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全文 - 産学官の道しるべ
2014 7 Journal of Industry-Academia-Government Collaboration Vol.10 No.7 2014 http://sangakukan.jp/journal/ 末松安晴 東京工業大学 栄誉教授 大容量長距離光通信を切り開いた 半導体レーザ 「この世にないものを創る」を信条に 特集 1 特集 2 産学官7月号.indb 1 新しい共同研究の仕組み ■ 九州大学「共同研究部門制度」について ■ 名古屋大学「産学協同研究講座・部門制度」について キャリア教育 最前線 2014/07/10 16:50:15 巻 頭 言 「産・学・官」連携を成功に導くために 加藤伸一… ……… 3 大容量長距離光通信を切り開いた半導体レーザ 「この世にないものを創る」を信条に 末松安晴… ……… 4 特 集 1 新しい共同研究の仕組み 九州大学 「共同研究部門制度」について 名古屋大学 「産学協同研究講座・部門制度」について 山内 恒 / 松園裕嗣 / 古川勝彦… …… 13 財満鎭明… …… 16 特 集 2 キャリア教育 最前線 CONTENTS ものづくり支える“作業服のビジネス”を! ―高校生の起業家精神醸成とキャリア教育の課題― 近藤 実… …… 19 職場体験の事前事後プログラムを強化 ―企業応援団が活躍する神奈川県横須賀― 佐藤 廣… …… 22 ―北上川流域ものづくりネットワークの取り組み― ものづくりは人づくりから 70 色のガイドラインで美しい札幌の街並みを 感染症研究の国際ネットワーク推進 日本の大学・研究機関がアジア・アフリカで貢献 クールジャパンなものづくりと情報発信の力 連載 鈴木暁之… …… 24 伊藤哲夫… …… 26 水野 環… …… 28 赤羽優子… …… 31 ドイツの産学連携と研究推進機関の役割 第 4 回 連邦政府の施策・日本への示唆 「強いものをより強く」のクラスター政策 永野 博… …… 33 イベントレポート 産学連携学会 第12回大会 2 産学官7月号.indb 対話型セッション取り入れ3日間 … …… 37 視点 / 編集後記 … …… 39 Vol.10 No.7 2014 2 2014/07/10 16:50:16 巻 頭 言 ■「産・学・官」連携を成功に導くために 加藤 伸一 かとう しんいち トヨタ自動車株式会社 顧問 地球温暖化による気候変動や環境汚染など、人類の生活環境や生態系への深刻な影響が懸念され ている。一方で、 われわれの社会生活を維持していくためには経済活動を行っていかねばならない。 こうした中で、持続可能な社会として維持発展させていくためには、多くの知恵を結集し、イノ ベーションを起こしていくことが重要であり、その手法の一つとして「産・学・官」連携があげら れる。 東海地域の「産・学・官」が連携して、2008 年度から 5 カ年計画で取り組んできた東海広域知 的クラスター創成事業は、当地域の「世界有数のものづくり拠点としての持続的発展」を戦略とし て、先進プラズマナノ科学・工学を核に、プラズマ、ナノ材料、窒化物半導体の各分野で研究開発 と研究成果の事業化を推進し、多くの成果をみた。 同事業本部長として事業推進に尽力したが、これらの成果を生かし、社会実装に向け発展させる スーパークラスター事業にも、愛知地域スーパークラスター連携協議会の代表として引き続き取り 組んでいるところである。 これまで、民間企業および「産・学・官」連携の国のプロジェクトに携わってきたが、イノベー ションへとつながる「産・学・官」連携について、これまでの経験を踏まえて私見を述べてみたい。 1990 年代のバブル経済崩壊による長い景気低迷により、わが国全体の研究開発投資は減少し、 研究開発環境も十分とは言えない状況にあった。こうした状況を打開するため「科学技術基本法」 が制定され、 「科学技術創造立国」を目標に、多くの研究費を科学技術振興に投入し、工学系の大 学に知の集積ができた。 同時に「産・学・官」連携が叫ばれ、官による大きなプロジェクトの提案に民間も参画しての研 究活動が活発に行われた。しかし、大学の研究段階ではある程度進んでも、実用化の段階への移行 が一番困難なところである。 こうした困難を乗り越え、 「産・学・官」連携を成功に導くには、どのようにしたらいいのか。 「産」 、 「学」 、 「官」には、それぞれが期待されている役割があると考える。 まず「官」については、国としての大きな政策の明示と補助金など支援体制の整備、「学」には 基礎研究・応用研究を進め、優れた多くの分野のシーズ創出や人材の育成、 「産」には実用化の主 役として、ビジョンと熱意を持ち、リスクを覚悟の上で事業化に向けたリソーセスを準備する必要 がある。 こうした役割をもとに、それぞれが連携するに際しては次の 5 点が重要と考える。 ①問題点や価値観を共有し、本音で語り合える人的ネットワークとコミュニケーション、②優れ たプロジェクトマネジャー等による研究開発のマネジメント、③ノウハウを含む知的財産の構築、 ④研究者、学生をはじめ全ての関係者を含めた機密管理体制、⑤愛知県の「知の拠点あいち」など をはじめとする各地域の技術移転インフラの活用、といったものである。 いずれにしても、事業化・イノベーションの主役は企業であり、その成功のためには企業の一層 の奮起が必要である。地域の技術移転インフラを活用した実のある成果を期待するとともに、その 地域の研究者にとって素晴らしい成長の機会となることを確信している。 3 Vol.10 No.7 2014 産学官7月号.indb 3 2014/07/10 16:50:18 末松安晴 東京工業大学 栄誉教授 大容量長距離光通信を切り開いた半導体レーザ 「この世にないものを創る」を信条に 1960 年 東京工業大学大学院理工学研究 科修了(工学博士) 、61 年 同大学 助教 授、73 年 同大学 教授、89 ~ 93 年 同 大学 学長、95 ~ 97 年 産業技術融合領 域研究所 所長、97 ~ 2001 年 高知工科 大学 学長、01 ~ 05 年 国立情報学研究 所 所長、11 年 東京工業大学 栄誉教授。 主な受賞は、83 年 W・ポールセン金メ ダル、96 年 紫綬褒章、97 年 E・ライン 賞、03 年 IEEE メダル、03 年 文化功労 者、06 年 瑞宝重光章、 14 年 日本国際賞。 東京工業大学栄誉教授の末松安晴氏は、1960年代から80年代初めにかけて、光ファイバ通信用 の半導体レーザの研究に取り組み、 「光ファイバの損失が最低となる長波長帯 (長波長性) 」 「 、一つの レーザで波長が人為的に変えられる (波長可変性) 」 「 、光ファイバの材料分散効果による光のパルス の広がり効果を小さくする単一波長性 (単一モード性) 」 の3つの特性を併せ持つ半導体レーザを実 現。これが、インターネット社会を支える大容量長距離光ファイバ通信への道を切り開いた。 末松氏は当時、将来は光の時代と予測し、光ファイバによる大容量長距離通信を提唱し、実現す べきシステムからレーザの特性を定めるという工学的アプローチで研究を進めた。光源に必要な機 能として定めたのが、長波長性、波長可変性および単一モード性。波長を電気的に変える機構を 持った半導体レーザを実現し、1983年に波長が変わるという実証実験を世界で初めて行った。 光源の3機能を備えた大容量長距離光ファイバ通信用の半導体レーザを 「動的単一モードレーザ」 と名付けた。 この先駆的な研究をどう推進したのか、支えていたものは何か。 (聞き手:本誌編集長 登坂和洋) ミリ波から光通信の研究へ ― 先生の学生時代、光やレーザの研究はどんな状況でしたか。 末松 私は 1960 年に大学院理工学研究科を修了しました。この年、レーザが出 4 産学官7月号.indb Vol.10 No.7 2014 4 2014/07/10 16:50:21 てきました。マイマンがルビーでコヒーレント光を出すことに成功したのです。 チャールズ・タウンズらが光メーザ(レーザ)の提案を論文に書いたのは 2 年 前の 1958 年、 1955 年にメーザ (励起分子の誘導放出を用いるマイクロ波増幅器) が出ています。メーザは原理的にはレーザと同じで、アインシュタインの誘導放 出の考え(1927 年)に基づいています。 真空管計算機では計算できないというノイマンの定理ってありますね、その J. フォン・ノイマンが、半導体で光が増幅できることを初めて指摘したのは 1953 年で、彼の講義を聞いていた学生たちが、後に、ノートを照らし合わせて論文に 纏(まと)めています。もちろん、 こうしたことを私たちは知らなかったのですが。 ― 光通信に関心を持つようになったのはどうしてですか。 末松 私の指導教官の森田清先生は日本で初めてのマイクロ波通信を大岡山と筑 波山の間で行った方です。大学院時代は、森田先生の指導で、より高い周波数の 開拓を目指して電子管によるより短いミリ波発生の研究をしていました。半導体 は出始めてはいましたが、まだ真空管の時代でした。真空管ではミリ波を超す短 い波長、高い周波数は困難でした。共振器を使わないで無理に波長 6 ミリのミ リ波は発振させましたが。当時、共振器は 4 分の 1 波長の長さの金属空胴でし たから、共振器の長さが 1.5 ミリになりますね。幅の広い真空管で 1.5 ミリ長の 共振器列を高精度でつくるのは困難でした。 そのような経緯から大学院を出るころは、どうせ波長を短くするなら光でやろ うと思うようになりました。私は小さいころから天文学が好きで、ニュートン反 射鏡を作ったりしていましたので、光に関心がありました。通信に使えるような コヒーレント光を発する光源としてルビーレーザができたばかりです。でも、光 の周波数はマイクロ波の 1 万倍。1 万倍の情報が送れるわけですね。それほどの 能力があるなら、未開拓の分野ながら光通信という新しい分野がなんとか開拓で きるのではないかという思いがありました。 世界初の光ファイバ通信 ― 大学院を出てすぐに助手になりましたね。 末松 はい。私が助手に採用されて 1 年後に森田清先生が定年退職され、関口 利男教授の助手に移りました。1961 年、29 歳で助教授に任官させていただき、 重い責任感を抱きました。翌 62 年 4 月に、光通信の卒業研究テーマで学生を募 りましたところ、優れた 3 人の応募があり、若者の新しい分野への関心の高さ に驚きました。 ― 光通信の研究を本格的にスタートされました。 末松 5 月 26 日は東工大の創立記念日で、当時は大学を開放する全学祭が開か れていました。1963 年の 5 月初め、学生が「先生、レーザって面白いものがあ 5 Vol.10 No.7 2014 産学官7月号.indb 5 2014/07/10 16:50:21 るそうですね、全学祭にそれを使って何か展示したいんですけど」と言ってきま した。私が「光通信のひな形をつくってみたらどうか」と話をしたら、 「やりま しょう」ということになりました。学部 4 年生が中心でした。私はガスレーザ や光電管を持っていました。変調するには電気光学結晶が要ります。調べてみる と、学習院大学の小川智哉先生が、難波進先生と理研でつくられた ADP という 電気光学結晶を持っておられたので、 1 個譲ってもらいました。伝送路になるファ イバは学生諸君が中目黒のキヤノンの研究所から借りてきました。これらを全部 組み合わせて光ファイバ通信実験をやらせたわけです。ガスレーザから出た光を 通した ADP 結晶に電気信号を加えて偏波面を回転させ、偏光器を通して強度変 調し、光ファイバで送り、その光を光電管で検出して電気信号を取り出す仕組み です。 1963 年 5 月 26 日の全学祭には、学生諸君の徹夜実験の末にできた光ファイ バ通信装置のひな型 1 セットを展示し、実験のデモンストレーションを行いま した。この実験装置のレプリカは東工大百年記念館に展示されています。また、 そのとき使った ADP 結晶は、同記念館にデシケータに入れて保存されています。 これが世界で初めて行われた光ファイバ通信実験でした。 研究対象に半導体レーザ ― 光通信の実現に向けた長い研究のスタートですね。 末松 難しいのは直接変調でした。上記の通信実験は外部変調で結晶に 1,500 ボルトもの高圧の信号電圧をかけました。レーザの駆動電流に信号電圧を加え て直接変調できれば、通信としては楽です。直接変調では、レーザ動作をする 2 つの準位の間で遷移する電子の自然放出寿命が短いものは速く変調できます。ガ スレーザの自然放出寿命は 1 ミリ秒くらいで遅い。 ルビーレーザはマイクロ秒なんです。これでは応答速度はメガヘルツ(MHz) 程度ですから、これも実用化は難しい。これに対して半導体レーザの自然放出時 間はナノ秒と短いですから、ギガヘルツ(GHz)くらいの変調はできるはずだ との思いから、 まだパルスでしか働かなかった半導体レーザを本命に選びました。 ― 半導体レーザは光集積回路に適していますし、直接変調もできますね。先生は最初から、 光の伝送と光源をからませて1つのシステムとして研究を進められたとのことですが…。 末松 私は最初から社会で使われる光通信技術を実現したいとの考えで研究をし ていましたので、光伝導路や光源、そして光変調器や光検出器、それらを集積す る光集積回路などにも光通信システムの性能を高める部品としてともに興味があ りました。 初期には理論と実験によって直接変調の上限周波数を求めましたが、これは通 信に用いる光源の性能を見極めるのが狙いでした。また最初から光集積回路も研 究しようと思っていました。半導体レーザには、大容量の情報を載せるために高 6 産学官7月号.indb Vol.10 No.7 2014 6 2014/07/10 16:50:21 速変調をかけてもモードが安定な単一モード動作が不可欠 と考えていました。 ― 理論構築にも力を注がれたわけですね。 末松 半導体レーザの変調ができたものの、全体にどう働 くかという半導体レーザの理論がありませんでした。 私は、 光通信をやる以上は、 例えば、 光伝送路の特性や半導体レー ザの発振状態を明らかにする基礎としての理論をつくって おくのが大学の任務だと思っていました。半導体レーザの 動作状態の理論では、研究室の西村君を中心に理論を開拓 しました。1970 年です。こうした理論は世界で初めてで す。それをアメリカの雑誌に投稿したのですが、当時はそ の理論が斬新過ぎました。この理論が予測しているのは、 レーザは 1 つのスペクトルで働くということですが、レフリーには理解されず 論文は、却下です。しかし、10 年後にその正しさが理解され、この理論は日本 でつくられたということになりました。 光源の 3 機能 ― どんな課題がありましたか。 末松 たくさんの課題がありましたがあえて絞れば、一つは光ファイバの低損 失化で企業が力を入れた課題、もう一つは安定した光を発する半導体レーザの 開拓です。 シリカ光ファイバの損失要因を明らかにして光損失を下げる企業の研究では、 当初、最も損失が少なくなる波長は 0.85 マイクロメートル波長帯でしたが、 1973 年ごろにコーニングのケックらが、もっと長い 1.4 から 1.7 マイクロメー トルの波長帯で損失がかなり少なくなる可能性があると予測しました。 ――光ファイバには、1 つだけのモードを伝えるコア径の細い「単一モード」ファイバと、 太いコアで多くのモードが伝わる「多モード」ファイバとがあります。 末松 当初は、多モードファイバのほうが光源との結合が楽で、接続しやすくて 使いやすいと考えられていたわけです。しかし私は、大容量で長距離伝送ができ る光ファイバ通信システムの実現が念頭にあって、そのためには、光ファイバは モード分散がなくて大容量伝送ができる単一モード光ファイバが必須で、そして 光源には、高速で変調した半導体レーザで、波長は光ファイバの損失が最低とな る波長帯で、さらに伝送路の材料分散によるパルス広がり効果を最小にできる安 定な単一モード動作、の諸機能を併せ持たせるのが不可欠と考えました。そのよ うに高性能化しないと、電波の通信と競争できない。それで、半導体レーザの単 一モード共振器には、分布反射共振器や多重共振器構造、屈折率型導波路構造な 7 Vol.10 No.7 2014 産学官7月号.indb 7 2014/07/10 16:50:24 どを考えていました。 研究を進め、 大容量長距離の単一モード光ファイバの通信技術を開発するには、 光源として次の 3 つの機能を併せて持たせる必要がありました。 ・波長は光ファイバの損失が最低となる長波長帯(長波長性) ・分散効果を小さくする、言い換えると、光ファイバの材料分散効果による光 のパルスの広がり効果を小さくする単一波長性(単一モード性) ・通信というのは異なった多くの波長を用いるので、1つのレーザで波長が人 為的に可変なこと(波長可変性) ― 光ファイバによる大容量長距離通信を提唱され、実現すべきシステムからレーザの特 性を定めたという手法です。 末松 最終的にこの 3 機能を備えた大容量長距離光ファイバ通信用の半導体レー ザを実現したのですが、研究開発は「単一モード分布反射共振器」→「集積レー ザ」→「1.5 マイクロメートル帯の長波長帯半導体レーザ」→「1.5 マイクロメー トル帯で動く動的単一モードレーザ」→「波長可変レーザの原理提案と実証」 という経過をたどりました。後に、この 3 機能を備えた大容量長距離光ファイ バ通信用の半導体レーザを「動的単一モードレーザ(DSM レーザ;Dynamic Single Mode Laser) 」と名付けました。 集積レーザ実現 ― 最初の大きな研究成果とされている周期構造型反射器について説明してください。 末松 そこで私たちが波長を1つにする方法として考えたのは、半波長の整数倍 の間隔で 2 つの分布反射器をつなげる方式、分かりやすく言うと、2 つの分布反 射器の間隔を半ピッチずらす方式です。こうした共振器だと、一様な分布反射器 では 2 つの波長となるものが、1 つの波長になります。この共振器構成は製造が 楽なんです。この理論を発表したのが 1974 年です。コーゲルニックさんが最初 に提案した一様な分布帰還(DFB)レーザは、2 つ波長で発振するというもので した。これでは困るのですが、私達の方法ではこうした問題はありませんでした。 この間の 1973 年に、米国カリフォルニア工科大学で中村道治さんらは光ポンプ で動作する一様な分布反射器付きの半導体 DFB レーザを初めて試作し、波長選 択性が強いことを明らかにしました。 ― これを実証されたのですね。 末松 後に述べる、 集積レーザによって、そして位相シフト分布帰還レーザによっ てです。 単一モードレーザを実現する前段階として、集積レーザの実現に挑戦しました。 単一モード共振器や波長同調機構などの「光回路」と光を出す「レーザ部」とを 低損失で一体化できるものです。最初に試みたのは、方向性結合器で結んだ集積 8 産学官7月号.indb Vol.10 No.7 2014 8 2014/07/10 16:50:24 二重導波路形レーザ(ITG レーザ;Integrated Twin Guide Laser)というもの です。1974 年に薄膜多層半導体 GaAlAs/GaAs をつくり、それでこの集積レー ザを実現しました。集積レーザとしては世界で初めてのもので、 自信がつきました。 この集積レーザの技術を持ったことで、その後研究が進展しました。アイデア が浮かんだ時、 この技術を使って試作が容易になったからです。また、 フォトニッ ク集積回路(PICs;Photonic Integrated Circuit)への発展が期待できました。 1.5μm帯の長波長帯半導体レーザを実現 ― 1.5 ミクロンの長波長帯を目指して半導体レーザの材料の吟味から始め、液相成長に 取り組まれたと伺っております。 末松 光ファイバの光の損失が最低になると予想された 1.4 ~ 1.7 マイクロメー トル帯のレーザを実現するために、どういう結晶系で挑戦するか、候補が 2 通 りありました。インジウムリン基板でつくる四元混晶レーザと、ガリウムアンチ モン基板でつくる四元混晶レーザです。どちらをやるか、迷いに迷いました。ど ちらかの結晶の研究を一回始めると後戻りするのに 5 年くらいかかりますから。 一時はガリウムアンチモン基板を考えましたが、最終的にインジウムリン基板を 選びました。その根拠は、メルティングポイント(溶融温度)が 1,070 度と高 いことと、硬さの指標であるクヌープハードネスの値が 535 と高いことです。 当時、インジウムリン基板はイギリスでしか入手できませんでした。とても高 価で大学の研究者、しかも科学研究費などの研究資金が乏しかった時代では手が 出ません。ところが、いろいろなところに相談した末に、当時の KDD 研究所の 中込雪男所長が「私が全部サポートするから心配なくやれ」と支援を申し出て下 さいました。 「この研究をやらないのは余りにも惜しい」ということが理解され たのです。それで研究を推進することができました。インジウムリンの結晶を入 手し、それまでのガリウム・ヒ素基板に基づく研究をすべて棚上げにして、イン ジムウリン基板の四元混晶で挑戦し始めたのが 1975 年末から 76 年の初めです。 こうした経過で、損失が最低波長帯の 1.5 マイクロメー トル帯の長波長帯半導体レーザを、半導体薄膜結晶の ガリウム・インジウム・ヒ素燐(GaInAs/InP)を開 拓して、実現しました。その後、文部科学省の科学研 究費・特別推進研究の支援が得られて、研究が飛躍的 に進展しました。 光ファイバの低損失化とその波長帯のレーザ実現を 目指した研究とは同時進行で進んでいましたので、 「1.5 マイクロメートル帯の長波長帯半導体レーザ」を実現 したのと同じ年の初めに、シリカファイバの最低損失 波長が 1.55 マイクロメートルであることが、NTT の 宮さんらにより明らかにされました。 9 Vol.10 No.7 2014 産学官7月号.indb 9 2014/07/10 16:50:27 ― インジウムリン基板を選んだのは先生のグループが最初だったそうですね。 末松 長波長帯を目指した研究ではその通りです。その事がわれわれが世界に先 駆けた研究ができた要因の一つである、と指摘される人もいます。われわれの四 元混晶レーザの研究は、当初、結晶研究の専門家からは批判されました。特にガ リウム・アルミニウム・ヒ素の三元系の研究者は「三元系でこんなに苦労してい るのだから……」というわけです。われわれは半導体を突っ込んでやったことな い素人の集団だったから挑戦できたのかもしれません。 波長 1.5 μm帯で動く 動的単一モードレーザの実現 ― そういう節目の勘というか目利き力は大事ですね。そしてこの材料を使って波長 1.5 マイクロメートル帯で動く動的単一モードレーザの実現を目指したのですか。 末松 大容量長距離光ファイバ通信の実現に必要な光ファイバの最低損失波長帯 で働く動的単一モードレーザは、1980 年末に実証され、翌年には室温連続動作 させて実現に成功しました。この動的単一モードレーザは、波長可変は温度で行 うので、温度的な動的単一モードレーザとも呼びます。そして、1.5 マイクロメー トル帯で単一モードレーザを開拓していた要の大学院博士課程の学生が 2 人い て、1981 年 4 月に 1 人は日本電信電話(現・NTT)に、もう 1 人は KDD へ 就職し、この動的単一モードレーザの実用化に向けた研究を始めました。そして 同年後半に相次いで、実用的な動的単一モードレーザとして、1.5 マイクロメー トル帯片端面反射鏡 DFB レーザを達成しました。 これらの動的単一モードレーザは、先に述べたように、波長を温度で変える、 いわゆる温度的波長可変の動的単一モードレーザで、波長固定型とも云います。 これには 2 種類あります。上記のものは「片端面鏡付の一様 DFB(Distributed Feedback)レーザ」ともいいます。早速、この片端面反射鏡 DFB レーザは、 国内の企業で動的単一モードレーザとして大容量長距離光ファイバ通信の実験に 用いられ、これが世界へ広がり、光ファイバ通 信の商用化に貢献しました。 もう一つは、われわれが当初考えた、2 個の 分布反射器から成る単一モード共振器を用いる 「位相シフト DFB レーザ」で、1983 年に実現 されました。2 個の分布反射鏡の間を位相シフ トさせるので、この位相シフト量がレジスト露 光で作り付けにできるので製造の歩留まりが高 く、現在、大容量長距離用の標準レーザとして、 変調方式や光回路そして電子デバイスなどの発 展と相まって、光ファイバ通信に広く使われて います。 10 産学官7月号.indb Vol.10 No.7 2014 10 2014/07/10 16:50:30 世界に張り巡らされた大容量長距離光ファイバ通信には、こうした使い勝手の 良い温度的な波長可変の動的単一モードレーザが主に用いられてきました。 また、面発光レーザ、VCSEL(Vertical Cavity Surface Emitting Laser; 垂直共振器面発光レーザ)は適切な設計に従えば動的単一モードレーザとなり、 小電力動作の特長を生かして比較的短い距離用に多用されています。 この間に、動的単一モードレーザに用いられる 1.5 ミクロン帯の半導体レーザ の製造のエピタクシは液晶成長法から気相成長法へ発展し、発振閾値などの基本 特性は、歪み超格子構造などが開拓されて飛躍的に改良されました。量子ドット 構造なども有力な方法として発展しています。 波長可変レーザの原理提案と実証 ― この「位相シフト DFB レーザ」は温度的波長可変(波長固定型)ですね。波長を変 えるには温度を変える必要があります。 末松 そうです。温度的波長可変の動的単一モードレーザである「位相シフト DFB レーザ」は、長距離通信用の標準レーザとして広く使われてきました。し かし、最初に述べたように、大容量長距離光ファイバ通信用の半導体レーザとし て、波長が電気的に変えられると省電力化に役立つのです。電気的な波長可変性 が必要です。 こうした発想を記録に残すために 1980 年に波長可変レーザの原理的な特許を 出しておきました。半導体レーザの反射器の最大反射波長と位相領域の位相とを 電気的に変えて発振波長を同調させる仕組みです。その後、電流注入によるプラ ズマ効果で屈折率を変え、波長を電気的に変える機構を持った半導体レーザを実 現し、1983 年に波長が変わるという実証実験を世界で初めて行いました。その 後、活発な開拓が世界的に行われました。このようにして私が最初に考えた大容 量長距離光ファイバ通信用に必要な光源の 3 機能を電気的に満たしたレーザが できました。 ― これが実用化されたのはいつからですか。 末松 われわれが実証した、波長を電気的に可変とするレーザ、波長可変レーザ は、コールドレンさんたちによって実用化され、商用化はなんと 2004 年からで す。アメリカで使われ始め、2005 年には日本でも使われるようになり、2010 年には本格的に使われるようになりました。私はこの間、気が気じゃなかったで すね。20 年余りかかったわけですから。 ― 動的単一モードレーザの目標であった波長可変レーザを実現し、使われるようになっ たので、研究の一つの区切りとなったわけですね。先生のご研究が、今日の情報ネッ トワークを支える大容量長距離光ファイバ通信への道を切り開きました。その意味で、 第一世代のシステムを築いたといえます。これまでのお話しにもありましたが、先生 11 Vol.10 No.7 2014 産学官7月号.indb 11 2014/07/10 16:50:31 の研究への姿勢が時代を切り開いてきたともいえます。 末松 恐縮です。 「この世にないものを創る」と「原理を明らかにする」が私の 信条です。今後とも、狭スペクトル幅化や集積化、そして省電力化など、高性能 な第二世代への発展がますます期待されています。 ― あるべき目標を定め、理論から材料までを含めた工学的アプローチでデバイス、そし てシステムを開発するというスタイルは示唆に富んでいます。 末松 今日、 あまりにもシーズ起点の研究に偏り過ぎているように思います。 シー ズには 2 つあります。フィジカルバックグラウンドでのシーズと、エンジニア リング的に社会で生かすシステムのためのシーズです。後者がまさしく工学的な アプローチです。こうしたアプローチが最近少な過ぎるのではないでしょうか。 大事なことは新しいシステムを生み出すことです。エンジニアリング的なアプ ローチではただ新しいというだけでは十分でなく、将来、社会の中に埋め込まれ る展望を持つ必要があります。これが私からの提言です。 最後に、こうした研究が推進できましたのは、180 名に及ぶ学生諸君を中心 とした共同研究者の努力、森田清、川上正光、岡村総吾、斉藤成文、そして末武 国弘の諸先生方のご指導ご鞭撻、文部科学省の科学研究費・特別推進研究の絶大 なご支援、大学や国内外の学会などにおける意見交換、そして国際的な交流のお かげであり、 こうしたご支援等がなければ成果は得られなかったものであります。 特に、研究費に事欠いた研究の初期には、企業人方から見返りを求めない多額の 支援が得られて、 「ないものを創る」研究に挑むことができました。この機会に 誌面を借りて併せて関係各位に深く感謝する次第であります。 ― ありがとうございました。 12 産学官7月号.indb Vol.10 No.7 2014 12 2014/07/10 16:50:31 特 集1 新しい共同研究の仕組み 特集 九州大学 「共同研究部門制度」について 九州大学が2011年度に創設した「共同研究部門」制度は、企業等との新しい連 携の仕組みである。大学内に設置した研究領域(企業ラボ)において、共同研究費 で大学側が雇用した専任の研究者が、大学内の企業ラボに常駐する企業研究者と 共同で実用化研究を推進する。国立大学の法人化を機に大学と企業等の間の組織 対応の連携に乗り出し、それが発展した形だ。 九州大学の「共同研究部門」は、2011 年度に民間機関等との産学官連携の仕 組みとして創設された制度である。この仕組みにより、民間機関等は大学内に連 携拠点を設け、大学との共同研究をより効果的に推進することができる。また、 大学は民間機関等の幅広い開発ニーズに対応することができる。九州大学は、社 会の発展に資する研究成果の創出を目指し、2013 年度までに 8 つの共同研究部 門を設置し、2014 年度は新たに 5 部門の設置を計画している。 山内 恒 やまうち ひさし 九州大学 産学官連携本部 研究推進グループ長/准教 授 松園 裕嗣 まつぞの ゆうじ 九州大学 産学官連携本部 研究推進グループ/助教 古川 勝彦 ふるかわ かつひこ 九州大学 産学官連携本部 副本部長兼企画グループ長 /教授 ■共同研究部門の設立背景 九州大学は、国立大学の法人化を機に民間機関等と組織的な連携を図ることが できる組織対応型連携(以下「組織連携」 )制度を立ち上げ、10 年以上にわたり 同制度を推進・展開してきた*1~7。また、2008 年には組織連携をベースに実用 化研究を強力に推進できる産学協働の研究拠点(連携部門*8)を産学連携セン ターに設置した。連携部門は産学連携センター独自の制度であり、共同研究費で 雇用した専任の研究者が大学に常駐の企業研究者(共同研究員)と協働で実用化 研究を推進する仕組みである。この仕組みを全学的に展開したものが「共同研究 部門」制度である。 ■共同研究部門制度の概要と目的 共同研究部門の概要は、図 1 のとおり 4 つのポイント から構成される。共同研究部門制度は連携部門の運用内容 に酷似するが、全学的な制度で全部局に設置できることお よび公募により部門教員(教授又は准教授等)を採用する 点が相違点として挙げられる。共同研究部門制度において 部門教員は教育が免除された本学の正規の教授(または准 教授等)として雇用されるため、大学は国内外からより優 秀な研究者を獲得できるメリットがある。また、民間企業 等は、共同研究対象となる研究分野において最適な研究者 と緊密に連携できるだけでなく、「寄付研究部門制度」と 図1 共同研究部門の概要 1. 2. 3. 4. 民間機関等からの共同研究費により研究活動を展開 民間機関等が主体的に研究テーマ・計画を設定(2 ~ 5 年・延長可) 公募により選考された「共同研究部門教員」を雇用・配置し、共同研究を推進 本学のすべての分野が研究対象協力教員の配置や複数部局が関わるテーマの 設定も可能 13 Vol.10 No.7 2014 産学官7月号.indb 13 2014/07/10 16:50:34 は異なり、創出される研究成果に係る知的財産権に対して 明確にコミットすることができる(図2) 。 共同研究部門の運営は、原則として組織連携契約に基づ いており、種々の研究マネジメントが産学官連携本部の関 与のもと実施される(図3) 。運営に掛かる必要経費は、 管理費を含めおおむね 3,000 万円/年を超える金額とな る。同制度は、産学官連携を主体的かつ戦略的に活用した い民間機関等の期待に応えるように設計され、社会の発展 に資する研究成果を創出す 図2 寄附研究部門・共同研究との比較 ることを目的にしている。 ■ギガフォトン Next GLP 共同研究部門 共 同 研 究 部 門 は、2014 年 6 月末時点で設置予定を 含 め 13 拠 点 に 上 る。 設 置 図 3 共同研究部門の運営(契約形態と必要経費) 組織対応型連携契約は連携開始前に締結(通常数年ごと更新)し、連携に関わる秘密保持、知的財産の取り扱い、連携のマネジメント 方法等、共同研究部門運営にあたっての共通事項を定めます。組織対応型連携契約に基づく共同研究部門設置契約では、事業推進に関 わる経費や個別の事項を定めます。 部局は、医系、工学系、シ ステム情報系、農学系等の部局に広がっている。 これらの共同研究部門のうち、 2011 年度の制度構築当初に拠点を形成した「ギ ガフォトン Next GLP 共同研究部門」の事例を紹介する。 1.レーザー工学技術の一層の普及を目指した取り組み ギガフォトン株式会社と九州大学は、2011 年 4 月に「レーザー関連分野の技 術開拓に関する開発」について組織連携契約に合意し、同年 9 月に共同研究部 門の設置および個別事業実施に係る契約締結を経て、 「ギガフォトン Next GLP 共同研究部門」を設立した。 ●引用文献、参考文献 *1 古川勝彦;山内恒.応用物理. 2006,Vol.75,No.1, p.76-79. *2 西 川 洋 行; 古 川 勝 彦. 知 財 管 理.2006,Vol. 56, No. 11,p.1663-1674. *3 成される。この体制のもとギガフォトン社の主力製品であるガスレーザー光源を 山内恒;伊藤範之.国内外メー カー、 大学、 公的研究機関 とのライセンス・アライアン ス契 約・交 渉 の 実 務ノウハ ウ.技 術 情 報 協 会,2006, p.298-304. 搭載した装置を使用し、 ①先端レーザー工学に関する研究、 ②レーザー技術のニー *4 同部門の人員体制は、部門教員として准教授 1 名(公募採用) 、さらに特任教 授 1 名(学術研究員雇用)と企業から 2 名の出向研究者を合わせ、計 4 名で構 ズ調査研究、③人材育成と研究ネットワークの構築、の 3 つの課題に取り組ん でいる(図4)。 2.連携の仕組みと成果 ギガフォトン社の目的は、自社レーザー技術の高度化と国内外の産業や研究機 関等の潜在的な製品用途のニーズを調査することにある。この目的に対し、本学 は、共同研究部門がギガフォトン社以外の第三者企業等との連携を可能とする仕 組みを提案した。従来の産学連携であれば、共同研究費で雇用された専任研究者 古川勝彦.競争力強化に向け た産学官連携マネジメント. 中央経済社,2006,p.165182. *5 伊藤範之;山内恒;古川勝彦. 知財管理.2008,Vol. 58, No. 4,p.461-469. *6 従来通りでは自社製品の真のニーズにたどり着けないと考え、本学からの提案を 古川勝彦;阿世知昌弘;八 木信幸;小林幸治.情報管 理.2008,Vol. 51, No. 6, p.398-407. 受け入れるに至った。これにより、本学はあらかじめギガフォトン社の了承を得 *7 は、連携企業のテーマに注力するのが通常である。しかし、ギガフォトン社は、 た第三者企業等と共同研究等を実施でき、一方、ギガフォトン社は共同研究部門 を介して潜在的な自社製品のニーズを獲得できる、といった産学双方のメリット 14 産学官7月号.indb 山内恒;古川勝彦.知財管 理.2013,Vol. 63, No. 9, p.1427-1434. Vol.10 No.7 2014 14 2014/07/10 16:50:39 特集 が生まれた。ちなみに、当該共同研究等 に係る秘密情報や研究成果に関して、大 学がギガフォトン社へ共有する縛りはな い。この仕組みのもと、ギガフォトン Next GLP 共同研究部門ではギガフォ トン社を含めこれまで 10 社を超える企 業との連携が実施され、実用化へ向けた 取り組みが活発に行われている。また、 ギガフォトン Next GLP 共同研究部門 においては、企業出向研究者は大学に常 駐し自社課題に限らない先端かつ広範な 研究活動の経験や大学内外の研究者との 交流ができるようになっており、この仕 組みが“社内教育では得られない高い人 材育成効果を持つ”との企業側からの評 図4 ギガフォトン Next GLP 共同研究部門 価につながっている。一方、九州大学側 は、学会と論文を合わせて 66 件もの対外発表 (学会の受賞につながる成果も含む) を行い、学術研究の活性化に大いに寄与する成果を挙げた。以上の連携経緯によ り、ギガフォトン社と九州大学は、さらなる連携成果を期待して 2013 年度から 新たに 3 カ年の共同研究部門を継続することになった。 *8 九州大学産学連携センター 連 携 部 門.http://www. astec.kyushu-u.ac.jp/ html/renkei/renkei.html, (accessed2013-03-01). ■深化する産学連携 九州大学の共同研究部門は、組織連携をベースに実用化研究を強力に推進する ための産学協働の研究拠点であり、拠点の運営は公募により採用された部門教 員(正規教授または准教授等)が行うことを特徴としている。また、2014 年 6 月末時点で設置予定を含め 13 拠点に上り、設置部局は、医系、工学系、システ ム情報系、農学系等の部局に広がっている。大学は、こうした新しい共同研究の 制度により、優秀な研究者を獲得することで組織のアクティビティを高めつつ、 学術活動の活性化につなげている。一方、企業は、共同研究部門を実用化研究の 協働拠点としてだけでなく、自社製品の顧客ニーズを探る場、若手研究者の人材 教育の場など大学活用の幅を広げている。以上のように、共同研究部門が産学双 方で活発かつ多様に利用されているのは、当該部門が組織連携をベースに行われ ていることに理由がある。組織連携は、大学の産学官連携本部が企業からの多様 なニーズを取り込み、その対応にあたっては大学の学術活動の活性化にもつなが る連携方策の提案等により産学連携成果の最大化を追求している。組織連携が始 まって 10 年が経過するが、九州大学においてはこの深化した産学連携の手法が 単に企業との連携を進める手法としてだけでなく、大学の学術研究および教育を 活性化する手法として認識されつつある。 15 Vol.10 No.7 2014 産学官7月号.indb 15 2014/07/10 16:50:42 特 集1 新しい共同研究の仕組み 名古屋大学 「産学協同研究講座・部門制度」 について 現 在、研 究 成 果 の 社 会 還 元 や、革 新 的 イノベーション 創 出プ ログ ラム(C O I STREAM)に代表されるような将来の社会ニーズを見通した分野横断型の産学官 連携によるイノベーション創出に対する期待が高まっている。名古屋大学では、こ のような大学に対する社会的要求の高まりに対応すべく、研究推進や産学官連携に 対する組織的改革と機能的整備を進めてきている。組織的整備の中心は、従来の 研究支援組織を統合した新しい「学術研究・産学官連携推進本部」の発足であり、 機能的整備の一つは「産学協同研究講座・部門」*の設置である。 財満 鎭明 ざいま しげあき ■基礎研究から産学連携まで一貫して支援 本学には、従来、研究支援担当組織として、科学研究費補助金の獲得などの基 礎研究に対する支援業務を担当する研究推進室、産学官連携や知的財産権獲得な どの支援業務を担当してきた産学官連携推進本部、研究マネージメント業務や支 援業務を担当するリサーチ・アドミニストレータ(URA)を束ねる URA 室の 三つがあった。新しい学術研究・産学官連携推進本部は、これら三つの組織を統 名古屋大学 学術研究・産 学官連携推進本部 副部長 教授 * 産学協同研究講座・部門の詳 細に関しては、下記のサイト をご覧いただきたい。http:// www.aip.nagoya-u.ac.jp/ industry/lecture/ 合・再編させたものであり、 これまで分散していた URA、 産学官連携コーディネー ター(産連 CD)、知財マネジャー等の人材と機能を集約してより強固な研究支 援人材群を形成し、研究支援機能の充実を図ることにした。新しい本部では、図 1に示すように、企画戦略グループ、地域連携・情報発信グループ、プロジェク ト推進グループ、知財・技術移転グループ、国際産学連携・人材育成グループか ら構成されており、基礎研究か ら産学連携までを一貫して支援 できる体制になっている。この ような体制を取ることによって、 文系から理系、基礎研究から応 用研究にわたるさまざまな学内 の研究情報を一元的に集約する ことができ、社会課題解決型の 異分野融合プロジェクトに対し ても大学全体として対応するこ とが容易となっている。 最近、産学共同研究を中心に した研究拠点として、本学では 2012 年 4 月に「ナショナルコ ン ポ ジ ッ ト セ ン タ ー(NCC)」 が設置され、2013 年 10 月には 16 産学官7月号.indb 図1 学術研究・産学官連携推進本部の構成 図1:学術推進・産学官連携推進本部の構成 Vol.10 No.7 2014 16 2014/07/10 16:50:49 特集 COI STREAM の「多様化・個別化社会イノベーションデザイン拠点」が採択 された。前者は、熱可塑性樹脂と炭素繊維を組み合わせた複合材に焦点を当て、 高速かつ低コストで量産できる技術開発にオールジャパン体制で取り組むもので あり、国内炭素繊維メーカー、自動車・航空機関連メーカー、そして、他大学や 公的研究機関や自治体などとの共同研究を行っている。また、後者では、少子高 齢化社会とモビリティをキーワードに設定した 10 年先の社会ビジョンを実現す るための革新技術を創出するための技術開発と新たなビジョン創出を目的として おり、これも企業数社と複数の他大学や公的研究機関が参加している。今後この ような分野横断型で複数の企業・研究機関が参加する共同研究は増えていくこと が予想され、大学全体としての研究支援体制の構築が望まれるところである。本 学の新しい「学術研究・産学官連携推進本部」はまさにこのような目的に合致し ていると考えている。 ■企業から経費と人材を受け入れ 名古屋大学では、このような組織的 な改革を進めるとともに、2013 年度 から新しく「産学協同研究講座・部門」 制度をスタートさせた(図2) 。民間 企業が大学内に講座・部門を設置する 仕組みについては、これまでも寄附講 座という制度があった。これは、企業 が資金を大学に寄附して、大学の裁量 で研究を行う講座を設置するというも のである。一方、今回新しく制度を 作った産学協同研究講座・部門におい ては、大学が企業から経費と人材を受 け入れ、企業の裁量で研究方針・計画 図2 「産学協同研究講座・部門」の概要 図2:「産学協同研究講座・部門」の概要 を決定する研究拠点を大学内に設置することができる。従って、機密性を確保し つつ独立した講座として運営できることが、従来の寄附講座と大きく異なる点で ある。また、知的財産についても、例えば、企業費用で雇用した教員・研究員が 創出した知的財産は企業帰属にできるなど、権利帰属に関しても柔軟に対応でき るように配慮している。この産学協同研究講座の設置にあたっては、大阪大学が 2006 年にスタートさせた「共同研究講座」制度を参考にさせていただいた。 本学の産学協同研究講座は、少なくとも 2 名の基幹教員により構成し、企業 から出向する教員は特任教員として研究科等の部局に所属し、産学協同研究講座 の教育・研究を担当する。また、講座・部門の運営費用は、教職員人件費や研究 費を含めて企業が負担する。この制度は、大学にとっては、企業の資金・人材を 取り込むことで大学の教育・研究を充実させ、また学生やポストドクターの就職 につながる可能性があるなどの利点がある。一方、企業にとっては、大学内の教 員の知見に迅速にアクセスできること、契約に基づく共同研究も実施可能である こと、学内の研究設備を学内価格で利用できること、大学の組織として競争的資 17 Vol.10 No.7 2014 産学官7月号.indb 17 2014/07/10 16:50:53 金に応募可能であることなどの利点が考えられる。 本制度による講座設置は、2013 年 4 月 1 日に第 1 号として、創薬科学研究 科に実践創薬科学講座が設置された。その後、2013 年内に計 4 講座、2014 年 7 月までに 5 講座が増設され、現在 10 講座が設置されている。さらに、1 講座 の開設が準備中であり、検討中の企業も数社あるなど、ほぼ順調に数を伸ばしつ つある。設置された講座の分野としては工学系 6 講座、医学系 3 講座、創薬系 1 講座であり、企業業種は医療、製薬、化粧品、自動車メーカー等となっている。 各講座の進捗状況はさまざまであるが、制度そのものが新しいこともあって、ま だ多くは本学のシーズ探索や研究テーマを決定した段階にあり、一部で研究活動 を開始しつつあるのが現状である。特に、いくつかの講座においては、上述の新 しい本部の支援組織を活用し、競争的研究資金を確保する活動を開始している。 また、大学との連携によるシナジー効果を期待して、今後講座の規模拡大を検討 している企業もある。 ■企業の研究開発体制が変化 本学の制度では、産学協同研究講座・部門は各部局に設置されているが、先に 述べた学術研究・産学官連携推進本部としても担当 URA をつけて、研究支援の 体制を整備しつつあり、その一貫として、各講座の企業出向教員に期待や要望な どの聞き取り調査を実施している。その結果、設置した企業側の期待としては、 本学のシーズ探索や特定の研究室との連携強化および新規テーマによる他の研究 室・教員との連携のほか、大学との連携による効率的な研究開発体制の構築、本 学の有する最先端の研究施設・実験設備・学術データベースの利用などによる事 業費用の削減、自社の研究員の育成と研究開発力の強化などの意見がみられた。 産学協同研究講座を設置した現在の半数程度が従来の共同研究をベースにはして いないことを考え合わせると、企業での研究開発体制の変化が、これらの期待に 現れ始めていることが感じられる。これに対して、大学側へは、事務手続き等の 簡素化や講座立ち上げ時の環境整備に対するきめ細かい支援などの事務上の課題 の他、学内の最新研究情報の提供や他研究室との連携支援、競争的研究資金の詳 細情報提供や申請支援の強化、共同設備利用時のサポート、講座の研究体制を増 強する際の仕組みなどの課題が提起されている。 今後これらの要望を整理しつつ、 産学協同研究講座・部門を有効に活用していただくための仕組み作りに反映させ たいと考えている。 以上のように、名古屋大学では、産学連携に対する大学として機能強化を目的 として、「産学協同研究講座・部門」制度を設けた。まだ、この制度の運用は開 始されたばかりであるが、今後本学の強みとする分野を核とした産学協同研究講 座の活性化や、産学協同研究講座を通したニーズとシーズのマッチングの最適化 を図り、研究成果の社会還元を加速したいと考えている。そのためには、冒頭に 述べた新しい学術研究 ・ 産学官連携推進本部が産学協同研究講座と教員の橋渡し の役割をうまく担う必要があると考えている。 18 産学官7月号.indb Vol.10 No.7 2014 18 2014/07/10 16:50:55 特 集2 キャリア教育 最前線 特集 近藤 実 西尾信用金庫 理事長 ものづくり支える“作業服のビジネス”を! ―高校生の起業家精神醸成とキャリア教育の課題― 愛知県は名古屋、尾張、三河の3つの地域に分かれて いる。名古屋の北部から知多半島までが尾張、名古屋 の南東部が三河である。さらに三河は西三河と東三河 に分かれており、西三河は北側のほぼ半分が人口42万 を擁する豊田市で、南側に岡崎市、安城市、西尾市、 刈谷市などがある。 この 西 三 河 の 南 部 地 域 で 2 0 1 0 年 度 から、高 校 生 の 起 業 家 精 神 の 醸 成を目 的としたビジ ネスコンテスト が 開 かれてきた 。名 前 は「 西 三 河 ハイスクー ル・起 業 家コンテスト」。高校生5~20人が1チームとなって仮 想企業をつくり、6カ月間にわたり事業計画の策定から商品開発、製造、宣伝、販売、 決 算までを行う。同コンテストを推 進しているの が 西 尾 信 用 金 庫( 西 尾 市 )である。 同信金は参加校に活動資金を補助するとともに、支店長が事業のアドバイスをした り、企業紹介などのコーディネートを行う。 4年目の2013年度は愛知県教育委員会と共同で、対象を愛知県全域に拡大し「愛知県 ハイスクール・起業家コンテスト」を実施した。 このコンテストは各方面で話題を呼び、西尾信用金庫は経済産業省や全国信用金庫協 会などの各種の賞を受賞している。しかし、効果の検証のため今年度は同コンテスト を実施しないという。なぜなのか。同信金の近藤実理事長に聞いた。 (聞き手:本誌編集長 登坂和洋) 商工業者が激減 ― まず、4 年前にコンテストを始めた理由から聞かせていただけますか。 近藤 中国の技術学校を視察したときのことです。酸素溶接、手 送り旋盤など日本に比べると古い設備でしたが、一生懸命技術習 得に励む生徒の姿に、昭和 30 年代、40 年代の西尾市が重なり ました。当時、若い人たちが金型の事業を始めるなど、この地域 にも活力がありました。 そういった過去を懐かしく思うとともに、 日本はこのままでいいのだろうか、と思ったことが理由の一つで す。二つ目の理由は商工業者が激減し、地域の経済が立ち行かな くなるという危機感です。現在の西尾市は 2011 年 4 月に 1 市 3 町が合併した自治体ですが、合併前の西尾市を見ると、従業員 4 人以上の製造業者は 2000 年から 2010 年の 10 年間で 25%ほ コラボレーションした企業との打ち合わせ 19 Vol.10 No.7 2014 産学官7月号.indb 19 2014/07/10 16:51:00 ど減少しています。従業員 4 人未満の事業所数の落ち込みはもっと大きいです。 また商店の数は製造業以上に減少しています。三つ目は、産学連携で産業振興の きっかけをつくれないかと考えたことです。西三河南部には大学がありませんの で、土木科、農業科などのある実業高校と手を組むことにしました。 ― 3 年間は実業系高校 10 校が対象でした。 近藤 鶴城丘高校の当時の鈴木直樹校長に相談したら、鈴木校長が西三河南部 の校長会で呼び掛けてくれました。そこでコンテスト形式で開催したところ、1 校 2 チームの全 20 チームからいろいろなアイデアが出ました。3 年間の最優秀 賞やそれに次ぐ賞を受けた事業は、もみ殻堆肥研究(育苗用エコポットの開発) 、 廃油でつくるアロマキャンドル体験教室経営、デイサービスの実施と健康弁当・ おやつ開発販売、瓦を使用した新商品開発、オリジナルパンの開発販売などです。 このほか、馬ふんを肥料にしようとか、LED のランプをつくるとか、地元のア カニシ貝を使った染物などが印象に残っています。 審査発表会で活動報告 ― 半年の実践的なビジネス体験に加え、活動期間が終わると、収支実績と活動報告をま とめ、審査発表会でプレゼンテーションするというのも高校生には貴重な経験となり ますね。またこのコンテストへの取り組みで、いろいろな賞も受けられています。資 料によると、西尾信用金庫さんが、2012 年 1 月に経済産業省「第 2 回キャリア教育 アワード」審査委員特別賞、2013 年 6 月には全国信用金庫協会「第 16 回信用金庫 社会貢献賞」会長賞(最優秀)を受賞。拡大した「愛知県ハイスクール・起業家コン テスト」は 2013 年 2 月に文部科学省・経済産業省共催「第 3 回キャリア教育推進連 携表彰」優秀賞を受賞しています。 近藤 産業人材の育成、キャリア教育、あるいは信用金庫の地域貢献などさまざ まな面で評価をいただきました。財務省東海財務局の顕彰も受けました。また国 地元の祭事で販売活動 20 産学官7月号.indb Vol.10 No.7 2014 20 2014/07/10 16:51:05 特集 立オリンピック記念青少年総合センターで開かれた全国の高校の先生たちを対象 とした研修の場にもパネリストとして呼んでいただきました。 ― 昨年は県の教育委員会が加わり、愛知県全域を対象に行われたわけですが、これほど 評価の高いコンテストを 2014 年は中止されたそうですね。この取材について貴金庫 企業支援部の方と相談しているときに、「実は今年度は検証のため実施しません」と伺 い、何か理由があるはずだと、ますます興味を持ちました。 近藤 高校生のアイデアを含めて私どもの活動がややマンネリ化していることが 大きな理由です。また、私どもが考えていた起業の内容と少し乖離(かいり)して きたかなとも思っています。当初考えていたのは高校を卒業した生徒が作業服で始 めるような事業でした。 大企業、この辺りでいうトヨタ自動車のティア 1(自動車メーカーに直接部品 を供給する企業) 、 ティア 2(ティア 1 にその部品を構成する部品を供給する企業) は、多機能型の設備に投資するなど自動化を一段と進めています。しかし、省力 化がさらに進んだといっても、従業員 5 人、10 人の零細企業に頼みたい仕事は いっぱいあります。例えば装置の手直しなどです。この手直しをしてくれる人た ちを育てていかなければ、ティア 1、ティア 2 も生きていけないわけです。だか ら、零細企業は必要なのですが、その零細企業が特に減っています。大企業は技 能五輪への出場などにより職人を育てています。一方、零細企業は、今やってい る人たちは能力があっても、後継者難で次の世代を育てられません。 ― 県全域を対象とした 2013 年度のコンテストに参加し た 28 校 28 チームの事業内容を見ると、食べ物関係が 多いですね。パン、カレー、ケーキ、和菓子、せんべい、 非常食など 13 チームに上ります。このほか和紙のア クセサリー、Tシャツ、服飾、炭を使用した石けんの 企画製造販売。ソフト系では広告代理業務、ネットの 情報発信サービス、 「JAZZ」列車企画、タイ語の問題 集や練習帳開発があります。確かに、その前の 3 年間 と事業内容がだいぶ変わっています。昨年の審査発表 会の写真を見ると女子生徒がずいぶん多いですね。 近藤 食の関係は、比較的短期間で商品になるし、事 業の成果を数字として表しやすいので、高校の先生も 指導しやすいのではないでしょうか。いずれにしても、 このコンテストが高校生の起業家精神の醸成および地 域経済に活性化に結び付いているのかどうかを検証す るため 1 ~ 2 年中止したいと思っています。まあ、コ ンテストを実施しないというので、このところ私は小 さくなっているのですが…。 ― いや、地域経済振興やキャリア教育等に携わっている産 学官の関係者に対して、とても重要な問題提起です。ま た多くの示唆を含んでいます。ありがとうございました。 審査発表会 21 Vol.10 No.7 2014 産学官7月号.indb 21 2014/07/10 16:51:09 特 集2 キャリア教育 最前線 職場体験の事前事後プログラムを強化 ―企業応援団が活躍する神奈川県横須賀― 小中高生のキャリア教育に欠かせないのが職場体験。一時的な“イベント”に終わ らせないために、職場体験の前に“気付きのプログラム”、体験後に“振り返りの ディスカッション”を行い、学習を深め、 “仕事”の感覚を身につける。 ■はじめに 佐藤 廣 「未来のよこすかを担う“人財”に育ってほしい」を目的に、 横須賀商工会議所、 横須賀市、市教育委員会の 3 者が連携し、2008 年度から中学生を対象にした「よ こすかキャリア教育推進事業」を推進している。 “よこすかで働く大人はみんな さとう ひろし 横須賀商工会議所 情報企画課 主任 子ども達の先生”というスローガンの下、学校現場だけで担ってきた子どもたち の教育に、地域産業界が主体的に深く関わることによって、中学生の職業観、勤 労観および地域への愛着心を醸成するプログラムである。 本プログラムの事務局は商工会議所内に置いている。地域企業の従業員を講師 として派遣している他、キャリア教育コーディネーターを配し産業界と教育界の 橋渡し役を担っている*。 ■企業には従業員教育の場 * よこすかキャリア教育推進事 務局は、文部科学省と経済産 業省による 2011 年度「キャ リア教育推進連携表彰」にお いて、最優秀賞を受賞。 商工会議所の会員事業所の中から、本事業を支援していただける企業応援団を 組織している。現在約 420 社の登録があり、企業応援団の従業員講師を、 “MTT =マイ・タウン・ティーチャー”と愛着を持って呼んでいる。 参画する応援団事業所の方々は、本プログラムの効用を「従業員が働く意義を 再認識」 「地元企業を知ってもらう機会」 「CSR(企業の社会的責任)としての 事業価値を見いだすこと」と捉えている。多くの企業が従業員教育の場として活 用しており、こうしたことが本プログラムへの大きな理解につながっている。 職場体験を経験した子どもたちと職業観・勤労観を話し合うプログラムを通じ て、参加した MTT 自身が自らの仕事を振り返るいい機会になっており、 「自分 がこの仕事に就いていて良かったと改めて思った」といった感想が寄せられてい る。本プログラムによる地域企業と生徒のつながりが産業・教育界のお互いの財 産・メリットになっている。 ■一過性のイベントにしない よこすかキャリア教育推進事業は、連携する中学校の「総合的な学習の時間」 を体系化し、年間を通して支援している。職場体験を中心とするキャリア教育 22 産学官7月号.indb Vol.10 No.7 2014 22 2014/07/10 16:51:15 特集 は、一過性のイベントになりがちである。そこで「この学 習をもっと効果的なものにするには?」という要望から、 MTT を活用した職場体験の事前事後の教育プログラムを 構築した。 主なプログラムは、次の 3 つである。 1.ポスターセッション~私の仕事紹介します~ MTT による職業紹介プログラムで、職場体験前に実施 している。教室等を利用し、仕事道具や説明のための展示 ブースを用意。子どもたちは、興味のある仕事ブースに行 ポスターセッション~お花屋さんのお仕事紹介~ き、説明を聞いたり、ちょっとした仕事を体験する“気付 き”のプログラムである。 2.ビジネスマナー研修 職場体験前に、企業研修等を実施する MTT から、挨拶 の大切さや電話応対、名刺交換といった本格的なビジネス マナーを学ぶ。 3.グループディスカッション~出会いが心を揺さぶる~ 職場体験後に実施するプログラム。5 ~ 6 人の生徒に対 し一人の MTT を配し、職場体験で生じた疑問や悩みを MTT やクラスメイトと共有する。MTT が仕事のやりが いや、学校で勉強したことが仕事でどのように役立ってい るのかなどを話し、意見交換する。生徒たちは、地域で働 ビジネスマナー研修 く大人が真剣に仕事に取り組んでいることを知り、地域を 見直すことにもつながっている。 ■展望 今後は、さらにキャリア教育応援団を拡大し、多くの MTT や事業所に関わっていただき、多くの子どもたちに たくさんの“気付き”を与えてもらうことが必要であると 感じている。 いい人材は いい地域から育つ グループディスカッション~出会いが心を揺さぶる~ いい地域は いい学校をつくる いい学校は いい人材を育てる いい人材は いい事業所を支える いい事業所は いい地域をつくる この事業に関わった生徒が、将来、横須賀を盛り立ててくれる大人になり、今 度は MTT として中学生に“夢”を語ってもらう日が来ることを期待して、事業 を継続していきたいと考えている。 23 Vol.10 No.7 2014 産学官7月号.indb 23 2014/07/10 16:51:20 特 集2 キャリア教育 最前線 ものづくりは人づくりから ―北上川流域ものづくりネットワークの取り組み― 岩手県内陸部は東北有数のものづくり産業の集積地。同産業を支える人材を育成 する活動を行っているのが北上川流域ものづくりネットワーク。小中高校生のキャ リア教育にも精力的に取り組んでいる。 ■はじめに 本年 2 月、 文部科学省と経済産業省による「第3回キャリア教育推進連携表彰」 において、北上川流域ものづくりネットワークが優秀賞を受賞した。 当ネットワークは、ものづくり産業の集積地である岩手県内陸地域の北上川流 域を中心に、産業界・教育界・行政が、それぞれの役割と責任で継続的にものづ くり産業人材の育成に取り組むため、2006 年 5 月に設立され 9 年目を迎える組 織である。ここでは、これまでの当ネットワークの活動や今後の取り組みについ 鈴木 暁之 すずき としゆき 北上川流域ものづくりネット ワーク事務局次長/ 岩手県県南広域振興局 経 営企画部 産業振興課 特命 課長 て紹介したい。 ■活動の概要 小中学生対象事業:キャリア教育の支援 児童・生徒を対象とした工場見学や出前授業を、これまで 361 回実施した。2013 年度からは、県教育委員会と連携し、県内全 小中学校のキャリア教育担当教員を対象とした、 「実践的キャリ ア教育研修」を 3 年計画で実施している(写真 1) 。 高校生等対象事業:技術向上と資格取得の促進、製造業への理解 醸成 企業講師による旋盤、電気工事、シーケンス制御等の実技講習 会を、これまで 539 回開催した。資格取得自体は目的ではない ものの、県内工業高校生の技能検定(ものづくり、電気工事士) の合格者数は、2006 年度が 56 人であったのに対し、2011 年 度以降は毎年 1,000 人以上にまで増加している(写真 2) 。また、 企業等外部講師による出前授業や工場見学は延べ 239 回に及ん でいる。 生徒の父母等による特別授業や、ものづくり企業の若手女性経 営者で構成される「モノづくりなでしこ iwate」のメンバーによ る理系女子育成に向けた講演など、新たな視点での取り組みも実 施している。 インターンシップでは、本科生の 5 日間のインターンシップの 24 産学官7月号.indb ●北上川流域ものづくりネットワークとは 2005 年 11 月、岩手県内の有識者で構 成される「いわて産業人材育成会議」から 岩手県知事に対し、ものづくり企業が必要 とする人材、すなわち①基本的な資質が身 についている人材、②優れた技術・技能を 持ち製造現場を担う人材を育成するため、 以下の取り組みをするよう提言があった。 まず、速やかに実行すべき取り組みとし て、①地域ものづくりネットワークの立ち 上げ、②工業高校におけるインターンシッ プの実施、③地域の企業関係者の工業高校 への派遣、④工業高校や産業技術短期大学 校への専攻科の設置などが、また、中長期 的な視点に立って検討すべき取り組みとし て、①小中学校におけるものづくり教育の 充実、②ものづくり企業の魅力の向上等が 提言された。 この提言を受け、当ネットワークが設立 され、県でも、2007 年度から岩手県立黒 沢尻工業高等学校と岩手県立産業技術短期 大学校に専攻科を設置したところである。 会員数は、2014 年 4 月 1 日現在で 220 会員(企業会員 155、学校会員 18、団体会 員 31、行政会員 16)であり、年会費 3 万 円(企業会員)の独自予算を活動経費とし て確保するとともに、事務局を県南広域振 興局に置き、専属のコーディネーター (1 名 ) を配置している。 Vol.10 No.7 2014 24 2014/07/10 16:51:26 特集 他、 専攻科生では 2 週間または 1 カ月の長期インターンシッ プが定着している。 小中学生の高校見学会や、高校生による小中学校への訪 問・高校紹介などの小中高連携事業を実施し、 生徒のコミュ ニケーション能力向上とともに、工業高校への理解醸成、 入学希望者の増加につながっている。 高校指導者対象事業:ベテランから若手への伝承 高校指導者に対しては、企業講師による実技講習や工場 見学を実施し、指導者の育成を図るとともに、2014 年度 からは、工業高校のベテラン指導者が若手指導者へスキル やノウハウを伝授する「アドバンスゼミ」を新たに実施し 写真 1 教員の工場見学 ている。 沿岸被災地支援事業:資格取得とキャリア教育の支援 この他、沿岸地域の被災生徒を支援するため、震災直後 の 2011 年度から 3 年間、技能検定受検料を補助すると ともに、ものづくり企業の理解促進のため、内陸企業の工 場見学を支援している。 会員企業対象事業:若手従業員の資質向上支援 モデル企業での半年間にわたるカイゼン活動を通じ、参 加者が自ら考え、自社の取り組みにフィードバックする、 「ものづくりいわて塾」を実施するとともに、これまで 14 期 300 人以上の「塾の卒業生」を対象とした、ものづく 写真 2 高校生実技講習会 りいわて塾 OB 会を開催し、企業技術者の連携交流を促 進している。 ■今後の展望 当ネットワークが次なるステージへ発展するため、今年度は次の方針のもと、 事業を実施することとした。 方針 1:開かれたネットワークへの発展 これまでの四半期ごとの活動報告に加え、メールマガジンによる最新情報の 提供や、会員企業を分かりやすく紹介する企業ガイドの作成等により、会員の 一体感醸成と積極的な会員拡大を図る。 方針 2:いわての未来を見据えた人材育成 今後必要とされる産業人材を育成するため、中長期的視点に立ち、常に活動 を見直すとともに、対象に応じたきめ細かな事業を実施する。 方針 3:県北・沿岸地域と連携し本格復興を支援 本県の復興を牽引し被災地の本格復興を支えるため、これまで以上に県北・ 沿岸地域との連携を図るとともに、県北・沿岸地域での人材育成の取り組みを 支援する。 「ものづくりは人づくりから」をモットーに、今後も関係者が一丸となり、未 来を担う人材育成と、 ものづくり産業の発展に貢献できるよう活動していきたい。 25 Vol.10 No.7 2014 産学官7月号.indb 25 2014/07/10 16:51:29 70 色のガイドラインで美しい札幌の街並みを 札幌市は景観色 70 色を選び、大規模建築物等の外装のガイドラインとしている。 長い時間をかけて取り組む、産学官民による美しい街並みの創造だ。 ■札幌市の景観施策と色彩景観基準(札幌の景観色 70 色) 札幌市は、豊かな自然や近代的な街並みなど、北国らしい魅力的な都市景観を 形成しており、自然や都市形成の歴史・文化等を生かした良好な都市景観の形成 を図るため、さまざまな施策を実施してきた。近年は、景観法の施行に伴い「札 幌市景観計画」 (2008 年)を策定し、より積極的な景観行政を推進している。 伊藤 哲夫 いとう てつお 札幌市 都市計画部 地域計画課 札幌市景観計画では、市内全域を景観計画区域として主に大規模な建築物等に 対する景観誘導を実施、一方で都心部に景観計画重点区域を指定し、規模にかか わらず地区特性に合わせた景観誘導を行っている。中でも、建築物等の基調とな る色彩の範囲を札幌の景観色 70 色とした「色彩景観基準」は、景観計画における 「行為の制限」となっており、札幌市の景観施策を特徴付ける要素の一つである。 札幌の景観色 70 色は、札幌市と札幌市立高等専門学校(現在の札幌市立大学) の宮内博実教授を中心に、民間の塗装業団体やデザイナー等も関わり、産学官連 携の中で検討・策定された。2000 年度に四季ごとの自然環境に関する調査を実 施、2001 年度は市内の大規模建築物 300 件の色彩に関する実態調査や、市民の 色彩に対する認識を知るため、500 名に対してアンケート調査を実施、2002 年 度に調査結果を基に誰もが美しいと感じる景観色として 70 色を選出(写真1) 、 2004 年に色彩計画に関す る基本的な考え方を「札幌 の景観色 70 色・色彩景観 ガイドライン」として取り まとめた(写真2) 。70 色 には「札幌玉葱」 「モエレ 沼」など、札幌ならではの 名称が付けられているが、 これらは色彩がマンセル値 等の数字だけで決められる ことを避け、対象を自らの 目で確認し配色を考えるこ とを促し、また、多くの市 民に色彩を通して札幌の景 観に親近感や愛着を持って もらうことなどを狙ったも のだ。 26 産学官7月号.indb 写真1 景観色 70 色カラーチャート Vol.10 No.7 2014 26 2014/07/10 16:51:32 ■色彩景観基準(札幌の景観色 70 色)の協議事例 景観は色彩だけで形成されるものではない。だが、多くの人が景観につ いて考えるとき色彩のことをイメージすることは間違いないだろう。 景観法に基づく届出において、色彩計画が焦点となる例には事欠かない が、例えば、全国展開している商業施設の場合、外観に自社のブランドカ ラーを使用し、周辺景観への調和よりも、企業イメージや視認性が重視さ れることもある。色彩景観基準では、周辺景観への調和や連続性への配慮 を前提に、外壁基調色を 70 色とし、アクセント色は面積を抑えた効果的 な使い方をするよう規定しており、届出の際は事業者と協議を重ね、基準 に適合するよう誘導している。 最近話題になった例として「さっぽろテレビ塔」 (写真3)の事例を紹 介したい。 写真2 色彩ガイドラインパンフレット 「さっぽろテレビ塔」は 1957 年に建 設されたテレビ放送用電波塔で、約 10 年ごとに 塗 り 替 え が 行 わ れ て い るが、 2013 年春の塗り替えのために景観法に 基づく届け出がなされた。本件は、市民 の注目も高い公共性のあるシンボル施設 であり、市民アンケートや札幌市都市景 観審議会での意見を踏まえ、第三者によ る塗装検討委員会において色彩案の検討 がなされた。また、一部の市民から景 観 70 色による色彩提案がなされるなど 市民の間にもさまざまな議論を生じさせ た。事業者によってまとめられた計画案 は現行の色彩をほぼ踏襲、鉄塔部分が現 行の赤色、展望室はより青みがかった緑 色とすることで決定した。ちなみに色彩 写真3 さっぽろテレビ塔 景観 70 色には色相、明度、彩度の許容範囲が設定されており、今回の色彩はそ の範囲に入っている。 結果に対し、一部の専門家や市民の間では議論が尽きないようだが、次回の塗 り替えが話題になるころには、より多くの市民の間で街の景観や色彩に関する議 論が巻き起こるほど景観に対する興味や関心が深まり、より魅力ある景観形成が なされていくことを期待しつつ、今後もわれわれにできることに真摯(しんし) に取り組んでいきたい。 27 Vol.10 No.7 2014 産学官7月号.indb 27 2014/07/10 16:51:34 感染症研究の国際ネットワーク推進 日本の大学・研究機関がアジア・アフリカで貢献 アジア・アフリカの国々に、日本の大学・研究機関と現地の大学・研究機関が共 同研究拠点を建設し、日々感染症研究を行っている。それぞれの国における人材 育成にも貢献している。 ■はじめに 2007 年、 岡山大学は文部科学省の「新興・再興感染症研究拠点形成プログラム」 に採択され、インド東部のコルカタ市の NICED(インド国立コレラおよび腸管 感染症研究所)内に岡山大学インド感染症共同研究センターを設置した (図 1) 。 水野 環 みずの たまき 岡山大学 インド感染症共 同研究センター 特任助教 2010 年からは第 2 期の 「感染症研究国際ネットワーク推進プログラム (J-GRID) 」 に継続されている。 ■コルカタ市の衛生環境 インドは総人口が 12 億人を超え、経済的に急速に発展している。当セ ンターがあるコルカタ市は、その周辺も含めると 1,400 万人の人口過密地 域である。この地域はインフラ設備の整った地区と、 スラムが混在している。 道路等の公共の場にゴミが捨てられ、野犬や牛、豚、烏がゴミを漁るといっ た不衛生な環境である(写真 1) 。また、この地域は冬季(12 ~ 2 月)を 除き高温多湿な気候に加え、標高が低いので水害の多い地域でもある。 図 1 インドコルカタ市の岡山大学インド感染 症共同研究センターが設置されている NICED 新研究棟 ■コルカタ市の感染症 有史以前からコレラがあったとされるインドの中でも、コルカタ市は水害が多 く、コレラや赤痢等の下痢症の多発地域である。加えて、高温多湿な気候および 劣悪な公衆衛生環境から、多様な感染症が存在する。 デング熱のほか、多くがワクチン接種で予防可能なジ フテリア、破傷風、狂犬病等にかかる危険性も高い。 汚染された生活水が原因となるコレラ等の下痢症対 策として、インド政府は上下水道施設がない地域には、 朝夕のみ供給される公共の水道の設置や給水車の供給 を行い、安全な飲料水の提供に努めている。しかしな がら、供給される水には限りがあり、洗濯や水浴び、 食器洗い等には不衛生なため池の水が使われることが 多い(写真 2) 。特にスラム地区の住民は、自身が使用 している池にゴミを捨てることもあり、今後は住民ら の衛生観念の向上も不可欠である。 28 産学官7月号.indb 写真 1 豚や野犬、烏がゴミに群がる様子 Vol.10 No.7 2014 28 2014/07/10 16:51:37 ■当センターの取組み 当センターは、コレラ等の腸管感染症を主な研究対象 としている。 世界保健機関(WHO)の統計(2012 年)では、イ ンドの 5 歳以下の小児の死亡の 11%(約 20 万人)が 下痢症である* 1。しかし、インドでは検査体制が未整 備であり、病原体の詳細は不明であった。 当センターでは、コルカタ市内の西ベンガル州立感染 症病院と B.C.Roy 小児病院の急性下痢症患者を対象と して、問診と下痢便の採取を行い、下痢病原微生物 25 写真 2 ポリタンクを持って飲料水供給を待つ人々(左)と ため池の水を汲む人(右) 種類の検査体制を確立した。現在は、J-GRID の長崎大学ベトナム拠点、神戸大 学インドネシア拠点に技術移転を行い、アジアの下痢症の検査体制の充実と、イ ンド全国での検査体制構築を進めている。 なお過去には、地域社会の公衆衛生向上に貢献するため、ヤクルト中央研究所 * 1 WHO 2014 編 .“INDIA, country health profile”. WHO. http://www.who.int/ gho/countries/ind.pdf?ua=1, (accessed2014-06-02). とともにインド人ボランティアの協力のもと、乳酸(プロバイオティクス)飲料 がヒト腸内に及ぼす効果を調査した。 開発途上国で生命を脅かす赤痢については、安価な赤痢ワクチンの開発・実用 化が急務とされる。当センターでは、赤痢菌の 4 種 6 亜種すべてに対して有効 な加熱死菌ワクチンの開発研究を実施している。すでにマウスやモルモットへの 経口投与により有効性を実証済みである。 コレラの主要な感染源である環境水中のコレラ菌は、コレラの流行地でも単離 が困難である。その原因として、コレラ菌が環境水中で生きているものの増殖で きない(VBNC)状態で存在している可能性があると考えられている。VBNC コレラ菌はヒトの腸管内で増殖可能な状態へと復帰し病原性を発揮するが、最近 はヒトの腸管上皮培養細胞との共培養でも培養可能な状態へと変化することを明 らかにした。現在は、VBNC 状態の更なる解析および培養細胞破砕物を用いた 環境水からの VBNC コレラ菌、およびコレラ流行との関連性を調べている。 * 2 ■おわりに 今後も現地の気候や人々の習慣、感染症の実態と向き合いながら、われわれの 研究成果が少しでも現地の人々の健康向上につながるよう研究に取り組んでいき たい。 感染症の制御には研究機関だけではなく、多様な企業との連携体制が大きく貢 献する。シーズとニーズの両者が揃うインドの地で、日本の企業が私たちと共に 感染症対策、人々の健康確保への活動に参加することを期待している。 ■文部科学省の感染症研究国際ネットワーク推進プログラム(J-GRID)*2 感染症が容易に国境を超えて侵入・伝播するのに対し、各種情報や研究材料 の移動には制限があり、その入手は非常に困難である。そこでさまざまな新興・ 独立行政法人理化学研究 所 新 興・ 再 興 感 染 症 研 究 ネットワーク推進センター (CRNID) 編 .“ 感 染 症 研 究 国際ネットワーク推進プロ グ ラ ム(J-GRID) パ ン フ レット”2014, p.2-7.http:// www.crnid.riken.jp/jgrid/ booklet.html,(accessed 2014-06-02). * 3 独立行政法人理化学研究 所 新 興・ 再 興 感 染 症 研 究 ネットワーク推 進センター (CRNID)編 .“感染症研究国 際ネットワーク推進プログラ ム(J-GRID)リーフレット”. 2011,http://www.crnid. riken.jp/jgrid/booklet.html, (accessed 2014-06-02) . 29 Vol.10 No.7 2014 産学官7月号.indb 29 2014/07/10 16:51:37 再興感染症の発生により、感染症研究の重要性が再認識されたのを受け、文部科 学省は「新興・再興感染症研究拠点形成プログラム」 (第 1 期:2005 ~ 2009 年) を立ち上げた。 このプログラムでは、新興・再興感染症が多発するアジア・アフリカの国々に、 日本の 8 大学・2 研究機関が現地の大学・研究機関の協力のもと共同研究拠点を 整備し(図 2)、両国の研究者が情報や研究材料を共有し共同研究を行うことを * 4 独立行政法人理化学研究 所 新 興・ 再 興 感 染 症 研 究 ネットワーク推 進センター (CRNID)編 .“感染症研究国 際ネットワーク推進プログラ ム(J-GRID)パ ンフレット ” 2014, p.8-39.http://www. crnid.riken.jp/jgrid/booklet. html, (accessed 2014-06-02). 目的としていた(表 1)。 そして、 現在の 「感染症研究国際ネットワー ク推進プログラム」 (第 2 期:2010 ~ 2014 年)は、第 1 期で整備された研究拠点を充実・ 強化することにより、永続的な研究活動を進 める基盤の確立を目指している。そして、国 内外の他機関との連携を深めながら、基礎・ 臨床・応用の幅広い研究を遂行し、日本と相 手国に知見および技術の集積を進めている。 さらには、国際的に貢献する研究者の育成を 図ることで、わが国の科学技術を利活用した 国際貢献を積極的に推進している。 図 2 J-GRID の研究拠点* 3 日本・責任機関 海外・研究機関 国立大学法人 主要研究テーマ タイ・国立予防衛生研究所、マヒドン大学熱帯医学部 コレラ、レンサ球菌感染症、HIV/エイズ、デング熱等 タイ・国立家畜衛生研究所 鳥および豚インフルエンザ等の人畜共通感染症 ベトナム・国立衛生疫学研究所 デング熱等の蚊媒介感染症、鳥インフルエンザ、コレラ、結核、 HIV/エイズ等 ベトナム・バックマイ病院、国立熱帯病病院など 結核、HIV/エイズ、その他抗菌薬耐性菌感染症等 東京大学 医科学研究所 中国・中国科学院生物物理研究所、中国科学院微生物研究所、 中国農業科学院ハルビン獣医研究所 HIV/エイズ、肝炎、鳥インフルエンザ等 国立大学法人 ザンビア・ザンビア大学サモラ・マシェル獣医学部 出血熱、結核、ペスト、トリパノソーマ症、インフルエンザ等 インド・国立コレラおよび腸管感染症研究所 下痢症の積極的動向調査(細菌、ウイルス、原虫)、大腸菌、 ロタウイルス、コレラ菌、赤痢菌、原虫による下痢症等 インドネシア・アイルランガ大学熱帯病研究所 鳥インフルエンザ、肝炎、感染性下痢症、デング熱等の蚊媒介 感染症等 フィリピン・熱帯医学研究所 インフルエンザ等の呼吸器感染症、下痢症、蚊媒介感染症等 ガーナ・ガーナ大学野口記念医学研究所 HIV/エイズ、トキソプラズマ症、トリパノソーマ症、マラリア等 の蚊媒介感染症等 ケニア・ケニア中央医学研究所 マラリア等の蚊媒介感染症、細菌性およびウイルス性下痢症 等 ミャンマー・ミャンマー国立保健研究所、ネピドー医学研究所 インフルエンザ等 大阪大学 微生物病研究所 独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 動物衛生研究所 国立大学法人 長崎大学 熱帯医学研究所 独立行政法人 国立国際医療研究センター 国立大学法人 北海道大学 人獣共通感染症リサーチセンター 国立大学法人 岡山大学大学院 医歯薬学総合研究科 国立大学法人 神戸大学大学院 医学研究科附属感染症センター 国立大学法人 東北大学大学院 医学系研究科 国立大学法人 東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 国立大学法人 長崎大学 熱帯医学研究所* 国立大学法人 新潟大学大学院 医歯学総合研究科* 表 1 J-GRID の研究拠点とアソシエートメンバー* 4 の紹介 (* J-GRID プログラム以外で、海外において感染症研究を恒常的に行っている研究拠点) 30 産学官7月号.indb Vol.10 No.7 2014 30 2014/07/10 16:51:38 クールジャパンなものづくりと情報発信の力 独自の超精密研磨技術を持つ宮城県のグローバルニッチトップ企業。いかにして 海外の顧客を開拓していったのか。 株式会社ティ・ディ・シー*1(以下「弊社」 )は宮城県で精密機械加工業を営 んでいる。61 年前に鋳造業からスタートし、現在では金型づくりの技術を昇華 させ、高精度なものづくりを提案する精密加工業に至っている。 超精密研磨技術という独自技術を用いて、平面度・平行度・寸法公差を数百ナ ノレベルに仕上げることが可能であり、面粗さにおいては平均粗さ(Ra)シン グルナノまたはサブナノレベルをさまざまな材質に実現することも可能である。 このような加工技術は半導体、自動車、電機・電子、医療、航空宇宙など国内外 のさまざまな産業分野でお役立ていただいている。 2014 年 3 月、経済産業省の「グローバルニッチトップ企業 100 選」の一つ 赤羽 優子 あかばね ゆうこ 株式会社ティ・ディ・シー 取締役 * 1 http://mirror-polish.com に認定していただいた。 ■英語のホームページから受注 10 年ほど前から時々ホームページを通して海外から注文を受けるよ うになった。最初はハワイ大学、 その次はアイオワ大学の研究者だった。 “いつかはグローバル”という夢を抱いていたので、日本語と英語で情 報を発信してはいたが、その頃の弊社のホームページは素人の私が手作 りしたもので、少しの写真と弊社が得意とする加工技術を羅列しただけ のもの。当時は SEO(検索エンジン最適化)の知識などは全く持って いなかった。どのような検索ワードを入れて、そんな地味なホームペー ジにたどり着いたのかはいまだ謎である。 相手の技術課題を弊社の加工技術で解決できるといっても、小さな部 品を作ったり、一つの面を研磨して精度を上げたり、というだけのこと だが、それでも世界の先端技術に貢献できているような気がしてとても 100 ナノの超精密鏡面加工 うれしかった。 そんなことを何度か繰り返しているうちに、 海外への販路開拓の意欲が高まり、 2008 年に初めて海外展示会に出展した。どの展示会がよいのか分からなかった ので、製造業で世界最大規模のハノーバー・メッセ(ドイツ)を選んだ。 “大は 小を兼ねる”の発想だ。技術英語は難しそうで不安もあったが、行ってみるとお 互い技術オタクなので、 限られたボキャブラリーでも不自由することはなかった。 鏡面加工の展示物はピカピカ目立つし、日本人の(しかも当時はまだ若い)女性 が技術の説明をしている珍しさもあってか、たくさんの人がブースに集まった。 この初めての海外展示会は諸経費が 100 万円程度であるのに対し、受注は 10 万円以下。けれど、弊社の技術は世界で通用する、精密加工で困っている人の役 31 Vol.10 No.7 2014 産学官7月号.indb 31 2014/07/10 16:51:39 に立つことができる、という手応えがあった。それ以降、毎年さまざまな海外展 示会に出展し、欧州・米国を中心に少しずつ顧客を増やしてきた。 私たちにとっても簡単ではないご依頼が多いが、それにトライすることで、技 術の向上や新しい技術の確立につながり、さらに難しい加工にチャレンジする力 をつけることができているように思う。 ■多くの連絡チャンネルを持つことの重要性 振り返ると、英語版の拙(つたな)いホームページが海外の顧客獲得の引き金 になったわけで、技術の高度化のみに偏らず、地道な営業活動・情報発信の大切 さも実感する。ホームページに加え最近ではフェイスブックやグーグルプラスな どのウェブツールも活用してグローバルマーケティングに挑戦している。 宮城県にある弊社の本社・工場は 2011 年の東日本大震災による被害を受けた。 発災からしばらくは停電の影響で電話やメールがつながらないこともあり、また 依頼された仕事が滞ったので多くのお客さまにご迷惑をお掛けした。お客さまか らの信頼を失いかねないという心配もあった。 できる限り安心していただくため、 発災直後から頻繁にブログで情報発信を行った。また震災の 1 週間後にはメー ルマガジンを日本と海外のお客さま向けに発信し、状況の報告を行った。電話・ メールだけに頼らず多くの連絡チャンネルを持つことの重要性を認識するに至っ た。メール・ブログ・メールマガジン・Twitter での発信に対して多くの励まし の言葉をいただき、双方向コミュニケーションの温かさも実感した*2。 ■日本のものづくりへの信頼 「Made in Japan」は日本人の私たちが思っている以上にブランド価値が高 いように思う。海外の展示会で、われわれが日本から来ていることが分かると、 「おぉ! じゃあ、こういうのできる?」と難しい図面をかばんから取り出す人も いる。多くの外国の方に「日本の技術だったらできるかも!」と思っていただけ る。日本のものづくりの技術の高さ、信頼性が広く浸透している証拠だと思う。 * 2 弊 社 で は 1996 年 に 自 社 ホームページを開設するな ど中小企業としては早い段 階から IT 活用に積極的に取 り組み、震災以前から生産 状況や顧客情報を本社の自 社サーバーと東京・大阪の 営業拠点でもネットワーク を介して共有できるような 仕組みを構築していた。大 震災により本社地域が約2 週 間 に わ た り 停 電 に な り、 サーバーへ全くアクセスで きないという問題が起きた。 このため震災以降、情報管 理のクラウド化を導入した。 情報セキュリティに対する 意識も高まった。 お客さまから難しい加工の相談を受けることが私たちの技術開発や技術の高度 化の源泉である。お客さまのものづくりにおける困り事一つ一つを大切にしてソ リューションを提案できるような会社でありたい。今後可能な限り産学官連携に よる先進的な知見も活用しながら、よりいっそうの高精度化を目指す。 これからも技術の向上をベースに国内外の多くの技術者・研究者のお役に立た てるように頑張りたい。そして Made in Japan、Made in Tohoku、Made in Miyagi ブランドを発信していきたいと思っている。 32 産学官7月号.indb Vol.10 No.7 2014 32 2014/07/10 16:51:39 連載 第4回 ドイツの産学連携と研究推進機関の役割 連邦政府の施策・日本への示唆 「強いものをより強く」のクラスター政策 ドイツのクラスター推進事業は、欧州トップ、あるいは世界で数位以内に入る産業を擁 する地域を、世界トップにするために支援するもの、いわば、 “強きをより強く”である。 日本でクラスター政策を推進するのであれば、目的とゴール(到達目標)をシャープに すべきである―ドイツの産学連携に関する連載の最終回は、連邦政府の施策とわが 国への示唆である。 連邦政府の施策 ■「ハイテク戦略 2020」により科学技術へ投資 永野 博 ながの ひろし 政策研究大学院大学 前教授/ OECD グロー バルサイエンスフォー ラム議長 ドイツでは、原子力発電の是非のような特定のテーマを除き、研究開発政策に ついては政党間に大きな方針の違いはない。その中でも、2005 年に就任したメ ルケル首相(2005 ~ 2017)は積極姿勢が目立つ。首相はドイツ政府では初めて、 各省を横断する「ハイテク戦略」 (2006 年)を策定し、戦略分野を設定した。また、 首相在任第二期(現在は第三期)においては「ハイテク戦略 2020」 (2010 年)を 発表し、経済、社会からの要請を明らかにしている。これとともに科学技術への投 資も明確に充実させてきており、2008 年にはドレスデン宣言を公表し、2015 年 までに官民合わせて、研究に GDP の 3%、教育に 7%、計 10%を投資するという 野心的な目標を立て、これを単なる政治目標ではなく、現実的ターゲットとしている。 具体的な施策としても、2005 年に連邦と州で合意した「研究・イノベーショ ン協約」に基づき、マックスプランク協会、フラウンホーファー協会、ヘルムホ ルツ協会、さらにはドイツのファンディング機関であるドイツ研究振興協会への 予算を、当初は毎年 3%、現在は 2015 年まで毎年 5%づつ拡大している。 ■先端クラスター事業に企業も資金を拠出 ハイテク戦略に基づく産学連携推進のための施策としては、先端クラスター事 業 (Der Spitzencluster-Wettbewerb) が知られている。これは、地理的に近い 地域における産学の協力こそが、世界でトップの産業をさらに強くするという、 「強いものをより強く」 という思想に基づく事業である。2008 年から 3 回に分け、 1 回に 5 カ所、合計 15 クラスターを選定した。連邦政府は 1 カ所につき 4 千万 ユーロ(約 64 億円)を拠出するが、地域においては企業が同額以上を拠出する ことが条件となっている。連邦政府は、先端クラスター事業は目的がはっきりし ているので、企業がその程度を拠出するのは当然と考えている。 ドイツのクラスター政策は英国、米国のバイオ産業の躍進に触発され 1995 年 に発足した「バイオ地域競争事業」 (Der BioRegio-Wettbewerb)に端を発し 33 Vol.10 No.7 2014 産学官7月号.indb 33 2014/07/10 16:51:40 社会的・歴史的背景 研究では連邦政府が州政府に協力 フラウンホーファー協会やシュタインバイスなどドイツの産学連携機関の役割、連邦政府の産学連携施策は独特であ る。その理解に必要な社会的、歴史的背景を考えてみたい。 ドイツはもともと領邦国家の集まりであったので、地方分権という考えはかなり自然であり、それぞれの地域(旧領 邦国家)には伝統的な産業、 イノベーティブな中小企業が存在している。国全体としての統治機構は必然的に複雑である。 教育は、第二次世界大戦へと突き進んだ戦前の体制の再発を防ぐ狙いもあり、州の主権とし、研究についても憲法に基 づく合意のある場合のみ連邦政府は州政府に協力することとした。また、研究・教育政策の大方針を審議する学術審議 会は、 “政治と科学”および“連邦と州”をそれぞれ結び付ける役目を果たしているが、その構成員をそれぞれ同数とし、 結論が偏らないようにしている。 ドイツの企業をみると、自動車や化学をはじめとする分野では大企業が多いが、それに勝るとも劣らない活躍をして いるのが中小企業である。これらの中小企業とフラウンホーファー協会、シュタインバイスとの関係は特筆すべきもの である。中小企業はこれらの研究開発機関と連携しつつ、新たな事業に挑戦している。 ●企業と大学の知の循環 ドイツにおける技術転移において大学は大きな役割を果たしている。フラウンホーファー協会の研究所長は必ず大学 教授であるし、協会が企業からの委託研究を実施するに当たっては、博士課程の大学院生の果たす役割が大きい。シュ タインバイスの 1,000 に近い拠点のヘッドも大学教授が兼ねている。また企業から見て身近なところに存在する専門大 学の役割も大きい。専門大学は、以前は技術者学校などと呼ばれていたものが改組されたもので、全国に 200 校程度あ る。専門大学の教授には 5 年以上の産業界における経験が求められるので、産学連携といっても、そもそも同じ土俵の 上での仕事とも言える。総合大学の工学部の教授にしても産業界での経験を有する者が多い。ドイツでは、企業と大学、 そこでの知の循環の体現者としての若手人材の流動がうまく重なって、実際の産学連携が行われていると言える。 研究開発、産学連携で何が重要かとドイツで聞くと必ず出てくる表現がネットワークの構築である。研究機関が多い にもかかわらず、統合議論のようなものはほとんど出ない。ヘルムホルツ協会の研究所のように、ライフサイエンスや エネルギーの研究をいくつもの大きな機関で実施しているような場合でも、ネットワークの構築による効率的な実施が 強調されている。 ている。この事業はドイツの候補地の中から 3 カ所を選びバイオ産業を育てよ うとした画期的な政策であった。例えば当時選定されたミュンヘンのクラスター は世界的なライフサイエンスの研究開発の基地となり、現在でも先端クラスター 事業で支援されている。 ハイテク戦略における次に大きな産学連携事業は、イノベーションアライアン ス (Innovation Alliances) である。これも連邦政府と企業群の協力枠組みでは あるが、この場合はさらに焦点を絞り、企業の投資額の割合を政府の 5 倍に拡 大している。テーマとしては「カーエレクトロニクス」 「リチウム・イオン電池」 「分子イメージング」など 9 つが選ばれている。 一方、メルケル首相は産学の協力による知恵の創出にも関心を示し、21 世紀 初頭に 100 年来の紆余(うよ)曲折を経て成立した工学アカデミーに対して、 2008 年より経費の一定割合を政府資金で支援することを決定した。工学アカデ ミーは、会員は博士号取得者、運営は産業界出身者が主に行い、科学的助言・提 言機関として産学が一体となって活動している。 34 産学官7月号.indb Vol.10 No.7 2014 34 2014/07/10 16:51:40 日本への示唆 ■目的とゴールのシャープさを学べ ドイツは日本と似ているので、良い点をまねすることができるのではないか という考えは持たない方がよい。確かに、仕事の仕方など似ているといえば、 似ている面はある。しかし、社会のシステムが異なるので、発想の原点、人間 関係のつくり方、社会の構成の仕方、他国民、多民族との関係など、土台がか なり異なっている。同じインプットがあったとしても、アウトプットが異なる のは当然である。しかし、そうはいっても示唆はあるはずなので、考えていく ことにしたい。 1.ドイツでは、重要だと考える政策を長期にわたり継続して実施している。 例えば、1995 年に発足した「バイオ地域競争事業」は大きな成果を収め、 現在の「先端クラスター事業」に続いている。良い政策の継続は大切で ある。 2.クラスター推進事業といってもドイツの場合、欧州トップ、あるいは世 界で数位以内に入る産業を擁する地域を、これから世界トップにする(あ るいはトップの座を維持する)ために支援することを目的としている。い わば、“強きをより強く”である。日本でクラスター政策を推進するのであ れば、本当の目的とゴール(到達目標)をシャープにすべきである。 3.ドイツの中小企業は、もともと地理的な国境がすぐ近くに存在すること もあり、かなりグローバルに活躍しているが、それでもなお、世界への進 出が政策の最重要事項の一つとされている。問題意識が希薄な日本の場合、 地域の企業がグローバルに活動する必要性をもっと強力に打ち出し、支援 する必要がある。 4.産学連携の推進を、研究開発課題の推進という観点だけでなく、人材養 成システムの改革を図る上でのツールとして取り上げる。ドイツの産学連 携で重要な役割を果たしているフラウンホーファー協会は 6 千人の学生を 雇用し、これらの若手人材の多くが産業界に就職している。同協会によれ ば、これらの若手人材の流動が、産学連携の根底を成している。彼らのキャ リアパスと産学連携が一体となって実現している。日本にとっても格好の 先進事例となる。 5.21 世紀の知識社会においては、あらゆる分野で専門知識を持つプロフェッ ショナルが求められてくる。ドイツやスイスは、理論と実践の組み合わせ をベースとした職業教育の質の強化でこれを乗り切ろうとしている。質の 高い技術を身に付けさせるということであろうか。彼らは社会でもそれな りに処遇されている。スイスでは、同世代で大学に進学する率は今でも約 20%であるが、大学卒業者と職業教育学校卒業者の給与に大きな差はない。 日本にも高等専門学校があり、その評判はとても良いので、もっと活用す べきである。 35 Vol.10 No.7 2014 産学官7月号.indb 35 2014/07/10 16:51:40 ■システム全体の最適解を 6.技術移転、知識移転にも専門家の存在が必要不可欠である。日本でも MOT 教育などが普及したが、シュタインバイス大学のような、もっと実践 と密着した教育機関があってもおかしくない。 7.国の発展の鍵は、個人個人の意欲を行動に移せるかどうかである。スター トアップ(起業)国家と呼ばれるイスラエルはその典型的なものであろう。 ドイツの統治システムは分権構造となっており、予算を執行する機関と予算 賦与機関との関係も日本とは違う。今回、紹介したドイツの研究機関の場合 (民間機関であるシュタインバイスを除く) 、拠出される政府予算の額は数年 先まで明示されているものの、研究の具体的な内容の決定は実施主体に委ね られている。予算の執行に関して政府からの指示はないに等しい。ドイツで は科学、科学者が社会の中で一定の地位を確保しているからであろうか。大 規模プロジェクトのようなトップダウン的なアプローチは別として、どこま で現場の声を反映した政策、システムを実現できるかが、国の発展、国民の 幸福度に関係してこよう。政府資金をあえて使わずに知識移転を実現すると いうシュタインバイスの存在と成功も、システム改革実現のアイデア・着想 の実現についてボトムアップ的な発想が最後まで尊重されたからであろう。 8.ドイツではネットワーク化の必要性が強く唱えられている。IT 技術も進 んできたし、縦割り、たこつぼ化を排除するためには、いかに良いネットワー クを組むかが、発展の鍵を握っている。日本では何かというと統合による事 務の合理化が叫ばれるが、統合されても中のガバナンスが変わらなければ、 何も変わらない。合理的なネットワークを組み、相互に Win-Win の関係 を築くことが必要である。 9.わが国では、日本版○○というものが時折出現するが、過去を振り返ると、 このような施策が成功しているとは言えない。どこかに、ごまかしが入って いるような印象を受けるのは、部分最適化を図っているからではないだろう か。これはドイツのシステムが日本に合うかどうかを考える場合でも同じで ある。ドイツの一部の施策だけを取り入れてみてもわが国で同じような効果 を発揮することはないので、日本の社会全体、システム全体の最適解を求め ていく上で、利用できるものがあれば活用するという考え方で対処していく ことが求められる。 (本連載は今回で終わります) 36 産学官7月号.indb Vol.10 No.7 2014 36 2014/07/10 16:51:40 イベント 産学連携学会 第 12 回大会 レポート 対話型セッション取り入れ3日間 今回で 12 回目となる産学連携学会の年次大会は、長野 県の下諏訪町で 6 月 25 日から 27 日までの 3 日間の日程 で開催された。研究発表件数はオーラルセッション 93 件、 ダイアローグセッション 34 件、ポスター展示 12 件で、 このほか 2 テーマのオーガナイズドセッションと特別講 演、シンポジウム、さらに「URA との対話集会」 、また、 塑性加工学会とのジョイントセミナー「塑性加工と産学連 携による新しい挑戦」と、多彩な内容で熱心な議論が展開 された。 ダイアローグセッション ■塑性加工学会と連携 今大会ではいくつかの新たな取り組みがなされた。講演時間を延ばしたこと、 オーラルセッションとポスターセッションを併せた形のダイアローグセッション ●概要 産学連携学会 第 12 回大会 日時:2014 年 6 月 25 日(水) ~ 27 日(金) 会場:下諏訪総合文化センター 主催:NPO 法人 産学連携学会 を取り入れたこと、そしてこれに伴い、従来 2 日であった会期を 3 日に延長し たことなどである。3 日という会期について、業務との兼ね合いで参加する日程 の確保が難しいという意見がある半面、時間を延長したことにより、これまでと 比べて深い議論ができたとの評価もあった。 塑性加工学会の協賛を得て、ジョイントセミナーを開催したことも新たな試み の一つである。このセミナーでは、地元企業の太陽工業株式会社が産学連携によ り開発し、2013 年度塑性加工学会中小企業技術開発賞を受賞した新しいプレス機 が、同社の小平裕也氏により紹介された。また、産学官金連携などによって開発 された製品をいかにして世に出すか、といった観点から「創造的連携とブランド マーケティング」と題した富山達章氏(インタープランニング有限会社)による 講演があった。 塑性加工というとかなり特定された専門的な分野であるが、産と学とが連携し た技術開発は一つのテーマであり、塑性加工に限らず技術に特化した分野の学会 との連携は、産学連携学会の新たな立ち位置を開いていくものと考えられる。 ■企業が考える産学連携 特別講演では、長野県飯田市に本社を置く多摩川精機 株式会社の萩本範文代表取締役副会長に「企業人が考え る産学官連携」と題して、同社が考える産学連携の在り 方、同社が航空機産業に参入した背景、次に進もうとし ている医療分野、農業分野への挑戦についてご紹介いた だき、産官学金の連携においてそれぞれが果たすべき役 割についてのお考えについてご講演いただいた。 シンポジウム 37 Vol.10 No.7 2014 産学官7月号.indb 37 2014/07/10 16:51:41 ■ものづくりのデジタル化を議論 シンポジウムは、喜多一氏(京都大学国際高等 教育院)のコーディネートの下、 「デジタルファ ブリケーション時代の中小製造業の姿」と題して 進められた。今脚光を浴びている3D プリンタ を例に、ものづくりのデジタル化(デジタルファ ブリケーション)やデザイン指向のものづくりと いった世界的な動向を見据えつつ、中小企業が生 き残っていくためにこれらをいかに取り入れるべ きか、あるいは受け流すべきかについて、実際の 中小企業の取り組み(神山亮太郎氏/有限会社ス ワニー) 、先端技術と教育(市川純章氏/諏訪東 情報交換会 京理科大学) 、 デジタルファブリケーションとビジネス化(林靖人氏/信州大学) 、 新しいものづくりに対する政策的な支援(高木聡氏/経済産業省)について報告 があり、議論された。 ■ URA 対話集会 また、URA を設置する大学が増加してきていることから、URA の現状と課 題を自由に議論する「URA 対話集会~ URA の現状と課題~」が開催された。 この集会では、杉原伸宏氏(信州大学)による現状報告に続き、原田隆氏(福井 大学)から「URA のキャリア形成」 、馬場大輔氏(岐阜大学)から「URA が産 学連携に与える効果」について話題提供があり、それぞれ約 60 名の参加者によ る活発な議論が行われた。 長野県の諏訪地域は言わずと知れた精密産業の集積地である。明治期の繊維産 業に始まり、昭和の時代には時計、カメラ、オルゴール等の産業が集積した。し かしものづくりの海外移転に伴う産業の空洞化の波を受け、日本の産業を支えて きた小さな町工場は減少の一途をたどっている。今回の大会は、産業構造の変化 の只中にある地方の産業集積地を舞台として、地域のものづくりにかける意気込 みを肌で感じながらの大会となった。会場の下諏訪町は、人口 2 万 2 千人ほど の小さな町である。この町に 300 人もの関係者が集合し、これからの産学連携 について議論されたことは、 町にとっても良い刺激になったのではないかと思う。 最後に、お集まりいただいた皆様と、開催に向けて全面的なご協力をいただい た下諏訪町の皆様にお礼申し上げる。 (松岡浩仁:産学連携学会第 12 回大会実行委員会事務局長/信州大学地域共同 研究センター 准教授) 38 産学官7月号.indb Vol.10 No.7 2014 38 2014/07/10 16:51:41 視 点 超高齢社会と大学 いま一度「グローカル」 ★日本では、4 人に 1 人が 65 歳以上であり、 ★少し前、 科学技術振興機構(JST)のコーディ 2060 年には 4 人に 1 人が 75 歳以上という 超高齢社会になると予測されている。 健康寿 命が男女共に上位である地域の大学に所属す る者としては、大学と超高齢社会の関係性を 意識せざるを得ない。 経験豊かで健康な地域 人材と大学、互いの知を融合できる仕組みと はどんなものだろうか。「地(知)の拠点整 備事業」 において、大学は地域コミュニティー の中核となることを目指しているが、今後さら に多様な役割や機能強化が大学に望まれるこ とだろう。 産 業 界 への技 術 移 転だけでなく、 世界からお隣さんまで、千姿万態な知の移転 を促進する必要があると感じている。 ネータフォーラムで「グロ-カル」をテーマ としたワークショップの座長を務めた。思っ た通りワークショップは盛り上がらず中途半 端な議論に終わってしまった。しかし、あれ 以来「グロ-カル」の文字は頭から離れず、 もはや海外展開と地域密着は二律背反的に考 える状況にないと最近とみに考えるように なった。 「グローバル」を念頭に置かない地 域密着的アプローチは地域エゴに陥り、 「ロー カル」に根を張らない海外展開議論は空疎で 根無し草になってしまいそうだ。もう一度 「グ ローカル」の議論をやり直したいと考えてい るのは、果たして私だけだろうか。 大西由香 静岡大学 イノベーション社会連携推進機構 知的財産管理室 室長、准教授 編 集 後 記 土居修身 愛媛大学 社会連携推進機構 副機構長、教授 キャリア教育における産と学 地元で高校生のビジネスコンテストを毎年実施してきた西尾信用金庫(愛知県西尾市) の近藤実理事長の話は示唆に富むものだった。同コンテストは各種の賞を受け、2013 年 度は県教育委員会が加わり対象を県全域に拡大した。しかし、効果の検証のため今年度は 実施を見送るという。同信金が目指したのは、高校を卒業して小さな工場を起こすような 起業家精神の醸成だが、これから遠ざかってしまったことが背景のようだ。 キャリア教育における産と学のこんなすれ違いもある。大学のキャリア教育を支援する 事業の報告会でのこと。各大学の担当教員らは「産業界はどういう人材が欲しいのか。そ れが分かればそのように教育し、企業に送り込む」といった趣旨の発言をしていた。だが、 “産業界”などとひとくくりにできるのだろうか。重厚長大型産業の歴史のある企業が求 めている人材、流通業界で活躍できる人材、あるいは IT 企業が必要としている人材はそ れぞれ相当異なるはず。お役所が提唱しているのは「ジェネリックスキル」 「社会人基礎力」 「学士力」など。要は汎用(はんよう)的な能力が重要だということだ。こうなると振り 出しに戻ってしまい、キャリア教育担当の教員は頭を抱えることになる。 産学官連携ジャーナル(月刊) 2014 年 7 月号 2014 年 7 月 15 日発行 PRINT ISSN 2186 - 2621 ONLINE ISSN 1880 - 4128 Copyright ©2005 JST. All Rights Reserved. (編集長・登坂和洋) 編集・発行: 独立行政法人 科学技術振興機構(JST) 産学連携展開部 産学連携支援グループ 編集責任者: 野長瀬 裕二 山形大学大学院 理工学研究科 教授 問合せ先: 「産学官連携ジャーナル」編集部 登坂、萱野 〒 102-0076 東京都千代田区五番町 7 K’s 五番町 TEL: (03)5214-7993 FAX: (03)5214-8399 39 Vol.10 No.7 2014 産学官7月号.indb 39 2014/07/10 16:51:42 産学官連携ポータルサイト 産学官の道しるべ http://sangakukan.jp 産学官の 検索 「産学官の道しるべ」 は、産学官連携活動に関わる多くの方々が ワンストップで必要な情報を入手できるよう、産学官連携に関連する情報を網羅的に収集し、 インターネット上で広く一般に公開しているポータルサイトです。 産学官連携に関する情報提供 http://sangakukan.jp/event/ ◆ イベント情報 全国で開催されている産学官連携に関するシンポジウム、セミナー等の イベント情報をタイムリーに掲載 HP上でイベント情報の外部投稿を随時受付中 ◆ 産学官連携データ集 産学官連携の実績を分かりやすく図表などで示すデータ集 知的財産(国内、国際)、共同研究・受託研究、大学発ベンチャー、 TLO、基本統計データ、学術論文の被引用動向データ、ほか掲載 産学官連携ジャーナル http://sangakukan.jp/journal/ 産学官連携に関係する幅広い分野の記事を提供している オンラインジャーナル。毎月15日に発行! ◆ 掲載分野 産学官連携、起業、知的財産、人材育成、金融機関との連携、 MOT・教育、地域クラスター、国の予算・政策、国際連携、 海外動向、共同研究開発、事業化など 産学官連携支援データベース http://sangakukan.jp/shiendb/ 産学官連携活動を支援するために有用な情報をデータベース化し、ネット上で公開 【約2,900件】◆ 事業・制度DB … 産学官連携に利用できる国・地方自治体の支援制度や 財団法人等の助成制度や公募情報のほか、ベンチャーを 支援するベンチャーキャピタルや金融機関の支援制度情報 【約2,000件】◆ 産学官連携従事者DB… 公的機関に所属するコーディネーター等の情報 問い合わせ先 産学連携展開部 産学連携支援グループ E-mail : [email protected] Tel : 03-5214-7993 「産学官連携ジャーナル」は独立行政法人 科学技術振興機構(JST)が発行する 月刊のオンライン雑誌です。 URL: http://sangakukan.jp/journal/ ●最新号とバックナンバーに、登録なしで自由にアクセスし、無料でご覧になれます。 ●個別記事や各号の一括ダウンロードができます。 ●フリーワード、著者別、県別などからの検索が可能です。 問合せ先 : 産学連携展開部 産学連携支援グループ TEL: 03 (5214) 7993 FAX:03 (5214) 8399 E-mail:[email protected] 産学官7月号.indb 40 2014/07/10 16:51:51