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現代青年のアイデンティティ形成のための心理教育

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現代青年のアイデンティティ形成のための心理教育
現代青年のアイデンティティ形成のための心理教育プログラムの開発と
整備、およびプログラム指導者の育成
研究代表者 国際基督教大学高等臨床心理学研究所 上級准教授 西村 馨
Kaoru NISHIMURA
共同研究者 国際基督教大学高等臨床心理学研究所 准教授 西川昌弘
Masahiro NISHIKAWA
共同研究者 国際基督教大学高等臨床心理学研究所 助手 ジェイムス朋子
Tomoko JAMES
共同研究者 国際基督教大学高等臨床心理学研究所 助手 中村有希
Yuki NAKAMURA
研究の要旨
現代青年が示すアイデンティティ形成の問題に対し、われわれは臨床心理学的見地から心理教育プログラム「青年
期アイデンティティグループ」を開発し、活動を重ねてきた。グループという縦関係と同輩関係の交差する小社会は自
己を追求する好適な実験場である。率直で切れのよい対話のやり取りを作り出すことで、圧縮され、言語化されないま
まの衝動・欲求を掘り起こし、表現すること、それによって未知の自分を探求することが基本的目標である。本報告で
は、その作業において怒りの感情が果たす役割と有効な介入技法の検討、グループと個人のプロセスを心の安全空
間の体験変化から捉える試み、さらには本プログラムの指導者を養成してための試行的プログラムの成果を検討する。
緒言
現代青年は自由な社会にあって自分を見出せずあがいてい
まず始めに、青年期アイデンティティグループの理論と技法
について説明しておきたい。
る。青少年の対人関係や社会参加の難しさ、将来への希望の持
青年たちの心理的苦闘が集団体験に起因しているからこそ、安
てなさは、いずれも集団での傷つき体験に端を発し、自分とい
心して大人とも仲間とも触れ合え、所属感を与えるグループが
うかけがえのない存在を育て、磨く機会を奪われてきたことに起
その心理的再生と成長の場となりうる。それを実現するために、
因している (Rachman, 1975, 1989)。自殺などの極端な例のみ
種々の枠組みと技法が必要である。「青年期アイデンティティグ
ならず、広く一般の青年に自己喪失と感情表現の難しさが蔓延
ループ」は、自己表現の安全空間を創成するよう、グループを
しているといってよい。一方、大人達もまた、青少年のこのような
構造化している。また、他者とともにいながら各々の独自性を守
情緒的問題への対応を不得手とし、家庭、学校などの場面にお
り、自分らしさを探し、磨く機会を提供する理論と技法を備えて
いて自分を生かして、子どもと向き合うことには大きな躊躇があ
いる。いわゆる問題を持った青少年のみならず、成長可能性を
る。青年たちは、仲間との関係、大人との関係、両方において
探求するものでもある。
行き詰まり、自分を喪失させてしまうのである。
グループは通常、パーソナリティの多様性を考慮した 5~7 名
本研究の主題である「青年期アイデンティティグループ」は、
程度のメンバーで構成され、2 名のリーダー(男女の組み合わ
そのような問題意識に基づき、われわれのチームが臨床心理
せにすることも多い)、および場合によって1~2 名の観察者が
学的アプローチによって構築してきた、グループによる心理教
入る。グループの期間は、週 1 回の頻度で個人がそれぞれ追
育的手法である (小谷他, 2001; 西川・西村, 2003; 西村・石川,
求したいテーマを達成するまで継続されたり、週 1 回で 12 回、
2004)。青年たちは、グループにおける対人関係の中で率直な
20 回、半年、1 年などと期間を決めたりする場合もある一方、通
感情表現を試み、それを通して同輩感覚を深める。自分のエネ
いあるいは合宿で、2~4 日間に集中的に行われることも多い。
ルギーを開拓、解放し、たくましい対人関係にチャレンジするの
1 回のグループ(これをセッションと呼ぶ)は 70~90 分であるが、
である。まさに、現代の学校教育に欠けている「自分育て」の機
特に 90 分のセッションを「メインセッション」(55 分)、「休憩」(5
能であり、スクールカウンセラーや教師等の思春期援助の専門
分)、「フィードバックセッション」(30 分)と分割して用いることも多
家にとって有力な手法となるだろう。
い (橋本, 2005)。
ここで主に取り上げる青年期アイデンティティグループは、90
本文
分を構造化した短期集中型のものである。短期集中型は、スタ
1.研究目的
ッフを確保することができるなら、いくつかのグループを並行し
て行うことができ、小グループ活動以外のコミュニティ活動、大
1.1 現代青年のアイデンティティ形成のための心理教育プログ
グループセッションを持つことができるという利点がある(Kotani,
ラム:「青年期アイデンティティグループ」について
1999)。後に報告するが、大人のアイデンティティグループも実
表1 セッション構造と技法(橋本他, 2008 を一部修正)
構 造
基本ルール
内 容
自由に何でも話してみること 他人の話も聞いてみる 他人の話に感想や意見を言ってみる グループ内での飲食、喫
煙、暴力の禁止 グループ内のことを外で話さない 時間を守ること
機 能
メインセッション(MS) (55 分)
技 法
体験する自我の活性化
・感情・衝動に対する問いかけと共感
感情・衝動の表出、表現の促進
・連想を語る(イメージ表現のモデル)
行動と感情の関係に敏感になること
・心理学的解釈(内的探求の関心を高める)
・弁解や不必要な説明よりも直接の感情を問う
・分別の範囲での自己体験の開示
・リーダー間相互作用(攻撃性表現のモデル)
道具的介入:質問紙実施 (5 分)
個人の自己境界の閉鎖
内省、体験と言語の照合、枠付けてみること
休憩(5 分)
自己空間の確保
感情・衝動のクーリング
フィードバックセッション(FS)
欲求不満をグループ外で解消することの防止
・「何をつかんだか?」「何をし残したか?」「次のMS で何をした
(30 分)
健康な観察自我の育成
いか?」を問う、明確化する
欲求不満耐性の育成
・相互作用はとめ、個々人との対話に徹する
・不満を解消せず、括って保留し、課題化する
* Ms とFS を通じて、体験自我と観察自我の分化・統合を促進し、防衛、表現、表出など多様な自己を体験することで、自己内対話を活性化し、人格の創造性
を刺激することを狙う。
* 質問紙の実施は研究のためだけではなく、ペーパーワークを通して自己内省する臨床的意義も持っており、道具的介入と呼ぶ。
施することができれば、大グループではそれぞれの世代のアイ
を高めるからである。それが、アイデンティティグループにおけ
デンティティを違った角度から探求する世代間の対話を展開す
る技法の基本原理である。言い訳せず、考えず、身体表出のま
ることができ、双方に有益な体験をもたらしうる。
まにせず、言葉による表現を促進すること、出したものを括るこ
さて、セッションを構造化するのは、それによって期待される
と、そしてそれらの活動を保証する安全枠を提供すること、それ
機能があるためであり、それを実現するための基本技法・技術
がセッションを構造化する狙いである。表 1 にあるように、前半
が想定されている。それを説明するために、青年期を中心とし
のメインセッションでは、こもらずに考え込まずに、体験を外に
た人格変化の基本仮説に触れたい。その発達課題を踏まえて
出して、やり取りを重ねることが目指される。いったんクーリング
率直な自己表現を捉えようとする時、要となるのは性愛性(愛着
して、後半のフィードバックセッションでは、体験したことを観察
を含む)と攻撃性の基本的衝動・欲求だと考えられる。身体感覚
し、未消化なことを言葉にしていったん保留にすることが目指さ
の十分な発達を踏まえ、それが言語となり、豊かで深みのある
れる。自分の中と外、グループの中と外といった境界を強め、自
対人関係を育むことが、現代社会においては促進されにくい。
分の感情を使っていく過程を重ねていくのである。
加えて、もろもろの傷つきが、自尊感情を低め、萎縮させる。そ
そのような過程を通して自分の欲求・感情が明瞭になれば、
れにより基本的欲求が圧縮され、表現に至る以前に、しばしば
自分像を描きなおすことができる。それは発達課題として重要
突発的な逸脱行動や非言語的身体表現(表出行動)に終始する
な作業である。なぜなら、しばしば青年は他者(多くの場合は
パターンを生み出しやすい。衝動・欲求は、自分のものとして統
親)からの期待を自己だと考え、それにそむく部分を切り捨てよ
合されなければ破壊的なもの、消費的なものに堕しやすい。従
うとして非常に苦しむからである。自分でつかんだ自己像は、
って、アイデンティティ探求の基本は、それら表出の言語による
旧来の自己像からの分化・発展をもたらし、自分の「声」に沿っ
相互的表現への転換にある。相互的とあえて呼ぶ必要があるの
た自己選択を可能にしていくのである。
は、性愛性や攻撃性といった衝動・欲求は、恐れるべきものとし
てではなく、現実の対象に向けられた具体的な表現されるべき
ものとして捉えられ、援助される時には建設的なものとして働き、
対人間の結びつきを深め、自分自身への安全感を高め、覇気
1.2 目的
本研究の目的は以下の 3 つである。
1.2.1 目的1:感情(特に怒り)とアイデンティティ形成との関わり、
究スタッフ 2 名ずつ、さらにコミュニティリーダー1 名、スタッフ
および実践的対処の仮説構成
1 名。合計 16 名。
感情の重要性は指摘したとおりであるが、とりわけ怒りに関わ
る感情をより詳細に検討し、グループにおける変化過程を捉え、
2. 怒りを中心とした感情とアイデンティティとの関わり、および
有効な諸技法を明らかにしたい。
実践的対処の仮説構成
1.2.2 目的 2:心理測定によるプロセス研究-「心的安全空間体
2.1 目的
験質問紙」を用いて
測定用具・測定法はすでに試みられているが、本研究ではそ
れを発展させ、以下のことに取り組みたい。上述の通り、自己探
怒りの感情の内的処理過程を分析し、怒りを表現できるように
なる変化の鍵を同定する。そして、それを促進する技法を整理
することを試みる。(詳細は中村(2008)を参照のこと)
求は物理的・心的な安全空間の感覚に伴って展開していくため、
「自分でいる感覚」をとらえるには非常に有効な指標である。
2.2 方法
「心的安全空間体験質問紙 (Experience of Psychological Safe
2.2.1 対象
Space Questionnaire; EPSSQ)」(小谷他, 2005; Kawamura et al.,
2005) を用いて、プロセス評定の検討を試みたい。
M プログラムにおける男女のリーダーによって運営されたひ
とつの青年期グループの 2 名のメンバーA 子、B 子。両者とも
20 代前半の女性であるが、A 子はグループを通して怒りを表現
1.2.3 目的 3:プログラム指導者の育成
青年期のアイデンティティ形成を援助する専門家を育成する
ことは、われわれにとってもうひとつの重要な課題である。今回、
することができるようになり、B 子は最後まで怒りを表現できなか
った。その比較を通じて内的過程を明らかにできる適切な事例
と判断した。
その手始めとして以下の事柄に取り組みたい。(1)スクールカ
ウンセラーおよび大学カウンセラーが、この青年期アイデンティ
2.2.2 分析の方法と手順
ティグループを実践するための基本枠組みと基本技術のマニ
グループ内での発言・行動はすべて録音、録画され、そこか
ュアルを作成し、基礎研修を実施する。(2)プログラム指導者自
ら逐語録を作成し、それを一次資料とした。A 子、B 子が怒りに
身がアイデンティティグループを体験し、自分のアイデンティテ
ついて語ったエピソードをすべて取り出し 怒りの向く対象(セ
ィを強化することが、その資質を高めることに有効と思われる。
ラピスト/グループ/自分/メンバー/その他)を判別するとと
そのための試行的グループを実施し、成果と課題を整理する。
もに、怒りの内的処理機能の分析を行った。これに関して、とり
わけ否認(怒りをないものにする)、投影(怒りを自分のものでは
1.2.4 グループプログラムの実施
上記目的を遂行するにあたって、マツダ財団の助成を得た合
なく相手のものとして知覚する)の機制に注目した。さらに、感情
表現の展開を見たリーダーの介入を取り出し、それを整理して、
宿形式の集中的グループプログラムを以下の通り 1 回実施した。
介入の持つ働きを考察する。なお、これらのデータ分析は担当
このプログラムを「M プログラム」と呼ぶことにする。次章以降の
リーダー2 名(臨床心理士)によって行われ、信頼性を得るため
データは、必ずしもこれのみから得られたものではないが、そ
一致しなかった部分に関しては協議を行った。
れが関わっている場合には、そのことを記す。なおメンバーは、
またグループ参加以前に、半構造化面接法「Assessment of
事前面接を受け、参加可能な人格の基本的健康性を有してい
Identity Functions for Adolescents; AIFA」(秋山他, 2002; 橋本
ることが確認されているとともに、このグループ体験および質問
他, 2003)が参加メンバー全員に対して行われた。性愛性、攻撃
紙結果が研究資料として用いられることを承諾して参加した。
性、自己像、両親像などについて系統的に問う面接法である。
(1) 時期 2006 年 7 月 22~24 日 (2 泊 3 日)
このデータも、人格査定の資料とした。
(2) 場所 東京都八王子市 大学セミナーハウス
(3) グループ構成 青年期グループ3、大人グループ1
(4) セッション構成 小グループセッション8 (構造化し、道具
2.3 結果
ここでは詳細データをすべて提示する代わりに、グループの
的介入を行った) 、大グループ (全員参加) セッション4
中で怒りを表現するようになった A 子の事例の過程概要を記述
(5) メンバー構成 高校生 1 名、大学生 13 名、社会人 6 名
することで、感情、相互作用、介入、変化の具体像を伝えたい。
(合計 20 名、内男性 4 名、女性 16 名)
(6) スタッフ構成 各グループにリーダー2 名ずつ、観察・研
A 子は、最初の数セッションにおけるさまざまなポイント(その
中には、文脈や身体表現から明らかに怒りを感じていると思わ
れる場面も多く含まれていた)で、リーダーから感情について質
激、身体感覚をもって体験されたことが、その怒りの取り扱いの
問を受けていたが、その都度「怒りはない」と答えるばかりであ
方略を学習させる鍵となっていた。その際、A 子が他メンバーと
った。否認によって怒りを統制していた顕著な例である。グルー
同質の言語を用いて怒りを覚知し始めた点は興味深い。これは
プの中で、他のメンバーの発言や存在を拒絶し、無視し続ける
同一視機制の適応的使用、すなわち同輩関係を利用する力で
A 子は、どちらのリーダーから見ても A 子の怒りが明瞭に感じ
ある。一方、B子は同輩関係に同一視を用いなかった。怒りを表
られ、「それはあんたの怒りだよ」と男性リーダーは、怒りに焦点
現できるようになる人格機能上の鍵は、この同一視機制の発達
化し続けていた。その都度しらけたような顔をしていた A 子で
にあると推測される。同輩関係を成長促進のために使用できる
あったが、中盤のあるセッションで、両親に対する怒りを隠して
かどうかは、小学校の時期である学童期発達を十分に遂げてい
いることを男性リーダーに指摘された時、「尊敬する両親のこと
るかどうかという発達課題の条件が問われる。同輩関係能力と
を悪く言われるのは嫌だ」と反応し始めた。さらに、続くセッショ
は、同調する力、協働する力、共感する力、学び合う力、競争に
ンで他のメンバーから話しを無視された A 子に対し、他の女性
耐える力等々、自我機能の総合力を意味する。攻撃性制御に
メンバーが「私なら怒る」と言うと、それまで否定していた怒りを
関する内的処理機能が否認という原始的な機制にまで容易に
「怒ってると思う」と認め始めた。その後のセッションで、グルー
退行するのは、潜伏期に育つべき自我発達とりわけ同輩関係に
プ全体が停滞し、サボタージュを始めたことに男性リーダーが
おける同一視機制の学習の欠如が関係していると仮定されよう。
怒りを表現すると、「私は先生の言っていることにカチンときてま
す。」と、明瞭にリーダーに向けて怒りを表現した。そのことは A
子にとって新たな体験であり、続いて、親に対してもこのように
表現してみたかった、ということが語られた。
A 子の AIFA 資料は、攻撃性の表現形式が非常に未熟であっ
2.4.3 リーダーの介入技法について
青年が怒りを表現できるようになる介入として、リーダーが青
年の表出する怒りに敏感になり、それを指摘し続けたことがポイ
ントとして挙げられる。なぜそれが重要なのか。怒りが表出され
たものの、具体的対象との怒りのやり取りの経験を明瞭に語れ
るものの、表現には至らないのはそのメンバー固有の内的処理
ることを示していた。これに対して、B 子は、親しい関係におい
パターンである。しかし、グループの対人関係の中では必然的
ては攻撃性が回避されやすく、距離のある不特定対象に感じが
に不満が生じ、攻撃性が活性化される。だが、体験された攻撃
ちだった。また、両親に対しては、A 子が否定的感情を感じる
性を対象と結び付けることにメンバーは恐れを感じ、抑制的な
側面を示す一方で、B 子は否定的感情を語らず、むしろ関係の
パターンを反復してしまう。逆に、攻撃性がそれを受ける対象に
よさや両親へのねぎらいなどを語っていた。
よってフィードバックされ、それが本人に知覚され意識化される
ことによって、表現へと転換される。そのフィードバックのルー
2.4 考察
プを作り出すために、リーダーはメンバーの表出を敏感に受け
2.4.1 怒りの表現の内的処理過程の多様化について
A 子が怒りを表現する過程において、怒りの内的処理機能は
多様性を見せている。当初は怒りをないものにすること(否認)
表2 攻撃性表現促進のための介入5 種
①攻撃性への直面化
しかできなかった A 子が、反発することで怒りを押さえ込もうと
メンバー:話を聞いていると頭が痛くなった。
したり(反動形成)、同性メンバーの言葉をそのまま真似て怒りを
リーダー:彼女のこと嫌いなのね。
収めようとした(同一視)のである。リーダーが常に怒りに焦点化
②攻撃性への明確化
し、リーダー自身が生の怒りを示しながら問い続けた結果、A 子
メンバー:かっこ悪いって言われて悲しくなった。
は怒りに対してさまざまな方略を体験的に掴んでいった。このよ
リーダー:悲しいのか、怒っているのか、もう少し気持ちの説明できる?
うに内的処理機能の幅が増したことが変化の一つである。それ
③攻撃性への共感
まで集団にいても有意義な対象との結びつきを築けなかった A
メンバー:理不尽なことで責められたりして・・・
子が、安心感とともに対象に怒りを表現できるようになるというプ
リーダー:それは腹が立つよね。
ロセスを辿ったと言える。
④攻撃性を受ける役割となる
メンバー:このグループでは話しにくい。
2.4.2 怒りを表現できる人格機能上の鍵について
怒りを表現できるようになる過程で、エネルギーを内的に処
リーダー:それは運営しているリーダーに責任があると思うけど。
⑤攻撃性表現のモデリング
理する機能の幅が拡がったことがみえた。その変化の鍵は、常
リーダー:(もう一人のリーダーに対して)先生、失礼なこと言いますね。
に怒りに焦点化したセラピストの介入であった。怒りの感情を刺
怒りを覚えました。
止め、対人的文脈と結び付けていく必要があるのである。その
については、一部の項目について大人との比較を試みた。また、
介入方略として、5 つのものを同定した。第 1 に、表出された攻
個別分析についてはすべて M プログラム参加者について行っ
撃性を焦点化し、意識化させるための直面化(感情の言葉として
た。①青年期グループ参加者 B 子 (女性、20 代前半)、②大人
提示し直し、向き合わせること)、第 2 に、攻撃性に関わる情動、
グループ参加者 C 氏(男性、50 代前半)、③青年期グループ
感情をより明瞭にするための明確化、第 3 に、攻撃性の表現を
参加者 D 子(女性、20 代前半)である。なお、C 氏は成人期事
保障するための共感、第 4 に、攻撃性を受ける対象となること、
例であるが、道具的介入の意義を示す事例であると同時に、指
最後に、攻撃性表現のモデリングとなるよう攻撃性をリーダー自
導者養成にかかわる課題を多く内包しているため、ここで取り上
身が表現すること、である。以下に、その具体例を提示する。
げた。なお、この 3 事例はそれぞれ西村他(2007)、川村他
A 子のような、攻撃性表現への潜在力を持っている場合には、
リーダーが積極的な直面化を試みたり、攻撃性を受ける役割と
( 2007)、川村・石川(2008)、ジェイムス他(2008)の研究の概要で
あり、詳細についてはそれらを参照されたい。
なることは大変有益であると考えられる。一方、B 子のように攻
撃性の否認が深い場合、短期で表現できるようになることを求
3.2.2 測定用具
めず、グループの対象と攻撃性をすぐに結びつけず、ファンタ
心的安全空間体験質問紙(EPSSQ)。グループの体験を振り返
ジー、夢、身体感覚などに現れる攻撃的感覚の言語化を促すこ
って、自分がどこに「心が自由になって安全だと感じた体験」を
と、あるいは他のメンバーが表現する攻撃性へのコメントを促す
持ったかを問うものである。13 項目(セラピスト(リーダー)が 2
ことが有益であろうと思われる(リーダーとのエディプス的関係
名いる場合にその項目を 2 つにして、合計 14 項目にする場合
の中でなされる怒りの表現の発達的意味については大野他
がある)からなり、体験の有無を問うた後、その体験の強度の順
(2007)を参照されたい)。
位を付けるという手続きで記入する。項目は、心理教育グルー
プ、集団精神療法のセッティングを踏まえて、3 つの階層とその
3. 心理測定によるプロセス研究-「心的安全空間体験質問紙」
外側を想定している。①グループシステム(1.部屋、2.グルー
を用いて
プ、3. グラウンドルール、4. 目標)、②対人システム(5. セラピ
スト(リーダー)、6. メンバー、③内的システム(7. 身体感覚、8.
3.1 目的
青年期アイデンティティグループにおいて心的安全空間の体
心的空間、9. 怒り、10. 愛情、11. 内的対象、12. 未知の世界)、
そしてその外側(13. グループ外空間)である。
験がどのように展開していくのか、「心的安全空間体験質問紙」
表3. 心的安全空間体験質問紙
の分析を通して明らかにする。ここでは、以下の作業を行う。(1)
これまで得られたデータの全体的分析を通して、心的安全空間
の推移について検討する(このデータ分析の一部は石川他
(2007) によって発表された)。(2) 個別事例の分析を通して、心
1.グループでの体験を通して、自分の心が自由になって安全だと感じた体
験があったかどうかを質問します。以下のそれぞれの項目に関して、上記の
体験があった場合には「はい」、なかった場合には「いいえ」に○をつけて
ください。
1. グループの部屋を感じたとき
的安全空間体験の推移の内的メカニズムを個人のプロセスとあ
2. グループを感じたとき
わせて検討する。(3) 構造化されたセッションの中で、この質問
3. グラウンドルール(グループの始めに提示されたルール)を意識したとき
紙を用いることの臨床的意義について検討する。
4. グループ目標を意識したとき
5. セラピスト(リーダー)を意識したとき
3.2 方法
6. あるメンバーを意識したとき
3.2.1 対象
7. 自分の身体や自分の身体感覚を感じたとき
今回分析の対象とするデータは以下のプログラムから得たも
8. 自分の心の中の空間・世界を感じたとき
のである。a. X プログラム(2005 年 7 月実施;対象 21 名、内男
9. 自分の中の怒りを感じたとき
性 10 名、女性 11 名;10 代後半から 50 代後半)、b. M プログラ
10. 自分の中の愛情を感じたとき
ム(2006 年 7 月実施;対象 20 名、内男性 4 名、女性 16 名;10
11. 自分の心の中の誰かを思い出したり考えたりしたとき
代後半から 50 代後半)、c. Y プログラム(2006 年 8 月実施;対象
12. 自分の心の中の未知の世界を探求したり、理解しようという感覚を持っ
41 名、内男性 21 名、女性 20 名;10 代後半から 50 代後半)。な
たとき
おサンプルの中には「青年期」ではない方も含まれているが、
13. グループで起きていることに直接は関係のないことを考えたとき
大半は青年期であり、質問紙の全体的傾向を捉えるサンプル数
を確保するため、全体での分析を試みた。青年期特有の反応
2.「はい」に○を付けた項目に関して、心が自由になって安全だと強く感
じた順番に( )の中に順位を入れてください。
3.2.3 分析方法
的に重要な安全空間として機能するようになっていった過程が
(1) 全体分析 ①M プログラム参加者全体に対して、セッショ
見て取れよう。一方、グループ外の関係のないことというのは、
ン、項目ごとに、安全空間として選ばれた率の推移を算出した。
外に安全を体験できなくなるときに若干高まるが、徐々に収束
②3 つのプログラム参加者全体に対して、初回セッションと最終
していくことがわかる。一方、図2は、怒りと愛情に安全を体験で
セッション(すべて第 8 セッション)について、項目ごとに安全空
きる度合いが高まっていくことが明瞭に見て取れる。一方、内的
間として選ばれた率を算出し、2つのセッションを比較した。
対象はメンバー、グループ、リーダーへの安全感が高まりを見
(2) 個別分析 ① メインセッション途中の一定の時間に「安全
せた第 4 セッションまで急激に上昇し、その後低下していくこと
感の体験がどうなっているか」を問い、さらにフィードバックセッ
が明瞭に現れている。
ション途中の一定の時間に「質問紙をやってみてどう感じたか」
これらのことは、参加者がグループの現実対象との結びつき
を質問した。B 子の発言内容と質問紙のチェックされた項目とそ
を深めていくにしたがって、自分のより深い情緒、上述の表現
の順序を整理し、グループプロセスとの関わりを検討した。②C
で言えば圧縮されて、否認されていた怒りや愛情にも気づき、
氏の発言内容、質問紙のチェック項目につき、上と同様の手順
それを自分のものとして安心して認められるようになっていった
で検討した。 ③D 子 (20 代前半) を全セッションについて録画
ということとして理解できる。興味深いのは内的対象の果たす役
し、彼女の手が触れている身体部位ごとにその頻度と全体数に
割であるが、次のように考えることができる。初期セッションにお
対する比率を求めた。質問紙のチェック項目を整理し、自己接
いてはグループのさまざまな人を内的対象と無意識的に照合
触の身体部位との関連を検討した。
するため、過去に体験された怒りや愛情の情緒が活性化される。
それがグループの中で直接やり取りされることで、その人やグ
3.3 結果と考察
ループとの結びつきを深め、過去に押さえ込まれるに至った怒
3.3.1 全体分析
りや愛情に対する安全感を高めることができるのであろう。これ
(1) M プログラム参加者の、セッションごとの心的安全空間体
らは、前章で明らかにした、怒りの表現プロセスの展開を実証
験項目のうち、とりわけ変化に意味があったと思われたものを抜
するものであると考えられる。
粋し、その推移を図 1, 2 に示した。図 1 は、メンバー、セラピス
ト(リーダー)、グループが、一時的に危機を迎えながらも、最終
100%
(2) 3 つのプログラムにおいて変化が顕著であったグループ、
100%
2 グループ
5 セラピスト
6 メンバー
13 外
90%
80%
70%
80%
70%
60%
60%
50%
50%
40%
40%
30%
30%
20%
20%
10%
10%
0%
#1
#2
#3
#4
#5
#6
#7
9 怒り
10 愛情
11 内的対象
90%
0%
#1
#8
図 1. 心的安全空間体験の推移 1 ( M プログラム)
#2
#3
#4
#5
#6
#7
#8
図 2. 心的安全空間体験の推移 2 (M プログラム )
100
100
100
100
80
80
80
80
60
60
60
60
40
40
40
40
20
20
20
20
0
0
0
0
M プログラム
X プログラム Y プログラム
M プログラム
X プログラム Y プログラム
M プログラム
X プログラム Y プログラム
M プログラム
X プログラム Y プログラム
図 4. チェック率の推移 ( 怒り )
図 5. チェック率の推移(愛情)
図 6. チェック率の推移(内的対象)
図 3. チェック率の推移 ( グループ )
#1
#8
怒り、愛情、内的対象の 4 項目について、その変化を示した(図
と言える。また、身体感覚は、言葉になる以前の言語化の基盤
3~6) 。全項目の推移は M プログラムに限らず、他のプログラ
自分に触れ始める段階と関わりがあると考えられ、自己境界の
ムと比べても概ね一致していた。とりわけこの 4 項目に関しては
機能を持っていると考えられた。一方、B 子が顕著に表している
顕著で、内的対象に頼る傾向が低下し、グループへの安全感
ように、目標、あるいはグラウンドルールは、自己体験に触れて
が高まることで愛情が発掘されるプロセスを想定することができ
いく安全枠として機能し、自己境界の開閉の機能を持つと考え
る。一方、X プログラムにおいては怒りおよび図示していない
られた。グループ、メンバー、リーダーは情緒の相互調節と関
がリーダーと、メンバーの項目に関して変化が見られなかった。
わり、怒り、愛情は情緒の自己調節と関連していると考えられた。
ある種の停滞を示したものだろうが、このことは逆に、このプロ
グラム全体において怒りがリーダーやメンバーとの間で十分に
(2) C 氏について
表現できなかったことで、人に対する安全感を高められなかっ
第 1 セッションでは、リーダーに不信感を表し、未知の空間、
たことを示唆するものとして興味深い。
メンバーの項目を選んだ。第 2 セッションでは、身体、部屋の項
目が選んだ。第 3 セッションでは、会社時代の活躍を語る一方
3.3.2 個別分析
で上司に対する怒りを延々と語り、怒りの項目を選んだ(第 3 位)。
(1) B 子について
フィードバックセッションで、「怒りを語れたことはよかった」、「グ
B 子は第1セッションで、身体、未知の世界、リーダー、内的対
ループより自分の内面に安全感を感じた」と語った。第 4 セッシ
象、メンバーを安全空間として選んだ。第 2 セッションではグル
ョンでは、子どもや部下に向き合わなかったという話しをしたが、
ープで怒りのやり取りがなされ、安全空間を一時喪失した。しか
内的対象とグループの項目を選び、「子どもの話をしたときに、
し、第 3 セッションで「一人でいると考えすぎるので輪の中の一
顔を思い出してほっとした」のだと語った。続くセッションで、再
部になれるということが安心だ」と語り、グループの項目を最上
び向き合わないことがテーマとなり、息子の飲酒を叱らなかった
位に選んだが、フィードバックセッションでは「自分のかなに動
ことや、大手企業を退職したことを父親に隠しているという重い
揺が起きてしまっている」と語った。翌日の第 4 セッションでは
話をし、質問紙では、この話しに寄り添ったリーダーのみを選ん
「親がぼけていく」という夢を報告し、自分の自立の課題と直面
だ。第 6 セッションではどの項目も選ばず、後の大グループセ
することになった。大きな展開期は続く 2 セッションであった。B
ッションで、大グループリーダーに激しい怒りをぶつけた。第 7
子がグループに持ち込んだ親からの自立のテーマは他のメン
セッションで、そのやりとりについて「驚くほど感情的になる自分
バーも揺さぶり、第 5 セッションでは同年代の女性メンバーC
がいたことに気づいた」と言い、「怒りを出してしまった自分が好
子が B 子にねたみ混じりの怒りをぶつけ、B 子は彼女や親に
きじゃない」とも語った。部屋とグループの項目のみを選び、
対する怒りを言語化し、それによって「思っていることを話したこ
「安全や自由を感じられなかったので、脅かされない状況なら
とに何か返ってきてぶつかった感じがあってよかった」と語り、メ
イエスだと判断した」と説明した。最終日の第 9 セッション冒頭、
ンバーの項目を最上位に選んだ。続く第 6 セッションでは、愛
落ち着いた気持ちで現れ、「朝起きて寂しさや悲しさを感じた、
情の項目を選び(第 4 位)、「心を自由にして安心できるというの
怒りが別の感情に変わった」としんみり語った。また、他のメン
が始めてわかった」と語った。第 7 セッションでは、愛情を最上
バーとのやり取りを通じて、「権威的な人に対する怒りがある」と
位に選び、最終第 8 セッションでは「思っていることを言って、
いう気づきを得た。愛情、未知の世界、リーダー、メンバー、部
それで返ってくる、率直な意見を言いあえる感じに安心」だと全
屋、グループという、C 氏最多の 6 項目が選ばれた。フィードバ
セッションを振り返りつつ、目標の項目を最上位に選び、「グル
ックセッションでは、「酒を飲んでいるのが一番安全感を感じら
ープの目標が心を自由にするのは難しい」と括った。リーダー
れるのだが、未知の見えないところに入っていっても大丈夫だ
は第 2 セッション以外常に選ばれ、目標も 5 回(第 3 セッション
という安心感、安全感を支えられた感じをしたか、という質問だ
と後半 4 セッション)選ばれた。
ったのかなと今ようやく気づきました」と語った。
B 子の示したプロセスは、全体分析のデータと大まかに一致
C 氏のプロセスは、父親に起因すると思われる非常に激しい
している。すなわち、内的に押し込まれていた怒りや愛情が、グ
怒りがありながら、それを強く抑制していたこと、それ故にリーダ
ループ内の人物との刺激の中で表現されることで自分のものと
ーや自己の内的世界全般への安心感が持てなかったことを顕
して生かせるようになったというプロセスを辿った。心の安全感
著に示している。 と同時に、その激しい怒りを受け止める器や
というのは、初めて耳にする参加者にはわかりにくいことだが、
対象の存在によって(2.4 参照)、感情を自分のものとすることが
B 子は途中で体験的にはっきりとそれをつかみ、質問紙を導入
できるという例でもある。また、グループの状況が内的対象への
することが自己探求を促進することに貢献することが確認された
さまざまな情緒を喚起し、それがプログラム中盤で言語化され、
後の爆発的な感情表現につながっていくということを見事に示
19 日、於:山梨英和大学)において「アイデンティティグループ
している。彼が最後に語った「未知のところに入っても大丈夫だ
の基本枠組みと実習」を行った。全 5 時間で、参加者は大学カ
という安全感」は、まさに苦痛を乗り越え成長に至る冒険を生む
ウンセラー24 名であった。
高次の安全感の体験である。道具的介入が C 氏の洞察ないし
体験感覚の言語化に大きな影響を与えていた。ここには指導者
養成における心的成長の重要ポイントがあると考えられ、次章
で触れたいと思う。
表4. アイデンティティ・グループの技法 (マニュアル抜粋)
a.基本的態度と求められる人物像
生身の人、率直に感情表現できる人
性、攻撃性、怒り、愛情に開かれた男・女
(3) D 子について
D 子の身体感覚の項目へのチェックは、全セッションを通じて
3 位以内にあった。接触する身体部位は比較的固定的で、量的
変化も乏しかった。リーダー、メンバーの両項目がチェックされ、
愛情の項目(第 7 セッション)、怒りの項目(第 8 セッション)がチ
ェックされた終盤の各セッションにおいて、とりわけ深い情緒に
ついてのやり取りを行っている最中に、接触する身体部位が多
様化したことが見出された。D 子が自己の身体を用いて安全感
を得ようとする、ある程度固定化された傾向を持っていたと考え
られ、この多様化はそのパターンが揺らぎ、流動性が生じてき
たことを示している。B 子のデータと比較するならば、B 子が表
現、言語化に至るルートを外的対象や夢などを用いて広げたの
に対し、D 子は言語の土台となる情緒反応の身体反応を広げた
と解釈できよう(なお、心理的反復パターンとしての身体表出が
言語表現によって変化・消失するプロセスについては伊藤他
(2007)を参照されたい)。
情はあっても現実ははずさないひと、青年の「壁」になれる人
アイデンティティを探求し続けている人・職業人、自分を語れる人
成熟した大人イメージを提供できる、価値観の安定した人
ユーモアのある人
b.技法原理
1.病理の探求よりも可能性の探求。
2.心の境界をしっかり開く、しっかり閉じることを教える(とりわけ怒り)
3.心理学的な探求のための、心理的心性を耕す解釈。
メンバーのさまざまな自分をバラバラなまま並べ、結論よりも終わりない
考究を求める
4.閉じるときはあっさりシンプルに括る(悔しさも大切)
c.個人介入の技法
可能性の探求:「あいまいにしているものをはっきりさせよう」、「しまってい
て使えるものがあればはっきりさせよう」、「使っていて名前を当ててな
いものがあればラベルを貼ろう」
感情表現の促進:「その揺すってる足に話させてみようか。」、「質問するよ
り、自分が思ったことを言ってみよう。」、「それって、彼に文句があるっ
4. プログラム指導者の育成
ていうことだね!」、「彼女がというより、君が怒ってるんじゃない?」
Stranger Anxiety を扱う:「この人苦手なの?」、「ちょっと感じ悪いです
4.1 マニュアル構成と研修の実施
4.1.1 マニュアル構成
これまで述べてきた理論、技法などをできる限りコンパクトにま
とめ、A4 紙 5 枚のマニュアルを作成した。カウンセリングの基
礎経験がある人を念頭に置いた記述にしている。内容は、1.定
義、2.理論、3.グループ構成、4.グループの技法の4章構成で
ある。本報告においては、定義と理論について既に述べた。グ
ループ構成は、セラピーグループ、カウンセリンググループを
始める際のメンバー選定やグループの枠組みに関する一般的
知識を記述した。カウンセラーであっても、グループをどのよう
に構成するのかという具体的情報は日本ではさほど普及してい
ないことへの配慮である。グループの技法については、とりわ
けアイデンティティグループに特徴的な技法を整理した。表4
に主要部分を抜粋する。
か?」→とりわけリーダーに向けて
感情の反射(解釈):(自分の力を頼りに生きてきた、と独りよがりに言うメン
バーに)「では、グループの他の人は関係ないということだね。」、(女性
グループで、他のメンバーの活躍に「すごぉい!私なんか…」というメ
ンバーに)「彼女と競争してるんだね!負けると悔しいね!」←今・ここ
のグループ体験での感情を表に上げる
自己フィードバック:「で、言ってみてどんな感じがしてる?」、「このセッシ
ョンでつかんだことは何だろう?」、「欲しいものは得てる?」
現実の提示:「残念だけど、それはこのグループでは解決できないと思う
よ。このグループで、考えられることがあると思うけど。」
d.グループ介入の技法 (略)
e.自己開示:アイデンティティ追求のために自己素材を提供すること
セラピスト感情の率直な表明:逆転移的反応とは異なる純粋性
必要と思われる、かつ文脈上適切と思われる内容に限って行う
節度のある表現で語る/未解決の問題、傷つきは語らない
4.1.2 研修実践
日本学生相談学会第 24 回大会ワークショップ(2007 年 5 月
f.グループ発達 (略)
(1) 実施内容
a.講師自己紹介、参加者自己紹介、グラウンドルールの共有
(30 分)
(3) フィードバック結果
ワークショップ全体(理論・手法・ディスカッション・ロールプレ
イ)とアイデンティティグループ(理論・グループ構成・技法)に
b.理論の講義と質疑(60 分)
関する有益度を 4 件法で回答を求めた(表 5)。結果、すべての
c.デモンストレーションとディスカッション(60 分)
項目に関して、全員が役に立ったと答えており、この研修が有
参加者 7 名にボランティアとして、自分がグループに導入し
益であったといえる。中でも、手法や技法が役に立つという回
たいと考える学生の役割を演じてもらい、筆者がリーダー役
答が若干高く、その意味で実践的な研修であったといえる。
をとって、アイデンティティグループの特徴的やり取りを実演
記述式のフィードバックを概観すると、本報告でここまで取り上
した。それを観察していた参加者、およびグループメンバー
げなかったあるポイントが大きなインパクトを与えていた。それ
役を演じた参加者、それぞれに感想を述べ、理解を深めた。
は、「モザイクを作る」という技法 (小谷他, 1994) である。「モザ
d. ロールプレイと検討(45 分×2;90 分)
イクを作る」とは、他者がどのように感じていたとしても、自分の
まず、リーダー役 2 名、メンバー役 7 名を募り、メンバー役は
感情はそのままでよいことをリーダーが積極的に保障していくこ
先と同じように自分がイメージする学生役割を演じ、グループ
とであり、自己の境界を強化することであると言える。このように、
場面のロールプレイを行った。途中、停滞したり、混乱が生じ
「個人がそのままの個人でいてよい」と保障するグループ作りの
たりした時には、筆者が輪の外からリーダーの補助自我とし
考えとその実践は、「グループは個人に圧迫する脅威となる」と
てリーダー役を取って介入した。その後、全体でロールプレ
いう一般的見解を覆すものであり、おそらくとりわけ日本人の心
イを振り返り、グループのプロセスや技法について検討した。
理教育的・治療的グループを運営するにあたって、非常に重要
それと同じ形式を、別の参加者によって実施し、検討した。
な基盤となるのであろう。そして、青年期のアイデンティティを
e. 振り返りと質疑(15 分)
構築していくためのグループにとって、大変助けとなる基本的
f. フィードバックシート記入(15 分)
姿勢であることは間違いない。
この研修の役に立ったこと、難しかったこと、改善が必要なこ
一方、この研修によってすぐさまアイデンティティグループの
となどの感想を記入してもらった。その際、匿名性を保障する
実践家になれるというわけではない。多くの関心を集めたもの
ことを前提に、本報告に用いることの承諾を得た。
の、継続的な、または現場における指導が必要であることが改
めて認められた。この研修システムの構築については今後の
(2) 実施に関する筆者自身の振り返り
課題である。
アイデンティティグループというグループ手法に対する期待
は大きいものがあった。現場のカウンセラーは、現代学生たち
のアイデンティティ拡散の状況や対人関係の問題を深刻に捉え
表5. 研修ワークショップへの参加者フィードバック
このワークショップは役に立ちましたか
大変役
立った
やや役 あまり役立 全く役立た
立った たなかった なかった
回答
なし
13
11
0
0
0
グループ実践手 16
法について
8
0
0
0
参加者間のディ
スカッション
13
10
0
0
1
攻撃性との付き合いは高揚感をもたらしたようであったが、そこ
ロールプレイに
ついて
14
10
0
0
0
に入っていくことに不安を覚える参加者が多かったように思わ
アイデンティティグループについて
ているようであった。切れのよさということを重視する技法原理
は、普段丁寧で優しいカウンセラーにとっては非常に新鮮に映
ったように感じられた。一方、最も苦心したのは、積極的に攻撃
性、怒りと向き合うこと、ひるまずやり取りすることの面白さを伝
えることであった。現在の自分のあり方からもう一歩踏み出そう
とする参加者や学生たちの怒りを理解しようとする参加者には、
理論について
れる。ひとつにはグループでのカウンセリングや心理教育の経
験がなく、自分を人前に出してリードすること自体になじみがな
大変役
立った
やや役 あまり役立 全く役立た
立った たなかった なかった
回答
なし
かったという参加者もまま見受けられた。カウンセラー特有の問
理論
14
10
0
0
0
題があるのかもしれないが、このような研修を行っていくに際し
グループ構成
13
11
0
0
0
て重要だと思われたのは、まさに場の安全感を維持していくこと、
技法
15
9
0
0
0
そのために研修に適正な構造や人数構成を確保すること、参
加者が声を出せる機会を増やすことなどの工夫が求められると
考えられた。
4.2 青年指導者のためのアイデンティティグループの実施
深まりをもたらす。そのような情緒の深まりを持った大人は、青
4.2.1 グループ概要
年を導いていくにふさわしい魅力ある人物は、立派である必要
M プログラムにおいて、青年指導者を対象としたアイデンティ
はなく、自分の未知の心の世界に、自由に飛び込める柔らかな
ティグループを実施した。参加者は、30 代前半から 50 代後半
冒険心を持っている人だと言えよう。アイデンティティグループ
の 6 名(内男性 2 名、女性 4 名)であった。指導者としての役割
が並行して行われるときのこうした大集団は、青年との対話を直
は、青少年のための NPO を立ち上げようとしている、既にボラ
接体験できる空間を提供し、自らを整え、お互いが対等に鍛え
ンティアとして活動している、親としてなどさまざまであった。リ
あう絶好の機会となる。
ーダーは男性 2 名が担当した。本グループは試行的な意味合
いが強いが、それでも非常に重要な問題の浮かび上がった有
5.結論
意義なグループであったと言える。
このグループの顕著な特徴は、すでに C 氏の事例で若干紹
これまで述べてきた、3 つの目的に関する結論をまとめる。
介したが、C 氏のみならず全体がリーダーや作業に対して大変
・現代青年の成長阻害となるひとつの特徴は、怒りや愛情の衝
抵抗的であったという点である。これは、メンバーが自発的参加
動・欲求を抑制しがちなところである。青年期アイデンティティグ
であったことを考えると驚くべきことである。情緒体験を回避し
ループでは、それまで抑制、否認されていた怒りが人との間で
やすく、知的な説明にとどまりがちなメンバー、若者を持ち上げ
浮上し、直接のやり取りを通して内的処理過程を多様化させる。
がちなメンバー、青年に頼るメンバー、それらの特徴は、大グ
感情世界の深まりによって、自分という存在を明確にできる。そ
ループにおける世代間の対話にも顕著に現れ、そのことがしば
のために、リーダーは言語やさまざまな表出をキャッチし、直面
しば議論の焦点となった。つまり、向き合えないのである。C 氏
化、解釈、共感、攻撃性の対象となること、攻撃性表現のモデル
がそうであったように、そこには青年を指導し養育する立場にあ
となることを繰り返し行う必要がある。
る大人世代のコンプレックス、すなわち大人世代が抱えるさらに
・グループのどこに「心が安全で自由に感じる」体験があるかを
上の世代に対する激しい反発心と未消化な怒りがあった。この
問う質問紙の結果から、グループ、メンバー、リーダー、怒り、
グループの別の男性メンバーも大グループでリーダーと激しく
愛情への安全感がプロセスによって上昇することが見出された。
衝突し、その後、「父親とぶつからないで生きてきた。ぶつかっ
一方、内的対象への安全感は、途中まで高まり、その後低下し
てみたかった」と万感の思いを込めて語った。そのことは、青年
ていくため、内的幻想から外的対象との現実的結びつきへの転
たちに非常に強い印象をもたらした。そのように、激しい怒りの
換がグループ中盤までに生じると考えられた。この質問紙を用
あとで素直に自分の思いを語れた彼は、非常にさわやかな、ま
いるという道具的介入が、得られた安全感を確かなものにする
ろやかな笑顔を見せたのだった。
言語化に貢献していることが示された。また、目標や身体感覚
への安全感の持つ意義が示唆された。
4.2.2 考察
・青年期アイデンティティグループの研修ワークショップから、こ
青年たちのアイデンティティを形成し、展開していくために、大
の理論や技法が現在の大学カウンセラーにとって非常に意義
人世代が自分のアイデンティティを確かなものにしていく必要
のあるものであること、臨床活動を豊かにしていくものであること
が、この事例から明らかになるだろう。青年の自我を鍛え成長
が示された。参加者の反応から、自分の境界を守ったままグル
に導くべき大人が青年と向き合えないとき、そこには親として、
ープにいることができるというモザイク形成の意義が再確認され
大人としての自分の自信のなさがある。その背景には、自分の
た。一方、大人対象のアイデンティティグループの実践から、大
親との間の心理的隔たりや傷つきが未解決のまま残され、大人
人世代がもつ成長上の課題が見出された。心的世界への冒険
への反発心から、大人として親としての役割を無意識に回避し
を楽しめる積極性や率直さが青年援助の専門家にとって非常
てしまうのである。そのような未消化な情緒の中でも怒りは深い
に重要であると言える。
関係を避けさせる大きな動因となる。いわば、大人自身が青年
期で留まっているのである。そこに、大人アイデンティティグル
ープの意義がある。繰り返しになるが、安全な空間において現
実の対象との間で生の怒りをやり取りすることで、人に近づき、
自分の感情を恐れなくするができる。怒りがすべてなのではな
い。だが心的安全空間体験質問紙の結果が示すように、怒りと
愛情はしばしば裏表であり、怒りの表現は絆を作り出し、愛情の
発表論文
橋本和典 2005 アイデンティティ教育 小谷英文(編著) 現代のエスプリ別冊 『心
橋本和典・ジェイムス朋子・西村 馨・西川昌弘・中村有希 アイデンティティ・グル
Kawamura, Y., Ishikawa, Y., Sayanagi, N., Nakamura, Y., Takeno, K., Hige, K.,
Kurita, N., & Kotani, H. 2005 Reconstruction Process of the Experience of
Psychological Safe Space Questionnaire (EPSSQ). International Journal of
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の安全空間』, 149-160, 至文堂
ープ 小谷英文(編) 心的安全空間の生成-グローバル社会を支えるニュー
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小谷英文・小沢良子・安部能成 1994 慢性分裂病者に対する期間制限集団精神
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療法:技法構成と効果の検討 集団精神療法, 10(1), 39-47
石川与志也・河崎一郎・髭香代子・森岡あすか・高田毅・川村良枝・佐柳信男 2007
Kotani, H. 1999 A New Combined Group Treatment for Adolescents Considered to
心的安全空間体験質問紙の妥当性研究に向けた検討-短期集中アイデンティ
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小谷英文・中村有希・秋山朋子・橋本和典 2001 青年期アイデンティティグループ
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『平和・安全・共生』シリーズ第6 巻) 第7 章 風行社 (近刊)
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中村有希 2008 現代青年における攻撃性の心理力動と表現の人格発達的意味
国際基督教大学大学院教育学研究科提出博士学位論文
西村 馨・髭香代子・伊藤裕子 2007 青年期グループにおける心的安全空間の体
験様式と展開機序の一仮説-構造的・道具的介入を行った事例の分析から-
日本集団精神療法学会第24 回大会発表論文集,53
西村 馨・髭香代子・伊藤裕子 2007 青年期グループにおける心的安全空間の体
験様式と展開機序の一仮説-構造的・道具的介入を行った事例の分析から-
集団精神療法, 23(2), 153-157
大野尚子・西村 馨・橋本和典・中村有希 2007 青年期女性の発達を展開する三
者関係体験の一考察-青年期アイデンティティ・グループの過程 分析から
日本心理臨床学会第26 回大会論文集, 268
参考文献
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研究(2) - 効果性の検討(2) 日本心理学会第66 回大会発表論文集,232
橋本和典・秋山朋子・中村有希・小谷英文 2003 青年期アイデンティティ・グルー
プ」に関する研究(3) - 健康な人格構造の査定調査法の開発 日本心理学会
第67 回大会発表論文集,306
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