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不安定なネットワークに対応して,動画の再生品質を向上させる

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不安定なネットワークに対応して,動画の再生品質を向上させる
東海大学大学院平成 22 年度博士論文
アドホックネットワークにおける
高品質・高効率情報配信方式に関する研究
指導
石井
啓之
教授
東海大学大学院総合理工学研究科
総合理工学専攻
宇津
圭祐
論文要旨
アドホックネットワークは,基地局や管理ノード等のインフラストラクチャ
に依存しない自律分散型の無線ネットワークの構成法である.この特徴を生か
し,例えば災害時やイベント時などに,インターネット等のインフラストラク
チャが利用不可能となった状況において一時的にネットワークを構成する手段
として期待されている.しかし,無線を通信媒体とすること,ノードが移動を
伴うことから,一定の通信品質を維持することは困難である.また,一般的に
ノードは有限の電池駆動であるため低消費電力化が必要である.
本論文では,アドホックネットワークについて,災害の発生によりインフラ
ストラクチャが利用不可能になった段階から,ネットワークの構築までの段階
を想定する.この状態においては,ユーザがネットワーク全体に対し,動画お
よび音声のストリーミング配信により SOS の発信や,被災状況あるいは避難指
示の放送を行う必要性が高い.しかしながら,災害等が発生した直後の段階に
おいては,通常のルーティングプロトコルを用いて,ユニキャストおよびマル
チキャスト通信を行うことは極めて困難である.なぜならば,ネットワーク内
のノードに適切な IP アドレスが割り当てられているとは限らないからである.
また,ネットワーク内のノードが他ノードの IP アドレスや所有している情報が
何であるかを把握していない可能性が高い.従って IP アドレスを明示的に必要
としないフラッディングベースの放送型配信しか実現方法はない.続いて時間
の経過と共に,ネットワークが徐々に構築される段階へと移行する.この段階
からはネットワーク内のノードに適切な IP アドレスが割り当てられ,ルーティ
ングプロトコルを用いて任意のノードに対しユニキャストおよびマルチキャス
ト通信を行うことが可能になる.この段階では,緊急的な放送とは異なり,よ
り高い通信品質や信頼性が必要となる.
本論文では,上記の想定環境に適用可能な動画および音声のストリーミング
方式について,ルーティング・転送分野に焦点を当て,
「高品質」かつ「高効率」
に配信する検討を行う.ここで,
「高品質」とは通信品質の务化を抑制,つまり
通信品質が維持されることである.また,
「高効率」とは,冗長なパケットの送
受信を抑制し,ノードやネットワークの負荷を軽減することと,これにより低
消費電力化されることである.本論文の検討内容は大きく,1 対ネットワーク全
体の放送型ストリーミング配信方式として(i)負荷感応フラッディング方式,そ
1
してユニキャスト・マルチキャスト型ストリーミング転送方式として(ii)品質保
持型マルチパス動画ストリーミングに分かれる.以下に概要を述べる.
(i)に関して述べる.災害発生の直後の段階から放送型ストリーミング配信が
必要となる.ここで従来の Simple Flooding を用いた場合,冗長な再ブロードキ
ャストの多発によりトラフィックが増大し,データフレームの衝突やバッファ
オーバフローが発生しやすくなる.これにより,通信品質の务化が顕著となる
ことと,効率が低下することが問題となる.これらの問題に対し,ノードの負
荷状況により再ブロードキャストの実行可否の判定基準を動的に切り替えるこ
とにより,負荷状態ノードの再ブロードキャストを積極的に抑制する,負荷感
応フラッディング方式を 2 種類提案している.それぞれ,負荷感応動的確率判
定フラッディング(LDPF: Load-aware Dynamic Probability-based Flooding)と,負
荷 感 応 動 的 カ ウ ン タ 判 定 フ ラ ッ デ ィ ン グ ( LDCF: Load-aware Dynamic
Counter-based Flooding)である.そして,机上計算とネットワークシミュレーシ
ョンにより,既存方式との比較を行っている.評価結果より,まず提案方式は
既存方式と比較し,パケットの到達性の向上により通信品質が改善できること,
冗長な送受信の削減により効率が向上すること,パケットの配信遅延時間の短
縮が実現できることを示している.次に,トラフィックの削減による消費電力
の削減が実現できることを示している.また,ノードにおける処理負荷に関し
て定性評価を行い,各方式の優务について考察を得ている.さらに,既存研究
において十分に行われていなかった,動画および音声の配信を行った場合の QoS
(Quality of Service)評価を行い,実際のアプリケーションに十分適用可能であ
ることを明らかにしている.
続いて(ii)に関して述べる.ユニキャスト・マルチキャストにおいて動画の通
信品質の向上のため,品質保持型マルチパス動画ストリーミングを検討してい
る.この問題について以前より,複数記述符号化(MDC: Multiple Description
Coding)と Multipoint-to-Point(MP2P)転送の組み合わせによる方式が提案され,
ネットワークシミュレーションにより有効性が示されていた.しかし,実機ネ
ットワークにおいては評価を行っていなかった.このため,ルーティングプロ
トコルを実装した実機によりテストベッドを構築し,動画ストリーミングを模
擬した転送実験を行い,パケットレベルでの通信品質の評価を行い,有効性を
明らかにしている.そしてその結果,従来からのユニキャスト配信と比較し,
パケット到達性の向上による通信品質が改善できることを示している.
2
発表業績
査読付き論文
[1]
宇津圭祐,石井啓之,
“アドホックネットワークにおけるストリーミング配
信向き負荷感応フラッディング”, 電気学会論文誌 C 分冊 130 巻 8 号,
pp.1368-1378,2010 年 9 月
[2]
宇津圭祐,石井啓之,
“ユーザ指向の最適インターネットサーバ選択法とダ
ウンロード時間予測に関する検討”,電気学会論文誌 C 分冊 129 巻 10 号,
pp.1914-1922,2009 年 10 月
[3]
宇津圭祐,チャウチーオン,石井啓之,
“アドホックネットワークにおける
MDC を用いた MP2P 動画転送による動画品質向上に関する検討”,電気学
会論文誌 C 分冊 128 巻 9 号,pp.1431-1437,
[4]
2008 年 9 月
西川博昭,冨安洋史,青木一浩,水野修,末田欢子,チャウチーオン,宇
津圭祐,石井啓之,
“アドホックユビキタス通信環境向きデータ駆動ネット
ワーキングシステム”,電子情報通信学会論文誌 B,Vol.J92-B,No.7,
pp.1003-1014,2009 年 7 月
紀要
[5]
宇津圭祐, チャウチーオン,福士直秀,石井啓之,
“アドホックネットワー
クにおける負荷感応フラッディングの放送型動画ストリーミングへの適
用”,東海大学紀要情報通信学部 Vol.2,No.2,pp.13-18,2010 年 3 月
[6]
宇津圭祐, 石井啓之,
“パイロットファイルを用いたユーザ指向インターネ
ットサーバ選択法の実験的評価”,東海大学紀要情報通信学部 Vol.2,No.2,
pp. 7-12,2010 年 3 月
[7]
宇津圭祐,石井啓之,
“アドホックネットワークにおける負荷状況を考慮し
たフラッディング方式の提案”,東海大学紀要情報通信学部 Vol.2,No.1,
pp.13-18,2009 年 9 月
[8]
宇津圭祐,石井啓之,
“ユーザによるインターネット上の最速サーバ選択法
の検討”,東海大学紀要情報通信学部 Vol.1,No.1,2008,pp.45-50,2008
年9月
3
特許
[9]
宇津圭祐,石井啓之,
“無線通信装置、無線ネットワークシステム及び通信
処理方法”,特願 2009-151759
その他学術雑誌
[10] Keisuke Utsu, Cheeonn Chow, and Hiroshi Ishii, "A study on video performance
of multipoint-to-point video streaming with multiple description coding over ad
hoc networks," Electrical Engineering in Japan, Vol. 170, No. 4, 2010, pp.43-50,
Dec. 2009
国際会議
[11] Keisuke Utsu and Hiroshi Ishii, “Broadcast Video Streaming over Ad Hoc
Networks using Load-aware Flooding”, Joint International Conference on
Information & Communication Technology Electronic and Electrical Engineering
(JICTEE 2010), Lao PDR, Dec. 2010
[12] Keisuke Utsu, Masahiro Nakaiwa, and Hiroshi Ishii, "Experimental Study on
User-Oriented Selection of Optimal Internet Server Using Pilot File," the 2010
International Conference on Internet Computing (ICOMP'10), Las Vegas, USA,
Jul. 2010
[13] Keisuke Utsu, Hiroaki Nishikawa, and Hiroshi Ishii, “Load-aware Flooding over
Ad Hoc Networks achieving a Reduction in Traffic and Power Consumption,” the
2009 International Conference on Parallel and Distributed Processing Techniques
and Applications (PDPTA'10), Las Vegas, USA, Jul. 2010
[14] Keisuke Utsu, Naohide Fukushi, and Hiroshi Ishii, “A Query-based Information
Discovery method using Location Coordinates and its Contribution to Reducing
Power Consumption in an Ad Hoc Network,” the 2009 International Conference
on Parallel and Distributed Processing Techniques and Applications (PDPTA'10),
Las Vegas, USA, Jul. 2010
[15] Keisuke Utsu and Hiroshi Ishii, “Load-aware Flooding over Ad Hoc Networks
enabling High Message Reachability and Traffic Reduction,” The 5th
International Conference on Mobile Computing and Ubiquitous Networking
(ICMU 2010), pp.164-165, Seattle, USA, Apr. 2009
[16] Keisuke Utsu, Hiroshi Sano, Chee Onn Chow, and Hiroshi Ishii, “Proposal of
4
Load-aware Dynamic Flooding over Ad hoc Networks,” IEEE TENCON 2009,
THU2.P.14, Singapore , Nov. 2009
[17] Keisuke Utsu, Chee Onn Chow, Hiroaki Nishikawa, and Hiroshi Ishii,
“Load-aware Effective Flooding over Ad Hoc Networks, “ the 2009 International
Conference on Parallel and Distributed Processing Techniques and Applications
(PDPTA'09), Las Vegas, USA, Jul. 2009
[18] Keisuke Utsu, Chee Onn Chow, Hiroaki Nishikawa, and Hiroshi Ishii,
“Performance Study on Multipoint-to-Point Video Streaming over Mobile Ad Hoc
Networks, ”the 2008 International Conference on Parallel and Distributed
Processing Techniques and Applications (PDPTA'08), Las Vegas, USA, Jul. 2008
[19] Keisuke Utsu, CheeOnn Chow, and Hiroshi Ishii, ”Performance Evaluation of
Multipoint-to-Point Packet Streaming over the Wireless Ad Hoc Network
Testbed,” Proceedings of the 2008 International Workshop On Ultra Low Power
Data-Driven Networking System (2008 ULPDDNS), Kyoto, Japan, Jan. 2008
[20] Keisuke UTSU, Yoshimasa SAJIMA, CheeOnn CHOW, Kazumasa TAKAMI, and
Hiroshi ISHII, “A Study on QoS of Multipoint-to-Point Packet Streaming over the
Wireless Ad Hoc Network Testbed,” the 2007 International Conference on Parallel
and Distributed Processing Techniques and Applications (PDPTA'07), Las Vegas,
USA, Jun. 2007
[21] Hiroaki
Nishikawa,
Hiroshi
Ishii,
Keisuke Utsu,
and
Makoto
Iwata,
“Ultra-low-Power Data-Driven Networking System,” IEEE TENCON 2009,
THU.4.P.24, Singapore, Nov. 2009
[22] Naohide Fukushi, Keisuke Utsu, and Hiroshi Ishii, “Information Discovery
Mechanism using GPS over MANET,” the 2009, International Conference on
Parallel and Distributed Processing Techniques and Applications (PDPTA'09), Las
Vegas, USA, Jul. 2009
[23] Naohide Fukushi, Keisuke Utsu, and Hiroshi Ishii, “GPS aided Effective
Information Discovery over Mobile Ad Hoc Network,” the 2008 International
Conference on Parallel and Distributed Processing Techniques and Applications
(PDPTA'08), Las Vegas, USA, Jul. 2008
[24] CheeOnn Chow, Keisuke Utsu, and Hiroshi Ishii, “On enhancing Video
Transmission over Mobile Ad Hoc Networks with Path and Server Diversities,”
Malaysia-Japan International Symposium on Acvanced Technology 2007
(MJISAT 2007), Kuala Lumpur, Malaysia, Nov. 2007
5
電子情報通信学会大会
[25] 宇津圭祐,石井啓之,
“アドホックネットワークにおける負荷感応フラッデ
ィングのストリーミングへの適用”,2010 年ソサイエティ大会 B-7-56,2010
年9月
[26] 宇津圭祐,石井啓之,
“アドホックネットワークにおける負荷感応フラッデ
ィングの消費電力に関する考察”,2010 年総合大会 B-7-19,2010 年 3 月
[27] 宇津圭祐,石井啓之,
“アドホックネットワークにおける放送型動画ストリ
ーミング方式”,2010 年総合大会,2010 年総合大会 ISS ポスターセッショ
ン,2010 年 3 月
[28] 宇津圭祐,佐野浩士,石井啓之,
“アドホックネットワークにおける負荷状
況を考慮した動的確率判定フラッディング”,2009 年ソサイエティ大会
B-7-10,2010 年 9 月
[29] 宇津圭祐,大沼俊平,斉藤淳,藤井伸行,石井啓之,
“ユーザ指向の最適イ
ンターネットサーバ選択とダウンロード時間予測に関する検討”,2009 総
合大会 B-7-76,2009 年 3 月
[30] 宇津圭祐, 石井啓之,
“無線アドホックネットワークにおける通信相手選択
法の検討”,電子情報通信学会 2008 年総合大会 B-7-121,2008 年 3 月
[31] 宇津圭祐, 于海洋, 上野智弘, 塩田昌輝, チャウチーオン, 石井啓之,
“無線
アドホックネットワークテストベッドにおける MDC 利用動画転送を想定
した M2P パケットストリーミングの検討”,電子情報通信学会 2007 年ソ
サイエティ大会 B-7-76,2007 年 9 月
[32] 宇津圭祐, 落合範和, 新川美紀, 佐島敬眞, チャウチーオン, 石井啓之,
“無
線アドホックネットワークにおけるマルチポイント・ポイントパケットス
トリーミングの転送品質に関する検討”,電子情報通信学会 2007 年総合大
会 B-7-161,2007 年 3 月
[33] 福士直秀,宇津圭祐,石井啓之,“MANET における GPS を用いた情報発
見手法の検討”,電子情報通信学会 2009 年総合大会 B-7-65,2009 年 3 月
[34] 福士直秀, 宇津圭祐, 石井啓之,
“MANET における GPS を用いた情報発見
手法の提案”,電子情報通信学会 2008 年総合大会 B-7-123,2009 年 3 月
[35] 山本昌弘,平田直之,宇津圭祐,石井啓之,
“再送信抑制型フラッディング
方式の検討”,電子情報通信学会 2006 年ソサイエティ大会 B-7-12, 2006 年
9月
6
電子情報通信学会研究会
[36] 宇津圭祐,石井啓之,
“アドホックネットワークにおける負荷感応フラッデ
ィングの性能比較”,情報ネットワーク研究会,電子情報通信学会技術研究
報告,Vol.109,No.327,IN2009-104,pp.99-104,2009 年 12 月
[37] 宇津圭祐,石井啓之,
“アドホックネットワークにおける負荷感応型動的カ
ウンタ判定フラッディング”,ネットワークシステム研究会,電子情報通信
学会技術研究報告,Vol.109,No.228,NS2009-955,2009 年 10 月
[38] 宇津圭祐,石井啓之,
“ユーザ指向最適インターネットサーバ選択法の性能
評価”,情報ネットワーク研究会,電子情報通信学会技術研究報告,Vol.108
No.457 IN2008-191,pp.351-356,2009 年 3 月
[39] 宇津圭祐,福士直秀,川端秀明,遠藤
圭,平田直之,石井啓之,
“インタ
ーネットにおけるユーザ側からの最適サーバ選択法の検討”,情報ネットワ
ーク研究会,電子情報通信学会技術研究報告,Vol.107,No.525,IN2007-163,
2008 年 3 月
[40] 宇津圭祐, 塩田昌輝, 石井啓之,“遠隔観測による最適サーバ選択法のテス
トベッドにおける評価”,電子情報通信学会 情報ネットワーク研究会,電
子情報通信学会技術研究報告 vol.107,no.249,IN2007-116,pp.115-120,
2007 年 12 月
[41] 宇津圭祐, チャウチーオン, 石井啓之,“アドホックネットワークテストベ
ッドにおける MDC 利用型 M2P パケットストリーミングの評価”,電子情
報通信学会 情報ネットワーク研究会, 電子情報通信学会技術研究報告
vol.107,no.249,IN2007-84,pp.41-46,2007 年 10 月
[42] 宇津圭祐, 井出誠, 佐島敬眞, チャウチーオン, 石井啓之,
“無線アドホック
ネットワークテストベッドにおけるマルチポイント・ポイントパケットス
トリーミングの転送品質の検討”,電子情報通信学会 情報ネットワーク研
究会,電子情報通信学会技術研究報告 vol.107,no.37,IN2007-4,pp. 19-23,
2007 年 3 月
電子情報通信学会東京支部学生会研究発表
[43] 宇津圭祐, チャウチーオン, 石井啓之,“アドホックネットワークにおける
MDC を用いた MP2P 動画転送の検討”,電子情報通信学会 東京支部学生会
研究発表会,2008 年 3 月
[44] 福士直秀, 宇津圭祐, 平田直之, 石井啓之,“MANET における GPS を用い
た情報所有ノード発見方式の提案”,電子情報通信学会 東京支部学生会研
7
究発表会,2008 年 3 月
電気学会研究会
[45] 宇津圭祐,チャウチーオン,福士直秀,石井啓之,
“アドホックネットワー
クにおける放送型動画ストリーミングの実現法”,電気学会通信研究会
CMN-10-005,電気学会研究会資料通信研究会,pp. 15-20,2010 年 1 月
[46] 宇津圭祐,石井啓之,
“アドホックネットワークにおける負荷感応型動的確
率判定フラッディングの性能評価”,電気学会通信研究会(電子情報通信学
会他併催),電子情報通信学会技術研究報告,Vol. 109,no.205,LOIS2009-35,
IE2009-76,2009 年 9 月
8
目次
第1章
序論 ....................................................................................................................... 13
1.1.
背景 ............................................................................................................................ 13
1.1.1.
アドホックネットワークの概要 ............................................................................ 13
1.1.2.
アドホックネットワークの要素技術と課題 .......................................................... 15
1.1.2.1.
1.1.3.
1.2.
ルーティング・転送に関わるプロトコル ......................................................... 17
アドホックネットワークの災害時への適用とその課題 ........................................ 19
本研究の目的・位置付け・成果................................................................................. 20
1.2.1.
放送型ストリーミング配信 ................................................................................... 21
1.2.2.
ユニキャスト・マルチキャスト型動画ストリーミング転送の品質向上 ............... 23
1.3.
論文構成 ..................................................................................................................... 25
第2章
負荷感応フラッディングの提案.............................................................................. 29
2.1.
緒言 ............................................................................................................................ 29
2.2.
背景 ............................................................................................................................ 30
2.3.
既存方式とその問題点 ............................................................................................... 32
2.3.1.
Simple Flooding (SF)................................................................................................ 33
2.3.2.
Probability-based Scheme ......................................................................................... 34
2.3.3.
Counter-based Scheme.............................................................................................. 34
2.3.4.
その他の方式 ......................................................................................................... 35
2.4.
前提条件と要求条件 ................................................................................................... 36
2.5.
提案方式 ..................................................................................................................... 37
2.5.1.
負荷感応確率判定フラッディング(LDPF) ........................................................ 38
2.5.2.
負荷感応確率判定フラッディング(LDCF) ........................................................ 40
2.6.
アルゴリズムの基礎評価 ........................................................................................... 42
2.6.1.
評価方法 ................................................................................................................ 42
2.6.2.
SF と LDPF の比較 ................................................................................................. 43
2.6.3.
SF と LDCF の比較 ................................................................................................ 45
2.6.4.
評価まとめ ............................................................................................................. 45
2.7.
基本性能の評価 .......................................................................................................... 47
9
2.7.1.
評価方法 ................................................................................................................ 47
2.7.2.
LDPF の評価 .......................................................................................................... 50
2.7.3.
LDCF の評価 .......................................................................................................... 59
2.7.4.
評価まとめ ............................................................................................................. 68
2.8.
ノードあたりの送受信パケット数と消費電力に関する評価 ..................................... 69
2.8.1.
評価方法 ................................................................................................................ 69
2.8.2.
LDPF の評価 .......................................................................................................... 72
2.8.3.
LDCF の評価 .......................................................................................................... 75
2.8.4.
評価まとめ ............................................................................................................. 78
2.9.
ノードの処理負荷に関する評価................................................................................. 79
2.9.1.
処理ステップ数の比較 ........................................................................................... 79
2.9.2.
メモリ使用量の比較 .............................................................................................. 81
2.9.3.
評価まとめ ............................................................................................................. 82
2.10.
結言 ............................................................................................................................ 83
第3章
負荷感応フラッディングのストリーミング配信への適用 ....................................... 89
3.1.
緒言 ............................................................................................................................ 89
3.2.
背景 ............................................................................................................................ 90
3.3.
動画ストリーミングへの適用 .................................................................................... 91
評価方法 ................................................................................................................ 91
3.3.1.
3.3.1.1.
パケットレベルの QoS 評価 .............................................................................. 92
3.3.1.2.
アプリケーションレベルの QoS 評価 ................................................................ 93
LDPF の評価 .......................................................................................................... 95
3.3.2.
3.3.2.1.
パケットレベルの QoS 評価 .............................................................................. 96
3.3.2.2.
アプリケーションレベルの QoS 評価 ................................................................ 99
LDCF の評価 ........................................................................................................ 101
3.3.3.
3.3.3.1.
パケットレベルの QoS 評価 ............................................................................ 101
3.3.3.2.
アプリケーションレベルの QoS 評価 .............................................................. 104
3.3.4.
3.4.
評価まとめ ........................................................................................................... 106
音声ストリーミングへの適用 .................................................................................. 107
3.4.1.
評価方法 .............................................................................................................. 107
3.4.2.
LDPF の評価 ........................................................................................................ 108
3.4.3.
LDCF の評価 .........................................................................................................111
3.4.4.
評価まとめ ........................................................................................................... 113
10
3.5.
結言 .......................................................................................................................... 114
第4章
品質保持型マルチパス動画ストリーミング .......................................................... 119
4.1.
緒言 .......................................................................................................................... 119
4.2.
背景 .......................................................................................................................... 120
4.2.1.
既存の符号化を用いたストリーミング配信 ........................................................ 121
4.3.
前提条件と要求条件 ................................................................................................. 123
4.4.
MDC と MP2P の組み合わせによる転送方式........................................................... 124
4.4.1.
複数記述符号化(MDC) .................................................................................... 124
4.4.2.
複数ストリーム転送(MP2P) ............................................................................ 125
4.4.3.
受信端末における復元 ......................................................................................... 126
4.5.
シミュレーションによる評価 .................................................................................. 127
4.5.1.
シミュレーションの概要 ..................................................................................... 127
4.5.2.
シミュレーションの結果 ..................................................................................... 128
4.6.
テストベッドにおける評価 ...................................................................................... 130
4.6.1.
実験設定 .............................................................................................................. 130
4.6.2.
評価方法 .............................................................................................................. 131
4.6.3.
実験 I.................................................................................................................... 132
4.6.4.
実験 II .................................................................................................................. 134
4.6.5.
評価まとめ ........................................................................................................... 136
4.7.
結言 .......................................................................................................................... 137
第5章
結論 ..................................................................................................................... 141
付録 ...................................................................................................................................... 147
謝辞 ...................................................................................................................................... 149
11
12
第1章
序論
本章では,まず 1.1 節において,研究背景としてアドホックネットワークの概
要,要素技術と課題,適用例とその課題について述べている.続いて 1.2 節にお
いて,本研究の目的,位置づけ,成果について述べている.そして 1.3 節におい
て,論文構成を示している.
1.1. 背景
1.1.1. アドホックネットワークの概要
アドホックネットワークは,基地局や管理ノード等の既存のインフラストラ
クチャに依存しない自律分散型の無線ネットワークの構成法である[1][2].各ノ
ードは自由に移動し,ネットワークトポロジは時々刻々と変化する.ネットワ
ーク内での情報伝達の際は,マルチホップ通信により実現する.また,ネット
ワークの外部との接続を行わないスタンドアロンおよび,インターネットとの
接続を持つ場合がある.
Fig.1.1(a),(b)に,それぞれ従来からのインフラストラクチャ型のシングルホ
ップネットワークと,アドホックネットワークの概略を示す[2].Fig.1.1(a)が示
すインフラストラクチャ型ネットワークにおいては,ノード同士が通信する際,
基地局を中継することにより実現する.ただし,通信が可能となるのは,通信
を行うノード同士が同一の基地局に接続できる場合,さもなければ,それぞれ
が別の基地局に接続でき,かつ基地局同士が接続できる場合である.しかしな
がら,ノードが基地局に接続できない場合は,通信を行うことはできない.例
えば,Fig.1.1(a)を例にとると,ノード X は基地局に接続できないため,他のノ
ードとの通信を行うことはできない.同様の理由で,たとえノード X の電波が
ノード A に到達可能であったとしても,通信を行うことはできない.一方,
Fig.1.1(b)に示したアドホックネットワークにおいては,ノード同士が通信する
際,互いの電波が直接到達可能でない場合は,他ノードが中継転送することに
より通信を実現する.これはマルチホップ通信と呼ばれる.
しかし,アドホックネットワークの実現には技術面において数多くの課題が
13
第1章
序論
B
A
B
X
A
Switching Center
(a)
Mobile Node
(b)
Base Station
Path from A to B
Fig.1.1 無線ネットワークの構成モデル
(a) インフラストラクチャ型ネットワーク; (b) アドホックネットワーク
残されている.まず,無線を通信媒体とすることから,電波干渉等の影響によ
り通信品質の务化が発生しやすい.このため,物理/Media Access Control(MAC)
レイヤのプロトコルにおける改善が必要である.また,ネットワーク内のノー
ドは移動するため,トポロジーの変化を伴う.このため,これに適応しうるル
ーティング・転送プロトコルの開発が必要である.さらに,安定した通信品質
の確保のためトランスポートレイヤプロトコルの改良が必要である.そして,
安全性の確保のためセキュリティの確保も必要になる.アドホックネットワー
クの要素技術とその課題に関しては 1.1.2 節においてより詳細に述べる.
アドホックネットワークのインフラストラクチャに依存しないという特徴を
生かし,例えば以下のような適用例が想定されている[1-5].
・ 災害時やイベント時などの緊急かつ一時的にネットワークを必要とされる
場合における,臨時ネットワーク
・ 有線網の敷設が困難な場合などにおけるインフラフトラクチャ補完,あるい
は有線網と協調する,無線メッシュネットワーク
・ グループ内での会議などにおける,協調,分散コンピューティング
・ センサネットワーク
・ 車車間ネットワーク
・ 軍事,防衛
しかし,現実にアドホックネットワークを適用する際には,適用事例に応じ
14
第1章
序論
て問題が発生する.現在我が国において,アドホックネットワークの適用事例
として最も期待されているのは災害時であるため,以下では災害時への適用に
焦点を当てる.災害時を想定すると,災害が発生しインフラストラクチャが利
用不可能になった初期の段階から,時間の経過とともに,アドホックネットワ
ークが形成される段階,さらに高品質・高信頼な通信が必要とされる段階へと
移行する.これらの各段階において,ネットワークに求められる要求条件は異
なっている.また,各段階に応じた課題(例えば,情報の所在の発見,適切な
通信相手の発見,IP アドレスの割り当てとその周知,ルーティングの形成)を
解決する必要がある.アドホックネットワークの災害時への適用とその課題に
関しては 1.1.3 節においてより詳細に述べる.
1.1.2. アドホックネットワークの要素技術と課題
アドホックネットワークの要素技術に関して数多くの研究が行われている,
ここでは,要素技術について Fig.1.2 に示すように分類し概要を述べる.
(a) 物理(Physical)/MAC レイヤプロトコル
主に IEEE802.11 関連無線 LAN が用いられる[1-3].これは衝突回避のメカニズ
ムとして,CSMA/CA(Carrier Sense Multiple Access with Collision Avoidance)を
採用しており,ACK(Acknowledge)フレームを送信ノードに対し送信し,ACK
フレームが確認されなかったパケットは再送される.
アドホックネットワークにおいては,ネットワーク内のノードが移動を伴う
ため,電波状況による通信品質の务化,またマルチホップ通信を行う際のスル
ープットの低下が問題となる.さらに隠れ端末問題およびさらされ端末問題の
解決も課題である.
(b) ルーティング・転送
ユニキャスト /マルチキャストの通信を行う際,各ノードが移動することに
よりネットワークトポロジが時々刻々と変化するため,動的にルーティングを
構成する技術,すなわちルーティングプロトコルの開発が必要となる.ルーテ
ィングプロトコルに関しては,数多くの研究が行われているが,大きくプロア
クティブ型とリアクティブ(オンデマンド)型に分類される.また,IP アドレ
スの割り当ても問題となる.
15
第1章
序論
(d) Application
(c) Transport layer protocol
(b) Routing and forwarding
(e)
QoS
(f)
Security
(a) PHY/MAC layer protocol
Fig. 1.2 アドホックネットワークの要素技術の分類
また,ネットワーク全体に対し配信を行う,ブロードキャストに関する研究
も盛んである.1 つのパケットを近隣の複数のノードが再ブロードキャストを行
うことによる,Broadcast storm 問題[2]の解決が課題である.
本論文では,ルーティング・転送の分野に関して焦点を当てる.関連技術に
関しては 1.1.2.1 節で述べる.
(c)トランスポートプロトコル
インターネットにおけるトランスポートプロトコルとして,一般的に,高信
頼のコネクション型である Transmission Control Protocol(TCP)および,コネク
ションレス型の User Datagram Protocol(UDP)が用いられている.アドホック
ネットワークにおいては,電波状況の不安定さによりパケット損失が発生しや
すく,従来からの TCP はパケット損失に敏感であるため,高いスループットを
実現することはできない.このため,TCP の改良に関して数多くの研究が行わ
れている.
(d)アプリケーション
アドホックネットワークはさまざまな場面への適用が想定されている.個々
について災害時を想定すると,アドホックネットワーク内での FTP(File Transfer
Protocol)通信,動画や音声の通信,インターネットゲートウェイを中継しての
インターネット接続,あるノードからネットワーク全体に対しての動画や音声
などの放送型情報配信などが想定される.
(e) QoS(Quality of Service)
QoS は送信ノードから受信ノードまでのサービス品質要求と定義される.ア
ドホックネットワークにおける QoS の実現は,各プロトコルレイヤにおいて
16
第1章
序論
様々な方式が提案されている[1][11].QoS メトリックとしては,スループットや
遅延時間,遅延時間ゆらぎ(ジッタ),パケット損失率などが挙げられる.特に
ネットワークレイヤにおいては,上記の QoS メトリックをルート決定に用いる,
QoS-aware ルーティングに関する研究が盛んである.
(f) セキュリティ
アドホックネットワークにおけるユニキャスト通信では,中継ノードはルー
タとして転送を行うことになるが,このマルチホップにより,中間ノードにお
ける盗聴が問題となる.また,インターネットなどへの外部ネットワークへの
接続をもたない場合においては,第三者認証局を用いることができないため,
エンド・エンドノード間の認証,本人確認が容易ではない.
1.1.2.1.
ルーティング・転送に関わるプロトコル
ルーティング・転送に関わるプロトコルは多数存在しているが,本論文では
Fig.1.3 のように分類し,列挙する.
(b-1) ユニキャストルーティングプロトコル
ユニキャストルーティングプロトコルは大きく 2 つに分類される.1 つは
(b-1-1) プロアクティブ(テーブル駆動)型ルーティングプロトコル,そして
(b-1-2) リアクティブ(オンデマンド)型ルーティングプロトコルである.
プロアクティブ型ルーティングプロトコルは,各ノードがネットワーク内の
全てのノードに対するルートを常に維持する.ルートの発見と維持のため,周
期的なメッセージとイベント駆動的なメッセージの発信が行われる.Optimized
Link State Routing (OLSR) [6] や Topology Dissemination Based Reverse-Path
Forwarding (TBRPF) [7] が有名である.
リアクティブ型ルーティングプロトコルは,プロアクティブ型ルーティング
プロトコルのように,周期的なメッセージの発信を必要としない.通信の発生
と同時に経路探索が行われ,トポロジーの変化の発生時などに適宜メッセージ
の発信が行われる.Dynamic Source Routing (DSR) [8] や Ad hoc On-demand
Distance Vector routing (AODV) [9] が有名である.
また,プロアクティブ型とリアクティブ型のプロトコルを組み合わせた,
(b-1-3)ハイブリッド型ルーティングプロトコルとして,Zone Routing Protocol
(ZRP) [10] が存在している.
17
第1章
序論
(b-2)マルチキャストルーティングプロトコル
マルチキャストルーティングプロトコルは,大きく(b-2-1)ツリーベース方式と
(b-2-2)メッシュベース方式に分類される.ツリーベース方式は,各受信ノードと
マルチキャスト受信ノードの間にただ 1 つのルートを構築する,Multicast Ad Hoc
On-demand Distance Vector (MAODV)[2],メッシュベース方式は,各送信ノード・
受信ノードのペアの間に複数のパスを提供するもので,On-Demand Multicast
Routing Protocol (ODMRP)[2]が挙げられる.
(b-3)ブロードキャスティング
ネットワーク全体への情報の発信のため,(b-3-1)Simple Flooding [12-13] が従
来から使用されている.また,ルーティングプロトコルにおける各種メッセー
ジの配信においても実装されている.また,送受信パケットの削減を目的とし
て,さまざまな改良方式について提案されている.特殊装置等の実装を伴わな
いノードにおける方式に着目すると,大きく(b-3-2)ヒューリスティックベースブ
ロードキャスティングと(b-3-3)近隣カバレージベースブロードキャスティング
に分類される.
ヒューリスティックベースブロードキャスティングは周期的メッセージを必
(b) Routing and forwarding
(b-1) Unicasting routing protocols
(b-1-1) Proactive routing protocols (DSR, AODV, TORA, …)
(b-1-2) Reactive routing protocols (DSDV, OLSR, TBRPF, …)
(b-1-3) Hybrid routing protocols (ZRP, …)
(b-2) Multicasting routing protocols
(b-2-1) Tree-based protocols (MAODV, …)
(b-2-2) Mesh-based protocols (ODMR, …)
(b-2-3) Geocasting
(b-3) Broadcasting (Flooding)
(b-3-1) Simple Flooding
(b-3-2) Heuristic-based broadcasting (Probability-based, Counter-based, Distance/location-based)
(b-3-3) Neighbor coverage-based broadcast (Self-Pruning, Neighbor coverage, MPR)
Fig.1.3 ルーティング・転送に関するプロトコルの分類
18
第1章
序論
要としないものであり,Probability-based scheme[13][14]と Counter-based scheme
[13][14]が挙げられる.また,近隣カバレージベースブロードキャスティングに
は,MultiPoint Relay など周期的メッセージを必要する方式が提案されている[15].
1.1.3. アドホックネットワークの災害時への適用とその課題
本論文では,アドホックネットワークについて,災害の発生によりインフラ
ストラクチャが利用不可能になった段階から,ネットワークの構築までの段階
を想定する.具体的に以下では,災害の発生によりインフラストラクチャが利
用不可能になった時点を起点に,Fig.1.4 に示すように時間の経過ごとに 3 つの
フェーズに分けて議論する.
第 1 フェーズは,災害等の発生によりインフラストラクチャが利用できなく
なった直後の初期のフェーズである.このフェーズでは,ルーティングプロト
コルを用いて,ユニキャストおよびマルチキャスト通信を行うことは極めて困
難である.なぜならば,ネットワーク内のノードに適切な IP アドレスが割り当
てられているとは限らないからである.また,ネットワーク内のノードが他ノ
ードの IP アドレスを事前に把握しているとは言えず,所有している情報が何で
Elapsed time
Disaster
happenes
Phase I
Phase II
Phase III
Urgent broadcasting
Needed applications
Unicast or multicast communication
high quality or secure communication
TCP
Required
Transport protocols
UDP, RTP
Required
Routing and forwarding
techniques
Unicasting or multicasting routing protocols
Broadcasting (Flooding)
QoS
Additional Requirements
Security
Fig.1.4 災害発生からアドホックネットワーク構築までのフェーズ
19
第1章
序論
あるかも未知である可能性が高い.この状態においては,ユーザがネットワー
ク全体に対し,動画および音声のストリーミング配信により SOS の発信や,被
災状況あるいは避難指示を行う必要性が高い.
第 2 フェーズでは,時間の経過とともにネットワークが徐々に構築される.
このフェーズでは,ネットワーク内のノードに適切な IP アドレスが割り当てら
れ,ルーティングプロトコルを用いて任意のノードに対しユニキャストあるい
はマルチキャスト通信を行うことが必要とされる.
第 3 フェーズは,ネットワークの構築が進展し,より高品質な通信,あるい
は通信に秘匿性が必要とされる段階である.ここでは QoS 品質保証や認証,暗
号化の技術が必要とされる.
1.2. 本研究の目的・位置付け・成果
1.1.2 節では,アドホックネットワークに関して,まず,一般的な観点から要
素技術とその問題点について概要を述べた.無線を通信媒体とすること,ノー
ドの移動とこれによるトポロジーの変化を伴うことから,一定の通信品質を維
持することは困難である.このため,品質向上を目的とし,これまで数多くの
研究が行われてきた.また,ネットワークを構成するノードは一般的に有限の
電池駆動であり,低消費電力化の観点からは冗長なトラフィックの送受信は削
減されるべきであると考えられた.
1.1.3 節では,アドホックネットワークの災害時への適用とその課題について,
3 つのフェーズに分けて述べた.第 1 フェーズにおいては,ユニキャスト・マル
チキャストによる通信は困難であり,IP アドレスを必要としない,放送型の情
報配信により動画や音声を配信する必要性が高い.第 2 フェーズから第 3 フェ
ーズにかけては,ユニキャストあるいはマルチキャストの通信が可能となり,
時間の経過とともに,より高い通信品質や信頼性の必要性が高まる.
以上をふまえ本論文では,検討する要素技術の分野として,1.1.2 節に示した
分野のうちルーティング・転送分野に焦点を当て,
「高効率」かつ「高効率」に
配信する検討を行う.ここで,「高品質」とは通信品質の务化を抑制すること,
つまり維持されることである.また,
「高効率」とは,冗長なパケットの送受信
を抑制し,トラフィックの削減によりノードやネットワークの負荷を軽減する
ことと,これによりのノードにおけるパケットの送受信に関わる消費電力が削
減されることである.そして,1.1.3 節で述べたように,アドホックネットワー
クの災害時への適用を想定し,3 つのフェーズに適用可能な動画および音声のス
20
第1章
序論
トリーミング方式について検討する.本論文における検討内容は大きく,(i)1 対
ネットワーク全体の放送型ストリーミング配信と(ii)ユニキャスト・マルチキャ
スト型動画ストリーミング転送の品質向上に分かれる.以下にこれらの概要を
述べる.
1.2.1. 放送型ストリーミング配信
第 1 フェーズは災害が発生し,インフラストラクチャが利用不可能となった
直後であるため,緊急的に動画および音声をネットワーク全体に対しストリー
ミング配信を行う必要性が高い.尚,第 2,第 3 フェーズにおいても必要性が認
められる.これらのフェーズでは,ネットワーク内のノードに適切な IP アドレ
スが割り当てられており,ルーティングプロトコルが利用可能である.しかし,
ネットワーク全体へのストリーミング配信の目的に,既存のユニキャスト・マ
ルチキャストルーティングを用いることは,ノード数に比例してフロー数が増
加するため適用できない.また,ルーティングの構築に時間を要するため,情
報配信の即時性に务る.このためフラッディングベースの放送型配信方式を用
いるしか実現方法はない.
以上の想定環境において配信方式に要求されるのは,まず「高品質」,つまり
パケット損失による通信品質の务化を抑制することである.そして「高効率」,
つまり冗長な再ブロードキャストを抑制することにより,トラフィックを削減
し,ノードやネットワークの負荷の軽減と,ノードにおけるパケットの送受信
に関わる消費電力を削減することである.
ここで放送型の情報配信方式として数多くの方式が提案されている.しかし,
最も一般的な Simple Flooding (SF) [12][13]を放送型ストリーミング配信に用いた
場合,冗長な再ブロードキャストが多発することから,通信品質の务化が顕著
となる.また,SF における冗長な再ブロードキャストを削減する方式として,
複雑な実装を必要としない代表的な物では Probability-based scheme [13][14]や,
Counter-based scheme [13][14]が提案されている.しかし,ノードの負荷が考慮さ
れていないため,負荷の高いノードも他のノードと同様のフラッディング動作
を行ってしまうため,特に放送型ストリーミングを生成するノードの近隣に存
在するノードへの負荷の集中が回避できるとは限らない.以上のことから,想
定環境への適用には不十分であると考えられる.
21
第1章
序論
既存研究に対し,想定環境において放送型ストリーミング配信を実現するた
め,ノードの負荷状況により再ブロードキャストの実行可否の判断基準を動的
に切り替えることにより,負荷状態ノードの再ブロードキャストを積極的に抑
制する,2 つの負荷感応フラッディング方式を提案している.それぞれ,負荷感
応動的確率判定フラッディング(LDPF: Load-aware Dynamic Probability-based
Flooding)と,負荷感応動的カウンタ判定フラッディング(LDCF: Load-aware
Dynamic Counter-based Flooding)である.
提案方式の有効性の評価として,まず机上計算により,アルゴリズムの基礎
評価を行ない,続いてネットワークシミュレータを用いて,基本性能の評価を
Table 1.1
評価項目
各方式の特徴の比較(基本性能の評価)
パケット到達性
送受信パケッ
処理
メモリ
ト数,消費電力
ステップ数
使用量
ノード密度
疎
疎
密
密
パケット生成レート
低
高
低
高
SF
○
△
△
×
△
◎
○
固定 prob
○
○
○
△
※
◎
◎
固定 c_threshold
◎
○
○
△
※
○
△
LDPF
◎
○
◎
△
○
○
◎
LDCF
◎
◎
◎
○
◎
△
△
※ 固定 prob を用いる方式と固定 c_threshold を用いる方式について,ノードあたり
の送受信パケット数,消費電力に関しては評価を行っていない.しかし,これらの
方式は,必ず LDPF および LDCF と同等(パラメータ設定値が偶然良好であった場
合)もしくはそれ以下の性能となる.
Table 1.2
アプリケーション
各方式の特徴の比較(ストリーミングへの適用)
動画ストリーミング
音声ストリーミング
ノード密度
疎
密
疎
密
SF
×
△
×
△
LDPF
○
○
△
○
LDCF
◎
○
◎
◎
※ 固定 prob を用いる方式と固定 c_threshold を用いる方式について評価を行って
いない.しかし,これらの方式は,必ず LDPF および LDCF と同等(パラメータ
設定値が偶然良好であった場合)もしくはそれ以下の性能となる.
22
第1章
序論
行っている.この結果,既存方式(SF,固定 prob を用いる方式,固定 c_threshold
を用いる方式)と比較して,配信性能の向上とトラフィックの削減により消費
電力の削減が実現できることを示している.また,ノードの処理負荷について
定性的評価を行った.評価の結果により各方式を適用した場合の通信性能につ
いて,Table 1.1 に示すようにまとめられる.詳細は 2 章で述べる.
本論文においてはさらに,既存研究において十分に行われていなかった,動
画および音声の放送型ストリーミング配信に適用した場合の QoS 評価を行い,
実際のアプリケーションに十分適用可能であることを示している.評価の結果
により各方式を適用した場合の基本性能について,Table 1.2 に示すようにまと
められる.詳細は 3 章で述べる.
1.2.2. ユニキャスト・マルチキャスト型動画ストリーミング転送の品質向上
第 2 フェーズ以降では,ネットワーク内のノードに適切な IP アドレスが割り
当てられており,ユニキャストあるいはマルチキャスト通信が可能となってい
る.ここでは,パケット損失が頻繁に発生するアドホックネットワークにおい
て,動画のユニキャストあるいはマルチキャストによりストリーミングの受信
動画品質を向上させる必要がある.
この想定環境において配信方式に要求されるのは,パケット損失に伴う通信
品質の务化の抑制である.特に第 3 フェーズにおいては,再生動画の品質に関
する要求は高いと考えられる.
上記の想定環境において適用可能な方式として,転送経路の負荷の集中によ
るパケット損失の軽減を負荷分散により実現する方式について検討されている.
そして既に,複数記述符号化(MDC: Multiple Description Coding)と複数送信点
による MP2P(Multipoint-to-point transmission)転送の組み合わせによる方式が提
案され,ネッワークシミュレーションにより有効性が示されている[16].しかし,
実機上における検討は行われていなかった.また,アドホックネットワークの
既存研究においては,そのほとんどがネットワークシミュレーションによるも
のであり,実機による検証は数尐なく,実機による有効性の検証が望まれてい
る.
本論文ではこの課題に関して,ルーティングプロトコルを実装した実機によ
り テ ス ト ベ ッ ド を 構 築 し , そ の 上 で , 従 来 か ら の 単 送 信 点 か ら の PP
(Point-to-point)転送と,MDC を用いた MP2P ストリーミング転送を想定した
データ転送を行う.そして,受信端末においてパケットの受信可否をもとに,
23
第1章
序論
実際の転送を行った場合の動画再生品質について評価する.その結果,MDC を
用いた MP2P 転送は,従来の PP 転送と比較し,再生不良を低減させ,結果とし
て動画再生品質を向上できることを示す.そして,既に行われているシミュレ
ーションによる評価の有効性を再確認している.
24
第1章
序論
1.3. 論文構成
論文の構成は以下のようになっている.
2 章では,放送型ストリーミング配信について検討し,負荷感応フラッディン
グ方式を提案している.まずアルゴリズムについて述べ,机上計算によりアル
ゴリズムの有効性に関して基礎評価を行っている.続いて,ネットワークシミ
ュレーションにより基本性能の評価を行っている.これにより,既存方式と比
較して,高いパケット到達率の確保と冗長な再ブロードキャストの抑制を実現
していることを示している.さらに,ノードあたりの送受信パケット数(トラ
フィック量)および消費電力に関して評価を行い,これらを削減できることを
示している.
3 章では,負荷感応フラッディング方式のアプリケーションへの適用を検討し
ている.まず,動画ストリーミング配信への適用としてパケットレベルとアプ
リケーションレベルのそれぞれにおいて QoS 評価を行っている.その結果,既
存の単純フラッディングと比較し,通信品質を向上できることを示している.
さらに,音声ストリーミング配信への適用として,パケット損失率による QoS
評価を行っている.以上の結果により,提案方式は既存の単純フラッディング
と比較して,通信品質を向上でき,動画および音声のストリーミング配信に十
分適用可能であることを示している.
4 章では,品質保持型マルチパス動画ストリーミングについて検討している.
まず,提案方式について述べ,既存のネットワークシミュレーションによる評
価を要約している.次に,実機によるテストベッドにおいて動画ストリーミン
グを模擬した転送実験を行い,パケット到達性の向上を示している.そして,
既存のネットワークシミュレーションによる評価の有効性を裏付けている.
5 章では,本論文をまとめている.
25
第1章
序論
参考文献
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第1章
序論
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[16] CheeOnn
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“A Novel
Approach
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Supporting
Multipoint-to-Point Video Transmission over Wireless Ad Hoc Networks,” IEICE
TRANS. COMMUN., VOL.E90-B, No.8, 2007.
27
第1章
序論
28
第2章
負荷感応フラッディングの提案
2.1. 緒言
主に第 1 フェーズにおいて,アドホックネットワーク内の特定の数ノードか
らネットワーク全体に対し,緊急的に動画および音声のストリーミング配信を
行う必要性が高い.また,第 2,第 3 フェーズにおいても必要性が認められる.
しかし,既存方式として最も一般的である Simple Flooding (SF)を用いた場合,
冗長な再ブロードキャストが多発することから,通信品質の务化が顕著となる.
また,複雑な実装を必要としない既存方式に関しても,ノードの負荷状況が考
慮されておらず想定環境には不十分であると考えられた.
本章では,上記の問題を解決するため,2 つの負荷感応フラッディング方式を
提案している[1-2].評価として,まず机上計算によるアルゴリズムの基礎評価
を行っている.次に,ネットワークシミュレーションにより,各方式の基本性
能に関して評価を行っている.その結果,提案方式は既存方式と比較し,高い
パケット到達率を確保しつつ冗長な再ブロードキャストを削減できることを示
している[3-6].続いて,ネットワークシミュレーションにより.ノードあたり
の送受信パケット数およびパケットの送受信にかかわる消費電力に関して評価
を行っている.その結果,提案方式は既存方式と比較して,ノードあたりの送
受信パケット数を削減できる,すなわち,トラフィックの削減により,消費電
力の削減を実現できることを示している[7-9].さらにノードにおける処理負荷
に関して定性評価を行い,各方式の優务について考察を得ている.
2.2 節では,研究背景について述べている.2.3 節では,既存方式を放送型ス
トリーミングに適用した場合の問題点について述べている.2.4 節では,本研究
の想定環境と,提案方式の要求条件について述べている.2.5 節では,提案方式
である 2 つの負荷感応フラッディング方式について説明している.2.6 節では,
机上計算により,アルゴリズムの基礎評価を行っている.2.7 節では,ネットワ
ークシミュレーションにより,提案方式の基本性能を評価している.2.8 節では,
ノードあたりの送受信パケット数(トラフィック量)および送受信に関わる消
費電力の観点から評価を行っている.2.9 節ではノードにおける処理負荷に関し
て評価を行っている.最後に 2.10 節で,本章をまとめている.
29
第2章
負荷感応フラッディングの提案
2.2. 背景
ユニキャストおよびマルチキャスト通信によるクライアント・サーバ型の動
画ストリーミングの実現に関して,数多くの検討が行われている.Fig.2.1 にユ
ニキャストによるストリーミング配信のモデルを示す.まず,動画の入手を必
要とするノードは,何らかの方法により所望の情報を所有しているノードを検
索し,何らかのルーティングプロトコルにより経路を構築する.そして,動画
を所有しているノードにリクエストを送信し,動画を入手する.
第 1 フェーズ(災害等が発生しインフラストラクチャが利用不可能になった
直後の段階)においては,ルーティングプロトコルを用いて,ユニキャストお
よびマルチキャスト通信を行うことは極めて困難である.なぜならば,ネット
ワーク内のノードに適切な IP アドレスが割り当てられているとは限らないから
である.また,ネットワーク内のノードが他ノードの IP アドレスや所有してい
る情報が何であるかを把握していない可能性が高い.この状態においては,ユ
ーザがネットワーク全体に対し,動画および音声のストリーミング配信により
SOS の発信や,被災状況あるいは避難指示の放送を行う必要性が高い.これは
フラッディングベースの方式を用いた放送型配信方式により実現できると考え
られる.
また,第 2,第 3 フェーズにおいても必要性が認められる.これらのフェーズ
では,ネットワーク内のノードに適切な IP アドレスが割り当てられており,ル
ーティングプロトコルが利用可能である.しかし,ネットワーク全体へのスト
リーミング配信の目的に,既存のユニキャスト・マルチキャストルーティング
を用いることは,ノード数に比例してフロー数が増加するため適用できない.
また,ルーティングの構築に時間を要するため,情報配信の即時性に务る.こ
のためフラッディングベースの放送型配信方式を用いるしか実現方法はない.
Contents holder
Client node
(b)
(a)
Fig.2.1
ユニキャストによるストリーミング配信のモデル
30
第2章
負荷感応フラッディングの提案
このような状況において配信方式に要求されるのは,まず「高品質」,つまり
パケット損失による通信品質の务化を抑制することである.そして「高効率」,
つまり冗長な再ブロードキャストを抑制することにより,トラフィックを削減
し,ノードやネットワークの負荷の軽減と,ノードにおけるパケットの送受信
に関わる消費電力を削減することである.
Fig.2.2 を用いて,SF [10][11]による放送型ストリーミング配信について示す.
放送型ストリーミングは,既存のユニキャストやマルチキャストを用いるスト
リーミングの各方式とは異なり,ストリーミングに特化したルーティングを構
築する必要がない.また,ルーティングの設立・維持,およびネットワークト
ポロジの変化に伴う再構成ための時間,さらにトラフィック面でのオーバヘッ
ドが発生しない.また,アドレッシング(IP アドレスの割り当て)方式も必須
ではない.以上の理由から,放送型ストリーミング配信は,特に第 1 フェーズ
のような基地局等のインフラフラストラクチャが利用不可能である状況におい
て,即時にネットワーク全体に動画や音声を配信する要求を実現できると考え
られる.
アドホックネットワークにおいて,ネットワーク全体にパケットを配信する
方式として SF が用いられている.また,SF は,アドホックネットワークのル
ーティングプロトコルにおけるルート管理においても用いられている.リアク
ティブ(オンデマンド)型のルーティングプロトコルである Dynamic Source
Routing (DSR)[12]および Ad Hoc On-demand Distance Vector (AODV) Routing [13]
においては,Route Discovery と Route Maintenance の動作の際に用いられている.
また,プロアクティブ型のルーティングプロトコルである Optimized Link State
Routing (OLSR) [14]においては,Multipoint Relaying (MPR) フラッディング[15]
が用いられている.
Initiator node
(b)
(a)
Fig.2.2
SF による放送型ストリーミング配信のモデル
31
第2章
負荷感応フラッディングの提案
このように,SF はアドホックネットワークの構成技術として必要不可欠であ
る.ところが,動画や音声のストリーミングのように,パケットが高レートで
生成されるような配信に適用した場合,冗長な再ブロードキャストが多発し,
データフレームの衝突(コリジョン)やバッファオーバフローによりパケット
が損失し,通信品質の务化が顕著となる.また,情報を生成するノード(以下
Initiator ノード)の近隣に存在するノードなど,特定のノードに負荷が集中し,
最悪の場合,機能の停止につながる可能性がある.この問題を回避するため,
冗長な再ブロードキャストを抑制し,効率的にパケットを配信する,フラッデ
ィングの改良方式が提案されている[16]-[23].しかし,ネットワーク全体への負
荷の低減は実現しているものの,ノードの負荷が考慮されていないため,負荷
の高いノードも他のノードと同様のフラッディング動作を行ってしまうことか
ら,特に Initiator ノードの近隣に存在するノードへの負荷の集中が回避できると
は限らない.このため,ノードの負荷状況を考慮することにより,負荷状態ノ
ードの再ブロードキャストを抑制する機構が望まれる.しかし,この機構を採
用し,高いパケット到達率を確保しつつ冗長な再ブロードキャストの抑制を実
現する効率的なフラッディング方式に関する研究は存在していない.
2.3. 既存方式とその問題点
2.2 節で述べたように,アドホックネットワーク全体にパケットを配信する方
式として,SF が用いられている.また冗長な再ブロードキャストの抑制や,配
信の効率化を図った改良方式について数多くの検討が行われている.改良方式
の代表的な例として,確率に基づいて再ブロードキャストの実行可否を決定す
る Probability-based scheme [11][16],同一パケットの受信回数に基づいて再ブロ
ードキャストの実行可否を決定する,Counter-based scheme [11][16],ノードの位
置・距離関係を条件として用いる Distance-based scheme [11],Location-based
scheme [2],そして,周期的に送信されるパケットの情報をもとに,クラスタリ
ングによってパケットの配信の効率化を図る Cluster-based scheme [11]などが提
案され,性能評価が行われている.
以下 2.3.1 節では SF,2.3.2 節,2.3.3 節では複雑な実装なしに再ブロードキャ
ストを効果的に抑制しており,かつ提案方式と関連している Probability-based
scheme と Counter-based scheme について,それぞれ概要を説明している.そし
て 2.3.4 節では,その他の方式について説明している.
32
第2章
負荷感応フラッディングの提案
1
Receive a packet.
2
▲ if (The same packet as that the node has already received)
2.1 | then END.
2.2 | else ▲ if (TTL == 0)
2.2.1 |
| then END.
2.2.2 |
| else Wait random period.
2.2.3 |
|
Rebroadcast the packet.
|
▼
▼
3
END.
Fig.2.3 SF(受信ノードの動作)
2.3.1. Simple Flooding (SF)
SF の一般的な動作の流れについて擬似言語表記を用いて Fig.2.3 に示す(以降,
アルゴリズムの擬似言語表記の仕様は付録 Fig.6.1 の通りである).Initiator ノー
ドによって生成されたパケットには,ユニークな Initiator ID とパケット ID を含
むものとする.パケットを受信したノードは,受信したパケットに含まれる
Initiator ID とパケット ID を調べ,以前に受信したことがあるパケット(同一パ
ケット)である場合,そのパケットを廃棄する.一方,以前に受信したことが
ない場合,そのパケットを再ブロードキャストする.つまり,1 種類のパケット
に対し,1 回のみブロードキャストを行う.これより,ネットワーク内のノー
ド数を N とすると,ネットワーク全体の再ブロードキャスト数は,パケット損
失が発生しないと仮定した場合,N - 1 回となる.SF はネットワークにおけるノ
ード密度が低い(疎)場合は,効率的にパケットを配信でき,問題が尐ない.
しかし,SF の主な欠点として,ネットワークにおけるノード密度が高い(密)
場合において使用する場合,ひとつのノードが同一パケットを複数回受信する
ことがあり,効率が良くない.また,放送型ストリーミング配信のようにパケ
ットが高レートで生成される場合に用いた場合,データフレームの衝突(コリ
ジョン)やバッファオーバフローにより,パケット損失が頻繁に発生し,通信
品質の务化が顕著になる.また,冗長なパケットの送受信により,ノードの電
池の浪費が深刻な問題となる.
33
第2章
負荷感応フラッディングの提案
2.3.2. Probability-based Scheme
SF に対し,指定した再ブロードキャスト確率 prob に基づき再ブロードキャス
トを行う,Probability-based scheme が提案されている[11][16].この方式は,あ
らかじめ設定された確率に基づき,再ブロードキャストの実行可否を判断する
という単純な方法で,再ブロードキャストの抑制を実現することができる.し
かし,prob の決定が難しい.例えば,疎なネットワークの(ネットワーク内の
ノード密度が低い)場合,各ノードの電波到達範囲の重複が小さくなるため,
prob の値が小さいとパケット到達率が低下する.逆に,密なネットワークの(ネ
ットワーク内のノード密度が高い)場合,prob の値が大きいと冗長なブロード
キャストが多くなるとともに,コリジョンやバッファオーバフローによるパケ
ット損失の増加によりパケット到達率が低下する.
この方式を改良するために,prob を動的に決定する Dynamic probabilistic
broadcast algorithm [18]が提案されており,AODV に実装し性能の評価が行われ
ている.この方式においては,各ノードが周期的に Hello パケットを送信し,
それを受信したノードは周囲のノード数を認識することができる.この周囲ノ
ード数をもとに動的に prob を決定する.しかし問題点として,周期的な Hello パ
ケットの送信を行うことから,ノードの電池消費と無線リソースの有効利用の
観点からは好ましくない.
2.3.3. Counter-based Scheme
同一パケットの受信回数に基づき,再ブロードキャストの実行可否の判断を
行う,Counter-based scheme が提案されている[11][16].具体的には,あるパケッ
トを受信した際に counter を 1 に設定し,ランダム時間の間に同一パケットを受
信した場合,counter に 1 を足す.そして counter がカウンタしきい値 c_ threshold
に達した場合,再ブロードキャストを中止する.ランダム時間経過後,counter
がカウンタしきい値 c_threshold に達していない場合は,再ブロードキャストを
行う.
尚,本方式においては c_threshold の値の設定が性能に大きく影響する[16].疎
なネットワークの場合,c_threshold が小さい(例えば 2)場合には,再ブロード
キャストの抑制効果が大きくなる一方,パケット到達率が低くなる.また,密
なネットワークの場合,c_threshold の設定値によるパケット到達率への影響は
小さい.c_thereshold は 3~4 程度で使用するのが好ましく,6 の様に大きい場
34
第2章
負荷感応フラッディングの提案
合は,SF と同様の振る舞いとなり,冗長な再ブロードキャストを削減できない
ことが報告されている[16].
この方式では c_threshold が固定値になっているため,パケット到達率と再ブ
ロードキャストの抑制効果がトレードオフになっている.本方式を改良するた
めに,c_ threshold を動的に決定する Adaptive Counter-based Scheme[19] が提案さ
れている.この方式においては,各ノードが周期的に Hello メッセージを送信し,
それを受信したノードは周囲のノード数を認識することができる.この情報を
もとに再ブロードキャストの実行可否を判断する.しかし,問題点として,周
期的な Hello メッセージの送信を行うことから,ノードの電池消費と,無線リソ
ースの有効利用の観点からは好ましくない.
さらに以上に述べた方式においては,同一パケットに対して再ブロードキャ
ストの効率化を図っているため,種々のパケットが同時に生起した場合,輻輳
を回避できないことが予想される.
2.3.4. その他の方式
2.3.1~2.3.3 節で述べた方式以外にも,SF の改良方式が提案されている.
[21]においては,冗長なフラッディングを抑制し,フラッディングを途中で中
止させるメカニズムを備えた方式が提案され,DSR における Route Discovery の
動作に適用し,有効性が示されている.[21]においては,ノードの電池残量を考
慮したフラッディング方式が提案されている.具体的には,ノードごとに電池
残量と GPS 情報から得た中継距離を同時に考慮し,転送待ち時間を決定するも
のである.しかし,これらの方式においては,ノードの負荷について考慮され
ていないため,負荷状態であるノードも他のノードと同様のフラッディング動
作を行ってしまうことから,特定のノードへの負荷の集中が回避できるとは限
らない.一方,負荷を考慮したフラッディングの改良方式を搭載した DSR の改
良プロトコルとして,Load-aware Source Routing [22]が提案されている.これは,
DSR の Route Discovery の動作において,フラッディングを行う際,ノードの単
位時間あたりの送受信量を負荷状況の指標とし,高負荷ノードを中継ノードと
して選択せず,低負荷ノードを中継するルートを確立する.しかし,送受信量
はノードから容易に得られる負荷状況の指標であるが,送受信量は必ずしも十
分な情報ではなく,たとえ送受信量が多いノードであってもリンク容量に余裕
がある場合が予想される.
35
第2章
負荷感応フラッディングの提案
2.4. 前提条件と要求条件
以下では,各ノードは GPS 等の特殊装置を具備していない一般的なラップト
ップコンピュータ等のモバイル通信端末を仮定する.Fig.2.4 に示すように,(a)
物理/MAC レイヤプロトコルとして IEEE802.11 関連無線 LAN(IEEE802.11a,
b,および g など),(b)ルーティング・転送方式を,本章で検討するフラッディ
ングベースの配信方式とする.(c)トランスポートレイヤプロトコルには UDP を
用い,特別な QoS 保障を用いないベストエフォート通信を仮定する.また,実
用上は RTP 等により UDP 機能の補助を仮定する.(d)アプリケーションとして
は,動画や音声のストリーミングアプリケーションを仮定する.
以下では,2.3 節で述べた既存方式における課題の解決として以下(i)~(ii)の要
求条件を満たす,新しいストリーミング配信向きフラッディング方式を検討す
る.要求条件は,
(i)
ノードの負荷状況に応じて動的に再ブロードキャストの判断基準(prob
あるは c_threshold)を切り替える
(ii)
Hello メッセージ等のネットワーク状況把握のために追加のパケット送
信を必要としないこと
以上である.
(d) Application protocol
Streaming application
(c) Transport layer protocol
UDP, RTP
(b) Routing and forwarding
Flooding-based delivery
(a) PHY/MAC layer protocol
Fig.2.4
IEEE802.11 series wireless LAN
ノードの想定モデル
36
第2章
負荷感応フラッディングの提案
2.5. 提案方式
従来から,冗長な再ブロードキャストを削減するため,周期的に Hello メッセ
ージを送信し,周辺のノードはそれを受信することにより,周囲情報を入手し,
再ブロードキャストの実行可否を判断する方式が存在している[21-22].しかし,
周期的に Hello メッセージの送信を行うことは,電池の消費の面と,無線リソー
スの有効活用の観点からは好ましくない.
そこで我々は,ノードの負荷状況を考慮し,高いパケットの到達率を確保し
つつ,冗長な再ブロードキャストの抑制と,ノードやネットワークへの負荷の
提言を実現する新しいフラッディング方式を提案する.これらの方式では,Hello
メッセージの送受信なしにノードおよびその周囲の状況を得る手段として,完
全に局地的な情報である,各ノードの MAC 送信キューにおける送信待ちパケッ
ト数を用いている.MAC 送信キューにおける送信待ちパケット数を用いる理由
は,次のとおりである.送信待ちパケットが存在するということは,その時点
でノードの有効帯域を超える送受信を行っていることになる.そして,仮にこ
の状態において再ブロードキャストを行う場合,バッファオーバフローによる
フレームロスおよびコリジョンが発生しやすい.このことから,MAC 送信キュ
ーに関する情報は,ノード自身がパケットの送受信を行うことなく負荷状況を
知ることができるため,有益であると考えられる.
Receiving node
3. Rebroadcast decision
Application
2. Queue information
Middle Layer
MAC Layer
1.Receive
4. Rebroadcast
Broadcasting node
Receiving node
Fig.2.5 提案方式の基本コンセプト
37
第2章
負荷感応フラッディングの提案
提案方式のイメージを Fig.2.5 に示す.提案方式の概略を以下に述べる.メッ
セージを受信(手順 1)したノードは,まず MAC 送信キューの情報を入手(手
順 2)し,この情報に基づき再ブロードキャストの実行可否を判断(手順 3)す
る.そして再ブロードキャストを行う(手順 4).
以下に提案方式の負荷感応動的確率判定フラッディング(LDPF: Load-aware
Dynamic Probability-based Flooding)と負荷感応動的カウンタ判定フラッディング
(LDCF: Load-aware Dynamic Counter-based Flooding)について説明する.
2.5.1. 負荷感応確率判定フラッディング(LDPF)
2.3.2 節で述べたように,従来の Probability-based scheme においては,prob が
固定値であったため,ネットワークやノードの周囲状況に適応できない問題点
があった.そこで我々は,改良方式として LDPF を提案する.本方式において
は,ノードが MAC 送信キューにおける送信待ちパケット数を用い,prob を切り
替え,再ブロードキャストを行う場合は,適切な待ち時間の後,再ブロードキ
ャストを行う.アルゴリズムを Fig. 2.6 に示す.
具体的な動作は以下の通りである.パケットを受信したノードは,そのパケ
ットを既に受信したことがあるならば廃棄する.さもなければ,MAC 送信キュ
ーにおける送信待ちパケット数を調査し queue に代入する.ここで,queue がし
きい値 q_threshold より小さい場合は,ノードは負荷状態ではないと判断し,prob
を default_prob とする.そして,再ブロードキャストの実行が決定した場合,
Random()で得られた時間の待機後に再ブロードキャストする.ここで,Random()
による待機時間はデータフレームの衝突回避のために設けており,その値域は
[0.00, 20.00] ms とする.ただし,この定義域の最大値はバックオフ制御における
データフレームの再送時のバックオフ時間の最大値と同程度としている.一方,
queue がしきい値 q_threshold 以上の場合は,ノードは負荷状態であると判断し,
prob を loaded_prob とする.ただし,loaded_prob < default_prob < 1.00 である.
そして,再ブロードキャストの実行が決定した場合,Random() * factor 時間待機
後に再ブロードキャストする.尚,factor = 2n,n = [0, 5]とする(Fig. 2.6 におい
て factor の詳細は省略している).ここで,factor は負荷状態ノードにおけるデ
ータフレームの衝突を回避する確率を向上させるために設けている.本方式で
はネットワークの規模を 5 ホップ程度で到達できる範囲を想定しているため,1
個のパケットがネットワーク全体に配信されるのに十分な遅延時間が得られる
程度の値を定めている.ただし,n の最適値に関しては今後の検討課題である.
38
第2章
負荷感応フラッディングの提案
本方式の特徴として,負荷状態ノードは負荷状態でないノードよりも低い再ブ
ロードキャスト確率としている.これにより,負荷状態にあるノードの再ブロ
ードキャストを抑制でき,結果として周囲ノードへの負荷を軽減することがで
きる.また,もしノードが負荷状態である時に再ブロードキャストが決定した
場合,コリジョンやバッファオーバフローが発生する可能性が高い.このこと
から,送信待ち時間を大きくとることで危険回避を図っている.
○ Parameter Real: default_prob
// The default rebroadcast probability.
○ Parameter Real: loaded_prob
// The rebroadcast probability for loaded-nodes.
○ Parameter Integer: q_threshold
// The threshold number of packets on the queue.
○ Parameter Integer: factor
// The wait time factor for loaded-nodes.
○ Variable Integer: queue
○ Variable Real: prob
○ Variable Real: wait_time
○ Function: getQueue()
// The function to get the number of packets on the queue.
1
2
2.1
2.2
2.2.1
2.2.2
2.2.3
2.2.3.1
2.2.3.2
2.2.3.3
2.2.3.4
Receive a packet.
▲ if (The same packet as that the node has already received)
| then END.
| else ▲ if (TTL == 0)
|
| then END.
|
| else queue ← getQueue().
|
|
▲ if (queue >= q_threshold)
|
|
| then wait_time ← Random() * factor.
|
|
|
prob ← loaded_prob.
|
|
| else wait_time ← Random().
|
|
|
prob ← default_prob.
|
|
▼
2.2.4
|
|
▲ if (Rebroadcast) // Determined by prob.
2.2.4.1 |
|
| then Wait wait_time.
2.2.4.2 |
|
|
Rebroadcast the packet.
|
|
|
|
|
▼
|
▼
▼
3
END.
Fig.2.6
LDPF(受信ノードの動作)
39
第2章
負荷感応フラッディングの提案
2.5.2. 負荷感応確率判定フラッディング(LDCF)
2.3.3節で述べたように,従来のCounter-based schemeにおいては,同一パケッ
トの受信回数に基づき,再ブロードキャストの実行可否の判断を行う.この方
式においては,カウンタしきい値c_thresholdを適切に設定しなければ,パケット
到達率を確保しつつ冗長な再ブロードキャストの抑制を実現することができな
い.従来のCounter-based schemeにおいては,c_thresholdが固定値であったためネ
ットワークやノードの周囲状況に適応できない問題点があった.そこで我々は,
改良方式としてLDCFを提案する.本方式においては,ノードがMAC送信キュー
における送信待ちパケット数を指標として,再ブロードキャストの実行可否の
判定時間decision_timeとc_thresholdを切り替える.アルゴリズムをFig. 2.7に示す.
具体的な動作は以下の通りである.パケットを受信したノードは,そのパケ
ットを既に受信したことがあるならば廃棄する.さもなければ,MAC送信キュ
ーにおける送信待ちパケット数を調査しqueueに代入する.ここで,queueがしき
い値q_thresholdより小さい場合は,ノードは負荷状態ではないと判断する.そし
て , decision_time は Random() と し , c_threshold を default_c_threshold と す る .
Random()で得られる値は2.5.1節と同様である.一方,queueがしきい値q_threshold
以上の場合は,ノードは負荷状態であると判断する.そして,decision_timeは
Random() * factor と し , c_threshold を loaded_c_threshold と す る . た だ し ,
loaded_c_threshold < default_c_thresholdである.また,2.5.1節と同様に,factor = 2n,
n = [0, 5]とする(Fig. 2.7においてfactorの詳細は省略している).ただし,nの最
適値に関しては今後の検討課題である.
本方式の特徴として,ノードが負荷状態である場合,負荷状態でない場合よ
りもカウンタしきい値を小さくしている.また,負荷状態にあるノードにおい
ては,再ブロードキャスト可否の判定時間を大きくとることにより,再ブロー
ドキャストの抑制効果に加え,バッファオーバフローによるフレームロスと周
囲ノードの輻輳を抑制することができる.また,従来のCounter-based schemeに
おいては,種々のパケットが同時に生起した場合に輻輳を回避できなかったが,
LDCFにおいては危険を回避できる可能性が高いと考えられる.
40
第2章
負荷感応フラッディングの提案
○ Parameter Integer: default_c_threshold
// The default threshold value of the counter.
○ Parameter Integer: loaded_c_threshold
// The threshold value of the counter for loaded-nodes.
○ Parameter Integer: q_threshold
// The threshold number of packets on the queue.
○ Parameter Integer: factor
// The wait time factor for loaded-nodes.
○ Variable Integer: c_threshold
// The threshold value of the counter.
○ Variable Integer: counter, queue
○ Variable Real: decision_time
○ Function: getQueue()
// The function to get the number of packets on the queue.
1
2
2.1
2.2
2.3
2.3.1
2.3.2
2.3.3
2.3.3.1
2.3.3.2
2.3.3.3
2.3.3.4
Receive a packet.
▲ if (The same packet as that the node has already received)
| then END.
| else counter ← 1.
|
▲ if (TTL == 0)
|
| then END.
|
| else queue ← getQueue().
|
|
▲ if (queue >= q_threshold)
|
|
| then decision_time ← Random()*factor.
|
|
|
c_threshold ← loaded_c_threshold.
|
|
| else decision_time ← Random().
|
|
|
c_threshold ← default_c_threshold.
|
|
▼
2.3.4
|
|
■ while (decision_time)
2.3.4.1
|
|
| ▲ if (Receive the same packet again)
2.3.4.1.1
|
|
| | then counter++.
2.3.4.1.2
|
|
| |
▲ if (counter == c_threshold)
2.3.4.1.2.1 |
|
| |
| then END.
|
|
| |
|
|
|
| |
▼
|
|
| |
|
|
| ▼
|
|
■
2.3.5
|
|
Rebroadcast the packet.
|
▼
▼
3
END.
Fig. 2.7
LDCF(受信ノードの動作)
41
第2章
負荷感応フラッディングの提案
2.6. アルゴリズムの基礎評価
提案方式の性能評価について,ネットワークシミュレーションによる詳細な
評価に先立ち,1 つのパケットの配信性能に関して机上計算により基礎評価を行
う.
2.6.1. 評価方法
マップ範囲を 1000x600[m],100 ノードをランダムに配置する.ノードの移動
は考慮しない.ノードを配置したマップの一例を Fig. 2.8 に示す.同様に合計 10
通りのマップを作成し評価を行う.マップ上の x = [200, 800],y = [200, 400]の範
囲に存在するノードを高負荷ノードとする.これはマップの中央部にトラフィ
ックが集中しやすいと考えられるからである.ノードの通信可能半径は 200[m]
とする.評価はノード間の距離計算のみでパケットの到達可否を判断する.つ
まり,ノードが送信したパケットは通信可能範囲内に存在するノードに必ず到
達するものと仮定し,電波干渉や衝突に伴うパケット損失は考慮しない.
マップ内に配置された 1 つの Initiator ノードは,1 個のパケットを生成する.
このパケットを各方式により配信する.評価指標は,以下(a)~(c)である.
(a) 全ノードに対するパケット到達率 R [%]
全ノード N のうちパケットを受信したノード数 r の割合(Initiator ノードを含
む)
.
600
500
High-loaded area
y
400
300
200
100
Initiator
0
0
100
200
300
400
500
x
600
700
800
Fig. 2.8 生成マップの例 (Map 1)
42
900
1000
第2章
負荷感応フラッディングの提案
R 
r
N
(2.1)
(b) 全ノードに対するブロードキャストノード率 B [%]
全ノード N のうちブロードキャストを行ったノード b の割合(Initiator ノード
を含む).
B 
b
N
(2.2)
(c) R-B 比
パケット到達率とブロードキャストノード率の比(R / B).
Ratio (R, B) =R / B
(2.3)
我々の検討の目的は,高いパケット到達率を確保しつつ冗長な再ブロードキ
ャストを抑制することであるから,R は大きい方が好ましく,また B は小さい
ほうが望ましい.つまり,R と B の比である R-B 比は大きいほど望ましい.以
降 2.6.2 節,2.6.3 節においては,それぞれ SF と LDPF,SF と LDCF の比較を行
っている.ただし,マップはそれぞれの節で共通のものを使用している.
2.6.2. SF と LDPF の比較
負荷状態でのパケットの到達性と再ブロードキャストの抑制効果をみるため,
負荷状態ノードにおいて再ブロードキャストの抑制を厳しく行わない場合 P1 と,
厳しく行う場合 P2 の 2 通りを想定した値で計算評価を行う.Table 2.2 にそれぞ
れ,負荷状態ではないノードの再ブロードキャスト確率(default_prob),負荷
状態ノードの再ブロードキャスト確率(loaded_prob)の設定値を示す.
Fig.2.9 に評価結果を示す.また,全マップにおける結果の平均値を Fig.2.9 に
示す.
Fig.2.10 において,各平均値を比較すると,R は SF と比較して P1 は 8.10%,
P2 は 15.4%減尐している.一方,B に関しては,P1 は 32.2%,P2 は 39.0%削減
されており,結果として R-B 比は P1 で 0.35,P2 で 0.39 上昇しており,高いパ
ケット到達率を確保しつつ冗長な再ブロードキャストノードの削減を実現して
いるといえる.R の平均値の減尐の理由としては,Fig.2.9 からわかるように,
マップ 6 の場合の様に,特定のマップにおいて極端にパケット到達率が減尐す
る傾向が観測されており,これによるものであると考えられる.P1 と P2 におい
ては,loaded_prob に差を与えているが,R の確保のため十分な性能が得られる
値を検討する必要がある.
43
第2章
負荷感応フラッディングの提案
LDPF の再ブロードキャスト確率の設定値
P1
P2
default_prob
0.80
0.80
loaded_prob
0.40
0.20
2.50
80
2.00
60
1.50
40
1.00
20
0.50
0
0.00
SF
P1
P2
SF
P1
P2
SF
P1
P2
SF
P1
P2
SF
P1
P2
SF
P1
P2
SF
P1
P2
SF
P1
P2
SF
P1
P2
SF
P1
P2
R , B [%]
100
Ratio of R to B
Table 2.2
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
Map / Delivery parameter
Ratio of R to B
B
SF と LDPF の比較(マップごとにおける)
99.50
99.50
2.50
91.40
84.10
80
R , B [%]
67.30
60.50
60
1.39
1.35
40
2.00
1.50
1.00
1.00
20
0.50
0
0.00
SF
P1
Delivery parameter
Ratio of R to B
Fig. 2.10
R
P2
B
SF と LDPF の比較(平均値)
44
Ratio of R to B
Fig. 2.9
100
R
第2章
負荷感応フラッディングの提案
2.6.3. SF と LDCF の比較
LDCF については,decision_time は,簡単のためランダム値とせず,低負荷時
1,高負荷時 2 と固定値とする.C1,C2 の 2 通りの設定値でシミュレーション
を行う.Table 2.3 にそれぞれ,負荷状態ではないノードのカウンタしきい値
(default_c_threshold),負荷状態ノードのカウンタしきい値(loaded_c_threshold)
の設定値を示す.Fig. 2.11 に評価結果を示す.全マップにおける結果の平均値
を Fig.2.12 に示す.
Fig.2.12 において,各平均値を比較すると,R は SF と比較して C1 は 14.0%,
C2 は 25.5%減尐している.一方,B に関しては,C1 で 55.3%,C2 で 66.8%削減
されており,結果として R-B 比は C1 で 0.95,C2 で 2.25 上昇しており,高いパ
ケット到達率を確保し,かつ再ブロードキャストノードの削減を実現している
といえる.R の平均値が減尐した理由は,C1 と C2 においては,カウンタしき
い値(default_c_threshold,loaded_c_threshold)に差を与えているが,ここでしき
い値が極端に低い場合には,マップによっては R が著しく低下することがあり,
これによるものであると考えられる.今後は,パケット到達率と再ブロードキ
ャスト率のバランスをとり,十分な性能が得られるカウンタしきい値を検討す
る必要がある.
2.6.4. 評価まとめ
2.6 節では,提案方式の有効性に関して,机上計算によるアルゴリズムの基礎
評価を行った.その結果,提案方式である LDPF,LDCF 共に,高いパケット到
達率を確保しつつ,冗長な再ブロードキャストを抑制できる見通しを得た.し
かし,パケット到達率に関しては,提案方式を用いた場合,SF と比較して特定
のマップにおいて減尐が大きくなる傾向がみられた.尚,今回の基礎評価にお
いては,1 個のパケットの配信に着目して性能の評価を行った.また,ノードの
移動や電波干渉等は考慮していなかった.このため以降では,ネットワークシ
ミュレーションにより詳細に評価を行う.特に,パケットの生起頻度が高い場
合,SF においては,コリジョンによる通信品質の低下が発生することが予想さ
れるため,提案方式による改善効果が期待される.
提案方式の基本性能に関して,2.8 節では,ネットワークシミュレーションを
用いてより実際的なネットワークトポロジを想定し評価を行う.
45
第2章
負荷感応フラッディングの提案
LDCF のカウンタしきい値の設定値
C1
C2
default_c_threshold
4
3
loaded_c_threshold
2
1
2.50
80
2.00
60
1.50
40
1.00
20
0.50
0
0.00
SF
C1
C2
SF
C1
C2
SF
C1
C2
SF
C1
C2
SF
C1
C2
SF
C1
C2
SF
C1
C2
SF
C1
C2
SF
C1
C2
SF
C1
C2
R , B [%]
100
Ratio of R to B
Table 2.3
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
Map / Delivery parameter
Ratio of R to B
B
SF と LDCF の比較(マップごとにおける)
99.50
99.50
2.50
2.25
85.50
R , B [%]
80
2.00
1.95
74.00
60
1.50
40
1.00
44.20
1.00
32.70
20
0.50
0
0.00
SF
C1
Delivery parameter
Ratio of R to B
Fig.2.12
R
C2
B
SF と LDCF の比較(平均値)
46
Ratio of R to B
Fig.2.11
100
R
第2章
負荷感応フラッディングの提案
2.7. 基本性能の評価
2.6 節では我々が提案している,2 つの負荷感応フラッディング方式に関して,
机上計算による基礎評価を行った.本節では,ネットワークシミュレーション
により,より実際的なネットワークトポロジにおいて評価を行う.本節では,
既存の SF,既存の固定の再ブロードキャスト確率および固定のカウンタしきい
値を用いる方式,そして提案方式の性能を比較する.これにより,提案方式の
有効性を示す.評価項目は,ネットワーク内の全ノードに対するパケット到達
率,ブロードキャストノード率,パケットの平均配信遅延時間である.
2.7.1 節では,評価の方法について述べている.2.7.2 節では LDPF に関して,
2.7.3 節では LDCF に関して評価を行っている.2.7.4 節で評価結果をまとめてい
る.
2.7.1. 評価方法
評価にはネットワークシミュレータ OPNET Modeler 14.5[23]を用いる.以下に
シミュレーション設定を示す,シミュレーションエリアは 1000x600m,ノード
の MAC レイヤは IEEE802.11b,データレートは 2Mbps,送信電力は 5.00mW,
パケット受信電力しきい値は-85dBm,q_threshold はノードの輻輳に対する感度
を高めるため 1,n は 5 とする,そして,Random()で得られる値域は[0, 20]ms と
する.この値域の最大値はバックオフ制御[24]におけるデータフレームの再送バ
ックオフ時間の最大値と同程度としている.各 Initiator ノードが生成するパケッ
ト数は 2000 とする,また,全ノード数,Initiator 数,Initiator ノードにおけるパ
Table 2.4
シミュレーションの設定
Total num. of nodes
Case A
Case B
Case C
Case D
Case W
Case X
Case Y
Case Z
Initiator nodes
50
50
50
50
100
100
100
100
2
2
2
2
2
2
2
2
47
Packet generation interval
Constant 32ms
Uniform [0, 32]ms
Constant 16ms
Uniform [0, 16]ms
Constant 32ms
Uniform [0, 32]ms
Constant 16ms
Uniform [0, 16]ms
第2章
負荷感応フラッディングの提案
ケット生成間隔を Table 2.4 の Case A~D,W~Z の 8 通りに定める.ネットワー
ク内の全ノード数については,Case A~D では,疎なネットワークを想定し 50
ノード,Case W~Z では,密なネットワークを想定し 100 ノードとする,ノー
ドの配置はランダムとする.尚,以下では各ノードはノード ID(i)を持つもの
とし,ネットワーク内に 2 つ存在する Initiator ノードの ID はそれぞれ,1,2 と
し,この他のノードのノード ID は 3, 4,…, N とする.
ここで,Initiator ノードが生成するパケットのパケットサイズ(レイヤ 2 ペイ
ロード)は 1024Byte とする,また,様々なアプリケーションへの適用可能性を
調査するため,パケットの生成間隔は,32ms および 16ms,また生成間隔を一定
(Constant)と一様分布(Uniform)を定める.
ノードの移動はシミュレータ標準の Random Waypoint モデルに基づいて動作
し,速度は人間の歩行・走行程度を想定し[0.00, 8.00]m/s とする,配置・移動パ
ターンにより 10 通りのシナリオを作成する.
各フラッディング方式および各設定値において以下の(d)~(g)の項目について
評価を行う.これらの項目は,各シナリオそれぞれにおいて算出されるが,以
下の節では全シナリオの平均値のみを示し,考察する.
(d) 全ノードに対する平均パケット到達率 R[%]
1 つのパケットについて,全ノードのうちパケットを受信したノードの割合を
求め,全パケットについて平均値を求める.
I
J
i
j

R 
rij
N
IJ
(2.4)
I : Initiator ノードの数.I=2.
J : 生成されたパケットの合計数.J=2000.
N : 全ノード数.N=50, 100.
i : Initiator ノードの ID.i=1,2.
j : パケットの ID.j=1,2,...,2000.
rij : Initiator
ID が i である Initiator ノードが生成したパケット ID が j であるパ
ケットを受信したノードの数(Initiator ノードを含む).
(e) 全ノードに対する平均ブロードキャストノード率 B[%]
1 つのパケットについて,全ノードのうちパケットのブロードキャストを行っ
たノードの割合を求め,全パケットについて平均値を求める.
48
第2章
負荷感応フラッディングの提案
I
J
i
j

B 
bij : Initiator
b ij
N
IJ
(2.5)
ID が i である Initiator ノードが生成したパケット ID が j であるパケ
ットについて,再ブロードキャストを行なったノードの数(Initiator ノードを含
む).
(f) R-B 比
R と B の比を求める.R-B 比は数値が大きいほど,より高いパケット到達率
を実現しつつ,冗長なブロードキャストが抑制できていることを示すこととな
る.
Ratio (R, B) =R / B
(2.6)
(g) パケットの平均配信遅延時間 D[s]
Initiator ノードのアプリケーションレイヤにおいてパケットが生成され,他の
ノードに受信されアプリケーションレイヤに到達するまでの時間について,全
パケット・全ノードにおける平均を求める.
I
J
K
i
j
k
   ( r _ time )
D 
ijk
IJK
 ( i _ time ) ij 
(2.7)
K : パケットを受信したノードの数.
k : パケットを受信したノードの ID.
(r_time)ijk: Initiator
ID が i である Initiator ノードが生成したパケット ID が j で
あるパケットを,ノード ID が k であるノードが受信した時刻.
(i_time)ij : Initiator
ID が i である Initiator ノードが生成したパケット ID が j で
あるパケットが生成された時刻.
提案方式の目的は,高いパケット到達率を確保しつつ,冗長な再ブロードキャ
ストを抑制することである.そのため,R は高い方が好ましく,B は低い方が望
ましい.また,これらの比である R-B 比は大きい方が望ましい.そして,パケ
ットの即時到達の観点からは D は小さい方が望ましい.
以降,2.7.2 節においては,LDPF の性能を,SF および既存の固定の再ブロー
ドキャスト確率を用いる方式と比較している.そして 2.7.3 節においては,LDCF
の性能を,SF および既存の固定のカウンタしきい値を用いる方式と比較してい
る.ただし,ノードの初期配置,移動パターンは両節で共通のものを使用して
49
第2章
負荷感応フラッディングの提案
いる.
2.7.2. LDPF の評価
各ノードの再ブロードキャスト確率を Table 2.5 のように定めシミュレーショ
ンを行う.Pa~Pc は従来の固定の再ブロードキャスト確率 prob を用いる方式で
ある.そして,P1~P5 は提案方式であり,default_prob と loaded_prob をそれぞ
れ定めており,負荷状態に応じていずれかの prob が設定される.LDPF の再ブ
ロ ー ド キ ャス ト 確 率 の 設 定 値 ( P1 ~P5 )の 理 由 に つい て 以下に 述 べ る .
default_prob に関しては,SF(確率 1.00 に相当)よりも低い確率としている.LDPF
では,単にネットワークの全端末で統一して再ブロードキャスト確率を定める
Probability-based Scheme に対し,負荷状態ノード(queue >= q_threshold)の再ブ
ロードキャスト確率である loaded_prob を小さい値にすることにより,再ブロー
ドキャストを積極的に抑制し,これによりパケット損失の発生の低減を図って
いる.このため,loaded_prob < default_prob の範囲で設定値を定める.また,
default_prob が 0.40 未満については,再ブロードキャスト確率が低すぎるためパ
ケット到達率が低下する不安がある.また,default_prob と loaded_prob の差が
小さすぎる(例えば 0.40 未満)の場合,提案方式の効果は小さく不適と考える.
このためこれらを評価対象から除外する.
シミュレーションの結果により各評価項目について,まず,(i)既存方式 SF と
提案方式 P1~P5 の各設定を比較する.次に,提案方式 P1~P5 の各設定と,Pa
~Pc のうち提案方式における default_prob と等しい値の再ブロードキャスト確
率を固定値として用いているものとを比較する.すなわち(ii)Pa と P1,Pa と P2,
(iii)Pb と P3,Pb と P4,そして(iv)Pc と P5,以上の順でそれぞれ比較する.
prob
default_prob
loaded_prob
Table 2.5 再ブロードキャスト確率の設定値
Pa
Pb
Pc
P1
P2
P3
0.80
0.60
0.40
0.80
0.80
0.60
0.40
0.20
0.20
50
P4
P5
0.60
0.00
0.40
0.00
第2章
負荷感応フラッディングの提案
(d) 全ノードに対する平均パケット到達率 R
まず,Fig.2.13 において,SF と P1~P5 について比較すると,P1~P5 の各設
定はすべての Case において,SF よりも R を改善することができた.尚,改善量
がもっとも顕著に現れたのは P5 であった(9.90~22.4%改善).次に,Fig.2.14
において,Pa と P1,Pa と P2,Fig.2.15 において Pb と P3,Pb と P4,そして Fig.2.16
において Pc と P5 を比較する.ここでは,Pb と P3 を比較した場合の一部の Case
を除き,P1~P5 の各設定において R が改善した.一方 R が低下した Case に着
目すると,低下の幅は最大 1.00%程度であり,性能面での影響はほぼ無いと考え
られる.
多くの Case において,R が改善した理由は以下のように考えられる.LDPF
により,Initiator ノードの周辺に存在するノードのように負荷が集中するノード
において,再ブロードキャストを効果的に抑制することができた.その結果,
コリジョンやバッファオーバフローを削減し,パケット到達率が向上したと考
えられる.
100
better
R [%]
80
SF
P1
P2
P3
P4
P5
60
40
20
A
B
C
D
W
X
Y
Z
Case
Fig.2.13
全ノードに対する平均パケット到達率 R
SF vs. LDPF(P1~P5)
51
負荷感応フラッディングの提案
100
better
R [%]
80
Pa
P1
P2
60
40
20
A
B
C
D
W
X
Y
Z
Case
Fig.2.14
全ノードに対する平均パケット到達率 R
固定 prob(Pa) vs. LDPF(P1~P2)
100
better
R [%]
80
Pb
P3
P4
60
40
20
A
B
C
D
W
X
Y
Z
Case
Fig.2.15
全ノードに対する平均パケット到達率 R
固定 prob(Pb) vs. LDPF(P3~P4)
100
better
80
R [%]
第2章
Pc
P5
60
40
20
A
B
C
D
W
X
Y
Z
Case
Fig.2.16
全ノードに対する平均パケット到達率 R
固定 prob(Pc) vs. LDPF(P5)
52
第2章
負荷感応フラッディングの提案
(e) 全ノードに対する平均ブロードキャストノード率 B
Fig.2.17 に B の評価結果を示す.まず,Fig.2.17 において,SF と P1~P5 につ
いて比較する.ここでは,P1~P5 の各設定はすべての Case において,SF より B
を削減することができた.尚,削減量がもっとも顕著に現れたのは P5 であった
(14.9~39.1%削減).次に,Fig.2.18 において,Pa と P1,Pa と P2,Fig.2.19 に
おいて Pb と P3,Pb と P4,そして Fig.2.20 において Pc と P5 を比較する.ここ
では,P1~P5 の各設定はすべての Case において,Pa~Pc よりも B を削減する
ことができた.これは,LDPF により,ネットワーク全体の冗長な再ブロードキ
ャスト,および負荷状態ノードの再ブロードキャストを積極的に抑制すること
ができたためと考えられる.そして,結果として既存方式よりもネットワーク
全体としてのブロードキャスト数を削減することができた.
80
better
B [%]
60
40
20
SF
P1
P2
P3
P4
P5
0
A
B
C
D
W
X
Y
Z
Case
Fig.2.17
全ノードに対する平均ブロードキャストノード率 B
SF vs. LDPF(P1~P5)
53
負荷感応フラッディングの提案
80
better
B [%]
60
Pa
P1
P2
40
20
0
A
B
C
D
W
X
Y
Z
Case
全ノードに対する平均ブロードキャストノード率 B
固定 prob(Pc) vs. LDPF(P1~P2)
Fig.2.18
80
better
B [%]
60
Pb
P3
P4
40
20
0
A
B
C
D
W
X
Y
Z
Case
全ノードに対する平均ブロードキャストノード率 B
固定 prob(Pb) vs. LDPF(P3~P4)
Fig.2.19
80
better
60
B [%]
第2章
Pc
P5
40
20
0
A
B
C
D
W
X
Y
Z
Case
Fig.2.20
全ノードに対する平均ブロードキャストノード率 B
固定 prob(Pc) vs. LDPF(P5)
54
第2章
負荷感応フラッディングの提案
(f) R-B 比
まず,Fig.2.21 において,SF と P1~P5 について比較する.ここでは,P1~P5
の各設定はすべての Case において,SF より R-B 比が改善した.尚,改善量が
もっとも顕著に現れたのは P5 であった(1.39~2.23 改善).
次に,Fig.2.22 において,Pa と P1,Pa と P2,Fig.2.23 において Pb と P3,Pb
と P4,そして Fig.2.24 において Pc と P5 を比較する.ここでは,P1~P5 の各設
定はすべての Case において R-B 比が改善した.これは,R と B の両者ともに改
善したためである.これにより LDPF は既存方式と比較して,高いパケット到
達率を確保しつつ,冗長な再ブロードキャストの抑制を実現していることを示
した.
4.0
better
Ratio (R, B )
3.0
SF
P1
P2
P3
P4
P5
2.0
1.0
0.0
A
B
C
D
W
X
Case
Fig.2.21 R-B 比
SF vs. LDPF(P1~P5)
55
Y
Z
負荷感応フラッディングの提案
4.0
better
Ratio (R , B )
3.0
Pa
P1
P2
2.0
1.0
0.0
A
B
C
D
W
X
Y
Z
Case
Fig.2.22 R-B 比
固定 prob(Pa) vs. LDPF(P1~P2)
4.0
better
Ratio (R , B )
3.0
Pb
P3
P4
2.0
1.0
0.0
A
B
C
D
W
X
Y
Z
Case
Fig.2.23 R-B 比
固定 prob(Pb) vs. LDPF(P3~P4)
4.0
better
3.0
Ratio (R, B )
第2章
Pc
P5
2.0
1.0
0.0
A
B
C
D
W
X
Case
Fig.2.24 R-B 比
固定 prob(Pc) vs. LDPF(P5)
56
Y
Z
第2章
負荷感応フラッディングの提案
(g) ノードあたりの平均配信時間 D
まず,Fig.2.25 において,SF と P1~P5 について比較する.ここでは,P1~P5
の各設定はすべての Case において,SF より D を短縮することができた.尚,
短縮量がもっとも顕著に現れたのは P5 であった(1.24~7.12s 改善).次に,
Fig.2.26 において,Pa と P1,Pa と P2,Fig.2.27 において Pb と P3,Pb と P4,そ
して Fig.2.28 において Pc と P5 を比較する.ここでは,P1~P5 の各設定はすべ
ての Case において D を短縮することができた.これにより,提案方式は既存方
式と比較して D を短縮することができた.この理由は,冗長な再ブロードキャ
ストの抑制により,ネットワーク全体のトラフィックが削減され,これにより,
各ノードにおいてリンクがビジーである時間を短縮することができ,MAC 送信
キューにおけるパケットの送信待ち待機時間が短縮したためと考えられる.
10
D [s]
8
better
SF
P1
P2
P3
P4
P5
6
4
2
0
A
B
C
D
W
X
Y
Z
Case
Fig.2.25
パケットの平均配信遅延時間 D
SF vs. LDPF(P1~P5)
57
負荷感応フラッディングの提案
10
D [s]
8
better
6
Pa
P1
P2
4
2
0
A
B
C
D
W
X
Y
Z
Case
パケットの平均配信遅延時間 D
Fig.2.26
固定 prob(Pa) vs. LDPF(P1~P2)
10
D [s]
8
better
6
Pb
P3
P4
4
2
0
A
B
C
D
W
X
Y
Z
Case
パケットの平均配信遅延時間 D
Fig.2.27
固定 prob(Pb) vs. LDPF(P3~P4)
10
8
D [s]
第2章
better
6
Pc
P5
4
2
0
A
B
C
D
W
X
Y
Z
Case
Fig.2.28
パケットの平均配信遅延時間 D
固定 prob(Pc) vs. LDPF(P5)
58
第2章
負荷感応フラッディングの提案
2.7.3. LDCF の評価
各ノードのカウンタしきい値を Table 2.6 のように定めシミュレーションを行
う.Ca~Cc は従来の固定のカウンタしきい値 c_threshold を用いる方式である.
そして,C1~C5 は提案方式であり,default_c_threshold と loaded_c_threshold を
それぞれ定めており,負荷状態に応じていずれかの c_threshold が設定される.
LDCF のカウンタしきい値の設定値の理由について以下に述べる.LDCF と同
様のカウンタを用いている Counter-based Scheme においては,カウンタしきい値
を 3~4 で使用するのが好ましく,例えば 6 のように高い値では,SF と同様の振
る舞いとなり,高い確率で再ブロードキャストを行うことになることが報告さ
れている[16].これをもとに,この付近の値を default_c_threshold として定めて
いる.LDCF では,単にネットワーク全体で統一してカウンタしきい値を定め
る Counter-based Scheme に対し,負荷状態ノード(queue >= q_threshold)のカウ
ンタしきい値である loaded_c_threshold を default_c_threshold に対して小さい値に
することにより,再ブロードキャストを積極的に抑制し,これによりパケット
損失の発生の低減を図っている.つまり loaded_c_threshold < default_c_threshold
のみを評価する.
シミュレーションの結果により,各評価項目について,まず,(i)既存方式 SF
と提案方式 C1~C5 を比較する.次に,提案方式 C1~C5 の各設定と,Ca~Cc
のうち提案方式における c_threshold と等しい値のカウンタしきい値を固定値と
して用いているものとを比較する.すなわち(ii)Ca と C1,Ca と C2,(iii)Cb と
C3,Cb と C4,そして(iv)Cc と C5,以上の順でそれぞれ比較する.
Table 2.6 カウンタしきい値の設定値
Ca
Cb
Cc
C1
C2
C3
C4
C5
c_threshold
6
4
2
-
-
-
-
-
default_c_threshold
-
-
-
6
6
4
4
2
loaded_c_threshold
-
-
-
4
2
2
1
1
59
第2章
負荷感応フラッディングの提案
(d) 全ノードに対する平均パケット到達率 R
まず,Fig.2.29 において,SF と C1~C5 について比較する.ここでは,すべ
ての Case において,C1~C5 が SF よりも R を改善することができた.尚,改善
量がもっとも顕著に現れたのは C5 であった(12.1~33.1%改善).次に,Fig.2.30
において,Ca と C1,Ca と C2,Fig.2.31 において Cb と C3,Cb と C4,そして
Fig.2.32 において Cc と C5 を比較する.ここでは,C1~C5 の各設定はすべての
Case において R が改善した.これにより,提案方式は既存方式よりも高い R が
得られることを示した.
R が改善した理由は以下のように考えられる.LDCF により Initiator ノードの
周辺に存在するノードのように負荷の集中するノードにおいて,再ブロードキ
ャストを効果的に抑制することができた.その結果,コリジョンやバッファオ
ーバフローを削減し,パケット到達率が向上したと考えられる.
100
better
R [%]
80
SF
C1
C2
C3
C4
C5
60
40
20
A
B
C
D
W
X
Y
Z
Case
Fig.2.29
全ノードに対する平均パケット到達率 R
SF vs. LDCF(C1~C5)
60
負荷感応フラッディングの提案
100
better
R [%]
80
Ca
C1
C2
60
40
20
A
B
C
D
W
X
Y
Z
Case
Fig.2.30 全ノードに対する平均パケット到達率 R
固定 c_threshold(Ca) vs. LDCF(C1~C2)
100
better
R [%]
80
Cb
C3
C4
60
40
20
A
B
C
D
W
X
Y
Z
Case
Fig.2.31 全ノードに対する平均パケット到達率 R
固定 c_threshold(Cb) vs. LDCF(C3~C4)
100
better
80
R [%]
第2章
Cc
C5
60
40
20
A
B
C
D
W
X
Y
Z
Case
Fig.2.32
全ノードに対する平均パケット到達率 R
固定 c_threshold(Cc) vs. LDCF(C5)
61
第2章
負荷感応フラッディングの提案
(e) 全ノードに対する平均ブロードキャストノード率 B
まず,Fig.2.33 において,SF と C1~C5 について比較する.ここでは,すべ
ての Case において,C1~C5 が SF より B を削減することができた.尚,削減量
がもっとも顕著に現れたのは C5 であった(14.7~61.0%削減).次に,Fig.2.34
において,Ca と C1,Ca と C2,Fig.2.35 において Cb と C3,Cb と C4,そして
Fig.2.36 において Cc と C5 を比較する.ここでは,C1~C5 の各設定はすべての
Case において B を削減することができた.これは,LDCF により,ネットワー
ク全体の冗長な再ブロードキャスト,および負荷状態ノードの再ブロードキャ
ストを積極的に抑制することができたためと考えられる.そして,結果として
既存方式よりもネットワーク全体としてのブロードキャスト数を削減すること
ができた.
80
better
B [%]
60
40
20
SF
C1
C2
C3
C4
C5
0
A
B
C
D
W
X
Y
Z
Case
Fig.2.33
全ノードに対する平均ブロードキャストノード率 B
SF vs. LDCF(C1~C5)
62
負荷感応フラッディングの提案
80
better
B [%]
60
Ca
C1
C2
40
20
0
A
B
C
D
W
X
Y
Z
Case
全ノードに対する平均ブロードキャストノード率 B
固定 c_threshold(Ca) vs. LDCF(C1~C2)
Fig.2.34
80
better
B [%]
60
Cb
C3
C4
40
20
0
A
B
C
D
W
X
Y
Z
Case
全ノードに対する平均ブロードキャストノード率 B
固定 c_threshold(Cb) vs. LDCF(C3~C4)
Fig.2.35
80
better
60
B [%]
第2章
Cc
C5
40
20
0
A
B
C
D
W
X
Y
Z
Case
Fig.2.36
全ノードに対する平均ブロードキャストノード率 B
固定 c_threshold(Cc) vs. LDCF(C5)
63
第2章
負荷感応フラッディングの提案
(f) R-B 比
Fig.2.37 において,SF と C1~C5 について比較する.ここでは,すべての Case
において,C1~C5 が SF より R-B 比が改善した.尚,改善量がもっとも顕著に
現れたのは C5 であった(1.80~6.45 改善).次に,Fig.2.38 において,Ca と C1,
Ca と C2,Fig.2.39 において Cb と C3,Cb と C4,そして Fig.2.40 において Cc と
C5 を比較する.ここでは,C1~C5 の各設定はすべての Case において R-B 比が
改善した.これは,R と B の両者ともに改善したためである.これにより LDCF
は既存方式と比較して,高いパケット到達率を確保しつつ,冗長な再ブロード
キャストの抑制を実現していることを示した.
8.0
better
7.0
Ratio (R, B )
6.0
SF
C1
C2
C3
C4
C5
5.0
4.0
3.0
2.0
1.0
0.0
A
B
C
D
W
X
Case
Fig.2.37 R-B 比
SF vs. LDCF(C1~C5)
64
Y
Z
負荷感応フラッディングの提案
8.0
better
7.0
Ratio (R , B )
6.0
5.0
Ca
C1
C2
4.0
3.0
2.0
1.0
0.0
A
B
C
D
W
X
Y
Z
Case
Fig.2.38 R-B 比
固定 c_threshold(Ca) vs. LDCF (C1~C2)
8.0
better
7.0
Ratio (R , B )
6.0
5.0
Cb
C3
C4
4.0
3.0
2.0
1.0
0.0
A
B
C
D
W
X
Y
Z
Case
Fig.2.39 R-B 比
固定 c_threshold(Cb) vs. LDCF(C3~C4)
8.0
better
7.0
6.0
Ratio (R , B )
第2章
5.0
Cc
C5
4.0
3.0
2.0
1.0
0.0
A
B
C
D
W
X
Y
Case
Fig.2.40 R-B 比
固定 c_threshold(Cc) vs. LDCF(C5)
65
Z
第2章
負荷感応フラッディングの提案
(g) パケットの平均配信遅延時間 D
まず,Fig.2.41 において,SF と C1~C5 について比較する.ここでは,すべ
ての Case において,C1~C5 が SF より D が短縮した.尚,短縮量がもっとも顕
著に現れたのは C5 であった(1.25~6.96s 改善).次に,Fig.2.42 において,Ca
と C1,Ca と C2,Fig.2.43 において Cb と C3,Cb と C4,そして Fig.2.44 におい
て Cc と C5 を比較する.ここでは,C1~C5 の各設定はすべての Case において
D を短縮することができた.これにより,提案方式は既存方式と比較して D を
短縮することができると考えられる.この理由は,冗長な再ブロードキャスト
の抑制により,ネットワーク全体のトラフィックが削減され,これにより,各
ノードにおいてリンクがビジーである時間を短縮することができ,MAC 送信キ
ューにおけるパケットの送信待ち待機時間が短縮したためと考えられる.
10
D [s]
8
better
SF
C1
C2
C3
C4
C5
6
4
2
0
A
B
C
D
W
X
Y
Z
Case
Fig.2.41
パケットの平均配信遅延時間 D
SF vs. LDCF(C1~C5)
66
負荷感応フラッディングの提案
10
D [s]
8
better
6
Ca
C1
C2
4
2
0
A
B
C
D
W
X
Y
Z
Case
Fig.2.42 パケットの平均配信遅延時間 D
固定 c_threshold(Ca) vs. LDCF(C1~C2)
10
D [s]
8
better
Cb
C3
C4
6
4
2
0
A
B
C
D
W
X
Y
Z
Case
Fig.2.43 パケットの平均配信遅延時間 D
固定 c_threshold(Cb) vs. LDCF(C3~C4)
10
8
D [s]
第2章
better
6
Cc
C5
4
2
0
A
B
C
D
W
X
Y
Z
Case
Fig.2.44 パケットの平均配信遅延時間 D
固定 c_threshold(Cc) vs. LDCF(C5)
67
第2章
負荷感応フラッディングの提案
2.7.4. 評価まとめ
2.7 節では,LDPF と LDCF の性能に関して,ネットワークシミュレーション
により評価を行った.その結果,両方式は既存方式と比較して,高いパケット
到達率を確保しつつ,冗長な再ブロードキャストを抑制できることを示した.
これは,ネットワーク全体の冗長な再ブロードキャスト,および負荷状態ノー
ドの再ブロードキャストを効果的に抑制し,そしてコリジョンやバッファオー
バフローによるパケット損失を削減できた効果であると言える.また,ネット
ワーク全体の負荷が軽減されたことからパケットの平均配信遅延時間の短縮を
実現した.
LDPF と LDCF を比較すると,LDCF の方が高い性能を示した.これは以下の
ように考えられる.LDPF は確率に基づき再ブロードキャストの実行可否の判断
を行っている.このため,ノードの周辺に存在しているノードの疎密によるト
ラフィックの偏りに感応できない.一方,LDCF においては同一パケットの受信
回数に基づき再ブロードキャストの実行可否の判断を行っている.同一パケッ
トの受信回数は,ノードの周辺に存在しているノードの疎密によって変化する.
つまり,トラフィックの偏りに感応できることから,再ブロードキャストを効
果的に抑制でき,高い性能が得られたと考えられる.
2.7 節での評価においては,ノードにおける送受信パケット数およびパケット
の送受信にかかわる消費電力に関しては,評価を行っていない.これらについ
ては,2.8 節において評価を行う.尚,以降,性能評価は SF と LDPF および LDCF
に関して行う.
68
第2章
負荷感応フラッディングの提案
2.8. ノードあたりの送受信パケット数と消費電力に関する評価
本節では,SF と LDPF および LDCF に関して,ネットワークシミュレーショ
ンにより,ネットワーク内の全ノードに対するパケット到達率とノードあたり
の送受信パケット数(トラフィック量)およびパケットの送受信に関わる消費
電力に関して比較を行う.そして,LDPF および LDCF は SF と比較して,高い
パケット到達率を確保しつつ,ノードあたりの送受信パケット数およびパケッ
トの送受信に関わる消費電力を削減できることを示している.尚,2.7 節におい
て LDPF,LDCF のいずれも,固定 prob を用いる場合(Pa~Pc),固定 c_threshold
を用いる場合(Ca~Cc)と比較して,性能の向上が認められたため,本節では
SF と LDPF および LDCF のみに関して述べ,固定 prob を用いる場合(Table 2.2
の Pa~Pc)および固定 c_threshold を用いる場合(Table 2.3 の Ca~Cc)について
は省略する.
固定 prob を用いる方式と固定 c_threshold を用いる方式については,
必ず LDPF および LDCF と同等(パラメータ設定値が偶然良好であった場合)
もしくはそれ以下の性能となる.
2.8.1 節では,評価方法について述べている.2.8.2 節では LDPF に関して,2.8.3
節では LDCF に関して評価している.2.8.4 節で評価結果をまとめている.
2.8.1. 評価方法
シミュレーションの設定は 2.7.1 節と同様であるが,Table 2.7 に示すように,
Case A(疎なネットワーク),Case W(密なネットワーク)に限定して評価を行
う.ノードあたりの送受信パケット数の評価方法として,配信パラメータごと
に以下の(h)~(k)について 10 シナリオの平均値および標準偏差を求める.
(h)ノードあたりの送信パケット数 trs
各ノードにおいて,受信したパケットを再ブロードキャストした数をネット
ワーク全体で合計し,1 ノードあたりの数を求める.ただし,Initiator ノードに
Table 2.7 シミュレーションの設定
Case A
Total number of nodes
The number of Initiator nodes
Packet generation interval
69
50
2
32ms
Case W
100
2
32ms
第2章
負荷感応フラッディングの提案
関しては,初期に生成するブロードキャストは除き(0 とする),中継のための
ブロードキャストのみを対象とする.
N
trs

param
s
i
/N
i 1
(2.8)
N
: 全ノード数.N = 50 (Case A), 100 (Case W)
i
: ノード ID.i = {1, 2,..., N}
si
: ノード ID が i であるノードが中継のためブロードキャストを行ったパ
ケット数.
param: 配信パラメータ(SF, P1, P2,... , C5 のいずれか)
(i)ノードあたりの受信パケット数 trr
各ノードが受信したパケット数について,ネットワーク全体で合計し,1 ノー
ドあたりの数を求める.
N
trr param 
r
i
/N
i 1
(2.9)
ri : ノード ID が i であるノードが受信したパケット数.
(j)ノードあたりの送受信パケット数 trx
trs と trr の和を trx とする.
trx
param
 trs
 trr param
param
(2.10)
(k) 全ノードに対する平均パケット到達率 R [%]
Initiator ノードが生成した 1 つのパケットについて,ネットワーク内の全ノー
ドのうちパケットを受信したノードの割合を求める.そして全パケットについ
て平均値を求める.
I
J
i
j

R param 
m ij
N
IJ
I : Initiator ノード数.I = 2.
J
: 生成された合計パケット数.J = 2000.
j : パケット ID.j = 1,2, …, 2000.
70
(2.11)
第2章
負荷感応フラッディングの提案
mij : ノード ID が i である Initiator ノードが生成したパケット ID が j であるパケ
ットを受信したノードの数(Initiator ノードを含む).
ノードあたりの送受信パケット数の削減と,高いパケット到達率の確保が要
求されるため,trx,trr,trx は小さく,R は高いほうが望ましい.次に結果をよ
り理解しやすいよう,trx と R の両方を考慮した(l)を求める.
(l) 到達率で正規化されたノードあたりの送受信パケット数 Normalized_trx
trx を R で正規化し Normalized_trx とする.Normalized_trx は小さい方が望ま
しい.
Normalized_trx = trx / R (2.12)
続いて,ノードあたりの消費電力に関する評価の手順を以下に示す.配信パ
ラメータごとに,前述の trs,trr の値をもとにノードあたりの消費電力を見積も
り,比較する.Feeney らの検討[24]によれば,1 パケットの送信にかかわる電力
tp[μW*sec]と受信にかかわる電力 rp[μW*sec]は以下の式で示されている.
tp = 2.000 * frame length + 270 (2.13)
rp = 0.500 * frame length + 60 (2.14)
ここでは(2.13),(2.14)式を用い,以下(m)~(o)を求める.
(m) ノードあたりの送信にかかわる消費電力 pws [μW*sec]
pws
param
 trs
param
* tp
(2.15)
(n) ノードあたりの受信にかかわる消費電力 pwr [μW*sec]
pwr
param
 trr param * rp
(2.16)
(o) ノードあたりの送受信にかかわる消費電力 pwx [μW*sec]
pwx
param
 pws
param
 pwr
param
(2.17)
ノードあたりの送受信にかかわる消費電力の削減と,高いパケット到達率の
確保が要求されるため,pwx,pwr,pwx は小さいほうが望ましい.次に結果を
より理解しやすいよう,pwx と R の両方を考慮した(p)を求める.
(p) 到達率で正規化されたノードあたりの消費電力 Normalized_pwx
Normalized_pwx = pwx / R (2.18)
71
第2章
負荷感応フラッディングの提案
2.8.2. LDPF の評価
ノードあたりの送受信パケット数に関する評価結果を Fig.2.45 に示す.
Fig.2.45(i)に,各 Case における trs,trr,trx,R を示す.グラフにプロットされ
ている値は 10 シナリオの平均値であり,偏差棒は平均値±標準偏差(SD)の範囲
を示している.Fig.2.45(i)より,Case A においては,P5 のみ SF よりも trx の削減
と R の向上を同時に実現した.しかし,その他の P1~P4 においては,いずれも
R は向上したものの,trx は 1~3%増加した.これは SF と比較して,パケット損
失の減尐により,R の向上は認められたが,同一パケットの重複受信の削減が十
分ではなく,結果として trr が増加し,これに伴って trx も増加したと考えられ
る.一方,Case W においては,P1~P4 は SF よりも trx の削減と R の向上を実
現した.
次に Fig. 2.45(ii)に,各 Case における R で正規化された trx である Normalized_trx
を示す.Fig.2.45(ii)より Case A,CaseW のいずれにおいても,P1~P5 のいずれ
も SF より小さい値となった.これにより,R あたりの trx を削減できているこ
とを示した.尚,Normalized_trx が最小となったのは,Case A において P5(SF
と比較して trx を 8.14%削減,R を 9.88%向上)であり,Case W においても P5
(SF と比較して trx を 3.56%増加,R を 22.4%向上)であった.
続いて,ノードあたりの消費電力に関する評価結果を Fig.2.46 に示す.
Fig.2.46(i)に,各 Case における pws,pwr,pwx,R を示す.Fig.2.45(i)により,
Case A,Case W のいずれにおいても,P1~P5 のいずれも SF とよりも pwx の削
減と R の向上を同時に実現した.
次 に Fig. 2.46(ii) に , 各 Case に お け る R で 正 規 化 さ れ た pwx で あ る
Normalized_pwx を示す.Fig.2.46(ii)より Case A,CaseW のいずれにおいても,
P1~P5 のいずれも SF より小さい値となった.これにより,R あたりの pwx を
削減できることを示した.尚,Normalized_pwx が最小となったのは,Case A に
おいて P5(SF と比較して pwx を 35.9%削減,R を 9.88%向上)であり,Case W
においても P5(SF と比較して pwx を 27.0%削減,R を 22.4%向上)であった.
72
負荷感応フラッディングの提案
50000
86.0
40000
100
92.7 93.6 94.7 95.1 95.9
93.4
88.7 89.4
81.9 86.1
80
71.0
30000
60
20000
40
10000
20
0
R [%] +/- SD
trs , trr , trx [packet] +/- SD
第2章
0
P1
SF
P2
P3
P4
P5
LDPF
P1
P2
SF
P3
P4
P5
LDPF
Case A
Case W
Case / Delivery parameter
trs
trr
trx
R
(i) 各配信パラメータにおけるノードあたりの送信パケット数 trs,受信パケット
数 trr,送受信パケット数 trx,平均パケット到達率 R
Normalized trx
60000
50000
better
40000
30000
20000
10000
0
P1 P2 P3 P4 P5
SF
LDPF
P1 P2 P3 P4 P5
SF
LDPF
Case A
Case W
Case / Delivery parameter
(ii) R で正規化された trx
Fig.2.45
LDPF におけるノードあたりの送受信パケット数に関する評価
73
負荷感応フラッディングの提案
4000
86.0
100
92.7 93.6 94.7 95.1 95.9
3000
93.4
88.7 89.4
81.9 86.1
80
71.0
60
2000
40
1000
20
0
R [%] +/- SD
pws, pwr, pwx [μW*sec] +/- SD
第2章
0
P1
P2
SF
P3
P4
P5
P1
LDPF
P2
SF
P3
P4
P5
LDPF
Case A
Case W
Case / Delivery parameter
pws
pwr
pwx
R
(i) 各配信パラメータにおけるノードあたりの送信に関わる電力 pws,受信に関
わる電力 pwr,送受信に関わる電力 pwx,平均パケット到達率 R
Normalized pwx
4000
3000
better
2000
1000
0
P1
SF
P2
P3
P4
P5
LDPF
P1
P2
SF
Case A
P3
P4
P5
LDPF
Case W
Case / Delivery parameter
(ii) R で正規化された pwx
Fig.2.46
LDPF におけるノードあたりの消費電力に関する評価
74
第2章
負荷感応フラッディングの提案
2.8.3. LDCF の評価
ノードあたりの送受信パケット数に関する評価結果を Fig.2.47 に示す.
Fig.2.47(i)に,各 Case における trs,trr,trx,R を示す.グラフにプロットされ
ている値は 10 シナリオの平均値であり,偏差棒は平均値±標準偏差(SD)の範囲
を示している.Fig.2.47(i)より,Case A,Case W のいずれにおいても,C1~C5
のいずれも SF とよりも pwx の削減と R の向上を実現した.
次に Fig. 2.47(ii)に,各 Case における R で正規化された trx である Normalized_trx
を示す.Fig.2.47(ii)より Case A,CaseW のいずれにおいても,C1~C5 のいずれ
も SF より小さい値となった.これにより,R あたりの trx を削減できているこ
とを示した.尚,Normalized_trx が最小となったのは,Case A において C5(SF
と比較して trx を 59.3%削減,R を 13.0%向上)であり,Case W においても C5
(SF と比較して trx を 42.1%増加,R を 28.9%向上)であった.
続いて,ノードあたりの消費電力に関する評価結果を Fig.2.48 に示す.
Fig.2.48(i)に,各 Case における pws,pwr,pwx,R を示す.Fig.2.48(i)により,
Case A,Case W のいずれにおいても,P1~P5 のいずれも SF よりも pwx の削減
と R の向上を実現した.
次 に Fig.2.48(ii) に , 各 Case に お け る R で 正 規 化 さ れ た pwx で あ る
Normalized_pwx を示す.Fig.2.48(ii)より Case A,CaseW のいずれにおいても,
C1~C5 のいずれも SF より小さい値となった.これにより,R あたりの pwx を
削減できていることを示した.尚,Normalized_pwx が最小となったのは,Case A
において C5(SF と比較して pwx を 73.1%削減,R を 13.0%向上)であり,Case W
においても C5(SF と比較して pwx を 64.6%削減,R を 28.9%向上)であった.
75
負荷感応フラッディングの提案
50000
96.5 96.2 99.4 99.5 99.0
86.0
40000
84.2
89.3 93.6 90.6
99.9100
80
71.0
30000
60
20000
40
10000
20
0
R [%] +/- SD
trs , trr , trx [packet] +/- SD
第2章
0
C1
SF
C2
C3
C4
C5
LDCF
C1
C2
SF
C3
C4
C5
LDCF
Case A
Case W
Case / Delivery parameter
trs
trr
trx
R
(i) 各配信パラメータにおけるノードあたりの送信パケット数 trs,受信パケット
数 trr,送受信パケット数 trx,平均パケット到達率 R
Normalized trx
60000
50000
better
40000
30000
20000
10000
0
C1 C2 C3 C4 C5
SF
LDCF
C1 C2 C3 C4 C5
SF
LDCF
Case A
Case W
Case / Delivery parameter
(ii) R で正規化された trx
Fig.2.47
LDCF におけるノードあたりの送受信パケット数に関する評価
76
負荷感応フラッディングの提案
4000
96.5 96.2 99.4 99.5 99.0
86.0
89.3 93.6 90.6
84.2
3000
99.9100
80
71.0
60
2000
40
1000
20
0
R [%] +/- SD
pws, pwr, pwx [μW*sec] +/- SD
第2章
0
C1
SF
C2
C3
C4
C5
LDCF
C1
C2
SF
C3
C4
C5
LDCF
Case A
Case W
Case / Delivery parameter
pws
pwr
pwx
R
(i) 各配信パラメータにおけるノードあたりの送信に関わる電力 pws,受信に関
わる電力 pwr,送受信に関わる電力 pwx,平均パケット到達率 R
Normalized pwx
4000
3000
better
2000
1000
0
C1 C2 C3 C4 C5
SF
LDCF
C1 C2 C3 C4 C5
SF
Case A
LDCF
Case W
Case / Delivery parameter
(ii) R で正規化された pwx
Fig. 2.48
LDCF におけるノードあたりの消費電力に関する評価
77
第2章
負荷感応フラッディングの提案
2.8.4. 評価まとめ
2.8 節では LDPF および LDCF におけるノードあたりの送受信パケット数(ト
ラフィック量)と消費電力,そして平均パケット到達率に関して評価を行った.
シミュレーションにおいては,疎なネットワーク(Case A)と密なネットワーク
(Case W)において評価を行った.その結果,LDPF,LDCF の両方式ともに,
SF と比較し送受信パケット数の削減を実現していることを示した.
送受信パケット数の観点からは,すべての配信パラメータ(SF,P1~P5,C1
~C5)において Normalizrd_trx が最小となったのは LDCF の C5 であった.C5
を SF と比較すると,Case A においては trx を 59.3%削減,R を 13.0%向上,Case
W においては trx を 42.1%増加,R を 28.9%向上した.
消費電力の観点からは,すべての配信パラメータのうち Normalized_pwx が最
小となったのは LDCF の C5 であった.SF と比較すると,Case A においては pwx
を 73.1%削減,R を 13.0%向上,Case W においては pwx を 64.6%削減,R を 28.9%
向上した.これにより,ノードにおける電池容量の消費の低減および,ネット
ワーク全体のライフタイムの長期化が期待できる.
ここで LDCF の C5 が LDPF の P1~P5 よりも上回る結果となったのは,2.7.4
節と同様,以下のように考えられる.LDPF は確率に基づき再ブロードキャスト
の実行可否の判断を行っている.このため,ノードの周辺に存在しているノー
ドの疎密によるトラフィックの偏りに感応できない.一方,LDCF においては同
一パケットの受信回数に基づき再ブロードキャストの実行可否の判断を行って
いる.同一パケットの受信回数は,ノードの周辺に存在しているノードの疎密
によって変化する.つまり,トラフィックの偏りに感応できることから,再ブ
ロードキャストを効果的に抑制でき,高い性能が得られたと考えられる.
78
第2章
負荷感応フラッディングの提案
2.9. ノードの処理負荷に関する評価
本節では,各方式についてノードにおける処理負荷に関して定性的に評価す
る.2.9.1 節では,処理ステップ数について比較している.2.9.2 節では,メモリ
使用量について比較している.
2.9.1. 処理ステップ数の比較
各方式において,あるパケットを初めて受信した場合の処理ステップを Table
2.8 に,あるパケットを受信した後,同一パケットを再度受信した場合の処理ス
テップを Table 2.9 に示す.ただし,各方式に共通している受信の動作,TTL の
確認,既受信パケットであるかどうかの確認,送信の動作については省略して
いる.
既存方式について述べる.固定 prob を用いる方式では確率により再ブロード
キャストの実行可否を判断する.このため SF に対し,ランダムな値の発生と,
判断のための比較演算の 2 つのステップが追加されている.よってステップ数
は SF+2 となる.次に,固定 c_threshold を用いる方式では,同一パケットの受信
回数により再ブロードキャストの実行可否を判断する.あるパケットを初めて
受信してから再ブロードキャストが行われるまでの動作としては,SF に対し,
カウンタ(counter)の初期値として 1 を設定,counter とカウンタしきい値
(c_threshold)の比較による判定の 2 つのステップが追加されている.また,判
定待機時間(decision_time)の間に同一パケットを再度受信した場合は,同一パ
ケットかどうかの判定とカウンタの加算処理が行われる.これらの処理回数は,
同一パケットの受信回数に比例して増加する.ここではこの増加分を受信パケ
ット数 p に比例して増加する関数 f(p)とする(ただし p≧0,p:整数,f(p)≧0)よ
ってステップ数は SF+2+f(p)となる.
提案方式について述べる.LDPF については,固定 prob を用いる方式に対し,
MAC キューに存在するパケット数(queue)の取得のステップと,queue とキュ
ーしきい値(q_threshold)の比較,prob の設定の 3 つのステップが追加されてい
る.よってステップ数は SF+5 となる.LDCF については,固定 c_threshold を用
いる方式に対し,MAC キューに存在するパケット数(queue)の取得のステップ
と,queue とキューしきい値(q_threshold)の比較,c_threshold の設定の 3 つの
ステップが追加されている.よってステップ数は SF+5+f(p)となる.
ここで提案方式同士,LDPF と LDCF を比較する.これらはともに既存方式の
79
第2章
負荷感応フラッディングの提案
上に,queue の取得,q_threshold との比較,prob の設定(LDPF)および c_threshold
の設定(LDCF)が追加されている.ここで注目すべき点は,LDCF においては,
固定 c_threshold を用いる方式と同様に,decision_time の間に再度パケットを受
信した場合,同一パケットの受信であるかの判定と,カウンタの加算処理を行
う(これらは f(p)に相当).これに関する処理回数は,パケットの受信頻度に比
例して増加すると考えられる.よって,LDPF の方が LDCF よりも処理ステップ
数が尐ないと考えられる.
Table 2.8 ノードにおける処理ステップ(パケットを初めて受信した場合)
SF
固定 prob を用いる方式
MAC キューに存在するパケッ
ト数を取得
1
2
3
prob により再ブロードキャス
ト実行可否を判断(ランダム
値の発生と確率判断)
wait_time(ランダム時間)の設
定
queue と q_threshold を比較
queue と q_threshold の比較結
果により,prob を指定
prob により再ブロードキャス
ト実行可否を判断(ランダム
値の発生と確率判断)
wait_time(ランダム時間)の設
定
wait_time の経過
wait_time の経過
4
5
6
7
8
9
LDPF
ランダム時間の設定
ランダム時間の経過
SF
固定 c_threshold を用いる方式
1
counter を 1 に設定
2
3
4
LDCF
MAC キューに存在するパケッ
ト数を取得
counter を 1 に設定
queue と q_threshold の比較
queue と q_threshold の比較結
果により,c_threshold を指定
5
6
7
8
9
ランダム時間の設定
decision_time(ランダム時間) decision_time(ランダム時間)
の設定
の設定
ランダム時間の経過
decision_time の経過
counter と c_threshold の比較に
より再ブロードキャストの実
行可否を判断
80
decision_time の経過
counter と c_threshold の比較に
より再ブロードキャストの実
行可否を判断
第2章
負荷感応フラッディングの提案
Table 2.9 ノードにおける処理ステップ(同一パケットを再度受信した場合)
SF
(廃棄)
固定 prob を用いる方式
(廃棄)
SF
LDPF
(廃棄)
固定 c_threshold を用いる方式
LDCF
counter に 1 を足す
(decision_time の間での受信
パケットが対象)
counter に 1 を足す
(decision_time の間での受信
パケットが対象)
(廃棄)
7
以上をまとめると,処理ステップ数としては,SF と固定 prob を用いる方式に
おいて尐なく,固定 c_threshold を用いる方式と LDPF でこれらより多く,最も
多いのは LDCF と考えられる.
2.9.2. メモリ使用量の比較
各方式を用いた場合の 1 パケットあたりのメモリ使用量は,提案方式におい
て増加すると考えられるが,大きくとも数バイト程度の差しか生じないため,
ここでは無視できるものとする.
以下では,ノードが受信する複数パケットを考慮し比較する.
まず SF と固定 prob を用いる方式,LDPF を比較する.負荷が低い場合は,固
定 prob を用いる方式と LDPF はほぼ同等で,SF はこれらよりも大きくなると考
えられる.なぜならば,固定 prob を用いる方式と LDPF においては,確率によ
る判断により,廃棄することが決定したパケットは即時廃棄されるため,該当
するパケットのメモリに滞留する時間が小さいからである.尚,負荷が高い場
合は,LDPF においてパケットがメモリに滞留する時間が大きくなることがある
(factor による wait_time の増加効果).しかし,パケットが廃棄される確率が固
定 prob を用いる方式よりも高くなるため,全体としては固定 prob を用いる場合
と比較して大きな差になるとは考えにくい.
次に,SF と固定 c_threshold を用いる方式,LDCF を比較する.負荷が低い場
合はいずれもほぼ同等と考えられる.一方,負荷が高い場合は,固定 c_threshold
を用いる方式と LDCF においては,初めて受信したパケットである場合に
81
第2章
負荷感応フラッディングの提案
decision_time の間はメモリに滞留する.このため,パケットの受信頻度が高い場
合はメモリ使用量が増大する恐れがある.尚,LDCF においてパケットがメモリ
に滞留する時間が大きくなることがある(factor による decision_time の増加効果)
が,パケットが廃棄される頻度が固定 c_threshold を用いる方式よりも高くなる
ため,全体としては固定 c_threshold を用いる場合と比較して大きな差になると
は考えにくい.
以上をまとめると,メモリ使用量としては,固定 prob を用いる方式と LDPF
が同等で,SF がそれより大きく,固定 c_threshold を用いる方式および LDCF で
同等でこれらより大きいと考えられる.
2.9.3. 評価まとめ
2.9 節では,各方式おけるノードの処理負荷について定性的に評価した.評価
は処理ステップ数とメモリ使用量の観点から述べた.評価は Table 2.10 のように
まとめられる.
提案方式同士,LDPF と LDCF を比較すると,LDPF の方が処理ステップ数,
メモリ使用量の面で優れていると考えられる.このため,ノードの処理性能や
メモリ容量に制約がある場合は,LDPF の方が適していると考えられる.しかし,
2.8 節の検討より,LDCF は LDPF よりも受信パケット数が尐ないため,全体と
して負荷が軽減される可能性がある.これらについては今後詳細化を行う必要
がある.また,LDCF における負荷を軽減する方法は今後の検討課題であるが,
負荷状態ノードは受信パケットを再ブロードキャストしないなどの方法が考え
られる.
Table 2.10 ノード処理負荷の評価
評価項目
処理ステップ数
メモリ使用量
SF
◎
○
固定 prob
◎
◎
固定 c_threshold
○
△
LDPF
○
◎
LDCF
△
△
82
第2章
負荷感応フラッディングの提案
2.10. 結言
本章では,災害時の特に第 1 フェーズにおいて必要性の高い放送型ストリー
ミング配信について検討した.第 1 フェーズは,災害が発生しインフラストラ
クチャが利用不可能となった初期のフェーズであった.このフェーズではネッ
トワーク内のノードに適切な IP アドレスが割り当てられているとは限らない.
また,ネットワーク内のノードが他のノードの IP アドレスや所有している情報
が何であるかを把握している可能性が高い.このような状態においては,ユー
ザがネットワーク全体に対し,動画および音声のストリーミング配信により
SOS の発信や,被災状況あるいは避難指示の放送を行う必要性が高い.これら
はフラッディングベースの方式を用いた放送型情報配信方式により実現できる
と考えられた.しかし,既存のフラッディング方式では,災害時の想定環境に
おいて動画や音声の放送型ストリーミング配信を十分な通信品質で実現できな
かった.そこで本章では,既存方式の問題点を解決する負荷感応フラッディン
グについて検討した.
2.2 節では,研究背景について述べ,2.3 節では既存方式を放送型ストリーミ
ングに適用した場合の問題点について述べた.2.4 節では,想定環境と提案方式
の要求条件について述べた.そして,2.5 節において,既存研究の問題を解決す
る 2 つの負荷感応フラッディング方式(LDPF と LDCF)を提案した.
評価としては,2.6 節では,机上計算によるアルゴリズムの基礎評価により,
1 つのパケットの配信性能に着目し評価を行い,アルゴリズムの有効性を確認し
た.続いて 2.7 節において,ネットワークシミュレーションにより,各方式の基
本性能に関して評価を行った.その結果,既存方式と比較し,高いパケット到
達率を確保しつつ冗長な再ブロードキャストを削減できることを示した.また,
配信遅延時間も短縮できることを示した.2.8 節では,ノードあたりの送受信パ
ケット数および消費電力に関して評価を行った.その結果,提案方式は SF と比
較し,ノードあたりの送受信パケット数を削減できる,すなわちトラフィック
を削減でき,ノードあたりのパケットの送受信にかかわる消費電力の削減を実
現できることを示した.以上により,提案方式は災害時において必要とされる
効率性,低消費電力性を有することを示した.さらに 2.9 節では,ノードにおけ
る処理負荷に関して定性評価を行った.その結果,各方式の優务について考察
を得た.
以上の評価結果をもとに,既存方式と提案方式について,パケット到達性能,
83
第2章
負荷感応フラッディングの提案
ノードあたりの送受信パケット数と消費電力,ノードにおける処理負荷に観点
での特徴を Table 2.8 にまとめる.
パケットの到達性能に関しては以下のようにまとめられる.
まず既存方式について述べる.SF については,疎なネットワークにおいてパ
ケットの生成レートが低い場合には,高いパケット到達率となり良好であった.
しかし,密なネットワークあるいはパケットの生成レートが高い場合において
は,冗長な再ブロードキャストが抑制されないため,コリジョンやバッファオ
ーバフローによりパケット到達率が低くなると考えられる.固定 prob を用いる
方式の場合は,いずれの設定値においても SF よりも到達率が向上した.固定
c_threshold を用いる方式の場合は,設定値よっては高いパケット到達率となり
得るが,設定値によるパケット到達率の差が現れやすい.
提案方式について述べる.LDPF に関しては,冗長な再ブロードキャストが削
減されることにより,パケットの生成レートが低い場合には有効であるが,高
い場合にはパケット到達率が低下しやすいと考えられる.これは,loaded_prob
の値を低くすることで改善できると考えられるが,その性能は LDCF に务ると
考えられる.
ノードあたりの送受信パケット数と消費電力に関しては以下のようにまとめ
られる.
提案方式について述べると,SF を基準とすると,LDPF では削減できると考
Table 2.8
評価項目
各方式の特徴の比較(基本性能の評価)
パケット到達性
送受信パケッ
処理
メモリ
ト数,消費電力
ステップ数
使用量
ノード密度
疎
疎
密
密
パケット生成レート
低
高
低
高
SF
○
△
△
×
△
◎
○
固定 prob
○
○
○
△
※
◎
◎
固定 c_threshold
◎
○
○
△
※
○
△
LDPF
◎
○
◎
△
○
○
◎
LDCF
◎
◎
◎
○
◎
△
△
※ 固定 prob を用いる方式と固定 c_threshold を用いる方式について,ノードあたり
の送受信パケット数,消費電力に関しては評価を行っていない.しかし,これらの
方式は,必ず LDPF および LDCF と同等(パラメータ設定値が偶然良好であった場
合)もしくはそれ以下の性能となる.
84
第2章
負荷感応フラッディングの提案
えられる.LDCF においても削減が達成されている.また,LDPF よりも削減で
きると考えられる.これらの結果はネットワーク内のノード密度によらず同様
の傾向と考えられる.
ノードあたりの処理負荷に関しては以下のようにまとめられる.
処理ステップ数に関しては,提案方式については queue の取得,q_threshold
との比較,prob の設定(LDPF)および c_threshold の設定(LDCF)が追加され
る.さらに LDCF では,同一パケットを受信するたびに,同一パケットかどう
かの判定とカウンタの加算処理が行われる.このため,同一パケットの受信回
数に比例して処理回数が増加する.メモリ処理量に関しても LDCF においては,
初回受信パケットを decision_time の間,メモリ内に滞留させなければならない
ため,特にパケットの受信頻度が高い場合に負荷が増大する恐れがある.ノー
ドにおける処理負荷の定量的評価と負荷軽減は今後の検討課題である.
提案方式同士,LDPF と LDCF を比較すると,LDCF の方が高い通信性能が得
られた.これは,LDCF が同一パケットの受信回数に基づき再ブロードキャスト
の実行可否の判断を行うため,トラフィックの偏りに感応できることから,再
ブロードキャストを効果的に抑制できるためと考えられる.しかし,ノードに
おける処理負荷としては,LDPF の方が LDCF より優れ,ノードの処理負荷やメ
モリ容量に制約がある場合は,LDPF の方が適していると考えられる.
今後の検討課題は以下のように考えられる.今後はパラメータの値によるパ
ケット到達率および送受信パケット数などの通信性能への影響,より高い性能
が得られるパラメータ設定値に関して検討を行う予定である.また,パケット
の送受信に関わるノードあたりの消費電力については,ネットワークシミュレ
ーションの結果と,既存研究を参考に机上計算を行った.また,ノードの処理
負荷に関して定性評価を行った.より実用性を示すために実機に実装した場合
の処理負荷の大きさや,消費電力を検証する必要があると考えられる.さらに
実用上は,ノードの電池残量を考慮し,再ブロードキャスト確率の設定値を変
更し,再ブロードキャストの頻度を下げることにより消費電力の削減を行うな
どの工夫が必要であると考えられる.
85
第2章
負荷感応フラッディングの提案
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第2章
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88
第3章
負荷感応フラッディングのストリーミング配信への適用
3.1. 緒言
第 2 章では,災害時における第 1 フェーズにおいて必要性の高い,動画およ
び音声の放送型ストリーミング配信方式として,2 つの負荷感応フラッディング
方式(LDPF および LDCF)を提案し,その基本性能の面について評価を行い,
有効性を示した.本章では,動画および音声の放送型ストリーミングについて,
2 章で提案した LDPF および LDCF を適用し,その通信品質について評価を行っ
ている.動画ストリーミングについては,パケットレベルの QoS 評価として,
再生可能フレーム率,動画再生停止時間,アプリケーションレベルの QoS 評価
としては,評価指標として平均 PSNR(Peak Signal-to-Noise Ratio)および MOS
(Mean Opinion Score)を用いて評価を行っている.そして,音声ストリーミン
グについては,パケット損失率の観点から評価を行っている.その結果,既存
の SF より高い通信品質で配信が可能であることを示しており,提案方式の有効
性を裏付けている.
3.2 節では研究背景について述べている.3.3 節では,動画ストリーミングに
関して提案方式を適用した場合の通信品質に関して述べている[1-3].3.4 節では,
音声ストリーミングに関して提案方式を適用した場合の通信品質に関して述べ
ている[3].そして 3.5 節において本章をまとめている.
89
第3章
負荷感応フラッディングのストリーミング配信への適用
3.2. 背景
インターネットにおいて,動画や音声のストリーミング配信は普及しており,
身近なメディアになっている.インターネットによる動画や音声の配信に関し
ては[4-5]に詳しい.また,ネットワークの分野において,通信品質を向上させ
る研究が数多く行われている.例えば,受信端末におけるパケット損失の量や
バッファ使用量,遅延揺らぎなどの情報をコンテンツ送信側にフィードバック
し,符号化レートやパケット送信レートなどを調整するものが挙げられる[6-8].
一方,アドホックネットワークにおける動画および音声ストリーミングに関
しても注目されている.1 章で述べたとおり,アドホックネットワークにおいて
は,ノードの移動を伴うことや,電波を媒体とすることから,通信品質の务化
が発生しやすい.特に,動画や音声の放送型ストリーミングに関しては,ネッ
トワークへの負荷が高く,パケット損失や配信遅延時間の要求条件は厳しいも
のである.通信品質向上に関する検討はこれまで,クライアント・サーバ型(オ
ンデマンド型)のユニキャストあるいはマルチキャストによる配信によるもの
が数多く行われている.
1.2 節でも述べたように,災害時,特に第 1 フェーズにおいては,アドホック
ネットワーク内の特定の数ノードから,ネットワーク全体に対し,動画および
音声をストリーミング配信することが必要とされる.ストリーミングの実現に
より,被災者が所有している携帯型情報端末に対し,動画による情報伝達や避
難指示を実現できる.また,他のノードに対し即時に被災状況や SOS を配信す
ることができるため,大人数による災害救助の現場においても活用できると考
えられる.
放送型の情報配信方式として SF が用いられている.しかし,動画および音声
のストリーミングのように,パケットが高レートで生成されるようなメディア
に対し,SF を適用した場合,コリジョンやバッファオーバフローによりパケッ
ト損失が発生しやすく,品質を維持したまま配信を行うことは極めて困難であ
る.また,アドホックネットワークにおける放送型配信がゆえに,インターネ
ットにおけるオンデマンド型配信において適用可能な方式を用いることができ
ない.例えば,ネットワーク内の全ノードが中継ノードかつ受信ノードとなる
ため,個々のノードにおけるパケット損失や遅延時間などの情報を送信ノード
にフィードバックし,QoS 制御に用いることは困難である.このため,送信ノ
ードでレートを制御するのではなく,受信ノード個々において,再ブロードキ
90
第3章
負荷感応フラッディングのストリーミング配信への適用
ャストの実行可否の判断を適切に制御する必要がある.
2.3 節で述べたように SF の改良として,高いパケット到達率の確保と冗長な
再ブロードキャストの抑制を実現する配信方式が数多くの配信方式が研究され
ている.しかし,既存研究においては具体的なアプリケーションを想定した QoS
の評価に関しては十分に行われていない.
そこで本章では,動画および音声の放送型ストリーミング配信のため,負荷
感応フラッディングの LDPF および LDCF を適用し,その通信品質について評
価を行う.
3.3. 動画ストリーミングへの適用
本節では,LDPF および LDCF を動画ストリーミングに適用した場合の通信
品質に関して,パケットレベルの QoS 評価およびアプリケーションレベルの QoS
評価を行っている.3.3.1 節では評価方法について説明している.3.4.2 節では,
LDPF を適用した場合の評価,3.4.3 節では,LDCF を適用した場合の評価につい
て述べている.そして,3.4.4 節で,評価結果をまとめている.
3.3.1. 評価方法
評価にはネットワークシミュレータ OPNET Modeler 14.5[9]を用いる.シミュ
レーションエリアは 1000x600m(Case E)と 2000x1200m(Case F)の 2 通りと
する.全ノード数は 100 とし,そのうち動画ストリーミングを生成するノード
(Initiator ノード)数を 2(Case E)および 3(Case F)とする.それぞれノード
が密なネットワークおよび疎なネットワークを想定している.MAC レイヤは
IEEE802.11b,データレートは 2Mbps,送信電力は 0.005W,パケット受信電力し
きい値は-85dBm とする.全ノードは Random Waypoint モデルに基づいて移動を
行うが,人間の歩行および走行速度を想定し[0.00,8.00]m/s の範囲で与える. こ
こで,各 Initiator ノードは 1500 の動画フレームを 30frame/s で生成することを想
定する.すなわち,生成パケット数を 1500,パケット生成間隔を 33ms とする.
生成パケットのサイズ(L2 ペイロード)は 512Byte とする.ただし,これはビ
デオデータと Initiator ID,フレームのシーケンス番号等のための数 Byte を含む
ものとする.配信には H.264 等の圧縮を仮定する.GoP(Group of pictures)は
10,フレーム構成は I(Intra)フレームと P (Predicted)フレームによる構成[4]
を仮定する. Initiator ノードが生成したパケットは SF,LDPF,LDCF のいずれ
かによって配信する.LDPF,LDCF におけるパラメータの設定値に関しては後
91
第3章
負荷感応フラッディングのストリーミング配信への適用
述する.尚,Initiator ノードにおいては,受信したパケットの再ブロードキャス
トは行わない.
受信ノードにおいて,プレイアウトバッファリング時間は 5s とする(バッフ
ァリング時間を超過して到達したパケットは廃棄される).全ノードのうち
Initiator ノードを除くノードの中から,観測点ノードとしてランダムに 1 ノード
を選択し,そのノードが受信したパケットにより評価を行う.ただし,ネット
ワーク内の Initiator ノードの中から,1 つの Initiator ノードが送信したストリー
ム(計 1500 パケット)に着目して品質評価を行う.すなわち,他の Initiator ノ
ードが生成したストリームは背景トラフィックの位置づけとなる.ここでは,
アドホックネットワーク成立初期における,IP アドレス未知の状態を想定し,
放送型動画ストリーミングに関わるトラフィック以外の背景トラフィックは存
在しないものとしている.
各 Case,各配信パラメータにおいて,ノードの初期配置と移動パターンによ
り 20 トライアルのシミュレーションを行う.
3.3.1.1.
パケットレベルの QoS 評価
評価項目は以下の(a)~(d)である.これらの項目はトライアルごとに算出する
が,計 20 トライアルの平均値を示す.
(a) 受信パケット率 P[%]
Initiator ノードより生成されたパケット(計 1500 パケット)のうち,観測点
ノードのアプリケーションレイヤまで到達したパケットの割合.対象となるパ
ケットの例は Fig.3.1(ii)の通りである.P は高い方が望ましい.
(b) 再生可能パケット率 V [%]
Initiator ノードより生成されたパケットのうち,観測点ノードのアプリケーシ
ョンレイヤまで到達し,動画として再生可能なパケットの割合.対象となるパ
ケットの例は Fig.3.1(iii)の通りである.V は高い方が望ましい.
(c) 動画停止時間率 INT[%]
観測点ノードにおいて動画の再生を行なった場合に,全再生時間に対して 0.5s
(15 フレームに相当)以上,動画の再生が停止した時間の割合.
92
第3章
負荷感応フラッディングのストリーミング配信への適用
(i) Initiator node (encoded video)
I1 P2 P3 P4 P5 P6 P7 P8 P9 P10 I11 P12 P13 P14 P15 P16 P17 P18 P19 P20 I21 ...
↓
Network
↓
(ii) Receiving node (received packets)
I1 P2 P3 P4 P5 P6 P7 P8 P9 P10 I11 P12 P13 P14 P15 P16 P17 P18 P19 P20 I21 ...
The number of ■received packets = 18
↓
(iii) Receiving node (decoded video)
1 2 3 4 5 5 5 5 5 5 11 12 13 14 15 16 16 16 16 16 21 ...
The number of ■decodable packets = 12
Fig.3.1
受信パケットと再生可能パケットの例
(d) パケットの平均配信時間 D[s]
パケットが Initiator ノードのアプリケーションレイヤで生成され,観測点ノー
ドのアプリケーションレイヤまで到達したパケット(R の計算の対象となった
もの)について,生成されてから到達までにかかった時間の平均.
3.3.1.2.
アプリケーションレベルの QoS 評価
シミュレーションにより配信されたパケットの受信ノードにおける損失分布
が得られる.この損失分布を現実の動画にあてはめることにより,务化した動
画データを得る.そして,この動画データににより品質評価を行う.これによ
り 3.3.1.1 節パケットレベルの QoS 評価と本節のアプリーケンションレベルの
QoS 評価の相関を示す.
評価の概要を Fig.3.2 に示す.評価に用いる原動画(Fig.3.2 の(A) Raw video)
は,qcif (quarter common intermediate format) の”highway”[10] のうち,1500 フ
レームを用いる.そして,[11]を用いてエンコード1・デコードを行ない,パケ
ット損失による品質务化の無い動画(Fig.3.2 の(C)Decoded video)を作成する.
そして,3.3.1.1 節のシミュレーションにおいて得られたパケット損失の分布を
1
エンコードされた動画データの動画フレームサイズは,I フレームでは平均
1021Byte,P フレームでは平均 361Byte である.
93
第3章
負荷感応フラッディングのストリーミング配信への適用
(A) Raw video
Encoder
(B) Encoded video
Decoder
(C) Decoded video
*Video frames are discarded at
“Video trace” by simulation result.
Video trace*
Network simulation
(D) Received video
Video quality evaluation†
†Video quality (PSNR, MOS) of
(D) Received video is compared
with that of (A) Raw video.
Fig.3.2 Video quality evaluation procedure
Table 3.1 Possible PSNR to MOS mapping
MOS
PSNR [dB]
1
( ,20)
2
[20, 25)
3
[25, 31)
4
[31, 37)
5
[37, )
もとに,観測点ノードにおける受信動画(Fig.3.2 の(D)Received video)を再現す
る.観測点ノードにおける再生動画の品質評価は以下の(e)~(g) を用いる.これ
らの項目はトライアルごとの結果より算出するが,計 20 トライアルの平均値を
示す.
(e) 平均 PSNR(Peak Signal-to-Noise Ratio)[dB]
これにより動画全体の品質を比較する.まず,(D)と(A) の個々のフレームに
ついて,PSNR を算出する.算出方法については[9]に詳しい.そして,全動画フ
レームの平均値を求め,各配信パラメータにおいて比較する.
(f) 受入可能品質(Acceptable)フレームの割合 [%]
これにより個々のフレームの品質について評価する.まず,(D) のうち十分な
94
第3章
負荷感応フラッディングのストリーミング配信への適用
品質であるフレームの割合を求める.このために,個々のフレームの PSNR 値
を ITU-T により推奨されている Table 3.1[12]を用いて,人間の満足度に基づく評
価のために用いられる MOS(Mean Opinion Score)値[10]に変換する.ここでは
理解しやすいよう,MOS 値が 4 以上のフレームを Acceptable フレーム,それ以
外を Unacceptable フレームとする.そして,Acceptable フレームの割合を各配
信パラメータにおいて比較する.
(g) MOS 値务化フレームの割合 [%]
これにより,各方式を用いた場合に,パケット損失によりどれだけの割合の
動画フレームの品質が务化したかを評価する.このため,(C)と(D)の個々のフレ
ームについて,その MOS 値の务化の度合いを全動画フレームのうちの割合で示
す.例えば(C)において,あるフレームの MOS 値が 4 であったが,(D)において
2 であった場合,その务化の度合いは 2 である.(e),(f) においては,(A)と(D)
を比較することで,動画品質の程度を示したが,(g) では,(C)と(D)を比較する
ことでネットワークにおけるパケット損失による動画品質务化に着目し,その
割合をより明確に示す.
3.3.2. LDPF の評価
Initiator ノードによって生成されたパケットは,SF,および Table 3.2 に示す
LDPF ( Px_n1 ~Py_n5 ) の い ずれ か の 配 信パ ラ メ ータ に よっ て配 信 す る .
q_threshold はノードの負荷に対する感度を高めるため 1 とする.
ここで,LDPF の再ブロードキャスト確率の設定値(Table 3.2)の理由につい
て以下に述べる.LDPF では,単にネットワークの全端末で統一して再ブロード
キャスト確率を定める Probability-based Scheme を基に,負荷の低いノードの再
ブロードキャスト確率 (default_prob)に対し,負荷状態ノード(queue >=
q_threshold)の再ブロードキャスト確率(loaded_prob)を小さい値にすることに
より,再ブロードキャストを積極的に抑制し,これによりパケット損失の発生
の低減を図っている.2.7.2 節の評価により,SF に比べ十分な性能の改善が確認
されている,default_prob = 0.60, 0.40 に着目し,さらに負荷状態ノードに対して
LDPF における再ブロードキャスト確率の設定値
Px_n1
Px_n5
Py_n1
Py_n5
default_c_threshold
0.60
0.60
0.40
0.40
loaded_c_threshold
0.20
0.20
0.20
0.20
n
1
5
1
5
Table 3.2
95
第3章
負荷感応フラッディングのストリーミング配信への適用
はより再ブロードキャストを抑制できるようこれよりも高い値,すなわち
loaded_prob = 0.20 に着目して評価を行う.
3.3.2.1. パケットレベルの QoS 評価
(a) 受信パケット率 P,(b) 再生可能パケット率 V
Fig.3.3(i)に P と V の評価結果を示す.ただし,図中の偏差棒は平均値±標準
偏差(SD)の範囲を示している.
P に関しては,全ての配信パラメータにおいて,Case E で 84.4%以上,Case F
で 88.0%以上となった.
次に V について考察する.SF を用いた場合,Case E で 22.8%,Case F で 55.8%
となり,P が高いにもかかわらず,動画として復元できないフレームの割合が極
端に大きい.これは,ランダムなパケット損失により,動画フレームの連続性
が失われる場合が多かったためと考えられる.LDPF(Px_n1~Py_n5)を用いた
場合に着目すると,V が最大となったのは Case E では Py_n5(70.1%),Case F
では Px_n1(76.1%)であった.尚,Px_n1 と Px_n5 ではノード密度が疎である
Case F において密である Case E よりも V が 17.0%程度高い値となっている.一
方,Py_n1 と Py_n5 では疎である Case F において,密である Case E よりも V が
5.00%程度低い値となった.LDPF では,再ブロードキャストの実行可否の判断
基準を確率により定めている.このため,等しいブロードキャスト確率を設定
したとしても,ネットワークの疎密に応じて,V が減尐する場合があると考えら
れる.また LDPF では,Table 3.1 に示したように,異なる再ブロードキャスト
待機時間(wait_time)の重み係数 n を設定した(Px_n1 と Py_n1 では n = 1,Px_n5
と Py_n5 では n = 5).評価結果(Fig.3.3)においては,n = 5 の場合の方が,n = 1
の場合よりも 1.00%程度高い値になった.n の設定値により微小ではあるが,V
の差が見られる.n の最適値は今後の検討課題である.
(c) 動画停止時間率 INT[%]
Fig.3.3(ii)に INT の評価結果を示す.INT は小さいほうが動画を中断なく再生で
きるため望ましい.SF は Case E,Case F ともに他方式と比較して極めて大きい
値となった.これは SF においては,ランダムなパケット損失が多く発生するた
め,動画フレームの連続性が失われることが多かったためと考えられる.
LDPF ではいずれの配信パラメータにおいても SF よりも INT を減尐させるこ
とができた.これは,V の評価においても述べたが,各方式の導入によりパケッ
96
第3章
負荷感応フラッディングのストリーミング配信への適用
ト損失の発生が低減していること,そして動画フレームの連続性の維持を実現
していることがここでも確認できる.
(d) パケットの平均配信遅延時間 D[s]
Fig.3.3(iii) に D の評価結果を示す.D は小さい方がパケットを遅延なく配信
できるため望ましい.SF は Case E,Case F ともに他パラメータと比較して極め
て大きい値となった.LDPF の中では Py_n0 がもっとも小さい値(Case A で
0.022s,Case B で 0.022s)となった.以上の結果より,LDPF は SF と比較し D
を短縮できると考えられる.
LDPF において D を短縮できた理由は以下のように考えられる.冗長な再ブロ
ードキャストの抑制が実現できたため,ネットワーク全体のトラフィックが軽
減できた.これにより,各ノードにおいてリンクがビジーである時間を短縮す
ることができ,その結果,MAC 送信キューにおけるパケットの送信待ち待機時
間が短縮したためと考えられる.Table 3.1 に示したように,異なる重み係数 n
を設定したが,n の値に対する D への影響は小さく,むしろ P および V に関し
てより高い性能が得られるパラメータの設定値の選定を行うことが,今後の検
討課題となる.
97
負荷感応フラッディングのストリーミング配信への適用
P [%], V [%] +/- SD
100
80
60
40
P
V
20
Px_n1 Px_n5 Py_n1 Py_n5
SF
LDPF
Px_n1 Px_n5 Py_n1 Py_n5
SF
LDPF
Case E
Case F
Case / Delivery parameter
(i) 受信パケット率 P と再生可能パケット率 V
50
42.77
INT [%]
40
better
30
20
9.02
10
12.31
7.80
6.36
6.82
4.86
7.94
4.14
6.96
0
Px_n1 Px_n5 Py_n1 Py_n5
SF
LDPF
Px_n1 Px_n5 Py_n1 Py_n5
SF
LDPF
Case E
Case F
Case / Delivery parameter
(ii) 動画停止時間率 INT
5.000
4.543
D
4.000
D [s]
第3章
better
3.000
2.000
1.000
0.054 0.069 0.022 0.025 0.178 0.028 0.030 0.022 0.023
0.000
Px_n1 Px_n5 Py_n1 Py_n5
SF
LDPF
Px_n1 Px_n5 Py_n1 Py_n5
SF
Case E
LDPF
Case F
Case / Delivery parameter
(iii) パケットの平均配信遅延時間 D
Fig.3.3 パケットレベルの QoS 評価
SF vs. LDPF(Px_n1~Py_n5)
98
第3章
負荷感応フラッディングのストリーミング配信への適用
3.3.2.2. アプリケーションレベルの QoS 評価
(e) 平均 PSNR
Fig.3.4(i)に平均 PSNR の評価結果を示す.ただし,図中の偏差棒は平均値±標
準偏差(SD)の範囲を示している.参考にパケット損失による品質务化の無い
(C)Decoded video を Dec.として示している.結果より,LDPF は SF と比較して
平均 PSNR を向上できている.これにより,LDPF における再生動画全体の平均
的な品質は,SF を用いた場合と比較して务化が小さいことを示した.さらに,
Fig.3.4(i)は,3.3.2.1 節のパケットレベルでの QoS 評価で示した V の評価結果
(Fig.3.3(i))の傾向と似ている.つまり,アプリケーションレベルの再生品質に
おいても LDPF の有効性が裏付けられた.尚,平均 PSNR がもっとも高くなっ
たのは,
Case E では Py_n5(34.9dB),Case F では Px_n1 と Px_n5(いずれも 35.4dB)
となった.これは Dec.と比較して 2.8~3.2dB 程度のわずかの务化であった.
(f) 受入可能品質(Acceptable)フレームの割合
Fig.3.4(ii)に,Acceptable フレームと Unacceptable フレームの比率を示す.結果
より,LDPF は SF と比較して Acceptable フレームの割合を向上することができ
ている.これにより,人間の満足度に関する指標である MOS 値による評価おい
ても,LDPF の有効性を裏付けた.尚,Acceptable フレームの割合がもっとも高
くなったのは,Case E では Py_n5(77.1%),Case F では Px_n1 および Px_n5(い
ずれも 81.5%)であった.
(g) MOS 値务化フレームの割合
Fig.3.4(iii)に,MOS 値务化フレームの割合を示す.SF においては,Case E で
77.2%,Case F で 44.0%ものフレームの MOS 値が务化した.これに対し,LDPF
においては MOS 値务化フレームの低減が実現した.これにより LDPF は SF と
比較し個々のフレームの品質务化を抑制することができると考えられる.尚,
MOS 値务化フレームの割合が最小になったのは,Case E では Py_n5(29.7%),
Case F では Px_n1 および Px_n5(いずれも 23.7%)となった.
99
Average PSNR [dB] +/- SD
負荷感応フラッディングのストリーミング配信への適用
40
35
30
37.7
25
28.5
33.8
34.7
34.0
35.4
34.9
35.4
34.4
33.4
34.5
20
Px_n1 Px_n5 Py_n1 Py_n5
SF
LDPF
Dec.
Px_n1 Px_n5 Py_n1 Py_n5
SF
LDPF
Case E
Case F
Case / Delivery parameter
Frames distribution based on quality [%]
(i) 平均 PSNR
100
80
60
100.0
40
68.2
20
76.1
69.6
77.1
81.5
81.5
Acceptable
74.2
72.8
65.3
32.4
Unacceptable
0
Px_n1 Px_n5 Py_n1 Py_n5
SF
Dec.
LDPF
Px_n1 Px_n5 Py_n1 Py_n5
SF
LDPF
Case E
Case F
Case / Delivery parameter
(ii) 受入可能品質(Acceptable)フレームの割合
MOS level degradation [%]
第3章
80
4
MOS level
degradation
60
3
2
1
better
40
20
0
Px_n1 Px_n5 Py_n1 Py_n5
SF
LDPF
Px_n1 Px_n5 Py_n1 Py_n5
SF
Case E
LDPF
Case F
Case / Delivery parameter
(iii) MOS 値务化フレームの割合
Fig.3.4 アプリケーションレベルの QoS 評価
SF vs. LDPF(Px_n1~Py_n5)
100
第3章
負荷感応フラッディングのストリーミング配信への適用
LDCF におけるカウンタしきい値の設定値
Cx_n1
Cx_n5
Cy_n1
Cy_n5
default_c_threshold
6
6
4
4
loaded_c_threshold
2
2
2
2
n
1
5
1
5
Table 3.3
3.3.3. LDCF の評価
Initiator ノードによって生成されたパケットは,SF,および Table 3.3 に示す
LDCF(Cx_n1~Cy_n5)のいずれかの配信方式によって配信する.q_threshold
はノードの負荷に対する感度を高めるため 1 とする.
LDCF のカウンタしきい値の設定値(Table 3.2)の理由について以下に述べる.
LDCF と同様のカウンタを用いている Counter-based Scheme においては,カウン
タしきい値が例えば 6 のように高い値では,SF と同様の振る舞いとなり,高い
確率で再ブロードキャストを行うことになると報告されている.LDCF では,単
にネットワーク全体で統一してカウンタしきい値を定める Counter-based Scheme
を 基 に , 負 荷 状 態 ノ ー ド ( queue >= q_threshold ) の カ ウ ン タ し き い 値
( loaded_c_threshold ) を 負 荷 の 低 い ノ ー ド の カ ウ ン タ し き い 値
(default_c_threshold)に対して小さい値にすることにより,再ブロードキャス
トを積極的に抑制し,これによりパケット損失の発生の低減を図っている.こ
こで,2.7.3 節の検討により,SF に比べ十分な性能の改善が確認されている,
default_c_threshold = 6,4 に着目し,さらに負荷状態ノードに対してはより再ブ
ロードキャストを削減できるように,これより小さい値,すなわち
loaded_c_threshold = 2 に着目して評価を行う.
3.3.3.1.
パケットレベルの QoS 評価
(a) 受信パケット率 P,(b) 再生可能パケット率 V
Fig.3.5(i)に P と V の評価結果を示す.ただし,図中の偏差棒は平均値±標準
偏差(SD)の範囲を示している.
P に関しては,全ての配信パラメータにおいて,Case E で 84.4%以上,Case F
で 88.0%以上となった.
次に V について考察する.LDCF(Cx_n1~Cy_n5)を用いた場合に着目する
と,V が最大となったのは Case E,Case F のいずれも Cy_n5(Case E では 77.5%,
Case F では 98.1%)であった.また LDCF では,Table 3.2 に示したように,異な
101
第3章
負荷感応フラッディングのストリーミング配信への適用
る再ブロードキャスト待機時間(wait_time)の重み係数 n を設定した(Cx_n1
と Cy_n1 では n = 1,Cx_n5 と Cy_n5 では n = 5).評価結果(Fig.3.5(i))におい
ては,n = 5 の場合の方が,n = 1 の場合よりも P および V が数パーセント向上
している.特に Case E において顕著である.これは,n が大きい値である方が,
counter による decision_time が大きくなり,冗長な再ブロードキャストの発生が
効率的に抑制され,パケット損失の発生を低減できると考えられる.n の最適値
は今後の検討課題である.
(c) 動画停止時間率 INT[%]
Fig.3.5(ii)に INT の評価結果を示す.INT は小さいほうが動画を中断なく再生で
きるため望ましい.
LDCF では両者ともに,Case E と Case F のいずれにおいても SF よりも INT
を減尐させることができた.これは,V の評価においても述べたが,各方式の導
入によりパケット損失の発生が低減していること,そして動画フレームの連続
性の維持を実現していることがここでも確認できる.尚,Case E においては
LDCF の Cy_n5,Case F においては Cy_n0 で最小となった.これは Cy_n0,Cy_n5
においては,特に冗長なブロードキャストを有効に抑制でき,パケット損失の
発生を低減できたことから,動画フレームの連続性を維持したまま配信ができ
たことを示している.
(d) パケットの平均配信遅延時間 D[s]
Fig.3.5(iii)に D の評価結果を示す.D は小さい方がパケットを遅延なく配信で
きるため望ましい.
SF は Case E,Case F ともに他方式と比較して極めて大きい値となった. LDCF
の中では,Cy_n5 がもっとも小さい値(Case E で 0.140s,Case F で 0.013s)とな
った.以上の結果より,LDCF は SF と比較し,D を短縮できると考えられる.
LDPF および LDCF において D を短縮できた理由は以下のように考えられる.
冗長な再ブロードキャストの抑制が実現できたため,ネットワーク全体のトラ
フィックが軽減できた.これにより,各ノードにおいてリンクがビジーである
時間を短縮することができ,その結果,MAC 送信キューにおけるパケットの送
信待ち待機時間が短縮したためと考えられる.Table 3.2 に示したように,異な
る重み係数 n を設定したが,n の値に対する D への影響は小さく,むしろ P お
よび V に関してより高い性能が得られるパラメータの設定値の選定を行うこと
が,今後の検討課題である.
102
負荷感応フラッディングのストリーミング配信への適用
P [%], V [%] +/- SD
100
80
60
40
P
V
20
Cx_n1 Cx_n5 Cy_n1 Cy_n5
SF
LDCF
Cx_n1 Cx_n5 Cy_n1 Cy_n5
SF
LDCF
Case E
Case F
Case / Delivery parameter
(i) 受信パケット率 P と再生可能パケット率 V
50
42.77
INT [%]
40
better
30
20
15.28
12.31
11.38
10
4.24
3.29
2.93
2.72
0.35
0.46
0
Cx_n1 Cx_n5 Cy_n1 Cy_n5
SF
LDCF
Cx_n1 Cx_n5 Cy_n1 Cy_n5
SF
LDCF
Case E
Case F
Case / Delivery parameter
(ii) 動画停止時間率 INT
5.000
4.543
D
4.000
D [s]
第3章
better
3.000
1.711
2.000
0.921
1.000
0.469
0.140
0.178
0.050
0.000
Cx_n1 Cx_n5 Cy_n1 Cy_n5
SF
LDCF
0.053
0.013
Cx_n1 Cx_n5 Cy_n1 Cy_n5
SF
Case E
LDCF
Case F
Case / Delivery parameter
(iii) パケットの平均配信時間 D
Fig.3.5 パケットレベルの QoS 評価
SF vs. LDCF(Cx_n1~Cy_n5)
103
0.013
第3章
3.3.3.2.
負荷感応フラッディングのストリーミング配信への適用
アプリケーションレベルの QoS 評価
(e) 平均 PSNR
Fig.3.6(i)に平均 PSNR の評価結果を示す.ただし,図中の偏差棒は平均値±標
準偏差(SD)の範囲を示している.参考にパケット損失による品質务化の無い
(C)Decoded video を Dec.として示している.結果より,LDPF は SF と比較して
平均 PSNR を向上できている.これにより,LDPF における再生動画全体の平均
的な品質は,SF を用いた場合と比較して务化が小さいことを示した.さら,
Fig.3.6(i)は,3.3.3.1 節のパケットレベルでの QoS 評価で示した V の評価結果
(Fig.3.5(i))の傾向と似ている.つまり,アプリケーションレベルの再生品質に
おいても LDCF の有効性が裏付けられた.尚,平均 PSNR がもっとも高くなっ
たのは,Case E では Cy_n5(35.7dB),Case F では Cy_n5(37.6dB)となった.
これは Dec.と比較して 0.1~2.0dB 程度のわずかの务化であった.
(f) 受入可能品質(Acceptable)フレームの割合
Fig.3.6(ii)に,Acceptable フレームと Unacceptable フレームの比率を示す.結果
より,LDPF は SF と比較して Acceptable フレームの割合を向上することができ
ている.これにより,人間の満足度に関する指標である MOS 値による評価おい
ても,LDCF の有効性を裏付けた.尚,Acceptable フレームの割合がもっとも高
くなったのは,Case E では Cy_n5(83.2%),Case F では Cy_n5(98.5%)であっ
た.
(g) MOS 値务化フレームの割合
Fig.3.6(iii)に,MOS 値务化フレームの割合を示す.LDCF においては SF と比
較して MOS 値务化フレームの低減が実現し,個々のフレームの品質务化を抑制
することができると考えられる.尚,MOS 値务化フレームの割合が最小になっ
たのは,Case E では Cy_n5(22.2%),Case F では Cy_n5(1.9%)となった.
104
Average PSNR [dB] +/- SD
負荷感応フラッディングのストリーミング配信への適用
40
35
30
25
37.7
28.5
35.8
35.7
34.4
33.4
31.8
35.9
37.5
37.6
33.4
20
Cx_n1 Cx_n5 Cy_n1 Cy_n5
SF
LDCF
Dec.
Cx_n1 Cx_n5 Cy_n1 Cy_n5
SF
LDCF
Case E
Case F
Case / Delivery parameter
Frames distribution based on quality [%]
(i) 平均 PSNR
100
80
60
100.0
40
66.5
55.6
20
84.5
83.2
75.2
65.3
98.2
85.6
Acceptable
98.5
Unacceptable
32.4
0
Cx_n1 Cx_n5 Cy_n1 Cy_n5
SF
Dec.
LDCF
Cx_n1 Cx_n5 Cy_n1 Cy_n5
SF
LDCF
Case E
Case F
Case / Delivery parameter
(ii) 受入可能品質(Acceptable)フレームの割合
MOS level degradation [%]
第3章
80
MOS level
degradation
60
4
3
2
1
better
40
20
0
Cx_n1 Cx_n5 Cy_n1 Cy_n5
SF
LDCF
Cx_n1 Cx_n5 Cy_n1 Cy_n5
SF
Case E
LDCF
Case F
Case / Delivery parameter
(iii) MOS 値务化フレームの割合
Fig.3.6 アプリケーションレベルの QoS 評価
SF vs. LDCF(Cx_n1~Cy_n5)
105
第3章
負荷感応フラッディングのストリーミング配信への適用
3.3.4. 評価まとめ
3.3 節では,LDPF と LDCF を動画ストリーミングに適用した場合の QoS 評価
を行った.
受信ノードのおける通信品質について,パケットレベルの QoS 評価として,
受信パケット率(P),再生可能パケット率(V),動画停止時間率(INT),パケッ
トの平均配信遅延時間(D)について評価を行った.その結果,LDPF,LDCF
のいずれも,従来の SF と比較して,これらを向上させることができた.また,
アプリケーションレベルの QoS 評価行った.具体的には平均 PSNR の評価より,
再生動画全体としての平均的な品質を向上させることができた.また,各動画
フレームに関して受入可能品質フレームの割合の評価と,MOS 値务化フレーム
の割合の評価により,個々の動画フレームの品質についても向上できることを
示した.これにより,パケットレベルの QoS 評価の有効性を裏付けた.
全ての配信パラメータ(SF,LDPF の Px_n1~Py_n5,LDCF の Cx_n1~Cy_n5)
を比較すると,LDCF の Cy_n5 において最も V が高くなり,INT は最低となっ
た.これは,他の配信パラメータと比較して,パケット損失の発生が低減によ
り,動画フレームの連続性の維持を実現したためと考えられる.同様に,平均
PSNR は最大,受信可能品質フレームの割合は最大,そして,MOS 値务化フレ
ームの割合も最低となった.2 章でも考察したように,LDCF においては,ノー
ドの周辺に存在するノードの疎密によるトラフィックの偏りに感応し,効果的
に再ブロードキャストの抑制し通信品質を向上できる考えられる.その中でも
カウンタしきい値を小さい値かつ n=5 を設定した Cy_n5 において最も効果が高
くなったと考えられる.
本評価では,LDCF の Cy_n5 において最良の品質が得られたが,さらなる品
質の向上のため,より高い性能が得られるパラメータの設定値の選定を行う必
要がある.
106
第3章
負荷感応フラッディングのストリーミング配信への適用
3.4. 音声ストリーミングへの適用
本節では,音声ストリーミングにおいて,提案方式である LDPF および LDCF
適用した場合の通信品質に関して,パケットレベルでの QoS 評価を行っている.
3.4.1 節では評価方法について説明している.3.4.2 節では,LDPF を適用した場
合の評価,3.4.3 節では,LDCF を適用した場合の評価について述べている.そ
して,3.4.4 節で,評価結果をまとめている.
3.4.1. 評価方法
Table 3.4 に示すように,シミュレーションエリアは 1000x600m(Case G,I)
と 2000x1200m(Case H,J)の 2 通りとする.それぞれノードが密なネットワー
クおよび疎なネットワークを想定している.MAC レイヤは IEEE802.11b,デー
タレートは 2Mbps,送信電力は 0.005W,パケット受信電力しきい値は-85dBm と
する.全ノード数は 100 とする.全ノードは Random Waypoint モデルに基づい
て移動を行うが,人間の歩行および走行速度を想定し[0.00,8.00]m/s の範囲で与
える.パケットサイズ(L2 payload)は,コーデックとして G.711[13]を想定し
200Byte(Case G,H)と G.729[14]を想定し 60Byte(Case I,J)とする.パケッ
ト生成間隔は 20ms とする.各 Initiator ノードが生成するパケット数は 1500 とす
る.すなわち 30 秒間のストリーミングを想定している.Initiator ノードが生成
したパケットは SF,LDPF,LDCF のいずれかによって配信される.LDPF,LDCF
におけるパラメータの設定値に関しては後述する.尚,Initiator ノードにおいて
は,受信したパケットの再ブロードキャストは行わない.
受信ノードにおいて,プレイアウトバッファリング時間は 5s とする(バッフ
ァリング時間を超過して到達したパケットは廃棄される).ここでは,アドホッ
クネットワーク成立初期における,IP アドレス未知の状態を想定し,放送型動
画ストリーミングに関わるトラフィック以外の背景トラフィックは存在しない
ものとしている.
Table 3.4 シミュレーションの設定
Case G
Case H
Case I
Simulation area [m]
1000x600 2000x1200
1000x600
Initiated packet size [Bytes]
200
200
60
107
Case J
2000x1200
60
第3章
負荷感応フラッディングのストリーミング配信への適用
以下では評価項目について説明する.Voice over IP (VoIP)における QoS 評価の
項目として,主にパケット損失,パケットの遅延(Delay)そして遅延揺らぎ(Delay
jitter)などが挙げられる[15-16].しかしここでは,先に述べたとおり,災害時に
おける一方向の音声のライブストリーミングを行うことを想定しているから,
数秒程度の再生遅延時間は許容でき,パケットの遅延および遅延揺らぎはバッ
ファリングによって解決できると考えられる.このため,本評価の評価項目と
しては,パケット損失のみ考慮すればよいと考えられる.
平均パケット損失率の評価を以下のように行う.まず,Initiator ノードを除く
ノードのうち,観測点ノードとして 5 ノード選ぶ.そして,ある 1 つの Initiator
ノードが生成したストリームの全生成パケットのうち,受信が成功したパケッ
トを求める(他の Initiator ノードが送信したストリームは背景トラフィックの位
置づけとなる)
.以上の手順をノードの初期位置,移動パターンを改め 20 トラ
イアル行い,合計観測点ノード 100 ノード分のサンプルを得る.その値を平均
し,平均パケット損失率 L[%]とする.
考察方法について以下に述べる.[15]によれば,G.711 と PLC を用いた場合,
5.00%のパケット損失率において,ランダムなパケット損失,バースト的なパケ
ット損失のいずれの場合も,MOS(Mean Opinion Score)[16]は 2 より大きい値
となっている.ここで MOS 値の 2 は Poor,3 は Fair となっている.以上を参考
にし,本論文では災害時における避難指示や状況配信を想定しているから,聴
き取れる程度であれば品質の务化は許容できるものと考え,L < 5.00%であれば
想定環境において十分であると考える.尚,Case I,J においてはコーデックと
して G.729 を想定している.ここでコーデックに対する MOS 値は,G.711 にお
いて 4.11 に対し,G.729 は 3.92 であり[16],差は微小であるから,Case I,J にお
いても L < 5.00%であれば十分とみなす.
3.4.2. LDPF の評価
Initiator ノードによって生成されたパケットは,SF,および Table 3.5 に示す
LDPF ( Px_n1 ~Py_n5 ) の い ずれ か の 配 信パ ラ メ ータ に よっ て配 信 す る .
q_threshold はノードの負荷に対する感度を高めるため 1 とする.LDPF の再ブ
ロードキャスト確率の設定値(Table 3.5)に関して,Px_n1~Py_n5 の設定値の
理由は 3.3.2 節と同様である.ここで,音声ストリーミングは動画ストリーミン
グのようにデータフレーム間に依存関係が存在しないため,データフレームの
連続性に関する要求は低いと考えられる.このため,より再ブロードキャスト
108
第3章
負荷感応フラッディングのストリーミング配信への適用
LDPF における再ブロードキャスト確率の設定値
Px_n1
Px_n5
Py_n1
Py_n5
default_c_threshold
0.60
0.60
0.40
0.40
loaded_c_threshold
0.20
0.20
0.20
0.20
n
1
5
1
5
Table 3.5
Pz
0.20
0.00
-
の抑制効果を高めるため,負荷状態ノード(queue >= q_threshold)は一切再ブロ
ードキャストを行わない(つまり loaded_prob = 0.00)設定である Pz を設けた.
Pz において n の値は動作に影響を及ぼさない.
評価結果を Fig.3.7 に示す.Case H, J の Initiator ノード数 3 以下において,Pz
の方が SF よりも L が高くなる場合が見られた.これは,default_prob あるいは
loaded_prob が低すぎ,すなわち不適切であり,L が高くなったと考えられる.
ここで,Case H,J はいずれもネットワーク密度が低く,つまり疎なネットワー
クにおいては十分高い確率が必要であることがわかる.尚,ネットワーク密度
が高い Case G,I においては,いずれの配信パラメータよりも L が低くなった.
Initiator ノード数が 2 の場合において,Case G で 3.83%,Case I で 3.26%となり,
L < 5.00%を満たすことから,Initiator ノード数は 2 までは想定環境において十分
な品質を確保できると考えられる.
一方,Px_n5 においては全ての Case,Initiator ノード数において SF よりも低
い L となった.これは,冗長な再ブロードキャストが抑制され,コリジョンや
バッファオーバフローによるパケット損失が減尐されたためと考えられる.
109
負荷感応フラッディングのストリーミング配信への適用
80
better
SF
Px_n1
Px_n5
Py_n1
Py_n5
Pz
L [%]
60
40
20
0
1
2
3
4
5
6
Number of Initiator nodes
(i) Case G (Dense, G.711)
80
better
SF
Px_n1
Px_n5
Py_n1
Py_n5
Pz
L [%]
60
40
20
0
1
2
3
4
5
6
Number of Initiator nodes
(ii) Case H (Sparse, G.711)
80
better
SF
Px_n1
Px_n5
Py_n1
Py_n5
Pz
L [%]
60
40
20
0
1
2
3
4
5
6
Number of Initiator nodes
(iii) Case I (Dense, G.729)
80
better
SF
Px_n1
Px_n5
Py_n1
Py_n5
Pz
60
L [%]
第3章
40
20
0
1
2
3
4
5
Number of Initiator nodes
(iv) Case J (Sparse, G.729)
Fig.3.7
LDPF の評価結果
110
6
第3章
負荷感応フラッディングのストリーミング配信への適用
3.4.3. LDCF の評価
Initiator ノードによって生成されたパケットは,SF,および Table 3.6 に示す
LDCF(Cx_n1~Cz)のいずれかの配信パラメータによって配信する.q_threshold
はノードの負荷に対する感度を高めるため 1 とする.LDCF のカウンタしきい
値(Table 3.5)に関して,Cx_n1~Cy_n5 の設定値の理由は 3.3.3 節と同様である.
LDCF のカウンタしきい値(Table 3.6)に関して,Cx_n1~Cx_n5 の設定値の理
由は 3.3.1 節と同様である.ここで,上記 LDPF の Pz と同様の理由により,再
ブ ロ ー ド キ ャ ス ト の 抑 制 効 果 を 高 め る た め , 負 荷 状 態 ノ ー ド ( queue >=
q_threshold)は一切再ブロードキャストを行わない(つまり loaded_c_threshold =
1)設定である Cz を設けた.Cz において n の値は動作に影響を及ぼさない.
評価結果を Fig.3.8 に示す.Case G~J のいずれにおいても, LDCF 各パラメ
ータの方が SF よりも,L が小さい値となった.これは,LDCF の導入により,
冗長な再ブロードキャストが抑制され,コリジョンやバッファオーバフローに
よるパケット損失が減尐されたためと考えられる.尚,Cz において L が最小と
なった.これは default_c_threshold および loaded_c_threshold が小さい方が,冗長
な再ブロードキャストを効果的に抑制できていると考えられる.
ここで,L が最小となった Cz に着目する.Initiator ノード数が 4 の場合におい
ては,L は Case G で 0.23%,Case H で 3.89%,Case I で 0.18%,Case J で 3.05%
となった.つまり Case G~J のいずれにおいても L < 5.00%を満たすことから,
Initiator ノード数は 4 までは想定環境において十分な通信品質を確保できると考
えられる.
LDCF におけるカウンタしきい値の設定値
Cx_n1
Cx_n5
Cy_n1
Cy_n5
default_c_threshold
6
6
4
4
loaded_c_threshold
2
2
2
2
n
1
5
1
5
Table 3.6
111
Cz
2
1
-
負荷感応フラッディングのストリーミング配信への適用
80
better
SF
Cx_n1
Cx_n5
Cy_n1
Cy_n5
Cz
L [%]
60
40
20
0
1
2
3
4
5
6
Number of Initiator nodes
(i) Case G (Dense, G.711)
80
better
SF
Cx_n1
Cx_n5
Cy_n1
Cy_n5
Cz
L [%]
60
40
20
0
1
2
3
4
5
6
Number of Initiator nodes
(ii) Case H (Sparse, G.711)
80
better
SF
Cx_n1
Cx_n5
Cy_n1
Cy_n5
Cz
L [%]
60
40
20
0
1
2
3
4
5
6
Number of Initiator nodes
(iii) Case I (Dense, G.729)
80
better
SF
Cx_n1
Cx_n5
Cy_n1
Cy_n5
Cz
60
L [%]
第3章
40
20
0
1
2
3
4
5
Number of Initiator nodes
(iv) Case J (Sparse, G.729)
Fig.3.8
LDCF の評価結果
112
6
第3章
負荷感応フラッディングのストリーミング配信への適用
3.4.4. 評価まとめ
3.4 節では,LDPF と LDCF を音声ストリーミングに適用した場合のパケット
レベルの QoS 評価を行った.
評価項目として平均パケット損失率(L)を評価した.この結果,LDPF を用
いた場合は,SF を用いた場合と比較して L が増加する場合と減尐する場合が観
測された.また,Initiator ノード数が 2 までは L < 5.00%を満たす場合があった.
一方,LDCF を用いる場合には,すべてのパラメータにおいて,SF を用いた場
合よりも L を低減できた.また,LDCF において最も小さいカウンタしきい値を
設定した Cz においては,Initiator ノード数が 4 までは L < 5.00%を満たすことか
ら,想定環境において十分な通信品質を確保しつつ配信を実現できることを示
した.以上の結果より,LDCF は SF よりも高い通信品質で配信が可能であるこ
とを示した.
また,LDCF は LDPF よりも高い通信品質で配信が可能であると評価できた.
113
第3章
負荷感応フラッディングのストリーミング配信への適用
3.5. 結言
本章では,災害時の特に第 1 フェーズにおいて必要性の高い,動画および音
声の放送型ストリーミング配信について,2 章で提案した LDPF および LDCF を
適用し,その通信品質について評価を行った.
3.3 節においては,動画ストリーミングに適用した場合の通信品質に関して,
パケットレベルの QoS 評価を行った.具体的には,再生可能フレーム率,動画
再生停止時間を評価した.アプリケーションレベルの QoS 評価としては,評価
指標として平均 PSNR(Peak Signal-to-Noise Ratio)および MOS(Mean Opinion
Score)を用いて評価を行った.そして,3.4 節においては,音声ストリーミング
については,パケットレベルの QoS 評価としてパケット損失率の観点から評価
を行った.評価の結果,既存の SF より高い通信品質で配信が可能であることを
示した.また LDCF に関しては,動画および音声の放送型ストリーミング配信
に対し十分適用可能であり,災害時への適用性を示した.
以上の評価結果をもとに,各方式の特徴を Table 3.7 にまとめる.
まず動画ストリーミングへの適用について述べる.SF については,パケット
損失が頻繁に発生することから,適用は不可能であると考えられる.LDPF につ
いては,SF と比較して品質を向上できた.LDCF についても,SF と比較して品
質を向上できたが,これは LDPF を上回る結果となった.
次に音声ストリーミングへの適用について述べる.SF については,パケット
損失が頻繁に発生することから,適用は不可能であると考えられる.LDPF につ
いては,疎なネットワークにおいて再ブロードキャスト確率を極端に低い値と
した場合,SF よりパケット損失率が増加する現象がみられた.しかし,これを
Table 3.7
アプリケーション
各方式の特徴の比較(ストリーミングへの適用)
動画ストリーミング
音声ストリーミング
ノード密度
疎
密
疎
密
SF
×
△
×
△
LDPF
○
○
△
○
LDCF
◎
○
◎
◎
※ 固定 prob を用いる方式と固定 c_threshold を用いる方式について評価を行って
いない.しかし,これらの方式は,必ず LDPF および LDCF と同等(パラメータ
設定値が偶然良好であった場合)もしくはそれ以下の性能となる.
114
第3章
負荷感応フラッディングのストリーミング配信への適用
除けば,SF よりも良好な品質で通信が可能であると考えられる.LDCF に関し
ては,SF よりも良好な品質で通信が可能となったが,これは LDPF を上回る結
果となった.
今後の検討課題は以下のように考えられる.動画ストリーミングの品質をよ
り向上させるために,動画フレームの種類に応じて再ブロードキャストのパラ
メータを切り替える機構の導入などが検討課題である.アプリケーションレベ
ルの QoS 評価としては,本章では動画コーデックは検討の対象外であったが,
原動画データやコーデックによる通信品質の影響の検証が必要である.音声ス
トリーミングに関しては,本章では音声コーデックやパケット損失補完は検討
の対象外であったが,無音時にパケット生成を抑制する方式等との組み合わせ
により,さらに通信品質とスケーラビリティの向上の検討が必要である.また,
通信品質の評価尺度として,平均パケット損失率を用いた.しかし,アプリケ
ーションレベルの QoS 評価に関しては未検証であり,Perceptual evaluation of
speech quality(PESQ)[13]等の客観評価法(Objective testing methods)を用いて
評価を行う必要がある.また,動画・音声の混在配信に関しても評価を行う必
要がある.
115
第3章
負荷感応フラッディングのストリーミング配信への適用
参考文献
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第3章
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117
第3章
負荷感応フラッディングのストリーミング配信への適用
118
第4章
品質保持型マルチパス動画ストリーミング
4.1. 緒言
2 章および 3 章においては,主に第 1 フェーズに適用可能な動画および音声の
ストリーミング配信に関して検討を行った.
災害の発生から時間の経過とともに,ネットワークが徐々に構築され,ユニ
キャストあるいはマルチキャスト通信が可能となる第 2 フェーズ,さらにより
高い通信品質や信頼性が必要とされる第 3 フェーズへと移行する.本章では,
第 2,第 3 フェーズにおけるユニキャスト・マルチキャストにおける動画ストリ
ーミング転送の品質保持に関して焦点を当てる.この想定環境において,動画
の再生不良を減尐させる方式として,既に複数記述符号化(MDC: Multiple
Description Coding)と複数送信点による MP2P(Multipoint-to-point transmission)
転送の組み合わせによる方式が提案されている.本方式については,既にネッ
トワークシミュレーションによる評価によって有効性が示されている.しかし,
実機上における検証は行われていない.また,アドホックネットワークにおけ
る既存研究は,そのほとんどがネットワークシミュレーションによるものであ
り,実機テストベッドにおける評価は極めて尐ない.このため実機による有効
性の検証が望まれている.
本章では,実機上にルーティングプロトコルを実装し,その上で動画ストリ
ーミング転送を模擬し,転送品質の評価を行っている[1-8].4.2 節においては,
アドホックネットワークにおける動画ストリーミング転送の背景と関連研究に
ついて述べている.4.3 節においては,従来からの動画ストリーミング方式につ
いての概要と,アドホックネットワークにおいて適用した際の問題点について
述べている.4.4 節においては,MDC を用いた MP2P 転送について概要を述べ
る.そして 4.5 節では既存のシミュレーションによる評価を要約している.4.6
節では,テストベッドにおける評価について述べている,そして 4.7 節で本章を
まとめている.
119
第4章
品質保持型マルチパス動画ストリーミング
4.2. 背景
1.2 節において述べたとおり,第 2 フェーズにおいては,災害等の発生により
インフラストラクチャが利用不可能になった後,時間の経過とともにネットワ
ークが徐々に構築され,ルーティングプロトコルを用いて任意のノードに対し
ユニキャストあるいはマルチキャスト通信が必要となる.また第 3 フェーズに
おいては,ネットワークが安定し,より高品質な通信が必要とされる.本章で
は,これらのフェーズにおいて必要とされる,ユニキャストおよびマルチキャ
ストによる動画のストリーミングの品質向上について検討する.
前述のとおり,動画アプリケーションは,帯域,遅延,遅延ゆらぎに対して
厳しい条件が求められる.有線ネットワーク,無線ネットワークのうち,特に
パケット損失の発生しやすいネットワークにおける動画ストリーミング転送に
関する研究が数多く行われており,性能向上策が提案されている.例えば,動
画ストリームの最低限の品質を保証するため,複数の経路(マルチパス)で複
数状態符号化した動画を転送することが提案されている[9][10].複数状態符号化
は,動画を複数の独立な動画ストリームに符号化する手法であり,複数記述符
号化(MDC: Multiple Description Coding)はその代表である[11][12].本手法は,
複数の記述がそれぞれ異なる経路に分散された場合に,その経路において同時
に輻輳を起こす可能性が低くなることにより,動画再生品質を高めようとした
ものである.一方,ピアツーピア(P2P)ネットワークにおいて実時間動画を転
送するため,MP2P(Multipoint-to-Point)転送が提案されている[13].これによ
り,ユーザはバッファリング時間の後,動画を再生することができる.以上の
検討はパケット損失の多いインフラ系ネットワークにおいて有効であり,性能
も優れていることが示されている.しかし,アドホックネットワークは,イン
フラストラクチャが利用できないことや,パケット損失が発生しやすいため多
いことから,これらの検討がそのまま有効であるとは言えない.
ここで,アドホックネットワークにおける動画転送に関する検討は主にマル
チパス転送について行われてきた[14][15].これは有線系での検討をそのまま当
てはめたものである.Mao らは,ポイント・ポイント転送(単一送信点,単一
受信点)において,複数の経路を設定し,階層符号化を利用した符号化方式を
用いて転送することを提案している[14].できるだけ重なりの無い経路を発見す
る手法についても提案している[15].
これに対し,既に送信点を複数設けることによりサーバ分散と経路分散を実
120
第4章
品質保持型マルチパス動画ストリーミング
現できる MP2P 方式が提案され,各経路上に MDC 符号化された各記述を転送す
ることにより,ベストエフォート情報転送を前提にして,受信点における動画
再生可能確率を向上する検討をシミュレーションにより行われている[16-18].
同時にルーティングアルゴリズムの改良し,経路の重複を避けることにより性
能を向上できることも示されている.
しかしながら,これらの検討はすべてコンピュータシミュレーションあるい
は,理論的な机上の考察に基づく結果であり,実機テストベッドを用いてその
効果の検証は行われていない.本章は[17]をベースに,簡易化条件下ではあるが,
シミュレーションと実機テストベッドでの対照比較検証を目的としている.
4.2.1. 既存の符号化を用いたストリーミング配信
元動画情報は,転送や蓄積のために圧縮され符号化される.いくつかの符号
化フォーマットが存在するが,有名である MPEG-4 や H.264 に関しては[19]に詳
しい.一般にビデオ符号化器はビデオフレーム列を生成し,これらはさらに GOP
(Group Of Pictures)と呼ばれる固まりに組織化される.ひとつの GOP はフォー
マットによって,I(Intra)フレーム,P(Predicted)フレームの 2 種類,あるい
は I フレーム,P フレーム,B(Bi-directional)フレームの 3 種類のフレームで構
成される.Fig.4.1 は,典型的な例で,I フレームと P フレームの 2 種類のみをも
ち,GOP は 12 である.各 GOP は 12 フレーム,すなわち 1 つの I フレームと 11
I
P
P
P
P
P
P
P
P
P
P
P
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
1GOP = 12 フレーム
I
P
P
…
※数字は再生順
Fig.4.1 フレーム依存関係の例
I1
P2
P3
P4
P5
P
×
6
P7
P8
P9
P10 P11 P12
I1
P2
P3 …
I1
P2
P3 …
(a) 受信された動画フレーム
I1
P2
P3
P4
P5
P6
P6
P6
P6
P6
P6
P6
動画の停止
(b) 再生される動画フレーム
Fig.4.2
既存符号化法におけるフレーム損失による影響
121
第4章
品質保持型マルチパス動画ストリーミング
個の P フレームで構成される.復号化過程においては,I フレームは他のフレー
ムに依存しないが,P フレームは先に受信され復号化された I フレームや P フレ
ームに依存する.Fig.4.2 のように,I フレームが損失すると GOP 全体が復号不
能となり,また紛失した P フレーム以降のフレームは復号できなくなる.
これらの符号化フォーマットでは 1 つのフレームの損失が,サービス中断を
引き起こすため,良好なビデオ品質を得るためには,誤りの無いあるいは損失
の無い転送が要求される.誤り耐性の不足は各フレームを正しく転送するため
に転送機構に多大なる負荷を与えることになる.
アドホックネットワークにおいては現在用いられている符号化法では良好な
品質で動画ストリーミングを実現できないことから,MDC の適用が検討されて
いる.
122
第4章
品質保持型マルチパス動画ストリーミング
4.3. 前提条件と要求条件
以下では,一般的なラップトップコンピュータ等のモバイル通信端末を仮定
する.Fig.4.3 に示すように,(a)物理/MAC レイヤプロトコルとして IEEE802.11
関連無線 LAN(IEEE802.11a,b,および g など),(b)ルーティング・転送方式を,
4.4 節で述べる MP2P 転送が可能なユニキャストまたはマルチキャストルーティ
ングプロトコルとする.(c)トランスポートレイヤプロトコルには UDP を用い,
特別な QoS 保障を用いないベストエフォート通信を仮定する.また,実用上は
RTP 等により UDP 機能の補助を仮定する.(d)アプリケーションとしては,4.4
節で述べる MDC のコーデックが利用可能であることを前提とする.
(d) Application protocol
MDC Video codec
(c) Transport layer protocol
UDP, RTP
(b) Routing and forwarding
MP2P transmission
(a) PHY/MAC layer protocol
Fig.4.3
IEEE802.11 series wireless LAN
ノードの想定モデル
123
第4章
品質保持型マルチパス動画ストリーミング
4.4. MDC と MP2P の組み合わせによる転送方式
アドホックネットワークにおいて,送信端末から送信された動画データを,
受信端末において高い再生可能フレーム率で復元する方式として,複数記述符
号化(MDC)と,複数送信点からの複数ストリーム転送(MP2P)の組み合わせ
による転送方式について簡単に述べる.
4.4.1. 複数記述符号化(MDC)
不安定なネットワークに対応して,動画の再生品質を向上させるコーディン
グ方式として,動画を複数のストリームに符号化を行う,MDC が提案されてい
る.この方式に関しては[11]に詳しい.
既存符号化の方式においては,原動画フレームは符号化によって一連の符号
化フレームのストリームとなり,さらにネットワークレイヤにおいてそれら符
号化フレームがパケットに収容されて転送される.一方,Fig.4.4 に示すように,
MDC においては,元動画データから同一フレーム速度[frame/s]で複数の動画ス
トリームを生成する.はじめに原動画フレームがピクセル単位,フレーム単位
などの方法で分割される.その上で,既存符号化が分割されたそれぞれのフレ
ームに対して実行され,複数の符号化フレームのサブストリーム(記述)が生
成される.それらがパケットに収容されてネットワークを転送される.
MDC
1
2
3
4
1'
5
2' 3' 4' 5'
Sending terminal 1
(Description 1)
Original data
MDC
1
2
3
4
1'' 2'' 3'' 4'' 5''
5
Sending terminal 2
(Description 2)
Original data
Fig.4.4
MDC の概要
124
第4章
1'
品質保持型マルチパス動画ストリーミング
2' 3' 4' 5'
3' 4'
1' 2' ×
×
5'
Sending terminal 1
(Description 1)
1 2 3 △
△○
× 4 ○5
Network
1'' 2'' 3'' 4'' 5''
MDC Receiving terminal
××
1'' 2'' 3'' 4'' 5''
○:Good
△:Acceptable
×:Bad
Sending terminal 2
(Description 2)
Fig.4.5
MP2P 転送と受信端末による復元の概要
4.4.2. 複数ストリーム転送(MP2P)
従来から提案されている,単一情報源からの複数経路転送方式を用いる代わ
りに,Fig.4.5 に示すように MDC によって符号化された複数の記述のそれぞれを
複数送信点のそれぞれから受信端末に向けて転送する MP2P が提案されている.
ここで,動画情報は固定網における P2P 通信によるファイル共有などと同様な
仕組みによって,複数のノードが同じものを所有しているものとする.また,
すべての送信点は MDC 符号化機能を持つものと仮定する.
動画を受信したいノードは何らかの情報発見機構によって目的の動画情報を
有するノードを複数発見し,それらのノードに対して,動画転送を依頼する.
依頼を受けた送信ノードは,保有する原動画を MDC によって複数の記述に符
号化する.いくつの記述に符号化するか,そのうちどの記述を転送するかは受
信希望ノードからの指示に従う.ここでは分割する記述数は 2 とする.また,
動画の同期や遅延制御などは積極的に行わず,ベストエフォート転送を基本と
する.
MP2P 転送を用いる理由は主に 2 つある.そのひとつは,MDC によるネット
ワーク負荷の増大の解決が挙げられる.MDC においては,1 つの原フレームを
複数のフレームに分ける.この分割されたフレームそれぞれに対して,符号化
を行う.このため,単一フレームの符号化法に比べ,同じ動画データ量に対し
て,以下の理由からより多くのデータ量を生成する.
(i)
分割フレームの符号化による増加(単一フレームより,大きなフレ
ーム間差分が生じる)
125
第4章
(ii)
品質保持型マルチパス動画ストリーミング
トラフィック増加によるパケット数増加に伴うヘッダ分のトラヒッ
クの増加
また,このようなデータ量の増加は,IP ヘッダ処理を主としている中継ノー
ドにおける処理負荷の増加を招く.そのため,本提案方式においては,MP2P 転
送を用いることで,上に示した増えたデータや負荷が 1 つの送信点や途中経路
に集中することなく,全ての動画送信点の間で均等に分散されることが考えら
れるため,ネットワーク内で良好な負荷の均衡を実現できることが考えられる.
さらに重要な点として,アドホックネットワークにおいては,それぞれのノ
ードが自由に動き回ることから,ノード間の接続性の維持が問題となる.その
ため,MP2P 転送を用いることで,送信端末と受信端末の間の接続性を従来の単
一送信点を用いた転送(PP: Point-to-Point)より高めることも利点として考えら
れる.
4.4.3. 受信端末における復元
受信側においては,ネットワーク内を転送されたパケットの受信可否によっ
て記述を再構成できるかが決まる.全ての記述のパケットが受信できた場合,
Good(良好)フレームが生成され,いくつかの記述のみ受信できた場合,
Acceptable(受入可)フレームが生成される.ここで,受入可とは,原情報に比
べて品質务化のある再生動画になるが,視聴は可能であるということを示す.
そして,いずれの記述も受信できなかった場合,Bad(不良)フレームが生成さ
れる.
尚,受信ノードにおける受信処理は,一定時間以内受信パケットを蓄積して,
複数記述の同期を取るプレイアウトバッファを設ける.一定時間内に到着しな
かったパケットは廃棄されるベストエフォート再生を行うものとする.
126
第4章
品質保持型マルチパス動画ストリーミング
4.5. シミュレーションによる評価
[17]において,ネットワークシミュレータ ns-2[20]を用いて提案方式の有効性
が示されている.ここでは簡単に説明する.
4.5.1. シミュレーションの概要
シミュレーションの諸元は Table 4.1 の通りとなっている.
送信点から受信点に向かって転送されるビデオアプリケーションは符号化フ
レーム長 1024Byte,転送速度は 128kbps とする.ただし簡単のため,現実のビ
デオデータではなく,単なるビット列を用いている.また,MDC により符号化
を行っても,データ量が増えることは無いと仮定している.なお,送信点の検
索と選択処理はシミュレーションの対象外となっている.
ノードの移動は Random Waypoint モデルによってモデル化している.[17]にお
いては様々な最大速度において性能評価を行っているが,ここでは最大速度を
5.00m/s のみに着目する.10 種類の異なるシナリオをシミュレーション前に生成
する.各ノードの初期位置,目的地,目的地に至るまでの 0.00m/s から最大速度
間の移動速度をランダムに与えている.各ノードは目的地に到達すると,新た
な目的地と移動速度がランダムに与えられ移動を再開する.これがシミュレー
ション時間終了まで繰り返される.また常に移動している場合のみを考慮して
いる.さらに,背景トラヒックとして送信点と受信ノードを除いたノードから 5
つの対を無作為に選択して,それらの間に 8.2kbps の背景トラヒックを導入して
いる.
シミュレーションにおいては,(a)PP:単一記述の PP 転送,(b)PP+MDC:MDC
利用 PP 転送,(c)MP2P+MDC:提案方式である MDC 利用 MP2P 転送のそれぞれ
の場合において,受信フレームの品質構成比を比較している.それと同時に,
MDC を採用することでのみで,動画ストリーミングの性能改善が可能となるか
Table 4.1
シミュレーションの諸元
Simulation area
Number of nodes
Mac layer protocol
Transmission radius
Routing protocol
1000 x 600 m
20
IEEE802.11 (2Mbps data rate)
250m
DSR[21]
127
第4章
品質保持型マルチパス動画ストリーミング
も検討している.ここで(a)におけるパケット長は,動画フレーム長の 1024Byte
にヘッダ(経路長によるが数十 Byte)を加えたものである(すなわち 1 フレー
ムは 1 パケットに収まる).(b)と(c)は 2 つの記述を用い,各記述の符号化フレー
ム長は(a)の 2 分の 1 であり,パケット長は 512Byte にヘッダを加えたのとなる.
従って,(b)と(c)で転送されるパケット数は(a)の 2 倍となる.(c)では,2 つのノ
ードそれぞれが単一の記述のみを送出する.全体で 10000 個の原フレームを送
信し,フレーム間隔は 64ms としている.シミュレーション時間は 900s であり,
転送を終了するに十分な時間となっている.
各記述に属するパケットの受信側への到着が成功したかどうかは,パケット
に与えられたシーケンス番号に従って調べている.受信側において,受信フレ
ームの品質は,2 記述とも受信“Good(良好)”,1 記述のみ受信“Acceptable(受
入可)”,いずれも受信できず“Bad(不良)”の 3 値で評価している.尚,(a)で
の受信フレーム品質は Good か Bad かの 2 値である.
4.5.2. シミュレーションの結果
各ケースの受信フレームの持つ品質の割合の比較を Fig.4.6(i)に示す.
(a)では,記述は単一であるため,フレームは Good か Bad かのいずれかであ
る.(b)と(c)は,受信した記述数によって,フレームは Good,Acceptable,Bad
のいずれかとなる.測定結果より(c)は Bad フレーム数が最小であることがわか
る.また,(b)のように単に MDC を用いるだけでは,不良フレーム数を減尐す
ることができないこともわかる.不良フレームの最小化,すなわち,再生可能
フレーム率(Good と Acceptable の和)がもっとも大きいものが望ましいと考え
ると,提案方式である(c)が最もすぐれている.しかし,受信フレーム数のうち
Good フレーム数が占める割合で見ると,提案方式(c)が最も小さい.このことか
ら,実際に(c)を用いた場合,従来方式と比較して,受信端末において品質务化
はあるものの,高い確率で可視可能な動画を復元できると考えられる.Good フ
レーム率の減尐は本提案の弱点のひとつであり,今後の検討課題と位置づけら
れている.
次にスループットの比較を行う.MDC の欠点は送出パケットが多いことによ
り,ネットワーク処理負荷が大きいことである.(b)と(c)における送出パケット
数は,1 つの原フレームが 2 つの記述に分かれ,2 つのパケットに収容されるた
め,転送データ量は変わらないが,1 フレームを 1 つのパケットで送る CaseⅠ
に比べて倍になる.Fig.4.6(ii)にネットワークのスループットを示す.ここで,
128
第4章
品質保持型マルチパス動画ストリーミング
スループットは送出したパケット数に対する受信パケット数の比をパーセント
表示したものになっている.(b)は最低のスループットとなっている.これは 2
倍に増えたパケットによる送信点近傍の処理負荷でパケット損失が生じやすく
なっていると考えられる.これは,複数送信点を用いて負荷均衡が取れている(c)
では改善されている.(a)と(c)では同程度のスループットを得ており,その差は
Frames distribution based on quality [%]
0.5%未満となっている.
100
8.0
9.1
2.1
92.0
88.8
3.5
10.2
80
60
40
86.2
Bad
Acceptable
Good
20
0
PP
PP+MDC
MP2P+MDC
Delivery method
(a) PP
8.0%
0.0%
92.0%
92.0%
■Bad
■Acceptable
■Good
Good+Acceptable
(b) PP+MDC
9.1%
2.1%
88.8%
90.9%
(c) MP2P+MDC
3.5%
10.2%
86.2%
96.4%
(i) 受信フレームの品質構成比
100
Throughput [%]
95
90
85
(a) PP
(b) PP+MDC
(c) MP2P+MDC
80
75
5.0
10.0
12.5
15.0
17.5
Maximum speed [m/s]
(ii) スループット
Fig.4.6 シミュレーションによる評価
129
20.0
第4章
品質保持型マルチパス動画ストリーミング
4.6. テストベッドにおける評価
本節では,ルーティングプロトコルを実装した実機テストベッドを構築し,
その上で PP 転送と MDC 利用を想定した MP2P 転送(MP2P+MDC)を行い,パ
ケット到達率の比較を行う.これにより,4.5 節でのシミュレーションによる評
価の有効性を再確認する.
4.6.1. 実験設定
テストベッドを構築する際,Table 4.2 の機器を 5 台用いる.アドホックネッ
トワークのルーティングプロトコルは,ノードを移動させないことから,ルー
ティングプロトコルの影響は小さいと判断し,実装の容易さから OLSR[22]を用
い,パケットは LAN Traffic v2[23]を使用し,Table 4.3 の設定値で送信する.パ
ケットは WireShark[24]を用いてキャプチャする.測定においては,送信端末か
ら受信端末に対してデータを送信し,中継端末の無線ネットワークインターフ
ェース(以下 NIC)の停止,起動を切り替え,意図的にパケット損失を発生さ
せ,実験を行う.
Table 4.2
Model
CPU
RAM
Wireless LAN (NIC)
実験装置の構成
Panasonic Let’s Note W5
Intel Core Solo Processor (1.06GHz)
512MB
Intel Pro/Wireless 3945ABG Network Connection
(IEEE802.11g)
Table 4.3
Delivery method
Number of terminals
Packet size
Packet interval
Transport protocol
実験設定
PP
1 sending terminal
1 receiving terminal
1024Byte
32ms
UDP
130
MP2P+MDC
2 sending terminal
1 receiving terminal
512Byte
第4章
品質保持型マルチパス動画ストリーミング
4.6.2. 評価方法
パケット到達率の評価は,それぞれの試行において,450kByte 分のデータを
各方式で転送し,受信端末における受信可否により評価を行う.受信端末にお
いて各記述に属するパケットが受信成功したかどうかはパケットに与えられた
シーケンス番号に従って調べる.PP の場合は,Fig.4.7(i)に示すように,パケッ
トを受信できた場合は Good,受信できなかった場合は Bad として評価する.
MP2P+MDC の場合は,Fig.4.5(ii)に示すように 2 台の送信端末の両方からパケッ
トを受信できた場合は Good,いずれか一方の端末からパケットを受信できた場
合は Acceptable,両方の端末からパケットを受信できなかった場合は Bad として
評価する.Good と Acceptable を合わせた比率(再生可能フレーム率)が高い方
式ほど,動画の停止を尐なく再生できる.実験は実験Ⅰ~II の 2 通りの構成で行
い,それぞれ 10 回試行し,測定結果の平均値を求める.
○
Sending terminal
Good
Receiving terminal
×
Sending terminal
Bad
Receiving terminal
(i) PP の場合の評価
○
○
Sending terminal
Receiving terminal
×
Sending terminal
○
Receiving terminal
×
Sending terminal
Good
Sending terminal
Acceptable
Sending terminal
×
Receiving terminal
Sending terminal
(ii) MP2P+MDC の場合の評価
Fig.4.7
評価方法
131
Bad
第4章
品質保持型マルチパス動画ストリーミング
4.6.3. 実験 I
実験 I においては Fig.4.8 のようにネットワークを構成し,測定を行う.尚,
直線で結ばれた隣接ノード同士が 1 ホップで通信可能であり,それ以外の端末
とは直接 1 ホップで通信を行わないよう設定を施す.この実験において,PP の
場合は,送信端末を Node 1,受信端末を Node 4.MP2P+MDC の場合は,送信端
末を Node 1 と Node 5,受信端末を Node 4 とする.初期状態で Node 1 から Node
4 へのデータ送信経路は Node 2 を経由するようになっている.
実験においては,Table 4.4 の手順で測定系を操作し,測定を行う.この操作
手順は,Node 1 が Node 4 に対してデータを送信している途中,中継端末である
Node 2 がネットワークから離脱し,通信ができなくなることを想定している.
この際,OLSR によって Node 3 を経由する経路に切り替わるが,それまでに生
じるパケット損失を MP2P で補完することを模擬する.
測定結果の平均値および Good と Acceptable を合わせた比率の標準偏差を
Fig.4.9 に示す.結果より,PP の Good の比率(92.5%)よりも,MP2P+MDC の
Good と Acceptable を合わせた比率(100.0%)の方が高くなり,後者を用いた方
が再生可能フレーム率は高いと言える.また,前者で Bad と評価されパケット
がロスした部分が,後者では Acceptable として復元されており,実際の動画ス
トリーミングを想定する場合,動画フレームのロス無く再生できると考えられ
る.
132
第4章
品質保持型マルチパス動画ストリーミング
Data Transmission
Node2
Relaying terminal
Node1
Sending terminal
Data Transmission
Node4
Node5
Receiving terminal Sending terminal
Node3
Relaying terminal
Fig.4.8
Table 4.4
Added in the case of
MP2P+MDC
実験構成(実験 I)
操作手順(実験 I)
Operation
Time[s]
0
測定開始.
10
Node 2 の NIC を停止させる.
(OLSR の動作により,転送経路は Node 2 を経由するルートから
Node 3 を経由するルートに変更される.)
20
測定終了.
Frames distribution based on quality [%]
100
7.5
10.8
80
60
92.5
89.2
40
■Bad
■Acceptable
■Good
Good+Acceptable
20
0
PP
MP2P+MDC
Delivery method
Good
Acceptable
Fig.4.9
Bad
測定結果の平均値(実験Ⅰ)
133
PP
MP2P+MDC
7.5%
0.0%
0.0%
10.8%
92.5%
89.2%
92.5%
100.0%
第4章
品質保持型マルチパス動画ストリーミング
4.6.4. 実験 II
実験 II においては Fig.4.10 のようにネットワークを構成し,測定を行う.尚,
直線で結ばれた隣接ノード同士が 1 ホップで通信可能であり,それ以外の端末
とは直接 1 ホップで通信を行わないよう設定を施す.この実験において,PP の
場合は,送信端末を Node 1,受信端末を Node 3.MP2P+MDC の場合は,送信端
末を Node 1 と Node 5,受信端末を Node 3 とする.
実験においては Table 4.4 の手順で測定系を操作し,測定を行う.この操作手
順は,送信端末が受信端末 Node 3 に向けてストリーム転送中,中継端末である
Node 2 と Node 4 が端末の移動や,電波状況の不良により数秒間通信できない状
態になることを模擬するものである.
測定結果の平均値および Good と Acceptable を合わせた比率の標準偏差を
Fig.4.11 に示す.結果より,PP の Good の比率(64.8%)よりも,MP2P+MDC の
Good と Acceptable を合わせた比率(91.4%)の方が高くなり,後者を用いた方
が再生可能フレーム率は高いと言える.尚,Good のみの比率に関しては前者の
方が高くなり,後者では低くなり,Acceptable として復元成功した比率が高い.
実際の動画ストリーミングを想定する場合,後者を用いた方が,品質の务化は
あるものの高い確率で動画を再生できると考えられる.
134
第4章
品質保持型マルチパス動画ストリーミング
Data transmission
Data transmission
Node1
Sending
terminal
Node2
Relaying
terminal
Node3
Receiving
terminal
Node4
Relaying
terminal
Node5
Sending
terminal
Added in the case of MP2P+MDC
実験構成(実験 II)
Fig.4.10
Time[s]
0
4
6
10
12
20
Table 4.5 操作手順(実験 II)
Operation
測定開始.
Node 2 の NIC を 2 秒間停止させ,その後起動する.
Node 4 の NIC を 2 秒間停止させ,その後起動する.
Node 2 の NIC を 2 秒間停止させ,その後起動する.
Node 4 の NIC を 2 秒間停止させ,その後起動する.
測定終了.
Frames distribution based on quality [%]
100
8.6
35.2
80
42.6
60
■Bad
■Acceptable
■Good
40
64.8
48.8
20
Good+Acceptable
0
PP
MP2P+MDC
Delivery method
Good
Acceptable
Fig.4.11
Bad
実験結果の平均値(実験 II)
135
PP
MP2P+MDC
64.8%
48.8%
0.0%
42.6%
35.2%
8.6%
64.8%
91.4%
第4章
品質保持型マルチパス動画ストリーミング
4.6.5. 評価まとめ
実験 I~II の測定結果より,いずれの実験構成においても,PP の Good の比率
よりも MP2P+MDC の Good と Acceptable を合わせた比率(再生可能フレーム率)
の方が高くなった.これにより,後者を用いた方が動画の停止を尐なく再生す
ることができると考えられる.
実験 I においては,ストリーミング転送中に中継端末が離脱することにより,
転送経路の変更を伴う構成とした.中継端末が離脱してから転送経路が変更さ
れるまでに要する時間は,ルーティングプロトコルに影響されると考えられる.
今回はプロアクティブ型の OLSR を用いたため,短時間で転送経路が変更され,
データ転送が再開された.しかし,使用するルーティングプロトコルによって
は,データ転送の再開までにさらに時間を要することが想定され,ルーティン
グプロトコルの選択による再生可能フレーム率への影響は,今後の検討課題と
位置づける.
実験 II においては,実験の際,NIC の起動,停止を切り替え,意図的にパケ
ット損失を発生させた.尚,NIC を起動してから実際にデータ転送が再開され
るまでに要する時間にばらつきがあった.今後実応用を想定する場合は,電波
を遮断する等の測定方法を検討したい.
136
第4章
品質保持型マルチパス動画ストリーミング
4.7. 結言
本章では,災害時の第 2,第 3 フェーズにおいて必要とされている,ユニキャ
ストおよびマルチキャストによる動画ストリーミング転送の品質保持に関して
焦点を当てた.この想定環境において,動画の再生不良を減尐させる方式とし
て,既に MDC と P2P の組み合わせによる方式が提案されていた.本章では,こ
の方式に関して実機上にルーティングプロトコルを実装し,その上で動画スト
リーミング転送を模擬し,転送品質の評価を行った.
4.2 節においては,アドホックネットワークにおける動画ストリーミング転送
の背景と関連研究について述べた.4.3 節においては,従来からの動画ストリー
ミング方式についての概要と,アドホックネットワークにおいて適用した際の
問題点について述べた.4.4 節においては,提案方式について概要を述べた.そ
して 4.5 節でシミュレーションによる評価について述べた.4.6 節では,テスト
ベッドにおける評価として,ルーティングプロトコルを実装した実機テストベ
ッドにおいて,提案方式を想定した MP2P+MDC 転送を行い,パケット到達率の
比較を行った.その結果,MP2P+MDC の方が従来の PP と比較して,Good フレ
ームと Acceptable フレームを合わせた比率が高くなり,動画の再生不良を抑制
するという方式の目的が達成されていることを示した.同時に,4.4 節で概要を
述べた,既存のシミュレーションによる評価の有効性を再確認した.以上の評
価結果により,災害時の第 2,第 3 フェーズにおいて必要とされるユニキャスト
およびマルチキャストによる動画ストリーミングについて,品質务化を低減し
配信が可能になることが期待される.
今後の検討課題は以下のように考えられる.本章では実機テストベッドにお
いてパケット到達性に関して評価を行った.しかし,室内環境で行ったため,
隠れ端末問題,端末の移動など,アドホックネットワークにおける通信品質务
化の要因を厳密に考慮してはいない.また実際のアドホックネットワークにお
いては,背景トラフィックが存在し,それを考慮した測定を行い,品質改善手
法を提案することが必要であると考えられる.また,アプリケーションレベル
の QoS 評価に関しては,未検証である.そのため,実機に MDC コーデックを
実装し,実際の動画データからパケットを生成し,転送実験を行い,受信端末
において動画を復元し,その再生動画の品質に関して評価を行う必要がある.
137
第4章
品質保持型マルチパス動画ストリーミング
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第4章
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http://www.wireshark.org
140
第5章
結論
本論文では,アドホックネットワークの災害時への適用を想定した.災害時
を想定した場合,災害が発生しインフラストラクチャが利用不可能になった初
期の第 1 フェーズ,ネットワークが徐々に構築され,ユニキャストあるいはマ
ルチキャスト通信が可能となる第 2 フェーズ,さらにより高い通信品質や信頼
性が必要とされる第 3 フェーズ,以上の 3 つのフェーズを想定した.第 1 フェ
ーズにおいては,ユニキャスト・マルチキャストによる通信は困難であり,IP
アドレスを必要としない,放送型の情報配信により動画や音声を配信する必要
性が高いと考えられた.第 2 フェーズから第 3 フェーズにかけては,時間の経
過とともに,より高い通信品質や信頼性の必要性が高まると考えられらた.そ
して 3 つのフェーズに適用可能な動画および音声のストリーミング方式につい
て,ルーティング・転送分野に焦点を当て,高品質かつ高効率に配信する検討
を行った.
本論文における具体的な検討内容として,大きく,(i)1 対ネットワーク全体の
放送型ストリーミング配信方式と,(ii)ユニキャスト・マルチキャスト型動画ス
トリーミング転送の品質保持の 2 つを検討した.
(i)放送型ストリーミング配信について以下に述べる.第 1 フェーズは,災害
が発生しインフラストラクチャが利用不可能となった初期のフェーズであった.
このフェーズではネットワーク内のノードに適切な IP アドレスが割り当てられ
ているとは限らない.また,ネットワーク内のノードが他ノードの IP アドレス
や所有している情報が何であるかを把握していない可能性が高い.このような
状態においては,ユーザがネットワーク全体に対し,動画および音声のストリ
ーミング配信により SOS の発信や,被災状況あるいは避難指示の放送が行う必
要性が高い.これらはフラッディングベースの方式を用いた放送型情報配信方
式により実現できると考えられた.しかし.既存のフラッディング方式では,
災害時の想定環境において動画や音声の放送型ストリーミング配信を十分な通
信品質で実現できなかった.そこで 2 章では,既存方式の問題点を解決する負
荷感応フラッディングを提案した.そして,机上計算やネットワークシミュレ
ーションにより,既存方式と比較し,高いパケット到達率を確保しつつ冗長な
再ブロードキャストを削減できること,パケットの配信時間を短縮できること
を示した.次に,既存方式の SF と比較して,ノードあたりの送受信パケット数
141
第5章
結論
を削減できる,すなわちノードにおけるパケットの送受信に関わる消費電力の
削減を実現できることを示した.以上により,提案方式は災害時において必要
とされる効率性,低消費電力性を有することを示した.さらに,各方式につい
てノードにおける処理負荷に関して定性評価を行った.その結果,各方式の優
务について考察を得た.続いて 3 章では,動画および音声ストリーミングに適
用した場合のパケットレベルあるいはアプリケーションレベルの QoS 評価を行
い十分適用可能であり,災害時のいずれのフェーズにおいても実用に耐えうる
品質を実現できることを示した.
(ii)ユニキャスト・マルチキャスト型動画ストリーミング転送の品質保持に関
して以下に述べる.第 2 フェーズ以降では,ネットワーク内のノードに適切な
IP アドレスが割り当てられており,ユニキャストあるいはマルチキャストによ
ちストリーミング配信が利用可能なフェーズであった.ここでは,パケット損
失が頻繁に発生するアドホックネットワークにおいて,動画のユニキャストあ
るいはマルチキャストによりストリーミングの受信動画品質を向上させる必要
があった.そこで,既に提案されている複数記述号化(MDC: Multiple Description
Coding)と MP2P(Multipoint-to-Point)転送の組み合わせによる方式に関して着
目した.そして,実機テストベッドを用いた転送実験を行い,既存の PP 転送と
比較してパケット到達性を向上できることを示した.また,既存のネットワー
クシミュレーションによる評価の有効性を再確認し,災害時への適用性を示し
た.
以下に本論文の各章における検討内容とその結論についてまとめる.
2 章においては,全てのフェーズに適用可能であり,特に第 1 フェーズにおい
て必要性の高い,動画および音声の放送型ストリーミング配信について検討し
た.放送型の情報配信方式としては数多く存在しているが,想定環境への適用
には不十分であると考えられた.最も一般的な SF は冗長な再ブロードキャスト
が多発し,通信品質の务化が顕著であった.他の既存方式においても,ノード
の負荷が考慮されておらず,放送型ストリーミングを生成するノードの近隣の
ノードへの負荷の集中が回避できるとは限らなかった.そこで,既存方式の問
題点について,ノードの負荷状況を考慮し,負荷状態ノードの再ブロードキャ
ストを積極的に抑制する機構を導入した,2 つの負荷感応フラッディング方式を
提案した.それぞれ負荷感応動的確率判定フラッディング(LDPF: Load-aware
Dynamic Probability-based Flooding),負荷感応動的カウンタ判定フラッディング
(LDCF: Load-aware Dynamic Counter-based Flooding)であった.そして,机上計
算とネットワークシミュレーションにより性能評価を行った.その結果,既存
方式と比較して提案方式は,パケット到達率,再ブロードキャストノード率,
パケットの配信遅延時間の観点から通信性能を向上できることを示した.また,
142
第5章
結論
ノードあたりの送受信パケット数とパケットの送受信に関わる消費電力に関し
ても検討し,これらを削減できることを示した.
提案方式同士,LDPF と LDCF を比較すると,上記通信性能の観点では LDCF
の方が高い性能が得られた.しかし,ノードの処理負荷の観点からは,LDPF の
方がノードにおける処理負荷が小さく,端末の処理性能やメモリ容量に制約が
ある場合に適していると考えられる.
3 章においては,2 章で提案した負荷感応フラッディング方式について,実際
に動画および音声の放送型ストリーミング配信に適用した場合の配信性能に関
して評価を行った.具体的には,動画の配信に関して,パケットレベルの QoS
評価として,受信パケット率,再生可能パケット率,動画再生停止時間,パケ
ット配信時間について評価を行った.また,アプリケーションレベルの QoS 評
価として,平均 PSNR(Peak Signal-to-Noise Ratio)および MOS(Mean Opinion
Score)を用い評価を行った.続いて,音声の配信に関して,パケット損失率の
観点から評価を行った.以上の評価の結果より,既存の Simple Flooding(SF)
と比較し,配信性能が向上できることを示し,実際のアプリケーションに十分
適用可能であることを示した.
2 章,3 章で検討した,負荷感応フラッディング方式による動画および音声の
放送型ストリーミング配信の実現により,特に災害時における第 1 フェーズ,
すなわちユニキャストおよびマルチキャスト配信が利用困難な状況において,
高い品質を確保しつつ,即時に配信が可能となることが期待できる.
4 章においては,第 2~第 3 フェーズにおいて必要性の高い,ユニキャストお
よびマルチキャストによる動画のストリーミング転送に関して,従来の
Point-to-Point(PP)における通信品質の务化を抑制するため,品質保持型マルチ
パス動画ストリーミングについて検討した.方式としては,MDC と MP2P 転送
の組み合わせによる配信方式が既に提案されており,ネットワークシミュレー
ションにより有効性が示されていた.しかし,実機における評価は行われてい
なかった.また,アドホックネットワークの既存研究においては,そのほとん
どがネットワークシミュレーションによるものであり,実機による検証は数尐
なく,実機による有効性の検証が望まれていた.そこで,ルーティングプロト
コルを実装した実機によりテストベッドを構築し,動画ストリーミングを模擬
した転送実験を行った.その結果,PP 転送と比較して,パケット到達性を向上
できることを示した.同時に,既存のネットワークシミュレータによる評価の
有効性を再確認した.
4 章で検討した,MDC と MP2P 転送の組み合わせによる配信方式の実現によ
り,特に第 2 フェーズ,第 3 フェーズにおいて問題となっている,ユニキャス
トおよびマルチキャストによる動画ストリーミングについて,品質务化を低減
143
第5章
結論
し配信が可能となることが期待される.
以下に各章における今後の検討課題について述べる.
2 章で述べた負荷感応フラッディングについては,パラメータの値によるパケ
ット到達率および送受信パケット数などの通信性能への影響の詳細化,より高
い性能が得られるパラメータの選定を行う予定である.また,パケットの送受
信に関わるノードあたりの消費電力については,ネットワークシミュレーショ
ンの結果と,既存研究に基づき机上計算を行った.また,ノードの処理負荷に
関しては定性評価を行った.そのため実用上は,実機に実装した場合の処理負
荷の大きさや,消費電力を検証する必要があると考えられる.また,ノードの
処理負荷に関して詳細化を行う必要がある.さらに実用上は,ノードの電池残
量を考慮し,再ブロードキャストのパラメータを変更し,再ブロードキャスト
の頻度を下げることにより消費電力の削減を行うなどの工夫が必要であると考
えられる.また,ノードにおける処理負荷の定量的評価と負荷軽減についても
検討課題である.
3 章で述べた負荷感応フラッディングの動画および音声の放送型ストリーミ
ングの適用に関しては,動画ストリーミングの品質をより向上させるために,
動画フレームの種類に応じて再ブロードキャストのパラメータを切り替える機
構の導入などが検討課題である.アプリケーションレベルの QoS 評価としては,
本論文では動画コーデックは検討の対象外であったが,原動画データやコーデ
ックによる通信品質の影響の検証が必要である.音声ストリーミングに関して
は,本論文では音声コーデックやパケット損失補完は検討の対象外であったが,
無音時にパケット生成を抑制する方式等との組み合わせにより,さらに通信品
質とスケーラビリティの向上の検討が必要である.また,通信品質の評価尺度
として,平均パケット損失率を用いた.しかし,アプリケーションレベルの QoS
評価に関しては未検証であり,Perceptual evaluation of speech quality(PESQ)等
の客観評価法(Objective testing methods)を用いて評価を行う必要がある.また,
動画・音声の混在配信に関しても評価を行う必要がある.
2 章,3 章に関しては共通して以下のような検討課題が考えられる.3 章,4
章においては,第 1 フェーズにおける適用を想定しネットワークシミュレーシ
ョンを行ったため,放送型ストリーミング以外のユニキャストあるいはマルチ
キャストによる背景トラフィックは存在していなかった.そのため,第 2,第 3
フェーズへの適用性をより詳細に示すため,これらが存在するシミュレーショ
ンを行う必要がある.アドホックネットワークに関する既存研究のほとんどが
ネットワークシミュレータを用いて行われているものであるため,実機に実装
した場合の通信性能に関して,検証が望まれると考えられる.
4 章で述べた,MDC と MP2P の組み合わせによる動画ストリーミング転送方
144
第5章
結論
式については,実機テストベッドにおいてパケット到達性に関して評価を行っ
た.しかし,室内環境で行ったため,隠れ端末問題,端末の移動など,アドホ
ックネットワークにおける通信品質务化の要因を厳密に考慮してはいない.ま
た実際のアドホックネットワークにおいては,背景トラフィックが存在し,そ
れを考慮した測定を行い,品質改善手法を提案することが必要であると考えら
れる.また,アプリケーションレベルの QoS 評価に関しては,未検証である.
そのため,実機に MDC コーデックを実装し,実際の動画データからパケットを
生成し,転送実験を行い,受信端末において動画を復元し,その再生動画の品
質に関して評価を行う必要がある.
145
第5章
結論
146
付録
アルゴリズムの擬似言語表記の仕様は Fig.6.1 のとおりである.
▲ if (条件式)
| then プロセス#1
| else プロセス#2
▼
条件分岐
もし条件式が真ならば,プロセス#1 を実行す
る.もし条件式が偽ならば,プロセス#2 を実行す
る.もし偽の場合のプロセスが存在しないならば,
else 行は省略する.
■ while (条件式)
| プロセス#1
■
前判定繰り返し
条件式が真の間,プロセス#1 を繰り返し実行す
る.
Fig.6.1
擬似言語表記の仕様
147
148
謝辞
本論文を作成するにあたり,指導教員として指導いただきました東海大学専
門職大学院組込み技術研究科・情報通信学部教授・石井啓之先生,同大情報通
信学部教授・菊池浩明先生に心から感謝いたします.また,論文審査におきま
して,有益なご助言をいただきました,東海大学情報理工学部教授・増田良介
先生,同大情報通信学部教授・辻秀一先生,同教授・濱本和彦先生に心から感
謝いたします.
そして,総務省委託研究 SCOPE-R(戦略的情報通信研究開発推進制度)の“ア
ドホックユビキタス通信環境向きデータ駆動ネットワーキングプロセッサの研
究開発”および科学技術振興機構(JST),戦略的創造研究推進事業(CREST タ
イプ)
“超低消費電力化データ駆動ネットワーキングシステム”の研究におきま
して大変お世話になりました,筑波大学大学院システム情報工学研究科教授・
西川博昭先生,同講師・冨安洋史先生,同助教・三宮秀次先生,高知工科大学
工学部教授・岩田誠先生,工学院大学工学部准教授・水野修先生,マラヤ大学
(マレーシア)工学部講師・チャウチーオン先生,有限会社情報基盤研究所代
表取締役社長・青木一浩博士,日本電信電話株式会社 NTT サービスインテグレ
ーション基盤研究所主任研究員・末田欢子博士,そして関係の皆様に感謝いた
します.
また,石井研究室の諸氏,特に佐島敬眞氏,中岩正洋氏,佐藤秀章氏,山本
昌弘氏,平田直之氏,川端秀明氏,福士直秀氏,佐野浩士氏,また,総合理工
学研究科総合理工学専攻の諸氏,特に内田ヘルマン偉之氏,そして工学研究科
情報通信制御システム工学専攻,電子情報学部コミュニケーション工学科,情
報理工学部情報通信電子工学科,情報通信学部通信ネットワーク工学科の諸氏
には,日頃から様々な議論および励ましをいただき,感謝いたします.
最後に,論文の執筆を最後まで見守ってくださった家族と親戚,特に父 進,
母 洋子,そして朊友,特に多田恵美子氏に心から感謝いたします.
本研究は以下の助成を受けたものである.

総務省委託研究,SCOPE-R(戦略的情報通信研究開発推進制度)の“ア
ドホックユビキタス通信環境向きデータ駆動ネットワーキングプロセ
ッサの研究開発”

科学技術振興機構(JST),戦略的創造研究推進事業(CREST タイプ)
“超
低消費電力化データ駆動ネットワーキングシステム”
149

日本学術振興会,科研費基盤研究(C) 19500064“複数情報源・複数記述
符号化方式による画像情報発見転送方式”

日本学術振興会,科研費特別研究員奨励費“アドホックネットワークに
おける効率的情報配信方式に関する研究”
2010 年 12 月
宇津
150
圭祐
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