Comments
Description
Transcript
岩手県葛巻町で大発生したマイマイガによる毛虫皮膚炎集団発生の報告
ただいま、ページを読み込み中です。5秒以上、このメッセージが表示されている場 合、Adobe® Reader®(もしくはAcrobat®)のAcrobat® JavaScriptを有効にしてください。 日皮会誌:120(6) ,1179―1186,2010(平22) Adobe® Reader®のメニュー:「編集」→「環境設定」→「JavaScript」で設定できます。 「Acrobat JavaScriptを使用」にチェックを入れてください。 岩手県葛巻町で大発生したマイマイガによる毛虫皮膚炎集団発生の報告 なお、Adobe® Reader®以外でのPDFビューアで閲覧されている場合もこのメッセージが表示さ れます。Adobe® Reader®で閲覧するようにしてください。 菊池 孝幸1) 小林 研1) 赤坂 俊英2) 要 町では 2007 年夏にもこのガの大発生が確認されてお 旨 り,産み付けられた卵塊が越冬し,2008 年春に幼虫が マイマイガはドクガ科の 1 種で日本はもとより北半 大量発生した.マイマイガ(学名;Lymantria dispar, 球に広く分布している.時に大発生することがあり, 英名;Gypsy Moth)は,鱗翅目 Lepidoptera,ドクガ 森林害虫としてよく知られている.その 1 齢幼虫は毒 科 Lymantriidae,マイマイガ属 Lymantria に分類され 針毛を持ち皮膚炎の原因となるが,その報告は少なく, るガで,日本全国はもとより北半球全域に広く生息し 本邦においては,マイマイガ幼虫による毛虫皮膚炎が ている.時に大発生することがあり,幼虫が広葉樹, 集団発生したという報告はない.著者らは 2008 年 5∼ 針葉樹,草本の区別なく葉を食害し成長するため森林 6 月に岩手県葛巻町で大発生したマイマイガの幼虫が 害虫として有名だが,本邦では幼虫が原因で起こる皮 原因と考えられる毛虫皮膚炎患者を 58 例経験した. 皮 膚炎のまとまった報告はなかった.マイマイガの幼虫 疹は瘙痒のある紅斑性丘疹,または小水疱が主に頸部 は 1 齢幼虫のみが皮膚炎の原因となる毒針毛を持って や上肢などの露出部に認められた.葛巻町民を対象に おり5),北米では 1 齢幼虫による皮膚炎の集団発生が報 実施したアンケート調査では,同時期,926 名に毛虫皮 告されている6).今回著者らは 2008 年 5∼6 月にかけ, 膚炎と思われる症状が認められたことが判明した.今 岩手県葛巻地区においてマイマイガの幼虫が原因と考 回の経験を通じて,マイマイガの 1 齢幼虫が毛虫皮膚 えられる皮膚炎患者を経験した.また,住民における 炎の原因となることが広く周知されるべきだと考え 皮膚炎の状況と毛虫皮膚炎に関する意識を調査するた た. め,葛巻町民を対象にアンケート調査を行ったので報 告する. はじめに 毛虫皮膚炎は,鱗翅目昆虫の中の有毒毛を有する幼 対象と調査方法 虫,あるいはその有毒毛の付着した脱皮殻や繭などに マイマイガ毛虫皮膚炎患者 触れることによって生じる皮膚炎である1). 有毒毛には 2008 年 5 月 1 日∼6 月 31 日までの期間,国民健康保 主に毒針毛と毒棘がある.毒針毛は微細な針状の有毒 険葛巻病院を受診した患者のうち,臨床的にマイマイ 毛で,その中に毒液を含んでおり,毛虫に触れること ガの幼虫による毛虫皮膚炎と診断した患者を調査対象 2) によって容易に虫体から脱落し皮膚に突き刺さり , 痒 とした.年齢,性別,症状出現部位,受診日,皮膚炎 みの強い紅斑性丘疹が多発する3). 本邦において毒針毛 の程度,被害を受けた日時とそのときの服装などを調 を有する代表的なガはドクガ,チャドクガ,モンシロ 査した.さらに,毛虫皮膚炎と天候との関連を調べる 3) ドクガなどのドクガ類であり , これらの幼虫による毛 ため, 葛巻町の気象データを気象庁ホームページ7)より 虫皮膚炎の報告が多い. 検索してまとめた. 2008 年夏,岩手県北部を中心にマイマイガ(一部カ シワマイマイ) の異常発生が報告された4).岩手県葛巻 住民の皮膚炎被害アンケート調査 調査は自治体の許可と協力の元に実施した.対象は 1) 国民健康保険葛巻病院 2) 岩手医科大学皮膚科学教室 平成 21 年 7 月 7 日受付,平成 22 年 2 月 18 日掲載決定 <特別掲載> 岩手県岩手郡葛巻町葛巻 別刷請求先:(〒028―5402) 16 地割 1 番地 1 国民健康保険葛巻病院 菊池 孝 幸 葛巻町全世帯とし,調査 期 間 は 2008 年 5 月 1 日∼6 月 15 日とした.この期間はマイマイガ 1 齢幼虫が発生 していた時期である.無記名自記式のアンケートを作 成し,1 世帯に 1 枚配布した.世帯の代表者が記入し, 症状出現者のいる世帯から回収した.配布および回収 は葛巻町の各自治会で行った. 1180 菊池 孝幸ほか 図 1c 孵化したばかりの 1齢幼虫:卵塊表面に体長 約 3~ 5 mm,体色が茶~黒褐色の幼虫が集合してい る. 図 1a マイマイガ成虫(オス) :開張約 5 0 mm,体色 は黒褐色. 図 1d 1齢幼虫の体毛:基部から全長 1/ 3の部位に 球形部が存在するのが特徴である. 本台帳を利用した. 葛巻町は,岩手県盛岡市から北へ約 70km,北緯 40 度に位置し,町の中心部は標高約 400m で周囲は 1,000 図 1b マイマイガ成虫(メス) :開張約 8 0 mm,体色 は灰白色. m を超える山々に囲まれている山間の町である.町の 面積の 86% が森林である. 結 調査項目は,1)世帯の構成人数(男女別) ,2)症状 果 出現者それぞれの年代,性別,病院受診の有無,3) 毛 マイマイガの同定 虫が大発生する以前に毛虫によって皮膚炎が起こるこ 2007 年 7 月下旬∼8 月中旬に岩手県北部,特に葛巻 とを世帯内で何人が知っていたか,である. 地区とその周辺でガの大発生がみられた.街灯等の明 アンケートの裏面には,マイマイガの生態や皮膚炎 かりに引かれて飛来し,住居の壁面や路面などに多数 の特徴,症状出現時の対策を掲載し,住民への情報提 の成虫が静止していた.体長はオスが開張約 50mm, 供も行った. メスは約 80mm,体色はオスが黒褐色,メスは灰白色 結果の検討には,2008 年 4 月時点での葛巻町住民基 であり,雌雄で大きさや模様が著しく違っていた(図 マイマイガ毛虫皮膚炎 1181 図 2 受診患者数と葛巻町の最高気温の関係:5月初旬に 1 8 ℃以上の最高気温が続い た後,患者が多数来院した.5月第 2週が最も多く,徐々に減少し 6月後半には患 者はほぼ認められなくなった. 図 3b 症例 1 初診時臨床像(前腕) :被服部位には 皮疹が存在せず,露出部との境界は比較的明瞭で あった. りの 1 齢幼虫が卵塊表面に集合していた (図 1-c) .この 幼虫は体長が約 3∼5mm,体色が茶∼黒褐色で,顕微 図 3a 症例 1 初診時臨床像(顔面):2~ 8 mm の紅 斑性丘疹が左右非対称性に集簇して認められた. 鏡での観察では基部から全長 1! 3 の部位に球形部を持 つ特徴的な体毛を有していた(図 1-d).以上の形態お よび生態学的特徴から,ガはマイマイガの成虫,幼虫 1-a,b) .メスは塊状に産み付けた卵の上を自身の腹部 はマイマイガの 1 齢幼虫と同定した. の毛で覆って卵塊を形成していた.1 卵塊中の卵粒数 は 200∼300 個ほどであり,2007 年 8 月∼2008 年 4 月 マイマイガ毛虫皮膚炎患者の状況 にかけて,多数の卵塊が樹幹表面や建物の壁面に確認 葛巻病院を受診したマイマイガ毛虫皮膚炎の患者数 された.2008 年 4 月後半∼5 月前半に,孵化したばか は 58 人(男性 17 人,女性 41 人)で,患者の年齢は 8 1182 菊池 孝幸ほか 図 4a 症例 2 初診時臨床像(左頚部):2~ 8 mm の 紅斑性丘疹が集簇して認められた. 歳から 84 歳にわたっていた. 症 状 出 現 部 位 別 の,の べ 患 者 数 は,頭 頸 部 45 例 (77.6%) ,上肢 32 例(55.2%) ,体幹 10 例(17.2%) , 下肢 2 例(3.4%)であった.肌の露出部位である頭頸 部と上肢に多く認められた. 図 4b 症例 2 再診時臨床像(体幹):2~ 4 mm の紅 斑性丘疹が線状に認められた. 受診患者数と,葛巻町の最高気温の関係を示す(図 2) .5 月初旬に高い気温が続いた後,患者が多数来院し た.受診患者数の変化は,5 月第 1 週が 11 人 (18.9%) , していたが,直接肌に触れた記憶はないという. 初診時現症:前腕,手背,顔面に 2∼8mm の紅斑性 第 2 週 が 19 人(32.7%) ,第 3 週 が 8 人(13.8%) ,4 丘疹が左右非対称性に集簇して認められた(図 3-a) . 週が 10 人(17.2%)であり,5 月第 2 週が最も多く,そ 前腕では,被服部位には皮疹が存在せず,露出部との の後徐々に減少し,6 月後半にはほぼ認められなく 境界は比較的明瞭であった(図 3-b). なった. 治療および経過:発症状況と皮膚症状から,マイマ 皮膚炎の臨床経過には個人差はあるものの,幼虫に イガ幼虫による毛虫皮膚炎と診断した.ステロイド外 接触したり戸外で活動した後 8∼12 時間のうちに瘙痒 用剤(フルオシノニド) ,d―クロルフェニラミン! ベタ のある紅斑性小丘疹あるいは紅斑性小水疱が出現し, メタゾン配合薬の内服を処方した.瘙痒は日ごとに減 翌日,翌々日と症状が増悪するという経過をたどって 弱し 5 日程で軽快した.皮疹は 10 日ほどで略治した いた.また, 患者の多くは毛虫が原因で皮膚炎が起こっ が,1 カ月後にも軽度の色素沈着が残存していた. たとは認識していなかった. 以下に症例を提示する. 症例2 患 者:64 歳,男性. 症例1 初 診:2008 年 5 月 13 日. 患 者:80 歳,女性. 主 訴:左頸部,前腕の痒みを伴う皮疹. 初 診:2008 年 5 月 27 日. 既往歴:特記事項なし. 主 訴:両前腕,手背,顔面の痒みを伴う皮疹. 現病歴:5 月 6 日朝から頸部,前腕の痒みを伴う皮 既往歴:高血圧,骨粗鬆症,白内障で加療中. 疹あり,5 月 13 日受診.5 月 5 日に左頸部に毛虫が接 現病歴:5 月 24 日,屋外作業の帰宅後から数時間で 触したため取り除いていた. 前腕,手背,顔面に痒みを伴う皮疹が出現,翌日には 症状が増悪した.痒みのため睡眠障害があった.5 月 27 日当院受診.屋外作業中,周囲に大量の毛虫を確認 初診時現症:左頸部,前腕に 2∼8mm の紅斑性丘疹 が集簇して認められた(図 4-a) . 治療および経過:発症状況と皮膚症状から,マイマ マイマイガ毛虫皮膚炎 1183 図 5 葛巻町の年齢分布と毛虫皮膚炎の症状出現者の年齢分布の比較:全ての年代で 症状が出現していた. イガ幼虫による毛虫皮膚炎と診断した.ステロイド外 ることを知っていたかを尋ねた質問では,知っていた 用剤(フルオシノニド) ,d―クロルフェニラミン! ベタ と回答した人はアンケート回答者の 26% であった. こ メタゾン配合薬の内服を処方した.瘙痒は日ごとに減 の質問において,毛虫の種類は問わなかった. 弱した.5 月 27 日,胸部に痒みを伴う皮疹を訴えて再 度受診した.5 月 24 日に衣類の中に入り込んだ毛虫を 取り除き,その後皮疹が出現したとのことであった. 胸腹部に 2∼4mm の紅斑性丘疹が線状に認められた (図 4-b).同様の治療を行い,1 週間ほどで略治した. 考 案 1.マイマイガについて 日本,ロシア,中国,朝鮮半島,台湾等にはアジア 型マイマイガ(Asian Gypsy Moth;AGM)が,ヨー ロッパや北米等にはヨーロッパ型マイマイガ(Euro- 住民の皮膚炎被害アンケート調査結果 pean Gypsy Moth;EGM)が分布している.地域によ 回答世帯は,葛巻町 2,892 世帯中 518 世帯(17.9%) で り多数の亜種が存在し,日本においてもいくつかの亜 あった.その世帯構成人数より得られた総人数は,葛 種に分かれる.時に地域的な大発生を起こし,幼虫は 巻町人口 7,948 人に対し 1,651 人(20.7%)であった. 広食性の食葉性害虫として世界的に有名である.本邦 内訳は男性 777 人 (47%) ,女性 874 人 (53%) である. での森林被害も古くから知られているが,記録に残っ 回答者のうち,毛虫によるものと思われる皮膚炎(赤 ているものでは明治 16 年の北海道におけるものが最 く腫れ,かゆみが伴う状況)が出現したのは 926 人で 初である.それ以降もたびたび大発生しており,主に あった. 北海道,東北,新潟県が多発地域である.大発生の原 症状出現者の男女割合は男性 46%,女性 54% と葛 因は解明されていない.大発生は数年で急激に終息す 巻町の男女割合とほぼ同等で,症状出現に男女差は見 ることもあり,その原因としては Entomophtora 菌も られなかった. しくは核多核体病ウイルス(Nuclear polyhedrosis vi- 症状出現者の年齢分布を葛巻町の年齢分布と比較し rus;NPV)による流行病がある8). た(図 5) .全ての年代で症状が出現していたが,男女 マイマイガは 1 年 1 世代で,成虫は 7 月下旬∼8 月 別に検討したところ,10 代男性,50 代から 60 代の男 中旬にみられる.雌雄で大きさや模様が著しく違って 性,30 代から 60 代女性に町の年齢分布と比較してや おり,別の種類のように見えることが特徴とされる. や多く症状出現者が見られた. 交配行動の後メスは産卵する.AGM のメスは EGM 症状出現者のうち,病院を受診した割合は 11% で あった. 毛虫が大発生する以前に毛虫によって皮膚炎が起こ のそれと異なり飛翔能力があることが知られている. 産み付けられた卵塊の中で秋までに幼虫となるが,そ のまま卵殻の中で越冬し8), 4 月後半から 5 月前半に, 1184 菊池 孝幸ほか 気象条件にもよるが 2∼4 週の期間で卵殻を破って脱 膚炎が起こったとは認識していなかった,などが明ら 出する9).幼虫は脱皮を繰り返しながら 6 月下旬に蛹と かとなった. ドクガ類の毒針毛による皮膚炎の発症機序について なり,その後羽化する. これらのマイマイガの生態学的特徴は,葛巻地区に は,毒針毛に含まれる毒素成分の化学的刺激,毒針毛 おける 2007 年夏の成虫の大発生,および 2008 年春の による機械的刺激,毒針毛に含まれる物質へのアレル 幼虫の大発生の事実に一致していた. ギー反応の可能性がそれぞれ議論されてきた. 夏秋2)19) は,毛虫皮膚炎が毒針毛に含まれる有毒成分に対する 2.マイマイガの幼虫による毛虫皮膚炎 10) 即時型,あるいは遅延型のアレルギーによって生じ, 1908 年に Teutschlaender によってマイマイガの 炎症反応の程度は有毒成分に対する個々の感作状態の 幼虫が皮膚炎の原因になることが初めて報告された. 違いによって個人差があるため,それが毛虫皮膚炎に Tsutsumi11)は幼虫の観察により,1 齢幼虫には基部か おける臨床経過の個人差となっているとしている. ら全長の 1! 3 の長さの部位が球形に膨れた体毛が存在 本調査において,皮疹が出現して 1∼数日後に病院 し,この毛によって皮膚炎が起こり,2 齢以降の幼虫で を受診する患者が多く,診察する時点での皮膚症状は はこの体毛は見られなくなるとしている.ただし An- 遅延型アレルギーによるものと考えられる.アレル 12) derson ら は,1 齢幼虫には 4 つの形態学的に異なる ギー反応であれば,過去に感作されている必要がある. 体毛があるが,どの体毛が皮膚炎を引き起こすかは分 本人が気づかないうちに毒針毛が触れて感作された可 かっていないと報告している.幼虫に直接触れなくて 能性があるが,マイマイガは岩手県において,最近 30 も,風に乗って飛んだ毒針毛や幼虫が吐いた糸,脱皮 年間は大発生の報告はなく,さらに前回の大発生時は 殻に接触することでも皮膚炎が生じる13).また,目のか 近隣の町での発生で,葛巻町は被害を受けていない. ゆみや鼻炎,くしゃみといった上気道症状が引き起こ また,2007 年春には町内の主な居住地域でのマイマイ されることもある9). ガ 1 齢幼虫の発生は報告されておらず,森林で大発生 1 齢幼虫は孵化後,数日間は卵塊の表面に集合して した成虫が灯火に引き寄せられて商店街や住宅街に飛 いるが,最高気温が 18℃ を超えるような暖かい日にな 来したもので,1 齢幼虫との接触は,ほとんどの人で ると,光に向かって樹幹や家屋などを登り,口から糸 2008 年春が初回であったと推察される.にもかかわら を吐いてぶら下がり,1mile(=1,609m)ほどの距離を ず,2008 年春に若年者を含め多数の人が皮膚炎を発症 14) ∼16) .3m! 秒ほどの風速では,幼虫 したのには,マイマイガの幼虫の毒針毛に含まれる毒 が積極的に風の流れに乗ることが観察される17).この 液成分は,他の物質と免疫学的交叉反応を有する可能 特性と,主な分散期間であった 2008 年 5 月上旬の葛巻 性がある.毒成分を含めてこれらの反応は今後の検討 町の天候を検討したところ,5 月 1 日∼10 日のうち 7 を要する. 風に乗って分散する 日間は最高気温が 18℃ を超え,5 月 5 日と 6 日にそれ ぞれ 5.5mm,3.5mm! 日の降水があった以外はおおむ 3.マイマイガ毛虫皮膚炎の集団発生について ね晴れであり,日照時間は 7 日間で 50% 以上であっ Teutschlaender10)の報告以後,マイマイガを研究す た.またこの期間で,最大風速は 3.1∼9.4m! 秒であっ る研究所職員での皮膚炎の報告20)∼22)はあったが,住民 た.この気象条件は幼虫の分散にとって好都合で,ま での皮膚炎の集団発生は,1981 年春に北米で報告され た,人々の屋外活動を活発にし,結果として 1 齢幼虫 たのが最初である.Aber ら6)はペンシルベニア州北東 との接触機会が増加し皮膚炎発症の要因となったと 部 2 つの学校で,1981 年 4 月末から 5 月第 3 週までの 考えられる.これら天候との関連は過去にも同様の報 期間に A 学校では 320 人中 135 人(42.2%) ,B 学校で 告12)18)がある. は 300 人中 76 人(25.3%)の生徒がマイマイガの幼虫 今回の調査では, (1)皮疹は露出部位である頭頸部と による皮膚炎を発症したことを報告した. 上肢に多く認められた, (2)患者数は 5 月初旬の気温が 本邦においては,これまでマイマイガ毛虫皮膚炎の 高くなった時期に多く,1 齢幼虫の分散の時期とほぼ 集団発生や疫学調査の報告はなく,本調査が初めてと 一致していた, (3)戸外での活動後 8∼12 時間のうちに 考える.葛巻地区に総合病院としての医療施設は当院 皮疹が出現し,翌日,翌々日と症状が増悪することが しかなく,あるいは山間部のため交通が不便で,受診 多かった, (4)毛虫皮膚炎患者の多くは毛虫が原因で皮 する皮膚炎患者の多くが当院を訪れたと考えられる. マイマイガ毛虫皮膚炎 1185 しかしアンケート調査より,900 人以上の住民が皮膚 マイマイガの場合,皮膚炎の原因となる 1 齢幼虫が風 炎被害を経験していたことが判明した.皮膚炎を起こ に乗って飛んで来るため,以下のような対策が必要で した人の中で病院を受診した人はわずか 11% であり, ある.幼虫の分散に好都合な気象条件は,住民にとっ ほとんどが市販薬等で治癒したと推察される.Ththill ても気持ちの良い天候であり,軽装での屋外活動とな ら13)の調査でも,病院を受診した人は罹患者の 10% 以 りがちだが,長袖・長ズボンを履き,袖と襟のボタン 下であり,ほぼ同様の結果であった. を閉め,首にはタオルなどを巻き,帽子,メガネ,マ 葛巻町で毛虫皮膚炎が集団発生した要因は次のこと スクなどを着用して肌の露出部位をできるだけ少なく が考えられる. (1)マイマイガの幼虫が当地区で大発生 することが肝要である.また,洗濯物は屋外に干さず, した, (2)5 月上旬の気象条件が 1 齢幼虫の分散に好都 もし洗濯物に毛虫が付着していたら洗濯をしなおす. 合であった, (3)山林で産み付けられた卵塊から孵化し 窓は開けたままにしない.毛虫の分散期間は比較的短 た幼虫が風に乗って飛ぶため,山間地域である葛巻町 期間であるので,この期間はできるだけ屋内にいるよ では接触機会が多かった, (4)前年に住宅の壁面等に産 う指導をした方がよい. み付けられた卵塊を除去していなかったため,生活地 本邦においてマイマイガの大発生は何度か記録され 域でも大量の幼虫が孵化し接触機会が増えた, (5)この ているが,毛虫皮膚炎集団発生の報告はなかった.こ ガの幼虫が皮膚炎の原因になることを知らなかったた れまでは,森林害虫として,またあらゆる面を這う多 め,毛虫に触れないようにする適切な予防対策ができ 数の幼虫や,街灯等の明かりに大量の成虫が飛来し不 なかった,などである. 快害虫として問題視されてきた.今回の経験を通じて, 本調査で,ガの幼虫によって皮膚炎が起こることを マイマイガの幼虫が引き起こす皮膚炎について一般市 知っていたのはアンケート回答者の 26% と少数で 民および皮膚科医に正確に周知され,マイマイガ異常 あった.毛虫の種類を問わなかったため,もしマイマ 発生地域の住民において,皮膚炎の知識と予防意識の イガの幼虫に限ればさらに少ないと推察される.その 向上につなげるべきであると考えた. ため,ガの幼虫により皮膚炎が起こり得る事や予防方 法,症状出現の際の対策を地域住民へ情報提供してい くことも必要かつ重要であると思われる. 本論文の要旨は,第 108 回日本皮膚科学会(2009 年 4 月)において発表した. 皮膚炎は幼虫との接触を避けることで予防される. 文 1)夏秋 優:毛虫皮膚炎,皮膚病診療,1997 ; 19 : 449―452. 2)夏秋 優:毛虫皮膚炎の発症機序,皮膚病診療, 2003 ; 25 : 11―16. 3)夏秋 優:ドクガ皮膚炎とアレルギー反応,アレ ルギーの臨床,2007 ; 27 : 854―858. 4)小岩俊行:岩手県におけるマイマイガの発生生態 と防除,岩手県林業技術センター林業技術情報, 2008 ; 41. 5)加納六郎:日本の有毒動物―その基礎と臨床―, 東京,加納六郎博士退官記念会,1991, 45―50. 6)Aber R, DeMelfi T, Gill T, et al: Rash illness associated with gypsy moth caterpillars-Pennsylvania, MMWR Morb Mortal Wkly Rep, 1982; 31: 169―170. 7)気象庁 (JMA) :http:! ! www.jma.go.jp! jma!index. html 8)佐藤平典,高村尚武:マイマイガの生態と防除,岩 手県林業試験場成果報告,1975 ; 7 : 11―21. 9)Allen VT, Miller OF 3 rd, Tyler WB: Gypsy moth 献 caterpillar dermatitis-revisited, J Am Acad Dermatol, 1991; 24: 979―981. 10)Teutschlaender O: Ueder die durch Rauperhaare Verursachten Erkrankungen, Arch Augenheilkd, 1908; 61: 117―184. 11)Tsutsumi C:Observations on little known poison hairs of some lepidopterous laevae,衞 生 動 物 , 1960 ; 11 : 168―172. 12)Anderson JF, Furniss WE: Epidemic of urticaria associated with first-instar larvae of the gypsy moth (Lepidoptera: Lymantriidae), J Med Entomol, 1983; 20: 146―150. 13)Tuthill RW, Canada AT, Wilcock K, Etkind PH, O Dell TM, Shama SK: An epidemiologic study of gypsy moth rash, Am J Public Health, 1984; 74: 799― 803. 14)北 川 善 一:マ イ マ イ ガ―林 業 相 談 室 か ら の 報 告―,北海道立林業試験場光珠内季報,1988 ; 69 : 16―18. 1186 菊池 15)東浦康友:マイマイガ幼虫のふ化日と分散時期の 予想法―積算温量を求めるパソコン・プログラ ム―,北海道立林業試験場光珠内季報,1989 ; 74 : 19―24. 16)McManus M, Schneeberger N, Reardon R, Mason G: Gypsy Moth, Forest Insect & Disease Leaflet 162, U.S. Department of Agriculture Forest Service, 1992. 17)片桐一正:マイマイガ,全国森林病虫獣害防除協 会編:全国森林病虫獣害防除協会森林防疫制度 史―森林防虫獣防除事業 28 年の歩み,東京,全国 森林病虫獣害防除協会,1978, 157―161. 18) Etkind PH, O Dell TM, Canada AT, et al: The 孝幸ほか gypsy moth caterpillar: a significant new occupational and public health problem, J Occup Med, 1982; 24: 659―662. 19) Natsuaki M : Immediate and delayed-type reactions in caterpillar dermatitis, J Dermatol, 2002; 29: 471―476. 20)Etkind PH: The allergenic capabilities of the gypsy moth, Yale University (thesis), 1976. 21)Perlman F, Press E, Googins JA, Malley A, Poarea H: Tussockosis: reactions to Douglas fir tussock moth, Ann Allergy, 1976; 36: 302―307. 22) Wirtz RA : Occupational allergies to anthropod, ESA Bull, 1980; 26: 356―360. Gypsy Moth Infestation and an Outbreak of Dermatitis Caused by Gypsy Moth Caterpillars in Kuzumaki Town in Iwate Prefecture Takayuki Kikuchi1), Ken Kobayashi1)and Toshihide Akasaka2) 1) National Health Insurance Kuzumaki Hospital Department of Dermatology, Iwate Medical University, School of Medicine 2) (Received July 7, 2009; accepted for publication February 18, 2010) The gypsy moth (Lymantria dispar) is a member of the family Lymantriidae, which is found not only in Japan but also throughout the northern hemisphere. Infestations of this moth sometimes erupt into large numbers, and it is a well-known forest pest. First instar larvae of gypsy moths have poisonous hairs that cause dermatitis, although there are only a few reports of the problem. Moreover, community-wide outbreaks of dermatitis have not been previously reported in Japan. Between May and June 2008, we treated 58 caterpillar dermatitis patients caused by gypsy moth caterpillars that had significantly increased in number in Kuzumaki Town in Iwate Prefecture. The patients had pruritic, erythematous, papular, and occasionally vesicular lesions on exposed areas of the body such as the neck and arms. A questionnaire survey given to the residents of Kuzumaki Town revealed that 926 people had dermatitis thought to be caused by gypsy moth caterpillars. The fact that first instar larvae of gypsy moths cause dermatitis should be more widely recognized. (Jpn J Dermatol 120: 1179∼1186, 2010) Key words: caterpillar dermatitis, Gypsy moth, outbreak