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SESSION 11 の分析に用いたデータ
DATA 222 ● データ SESSION 11 の分析に用いたデータ この分析データは,ある学生が,看護師と子どもとの関わりを観察し,作成 したテクストの一部を抜粋したものです.8 分間にわたる観察の中から,看護 師と子どもとの相互作用が詳細に記録された 2 つの場面(各 1 分)を選択し, 分析のトレーニングに使用しました. ■ リサーチ・クエスチョン ■ 看護師は,ケアを嫌がる子どもにどう対応するのか? ■ 場 面 ■ 看護師が嫌がる子どもの身体を拭き,足を洗い,傷口のガーゼを交換すると いう一連のケアの状況 ■ 登場人物 ■ Y くん:虫垂炎(一般的に「盲腸」と言われているもの)で,小児外科病棟の 4 人部屋に入院となった 5 歳の男の子.アニメキャラクターの絵がついた赤 い長袖 T シャツを着て,紺色のジャージ素材の半ズボンを履いており,素 足である.身長 105 cm,体重 21 kg でぽっちゃりとした体格.3 人兄弟の 末っ子で,人なつっこく,甘えん坊.病室内のテレビで,アニメの DVD を見て過ごしていることが多い.両親は毎日,夕方 4 時頃に面会に来る. 5 日前に腹痛を訴えて外来を受診したところ,虫垂炎と診断されて緊急手 術を受けた.手術は無事に終了し,右下腹部には 3 cm 程の傷がある.傷口 を本人が触ってしまうのを防ぐため,ガー ゼ で 覆 い, 医 療 用 の テ ー プ で 留 め て あ る .看護師が 1 日 1 回,ガーゼを交 (図 D ─ 1) 換し,傷口の観察を行う.手術直後は傷口 の痛みがあり,痛み止めの薬を使っていた が,今は痛みがなく,自力で歩くことがで きる.ガーゼ交換に対する恐怖心が強く, 前日は「やだっ!」と泣き叫んで暴れたた め,複数の看護師に手足を押さえつけられ 図 D─1 データ ● 223 図 D─2 Y くんが入院している病室の見取り図 た.前日までのガーゼ交換は,身体拭きと別に行われていたため,Y くん は,上半身を拭いた直後に,ガーゼを交換するとは思っていなかったと推 測される. X 看護師:卒後 3 年目の看護師.20 代半ば.身長 160 cm 位で細身.ショート ヘアで,ピンク色のパンツ型のユニフォームを着て,白いスニーカーを履 いている.左胸のポケットには名札がついており,右腰のポケットからピ ンク色の聴診器の一部が見える. Y くんを担当するのは今日がはじめて.前日のガーゼ交換の様子につい ては,看護記録から情報を得る.前日にガーゼ交換を担当した先輩看護師 から,「昨日はガーゼ交換の必要性をいろいろと説明したけど,なかなか納 得してくれなくて….今日は,嫌がっても,短時間で終わらせてあげたほ うがよいかもしれない」というアドバイスをもらった.Y くんが朝食を終 えた頃に,挨拶に行き,午前中に足を洗ったり身体を拭いたりすることを Y くんと約束した. DATA DATA 224 ● データ ■ 観察場面 ■ 小児外科病棟の一室(図 D ─ 2). ■ 時間の流れ ■(太字の部分が,今回の分析データとして使用した場面) 9:44 『観察開始』 X 看護師の促しで,Y くんが洗面器のお湯に足を入れる(場面 1) 9:45 Y くんが T シャツを脱ぎ,X 看護師がタオルで Y くんの胸のあたり を拭く 9:47 X 看護師が Y くんの背中と腕をタオルで拭き,足を洗って,洗面器の お湯から足を出させる 9:50 X 看護師が傷口のガーゼ交換を促し,Y くんが嫌がる(場面 2) 9:51 X 看護師が Y くんに新しい T シャツを着せる 9:52 『観察終了』 ■ テクスト ■ 場面 1:X 看護師の促しで,Y くんが洗面器のお湯に足を入れる Y くんは,ベッドの真ん中でテレビのほうを向いて,両手を殿部の横につき, 両足を前に伸ばし,上半身を 45 度位後ろに傾けて,背中を丸めた姿勢で座って おり,リラックスしているように見える.テレビから一時も目を離さず,1 m 程の距離に近づくと聞こえる位の大きさの声を出して笑っている.X 看護師は, 足を洗うための洗面器を両手で持って,Y くんの左側から 60 cm 位離れたベッ ドの横に立ち,目元と口元を少し緩めたにこやかな表情で,「Y く∼ん,洗おう か∼」と語尾を上げて,普段より 1 オクターブ位高く,病室中に聞こえる程の 大きな声で明るく,ゆっくりと話しかける.そして,洗面器を椅子の上に置き, 首を左に 45 度位傾け,身体を動かさず,Y くんを 10 秒位見続けて,ベッドの 柵越しから様子をうかがう.このとき,Y くんは声を出して笑っていたのを止 めて口をつぐむが,テレビから視線をはずすことはなく見続け,X 看護師を見 ない.X 看護師は,ベッドの柵を両手でつかむと,にこやかな表情のまま, 「じゃあ,下ろすね∼」と語尾を伸ばし,普段より 1 オクターブ位高く,病室中 に聞こえる程の大きな声で,明るく話しかけ,ベッドの柵を下段まで下ろす. その後,X 看護 師は前かがみになり,Y くんを覗き込み,顔を 20 cm 位まで 近づけて,目尻を下げ,口角を上げて微笑みながら, 「はじめよっか∼」と, 1 m 程の距離に近づくと聞こえる位の大きさの声で,穏やかな口調で言う.Y データ ● 225 くんは左側から振り返り,X 看護師を見つめて,「足を洗うの?」と語尾を下げ てたずねると,左斜め下の床に視線を落とす.X 看護師は顔全体を緩め,笑顔 で Y くんを見ながら, 「うん.がんばって,早く済ませちゃおう」と,ゆっくり とした穏やかな口調で答えると,背すじを伸ばす.Y くんは視線を床に落とし たまま, 「う∼ん,わかった…」と答えた後,10 秒位かけて,のろのろと両膝を 立てて,殿部を中心に右方向に 180 度位回転して身体の向きを変えて移動し,X 看護師に向き合う.Y くんは,「あのさ…,ママが来てからじゃだめ?」と,X 看護師の顔を見上げながら言う. これまで笑顔だった X 看護師は,徐々に頬を下げ,目に力が入り,少し険し い表情になり,Y くんから 20 cm 位まで顔を近づけ,Y くんの目を見ながら, 「あのね,ママが来る前にきれいにしといたら,ママといっぱい遊べるんだよ. 今,がんばったほうがいいよ」と,一語ずつはっきりと,説得するように言う. Y くんは自分の足もとに視線を移し,看護師にしか聞こえない位小さな声で, 途切れ途切れに, 「だって….テレビ,まだ終わってない….やだよ….後がい い…」と言い,口をとがらせ,眉間にしわを寄せて,不満そうである.X 看護 師は少し険しい表情のまま,「テレビを見ながらでもいいから,がんばって, DATA DATA 226 ● データ やってしまおうよ.X さんは,早く終わらせたほうが絶対いいと思うよ」と, 早口かつ強い口調で説き伏せるように言う.Y くんは眉間にしわを寄せ,口を への字にしたまま,首を横に小さく 1 回振るが,X 看護師は素早く Y くんの殿 部に両手を回し,殿部を引きずらせて,Y くんの身体をベッドの端まで 40 cm 程,引き寄せる.ベッド端に動かされた Y くんは,ゆっくりと視線を洗面器に 落として,眉尻を下げ,諦めたように,椅子の上に置かれた直径 40 cm 程の洗 面器の中のお湯に,右足,左足の順にゆっくりと入れる. 場面 2:X 看護師が傷口のガーゼ交換を促し,Y くんが嫌がる 上半身が裸の Y くんは,ベッドの真ん中で,床頭台の前に立つ X 看護師のほ うを向いて両足を伸ばし,両手を殿部の横につき,上半身を 30 度位後ろに傾け て,背中を丸めた姿勢で座っており,リラックスしているように見える.顔を 左側に向けて,目尻を下げ,歯が見える位に口を開け,笑顔でテレビを見てい る. X 看護師は,テレビを見る Y くんのほうに,10 秒に 1 回位視線を送りながら, ガーゼと 8 cm 位の長さのテープ 2 本を床頭台の上に準備すると,Y くんを上か ら見おろして,目元と口元を少し緩めたにこやかな表情で,「じゃあ,ガーゼか えるよ」と,はっきりとした強い口調で言う.Y くんは,さっと顔を正面に戻 して,目を丸く見開き,驚いた表情になり,X 看護師を見上げ,「えっ⁉ やだ, やだっ!」と,病室中に聞こえる程の大きな声で,はっきりと言う.X 看護師 は前かがみになり,自分の顔を Y くんの顔から 20 cm 位の所まで近づけ,目に 力を込めて,真剣な表情になり,正面から Y くんを見つめて, 「だって,ガーゼ かえなくっちゃね!」と,語尾の「ね」を強調して言いながら,Y くんの右下 腹部に貼ってあるガーゼに右手を伸ばす.Y くんは上半身を後ろへ引き「やだ ∼!」と高くて,病室中に聞こえる程の大きな声をあげ,両目に涙を浮かべて 泣き出す. X 看護師の右手がガーゼから 5 cm 位まで近づくと,Y くんは顔を右にそむけ, 口をへの字にして,X 看護師の肩を両手で押して突き放す.押されたはずみで, X 看護師の身体は Y くんの身体から 30 cm 位離れるが,すぐに体勢を前かがみ に戻して,目を通常より大きく開き,眉を吊り上げて,険しい表情になり, 「じゃあ,寝っころがってやろうか? そのほうが痛くないから」と,今までで 1 番大きな声を出し,早口で言って,再度,Y くんの右下腹部のガーゼに右手を 伸ばす. データ ● 227 Y くんは泣いて肩を震わせながら,X 看護師が近づくことができないように, 両手の指をひろげて前に突き出し,自分の身体をガードする.X 看護師は険し い表情のまま,背すじを伸ばし,1 m 程の距離に近づくと聞こえる位の大きさ の声で「やめるの?」と,首を右に 30 度位傾けながらたずねる.Y くんは X 看 護師を見ず,床のほうに視線を向け,眉間にしわを寄せて,「今はやだっ! 昨 日怖かったもん! ママと一緒がいい!」と,強い口調で言う.X 看護師は Y くんから 40 cm 位離れた所に立ち,Y くんの顔を 3 秒程見つめた後,「昨日怖 かったのか∼.じゃあ,今はやめる? ママが来てからにするのね?」と,語 尾の「ね?」に力を込めて確認する.X 看護師は険しい表情を緩め,Y くんを 見つめて,「そうだね.後でママが来たら,かえようね」と,ゆっくりとした口 調で言う. DATA DATA 228 ● データ ■ 切片化した後のテクスト ■ 切片 番号 データ プロパティ ディメンション ラベル名 9:44 ∼ 45 場面 1:X 看護師の促しで,Y くんが洗面器のお湯に足を入れる 1 Y くんは,ベッドの真ん中でテレビのほうを向い て,両手を殿部の横につき,両足を前に伸ばし, 上半身を 45 度位後ろに傾けて,背中を丸めた姿 勢で座っており,リラックスしているように見え る. 2 テレビから一時も目を離さず,1 m 程の距離に近 づくと聞こえる位の大きさの声を出して笑ってい る. 3 X 看護師は,足を洗うための洗面器を両手で持っ て,Y くんの左側から 60 cm 位離れたベッドの横 に立ち,目元と口元を少し緩めたにこやかな表情 で,「Y く∼ん,洗おうか∼」と語尾を上げて,普 段より 1 オクターブ位高く,病室中に聞こえる程 の大きな声で明るく,ゆっくりと話しかける. 4 そして,洗面器を椅子の上に置き,首を左に 45 度位傾け,身体を動かさず,Y くんを 10 秒位見 続けて,ベッドの柵越しから様子をうかがう. 5 このとき,Y くんは声を出して笑っていたのを止 めて口をつぐむが,テレビから視線を外すことは なく見続け,X 看護師を見ない. 6 X 看護師は,ベッドの柵を両手でつかむと,にこ やかな表情のまま, 「じゃあ,下ろすね∼」と語尾 を伸ばし,普段より 1 オクターブ位高く,病室中 に 聞 こ え る 程 の 大 き な 声 で, 明 る く 話 し か け, ベッドの柵を下段まで下ろす. 7 その後,X 看護師は前かがみになり,Y くんを覗 き込み,顔を 20 cm 位まで近づけて,目尻を下 げ,口角を上げて微笑みながら, 「始めよっか∼」 と,1 m 程の距離に近づくと聞こえる位の大きさ の声で,穏やかな口調で言う. 8 Y くんは左側から振り返り,X 看護師を見つめて, 「足を洗うの?」と語尾を下げて尋ねると,左斜め 下の床に視線を落とす. 9 X 看護師は顔全体を緩め,笑顔で Y くんを見なが ら,「うん.がんばって,早く済ませちゃおう」 と,ゆっくりとした穏やかな口調で答えると,背 すじを伸ばす. 10 Y くんは視線を床に落としたまま,「う∼ん,わ かった…」と答えた後,10 秒位かけて,のろのろ と両膝を立てて,殿部を中心に右方向に 180 度位 回転して身体の向きを変えて移動し,X 看護師に 向き合う. 11 Y く ん は,「 あ の さ …, マ マ が 来 て か ら じ ゃ だ め?」と,X 看護師の顔を見上げながら言う. 12 これまで笑顔だった X 看護師は,徐々に頬を下げ, 目に力が入り,少し険しい表情になり,Y くんか ら 20 cm 位まで顔を近づけ,Y くんの目を見なが ら,「あのね,ママが来る前にきれいにしといた ら,ママといっぱい遊べるんだよ.今,がんばっ たほうがいいよ」と,一語ずつはっきりと,説得 するように言う. データ ● 229 13 Y くんは自分の足もとに視線を移し,看護師にし か 聞 こ え な い 位 小 さ な 声 で, 途 切 れ 途 切 れ に, 「だって….テレビ,まだ終わってない….やだよ ….(足を洗うのは)後がいい…」と言い,口をと がらせ,眉間にしわを寄せて,不満そうである. 14 X 看護師は少し険しい表情のまま,「テレビを見な がらでもいいから,がんばって,やってしまおう よ.X さんは,早く終わらせたほうが絶対いいと 思うよ」と,早口かつ強い口調で説き伏せるよう に言う. 15 Y くんは眉間にしわを寄せ,口をへの字にしたま ま,首を横に小さく 1 回振るが, 16 X 看護師は素早く Y くんの殿部に両手を回し,殿 部を引きずらせて,Y くんの身体をベッドの端ま で 40 cm 程,引き寄せる. 17 ベッド端に動かされた Y くんは,ゆっくりと視線 を洗面器に落として,眉尻を下げ,諦めたように, 椅子の上に置かれた直径 40 cm 程の洗面器の中の お湯に,右足,左足の順にゆっくりと入れる. 9:50 ∼ 51 場面 2:X 看護師が傷口のガーゼ交換を促し,Y くんが嫌がる 18 上半身が裸の Y くんは,ベッドの真ん中で,床頭 台の前に立つ X 看護師のほうを向いて両足を伸ば し,両手を殿部の横につき,上半身を 30 度位後 ろに傾けて,背中を丸めた姿勢で座っており,リ ラックスしているように見える. 19 顔を左側に向けて,目尻を下げ,歯が見える位に 口を開け,笑顔でテレビを見ている. 20 X 看護師は,テレビを見る Y くんのほうに,10 秒 に 1 回位視線を送りながら,ガーゼと 8 cm 位の 長さのテープ 2 本を床頭台の上に準備すると, 21 Y くんを上から見おろして,目元と口元を少し緩 めたにこやかな表情で,「じゃあ,ガーゼかえる よ」と,はっきりとした強い口調で言う. 22 Y くんは,さっと顔を正面に戻して,目を丸く見 開 き, 驚 い た 表 情 に な り,X 看 護 師 を 見 上 げ, 「えっ⁉ やだ,やだっ!」と,病室中に聞こえる 程の大きな声で,はっきりと言う. 23 X 看護師は前かがみになり,自分の顔を Y くんの 顔から 20 cm 位の所まで近づけ,目に力を込め て,真剣な表情になり,正面から Y くんを見つめ て,「だって,ガーゼかえなくっちゃね!」と,語 尾の「ね」を強調して言いながら, 24 Y くんの右下腹部に貼ってあるガーゼに右手を伸 ばす. 25 Y くんは上半身を後ろへ引き「やだ∼!」と高く て,病室中に聞こえる程の大きな声をあげ,両目 に涙を浮かべて泣き出す. 26 X 看護師の右手がガーゼから 5 cm 位まで近づく と, 27 Y くんは顔を右にそむけ,口をへの字にして,X 看護師の肩を両手で押して突き放す. (つづく) DATA DATA 230 ● データ 28 押されたはずみで,X 看護師の身体は Y くんの身 体から 30 cm 位離れるが,すぐに体勢を前かがみ に戻して,目を通常より大きく開き,眉を吊り上 げて,険しい表情になり,「じゃあ,寝っころがっ てやろうか? そのほうが痛くないから」と,今 までで 1 番大きな声を出し,早口で言って, 29 再度,Y くんの右下腹部のガーゼに右手を伸ばす. 30 Y くんは泣いて肩を震わせながら,X 看護師が近 づくことができないように,両手の指をひろげて 前に突き出し,自分の身体をガードする. 31 X 看護師は険しい表情のまま,背すじを伸ばし, 1 m 程の距離に近づくと聞こえる位の大きさの声 で「やめるの?」と,首を右に 30 度位傾けなが ら尋ねる. 32 Y くんは X 看護師を見ず,床のほうに視線を向け, 眉間にしわを寄せて,「今はやだっ! 昨日怖かっ たもん! ママと一緒がいい!」と,強い口調で 言う. 33 X 看護師は Y くんから 40 cm 位離れた所に立ち, Y くんの顔を 3 秒程見つめた後,「昨日怖かったの か∼.じゃあ,今はやめる? ママが来てからに するのね?」と,語尾の「ね?」に力を込めて確 認する. 34 X 看護師は険しい表情を緩め,Y くんを見つめて, 「そうだね,後でママが来たら,かえようね」と, ゆっくりとした口調で言う.