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低成長時代と低所得時代の到来に伴う教育の価値

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低成長時代と低所得時代の到来に伴う教育の価値
「低成長時代と低所得時代の到来に伴う教育の価値観の変化と、
忘れられていた教育という価値観に関する調査」
~所得格差による教育格差を生まないための子供手当の有効性~
【諸外国との比較による分析】
Ⅰ.人生初めにおける貧困・格差の拡大
1.我が国の相対的貧困率
OECD 三十カ国中、我が国の子供の貧困率は十九位、ひとり親家庭に限定すれば最下
位という現状である。子供の貧困は、個人・家族責任に帰する問題ではなく、まさに社
会の構造が必然的に生み出す問題であり、この点の社会的共有が求められている。
我が国の子供の貧困の特徴は、
①所得再生分配政策(税控除と社会保障政策)がセーフティーネット機能を果たし
ていないことの結果としてあること
②ひとり親世帯の貧困率が AECD 加盟国中最悪のまま放置されていること
③「大人が 2 人以上」の世帯においても貧困率は 10.2%で 22 位づけにいること
である。こういう現実を変えるために、「子供の貧困」根絶を目指す政策を本気で推進
していくのかがこの国に問われているが、その姿勢はまだ見えてはいない。
新政権のもとで、10 月 20 日に政府自らの手ではじめて我が国の相対的貧困率が公表
され、11 月 13 日には「子供のいる現役世帯の世帯員の相対的貧困率」が示されたこと
で、改めて我が国の子供の貧困の統計上の実態が浮かび上がってきた。
相対的貧困率とは、等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯人員の平方根、4 人家
族であれば 2 で割って調整した所得)の真ん中に位置する中央値(228 万円)の半分に
満たない所得(114 万円)しか分配されない世帯員の割合のことである。この数値が 2007
年(調査年は 2006 年)で、相対的貧困率 15.7%、子供の貧困率(17 歳以下の子供全体
に占める、中央値の半分に満たない子供の割合)は、14.2%、ひとり親世帯の貧困率は
54.3%となっている。ひとり親世帯の貧困率は 1998 年の 63.1%から 10%あまり低下し
ているが、これは国民全体の中央値・貧困線が 1998 年の 259 万円~130 万円から、2007
年では 228 万円~114 万円に低下したことが大きく反映しているのであって、貧困状況
が好転しているという数値上の証明ではない。
2.子供の貧困の現実について
「子供の貧困」は、まず子供のいのち・健康の権利の剥奪として現れる。
無保険状態の子供たちについては、緊急対策として、短期資格証明書の発行によって
-1-
対応する国民健康保険法の改正案が全会一致で国会を通過し、2009 年 4 月からは、小
中学生に関して無保険状態は改装されることになったが、医療費三割負担という現実の
仕組みの中で診療抑制は厳然としてある。構成両同省はこの改正国保法の救済措置で対
象外とされた高校生世代が約 16,000 人いるとの調査結果を 12 月 16 日に発表した。同
省は今年の通常国会に国民健康保険法の再改正案を提出し、高校生と同世代の青年層も
中学生以下と同じように救済対象とすることを検討中ということである。
多くの子供たちは、歯の衛生は確実に良くなっているが、一部に歯がガタガタになっ
ている子供の現実がある。あるシンポジウムで廃車から報告されたことで、中学生で総
入れ歯になった子供がいるというのである。歯科に行くのをギリギリまで我慢した結果、
その時には治療不可能になっていたというのだ。各地の歯科医の報告の中で、虫歯の多
さと貧困や虐待との深い関係があることが指摘されている。
不況とリストラ・非正規雇用の広がりとともに、家庭で食事をしないまま登校する子
供たちが増えていることが学校現場から報告されている。給食の残りを放課後に食べに
来る子供たちもいる。中学校で給食を食べていない子どもに、教師が「どうして食べな
いの?おなかでも痛いの?」と聞いたら、「僕は食べません。僕の家は給食費を払って
いませんから…」と言ったという学校現場からの報告もある。こういう子どもたちは給
食だけが一日で唯一のまともな食事ということが多いのが現状である。子供の貧困を通
して、子供における「健康で文化的な最低限度の生活」「ナショナル・ミニマム」の内
実が逆照射されているのである。
学校では、コンパス代が払えず授業で使えない子供がいたり、卒業アルバム代を払う
ことができず、結局アルバムを持たないまま卒業していった子供がいたり、貧困の様々
な現実があらわになっている。
こうした現実の背景にある保護者・家族の経済状況がどのように子供の貧困を規定し
ているかをみると、保護者の期待としての「子供に進学してほしい学校」のレベルにつ
いて明らかな格差がみられる。年間所得が 200 万円未満の家庭では、
「中学・高校」は、
16.7%、
「短大」6.7%、
「専門学校」8.3%、
「大学・大学院」38.3%、
「とくに希望はな
い」が 30%となっており、200 万~400 万円層でもほぼ同様の期待数値の分布となって
いる。それに対して 1,000 万円以上の高所得層では、
「中学」
「高校」
「短大」
「専門学校」
を合わせて 5.5%、「大学」78%、
「大学院」は 11%で 9 割を占めており、「とくに希望
はない」は 5.5%となっている。親の子供への期待度という点では養育過程ですでに大
きな格差の中で生きている子供の現実がある(こども未来財団『平成 17 年度 子育て
の経済状況に関する調査研究』2006 年 2 月)
。
その結果、「両親年収別の高校卒業後の進路」をみると、200 万円未満の年収層の四
年制大学への進学率は 28.2%、600 万~800 万円層では進学率 49.4%、就職率 15.7%、
1,200 万円以上層ではそれぞれ 62.8%、5.4%となっている。さらに私立大学進学にお
いては、200 万円未満層では 17.6%、1,200 万円以上層では 50.5%で約三倍の開きがあ
-2-
る。
大学等の進学は、子供の社会的自立と将来展望を考えると、重要な分岐点となってい
る。子供が育つ家庭の所得水準が進路選択上の社会的不利を背負い、子供の未来を規定
していることがこうした調査からも明らかになっている。
さらに親のリストラ・倒産・病気などが原因の経済的理由で高校を退学、あるいは大
学進学をあきらめている子供たちも少なくない。社会に出てもほとんど休みが取れない
労基法違反の状況で働きながら学んでいる新聞奨学生の現実がある。こうした生活実態
の不平等だけでなく、新自由主義が強調するチャンス・機会の平等さえ保障されていな
い現実がいたるところで見え隠れしている。これらの「子供の貧困」の実態が希望・意
欲の喪失、人生そのもののあきらめへとつながっており、人生の早い時期からドロップ
アウトしていく可能性を高めているのである。
3.日本の子供の貧困の特徴
我が国の貧困の特徴の第一は、所得再分配政策が貧困対策としての機能を果たしてい
ないことである。
「OECD 対日経済審査報告書」(2006 年)によって、主要国の所得再分
配の結果をみると、OECD 平均(23 カ国)では子供の貧困率を 8.3%減少させており、
主要国で見れば、アメリカ 4.9%、カナダ 7.5%、ドイツ 9%、イギリス 12.9%、フラ
ンス 20.4%とそれぞれが低下させているのに対して、日本は 1.4%増加させるという結
果になっている。我が国における所得再分配政策は、「子供の貧困」を減少・緩和させ
ないばかりか、貧困率を増加させるという結果を生み出しているのである。
つまりこの点は政策的な対応によって子供の貧困を軽減することになっていないと
いう政治の在り方が問われている。もっとも困難な生活を強いられている子供や子育て
家庭を応援し、教育県や生存権保障を国家責任として果たしていないという問題である、
改めて「子供の貧困」削減政策の中身が鋭く問われるところである。
第二の特徴は、OECD 報告(23 カ国)では、ひとり親世帯の貧困率(2008 八年代半ば)
は 58.7%(2004 四年)で、日本は最下位という状況である。各国の状況を紹介すれば、
貧困率の日繰トップ3は、デンマーク 6.8%、スウェーデン 7.9%、ノルウェー13.3%
で、30 位からでは日本、アメリカ 47.5%、アイルランド 47%となっている。OECD 平均
では 30.8%であり、我が国のひとり親世帯の貧困率は、その約 2 倍という現状にある。
我が国の母子世帯の実態(平均年間所得 236.7 万円、2007 年)は、まさに子供の貧
困問題の中核にある。母子家庭では貧困散る 57.9%となっているが、年金以外の社会
保障給付金は 27.6 万円で、総所得に占める社会保障給付金の比率は 11.7%にすぎない
のが現状である。とりわけ独立母子世帯(祖父母などと同居せず、完全に母子だけで生
活している世帯)に限定すれば、60%台後半の数値をいくつかの調査は示しており、貧
困率はさらに高くなっている。
児童扶養手当の受給者は 2009 年 9 月現在で、
100 万 3,667
人に達しており、文字通り「母子家庭の命綱」となっている。
-3-
第 3 の特徴は、
「大人が二人以上」の世帯であっても、10.5%で OECD 加盟国中 22 位
という状況である。OECD 平均が 5.4%の貧困率であり、これも 2 倍という状況になって
いる。
「児童のいる世帯」の総所得は 691.4 万円で、そのうち稼働所得の割合(賃金依存率)
は 92.5%となっており、社会保障給付金は 0.8%でしかないのが現状である。母子世帯
においてさえ社会保障給付金の割合は 11.7%という状況になっている。いわば家計に
占める公的な子育て応援率は 1%にも満たないのであり、母子世帯でも一割程度でしか
ないのである。
4.「子供の貧困」再生産のメカニズム
日本の所得格差指数は OECD 二十五カ国のうち第十位、貧困率の高さは第 5 位と高位
グループに属し、90 年代後半に増大している(
「OECD ワーキングレポート 22―OECD 諸
国における所得分配と貧困」2005 年 2 月)
。旧政権の構造改革路線の結果として、国民
生活の劣化が進んだことは明らかである。問題は、生活の劣化が子供の発達そのものの
劣化へと連動してきたことである。
所得格差と貧困の認識が深まる中で、「子供の貧困」が社会の中で“あってはならな
い問題”として社会的注目が集まりつつある。とくに子供の貧困がもたらすライフサー
クル上の問題点が“貧困の世代間連鎖”としてあらわになっている現実が統計的にも明
らかになっている。
子供の貧困は、まずその生活基盤である家族の経済的な貧困を土壌に現れる。それは、
①子供の生活上の必需品(衣食住、同年齢・同性の子供が持っている遊び用具、
学童期であれば学習机・図書など)の恒常的不足があり
②とくに教育関係費の欠乏は、子供期の生活にとっては学ぶ機会の剥奪を意味す
る。たとえばその年齢の子供たちであれば持っている書籍やパソコンを所有し
ていない状況、あるいは意思はあっても学習塾などに通えないでいることなど
も含まれている。
③子供時代に味わう楽しい経験(たとえば家族旅行をする、スポーツや文化的な
催し物を楽しむなど)が奪われている現実がある。
③は子供のこれからの人生を歩むうえで勇気をはぐくみ、困難に立ち向かうエネルギ
ーの源としての要素を持っている。
こうした経済的貧困が発達・人格形成の貧困につながっていきやすく、その媒介機能
を果たすのが「貧困の文化」である。その第一の柱は、暴力の文化である。暴力とは、
相手の存在を矮小化し、抵抗力と可能性を奪う行為である。子供の生活において、暴力
は子供虐待として一般化している。2008 年度に全国の児童相談所で対応した児童虐待
相談件数は、4 万 1,101 件から 19 年間で 39 倍となっている。
「貧困の文化」の第二の柱は、「この否定としてのジェンダー文化の浸透」が挙げら
-4-
れる。「男らしさ・女らしさ」の強調によって、その子らしさは男・女の二分法で分類
され、結局、男は「勇気があって強く」あること、女は「従順でやさしく」あることを
刷り込まれている現実がある。ジェンダー文化は、生き方、行動までもパターン化する
ことで、子供の可能性を奪う機能を持っている。
第三には、暴力とジェンダー文化による方向付けは、「あきらめの文化」へと確実に
つながって行くのである。可能性を奪われている現実を“運命”のように感じて、諦め
ることが身についてしまうことになりやすいのである。
こうして「経済的貧困」から、「貧困の文化」を介して「発達・人格形成の貧困」へ
と連動していく貧困の再生産プロセスがある。そうした人間形成・発達のプロセスの中
で、人生の早い時期から希望が奪われ、さまざまな自己否定・他者否定の行動が生まれ
ている側面がある。今日の子供・青年のさまざまな問題行動、自己否定的な行動の背景
には貧困が広がっていることを見なければならないのである。
今こそ新政権が「子供の貧困」への削減・根絶を目指す政策を本気で進めるのかどう
かは、子供を大切にする国を目指しているのかどうかのリトマス試験紙となっている。
Ⅱ.子供の貧困を多元的に理解する
-5-
1.子供の貧困の社会問題化
2009 年は「子供の貧困」が、かつてなく注目を集めた年だった。これまでも常にあ
ったであろう子供の貧困問題が、教育・福祉現場を中心に堰を切ったように報告された。
一日のまともな食事が給食だけだという子ども、病院に行けずに保健室で手当てを受け
る子ども、保育所で衣服を洗濯してもらう子ども、学費が払えずに高校を中退する/進
学をあきらめる子供。「豊かな国」であるはずの日本における衝撃的な現実の数々は、
政府に対し「相対的貧困率」の公表を迫ることとなり、日本の歴史上初めて、公式の「貧
困率」が公表されることとなった。日本全体(全年齢層)の貧困率は 15.7%、子供の
貧困率は 14.2%であり(2007 年データ)、すでに OECD や研究者らが推計していた数値
と同様のものであったが、政府が自ら算出したことの意義は大きく、新聞・テレビなど
でも「貧困率」という言葉か頻繁に取り上げられた。
しかし、
「子供の貧困率は 14.2%」と報道されたところで、その数字がもたらす意味
が、どれだけ理解されただろうか。
「貧困」
「貧困率」という言葉は違和感なく受け入れ
られただろうか。多くの日本人にとって「貧困」とは、「解決済みの遠い過去のもの」
であり、「開発途上国などにしか見られないもの」である。
テレビに映し出される開発途上国や過去の日本の極貧状況と比較すると、現在の状況
に何の問題も感じられないとしてもおかしくはない。現状認識を深めるために、子供の
貧困をどのように理解すべきである。
2.世界の中の「日本の子供の貧困」
1-1.子供の貧困率の国際比較
厚生労働省が公表した「相対的貧困率」とは、「等価可処分所得(世帯の可処分所得
を世帯人員の平方根で割って調整した所得)の貧困線(中央値の半分に満たない世帯員
の割合)のことであり、貯蓄などの資産を考慮せずに所得のみを対象として産出される。
2007 年の貧困線は、一人世帯で 114 万円、二人世帯で 161 万円、三人世帯位で 197 万
円、四人世帯で 228 万円となる(額は 1985 年を基準とした物価指数で調整したもの)。
これらの世帯所得を下回る子供の割合が、14.2%だったのである。この数字を見ただけ
でも多くの家族が厳しい状況に置かれていることが分かる。
OECD 諸国が同じ基準のもとで算出した子供の貧困率によると、日本の子供の貧困率
(国際比較のため数値は 2004 年のもの)は、OECD 平均 12.4%より高く、OECD 平均 30
か国中 19 位となっている。注目すべきは、ひとり親世帯の貧困率の高さである。OECD
平均が 30.8%であるのに対して、日本は 58.7%と格段に高く、OECD30 カ国で和ワース
ト1の値である。
1-2.「子供のウェルビーイング」という視点
「貧困率」はあくまで所得のみに着目した指標である。所得は貧困概念の核となるも
-6-
のであるが、貧困とは低所得のみにとどまる問題ではない。問題の本質を理解するため
には、低所得を含めた子供の生活全般についての把握が必要である。その手掛かりとし
て、OECD の報告書「Doing Better for Children」
(2009)について触れていきたい。
この報告書では、ユニセフ・イノセンティ研究所の『子供の貧困―豊かな国における
子供のウェルビーイング』(2007)における子供の状態の多元的把握と同様の分析を、
指標を精査し、対象国を拡大していっている。
キーワードは、
「ウェルビーイング」である。これはさまざまな観点からとらえた「子
供の生活の質」のことであり、ここでは①「物的ウェルビーイング」、②「住居と地域
環境」、③「教育的ウェルビーイング」、④「健康と安全」⑤「リスク行動」、⑥「学校
生活の質」の六つの観点が採用されている。
この六領域は、さらにそれぞれ下位の指標によって構成されている。すなわち、①「物
的ウェルビーイング」
:平均収入・貧困率・教育的剥奪、②「住居と地域環境」
:居住の
過密状態・地域環境の質(騒音、公害など)、③「教育的ウェルビーイング」:PISA の
スコア(中央値、上位 10%―下位 10%の格差)
・NEET 率、④「健康と安全」
:乳児死亡
率・低体重出生率・予防接種率・自殺率など、⑤「リスク行動」:飲酒・喫煙・十代の
出産率、⑥「学校生活の質」
:いじめ・学校が好きかどうかである。
この得領域におけるウェルビーイングについて、さまざまな調査データをもとに
OECD30 カ国を比較されている。報告書は、日本について、乳幼児死亡率や低体重出産
率が世界トップクラスの低さであり、また飲酒・喫煙・10 代の出産などのリスク行動
も少なく、全体的に OECD において平均的な順位に位置しているが、と特筆いつすべき
は「物的ウェルビーイング」で下位に位置していることだ、としている。
この「物的ウェルビーイング」が低いのは、「教育的剥奪」が著しく高い数値を示し
ていることによる。
「教育的剥奪」とは、15 歳の子供の基本的学習用品・設備の所有数
から算出されており、勉強机・静かな勉強部屋・学習のためのパソコン・教育ソフト・
インターネット接続・計算機・辞書類・教科書の八つのうち四つ以下しかもっていない
子供をカウントしたものである。日本は、この割合が 56%(1000 人中 56 人)で、メキ
シコ(137%)、トルコ(136%)、ギリシャ(61%)に次いで四番目に高く、OECD 平均
(27%)の倍以上であり、
「剥奪度」の低いアイスランド(4%)、ドイツ(5%)などか
らみると、10 倍以上と非常に大きな数値となっている。報告書では、平均世帯所得の
低いメキシコ、トルコなどでは剥奪度が高いのは理解できるが、平均世帯所得が高いに
もかかわらず剥奪度も高い日本は、世帯所得が子供の教育資源に還元されていない「興
味深いケース」である、と述べられている。
以上のように、日本の子供の貧困の状況は、世界的に見て決して軽視できるものでは
ない。貧困率は単なる「一つの指標」であるとはいえ、先進国の平均を超えた水準であ
ることに違いはなく、ひとり親世帯の貧困率はワースト四位であり、「教育的剥奪」は
ワースト四位である。子供の教育環境についてはほかにも学校における一クラス当たり
-7-
の生徒数の多さや政府による教育関係支出の低さなどにおいて重大な問題をはらんで
おり、早急に改善するべき課題である。
3.子供の生活の不平等について
OECD の報告書『Doing Better for Children』は「子供の貧困」を中心的に扱った分
析ではないが、ユニセフ『子供の貧困』報告書を下敷きにしていることからも、子供の
貧困を検討する際、「ウェルビーイング」=「子供の生活の質」に焦点を当てることが
不可欠であるという理念が含意されていることがわかる。OECD 報告書にせよユニセフ
報告書にせよ、こうした調査研究の前提となっているのは、貧困の実態把握の際には多
元的な領域(=子供の生活全体)をカバーする必要があり、逆に「子供の生活の質」を
とらえようとする場合にも貧困を指標として組み込むことが不可欠である、という視点
である。しかし、単純化された指標の国際比較では具体的な子供の貧困の実態をつかむ
ことはできないため、より詳細な調査が必要である。ここでは国内における二つの調査
結果から、断片的にではあるが、貧困にある子供の「生活」についてみていきたい。
小 5・中 2 の保護者に対するアンケート調査(2009)では、日常生活の様々な局面に
おいて、低所得層と高所得層の間で不平等がみられた。
「教育的剥奪」と関連させると、
「家にパソコンがない」と回答した割合は、年収 700 万円以上の家族では約 2 割に過ぎ
なかったのに対して、年収 300 万円以下の子育て家族では約 8 割にも上った。また「子
供専用の部屋がある」については、年収 700 万円以上の約 8 割に対し、年収 300 万円以
下では約 5 割であった。その他、起床・就寝時刻や学校をよく欠席する割合、家族旅行
の経験、塾・習い事の有無、小遣いを「もらっていない」
「金額が決まっていない」
、そ
して「学校の成績」
「授業の理解度」などの項目で、あきらかな不平等があった。
お茶の水女子大学と Benes 教育研究開発センターの共同研究『教育格差の発生・解消
に関する調査研究報告書』(2009 年)、そして「平成二十一年度全国学力・学習状況調
査」の補完調査においては、世帯年収と子供の額直の相関関係の存在と同時に、保護者
の子供への接し方や保護者自身の行動も子供の学力と関係しているということをあき
らかにしている。すなわち、
「子供が小さいころ、絵本の読み聞かせをした」
「博物館や
美術館に連れていく」
「毎日子供に朝食を食べさせている」などの項目が「当てはまる」
ほど、そして保護者自身が「本(雑誌や漫画を除く)を読む」「新聞の政治経済の欄を
読む」「テレビのニュース番組をよく見る」などを「よくする」ほど、子供の学力は有
意に高くなったのである。これらの子供の学力を高める行動のほとんどが、所得・学歴
が高い親に多くみられた。つまり、「親の社会階層(世帯年収や学歴)→子供の学力」
といった関係が部分的に示唆されたことになる。なお、この事実を「親の不適切な行動
が子供の低学力をもたらしている」と理解するのは短絡的であり、背景には親自身の育
成環境や現在の親の雇用環境などが影響していることを忘れてはならない。
貧困の生徒と学力の関係について、低所得が塾・家庭教師などの利用を妨げ、それに
-8-
よって子供の学力が下がっていく、という説明がなされることが多いが、以上のように
現実はそう単純ではなく、出産から現時点までの家族と子供の生活環境(生活条件)が
大きく関係しているのである。
4.子供の相対的貧困の現状を明らかに
厚生労働省によって相対的貧困率が公表された際、インターネットを中心に、その指
標の有効性に対する批判があった。統計手法についての専門的な評判や「貧困」という
言葉・概念に対する感情的な意見などさまざまであったが、その多くが「問題視すべき
程度の貧困は日本にはほとんどない」というものに集約された。確かに相対的貧困率は、
一つの指標に過ぎない。貧困とは、生活資源の欠乏状態や様々な機会・経験の剥奪をも
たらすほどの経済的困難の状況をいう。所得が低くとも生活資源が十分揃い、機会・経
験が保障されているならば、それは貧困とは言えないだろう。しかし、残念ながら、多
くの場合、経済的困難はその他の不利を呼び込んでしまうのである。
今後、この貧困率の公表を出発点として、より多元的で本質的な貧困理解がなされる
ように、貧困にある子供の実態把握を積み上げることが必要である。子供の貧困の現代的
な実態=子供の相対的貧困の現状を明らかにし、それを世に問うことが求められている。
Ⅲ.「子供は国の宝」という考え方について
-9-
子供は国の宝という考え方は、国際医学雑誌 Lancet の論文で同様な表現を目にした記憶
から世界各地でほぼ共有していると推測される。しかし現実は、その国の民度、宗教、政
治情勢で子供達の置かれている状況はかなり厳しい国や地域が多い。その状況に基づき、
国連は 1989 年に「子供の権利条約」を採択し WHO/UNICEF は各国に勧告した。日本政
府も 1994 年に批准した。
はたしてわが国は、
「子供は国の宝」として対応してきているのだろうか。残念ながら、
子供達に対するこの国の社会の対応、政策は、その理念とは程遠いといわざるを得ない。
嘆かわしいことは、国民の多くが具体的に子供に対する社会の対応で何が問題であるかを
知らない上に、自分に関係ない他人のことは見ざる、聞かざる、言わざる、の悪しき個人
主義が浸透してきた結果、子供達の為に「何かやってあげよう」と言う広い意味の路地裏
育児力の低下があると考える。
抽象論はやめて数字を挙げて説明した方が具体的でわかりやすい。国立社会保障・人口
問題研究所のデータによると、わが国の医療や介護、年金などにかかった社会保障給付費
の総額は、2007 年は 91 兆 4,000 億円強で、その約 70%は高齢者への給付であった一方、
小児への給付はわずか五%弱でしかなく、この学派過去 10 年間を見ても変わっていない。
このことを多くの国民が知らないのはしょうがないにしても、小中学校の先生もほとんど
知らないであろうし、実は小児科医でも知らない者が多いことに驚かされる。後期高齢者
医療制度が導入されたときは、一部の大新聞、マスメディアそして政党が「姥捨山」など
と感情的批判キャンペーンを行い、結局、鳩山政権は「年齢で差別する制度」としてこれ
を廃止すると公約してしまった。
これは現在の子供達へ大変な負担を長期にわたって強いる(国の借金を背負わされる)
ことになる。子供は国の宝とは、到底考えられない状態である。成人、高齢者は選挙を通
して自分達の要求を主張でき、政治家は票がほしくて人気とり政策を掲げる。しかし子供
達はなんら要求できるすべを持たず、戦争も含め常に大人のエゴイズムの犠牲者である。
医療的ケア、たとえば訪問介護、介護一つとっても、小児は成人・高齢者に比し非常に不
利な立場にある。呼吸や食事などで医療的ケアが必要な子供は全国で約 7,500 人いて、そ
の多くは自宅で療養しているため、その介護に主として当たっている母親とその家族の負
担は計り知れない。成人、高齢者に対する訪問看護、介護サービスは介護保険制度により
全国的に普及し、ある程度の量および質は確保されている。
しかし小児の場合は、小児慢性特定疾患治療研究事業などに基づく住宅療養支援サービ
スはあるが、その制度に対するサービス受給、供給する側の認知度の低さ、供給スタッフ
の量と質の低さに基因した依頼断りなどもあり、
「年齢で差別」を受けている例が決して少
なくない。就学年齢に達した子供達の保護者の中には、気道吸引、飲食物、よくぶつ注入
のため経鼻胃チューブ、気管切開に伴う器具を有しているわが子を特別支援学校へ通学さ
せている。しかし親の付き添いが求められ、二重三重の苦労を強いられている。例えば親
が体調を崩したときは学校を休まざるを得ない等々。このような子供が学校に受け入れら
- 10 -
れた家族は“ラッキー”である。
子供の権利条約の一項に「病気、障害のある子も健常な子と同様に教育を受ける権利が
ある」と謳っている。しかしわが国の現実は、病気や障害があることを理由に入学を認め
ない教育界の大人、子供を虐待する親もいる。子供は国の宝であり、そのために大人は努
力すべきであるということが分かる。
Ⅳ.貧困と教育
- 11 -
この地球上に暮らす人間が 100 人だとしたら、そのうち 15 人は読み書きができない
ことになる。
低収入や無収入がもたらす最大の影響、それは教育の欠如です。貧しい人々は訓練を
受けることができません。教育や技能取得、職業訓練の機会を奪われた人にとっては、
働き口を見つけることも、自ら事業を興す才能を伸ばすことも難しくなります。貧困が
足かせとなり、子どもも大人も学校に通うことができません。近代科学技術の発展はす
べての人々に恩恵をもたらしているわけではなく、貧富の差はますます拡大しています。
例えば、人里離れた地域に住む貧しい人々は、ただ学校があまりにも遠いという理由だ
けで、学校に通うのが困難なこともあります。
1.貧困と教育
十分な教育を受けられないこと、またもっと深刻な場合、教育を受ける機会さえも
与えられないことは、人の一生を限られたものにしてしまう最大の要因の1つである。
その結果として、人は自分の可能性を十分に伸ばし発揮することができなくなる。こ
のように可能性が奪われてしまうと、働き口を見つけること、十分な報酬のある雇用
機会にアクセスすること、自ら事業を興す才能を培うことなどが制限されることから、
教育を受けられないことが所得貧困の主な原因であるといえる。読み書きができない
人は、自分の技能を磨くことが難しく、報酬の得られる仕事をどこでどのように見つ
けたらいいのかも分からないため、二重に不利な状況に置かれている。一方で貧困は
子どもたちから就学の機会を奪う。生きるため、家計を助けるために多くの子どもは
働かざるを得ない。さらに貧困は多くの人々が適切な教育を受ける機会をも阻む。こ
のように貧困の悪循環に陥ると、そこから抜け出すことは容易ではない。
失業や不完全雇用の一因として、仕事の内容に見合った適当な人材がいないことが
挙げられる。農村部では、貧しい人々が十分に教育を受け、情報を得たりすることが
困難であるが故に、安定した農業生産が困難になっている。この状況は収入や収穫量
の減少をもたらしかねない。さらに農産物を適切に商品化する際の最大の障害ともな
っており、更なる減収を引き起こす恐れもある。また、子どもたちが学校に通えたと
しても、食糧が不十分で栄養不良の状態にあれば、授業に集中できず学校教育の十分
な恩恵を受けることができない。
地域が極端に貧しい場合や、中央・地方政府が十分な財源を持たない場合は、学校
制度そのものが存在しないか、十分整備されていないため、教材や教育設備、文具な
どが不足してしまう。また、新しい技術が導入されていないことも多く、教室は子ど
もたちですし詰め状態であり、教師の十分な訓練や満足な給与も確保されていない。
こうした状況はすべて、地域住民の教育にとってマイナスとなる。財源不足から職業
訓練の拡充にも支障をきたし、人々から様々な機会が奪われている。都市近郊、スラ
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ム地区、貧しい農村部に住む子どもたちにとっては、学校や職業訓練センターまでの
距離が通学の障害となることもある。
地域によっては、良い学校とは貧しい人々には縁のない私立学校を指す場合もある。
貧困によって高等教育を受ける機会が阻まれることもある。教育を受けられない、ま
たは受けていても不十分である場合、社会的に疎外されてしまう可能性がある。その
うえ、地球に住む何百万もの人々が、教育レベルが低く情報へのアクセスが不十分な
ために、病気の予防法や治療法、歯の手入れの仕方などを知らない。女性と子供に対
する教育は、出生率引き下げに効果を発揮するだけでなく、家族の健康増進、世帯の
収入増や資源の活用にも大きく貢献する
教育が不十分なために、大勢の人々が自らの権利や当然受けられるはずのさまざま
な恩恵に気が付かずにいる。そのため、地方・中央政府を相手に交渉したり、金融機
関から融資を受けたり、様々な不正と対峙することが非常に難しい立場に置かれてい
る。また、十分な教育を受けていなければ、メディアからの情報や政治家の発言を分
析することもできない。最新の情報技術へのアクセスも阻まれ、国内格差も国家間の
格差もますます広がっていくばかりである。
識字能力向上プログラム、初等教育の完全普及、ならびに職業訓練は、貧困根絶の
ための戦略の中心となるものである。しっかりした教育基盤を構築し、拡充・維持す
るためには官民両方の資源を動員する必要がある。教育基盤の整備には、学校や訓練
センターの十分なネットワークや教育設備、文具、教材などが必要となるほか、教師
の訓練、優れた国内教育制度を運営する能力を備えた国家機関、インフラを維持し教
師に報酬を支払うための財源も必要になる。
地域によっては、貧しい児童のための栄養補助プログラム、学校への無料送迎、教
材の無償配布、奨学金制度、家庭に対するその他の経済的扶助が必要不可欠となる。
格差や機会不平等の拡大を回避するために、途上国や先進国の貧困地域にある学校に
近代的な IT 機器を設置することも重要である。また、特に教育におけるジェンダー
格差の是正には一層の努力が求められている。
1-1.個人で取り組むには
○国際レベルの行動
開発途上国の教育や研修に特に関心を持って活動している組織に参加、また
は寄付をする。
開発途上国で教育や研修を実施する団体のために、現地で一定期間ボランテ
ィアとして働く。
・NGO に書籍その他の教材を寄付し、開発途上国で役立ててもらう。
・専門組織を通じて、開発途上国に住む子ども1人の学費の面倒をみる。
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・自国の国会議員に対して、開発途上国の債務償還金を教育や識字プログラ
ムに還元するようにロビー活動を行う。
○国内レベルの行動
・学校を通じて、孤児または学費を払えない学生を援助する。
・地元の学校でボランティア活動をする。
・読み書きのできない大人や外国人労働者のために、ボランティアで識字教
育を行う。
・ロビー活動、選挙への出馬、候補者の選挙活動支援などの政治活動を通じ
て、すべての人に質の高い教育が普及するよう支援する。
・書籍その他の教材を図書館や学校に寄付する。
・新しいコンピューターを購入した時は、古いコンピューターを学校や施設
に寄付する。
1-2.NGO 組織その他の市民団体として取り組むには
○国際レベルの行動
・教育をすべての人に普及させるためのキャンペーンに取り組む。
・開発途上国の教育問題に取り組む組織のために、資金集めを行う、あるいは
人々の意識を向上させるためのイベント(コンサート、セミナー、スポーツ
競技会など)を企画する。
・教科書、文房具、電化製品を集めて、開発途上国の学校に送る。
・開発途上国の農業を改善するためのプロジェクトを立ち上げる、または支援
する。
・自国の国会議員に対して、開発途上国の債務償還金を教育や識字プログラム
に還元するようにロビー活動を行う。
○国内レベルの行動
・子どものいる家庭に対し、子育てや教育に関するアドバイスと支援を提供す
る。
・放課後に子どもの世話を引き受け、宿題の面倒をみるような、地域住民によ
る支援グループを組織する。
・学校間の情報や体験、用具/教材の交換プログラムを実施する。
・恵まれない地域の住民に対し、教育や就職の機会についての情報を提供する。
・恵まれない地域の住民に対し、行政手続き、法的権利、公共サービスをはじ
め受給資格のある社会給付について知らせる。
1-3.学校として取り組むには
○国際レベルの行動
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・開発途上国の教師や学校を資金面で支援する。
・開発途上国の学校のための募金活動として、学生たちがマラソンなどのレー
スに参加する。
・開発途上国の学校と提携して、文通や交換プログラムなどを行う。
・教科書や中古の家具を集めて、開発途上国の学校に寄付する。
・ペン、鉛筆、消しゴム、定規、ノートなどの学用品を集め、開発途上国に送
る。
・古いコンピューターなどの機器を開発途上国の学校に寄付する。
・教員養成のための指導者を派遣し、開発途上国の教師を対象に研修を実施す
る。
・開発途上国の教師や農村社会に対して農業指導を行う。
○国内レベルの行動
・職業訓練センターや高等教育機関に保育施設を設ける。
・学生、父母、教師の間のコミュニケーションを活発にする。
・補習のため放課後に施設を提供し指導を行う。
・不安を抱える生徒に対して、カウンセリングを提供する。
・ホームレス問題についての意識向上のための生徒活動を展開する。
・カリキュラムに保健医療および栄養教育を取り入れる。
・奨学金制度を実施し、学費の払えない子どもたちが学校に通えるようにする。
・卒業時のカウンセリングと進路指導を通じて、子どもたちが高等教育や職を
得る機会を拡大する。
・ホームレスの人々のために炊き出しプログラムを始める、または支援する。
・行政手続き、法的権利、サービス、および受給資格のある生活保護制度につ
いて情報を提供する。
1-4.企業として取り組むには
○国際レベルの行動
・開発途上国の学校に技術教育用の教材を供給する(ハードウェア、ソフトウ
ェアなど)。
・子どもたちの登校用の交通手段を資金面で支援する。
・移動図書館または識字クラスを資金面で支援する。
・書籍を扱う企業は、本を集めて開発途上国の図書館に寄付する。
・開発途上国の教師のための研修コースに資金を提供する。
・開発途上国の学生のために奨学金を支給する。
・開発途上国の政府および地域社会と農業の専門技術や知識を共有する。
○国内レベルの行動
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・従業員またはその家族のために職場でカルチャー講座を実施する。
・恵まれない人々の施設に、コンピューター、文房具、家具などの備品を提供
する。
・恵まれない人々の求職活動を支援するために、情報を提供する。
・恵まれない人々に有給の職業訓練を実施する。
・あらゆる教育レベルの女性に職業訓練の機会を与える。
・奨学金制度によって、就学率を高める。
・子どもが生計を支えなければならない家庭を援助し、子供が登校できるよう
にする。
・ホームレスのために炊き出しプログラムを始める、または支援する。
・低所得地区で、行政手続き、法的権利、サービスや、受給資格のある生活保
護制度社会給付に関する情報を広める。
1-5.地方自治体として取り組むには
○国際レベルの行動
・教師の交換プログラムを実施する。
・姉妹都市の行政責任者に対し、教育インフラの運営管理に関する助言を提供
する。
・開発途上国との交流を促進し、貧困地域の児童や生徒の訪問活動を推進する。
○国内レベルの行動
・恵まれない世帯の子どもたちのために就学前プログラムを創設する。
・障害のある子ども、または遠隔地に住んでいる子どもたちのために無料の通
学交通手段を提供する。
・行政手続きを簡素化し、十分な教育を受けていない人々でも生活保護等の給
付を受けられるようにする。
・恵まれない家庭の貧しい子どもたちが、インターネットなどの最新通信手段
を無料で利用できるようにする。
・恵まれない住民が、教育と就職の機会についての情報を得やすくする。
・奨学金制度を導入し、恵まれない子どもたちが学校に通いやすくする。
・子どもが安心して登校できるように、恵まれない家庭に援助を行う。
・恵まれない家庭の児童・生徒のための給付金プログラムを始める、またはそ
のようなプログラムを支援する。
1-6.政府として取り組むには
○国際レベルの行動
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・開発途上国における初等教育に特別の配慮をしたうえで、政府開発援助(ODA)
拠出額を対 GDP 比 0.7%とする国連目標を達成する。
・債務償還金を開発途上国に返還し、その資金を教育および識字教育プログラ
ムに役立てる。
・開発援助を教育インフラの整備を中心に行う。
・食糧援助への依存を減らすために、開発途上国の農業専門技術や知識を向上
させる。
○国内レベルの行動
・すべての人々が初等教育を受けられるようにする。
・誰もが質の高い初等教育が受けられるように、奨学制度を創設する。
・教育ローンを利用しやすくする。
・教育インフラを改善するために、教育関係機関の財政基盤を強化する。
・一クラスの少人数化を図るために教員数を増やす。
・離島や辺境地で勤務する教師の給料を上げる。
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Ⅵ.貧困と教育の関係
貧困地域の特徴の一つが教育の欠如である。一方、貧困からの脱却手段として教育が
重視されている。
この度の調査研究では、貧困と教育の双方向の因果関係、つまり貧困が教育の普及を
どのように阻んでいるか、そして、逆に教育がどのように貧困削減に効果をもたらすの
かについて分析する。
1.貧困が教育に及ぼす影響
低収入や無収入がもたらす最大の影響は教育の欠如である。したがって貧困地域の基
本的な特徴は、教育の未発達と高い非識字率である。では、なぜ低所得の人は教育機会
を奪われているのか、家庭の貧困と地域の貧困が教育の普及に与える影響を分析する。
1-1.家庭の貧困と教育の普及
まず、低所得の家庭では生存することが精一杯なので、子どもを学校に行かせるため
に必要な授業料、制服費、寄宿費などを払うことができない。言い換えれば、貧困家庭
では、子どもを学校に行かせる余裕がない。学校に行くことのできない子どもの家庭に
対する訪問調査を実施した結果、その家庭では、食料不足、借金、身体障害、病気など
の貧困現象が非常に顕著に現れていると指摘した。2005年2月8日の中国中央テレビの報
道によると、各種雑費や教科書代が払えず、生活苦が理由で小中学校に通えない学齢児
童は2700万人にも達している。中国の教育関係者は、義務教育段階で、教科書代が払え
ない、制服代が出せない、そのほかの徴収金が払えないなどの理由で、就学を断念する
子どもは農村部を中心に大量に発生していると指摘している。
ミクロ的視点からの研究は、家計所得・消費水準と教育需要(子の教育水準)の関係に
着目する。家計教育需要は、子どもの教育にかかる諸経費を支出できる親の経済力と教
育投資の結果期待される経済的収益によって決定される。家計が低所得であればあるほ
ど教育にかかる直接・間接費用(機会費用)が家計に占める割合は高い。このことから、
低所得の家庭ほど教育費の負担が重いことが考えられる。
次に、貧困家庭で生まれた子どもは、食料が不十分で栄養不良になりがちであり、知
力の発達も遅れてしまう場合が多い。2006年時点で、国際連合食糧機関(FAO)の調査
によると、世界では、約8億人が深刻な栄養不良である。このような子どもの多くは貧
血・虚弱であり、病気にかかりやすい。そのため、学校に行っても授業に集中できず、
授業の理解度が低い。そして、体が弱いため学校を休むことも多くなる。したがって学
習到達度も低くなり、貧困家庭の親と子どもの教育需要も低くなる。
しかし、貧困が子どもの身体にあまり影響しないという調査結果もある。生活水準の
画然と異なっている3群(一般、被保護、貧困)の学童の体重・身長を調査した。その結
果、体重・身長を男女別、年齢別に比較してみると、予想に反してほとんど差がない。
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胸囲・座高についても同様に差がない。一方、一般、被保護、貧困の学童の比較で体格、
栄養では差がないが、知能にはやや差が見られ、学業成績では明らかに差があるという
結果になった。学業成績に明らかな差があるのは、主に、家事を含む児童労働が原因で
学校を休むからである。
さらに貧困家庭では、家計所得を増やすため、子どもたちは就学の機会を奪われて、
働かされることが多い。すなわち、児童労働は貧困家庭の特徴のひとつになっている。
児童労働は二つに分けることができる。ひとつは、無賃金で、家族が所有する農場で
働くような場合である。もうひとつは児童賃金労働で、サービスの対価として賃金を得
ることである。児童労働の割合は、農村が都市より多いが、若年層の都市部への流入に
より、都市部の児童労働者も増加している。
児童労働が世界的に注目されたのは東西冷戦が終結した頃である。具体的に注目され
たのはドイツ政府が資金を出し、ILOが1991年にインドの児童労働の調査を行った頃か
らである。1989年に国連総会で「子どもの権利条約」が採択されて以来、国際社会が関
心を子どもに向け始めたことがその背景にある。
現在、国際的な児童労働の明確な定義は見当たらない。その理由は児童の年齢幅が国
によって異なっており、また労働の種類や形態が国によって異なるため、統一が困難だ
からである。国際労働機関やユニセフでは、搾取的な労働や子どもの発達に危険を及ぼ
す労働を児童労働の問題としているが、明確な定義は出していない。アジアの国では児
童労働を公式に調査した国が少なく、児童労働を明確に定義した国は見当たらない。ア
ジアで唯一児童労働の概念を明確にしている国は日本である。
国際労働機関(ILO)の調査によると、2006年時点で世界の児童労働者数は2億1,800万
人、世界の子どもの7人に1人にあたる。貧しい家庭では、日常の生活が苦しいので、
子どもの将来の所得増加を犠牲にして現在稼いでもらった方が良いと判断する場合が
多い。それで、貧困家庭の子どもは劣悪な環境で長い時間働かされてしまう。そのため、
貧困家庭の子どもは、教育を受ける機会を得られなかったり、また健康に成長できなか
ったりする。
そのことが将来の仕事にも影響し、結果として貧困が世代を超えて存続し、悪循環が
発生する。貧困家庭の子ども、とくに女子は幼時から母親を手伝って家事や家族の世話
を分担する場合が多い。それが女子の就学率が男子の就学率より低い原因のひとつであ
る。
児童労働については、家計の低所得や所得の不安定が児童労働の最大の原因であると
いう議論もあれば、児童労働の家計への経済的貢献が些少であることから、子どもの労
働を当然視する価値観や社会規範など非経済的要因が支配しているという議論もある。
また、低賃金、手先が器用など子どもの属性を雇用者が選好するためという労働市場に
おける需要側要因を指摘する議論もある。
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子どもの労働による経済的な貢献が農村地域の出生力を高めており、その結果、1人
当たりの子どもの健康の水準を低下させている。
児童労働による惨害は三つの面で出てくると指摘されている。その第1は、児童の肉
体の上に出てくる。子どもは痩せ衰えて、満足な発育ができなくなってしまう。第2は、
精神の発育の上に出てくる。第3は、児童労働そのものにべったり押し付けられた刻印
のような惨害が出てくる。例えば、工場へ行って働く子どもは、買い喰いを覚える。
また、賭けことをやるし、うそをつく。そして大人たちがけっして信用のできない者
だということを知って、親の言葉を全然聞かなくなる。中には、タバコを隠れて吸った
り、酒を飲んだりする子どももいる。このように、児童労働は子どもの肉体にも、精神
にも惨害を与える。
子どもが働くことはけっして悪いことではない、労働を通して学ぶことも多い。問題
は劣悪な環境で長い時間働くことによって子どもの成長や健康が阻害されることにあ
る。全面的に児童労働をなくすことは理想論で現実的ではない。これらのことが、児童
労働を研究した中で得た結論であると指摘されている。
児童労働は子ども自身、あるいはその世帯の問題だけではなく、その国の雇用問題で
もある。なぜなら、大人に代わる安価な労働力として、劣悪な条件の下で子どもたちが
働かされることは、大人を含めたその国の雇用全体に悪影響を及ぼすからである。
このように、児童労働についていろいろな議論があるが、とりわけ、児童労働に従事
する人は低所得家庭出身の子どもである。彼らの親たちの賃金が低ければ低いほど、雇
用が不安定であれば不安定であるほど、子どもたちは就学を放棄し、家庭の収入を増や
すため働かざるをえない。結局、貧困がゆえに、就学機会を奪われ、働かなければなら
ないのである。
各国において、児童労働が規制されているが、日常の生活が苦しくて働かざるを得な
い者に対して、単純に禁止してもその効果は薄く、貧困層における児童労働の比率は高
い。
1-2.地域の貧困と教育の普及
家庭の貧困だけではなく、地域の貧困も教育の普及を妨げる重要な要因として挙げら
れる。地域の貧困による教育の問題として、施設がよくないことと人材質が悪い事が指
摘される。
まず、貧困地域では学校、教室、設備、備品などが不足している。特に、貧困農村部
では危ない校舎で、机や椅子、黒板など必要な備品、設備は不十分であり、授業を行う
最低限の教科書や教材も足りないということがある。例えば、1980年に中国で実施され
た調査によると、いつ崩れ落ちてもおかしくないような校舎で勉強している小・中学生
は、全国小・中学校在学生徒全体の17%を占めているということであった。教育基本建
設投資が長年圧迫されてきたため、このような結果がもたらされてしまった。その後も
- 20 -
改善の努力がされてきたが、2000年に入っても、まだ危険な校舎は完全に解消されてい
ない。
また、ザンビアの貧しい初等学校では、教科書を持っていない生徒が多く、学校によ
っては授業時間だけ生徒全員に教科書を貸すところがある。ノートや筆記具を持たずに
学校に来る生徒も少なくない。そして、貧困地域では学校の数が少ないため、遠距離を
通学する生徒たちは、通学の不便さと悪天候や自然災害で学校を休むことが多い。
次に、貧困地域では、教育に必要な設備だけではなく、教員の不足が大きな問題とな
っている。貧困地域では教員の給与が低く、生活苦に陥る教師が多い。中国の全国各地
で教師の給料の未払い事件が続発している。特に農山村の学校の教師の場合、1年や2
年連続して給料の未払いのケースが珍しくない。山西省では2010年7月末までに、小・
中学校教師の給料未払い総額はなんと1億数千万元に上り、85,773人の教師が被害を受
けている。河南省のある所では、2008年9月から2009年12月まで、一銭も給料が支払わ
れなかった教師たちが、鎮(町)政府を相手に訴訟を起こした事件も起きた。そのため、
教師の遅刻、無断欠勤など怠業が発生し、教育質がさらに低下している。劣悪な教育環
境は教員の意欲を失わせ、少ない教員さえよりよい条件を求めて流出してしまう。
また、貧困地域の教師には研修を受ける機会が少ないため、指導方法を改善すること
は困難である。したがって、生徒が理解したかどうかには関係なく説明や板書を進め、
生徒はただ書き写すだけか、丸暗記をするという授業が多い。ザンビアの貧困学校では、
教師が一方的に説明や板書だけに終始する授業が多いと指摘されている。そして、貧困
地域ほど教員と生徒に対して試験の成績だけでの評価が多いので、授業も試験を中心に
行われている。そのため、貧困地域の教育はカリキュラムの不適切さが指摘されており、
学生が学校に留まるインセンティブを低下させ、中途退学率が高くなる。
このように、貧困地域で施設が悪く、人材が不足し、教育質が低い最大の原因は政府
の教育予算の不足である。国連開発計画によると、富裕国では学校教育への支出がGDP
の4.0%を割ることはめったにない。学校への平均的な支出は、人間開発高位国ではGDP
の4.8%であるのに比べて、人間開発中位国では4.2%、人間開発低位国では2.8%であ
る。そのうえ、貧困国(地域)では、所得が少ないため、1人当たりの公的支出は富裕
国よりかなり少なくなっている。そして、多くの国で教育への公的支出のうち、最貧困
層20%が受取っているのは20%に満たず、それより少ない地域もある。さらに、不足す
る教育予算は腐敗などによってもっと少なくなり、教員の給与はなかなか上がらず、学
校の施設も改善できなくなる。また、政府からの教育支出が都市部の中等・高等教育に
偏っているため、貧困地域の初等教育には特に教育補助を受けることが難しい。
家族の貧困と地域の貧困はいろいろな形で教育の普及を妨げ、貧困→教育の不足→貧
困という悪循環を発生させる。
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2. 貧困削減に対する教育の役割
国連開発計画は、貧困には単に所得や支出水準が低いといった経済的な側面に加え、
教育や保健などの基礎的社会サービスを受けられないことや、ジェンダー格差、意思決
定過程への参加機会がないことといった、社会的・政治的な側面もあると指摘した。貧
困の新たな概念によって、貧困削減の手段として教育がさらに重視されている。
教育は経済発展に必要な人材を供給して生産性を高めるとともに、個々人の生計をた
てる能力の向上を通じて貧困削減に貢献している。また、教育によって、人間1人1人
が自らの才能と能力を十分に伸ばし、政治や経済、社会のさまざまな活動に参加できる
ようになることで、人生の選択の幅が広がり、尊厳をもって人生を送ることが可能であ
る。
2-1.教育の直接効果
ベッカーやシュルツの研究によって、経済発展における人的資本への投資が果たす大
きな役割は良く知られてきた。そして、教育水準、生産性、稼得所得の間に強い相関関
係が見られることが、多くの実証研究によって明らかにされつつある。
教育を受けた人材は生産性が高く、あらゆる活動において社会に大きく貢献すること
から、教育は国の発展をもたらす重要な社会資本といえる。そして、教育による生産性
の向上は、国だけではなく個人にも正の影響を与える。
教育による技術の習得は、個人の生産能力を向上させ、労働生産性の上昇をもたらし、
それは賃金上昇によって計測される。
教育水準が高いほど賃金や利潤が高くなるのは、教育を受けた個人の生産性が高いた
めであり、このことが労働者として企業家として生産性の向上を通じて経済発展に貢献
すると指摘した。また、教育の収益率は初等段階で最も大きく、初等教育への投資が途
上国の貧困削減に最も有効な方策であることが、多くの途上国について証明されている。
中国浙江省の農村調査データに基づいて、世帯主の所得と教育年数との間に強い相関
があるという結果が出ている。
教育は所得再分配の手段であり、教育セクター、とくに社会的収益率が高く貧困層が
便益を受ける初等教育への資源配分の増大は、直接的な貧困削減の手段となると指摘し
ている。つまり、途上国のほとんどの初等・中等学校は公立なので、政府による貧困層
の教育機会の拡大や教育質の向上は、貧困削減と所得分配に重要な役割を果たすという
ことである。
2-2.教育の間接効果
2-2-1.ジェンダー平等の推進
大多数の女性の仕事は、家事・育児・高齢者や病人の介護、作物の世話を含み、大き
な負担を担っているが、女性に対する社会的な評価は低い。
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こうした女性の社会的地位のあり方、女性に対する社会の見方や女性自身のジェンダ
ー意識に大きな影響を与える要因のひとつが教育であると考えられる。
「日本のWID イニシアティブ」では、教育が開発援助の第1の重点分野とされ、「初
等教育における男女格差は、その国の経済・社会生活に大きな影響をあたえる。女性に
も教育を受ける機会を十分保障し、教育における男女格差を是正することが重要である」
と強調している。そして、女性を開発の重要な担い手として、開発のすべての段階にジ
ェンダー平等を配慮すべきとしている。
ミレニアム開発目標の第3は、ジェンダー平等の推進と女性の地位向上である。その
ターゲットは初等・中等教育における男女格差の解消を2005 年までには達成し、2015
年までにすべての教育レベルにおける男女格差を解消することである。女子の教育水準
の向上は、家族の人口、保健、栄養への影響を通じて、貧困削減に貢献する。
教育を受けた女子は晩婚化する家庭への影響社会への影響全体的な出生率の減少と
それによる人口転換子どもの学習及び教育の改善少ない数の子どもを計画的に、出産母
と子どもに早期に医療を受診母子の健康管理・栄養状態を改善乳幼児生存率の増加それ
による健康転換に示されるように、教育を受けた女性には次のような傾向が見られる。
①教育を受けた女性は、晩婚の傾向が多い、子どもの数よりも子どもの優生優育を重
視するので、出産する子どもの数が少なくなる。したがって、人口削減に貢献する。
②教育を受けた女性は常識的な医療知識を持っているので、乳幼児死亡率の低下をも
たらし、家族の栄養面でも気をつかっている。
③教育を受けた人は、衛生面でも気をつけているので、HIV/エイズの予防と蔓延を阻
止できる。UNDPの調査によると、2009年には世界で310万人がエイズにより死亡し
た。そのうえ、4,200万人がHIV/エイズに感染している。HIV/エイズ感染者に占め
る女性の割合は年々増加し、1997年には41%であったが2007年の終わりまでに50%
に増加した。したがって、医療保健制度による対処とともに、女性の教育を高める
ことでエイズの蔓延を抑制することが強調されている。
④母親の教育は、特に娘の成長に正の影響を与え、自己に対する誇りや自信を持って、
積極的に発言、社会活動に参加するようにする。
⑤教育におけるジェンダー平等が進むと、女性は家庭外で雇用を確保し、政治を獲得
することができ、社会における活動が促進される。
ミレニアム開発目標は、女性に政治的、社会的、経済的な力を与えることを訴えてい
る。世界人口の約半分は女性である。世界の均衡の取れた発展を実現するためには、女
性も男性と同じように経済・社会開発に参加して、そこから受益を得ることが可能でな
ければならない。女性に教育機会を与え、ジェンダー平等を実現することは、保健医療
の改善、疾病との闘いから、貧困の削減や飢餓の緩和、乳幼児死亡率の低下、安全な水
の利用拡大、持続可能な環境の確保にいたるまで、ミレニアム開発目標(MDGs)が達成
されるか否かの鍵を握っている。
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2-2-2.エンパワーメント
貧困であるか否かはその食べ物や衣類が粗末であるかどうかだけではなく、彼らが自
らの人生を自らの手で切り開いていけるかどうかに関わっている。それを背景にして、
国連開発計画(UNDP)は貧困削減に対する『人間開発報告書』を発表し、人間開発を「人
間の役割と能力を拡大することにより、人々の選択の幅を拡大するプロセス」と定義し
た。つまり、弱い立場に置かれている貧困層がエンパワーすることによって、自ら政治
的、経済的、社会的な力を回復し、次第に貧困から脱却することを目指している。
エンパワーメントは抑圧されている者自身が社会的な力を獲得できるように側面か
ら支援するものであり、政策決定者と受益者とは基本的に「対等」であり、最終的には受
益者自身が政策決定していくことが目指されている。つまり、社会的な力を貧困家庭自
身が身につけ、外的な抑圧を跳ね除けていくことがエンパワーメントであり、エンパワ
ーすることによって自ら貧困から脱出することが可能となる。
貧困層に弱い立場に置かれていることを意識させるのが教育である。教育を受けるこ
とで、人々が弱い立場から立ち抜く意識を持ち、自分の政治的、経済的、社会的力を回
復しようとする。しかし、教育を受けられてない人は、エンパワーすることさえ考えら
れない。
したがって、十分な教育を受けられないことは、人の人生を限られたものにしてしま
い、ずっと支配される弱い立場に置かれてしまう。
実際に多くの先進国や国際機関などによって開発援助が行われているが、援助が貧困
削減に繋がらない地域もある。
国際協力NGOは、貧困解決にとって単に「金やもの」を外部から与えるだけでは十分
ではなく、知識・技能の獲得・社会ネットワーク・社会組織の確立・情報へのアクセス
を十分に可能にするような側面から協力して、貧困家庭自らエンパワーすることを促進
しなければならないことを明らかにした。ただの金銭の支援だけでは、一旦経済的援助
が終了した時点で、結局貧困に落ちてしまうからである。国際協力機構(JICA)も貧困
層自らが自立発展することを目的として協力を行っている。
貧困削減の最終目標は、貧困層自身が貧困から脱出する際に必要とされる経済、政治、
人間、安全、社会的能力を強化することである。
- 24 -
Ⅶ.貧困と教育
1.はじめに
世の中には1億2100万人の未就学者が存在し多くが貧困層である。つまり、貧困は教
育普及の阻害要因のひとつではないだろうか
・子どものための世界サミット
・万人のための教
・子どもの権利条約
全ての子どもたちが教育を受ける基本的権利を有しており、基礎教育の普及が国際社
会の中心課題である。
これを踏まえて、EFAが90年代に全ての子どもに基礎教育機会を提供するという目標
を掲げようと、決意する。しかし、
2000 年「世界教育フォーラム」にて目標が未達成であることを確認。
では、仕方がないもう一度同じ目標を 2015 年までに達成しようじゃないか!!
2.貧困が教育パフォーマンスに与える影響
2-1.所得水準と教育水準の相互関係
マクロ的視点から見た場合、所得水準と教育水準の間には相関関係が存在する。
EX①中南米諸国 15 カ国で 199 年代の 21 歳人口の平均就学年数は富裕層と貧困層
で年以上の差が生じている。
EX②ペルーで、12%ブラジルで 32%の生徒が初等教育を終了せずに中退している
2-2.家計所得と教育投資需要
「貧困の罠」=貧困があればある程、家計の教育費用の割合が高くなる。結果とし
て子どもの識字率・就学率は下がる。そしてそれは直接貧困へと結びつく。つまり貧
困が教育水準の低下を生み出し、教育水準の低下は貧困を生み出す。
多くの研究から初等教育投資の収益率(教育が個人に与える便益の計測)が高い事
が分かっているが、富裕層と貧困層の間でこの収益率が異なる事が判明した。
1)人種的、ジェンダーによる差別
2)低い進学率が貧困層の初等教育需要の低迷
初等教育投資の期収益の改善と需要の増大には、中等教育へのアクセスの拡大が重
要である。
2-3.貧困と教育の質
教育の質には地域間格差があり、貧困地域で低い。教育へのアクセスだけではなく、
質的改善が必要である。
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教育の質が低い事は就学している子どもの機能的識字率が低い事に現れている。
貧困地域の学校の質が低い原因
1)教員の不足と力量の不足
2)教育予算が低く、それに伴い教員の給与も低い。
3)給与の低さから副業をもつ教員も多く、また怠業が顕著である。
4)地方では教員資格をもつ人材が不足し、都市で教育を受けて教員は赴任を好ま
ない傾向にある。
2-4.貧困と学力との関係
栄養不良児、低体重児は幼児期の脳の発達期において知力の発達に遅れが生じやすい。
このような子どもは授業の集中できす、欠席しがちになり授業の理解度が低くなってし
まう。
2-5.児童労働と基礎教育
子どもの未就学と中途退学の原因の1つが就労である。では児童労働が生じる原因は
なんだろうか。
1)子どもの児童労働は貧困家庭に顕著にみられる
2)労働に従事する子どもの家計への経済的貢献が少ないことから経済的合理性に
基づくのではなく、子どもの労働を当然視する価値観や社会規範など非経済的要
因。
3)業種によっては、低賃金であり手先が器用、従順である事を雇用者が好む。
これらを踏まえ多くの学者は初等教育の義務化こそが児童労働の廃止に繋がるはず
であると述べる。が、しかし、①自動労働者は貧困家庭出身であり、彼らの得る収入が
小額であっても就業機会を奪えば、家計は一層経済的困難に陥る、②児童は親の強制ば
かりでなく、子ども自身の選択の結果である、③児童労働の廃止ではなく、まずは労働
条件の改善からではないか。また、貧困→児童労働→未就学。ではなく、教育の質の低
さ→中途退学、児童労働を選択しているのではないか、という議論もある。
2-6.教育における効率性と公正の間のジレンマ
貧困国は教育に充てられるお金が少ないから、利用者負担にして教育の質の向上を図
ろうとする政策と、教育にお金を充てる事が出来ない貧困家庭との間のジレンマ。これ
を改善するには、①需要過剰である、②徴収による増収が学校建設等教育サービス供給
の拡大に使途される、③徴収される授業料が貧困層に未就学や中途退学を選択させるほ
ど高くない。これら3つの条件が揃ったときのみである。
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効率性と公正のバランスの観点から多くの研究によって提言されている政策、①高等
教育は大多数が高所得者層であるため授業料を上げるべき。②多くの途上国は初等教育
が、収益率が高いにも関わらず、政府教育支出の割合は低いよって、政府は初等教育に
政府教育支出を集中すべき。③公的支出を貧困層に優先的に配分する事が貧困削減に有
効的である。④制度改革を行い、信用市場を整備すべきであるまた学校の設置権限を、
政府のみならず地域社会や民間部門に委譲する事が重要である。
3.教育が貧困削減にもたらす貢献
3-1.人的資本理論と経済成長・貧困削減
教育をうけた農民は、より機械化を進め、技術の取得をする傾向をもち、したがって、
農業生産性が向上する傾向がみられる。
人的資本理論・・貧困層の教育への投資の増大は、貧困層の所得上昇と、その結果と
して、生活水準の上昇をもたらす。
内生的成長理論・人的資本によってもたらされる技術進歩は、更なる知の創造と技術
革新をもたらし、人的資本に対する収益を増加させる。
アフリカ13カ国の実証研究では、農民の初頭教育4年の就学経験は、8%収量の増
加をもたらした。
3-2.教育と所得再分配
教育は所得再分配の手段である。つまり、収益率の高い初等教育への資源配分の増大
は、直接的な貧困削減の手段となる。
現地点で、公的部門の拡大による基礎サービスの充足や民営化、社会セーフティーネ
ットといったアプローチはそれぞれすでに限界を抱えている。
<第3のアプローチ>
地域の自治組織や地域社会の参加を通じ、貧困層の生活状況や自立性を改善す
るアプローチ。つまり貧困層が
自らの要求を効果的かつ継続的に組織化し行き決定に関与する能力の向上を重
視している。
3-3.教育の外部性
教育は受けた本人が得る直接効果の他に外部効果をもたらす。つまり、家計・家族や
コミュニティや社会全体に正の間接効果をもたらし貧困削減に貢献する。
つまり、教育がもたらす効果は経済効果ばかりではない。教育を通して個人が獲得す
る自身、社会性、社会に対する関心・視野・社会参加・抑圧への抵抗・政治参加手腕等
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を高め、エンパワーメントにつながり、とりもなおさず、ケイパビリティの向上と貧困
からの脱却に貢献する。
・女子の教育水準の向上がもたらす効果。
①結婚年齢の遅延
②希望する子供の減少
③避妊に関する知識の向上
④女性の地位の向上
⑤メディアへのアクセスが高まり、視野が広がる。結果、消費意欲の向上や出産
行動に影響を与える可能性。
⑥栄養に関する知識が向上し、家族の栄養バランスが向上。
4.貧困層の教育機会の拡大とノンフォーマル教育
貧困層に教育機会を与える経路としてノンフォーマル教育がある。
多様な NFE 事業(Nonーformal Education)や NGO によって実施されてきた。NFE 事業
は簡単な識字・計算能力のほか、貧困層の生活改善の向上役立つようなライフ・スキル
の習得機会の提供を行う。
NGO は NFE の推進、特に、学校教育が整備されていない農村地域の貧困層への教育機
会を提供するうえで、重要な役割を果たす。成功例も多数あるが失敗例も数多くある。
5.結論的な考え方
①教育開発は、貧困によって大きく制約され、同時に、貧困削減に重要な貢献をな
しうる。
②教育の不平等は、所得の不平等に影響し、逆に所得分配の不平等が貧困層の教育
需要と教育の質に悪影響を及ぼす。
③貧困の罠が児童労働の廃止を困難にしている。政府教育支出の構成に配慮した再
分配と教育の質的改善が必要である。
④教育の質の向上は外部効果の面で高いのは女子である事から、貧困層女子の中等
教育機会の拡大が、当面、貧困削減にきわめて効果的である。
⑤貧困層の就業に直結するような職業技術・技能訓練プログラムの実施は有益であ
る。
⑥貧困層の教育機会への参加は貧困層のケイパビリティの向上をもたらすと同時
に、貧困からの脱却のプロセスでもある。
⑦学校教育の運営プロセスに貧困層自身が主体的に関われるような環境が大事で
ある。
5-1.フォーマル教育とは
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初等教育から高等教育まで高度に制度化された教育システムで、年代順の学年構成や
階層的組織を伴うもののこと。
Ex:中等教育→前期中等教育:義務教育、基礎教育、後期中等教育:進学の為のアカ
デミック過程(文系・理系)社会で働く為の職業・技術過程
5-2.ノンフォーマル教育とは
正規の学校教育(フォーマル教育)以外の教育であり、その中でも組織的に行われる
取り組みのことで、充分な教育を受けていない子どもや成人を対象とする。生活に必要
な知識や技術(ライフ・スキル)の習得プログラムなども実施している。ノンフォーマ
ル教育は5つのアプローチに分類される。
Ex:基礎教育の拡充、生計向上、保健・衛生環境の改善、自然環境保全、平和構築
5-3.フォーマル教育とノンフォーマル教育との比較
フォーマル教育
ノンフォーマル教育
・トップ・ダウン
・ボトム・アップ
・教師主導
・コミュニティのニーズ、学習者の意向反映
・高度に制度化された体制
・柔軟な体制
・資源集約型
・資源節約型
アプローチ
実施体制
・一定期間(短期間である場合が多い)
実施期間
・長期間(学校システムへの参加)
・パートタイムである場合が多い
・有資格者(教師)
・認定者、ボランティア
・指導者
・ファシリテーター
・標準化されたカリキュラム
・個別対応
・学問志向
・非画一的な学習者
・学習資格があるもの(学齢)
・実践的で生活密着型
・画一的
・社会的弱者
・上下関係
・水平関係
教師
学習者
教師と学習者
の関係性
・はっきりと定義づけられた目的
・学力向上
・生活向上、生活改善、保健・衛生改善、
主な目的/開
・既存の社会システム維持への貢献
平和構築、環境保全など
発との関連
・社会経済開発
・個人の問題解決能力、主体性の確保
・社会開発、人間開発
実施機関・組
・柔軟な組織/NGOが多い
・政府/学校機関
織
・多様な関係者
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Ⅷ.ジェンダーと貧困
1.はじめに
ジェンダー:社会生活の中で形成されていく男性と女性の差のこと。
■経済開発において男女それぞれが異なった影響を受ける可能性がある。
■ジェンダー平等、女性のエンパワーメントの達成は貧困削減と並ぶ国際課題。(MDGs)
「女性と貧困」(WID)→「ジェンダーと貧困」(GDA)
【従来】「どの世帯が所得でみて貧困層に属するか」=一時点での所得貧困のみに着目
【より幅広い概念】「誰がどのように貧困であるか」=途上国における家庭内資源分配
2.貧困の一形態としてのジェンダー・バイアス
2-1.貧困概念の多様化とジェンダー
2-1-1.アマルティア・センのケイパビリティ・アプローチ
人々がより多くの選択肢の中から自由に選択できることの重要性を指摘。⇒貧困を所得(消
費)側面だけで考えるのを止める。
男女格差が大きいほうがケイパビリティ・アプローチに基づくと貧困が深刻である
2-2.「誰が貧困であるのか」:個人レベルでの貧困の特定とジェンダー
2-2-1.〈個人レベルの所得貧困の定義〉
最低限の衣食住を得るだけの所得を得られているかどうか、最低限の衣食住に相当する消費
支出を達成しているかどうか。
【問題点】そこに顕著な男女差はあるのか。
①家計単位で収集されるデータ=個人消費として家庭内部で分けて見る事は不可能
②世帯主の性別によって所得貧困を比較=世帯内部で平等に消費分配はされていない
⇒一般に世帯構成数が多く、資源制約下に置かれている途上国の家計では女性に対す
る消費や食料の分配が少ない。
家庭内資源分配・・・どのように家計内の資源分配が行われているかを分析すれ
ば「誰が貧困であるのか」という個人レベルの貧困に近づける。
3.家計内資源配分と消費、人的資本
3-1.単一家計モデルと集合体モデル
単一家計モデル
集合体モデル
・世帯メンバーが同一の選好をもつ。
・世帯メンバーが異なる選好をもつ。
・利他的な独裁者によって意思決定が行 ・配分決定のプロセスの交渉プロセスに
われる。
焦点をあてる。
・行動は価格と世帯所得によってのみ変 ・行動は共有資源や公共政策へのアクセ
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化。
ス、法律や制度などの外的環境要因の
変化が影響 される。
●格差を減らすために必要なインプリケーション●
労働市場や婚姻市場等の変化。
(公平な人的投資をしたいと考える)妻
の交渉力の引き上げ。
※集合体モデルでは公共政策が配分の「ルール」にも影響を与える。また、市場環
境の変化なしでも教育投資でのジェンダー格差を縮小できる。
3-2.世帯内での交渉
3-2-1.どのような政策介入を行うことがジェンダー格差の縮小にとって有効か。
例)給付
単一家計モデル・・・家庭内の誰に給付しても効果は同じ。
集合体モデル・・・夫への給付と妻への給付では効果が異なる。⇒給付の仕方が重要。
データ識別の必要性=集合体モデルを見極める。
①夫と妻の交渉力を表す変数が生産要素分配に直接的な影響を与 えるかど
うか。(計量経済学的)
②個人の交渉力⇒資産の管理・個人間のネットワーク・知識や教育・法的権利・
エンパワーメントなど。(外的要因)
③家計内の交渉力⇒各種資産・所得シェア・教育水準・賃金など。
※ただし、労働供給の決定に直接影響を及ぼさない変数。(不労所得や結婚
時に持参した資産)
④女性の交渉力が相対的に強いほど家計支出に対する教育支出が高い。
※子どもの健康や教育等の人的資本投資に対する母親の影響が強い。
4. 統計指標からみるジェンダー格差
4-1.健康に関するジェンダー格差
4-1-1.アマルティア・セン『喪われた女性たち』
人構性比(男性一人に対する女性の数)先進国:1.05 に対して、南アジアや中国:
0.94 と極めて不自然な値をとる。それらの地域では 1 億人以上の女性が喪われたと推
計。
乳児死亡率・幼児死亡率にみるジェンダー・バイアス(例)インド
乳児死亡率:0.95・・・生物学的に整合的な男女比。
幼児死亡率:1.4・・・女子の栄養状態の悪さ、疾病時の対初方法の違いによるジェ
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ンダー格差がある。生物学的には女子の方が強いとされている。
他にパキスタンやバングラデッシュ等の南アジア、北アフリカのエジプト、ラテンア
メリカなどにインドと同じ傾向が見られる。
同様に幼児の栄養失調率・予防接種率からもジェンダー格差を読み解くことが出来る。
4-1-2.教育水準のジェンダー格差
4-1-2-1.格差の際立つ地域
①中等教育就学率の低さ・・・サブサハラ、アフリカ
②中等教育の男女格差・・・南アジア
③女子への不平等感・・・サブサハラ・アフリカ、中東、北アフリカ
④女性の成人識字率の低さ・・・中東、北アフリカ
4-1-2-2.性別、所得階層でみた教育達成率の分析結果
貧困層女子の問題が深刻である。特に南アジアの不平等、教育水準の低さが目立つ。
4-1-3.女性世帯主世帯の貧困
女性世帯主世帯(FHH)が男性世帯主世帯(MHH)よりも貧困が深刻であるという決定
的な結論は出ていない。⇒世帯主定義の問題が分析を困難にしている。
4-1-4.ジェンダー指標
4-1-4-1.国連開発計画(UNDP)の 3 指数
・人間開発指数(HDI):人々の生活の質や発展度合いを示す指標。
・ジェンダー開発指数(GDI):人間開発指数にジェンダー不平等度を組み込んだ
指数。
・ジェンダーエンパワーメント指数(GEM):女性の政治活動への参加と意思決定
力に焦点を当てた指標。
GDI や GEM は、「貧困に重きを置いたジェンダー分析」の指標としては不十分。
4-1-5.分析結果
世界の貧困の 70 パーセントは女性
しかし、経済理論に基づいた定量的根拠をもったジェンダー分析は少なく、女性の貧
困が性格には見えてこなかった。
⇒家庭内資源配分のメカニズムが把握できれば、貧困撲滅とジェンダー格差是正のた
めの政策を効率的に実施することが可能となる。
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Ⅸ.経済の低成長時代と低所得時代における教育
近年われた世界的な貧困1削減のキャンペーンは、日本の社会にも大きな影響を及ぼ
した。国際的な視野を欠かしてしまいがちな日本でも、途上国への関心が高まることは
良い兆候である。また、貧困削減の問題は、メディアが作った流行で終わらせないため
に、貧困の問題を早く解決するための努力が、今一層必要とされている。貧困削減のた
めに重要なのは、国の将来を担う子どもが満足した生活を送ることではないだろうか。
途上国と先進国においての教育レベルは、明らかに違うからである。
途上国と先進国の違いはさまざまである。最も顕著な違いは、GDPの大きさで測った
経済的豊かさである。国の豊かさが起点となって、途上国と先進国の間には簡単には乗
り越えられない境界ができている。教育だけに留まらず、医療、社会保障など衣食住に
関わるものから、メディア、エンターテイメントなどの娯楽文化までさまざまである。
では、なぜ途上国の経済は先進国よりも停滞しているのだろうか。
原因は、貧困の罠である。先進国の人々は、消費、生産、投資、貯蓄などの一連の経
済活動から余剰を得ている。余剰をまた他へ投資することで、新たな余剰を生み、生活
が豊かになっていく。例えば、教育に投資すれば、労働者は人的資本としての価値を高
め生産性を上げていく。一方、途上国では、経済が成熟していないために余剰を得るこ
とができない。具体的には、工業化が進んでいないので、民間部門が有機的に作用して
いないのである。連鎖的に、教育を受ける機会が減り、生産性の高い職業に就けないの
で、「低所得→低教育→低所得」の低位均衡が成立している。この低位均衡が貧困の罠
である。途上国が豊かになるためには、貧困の罠の解決が必要である。
貧困の罠が「低所得→低教育→低所得」の悪循環なのであれば、鍵となるのは、やは
り教育である。教育が生産効率性の良い仕事に就くための条件であり、高所得を得るき
っかけとなるからである。貧困の罠の解決策は、各消費者の効用を高めるミクロレベル
の政策と、国全体を成長させるマクロレベルの政策が必要である。ミクロレベルの政策
とは、低所得でも高いレベルの教育を受けられたり、教育費用の負担を減らしたりする
制度を作ることである。マクロレベルの政策とは、低教育で満足している低位均衡から
教育が普及した高位均衡に移行することである。
この調査研究では、貧困と教育の関係を、問題、原因、解決と順を追って説明する。
1.貧困削減と教育
貧困削減を促す政策を分析するにあたり、教育を普及させることは不可欠であると考
える。それでは、なぜ途上国には先進国ではみられない諸問題があるのだろうか。教育
の必要性を論じる前に、途上国の現状を理解するために、途上国が陥っているといわれ
る「貧困の罠」の内実を知るべきである。
1-1.貧困の罠とビッグプッシュ
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途上国経済では、各主体は低い労働生産性の下で低い所得しか得られないので、教育
水準も低くなり、生産性が上昇しない。よって「低所得→低教育→低所得」の低位均衡
が成立している。この悪循環を、貧困の罠と言う。途上国が先進国のように成長を遂げ
るためには、貧困の罠からの脱出が必要とされている。低位均衡から高位均衡へ移行す
る手段として、Rosenstein-Rodan[1943]によって初めて提唱され以来、さまざまな学者
によって引用されているビッグプッシュの理論がある。ビッグプッシュとは、民間部門
を調整して投資を促し、工業化をさせることで経済を成長させることと定義できる。
各財はそれぞれの産業部門で生産され、各産業部門には2つのタイプの企業が存在し
ている。タイプAの企業は完全競争的で、労働1単位から1単位の生産物を生産する。
規模に関して収穫一定(CRS)の小規模生産の企業である。タイプBの企業は大規模な生
産技術を独占的に保有している。大規模生産技術は労働F 単位の固定投入量を必要とし、
さらに追加的な1単位の労働からα > 1単位の生産物を生産する。よって、規模に関し
て収穫逓増(IRS)の技術を用いて大量生産を行う(工業化)。ただし、タイプBの企業
は固定費用を必要とするので、常に操業しているとは限らない。
タイプBは独占企業として行動する。消費者の需要関数が与えられたもとで利潤を最
大化すると、需要の価格弾力性が1であり、また完全競争的なタイプAの企業が存在す
ることに注意すると、1の価格を付けることになる。また、Fを投資するのは、自分が
設定した価格で正の利潤が得られるときだけである。消費者の所得y を所与として、F
を投資して工業化したときの独占企業の利潤は、y y F y −F ≡ ay −F=απとなる。こ
の企業はπ (n)を株主に配当として配分する。株主は配当を財の購入に投じるので、ま
た企業の利潤が上がる。工業化した企業の数n が増加するほど分母が小さくなり、この
乗数効果が大きくなる。言い換えれば、工業化が進むことで、それぞれ企業の利潤はさ
らに増加する。
もう1つの解釈を行ってみよう。労働は価値基準財なので、その価格は1である。し
たがって、π(n)は費用削減をおこなったことによる労働投入の節約分と等しい。よっ
て、π(n)は、企業nが投資したことによって発生した労働の増加分になる。均衡では、
この労働の増加分はすべての産業に割り振られることになる。ここで、工業化している
部門の方が、非工業化の部門よりも労働の限界生産力が大きいので、工業化した企業n
が増加することで、総生産量が大きくなる。このことは、工業化が進むことで、労働一
単位が生み出す限界生産力を大きくすることを表す。労働一単位で生産物一単位の小規
模生産より、労働一単位でα > 1単位生産する産業化した生産の方が、効率的である。
実際、分母がすべての部門においての労働の限界費用の平均であり、これはnの減少関
数である。所得y(n)は生産に携わる労働力L − nF に比例するが、その係数はn の増加
関数なのである。
このモデルにはただ1つのナッシュ均衡があり、それは、①「すべてが工業化」か、
②「全く工業化しない」のどちらかある。言うまでもないが、均衡①は経済が高位均衡
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にある状態である。②は、投資が利潤を生まないので、「協調の失敗2」が存在する低
位均衡、すなわち貧困の罠の状態である。ただし、このモデルではビッグプッシュは説
明できない。均衡②が成立するとき、消費者の所得はL と等しくなり、企業は工業化に
より損をする状況である。例えば、ある企業が投資したとき、この企業の利潤は減少す
る。
よって、投資によって他の産業部門が工業化することで得られる利潤までも小さくす
る。
それゆえ、1つの企業の投資が利潤を生まないならば、他の企業にとっての投資イン
センティブをさらに小さくする。よって均衡①は存在しないことになる。
ここで示された2つの均衡は、先進国で成立している高位均衡と途上国で成立してい
る低位均衡と置き換えることが可能である。工業化している先進国では、投資が需要を
呼び、所得が増加していく。工業化していない途上国では、投資は損失を生むだけなの
で行われない。協調の失敗が及ぼす影響は、投資家と企業だけではない。低位均衡にい
ることにより、高位均衡に移行するチャンスが失われているのである。非効率的な生産
活動を行っているから、自由に使える時間や資金が制限されている。
ただし、ここで重要な点は、上記の議論はスピルオーバーとして企業の利潤のみを考
えていることである。つまり、工業化の投資が正の利潤を生み出せばさらに投資が進み、
負の利潤を生み出せば投資を減少させるスピルオーバーしか存在しない。けれども、工
業化によって需要側にもスピルオーバーが存在すれば、低位均衡と高位均衡が同時に存
在し、部分的な産業に産業化を促すビッグプッシュ政策によって低位均衡から高位均衡
に移ることが可能となる。例えば、工業化された産業での賃金がそうではない産業より
も高いとしよう。このとき、ごく一部の産業で工業化が行われ、それに応じて消費者の
所得が労働収入を通じて増加すると、全体の需要が増加する。この需要を通じたスピル
オーバーは、たとえ工業化した企業の利潤が負であっても、他の企業が工業化したとき
には正の利潤を生み出す可能性がある。よって、ビッグプッシュ政策により貧困の罠か
ら抜け出すことが可能となるのである。
需要に及ぼす影響をみるにあたり、所得分配と工業化に注目してみよう。
Murphy,Shleifer and Vishny [1989]は、所得分配と市場の大きさと工業化が密接に関
連していて、発展の度合いは産業構造に依存することを明らかにした。工業化のために
は、固定費用をまかなうための利潤が必要であり、その利潤は工業製品を購入する富裕
層の需要による。けれども、消費者の多くが貧困にあり、食料の需要のみで所得を失っ
てしまうならば、農業部門しか産業として成立しない。消費者は農業部門での労働で所
得を獲得し、それを農業部門(食料)での需要に費やす。追加的な需要は発生しないの
で、工業部門で必要な固定費用をカバーするだけの利潤を工業部門は得ることができず、
結果として工業化は起こらない。もし、富裕層が存在すれば工業部門の製品を購入し、
工業化が実行され、消費者はより多くの所得を得ることができる。けれども、消費者の
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大部分が貧困層にあれば、工業化は不可能である。
以上の分析より、工業化と工業化のためのビッグプッシュには、(1)生産面だけで
はなく、需要面を通じた工業化のスピルオーバー、(2)工業化の費用のカバーを可能
とする需要の充実(富裕層の存在)、の2つが決定的に重要であることが分かる。そし
て、工業化された産業に労働力を供給することによる所得の増加と、所得の増加による
需要の充実が可能とする工業化の進展が補完的な役割を果たすのである。途上国が貧困
の罠から脱出できないのは、(1)生産効率が悪い生産行動をしていること、(2)低
所得の家庭は衣食住以外の教育に投資する余裕がないこと、の二つの問題が負の相乗効
果を生んでいるからである。貧困の罠の解決において、ビッグプッシュの必要性は充分
に議論されてきている。けれども、ビッグプッシュを可能とする教育の充実が根本的に
必要ではないかと考える。工業化のための費用には、人的資本への投資も含まれる。そ
して、人的資本への投資が効率的であるためには、ある程度の教育を受けた労働力が重
要である。さらには、工業化された産業における労働の生産性もやはり教育を受けた労
働力に大きく依存する。教育により、生産効率性の高い人的資本が誕生し、経済成長が
促進されるからである。そして、賃金が上昇し、需要を通じたスピルオーバーがより拡
大することになる。言い換えれば、教育は生産と需要の補完的な関係をより強固なもの
とするのである。
確かに、教育が普及している先進国では、教育が及ぼす影響の大きさはあまり目立つ
ものではないかもしれない。義務教育のレベルが適度に維持されているので、知識を持
って人的資本となることが大半だからである。しかし、教育が普及していない途上国で
人的資本を生み出す価値は大きい。そこで、教育の供給過少が、「低所得→低教育→低
所得」の貧困の罠を成立させてしまっているのではないか。途上国の教育により人的資
本が増加し、ビッグプッシュが促進され、「教育→ビッグプッシュ→貧困削減」が成功
することが理想である。では、教育の影響を探るために、貧困と教育の関係を次節から
見ていく。
1-2.貧困の罠と教育
途上国が貧困の罠に陥っているのは、投資への需要がないからだとわかった。では、
貧困の罠と教育がどのように関係しているかを検討する。低所得と低教育の相関性を考
える際、所得を得る手段が重要ではないだろうか。以下では、低所得により教育を受け
られない労働者は、労働生産性の低い仕事にしか就けないことを分析する。
次に、貧困の罠に陥った途上国の労働者はなぜ労働生産性が低いかについて分析する。
労働生産性と教育のメカニズムをDebraj Ray[2003]のモデルを用いて検討する。ある途
上国の家庭では自給自足をしているので、収入のほとんどを衣食住以外の教育サービス
の購入に充てようとしている。
ここでは、教育が労働生産性を決め、労働生産性が教育を決める経済である。教育投
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資の量が定まっているとする。一仕事が終わるごとに賃金を与えるという出来高賃金の
報酬体系を仮定する。例えば、「1ブッシェル収穫につき10 ルピー」や「1エーカー
の草刈で100 ペソ」などである。
教育と生産性の分析より、予想できることは次の3点である。
(1)ある程度以上の教育、例えば初等教育を修了することで、労働生産の効率性は
急成長を遂げる。
(2)教育により労働生産の効率性が上がれば、労働者の人数を増やさなくても生産
高が増える。
(3)同じ労働時間から得られる収入が増加するので、児童労働の削減に間接的な効
果を持つ。
出来高賃金の場合に限らず、労働の効率性は一般的に高所得と相関しているが、途上
国の労働において効率性の概念は見落とされる傾向がある。例えば、途上国にはインフ
ォーマルセクターが充実していることがある。生計を立てるために、出来高賃金である
靴磨きやリキシャなどの単純労働がそうである。効率性の概念を導入すれば、生産性の
低い職業は淘汰されても不思議ではないのだが、失業を回避するためにインフォーマル
セクターが残っている。もし、途上国の労働市場に、より効率的に稼げる仕事があれば、
多くの人がインフォーマルセクターから解放される。しかし、そのためには一定以上の
教育が必要とされる。よって、貧困により、教育が受けられないことは、生産性の低い
職業へ就くことを免れなくするので、低所得の家庭を築く。
また、労働生産性の低い労働が蔓延している非工業化の社会では、教育を普及させる
ことが非効率的となる場合がある。まず、労働者は流動的で不確実性を含む資源なので、
雇い主は労働者に投資するインセンティブが働かない。また、教育レベルの高い人が見
つかれば、雇い主は通常より高い賃金で雇用するので、労働者がより高い賃金を手にい
れることができる。しかし、最初から高い教育レベルの人には高い賃金を払うという契
約の下で、人的資本に投資することはできない。なぜならば、契約の不完備性の問題が
あるからであり、人的資本を見極めるのは困難だからである。よって、雇用主は労働者
の教育レベルを上げるインセンティブはない上、賃金を上げたり、労働時間を減らした
りするインセンティブもない。労働市場全体のメカニズムは、囚人のジレンマによって
説明できる。
雇用者は、労働者を教育するコストをかけたくないので、単純労働を安い賃金で雇っ
ている。労働者は、教育レベルを高めることができないので、低い教育レベルで単純労
働に就く方法しか残されないである。よって均衡が単純労働と低教育になり、囚人のジ
レンマに陥る。
以上のように、貧困の罠に陥っている途上国では、低教育が均衡として成立している
ので、労働者の生産性は低いままである。上のモデルで雇用主が労働者を教育するイン
センティブが働かないのも、投資をしてもリターンが少ないからである。では、教育そ
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のものがどのような効果をもっているのかを次節から論じていく。
1-3.開発における教育
貧困の罠が成立する背景には、教育を受けていない労働者が多いことが密接に関係し
ていると言える。そして、貧困の罠の悪循環を断ち切る手段の一つに、教育投資が挙げ
られる。途上国において教育の効果は、ミクロレベルとマクロレベルに分けて考えるこ
とができる。まず、ミクロレベルでは、教育がもたらす正の外部性がある。教育を受け
た親はある程度の知識を子どもに伝授する家庭内教育を徹底することができる。家庭内
教育は親から子だけに限らず、兄弟間でも成立する。教育により識字率が上昇すれば、
地域内のコミュニケーション能力が高まる。実際、大多数の国で旧宗主国の言語が公用
語となっていることには次のような理由がある。①部族間・国際間と広範囲で使用され
ること、②一つの部族の言葉を公用語とすれば不公平が生じること、③近代用語として
の細密さがあること、などである。
次に、マクロレベルで見てみると、教育の発展と生活の豊かさの相関関係がある。女
性の識字率は社会厚生を向上させることに大きな役割を果たすことが多い。アマルティ
ア・セン[2000]によるインドの例をみてみる。女性の識字率が向上すると、それに比
例して乳幼児死亡率が低下するという研究結果がある。例えば、男性の識字率が22パー
セントから75 パーセント上昇したとしても、五歳以下の死亡を千人当たり169 人から
141人に減らすに過ぎない。一方、女性の識字率が22パーセント(1981年のインドにお
ける実際の数字)から75パーセント上昇すれば、五歳以下の乳児死亡率は千人当たり156
人(1981年のインドにおける実際の数字)から110人に低下した。また、高い出生率は
若い女性が社会に出て働く機会を減少させるので、近代の家庭は小家族であるという見
方がある。パンジャブやハリヤナなどのインドの最も豊かな地方の多くでは、一人当た
り所得がずっと低いが女性の識字能力や雇用機会が高い南部の地域よりも出生率が高
い。女性の労働力参加比率と識字率の上昇は、子どもの生存における女子の相対的な不
利の低下と結びつくことがある。このように、識字率を伴ったある一定以上の教育水準
を満たすことは、社会生活を豊かにすることにも貢献する。
また、教育が開発経済で特に重要視されるようになった理由が二つある。第一に、HDI
指標(人間開発指標)の到来である。HDI 指標とは、GDP指標に加えて、平均寿命指標、
教育水準指標の三つを視野に入れた指標であり、1990年の国連開発計画から始まる。教
育水準の向上は、健康の増進(平均寿命の上昇、乳児死亡率の低下など)と並んで、成
長を定義する際には欠かせない要素であることを示している。HDI 指標が使われる前は、
GDPやGNPだけを用いて国の豊かさを比較していた時代もあった。経済的豊かさが伴って
いても、市民の生活が改善されているわけではないことがある。そこで、HDI指標が使
われるようになった。これは、途上国の生活の改善を考える際に、教育水準が重要な指
標になってきていることを示唆している。
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第二の理由は、2000年9月の国連総会において採択されたミレニアム開発目標には、
「初等教育の完全普及」が目標の一つとして含まれていることである。具体的には、2015
年までにすべての子どもが男女の格差なく初等教育を終了することを目指している。こ
のことをふまえても、教育の問題は現代の国際社会が解決すべき主要な課題であると認
知されているのは明らかである。
さまざまな先行研究をみることで、教育水準の向上とともに、社会厚生が改善されて
いることがわかった。そして、教育がもたらすメリットは無数にあるのである。
1-4.人的資本と経済成長
教育の普及が経済成長とのあいだの相関が確認できたので、国際的に教育の普及が求
められていることがわかった。では、なぜ教育が成長を促すのか。この命題に対して、
成長理論の立場から分析していく。
教育が経済成長を促す要因になる理由は、教育投資により人的資本が生まれるからで
ある。途上国において労働力は、一つの生産要素であるにすぎない。しかし、経済的に
富んだ国は、時間とお金を教育に投資して人的資本を生み出している。人的資本とは、
高度な技術を持っていたり、精密機械を操作したり、新しいアイディアや方法を経済活
動の中で見いだしたりすることができる知的職業人である。特別な技能がない「単純労
働者」の対になる言葉である。途上国は人的資本に乏しく、単純労働者が多い傾向にあ
る。単純労働者が多い理由は、途上国は第一次産業に特化している傾向があるからであ
る。単純労働者に教育を受けさせても、生産性が上昇するわけでもないから、途上国に
教育は必要ないという指摘もあるが、どの業種であっても、教育がもたらす効果は文化
的のみならず、経済的にも大きい。
1:物的資本に関して収穫逓減が存在する一方で、一人当たりの所得は収束しないかも
しれない。そして、似たような貯蓄と技術パラメーターをもった国は同率で成長し、
初期時点でのギャップはそのまま維持される傾向にある。ただし、物的資本の収穫
逓減は6 G = n +λ n 自然成長率n G は、n (人口増加率)とλ(技術進歩率)の
和であるというモデル。
例えば、qy(t) は教育に投資された物的資本の量を表すことができる。
物的資本が「労働の質」の向上までは考慮していないことによる点が大きい。も
し、人的資本への投資までも考慮すると収穫一定となるかもしれないからである。
実際、物的資本が収穫逓減を示すにも関わらず、生産物自体は収穫一定であると一
般的に観察されるが、それは「資本」の定義の中に人的資本まで考慮すれば矛盾す
るものではない。
2:人的資本への投資率と物的資本への投資率の両方が通常のソロー・モデルのレベル
以上に成長率に対して大きな効果を与える。これらの決定が成長率に影響するよう
な内生成長理論と呼ばれるモデルでは8、成長の速度はモデル内で決定され、外生
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的な技術進歩とは一致しない。
3:人的資本を導入することにより、貯蓄率(物的資本と人的資本への投資率の合計)
と人口増加率の乗数効果を比較すると、通常のソロー・モデルで表される効果より
も著しく大きくなる。なぜならば、貯蓄率の増加が国民所得を増やし、物的資本と
人的資本の両方の蓄積を促すからである。また、各乗数効果の大小については、貯
蓄率の回帰係数よりも、人口増加率の回帰係数の方が著しく大きい。その理由は、
物的資本への投資率s は人的資本への投資率q に依拠しないからである。一方、人
口増加率の上昇によって一人当たりの所得が減少することに応じて、物的資本と人
的資本への各投資率も減少する。よって、物的資本の増加は物的資本への投資率し
か増加させないのに対して、人口増加率の増加は物的資本と人的資本の両方への投
資率を減少させることになる。人口増加による人的資本の増加は、物的資本がもた
らす乗数効果よりも大きいことがわかる。
4:人的資本の導入によって、通常のソロー・モデルよりも、貧困国での物的資本の収
益率が低いことが説明できる。単純労働が欠乏している富裕国では、物的資本の収
益率が低くなる傾向がある。逆に、先進国では人的資本の収益率が高くなる。
同様に、単純労働における賃金の差も高いままである。この議論から、先進国から
途上国への資本の移動が少ない一方で、人口移動圧力が大きいことが説明できる。
また、成長率においてもいえる。通常のソロー・モデルでは、物的資本の限界収入
逓減により、富裕国での一人当たりGDP 成長率のスピードは緩められる。けれども、
内生的成長理論の下では、物的資本の収益率は人的資本の蓄積で補完され、継続的
成長を可能にする。実際、富裕国の方が貧困国よりも早いスピードで成長する可能
性もある。
5:モデルのパラメーターが世界中の国すべてを通じて同じだとしても、結果が無条件
に同じにはならないことがわかる。物的資本の減少か人的資本の増加などにより、
人的資本の投入量に比べて生産量が過少となると、各期の成長が早まる傾向がある
ことを意味する。以上より二つの予想が立てられる。
5a:人的資本の投入を調整すれば、貧困国の成長のスピードは速まる。
5b:一人当たりの所得を調整することで、人的資本の成長のスピードは速まる。
二つの予想が正当性を持つのは、裕福な国は平均的に多くの人的資本を持っていて、
このモデルは一人当たりの所得に応じて成長率が決まっているからである。この予
想が正しければ、教育投資により人的資本を増やすことは、貧困の罠から経済的に
脱出する手段として望ましいことになる。人的資本を費やせば、国の経済は発展す
るからである。
確かに、教育がもたらす経済効果を考える際に、成長のスピードだけを評価するの
は適切ではない。GD だけが増加しても、生活の豊かさが伴っているかは不明だか
らである。しかし、時間をかけて成長するほうが効率的であったとしても、それは
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現実に応用できる策とはなりにくい。途上国の経済を支えている労働者は人間であ
り、人間には寿命があるからである。労働者として生産性の高い若者が中心となっ
て教育をうけることで、中期単位の経済成長が期待されると考える。
よって、人的資本を増加することで、途上国の経済成長は促される。そして、教育
は人的資本を形成するのに不可欠な要素である。
1-5.教育の収益率について
教育はマクロレベルで経済成長を促進するだけではなく、ミクロレベルの家計にとっ
ての金銭的な便益も実現する。教育からの収益が存在する理由は、新しい情報や技術一
人当たりの所得が低い単 純 労 働 に対する物的資本が少ない単純労働に対して人的
資本が少ない物的資本の収益率の不明確な結果に対するアクセスが高まること
(Thomas,Strauss, and Henriques[1991])と、低位均衡からの脱出を可能にすること
(Schultz[1975])の二つである(Rosenzweig [1995])。
第一の理由は、同じ労働を行ったとしても、教育を受けた労働者の方がより適切かつ
正確に仕事をこなすことができることを意味する。なぜならば、明文化されたマニュア
ルや新聞などにアクセスができて、それらを理解する能力が身についているからである。
ある国や地域で共通の言語や習慣を身につけているほうが、それらを身につけていない
場合よりも、効率的な運営が望める。第二の理由は、新しい技術や情報について、知識
や経験が的確な判断を可能にし、生産性を高めるというものである。例えば、農業生産
における近代技術、すなわち化学肥料・農薬・灌漑の利用・新品種の採用などに教育が
重要な役割を果たすことは、教育を含む変数群によって説明する回帰分析を用いた研究
などで確認されている。
確かに、単純労働に関して、教育が果たす役割はあまり期待できない。また、非常に
先進的な技術である場合、労働タスクが単純化し、教育の収益率が低下するという可能
性がある。しかし、教育がもたらす収益は、教育を受けた個人に限るわけではない。家
計内に教育を受けたメンバーがいると、知識が波及して農業生産性が向上する可能性も
指摘されている。家計内で一種のマーシャル的外部性が生じる。非金銭的な便益では、
家庭内教育がある。母親が子どもに施す家庭内教育は、親の教育水準が子どもに受け継
がれる経路となる。親の教育水準が高ければ、子どもの栄養や教育水準を左右する立場
にある親自身が、子どもの人的資本蓄積を促進する。
途上国は貧困の罠に陥っているため、先進国よりも教育の推進が遅れている。このま
ま、教育の問題を野放しにしていれば、途上国と先進国の格差は拡大する一方である。
「教育→ビッグプッシュ→貧困削減」のサイクルを実現するために、教育を普及させる
ことは不可欠である。
教育が途上国の発展の鍵となっているのであれば、教育が普及していないことも一種
の「罠」として均衡しているのではないか。
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Ⅹ.教育が普及しない要因について
教育と経済成長は相関しているので、教育の普及率を上げる政策を講じないまま、途
上国の貧困の罠を是正しようと試みることは困難である。しかし、教育レベルを上げる
以前に、義務教育がなかなか普及しないのが途上国の現状である。教育の普及が阻害さ
れている要因は三つあると考える。第一に、教育を義務化することを受け入れない慣習
が成立している社会的要因がある。第二に、教育を受けたい人が資金制約と児童労働の
問題を解決することができない経済的要因がある。最後に、社会的要因、経済的要因に
付随して教育を受ける機会が不平等であるという二次的な要因がある。これら三つの要
因が成立している現状を分析する。
教育の行き詰まりは、途上国が歴史を通じて築いた文化と関係しているのではないか
と考える。各国に根付いた風土や宗教が教育に深く影響していることがわかる。まず、
途上国での教育の特徴を見るにあたり、成人識字率の普及と文化の関係をみてみる。例
えば、経済の水準は低いが、識字率が非常に高い国として、ミャンマー、タンザニア、
ベトナム、スリランカがある。このうち、タンザニアの水準が高いのは国の識字政策の
結果であるが、ミャンマー、ベトナム、スリランカは宗教的伝統に基づく結果である。
産油国であり、一人当たりGDP が高いにも関わらず、識字率が低いのはイスラム諸国で
ある。その背景には、イスラム教で読み書き能力よりもコーランや詩句の暗記能力が重
視される文化がある。よって、読み書きできないことは無学とはされない。アフリカの
社会は、話し言葉は多数あっても、書き言葉はスワヒリ、ギクユ語などきわめて少数で
ある。文字による記録のない時代のアフリカには、固有の重要な文化遺産として口伝文
学がある。
次に、途上国では、中途退学する子どもが多いことが問題になっている。特に、ラテ
ン・アメリカ諸国で大きな問題となっている。その背景には、親が子どもを学校に行か
せることへの理解がないことや、教育制度が整っていない社会に要因がある。教育制度
の不十分な点として、教科書を購入できない問題、電気・水道・トイレ・窓ガラスのな
いなどの校舎や施設の問題、無資格教員や指導力が不十分という教員の資質の問題など
がある。先進国では、教育を受けることはある程度の価値が置かれているので、親は子
どもに少しでも高いレベルの教育を受けさせようと努力する。高いレベルの教育が存在
せず、親が教育というものに関心を持たなければ、社会全体で教育の価値は下がってい
く。言い換えれば、教育が社会で優秀な人材だというシグナリングの機能を果たさない、
教育による人的資本の蓄積が少ないことにより、教育を受けるインセンティブが追随し
て低くなる。
さらに、途上国には性による不平等がある。インド、パキスタン、バングラデシュ、
中国、イラン、西アジア諸国、北アフリカ諸国などでは、欧米やサハラ以南のアフリカ
の状況とは対照的に、女児の乳児や女の子の死亡率が高い。死亡率だけではなく、女性
の識字率、女性の労働力参加比率なども同じである。女性の労働力参加については、ジ
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レンマが起こりやすい。一方では、所得になる雇用に携わることは、女性の能動的な力
の役割に多くの前向きの効果を及ぼすと考えられる。他方では、男性は家事を分かち合
うことを嫌がるので、女性の家庭の外での行動は制限される。前者を優先する場合、女
性は育児を重視しようという希望は叶わない。また後者を優先する場合、女性が教育を
受ける機会はなくなる。
これらに加えて、途上国の衛生環境の悪さが、間接的に教育の普及に影響している。
具体的には、壮年期成人の死亡により、家計は予想外の財政難に陥ると言われている。
特に、不治の病であるエイズが働き盛りの成人を死に至らせて、子どもが就学の機会を
失っている。世界銀行のデータによると、1993年から2002年の間で、ケニアでの平均寿
命は58歳から48歳にまで低下した。この平均寿命の低下には、HIVの母子感染による幼
児の死亡率の増加が影響している。
整理すると,就学に関する重要な経済学的要素としては、学校就学にかかる費用、児
童の機会費用、就学から得られる利益の三つがある。これらの三つの要因がどのように
成人の死の影響を受けるかについて、繰り返しになる点もあるが順番にまとめておく。
まず、第一の要因は、病人の医療費と、死に至った場合の葬式の費用が家計経済に影
響を及ぼす。その結果、児童の就学にかかる費用を払うのが困難になる。例えば、ケニ
アの公立学校では、学費、教科書代、制服代、テスト代などの費用を必要に応じて支払
わなければならない。しかし、家計の中に病人がいると、家計経済の状況も悪化する。
そして、病人の死後も、家計経済は簡単には回復しない。よって就学費用をまかなうこ
とができないのである.
第二の要因として、家庭での子どもの役割が変わり、就学の機会費用が上昇すること
が考えられる。もし、ある家庭で成人が病に倒れた場合、誰かが病人の面倒を見なけれ
ばならない。病人は病院に入るより、家庭で看病されることが多いので、家庭内の誰か
が病人の世話をしなければならなくなる。同時に、病人が行っていた仕事を誰かが引き
受けなくてはならない。大人はもともとの仕事があるので、子どもが新たな労働力とし
て仕事を肩代わりするようになる。サービス産業や福祉が機能していなければ、子ども
はすぐに労働力として家庭を支える側になるので、教育は二の次になってしまう。
第三の要因は、教育の便益が平均寿命に依存するということである。平均寿命の低下
がもたらす問題は、学校教育から利益を得る平均期待期間がかなり短くなったことであ
る。教育を受けても、それに見合った便益を享受できなければ、両親たちが教育から得
られる長期的なリターンを低めに評価するようになる。そして、教育に対する投資意欲
が減少する。
以上のように、途上国の不衛生な環境は、間接的に子どもを教育の機会から遠ざける
要因になっている。そして、宗教などの普遍的な価値観、親から子への生活習慣の伝来、
性の不平等などの問題は、教育の普及を阻んでいる。
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1-1-2.歴史的囲い込みについて
長い歴史を通してある文化や慣習が低位均衡を作っていることを「歴史的囲い込み」
という。歴史的囲い込みの下では、個人、民間部門、政府は低位均衡から簡単には抜け
出すことはできない。現状を脱することが良いと「全員が同時に」考えたときにだけ、
高位均衡へ脱することができる。
歴史的囲い込みは、現代社会でも頻繁に起こっている。例えば、ファッション業界で
は常にトレンドが重視されている。ある社会A に生活する人の多数が流行Aに価値をお
いていて、社会Bに属する人は流行A に価値をおいていないとする。言い換えれば、流
行A は社会Aでは均衡であっても、社会Bでは均衡にならない。このように、社会のマ
ジョリティーがある特定の概念を共有することで、それ以外を寄せ付けない一種の囲い
込みが起こる。「協調の失敗」は、歴史的囲い込みが経済面で起こっている状況ともい
える。投資をしない方が合理的であるという前提で経済活動を行えば、企業が利潤を上
げることがなく、経済は停滞してしまう。投資をしないことが慣習として長い間定着し
ていないために、ビッグプッシュ(工業化)が起こらないで、低位均衡に留まっている
のである。
ここでは、途上国の社会で歴史的囲い込みが教育分野で生じているメカニズムを「外
部性と歴史モデル」を使って説明する。まず、ある途上国の社会は合理的主体から形成
されていると仮定する。そして、社会が承認する範囲内でしか人々は行動を決定できな
いとする。社会の承認とは、法律によって規制や禁止されていないことや、地域に根付
いた文化や慣習によってタブーとされていないことである。社会規範は、歴史を通じて
形成されたものなので、短期間で変化することはない。そして、その社会規範の一つに、
「教育を受けるメリットが過小評価されている」という仮定を置く。よって、最初の段
階では教育を受けている主体の数は比較的少ない。
教育を受けないことが社会の慣習となっている現状をOLDとし、教育を受ける慣習の
社会をNEWとする。横軸に人数をとり、縦軸に一人あたりの収益率をとる。始まりでは、
OAの人数がOLDにいて、OBの人数がNEW にいる。
このモデルの第一の特徴は、まず、規模が拡大すればOLDよりNEWの方が効率的である
ことである。二本の収益率の線を重ねてみると、NEW の線の方がOLDよりも傾きが急で、
高い位置へ行く。第二に、第一のポイントとは逆に、OLDの収益率の始点は、NEWの始点
よりも、高い位置にある。収益率を人数で割った一人当たりの収益率を比較すれば、OLD
の0r の方が、NEWのN rよりも人数が多い。一人当たりの収益率を賃金と考えると、NEW
の一人当たりの収益率は、もともと教育を受けていた人の人数の関数として、教育を受
けると決めた人へ払う賃金と理解できる。OLDにおいての一人当たりの収益率はほとん
ど変化しないのに対して、NEW はどんどん上昇するので右上がりになる。
例えば、OLDの収益率はNEW の収益率を越えているとしよう。すると、NEWを選択して
いた個人でさえ、時間が経つにつれてより高い収益率を求めてNEW からOLDへ引き寄せ
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られていく。よって、均衡は、全員がOLDにいて、NEW にはだれも残らないことである。
社会的規範によりOLDが成立していれば、そこから抜け出すことはできないのである。
以上のように、収益の良い均衡であるNEW と悪い悪い均衡であるOLDの二つがあれば、
歴史的囲い込みという社会規範により非効率的な均衡に落ち着いてしまう。社会の全員
が同じ意思を持って低位均衡から高位均衡へ動かない限り、新しい慣習が定着すること
は困難である。少数しか教育を受けなければ、教育がもたらす便益は小さいままである。
教育の普及を実現することは、社会全体が教育を評価するようになり、がNEWへ移行さ
せることである。歴史的囲い込みを解決するために、教育の効果を広めることが必要で
ある。
1-2.教育を阻む経済的要因について
非効率な社会が教育を阻んでいるという社会的要因から派生して、経済的要因が生じ
ている。教育投資が少ないので、生産効率の低い労働を強いられた家庭の子どもは、結
果的に資金不足で教育が受けられないという問題がある。低所得から低教育を連結させ
ている要因は、資金制約であり、低教育から低所得を連結させているのは、労働市場の
欠陥である。
1-2-1.資金制約について
所得が低い人が充分な教育を受けられないのは、教育資金が不足しているからである。
先進国では、資金不足の時は信用市場を通じて銀行から融資を受けることができる。条
件は個人の返済能力に依存するにしても、信用市場が機能しているのは確かである。途
上国では、所得が低い人は融資を受けるのが困難である。それは、信用市場がうまく機
能していないからである14。信用市場が失敗している原因は、貸し手の独占の問題や、
借り手の信用の問題などさまざまある。これらの原因は資金制約を解決する手段を絶っ
ているので、所得が低い人が教育に手が届かないようにしている。
最初に、信用市場の必要性とは何かについて検討する。ある家計の消費行動を考える。
農業を営んで生計を立てている家計があると仮定する。この農家において、生産された
財は次期への投資にも使えるし、消費することもできる。よって、生産収入から次期へ
の投資分と固定費用を引いたものが自由に使える生産者利潤となる。
第一に、ローンの返済にあてがう担保が不足している。信用取引において、担保の役
割は主に二つある。一つは、借り手が本当に返済できなくなったときに、保険として用
意していた担保を代わりに渡す。もう一つの大事な役割として、借り手がわざと債務不
履行しないインセンティブをもたせるために、担保を提示させる必要がある。よって、
担保は正当な取引に応じるというシグナリング効果が生じる。通常、先進国では担保に
よって貸付する額や条件などが決まる。この場合、銀行側は、担保として土地を提示さ
せることで、借り手には担保に見合う金額を返済する能力があるかどうかを判断できる。
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しかし、途上国では担保になるものがないため、借り手に返済する能力があるかどうか
が判断しにくい。担保がない途上国の人々は、信用されないことになる。
第二の理由は、担保の有無に限らず、借り手が返済するインセンティブの問題である。
例えば、限界効用逓減の法則より、一単位のお金が手元に入ってくることで得られる効
用は、貧困層の方が富裕層よりも大きい。それゆえ、返済するときに、債務不履行の方
が、返済するよりも効率的になり、債務不履行する方を選んでしまう。
信用市場が機能しない途上国では、インフォーマル金融が蔓延している。インフォー
マル金融では、貸し手の存在が希少な場合、貸し手が独占力をもつことがしばしばある。
貸し手は、機会費用よりもずっと高い利子率を借り手に要求して融資する。この場合の
機会費用は、貸し手が競争すべき通常の銀行や都市にある信用市場などの正規の利子率
である。インフォーマル金融の高い利子率は貸し手のリスク仮説から生じる。確かに、
地方の信用市場では債務不履行が起こりやすい。借り手は利子率すべてや融資額すべて
を返済できなくなることがあるので、貸し手が直面するリスクはさまざま考えられる。
まず、非自発性による債務不履行がある。自然災害、失業、病気、死などがそうである。
ローンが満期になったときに、借り手は手元に充分な返済金がない。また、先述のイン
センティブの問題より、自発的に戦略を企てて債務不履行になるリスクもある。借り手
は融資を受けるが、自分勝手にも返済をしない。法的な処置が充分でない地域では、有
り得る話である。
インフォーマル金融によってしか融資を受けられない貧困層は、常に資金制約と直面
して生活している。資金制約の解決のために融資を受けられないのなら、生活のために
子どもを労働力として稼がせるしか選択肢がないのである。教育資金の負担を軽くさせ
るために、奨学金制度を充実させたり、貧困層に適した融資制度を作ったりする必要が
ある。
1-2-3.児童労働とのトレードオフ
貧困国に確認できる問題は、所得格差だけに留まらず、健康状態や教育水準の格差で
ある。すなわち、所得と人的資本の間には相互作用がある。比較的裕福な人々は、人的
資本に対する投資を行うことができ、将来的にも裕福でありつづけることができる。人
的資本がない下層は、人的資源に対する投資を行えず、貧困の罠に陥る。その結果、所
得が増加しないため貧困の罠から抜け出すことができない。
貧困の悪循環の背景には、児童労働に関する複数均衡の問題がある。
児童労働の非効率な点は、途上国の特徴と結びついている。子どもの教育の機会が妨
げられることがある。資金制約の下、生活のために子どもが勉学より労働を優先しなけ
ればならない。また、人的資本ではない子どもの労働は、単純労働に限られてしまい、
賃金効率が悪い。低賃金で重労働という二重苦は、先進国との格差を拡大させているだ
けではなく、教育の機会を奪っている。教育の機会を不平等する問題は、経済的要因に
- 46 -
大きく起因している。
2-3.教育を阻む二次的要因について
経済的要因による貧困層の存在とともに重要なのは,格差の問題である。所得が低い
と、資金制約に下で教育を受ける機会が与えられず、資金制約が解決されないのは、所
得格差を縮めることができないからである。結果として、途上国に特有の所得格差は永
続することになる。いずれにせよ、教育を受ける機会が与えられないのは、全員が教育
を受けない低位均衡が成立している社会的要因にも寄与するのではないか。本節では、
社会に生じた不平等を定義する。そして、格差社会がもたらした機会の不平等が教育を
遅らせ、貧困の罠を成立させているかを検討する。
資金制約が解決されないのは、資金制約がない人から、資金制約がある人への所得
の再分配が行われていない、もしくは正しく行われていないからである。『ダルトン定
理』によると、不平等な所得配分間の累進移転は不平等を緩和させる。なぜならば、二
人の個人の所得( yi , y j )がi j y ≤ y のとき、j y からi y への累進移転の繰り
返しにより所得分配ができれば、累進移転をする前の分配は累進移転後の分配より不平
等であることを示すからである。このような不平等の是正は倫理的な観点からは正しい
評価を受けるはずであるが、経済成長を考えた場合、効率性と公平性は両立されるのだ
ろうか。
では、所得の不平等を是正するために、所得再分配を行うことは、成長に関して効率
的なのだろうかという議論に戻る。所得再分配は、経済成長をするインセンティブを減
少させると最近まで言われていた。例えば、努力をしてビジネスに成功させて収入を増
やそうとしても、結果的に税金などで再分配に回されるのであれば手元に残る金額は変
わらない。よって、人々は無駄になる努力をしない方が合理的になるので、経済が成長
しないという論理である。これは、社会主義の下では、他人より多く収入を得ることが
基本的に不可能なので、有り得る話である。確かに、結果の公平性が、効率性とトレー
ドオフにあると考えれば、所得の不平等などは、効率的な成長を妨げる要因ではないか
もしれない。しかし、富を独占している一部が必ずしも国の成長に貢献する行動をとる
とは限らない。大体の人は、国を動かす権力のある人にフリーライドして、自分たちは
現状に満足してしまうのではないか。所得の不平等が発端となる社会全体の不平等は、
教育を受ける機会を減らしていて、成長には悪影響であると私は考える。Aghion[1998]
は、所得再分配がもたらすプラスの効果を三つ示している。それらは、(1)機会の増
加、(2)借り手のインセンティブ問題の改善、(3)マクロショックの減少である。
まず、機会の増加として、どのようなものがあるか。AKモデルを使って投資の機会につ
いて考える。個人投資は逓減するが、総資本金投資は規模に関して一定であるので、Y
=AK が毎期ごとの生産である。Yは国民総生産、Aが一定であり、Kが総資本である。こ
こでは、Aを人的資本の経済全体の平均とし、各家計ごとに異なっているものとする。
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そして、各家計i(家計は[0,1]区間上に連続的に分布)の人的資本の初期保有量をwi =
εiAとしよう。ここで、εiは期待値が1であるような確率変数である(この仮定のも
と、初期保有量の平均はAとなる)。信用市場が整っているとき、すべての国民が、初
期保有量に関係なく同じ量の資本K を取引することになる。投資の機会費用は、借り手
と貸し手に共通して利子率であるので、すべての国民が資本の限界効率が利子率と等し
くなる点まで投資するのが合理的だからである。資本の限界効率よりも多くの資本を所
有する人は貸付し、資本が足りない人は借入れて投資する。投資の量が同じなので、国
民総生産Y の大きさは、個々の所得には依存しない。よって、成長は、所得分配の水準
によって決まるわけではない。
しかし、途上国の多くは、これまでにも強調してきたように信用市場が不完備である
ことが多い。よって資本の移動はリスクが高くなるので、市場に任せていると、個々の
初期保有量に依拠して、投資する機会が不平等になる。単純化のために、借入れが不可
能な国を仮定する。この場合、個人の投資の量は初期保有量に依存するので、個々で異
なる。成長率g は資本の分配によって決まるので、コブ・ダグラス型の生産関数を想定
すると、以下の式となる。ここで、s は初期保有量wのうちの資本への投資割合で、単
純化のために各家計とも一定であるとしている。
所得格差があり、信用取引が不可能な場合、必然的に投資量が少なくなるので、成長
率が停滞することがわかる。そこで、所得再分配の政策を行い、投資の機会を増やすこ
とで経済成長を促進させる効果をもつ。投資の機会を教育投資に置き換えても、似たよ
うな議論が進められる。教育投資の機会が少ない人に、補助金(又は奨学金)を与える
ことにより、投資量が増える。所得格差の是正による資金制約の変化は、消費者行動を
変える。
所得の不平等が成長を遅らせるのであれば、所得の不平等から生じる機会の不平等が
教育の普及を阻んでいることがわかる。すなわち、教育の過少供給と所得の不平等には
相関関係があり、途上国で貧困の罠を成立させる原因となっているのである。
よって、教育が阻まれている要因の一つだと考えられる。言い換えれば、教育を普及
させることで所得格差が是正されれば、より多くの人の資金制約が解決される。資金制
約により、教育を受けられなった人が、教育を受けられるようになれば、その国の経済
全体のレベルがあがる。
教育を阻む要因は経済成長を間接的に遅らせる二次的要因に派生していることがわ
かった。
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Ⅺ.教育投資を促す政策とは
「低所得→低教育→低所得」の貧困の罠を改善し、貧困削減に向けて正のサイクル、
「教育→ビッグプッシュ→貧困削減」を促す策を論じる。教育が普及するための最初の
ステップは、教育を受けてそれに見合う便益を享受しようと人々が思うことである。同
時に、低所得の人でも教育を受けられる機会を増やす政策と、途上国の経済が低位均衡
から高位均衡へ抜け出すようにビッグプッシュを促す政策が必要である。
まず、最初に教育レベルを上げるためには初等教育の普及が不可欠である。そして、
途上国で教育が価値を生むものになれば、ビッグプッシュを促すマクロレベルの政策や、
奨学金やマイクロ・ファイナンスなどのミクロレベルの政策が有効になる。そして、教
育が普及し経済が成長するという高位均衡になる。また、途上国では教育が収益に結び
つかないミスマッチの問題も出てくるので、ビッグプッシュによる工業化が必要となる。
1-1.初等教育の普及について
長い歴史の中で作られまた受け継がれてきた文化や慣習を無視した行動をとること
は、異端と見なされることが多い。特に、途上国は個人の自由が認められていないこと
が多いので、個人の意思を尊重するが余り地域社会のルールに反して行動するのは困難
である。初等教育は専門的な人的資本を高める意味において、高等教育には劣るかもし
れないが、初等教育は高等教育よりも優先的に普及させるべきである。まず、高等教育
だけのレベルを上げても、初等教育がおろそかになっていれば、より高度な教育を望む
人も少なくなってしまう。さらに重要なことは、これまでも強調してきた教育の外部効
果を高めるためには、すべての個人が読み書きや計算能力など最小限の教育を受けてい
ることが最優先される。
1-1-1.社会規範の変化について
OLDからNEWへ移行すれば、途上国でも子どもが学校へ行くという文化が形成され、イ
ンセンティブ両立的であることを意味する。それでは、どのようにすれば均衡を移動さ
せることができるだろうか。このモデルにおいて、人々は同じ地域に住む他の人々と同
じ様式に沿って行動し、社会規範から外れないことを均衡としている。言い換えれば、
みんながOLD の規範、すなわち子どもを学校へ行かせないという均衡にいるから、自分
もOLD の規範を遵守している。よって、もし明日になったらみんながNEW の規範、すな
わち子どもを学校へ行かせる均衡へと移行するとすれば、自分も明日になったらNEW へ
移行するようになる。NEW にした方が社会規範に沿っているという期待形成をすること
がよい。
1-1-2.ミスマッチとビッグプッシュについて
奨学金や特別な融資形態を通じて教育を普及することが可能になれば、労働者が人的
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資本として経済成長を促すようになることが予想できる。しかし、途上国、特にラテン
アメリカでは、マクロ的にはミスマッチが問題になる。ミスマッチとは、工業化が発達
していないがために、労働市場において教育を受けた労働力が超過供給になることであ
る。人的資本にいくら投資しても、就職先が見つからず、投資に見合った収益が得られ
なければ、人々は教育を受けるインセンティブが低くなってしまう。労働需要を増やす
ためにも、効率的に経済活動がなされるためには何が必要だろうか。
ミスマッチを解決するためには、ビッグプッシュが必要である。途上国の場合、産業
間で協調の失敗が起こっているために、非効率的な経済活動が行われている。ビッグプ
ッシュにより工業化への投資が経済全体に波及し、労働市場でミスマッチが起こらなけ
れば、子どもが教育を受ける価値が高まり、教育が普及していく。
ビッグプッシュが実行されれば、生産効率性が上がり、途上国の所得レベルは改善さ
れて、子どもの教育投資へもされるようになる。同時に、ビッグプッシュが実現するた
めには、教育を受けた人的資本が生産効率の良い仕事をすることも必要となる。以上の
ように、所得を増加し、教育を促進するビッグプッシュを、Murphy, Shleifer,
Vishny[1989]の「投資の動学モデル」を用いて説明する。ビッグプッシュによって、経
済が高位均衡へ移行するだけでなく、教育への投資も増加するという補完性が明らかに
なる。
次に企業行動を考える。1期では、規模に関して収穫一定(CRS)の技術を必ず使う
とし、よって労働1単位につき1単位ずつ生産される。しかし、CRSで生産する企業に
加えて、潜在的な独占企業がいる。独占企業は、規模に関して収穫逓増(IRS)の技術
を持っているというだけで、通常の独占的行動とは異なる。そして、1期目に労働F単
位を投資して、2期目にα>1単位生産する。旧来型のCRS技術は2期目にも利用可能で
ある。独占企業は時間を通じて投資活動を行い、その実行は均衡における2期目の利子
率(収益率)と所得に依存することになる。
つまり、IRS技術を使う独占企業が工業化を進め、投資として人的資本を蓄積すれば、
それをターゲットとして教育が普及することになる。途上国でのビッグプッシュが起こ
るためには、企業が人的資本を必要とするような技術を採用することが必要なのである。
同時に、企業は効率性を上げるために教育を受けていることが強みなる。
1-2.初等教育の効率性と奨学金
初等教育とは、6歳から12歳の小学校教育である。子どもは実年齢にあった教育を受
ける方が、ドロップアウトして入学したり、成人してから入学したりするよりも、コス
トが低い。
ここで、三種類の教育サイクルを考える。①は、初等教育を6歳から12歳に受けたコ
スト最小化の場合である。②はカリキュラムの半分を12 歳を過ぎてから受けているの
で、非効率的なコストが生じている。③は12 歳を過ぎてから受けているのでコストは
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上がる一方で最も非効率的である。
では、なぜコストは年齢とともに上昇するのだろうか。まず、幼少期に教育を受けず
に児童労働に従事していたら、賃金がトレードオフになる。幼少期は単純労働の中でも、
簡単な労働しかできないので、機会費用が安い。しかし、12歳ごろになれば、与えられ
る仕事の種類も増えるので、教育の機会費用が高くなる。逆に、教育を受けなったこと
で、年を重ねても賃金の高い仕事に就けないなどの障壁もコストに含まれる。また、教
育があたえる外部性とも関係している。教育の外部性とは、同世代と一緒に学校へ通っ
た方が、コミュニケーション能力が身についたり、競争心がうまれて学習への意欲が湧
いたりすることである。留年すると、一年余計にコストがかかる上に、周りの環境が変
わるので順応するコストも加算される。
奨学金と食糧プログラム実施により、就学のインセンティブが高まり、児童労働の問
題は、緩和されることがわかった。しかし、高等教育となってくれば、教育の機会費用
も高くなり、家計の負担も大きくなるので別問題である。
1-3.高等教育の普及について
教育を受ける機会が資金制約の下で不可能になっている子どもが、教育を受けられる
ようにするためのミクロ的政策は、教育ローンを組むか、奨学金である。前述のように、
教育ローンを組むのは、困難な場合が多い。そこで、ODAなどで設立した教育基金から
奨学金を提供する政策を考える。
1-3-1.奨学金モデル
実際にJBICが行っているプロジェクトの中に、留学生借款がある。これは、JBICが二
カ国間援助を行っているタイやマレーシアにODA から貸付をし、そのODAを使って日本
に留学生を派遣させる政策である。留学生は奨学金をもらうだけで、返す義務はなく、
援助を受けた国の政府が日本政府に返すことになっている。このメカニズムのもとでは、
モラル・ハザードの問題がおきる可能性が高い。なぜならば、奨学金を返す義務がない
留学生は、もし留学がうまくいかなかったとしても損はしないので、日本で一生懸命勉
強しないかもしれない。もしくは、留学を途中であきらめてしまい、入学金などの費用
が無駄になる可能性もある。損失を防ぐためには、途上国政府は留学生のインセンティ
ブを考慮した契約を結ばなければならない。
途上国で教育を受けたこと(学歴)がシグナリングの機能をもつようになったとする。
労働市場において、需要がたくさんある場合は労働者が増えることは国の成長につなが
る。確かに、途上国では産業が未発達で教育が活かされない職業が多かったり、労働需
要が少なかったりすることが多い。しかし、教育水準を上げることで教育の正の外部効
果が機能するので、就学のインセンティブ付けは重要である。
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1-4.資金制約の解決について
途上国では教育資金を負担できないことが、教育の普及を阻んでいる。それを解決す
る方法が、奨学金などの政策であるが、教育の普及を着実なものとするためには、資金
制約の問題を解決するための金融市場が整備されている必要がある。貧困層はさまざま
な理由により通常の融資が受けられないので、条件の悪いインフォーマル金融を頼るし
か手段がなかった。しかし、近年は、少額をグループに融資するマイクロ・ファイナン
スが実施されるようになり、資金制約の解決に良い結果をもたらしている。
1-4-1グラミン銀行のマイクロ・ファイナンス
信用市場を作るのは困難であるが、低所得の人々を相手に融資を成功させるためのア
イディアは実践されている。その一つがマイクロ・ファイナンスである。しばしば小口
金融や小規模金融と日本語訳されるこの資金供給の方法は、1976年のバングラデシュに
おいて始まった。バングラデシュのチッタゴン大学教授であったムハマド・ユヌス氏が
グラミン銀行という名前のNGOを設立した。グラミン銀行は1983年に法人格を取得して
正規の銀行になった。では、グラミン銀行によるバングラデシュでの運営はどのように
して成功しているのだろうか。
貧しい村人がある程度の人数が居住していて、マイクロ・ファイナンスがまだ行われ
ていない半径4キロメートルぐらいの地域をユニオンとする。その中に10から20個程度
の集落があり、平均2万人が居住している。グラミン銀行が比較的貧しく、融資を行う
のに十分な借り手がいると判断すると、事務所が作られる。事務所に、この地域を担当
するグラミン銀行の職員が配属される。センター・マネージャーは合計で60個ぐらいの
センターを設立することを試みる。
融資を希望する人が見つかると、センター・マネージャーは自発的に5人組を形成さ
せる。その5人組は従兄弟より血縁的に近い関係では組めない。また、センター・マネ
ージャーの仲介により、見知らぬ者同士が5人組を形成することもある。
また、グラミン銀行の運営面でのユニークな点は4つ上げられる。
(1)普通の銀行が融資の対象としない貧困層に対してのみ、少額でも融資を行う。
逆に、所有する土地が0.5 エーカー超える人には融資しない。その他、融資を受
ける際に家族構成、資産、家の設備(屋根や壁の材料)などをチェックして、貧
困の程度を測る。この特徴から”Micro Finance”という名前がついている。
(2)利子率はだいたい年率18~22 パーセントで運営費用が賄えるほどになる。
資本コストも回収するとすれば32~45 パーセントになるので、低い設定である。
(3)担保を融資の条件としないで、グループの連帯責任で返済させる。グループ
のうち一人が債務不履行になった場合、そのグループの他の人も融資を受けられ
なくなる。よって、グループのメンバー同士は融資を受けた人がリスクの高い投
資をしないようにモニタリングする。
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(4)女性が借り手の90 パーセントを占めることなどである。女性は、社会や文
化の規制により、経済的機会も限定されがちである。グラミン銀行が女性にター
ゲットを絞ったことは、機械の平等化の促進にも作用している。
以上の点をふまえて、グラミン銀行では融資を受ける借り手が確実に返済するため
のプログラムが組まれている。融資・返済までの道のりトレーニングでは、グラミン銀
行の方針、スローガン、融資の方法などが伝えられる。融資は、一人に対して3000から
5000タカであり、日本円にして約6000円から1万円である。ほとんどが支払い猶予期間
を設けることなく、元本と年率換算して20パーセントの利子の返済を毎週始め、一年間
50週で分割払いする。
毎週開かれるミーティングには、全員出席が求められる。欠席する場合は然るべき理
由が必要とされる。センター・マネージャーがその週の返済金を徴収する。融資は個人
単位であっても、返済はグループの連帯責任である。
マイクロ・ファイナンスも他の融資形態と同じように、いくつか課題を残している。
まず、五人組による連帯責任は柔軟性がないので、うまくいかないことがある。一人が
債務不履行になれば、そのグループのパフォーマンスは悪く評価されるので、他のメン
バーも債務不履行になる。また、少額融資は、一ドルあたりの費用がとても高くなる。
融資の取引にかかる手数料や返済促進のコストである。重要な点として、本当に貧しい
人に融資できているかは確かではない。なぜなら、グラミン銀行を利用するノウハウが
ない人は、結果的に融資を受けられないからである。
1-4-2.グループ融資の効率性について
グループ融資は、個人融資よりもインセンティブ・メカニズムの観点からみると、効
率的である。グループを組むことで、情報を共有するのは、中小企業を対象に行われて
いるリレーションシップ・バンキングと類似している。リレーションシップ・バンキン
グでは、長い時間を経て情報共有することで、銀行と企業の情報の非対称性の問題を緩
和しているからである。信用市場には、ハイリスク・ハイリターンの危険な投資を行う
借り手と、ローリスク・ローリターンの安全な投資を行う借り手の二つのタイプがいる。
情報の非対称性が生じるのは、貸し手が借り手のタイプを判断できないからである。グ
ループ融資のメリットとして、この情報の非対称性の問題を緩和がある。では、マイク
ロ・ファイナンスのメカニズムを5つ説明する。
【1】グループ融資:相互選抜
グループ融資を受ける際にメンバーを選抜することで、アドバースセレクションの
問題が緩和される。信用取引で起こるアドバースセレクションとは、ハイリスク・ハ
イリターンの借り手に合わせて利子率が上昇すると、ローリスク・ローリターンの安
全な借り手が市場から排除される非効率な資源配分のことである。貸し手は借り手が
ハイリスクかローリスクかを判断できないからである。グループ融資では、借り手同
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士はある借り手がハイリスクかローリスクかを共有する情報から判断できる。その結
果、ローリスクの借り手はローリスクの借り手と組み、ハイリスクの借り手はハイリ
スク同士でグループを組むので、資源配分が効率化する。
【2】グループ融資:相互監視
グループ融資による相互監視により、モラル・ハザードの問題を回避できる。個人
融資で起こるモラル・ハザード問題とは、融資を受けたあとに、返済する努力を怠っ
て故意に危険な投資をして、利子の支払いを免れるインセンティブが働くことである。
グループ融資では、同じグループ内で互いをモニタリングすることで、危険な投資を
するインセンティブはなくなる。自分が安全な投資をしても、相手の危険な投資によ
る連帯責任の費用が大きくなれば、自分だけ損をするからである。また、同じコミュ
ニティにいるメンバーが自分に対して悪い評判を持つことは社会的な損失なので、効
率的ではないと言われている。評判の損失よりも返済する努力の方がコストが大きけ
れば、フリーライダー問題が生じる。しかし、コミュニティ内の長期的な評判のおか
げでフリーライダー問題が回避できる。
【3】グループ融資:履行強制
法制度が十分に機能していない途上国の場合、借り手がわざと返済しない戦略的債
務不履行をする。この場合に、グループ内仲間からの圧力によって、借り手に契約通
り返済させる履行強制を行う。
【4】逐次的融資拡大
新しいグループができると、最初は少額だけ融資をし、その融資が期限通り返済さ
れると融資額の上限が引き上げられる。将来融資額の増加が期待されれば、借り手は
リスクの低いプロジェクトを選ぶ傾向が強まり、モラル・ハザードが生じにくい。
【5】返済期間の特徴
融資が行われた後、ほとんど猶予期間をおかずに分割払いによる返済が始まる。そ
の返済は、毎週のように高い頻度で行われる。借り手の情報を早期に開示して、リス
クの高い借り手の発見を容易にすることで、情報の非対称性の問題を緩和している。
また、借り手に返済の習慣をつけさせる教育効果もある。
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ⅩⅡ.おわりに
この分析を通して、教育研修事業財団が最も伝えたかったのは、経済発展においての
教育の意義である。現在途上国は貧困の罠に陥っているが、教育が普及されれば経済は
改善すると考える。そして、教育を普及させて、ビッグプッシュを起こすことで貧困は
解決されるのである。
教育について分析すると、教育は人的資本を形成することが最も重要な意義であるこ
とがわかった。人的資本となった労働者は、賃金効率の良い仕事をあてがわれるように
なる。所得が増加すると、需要のスピルオーバーが拡大し、経済成長が促されるからで
ある。しかし、教育が普及されない途上国では、人的資本が成長しない。解決策を論じ
るまえに、なぜ教育が普及しないかという問題を追及した。
途上国で教育が普及しない要因の一つに、社会的要因がある。宗教や文化的背景より、
教育の価値を過小評価している。特に、女性の社会進出を認めない社会では、女性の教
育は男性の教育よりも遅れる傾向にある。次の要因は、経済的要因である。子どもは労
働者として必要とされているので、教育は労働とトレードオフの関係にある。低所得の
家庭では、学校よりも労働を優先させてしまう。このような所得の不平等は、機会の不
平等にも影響している。所得の不平等は、経済を不安定にさせ、成長を遅らせる問題に
もつながる。
さまざまな要因より、途上国では教育が普及されていないのが現状である。そして、
教育が普及していない低位均衡が成立している。高位均衡へ移行するためには、教育を
普及させる政策を行わなければ、途上国の現状は改善されない。教育投資への需要を増
やすには、教育の価値を再確認させる。そして、効率的なグループ融資や奨学金プログ
ラムを利用し、資金制約をクリアーするべきである。
以上より、途上国が貧困の罠に陥っている事実と教育レベルが低い事実は相関関係に
あることがわかる。海外協力への注目度が高くなっている現在、教育の普及を優先的に
促進することは正しい選択である。ミレニアム開発目標で掲げられている「初等教育の
完全普及」が一日でも早く達成されるように、研究が続けられるべきだと考える。
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