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熱力学 - Keio University

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熱力学 - Keio University
熱力学
c
三井隆久 ⃝
Department of Physics, Keio University School of Medicine,
4-1-1 Hiyoshi, Yokohama, Kanagawa 223-8521, Japan
(Dated: July 19, 2016)
熱力学は熱が関連する自然現象を 2 つの基本法則を基にして体系化した理論である。第 1 法則は物質
には内部エネルギーという状態量(現在の状態のみで決まる物理量)が存在することを示し、第 2 法則
はエントロピーという状態量が存在し、孤立系の熱平衡状態では最大になることを示す。この法則によ
り定義された熱平衡状態では、多数の原子からなる自由度の高い系(通常の物質のこと)の自由度が制
限され、異なる物理量 (温度、体積、圧力、表面張力、誘電率等) 間に関係が生じる。この関係の中で、
熱平衡状態を保ったまま物質の状態を変化させたときの複数の物理量の変化量には、物質固有の性質に
依存しない普遍的な関係があり、この関係を求めることが熱力学の役割である。この関係式を用いると、
測定や予測が困難な物理量を既に良く知られている物理量から求めることができる。
I.
序論
熱は仕事をすることができる。産業革命以降、このこと
の重要性が認識され、熱と仕事との関係が研究されるよう
になった。熱は原子の運動により生じるので、物質の熱に
関連した性質は力学を用いて記述するべきである。しかし
ながら、少数粒子 (原子 1 ∼ 2 個) の力学からは容易に予想
できないような熱固有の性質がある。たとえば、希薄気体
は理想気体の状態方程式によく従うし、水は定まった温度
で氷から液体の水、液体の水から水蒸気へと相変化する。
これは、身近な物質が天文学的な数の原子から構成され、
熱現象が統計的な性質であることに起因している。
一方で、身の周りには、多数の原子から構成されている
のに熱現象と異なる舞いをする物質がたくさんある。たと
えば、一切れの肉片は、見た目は粘土(食堂入り口の見本)
と大差ないが、放置しておけば時々刻々自然に変化してい
く(腐敗する)。これは、肉内部で無数の化学反応が生じ
ていることに起因し、このような肉片の振る舞いを定量的
に記述することは不可能である。しかし、この肉片を密封
容器に入れ長時間 (数十年、数百年、数億年) 放置してお
けば、全ての化学反応が平衡になり、見かけ上、化学反応
が停止したような状態になる。このような状態を熱平衡状
態といい、この状態になれば、「肉片」は熱固有の単純な
法則に従った振る舞いをする。
熱力学は、熱平衡状態になった物質の熱が関連した現象
を物質の原子構造に立ち入らず、第 1 法則と第 2 法則を基
本的な仮定として記述する理論体系である。これにより、
熱平衡状態において様々な状態量間に生じる関係を導くこ
とができ、熱を仕事に変換することだけでなく、化学反応
の平衡状態、分離精製に必要な仕事など熱が直接関連して
いないと思えるような現象にも論及することができる。
熱力学によりもたらされた新しい概念は、物質の状態を
表現するための手法としても用いられる。将来諸君が新し
い物質を発見したとき、どの様な性質を測定してどのよう
にデータ処理して公表すれば第三者にその物質の性質を理
解してもらえるかの指針になる。逆に、熱力学で定義され
るような量(エンタルピーや自由エネルギー)を測定して
公表するのが常識なので、他人の測定したデータを理解す
るためにも必要である。
II.
全ての物質の最終形態、熱平衡状態
多数の原子からなる物質(巨視的物質)を外界と相互作
用しない状態 (孤立状態) にして長時間放置しておくと温
度や圧力、体積、化学反応など系を記述する変数の値が変
化せず一定値になる。これを熱平衡状態という。なぜ熱平
衡状態になるのか、どうして熱平衡状態になるのかは、熱
力学では問わず、これは実験事実をもとに得られた事実で
あり、熱力学の前提である。熱平衡状態は物質の状態とし
ては極めて特殊な状態ではあるが、いずれは到達する状態
であり、身近にあって普遍的である。たとえば、50 度 C
の水 1 リットルと 100 度 C の水 1 リットルを熱接触させ、
十分に時間が経過すれば、温度は一定値 (75 度 C) になる。
これがこの系の熱平衡状態である。
熱平衡状態では、化学反応は平衡になり巨視的には反応
が停止したように観測される。このため究極の死んだ状態
ということもできる。全ての物質が熱平衡状態になろうと
しているのだから、生きている物は自分が熱平衡状態に近
づかないように努力している。一方で、物質全体としては
熱平衡になろうとしているから、生物は周囲の物体を自然
な状態より早く熱平衡状態になるように仕向けることで、
自分が熱平衡状態に近づかないように保身している。たと
えば、「今日の朝食と私」という系と「今日の朝食の明日
の姿 (二酸化炭素、水蒸気も含む) と明日の私」という系
を比較すると、私についてはほとんど変化ないが、今日の
朝食は明日には諸君のお腹の中で大きく熱平衡に近づき、
系全体としては明日のほうが熱平衡に近づいている。金属
鉄やプラスチックはいずれ朽ち果てる。これは熱平衡へ向
かう現象であるが、生物個体が成長・老化を経て死という
過程をたどるのは進化論的な問題であり、熱平衡へ向かう
過程に起因するのではない。実際、多細胞生物のプラナリ
アは無性生殖で何年でも生きられるし、がん細胞は老化で
死滅しない。
A.
与えられた条件での熱平衡状態は 1 つしかないので、状態
量間に関係が生じる
物体の性質を記述する状態量には比熱、圧力、体積、温
度、密度、誘電率、透磁率、屈折率、音速など無数にある。
物質を決めても、一般には、これらの状態量間に一定の関
係はない。たとえば、気体 1 mol を 1 リットルの容器に
入れた場合、圧縮などの手段を使えば、瞬間的であるが容
2
器の下半分にすべての分子が存在するような状態も作れる
し、上半分の状態も作れる。この例から、気体 1 mol を 1
リットルの容器に入れたというだけでは、圧力、密度、誘
電率、透磁率などの状態量は一つに定まらないことが分か
るだろう。しかし、与えられた条件 (温度・体積など状態
量の中の幾つかを決めておく) での熱平衡状態になってい
るとすれば、残りの状態量は一つに定まり、pV = nRT の
ように状態量間の関係が生じる。
与えられた条件のもとで熱平衡状態は常に同じ状態を
保つので、熱平衡状態は一意的に決まるといえる。たとえ
ば、密閉容器中に水蒸気 1mol が 110 度 C、1 気圧の熱平衡
状態にあるとしよう。このまま温度と圧力を一定にしてお
けば、密度や体積、誘電率などの状態量は常に一定値にな
り、1 時間後も、1 年後も変化しない。温度を 150 度 C ま
で上げて、再度 110 度 C にすれば、前と同じ状態になる。
熱平衡状態は、与えられた条件で物質のたどり着く最終
状態であり、究極の死んだ状態である。したがって、最も
乱雑な状態であり、過去の履歴を記憶する余地がなく一意
的に決まると考えることもできる。先ほどの、50 度 C と
100 度 C の水の熱接触の場合、熱平衡状態では 75 度 C に
なる。しかし、75 度 C で熱平衡状態になった水を如何に
詳しく調べても、かつて 50 度 C と 100 度 C の水であった
痕跡は全く残っていない。
それでは、熱平衡状態はどのように定義されるのだろう
か。先の例で、75 度 C が熱平衡状態と述べたが、なぜそ
のように結論できるのだろうか。
「あたりまえ」や「なんと
なく」では目に見えない物質や捉えどころのない物質(細
胞内物質や超電導、ブラックホール)を扱えなくなる。熱
力学第 2 法則は、熱平衡状態か否かの明確な判断基準を与
えてくれる。
B.
熱力学にできること
熱平衡状態では、様々な状態量の間に関連性が生じる。
この関連性の中には pV = nRT のように理想気体のみに
適用できる関係もあるけれど、
(
∂U
∂V
)
(
=T
T
∂p
∂T
)
− p,
(1)
V
のように、熱平衡状態であればあらゆるものに成立する関
係もある。以下で詳しく説明するが、熱平衡状態を保った
まま物質の状態を変化させたときの複数の物理量の変化の
間には、物質に依存しない普遍的な関係がある。これを探
求する学問が熱力学であり、熱力学の理論を用いてこれら
の関係式を導くことで、直接測定しにくい状態量であって
も、測定しやすい状態量から計算で求めることができる。
C.
温度と熱
熱平衡状態にある物質は温度を定義できる。温度は熱
い冷たいの尺度であり、生命の維持と密接に関係してるた
め、体感できる。温度の厳密な定義は、統計力学で行い、
ここでは直感的な説明に留める。
D.
温度計
温度の測定は実用面での重要性のため古くから方々で研
究され、温度計の目盛りとして華氏、摂氏、絶対温度が使
われている。華氏は G. D. ファーレンハイトにより提案
された温度の数値化法である。彼は、1717 年ごろに水銀
温度計を製作し,水,氷,食塩を混ぜて得られる温度を 0
度,氷の融点を 32 度,体温を 96 度とする華氏温度目盛
を考案した。一方、摂氏は 1742 年に A. セルシウスによっ
て導入された温度の数値化方法で、氷の融点を 0 度,水
の沸点を 100 度とする温度目盛 である。
温度の特徴は、温度の異なる二つの物体を接触させると
最終的に両者の温度が等しくなることである。このとき、
高温側から低温側へエネルギーが移動しており、このエネ
ルギーを熱もしくは熱エネルギーという。
1.
熱エネルギー、温度、等分配の法則
全ての物質は原子から構成されているので、温度や熱も
原子を用いて説明することができる。ただし、物質が原子
からできているといっても、1 個や 2 個の原子からできて
いるのではない。常温常圧下の空気 1cm3 の中には約 1019
個の分子があり,1cm3 の鉄には約 1023 個の原子が含まれ
ている。無数の原子が有限の温度の状態にあるとはどのよ
うなことなのだろうか。
固体を例に説明しよう。原子どうしは、化学結合により
つながり、化学結合にはバネと同じ性質がある。原子間距
離が伸びると縮む向きに力が働き、縮むと伸びる向きに力
が働く。このため、外部から振動が伝わると、原子も振動
をする。また、原子どうしは化学結合により連結している
ので、振動は次々に伝搬し、最後は全ての原子が乱雑に振
動をするようになる。これは全ての物質にあてはまること
であり、最も硬いダイヤモンドも、その中の炭素原子は原
子レベルで見れば激しく振動している。
別な例として、湖の水面を考えてみよう。風が吹いたり
地面が揺れたりすることにより、水面に波が立ち、振動す
る。しかし、しばらく静かな状態が続くと水面は鏡のよう
に平らになる。このとき、先ほどまでの水面の振動は、湖
内の全ての水分子に分配され、水分子の乱雑な振動として
湖の内部に残っている。液体中の分子は固体とは異なり、
互いにバネのような結合で強く結びついているわけではな
いが、激しく乱雑な運動をしている。熱エネルギーは、対
象とした物体中の全原子の乱雑な運動の運動エネルギーの
総和である。
温度は、熱い・冷たいの尺度であり、生物の棲息や発酵
に直接係り、水が氷や水蒸気になる条件を与える。温度と
熱エネルギーは良く似た概念であるが、少し違う。一番大
きな違いは、熱エネルギーは同じ温度の物体が 2 個あれば
2 倍になるが、温度は何個あっても変わらない。温度の高
いロウソクの炎より、温度の低い大量の海水の方が多くの
熱エネルギーを持っている。
温度は、原子 1 個あたりの運動エネルギーの大小を表す
尺度である。原子は 3 次元空間を x,y,z 方向に運動でき、
この時、一方向、たとえば x 方向の運動エネルギーの平均
3
値を ⟨mvx2 /2⟩ とすると、温度 T は、
1
1 RT
⟨mvx2 ⟩ =
,
2
2 NA
(2)
となる。ここで、m は原子の質量、vx は原子の x 方向の速
度、R=8.31 J/s は気体定数、NA =6.022×10−23 /mol はア
ボガドロ定数である。 安定な原子には軽い水素から重い
ウランまであり、さらに原子が結合してできた分子や花粉
などの粒子がある。等分配の法則と呼ばれる法則があり、
質量の大小に関係なく、熱平衡状態では平均の運動エネル
ギーは式 (2) で与えられる。等分配の法則により、温度は
物性を決める上での重要な指標になる。
触れた物体の温度が高すぎると、触ったときやけどをす
る。物体内部の原子が、体を構成する原子より激しく振動
しているため、触れることで大きな振動が伝わり、体を構
成するタンパク質の化学結合が変わり、形が変化するから
である。水が氷や蒸気になるのは、水分子どうしの化学結
合と原子 1 個の運動エネルギーの大小関係で決まるため、
温度が相転移の指標を与える。
物質内部の原子の乱雑な運動が温度なので、全ての原
子が静止した状態が最低温度である。温度には上限はない
が、下限があり、絶対零度という。絶対零度は-273 ℃であ
る。絶対温度よばれる温度の数値化方法では、絶対零度を
0 K(ケルビン) として、摂氏とおなじ温度間隔で表す。0
℃は 273 K であり、100 ℃は 373 K である。
原子の熱運動は、目で直接見ることはできないが、花粉
内容物など微細な (1µm 程度) 粒子のブラウン運動として
証明されている。また、電子が熱運動すると、乱雑な電場
が生じ、電圧が乱雑に変化する。熱運動に起源がある雑音
を熱雑音もしくは熱揺らぎといい、高精度な計測を行う場
合の最も重要な (大きな) 雑音源である。熱雑音は冷やせ
ば減少するので、電波天文学で利用する電波受信機は液体
ヘリウムで 4 K に冷却してある。
今となっては 熱はエネルギーの一種であり、仕事と同
列にエネルギー保存則の中に組み込まれるべき物理量であ
ることは自明であるが、熱力学が構築された時には自明で
はなかった。そのため、熱力学第 1 法則として、このこと
が明文化されている。これにより、熱力学を用いると熱平
衡状態を保ちながら、仕事が熱に変わる現象や、熱が仕事
に変わる現象を定量的に扱うことができる。
2.
熱放射
熱運動は原子だけでなく、電子も行っている。電磁気学
理論が示すように電子が加速度運動すると電磁波が放射さ
れるので、熱運動 (乱雑な加速度運動) に伴い電磁波が放
射される。身の回りの物体には電子が含まれているので、
物体からは常に電磁波が放射されており、これを熱放射と
いう。炭や鉄を 700◦ C に加熱すれば赤い光がぼんやりと
放出され、2000◦ C に加熱すれば白熱電球のような光を出
し、6000◦ C に加熱すれば太陽のような光が放射される。
もちろん、もっと低い温度の物体からも目に見えない電磁
波が放出されている。人間の体からも電磁波が放出されて
おり、赤外線でも、マイクロ波でも観測できる。(衛星放
送のアンテナを用いると簡単に受信できる。)。熱放射を測
定すれば、物体の温度を求めることができる。国際空港で
はインフルエンザで発熱している人を特定するため、人体
から放射される赤外線を用いて体温の測定を行っている。
子供の体温を耳を用いて測定する耳式体温計では、耳内部
の熱放射を測定して体温を求めている。最近では、シート
の中に隠れたテロリストの探索のため、テロリストから放
射された赤外線を計測した例もある。太陽からは、6000
K の熱平衡状態の物質から放射される光と同じスペクトラ
ムの光が放射されているので、表面温度を 6000 K として
いる。
3.
原子のない空間の温度
熱放射を用いると、原子のない空間の温度を定義できる。
原子のない空間を真空と呼ぶ。真空は原子が無くても、光
は存在する。この光を用いると、真空の温度を定義できる。
物質は熱放射するが、逆に、物質に光を照射すれば、光の
エネルギーが物質に吸収される。このことから、物体から
出る熱放射と物体が吸収する光の量が釣り合う状態の光、
すなわち熱平衡状態にある光が存在することが判る。
鏡で立方体を作り、この中に物体を入れたとしよう。す
ると、物体から熱放射が出るが、しばらくすると、鏡の中
を何回も反射した光が、物体に吸収されるようになる。物
体から出る光の量と物体が吸収する光の量が同じになった
とき、鏡で作った立方体内の光と物体が熱平衡になったと
みなす。このとき、物体の温度と立方体内の光の温度が同
じであるとして、立方体容器内の空間の温度を定義する。
真空中には物体は無いが光があるので、この方法で温度を
決めることができる。
宇宙空間では約 3 K の熱放射が観測されているので、現
在の宇宙の温度は 3 K である。
E.
熱力学はどんなものにも成立する
熱力学の法則は、原子からなる様々な物質で検証され、
破られていないことが実証されている。したがって、ニュー
トン力学だけでなく、量子力学に従うような原子・分子の
世界でも成立することが判る。原子は電荷を持つ電子と原
子核からなり、電荷は光など電磁場と強く相互作用する。
このため、原子からなるあらゆる物質で成立する法則は光
など電磁場にも当てはまる。光が熱力学の法則に従わない
なら、光と強く相互作用する物質も従わないという結論に
なる。光に関して言えば、黒体放射の研究などから、熱力
学の法則に従っていることが物質とは独立に検証されてい
る。同じ理由で、電子・原子核以外の粒子(中間子やニュー
トリノ等)も物質と相互作用するから、熱力学の法則に従
うと考えるべきである。また、遠方の恒星の研究から、極
端な高温・高圧下でも成立することが分かっている。
このようなわけで、以下に述べる熱力学の法則は、原子
から構成される物体(普通の物体、超伝導や超流動状態)、
真空(光)、ブラックホール内部、ビックバン直後の宇宙な
ど、あらゆるものに適用でき、今のところ反例(適用外)
は見つかっていない。
熱力学は熱平衡状態という、特殊な状態のみを扱うので
適用範囲が狭いように思えるかもしれない。実際には系全
体として熱平衡になっていなくも、系を細かい部分にわけ、
個々の部分が近似的に熱平衡状態とみなせるような場合に
は、熱力学の法則が適用できる。
4
地球の大気は全体として熱平衡ではないが、1 リットル
くらいの小さな部分なら近似的に熱平衡とみなすことがで
き、先の 50 度 C と 100 度 C の水の場合のように考えて熱
力学の法則が適用できる。このような考えのもとで天気予
報の理論が作られている。
III.
熱力学第 1 法則
熱力学第 1 法則 1 つの物体系を定められた始めの状
態 A から定められた終わりの状態 B へいろいろな方法で
移すとき、物体系に与えた力学的仕事 W と熱量の和 Q は
常に一定である。
このことから、物体には内部エネルギー U と呼ばれる
状態量が存在し、
UB − UA = Q + W,
(3)
となることが導かれる。ここで、UA 、UB は、状態 A、B
の時の U である。
特殊な場合として、始状態と終状態の差 (経路は自由)
が微小な場合には、微少始終差の間に、
dU = dQ + dW,
用語の定義 経路: 状態 A から B へ物体系を移すと
きの具体的な道筋。たとえば、加熱してから冷やして圧縮
するとか、圧縮してから加熱するとか。第 1 法則では任意
の(全ての)経路に対して、式 (3),(4) の等号が成立し、さ
らに経路によらず値が一定値であることを述べている。
力学的仕事
力学的仕事とは、力学で出てくるような力 × 移動距離
である:
力学的仕事 = 力 × 移動距離.
1.
(5)
大気圧に対する仕事
仕事の種類は無数にあるけれど、熱力学で一番多く出現
する力学的仕事は、大気圧 p の環境のなかでの体積変化に
ともなう仕事である。この仕事を求めてみよう。
大気圧 p の環境下に、気体の入ったシリンダーとピスト
ンからなる容器がある。気体に熱を加えたら、気体が膨張
して体積が V → V + ∆V のように変化した。このとき、
容器内の気体が大気に対して行った仕事を求める。
ピストンの断面積を S とすると、ピストンに作用する力
は F = pS である。力 F で L だけ移動したときの力学的
仕事は、仕事の定義 (力かける移動距離) から、F L = pSL
となる。一方、ピストンの形状から ∆V = SL だから、気
体が膨張することにより大気にした仕事は
大気に対しての仕事 = p∆V,
B.
(4)
が成立する。
A.
である。
大気に対して仕事をするとは? 体積 V の気体の体積
を大気圧 p のもとで ∆V 増やせば、気体は大気に対して
p∆V の仕事をしたことになるので、大気の力学的エネル
ギーは増える。このエネルギーは大気のどこに行くのだろ
うか?
大気中で物体が膨張すると、大気圏が厚くなる。すなわ
ち、地上のさらに上空まで大気が広がるようになる。大気
にも質量があるので、更に上空まで広がると、重力による
位置エネルギーが増加する。これが、p∆V の行方である。
大気に対する仕事は可逆的な仕事である。このことは、
シリンダー内の気体が V + ∆V → V へ縮小したとき、膨
張の際と同量の力学的エネルギーが放出されることから証
明される。同様に、大気中に作られた体積 V の真空領域
は pV の力学的エネルギーを持っている。従って、テレビ
のブラウン管や蛍光灯など内部が減圧されている物体は爆
縮することがある。
大気圧は、105 Pa 程度であるから、大気圧中における
1m3 の真空領域がもつエネルギーは、105 J である。これ
は、ガソリン 2.3 g の燃焼熱と同じくらいのエネルギーで
ある。
(6)
状態量
熱平衡状態の特徴は、過去の履歴に依存せず現在の状態
のみで様々な物理量の値が決まることである。熱平衡状態
を数式で記述するためには、この性質のある物理量と無い
物理量を区別する必要があり、状態量という概念が導入さ
れた。
物体が経験した過去の履歴に依存せず現在の状態のみで
決めることができる物理量を状態量という。
スターリングエンジンのようにピストンとシリンダーか
らなる密閉した容器に気体を封入し、気体を加熱・冷却す
ると力学的仕事を行うことができる。気体は膨張・圧縮を
周期的に繰り返し、体積や圧力、温度などは、周期的に変
化するが、力学的仕事量や熱源から流入する熱量はどんど
ん増えていく。どんなに熱機関が動こうと、温度・体積・
圧力は現在の状態のみで決まるから状態量である。熱機関
における仕事も熱も経路に依存し、状態量ではない。
諸君が標高 0m から出発して 1000 m の山の頂上に登っ
たとする。このとき、諸君が登った高さは状態量であり、
諸君の位置エネルギーも状態量である。しかし、諸君が山
を登るために費やした体内のエネルギー量や登るために費
やした時間は山登りの方法に依存する (車で登るか徒歩か
など、経路や頂上に至るまでの履歴に依存する) から状態
量ではない。
1.
状態量の卑近な説明
新宿から東京へ JR を利用して行く場合、194 円である。
これは、中央線を利用しても山手線を利用しても変わらな
い。これゆえ、JR の運賃は始点と終点のみを決めれば定
まり、途中の経路(過去の履歴)に依存しないので状態量
5
である。一方、信濃町から日吉への運賃は、JR から東横
線に乗り換える場所に依存するので状態量ではない。
時の値は df に無関係である。熱力学でも式で書くと同じ
であるが、経路を意識する必要があり、場合によれば (状
態量でない場合) 引数が x + 2dx や x + dx/2 の時の値が
関係することもある。
状態量・内部エネルギーが存在すること
C.
熱力学第 1 法則では、物体にはこの法則で定義されるよ
うな状態量が存在することを示している。
状態量は無数にあるけれど、熱に関連した状態量で自明
なのは温度のみである。これでは、熱に関連した現象を記
述する概念が少なすぎて適切に表現できない。このような
中にあって、熱力学第 1 法則は、内部エネルギーという
熱に関連した状態量が存在することを示すので、物質の熱
的性質を表現する新しい手段が提供されたことになり、今
後はこの状態量を用いて物質の性質を解析することができ
る。(この点は第 2 法則も同様である。)
力学における加速度、質量、力、電磁気学における電場、
磁場、光速、誘電率、透磁率など現象を記述するために欠
かせない物理量の発見が如何に本質的に重要か考えてみ
よう。
1.
ここでは、状態量に対する d と = について述べる。状
態量 U に対する dU は、dU = U終状態 − U始状態 であり、経
路は任意である。U が状態量ならば、経路に関係なく定ま
るから、
U終状態 − U始状態 はどのような経路に対しても値が同じに
なり、1 つに定まる。また、dU = dQ + dW の等号は、あ
らゆる経路で左辺と右辺の値が等しいというだけでなく、
始状態と終状態を指定すれば値が 1 つに定まることを意味
している。
2.
D.
熱力学の第 1 法則とエネルギー保存則
エネルギー保存則が重力や電磁気力など力が関連する
分野で成立することを証明するのはそれほど難しくない。
熱は力と直接関係ないから、エネルギー保存則に組み込
まれるようなエネルギーであることは自明ではないが、第
1 法則ではこのことを言っている。現在では熱が原子分子
の乱雑な運動エネルギーであることが分かっているので、
dU = dQ + dW を熱エネルギーも含めたエネルギー保存
則と解釈した方が理解しやすいかもしれない。しかし、熱
がエネルギーであることは自明では無いこと、内部エネル
ギー U という状態量の発見の意義も理解する必要がある。
式 (3) および、その特殊な場合の式 (4) には、もう 1 つ
重要な意味がある。熱力学における始状態と終状態の差、
もしくは d の意味である。第 1 法則には「いろいろな方法
で移すとき」とあり、これは、力学や数学で通常想定して
いる場合とことなる。このことは熱力学において極めて重
要であり、以下で述べる。
IV.
熱力学で用いる数学: 記号「=」,「d」,「∂ 」には独特の
定義がある
熱力学も力学同様に、数学で発展した表記法を用いて熱
現象を記述し、数学で正当性が認められた規則に従い表現
を変換 (計算) する。しかし、熱力学独特の定義があり、こ
のことを認識していないと熱力学は計算できても理解でき
ない。
A.
d は始状態と終状態の差を表し、経路は任意
力学で f (x) に対する df といえば、定義は df = f (x +
dx) − f (x) であり、引数が x の時の f と、引数が x + dx
の時の f の値の差であり、引数が x + 2dx や x + dx/2 の
状態量における d と =
状態量でない場合における d と =
これに対し、状態量でない場合の d と = は少し違う。状
態量でない Q に対する dQ の定義は、dQ = Q終状態 −Q始状態
で、経路は任意である。Q が状態量でない場合、値は経路
に強く依存するから、
Q終状態 − Q始状態 は経路を指定しないと値は定まらない。
また、dQ = dU − dW の等号は、あらゆる経路で左辺と
右辺の値が等しいことを意味するが、値は経路に依存して
決まる。
同じことは仕事 W にも成立する。
3.
暗黙の条件付きで「=」が成立する場合:例 dW = −pdV
暗黙の条件付き等号の場合があり、体積の変化に伴う大
気からの仕事を例にして説明する。これは、式 (6) から、
dW = −pdV (成立条件に注意),
(7)
が妥当であることがわかる。マイナス符合は、物理学では
仕事は外部から物体へする (物体は仕事でエネルギーを得
る) 側を正として定義するからである。
この式は、物体の圧力が p の時、始状態 A と終状態 B の
体積の差が dV ならば、その過程に伴う仕事 dW は −pdV
であるということであるが、成立するためには A から B
へ至る経路に大きな制約がある。
たとえば、スターリングエンジンなどピストンとシリ
ンダーに気体を封入した熱機関を考えてみよう。気体の状
態をある状態 A から別な状態 B に変え、体積が dV 変化
した場合を考える。余計なことをせす最短で状態を変える
場合、外部から注入される dW ,dQ は無限小である。一方
で、状態 A から、ピストンを 10 回往復させて外部に大き
な仕事をしてから状態 B にすることもできる。このような
場合、外部からはかなり大きな熱が系に注入されている。
実際、ピストンエンジンは周期運動するから状態 A=B で
dV = 0 でも dW ,dQ は零にならない。このことを考慮し、
6
から、
dW = −pdV における等号の成立条件は経路の全てに
渡り p の変化が無限小であること、
単純に考えて、始状態と終状態の差が無限小ならば、p
の変化が無限小の経路が存在するから問題は生じない。存
在すれば、暗黙条件下で、一般には状態量ではない仕事の
微小始終差 dW は状態量になり、等号が成立するだけで
なく、この条件下のさまざまな経路に対して値が同じにな
る。ただし、dW が状態量でも、始状態と終状態の差が有
限量の場合 (大きい場合) には、p の変化が無限小となる
経路は一般には存在しないので、仕事 W は状態量ではな
い。以下の微分で説明するが、この意味で熱 Q、仕事 W
は、状態量ではないが、微分が定義できる。
(
f (x, y + ∆y) − f (x, y) ≈
∂f
∂y
)
f (x + ∆x, y + ∆y) − f (x, y + ∆y)
∆x
( )
f (x + ∆x, y) − f (x, y)
∂f
= lim
=
(14)
∆x→0
∆x
∂x y
lim
∆x→0, ∆y→0
なので、
f (x + ∆x, y + ∆y) − f (x, y + ∆y) ≈
偏微分
始状態と終状態のみを決めれば、経路を指定しなくて
も微小始終差を一意的に定義できる場合 (状態量、熱 dQ,
仕事 dW )、数学で習う関数 f (x, y) と同様に微分を定義で
きる。
熱力学では、
)
(
∂F
(8)
∂V T
のような物理量 F に対する微分記号がしばしば出現する。
この記号の厳密な定義は、F が V と T で決まる場合、
(
)
F (V + ∆V, T ) − F (V, T )
∂F
= lim
, (9)
∆V
→0
∂V T
∆V
である。注意点として、始状態 F (V, T ) と終状態 F (V +
∆V, T ) において、T の値は同じであり、経路は任意で、途
中で T が変化しても構わない。dF が状態量なので、V ,∆V
と T を定めれば、全ての経路で値は同じになり、∆V → 0
における値(微分値)も 1 つに収束する。
仕事 W , 熱 Q は dW ,dQ が状態量なので、偏微分も、以
下の全微分もできる。
1.
全微分
f が x と y の関数の時、x と y を微小変化させたときの
f の微小変化を求めてみよう。
∆f (x, y) = f (x + ∆x, y + ∆y) − f (x, y),
(10)
= f (x + ∆x, y + ∆y) − f (x, y + ∆y)
+f (x, y + ∆y) − f (x, y)
(11)
最初の等号は、x と y が同時に変化するばあいの ∆f (x, y)
の定義であり、次の等号はその変形である。
式 (11) の後ろの 2 項のみに注目すると、偏微分の定義、
(
∂f
∂y
)
f (x, y + ∆y) − f (x, y)
∆y→0
∆y
= lim
x
∂f
∂x
)
∆x (15)
y
である。
従って、式 (11) は、式 (13) と式 (15) を用いて、無限小
変化に対して、
( )
( )
∂f
∂f
df =
dx +
dy
(16)
∂x y
∂y x
となる。これを f の全微分という。df ,dx,dy は数学的には
微小変化であるが、熱力学的には微少始終差であり、これ
が状態量であれば全微分できる。
2.
全微分と偏微分の関係
熱力学では、物理現象を直感的に表す時には全微分を用
い、厳密に計算するときには偏微分を用い、両者を混在さ
せる場合が多い。実際、第 1 法則が dU = dQ + dW であ
ることからも判るように、熱力学では全微分:
df = Adx + Bdy,
(17)
により系の挙動を表すことが多い。一方で、この式から直
ちに
( )
∂f
A=
,
(18)
∂x y
( )
∂f
B=
,
(19)
∂y x
へ移行したり、その逆をしたりする。ここでは、全微分 (式
(16)) があるので、違和感ないかもしれないが。
同じことを省略形で以下のようにする場合がある。
df = Adx,
ただし、dy = 0 もしくは y = 一定,
(20)
のとき、
(
(12)
(13)
である。
式 (11) の初めの 2 項は、
(
B.
∆y
x
A=
∂f
∂x
)
.
y
(21)
7
C.
偏微分の変数変換
関数 f が x,y で表されているとき、x(u, v),y(u, v) のよ
うに x,y が u,v の関数であるとしよう。このとき、
( )
( ) ( )
( ) ( )
∂f
∂f
∂x
∂f
∂y
=
+
, (22)
∂v u
∂x y ∂v u
∂y x ∂v u
( )
( ) ( )
( ) ( )
∂f
∂f
∂x
∂f
∂y
=
+
, (23)
∂u v
∂x y ∂u v
∂y x ∂u v
となる。
以下の比熱を例に、熱力学的 = と d や、
「直感的な全微
分」と「理論計算のための偏微分」の使い分けを学んでほ
しい。
D.
比熱は物質の温度を 1 度上げるために必要な熱エネル
ギーである。したがって、温度計を見ながら加熱して、物
質に加わった熱エネルギーと上昇温度を求め、1 度温度を
上昇させるために必要な熱量を求めればよい。このときの
注意点として、同じ物質であっても置かれている状況によ
り必要な熱量が異なることである。たとえば、気体の場合
には、体積の変化しない容器に入れた場合と、注射器のよ
うに体積の変化する容器に入れた場合では異なる。
このようなことを考慮して、比熱には、物質の体積を一
定にした条件下で温度を 1 度 C 上げるために必要な熱エ
ネルギーを示す定積比熱 CV と、物質の圧力を一定にした
条件下で温度を 1 度 C 上げるために必要な熱エネルギー
を示す定圧比熱 Cp がある。定圧比熱は、圧力が一定の環
境下で体積が変化し、体積変化に伴う大気と仕事のやりと
りを考慮する必要がある。したがって、式 (7):
(24)
となる。
1.
定積比熱
式 (4) に dW = −pdV を代入すると、
dQ = dU + pdV (成立条件: p 変化無限小経路),
(25)
となる。等号成立条件は、dW = −pdV と同じで p の変
化が無限小経路であり、この条件で、dQ は状態量になる。
一方、内部エネルギーの全微分は、
(
)
(
)
∂U
∂U
dU =
dT +
dV
(26)
∂T V
∂V T
なので、式 (25) は、
(
)
(
)
∂U
∂U
dQ =
dT +
dV + pdV
∂T V
∂V T
(成立条件: p 変化無限小経路),
(成立条件: p 変化無限小経路),
は 1 つに定まる。
一方、定積比熱 CV の測定手順を式で書くと、
(
)
∂Q
CV =
測定手順を式で表す,
∂T V
(28)
(29)
なので、式 (27) と (28) を比較して、定積比熱の理論上の
定義は、
(
)
∂U
CV =
熱力学的定義,
(30)
∂T V
としている。
例: 比熱
dW = −pdV (成立条件: p 変化無限小経路),
となる。dQ が条件付き状態量なので、全微分:
)
(
)
(
∂Q
∂Q
dT +
dV
dQ =
∂T V
∂V T
(27)
2.
定圧比熱
ここから後は、等式の成立条件は省く。定圧比熱でも外
部からの仕事は体積膨張に伴う力学的仕事のみとする:
dQ = dU + pdV.
(31)
内部エネルギー dU と体積 dV を、T , p を用いた全微分で
表すと、式 (31) は、
(
)
(
)
∂U
∂U
dQ =
dT +
dp
∂T p
∂p T
(
)
(
)
∂V
∂V
+p
dT + p
dp,
(32)
∂T p
∂p T
となる。
定積比熱 Cp の測定手順を式で書くと、
(
)
∂Q
Cp =
測定手順を式で表す,
∂T p
なので、dQ の全微分:
(
)
(
)
∂Q
∂Q
dQ =
dT +
dp,
∂T p
∂p T
と式 (32) を比較して、定圧比熱は、
(
)
(
)
∂U
∂V
Cp =
+p
熱力学的定義,
∂T p
∂T p
(33)
(34)
(35)
として定義するのが妥当であることが判る。
さらに、偏微分の変数変換に関する公式—–式 (22) にお
いて、f → U , v = x → T , u → p, y → V の置き換えを
する—–を用いると、
)
(
)
(
) (
)
(
∂U
∂U
∂V
∂U
=
+
,
(36)
∂T p
∂T V
∂V T ∂T p
8
となるので、定圧比熱 Cp は、定積比熱を用いて、
{(
)
}(
)
∂U
∂V
Cp = CV +
+p
(37)
∂V T
∂T p
として表すことができる。定圧比熱と定積比熱の差 (Cp −
CV ) には物質に依存しない極めて普遍的な関係があるこ
とが導かれた。
簡単な導き方 ピストンとシリンダーから成る容器に物
体を入れ、圧力一定の条件で加熱した。このとき、第 1 法
則から、
dQ = dU + pdV.
dU を全微分で書くと、
)
(
)
(
∂U
∂U
dT +
dV + pdV.
dQ =
∂T V
∂V T
(38)
1.
(40)
を満たす。圧力一定だろうが、どのような条件でも、式
(39) は任意の条件における dT ,dV で成立する。このため、
dT は dT のままでよいが、dV は圧力一定の条件で加熱・
膨張条件を入れて、dT で表す必要がある;
(
)
∂V
dV =
dT.
(41)
∂T p
代入して、
{(
}(
(
)
)
)
∂U
∂V
∂U
dT +
+p
dT. (42)
dQ =
∂T V
∂V T
∂T p
式 (42) と (40) を比較すれば、Cp が求まる。
V.
熱力学第 2 法則
第 1 法則は熱平衡状態に言及していないので、目前に
ある物質が熱平衡状態なのか否か分からない。たとえば、
50 度 C と 100 度 C の水があるとして、両者を接触させた
時の熱平衡状態は、両者の温度が等しくなることを導けな
い。ここでは、エントロピーと呼ばれる状態量を定義し、
熱平衡状態のなんたるかを明確に定義する。
A.
エネルギーだけでは成果が分からない
(39)
定圧比熱 Cp は、圧力一定の条件で、
dQ = Cp dT, p = const.,
で、正確な議論ができる。たとえば、1 日に 2000kcal のエ
ネルギーを食事で摂取する人は、どんなに努力してもこれ
以上のエネルギーを必要とする仕事を毎日定常的に行うこ
とはできない。これは、人間の内部でどのように複雑な化
学反応がおころうとも成立する。
エネルギーと同じような保存量で日常生活に関連した物
としてお金がある。お金は、個人で勝手に生成—–すなわ
ち偽札作り—–してはいけないものであり、消滅—–お札を
燃やすなどの破棄—–もしてはいけない物である。したがっ
て、諸君が如何に複雑な日常生活をしていようと、月に 10
万円の収入がある人の平均支出は 10 万円以下である。
エネルギーなどの保存量による議論は、未知の対象につ
いて複雑な計算・計測をせずに情報を得ることができると
同時に、得られた結果の信憑性が非常に高い。
エネルギーは保存量、厳密な議論ができるが成果がわから
ない
エネルギーは保存量である。保存量であるとは、どこか
で勝手に生成したり消滅したりしない量であることを意味
する。保存量を用いて議論すると何が便利なのだろうか?
たとえば、生命活動は非常に複雑で全てを完全に把握す
ることはできない。このように複雑な現象に対しても保存
量は内部で勝手に生成・消滅をしないことが判っているの
エネルギーを用いた記述は、エネルギーのもたらした効
果・成果が分からないという欠点がある。たとえば、諸君
はアルバイトや仕送りで毎月いくらかのお金を得ている。
ところが、諸君はせっかく手にしたお金をほとんど全額手
放している。どうせ手放すなら、初めからお金などもらわ
なければ良いようにも思える。諸君のお金の収支だけ見
ていると、使えるお金の上限は収入で決まるとか、収入と
支出がほぼ等しいことしか分からず、諸君がどのくらい有
効にお金を活用したか、その結果心身共にどれくらい豊に
なったか分からない。
別な例で、人は毎日 2000 kcal 程度の食事をしている。
ところが、同時に毎日 2000 kcal 程度のエネルギーを放出
している。したがって、エネルギーは人間の体内にはほと
んど蓄積していない。もし、食事で得られたエネルギーが
全て体内に蓄積されたら、太りすぎて困るだろう。どうせ
捨てるならば、初めから摂取しなくても良さそうなもので
ある。エネルギーの果たす役割は、エネルギーだけを見て
いたのではわからない。
同様なことは地球環境にも当てはまる。地球上の生命活
動は太陽光線のもつエネルギーによって成される。しかし、
太陽から受け取るエネルギーは、ほとんど全部地球から宇
宙空間へ放出されている。もし、エネルギーを宇宙空間へ
放出しないとすれば、地球の温度はどんどん上昇して、人
間が住めないようになってしまうだろう。地球は太陽から
受け取った貴重なエネルギーをほとんど全て宇宙空間へ放
出するのだから、太陽からエネルギーをいただかなくても
良いような気がする。太陽エネルギーの果たす役割は何な
のだろうか?
この例からわかるように、エネルギーは保存量なので、
いつまでももらい続けると蓄積しすぎて困った事態にな
る。もらったエネルギーはほとんど全部捨てなければい
けない。もらった分だけ捨てているので何のためにエネル
ギーが必要なのか全く判らない。
2.
物質には乱雑さを表す尺度があり、エネルギーには乱雑さ
を変化させる働きがある
ハンカチを例として説明しよう。ハンカチは、朝持って
学校へ行き、夕方家に帰って洗濯に出す。ハンカチは、手
9
にしたらいずれ手放す。手放すのだから、初めからハンカ
チなど必要ないように思える。しかし、よく調べると、朝
手にするハンカチと、夕方洗濯に出すハンカチとは違う。
朝のハンカチは清潔で夕方のハンカチは汚れている。ハン
カチには清潔さの尺度があり、汚れている物に接すると汚
れて、綺麗な水で洗うと綺麗になる。汚れた洗濯水は太陽
エネルギーで蒸発・降雨の過程を経て綺麗になる。
別な例では、諸君が毎日食事で摂取する 2000 kcal と諸
君が排出する 2000 kcal は同じ量のエネルギーでも違うエ
ネルギーである。この違いは、ハンカチの場合の清潔さと
同じで、食事で摂取する 2000 kcal は「清潔な 2000 kcal」
で、諸君が放出する 2000 kcal は「汚れた 2000 kcal」であ
るといえる。エネルギーの主たる役割は諸君の体内を「綺
麗にする」、すなわち熱平衡状態に近づいた部分を熱平衡
状態から遠ざけることである。もちろん、ただ綺麗にする
だけでなく、学習や成長など熱平衡からさらに遠ざけるた
めにも使われる。また、太陽からの光は清潔で地球が放射
する光は汚れているともいえる。太陽エネルギーの役割は
地球を「綺麗」(熱平衡状態から遠ざける)にすることで
ある。
物質には乱雑さの度合いを表す状態量が存在することが
発見され、この状態量はエントロピーと呼ばれる。エネル
ギーは、エントロピーの増減(特に減少)に重要な役割を
果たす。また、熱平衡状態は与えられた条件下で最も乱雑
な状態(エントロピー最大の状態)として定義される。
第 2 法則を以下で説明するが、ここで説明したエントロ
ピーの直感的な意味は、後に述べる統計力学における発見
であり、熱力学ではそのような意味は分からない。熱力学
におけるエントロピーは、「明確に定義されているが、意
味の分からない状態量」である。
B.
熱力学第 2 法則と不可逆現象
1.
不可逆な現象
机の上で物を動かすためには、摩擦にうち勝つ力が必要
であり、エネルギーを消費する。結果として、物は動き摩
擦熱が生じる。ところが、机や物を熱しても物は動かない。
階段を登ると体温が上がり疲れて腹がへる。しかし階段を
下りても涼しくならないし疲労は消えないし腹も満たされ
ない。電熱線に電流を流せば熱が生じるが、電熱線を熱し
ても同じ大きさの電流は生じない。このように、熱の発生
を伴う現象は、逆の操作をしても元に戻らない。逆の操作
をしても元に戻らない現象のことを不可逆現象という。
物質の運動を記述するニュートンの運動方程式は可逆な
のに、身の周りにあるたいていのことは不可逆である。物
理学者としてはいろいろ悩むところであるが、熱の発生や
温度差のある熱伝導を伴う現象が不可逆なのは経験的事実
として、熱力学第 2 法則が生まれた。
2.
熱力学第 2 法則の定量的な表現
熱力学第 2 法則には、以下に示す 3 種類の表現がある。
(1) 熱が高温から低温へ移る現象は不可逆である。言い
換えると、熱を低温から高温へ移しそのほかに何の変化も
残らないようにすることは不可能である。
(2) 仕事が熱に変わる現象は不可逆である。言い換えれ
ば、外から熱を吸収し、これを全部仕事に変えて外に与え、
それ自身はもとの状態へ戻る装置は作れない。(第 2 種永
久機関は不可能である。)
(3) 熱力学第 2 法則を数式で表す。
物質にはエントロピー (S) と呼ばれる状態量が存在し、
1 つの物体系を定められたはじめの状態 A から定められた
終わりの状態 B へいろいろな方法で移すとき、
∫
B
SB − SA ≥
A
dQ
,
T
(43)
ここで、T は物体系の温度であり、dQ は物体系に対して
加えた熱量、SA , SB は状態 A,B のエントロピーである。
特殊な場合として、状態 A,B の差が無限小の場合には、
dS ≥
dQ
T
(44)
という関係が成り立つ。始状態と終状態の差は無限小で
も、経路は任意であり、大きくかけ離れた状態を途中で経
てもよい。ここで、等号は熱平衡状態を保ったまま熱の出
入りがある場合。実際問題としては有限の温度差がどこに
も生じないようにゆっくりと少しずつ熱エネルギーを与え
た場合などに成り立つ。
熱を系に流入させると系のエントロピーは増える。この
ときの増え方が、等号で決まる量、すなわち dQ/T だけ増
える場合には、この操作は可逆である。実際、系から熱を
同量吸い取って熱源へ戻せば状態を元通りにできる。不等
号の場合には熱の流入に伴い dQ/T よりも多くエントロ
ピーが増える。この場合、同じ量の熱を系から取り去って
も、系のエントロピーは元の大きさに戻らない。したがっ
て、後戻りできず不可逆である。このようにして、可逆・
不可逆が式で記述される。
熱平衡状態を保ったままの操作は、可逆過程である。
先に述べたように、熱平衡状態は究極の死んだ状態であ
り、最も乱雑な状態なので、過去を覚えていることがなく、
条件を定めれば 1 つに決まる。このため、条件を元に戻せ
ば、状態も元に戻り、「熱平衡状態を保ったままの操作は
可逆過程」となる。
3.
簡単な例
不可逆の例として、50 度 C の水と 100 度 C の水の熱接
触を考えよう。100 度 C の水から 10J の熱エネルギーが
50 度 C の水へ伝導したとすれば、100 度 C の水のエント
ロピー減少量は 10/(273 + 100)J/K で、50 度 C の水のエ
ントロピー増加量は、10/(273 + 50)J/K である。系を 50
度 C の水と 100 度 C の水とすれば、この熱伝導により系
全体としては、0.0041J/K だけエントロピーが増加してい
る。孤立系のエントロピーは減少しないからこの系は元に
戻ることができず、この熱接触は不可逆過程であることが
わかる。
エントロピーという観点で見ると、熱エネルギーは原子
レベルでの乱雑な運動エネルギーなので、熱という形でエ
ネルギーを受け取ると、受け取った物体の原子レベルでの
10
運動の乱雑さ (エントロピー) が増え、熱を放出した物体
の乱雑さが減る。
4.
孤立系のエントロピー増大の法則
外部と全く相互作用の無い系を孤立系という。孤立系
は、外部から熱の出入りが無いので dQ = 0 である。従っ
て、時間とともに dS ≥ 0 を繰り返すので S は決して減少
せず、最後は S の最大値で落ち着く。これが孤立系の熱平
衡状態である。
となることを用いると、式 (47) は、
(
)
∫ TL
1
1
S(TL ) = S0 + CV
dTL
−
,
TL
TH0 − (TL − TL0 )
TL0
(
)
TL
TH0 + TL0 − TL
= S0 + CV log(
) + log(
) , (49)
TL0
TH0
となる。
6.
熱力学におけるエントロピーは明確に定義されているが意
味の分からない状態量
孤立系の熱平衡状態はエントロピー最大の状態である。
たとえば、TH0 =100 度 C と TL0 =50 度 C の水が 1 リッ
トル (比熱 CV ) あり、両者が熱接触している系を考える。
熱接触に伴い低温側の水の温度が上がり、高温側の水の温
度は下がる。低温側の水の温度を TL 、高温側を TH で表
す。低温側から高温側への移動熱を dQ とすれば、この系
のエントロピー変化 dS は、
dS =
dQ dQ
−
,
TL
TH
(45)
となる。エントロピーの最大値は dS = 0 なので、熱平衡
状態では TL = TH が求められる。ここで式 (45) において、
dS = dQ/T (等号)を用いたのは、高温および低温側の
水、それぞれは温度が均一になるようにゆっくりと熱の移
動を行うことを想定していることによる。
高温側と低温側の比熱を同じ値 CV とすると、熱の移動
に伴い、温度には、
CV (TH0 − TH ) = CV (TL − TL0 ),
(46)
の関係が生じる。熱平衡状態では TL = TH であることを
用いると、TL = (TH0 + TL0 )/2=75 度 C を求めることが
できる。
5.
例: 熱移動に伴うエントロピーの値を求める
先と同じように、比熱 CV の高温の水と低温の水が熱接
触している場合を例にエントロピーを求めてみよう。両者
の熱接触は熱平衡状態を保ったまま、すなわち、ゆっくり
と行い、低温側内部に温度差が生じないように、同様に高
温側内部にも温度差が生じないように行う。熱平衡状態を
保ちながらなので、低温側と高温側の両方で dS = dQ/T
が成立し、系全体のエントロピーは、低温側と高温側のエ
ントロピーの和 (式 (45)) である。エントロピーを低温側
の温度の関数で表すと、
∫
低温側温度 TL
S(TL ) = S0 +
低温側温度 TL0
[
]
dQ dQ
−
,
TL
TH
(47)
となる。
比熱を用いると、dQ = CV dTL となること、式 (46) か
ら熱の移動に伴う高温側の温度は、低温側の温度を用いて、
TH = TH0 − (TL − TL0 ),
熱力学の第 1 法則では内部エネルギー U という状態量
が現れ、第 2 法則ではエントロピー S という状態量が突
然現れる。内部エネルギーについてはなんとなく直観的に
もわかるが、エントロピーについてはいったい何のことや
ら。歴史的にも、エントロピーという状態量が存在するこ
とが知られてからもエントロピーの意味はなかなか判らな
かった。
分かるとはどういうことだろうか。力学には質量、運動
量、エネルギーなどの物理量が登場する。これらについて
エントロピーより分かっていると信じているが、これらに
ついて言えるのは、せいぜい定義と応用例である。この程
度でよいなら、エントロピーでも言うことができる。この
意味で、エントロピーは明確に定義されていると言える。
理解できるかできないかの違いは、定義の内容にある。物
質は原子からできている。物質の持っている性質を議論す
るのだから、原子の持つ物理量を使って物質の性質を記述
できるはずである。運動量、運動エネルギー、位置エネル
ギーは原子の質量、速度、力などで定義されている。これ
を以て、これらの物理量は理解できたという。質量につい
ては理解できていないので素粒子物理学者が研究してい
る。同じように、熱力学の範囲ではエントロピーについて
は理解できない。このことが熱力学を難解にしている一因
である。熱力学の範囲に限定すれば、内部エネルギーも原
子や分子の言葉で表現できないので、同様に難解なはずで
ある。
統計力学の創始者であるボルツマンが、エントロピーは
先に述べた清潔さ(乱雑さ)の尺度を表す状態量であるこ
とを発見し、原子の物理量でエントロピーを表すことに成
功した。ボルツマンの墓石には、エントロピーの定義を示
す重要な式 (S = k log W 、この式の意味は統計力学で説
明する) が刻まれている。
熱力学の理論に不備はないので、エントロピーを原子レ
ベルの定義で理解しなくても計算して答えを得ることはで
きるが、自然現象を理解するための科学なので、乱雑さと
言う観点で物質を見る方法があることは知っておく必要が
あり、後に統計力学で説明する。
(48)
C.
1.
応用例
地球のエントロピー収支
地球上で太陽エネルギーを利用して何かをする場合、最
大でどのくらいの有用な事ができるか考えてみよう。太陽
エネルギーを考えるだけではこの問いには答えられない。
11
なぜならば、太陽から受け取ったエネルギーの大半を宇宙
理では熱が生じ、この熱を捨てることさえ出来れば、どん
空間へ捨てないと、地球の温度が上昇してしまう。正味で
な危険物、汚染物でも原理的には安全な形態にできる。
エネルギーをほとんど受け取っていないのに、地上では太
エントロピーを排出できなければ何もできない。しか
陽エネルギーを用いて有用な作業ができる。
し、エントロピーを排出できれば何でもできるわけではな
い。エントロピーは勝手に増えるのだから、増えないよう
ところで、有用な作業とはなんだろうか。有用な作業と
にする機構が必要である。エントロピーと環境との関係は
は、乱雑なものを材料にして秩序あるものを構築すること
「杉本大一郎著「エントロピー入門」中公新書」に詳しく
である。たとえば、物作りは、バラバラの材料を上手に加
書かれている。
工し、組み合わせることによって為される。作られた物の
みに注目していれば、乱雑な状態から秩序を作り出してい
る。生物は、空気や土のように決まった構造の無い物を材
2. 蒸気圧と温度の関係 (クラペイロンの式)
料にして成長する構造物である。物作りも生物の成長も、
それだけ見ていると乱雑さが減少(エントロピーが減少)
している様に見えるが、熱平衡状態ではない状態で進行す
圧力を上げると水の沸点は上昇する。蒸気圧と温度には
るから、系全体(地球全体)ではエントロピーは増加して
関係があり、熱力学の理論を用いるとこの関係を求めるこ
いる。実際、物作りの結果として、大量のごみや電力消費
とができる。ここでは、水と水蒸気に限定せず、熱平衡状
に伴う熱の発生がある。動物の成長には二酸化炭素、水蒸
態になっている任意の物体における圧力と内部エネルギー
気、更に大量の糞尿の排出が伴う。
の関係を求めた後、蒸気圧と温度の関係を求める。
有用な作業がどのくらいできるかの上限は、これらの廃
体積が変化できる容器 (ピストンとシリンダー) に物体
棄物(ゴミ)をどのくらい捨てられるかで決まる。地球は、
これらのゴミを宇宙空間へ捨てている。ただし、物という (熱平衡状態なら何でもよい、光でもよい、ブラックホー
ルでもよい、諸君はだめ)を入れた。ピストンには外部か
形でゴミを宇宙へ廃棄し続けていると、地球の限られた資
ら力が加えられていて、物体の体積が変化すれば外部と仕
源がなくなってしまう。幸いなことに、物ではない形でゴ
事のやりとり dW = −pdV ができる。
ミを宇宙へ捨てることができる。
宇宙へのゴミの廃棄は、光を用いたエントロピー排出に
物体を熱して dQ の熱エネルギーを加え、体積が dV 増
より行われている。太陽光エネルギーは、太陽の温度 6000
える状況を解析してみよう。
K と熱平衡状態にあった光なので、温度が高く、エントロ
熱力学の第 1 法則により容器内部の物体全体に対する状
ピー dQ/T が非常に小さい。一方、地球から宇宙空間へエ
ネルギーを捨てる場合には、地球の温度が 300 K なので、 態量として内部エネルギー U が存在して、
同じエネルギーでも大きな dQ/T となる。この時のエン
dU = dQ − pdV,
(50)
トロピーの差が宇宙へ廃棄されたエントロピーであり、太
陽エネルギーを利用して地上で生成できる最大のエントロ
となる。
ピーである。
一方、T と V を独立変数とした U の全微分:
実際の数値を入れて計算してみよう。地球の半径は 6378
(
)
(
)
km, 太陽からは 1.3 kW/m2 のエネルギーが照射されてい
∂U
∂U
dU =
dT +
dV
(51)
るので、地球は 1.7 ×1017 W のエネルギーを受け取って
∂T V
∂V T
いる。太陽の温度は 6000 K なので、地球が受け取るエン
トロピーは、1 秒あたり 2.8×1013 J/Ks である。地球は太
を dU に代入して、
陽が受け取るのと同じ量のエネルギーを 300 K の熱エネ
(
)
[(
)
]
∂U
∂U
ルギーとして宇宙に放出している。したがって、地球が放
dT
+
+
p
dV = dQ
(52)
∂T V
∂V T
出するエントロピーは 5.5×1014 J/Ks である。太陽から
受け取るエントロピーと地球が放出するエントロピーの差
となる。
5.3×1014 J/Ks が地球上で持続的に生成可能な最大限のエ
熱力学第 2 法則から、状態量としてのエントロピー S
ントロピーである。実際に人間など生物が持続的に生成可
が容器内部の物体に対して存在して、ここでの加熱操作に
能なエントロピーはこれよりも何桁も小さい。太陽光が大
伴い、
気で散乱されたり、地面で直接熱に変わったりすることに
よる。いずれにしても、このエントロピーを用いて、我々
dQ
の呼吸や排泄物のエントロピーが宇宙へ捨てられる。
dS ≥
,
(53)
T
地球上のあらゆる汚れが最終的に宇宙に熱放射として捨
てられるというのは実感できないないかもしれない。諸君
が成り立つ。熱平衡状態になっている物体に、熱平衡状態
の体から出る水蒸気は、上空で熱を放射し雨になって戻っ
を保ちながら(ゆっくりと)熱の出し入れを行う場合を仮
てくる。糞尿は生物分解され再利用されるがその際に発酵
定しているので、式 (53) は等号が成立し、dS = dQ/T で
熱が生じる。二酸化炭素は光合成に利用されるが、相応の
ある。
熱が生じる。人間から見て汚染された物、例えばカビや細
式 (52) を代入して、
菌、ウイルスなどの付着した物は燃やしたり加熱殺菌すれ
(
)
[(
)
]
1 ∂U
1
∂U
dQ
ば無害化できる。また、鉛や水銀、ヒ素や放射性物質に汚
=
dT +
+ p dV (54)
dS =
染された物は、地球全体に薄くばらまくか、大量の電気を
T
T ∂T V
T
∂V T
用いた精製装置を用いて危険物質を取り除き、単離した有
害物質を安全な保管庫に保管すれば問題なくなる。汚物処
が得られる。
12
一方、エントロピー S の全微分は、
(
)
(
)
∂S
∂S
dS =
dT +
dV
∂T V
∂V T
水蒸気の分子数 (mol) を M気 とすると、密閉容器中なの
で全分子数は一定となり、
(55)
全分子数 = M気 + M液 = 一定,
である。したがって、
なので、この式と式 (54) を比較し、
(
)
(
)
∂S
1 ∂U
=
∂T V
T ∂T V
(
)
[(
)
]
∂S
∂U
1
=
+p
∂V T
T
∂V T
dM気 = −dM液
(56)
(57)
となる。
エントロピー S は状態量なので、
[
[
(
) ]
(
) ]
∂
∂
∂S
∂S
=
,
∂V ∂T V T
∂T ∂V T V
∂ 1
∂V T
(
∂U
∂T
) ]
[
=
V
T
∂ 1
∂T T
{(
∂U
∂V
)
(58)
}]
. (59)
(62)
が得られる。この式はしばしば用いられるので、エネル
ギー方程式と呼ばれている。導くにあたり、熱平衡状態に
なっている任意の物体を仮定したので、この式はあらゆる
物体に成立する関係式である。たとえば、光子に適用する
と、熱放射に関するシュテファン=ボルツマンの法則が求
まる。式 (53) の不等号を省いたので、熱平衡状態にない
物体、たとえば諸君、に対しては成立しない。
(
∂U
∂V
)
(
と
T
∂p
∂T
)
は、
dV = (v気 − v液 )dM気
(63)
V
異なる操作の結果を表しているが、同じ物体の熱平衡状態
における操作なので、両者は無関係ではない。この関係が、
熱力学により式 (62) であることが導かれた。
式 (62) の左辺を水と水蒸気に固有の状態量で表現して
みよう。容器中に液体の水と気体の水(水蒸気)があって、
両者が熱平衡状態になっている。水の分子数 (mol) を M液 、
(67)
である。
液体の水分子 1mol の内部エネルギーを u液 、気体の水
分子 1mol の内部エネルギーを u気 とすれば、系全体の内
部エネルギー U は、
V
独立変数が T ,V であることに注意して微分を実行すると、
[
(
) ]
1 ∂
∂U
左辺 =
,
(60)
T ∂V ∂T V T
{(
)
}
∂U
1
+p
右辺 = − 2
T
∂V T
{[
(
) ]
(
) }
1
∂
∂U
∂p
+
+
, (61)
T
∂T ∂V T V
∂T V
となる。したがって、
(
)
(
)
∂U
∂p
=T
− p,
∂V T
∂T V
(66)
となる。したがって、
+p
T
(65)
となる。
液体の水分子 1mol の体積を v液 、同じ圧力・温度で気体
の水分子 1mol が占める体積を v気 とすれば、系全体の体
積 V は、
V = v気 M気 + v液 M液 ,
が成立する。
(証明は次の節式 (82) にあり。)これを式 (56)、
(57) に適用して、
[
(64)
U = u気 M気 + u液 M液 ,
(68)
dU = (u気 − u液 )dM気
(69)
なので、
となる。
式 (67) と式 (69) から、液体が蒸発して気体になる場合、
)
(
u − u液
∂U
= 気
(70)
∂V T
v気 − v液
となることが分かる。
一方、この系では、液体を気体にするためには外部から
熱して、熱エネルギー dQ を系に加えている。この熱エネ
ルギーは、液体を気化させて内部エネルギーを増やすこと
と、大気圧に対する仕事に使われる:
dQ = dU + pdV
= (u気 − u液 )dM気 + p(v気 − v液 )dM気 .
(71)
(72)
したがって、
dQ
= (u気 − u液 ) + p(v気 − v液 ) = λ
dM気
(73)
が得られる。ここで、λ は水 1mol あたりの気化熱である。
式 (73) を式 (70) に代入すると、
(
)
∂U
λ
=
−p
(74)
∂V T
v気 − v液
となることがわかる。
式 (74) と式 (62) を比較すると、
(
)
∂p
λ
=
∂T V
T (v気 − v液 )
(75)
13
が導かれる。この式をクラペイロンの式という。この値は
1 気圧で 100 度 C 近辺の水に対して、27 mmHg(Torr)/K
になり、実験結果とよく一致するらしい。
ここでは、液体の水と水蒸気が共存する場合を調べたけ
れど、氷と液体の水の場合でも同じ式が成立するし、アル
コールでもよい。たとえば、氷は水に浮くから、1mol 当
たりの体積は氷の方が水より大きい。従って、圧力を上げ
れば、融点が下がることが計算をしなくても分かる。
3.
状態の変化の中に物質に依存しない普遍的な性質を見いだ
し熱力学を体系化したから微分が多い
熱力学の理論は微分ばかりで目がちらちらする。なぜ
微分が多いのか。熱力学第 1,2 法則は、物体をある状態か
ら別な状態へ変化させた時の変化量に対する式なので、こ
の法則をもとに展開される理論には微分が多くなる。しか
し、熱が関連する自然現象は状態の変化(微分)に注目し
なくても決定できる。たとえば、平均速度 v̄ で運動する気
体の分子運動を解析することで、
p=
N mv̄
,
3V
(76)
という関係式が得られ、温度 T と v̄ との関係から pV =
nRT が得られる。このような理論展開は統計力学で一般
化して行うが、そこでは状態を変化させるという概念や微
分は本質的な役割をしない。
熱力学で微分の果たす役割は、ニュートンの運動方程式
で微分が果たす役割に似ている。運動方程式は、全ての物
体の運動には運動量の変化は力に等しいという共通点が
ある、すなわち物体や状況に依存しない普遍的な運動の性
質は運度量の変化にあることを主張している。このため、
ニュートン力学をたよって運動を解析する場合、まず初め
に運動量の変化から出発する必要がある。同じように熱力
学は、熱が関連する自然現象には状態を変化させたときの
複数の状態量の変化量に物質固有の性質に依存しない普遍
的な関係があることを示している。このため、熱力学の理
論をたよって解析する以上、状態の変化に注目する必要が
生じ、微分が多く出現する。
熱機関は物質の状態を変化させたときに生じる仕事を
用いる装置であり、熱機関開発で最も重要なことは、どの
ような物質を作業媒質に用いても良いから効率を上げるこ
と。この要請が熱力学とたいへん良く合うのは、熱力学が
熱機関の研究から生まれた学問であることも関係している
かもしれない。熱力学は、状態の変化に伴う状態量の変化
の中で、物質に依存しない関係を、物質への仕事や熱の出
入りから求める理論であるが、われわれはこの理論をより
どころに特定の物質の特定の状況での状態 (圧力、温度、
組成) を求める。クラペイロンの式で分かったと思うがこ
れは難解であるが、容易にするために考案された方法、熱
力学ポテンシャル、について以下で述べる。
4.
式 (58)
[
∂
∂T
(
∂S
∂V
微分の計算
) ]
[
=
T V
∂
∂V
(
∂S
∂T
) ]
(77)
V
T
の導出。
この式は、エントロピー S に対してのみ成立する特殊
な式ではなく、状態量を表すあらゆる関数に対して成立す
る式である。したがって、ここでは、x と y の関数 f (x, y)
を想定して、式 (77) と同じ式を導こう。
偏微分の定義から、
( )
∂f
f (x + ∆x, y) − f (x, y)
= lim
(78)
∂x y ∆x→0
∆x
であり、
(
∂f
∂y
)
= lim
x
∆y→0
f (x, y + ∆y) − f (x, y)
∆y
(79)
である。
さらにもう一度微分をすると、式 (78) は、
[
( ) ]
∂ ∂f
∂y ∂x y
x
[
f (x + ∆x, y + ∆y) − f (x, y + ∆y)
=
lim
∆x→0,∆y→0
∆x∆y
]
f (x + ∆x, y) − f (x, y)
,
(80)
−
∆x∆y
となる。
一方、式 (79) をもう一度微分すると、
[
( ) ]
∂ ∂f
∂x ∂y x y
[
f (x + ∆x, y + ∆y) − f (x + ∆x, y)
=
lim
∆x→0,∆y→0
∆x∆y
]
f (x, y + ∆y) − f (x, y)
−
,
(81)
∆x∆y
となる。式 (80) と式 (81) が等しいことから、
[
[
( ) ]
( ) ]
∂ ∂f
∂ ∂f
=
,
∂x ∂y x y
∂y ∂x y
(82)
x
が導かれる。
VI.
A.
熱力学ポテンシャル
熱力学第 1,2 法則の問題点: 物質固有の性質を導入しに
くい
熱力学の法則は特定の物質に固有の性質に立ち入らない
ため、両者の組み合わせだけで得られることは漠然として
実用価値が少ない。このため、現実の系を説明する場合、
物質固有の情報 (状態方程式) や具体的な仕事を追加して
実用的な結果を得る必要がある。しかし、熱力学の法則、
状態方程式、仕事を連立して解析するのは見通しが悪く、
難解である。たとえば、クラペイロンの式を導出する過程
を見れば、明らかだろう。
14
B.
熱力学ですること
熱力学の 2 つの法則は、あらゆる物質のあらゆる状態に
適用できる。このように言われても、雲をつかむようでど
うしていいか判らず、熱力学を判りにくくしている最大の
要因である。多くの可能性を秘めてはいるが、実際に熱力
学ですることは以下の不可逆過程と可逆過程の 2 点であ
り、これらに限定すれば、理解は容易になる。
1.
局所平衡系の系全体としての最終的な熱平衡状態、完全平
衡を求めること—–不可逆過程
複数の部分系が互いに相互作用せず、熱平衡になってい
るような系を局所平衡系という。このような部分系が互い
に接触したのちの系全体としての最終的な熱平衡状態、以
後は完全平衡と呼ぶ、を求めること。この過程は、部分系
同士が接触を開始すると、エントロピーが不可逆的に増
え、自然に完全平衡になる。
たとえば、互いに隔離されて熱平衡になつている 50 度
C と 100 度 C の水があり、両者が熱接触をした後の熱平
衡状態を求めるような場合である。この例のような断熱系
(系外から熱が来ない)場合には、第 2 法則 dS ≥ 0 が完
全平衡を求めるための重要な指針になる。後に述べる等温
系では、自由エネルギー F (後述) 最小、dF ≤ 0 が完全平
衡の指針になる。
進行度を表す変数 L いずれの場合でも、局所平衡系が
完全平衡にどのくらい近づいているか、すなわち、部分平
衡系の進行度を表す物理量 (L) があり、その関数で S,F を
表し、S の最大,F の最小値から完全平衡での L を求め、
完全平衡がどのようなものかを解析する。50 度 C と 100
度 C の水の例では、低温側の温度を進行度を表す変数と
して用いた。水蒸気中の水滴半径を求める問題 (ケルビン
方程式、宿題) では、水滴の半径が進行度になり、自由エ
ネルギーを用いたクラペイロンの式の導出 (後述) では水
蒸気の量である。化学反応の完全平衡を求める場合には生
成物の割合など。
局所平衡では、部分系がそれぞれ熱平衡なので、定めら
れた L のもとで S(L) は最大になり、F (L) は最小となる。
一方、部分系が互いに接触したあとの系全体としての熱平
衡状態(完全平衡)は、L の値域全体の中で、S(L) 最大、
F (L) 最小である。さらに、「局所平衡になっている部分
系が互いに相互作用しない」という初期条件は、50 度 C
と 100 度 C の水の場合のように、実際に可能な場合もあ
るが、仮想的に相互作用を断っていると想定する場合が多
い。このことが熱力学の理解をややこしくしている。
たとえば、先の水の例では低温側温度を進行度にした。
低温側が 60 度 C の時は最終的な熱平衡ではないが、その
時のエントロピーや熱エネルギーなど全ての物理量は、そ
の時熱接触を絶ったと仮定した場合の熱平衡値と同じで
ある。
2.
ある熱平衡状態から別な熱平衡状態に、熱平衡状態を保ち
ながら変化させる—–可逆過程
既に系は完全平衡の状態にあり、ある熱平衡状態から別
な熱平衡状態に、熱平衡状態を保ちながら変化させたとき
の、仕事や熱の出入り、もしくはこの過程で生じる状態量
間の関係を求めること。既に完全平衡になっている系に対
する操作なので、この過程は自然に生じるのではなく、人
為的に条件を変えて、別な完全平衡に可逆的に移行する過
程を調べる。
この場合には S も F も系全体としての完全平衡値をと
りながらの過程である。冷房装置や熱機関の解析、エネル
ギー方程式の導出、後述のゴムなどがこの例である。
ここで述べた不可逆過程は第 2 法則において「≥」の条
件で系の状態を始状態 A から終状態 B に変える場合であ
り、可逆過程は「=」の条件で変える。以下ではどちらも
不等号か等号か以外は式が同じになるので状態変化として
一緒に扱うが、物理的意味は異なる。区別しながら理解し
てほしい。
C.
熱力学ポテンシャルを用いるとこれ等の解析が容易になる
主として上記の用途に限定して、熱が関連する自然現象
を見通しよくするために考案された理論が熱力学ポテン
シャルと呼ばれる状態量を用いる方法である。熱力学ポテ
ンシャルの利点は以下である。
1) 熱力学ポテンシャルが分かれば、上記は直ちに求め
られる。
2) 状態方程式など系に対する部分的な情報から熱力
学ポテンシャルを求めるための手法が系統的に構築されて
おり、見通しよくできる。
ただし、熱力学ポテンシャルが知られているのは、系が
外界と熱的に遮断された断熱過程、断熱等圧過程(一定圧
力下で体積が変化する)、等温過程、さらに等温等圧過程
である。
以下で熱力学ポテンシャルのについて述べるが、状態量
が局所平衡なのか完全平衡なのか認識しながら読み進める
とよい。
D.
断熱過程:内部エネルギー
断熱過程の熱力学ポテンシャルは内部エネルギー U で
ある。
1.
熱平衡状態
断熱過程 (dQ = 0) の熱平衡状態 (完全平衡) は、dS ≥
dQ/T から、局所平衡でのエントロピー S(L) が最大にな
る時である。
15
2.
内部エネルギー U と仕事の関係
E.
断熱系 (Q=0) が、熱平衡状態を保ちながら外部から仕
事 W を受けて始状態 A から終状態 B に進行する過程を
考えよう。熱力学第 1 法則から、内部エネルギー U につ
いて、
UB − UA = W for S=const.,
(83)
が成り立つ。したがって、断熱系は、内部エネルギーの変
化量が外部への仕事であることがわかる。
3.
内部エネルギー U の全微分から判る関係式
熱力学第 1 法則から、内部エネルギー U について、
dU = dQ + dW,
(84)
断熱等圧過程:エンタルピー—大気も系に含める
等圧変化は、環境とのエネルギーのやりとりを考慮す
る必要がある。たとえば、大気圧中での燃焼や気化のよう
に体積が大きく変化する過程を考えよう。体積が変わるの
で、大気との仕事のやりとりがある。たとえば、1 気圧、
100 度 C、1 mol の水が同じ温度の水蒸気に変わるために
は、気化熱として 40.7kJ/mol 必要である。しかしながら、
これは全て水蒸気の内部エネルギーとして使われるのでは
なく、1 mol の水蒸気の体積は 100 度 C で 30 リットルな
ので、pV =3.1 kJ は、大気圧に対する仕事として使われて
いる。(このエネルギーの行方は、大気圏を厚くするため
の空気分子の位置エネルギーである。)
このようなわけで、圧力一定の条件下で体積が変化する
過程では、物体の内部エネルギー U に環境起源のエネル
ギー pV を付け加えた量 (大気も系に含める)、がこの場合
に重要になることがわかる。そこで、状態量 H を、
H = U + pV,
が成り立つ。完全平衡を保ったまま状態が変化するとして、
dS = dQ/T を代入して、
dU = T dS + dW,
(85)
が成り立つ。
と定義する。この状態量 (エンタルピー) は、圧力一定の環
境下で体積が変化する断熱過程に対して、内部エネルギー
が果たしたのと同じ役割をする。物体内部の原子の運動エ
ネルギーや化学結合のエネルギーをいくら詳しく調べてみ
ても pV というエネルギーはない。環境に蓄えられている。
完全平衡における U が分かっていれば、
1.
1) dS=0 (断熱) のとき、外部にできる仕事は内部エネ
ルギーの変化量である;
dW = dU,
for S=const.,
断熱等圧過程の完全平衡は、局所平衡でのエントロピー
S(L) が最大になる時である。
2.
となる。熱力学を理論体系構築という観点で考えると、第
1、2 法則で U と S は存在が保障されているから、この式
は温度の定義とみることもできる。後の統計力学では、こ
のことが重要になる。
3) 仕事が dW = −pdV のとき、
∂U
∂V
)
= −p,
エンタルピー H と仕事との関係
圧力が一定の断熱条件下で始状態 A から終状態 B へ変
化する過程に際して、系がやりとりできる仕事は式 (83)
を用い、
UB − UA = W,
(89)
S
が導かれる。
式 (87),(89) は、U が V ,S の関数として分かっていると
きは微分して、p,T を求めるために用いる。これにより状
態方程式を得ることができる。逆に状態方程式が分かって
いる時は積分して U を用いるために用いる。
(91)
である。W には大気 (環境) との間でやりとりする仕事も
含まれるが、ここでは体積変化に伴う環境との仕事のやり
とり −p∆V は仕事として数えない。これは、大気も系に
含めて考慮しているから、−p∆V は系内でのエネルギー
の移動とみなす。このため、仕事を、
W = −p∆V + W主仕事 , for p, S const.,
(88)
から、
(
熱平衡状態
(86)
2) 仕事をしない条件下での (dW = 0)、完全平衡におけ
る U が分かっていれば、
)
(
∂U
= T,
(87)
∂S W =0
dU = T dS − pdV,
(90)
(92)
と分ける。W主仕事 は体積変化に伴う環境とのエネルギー
のやりとり以外の仕事であり、断熱等圧過程ではこの仕事
が正味の仕事 (系外とやりとりする仕事) である。式 (91)
を代入すると、
UB − UA = −p[VB − VA ] + W主仕事 , for p,S const., (93)
となり、p=一定を考慮すると、
W主仕事 = HB (p) − HA (p),
(94)
が得られる。この式と式 (83) を比べれば、内部エネルギー
が果たしたのと同じような役割を等圧断熱過程においてエ
ンタルピーが行うことがわかる。
16
3.
pV である) することから判る。実際のボイラーでは、様々
な制御機構により圧力を一定にしている。
エンタルピー H との全微分から判る関係式
エンタルピーの定義は、
高温高圧
H = U + pV,
(95)
dH = dU + pdV + V dp,
(96)
なので、全微分は、
低温低圧
重り
重り
TH, pH
TL,pL
である。完全平衡を保ったままの過程に対し、熱力学第 1,2
法則から、
dU = dQ + dW,
dQ
dS =
,
T
(97)
発電機
(98)
-W
となる。
また、ここでは大気など環境への仕事は仕事として考慮
しないから、
dW = −pdV + dW主仕事 ,
(99)
F.
等温過程:ヘルムホルツの自由エネルギー
生体内での化学反応など、一定の温度下で進行する過程
は多い。ここでは等温過程について考えてみる。
となる。これらを式 (96) へ代入して、
dH = T dS + V dp + dW主仕事 ,
(100)
が得られる。これを、dH の全微分と比較すれば、
dH = dW主仕事 , for S, p const.,
(
)
∂H
= T,
∂S p,dW主仕事 =0
)
(
∂H
= V,
∂p S,dW主仕事 =0
(101)
(102)
(103)
が導かれる。
4.
例: 火力発電
火力発電は、高温・高圧の水蒸気を断熱膨張させ、低温・
低圧にして、熱エネルギーから電気を取り出す装置であ
る。図で、電力が −W なのは、熱力学では、系に仕事を
する側を正としていることによる。
高温側の水蒸気 1mol のエンタルピーを h(TH , pH )、低
温側 1mol あたりを h(TL , pL ) とする。高温側は圧力一定
で蒸気を発電機に送り出すから、高温側の蒸気 1mol が行
う仕事は、h(TH , pH ) で、低温側の水蒸気 1mol がしても
らう仕事は、h(TL , pL )。したがって、この発電機の最大発
電量 −W は、
−W = h(TH , pH ) − h(TL , pL ),
(104)
であることが判る。蒸気の内部エネルギー変化量ではな
いこと、すなわち pV が発電に寄与することは、蒸気の無
い真空領域が高温側にあった場合、これが消滅するときに
エネルギーが放出されることから判る。もうすこし直接的
には、図で圧力を一定にするためにピストンの上に重りが
乗っていて、重りの位置エネルギーも発電に寄与 (これが
1.
温度を一定に保つ装置:熱浴
物質に対して何かの過程が進行すると、多くの場合に温
度が変化する。化学反応であれば吸熱や発熱があり、気体
が圧縮されれば温度が上がる。等温過程では、系の温度が
一定の条件で過程が進行するのが前提なので、余分な熱は
捨て、足りない熱は補う必要がある。このように、系の温
度を一定にするために、熱を吸収・補給してくれる装置を
熱浴という。
熱浴は、対象としている系よりも十分に大きくて熱平衡
状態になっている物体である。大きな系なので、多少の熱
の出入りが有っても熱浴の温度はほとんど変化しない。こ
のため、対象としている系が熱浴と熱接触していると、系
の温度は変化しない。
2.
熱平衡状態、仕事と熱の出入り
等温過程は熱浴も考慮した全体のエントロピー最大値が
熱平衡状態 (完全平衡) であり、対象としている系のエン
トロピー最大の状態は熱平衡状態ではない。熱浴の物理量
まで考慮するのは不便なので、対象としている系の物理量
のみで完全平衡を求めるための方法について考える。
等温条件で系に何かがおこり、その結果、系は始状態 A
から終状態 B に変化した。ここでは、等温条件なので系
の状態変化に伴い、熱浴とその他の熱源から合計 Q の熱
エネルギーを受け取り、同時に外界から仕事 W をされた
としよう。
熱力学第 1 法則から、内部エネルギー U (T ) について、
UB (T ) − UA (T ) = W + Q,
(105)
が成り立つ。一方、エントロピー S は熱力学第 2 法則から
∫ 状態 B
dQ
≤ SB (T ) − SA (T ),
(106)
T
状態 A
17
の関係を満たす。系が状態 A から B へ変化するとき温度
が一定なので、式 (106) は積分できて、
Q ≤ T [SB (T ) − SA (T )],
(107)
である。式 (107) と式 (105) を用いて、
−W ≤ UA (T ) − UB (T ) + T [SB (T ) − SA (T )],
(108)
が得られる。この式は、物体が状態 A から B まで等温変
化するとき、物体が外部に対してすることができる仕事
(−W ) の上限を与える。ここで、
F = U − T S,
(109)
多く減少する。したがって、鉄を元の位置に戻しても F は
減少する。F の減少を少しでも防ぎたければ (密閉条件で
長生きしたければ)、いい子にしている必要がある。
どうしても、教室内の自由エネルギーを上げたければ、
W ≥ ∆F から、教室外から仕事をしてもらう必要がある。
例えば、教室を圧縮してもらうと温度が上がるから、エア
コンが熱を吸収してくれる。このとき、内部エネルギーは
増えず、エントロピーが減少して、F が増える。
3.
F の全微分から関係式を求める
ヘルムホルツの自由エネルギーの定義は、
F = U − T S,
(112)
dF = dU − T dS − SdT,
(113)
という状態量を定義すると、式 (108) は、
−W ≤ FA (T ) − FB (T ) = −∆F,
(110)
なので、全微分は、
もしくは、
W ≥ ∆F,
(111)
と記述することができる。U 、T 、S は状態量であり、F =
U − T S なので F も状態量である。F をヘルムホルツの自
由エネルギーという。式 (110) から等温過程で得られる仕
事 (系が外部に行う仕事) の最大値は F の変化量で与えら
れる。この式の「≥」は第 2 法則の「≥」に由来している
から、等温系の完全平衡状態や可逆過程を「=」で記述す
ることができる。
また、式 (111) から、外界との仕事のやりとりのないと
き (W =0)、もしくは外界へ仕事をしているとき (W < 0)、
等温条件において F は減少し、最も安定な状態 (完全平衡)
は F が最小になったときである。孤立系にエントロピー
増大の法則が成立するように、等温系にヘルムホルツの自
由エネルギー減少の法則が成立する。
諸君のいる教室を密閉して空気の出入りをなくしたとし
よう。エアコンが快適に動いているので温度は一定になり、
教室の体積は変化しないから環境も含めて仕事をしない。
そうすると、教室内部のヘルムホルツの自由エネルギー F
は常に減少することになる。諸君の生命を維持するために
体内で無数の化学反応が勝手に進行し発熱 (発熱量 Q) す
るとエアコンが熱 Q を吸い取り部屋の温度を保ってくれ
る。教室内の内部エネルギー U はエアコンが吸出した Q
だけ減少する。諸君の発熱により、教室内のエントロピー
S は Q/T 増加するが、エアコンが Q の熱を吸い出すため、
S は Q/T 減少し、正味で変化しない。F = U − T S なの
で、諸君の発熱 Q により、最低でも F は Q だけ減少する。
U だけなら、エアコンから熱を供給してもらうことで、
増加することもある。このためには、部屋の温度を下げれ
ばよい。教室にピストンとシリンダーを用意し、内部に気
体を入れる。重りが重力で下がる仕事を用いて気体を膨張
させれば気体が冷えるので、それを補うために、エアコン
が熱を供給してくれるから、教室内の内部エネルギーは増
える。この時も、dS = dQ/T ,F ≤ U − T S から、F は減
少する。
諸君が磁石を用いて教室の外にある鉄を持ち上げると
(W < 0)、式 (110) から、終状態 B(鉄を持ち上げた後) の
F は、部屋の外にある鉄が獲得した位置エネルギーよりも
である。熱力学第 1,2 法則、
dU = dQ + dW,
dQ
,
dS ≥
T
(114)
(115)
(116)
を式 (113) へ代入して、
dF ≤ −SdT + dW,
(117)
が導かれる。
この式から判るのは、
1)T =一定ならば、−dF ≥ −dW 、すなわち、局所平衡
で系が外部にできる仕事の上限は −dF であること。
2)T =一定、仕事をしない (dW = 0) ならば、dF ≤ 0
から、局所平衡値 F (L) の最小値が完全平衡であること。
3) 完全平衡における F が分かっていれば、
dF = −SdT + dW,
(118)
が成立し、これを、dF の全微分と比較すれば、
dF = dW, for T =const.,
(119)
(完全平衡で外部から仕事をされると dF 変化する.)
)
(
∂F
= −S,
(120)
∂T dW =0
が導かれる。
4) 仕事が dW = −pdV のとき、完全平衡における F が
分かっていれば、式 (119) もしくは、
dF = −SdT − pdV,
(121)
18
から、
4.
(
∂F
∂V
)
= −p,
(122)
T
(123)
が導かれる。
この関係式は、完全平衡の F が判っている時には p を
求めるために用いられ、逆に p が判っているときには F を
求めるために用いられる。理想気体では、p = nRT /V な
ので、V で積分して、F (T, V ) = −nRT log(V ) + f (T ) と
なる。ここで、f (T ) は状態方程式だけからは求まらない
関数で、積分定数に相当する。
G.
等温過程では W ≥ ∆F (L) が第 2 法則に代わって用いら
れる
等温系は自由エネルギー最小の状態が最も安定
1.
等温過程は、熱浴を含むので系のエントロピーを見てい
るだけでは系の振る舞いは判らない。かといって、常に熱
浴のエントロピーの心配までするのも面倒である。この難
点を明快に解決した答えが式 (111):
W ≥ ∆F (L),
(124)
である。特に W =0 ならば、孤立系にエントロピー増大の
法則が成立するように、等温系にヘルムホルツの自由エネ
ルギー減少の法則が成立する。
2.
自由エネルギーも分けのわからない状態量
熱力学ではエントロピーは明確に定義されているが分け
の判らない物理量である。同様に、自由エネルギーも分け
の判らない物理量である。理解しようと思う必要はない。
等号や不等号が成立することを証明できること、どのよ
うな場合に適用できるのかがわかればよい。(皆、そうで
ある。)
3.
自由エネルギーは熱力学以外の理論から求める
自由エネルギーに関する議論をするとき、あたかも自由
エネルギーは熱力学の理論で与えられているかのように錯
覚し、自由エネルギーがわからないから熱力学が判らない!
と早合点する。自由エネルギーは熱力学の範囲外で求めら
れているのが前提であり、熱力学からは求められない。こ
れは、先の解析手順にも示されている通りで、熱力学は自
由エネルギーを求める方法を提供してくれるが、熱力学だ
けでは自由エネルギーそのものは判らない。これは、熱力
学 1,2 法則では状態方程式を求められないことと同じ理由
による。後に述べる統計力学を用いると原子レベルでの構
造を基にして、自由エネルギーや状態方程式を求めること
ができる。
自由エネルギーは、系の情報提供に最適な方法
タンパク質など新しい物質を発見したときや、既存の物
質に新しい性質を見つけたとき、第三者にその物質の熱的
情報を提供するためには、自由エネルギーを知りうる範囲
で教えると相手にこちらの理解したことを容易に伝えるこ
とができるし、その逆も成り立つ。
5.
例題:ゴム弾性(等温変化)
ゴムは金属製のバネと同じように、伸ばせば縮む向きに
力が働き、縮めれば伸びる向きに力が働く。しかしゴムは
金属と異なり、力が加わらない状態の数倍の長さに伸びる
ことができると同時に、バネ定数は温度に大きく依存する。
室温近辺では、ゴムの長さ x と復元力 f との関係は、温
度 T に依存し、
[
( x )2 ]
x
0
−
,
(125)
f (T, x) = −AT
x0
x
となる。x0 は力を加えない状態のゴムの長さ、A は正の
比例定数である。
温度 T の等温条件で、ゴム製バネに外から力を加えて
x0 から x まで伸ばした。下記に答えよ。この問いは、完
全平衡を保ったまま、外的条件を変え、可逆的に別な完全
平衡状態に変える例である。
1) 外界がゴムにする仕事 W をもとめよ。
∫ x
W =−
f (T, x)dx.
(126)
x0
ゴムを伸ばすと、外界はゴムに正の仕事をする。(W > 0
である。)
2) ヘルムホルツの自由エネルギーの変化量 ∆F =
F (T, x) − F (T, x0 ) を求めよ。(ゴムの体積変化は無視せ
よ。無視できない場合は、ギブスの自由エネルギーを用い
る。)ゴムをゆっくりと伸ばす場合、
∆F = W,
(127)
となる。式 (126) はゆっくり伸ばす場合の式である。
3) エントロピーの変化量 ∆S = S(T, x) − S(T, x0 ) を求
めよ。
(
)
∂∆F
W
∆S = −
=− .
(128)
∂T x
T
この計算は W が W = BT のような形なので、∂W/∂T =
B = W/T としている。この微分は外部に仕事をしないこ
とが条件であり、ここでは微分はゴムの長さ x が一定の条
件で行う。ゴムは伸ばすとエントロピーが下がることがわ
かる。
4) 内部エネルギーの変化量 ∆U = U (T, x) − U (T, x0 )
を求めよ。
∆U = ∆F + T ∆S = W + (T × (−
W
)) = 0.
T
ゴムは伸ばしても内部エネルギーは変化しない。
(129)
19
5) ゴムを伸ばすとき発熱することを示し、発熱量を求
めよ。
ゴムは可逆的に伸ばされ、この過程に際しエントロピー
が減少している。エントロピー減少の原因は系から熱が出
ている、すなわち発熱以外に考えられない。外部とやりと
りする熱量を Q とすると、
W
Q = T ∆S = −T
= −W.
T
(130)
W > 0 なので、Q は負の量。したがって、ゴムから外に
熱が流出するので、発熱する。
6) 伸びたゴムをゆっくりと縮めると吸熱することを示せ。
このときの仕事量は、
∫ x0
W =−
f (T, x)dx.
(131)
x
であり、W < 0 となる。5) の計算結果を用いれば、吸熱
することが分かる。
H.
等温等圧過程:ギブスの自由エネルギー—大気も系に含
める
温度が一定の条件下での過程はヘルムホルツの自由エ
ネルギーで記述できる。そのなかでもっとも応用が多いの
は、大気圧中での化学反応や燃焼のように温度と圧力が一
定の条件下で体積は特に制限無く自由に変化する (熱平衡
状態として体積が決まる) 過程である。このような状況を
想定し、環境 (大気) の持つエネルギーも系内に組み込み
等温等圧過程に特化したヘルムホルツの自由エネルギーを
作り、活用法を調べる。環境の持つエネルギーは pV だか
ら、F + pV が等温等圧過程における自由エネルギーであ
るが、ここではヘルムホルツの自由エネルギーと仕事との
関係から導く。
1.
である。ここでギブスの自由エネルギーを
G = F + pV,
とおけば、
−W主仕事 ≤ GA (T, p) − GB (T, p) = −∆G,
−W ≤ −∆F,
(132)
となる。W には大気 (環境) との間でやりとりする仕事も
含まれるが、ここでは体積変化に伴う環境との仕事のやり
とり −p∆V は仕事として数えない。これは、大気も系に
含めて考慮しているから、−p∆V は系内でのエネルギー
の移動とみなす。このため、仕事 W を体積変化に伴う大
気圧からの仕事 (−p∆V ) とそれ以外の仕事 W主仕事 に分
ける:
W = −p∆V + W主仕事 .
(133)
式 (132) から、
pVB − pVA − W主仕事 ≤ FA (T ) − FB (T ),
W主仕事 ≥ ∆G,
(137)
が導かれる。系の状態が A から B へ変化するとき、局所
平衡系が外部にできる仕事の最大値 −W主仕事 は、自由エ
ネルギーの変化分 −∆G で与えられる。また、W = 0 の
とき、局所平衡値 G(L) が最小の状態が一番安定 (完全平
衡状態) である。
諸君をビニール袋にいれた系を考えると、温度が一定な
らば、袋内部のギブスの自由エネルギーは諸君が生きてい
る間 (その後もしばらく) は常に減少する。おならをして
体積を増やすと pV は増えるけれど、諸君の体の自由エネ
ルギーはそれよりも大きく減少する。袋の中が熱平衡状態
(完全平衡) になったとき、自由エネルギーの減少が止ま
り、一定値になる。
2.
G の関係式から導かれること
ヘルムホルツの自由エネルギーの定義は、
G = U − T S + pV,
(138)
なので、全微分は、
dF = dU − T dS − SdT + pdV + V dp,
(139)
である。熱力学第 1,2 法則、
dU = dQ + dW,
dQ
dS ≥
,
T
(140)
(141)
(142)
を式 (139) へ代入して、
dG ≤ −SdT + dW + pdV + V dp,
(143)
となる。仕事は 2 つに分けて、ここでは大気に対する −pdV
は環境との仕事のやり取りであらわにならないとして、意
味のある仕事を主仕事 dW主仕事 として別々に扱う:
dW = −pdV + dW主仕事 .
(144)
これを式 (143) へ代入して、
dG ≤ −SdT + V dp + dW主仕事 ,
が導かれる。
この式から判るのは、
(134)
(136)
もしくは、
熱平衡状態、仕事と熱の出入り
温度 T と圧力 p が一定の条件下で、系に仕事 W と熱 Q
を加えた。系は、始状態 A から終状態 B に変化した。こ
のとき、系の体積が、VA から VB へ変化したとしよう。こ
の過程により、外界が系に対して行った仕事を W とおく
と、式 (110) から、
(135)
(145)
20
1)T =一定、p=一定ならば、−dG ≥ −dW主仕事 、すな
わち、局所平衡で系が外部にできる仕事の上限は −dG で
ある。
2)T =一定、p=一定、仕事をしない (dW主仕事 = 0) な
らば、dG ≤ 0 から局所平衡値 G(L) の最小値が完全平衡
であること。
3) 完全平衡における G が分かっていれば、
dG = −SdT + V dp + dW主仕事 ,
(146)
が成立し、これを、dG の全微分と比較すれば、
dG = dW主仕事 , for T , p const.,
(147)
完全平衡で外部から仕事をすると dG 変化する.
)
(
∂G
= −S,
(148)
∂T dW主仕事 =0,p
(
)
∂G
= V,
(149)
∂p dW主仕事 =0,T
複数の相が共存する条件: クラペイロンの式
ギブスの自由エネルギーが役立つ例として、クラペイロ
ンの式を導こう。考える系は液体とその飽和蒸気圧からな
り、シリンダーに入っていて一定の温度と圧力に保たれて
いる。G1 ,G2 をそれぞれ液体部分、蒸気部分のギブスの
自由エネルギーとすれば、全体のギブスの自由エネルギー
(局所平衡)G は、
G = G1 + G2
(150)
となる。
g1 , g2 を液体および気体 1mol あたりのギブスの自由エ
ネルギーとし、液体の分子数が m1 mol, 気体の分子数が
m2 mol であるとする。このとき、
G = m1 g1 + m2 g2
m = m1 + m2
(151)
(152)
となる。ここで、m は液体と気体の分子数の合計なので変
化しない一定量である。
ここでの G は局所平衡、すなわち、相 1 と相 2 は相互
作用せず、単独で熱平衡になっているとした仮想的な熱平
衡状態。局所平衡において進行度を表す変数として用いて
いた L が、ここでは m1 もしくは m2 である。この系の完
全平衡は、相 1,2 間に分子と熱の出入りを認めて (m を一
定にしたまま、m1 や m2 を変化させる)、G が極小になる
ときである。
∂G
∂
=
[m1 g1 + (m − m1 )g2 ] = g1 − g2 = 0 (153)
∂m1
∂m1
したがって、
g1 (p, T ) = g2 (p, T )
となる。この式の中のいくつかは、式 (148),(149) を用い
てエントロピーと体積で表すことができる。1 mol あたり
のエントロピーを s1 、s2 、および体積を v1 、v2 とおけば、
s2 − s1
dp
=
dT
v2 − v1
(156)
となる。
液体に熱を加えるとエントロピーが増加すると同時に気
化する。液体 1 mol を気化するために必要な熱エネルギー
(潜熱、気化熱)を λ とおけば、液体と気体のエントロピー
の間には、
が導かれる。
3.
が共存条件である。液体と気体の自由エネルギーの具体的
な関数形がわかれば、この式を解いて p =「T の関数」と
できる。
ここでは蒸気と液体の共存を前提にこの式を導いたが、
導出過程を見ても明らかなように、この式は化学反応など
を含む異なる相が共存する条件であり、極めて広い範囲で
用いられる。
以後は蒸気と液体の共存条件に限定して、式 (154) から
導くことができる関係式を求めてみよう。式 (154) が温度
の関数としての圧力 p(T ) を与える陰関数であることを考
慮して、温度で微分すると、
(
) (
)
(
) (
)
∂g1
dp
dp
∂g1
∂g2
∂g2
+
=
+
(155)
∂T p
∂p T dT
∂T p
∂p T dT
(154)
s2 − s1 =
λ
,
T
(157)
という関係が成立する。これを、式 (156) へ代入すると、
dp
λ
=
dT
T (v2 − v1 )
(158)
となる。
以前求めた式 (75) と異なり体積 V を一定にするという
条件が無いけれど、沸点や融点のような 2 相共存条件は温
度を決めれば圧力は一意的に決まり、体積には依存しない
からこの違いは無視して良い。たとえば、ピストンとシリ
ンダー容器のような圧力一定の条件で水を加熱して沸騰さ
せると、水蒸気がどんどん増えて体積が増えるが、温度も
圧力も変わらない。一方、体積一定の条件で実験すれば、
圧力も温度も急激に上がる。風船のように中途半端にふく
らむ容器中で実験すれば圧力も温度も少し上がる。どのよ
うな場合でも 2 相が共存していれば、沸点と圧力の関係は
同一の関数 p(T ) で表される。
ギブスの自由エネルギーは、ここで計算したような気体
と液体の共存温度・圧力を求める場合のみでなく、化学反
応で異なる分子に変化する場合にも用いられる。このよう
な場合、化学平衡状態では、式 (154) のように各成分の単
位量あたりのギブスの自由エネルギーは全て等しくなる。
VII.
厳密な意味での熱平衡状態は存在しない
厳密な意味で熱平衡状態は存在しない。たとえば、酸素
とガソリンを容器に封じ込めたとしよう。すぐに両者は混
じり合い、速やかにガス濃度も温度も均一な熱平衡状態の
21
ようになる。しかし、この状態は厳密な意味で熱平衡状態
ではない。なぜならば、ゆっくりとガソリンの酸化反応が
進み、いずれほとんどのガソリンは酸素と結合して別な分
子になる。この例にみるように、厳密な意味で熱平衡状態
は存在しないことから、対象とする系を時間スケールで区
切り、近似的に熱平衡状態として扱う。
また、50 度 C の水と 100 度 C の水の相互作用例のよう
に、系を仮想的に細かい部分に分け、その細かい部分を近
似的に熱平衡状態として扱い、部分同士の相互作用を扱う
など、熱力学の適用方法は様々である。
熱力学の理論が適用できるか否かは、経験に頼ることが
多い。たとえば、諸君の体温を考えてみよう。人間は、生
きている限り決して熱平衡状態ではない。一方、温度は熱
平衡状態においてのみ定義される状態量である。したがっ
て、人間の体温という概念は、物理学的には無意味である。
しかし、諸君の体内で進行している化学反応はほぼ定常的
(大きなスケールでは一様)に行われ、発熱量は安静にし
ていればほとんど変化しない。このため、諸君は熱平衡で
はないが、諸君に接した体温計と諸君との間の熱の出入り
がゼロになり、体温計が熱平衡となり結果的に示す温度が
一定値になることを用いて、体温を定義する。このように
して測定された体温に医学的に重要な価値があることは、
多くの医学的経験に裏付けられている。
VIII.
例:理想気体の熱力学
理想気体の基本的な熱力学量
(159)
であることが容易に導かれる。残念なことに Cp や Cv の
値そのものは、pV = RT から求められない。これは、単
原子気体も 2 原子気体も同じ pV = RT に従う気体なのに
比熱の値が異なることからも理解できるだろう。
γ=
Cp
,
Cv
(160)
によって定義される γ を比熱比といい、単原子気体は 5/3,
2 原子気体は 7/5 となり、理想気体の熱的性質を表す際に
用いる。
1.
RT
dV
V
dS =
dQ
Cv
R
=
dT + dV
T
T
V
(163)
この式を積分して、
S = Cv log(T ) + R log(V ) + a
(164)
a は定数である。
注:このような計算において、積分して答えを求めるこ
とは難しいので、必要ない。得られた答えが正しいか否か
微分してチェックできればよい。ここでは、
(
)
∂S
Cv
=
,
(165)
∂T V
T
(
)
∂S
R
= ,
(166)
∂V T
V
TV
R
Cv
= 一定,
式 (29) から、定積比熱は内部エネルギーの単位温度あ
たりの増分である。したがって、熱力学の第 1 法則を定積
比熱を用いて書くと、
(161)
(167)
が導かれる。比熱比 γ を用いると、
T V γ−1 = 一定,
(168)
となる。
ヘルムホルツの自由エネルギー F を求める。
式 (120) および (121) に示したように、T や V で F を
微分したとき、S と p が求まるので、pV = RT や式 (164)
を積分することで、
F = Cv T − T [Cv log(T ) + R log(V ) + a].
3.
(169)
ギブスの自由エネルギー G を求める。
同様に、式 (148) および (149) をもとにして、pV = RT
や式 (164) を積分するか、G = F + pV (式 (135)) により、
G = Cp T −T [Cp log(T )−R log(p)+a+R log(R)]. (170)
エントロピー S を求める
dQ = Cv dT + pdV
(162)
したがって
2.
分子数が 1mol(n = 1) の理想気体の状態量を求める。定
積比熱 Cv と定圧比熱 Cp の関係は、式 (37) へ式 (62) と
状態方程式を代入することで
Cp = Cv + R
dQ = Cv dT +
となる。
理想気体の断熱可逆膨張 (断熱してゆっくりと膨張) で
は、S は一定になるので、式 (164) から、
熱力学では特定の物質固有の性質を求めることはできな
い。したがって自由エネルギーや状態方程式は熱力学の理論
から導けない。そこで、熱力学の理論とは別に、pV = nRT
という状態方程式が「天から降って湧いた」ということに
して導入する。このことにより、得られた結果の適用範囲
は狭くなるが、理想気体の物理現象を説明できるように
なる。
A.
となる。さらに状態方程式を代入して p を消去して、
参考文献:
フェルミ著 「熱力学」 三省堂
杉本大一郎著「エントロピー入門」 中公新書
横田伊佐秋著「熱力学」 岩波書店
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