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抜毛症に対する行動的介入
園田 順一ら 17 吉備国際大学 臨床心理相談研究所紀要 第7号,17−20,2010 抜毛症に対する行動的介入 Behavioral intervention of trichotillomania. 園田順一*・西由希子*・長谷川浩* Jun'ichi SONODA, Yukiko NISHI, Hiroshi HASEGAWA Abstract These reports described behavioral intervention with a 16-year-old girl and a 13-year-old boy diagnosed with trichotillomania. The trichotillmania is a disorder characterized by the repetitive pulling out of one's own hair. The behavioral intervention procedures included awareness training, self-monitoring, stimulus control, habit reversal training, token economy and ACT. Two participants wear treated over one year period. Post-intervention data indicated a substantial reduction in hair pulling and an actual hair regrowth as evidenced by photography, respectively. key words:trichotillomania, behavioral intervention, awareness training, token economy, habit reversal training, ACT 1.はじめに に抱っこに、おんぶというような愛着的関わりが不足 抜毛症は体毛、特に頭髪を繰り返し、引き抜く行為 ししていた。両親は仲がよく、姉弟関係もよい。本児 である(DSM−Ⅳ−TR)。その治療的対処としては、 の学業成績は、中程度で、知的にも中位であった 薬物療法をはじめ種々の心理療法が試みられている (IQ=95、新制田中B式)。学校では、友達は少なく、 が、十分な成果をあげていない。しかし、そのような 言語的感情的表出は、少なく抑制的であった。 中で、行動論的療法(行動療法)が成果をあげてきて これまでの経過 いる(園田、1999)。今回、我々は行動療法の色々な 小学生の頃から爪かみがあり、親から落着きがない 技法を組み合わせて、治療成果をみたのでここに紹介 と言われていた。小学6年の頃に、頭髪の1部が薄く したい。 なっていることに親が気づき、抜毛していることが分 かった。抜毛行為は、親が注意してもなかなか止まな 2.事例紹介 かった。後頭部の皮膚が見えるぐらい抜毛すると、次 事例1 に側頭部の髪の毛を引き抜くという状態であった。こ 氏名:K. Y. 中学3年、女子 のようにして、抜毛行為は延々と続いていた。抜毛行 主訴:3年の間、断続的に頭髪を抜いている。 為は、独りでテレビを観ているとか勉強している時な 家族歴と生育歴:本児は同胞2名の長女であり、4歳 どにみられ、大抵、独りの時に行っているようであっ 下に弟がいる。両親は、本児が小さい頃から、食堂を た。外出時には、局所に墨を塗ったり、幅広い黒いヘ 営んでおり、母親も忙しく、十分な養育ができず、特 アーバンドをして出かけていたので、抜毛状態は恥ず *吉備国際大学大学院臨床心理学研究科 〒716-8508 岡山県高梁市伊賀町8 Graduate School of Clinical Psychology, Kibi International University 8 Iga-machi, Takahashi, Okayama, Japan(716-8508) 18 抜毛症に対する行動的介入 かしいと思っているようであった。これまでに、皮膚 提供し、本人がそれを実行する。家庭においては、気 科や小児科で、薬物療法を受けたが効果はなかった。 持ちをリラックスして、言語的にも、感情的にも自由 ① 機能分析と治療指針 に表出するようにする。そして、家族は本人を受け容 彼女の抜毛行為は、発達障害や統合失調症というよ うな精神病理と結びつくような行動上の特徴は見受け れ、情緒的結びつきを大切にする。これらは、本児と 家族に対する一種の心理教育である。 られなかった。しかも、DSM−Ⅳ−TRに示している その後、母親の申し出で、高校生になると気分も一 ような緊張軽減の手段としての明確な抜毛行為でもな 新すると思うので、当分の間様子を見たいとのことだ かった。行動上からみると、抜毛行為は、独りでいる った。しかしながら、それからも抜毛行為は断続的に 時に行われている。しかも、それは、いつも起ってい みられるということで、約6か月後に、親子は再び心 るわけではない。そのような衝動的抜毛行為は、1週 理相談室を訪れた。 間のうち数回であり、そのような時期が危機期 ここで、再度、治療指針に基づいて心理教育を行っ (danger period)である。これを適切に乗り越えるこ た。抜毛行為には、気づきが必要であり、自己コント とが抜毛行為の中止につながっていくものと思われ ロールで、抜毛行為を行わないようにする。 る。さて、このような機能分析からみて、どのような 夕食後も、家族と一緒にいる時間を多くして、本人 技法を選択すればよいであろうか。S―O―Rの観点か の申し出で、家の食堂の手伝いをすることにした。独 ら、治療指針を考えてみたい。すなわちSは、本児を りでいる時は、帽子を被ることした。家族の協力のも 取り巻く刺激である。Oは有機体(本児)であり、R とに、抜毛行為を記録するようにした。抜毛行動が無 は反応である。まず、Sにおいては、抜毛を誘発する かったら、カレンダーにOをつけ、自己強化と他者強 刺激の統制である。本児は、独りでいる時に抜毛して 化を行うようにした(トークン・エコノミー法)。さ いるので、家族と一緒にいる時間を増やす。特に母親 らに、抜毛衝動に駆られたら、それを意識化し、受け と一緒にいるように心掛け、母親が協力する。独りで 留めるが、決して抜かないように心掛けた。時には、 いる時には、帽子を被る。まさに帽子が防止となる。 抜毛行為と相拮抗するような行為、両手をぐるぐる回 Oとしては、抜毛行為は半ば無意識に行われているの すなどを行った。 で、それに対する気づき(awareness)を高める。特 心理相談室には、1−2週に1回程度訪れた。抜毛 に、危機期においては、それを意識化し、抜毛を行わ 記録をみて、Oに対しては大いに賞賛した。彼女は、 ないようにする。それでも、抜毛行為が高まった時は、 丹念に記録し、自分の気持ちも書き加えていた。×が 抜毛行為と相対立するような行為を行う(習慣逆転 あった時は、抜毛行為が生じないような環境調整をさ 法)。たとえば、両手を動かす。ぐるぐる回すなどで らに教示した。抜毛衝動への対処の仕方についても話 ある。いずれにしても、決して抜毛しないことである。 し合いを持った。それでも、抜毛行為が全く無くなる カレンダーを用いて、抜毛がなかった日は○印をつけ、 までには時間が長い時間を要し、1年半を経過してい 抜毛があった日は×をつけるトークン・エコノミー法 た。 を導入する。さらに、自分の髪が段階的に伸びていく のを鏡で見て、自己強化する(自己観察法) 。 事例2 ② 介入過程 氏名:K. K. 小学6年、11歳、男児 Kさんが母親に伴われて心理相談室に訪れたのは、 K高校合格後の中学3年が終わろうとする3月であっ 主訴:約2年前から断続的に頭髪を抜いている。時に は眉毛とまつ毛も抜く。 た。後頭部の広い範囲で抜毛があり、頭皮がはっきり 家族歴と生育歴:両親と同胞3名で、姉(高1)と兄 と見えていた。抜毛に関わる事柄を聴き、これからの (中2)がいる。父親は技術者で、会社を経営し、外 具体的な治療法について話し合いをもった。抜毛する 国にも行き来し多忙で、本児との関わりは薄い。母親 かどうかは、本人の問題であり、自己コントロールで は、本児が幼少の頃から、勤めに出ており、本児と会 抜毛を止めることを強調した。カウンセラーは、抜毛 話はあるが、なんとなくそっけない関わり方である。 を止める方法や抜毛しないような環境をつくることを 姉や兄との仲は悪くはない。一緒に料理を作ったりし 園田 順一ら 19 ている。 間は、約1時間を充てている。介入指針に従って、面 学校生活:全般的に学業成績は中の下である。知的能 接を行った。毎回抜毛記録を持参し、チェックを受け 力は中の領域(IQ=95,WISC−Ⅲ)である。友達は る。家庭や学校においては、心理相談室で受けた心理 少ない。休み時間にクラスメートが騒いでいても、そ 教育(介入指針)を実践するようにした。それらが実 の中に入らず、ボーッとしている。時に、いたずらさ 行できたかも話し合った。いい加減だったり、実行し れたり、蹴られたりして、いじめにあう。時々学校を ていない時は、励まして実行を促した。抜毛行為は、 休んでいる。 介入前は、ほぼ毎日抜いていたが、介入が始まると段 ① 機能分析と治療指針 階的に減っていった。介入が経過するに従って、少し 小学校4年の8月に、母親が抜毛に気づく。この頃 づつ毛髪が伸びていく。それを写真に撮り、治療の動 いじめにあっていたらしい。小学5年時は、学級でい 機づけに利用した。毛髪や眉毛は、なかなか伸びない。 じめもなく、抜毛もなかった。6年時になって再び抜 抜く回数が次第に少なくなっていき、介入開始から、 くようになった。この学年では、いじめがあったらし 約6か月過ぎた頃は、頭髪も伸びてきた(写真1,2) 。 い。いじめと抜毛行為との関係は明確でないが、学年 ごとにみると一致している。ただ、学校での抜毛行為 3.考察 は、対人関係でイライラした時に起こると本人は言っ 一般に、抜毛症は、薬物療法や心理的療法に対して ている。直接的ではないが、授業中に抜き、特に不得 抵抗し、難治的障害と見なされている。我々は、本障 意な教科の授業中が多いようである。家での抜毛行為 害に新たに行動的介入を行い、長期の介入ではあった は、独りで勉強している時に、左手で抜いてしまう。 が、いづれも効果をみた。介入に当たっては、抜毛は また、自分の部屋で、ボーッとしている時、退屈な時、 半ば無意識に行われていたので、まずは意識化させる さびしい時も抜いてしまう。学校でも家庭でも、抜い ことであった。特に、抜毛が行われやすい危機期に てしまってから、気づくのが常である。血が滲んでい るが、痛みは感じないと言っている。今では、抜毛行 為は半ば習慣化しているようである。 治療指針は、S−O−Rという観点から考えてみる。 Sにおいては、本児を取り巻く環境を考えなければな らない。いじめをはじめ、クラスメートの対人関係に ついての調整が必要である。Oは、抜いてしまった後 で、気付いているので、抜毛の気づきを高めることで ある。抜毛行為が高まる危機期に、その衝動を意識し、 それを受け容れ、決して抜毛しない。その時は、両手 を大腿部で押えておくなどである。Rについては、ト 写真1 介入前の頭髪 ークン・エコノミーを導入して、抜毛が無かった日に は○印を付け、強化していく。来室の面接時に、記録 表において抜毛行為がなかったことに注目して、強化 を与える。さらに、抜毛から関心を逸らすとか、抜毛 しないような手続きよりも、むしろ抜毛衝動を受け容 れ、積極的に曝し、それでも抜毛しない行為を大切に し、それを自己強化するようにもっていく。このよう に、多面的に行動療法的技法を用いて抜毛行為を無く していく介入指針とした。 ② 介入過程 心理相談室には、2週間に1回通っている。面接時 写真2 介入後の頭髪 20 抜毛症に対する行動的介入 「抜毛しない」ことを意識化し、本人自身が抜毛した ン・エコノミー、ACT等を多面的に行った。これら い気持ちを受け容れながらも、決して抜毛しない様に の介入は、月に2セッション程度を1年間に渡って続 する。その危機期においては、意識化しながらも抜毛 けられた。その結果、いづれも、抜毛行為は無くなり、 できない状況を自分で作っていく。例えば、両手を大 毛髪は、普通の状態に復した。 腿部で押える(事例1)、または、両手で物をつかん でおく(事例2)などである。ここで大切なことは、 参考文献 抜毛したい気持ちから逃げるとか、気を逸らすのでは Keijsers, G. P. J., van Minnen, A., Hoogduin, C. A. L., なく、抜毛したい気持ちを受け容れることである。そ Klaassen, B. N. W., Hendriks, M. J., & Tanis-Jacobs, れを続けていく。毛髪が伸びるのは、時間を要するの J.(2006)Behavioural treatment of trichotillomania: で、途中、諦めるとか投げ出すことが無いように、治 Tow-year follow-up results. Behaviour Research 療への動機づけを持ち続けるようにすることが肝要で and Therapy, 44, 359-370. ある。そのためのバックアップとして、トークン・エ コノミー法の導入は、効果的であった。 Michael, K. D.(2004)Behavioral treatment of trichotillomania: A case study. Clinical Case Studies, 3, 171-182. 4.まとめ 抜毛症は、頭髪や眉毛を繰り返し引き抜く心理的障 害である。本研究は、この抜毛症の15歳の少女と13歳 の少年の2名を対象に、それぞれに行動的介入を行い、 園田順一(1999)抜毛症に対する行動療法からのアプ ローチ 日本行動療法学会第25回大会発表論文集, 56-57. Woods, D, W., & Twohig, M. P.(2008)Trichotillomania: 検討したものである。その行動的介入手続きは、気づ An ACT-enhanced Behavior Therapy Approach. き訓練、自己観察、習慣逆転訓練、刺激統制、トーク Oxford University Press.