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消毒薬

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消毒薬
Disinfection and Antisepic
消 毒 薬
Vol.7
消 毒 薬
旭川医科大学附属病院薬剤部
松原和夫・千葉 薫
松原和夫
(写真最前列、右から3番目)
1978年京都大学薬学部卒業
旭川医科大学附属病院
薬剤部教授・薬剤部長
千葉 薫
(写真前から3列目、右から5番目)
1976年東北薬科大学卒業
旭川医科大学附属病院
薬剤部薬剤師主任
旭川医科大学附属病院 薬剤部
〒078-8510
旭川市緑が丘東2-1-1-1 TEL : 0166-65-2111
(代表)
滅菌と消毒
殺菌力に影響する因子
滅菌は無菌状態、
つまりすべての微生物を殺滅また
は除去することである
(滅菌は確率的な概念として運
用され、
日本薬局方においては、
「滅菌操作後、
単位あ
たりの被滅菌物に1個の微生物が生存する確率が100
万回に1回である」
と定義されている)。一方、
消毒は生
存する微生物の数を減らすために用いられる処置法で、
必ずしも微生物をすべて殺滅し除去するものではない。
湿熱や紫外線などを用いる物理的消毒法(1流通蒸
気法、2煮沸法、3間歇法、4紫外線法)
と消毒薬を
使用する化学的消毒法(1気体(オゾン殺菌法など)、
2液体(各種消毒薬))
がある。
熱が使用できない場合に消毒薬を利用する。つまり、
適当な熱消毒の設備がない場合や、生体あるいは環
境と非耐熱性医療器具が対象となる。化学的消毒法は、
洗浄などの諸条件が整わなければ、
常に期待される効
力を得ることができない。
また化学物質としての消毒薬
は、
患者・医療従事者・環境に及ぼす影響について安
全性の面から注意が必要である。従って、熱に耐える
器具・物品を消毒するには、
物理的消毒法を選択する
ことが望ましい。
消毒薬の殺菌性能は、
使用濃度・温度および接触時
間により規定される。濃度が高くなれば殺菌効果は強く
なる。消毒薬使用における基本条件として、
目的に合っ
た濃度、
十分な接触時間および温度を遵守する必要が
ある。これらは密接に関連しており、
いずれかの条件が
不足すると十分な効果が得られない。特に濃度と時間
は相補的な関係にある。濃度変化に伴う殺菌力の変
動は消毒薬によって特徴がある。表 1に主な消毒剤の
殺菌濃度指数n値を示す。一般に、
殺菌死滅速度定数
は濃度変化のn乗に比例する。例えば、塩化ベンザル
コニウムのn値を3とすると、
濃度が 2 倍になると殺菌速
度は 2 の 3 乗で 8 倍も早くなる。逆に濃度が半減すると、
効果が著しく減少することになる。エタノールは濃度変
化による影響が最も大きい消毒薬である。一方、次亜
塩素酸ナトリウムのn値は 1 であり、
濃度差による影響を
あまり受けない消毒薬である。このように、
多くの消毒薬
においてわずかの濃度変化でも殺菌力が大きく影響さ
れるので、原液を希釈する際には、
目分量で行わず計
量器などを用いて正確に希釈する必要がある。
消毒薬は使用中に有機物や酸素・紫外線などの
−4−
消 毒 薬
表1.
主な消毒剤の殺菌濃度指数(n値*)1)
影響により濃度(活性)が低下(図1)するので、
消毒終
了時点において有効濃度が確保されるようにする。中
でも、次亜塩素酸ナトリウムやポビドンヨードなどのハロ
ゲン化合物は影響を受けやすい消毒薬であり、
特に低
濃度において注意を要する。
また、
温度が高くなれば殺
菌力は高まる。一般的に、20℃以上で使用する。接触
時間も長いほど効果が高い。
消毒薬 対象微生物
n値
エタノール
S. aureus
11.3
クレゾール
S. aureus
5.5∼9.5
塩化ベンザルコニウム
E. coli Can.utilis
2∼3
塩酸アルキルジアミノ
エチルグリシン
E. coli Can.utilis
2∼3
次亜塩素酸ナトリウム
B. globigii.
1.0
B. subtilis
1.6∼1.7
Asp. niger
0.95
ヨウ素
Asp. niger
1.15
ホルマリン
E. coli Micrococcus
1.0
Ser. marcescens
1.3∼1.5
S. aureus
0.93∼1.2
図1. 有機物による効力低下の受けやすさ
受けやすい
受けにくい
次亜塩素酸ナトリウム
ポビドンヨード
陽イオン界面活性剤
クロルヘキシジン
両性界面活性剤
グルタルアルデヒド
クレゾール石ケン液
n
* k = AC
(k:殺菌死滅速度定数、A:定数、C:消毒薬濃度、n:殺菌濃度指数)
殺菌死滅速度定数は濃度変化のn乗に比例する。
消毒薬の適応対象
消毒水準からの消毒薬の選択
各消毒薬の適応対象を表4に示す。消毒薬の使用
消毒薬は、
処理可能な微生物の分類から1高水準
にあたっては、抗菌薬と異なって消毒薬は微生物に対
消毒薬、
2中水準消毒薬、
3低水準消毒薬に大きく分
する選択毒性を有せず、
生体に対しても毒性を有する
類される
(表2)。高水準消毒薬は接触時間を長くすれ
ことを常に考慮する必要がある。即ち、呼吸器や体腔
ば、真菌・芽胞などあらゆる微生物を殺滅できるため、
内への適用は避けなければならない。
化学滅菌剤(chemical sterilants)
とも呼ばれる。グル
グルタラールは毒性が強いため人体には使用できない。
タルアルデヒド
(グルタラール)が該当し、
分子中のアル
主な対象は高度な消毒が必要な内視鏡や手術器具な
デヒド基が菌体成分のSH基やアミノ基と不可逆的に反
どである。ポビドンヨードは、
人体に用いる消毒薬では作
応し、最も強力な殺菌効果を示す。耐性菌を生じさせ
用が強く毒性も低い。希釈液を用いることにより粘膜に
ない。短時間の接触では、
大量の芽胞を除いて全ての
も適用可能である。
しかし、
ヨウ素は吸収されやすいため、
微生物を殺滅できる。中水準消毒薬は、
結核菌やその
長期や頻回の使用には注意が必要である。次亜塩素
他の細菌、
ほとんどのウイルスや真菌を不活化もしくは
酸ナトリウムは、
その抗ウイルス作用や高濃度液の有機
死滅させることができる。膜表面タンパクの酸化による
物分解作用を利用して汚染血液の付着した床や、
低濃
ポビドンヨードや次亜塩素酸ナトリウムなどのハロゲン化
度液の低残留性を利用して食器や哺乳瓶、
リネンの消
合物、
タンパク変性による消毒用エタノール、
クレゾール
毒などに用いられる。消毒用エタノールは速効性があり、
石ケン液などが該当する。これらは比較的広い抗微生
速やかに蒸発することから、注射部位の皮膚、体温計
物スペクトルを有し、
耐性菌が生じ難く人体にも適用で
など主に清拭法で用いられる。クロルヘキシジンや塩化
きるものもあり、
有用性が高い。低水準消毒薬は、
ほとん
ベンザルコニウムなどは、
無色、
無臭で低毒性であり、
人
どの細菌と一部の真菌やウイルスに有効であり、
結核菌
体や環境などに汎用されている。
しかし、
耐性菌発生の
や芽胞には無効である。
また、
緑膿菌などのブドウ糖非
可能性には注意が必要である
(表3)。
発酵グラム陰性桿菌には効力が弱く、
このグループの
また、
消毒薬は多かれ少なかれ金属を腐食させるの
消毒薬に耐性を獲得した微生物も数多く存在する
(表
で注意する
(図2)。更に、
医療器具には、
それが使用さ
3)。クロルヘキシジン、
塩化ベンザルコニウム、
両性界面
れる部位の感染の危険度に応じて分類し、
その目的に
活性剤などが分類される。
適合した消毒薬を使用する
(表5)。
−5−
Disinfection and Antisepic
Vol.7
表3.
消毒薬の微生物汚染 2)
表2.
消毒薬の分類と抗微生物スペクトル
ウイルス
一般 HIV HBV
一般 MRSA 緑膿菌
結核菌 真菌 芽胞
細菌
感受性菌 耐性菌
低水準: ○
△
○
×
×
△ ×
塩化ベンザルコニウム ) ○
△
○
×
×
△ ×
塩化ベンゼトニウム )
塩酸アルキルジアミノエチルグリシン ) ○
△
○
×
△
△ ×
グルコン酸クロルヘキシジン ○
△
○
×
×
△ ×
中水準:
クレゾール石ケン液
○
○
○
○
○
△ ×
消毒用エタノール
○
○
○
○
○
○ ×
ポビドンヨード
○
○
○
○
○
○ △
希ヨードチンキ
○
○
○
○
○
○ △
次亜塩素酸ナトリウム ○
○
○
○
△
○ △
高水準: グルタルアルデヒド
○
○
○
○
○
○ ○
医薬品名
×
×
×
×
×
×
×
×
×
×
×
×
×
○
○
○
○
×
○
○
○
○
×
×
×
×
○
○
○
○
陽イオン界面活性剤 2)両性界面活性剤
○:有効、
△:効果が弱い場合がある、
×:無効
*抗菌スペクトルが限定され耐性菌も存在するので、注意して使用する。
1)
表4.
使用目的からみた消毒薬の選択
区分
消毒薬
高水準 グルタルアルデヒド
中水準 次亜塩素酸ナトリウム
消毒用エタノール
ポビドンヨード
クレゾール石ケン液
低水準 陽イオン界面活性剤
クロルヘキシジン
両性界面活性剤
環境
×
○
○
×
△1)
○
○
○
金属器具 非金属器具
○
×
○
×
×
○
○
○
主に糞便消毒、広い環境には散布しない。
1)
○
○
○
×
×
○
○
○
手指皮膚
×
×
○
○
×
○
○
○
塩化ベンザルコニウム
Pseudomonas spp.
Pseudomonas aeruginosa
Burkholderia cepacia
Serratia marcescens
クロルヘキシジン
Pseudomonas pickettii
Burkholderia cepacia
Pseudomonas aeruginosa
Serratia marcescens
Flavobacterium meningosepticum
ポビドンヨード
Burkholderia cepacia
フェノール類
Pseudomonas aeruginosa
図2.
消毒薬の金属腐食性の強弱
粘膜 排泄物による汚染
×
×
×
○
×
○
×
○
△
○
×
×
○
△
×
△
腐食させる(強)
次亜塩素酸ナトリウム
ポビドンヨード
クロルヘキシジン
陽イオン界面活性剤
両性界面活性剤
腐食させない(弱)
グルタルアルデヒド
○:使用可能、
△:注意して使用、
×:使用不可
表5.使用部位の感染危険度に応じた医療器具の分類と消毒
各種消毒薬と使用方法
各種消毒薬とその使用方法を表6に示した。
クリティカル器具
滅菌が原則であるが、滅菌できないものに対しては、予備洗浄を充
分行い消毒薬で長時間処理する
対象物:無菌の体内に埋め込むか血液と長時間接触するもの、
手術器具、眼内レンズ、心臓カテーテルなど
消毒薬:グルタルアルデヒド
セミクリティカル器具
滅菌が原則であるが、滅菌できないものに対しては消毒薬を使用す
る。正常粘膜は芽胞による感染には抵抗性を示すが、結核菌やウイ
ルスは粘膜感染を起こす
対象物:粘膜および創のある皮膚と接触する医療器具、
呼吸器に
接触する器具、内視鏡、麻酔用具、眼圧計、凍結手術器具
など
消毒薬:グルタルアルデヒド、塩素系消毒薬(体温計などは、中水
準の消毒薬)
ノンクリティカル器具
対象物:創のない皮膚と接触し、粘膜には接触しないもの 聴診器、便器、血圧測定用カフなど
消毒薬:低水準の消毒薬もしくは水拭き
消毒薬の微生物汚染
使用している容器を定期的に滅菌して、
消毒薬に耐
性の微生物汚染を防止する必要がある。表3に消毒薬
に耐性となった微生物汚染の例を示す。これらは消毒
薬の誤った調製法や使用法が原因である。消毒薬が
汚染していると、創傷の消毒に使用して院内感染を起
こす危険性がある。従って、
同一容器への消毒薬の継
ぎ足しは絶対にしない。消毒薬を希釈する精製水や蒸
留水の汚染にも注意する。クロルヘキシジンや陽イオン
界面活性剤は、
注射部位の消毒にはなるべく使用しない。
これらの消毒薬には速効性の作用がなく、
綿球等の管
理が悪いと細菌汚染をしている場合があるからである。
−6−
消 毒 薬
表6.
主な消毒薬とその使用方法
分類
一般名
塩
素
系
薬
剤
次亜塩素酸ナトリウム
使用濃度
0.01-0.0125%
0.02%
0.10%
1%
原液(10%)
ヨ
ウ
素
系
薬
剤
ア
ル
コ
ー
ル
類
ポビドンヨード
口腔内
咽頭炎、扁桃炎、口内炎、抜歯創を含む
口腔創傷の感染予防
クリーム(5%)
ゲル(10%)
外陰部、外陰部周囲、膣
皮膚・粘膜の創傷部位 熱傷皮膚面
希ヨードチンキ
原液または
2-5倍希釈
皮膚表面の一般消毒
創傷・潰瘍の殺菌・消毒
歯肉及び口腔粘膜の消毒、根管の消毒
消毒用
エタノール
原液
手指、皮膚、手術部位の皮膚、
1粘膜や損傷皮膚には禁忌(刺激性)
注射剤のアンプル・バイアル、
ドアノブ、 2傷がある手指や手荒れのひどい手指に用いない(刺激性)
カート、洋式トイレの便座、医療用具
3引火性に注意
0.5%クロルヘキシジン
含有の消毒用エタノール 原液
(ヒビテンアルコール)
塩化ベンゼトニウム
両
性
界
面
活
性
剤
塩酸アルキルジ
アミノエチルグリシン
塩酸アルキルポリ
アミノエチルグリシン
色
素
類
糞便、喀痰
クレゾール石ケン液
塩化ベンザルコニウム
クロルヘキシジン
アクリノール
(リバノール)
参考文献
吸収による副作用の可能性を考慮して、長期間の使用は避
けることが望ましい
30秒後にアルコールで拭き取る(皮膚刺激防止のため)
1粘膜や損傷皮膚には禁忌(刺激性)
2首から上の術野消毒には用いない(眼・耳に入った場合,
ク
ロルヘキシジンおよびエタノールが毒性を示す)
3引火性に注意
手術部位の皮膚
医療用器材
2%、2.25%、3%、 内視鏡
ウイルス汚染の医療用器材
3.5%
20-30倍希釈
陽
イ
オ
ン
界
面
活
性
剤
ビ
グ
ア
ナ
イ
ド
類
手術部位の皮膚・粘膜
創傷部位
熱傷皮膚面
感染皮膚面
備 考
洗浄後に1時間の浸漬
洗浄後に5分間以上の浸漬
洗浄後に5分間以上の浸漬、その後の水洗い
洗浄後に30分間以上の浸漬
清拭。痛みやすい材質の場合は、後に水拭き
液を注ぎ5分以上放置、拭き取る
1腹腔や胸腔には用いない(ショックの可能性)
2体表面積20%以上または腎不全のある熱傷患者には用い
ない(大量吸収による副作用の可能性)
3低出生体重児や新生児への広範囲使用を避ける(2と同じ)
4術野消毒で,
患者と手術台の間に溜まるほど大量に用いな
い(化学熱傷を生じる)
含嗽
(0.2∼0.5%)
ア
ル
デ グルタルアルデヒド
ヒ (グルタラール)
ド
類
フ
ェ
ノ
ー
ル
類
消毒対象
哺乳瓶・投薬容器・蛇管・薬液カップ
食器・まな板
リネン
ウイルス汚染のリネン・器具
ウイルス汚染環境(目に見える血液付着がない)
床上のウイルス汚染血液
1付着に注意(化学熱傷)
2蒸気の吸入防止に注意
・蓋付きの浸漬容器
・清拭法や噴霧法で用いない
3浸漬後充分な水洗いを行う
1高濃度液(原液-5倍希釈液)の付着に注意(化学熱傷)
2新生児室などの環境消毒には用いない(新生児・低出生体
重児が蒸気を吸入すると、高ビリルビン血症を生じる)
3排水基準:5ppm以下
50倍希釈
ベッドパン、尿器、環境(床など)
0.01%
0.01-0.025%
0.01-0.05%
0.02-0.05%
0.1%
0.1-0.2%
0.01%
0.01-0.025%
0.02%
0.025%
0.1%
0.1-0.2%
0.004%(洗口)
0.01-0.02%
感染皮膚面
手術部位の粘膜、創傷部位
結膜嚢
膣
手指
医療用器材、環境(床など)
感染皮膚面
手術部位の粘膜、創傷部位
結膜嚢
膣
手指
医療用器材、環境(床など)
口腔内
抜歯創の感染予防
誤飲に注意(誤飲されやすい。経口毒性強い)
0.1-0.2%
医療用器材
環境(床など)
結核領域では0.5%を用いる
0.02%
外陰・外性器の皮膚、結膜嚢
0.05%
創傷部位
0.1-0.5%
手指、皮膚、医療用器材、環境(床など)
原液(4%)
手指
0.05-0.1%(含嗽)口腔領域における化膿局所
0.05-0.2%
化膿局所
1外陰・外性器の皮膚や結膜嚢への適用では、無色のクロル
ヘキシジンを用いる
2膀胱・膣・耳へは禁忌
本剤での治療にもかかわらず原疾患の増悪が見られる場合
は、本剤の副作用(潰瘍・壊疽)を考慮する
1)芝崎薫(1974)
:薬剤による殺菌・滅菌法・消毒法第1集,綿貫他編,分光堂,東京,141-142.
2)千葉薫(1994)
:院内感染対策における消毒剤の諸問題,北海道医誌,69,182-187
−7−
2004年11月印刷【vol.7】
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