだかった。
1379
﹁よし、弓部隊もう少し引き付けて⋮放てぇ!!﹂
大喝と共に一斉に天より無数の矢がゴブリンに放たれた。
ゴブリンの顔に刺さり、胴体に刺さり、足に刺さっていく。
倒れたり即死するモノは少ないが侵攻は一瞬止まった。しかし、後
続より続くゴブリン達が倒れた仲間を踏み下ろして前へ前へと駆け
出てきた。
﹁ちぃ、やはり数が多い⋮お前達、雑魚が来るぞ。俺達の後ろには
最早森林と石街道があるのみ。
将軍ならば援軍は直ぐに寄越して下さる。
だから本隊が来るまで持ち堪えさせろ!﹂
オオーー!!
喝を放ち、兵士達の士気を上げる。
戦闘職業であり一定以上の水準を持つ優秀な指揮官系統のスキル︻
士気高揚︼も併用する。
これで部隊の士気を維持し自らも前線に加わるグラン。
激突する両者。すぐに混戦となる。
500以上のゴブリンVS歩兵部隊100に騎兵部隊20騎。そし
て後衛に衛生兵10名を加えた部隊。
本来ならばそこに将軍の本隊と冒険者が加わる予定だったのだ。
︵とは言ったものの、圧倒的に此方の人数の方が不利だ⋮ゴブリン
とは言え部下も何人も失うだろう。しかし、我らは負けられんのだ︶
一匹のゴブリンが欠けた剣を手に襲ってきた。
気合いを入れ直し、少しでも負担を減らすためにグランは剣を振る
1380
う。
ふんっ!
愛用している鉄製の長剣がゴブリンの右腕を断ち切り、怯んだ所へ
止めを刺す。
グラン程の歴戦の戦士となればゴブリン等は雑兵に等しい。
周りを見れば地形を活かし、数の勝るゴブリン相手に引かずに優勢
に対処している部下達がいた。
精強と知られるトンプソン将軍の兵士達は、グランの出す指示に従
い、忠実に己の責務を全うしている。
︵負傷者はいるが、まだ誤差の範囲内⋮しかしこの戦場の空気は何
だ?︶
考えながらもまた一匹ゴブリンを袈裟斬りにして切り捨てた。
ゴブリン
優勢の筈の自軍が⋮鍛えられた歴戦の戦士としての勘がグランに違
和感が伝える。
危機感を募らせたまま、一時間が経過した。
その違和感は当たり、ある程度の数のゴブリンを殺したあと、同胞
の死屍累々の屍を越えてソイツは奥より現れた。
長剣にレザープレートで全身武装したゴブリンだ。
体表は赤い。それは戦闘を愛する火の恵みを宿しているからとされ
ている。
その身体は筋肉に覆われ、体格もゴブリンより一回り大きい。
ゴブリンの上位種の1つ、レッドゴブリンに間違いない。レッドゴ
1381
ブリンが戦場に加わった。
﹁あのゴブリンが、偵察隊の報告にあった武装ゴブリンに間違いな
いだろう﹂
グランとてレッドゴブリンとの戦闘は何度も経験している。確かに
ゴブリンよりは強いが、ただ其だけの存在だ。
しかし、現れたレッドゴブリンは今まで見たどのレッドゴブリンよ
りも体格も良く、武装も整ったものだ。しかも、手にしている長剣
はうっすらと輝いている。
いま、歩兵の1人がレッドゴブリンへと斬りかかる。
異様に膨れ上がった手が振り上げられると、切り結ぶ間もなく歩兵
が切り伏せられた。軍が支給した鎧すら一撃で砕かれたのだ。
恐るべき戦闘能力と装備を持つ個体。只のレッドゴブリンではない。
こちらの損耗と消耗も馬鹿にならない。
仲間の仇を討とうと殺到する歩兵に制止をかけ、弓兵に矢を射たせ、
弾幕を張って部隊を一時後退させた。
そして、スイッチのように盾部隊を展開させ、前線部隊の入れ替え
させる。
撤退戦、掃討戦を想定して相当訓練を重ねた部隊は見事に前線との
入れ替わりを果たせた。
﹁下がった兵は各自ポーションを使え。怪我の酷いものは各リーダ
ーが衛生兵へと連絡し治療に当たれ﹂
1382
時間稼ぎが出来ればそれでいい。此方は待つだけで勝機が上がるの
だ。無駄な兵の損耗は控えるべき事態だった。
現在厄介なのはあのイレギュラーなレッドゴブリンのみ。
そう認識していたのだが、悪い予感はまだ終わらない。
歩兵数人を割いて何とかレッドゴブリンを押さえていた所に、ゴブ
リン共の後方から風の矢を纏う魔法が次々と放たれた。
それにらよって倒れた歩兵を足気にし、戦闘に加わり始めたレッド
ゴブリン。
︵魔法を使えるゴブリンもいたのか⋮これはかなりマズイぞ︶
﹁弓兵、魔法を撃ってきたと思われる北西に向かって矢を射続けろ。
最悪、矢が無くなっても構わん﹂
そう命令したのちグランは指揮官としての自分を捨て、副官に指示
を任せて自身はレッドゴブリンへと立ちはだかった。
このままにしておいては前線は崩壊する。
そうしてグランとレッドゴブリンが死闘を繰り広げた。
何度も危うい場面はあったが戦闘経験ではグランの方が一枚も二枚
も上手だった。途切れそうな意識を繋ぎ込めて、戦技を用いてやっ
とレッドゴブリンの異常に発達している片腕を切り落として武器を
失わせた所で、レッドゴブリンの命に止めを刺せた。
︵はぁはぁはぁ、いくからか風の矢による魔法も来なくなった。恐
らくは矢の一斉発射によって魔法使いのゴブリンは射ぬかれて途中
で死んだのだろう︶
1383
その間に部下の歩兵が周りのゴブリンを斬り倒して合計100の屍
が散らばっていた。
異常なレッドゴブリンと魔法使いのゴブリンを倒した所で一旦ゴブ
リン達は引いていった。
此方の矢が無くなったのは痛いが⋮今頃、あの偵察隊の騎士が報告
を行ってから援軍が来るまであと20時間弱はかかると正確に推測
していた。
戦闘不能の負傷者を除いても、兵数はまだ100は残っている。
何とか援軍が来るまでは持たせられるかも知れない⋮と、安堵が胸
を支配した。しかし、安心するのはまだ早かったと思い知らされた。
残った兵の再編をしつつ、見張りに立たせていた兵から急報が入っ
た。
ゴブリンに動きあり。再侵攻中にてしかも推定数300。内50は
レッドゴブリンの可能性あり⋮と。
イレギュラーとは言え、歴戦の戦士たるグランが死ぬ気でようやく
倒したレッドゴブリンがあと50匹はいる⋮救援も間に合わないと、
残りの兵全員が絶望を感じていた。
1384
ソウマ編 緑小鬼の大侵攻6 新たな黒幕︵前書き︶
遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します!
1385
ソウマ編 緑小鬼の大侵攻6 新たな黒幕
真夜中にも関わらず、小高い丘からゴブリンの大群と、グラン率い
る軍との戦いを遠くから眺めるモノがいた。
サークレット
身長は180㎝ほどで細身で青いコートのような外套を羽織ってい
る。
モノクル
頭には厳かなデザインの冠をはめてどこぞの貴族にも見える外観の
服装をしていた。特徴的なのは片眼鏡をつけて髭を長く伸ばしてい
るため、素顔はハッキリとわからない。
病的なまでに青白い肌を持った上品な顔立ちの男である。
モノクル
剣や杖などの武装は一切ない。
青色の片眼鏡をいじり、ぶつぶつと独語のように喋っている。
﹁ふぅむ?相手はゴブリンとは言え、王国の連中、多勢に無勢を覆
しながら予想以上に粘るじゃないか﹂
モノクル
片眼鏡越しに暫く戦場を眺めていると、ノーマルゴブリン共が然し
たるダメージを相手に加えられず、バタバタと倒れていく。
王国側の鍛えられた兵達が良く統率されているのが否応になく解る。
・・
一時間ほどで100体以上倒された。まぁ、ゴブリン100体程度
など1日あれば補充がきく。
総勢500体のゴブリンがあれば領主軍と言えども損害の方が大き
い。それに、こちらは更に増員が可能だ。
苦戦たる苦戦もせずに終わる初戦の予定が⋮⋮狂う。障害者たる敵
にも優秀なモノがいるようだ。
使役するゴブリンの中でも特別な手駒をぶつけてみる事にした。
1386
サークレット
額の冠が輝く。
すると二種類のゴブリンが2体戦場に加わる。
レッドゴブリン亜種・ソードマンと風魔法の低位に適性のあった個
体ゴブリン・マジカンドを投入したのだった。
レッドゴブリンの中でもでも筋力に優れたレッドゴブリン亜種は貴
重でオーガに匹敵する力を秘めていた。
亜種ゆえに長腕であり、充分なリーチを活かして行われる攻撃は侮
れない。
その個体に武器の切れ味を上昇させるレア級の長剣をくれてやった
所、剣技補正と高いレッドゴブリン亜種として配下の中でも格段に
急成長した。
鍛えられた兵士や騎士と言えども、一対一では勝つことは難しい。
マジカンド
ゴブリン・マジカンドは魔法に適正のあるゴブリンを総称として扱
っていた。
初期魔法を使えるゴブリン・マジシャンと違うのは
ウィンドアロー
、彼等はより魔法適正に優れ、魔法低位の魔法や中位の魔法を扱え
る事にある。
風魔法の低位である風矢は詠唱も短く命中補正も高い魔法だ。
魔法防御の無い人間には充分に脅威となるのは間違いない。
ウィンドアロー
流石にこの2体相手では、兵士達からも犠牲が出た。
長剣で切り裂かれ、風矢で貫かれる兵士達が続出した頃、傷のある
一人の男が指示を出した。
1387
命令を受けた兵士達は弓を手に持ち、辺りを覆う程の矢玉を放つ。
その攻撃は苛烈の一言で、風魔法を操って矢を吹き飛ばしていたゴ
ブリン・マジカンドも魔法が追い付かず、身体に無数の矢が突き刺
さる。程なくして絶命した。
そしてレッドゴブリン亜種・ソードマンも先程命を下した男に命を
断たれた。
両者の魔力的な繋がりが切れたことで、死んだことを悟るとさも面
白そうに笑った。
﹁ンンッ、まさか倒しちゃうとは⋮100くらいなら強襲すれば余
裕だと思ったけど流石は軍隊だ﹂
サークレット
更に額にある冠を撫でる。
冠の宝玉が鮮烈に輝くと、レッドゴブリンが50体が瞬く間に眼前
へと出現した。
これで後続のゴブリンと合わせれば350体近くが集合する。
休むことを許さず連戦で王国の連中は戦わねばならん。どれだけ優
秀な軍でも休みもなく果てしなく続く戦は消耗するだけ。
数の脅威としてゴブリン達を向かわすと同時に、念のために男は
更に一体の禍々しい雰囲気を漂わせるゴブリンを出現させた。
ゴブリンなのに体躯はしっかりと鍛え上げられており、上半身は裸
だ。
頭髪などはなく、つるりとしたゴブリンだ。
異様なのは、殆ど真っ黒になる程まで体表の隅々まで描かれた刺青
は、魔術紋様としての役割を果たし生きているかのように拍動して
1388
いた。
﹁念のために⋮私の新しく解明した魔法式の試作体のゴブ・イクス
ペリメンⅡ。出番だよ﹂
主人の命を受け、眼を開くこともなくゆっくりと歩き始めたゴブリ
ンを満足そうに見やる。
そして、上品な仕草で声高々に高笑いするのであった。
1389
ソウマはトンプソン将軍の依頼を受けた後、直ぐに詰所を抜けて説
明の受けた戦場のポイントまで駆けていた。
夜中であったがソウマの眼にはしっかりと道が照らし出されており、
闇による不自由は無かった。
戦場となる場所は馬で約一時間半。
既に伝令に騎士が詰所に報告に来るまでに2時間を要している。
戦場は報告通りなら多勢に無勢。
のんびりとはしていられない。今は到着する時間を一分一秒でも縮
める事が大切だった。
幸いソウマはアイテムボックス持ちである。荷物は全て収納してあ
るため身一つで事足りる。
1390
そして全力で駆けること30分。既にソウマのマップと気配察知に
よって、100以上の個数が多くいる場所を発見。戦場が特定出来
た。
身体に疲労は然程もない。直ぐに攻撃は可能だった。戦場まで50
0mほど。
気配察知を併用して何となく解ることは味方はゴブリン達に左右に
囲まれているが、積み荷台車やテント設営の木材などを左右に配置
して即席の障害物として使用していた。
そうして辛うじて回り込まれないように戦線を維持している。
兵は120名から半数近く⋮動ける者達はざっと半数である60名
ほどまで落ち込んでいた。
彼等は敵の波状攻撃に対して地形を上手く利用し最大限の効果で対
応している。
ゴブリン自体頭の良い個体がいないのが、それとも人間をいたぶり
たいのか⋮必死に戦う彼等を徐々に徐々に追い詰めていた。
良く鍛えられた兵士達の統率は崩れていない。
しかし後は気力だけで何とか持ちこたえているが⋮心身ともに崩れ
るのは時間の問題かも知れない。
戦場まで残る距離300m程。この距離からでも余裕で攻撃射程範
囲だと本能が教えてくれる。
ソウマは気付いていないが、弓の性能は元より、類いまれな身体能
力とステータス補正によって通常では考えられない距離での遠距離
攻撃を可能としていた。
1391
センチネル・ゾーン
﹁さて、ぶっつけ本番だけどやるか︻戦弓眼︼﹂
センチネル・ゾーン
・・
新スキルである︻戦弓眼︼を初めて発動させると、使い方がスッと
頭に入ってくる。
スキルの範囲内で観測している敵1体1体の選別が始まった。しか
も、敵の魔力量の流れまで大きさで何となく解るようだ。
敵ゴブリンの魔法使いタイプなのかも?
それが脳内に頭上から視るように映像が映し出され、視線がズーム
やワイドに出来たりする。
何となくゲームで馴染んだ感覚があるからまだ平気だが、初めての
経験だったらパニックになっていたと思う。
ロックオン
ゴブリン1体1体に赤い点が表記されており、自動標的ずみのよう
だ。
優先的にレッドゴブリンを間引く。
後は弓を引くだけの簡単なお仕事だ。
しかし、流石に慣れていない複雑な情報を多く含む脳処理のために
頭痛が酷い。
オートリライト
だが、自動書換が済んでいたお陰でまだこの程度ですんでいること
に感謝しなきゃ⋮な。
吐き気や精神汚染等が加わらない分⋮この肉体は非常に優秀なのだ
ろう。
1392
早速アイテムボックスから、︻竜顎弓・弐式︼ドラゴントゥース・
セカンドの2弦をつまむ。
重量50㎏はあろう弓を片手で軽々と持ち、親指と人差し指、中指
と薬指でそれぞれの弦を引く。
かかる負担は上半身岳の筋肉ではなく、肩や背中、腰などと、体全
体でカバー。それと同時に瞬時に魔力矢を形成。
︻戦弓眼︼で脳裏に浮かぶゴブリン達に狙いを定め次々と射る。純
粋な魔力で形成された矢は天よりゴブリン達を貫いていく。
突然の事に混乱するゴブリン達は統率を失う。逃げ惑うゴブリンに
狙いを付けながら冷静に、冷徹に射ぬく。弧線を描いて鋭く発射し
続ける。
使ってみて解ったが、赤い点はあくまで推測点であり実際に射抜く
と若干のずれと逃げ惑う事でのズレが生じていた。
相手が動くことを更に想定しつつ、脳内で処理を最適化させていく。
行動パターン、筋肉の動きを取り入れて徐々に無駄を無くす。照準
と軌道⋮命中精度が僅かに上がる。
その過程に脳が焼ききれ、また再生するように再構築されていく。
常人では辿り着けない境地に足を踏み入れる必要があるこの︻戦弓
眼︼は使う側にも負担を強いる。
それらを全て乗り越えたとき、ソウマは恐るべき戦闘技術を持つだ
ろう。
因みに今は複数相手だが、単体にもこのスキルは作動する。
視認できない遠くから射抜く事を想定されて生まれ合わさったソウ
マにしかない唯一のスキル。
ハイヒューマン・エリヤと様々な加護を組み合わせ、ソウマでなけ
れば実現しえなかった固有スキルは、最大限に活かせるようにゴブ
リンを糧に着々と成長していった。
1393
天より降り注ぐ2対の輝矢がゴブリンのみを射ぬいてゆく。
輝矢は逃げ惑うゴブリン達を尻目に意図も簡単に貫通し、恐るべし
威力を誇っていた。
戦場に30数年戦ってきたグランですら、このような光景は初めて
見る。
しかも、射ぬかれた輝矢はレッドゴブリンを貫通して地面に小規模
なクレーターを量産していく。
最初は新たな敵の攻撃かと思って身構えていたグラン達だったのだ
が⋮一切此方には光輝く矢が向かって来なかったためにとりあえず、
臨戦体勢のまま待機していたのであった。
﹁助かったのか⋮俺達?﹂
声の方を向くと、半分から折れた剣を片手に傷付いた若い兵の1人
が呆然としてそう呟く。
1394
あの輝く矢は、魔法の類いだとグランは思っている。ただし、魔法
系統に詳しくない自分としては如何なる魔法であのように攻撃を降
らせているのかは判断と想像がつかなかった。
チャンス
しかし、絶望的な雰囲気から状況は変わろうとしている事を感じ取
っていたグランは、状況は解らないがこの機会を逃す手はないだろ
うと声を貼り上げた。
﹁皆、恐らくは将軍がいち早く送ってくださった援軍だろう。見よ、
圧倒的な攻撃にゴブリン共は慌てふためいている⋮勝利は近いぞ!
勝ち戦で死ぬなんて勿体無い。死んだ戦友の為にも我々は生きて報
償を掴め!!﹂
その声に士気がうなぎ登りに上がった。
ボロボロだった身体には活力が宿り、兵の顔には精気がみなぎった。
恐らくは一時的だろうと思うが⋮ここを乗り切れば後はどうとでも
なる。
この輝く矢が味方とは限らないが、例え敵であったとしても敵の敵
であるゴブリンがダメージを受ける事には違いない。
重傷者を囲むようにして陣形を維持しつつ、後ろで指揮をとってい
たグランも前へと参戦する。
手強かったレッドゴブリンが持っていた長剣を鹵獲し、切れ味が良
いのでそのまま使っていた。
︵なぜ、ゴブリン程度がこのような希少な武器を持っているのだ⋮
作り上げた訳ではあるまいし、冒険者を殺して奪ったものか?︶
冒険者には、迷宮から希にドロップしたレア級の武具を持っていて
1395
もおかしくはない。
しかし、大半の冒険者は自分で使うよりも売って金に代える。
パーティー内で不満がないようにしたり、持っていても誰かに奪わ
れたり、狙われたりするからだ。
強者には関係のない話かも知れないが、そこまでの実力がある人間
が殺されたり、いなくなったりすれば噂くらいは立つ。
連隊長として冒険者ギルドにも顔が立つグランでも、最近レア級の
武具を持つほどの冒険者が死んだとは報告に上がっていない。
例外は領地からは大分離れているが、アデルの町にてC級迷宮にて
大規模な盗賊共が返り討ちにあったと聞いたくらいだ。
ただし、返り討ちにしたパーティーにも犠牲者でも出ており、その
戦いでリーダーが帰らぬ人となったそうだと噂には聞いている。
そのパーティーには相当腕が立つ冒険者達が揃っていたようで、リ
ーダーの不在によりパーティーは解散したようだが、その際にアデ
ルの冒険者ギルドからbossドロップの武具が大量にオークショ
ンに流れた。
迷宮のbossを討伐しなければ入手出来ない希少な武具は各方面
の貴族が大枚をはたいて買っていった。
ちなみにトンプソン将軍も招待されており、王都のオークションの
場にグランも護衛で参加していた。
レア級の武具の1品1品が高額過ぎてグラン程の地位があっても、
武具1つにそこまで︵兵一人の年俸クラス︶の金額を出してまでの
購入は難しい。
武人としてレア級の武具を持つことは誰もが一度夢見る。
偶然だったがグランもこうして手に持ってみて如何に素晴らしいか
良く解るのだ。
目の前の混乱して向かってきたゴブリンを一薙ぎして切り捨てた。
1396
少しでも多くの兵と騎士を生かして将軍の元へと返せるのであれば、
自身はこの戦いで死んでもいい⋮と感じたからだ。
人材こそが宝である。指揮官たる私を信じ、この絶望的な戦いで生
き残った兵達は更に強くなると確信する。
︵まぁ、私も生き残れば今後教官として教導していっても良いしな
⋮生き残れれば、だが︶
そんな事を考えながら、混乱の最中此方へと向かってくるゴブリン、
レッドゴブリンのみを号令のもと切り捨てていくグランと兵達であ
った。
この時生き残った彼等は後のトンプソン将軍家の精鋭部隊として活
躍し名を残すことになる。
1397
光輝く矢に射ぬかれ、余りの威力に四肢爆散するゴブリン。その一
撃で命を失っていく。
︵これで128体目か︶
流石に気だるさはあるものの、まだまだ動ける。
ソウマのスキル慣らしも兼ねての運用は、予想以上の満足度を与え
ていた。
連続で引いているのにも関わらず、全く軋みもない弓。そして片手
各々の指に挟んで2弦を引く力は、全くズレもブレもなく安定した
破壊力を生み出していた。
これは製作者のドゥルクすら予想を越えていた。
キ、リリ⋮と引き絞りの奏でる弦音に聞き惚れながらまた一射⋮い
や、厳密には同時に二射を放つ。
手を離した時のダァン⋮と弦楽器のように響く衝撃音と共に残心。
若干の疲れはあるものの、驚くべき事に128体分×2倍の魔力を
費やしても魔力量にはまだ余裕があった。
これも新スキルである︻セフィラ︼の能力が関係している。ゴブリ
ン相手に過剰な迄の攻撃力の増加の他に消費魔力の軽減を果たして
いるがソウマは気付いていない。
︵しかし、これで範囲攻撃の戦技など身に付けたら⋮チート過ぎる
1398
よな︶
ハウリング・アロー
現在ソウマの使える弓系統戦技には範囲攻撃はなく、精々が攻撃力
を少し上昇させた矢を3分散させて敵を射つ戦技︻共鳴矢︼ぐらい
だ。
遠的を行っているような感覚でゴブリンを射った地面のあとには、
積み重ねて出来た小規模なクレーターのような痕がまばらにつき、
ドラゴントゥース・セカンドの弓の威力を物語っている。
ある程度ゴブリンを倒し、パニックになっているために空白地帯が
生まれた。
その隙にソウマはグラン達部隊の背後まで迫る。
敵意がないことを示すためにも敢えて大きな声を上げる。
﹁おーい、無事ですか?将軍に頼まれて早駆けで来た者だ。敵意は
ない﹂
ソウマ
見知らぬ男が近寄ってくる。
殺気だった目で睨むようにしていた兵達は、その声で緊張を少し解
いた。
しかし、援軍がソウマだけ⋮その事実に気が付いたのか陰鬱な顔を
していたが、戦意はまだ残していた。
グランも此方へと気付き、駆け寄ってきた。
﹁ソウマ殿でしたか!皆、此の方への警戒を解け。敵でなく味方だ。
⋮まさかあの輝く矢の攻撃は貴方が?﹂
1399
挨拶はそこそこに、自身の弓を見せて肯定の頷きを返した。
﹁グラン殿、兵の損耗を最低限に良く持ちこたえられました。将軍
の依頼を受け一足早く参戦させて頂きます﹂
そして、へたり混んでいる兵や、欠損、重傷者にアイテムボックス
からポーションを取り出して優先的に配っていく。
ポーションだけならば100本以上ほど在庫はある。亡くなってし
まっては誰も治せないから。
特に酷い者は木精弓の力を使おうと思ったのだが⋮ポーションでも
治らない程の重傷者は既に息絶えていた。傷痕から一歩も引かず、
最期まで戦い抜いたのだと直ぐに解る。
その亡骸にそっと手を合わせ、冥福を祈った。
そこへグランが声をかける。
﹁助かりますソウマ殿⋮もう物資も使い果たしたころでした﹂
怪我の無い兵はいない。徳に前線で剣を振るっていたグランは一番
酷い。
﹁さあ、将軍も兵をまとめて向かっています。ここは粘りましょう﹂
﹁皆、聞こえたか!将軍が来られるまで何としても生き抜き、1体
でも多くゴブリンを殺せ﹂
オオー!!
1400
再度士気を上昇させるグランは弓使いであるソウマに後方へ下がる
ように願い出るが、ソウマは横に首を振る。
そして、指輪からエルを召喚した。
いきなり現れた牛人型の魔物であるエルに、剣を構える兵を安心さ
せるためにも言葉を続ける。
﹁私の本職では在りませんが、魔物を扱う職も心得ています。この
まま前線で参戦します﹂
﹁なんと、第3職業者であるにも関わらず更に⋮流石あの御方の推
薦を受けるだけの事はありますな﹂
感嘆の声を上げるグランに、他の兵達も驚きと畏怖の眼を向けてき
た。
此の世界における第3職業者とは其だけでも凄腕の証。
ゲームだった時はようやく上位者の初期⋮といった扱いだ。
モーシェルボディ
エルは両手に殻盾を形成させ、厚みを持たせた。
自身を構成する半獣半植物の体である牛皮殻をガチンッと叩くこと
で気合を注入しているようにも見えた。
﹁見ての通り、エルは防御力に秀でる魔物でもあります。そして、
今はこの場所を死守し、救援が来るまで何より持ちこたえる事が優
先されます﹂
﹁ゴブリンの強襲に耐え、圧倒的な戦力差に引かず、この場を守り
続けた皆さんは英雄だ。
だからこそ、先に散った戦友の為にも生き残りましょう⋮必ず﹂
1401
パフ
そう言ってソウマはトリニティ・ロッドを取り出して、出来る限り
の支援を生き残った兵士達にかけ始めた。
生命力・敏捷・筋力が大幅に上昇する事で少しでも生き残れる確率
を上げたかったからだ。
全ての兵士にかけ終えた時は流石に少しクラクラした。
ザ・オール
マナポーションを飲みながら、自身にも身体強化魔法である全強化
を振りかけ、万全の体勢を整える。
準備を整え、反撃の時を待つ。
1402
恐れおおのいていたゴブリン達だったが、攻撃が暫く止んでいるこ
とを確認した。
此方へ再度武器を振り上げ向かってくる。
今は此方にゴブリンが向かってきてくれるのは、好都合だ。
グラン達よりも少しでも眼を此方に引き付ければ彼等の助かる確率
が上がる。
﹁来い、ゴブリン﹂
あえて声に出して挑発する。
遠目に戦闘を走るゴブリンが﹁キキィ﹂と怒りの口調で言葉を返し
た。
ゴブリン
そのゴブリンを戦闘に細長く蟻の行列のように真っ直ぐとソウマの
元へと駆けてきた。
その数は100体以上。緑小鬼の名を示すように緑の雪崩となって
迫ってきた。
モンスターカ
ゴブリンとソウマの隔たりは目算で約100m弱。距離も短いため、
流石にさっきのように一方的に攻撃は出来ない。
ーニバル
緑の雪崩が暴力として襲ってくる。ゴブリンだけだが迷宮での魔物
祭以上の数だ。
数が劣る自軍が不利だと解っているのだが⋮不思議と心は落ち着い
1403
ている。
ドラゴントゥース・セカンドの2弦に手指を添わせ、心のままに引
く。
武技︻ペネトレイター︼
魔力が収束して弓全体が光る矢尻のような形となる。それは全体で
大木ほどの大きさだった。
そして引き絞った次の瞬間、美しいまでの滅びの光を放ちながら飛
び出した2対の大矢は、風を切り裂いて先陣を切るゴブリンを蹴散
らす。
ゴブリン
味方からは歓声が、敵からはどよめきと悲鳴が同時に起こる。
少なくとも先頭を走ってきたゴブリン達は大矢に貫かれて、肉片と
化して姿形も見つからない。
シーンと静まり戦場。敵も味方もソウマを見つめている。
細く一直線に連なって走ってきたのはラッキーだった。初手でかな
りの数を減らせた。
武技︻ペネトレイター︼は連続して撃てないため、暫くはクールタ
イムが必要。
あと残りどれくらいの規模の数がいるのか見当も付かないが⋮。今
センチネル・ゾーン
の間に減らせるだけ減らしてしまおう。
︻戦弓眼︼を介して射程範囲に入ってるゴブリンを片っ端から射る。
撃ち抜かれて死ぬゴブリンが増えるが、どのゴブリンも決して退こ
うとしない。
いくら数がいるとはいえ、強者には逃げる一手のゴブリン。考えれ
1404
ばおかしな行動だが⋮気にする余裕はない。
そうしている間にも、まばらだが生き残ったゴブリン達が徐々に距
離を詰めて迫ってくる。
不思議に感じなからも、そうして数を減らしていると緑でも赤でも
ないゴブリンを1体捉えた。
こっちに真っ直ぐに向かってくる。
黒いゴブリン⋮いや、良く見ると発光している⋮これは文字か?
ガッチリとした体格に禍々しく刻まれた文字は不気味なオーラを纏
い、見る者に嫌悪感や圧迫感を与える。
精兵と知られる部隊の兵士達も、顔をしかめる者や威圧を感じる者
も少なくない。
明らかに異なる個体。
ソウマは群がってくるゴブリンよりも優先的にその個体を叩くと決
めた。
﹁グラン殿、私はあの黒いゴブリンを優先して叩きにいきます。エ
ルをここに置いて守りを重視させますが、このままお任せしても宜
しいですか?﹂
ソウマが黒ゴブリンに取り組むことで射続けることを止めれば、先
程よりは少なくなったが纏まった数のゴブリンを相手にすることに
なる。
それでも大丈夫か?と暗に問いかける。
ソウマの考えを汲み取り、頷きをもって返すグラン。
1405
﹁わかりました。確かにあの見慣れぬ黒ゴブリンは異常な気配を感
じます。強力な支援魔法も頂きました。あとはお任せ下さい。ご武
運を﹂
グランは4人1グループほとで密集体勢を組ませ、攻撃してくる備
える。
ソウマはエルに指示を下すと頷きを返し、頼んだと伝えた。
雄叫びを上げて向かってくる21体のゴブリンは明らかに中央のソ
ウマを避け、背後のエルとグラン率いる兵に襲いかかっていく。
小柄なエルがゴブリンの剣を殻盾を使って弾く。
体勢を崩させ、よろめいたところをそのまま殻盾でゴブリンの頭を
叩いてノックダウンさせる。
2体のレッドゴブリンが雪崩れ込むようにして突撃を仕掛けてきた
が、真っ正面から立ち向かう。
モォーシェルボディ
当たるがままに左右からレッドゴブリンの長剣を受けるも、ガキン
っと硬いモノを叩いた音をさせて刃は牛皮殻を貫けずにいた。
力を振り絞った攻撃だった為に自信があったゴブリンは驚愕と硬い
モノを強打した時特有の手の痺れに苦悩の声を上げる。
その隙にエルは素早くハンマーのような質量を秘めた尻尾を武器に
回転して叩き付けた。
直撃を受けたゴブリン2体の腹部や胸部は軽く凹んで吹っ飛んでい
く。
グラン達も自身に沸き上がる力に驚愕と喜びを持って敵へと対応し
ていた。何せ先程と違い、いつもよりも素早く、連戦しても疲れ果
てる事もなく体力も尽きない。
1406
いつもよりも力が増した攻撃はゴブリンを難なく切り裂く。手強い
レッドゴブリンと言えどもそれは変わらず、これならばイケるかも
知れない!と、希望を抱かさせるには充分な効果があった。
﹁力が沸き上がってくる⋮魔法の恩恵によるなんと言う心地よさだ﹂
戦闘中にも関わらず思わず呟くグランに、兵士達が同意の頷きを返
した。
ソウマ本人は支援魔法が宿った武器のお陰だと言っていたが、一度
に3つも支援魔法がかけられる武器など聞いたこともないし、その
効果の高さにも驚く他ない。
そんな貴重な武器を惜しみ無く使ってくれたソウマに改めて感謝の
念を抱いた兵達だった。
後方での力強い戦闘を確信したソウマは、ゆっくりと向かってくる
黒ゴブリンに弓弦を引き絞り、狙いを付けた。
向かってくる速度は普通のゴブリンと変わらない。
眼を閉じていても、真っ直ぐに此方へと向かってくる存在感と不気
センチネル・ゾーン
味さだけは一線を画してる。
︻戦弓眼︼で視ると、あの体表は黒く刻まれている文字だと解った。
1407
キリキリと溜め⋮解放する。
直線上に輝矢が高速に唸り、黒ゴブリンを襲う。
迫りくる輝矢に対して僅かに反応があったが、避ける行動もなく、
此方の狙い通りに頭部と心臓とを外れる事なく射抜き、貫通した。
頭部と心臓部をくり貫れて倒れた黒ゴブリン。
生物として普通ならばこれで死んでいる。
歓声に沸く味方の声を聞きつつ、こんなアッサリと片付く筈もない
と予想するソウマは、まだ警戒を怠らない。
倒れてから間も無く体表にビッシリと書かれた文字が輝き出す。
黄金の魔力に光輝いたまま、立ち上がったゴブリン。頭部は顔半分
がちぎれ、体の心臓部は拳大以上の穴が空いていた。
体に刻まれている魔術紋様らしき文字が非常に激しく鳴動し始めた。
続け様に矢を射るが、他の箇所を損傷させても輝きは一向に収まら
ない。輝きは増すばかり。
黄金に鳴動したゴブリンに変化が現れた。穴の空いた心臓部に光が
集中しそこから黒ゴブリンの身体中に刻まれていた文字が集まり出
す。
瞬く間に魔力が全身を取り囲み、貪るように、喜ぶように空中にも
文字が踊り出した。
一瞬だけ大きく眩い発光が終わると、そこには黒く硬質な全身鎧を
纏ったヤツがいた。
頭部は触角のような物があり、全身を纏う鎧も戦士や騎士と言うよ
りかは⋮バッタやムカデなどの虫を彷彿とさせる姿。ほぼゴブリン
の面影は見当たらない。
閉眼していた片眼が開かれた。どこまでも寒い色を伺わさせる白眼
1408
だった。
ゴブリン
ほらね、マトモな相手じゃない。
黒ゴブリンならぬ、虫ゴブリン。不気味な未知な敵の登場に気合を
入れ直すソウマだった。
1409
ソウマ編 緑小鬼の大侵攻6 新たな黒幕︵後書き︶
インセクトノイド
︻魔蟲人間種︼
書物には知性を宿した魔蟲が稀に進化した亜人とされている。
インセクトノイドの外見は殆どが人間よりで、進化元となった魔蟲
により外観は多種多様な種類が存在するため、個体差が生じる事も
あるので一概とは言えない。
インセクトノイドの人口数は少ないとあるものの、詳細な生体は不
明。
どの書物にも記されていることは、総じて強力な力と知能を宿した
存在と記されている。
其処まで読み終えらパタン⋮と読んでいた本を閉じた。
自分の外見を部屋の鏡でじっくりと眺める。
水色のボブカットにスレンダーな体型。目は獲物を捉えて離さない
攻撃な目付き。
頭からちょこんと生えた触角と所々に身体に縞模様がカラーリング
された尻尾がチャームポイントである。装備や装飾である程度隠し
てしまえば人間種のように見えないこともないのだ。
私は両側が大きく湾曲し、肥大化した大鎌のような切れ味のある腕
を持つカマキリと蛇が融合した魔蟲魔獣種マンティス・ナーガから
進化した魔蟲人。
正直、種族特性として他の魔蟲人と比べて物理攻撃力に優れている。
1410
インセクトノイド
ナイト
ビショップ
ポーン
キング・クィーン
魔蟲人にも格があり、最上位が支配階級である皇種級。
中層は騎士級と特異級、最下層は兵士級と呼ばれるランクが存在し
ている。
ポーン
ポーン・チーフ
皇種系統は生まれながらにして決まっているため、大概魔蟲から進
化して魔蟲人となるのは兵士級だ。
ポーン
私の現在の階級は最下層の兵士級⋮の中でも上位者である兵長級。
そして私達は生まれながらに、攻防一体となる︻生体武具︼と呼ば
れるスキルを宿している。
レベルを上げてスキルを習熟すれば自分の手足のように馴染みなが
ら成長していく。
魔蟲人として進化した先で得た魔力は身体強化に特化していて、器
官を通して強化が可能だ。
また各部分でしか纏えなかった生体武具がレベルアップを果たして、
ようやく薄く軽装ながらも全身に黒色の生体武具を纏わす事が可能
となった。
両腕には黒光りする鋭利な両鎌が装着される。
生体武具を纏った私は、腕に自信を持つベテランの冒険者を同時に
相手してでも容易に勝てる強さを得る事が出来ていた。
1411
ナイト
ビショップ
エリート
自分の事ながら、将来は騎士階級となるのも夢ではないと思う。
騎士級や特異級は、限られた者にしか至れない狭き門。
個体で軍隊並の実力を持つ化け物なのだ。
そんな私は現在、統治されている女皇様や蟲人が暮らす皇国から遠
く離れた国に潜入している。
数の少ない同胞を保護したり、この地方を担当して協力してくれる
人間種に渡りをつけることも任務の1つだ。
コレクター
インセクトノイドは希少故に強欲な人間から狙われる事も多々ある。
それは亜人好色家と呼ばれる人間種が高額で奴隷として買い取るか
らだ。
個々が強くとも数で劣る私達は、あがないきれずに捕らわれる事も
少なくない。
ナイト
ポーン・チーフ
組織はそうした情報を集め、救出可能であれば作戦を実行する事あ
る。
ポーン
現在組織には私の上司で騎士級が1名、次に階級の同じ兵長級が3
名、兵士級が4名が属している。
最近の大きな仕事は、この地方の協力者たる人間種から報告を受け
た事から始まる。
それは王国のある貴族により同胞が捕らえられた救出作戦だ。
バリアアント
しかも、捕らえられている同胞は女皇候補の資格を持つ皇種の奪還
だった。
魔蟲の皇種でも未覚醒たる障壁蟻。
その身を包む甲殻は皇種で最も堅固と聞く。私が生体武具で全力で
ナイト
攻撃した程度では傷1つも付かない。
恐らくは上司の騎士級でも⋮。
1412
救出作戦では入念な準備を行い即座に実行された。
強襲した結果、
御身1人は無事助け出して保護されたが⋮実はその尊き御方から嘆
願があり、もう1人双子の姉君がおられるとのこと。しかも既に何
処かへ移送されたあとだったのだ。
取り敢えず情報を集める為に奔走した結果、なんと捕らえられた姉
君が単独で脱出され、此方に接触を計りに来られた。
インペ
しかも姉君は皇種としての特別な覚醒を果たされておられ、銀髪に
稀有な属性を宿されていた。
リアル・インセクト
そのため次期女皇候補ではなく、女皇資格たる皇位継承権を持つ魔
蟲皇人だ。
この御方はきっと歴史上最も美しく強い女皇となるに違いない。
そう自然に感じさせられる雰囲気を漂わせていた。
最優先に皇国へとお連れする事が私達の役割だ⋮と、意気込んでい
たのが。
﹁私は女皇の資格を放棄を本国に伝えて頂くために伺いました﹂
そんなトンデモ発言が飛び出す迄は⋮⋮。
1413
ソウマ編 緑小鬼の大侵攻7終 もう一つの戦い ゴブ
リンVS蟲人
ソウマが未知のゴブリンと対峙していた頃、裏でゴブリンを操る青
いコートの髭男の元に向かう4つの人影がいた。
インセクトノイド
彼等は蟲人種と呼ばれる亜人種で、魔力を操る魔蟲が知性を宿して
進化した希少な種と定義されていた。
ビショップ
ポーン
非常に希少な種とされエルフよりも総人数は少ない⋮と学者が書き
記した書物に残っている。
キング・クイーン
ナイト
スキル
大まかに分類すれば、皇種>騎士級=特異級>兵士級と呼ばれる階
ポーン
級に別れているとされる。
1番低い兵士級でも天然の武具である蟲人固有の能力︻生体武具︼
を有し、手に種族専用武器と甲殻を纏って如何なる状況でも対応す
る事が可能だ。
蟲人自体の戦闘能力は高く、それは人間種の兵士とは束になっても
比べ物にならないほど強い。
インセクト
インセクトノイド
魔蟲から進化した者は蟲人、更に底から年月をかけて蟲人から存在
進化した者を一般的に魔蟲人として区別して呼んでいる。
其処より先に進めるかによって、騎士級や特異級までに成長出来る
か否かが別れる境界なのだ。
1414
特に騎士級や特異級は、兵士級とは一線を画する正に一騎当千の戦
闘能力と知性を有する。
人間種の国と蟲人種の国で遥か昔に戦争になったとき、連合を組ん
だ人間は兵3万人と数にモノを言わせ有利な勢力で戦闘を進めてい
った。
個が優秀でも元々数が少ない蟲人種は、1万にも満たない軍勢で迎
え撃つも、徐々に後退して圧倒的不利な状況に置かれた。
当時、騎士級と特異級で構成された300名の寡兵で3万の人間種
の軍勢を撃ち破ったとの逸話が残されるほどで、事実かどうかは情
報が書かれた書物が一切途切れており現在不明だが、実際に戦争は
そこで終結していた。
集まった蟲人の数は4名。
その中でも1番身長が低いながらも気高さと気品を兼ね備えた銀髪
美少女は、周りを囲まれながら付き従うように一緒に来た人影にや
んわりと答える。
﹁シアノさん⋮私にもお手伝いさせて下さい﹂
先頭を行くのは片腕の1人の青年。良く見れば眼をバイザーのよう
なモノを装着して行動している。
不思議な事に全く障害物に当たる事なくスイスイと驚異的なスピー
ドで進んでいる。
口元をマスクで覆い、背に蜻蛉のような翅を折り畳んである青年は
1415
ハンドアクション
隊列の1番後ろを行動し、上半身は人型で下半身は蜘蛛の形態を保
っている人物にOKの合図を出す。
そして中央を守るように行動しているのは、スレンダーな体型で水
色の髪をボブカットにした乙女。
黒のカラーリングされた尻尾を走る毎に可愛らしく揺らし、お尻を
フリフリさせていた。
キツメ⋮と言うか勝ち気な顔立ちの美女である。
シアノと呼ばれた彼女が代表して答える。
わたくし
﹁マユラ姫様、有難いお申し出です⋮が、寧ろ後は私共にお任せ頂
き、危険ですので後方へとお下がり下さい﹂
それに⋮と続けて、
﹁やっとグラス様とカーム達を討ったあの憎き張本人を見つけたの
ですから⋮イクサ、間違いか?﹂
彼等は復讐者だ。
時間をかけ、情報を集め、地道な努力のもと仲間を殺した者達を探
し続けてきたのだ。
そして、ようやく目星をつけた。
片っ端から怪しい集団を潰して、残ったのが目星をつけたこの集団
だった。
直ぐに復讐したい気持ちを抑え、標的の動向を観察する事は非常に
忍耐を強いられた。
そして今日、動き始め周りを固めるゴブリン共が激減した為に、よ
1416
うやくチャンスが訪れた。
その憎しみに籠った眼で遠く離れた丘の上を睨み付けた。
ポーン
イクサと呼ばれたのは隻腕に背に翅を生やした青年だ。
兵士級の実力を持つ優秀な斥候役を担っている。
バイザーに映し出された情報を読み解くと、蜻蛉の複眼がキラキラ
と光を反射させ、はっきりと青いコートの髭男を捉えていた。
優秀な斥候役が多い蜻蛉型の蟲人であるイクサは、半径1㎞範囲内
に件の人物を捉えている。
﹁間違い⋮アリマセン。妹姫様を皇国へとお送りした際にオソッテ
キタ賊にチガイナイ﹂
インセクト
明瞭な発語ではないものの、絶対の自信を伺わせる言葉。
ポーン
蟲人の中でも広範囲探査系スキルを秘めた複眼は暗い光に反射して
捉えた獲物を離さない。
﹁やっとか⋮やっと兄貴の仇が討てるぜ﹂
インセクト
そう息巻くのは蜘蛛型の蟲人であるゼクター。彼も兵士級の実力を
持つ。
上半身は人間、下半身は蜘蛛で、下半身から糸を放ち敵を捕縛する
事に長けた蜘蛛型の蟲人だ。
ナイト
﹁ゼクター⋮ごめんなさい。私の双子の妹を送って貰うばっかりに
貴重な騎士級であった貴方の兄上を結果的に死なせてしまった⋮﹂
項垂れる銀髪美少女に、慌ててゼクターが声がける。
﹁いやいやいや、マユラ様がおきになさることではないですぜ!?
1417
インセクトノイド
兄貴は無事に妹姫様を本国まで送り届ける為に散っただけ⋮キッチ
リと皇族の方を護り魔蟲人としての兄貴の役割を果たしたんです﹂
わたくし
﹁私にも家族である妹を無事に送り届けて頂いた恩があります。微
力ではありますが、お手伝いさせて下さいましね﹂
そう伝える。
強い決意を以て語られた言葉に、シアノ達は深い感謝の意を表す。
スタードレス
マユラは自身の生体武具を発動させた。
ツインランサー
身体には星の輝きを散りばめた皇鎧衣が銀の髪に映えている。
両手には双星槍。
カリスマ
その姿を見るだけで、蟲人たる自分達の体の調子や力が若干だがみ
なぎる感覚を受けた。
インペリアル・インセクト
古来より限られた魔蟲皇人の持つ高貴な魅力は、付き従う相手に力
を与えるとされている。
これがそうかは解らないが、継承権を放棄したとしても、マユラ様
は紛れもなく我らが守るべく至高のお方なのだと感じさらせられた。
1418
インセクトノイドインセクト
彼等の魔蟲人と蟲人で構成された組織が、自国である皇国の姫たる
妹をこの王国の貴族から助け出して、保護したのは3週間も前の話。
連れ去られたものの、後に双子の姉たるマユラ様も自力で脱出して
此方へと合流した。
しかし、双子の姉は継承権を持つがそれを放棄して出奔する事を選
んだのだ。
長い間、新たな皇種が産まれなかった。
それが今年に限って何人も生まれたと報告が上がってきた。
魔蟲人にとってそんな彼女達女皇候補は、正に大切な希望の宝。
1419
ハイ・インセクトノイド
ナイト
せめて妹姫だけでも無事に本国へ送り届ける為に、この地方で最強
の実力を持つ上魔蟲人で甲蜘蛛型の騎士級グラスが同行する。
彼は優しい性格で全員から信頼されている。
それに戦闘面では蜘蛛型蟲人系統で初めて放出する糸に魔力を上乗
ほんごく
せし、糸自体に切れ味を加えた独自のスタイルで戦う異才である。
皇国の騎士団でも上位に所属していても可笑しくない実力を兼ね備
えていた。
ちなみに蜘蛛型の蟲人であるゼクターとは兄弟である。
ゼクターは兄であるグラスを天才だと思っている。生来の生糸は粘
着力が高いだけで耐久性など全くない。その優れた粘着性で敵を捕
縛させやすくしているのだ。
その生糸を魔力を注ぐ事で耐久性を上げ、更に斬れ味まで上昇させ
て独自に︻斬糸︼と呼ばれるまで昇華させた。
試しにゼクターも自身の生糸に魔力を流したが、練り込む魔力が足
りなくてへにゃっとなるのが限界。耐久性などなくとてもではない
が斬れない。逆にただ魔力を込めて流しすぎると糸が限界を迎えて
持たない。
兄は自身の糸を見極め⋮魔力配分とバランスを調整しながら、幾千
幾万と修練を重ねることで斬れるまでの魔力の精緻コントロールが
ダンゴムシ
可能だって笑っていたのだが。⋮やっぱり弟として兄の歩んできた
膨大な修練を思うと誇りに想うのだった。
ポーン・チーフ
カメムシ
兵長級の大きな殻で身を守る防御に長けた甲殻虫型の経験豊富な中
年ガサムと、ストールのような衣装を纏った亀虫型の魔蟲人の女性
ビァタの2名が守りを固める。
1420
ポーン
そこに兵士級の蜻蛉型で斥候役のイクサと同じく探査役のカームの
2名とが護衛として出立した。
ポーン・チーフ
戦闘能力の高い唯一の魔獣型の魔蟲種であるマンティス・ナーガの
ポーン
兵長級シアノと、敵の捕縛に長けた蜘蛛型の蟲人ゼクターに同じく
兵士級であり鋭い顎を持つ蟻型蟲人のデルスがこの地に残るマユラ
姫を守る為に残る。
無事に妹姫を送り届け、仲間の皆が帰ってくるのを待つ筈だったの
だが。
帰還予定日になっても仲間が帰らない。
最初の内は何日かずれることもあると心配などしていなかったのだ
が、流石に月日が立つ程になると疑念と心配が彼等を襲う。
それでもこの地を離れる訳にも行かず、焦りと心配を我慢しながら
1421
待っていると、皇国から来たと言う全身に武具を纏った美しい魔蟲
人が組織の隠れ場に訪ねてきた。
同行者に左腕を失った蜻蛉型の蟲人イクサを連れて。
隠れ場にて、マユラを見付けると片膝を付いて、兜を外す。
さらっとした橙色の髪が流れるようにこぼれ落ち、4つの触覚を持
つ美しい顔立ちの女性の顔を表した。
ロイヤルキャリバー
﹁姫様⋮いえ、報告では皇位継承権を放棄なさったのでしたね。
では、マユラ様、お目にかかれて光栄でございます。
私の名はカリスト・アンナマリー。
女皇陛下にお仕えする皇室の特選蟲騎士団に所属する極騎兵の内の
1人でございます。お見知りおきを﹂
シアノ達は聞き覚えがなかったが、マユラはハッとした表情となっ
た。
特選蟲騎士団とは女皇のみに忠誠を誓い、身辺警護に武具の携帯す
ロイヤル・キャリバー
ら許された凄腕の私兵達。
特に最上位の極騎兵ともなれば現在3名しかおらず⋮間違いなく皇
国最強の実力を持つ蟲材だった。
女皇候補のマユラですら詳しい情報は知らない。
1422
カリストはその後に続けて、護衛チームがどうなったのかを聞かさ
れた話に一堂は仰天する。
本来ならば有り得ないほどのゴブリンの大群れに襲撃にあったとい
うことに。
襲撃事態は護衛チームの献身的な活躍でマユラの妹は皇国まで無事
にたどり着いたこと。
しかし、護衛チームの騎士級グラスの死亡。
その他にもガラムとカーム、ビァタも死亡し、唯一イクサだけが生
き残れたのだと、伝えられた。
残された者達に一同沈黙がおりる。認めようのない事実を告げられ
た。
真っ先に我に返ったのはゼクターだ。
﹁カリスト様⋮ちょ、ちょっと待ってくださいや。本当に兄貴やガ
ラムの旦那、カームの野郎は死んだんですかい?急に言われても俺
には信じられんのですよ﹂
﹁落ち着ケ、ゼクター⋮悲しいガ事実ナノダ﹂
諌めるイクサに、キッとした表情を見せるゼクター。
﹁良い⋮イクサ﹂
1423
そこへカリストが手で制する。
カリストの無表情ながらに美しい両眼で見据えられると、焦るゼク
ターの心に冷風が吹くように落ち着きを取り戻した。
﹁そうか、お前がグラスの弟のゼクターだな⋮奴に良く似ている﹂
﹁!兄貴を知ってるんですかい?﹂
﹁グラスがこの地方の責任者となって皇国を去るまでの間⋮だがね。
当時から強く⋮何より優しい男だったよ﹂
フッと寂しそうに笑った。
グラス
﹁だからこそ、ゼクター。辛いだろうがグラスの死を受け入れて、
奴のように強くなれ。
勇敢で誇るべき死だったのだから﹂
1424
護衛チームは王国を抜け、暫く進んだ場所で700を越えるゴブリ
ンの大群に遭遇したと語る。
斥候に出ていたカームが発見した時点で何処かに隠れてやり過ごす
予定だったのだが時は既に遅く、多すぎるゴブリン達に発見されて
囲まれそうになっていた。国境にある峡谷には、同じく蟲人の組織
がある。そこへ救援を求める為に、チームで1番機動力がある蜻蛉
型蟲人のイクサが選ばれ、先行する。
残ったメンバーは妹姫である障壁蟻を無事に送り届ける事にした。
峡谷を越えるまでの間、群がってくるゴブリンを正面突破して蹴散
らしながら進む。
後方にはガラムを配置しバックアタックの際に持ちこたえるだけの
戦力を配置し、殲滅力が高いグラスが斬糸と呼ばれる切れ味の高め
た糸を放出して目的地のルートを塞ぐゴブリンを装備ごと切り刻む。
グラス1人で100体以上を殺し尽くした事から、その戦闘能力の
高さが伺える。
なおも執拗に追い掛けてくるゴブリン相手に護衛チームは軽傷を受
けながらも、ようやく峡谷に辿り着けた。
あともう少し⋮しかし、そこまでが彼等の限界でもあった。
ノーマル
通常種では勝てないと分かったゴブリンが、上位種のレッドゴブリ
ンやゴブリン・リーダーよりも強力なゴブリンウォーリア、ゴブリ
ンマジシャンを始めとすら戦闘能力の高い個体を纏めるゴブリン・
ジェネラルを差し向けてきたからだ。
流石にキングこそいないが手強い相手だ。一気にそこからの進行ス
ピードが遅くなる。
1425
ゴブリン達の僅かな綻びから、何とか切り抜けたものの、少なくな
カメムシ
いダメージを全員が受けていた。
特に亀虫型の魔蟲人ビァタは、戦いながら体内より合成して噴出さ
せたガスを何度も相手に浴びせた事で負荷と無理が祟り、駆けるこ
とで精一杯になっていた。
そして、護衛チームの疲労は限界に近い。
強行軍で保っていた距離はいずれゴブリンに追い付かれるのも時間
の問題だった。
それと先程の戦闘で、ゴブリンマジシャンの魔法がカームを狙い、
10を越える火、土、風の玉に襲われ回避しきれずに翅と背中とを
直撃した。
負傷も酷く、被弾して落ちたカームを担ぎ上げたガラムが運んでい
た。
﹁オレハ⋮助かナイ。ステテ下さイ。ガラム兵チョウ﹂
﹁黙っとれカーム。喋ると傷に障る﹂
﹁シカシ⋮﹂
﹁総員止まれ﹂
突然発せられたグラスの口調には、即座に命令を遵守させられる強
い緊張感のもと、真剣な表情で前方を睨んでいる。
チーム全員が警戒体勢をとる。
﹁前方から此方に近付く何かを感じる。この気配は⋮イクサか?﹂
1426
ふっと細くした双眼を緩める。
その言葉通り、イクサを先頭とした蟲人達が此処へと集まってきた。
皇国に近いこともあり、イクサからの報せを受けた魔蟲人達が総勢
カブトムシ
30名は駆け付けてくれたのだった。
ハイインセクトノイド
立派な体躯と角をした兜甲虫型のかなり高齢だが明らかに格の違う
と思われる上魔蟲人が前へと出て、グラスへと話し掛けた。
﹁儂の名はオオカブト・ゴイーヌと申す。
国境警備の将軍をしておる。そこの蟲人より報告を受けて参った。
数百を越えるゴブリン共から姫君を護り、送り届ける大義、まこと
にご苦労であった。後は我らに任せよ﹂
﹁オオカブト⋮かのアトラス戦役の英雄ではありませんか。私はグ
ラスと申します。
歴戦の勇士たる将軍に拝謁出来て光栄です。
これで安心して姫様をお任せ出来ます。どうか宜しくお願い致しま
す﹂
﹁うむ⋮任された。して、うぬらはどうする?共に来るか?﹂
妹姫をオオカブト老将軍へと任せると、グラスは首を横に振る。じ
くじくと脚から出血が止まらない。
﹁私は先程の戦闘でもう脚を傷付けられ、移動に関してもう満足に
動きません。
足手まといになるよりはせめてここへと残り、皆さんが無事に姫様
を皇国へと護送出来るように、少しでも長く足止め致します﹂
1427
﹁しかし、怪我人もおりますゆえ⋮私のチームメンバーを皇国まで
お任せしても宜しいでしょうか?﹂
その切実な願いは、聞く者に自らの命を捨てでも護りたいと想う強
い証が感じられた。
﹁イ、イエ。オレも⋮ノコリ、ま、す。長クナイ。死ヌク、ラ、イ
ナ、ラ奴ラ、道ズレニ﹂
息も絶え絶えで話すカームはもう死相が浮かんでいた。
反対することは簡単だ。最期の思いとして本人が強く望むのだ⋮好
きにさせてやろう。
他のメンバーはと言うと、
﹁ならばカームと儂が殿を務めるから、皆は先に行くのだ。
なぁにそろそろゴブリン相手に走るのも飽きてきたしな。肩慣らし
程度には丁度いい雑魚どもだ﹂
﹁私も残るわ⋮正直、ガラムだけでは足止めは役不足だわよ。死ぬ
気ですればガスもまだ噴出できる筈。
グラス様とイクサだけでもこのまま妹姫様の護衛に付いて⋮﹂
あぁ、私の部下達は仲間思いのバカばっかりだ。生き残れる確率は
1428
ないと分かっていて⋮それゆえに⋮護りたかった。
﹁急ぎ故に此方も最低限の数しかおらん。救援は此方へ来る前に要
請済じゃ⋮が。儂らもなるべく早く救援に駆け戻る⋮それまで頼む
のじゃ﹂
オオカブト一行に敬礼を持って送り出した。
護衛は終了した。あとは⋮⋮⋮⋮⋮。
グラスとの話し合いの末、結局、護衛チーム全員がその場に残る事
になった。
せめてもと、オオカブトの好意で置いていってくれた特効薬や傷薬、
食糧を食べて英気を養った。
ほどなくして追いかけてきたゴブリン。その後の戦闘は苛烈を極め
1429
た。
まず最初にイクサとカームがゴブリンマジシャンを選別し、3体倒
したのちにゴブリンウォーリアに襲われてカームが倒れた。
イクサは混戦となり、ゴブリンに呑まれて姿が見えなくなった。
ガラムが全身装甲を身に纏いながら残りのゴブリンマジシャンを優
先的に排除していく。
ガラムの物理防御力は高いが、魔法に対しては防御が薄くなるゆえ
に戦場に魔法使いがいるだけで脅威なのだ。
そのガラムと組んで、ビァタも自らを溶かす程の強いガス量を噴出
して多くのゴブリンウォーリアを殲滅した。
グラスの斬糸はそんな彼等を少しでも生かす為に、彼等の動きの邪
魔をするゴブリンを駆逐する。
ゴブリンマジシャンを駆逐し終わる頃には、大量の屍が地に転がっ
ている。
3名がお互いの背中を預けてあう。見れば身体の至る箇所に剣や矢
が刺さっている。
その光景に口から血を流しながらもガラムが笑う。
﹁フゥゥ、昔もこうやって修羅場を潜り抜けましたなぁ﹂
﹁⋮あの時からガラム、ビァタには世話になった﹂
﹁⋮⋮﹂
ビァタは無言で立ったまま、既に息絶えていた。
1430
﹁⋮⋮くぉぉークソゴブリンどもが!!﹂
猛るガラム。
怒れる彼はゴブリン・ジェネラルによるハルバートの一凪ぎによっ
て傷付き続けた全身装甲は壊れ、上半身が別れて最期を迎えた。
しかし、最期のガラムの顔は嗤っていた。
その捨て身による一瞬の隙をついてグラスはゴブリン・ジェネラル
の懐まで潜り込んだ。
2人の共通目的は何としてでもゴブリンの大将だけは討つ⋮との一
念だった。将が討たれれば後は纏める者がいないゴブリンなど皇国
の蟲人達にとって殲滅は容易い。
ガラムの嗤い顔は、苦楽を供にしたグラス様ならばゴブリン・ジェ
ネラルを殺れると信じていたからに違いなかった。
魔力供給が切れたグラスの斬糸では、もうゴブリンウォーリアすら
斬ることが出来ない。
それでも糸を牽制や拘束に使い、手にした剣で切り捨ててきた。
満身創痍。
グラスが首へと剣を振るう前に、体勢を崩したままで無理に放たれ
たゴブリン・ジェネラルのハルバートの一撃の方が幾分速かった。
肩から下腹部を貫通して袈裟斬りにされるも、グラスの放つ剣は綺
麗な剣閃を描いてその勢いを衰えさせずに剣を首に這わせる。グッ
と硬い感触が手に残り抵抗してくる。
1431
しかし、命を捨てた最高の一撃と長年の訓練がゴブリン・ジェネラ
ルの屈強な首の筋肉すら断つ事を可能にさせたのだ。
両者ともその場に崩れ落ちた。
グラスは血だらけで身体中に突き刺さる剣と矢を眺めた。
両手は健在だが8本あった脚は切り取られ、3本しか残っていない。
明らかに袈裟斬りは致命傷で、皮一枚で繋がっているし他にも何故
ここまで動けたのか理解不可能な重傷がある。
﹁まだ、だ。ま、だ、倒れる訳にはい、かな⋮い﹂
何とか声を絞り出すグラス。
﹁マリー⋮すまないが約束は果たせそうに⋮ない﹂
かつて誓い合った女性の顔を思い出したグラスは、苦痛ではなく、
悔恨の表情のあと一瞬だけ微笑みを浮かべた。
1432
ゴブリン・ジェネラルが倒されて混乱していたゴブリン達であった
が、それも収まり醜悪な笑みを浮かべてゆっくりと迫り来るゴブリ
ン達を睨み付ける。
体内に魔力を高め、残る全てを下腹部へと注ぎ込む。
出血が一瞬酷くなるが直ぐに出血すらもなくなり⋮崩れ落ちるよう
に体の負担も倍増して僅かな命の灯火すらも⋮。
﹁我、が命を⋮睹す。
フルバーニング・ブーゲンビリア
闘、気、吸い上、げ、魔力、の糧と、して残らず全て燃え上が、れ
⋮爆命散華﹂
充分に魔力を吸った灼熱の糸が天と地に高速で拡散していく。
蜘蛛の巣の美しさと残酷さは一種の華を思わせる。
半径10mの全てに等しく絶望と無慈悲さを伴ってその威力を放っ
た。
ゴブリンとの混戦となったイクサは生き延びていた。
片腕を失いながらも戦場からゴブリンウォーリアを少しでも多く引
き離し、死ぬ気で各固撃破していたのだ。
1433
ようやく戦場へと戻って来れた時に、大きな爆発があった。それは
グラスの最期の輝きを以て放たれた最高の技であった。
その爆発の爆風の余波で飛ばされたイクサは、運良く大樹の枝へと
引っ掛けられた。
身体中から力が抜けていく感覚を味わっていると、青いコートを羽
織った男がゴブリンを付き従えさせて現れた。
灼熱の温度を保つ地面や焼けついた現場もモノともせず、
﹁ハハッ、インセクトノイドとは珍しい。
ゴブリンにはその都度死体を回収させていたから良かったものの⋮
遅れておったら全て燃えカスになるところだったわ。
幸い、半壊しているが質の良い素体サンプルが最後に手に入った。
蟲人固有の生体武具スキルだったかな?
これで新しい術式としての解明が進む。
ハハハッ、見掛けて追ってきたかいがあったと言うもの。
たった5体でゴブリンジェネラルを狩られたのは痛いが⋮ゴブリン
なんぞ何匹死のうが幾らでもサンプルはいるからな。いずれまたジ
ェネラルが生まれる﹂
上機嫌に笑う男の顔を、薄れゆく脳内に何とか残そうと目に焼き付
けたイクサ。
イクサが気を失い、次に目を覚ましたのは見知らぬ天井のある部屋
に、見知らぬ蟲人が1人佇んでいた。
そこは皇国の国境にあるオオカブト老将軍の屋敷の1つであった。
1434
片腕にも治療がなされており、節々が痛むがそれ以外に問題はない。
あのあとオオカブト達は妹姫を本国へと届けたのち、手勢を率いて
グラス達と別れた場所へと大急ぎで戻ってきたそうだ。
そこで見たものは大規模戦闘の痕であり、散らばる大量のゴブリン
の死体のみ。
先に駆け付けていた救援部隊の責任者からゴブリン・ジェネラルの
死体1部と上位ゴブリン達の100を越える死体を発見したと報告
を受け、傷だらけのたった5人での戦力で行える事ではないと戦果
に驚きを隠せないでいた。
肝心のグラス達はいくら探しても見当たらず、大樹の上で枝に守ら
れるように気を失ったイクサを発見したそうなのだ。
そこで応急措置を受けたイクサだけでも医療施設のある屋敷へと連
れ帰り、保護したと言う訳だ。
イクサは覚えている限りの出来事を、オオカブト老将軍に伝えて欲
しい⋮と、話した後に極度の疲労で再度気を失った。
後にオオカブト老将軍は﹁皇国を護り、将の噐たる才気溢れる有能
な蟲材を失った⋮﹂と周囲に語って嘆いたとされている。
1435
﹁この顛末を重く見た女皇陛下は、仲間の帰りを待つ貴女方に私を
使わし、説明と謝罪。
そして組織を一度解散してこの地方からの一時撤退を決めたのです
よ﹂
シアノは全てを語り終え、諭すように話すカリストを他人を見るよ
うに冷たく見返した。
﹁仲間の命を賭けた最期をお伝えして頂いたこと、有り難うござい
ます。しかし、仇を討たぬまま解散など⋮冗談ではありません﹂
﹁そうか⋮女皇のお言葉は伝えた。ではマユラ様、私は失礼致しま
す﹂
そう呟き、カリストはあっさりとその場を離れていった。
1436
ポーン
組織の一員で兵士級の蟻型の蟲人デルスだけは脱退する事を選び、
皇国へと向かい去っていく。
残ったシアノ達はあれから組織を飛び出て、情報を集めながら仲間
の仇を探し求めて、ようやく今に至るのであった。
生体武具で目がバイザーのように変化し、イクサの探知能力をフル
で使い、現在敵は無数に広がるゴブリンとは距離を置いて、1人離
れた場所の小高い丘にいた。
きっとグラス達を襲撃した時と同じ、自身が獲物と定めた魔物ない
し人間種を襲わせて高見の見物を決め込んでいるのだろう。
そう考えたら、シアノとゼクターは抑えていた殺気が溢れでそうに
なる。
しかし肩にそっと手を添えられる。振り抜けばマユラが悲しそうな
表情で見つめていた。
﹁折角イクサさんが仇を見付けて下さったのです。ここではなく、
あの場で⋮存分に発揮しましょう﹂
﹁姫サマのイウトオリ⋮オレもアノトキ生き残ッテシマッタ責ニン
ヲハタス﹂
バイザー越しに見えるイクサの眼は底冷えするように冷えきってい
た。
1437
その視線に両者は頭が冷える。
﹁っ、すまねぇなイクサ。お前が1番辛かっただろうに⋮﹂
﹁同じくすまない⋮イクサが生き残ってくれたから仇が判明したの
よ。だから、有り難う。共にアイツを討ちましょう﹂
戦力的に此方は4名。
索敵した結果彼方は1人⋮だが、相手は1人でも未知なる戦力を兼
ね備えている油断のならない相手だ。
目標へとじりじりと迫り、半径が500mを切るとイクサが先行し
て初撃を与える役割となっている。
その間に合流して増員されるまでに討つ手筈になるので、短時間決
戦で挑まねばならない。
乗り越えるハードルはあるものの、ここまで順調に進んだ。あとは
やるだけだ⋮彼等は改めて決意を旨に実行に移した。
1438
蟲人達が黒幕である青コートの髭男へと戦闘行動を開始した頃、ソ
ウマの方では決着が付いていた。
虫ゴブリンはダンゴムシのような甲殻を全身に纏って此方へと突進
してきた。
ドラゴントゥース・セカンドを狙い澄まし、解き放つ。
輝く矢の飛来を避けることは叶わず、易々とその甲殻を突き破る。
一般的な弓矢ではこうはいかず、矢すら弾かれていただろうが。
レア級の弓の威力でも、突き刺さることはあっても浅い表面だけで
1439
ここまで突き破る事はない。
ドラゴントゥース・セカンドの弓の完成度の高さと、ソウマ固有の
スキル︻セフィラ︼が効果を2倍にさせている為に起こせた事象だ
った。
1度に2矢⋮反撃も許されぬまま虫ゴブリンは体中に矢を生やして
いる。
現在は正に虫の標本の如く輝く魔力矢によって縫い付けられており、
最初こそ再生していた身体も次第に再生する力が失われた。
警戒していた通り、虫ゴブリンの体内から大きな魔力のうねりを感
じ取ったソウマは形となる前に徹底的にそこを射ぬく。
ボヒュウゥ⋮と虫ゴブリンが突如溶け始め、ついに物言わぬ骸と化
した。
背後では未だ戦うグラン達とエル。数は明らかにまだゴブリン達の
方が多い。
味方の負傷者はいるが誰も死傷者はいないようだ。
そうなれば残る敵などソウマの現在の戦力では有象無象でしかなく、
立て続けに射たれた矢によって、一体も残らずゴブリンの殲滅が完
了した。
センチネル・ゾーン
念のために戦弓眼以外に気配察知とマップ併用して見るが、スキル
の届く範囲では敵の気配はない。
1440
﹁何と言うか⋮改めて見ると凄まじい攻撃ですな﹂
死を覚悟していたグランは、ようやく生き延びた実感を強く感じて
いた。
ゴブリンは殲滅の一言に尽き、この方が味方で良かったと⋮。
もし敵にそのような者がいようなら⋮戦いにすらなりえなかったこ
んな死に方だけはしたくない。
呆気なさすぎる展開に寧ろソウマはまだ何かある⋮と、警戒しなが
らも戸惑っていたのだが、次第に味方の上げる歓声に﹁終わったの
か﹂とやっと感じた。
上位ゴブリンも少なく、またこの規模の纏め役であるゴブリン・ジ
ェネラルもいなかったのは、そう言う理由があったのだ。
ゴブリン・ジェネラル等は個体としての戦闘能力の高さもあるが、
それ以上に厄介なのは存在するだけでも配下のゴブリンに対して能
力補正が入るスキルを有している事だった。
只でさえ数の多いゴブリンが強力になって襲ってくるのは、ソウマ
やエは兎も角、グラン達が相手をしていれば持ちこたえることなく
全滅していたに間違いなかった。
暗闇の中を改めて周りを確認すれば人間の死臭や死体、そしてそれ
以上にゴブリンの酷い損壊のある死体が大量にある。
それらを見たら気持ち悪いな⋮という不快感はあってもソウマの心
には動揺も吐き気等の強い影響は何も起こらなかった。
どうやら戦闘において不要な感情を感じなくなってしまったようだ
1441
⋮と勘違いするほど冷静な思考で、普通の人間らしい感情は沸いて
こない。
︵これも進化の恩恵なのか?今は有り難いけど⋮︶
努めて深く考えないように想うソウマだった。
ソウマが駆けつけるまでの死傷者37名を出して、ゴブリンとの一
先ずの戦いは終わった。
総勢ゴブリン300体を相手に亡くなった人数は少ない。
戦友を失い悲嘆する者、怒る者、座り込む者、生き残れた事を喜ぶ
者⋮グランはそれらを纏めて撤退の準備を始める。
が、しかし、次の戦いは別な場所で既に起こっていた。
ソウマ達が撤退を始めた時に、遠くの小高い丘から大咆哮が聞こえ
た。
それは聞こえた者の心胆を震え上がらす程の不気味で異質な声色。
グランと兵達は疲労困憊の上に新たな敵の出現に、ソウマとエル以
外の全員が軽い恐慌へと陥り金縛りにあったように動けない。
疲れもそうだが、生物的本能が大咆哮に込められたプレッシャーに
あがなえなかったのだ。
ソウマは急ぎマップ確認をすると、北上にある敵マーカーが1つ見
えた。
暫く待機していたようだが南下し始め、次第にぐんぐんと速さが上
がっていき、驚異的なスピードでその場から離脱していく。
1442
此方へとこない事を伝えるとホッとした者達が多い中、ソウマがハ
ッと気付く。
﹁ソウマ殿⋮お願いがあります。
将軍を⋮あの方と我らの兵をお守り下さい。残念ながら⋮重傷を負
った我らでは、直ぐには救援に動けません﹂
﹁解りました。どの道ここの撤収作業もありますし⋮敵もこれで終
わりとは限りません。なので安全の為にもこの場で待機し、後方の
守りをお願いします﹂
言うなりソウマは駆け出す。
かたじけ
﹁ソウマ殿⋮忝ない﹂
後方でグランが頭を下げた。
この会話から、グランとソウマには先程の正体不明の存在が向かう
場所に心当たりがあった。現在多くの冒険者と残る兵達による東詰
所に間違いなかったのだ。
1443
ソウマ編 緑小鬼の大侵攻7終 もう一つの戦い ゴブ
リンVS蟲人︵後書き︶
暗闇の中で行われた緊急召集。
兵に会議室へと案内され、そこにはトンプソン将軍と副官ナルサス。
そして兵士を纏める騎士が数人が待っていた。
冒険者代表の僕は、他に数名の纏め役の冒険者と一緒に中へと入る。
﹁レイナード・ヴァリス、他、マルス、エビラン、ガゾック到着し
ました﹂
﹁うむ、入れ﹂
そこで聞かされたのはゴブリンの侵攻が既に始まっており、現在交
戦状態だと告げられた。
﹁各々準備が整い次第、各班に別れ出発して欲しい。救援に対して
臨時の報償を出そう﹂
そこで短く話し合いが行われた。決まった瞬間、将軍は素早く指示
を出す。
僕たちは情報交換をしつつ退出し、各グループの元へと向かった。
1444
先輩冒険者であり、厳つい顔の割りに面倒見の良い大男がレイナー
ドへと近付く。
鉄腕との別名を持つマルスは、その腕の筋力と豪快な破壊力から自
然と呼ばれるようになった斧使い。本人のランクはC級だが限りな
くB級に近い実力があり、今回の依頼達成で正式に冒険者ギルドか
らランクが上がる予定なのだ。
アクスウォーリア
そしてC級冒険者で構成されたチーム︻鉄腕︼を率いて、第2職業
者の領域にいる斧戦士に就いている。
﹁よう、坊っちゃん。ちょいと良いかい?﹂
﹁坊っちゃんはもう止してくださいよ⋮構いませんよ﹂
﹁へっ、俺から見たらまだまだ坊っちゃんだよ。
なぁに、このゴブリン討伐の依頼だがよ、どうもキナ臭い臭いがし
てなぁ⋮俺の勘でしかないが、ただのゴブリン退治とはいかないよ
うな気がする﹂
﹁なるほど⋮他の人なら兎も角、鉄腕の別名を持つマルスさんの言
うことなら信用性がありますね﹂
実際にマルスはかなりの戦をこなしてきた熟練者だ。その全てに生
き残ってきた生存本能が告げるのであれば、彼の言うことは大いに
信憑性があるとレイナードは一考する。
余りに素直に頷くので言ったマルスの方が逆にきょとんとしてしま
った。
﹁ふん⋮まぁ気にかけといてくれや。自分で言っておいてアレだが
よ、坊っちゃんはもう少し人を疑う事を覚えておく方がいいぞ?﹂
1445
それはバカにした言い方ではなく、純粋に心配からくる言葉だと解
っているので笑顔で返す。
﹁僕とて、人の汚い所を見てきています。マルスさんだからこそ⋮
ですよ﹂
﹁流石若くしてなったB級冒険者様だよ。じゃあな、また後で会お
う﹂
そう言いつつ照れ笑いをしながら去っていくマルスを見送り、早足
で自身のチームと班の元へと駆ける。
待機場所ではアーシュとドゥルクが待っていた。
まず会議室での情報と依頼を伝える。
アーシュは率いる班に得た情報を伝えに行き、そのまま残ったドゥ
ルクと共に出発の準備へと取り掛かる⋮が、ドゥルクから待ったが
掛かった。
鍛冶の亜神の加護を授かった事を告げられ、大いに驚く。加護を授
けられる程の仲間を誇らしく思い、直ぐに祝福の言葉をかけた。
嬉しそうにドゥルクは受け取って、こう提案してくる。
﹁レイナード、時間がないことはわかっている。だが、お前の黒剣
を貸してくれ。
いま、貴重な素材である星の砂が手に入った。
加護の力もあって間違いなく黒剣を一層強化出来る。火を入れてあ
るから、そんなには待たせない﹂
﹁僕の黒剣を⋮でも、時間が⋮﹂
1446
﹁それは解っている。だが、レイナードの剣はハイノーマル級だっ
た筈だ。そこからもう一段階上げられるだけの素材だ。レア級にな
れば剣にスキルも付くだろう﹂
その魅力的な提案に心が揺らぐ。
ソウマに自身の力に絶対的な自信を破られた。それも今の自分では
到底真似できないやり方で。
これまで格上の魔物とて3人で力を合わせて葬ってきた。それでも
上には上がいる。足掻いても現在の僕たちでは勝てない存在がいる
ことを知った。
力が欲しい。そんな場合でも抵抗出来る力が。仲間を守る力が。困
難に打ち克つ力が。
迷うレイナードの気持ちに、後押しをしたのは帰って来たアーシュ
の一言だ。
﹁ドゥルクの提案を受けてみたら?
私達しかいないのなら、仕方がないけど少しくらい遅れたって今回
は他の人達もいるわよ。より強くなった武器で挽回すれば良いじゃ
ないの﹂
そうニッコリ笑う彼女の言葉がすんなりと心に入り込み、ドゥルク
に強化をお願いしたのだ。
結果として最後と出遅れはしたものの、それが幸運を呼んだ事は間
違いない。
彼等を待ち受けていたのは最速で出発したエビラン、ガゾックが率
1447
いた冒険者チームが広範囲魔法によって全滅した姿だったからだ。
1448
PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n4025ce/
エルダーゲート・オンライン
2017年2月10日13時46分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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